スペシャル

 春ですね~。
 春と言えばこれ、毎年恒例、あおまきさんのお花見です。
 リアルの桜は散ってしまいましたが、お花見の楽しい思い出など、思い出していただけると幸いです。

 これ、去年の冬に書き始めて、でも形にならなくて、春になって桜を見れば続きが書けるだろうと思って放っておいたのですが、
 今年は町内の班長も回ってきてしまって、4月になってもバタバタしてて、お花見どころじゃなかったのですが、えりさんのブログで、実に美しい桜の写真をアップしてくれてまして、そちらを拝見したら書き上がりました。
 ので、こちらのSSはえりさんに。 
 最近、リアルが多忙で非常にお疲れのようですが、どうかご無理なさらないでくださいね。






スペシャル




「待った」
 制止の言葉と同時に顔面に手を当てられ、ぐいと押し戻された。薪の手は小さいけれど、肉が薄いから鼻先が骨に潰されてけっこう痛い。
「薪さん」と囁きたかった青木の声は「ふひゃん」と意味のない呻きに変わり、それに続くはずの愛の言葉も薪の手に封じられ。不満げに寄せられた眉の下、青木の黒い瞳がメガネの奥ですうっと細くなった。

 出鼻をくじかれて明らかに気分を害した恋人に、薪は悪びれる様子もなくずけずけと、
「おまえの気持ちも分かる。春ってのは恋の季節だからな。ただ、そういうのは別のところでやってるみたいだから。僕たちはいいだろ」
 別のところって何処ですか。見学に行ってもいいですか。
「みんな似たようなことやってたら面白くないだろ。時代の流れに逆らってこそ男だぞ」
 飛び抜ける自信ならありますけど。妄想なら誰にも負けませんけど。
「僕たちなりのスペシャルな夜の過ごし方、考えてみないか」
 言葉面に騙されませんよ。どうせ徹夜で二人ババ抜きとか、そんなオチでしょ。
「というわけで、夜桜を観に行こう」
 スペシャルって言いませんよね。毎年恒例ですものね。

 独り決めして2本の缶ビールをスプリングコートの両ポケットに落とし込む暴君に、読者もオレも飽き飽きです、と本音なぞ言えるわけもなく。青木は溜息を堪えて頷いた。
「いいですけど。場所は?」
「おまえのアパートの前の公園」
「ここまで繰り返されるとマンネリが一周回ってスペシャルになった気分です」
「あん?」
「すみません。オレ自身、なに言ってるのかもう分かりません」
 うん? と無意識に首を傾げる仕草は相変わらず可愛いけれど、可愛さだけを売りにして何年も生き延びられるほど世の中は甘くない。薪と付き合い始めて10年、そもそも四捨五入すれば50の男性に「可愛い」という形容詞が適切かどうかなんて冷静に考えれば、などと心の中で愚痴る青木の顔を薪は下から見上げ、小鳥のさえずるような声色で、
「青木。早く行こう」
「はいっ」
 浮かれた返事に気付いて脱力する。思わず語尾を上げてしまった。

 アラフィフの奇跡。
 なんでこんなにかわいいの、薪さんが異常なの、それともオレがおかしいの、いっそメンヘル行った方がいいの?

 春は霞の夕間暮れ。通りは家路を急ぐ人でいっぱいだ。
 公園の入り口に向かう途中、すれ違う人たちがみんなして薪を見て行くのに安堵して、青木は胸を撫で下ろす。大丈夫、異常なのはオレだけじゃない。

 薪と一緒に歩くうち、特に会話もなくただ歩いているだけなのに、青木の気分はどんどん上向きになる。その理由は、みんなが羨ましがるような美人を連れ歩くのは気分がいいとかそういうことじゃない。付き合い始めの頃はそんな滑稽な自惚れもあったけれど、今は思っていない。薪が美しいのは青木の手柄じゃない。
 青木の喜びは、薪の顔が見られること。声が聞けること。こうして隣を歩けること。
 恋人の権利にしてはささやかすぎるそれらに、青木はこの上ない幸福を感じる。亜麻色の瞳は今日も生き生きと輝いて、それが一番うれしい。青木は聖人君子ではないし仏門に入って欲求を抑える修行をしている訳でもないのに、自然にそう思えてしまうのだから不思議だ。

 薪が元気で、自分の隣にいてくれるだけで嬉しくなってしまう。どんな我儘も叶えてあげたくなる。好きになった相手になら誰でもそんな風に思えるわけじゃない。青木にだって我欲はあるし、恋人にこうあって欲しいと言う理想もある。でも薪だけは特別なのだ。
 薪の壮絶な過去を知っているから? 死んでも彼を守りたかった、鈴木の脳を見ているから?
 どちらも理由の一つだけど、違う気がする。この気持ちに明確な根拠を付けること自体が意味の無いことだ。

 だって、『薪は特別』だから。

 その答えが一番しっくりくる、とキャリアの風上にもおけないような感情論を振りかざし、青木は今日も彼に振り回される幸せにどっぷりと身を浸す。気まぐれにあちらこちらへ歩を進める薪の後を、彼の清潔なつむじを見ながら追いかける。

「きれいですねえ」
 桜が群生する一画で足を止めた薪の後ろで、青木はぐるりと首を回し、天蓋のように重なり合う桜花を見上げた。木々の間から覗く空には、ぼんやりと月が浮かぶ。
 青木の傍らで、薪は黙って薄ピンクのアーチを見上げている。その姿はまるで一枚の絵のよう。桜は自然の織りなす芸術かもしれないが、薪は神が創りたもうた奇蹟だ。
 この世の人じゃないみたい。だって、普通の人間がビジュアルで満開の桜にタメ張るなんて不可能だもの。

「薪さんは全然変わりませんね」
 ちらと横目で青木を見る、薪に向かって青木は苦笑した。
「初めて薪さんをここにお連れした時も思いました。桜の精みたいだって」
 えっ、と声を上げて薪は固まる。ロマンティックな会話が苦手な薪にこういう話は鬼門だったか、思いかけて青木は踏み留まる。ちがう、プライベートの薪の切り返しはきっと。
「知らなかった。桜の精ってオッサンだったのか」
 ああ、やっぱり。
 否定するのもかったるいし、説明するのも面倒だからそれでいいや。

「イメージ的に女神だとばかり……そうか、仙人系の精霊か。それなら納得だ」
 なにが納得なんですか。年を重ねるほどに実年齢と見た目年齢との差が広がって行くのは神通力だとか言う気ですか。
「春の海のように穏やかな人柄、達観した人生観。そういうところだろ」
 雪山の天気みたいに激しい気分屋。徹底したカンチガイ。そういうところも可愛いからそれでいいです。
「僕は昔から、年よりも上に見られることが多かったんだ。小さいのにしっかりしてるって言われて」
 それ、子供の頃の話ですよね。
「身長の話じゃないぞ! 年の話だからな!」
 自虐ネタ自分で振ってこっちに突っ込むの止めてもらえませんか。

 内心強く言い返しながらも「はい」と答える、青木を亜麻色の瞳がじろりと睨み上げる。先刻までとは打って変わった、冷徹な観察者の瞳。
「おまえってさ。表面上はしおらしく僕の話聞いてるけど、心の中でずっと言い返してるだろ」
 ……お見事です、仙人さま。

 青木の密かな造反は、薪にとって不愉快であるはずなのに。何故か彼はうっすらと笑う。
 その微笑みは、優美な肢体を濃桃色に滲ませる桜花よりもあでやかに。笑い声は、花びらの先端を弄る夜風より密やかに。青木の目と耳を介して否応なく体内に侵入し、青木の一番大事な部分を攫って行く、根こそぎ奪い取って行く。もはや暴力と言い換えてもいい、抗いようのない誘惑。

 この季節、同じ場所で繰り返される恒例の行事。去年も今年も同じ場所で、同じ桜を見ている。
 たまには余所へ行ってみようとか、今年は他県まで足を延ばしてみようとか、変化を求めるのが普通だと思う。そうしないと人間、飽きがくる。人間はどんな環境にも適応する生物だから、美しい風景にも慣れて、感動が薄まってしまうのだ。
 なのに薪は、その特別性でもって青木の慣れを封じてしまう。当たり前の日常がスペシャルになる。

 朝、第九で顔を合わせて、一緒に仕事をして、怒られて。アフターに待ち合わせて、一緒に過ごして、また怒られて。
 波の数ほども繰り返してきたはずなのに、てんで慣れない。ときめく胸の苦しさも、泣きたくなるくらいの愛しさも。
 薪が特別なのは今に始まったことじゃないけど、でもやっぱり。

「ずるいなあ、もう」
 つい、と細い指が差し出した缶ビールを受け取り、青木は心からの降参を告げる。
「薪さんには敵わないです」
「おまえは正直だから、顔に出るんだ。それに」
 続けて薪は、わざとプルトップを引く音に重ねるように、
「本当にズルいのはおまえの方だろ」

「え。なんでですか?」
「ふん」
 飲み口に吸い付いたつややかなくちびるは、もはや言葉を持たず。青木は早々に追及を諦めた。こういうとき、薪は意地悪だから、絶対に教えてくれない。
 黙って薪の隣で、花を見上げた。青木には教えてもらえなかったその理由を、桜の精が見透かしたかのように、目の前の桜がくすくすと枝先を揺らした。


(おしまい)


(2017.4)



 本気で見透かしてたら、桜いっせいに散ったりして(笑)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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