アイシテル 後編(1)

 こんにちはっ!
 現場が始まりまして超多忙になりました現場代理人のしづです。とりあえず、夜な夜な男の家に通ってます。←夜しかいない住民に挨拶に回る。


 ブログの方もしばらく放置状態ですみませんでした。
 遅くなりましたが、
『おまえ本当はすずまきすとだろSS第2弾』でございます。←題名変わっとるがな。
 

 時はぽーんと飛びまして現在。
 薪さんと青木さんは熱愛中、鈴木さんは幽霊です。本編で言うと「タイムリミット」の後、一緒に住み始める少し前くらいかな。
 舞台は主に天国になりますが、天界のシステムとか勝手に作ってるので分かり辛かったらスルーしてください。本筋に影響ないです。

 わたしなりに究極の鈴薪を書いたつもりなんですけどね、
 書き上がってみたらあおまきすとさんは勿論すずまきすとさんにも怒られそうな内容になってたんですけどどうしたら(@@)
 広いお心でお願いしますっ。



 私信です。

 Eさん、お待たせしましたー。
 友だちじゃない鈴薪さんです。待機願います。
 でも服は着てください。風邪ひきます。←失礼すぎ。





アイシテル 後編(1)





 きみの声が聞こえる。
 きみの悲しみも涙も慟哭も、全部伝わってくる。
 でも僕の声は? きみに届いてる?
 愛するきみ。
 僕の声が聞こえる?



*****




「あんたさあ、いい加減にしなよ」

 女がベッドから鈴木の背中に声を掛けた。投げやりな声だった。
 鈴木がそれに答えないでいると、女は裸のままこちらに歩いてきた。途中、吸っていた煙草を壁に押し当てて揉み消す。また壁紙に焼け焦げの跡がつくな、と鈴木は少々憂鬱な気持ちになった。
 見なかった振りで画面に視線を戻す。床に埋め込まれたパネルの中で、彼がこちらを振り向いた。
「あんたがいくら見つめようと、相手には分からないんだよ。あんたがやってるのは単なる覗き」
 言い掛けて女は噴き出すように笑った。
「まあ、覗くのは好きよね。生前、職業にしてたくらいだものね」
 昔の職をコケにされた。彼が聞いたら眼を剥いて怒るだろう。想像して鈴木は笑いを洩らした。

 鈴木が指先で画面を撫でると、画像は一回り大きくなった。彼の顔がよく見える。彼と一緒にいる、自分によく似た男の顔も。

「ほらあ、見なよ。新しい男とよろしくやってんじゃん、て、うげっ」
 鈴木の隣に座って画面を覗き込んだ女は、カールさせた長い髪を揺らして飛び退くように後ずさった。素人さんにはキツイ画だったかもしれない。
「あーやだやだ、グロイもん見ちゃった」
「と言いつつ、興味津津のご様子で」
 口元を押さえながら戻ってきた彼女に、鈴木は微笑んだ。四つん這いになった彼女の豊かな胸が垂れ下がって揺れる。いい眺めだと思った。

「ね。下になってアヘアヘ言ってる男、あんたの恋人?」
「いや。友だち」
「白々しい。ネタ割れてんのよ。あんた、あたしと寝てる間もずっとそいつのこと考えてるでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘ばっかり」
 画面の右下にタッチすると、湿った音が聞こえてきた。荒い息遣いと、くちゅくちゅ言う水音。青木、と男の名を呼ぶ彼の声も、何もかもが濡れていた。
 男に犯される彼を見て、鈴木は軽い興奮を覚えた。見飽きるほど見てるのに、心が疼くことに安堵する。

 まだ大丈夫。この痛みがある限り、留まれる。

「嘘じゃないって。確かめてみる?」
 鈴木は彼女を抱きあげ、ベッドにもつれ込んだ。彼からもらった興奮を女に注ぎ込む。
 耳に付く彼の喘ぎ声。音声を消し忘れた。今更止めに行くのも面倒くさい。女の声で彼の声を掻き消せばいいと思いついて、鈴木は腰に力を込めた。

 彼の声と女の声が重なる。別々の男に貫かれながらも二人は共鳴する。昇り詰めるのも一緒なら四肢を突っ張る瞬間も一緒。仰け反らせた首の白さも吐きだされる呼吸も、流れる汗の匂いも何もかも。
 鈴木は錯視する。今、自分が抱いているのは。

「美香ちゃん。好きだよ」
「うそつき」
 冷めた亜麻色の瞳が下から鈴木を見返していた。




*****


 究極の鈴薪話とか言っといて、最初から薪さんは青木さんと、鈴木さんはどっかの女の人とデキちゃってたりしてホントすみません。見捨てないでー。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(2)

 お知らせです。

 えあこさんのサイトにて、秋の鈴薪祭開催! でございます!


 僭越ながら、うちの鈴薪話も鈴薪祭に参加させていただきます。
 えあこさんは鈴薪フリークとしては有名な方なので、今回ご一緒させていただけて光栄です~。

 えあこさんは絵描きさんで、とっても絵がお上手です。アンソロ本にも参加されてます。
 薪さん鈴木さんはもちろんですが、個人的にはローゼンとかのドレス姿の女の子のイラストもすごくきれいだと思います。フリルいっぱいのメイド服とか超上手い。それを薪さんに着せちゃうあたり、わたしと通じるものがあるというか、そもそも、うちの薪さんのゴスロリとか猫耳とかはえあこさんの影響です。←さりげなく人のせいにしてみた。

 えあこさんには鈴薪ネタがこんもりあるとのことで、これから続々と更新されることと思います。楽しみですね♪
 URLはこちらです。↓↓↓
 
  貴方にとりこ ←ぽちると飛べます。ここからさらにサイトに飛んでください。

 サイトには、甘ーいすずまきさんが満載です。うちのS話でささくれ立った心を癒すには最適かと、むにゃむにゃ。


 以上、お知らせでした。
 秋の鈴薪祭、よろしくお願いします!!
 
 




アイシテル 後編(2)







 その画面に初めて映った彼は出勤の途中だった。

 季節は冬で、彼と足並みを揃える人の群れは一様に着膨れていた。なのに彼は薄いコートを着ただけで、手袋もマフラーもしていなかった。それでも平気な顔で歩いていた。まるで寒さを感じていないみたいに。
 寒さに強い体格にはとても見えなかった。夏の最中に別れた時より更に痩せていた。あの頃はかろうじて優美だった頬がげっそりと削げて落ちていた。
 そんな骸骨みたいな身体で寒空の下を歩いたりしたら風邪を引く。鈴木は彼を心配して声を掛けたが、完全に無視された。どうやらこの画面は一方通行らしいと気付いた。あちらの画像は鈴木に届くが、鈴木の声は彼に届かない。

「薪、危ない!」
 理解して、でも次の瞬間、鈴木は叫ばずにはいられなかった。人ごみに紛れ、彼に向かって足早に迫る悪漢を発見したのだ。
 無精ひげに三白眼が特徴のそびえるような大男で、鈴木のカンでは五人は殺してる。あのでかい背中には、登り龍が刻まれているに違いない。
 捜査一課にいた頃に捕まえた犯人のお礼参りか、第九の室長が握る秘密を狙っての襲撃か。男は巨体に似合わぬ俊敏さで彼に近付き、きちんと閉めていたコートの前ボタンを外した。懐から凶器を取り出すつもりだ。
「逃げろ、薪! て、あれ?」
 男は薪の背中を捕えると、自分のコートを彼に着せ掛けた。振り返った薪に何やら喋っている。画面のあちこちをいじると、音声が聞こえてきた。

『またそんな薄着で。風邪を引きますよ』
『大丈夫だ』
 着せ掛けられたコートを、薪は男に返そうとした。脱ごうとする薪と男の間で軽い諍いが起こる。
『あんたの大丈夫はアテにならないんですよ。一昨日もそう言って倒れたじゃないですか』
『うるさいな。僕がどんな格好で歩こうと僕の勝手だ』
『あんたが風邪引いて困るのはこっちなんですよ! 頼みますから自重してくださいよ、室長』
 薪は舌打ちして口を噤んだ。薪を言い負かすなんて、すごい男だと思った。
 大きすぎるコートの裾を殆ど引き摺りそうになりながら、薪は歩き出した。男が隣に立ち、周囲に厳しく目を光らせる。どうやらこの男は薪を守っているらしい。
 男の名前は岡部と言った。名前を聞いて、鈴木はやっと思い出した。警視庁の捜査一課に同じ名前の刑事がいた。聞き及んでいた特徴とも合致するし、たぶん同一人物だ。警察庁勤務の鈴木にまで伝わるくらいの敏腕刑事だ、さぞ豪胆な男に違いない。薪のボディガードにはもってこいだ。

 二人は小声で話しながら並んで歩いていく。鈴木は画面を操作して音を大きくした。第九の室長と元捜一の名刑事の会話なんて物騒なものにしかならないだろうが、彼の声が聞きたかった。
『ちゃんと朝飯食ってきましたか』
 なにこの会話。親子?

『お母さんか、おまえは』
『その切り返し。さては食べてませんね?』
『コーヒーは飲んだぞ』
『だから! コーヒーは食べ物に入らないんですよ!』
『あー、うるさいうるさい』
『うるさいってあんたねえ! こないだ三好先生にも怒られたばっかりじゃないですか。同じミスを繰り返すのはサル以下だとか自分で言っといて』
『分かった。今週末はちらし寿司を作る。食わせてやるからそれで手を打て』
『え、本当ですか。そういうことなら、じゃなくて!』
「……ぷっ」
 鈴木は思わず吹き出した。さすが薪。泣く子も黙る捜一の猛者を手玉に取ってる。
「そんなことだと思いましたよ」と岡部は薪の手にコンビニのおにぎりを押し付けた。中身はタラコだった。「梅かおかか以外は食べない」と具に文句を言う薪を「わがまま言うんじゃありません」と叱りつける。何処から見ても立派なお母さんだ。
 安心した。薪にはちゃんと、彼を心配して世話を焼いてくれる人ができたのだ。

 それからしばらくの間、鈴木は彼と薪を微笑ましく見ていた。
 岡部は薪にほど近い距離で、こまごまと彼の世話を焼いた。口うるさい母親そのものだったが、薪にはこれくらいしないとダメなのだ。それは鈴木が一番よく知っていた。
 このまま徐々に、薪が元気になってくれたらいい。時間が彼の心を癒してくれる。岡部に任せておけば大丈夫だと思った。

 その平穏が破られたのは、翌年。
 1月の末に第九にやってきた新人によって、回復に向かっていた薪の精神は再び狂わされた。この青木と言う男はあろうことか、貝沼が残した置き土産をそっくりそのまま薪に渡してしまったのだ。
 それは鈴木が命を懸けて守った秘密だった。薪にだけは知られてはいけない事実だった、見せてはいけない画だった。だから守った。それなのに。

『薪さんに鈴木さんの本当の気持ちを知って欲しかったんです』
 彼の言い分を聞いた時、鈴木は怒りのあまり二回死ぬかと思った。
 言うに事欠いてオレのため?
 そんなこと、誰が頼んだ。
 オレがいつそんなことを望んだ。なぜ薪に知らせた、死んでまで守りたかった秘密をどうして暴くのだ。
 できることなら呪い殺してやりたいと思った。

 鈴木の懸念通り、それからの薪は再び煉獄に舞い戻って行った。自分の身体を傷つけて、それでようやく立っていられる、生きていられる。岡部と知り合ったばかりの頃に戻ってしまって、でも今度は彼に頼ることもできなかった。それまでは疑惑に過ぎなかった自分の罪が確定してしまったからだ。
 鈴木は必死に薪に呼びかけた。
 おまえが悪いんじゃない。おまえのせいじゃない。
 悪いのはオレだ。秘密に耐えきれなかった弱いオレ。おまえに罪を犯させてしまった卑怯なオレ。死にたいなら一人で勝手に死ねばよかった、それなのに最後の最後でおまえに縋った。弱い弱いオレ。

 鈴木の命を物理的に奪ったことで、薪は自分を責めていた。鈴木に怨まれていると思い込んでいた。
 どうしてオレが薪を恨む?
 あれは、もう死んでた。とっくに壊れていた。薪はそんなオレを憐れに思ってそのスイッチを止めただけ。薪が止めてくれなければ他の人間に止められていた、それが為されなければ生きる屍になっていただろう。
 おまえは悪くない。感謝しこそすれ、恨む気持ちなんて欠片もない。
 薪、薪。
 自分を追い詰めるな。昔、オレが言っただろう。みんなが薪を責めるなら、せめて薪だけは自分の味方になってやれって。あの言葉、忘れちゃったか?

 何度も何度も彼の名を呼んだ。声が枯れるまで呼んだ。でも薪の涙は止まらなかった。
 どう足掻いても自分の声は彼に届かないのだと悟った時、鈴木は絶望した。自分は彼に何もしてやれない。そんな当たり前の事実が鈴木を打ちのめした。
 此処に来るまでに時間のロスがあったせいで、鈴木は自分がいなくなった直後の薪の姿を見ていない。これよりも酷かったのだろうかと思うと、青木に向かっていた憎しみは倍になって自分に返ってきた。
 薪にとってもそれを見る鈴木にとっても、辛い日々が続いた。共有される痛みはもはや日常化し、それがないと昼も夜も明けないくらいだった。
 薪の与り知らぬところで、彼の痛みは鈴木のそれに同化した。彼と同化したことであの現象が起きたのだと、後に鈴木は理解した。

 業務を終えて一人になると、薪は必ず鈴木の写真を取り出して鈴木に話しかけた。場所は選ばなかった。第九の室長室だったり自宅のリビングだったり台所だったり。おかげで鈴木は生前よりも様々な彼の姿を見ることができた。
 室長室で事件の解決を鈴木に報告する時には凛々しいスーツ姿。リビングで寛ぐ時にはシンプルだけどセンスの良い私服。台所に立つ彼は可愛いエプロン姿。残念ながら浴室だけはなかった。写真が濡れてしまうからだ。
 でも彼の裸体は、寝室で見ることができた。それまでのことは知らないけれど、この頃、彼がそういう気分になった時に求める相手は鈴木だけだった。鈴木の名前を呼びながら自分の肌を滑って行く彼の手に自分の手を重ねて、鈴木は彼と同時に快楽を味わった。しかしそれは疑似体験にすぎず。鈴木の手が実際に触れているのは彼の肌ではなく、冷たいスクリーンだった。自慰に耽る薪の姿に刺激されて自らの手で吐精したものの、熱が醒めると、ひどく虚しくなった。
 薪も同じ気持ちだったのだと思う。身体に付いた体液を拭うことも忘れて、薪は鈴木の写真を胸に抱いて泣きだした。すると不思議な事が起こった。画面に映った彼が立体化したのだ。
 3D映像のようなもので、触ることはできない。でも画面よりもずっと本物に近かった。その動きも美しさも、流れ落ちる涙の煌めきも。

 しばらく観察を続けて、この現象は薪が感情を昂ぶらせたときに起きるのだと分かった。この時期、薪の神経はギリギリのところまで絞られていた。然るに感情の起伏は大きく、鈴木は毎日のように彼の立体映像を見ることができた。
 数えきれないほどに繰り返され、現象は進化を遂げた。最初は写真がないと起こらなかった現象が、薪が心に思うだけで起きるようになったのだ。
 鈴木は悟った。薪は完全に自分のものになったと。
 昔の薪はそうではなかった。確かに彼は鈴木に恋をしていた、しかし彼の世界はそれだけに埋め尽くされているわけではなかった。彼は仕事を生き甲斐にしていたし、限られた範囲内ではあったが友人付き合いもしていた。職場仲間とプライベートを共にすることも多かった。
 だが鈴木を喪った薪は、それらをすべて打ち捨てた。
 友人付き合いをしなくなった。人前で笑わなくなった。新しい部下たちは、薪の厳しい顔だけを見せられることになった。当然、彼らとの距離はなかなか縮まらなかった。

 仕事の虫は相変わらずだったが、その姿勢はまるで違っていた。捜査に没頭すると寝食を忘れてしまうのは昔からだったが、あそこまで頻繁に倒れるほど自分の身体を痛めつけるような真似はしなかった。鈴木が促せば食事も仮眠も摂った。捜査一課に在籍していた薪はその大切さを知っていた。時間のロスのように思えても、気力体力を充実させることが質の良い仕事につながるのだ。
 それがすっかり様変わりした。彼が誇りを持ってこなしていた職務は、自分を痛めつけるための手段になり下がった。とにかく彼は自分を罰したがっていた。肉体的にも精神的にもそれを望んでいた。2つの道があれば、必ず辛くてしんどい方を選択した。まるで己が身体を疲労に塗り込めるようにして、彼は職務に勤しみ続けた。
 人間が仕事から得られるのは金銭的な報酬だけではない。達成感や充実感、能力の向上や仲間との絆。働く喜びはむしろそちらにこそあるのに、それを彼は知っているはずなのに。それらプラスの褒賞を決して享受しようとはしなかった。

 仕事よりも職場仲間よりも、彼は鈴木との思い出に縋ることを優先した。鈴木を慕うこと、償うことしか考えていなかった。突き詰めれば、鈴木のこと以外は何も考えていなかった。名実ともに、薪は鈴木のものだった。
 そんな薪の姿を見て、鈴木は自分を呪った。
 愛しい人をこんなにも苦しめてしまった、その事実を、ではない。自分の中に生まれた歓喜を呪ったのだ。

 薪の人生が自分一色に塗り潰されている。他の人間の入る余地はない。彼は鈴木のためだけに生きていた。

 震えがくるほどに感激した。
 これほどまでに彼に愛されたことはない。彼の苦しみに共鳴しながらも、鈴木は喜びを感じずにはいられなかった。言葉も交わせない、抱擁もできない、そんな蜜月ではあったけれど。彼と鈴木の思いは同じだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(3)

 こんにちは~。
 すっかり寒くなりましたねえ。現場の風が冷たいです。そして現場近くにある卵工場の目はもっと冷たいです。
 だって仕方ないじゃん、不断水とストッパーバルブ組むんだもん、道路の占領しなきゃ工事できないよ。

しづ「お正月も工場は動くんですか」
工場長「やります」
しづ「元日からですか」
工場長「元日から通常運転です」
しづ「では夜間はいかがでしょう」
工場長「夜中の1時から4時までの間は断続的に出荷トラックが出入りします。通行止めは困ります」

 どないせーっちゅーんじゃ。

「工場にバクダン仕掛けたってガセ電入れるしかないですかね」って役所の監督員に言ったら、「避難命令が出るから工事もできなくなりますね」と突っ込まれました。面倒見がよくて冗談の通じる監督さん、いつも感謝してます。








アイシテル 後編(3)






 薪に変化が現れたのは、その年の秋。

 またもやあの青木と言う男が原因だった。青木は薪に身勝手な好意を押し付け、薪は最初こそ彼を強く拒絶したが、それは長くは続かなかった。その大きな理由は彼の外見だ。「鈴木と瓜二つだから拒みきれない」と薪は言い訳し、でもそれは薪だけがそう思い込んでいたのだ。事実、雪子などは「似ても似つかない」と言い切っていた。鈴木も長身や黒髪と言ったいくつかの共通点を認めはしたものの、概ね雪子に賛成であった。
『青木は鈴木の生まれ変わりじゃないかと思うんだ』
 自分の写真に話しかける薪に、それは年齢的に無理がある、と鈴木は届かない応えを返し、彼の頬を画面の上からそっと撫でた。薪が鈴木の写真にキスをする、その薪に鈴木はキスをした。

 季節が冬になり、鈴木がここに来て1年が過ぎた頃。薪に明らかな変化が起こった。
 それに気付いたのは鈴木の方が先だった。薪はなかなかそれを認めようとはしなかったが、明白な証拠があった。鈴木の写真を見て涙をこぼす薪の、その姿が実体化しなくなったのだ。それは、心の中に鈴木以外の人間が棲みついた証拠であった。

 ショックは受けなかった。彼の心変わりを責める気持ちも生まれなかった。いずれこうなることは分かっていた。薪は生きているのだ。死んだ人間を永遠に思い続けられるわけがない。
 当の鈴木が納得したのに、薪は頑なにそれを否定した。彼に向かおうとする気持ちを、必死に押し殺そうとしていた。誰に咎められることもないのに許されないと独り決めして、胸の内に微かに灯った明かりを消そうとした。
 でも、できなかった。
 人は悲しみだけで生きるには脆弱すぎる。薪にとってその恋は、すなわち生きる意志であった。人間が生きようとするのは本能で、誰に責められるものでもない。
 それを許さなかった者が世界にたった一人いた。薪本人である。
 彼は徹底的に自分の心変わりを詰った。生前鈴木とは恋人同士だったわけでもないのに、不実だと責め立てた。彼の中で青木への気持ちが大きくなるほどに、その糾弾も苛烈になって行った。自己否定に次ぐ自己否定。もはや狂う一歩手前と言ってよかった。

 実体化することもなくなり、再び画面に埋ずもれた薪の上に、鈴木ははらはらと涙をこぼした。薪の流す涙は鈴木のそれと重なって、一筋の川のように画面の上を流れて行った。
 自分はなぜ死んでしまったのだろう、と鈴木は思った。
 この世で薪と添い遂げることは自分には無理だった。ならば自分は、雪子と結婚すべきだったのだ。雪子と結婚して幸せな家庭を築いてそれを彼に見せてやれば、彼が新しい恋に罪悪感を覚えることはなかった。
 薪のためなら何でもできると誓った自分が。どうして彼のために生きてやれなかった。どうして。
 その時ほど、鈴木は自分の死を悔やんだことはなかった。

 それから、さらに月日は流れ。
 青木の深い愛情で、薪は少しずつ少しずつ、自分の中に生まれた新しい愛を認めていった。とてもゆっくりとした歩みだったが、青木は忍耐強くそれを待った。結果は青木の粘り勝ちだった。
 長い間自分に向けられていた彼の愛。それが他の人間に移っていく様子を見るのは辛かった。嫉妬が鈴木の胸を手痛く切り裂いた。
 この世に存在する最も深い絶望に薪を落としたのは他ならぬ自分自身。その所業をして嫉妬心など、抱く権利は毛ほどもないのに。分かっていて止められなかった。それでも見ることを止めなかったのは、それが自分に与えられた罰だと思ったからだ。
 命を懸けて愛した人が他の男のものになる。身も心も、彼のものになっていく。その変遷を余すことなく見つめて心に刻むこと。この痛みこそ、身勝手に死んで何人もの人々に絶望を振りまいた自分に相応しい罰だ。

 薪が青木の腕の中で眠りに就くようになった頃、美香が鈴木の前に現れた。彼女は亜麻色の長い髪と瞳を持っていた。鈴木は彼女を自分の世界に住まわせることにした。
 鈴木が薪を見ていると彼女は、「また覗きに精を出してるの」とか「毎日毎日よく飽きないわねえ」と厭味ったらしく言った。最初は頭にきたが、すぐに慣れた。口が悪くて放埓な女でも、一人でいるよりずっと楽しかった。
 身体の相性も良かった。それまで鈴木は一日の殆どを画面の前で過ごしていたが、美香と睦み合うのは実に刺激的で、彼女と過ごす時間は次第に増えていった。
 お互い様というか、自然なことだと思った。薪は彼を、自分は美香を。それぞれにそれぞれの愛を育んでいく。同じ世界に住めない以上、それが普通だと思った。
 それでも、薪を見ない日はなかった。薪もそれは同じだった。鈴木を忘れた日はなかった。
 これでいい、と鈴木は思った。
 薪は青木の愛情に包まれて生涯を終えるだろう。それまで、鈴木はここで彼を見守り続けるつもりだった。幸い、美香もいる。退屈せずにその日を待つことができると思った。

 ところが。

 鈴木の意思の及ばぬところで、運命は回り始めていた。
 この地で彼を待つこと、鈴木がしていることは自然の理からは外れた行いだ。それ故に生じた歪みだったかもしれない。或いは、人間はおろか魔物や妖怪まで引き寄せてしまうほどに美しい薪に原因があったのかもしれない。とにかく、そのとき彼を襲った災厄は予定外のハプニングだった。

「薪!」
「もう。マキマキマキマキうるさい」
 鈴木の叫び声に目を覚ました美香が隣に来て、床に胡坐をかいた。「おちおち寝られやしない」と不平交じりの大欠伸の後、
「今度はなに」
 かったるそうに訊いた彼女に、鈴木は画面を指差した。
 通勤風景だった。朝が早いのか、車線数の割に車の数はまばらだった。青木の運転する車の後部座席に収まった薪は、今朝の会議で使うレジュメに目を通していた。赤信号で停車している彼らの車の30mほど後方に、蛇行する大型トラックがあった。
「このトラックの運転手、眠ってる。このままだと」
「あらほんと。ちょっとヤバいんじゃない、これ」
 美香が身を乗り出した時には、トラックは薪たちが乗った車のすぐ後ろに迫っていた。ルームミラーでトラックを確認した青木の顔が驚愕に強張る。

「きゃっ!」
 間近に雷が落ちたような音がして、画面から閃光が迸った。美香は思わず悲鳴を上げて画面から顔をそむけ、ぎゅっと目をつむった。
「……ど、どうなった?」
 無残な光景を見るに耐えなくて、美香は画面に背中を向けたままで鈴木に尋ねた。しばらく待ったが、返事はなかった。
 さては答えられないようなことになってしまったのだろう。美香は覚悟を決めて振り返った。
 そこに鈴木の姿はなかった。画面には何も映っておらず、PCのエラー画面のように青く光っているだけだった。
「克洋?」
 大声で鈴木の名を呼びながら、美香は彼を探した。家中、クローゼットの中まで探したが、鈴木は何処にもいなかった。



*****



 病院の廊下を走って看護師に注意を受けるのは何度目だろう。その9割は同じ人間のせいだ。いい加減にしてくれと怒鳴りたいのを必死に堪え、岡部はベッドに横たわる人物を覗き込んだ。
「薪さん」
 自発呼吸が困難なのか、薪は酸素マスクを付けていた。意識はない。
 ベッドの横に膝を着いて彼の手を握っていた青木が、縋るような瞳で岡部を見上げた。岡部さん、と震える声で呼ばれたが、岡部にもどうしようもなかった。
 重苦しく落ちる沈黙の中で、岡部は細い眉を険しく寄せるだけだった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(4)

 今年も強制連行されます、東京モーターショー。
 わたしは車には興味がないのですけど、オットが好きなんですよね~。
 普段はわたしの後に着いてくることが多いオットが、この日ばかりはわたしの手を引いてぐんぐん歩きます。草食系の彼が、2年に一度だけ肉食系になる日です(笑)
 と言うわけで、行ってまいりまーす。 






アイシテル 後編(4)








「もう、どこ行っちゃったのよ。克洋ー」
 家の中から消えてしまった鈴木を探しに、美香は外に出た。この世界はさほど広くはないが、人ひとり隠れる場所はいくらでもある。
 小さな池や原っぱや森の中を探し回って、その何処にも鈴木がいないことを確認すると、美香は一旦家に帰ることにした。彼が此処から出て行ったのなら、彼の荷物が無くなっているはず。自分が存在している以上それはあり得ないと思ったが、念のためだ。
「ああ、疲れた」
 歩くことに慣れていない美香は、家に帰り着くと同時に玄関先に座り込んだ。ちらりと下駄箱を見る。中には彼の靴が入っていた。大丈夫。消えてしまったわけじゃない。
 と、彼女が安堵したのも束の間。

「……なにそれ」
 指を指す手が震えた。信じたくない光景が目前に広がっていた。
 リビングのソファに腰かけた情人は、一人の人間を腕に抱えていた。とても美しい青年で、なんて説明するまでもない。鈴木が毎日ストーキングしていた男だ。
「薪だよ」
 それは知ってる。美香が訊いているのは、彼がどうして此処にいるのかということだ。
「さらってきちゃった」
「はああ~~?!」
 事情を聞いて、美香は悶絶しそうになった。
 あの追突事故で薪は即死。鈴木が現場に駆け付けた時は、自分が死んだという自覚どころか意識もないままに、天国に向かってふわふわと昇って行く途中だったらしい。それを勝手に持ってきてしまったのだ。

 無論、これは重罪だ。
 生物が死ぬとその魂は天界に集められ、魂管理局によって番号を割り振られ、その身柄は管理局で保護(管理)されるようになる。彼らは管理局が治安を保証する管理地内でのんびりと過ごし、次の身体に入る日を待つのだ。
 輪廻転生と呼ばれるそれは厳格なまでに平等なシステムで、あくまでも番号順に処理されるから次にまた人間になれるとは限らない。動物たちはおしなべて恭順だが、人間の中にはそれを拒否する者もいる。人間以外のものにはなりたくない、という人種だ。
 魂魄と管理局の間に利害関係が発生すると卑劣な手段でもって自分の望む転生を遂げようとする輩が現れそうだが、それはない。何故なら管理局は魂のナンバリングと管理を行うだけの役所に過ぎず、転生先は神のみのぞ知る、なのだそうだ。神さま相手に取引をしようと言う人間はさすがにいない。

 人に生まれ変われないなら幽体のままでいい、と言い張る人々は独自のエリアを持ち、そこで過ごすことが一応は認められている。鈴木もその中の一人だが、それは極々少数派だ。幽体のままでは長くは生きられない、否、存在することができないからだ。
 幽体は精神体であるから、精神力が切れると自動的に消滅してしまう。いくら生きることに執着の強い人間でも、たった一人で一年も暮らすと生きることに嫌気が差してくる。ここには地上ほどの刺激はないし、しなければいけないこともない。そんな理由から、単独でエリア内に住むものは長生きしない。鈴木は特殊な例だ。
 同じ少数派同士で交流を持てれば生活に張りもあろうが、それは規約違反になり、即刻エリア外、つまり地獄に追放される。この辺が管理局のあざといところだ。地獄で苦しい思いをしたり完全に消滅するよりは、自分たちの管理下に入って多くの同胞と楽しく過ごし、やがて来る輪廻を受け入れて次の生を生きる方が賢明だという構図を作っているのだ。

 天界のシステムは一旦措いて、問題は目の前のバカだ。天界へ向かう魂を途中で拝借するなんて、犯罪史でも初めてのことじゃないだろうか。
「あんたそれ、地獄行き確定」
「だって。放っておいたら薪が死んじゃうだろ」
「それは寿命ってやつでしょ。ただでさえ異端ってことで睨まれてるのに、連中の管轄に手を出したりして。どうなることか」
「違うよ。今回のこれは間違いだ」
 なんの根拠があって、と尋ねる美香に、鈴木は自分が行動を起こすに至った動機を説明してくれた。要約するとこんな話だった。

 鈴木は、彼の寿命がこんなに短くないことを知っていた。此処に来る前、管理局の担当者に教えてもらったのだ。薪が天界にやってくるのは鈴木が想像もつかないくらい先の話、厳しい修練を積んだ修行僧ならともかく普通の人間には耐えきれない、それくらい長い時間の後だと。
 鈴木はまだまだ彼を待つことができる。ならば今回のこれは間違いだ。

「バカ? ねえ、あんたバカなの?」
 そんなのは鈴木を輪廻に加わらせたい管理局の方便に決まっている。それが彼らの仕事なのだから。
 確かこの男は日本の最高学府の出だったはず、しかも優秀な捜査官だったはずだ。それがそんなことも見抜けないなんて。人間アタマ使わないとどんどん衰えるわね、あたしも気を付けなきゃ、と美香は独りごち、腰に手を当てて豊満な胸を反らした。
「連中、髪の毛逆立てて来るわよ。その子渡して、すみませんでしたって謝っちゃいなさいよ」
「ご冗談。せっかく薪に会えたのに話もしないで別れるとか、あり得ないっしょ」
 あり得ないのはあんただよ。

「空爆されるかもよ」
「そんなわけないじゃん。だって彼らは魂を守るのが仕事なんだから」
 なんて緊張感のない男だ。管理地に入らない人間の魂を彼らは守る義務がない。それがナンバリングを拒否することによって生じるデメリットの一つ。生まれ変われないと言う最大のデメリットに比べれば大したことではない。ここには地上のような危険はないからだ。しかし、自分たちの管理システムを乱されることを彼らは嫌う。原因を排除しようと躍起になるはずだ。システムに加わろうとしない鈴木は反乱分子のようなもの、その身上で今回のような騒ぎを起こしたら。彼らは異端そのものを排除しようとするのではないか。
 美香がその危険性をいくら諭しても、鈴木は聞く耳を持たなかった。

「あああ、こんなマダオがあたしの恋人だなんて情けない」
「オレ、おまえの恋人になった覚えないけど」
「はあ? あれだけ好きだの愛してるだのって、てか、さんざんやっといてなにその言いぐさ」
「それはお互いさま。いいじゃん。美香ちゃんだってイイ思いしたんだから」
「っざけんじゃないわよ! よくも弄んでくれたわね。覚えときなさい、ロクな死に方しないから」
 捨て台詞を投げつけ、美香は足を踏み鳴らして家を出て行った。けたたましい音を立ててドアが閉まる。家に残された鈴木は、腕の中で眠り続ける薪の髪を愛おしそうに指で梳きながらクスクスと笑い、
「うん、当たってる。ロクな死に方じゃなかったよ」





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ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(5)

 こんにちは~。

 今さらですけど、このお話の題名は平井堅さんの名曲「アイシテル」からです。
「ゴースト」という映画の主題歌になったのですけど、どう聞いても鈴薪さんだな~ってずっと思ってて。今回、書けてよかったです(^^






アイシテル 後編(5)







 ベッドに横たえた薪の身体に薄い布団を掛け、鈴木は彼の枕元に座った。彼の顔がよく見えるように、髪をそっと後ろに流す。頬、耳、額。すべてが顕わになると、鈴木はその美しさに我知らず息を飲んだ。
 長いこと、画面の彼しか見ていなかった。それだって充分にきれいだったが、映像化できるのはあくまでシステムの解像限界値まで。本物の彼は泣きたくなるほどに美しい。
 忘れていたわけじゃないけれど。
 彼に会えなかった時間、彼を見ることができなかった時間の長さが、鈴木の感動を大きくしていた。
 手放したくないと、思うより早く自分を戒めた。薪をここに連れてきたのは死なせるためじゃない。

 あの頃と同じ、丸い頬に手を当てた。手触りも温かさも、昔のままだった。豊かな睫毛もつややかなくちびるも、この手に抱いていた頃と変わらない。
 触れてみたいと思っていた、ずっと。
 冷たい画面を手のひらでさすりながら、彼の輪郭を指先で辿りながら。この睫毛に唇に、触れたいといつも願っていた。
 指先で睫毛の先端をそっと撫でると、風に吹かれた草がお辞儀をするように波打った。くちびるはやわらかく、しっとりと艶を含んでいた。
 耳の下に手を差し入れた。首の後ろをやさしく愛撫すると、ぴくっと瞼が動いた。

「薪」
 そっと呼びかけると彼は眼を開けた。くちびるが小さく開いて、すっと息を吸い込んだ。
 亜麻色の瞳は月のごとくに輝いていたが、焦点は合っていなかった。茫洋とする彼に、鈴木はにっこりと微笑みかけた。まずは彼を安心させることだ。
「気が付いた? 気分はどう?」
 薪は答えなかった。まだ夢の中にいるのか、ぼんやりと鈴木を見ていた。
「薪。落ち着いて、オレの話をよく聞いて」
 この世界にいる間、薪に守ってもらわなくてはいけないことが幾つかある。鈴木はそれを彼に説明するつもりだった。パニックを起こされるのが一番怖い。下手をすると彼を地上に戻せなくなってしまう。

 薪は口を開き、何か言いかけた。でも声は出なかった。細い指が白い喉に当てられ、枕の上で弱々しく首が振られた。事故のショックで声帯が上手く動かないらしい。
「無理に喋らなくていい。聞いて」
 鈴木は薪の唇に人差し指を当て、彼の言葉を封じた。恋人同士だった頃、こうして彼のくちびるを指で塞ぎ、その後は自分の唇で塞いだ。鈴木には昨日のことのように思い出せる、でも彼にとっては20年以上も昔の話。
 頷く代わりに、薪はゆっくりと瞬きをした。長い睫毛が彼の瞳を覆い隠し、再び開かれた琥珀は瑞々しく潤っていた。いっそう煌めく宝石のような瞳に、胸が焼け焦げるような痛みを覚える。
 昔と変わらないなんてもんじゃない。薪はあの頃よりもずっときれいになってる。
 あの男の側で彼の愛を受けて、愛し愛されることの喜びが薪をこんなに美しくしたのなら。その恩恵を授かる権利は自分にはない。自分は、あの男のように貫き通すことができなかった。

「事故のことは覚えてる? OK、安心して。薪はまだ死んだわけじゃない。天界の管理局でナンバリングされたら死亡確定だけど、ここから地上に戻れば大丈夫。ちゃんと生き返れる。
 ただ、いくつか問題はある。一つは地上とこの世界の間にある障壁。これは一方通行になってて、地上からここに来るのは簡単だけどその逆は厄介だ。ぶっちゃけ、今の状態でぶつかったら薪の身体は消し飛ぶ」
 自分が死にかけていること、生き返るには困難を伴うこと、それらは薪にとって衝撃であったはずだ。しかし薪は冷静に鈴木の話を聞いていた。その瞳は終始澄み切っており、悲嘆や困惑で曇ることはなかった。
 薪の豪胆さに、鈴木は舌を巻く思いだった。さすがは薪だ。若い頃から捜査の最前線で幾多の修羅場を経験してきただけのことはある。
「でも心配することはない。障壁には弱まる時期がある。新月の夜の午前二時から三時の間、その時ならオレのサポートで十分通り抜けられる。最も近いのは三日後の夜だ」
 表面には出ない彼の不安を払おうと、鈴木は軽く自分の胸を叩いた。自信たっぷりに頷いて見せた。そんな鈴木に向かって、薪はうっすらと微笑んだ。ありがとう、と言われたのだと思った。

「その間、注意点が三つある。一つはこの家から出ない事。二つ目、勝手な行動を取らない事。三つ目、これが一番大事だ」
 肝心なことを言う時の癖で、鈴木は薪の眼をじっと見つめた。吸い込まれそうな琥珀に騒ぐ心を抑え、努めて冷静に鈴木は言った。
「ここに、薪がいた痕跡を残さないこと」
 残るのは鈴木の心の中だけ。現実には何も残してはいけない。何故なら薪はここに来なかった。そういうことにしておかないと、後で薪が困るのだ。
 万が一、此処に彼のものを残したら。それがどんなに微細なものでも、本来の寿命を全うして天界へ向かう時、薪はこの地に引き寄せられてしまう。天国へ行けなくなってしまうのだ。
 鈴木が此処に留まっているのは彼をずっと見ていたかったから。謂わば鈴木の我儘だ。それに薪を巻き込むわけにはいかない。

「髪の毛一本残しちゃいけない。汗も涙も。あ、ここでは生理現象は起きないから、それは安心していい。分かったか?」
 最後に念を押したのに、薪は頷かなかった。合図の瞬きもしなかった。相変わらず、潤んだ瞳で鈴木を見上げるだけだった。
「おい、ちゃんと聞いてたかあ? 大事なことなんだぞ」
 秀でた額を指で軽く押し、顔を近付けると薪の手がおずおずと伸ばされた。鈴木の頬を、実体を確かめるように触る。少しずつ角度を変えて何度も触る。
 まだ、これが夢なのか現実なのか判断が付かないのだろう。薪がもう少し元気になったら再度説明してやろうと鈴木は考え、右手を愛撫の形に変えて彼の額をそっと包んだ。
「少し眠るといい。そうしたらまた、――っ」

 いきなり後頭部を引き寄せられ、鈴木は前につんのめった。思いもかけない強さだった。
 危ない、と文句を言おうとしたが為せなかった。鈴木の言葉は薪のくちびるに吸い込まれた。
「っ、だからっ、聞いてたか、オレの話!」
 ベッドに両手を付き、慌てて身を起こす。なんてことだ、ちゃんと説明したのにまるで伝わってない。
「何も残しちゃ駄目なんだよ。唾液もダメ、わわっ」
 身体を支えていた両手をバシッと外側に払われた。バランスを崩した鈴木の長身がベッドに転がる。肩を掴まれて仰向けにされた。気が付いたら薪が自分の上に跨って、鈴木のシャツのボタンを外していた。

「ダメだってば、薪! ちょ、待て、脱がすな、きゃー!」
「動くなよ。縛るぞ」
 どこで覚えた、そんなこと! てか、再会第一声がそれ?!
「決めてたんだ。次に鈴木に会ったら絶対襲うって」
 なにその連続強姦魔みたいな決意。
「そ、それが警察官の、ひっ」
「黙ってろよ。興が醒める」
 鈴木の胴体を自分の太腿で戒めたまま、薪はシャツを脱いだ。上半身裸になって、額に掛かる前髪を片手で後ろに払う。
「なんか薪、雰囲気違う」
「どんな風に」
「大人っぽくなった」
「当たり前だろ。今は僕の方が年上なんだから」
 薪は今年で43歳。33歳で死んだ鈴木より10歳年上になるわけだ。とてもそうは見えないが。
「オレの可愛い薪はどこへ」
「40過ぎのオヤジが可愛いわけないだろ」
 いや、見た目は充分可愛いけど。
「でもオヤジにはテクニックってもんがある。若いだけが取柄の女なんかより、ずっと気持ちよくしてやるぞ」
 自分で言うだけあって、薪はいい仕事をした。手指も舌も、この世のものではないように動いた。目も眩むような快楽。流されそうになるのを必死に堪える。

「だーっ! だめだめ、キスもヤバイのにセックスなんてとんでもない!!」
「キスしたんだから同じだろ」
 僕の唾液の味どうだった、と耳元で囁かれ、耳を噛まれる。「はにゃ」とヘンな声が出た。くくっ、と笑う薪に、鈴木は精一杯冷静な声で、
「オレの身体に残す分にはいいさ、それはオレの一部になるから。でもこの世界に落としちゃダメなんだよ。要するに、薪はここに精液出しちゃダメ」
「鈴木が飲めば」
「ああ、なるほど。て、そういう問題じゃない!」

 うるさいな、と薪はぼやき、ようように鈴木の上から退いた。ベッドの上に胡坐をかいて、くいと顎をしゃくる。
「じゃあどういう問題なんだよ」
 斜めに見下ろすように鈴木を見て、薪は不機嫌に眉を吊り上げた。昔より数段怖くなってる。この薪を口説けるなんて、青木と言う男は大した度胸だ。
「問題はこいつだ」
 鈴木はベッドから降りた。何となく、シャツの前を掻き合せてしまう。セックスが中断された時は気恥ずかしいものだ。
 対する薪は恥ずかしがる様子もなく、裸のまま鈴木の後について来た。寝室の床に設置されている画面の前に鈴木が座ると、当然のようにその膝に腰を下ろした。
「薪。そこに座られたら操作ができない」
「わがままだな、鈴木は」
 なんて性格の変わらない男だろう。おまえに言われたくないよ、と口を衝いて出る悪態を無理やり飲み込んで、鈴木は画面のスイッチを入れた。これを見れば薪の態度も変わるはず。

 膝の上から退去させられたことがショックだったのか、薪は鈴木の視界から身を隠し、なんて思ったら大間違いだった。視界からは外れたが、密着度は上がった。薪はぺったりと裸の胸を鈴木の背中に押し付け、後ろから負ぶさる様にして一緒に画面を覗いたのだ。まるでおんぶお化けだ。
 鈴木が画像を調整する間、薪は鈴木の首やら耳やらを舐め回し、シャツの合わせから手指を滑り込ませて、ちょっと乳首いじんないでくれる、くすぐったいから。
「薪。邪魔なんだけど」
「気にするな。続けろ」
 その態度がどこまで持つかな、と鈴木は心の中で少々意地悪な質問を薪に投げる。スクリーンには病院の建物が映っていた。病室まであと一歩だ。

 鈴木が画面を弾くと、意識を失くしてベッドに横たわる薪の姿が現れた。傍らに付き添う青木の姿も。

「彼のことはいいのか」
 薪の手が止まったのを確認して、鈴木は問いかけた。
「彼だけじゃない、みんな薪を心配してる」
 連絡網が機能したらしく、病室には青木の他にもたくさんの見舞い客がいた。第九の部下たちに官房室の上司。所長に室長会のメンバーに、五課の課長もいる。病室付近の廊下は、中に入りきれなかった人間で溢れていた。
 みな一様に、眉を寄せていた。つらそうな眼をしていた。
 少し離れたトイレの個室に籠って、ぐずぐずに泣いている雪子の姿があった。医者の彼女には分かっているのだ、薪の近い未来が。自分が泣いているところを他の人に見せたらその事実に気付かれてしまう。だからこんなところに隠れているのだろう。

「みんなが大事なんだろ?」
 薪は鈴木から離れた。分かってくれたらしい。
 鈴木はホッと胸を撫で下ろし、隣に座った薪を見やった。薪は切なそうな瞳で、自分のために右往左往する彼らを見つめていた。
 やがて薪は言った。
「そう。僕には大事な人がたくさんいる」
 何もかも失ったと思っていた、だけどそうじゃなかった。後から後から、大切なものは生まれてきた。自然に増えていった。気が付いたら周り中が大切なものだらけだった。
「だろ。早く帰らなきゃ」
 あそこが薪の居場所。自分では薪に与えることのできなかった愛に満ち溢れた世界。早く帰してやりたいと思った。
 でも薪は笑った。鈴木はバカだな、と嘯いた。
「たくさんいるんだ。だから大丈夫なんだよ」
「大丈夫って、なにが」
 訊き返したらまた笑われた。本当に頭悪いな、だから警視正の試験10回も落ちるんだよ、と冷たい目で見られた。落ちたのは3回だったと思うけど、怖くて言い返せなかった。

「たくさんいれば支え合って前に進める。だけど、鈴木は一人だろ」
 人は一人じゃ生きていけないんだよ。

 あやうく泣くところだった。
 生まれ変わることで薪を忘れてしまうのが嫌で、鈴木はこのエリアに独りで暮らすことを選んだ。薪が生きている限り彼を見守りたい。そう思っての選択だったが、ひとりぼっちは辛かった。生前、家庭にも友人にも恵まれていた鈴木は、独りになった経験がなかった。初めて味わう孤独に何度も潰されそうになった。寂しさに耐えかねてスクリーンを覗くと、そこにはかつての友人や恋人が楽しそうに笑っていた。自分がいなくても。
 孤独感はますます大きくなった。彼らが人生を謳歌していることを素直に喜べなかった。自分は厭な人間だと思った。
 孤独と自己嫌悪に苛まれ、鈴木は泣いた。誰もいないのをいいことに、大声で泣き喚いた。その時の気持ちを思い出してしまったのだ。
 今は、それも乗り越えた。穏やかな気持ちで彼らを見守ることができるようになった。
 床に座って、眼の高さを同じにして自分を見つめる薪に、鈴木はにこりと微笑んだ。

「違うよ、薪。オレは独りじゃない」
 嘘だった。だけど3日くらいなら吐き通せると思った。
「新しい友だちもできて結構楽しく、っ」
 先刻、鈴木が薪の言葉を封じたように、薪は鈴木の唇を指で塞いだ。違ったのは、そのあと唇でしっかりと塞ぎ直したことだ。
「さっき鈴木は他の人間のことを何も言わなかった」
 鈴木が息を乱すほど濃厚なキスだったのに、薪は何ともないようだった。昔はちょっと激しくすると涙目になっていたのに、人って変わるものだ。
「姿を見られないようにとか、他の人と喋らないようにとか、此処にいた痕跡を残すなと言いながら鈴木以外の人間との交流を禁じる項目が一つもないのは変だ。すなわち、此処には鈴木以外の人間は一人もいない」
 さすがは警視長どの。見事な推理、てか揚げ足取りで。

 声を失った鈴木に、薪は子供にするようにその頬を撫でた。唇の端や頬にくちづけながら、やさしい声で言った。
「僕がいるよ」
 最後に軽く頬ずりすると、薪は鈴木から離れた。お互いの顔が見える距離を取り、彼は宣言した。
「これからは、ずっと僕がここにいる。鈴木の傍にいる」
 細い指に何度も目元をなぞられて、鈴木は自分が泣いていたことにようやく気付いた。向かい合った薪の瞳も濡れてる、そう見えるのは自分の視界が濡れているからなのか。

『鈴木』
 声に出さずに、薪は鈴木の名前を呼んだ。読唇術に精通した鈴木の眼が、その動きを精確に読み取る。
 アイシテルと薪のくちびるが動いた。





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アイシテル 後編(6)

 こちら、鈴薪さんのRになっております。生理的に受け付けない方と、18歳未満の方はご遠慮くださいね~。





アイシテル 後編(6)



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アイシテル 後編(7)

 再会の鈴薪さんに拍手をありがとうございます。
 この先はわたし的に最高萌える展開となっております、が、きっとすずまきすとさんは勿論あおまきすとさんにもブーイング必至なんじゃないかと要は人間的にそれはどうよ的な展開ってことで誠にすみませんです、謝りますので怒らないでください。





アイシテル 後編(7)






「食事が済んだら散歩に出たい」
 食後のコーヒーを飲みながら薪がねだった。鈴木は素早く思考を巡らせる。反論を組み立てて、卵焼きを飲み込んだ。
 起きたら昼を過ぎていて、太陽が高く昇っていた。窓からは野原と小さな森と青空が見える。散策には持ってこいの風景だ。しかし。
「家の外はちょっと」
「どうして」
「誰かに見られたら」
「此処に鈴木以外の人間がいないことは立証したと思ったけど」
「実は外の空気は有害で」
「昨夜、窓開けっ放しだったろ」
 薪は頭がいい上に理屈屋だ。鈴木が捻り出した咄嗟の嘘に納得してくれるような易しい相手ではない。それでも、何とかして彼をこの家の中に留めなくてはいけなかった。
 たった3日とはいえ、人間が生活する以上その痕跡を一つも残さないなんてことは不可能だ。薪に気を付けるようには言ったものの、実際にそんなことができるとは鈴木も考えていなかった。

 鈴木は薪が地上に戻った後、家そのものを消し去ってしまう心算でいた。このエリアの中にある人工物はすべて鈴木が作ったのだ。出すも消すも自由にできる。今だって、精神体には必要のない食事を一緒に摂りたがる薪のために、調理器具とキッチンを作ってやった。材料がいっぱいに詰まった冷蔵庫も。
 だが、エリアの土台となる大地や自然は管理局から与えられたものだ。鈴木の意志でどうにかできるものではない。そこに薪のDNAが染み込んだらどうしようもない。一つだけ、それを浄化する方法があるにはある。が、できればそれは避けたい。
 要するに、家の中なら何をしても家ごと消せるが、屋外では髪の毛一本落とせないと言うことだ。よって外には出られない。その事実を薪にどう説明するか。

 鈴木が難しい顔になると、薪はふっと肩の力を抜いて椅子の背に寄り掛かった。
「わかった。鈴木が困るならしないよ」
「そうしてくれると助かる」
「一つ確認、いい?」
 素直に引き下がった薪に頬を緩めたのも束の間、鋭く切り込む尋問口調に、鈴木はまたもや緊張する。薪の眼は鬼の室長のそれになっている。下手な回答は命取りになるということだ。
「僕はずっとここにいていいんだよね」
 テーブルに身を乗り出して、薪は尋ねた。真剣な声音だった。
 隠しきれないと鈴木は思った。この質問が出ると言うことは、薪は鈴木の本心に気付いているということだ。どちらにせよ、計画には薪の協力が不可欠だ。いくら新月の夜とはいえ、本人に帰る意志がなかったら鈴木の力だけでは障壁を突破できない。
 木製のダイニングテーブルの上で固く握られた拳を、鈴木は自分の両手で包んだ。小さいけれど、骨のしっかりした男の手。この手と同じように、薪は芯は強い。本当のことを告げて大丈夫だ。
「昨夜はあんなことになっちゃったけど。やっぱり薪は帰った方がいい」
 鈴木の言葉を予期していたのだろう。薪は表情を変えなかった。
「なんで」
 平坦な声だった。加えて完璧な無表情。鈴木が何を言っても首を縦に振らなそうだ。
「なんでって。ほら、これ見ろよ。胸が痛むだろ」
 論より証拠、百聞より一見だ。鈴木はパンを口に咥えたまま薪をベッドルームに連れて行き、床に設置したパネルに地上の光景を映し出した。

 病院のベッドに横たわる薪と、その隣で看護を続ける青木の姿があった。薪の手を両手で握ったまま、青木は身じろぎもしない。目は真っ赤で、顔色はひどく悪かった。食事も睡眠も満足に摂っていないのだろう。
 家にも帰らず、仕事も放り出して。常軌を逸した青木の献身ぶりに、勘のいい人間なら気付くだろう、二人がただならぬ関係にあること。
 思い知らされる。彼の薪に向かう愛情の、なんて真っ直ぐなことか。その潔さに嘆息する。彼はすべてを捨てて、親も兄弟も友人も、未来さえも捨てる覚悟で薪を愛し抜くことを選んだ。自分にはとてもできない。否、できなかった。

「彼にはおまえが必要だよ」
「大丈夫だよ。青木にはいい友だちがたくさんいるから」
「呑気なこと言うなよ。後追い自殺でもされたら寝覚め悪いだろ」
「いいよ。死んでも」
 鈴木はびっくりして顔を上げた。冗談でもあり得ないと思った。でも、事実はもっと衝撃的だった。薪は本気だった。
「僕は鈴木が望むならなんでもする。人殺しでもなんでも」
 薪は青木を見ていなかった。彼は鈴木だけを見つめていた。
 亜麻色の瞳に宿っているのは狂気でも熱情でもない、至極冷静で理知的な輝き。そのことが鈴木の背中をいっそう寒くする。彼を説得できる自信がまるで持てなかった。

「オレがいつそんな物騒なこと頼んだよ」
「自分を撃てって言ったくせに」
「頼んだのは胸じゃない。ここだ」
「そこは撃てないよ。僕と鈴木の思い出が消えちゃう」
 薪は膝立ちになって、鈴木の頭を胸に抱いた。
「僕の脳はとっくに汚い秘密で汚れてしまったけれど。鈴木のはきれいなままだった。だから壊せなかったんだと思う」
 美しい思い出が眠る美しい脳を。壊すのは忍びなかった。

 薪の心臓の音が聞こえる。誰かの心音を聞くのは、実に8年振りだった。
 自分が失ってしまったもの、でも薪にはまだ残っているそれ。この音を消してはいけない、失くしてはいけない。
 そう思うのに、抱き締められればその温もりを自分の元に留めたい気持ちにもなって。意志の弱さに落胆する。初志貫徹は昔からあまり得意じゃない。

「ああ、お腹いっぱいだな。ちょっと食べすぎちゃった」
 やや唐突に薪は鈴木から離れ、自分の胃の辺りをさすった。昨夜抱いた時も思ったが、薪は相変わらず細い。ウエストなんか片手で掴めてしまいそうだ。とても40過ぎの男の体形とは思えない。
「食べたのに排泄されないって不思議だな」
「実際に食べたわけじゃないから」
 どういうこと、と薪の瞳が問いかける。鈴木はこの目に弱い。洗いざらい喋ってしまいたくなる。昔、薪は犯人を自白に追い込む達人だと1課の友人に聞いたことがあったが、きっとそれはこういうことなのだろうと鈴木は幸せな勘違いをしている。
「このパンは物理的には存在しない。感覚で食べたと認識しているだけだ」
「バーチャルリアリティみたいなもの?」
「そう」
 だからいくら食べても腹は出ないぞ、と鈴木は手にしていた3枚目のトーストをかじった。
「つまり、錯覚ってこと」
「まあそんなものだな」
 て言っても、錯覚を起こす脳も実際にはないんだけどな。

 鈴木は笑ったが、薪は笑わなかった。真剣な瞳で鈴木を見つめ、自分の頬を両手で包んだ。それから鈴木に手を伸ばして、鈴木の肩に触れた。もう一度鈴木の頭を抱きしめた。髪に鼻先を突っ込んで匂いを嗅いだ。髪をひと房口に含み、味を確かめるように舌を動かした。
「薪くん。ハラ壊す心配がないからってオレを食べないでね」
「昨夜のことも?」
 薪が頭皮に唇を押しつけるようにして喋ったから。その言葉は直接脳に届いた気がした。
「あれも錯覚?」
「……そうだよ」
 返事をするのに時間がかかった。即答しなくてはいけなかったのに。鈴木は自分の解答を補完するために、ダメ押しの言葉を重ねた。
「妄想みたいなものだ」
 薪は鈴木から離れた。あんなに愛し合ったのに、それを錯覚だとか言われて悲しくなったのだろう。だけど、慰めるわけにはいかなかった。薪に、自分から地上に帰りたいという気を起させるためには。

 薪はダイニングに戻り、テーブルの上にバランスよく配置された皿を丁寧に重ね始めた。パンも卵も野菜サラダもきれいに食べつくされて、空っぽになった皿。でも本当は初めから何もなかった。薪が手にしているその皿さえも。
 効率よくまとめた食器を持って薪は、ベッドルームの床に座ったままの鈴木に背を向けた。
「鈴木には錯覚にすぎなくても。僕には現実だった」
 薪の背中はしっかりと伸びていた。鈴木の上司だった頃のように、細いけれど強い決意を秘めた背中。
「忘れるよ」
 その背中を斬りつけるように、鈴木は言葉を放った。
「地上に戻ればここでの記憶は全部消える。だから安心していい」
 流しに向かって歩きかけた薪の足が止まった。振り向くことはしなかったけれど、彼がどんな表情をしているか、鈴木には察しがついた。
「忘れない。絶対に」
 低い声で薪は言った。相変わらず頑固な男だ。自分の考えに固執する、悪い癖が直っていない。
「そもそも僕は、ここを出て行く気はない」
「薪」
 去ろうとした彼を、鈴木は呼びとめた。細い肩がびくっと上がった。が、薪は振り返ろうとはしなかった。
「オレが困ることはしないって言っただろ」
 突然、瀬戸物が割れる音がした。鋭く幾重にも重なり合うその音は、暴力的な加速度を伴っていた。薪が持っていた食器を床に投げつけたのだ。
「じゃあどうして連れてきたんだよ! 放っておけばよかったじゃないか!」
 激昂する薪を無視して、鈴木は右手をひと払いした。床に散らばったガラスや瀬戸物の欠片が一瞬で消えてなくなる。薪は狼狽し、咄嗟に出そうになった声を左手でくちびるごと押さえた。凄惨なMRI画像を見たときのように。

 薪は軽く目を閉じると動揺を飲み込んで、静かに訊いた。
「僕がいると鈴木が困るのか」
 うん、と鈴木は微笑んだ。我ながら上出来だと思った。
 食器が消えて仕事を失った薪の両手は、力なく両脇に垂れた。張りをなくした肩が落ちる。俯くと、前髪が彼の顔を隠した。
「気紛れに拾って可愛がって都合が悪くなったからって捨てるの、一番残酷だ」

 ――泣きそうだ。
 薪が泣きそうだ。こんな顔をさせたいのじゃないのに。

「薪」
 呼びかけた声に想いが滲み出た。

 愛しい薪。オレの薪。泣かないで。
 何度も何度も画面のこちら側から叫んだ、声が嗄れるまで呼び続けた。薪が現れて、届かなかった声が彼に受け止められたとき、オレがどんなに嬉しかったかわかるか。明後日には消える記憶だと知らされて本当に泣きたいのはオレの方だ。

 一瞬の綻びを、薪は見逃さなかった。ほつれた糸を全力で引いて、あっという間に鈴木の中に飛び込んだ。
 走り寄ってきた薪が自分に口づけるのを、鈴木は止められなかった。
「鈴木。僕を放さないで」




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アイシテル 後編(8)

 こんにちは!
 大好きな人からおめでとうメールをもらって、水道局の冷たい視線もへいちゃらなしづです。(下請けの都合で工事の取り掛かりが遅くて叱られてる。実施工程表出せとか言われちゃった(--;)



 ところで。
 鈴薪祭り、盛り上がってますね~!

 えあこさんのブログでは香典漫画が着々と進められてますし(えあこさん、続きカモンッ!)、
 相原尚さんのブログ「あるがままに」では、胸キュンな鈴薪SSが始まりました。
 尚さんの鈴薪はね~、とっても切ないの。すごく原作に近いんじゃないかと思う。(URLはこちら。 「在るがままに。」 ←クリックすると飛べます)
 ツイッターでは、あやさんが素敵な鈴薪イラストを描いてくださいました♪
 あやさん、とても綺麗な絵を描かれるんですよね~。ツイッターやってる人はぜひ見てくださいね。

 そしてわたしのブログでは、ドSの書いた鈴薪SSが誰も喜ばない展開になろうとしてry。
 ホントすみません、一人で盛り下げて(^^;


 今日のお話、追記必至の痛~いRシーンが含まれます。
 18歳未満の方と苦手な方はご遠慮ください。てかこの話、S展開ばっちこいの方だけ読んでください。←いまさら!!





アイシテル 後編(8)






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アイシテル 後編(9)

 ご無沙汰してますっ、しづは生きてますっ。

 現場始まりの週はトラブル続きでメチャクチャ忙しかったです。
 やっぱり最初はイロイロあるです。とりあえず、軽トラックのおじさんに怒鳴りつけられて下水道課長にめっちゃ叱られました。シビアだなあ。
 
 仕事もシビアですがお話はもっとシビアです。
 シビアの頭文字もSってことで☆






アイシテル 後編(9)







 その夜、寝室に入れてもらえなかった薪はリビングのソファで眠り、朝はいつもの時間に目を覚ました。
 鈴木が用意してくれた服を着て、鏡の前で身づくろいをした。眼は多少赤かったが、この程度なら問題はないと割り切った。それから、食べてもらえるかどうか分からない朝食の準備をした。他にすることがなかったから。
 必要ないはずなのに、冷蔵庫にはたくさんの材料が入っていた。自分では作れもしないくせに、食いしん坊の鈴木らしくて笑った。
 不思議なことに、一番下の引き出しには鈴木の嫌いな野菜が満載だった。奥を探ったら鈴木が見るのも嫌だと言っていたはずの納豆まで出てきて、薪のために用意してくれたのだと分かった。
 彼のやさしさにときめいた。
 これからは彼に色んなことをしてあげられる。話相手も身の回りの世話も。何でもしてあげたいと思った。

 献立は、作るのに時間の掛かる和食にした。鈴木が姿を現すまでの間、何かしていることがあった方がいい。その方が気が紛れる。
 1時間以上も掛けて朝食を作り、食卓に並べた。味噌汁は煮立て直すと味が落ちるから、味噌を入れる前の段階で火を止めておいた。鈴木の好きな豆腐とナメコの味噌汁。早く来ないと豆腐に火が入りすぎちゃうぞ、と寝室のドアに呟く。
 それから更に1時間。待っても鈴木は姿を現さなかった。
 寝室からは何も聞こえてこない。薪は不安になった。もしかしたら鈴木は自分を此処に置いて、何処か別のところへ行ってしまったのではないか。
 薪が外に出られないように、家中の窓と玄関には鍵が掛かっていた。しかし、これを作った鈴木なら自由に出入りできるはずだ。寝室には、鈴木の身体が通るのに十分な大きさの窓もあった。
「鈴木」
 寝室のドアを叩きながら、薪は呼び掛けた。
「鈴木、まだ寝てるの。朝ごはんできてるよ」
 しばらく待ったが、返事は返ってこなかった。寝室のドアに鍵はない。薪は躊躇いつつもドアを開けた。

 中の情景が眼に入ってきて、薪は思わず立ち竦んだ。
 鈴木はベッドにいた。でも一人ではなかった。ふんわりした巻き毛を長く伸ばした若い女性と一緒だった。彼女は裸で、鈴木の下から鈴木の肩越しに薪を見た。
「だれ?」
「友だち。こないだ話したっしょ」
「ああ例の。――ちょっと、止しなさいよ」
 鈴木は彼女から離れる気配もなかった。下半身はシーツで隠れていたけれど、その動き方と彼女の反応で何をしているのかは分かった。

「鈴木。どういうこと」
 寝室に鍵を作ることもできたはずなのにそれをしなかったのは、隠す気がなかったからだ。むしろ見せたかったのだろう。
「どういうことって、これ見て分からないの?」
「君には訊いてない」
 厳しい口調で薪は女を黙らせた。鈴木はようやく行為を中断し、首を巡らせて薪を見た。女の上から退いてベッドに座る。裸の胸に彼女を抱き上げて、自分の膝に座らせた。いつも薪にしてくれたみたいに。
「3日くらいなら我慢しようと思ったんだけど。おまえ、居座るつもりみたいだから。隠しても無駄かなって」
「僕がここにいると都合が悪いってこういうこと?」
「そう」
 針みたいに尖った薪の視線をものともせず、鈴木は頷いた。その唇が手が、再び彼女の身体を愛撫し始める。
「ちょ、止めなさいよ。お友達、びっくりしてるじゃない」
「いいじゃん。美香ちゃん、人に見られた方が興奮するでショ」
「ばっかじゃないの。あんたでしょ、何処でもやりたがるの」
 再会した夜、愛を確かめ合ったベッドで。鈴木は別の女を抱いた。自分がここを訪れるずっと前からそれは繰り返されていたのだと知って、薪はある決意を固めた。

「鈴木がそういうつもりなら。僕にも考えがある」
 薪はさっと身を翻し、ドアを開け放したまま何処かへ走り去った。
 この家の中からは出られない。そう高を括っていた鈴木は、帰ってきた薪を見て仰天した。彼は右手に、昨日鈴木が作ってやったばかりの包丁を携えていた。
 一瞬で、鈴木は薪が手にした凶器を消し去ることができた。その判断が遅れたのは、彼に刺されて滅失することの甘美さに酔わされたからに他ならない。
 薪が鈴木の肉体を滅ぼした、それからの数ヶ月。薪は完全に鈴木のものだった。あの時の喜びは忘れられない。鈴木が生まれて初めて味わった歪んだ幸福。
 刃物を構えた薪を見て、美香が悲鳴を上げた。自分に向かって突進してくる薪を、鈴木はうっとりと見つめた。

 白い布がふわりと舞った。それを鈴木はシーツだと思った。鼻先を掠めた布の感触で分かった、それは窓に掛かったレースカーテンだった。
「な」
 気づいた時には遅かった。薪は窓枠を蹴って屋外に飛び出していた。
 大地や池と同じように、大気も鈴木には作れない。だから何処か1箇所は必ず窓を開けておく必要があった。そこを衝かれた。
 窓に走り寄って外を見ると、薪はこちらを向いて立っていた。すっきりと伸びた背筋と優雅な二本の脚がとてもきれいだった。
 彼はシャツの左袖を肘までめくった。白くたおやかな腕が顕わになる。そこに、何の迷いもなく彼は包丁を突き立てた。
「薪!」
 ざあっと血の雨が降り注ぐ。地面の草が赤く染まった。

「なんてことを」
 鈴木は絶望に呻いたが、薪の暴走は止まらなかった。彼は腕を押さえて辺りを見回し、森の方へ駆けて行った。鈴木が慌てて追いかける。
「待てよ! 薪!!」
 学者然とした外見を裏切って、薪はスポーツも得意だし脚も速い。やっとの思いで鈴木が彼に追いついた時にはすべてが終わっていた。森に自生する植物も地下から湧き出る泉にも、薪の血が溶け込んでいたのだ。
 湧水が作る小さな池の畔に立ち、傷ついた腕を伸ばして水面に血を滴らせる薪を、鈴木は詰った。自分でも情けないくらい声が震えた。
「薪。おまえ、自分が何をしたか分かってるのか」
 計画を台無しにされた。その怒りを抑えるよりも、涙を堪える方が大変だった。薪がしたことは致命的で、覆しようがなかった。

「腹いせのつもりだったかもしれないけど、おまえがしたことは」
「人に説教する前にパンツくらい穿けば」
「はにゃっ?!」
 奇声を上げると同時に鈴木は前を隠した。急拵えの服を鈴木が身に着ける間に、薪は鈴木に背を向けて、血で汚れたシャツを脱いだ。そのシャツを歯で噛み割き、作り出した端切れで傷口を縛る。さすがは元捜査一課のエース、応急手当てもお手のもの、と言いたいところだが、片手しか使えないせいで苦労している。見かねて鈴木は包帯を出し、彼の腕に巻いてやった。
 鈴木に傷の手当てをしてもらいながら、薪は勝ち誇ったように笑った。
「これで僕は二度と地上に帰れない。そうだろ」
 鈴木は弾かれたように顔を上げ、すると薪は「痛い」と文句を言った。自分でやっておいて、本当に勝手な男だ。
「僕が気付いていないとでも思ったのか」
 もちろん、そう信じていた。だって何も話していない。彼は一体どうやってこの世界の仕組みを知ったのだろう? 鈴木は不思議でならなかった。

 いつ、と鈴木は訊き、最初から、と薪は答えた。

「おまえ、僕に3つ警告しただろ」
 それは覚えている。中でも一番大事な『薪がここにいた痕跡を残さないこと』は一日目にして破られてしまった。それ以上に重要なことはないと、鈴木は薪に信じさせることができたと考えていた。
 でも薪には分かっていた。万が一に備えて鈴木が仕込んだフェイクを、最初から見破っていたのだ。
「一番初めに一番大事なことを言え。おまえにそう教えたのは僕だ」
 すなわち、『家から出てはいけない』。
「上司の言いつけをちゃんと覚えていたな。えらいぞ、鈴木警視」
 皮肉たっぷりに褒められて、鈴木は自分の浅はかさを思い知る。薪は天才だ。鈴木ごときのトラップに掛かるような相手ではなかったのだ。
「あー、負け負け。おまえには敵わん」
 包帯の端をマジックテープで留めて、ぽん、と叩いた。うっ、と薪が顔をしかめる。いい気味だ。

 鈴木が巻いた包帯を薪は満足気に撫でた。上目遣いに鈴木を見て、意地悪そうに微笑む。
「論功行賞。褒美は何がいい」
「分かってるくせに」
 三日月形に吊り上がった彼のくちびるを指先で撫でると、薪は表情を改めた。薪は天才で自分は凡人。分かっているけど、やられっぱなしはやはり面白くない。
「……好きなだけ取るといい」
「では遠慮なく」
 深く長く、くちづけた。彼の息が続かなくなるまで。彼の芯が蕩けて、その手が鈴木に縋るまで。
 彼の呼吸が怪しくなってきたから、続きは後で、と彼を立たせた。足元がふらふらしている。血を撒き散らしながら全力疾走してたくせに、おかしなやつだ。

 家路を辿る間は、手をつないで歩いた。正確には薪が鈴木の手を放さなかったのだが、鈴木も同じ気持ちだった。
 鈴木はもう、薪を地上に戻す気はなかった。彼がそこまで望むなら。この身が亡ぶまでここで二人で暮らそう。

 道すがら、鈴木は疑問に思っていたことを薪に聞いた。
「どうして血を?」
 痕跡を残すのが目的なら、地面に唾を吐けばいい。髪の毛でも。それをわざわざ、自分を傷つけなければいけない血を選ぶなんて。
「決定的だと思ったから」
「なんで分かった」
「昨日鈴木が、画面に僕の血が付いたのに気付いて舌打ちしたから」
 鈴木は絶句した。あの状況で、よくそんな細かいことまで。薪の観察力と洞察力には第九時代から驚かされっぱなしだったが、役職が上がって捜査に携わる機会が減った今でも全く衰えていないらしい。
「あの画面は鈴木が作ったんじゃないんだろ。もしもそうなら作り直せばいいだけの話だ。悔しがるようなことじゃない」
「作り直すのが超メンドクサイとかは考えないんだ」
「鈴木は人を傷つけた上に、そんなことで舌打ちするような人間じゃない。そもそもあれを鈴木が作ったとしたら、利便性を考えて可動式にするかネットワークで繋いで家の何処でも見られるようにしたはずだ」
「恐れ入りました」
 空いた右手を白旗の代わりに挙げると、薪はクスクス笑ってつないだ手を握り直した。指に指を絡める恋人たちの握り方。すり寄ってくる細い指が愛しかった。

「そうだ。薪、あの娘のことなんだけど」
 大事なことを言い忘れていたことに気付いて、鈴木は焦った。美香と裸でベッドにいるところを見られたのだ、誤解されているに決まっている。そのこと自体は誤解ではないのだが、鈴木は決して薪を裏切っていたわけではない。信じてもらえるかどうか甚だ疑問ではあったが、鈴木はこれ以上薪に嘘を吐きたくなかった。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、実はあの娘は」
「僕だろ」
 びっくりして立ち止まったら、突然後ろに錨を下ろされた形になった薪がバランスを崩した。よろけて振り返った薪の顔は、とても楽しそうだった。まるで悪戯が成功した時の子供みたいに笑っていた。
「あの女、僕なんだろ」
「どうして」
「彼女の名前」
 言葉遊びだろ。
「僕を誰だと思ってるんだ。警察庁の天才、薪剛警視長だぞ」
 ズバリと言い当てた薪は謙遜の美徳を持たない。高慢に顎を反らし、鈴木を見下すような表情で言い放った。まったく憎らしい。

「素材が単純すぎたんだよ。これが寿限無みたいな名前だったら捻りようもあったんだけど」
「あはは。僕の名前短いからな。組み合わせも限られるよな」
 MIKAはMAKIのアナグラム。このエリアに鈴木以外の生物は存在しないのだから、当然、美香も鈴木が創ったのだ。
 なぜ薪の姿にしなかったのかって?
 そんなことをしたら彼にのめり込んでしまう。自分が作った人形に溺れるなんて、いくらなんでもイタ過ぎる。

「認めろよ。僕のこと大好きなくせに」
「それはこっちのセリフだ。薪がオレのこと好きなんだろ」
 自分のビジュアルが女性にされたことについて何も言わないところを見ると、薪はそこまで見抜いているのだろう。照れ臭いのと同時に、少々悔しかった。鈴木が負けずに言い返すと、薪はにっこり笑って、
「うん、好き。大好き」
 そう言って甘えるように、鈴木の腕に頬を擦り付けた。
「やめてくれる。そうやって、急に素直になるの」
 薪は昔からこういうところがあって、いきなり可愛くなるから対処に困る。急激に高鳴り始めた心音を薪に気付かれまいと、鈴木は横を向いた。ふふっ、という薪の笑い声。二人は少しだけ早足になる。

「ずっと前から大好き。これからもずっと大好き」
 歩きながら薪は歌うように言った。家まではもうすぐだ。
「ずっとずっと」
 家の前に着いた。開いた窓から白いカーテンが揺れているのが見えた。その前の地面に落ちた薪の血は、跡形もなかった。エリアに浸透してしまった証拠だ。
 それを確認すると薪は、心の底から幸せそうに微笑んだ。
「鈴木が好き」
 祭壇の前で口づけるように。玄関前で、鈴木は彼にキスをした。



*****


 自分で書いておいてなんですけど。
 ……青木くうんっっ!!


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アイシテル 後編(10)

 こんにちはー。
 現場のクレームが多くて頭のイタイ毎日を過ごしております。おかげで更新できないー。わたし、気持ちが乗らない日はブログお休み主義なんで。
 どんなに面倒なことでも仕事である以上は一生懸命やります、が、苦情もらうと心が折れます。
 騒音とか段差ならともかく、工事看板の休工中シール剥がし忘れてるとか、膝から落ちそうになった。クレーマーがいると工事進まないんだよねー。結局は日にちが延びるだけなのになー。さっさと工事が終わった方が自分も得なんじゃないのかなー。
 
 
 とか言いつつ。
 お話の方もクレームが来そうな内容ですみませんです。でもこちらはクレームが来てもお話は長くなりません(笑)






アイシテル 後編(10)







 床に這いつくばった鈴木は、悔しそうに拳でフローリングを叩いた。木目に汗が滴り落ちる。息は乱れて、満足に喋れない状態だった。
「はい僕の勝ち。約束通り、鈴木は部屋の掃除ね」
 分かった、と答えることもできなくて、鈴木は了承の証に右手を挙げた。風呂場もよろしく、と手を振り、薪は台所に姿を消した。夕飯の準備をするのだろう。
 鈴木は床に座って、大きなため息と共にテレビを見た。液晶画面にはストリート系ファッションでVサインを出している男の子と、レオタード姿でがっくりと項垂れている女の子のアニメーション。男子の頭上にはWINNERの栄冠と女子の上にはLOSEの文字。要するに、対戦型のダンスゲームだ。
 ゲームなら勝てると思ったのに。まったく薪は見かけによらない。

 仕方なく鈴木は掃除機と雑巾、それと床磨き用のモップを用意した。ゲーム機を片付けて、部屋の隅から掃除機を掛け始める。
 掃除なんかしなくても家は綺麗になる。鈴木の言葉に首を振り、薪は普通がいいと言った。はたきで埃を落として掃除機で吸い込む、雑巾で棚を拭く。そういうのがいいのだ、と言い張った。鈴木は反対した。掃除なんか面倒なだけだ。
 どちらの意見を採るかゲームで決めようと言ったのも、ダンスゲームを選んだのも鈴木だった。最終的には文句の付けようもなくなった。
「尻に敷かれてるなー、オレ」
「なんか言ったか」
「何でもございません、ご主人さま」
 ちょっと愚痴ったらキッチンから突っ込みが入った。掃除機の音がしてるのにあの大きさの声が耳に入るなんて、相変わらず薪は地獄耳だ。

 一人で暮らすうち、独り言が癖になっていた。これからは気を付けないと。そう思うと、鈴木はひどく幸せな気分になった。それは煩わしいことのはずなのに。

 二人で暮らすようになって、面倒になったことはたくさんあった。掃除と同じで、薪は何でも地上のようにしたがった。料理も洗濯も、縫い物すら。
 寝室が殺風景だから壁に絵でも飾ろうかという話になったとき、自分がタペストリーを作るから布と裁縫道具を用意して欲しいと言われた。何も薪が縫わなくても製品を出せるのに、と鈴木が言っても聞かなかった。休みなく手を動かす薪に、どうしてわざわざ疲れることをしたがるのか、と尋ねると、楽しいから、と言う答えが返ってきた。
「楽しい? 掃除や裁縫が? おまえ、そんなに家庭的だっけ」
「ちがうよ、バカ」
 じゃあ何が、と訊いても薪は教えてくれなかった。「鈴木は本当にバカだな」と笑うだけだった。バカバカ言われて面白くなかったから、作りかけのタペストリーを消してやったらしぶしぶ白状した。
「今まで何もできなかったから。鈴木のために何かできることが楽しい。――ヘン?」
 ヘンになりそうなのはこっちだと思った。

 新月の夜の1時間は、抱き合っているうちに過ぎた。満月に向けて、これからは障壁が強くなるばかり。迷いはあったけれど、肝心の薪にその気がないのではどうしようもなかった。日が経つにつれ、鈴木の気持ちも固まった。
 薪はここで。オレが幸せにする。

 自然の中で過ごすことが好きな薪のために、鈴木は森の中に小さなログハウスを作った。テラスで本を読んだりハンモックで昼寝をしたり。そこは二人の定番のデートスポットになった。
 バスケットに二人分の弁当を詰めてそこへ行きがてら、途中の草原でそれを食べた。薪が作る料理はとても美味しかったけれど、必ず鈴木が嫌いな野菜が入っていた。鈴木がちまちまと青菜を除いていると、残さず食え、と叱られた。
「なんで死んでまで嫌いな野菜を」
「小松菜等の青菜にはカルシウムも豊富に含まれてて、骨粗鬆症予防に効果がある」
「いやだから、幽霊に骨粗鬆症予防って何の意味が」
 しつこく言い返したらものすごく怖い目で睨まれた。心臓が止まるかと思った。

 食べるだけ食べて動かないのは良くないと、食事の後はバドミントンやバスケットボールで遊んだ。鈴木はあまりスポーツが好きではなかったから運動不足はできればベッドの上で解消したかったのだが、薪に却下された。薪が自分から鈴木に迫ってきたのは新月の夜が過ぎるまでで、結局はいいようにあしらわれたのだと分かった。薪は自分の身体を餌に、鈴木を牽制したのだ。無論、鈴木は面白くなかった。
 昼間からするもんじゃない、とお預けを食らえば許しが出るまで待つタイプの青木と違って、鈴木は聞こえなかった振りで相手を押し倒すタイプだ。薪の「待った」は一切効かなかった。
 せめて建物の中で、と恥ずかしそうに身を捩る彼を樹に縋らせて、後ろから攻めるのは楽しかった。次第に高くなる薪の嬌声が森の木々に反響する。薪は木の幹に抱きつくようして、もう立っているのも辛いらしい。尻を突き出すようにしたから入れてやったら、それだけで達してしまった。
 鈴木の手から溢れ落ちたものが木の根や草に染み込んでいく。血も精液も汗も涙も、薪のDNAは既にエリアの至る所に浸潤していた。ダメ押しのつもり? と皮肉ったら、鈴木の意地悪、と涙目で怒られた。笑いながら抜き差しすると薪はすぐに感じ始めて、善がり声を上げながら鈴木を締め付けた。

 幸せだった。
 森の中で草原で。彼と一つになって、このままこのエリアに同化してもいい。そんな風にいつ滅んでもいいと、そう思えるくらいに幸せだった。
 恋人同士だった20歳の頃さえ、こんなに幸せじゃなかった。いつも人の目を気にしなくてはいけなかった。誰かに気を使わなければならなかった。でも、ここなら誰にも遠慮は要らない。完全なる二人だけの世界。永遠に続けばいい。

 一欠片の不安もないわけではなかった。管理局に見つかったら、薪とは別々のエリアに閉じ込められてしまう。エリアは管理局の管轄外で、これまでただの一度も局の人間がここを訪れたことはないが、発覚する可能性はゼロではない。そんな不安が、鈴木にあんな夢を見せたのかもしれない。
 夢の中で、鈴木は画面に呼び掛けていた。
『おまえのせいじゃない。おまえが悪いんじゃない』
 ここに来たばかりのころ、画面の中の薪に向かって幾度となく繰り返した。その自分の姿を鈴木は夢に見た。ひどく辛い夢だった。これは夢だと分かって、それでも涙が止まらなかった。
 夜中に目が覚めたら頬が濡れていて、鈴木は一瞬、夢と現実との境があやふやになった。だけどすぐに自分の腕の中、薄闇の中に薪の寝顔が見えて、胸を撫で下ろした。ぎゅっと抱き締めると、薪はうるさいと言わんばかりに鈴木の顔を手で押しのけ、向こうに寝返りを打ってしまった。ふうん、と鼻に抜ける呼気と寝息が聞こえて、思わず笑ってしまう。鈴木が抱きしめてやらないと眠れないくせに、勝手なやつ。
 鈴木はその晩、薪の背中に額をつけて眠った。

 翌朝、薪はいつものように鈴木より早く起きて、朝食を作りに台所へ向かった。キッチンから調理器具の音が聞こえてきてから、鈴木はそっと身を起こした。音を立てないよう注意して、床に設置されたパネルの前に座る。起動スイッチを押し、右上の数字を確認した。

 やはり進んでいる。

 この数字は画面に映像が流れたトータル時間、つまりカウンターだ。管理局はこのカウンターで鈴木の生息を確認している。これは他のエリア居住者も同じで、管理局が支給したアイテムにはすべて内蔵されている。図書室なら取りだした本の数、ロボットペットなら話し掛けたり撫でたりした回数。長期間カウンターに変化がなければそのエリアの住人は自然消滅した可能性が高いということになり、管理局が現地調査の上エリアそのものを消滅させることになっている。管理局は管轄外の仕事には杜撰で、100年以上もほったらかしになっている無人エリアもあるらしいが、一応はそういう決まりだ。
 薪がここに留まることになってから、鈴木は画面を見ていない。必要が無くなったからだ。管理局に鈴木の生存を確認させる為に動かす必要はあるが、週に一度くらいで充分だと考えていた。

 鈴木はシステムの履歴を調べた。ほぼ毎晩、深夜にカウンターが動いている。履歴から直前の画を表示させると、果たしてそれは薪が入院している病院だった。
 画面に落とされた鈴木の眼が、暗欝な光を宿す。未だ、意識不明の薪に寄り添う青木の姿。彼の方が重病人みたいだった。頬がげっそりとこけて、そのやつれ方は点滴で栄養を補っている薪よりもひどい。
 彼を心配した先輩が付き添いを代わると言っても聞こうとしない。この辺の頑固さは薪といい勝負だ。

「オレのせいなんです」と青木は苦しそうに眼を伏せた。
『ミラーで、トラックが突っ込んでくるの見えたんです。オレがちゃんと避けてれば』
『おまえが咄嗟にアクセル踏んでハンドル切ったから、薪さんの身体は潰れずに済んだんだ。怪我だって打ち身くらいで。ただ、打ちどころが悪かった。それはおまえのせいじゃない』
『違います。あの朝薪さんは電車で出勤する予定だったんです。それをオレが前の晩ちょっと無理させちゃって、そしたら寝坊して、出勤前に眼を通すはずだった会議資料を読む時間がなくなってしまって。車の中で読めばいいって提案したのもオレなんです。みんなオレのせいなんです』
『偶然が重なっただけだろ。おまえのせいじゃないって』
『いいえいいえ、本当にオレのせいなんです、オレが悪いんです。悪いのはオレなのに、どうして薪さんがこんな……そうだ。薪さんとオレ、入れ替わればいいんだ。岡部さん、オレ、前に薪さんと身体が入れ替わったことあるんですよ。またあの時みたいに入れ替わることができたら』
『青木、おまえホント寝た方がいい。眠るのが無理ならせめて横になれ』
『嘘じゃありませんよ。狂ったわけでもありません。本当にオレと薪さんは』
『分かった。分かったから、とりあえず顔洗ってこい。この病室以外の空気を吸ってこい』
『嫌です。薪さんの傍を離れたくありません。オレが一瞬でもここを離れたらきっと……死なないで……薪さん、死なないでください』
 動くことのない細い手をぎゅっと両手で握り直し、青木は祈るようにそこに自分の額をつけた。

 鈴木は画面から顔を上げて瞑目した。しばらくしてから薄眼を開けると、画面の前に声を殺して泣き伏せる薪の幻が見えた。否、それは決して幻ではない。何時間か前の現実だ。
 だって鈴木には分かってしまう。これを見た薪がどれだけ苦しかったか。
『おまえのせいじゃない』
 それは鈴木がずっと薪に言い続けてきたこと。今も思い続けていること。
 薪は、オレに対して何の責任も持ってはいけない。

「……あー。くっそー」
 鈴木は仰のき、瞼を手で覆った。涙を堪えようとしたが無理だった。ずっと一人でいたせいで、感情を抑えるのが不得手になっている。

 上を向いたまま、ブラインドタッチで画面を操作し、お気に入りのフォルダを出した。鈴木は涙を拭き、一つの動画を選択した。
 画面にはスーツ姿の男性が数名。一人だけ60代と思われる陰気くさい小男が混じっているが、他はみんな30代から40代の働き盛りだ。陽光の入らないモニターだらけの部屋で、彼らは生き生きと仕事をし、充実した毎日を過ごしている。そんな何処にでもある仕事場の風景。
 彼らに混じって、薪の姿があった。
 部下に指示を飛ばし、捜査の舵を取り、彼らを導く迷いない背中。
 厳しく凛々しく気高く。部下たちの尊敬と信頼を集める第九の室長。
 やっぱり薪は、仕事をしている時が一番輝いている。

 鈴木は苦笑した。苦笑して、決めた。これは男のけじめってやつだ。

 画面では決定打を発見したのか、喜び勇んでモニターを指差す青木とそれを覗き込む職員たちの笑顔。その後ろで軽く拳をぶつけ合って解決を祝う岡部と薪の姿があった。




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アイシテル 後編(11)

アイシテル 後編(11)







「鈴木、ちょっと待って」
「んー?」
「待てってば。どうしたの今夜、あっ、つ」
 薪が一晩でこなせる回数は2度が限度。それを超えるとしんどそうな顔をする。無理は重々承知の上。鈴木は薪の制止を聞き流し、彼の中の実を自身の切っ先で擦り立てた。鼻にかかったような甘ったるい声で泣き始めた薪に、鈴木は楽しげに、
「だってー。薪くんがあんまりカワイイからー」
「ふざけるなよ。ヘンだよ、鈴木。どうかしたの」
「どうもしないよー。薪が好きなだけ」
「ごまかすなって、ああんっ」
 今夜はこれで4度目。多分、これが終わったら眠ってしまうだろう。

 情事の後、薪は普段よりもよく眠る。ちょっと突いたくらいじゃ起きない。その癖を利用することにした。
 予想通り、達すると同時に眠ってしまった薪の身体を綺麗にしてやって、自分も身なりを整える。新品のワイシャツに袖を通し、十年ぶりにネクタイを締めた。身が引き締まるような気がする。男の戦闘服はやっぱりスーツだ。
 薪も裸ではさすがにまずいと思い、服を着せようとした。簡単に着られるシャツとズボンを用意したが、これがなかなかに難しい。
「よくこんな面倒なことやってるよ。青木くんは」
 腕も脚もふにゃふにゃで、服が通っていかない。無理に行うと起こしてしまいそうだ。結局は諦めてシーツで包むことにした。
「ほんとエライよなあ。若いのに。なあ、薪」
 鈴木の腕の中で安心しきって眠っている薪に、鈴木は小さく語りかけ、額に最後のキスをした。

 ベッドを離れて画面の前に立つ。準備はできた。後は待つだけ。
 新月の夜のように障壁が目立って弱まることはないが、それでも時刻は大事だ。深夜二時から三時までの一時間、僅かだが薄くなる。そこに懸けるしかない。

 鈴木の背後で、誰もいないはずのベッドがギシッと音を立てた。振り向くと美香が座っていた。ミニスカートから伸びた脚を組み、可愛らしい唇を不満そうに尖らせている。
「彼と心中でもする気?」
「まさか」
「今夜の月齢は9.2。あんたにその気がなくても結果は同じよ」
「大丈夫だよ。薪はオレが守るから」
「大きく出たわね。あんたの力なんて所詮」
 美香はふと言葉を止めた。

「あんたまさか」
 軽い女だけれど、美香は頭が良い。鈴木の好みに合わせて薪を弄ったら自然にそうなった。
 彼女はすっくと立ち上がり、鈴木の前に回った。画面と鈴木たちの僅かな隙間に自分の身を滑り込ませ、強制的に鈴木を後ろに下がらせた。
「それをしたらあんたは消えちゃうのよ。ここで彼を待つこともできなくなる」
 断言されて苦笑した。状況判断も予測計算も完璧だ。天才なんか、モデルにするもんじゃない。
「ねえ、いいこと考えた。次の新月まで待つのよ。そうすれば」
「それまでは薪の身体が持たない」
「今行ったらあんたの身体が持たないわよ!」
 しっ、と鈴木は唇に指を当て、声のトーンを下げるよう美香にサインを送った。美香は顔をしかめて舌打ちし、盛大に眉を吊り上げた。

「だいたい、彼の気持ちはどうなの。ちゃんと了解を得た? あんたが勝手に突っ走ってるんじゃないの?」
 薪の意識がないのを見れば、これが鈴木の独断であることは明白だった。薪の協力は望めないが、抵抗されるよりはマシだ。
 彼女の切り口は鋭く、鈴木は彼女を納得させるためのいかなる言葉も持たなかった。鈴木の行動を止めようとする彼女の態度はしかし、鈴木の心の迷いに過ぎない。何故なら彼女は鈴木が慰みに作り出した人形。鈴木の頭にない行動は決して取らないのだ。
「なんのためにこれまで待ったのよ。孤独に耐えてきたの」
 彼女の言葉は鈴木自身の言葉。本当にこれでいいのかと、その覚悟はあるのかと自問する、鈴木の弱さであった。
「今みたいな時間を彼と持つためじゃないの」
 鈴木を責めながらも、美香は涙を流した。彼女の泣き顔を見たのは初めてだった。鈴木が堪えた涙の分だけ、彼女が代わりに泣いてくれたのかもしれない。鼻の頭を真っ赤にして、お世辞にも美しいとは言い難い泣き顔だったけれど、最高に可愛いと思った。

「大丈夫だよ、帰ってくるから。いい子で待ってて」
 何の保証もないどころか自分でも無理だろうと思っていたけれど、鈴木は美香に約束をした。泣いている女の子がいればその涙を止めてやるのが男の仕事だ。
「男って本当にバカね」
 呟いて、美香は身を引いた。彼女はもう、鈴木を引き止めなかった。

 壁の時計が午前二時を指した。時間だ。

 鈴木は美香に笑い掛け、「行ってきます」と足を踏み出した。自由落下の速度で二人は画面に飲み込まれ、部屋には誰もいなくなった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(12)

 そうかあ、世間はクリスマスだったかあ。フツーに10時まで仕事してて気付かなかったよ。

 うちの薪さんにハッピーバースデーのお祝いコメントありがとうございました。
 わたしも忘れてたわけじゃないんですけどすみません忘れてました。だって今、現場4つだよ。書類も設計書も頭の中で混ざる混ざる。薪さんならこんなことないんだろうなあ。ああ、優秀な脳みそが欲しい。


 お誕生日SSはまた後ほど。
 コメントのお返事も、すみません、今日で仕事納めなんで少し待ってください。
 
 鈴薪SSはクライマックス突入です。(ドS展開突入とも言う)
 残り3章、よろしくお付き合いください。




アイシテル 後編(12)








 落ちるような感覚が薪の意識を目覚めさせた。誰かに抱かれている。匂いで鈴木だと分かった。
 薄く眼を開けて様子を窺う。辺りは真っ暗で、遥か下方に街並みが見えた。夜中に撮影した航空写真のようだ。どうやら夜空にいるらしい。西の空に下弦の月が浮かんでいるから、時刻は夜半過ぎ。嫌な予感がした。

「ここどこ」
 質すと、鈴木の腕がぎくりと強張った。薪の眉が険しく寄せられる。薪に知られたら都合の悪いことをしているのだ。
「鈴木。説明しろ」
 薪が促しても、鈴木は無言のままだった。薪を抱いたまま、ゆっくりと下方に降りていく。しかしその飛行は安定せず、時折エアポケットにでもはまったかのようにガクンと落ちる。先刻の失墜感はどうやらこれだ。
 高度何百メートルの失落に、薪は思わず鈴木の身体に抱きついた。
「えっ?」
 腕を回してみて驚いた。薪の腕が簡単に回ってしまうのだ。太さがいつもの半分くらいしかない。見掛けは変わらないのに、中身は空気に置き換わってしまったかのようにスカスカだ。地面に近付くにつれ、それはますます酷くなり、建物の上に降り立った時には鈴木の身体は薪と同じくらいの太さになっていた。

 二人が降り立ったのは病院の屋上で、薪にはもう大凡の察しが付いていた。身体が一方向に引かれるような感覚がある。その先に、死に損ないの自分がいるのだ。

「鈴木。身体、どうしたんだ」
「仕方ないんだよ。使っちゃったから」
「使った? 何をどこに」
 薪の問いを、鈴木は笑ってはぐらかした。予想は付いたが信じたくなかった。
「障壁は全部で4つあって。3つまでは何とかなったんだけど、最後の障壁が残ってて」
「……何の話をしている」
 聞きたくもなかった。ここまで来てしまっては戻ることも不可能だと、理解するのも嫌だった。
「おまえの力がないと通れそうにない。だから協力してくれ」
「だからなんの話だよ!」
 愚かな自分をこの場で滅ぼしてやりたかった。
 薪は、地面に自分の血を含ませればあの世界から出られなくなると思い込んでいたが、そうではなかったのだ。もっと他の、大切な何か。今となっては確かめる術もないが、それは薪の生還を完全に否定するものではなかったのだ。

「騙したな」
「なんでそんなに怒るかなあ。せっかくここまで送ってきてやったのに」
 やれやれと鈴木は肩を竦めた。苦笑いした彼の顔はとてもハンサムだったけれど、今はそれにときめいている場合じゃない。
「なぜ勝手なことをした。僕がいつ帰りたいなんて」
「おまえの居場所はあそこだよ」
 あそこ、と鈴木が指を指す。下方のコンクリートが透けて、建物の中が見えた。
 どうやら今夜が峠だと、聞いて集まった人々で病室はいっぱいだった。小野田に雪子夫婦、第九の部下たち。待合室で額を寄せ合う者も大勢いた。

「みんなの顔が見えない?」
 みな一様に項垂れていた。刻々と弱まっていく薪の心音が聞こえているかのように、悲痛な表情だった。
 薪とは一滴の血のつながりもない彼ら。だけど薪の身を心から案じて、こんな夜中に駆けつけてくれる。一睡もせずに薪の無事を祈ってくれる。薪の大切な人々。
 あの中に、自分はいた。彼らに囲まれて過ごしていた。
 ――幸せだった。
 幸せで、あまりにも幸せで。
 長くは続くまいと、自分には過ぎた境遇だと、心のどこかで諦めていた。でもこうして彼らの悲しむ顔を目の当たりにすれば、諦めることはないのかもしれないと、許されるのかもしれないと、思えば薪の中を強い衝動が突き抜ける。

 みんなのところに帰りたい。

「さ、薪。今なら大丈夫だ。行って」
 薪の心を見透かしたように、鈴木が薪の背中を押した。ハッと我に返って薪は、夢中で首を振る。自分でも気付かなかった涙が飛び散った。
「いやだ」
「わがまま言うなって。もう本当に無理なんだよ」
 鈴木は薪に近寄り、その頬に手を伸ばした。薪の眼は自分の頬に触れる鈴木の指先を見ることができた。しかし、その感触は得られなかった。
「ほら。おまえに触ることもできない」
 その事実が薪に確証をくれた。
 人間がこの世に存在したい、生きたいという意志。それが障壁の通行料なのだ。ここに至るまでに通ってきた3つの障壁、そのとき薪は眠っていた。つまり、鈴木一人の支払いで二名が通過してきた。
 これが新月の夜なら障壁も弱く、鈴木は薪を地上に送った後に自分の世界に帰ることができたのだろう。だが薪が思いもよらぬ行動を取ったため、その計画は頓挫した。結果、鈴木は片道で力を使い果たし、自分の世界へ戻ることもできなくなってしまった。

「どうして」
 薄れていく鈴木の姿に、薪は背筋を寒くする。
 消滅、という言葉が脳裏をよぎる。鈴木が消えてしまう。また、自分のせいで。

「どうして鈴木は何度も」
 僕に鈴木を殺させるんだよ。

「死なせない」と薪は激しくかぶりを振った。
 どうしたらいいかなんて分からない。でも絶対に死なせたくない。二度も鈴木を殺せない。
「大丈夫。オレは死なない。帰る方法も見つけてある」
 え、と薪が眼を瞠ると、鈴木は薪の2つ隣の病室を示した。折しもそこでは、年老いた一人の男が息子夫婦に看取られて息を引き取ったところだった。
「あのおじいさんに途中まで乗っけてもらうの」
「……お年寄りを乗り物にするのはちょっと」
「緊急事態だから。きっと神様も許してくれる」
 鈴木は昔からちゃっかり者だった。お年寄りや子供にも好かれるタイプだし、あのおじいさんだって道案内が欲しいはずだから、快く鈴木の頼みを聞いてくれるだろう。だけど。

「薪を連れていくことはできない。そこまでの力はない。分かるだろ」
「平気だよ。二人の後をついていくから」
 もう二度と鈴木を一人にしないと誓った。薪自身、鈴木と離れたくなかった。しかし。
「生きて欲しい」
 その言葉が薪の足を止めた。
「オレは薪に生きて欲しい。共に過ごすよりも、生きていてほしい」

 ここにいる者すべてが。それを願っている。
 一人残らずそう願っているのだ、薪以外の人間すべてがそれを。

『神さま。どうか薪さんを』
『お祖父ちゃん、薪さんを助けて』
『親父。薪さんを守ってくれ』
 聞こえてくる、彼らの祈り。彼らの信じるありとあらゆるものに縋って、あちらでもこちらでも、数知れぬ祈りが繰り返される。それはひどく滑稽で、でも泣けてくるほどに温かで。もう薪は涙を止めることができない。

『克洋君。薪くんを連れて行かないで』
『鈴木さん。薪さんを連れて行かないでください』
 薪の女友だちと恋人が、揃って鈴木の名前を挙げた。鈴木はムッと眉を寄せ、薪に理不尽だと訴えた。
「なんか納得できないんだけど。薪、ちゃんとあいつらに説明しといてよ?」
 まあ、戻ったら記憶は飛んじゃうけどな。
 苦笑する鈴木を見て、やっぱりすごくハンサムだと薪は思った。

「大丈夫。伝えるよ」
 薪は涙を拭い、鈴木に背を向けた。背中に鈴木の視線を感じる。いつも自分を見守ってくれた、やさしい瞳。支えられて薪は決断し、一歩を踏み出した。
「ひぇっ?!」
 途端、ぐぐん、と下方に足を引っ張られ、薪は頓狂な声を上げた。
「ちょ、なに、ひ、ぎゃああああ!!」
 薪は悲鳴を上げながら、凄まじい勢いで自分の肉体に引き寄せられていった。鈴木にも予想がつかないことで、慌てて下を覗き込んだ。
 たった一歩、薪が自分の意思で動かしたのはそれだけだった。その後、彼を運んで行ったのはおそらく、沢山のひとの思い。それが一つになって彼の魂を肉体に引き戻したに違いなかった。
 100人対1人の綱引きのようなもの。薪に勝ち目はなかった。

 加速度で強張った顔で振り返り、薪は叫んだ。
「行くからな!」
 消えかけた鈴木に、大きな声で語りかける。彼の耳にしっかりと届くよう、薪は声を張り上げた。
「ぜったいに鈴木の所へ行くから! 首洗って待ってろ!」
 騙された恨みは忘れないからな、とそれはとても薪らしい言い草で、愛を交わし合った恋人たちの別れにはまったく相応しくない。だって、これは永遠の別れじゃないから。

「すず」
 薪は、彼の短い名前を最後まで言うことができなかった。
 終いには闇と同化して、顔もよく見えなかった。でも最後に、鈴木が笑ったような気がした。






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ジャンル : 小説・文学

アイシテル 後編(13)

 45000拍手ありがとうございました~。
 いつもいっぱい励ましていただいてありがとうございます。感謝を込めてお礼SS、……来年の春でいい?(^^;)
 11月からずーっと捏ね回してるセーラー服SSはデキがよくないのでお礼にするにはちょっとアレで、新しいお話も書きたいのですけど、うちの会社、年度末にかけて仕事が佳境なので、一段落してからお話を練りたいと思います。

 公開中のお話も佳境でございます。あ、苛凶?(笑)







アイシテル 後編(13)






 草原に寝転んで、鈴木は夜明け前の空を見上げていた。
「爺ちゃん、上手く天界に行けたかな」
 老人は回り道をして、鈴木をエリア上空まで送ってくれた。まだ若いのに可哀想に、と同情されたらしい。親切な人で良かった。
 老人のペースで帰ってきたから、行きよりも時間が掛かった。ひどく疲れていたので、少し休むことにした。それが未練だと言うことは分かっていたが、いまさら見栄を張ることもない。どうせここには鈴木一人だ。
 鈴木はそう考えていたが、それは違った。鈴木の頭の上に人影が差し、うっすら眼を開ければそこには長い脚を惜しげもなく晒した若い女の姿。
「帰って来れたんだ」
「約束したっしょ」
「そうね」と美香は腕を組み、やるせなく息を吐いた。

「でもやっぱり駄目みたいね」
 ボロボロじゃん、と美香に言われて自分を見れば、あちこちのパーツが欠け落ちている。腕なんか骨が見えてるし。
「イケメン幽霊台無し」
「幽霊っていうかゾンビだよね、これ」
 立ち上がろうとしたら右足が折れてしまった。薪に言われたとおり、もっと野菜を摂っておけばよかった。
「美香ちゃん、肩貸してくれる」
「イヤ。服が汚れる」
 口では文句を言いながら、美香は鈴木の腕を自分の肩に回し、脚を踏ん張って立ち上がった。ゆっくりと、家路を辿り始める。
 鈴木には為さなければいけない仕事が残っていて、美香はそれを知っていた。鈴木がここに帰ってこなかったら、彼女がそれをしてくれただろう。そのために鈴木は貴重なエネルギーを割いて、美香をここに残していったのだ。

 やっとの思いで家の中に入り、目的の場所に到達したときには夜が明けかけていた。開け放たれた寝室の窓から、東に広がる森の上空が白く輝く様子が見える。いつも通りの美しい夜明け。
 見られるのもこれで最後だと思ったら、余計に美しく思えた。

 鈴木は床に屈んで、画面を操作した。パスワードを入れてプログラムを起動させる。画面に浮かんだYES/NOの二択を、鈴木は迷いなく選び取った。それを3回繰り返し、やっとイベントがスタートする。画面に最後に浮かんだ文字は4ケタの数字だった。真ん中にコロンが挟まれていて、つまりこれは時間だ。
 30:00と表示されたそれを鈴木は30分だと思ったが、右側の数字が目まぐるしく減っていく様子を見て間違いに気付いた。
「本当によろしいですか、って3回も聞く割に、制限時間はたったの30秒なんだ」
「逃げ切れないようになってるんじゃないの」
 美香の言う通りかもしれない。エリア居住者は自分のエリアから出てはいけないことになっている。エリアが消滅したからと言って、その辺をふらふらされては困るのだろう。

 鈴木が押したのは、このエリアの自爆スイッチだ。

 精神力の殆どを障壁の通行料に使ってしまった鈴木には、その存在を保つだけの力が残っていない。霊体は、気力が潰えた時が消滅の時なのだ。それは覚悟の上だった。しかし鈴木は、このエリアを残して消えるわけにはいかなかった。
 消滅させないと薪はこの世界の痕跡に引き寄せられ、寿命を全うしたときに天界に行けなくなってしまう。彼の意志に係わらず、ここに来てしまう。
 その後薪がどうするか。鈴木には手に取るように分かる。
 薪はこのエリア中を探し、鈴木が消滅したことを知るだろう。そして自分も消滅することを選ぶ。何故なら薪は、自分が此処にいたことを思い出すから。この地に残った彼のDNAが彼の記憶を呼び覚ますのだ。
 だから此処は壊さなきゃいけない。
 自分は鈴木の魂までも滅ぼしてしまったのだと知った薪が、新しい人生をやり直す道を選んでくれるとは思い難い。それは鈴木が望んだ未来じゃない。

 もしも薪が望むなら、この地で一緒に暮らしたいと思った。夢のように幸せだったこの10日間の、続きを彼と紡ぎたい。その夢が潰えた今、鈴木が彼に望むのはもっとずっと先の未来。
 生きて。
 輪廻の輪に加わって。何度でも生きて。
 オレと愛し合ったように、彼と愛し合ったように。新しい人生で新しい愛を育んで。

 どおん、と大きな地響きがした。窓から外を見ると、地面に走った巨大な亀裂に森が飲み込まれて行くところだった。森に生息する樹木すべてを食べつくしても、亀裂は止まることなく広がり続け、緑なす草原を荒れ地に変えながら家に迫ってきた。

 壊れていく。すべてが。
 二人で本のページを繰ったログハウスのテラスが、昼寝をしたハンモックが。ピクニックをした草原が、ダンクシュートを決めたバスケットゴールが。
 薪との思い出が染み込んだ、森が池が草原が。
 壊れていく。

 これでよかったんだ、と鈴木は思った。
 今になってやっと分かった。オレは薪を見守るつもりで、悪霊ってやつになってたんだ。
 オレが薪を守ってやる必要はない。あの青木って男がいる。あいつのおかげで薪はちゃんと笑えるようになった、あんなに楽しそうに。もう大丈夫だ。
 オレは、要らない。

 いつまでも薪を守る立場にありたくて、鈴木が創りだした楽園。そこに彼が来て、ここは本物のエデンになった。短い間だったけれど、鈴木と彼はエデンで愛し合った。
 充分だと思えた。

「悪いねえ、美香ちゃん。付き合わせちゃって」
「あたしはいいわよ。もともと、あんたがいなきゃ生まれなかったんだから」
 長い髪を後ろに払って、美香は鈴木を挑戦的に見上げた。その口元は意地悪く吊り上がって、これはあれだ、薪が何か皮肉をいう時の顔。
「あたしってさ、基本あんたのダッチワイフだったわけだけど。それなりに楽しかったわよ」
「口が悪いねえ。顔は可愛いのに」
「なに言ってんのよ。自分で似せたくせに」

 美香の言うとおりだ。
 好きだった。なにもかも。
 意地悪な性格も皮肉屋の悪癖も、かわいくて仕方なかった。不器用で、自分の気持ちを素直に表現できないところも好きだった。それから、何を考えているのか分からない独特の思考経路も。
 薪の特別な容姿や頭脳はもちろん、でもそれ以上に。鈴木は彼の複雑さを愛した。

 亀裂はとうとう家に達した。薪が飾ったタペストリが壁材もろとも床に落ちる。天井が割れ、照明器具が天板共々崩落する。
「美香ちゃん。怖かったらオレに掴まって」
 平気よ、と美香は余裕で答え、いっそう意地悪に笑った。
「最後くらい、本当の名前を呼んだら?」
 鈴木の首に腕を回して、美香はうっとりするくらい綺麗に微笑んだ。いつの間にこんなにいい女になったのか、創作者の鈴木がびっくりするほど美しい。
「どうせ無くなっちゃうんだし。あんたもあたしも」
 投げやりな美香の言葉に頷いて、鈴木がその名を口にしたのは制限時間の5秒前。

「薪」
 応じて鈴木の前に現れた彼は、鈴木の想像を遥かに超えていた。とても創れない、こんな人形は。想像することもできない、まさに絶世。
「遅いよ。いつまで待たせるんだよ」
 つややかなくちびるが幸せそうに微笑んだ。たまらない。身体の芯が蕩けそうだ。
 ああ、薪。本当に本当に。
「鈴木」
 薪の微笑みが目前に迫った。二人のくちびるが同時に動く。

『アイシテル』

 それが崩壊の呪文であったかのように。二人の世界は消滅した。





*****





 鈴木が消えるのと、薪が意識を取り戻したのは同時だった。
 ぼんやりと眼を開き、周りの人間が口々に自分の名前を呼ぶのを聞いて不思議に思った。ひどく身体が重くて声を出すのも億劫だったのだが、そこに自分の部下たちが勢揃いしているのを見たら黙っていることもできなかった。
「おまえら、仕事はどうした」
「薪さん、今は午前四時です。職務時間ではありません」
「午前四時?」
 大きく息を吸い込み、薪は怒鳴った。
「月曜の夜に揃って夜更かしとは何事だ! 満足な睡眠も摂らずにいい仕事ができるか! 全員、早く帰って寝ろっ!!」
「「「「「ええ~……」」」」」
 部屋中から不満の声が漏れたが、薪の耳はそれを捉えることなく。ふあ、と小さな欠伸をし、コトリと眠ってしまった。
 心配顔から呆れ顔に変わっていく部屋の中、ばたっと大きな音が響いた。何事かと一斉に振り返れば、気が緩んだのか、床に膝をつき薪のベッドに突っ伏して気絶するように眠っている青木の姿。
 なんて人騒がせな二人なんだ、と全員が同時に思ったことは間違いない。




<完>





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アイシテル 後編(14)

 年の瀬のご挨拶です。
 今年1年、当ブログにお越しくださった皆さま、ありがとうございました。
 2013年は鈴薪話の比率が多かったですね。振り返ってみたら1月の下旬に「きみはともだち」(前編)を公開してました。鈴薪に始まり鈴薪に終わる、立派な鈴薪ブログでしたね。
 来年はぜひ甘い青薪さんを書きたいと思います。胃薬の用意をお願いします。(え)

 今年の冬は仕事の都合で思うように更新できず、お話の続きを待ってくださった方にはすみませんでした。来年も2月末までは間延び更新になると思います。時々、覗いていただけると嬉しいです。

 2014年もどうぞごひいきに。うちの薪さんと遊んでやってください。

 


 鈴薪さん、最終章です。
 読んでくださってありがとうございました。








アイシテル 後編(14)






「『完』ね。そういうオチかよ」
 ひでえな薪、と親友のボケに容赦なく突っ込んで、耐え切れずに鈴木は吹き出した。床に転がり、腹を抱えて笑いこけた。

 画面には苦笑いしながらも三々五々散っていく見舞客と、倒れた青木の世話に大わらわの第九職員たち。最悪なことに彼らは、患者の急変を告げるためのナースコールで付き添いの体調不良を告げると言う、残念な見舞い客になり下がっている。
 どこまで人に迷惑を掛ければ気が済むのか、青木は気絶してまで薪の手を握って離さない。ここ数日でかなり痩せたとは言え、青木の巨体は簡単には動かせないし、見れば薪の方も無意識に握り返しているしで、「このまま点滴だけでも」という話になった。人騒がせもいい加減にしろよおまえら、と誰もが思い、やや乱暴に点滴の針が青木の腕に刺さるのを見て僅かに溜飲を下げた。

「甘いな。オレなら力づくで引きはがすね」
 クスクス笑いながら、腹這いになって画面を覗き込む。薪の寝顔には生気が戻り、規則正しい寝息は彼の健安を証明していた。
「よかったな、薪。ゆっくりおやすみ」
 ずっと昔、彼が自分の写真にしたように。鈴木は画面に映った彼にキスをした、その時。
「だっ!」
 誰かに頭を踏まれた。誰かと言っても心当たりは一人しかいないが。

「美香ちゃん。男の頭を足で踏んずけるって言うのは女の子がしていいこと?」
 育て方、もとい、作り方を間違えたらしい。
 鈴木の非難を受け流し、美香は鈴木の隣に座った。女の子が胡坐っていうのもちょっと、と小言を言い掛けた鈴木を、彼女の冷たい視線が黙らせる。ほんと、作り方を間違えた。
「なに復活してんのよ」
 あたしの涙返しなさいよ、と彼女は月から来たお姫さまのように無理難題をふっかけ、鈴木に向かって舌を突き出した。
「当たり前みたいな顔してさ。めっちゃ腹立つわ、あんたって」
 ハッ、と強く息を吐く、彼女の細い肩が機嫌よく波打っている。怒った顔の裏に隠されている喜び。こういうのに鈴木はとことん弱い。

「あれさ、やっぱり間違いだったんだって。薪の事故」
 口止めされた事実をぺらっと喋ってしまった。だって、美香があんまり可愛いから。
 え、と目を丸くした彼女に、鈴木は不謹慎にも寝転がったままで天界のトップシークレットを暴露した。この秘密のおかげで、鈴木は消滅を免れたのだ。

 鈴木のように消滅することを選んだ魂が最終的に何処へ行くのか。実は集められて混合され、また新たな魂として生まれ変わる。肉体を作るのは人間でもできるが、魂を作るのは神さまにしかできない。でも神さまは高齢な上にエライからなかなか仕事をしてくれない。だから魂は徹底的にリサイクルされるのだそうだ。
 管理局の係員によって攪拌機みたいなものに投げ込まれそうになったとき、鈴木は言ってやったのだ。
『オレは薪剛の死の真相を知っている』
 係員の手が止まって、驚いたのは鈴木の方だ。こんなハッタリが効くとは思わなかった。鈴木は何食わぬ顔をして言葉を重ねた。
『オレはこの事実を世界中に公表してやる。どんな手を使っても』
 極稀にだが、生まれ変わっても前世の記憶を持っている人間は存在する。鈴木が動物に生まれ変わればその心配は無用だが、管理局が鈴木の転生先を決められない以上、可能性はゼロとは言い切れない。

 係員は判断に迷い、鈴木を上司のところへ連れて行った。管理局の一室でしばらく待たされた後、居室にやって来たのは一目でそれと分かるお偉いさん連中だった。警察でも散々見てきた、権威を束ねる人間特有の匂いをぷんぷんさせていた。
『あなたでしたか、我らが英雄は!』
 脅迫されて口を噤まされるのかと思いきや、彼らは拍手と笑顔で鈴木を迎え、次々と鈴木に握手を求めた。単なる懐柔策にしては過ぎた歓迎ぶりだった。そこには、下っ端の係員には知らされていない事実があったのだ。
 管理局の上層部から直接聞いた驚愕の事実。それは。

「死神で、薪に惚れちゃった奴がいてさ。そいつが勢い余ってやっちゃったんだって。気づかずにナンバリングしてたら上の首がいくつも飛んでたって」
 鈴木が薪の魂を横取り、いや、誤った天界行きを阻み、しかも地上に返したことで、危惧された騒動は起きなかった。その功労者を、彼らはずっと探していたのだそうだ。こんな大胆な行動が取れるのは事情に通じ、且それなりに力を持った管理局員だろうと予想して内部調査を進めていたが、今回、鈴木の口から薪の名前が出て、初めてその真実が発覚したのだった。

「マジで」
「ほら。感謝状もらっちゃった」
「いや、そっちじゃなくて。死神が惚れちゃったってやつ。あっていいの、そんなこと」
「だって薪だもん。納得だろ」
「ったく、どいつもこいつも。狂ってる」
 吐き捨てる口調で横を向いた美香のはしたなく開かれた太腿に、管理局の紋章らしい優美な朱印と流麗な文字が踊る賞状を放り、鈴木は苦笑した。美香の言う通りだと思った。下界も間違いだらけだけど、此処も似たようなものだ。管理局の連中は神さまに命じられて魂の管理をしているだけで、神のように完全ではない。完全でない生物は間違いを犯すものだ。

 とにもかくにも、鈴木は不祥事を未然に防いだ英雄になった。鈴木にはそんなつもりはなかったのだが、相手がそう言ってくれるのだ。否定するのも悪いじゃないか。
 エリアも設備も、すべて新しく支給された。管理局が好意でワンランク上のエリアをくれたから、以前よりも広くて居心地もいい。なんと、今度のエリアには海まであるのだ。

「内緒にする代わりに、取引してきた。薪の魂はオレがもらう」
 薪の人生が終わって天界に昇り、管理局の説明を受けるとき。普通の人間の選択肢は二つだが、彼の選択肢は三つある。管理地に住むかエリアに籠るか、鈴木のエリアに定住するか、薪に選ばせる。それが鈴木の提示した秘匿の条件だった。
 管理局の重役たちは二つ返事でそれに応じ、重ねて感謝の言葉を述べた。
『分かりました、約束します。いやあ、本当に助かりました。お礼にひとつ、いいものをプレゼントしますよ』
 そんなものは要らない、と鈴木は答えた。その代わり、必ず約束を守るように念を押した。彼らは頷き、鈴木の無欲さを口々に称えた。自分たちの気持ちをぜひ受け取って欲しいと言われ、感謝状を渡された。プレゼントとはこれのことか。なるほど、ここでは金銭が価値を持たないから名誉が貴重なものなのだろう。せっかくだからもらってきた。

「もちろん、薪が望めばだけど」
 強制はできない。もしも薪が生まれ変わってまた大切な誰かと巡り合いたいと望めば、管理地へ行って欲しい。すべては薪の心のままに。

「来るよ。決まってるだろ」
 透き通ったアルトの声に、鈴木は弾かれたように起き上がった。隣にいたはずの妙齢の女性は、床に胡坐が似合う中年オヤジになっていた。服も普通の男性のそれになっている。何が起きたのか理解できず、鈴木は思わず息を飲んだ。
 美香は、勝手に自分の容姿を変えることはできなかったはずだ。それは鈴木が許さなかった。彼女は鈴木が創りだした人形、いくら自由気ままに振舞っているように見えても創作者の意思に背くことはできない。でも今、彼女は鈴木の支配下を完全に離れた。まるで一個の人間のように。

 びっくりして声も出せない様子の鈴木に、薪はにこりと微笑み、
「もうこのままでいいだろ。変装するの面倒だし。そもそも僕、女装は嫌いなんだ」
 咄嗟には目の前の光景を信じることができず、鈴木は固まった。動きも息も、思考も停止した。だって。
 本物の薪にしか見えなかった。つい先日までこの腕に抱いていた、彼そのものだ。
 外見なら鈴木にもそっくりに創れる、でもこれは違う。薪の周りをいつも取り囲んでいた雰囲気や内部から滲み出る美しさといった、鈴木には決して創れなかったものを彼は携えている。まるで魂が込められているかのよう。

 嬉しすぎて、泣くこともできなかった。
 管理局のプレゼントって、もしかしてこれ?

 鈴木は彼らの贈り物に感謝したが、これには少々裏がある。ざっと説明すればこんな経緯だ。
 失態を犯した死神は処分されて消滅したが、さらなる問題が起きた。死神の遺物である。死神のカマには、刈り取った魂の一部が付着するのだ。当然、薪のそれも残っていた。
 微量とはいえ有ってはならない魂の処遇に、管理局は頭を悩ませていた。先刻も述べたが、混合器に入れたとして記憶が残る可能性はゼロではない。何処かに捨ててしまいたい所だが、万が一、神さまに見つかったら大問題だ。更迭どころの騒ぎではない。人が苦労して創った魂を粗末に扱うとは何事だと、管理局そのものが解体されるかもしれない。彼らだって路頭に迷いたくない。

 そこに鈴木が現れた。解決案は満場一致で決まった。
 鈴木のエリアに捨てればいい。エリア居住者は神の意思から外れた者たち、神のご加護も得られない。つまり、神も彼らには関心がない。見つかる可能性は限りなく低い。鈴木にそれを気取られず、かつ自然に彼のエリアに薪の魂を持ち帰らせる手段として彼らが考え出したのが『感謝状』だった。

 英雄などと煽て上げて、結局は鈴木を利用したに過ぎない。提示された秘匿の条件も、彼らにしてみれば願ったり叶ったりだ。薪には罪はないが、この不祥事を永遠に隠し通すためには彼が天界に来ないに越したことはない。一個人が神と接触することは極めて稀だが、皆無ではない。そういう人間は下界に生まれて徳の高い宗教家などになるのだが、薪の身にそれが起きたらすべてが明るみに出てしまうだろう。
 だがこうして魂の一部を鈴木のエリアに留めておけば、自動的に薪はそちらに引き寄せられる。薪にご執心の鈴木が彼を放さなければ、万事、幹部連中の都合のよいように運ぶというわけだ。

 予想もし得なかった薪との再会を、窮地を救われた管理局の善意であると鈴木は解釈したが、世の中そんなに甘くない。でも、それは鈴木にはどうでもよいこと。美香の身体に薪の魂が入った時点で、管理局と交わした約束の証文となるはずの感謝状の朱印と文字は消え、ただの紙切れになってしまったが、そんなものはもう不要だ。

 薪がそこにいる。他のことなんかどうだっていい。

 鈴木の沈黙が少々長引いたので、薪は不安そうな顔をした。
「女の身体じゃないとダメ?」
 おずおずと訊いてくる。さっきはあんなに高慢だったくせに、今は気弱な少年みたい。でも次の瞬間にはきっと図々しいオヤジに戻ってる。定まらないのが薪の魅力。昔からちっとも変わらない。
 華奢な肩に手を掛けた。強く抱き寄せる。「ダメ」と鈴木は言った。
「歯止めが効かなくなる」
 鈴木の腕の中で、薪がふふっと笑った。


 閉ざされたエデンで。きみの分身ときみを待つ。
 それも一つの愛の形。



―了―


(2013.8)




 なんじゃこりゃな結末ですみませんー!
 年忘れってことで忘れていただいて、
 みなさま、よいお年をー!



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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