ソング(1)

 こんにちは。

 昨日、過去作にたくさん拍手くださった方、ありがとうございました。
 最初の頃の話は今よりもっと下手くそで、読んでいただくの申し訳ないくらいなんですけど、警察機構の階級制度や組織の仕組みなどを一生懸命に調べて、細部まで拘って書いてた記憶があります。
 今は年取ったせいもあって、いろいろ調べるのメンドクサ……いやその(^^;

 そして改めまして、7万拍手ありがとうございました。こちら、拍手のお礼SS、
「楽しい第九 in カラオケボックス」でございます。
 以前、にゃんたろーさんとお約束したものです。(いつの話) にゃんたろーさん、お待たせしました~。
(文脈的にこれが7万のお礼みたいになってるけど、6万5千のお礼がまだだったこと、だれか気付いたかしら。このままごまかせるかしら。←サボってないで書け)

 お話の時期は、モンスター事件より7年ほど遡りまして、2061年の春です。(青薪さんは、まだ恋人同士ではありません)
 カテゴリは雑文、カラーはギャグ、男爵は全開になっております。

 以上、お含みおきの上、本日も広いお心でお願いします。 
 




ソング(1)





 スパコンのファンが回る音とプリンターが紙を吐き出す音、カチカチと忙しなく響くマウスのクリック音。ポーンと弾むような電子音はメールの到着を知らせる音、ガーッという騒音はシュレッダーが廃棄書類を細断する音だ。

 室長室のドアに張り付くようにしてそれらの音を聞いていた岡部は、上司に呼ばれてドアの前から離れた。薪が不思議そうな顔で自分を見ている。首を傾げて瞬きをする、声には出ないけれどそれは「どうした?」という彼の懸念のポーズ。
「あいつら、この頃ヘンじゃないですか」
「なにが」
「いつもこそこそ話してるし。それも、おれや薪さんが部屋にいないときに限ってですよ」
 岡部よりも勘の鋭い薪のこと、それはとっくに気付いていたらしい。書類をめくる指先には露ほどの驚きもなく、文字を追う亜麻色の瞳には微塵の揺らぎもなかった。

「上司ってのは煙たがられるもんだ。おまえもどちらかと言うと、僕と同じ管理職だろ」
「それならいいですけど」
「なにを心配している?」
「第九には重要機密が満載ですから」
「岡部。自分の部下だぞ。もっと信頼しろ」
 書類に目を落としたまま薪は、ふっと鼻で笑った。
「大丈夫だ。そんなことをしたら死んだ方がマシだって目に遭わせてやるって、最初にたっぷり脅してあるから」
 それは信頼してるって言いませんよね。

「おれは言われてませんけど」
 差し出されたファイルを阿吽の呼吸で受け取って、岡部はわざとらしく言い返す。先刻の言葉は天邪鬼な彼の、シュールな冗談だと分かっていた。
「おまえには必要ないだろ」
 それが信頼の証なのか、或いは嘘が不得手な岡部に対する皮肉なのか、本当のところは不明だが、部下としては前者の解釈しか許されない。

「岡部。週末のことなんだけど」
 週末と言われて岡部は頭の中でスケジュール表をめくり、いくつかの予定をピックアップした。その中のどれだろうと思いながら薪を見ると、彼はやや俯き加減になって右手を口元に宛てていた。この人がこういう仕草をするときはアレだ、プライベートだ。薪と自分のプライベートの接点と言えば金曜の定例会くらいだが、なにか予定が入ってそれをキャンセルしたい、と言うことだろうか。
「定例会のことですか?」
「うん、そう。お、岡部は……夕飯、なに、食べたい?」
 夕飯の献立を尋ねるからにはキャンセルではないのだろうが、だったらどうしてこんなに言い淀むのだろう。不思議に思いながらも岡部はにこりと笑って、
「余りものでいいですよ。気を使わんでください。こっちが押し掛けて行くんですから」
 薪さんの作るものはなんでも美味いですけど、とさりげなくリクエストしてみる。コンビニの総菜でも文句は言わないが、できれば薪の手料理が食べたい。岡部はある特別な事情から、美味しい家庭料理に飢えているのだ。

「リクエストがなければロールキャベツでいいか? トマトケチャップで味つけたやつ」
 いいですね、と頷きながら岡部は気付く。ケチャップ味は薪の好みではない。
「薪さん、ケチャップよりコンソメ味が好きじゃなかったですか?」
「そうだけど、次はケチャップ味がいいって青木が」
 言い掛けて、ぱっと手で口を押さえる。青木が薪の家に、週末の定例会以外にもかなりの頻度で顔を出していることはとっくに知っていたが、薪の中ではまだ極秘事項らしい。

「ああ、青木のやつ、ケチャップ好きですよね。スパゲティも、ミートソースよりナポリタン派だって言ってましたし。味覚がまだ子供なんでしょうね」
「そうなんだ。こないだも、オムライスのごはんをチキンライスじゃなくてケチャップごはんにしてくれとか言われてさ。ケチャップごはんに卵載っけて、その上にケチャップ掛けたらケチャップの味しかしないと思うんだけど。それが美味いんだって」
「じゃあ、青木の皿にはケチャップだけ載せといたらいいんじゃないですか」
 岡部が冗談を言うと薪は目を丸くして、長い睫毛をゆっくりと瞬かせた。それから何かを想像してニヤリと笑う。きっと薪の頭の中では、ケチャップ好きの誰かさんが情けない顔をしているのだろう。
「金曜日が楽しみだ」
 薪は皮肉に笑い、精査済みの書類を机の上で揃えると、それを岡部に差し出した。



*****



 昼休憩で閑散とした廊下を、曽我は身をかがめ、足音を立てないように注意して歩いている。明らかに周囲を警戒した歩き方だ。もともと短い首を竦めて、そうすると坊主頭との相乗効果でずんぐりとした陸ガメのようにも見える。

 彼は、現在使用されていない特捜用の第4モニター室の扉の前に立ち、サッと辺りを見回すと1度だけ、それも大層控え目にノックをした。ごくごく小さな音だったにも関わらず、中からはすぐに反応があった。誰かがドアの側にいて、外の様子を伺っていたに違いなかった。
「合言葉を言え」
「『薪さんだって人間だ』」
 曽我が低い声で告げると、果たして扉は開かれた。曽我の身体を素早く取り込んで、サッとドアが閉まる。まるで人喰いハウスのようだ。

 中にいたのは3人の同志。その中の糸目の男が真剣な表情で曽我に尋ねた。
「室長と岡部さんに見つからなかったか」
「大丈夫だ。室長は昼寝、岡部さんは竹内さんに呼び出されて捜一に出向いたところだ」
「青木は?」
「三好先生に拉致られた。今日は天楼閣だって」
「可哀想に、青木。給料前なのに」
「なんだってあんなに集中的にカモられてるわけ?」
「さあ」
「なんか弱みでも握られてるのかな」
 後輩の不遇に胸を痛めたものの、それは神のお導きかもしれない、とその場にいた誰もが思った。何故なら青木は薪に憧れて第九に来たと言う変わり種。そういう人間にこの秘密の集会を知られるのはまずい。青木は仲間を売るような卑劣な男ではないが、若いだけに純真で、思ったことがすぐに顔に出るのだ。

「青木のことは今は置いとこうぜ。問題は薪さんだ」
 メガネを掛けたインテリ風の男が、話し合いのテーマを提示する。応じて他の3人が頷きを返し、極秘会議の幕は切って落とされた。




*****


 私事ですが、明日、お義母さんが二度目の手術をすることになりまして。
 先週はその準備と術前の検査等で忙しかったです~。
 また1週間ほど入院なんで、出入りが忙しくなるかも。更新、空いちゃったらすみません。今回の話は雑文だし、なるべくお待たせしないように頑張ります。



 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ソング(2)

こんにちは。

 おかげさまで、お義母さんの手術、無事に終わりました(* ´ ▽ ` *)
 総胆管を除去したので、本人かなり痛かったみたいですけど、金曜日に退院できまして、今回は3日間の入院で済みました。よかったよかった。



 ところでみなさん。
 ストレス溜まってませんか?

 実はわたし、先週の土曜日から3日ほど、夜中に胸が痛くなって眼が覚めたんですよ。右胸の下辺り、肋骨の2本目と3本目の間くらい。日中は平気なんですけど、夜中の2時半ごろになると、毎日痛くなるんです。
 金曜日に親不知が腫れたってんで口腔外科で薬もらって飲み始めたところだったので、薬の副作用か、最悪心臓か、めんどくせえな、って思いながら病院へ行きましてね。血液からCTから全部調べたんですけど、「内科的にはまったく異常なし」とのことで。
 翌日、整形外科にも診てもらったんですけど、肋間神経痛でもないって言われました。あれは日中も痛むし、大きく息を吸ったり、押したりしたら痛いそうですね。
 痛くて目が覚めて、1時間くらい断続的に痛かったのに、原因不明って納得できない、と思いながら帰ってきたんですけど、
 火曜日にお義母さんが入院したら、その夜から痛くないんですよ!
 なんだそれ、いやな嫁だな、おい!!

 もー、自分が嫌になっちゃいましたよ~。
 お義母さんのことは嫌いじゃないし、看護も嫌々やってるつもりはなかったのに、身体に現れるなんてすごくショックでした。

 ただね。
 人間てこういう生き物だとも思うんですよ。意識下の、深いところで思ってることと、考えてることは違うの。
 だからと言って、それを偽善とか自分に嘘を吐いているとか言ってしまうのは、また違う気がするんですよ。
 上手く言えないんですけど……うん、これで今度1本書きます。

 それにしても、夜中の2時頃に胸が痛いって、まるで丑の刻参りみたいっすね☆
 モンスターで薪さんにヒドイコトしたからバチが当たったのかしら(笑)





ソング(2)





「まずは作戦の結果から報告してもらおう」
 会議の進行を務めるのは、薄茶色の髪をオールバックに撫でつけた、エリート風の美男子だ。彼は長い足をスマートに組み、穏やかにメンバーの顔を見渡すと、おもむろに口を開いた。

「小池、プランAはどうだった?」
「まるで無反応。どころか、ソッコーごみ箱行きでした。島崎●香ちゃんのヌード写真、苦労して手に入れたのに。あの人、女性に興味無いんじゃないですか」
 廊下に、今をときめくアイドルのイケナイ写真を落としておき、通りかかったターゲットがそれを懐に入れる瞬間をカメラに収める。普通の男なら十中八九引っ掛かるはず、なのに薪ときたら。
「信じられないよな。男がこれをゴミ箱に入れるって」
 一巡の迷いもなく屑カゴに投入された哀れな写真を拾い上げ、小池は深い溜息を吐く。
「ネットオークションで大枚叩いて落札したのに」
「「「てか、合成写真だろ、これ」」」
「ええっ?」
 アイドルの美貌に目が眩んで写真の真贋も見抜けなかった腑抜け男が、皆に突っ込まれてがっくりと肩を落とす。写真加工をさせたらプロ顔負けの宇野が断言したのだから、小池が偽物を掴まされたことはまず間違いない。

「曽我。プランBは?」
「ダメでした。叙々苑の食べ放題券に見向きもしないなんて、人間とは思えません」
「「「室長、食が細いからな。最初から期待してなかったよ」」」
「そ、そんなあ」
「宇野のCプランは? どうだった?」
「新型のハードディスクをエサに秋葉原まで連れ出すことには成功しましたが、メイド喫茶に連れ込むことはできませんでした。猫耳とメイド服の誘惑に勝てる男がこの世にいるなんて、俺には信じられません」
「「「給料貰った当日に秋葉原に全額置いてくる男はおまえくらいだと思うけどな」」」

 はあ、と全員が失意の溜息を吐く。悉く失敗に終った作戦の残骸が、彼らの前に無慈悲な彫像のように横たわっていた。
「女にも食べることにも興味ない。寝坊で遅刻したこともなければ二日酔いで仕事に来たこともない。そんな人間がいるのか」
「この目で見ても、俄かには信じがたいですよね。とはいえ」
 そこで4人は、合言葉を繰り返す。

『薪さんだって人間だ』

 秘密の会合が開かれたきっかけは、室長派の先鋒、岡部のこの一言だった。
 先月、薪は職場で高熱を出して倒れ、3日間の入院を余儀なくされた。それまで一度も(突然眠ってしまうことはあっても)病欠したことのなかった薪の変調に皆は、てっきりサイボーグか何かだと思っていたがどうやら人間らしいことが分かってびっくりした、と冗談を言い合った。それを受けて、岡部が笑いながら言ったのだ。

 なるほど、と誰もが思った。人間ならば完全ではあり得ない、すなわち。
 薪にだって、何かしら弱みがあるはず。それさえ見つけることができれば、あのマシンガンのような言葉の暴力にも対抗する手段ができるかもしれない。

 例えば薪が、虫が嫌いだったとする。生理的に受け付けないそれをMRIでガン見するのは、精神的消耗が激しいはずだ。
 そう思って色々仕込んでみたのだが、今のところ、薪が苦手とするものは見当らない。それもそのはず、薪は第九の誰よりもMRI捜査の経験が長いのだ。猟奇殺人でグロテスクな映像は見慣れているし、忌み嫌われることの多い爬虫類や芋虫の映像は、精神の均衡を欠いた被害者のMRIにしょっちゅう出てくる。
 逆に、女性の裸やAVまがいの情交シーンも混ぜてみたが、眉ひとつ動かさない。本当にロボットのようなのだ。

 彼らの心の中で、『薪さんだって人間だ』の合言葉が『薪さんだって人間のはずだ』に微妙に変わりつつある。複雑な胸中を絞り出すように、今井が苦い顔で呟いた。
「風邪を引くロボットだったりしてな」
「はは」
 乾いた笑いが広がる。出口の見えない探索の旅に、彼らはいい加減、嫌気がさしている。
 もし彼らが薪と敵対関係にあって、本気で薪の弱点を探ろうとするならば、逆にことは簡単なのだ。一昨年の夏の事件を持ち出せばいい。しかし、そのことを指摘するものは誰もいなかった。頭にくることは多々あるが、薪は敵ではない。あの澄まし屋の室長にほんの少しだけ、バツの悪い思いをさせてやれればそれでいい。

「仕方ない。宇野、プランZを」
「もうやりました」
 ハッとみんなが息を飲む。「無茶しやがって」と小池が呻くように言った。
 それはすべてのプランが失敗に終わった時の最終手段として話し合われた作戦で、これから行うかどうか検討すべき事柄だった。ところが宇野は、猫耳を無視された時点でこの作戦に突入してしまったらしい。宇野の世界観の狭さが、作戦の遂行を急がせたのだ。

「計画通り、人事データにアクセスして卒業校の成績証明書を入手しました」
 狙いは専攻科目の多い大学ではなく、未だ自分の適性を探る段階で、当人の意思とは違った科目も強制的に勉強しなければいけなかった学生時代。中でも高校のものがベストだ。小学生時代の苦手科目を努力によって克服した学生はたくさんいる。しかし、高校生くらいになると粗方の将来設計ができてくるから、自分が目指す大学の必須科目に力を入れるようになる。文系の大学なら苦手な物理を捨てて、得意の英語を伸ばそうとする。つまり、高校の成績表は得手不得手がハッキリするのだ。
「「「どうだった?」」」
 聞かれて宇野は、意味深な笑いを浮かべた。3人の心に希望の灯が点る。
「ご自分の目で確かめてください」

 宇野は、データを印刷した紙を中央のテーブルに静かに置いた。3人の手が我先にと資料に伸びる。しかしその手は資料を目にした途端に強張り、わなわなと震えた。
「なんだよ、これ」
「偽造じゃないのか」
「やっぱ人間じゃねえな」
 なんて面白くない成績表だろう。最高評点以外の数字がどこにもない。評定書にも「真面目・勤勉・熱心」等の文字が並んでいる。交友関係の欄にやや孤立気味との表記が見られたが、それは弱点ではない。
「でしょう? 見なきゃよかったと思いましたよ」
 してやったりの宇野の顔つきに、先刻の彼の思わせぶりな微笑は、己が味わった絶望にみんなを巻き込むためであったと知る。宇野はひねくれ屋で性格が悪い。薪に比べればかわいいものだが。

「頭良くて顔良くてスポーツも万能。足も速いし、水泳も得意ときた。てか、男のくせに家庭科まで満点ってどういうことだよ」
「美術も情報も、――うん?」
「あ」
「音楽だけ4だ」
 5段階評価なのだから、4だって決して悪い点ではない。しかしたった一つだけ記された他と形の違う数字は、まるで深いクレバスのように彼らの眼には映った。
 進学を目指す学生が志望校の試験科目の教科に多くの勉強時間を充て、その他の教科をややおろそかにする、それは当り前のことで自分たちもしてきたことのはずなのに、そんなことはすっかり忘れて彼らは色めきたつ。愚か者よと、しかし彼らを嗤うのはあまりにも可哀想だ。闇夜の海でたった1本抜け落ちたカラスの羽根を探すがごとく、どれほど目を凝らしても見つからない探し物に疲れ果てた彼らにとって、それはやっと訪れた一筋の光であった。それに縋りつくことの短絡さを、だれが責められようか。

「高校の音楽って何やったっけ」
「ひたすらクラシック音楽の曲名と作曲者の暗記」
「暗記物で薪さんが他人に後れを取るとは思えないから、このマイナス1点は実技ってことだ」
「楽器か、声楽か」
「高校生がリコーダー吹かないだろ。絶対に声楽の方だ」
「てことは」
「「「「薪さん、もしかして音痴?」」」」
 4人は殆ど同時にその結論に達し、それが重なり合ったことで確証を得た。自分だけじゃない、みんなそう思ってる。これだけ一緒にいて誰も、薪の歌を聞いたことがない。聞いたことがないのは人前で歌ったことがないからだ。苦手だって自覚があるから歌わないようにしてるんじゃないのか。
「ペーパーテスト100点でもカバーできないくらい、すっげー音痴なんだよ、きっと」
「だよな。鼻歌すらないっての、不自然だもんな」
 ここ一月の間に繰り返された不毛な議論と潰え去った数多の策謀。負け戦が続き、まるで焼け野原のようになった彼らの心に、その仮説は一輪の可憐な花のごとく、希望と言う名の花弁を開く。人間が落とし穴にハマるのは、得てしてこういう時だ。

「そうと決まれば、後は薪さんを舞台に上げるだけだが。難しいな」
 彼らの目的にぴったりのカラオケボックスと言うものがあるが、はてさて。
「事件解決の祝いの席にさえ顔出したことがないんだぜ。そんな人間にカラオケルームなんて、どうやって誘えば」
 難しい顔で腕を組む小池に、宇野が涼しい顔で言った。
「そうでもない。あの人の協力さえ得られれば」
「なるほど。あの人か」
 宇野の作戦を瞬時に読み取った今井が、携帯電話を取り出しつつ、ふ、と笑う。貴公子めいた彼の美貌にその笑みはとてもよく似合って、でも考えていることは下衆の極み。
 小池と曽我が首を傾げるのを横目に見ながら、彼は一本の電話を掛けた。
「青木か。三好先生と一緒なんだろ。ちょっと代わってくれ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ソング(3)

 こんにちはー。

 説明入れるの忘れちゃったんですけど、ご新規さんで、こちらの話を初めて読まれた方。
 うちの話は原作と設定が違ってて、
 青木さんは薪さんのストーカーで、雪子さんから薪さんの情報を仕入れていて、この時の食事はそのお礼。
 雪子さんは女神で食いしん坊。薪さんとは親友。
 薪さんは男爵。 

 ごめんなさい、説明苦手で……
 でも最初から読んでくださいとはとても言えないテキスト量なんで、ご質問、あれば受け付けます。(*・`ω´・)ゞ  



 

ソング(3)






 長い睫毛がふんわりと揺れ、光線の具合で化粧を施したようにも見える薄い瞼が亜麻色の瞳を一瞬隠す。つややかなくちびるが小さく開き、透き通るアルトの声が不思議そうに語尾を上げた。
「うちの連中が、雪子さんの誕生祝を?」
 大きな眼をゆっくりと瞬いた薪に、うん、と雪子は頷いた。第九の室長室である。
「今井くんから電話があって。いつも差し入れしてもらってるから、そのお礼にって」
 場所は渋谷、と雪子は彼らに言い含められた通りに地名だけを告げ、店の名前や詳細については「明日のお楽しみだって」と言葉を結んだ。

「薪くんも来てくれるでしょ?」
「すみません。僕はちょっと」
「そんなこと言わないでよ。あたし、薪くん以外、第九に気安く話せる人いないんだから」
「大丈夫ですよ。自分から誘っておいて、相手に気まずい思いをさせるような常識の無い人間はうちにはいません。それに」
 柄にもなく不安がる雪子を安心させるように薪はにっこりと笑い、しかし次の瞬間、がらりと表情を変えて見せた。
「もしも雪子さんに不快な思いなんかさせたら僕が黙ってないことくらい、みんな分かってますよ」
 ふ、と笑ったきれいな顔の冷酷なこと。先刻、雪子に向けたやさしい笑みとは雲泥の差だ。部下たちの気苦労が偲ばれる。
 でも、と尚も言い募る雪子に、薪は天使に戻ってニコリと微笑みかけ、
「雪子さんのお世話は、青木が責任を持ってしますから」
 その企ては何度も失敗しているのに、薪は相変わらず頑固だ。雪子は作戦を変えることにした。

「あたしは薪くんに来てもらいたいの」
 ぱん、と手を合わせて勢いよく拝み倒す。薪のような理屈人間に、くどくどと理由を並べ立てるのは愚の骨頂だ。
「お願い」
 滅多なことでは使わなかった女の武器、もとい薪相手には身長が合わなくて使えなかった上目使いのお願い攻撃を繰り出してきた雪子に、薪は開いていたファイルをぱたりと閉じた。俯けて、黒髪で隠れた面で雪子はほくそ笑む。もらった。
「分かりました。明日の夜、7時に渋谷駅ですね」
「ありがとう!」
 約束さえ取り付ければ長居は無用。薪の気が変わらないうちに退散するが上策だ。「じゃあよろしくね」と雪子は友人に手を振り、室長室を後にした。モニタールームで帰り支度をしていた岡部に会釈し、新人が淹れてきたコーヒーを「ごめんね」と片手を上げて断り、報告書のファイリングをしていた今井にこっそりと親指を立てる。

 廊下を抜けてラウンジに出ると、そこで残る3人が待っていた。
「さすが先生。お見事です」
「こちら、お約束の叙々苑の食べ放題券です」
 宇野から報酬を受け取って、にんまりと笑う。彼女の絶大なる食欲の前に友情は脆い。
「俺の叙々苑……」
「役に立ってよかったじゃないか」
 チケットが白衣のポケットに落とし込まれるのを名残惜しげに見送る曽我の肩を、尖った肘で小池が突く。曽我は当初の目的を見失いかけている。

「さあて。明日が楽しみだ」
 悪ガキそのものの顔で笑い合う3人の様子に、雪子は持ち前の好奇心が疼いたが、裏事情は知らないに越したことはないと判断して訊くのをやめた。薪は鋭い。もし雪子が彼らの計画の全容を知っていたら、彼に見抜かれてしまう恐れがある。自分には明日、薪を指定の場所まで連れて行くと言う仕事が残っている。そこまで成し遂げて任務完了だ。残りの成功報酬は、Pホテルのケーキバイキングのチケットだ。万が一にも失敗は許されない。
「会場の地図は明日、先生の携帯に送ります」
「OK。そこに薪くんを連れて行けばいいのね」
「そうです。よろしくお願いします」
「任せて」
 雪子の頼もしい返事に、3人はぐっと拳を握る。雪子は自分たちに勝利をもたらす女神のようだと誰もが思った。えらく食い意地の張った女神だが。

「なんだ、おまえら。先生となんの相談だ?」
 鞄を持った岡部が通りかかり、打ち合わせ中の彼らに声を掛けた。ぎくりと肩を強張らせたのは小池と曽我のコンビ。彼らだけならこの作戦は発覚していたかもしれない。しかしそこには、クールガイの名も高い宇野がいた。
「先生の誕生祝に、食事にでも行こうかと話してたんですよ」
「おお。じゃあおれもご相伴に」
「先生の好みに合わせて、Cホテルのフレンチですけど?」
「う。あ、いや、遠慮しとく」
 Cホテルと聞くと、岡部は急に焦り出し、両手を振って逃げるように帰って行った。彼は堅苦しいテーブルマナーが必要なディナーは苦手なのだ。

「さすが宇野」
「まあな」
 2年近くも一緒に仕事をしているのだ。岡部の鬼門はリサーチ済みだ。
「宇野って真面目そうな顔して、意外と策士だよな」
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺はただ」
「ねえ。これって岡部さんには内緒にしておいた方がいいのよね?」
「あ、はい。お願いします」
 いいけど、と雪子は豊満な胸の前で腕を組み、太陽のように笑った。
「Cホテルのディナー券、追加でお願いね」
 まだ食う気か。
「もちろんペアでね」
 しかも2食分か。

 それじゃ明日ね、と上機嫌で去って行く白衣の美女の後ろ姿に、悪童3人組は、彼女と結婚した男は彼女の食費を稼ぐだけで人生が終わってしまうだろうと、未だ見ぬ未来の花婿にいたく同情したのだった。



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ソング(4)

 ご説明の追加です。(今回多いな(^^;)
 法十設定で、雪子さんの誕生日は4月10日です。(この設定でいろいろ書いちゃったんで、今更ずらせないの、ごめん)
 公式プロフでは秋でしたね。なんとなく雪子さんは春夏生まれって気がしてたんですが。

 さてさて。
 楽しいカラオケパーティのはじまりはじまり。




ソング(4





 曽我が予約をしたカラオケルームに、薪は大きな花束を持って現れた。一足先に来て宴席を整えていた4人の目が点になる。
「雪子さんの誕生日プレゼント。用意する時間がなくて」
 雪子の正確な誕生日は10日後。それまでには何かしら用意するつもりでいたのだろうが、昨日の今日で、それが為せなかった。だからとりあえず花束を、と言うことらしい。

「薪さん、三好先生と一緒だったんじゃ」
「ああ。駅から一緒に来た」
「それ、三好先生にあげたんでしょ? なんで薪さんが持ってんですか」
「雪子さんが、荷物になるから持ってくれって」
 その言い分を薪は素直に信じたらしいが、雪子の本音は多分ちがう、と薪以外の全員が思った。
 薪が雪子のために選んだ花は、春の代表花チューリップ。それもピンクインプレッションとアプリコットビューティと言う可愛らしさに可愛らしさを掛け合わせたような組み合わせだ。雪子が持つには幼すぎる、が、年齢不詳性別不詳の薪には嫌味なくらい似合っている。その彼から花束を取り上げるのは、天使から羽根をむしり取るようなものだ。
「おかしい……おかしいよ」
「あの人、37だよな」
 もともと、仕事時間以外の薪は雰囲気が柔らかいのだ。その彼が白とピンクを基調とした花束を持つと、まるで春を連れてきた女神のようだ。

「で、主役はどこです?」
「雪子さんはレストルームだ。化粧直しだって」
 4人とも、女性心理には詳しくないが、自分よりも花束が似合う男と二人で街を歩いてきた女性がどんな気持ちなるかは想像が付く。今はそっとしておいてやろう。
「そんなことしなくても、雪子さんは充分きれいなのに。女の人は大変だな」
 自分が原因であることを全く理解していない。こういう男と友人関係を続けている雪子の苦労に思いを馳せ、4人はそっと心の中で彼女にエールを送った。その励ましが届いたのか、それからいくらも経たないうちに雪子は明るい笑顔で戸口から顔を出した。
「ありがとうね、薪くん」
 そう言って、薪から花束を譲り受ける。スプリングコートを脱いで曽我に預ける薪に聞こえないように、今井がこそっと雪子に耳打ちした。
「それ、渋谷駅で薪さんに渡されたんですか」
「そうよ。地獄だったわよ」
 視線で刺し殺されるかと思ったわ、と雪子は苦笑いし、花束に顔を伏せた。あの薪と友人でいると言うことは、彼の美貌に羨望を覚えるだけでなく、不特定多数の人間からやっかまれると言うことだ。内外ともに嫉妬の嵐、普通の女性だったら2ヶ月でノイローゼだ。

「雪子さん。コートをお預かりします」
「ありがと」
 コートを受け取ろうと手を差し伸べる。薪は雪子にだけはいつもやさしい。
「カラオケパーティなんて久しぶりだわ。みんな、今日はあたしのためにありがとう」
「雪子さんに喜んでもらえてよかったです。みんな、僕からも礼を言うぞ」
 ついでにみんなにもやさしい。

「いつもああならいいのに」
「騙されるな。仕事になったら鬼だぞ」
 小池と曽我がコソコソと囁き合うのに、今井と宇野はそっと目配せをして、
「面子も揃ったことですし。そろそろ始めましょうか」
「え。岡部と青木は?」
「青木はメンテナンス当番。岡部さんは家の用事があるそうです」
 小池が前もって用意した言い訳を口にすると、薪は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、そうか、と頷いた。
「せっかくの機会なのに。残念だな」
 二人とも、薪がマイクを持たされて困惑すれば代役を買って出るだろう。計画の邪魔になりそうな人間は排除するに限る。

「さあさあ、まずは乾杯です。みなさん、席に着いてください」
 宴会王の曽我の采配で、画面に対して垂直に並べられた4人掛けのソファの先頭に雪子が座り、その隣に薪、奥に今井が座った。反対側には画面に近い方から曽我、小池、宇野のラインナップ。ソファの間に置かれた人工大理石のテーブルには、豊富な種類の酒と湯気を立てる料理。皆にグラスが行き渡ったところで、主催者の今井が乾杯の音頭を取った。
「三好先生、38歳のお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。でも年、言わなくていいから」
「「「おめでとうございます、38歳」」」
「だから言わなくていいっての」
「雪子さん、さん」
「薪くんまで!」
「いえあの、ここ、山賊焼きが名物だって、メニューに」
「山賊焼き? なにそれ。美味しいの?」
「美味しいですよ。ひとつ、取りましょうか」
 追加の料理を品定めする二人の相談がまとまったのを見計らって、今井がさりげなくマイクを向ける。「先生、一曲どうぞ」と客人の雪子に幕を切らせる作戦だ。
 宴会の時、最初に歌う人間は緊張するものだ。誰かがスタートさせなければ始まらないのも事実だが、なかなかに勇気がいる。アルコールが回って宴会が盛り上がって、そのどさくさ紛れでもなければ、歌に自信のない人間はマイクを握らない。まずはその土台作りからだ。

「ちょっと待て。おまえら、先に雪子さんに渡すものがあるだろう」
「いや、残りの報酬はミッション完了後と言うことで」
「報酬? これは雪子さんのバースディパーティだろ?」
「バカ、小池。薪さん、おれは昨日のうちに渡しました!」
「なんでパーティ当日じゃないんだ?」
「え。だってそうしないと先生仕事してくれないから」
「仕事?」
「バカ、曽我、黙ってろよ。ちゃんと用意してありますよ。ほら、Pホテルのケーキバイキングチケット」
「おれはCホテルのディナー券です。パーティの後に渡すつもりです」
「全部食べもの被りなのは眼を瞑るとして、なんで後なんだ?」
「いいの、いいのよ、薪くん。あたしの誕生日、まだ先でしょ。プレゼントは当日もらえることになってるのよ」
「なるほど。そういうことですか」
 雪子の機転に救われる。4人は胸を撫で下ろした。

「さーて、歌うわよ」
 気の好い雪子は二つ返事でマイクを受け取って、最近のヒットソングの中から宴会向きの、ホップテンポのものを選んで披露した。彼女の歌声は明るく、快活で、パーティの開幕には誠に相応しかった。
「「「「三好先生、ブラボー!」」」」
「雪子さん、お見事です」
「まーね」
 拍手で締めくくられた雪子の歌が終わると、2番手を今井が引き受けた。「先生のように上手じゃありませんけど」と彼が選んだナンバーは、しっとりめのバラード。名の知れたイケメン歌手の曲だが、今井の低いテノールが曲にぴったりとマッチして、素人の宴会芸には十分なレベルだ。彼はなんでも卒なくこなす。
「さすが今井さん」
「顔がいいと得ですね。歌まで上手く聞こえる」
 なんだとこら、とグラスに入った酒を相手に掛ける真似をする。楽しい音楽と程よく回ったアルコールが、彼らの気分を上向きにしてくれた。

「次はおれ行きます。ここからは下手な順で」
 満を持して、宴会王の曽我が立ち上がる。「下手な順」などと謙遜する輩に限って、実は隠れた実力を――と、曽我に限ってそれはない。
「……ホントに下手だな」
 曽我の歌を聞いた小池が、細い眼をさらに細めて呟く。友情で言葉が選べるレベルではなかった。
 元歌(?)は最近流行の三代目Jと言う若手男子グループの曲だが、開始1分で原型を留めていない。恐ろしい破壊力だ。
「これ、三代目のファンが聴いたら怒るぞー」
「三代目ってなんだ」
 引き攣った顔で強張った拍手をする小池に、向かいの席から薪が尋ねた。隣の今井は画面に背中を向けて、耳に指で栓をしていたからだ。
「そういうグループ名なんですよ」
「世襲制なのか。変わってるな」
 変わってるのはあんただよ。今の日本で三代目知らない30代はあんたくらいだよ。
「もしかして薪さん。エグザ●ルも知らないんじゃ」
「追放者、または亡命者」
「言葉の意味は合ってるんですけどね……」

 惜しい人だな、と小池は隣の宇野と囁き合う。
 雪子の隣で、合成皮革のソファにちょこんと座ってトム・コリンズを傾けている薪は、どの角度から見ても難癖の付けようのない美形で。無意識に奪った異性のハートの数は海岸の砂粒ほどもある彼はしかし、世俗のことにはとんと興味が無い。これでは女性との会話も弾まないだろう。
 だが、これで薪の音痴説が俄然信憑性を増した。流行歌に興味が無い、それは歌うことが好きではない証拠だ。
 流行に興味が無い自体、弱点と言えば弱点だが、本人がそのことをまるで意に介していないのでは、ジョーカーにはなり得ない。何の気なしに質問が口を吐いて出るのは、知らないことを恥ずかしいと思っていないからだ。当人に苦手意識の無いものは弱点ではない。



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ソング(5)

 ご無沙汰です!
 コメントのお返事、遅くなってすみませんでした!

 がんばれコール、ありがとうございました(〃▽〃)
 おかげさまで、無事に市の検査が終わりました。
 こちらは大した指摘もなく、手直しも微々たるもので、ひとまずホッとしました~。

 
 月末は防衛省が来るので、週末にかけて忙しくなるかもしれませんが、とりあえずは、
 お話の続きです。
 お待たせいたしました! どうぞ! (←待っててくれた人がいるといいなあ、という希望的観測)



ソング(5)






 平衡感覚を侵されそうな曽我の歌が終わり、続く小池は、薪とは逆に流行のナンバーをしっかりと押さえていた。最近は、どの店に行っても彼女たちの歌が流れている。自然と耳が覚えてしまっているから、聞いている方も一緒に楽しめる。――はずなのだが。

「なんだろう。この微妙な違和感」
「そりゃー女の子の歌を男の声で唄ってるから」
 恋を夢見る女子高生の日常を若者言葉で語る知性の感じられない歌詞、あれは若くて可愛い女の子がミニスカート(これは外せない)を穿いて踊りながら歌うから許せるのであって、30過ぎの男が重低音で奏でるものではない。てか単純にキモチワルイ。
 顔をしかめて、今度は曽我が宇野と囁き合う。
「音程もテンポも合ってるのに。聴いてると冷や汗が出てくるの、なんでだろう」
「ある意味曽我より強烈だな」

 今井に到っては、耳を塞いでソファに突っ伏している。そこまでしなくても、と思うが、繊細な彼には耐えられない不協和音なのだ。同時に、気遣いのできる彼は、協力してくれた客人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「先生、すみません。うちの連中、歌はあまり得意じゃなくて」
「ん? あ、いいのいいの。カラオケなんて楽しけりゃいいんだから」
 なんて心の広い女性だろう。
「それよりこの山賊焼きだっけ、ホント美味しいわ」
 食べるの夢中で聞いてなかったんですね。

 黒板を爪で引っ掻くような不快感がようやく途切れ、次の歌い手がマイクを持った。みながホッとしたのも束の間、そこからが、本当の地獄の始まりであった。

 画面に閃光が走ったかと思うと、星の飾りのついたステッキを持った女の子が出て来た。目の面積が顔面の六割を占める人間離れした顔立ちの彼女の、髪の色はピンク、髪型は鉄板のツインテール。セーラー服をアレンジしたミニスカコスチュームに身を包み、色違いの戦闘服を着た仲間たちと共に夜空を駆ける、その名も。
『萌え萌えキュンキュン、ヴィーナスレボリューション!』
「やめろおお!」
 叫び声と共に、今井は外に飛び出して行った。限界を超えたらしい。残されたのは4人、うち二人の仕掛け人は宇野の歌声を掻き消そうとするかのように絶叫する。
「あいつがアニソン以外、それも美少女アニメ以外、興味無いの忘れたのか!」
「だれだっ、宇野にマイク持たせたの!」
 おまえらだ。

 だが彼らにとって、それは戦略的被災であった。
 全員が唄い終え、残るは薪一人。その状況に追い込めば、マイクを拒否しようとする彼を「お互いさま」という一言で封じることができる。自分はその責を果たしたのだと言う自負が、彼らを強気にしてくれるのだ。多少の無理強いも可能だろう。

「今井さん、ずるいですよ! 逃げないでくださいよ!」
「いやだああ! おれの絶対音感が崩れるうう!」
「大丈夫ですよ。そこまで合ってませんでしたから」
『このせーかーいー、まもーるためー。マジカルピーチ、ラブリーバナナ、あなたのハートにMOEズッキュン!』
「宇野っ、その呪文はヤメロ!」
「世界が崩壊するわ!!」

 地獄の3分が過ぎた後、部屋の中で平静を保っていられたのはたったの二人。一人は歌い手である宇野と、もう一人は薪だった。雪子ですら歌の間は箸の動きが鈍かったと言うのに、薪の神経は大したものだ。
「最近は変わった歌が流行ってるんだな」
「薪さん、平気なんですか」
「なにが?」
 その薪の態度に、今井は確信を持った。薪は音楽に疎い。音感も鈍い。当然ながら、歌は上手くない。
「みんな上手いもんだな」
「いや、マトモなのは最初の2人だけだと思いますけど」
 悪夢から解放された人々の眼が、やがて理性を取り戻し、野望にギラつき始めた。本来の目的を思い出したのだ。

「さ、次は薪さんの番ですよ」
「僕はいい」
「順番ですよ。歌ってください」
「歌はあんまり得意じゃないんだ」
 やはり、と4人は笑顔の裏で悪魔の笑いを浮かべる。ここはどんな手を使ってでも歌わせてやる。そのために、これまでの苦労はあったのだから。

「こういう席で、野暮は言いっこなしですよ。俺だって歌は上手じゃないけど、三代目の曲、一生懸命覚えたんですから」
「「「身の丈に合った曲を選べ」」」
「聞き慣れてる曲でいいんですよ。ドラマの主題歌とかCMソングとか」
「「「慣れてるからこそ違和感ハンパねえ」」」
 彼らのツッコミは容赦がない。4人の正直さに、薪は苦笑して首を振り、
「生憎、最近の曲は知らないんだ」
「俺もですよ。アニソンしか知りません」
「「「おまえのは公害だ!!」」」
 正直すぎて取っ組み合いのケンカになりかけている4人に、薪はトム・コリンズを飲み干して言った。
「悪いけど、アニメもドラマも見ないから。ニュースはCMも流れないし」
 ああ言えばこう言う。理屈屋の薪に理屈で勝とうとするのはバカのやることだ。

「先生、お願いします」
「なに。薪くんに唄わせたいの? なんで?」
「天楼閣の満漢全席付けますから」
「ラジャ」
 食べ物で釣れば人でも殺しそうだ。
「久しぶりに薪くんの『A Whole New World』が聴きたいわ」
「よろこんで」
 そして薪は雪子の頼みなら事件そのものを握りつぶしそうだ。

 結局は雪子にすべて頼る形になって、こんなことなら最初から彼女に頼めばよかった、そもそも彼女なら薪の弱点を知っていたのじゃないかと、その可能性に4人が思い至った時、静かな前奏が流れてきた。



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ソング(6)

 今年度は11月から現場に出まして、すっかり世間さま(この場合は秘密コミュ)から遠ざかって、瞬く間に8ヶ月が過ぎてしまいました。気が付けば、
 来週はメロディの発売日じゃないですか!

 新シリーズ始まるんでしたよね?
 今度はどんな薪さんなのかなあ~。楽しみだな~。




ソング(6)







「『A Whole New World』てどんな曲だっけ」
「ほら、ディ●ニー映画の、なんて言ったっけ、魔法の絨毯で空飛ぶやつ」
「ああ、あの青い魔人が出てくる……」
 密やかなお喋りは、その歌声が聞こえてくると同時に止んだ。澱みのない、透き通った音だった。ロスに住んでいたこともある彼の英語の発音が完璧なのは知っていたが、その知識は彼らの驚きを軽減してはくれなかった。
 楽器に例えるならフルートの瑞々しさ。管の中で震えながら膨らんだ呼気が澄み渡る風のように外界へと広がっていく、丸みを帯びたその音色。穏やかな旋律のメロディ部分はしっとりと葉を濡らす朝露のような奥ゆかしいきらめきに満ち、サビの高音部分は雲の上を飛び交う光の礫のように鮮烈な輝きを放つ。それが正確な音程に支えられ、さらに程よいビブラートが華やぎを加え、てか、
 なんだこれ! 普通に上手いじゃん!!

「イエー! 薪くん、さすが!」
「いえ。とんだお耳汚しで」
「懐かしいわー。この曲、薪くんと一緒に映画観に行って、あたしが唄えるようになりたいって言ったら、薪くんがその場で教えてくれたのよね。薪くん、一度聴くと覚えちゃうから」
 人間レコーダーですか。はいはい、もう何を言われても驚きません。
 そんなことより、問題は雪子だ。

「三好先生。薪さんが歌上手いの、知ってたんですか」
「知ってたけど。それがなに?」
「「「「早く言ってくださいよ!!」」」」
「ご、ごめんなさい。て、なんであたしが謝るのよ?」
 すっかりやさぐれた様子の4人に、薪の眼が訝しげに光る。ヤバい、と4人は同時に思った。あれは仕事モードの眼だ。
「おまえら。雪子さんが僕の傍にいるうちに、素直になった方が身のためだぞ」
 急に温度が下がった気がした。ヒュー、と窓も開いていないのに部屋の中を風が吹き抜ける。雪子がいるから風だけで済んでいるが、彼女がいなかったら間違いなくブリザードだ。

 どうする、どうしよう、と顔を見合わせる4人の前で、カランとドアが開いた。「遅れてすみません」と顔を出したのは背の高い新人だ。メンテナンスを終えて駆け付けたらしい。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
 差し出された花束は鮮やかなポピー。薪よりも青木の方が、雪子のイメージを正しく理解していると言える。
 彼の後ろからは意外な人物が現れた。家の用事で帰ったはずの岡部だ。
「おめでとうございます。もしかしたら重なっちまったかもしれませんが、よかったら」
 そう言ってケーキの箱を差し出す彼に、薪は不思議そうに首を傾げ、
「岡部。用事があって家に帰ったんじゃ」
「用事なんかありませんけど。青木に誘われなきゃ知らなかったんですが、先生にはいつも世話になってるから、ケーキくらいはと思って」
 焦ったのは小池だ。岡部の不在を嘘で誤魔化していたことが、薪にバレてしまった。

「先生ー。岡部さんには内緒にしてくれって、あれほど言ったじゃないですか」
「ごめーん。青木くんに口止めするの忘れた」
 その悪びれない言い方で、青木たちの来訪は雪子の策であったことに気付く。やっぱり雪子は薪の味方だ。
 とんだトロイの木馬だ、と苦い顔をする4人の先輩たちに、事情を知らない青木は無邪気に首を傾げて、
「え。岡部さん、連れて来ちゃいけなかったんですか?」
「なにい? おれを仲間外れにする気か、おまえら」
「いや、そういう意味じゃ」
「だったらどういう意味だ。説明しろ」
「そ、そんなに怖い顔で凄まないでください。パワハラですよ」
「いいぞ、岡部。僕が許す。徹底的に絞り上げろ」
「「「「ひいー!!」」」」

 結局、彼らには白状するしか道はなかった。
 ここ1ヶ月、薪の弱点を模索してあれこれ策を弄したこと。その悉くが潰え去り、しびれを切らした彼らが最終手段に出たこと。その過程でいくつかの職務違反を犯したことまで、洗いざらい喋らされてしまった。

「音楽だけ4だったから。てっきり歌が苦手なんだとばかり」
「歌が苦手なのはおまえらじゃないのか」
 薪に恥をかかせたい一心で、自分たちのレベルを忘れていた。墓穴とは正にこのこと。
「でも、音痴じゃないならどうして」
「風邪を引いて、声楽の実技試験をパスしたことがある」
 パスですか。よく「やればできた、やらなかっただけ」て言い訳する人いますけど、あれは大抵の場合が虚勢だからせせら笑えるだけで、事実だとめっちゃ腹立ちますね。
「先生が追試を提案してくれたけど、進学に響くようなものじゃなかったから断った」
 そりゃ先生だって勿体ないと思うでしょうよ。それさえ受けてりゃオール5なんだから。

「あーもー!」
「俺たちの苦労はなんだったんだー!」
「ちくしょー! 自分に腹が立つー!」
「エコヒイキしやがって、神さまのバカー!」
「……みんな、なんでそんなに怒ってるんだ?」
 4人そろって逆ギレされて、怒っていいのは自分のはずなのに、何故だか薪は自分が悪いことをしたような気分になる。部外者の岡部と青木は顔を見合わせ、雪子だけがせっせとバースディケーキをホールのまま食べていた。

 4人の恨み言が空に消え、薪の怒りが霧散して、なんとなく白んだ空気になった居室に、小池の声がぽつりと響いた。
「薪さんて、何でもできるんですね」
「当たり前だ。僕は室長だからな」
 室長は、職員の誰よりも優秀でなければならない。苦手なものなどあってはならない。いかなるものを前にしても怯むことは許されない、彼は室長だから。

 ――でもね、薪さん。
 そうやってあなたが完璧すぎると、おれたち、手の出しようがないんです。
 部下にとって、それはとても悲しいことなんですよ。

 そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、薪はすっとマイクを手に取り、
「せっかく来たんだから岡部。一曲、雪子さんにプレゼントして行け」
「え。いいんですか」
 それじゃあ、と岡部は嬉しそうに薪から渡されたマイクを受け取った。慣れた手つきで選曲ナビから曲を選ぶ。どれにしようかと迷う様子もなく、入力は10秒足らずで完了した。どうやら十八番の曲らしい。
 流れてきた前奏は渋い演歌で、それは岡部の外見にぴたりとハマっていたのだが。

 唄い出し早々、ビシッと画面にヒビが入った。ような気がした。
 それはもちろん錯覚にすぎなかったのだが、彼らの鼓膜にヒビが入ったのは気のせいではなかった。内線電話で「隣の部屋から苦情が来てるので音量を下げてください」とスタッフに注意された、その桁外れの音量もさることながら、彼の音感は壊滅的だった。テンポもリズムもズレまくってるし、これを歌と称するならコンクリートブレーカーの破壊音だって立派な音楽、てかそっちの方がまだ我慢できる。とにかく聞いているのが辛い。だからと言って耳を塞いだり野次を飛ばしたりしたら、後で岡部にどんな目に遭わされるか。「やめろ」と叫べる分、宇野の歌は救いがあったのだ。
 これぞ誠の地獄。ジャイ●ンの歌をリアルで聞かされた気分だ。

 曲が終わり、青息吐息を隠すための拍手の中、岡部は照れ笑いを浮かべ、
「いや~、最初の一曲は緊張しますね。歌にパンチが足りませんでした」
 ボックスの防音壁ぶち抜いて何が足りないんですか。
「そんなことないわ、岡部さん。すごかったわ」
 すごいのは貴女の鼓膜です。どんだけ丈夫にできてんの、この女。
「歌い込んでるのね。オリジナルのカバー曲ね」
 先生、元歌と一音も合ってないのはカバー曲とは言いません。
「いつもながら岡部の歌は、アレンジが利いてるな」
 アレンジって言うよりアウトレイジですよね。

 いつもながらと前置きした、薪の言葉にふと疑惑が湧き起こる。気つけ薬の代用にと持ち上げたウィスキーのグラスを宙で止め、今井は尋ねた。
「もしかして薪さん。岡部さんと一緒にカラオケ……」
「ああ。室長会の集まりで何回か」
 道理で平気なわけだ。これを聞き慣れていれば、曽我や小池の調子はずれの歌なんて可愛いもんだろう。宇野の場合はちょっと種類が違う気がするが、室長はおかしなところで天然だから。
 飲み終えたトム・コリンズのお代りを頼んだものか、それとも腹の膨れる炭酸はやめて日本酒に切り替えようかと、ドリンクメニューを片手に思案する室長の、その優しげな風貌に隠された鋼鉄の神経に部下たちはいたく感心する。さすが室長。頭の中が瓦礫に埋め尽くされていくような音に対する免疫を培うなんて、おれたちには到底無理です。

 自分の歌のせいで、薪が妙な尊敬を集めていることなどお構いなく、岡部は軽やかに選曲ナビを操り、
「さあて、喉も温まってきたことだし。今夜は唄い倒すぞー!」
「お、岡部さんっ。残念ながら時間がっ!」
「あ、大丈夫よ。さっき延長しておいたから。カラオケパーティで2時間は短いでしょ」
 なんてことしてくれたんですか。
「さすが雪子さん。僕も今、延長掛けようとしてたんですよ」
 ご自分の基準で物事を判断しないでもらえますか。みんながみんな、あなたたちみたいに鉄の鼓膜じゃないんですよ。
「そうよね。この人数で思う存分歌おうと思ったら、あと4時間は必要よね」
 この騒音に4時間も耐えろと? ご存じないんですか、ノイジーな雑音は人間をクレイジーにするんですよ?

 発狂一歩手前まで追いつめられた彼らの心の叫びが飛び交う緊迫した空気の中を、まるで風に吹かれたシャボン玉が上手に木の枝の間をすり抜けて空に昇るように、青木がふわっと立ち上がった。
「じゃ、オレはこれで」
 待て青木、何処へ行く。自分だけ逃げる気か。
「まだメンテナンスが途中なんですよ。カウンターにエラー出ちゃって。パーティが終わる前に、プレゼントだけ渡しに来たんです」
「エラー? それなら僕も行く」
 ずるい! ずるいっすよ、室長!!
「「「「おれたちもぜひ!!」」」」
「そんな訳に行くか。雪子さんを招待したのはおまえたちだろう」
 ニヤッと底意地悪そうな顔で笑う、これぞ悪魔の奸計。悪巧みで薪の上を行こうなんて、思いつきからして間違ってたんだ。

「じゃあな、岡部。後は頼んだぞ」
「はい、任せてください」
 金曜の夜、後輩と室長が仕事場へ帰って行くのを羨ましそうに見送る、その矛盾に身を焼かれるようなもどかしさを感じながら、4人は無情に閉まるドアを見つめていた。



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ソング(7)


 こんにちは。

 先月からの続きもの(たった7回なのに、先月からって(--;) こちらでおしまいです。
 途中、中断してしまってすみませんでした。
 それでもお付き合いくださって、どうもありがとうございました。
 ちょっとでも楽しんでいただけたら幸甚でございます。




ソング(7)






「薪さんの歌、オレも聴きたかったです」
 駅までの夜道を並んで歩きながら、青木が残念そうに言った。ふと横を見れば、声音とは裏腹の満面の笑顔。どう見ても、金曜の夜のこの時間に職場に戻る人間の顔じゃない。「二軒目行くぞー」と気勢を挙げる通りすがりの酔っ払いより、遥かに幸せそうだ。
 おかしな奴だ、と心の中で嗤いつつ、でも同時にこそばゆいような感覚を覚えるのは薪が青木の本当の気持ちを知っているから。もっと正確に言えば、彼の気持ちが、いや、そこは正確に言っちゃダメだ、うん、やめとこ。

「べつに面白くないぞ。特別上手くも下手でもない」
「そんなことないですよ。薪さん、歌、上手いじゃないですか」
 おかしなことを言う。正直、カラオケで流行るような曲はあまり好きではなくて、だから飲み会でも一度も歌ったことはないし、当然この男に披露した憶えもない。
「聞いたこともないくせに」
「よくお風呂で唄ってますよね。洋楽が多いみたいですけど」
 うっかりしていた。定例会の時に薪は、食事の後、アルコールが入る前に風呂に入る。飲むと眠くなってしまうからだ。その時につい浮かれて、口ずさんでいたのを聞かれたのか。これは恥ずかしい。
 ――いや。ちょっと待て。

「なんで知ってるんだ」
「え。だからお風呂で」
「風呂場とリビングの間には脱衣所があって、ドアが閉まるから大声を出さなきゃ聞こえないはずだ。おまえはどこで僕の歌を聞いたんだ」
「そ、それはその」
「まさかおまえ。覗いたんじゃないだろうな」
「そんなことしてません! 洗濯したタオルを脱衣所に持って行ったら歌が聞こえて、気になって扉をほんの少しだけ開けたら薪さんが身体洗っててそれがあんまりきれいだったから思わず棒立ちになって気が付いたら時計の針が勝手に進んでて、痛いっ」
「それを覗きと言うんだ! このヘンタイ!」
「いいじゃないですか、今更。一緒に風呂に入ったこともあるんだし」
「ちがう! 一緒に風呂に入るのと風呂を覗かれるのではまるでちがう!!」
 とんだピーピングトムがいたものだ。純情そうな見かけに騙されて、彼の気持ちを知りながら家に上げた自分の甘さに腹が立つ。

「明日の定例会はキャンセルだ」
「そ、そんなあ。先週も仕事で行けなかったのに」
「覗き部屋にでも行ったらいいじゃないか」
「そんな冷たいこと仰らず。お願いします」
「い・や・だ」
 ベエ、と舌を出したら、青木が笑った。笑われて気付いた。職場に戻るのに、浮ついていた自分を反省した。

 口当たりが良くてつい杯を重ねてしまったカクテルのせいだ、と薪は思い、でも本当の理由は別にあると分かっていた。
 さっき青木の笑顔を見たときに感じた、こそばゆいような感覚が、ずっと続いていたから。



*****




「何か企んでるとは思っていたが。薪さんの弱点とはな」
 ぐい、と冷酒をコップで喉に流し込みながら、岡部は豪快に笑った。薪と青木が第九に戻り、成功報酬を手にした雪子がほくほく顔で帰途に着いた後のカラオケボックスである。

「そんなことも分からんのか、おまえら」
「岡部さん、心当たりあるんですか」
 思わず意気込んで訊いた小池を威嚇するように、岡部の三白眼に力が入る。その恐ろしさに、すみません、と震え上がる部下たちから眼を逸らし、岡部はその言葉をコップ酒に溶かし込むように呟いた。

「心当たりもなにも。バレバレだろうが」
「あ、いや。鈴木さんのこと以外で、です」
 弱点を知りたいのは薪を傷つけたいからじゃない。そう考えていたことが伝わったのか、岡部は、ふ、と顔をほころばせ、なのに余計に怖いのは何故。
「過去じゃない。今のことだ」
「なんですか?」
「それはだな」
 言葉を切ってコップを傾ける岡部を、部下たちが期待に満ちた瞳で見つめる。室長の腹心たる岡部なら、彼の苦手を知っている可能性は高い。もしかすると、それとなくカバーしてもらえるよう室長自ら打ち明けているかもしれない。

 やがて岡部は空になったコップを静かにテーブルに置き、にやりと笑って、しかし。
「教えてやらん。自分たちで考えろ」
「「「「ええ~」」」」
 緊張の糸が切れた直後のだらけた空気に便乗して、4人は不満の声を漏らした。室長派の岡部が、薪が不利になることを教えてくれるはずがないと思ったが、やっぱりか。

 うだうだとのたくりながらグラスを傾ける彼らに、岡部は目を細めて手酌の酒を注ぎながら、副室長らしく説教をした。
「つまらんことを考えずに、おまえらは自分の仕事を頑張ればいいんだ」
 コップに満たされた透明な液体の、表面の震えが落ち着くのを待たずに岡部はそれを取り上げ、
「それが一番、あのひとを喜ばせるだろうよ」
 そう言って、目には見えない相手と乾杯の仕草をした。

「そうですね……いや、ちょ、なに言ってんですか。喜ばせたいんじゃない、室長をぎゃふんと言わせたくておれたちはですね」
「ん? ああ、そうだったそうだった。言い間違えた」
「カンチガイしないでくださいよね。てか、室長にヘンなこと言わないでくださいよ」
「ああ。おまえらが室長を陥れようと目を皿のようにしてあなたの弱点を探ってますって報告しとく」
「「「「そ、それもちょっと」」」」
 薪の報復を予想して青くなる彼らに、岡部はもう一度、ガハハと笑った。


(おしまい)


(2016.3)

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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