言えない理由 sideB(1)

 新春より当ブログにお越しのみなさま、ご来訪ありがとうございます。
 本年もよろしくお願い致します。
 この「よろしく」の内容を平たく言いますと、やっちゃいましたなSSにも目をつぶってください、ということで……今年も生温い眼で見てやってくださいねっ!!


 で、早速『やっちまったなSS』第一弾、すずまきさんの失恋話でございます。(松の内も明けないうちからすみません)
 うちのすずまきさんは、大学時代に1年くらい恋人として付き合っていたのですけど、薪さんが鈴木さんに振られる形で別れてしまいまして、その経緯を薪さん視点から書いたのが『言えない理由 sideA』でございました。 
 こちらはその逆バージョン、鈴木さんサイドから見たお話です。 どっちにせよ、別れちゃうことに変わりはないんですけど。(身も蓋もなくてすみません)



 こちらのお話、鈴薪強化月間参加作品 となっております。
 みなさまにはご存知の通り、にに子さんのブログ 『ひみつの225』 にて、鈴薪強化月間実施中でございますが、図々しくも、それに乗っけていただきました♪ (←ポチると飛べます)

 にに子さんとは、一緒に鈴薪強化月間を盛り上げよう! とお話いたしまして、1月の公開と相成りました。
 わたしはあおまきすとですが、すずまきさんあってのあおまきさんであって、薪さんが鈴木さんに恋をしていなかったから、薪さんが鈴木さんを殺めていなかったら、薪さんは青木さんに恋をしなかったと思ってます。 青木さんも、あそこまで薪さんに心酔しなかったんじゃないかと。 
 もちろん、これはあおまきすとにあるまじき考えだということは承知しております。 だって二人は運命の二人だから、どんな状況で巡り合ったとしても恋に落ちるに違いない、というのが正しいあおまきすとの考え方ですよね。
 だけどわたしには、そうは思えなくて。
 あのふたり、運命じゃなくて必然だった気がするんですよね。

 にに子さんのところの鈴薪強化月間に参加させていただこうと思ったのは、そう言った理由で、わたしがすずまきさんを重要視しているからです。
 以上、声明でございました。

 
 え、しづの本音?
 そんなん決まってんじゃん、うちのS話で傷ついた読者さんを、にに子さんの甘いすずまきさんで癒してもらいたいなって。 ←こすっからしい。
 
 ということで~、みなさま、うちの話を読んで「なんやこれ」と思われましたら、にに子さんのブログへダッシュ!!
 なお、しづの人の道に外れた魂胆は、にに子さんにはナイショにしてくださいねっっ!! ←非道。





言えない理由 sideB(1)






 爽やかな秋晴れの休日。
 鈴木は薄手のブルゾンのポケットに両手を入れて、ジーンズに包まれた長い足を軽やかに動かしていた。
 鈴木が向かっているのは、鶯谷の学生向けのアパートで独り暮らしをしている友人の家。今年の春知り合って、現在は一番の親友になった男の家だ。

 もうすっかり見慣れたドアの前に立ち、右手のチャイムを押す。すぐにドアが開いて、友人が姿を現わした。
 ドア口から顔を覗かせた彼は10月の潔い太陽光に照らされて、階段の下から吹いてくる秋風より涼やかに、鈴木を見てにこりと笑った。
「いい天気だぜ、薪。どっか行こうか?」
「やだ。部屋でゲームしたい」
「え~、またかよ」
「じゃあ、ビデオ観る。それか読書。とにかく、家の中がいい」
 頑固に言い張る自分勝手な親友に、鈴木は「はいはい」と頷く。言うことを聞いておかないと後で自分の頼みも聞いてもらえなくなるから、これはいわゆる妥協だ。

 主に促されて部屋に入り、鈴木が居間兼居住スペースのカーペットの上に置かれたクッションに腰を落ち着けると、キッチンからコーヒーと菓子を持って薪が現れる。レモン風味のパウンドケーキにコンソメ味のポテトチップ。さすが親友、オレの好みを解ってる。
 テレビの配信管理画面を開いて作品を物色し始める親友の背中を見て、こいつはこんなに極端なインドア派だったかな、と鈴木は思う。
 確かに本が好きで、室内でのゲームや映画鑑賞を好むタイプだったけど、以前はもっと頻繁に外へ出掛けていたような気がする。それともあれは、まだそれほど親しくない友だちに対する遠慮だったのだろうか。
 昔から友人の多い鈴木だが、この友だちは少し特別だ。とびきりの頭脳と容姿、そして誰にも真似できない独特の思考回路を持っている。薪の考えていることは、実のところ鈴木にもよく分からないことが多い。だからこそ面白いのだが。

「鈴木。なんかリクエストある?」
「女子アナ水着大運動会」
「……そのジャンルは登録されていません」
「なんで。基本だろ、男なら」
 薪の家のビデオ配信設定ジャンルは、本格推理もの、冒険アドベンチャー、動物感動もの。イロケのイの字もない。
「鈴木の家にはあるのか?」
「もちろん。オレの部屋のテレビのジャンル設定は、セクシー系、萌え系アニメ、アダルト映画の3つだ」
「……ヒロ兄、さいてー」
 鈴木の幼い妹の呼び方を真似て、薪が軽蔑しきった顔をする。
「おやおや。コドモの薪くんには、女の子のビキニ姿の騎馬戦は刺激が強すぎるのかな?」
「べつに。そんなの平気だけど。アダルトジャンルは有料だから、それだけ」

 薪は親元を離れてひとり暮らしをしている。仕送りはあるのだろうが、彼の読書量を勘案するに、多分ぜんぜん足りない。
 女子がデパートで洋服を買いすぎてしまうように、薪は本屋に入るとふらふらと本の背表紙に惹かれて行って、最終的にはびっくりするくらい大量の本を買い込む。1回に20冊くらいは平気で買うのだ。それを月に何回か。毎朝見かけるたびに違う本を持っていることが、鈴木には信じられない。

 鈴木の求める作風のものはここにはないことを悟った薪は、冒険活劇のカテゴリからひとつの作品を勝手に選び、スタートボタンを押した。軽快な音楽に乗って、主人公の青年とヒロイン役の美女が姿を現す。
 ジャングルの奥地に隠された秘宝をめぐるアドベンチャーだか何だか、そんな話らしかった。ストーリーは平凡だが、アクションシーン満載で純粋にワクワクする。こういう映画には付き物の主人公とヒロインの恋愛にしても、冒険を通してふたりが惹かれあう様子が自然に描かれていて、これなら恋愛映画としても楽しめそうだ。
 彼らの気持ちは秘宝に辿りつく直前に最高潮を迎えたようで、明日は洞窟の中に入る、という前夜、一緒のベッドに入ることになったらしい。胸の大きな金髪のヒロインが服を脱ぎ、鈴木が身を乗り出すと、隣にいた親友が席を立った。

「どこ行くんだよ?」
「コーヒーのお代わりを。あ、止めなくていいよ、先に進めちゃって」
 そんなもったいない、と思わず突っ込みたくなるのを堪えて、鈴木は停止ボタンを押した。
「待ってるから、早く持ってこいよ」
「いいよ。別に見たくないから」
 19歳の男が、こういうシーンを見たくないなんて、正気とは思えない。が、思い起こしてみると、薪はこういう場面がテレビに映ると自然に席を外すことが多かった。鈴木が悪友たちとナンパの成果を自慢し合うときも、黙って聞いているだけだった。薪は顔立ちも雰囲気も上品で、そういう話題にはそぐわない男だったから、その場では誰も無理に聞こうとはしなかったが、みんな気になってはいたのだ。つまり、薪の女性経験だ。

 新しいコーヒーを持って帰って来た親友に、鈴木は軽い調子で尋ねてみた。
「薪。おまえ、もしかして女の子としたことないの?」
「あ、あるよっ、僕にだって!」
 コーヒーカップを倒しそうになるほどうろたえて、薪は頬を赤らめた。その顔は鈴木以外の友人たちが同席しているときの表情とは、まるで違っている。鈴木の前でだけ見せる、薪の素の顔だ。

「へえ。いくつのとき? 相手は?」
「こ、高校三年のとき。相手はクラスの娘で」
「同級生かあ。どうだった?」
「そ、それが……あんまり、うまくいかなくて」
「なんだよ、何やらかしたんだ?」
「……笑わない?」
 うっすらと桜色に頬を染め、ちらっと上目遣いに見上げてくる親友の顔に、どきんと心臓が脈打つのを感じて、鈴木は焦る。こいつって、本当に可愛い顔してる。思わず性別を忘れてしまいそうだ。

「笑ったりしないよ。オレだって最初は、相手にリードしてもらったもん」
「そっか、相手が大人の女性なら良かったのかも。僕は同い年の娘だったから、相手も初めてだったみたいで。どこに入れたらいいのかよく解んなくって、だけど女の子のハダカ見てたら興奮しちゃって、入れる前にその」
「―― 未遂暴発?」
 赤い顔をしてこっくりと頷く薪を見て、鈴木は大声で笑い出した。約束を違えた鈴木に、恥ずかしそうに俯いていた薪が目を剥いて怒り出す。

「笑わないって言ったじゃないか! うそつきっ!!」
「だ、だっておまえ、それ……ぶはははは!!」
「鈴木のバカ――ッ!!」
 顔やら胸やらを、小さな手がめちゃめちゃに叩いてくる。まるで子供が癇癪を起こしているみたいだ。ホント、可愛いやつ。
「だれかに言ったら承知しな、って、なにチェーンメールで回してんだよ!!」
「いや、これきっと今年のグランプリだぞ」
「なんの!?」

 鈴木は薪の拳を避けようと、床に転びつつも笑い続けた。メールはもちろんフリだけ、こんな可愛い薪を他の誰にも見せたくない。だけど真っ赤になって怒る薪の姿はもっと見たいから、鈴木は携帯のフラップを閉じない。
 仰向けになった鈴木の腹の上に跨るような体勢になって、薪は鈴木の頬を思い切りつねる。それでも鈴木が笑いを収めないと知るや、薪はため息をついて鈴木の上から退いた。

「どうせ僕は、遅れてるよ」
「そんなことないって。てか、遅れてるとか進んでるとか、そういうもんじゃないだろ。薪が本当に好きになった人とすればいいんだからさ。焦ることないよ」
 膝を抱えて落ち込みのポーズを取る親友を、鈴木は慌ててフォローする。ここでこいつに機嫌を損ねられたら、週明けに提出予定のレポートは絶望的だ。
「付き合い始めて3日でやっちゃう鈴木に言われてもなあ」
「オレの祖先、イタリア人だから」
「ウソ吐け! 大和民族代表みたいな顔してるくせに」
「うおっ、気にしてるのに! いいよな、薪は。ハーフみたいで、カッコよくて」
 薪の亜麻色の髪や瞳は、太陽に照らされるとキラキラ光って、角度によっては金髪にも見える。それが不自然に見えないくらい、白い肌と整った顔立ち。その気になれば女の子なんか選び放題だろうに、薪は誰とも付き合おうとしない。変わったやつだ。

「好きじゃない」
 膝を抱えたまま、薪はポツリとこぼした。
「僕、自分の顔好きじゃないんだ。鈴木みたいな顔がよかった。こんな風に」
 隣に立ち膝をついた鈴木の顔に、細い指が伸びてくる。右手の中指の先が眉根に当てられ、すっと右にずらされた。
「眼は切れ長で、鼻は高くて。唇も顎も男っぽくて」
 左手の人差し指が眉間に当てられ、眉間から鼻筋を通って下に下りていく。下唇で立ち止まった指先が左にずらされ、頬に手のひらがあてがわれた。
「頬は……」
 華奢な両手が鈴木の頬を包み、薪は急に黙り込んだ。鈴木は薪の言葉の続きを待っていたが、やがて焦れて、彼に声をかけた。
「薪?」

 名前を呼ばれた薪は、突然両手で鈴木の頬をバシンと叩いた。
「痛て! なんだよ、いきなり」
「叩きたくなる頬っぺたなんだよ、鈴木のは」
「はあ?」
 相変わらず、何を考えているのか分からないヤツだ。
「警察官僚を目指す男が、そういう理由でひとを叩いて良いと思ってんのか?」
 鈴木の抗議に苦笑して、薪は顔を上げた。
 ちらりと時計を見て、台所へ歩いていく。何か食べたいものある? と聞かれて、鈴木は好物のスパゲティナポリタンを注文する。薪の間違った認識(付き合い始めて3日でなんて、そんな美味しい思いはしたことがない。最短でも2週間かかった)は是非とも正しておきたいところだが、それはこいつの作る昼飯を食ってからだ。薪の作るメシは美味い。鈴木の好みにピッタリと合った味付けだ。

 台所の入口で足を止め、薪はこちらに背を向けたまま呟いた。
「……本当にそう思う?」
「ん?」
「僕が本気で好きになった人とすればいいって、鈴木は本当にそう思う?」
「ああ」
 頷きながら、笑って悪かったかな、と少し後悔する。けっこう気にしていたらしい。罪滅ぼしの意味もあって、鈴木は彼の大人への挑戦にささやかな力添えを申し出る。
「もしかして、だれか狙ってる娘がいるのか? 教えろよ、協力してやるから」
 友情の証ともいえる親友の申し出に、薪は振り向きもしなかった。細い肩を軽く竦めて、静かに言った。

「いないよ。だれも」




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

言えない理由 sideB(2)

 こんにちは。

 お正月も早8日。 みなさん、七草粥は食べましたか?
 わたしは忘れました。 ←今年もダメ嫁。

 なんか今年は忙しくって~~、
 1日に工事したでしょ?
 2日は寝正月して、3日は実家に挨拶に行って、4日は漏水当番で、5日は成田にお参りに行って、そのまま千葉のホテルに1泊して6日に帰ってきたら、
 入札の指名とお葬式の連絡が2件。(・∀・) しかも、うち1つは当日がお通夜だったという。 
 そして、
 昨日から仕事です。
 お正月なんて、毎年こんなもんなんですけどね。 今年は特に盛りだくさんだった気がします。 春からお盛んてことで☆
 

 そんなわけで色々あって、新年のご挨拶いただいた方々、お返事が遅くなってしまってすみません。 これからお返ししますねっ。
  





言えない理由 sideB(2)





 そんな会話をこの部屋で交わしたのは2ヶ月くらい前だった、と鈴木は思い、そこで回想を止めた。
 ふと横を向いて、死んだように眠っている親友の青白い顔を見る。いや、親友と呼ぶのはおかしいかもしれない。たった今、自分たちは特別な関係を結んだばかりだ。
 自分でも信じられない。酔った勢いとはいえ、男とセックスするなんて。
 鈴木は今まで男の身体に反応したことは一度もないし、そんな趣味もない。興味もなかったし、自分の未来に関係するとも思えなかった、というか、あんまりお近付きになりたくなかった。迫害する気はないが、自分とは縁のない世界だと思っていたのだ。

 どうしてこんなバカな真似を、と鈴木の中の良識が顔を歪める。今までもこいつは、薪の我が儘に振り回されるたび、なぜ彼に怒りを覚えないのかと口うるさく鈴木を嗜めてきたのだ。
「だって。薪があんまり一生懸命だったから」
 汗ばんで冷たい薪の頬に、そっと手を載せる。目の縁に残った涙を拭いてやって、長い睫毛が指先に当たる感触を楽しんだ。

 ―――― なんだ、その理由は。おまえは一生懸命に迫られれば、誰とでもセックスするのか。
「うん。相手に恥をかかせたら可哀相だろ。女の子の泣き顔は見たくないよ」
 ―――― こいつは男だぞ?
「下らないこと言うなよ。付き合いの浅い女の子を泣かすのもイヤなのに、薪を泣かせるなんて、冗談じゃないよ」
 ―――――。
 黙り込んだな。オレの勝ち。

 考えるまでもないことだ。ホモフォビオでもない自分が、僅かばかりの生理的嫌悪感と今や心の殆どを占めている薪と、どちらを優先するかなんて分かりきってる。
 見慣れているはずのきれいな顔に、鈴木は胸が詰まるような疼きを覚える。それにしても、薪が自分のことをそんな風に思っていたなんて、全然気付かなかった……。

 街を歩けば10人のうち3人が同性愛者だと囁かされるこの時代、鈴木の数多い友だちの中にはゲイもいたりするが、薪と彼らの間に共通点はなかった。彼らが鈴木を見る湿気を含んだ目線と、薪の涼やかな瞳は比べようもなかった。
 自分は、薪のあの目に弱いのだ。
 琥珀のように透明度の高い瞳。時にそれは夜空に浮かぶ月のように神秘を湛え、またある時にはイタズラ好きの子猫のように眩めく。鈴木の女の趣味は悪いと、氷のように冷ややかになったかと思えば、警察官僚になって警察機構を上から改革してやると、夢を語るときは熱っぽく輝く。
 でも、あんなに情の籠もった薪の瞳を見たのは昨夜が初めてだった。

 先刻まで自分たちがしていたことを思い出して、その行為が薪を手酷く傷つけたことを知って鈴木は、そっとベッドから抜け出す。傷口の血は拭っておいたけど、ちゃんと手当てをしておかないと、後で困るだろう。
 血止めと化膿止めの塗り薬を買うために、鈴木は夜中の街に出た。




*****




 自分たちの新しい関係は、人に知られてはいけないものだということを理解していた彼らは、友人たちの前では今までどおり振舞っていた。しかし、愛される喜びを知った薪の内面から滲み出す自信に満ち溢れた美しさは、どうにも隠しようがなかった。
 今までも薪と付き合いたがる人間は後を絶たなかったが、この時期の彼の周りには、ひっきりなしに彼と親しくなりたがる男女が押し寄せた。しかし薪は彼らを悉く、それもかなり辛辣に跳ね除けた。

 鈴木と付き合うようになって丸くなったと評されていた薪の性格は、昔に戻ってしまったようだった。どちらかと言えば内向的だった彼は、鈴木と友情を築くことで、鈴木を介して他の友人とも交流を深めるようになっていたのだが、それをぱたりと止めてしまった。他の者を交えず、鈴木とふたりきりでいることを好んだ。
 それは、付き合い始めたばかりの恋人同士が誰にも邪魔されずに甘い蜜月を過ごしたい、そんな当たり前の感情から起こされた行動だったのかもしれない。が、人間的な成長を考えれば、交友関係を至極限られたものにすることは明らかなマイナスだった。
 そのことに気付いてはいたものの、鈴木はそれを放置した。何故なら、鈴木自身が薪に溺れかけていたからだ。

 恋人という関係になってから、薪は変わった。
 意地っ張りの皮肉屋だったのが嘘のように、素直に鈴木に甘えてくるようになった。部屋でふたりきりになると、すぐに傍に寄ってきて、鈴木の腕や肩に額を預け、
「鈴木。僕のこと好き?」
 はにかんだ口調で照れたように、でも幾度となく聞いてきた。
「薪。そのセリフ、今日何度目だ?」
 心にもなく鈴木がからかうと、薪は頬を膨らませて、
「いいだろ。何回だって聞きたいんだ」
 そう言って鈴木の身体に両腕を回してくる。細いからだが愛おしかった。
 鈴木は薪を抱き返し、その場に組み敷き、彼の肌を貪った。相手を愛しいと思う気持ちがそのまま欲望につながる、そんな年齢だった。

「夢みたいだ」
 欲望が去った後も離れがたく、力を失った鈴木を自分の中に収めたまま、薪は窮屈に身体を折り曲げながら、すっかり平静に戻った声で呟いた。
「鈴木と、こんなふうになれるなんて。夢みたい」
 薪は言って、綿菓子みたいにふんわりと笑った。
 鈴木は、薪のそんな笑顔がうれしくてたまらなかった。ずっとこんな風に笑っていて欲しいと思った。そして、今のこの関係を壊したくないと痛切に願った。

 誰にも、特に自分の親には絶対に知られてはいけない。鈴木の親は薪のことをとても気に入っていて、彼の訪問を心待ちにするくらいだったが、それはあくまで息子の親友として歓迎していたのであって、こんな関係を結んだと知ったら間違いなく反対される。親のいない薪は、鈴木の両親を自分の親のように慕っていた。彼らの白眼視は、確実に薪を傷つけるだろう。
 薪を守りたい、と思う気持ちと、おそらくは保身のため。鈴木は、薪との関係を完璧に隠蔽しようと努めた。

 薪が鈴木との蜜月を満喫しようと自分の殻に閉じこもるようになっても、鈴木はこれまでと変わらずに友人たちとの付き合いを続けた。講義も、ゼミも、サークルも。以前と同じ生活スタイルを崩さないこと。それが鈴木が取った作戦だった。
 3ヶ月くらい過ぎた頃、友人のひとりが女の子を紹介してくれた。断ろうとしたが、「おまえ、恋人でもできたの?」と聞かれて断れなくなった。結局、一晩付き合って別れた。
 彼女に特別な感情は抱かなかったが、男女が一夜を過ごせばそこには当然、そういう関係が生まれた。逆に何もしないことによって、余計な詮索をされることを危惧した。彼女の方もさばけた性格だった。鈴木に、それ以上のものは何も求めてこなかった。薪と恋人同士になったものの、彼の身体を気遣って欲望を抑えていた鈴木には、格好の相手だった。

 翌日、友人のお喋りから薪にそれがバレて、ものすごいケンカになった。
「僕がいるのに」と責め立てられて、その剣幕に鈴木は何も言えなくなった。「カモフラージュのつもりだった」と説明しても納得してもらえなかった。事情は承知しているはずだと思っていたのに、真っ向から否定されてしまった。
 薪がこれほど嫉妬深いとは思わなかった。外見から推察するに、クールな部類に属すると想像していた彼の恋愛スタイルは、実は火のように激しかった。

「ごめん。もう二度としない」
 鈴木が謝っても、薪はなかなか泣きやまなかった。床に座って泣き続ける薪を見て、鈴木は思った。
 薪がそんなに嫌なら、もうこんなことはするまい。だけど、女の切れたことのない鈴木が突然女と付き合わなくなったら、周囲の人間は不思議に思うだろう。
 薪が落ち着いたら、その辺のことをよく諭してやろう。薪自身も、もっと友だちや女性と付き合うようにしないと、自分たちの仲は発覚してしまう。そうしたらきっと、一緒にはいられなくなる。

「嫌いに、ならないで」
 治まりきらない慟哭の中で、薪は途切れ途切れに鈴木の名前を呼んだ。鈴木が彼の顔を覗き込むと、薪の丸い頬に、乾くことを知らない涙がまた新たな水途を作った。
「初めはね、こんなつもりじゃなかったんだ。僕が鈴木を好きになったんだし、鈴木が女の子の方が好きなことも知ってるし、だから鈴木のことを束縛しようなんて、これっぽっちも思ってなかった。
 今日だって、我慢しなきゃ、って思ったんだよ。だけど」
 薪は懸命に言葉を継いだ。不規則な息継ぎが彼の言葉を聞きにくいものにしたが、それは鈴木に伝わる何ものをも阻害しなかった。
「カッコワルイよね、僕。みっともないって自分でも解ってるけど、でも……僕のこと、嫌いにならないで」
 
 臆面もなく、駄々をこねる子供のように。薪の愛情のベクトルは、真っ直ぐに鈴木を指していた。
 鈴木は彼の身体を抱き寄せた。首筋に、薪の涙が伝うのを感じた。

「好き、鈴木が好き。誰にもさわらせたくない」
 自分の感情を制御できないことを恥じる薪を、愛しいと思った。彼を放したくないと思った。
「鈴木にさわるやつ、みんな殺してやりたい」
 物騒な発言は、しかし鈴木の心を怯ませなかった。
 これまで付き合った女性の中に、ここまで独占欲の強い女性はいなかった。浮気がバレてケンカ別れした彼女は何人かいたが、縁りを戻すことはしなかった。世の中に女は星の数ほどいる。ポジティブな鈴木らしい考え方だったが、裏を返せば自分も相手もそれくらいの思い入れしかなかったということだ。

「そんなこと考えちゃいけないって、いつも自分に」
 薪の言葉を遮るように、鈴木は薪にくちづけた。ただでさえ不自由だった薪の呼吸はしばし止まり、鈴木が彼を解放したときには言葉を発する余裕もなかった。
「こりゃ大変だ。これからは隣で子供が転んでも、助け起こさないようにしなきゃ」
「……おばあさんを背負って横断歩道を渡るのもダメだよ」
 鈴木がおどけると、薪は泣き笑いの顔になって冗談を返してきた。頬は涙で汚れて鼻は真っ赤になって、髪もめちゃくちゃだったけど、すごくかわいかった。
 亜麻色の前髪に隠れた額に自分の額をつけて、鈴木はクスリと笑った。



*****


 あおまきさんでこれを書いたら、身体中痒くてたまらなくなると思うんですけど。 すずまきさんだと照れくさいだけで平気なのはどうしてかしら??



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

言えない理由 sideB(3)

 最近、あちらこちらですずまきさんがイチャイチャしてますが。(嬉) 
 拝見するたびにきゃーきゃー騒いで、迷惑掛けてホントすいません。 あおまきすとのくせにねえ。 どうしてこんなにワキワキしちゃうんでしょうねえ。

 おかしいんですよね。
 ツーショットのお相手が青木さんだと、ほっこり幸せな気持ちになります。 その気持ちは伝えますが、無意味に叫んだりして、管理人さんに迷惑を掛けるようなことはしてないつもりです。 なのに、どうして鈴木さんが相手だと 『きゃーー!!!』 って叫びたくなっちゃうんでしょう?

 わたし個人の場合ですが、こういうことだと思うんです。

 あおまきさんは鈴木さんの死を背負っているけれど、すずまきさんには背負うものが無い。
 
 唯一無二の存在だった鈴木さんをその手で殺めてしまった薪さんには、重い重い十字架が架せられてしまった。 もう二度と、誰も愛せない。 彼の心はそのとき、親友と一緒に死んだも同然だった。
 その薪さんが、青木さんに出会って愛する心を取り戻し、結ばれて、ああ、よかったねえ、って、しみじみと思う。
 薪さんが失ったものと取り戻したものの大切さを思えば、涙さえ滲んできそうな幸せな光景です。 嬌声が上がるようなものじゃないの。 むしろ泣く。
 
 すずまきさんには、まだそれがないから。
 きゃーっ、薪さんたら薪さんたらっ!! ってなるんじゃないかな?

 だからみなさん、しづのこと、「エセあおまきすと」とか言わないでねっ。 ←最終的には自己弁護。






言えない理由 sideB(3)





 結局、鈴木は薪に、カモフラージュの必要性を説くことはできなかった。
 恋人同士になって初めてのこの諍いは、ふたりの絆を強めた。薪は一層想いを募らせ、鈴木は出来る限り薪の傍にいるようになった。

 ふたりで過ごす時間が重なるほどに、この世でふたりだけしか知らない秘密が増えるほどに、薪はどんどんきれいになった。造作の麗しさだけでなく、愛されているもの特有の色気というかフェロモンというか、何とも言えない雰囲気を漂わせるようになった。
「鈴木」
 上目遣いの艶を含んだ眼で見上げられ、あどけなさを残す口唇で名前を呼ばれると、彼を抱きしめたいという衝動が即座に湧き上がった。本能と恋情から来る情動に逆らうことは難しく、鈴木は薪に溺れた。
 若い鈴木の身体は飽くことなく薪の肌を求め、薪は痛々しいまでに懸命に、それに応えた。薪の身体は華奢で体力も無く、鈴木が我を忘れると、翌日は起き上がれないことも多かった。

 その日、薪が一限目の講義に出席しなかったのは、そんな理由からだった。
 講義の後、提出しておいて欲しいレポートがある、と薪に頼まれてきた鈴木は、託ったものを教授の葛西に渡した。葛西は眼鏡の奥の細い目で鈴木を見ると、ため息混じりにレポートを受け取った。
 葛西教授はレポートをざっと捲り、ううむ、と低く唸った。
 きっとレポートの出来に感心しているのだ、と鈴木は思った。先刻、鈴木も目を通したが、いい内容だった。切り口も斬新だし、起点からの論理展開も――。

「書き直せと伝えてくれ」
 白くて節の細い学者の手につき返されたものが、鈴木には信じられなかった。
「ちょっと待ってください。オレにはこのレポートは、完璧に思えますけど」
「べつに、君に言ってるわけじゃない。薪くんに伝えて欲しいだけだ」
 そういえば、と鈴木は、以前薪のレポートに不可を付けたのもこの教授だったことを思い出した。あの時は、『薪ならもっといいものが書けるはずだと思って、教授はわざと不可をつけたんじゃないか』などと言った鈴木だったが、ある事情を薪から聞いた今は、他の疑念も抱いていた。

 この教授が薪に肩入れしていることは知っていた。犯罪心理学の権威である教授は、大学生とは思えない薪の優れたプロファイリング能力に多大な期待を寄せていた。大学院に進んで自分の研究室を手伝って欲しいと、2年生のうちから言われていたそうだ。
 1年半前、鈴木と知り合ったばかりの頃の薪は、度重なる警察の不祥事に、自分の将来をその腐敗した場に定めるべきかどうか、迷いが生じていた。葛西教授のことは尊敬していたし、このまま大学に残り、学者としての道を追及するのもまた意義のある仕事だと考えていた。さらには自分を引き立ててくれる教授への恩義もあって、曖昧に返事を濁していたのだと言う。
 しかし、3年生になった薪はそれをキッパリと断った。警察官になりたいと言う薪の夢に、鈴木が自分の未来を合わせてきたからだ。
 だから教授は僕には異様に点が辛いんだよ―― そうぼやきながら、薪はこのレポートを書いていたのだ。

「手を抜くのもいい加減にしろ。こっちも我慢の限界だ。そう言っといてくれ」
 これは完全に教授の意地悪だと思った。薪が自分の誘いを断って、研究室に入る事を拒んだから、その腹いせにこんな陰険な方法で仕返しをしているのだ。
「待ってください。薪がこれを書いているとき、オレは彼と一緒でした。薪は真面目にやってました。手抜きなんかしてません」
 銀縁の眼鏡の向こう側で、葛西の灰色の瞳が冷たく光った。心理学を極めたものの、それは心の奥底まで見透かされそうな視線だった。
「君は彼の何を知っている? 彼の論文を、一度でも読んだことがあるのかね?」
 金属めいた響きを持つ声音で問われて、鈴木は何も言えない。薪が去年、論文コンクールでグランプリを獲ったことは知っていたが、その詳細な内容までは把握していなかった。
 
 ついてきたまえ、と葛西教授は背広の裾を翻し、鈴木を自分の研究室にいざなった。
 書物が天井まで届きそうな見知らぬ部屋で、鈴木は左端を閉じ紐で留められた紙の束を渡された。『暴力的映像が攻撃行動に及ぼす影響と実態について』と銘打たれたその論文は、鈴木がこれまでに読んだどの文献よりも濃密で、かつ大胆な理論展開をしていた。参考文献のリストを見ると、50を超えている。その膨大な文献と近年の新聞記事、及び関連する事件の資料をすべて理解し、それらに自らの手で一本の芯を通し、再構築する。どんな頭脳があれば、そんなことが可能になるのだろう。どれだけの労力と時間を要しても自分には不可能だ、と鈴木は思った。

「これがグランプリを獲った論文なんですね。さすがにすごい」
 鈴木が感心した声を出すと、葛西教授は何とも冷たい眼差しをこちらに向けて、
「それは単なる課題レポートだ」
「へっ?」
 思わず、呆けた声が出てしまった。
 課題レポート? これが? 鈴木が今日預かってきたレポートと、同じものだというのか?

「グランプリを獲った論文は、ドイツ語で書かれた文献を多く参考にしてるから、内容が掴みにくいと思ってね。そっちも読んでみるかい。これの3倍は分量があるが」
「いえ、結構です」
 英語ならなんとかなるが、ドイツ語は自信が無い。
 身の程を悟って鈴木が辞退すると、葛西教授はそれを馬鹿にする様子もなく、軽く頷いて鈴木の手から紙の束を取り上げた。それを無造作に机の上に置き、机の前に置かれた背もたれつきの回転椅子に深く身を沈めた。

「わたしとて普通なら、ここまでのものを隔月提出の課題レポートに求めたりはしない。法学部の彼にとって、心理学は一般教養の一科目に過ぎん。それはよく理解しているつもりだ。
 だが、彼は将来のために犯罪心理学を学びたいという理由でわたしのゼミに入り、去年まではこれだけのものを作り続けてきた。それがここ1年の間に、急に堕落した。
 どの学生にも、中だるみの時期は訪れる。しかし、これはひどすぎる。まるで人が変わったようだ」
 厳格で、怒ると怖いと陰で学生たちに囁かれている教授は、ただ悲しげに言った。

「君は薪くんの友だちなのか?」
 はい、と鈴木は頷いた。
「だったら、彼に忠告してくれたまえ。いくら素晴しい頭脳を持っていても、使わなかったらただの肉の塊に過ぎないとな」
 教授が薪のレポートに不可をつける理由が解った。同じ人間が書いたレポートにあれだけの差があったら、首を捻りたくなるのは当然だ。しかし。

「わたしの手元に彼を置くことができたら、必ず学会に名を残す論文を仕上げさせてやるのに」
 本人が望まないことを無理矢理させる権利も無いはずだ。薪には薪の人生があり、それを選ぶのは彼だし、その過程で何を身につけるべきか取捨選択するのも彼の自由だ。
「葛西教授のお誘いを断ったのは申し訳なかったと、彼は言ってました。でも、警察官になるのは、薪の昔からの夢なんです」
「それは彼から直接聞いたよ。彼の人生は彼が決めるものだ、わたしに詫びなど必要ない。が、堕落は許さん」
 葛西教授が繰り返し使う、「堕落」という言葉が鈴木の心に引っ掛かった。
 薪のレポートの質が下がった理由は明らかだ。時期的にも、自分たちが特別な付き合いを始めた頃とぴったり符合する。

「わたしは口惜しくてたまらん。あれだけの才能が腐っていくのを、指を咥えて見ているなど……とても黙っておれん」
「でも教授。学問を究める他にも、人間には大事なことがあると」
 弱々しく、鈴木は反論した。教授の憂鬱に、自分も一役かっていたからだ。
「すべてを犠牲にして学問に打ち込め、などと言うつもりは無い。逆に、そんな学生はろくな人間にならん。人生経験は大事だ。若い頃にしかできないこともある。しかし、それで学術をおろそかにするのは本末転倒だと思わんか、と一般の学生には諭すところだが。
 彼は特別だ。この学び舎にいられる間に、彼の才覚に見合う結果を出すべきだ」

 理解ある大人の意見を述べて鈴木を安心させた教授は、その意見を『特別』という一言で潔く撤回して見せた。不意をつかれた鈴木の黒い瞳と、葛西教授の目が合う。
 鈴木の目をじっと見据える、薄い灰色の瞳。そこには学問に生涯を捧げた男の、計り知れない壮絶が宿る。

「それが天才に生まれたものの宿命だ」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

言えない理由 sideB(4)

 鈴薪強化月間は1月19日まで。 あと1週間ですね。
 なんか寂しいな。

 
 ……えっ? あと1週間?
 あれ? この話、残り何章あるんだっけ?  
 ひーふーみー、全部で11章? 毎日公開しないと間に合わない?!
 いや、でもそれは無理。 明日は現場で役所の立ち合いがあるし、入札も2件掛かってるし、施工計画書の直しもあるし。

 
 お正月休みにだらけてるからこんなことに~~、計画性のない奴ですみません~~!!
 ということで、今のうちに期日超過のお詫びを。(^^;) ←仕事なら契約不履行で罰金。

 新春からルーズですみません。 見捨てないでください。
 





言えない理由 sideB(4)





「ええー、またあ? 本っ当に意地悪なんだから、あの教授」
 仕上げたはずのレポートを戻されて、繰り返されるダメ出しに募る不満を隠そうともせず、薪は盛大に嘆いて見せた。
「そうふくれるなよ。教授も悪気があるわけじゃないんだからさ」
「絶対にただの嫌がらせだと思うけど」
「オレも手伝うからさ。さっさと片付けちゃおうぜ。今から図書館に行ってさ」
「え、鈴木、今夜大丈夫なの? 昨日うちに泊まったばかりで、塔子さんに怒られない?」
「薪と一緒だって言えば大丈夫」

 鈴木が請合うと、薪は少しだけ困った顔になった。相も変わらず、その言い訳は鈴木家において最高の免罪符だったが、薪にしてみれば複雑なのだろう。息子とその親友の本当の関係を知ったら、彼らがどんな反応を示すか――― 優しい彼らのこと、息子の選んだ人なら、と笑って許してくれるはず、などと考えられるほどお気楽な性格はしていない。
 それでも、鈴木と一緒にいられる時間が増えるのは、薪にはどうしようもなく嬉しいことで、自然と口元に浮かんでくる微笑を抑えることはできない。不名誉な不可マークのついたレポートと筆記具を携えて、デート気分で夕暮れの図書館へ向かった。

 大学内の図書館は、熱心な学生と、逆に不真面目のツケが回ってきた学生とで7割の席が埋まっていた。
「鈴木が付き合ってくれるなら、ちょっと頑張っちゃおうかな」
 天井まで届く大きな本棚の間を軽い足運びで行き過ぎながら、薪は次々と本を抜き取り、鈴木に手渡した。その種類は多岐に及び、さらには言語を問わなかった。レポートの表題は『視覚障害者の証言能力の可能性について』だったはずだが、この『世界の香辛料』という本は何の役に立つのだろう。

 20冊目を渡されたところで、その量と重みに、鈴木はとうとう抗議の声を上げた。
「薪。もう5時過ぎてるぞ。閉館時間までに、こんなに読みきれないだろ?」
 この親友が、異様な早さで本を読むことは知っている。それでもあと3時間で読破できる分量だとは思えなかった。それに、目的はレポートを書くことだ。ただ読むだけではない、途中でメモを取ったり、証明の展開を組み立てる作業も必要になるはずだ。
 ハタ、と気付いて振り返り、薪は鈴木が抱えた本の山を見て軽く小首をかしげた。何か言おうとして口を開くが、そのくちびるはすぐに微笑みの形に変わり、鈴木の顎につきそうなほど重ねられていた本を上から7、8冊受け取ると、空席を探して室内に目を走らせた。

「そうだね、鈴木の言うとおりだ。これくらいにしておこう」
 6人掛けのテーブルがひとつ空いているのを見つけて、ふたりはそこに腰を降ろした。両側に積まれた本の山、間に置かれたレポート用紙と筆記具、インターネットと清書の為のノートパソコン。それらを確認し、鈴木はあるものが足りないことに気付いた。
 資料の中には、日本語以外のものが混じっている。まずは辞書を用意しないと。

 鈴木は席を立ち、数冊の辞書を携えて席に戻ってきた。薪の向かいに腰を降ろし、早くも一冊の文献を紐解いている彼に声をかける。
「薪。わからない言葉があったらオレが」
「うん、ありがと」
「遠慮するなよ。ドイツ語でもフランス語でも」
 鈴木は口を噤んだ。ピリッと緊迫した空気を感じる。

 最初、薪は目次から目的のページを探しているのだと思った。それくらいの速さでページを捲っていたからだ。しかし、彼の手は最後まで止まらず、メモも取らずPCにも触れず、閉じられた本を重なった本の向こう側に置いただけだった。
 2冊目も、その調子だった。3冊目も、4冊目も。
 最後の本を置いたのは、1時間後だった。薪はその間一言も発せず、読む以外の行為をしなかった。結局、辞書は一度も使わなかった。

「鈴木。本を戻すの手伝って」
 にこっと笑って立ち上がる薪に、鈴木は驚いて言った。
「返しちゃっていいのか? だって今からレポート書くんだろ?」
「レポートは家で書くよ」
「……どうやって?」
 メモも取らず、下書きも作らず、グラフの数字さえ転記していない。この状態でどうやってレポートを書くというのだろう?

 鈴木の不思議顔をどう取ったのか、薪は再び腰を降ろすと、「じゃあ、ここで書いちゃうね」とノートPCの電源を入れた。
 滑らかにキーボードの上を走りだす細い指先に、鈴木は目を丸くする。信じられない思いで薪の背後からPC画面を覗き込んだ彼は、息をすることも忘れて絶句した。

 画面には魔法のように文字が打ち出されていくが、それは練習さえ積めば誰にでも習得できる技だ。しかし、文章を組立てながらこの速度で、しかもその文面に先刻彼が眺めていた本の内容が参考文献として明示されていくのを見ると、もはや人間業とは思えない。
 あれだけの量の書物の内容をすべて記憶し、論文の裏付けとし、いくら自分が書いた論文の手直しといえど以前のレポートを見もせず、ひたすらキーボードを打ち続ける。そんな薪を、鈴木は見知らぬ他人のようにまじまじと見直した。
 自分が止めなければ、参考文献はもっと多くなっていたはずだ、と鈴木は思った。何か言おうとして止めた、先ほどの薪の表情が鈴木の脳に甦った。鈴木の抗議は的外れだと、でも敢えて薪は鈴木の言に従った。

 自分と同い年の、一緒にバラエティ番組を見て笑ったりする、時には自分よりもずっと年下の印象さえ受ける親友。彼の頭脳がとびきり優秀なのは知っていたが、現実に見せ付けられたのは初めてだった。親友になって久しいが、薪は鈴木の前で自分の勉強をしたことはなかった。鈴木が期限ぎりぎりのレポートを薪の家に持ち込むことは多かったが、自分のレポートはとっくに終わっていることが常だった。
 せっかく鈴木といるのに、そんなつまらないことはしたくない。ふたりでいるんだから、ふたりでできることをしようよ。
 そう主張して、鈴木のレポートを手早く片付けると、後は他愛もないお喋りやテレビゲームに興じた。恋人同士になってからは、そこにふたりきりの特別な時間が加わって、ますます勉強会からは遠ざかり、だから鈴木はこんな薪は知らない。

『鈴木が付き合ってくれるなら、ちょっと頑張っちゃおうかな』
 ちょっと頑張る。薪にはこれが「ちょっと」なのか。

 天才、という言葉が鈴木の脳裏を過ぎった。
 呆然とする鈴木の視界の中で、薪は静かにキーボードを叩き続けていた。



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言えない理由 sideB(5)

 お礼が遅くなりましたが。
 17000拍手、ありがとうございました♪

 感謝の気持ちを込めて、今度は甘いあおまきさんを書こうと思います。
 身体中痒くなっても我慢します。(笑)





言えない理由 sideB(5)





 それから鈴木は、薪の将来のことを真剣に考え始めた。
 葛西教授の言葉が、何度も思い出される。

『わたしは口惜しくてたまらん。あれだけの才能が腐っていくのを、指を咥えて見ているなど』

 腐らせたのは、オレ? 薪を堕落させたのはオレなのか?
 誰もが羨ましがる頭脳と美貌、彼に近付きたがるものは大勢いる中で、薪が自分から求めるのは鈴木だけ。それもあんなに激しく、夢中になって、まるで鈴木がいなければ生きることの意味すらないとでも言うように。そのことがうれしく、誇らしく、さらには俗物的な優越までが加わって、自分は有頂天になっていたのだ、と鈴木は気付いた。
 客観的に、これまで自分たちがしてきたことを思えば、それの何たる低俗なことか。
 恋人として過ごす甘やかな時間が低俗だというわけではない。だが、それに日常の大半をつぎ込んでしまうような極端な偏りは、やはり問題だと言わざるを得ない。

 二人の未来の為に、本当はどうするべきなのか、その頃の鈴木にははっきりと分かっていた。それに応じたプランもあった。
 何も別れることはない。もっとバランスよく、恋愛もして、勉強もして、友だちとも遊んで。そういう生活スタイルを確立すればいい。
 鈴木はそのことについて、何度も薪と話し合おうとした。しかし薪は、聞く耳を持たなかった。

「僕は鈴木といられれば、他には何もいらない」
 そう言って鈴木の前に身を投げ出す恋人を、拒絶することはできなかった。
 こんなことを繰り返してはならないと、きっとこの関係に溺れることはお互いのためにならないと、そう分かっていながらも彼から離れられない。いじらしくてひたむきで、親を求める子供のようになりふりかまわず鈴木を独占したがる。可愛くてたまらなかった。鈴木もまた若かった。自分を抑え切れなかった。

 ベッドの中で、鈴木の下になって、薪は浮言のように繰り返した。
『鈴木が好き』
『だれよりも好き』
 気が付くと、彼を夢中で愛していた。その繰り返しだった。
 
 シングルベッドの窮屈さを、必然的な密着を心地よく感じている鈴木の胸に半身を載せるような形で脱力していた薪が、唐突に言った。
「もし鈴木が僕より先に死んじゃうことがあったら、僕はすぐに後を追うからね」
「え?」
「鈴木のいない世界なんて、意味ないもん」
 鈴木の左胸に耳をつけて、じっと鈴木の心音を聞いている薪の、少し汗ばんで乱れた亜麻色の髪とその中に存在する驚異的な頭脳。その優秀さと彼の幼いセリフのギャップに目眩を覚える。
 と、同時に。
 薪にとっては自分が世界そのものなのかもしれないと、自惚れたことを思った。

「じゃ、おまえが先に死んだら?」
「鈴木のこと迎えに行く」
「もしもし薪くん? 普通そこは、『あなたはわたしの分も生きてね』って言うとこじゃないですか?」
「やだ。死んでも一緒にいたい」
「悪霊化決定だな。おー、コワ」
「なんだよ、鈴木の薄情者。忘れるなよ、鈴木もちゃんと僕のこと迎えに来るんだぞ」
「はいはい、わかりましたよ」
 気のない返事で会話に終止符を打ちながら、鈴木は背筋が震える感覚を味わう。

 薪は、薪の恋情はあまりにも激しすぎて、彼のすべてを飲み込んでしまう。すべてを焼き尽くしてしまう。彼の存在すらも、その犠牲となってしまいそうなほどの潔さ。
 この恋が叶わぬなら自分はうたかたの泡となって消え失せてもいい、御伽噺の主人公のように、彼は彼女に負けないくらいの熱心さで自分を滅ぼそうとしている、鈴木はそんな恐怖を覚えた。

 心の中に芽生えた慄きを払拭しようと、鈴木は殊更明るい表情を取り繕った。
「じゃあさ、オレが薪と一緒に死にたいって言ったらどうする?」
「いいよ」
 迷いの欠片も無い答えに、軽い口調ながらも決して揺るがない声の響きに、鈴木は再び戦慄する。冗談だよ、と言おうとして、口の中がカラカラに乾いていることに気付いた。

 薪は顔を上げ、にっこりと鈴木に笑いかけて言った。
「いつでもオッケー」



*****


 すずまきさんなら、いくらでも甘く書けるのになあ。(←実はすずまきすと疑惑、浮上)


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言えない理由 sideB(6)

言えない理由 sideB(6)





 どうにかしなければいけないという気持ちと、相手を離したくないと思う気持ちとが、鈴木の中で鬩ぎ合う。そんな毎日だった。
 鈴木は何度も何度も、薪にその話をしようとした。しかし、薪はそのたびに鈴木の言葉を遮った。新しく開店したカフェの話題や、丹精込めてこしらえた食事や、最終的には自分の身体を武器にして。
 そこまでして、聞きたくない言葉だったのだ。
『もう少し、距離を置こう』
 その時は理解できなかった。薪にとってその言葉が、どれほど残酷な一言なのか。
 
 だから、どうしてこんなにこいつは人の話を聞かないのだろうと、少々苛立ちもした。そんなときには、小さな諍いを起こしてしまうこともあった。軽い口ゲンカ程度だったが、友人だった頃には薪と口論になったことなど一度もなかった。薪はいつも自分勝手で我が儘だったが、引き際はわきまえていた。
 恋人になってからは、それがまったく逆になった。普段は素直でかわいいのに、口論の時には絶対に自分を譲らなかった。特に鈴木が女友達を交えて飲み会に参加したときには、異常なまでの猜疑心で鈴木を責めた。
 ならば一緒に行こうと誘っても、薪は絶対についてこなかった。他人を交えての飲み会となれば、ふたりきりの時のようには振舞えない。お互いの目の前で、他の男女と楽しく過ごさなければいけない。それは薪にとって耐え難いことらしく、しかし鈴木にまでそれを強要することはさすがにできないと見えて、鈴木の付き合いを封じることはしなかったが、翌日、彼のご機嫌は確実にナナメだった。

 そんなことの繰り返しが、彼らから思いやりと笑顔を奪っていった。
 思いは通じ合っているはずなのに、諍いばかりが増えていく。どうしようもなくすれ違う心と、言葉を重ねるほどに深まっていく誤解。薪は鈴木への独占欲から疑心暗鬼に囚われて、次第に心の均衡を崩していった。
 まるで子供に返っていくようだ、と鈴木は思った。
 恋人という関係になってから、薪の人間性は劣化した。友人としての彼は、もっと冷静で思慮深く、社交性も高かった。
 学業の面において、葛西教授の言うとおり、薪は堕落した。それが人間性にも起きているとしたら。

 考えてみて、鈴木は地面が抜けるような崩落感を覚えた。自分とこういう関係になって、薪のためにプラスになったことが、何かひとつでもあっただろうか。
 薪の笑顔が見たいから、鈴木にはそれはとても重要なことだったから、だって誰よりも大切に想っていたから。だから何だかこうなるのが当たり前だったような気もして、深く考えもせずに彼を受け入れてしまったけれど。本当に彼のことを考えるなら、その人生に幸あれと願うなら、自分は彼を拒否するべきだったのではないか。
 
 その疑惑は、冬の休日に確証を得た。
 真冬、とても寒い日だった。その日が恋人としての最後の日になった。

「行かせない」
 雪子と一緒に映画に出かけるという鈴木を、薪は必死に引き止めた。
 人間が人間として生きていくためには、大勢の他人と関わりを持つ必要があるのだと説く鈴木に、薪は夢中で言い返してきた。
「僕は鈴木がいれば他の人は要らない。なのに、なんで鈴木はそうじゃないんだよ! どうして僕だけじゃいけないんだよ!」

 彼の狂おしいまでのひたむきさがどこから生み出されるのか、鈴木はこのとき、やっと理解した。
 距離を置こうと、他の友人たちとも付き合うようにしようと、それが自分たちが長く付き合うためだと、そんな理屈は薪には通らない。薪にとっては鈴木がすべてで、今この瞬間、鈴木の隣にいて同じ空気を呼吸している、ただそのことが重要であって、他のことはどうでもよいこと。
 百億の人間のうち、鈴木だけが意味を持つ彼の世界。
 そこまで狭められた世界に生きる彼には、恋愛と社会性のバランスを保つという、人間なら誰もが普通にしていることが為せない。天才的な頭脳も驚異的な記憶力も、何の役にも立たない。

 何がいけなかったのだろう。彼をそんな社会不適格者に貶めてしまったのは、どこの不届き者だろう。

 オレの大事な薪を、と鈴木は滅多と感じない怒りを覚える。
 オレがこの世で一番大切にしていたあの涼やかな瞳を、万物を映してきらめく万華鏡のような瞳を、彼に恋という魔法をかけることで、たったひとりの人間しか映し出せない呪われた鏡のようにしてしまった悪魔。言葉巧みに誘惑し、堕落させ、彼の前に限りなく広がっていたはずの賞賛と栄光に満ちた世界を、こんなにも狭搾したものに変えてしまった悪魔。
 その悪魔が誰なのか、鈴木は知っていた。
 一刻も早く薪の人生から悪魔の存在が消えることを望み、それを為せるのは自分だけだと鈴木は思う。が、この局面において潔くなれるほど、鈴木も大人ではなかった。鈴木は何とか彼を説得しようと、最後の希望に懸けた。

「警察官が男とこういう関係持ってたら、世間的にもまずいだろ?だからもっと広い交友関係を築いて」
 彼の子供の頃からの夢。そのために法学部に席を置き、犯罪心理学の教授に教えを請い、大学に入ってからの時間の多くをそのために費やしてきた。その夢だけは、まだ彼の心の中に息づいているはずだと信じたかった。なのに。
「それなら警官になんか、ならなくたっていい」

 耐え難い衝撃が鈴木を襲った。
 微塵の迷いも見せず、スッパリと薪は自分の夢を切って捨てた。それは、自分を捨てるも同じこと。
 鈴木に残された道は、ひとつしかなかった。

「もうお終いにしよう、薪。オレたち、別れたほうがいい」
 残酷な言葉を紡ぎながら、鈴木は葛西教授の悲しそうな顔を思い出していた。
 自分を簡単に捨てられる人生なんて、そんな無価値な未来を薪に選択させるわけには行かない。
「今のおまえは、オレが惚れた薪じゃない」
 戻って欲しかった。昔の薪に戻って、彼の本来の生と世界を取り戻して欲しかった。
 そのためには、自分がいては駄目なのだ。

 視界の隅に映り込んだ薪の泣き顔に疼く心を抱えて、鈴木は真冬の街に出た。
 絶望というものを生まれて初めて体験しながら、これほどまでに猛り狂う気持ちが自分の中に存在したのかと驚きを覚えながら、鈴木は薪の最後の言葉を噛み締める。
『僕は鈴木さえいればいいんだよ! 鈴木を失うくらいなら、何にもいらないよ!』
 頭の中に響き渡る悲痛な声音を遮りたくて、鈴木は大きくかぶりを振った。

 そんなつまらないものに左右されるほど、薪の人生は安くない。薪の、オレの薪の人生が、そんなんで終わっていいはずがない。
 これから自分たちは社会に出る。薪は薪に相応しい舞台で、その才覚と能力を余すところなく発揮して、天才の名に相応しい偉業をやり遂げる男になる。その過程で、人生の伴侶も見つけることになるだろう。
 それはオレじゃなくていい、オレの役割はそこじゃない。おまえの未来を奪うくらいなら、オレはいっそ、おまえの前からいなくなることを選ぶ。

 だけど、と鈴木は心の中で慟哭する。
 だけど、薪。
 好きだよ、自分でも信じられないくらい、おまえが好きだよ。おまえの幸福のためなら世界が無くなってもいいと思えるくらいに、この世のいかなることも引き合いに出せないほどに、おまえのことが大事だよ。
 だから、オレのこの胸の痛みなんか、ちっぽけなことなんだ。おまえのこれからの輝かしい人生の前には、瑣末なことなんだ。

 胸のうちで叫んだはずなのに、何故か喉が痛くなって、それを不思議に思いながらも歩くスピードは緩めずに、鈴木は雪子との約束の場所を目指した。向こうから歩いてくる中年の女性に、すれ違いざまに同情の篭もった目で見られたような気がして、ふと足を止める。
 嫌な予感に動かされ、左手のショーウインドウに映る自分を確認して、鈴木は我が目を疑った。
「自分から振っといて、泣いてりゃ世話ねえ」

 薪は。
 薪はまだ、泣いているだろうか。

 鈴木はマフラーの裾で涙を拭き、振り向きざまに走り出した。
 あいつは感受性が強くて、けっこうな泣き虫だ。映画を見ても本を読んでも、面白いくらいに泣くやつだ。
 そんな薪に、あんな言い方をしてしまって。あんな、傷つける方法でしかふたりの未来が探れないなんて、そんな手段しか取れないなんて。もっとちゃんと話し合って、お互いが納得のいく形でこれからのことを決めるべきじゃないのか。
 そんな理由が、後からついてきた。本当は、薪の泣き顔を思い浮かべたら、足が自然に動いてしまっただけだ。

 息せききって走りこんだ薪のアパートに、主はいなかった。
 部屋の鍵は開いたまま、暖房もつきっぱなしだった。ハンガーに掛けられたコートやマフラーはそのままで、薪のスニーカーだけがなくなっていた。
「薪……?」
 最後に自分に取り縋った薪の様子を思い出して、鈴木はいたたまれぬ焦燥に身を焼かれる。薪は、自分を追いかけて部屋を出たのかもしれない。コートを羽織る余裕もなく。
 ぞっと、背筋に氷を当てられたように、鈴木は身を震わせた。

『鈴木がいない世界なんて、意味ないもん』

 昔、寝物語に薪が語った物騒な約束を思い出す。あの時は枕上の睦言としか思わなかったが、薪の本当の気持ちを知るに、あれは真実であったと、薪にとっては現実なのだと、解って鈴木は身体の震えが止まらなくなる。

 そのとき、携帯電話の着信音が響いた。
 一瞬、薪からかと思ったが違った。薪の携帯は、部屋の充電器につながれたままだった。
『ちょっと鈴木くん。どこにいるのよ、映画始まっちゃうわよ』
「今、薪のアパート」
『あっそ。じゃ、あたし一人で観てくるから。あとでお金はちゃんと回収するからね』
「薪がいないんだ。どこにいるか、知らないか」
『……何であたしが知ってると思うわけ?』
「早く探さないと、大変なことになるかもしれない。オレ、あいつにひどいこと……頼む、薪を探してくれ!」

 ただならぬ気配を感じたのか、雪子はすぐに薪のアパートへ駆けつけてくれた。何処を探したらよいのか見当もつかず、焦るばかりで行動が伴わない鈴木の背中をバシンと叩いて、「しっかりしなさい!」と怒鳴りつけた。
「親友でしょ? 薪くんの行き先ぐらい、わからないの?」
 わからなかった。
 本当に、何も思いつかなかった。
 誰よりも彼に近しい存在であったはずなのに、オレは今まで薪の何を見てきたんだろうと思った。

「仕方ないわね。こうなりゃ人海戦術よ」
 呆然と佇む鈴木に同情とも軽蔑ともつかぬ視線をくれると、雪子は力強く言い切り、ポケットから携帯電話を取り出した。
「あ、もしもし、麻子? 法学部の薪くん、知ってる? うん、彼を探してるの。見かけたら連絡くれる? そう、大至急」
 雪子は、次々と自分の友人に電話を掛け始めた。女性男性入り混じり、医学部だけでなく文学部や理系、果ては講師に至るまで、雪子の交友関係の幅広さに鈴木は圧倒された。

「こういうとき、ターゲットが有名人だと助かる……何やってんの! あんたもさっさと電話しなさいよっ!!」
 叱り飛ばされて、鈴木は我に返る。
 薪の無事を確認したい、それは山々だけれど、友人たちにその手助けを頼むのは躊躇われた。雪子の友人たちとは違って、彼らは薪の友人でもある。鈴木からそんな頼みごとをしたら、詳しい事情を知りたがるだろう。
「あんまり騒ぎ立てないほうがいいかも。その」
 薪がどうして真冬の街に防寒具も無しに出かけたのか、彼を発見した誰かがその理由を聞いたら。自暴自棄になった薪は、その誰かにすべてを話してしまうかもしれない。鈴木の中の良識が、その危険性を示唆した。

「鈴木くん、今自分がどんな顔してるか分かってる?」
 言われて鈴木は、雪子の顔を見た。気の強そうな黒い瞳が、燃えるように輝いていた。
「お気楽なあんたがそんな顔になるほど、やばい状況なんでしょ。違うの?」
 自分がどんな表情をして雪子の前にへたり込んでいるのか、鈴木には自覚がなかった。先刻、通りすがりの女性に同情されたときのように、泣いているのかもしれなかった。
「薪くんを早く見つけないと、あんたのほうが死んじゃいそうよ」

 死、という言葉が鼓膜を震わせた瞬間、鈴木の脳裏に最悪の光景が浮かんだ。
 青ざめた薪の顔が見えた。血の気を失った頬と艶を失くしたくちびるが、彼の美貌を凄絶に彩って、鈴木を戦慄させた。それは生まれて初めて味わう真の恐怖だった。

「中島? 薪がいなくなったんだ。探してくれ」
 気がつくと鈴木は、携帯電話に向かって夢中で叫んでいた。



*****



 薪を見つけたとき、鈴木は神さまに感謝した。
 雪子から連絡を受け、言われた場所に全速力で走り、冬の最中に汗だくになって彼のもとへ辿り着いた。
 一軒の建物から、薪は雪子に引き摺られるようにして出てきた。
「薪!」
 大声で呼びかけて、有無を言わさず抱きしめた。街の中、派手なラブホテルの門前、何事かとこちらを見ている通行人たち。自分たちが他人からどう見えるか、そんなことを気にする余裕はなかった。

 腕の中にしまった彼のぬくもりを感じる。鈴木の顎の下にすっぽりと納まってしまう彼の、頼りない、でも温かい身体。
 生きてる。怪我もない。自分の胸で子供みたいに泣いている、彼はとても元気だ。
 感謝します、と鈴木は心の中で繰り返し思った。何が一番大切なのか、やっと分かった気がした。

 泣き続ける薪を抱きしめる鈴木の耳に、女友だちの勇ましい声が聞こえてきた。
「なに見てんのよっ! ぶっとばすわよ!」
 彼女に噛み付かれた通りすがりの若い男が、慌てて逃げていく。鈴木は苦笑しつつ、薪を抱く腕にぎゅっと力を込めた。




*****


 ということで、薪さんは振られてしまいました。
 さー、みなさん、しづと一緒に、にに子さんのブログへダッシュ! 



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ジャンル : 小説・文学

言えない理由 sideB(7)

 松の内も明けまして。
 すっかりお正月気分も抜けましたね。 
 門松も解体したし、おもちも全部食べちゃったし、残ったのはぜい肉だけか……。(遠い目)
 どうして毎年、お正月太りしちゃうんだろうっ!(><)
 みなさんは平気ですか?




言えない理由 sideB(7)






「右手を耳の後ろに当てて、ここでターン、と」
 ぶつぶつと呟きながら、言葉のとおりに手を動かしていた薪は、うん、と大きく頷いて椅子から立ち上がった。
「よし、覚えた。行くよ、鈴木」
 カラオケ店の薄暗い廊下で打ち合わせを終えた二人は、クライアントに指定された番号の部屋を探す。細い窓から中の様子を確認し、そこに自分たちを招いた友人の姿を見つけると、ドアを押して中に入った。

「ごめん、中谷。遅くなった」
「遅えぞ、鈴木」
「お詫びに一曲、踊ります。薪くんが」
「ずるいぞ、鈴木。僕だけに押し付ける気か」
 鈴木の後ろから顔を覗かせたスペシャルゲストの姿に、黄色い声が上がる。声の出所は、部屋の中にいた8人の女の子たちだ。
 鈴木はにこやかに彼女たちに手を振ると、目的の曲を選択し、イントロが流れ出すと同時に薪を舞台に引っ張り上げた。マイクを持たせて、踊りだしの合図をする。主役はあくまで薪。鈴木は補佐役だ。
「わん、つー、すりっ、ハイッ!」

 薪はさっと最初のポーズを決めると、顔の前で腕を交差させた。イントロに合わせて、徐々に両腕を開いていく。顔が現れたところで、女の子に向かってウインク。彼女たちを喜ばせて場を盛り上げることが、今日の自分たちの仕事だ。
 ベースの音に合わせて足でリズムを取ると、薪の細い首に掛けられた3つのネックレスがぶつかり合って、ジャラジャラと音を立てた。ワックスで固めてあちこちを捻った髪型と、派手な英文字と髑髏マークのシャツというパンクに近いファッション。ビジュアル系バンドのボーカリストと称するには地味だが、普通の大学生からは充分に逸脱したスタイルだ。それが日本人離れした顔立ちの薪には、冗談みたいによく似合う。

 音楽に合わせて片膝を床に付き、薪はマイクを伏せる。舞台が狭いのでここからの宙返りは不可能と判断し、スローな前方倒立転回に切り替えることにしたらしい。
 床に両手をついて逆立ちした薪の背中に、鈴木はすっと腕を突き出す。その腕を支えにして、薪はゆっくりと向こう側に足を下ろす。その場で前後の180度開脚。薪の身体はびっくりするほど柔らかい。
 ピッタリと床について伸ばされた彼の細い足が、次の瞬間には垂直に閉じ合わされ、再び薪は舞台に立ってポーズを決める。ニコッと女の子たちに笑いかけて、マイクのヘッドにキスをした。

「きゃ――ッ!!」
「うお、すげえ!」
 女の子たちの歓声と、悪友たちのはしゃぎ声。奇声と嬌声と手拍子と、にぎやかな音楽。けたたましい騒音とも取れる音の洪水の中で、彼らは道化になりきって歌い踊る。二人とも騒がしいのは苦手だし、こういう席は不得手だが、これは自分たちが招いたことだ。

 薪を探して冬の街を走り回ってくれた多くの友人たちに、二人は何らかの礼をしたいと考えた。特に薪はこれまで大したつながりもなかった学友たちが必死に自分を探してくれたことを知って、彼らに対する申し訳ない気持ちから、自分にできることなら何でも協力すると申し出た。
 鈴木が全員にランチを奢ると言ったときには、「別にいいよ」と大した反応も示さなかった彼らだが、薪の言葉を聞くや否や、ばっと彼を取り囲み、
「合コンに出てくれ!!」
 眼の色を変えた悪友たちを見て、鈴木は彼らの思惑を悟る。連中の考えそうなことは分かってる、薪を女の子寄せに使うつもりなのだ。
 どうしようもない連中だ。相手は校内一の秀才なのだから、レポートのアドバイスをしてもらうとか、試験のヤマをかけてもらうとか、このチャンスをもっと有効に活かす方法はいくらでもあるだろうに、まったくもって救いがたい。

「ちょっと、薪はそういうのは」
「いいよ」
 鈴木の援護を無視して、あっさりと応じた薪に、周りの友人たちのほうが驚いていた。もちろん鈴木も驚いたが、それを表面には出さなかった。
 多くの友人たちはお人好しで、それで借りはチャラということになったが、ひとりだけ意地の悪い男がいて、そいつが余計なことを言い出した。彼は以前、コンパの時にふざけて薪にキスを迫り、公衆の面前で鈴木に吊るし上げられた藤田という男だった。その時は酒の席のこととして禍根を残さないつもりでいたが、彼の中には幾ばくかのわだかまりが残っていたのかもしれない。

「やめたほうがいいって。こいつ、コンパに出ても人形みたいに座ってるだけじゃん。周りが白けるぜ」
「大丈夫だよ。ちゃんとみんなと楽しくやるから」
 薪にしてみたら、それは友人に対する誠意だった。しかし、彼にはそれを信じてもらえないようだった。
「薪には無理だって。カラオケの順番が回ってきたら、拒否しないで歌える?」
「うん、歌えるよ。何だったら振りもつけようか?」
「言ったな? やってもらうからな」
 売り言葉に買い言葉的なニュアンスが多大に感じられたが、そういうことになってしまった。コンパの日取りは後で連絡するから、と友人たちが去っていった後、鈴木はそっと薪の様子を伺った。

 先刻まで友人たちに愛想を振りまいていた彼は、皆の姿が消えた途端に仏頂面になり、チッと舌打ちした。親友の豹変振りに、鈴木は思わず苦笑する。
「振りつきのカラオケかあ。おまえ、そんな特技あったの?」
「そんなわけ無いじゃん。今から練習するんだよ」
「やっぱりな。ま、せいぜい頑張れよ」
「なに他人事みたいに言ってんだよ。鈴木も一緒に決まってるだろ。これは連帯責任なんだから」
「…………マジ?」
 仕方がないと割り切って、ならばいっそ完璧に仕上げてやろうと言い出したのは薪のほうだった。
「こうなったら徹底的にやるからな。藤田の狙い通りになってたまるか」
 亜麻色の瞳を輝かせ、嫌がらせに対抗しようとする薪を見て、鈴木はうれしくなった。負けん気が強くてプライドが高い、それは鈴木の大好きな薪の姿だった。

 ふたりが踊り終えると、室内は歓声と拍手に満たされた。遅れてきた非礼を詫びながら、薪と鈴木はバラバラに友人の隣に腰を下ろした。舞台には既に次の歌い手がスタンバイしている。カラオケボックスでのコンパのコツは、歌を途切れさせないこと。主催者の中谷はコンパの帝王だ。その辺は抜かりない。
 鈴木は、さっと女子軍に目を走らせた。
 女子は8人。ギャル系が4人、キレイ系が2人、地味系が2人。鈴木はキレイ系のうち一人を選ぶと、さりげなく彼女の真向かいに座った。「ドリンク追加する?」と声を掛け、空のグラスを受け取るふりをして彼女の手を握ることに成功する。
 彼女の分と自分の分、そして親友のオーダーを聞こうと薪を見ると、彼は一瞬で5人の女の子を周りにはべらせていた。
 さすが薪。やつのドリンクはアイスミルクに決定だ。

「薪君、すごい! 歌も踊りもいけるなんて、芸能人になれるわ」
「鈴木君との息もぴったりだったし。プロモーションビデオ作って、芸能プロダクションに売り込んだら?」
「いや、僕、警官になる予定だから」
「ええ~、うそー! アイドルのほうが絶対に向いてるって」
 ニコニコと笑って女の子たちのお喋りに耳を傾けながら、舞台の友人にも時折拍手を入れる。そつなく宴席をこなす薪を見て、鈴木は安堵のため息を洩らした。

 鈴木が話をしていた女の子がマイクを持って舞台に上がったとき、悪友のひとりが隣に座った。薪がこの会合に来ることに異議を唱えていた藤田だった。
「薪ってすげえな。本当に何でもできるんだな」
 ウィスキーの水割りを飲みながら、藤田は苦笑して言った。自分の目論見が外れたからか、それにしては明るい笑顔だと鈴木は思った。
「あいつだって必死で練習したんだよ。藤田が意地悪言うから」
「ちげーよ、意地悪じゃねえよ」
 少し酔っているのか、藤田はダン! とテーブルにグラスを置き、鈴木の顔を見上げた。それからぷいっとそっぽを向いて、聞き取りにくい声でぼそぼそと話した。
「あいつ、こういう席苦手だろ。なのに、皆して言うから……ほら、今も困ってる。早く連れて帰ってやれよ」
 かしましい女の子たちに囲まれて、薪は作り笑顔の裏で閉口していた。それには気付いていたが、敢えて口を出さないことにした。薪が自分から合図を送ってくるまでは、何もしない。鈴木は薪の意志を尊重したかった。

「ねえ、薪君。付き合ってる娘、いないんでしょう? わたしなんかどう?」
「ちょっと、何抜け駆けしてんのよ! てか、図々しい。自分が薪君に吊り合うと思う? 鏡見たことあんの?」
「なによ。アユミだって薪君が来るって聞いたから来たくせに」
「あたしは1年の頃から薪君ひと筋ですが、なにか?」
「よく言うわよ、こないだの彼はどうなったのよ。ていうことで、薪君、わたしと!」
「ずるい! じゃあ、わたしも立候補する!」
 ヒートアップしていく女の戦いに、免疫のない薪が耐えられるわけがない。そろそろギブアップか、と鈴木が彼を注視していると、薪は意外なことを言い出した。
「悪いけど、僕、宮内さんと付き合ってるから」

 薪の一言で、部屋の端っこで鈴木の友人の一人と話をしていた女の子に注目が集まった。「うそー!!」という声が、部屋中に響き渡る。
「なんで麻子!?」
 その疑問はいささか失礼だと思うが。
 
 しかし、無理もなかった。宮内麻子は決して美人ではなかった。十人並みの容姿に、十人並みのスタイル。最近の女の子にしてはちょっと太めで、飾り気のない肩までのストレートボブは彼女の大人しい雰囲気にあってはいたが、地味な女性という印象は拭えなかった。
 彼女は突然の指名に驚き、手に持っていたグラスを取り落としてしまった。テーブルの上に零れたスクリュードライバーを拭き取る作業に、しばしみんなが気を取られた。
 騒ぎが落ち着いた頃、だれもが何となく、カミングアウトした恋人たちを見た。全員の視線の中で、薪は麻子の傍に寄り、
「ごめん、麻子ちゃん。みんなに言っちゃまずかった?」
「ううん、わたしはいいけど……薪くんこそ、みんなに知られちゃっていいの? わたしなんかが、その」

 おどおどと、自分に自信のないもの特有の喋り方で、麻子は俯いた。大分内気な性格であるらしい彼女は、皆の顔がまともに見られないようだった。
 そんな彼女にふわりと笑いかけて薪は、
「僕、麻子ちゃんのそういうとこ、好きだよ。奥ゆかしいっていうか、ほっとけないっていうか」
 他人の目を気にしない恋人の言葉に、麻子は見る見る赤くなり、それを隠そうと更に下を向いてしまった。
「麻子ちゃんは可愛いよ」
 床に座って体勢を低くして、薪は俯いている麻子の顔を下から覗きこんだ。じっと見つめあう二人の姿に、場をわきまえないその振る舞いに、座の空気が一気に白くなる。
 たっぷり2分ほど見つめ合って、薪は顔を上げた。
「あの、僕たち、もう帰っていい? なんか盛り上がっちゃったから」

 ずるっと椅子から落ちる者が数名、腹いせに隣の男の足を踏むものが数名。鈴木は踏まれた方だった。
「帰れ帰れ!!」
「てか、出てけ!」
「恋人いるやつが合コン来るなっ!」

 怒号が飛び交う中、薪は笑いながら麻子の手を引き、部屋を出て行った。窓から見下ろすと、二人が腕を組んで夜の街を歩いていくのが見えた。
 仕切り直しだ、と主催者の中谷が叫び、マイクを持った。ヤケクソ気味に歌いだした彼の実力は中々のもので、場の空気は直ぐに元通りに修復された。
 再びにぎやかなお喋りに包まれる室内で、鈴木は一人、いつまでもブラインドから外を見ていた。煌びやかな夜景が、何故か霞んで見えた。




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言えない理由 sideB(8)

 鈴薪強化月間は今日までの予定でしたね。
 
 …………終わらなかった……にに子さん、ごめんなさい……。
 すみません、ダラダラ続いて。(^^;
 残り3回、よろしくお付き合いください。




言えない理由 sideB(8)






「薪が柔道? まさか」
 偶然一緒になった構内の廊下で、鈴木は雪子から友人の近況を聞いた。聞いて、開いた口が塞がらなくなった。何を思ってそんな、似合わないことを始めたのだろう。
 薪に柔道を教え始めたという三好雪子は、柔道二段の実力者。取っ組み合いのケンカになったら確実にのされる。だから鈴木は出来るだけ、彼女を怒らせないように心掛けている。

「嘘じゃないわよ」
 鈴木が驚いたことに驚き、次いで彼女は怪訝な表情になった。
「ふざけ半分に絡んでくる男子を撃退したいからって。知らなかったの?」
「友だちだからって、毎日一緒にいるわけじゃない。知らないこともあって当然だろ」
 鈴木は薪のことなら何でも知っている。そんな刷り込みが彼女の中から消えていないことに気付いて鈴木は、彼女の思い込みを否定した。彼にしてはぶっきらぼうな口調だった。
「雪子だって、友だち全員の習い事を把握してるわけじゃないだろ。それと同じだよ」
 要注意人物に対する普段の心掛けも忘れて、鈴木は理論で雪子の言葉を封じた。弁護士希望の鈴木にとって理詰めの会話は実は得意とするものだったが、彼は今まで討論会以外で友人相手にそんな会話を仕掛けたことはなかった。

「そうね。じゃあ、これは知ってる? 講師の中田と教育学部の三島洋子、デキてるって噂」
「あ、知ってる。子供できちゃって、堕ろしたのが奥さんにバレて、先生の奥さん実家に帰っちゃったって」
「それはデマ。でも奥さまとの修羅場は本当」
 賢明な雪子は週刊誌のページを捲るように話題を変え、廊下を歩きながら二人は学内の噂話に興じた。
「馬鹿だなあ、中田のやつ。でも、三島はいい女だからな~。オレももう少し付き合っとくんだったな~」
「あんた、洋子とも付き合ってたの? 一体、何人食ってんのよ」
「オレの知り合いの女で寝たことないのって、おまえくらいだな」
「ったく、みんな見掛けに騙されちゃって」
「女性に一時の夢を見せるのは、イイオトコの使命だからな」
 ドンファンを気取った鈴木のセリフは、もちろんフェイクだ。そのことを雪子はちゃんと知っている。嘘の上に嘘を重ねる虚構の会話の楽しさを、二人は一緒に楽しんだ。

「あたしは永遠にごめんだからね、あんたなんか」
「永遠にって、先のことは分からないっしょ」
「絶対に嫌。ゴキブリと寝たほうがマシ」
「おまえ、マジでゴキブリと寝てるもんな。掃除しろよ、女の部屋なんだから」
「苦手なのよ、掃除って。やればやるほど散らかっちゃうのよね、不思議なことに」
 そこで雪子は足を止め、思い出したように口元に手を当てた。
「明日、ゼミの後輩が遊びに来るんだっけ。お願い、鈴木くん。掃除手伝って。本棚とかベッドとか、重いものはあたしが動かすから」
「普通それ、逆じゃね?」

 笑いながら建物を出て、正門に向かう途中、法文の4号館から出てきた顔見知りの集団に出会った。
 先刻話題に上った柔道を習い始めた友人と、そのゼミ仲間だった。男ばかりが7人、何ともむさくるしい眺めだ。
「よ、鈴木」
 サークルで一緒の学生が一人いて、彼は鈴木に声をかけてきた。鈴木も軽く手を上げて、それに応える。
 葛西ゼミの人間ではないものの、薪の我が儘に付き合わされる形で、鈴木は彼らとも交流を持っている。みんな気のいいやつらだった。
「これから吉田の家で勉強会。おまえもどう?」
 吉田の家には、家事見習い中の姉がいる。このお姉さまがかなりのナイスバディで、お菓子作りも上手かったりして、こいつらの勉強会の目的はもっぱらそっちの方だ。レポート用紙は白いまま、大抵はお姉さまの妄想談義になってしまう。
 それはそれで楽しいし、鈴木も久しぶりに彼女の神々しいまでのFカップを拝みたくはあったが。

「あー、悪い。これからオレ、雪子んちの掃除の手伝いに」
「はあ? なにそれ」
「早くも尻に敷かれてるのか?」
 反論しようとする雪子を、眼で止める。雪子には悪いが、ここは役割を演じてもらおう。
「ジャマしちゃ悪いよ。行こう」
 揶揄するように責めるように笑う友人たちを促して、薪は彼らの輪からひとり、抜け出した。
「じゃあね、鈴木。またね」
「ああ」
 スタスタと歩いて行ってしまう薪を、友人たちが追いかける。「待てよ」と一人が呼びかけるのに、「早く淳子さんに会いたいだろ?」と返す声が聞こえて、「僕、お腹空いてるんだ」と彼の急ぐ理由に皆の笑い声がかぶさった。

「あれで良かったわけ?」
「だって今、約束しただろ」
 雪子はふっくらと赤い下唇を突き出し、ひとのせいにしないでよ、と不満げに吐き捨てた。
「もしかして、あれからずっとこの調子なの?」
「べつに、ケンカしてるわけじゃないよ。ただ、前みたいに四六時中一緒にはいない。オレにだって薪の知らない友人はいるし、薪は薪で、ゼミ仲間と楽しくやってるみたいだし」
「薪くんのゼミになら、あんた今まで平気で顔出してたじゃない。コンパも顔パスだったでしょう?」
 それは昔の話。今は今だ。

「薪には薪の付き合いがあるんだよ」
 鈴木は携帯電話を取り出して、母親の携帯にメールを打つ。今日は雪子と夕飯を摂ることになりそうだから、断っておかないと。この連絡を怠ると、いつもはやさしい母親が鬼になる。夕飯くらい、と思うが、女って不思議な生き物だ。

「友人も恋人も……そういえば、麻子ちゃんて、おまえの友だちだよな? あのふたり、付き合ってるの知ってた?」
「まあね。付き合い出すときに相談受けたわ」
「こないだコンパで一緒になったんだけどさ、いい感じだったぜ。あんなにやさしい眼で女の子を見る薪、初めて見たよ。よっぽど麻子ちゃんのこと」
「理学部のアユミが薪くんと寝たって、自慢げに言ってたけど」
 面白くなさそうに、雪子は言った。
「えっ。マジ?」
 麻子は雪子の友人だ。彼女がないがしろにされて、腹立たしいのだろう。しかし、さっき雪子は薪に何も言わなかった。これが鈴木だったら一本背負いを決められているところだ。この差はなんなのだろう。人前だったから遠慮したのかもしれないが。
「他にも何人か、同じような噂を聞いたわよ。真偽のほどは不明だけど」

 雪子の言葉がとても哀しそうな響きを持っているのに気付いて、鈴木は薪を責めない彼女の気持ちが、解ったような気がした。
 彼女は知っている。薪の本当の気持ちを、知っているのだ。

「あのね、鈴木くん。余計なお世話かもしれないけど」
 鈴木の大きな手が、雪子の口を塞いだ。普通の女の子ならくちびるで塞ぐところだけど、こいつにはそういうことはしたくない。雪子は大切な友だちだ。失いたくない。
「これでいいんだよ」
 雪子は目を瞠ったが、すぐに平静を取り戻し、鈴木の手を穏やかに退けた。それきり、何も言わなかった。
 遠ざかっていく彼らの姿を、彼らの合間に見え隠れする小さな亜麻色の頭を、鈴木は見えなくなるまで見送っていた。



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言えない理由 sideB(9)

 鈴薪強化月間の当初予定日は過ぎてしまったのですけど、お話はもうちょっと続きます。
 具合の良いことに、にに子さんとこも延長決まったみたいだし♪ (にに子さんの爽やかすずまきさんと比べて、ドS展開のこの話はさっさと終わらせるべきでは?)

 根性出せばきちんと収まったはずなんですけどね、年のせいで体力がね。(^^;

 年のせいって言えばね、40過ぎたらお尻の肉が垂れてね~。 ←藪から尻。
 こないだ、ふざけて義妹の膝の上に座ったら、骨が当たるって言われたのですよ。 肉が下がって、尾てい骨部分の肉が薄くなったんですね。 オットにも、床に膝をついて雑巾掛けしてたら 「尖ってる尖ってる」 って先端部を撫でられるし~、
 セクハラで訴えてやろうかしら。(笑) 






言えない理由 sideB(9)





 最近になって、鈴木は麻子の姿を頻繁に視界の隅に留めるようになった。それは内気な彼女らしいアプローチで、控えめにこっそりと影から自分のことを見つめる風情で、なるほど薪もこの戦法に陥落したのかと微笑ましいことを考えた。
 鈴木が呑気に構えているのは、薪の彼女の接近が、親友から自分に対する心変わりから来るものでないことを知っているからだ。彼女はたぶん、自分に言いたいことがあるのだ。

「オレに何か用?」
 その日は珍しく鈴木の周りに友人がおらず、一人で帰宅の途を辿っていた。彼女と話をするにはいい機会だと思った。
「薪なら一緒じゃないよ。約束もしてない」
 薪は以前の生活スタイルを取り戻し、授業にゼミにと忙しい毎日を送っていた。葛西教授に詫びを入れに行ったら、1年分のレポートをつき返され、全部書き直して来なさい、と言われたらしい。薪はそれらのレポートを1ヶ月のうちにすべて再提出し、そのうちのひとつがコンクールの特別審査員賞を獲得したとか。教授の満足そうな顔が目に浮かぶようだ。

「い、いえ、あの……わたし、鈴木さんに、お話が」
「薪のこと? 悪いけど、あいつの浮気の話ならオレからは諭してやれないよ。オレも人のこと言える立場じゃないからさ」
 薪が麻子以外の女性とも付き合っている、という噂は聞いていた。鈴木が見たところ、相手の女性に押されるがままに関係を持ってしまっただけのような感じを受けたが、それでも浮気は浮気だ。しかし、鈴木も他人のことを言えた義理ではない。来るもの拒まずが鈴木のモットーだからだ。

「そんなことはどうでもいいです」
 変わった娘だ。自分の彼氏が他の女と遊んでも、気にならないのだろうか。
 道端じゃなんだから、と鈴木は麻子を近くのカフェに誘い、コーヒーとオレンジジュースを挟んで向かい合った。

「で?」
 鈴木が促すと、彼女はテーブルの下でぎゅっと両手を握り締め、フレアースカートの生地を掴んだ。懸命に唇を動かそうとし、能わず、落ち着こうとしてかオレンジジュースに手を伸ばした。でもその手は小刻みに震えていて、グラスを倒してしまう危険性が高いと自分でも察知したのか、彼女は元通り、膝の上に手を置いた。
 そんな彼女の様子に、わずかにイラつく自分を感じる。その苛立ちの本当の理由を知っている鈴木は、努めて穏やかな表情で彼女から話を聞き出そうとした。

「あいつに何か、キツイことでも言われた? だったら気にしないほうがいいよ」
 彼女が話しやすいように、こちらから話を切り出す。コーヒーを啜りながら、鈴木は軽い口調で話を継いだ。
「薪とうまく付き合うには、ちょっとしたコツがあるんだ。それはね、薪の言うことをマトモに受け取らないこと。あいつの態度と本音は、真逆だと考えていい。意地悪や皮肉を言われたら、それはあいつの愛情表現だと思って大丈夫だから」
「鈴木さんとは、そんなふうだったんですね」
 彼女は苦笑し、それで少し落ち着いたらしかった。手を震わせずにグラスを持ち上げ、ストローで静かにジュースを飲んだ。

「薪くんは、わたしにはとても優しくしてくれます。意地悪も皮肉も、言われたことはありません」
「あ、そうなんだ。薪のやつ、本当に麻子ちゃんのこと好きなんだな」
 素直な感想を述べる鈴木を、麻子は顔を上げてじっと見た。初めてまともに彼女と向き合った鈴木は、気弱な印象を受ける彼女の灰色の瞳の中に揺ぎ無い意志を感じ取って、彼女の芯の強さを知った。
 やがて彼女は言った。
「薪くんが、すごく辛そうなんです」
「つらそう? 何かあったの? あ、もしかして、やつの浮気のことでケンカになったとか」
 麻子は首を横に振り、
「それで彼が満たされるなら、わたしは平気です。もともとわたし、薪くんの恋人ってわけじゃないし」
「え!? ちょっと待ってよ、麻子ちゃん。薪の方は本気だと思うよ? あいつが女の子と付き合うなんて、初めてなんだから」
 半年も付き合っている彼女に、恋人として認めてもらっていない不憫な友人の境遇に、鈴木は同情した。他の女の子に手を出した薪が悪いが、浮気は男の本能みたいなもので、それを女性に納得してもらうのは中々に難しいが、ここは友人のために一肌脱いでやろう。
「むかし薪はね、女の子なんかつまらないって、オレにはずっと言ってて」
「今もそう思ってますよ。わたしは彼が好きだけど、彼はわたしを見ていない。わたしだけじゃない、他の誰も」
 鈴木の弁護は途中で遮られた。彼女の瞳が強く輝いているのを見て、ここからが本題だ、と鈴木は察した。

「薪くんが欲しいのは、鈴木さんだけなんです」
 鈴木の右手に触れて、コーヒーカップがかちゃりと音を立てた。
「わたしでは、彼の渇きは癒せない。他の誰でも駄目なんです。鈴木さんだけが」
 彼女の真剣な声音に、鈴木は確信する。彼女は、薪と自分の過去を知っている。まさかと思うが、薪が話したのだろうか。

「わたし、見てたんです。あの日、最初に薪くんを見つけて、雪子にあの場所を報せたのはわたしなんです。わたしじゃどうにもならなかったから、だから雪子に頼んだんです」
 なるほど、と鈴木は納得する。あの一部始終を知っているのでは、下手な言い逃れはできない。彼女はすべて承知の上で、薪と付き合うことにしたのだ。おそらく、薪の心の中に誰が住んでいるのか、そこまで知った上で。
「それで? オレに何をどうして欲しいの」
「彼のところに戻ってださい」
 本当におかしな娘だ。麻子は薪に恋をしている、それは明確な事実なのに、昔の恋人に彼と縁りを戻せと言う。

「それはできない」
 やっとの思いで断ち切った彼との関係を、彼が流した涙と必死の決意を、無駄にはできない。
「普通の友人としての付き合いは続ける。それがオレには精一杯だ」
 事情を知っていても、麻子は所詮部外者だ。あの苦しみを知っているのは、自分たちだけ。薪を二度とあんな煉獄に堕とすことはできない。

 彼女の申し出を鈴木がきっぱりと断ると、麻子は一重の細い目を更に細めて、ぼそりと吐き捨てた。
「だれも薪くんの恋人に戻れなんて言ってないでしょ」
 聞き間違いかと思った。
「なにうぬぼれてんの? 薪くんだって、もうそんなこと望んでないわよ」
 顔と言葉が合ってない。内気な表情と奥ゆかしい雰囲気はそのままで、口調だけが乱暴になっている。
 薪のやつ、とんでもない女と付き合ってるな、と思いかけて、鈴木はそれを瞬時に否定する。彼女は怒っているのだ。鈴木が想像もつかないほど。
 麻子は残りのオレンジジュースを飲み干し、ぎゅっと唇を引き結んだ。薄化粧をした彼女の唇はベージュ色のヌーディリップで、彼女にはもっと明るい色が似合うのに残念だな、と鈴木はお節介なことを考えた。

「普通の友人ってつまり、大勢の友達のうちのひとりってことですよね? そうじゃなくて、昔みたいに、彼の一番近しい存在に戻って欲しいんです」
 先刻までの控え目な態度が嘘のように、麻子は自分の意見を堂々と主張した。開き直ると強いタイプらしい。
「薪くんはとっくに覚悟を決めて、鈴木さんの親友としてやり直そうとしているのに。鈴木さんは彼と距離を置こうとしている。薪くんがあんなに辛そうなのは、そのせいです」
「オレが近くにいちゃダメなんだよ。オレがいるとあいつは」
「薪くんは、そんなに弱い人間じゃありません」
「きみの前ではそうかもしれないけどね、あいつはオレの前じゃ」
「いいえ。薪くんはあなたが考えているより、ずっと強いひとです。弱いのはむしろ、あなたの方」
 きつい眼光に、鈴木は思わず身を引いた。驚いた、この娘は怒ったほうが美人だ。

「あなたは、逃げてるだけ。彼の想いが怖いから、いいえ、自分の中に残ってる彼への気持ちに引き摺られるのが怖いから。それはもしかしたら、薪くんも同じかもしれない。
 でも薪くんは、あんなに一生懸命なのに。あなたに心配を掛けたくないから、苦手なコンパにも出てるのに」
 糾弾とも取れる言い方で、彼女は畳み掛けた。開き直ると強いんじゃない、この娘はもともと強いのだ。弱気な外見をしているだけで、中身は雪子クラスだ。
「あんなに一生懸命、あなたに相応しい人間になろうと努力してるのに」
 学生らしく勉学に励み、友人との付き合いもこなし、年相応に女の子とも遊んで。それは確かに、鈴木が薪に望んだ姿だった。薪は懸命に、その理想像に自分を近づけようとしている。ただただ鈴木のため、堂々と鈴木の親友に戻るため。

「あなたも薪くんの親友なら、彼の努力に応えてあげて」
 言い終えて、麻子はオレンジジュースを飲もうとし、中身が空なのに気付いて、水の入ったコップに手を伸ばした。氷が解けて温くなった水を、彼女はゴクゴクと飲んだ。テーブルの上に載せられた左手が、血の気が失せるほど握り締められている。緊張していたのだ、と分かった。

「きみの言いたいことは解った。オレからも、一言いい?」
 ぎくっと彼女の肩が強張った。自分の暴言に何を返されるのかと怯えた眼をした彼女は、しかし気丈に「はい」と頷き、鈴木の眼を見返した。
「麻子ちゃんさ、口紅はピンク系の方が似合うと思うよ」
 
 きょとん、と目を丸くする彼女を置いて立ち上がり、鈴木は店から出た。ぶらぶらと歩いて、コンビニの角を左に曲がる。横断歩道を渡って100mほど歩き、さらに左に折れる。
 半年振りに辿る道、半年振りの風景。目的の場所までの道順はちゃんと足が覚えていて、何も考えなくても鈴木をそこまで運んでくれる。
 鉄製の階段を上がり、左下方の傷の形まで思い出せるドアの前に立つ。右手のチャイムを押し、家主が出てくるのをしばし待つ。やがてドアが開かれ、鈴木は彼と対峙する。
 記憶を手繰るまでもなく鮮明に重なる、彼の涼やかな笑顔。

「なにか用?」
「退屈だから、薪と一緒にビデオでも見て、感想を語り合おうかなって」
「……政治学の課題レポートの書き方とか?」
「あ、バレた?」
 あはは、と笑って鈴木はディパックを左肩に掛けなおす。階段の下から吹いてくる風からは、夏の終わりの匂いがする。
「でも、ビデオ鑑賞の時間はあるぜ」
「そうなのか? レポートの提出期限は?」
「来週の月曜日」
 鈴木が期限を告げると、薪は真夏の太陽みたいに明るく笑った。

「じゃあ、外へ行こうよ、鈴木。こんなにいい天気なんだから」




*****


 学生時代のすずまきさんは、ここまでです。 
 この先は鈴木さんの最期の場面につながって行くので、痛いの苦手な方は、ここでおしまいにしてくださいね~。 ←手遅れ感が半端ない。



 

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言えない理由 sideB(10)

 新しいリンクのご紹介です。

 
№9 秘密ートップシークレットー (←クリックすると飛べます)
 maki9 さまが描かれる緻密なタッチの麗しい薪さんが満載のイラストサイトです。

 ご本人様は 「いくら描いても似ない、だれか描き方教えてくれないかな」 なんて仰ってますが、わたしに言わせれば、こんなに描けるくせに、なんて贅沢なって。(笑)
 絵が描ける人って、本当にすごいですよね!
 文は日常生活で使うものだから誰にでも書けると思うけど、絵は、生まれつきの才能もさることながら、特別に時間を作って研鑽を重ねていくものでしょう? maki9さんは、その努力を惜しまない人だと思います。 原作の絵柄に近付けようと試行錯誤を重ねるご様子に、薪さんへの愛を感じます。 本当に好きなんだなあって。 
 ぜひご訪問なさって、maki9さんの熱ーい薪さん愛を、その目でお確かめになってください。(^^


 





言えない理由 sideB(10)





「鈴木。起きろよ」
 軽く肩を揺さぶられて、鈴木は目を覚ました。青い空に、ぽっかりと浮かんだ白い雲が見える。
「警察官が他人に起こされるまで野外で爆睡って、ありえないだろ」
 亜麻色の大きな瞳を悪戯っぽく吊り上げて、親友が自分の顔を覗き込んでいた。つややかなくちびるは細く窄められ、幼い頬は芳醇に実った果実のように瑞々しく、瞳と同じ色の髪は太陽光に照らされて、いっそ金色に輝く。
 現実の太陽よりも彼に眩しさを感じて、鈴木は眼を細める。

「オレは薪と違って、現場に出たことないから」
「これだから、察庁さんは」
「おまえだって所属は警察庁だろ? キャリアなんだから」
「僕は今は警視庁の人間。鈴木は敵だ」
 警視庁と警察庁の不仲を揶揄して、薪はにやっと笑った。意地悪そうな笑い顔が、板についている。彼が充実した毎日を送っている証拠だ。

 薪は現在、警視庁捜査一課に身を置いている。今年から班長を任されて、優秀な成績を上げている。『薪警視の前に迷宮なし』と囁かれる、捜査一課の天才。その意外と子供っぽい素顔は、鈴木だけが知る彼の秘密だ。
 鈴木の腕を掴んで起き上がらせる彼の腕に、男の力強さを感じる。警察機構に入って3年、薪は見違えるように逞しくなった。見かけはそれほど変わらないが、スーツの下に隠された肉体には明らかな変化が起きている。
 彼は、先日の柔道の昇段試験に見事合格し、念願の黒帯を獲得した。鈴木に賞状を見せにきた薪はとてもうれしそうで、とっくに燃えるゴミになってしまった国学院の賞状との対比に、失笑を禁じえなかった。

「なんだよ、おかしな笑い方して」
「いや。なんでもない。それよりもさ」
 苦笑に顔を歪めた鈴木は、どうしてここで親友を待っていたのかを思い出し、彼にその話をするように促した。薪にとっては青天の霹靂、世界の一大事だったはずだ。一介の警視が、上層部、それもトップ3の人物に直々に呼び出されるなんて。

「どんなひとだった? 小野田官房長」
 緊張した面持ちで訊ねる鈴木に、薪はあっさりと、
「写真と同じ顔してた」
「いや、そうじゃなくてさ」
 やっぱり薪の感覚は、普通とズレがある。現に、興奮も萎縮もしていない。小野田官房長といえば警察機構実力者ナンバー3、自分たちのような一警察官にとっては雲の上のようなひとだ。そんな大人物と面接をしたとあれば、気分が高揚して饒舌になるか、逆に過度の緊張状態から醒めて脱力状態になるかのどちらかではないか。
 鈴木の呆れたような口調に、薪はしばらく考えてから、
「やさしそうなひとだった」
 だから、そうじゃなくて……もういいや。

「で、面接の内容はなんだったの?」
「第九の室長やってみないかって」
「室長? 第九って、新設の研究室の? って、警視のおまえに?」
 薪は手に持った封筒から3枚の申請書を取り出し、鈴木に差し出した。官房長直々の特別承認人事。書類を持った鈴木の手が震える。
「警視正の試験を受けろって。で、受かったら1年くらい海外研修に行って来いって」

 芝生の上、鈴木の隣に座って天気の話でもするように、この夢のような幸運を淡々と語る親友に、鈴木は身震いする。
 絶対に大物になると思っていたが、こんなに早くその兆しが現れるとは。薪はまだ26。通常警視正になれるのは35歳からだ。試験を受けるのは来年だろうが、こいつが試験と名のつくものに落ちるわけがないから、昇任は27歳。8年も早い上層部入りなんて、聞いたこともない。
 それなのに、薪ときたら。

「いやだなあ、海外なんて。せっかく班長任せてもらえるようになったのに」
 これだ。現場の仕事が面白いものだから、この常識外れの大きなチャンスをありがた迷惑みたいに思っている。
「なあ。やっぱり断ったらマズイかな」
「当たり前だろ! てかおまえ、こんなチャンスを断るなんて、キャリア入庁した他の同僚に聞かれたらフクロにされるぞ」
「だって研究所なんて。僕、現場の方がいいよ」
 それは、ずっと鈴木が望んでいたことだった。現場で荒くれた犯罪者と対峙する薪の身を、鈴木が毎日どれだけ案じていたことか。研究室なら、命の危険はないはずだ。それだけでも安心できる。

「何言ってんだ、第九だぞ! 最新鋭の捜査方法だぞ!」
 
 昼食の最中に携帯で呼び出されて走っていく親友の後姿を、鈴木がどんな思いで見ていたか。殺人犯に襲われたら、強盗犯に撃たれたら―― 警察官なら殉職の可能性は視野に入れていたはずだが、薪はキャリアだ。現場に出るとは思わなかった、だから止めなかったのに。何を思ったか薪は捜査一課への配属を希望して、自らを危険の中に置いて、その死と隣り合わせの毎日は鈴木の心労を否応なく煽った。
 新しい研究機関の素晴らしさを滔滔と並べ立て、鈴木はこのチャンスをものにするよう、薪に働きかけた。熱心な説得の裏に隠された鈴木の気持ちには気付かないまま、薪は感心したように息を吐く。

「鈴木がMRI捜査に賛同するとは思わなかった。たしかに、今までのやり方を根底から覆す手法だけど、僕はいやだな。だって、人間の脳を見るんだろ? 覗きみたいじゃないか」
「なに甘っちょろいこと言ってんだ。倫理的には問題が残るかもしれないけれど、通り魔殺人等で被害者同士の接点が見つからない場合には、これ以上有効な捜査方法はない。犠牲者の人数を最小限に抑えることができるんだ。冤罪だって防げるし」
 聞きかじりのMRIの知識を振りかざして、鈴木は懸命に薪を説得した。薪の言うことなら何でも聞いてやった鈴木だが、今回ばかりは譲れなかった。
「わかった、わかったよ。鈴木がそこまで言うんなら、受けてみるよ、昇格試験」
 鈴木の剣幕に押される形になって、薪が折れた。薪は我が儘だが、引くところは引く。彼らはいつもそんな調子で、押したり引いたり、凹凸の波がぴったりと重なるみたいに寄り添っていた。

「MRI捜査に興味があるなら、鈴木も一緒にやる?」
「そんな勝手が許されるのか」
「わからない。でも鈴木となら、他の誰とするよりも良いものが創れると思う」
 意地悪で皮肉屋で、常に斜めから人を見るタイプの親友は、鈴木の前では時に、びっくりするくらい素直な一面を見せる。それが彼の中核だと、鈴木だけは知っている。
「官房長に頼んでみる。まずは準備室を立ち上げるから、そこの副室長におまえのことを推薦しておくよ。そうしたら」
 自分の思いつきにワクワクして、薪は子供のような笑顔になる。最初の気乗りのなさは何処へやら、芝生の上にかいた胡坐の膝を抱え込むように身を乗り出すと、
「そしたら、一緒に仕事ができるな」

 亜麻色の大きな瞳を希望に輝かせて、薪は未来のビジョンを語った。
「僕が室長になるから、鈴木は副室長になって。どんな事件もたちどころに解決して、第九研究室を警察機構一の研究施設にするんだ」
「おお? さすが薪くん、試験を受ける前から通る気マンマンだね?」
「茶化してないで聞けよ。死人の脳を見るわけだから、世間は色々言うだろうけど、実績さえ上げれば抑え込めると思う。システムの扱いには専門的な知識が必要だから、その研修施設も創設しないとな。それには優秀な人材を集めて」
「研究所随一のエリート集団、法医第九研究室か。カッコイイな、それ」
「だろ? きっと女の子にモテモテだぞ」
「モテモテって……薪、それ100年くらい前の死語だぞ」
「うるさいよ、真面目に考えろよ」
「自分から言い出したくせに」

 それからふたりは、新しい研究室の話題に夢中になった。最新鋭のIT技術の粋を凝らした宇宙開発局クラスの設備。神の領域に挑むような高揚感が、彼らを包んでいた。
 そのときは思いもしなかった。
 自分たちの未来予想図が、悪夢に変わるなど。
 近い将来彼らを襲う悲劇の存在は、僅かな片鱗すらも覗かせてはいなかった。すべてを見通す神の眼たるMRIにも、推理の神さまとまで謳われた天才にも、まったく予測することはできなかったのだ。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

言えない理由 sideB(11)

 過去作に拍手くださってる方々、ありがとうございます。(^^
 わー、懐かしいー、と軽い気持ちで当該記事を眺めると、光の速度で記事を下ろしたくな……とにかく、ありがとうございます。 

 ただ、ちょっと心配なのは、
 時間が夜中の1時とか3時とか!
 病気になっちゃいますよっ。 睡眠不足は免疫力を低下させてしまいます。 どうか、夜はちゃんと眠ってくださいね。


 SSを書き始めて3年経ちまして、昔の話を読みますと、その粗雑さに恥ずかしくなります。 勢いだけで書いてたんだねー。
 今はちゃんと考えて書いてるもんね。  
 いかに笑いを取るか、いつも考えてる! ←完全に方向性を誤っている。 

 こんなんだから、うちのあおまきさんは 「ドツキ漫才」 とか言われて~。
 ええ、本望ですとも。(笑) 




 お話の方は、これで終章です。
 にに子さんと一緒に始めた (←便乗させていただいたが正しい) 鈴薪強化月間も、この更新が最後です。 同じタイミングで終われてよかった。(^^
 機会がありましたら、また昔の鈴薪さんを書きたいです。 でも今一番書きたいと思ってるのは、滝沢さんリターンズのクライムサスペンスです♪ (いつも望まれないものばっかり書いてすみませんっ)
 
 お読みくださってありがとうございました。






言えない理由 sideB(11)




 蝉時雨が狂ったように降り注ぐ夏の早朝だった。
 二発の銃声が第九研究室に響き、次いで一発の銃声が轟いた。
 鈴木は叩きつけられるように床に倒れた後、すぐに動かなくなった。
 直前、鈴木の眼に映っていたのは親友のきれいな顔。驚愕に歪み、それでもなお美しく。鈴木を惹きつけた亜麻色の瞳。

 夏の最中、連日の過酷な職務に身を削られ一回り細くなった鈴木の親友は、両手で構えた銃をそのままに、床にぺたりと腰を落とし、ガタガタと身を震わせていた。一人では立つこともできない赤子のように、それはとても頼りない姿で、だから鈴木は彼に手を貸して立たせてやろうとするが、鈴木の身体は既に彼の支配から離れ、意思を持たない肉塊になろうとしていた。
 自分を助けにも来ない不忠者の部下を叱責することもなく、薪は自力で床を這い、鈴木の方へ寄ってきた。鈴木の胸の左側、血が噴出している場所に両手をあてがうと、圧迫によって止血をしようと自分が血に汚れるのも構わず、力を込めた。胸に押し付けた白いハンカチが、見る見る真っ赤に染まる。

「鈴木っ!」
 彼の声が聞こえる。普段は涼やかなアルトの声、それがヒステリックに引き攣れて、自分の名前を呼んでいる。
「はい、室長」
 そう答えたつもりの鈴木の声は発せられることなく。力なく落とされた目蓋に死の影は濃く、正常な聴覚も既に失われていたけれど。
 鈴木にはしかし、彼の様子がはっきりと分かる。

 目なんか見えなくたって、耳なんか聞こえなくたって。薪のことだけは分かる。
 泣いている。震えている。ありえないくらい取り乱している。

 名前を呼ぶことで、彼がこの世に留まることができる、そう信じ込んでいるように。薪は何度も何度も繰り返し、彼の名前を呼び続けた。しかし鈴木の身体は急速に熱を失い、噴き出していた生命の迸りも、その勢いを失くしつつあった。

 生命の終着に訪れる、長い長い一瞬の中で、鈴木は思う。

 人類がこの世に誕生してから700万年。人は生まれて、生きて死んで、回り続ける糸車のように命を紡いできた。その壮大な流れの微粒子に過ぎない自分と彼が、同じ時代に生まれ同じ場所に生き、互いの人生を交差させたのはまさに奇跡。
 この巡り合わせに、ひたすら感謝する。
 おまえに会えたこと、おまえに関われたこと、身近なひとになれたこと。
 オレってけっこう、ラッキーだったじゃん。

「すずき、すずきっ!」
 滂沱する彼の雫を、消えゆく意識の片隅で感じて、その涙を止める術を持たない自分を鈴木は残念に思う。
 相変わらず、薪は泣き虫だ。警察に入庁してから強くなったと思っていたけど、全然ダメじゃないか。

 必死に自分の名を呼び続ける彼に、何とかして伝えたい。
 そんなに悲しむことはないと、別に世界が終わるわけじゃない、これからもおまえの輝かしい人生は続くのだと、どんな形でもいいから伝えたい。
 しかし既に自分はその力を失ってしまったのだと、もう永遠に取り戻すことはできない、これから先、二度と彼の涙を拭ってやることはできないのだと、今になってやっと気付いて、鈴木は初めて絶望する。
 誰でもいい、どんな方法でもいい。誰か、オレの代わりに、薪の涙を止めてくれ。

 薪の涙が鈴木の頬にぼたぼたと落ちて、彼の声が遠ざかる。見も世もなく嘆く親友の、それは鈴木の胸を抉るように辛い画で、こんな彼の姿を見たくはないと鈴木は思う。
 だから鈴木は、心から願う。

 ――― 頼むよ、薪。
 笑ってくれよ。オレはおまえの笑った顔が見たいんだよ。
 この期に及んで、それ以外、何も望まない。欲深いオレの最後のお願いがこんなに謙虚なんだから、叶えてくれてもいいだろう?

 鈴木の願いに応えてくれたのは神でなく、彼の親友でもなく。わずかに活動を続けていた鈴木自身の脳だった。
 鮮明だったモニター室の風景が白く霞み、まばゆい光が辺りを包んだ。壊れかけた脳が作り出す幻覚と言う名の彼が、鈴木の前に姿を現わす。
 亜麻色の髪をさらりと流して、僅かに小首をかしげている。はだかの肩が覗いている、幾度となく抱き寄せた愛しい肩。
 鈴木を見上げてはんなりと微笑む、綿菓子みたいな笑顔。

 ――― さすがオレの薪。やればできるじゃん。

 その所作に満足して、鈴木がいつものように亜麻色の頭を優しく撫でると、薪は嬉しそうに笑った。



 ――― これはオレの大いなる遺産。薪に遺す、薪にしか意味のない宝物。
 いつの日も、おまえにこの笑顔があるように。
 ずっとずっと、大切に守って。
 オレが守ってきたものを、今度はおまえが守って。
 守り続けて。



 ―了―



(2010.9)


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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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