竹内警視の受難(1)

 遅くなりましたが、2000拍手のお礼です。

 竹内が主役の特別編です。
 彼の報われない人生に幸あれ。(笑)



 ご要望により、今回よりこちらに本文を書くことにします。
(鍵付きのお話に関しましては、これまでどおり『つづき』からお願いします。)
 わたしのSSは異常なくらいに長いため、なるべく読みやすくしたいと考えておりますので、こういうご指摘はとてもありがたいです。
 その他、読みづらい点等ありましたら、ご遠慮なくどうぞ!

 あ、文章自体が読みづらいですか。
 そうですか……。





竹内警視の受難(1)






 夜の9時を回ったスーパーマーケットは、買い物客もまばらで、閑散としている。活気のない店内で、しかしその分ゆっくりと、薪は商品を選んでいた。
 
 昔から歓楽街が少なく、夜の早い街として有名だった吉祥寺には、深夜営業の店はとても少ない。薪が住んでいるマンションの近くで夜の10時まで開いているスーパーは、ここ一軒しかない。
 何十年か前までは、24時間営業のスーパーは珍しくなかったと聞く。しかし、2062年の現代においては、エコロジーの観点から、真夜中まで営業する店舗は減少してきている。
 地球の資源が限りあるものだ、という当たり前のことに人類が気付いてから100年あまり。その事実によって促されるべき行動が端部にまで及んできたのは、つい最近の話だ。

「ネギと白菜、白滝に焼き豆腐に、あ、青木、シイタケはだめだ。岡部がキライだから」
「じゃ、人参も省きましょうよ」
「なに言ってんだ。すき焼きに人参は欠かせないだろ」
 これはもちろん、青木に対する意地悪だ。
 普通、入れないと思いますけど、と口の中で呟いて、青木はシイタケのトレーを棚に戻した。代わりにエリンギのパックを取って、カゴの中に入れる。

「明日の朝のサラダにも使うし」
「わかりましたよ」
 薪に促されて、青木は渋々オレンジ色の根菜を手に取る。
 青木の嫌いな人参と、薪の好きな黄色いパプリカ。アスパラガスにブロッコリー。何も言わなくても自分の好物がカゴに入ることに、薪は満足そうな笑みを浮かべる。

「後は、すき焼き用の肉だな。800じゃ足りないよな。1キロ買うか」
「そうですね。お給料出たばかりだし」
 薪ひとりなら200グラムもあれば充分だが、青木も岡部も、とにかくよく食べる。前のときは800グラムで足りなかった。

「あれ? 薪室長」
 食後のデザートにと、イチゴのパックを手にしたとき、嫌な声を聞いた。
 聞こえなかった振りをして、精肉売り場の方へ行こうとする。それを青木のバカが、いりもしない返事を返して、薪は仕方なく足を止めた。
 いやいや振り返ると、思ったとおり、不愉快な人物がそこに立っている。
 薪の天敵、竹内誠警視だ。

「こんばんは。買い物ですか?」
「……ええ」
 無愛想に会釈でその場を離れようとするが、青木と竹内は仲がいい。買い物で一緒になった近所の主婦同士のように、買い物カゴを片手に喋り始めてしまった。

「なんでおまえ、室長といっしょなの?」
「今から岡部さんと、3人で飲み会なんです。竹内さんは?」
「この近くで張り込みやってて。夜食買いに来たんだ。この辺て、コンビニないんだな」
 確かに竹内の出で立ちは、スーパーに買い物に来る人間のものではない。
 黒い光沢のある皮のジャケットに、胸の開いたインナー。幅広のベルトとジーンズは、やはり黒。靴は爪先が細い流行のもので、あの飾りの形はイタリアの有名ブランドだ。
 上から下まで黒で固めて、首には細かい黒曜石をつなげたネックレスをつけている。ペンダントトップは、金色の小さな長方形のプレート。刻印が読み取れるから、たぶん24金。

 ……チャラつきやがって。
 まるでファッション雑誌から抜け出してきたような竹内の服装に、薪は心の中で唾を吐く。
 薪だって出かけるときにはおしゃれを楽しむが、張り込みのときにこんな格好はしない。TPOを解しない人間は、好きになれない。

「ご苦労さまです。コンビニだったら、駅の近くにありますよ」
「パンと牛乳さえ手に入れば、どこだっていいんだ」
 そんなどうでもいい会話は早いところ切り上げて、さっさと肉を買いに行こう。喉まで出かかったセリフを、ため息と共に噛み殺す。
 薪は、この竹内という男が嫌いだ。なぜ嫌いかと言うと。

「このカゴの内容からすると、今日はすき焼きだな? いいなあ。俺、一人暮らしだから。すき焼きなんて、もう何年も食べてないよ」
「またまた。彼女に作ってもらってるくせに」
「この頃、あんまり女運良くなくてさ。金が掛かる女ばっかりだよ。いつも外食」
「あれ? 夏のころに、彼女に弁当作ってもらったって言ってませんでした?」
「いつの話してんだよ。その彼女から、今はもう4人目だよ」
 こういうところだ。

 竹内は、俳優と言われれば信じてしまいそうな美形で、都会的なセンスの持ち主だ。
 やや細めの眉とその下の涼しげな瞳。奥二重だが、そのぶんやさしく見える。黒目の部分が大きくて、一見誠実そうな印象を受ける。日本人にしては高い鼻。男のフェロモンを漂わせる、頬の削げ具合。適度な丸みを持ったシャープな顎。くちびるは理想的な厚さと形で、口角に締りがある。
 ところどころふわりと浮く焦茶色の髪は、計算された無造作ヘア。薪と3つしか違わないくせに、今時の若者みたいな頭をしている。左に流した前髪が長いのも、襟足が長いのも気に食わない。警察官ならきちんとするべきだ。彼の向かいで笑っている、薪の部下のように。
 身長は青木より低いが、それでも薪よりは10センチ以上高い。逞しいという体躯ではなく、スマートだが筋肉がついている、という感じだ。
 一番気にいらないのは、その日本人離れした足の長さで、身長は薪と10センチしか変わらなくても、股下は20センチくらい違うような……くっそ、柔道は体の重心が低い方が有利なんだ。別に、足の長さで人間の価値が決まるわけじゃない。

 この顔でこのスタイルで、京大出のエリートで、しかも警視庁の花形部署、捜査一課のエース。女性がなびく要素がてんこ盛りだ。
 薪もそれは認めているが、次々と付き合う女性を変えるという、その恋愛スタイルが許せない。もともと、恋愛ゲームを楽しむような人間は好きになれない。決して、自分よりも女にもてる竹内をやっかんでいるわけではない、と薪は心の中で叫んだ。

「すごいですね。半年で4人ですか。オレにはとても真似できません」
 まあ、青木にはムリだろう。
 容姿の違いもさることながら、青木の性格は一途でしつこくて。一人の女性を何年でも思い続けられるタイプだ。
「なんだ、青木。おまえ、まだ彼女できないのか。紹介してやろうか?」
 余計なことをしなくていい! こいつは……。
「竹内さん」
 薪の呼びかけに、竹内が「はい」と応えを返した。
 失敗した。口を挟むつもりはなかったのに。
 竹内がおかしなことを言うから、つい……別に、おかしくないか。彼女のいない男友だちに、知り合いの女性を紹介する。ごく普通のことだ。

「お仲間が張り込み中なんでしょう? いいんですか、こんなところで油売ってて」
 口調が剣呑なのは、いつものことだ。竹内のお節介に、腹を立てているわけではない。
「そうですね。早く行ってやらないと。失礼します」
 竹内はにこりと微笑むと、薪に軽く頭を下げた。
 昔は薪がこういうことを言うと、第九の引きこもりには現場の辛さは分からないだろうとか、逆にじっとしているのが得意な第九こそ張り込みの仕事をするべきだとか、こちらの神経を逆撫でするようなセリフを嫌味な口調で言ってきたのだが、ここ1年ばかりで、竹内は態度を改めている。
 しかし、薪にはその謙虚さすら面白くない。

 うさんくさい。バカにされている。
 心の中では嘲笑っているくせに、態度だけはしおらしくして。騙されてたまるか。
 とにかく、気に食わない。

 薪は不機嫌な顔で、もうひとつ意地悪を重ねた。こういうムカついた気分の時には、意地悪を言うと気が晴れるのだ。
「残念ですね。竹内さんがお暇でしたら、うちにお誘いしたのに」
「え?」
「今日は冷えますから。鍋を囲んで日本酒で一杯、と思って、いい酒も用意したんです。竹内さんとご一緒できたら、楽しい飲み会になったでしょうに」
「本当ですか?」
「ええ。歓迎しますよ。ああ、でも職務中じゃ仕方ないですね」

 自分たちがパンと牛乳の食事で張り込みをしなければならないときに、こちらは温かい部屋の中で、すき焼きと熱燗。
 ザマーミロ。せいぜい、悔しがるといい。

「伺います!」
「……は?」
「張り込みをしているのは、大友と木下です。俺は今日は非番なんです。差し入れだけしてやろうと思って、出てきたんですよ」
 うれしいなあ、薪室長に誘っていただけるなんて、と心にもないセリフを言って、竹内はパン売り場に歩いていった。思いついたように振り返って、張り込みの現場は薪の自宅への道の途中にあるので、そこにちょっと寄り道して下さい、とにこやかに笑う。

「いや、あの、ちょっ……!」
「薪さん」
 なんだ、と荷物持ちに連れてきた部下に目を向ける。
 青木は呆れ果てた顔で口をへの字に曲げると、軽く嘆息した。
「お肉、1キロじゃ足りないかも、って、痛ったあ!」
 目に付いた足に蹴りを入れて、薪はさっさと歩き出す。
 竹内が来るなら、牛肉は止めて豚肉にしてやろうか。いっそモツ鍋に……くそ!腹の立つ!

「なんでオレを蹴るんですか、もう!」
 青木は不満げな声を洩らしながら、薪の後ろを付いてくる。
 理不尽な八つ当たりを受けた部下の情けない声を聞いたら、少し気分が良くなった。

 それでも、アメリカ牛だな。

 肉の等級をワンランク落とすことで、招かざる客に対する憤懣に折り合いをつける薪だった。



*****


 自分の意地悪で墓穴を掘るお子ちゃま薪さん。(笑)
 果てしなくアホっすね☆


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ジャンル : 小説・文学

竹内警視の受難(2)

 すいません、コメレス遅れてます。
 近所にお葬式ができてしまいまして、お手伝いに行かないといけないのです。 田舎の定めです。しかも今年は班長だったりする。(^^;
 月曜日にはお返しできると思いますので、申し訳ありませんが、どうかご了承ください。m(_)m
(記事の方は下書済みなので、予約投稿でアップします)



竹内警視の受難(2)





 目的のマンションは、7階建ての建物だった。
 1階がエントランスになっており、地下に駐車場がある。建物の外壁はベージュ。周囲は低い塀で囲まれ、垣根の緑がそれを覆っている。ごくごくありふれた、中等級のマンションだ。
 そのエントランスが見える位置で、しかも木の陰になって目立たない場所に停められた一台の車に、竹内は近付いていく。
 見張っているマンション以上にありふれたセダン。闇に隠れやすいように、当然、色は黒だ。

 竹内がコンコンと窓を叩くと、車の窓が開いて、後輩の大友が顔を覗かせた。スーパーの袋を渡してやって、職務に邁進する後輩に労いの言葉をかける。
「ごくろうさん。ほら、差し入れ」
「ありがとうございます、竹内さん」
「こっちの栄養ドリンクとシリアルバーは、薪室長から」
「え、なんで?」
 第九と捜一の因縁を知っている大友は、不思議そうに竹内を見た。
 ドリンクを買い物カゴに入れたのは青木だが、お金を払ったのは薪だった。何やらコソコソと言い争いをしているように見えたが、レジで財布を出そうとした青木の手をピシャリと叩き、ムッとした顔で支払いを済ませていた。

「一緒だったんすか?薪室長と?」
「偶然。そこのスーパーで会ったんだ」
「へえ。薪室長も、スーパーで買い物なんかするんですね」
「そりゃ、するだろ。後でちゃんと、礼を言っておけよ」
 竹内がそう言って車を離れると、大友は窓から首だけを出して、電信柱の陰に隠れるように立っている第九の凸凹コンビの方に頭を下げた。人目についてはいけないから、ここは会釈だけでいい。

 竹内は、軽く走って薪たちの方へ寄っていき、すいませんでした、と声をかけた。
 薪は軽く頷いて、先に立って歩き始めた。細身のトレンチコートの背中を追って、荷物を両手に持たされた青木がついていく。竹内は青木から荷物の半分を受け取ると、青木に並んで歩き始めた。
 薪のマンションへは、ここから徒歩で20分くらい。住所はとっくの昔にチェック済みだが、もちろんそんな素振りは見せない。
 薪は両手をコートのポケットに入れて、肩を竦めている。寒さに弱いのか、そんな姿も愛くるしい。
 ……本当は、竹内を自宅に招く羽目になったことに腹を立てて、肩を怒らせているだけなのだが。世の中には、知らぬが仏という言葉もある。

「誠さん!」
 突然、甲高い声に名前を呼ばれて、竹内はびっくりする。
 声のした方向を見ると、マンションの地下駐車場から表に出てきた親子連れが目に入った。
 このマンションの住人で、先日の聞き込みに協力してくれた母娘だ。母親の名前は忘れてしまったが、娘の名は――。
「やあ、美穂ちゃん。この前はありがとう。おかげで助かったよ」

 竹内たちがいま追っているのは、西荻窪で起きた宝石店強盗殺人事件。
 犯人は夜更けに店を訪れ、ひとり暮らしの店主を刃物で脅し、何点かの宝石を奪おうとした。が、店主に反撃され、苦し紛れに振り回したナイフが相手の胸に刺さってしまった。故意ではなかったのかも知れないが、彼は逃走した。そのままにしておけば、相手が死ぬかもしれないのを分かっていて逃げたのだ。
 結局、店主は出血多量で亡くなった。
 証拠品をあちこちに残していることから、犯人が犯罪に慣れていないこと、宝石が盗まれていないことから、自分のしたことが恐ろしくなって逃げたのだということは容易に察せられたが、だからと言って罪が軽くなるわけではない。これは、殺人事件だ。

 近隣の聞き込みを始めて2日目。竹内たちはこのマンションにやってきた。
 そして、この少女の証言から、竹内はこのマンションの4階に住む男が犯人であるとの確信を持った。美穂は、塾の帰りに被疑者の姿を目撃していたのだ。
 子供の言うことだからと、課長は彼女の証言に懐疑的だが、美穂はとてもしっかりした娘で、その記憶力も観察眼も素晴らしかった。

「塾の帰り? 大変だね」
「うん。誠さんは? 今日はお仕事じゃないの?」
「今日はお休み。あのお兄さんたちと一緒に、お酒を飲みに行くんだよ」
「……あの女のひと、彼女?」
「え?」
 いくらか険を含んだ少女の視線を追うと、10メートルほど離れた場所に立ってこちらを見ている薪の姿があった。寄り道の時間が長引いたことに腹を立てているのか、とても苛立った様子だ。
 が、美穂のいう「女のひと」の姿はどこにもない。

 またか、と竹内は思う。
 美穂の眼は、明らかに薪を見ている。確かに、コートで体の線が隠れると、薪は女性と言っても通用してしまう。しかし、これが聞こえたら確実に薪の不興を買う。
 薪は、自分の性別を間違えられることを嫌う――― まあ、当たり前の反応だが。

「美穂ちゃん。あのひとは、男のひとだよ。俺の友だちなんだ」
「ウソお!」
 頼むから、声を抑えて欲しい。それでなくても子供の声というのは、よく響くものだ。
「美穂。ご迷惑よ。竹内さんのお友だち、お待たせしちゃいけないわ」
「はあい。またね、誠さん」
 母親の気遣いがありがたい。竹内は母親に会釈をし、美穂に手を振って、その場を離れた。



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ジャンル : 小説・文学

竹内警視の受難(3)

 ちょっと私信です。
 鍵拍手いただきました、かのんさん。(←鍵の意味ない(笑)
 はい、その通りです! また見抜かれちゃいました。相変わらず鋭いです!(>▽<)


竹内警視の受難(3)




「すみません、室長」
 思いがけず、長い寄り道になってしまったことを謝りながら駆け寄ると、薪が氷のような無表情になっている。薪がこの表情になるときは、めちゃめちゃ機嫌が悪いのだ。
 さっきまでは、ちょっと不機嫌ないつもの顔だったのに。どうやら美穂との会話は、薪に聞かれていたらしい。

「竹内さん、さすが女性キラーですね。あんな幼い子にまでモテるなんて」
「冗談よせよ。あの子は、そのマンションの5階に住んでてさ。こないだ聞き込みに行ったときに知り合ったんだよ」
「そうなんですか? 誠さん、なんて呼ばせてるから、てっきりあれが新しい彼女かと」
「俺はロリコンかよ! ってか、犯罪だろ、それ!」
 青木がわざとおかしな冗談を言って場を和ませようとしているのがわかったので、少々大げさに突っ込んでみる。そっと薪のほうを伺うと、いくらか気配がやわらかくなっている。
 白磁のような頬を緩め、寒さの中でも艶やかさを失わないくちびるを、まるで薄ピンクの山茶花が咲き初めるように開き、連なった真珠を覗かせる。
 うっとりするような光景なのに、出てくる言葉は辛辣だ。

「どうせ、目当ては母親の方でしょう」
 薪の悪意に満ちたセリフには、すっかり慣れた。まるっきり無視されるより、嫌味でも皮肉でも、会話をしてもらえるだけマシだ。
「俺は、不倫なんかしませんよ。監査課に目をつけられるような真似はしません」
「それじゃ、本当に娘のほうと? 女と見れば、子供でも口説くんですね」
 ……違います、薪室長……。

「監査課って、そんなにすごいんですか? 不倫とかも、すぐに解っちゃったりするんですか?」
「すごいなんてもんじゃないよ。あいつら、全員諜報部員で構成されてるんだぜ。不倫どころか、自分の奥さんと週に何回セックスしてるかまで、全部わかっちまうよ」
 青木があまり不安そうな顔で尋ねるので、思わず大げさなことを言ってしまった。こいつは年の割りに初々しいところが可愛くて、ついつい構いたくなるのだ。

「「本当に!?」」
 竹内のジョークを聞いた二人の声が重なる。
 ……どうして、薪まで反応しているのだろう。
「そっか、それでか。そうだよな、そうとしか考えられない。ずっと不思議だったんだ。なるほど、諜報部員か」
 なにやら納得しているようだが、身に覚えがあるのだろうか。

「あの、冗談で」
 薪はぶつぶつ言いながら、ふと立ち止まった。コートのポケットに手を入れたまま、後ろを振り向く。
 その視線が竹内を通り越して、長身の部下に注がれた。つられて竹内も後ろを向く。
 歩き続ける薪の背中についていたのは、いつの間にか竹内ひとりだった。青木はずっと後ろの方にいて、自分が歩いてきた道を見つめていた。
 いや、見つめているのは、空だ。

「どうした、青木」
「あれ、煙じゃないですか?」
「ほんとだ。夜だから見えにくいけど……っ、あの方角って!」
 竹内が火災現場の可能性に思い至ったとき、隣を小さな人影が走り抜けていった。疾走する小柄な人物を追いかけて、青木も後に続く。竹内も慌てて後を追った。

 薪は足が速い。荷物を持っていない分、身軽なのかもしれないが、それにしても速い。しかもペースが落ちない。毎日、警視庁のジムで走りこんでいるだけのことはある。
 それにぴったりと、青木がついて行く。最近は剣道の腕前も上がってきたと岡部が言っていたが、基礎体力のほうもばっちりらしい。なるほど、射撃の腕も上がるはずだ。発砲の反動に耐えうる強靭さを、身につけつつあるわけだ。

 現場へ走りながら、竹内はどうしてこいつは彼女を作らないんだろう、と疑問に思う。
 年も若いし、見た目も悪くない。キャリアだし、穏やかで明るい性格だから、女子職員の間でも評判がいい。実際、青木との仲を取り持って欲しい、という話も何件か来ている。本人が興味を示さないので、一度も会わせたことはないが。
 だれか、こころに決めた女性がいるのだろうか。三好雪子以外の女性が、青木の周りにいる様子はないのだが、やはり彼女が……いや、違う。どんな理由があっても、大切な女性をクリスマスディナーの席にひとり残して立ち去ったりするはずがない。

 などと、呑気なことを考えている場合ではなかった。
 嫌な予感は的中し、竹内の後輩が張り込みをしていたマンションは、激しい焔に包まれていた。
 先刻の、安穏とした風景が信じられない。
 燃え盛る炎は、哄笑を響かせる悪魔の舌のように暗闇に踊り狂い、人々の悲鳴や嘆き声がその饗宴に絶望を添えていた。火のはぜる音とバキッと何かが折れる音、ガラガラと重いものが崩れる音。
 この火の回り方は、尋常ではない。ガソリンか何かを撒いて、意図的に火を点けたのではないか。

「大友! どうしたんだ、これは」
「マルヒの部屋から急に火が出て。火事の混乱に乗じて逃げようとしていたところを、確保しました。消防には連絡済みです」
 容疑者の部屋は4階。火の元はマンションの西側だ。
「住民の避難は? 怪我人は?」
「今日はたまたま公民館で集会をやってて、住民は20人ほどしか残っていなかったそうです。木下が、いま人数を確認しています」
 大友の視線の先を見ると、木下が集会の責任者に連絡を取り、火災のことを伝え、マンションに残っているはずの住民の名前を聞いて、書き出している。そのリストができたら、中庭に避難している人々と照合を取る。逃げ遅れた住人が居ないといいのだが。

「犯人はどうした?」
「手錠掛けて、車のトランクに押し込んどきました」
「トランクっておまえ」
「だって、非常事態だし。逃げられたら困るし」
「……よくやった」
 竹内でもそうしただろう。こいつも機転が利くようになった。
「すいません、竹内さん。リストができたところから照合作業をしますんで、手伝ってもらえますか?」
「わかった。おい、青木、おまえも――ちょっと、待て!!」
 エントランスから中へ入っていこうとする青木の腕を掴み、竹内は彼を引き戻した。こいつが無茶なことをするのは知っているが、この火災の中に飛び込むのは自殺行為だ。

「放してください! 薪さんが、中にっ!」
「なんだって!?」
 こいつも無茶だが、上司はもっと無茶だ。第九は無鉄砲野郎の集団か。
「どうしたんすか?」
「薪室長が中に入って行ったって!」
「なんで!?」
「分かんないです。避難した人たちに、逃げ遅れたひとがいないかどうか、聞いてたんですけど」
「誰か、逃げ遅れた人がいたのか?」
「いいえ、みなさんパニック状態で、とても話が聞ける状態じゃなくて」

 竹内は中庭に身を寄せ合っている人々の顔ぶれを、ざっと見渡した。そして瞬時に理解する。薪がどこへ向かったのか。

「美穂ちゃんたちがいない!」




*****

 楽しいすき焼きパーティは、どこへ行ったんでしょう(笑)


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竹内警視の受難(4)

 お葬式が終わりました。
 今日は、いただいたコメのお返事をさせていただきます。
 いただいたコメントを読んで、そのお返事を書いてるときが一番楽しいです。(〃▽〃)



竹内警視の受難(4)





 住民たちの確認作業を木下に任せ、3人は薪の後を追った。
 もしも逃げ遅れた人が判明した場合には、大友の携帯に連絡が入ることになっている。見切り発進に近いが、一刻を争うこの状況には、有効な手段だ。
 薪の行き先は分かっている。美穂たちが5階に住んでいる、と言った竹内の言葉を、あの薪が覚えていないはずがない。

「くそっ! 煙がすごい……吸うなよ。一酸化炭素中毒で、あの世行きだぞ」
 出火現場は4階。目的の部屋は5階だから、かなり火の回りが激しいところだ。口元を濡れたハンカチで覆い、身を低くして階段を駆け上る。エレベーターはもちろん使えない。電気系統がいかれて閉じ込められたら、オーブンの中で焼かれるようなものだ。

「竹内さん、木下から連絡ありました。どうやらマンションに残っている住人は、あの母娘だけのようです」
「そうか。よかった。よし、ちゃっちゃと片付けるぞ。俺はこれから大事な用があるんだ」
「いいっすね、竹内さんは。オンナにもてて」
 相手は女性ではないが、女性よりも遥かに竹内のこころを乱す人物だ。ふたりきりではないが、薪の自宅へ招いてもらったのは初めてだ。何があっても逃したくない。
 左隣で身をかがめていた青木が、何となくこちらを睨んだような気がしたのは、気のせいだったろうか。

 大友の誤解を敢えてそのままにして、竹内たちが何とか5階まで登ると、轟々と燃え盛る炎の音に混じって、半狂乱で泣き喚く女性の声が聞こえてきた。
「美穂を! 美穂を助けてください!」
 次いで、どすっ!と何かがぶつかる音。「くそっ!」という聞き慣れた声がして、ドアを蹴り飛ばす音が聞こえてきた。
 声のした部屋に駆け込むと、果たしてそこには薪と美穂の母親がいて、内部屋のドアを破ろうと躍起になっていた。

「大友! 先にお母さんを保護して差し上げろ!」
「美穂っ!」
 自分を娘から遠ざけようとする男の手から逃れようと、母親は必死で身を捩った。気持ちは分かるが、いまは早く避難してもらわないと。
「大丈夫です。美穂ちゃんは、俺が必ず助けます」
 なおも渋る母親を、大友は無理矢理引き摺っていった。
 スポーツ刈りの頭がガテン系の職人を思わせる外見の後輩が、女性の身体を羽交い絞めにして連れ去る姿は、事情を知らない人間が見たら誘拐犯のように見えるに違いない。

 竹内たちが母親の保護に当たっている間に、第九のふたりは子供の救出に力を注いでいた。
「薪さん!」
「部屋の中に、子供がいるんだ。鍵が掛かってて」
 何度か体当たりを繰り返したのだろう。薪は細い肩を押さえていた。
 この部屋に美穂がいる。事情はよく分からないが、何らかの原因で閉じ込められたか、煙を吸って動けなくなったか。
「このドア、破れるか?」
「はい!」
 大きな体躯を武器に力任せにぶつかって、木製の障害物をぶち破ろうと試みる。何度目かの体当たりで、メリメリッという音が響き、ドアが内側に倒れた。

「やるもんですね。青木はやっぱり捜一向きですよ」
「あげませんよ」
 気の抜けた会話とまるでそぐわぬ素早さで、薪と竹内のふたりは部屋の中に飛び込んだ。
 美穂は後ろ手にガムテープで拘束されて、床に転がされていた。口にもガムテープが張ってある。助けを求めることもできなかったわけだ。

「だれがこんな」
「あの強盗犯です。母親の証言が取れてます。母親は、キッチンのテーブルの足に縛られてました。美穂ちゃんを部屋に閉じ込めて外から鍵をかけ、鍵は窓から放り投げたそうです」
 子供部屋の場合は、外から鍵が開けられるように、両側から施錠開閉ができるタイプのドアが主流だ。今回はそれが裏目に出た。
「そうなの? 美穂ちゃん。あのお兄ちゃんだった?」
 ガムテープの痕がひりひりするのか、美穂は細い手首をさすりながら、こくりと頷いた。
 彼女の証言によって追い込まれた犯人が、腹いせにこんな真似をしたのか。このまま放置して、焼け死ぬように仕向けるなんて。こんな子供に、なんて残酷なことを。
 最初の被害者も、放置の結果死亡した。初犯とはいえ、もう同情の余地はない。いっそトランクに入れたまま署まで運んで、いや、車ごと海に落としてやりたいくらいだ。

「美穂ちゃん、落ち着いてね。おうちが火事になったんだよ。俺たちと一緒に、ここから逃げるんだ」
 犯人に対する怒りは一旦、胸にしまって、今は無事に脱出することだ。この子を守らなければ。
 部屋に入り込んできた煙や匂いから、美穂は状況を把握していたらしい。竹内の言葉に取り乱すこともなく、くりっとした愛らしい目を瞠って、神妙に頷いた。
 母親より、よほど落ち着いている。今時の子供は大したものだ。

「さ、急いで」
 薪が差し出した手を、美穂は何故か振り払った。両手で竹内の腕を、ぎゅっと抱きしめるように身を寄せてくる。
 もしかして、誤解している……?
 まだ、薪のことを女性だと思っているのだろうか。薪の声は中高音のアルトで、女性の声に聞こえないこともないが。
 あの時は夜目の遠目と慰めることもできたが、今のこれは、ええと……。

 美穂を負ぶって、竹内は立ち上がった。
 恐る恐る横を見ると、薪は微笑んでいた。子供が無事でよかった、とホッとしている顔だ。さすがにこの状況では、自分の容姿のことを誤解されたくらいで、怒ったりはしないか。
 歩きながら、薪は自分の肩を押さえている。痛むのだろうか。
「室長。肩、大丈夫ですか?」
「平気だ」
 何でもないような顔をして見せるが、微かに眉がしかめられている。きっと内出血で、熱を持っているに違いない。そんな華奢な身体で、ドアに体当たりなんかするからだ。まったく、薪の勇ましさにはハラハラさせられる。
「あれ? 薪さん。空手二段じゃ」
 それは竹内も疑問に思っていた。空手の有段者なら、ドアを蹴破るくらい、簡単ではないのか。
「僕のは型空手で、実際にドアを破ったりはできない。もともと取調べのときに、容疑者に舐められないようにと思って習い始めただけだから」
 なるほど。
 たしかに容疑者を脅すだけの目的なら、型空手で充分なわけだ。

「なんだ、やっぱり薪さんて非力、っ!」
 ビュッと風を切って、青木の右頬3センチの場所に、華奢な拳が打ち込まれる。型空手とはいえ、そのスピードと威力はなかなかのものだ。
「人間の鼻くらいなら、折れるぞ」
「すいません……」
「じゃれあってる場合か! 早く逃げるぞ!」

 背中に背負った少女が、驚いたような声をあげた。
「あのひと、本当に男のひとなんだ」
「そうだよ」
「なんだあ。てっきり、誠さんはあの人のことが好きなのかと……誤解してごめんなさい」
 それは誤解ではない。

 美穂は、自分に微笑みかけた竹内の顔に、うっとりしたような声で言った。
「誠さん。美穂ね、昨夜誠さんの夢を見たのよ。美穂がきれいなお嫁さんになって、誠さんと結婚するの」
「はいはい。ここから無事に逃げられたら、結婚でもなんでもしてあげるからね」
 いまひとつ緊迫感のない会話に、竹内はため息を吐いた。



*****


 実は、この型空手というのを甥が習ってます。
 見た目だけはすごいんですけど、板は割れないそうです。
 見掛け倒しのうちの薪さんにはぴったりです。(笑)


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竹内警視の受難(5)

竹内警視の受難(5)




 再び廊下に出た竹内は、自分たちを取り囲む状況の厳しさを目の当たりにした。美穂を助け出して気が緩みかけていたメンバーに、さっと緊張が走る。
 いまや下方へ降りる階段は、完全に火に埋め尽くされて、来た道を辿ることは不可能だった。玄関からの脱出は、無理だということだ。
 残るは、非常階段と窓。
 高層マンションにおいては、各階に2箇所以上の脱出シュートを備えることが励行されているが、あったとしても何処の部屋に設置されているかわからないし、確認しているヒマもない。少なくとも、美穂たちの部屋にはなかった。
 
「非常階段は?」
「こっちです!」
 非常階段付近は、黒い煙に包まれていた。なんだか、火の音も激しいような気がする。
 そうか、こちらの方角は。

「ちっ。やっぱりこう来たか」
 非常階段は、ちょうど犯人の部屋のすぐ側にあった。鉄骨でできた階段は、1000度を超えた高温に炙られ、ぐにゃりと曲がっている。人間が歩ける形状をしていない。
「お二人の運動神経なら、いけるんじゃないですか?」
「鉄骨は、熱によって強度が下がるんだ。500度で1/2、600度で1/3。1000度でほぼゼロになる。住宅火災の最高温度は約1200度。危険だ」
 命の危険が差し迫っているというのに、薪は憎らしいくらい冷静だ。まったく、見かけによらず豪胆なひとだ。そこがまた、魅力なのだが。

「くっそ……生きて戻れたら、取調べのときに腕の2,3本、折ってやる」
「竹内さん」
 薪に、不穏な発言を聞きとがめられた。どんなときでも、竹内の揚げ足取りは欠かさない人だ。
「腕は2本しかありませんから。もう1本は、足にしてください」
 そこですか。
「上へ逃げるしかありませんね。なるべく火元から離れて。窓際で救助を待ちましょう」
「階段、もうひとつある」
 竹内の背中にしがみついていた美穂が、意外なことを言い出した。
「むかし使ってた階段が、反対側にあるの。こっちから火が出たなら、あっちの階段は大丈夫かも」
「えらい、美穂ちゃん! よく思い出したね」
「ただ、今は使わないように、階段の入り口に三角形のとんがり帽子みたいなのが置いてあって、黄色と黒の縞々の棒が掛かってるの。それを退かさないと」
「青木!」
「はい!ルート確保します!」
 薪が命令しようとしたときには、もう走り出している。走りながら、返事をする。
 この、打てば響くような動き。状況判断の速さ。やっぱり、青木は捜一に向いている。

「青木は使えますね。ますます、欲しくなりました」
「あげませんよ、ぜったいに。あいつは僕のものです」
 竹内から岡部を取り上げておいて、贅沢な。他にも第九には、精鋭が揃っているというのに。まあ、デキのいい部下は何人いてもいいものだが。

 青木の後を追って、走り出そうとしたそのとき。
 突然、轟音と共に廊下の天井が崩れて、火だるまになった梁が落ちてきた。咄嗟に身をかわすが、舞い上がった火の粉は避けきれない。
 美穂を抱きこんで床に伏せ、降り掛かる灼熱の雨を背中で受け止める。ジャケットには細かな穴が開き、髪の毛の焼けるいやな匂いがした。

「大丈夫? 美穂ちゃん」
 震えながらも泣くことはせず、何度も頷く少女に、竹内は胸を撫で下ろす。
 気丈な子だ。将来は、きっといい女になる。それもとびきりの美女に。
 ここで死なせてたまるか。美人の損失は、国家予算を投じても補填できない。
 問題はその方法だが。

 断続的に落ちてくる瓦礫の衝撃に床に伏せたまま、竹内は必死で逃げ道を模索していた。




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竹内警視の受難(6)

 うちの薪さんの身の上を案じてくださってる方々へ。
 えーっと、えーっと、えーっと、
 ご、ごめんなさいいいい!!!





竹内警視の受難(6)





 目前に横たわったガレキの山に、薪は思わず呻いた。
 この大量のコンクリートの塊は、1階分の量ではない。おそらく、上の階の分も一緒に落ちてきている。塊の中から鉄筋が突き出しているが、その数は数えるほどしかない。
 工事の際に、鉄筋の数を故意に減らしている。手抜き工事だ。そのせいで、こんなに簡単に廊下の天井が落ちてきたのだ。
 3人は、崩れてきた天井によって分断された。こちら側には竹内と薪。もちろん、竹内から離れようとしない美穂も一緒だ。
 
「薪さん! 竹内さん、聞こえますか!?」
「青木。そっちは大丈夫か」
「大丈夫です! でも、このガレキを退けないと」
 ガレキの隙間から、青木の顔が見える。うまい具合に窓のような形になって、向こう側に通じている。この大きさなら、子供一人くらい抜けられそうだ。

「美穂ちゃん。さっきのメガネをかけたおじちゃんが、あっちにいるから。おじちゃんと一緒に、先にお外に行っててくれないかな」
「いや。美穂、誠さんといる」
「美穂ちゃん。俺のお嫁さんになってくれるんだろ? お嫁さんは先に帰って、俺のごはんとお風呂の用意をしといてくれなきゃ」
「誠さんは?」
「仕事が終わったら、すぐに帰るよ」
 美穂はこくりと頷いて、ガレキの隙間から青木の手を取った。

「早く行け、青木! 彼女を安全な場所に避難させるんだ」
 苦渋に満ちた青木の瞳が、薪の顔を見る。

 ―― あなたを残していくなんて。
 ―― そんなことを言ってみろ。このガレキの下敷きにしてやる。

「絶対に、絶対に助けに来ますから!」
 ぎゅっとくちびるを噛んで、青木は美穂を抱え走っていった。
 ホッと息をつく間もなく、またもや熱膨張で割れた天井のコンクリートが落ちてくる。危ういところでそれを避け、更なる襲撃を予測して上を見上げると、2階上の天井に十字に組み合わされた網状の鉄筋がむき出しになっていた。
 まるで、篭の中に捕らわれた虫のようだ。
 もう、どこへも逃げ場がない。ここは5階だし、階下へ降りる道も上へ登る道も、閉ざされてしまった。窓に寄って救援を待つしかないが、この火の回りでは。

「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
 毛先が焦げていやな匂いがする頭を振り、薪は咳き込んだ。
 天井が抜けて空気の通りが良くなったせいか、火の勢いが増して来た。不燃材を多く使った壁材からは大量の有害な煙が発生して、薪をその中に閉じ込めようとする。
「薪室長。こちらへ」
 竹内の手が薪の腕をつかみ、手近な部屋へと連れ込んだ。建物火災の場合、火は廊下から回るから、救助を待つなら部屋の中にいた方が得策だ。
「屈んでください。これを」
 水に濡らしたハンカチを差し出す。
 いつの間にこんなものを。竹内の俊敏さに、薪は少しだけ感心した。

 ハンカチを口に当てて目で彼を追うと、竹内は窓際によって、窓から外を見た。
 助けが来るかどうか、階下の火の回りはどうか。この状況で取り乱すこともなく、冷静に逃げ道を模索しているようだ。
 なかなか肝が据わっている。竹内のことは大嫌いだが、やはりここで死なせるには惜しい男だ。

「薪室長。この窓から飛び降りましょう」
「5階の窓からですか?」
 体勢を低くしたまま、竹内の隣に寄る。窓から下を見て、薪は目眩を覚えた。
 一瞬、窓から飛び降りる可能性を考えたが、やはり無理だ。この高さでは、確実に死ぬ。

「あそこに木があるでしょう? 枝に掛かれば、助かる可能性はゼロではない」
 あるにはある。
 が、この建物からはかなりの距離だ。助走もなしにあそこまで飛ぶには、体操選手並の脚力が必要だ。
「お一人でどうぞ。僕は高いところが苦手なんです」
 飛び降りても、結果は同じだろう。焼け死ぬよりは楽かもしれないが、死んだときに脳の一部でも残ってしまったら厄介だ。それよりはこのまま、全部焼けてしまった方がいい。
 以前、岡部に自分の頭を潰してほしいと言ったことは、もちろん本気ではない。犯罪に手を染めるようなことを、部下にさせるわけにはいかない。
 あれは、自分の覚悟を岡部に見せておきたかったから。何としても、かれが欲しかったから。
 岡部は、期待通りに成長してくれた。自分がいなくなっても、立派に第九を守っていってくれるだろう。

 人間、いつどこでどう死ぬかなんて、わからないものだ。
 まさか、竹内と心中する羽目になるとは。

 雪山で青木と死ぬのと、どっちがマシだったろう、と考える。
 答えは、その質問が形を成さぬうちに出た。

 青木が生きててくれて、よかった。
 あいつがまたここに飛び込んできて、危険な目に遭ったりしないように。消防隊員たちがしっかりとあのバカを止めてくれるように、願うばかりだ。

 薪がその場に残る意を示すと、竹内はとても彼らしい表情になって言った。
「アクションは苦手、というわけですか」
 懐かしささえ覚える、その皮肉な口調。片頬だけを上げた、傲岸不遜な顔つき。
「はっ。これだから、第九の引きこもりは」
 亜麻色の瞳がぎらりと光って、竹内の顔を睨みすえた。
「じゃ、俺ひとりで行かせてもらいますよ。でもって、助かったらあなたの腰抜け振りをみんなに話して、第九は臆病者の集まりだってことをマスコミに暴露します」
「何を勝手なことを――ッ、ゴホッ、ゴホッ!」
 死を前にして、なお第九を愚弄する男に、こころからの憤りを覚える。
 こんな男と心中なんて。冗談じゃない!
 
「じゃ、お先に。薪室長。あなたは勝手にしたらいい」
 竹内も激しく咳き込みながら、それでも憎まれ口を叩き続ける。フェラガモの靴が窓枠にかかったのを見て、薪は竹内の腕をつかんだ。
「早まらないでください。ここで救助を待ちましょう」
 竹内の言うように、確かに木はある。
 でも……これは死ぬ。
 どう考えても、この高さからでは無理だ。うまく枝に飛べたとしても、加速度で枝が折れて地面に墜落だ。それよりは、ここで救助を待った方が可能性があるかもしれない。

「やれやれ。現場に出ない捜査官というものは、こうもカンが鈍るものですかね。危機感が麻痺しているとしか思えない。ま、無理もないか。第九の捜査は、死人が相手ですからね」
 この期に及んで、まだこんな皮肉を。なんてやつだ。
「間に合いませんよ、どう見ても」
 竹内に促されて、薪は後ろを見る。
 振り返るまでもなく、熱気で炎の激しさが分かる。
 すでに、炎は部屋の中に侵入してきている。ガラガラと大きな音で壁が崩壊していく地響きがしているし、煙もすごい。目が痛くて、開けていられないくらいだ。
 それでも、飛び降りたら確実に死ぬ。
 薪は、覚悟を決めることにした。

「僕が先に行きます」
 自分の死を目の当たりにすれば、竹内も思い留まるかもしれない。こんなやつ、死んだって痛くも痒くもないが、心中だけはゴメンだ。

 竹内を押しのけて、薪は窓枠に足をかけた。
 情けないことに、足が震えている。奥歯を噛み締めていないと、歯がカチカチと音を立ててしまいそうだ。窓から身を乗り出すが、やはり眩暈がするほど高い。下腹の辺りがひゅうっと冷えて、まともに息もできない。
 死ぬことなんか怖くないと思い続けてきたのに、人間の生存本能ってのは厄介だ。

 何を迷うことがある。これで、鈴木に会えるんじゃないか。
 親友の笑顔を思い浮かべると、少しだけ震えが止まった。ぐらぐらと揺れていた視界が、クリアになる。

 今だ。

 目的の枝を目指し、薪は右足をぐっと踏み切って、空に飛んだ。




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竹内警視の受難(7)

 薪が5階から落ちてきた。
 ……『重力ピ●ロ?』(笑)

 お礼のSSとは思えない展開になってまいりました。どうしてこういう方向に、話が進むんでしょう。(^^;
 それはわたしがSだから、って、みなさん、もうご存知ですね☆



 すいません、ちょっと私信です。
 Mさま、素敵なイラストをありがとうございました!
 自分の書いたお話からイメージを膨らませてイラストを描いていただけるというのは、作者としては、ものすごく感激することで。 嬉しくて背筋が震えました。
 で、実際に拝見しましたら。
 萌え死にしそうっ!!
 Mさま、素晴らしいです!
 朝から幸せです。今日は一日中、ニヘラニヘラして過ごします。(〃▽〃)





竹内警視の受難(7)





 飛んだ瞬間。
 時が止まったように感じられて、薪は様々なことを思い出した。

 両親のこと。
 子供の頃のこと。
 鈴木のこと。
 雪子のこと。
 第九のこと。
 それから―――― 青木。

 青木は、僕が死んだら泣くだろう。
 でも大丈夫。あいつは若いし、僕のことはすぐに忘れる。もう、雪子さんじゃなくてもいいから、ちゃんとした相手を見つけて欲しい。
 色々あったけど……一線を越えなくて、本当に良かった。
 あいつの悲しみが、倍になるところだった。

 落ちていく。
 ただ、落ちていく。風圧で、目が開けられない。
 薪は力を抜いて、目を閉じた。

 ――― 鈴木。これでようやく……。

 大好きな鈴木の笑顔が目蓋に浮かんだ刹那。風を切る感触以外のものが自分の身体に訪れて、薪は我に返った。
 誰かの腕に抱かれる感覚。ぎゅ、と抱き込まれる。
 鈴木? 鈴木が迎えに来てくれて――――。

 ちがう。
 これは鈴木の匂いじゃない。鈴木は香水なんかつけない。これは。

 バキッと耳をつんざくような音と共に、落下運動のエネルギーが僅かに緩和される。それを意識する間もなく、地面に叩きつけられた。
 身体が跳ね返される。強い衝撃に、呼吸が止まる。重力が逆転するような感覚に、内臓が口から飛び出してきそうだ。

 ボキボキッといやな音が聞こえて、薪は顔を歪めた。
 この音は、知っている。人間の骨が折れる音だ。
 意識がある。生きている。
 耳に残った不快な音から察するに、骨は何本か折れたらしいが、それほどの痛みはない。今は無我夢中で、痛覚も麻痺しているのだろう。
 とにかく、生きている。
 奇跡だ――――。

「うっ……」
 普通に喋れるほどの軽症でもないが、声も出せるようだ。
 額に手を当てると、手のひらが真っ赤に染まった。どこか派手に切ったらしいが、患部は不明だ。血が吹き出ているという感覚がない。
 患部を突き止めるのは後だ。なんとか身体を動かして、ここにマットを持って来るように指示をしないと。そうすれば竹内は助かる。

 浅い呼吸を何度か繰り返して、やっと薪はその異変に気付いた。
 自分がうつ伏せになっている地面。それは土でも木の枝でもなかった。

「た、竹内!?」

 何故だ?
 5階で待っているはずの竹内が、なぜ自分の下になって、しかも口から血の泡を吹いているんだ!?

 痛みも忘れて、薪は身を起こした。飛び降りるときより遥かに青い顔になって、瀕死の宿敵を見る。
「馬鹿な……なんで、こんな」
 奇跡でもなんでもない。
 竹内が自分の身をクッション代わりにして、薪を助けてくれたのだ。

 初めからこのつもりだったのか?
 それであんな、挑発的なことを言ったのか。薪に自発的な跳躍を促し、自分がフォローに入るつもりで?
 計画的な行動でなければ、この現象はありえない。薪が足を踏み切った瞬間、竹内も飛んでいなかったら、薪の落下速度に追いつけないはずだ。
 薪の額にたっぷりと付いた血液は、竹内の吐血だったことを知り、薪は真っ暗な穴の中に落ちていくような恐怖に震えた。
 
「た、竹内っ!! しっかりしろ! いま、助けがくるから!」
 そんな保証はなかった。
 助けが来るかどうか、この状態の薪に分かるはずがなかった。しかし、そう叫ばずにはいられなかった。
 竹内の意識は、すでに混濁していた。あれだけの高さから落ちたのだ。しかも薪の体重を受けて。大量の吐血は、内臓破裂の証拠だ。

「竹内! しっかりしろ! 死ぬなっ、死ぬな……!」
 声を張り上げると胸に激しい痛みが走ったが、それどころではない。
 痛みを感じるのは、生きている証拠。いま竹内は、痛みを感じることができているのだろうか。
「死ぬなっ!」

 ちくしょう。
 青木といい、竹内といい、みんなしてよってたかって。僕が鈴木に逢いに行くのを、邪魔しやがって!

 竹内の口元に、薪の涙がぼたぼたと落ちた。
 それは竹内の口から溢れ落ちる命の雫に混じって、真っ赤に染まった。



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竹内警視の受難(8)

 拍手SSなのに、絶叫コメをたくさんいただいちゃいました。(^^;
 逃亡準備は万端に整えて。
 はい、つづきです。




竹内警視の受難(8)





 竹内は、病室の窓から外を見ていた。
 窓辺には大きな銀杏の樹があって、先日の雪がまだ枝の付け根の部分に融け残っている。2月の空は暗い雲に覆われて、とても寒そうだ。こんな日は暖かい部屋の中で、気の置けない友人と鍋を囲んで一杯やりたいところだ。
 あとどのくらい、ベッドに縛り付けられていなければならないのだろう。痛み止めが効いているから痛みはさほどでもないのだが、とにかく退屈だ。これなら、いくら寒くても現場で張り込みをしていたほうが遥かにマシだ。

 ノックの音がして、竹内はドアの方を見た。
 もしかして、彼女だろうか。先週、来てくれたときは痛みが激しくて、キス以上のことはできなかったが、今日はもう少し、いい思いができるかも。

 弾んだ声で、どうぞ、と声をかける。
 しかし、入ってきたのは竹内が予期した人物ではなかった。
 濃灰色のスーツに落ち着いたブルーのネクタイを締めた、美貌のひと。左腕にコートをかけ、右手にはかれのイメージにぴったりの、華やかで愛らしい花かごを持っている。

「薪室長」

 相も変わらず気の強そうな瞳で、竹内のことを真っ直ぐに見る。仲の悪い人間と出会ったときの、硬い表情。キッと吊り上げられた眉と、不機嫌そうに結ばれた口元。
 薪の不興が顔に表われていることに、竹内は安堵と喜びを覚える。
 彼のきれいな顔になんらかの表情が宿るのは、相手に対して気を許している証拠だ。昔は、完璧な無表情だった。自分の気持ちは少しずつ、薪に伝わっていると解してもいいのだろうか。

 竹内と共に死地から生還した彼が、あばら骨を2本も折る重傷だったことを聞いて心配していたのだが、こうして見る限り元気そうでよかった。
「見舞いに来てくださったんですか? お忙しいでしょうに。ありがとうございます」
 薪は持っていた花かごをサイドテーブルに置くと、黙ってベッドの横の丸イスに腰を下ろした。
 膝の上に手を置いて、無言のまま竹内を見ている。見舞いに来たのかにらめっこをしに来たのか、よくわからない。
 薪が黙っているから、竹内も無言になる。その静寂を重いと感じないのは、薪の瞳がいつもよりずっと穏やかだからだ。

「冬は、それほどではないんです」
 長い沈黙の後、薪はぼそりと言った。一瞬、何のことだろうと思ったが、すぐに仕事のことだと気付いた。
「ああ、そうですよね。第九に回されるような猟奇事件は、夏のほうが多いでしょうね」
 薪はまた、黙り込んだ。
 穏やかだった薪の瞳に、苦渋めいたものが浮かんだ。
 竹内の身体に巻かれた包帯や、腕に刺さった点滴や、ギプスで固定された足を見て、自分のことを責めている。

 僕のせいで、こんなことに。
 僕を庇って、こんな怪我を。
 僕は、どうやってこの償いをすれば……。

 薪との会話は、とても不思議だ。
 口数は少ないのに、かれの気持ちは伝わってくる。それは言葉にしない分、生まれたままの純粋さを持って、竹内の心に浸透する。
 これまでにも、薪は何度も様子を見に来た、と竹内の母親が言っていた。竹内が眠っている頃合を見計らうかのように、こっそりと来ては寝顔を見て帰って行ったそうだ。
『自分のことを庇って、ご子息は怪我をされました。申し訳ありませんでした』
 そう言って竹内の母親に、深々と頭を下げた。それに対して、あの母親が何と答えたのか、実は竹内は聞いていない。なにか失礼なことを言ったのでなければよいのだが。竹内の母は夫を早くに亡くして、女手ひとりで竹内を育て上げたせいか、性格も口も、かなりキツイのだ。

「どうしてあんなことを」
 目を伏せたまま、薪は独り言のように呟いた。
 長い睫毛が震えている。弱気な薪の表情は、竹内の心をざわざわと騒がせる。
「あんなことって?」
「僕を庇うなんて。あなたは、僕が嫌いじゃなかったんですか」

 嫌ってなんかいません。
 俺は、ずっと前からあなたのことを。
 ええ、もう一年にもなります。ずっとずっと、あなたが好きだったんです。

「あなたが先に落ちたら枝が折れて、俺のクッションがなくなっちゃうじゃないですか。そうしたらカクジツに死にますからね。だからああしたまでです」
「まあ、そんなところでしょうね。あなたが僕のことを嫌っているのは、わかってます」
 膝の上に置いた白い手の甲に、ぼたたっ、と透明な雫が落ちる。
「お互い様ですよね。僕だって、あなたのことは大嫌いですから」
 器用なひとだ。
 ボロボロ泣きながら、平気で喋れるのか。普通だったら呼吸が乱れて、言葉が途切れそうなものだが。

 そんな薪の姿に、竹内は胸が詰まる。
 憎まれ口を叩きながらも、薪の泣き顔は、とても幼くて。眉が弱気に下げられるだけで、これほど庇護欲を掻き立てる顔つきになるとは。
 そういえば、ずっと昔、青木のジャケットに顔を伏せて泣いていた薪を見たことがあった。あのときは遠目だったし、青木の服で顔が隠れていたから気付かなかったが、こんなに可愛らしい顔をして泣くのか。

「……ごめんなさい」
 謝罪の言葉など、竹内は望んでいない。
 薪が元気で生きていてくれること。それだけで充分だ。

 下を向いた亜麻色の頭のつむじから、きれいに流れる絹糸のような髪に反射する室内灯の明かりを、まるで聖職者の後光のようだと感じながら。
 竹内は何も言わず、窓の方に顔を向けた。



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竹内警視の受難(9)

 とりあえず、ふたりとも生きてましたよ!!
 て、生きてりゃ良いってもんじゃないですね。はい、反省してます。(^^;) でも、またこういうの思いついたら、書いちゃうんだろうな。(笑)




 続きです。





竹内警視の受難(9)






 ごめんなさいって、なんだろう。

 自分の口から出た子供っぽい言葉に、薪は耳を疑った。
 自分はもう少し、まともな謝罪の言葉を考えてきていたはずだ。
「申し訳ありませんでした」「お詫びの言葉もございません」「治療費は、こちらで持たせていただきます」
 それが、竹内の痛々しい姿を見たら、頭の中が真っ白になってしまって。まるで子供みたいに泣いてしまうなんて。
 どんな状況でも、竹内に自分の弱いところを見せるなんて、冗談じゃない。今回は確かにこいつのおかげで命を助けられたが、竹内は第九の敵だ。敵に弱味を握られるわけにはいかない。自分は第九の室長なのだ。
 そう思うのに。
 薪は、涙を止めることができなかった。ごめんなさい、と繰り返すことも、止められなかった。

「あなただけじゃない。青木のやつも以前、僕のせいで」
 自分の一番の弱点を敵に教えようとしている自分に気付いて、薪は口を閉ざそうとした。しかし、乱れる呼吸が、それを許さなかった。

「俺の怪我が自分のせいだと? 自惚れないでくださいよ。俺は相手があなたじゃなくても、同じことをしましたよ。一緒にいたのが美穂ちゃんでも、美穂ちゃんの母親でも。目の前に消えそうな命があったら、助けるのが当たり前でしょう」
 竹内は、そんな言い方で薪の罪悪感を消そうとしてくれた。
 自分は警察官としての規範に従って行動しただけだ、あなたのせいじゃない。
 竹内の気遣いは分かったが、薪にはもう、こみ上げる嗚咽を止めることができなかった。

「僕はもう……見たくない。僕のせいで誰かが死ぬのも、傷つくのも」
 震える吐息と一緒にこぼれだす言葉が、この先自分を追い詰めることになる。それが理性ではわかっているのに、吐き出さずにはいられなかった。
「僕は……僕なんかのために、誰にもなにもして欲しくないんです。僕はそんな価値のある人間じゃない……」

 自分のくちびるが、弱音を吐くのを止められない。
 きらいだ。
 こんな弱い自分が、大嫌いだ。

「どうして、そんなふうに考えるんですか」
 どうしてもなにも、それが事実だから。
 生きている価値など何もない人間が、それでも生きながらえているのは……死ぬことも許されないから……。

 いや、それは詭弁だ。
 僕はあのとき、死ぬことが怖かった。地面に叩きつけられて死んでいる自分の姿を想像して、心底こわいと思った。死にたくないと思った。
 足が震えて仕方がなかった。鈴木に勇気をもらわなかったら、一歩も踏み出せなかった。
 僕は、ただの臆病者だ。
 生きてる資格もないくせに、ちっぽけな生に執着して。どこまで汚い生き物なんだ……。

「俺なんかが口を出すことじゃありませんけど」
 宿敵の惨めな姿を前に、竹内が言った。その口調に嘲笑の響きがないことを、薪は意外に思った。
「そろそろ、前を向いてもいいんじゃないですか。俺はかれとは面識がありませんが、彼もそれを望んでると思いますよ」
 竹内の言う『彼』が誰を指すのかは、明らかだった。
 おまえなんかに言われる筋合いはない、と思いかけたが、図らずしも鈴木と同じ行動を取ったこの男に――― 自分を犠牲にして薪の命を助けようとした愚か者に――― 敵意を向けることはできなかった。

 薪は黙って頷いた。
 頭を軽く振るだけで、ぽつぽつと滴り落ちる涙が情けなくて、薪はスーツの袖に自分の弱さの証を吸い込ませた。

 こんなやつの前で、みっともなく泣いたりして。またこいつの皮肉のタネを提供してしまった、と後悔したが、竹内は薪のほうを見ていなかった。なにが面白いのか、特に変わり映えしない窓からの眺めを、ずっと見ていた。

 ―― 見ない振りをしてくれているのだ。

 今回ばかりは、竹内の心遣いに気付かないわけにはいかなかった。
 そういえば竹内は、親の敵のように薪のことを悪く言うが、あの事件のことだけは、ただの一度も口にしたことがなかった。そこが薪の唯一の弱点だということを、竹内は知っていたはずだ。それなのに、そこを衝こうとはしなかった。
 岡部が育てたにしては出来の悪い後輩だと思っていたが、見誤っていたのは自分の方かもしれない、という考えがちらりと頭を掠めた。

 竹内と一緒に窓を見ると、先刻まで暗く空を埋め尽くしていた雲が微かに割れて、やわらかな冬の太陽光が、一筋の光を地表に投げかけていた。




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竹内警視の受難(10)

 ちょっと私信です。


 昨日、『ラブレター』をはじめとする作品にたくさん拍手を下さった方、ありがとうございました。(^^)
 とっても励みになります。
 以前、『官房長の娘』とか『新人騒動』に拍手を下さったのと同じ方かしら。精神崩壊してらっしゃらないかしら。(笑)

 すみません、もうひとつ私信です。

 Kさま。
 拍手欄で「(私の)光の君が報われた、良かった」と仰ってましたが。(光の君、の呼び名が出た時点で、イニシャルの意味がない(笑))

 あの~、素朴な疑問なんですけど。
 竹内が薪さんにしてもらったことって、泣いて「ごめんなさい」って言ってもらっただけですよね。
 たったそれだけのことで、報われたことになっちゃうんですか?

 竹内って、今までどんだけ不憫だったの!?
 てか、わたし、そんなに竹内のことを不幸に書いてた!?
 しづは、改めて自分のドSっぷりを思い知りましたよ。(←何を今さら)

 可哀想なので、竹内にはもうちょっとだけ、いい思いさせてあげましょうね。今回は特別編だし。(^^







竹内警視の受難(10)





「僕に、何かできることがありますか」
 平静を取り戻した薪の声に、竹内は振り返った。
 落ち着いたいつもの顔。薪は立ち直りが早い。切替えの早さは、優秀な指揮官の条件のひとつだ。
 が、そこにはやはり、拭いきれない悲哀の痕跡が残っていて。
 濡れた睫毛の麗しさが、噛み締めたために赤みを増したくちびるのあでやかさが、竹内の心をずくりと疼かせた。

「キスしてもらえますか?」
「はあ?」
「俺、キスをしてもらうと、傷の治りがよくなるんです。脳内ホルモンが分泌されて、痛みもやわらぐし」
「僕は男ですよ」
「性別は関係ないです。人間なら、誰でもいいんです」
 突拍子もない竹内の申し出に、薪は呆れ返った顔をしていたが、やがて頭を一振りした。火事の熱で焦げた毛先をカットした為に大分短くなった亜麻色の髪は、軽く振るだけで全体がさらりと動き、かれの周りに小さな光の粒をまとわせた。

「わかりました。じゃ、目をつむってください」
 言われた通り、竹内は目を閉じた。
 竹内の視界が闇に変わると、薪の気配が薄くなった。席を立って、竹内から離れたようだ。

 このまますっぽかされるのだろうな、と竹内は予想する。
 薪が自分に、そんなことをしてくれるはずがない。きっとしばらくして目を開けたら、ここには誰もいなくなっているに違いない。
 そうしたら、自分は宿敵の情けない姿を思い出して、ひとり悦に入るのだ。

 初めて見た、薪の泣き顔。
 きれいに生え揃った下睫毛の上に盛り上がった、透明で限りなく清らかな液体。瞬きによってそれは溢れ、重力の法則に従って下方へと流れた。
 やわらかそうな曲線を描く頬を、ほろほろと伝い下りていった美しい雫たち。記憶は定かではないが、自分はこの甘露の味を知っているような気がした。

 濡れた睫毛が縁取った、亜麻色の大きな瞳。そこにいつもの厳しさはなく、絶望に満ちた哀惜が見て取れた。
 余計なことだと思っても、慰めずにいられなかった。どうにかしてこの涙を止めてやりたい、と痛切に感じた。

 弱気な眉に弱気な瞳。
 乱れた呼気に、わななくくちびる。
 素直で純粋な薪の言葉。
 愛らしい声。
 それらは、薪に恋焦がれながらも諦めようとしていた竹内の気持ちを揺すぶり、覚醒させた。

 もう、自分に嘘を吐くのは止めようと思った。
 やっぱり、俺はあのひとが好きなのだ。
 出来ることなら、薪の涙を自分のくちびるで受け止めてやりたかった。抱きしめて、この胸の中で泣かせてやりたかった。

 ふと、ひとの気配がした。薪が戻ってきたらしい。
 体重がベッドの端に掛かったのか、ぎしっとベッドが軋む音。密やかな息遣いが聞こえてくる。
 胸がドキドキしてきた。本当にキスを?

 小さくてやわらかい手が、竹内の両頬を挟んだ。やさしいくちびるが、そっと竹内の頬に触れて、すぐに離れていこうとした。
 とっさに、頭を押さえつけていた。
 さらさらした髪に指を絡ませ、片手に余る後頭部をしっかりと掴んで、竹内は深く唇を重ね合わせた。
 舌で前歯を割って、濡れた口中に入り込み。過去に一度だけ味わったことのある甘美な果実を、再び捕らえる。あの時とは違う、アルコール抜きの純粋な味わい。

 薪は逆らわなかった。
 ぎこちなく、竹内の舌におずおずと応えてきた。その技巧はひどく幼く稚拙で、夏の日の彼とは別人のようだった。
 素面の時には、こんなに初々しいのか。なんてかわいい人だろう。
 かれを味わいつくして、竹内は唇を放す。薄目を開けて、激しいくちづけに恥らっているであろう、薪のかわいい顔を見ようとして―――。

「いえええええ!!???」
 あまりの衝撃に思わず叫んだ。まだつながっていない肋骨が、激しく痛む。しかし、そんなことに構っている場合ではない。
 竹内の目の前で頬を真っ赤に染めて、うっとりと瞳を潤ませていたのは、まだ10歳にも満たない少女だった。

「みっ、美穂ちゃ……!」
「あなたというひとは、子供相手にあんな」
 あからさまに侮蔑の響きを含んだ薪の声が、上から降ってくる。ベッドの横に立って腕を組み、細い顎をツンと反らせ、竹内を見下ろしている。
「いや、ちがっ」
 てっきり薪が相手だと思ったから!だから!!

「うれしい、誠さん。美穂、しあわせ」
 恥ずかしそうに竹内の胸に額をつける美穂を見て、薪の目が普段の冷ややかさを取り戻した。
「呆れ果てて、モノも言えません」
 軽蔑しきった目を向けられて、竹内は弁解を諦めた。

 やっぱり、薪との関係は今まで通りでいい。
 竹内が見たいのは、こういう薪だから。
 傲慢で居丈高で、皮肉屋で陰険で。それでいて陰では気配りの名人で、意外なくらいの熱血漢で。ときどき見せる素の顔が、理性を毟り取られるほどにかわいくて。
 強がる薪でいい。突っ張った彼でいい。
 薪が竹内に見せたがっているのは、強い自分だ。ならば竹内は、薪のことを強い人間だと認めて付き合おう。

「さて。僕はお邪魔のようですから、退散します」
 嫌味な捨て台詞とともにコートに袖を通し、ドアに向かって歩いていく。華奢な背中はしゃんとして、それはいつもの薪の姿だ。
「竹内さん」
 ドアの取っ手に手を掛けて、右にスライドさせてから、薪は思い出したように振り返った。
「怪我が治ったら、僕の家で快気祝いにすき焼きパーティやりましょう」

 引き戸が閉まるまでの、ほんの僅かな時間に垣間見せた薪の笑顔は、とても愛らしくて。
 竹内の決心は、早くも揺らぎそうになる。
 このまま、宿敵としての立ち位置を貫くか。
 それとも、正直な気持ちを伝えて、礼賛者としての立場を確保するか。
 竹内の中で、答えは出ない。

 薪と入れ違いで病室に入ってきた美穂の母親の姿に、竹内は慌てて美穂の耳元で「今のことは誰にもナイショだよ」と囁くと、良く似た顔立ちの母娘に微笑みかけた。



*****


 竹内がイイ思いしましたよ!(笑)
 てか、薪さんたら子供に何をさせてるんだか☆


 お礼のSSは、ここでおしまいです。
 次の章は、リクエストをしてくださったのに、さんざんハラハラさせてしまった可哀相なかのんさんに、お詫びの印です。ごめんね、かのんさん。(^^;



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

竹内警視の受難(11)

 お礼です。

 過去作品を読んでくださってる方がいらっしゃるみたいで、連日たくさんの拍手をいただいております。 昨日は『新人騒動』からでした。 一昨日の方とは、別の方かしら。
 誠にありがとうございます。 とってもとっても、うれしいです。
 新しい方が来て下さるたびに、どの辺りでドン引きされるのかしら、といつも心配になります。(^^;) ←心配しなきゃいけないようなものを書いてるから。 自業自得。

 どうか、広いお心でお願い致しますm(_)m



 お話のつづきですが。

 この章の内容は、いただいたリクエストの主旨から外れてしまうんですけど。
 時系列的にこの時期のお話ですし、なによりもあおまき至上主義のかのんさんのリクですから(笑)、あおまきでシメたいと思います。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
 終章です。






竹内警視の受難(11)





 病院の玄関を出て、薪は冷たい外気に身を竦めた。
 通りを隔てた駐車場まで、急ぎ足で歩く。待たせておいた部下の車に無言で乗り込んで、温かい車内の空気に肩の緊張を解いた。

「竹内さんの様子は、どうでしたか」
「うん。だいぶ良くなってた。あいつが退院したら、うちですき焼きパーティやるから。おまえも参加しろ。そうだ、雪子さんも誘おうかな」
「三好先生が来たら、お肉は2キロ必要ですね」
 国産牛は諦めて、オーストラリア牛にしようかな、とまたセコイことを考える。竹内の治療費のことを視野に入れると、しばらくは倹約しないと。もしかしたら、共済に借入を申し込むことになるかもしれない。
 実は、薪は殆ど貯金がない。
 あまり長く生きているつもりがないので、将来の蓄えなどする気がなかった。やたらと気前がいいのはそのためだ。しかし、今回のようなことがあると、今までの浪費癖を少しだけ改めようか、とも思う。

「薪さん。傷が痛むんですか?」
 無意識に、左脇下の折れたあばらに手を当てていた。先刻の嗚咽の後遺症だ。あれはかなり痛かった。
「大丈夫だ」
 竹内以上に、こいつには弱いところを見せたくない。青木は部下だし、それに……。
「あんまり無茶しないで下さいね。オレ、今回はマジで寿命縮みました」
 こいつにだけは言われたくない。
 僕のことが絡むと、すぐに暴走するくせに。

 青木は薪たちと別れた後、東側の非常階段から外に出て、美穂を消防隊員に預けると、すぐさま火の海に取って返そうとした。そこまでは予想していたが、消防隊員の制止を振り払おうとして、ずい分すったもんだしたらしい。
 挙句、消防活動の妨げになると判断されて、竹内の部下に手錠を掛けられて拘束されていたという話を聞いたときには、搬送された病院の屋上から飛び降りたくなった。
 情けないにもほどがある。どうしてこいつは僕のことになると、常識を忘れてしまうのだろう。

 それでも、薪たちがマンションの裏側に飛び降りる可能性を示唆したのはこの男だったというから、まったくの役立たずではなかったらしい。素早い救助作業のおかげで、竹内は一命を取りとめたのだ。

「自分の命を顧みない行動は、捜査官として慎むべきだと思います」
「おまえがそれを言うか」
「オレは、相手があなたじゃなきゃ、命を懸けたりしません。オレはそこまで、やさしくなれないです」
「僕はやさしくなんかない」
 そう。
 やさしさからの行為ではない。自分が楽になりたいだけだ。

 自分のせいで失われた多くの命の代償に、出来る限りのひとを救いたい。その気持ちが、薪を職務に駆り立てる。身を削ってまで捜査に没頭するのは、そうしている間だけは自分の罪を忘れられるから。だから、今回のように目の前にそのチャンスがあれば、例えどんなに危険でも、それを為さずにいられない。
 それで、自分の罪が消えるわけではないけれど。亡くなった人が、帰ってくるわけではないけれど。
 だれかの命をこの手で救うことができれば、自分の罪深さも少しは薄れるような錯覚を覚えて……そのわずかな慰めが欲しいだけだ。

「オレは、何をしたらいいんですか」
 不意にそんなことを訊かれて、薪は運転席に顔を向ける。
 こちらを向いていた部下と、目が合った。眼鏡の奥の純粋な瞳が、薪に語りかけてくる。

 あなたが何を思い、何を為そうとしているのか、オレは知っています。
 自分のことを省みないあなたの行動を、他人のオレがいくら止めても無駄だ、ということも解っています。
 でも、せめて。
 ほんの少しでもいいですから。
 あなたの痛みを、つらい気持ちを、オレに分けてもらうことはできないんですか?
 オレの前でつらいことはつらい、と仰っていただくだけでもいい。オレの前で泣いてくれたら、もっと嬉しい。
 だけど、普段のあなたは何ひとつ、表に出そうとしないから。
 平静を装い続けるあなたに、オレは何もできない。あなたが他人の手を欲していないのは、承知してますが。
 あなたのために、オレができることは何もないんですか。

「何をしたらって、おまえが今握ってるのは何だ? その状態で、車の運転以外なにができるんだ」
 熱を帯びた黒い瞳から溢れる自分への想いには気付かなかった振りをして、薪は言った。青木は口を開きかけたが、軽く息を吐いただけで何も言葉を発せず、イグニッションキーを回した。車のエンジン音が響く。

 薪はシートベルトを装着し、シートにもたれかかった。
 昼間でも陰鬱な、真冬の曇り空が見える。先刻、病室の窓から見た一条の光は、再び雲間に隠れてしまったらしい。
 先ほど宿敵がしたように、さして美しいとも思えない空に視点を固定して、薪は呟いた。

「立派な捜査官になれ」
 隣の男の頬がぴくりと動いたのを目の端に留めて、薪は言葉を続ける。
「おまえが僕にしてくれるどんなことよりも、僕はそれがうれしい」
 青木は何も言わなかった。頷きもしなかった。
 ただ、哀しそうな目で薪を見ただけだった。そして黙って車をスタートさせた。

 それは、青木が望んだ答えではなかったのかもしれない。
 だけど。
 僕がおまえに望むのは……望んでいいのは、それだけだ。
 上司として室長として。部下に望んでいいのは、ただそれだけ。そのことを肝に銘じなければ。

 それを忘れたとき、僕たちの関係は崩壊するだろう。
 この名前のつけられない、微妙で居心地のいい関係には、二度と戻れなくなる。
 僕はそれが―― こわい。
 この関係を壊すのが、ひどく怖いんだ。おまえにはわからないだろうけど。

 青木。
 僕はおまえに、何も望まない。
 そのままでいて欲しい。
 僕との関係も、今のおまえの僕に対する気持ちも、ずっとそのままで。
 もちろん、それを望むのは無茶苦茶なことだと解っている。だから、僕は何も言えない。願いを口にすることはできない。

 僕はずるい。
 自分からは何もしようとせず、この関係を保とうとしている。おまえから見れば、そんなふうに見えるのだろうな。

 でも、青木。
 おまえは知っているか?
 僕がどれだけおまえと過ごす時間を、大切に思っているか。
 週に何時間か、おまえの友人として共に過ごせるひとときこそが、今の僕を生かしてるって、気付いているのか?
 ひとりになってからも、おまえの一挙一動を思い出してはニヤニヤしてる愚かな僕を、見たことがあるか?

 おまえとの時間は、僕にとって至福のときだ。
 ふたりで出かける前の晩は、新しい推理小説を読むときよりワクワクして、おまえに会ったときは、レーシングカーに無理矢理乗せられたときよりもドキドキする。
 あっという間に時間が流れて、もっともっと一緒にいたい、と何回言いかけては飲みこんだことか。

 その楽しい時間の後には、例の悪夢が必ず襲ってくると分かっていても。
 たとえ、鈴木に何回殺されても。
 おまえと会うのを止めようとは、爪の先ほども考えない。

 ただ。
 僕はそんなふうに、おまえのことを大事に思っているけれど、やっぱりおまえが僕に望んでいることとは微妙に違っていて。
 僕は正直、おまえと抱き合ったりキスしたい、とは思わない。ましてやそれ以上のことなんて。
 僕はゲイじゃないから、その欲求には応えられない。僕にだって経験がないわけじゃないから、応えられないことはないかもしれないけれど……進んではいけない関係だと思う。
 鈴木と関係していた頃みたいに、無鉄砲にはなれない。
 僕もいい大人だし、物事の分別はつけなければ。さもないと、色々なひとを悲しませることになるし、これ以上、自分の罪が増えるのもごめんだ―――――。

 つらつらと考え事をしながら、薪は自分の目がいつの間にか、運転席の男の横顔に釘付けになっていたことに驚いた。トクトクと響く心臓のリズムが速くなっていることに焦って、慌てて助手席の窓のほうに顔を向ける。さりげなく頬に手をやると、最悪なことに火照っている。

 ちょっと気を許すとこれだ。まったく、救いようがない……。

 風が出てきたのか、暗雲は再び動いて、太陽の光があちこちから地上に注ぎ始めている。
「あ、晴れてきましたね。良かったですね、薪さん。寒いの苦手でしょ?」
「……べつに」
 薪の素っ気無い返事に眦を下げて、青木は丁寧にブレーキを踏んだ。
 赤信号だ。停止線で静止し、横断歩道を渡る人々をなんとなく眺めている。
 地表に届く幾筋もの光が、黒いアスファルトをまだらに彩っている。

 その白さと暖かさは、薪のこころを満たす至福のときのように。
 交差点付近のガラスミックスアスファルトに反射して、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。



 ―了―




(2009.8)


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ジャンル : 小説・文学

竹内警視の受難~あとがき~

 このたびはうちのオリキャラ、竹内警視の受難話にお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。

 いただいたリクエストは、『不憫な竹内警視』ということでしたが、書いてみたら『悲惨な竹内警視』になってしまいました。合掌。(←普段から容赦がないけど、オリキャラになるとさらに鬼)
 竹内の何が不憫って、命を懸けてまで薪さんを助けたのに、薪さんは青木くんに夢中、と! ここが一番、不憫。(笑)


 竹内という男は、あれでけっこうな正義漢でして。
 以前はそうでもなかったのですが、薪さんに恋をしてからは、職務に対しても昔の情熱を取り戻しています。なので、作中で竹内が薪さんに言っていた「一緒にいたのが美穂ちゃんでも、美穂ちゃんの母親でも、俺は同じことをしました」というのは本音です。
 相手が薪さんだから、命を懸けたわけじゃないんです。自分より弱いものがいればそれを守り、助ける。それが警察官だ、と岡部さんに仕込まれてますから。
 せっかく竹内の純愛に感動していただいてたのに、水を差すようなことを申し上げてすみません。(^^;

 今回のことで薪さんにもそれが伝わって、「竹内は警察官としてはなかなかの男」という気持ちが彼の中に生まれます。(自分を好きだから助けてくれた、という発想は皆無です。うちの薪さんですから) ですから、これから先、捜査活動に関してはいいコンビになっていきます。
 でも、プライベートでは相変わらずです。 想いが通じないから面白いんですよ。(^^)(←果てしなく鬼)


 さて。
 次のお話は、3000拍手のお礼SSです。
 これがまた、えらく長くなってしまいまして。
 この『竹内警視の受難』も29ページあったんですが、次の『ナルシストの掟』は39ページあります。どこがSS(ショートショート)なんだか。
 お礼なのに、読んでいただく方に負担をかけてどうする!と自責の念にかられております。
 でも、内容的にR系ギャグにまとまった感があるので、それほど読みづらくは、あ、やっぱりタルイかも。 すみません。


 次のお話も、欠伸をかみ殺しながら、お付き合いいただけたら幸いです。


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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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