ゲスト(1)

 本編に戻ろうと思ったんですけど~。
 メロディ12月号の青木さんのお母さんに、カウンターショックを食らいまして。

 10月号の段階で、お姉さん夫婦は絶望的だと思ってたので、青木家の子供は青木さんひとりになっちゃう。 そのたったひとりの息子が薪さんと恋仲になったら、お母さんはどうするかしら、てなことを考えまして。
 原作ではいざ知らず、わたしの脳内ではこうだわ、的なお話を書いてみたのですよ。

 で、12月号を読みましたら。

「うひゃ― ……」 



 原作との乖離が激しすぎて、お目汚しするのもためらわれるのですが、
 でも、今じゃないと公開できない気もするので、晒しちゃいます。



 ふたりが付き合い始めて、6年目のお話です。
 原作とも、現在公開中の本編ともかなりの隔たりがありますが、ご容赦ください。





ゲスト(1)






 ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った瞬間、薪は椅子の上で飛び上がる自分の身体を押さえ切れなかった。
 
 この時間に彼女が来訪することは、事前に連絡があった。それは彼女の立場上自然なことで、心理的にはどうしても成したいことだと思われた。だから拒まなかった。だけど、いざその場面を迎えてみると、予想したよりも遥かにうろたえている自分を見つけて、薪は懸命に自分を叱咤した。
 ドアノブを握る手は震えてるし、足はクローゼットへの避難を強烈に誘惑してくる。それらを必死に腹の底に押し込めて、薪はドアを開けた。

 毎日開け閉めしている自分の家の玄関の戸が、ひどく重く感じられた。その重圧に耐えつつ開いたドアの向こうに、彼女は涼やかに立っていた。

「初めまして。青木一行の母でございます」



*****



「愚息が大変お世話になっております」
 穏やかに微笑んで、彼女は深く頭を下げた。短くまとめた黒髪の、つむじがとてもきれいだった。季節は夏の到来を思わせる時期だったが、彼女は着物を着て、汗ひとつかいていない。その動きは着物慣れしていて、美しい立ち振る舞いだと薪は思った。
 
 こちらこそ、と頭を下げて、薪は彼女を中にいざなった。ソファを勧めて、お茶を用意する。整えてあったお茶のセットを持って、リビングの彼女のところへ戻った。
 手が震えないように注意して、来訪客の前に茶菓を置く。毅然とした佇まいの彼女を前に薪は、ぎゅっと心臓をつかまれるような苦しさを味わう。

 大丈夫、上手くやれる。彼女の来訪に備えて草稿は完璧に仕上げた。説明文は暗記したし、常ならしない音読までしてみて、何回も練習したじゃないか。

 自己暗示をかけるように自分に言い聞かせ、薪は口火を切った。
「ゴソソクから」
 ……噛んだ。

 失態に固まる薪を見て、しかし彼女は穏やかに微笑んでくれた。冷たいお茶で喉を潤し、添えた抹茶のパウンドケーキにフォークを入れる。出されたものを遠慮なく食べるところは、さすが青木の母親だ、と妙なことに感心した。
 ケーキの味に満足してくれたらしい彼女は、目を細めて二口目を食べた。笑うと、目元が青木にそっくりだ。この女性が彼をこの世に生み出してくれたのだと思えば、薪にとっては神さまよりも彼女のほうが尊い存在になる。

「ご子息からお聞き及びかと存じますが、彼には私のボディガードを務めてもらうことになりまして。そのために、同居という形式を取りました」
 はい、と頷いて、彼女は室内を見回した。
 彼女の来訪の目的は、これだ。自分の息子がこれから生活をする場所を見ておきたい。一緒に住むという上司に挨拶をしておきたい。母親として、当然の気持ちだ。

「室長さんのボディガードなんて、そんな大層な役があの子に務まるのかと、不安もございますが。どうかよろしくお願い致します」
「ボディガードと言っても、形式的なものです。役職上のこともありまして、数年前からボディガードを付けるようにと上司に言われていたのを、私の怠慢から伸ばし伸ばしにしてまいりました。
 ご子息を選んだのは、彼が長年私に仕えてくれていて、私の性格を飲み込んでくれているのと、武道、射撃、共に優れた能力を身につけているからで」
 上司に提出した上申書に書いた理由をそのまま告げようとして薪は、自分の声の空々しさに泣きたくなる。

 これは事実じゃない。
 でも、本当のことは言えない。

 あなたの息子と僕は男同士で愛し合ってて、だから一緒に住むことにしました、なんて口が裂けても言えない。

「室長さん。遠慮なさらないで仰ってくださいね。室長さんの眼から見て、あの子はどうですか? 人さまのお役に立ててますか?」
「それはもう。彼のこれまでの功績があればこその、この人事です。才覚、実力共に、彼は平均より遥かに優れています。私が保証します」
「まあ。室長さんにそこまで買っていただけるなんて。ありがたいお話です」
「彼の努力の結果です。素晴らしい息子さんですね」

 青木を産んでくれた偉大なひとに、彼の大切なひとに、僕は平然と嘘を吐く。
 この行動は、よくよく考えた結果だ。姑息に隠そうとしているのではなく、不用意な言葉で彼女を傷つけたくないだけだ。

 ……というのは、もちろんタテマエで。

 彼女が真実を知ったら、僕たちは一緒にいられなくなる。青木も30を超えた大人だ、無理矢理引き裂かれることはないかもしれない。だけど、絶対にトラブルは起こる。
 彼女が住んでいるのは北九州。東京には滅多に出てこない。今日さえ乗り切れば、これまで通りの平穏な日々が続くのだ。波風は起こしたくない。ここは完璧に青木の上司役を演じきってみせる。
 卑怯者と言わば言え。僕は今の生活を守りたい。

「いいえ、室長さんのご指導の賜物ですわ。あの子は昔から争いごとが苦手で、だからスポーツも不得手でしてねえ。親元を離れて、立派になったこと……あら、つい親バカ振りが出てしまいましたわ。申し訳ございません」
 たった一人の愛息子、可愛くないはずがない。彼女がこの世で一番愛しているのは、彼をおいて他にない。

「いいえ。堂々と自慢なさってよろしいと思います」
 彼がこの世に生を受けてからずっと、30余年の時を経て、この人は彼に絶え間ない愛情を注ぎ続けてきた。彼を慈しむこと、愛し続けること、理由などない、母親ならそれは当たり前の、でもこの世で一番尊い愛情。
「特に、ご子息の武術の上達には目を瞠るものがあります」
 彼女の長年の愛情が積み重なって、彼はあんなに美しい人間になった。真っ直ぐに伸びやかに、呆れるほど健やかに。僕を惹きつけて放さない彼の魅力は、この女性が作り上げたと言っても過言ではないはずだ。その彼女に対して、恩を仇で返すような真似をしたばかりか、虚言で彼女を騙そうとしている。
 でも、これはお互いのためだ。知らないほうが幸せということは、たくさんある。

「柔道初段、剣道4段、AP射撃5段というのは、私の部下の中でも秀逸で……すみませんっ!」
「はい?」
 訝しげな相槌が聞こえて、薪はハッと我に返る。
「なにを謝ってらっしゃるんです?」
 しまった、声に出てしまった。
 あんまり申し訳ない申し訳ないと思ってたから、つい。

「あ、いえ、その」
 まずい、頭の中真っ白になってきた。パニックになったらお終いだ、何とか切り抜けないと。切り替われ、僕のジョブスイッチ!

 マスコミの答弁や会議の質疑応答は、薪の得意とするところだ。このくらいの切り返しは、眠っていてもできる、できるはず。
「えっとですね、ご子息の転居が事後承諾の形になってしまったことについて、お詫びを」
「あら。それは一行からの連絡が遅れたからで、室長さんに謝っていただくことじゃ」
「そ、そうですね、ええ。お母さんの仰る通りです」
「本当に、あの子はいくつになってもポーッとした子で」
「そうですね、全くその通りで、いえっ! 青木は、あ、いえ、青木、くん、は、やるときはやる男で、特に剣道してるときはカッコよくて、――っ、あ、いや、つまり、えっとその」

 グダグダになってしまった会話を取り繕おうと、力めば力むほどにボロが出る。終いには何も言えなくなって、とうとう薪は俯いてしまった。
 薪はこういうプレッシャーには弱い。これが仕事のことなら、どんな相手にも臆することなく思ったことを堂々と述べられるのだが、こちらの方面のことになると清清しいほどに崩れる。仕事モードのスイッチが入らないと、びっくりするくらい口下手なのだ。
 何とか立て直さなくては、と焦るが、一旦乱れてしまった精神は元に戻らない。あれだけ周到に用意しておいた草案も、殆ど白紙状態だ。確かこの後は青木の姪、つまり彼女の初孫の話をして、彼女の気持ちを和ませる計画だったと、あ、いや、それは青木の結婚話につながりそうだから止めたんだ、代わりに用意した話題はなんだったっけ。……ダメだ、思い出せないっ!

 真っ白になった頭で、それでも薪は考える。

 薪だって、青木の母親にその場凌ぎの嘘を吐くなんて、不誠実な真似はしたくない。できることなら本当のことを話したい。1年前、小野田さんに辛くも認めてもらったように、青木のお母さんにも認めてもらうことはできないだろうか。

 青木と付き合いだしてから6年。昨年の大きな過ちがきっかけになって、僕は、いや僕たちは誓った。僕たちは一生を共にする、生涯のパートナーになったんだ。だから一緒に住もうと思った。それは周りへのカミングアウトと同じことだったから、なかなか勇気が出なくて言い出すのも遅れたけれど。
 確かに普通の男女の関係ではないけれど、僕たちは真剣に愛し合っていて、互いになくてはならない存在だと分かっている。だから、この気持ちは誰に恥じるものでもないと、他人に非難される謂われはないと、例え相手が彼の親だとしても、堂々と言えるものだと――。

 無理ッ! 僕には無理だ、絶対ムリ!!

 どれだけ自分の気持ちに誇りを持ったところで、所詮は自己満足。彼女の悲しむ顔を想像するだけで、それはいとも簡単に崩れ去る。
 やっぱりここは、真実を隠し通すべきだ。彼女と自分たち、双方の平穏のために。



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ゲスト(2)

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「ところで、室長さん」
 軽やかな彼女の切り出しに、薪は「はい」と顔を上げた。
 息子によく似た彼女のやさしい笑みに安心を覚えながら、決してこの笑顔を曇らせてはいけない、その頬に嘆きの涙を流させてはいけないと心に決めて、薪は彼女の言葉を待った。

「いったいあの子のどこがお気に召しましたの?」
「ですから、それは今申し上げましたとおり。優秀な頭脳と体術を兼ね備えた人材は、そう簡単に見つかるものではなく」
「まあ、そうなんですか。普通はやさしさとか性格とかが重要視されると思うんですけど、やはり男の方だと選定基準が違いますのね」
「……はい?」
 なんだろう、微妙な会話の食い違いを感じる。てか、すごく嫌な予感がするんだけど。

「昨今では外見とか年収を気になさる方もいらっしゃいますわね。後者はどうかと思いますけど、やっぱり生活を共にするとなると大事なことですものね」
 どうしてだろう、今すぐここから逃げ出したくなってきたんだけど。本能がガンガン警鐘鳴らしてるんだけど!

「いえね、今まで一行がお付き合いしてきた女性の方々は、口を揃えて『やさしいところ』と仰ってたものですから。てっきり室長さんも、同じことを仰るのかと」
 なんか、青木の過去の女性たちと同列に並べられてるような気がするんだけど。僕の気のせい? 気のせいだよね?

「でも困ったわ。一行がそんなに優秀なわけはないし、すぐにボロが出てしまうでしょうねえ。
 室長さん、親バカを承知でお願いします。もしもあの子が室長さんの期待に応えられなくても、見捨てないでやってくださいね。あの子にはもう、あなたしかいないんですから」
 彼女の言い回しに不可解な響きを感じて、薪は恐ろしい予感を打ち消せない。考え過ぎかもしれないけれど、まさかお母さん、僕たちのこと知ってるんじゃ。
 いや、それはないか。知っていたらこんなに平然と、僕と話ができるわけがない。僕は彼女にしてみれば、大事な息子を男色の道に迷い込ませたサキュバスなのだから。

「あの子は本当に、あなたのことが好きなんですよ。どうか、一生面倒見てやってくださいね」
 彼女の言葉を額面どおりに受け取って、薪は「はい」と肯いた。上司として、青木の面倒は見る。青木が自分の部下である以上、それは当たり前のことだ。
 ……でも、一生って……なんかやっぱりおかしくないか?

「ありがとうございます。これで一安心ですわ。この年になると、どうしても保証が欲しくなりまして。かと言って、おふたりには結婚することも籍を入れることもできませんでしょう。だから今日は、室長さんの言質が欲しくて参りましたの」

 ガシャン! と遠くから聞こえたはずの音の原因が、自分の手元で倒れた湯飲みの音だったと分かって、薪はひどく驚いた。あらあら大変、と言いながら手早くテーブルを拭いている青木の母親の姿を、まるで映画のワンシーンのように感じる。
 現実感がない。夢の中の一コマみたいだ。
 カラカラに乾いた唇を亞者のように動かして、薪は訊いた。

「僕と青木のことを、ご存知だったんですか?」
 想像もつかなかった展開に、薪は言葉を吟味する余裕を失くす。もう少し婉曲な訊き方をすべきだったと悔やむが、もう遅い。
 彼女の顔が嫌悪に歪むさまを想像して、薪は心臓が止まりそうになったが、現実の彼女はそんなことはしなかった。それどころかぷっと吹き出すように笑って、
「そりゃあ分かりますよ。あの子ったら、室長さんの話しかしないんですもの」

 アホか―――っ!!!

「いえね、最初は仕事の話やお友だちの話をしてるんですよ。でも、何を話していても、いつの間にか室長さんの話になっちゃうんですよ。
 こないだも仕事で2日も徹夜した話をしていて、『それは大変ね』とわたしが言ったら、大したことない、室長さんは4日も寝なかったって。『室長さんはすごいのね』と言ったら今度は、室長さんがすごいのは根性だけじゃなくて、って延々と自慢話が始まって。だけど無理をしすぎて突然倒れてしまうクセがあるから、すごく心配だ。あのクセだけはどうにかならないものかって」
 クスクスと笑いながら、彼女はおかしそうに息子の様子を話した。

 バカだバカだと思ってきたけど、本当にバカだ、あいつ!この世で一番隠さなきゃいけない相手に、どうしてそんな話をするんだ!
 てか、この人もおかしいよ! なんで呑気に笑ってられるんだ。自分の息子と一緒に住もうとしている恋人が、12歳も年上の男なんだぞ!?

「どうして反対なさらないんですか?」
 その質問は自分がしてはいけないものだと思ったけれど、どうにも我慢がならなかった。だって、不思議でたまらない。自分が彼女の立場だったら、どんな手を使ってでも阻止しようとするだろう。それが普通だ。
 薪の無礼な態度にも、彼女は不快な様子を見せなかった。眉を顰めることもなく、変わらぬ笑顔で薪の質問に応えた。

「一緒に住むことになった、って電話してきたときのあの子のはしゃぎようったら。舞が生まれたとき以上の興奮振りで、あんなに嬉しそうな声を聞いたら、反対なんてできませんよ」
「だけど!」
 どういう気持ちからか、彼女は穏便に事を済まそうとしてくれているのに、何よりもトラブルを恐れていたはずの自分がこんな質問をするなんて、でも、やっぱり訊かずにはいられない。

 自分と青木の関係は彼の親を泣かすことになると、何年もの間悩み続けてきた。幾度も訪れた破局の理由には、いつも少なからず含まれていたその事実。
 今、思いがけなく当人から話が聞ける機会を得て、だったらこの際、彼女の気の済むまで罵ってもらったほうがいい。

「僕が訊くのはおかしいんですけど、でもどうして、僕に抗議してこなかったんですか。彼の気持ちに気付いていたなら、どうして息子さんを諭さなかったんですか。
 ましてや一緒に住むなんて、お母さんにしてみたら耐え難い苦痛なんじゃないんですか?」
「わたしこそ、室長さんにお聞きしたいですわ。どうしてわたしが息子の幸せを苦痛に感じなければならないのでしょう?」
 
 子供の幸せを願うのが親のこころ。
 彼の行く道が暗闇に包まれれば光となって足元を照らし、彼が渇きを覚えれば露となってその喉を潤し、日暮れて一日が終われば歩き疲れた彼の足を休める褥になる。無償で尊い、比類なき愛情。
 だからこそ、許せないことがあるはずだと薪は思う。

「僕の存在が必ずしも彼の幸福を生み出すとは限りません」
 自覚はある。自分さえいなければ、青木には他の人生があったのだ。もっと大らかに、堂々と周囲の人々に祝福される人生が。
「僕は、エゴの強い人間です。以前、彼には総務部長の娘との見合い話が来ていました。例え恋愛感情はなくとも、慈しみの心を持って彼女との生活を営んだほうが彼にとっては実りある人生になるはずだと……思って僕は、でもどうしてもそれを為せずに、彼の幸せを潰しました」
 親戚や友人にも胸を張れる素晴らしい伴侶。その絵図を握りつぶしたのは自分だ。言い訳はしない。

「失礼ですけど、室長さんが仰るのは幸せな人生とは言わないんじゃないかしら。それはそう、楽な人生と言うのだと思います」
 彼女の反論に、薪は目を瞠る。
 「室長さんのような学のある方に、こんなことを申し上げるのは恐縮なんですけど」と前置きして、彼女は言葉を継いだ。

「毎日を面白おかしく暮らすよりも、苦労の中にひとかけらの幸福を見出す、それでこそ幸福の価値が分かるのだと思います。どんなに恵まれた生活も、それが当たり前になってしまったら、幸せを実感できないでしょう?」
 彼女の幸福論を黙って聞く薪に、彼女はにこっと笑いかけて、
「あの子にはそれくらいで丁度いいんですよ。すぐに調子に乗るんだから」
 と、母親らしい一言で締めくくった。

 薪は自分の膝の上で、ぎゅっと拳を握り締めていた。
 彼女に言いたいことがある、だけどそれを言っていいものか、言葉にすることが許されるのか。
 迷いに迷って、薪はやっとの思いで口を開いた。

「僕のすべてをかけて、彼を守ると誓います。彼の人生を僕に預けてください」






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ゲスト(3)

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「ただいま帰り薪さん会いたかったで痛いっ!!」
 ドアを開けた途端に抱きついてきた大きな身体に遠慮のない拳を入れ、薪は呆れる。挨拶も他の言葉も中途半端になって、崩壊した日本語が聞き苦しい。
 
 2日ぶりに会う恋人にさっさと背中を向けると、薪はダイニングへ向かった。いそいそと後ろを付いてくる青木の気配を感じながら、自分の心臓が高鳴っているのを自覚する。
 慣れないことをするのは緊張する。青木のお母さんに会ったときといい勝負だ。

 冷蔵庫から冷茶を取り出して、氷を入れたグラスに注ぐ。ひとつを青木に渡してやって、もうひとつに口をつけた。カテキンの渋みが舌に心地よい。
「水出し緑茶ですか? 珍しいですね」
 今日のゲストを、青木は知らない。明日になれば知ることになるかもしれないが、薪のほうからは言わないつもりだ。

「青木。出張から帰ったばかりで悪いが、話がある」
 リビングに場所を移して、恋人をソファに座らせる。2時間前までその位置に座っていた女性との約束を果たすべく、薪は口を開いた。

「おまえのことは僕が一生守るから。僕のパートナーになって欲しい」



*****



 2時間前にこのセリフを聞いた彼の母親は、嬉しそうに笑って、しかし困ったように首をかしげた。
「それはわたしじゃなくて。一行に直接聞いてもらえます?」
「えっ? 青木に聞くんですか、これ」
「……普通は、先に本人に聞くものじゃないんですか?」
 だって今更、何をどう言ったらいいのか。

 頬を赤くして俯いてしまった薪の姿に、彼女はクスクスと笑いながら、
「では、今夜一行が帰ってきたら聞いてください。結果はちゃんと報告してくださいね」
 そう言って連絡用のメールアドレスを残し、彼女は帰っていった。今日は新宿のホテルに泊まるとの事だった。明日は息子に会いに来る気でいるのだろう。

 薪は青木の顔を見つめ、彼の返答を待った。
 心臓がバクバクいっている。無理もない、答えが分かっているとはいえ、これはプロポーズだ。結婚という言葉が入らないだけで、実質的な意味は同じだ。

 僕が守るから。僕と一生を共にして。
 僕の人生の伴侶として、死ぬまで一緒にいて欲しい。

 そして返ってきた答えは。

「いやです」
 …………ありえないっ!!

「なんでっ!? おまえ、僕のこと好きだろ?!」
 めいっぱい断定的に訊いてしまった。
 だって、びっくりしたんだもん! まさか断られるなんて、毛ほども考えなかったっ!
 が、それは少し違った。青木の拒否の理由は、別にあった。

「守られるなんて嫌です。オレが薪さんを守るんです」
「はあ?」
 一気に力が抜ける。ソファにへたり込んで、薪は額を押さえた。

「なに寝ぼけたこと言ってんだ。僕の方が年上なんだぞ? 年長者が年下の者を守るのは当たり前だろうが」
「薪さんの方が身体的には弱いです。強い者が弱者を守るのは当然です」
「思いあがるな。柔道なら僕の方がまだ上だぞ」
「いいえ。本気でやれば負けませんよ」
 なんて生意気なやつだ。
 お母さんの言ったとおりだ、こいつはすぐに調子に乗る。この辺で締めておかないと。

「よし、わかった。そこまで言うならこれから決着をつけよう。道着に着替えて道場へ行くぞ」
 薪はソファから立ち上がり、上から目線の傲慢な口調で言い放った。
「覚悟しろよ。負けたほうが守られ役だからな?」
「望むところです」
「分かってんのか? 姫役ってことは、ベッドの中でも僕の下ってことだぞ」
「えっ。……あの、柔道と剣道と射撃の3本勝負で」
「却下」

 なにやら真剣に考え始める青木の青ざめた顔を横目で見て、薪は心の中でにやりと笑った。





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ゲスト(4)

ゲスト(4)






 サイドボードの上に置いておいた携帯電話に着信があったことに気付いたのは、ホテルの手狭い浴室でシャワーを浴びた後だった。
 メール着信、と表示された携帯のフラップを開き、手紙の内容を確認する。差出人は思った通り、息子の恋人からだった。

 初めて息子の口から彼の名前を聞いたのは、もう10年以上も前になるだろうか。
 世の中にはすごい人がいる、オレもこんな仕事がしてみたい。
 大学に入った頃から騒ぎ始めて、彼がこんな事件を解決した、また手柄を立てた、彼は日本一の捜査官だ―― 付き合っている女の子の話より、彼の話題のほうがずっと多かった。

 同じ職場で働くようになってからは、それが益々激しくなって。薪さんがこんなことを言った、こんなことをした、薪さんが薪さんが薪さんが。
 あまりにも長い間、あまりにもたくさんの情報を息子から受け取っていたおかげで、初めて会った気がしなかった。ついつい親しげに失礼な口を利いてしまったが、それを咎めるほど狭量な権威主義者でもないようで、ホッとした。無礼を承知で言わせてもらうなら、とても愛らしいひとだった。

 最初に受けた印象は、息子の言うとおり聡明で冷静なエリートというイメージだったが、話しているうちにそれがだんだんに崩れてきて。彼の大きな瞳が落ち着きを失い、きれいに掃除された床をウロウロするのを見て、自分と会うことが彼にとってどれ程のプレッシャーになっていたのかを知った。
 そのくせ繰り出してきた質問は鋭く、しかも彼の身を危うくするものばかりだった。互いの気持ちを貫くことがどれだけのリスクを伴うか、それは火を見るよりも明らかで、しかし彼はきっと何年もの間、そのことで心を痛めてきたのだ。

 とても好ましいと思った。天才などと人に呼ばれていても、彼自身は、悩んだり失敗したりするごく普通の人間なのだ。

 気弱そうな眼で、自信の欠片もない様子で、「自分が彼の幸せを産むとは限らない」と我が身を卑下する彼は痛々しかった。可哀相だと思うと同時に、不安にもなった。そんな弱気でこの先どうするつもりなのかと、彼の心痛を心得た上で口にしようかと思った矢先。
『守ります』と言い切った瞬間の、彼の力強さ。見た目は女性と見まごう程に優雅で淑やかなのに、まるで勇猛果敢な騎士のような印象を受けた。彼の華奢な身体、その全身から迸るような情熱。

 彼は全身全霊で、恋人を愛している。自分があの子にしたのと同じように、ありったけの愛情を注いで、愛しても愛してもなお足りないと身悶えするようなあの幸福な日々を、彼もまた経験している。
 彼の寵愛を受ける自分の息子を、誇らしいと彼女は思った。

 雲の上の人に手を伸ばし、ひたすらに伸ばし続け、彼に一歩でも近づけるようにと己を高め、ついには彼からそこまでの愛情を捥ぎ取った。さすがわたしの息子。

 質問の答えは息子から直接聞いてください、と自分が言ったときの、彼の焦りまくった可愛らしい顔を思い出しながら、メールの内容を確認する。携帯の細長い画面に5段書きになった文面を見て、彼女はしばし呆然とした。

『道場で決着をつけることになりました。ご報告は後日』

「…………なにやってんの、あの子たち」




(おしまい)



(2010.9)




*****



 てな具合にですね、母親というものは、いついかなるときも子供を庇うものだと、わたしは思っていたのです。
 たとえ我が子が他人を殺め、傷つけ、悪虐の限りを尽くしてさえ「この子は本当はいい子なの。今は道を誤っているだけなのよ」と子供を庇う生き物だと。 

 だから、12月号では本当にびっくりしました。

 わたしは母性に憧れを持ちすぎているのかも知れません。
 自分が母親になれないせいか、世の中の母親はみんな聖母に見えます。 
 赤ちゃんのころ、たまーに預かった甥っ子や姪っ子の世話の大変だったこと。 学校に入れば友人関係や成績のことで悩み、大人になれば就職先や結婚相手のことで悩む。 そんな気遣いと愛情を何十年にも渡って彼らに注ぎ続けられる彼女たちは、聖母以外の何者でもないと、真面目に思っているのです。

 作中に書いたように、『彼の行く道が暗闇に包まれれば光となって足元を照らし、彼が渇きを覚えれば露となってその喉を潤し、日暮れて一日が終われば歩き疲れた彼の足を休める褥になる。無償で尊い、比類なき愛情』
 それが母親の子供に対する愛情だと、本気で考えていたのです。

 ですからね、青木さんがこれまでのことを思い出して苦しむ場面を読んだとき、
 もしかしたらお母さんが、彼の背中を押してくれるのかもしれない、とさえ考えていました。
(青木さんがお姉さんの脳を見ることになるのは、ストーリー的に必然だと思います。 いくら現実的にはありえなくても、これはマンガだし、その方がお話としては面白いです、よね)
 それまでは他人の脳を見るというMRI捜査に反対だったお母さんが、ここで初めて息子の仕事に理解を見せて、「和歌子の仇を討って」的なニュアンスで青木さんを奮い立たせるのかと。

 そしたら葬儀のシーンで、
 あぼーーーーん、って…………。

 わたしは子供を持ったことがないから、彼らを失ったときの悲しみも分からないのかもしれません。
 でも、青木さんは『自慢の行ちゃん』で、たったひとりの息子なのに、あんな。

 真っ直ぐにすくすく、あたたかい家庭に育った青木さん。 その家庭を築いてきたはずのお母さんが取った、あの行動。
 それほどのショックだった、ということなのでしょうが、どうにもやりきれませんでした。


 でもきっと、後で彼女は自分の取った行動を後悔して、息子に詫びる日が来るのでしょう。 それは事件が解決して、すべてが終わったときかもしれませんね。
 早く和解してくれるといいな。

 
 そしてこのシーン。
 うちの男爵なら無謀にも青木さんの前に飛び出して、彼の代わりにお母さんに殴られて、さらに場をかき乱すんだろうな、と思ったのでした。 
 親子の間に入っちゃいかんよ、男爵。(笑 ←自分の想像に自分で突っ込む)



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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