キセキ(1)

 こんにちは。
 今日から公開しますこちらのお話、予告してから1ヶ月も経ってしまいました。 誠にすみませんです。


 お話を書いたきっかけとかって個人的なことなので、普段は説明しないのですけど、今回はちょっと事情があるので書かせていただきます。 

 このお話は、「ひみつの225」のにに子さんの「なんか生えた」という記事のコマ漫画に感銘を受けて書きました。 12月初旬のことです。

 にに子さんの記事はこちら→ 「なんか生えた」 (クリックすると飛べます) 

 みなさんもご覧になったと思うのですけど、あの続き、とっても気になりますよね。
 考え出したら妄想が止まらなくなってしまって~。 こうなったら(わたし的に)面白い、ああなったら(わたしだけが)面白い、という具合に、この手が勝手に動き始めてしまって。
 人様のネタ、それも未完なのに、これは反則だわ、と思いつつも誘惑に負けて書いてしまいました。 反省してます。 素材が秀逸過ぎるのがいけないんだと思います。 ←反省する振りして人のせい。
 
 単純に、薪さんに猫耳と尻尾が生えただけなら、こんな話を書きたいとは思わない。
 わたしが何に感銘を受けたのか、どういうことをテーマに書きたいのかをお話しましたら、にに子さんは、わたしがお話を書くことを快く許してくださいました。 どうもありがとうございました。 とっても感謝してます。
 公開のことも、おそるおそる申し出ましたら、「最初からそのつもりでしたよ~」とアッサリお許しいただきまして、本当に、
 にに子さんはリアル青木さん。 (わたしの中では「青木さん=天使」なんです)

 ドSのわたしが書いたので、にに子さんの描かれた「かわいい猫耳薪さんと青木さんが仲良くお昼寝してるサンクチュアリ」とは掛け離れた内容になってしまいました。 にに子さんファンの方には深くお詫び申し上げます。
 一応これ、原案者であるにに子さんに(勝手に送りつけて)読んでもらって、その上でお許しを得ていますので、どうか穏便にお願いします。 誓って言いますが、脅してません。 ←疑われてる気がする。


 それと、こちら、7万ヒットの御礼SSにさせていただきます。
 せめて7万台に公開しないとお礼にならない気もしますが、ていうか、そもそもこの話、ドS展開過ぎてお礼になるのかどうか怪しいんですけど、
 そうか、お礼SSにするからダメなんだ。 記念SSにしよう。 それなら間違ってないはず。 ←人として間違ってる。

 7万のキリ番リクエストくださったIさま。 大変お待たせいたしました。 
「岡部さんにヤキモチを妬く青木さん」 
 お応えできてるかどうか微妙なのですけど、これでカンベンして下さい。(^^;


 前置き長くてすみませんー。
 お話も長いですー。 79Pあるー。 次のメロディ発売までに公開終るかなー。
 開始する前から無理っぽいのですけど、どうか、のんびりお付き合いください。





キセキ(1)





 腰が重い。

 薪がその日、目覚めて一番に感じた違和感がそれだった。
 それは彼にとって、さほど珍しいことでも意外なことでもない。隣で眠っている男の存在を確認すれば不快の原因は嫌になるくらい明白で、相手も自分も服を着ていないことに気付けば身体のだるさも納得するしかない。さらには、彼の寝顔が眼に入っただけで自分の胸がきゅうんとひしゃげるのを感じれば、この疲労は彼の単独犯行ではなく、自分にも相応の原因があったものと思い知らされてしまう。

 今日は日曜日で、青木は当然のように薪のベッドにいる。
 半年ほど前、隣に横たわった長身の男は薪の家に自由に泊まる権利を獲得し、つい2ヶ月ほど前には部屋の合鍵まで手に入れた。
 失くしたとばかり思っていたマンション契約の変更書類を何故か直属の上司から手渡され、首を傾げながら内容を確認すると、そこには保証人になってくれた恩人の認印。「余計なこと言って怒らせないでね」と中園に忠告を受けたから、小野田にはそのことに対する礼は述べず、代わりに彼の好物の茶巾寿司を作って渡した。ありがとう、と尊敬する上司は微笑んだ。いつもと同じ、温かい笑顔だった。
 それに勢いを得て、青木の網膜認証登録を追加してくれるようマンションの管理人に頼んだのが2ヶ月前。それから青木は自由に薪の家に入れるようになった。
 ここまでくれば、後は本人の承諾を得るだけ。青木が薪の申し出を受け入れるであろうことは容易に想像がついて、しかし。
 いざとなったら、怖くなった。

 彼と一緒に暮らすということは、事実上、彼が此処に住むということだ。住所変更の事務手続きや引っ越しは面倒だが、憂慮するほどではない。問題は、職場と彼の家族への通知だ。
 男二人がこの年で一緒に暮らすって、どう考えても普通じゃない。薪が皆の立場だとしてもある種の疑念を抱くだろう、て、事実だからしょうがないんだけど。
 世間一般の人々に何を言われようとかまわない、と最近薪はやっと思えるようになって、でもそれが近しい人たちとなれば話は別だ。青木の家族にだって、なんと説明したらよいものか。
 彼と一緒に暮らしたいと言う気持ちは募るばかりだが、やっぱり実現するのは簡単ではない。下手をしたら職を失うことになるかもしれないし、青木に到っては親に勘当されるかも。
 そんなことになるくらいだったら、今のままでいい。今だって、十分過ぎるくらいに幸せなのだ。欲をかいて、今の幸せを壊したくない。

 ため息と共に、うつ伏せた上半身を起こす。腕を伸ばして背中を反らせた時、薪は気付いた。これは、珍しい。
 薪の寝相は基本的に仰向け、それも自己中で我が儘な性格を写したような大の字だ。うつ伏せのまま寝入ってしまっても、大抵は眠っているうちに仰向けになっている。こんな縮こまった姿勢で目覚めることはあまりない。
 寝返りも打てないほど疲弊したのか、と薪はその現実にもう一度ため息を吐く。正直な話、一回りも年下の男の相手は体力的に厳しくて。張りつめた糸が切れるように、行為が終わると途端に眠くなってしまう。昨夜もそうだったし、その前もだ。青木の方が先に寝入ってしまうなんてことは、まずない。12歳の年の差は超えがたい。
 同じ理由で目覚めが早い薪は、休日の朝は青木よりも先に起きて朝食の準備をするのが常だ。その日も普段の休日と何ら変わりなく、一日は始まるはずだった。
 ところが。

 立ってみて、薪は驚いた。なんだかやけに腰が重いのだ。それも後ろに引かれるような感覚があって、バランスが上手く取れない。
 訝しく思いながらも、裸のままでは寒いので床に落ちていた青木のシャツを着た。自分のシャツもどこかにあるはずだが、見当たらなかった。いつかのように、青木の下敷きになっているのかもしれない。
 彼のシャツを着てみたら、またもや不思議だった。膝近くまで来るはずの3Lサイズのシャツの裾が、太腿の中間にあるのだ。一夜にして背が伸びたのかと踊りだしたい気分になったが、昨夜はたまたま短めのシャツを着ていたのだろう、そんな夢みたいなことが起きるはずがない、と肩を竦めた。
 が、現実はもっと夢みたいだった。

「……?」
 異様な歩きづらさに首を傾げながらクローゼットに着替えを取りに向かった、その途中。尻の辺りの布地が妙に盛り上がっていることに、薪はようやく気付いた。これのせいでシャツの裾が持ち上がっていたのだ。
 手を伸ばして確認すると、動物の毛の感触。掴んで引き出したらずるりと伸びた、それはケモノのシッポ。
 薪はガックリと床に膝をつき、ふて寝したい気分に襲われる。恋人が寝ている隙にこんなものを尻に付けるなんて、青木の変態趣味もここまで来たか。本気で別れたくなってきた。

「――っ!!」
 引っこ抜いてやろうと引っ張ったら、ものすごく痛かった。怒りに任せて握った、その部位も痛い。猫のそれは急所だと聞いたことがあるが、こんな痛みが走るのだとしたら頷ける。
 思わず大事に抱え込んだ、毛の中に薪の鼻が埋まる。ケモノ臭い、と思った。薪は動物が大好きで、その匂いも気にならないのだが、何故か不快に感じられた。

 なんて、細かいことに拘っている場合じゃない。
 この異様な事態をどう理解したらいいのだろう、と普通の人間なら頭を捻るところだが、薪は推理の天才だ。彼の優秀な頭脳は、その答えを瞬時に見つけ出す。
 これは夢だ。
 エリート警察官として夢オチは短絡的過ぎる、と薪の中で何かが叫ぶが、それに対する答弁は既に用意されている。昨夜、ベッドに入る前に観ていたキタキツネ物語の影響だ、この尻尾の形状が何よりの証拠だ、以上、証明終わり。
 動物と遊ぶ夢は何度も見たことがあるけど、自分が動物になる夢は初めてだ、と現状に一応の理由を付けて、クローゼットのドアを開ける。蝶番が軋む音にも覚めない夢に、なかなかしぶといな、と思いつつ、いつもの調子で後ろ手にドアを閉めた。ら。

「みぎゃんっ!!」
 ドアに挟まった尻尾の痛みと言ったら、思わず野生に還りたくなるほど。悲鳴も言葉になんかならない、原始的な叫びだ。
 痛みのあまり零れそうになる涙を堪え、損傷した部分をそうっとなでる。血は出ていないけど、少し腫れたみたいだ。

 滑らかで長い毛を指先で割って患部を確認し、薪は唐突に気付いた。
 夢がこんなに痛いなんて、おかしくないか?
 いやいや、鈴木に殺される夢を見た時はすごく痛かった、おかしい事なんか何もない、と自分に言い聞かせる薪の瞳に、身体に合わないシャツを着て尻尾を抱える青年の姿が映った。クローゼットの鏡の中の自分を見て、薪の頭に素朴な疑問が浮かぶ。
 この尻尾、どんな風に身体に付いているんだろう?
 怖いもの見たさと好奇心が一緒になって、薪を愚行へと駆り立てる。幸い、ここは密室。青木も未だ起きてこない。第一、これは自分の夢ではないか。何を遠慮することがある。
 薪は鏡に自分の尻を向け、そうっとシャツの裾をめくり上げた。

 ……なんか生えた。

 それは尾てい骨の先端、きれいに上向いたお尻の割れ目の頂点からぶら下がっていた。しげしげと見つめて、不安になる。観察眼には自信のある薪が幾ら目を凝らしても、そこに人工物の特徴を見つけることができないのだ。この色、ツヤ、毛並み、さらには先刻嗅いだケモノの匂い。
 まさか、本物のシッポ?

 夢だ夢なんだ、と夢中で自分に言い聞かせながらも、薪の観察癖と理論構築はもはや職業病だ。夢に理屈なんてつけられないことは分かっているが、走り出す思考は止められない。
 夢のメカニズムは未だ正確には解明されていないが、最も有力な説は、脳が記憶を整理する際に派生する記憶断片の寄せ集めである、というものだ。眠っている間に人間の脳は、自分の記憶を保存すべきものとそうでないものとに仕分けする。その判断をするために色々な記憶を引き出す、その作業中に記憶の断片が交じり合って一つの夢が合成される。
 薬品を適当に混ぜ合わせた化学実験みたいなものだ、何が飛び出すか分からない。しかし素材はあくまでも自分の記憶、よってまったく知らないものは出てこないのが普通だ。
 薪は萌え系アニメには免疫がない。それらしき絵を見たことはあるが、興味が無いので細部までは記憶していない。動物は大好きだから彼らになる夢を見てもおかしくはないが、だったらこんな中途半端な姿にはならないと思う。人間の身体にシッポだけ生えてるなんて、これじゃバケモノだ。

 もしかして、夢じゃない?
 夢じゃないとなると病気の類か。しかし、薪の幅広い知識を持ってしてもこんな症例は見たことも聞いたこともない。似たような病で狼ヒト症候群と言うのがあるが、あれは全身の毛が伸びるのだ。尻尾だけ、それも一夜にしてこんなに伸びるなんて、あり得ない。
 あるいは、まだ発見されていない新種の病気かもしれない。未知のウィルスとか細菌とか、どこぞの科学者が開発してこの付近にばら撒いたのかも。いずれにせよ、自分の力ではどうにもならないと言うことだ。

 自身の思考に追い詰められて、薪はその場に膝をついた。
 どうしよう、こんな身体になってしまって。これじゃ外に出られない、てか、パンツも穿けないんだけど。成人男性としてそれは非常に困る。
 外科手術とかで取り除けるものなのだろうか。でも、新しい病気だったら即入院で検査漬けになったりして、そうしたら仕事もできないし青木とも引き離されて、下手すると鉄格子のはまった病院の中で一生を終えることに……。
 そんなの嫌だ、といつになくネガティブな考えに囚われた薪の、亜麻色の瞳が微かに潤む。時間と共に身体に馴染んできた尻尾を抱え込み、自分の弱さを隠すようにそこに顔を伏せた。

「薪さん?」
 呼びかけと共に後ろのドアが開き、薪は尻尾を抱えたまま飛び上がった。振り向かずとも、誰だか分かる。この家には薪の他に人間は一人しかいない。
「こんなところで何して、あ?」
 ドアを開けた青木は、休日の朝らしくグレーのシャツにジーンズ姿。彼には薪のような変化は見られない。となると、伝染病ではない。
 薪は縋るような瞳で青木を見上げたが、青木はクスッと笑って、
「珍しいですね。薪さんが朝からそんな冗談……え? あれ? あれれ?」
 休日のサプライズだと思ったらしい彼は、軽い笑いと共にシッポを撫で、不思議そうに首を傾げた。作り物ではない体温と質感に、幾度も驚きの声を上げる。

「あ。耳も生えてます」
 ――みみ!?

 さっきまでは無かったのに、まさか、と青木の言葉を疑うより早く、耳をつままれた感覚があった。青木の手は薪の頭上、本来の耳の位置よりはるか上空でその所作を行っていたのにも関わらず、だ。
「かっわいい……! 耳も尻尾も、もふもふですねっ」
 青木は薪のようにパニックに陥ることもなく、普段通りの暢気さで、薪の新しい耳の感触を楽しんでいた。この人並外れた柔軟な精神は彼の長所だ、てかバカだろ、おまえ。なにがモフモフだ、どうしてこの状況で笑っていられるんだ。
 パニック状態の頭で、薪は必死に考える。薪の頭脳は精巧にできている分、理屈で説明できない現象にはとことん弱い。自分が納得できる理由を見つけ出すまで、パニックから抜けられないのだ。

「薪さんて本当に、こういうの似合いますよね。オレ、きれいな薪さんも好きですけど、かわいい薪さんはもっと大好きなんで、ていうかたまんないんですけど、このケモ耳!」
 薪には理解できない理由でテンションを上げる青木をほったらかし、彼はその天才的な頭脳をフルに活用して思考を押し進めた。結果、とある仮説に辿り着いた。

 薪は、この変化が自分だけに起きた現象であることに着目した。そこから導き出される可能性の一つ、それは先祖返りだ。
 先入観無しに見た場合、この姿から連想されるのは、昔のマンガにあった『獣人』と呼ばれる怪物だ。何をバカなことを、と他人に聞かれたら失笑されそうな思いつきだが、薪はこの世に妖怪が実在していることを知っている。青木と一緒に、この眼で見たのだ。落下による失神から覚めた時にはその証はなくなっていたが、二人の記憶にはちゃんと残っていた。
 実在するなら、その子孫がいてもおかしくはない。遥かなる昔、その中には人間と交わった種もあっただろう。ならば、彼らの誰一人として薪の祖先にはいなかったと、誰が証明できるだろう。
 この身に人間以外の血が流れていることを想像したら、とてつもなく恐ろしくなったが、アキバオタク垂涎の萌え系アニメのヒロインと同一視されるよりナンボかマシだ。うん、先祖返りだな、間違いない。

 確証を得ると同時に、薪の中に新たな不安が生まれる。
 尻尾が生えて、次に耳が生えた。この変化は始まりに過ぎないのかもしれない。これから自分はどうなってしまうのだろう。

「あれ? 怒らないんですか、いつもみたいに」
 青木の疑問は無理もないが、今、薪は普通の状態ではない。昔見た妖怪の恐ろしくも醜い姿を思い出し、自分がこれからあのような姿に変貌していくのではないかという不安に押し潰されそうになっているのだ。青木の言葉なんか、殆ど耳に入っていなかった。
「さっきからカワイイって連発してるのに、殴らないし」
 そんな元気は無いし余裕も無い。とにかく早く医者に連れて行ってくれ、と言い掛けた薪の肩を青木は大きな手で包み、薪の顔を覗きこむようにして、
「……本当に、薪さんですか?」

 尋ねられて、涙が浮かんだ。
 すべてを捧げた恋人に、自己の真偽を疑われることの、なんて恐ろしい事だろう。
 自分自身、そのルーツに恐怖を抱いていたのに、もしもそれが事実でも世界中でたった一人だけは自分の味方になってくれるはず、そう信じていた相手に疑いを掛けられた。

 パニックに陥っていなかったら、もう少し冷静な対応ができたかもしれない。でもその時の薪には、細い眉を悲しそうに下げて、涙をいっぱいに溜めた瞳で青木を見上げることしかできなかった。
 果たして、薪の弱気な表情は逆効果だった。どんなときでも冷静で負けん気の強い薪ばかり見てきた青木には、彼が狼狽えて涙ぐむ姿は意外であり、その不信感に拍車を掛けた。と同時に、やさしい彼は泣いている者がいれば慰めずにはいられない。青木の心は不審と同情の狭間に瞬く間に落ちて、ひたすら困惑する。

 青木の眼差しからそれを読み取った薪は、持ち前の根性で恐怖を押さえ込んだ。ぐっと奥歯を噛み締める。
 まだ、化け物になると決まったわけじゃない。泣くのは後だ。何より、青木に心配を掛けたくない。
 まずはこの異常事態に対する自分の仮説を彼に話して、と考えた時、薪は初めてその事実に気付いた。

「う……」
 言葉が喋れない。
 僕は薪だ、薪剛本人だ、と言いたいのに、その口から出てくるのは「ああ」とか「うう」とか、赤子のような、いや、これはいっそ動物の鳴き声に近い。尻尾が生えて耳が生えて言葉が喋れなくなるなんて、どんだけお約束なんだ、と喚きたくなる。
 でも、と薪は思い直す。
 言葉などなくても、思いは通じる。そんな関係を、自分と青木は何年も掛けて培ってきた。手を握って見つめ合って、いつものようにキスをすれば僕だと分かるはず。
 薪が自分の信念を行動に移そうと、青木の膝に手を掛けたとき。開け放してあったドアに人影が差した。

「青木、何を遊んでるんだ。メシだぞ」
 涼やかなアルトの声。そこに立っていたのは、薪剛そのひとだった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(2)

キセキ(2)





「あれ? 薪さんが二人?」
 薪と同じ顔をしたその人物は、薪が昨夜着ていたシャツの上に薪のエプロンをして、薪のズボンを穿き薪のスリッパで歩いていた。薪と同じアルトの声で、薪そっくりの居丈高な口調で、
「おまえ、どこに眼を付けてるんだ。どう見てもそれはネコだろ」
 と、薪を指差したからたまらない。根性で抑えたはずの薪のパニックはぶり返すだけでは収まらず、K点を超えて今や地球の引力を振り切りそうな勢いだ。

 息を飲み過ぎたせいで過呼吸寸前の薪に、青木は無慈悲にも背を向けて立ち上がり、薪の顔をした男の方へと歩いて行った。薪も後を追う。下着を付けていないから下半身がスースーして気持ち悪かったが、今は仕方ない。
 クローゼットからリビングに移動しながら、薪にそっくりの男と青木は話し始めた。
「オレの眼には、人間の身体に尻尾と耳が生えてるようにしか見えませんけど。てか、こちらは薪さんの御親戚か何かですか?」
「僕の親戚は現在東京都内にはいない」
 その通り、関東在住の薪の親戚は母方の叔母夫婦だけだが、彼らは現在アメリカにいる。そのことを彼は何故知っているのか、いやいや、ハッタリが偶然当たっただけだ。

「それ以前の問題として、僕の親戚にネコはいない」
「この子、猫と言うよりは狐に近い気がしますけど」
「なるほど、キツネか。妖術で人間に化けたわけだな」
 彼らの間で自分が人間として扱われていないことが、薪のプライドをいたく刺激する。が、鏡を覗けばすべからく無理もない。薪自身、このフォルムを人間のカテゴリに入れてよいものか、大いに悩むところだ。

「つまり、狐狸妖怪の類と言うわけか。妖怪のことならアリスちゃんの出番だな」
 男の口から「アリス」という聞き覚えのある女の子の名前が出て、薪は仰天した。あのことは、誰にも喋っていない。意識的に秘密にしたわけではなく、言っても信じてもらえないだろうという理由から誰にも話さなかったに過ぎないが、それでも彼女のことは青木と自分しか知らないはずだ。

 驚愕する薪を他所に、彼はズボンのポケットから薪の携帯電話を取り出した。慣れた手つきでタッチパネルを操作し、電話を掛ける。
 人のものを勝手に、と激昂した薪は彼に掴みかかったが、優秀なボディガードに取り押さえられた。薪の胴体を片手で拘束し、青木は会話に戻る。
「いつの間に彼女の携帯の番号を? あ、いたっ」
 爪を立てないで、と懇願されて、薪は自分に起きた次の変化に気付く。さっきまでは人間のものだったはずの手が、動物のそれに変化している。尖った固い爪と、掌には4つの肉球。
 やはり、この症状は進むのだ。驚愕と恐怖に震える薪の耳に、冷酷なアルトの声が響いた。

「そんなの知るわけないだろ。この世界のアリスちゃんと言えば、保健所に決まってる」
 どきん、と薪の心臓が跳ね上がった。野良犬扱いされて大人しくしている薪ではないが、今のこの姿では。
「ちょっと待ってください。保健所に渡したら、処分されちゃいますよ」
「仕方ないだろ。僕たちの勤務状態では動物を飼うことは不可能だし、飼い主を探すって言ってもこんな妖怪みたいな生き物。引き取り手があるとは思えない」
「でも、殺すのは可哀想です。今日は休みだし、車で郊外の森に連れて行ってあげましょうよ」
「自然に返す、ということか。……でも、そいつは納得しないみたいだぞ?」
 薪は必死で青木の腕に縋りつき、いやいやと首を振った。保健所でも森の中でも、結果は同じだ。薬で殺されるか凍え死ぬかの違いで、どちらにせよ生きてはいられない。
 板ばさみになって青木は、しかし彼が従う相手は決まっていた。恋人であり上司であり、命を懸けて守るべき相手の言葉に、彼が逆らえるわけがなかった。

「お願いです、薪さん。少しだけ猶予をください。オレが言い聞かせますから」
 青木が頼むと、彼は薪がいつもするように、大きな亜麻色の瞳でじっと恋人の眼を見た。それから華奢な肩を竦めて、
「おまえも僕も2ヶ月ぶりの休みなんだからな。間違っても明日の仕事に差し支えるような真似はするなよ」
 恋人の優しさに感動しつつも、その気持ちを億尾にも出さない。それはいかにも薪らしい、と言うよりは薪にしかあり得ないセリフ回しだった。薪が彼の立場だったら一字一句違わぬことを言ったに違いない、と本人が思うほどに。彼は完璧な『薪剛』だった。

「大丈夫だよ。あんなこと言ってるけど、薪さんは本当は優しい人だから。きみに危害を加える気なんてないんだよ」
 いや、それはどうだろう。動物には甘いけど、人間と妖怪には厳しいぞ?
 恋人の許可を得て、薪に笑顔を向けてくれた青木に、薪は心の中で言い返す。リビングの床に腰を下ろして青木は、子猫を抱くように薪を膝の上に載せた。
「いいかい。きみは大自然の中で生まれたんだ。だから、自然の中でのびのび暮らすのがきみの幸せなんだよ」
『僕が生まれたのは青山のN病院だ。人類の祖と言う観点で語るならおまえの言うことも間違いではないが、幸福の概念は人それぞれ。おまえに決め付けられる謂われはない』
「はい薪さん、すみません、て違う違う……きみの気持ちも分からなくはないよ。確かにきみはちょっと変わってるみたいだから。でもね、ここに居たら人々の好奇の目に晒されて、下手したら実験動物にされちゃうかも」
『そんな事態を防ぐ為におまえがいるんだろうが。何のためのボディガードだ、自分の責務を果たせ』
「すみません薪さん、申し訳ありません。っ、じゃなくて!」

 いかんいかん、と首を振り、青木は苦い顔をした。薪の顔を視界から外すようにふいっと横を向き、ぶつぶつと口の中で呟く。
「あー、どうもやりにくいな。薪さんの顔見ると自動的に奴隷モードに入っちゃって。責められるような顔されると、反射的に謝罪体勢に」
『本当のご主人さまが見抜けなくて何が奴隷だ。顔洗って出直せ』
「きみ、本来の姿に戻ってくれない?」
『戻れるもんならとっくにやってる!』
「それが無理なら、せめて他の人間に化けるとか。頼むから、薪さんの姿に化けるのはやめてくれないか」
『だから、あっちが僕に化けてるんだってば!!』
 薪は必死に訴えたが、聞こえてくるのは「ニャーニャー」という猫そっくりの鳴き声だ。声帯も変化してしまったらしい。当然、青木の耳にも同じように聞こえているだろう。

 このままでは埒が明かない。音声がダメなら筆談だ、と思いつき、薪は自分の仕事机に突進した。引き出しを開け、ペンを探す。メモ用紙に字を書こうとして、
 ……この手ではペンが持てない……。
 しかし薪は諦めなかった。字が書けなくても、人間には文明の利器がある。パソコンの電源を入れ、ワード画面を出して、
 ああっ、肉球が邪魔でキーボードが打てないっ!!
「みぎゃーっ!!」
 ヒステリーを起こした薪が上げた不満の叫びは、ネコの雄叫びそのものだった。

「だめだめ、そこは薪さんが仕事に使うところだから。悪戯したら怒られるぞ」
 それこそネコの子を摘み上げるように、青木は薪の身体をひょいと持ち上げ、デスクから遠ざけた。未だ変化の訪れない二本の足が、バタバタと空を泳ぐ。
 音声もダメ、筆談もダメ、出てくるのは猫の鳴き声だけ。この状態で自分が本物であることを証明するのは限りなく不可能に近い。
 薪がガックリと肩を落とすと、楽しげに笑う声が聞こえた。声の方向を見やれば、可笑しくてたまらないとばかりに身体を二つに折って笑い転げる自分の姿。
 なんて性格の悪い、さすが僕だ、ってなんで自分に笑われなきゃいけないんだ!

「薪さん、すみません」
「いや、動物相手に怒っても仕方ない。でも、これで飼えないことはハッキリしただろ。早く捨てて来い」
 さらりと最終通告を放って、薪の偽者は踵を返した。オムレツが冷めるぞ、と、聞けば青木は薪を放り出し、尻尾を振って彼に着いて行く。意地汚いやつめ、エサに釣られやがって。でもお腹は空いた。キッチンから漂ってくる美味しそうな匂いは、青木じゃなくても引き寄せられる。

「青木」と偽者はキッチンの入り口で立ち止まり、薪の恋人の名前を呼んだ。はい、と彼を見る青木に、先刻までの冷たい態度を一変させて甘く微笑む。
「二ヶ月ぶりの休日だ。帰ったら、二人きりでゆっくりしよう」
 こ、こいつ、いつの間に青木の扱い方を……!
「夜も。楽しみにしてるから」
「はいっ!!!」
 しかも僕より上手い?!

 ほくほく顔で朝食を頬張る青木の眼には、もう彼しか映っていなかった。それは薪がどんなに青木に愛されているかの証明ではあったけれど、この状況に於いては慰めにもならない。元に戻れる保証が無いのだ。




*****

「アリスちゃん」というのは、2066.2『秘密の森のアリス』に出てくる女の子の名前です。
 興味のある方はカテゴリからどうぞ。(^^

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(3)

 こんにちは!

 今週末は天気が荒れるそうですね~。
 台風並みの警戒が必要とか、とりあえず、庭に干しっぱなしの漬物樽は倉庫に片付けておきます。 みなさんも注意なさってくださいね。


 私信です。

 Aさま。
 わたし、この辺はまだギャグのつもりで書いてたんですけど、すでに切ないですか? まあ実際、この後ものすごいドS展開になっ……Aさま、ファイト!




キセキ(3)





 絶望的な気分でキッチンの入り口に突っ立ったままの薪に、気遣いを見せたのは意外や意外、薪の偽者であった。
「青木。あいつにも何か食べさせてやったらどうだ。腹、空かしてるんじゃないのか」
「薪さん……」
 青木のことだから、恋人に遠慮していたのだと思う。青木は最初から皿の端にオムレツの一部分と野菜サラダを取り分けていたから。彼がいなくなってから、こっそり薪に食べさせてくれるつもりだったに違いない。その気持ちを分かってもらえたことが嬉しいのだろう、青木の黒い瞳はキラキラと輝いて、だから薪の心はいっそうジリジリする。そんな顔、僕以外の人間に見せるな、バカ。

 ケモノと化した薪の手を青木はやさしく握り、自分の隣の席に座らせた。薪が顔を上げると、向かいの席で自分の偽者が澄ました顔でコーヒーを飲んでいる。薪の椅子で薪のお気に入りのカップで、青木が淹れたコーヒーを、当然の顔をして味わっている。そのいけ好かない顔、この爪で引き裂いてやりたい。
「ね? オレが言ったとおり、薪さんはやさしいでしょ?」
 青木の自慢げな言い方も、薪の神経を逆撫でする。その苛立ちは、目の前に置かれた白い液体を見た瞬間、頂点に達した。
『僕が牛乳キライだって、何度言ったら分かるんだッ!』

 みゃッ! という鳴き声と共に、小鉢に入った牛乳が床に落ちた。ガチャン、と耳障りな音を立てて、美しい木目が白く汚れる。
「こらっ!」と声を荒げた青木を、射殺すような瞳で睨み上げてやる。彼が思わず身を引いたのを見て、薪は自分の失敗に気付いた。
 青木は敵じゃない。偽者の正体を暴くための、大事な相棒だ。彼の信用を失うような行動を取るなど、頭の良いやり方ではない。言葉以外の方法で青木に自分が本物の薪剛であることを悟らせるには、青木の気持ちを開かせることが重要だ。落ち着いて、穏やかに、理性的に……。

「よせ。彼が悪いんじゃない、躾をされていないだけだ。怒るヒマがあったら床を拭け。シミになるだろ」
「もう。本当に薪さんは、動物には甘いんだから」
 青木はむくれたように言ったけれど、本音では嬉しいのだ。薪がやさしい人だと、知ることで相手をもっと好きになる、心が躍り出す。休日の朝に、こんな浮かれ気分を形にしないなんて、それは青木のポリシーに反する。青木は手早く床の掃除を済ませると、薪の向かいに座ってコーヒーを飲んでいる美貌を後ろから抱きしめた。
 自分の前に回された腕を軽く抱き返して、偽者は嫣然と微笑む。優越に満ちた視線を薪にくれた、亜麻色の瞳が言っている、『ザマアミロ』。
 ブチブチブチッと音がして、側頭部の血管が一気に3本ほど切れた、その音を確かに聞いたと薪は思った。

「オレにもやさしくしてくださいよ」
「いつもやさしくしてやってるだろ? ベッドの中で。昨夜もあんなに」
 だからその青木回しの手管、どこで覚えてきたんだっ!
 いや、落ち着け、これは相手の作戦だ。薪の心を乱して、薪を自滅に誘い込んでいるのだ。ここで怒りのままに薪が暴れたら、青木は自分を敵と見做すだろう。その手に乗るものか。薪は冷静が売りの警察官僚。理性だ、理性を働かせるのだ。

「今夜も、やさしくしてくれるんですよね?」
 青木は腕に抱いた恋人の小さな顎を二本の指で上向かせ、彼と眼を合わせた。二人の間、何もないはずの空間にある種のエネルギーを感じる。べったべたに甘くて見ているだけで胸が悪くなる、この皿投げつけてやりたい、いやいや、それをしたら相手の思うつぼだ、ここは我慢だ、ありったけの理性で対抗し、あ、こら青木、何するつもりだ、背中を丸めて彼に覆いかぶさって、そんなに顔を近付けたら唇がくっついちゃうじゃないか、テーブル引っくり返してやりたい、いやいやいや、理性理性理性理性理性理性…………。

「それはおまえ次第……つっ!」
「薪さん! 大丈夫ですか?」
 二人の唇が触れ合う寸前、気が付いたらテーブルを飛び越して、偽者に掴みかかっていた。薪が猫爪で引っ掻いた彼の腕からは赤い血が滲んで、それは彼が人間であることの証。
「何てことを」
 恋人を傷つけられて憤った青木には、さっきまでの優しさはなかった。強い力で床に組み敷かれ、腕の関節を無理な方向に曲げられる。痛みに涙が出た。
「薪さんに謝りなさい!」
「みぎゃんみぎゃんみぎゃんっ!!」
 それは僕じゃないそれは僕じゃないそれは僕じゃない! なんで分からないんだ、青木のバカ!

 理性理性と繰り返していたら言葉が引っくり返って、ついでに薪の心も引っくり返った。
 青木に戒められた腕が痛くて、困ったような顔をしながらも瞳の奥で嗤っている偽者の顔が憎らしくて、ぼろぼろ涙がこぼれた。ちくしょう、バカヤロウ、と毒づいているつもりが、薪の口から発せられるのは「みゃーん」という弱々しい猫の鳴き声。
「青木、放してやれ」
「でもまた飛びかかってきたら」
「大丈夫だ。今度は僕も警戒してるから」
 薪の言うことはちっとも聞いてくれなかった青木は、彼の命令には嫌になるくらい素直だった。背中に載せられた青木の膝の重みが消え、涙を拭いながら起き上る薪を厳しい目線で牽制し、でも偽者には優しく微笑んで「傷の手当てをしましょうね」と救急箱を取りに行く。

 ダイニングには、偽者と薪の二人が残された。異様な緊迫感が居室を包む。『おまえは何者だ』と尋ねる薪の言葉を理解しているのかいないのか、相手は素知らぬ振りでコーヒーカップを持ち上げ、
「よくこんな不味いものが食えるな、おまえら」
 空いた方の腕を伸ばしてワイパーのように動かし、彼はテーブルに載った皿を全部床に落とした。瀬戸物の割れる音が、幾重にも重なる。
「何とか飲めるのは、こいつだけだ」
 次々と床に落ちる料理に、薪は呆然としていた。薪の眼から見ても、彼が作ったオムレツは見事な出来だった。青木が美味そうに食べていたから味も良かったと思われるのに、不味くて食べられないと彼は言う。もしかして、ものすごい金持ちで庶民の食事は口に合わないとか? そんなセレブが自分で料理をするだろうか。それに、彼がセレブであろうとなかろうと、薪に成り代わった理由の説明にはならない。

「あっ。またこんなことして!」
 後ろから怒鳴られて、薪はびっくりして振り返った。青木が険しい顔つきで立っている。
 しめた、青木にとって薪の料理は宝石と同価値だ。いかに青木が恋人に甘くても、それを台無しにされたら黙ってはいない。それに、本物の薪ならこんなことはしないと気付いてくれるはず、と明るい予想が浮かんだのも束の間。
「薪さんが一生懸命作ってくれたのに。悪ふざけもいい加減にしなさい!」
「みぎゃーっっ!!」
 僕がやったんじゃない!
 お約束過ぎて涙も出ない。薪は怒声と共に青木の脛を蹴り飛ばし、青木が痛みに跳ね上がった隙にリビングに走り込んだ。

「待ちなさい!」
「青木、違うんだ。これは彼の仕業じゃない。僕がやったんだ」
 偽者の自白に、薪は足を止める。ドアのないキッチンの入り口からそうっと中を伺うと、偽者は申し訳なさそうに項垂れていた。彼にも一片の良心とやらが残っていたと見える。
「その、手が滑って」
「薪さん」
 青木の訝しげな呼びかけは当然のことだ。白々しい言い訳だ。小皿一枚残さずに落としておいて、滑ったで済ませるつもりか。青木は警視、しかもエリート第九の捜査官だ。どれだけ恋人に心を奪われていても、彼の捜査官としての眼は、
「この仔を庇ってるんですね?」
 濁り過ぎ!! 青木、僕への愛に目が眩み過ぎだっ!
「違う。本当に僕がやったんだ」
「薪さん、なんてやさしい……惚れ直しちゃいますっ」
 青木のバカ――ッ!!! 
 もうどんだけ僕のこと好きなんだっ、ちょっとうれしい、けどそいつは僕じゃないから離れろ抱きしめるなキスは許さん!

 再び二人の間に割って入って、薪は髪の毛を逆立てる。フーフーと息を荒くする薪を、偽者はバカにしきった目つきで見下し、
「こいつ、僕たちにヤキモチ妬いてるみたいだ」
「ネコにヤキモチ妬かれるほど、オレたちラブラブってことですかね?」 
 腹立つ!! めっちゃ腹立つ!!
 いっそのことネコじゃなくてライオンにでもなればよかった、そうしたらこいつら二人まとめて八つ裂きにしてやったのに、と、どんどん危険思想に傾いて行く薪に、もはや青木の信用を回復する術はなく。青木もまた、一刻も早く闖入者を追っ払って恋人との甘い時間に浸りたいとの思いから、薪の身体を再び拘束する。阿吽の呼吸で偽者が差し出した紐で、手足を縛られた。皮肉なことにそれは昨夜、青木が買ってきた花束についていた緑色のリボン。

「じゃあ、今日は郊外の森へドライブってことで」
 上機嫌で自分を抱え上げる青木の腕に、噛みついてやろうとしたら口にガムテープを張られた。偽者の用意周到さには恐れ入る。敵ながらあっぱれだ。
 荷物のように駐車場まで運ばれ、車の後部座席に転がされた。青木のシャツ一枚という格好のまま、ていうか僕パンツ穿いてないんだけど!! これで外出って、ある意味犯罪じゃない!?

「あ、薪さん、ダメですよ。そんな薄着で」
 気付いてくれた、と思ったが違った。青木が気遣ったのは、助手席の恋人のことだった。彼は部屋着のままで、防寒具らしきものは何も手にしていなかった。
「部屋に戻るのは面倒だ」
「オレが取ってきて差し上げます。どの上着にしますか?」
「任せる」
 僕の下着も持ってきてくれ、とガムテープの下から叫ぶが、当然声にならない。青木はさっさと車を降りて、足取りも軽く部屋へと走って行った。
 2分も経たないうちに息を弾ませながら戻ってきた彼が手にしていたのは、白いダッフルコート。白い服は少しでも汚れると着られなくなるからあまり経済的ではないと思うのだが、青木に選ばせると必ず白っぽい方に軍配が上がる。彼の中で薪のイメージは白なのだそうだ。

「帰りに何か、美味しいものでも食べましょうね」
「そうだな。寒いから煮込みうどんとかいいな」
 そうして彼に向けられた気配りの十分の一も薪には与えられず。青木のシャツ一枚と言う格好で、暖房の効きの悪い後部座席に追いやられ。誘拐事件の被害者のように手足も口も封じられて、薪に許された抵抗はたった一つ、ただただ凶悪な瞳で、楽しそうに喋る前席の二人を睨みつけるだけだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(4)

 おはようございます。

 オットが『XDAY』を観に行くんだって朝っぱらから騒ぎ始めたので拉致られてきます。 男爵の続き書きたかったなー。 ←薄情な相棒ですみません。







キセキ(4)






 日本の首都である東京都は大都会のイメージが強いが、郊外に出ると実に多くの自然が残されている。中でも奥多摩町は、その面積の殆どが森林指定されている。車窓からの風景は森と山に埋め尽くされ、東京都と称するのが躊躇われるくらいだ。
 薪が住んでいる吉祥寺から車で約2時間、ここには薪の好きなものがたくさんある。風に揺れる草木の青々しい匂い、樹々の心地良いお喋り。繁った葉の間から時折顔を覗かせる愛らしい小動物。街中で機械に囲まれた生活を送っていると、そういったものが恋しくなる。そんな心理も手伝って、青木が運転する車での奥多摩ドライブは、薪の楽しい休日の過ごし方ベスト3に間違いなくランクインしている。
 はずだった。

 ドライブなんか大嫌いだ、と後部座席で身を捩りながら、薪は歯軋りする。車に乗って他人の眼が届かなくなったら口のガムテープは外してもらえたが、手首の戒めはそのままだ。運転している青木に飛び掛ったら事故になるから、というのがその理由だった。人をケモノ扱いしやがって。
 前の席でくつろいでいる青年の、白い横顔が青木に何事か話しかける。山中の砂利道でタイヤの音がうるさく、地獄耳の薪にも内容は聞き取れないが、軽い戯言であったらしい。青木がアハハと笑ったからだ。……なんかムカつく。

 穏やかに微笑む青年を睨みつけ、薪は唇を噛み締める。
 そこは僕の席だ。周りの景色が良く見える助手席は僕の指定席、立場から言ってダイニングテーブルの上席も僕の、いや、席順の問題じゃない。
 青木の隣は僕の席だ。
 ずっと一緒に生きて行こうって決めたんだから。並んで歩いて行こうって約束したんだから。なのに、どうして別の人間が青木の隣で笑っているのだろう。見た目がそっくりだからって、あんなに簡単に騙されるなんて。真偽の見分けも付かない愚かな恋人の後頭部に、踵落しを決めてやりたい。そうしたら青木も思い出してくれるかもしれない。
 青木、僕たちは知っているはずだ。
 言葉なんかなくても、言葉以外のもので通じ合う術を。何年も重ね合ってきた想いの層が、その不可能を可能にする。量りきれない想いと数えきれない思い出、それらを共有することで、自分たちは互いに唯一無二の存在になっていたはずだ。それなのに。

 憂慮の中で薪は、先刻の寸劇の中に落とされた衝撃の事実を思い出す。
 彼は、アリスのことを知っていた。名前も、彼女が妖怪を捕縛する方法を知っていることも。あれは青木と自分だけの秘密のはずなのに、どうして?
 アリスの名前が彼の口から出る前に、青木と彼がその話をするチャンスはなかった。あの時あの森の中で、彼はどこからか自分たちの様子を見ていたのか? もしかして、彼もまた妖怪の仲間で、変身能力を用いて薪の姿に化けているとか?
 しかしあの時青木は、妹妖怪の変化を簡単に見破った。匂いが違うとか胸がドキドキしないとか、薪にはとんと分からない理由で、でもとにかく青木は騙されなかったのだ。それが今回は自分から抱きついて、キスまで。完全に薪本人だと思い込んでいるのだ。
 この矛盾は、どう解釈すればいいのだろう。

「青木」
 青年の声に、車が停まる。辺りはうっそうと繁る木々の群れ、かなり深いところまで来ている。奥多摩は常緑樹が多いから冬でも枯れ山にはならない。が、寒さは一緒だ。運転席のパネルに表示された外気温は、3度と出ている。
「この辺りでいいんじゃないか」
 この辺りで、って、何言ってんだこいつ。まだランチには早いぞ。
「そいつ、下ろしてやれ」
「みゃっ!?」
 冷酷な亜麻色の瞳が振り返る。その視線から逃げるように、薪の身体は自然と後部座席の隅にいざった。

 摂氏3度の森に人間を置き去りにしたら、それは未必の故意だ、立派な殺人だぞ。タクシー運転手が泥酔した客を下ろしたらその客が川に落ちて死んで損害賠償払わされた判例もあるの、知らないのか?
「ほら、近くに川も流れている。餌には不自由しないだろう」
 12月の川に入って魚を獲れと? どこの無人島生活だ、カメラは何処にあるんだ?
 なんてボケをかましている場合じゃない。こんなところで車から降ろされたら、半日も経たずに凍死体になる。
 そんな残酷なこと、青木はしないよな? と運転席を見やると、彼はにっこりと微笑んで、
「そうですね」
「みゃー!!」
 ヒトデナシ、と叫んだつもりが車中に響くのはネコの鳴き声。なんて緊迫感のない。

 青木の強い腕に抱えられ、薪は車から降ろされた。瞬く間に身体が冷えて、白い頬が青ざめる。それも当たり前、薪の格好は青木のシャツ一枚。ほぼ裸に近いのだ。
 冷えも強敵だけど、それより深刻なのは足だ。裸足で砂利の上に立つなんて、なんの拷問だ、なんでも喋るから許してくれって今はネコ語しか喋れないけどなっ。

「これ、あげるから。元気でね」
 青木はトランクから毛布を出して、薪に被せてくれた。毛布に包まれた薪は、車中ではピンク色だったくちびるを痛々しい葡萄色に変えて、悲しそうに青木を見つめた。
 最愛の恋人にまで裏切られて、薪はすっかり気落ちしていた。手首の戒めを解いてもらう為に後ろを向いた彼の背中は、まるで本物の猫のように丸まっていた。
「ああ、痕になっちゃった。ごめんね」

 するりと解けた緑色のリボンが道に落ちた瞬間、薪は身を翻した。ぴょんと飛び上がって、青木の首にぶら下がる。落下の危険を感じて回された青木の腕を支えに、彼の太い首を両腕で、胴体を脚で抱き、顔をぐっと近づける。
 しっかりと見つめる、青木の瞳。何度も何度もこの眼に見つめられた、彼の眼に刻んだ自分の顔を、彼が愛した亜麻色の瞳を、長い睫毛を小さな鼻をつややかなくちびるを。心を込めて、彼にもう一度差し出した。
 お願いだから受け取って。

「薪、さん……?」
 寒さに震える薪のくちびるが、青木のそれに触れ合わんばかりに近付いて、刹那。
 ゴン! と青木の額が大きな音を立てた。
『このあほんだら! 眼を覚ませッ!』
「あ痛ぁ! 薪さん、ひどいですよ、オレいま両腕使えないのに」
 薪の頭突きが決まって、青木は泣き声を上げた。やっといつもの調子が出てきた、やっぱり奴隷にはアメよりムチだ。

「青木。僕はこっちだ」
 車のドアを閉める音と共に、些少の不満を含んだ声が聞こえた。薪のよそ行きの革靴に砂利で小傷を付けながら、彼はこちらに歩いてきた。
「僕とそのバケモノを混同するなんて。それでもおまえは僕の恋人なのか」
「す、すみません、薪さん。でもこの仔、本当に薪さんに似てて……それに」
 叱責の言葉に、青木は少しだけ怯んだが、直ぐに体勢を立て直した。それから、薪がどうしても逆らえなくなる真っ直ぐな眼をして、
「この仔、ここに置いて行って大丈夫なんでしょうか。すごく寒そうに震えてるし、ちょっと裸足で立っただけで足の裏が擦り剥けてるし。こんなひ弱な仔がこの環境で生きられるとは、オレには思えません」
 恋人の意向に逆らいながら、青木は薪の身体を爪先まですっぽりと毛布でくるみ、傷ついた足を庇うように抱き上げてくれた。それから、氷のように冷たくなった足を擦って温め、トランクに常備してある薪のスポーツソックスとスニーカーを履かせてくれた。青木の手はやさしかった。大切なものを扱う手つきだった。

「それで。おまえはどうしたいんだ?」
「オレのアパートで」
 言いかけて、青木は言葉を止めた。理由は薪にも直ぐに分かった、青木のアパートはペット禁止だ。
「冬の間だけでも、薪さんの家に置いてもらえませんか? 世話はオレがしますから」
「……仕方ないな」
 亜麻色の髪の青年は、はあ、と溜息を吐き、薪が青木のバカさ加減に呆れた時にするように、細い肩を竦めた。よかったね、と笑いかける青木を見上げて薪が頬を緩めた、次の瞬間。薪は、強い力で青木の腕から地面に突き落とされた。

「貸せ。僕が捨ててくる」
「薪さん」
「少しは僕の気持ちも考えてくれ、青木。我慢できないんだ。自分そっくりに化けたキツネなんか、不愉快極まりない」
 偽者に腕を掴まれて、座ったまま引きずられた。薪は必死に抵抗したが、彼の力は圧倒的だった。鋭い砂利の角が、薪の剥き出しの下半身に傷を作る。その痛みに薪は呻いた。
 青木、助けて、と薪は何度も叫んだが、辺りに響くのはもはや聞き慣れたネコの鳴き声で、さすれば彼に伝わる道理がない。青木は困った顔で薪を見ていたが、ついに痛ましそうに眼を逸らした。青木はいつでも薪の命令には絶対服従で、その姿勢が乱れたことはない。彼の忠誠を薪は甘受していたが、立場が違えばそれは脅威になるのだ。

「おまえはここにいろ。こいつは狡猾だ。おまえの甘さを見抜いているんだ」
 着いてくることも止められて、青木はその場に立ち竦む。彼の姿がどんどん遠くなる、離れていく、見えなくなってしまう。堪らなくなって薪は叫んだ。
『青木!』
 ミャオウゥ、と言う悲しげな声が、青木の耳に細く響いた。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(5)

 こんにちは。
 過去作に拍手をありがとうございます。 先月の下旬くらいからかな、連日たくさんいただいてて。 読んでますよコメントくださった方も黙って読んでくださってる方も、どうもありがとうございます。
 昔の話は物騒じゃなかった気がします。 少なくとも、命の心配は要らなかったような……なんでこういう方向に走っちゃったかな……。(遠い目)

 
 猫薪さんと青木さんのお話の続きですー。
 ほのぼの話じゃなくてすみませんー。(^^;





キセキ(5)






 彼が足を止めたのは、奥多摩に数限りなく横たわる渓谷の一つであった。
 森の中、密生する下生えに打たれて、薪の身体は痣だらけだった。特に地面を引き摺られた脚は擦り傷まみれで、血の滲んでいない箇所を探すことすら難しい。
 満身創痍の薪を、彼は無造作に谷の突端に置いた。遥か下方に沢が見える。笹やシダ類に埋め尽くされた地面は急な傾斜になっており、足を滑らせたらノンストップで下の沢に、いや、下手をすると上に昇ってしまうかもしれない、魂だけになって。

「早く行けよ。何なら手伝ってやろうか?」
 自ら森への道を選べばよし、青木の所へ戻ろうとすればこの渓谷に突き落としてやるぞ。彼の真意を悟って、薪は険しく眉根を寄せた。
 野良犬に餌を放るように、彼が無造作に投げて寄越した毛布を身体に巻きつけ、せめてもの暖を取る。地面に座ったまま、薪は下から彼を見上げた。冷静な眼だった。

『わかった、もう抵抗はしない。でも最後に教えてくれないか。君は何者なんだ。何故こんなことをする?』
「やっと自分の立場を理解したみたいだな。素直に言うこと聞いてりゃ、痛い目見ずに済んだのに」
 猫語しか話せない自分と彼に会話が成り立つことに、薪は驚かなかった。言葉は、彼には伝わると思っていた、いや、分かっていた。
『僕の身体をこんな風にしたのも君の仕業なのか。いったいどうやって? 僕に成り代わって、何をする気だ?』
「質問が多いのは頭が悪い証拠だ。もう少し、まとめられないか」
 高慢に、彼は薪を見下した。薪がこの立場に立たされることは滅多とないが、まったく経験がないわけでもない。ある一方面に於いて、薪は自分より20歳以上も年下の中学生にこてんぱんにされたことがあるからだ。その時の悔しさに比べたら大したことはない。彼の望み通り、薪は質問を変えた。

『なぜ僕を選んだ?』
「なかなか上手い質問だ。それを説明するには、先程君が発した質問すべての解が必要だ」
 にやりと笑って彼は、薪の前に片膝を着いた。この位置関係で突き飛ばせば彼を渓谷に落とすことができる、しかしそれでは解決にならない。

「察しは付いていると思うが、僕は君たちと同じ人類ではない。知的レベルは猿とヒト程も違う。僕の目的のためには誰かと入れ替わることが必要だが、周りの人間に不審がられたのではそれは達成できない。だから、僕が瞬間移動できる半径1J、君たちの距離で言うと約100キロ圏内で、僕の頭脳に一番近い人間、成りすまし易い人間を探した。そうして君に行き着いた」
 彼の説明から、薪は幾つかのことを理解する。
 彼はヒト以外の生命体であること。超常的な能力を持っていること。他人の姿に化けられること。そして一番重要なのは、優れた頭脳を探して薪に行き着いたという事実だ。
 彼は、自分が入れ替わったことを周りに気付かれにくい人物として薪を選んだ。つまり、多少本来の自分が出てしまっても誤魔化せるような人間を見つけて化けた、ということだ。それを見極めるためには、その人間がどんな生活を送っているのかを知る必要がある。では、どうやってそれを調べたのか。
 細かな生活パターンだけではない、性格や言い回し、物の考え方など、完璧に調べ上げるには何ヶ月も掛かるはずだ。約100キロ圏内から探したと彼は言ったが、そこに住んでいる人間を一人一人? 彼は神の眼を持っているとでも? それよりはまだ、こう考えた方があり得るのではないか。

 彼は、他人の頭脳をハッキングできる。

 MRIシステムで死者の視界を見ることができるように、彼は生きている人間の頭脳を読むことができるのではないか。例え膨大な数でも、サーチだけなら可能だろう。
 対象となった人間の知識、記憶、周りの人々との関係、それらすべてをデータとして読み取る力がある。だから彼はアリスのことも知っていた。青木の扱いにも長けていた。全部、薪の脳から引き出したのだ。

 背筋が凍るような仮説は、寒さで色を失った薪の顔色が更に白さを増したことを見て取った彼の微笑みで、確証を得るに至った。教師が生徒の解答に満足する、それはそんな笑みだった。
「お見事。多分、当たってるよ」
 知識と記憶を突合させれば、その人間の行動パターンは浮き彫りになる。こういう質問にはこう答える、このような場合はこんな風に行動する、薪の過去すべての記憶を共有している彼は、オリジナルに限りなく近い言動を取ることができる。しかも外見は完璧な薪剛。青木が騙されるわけだ。

「付け加えるなら、僕には高精度の頭脳に反応するセンサーがあるんだ。センサーが弾き出した候補者は、君を含めて10人程度。中でも君がダントツだった」
 何でもアリか、と薪は心の中で吐き捨てる。頭脳センサーなんて反則だ。ハッキング能力がある時点でもうカオスって感じだけど、そんな理由で白羽の矢が立ったなら、真面目にやってきた自分がバカみたいだ。
「褒めてるんだよ。もっと嬉しそうな顔したら?」
 彼の顔つきは、ものすごく意地悪だった。薪の性格をトレースしているから自然とこういう顔になるのだろうと考えて、いやいや、自分はここまで性格悪く無いぞ、と思い直す。きっと彼には頭脳センサーの他に、意地悪センサーもあるに違いない。本来の自分の意地悪を隠さなくていいような相手を選んで、て、だから僕はそこまで性格悪く無いってば。

「まあ、君を選んだ一番の理由は他にあるんだけど」
『なんだ?』
 まさか本当に意地悪センサーのお導きだったらどうしよう、と一抹の不安を抱きながら、薪は首を傾ける。しかし彼は、亜麻色の瞳を陰険に細めて、
「教えない。君はバカのクセに生意気だから、教えてやらない。自分で考えな」
 にこやかに笑う自分そっくりの顔を、張り飛ばしてやりたくなる。同じ性格の人間は仲良くなれないって聞くけど、あれは本当だ。今の薪は、彼を谷底に突き落としたい衝動を抑えるのがやっとだ。

 薪は大きく息を吸い、背筋をぴんと伸ばした。12月の凍るような外気が、頭に昇った血を冷ましてくれる。
『聞かなくたって分かるさ』
 彼が薪を選んだもう一つの理由。それは、これより他に無い。薪は日本でたった一人、法医第九研究室室長という立場にあるのだ。彼の狙い、それはつまり。
『レベル5のデータだろう』
 レベル5は、室長の薪にのみ閲覧が許されたトップシークレットだ。そこに隠された事実は、現在の日本では表に出してはいけないものばかり。使い方次第では内閣を操れる。自分の都合の良いように、日本の政治を動かすことができるのだ。

『残念だったな。あれを開くには、僕の網膜認証が必要なんだ。君にデータを取り出すことはできない』
 不敵に笑って、薪は立ち上がった。やられっぱなしは性に合わない。今度はこっちが攻める番だ。
『君はさっき、自分のコートを青木に取りに行かせただろう。僕の行動パターンをすべてサーチしたなら分かるはずだ、僕なら自分で取りに行く。その間に青木に車を回させた方が合理的だからだ。何故君がそうしなかったのか、それは、外見はそっくりに化けられても、網膜のような生物レベルでの変化は完全にはできないからだ。よって、君にはマンションのドアが開けられなかった、だから青木に行かせた。ちがうか』
 勝ち誇ったように言葉を重ねる。人類を猿に例えるほど優秀な彼が、こんな初歩的なミスを犯しているのが滑稽だった。これだけのことをしておいて、彼の一番重要な目的は達成することができないのだ。ザマアミロだ。

『ちゃんと調べれば、いくらでもボロは出てくるぞ。網膜パターンだけじゃない、指紋、声紋、静脈認証にDNA。僕は警官だ、データは全部警察庁のデータバンクに保存されている。おまえのこの髪の毛を鑑識に回せば一発で』
「それは良いことを聞いた。では、警察庁のデータの方は修正しておくとしよう」
『え』
 修正? そんなことができちゃうの? ちょっとそれ、ずるくない?

「どうしてそんなにバカなんだ? 僕は君の脳をサーチしたんだぞ。レベル5の情報とやらも、とっくに引き出し済みだ」
 まったく同じ身長なのに、見下されている気がした。上から目線に心底腹が立つ。こんな性悪な男は見たことがない。
『そんなことは分かってる』
 バカにするなとばかりに、薪は強く言い返した。
『しかし、情報の開示を取引の材料に使おうとした場合、写真や動画と言った媒体が必要になるだろう。僕の眼が無かったら、データをアウトプットすることもできないんだぞ』
 だが、それもデータバンクのほうを書き替えてしまえば話は別だ。彼を止めなければ、日本中が大混乱になる。
 恐ろしい予感に身震いする薪を見て、彼は噴き出した。違う違う、と手を顔の前で振り、苦労して笑いを収めると、笑い過ぎで目端に浮かんだ涙を指で拭った。

「君の間違いは二つ。一つは、僕が君のデータを跡形なく消せること。警察庁のデータバンクごとき、書き替えるのは簡単だ。君たちの感覚で言うと、時計のネジを巻くのと大して変わらない。二つ目」
 そこで彼は言葉を切り、笑いを消し去った。酷く冷たい眼になって、薪の顔を憎々しげに見つめる。
「僕の目的はデータじゃない」

 自信があった推理を否定されて、薪は戸惑う。自分が選ばれた理由、その最重要項目を当の薪が分からないなんて。
 第九の室長と言う特別な立場の他に、自分に何があると言うのだろう。自分が他人よりも秀でているものといえば、この男らしさとか所謂男らしさとか溢れ出す男らしさとか。
「ちがう。何を考えているのか分からないけど、それだけは絶対に違う」
 何を考えてるのか分からないのにどうして断言できるんだ、やっぱこいつムカツク。

 得意のカンチガイループから薪を引き戻すように、彼は衝撃的な事実を暴露した。
「この星の文明は遅れている。MRIシステムだったか、あの程度の仕組みなら幼稚園の遊び道具にもあるぞ」
『星? ……まさか』
 思わず、腰が引ける。膝が震えているのは寒さのせいばかりではなかった。落ち着け、と強く自分に言い聞かせる。
 これはあれだ、昔の映画で観たことがある、未知との遭遇ってヤツだ。これから薪を自分たちの星へ観光旅行に連れて行ってくれるんだ、わーいウレシイな、って頼んでないからそんなの!!

「『まさか』ってなんだよ。宇宙に自分達しか知的生命体が存在していないなんて、そんな傲慢な考えがチラッとでも浮かぶこと自体、この星の生物が愚かな証拠だ」
 エイリアンなど、咄嗟には信じがたい。しかし、それが事実なら彼の目的は。
『地球を侵略に来たのか!?』

 薪は大真面目だったのに、なぜか彼は何もないところで躓いた。俗な言い方をすれば、コケた、ということだ。
「あほか。だったらおまえの所になんか来ないで、この星の要人とすり替わるだろ」
 それはそうだ。100キロ圏内だったら都庁も総理大臣官邸もある。
「頭がいいんだか悪いんだか、分からないやつだな……まあ、発想の飛躍は優秀な頭脳の副産物だからな、ある程度は仕方ないな」
 僕の脳をサーチしたなら少しは察してくれ、と薪は心の中で言い返す。もともと薪は、科学的に説明の付かない現象には打たれ弱いのだ。朝からそんなことの連続で、フリーズどころかクラッシュ寸前だ。まともな思考なんかできるわけがない。

「安心しろ。僕の星は衰退して、住人も数えるほどしか残ってない。侵略戦争なんか、仕掛けるだけの力はない。衰退の原因を聞くのか? そうだな、知力が進み過ぎたってことかな。あまりにも色々なことが分かるようになって、あらゆることを悟ってしまったせいで、星全体が機能しなくなったんだ」
 彼の声には、死に行く母星への哀惜は無かった。いかに悲しみ嘆いても、それで何かが変わるわけではない。だったらそれは無駄なことだと、でも切り捨てられないのが人間で、捨ててしまえる彼はやはり人ではないのだ。

「知的生命体がその知力を極めた先に、何が残ると思う? 少なくとも、物欲や金銭欲じゃない。それが僕の真の目的であり、君を選んだ本当の理由だ」
 森羅万象、すべての理を知る優れた知力が、最終的に求めるもの。それは究極の謎であろう、と薪は思った。宇宙の起源のような、突き詰めていけば判明しそうで本当の答えは誰にも分からない、そんな謎掛け問答のような、分かった所で実生活には何の役にも立たない真理。そういうものに夢中になって、彼らの星は衰退していったのかもしれない。
 では、彼は謎そのものを求めて薪に成り代わったのだろうか。第九に運び込まれる事件を目当てに?
 否、違う。他人の脳をハッキングできる彼には、事件の謎自体が成立しないのだ。生きた人間の記憶を調べることが出来る。そんな生き物に人類が与えられる謎などあり得ようか。

「ここまでヒントを出したんだ。後は、森の中でゆっくり考えな」
 思考のループに迷い込んだ薪を、彼はバッサリと切り捨てた。細い顎を反らせ、ふん、と鼻で嘲笑う。
「生き延びられたらね」
 それは薪の前に、最初に立ちふさがる絶望だった。毛布一枚で、12月の夜が越せるとは思えない。よしんば凍死を免れても、長くは生きられない。サバイバル生活などしたことがないし、岡部のように強靭な肉体も青木のように図太い神経も、薪は持ち合わせていないのだ。

『一つだけ頼みがある』
 覚悟を決めて、薪は言った。
『青木に危害を加えないでくれ。できれば、やさしくしてやって欲しい』
「ああ。たっぷりと可愛がってやるよ」
 嫌らしい言い方だ。性的な意味合いも含んでいることを、わざと薪に知らせようとしている。
「彼はとても旨そうだし。食べでがありそうだ」
 ぺろりと舌で下唇を舐める、下品な仕草にゾッとする。件の妖怪たちのように、やっぱり人間を食べるのか。
 顔色を変えた薪を見て、しかし彼は幾度目かの失笑を洩らした。
「食べると言うのは比喩だ。彼の肉体を傷つけたりはしない」
『じゃあ、生命エネルギーを吸い取るとか』
「君は人類の中では飛びぬけて頭がいいのに、どうして発想がそんなに漫画チックなんだ? 大人になっても漫画雑誌を買い漁っていたクチか?」
 うるさい、ほっとけ。

「安心するといい。僕は彼と一生涯愛し合って暮らしていく。君の代わりにね」
 薪の胸が、ずきりと痛んだ。『一生涯』なんて言葉は未だに薪の口からは出てこない。心には決めている、彼以外の人なんかもう考えられない。でも、それを公言する勇気は持てず、起こり得るであろう数多の艱難を彼に舐めさせることはもっとできず。青木が週の半分を薪の家で過ごすようになってさえ、二人の関係は進化を遂げることはなかった。
 普通の男女のように、自然な流れで先に進むことはできない。法的に結ばれることが許されない、自分たちはそういう関係なのだ。青木がそれを望んでいることは分かっていたが、それでもやはり。失うものが多すぎる。

「幸い、彼は単純な男だし。上手くやれそうだ」
『あまり甘く見ない方がいい。青木はバカだけど、鋭いぞ』
「心配してくれてありがとう。せいぜい気を付けるよ」
 皮肉られて、薪は口を噤んだ。これから死にゆく人間が他人の心配なんて、そう言わんばかりの口調だった。

「さてと。奥に来すぎたな。戻るのが大変だ」
『瞬間移動ができるんじゃなかったのか』
「この身体になったら、できることは君たちと同じだ。僕はもう君の考えも読めないし、空も飛べない。不自由なことだ」
 空まで飛べたのか。本当に何でも有りだ。
 だが、その利便性を失ってまで、彼は人間の姿を取っている。普通の人間が享受できるものなどたかが知れているのに、そうまでして彼が何を得ようとしているのか、薪には想像も付かなかった。

 高慢な笑みを残して、彼は踵を返した。薪を森の奥に置き去りにして去っていく華奢な背中はとても優美で、羽根でも翼でも思うままに生やして、今にも飛び立ちそうに見えた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(6)

 薪さんの偽者は、この話では当然悪役です。 なのに、何故かみなさん「偽薪さん」とさん付けで呼ばれてるのが微笑ましいです。(^^ 
 薪さんと名が付けば、悪人でもさん付けしちゃいますよねww。


 さて、お話の続きです。
 果たしてネコ薪さんは野生化して森中の動物達を従え、エイリアンと全面戦争に持ち込むことができるのか! ←そんな話だっけ?





キセキ(6)







 彼の姿が見えなくなってから薪が最初にしたことは、自分の居場所を確認することだった。
 引き摺られてきた距離は1キロくらい、何度か横道に入ったけれど、それくらいは覚えている。この山道を通って先刻の公道に戻るには、半時ほど歩くことになるだろう。青木が靴を履かせてくれて助かった。
 公道に出れば車が走っている。できれば東京へ戻る車に乗せてもらいたいところだが、この身なりでは難しかろう。ましてや薪はいま、言葉が喋れない。
 よし、と気合を入れて、薪は道を選んだ。

 奥多摩から東京までは約50キロ。歩けない距離ではない。

 あんな危険な生物に青木を任せるなんて、とんでもない。
 危害は加えないと彼は言ったが、信用できない。何らかの目的があって、彼は青木の傍にいるのだ。薪の脳をトレースしたのなら解っているはず、「仕事が入った」の一言で青木は自分の家に帰る。なのに行動を共にしているのは、彼の目的とやらに青木が関与している証拠だ。

 東京へ戻って、まずは青木のアパートへ行く。合鍵の場所は知っているから、中へ入らせてもらう。それから何とかして、自分が薪であることを彼に分からせる。方法は模索中だが、きっと何とかなる。頭突きをお見舞いした時だって、惜しい所だった。あいつの邪魔さえ入らなければ、必ず道は開ける。
 相手を油断させるため観念した振りをしたが、ここで死ぬ気などさらさらない。そう簡単に諦められない。この命は、これまでに何度も周囲の人々に救われてきた命だ。彼らが必死になって守ってくれたものを、安直に投げ出すことはできない。

 傷ついた足がズキズキと痛む。その痛みで薪は昔を思い出し、頬を緩めた。
 8年前の自分と現在の、何という違いだろう。
 ずっと昔、薪は痛苦を拠り所に生きていた。毎晩自分で自分の身体を抉り、その痛みで正気を保っていた。あの頃は、自分が生きるために痛みが必要だったのだ。いま薪は、大事な人を守るために痛みに耐えている。なんて幸福なことだろう。
 痛いことに変わりはないけど、と薪は皮肉に笑い、青木の顔を思い浮かべた。

 頭突きでもう一歩のところだったのだから、いつもの回し蹴りを決めればあるいは、と薪が、青木にとっては甚だ嬉しくない自己証明の方法を考え付いたとき、薪の後ろで不吉な唸り声が響いた。
 ぎょっとして振り返る。嫌な予感は的中し、果たしてそこにいたのは数匹の野犬だった。
 東京の野良犬と森の野犬はまるで違う。季節に関係なく残飯が溢れている街中と違って、冬の森には食べ物が無いのだ。おそらくは血の匂いに引かれてやってきたのだろう、彼らはやせ細り、その目は血走っていた。
 彼らを見据えたまま、じりっと後ずさる。背を向けて走り出そうものなら、一斉に襲い掛かってくる。手探りで薪は、横に生えていた木の枝に手を伸ばした。野犬の数は5頭。素手で倒せる自信はなかった。

『悪いな。餌は他所で探してくれ』
 柔道の試合もそうだが、戦いにはハッタリも必要だ。薪は不敵に微笑み、威圧的な言葉を発した。薪の口から出たのはミ゛ャアと言う低い鳴き声だったが、なかなかどうして、ドスが効いている。
 やがて薪の手は棒術に適切な太さの枝を見つけ、それを折り取ろうとした。が。

『……あれ?』
 つかめないっ!

 ネコの手になったことを忘れていた。この手では樹の幹に爪を立てることはできても、枝を握ることはできない。かと言って、猫のように木に登ることもできない。この爪では人の体重を支えることは不可能だ。
『い、いやあの、今日のところは穏便に、きゃ―――っ!』
 脚は痛むが逃げるしかない、っていや無理! 怪我してなくても人間、犬より速くなんて走れないから!!

 必死で逃げたが、10mも走らないうちに追いつかれた。飛び掛ってきた最初の犬を避けて、道端のガサ藪に突っ込む。小枝が薪の身体に無数の傷を作る。新たな血の匂いが、野犬たちを煽り立てた。
『見逃してくれたら後で神戸牛をご馳走するから! もちろん骨付きの!』
 毛布に爪を引っ掛けて振り回し、次の犬を叩く。そばから別の犬が毛布に食らいつき、薪の手から唯一の防寒具を奪い去った。
『そうだ、可愛い女子を紹介しよう! 血統書付きの雌犬だ、出会いのチャンスだぞ!』
 ガウッと吠え立てられて、薪は焦った。高級和牛もステキ女子も、ワイルドな彼らにとってはさしたる魅力も無いと見える。ていうか、言葉が通じてないみたいなんだけど、それはちょっとヒドくないか? 人間の言葉が喋れなくなった代わりに動物と意思疎通できるようになるってのがファンタジーの王道だろうが、これだから異星人はっ。もっと地球の文化を勉強して来いよ!

『……ダメかも』
 思ったら負けだと分かっていたけれど、ついつい口に出てしまった。次の瞬間、彼らは集団で襲いかかってきた。
 彼らの眼には大層なご馳走に映ったのだろう、初めに噛まれたのは引き締まったふくらはぎ。太腿に二の腕、それからシャツが破けてむき出しになった脇腹。激痛に叫んだのは最初のうちだけで、すっかりはだけた肩に噛み付かれたときにはもう声も出なかった。
 腕を振り回して威嚇することすらできず、薪は小さく身体を縮こめた。人間は危機に瀕すると、生命に直結している急所を守るために心臓や頚動脈のある喉を庇おうと、身体を丸める習性がある。いかに薪が天才でも、こうなってしまったら本能に従うしかなかった。

 ろくな死に方はしないと思ってきたけれど、まさか野犬に噛み殺されるとは。しかも、こんな人外の格好で。
 痛みで気が遠くなる。寒さが半端ない、きっと血が流れ出てしまっているのだ。出血多量で死ぬときって、こんなに寒いのか。
 聴覚も失われてきているのか、犬の吼える声がどんどん遠くなる。噛み付かれているはずなのに、痛覚すらない。肩にのしかかっていた犬の、土まみれの足の重さも感じない。
 ふわりと身体が宙に浮く感覚。魂が肉体から離れる時は、こんなにハッキリと分かるものなのか。まるで青木に抱き上げられたみたいに、なんの不安もない。

「薪さん」

 青木の声が聞こえる。薄れかけた意識の中、それでも薪は疑問に思った。
 どうして青木の声なんだ、ここは鈴木のだろう。これから自分が行く場所にいるのは鈴木なんだから。そうでなければ青木は早くもエイリアンの餌食になったということに、それは困る!

 根性で眼を開けた。額から流れた血が眼に入ったらしく、薪の視界は犬のように真っ赤だったけれど。
 心配そうに薪を見る青木の顔があって、その向こうには師走の曇り空。下方に視線を落とせば、薪が折ろうとして諦めた木の枝とキャンキャン喚きながら逃げていく野犬たち。その後ろで、腕を組んで氷のような瞳でこちらを見据える麗人の姿があった。





*****

 野生化、しませんでした。

テーマ : 二次創作(BL)
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キセキ(7)

 こんにちは。

 薪さんのお怪我が心配だと思うので、急ぎ続きをアップしますー。
 しづ、いい子。






キセキ(7)





 長い夢から醒めて眼を開けると、薪の傍には青木が佇んでいた。場所は自宅のリビングで、薪はソファの上に寝ていた。うたた寝していたらしい。
 薪が起きたことに気付くと、彼はにこりと微笑んで、薪の額や髪を慈しむように撫でた。
 ああ、いつもの青木だ。
 酷い夢だった、しかもあの長さ。昨夜、寝る前に飲んだワインがまずかった、やっぱりワインは体質に合わないんだ、と薪は自分の行動を振り返り、悪夢に一応の理由を付けた。
 なんだか身体中が痛いのは、戯れに試したアクロバティックな体位のせいだ。あんな風に身体を開かされた上にがつがつ押し込まれたら、関節に痛みが出て当然だ。筋肉痛にしては裂傷のように激しく痛むのが不思議だけど、寝ていればそのうち治まるだろう。

『青木』
 誰かに呼ばれて、青木は振り向いた。この家には彼と自分しかいないはずなのに、いったい誰が、と眼を開ければ、ドアの向こうからもう一人の自分が彼を手招きしていた。
 なんてことだ、夢じゃなかった。
 青木はいそいそと走り寄り、彼の白い手を取った。
『青木。早く』
 まるで薪に見せつけるように青木の腰に手を回した彼は、見れば白いバスローブ姿で、今さらながらに気付けば青木もお揃いのバスローブを着ていて。二人が立ったまま抱き合っているのは寝室の入り口で、当然その奥にはベッドがあって。彼が青木に何をせがんでいるのか、嫌でも分かった。
 待ち切れなくなったように、彼は背伸びをして青木の唇にキスをした。ふっくらと少女めいたくちびるが青木の男性的な唇に包み込まれ、開いた口の隙間からお互いの口内を行き来する舌が嬉しそうに跳ねる様子が見えた。
 やがて息が続かなくなると、彼らは名残惜しそうに離したくちびるの代わりに、互いの手の指を組み合わせた。うっとりと青木を見上げる彼の美貌は、美酒に酩酊したアドニスさながら。そんな彼を愛おしそうに見つめる青木の瞳。銛でも打ち込まれたように、薪の胸がぎりぎり痛む。
 そんな風に、僕以外の人と指を絡めたりしないで。そんなに優しい目で彼を見ないで。それは僕じゃない。

 騙されるな青木、と何度も何度も叫ぶのに、薪の声は彼には届かない。否、音声は届いている、でも意味は伝わらない。忌々しい猫の声しか出せない、間に割って入りたくても身体が動かせない。今の薪に、彼らを止める術はなかった。
 寝室のドアが冷たく閉まる。薪の頬を悔し涙が伝った。

 青木のバカ青木のバカ青木のバカ。
 繰り返しながら身体を丸める、この体勢は大事なものを守ろうとする本能なのだと、薪は森の中で知ったばかりだ。彼らのことを考えると心が潰れてしまいそうだから、こうして守って、必死で守って、――ちがう。
 こんなことをやってる場合じゃない。大事なものはここにはない。
 彼は人間じゃない、青木が何をされるか分からない。青木を助けなければ。
 でも、身体が動かない。痛みも強いけれど、もっと別の何かが薪の動きを封じている。彼の特殊能力かもしれない。人間の姿を取ったら特別な力は無くなると彼は言ったが、真実とは限らない。この身体の重さは尋常じゃない。
 何かに縛られているみたいだ、と身を捩ればそれは現実のものとなって、薪の胴体は紐状のものでソファに括りつけられている。動物の毛のような、果たしてそれは薪の腰から生えた尻尾だった。ふさふさとした太目の尻尾は細く伸びてロープのような形状になり、薪の身体を縛り上げていた。
 何でも有りもここまで来ると反則だ。いい加減にしてくれ、と喚く薪の声が、広いリビングに虚しく響く。
 バカ青木、気が付け、外見に惑わされるな、それは僕じゃない、人間ですらない。僕はここだ、ここにいる。僕のところへ戻って来い、早く早く早く。

 ここまで力量差のある相手を敵に回したのは初めてだ。先の見えない戦いに翻弄される。その勝率の低さは薪を絶望に導き、ともすれば諦めてしまいそうになる自分を、薪は強く叱りつけた。
 僕が諦めてどうする。青木を助けられるのは自分しかいない、考えろ、考えるんだ。彼の目的は何で、青木にはどういった危険が迫っているのか。
 一番ハッキリしてるのは貞操の危機だけど、ちくしょうあの偽者僕の青木にキスなんかしやがって、って今それどころじゃないってば、ああでもムカつく!

 嫉妬心を腹の底に押し込んで、薪は彼の言葉を思い出す。
 青木の肉体は傷つけない、と彼は言った。生命エネルギーを吸い取るのでもないと。それが本当で、且つ、彼が薪と入れ替わった理由が薪の社会的立場と関係がないなら、むしろ彼の目的は青木にあるのではないか。
 青木から何かを搾取する。その為に、青木の恋人である薪に成り代わった。
 そこまで考えを進めた薪は、事件の謎を解くときのように、相手の立場になって物事を見直してみた。もしも薪に超常的な能力が備わっていて、青木から何かを奪い取るとしたら。

『……身長?』
 ないない、と薪の知らない場所から幾つもの声に突っ込まれた気がしたが、それ以外本当に思いつかなかった。青木にあって薪に無いものと言ったら身長以外は何もないような、ていうか、だったら青木に成り代われば済む話では?
 本当のことを言えば、青木の中には薪が憧れるものがたくさん詰まっている。形のあるものではないが、彼の行動の基盤となるもの、薪には真似のできない純粋さとか素直さとか、でも仮にそれが欲しいのだとしたら、身長と同じで青木になればよかったのだ。わざわざ薪の姿を取った理由が分からない。
 自由に姿を変えられるのに、なぜ彼は薪に変化したのか。なぜ青木と一生涯愛し合っていくと宣言したのか。
 考えがまとまらない。懸命に抑えているが、本音では寝室で彼らが何をしているのか、気になって仕方ない。どちらにせよ、こんな身体になってしまっては青木の相手はできないと思ったけれど、何も隣の部屋でイチャイチャしなくたって。手元にロケットランチャーがあったらブチ込んでやりたい。

 薪の攻撃的な思考を責めるように、身体に巻き付いた尻尾がぎゅっと締まった。野犬に噛まれた脇腹に食い込んで、すごく痛い。思わず呻くと、弱々しい猫の鳴き声が聞こえてくる。情けない限りだ。尻尾の締め付けは益々きつくなる。このまま尻尾に胴体を切断されて、死んでしまうのかもしれない。内臓が飛び散ったらソファは買い直しだ、気に入ってたのに、と薪は、死にゆく自分には全く関係のないことを憂いた。
 息をするのも苦しくなってきて、薪は身を捩る。と、とどめを刺すかのように、鼻と口を濡れた布のようなものでふさがれた。
 本気で息ができない。悲鳴も上げられない。頭に血が昇って、頬が熱い。

「あ、やば」
 心の叫びが肉声になって聞こえてくる。それは薪の声ではなかった。
「ちょっと眼を離した隙に、額のタオルが顔に落ちて……あんまり動くから」
 聞き慣れた声に眼を開ける。別の人と寝室に入ったはずの恋人の姿が瞳に映って、薪は混乱する。どうして青木がここに?
「やっぱりソファだと寝苦しいのかな。毛布が体に巻き付いちゃってるし。薪さん、床に布団敷いてあげてもいいですか?」
 バスローブ姿だったはずの二人は、今は部屋着を着ていた。では、さっきのは夢? それともあれから何時間も経っていて、日付が変わったのだろうか。だとしたら今日は月曜日、青木がここにいるはずがない。

「来客用の布団は勘弁してくれ。毛が付く」
「お願いします。来月のお給料出たら、新しいの買って返しますから」
「おまえ、土下座さえすれば僕が全部許すと思ってるだろ」
「そんなこと思ってませんけど、薪さんがやさしいのは知ってます」
 肩を竦めて、彼は薪の仕事机に向かった。薪が昨日読み掛けていた小説のページを、つまらなそうにめくり始める。人間が書いたものなんか読んで面白いのだろうかと疑問に思ったが、薪の記憶に残っていた物語は途中だったから、続きが気になったのかもしれない。

 青木はクローゼットから来客用の布団を一組持ってきて、床に延べた。固いと傷に障るだろうと、敷布団は二枚重ねにして、洗濯したシーツを被せる。
 床の用意ができると、青木はそうっと薪を抱き上げて、そこに寝せてくれた。身体に纏わりついていた毛布が外れて、薪はやっと、自分が包帯でグルグル巻きにされていることに気付いた。脚も腕も胴回りも、出血を止める為か、かなりきつめに巻いてある。それであんな夢を見たのか。

 青木は慎重に薪を運んでくれたが、それでも深手を負った身体には強い痛みが走った。思わず眉をしかめると、青木は気の毒そうな顔になって、薪の顔の汗をタオルで拭いてくれた。
「痛むかい? 怪我のせいで熱があるんだよ」
 ローテーブルの上に、風呂場で使っている盥が置いてあった。氷の破片が浮いた水の中でタオルを濯ぎ、絞って額に載せてくれる。先刻、薪の鼻と口を塞いだ犯人は、どうやらこいつだ。

「雪子先生に診てもらえれば安心なんだけど。まだ産休中だし」
 雪子は先々月女の子を出産したばかりで、現在は青森の実家に里帰り中だ。薪の生死が懸かれば生まれたばかりの子供を親に預けてでも駆けつけてくれるだろうが、それはもちろん薪が望むことではない。こんな出来損ないのSFみたいな話に、これ以上大事な人を巻き込みたくなかった。
「人間の薬、飲ませても大丈夫かな。薪さん、どう思います?」
「心配なら犬猫病院へ連れて行け」
「それは駄目です。研究材料にされちゃいます」
 冷酷に響く声音に、珍しくも青木は真っ向から逆らって、
「この仔はオレが守ってあげないと」と自分に言い聞かせるように呟いた。

 青木に撫でられた髪はべたついていて、申し訳ないと薪は思った。手が汚れてしまうから触らないでくれ、と言いたかったが、青木はやさしく薪の髪を撫で続けた。
 青木が薪のことばかり構っているのが面白くないのか、偽者は苛立たしげに本を閉じ、くるりと回転椅子を回して、
「青木。僕はおまえが泊まり込みで世話をするって言うから、そいつを家に上げたんだぞ」
 そんな条件を出していたのか。やはり、彼の目的は青木なのだ。
 彼の本心は分からないが、彼は青木と一緒に過ごす時間を増やそうとしている。慈悲深く振る舞うことで青木の信頼を勝ち取る、野犬から薪を救ったのはそういう目論見からだろう。この怪我では邪魔をすることもできまいと、計算した上で家に連れてきたのだ。

「おまえが泊まり込むってことは朝から晩まで一緒に居られるってことで、だから僕は」
 そいつのことが心配だったわけじゃない、おまえが傍にいてくれるのが嬉しいから、と彼が健気に訴えるのに、青木はにっこり笑って、
「はい、オレが24時間体制でこの仔の面倒は見ます。薪さんには絶対に迷惑掛けませんので、安心してください」
「……それは助かる」
 鈍い、鈍すぎる。なんだか偽者が可哀想になってきた。
 いつもの薪ならこんなことは口が裂けても言わないから、青木もそちらに考えが回らないのだろう。普段から冷たくしておいて正解だ。

「だが青木。もうそろそろ休む時間じゃないか?」
「そうですね。あ、お風呂沸いてますから。どうぞ」
「いや、たしか風呂は、いつも一緒に」
「こんなに汗をかいて可哀想に。ねえ薪さん、この薬、飲ませてもいいでしょう?」
「……僕に聞くな」
 量を加減すれば大丈夫だよね、と青木は何の根拠もないことを言って、錠剤を半分に割った。それを薪の口に含ませ、吸い飲みで水を飲ませてくれる。もう半分は自分が飲んで、見れば青木の手首には薪を助けた時に負傷したのだろう、大きな絆創膏が貼ってあった。野犬に噛まれたのなら、絆創膏などで済ませずに病院へ行くべきだ。日本では狂犬病ウィルスは撲滅されたはずだが、万が一と言うことがある。
 熱のせいで苦しい呼吸の下から薪は諭したが、青木には当然伝わらなかった。言葉を失うことの不自由さに歯噛みする薪に、青木はすっと顔を近付けて、
「大丈夫だよ、今夜はずっと付いててあげるから。安心しておやすみ」
 頬に、青木の温かい手を感じたら、急に眠気が差してきた。眼を閉じた薪の耳に、ぱたんとドアを閉じる音が聞こえた。



*****

 ふふふ~、S展開はこの後が本番だよ~。←悪い子。


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キセキ(8)

 今日はいいお天気なので、桜を追いかけて北上してきます。
 薪さんがどんどん追い詰められてるのに、暢気でスミマセンです。

 
 


キセキ(8)






 夜半過ぎ、薪は人の気配に目を覚ました。
 誰かが自分を見ている。だれか、などと考えるまでもない。隣に敷かれた布団からは、もうすっかり耳が覚えた青木の寝息が聞こえるのだから、残るは彼に決まっている。薪は慎重に目を開いた。

『独りじゃ寂しくて眠れないのか』
 先制攻撃を仕掛ける。身体は思うように動かないが、気持ちだけでも負けてはダメだ。
「寝返りも満足に打てないくせに、生意気なヤツだ。命が助かっただけでもありがたいと思えよ」
 相手からも敵意のこもった応えが返ってくる。それは異様な光景だった。
 まったく同じ、美しい顔が二つ向かい合い、睨み合う。片方は傷ついて横たわり、もう片方はその傍らに片膝を立てて座っている。常夜灯がその緊迫感を演出するように、仄暗く光っていた。

『助けてもらってありがとう、とでも言って欲しいのか。僕はそんなにお人好しじゃないぞ』
「僕じゃない。青木が君を助けたんだ」
『解ってる、野犬を追い払ったのは青木だ。でも、青木をあの場所に連れてきたのはおまえだろう』
 青木は剣道4段、棒さえあれば野犬を追い払うことくらい朝飯前だ。が、森の中から薪を探し出すことはできなかったはずだ。あの場所に薪を連れて行ったのはこの男だし、薪の悲鳴を聞きつけたところで、それは動物の鳴き声でしかなかった。千里眼でもあるまいし、彼の道案内がなかったら不可能だ。
 しかし、事実は薪の予想を裏切った。

「君を見つけたのは彼だ」
 まさか、と薪は彼の言葉を鼻で笑い飛ばした。軽くいなされてプライドに障ったのか、彼はぎゅっと眉をしかめて、
「君の居場所が何となくわかるって。イヌか、あいつは」
 驚いた。青木にそんな特殊能力があったとは。
 そういえば昔、岡部にからかわれたことがある。あまりにも見事に薪の所在を言い当てるものだから、「青木のやつには薪さんに反応するセンサーでもついてるんですかね?」と。だがそれは職場内でのこと、あの広大な森の中でそのセンサーとやらが役立つとは、常識では考えられなかった。

「怪我が治るまでこの家に置いてやってくれって。青木が土下座して頼むから、仕方なく許したんだ。僕たちの邪魔をするな」
『あいにくだな。不当に恋人を奪われて、大人しくしているほど腑抜けじゃない』
 彼の目的が青木の中にある何かだと、いまや薪は確信していた。彼は青木に近づくために、薪の立場を乗っ取った。さっきのやり取りを見ても分かる、目的のために彼は、青木に嫌われるような行動が取れないのだ。
 青木に危害を加える気がないのなら、何も怖れることはない。当初の予定通り、自分が薪だと青木に分からせて、こいつを追い出すまでだ。

「本当に生意気なサルだな。僕にそんな口を利いていいと思ってるのか?」
 強気に出た薪に向かって彼は、背筋が寒くなるような冷ややかな視線をくれ、
「青木をおまえと同じ身体にすることもできるんだぞ」
 彼の脅迫に、薪の顔色が変わる。
 外見が人間でなくなっても、中身は変わらない。彼の目的が青木の中身なら、それでもいいのだ。むしろ好都合かもしれない。こんな身体にされたら仕事にも行けなくなる。必然的に彼に頼って生きなくてはならなくなるのだ。
『止めろ! 青木には手を出すな!』
「だから。それは君次第だって、何度も言っただろう? ホントに頭悪いな」
 青木の未来はおまえの言動に懸かっているのだと、迫られて薪は何も言えなくなった。破れるほどに唇を噛み、憎しみの籠もった瞳で自分と同じ顔を睨み上げる。

「何も心配することはない。僕は君が生まれる前から、こうして誰かに成り代わって生きてきた。人間の人生は何度も経験済みだ」
 今まで何人もの人生を食いものにしてきたと、彼は嘯いた。人間がどういう生き物か、薪より良く知っているし上手くやれる、そう言ってのけた。彼に己の存在を奪われた人間は、人知れず闇に葬られたのだろう。森の中で薪が、野犬の胃に納まる予定だったように。
「君さえ大人しくしていれば、君はこのまま僕たちのペットとしてのんびり暮らせるし、僕は一生青木を大事にする。3人で仲良くやろうぜ」
 友好的な、でも到底納得できない和睦条件に、薪は眼を伏せた。事実上の敗北宣言だった。

 青木を人質に取られたら、どうすることもできない。
 自分が本物の薪だと青木に伝えることができたとして、それでどうなる? 彼の正体を知った青木を、彼が放っておくわけがない。青木を今の薪と同じ、人間の世界では暮らしていけない姿に変えて、それで青木の信頼を失ったとしても、次のターゲットを捜せばいいだけの話だ。彼には何のリスクもないのだ。

 守らなければ、と薪は思った。
 彼と刺し違えても、青木の身を守らなければ。

 自分の身体をこのようにしたのが彼なら、元に戻せるのも彼だけだと、今では分かっていた。首尾よく彼を仕留めることができたとして、薪は人間に戻れなくなる。それでも。

 薪の沈黙を協定受諾の証に捕らえてか、彼は立ち上がった。それから薪の頭上を迂回し、眠っている青木の顔に、これ見よがしにキスをした。
「分かったな。もう、この男は僕のものだ」



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キセキ(9)

 コメントのお返事返し終わってないの、すみませんです。
 でもほら、薪さんが可哀想だから早く先を、て、
 エスカレートしてく気がする。




キセキ(9)





「はい、次は」
 要求される前に、薪は右手を差し出した。
 湯煙が充満するバスルーム。向かいには青木がいて、薪の身体を洗ってくれている。いつもと何ら変わりない風景――薪の尻に尻尾さえ生えていなければ。

「驚いた。身体を洗う順番も薪さんと一緒だ」
 クスッと笑って、青木は楽しそうに薪の手を取る。彼の大きな手に載せられた薪の手はケモノのそれで、ボディタオルもバススポンジもつかめない。爪を立てると破れてしまうので、仕方なく青木の世話になっている。
 薪が唯一扱えるのは柄の付いたボディブラシで、これなら両手で挟むようにして動かすことができる。しかしそれは単純な動きに限られるし、片手では使えないから背中には届かない。結局、誰かに手を貸してもらわないといけないのだ。

 青木が鼻歌混じりに泡立てるボディソープに包まれていく肌は、日本人にしては過ぎるほどの白さ。目を凝らせばそれが、湯の火照りでごくごく薄い桜色に染まっているのが分かる。全体的に華奢で幼げな雰囲気なのに、ぽつんと赤い二つの乳頭と、身体の中心はすっかり大人で。頭部の猫耳とのギャップが見るものを惑わすのか、薪の裸を見慣れたはずの青木は、やに下がった顔つきで、
「こういうの、エロかわいいって言うんだよね。たまんないなあ。て、子供のきみには何言ってるか分からないよね、ごめんね」
 安心しろ。おまえが真性のヘンタイだと言うことはとっくに知ってる。

 やけくそになって薪は右脚を突き出し、青木の膝に投げるように載せた。「乱暴だな」と苦笑しながらも楽しくて仕方ないと言うように、青木は薪の脚を丹念に洗う。膝の裏とか内股とか、ちょ、そこから先はダメだろ、相手が本当に子供だったら犯罪だぞ。
 ぎょっとして足を閉じようとするのを大きな手が強引に阻み、力技で押し開く。無遠慮に伸びてくる指に、薪の髪の毛が逆立った。
「ここもキレイにしようね」
 いや、いい。そこは自分の手で、もとい、肉球で洗うから。
「恥ずかしがることないから」
 恥ずかしいのはおまえの鼻息だ、その締まりのない口元もどうにかしろ。ていうか獣人相手になんの冗談だ、その股間は。
「オレに任せて、ぎゃん!」
 不謹慎な箇所に思い切り蹴りを入れてやった。力加減なんか誰がするか。
「反応まで薪さんにそっくり、イタタ……」
 涙目になった青木にシャワーを掛けてもらい、湯船に入る。追っかけ青木も入って来ると、バスタブからざあっと湯が溢れた。

「気持ちいい? お風呂、好きなんだね」
 風呂好きの薪は、お湯に浸かると自然に笑みが零れる。好感情の波に便乗する形で、青木は先刻の狼藉をお湯と一緒に流す。蹴られたことなどすっかり忘れたように薪に笑いかけた青木を、狡いやつめ、と睨みつけるが心地よさに勝てない。
「薪さんも風呂好きでさ。きみ、本当に薪さんの親せきじゃないの?」
 青木の言葉を理解していない振りを装って、薪は眼を閉じた。自分が本人であることを彼に分からせるのは、今では危険な行為だったからだ。

 たった数日で、薪の身体はめきめき回復した。あれだけの大怪我だったのに、獣人に変えられたおかげで自然治癒力が向上したのかもしれない。
 青木の献身的な看病も、大いに薪を元気付けてくれた。薪に付き添うため、青木は月曜から連続で、有給休暇を取った。もともと第九では冬の閑散期に有給を消化する職員が多いのだが、何分急なことだったので、代わりに年末年始の待機当番を買って出たとかで、今年の除夜の鐘は第九で聞くことになりそうだと笑っていた。
 その話を薪は、熱に浮かされながら聞いていた。
「おまえは本当にお人好しだな」と彼が言うのに、青木は薪の額に浮いた汗を拭きながら、
「だって、薪さんと同じ顔なんですよ。放っておけるわけないじゃないですか」
 と、どこかしら嬉しそうに言って、盥の水にタオルを浸した。
 昔から青木は、薪が寝込むと張り切るのだ。僕が病気になるのがそんなに嬉しいのか、と皮肉を言いたくなるくらい。自分が薪の役に立つ、それが実感できることに喜びを感じているのだと、分かっていても思いついた皮肉は言わずにいられないのが薪の性格だ。今度ばかりは黙っているしかなかったが。

 風呂から出ると、彼がバスローブ姿で本を眺めていた。青木の姿に気付くと、ソファから立ち上がって、当然のように彼の手を取った。
「湯冷めしないうちに寝るんだよ」
 そう薪に言い置いて、青木は彼と一緒に寝室へ入って行った。言われた通り、薪はリビングに設えられた自分の寝床に入り、頭から布団を被った。

 バカバカしくてやってられない。風呂で僕の裸を見て欲情してたくせに、青木が実際に抱くのは彼だ。人を興奮剤代わりにして、僕はラブホテルのAVビデオか。
 言葉でいくら強がっても、薪の心は悲しみでいっぱいだった。青木が自分以外の誰かとベッドを共にするなんて、一度もされたことがなかったから。

 いくら耳を塞いでも、閨の音は聞こえてきた。ひどく辛かったが、それは薪には止めようがなかった。下手に邪魔をすれば青木の身が危ない。見ない振り、聞かない振りでやり過ごすしかなかった。
 寝具をリビングの隅、寝室から一番離れた場所に引っ張っていって、布団に埋没した。耳を押さえて、でも今の薪には耳が4つある。全部塞ぐには手が足りない。
 これから毎晩こうやって、二人が愛し合う声を聞きながら眠らなければならないのだろうか。青木が自分以外の人間を抱く姿を、嫌でも思い浮かべながら。

 気が狂いそうだと思った。

 青木の命が懸かっているのだ、こんなことは大したことではないと。何度自分に言い聞かせても、暴走する心を抑えることができない。感情が理性を蝕む。どうしようもなく歪んでいく。
 自覚はあったけれど、ここまで聞き分けの無い嫉妬心を持っていたとは。もしかしたらこの耳と尻尾は、獣じみた自分の独占欲に対する神さまの罰なのかもしれない。

「あ、やっぱり」
 さっと布団をめくられて、身体を丸めた薪の姿が常夜灯に照らされた。顔を上げると、青木が心配そうにこちらを見ていた。
「なんとなく泣いてる気がしたんだ。どこか痛むの?」
 薪は俯いたまま、首を振った。彼と愛し合った直後の、幸せに溢れた青木の顔なんか見たくなかった。

 僕は大丈夫だから彼のところへ戻れ、と薪は叫ぶように言った。青木に伝えたかったのではない、彼に聞こえるように言ったのだ。すると青木は慌てて人差し指を唇にあて、しいっと息を吐いた。
「静かに。薪さんが起きちゃう」
 セックスの後は墜落睡眠。そんなところまでトレースしたのか。青木に疑われないための作戦かもしれないが。
「さては一人じゃ眠れないんだな。おいで」
 子供扱いするなと、思ったけれど言えなかった。たった今、他の人を抱いたくせにと、彼には責のないことで彼を責めたくなったが我慢した。青木の温もりを、今の薪は猛烈に欲していた。
 青木の胸に飛び込んだ。青木はいつものように、ぎゅっと薪の背中を抱きしめてくれた。
 青木からは、彼の匂いがした。百合の香り――彼の移り香だ。
 それが自分の体臭だった頃は分からなかったけれど、今は羨ましい。現在の薪からは、獣の匂いがするからだ。

 それからは、それが習慣のようになった。
 青木は2日と空けずに彼と愛し合って、その後、薪のところへ来る。そのまま寝室で眠ってしまうこともあったが、だいたいはリビングで眠っている薪の傍に朝までいてくれた。
 偽者にとってこの状況は甚だ不愉快だと思われたが、彼は青木を非難したりしなかった。薪に、事態の改善を求めることもなかった。ただゆったりと構え、青木が珍しいペットに飽きて自分の所に戻ってくるのを待っていた。寛大な年上の恋人の姿そのものであった。

 他の日常についても、彼には文句のつけようがなかった。
 青木の生きがいとも言える毎日の食事も、彼は決して手抜きをしない。冷蔵庫にあるもので適当に拵えてしまう薪と違って、彼はきちんと計画を立てて過不足無く材料を揃え、レシピ通りの料理を作る。薪みたいに、やたらとピーマンが多い青椒肉絲とか三つ葉の代わりに春菊が載った親子丼なんか作らない。「腕上げましたね」と青木に褒められてにっこり笑った彼は、薪の眼から見ても理想の恋人だった。
 やさしくて料理が上手くて気が利いて、あっちの欲求にも素直に応じてくれる。拗ねる年下の恋人が可愛くてついつい苛めてしまう薪と違って、彼との生活は和やかに流れていくような気がするし、夜の生活に到っては、10日に1回応じるかどうかだった自分よりも青木の満足度は高いに違いない。

 一番の懸念だった仕事も、彼は上手くこなしていた。そのことを薪が知ったのは、この姿になって二度目の週末だった。






*****


 Aさんはじめ、あ、SさんとKさんもか、とにかく、
「青木さんは本物の薪さん以外とエッチしちゃダメ党」の方々、
 泣かないでー、しづを信じてー。(←どうやって?)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(10)

 こんにちはー。
 章の途中で開いてしまってすみませんー。
 
 違うんですよ、別に進撃の巨人とか読んでたわけじゃなくて、
 甥っ子が2巻まで買ってきて借りて読んだら続きが気になってその日の夜に本屋へ走って10巻まで買い揃えてすみません読んでました。
 あれ、はまるね!!!



 私信です。

 Iさま。
 リクエストいただいた「岡部さんに妬く青木さん」、この章辺りから始まります。 お楽しみいただけると嬉しいです。 

 でねっ、
「キセキ」のヤキモチは、なんかちょっとパンチが足りなかったんで、「もっとヤキモチ青木さん」の話をこないだ書いたんですよ~。
 こっちはスゴイの、もう青木さん子供みたいに妬いちゃって。 当然、薪さんは怒っちゃうし。 楽しかった~www。
 後で公開しますので。 美味しいネタ振ってくださってありがとうございました。(^^
 






キセキ(10)





 驚いたことに、金曜日の定例会を彼はキャンセルしなかった。青木が心配するのに、「岡部なら大丈夫だ」と、いかにも薪が言いそうな台詞で微笑んだ。多分、薪も同じことを言う。岡部は信頼できる。

「こりゃ驚いたな。本当に薪さんそっくりだ」
 薪を見て、岡部はぽかんと口を開けた。我が眼を疑う、と言った表情だった。初めて自分の姿を鏡で見た時の薪と同じ反応だ。やはり、青木の図太さが異常なのだ。
「だいぶ慣れたんで、今は大人しいですけどね。最初の頃は大変だったんですよ。お皿はみんな引っくり返しちゃうわ、薪さんには飛びかかるわで」
 苦笑いしながら、テーブルの上にコップや小皿を並べる青木に、岡部が土産に持ってきた日本酒を手渡す。秋田の地酒、そうだ、岡部は先週から東北に出張だったのだ。
「この人は岡部さんだよ。ご挨拶して」
 最初の日、朝食を台無しにしたのは自分じゃない、と反論したかったが、無駄だと分かっていた。薪は人畜無害を装って、素直に岡部に頭を下げた。

「ああ、こちらこそよろしく、って、言葉は分かるのか?」
「だいたいは通じますよ。言ってる事は分かりませんけどね。この仔はネコ語しか喋れないんで」
 言葉が分かると聞いて、岡部はコソコソと青木に内緒話を仕掛けた。が、薪には丸聞こえだ。元来の地獄耳に加えて、猫耳まで追加されているのだ。うっかりすると寝室のベッドが軋む音まで聞こえてしまって、辛い思いをしている。

「なんでおまえのシャツを着てるんだ?」
「尻尾が邪魔でズボンが穿けないんですよ。下着だけは薪さんのを何枚か拝借して、お尻の部分を切り取って穿かせてるんですけど」
「だからっておまえ、ありゃあ……目の毒じゃないか?」
「可愛いですよねっ。薪さん、絶対にあんな格好してくれないから。オレ、もう手放せなくって」
「おまえの変態趣味は聞いとらん。薪さんが嫌だろうと」
「初めは嫌がってましたけど。今はもう平気みたいですよ」
 平気どころか、優越感に浸りまくっている。彼は日々、完璧な薪剛に成りおおせていく、薪の存在を乗っ取って行く。取って代わられた薪は居場所を失い、萎縮し、弱気になって行く。その様子を楽しんでいるのだ。
 そのくらいは薪にも分かっている。自分の性格の悪さは自覚しているつもりだ。だから薪が大人しくしているのは彼を油断させるため、青木に危害を加えさせないためなのだが、日が経つにつれて演技と本心の境が曖昧になってきている。自分といたときより、今の青木の方が幸せそうに見えるからだ。
 もしかしたら彼は、青木に言ったのかもしれない。薪がどうしても言えずにいる言葉を。青木が心から待ち望んでいる言葉を。それを薪に宣言した時と同じように、揺るぎない瞳で告げたのかもしれない。
 最初は、比べることすら論外だと思っていたけれど。
 一生を共にする決意を表明してくれる彼と、何年経ってもそれを口にできない臆病者の自分。青木に幸福を与えられるのは、むしろ。

「今日はお友だちが美味しいお酒を持ってきてくれたんだ。此処で飲むから、きみは寝室で休みなさい」
 こくんと頷いて、薪はリビングの隅に畳んであった自分用の布団を寝室に運んだ。ドアを閉める際に、ほんの少し開けておく。彼らの様子を伺うためだ。
「……本人としか思えんな」
「ぷ。薪さんなら、こんなに聞き分けよくないですよ。秋田の美酔冠ですよ? 僕にも飲ませろって、大騒ぎに」
「いや、あの人はあれでけっこう」
 ふうむ、と唸って、岡部は座布団に腰を下ろし、「不思議なこともあるもんだ」と呟いて裂きイカの袋を開けた。

「驚いただろう」
 笑いを含んだアルトの声がして、バスルームから彼が出てきた。髪をタオルで拭きながら、岡部の隣に腰を下ろす。その様子は朗らかで、青木の眼が届かないところで薪に脅しを掛けてきたのと同じ人物とは思えない。抜け目のない彼は、勿論、今日の会合についても薪に釘を刺していた。寝室に入って息を殺していろ。そう言い渡されていた。
「あいつ、僕に耳とシッポが生えたようにしか見えないだろ。現実主義者のおまえには、到底信じられないんじゃないか?」
「そりゃあ、話を聞いた時には何の冗談かと思いましたがね。実際に見せられちゃ、あれは、ああいうモノだと思うしかないですよ」
「さすが岡部だ。賢明だな」
 うっとりするほど美麗に微笑んで、彼は日本酒の封を切った。岡部の酌で一口飲んで、美味い、と嬉しそうにぐい飲みを飲み干す。岡部は出張に出るたびに、薪の好みの地酒を探して来てくれる。彼の善意が詰まった酒が不味いわけがない。
「気に入りましたか?」
「ああ。おまえも飲めよ」
 彼の返杯を受けながら、岡部は上司にそっくりの不思議な生き物に話を戻した。

「ずっとここに置いておく気なんですか?」
「元気になったら森へ返す約束だったんだが、こいつがエライ熱の入れようでな。この2週間というもの、僕のことはそっちのけで、あのキメラに掛かりきりだ」
「だって可哀想で」
 恋人に当てこすられて、青木は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
 薪が此処に居られるのは、青木の我が儘のおかげだ。青木のアパートは動物禁止で、だから彼に場所の提供を頼み込んだわけだが、そのおかげで青木はずっと薪の家にいる理由を手に入れた。この状況は、薪にメロメロの青木にとってはつまり最高で、今ではどちらが目的だか怪しいものだ。

「あの仔はまだ子供なんです。一人じゃ生きていけませんよ」
「子供の眼じゃなかったがな」
 岡部が呟いた言葉に、偽者の眼が鋭く光った。薪の背筋がゾッと冷たくなる。
 岡部に真実を悟られるようなことになったら、彼まで被害に遭うかもしれない。ここで一緒に暮らしている限り青木には目が届く、が、岡部までは守りきれない。

 ――自分はいなくなった方がいいのかもしれない。

 自分がいなくなれば、彼の秘密は守られる。彼の言葉を信じるなら、薪さえ大人しくしていれば他の誰かに危害を加えることはない。まだ2週間くらいだが、その約束はきちんと守られていると言ってよかった。
 自分が姿を消せば、それこそ森の中に隠れ住めばよいのだろうか。それが彼らを守る方法なのだろうか。

「薪さん。何か腹に入れた方がいいですよ」
 空きっ腹に強いアルコールを入れたら胃が荒れます、と岡部は母親のように上司の世話を焼く。うるさい、好きに飲ませろ、と薪なら突っぱねる所だが、彼はそんなことはせずに、
「夕方、差し入れのケーキを食べたから。お腹が一杯なんだ」
「薪さんは本当に小食ですね。こないだも差し入れのミートパイを食べたから、夕飯が食べられないって。せっかくレストランに寄ったのに、オレ一人でスパゲティ食ったんですよ」
「そう言えば薪さん、この頃よく女子職員からの差し入れを食べてますよね。どういう心境の変化ですか? 以前は、よく知らない人間からの差し入れなんか何が入ってるか分からない、なんて言ってたじゃないですか」
「他人の好意に対してそんな態度はよくない、って言ったのはおまえだろ」
 仲の良い友人同士が酒の席で交わす他愛もない会話。それは、我が身の振り方について思案を重ねる薪から、今はなんて遠いのだろう。
 あそこは僕の居場所だったのに、と薪は幾度目かの嫉妬に胸を焦がす。岡部と青木と三人で、酒飲んでバカ言って、いつの間にかそれが普通になっていた。貴重なものだという認識も薄れていた、こんな風に失うなんて思わなかったから。薪があの場所に座ったのは3週間前、最後になると分かっていたら岡部の好きなちらし寿司を作ってやったのに。

「薪さん。先日の誘拐事件、お見事でした」
 岡部の口から事件の話が出て、薪は耳を澄ました。ケモノの耳が自然にピンと立つ。気付いて、失笑した。捜査に参加することもできないのに。刑事の習性は簡単には抜けない。
「身代金受け渡しの際に犯人が事故死して、誘拐された子供の居場所が分からなくなって。なのに、いくらMRIを見ても子供が出てこない。真犯人に頼まれて金を受け取りに来ただけだと判明したものの、肝心の真犯人が分からない。まさか、駅員だったとは」
「毎日顔を合わせるけど記憶には残らない。見えない犯人、てところだな」
 似たような事件は過去にもあった。彼は薪の記憶を網羅している上に、薪よりも優れた頭脳を持っているのだ。これまで以上に成果が上がって当然なのかもしれない。
「誘拐されてから日にちが経ってましたからね。子供の体力を考えると、命の危険もありましたよ。しかし、あれだけの視覚情報からよくあの駅員に辿り着いたと」
 岡部が彼の仕事ぶりに感服している様を見せ付けられるのは、青木の恋人としての立場を奪われたとき以上の悔しさだった。社会に於いて自分が無価値だと判断されることは、社会的な死を意味する。懸命に築いてきたキャリアを横から攫われ、恋人や仕事仲間まで根こそぎ奪われて。自分にはもう何も残っていない。こんな寂寥感は鈴木を失ったとき以来だ。

「薪さん、探し物得意ですものね」
 不謹慎だぞ、青木。誘拐事件の被害者をおまえのうっかり置き忘れと一緒にするな。
 薪だったらそう言って後ろ頭の一つも叩いてやるところだが、彼は穏やかに微笑んだまま、青木の軽口を聞き流した。彼は家では決してやさしい恋人の面を外さない。同じように、職場ではデキる上司の面を被っているのだろう。

「俺の家の探し物も、当たりを付けてもらえませんか」
 探し物と聞いて、岡部は思いついたように言った。
「何か無くなったんですか?」
「ネコが。いなくなっちまったんですよ」
「ネコって、あの子猫か? お母さんが拾ってきた」
 ええ、と岡部は頷き、青木は首を傾げた。青木は岡部の家に上がったことがないから、彼の家にいる年若い義母と子猫のことを知らない。薪の記憶を持つ彼は当然そのことを知っていて、だから岡部が彼に疑念を抱く理由は何もなかった。
「猫がいなくなるときって、その、自分の……」
「俺もそうだと思ったんだけど。おふくろが納得しないんだよ、あの人が拾ってきた猫だから。毎日、近所を探し回っててさ」
 青木が言い難そうに言うと、岡部はとっくにその可能性を視野に入れていたようで、あっさりと同意した。その傍らで薪の姿をした生物がぐい飲みを傾けながら、薪の記憶を基に自分の考えを述べる。
「あの猫、まだそんな年じゃないだろ。事故か何かじゃないのか」
「ええ、ですからね。早く見つけて、弔ってあげたいんですよ。その方があの人も落ち着くだろうし」
 相変わらずお母さん思いなんだな? と薪は心の中で岡部に意味深な笑いを送り、彼らの関係を微笑ましく思った。

「いなくなったのはいつ頃だ?」
「1週間前です」
「1週間か。どこかの民家にでも保護されているといいけどな」
 本物の猫なら、そんな風にしても生きていける。こんな中途半端な変化ではなく、いっそ本物の猫になってしまえば。
 そうしたら。

 この記憶も消えるのだろうか。
 鈴木のことも、青木と愛し合ったことも、今の忸怩たる思いも。みんなきれいに無くなって、目の前のネズミを追いかけることだけに熱中できる、そんな幸福な生活が送れるのだろうか。

 声もなく笑って、薪は肩を揺すった。
 冗談じゃない。
 忘れたくない、何もかも。辛かったことも苦しかったことも、今現在の煮え湯を飲まされたようなこの気持ちも。薪が薪でいるためには必要なものなのだと、薪は知っている。消せない過去が今の自分を作るのだと、その積み重なった過ちこそが人を輝かせるのだと、薪の人生を全肯定してくれた男が教えてくれた。だから忘れない。
 記憶は盗まれたけれど、自分の中から消えてしまった訳ではない。だから自分は、これからも薪剛として生きていく。愛する人々と同じフィールドにいられなくなっても。

 薪はその夜、一人で決意を固めた。2週間前の最初の日と同じように、たった一人で。




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キセキ(11)

 昨日は拍手入るの早くてびっくりしましたー。 きっと、待っててくれた人いたんだな~。 ごめんなさい。
 これからはちゃんと更新します、つもりです、……できたらいいな。<おい。 





キセキ(11)





 翌週の月曜日。彼らが仕事に出掛けた後、薪はタンスの引き出しと悪戦苦闘していた。
 行く当てなどないが、着替えは必要だ。マンションを一歩出るのにも、この異形を隠さなくてはならない。必須アイテムは帽子とコートに手袋。冬の時期でよかったと言うべきか。
 人間の言葉が喋れないことから、夜、ホテルに宿泊できない可能性も考慮して、温かいセーターや厚手のトレーナー、裏地の付いたフリースなどの衣服を選ぶ。ズボンは尻の部分を切って穿けばいい。自分の服なのだ、遠慮することはない。
 裁縫箱の中から裁ち鋏を出そうとして気付いた。……鋏が持てない。
 この際、腰パンで通すしかない、と年齢に似合わない決心をして、薪はズボンのリフォームを諦めた。

 尖った爪で衣類を破らないように注意しながらボストンバックに詰めていると、ドアフォンを鳴らす音が聞こえた。
 不思議に思って立ち上がる。この家の玄関のチャイムを鳴らすことができるのは、この家の住人二人と、管理人と顔見知りになっている極々限られた人間だけだ。前者ならドアフォンを鳴らす必要はないし、後者に月曜日の午前中ぶらぶらしているような身分の者はいないはずだ。

『……なんで?』
 モニターを見て、薪はますます不可解になる。果たしてカメラに映っていたのは、先の金曜日にも此処を訪れた、薪の腹心の部下だった。
 同じ部署に勤めているのだから、岡部は薪の留守を承知しているはずだ。自宅から何かを取ってくる役目を仰せつかったのなら、管理人が一緒にいないとおかしい。

 不審がる薪の耳に、チャイムの音が連続で響く。薪が戸惑っていると、岡部は終いには、
「薪さん! いるんでしょう? 開けてくださいよ!!」と大声で叫んだ。
 ヤクザが震え上がるようなドラ声で怒鳴られたら、近所から苦情が来る。てか、完全防音のマンションの中に聞こえてくる肉声って、どんだけだ。
 仕方なくドアを開けた。この姿を見せて、黙って首を振れば家主の不在が伝わるだろうと、しかし薪の考えは間違っていた。ドアを閉めて玄関に鍵を掛けると、岡部はがしっと薪の両肩を掴み、
「薪さんですよね?」

 驚いた。心底、驚いた。
 恋人の青木ですら分からなかったのに。この奇想天外な真実を、妄想癖皆無の岡部が見抜くとは。

「なんでこんなことになっちまったんですか」
 岡部はそのいかつい顔をくしゃりと歪め、殆ど泣き出しそうになりながら、掠れた声で言った。「どうして分かった? いつ気が付いた? 彼に何かされたのか?」と矢継ぎ早に薪が尋ねるのに、岡部は頭痛でもしたかのようにゴリラそっくりの額を押さえる。
「頼みますから、ニャーニャー言わんでください。頭が痛くなる。これ、用意してきましたから」
 そう言って鞄から取り出したのは、A3の厚紙にサインペンで書かれた50音と、「はい」「いいえ」「わからない」の3択。ネコの手では指差すことが難しいので、そこにコインを載せる。
 ……コックリさん?

 急いで作ったらしく文字は乱雑だったけれど、意志を伝えるには充分だった。薪はコインを滑らせ、最初の言葉を示した。
『あぶらあげは?』
「この状況で男爵!? て、ああ、やっぱり薪さんなんですね。今の今まで半信半疑だったんですけどね、今のボケで決まりですね。なんてこった……」
 どういう意味だ。
『おまえ、仕事は?』
「今日は代休です。先週の日曜、メンテ当番でしたから」
 そうだった。薪がシフトを組んだのだった、すっかり忘れていた。
『なぜ彼が偽者だと分かった?』
「わかりますよ、何年付き合ってると思ってるんですか。出張から帰ってきた途端、突然物分りのいい大人になってて。ミスっても怒鳴らないわ、ムチャな残業は言いつけないわ、嫌味も皮肉も言わないわで、第九の連中はみんな気味悪がってますよ」
 ちょっと待て。僕ってそんなにヒドイ上司なのか?
 瞬間、薪の脳裏に100通りの部下をいたぶる方法が浮かんだ。人間に戻れないかもしれないことより、それを実行できないことの方が残念だ、と思う彼の性根こそがザンネン極まりない。

「小野田さんも中園さんも、何処か悪いんじゃないかって心配してます。青木だけですよ。『薪さんは本当はやさしい人ですから、あれが普通です』とかトンチンカンなこと言ってるのは」
 青木ならではの見解だ。こういう場合も惚れた欲目と言うのだろうか、恋がブラインドになって真実が見えなくなっているのだろう。
「まあ、青木のやつも違和感は持っていると思いますよ。室長の居場所を言い当てる特技、10連敗中ですから」
 心の奥では疑惑を抱いているのかもしれない。それでも、青木は薪をとても大切にしているから。「最近室長がおかしい」と仲間に言われれば、庇うのが当然だ。薪の立場を危うくするような噂はどんな小さなものでも摘んでしまいたい、と考えているのだろう。

「最初から説明してください。彼は何者で、あなたはどうしてこんな頓狂な姿になっちまったんですか」
「わからない」に、薪はコインを動かした。異星人だなんて、とても信じてはもらえないと思った。彼の話をどこまで信用していいのかも、未だ判断が付いていないのだ。
「それじゃ、あなたの推論を聞かせてください」
 確信が持てるまで自分の推理を話したがらない薪の性質を、岡部は誰よりもよく知っていたが、敢えて尋ねた。今はどんなにあやふやな糸でも手繰る必要がある。
「あなたが本物の薪さんなら。それが真実だと、俺は信じることができますから」
 あなたを信じています、と岡部のその言葉が、薪に勇気をくれた。彼がエイリアンであること、彼に姿を変えられてしまったこと、彼が薪の脳をトレースして薪の記憶を得たこと、その総てを、岡部の瞳に疑惑が浮かぶのを恐れずにコインで打ち明けた。
 不可思議な光景だったと思う。鬼瓦のような面のオヤジとネコミミの生えたオヤジが、真面目な顔でコックリさん。スクープでもされたら忽ち第九は警察中の、否、日本中の笑い者だ。

 薪がコインから手を離すと、岡部は三白眼の中心の黒点をますます小さくして、額には脂汗を浮かべていた。無理もない、薪だって当事者でなければ絶対に信じない類の話だ。
 しかし、岡部の薪に対する信頼は、彼の常識の枠を打ち破った。
「分かりました。頭が割れそうですけど、とにかく分かりました。で、そいつはなんです」
 最後の言葉だけを威圧的に言い放ち、岡部はじろっと薪を睨んだ。無骨な指が差していたのは、薪が荷物を詰めていたボストンバックだった。
「逃げ出す気ですか? 相手がとんでもない能力を持っているからって、戦いもせずに。あなたらしくもない」
『青木が人質になってる!』
「なんですって?」と岡部が聞き返したのは、薪が思わず叫んでしまったからだ。二人は今一度ボードに視線を落とし、薪が滑らせるコインを眼で追いかけた。

『青木を僕と同じ姿に変えることができると。僕さえ大人しく身を引けば』
 青木に危害は加えないと約束してくれた、とそれは確約ではないが、自分が青木の歓心を惹き続ける現状は彼を不快にしていると察しがつく。ここは潔く自分の存在を明け渡すことで、彼が約束を守る可能性は高まると薪は考えていた。
「あんた、またそうやって自分ばっかり犠牲になればいいと」
『他に方法がない』
「ちょっと待ってください、諦めが良過ぎやしませんか。例え元の身体に戻れなくたって、なんとかなる、と……ああ、ちくしょう」
 薪が考えた幾つかの解決策を思い浮かべて、でもその悉くがうたかたの泡になって消える虚しさを、岡部もまた味わっていた。やがて彼は溜息混じりに、ずっと俯いていたせいで凝り固まった首と肩をボキボキ言わせながらぐるりと回した。
「せめて、労災くらい下りませんかね」
『日曜日だったからな。難しいな』
 厄介な問題に突き当たったときには必ず交わされる、室長と副室長のとぼけたやり取り。そのおかげで薪は、半月ぶりに笑うことができた。

 トントン、とボードを叩いて、岡部の注意を再び文字に向けさせる。コインを手で押さえて、薪は慎重に動かした。
『頼みがある』
「……なんです」
『青木を守って欲しい』
 アオキという文字を綴るとき、薪の瞳がじんわりと潤った。零れ落ちることはなくとも亜麻色の瞳に張った水膜は、いつでも岡部を苦しくさせる。
『第九のみんなも、雪子さんも』
 白い猫毛に包まれた小さな手が、ゆっくりと文字を辿る。一文字一文字に命を吹き込むように、それは彼の心からの願い。
『僕の大切な人たちを、僕の代わりに守って欲しい』
 薪が岡部に彼らの安全を託したのは、彼らの前に姿を晒すことができないから、それだけの意味ではなかった。もっと確定的な意味合いで薪にはそれができなくなる、そういう意味だった。そこまでは知りようがなかった。岡部には、彼の異星人のような特殊能力は無いのだ。

「分かりました。ただし、条件があります」
 岡部は大きな手をぐっと握り締め、薪の頼みを引き受けた。と同時に、引き換え条件を提示する。
「此処を出るなら、俺の家に来てください」
 ちょうど猫がいなくなっちまって、おふくろが寂しい思いをしてるんです。
 そんな理屈をつけて、岡部は薪の身柄を引き受けることを申し出た。躊躇う薪の背中を押すように、悪戯っぽく笑って付け加える。
「おふくろなら大丈夫です。まあ、花柄のワンピースとか着せられちまうと思いますけど、そこは我慢してください」
 苦笑いを浮かべて、薪は頷いた。

 あっさりとした承諾に、気付くべきだった。自分が移り住むことで岡部家が被る迷惑を、薪が案じないはずがなかった。彼はそういう人間だったと後に岡部は気付いて、でも遅かった。
 薪の本当の決意を岡部が知ったのは、それから5日後。薪の存在が、完全にこの世から消えた後のことだった。




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キセキ(12)

 3日も持たない連続更新ですみませんー。 これ、仕事でやってたらとっくにクビになってる。(笑)

 このお話になってから、『ドS』って言葉が入ってるコメントがやたら多い気がするんですけどww。 困っちゃうなあ、そんなに褒められると照れます、てれてれ。(←カンチガイ女王)


 大変失礼しました。 お話の続きですー。





キセキ(12)





 薪が岡部の家に引き取られたのは、一年の最後の月も残すところ1週間ほどに迫った寒い夜のことだった。
 愛猫がいなくなって寂しがっている母親を慰めたいと言う岡部の申し入れに、青木はひどく困った顔をした。
「この仔はオレ以外には懐きません」
 それが彼の言い分だったが、薪が自ら青木の傍を離れ、岡部の大きな背中に隠れるように寄り添うのを見ると、その先を続けることができなくなった。
 あんなに世話してやったのに、と裏切られたような悲しげな顔をして、でも恋人にやさしく諭されて、彼は納得せざるを得なかった。「ずっと飼うことは不可能だ」と言われれば、その通りなのだ。春になったら森に返すしかないが、森には野犬のような危険が一杯だ。だったら近くで、信用できる人物に預かってもらった方が安心できる。

「顔を見たくなったらいつでも来い」
 岡部にそう言われて、青木は泣く泣く頷いた。
 本当のことは決して言うなと、岡部には口止めしておいた。青木は嘘が下手くそだ。真実を知って、それを彼に隠し通せるとは思えない。知らせないことが青木の身を守るのだ。

 帽子とコートを着せられて、薪は岡部と一緒にマンションを出た。前の通りを歩きながら自分の家を見上げると、窓から青木がこちらを見ていた。
 思わず、足が止まる。
 スクエアな眼鏡の奥の彼の瞳には涙が浮かび、頬が赤くなっていた。どうしてこんなに悲しいのか、彼自身わからなかったに違いない。抉られるような胸の痛みに耐えようと薪が奥歯を噛んだとき、青木の隣に細い人影が現れた。
 彼は後ろからそっと青木を抱きしめ、すると青木は後ろを向いて彼を抱き返した。思わず背けた薪の瞳の奥で、愛し合う彼らの残像が繰り返し甦る。

「薪さん。大丈夫ですか」
 よほど情けない顔をしていたのか、岡部に同情された。苦笑いする、自分の未練がましい性質に。

 こくっと頷き、薪はさっさと歩き出した。彼はもう、二度と振り返らなかった。




*****





 闖入者がマンションから消えて、青木は薪のマンションに居座る理由を失くした。自分の家に帰ろうとすると、薪に引き留められた。
「おまえさえよければ、ずっと此処に居ろ」

 心から愛した恋人にそう言われて、飛び上がるほど嬉しかった。……はずなのに。
 何故だか心は沈んだままで、浮き上がる気配もない。しなだれかかってくる恋人の華奢な身体も白い肌も、青木の心をときめかせてくれない。
 今まで味わったことがないくらい、それは大きな喪失感だった。
 あの仔は確かに可愛かった、でもそれは薪に似ていたから。薪が絶対にしてくれない格好や仕草に心を奪われただけ、青木が本当に愛しているのは今自分の腕の中にいる彼だ。
 なのに、その彼が色褪せて見える。

 まさか心変わり? あの仔に?
 バカな、と青木は失笑する。あの仔は人間ですらないのに。

「青木?」
 訝しげな恋人の声に、青木は我に返った。薪を抱きながら、他の人のことを考えていたのなんか初めてだ。こんな気持ちじゃ、薪に対しても失礼だ。
「やっぱり帰ります」
 気を付けてな、と薪は快く送り出してくれたけど。青木の気持ちは晴れなかった。

「さむっ」
 外は凍てつくような寒さだった。
 今年も後十日足らずで終わる。明日は薪の43回目の誕生日だ。プレゼントを用意して、二人でお祝いをして、心行くまでスペシャルな夜を過ごす。この時期になると毎年、その計画を立てることに夢中になっていたのに。今年はあの仔のおかげですっかり忘れていた。

 今からでも計画を立てようと青木は思い、でも直ぐに、あの仔に心が飛んでいく。
 あの仔は岡部の家でクリスマスを迎えるのだろうが、プレゼントくらいは用意してやろう。外出に必要な帽子とか、暖かいマフラーとか。フリースのズボンのお尻に尻尾を通す穴を開けて贈ってやってもいい。それからあの仔の好きなコーヒーとケーキ、尻尾用のブラッシングブラシもいいな。
 両手いっぱいにプレゼントを持って、彼の元を訪ねたら。彼は嬉しそうに笑って、彼の笑顔なんか一度も見たことはないのに何故か笑ってくれるような気がして、青木の心は少しだけ上向きになる。
 自分の心境の変化に気付いて、青木はその場に立ち止まった。身を竦めたはずの寒さの中に、しばし立ち尽くす。

 どうして? あの仔の笑顔を思い浮かべるだけで、どうしてこんなに心が弾む?
 そんなことがあるわけはないのに、打ち消せない、否定できない。自分の気持ちに嘘は吐けない。

 この寒さが、青木の眼を冷ましてくれたのかもしれない。青木は踵を返し、駅とは反対の方向に歩き去った。




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キセキ(13)

 こんにちはー。

 週末からゴールデンウィークに突入ですね。 楽しみですね~。
 わたしは明日の27日から3日間、恒例の家族旅行に行きます。 ので、その間はお休みします。 よろしくお願いします。

 帰ってきたらがんばろうと思うのですけど、メロディショックで落ちる可能性を考えると約束できないのがツライとこ。 秘密、おそるべし!!
 忘れもしない、去年のこの時期も旅行先でメロディ読んで、それが最終回だったものだからしばらく押入れから出てこれなくなry。 (その節は大変ご迷惑をおかけしました)

 こ、今回は大丈夫! リハビリ済みだし!
 

 ではでは行ってきます。(^^






キセキ(13)





 その日は朝からおかしなことばかりだった。
 出勤し、モニタールームに入ろうとしてIDカードを通したらエラーになった。何度かやってみたが、結果は同じだった。
 自動ドアの前で立ち往生していると、副室長が出勤してきた。事情を話すと岡部は、「磁気がいかれたんでしょう」と自分のカードでドアを開けてくれた。

 役に立たなくなったIDカードは再発行の手続きを取らなければならないが、その手続きはなかなかに煩雑なものらしい。岡部が言うには、再発行の依頼書はもちろん、指紋から声紋、静脈認証まで添付しなければならない。彼は憂鬱な気分になった。
「親指から小指まで、こちらのシートに押してください。それから静脈認証はこいつで読み取りを。書類は俺が総務に届けてきますから」
 指紋を採られるのは複雑な気分だが、まあいい。データは全部修正してある。万が一にも自分の正体がばれることはない。

 ところが不思議だった。提出した指紋も声紋も、保存されていたデータと合致しないのだ。職務開始直後に提出した書類が夕方には悉く返されてきて、彼は戸惑った。室長室の自分の席に腰を落ち着け、この不可思議な状況の裏側を探ろうと考えを巡らせる。
 何故だろう。ちゃんと自分のデータを上書きしておいたはずなのに。
 誰かに元に戻された? あいつには無理だ、キーボードを叩くこともできないようにしてやったのだから。警察庁のデータバンクに侵入できてデータを改竄できるような人間なんて、可能性としては宇野ぐらいしか思いつかないが、彼には動機がない。
 返却された書類の上に差した影に気付き、彼は顔を上げた。腹心の部下が、彼を厳しい眼で見下ろしていた。

「どういうことです、薪さん」
 いかつい見かけに依らず普段はとてもやさしい岡部は、今日に限って人が変わったようだった。
「指紋、声紋、静脈認証まで。これは今朝あんたから採取したものだ、俺が採ったんだ。それが全部合わないって、あんた一体」
 詰め寄られて、思わず席を立つ。ハッキリとした敵意が伝わってくる。身体中の力が抜けていくような気がした。
「しばらく前から様子がおかしいと思っていたが。あんた、薪さんの偽者じゃないのか」
 一番の部下に疑いの目を向けられて、彼は焦った。あの男が家から出て行って、ようやく自分の思い通りにことが運ぶと思った矢先に、なぜこんな。

「何を言い出すんだ、岡部。僕の顔を忘れたのか?」
「データは嘘を吐きません。それに顔なんか、整形手術でいくらでも変えられますよ」
 ばれるはずがないと高を括っていた。可能性があるとすればそれは、あの男が身も心も開いた恋人の青木だけ、しかし彼は一欠片の疑いすら持っていない。それを単なる職場仲間に暴かれるなんて。ありえない。

「やめろ、そんな眼で見ないでくれ。僕は」
 冗談じゃない。それでなくとも計画が狂って、充分なエネルギーが補給できていないのに。
 あの青木という男、とんだ見掛け倒しだ。期待していたのに、ろくに食べさせてもくれないで。仕方がないから女子職員からの差し入れで飢えを凌いでいた、でも差し入れのものは濃度が薄くて食べた気にならない。岡部を始めとした部下たちの信頼まで途切れたら、枯渇してしまう。

「念のためです。身柄を拘束させてもらいますよ」
 乱暴に腕を掴まれて、怖い顔で凄まれた。最初のうちはこの男も、彼にご馳走を食べさせてくれた。なのに、今は強い猜疑心が伝わってくる。彼を恐怖が襲った。
「岡部、頼む。やめてくれ」
「そんな弱腰、薪さんらしくないですよ。あの人が部下にこんなことをされたら即座に回し蹴りです」
 彼が哀願しても、岡部は頑なだった。憎しみすら籠もった眼で彼を睨みつけ、ドスの効いた声で、
「研究が足りないんじゃないですか、偽者さん」

 無我夢中で腕を払い、彼は逃げ出した。既に退庁時刻を回っていたこと、クリスマスイブと言うイベントも手伝って、モニタールームには誰もいなかった。今の話を他の部下に聞かれずに済んだことに胸を撫で下ろす。岡部の疑惑がみんなに伝染したら、吊るし上げられるところだった。
 洗面所に直行して鍵を掛け(第九の公共トイレは入り口に鍵が掛かる珍しい造りになっている)、彼は洗面台に取り縋った。落ち着け、と自分に言い聞かせて呼吸を整える。
 岡部は、仲間内では非常に信頼の厚い男だ。その影響力は脅威ですらある。一刻も早く、彼の信頼を取り戻さなければならない。
 さほど難しいことではない。保存データの書替えを行い、もう一度照合をやり直す。そうすれば自分が薪剛本人であることが立証されるはずだ。
 データバンクに侵入するには『端末』を使うか、本来の姿に戻らなければならない。『端末』は自分と同じ顔をした男に付けっぱなしにしてあるから、選択肢は一つしかない。他人に見られてはならない行為ゆえ職場で行うのは危険だが、今はスクランブル発動中だ。多少のリスクは止むを得ない。

 彼は決意を固めて顔を上げ、すると鏡に映った自分の顔が見えた。
「……っ!」
 反射的に退いた。そこに映っていたのは、ぱさぱさに乾いた白髪の、干からびたミイラのようになった男の姿だった。
 慌てて両手を見ると、爪が何枚か剥がれ落ちている。エネルギーが不足して、人間の形を保てなくなってきているのだ。

「くそっ、青木のせいだ」
 彼が一緒に居てくれないから、だからこんなことに。彼とは今朝電話で話したきり、電話じゃダメだ、現実に触れ合うことが肝要なのだ。
 この状態の自分を救えるのは青木しかいない。あの男が持っているものが一番大きくて良質なのだ。あれを食べることができれば、回復できる。
 データを修正して岡部の信頼を取り戻し、彼から当座のエネルギーを貰って、青木の所へ行こう。彼は今日は非番だが、構うことはない。電話で呼び出して、会いたくてたまらなかったと縋れば、いつものように抱いてくれるはずだ。

 服の下に隠れた部分に回していたエネルギーを顔面に集め、集中補修を施す。彼の顔は完璧な美貌を取り戻し、10枚の爪は元通りに細い指先を飾った。が、見えない部分では活力の枯渇による風化が始まっていた。
 本当にもう時間がない。彼は焦っていた。
 IDカードが使えなくなった彼は、カードなしでも入れるエリアに設置されたパソコンを探した。人目につきにくい場所で、できれば個室がいい。談話室にもパソコンはあるが、あそこは鍵が掛からない。
 うろうろと彷徨う彼の目に、信じ難い幸運が飛び込んできた。
 第4モニター室の扉の開放ランプが点灯している。中に誰かいるのかと様子を伺うが、人の気配はない。好都合だ、ここのパソコンのスペックならハッキングの時間も短縮できる。

 彼は素早く中に入り、内側からドアロックを掛けた。真っ直ぐにパソコンに駆け寄り、電源を入れる。モニター画面に両手を当てると、その明かりを吸い込むように彼自身の身体が発光した。
 画面に触れた指先から、彼の身体がバラバラと崩壊していく。細かく分解した彼の身体は机上に落ちることはなく、秩序を保った軍隊のように整然とモニターの中に侵入して行った。
『なるほど。そうやって電脳世界に入るのか』

 背中に掛かった声に、彼は飛び上がるほど驚いた。普通の人間の耳には猫の鳴き声にしか聞こえないその音声を世界でたった一人、彼だけは理解することができた。その声の持ち主は、彼のビジュアルのオリジナルパーソンだったからだ。
『記憶のサーチもその方法で? 便利な身体だな。特技、ていうか一発芸、いやいや、忘年会の余興という手も』
 あれだけいたぶって追い出してやったのに、彼はいつの間にか本来の不遜さを取り戻していた。ペンを持つこともできなくなった手を横柄に組んで、細い顎を高慢に上げている。半開きになった亜麻色の瞳は陰険に光っていて、それだけでも彼の悪辣な性質は予想が付いたが、その口から飛び出す毒の強さを目の当たりにすれば、彼から人間の言葉を奪った自分の行為は他人から賞賛を受けるべき善行のような気さえしてくる。
『ああ、邪魔して悪かった。続けろよ』
 鬼の首を取ったよう、という表現が正にピッタリだ。本当に性格の悪いやつだ。こんな男を選ぶなんて、青木の眼は腐ってる。

「どうやってこの部屋に」




*****


 あれっ、こんなとこで切れちゃった。 半端で落ち着かないですよね?
 明日の朝、時間取れたら続きアップします。 よろしくお願いしますー。


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キセキ(14)

 おはようございますー。
 晴れてうれしー♪






キセキ(14)






「どうやってこの部屋に」

 崩れた指先を元に戻し、彼は尋ねた。内側からロックを掛けたはず、いやその前に、彼のIDカードは自分が持っているのだ。第九の正面玄関すら通れないはずではないか。
『机の上に置きっぱなしだったぞ。駄目じゃないか、大事なIDカードを』
「そのカードは無効じゃ」
 言い掛けて、彼は自分の失策に気付く。IDカードが使えなかったのはモニタールームの入り口だ。それ以外の場所では試していない。もしも、リーダーの方に細工がしてあったとしたら。

 薄いセロファンのようなものをセンサー部分に挿入しておき、自分を足止めする。そこに「磁気が駄目になったから再発行を」と言って指紋や静脈認証を提出させ、それが合致しなかったと嘘を吐いて書類を差し戻す。偽者ではないのかと疑って見せ、自分がハッキングをするよう仕向け、その現場を押さえる。
 こいつ、岡部を抱きこんでいたのか。

「いつの間にそんな計画を」
『今朝だ。不測事態への対処が不十分になりがちだから、思いついたら即実行ってのは僕のスタイルじゃないんだが。今回ばかりはそうも言ってられなくてな』
 自分の立てた計画に満足が行かない様子の彼は、その不完全さを嘆くように肩を竦め、亜麻色の頭の上にピンと立てた獣の耳を肉球で引っかくように弾いた。

『長期記憶にファイリングされたら、おまえに筒抜けになる。こいつの役目はそういうことだろ?』
 ズバリと言い当てられて、彼は目を瞠った。甘く見ていた。彼が『端末』の役割を知るときが来るとは。

「さすがは人類代表の頭脳だ」
 賞賛の言葉をくれてやろう、と彼は嘯いた。真実に辿り着いた薪の優秀さは認める、だが、それがどうした。薪剛のパーソナリティは未だ自分の手にあるのだ。
「分かった所でおまえには何もできまい。そこで指を咥えて見てろ」
 再び彼はモニター画面に両手をかざし、指先を電子信号に変換して電脳世界に送り込んだ。目的の場所に進みながら、先刻のお返しとばかりに薪への皮肉を放つ。
「口の中に爪を立てないように気をつけろよ」
『待て、何をする気だ。データはおまえが書き替えたままだ。弄る必要は』
「あるさ。岡部は僕の正体を知った。彼をこのままにしておくことはできない。彼のデータを書き直して、偽者に仕立て上げて此処から追い出すんだ」
「やめてください!」

 今度こそ、彼はぎょっとして振り返った。そこには彼の恋人が、泣きそうな表情で身体を震わせていた。
「薪さんの顔で、薪さんの口で。そんなことを言わないでください」
 お終いだ、と彼は思った。彼には、青木にだけは知られてはいけなかったのに。もう自分を救ってくれるものはこの世界にはいない。ただのひとりも。
 青木が。青木だけが。自分の命を救い得るただ一人の人間だったのに―― 薪は、この男は、そこまで見抜いていたのか。

「こんなことをして、青木の身がどうなっても」
 無駄な脅しと分かっていた。岡部と同じで青木もこの男に取り込まれてしまったのだと。案の定薪は、さも可笑しそうにクスクスと笑い、
『そうなったら、僕と一緒に森の中で動物たちと暮らすとさ』
 薪の答えで分かった。やはり青木はすべてを知ったのだ。彼が自分を愛することは、もうない。
『な? バカには勝てないだろ』
 薪はせせら笑う口調で、でもその口元には幸せそうな笑みが浮かんで、それを見た途端、彼を支えていた最後の柱が折れた。
 それは僕が得るはずのものだったのに。そのために懸命に、優しい恋人を、理解ある上司を演じてきたのに。

「どうして」
 すっかり逆上した彼は、モニターから離した指を作り変えることもせず、青木に詰め寄った。青木の襟元を掴んだ彼の、第一関節で不自然に切れた指の断面には骨や血管と言った生体組織は何もなく、まるで漫画絵のようにつるんとした肌色の皮膚があるばかりだった。
「どうしてだよ。何故そいつにばかり与えるんだ。せっかくおまえが与えたものを、そいつは取りこぼしてばかりいるのに」
 薪の記憶を取り込んだとき、その中にちりばめられた青木の愛情の大きさに驚いた。なのに、それに対するリアクションの記憶はあまりにも薄くて、彼は青木が可哀想になった。薪はお世辞にも、良い恋人とは言えない。

「僕は、それがなけりゃ生きられないのに」
 青木の胸に顔を伏せて、彼は涙をこぼした。震える背中を、青木の大きな手が撫でてくれる。それだけでも彼の飢餓感は癒された。
「どういう意味ですか?」
「おまえの愛が必要なんだ。僕は、おまえに愛されていないと死んでしまう」
 それは事実だった。彼のエネルギー源、それは他者から向けられる愛情そのものだった。特に恋情、激しい情熱を伴うそれが、彼にとっては最高のごちそうだったのだ。

 彼には頭脳センサーの他に、他者へ流れる愛情の量を計測する能力がある。他者の愛情は彼にとっては食料、つまり犬がご馳走の匂いを嗅ぎつけるようなものだ。
 あの時、彼が検索を掛けた100キロ圏内でメーターを振り切るほどの膨大な愛情エネルギーの反応があった。辿ってみたらこの二人に行き着いた。観察するまでもなく、すぐに解った。あの桁外れの愛情エネルギーは、この身体の大きな男から小さな男へ流れていた。だから彼は薪を選んだ。この男の愛情を糧にするために。
 薪はそこまで見抜いて、だから青木を此処に連れて来たに違いない。青木が自分の命綱だと知っているのだ。

 彼は必死になって青木に取り縋った。命が懸っているのだ。みっともないとか情けないとか、そんな余裕はなかった。
 青木は彼の髪を撫でながら、穏やかな口調で言った。
「ずっと夢でした。こんな風に薪さんに頼ってもらえたら、どんなにか幸せだろうって。薪さんが望むなら、どんなことでもできるって思ってました」
 それなら、と明るい予想に彼は上を向き、憐憫を湛えた黒い瞳に出会う。そこにあるのは彼が求める愛情ではなく、同情と呼ばれる別種のエネルギーだった。
「やっぱりあなたは薪さんじゃないんですね。薪さんは意地悪だから。オレが望む台詞なんて、遺言ですら言ってくれないんです」
 青木は彼の肩を掴んで自分から引きはがし、悲しそうに首を振った。
「すみません。オレはあの人しか愛せません」

 彼にしてみれば、それは死刑宣告と同義だった。
「本気なのか? 彼をよく見ろ、バケモノだぞ。あんな姿の生物を一生愛して行けるのか」
「心配してもらわなくても大丈夫です。薪さん、ネコ耳めちゃめちゃ似合うし! ちゃんとエッチもできるって昨夜何回も確かめ、痛い、痛いです、薪さん! それ以上猫爪が額にめり込んだらマジで逝きます!」
「……青木、僕といた方が長生きできるんじゃないのか?」
 昨夜はあんなに悦んでくれたのに、とぼやいた瞬間に蹴り飛ばされた哀れな男に、彼は同情的に言った。
 痛い痛いと言いながらも嬉しそうな様子の青木に、彼は青木の本性を理解する。失敗した、こいつ真性のMだ。やさしくしてはいけなかったのだ――完全に誤っているが、この状況で誰が彼を責められよう。

 混乱の中で、彼は決意する。
 もう青木はダメだ。諦めるしかない。次の餌場を探したいが、自分の身体は衰えきっている。サーチ能力を発動するエネルギーすら残っていない。かくなる上は、この男を見つけた時に候補に挙がった他の人間の誰かに成り代わって――。

『観念しろ、偽者め。さっさと僕を元の姿に戻せ。そうすれば命だけは助けてやる』
 本当に生意気な男だ。サルと幾らも変わらない低脳のくせに。
「分かった。こっちへ」
 薪の頭上にそそり立った猫耳に手をかざし、彼は眼を閉じた。先刻、モニターに入り込んだときと同じように手のひらが瓦解して、黄金色の粒子が茶色い耳を覆う。彼の肉体の分解が手首にまで到達しようとした時、額から後頭部へと信じがたい衝撃が走った。

『今は未だ人間の身体なんだろう? 脳を破壊すれば死ぬよな?』
 彼の額に刺さったそれを、彼は見ることが叶わなかった。彼の額から後頭部に掛けて突き通されたのは、業務用のアイスピック。取っ手の部分だけが人間の額から突き出ている様子は、なかなかにシュールだった。
 開いた眼に、血が流れ込んでくる。視界が真っ赤に染まった。いみじくもそれは薪が野犬に襲われた場面を踏襲するかのように、しかし彼に助けは現れなかった。
 赤い視界で赤い唇が、憎々しく歪む。
『どうせ次の獲物を探す気だろう。だれが行かせるか』



*****


 よし、スッキリした。
 行ってきまーす。(^^


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キセキ(15)

 ただいまですー。
 お天気にも恵まれて、とっても楽しい旅行になりました~。 
 中日、足利フラワーパークまで足を延ばして藤を観てきました。すごくきれいでした。あの大藤棚の下に薪さんを佇ませたら、最高のロケーションになるだろうな~。(〃▽〃)←天然記念物でさえ薪さんの引き立て役。
 ちょうど今が見頃なので、みなさんもぜひ。 ただし、
 めっちゃ混みます。臨時駐車場から余裕で1キロくらい歩きます。でも、苦労する価値はあると思います。

 その帰りにメロディをゲットしまして、旅館で読みました。
 簡単な感想ですが、ネタバレになるので、お話の下に畳んでおきますね。







キセキ(15)





 時は遡って昨日の夜。
 岡部に連れられて彼のマンションに入った薪を待っていたのは、岡部の年若い義母の歓迎ではなく、置いてきたはずの恋人の姿だった。途中で薪の身の回りの品を調達している間に、先回りされたらしい。

「返してください」
 エントランスで待ち伏せていた青木は、出し抜けに訴えた。
「さっきは薪さんの前だったから我慢しましたけど。オレのアパートに住まわせますから、返してください。その仔にはオレが必要なんです」
 たったいま貰い受けたペットの返却を迫られて、岡部が眉を寄せる。勝手すぎると思った。彼のために購入した買い物袋いっぱいの生活用品を、今さらどうしろと?

「逆じゃないのか。おまえがこの仔を手放せないんだろう」
 岡部は青木に対して腹を立てていた。2時間も経たないうちに意見を翻したからではない、気付くのが遅いんだ、このバカが。こんなボケサクの身勝手な言い分に、素直に応じてたまるか。
「世間でそれを何て言うか知ってるか? 二股って言うんだよ」
「そんな。薪さんとこの仔は別の」
 言い返そうとして、青木は口を噤む。一般的に見れば岡部の方が言い掛かりに近い。岡部の後ろで息を殺している、彼は今、人間ではないのだ。しかし青木はそこに言及することなく、深刻な顔をして、
「オレにもよく分かんないんです、どうしてこんなにこの仔のことが気になるのか。でも、辛いんです。明日からこの仔に会えなくなると思うと、泣きたくなるんです」
 そこまで言って青木は、さっと岡部の横に回った。岡部の巨体に隠れていた彼の両肩を掴み、強い力で自分の方を向かせた。頭が振られて、大きな帽子が落ちそうになる。岡部は慌ててそれを押さえ、周囲を見回した。マンションの住人に見られたら厄介なことになる。
 このバカ、と岡部は再度心の中で青木を罵倒する。が、青木にはもう、彼しか見えていなかった。

「すっごくバカなこと言ってるって自分でも分かってますけど、気が狂ったと思われても仕方ないと思いますけど、でももう我慢できませんから言っちゃいます。薪さんですよね?」
 青木がじっと見つめたその先の、亜麻色の瞳が小さく引き絞られた。青ざめる額と、わななくくちびる。青木はもう一度、狂人の戯言を繰り返した。
「あなたが、薪さんですよね?」

 青木は腰が曲がるほどに背中を丸めて、それでようやく彼との高低差がなくなる。亜麻色の瞳に映る自分の顔、やっぱりそうだ、見覚えがある。これが彼を見るときの自分の顔だ。彼にすべてを奪われていく、愚者の表情。

「だっておかしいんです。あなたを見ると胸が騒ぐ。手をつなぐと安心する、抱きしめれば夢心地になる。一番確定的だと思ったのは」
 間違っているかもしれない、いや、自分は狂っているのかもしれないとさえ思いながらも抑えきれない、溢れてくるこんなにも、狂おしいくらいに湧き上がる彼への気持ち、自分をこんな風にするのは彼だけ、薪だけだと青木は高らかに宣言した。
「一緒にお風呂に入ったとき、あなたに欲情しまし、痛ったああいっっ!!」
『それ以上言ったらブッコロス』
 この反応、この回し蹴り。絶対に薪だ。
「すみません、言葉は分かりませんが生死の選択を迫られているのは分かります、もう言いません」

 はあっ、と自棄になったようにため息を吐いて、薪は備え付けのソファに座った。片足を抱え込んで膝に額を付ける、それは彼の混迷のポーズ。
「仕方ないでしょ、ばれちまったもんは」
 トレンチコートの肩を揺すって、岡部はにやにやと笑った。薪がジロリと彼を睨む。
「本能で嗅ぎ分けたんじゃないですか? こいつ、前世は絶対にイヌですよ」
 かなり失礼な前世占いだが、「青木は薪の犬」と陰で言われているのは事実だし、薪の犬好きを知っている青木には何だかちょっと嬉しかったりする。イヌと言われてまんざらでもない青木を見て岡部は、青木が獣化すればよかったのに、と不穏なことを考えた。

「おふくろには別の猫を飼うよう勧めます。普通の猫をね」
 買い物袋を青木に渡し、「給料が出たら返せよ」とレシートを押し付ける。空っぽになった手を握りしめ、岡部は青木の腹に拳を入れた。岡部にすれば3割程度の力だったが、不意を衝かれた青木にはかなりのダメージだったはずだ。
「ずいぶん泣いたみたいだぞ」
「……すみません」
 青木にだけ聞こえるように、岡部は小声で言った。彼を一生守っていく覚悟があるのかと、岡部に訊かれたのは薪と付き合い出す前。青木の答えは、あの頃と1ミリも変わっていない。

 帰りましょう、と促すと、薪はしぶしぶ立ち上がった。両手をコートのポケットに入れたまま、いつものように青木の前に立つ。
 すまなかったな、と薪に眼で謝られたから、いいえ、と岡部も眼で返した。言葉など無くても分かる、彼の気持ち。スッキリと伸びた背筋、生き生きと輝く瞳。それだけで岡部は薪の心を知ることができるし、安心できる。

 並んで去って行く二人を玄関の外で見送り、岡部はエントランスに戻った。外気の冷たさに身を竦ませながら、ふと顔を上げると、柱の陰に隠れるようにして母親が立っていた。細い眉根を寄せ、落胆を露わにしている。岡部が連れ帰るはずだった「一風変わった、でもとびきりキレイな猫」を彼女はとても楽しみにしていたのだ。
「ああ、すみません。約束していた猫なんですけど、ちょっと事情が変わって」
「靖文さん、ご立派でしたわ! なんて潔い身の引き方。心の中は荒れ狂う嵐でしたでしょうに」
 ……まだ撲滅されてなかったのか、この男爵ウィルス。

「あのですね、お母さん。俺は薪さんとは本当に只の上司と部下で」
「わたくし、感動しましたわ。天国の靖男さんも、きっと靖文さんの男気に拍手を送ってくださるでしょう」
「話聞いてもらえますか、お母さん。俺は男に恋をする趣味は」
「お辛いでしょうね、お察ししますわ。残念ながら薪さんとはご縁がなかったみたいですけど、世の中に殿方は薪さんだけじゃありませんわ。きっと靖文さんを誰よりも愛してくれる殿方が見つかります、わたくしが保証します」
 ちょっと待て、いつの間にゲイになったんだ、あんたの息子っ!!

「失くした恋にさようなら、新しい恋にこんにちは、ですわ。と言うことで、今夜は朝まで飲み明かしますわよ!」
「いやあのちょっ……!」
 彼女の細い両腕が岡部の二の腕を抱くように捉え、酒宴の席へと追い立てる。息子を励ますと言う母親の使命感に燃えた彼女を止める術を、哀れにも岡部は持たない。ちょっと飲むくらいならいいけど朝までなんて、アルコールは彼女の目元を色っぽく染めるだろうし、へべれけになったら服だって乱れるし、俺の理性にも限界ってもんが、あああああ。

 ……薪さん、今夜だけでいいですから帰ってきてください。





*****

 この下、メロディ6月号の一言感想です。


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キセキ(16)

 今日から4連休ですね!
 天気もいいし、みなさん、お出かけになるのかな?

 しづは今日(3日)と6日は漏水当番で引き篭もり生活を余儀なくされています。 せっかくのお休みなのに、何処へも行けないの、カナシイ。(←こないだ旅行に行ってきたばかり)
 おうちで録り溜めたビデオ見ながらまったりしますー。 






キセキ(16)






 青木のアパートに落ち着いたのは、夜の十時を回った頃だった。冷え切った部屋の中、暖房が効果を上げるまでの保温にと、青木は薪に毛布を被せ、その上から自分の身体で彼を包み込むように抱きしめた。

「どうして言ってくれなかったんですか。自分が本物だって」
 聞かなかったのはおまえの方だと、亜麻色の瞳が怒りに染まる。偽者が青木と接触するたびに、あんなに鳴き喚いたじゃないか。
「猫語じゃなくて人間の言葉で。喋れないのは分かってますけど」
 筆談も手話もこの手では無理だ、と薪は青木に肉球を突きつけた。この手のせいで、どれだけ苦労したかしれやしない。箸やフォークが持てないから物を食べるのも一苦労だった。ましてや筆記具なんて。

「口パクしてくれればよかったじゃないですか」
 ……あ?
「読唇術。第九職員の必須技能でしょ?」
『ああ!』
「みゃあ! じゃありませんよ。気付かなかったんですか? 岡部さんも?」
 全然気付かなかった。パニックとは恐ろしい。岡部も薪も常識人なだけに、非科学的な状況には弱いのだ。

「でも薪さん、怪我が治ってからはやたらと聞き分け良くなりましたよね? オレと彼の間に割って入ることもなくなったし」
 初めからその手法を用いていればどれだけ状況が違っただろうと、凹みかけて思い直す。薪が聞き分けの良い飼い猫になったのは、青木を守るためだ。読唇術による意思疎通は青木の危険を高めただろう。気付かなくて正解だったのだ。
 が、こうして自分の正体が明かされた今となっては、隠しても無駄だ。薪は青木が知らなかった裏事情を、声を出すことなく唇の動きだけで話した。

 どこまでが真実かは分からないが、彼は異星人で、人類を遥かに上回る知能を持っていること。
 変身能力があり、薪そっくりの姿に化けていること。
 薪に成り代わり、青木から何かを得ようとしていること。
 邪魔をすれば青木も同じ姿にしてやるぞと、彼に脅されて身を引こうとしたこと。
 10日ほど前の夜、独りで決意したことだけを胸に隠して、薪はすべてを青木に伝えた。

「それで岡部さんのところに?」
 頷く代わりに、薪は毛布を脱いだ。話しているうちに、部屋はすっかり暖まっていた。
「薪さんて頭いいのに、時々すっごいバカなんだから」
 薪が返して寄越した毛布を寝室に戻しがてら、青木は口中でブツブツと文句を言い出した。薪が座っている場所とは少し距離もあるし、小さな声だから聞こえないと思ったのだろうが、現在の薪には耳が二組あるのだ。聴力も倍だ。
「石頭通り越して鉄頭だな。発想が硬いと言うか機転が効かないと言うか。これだから40過ぎの管理職は」
 だから全部聞こえてるっての。
「そういう不器用なとこがまた可愛いんだよな。ますます好きになっちゃう」
 聞こえて、……みぎゃあ。

 毛布を片付けて戻ってきた青木は薪の前に膝を付き、身を乗り出して薪の顔を覗きこんだ。自分の頬が火照っていることを自覚して、薪は思わず眼を逸らす。
「事情は良く分かりました。オレの身を案じてくださった薪さんのお気持ちは嬉しいです。でも」
 逸らした視線を引き戻すように青木は薪の肩に手を置き、その細い肩を愛しげに撫でた。手のひらで包み込み、形を確かめるように何度も握り直す。
「もしもそうなったら、ふたりで森の中に家を建てて、動物たちと一緒に暮らせばいいじゃないですか。無人島で自給自足とか、薪さん、そういう生活憧れてたでしょう」
 おまえを巻き込むわけには行かないと、薪が口も動かさずに訴える。言葉は要らない、読唇術も必要ない。互いを認めさえすれば意思の疎通は図れる。何千回と重ねてきた彼らのアイコンタクトはもはや異星人でさえ舌を巻くスペックだ。

「オレの幸せが何なのか、分かってますよね?」
 薪の顔がとても悲しそうに歪んだのは、青木の答えを見つけた証拠。まるで、その事実を見たくないとでも言うかのように、薪は俯いた。
 そんな薪の心を青木は正確に理解する。この人はいつだって、自分の安逸よりも他人のことばかり。普段はあれほど自己中なのに、いざという時には必ず自分を後回しにしてしまう。それは彼のクセみたいなもので、簡単には直らない。だけど。
 その救いがたい悪癖こそが、青木が薪の傍を離れてはいけない理由なのだ。

「もう、間違わないでくださいね」
 ぎゅっと抱きしめられて、薪は眼を閉じた。
 彼の指から伝わってくるもの、それは体温だけじゃない。眼には見えない大事なもの、いつもいつも彼と自分の間を行き来しているもの、いつの間にか忘れていた、これさえあれば僕たちは無敵じゃなかったのか。

 そこで気付いた。彼が青木から搾取しようとしていたのも、同じものでは?

 恋愛とは一種のエネルギーだ。恋をすることで人間は気分が高揚し、結果、活動的になったり自分を高める努力したり、何らかのアクションを起こす。つまりはエネルギーが生産されている状態だ。
 彼はそのエネルギーを取り込めるのではないか。
 彼の狙いは、青木から薪に向けられた恋愛エネルギー。だから彼は薪に成り代わり、しかも青木のご機嫌を取るようなことを続けていた。
 一見突拍子もないこの仮説を裏付ける状況証拠は幾つかある。まず、彼が自宅やレストランでは殆ど食事を摂らないこと、なのに女子職員からの差し入れは食べているという食生活の矛盾。これは、飲食物に込められた他者からの好意を食している、と解釈すれば筋が通る。

 薪がもう一つ疑問に思っていたのは、彼の強引さだ。変身能力があるのだから、若い女性にでも化けて、自分を夢中で愛してくれる男を見つけた方が確実ではないのか。それを一瞬のサーチで成りすます相手を決めるなんて、危険過ぎる。実際、岡部には一発で見抜かれてしまっている。
 頭の良い彼の、無謀なやり口。そこから導き出される結論。
 彼は方法を選んでいられないほど、切羽詰っていた。
 この行動が彼にとって嗜好的なものだったら、そこまでは焦らないはずだ。あの時、彼には生命体としての限界が迫っていたのかもしれない。緊急にエネルギーを摂取する必要があった、つまるところ人間に置き換えれば「死ぬほど腹が減っていた」のだ。

 愛情が得られないと枯渇する、つまり死ぬ。人間ならば飢え死にだ。多少の危険を冒しても、狩りに出ざるを得ない。
 そうなると、彼が薪を追い出そうと躍起になった理由も解る。青木は薪にばかり構って、彼を相手にしなかった。青木の想いは、変わらず薪に流れていた。つまり彼は満足な食事をしていない状態、ならば身体が弱っているはず。攻めるなら今がチャンスだ。

 めまぐるしい速度で薪の頭脳が回転する。分かってきた、分かりかけてきた。彼の目的、行動理由、予想される弱点。
 彼を追い詰めるのに最も有効な作戦の立案に薪の思考が移った時、薪は自分の頭上で青木の顎が不規則に震えていることに気付いた。きょとりと眼を丸くして見上げれば、はらはらと涙を流す恋人の姿。時として青木の行動は、薪には意味不明だ。

『なにいきなり泣いてんだ』
「自分が情けないんです」
『おまえのヘタレ伝説は岡部から聞いてる。また仕事でミスっただろ。何回言ったら分かるんだ、発見した手がかりに直ぐに飛びつくんじゃなくて、視覚者の映像全体を見直して』
 薪がいつもの調子で説教を始めると、青木は「そうじゃなくて」と首を振った。じゃあなんだ、と促せば、子犬のようにつぶらな瞳が薪の心をわしづかみにするようにうるうると輝いている。

「オレは彼の見た目に惑わされて、彼の手先のような真似を」
 青木は完全に騙されたわけではない。心の底ではちゃんと真実に気付いていた。青木が彼を庇い続けたのは彼を本物の薪だと思っていたから、でもそんな言い訳は絶対にしない。ヘタレで情けない男だが、それだけはしない。
『気にするな。時間は掛かっても、こうして自分で気付いたんだから』
「いいえ、もっと早く気付けたはずなんです。あなたが隣に寝てるはずなのに、リビングにいる仔のことばかり気になること、よく考えるべきでした」
『ふーん。その割にはお盛んだったな』
「え? あ、してませんよ。オレ、彼とは何もしてません。なんかその気にならなくて」
『はーん』
 何を白々しいことを。彼にあんな声を上げさせておいて。

 そうだよなあ、そもそもそれがあり得ないよなあ、などとぼやいて、青木は彼との情事を否定した。どっこい、こっちは夢に見るほどあの時の声を聞かされたのだ。薪だって聞きたくは無かったが、全部の耳を塞ぐには手の本数が足りなかった。 
 薪はローテーブルに肘をついて口元を隠し、唇を読まれないようにしてから『嘘つき野郎』と吐き捨てた。浮気した男がシラを切るのは条件反射だってこと、知らないほど子供じゃない。相手の嘘に乗ってやるのが年上の恋人の務めだってことも。

「……信じてくれないんですか?」
『もちろん、信じてるさ』
 自分の耳をな、と心の中で呟くと同時に青木の頭頂部に踵落しを決めるシーンを思い描いて、この件は水に流すことにした。青木は薪だと思って彼とセックスしたのだし、これは善意無過失と看做すべきだ。
 それに。
 こうして彼と一緒に居られる時間は、あまり残されていない。諍いや悪感情で、最後の時間を彩りたくはない。

「ありがとうございます」と頬を緩ませたのも束の間、青木はすぐにまた憂鬱な顔に戻った。
「でも、薪さんに許していただこうなんて思ってません。オレの過ちはそういうことじゃない」
 それから胸につかえた重苦しいものを吐き出すように、青木は男らしい眉根を寄せて、
「オレは昨日までの記憶に頼って、今ここにいるあなたを見てなかった」
 ちょっとばかり耳と尻尾が生えたくらいであなたを見失うなんて、とそれは仕方ないだろうと薪は思った。
 人は、自分の記憶と目の前の人物を照合して他者を判別する。普通のことだ。それに、青木は恋人だからこそ騙されたのだ。彼が使ったのは、薪と共有する記憶が多ければ多いほど掛かりやすくなる魔法だ。近しい人ほど効き目が大きい。
 青木が彼を薪だと信じてしまったのは、彼が薪しか持ちえない記憶を持っていたからだ。薪との思い出を宝物のように大事にし、二人だけの秘密に特別性を見出していた青木だからこそ、彼を疑うことができなかった。観察力の問題ではないし、青木が案じているように愛情を疑われるようなものでもない。

 薪はそのことで青木を責める気は無かったが、彼の自省は止まらなかった。なぜなら青木が激しく悔いていたのは愛情の不足ではなく、自身の怠慢であったからだ。
「自分勝手なイメージを、あなたに被せていたんだと思います。最初にあなたを疑ったのも、薪さんならこんな弱気な顔を見せるわけがない、って思ったのが原因でした」
 思い出はとても大切だけど、それはあくまで過ぎたことであり、それらを基にしたイメージは己の主観を交えて作り出したもの。本当に大事なのは記憶との照合ではなく、今此処にいるあなたを見ること。

 人は日々成長する、変わっていく生き物だから。毎日毎日、新鮮な眼で見直して相手をより深く理解しようと努める、それが愛するってことでしょう?

「オレはいつの間にか、その努力を怠っていたんだと思います」
 青木はそう言って自分を責めるけれど、薪にはちっとも彼の気持ちが分からない。
 だって、青木は僕を誰よりも愛してくれてる、逆に、そうでなければ偽者を庇ったりしなかった。第九の部下たちのように、感じた違和感をそのまま口にしていたはずだ。彼らも青木と同じように、自分たちの記憶から薪のイメージを引き出し、それに合わない偽者の行動に疑問を抱いただけ。青木の観察眼が劣っていた訳ではない。
 それに青木は、心の底ではいつも薪を選んでいた。本能だか魂だか、思考以外の部分では本物の薪を見分けていたのだ。薪にはそれで充分だと思えた。

「岡部さんは一目で見抜いたのに。なのにオレは……岡部さんには敵わない」
 青木が言いたいことを充分に理解して。その上で青木をいたぶるのは、薪の何よりの楽しみだ。
『おまえが岡部に勝とうなんて、百年早い』
「……はい」
 床の下にのめり込みそうなほど項垂れる青木の姿に、ポーカーフェイスの裏側で思い切り舌を出す。失敗したと思えば落ち込み、叱られれば凹む。素直で可愛い、僕の青木。

『おまえの言うとおり。いつだって僕の本音を見抜くのは岡部だ。でも青木』
 オールバックにまとめた前髪を掴んで顔を上げさせ、自分の口元を彼の瞳に近付ける。しっかり見ておけ、バカヤロウ、一回しか言わないぞ。
『僕を奮い立たせるのはおまえだ』
 おまえの存在が、僕を駆り立てる。突き進む勇気をくれる。いつだって。

『ついて来い。反撃開始だ』






*****




 
 お話のテーマとか国語の教科書じゃあるまいし、ホント余計なお世話だと思うので普段は明記しないんですけど。 前書きにも書きました通り、この話には元ネタがあるので、原案の方に敬意を払う意味で説明させていただきます。

 この章で青木さんが言ってることが、このお話の主題です。

 にに子さんに創作の続きを書く許可をいただくにあたって、わたしがあのコマ漫画の何処に感銘を受けたのかをお話したメールからちょこっと引用しますと、
  
 にに子さんのコマ漫画の何処が素晴らしかったかと言うと、薪さんに猫耳が生えたことではなく。
 青木さんが薪さんの真偽を疑ったことです。
 人は他人を認識するとき、自分の記憶を頼りにしますよね。 自分の記憶から相手の容姿や性格や共有している経験を引き出して照合し、その真偽を判断するわけです。
 しかしそれはすなわち、自分の記憶=自分のイメージ で相手を見ていることに他ならない。 
 人間は、日々変化していく生き物です。 昨日までの記憶にのみ頼って彼を見ることは、今日の彼を見失うことにもつながるのではないでしょうか。 だから、にに子さんが青木さんに言わせた「本当に薪さんですか?」という言葉は、

 今、ここにいる薪さんを見て。 彼を感じて。
 そうやって毎日毎日彼をより深く知ろうとする、その努力が大事なんだね。 それを愛って言うんだね。

 と言ったテーマを盛り込んだ話に自然とつながっていくわけで、こんな美味しいネタ、二次創作者として書かずにいられましょうか。
 にに子さん、お許しくださって、本当にありがとうございましたー!


 上記のようなことをメールで申し上げましたらね、にに子さんが、
「第三の脳がわーきゃー言ってた時のしづさんじゃない。別人すぎて思わず送信者確認しました」って、
 ねえ、どーゆー意味だと思う?! (そういう意味だよ)
 お話のプロット立てるのは第一の脳の仕事、あおまきさんに萌えるのは第三の脳の本能でございます。 どちらのしづもよろしく面倒見てやってくださいww。
 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(17)

 今日は結婚記念日なのですよ。
 それでちょっとお出掛けしてロマンチックな映画でも、という話になりまして、面白そうだと意見が一致したのが、
『藁の楯』
 ……アニバーサリィに相応しいチョイスだねww。







キセキ(17)







 作戦が練り上がったのは、翌朝だった。計画の見直しもそこそこに、青木から岡部に電話を掛けさせ、彼にハッキングをさせるための指示を与えた。
 いつになく、薪は実行を急いだ。彼に悟られる恐れがあったからだ。
 彼は薪の記憶をすべて自分のものにしたと豪語したが、人間の脳の情報量は膨大だ。いかに優秀な頭脳をもってしても、そのすべてを記憶できるとは思えない。必要に応じて必要な記憶をその都度引き出していると考えた方が自然ではないか。これが彼の端末だとしたら、それができるのだ。

 このカラクリに気付いたのは、これまた青木の本能のおかげだ。
 薪が高らかに開戦を宣言したとき、青木もまた、薪と同じように奮い立っていた。男の本能が。

『僕が言ったのはそういう意味じゃ、止めろって! 今それどころじゃない!』
「だって3週間ぶりなんですよ。こうやって薪さんと抱き合えるの」
 浮気男の言い訳なんてカケラも信じていなかったけれど、愛し合えるのも最後かもしれないと思った。一度だけだぞ、と条件を付けて、薪が渋々応諾すると、次の瞬間その場に押し倒された。
『待て、シャワーが先だ!』
「いいですよ、そんなの。後で浴びれば一緒でしょ」
『前と後じゃ目的が違うだろ』
「だからですよ、シャワー浴びたら薪さんの匂いが無くなっちゃうでしょ。はあ、いい匂い。薪さんの汗って百合の香りがするの、どうしてなんでしょうね」
 薪の脇の下に顔を突っ込んで柔らかい部分にくちづけた、オヤジ臭を百合の香りに変換して嗅ぎ取る青木のドリーマー精神には感服するが、薪には他に気になることがあった。
『僕、ケモノ臭くないか?』
「ケモノ?」
 いいえ、と首を振った青木の鼻先に自分の尻尾を突き出し、強制的に匂いを嗅がせた。青木が訝しげに薪を見る。
「確かに。シッポと、ああ、耳も同じ匂いがします。まだ薪さんの部品になって間がないからですかね」
『……部品、か』

 青木が何気なく発した「部品」という言葉が、妙に引っ掛かった。
 じっくり考えたかったが、青木の状態がそれを許さず。普段の薪にはあり得ない事だったが、一旦は思考を中断して青木との情事に没頭することにした。
 すでに、彼に対する殺意は固まっていた。彼を殺して、その後、これまで通り青木の恋人でいられるなんて、思っていなかった。
 最後だと思ったからか身体が変化していた為か、自分でも驚くくらいに反応した。変化した声帯のおかげで薪のその声はいつもより高く、甘えたような鳴き声になった。それが新鮮だったのか、青木の溺れ方は尋常ではなく。久しぶりに生命の危険を感じるほどに貪られて、絞り尽くされた。
 そんな理由で、薪に正常な思考が返されたのは夜半過ぎ。ふと意識が戻って時計を見ると、2時を回っていた。
 隣で眠っていた青木の腕に、自分の腕を絡ませて。恋人の体温を感じながら、闇の中で眼を開く。真っ暗な天井を見上げて、そこに敵の姿を思い描いた。

 思考の糸口は、この耳と尻尾。
 青木が言うように、これが何らかの「部品」だとしたら。一夜にして生えたことに説明が付く。付けたのはもちろん彼の仕業で、その目的は薪を化け物に仕立て上げて青木の愛情を失わせるため――いや、それは違う。このアイテムは逆に、青木の心を捕えた。他の動物から自由に取ってこれるなら、もっと醜悪なものに付け替えたはず。それをしなかったのは何故か。
 この2つのアイテムには、薪の外見を変えること以外に目的があったからではないか。
 彼の出現と同時に発現したことからも、これらは彼の能力に密接に関係していると思われた。
 いっそ、このパーツ自体を彼の持ち物と考えてみてはどうだ? 
 その可能性に思い至ったとき、彼の能力の絡繰りに気付いた。

 これは彼の一部、要するに端末のようなもの。頭脳に近いこの耳で薪の記憶を探り、脊髄に繋がっていると思われる尻尾で薪の声帯や両手を変化させた。

 ハッキング能力は彼自身認めているし、薪の身体を変化させたこともまったくの絵空事ではない。現実に、ボルバキアという寄生バクテリアは宿主を強制的に性転換させることで知られている。ボルバキアが寄生するのは主に昆虫だが、彼らは宿主のゲノムに自身の遺伝子の一部を移し、ホストの遺伝子構造を改造することによって単為生殖を可能にし、自分たちの繁殖に役立てている。
 その精度を何千倍にも高めることができたなら、このように肉体に変化を起こさせることも可能ではないのか。
 そのシステムに因るものなら、この中途半端な変化も納得できる。自分の遺伝子を移すのだから、全身を変化させるには絶対量が足りなかったのだろう。

 この仮説を元に考えを押し進めると、一つの疑問が浮上する。実際のところ彼は自分の脳を、つまりは薪の考えを何処まで読めるのか。
 森の中で彼は、「この姿になったらもう君の考えは読めない」と言った。あの言葉は嘘ではなかったはずだ。何故なら薪はあそこで死ぬ予定だった。死にゆく人間に自分の能力低下を暴露しても何の得もない。頭のいい人間ほど無駄なことはしないものだ。
 彼の言葉を信じ、かつ、この耳を彼の端末と考えるなら、思考は読めなくとも記憶は探れる。そういうことになる。
 同じ脳内で発生する2つの事象の、片方を知ることはできるが残る一方は知り得ない。一見矛盾するようだが、そうではない。人間の記憶は短期記憶と長期記憶に明確に別れているからだ。

 長期記憶は大脳皮質、頭皮に近い部分に蓄積される。おそらく彼は端末から触手を伸ばして此処にアクセスし、薪の記憶を引き出している。もう一方の短期記憶は、海馬にプールされる。海馬は脳の奥深くにあり、距離的な問題や入り組んだ神経組織を潜り抜けることの困難さからここまでは触手が届かない。そういう仕組みだとすれば、彼の言葉は矛盾しない。
 しかし、いつまでも安全と言うわけではない。海馬にプールされた短期記憶は、いずれは長期記憶にファイリングされる。そうなれば、いつ彼に閲覧されるか分からない。実行を急ぐ必要があった。
 翌朝、青木に電話で確かめさせたところ、彼は薪が岡部の元にいると信じているらしい。記憶の引き出しは為されていない、ということだ。薪が家を出たことで安心しているのかもしれない。

 岡部の協力を得て、計画は順調に進み、いま薪は彼の命を手中に収めている。
 両手でアイスピックの柄を挟み、彼の額に突き立てた後に、柄尻を拳で押し込んだときの感触。右手の忌まわしい鉄の記憶が、薪をあちら側に連れて行こうとする。
 他者の命を奪うこと、もう二度としたくないと思っていた。しかし、他に彼を止める手立てはない。彼はまた新しい餌場を探すだろう。自分たち以外の誰かが犠牲になる。
 ここにアリスはいない。ならば自分がやるしかない。躊躇うことなどない、この手はとっくに汚れているのだ。

「ああ、床が血塗れだ。掃除が大変だぞ」
 普通の人間ならとうに絶命している刺傷を受けたにも関わらず、彼は皮肉に笑った。ゾッと背筋が凍ったのを相手に悟られないように、薪も強気に言い返す。
『本当は銃で頭を吹き飛ばしてやりたかったんだが。この手じゃ、引き金が引けないからな』
 薪の言葉に彼は声を立てて笑ったが、顔色は白く変色していた。彼の命は風前の灯、しかし命が消えかけているのは彼だけではなかった。

「僕がいなくなればオリジナルとして元に戻れるとでも思ったか? これだから低脳は」
『分かってる。僕も消えるんだろ』
 消滅の兆候が訪れているのは彼だけではなかった。それは薪の身体にも同様に現れていたのだ。
『僕とおまえの繋がりは、相互的ではないけれど有機的なものだ。この耳と尻尾はおまえのものなんだろう? 僕の神経に直結して、その触手は脳まで侵食している。つまり、おまえが死ねばこの耳と尻尾も死ぬ。そうしたら僕も死ぬ』
 この事態は既に予測済みだった。
 彼が死んだとき、自分の内部に侵入した触手がどうなるのか正確には分からなかったが、入り込んだ場所が場所だけに、単純な怪我では済まないだろうと予想していた。常識で考えても、脳内をゆっくりと押し広げた物質が突然消えれば、その反動で脳は空隙を満たすべく激しく動く。その動きによって脳細胞は破壊される。脊髄も同様。運が良くて植物人間、大概は死ぬ。

 彼は瞳を限界まで見開き、驚愕の表情で薪を見た。アイスピックを額に刺されたときより、遥かに驚いていた。
「そこまで分かっていて、どうして」
『どうして? 僕の記憶を閲覧したのに、分からないのか?』
 薪は不思議に思ったが、実はそれは当然であった。薪の行動理由は、大脳から発せられた電気信号ではなかったのだ。
『大事なのは、自分の存在を守ることじゃない。みんなの安全を守ることだ』
 それは薪の大脳皮質ではなく、魂に刻まれていた。
『僕は警察官だ』





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(18)

 誰にも突っ込まれなかったんですけど、違和感を感じてる方多いと思うの、わたしの被害妄想かしら。
 たとえ相手が異星人でも、薪さんが人を殺すかなって。

 実はですね、薪さんがグラサンハゲを撃ち殺したとき、わたしはものすごく意外だったんです。 鈴木さんの事件以降、銃を撃つのも人を殺すのも、二度としたくないだろうと思ってたので。 撃とうとしても撃てないんじゃないかと思ってた。
 銃を撃つ瞬間に手が震えてしまったり、鈴木さんのことが頭を過ぎったりとか、しなかったですよね。 それが腑に落ちなくて、自分でも薪さんが人を殺す話を書いてみようと思った。
 薪さんが再び銃を取るとしたらどういう状況だろうと考えて書いたのが『たとえ君が消えても』で、他者の命を奪うとしたら、それも意識的に行うとしたら、と妄想して書いたのが今回の『キセキ』です。 
 人間は書くことによってその状況を疑似体験するから、書いた後は、ああ、仕方ないかあ、って感じになりました。
 てな具合で、わたしにとってSSは薪さんを理解するツールでもあるんですけど、一番大事なのは萌えの昇華でございます。 この展開、超萌えます。 つまりはSってことで☆
 




キセキ(18)






『僕は警察官だ』

 その明白な事実が、彼の敗因だった。彼は観念したように眼を閉じ、忌々しそうに舌打ちした。
「くっそ。科学者の方にしときゃよかった」
『負け惜しみを』
 速攻で薪が反撃する。薪はもう唯の一つも、彼に勝ち星を上げさせてやる気はなかった。
 体の中に入り込んだ彼の触手が弱ってきたのか、薪は目眩を感じた。足元がふらついて立っていられない。本能的に相手の腕に縋ると、彼もまったく同じ状態らしく、薪の肩に自分の体重を持たせてきた。
 こんなやつと抱き合って死ぬなんて、それは相手も同じくらい嫌だろうけど仕方ない。身体が言う事を聞かないのだ。

『百キロ圏内で僕を見つけたって? ラッキーだったな』
 動くのは口だけ、それも薪が思っているだけで本当は動いていないのかもしれない。端末でつながっているから、彼とは心に思うだけで話が出来るのかもしれない。どちらでもいい、彼には言っておきたいことがある。
『世界中を探し回れたとしても、おまえは僕を選んださ。他人の愛情を糧に生きるおまえにとって、僕以上の獲物なんて存在しなかったはずだからな』
 どういう意味だ、と薄目を開けた彼に、薪は嫣然と微笑んで見せた。
『僕より恋人に愛されてる人間なんて、この世にいないんだ』
 彼の口角がきゅっと上がった。整然と並んだ白い歯が、眩しいくらい綺麗だった。
「言ってろ、サル」

 仲の良い友人のように肩を抱き合って、二人は床に膝を着いた。彼の身体は徐々に崩れ、剥がれ落ちた皮膚の下からは彼の本体なのか、金色の光が洩れ出ていた。
 その光は、薪をも侵食してきた。痛みはなかった、しかし薪の身体は彼と一緒に分解していった。
 これは想定外だ、死体も残らない。空の棺で葬式をするのか、いや待て、その前に死亡が認められるかどうか、下手すると行方不明者扱いされて退職金も見舞金も出ないかもしれない。青木に残してやる心算だったのに、てかマンションのローン残ってるのに、死んで踏み倒しなんて保証人の小野田さんに申し訳なさすぎる、青木、悪いけど残り払ってくれないかな。
 この世の最後の思いにしてはあり得ないくらい情けない薪の思考を遮ったのは、不意に自分を拘束した男の腕だった。

『ば……なに入って来てんだ、バカ!!』
 蹴り飛ばそうとしたが、すでに膝から下が無かった。二人の身体はまるで砂金のように、輝きながら細かく崩れていく。未だしっかりしている薪の肩を抱きしめ、青木は叫んだ。
「バカはどっちですか!」
「『おまえだ』」
「ええー……」
 息ピッタリじゃないですか、と青木は拗ねたように唇を尖らせたが、すぐに薪の方に向き直って、
「確認したばかりでしょう? オレの幸せが何なのかって」
 分解に巻き込まれた青木の身体が、薪の目の前で崩れていく。自分の死はあっさりと受け入れた薪は、青木のそれに対しては激しい恐怖を露わにし、敵の前では取り乱すまいと決めたことも忘れて、夢中で青木に取り縋った。
 青木は嬉しそうに薪を抱きしめ、いつもと何ら変わらぬ陽気な口調で、
「化け物になるのも、お星さまになるのも。薪さんと一緒です」
『バカ、青木っ……』

 薪の心に、激しい怒りが渦巻いた。
 自分が何のために再びこの手を汚す決意をしたのか。次の犠牲者を出さないため、誰かの大事な人を守るため、でも悲しいかな、薪は聖人ではない。決して嘘ではないけれど、大義の裏には必ず利己的な考えが隠れている。
 真実を知った青木は、誰かが自分たちの代わりに犠牲になることを心から悲しむ。自分さえよければなどと思えない、薪のように割り切ることもできない。彼はそういう人間なのだ。
 これから彼が生きるこの世に、一片の憂いも残したくない。
 そんな想いが薪に最後の一歩を踏み出させたのに、一番守りたい人を巻き込んでしまったら本末転倒じゃないか。なにがお星さまだ、バカヤロウ、自分勝手な理由で僕の計画を台無しにしやがって。

 バカバカと薪が繰り返した数は64回。最後の「バカ」は声が枯れて、発音が定かではなかった。すみません、と謝り続ける青木の幸せそうな顔を見て、すっかり黄金色に変貌したエイリアンは最後の力を振り絞って呟いた。
「そうか。僕は、青木になればよかったんだな」
 青木の顔を見ていると、薪が繰り返す罵言が別の言葉のように聞こえる。その響きは甘くて、まるで愛の、いやもう、そうとしか聞こえない。そしてそれは真実なのだ。
「ベクトルの向きが逆だったんだ。あのエネルギーは……君は本当に性格が悪いな。すっかり騙された」
 知的生命体の頂点に立つはずの自分が、こんな低脳種族に翻弄されるなんて。まったくもって嘆かわしい。知力なんか、この星では大して役には立たないのかもしれない。
 彼は笑った。何故だか笑えた。敗北したはずなのに、妙に気分が良かった。

「忌々しいサルめ」
 それが彼の最後の言葉だった。
 彼が消えた瞬間、薪の脳に入り込んでいた触手が弾け飛んで、何千億と言う脳細胞が一気に破壊された。脳の中で小さな爆弾が爆発したようなものだ。生きていられる訳がない。
 薪の意識は一瞬で吹き飛び、この世から消えた。




*****




 第4モニター室の前で、岡部は見張りをしていた。
 絶対に誰も入れるな、と薪に命じられた。「おまえも入ってくるなよ」と薪は内鍵を掛け、それは時と場合によります、と岡部は心の中で返事をしておいた。
 しばらくの間、薪のニャーニャー言う声が聞こえていたが、やがて静かになった。途中で青木の悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。薪に辛い思いをさせたのだ、少々のお仕置きは必要だ。

「うおっ!?」
 岡部が驚いて身を引いたのは、突然辺りが明るくなったからだ。
 それは、モニター室のドアの擦りガラスから放たれていた。無音だが、中で爆発のようなものが起きているらしい。薪の話では異星人が絡んでいるそうだし、常識で考えていたら置いていかれる。岡部はドアを蹴り破った。

 居室の中は眩しくて、眼が開けられないくらいだった。腕をかざして眼を庇い、何が起きているのかを確認しようと、岡部は腕の隙間から現場を注視した。
 光の中心に、2つの人影が見えた。片方は大きく、もう片方はその半分くらい。やがてそれらはゆっくりと一つになり、ほんの数秒膨れ上がって、その後は次第に小さくなっていった。
 岡部は息を飲んで、その光景を見守っていた。

 ついに光が消えたとき、そこには何も残っていなかった。





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キセキ(19)

キセキ(19)







 午睡から醒めたときのような茫洋とした気分で、薪は身を起こした。
 辺りは闇に包まれており、身の回りに何があるのかは分からない。唯一の灯りは、前方の巨大なモニターから発せられる光であった。
 地面に胡坐をかいて、薪はモニターを眺めた。観客を察知したかのように、自動的に映像が回り始める。
 それは、映像と文字と数字の羅列だった。幾何学模様を変則曲線で描いたような画、世界中探しても見つからない文字、驚くことに数字だけは共通していたが、その並びはやはり地球のものではなかった。
 でも何となく察しはついた。何万年先か分からないが、自分たちの延長上に、きっと現れる光景なのだろう。

「これがおまえの頭の中か? 何とも味気ないな」
 胡坐の膝に肘を立て、頬杖を付きながら薪は言った。
「本当に生意気なサルだな」
 後ろから返ってきた答えに振り向く。彼は椅子に座って、キーボードのようなものを叩いていた。ビジュアルは未だ、薪のままだった。
「青木みたいに慌てれば、少しは可愛げがあるのに」
 引き合いに出された恋人の名前に、薪は身を固くする。やはり巻き込んでしまったのか。
「青木は?」
「脳のキャパ振り切って気絶したから。先に行かせた」

 何処に?
 聞きたかったが、訊けなかった。薪が最後に見たのは崩れていく青木の二の腕だった。そこから推し量れば彼の現在の居場所は自ずと知れて、でも怖かった。この男から、決定的な言葉を聞くのが怖かった。

 恐怖に震える心を悟られないように、薪は軽口を叩いた。
「あいつの脳みそは、もともとが犬並みだからな」
「君が異常なんじゃないのか」
 皮肉に口元を歪めつつ、彼はキーボードを叩き続ける。滑らかで無駄の無い動きだった。
「人類学的には青木が普通だ。君はもう、僕たちの言葉を理解し始めてるんだろ? 恐れ入ったね」
 理解しているのではなく、類推しているのだ。繰り返し現れる文字列を基に内容を想像する。暗号を解くときの要領だ。
「この辺は最近の記憶情報だな。青いのが青木の信号だろ。あっちの赤いのが僕」
「ご名答……あ、こら、勝手にいじるなよ」
「信号はまどろっこしい。映像なら多くの情報が一度に処理できる」
「気を使ってやったのに」

 君が見たくない映像も含まれているぞ、と彼の眼が嗤うから、薪はついつい意固地になる。彼から端末を奪って適当なキィを押すと、ギィン、と激しいハウリング音が響いた。思わず耳を塞ぎ、そして気付いた。猫耳がない。指も人間の指だ。
「分かりもしないくせに弄るなよ。映像スイッチはこいつだ」
 暗がりで良く見えなかったが、耳は本来の持ち主に戻されたようだった。もちろん、尻尾も。薪は再び床に腰を落ち着けて、モニターに視線を固定した。

 最初に映ったのは、青木の笑顔だった。
 これは彼のMRI画像のようなもの、青木は薪に笑いかけているのではなく、彼に笑いかけているのだ。それが分かっても、薪の胸はときめいた。

「なんだ、恋人の顔に見惚れてるのか?」
 突っ込まれて、反射的に肩が上がった。ごまかすために腕を組んだ。べつに、と嘯いて見せた。後ろで彼がニヤニヤ笑っているのが伝わってきて、逆ギレしそうになった。
「意外と分かりやすい奴だな。恋愛経験が少ないのか?」
 それ以上、なんか一言でも喋ったらコロス。心に決めて、薪は画を見据えた。

 映像の焦点は、常に青木だった。彼はずっと青木を見ていた。
 スクリーンの隅っこに、反抗的な眼をした人獣が映っていた。青木が話しかけるとその瞳は和らぎ、抱きしめると穏やかに閉じられた。
 青木の黒い瞳と人獣の亜麻色の瞳は、何事か語り合うように睦み合うように、いつも絡んでいた。その間に薪は、天の川のような細かなきらめきを見て取ることができた。これが彼の食料となるエネルギーなのだろう。
 青木がこちらを向くと、彼から発せられるエネルギーは一筋の細い糸のようなものに変貌した。輝きも質量も、薪に向けられていたものとは比べ物にならない。
「君の恋人はシビアだな。見た目が同じなんだから、ここまで差を付けなくてもいいと思うが」

 場面は次々と移り変わったが、その殆どは青木の姿で、そして青木は呆れるほどに薪を見つめていた。こんなに見られていたことに、薪自身、気付いていなかった。
 スクリーンの中で、青木は薪の身体を自分の膝に乗せて、ソファに座っていた。彼に呼ばれたのか青木は振り返って、でも苦笑混じりに首を振った。
『この仔、眠っちゃったみたいで。起こすと可哀想ですから』
 青木の唇がそう動いて、彼の視線は青木の腕の中で寝息を立てる人外の生物に移された。安心しきっているのか、彼の耳はゆるやかに垂れ、尻尾は青木の太腿を愛撫するようにゆっくりと揺れていた。
 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。甘い甘い恋人たちの姿。
 目の前のドアがぱたりと閉まって、彼の視界は薄暗くて寒々しい寝室の風景に満たされた。

「毎日、こんなことの繰り返しでな。僕が君を嫌う理由が解ったか?」
「そりゃあすまなかったな」と薪は肩を竦め、しかしその頬は赤く染まっていた。見せ付けられた映像が照れ臭かったからではない。薪は心から自分を恥じていた。
 知らなかった、青木にあんなに愛されていたこと。青木は完全に偽者に騙されて、身も心も彼に奪われてしまったのだと思っていた。自分を可愛がるのはペットと遊ぶような感覚で、恋愛感情ではないのだと。
 でも違った。彼の言葉が正しかったのだ。
 青木が与えてくれた愛情を、僕は取りこぼしてばかりいた。

「青木は人間よりも動物に近いからな。本能で嗅ぎ分けたんだろうって岡部が言ってた」
「君の言う通りだったな。バカには勝てん」
 正直な話、薪は彼の記憶になど興味は無かったが、青木の顔もこれで見納めだ。辛い映像でも、しっかり見ておこうと思った。しかし、薪がリビングの布団の中で耳を塞がずにはいられなかったシーンはいつまで経っても現れないまま、薪がマンションを出た昨日の夜、青木がすり寄ってくる彼の身体を押しのけて、部屋を出るシーンまで来てしまった。

「どうした? 腑に落ちない顔だな」
「あ、いや……これはディレクターズカットなのか?」
「はあ?」
「その、18歳未満お断りのシーンが見当たらないなって」
 スクリーンの中では彼が、薪の偽者なのではないかと岡部に詰め寄られていた。その彼と青木が愛し合っているシーンがあったはずだと、薪は躊躇いつつも尋ねた。
「ああ」と彼は納得したように声を上げ、「つまらないことに拘るんだな」とバカにしたように言った。
 別に拘っているわけじゃない、でももう、本当にこれで最後だと思ったから。相手が自分じゃなくてもいいから、青木のセクシーな顔を見ておきたくて。昨夜はあまりにも激しくされて、青木の表情を観察する余裕がなかったのだ。

「彼は僕を抱かなかった」
 次々と記憶をフォルダにまとめながら、彼は何でもないことのように答えた。青木が嘘を吐くのは薪の恋人という立場上仕方ないとして、どうして彼まで、それを秘密にしたがるのだろう。
「なにも不思議がることじゃないだろ。君たち、セックスは盆と正月限定なんだろ?」
 いや、それは薪の理想と言うか下半身の事情と言うか。
「嘘じゃない。この期に及んで嘘なんか無意味だろ。それに、君を喜ばせるような嘘を僕が吐くと思うか?」
 何を白々しい。あんな声を人に聞かせておいて。
「声? ああ、これ?」
 パタタっとキィが打ち込まれ、画像が逆戻りする。寝室のベッドの上、うつ伏せた彼の上に青木が乗っていた。どうして見落としたのだろうと思えば、彼はバスローブ姿だったが青木はちゃんと服を着ていて、両の親指を彼の背中にめり込ませるように押し付け、要するにそれは。
 彼がパンとキィを叩くと、官能にまみれた喘ぎ声が広い空間に木霊した。

「なにふざけてんだっ!!」
 あんなに泣いたのにっ! ただのマッサージじゃないか! 
 薪が夢中になって怒ると、彼はまるで自分のしたことに気付いていない様子で、無邪気に首を傾げた。
「いや、だって君が……」
 蛇足ながら種明かしをすれば、彼は薪の記憶に残っていたのと同じ声を上げていたのだ。自分では気が付いていないが、薪はマッサージを受けるといつもこの調子で、だから青木は必ずと言っていいくらい途中で制御が効かなくなって、そのたび薪にゴーカン野郎と罵られる羽目になる。
 本人に自覚は無くても、脳にはちゃんと残っている。彼はそれを忠実に再現したに過ぎない。だが、その事実を説明してやるほど彼は親切な男ではなかった。

「君が泣くのが面白くて」
「ほんっと性格悪いな、おまえ!!」
「君には負けるよ。彼に夢中で恋をしているくせに、それを彼にはまったく悟らせないんだから」
 ぱくぱくと、薪の口が声もなく動いたのは羞恥か怒りか。紅潮した頬を見れば前者のようでもあるし、額に立った青筋の本数を数えれば後者のような気もしてくる。双方入り混じった気持ちなのだろうと予想して、彼はその混在を羨ましく思った。感情がごちゃごちゃになるのは未成熟の証。自分にはあり得ない症状だ。

「ドキュメンタリー映画にも飽きた。早く青木の所へ送ってくれ」
「そう焦るなよ。もう少しで終わるから」
「おまえと道連れなんて、ゴメンだぞ」
「いいだろ。行き先は一緒なんだから……よし、行くか」
 最後のファイルを閉じて、彼はモニターを消した。真の闇に包まれた閉鎖空間から、数百本の光の矢が流星のごとく飛び立つ。その青白い光が消えると、薪には何も見えなくなった。

 暗闇の中で、誰かに抱きしめられた。ここには薪と彼の二人しかいないから相手は明白なのだが、意外だった。が、彼の意図を計るより早く薪の意識は薄れ。他人の体温に包まれた温かい感覚だけを残して、何も分からなくなった。




*****


 青木さんは薪さん以外とエッチしちゃダメ派の方、ご納得いただけたでしょうかwww。(←ふざけるなとか言われそう)
 実は誰よりも作者がダメ派だったりする★



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(20)

 母の日ですね。
 たまには実家の母と一緒に食事にでも行こうかな。




キセキ(20)







 次に目覚めたとき、薪は青木の腕に抱かれていた。
 眼を開けると彼の顔が見えて、暗い夜空からは雪が落ちてきていた。天国にも雪が降るのか、一年中春のような陽気と聞いていたがあれはガセだったのか、めちゃめちゃ寒いじゃないか。こんなことならコートを着て決戦に臨めばよかったと、薪は後悔しながらも青木に微笑みかけた。
「どれぐらい待った?」
「2時間くらいです」
 そうか、地上から天国までの所要時間は2時間くらいなのか。そのくらいの時間で済むならもっと頻繁に帰ってくればいいのにと、たまにしか会えない親友の不精を詰りたくなる。
 まあいい、これからは毎日会えるのだ。どうやって探したらいいのか、まだ見当もつかないが。
 何だかひどく疲れてしまって、薪は眼を閉じた。死んでも疲労感があるなんて、聞いた話とは大違いだ。何でも経験してみるまで本当のことは分からないものだ。

「凍えちゃいますから、中に入りましょうね」
 外で待っていたと見えて、青木の身体はとても冷たかった。が、薪の不快感はそれだけではなかった。青木の足取りが、えらく不安定なのだ。薪の体重なんて青木には軽いはずなのに、と言うか、死んでも重さがあるってのがまた何とも不可解だ。
 落とされそうな気がして、薪は青木の腕にしっかりと掴まった。と、そこに信じ難い声が聞こえてきた。
「青木。こっちと交換するか?」
 いいえ、大丈夫です、と答える青木の声が聞こえる。問題はそちらではない、青木の前に聞こえてきた声だ。
 目眩がするほどの疲れも忘れ、薪は跳ね起きた。途端、バランスを崩した青木と一緒に、雪の中に無様に転がった。

「あーあ、だから無理だって言ったのに。おまえだってさっきまで立つこともできなかったんだぞ。自分の体力を正しく判断するのも大切な」
「なんで岡部がここにいるんだ!?」
「なんでって。薪さんが来るのを待ってたんですよ」
「おまえ、僕の言い付けを破ったな? 絶対に入ってくるなって言ったのに!」
 平然と答える部下を、薪は怒鳴りつけた。まさか、岡部まで巻き込んでしまったとは。やはり作戦に参加させるのではなかった、自分亡き後、第九を守って行ってくれるはずの大事な部下を死なせてしまうなんて。
 岡部の腕を掴んだ薪は、雪まみれになって辛そうに首を振った。「薪さん、落ち着いてください」と岡部が何か言い掛けるが、取り返しのつかない失敗に慟哭する薪の耳には入ってこない。

「雛子さんがどんなに悲しむか……」
「薪さん、違いますってば」
「だっておまえ、彼女とはまだお互いの気持ちも確かめ合ってなかったんだろ。それともキスくらいはしたのか?」
「ドサクサに紛れて何言ってんですか、あんた」
「だからさっさと押し倒しちゃえって僕があんなに言ったのに」
「人の話を聞かんかい、このクサレ男しゃ……いえ、ですから。俺の話を聞いてくださいよ」
 岡部が取り成すも、薪は頭を抱えたまま。申し訳なくて顔も上げられないとばかりに、雪の中に突っ伏してしまった。

「薪さんっ、起きてくださいよ、凍傷になっちまいますよ! 青木、なんとかしろ!」
「あー、そうなったらもう力づくで運ぶしかないです」
 仕方なく、青木は薪の身体を抱き起こして岡部に預けた。代わりに岡部が抱いていた小さな生き物を貰い受ける。青木の腕に収まった全長30センチほどの大きさの生物は、蔑みの籠もった口調で吐き捨てた。
『馬鹿なのか? こいつは』
「いえあの、薪さんはパニックになると周りが見えなくなるタイプで。正確な状況判断ができないって言うか、カンチガイ大王に変身するって言うか」
「だれがカンチガイ王国第42代目皇帝だ!!」
『「「そこまで言ってません」」』
 声が3つ重なっていることに気付いて、薪が辺りを見回す。3番目の声の主を突き止めることは叶わなかったが、この場所がビルの天辺、雪に埋もれて普段の風景とは異なるがおそらくは第九の屋上であることを理解して、薪の眼が点になった。

「知らなかった。天国って、第九の屋上にあったのか」
『「「さすがは皇帝陛下、お見事です」」』
 ハモってバカにされるほど頭に来ることはない。薪は怒りをエネルギーに変換し、岡部の腕を振りほどいて立ち上がった。
「さっきからカンに障る、3番目のヤツ! 姿を現せ!」
『隠れてなどいない。ずっとここにいる』
 慎重に声の出所を探って、青木の手の中に行き当たる。そこには変わり果てた敵の姿。
 薪と同じ大きさだったはずの彼の身体は、青木の両手に収まるくらいに小さく縮んでいた。頭に猫耳、お尻には尻尾が生えていて、顔と身体はまだ薪のビジュアルのまま、まるで本物の妖精みたいだった。

『正確には、隠れることもできない、だな。もう身体が動かん』
「いったい」
 眼を瞠った薪の肩を寒さから庇うように抱き、岡部は薪を出入口の方向へと向けさせた。「凍っちまいますよ。話は中でしてください」と両手で後ろから押されるようにして、薪は屋上のドアを潜った。
 凍える外界から屋上のドアの内側に入って、しかしそこも寒かった。廊下には暖房は効いていない。彼らはよろめきながらも階段を下り、第九に戻って暖を取った。岡部が仮眠室から2枚の毛布を持ってきて、一枚を薪に被せてくれた。もう一枚は青木に放り、すると青木は自分と彼を毛布ですっぽりと包み込んだ。

 青木の手の中で目を閉じる、彼にそんな安寧を許したくない。彼に向かって薪は怒鳴った。
「おまえさっき、青木は先に天国に行ったって言ったじゃないか」
 彼は億劫そうに片目を開けると、倦怠に満ちた亜麻色の瞳で薪を見上げた。それから面倒そうに口を開く。
『言ってない。先に行かせた、とは言ったが、天国とは言ってない』
「なにを、……あれ?」
 よくよく思い出してみればそうだった気も。
『君、本当はこの中で一番のバカだろ』
「やかましい! 紛らわしい言い方したおまえが悪い!」
『おお。これが代々の皇帝に授けられるという伝家の宝刀、“逆ギレ”か』
 イヤミが妙にインテリぶってて死ぬほどムカつくんだけど!!

「ていうかおまえ。その身体はどうしたんだ」
『いくら僕が君たち人類より遥かに優れた生命体でも、分解した君たちの身体を再構築して甦らせるのに、どれだけのエネルギーが必要だったと思う』
 おかげでこんなみすぼらしい身体になっちまった。そう自嘲して彼は、ぷいと横を向いた。
 では、薪たちを助けるために?

「どうして」
 薪の問いに、彼は皮肉に笑って、
『君の記憶にあったぞ。今夜は『キセキ』とやらが起きて当たり前の夜なんだろう? だから起こしてやったんだよ。君たちは有りもしないものを信じてキセキを待つ愚民、僕はそのキセキを起こす側の優秀なる選民。恐れ入ったか』
 彼のはすっぱな物言いに、薪は惑わされなかった。薪が目撃した彼の本体は、砂金の集合体のようなものだった。その質量が減っているということは、何らかのエネルギーとして使用され、なくなってしまったということだ。

「自分の生体エネルギーを使って、僕たちの身体の再生を? じゃあ、あの時も?」
 薪が野犬に襲われた夜、彼は薪を脅しに来たのではなかった。自分の尻尾から生体エネルギーを注入して、薪を治療していたのだ。
「治りが早すぎると思った。……でも、感謝なんかしないぞ」
「薪さん、命の恩人に向かってそんな言い方」
「何を寝ぼけたことを。あの怪我は元々こいつのせいだぞ。それに」
 彼は、薪を助けたかったわけではない。彼の施術は、薪の怪我が治れば青木の関心が自分に戻ってくるとの打算からだ。善意からではない、絶対にない。それでも。
 薪が彼に助けられたことは事実だった。

 3人が押し黙ると、彼はチッと舌打ちして、
『放っとけ。どうせもうすぐ飢え死にだ』
 青木が困った顔をした。あんなに懇願されたのに、彼には与えられないと冷たく切り捨てた。自分のせいで、彼は死ぬのか。自分と薪を助けてくれたのに。
『そうじゃない。さっき薪が破壊した場所は、センサーの中枢だ。君たちの脳細胞と一緒で、一旦壊れてしまったら復旧は不可能だ。僕にはもう、能力がないんだ』
 君たちの世界で言う所の、猫の人生を全うするくらいの力しか残っていない。彼は自分を蔑むように、小さな小さな肩を竦めた。

「そんな」
 眉根を寄せる青木に、薪が困惑した視線を向ける。あんな目に遭ったのに、青木のお人好しにも困ったものだ、とその瞳が語っていた。薪の気持ちを察したのか、彼は皮肉な笑いを取り戻して、
『どうせ信用できないだろ。今ここで、くびり殺しておいたほうがいいぜ』
 やけっぱちで殺せと吐き捨てる彼を、薪は静かな瞳で見据える。今は哀れを誘う微弱な生物の、でもこれまでの経験が物語る甚大な危険性。それを承知しながら薪は、冷静な態度を崩さない。
「僕は捕まえるだけだ。裁くのは警官の仕事じゃない」
 自分を殺して成り代わろうとした生物の、生殺与奪の権限を与えられてなお、彼は警察官であり続ける。結局自分の敗因は、薪が根っからの警官であったことに因るのだと、彼は今更ながらに思った。

『僕を殺そうとしたくせに』
「この期に及んで揚げ足取るのか? いい根性だな、おい」
「「薪さん、動物虐待にしか見えません」」
 冷血オーラを出しまくり、薪は拳をぐりぐりと彼の頭にめり込ませた。彼の子猫のような頭の大きさは薪の拳といくらも違わず、弱者に対する非道な仕打ちに部下二人から同時ツッコミが入る。おまえら、どっちの味方だ。
 悪役似合いすぎですよ、と恋人に悪人判定を受け、薪はむくれる。こいつのせいで死に掛けたのだ、これくらい反撃してもバチは当たらないと思った。なのに青木はどこまでも青木で、それが薪の気持ちを逆撫でする。
「そんなに悪い人じゃないと思うんです。オレにはすごくやさしくしてくれたし、みんなにも。本当は彼、薪さんよりもずっとやさし、っ、薪さんの靴底の感触が懐かしいですっ!」
 恋人が彼を庇ったのがよほど不愉快だったのか、薪は青木をゲシゲシと蹴った。蹴られながらも嬉しそうな青木を見て、部外者の二人は青木の未来を憂慮する。彼はもうマトモな人生は歩めないのだろうなと、でもそれは彼の幸福に毛ほどの瑕も与えないのだ。

「少なくとも、彼に蹴られたことはありません」
 薪に痛めつけられた彼の額を二本の指で労わりながら、青木は真剣な眼をして訴えた。
 それは青木が言うように、彼が善良だからじゃない。周りの人々の愛情を得るように動かなければ死んでしまうから、利己的な計算で動いているだけ、でもそんなのは多かれ少なかれ、みんな持っている感情じゃないか。大事なのは行動だ。
「言っただろ、裁くのは僕の仕事じゃない。動けるようになるまで家に置いてやる。青木、面倒はおまえが見ろよ。おまえが言い出したんだからな」
「はい! じゃあ泊まり込みで!」
「世話だけしたら帰っていい。寝てる間は僕が責任を持つ」
「ええー……」
 何を期待していたのか、青木はガックリと肩を落とし、だって彼がいたらどうせ何もできないじゃないか。他人のいる場所で甘い顔なんて、死んでもするか。

「よかったね」と、逆の立場に立たされた薪に微笑みかけたのと同じ笑顔を彼に向ける恋人の、果てしない善意だか優しさだか、そんなむず痒くなるようなものを見せられながら、自分は彼のそういうところにどうしようもなく惹かれるのだと自覚しながら、薪は自分の選択を反芻する。
 大丈夫。間違いじゃない。
 彼の行動に心が追いつくのはずっと先のことかもしれない。しかし、彼がこれからも生きていこうとするならば、その努力を怠らないはずだ。上辺の行動だけでは本当の愛情は得られないと、彼は今回のことで学んだのだから。
 優秀な彼のことだ。自分よりも上手くやるだろうと薪は肩を竦め、誰からも見えないように小さく笑った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(21)

 ねえ、ちょっと聞いてくださいよ。
 うちのオットって、ほんっとうにバカなんですよ。


 不肖わたくし、『夏目友人帳』のニャンコ先生のファンなんですけど、コンビニ限定のスピードくじでニャンコの置物が当たりまして。
 こんなの。 ↓↓↓

猫様1  (クリックすると大きくなります)


かわいいな~と思って、事務所の机に飾ったんです。 そのときオットは、
「おまえ、いくつになるの? バカじゃね?」
 とか言ってたくせに、翌日、出勤してみたら、
 こうなってた。 ↓↓↓


猫様Web   



 どっちがバカ?!

 段ボール切って地面を作って、周りの草は鋏で作って貼り付けて、木と動物たちはWebで探して切り抜いたらしいのですけど……、
 仕事しろよ、社長。


 とりあえず、毎日楽しいです。







キセキ(21)




 クリスマスイブの夜、帰宅した息子に労いの言葉を掛けようとした彼女は、彼が懐から出したものに大きく眼を見開いた。
「まあ! ニニちゃん!!」
 突然姿を消した飼い猫を彼女は必死に探していたが、この季節に十日も音沙汰なしではと、諦めかけていたところだった。それを息子が見つけてきてくれた。彼は優秀な刑事なのだ。飼い猫が無事だったことと、息子に対する誇らしさで、その晩の彼女の笑顔は殊更美しく輝いていた。

「こうして無事に帰ってきてくれるなんて。奇跡のようですわね」
「今夜はクリスマスイブですよ。奇跡くらい起きますよ」
 普段は気の利いたことも言わない無骨な息子だが、聖夜の魔法か、そんな言葉が彼の口から零れた。彼が両手でそうっと床に下ろした小動物は、尻尾を立てて彼女に歩み寄り、その細い足首に小さな顔を擦り付けた。

「あら、やっぱり怪我をしてますのね」
 猫を抱き上げ、彼女は飼い猫の異変に気付く。毛を掻きわけないと分からないが、額に小さな裂傷が残っていた。
「大分弱ってますが。なに、あなたがいつもの調子でそいつの世話を焼けば、すぐに元気になりますよ」
「ええ、がんばりますわ。さあ、今夜はごちそうですのよ! イブですからね、チキンもケーキも手作りしましたの」
 彼女の言葉に、息子の顔色が紙のように白くなる。彼の額に汗が浮かんだのは、寒い屋外から戻ってくる息子を思う母心から高めに設定された暖房のせいばかりではなかった。

「今年こそは市販のものにしましょうって、あれだけ言ったのに……」
「ニニちゃんも一緒に食べましょうね」
「いやあの、身体が弱ってるところにその料理を食べさせたら致命傷に」
「ほらほら靖文さん。手を洗って、席にお座りになって」
 食卓に所狭しと並んだ大皿の、聖なる夜を冒涜するかのような物体を前に、岡部と岡部家の飼い猫は絶句したのだった。




*****





 薪の43回目の誕生祝は、スーパーの売れ残りの骨付きチキンとコンビニのケーキという少々侘しいものになった。毎年この夜、薪は一緒に誕生日を祝ってくれる恋人のために腕を振るうのだが、今回ばかりは仕方がない。4時間ほど前までは、包丁も持てない身体だったのだ。
 青木が、買ってきたシャンパンをグラスに注いで薪の前に置く。二人とも疲れ果てていたからつまみはクラッカーを袋ごと、サラダに到ってはレタスをちぎっただけというお粗末なものになってしまったが、彼らはそれで満足だった。
 だって、一緒にいられる。それ以上に望むものなんか、ない。

 あり得ないくらいお腹が空いていた青木は、チキンを切り分けるのすら面倒で、手で骨の部分を持ってかぶりつきながら、
「岡部さん、大丈夫ですかね」と不明瞭な発音で訊いた。ああ、と頷きながら、薪がクラッカーを二枚重ねて口に入れる。二人とも、心配よりも食欲が勝っているように見受けられるが、気のせいだと思いたい。

 分解された人間の身体を再構築すると言う荒業に力を使い果たし、すっかり弱ったように見えたエイリアンだったが、青木が心を込めて彼の身体を撫でさすり、温めたミルクを飲ませてやると、自力で起き上がれるまでに回復した。
 その間、薪はずっと岡部の説教を聞いていた。神妙な表情で俯いて、でもその殆どを聞き流しているのはいつものことで、岡部もおそらくそれを知っている。危ない真似はやめて下さいと何回言っても聞かない、次の時にはまた同じことをする、そして岡部に叱られる。反省していない証拠だ。叱られるうちはいいが、小言を聞くこともできなくなってしまったら、それを考えるとゾッとする。だから岡部は無駄だと解っていても、薪の右の耳から左の耳に流れていくだけの説教を繰り返さずにはいられないのだ。

 青木が戻ってきたのは、光が消えて半時もしないうちだった。
 岡部は消えた二人の姿を探して、第九中を走り回っていた。屋上に程近い、空き部屋の幾つかを確認していたとき、ドサリと重量物が落下する音が聞こえた。音源を辿ってみると、屋上に青木が倒れていた。
 青木から事情を聞くと、彼(エイリアン)は一仕事済ませてからここに来る、その際には薪も必ず連れて来る、と青木に約束したそうだ。彼の所業について薪から聞かされていた岡部は、気色ばんで青木に詰め寄った。
「そんな約束を信じたのか? お人好しもいい加減にしろ。あいつが薪さんに何をしたか」
「分かってます。でも、彼はオレを助けてくれました」
「それは、あいつはおまえを自分のものにすることが目的だから」
「違います。前はそうだったかもしれませんけど、今は違います。それだったら薪さんを置いて、オレと一緒に帰ってくると思います。オレを助けるのが精一杯だったと彼に言われれば、オレはそれを信じるしかないんですから」
 彼を信ずるに足る理由を青木から聞かされても、岡部は納得できなかった。今ここに薪の姿がない、その元凶たる生物の言葉を信じるなんて、そんな神経を持ち合わせていたら刑事なんかやってられない。
 そんな岡部に希望を抱かせたのは、青木が次に提示した信頼の根拠だった。

「彼がオレを助けてくれたのは、薪さんの行動に感動したからだと思います」
 自分が死ぬことを承知のうえで、他者を守ろうとした。薪の警官魂に、彼は深く感じ入ったのだと思う。だからきっと、彼は薪を救ってここに帰ってくる。青木はそう信じた。
 だから岡部も信じることにした。大きなハプニングに見舞われたとき、薪のすることはいつも無茶苦茶だけど、警察官の信念だけは絶対に揺らがない。その真実を見せつけられて、彼に惹かれない人間などいないと、岡部は薪の徳望を信じたのだ。

 途中で雪が降ってきて、防寒具を取りに戻ることを考えたが、その僅かな間にも薪が帰ってきたらと心配で屋上を離れることができず、結局二時間、寒空の下で待ち続けてしまった。
 消えたときと同様、現れるときにも、そこに光が満ち溢れた。人間が神のイメージを光で表すのは、遥か昔このエイリアンが地球に来訪したことがあって、それを目撃した古人がその光景を後世に伝えたのかもしれない、と岡部は聖夜に相応しい空想をめぐらせた。
 二人が光に手を差し入れると、徐々に重みが加わった。光が消えたとき、薪は青木の腕に収まり、岡部の手には小さくなった彼の姿があった。

 やっとお小言から解放された薪が、地上に帰ってきたときと同じくらいフラフラした足取りで青木たちのいるソファに歩いてくるのを、青木と彼は笑いながら見ていた。自分が笑われていることに気付いて薪はムッと眉を顰めたが、先刻までは息も絶え絶えだった彼が二本の足で立ち上がるのを見ると、柔らかく愁眉を開いた。
「家に帰る途中でくたばるなんて夢見の悪い事にならなくて良かった」などと、薪は心配に皮肉の衣装をまとわせていたが、彼はそこからも幾らかのエネルギーを得ることに成功したようで、隣に座った薪の手に鼻先を押し付けた。照れ屋の薪はさっと手を引き、立ち上がって別の席に移動してしまった。青木と彼が顔を見合わせて、クスッと笑う。

 ソファの上で、青木の手から砕いたビスケットを食べさせてもらう彼に、岡部は何を思ったか自分の携帯の画面を見せ、
「こいつに化けられるか?」
『何とかなるだろう。人間に化けるよりはずっと簡単……』
 彼は不意に口を閉ざし、くるりと青木を振り仰いで、
『青木が僕にキスしてくれたら化けられると思う』
「許さんっ!!」
「まあまあ、薪さん。いいじゃないですか、キスくらい」
「なに言ってんだ岡部、他人事だと思って、ダメだ、絶対にダメ、あ、青木、こら! おまえ、後でオボエテロよ!」
 青木は薪が彼に与えた額の傷に、そっとキスをした。これで薪さんのことを許してね、とこっそり彼に囁けば、彼はぶるんと身体を震わせ、岡部の携帯画面に映った子猫そっくりの姿になった。

「ほお、大したもんだ」
 ミャア、と彼は自慢げに声を上げ、岡部を見やった。高慢な眼だった。
「俺ン家で飼いますよ」と彼を取り上げ、岡部は彼を自分の懐に大切そうにしまった。彼は従順に飼い主の交代を受け入れ、新しい主人にすり寄って眼を閉じた。




*****



 岡部さんちの猫の名前は、原案者のにに子さんに敬意を表して、と思ったんですけど、よーく考えてみたらこれ、
 人間じゃない上に敵役。
 恩を仇で返すとは正にこのことで……誠にスミマセン。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

キセキ(22)

 最終章です。
 お付き合い下さってありがとうございました。(^^




キセキ(22)





 あれから一時間。岡部も家に帰っている頃だろう。岡部を案じる青木を安心させようと、薪は岡部の安全を保証した。
「現実的に、彼にはもう何もできない。彼の記憶を見ただろ」
「記憶?」
 テーブルの向こう側から訊き返されて、薪は思い出す。そうだ、青木はすぐに気を失って追い出されてしまったのだった。彼の脳内を見たのは自分だけだ。

「え、あれ、言語だったんですか?」
「僕も全部解読できたわけじゃないけど」
 薪の類推も混じるが、彼らの星が衰退した原因は、彼が以前言ったように知力が進み過ぎたことだった。知力を極める過程で、恋だの愛だのといった激しい感情の起伏を伴うものは知性の妨げとなることが多いため、自然と廃れてしまったらしい。宇宙の理を悟る代わりに、彼らは恋愛感情を失くしてしまったのだ。
「ええと、身近な例に例えると、受験勉強で恋人と距離を置いていたら自然消滅しちゃったって感じですか?」
「まあ似たようなもんだ。その極端な事例が世界中で一斉に起こったと考えればいい」
 その感情が無くなってしまえば、自然と子孫を作る人々も減る。彼の星では、子供たちは母親のお腹から生まれるのではなく、ガラス管の中で産声を上げるようになった。人工的な手法に種の保存を委ねた彼らの世界は、必然的に殺伐としたものに変っていった。血縁関係が消滅したことで、家族や夫婦という関係自体がなくなってしまった。生まれてから死ぬまで、彼らは完全なる個を貫き、自己の知性を高めることだけに没頭した。

「解り易く言うと、世界中の人間が引き篭もり生活をし始めたようなものだ」
「それじゃ、社会が機能不全に陥るのも当然ですね」
 それが生物として間違った有り方だと、気付いたときには遅かった。彼らは既に、感情そのものを失ってしまっていた。喜びも感動もない代わりに悲しみも苦しみも無い、当然のことながら、彼らはそこに何の価値を見出すこともできなかった。
 自殺者が急増し、だけどそれすら意味のないこと。死は自然に訪れるもの、早めることにも先延ばしすることにも何の意味もない。彼らは、宇宙一知的な種族として緩慢な死を迎えることになった。

「星全体が眠りに就こうとする中、それに逆らった者が何人かいた。その中の一人が彼の先祖だ」
「彼らは何をしたんですか?」
「方法は説明できないし、彼らの意図も完全には分からないけど。結果的に言うと、彼らは自分たちの身体を、他者の愛情エネルギーを摂取して生きるように作り変えた」
 他者と触れ合い、愛し合うことは生きていく上でどうしても必要なこと。ならば、その状況を強制的に作り上げてしまおう。彼らはそう考えたのかもしれない。
「強引ですね」
「ていうか、バカだよな」
 彼の何代前の先祖がそんなことをしたのかは知らないが、薪は彼らをアホだと思った。利口バカってやつだ。先祖がバカなら子孫もバカだ。

「またそんな言い方して。彼はオレ達を助けてくれたんですよ」
「あれは善意なんかじゃない、自分の優秀さを僕らに見せつけるためにやったんだ。それで自分の身体を削ったんだぞ。普通にバカだろ」
「本当にそう思ってるんですか?」
 聞き返されて眼を上げると、青木が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「薪さんてヘンなところが素直と言うか自分のしたことが分かってないというか……まあ、薪さんらしいですけど」
「どういう意味だ?」
「彼がどうして自分の記憶を薪さんに見せたのか、理由を考えてみましたか?」
「僕に見せたわけじゃない。これも想像だけど、彼は自分の最後を予期して、自分の記憶データを母星や他の星に散った仲間達に送ったんじゃないかと思う。生きることを選んだ仲間達に、自分の経験を役立ててもらうために。そのために自分の記憶をデータ化する必要があった。僕はたまたまそこに居合わせただけだ」
 彼の脳内から最後に飛び立った数百の光の矢、あの中には彼の仲間に対する想いが詰まっていたのだと薪は思う。死に瀕して、彼は同志愛に目覚めたのだ。彼には岡部が保護観察に付いたのだ、きっとこれからもっと多くのものに目覚めていくに違いない。

 薪の説明に、青木はまだ納得しない様子だった。齧り掛けのチキンを皿に戻し、いいえと首を振って、
「偶然じゃないです。彼はきっと、薪さんに自分の真実を知って欲しかったんです。でなかったら、オレと一緒に先に地上へ返してくれてるはずです」
「本人からも聞いたけど。あいつは僕が大嫌いだから、僕が喜ぶようなことは死んでもしたくなかったんだろうよ」
 この話は終わりだとばかりに、薪は強い口調で言い切った。青木はまだ何か言いたそうだったが、薪が横を向いてシャンパンを呷り出したので、旗色悪しと悟ったらしく、口を噤んで再びチキンを齧り出した。

 青木が何を考えているのか知らないが、薪にはやはり、彼らの行動は愚かだと思わざるを得ない。何かを極めるために他の何かを手放すなんて、そんなやり方は間違っている。
 薪は現在自分が持っているもの、何ひとつ捨てたくない。友人も仲間も恋人も、全部背負ったまま前に進んで行く、それが男と言うものだ。その力を身に付ける努力を投げ出してはいけないと薪は思う。
 しかも『知力を極めた生命体』とやらが最終的に求めたもの、それが青木だなんて。
「まあ、アタマ良くなりすぎて、バカが羨ましくなっちまったんだな」
「なんか言いました?」
「いいや。とにかく、彼の供述に嘘はなかった。だから大丈夫だ」
 理論立った説明はできなかったが、彼が嘘を吐いていないことは分かった。薪が見たものと彼の供述、どこにも齟齬はなかったからだ。

「心配なのは彼の胃袋だ。雛子さん、岡部のお義母さんだけど、料理の腕前は雪子さんといい勝負なんだ。あれを食べて生き残れるかどうか」
「大丈夫ですよ。彼の場合、愛情さえ篭ってればエネルギーになるんですから」
 何事にも限界はある、と薪は思ったが、彼女の名誉の為に口を噤んだ。
 彼が自分で言った通り、彼にはもう特別な力は何もない。薪たちの身体を再構築する為に生体エネルギーの殆どを使ってしまったから、命の残量もそれこそ猫の寿命くらい。残りの生を静かに生きていくことしかできない。
 でもきっと、その終末はとても穏やかに。幸せに訪れるだろうと、薪は思った。




*****




 彼は、生きるために新しい道に進んだ。では、僕は?

 青木の愛情が無ければ生きられないと、それは薪も同じだ。彼のように生物学的意味合いではなく、あくまでも精神的にだが、自分にはこの男が必要なのだと何度も思い知らされた。その経験を、薪は活かしきれていない。
 チキンの塊をごくりと飲み込み、薪は口を開いた。
「青木。僕たち」
「はい?」

 化け物になっても星になっても、それでも一緒だとまでおまえが言い張るなら。
 そこまで覚悟を決めてくれているのなら、僕が背負うべき責を半分、おまえに任せてもいいか? 
 努力するから、僕の全身全霊を懸けて守るから、一生涯僕の隣で。

 言おうとして、やっぱり言えなかった。
 今のこの決意は、危機を脱した後の安心感から来るものかもしれない。まだ平常心に戻れていない、こんなタイミングで言うべき言葉ではない。

 代わりに薪はふわりと微笑んで、間近に迫った長期休暇のプランを提案した。
「年末年始はゆっくりしよう。特別に連泊を許してやる」
 本当ですか、と嬉しそうな顔になったのも束の間、青木は直ぐに表情を曇らせ、
「残念ですけど。オレ、31日から3日まで当番なんです」
「4日とも!?」
「事前連絡無しに、1週間も休暇をいただいちゃいましたから」
「だからって何も正月休みの当番全部引き受けなくても」
 せっかくの休みに二人の時間を持てなくなったことに対する不満が、薪を偏屈にする。彼と二人クリスマスディナーの最中で、彼みたいに素直にはしゃげばいいのに、薪はどこまでも薪にしかなれない。

「本当に、おまえはお人好しだな」
「すみません」
 ムッと膨れた顔で吐き捨てるように言うと、青木がしょげた顔をして謝った。元はと言えば薪の看病のために休暇を取ったのに、そこには触れないのが青木だ。やれやれと肩を竦めて、薪は次点の策を提示した。
「仕方ない。第九の給湯室で僕が雑煮を作ってやる」
「ありがとうございます」
「お節も持って行ってやるから。でも、お神酒はダメだぞ」
「えー。ちょっとくらい飲ませてくださいよ」
「ダメだ。現場に急行しなきゃいけなくなるかもだろ」
 はいはい、とうんざりしたように答えた後、青木はクスリと笑った。なんだ、と睨み上げれば、「薪さんだなあと思って」と訳の解らない答えが返ってきた。バカにされたとしか思えなかったので、とりあえずテーブルの下で青木の脛を蹴り飛ばしておいた。

 涙目になって脚を抱える青木に意地悪な視線をくれながら、薪はシャリシャリとレタスを噛む。ふと横を見れば、窓に降る雪。
 聖なる夜は降り積もる雪と共に、人々の心に思い出となって沈んでいく。

 ――来年になったら。

 小野田が判を押してくれた書類を使う勇気が持てるかもしれない、と薪は思った。そこには何の根拠も、起こり得るであろうトラブルに対する策もないが、行けるような気がした。
 妙に確信めいた予感。今夜はクリスマスイブ、神のお告げくらいあっても不思議じゃない。
 新しい道に進むときには、そういうものが必要なのだ。だって人間は、在りもしないものを信じてキセキを待つことができる、まだまだ愚かで幸せな生き物だから。


―了―


(2012.12)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

夢の続きは二人で(1)

 あとがきです。(どこが?)
 管理人の大好物、下ネタ満載のR系ギャグです。
 性描写はそれなりにありますが、わたし的にはギャグなので。 限定公開ではありません。

 それとこの話、
『青木さん だけ がひたすらドヘンタイ』

 青木さんファンの方には申し訳ないです。 





夢の続きは二人で(1)







「お願いがあります」
 辺りに人の眼がないことを3回も確認して、青木は切り出した。マンションを囲む生垣の陰、それも北の内角など滅多に人の訪れる場所ではない。それでも声を潜めて、口の両脇に手で覆いをするという徹底振りに、相手は少々呆れ気味であった。
 彼の異常な用心深さは、頼み事の内容もさることながら、相手の外見に起因する部分も大きい。何故なら青木が頭を下げている相手は、三角形の耳と細い尻尾を持った愛らしい子猫だったからだ。
『さっさとしろよ。ここ、日陰で寒いんだから』
 彼は寒そうに身を竦め、不機嫌に言った。人間のときはそうでもなかったと記憶しているが、猫になったら寒さが身に染みるようになったらしい。甘やかされている、もとい、大事にされている証拠だと青木は思った。

「エイリアンさんには命を助けていただいた上にお願い事なんて、図々しい限りなんですけど。オレにとってはとても重要なことなので、こうしてお願いに上がりました」
『エイリアンさんとか呼ぶな。今は『ニニ』って名前がある』
「はい、ニニさん。お願いというのはですね、もう一度薪さんに、猫耳と尻尾を生やしていただきたいんです。できますか?」
 彼の依頼に、ニニと呼ばれた子猫は硬直した。大きな金色の眼を瞠って、目前に屈んだ男の顔を訝しげに見る。

『できないことはないけど。そんなことをしてどうする』
 疑問は当然だと思われたが、青木は返答に窮した。男らしい眉を沈痛にひそめ、削げた頬に苦悩を浮かべた。よほど切実な事情があるものと判断し、だったら余計に話して欲しいとニニは思った。一度は生涯を共にしようと決めた男だ、傍にいることは叶わなくなった今でも、自分が彼の役に立てるなら何でもしてやりたい。

「他に頼みたい事もありますし、思い切ってお話します」
 青木は覚悟を決めたのか、強い意志を秘めた瞳でこちらを見た。ニニの心臓がとくんと高鳴る。ニニの青木に対する感情は人間で言う恋とは少し違うけれど、とても似通っている。加えて、人間のそれよりずっと必要欠くべからざるものだ。青木の恋人に言われたほど打算まみれのものではないし、幾ばくかの純情も含まれている。それを今更理解して欲しいとは思わない。でも、今でもこうしてときめくくらいに自分は彼のことを――。

「猫耳のカワイイ薪さんともう一回エッチしたいんです」
『おまえのその腐った脳みそをもう一回分解してやろうか』
 瞬間ニニは、失意の深淵に突き落とされていた。その深さは母星が滅びゆく運命であることを知った時に匹敵するほど。こんなことならアメリカ大統領の人生乗っ取って核バクダンで地球滅ぼしときゃよかった。

 ニニの落胆を知ってか知らずか、青木はズボンが汚れるのも厭わず地面に両膝を付き、いわゆる土下座の格好になって、
「そんな冷たいこと仰らず。どうかお願いします」
『地球人てのはそんなしょーもない理由で土下座するのか。なんて低俗な種族なんだ。存在することに意味あるのか』
 青木は地球人の代表ではないし、種の存続を委ねられても非常に困る立場にある。青木の恋人は同性だからだ。しかし、ニニの怒りにもそれ相応の理由はある。
 彼に、一生尽くしていこうと決意した。夢破れてなお、青木と彼の恋人を救うために、自分の生体エネルギーの殆どを使い果たした。そこまでしたのになんだよこれ!

「あれから毎晩夢に見るんです。モフモフっとした薪さんの猫耳をオレが噛むと、薪さんが『うにゃあ』って善がり声を上げる夢」
『たとえ一時でもおまえと一生愛し合っていこうと思った自分の過去を猛烈に消し去りたい気分だ』
 正確に言うと、おまえの存在ごとなかったことにしたい。
「でもってですね、薪さんは生まれつき淡白というか下半身が残念な体質というか、とにかく、全然求めてくれないんです。できればその辺も改善してもらえませんか」
『薪も似たようなとこあるけど、おまえも人の話を聞かんな』
「何とかなりませんか? 猫耳の触手を使って、エッチが大好きって偽の記憶を植えつけるとか、脊椎からの遺伝子操作でもって性欲を増大させるとか」
『それは強制的な調教だよね? 可憐な少女をシャブ漬けにしてソープで働かせるヤクザと言ってること変わらないよね?』

 薪とおまえはヒトデナシ同士お似合いだな、とニニは吐き捨て、やれやれと小さな頭を振って、
『まあ、おまえには世話になったからな。僕にできるだけのことはしてやる』
「本当ですか?」
『薪を、猫耳と尻尾が生えたインランにすればいいんだな?』
「はいっ、その通りです!」
『おまえみたいな劣情の権化に愛されたいと一時でも望んだ自分が許せん』

 こいつ、生き返らせない方が薪にとっては良かったんじゃないか。
 ニニは自分の過去の決断に疑問を感じつつ、今はすっかり馴染んだ金色の瞳で青木を見た。彼の全身からは期待と興奮に満ちたオーラが沸騰するごとく立ち昇り、勢い余って割れた泡の飛沫が彼の全身を彩っていた。ダイヤモンドダストのように輝くそれは、目的の醜悪をまるで感じさせない。青木自身に自覚がない、と言うよりは、この男はセックスに快楽を求めることを卑猥だとも悪いことだとも思っていないのだろう。
 自分ならこんな恋人は願い下げだが、被害を被るのは薪だ。あいつには少々借りがある。

『わかった。おまえの言うとおり、薪に偽の記憶を植えつけてやる』
「ありがとうございます!」
 青木は嬉しそうに礼を言った。彼があまりに幸せそうで少々癪に障ったものの、薪がひどい目に遭うことが確実ならそれを為すことはやぶさかではない。借りは10倍にして返すのがニニの星の掟だ。
『薪が眠ってるときじゃないと侵入はできないぞ。それから、偽の記憶はそんなに長くはもたない』
「休日の薪さんは、お昼ご飯のあとお昼寝しますので、その時お願いします。記憶は途中で戻ってもいいです、始まっちゃえばこっちのもんですから」
 こういうのもDVって言うんじゃないのかな、こんなやつの伴侶にならなくて本当によかった。可哀想に薪のやつ、てかザマーミロ。ヒナコの方がよっぽどマシだ。時々、とんでもないもの食べさせられるけど。

 生垣の向こうから聞こえてきた足音で、ニニは飼い主の帰宅を知る。ニニの好物のチキン味のキャットフードを買ってきたに違いない。缶詰だが、馬鹿にしたものではない。岡部が母親の手料理を口に運びながら、羨ましそうにこちらを見ているくらいだ。きっと人間が食べても美味なのだ。それを自分のために用意してくれるのは、彼女が自分を愛してくれている証拠。おかげでニニの毛並みは、いつもつやつやしている。

『じゃあ、後でな』
 お願いします、と頭を下げる男を尻目に、ニニは主人の元へ走った。玄関で追いつくと、彼女はすぐに飼い猫の出現に気付き、嬉しそうに彼を抱き上げた。
「ニニちゃん、今日は靖文さんのお帰りが早いんですって。わたくし、頑張って美味しい晩ごはんを作りますわね。もちろんニニちゃんの分も」
『げ』
 ……人を呪わば穴二つ。



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夢の続きは二人で(2)

 あとがきその2です。(←押してみた)
 Rに入るので、追記でお願いします。 わたし的にはギャグなんですけど、きっと人さまには通用しない言い訳ww。






夢の続きは二人で(2)






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夢の続きは二人で(3)

 あとがきその3です。(さらに押してみた)


 あ、そうだ、こたさん。
 何ヶ月前だか忘れましたけど、拍手コメ欄で「薪さんに言葉責めするのは鈴木さんの特権ですが、それをあおまきさんで出来ないか模索中です」というお話、チャレンジしてみました、こちらです。
 次は、「鈴木鈴木サギ」に繰り返し引っ掛かる男爵の話に挑戦したいですww。





夢の続きは二人で(3)






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夢の続きは二人で(4)

 あとがきその4です。長くてすみませんー。





夢の続きは二人で(4)







「青木、どうした?」
「いや、この部屋、誰かいませんか?」
「そんなわけないだろ」
「声が聞こえるんですよね。誰かに見られてるような気もするし」
「え。僕のこんな恥ずかしい姿をおまえ以外の誰かに?」
 しまった。羞恥心の強い薪にそんな不安を与えたら、即座に守りに入ってしまう。彼の気をベッドから逸らすまいと、青木は慌てて彼の腰を押さえようとした。が、拘束されたのは青木の方だった。

「薪さん?」
 薪の細い脚が、青木の腰を抱きしめるように絡んでいた。抜くどころか離すこともできない。動きを封じられた青木に、薪はぐいぐいと自身を押し付けてくる。
「ヤバい。スイッチ入っちゃった」
「は?」
「あおきっ」
 下から強い力で押されて起き上がり、青木はベッドに尻を着いた。次のターンで押し倒された。寝室の照明器具が眼に入り、直ぐに薪の快楽に溺れた顔が見えた。
 誰かに見られていると思ったら、火が点いたらしい。そうと分かっていれば野外エッチに誘ったのに。何なら窓際に立たせてブラインド開けて窓ガラスの前で、などと不届きなことを考えている間に、薪は再び青木を捕えていた。

「薪さん、あの、うっ……!」
 主導権は完全に薪に移り、青木は彼の下で彼がくれる快楽に呻いた。ごく稀にこの体位で愛し合う時もあるが、薪の上位はあまり長続きしない。快楽よりも疲れが勝って、すぐにへたばってしまう。それが今日はどうだろう。
 疲れ知らずの絡繰り人形のように、薪は飽くことなく同じ動作を繰り返し、青木の精を悉く絞り尽くした。自身も幾度となく達して、それでも直ぐに続きをねだってくる。手指と青木を包む肉を自在に操り、重ねすぎてもはや数えることもできなくなった高みに再び昇ろうとする。先に限界を迎えたのは青木の方だった。

「ちょ、ちょっと待ってください。少し休憩しましょう」
 舐めても吸っても何の反応も示さなくなった青木の下半身に、薪は「お疲れさま」と軽いキスをした。それから上方へと伸びあがり、青木の唇に軽いキスを落とすと、にっこりと微笑んで寝室から出て行った。シャワーを浴びに行ったのだろう。青木も一緒に汗を流したかったが、もう指を動かすのもしんどかった。
 精魂尽き果てて、だけど大満足でベッドで仰向けになっていた青木は、浴室から帰ってきた薪の姿を見てひどく驚いた。バスタオル姿ではなく、外出用のシャツとズボンを身に付けていたからだ。

「あの、どちらへ?」
「セフレその1の家に行ってくる」
「はあ!?」
 起き上がろうとし、それが為せないことに青木は驚く。骨が無くなってしまったかのように、身体がぐにゃぐにゃだ。青木が暴走してしまった翌朝、薪がよく起き上がれない状態になっているが、あれはこういうことか。

 薪は襟元の紫色のスカーフの形を整えながら、青木を憐れむような眼で見て、
「だっておまえ、これ以上できないんだろ? だったら仕方ないじゃないか」
「いやあの、だからってセフレ直行って、しかもその1って」
「セフレは常に5人ほどキープしているが、なにか?」
 どうやらニニの仕事には、重大なミスがあったらしい。薪をセックスに強くしてくれたのはいいけれど、これじゃ本末転倒だ。本棚に置いてある充電器から携帯電話を取り上げた薪に、青木は悲痛な声で訴えた。
「ヒドイじゃないですか! オレ以外の男とそんなこと、薪さんはオレを愛してないんですか」
「何を言ってるんだ、セフレとのセックスは単なる性欲処理で、僕が愛してるのはおまえだけだ。その証拠に僕はセフレの名前を一人も覚えてない。全員、番号でしか呼んだことないぞ」
 どういうことですか、最中に「ああ、その1っ」とか声上げてるんですか、それはそれで笑えますけど死んでも聞きたくないです。

「……薪さん、10分だけリビングで待っててください」
「10分で、またできるようになるのか?」
「はい。ですから何処にも行かないでくださいねっ」
 涙目になって青木が頼むと、薪は外出しないことの証に、携帯電話を元通り充電器の上に置いてくれた。「待ってるから」と薪が寝室の扉を閉めたのを合図に、青木は大声で叫んだ。
「ニニさんっ、居るんでしょ!」

 ベッドの最中に時々聞こえてきた呟きの主に、青木は薄々気付いていた。エリートエイリアンのニニは自分の仕事の首尾を見届けるべく、寝室の何処かに忍び込んでいたに違いなかった。
 青木が思った通り、呼びかけに応じてニニの薄闇に光る瞳が現れ、次に子猫の身体が現れた。チェシャ猫を真似ているのか、イギリスの古い童話を知っているなら貞節を重んじる日本の旧い美風も覚えておいて欲しい。
『どうした』
「どうしたじゃないですよ、何ですか、あれ!」
『何って。薪をセックス無しではいられないカラダにしてくれって言ったの、おまえだろ』
 いや、望みましたけど、「青木に抱かれないと眠れない」とか、一度でいいから言われてみたいとか思ってましたけどでもっ!!

『そういう薪が良かったんじゃないのか?』
「オトコだったら誰でもいい薪さんはイヤです! オレだけを求めて欲しいんです!!」
『勝手だなー。てかそれ、生物学的にどうこうできる話じゃないだろ。要はおまえに対する愛情の問題なんじゃないのか?』
「遺伝子操作で彼をサチリアジス(男子色情狂)にはできても、カサノバ型かドンファン型かは選べないってことですか」
『その通りだ、セフレその6』
 うわああああんっ!!

 言われてみてハッキリ分かった、さっきの薪は確かに自分を愛してくれていたけれど、それ以上に快楽に夢中だった。普段の薪は文句は多いけれど、最終的には青木に協力してくれるし、青木の快楽を優先してくれる。比べるものではないが、やっぱり青木はいつもの彼の方がいい。物足りないときもあるけど、気持ちは満ち足りてる。薪が自分のために精一杯頑張ってくれることが分かるから。
「オレが間違ってました。元の薪さんに戻してください」
『分かった』
 ニニはにやにやと笑いながら、尻尾を立ててリビングに向かった。薪の猫耳と尻尾を回収に行くのだ。それと同時に、彼の偽の記憶も抹消される。薪の中で今夜のことは夢になり、青木の胸の中だけにしまわれるというシナリオだ。

 狭い額と何がしかの力を使って器用に扉を開けたニニは、ふと気が付いたように立ち止った。振り向いて青木を見上げ、彼が犯した過ちに課せられた罰にしては重すぎる未来を言い渡す。
『ああ、それから、薪はこの先1年はセックスできないから』
「なんでですか!?」
『人間の欲情の回数は先天的に決まってるんだ。それをいま散財したわけだから』
 今ので1年分!? どんだけ薄いの、このひとっ!!
 薪は生まれつき淡白だけれど、さすがに1年も間が空くほどじゃない。月に何回か、まるで役に立たない日もあったりするが、薪はそれでも青木を受け入れてくれる。薪の献身は嬉しいが青木は心苦しい、だけどやっぱり彼が欲しいから一抹の罪悪感と共に彼を抱く。この先一年間はそのパターンが続くと宣告されて、青木は世界が消えていくような錯覚を覚えた。

『浮気の心配がなくなって良かったな?』
「……はい」
 薪に無理をさせた、その報いが来たのだと思って諦めるしかなかった。何をやっても、青木は薪以外の人間にときめかない。単なる肉の塊としか思えない物体に奉仕するくらいなら薪の家の窓ガラスでも磨いていた方がなんぼかマシだ。
『とはいえ、おまえも我慢するのは辛いだろう。僕が助けてやろうか』
 すみません、大変申し訳ありませんがあなた相手じゃ勃ちません。前作で証明済みです。
『そう言う意味じゃない。僕の特技の遺伝子操作で』

 不意に、ニニの言葉が途切れた。不思議に思う間もなく、青木の視界がブラックアウトする。ニニが途中で話を止めたのではない、極度の疲労で自分が気を失ったのだ。セックスの後で唐突に眠ってしまう薪と同じことが起きたのだと分かった頃には、青木の意識は無くなっていた。



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夢の続きは二人で(5)

 あとがき、これでおしまいです。
 読んでいただいてありがとうございました。





夢の続きは二人で(5)






『待て、薪。何をするつもりだ』
「余計なことを喋るな、ニニ。喉を潰されたいか」
 ナイフの切っ先みたいに尖った亜麻色の瞳に睨まれて、ニニは不満気に眼を細めた。それくらいしかできなかった。ニニの小さな身体は紐で机の脚に縛り付けられ、酷い事に先刻までは目隠しまでされていたのだ。それは自分たちのプライベートを見られたくない薪の苦肉の策であったが、ニニにとっては耐え難い屈辱だった。この自分が地球人ごときに二度も遅れをとるなんて。

 青木の依頼を受けてニニは、薪に猫耳と尻尾を生やすために此処にやって来た。ベッドで午睡をしていた薪に忍び寄り、任務を遂行しようとした、その時。眠っているとばかり思っていた薪が不意に起き上がって、有無を言わさずニニの身体を拘束したのだ。
「僕が二度も同じ手に引っ掛かると思うか」
 憎々しげに言い放つと、容赦なくニニを縛り上げた。こいつには動物愛護精神とか小動物を可愛いと思う本能とか、そういう大切なものが欠けているとニニは思い、冷たい床に転がされた我が身の近い未来を憂いた。きっと、酷い目に遭わされるに違いない。何たって彼には一度刺し殺されてるし。命を助けてやった後でさえ、彼は恩を感じるどころかニニの頭を潰すつもりだったのだ。岡部と青木に止められなければ。
「目的はなんだ。正直に言わないと、毛を全部剃り上げてやるぞ」
 いたいけな子猫相手に、なんて無慈悲な脅迫だろう。身体の毛を全部剃られた猫なんて、僕は白ウサギじゃない、とツッコミたかったが我慢した。生意気だとか言って殴られるに決まってる。返す返す後悔する、こんなやつ、助けなきゃよかった。

「ふーん。青木が僕に色魔になれと。へーえ」
 洗い浚い白状させられて、すると薪はこの世のものとも思えぬ凄絶な笑いをその美しい顔に浮かべた。ニニの毛がゾッと逆立つ。地球に来て三百年くらいになるけど、こんな怖い笑顔見たことない。
「あのヤロー。生まれてきたことを後悔させてやる」
 悪魔と言うのは彼のような生き物を指すのだと思った。彼のバックには禍々しいオーラが渦巻き、そこから得体のしれないどす黒いものが生まれてきている。人間にはニニのような特別な眼はないからはっきりとは見えないかもしれないが、感じるものはあるのだろう。薪が怒ると周りの温度が下がる、と岡部が言っていた。あれがそうだ。
「お望みとあらばなってやろうじゃないか。覚悟しろよ、青木」
 低い声で呟き、薪は不敵に笑った。
 愛する恋人が望むなら時には娼婦にもなりましょう、なんて可愛らしいもんじゃない。そんな健気な心がけから派生するものなら、「覚悟しろ」という捨て台詞は付かないはずだ。

「ニニ、僕に協力しろ。僕の言う事を聞かなければ全身の毛を剃った上に雛子さんの手料理を食べさせるぞ」
『みゃっ!?』
 思わず猫語で返してしまった。それほど動転したのだ。
 なんて恐ろしいことを考えるのだろう。こいつは人間じゃない。想像するだけでニニの口の中は焼けるように痛む、薪はそれを承知の上で薄ら笑いまで浮かべている。まるで悪人になるために生まれてきたような男だ。
「僕は雛子さんに信用があるんだ。岡部の上司だからな。『あなたの手料理を食べさせればニニちゃんの毛はすぐに元通りになりますよ』と彼女に吹き込めば」
『や、やめてくれ。それだけは勘弁してくれ』
「ならば青木に頼まれたことは忘れて、僕の言うことを聞くんだ。まずは猫耳の触手を使って、青木に願望通りの夢を見せる」
 できないとは言わせないぞ、と薪は凄んで見せた。彼はニニの記憶を見ている。嘘は通用しないし、青木のように簡単に丸め込めない。嫌な男だ。

『彼が眠ってるときじゃないと、侵入はできないぞ』
「心配ない。今夜青木は僕の家に泊まるから、彼が眠ったところを見計らって」
『眠ったところって、夜中になるか朝方になるか分からないじゃないか。そんなに長く家を留守にしたら、雛子が心配する』
「安心しろ。この世には睡眠薬と言う便利なものがある」
 恋人にクスリまで盛るのか。てか、犯罪じゃないのか、それ。

 結局どうなったかと言うと、当初薪に生えるはずだった猫の耳は青木の頭に生えることになった。夕食に仕込まれた薬で眠らされ、その状態でニニに偽の情報を送り込まれた。青木は夢の中で淫らな恋人を抱き、裏切られ、今は失意のどん底と言うわけだ。付け加えるなら、事の最中に青木を罵っていたのはもちろん薪だ。ニニの触手から流れる微弱な電流をMAXにして脳みそ焼き切ってやれ、と騒ぐ薪を押さえたニニに感謝して欲しい。

『何をするつもりだ?』
 ニニはもう一度質問を繰り返した。青木の意識がブラックアウトしたのは、薪がニニから端末を奪い取ったからだ。薪はその天才的な頭脳で、未知なる文明の機器の扱い方を急速に理解していた。簡単な操作ならできる、そう踏んでの行動だと思われたが、問題は彼の目的だ。
「青木に、自分はセックスが弱いって思い込ませるんだ。男の性ってのは精神的なものに左右されるから、僕のサイクルに合わせるべく、おまえの遺伝子操作を受けて自分が弱くなったって信じ込ませれば」
 非道! 青木も青木だけど、薪の残酷はその上を行く。ていうか、こいつら二人とも自分の都合しか考えてないじゃん!

 命懸けで甦らせた二人の醜い我欲を見せつけられて、ニニはまたもや後悔する。やっぱり地球滅ぼしときゃよかった。
 自分勝手なことばかり言って、相手の気持ちなんか考えてない。彼らの恋人レベルは最低ラインだと思うのに、いざという時には迷わず自分を盾にして相手を守る。彼らの思考形態は、ニニには理解不能だ。
 戒められた肩を揺すって、ニニは穏やかに言った。
『それはやめといた方がいいんじゃないか』
「どうして」
『青木に君への愛情がある限り、身体機能に影響を与えることはできても、性欲自体を消すことは不可能だ。射精による終わりを迎えることができないからオーラルセックスが一晩中続くことになる。青木のことだから、ありとあらゆる手段を用いて君の身体を弄ぶようになるぞ』
「……チッ。面倒なやつだ」

 舌打ちとかしてるけど、顔が緩んでるからね? と、ニニは心の中で言い返す。
 吐き捨てる口調と頬の赤みがちぐはぐだ。何より、発していたオーラの色が薄いピンクに変わってる。相変わらず分かりやすいやつだ。

『うれしいくせに』
「心の底から嫌がってるのが分からないのか? あいつの夢のけったくそ悪い、まるで性奴隷だ。誰があんなこと好んでやるか」
『とぼけるなよ。僕が感知したエネルギーって、おまえらがセックスしてた時のだろ。てっきり青木のだと思ったけど、あれって本当はおまえの』
 薪の指が、ニニの首に掛かった。彼の指は男性にしてはかなり細いが、それでも子猫のニニには充分な脅威だ。
「それ以上言ったら捻り潰す」
『メンドクサイやつだな、君は』
 男のプライドだか年上の面子だか、そんなものはニニには分からない。恋人同士の間に、愛と思いやり以外の何が必要だと言うのだろう。地球の男は難しい。

「仕方ないな。もっとお灸を据えてやりたかったけど、この辺で許してやるか」
『じゃあ、青木が僕に頼んだ所から夢だったことにしておくぞ』
「ああ。それで頼む」
 青木にも説明したが、偽の記憶は長くはもたない。ふとしたはずみに思い出して、不思議に思うことがあるかもしれない。
 もしも自分が薪に騙されたことを知ったら、青木はどうするだろう。酷いことをされたと、薪に見切りをつけるだろうか。
 いいや、とニニは青木から回収した尻尾が自分の意志で自由に動くのを確かめながら、猫耳の生えた木偶の坊から只の木偶の坊に戻った男の傍らで、彼に悪夢を見せようと彼の鼻をつまんで呼吸を邪魔している意地の悪い男を眺める。
 青木の鼻先を傷めつける指先から、きらきらと砂金のように流れる大量の粒子。青木はそれを上手に取り込む。取り零してばかりいる薪とは大違いだ。このスキルだけは多分、薪は一生青木に敵わない。

『僕は帰るからな。あんまり青木を苛めるなよ』
 そんな心配はいらないことを、分かっていながらニニは言った。薪の反応が知りたかったからだ。
 薪はムッと眉根を寄せ、脅しつける口調で、
「うるさい。僕の男をどうしようと僕の勝手だ」
 僕の男ときた。以前、ニニが青木を奪おうとしたことを根に持って牽制しているのだろう。執念深いやつだ。
 ニニは腹の中でクスクス笑い、寝室を出た。やっぱり薪は面白い。不器用で、自分の感情に素直じゃない。日本の男性には多いタイプかもしれないが、あそこまで徹底している男も珍しい。

『さて、帰るか。ヒナコが待ってる』
 新しい主人の惜しみない愛情のおかげで、ニニは力を盛り返しつつある。以前ほどの距離は望むべくもないが、ここから自宅くらいなら瞬間移動も可能だ。

 自宅に飛ぼうと膝を曲げた時、寝室から青木の泣き声が聞こえてきた。
『はっ、薪さん。行かないでくれたんですね』
『悪い夢を見ていたようだな。しかし青木、夢は人間の願望を映すものだし、その危険は現実にも存在していると考えた方がいい。正夢と言う言葉もあるくらいだ。悪夢から学んだものを活かして、わぷっ』
『夢でよかった! 薪さん、大好きですっ』
『ちょ、待て青木、今は大事な話を、ん、あっ、ソコ気持ちい、じゃなくてっ、話を聞け!』
『愛してますー!!』
『だから止せって、さっきの夢はおまえのそういう直情的な行動を戒めようと神さまが、あっ、あんっ、青木、ダメ……』
 なにやってんだか。

 呆れ返ったニニは早々にこの家を立ち去りたいと思い、同時に自分を待つ夕食が雛子の手料理だったことを思い出した。それはニニを憂鬱な気分にさせたが、大した問題ではなかった。彼らに当てられたのかもしれない。早く彼女の顔が見たかった。
 ぶるんと身体を震わせて、一瞬後には彼の姿は消えていた。僅かな空気の震えにほんの少し混じった彼の残り香、それが青木の夢のエンドマーク。
 黒い瞳が開いたら、そこは天国か地獄か。どちらであっても青木には大きな違いはない。そこに薪がいるかいないか、あの男にとって重要なのはそれだけだ。
 彼が居れば、そこがパラダイスになる。青木はそういう思考ができる男で、だからやっぱり薪は一生青木に勝てないのだ。惚れぬいた相手にそんな風に想われたら手も足も出ない。自覚があるから余計に突っ張ってみせるのだろう。

 再びニニが姿を現したのは、岡部家のリビングだった。明かりは点いたままだが、雛子の姿はない。時刻からして食卓に居ると思われた。
 勢いよくダイニングキッチンに飛び込む。推察通り、そこには雛子とその息子が、得体のしれない物体を挟んで和やかにお喋りをしていた。彼らの間に通い合う、薪のものに勝るとも劣らない美しい粒子の河を眺めつつ、ニニは自分の指定席である主人の足元にうずくまる。
「あらニニちゃん、お帰りなさい。お腹空いたでしょう。ごはんにしましょうね」
 いそいそと食事を温める雛子のオーラが今日も幸せそうに輝いていることに安堵して、ニニは眼を閉じた。瞼の奥で、先刻の出来事を反芻する。
 今頃、彼らは二人で青木の夢をなぞっているのだろう。その様子をニニは想像し、皮肉に笑った。結局は青木が美味しい思いをして薪が酷い目に遭う、ニニの目的通りになった。

『ふん、サルめ』
 嘯いて、喉奥でククッと笑う。薪のやつ、今ごろ青木にニャアニャア鳴かされてるに違いない。ザマーミロだ。
『このニニさまを利用しようなんざ千年早い、……うにゃあ』
 嘲けりの言葉は途中で切れ、ニニは沈黙した。目の前に差し出された飼い主の愛情がたっぷりと入った暗黒物質を前に、しばし言葉を失う。ちらりと眼を走らせると、テーブルに着いた飼い主の息子が、ニニと全く同じ表情をしているのに出くわせた。
 諦めて食え、と彼の三白眼が言っている。言われなくてもそうする。味は凄いが、ニニが生きるために必要なものは充分に詰まっているのだ。

 ニニは勇気を振り絞って、鼻先を皿に近付ける。
 薪と同じだ。どんなに身体に負担が掛かろうと、愛する人から与えられるものをこの身に収めずにいられない。

 見た目はリゾットみたいなのに、口に入れるとガリゴリ言う不可思議な物体を飲み込んで、ニニは「にゃあ」と勇ましく鳴いた。




(おしまい)



(2013.1)

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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