きみのふるさと(1)
本日もご来訪ありがとうございますー!
こちら、薪さんが青木さんの実家に行って、ごはん作ったり子供の面倒見たりするお話で、
3万拍手のお礼SSとなっております。
いつもながら原作の設定と違っててすみません、青木さんのお姉さんは生きてます。
小姑になって、元気に薪さんをイビリます。 薪さんが泣くまで責めます。 ←お礼SSでこの展開はどうよ?
冒頭に、以前チラッと予告しました青木さんの隠し子疑惑が出てきますが、あんまり気にしないでください。←お礼……。
それと、わたしは子供を育てたことがないので、子供の生態についてはまったく分かりません。 子育てのプロの方には首を傾げるようなことが書かれていても、ヌルイ眼で見てやってください。
今回も、広いお心でお願いしますっ。
きみのふるさと(1)
真夜中の、暴力的な覚醒は実に不快だ。
もともとが眠りの浅い、また仕事柄、見る夢には陰惨なものが多い薪にあっては自らがその原因になることも多いのだが、礼儀を知らない電話のベルで叩き起こされるとなれば、普段からの不眠の責任すべてを電話の相手に押し付けたくなる。電話口の薪が無言だったのは、持ち前の低血圧のせいばかりではない。
『もしもし』
しかも、知らない女の声ときた。逆探知掛けてやろうか、それとも電話の画面に表示された電話番号をWEB公開してやろうか、と薪が非道な報復を思いついた時、相手の口から意外な言葉が零れた。
『一行?』
一緒に住んでいる男の名前を聞いて、薪の声帯が強張る。
恋人が出張で家に居ない夜、知らない女から彼に掛かってきた電話をどう処理したらいいのだろう、と考えを巡らせたのはほんの1秒。薪は落ち着いた声で「うん」と返事をした。
『携帯に掛けたんだけど、出ないから。家に掛けて、迷惑じゃなかった?』
「大丈夫だ」と返そうとして、薪は口を噤む。青木の声は低めのテノールだ。薪の地声で似せるにはツライものがある。
薪はベッドから出て、寝室に置いてあるパソコンの前に座った。音声ソフトを立ち上げて、登録しておいたパーソナルデータを選び、『大丈夫だよ』とキーボードで打ち込む。彼女の声を拾えるようにイヤホンマイクの端子を携帯に差し込み、これで準備は万全だ。
ソフトが起動するまでの間、女の声は訝しげに彼の名前を呼び続けていたが、受話器部分をパソコンのスピーカーに近付けて青木の声を聞かせてやると、それで彼女は落ち着いたようだった。
『今、何してたの?』
「寝てたんだよ。頭が冴えるまでに時間がかかった」
『えっ。まだ10時よ?』
悪かったな。年寄りは夜が早いんだ。
心の中で毒づきながら、薪の手は尤もらしい言い訳を紡ぎだす。
「刑事はね、寝られるときには寝ておくんだよ。いつ仕事で呼び出されるか分からないから」
大変ねえ、と相手は同情めいた声を出し、「起こしちゃってごめんね」と申し訳なさそうに言った。
いったい誰だろう、と薪は相手の女性の素性を想像する。タメ口、深夜の電話、加えてファーストネーム呼びなんて。ずい分親しげじゃないか。
ざわざわする気持ちを努めてなだらかにしながら薪は、「平気だよ。気にしないで」とインプットした。
青木に限って、浮気なんて絶対に有り得ない。女友達の一人や二人、青木にだっているだろうし、特別な関係じゃなくても電話ぐらいするだろう。
『ねえ、一行。また家に泊まりに来てくれない?』
「泊まり!?」
思わず口から出てしまった。受話器は机の上、パソコンに近付けて置いてあるが、声が聞こえてしまっただろうか。
『人の声がしたみたいだけど。傍に誰かいるの?』
「隣の家のテレビだよ。近所迷惑だよね」
キィを叩きながらも、薪の頭の中はパニック状態だ。
そんなはずはない。一緒に住み始めてからは、青木の外泊理由は全部把握している。出張と、福岡の友人の結婚式。それから飲み友達と朝まで、というのが何回か。
数えてみたら、けっこうな回数の外泊をしている。しかし、それを責めることはできない。家に帰ってこないのは、薪の方が断然多いからだ。仕事も付き合いも、夜でないと身体の空かない相手もいる。
問題は、その中に偽りの理由が混じっていたかもしれない、という可能性が出てきたことだ。青木がこの家に来てから半年になる。舞い上がるような心地にも慣れが生じて、そろそろ地面に足が付くころだ。
そう言えば、一緒に暮らし始めてから、むやみやたらとセックスを強要されなくなった。離れて暮らしている頃は生命の危険を感じるくらいに執拗だったのに、ここ数か月は1回で満足して、ちゃんと薪を眠らせてくれるようになった。
薪はそれを我が身を振り返る思いで青木も年を取って落ち着いたのだと決めつけていたが、本当はこの女性で解消していたとか?
疑い出せばキリがなくて、3日前の朝、彼を出張に送り出した時のキスもおざなりだったような気さえしてくる。不安が薪の指先を動かし、次のセリフには疑問符が付いた。
「こないだ泊まったの、いつだっけ?」
『ええと、2週間くらい前だったかしら』
2週間前、と聞いて、薪は頭の中のスケジュール表を過去へとめくる。自分が海外出張でいなかった時だ。青木は出掛ける際、必ず薪に行き先を告げて行くが、不在では知りようもない。
やっぱりあいつ。僕に隠れていい思いしやがって。
許せない、と思う気持ちと、仕方ない、と思う気持ちが半々に生まれるのは、年の離れた恋人を持つ者の宿命だ。青木はまだ31歳。女の子と遊びたい気持ちも分かる。
一緒に暮らしていると言っても、自分に彼を縛る権利はない。自分たちは婚姻関係が結べるわけではないから、民法第770条1項は適用されない。となると、有責行為はあくまで個人の節度の問題であって、それは人によって違う。他の人と寝ても心はあなたのものです、という節度で付き合っているカップルも世の中にはたくさんいる。
否、青木はそんな人間じゃない。きっと何かの間違いだ、と思う傍から、受話器を通して赤ん坊の泣き声が。
『あら、起きちゃった』
ちょっと待て! 子供までいるのか!?
いや、青木の子供と決まったわけじゃないけど、もしかしたら子持ちの主婦との不倫かもしれないし、って、それも困る! 監査課にバレたら免職ものだ。
『この頃、夜泣きがひどくって。よいしょ』
彼女は子供を抱き上げたらしく、泣き声が近くなった。母親に抱かれて、子供は次第に落ち着き、やがて静かになった。
『ねえ、この子も楽しみにしてるのよ。顔を見に来てよ』
青木は子供好きだから、彼女の子供にも懐かれているのだろう。しかし、女性の心理を考えた場合、他の男性との子供の顔を見に来てくれと男を誘うだろうか。
『ふふ。ホントこの子、一行によく似てるわ』
やっぱり青木の子供か。
子供までいるなら、責任を取るべきだ。彼女と籍を入れて、両親揃って子供を育てるのが正しい大人の行動だ。
こういう場合、自分は捨てられるのだろうな、と薪は眼を伏せ、やれやれと肩を竦める。男と恋仲になっていいことなんか何もないのは分かっていたけれど、こんな終わり方って。
せめて捨てられる前に自分から振ってやる、とそれは腹いせでもヤケクソでもなくて、薪の最後の思いやり。青木のことだ、薪を傷つけるのが怖くて言い出せないに違いない。それは優しさじゃなくて卑怯者の行為だ、と説教してやりたいけれど。
そういう彼に惚れたのだから、やっぱり自分の負けなのだ。
「わかった。折を見て、そっちに行くよ」
恋人の子供を産んだ女性と、彼の振りをして話をするのは結構辛い。早いところ電話を切って、酒でも飲んで寝てしまいたい。白黒つけるのは、青木が帰ってきてからだ。
忙しいのにごめんね、と、彼女はその奥ゆかしさを声に滲ませた。子供ができたのに結婚もしてくれない男を慕い続けているくらいだから、控えめな女性なのだろう。きっと寂しい想いをしているのだろうな、と自分から恋人を奪っていくはずの女性に薪は同情を覚えつつ、恋人たちが就寝前に交わすであろう挨拶で会話を締めくくった。