きみのためにできること(1)

 こんにちは(^^
 こちら、8000拍手のお礼で 間宮×薪 のSSです。
 間宮ファンの方お待たせしました!って、いるわけない。(笑)
 恩を仇で返すようなカップリングで申し訳ありません、間宮のくせにRじゃなくてすみません。(そこ?)

 どうか広いお心でお願いします。




きみのためにできること(1)





 きみのためにできること。

 あなたのために。
 おまえのために。
 あのひとのために。
 大切な誰かのために、自分ができること。

 自分には何もできないと諦める、それはきみに失礼だ。よく考えもしないで、ろくに探しもしないで、それはとても怠慢な行為だ。

 ちゃんと探してごらん。
 きみにしかできないことが、きっとあるから。




*****



 昨日、また鈴木の夢を見た―――。

 鏡の前で寝ぐせを直しながら、薪は瞳に映る男の顔を他人のように感じていた。他人より低い血圧のせいか、朝はいつも立ち上がりの悪い脳で、おぼろげな夢の断片をつなぎ合わせる。
 夢の中で、薪は鈴木と海辺を歩いていた。時刻は夕方だった。
 鈴木が薪に向かって、何か言った。波の音がうるさくて鈴木の言葉が聞き取れなかったから、薪は鈴木の口元に耳を寄せた。薪の肩が鈴木の胸に触れると、自然に抱きしめられた。顔を上げたらキスされた。薪はとても幸せな気分になって、自分から鈴木の背に手を回して、それから……。

 なんであんな夢を見てしまったのだろう。
 新しい恋人ができて、今は幸せ一杯のはずなのに。どうして昔の恋人の夢を頻繁に見るんだろう。

 恋人に不満があるわけじゃない。あいつと恋人同士になってからの毎日は、吐き気がするくらい楽しい。
 他愛ない会話や何気なく絡む視線のやりとりが、甘ったるくてこそばゆくって、それがとても幸せで。そんな自分に反吐が出そうになる。
 この年になって、なにやってんだか。
 40近い男が、12歳も年下の同性にうつつを抜かしてるなんて。他人はもとより、相手にも絶対知られたくない。

 恋人同士になって、身も心も結ばれて。いや、身体の方はまだちょっとその、かなりビミョーというか、ええと、まあ、そのうち何とかなるだろ。
 とにかく、いまは幸せの絶頂にいるはずなのに。
 それなのに、どうしてあんな精神的不義とも言えるような夢を見てしまうのだろう。
 自分は、今も鈴木に恋をしているのだろうか。いつだったかのように、青木を彼の身代わりにしているだけなのだろうか。

 無自覚のうちに。意図することなく、いつの間にか。
 そんなひどいことをしているのだろうか。

 忘れなくちゃいけない。
 だって、いま僕は、青木の恋人なんだから。鈴木のことは、忘れなきゃいけない。でなきゃ、あんなに僕を想ってくれる恋人に申し訳が立たない。

 鈴木の夢を見るたびに、薪はそう自分に言い聞かせている。翌朝は、強く自分を叱咤する。にも関わらず、夢の頻度と内容がますますエスカレートしていくのは何故だろう。
 それを鈴木への恋情と捉えるなら、青木といるときの幸福感は虚構なのか。抱き合って、相手の熱を愛しく思う、あの高揚感も嘘なのか。二心を抱くなんて、自分に限ってあるはずがないと思い続けてきたのに。

「熱っ」
 考え込んでいたらドライヤーの熱が一箇所に集中してて、髪の毛がびっくりするくらい熱くなってた。しかも、ヘンな方向にはねたままだし。
 スプレーでの修正は諦めて、薪は髪を洗うことにした。電車の時間が遅くなるとラッシュがつらいが、この髪型で人前に出るのはもっとイタイ。
 寝汗もかいてるし。ちょうどいいか。

 昨夜は蒸し暑かった。爽やかな新緑の季節は過ぎ、もうすぐ梅雨に入る。そして梅雨の時期が過ぎたら……。
 また、あの季節がやってくるのだ。

 その季節が近付くにつれて、自分が次第に余裕を失っていくのがわかる。季節の歩みを止めることなどできはしないのに、日一日と悪夢の匂いを強めていく空気に、焦り、苛立ち、終いには泣き出したくなる。
 唯一の救いは仕事だ。この時期は第九の繁忙期だから、捜査にのめり込むことで感情を制御することができる。

 いつになったら夏の到来を、冷静に受け入れられるようになるのだろう。
 薪にはまだ、それはずっと遠い未来のことに思えた。


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ジャンル : 小説・文学

きみのためにできること(2)

きみのためにできること(2)








 木曜日の部長会議に、薪は出席することにした。
 本音ではあまり参加したくない会議なのだが、これも仕事のうちだ。それに、今回は警務部長に頼みたいこともある。
 来春の人事で、岡部を警視に昇任させて欲しい。
 岡部には、ゆくゆくは第九の室長になってもらわねばならない。自分の後を任せられるのは、彼だけだ。実力、才覚ともに申し分ない。研究室のメンバーからも絶大な信頼を得ているし、誰が室長になるよりスムーズにことが運ぶだろう。
 が、問題がひとつ。岡部の役職は、警部なのだ。

 室長になるには警視正以上の階級であることが必須要件だ。とりあえずは今春、警視の特別昇任人事を警務部長から発令してもらい、再来年には警視正の試験を受けさせる。その話を警務部長に持ちかけるつもりだった。
 本来なら会議のついでではなく、人事部に出向いて話をしなければいけないところだが、薪はある事情から彼の私室に行くことを避けている。もっと言ってしまえば、警務部長の間宮とはふたりきりになりたくないのだ。

「やあ、薪くん。相変わらずきれいだね。会えてうれしいよ」
 会議室に入ってきて、人目も憚らずにのたまったセリフがこれだ。いい加減あきらめればいいのに、この男もたいがいしつこい。
 警務部長の間宮は、男女交えて10人以上の愛人を持っているという恋多き男だ。薪のことをその一端に加えようと、色々やってくれた。薪にとっては思い出したくないことばかりだ。間宮はかなりのイケメンだし、警務部長という立場からも相手には不自由しないだろうに、どうして自分に執着するのだろう。

「警視長試験はどうだった?」
「結果は秋にならないと判りません」
「判りません、て顔じゃないな。自信あるんだ」
 それには答えず、薪は黙って目を伏せた。間宮は隣の椅子に腰を下ろして、薪の肩に手を伸ばしてきた。払いのけたいのを必死でこらえ、薪は身を固くした。

「来年の春には警視長か。俺のテリトリーを離れるわけだ」
 警視長から上の人事は、上層部が決定する。薪の配属先に関して、間宮は決定権を持たなくなるのだ。つまり、人事を理由に薪に圧力を掛けることはできなくなる。
 といっても、今までそれらしきことをされた覚えはない。どちらかと言うと間宮の人事は薪にとって都合のいいほうに働いていて、昨年の3人の新人キャリアの配属などは、その最たるものだとも言える。薪自身はあの人事を喜ばなかったが、間宮にしてみれば第九の人手不足を補うつもりで配属を決定したのだろうし、結果的に岡部を副室長に任命することもできた。
 間宮の邪な気持ちを考慮に入れれば、あれは自分の気を惹くための人事だった可能性もある。その後の女子職員についても、もう新人キャリアは勘弁してほしい、と頼んだ件についても、間宮は薪の望み通りの人事をしてくれた。だから、今日の頼みもきっと勝算がある。

「あの、間宮部長。ちょっとお話があるんですけど。この会議の後、いいですか」
「きみの言うことなら何でもきいてあげるよ。女子職員? それとも昇任人事?」
「昇任人事のほうです」
「岡部くん?」
 当たりだ。
 この男は下半身でものを考えるような最低の外道だが、頭はいい。仕事もデキる。特に間宮ノートと称される人事管理データには、署内の職員たちの細かい個人情報がぎっしりと書き込まれている。そのデータから下される間宮の人事考課は、実に正当だ。間宮のことは虫唾が走るほどに嫌っている薪だが、人事部長としての才覚だけは認めている。

「う~ん。ちょっと難しいかな。彼は去年の春に、特別就任の特例措置をとったばかりだろ。もう少し留保期間が欲しいところだね」
 岡部は警部でありながら、第九の副室長という役職に就いている。普通、副室長は警視以上の階級の者が務める慣わしになっているから、この人事も間宮の特別承認によるものだったのだ。
 間宮自身、岡部の実力は買っているから、その人事の際には二つ返事で承認印を押してくれた。実際はバックボーンがあって、ある出来事を水に流すことを条件に辞令を発行してもらったのだが、そのことは岡部には内緒だ。

「そこをなんとか。間宮部長のお力で」
 肩に置かれた間宮の手に自分の手を重ねて、薪は上目遣いに警務部長を見上げた。こんな男に媚びるのは業腹だが、大事な部下のためだ。
「あれ? 薪くん、もしかして恋人できた?」
「は?」
「ああ、やっぱり。誰かのものになっちゃったんだ」
「……なんで分かるんですか?」
「肌の色と匂い」
 今までと、どこがどう違うんだろう。
 恋人ができると肌の色がピンク色にでもなるのか? 甘ったるいケーキの匂いでもするのか?

「肌の艶が良くなったし、色っぽい匂いがする」
 色っぽい匂いって、どういう匂いだろう。
 匂いの心当たりは今朝のコーヒーだけだが、実はそれは恋人と一緒にベッドの中で飲んだものだったが、千里眼じゃあるまいし、まさかそんな。

「しかも熱愛中だね。どこのだれだろうな、その幸運な男は」
 なんで男と決めつける!?
 いや、たしかに男だけど、反論できないけど。でもやっぱり不愉快だ。

「あのですね、僕が好きなのは、ぽっちゃり系の小柄な女の子で」
「ダメだよ。俺にはわかるって言っただろ?」
 間宮はすっと立ち上がり、薪の背中に回った。くいっとワイシャツの後ろ襟を引き、中に目を走らせる。
「ほら。証拠が残ってる」
 ……だから、痕をつけるなっていつも言ってるのにっ!

「痕を残すのが好きな女の子なんですよ」
「背中に? ちょっと不自然じゃない?」
 自分でも言い訳がましいと思うが、以前は間宮の誘いを『自分は男には興味がない』という理由で断っていた薪としては、熱愛中の恋人が男だと白状するわけにはいかない。


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きみのためにできること(3)

きみのためにできること(3)









「いますよ。そういう女だって」
「まあ、そういうことにしといてあげるよ」
 間宮は薪から離れると、司会席へ向かった。いつもなら時間ぎりぎりまで薪へのセクハラをやめないくせに、今日はどうしたのだろう。
 
「あ、岡部くんのことは検討してみるけど、あんまり期待しないで。きみの頼みとはいえ、俺にも限度があるから」
 この返答は、新しい恋人の出現によるものだろうか。だとしたら、ここは完全否定だ。
 薪は席を立って、間宮の後を追いかけた。周りの人間に聞かれないように、声を潜めて嘘を並べ立てる。
「ちがうんです、間宮部長。これはその、一夜限りの相手というか、遊びでですね。僕には恋人なんて」
「きみはそういうウソは本当に下手くそだね。別に、きみに恋人がいてもいなくても、岡部くんの人事が難しいことに変わりはないよ」
「じゃあ、どうして」
 その先を言おうとして、薪は口ごもった。
 だって、質問のしようがない。なんで僕にセクハラしないんですか? と聞くわけにもいかないだろう。

「俺はね、だれかと愛し合ってる人間を口説くのは嫌いなんだよ。成功率が低いし、相手の男に恨みを買う危険が高いから。相手がいても、飽きてるとかしっくりこないとか、そういう状況なら粉も掛けるけど。幸せ真っ只中の人間を口説いても、労力の無駄だ。弾の無駄打ちはしないのが、プレイボーイの心得なんだ」
 薪にはさっぱりわからないが、変態には変態の信念があるらしい。
 そういえば、こいつのわけのわからない理屈には、去年の夏も救われたっけ。

「岡部のことは、やっぱり無理ですか」
 困惑に眉を寄せて、薪は呟いた。本音を言うと、かなり期待していたのだ。間宮が岡部を高く評価していることは知っていたし、彼には強力な後ろ盾もある。少々強引な人事を通してもまかり通るだけの力を、この男は持っているのだ。
 間宮は一瞬だけ薪の困窮が伝染したような表情を宿したが、すぐにいつもの綽々たる美丈夫に戻り、形の良い顎を軽く上げて恩着せがましい口調で言った。
「きみにそういう顔をされると、どうにも弱いな。仕方ない。何とかしてみるよ」
「本当ですか?」
 思わず、薪は笑顔になる。
 この男は最低のナンパ野郎で、相手をベッドに誘い込むためなら地獄の閻魔大王でも騙くらかせる男だけど、仕事に関してだけはその場凌ぎのことは言わない。何とかする、と言ったからには何かしらの手段は講じてくれるはずだ。

「ただし、条件がある」
 間宮の条件が何かも聞かず、薪は反射的に首を振った。
 聞かなくたって分かってる。これまでこの男が自分に何をしてきたか、ちょっと思い出しただけでも沸点に達する怒りがこみ上げてくる。この男と知り合った2年の間に、室長室のキャビネットが何台オシャカになったことか。
「それは、お断りします。そんなことと引き換えに警視の役職を手に入れたって、岡部は喜びませんから」
「そんなことって?」
 白々しい、とぼけるつもりか。ひとを監禁して手錠で拘束して、犯そうとしたくせに。

 薪が険しい表情を崩さずにいると、間宮は何がおかしいのか、クスクスと笑い始めた。
「まさかと思うけど、人事と引き換えにベッドの相手を務めろ、とでも言われると思った?」
 違ったのか? だとしたら、これはかなり恥ずかしい勘違いだが。
 自分の早とちりだという可能性に思い至って、それは甚だしく自意識過剰な考えだったことに気づいて、薪は真っ赤になった。朱に染まった優美な頬は、間宮に薪の思惑を悟らせる結果となり、間宮はその精悍な顔に苦い笑みを刻んだ。
 
「あのね、薪くん。きみはたしかに魅力的だけど、きみのお尻にそれだけの価値はないから。警察の人事がそんなもので動くほど、甘いと思ってたの?」
 それをおまえが言うか!
 間宮の言うことは正論だが、ものすごく頭に来る。こいつにだけは言われたくない、ていうか、こいつにこんな風に諭されたら人生終わるような気がする。

「しかし、間宮部長には実績がおありでしょう」
「もしかして、去年の副室長の人事のこと? あの時、Pホテルの一件を水に流す代わりに、って言ってたけど、あれ本気だったの」
 もちろん、本気だった。そんなことでもなければ正式に訴えて、徹底的に余罪を追及して、二度と警察庁の門をくぐれなくしてやるところだ。

「彼は副室長の役職に相応しい男だから承認したまでだ。あの件とは何の関係もないよ」
 いつもはいやらしくねちっこい視線で薪の身体を見る灰色の瞳が、冷涼な光を宿した。それは間宮の、冷徹な管理者としての顔つきだった。
「人事は、ひとの生き死にを決定するんだよ。職員だけじゃない、市民にもその被害は及ぶんだ。能力の低い人間が高い階級に就けば、それは警察機構全体の機能低下を意味する。俺は、そんな人事は絶対にしない」
 薪は目を瞠って、改めて間宮を見た。
 確かに、間宮が警務部長になってからの人事は正当で、三田村のときのように賄賂や身贔屓による昇任は一切なかった。末端の人事まで掌握しているわけではないが、広報で通知される特別人事に、皆が納得できないものはひとつもなかった。
 間宮は色事には節操のない男だが、自分の仕事には誇りを持っている。その姿勢は、薪が第九の室長という職務に邁進するのと同じだ。

「それに」
「すみませんでした。失礼な誤解をして」
 間宮が言葉を継ぐのと、薪が頭を下げるのは同時だった。今回のこれは、自分が悪い。
 薪が謝ると、間宮はいつもの気障な顔になり、薪の耳元にくちびるを寄せて耳孔に息を吹き込むように言った。
「水に流すことなんか何もないだろ? あれは俺たちの大切な思い出じゃないか」
 ……やっぱり外道だ、こいつ!!
 ちらっとでも筋の通ったやつだ、なんて思った自分が許せないっ!

 「条件て、なんですか」
 素早く1mほど飛び退って間宮の手から逃れ、薪は厳しい口調で質した。間宮はひらひらと手を胸の前で振ると、にやっと笑って、
 「岡部くんがいない第九を、90日間他の職員が支える、ということでどうだい」
 「特別研修ですか」
 特別研修は、人事の裏技だ。
 90日間という長期にわたる研修の末、一階級の昇任が確約される。ただし、この研修に参加するには3人の上司の推薦が必要だ。それも監理官、つまり警視正以上の役職に就いたもののサインがいる。

 「きみと田城所長と、後はきみのパトロンにでも頼みなよ」
 「あ、いえ・・・・小野田さんは、ちょっと・・・・」
 「なに?ケンカでもしたの?」
 「そんなんじゃありませんけど」
 本当は、限りなく正解に近い。
 青木との仲が発覚して以来、小野田とはどうも顔を合わせづらい。小野田の方は普通に接してくれているのだが、薪の方がこころ穏やかではいられない。自分が青木とこんな関係に進んだことを、小野田は悲しんでいる。それが解るから、だけど薪にもどうしようもなくて、だからできるだけ小野田に頼み事はしたくない。

 「ああ、そうだよね。新しい恋人なんか作ったら、彼が怒るのは当たり前か。ばれないようにやればいいのに、ホント、きみは不器用だね」
 微妙なニュアンスの相違を感じるが、おおまかな流れは当たっている。後から反省しても遅いが、あれは軽率だった。一時の高揚感に流されて、つい・・・・でも、職場であんなことをしたのはあの時だけだ。それを見られてしまうなんて、本当にツイてない。
 「ま、せいぜいベッドでサービスしてあげなよ。恋人の機嫌を直すには、それが一番だよ」
 おまえと一緒にするなっ!!

 怒鳴り返したいのを堪えつつも、他に頼めそうな相手を考えてみる。
 条件は、警視正以上の階級で、岡部を指導する立場に1年以上就いたことがある者。岡部は所轄から捜査一課に入り、それから第九に来たから、警視庁から候補を挙げるとすれば、刑事部長と局長、それから警視総監。・・・・・薪とは犬猿の仲の人間ばかりだ。
 やはり、小野田に頼むしかない。

 会議室に監査室の首席監察官が入ってきたのを見て、薪は間宮から素早く離れ、自分の席に戻った。人事の打診をすることは、もちろん職務規定に反する。監察官に聞かれたら、間宮も自分も拙いことになる。
 会議のレジュメを開いて進行役の警務部長の声に耳を傾けながら、薪は小野田を懐柔する方法をあれこれ考えていた。



***


 すみません、うちの人事制度はお話の都合上、勝手に捏造してます。お許しください。
 現実にはキャリアは自動昇任で、昇格試験も特別研修もありません。どうか寛大なお心で・・・・(^^;

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きみのためにできること(4)

きみのためにできること(4)










 暦は6月に入り、梅雨前線が日本列島を縦断し始めた。
 連日続く雨模様に人々の心が塞ぎ、爽やかな太陽を待ちわびる声がそちこちで上がる季節。薪の住むマンションの外壁は、今宵も雨に濡れていた。
 が、降り続く雨の鬱陶しさも、ここには及ぶべくもない。付き合い始めて2ヶ月目の恋人たちは、今夜も甘い視線を絡ませている。

「そうだ。おまえ、もうすぐ誕生日だろ。何か欲しいものあるか?」
「いいですよ、そんなの。お気持ちだけで充分です」
 即答した恋人の気の無い返事に、薪は少々がっかりする。青木には、欲がないのだろうか。
「なにかひとつくらい、あるだろ?」
「いいえ。本当に何にも要らないです」
 キッチンでふたり、食事の後片付けをしながら、恋人同士になって初めての記念日にプレゼントを申し出た薪の気持ちを無にして、青木はゆっくりと首を振った。汚れた皿をテーブルからシンクに運び、洗浄水の中に静かに入れる。食洗機が信用できない薪の我が儘で、青木は50年ほど前の主婦のように原始的な方法で食器を洗う。

「後から言っても受け付けないからな」
 洗い上がった皿を受け取って布巾で水気を取り、シンクの横に埋め込まれた食洗機に入れる。乾燥と殺菌のボタンを押して、閉まうのは明日の朝だ。
 機械の扉を閉めたとき、後ろから急に抱きしめられて、薪は思わず息を飲む。左耳のすぐ下に熱い息がかかって、どきりと胸が鳴った。

「オレはこの世で、一番価値のあるものを手に入れましたから」
 青木はそれを、世界そのものを手中に収めた世界の王様のように自慢げな口振りで言い、薪を抱く手に力を込めた。
「これ以上望んだらバチがあたって、せっかく手に入れたものを失ってしまうかもしれないでしょう?」
 奥ゆかしい恋人の意見に、薪は胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。

 そんなふうに。
 おまえがそんな風に、僕を純粋に愛してくれるたびに、僕は自分が許せなくなる。

 僕はまだ、迷っている。
 青木を受け入れたことが、本当に正しかったのかどうか。

 思い返してみれば、薪が青木の恋人になろうと心を決めたときは、鈴木の脳を見て様々な思惑が自分の中に溢れ返った状態だった。決して冷静ではなかった。先の先まで考えて、正しい判断を下した、とは言い切れない。
 青木とこういう関係になって後悔しているわけではないけれど、恋人と過ごす満ち足りた時間に今も幸せを感じてはいるけれど、いつか僕たちはふたりとも、こうなったことを激しく悔やむ日が来るのかもしれない。特に、青木の方は切実に悩むかもしれない。青木はとても誠実な性格だから、将来女性と家庭を持とうとしたとき、男性と恋仲になった経験があることを引け目に感じるかもしれない。
 彼の中で、自分とのことが汚点として残ったりしたらどうしよう。そんな不安が拭いきれない。
 自分はもう、普通に結婚して家庭を持って、などという人並みの幸せは望まないから構わないが、青木はそうはいかない。そんなことは、許さない。

 青木を惑わせたのは、自分だ。
 彼に気持ちを告げられてから1年以上も、はっきりとは拒絶せず、かといって応じるでもなく、あやふやな友人関係を続けて彼を縛った。青木の気持ちを弄んでいたつもりはないが、そう非難されても仕方のないことを僕はずっと青木にしてたんだと思う。
 そんな僕のことを、青木は責めることも詰ることもせず、辛抱強く待っていてくれた。長い間、僕のことを真剣に思い続けてくれた。だから今度は僕がそれを青木に返す番だと……そう思いながらも、僕の中には矮小で狡猾な悪魔がいて。
 鈴木のラストカットを見て、自分の命が続く限り生きていこうと決意したとき、そいつは恐ろしさに身震いした。

 どうやって?
 ひとりではとても無理だ。僕はそんなに強い人間じゃない。
 だけど、鈴木がいない世界で、だれが自分を理解してくれる? だれが元気付けてくれる?
 こいつだったら、僕が欲しいものをくれる。

 瞬時に計算し、自分の欲求を優先して彼を受け入れようと思った。おそらく、あのときの僕の行動にはそんな打算も多分に含まれていて、それはいつか青木が知るところとなるはずだ。
 真実は露呈する。罪を犯せば、必ず報いを受ける。
 この浅ましい打算がどんな形になって僕の人生に返ってくるかは不明だが、きっと罰は下る。その罰が青木の人生に波及することのないように、青木には青木の幸せをきちんと捕まえて欲しいとこころから願っている。

 自分が責任を持って、青木を真っ当な道に立ち返らせる。
 そのために小野田からもぎ取った執行猶予の期間は、5年。充分すぎるほどの時間だ。
 青木との仲がそんなに長く続くとも思えないし、あと3年もしたら僕は40になる。いくら青木がおめでたくても、さすがに冷めるだろう。その頃までには僕だって、もっと強くなっているはずだ。お互い、自分の将来を大切にするということで、明るく別れたいと思っている。

 薪が好ましく思う冷静で理性的な自分は、こうして建設的なプランを立てることができるのに、自分の中から消えて欲しいと願う臆病で卑怯な自分は、この腕をいつまでも放したくないと叶うはずのない夢を見る。
 自分を抱きしめる腕を両手で抱き返して薪は、「おまえでも遠慮という言葉を知っていたか」と憎まれ口を叩いた。



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きみのためにできること(5)

きみのためにできること(5)









 薪が官房室に出向いたのは、金曜日の室長会議の後だった。
 岡部の推薦状をもらうためにわざわざ出向いたわけではなく、これはいつもの定例報告だ。小野田に何と切り出したら良いものか、薪はまだ決めかねている。
 先日、あんな風に小野田に口答えをしてしまったことが、薪の心を重くしている。小野田には返しきれないくらいの恩を受けているのに、その彼を悲しませるような真似をしてしまったと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。とても頼みごとのできる心境ではない。
 とは言え、岡部の件は速やかに処理したほうがいい。特別研修の申込みの締め切りは、今月の末だ。期限に間に合わなかったら、岡部の昇任は難しくなる。

 決意を固めたときのクセで、薪はぎゅっとくちびるを引き結び、眉をきりっと吊り上げて、穏やかな顔つきで報告書を読む小野田に声を掛けた。
「小野田さん。実は岡部のことなんですけど」
「ああ、はいはい。出来てるよ。これね」
「え?」
 差し出された書類を見て、薪は目を丸くした。
 警視監小野田聖司の名前入の推薦状。推薦事由もきちんと記入されていて、朱印も押してある。

「あれ? 違った?」
「いいえ、ありがとうございます。でも、どうして」
「何日か前に間宮がここに来て。きみがこれを必要としてるって言うから」
 あの腐れ外道が?
 小野田とは敵対関係にあるはずの彼が、どうして官房室に足を運んだのだろう。

「間宮はたまに来てるよ。受付の女の子にちょっかい出しに」
 なるほど。あの男の下半身の前には、政敵や確執までもが吹き飛ぶらしい。どこまでも見下げ果てた男だ。
「そのついでに、ぼくときみのことを冷やかしていくんだよ。『ケンカなんかしてると、火遊びの相手に薪くんを奪られちゃいますよ』って言われたけど、どういう意味だろうね」
「先日、部長会議で顔を合わせたときに誤解が生じまして」

 申し訳ありません、と頭を下げて、薪は密かに安堵する。
 今回ばかりは、間宮の嫌味に助けられた。ケンカ中というわけではないが、言い出しづらかったのは本当だ。自分は現在、小野田の意に副わぬ相手と恋人関係にある。それは小野田が心配するように、ひとに知られてはいけない関係だが、自分たちは真剣に愛し合っている。
 後ろめたいと思うことは何もないはずだし、そんな風に感じること自体恋人に申し訳ないと自分を恥じつつも、心の隅に刺さった常識という小さな棘はなかなか抜けない。そして、自分たちの関係を喜んでくれる人はこの世に一人もいないという事実は、もっと薪を落ち込ませる。

「浮かない顔だね。岡部くんの抜けた穴が気になるなら、官房室から誰か回そうか」
「あ、いえ、大丈夫です」
 小野田は薪にはとても甘くて、いつもこうして気遣ってくれる。でも、今はその気遣いが心苦しい。自分は小野田の要望に応じることができないのだ。
 受け取るばかりで返せない愛情。自分は小野田に、何をしてやれるのだろう。

「そうだ、薪くん。こないだのお弁当、すごく美味しかったよ。特に出汁巻き卵と筍ごはん。今度また、作ってくれない?」
 そんな言葉で、小野田はあの日のことに対してわだかまりがないことを薪に教える。そのさりげない心配りに、涙が出そうになる。
 心から尊敬している。人間として、上司として。小野田の下で働けて、自分は幸せだと思う。

「はい。よろこんで。何かリクエストはありますか?」
「そうだな。茶巾寿司とか、作れる?」
「ええ。じゃあ、次の定例報告のときにでも」
「楽しみにしてるよ」
 薪は深くお辞儀をして、官房長の部屋を辞した。



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きみのためにできること(6)

きみのためにできること(6)










 第九の建物が見える中庭の特別席で、薪は芝生の上に両膝を抱えて座っている。膝を引き寄せて軽く抱き、組み合わせた手首に顔を埋めるようにしてじっとしている。窮屈そうに見えるこの姿勢は、彼が考え事をしているときの癖だ。
 彼の亜麻色の瞳にあるのは、鬱屈した鈍い光。それは、春先に新しい恋人と付き合いだしたばかりの人間には、ひどくそぐわない輝きだった。

 僕は愛されてる、と薪は己の現況を評価する。自分には過ぎた幸福を、どうやって受け入れたらよいのか戸惑っている。
 小野田さんにも青木にも、返せない愛情をたくさんもらって。もらいっぱなしの愛情を、どうやって処理したらいいんだろう。何をすれば二人に報いることができるのだろう。

 僕が青木と別れたら、小野田さんは喜ぶけど青木は悲しむ。その逆になっても二人の気持ちが入れ替わるだけで、結果は同じだ。どちらかしか、喜ばせることはできない。あの二人の望みは真逆なんだから、両方とも喜ぶ選択肢なんか無いことは解っている。
 だけど、僕は両方に喜んで欲しい。
 二人とも僕にとっては大事なひとで、どちらかを切り捨てることなんてできない。このまま、ずっとふたりに甘えたままで、彼らの気持ちをごまかし続けていくのか。自分に都合のいいところだけを受け取って、残りの部分には目をつむって。そんな卑怯な真似を続けていいのだろうか。

 さわさわと湿気を含んだ空気が薪の髪を撫で、耳元を吹き抜けていく。風の行方を何となく目で追って、薪は近くの植え込みがガサガサと音を立てる様子を見るとはなしに見ていた。意外と強い風が吹いているのだな、とぼんやり考えていた薪の眼に、茂みの中からぬっと出てきた男の顔が飛び込んできた。
「あれ? 薪くん。何してるの、こんなところで」
 間宮だ。なんでこいつがここにいるんだ。
「部長こそ。どうしてここに」

 そこまで言いかけて、薪は茂みの中にもう一人の人間がいることに気付く。長い黒髪が見えるから、女性だ。葉の隙間から見え隠れしている彼女の足は間宮の腰を抱くように回され、右の足首には赤い下着が引っかかっていて……。
 研究所の中庭で昼間っから何やってんだ!!
 薪は慌てて立ち上がり、咄嗟のことに真っ赤になってしまった顔を隠してその場を離れようとした。

「あ、ちょっと待ってよ、薪くん。すぐに済むから」
 だれが待つか!! てか、すぐに済むって、なにが!?
 職場でふしだらな行為に及んだものは懲戒免職、自分がエラクなったら絶対にこの規則を発令してやる! ビシビシ取り締まってやる!

「薪くん、ちょっと話を、―――わっ!」
 速歩のスピードで足を運んでいた薪は、不意に後ろから腕を摑まれ、長年の経験から反射的に相手を投げ飛ばしていた。はた、と自分の足元を見ると、薪の規則では懲戒免職確定の警務部長が仰向けになっている。
「痛いなあ」
 知ったことか。神聖な職場を穢すような真似をしやがって。全国400万の警察官の怒りを思い知れ。

 それでも、乱れた精神状態で手加減もせずに素人を投げてしまった引け目もあって、薪は屈んで間宮に手を貸した。すると間宮は握った薪の手に素早く唇をつけ、薪は遠慮なく間宮の頬を靴底で蹴り飛ばした。
「感謝の気持ちを現しただけなのに。ひどいよ」
 なにが感謝の気持ちだ! ド変態の色魔が!
 女の子ならともかく男の手の甲にキスなんて、と思いかけて、今それを突っ込むと自分の立場もまずくなることに気付いて、薪は思考を止めようとする。脳の暴走を断ち切る刹那、『同じ穴の狢』という言葉が浮かんで、薪は危うく舌を噛み切りたくなる自分を抑えた。

「さっきの女子職員は」
「持ち場に戻ったよ。あの状況じゃね」
 しゅん、と沈んだ間宮の顔を見て、薪は心の中で手を叩く。どうやら振られたらしい。
 無理もない、あんなところを他人に見られたんだ。普通の女性ならそれが当然だ。とんでもない場面を見てしまったと思ったが、間宮の魔手から一人の女性を救うことができたのなら、結果オーライだ。

「仕切りなおすことにした。すぐに済ませちゃイヤだって言うから」
 そっち!?
 どうなってんだ、今時の婦警は!!
 目を白黒させて頬を赤らめる薪に、間宮は嬉しそうに言った。
「あ、もしかして、ヤキモチ?」
 あほか、おまえはっ!!

「うれしいなあ、薪くんに妬いてもらえるなんて。どう? もうひとり、恋人増やさない?」
 間宮の能天気な提案にがっくりと身体中の力が抜けて、薪はその場に腰を落とした。胡坐をかいて頬杖を付き、はあ、とため息を吐く。
 こいつを見てると、ウジウジ悩んでいるのがバカらしくなってくる。
 こんなふうに、なんでも自分の都合のいいように考えられたら、さぞ毎日が楽しくなるだろう。間宮のことは心の底から軽蔑しきっている薪だが、そのポジティブ精神は少しだけ羨ましい。

「どうしたの、ため息なんか吐いて」
 ひょいと上半身を起こし、薪と同じように安座した間宮は、肩や腕についた草を払いながら薪の憂いを気にする素振りをみせた。
「パトロンのご機嫌取りがうまく行かなかった?」
 小野田の名前を出されて、薪は間宮に借りがあったことを思い出す。この男のおかげで岡部の推薦状が貰えたのだ。こんな男に感謝するのは本意ではないが、筋は通さないと。

 薪は懐に入れたままだった推薦状を取り出し、間宮に見せた。
「ありがとうございました。部長のおかげです」
「俺? 俺は何もしてないけど」
「小野田さんに推薦状の話をしてくれたのは、間宮部長じゃないんですか」
「そうだったかなあ。忘れちゃった。あの時は確か、机の下で受付の女の子の太腿を触ってて、上の空だったからなあ」
 だから何をやってるんだ、おまえはっ! 痴漢行為をごまかす為のカモフラージュに岡部の昇任話を使うなっ! 感謝した僕の立場はどうなるんだっ!!

「彼女、すっごいもち肌でさ、あの太腿に顔を挟んでもらうと夢心地になるんだよね。こないだなんかベッドの中で」
「あなたと小野田さんは、派閥が違うでしょう。なのに、官房室の女性にまで手を出してるんですか」
 赤裸々な体験談に発展しそうな話を遮りたくて、つい口を挟んでしまった。こんな男と会話などしたくないし、同じ空気を吸っているだけでも腹立たしいのに。
「美人は全国共通だろ。派閥なんか関係ないよ」
「今の女性は、もしかして?」
「いや。今のは庶務課の女の子。官房室の娘とのデートは、明々後日だ」
 相も変わらず、曜日ごとの恋人がいるらしい。呆れたものだ。

「よくもそんな、不実な真似ができますね。相手に悪いと思わないんですか」
「だって仕方ないだろ。俺はどっちの娘も好きなんだもの」
 その前に、おまえには奥さんと子供がいるだろうが。
 この男に一夫一妻制に基づく道徳心を説いても無駄だと思うが、薪はこういう爛れた痴情関係が大嫌いだ。一言、言ってやらないと気がすまない。
「恋人のほうはあなたが既婚者だと分かって付き合ってるんですから、相手も遊びのつもりなんでしょうけど、奥さまのことはどうなるんです?」
「もちろん、愛してるよ。妻は別格だ」
「好きな女性を悲しませて、何とも思わないんですか」
「きみだって浮気中のクセに」
「してません!!」

 叫んでから、思い直す。
 今朝も見てしまった、彼の夢。昨夜は雨が降っていたせいか、鈴木とひとつの傘に入って歩く夢だった。濡れないようにと肩を抱かれて、僕はそれがとてもうれしくて。幸せな気分になって顔を上げたら、鈴木のくちびるが――――。
 薪は右手で口元を覆った。夢なのに生々しい感覚がそこには残っていて、それは自分の不実の証のように思えた。

「奥さまの気持ちを考えたら、こんなことはできないと思いますけど」
「平気だよ。妻は俺を愛してるから」
「その愛情を裏切って、心苦しくないんですか」
 間宮に向けた問いが、真っ直ぐ自分に跳ね返ってくる。
 青木にあんなに真剣に愛してもらってるのに、昔の恋人の夢を未だに見るというのは裏切りじゃないのか。友だちとしての夢ならいいけど、あの夢はそうじゃない。恋人としての夢だ。キスから先に進んじゃったことも、1度や2度じゃないし。

「好きなひとが充実した毎日を過ごしていたら、それは自分にとってもうれしいことだろう? だから俺の恋多き人生を、妻は喜んでくれてると思うな」
 ンなわけあるか!!
「よくそんなに身勝手な理屈が」
「きみだって、自分の好きなひとが元気でいてくれたら嬉しいだろう? 俺の元気の素は、沢山の恋人たちなんだ。彼らのおかげで、俺はいつも楽しく過ごせる。俺の妻も恋人たちも、そのことを喜んでくれるはずだ。
 だってひとは、自分が好きなひとの笑顔を見るのが一番の幸せなんだから」

 間宮の手前勝手な理論にどこから突っ込んでやろうかと牙を研いでいた薪は、最後の言葉に息を飲んだ。

『鈴木の望みは、僕に心から笑ってて欲しいって』
『オレの望みは、薪さんが昔の写真みたいな笑顔で笑ってくれることです』
『どうしたの、薪くん。なにか心配事?』

 ひとつだけ。
 たったひとつだけ、自分の大切なひとたちが望む共通事項に気付いて、薪は思わず泣きそうになる。
 それは亡き親友の最後の望みであり、現在の恋人の願いであり、おそらくは尊敬する上司の密かな心遣いの源にあるもの。
 自分のそれにそんな価値があるのかどうかは甚だ疑問だが、それは自分にしかできないこと。薪が彼らに返せる、唯一のこと。

「だから、俺はたくさんのひとに幸せを分けて……薪くん?」
 クスクスと笑い始めた薪を見て、間宮は首をかしげた。間宮の前で薪がこんな顔をすることは、とても稀なことだ。呆れましたね、と言いながら、薪はしばらくの間笑い続けると、
「いつか後ろから刺されますよ」
 と皮肉な顔つきになって不幸な予言をし、去って行った。

 その背中が普段通りピンと伸ばされていることに、間宮は満足する。
 やっぱり薪は、ああでないと。落とし甲斐のない彼は見たくない。
「さーて、つづきつづき」
 思わぬハプニングで中断した恋人との逢瀬を再会するために、間宮は携帯電話を取り出した。




*****


 間宮って、どこまでサイテーの男なんでしょう。
 もう、書きやすいったら(笑)


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きみのためにできること(7)

きみのためにできること(7)









 その週の定例会は、いつもよりずっと豪華だった。普段の家庭料理ではなく、パーティ仕様に美しく飾られた品々がテーブルに並び、酒はシャンパンが用意されていた。特別研修に赴く岡部への激励をこめた、これは薪の心遣いだ。
 酒を飲むときは概ね機嫌のいい薪だが、その夜の彼は特にテンションが高かった。終始、ニコニコと笑っている。こんな薪は初めてかもしれない。料理に舌鼓を打ちつつ、岡部は何気なく聞いた。

「何かいいことありました?」
「小野田さんに、茶巾寿司作ったんだ。すっごく喜んでくれた」
 室長会議のときに何か包みを抱えていると思ったら、小野田への差し入れだったのか。
「えー、いいなあ。オレも食べたかったです」
 意地汚い後輩が、抗議の声を上げる。青木は岡部よりも頻繁に薪の料理を食べているはずなのに、欲張りなやつだ。
「おまえらの分は、こっち」

 大皿に綺麗に並べられた薄黄色の丸い寿司は、中央にイクラを抱き、全体に青紫蘇を散らして見た目にも華やかに、食卓の主役に相応しい装いで現れた。手をかけて作られたであろうことが窺い知れるそのひと品は、一口食べた瞬間に作り手の愛情を感じ取れるやさしい味わいだった。
「美味しいですっ! 世界一です!」
 素直に自分の思ったままを口にできるという成人男性には珍しい特技を持っている第九の後輩は、手放しの賛辞を並べたてた。薪はちょっと頬を赤くしたが、直ぐに皮肉ないつもの顔に戻って、「口に入れば何でもいいくせに」と青木の旺盛な食欲を揶揄した。

「いや、本当に美味いです。薪さん、また腕を上げましたね」
「そうか? まあ、おまえがそう言うなら、たまたま上手くできたのかも」
 青木に対する態度とはまるで違う薪の様子に、しかしそれは決して薪が岡部より青木のことを軽んじているわけではないことを重々承知している岡部は、天邪鬼な恋人に苦労しているであろう青木の心労を気の毒に思った。

「岡部。来月からの研修、頑張ってこいよ」
「はい。推薦状を書いていただいた方のお気持ちに応えられるよう、精一杯努めてきます」
「頑張ってくださいね、岡部さん。オレも応援してます」
 激励の言葉を掛けながらも、「岡部さんがいないと研究室は大変ですけど」とちらりとこぼした青木に、岡部は口をへの字に曲げて鹿爪らしい顔を作ってみせた。
「なんだ、情けない。『留守中の副室長代理はオレに任せてください』くらい言ってみろ」
「いや、仕事関係じゃなくて。薪さんを制御できる人間がいなくなると、研究室が荒れるだろうなって。キャビネットの被害報告を庶務課に連絡する人間を決めるのも、ひと揉めしそうだし」

「俺の仕事ってそれ!?」
「制御って何だ! 僕はリモコンで動くロボットか!!」
 ふたりの同時突っ込みに、青木は臆することもなく、逆にびっくりしたような顔をして薪に応えを返してきた。
「えっ、薪さんが子供の頃には、リモコンで動くロボットがいたんですか? 人間が乗る形じゃなくて?」
「……青木、論点が」
 ていうか、年上の恋人に対して世代差を感じさせる言葉はタブーなんじゃないか? せっかく機嫌よく飲んでいるのに、これがきっかけでブリザードが吹き荒れたらどうするつもりだ。
「なに言ってんだ、ロボットはリモコンだ。そこがロマンだろ」
 ……。
 心の中ですら一言も言葉が出てこない岡部を置き去りに、二人はロボット談義を始めた。

「バカなこと言わないでくださいよ。ヒト一体型に決まってるじゃないですか。精神がつながっていて、ロボットのダメージが中の人間に伝わるという、あの戦いの臨場感こそが大きな感動につながるんじゃないですか」
「冷静に考えてみろ。あんな派手な上下振動や回転運動に、普通の人間が耐え切れるはずがないだろ。時速60キロで走るロボットにかかるGは500キロにもなるんだぞ。科学的なリアリティを踏まえずに、何が臨場感だ。チャンチャラおかしいわ。第九の捜査官ともあろうものが、子供だましに騙されやがって」
 ロボットがリモコンで動くというのは、子供騙しじゃないのか? ていうか、アニメの世界に科学的とか臨場感とか、どっちも不要のような気がするが。

「そんな身も蓋もない。子供の夢を壊すようなことを言わないでくださいよ。いいじゃないですか、子供が見るんですから。科学的根拠なんかどうでも。必要なのは、夢と希望ですよ」
「僕は現実を踏まえない空想科学は認めないんだ。一番ありえないのが」
 とても口を挟めない。息もぴったりと合って、このふたりはいつもこんな下らなくて楽しい会話をしているのだろう、と岡部はくすぐったいような気分を味わう。新婚夫婦の家を訪れたときというのは、こういう気分なのだろうか。

 二人が舌戦に夢中になっている間に、岡部は皿に1つだけ残っていた茶巾寿司を胃袋に収める。最後のひとつはいつも青木と取り合いになるのだが、今日はあっさりと勝ち星を上げることができた。漁夫の利、というやつだ。
「いいんですよっ、レイちゃんは可愛いんですから!」
「なにっ、おまえ綾波派なのか!? くわあ、暗いやつ! 僕は断然、アスカだ」
「アスカだって、明るくはないでしょう。明るさの裏に隠された過去が……あー!! 岡部さん、最後のお寿司、食べちゃったんですか!?」
 何やらさっぱり解らない会話が不意に途切れて、青木が岡部に非難の声を上げる。にやっと笑って、美味かったぞ、と意地悪く言ってやれば、悔しがる後輩の顔がおかしくて、それを見て笑う上司の笑顔が嬉しくて、岡部は声を立てて笑った。

 程よく回ったアルコールで、薪はいつものようにコトリと床に横になる。座布団を抱えて幸せそうに、その寝顔は微笑みのまま。
「青木。俺がいない間、薪さんを頼むぞ」
「はい」
 言われるまでもない、などと思わないところがこいつの長所だ。青木はすでに薪に一番近しい人間の立場を手に入れているはずなのに、それを億尾にも出さない。
「朝の訓練もちゃんと続けます。自主トレーニングは欠かさないつもりです」
「ああ、それなら脇田に頼んどいたから。柔道の方だけだが」
「えっ、5課の脇田課長ですか? 怖いんですよね、あのひとの顔。近くで組み合ったら、それだけで腰が引けちゃいそうです」
「ははは。確かに鬼みたいな顔してるからなあ、あいつは。気持ちはいいやつなんだがな」
「いや、顔の怖さだけなら岡部さんも負けてないと……いえ、何でもないです」
 三白眼に力を込めてギロリと睨んでやると、青木はメガネの奥の純朴そうな瞳を上方に泳がせ、ビールのコップを呷った。

「さてと。この酔っ払いを寝かせてくるか」
「お願いします。オレ、こっち片付けちゃいますから」
 昔、薪をベッドに運ぶのは青木の役目だったが、最近は岡部にお鉢が回ってくるようになった。これはおそらく、この二人らしい気遣いで、岡部の前で触れ合ったり、それらしい雰囲気を出すまいとしているのだろう。
 一昨年の夏に比べるとかなり重みを増した、しかし平均よりは遥かに軽い上司の身体を抱いて、岡部は寝室に入った。梅雨時にも関わらずパリッと清潔なシーツが掛かった寝床に薪を横たえて、亜麻色の頭の下に枕を入れてやる。
 んん、と呻いて、薪が目を覚ました。

「おっと、起こしちまいましたか」
「いや……うん、へいき……」
 薪の言葉は意味を成さない。どうやら、夢の中にいるようだ。

「おかべ」
 とろんとした瞳。舌足らずの声。寝ぼけているときの薪の媚態は、核爆弾クラスだ。
 岡部には効かないが、今の青木だったら襲い掛かってしまうかもしれない。なるほど、薪をベッドに運ぶ役を辞退するわけだ。
「何ですか?」
「ぼくがわらうと、うれしい?」
 何だろう、突然。新しい嫌がらせだろうか。しかし、いま薪は絶賛寝ぼけ中だし。

 その質問の意図は解らなかったが、岡部は素直に答えることにした。
「もちろん。うれしいですよ」
「そっか……」
 満足そうに息を漏らすと、薪は瞳を閉じた。口角がわずかに持ち上がり、桜色に染まった頬がやさしく緩む。
 ふふ、と微笑んで、薪は再び眠りに落ちた。




 ―了―




(2010.1)


 お読みいただいて、ありがとうございました(^^



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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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