天国と地獄4 (1)

 こんにちは~。

 天国と地獄シリーズ4作目、しかし書いたのはつい最近で、何を隠そうリハビリ第1作目でございます。
 日本語に不自由な人が目的もなく文字を綴ったかのような駄文になってしまったのは、そのためだと信じたい。

 わははー、1ヶ月ちょい休んだだけで、こんなに書けなくなるもんかー。
 ホント、使わない機能はどんどん衰えるんだねー。 おばさんはびっくりしたよー。(@◇@)
 

 日本語レベル低くてすみません、(あ、いつも?)
 その上、中途半端な内容ですみません、(これもいつも?)
 どうか大目に見てください。

 


 


天国と地獄4 (1)





 小さな町の住民がそっくり移動してきたのではないか、と疑いたくなるくらい大勢の人々に混じって、青木は右隣の人物の顔をこっそりと見た。
 青木の左で順番を待っている女子高校生らしき少女といくらも変わらない体つきの彼は、つばに英文字の刺繍が入った帽子を目深にかぶっていて、この位置関係だと口元しか見えない。よって青木の眼に映るのは彼の、普段通りつややかできれいなくちびるだけだが、いつもより少しだけ口角が緩んでいるように見えるのは、都合の良い錯覚だろうか。

 C県にある有名なアミューズメントパーク。その入場門の外に設えられた大きな広場は、見渡す限り人の頭で埋め尽くされている。親子連れ、恋人同士、友だち同士、みんな楽しそうに入場門へと歩いていく。
 尋常な数ではないから、その歩みはひどくゆっくりだ。気の短い彼が今にも怒り出すのではないかと、さっきから青木は冷や冷やしている。
 下調べが甘かった。正直、ここまで混むとは思わなかった。
 今日のデートは、申し込み6回目でOKしてもらったのだ。掛かった期間は約1ヶ月。入園前に終了したのでは哀しすぎる。

 遅々として進まない列に並び、少しでも早く順番が来るよう祈りながら、青木は彼に話しかけた。
「すごい人出ですね」
「ああ」
「いいお天気になってよかったですね」
「うん」
 二文字の返事しか返ってこないのはイエローカードだ、と青木は焦る。機嫌が良ければ、「そうだな」くらい付けてくれるはずだ。
 2文字が6文字になったところで変わらないと他人は言うかもしれないけれど、このひとに限っては天と地ほどの開きがある。とにかく、難しいひとなのだ。
「……すみません、お待たせして」
 とりあえず謝っておこう。何事も先手必勝だ。
「なんでおまえが謝るんだ?」
 おかしなやつだな、と皮肉に笑われて、青木はほっと胸を撫で下ろす。それほど怒っているわけではないらしい。

 ストリート系のファッションを楽しむ男子が好みそうなファンキーな帽子は、実年齢より常に20歳ほど若く見られる彼によく似合っているけれど、できれば外して欲しいと青木は思う。
 帽子のせいで、薪の表情がよく見えない。だから、彼のご機嫌が今ひとつ解らない。彼がまとう空気は、いつもより張り詰めていない。でもそれは今がプライベートだからで、この状況をどれくらい不快に思っているのか、微妙な判断がつかない。
 今日のデートだって、自分でも呆れるくらいしつこくしつこく誘ったから、断るのが面倒になって応じてくれたのか、「絶対に楽しいですから!」と青木が力説したのが効を奏して幾らかでも楽しみにしてくれていたのか、その辺もできれば確認したい。
 訊いても答えてはくれないだろうが、彼の瞳を見れば何となく分かる。基本的に彼は無口だけれど、その瞳は誰よりも雄弁で、見つめることさえ許してもらえれば、そこに様々な感情を読み取ることができる。
 でも、肝心の眼を隠されてしまったら。青木には何もわからない。

「薪さん、チケットです」
 自分たちの順番が近づいて来たので、青木はセカンドバックから入場券を取り出し、彼に手渡した。黙って受け取る彼の手はやさしかったけれど、
「後で清算するから。レンタカー代と合わせて、計算しておけよ」
 そんな風に言われてしまうと、まるで仕事で出張に来たみたいで、少々悲しくなる。
 青木はデートのつもりだが、薪にはそんな気はないのだろうな、と、それは分かっているはずなのに、やっぱりちょっとだけ胸が痛い。

 青木が何回好きだと言っても、薪は青木の言うことを信じてくれない。いや、信じないのではなく、理解できないのか。上司として、人間として好意を抱いていると、そんな意味合いだと思っているのだ。
 男が男に恋をするなんてありえない、と薪は頭から決め付けていて、同性に恋愛感情を抱くのは一部の特例だけだ、と断言する。その特例にしても彼のイメージは2世紀くらい前の遺物で、そういう方々は化粧をしてスカートを穿いているものだ、と訳知り顔で青木に教えてくれるから困る。
 自分が女になりたいとか男性に愛されたいとかじゃなくて、あまりにも相手のことが好きで、性別なんかどうでもよくなってしまう。そういう恋が存在することを、薪は認めてくれないのだ。
 そんな彼との関係は、膠着状態を絵に描いたようで。
 上司と部下の関係は超えて、友だちになったはいいけれど、この1年、そこから先には一歩も進まない。でも青木は諦めない。
 今はまだ、道の途中。そう思うことにしている。

 入場口の係員にチケットを渡して、スタンプを押してもらう。定員1名の金属製のバーを順繰りに回して、青木は薪の後ろから園内に入った。
 花で飾られた大きな噴水が、青木たちを出迎えてくれる。
 噴水の周りは広場になっていて、グループになった人々がさざめいている。その周りには二階建ての洋館がずらりと建ち並び、奥の通路へと続いている。園内の奥へと足を進めると、歩道には中世の時代を照らしたようなガス灯が等間隔に立ち、アミューズメントパークの売店とはいえ、ここまで造りに拘れば、それは立派な芸術だと青木は思う。

 素直に賞賛する青木に引き換え、薪はひねくれものだ。
 こんなものが何の役に立つんだとか、電飾パレードは電気の無駄だとか地球温暖化対策の敵だとか、絶対に言うだろうと思った。薪は理屈っぽいし、人の揚げ足を取りたがる性格なのだ。

「へえ。すごいな」
 いつ薪の毒舌が炸裂するのかと身構えていた青木は、その言葉に耳を疑った。
 目深にかぶっていた帽子のつばを上げ、額を覆った前髪の下から薪は、眼を大きく開いて装飾過多な通りを見ている。
「よく造ったもんだ」
 やっと見ることができた亜麻色の瞳は生き生きと輝いて、彼が今の状況を決して不快には思っていないことを青木に教えてくれる。ヨーゼフと遊んでいたときほどではないが、それなりに楽しそうだ。
 今度こそ青木は心底ホッとして、ガチガチに固まっていた肩の力を抜いた。

 大勢の人々に混じり、並んで歩く二人の間を、後ろから来た子供たちの集団が歓声と共に走り抜けていく。無遠慮に薪との間を割っていく彼らを、しかし青木は怒らなかった。あの薪が褒めるくらいだ。子供たちが夢中になるのも無理はない。
 子供たちの元気な背中を見送っていると、今度は真向かいから、しっかりと腕を組んだカップルがやってきた。蹴り飛ばしても離れそうになかったので、仕方なく薪と距離を取って、彼らを通してやった。
 カップルが通り過ぎたとき、薪はその場にいなかった。
「あ、あれっ? 薪さん!?」
「ここだ」
 気が付くと、薪は向かいの通りにいた。
「なんでそっちのほうに」
「人の波に乗ってたら、いつの間にかここへ」
 ほんの一瞬離れただけなのに。恐るべし、ネズミーパーク。

 身体の小さい薪は、簡単に人ごみに紛れてしまう。他人より頭ひとつ分高い青木を薪が見つけるのは容易いが、青木が小柄な薪を見つけるのは至難の業だ。解決策としては離れないようにするのが一番だが、その具体的な方法と言うと、言ったら殴られるかなあ、でも言っちゃお。
「あの……手をつなぎません?」
 迷子防止の一般的な予防策を提案した青木に、薪は予想通りの冷たい一瞥をくれた。
「べ、別にいやらしい気持ちじゃないんですよ。ここではぐれちゃったら、探すの大変だと思うから」
 そりゃ、オレは薪さんの手に触れたら嬉しいですけど。
 
 本音を言えば、さっきのカップルみたいに腕を組んで歩きたい。薪とそんな風に過ごせたら、死んでもいい。
 できることならその華奢な肩を抱き寄せて、自分の胸の中に囲い込むようにして歩きたい。薪が嫌がるからしないけれど、本当はいつも、彼の身体に触りたいと思っている。さわるだけじゃなくて、あんなことやこんなこと、薪が許してくれるならもっと先のことまで、ってそれはここではちょっと無理、てか誰も見てないところでも無理だけど……ネバーギブアップ! いつかきっと!

「それは歩き辛いと思うぞ」
「そうですね。足がぶつかっちゃいそ、えっ!?」
 頭の中の妄想に異を唱えられて、青木は焦る。
 なんで薪が自分の思考に答えるのだ? もしかして、いつの間にか脳内思考が駄々洩れに!?
「こ、声に出てました?」
 青木が心配そうに自分の失態を確認すると、薪は意地悪そうに嘲笑って、
「最後のは、聞かなかったことにしておく」
 最後ってどこ!? どこまで言っちゃってたんですか、オレ!?

「ほら」
 促す声に顔を上げると、薪の小さな手が差し出されていた。
 やらかしたばかりの失敗も忘れて、青木は舞い上がるような心持ちでその手を握った。細くて小さくて女のように華奢な手。でも、しっかりとした骨の感触と高い体温が、彼の性別を強調する。

 人前で手を握ったりして、これは一歩前進したと思ってもいいんじゃないか?

 薪に友情以上の気持ちがないことはわかっているけれど、こうしてつないだ手のぬくもりは、ランド名物の電飾パレードより遥かに青木の心を浮き立たせてくれる。
 嬉しくて、青木はぎゅっと手に力を入れた。
 向かいから来た高校生の集団が、二人の両脇を鰯の群れのように抜けていった。




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天国と地獄4 (2)

天国と地獄4 (2)





「なんだ。俺の勘違いか」
 カラン、とオンザロックの氷が立てる音で、青木は我に返った。
「よかったな、楽しく過ごせて。あの人も、きっと楽しかったんだろうよ。今日は機嫌がいいみたいだったぞ」

 公私共に頼りにしている同じ部署の先輩刑事が、無精ひげに見せかけた顎鬚を手でさすって、手入れの時期を計っている。今日一日、淀んだ空気を引き摺って仕事をしていた青木を気遣ってアフターの誘いをかけてくれた彼は、青木の話を聞いて、心配無用と判断したのだろう。
 そう、滑り出しは絶好調だったのだ。
 薪と並んで歩いて、手なんかつないじゃって、一緒にゴーカートなんか乗っちゃったりして。
 でも、二人で観覧車に乗ろうとしたとき。青木は悪魔に会ったのだ。

 幸せなデートから一転、地獄に突き落とされた時のことを思い出して、青木は今朝の陰鬱な表情に戻る。テーブルの上で組み合わせた自分の両手をじっと見つめて、日本海溝より深いため息をついた。
「薪さんの機嫌がよかったのは、オレの力じゃないです。彼女のおかげです」
「彼女?」
「元カノに会ったんです。薪さんの」
 薪の元カノと聞いて、岡部は黙り込んだ。普通にしていてさえ白目の多い三白眼の瞳をさらに小さく引き絞り、そのいかつい顔は驚きの表情に固まる。
「大学の頃、付き合ってたらしくて……薪さんの好みドンピシャで、小さくてかわいくて胸の大きい、うううう」

 思い出しただけで泣けてくる。
 観覧車乗り場で、二人は殆ど同時に互いの姿に気付いた。あの人ごみの中から、運命みたいに互いを探し出した。
 別れてから15年も経っているのに、一目でそれと気付く。それだけ付き合いが深かったのだろう、と青木は考えて、足元を掬われるような感覚に陥った。
 目の前が暗くなるほどのショックを受けた青木とは対照的に、岡部は「そんなことか」と言いたげな口調で、
「薪さんが大学の頃って、何年前の話だよ。とっくに別の男ができてるだろう」
「特定の相手はいないそうです。昨日も、女友だちと来てました」
 確かに、そう言っていた。
「あなたの方は?」と訊かれて薪は、「僕もまだ独り。仕事が忙しくて」と平凡な答えを返していた。

「観覧車の中で薪さんに聞いたんですけど。他に好きな人ができたとか、ケンカ別れしたとかじゃなくて、就職して忙しくなって、自然に離れちゃったみたいなんです。だからお互い未練があったみたいで、楽しそうにメアドの交換を……うああああんんっ!!」
「泣くことないだろう」
「だって薪さんがあの女とぉ……もしかしたら、結婚しちゃうかも……」
「メールくらいで、大げさな」
「メアドを交換したってことは、今度ふたりで会おうってことじゃないですか! 焼けぼっくいぼうぼうじゃないですか!!」
 岡部に危機感がないのは、仕方のないことだ。岡部は当事者ではないし、二人が再会した場面を目撃したわけでもない。何より、薪に特別な感情を持っている青木とは違うから、薪が女性と付き合うことになっても平気なのだ。

 善意で青木の愚痴を聞いてくれる岡部に当り散らすなんて、恩を仇で返すもいいところだと思ったが、青木には他に不安をぶつける相手がいなかった。
 何だか自分が情けなくなって、長い長い片恋の行方も絶望的なものに思われてきて、青木はテーブルの上に突っ伏してしまった。尊敬する先輩相手に非礼を重ねてしまいそうで、顔を上げる事ができなかった。




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天国と地獄4 (3)

天国と地獄4 (3)




 グラスの氷がもう一度音を立てて、が、今度は青木は動かなかった。
 うつ伏せたままの後輩の大きな背中を軽く叩き、岡部はため息混じりに彼を慰める。
「まだそうと決まったわけじゃないだろう。だいたい、俺のカンでは薪さんは」
 思わず口から出かかった言葉を、岡部は飲み込んだ。青木は真剣なのだ。軽はずみなことを言うべきではない。
 ……しかし。
 どう見てもあれは、と岡部は休日前の室長とのやり取りを思い出す。

『岡部。ネズミーランドって、行ったことあるか?』
 遠足前の子供のような瞳をして、薪はそう訊いてきた。第九の室長室という場所にそぐわしくない話題と顔つきだった。
「おふくろにせがまれて、何回か」
「雛子さん、かわいいもの好きだもんな。絶対に行ってると思ってた」
 意味ありげに微笑まれて、岡部は焦った。
 先日、ゲリラ豪雨に見舞われた薪を自宅に避難させた。もちろん、薪と母親を会わせる心算はなかった。その日、彼女には同窓会の予定が入っていた。だから自宅に連れてきたのだ。それが、出かけようとしたところにこの雨で、もともと雨に濡れるのが嫌いな彼女は突然の発熱による欠席を余儀なくされたらしい。
 人数を取りまとめる幹事の身にもなりなさい、と彼女を叱っているところを見ていた薪だったが、あの日を境に、岡部が母親のことを口にする度に、ニヤニヤ笑うようになった。

「どうして急に、ネズミーランドなんですか?」
「青木に誘われたんだ」
 あっけらかんとした口調で薪が言うのに、岡部はなるほど、と心の中で頷いた。それで遠足前の子供みたいな顔をしていたのか。
「僕、ネズミー初めてだから。楽しみでさ」
 初めての場所に浮かれているわけじゃないでしょう。青木が誘ってくれるなら、何処だって楽しみなんじゃないですか?
 彼女とのことをからかわれたお返しに、そう言ってやろうかと思ったが、やめた。
 薪にはまだ自覚がない。外野からつつくのは反則だ。

「どんなところなんだ?」
「でっかい遊園地みたいなもんですよ」
「ふうん。面白かったか?」
「おふくろは楽しそうにしてましたね」
 リピーターの中には年間パスポートを購入して、仕事が定時で終わったらパレードに間に合うように駆けつける、というツワモノまでいると聞く。ネズミーファンにとっては、そうまでして行きたい夢の国らしいが、正直なところ、何が面白いのか岡部にはよく分からない。
 いつ訪れても物凄く混んでいて、人気のアトラクションは2時間並んで乗車は5分、それを当たり前だと思う人々の神経が理解できない。ランドの中だけではなく、その近辺は常に混雑している。電車は鮨詰め状態だし、みやげ物で荷物が膨れる帰りはラッシュ時の満員電車より厳しい。
 が、まあ、あのひとの笑顔が見られるなら、自分は何処へでも行くが。

「電車で行くなら、早い時間に行かれることをお勧めしますよ」
「いや、車で行こうと思う」
「車は大変ですよ。渋滞が半端じゃないです。駐車場待ちの時間を考えたら、電車の方が早いですよ」
 遠方から来るのでなければ、電車の方が絶対にいい。時間帯によっては1時間以上も流れない地獄の交通渋滞より、電車は動くだけマシだ。

「でもあいつ、車の運転好きだから」
 経験から来る岡部のアドバイスを、薪は断った。青木の車好きは岡部も知っているが、あの渋滞に巻き込まれたら、どんなに気の長い人間でもうんざりするはずだ。
 ましてや薪だ。この気の短い人が、あの交通渋滞に怒り出さないはずがない。
「いや、普通じゃ考えられない渋滞なんですよ。朝は早く出てくれば平気かも知れませんが、帰りはみんな閉演のパレードと花火を見てから帰るから、一緒になっちゃって。1時間以上、進まないことだって」
「問題ない」
「失礼を承知で言いますけど。警察庁のエレベーターも待ちきれなくて、毎度毎度8階の官房室まで階段を駆け上がってる薪さんが、どうやって渋滞を乗り切るお心算で? まさか、高速道路を歩いて帰ってくる気じゃないでしょうね?」
「そんなことするわけないだろ。高速道路を歩くのは交通違反だぞ」
 薪は可笑しそうに笑って、こともなげに、
「大丈夫だ。青木が同じ車に乗ってるんだから」

 ……それは……渋滞しようが軽快に飛ばそうが、青木と一緒にいることには変わりないから、という意味ですよね? そこまで口にしておいて、どうして自覚しないんですか? 頭悪いんじゃないですか?
 馬に蹴られたくないから、言いませんけどね。

「気に入りのCDと、飲み物は用意していくといいですよ。あと、車に乗る前に必ずトイレを済ませておくこと」
「うん、わかった。雛子さんにお土産買ってくるから。黄色いクマの、なんてやつだっけ?」
 薪が買ってきてくれたクマのぬいぐるみは、岡部の車に積んである。
 彼女はアレが大好きなのだが、岡部にはさっぱり理解できない。あの間抜け面のどこがいいのか、だいいち、どうして熊が黄色? 突然変異にしても、黄色はありえないだろう。
 そういえば、彼女の気に入りのネズミーキャラクターを薪が知ったとき『クマつながりだな』と言っていたが、あれはどういう意味……。

「いいえ、確定です。薪さん、彼女と話してるとき、赤くなってたし」
 後輩の淀んだ声に、岡部の思考は現在に帰る。
「薪さんが?」
 女性と話をして頬を染める、そんな初々しいひとでもないと思ったが。
「若い頃の失敗談でも蒸し返されてたんじゃないのか」
「話の内容を聞いたわけじゃありませんけど。嬉しそうに、照れ臭そうに笑ってて」
 職場では付いたことのない頬杖を付いて、青木はやるせなく訴える。その時の薪の表情を思い出しているのか、遠い目をして、
「オレ、薪さんのあんな顔見たの初めてでした。やっぱり、男のオレじゃダメなのかなあ……」
 そうは思えない。
 土産の人形を受け取ったとき、「ランドは楽しかったですか?」と訊いた岡部に、薪は「あれは子供の行く所だな」とシビアに返し、でも、「だから今度はシーの方へ行こう、って青木に言ったんだ」と、それはそれは楽しそうに答えたのだ。

「そんなに悲観的になることもないんじゃないのか? その女と薪さんの間に、まだ何かあったってわけでもないのに」
「励ましてくださってありがとうございます。でも、いいんです。薪さんは、見た目はああだけどノーマルで、男のひとには興味ないって、初めに岡部さんに言われましたものね」
 くすん、と鼻を鳴らして、未練いっぱいの顔をして、それでも青木は気丈に言った。
「薪さんがあの人と付き合いたいなら、オレの気持ちは迷惑なだけですから。きっぱり諦めます」
「おい、青木」

 どうしたものか、この展開は。
 岡部のカンでは、このふたりはお互いに特別な感情を抱いている。でも、薪の方はまだ自分の気持ちに自覚がない状態だし、青木は薪のそんな心情に全く気付いていない。このまま放っておけば、自然に消滅する可能性が高い。
 正直なところ、岡部は二人の仲が進展することには反対だ。青木の愚痴を聞いてやるのはやぶさかではないが、上司と部下が男同士で恋仲なんて、そんなフクザツな環境で仕事をしたくない。だから岡部は素知らぬ振りで、日和ったアドバイスをするしかない。

「まあ、相手の出方次第だな。早まるなよ」
 当たり障りのないことしか言えずに、その日は家に戻った岡部だったが、玄関のドアを開けて自分を迎えてくれた若すぎる母親に、薪からの土産だと言ってありえない毛色のクマのぬいぐるみを差し出したとき、それを受け取った彼女の笑顔を見て、自分の間違いに気付いた。
 彼らよりも遥かに許されない恋をしている自分ですら、好きなひとの笑顔を見られるのがこんなに嬉しい。
 男同士が何だ、上司と部下がなんだ。全身が震えるような歓喜、この幸福感を味わってこそ、生きる価値があるというもの。彼らはふたりとも、岡部の大事な友人だ。だったら、彼らの喜びを応援するのは人として当たり前のことではないか。

 小さなピンク色のくちびるを窄めて、のほほんとしたクマの鼻先にキスをしている年下の母親を横目に、岡部は上司の携帯に電話を掛けた。
「俺です。土産をありがとうございました。おふくろ、すっごく喜んでました」
『そうか。よかった』
「それでですね、おふくろが礼に、ネズミーシーのチケットをどうですかって。商店街の福引の景品で、ペアチケットをゲットしたんだそうです。薪さん、行きたがってましたよね?」
『気持ちだけ貰っておく。息子さんと二人でどうぞ、って伝えてくれ』
「それが、ペアチケットは2組ありまして。1組は誰かに譲る気だったんですよ」
『そうなのか? じゃあ、ありがたく貰うよ』

 電話を切ると、母親がイタズラっぽい眼で岡部を見ていた。
「まあ、ネズミーシーのペアチケットを2組も。わたしって、福引の天才ですのね?」
「……すいません」
 無断で彼女をダシに使ったことを岡部が素直に謝ると、雛子は薪にもらったクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、
「ふふっ。上手く行くといいですねえ、薪さんと青木さん」
「さあ、どうですかね」
 そんな未来のことまで考えてはいない。ただ、好きなひとの笑顔が見られればうれしいだろうと、そんな単純な思い付きから出た余計なお節介だ。お節介は岡部の悪い癖だが、これがなかなか治らない。あの手のかかるひとが自分の上司でいるうちは、快癒は望めないかもしれない。

「それより、腹ペコです。今夜はなんですか?」
「靖文さんの食べたがってた鯛めしにチャレンジしてみました」
 雛子がとびきりの明るい笑顔でパカンと炊飯器の蓋を開けると、中にはぐずぐずに崩れた鯛の身と、ところどころ黒くなったごはん。炊飯器でごはんを焦がせるのは、彼女の類まれなる才能のひとつだ。

 岡部が先日、料理番組で見た鯛めしとは大分違うが、一応は鯛が入っているのだし、味はいいかも、なんて甘かった。
「猫の餌みたいですね」
 てか、鯛の骨が刺さって口の中血だらけなんですけど。
「そうですねえ。こういうものなんでしょう」
 標準とは少々異なった味覚を持っている彼女は平気のようだが、岡部は焦げたごはんは苦手だ。内臓もウロコも全部混じってるみたいだけど、これって取ったほうが美味いんじゃないかな。やたらと生臭いし、ウロコはジャリジャリ言うし……。

「テレビでは、内臓とウロコは除いてあった気がしますけど」
「ええ、そこは工夫したんですのよ。内臓のおかげでごはんにコクと、鯛の鱗の心地よい歯ごたえが加わりましたでしょう? 狙い通りですわ」
「……そうですか」
 少なくとも、骨はごはんに混ぜないほうが安全だと思うけど。
「栄養面にも気を配りましたの。靖文さんのお仕事は、ストレスが多いでしょう? ストレスの緩和にはカルシウムを摂るといいんですって。だから骨ごと食べられるように長時間熱を加えて、そうしたらごはんがこんな風におこげ状態になりましたの」
 ごはんのおこげというのは表面がキツネ色の段階のものを言うんじゃないのかな。これは単なる炭じゃないのかな。苦いし。

 悶々と胸のうちで疑問符を重ねる岡部に、彼女は自慢そうに、
「初めて作りましたけど、なかなか美味しくできたでしょう?」
「…………はい」
 にっこり微笑まれたら、何も言えない。
 ごはんに混ざった無数の小骨を噛み締めながら、岡部は今度の定例会では薪に鯛めしをリクエストしようと心に決めた。




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天国と地獄4 (4)

 こんにちはっ!!

 数日前から過去作品に拍手くださってる方々、ありがとうございますっ。
 毎日たくさんポチポチしてくださって、とってもうれしいです!

 お礼と同時に申し上げたいのは、
 こんなものを一気読みされてしまってご気分を悪くされてないかと……。
 大丈夫ですかー! 精神崩壊してないですかー! 貝沼脳になってませんかー!? (←読んでくださった方の精神的苦痛を慮らなきゃいけないようなものを、どうして書くかな)



 さてさて、お話の方は、
 この章でおしまいです。 
(えっ、こんな半端で? って声が聞こえる)

 ここまでお読みくださって……すみませんでしたっ。(>_<;)






天国と地獄4 (4)




 薪が携帯電話の画面に向かって微笑する、それはとても珍しい光景だった。
 仕上がった報告書を提出するために室長室を訪れた青木は、その様子を見た瞬間、薪のメールの相手を悟って暗鬱な気持ちになった。薪の笑みは、先週の日曜日、昔の恋人と運命的な再会を果たした彼が、彼女と楽しげに話をしていたときと酷似していた。

 青木が報告書を薪の机に置いて、黙って出て行こうとすると、澄んだアルトの声が青木を呼び止めた。早くも訂正箇所が、と冷や汗混じりに振り返ると、薪は携帯電話を持ったまま、
「日曜日、ネズミーシーに行くから6時に起きろ」
 え、と頓狂な声を発して固まって、青木は眼を瞠る。
「ちょっと早いけど、7時くらいの電車に乗って行った方がいいって岡部が」
 薪が何事か言っていたけれど、疑問符が渦を巻いている青木の頭には入ってこなくて、さもあらん、青木のキャパシティは自分の疑問を解決することだけでとっくに振り切れている。
 幸せそうに微笑んでメールを確認して、それは彼女と連絡が取れたからではないのか。なのに、どうして自分を誘ってくるのだろう。

「どうして?」
「車で行ったら、ビールが飲めないだろ?」
 いや、交通手段じゃなくて。
「どうしてオレなんですか?」
 携帯電話の画面を見つめていた薪の眼は、デート前の男の眼だ。青木にはわかる、薪に会う前夜、鏡の中の自分はいつもそんな表情をしている。傍から見たら危ない人に思われると分かっていても、抑え切れない口角の緩み。相手に会うのが楽しみで楽しみで、自然に頬が緩んでしまう。
 そんな表情をしておいて、どうしてオレ?

 もしかしたら、と青木は何百回目かの期待を胸に抱く。
 運命のように再会した彼女よりも、薪は自分を選んでくれた? 彼女と過ごした美しい日々よりも、今現在自分の心を占めているのは目の前にいるおまえだと、そう言ってくれるのだろうか?

「1ヶ月に数日しかない貴重な休日に暇を持て余している人間の心当たりが、おまえ以外なかった」
 ……期待したオレがバカでした。
「オレだって別に、暇を持て余してるわけじゃ」
「見栄を張るな。ヒマなんだろ? だから休みのたび、僕を誘って来るんだろ?」
「ヒマだから誘ってるんじゃありませんよっ!」
 青木が滅多に出さない大声を出したものだから、薪はとても驚いたようだったが、それをフォローする余裕は青木にはなかった。

 だって、と青木は心の中で我が侭な子供にように主張する。
 同期の飲み会どころか同窓会までキャンセルして、薪に休暇を合わせているのに。薪と同じ日に休暇を取るために、これまで青木が何回曽我と小池の残業を肩代わりしたか、数え切れないくらいなのに。
 そんな影の努力を知って欲しいなんて思わないけれど、でもだからって『ヒマ』の一言で片付けられるのは我慢できない。

 大きな声で全力否定する青木を、薪は不思議そうに見た。それから右手を口元に持っていき、長い睫毛を伏せる。それは薪が考え事をするときのポーズ。
 薪にとって、青木の言動は不可解なのだろう。一言言えば尻尾を振って付いてきたはずの部下が突然それを渋ったりしたら、面食らって当然だ。

「なんでオレなんですか?」
 彼女と行けばいいじゃないですか、と言いたいのをぐっと堪えて、青木は静かに訊いた。彼女の都合がつかなかったとか、どうせそういうことだろうと思った。薪がそう言ったら、身代わりはごめんです、と言い返してやろうと思っていた。
 でも。
 さらりと左に流れる前髪の下、寄せられた眉の更に下、青木の大好きな亜麻色の瞳に宿った微かな翳りを見て、青木は自分のとんでもない思い上がりに気付いた。
 
 薪の憂いを、今、正に自分が作っている。それは許されないことだ。

 ここはひとつ、薪の気持ちになって考えよう。薪は青木の気持ちを知らないのだ。正確には、何度告っても理解してもらえない、というのが正しい状況だが、それは置いといて。
 仲が良いと思っていた友人に誘いを掛けたら、手ひどく断られた。どうしてだろう、何か彼を怒らせるようなことを自分はしたかな、などとしなくてもいい自省を薪にさせている。その原因が自分にあるなんて、青木的に、ありえないことベスト3に入る失態だ。

 結論を出すより早く、青木は執務机に駆け寄っていた。きちんと積み上げられたレターファイルの左脇に手を付いて、
「すみません、薪さん。よろこんでお供しま」
「おまえと一緒にいると楽しい」

 せっかくの改心を遮られて、でも青木とってそれは福音。
 福音の発信者をまじまじと凝視すれば、彼はひとさし指を唇に当てたまま、軽く首を振った。
「て、それじゃおまえの休日を奪う正当な理由にならないよな。待ってろ、今ちゃんとした理由を考えるから」
 今度は腕を組んで背もたれにもたれ、苦手な牛乳を前にしたときのように唇を尖らせ、でも結局、さっきと同じように首を振った。
「ダメだ、思いつかない。明日まで待ってくれれば、きちんとした事由書を800字以内にまとめて」
「あのっ!」
 相手の言葉を遮ったのは、今度は青木の方だった。

「オレ、薪さんが好きです。すごくすごく、好きなんです」
 それは何十回目かの告白で、あらかじめ用意されたものではないから花束も豪華なディナーもなくて、第一、室長室なんかで告ったってこのひとには絶対に伝わらないという確信があったけれど、青木は言わずにいられなかった。
 そして薪は青木の予想通り、ホッとしたように微笑んで、
「じゃあ、これ頼む」
 さらさらとペンを走らせて、メモ用紙をピッと切り取る。細い指に挟まれた紙片には、食材の名称がずらりと並んでいた。

「そこにあるもの、買ってきてくれ」
「尾頭付きの鯛? 何かお祝いですか?」
「岡部からメールで、今日の定例会は鯛めしが食べたいって。酒は、岡部が出張先で地酒を調達したそうだ。僕は先に帰って、土鍋を探さなきゃならないから」
「土鍋?」
「鯛めしは、土鍋で炊いたほうが美味いんだ。でも土鍋なんか滅多に使わないから、クローゼットの中をひっくり返さないと」

 さっきのメールは岡部からだったのか。
 薪が上機嫌だったのは、岡部の出張が思ったより早く引けて、薪の好きな日本酒を土産に買ってきてくれることが分かったから。そんなことだったのか。
 それを、デートを楽しみにしている男の表情だ、なんて。自分の眼も当てにならない。

「福引きのお礼だからな。雛子さんの分も作って、土産に持たせてやらないと」
「雛子さんて、誰ですか? 福引きって?」
「おまえには関係ない。さっさと買い物してこい」
 しっしっ、と犬でも払うような調子で追い出された青木の、大きな背中がドアの向こうに消えてから、薪はもう一度携帯電話を開く。そこには岡部から、副室長としての連絡事項と、友人としての短い手紙が記されている。

『チケットが届きましたので、今日の定例会でお渡しします』

 くふっと笑って携帯を閉じ、薪は執務机を片付け始めた。



(おしまい)



(2011.4)



 きゃー、お見苦しいものをすみませんでしたー!
 もう、どんだけつっかえながら書いたんだ、てカンジですね。(^^;
 あまりにも書けないものだから、強制終了させたなってのがありありと分かって。 
 次の話は去年の7月に書いたものなので、もうちょっとマシだと……あ、あれ? あんまり変わらないかも? 
 それもなんだかなあ。(笑)



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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