はじめまして

 はじめまして。

 しづ と申します。
 薪さんに幸せになって欲しいと、こころから願う腐女子です。


 以下、このブログについての説明、注意事項等を記載しますので、初めての方は必ずお読みになってください。

 
 なお、当ブログは秘密二次創作(腐向けギャグ小説)専門サイトです。 
 原作に関する感想・レビュー等はございません。
 二次創作に不快感のある方、原作の世界観を大切になさりたい方は、ご遠慮いただいた方が無難かと思われます。

 管理人の原作に対する意見は、時折コメント欄で語っております。
 図らずもネタバレになっておりますので、ご了承ください。

 



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スペシャル

 春ですね~。
 春と言えばこれ、毎年恒例、あおまきさんのお花見です。
 リアルの桜は散ってしまいましたが、お花見の楽しい思い出など、思い出していただけると幸いです。

 これ、去年の冬に書き始めて、でも形にならなくて、春になって桜を見れば続きが書けるだろうと思って放っておいたのですが、
 今年は町内の班長も回ってきてしまって、4月になってもバタバタしてて、お花見どころじゃなかったのですが、えりさんのブログで、実に美しい桜の写真をアップしてくれてまして、そちらを拝見したら書き上がりました。
 ので、こちらのSSはえりさんに。 
 最近、リアルが多忙で非常にお疲れのようですが、どうかご無理なさらないでくださいね。






スペシャル




「待った」
 制止の言葉と同時に顔面に手を当てられ、ぐいと押し戻された。薪の手は小さいけれど、肉が薄いから鼻先が骨に潰されてけっこう痛い。
「薪さん」と囁きたかった青木の声は「ふひゃん」と意味のない呻きに変わり、それに続くはずの愛の言葉も薪の手に封じられ。不満げに寄せられた眉の下、青木の黒い瞳がメガネの奥ですうっと細くなった。

 出鼻をくじかれて明らかに気分を害した恋人に、薪は悪びれる様子もなくずけずけと、
「おまえの気持ちも分かる。春ってのは恋の季節だからな。ただ、そういうのは別のところでやってるみたいだから。僕たちはいいだろ」
 別のところって何処ですか。見学に行ってもいいですか。
「みんな似たようなことやってたら面白くないだろ。時代の流れに逆らってこそ男だぞ」
 飛び抜ける自信ならありますけど。妄想なら誰にも負けませんけど。
「僕たちなりのスペシャルな夜の過ごし方、考えてみないか」
 言葉面に騙されませんよ。どうせ徹夜で二人ババ抜きとか、そんなオチでしょ。
「というわけで、夜桜を観に行こう」
 スペシャルって言いませんよね。毎年恒例ですものね。

 独り決めして2本の缶ビールをスプリングコートの両ポケットに落とし込む暴君に、読者もオレも飽き飽きです、と本音なぞ言えるわけもなく。青木は溜息を堪えて頷いた。
「いいですけど。場所は?」
「おまえのアパートの前の公園」
「ここまで繰り返されるとマンネリが一周回ってスペシャルになった気分です」
「あん?」
「すみません。オレ自身、なに言ってるのかもう分かりません」
 うん? と無意識に首を傾げる仕草は相変わらず可愛いけれど、可愛さだけを売りにして何年も生き延びられるほど世の中は甘くない。薪と付き合い始めて10年、そもそも四捨五入すれば50の男性に「可愛い」という形容詞が適切かどうかなんて冷静に考えれば、などと心の中で愚痴る青木の顔を薪は下から見上げ、小鳥のさえずるような声色で、
「青木。早く行こう」
「はいっ」
 浮かれた返事に気付いて脱力する。思わず語尾を上げてしまった。

 アラフィフの奇跡。
 なんでこんなにかわいいの、薪さんが異常なの、それともオレがおかしいの、いっそメンヘル行った方がいいの?

 春は霞の夕間暮れ。通りは家路を急ぐ人でいっぱいだ。
 公園の入り口に向かう途中、すれ違う人たちがみんなして薪を見て行くのに安堵して、青木は胸を撫で下ろす。大丈夫、異常なのはオレだけじゃない。

 薪と一緒に歩くうち、特に会話もなくただ歩いているだけなのに、青木の気分はどんどん上向きになる。その理由は、みんなが羨ましがるような美人を連れ歩くのは気分がいいとかそういうことじゃない。付き合い始めの頃はそんな滑稽な自惚れもあったけれど、今は思っていない。薪が美しいのは青木の手柄じゃない。
 青木の喜びは、薪の顔が見られること。声が聞けること。こうして隣を歩けること。
 恋人の権利にしてはささやかすぎるそれらに、青木はこの上ない幸福を感じる。亜麻色の瞳は今日も生き生きと輝いて、それが一番うれしい。青木は聖人君子ではないし仏門に入って欲求を抑える修行をしている訳でもないのに、自然にそう思えてしまうのだから不思議だ。

 薪が元気で、自分の隣にいてくれるだけで嬉しくなってしまう。どんな我儘も叶えてあげたくなる。好きになった相手になら誰でもそんな風に思えるわけじゃない。青木にだって我欲はあるし、恋人にこうあって欲しいと言う理想もある。でも薪だけは特別なのだ。
 薪の壮絶な過去を知っているから? 死んでも彼を守りたかった、鈴木の脳を見ているから?
 どちらも理由の一つだけど、違う気がする。この気持ちに明確な根拠を付けること自体が意味の無いことだ。

 だって、『薪は特別』だから。

 その答えが一番しっくりくる、とキャリアの風上にもおけないような感情論を振りかざし、青木は今日も彼に振り回される幸せにどっぷりと身を浸す。気まぐれにあちらこちらへ歩を進める薪の後を、彼の清潔なつむじを見ながら追いかける。

「きれいですねえ」
 桜が群生する一画で足を止めた薪の後ろで、青木はぐるりと首を回し、天蓋のように重なり合う桜花を見上げた。木々の間から覗く空には、ぼんやりと月が浮かぶ。
 青木の傍らで、薪は黙って薄ピンクのアーチを見上げている。その姿はまるで一枚の絵のよう。桜は自然の織りなす芸術かもしれないが、薪は神が創りたもうた奇蹟だ。
 この世の人じゃないみたい。だって、普通の人間がビジュアルで満開の桜にタメ張るなんて不可能だもの。

「薪さんは全然変わりませんね」
 ちらと横目で青木を見る、薪に向かって青木は苦笑した。
「初めて薪さんをここにお連れした時も思いました。桜の精みたいだって」
 えっ、と声を上げて薪は固まる。ロマンティックな会話が苦手な薪にこういう話は鬼門だったか、思いかけて青木は踏み留まる。ちがう、プライベートの薪の切り返しはきっと。
「知らなかった。桜の精ってオッサンだったのか」
 ああ、やっぱり。
 否定するのもかったるいし、説明するのも面倒だからそれでいいや。

「イメージ的に女神だとばかり……そうか、仙人系の精霊か。それなら納得だ」
 なにが納得なんですか。年を重ねるほどに実年齢と見た目年齢との差が広がって行くのは神通力だとか言う気ですか。
「春の海のように穏やかな人柄、達観した人生観。そういうところだろ」
 雪山の天気みたいに激しい気分屋。徹底したカンチガイ。そういうところも可愛いからそれでいいです。
「僕は昔から、年よりも上に見られることが多かったんだ。小さいのにしっかりしてるって言われて」
 それ、子供の頃の話ですよね。
「身長の話じゃないぞ! 年の話だからな!」
 自虐ネタ自分で振ってこっちに突っ込むの止めてもらえませんか。

 内心強く言い返しながらも「はい」と答える、青木を亜麻色の瞳がじろりと睨み上げる。先刻までとは打って変わった、冷徹な観察者の瞳。
「おまえってさ。表面上はしおらしく僕の話聞いてるけど、心の中でずっと言い返してるだろ」
 ……お見事です、仙人さま。

 青木の密かな造反は、薪にとって不愉快であるはずなのに。何故か彼はうっすらと笑う。
 その微笑みは、優美な肢体を濃桃色に滲ませる桜花よりもあでやかに。笑い声は、花びらの先端を弄る夜風より密やかに。青木の目と耳を介して否応なく体内に侵入し、青木の一番大事な部分を攫って行く、根こそぎ奪い取って行く。もはや暴力と言い換えてもいい、抗いようのない誘惑。

 この季節、同じ場所で繰り返される恒例の行事。去年も今年も同じ場所で、同じ桜を見ている。
 たまには余所へ行ってみようとか、今年は他県まで足を延ばしてみようとか、変化を求めるのが普通だと思う。そうしないと人間、飽きがくる。人間はどんな環境にも適応する生物だから、美しい風景にも慣れて、感動が薄まってしまうのだ。
 なのに薪は、その特別性でもって青木の慣れを封じてしまう。当たり前の日常がスペシャルになる。

 朝、第九で顔を合わせて、一緒に仕事をして、怒られて。アフターに待ち合わせて、一緒に過ごして、また怒られて。
 波の数ほども繰り返してきたはずなのに、てんで慣れない。ときめく胸の苦しさも、泣きたくなるくらいの愛しさも。
 薪が特別なのは今に始まったことじゃないけど、でもやっぱり。

「ずるいなあ、もう」
 つい、と細い指が差し出した缶ビールを受け取り、青木は心からの降参を告げる。
「薪さんには敵わないです」
「おまえは正直だから、顔に出るんだ。それに」
 続けて薪は、わざとプルトップを引く音に重ねるように、
「本当にずるいのはおまえの方だろ」

「え。なんでですか?」
「ふん」
 飲み口に吸い付いたつややかなくちびるは、もはや言葉を持たず。青木は早々に追及を諦めた。こういうとき、薪は意地悪だから、絶対に教えてくれない。
 黙って薪の隣で、花を見上げた。青木には教えてもらえなかったその理由を、桜の精が見透かしたかのように、目の前の桜がくすくすと枝先を揺らした。


(おしまい)


(2017.4)



 本気で見透かしてたら、桜いっせいに散ったりして(笑)


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ジャンル : 小説・文学

Daugthers(2)

 こんにちはー。
 Daddyのあとがき、これでおしまいです。
 読んでくださってありがとうございました。
 





Daugthers(2)





「ほら。やっぱりこっちの方が似合うわ」
「驚いた、別人みたい。さすがね」
「少し毛先を巻くと、もっと華やかになると思うんだけど。やってみてもいい?」
「うれしい。ありがとう」
「こっちこそ。練習台になってもらって助かるわ」
 青木がクローゼットから引っ張り出してきたキャスター付きの姿見の前に座って、礼子とヒロミは楽しそうに話している。礼子がヒロミの髪を梳き、縛ったり捻り上げたりして様々な形に変えるのを眺めて、薪は首を傾げ、「不思議だ」と呟いた。

 二人の関係は、礼子が持ってきた一枚の書状によって劇的に変化した。
 いつものように礼子の派手な服装についての説教をして、いつも通りの生意気な返事が返ってきて、そうやって定番のセレモニーを済ませた後、「なにか用事じゃなかったのか」と尋ねた薪に、礼子は黒鞄からそれを取り出した。
 知り合った頃より一回り大きくなった胸の前に掲げられた、A4サイズの上質紙。そこには『T美容学校合格通知書』と書かれていた。それを認めた途端、ヒロミの礼子を見る目が変わり、態度が変わったのだ。
 どうもヒロミは自分の母親のようなタイプを嫌う傾向が強いようだから、キャバクラのバイトに勤しむ礼子のことは敬遠するだろうと思っていた。しかしその礼子が、将来に夢と目標を持って必死に努力している少女であり、水商売はあくまで勉学資金を調達するためであったことが分かって、自分の誤った先入観を激しく恥じたらしい。ヒロミは気は強いが、自分の間違いを素直に認めることのできる娘だ。

 それにしても、と薪はもう一度首をひねる。
 心の変遷もさることながら、それ以前の問題として、彼女たちが何をしているのかがよく分からない。
 鏡の前で二人がやっているのは、ヒロミが後ろで一本に縛っていた髪をほどいたり、また縛り直したり。前髪の分け目を変えたり、横に流してみたり。それで顔形が変わるわけじゃなし、いったい何の意味があるのだろう。

「不思議ですねえ。さっきまであんなに言い争ってたのに」
 青木の同意を得て薪は、彼が淹れてくれたコーヒーを口元に運びながら、
「女は謎だ」と呟いた。
 その亜麻色の瞳は、口中に広がるコーヒーの味を堪能する間だけ、傍らで飽きもせず人形遊びをしているミハルに落とされ、再びヘアスタイルの研究をする女性たちに向けられる。この天使のような少女も、あと20年もすればあんな謎めいた生物に変貌し、自分の理解を超えてしまうのだろうと思うと一抹の寂しさを感じる。男親なんてつまらない、と昔小野田が零していた気持ちが少しだけ分かるような気がした。

「礼子ちゃん、合格おめでとう。よく頑張ったね」
 コーヒーを配りながら、青木が礼子の努力をねぎらう。カーラーを巻き終えて、コーヒーに手を伸ばしながら、「ありがとう」と礼子が礼を言った。
 合格通知を持ってやって来た礼子は、よほど急いでいたらしく仕事着のままだった。そのせいもあってヒロミの誤解を受けたわけだが、電話やメールではなく直接報告に来るなど、可愛らしいことをしてくれる。まあ、あれだけ面倒見てやれば礼くらい言いに来るのは当然だと――、
「青木さんが根気よく勉強教えてくれたおかげよ。本当にありがとう」
 ちょっと待て。なんでそこで青木なんだ。
「おまえに勉強教えてたのは僕だぞ」
「薪さんが教えてくれたのは、最初の2、3回だけでしょ。後はみんな青木さんが教えてくれたんだから」
「……そうだっけ?」
 忙しい薪に代わって青木が率先して代役を買って出ていたのだが、実はそれが礼子を薪に近付けまいとする青木の策謀であったことは、青木の心の中にしまわれている永遠の秘密の一つだ。

「あたしの覚えがちょっと悪いからって、面倒くさがって」
「ちょっとってレベルじゃないだろ、あれは。穴の開いたバケツみたいな脳みそしやがって、いったいどうやったらあんなにきれいサッパリ忘れられるんだか、いっそ羨ましいわ」
「パパ、ひどい。いくらパパが天才だからって、そんな言い方無いでしょ」
 ヒロミ……どんな時でもパパの味方じゃなかったのか。

「周りの人間がみんな馬鹿に見えるって?」
「嫌な人種よねえ、天才って」
 さっきまで親の仇みたいにいがみ合ってたクセに、なんだ、そのチームワークは。共通の敵ができるとコロニーに団結と調和が訪れるってやつか。
「初めて会った時なんて、嫌味と皮肉のオンパレードよ。その頃あたし、親と一緒に暮らしてたんだけど、『淑やかなのはご両親の前だけですか』なんて言って、隠しておいたタバコとお酒、没収してったんだから」
「わたしも似たようなものよ。ミハルが泣くのを、『お母さんのヒステリーが遺伝したんでしょう』なんて言われて」
 互いの事情を知らないままに交わされる彼女たちの会話に、薪は肝を冷やす。二人とも、人には言えない過去を持っている。ヒロミは大人だからその辺りは上手く避けるだろうが、礼子は歯に衣着せぬ性格だから、無遠慮に相手の事情に踏み込まないとも限らない。

「それ、薪さんに責める権利ないわよね。あんたの遺伝でしょ、って言い返してやればよかったのに」
「あ、違うの。パパって呼ばせてもらってるけど、わたしと薪さん、血は繋がってないの」
 ヒロミとの特殊な親子関係を一言で説明するのは難しい。他人からはヒロミと薪が夫婦で、ミハルがその娘のように見えるだろう。礼子もそう思っていたらしく、クスッと吹き出すように笑って、
「ミハルちゃんが薪さんの子供なら、ヒロミさんと薪さんの血がつながってないのは当たり前でしょ。それより、薪さんとどこで知り合ったのか教えてよ。因みにあたしはね」
「礼子」
 心配していたことが現実になり、薪は慌てて二人の話を遮った。ミハルの父親の話は、この母娘の前ではタブーだ。
「あまり根掘り葉掘り聞くものじゃない。人にはそれぞれの事情がある。お互い、そのプライバシーを守って付き合うのが人付き合いというもので」
「ある事件で薪さんが、セーラー服着てあたしのボディガードを」
 守って、僕のプライバシー!!

「セーラー服ぅ?! 信じられない。パパ、その時いくつよ」
「年の問題じゃないわよ。それがものっすごく似合ってて、周りの連中、口を揃えて天使だの女神だのって大はしゃぎ」
「やだやだ、女子高生よりセーラー服が似合う40男なんて」
「40男がにっこり笑って『ごきげんよう』とか言うのよ。鳥肌もんよ」
「うわ、カンベンして。キモすぎ」
「でしょでしょ? 何度、みんなの前でスカートめくってパンツ下ろしてやろうと思ったことか」
「あはは、やればよかったのに!」
 きみたち、陰口は本人の前じゃなくて陰で……できればもう少し声を落としてくれるとうれしいな……。

「ちょっと二人とも」
 ああ、青木。頼りになるのはおまえだけだ。この二人の暴言を止めてくれ。
「薪さんだって仕事だったんだよ。それに礼子ちゃん、その言い方はどうだろう。言葉には限界があるよ」
 自分が見たものを他人に、言葉だけで伝えるのは不可能だ。いくら公平に見たつもりでも主観が入るし、言葉の選択やニュアンスの問題もある。
 薪は少なからず青木を見直した。さすが青木、いいことを言う。青木の言葉は、このネット時代に警鐘を鳴らすもので――、
「だからほら、その時の写メを、痛ったあっ!」
 こいつの葬式の鐘を鳴らしてやりたい。高らかに、三千世界に鳴り渡るほど。
 青木の背中を蹴り飛ばし、薪は青木のスマホを取り上げた。無言で写真ファイルを開き、データを削除する。床に倒れた青木が身悶えしつつハラハラと涙を零していたが、見えない振りをした。

「あれは青木さん、悪いわ」
「青木さん、天然だからね」
 一番大きなダイナマイトよね、と頷き合う彼女たちの意見は尤もで、改めて薪は感心する。女性とは感情に支配されているようでいて、人間の本性をしっかりと見極められる生物だ。薪には雪子という偉大な親友がいたから常々女性には敬意を抱いていたが、彼女たちも尊敬に値する。少なくとも、こんなバカに絆されてしまった自分より、ずっと人を見る目はある。
 コミュニケート能力も、ずいぶんと高いようだ。初対面の相手に、あんな派手なケンカを仕掛けることも、こんなに親しく話をすることも、薪にはできない。他人に遠慮なく物が言えるようになるには時間が掛かるし、仲良くなるのはもっと時間が掛かる。お互いの腹を探り合い、慎重に言葉を選び、顔色を見て、敵か味方か見極めていく。そんな付き合い方しかできない。

 良くも悪くも彼女たちは、薪が踏まなければいけないと認識している階段を易々と飛び越していく。青木も3段跳びくらいで行くやつだと思っていたが、彼女たちはその上をいく。敵わないな、と薪はぼやいた。
「なんですか?」
 薪の呟きを耳に留めた青木が尋ねるのに、薪は組み合わせた手を頭の後ろに持って行き、軽く伸びをしてから言った。
「あいつらには敵わん」
 ふてくされたように吐きだした薪に、青木は大真面目に答えた。
「それはそうですよ」
 肯首されて驚いた。自分では認めつつ、でも青木に肯定されるなんて思わなかった。

 青木は薪を神さまのように崇めている。正確には、青木の中にある究極の理想像を薪に重ねているのだ。生半可な覚悟では背負い切れないその重みが、薪の肩にはいくつもぶら下がっている。それぞれの立場からそれぞれの思惑で寄せられた重りは数多くあれど、青木のものが一番重い。薪自身、他の誰を差し置いても彼の期待にだけは応えたいと思っているからだ。そんな気概を持つ薪に、青木の言葉は意外だった。
 気持ちが顔に出たのだろう。青木は今度はふふっと笑い、
「だってこの世に」
 背中を丸めて身を屈め、薪の耳元に唇を寄せて言った。
「娘に勝てるお父さんなんか、いるわけないですよ」

 なるほど。
 世の父親は娘に甘い、それは全世界共通のヒエラルキー。実際の親子でさえその有様なのだ。血のつながりがない自分は、彼らよりもっと立場が弱くて当然だ。

「おまえの父親も、お姉さんには甘かったのか」
「そりゃあもう。だから姉はあんな性格に」
「ぷ。おまえのお姉さん、見た目美人なのに。喋らせたらすごいもんな」
「胸にしまっておいてくださいね。あれでも本人、薪さんの前では抑えてるつもりなんですから」
「あれで?」
 青木の実家で初めて会ったとき、密かに「口からバクダン女」とあだ名を付けた、天真爛漫を絵に描いたような女性のことを思い出す。よく喋りよく笑い、とても幸せそうだった彼女。その伸び伸びとした精神は、まごうことなき青木家の血脈だ。

 叶うことなら彼女のように、あの2人にも幸せになって欲しい。
 その身体に薪の遺伝子は無くとも自分をパパと呼んでくれる女性、ある事件をきっかけに知り合った薪と同じ業を背負った少女。父親風を吹かすには薄すぎる縁だが、その幸せを願わずにはいられない。
 彼女たちの未来を思い描くとき、薪にはどうしてもそこに普通の幸せな家庭を見つけることができない。青木の姉が過ごすような毎日を、彼女たちの人生に宛がうことができないのだ。
 それは薪自身にも言えること。そんな人間が彼女たちに人生を説くことは、彼女たちの男性不信をますます煽ってしまうだろう。

 人形遊びをしながら眠ってしまったミハルが、床に胡坐をかいた薪の膝に頭をもたせ、健やかな寝息を立て始める。青木が気付いてヒロミに声を掛けようとしたのを、薪は眼で止めた。それだけで青木は奥の部屋から、肌掛け用の毛布を持ってくる。

 傍にいて守ってやることは、自分にはできないけれど。今夜のように、ほんの少しでも。
 彼女たちに笑顔があるように。
 心安らかに過ごせるように。
 明日の楽しみを心に抱いて眠りに就くことができるように。

 願いと言うにはあまりにもささやか過ぎる、それらを願うのが精一杯の無力な自分を心の底では嘆きつつ、薪は自分の役目を全うする。背中を丸めて頭を低くし、ミハルの耳元にくちびるを近付けて、
「ミハルは大きくなったらおじいちゃんと結婚する、おじいちゃんと結婚する、結婚結婚結婚……何をする」
 薪のつややかなくちびるとミハルの小さな耳の間に、大きな男の手が窮屈そうに割り込んだ。ムッとして見上げれば、青木の困ったような顔。
「睡眠暗示と言うのは、男としても方法としてもいささか卑怯ではないかと」
「本人の前でなんて、恥ずかしくて言えない」
「いつからロリコンになったんですか。胸の小さな女性には興味無かったはずでしょう」
「抜かりはない。そのためにもミハルには、今のうちから恭子ちゃんの美乳写真を見せて英才教育を」
「子供になにを見せてんですか」
「彼女の胸は芸術だ。日本が生んだ世界に誇るべきボディアートだ」
「ちっ。やっぱり燃やしときゃよかった」

 青木の黒い呟きは、ミハルの寝返りに紛れて薪の耳には届かない。少し離れたソファでは、これからどこへ出かけるわけでもないヒロミのセットアップが進行している。スリープモードで掛けられるドライヤーの音と、女性特有の、小さくとも賑やかな話し声。
 心地よい音たちの中でまどろむ幼子の身体に、薪はそっと毛布を掛けた。




(おしまい)


(2017.3)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Daugthers(1)

 こんにちは。
 はや、4月になりまして。桜も咲き始めましたね。
 暑くなったり寒くなったり、気温の変化が激しい今日この頃ですが、みなさん、お元気ですか?

 さて、本日は「You my Daddy」のあとがきです。(←いまごろ!!)
 今回は座談会ではなく、SSにしました。
 え、どっちもあとがきじゃない?
 すみません、法十のあとがきはこれなんです。わたし、作文苦手で、リアルの文章書けないんです。


 SS書いたの、何か月ぶりだろー。

 毎回そうなんですけど、ブランクが長くなると、どうやって書いていたのか忘れてしまって、それを思い出すのにすごく時間が掛かります。言葉選びとか比喩表現とか、文章の締め方とか。そういった諸々のことに迷って、いちいち躓くものだから、話の運びは遅いわテンポは悪いわ、時間ばっかり喰って熱は冷めるわ……毎度のことながら、立ち上がりは調子悪いです、すみません。
 20年ぶりに職場に戻ってきたシニア社員の報告書を読んでいるつもりでお楽しみくださいませ。(楽しいのか、それ)


 題目は、薪さんの娘たち。(←しかも青薪さんじゃないという。楽しいのか、それ)
 どなたさまも広いお心でお願いします。





Daugthers(1)





 細い指先が、液晶画面に映る数字の上を軽やかにタップした。2から始まる3桁の数字、それが訪問先の部屋番号だ。

 応答を待つ間、九条礼子は、なんとはなしに自分の爪を見た。短く切ってはあるものの、その色合いはなかなかにカラフルだ。先端の赤と中間のピンクが細い銀色のラインで斜めに仕切られ、根元に近い部分は透明度の高い白色。行きつけのネイルサロンで「春らしく」とだけ言ってネイリストに任せたのだが、出来栄えは満点に近い。礼子の好みにも合っている。しかし、これから訪ねる部屋の主には「派手だ」と眉を顰められるに違いない。何かと口うるさい男なのだ。
 気持ちを切り替えるように、礼子は右肩に引っ掛けた大きなバックを掛け直す。実用性重視の黒いトートバックは、高く結い上げた巻き髪と紫色のドレスという彼女のファッションに全く似合っていないが、これは学校のお仕着せで、実はこれを見せるのも目的の一つなのだ。どちらかと言えば服装の方が間違いなのだが、今日はバイトが長引いてしまって、着替える時間が無かった。このバイト内容に適応した胸の空いたドレスにも、彼は文句を言うに違いない。メンドクサイ男だ。
 そう思うなら一旦家に帰って出直してくればよかったのだが、礼子は一刻も早くここに来たかった。それは電話、いっそメールでも事足りる用事だったが、礼子は足を運ぶことを選んだ。それが礼儀だと思ったし、相手の反応を見たくもあったからだ。
 ところが。

『はい。どちら様ですか』と答えた女の声に、礼子は戸惑った。目的の部屋に女性はいないはずだ。部屋番号を押し間違えたかと画面を見るが、そうではない。では、引っ越したのだろうか。自分に連絡もなしに?
 さては、借金がかさんだ挙句の夜逃げか。それとも痴話喧嘩のし過ぎで近所から苦情が出て追い出されたのかしら、と失礼な当て推量をしながら、「そちらは薪さんのお宅では」と尋ねてみる。相手の女性は『そうです』と答え、『失礼ですが、どちら様ですか』と最初の質問を繰り返した。
「九条ですけど。薪さん、います?」
『少々お待ちください』と相手の女性はインターフォンを置き、礼子はしばらくの間、ほったらかしにされた。
 待ち時間の慰みに、とりとめのない妄想が浮かんでは消える。

 今の女性は誰だろう。声の感じでは若い女のようだったけど、まさか恋人?

 薪には男の恋人がいる、でも彼はゲイじゃない。それは知っていたけれど、大人しそうに見えて実は独占欲の塊のような薪の恋人が、薪に女遊びを許すとは思えない。だからと言ってあの二人が切れたとはもっと思えない。彼らは互いに、無くてはならない存在だったはず。彼らと知り合った当初からそう感じていた礼子は、昨年の春からようやく一緒に暮らし始めた二人を表面上は冷やかしつつ、心の中では全力で応援していたのだ。それなのに。

『申し訳ありませんが、薪はいま、手が離せないと』
 相手の言い訳にカチンとくる。
 自分の家にいるくせに、何が手が離せないことがあるのよ。どうせ恭子ちゃんの水着写真の切り抜きでもしてるんでしょ。
『それに、基本的に薪はお約束のない方とはお会いしません。まずは電話か手紙で会見内容をご提示なさって、アポイントメントをお取りください』
「はあ!?」
 アポですって? いつからそんなにエラクなったのよ、あの説教オヤジ。
 ていうかこの女の喋り方、めっちゃムカつく。昔、義父だった男の秘書兼愛人やってた女の喋り方そっくり。あの女、義母には逆らえないもんだから、あたしにさんざん意地悪したのよ。

「じゃあいいわ。青木さんに代わってよ」
 この女が何者でも、青木の名前を出せば怯むはず。だって彼は薪の。
『……部屋をお間違いでは? こちらには、そう言った名前の者は住んでおりません』
「え」
 どうやら青木はこの女に追い出されたらしい。恋人と言っても青木は薪の奴隷みたいなものだから、薪の心変わりに泣く泣く身を引いたのかもしれない。
 そこには本人たちしか知り得ない事情があったのだろうし、だから薪が青木と別れたことに関して四の五言う気はない。でも、後釜にこんな女を選んだことは絶対に許せない。女を見る目が無さすぎる。今度薪がお店に来たら、みんなに協力してもらって身ぐるみ剥がしてテーブルの上に転がして動画をウェブで流してやる。

 恐ろしい決意を胸に、礼子は踵を返した。ドレスの裾を翻し、怒りに任せた歩幅のままエントランスを出ようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。
「あれ。礼子ちゃん」
「青木さん」
 見知った顔に出会えてホッとしたのも束の間、礼子は瞬時に現在の状況を思い出し、美しく化粧した顔をこわばらせた。
 別れた恋人のマンションにやってきた、元恋人。なぜ? もちろん、恋人に未練があるからだ。
 礼子の見立てが間違っていなければ、青木にはストーカー犯罪者の素質がある。何時のことだったかこの男は、薪の裸を見た人間は一人残らずこの世から抹殺するとか言って、何人殺せばいいんだろうとか呟いてて、
 それもう素質の段階じゃないから。連続殺人犯のツイッターログだから。

「久しぶりだね。薪さんに用事?」
「え、あ、いや、いいわ、今日はいい」
 礼子がシドロモドロに応えを返すと、青木は「うん?」と首を傾げた。いつもハッキリと物を言う、ちょっとハッキリし過ぎるキライのある礼子が曖昧な返事をしたから、意外に思ったのだろう。
「こ、今夜は雨だってテレビで言ってたし。青木さんも、今日は早く自分の家に帰った方がいいと思うわっ」
「雨かあ。それなら車で送って行くから。上がってお茶でも飲んで行きなよ」
 そう言って青木はタッチパネルに手を当て、内扉のロックを外した。言動から察するに青木は、薪と別れたわけではなさそうだ。
 てことは、さっきのあの女の言葉はフカシ? 青木の留守に薪のところへ強引に押しかけてきて、「恋人になってくれるまで帰らない」てやつ?
 部屋に上げたくらいだから、薪にも身に覚えがあるのだろう。つまりこれから青木が部屋に戻ったら、「ひどいわ、あの夜は何だったの。わたしとこのウドの大木、どっちを選ぶの」という修羅場が展開されることに――。
 どうしたらよいのだろう、と礼子が迷ったのは5秒ほど。1分後にはピンヒールの音を響かせ、青木と一緒に階段を昇っていた。
 自分が誰の味方をするかなんて決まってる。今、自分がこうしていられるのは彼のおかげなのだから。これから窮地に立たされるに違いない彼の、味方になってやらなければ。部外者の自分の援護射撃がどこまで通用するか、自信はないが、これは人としての在り方の問題だ。受けた恩は返す、当然のことだ。

「ちょ、ちょっと待って、青木さん!」
 瞳孔センサーが黒い瞳をスキャニングし、玄関のロックが解除された。そのまま青木がなんの構えもなくドアを開けようとするから、礼子は思わず彼の手を掴む。驚いた青木と目が合って、不覚にもときめいた。その動悸の原因はおそらく、190センチの長身に子犬のような黒目のアンバランス。薪が時々青木の前で固まっているのは、多分これにやられているのだろう。
「深呼吸しましょう、深呼吸」
「なんで」
「ドアを開ける前は深呼吸するの。JKの間では常識よ」
「そうなの?」
「女子高生って不思議な生き物だね」と青木は笑い、「ただいまー」という間延びした声と共に、軽くドアを開けてしまった。

「おかえりなさい。あら?」
 インターフォンに出た女の声が出迎える。年の頃は20代後半、セミロングの黒髪をバレッタで後ろに留めている。服装は地味だけど顔立ちは整っている。髪型と化粧で化けるタイプ。痩せ気味だけどスタイルは良い。
「まあ、ごめんなさい。あなた、お客さまだったのね。わたしてっきり」
 恋人の留守を狙って男を寝取りに来るくらいだからケバい女を想像していたけれど、服装といい言葉使いといい、良家の若奥さんみたいだ。雰囲気がなんとなくお母さんぽい、ていうかなにそれ、その脚にくっついてるやつ!

「ミハル。お客さまにご挨拶しなさい」
 母親のスカートにへばりついてモジモジしてる小動物。子供、どこから見ても子供だわ。まさか、薪さんの子供じゃないわよね?
「礼子ちゃんは初対面だったよね。こちらヒロミさんとミハルちゃん。薪さんの、えっと、うん。娘さんだよ」
 マジでかっ!!

「ムスメ……」
 乾ききった声で、礼子はその言葉を繰り返した。
 これはあれだ。ちょっとした遊びのつもりで関係を持ってしまった女が何年か後に突然やってきて『あなたの子よ』ってやつだ。アルコールが入ると高確率で記憶障害になる薪らしい不始末だが、子供を持ち出されたら青木には分が悪いだろう。
 しかし、青木の嫉妬深さと薪に対する執着の強さは既に犯罪者レベル。マスオさんみたいな顔して、羊の皮を被った狼どころかティラノサウルスだ。薪に手を出す人間には容赦しない。相手が男でも女でも、子供でもだ。

 礼子は思わず天を仰ぐ。これは血を見るかと思いきや、聞こえてきたのは青木の存外穏やかな声だった。
「ヒロミさん、久しぶり。ミハルちゃんも、よく来たね。2人とも元気そうでよかった」
「おかげさまで。青木さんも相変わらず……しばらく見なかったせいか余計大きく見えるわ。ちょっと太った?」
「えっ、分かる? 実は3キロほど。4月は歓送迎会が多いから、毎年太っちゃうんだよね。家での食事を調整できればいいんだけど、薪さんの料理が美味しすぎてさあ」
「あー、分かる分かる。わたしもここに来るたび、おなか周りがヤバくなって」
 なによそれ。どっちが本妻の立場か知らないけど、あんたたち慣れ合いすぎでしょ。それともお互い腹の中では、相手に頭から灯油ぶっかけて燃やしてるの? それとも金属バットでタコ殴り?

 礼子が自分の想像にハラハラしながら状況を見守っていると、奥の部屋から部屋の主が現れた。有名なゆるキャラの人形を両手に抱えて、ああ、インターフォンの返事は嘘じゃなかった、なるほどこれでは手が離せない、じゃなくて! この非常時に何やってんの、この男は!
「礼子。どうしたんだ?」
 おまえがどうしたんだ!? と叫びたい。なによ、そのけったいなぬいぐるみは、て言うかデカっ! 胴体は薪の両手がやっと回るくらいだし、顔なんか薪の5倍くらいある。
「あ、なんだ。クジョウっておまえか」
 同姓の知人がいたのか、と尋ねると、薪はぬいぐるみに動きを阻まれながらも首を横に振り、
「クレームだと思った」
 それで追い帰すように言ったの。バカじゃないの、このオヤジ。

「パパ」
 ミハルと呼ばれた少女が薪を見つけ、一直線に走っていく。走り寄る子供に、薪は礼子が見たこともないような甘ったるい顔で、
「ミハル~!」
 あかん。こら青木さん、あかんわ。オヤジ、子供に骨抜きになっとる。
「ほーら。ミハルの大好きななっしーだよ~」
 与えて遊ばせるのはいいけど、子供、巨大ぬいぐるみの下敷きになってるわよ。窒息するんじゃないの、それ。
 いっそ死んでくれた方が青木にとっては都合がいいのかもしれないと黒い考えが浮かぶ礼子の前で、当の青木は、
「ミハルちゃんが来るって言うから、ミハルちゃんの大好きなチョコレート買ってきたよ。ゴディバだよ~」
 このお人好し世界選手権ぶっちぎり優勝男。
「もー、パパも青木さんも、あんまりミハルを甘やかさないでよ。ちやほやされるのに慣れちゃうと、後が大変なんだから」
 目の前で繰り広げられる家族ドラマに、礼子は眩暈を憶える。子供まで産ませた女性がいるのに男と同棲している男。恋人が、他の女性に産ませた子供と仲良く遊ぶ男。彼らがまるで親子のように自分の娘と戯れるのを笑って眺めている女。礼子には、誰一人として理解できない。

「大人の世界ってこういうものなの?」
 しきりに首を振る礼子をどう思ったのか、ヒロミと呼ばれた女性が「さっきはごめんなさい」と謝ってきた。いけ好かない女だと思っていたが、意外と素直だ。嫌いな女と喋り方が似ていたくらいで嫌悪感を抱くなんて、子供じみた真似をして申し訳なかったと、
「てっきりキャバクラの下衆女が、パパのプライベートをネタに強請に来たとばかり」
 思わなくて良かった! 思ってたら負けてた!!
 人を見た目で判断する差別主義だけでも頭に来るのに、犯罪者扱いまで。この女、あれだ。ごめんなさい言いながらちっとも悪いと思ってないタイプだ。もうこっちを見る目が害虫を見る目だもん。

「仰るとおり、あたしはキャバクラに勤めてますけど。なにか?」
「あら、それはそれは。お若いのに大変なお仕事で」
 今、フッて! 鼻で笑ったわよ、このアマ。
「あんたねえ。初対面の人間を犯罪者呼ばわりしていいと思ってんの」
「あら、ごめんなさい。でもわたし、どんな時でもパパの味方だから」
「上手いこと言って、あんたこそ子供を使って薪さんからお金を引き出しるんじゃないの」
 礼子の反撃に、ヒロミは鼻白む素振りも見せなかった。それどころか嘲笑う形に歪めた唇の両端をいっそう釣り上げ、
「だから嫌いなのよ。水商売の女は礼儀を知らなくて」
「悪かったわね。あんたになんか迷惑かけたぁ?」
「初対面の人間をあんた呼ばわりしないで。子供の教育に悪いわ」
「なにが子供の教育よ。あんたのやってきたことの方が、ずっと人の道に外れてんじゃないの」
「あ、あなたがわたしの何を知ってるのよ?!」
 突然、ヒロミは顔色を変えた。この女、上品ぶってるけど、裏ではけっこうなことをやって来たのかもしれない。あの秘書もそうだった。パパの他に2人も男がいて、洋服やら宝石やら3人から貢がせてた。それと似たようなことをして来たに違いない。
「顔見りゃ想像つくわよ」
「アタマ空っぽ身体で勝負します女の代表みたいなカッコした人に言われたくないわよ!」
「なによその言い方! あたしのこと、キャバ嬢だと思ってバカにしてんでしょ!」
 二人の女性の間で、激しい火花が散らされる。子供と遊ぶのに夢中になっていた男二人は、そこに到ってようやく不穏な空気に気付いた。
「薪さん。なんか部屋の中に台風発生してますけど」
「あの二人、馬が合わないだろうとは思ってたけど。想像以上だな」
 避難避難、とミハルの眼を手で隠しながら、薪はリビングからダイニングに移動した。ぬいぐるみを抱えて、後ろから青木もついてくる。

 ミハルをダイニングテーブルに付かせ、ホットミルクとチョコレートを与えておいて、薪と青木はそっと嵐の行方を見守る。周りに気兼ねして声は抑えているものの、二人の間に渦巻く戦意は隠しようもなく。緊迫した空気がビシビシと伝わってきた。
「女の人のケンカって、どうしてあんなに怖いんだろうな。殴り合いとかじゃないのに」
「その気になれば、言葉だけで人が殺せる生き物ですからね。女性は」
「えっ。そうなのか?」
 そうですよ、と頷く青木に、薪は少しだけ猜疑心の混じった視線を送る。青木は嘘は言わないだろうけど、ちょっと大袈裟じゃないのか。
「オレには姉がいますからね。女性の特殊能力はよく知ってるんです」
「なるほど。特殊能力か」
「だから薪さんも、女の人には気を付けてくださいね。声を掛けられたからって、付いて行っちゃダメですよ」
「分かった」
 姉どころか母親も早くに亡くした薪にとって、身近な女性は叔母と雪子くらい。到底、女性を理解しているとは言い難い。ここは女系家族の中で生きてきた青木のアドバイスに従うべきだろう。
「プライベートになると、どうしてこんなに簡単に騙せちゃうんですかね。これだから一人で外出させられないんですよね」
「ん? 何か言ったか」

 いいえ何も、とにっこり微笑まれて、薪は思わずその笑顔に見惚れる。
 青木が笑うと、そこだけ陽だまりみたいだ。キラキラしてあったかい。彼ほどあたたかく笑う人を、薪は他に知らない。
 息苦しさを覚えるほどのときめきを隠して薪は青木を見上げる、けれど隠しきれるはずもなく。瞳が合えば伝わってくる、その断片ですら言葉の枠に収まりきらない、奔流のような彼の気持ち。
 きみが好き。

「薪さん。今夜は、その」
「……うん。僕も」
「「くおら!!」」
 見つめ合う二人を、娘たちの声が唐竹割りにする。自然に触れ合わさった手が弾かれるように離れ、それで初めて彼らは気付く。二人とも、無意識のうちに互いに手を伸ばしていたこと。仲良きことは美しきかな、されど見せられる方はたまったもんじゃない。
「よくイチャつけるわね、この状況で」
「まったくよ。第三次世界大戦勃発しようかって時に」
「どうやって戦争起こすのよ。キャバ嬢ごときが」
「キャバ嬢舐めんじゃないわよ。K国主席に色仕掛けして、あんたの家にミサイルぶち込むことだってできるんだからね」
「やってもいいけど、あんたんちも一緒に燃えるわよ、それ」
 エスカレートする舌鋒をよそに、薪は、何を思ったかぽんと手を打ち、
「あ、そういうことか。さすがだな、青木」と感心したように言った。
 いえそんな、と両手を振って薪のリスペクトを辞退する青木に、薪は面映ゆそうに頬を赤くして、
「自分の知識をひけらかしたり、自慢したりしない。おまえのそういう奥ゆかしいところが、僕は」
「薪さん……」
「「だからイチャつくなっての!!」」

 さっき怒鳴られたばかりなのに、この男どもも大概懲りない。娘たちが美しい眦を吊り上げるのに、薪は反省の色を見せるどころか、逆に言い返してきた。
「うるっさいな。おまえらのケンカ、僕たちには関係ないだろ」
「関係なくないわよ。少しは空気読みなさいよ、このKY・O(オヤジ)が」
「KYO……『気が利いてやさしい大男』か。青木にぴったりだな」
「薪さんの場合は、きれいで妖艶な王女さま……あ、妖精みたいなお姫さまってのもありですね」
「「バカなの、あんたたち」」
「バカはおまえらだろ。初対面なのに、よくそんなディープなケンカができるな」
「女はね、見た瞬間に相性がいいか悪いか分かるのよ」
「そうそう。そういう相手には歩み寄るだけ無駄」
「その割にはツッコミハモってますよね」
「「おおきなお世話!」」
 ほらそれ、と青木が余計なことを言うからますます彼女たちの怒りは激しくなる。だん! と揃って足で床を踏み鳴らし、青木と薪の方へ凶悪な顔つきで詰め寄った。その怖いこと怖いこと。
 震え上がって崩折れた2人の男をゴルゴーンもかくやの冷たい眼で見下ろして、来客用のスリッパが2足、ずいっと進む。押されるように、二人の男は尻でいざる。やがてダイニングテーブルの脚が背中に当たり、進退窮まった二人が身を寄せ合って目をつむった時、天の助けが現れた。

 4人の間にひらりと舞い降りた少女は、口の端にミルクの白を無邪気に残して、
「ケンカ。ダメ」
 鶴の一声ならぬ天使の一声。ミハルの正論には誰も逆らえず、2人の女たちはそれぞれに矛を自分の胸に収めたのだった。




*****


 まとまらなくてすみませんー。
 次で終わりますー。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

「秘密」二次創作者(文章)に九つの質問 にお答えします

 こんにちは。
 竣工書類ラッシュ真っ只中のしづです。お休み長引いてすみません。
 お話は書いてませんが、メロディは読みました。ブログさま巡りも少しずつしてます。
 Eテレも、4日遅れでやっと見ました。再放送があってよかった……! (><)
 薪さんが生まれるところ、感動しました。寿命が延びた気がする。秘密コミュのみなさん、記事を上げられてると思うので、感想をコメントしに行きますね。(←自分のブログに書け)
 
 それと、昨日でしたか、拍手が9万を超えました♪ (にゃんたろーさんも仰ってましたけど、管理画面の総数と拍手ページの総数にズレがあるんですよ。うちの差は85です)
 常連さんもご新規さんも、いつもありがとうございます。
 お礼SS書く書く詐欺で訴えられそうですが(^^;)、どうか気長に待ってやってください。


 さて、表題について。
 先日、粟田庵さんで興味深い質問を見つけまして、お借りしてきました。
 SSではないので、興味のある方だけどうぞ。




 「秘密」二次創作者(文章)に九つの質問






 

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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