天国と地獄6 (1)

 こんにちは~。

 昨日、当ブログは2周年を迎えました!
 管理人がどれだけSに走ろうと、ギャグで薪さんのイメージを壊そうと、(←自重しようね) お見限りなく訪問してくださるみなさまのおかげです。 心から御礼申し上げます。
 どうか、これからもよろしくお願いします。

 なんて、しおらしく言ってますけどこの女、
 昨日、Mさまからコメントいただかなかったら気付かなかっ……すみませんーー!
 SSにかまけるのも大概にしないと、人間としての基本を失くしてしまいます。(2周年のお礼も申し上げないなんて!)
 これから気をつけますっ!!
 

 ブログの方も、すっかり更新が空いてしまいまして、15日の時点で3個目の記事って、仕事が暇なこの時期にはあり得ない数字っすね☆
 わたしの場合、書き溜めたものを公開しているだけなので、続きが書けなくて更新が空くことはなくて、つまり、間が空くときは只の怠ky……すみません……。
 なんか今日は、謝ってばっかりだわ☆★☆


 はい、こちらで男爵シリーズ、一旦終了です。
 その7には鈴木さんが出てくるので、お盆に公開したいと思います。
 よろしくお願いします。


 

天国と地獄6 (1)




 蒸し暑い夏の夜というのは、それだけでビールの味を高めるものだ。喉越しのよさと爽快感、身体に染み渡る苦味。そのすべてが大人を魅了して止まない。
 第九研究室の飲み会が行われたのは、そんな夜だった。 
 重大事件を解決し、所長から特別報奨が出たぞ、と室長が告げた次の瞬間、曽我が居酒屋をネット検索していた。小池が袋を持って会費を徴収し始めた。第九メンズは仕事も早いが、遊びの段取りも早い。

「室長はどうされますか?」
 薪は役職柄時間外の仕事が多い。飲み会は大好きなのだが、なかなか参加できないのが実情だ。が、その日は運よくフリーだったらしい。小池が差し出した袋に報奨金と他の職員の会費の2倍の額を入れると、「僕が行かなきゃ始まらないだろ」と高慢に笑って見せた。

「曽我、薪さん来るって! フグ刺しのある店探せ!」
「やった! じゃ、ジャンルを高級海鮮に変えて」
「居酒屋じゃなくて、いっそのこと寿司屋にするか?」
「ちょっ、ちょっと待て。僕今月新しいPC買っちゃって、クレジットカードの限度枠がいっぱいで」
 盛り上がった室内が静まり、一斉に薪を見る。その期待に満ちた瞳。

「……カードはもう一枚あるから」
「さすが薪さん、太っ腹!」
「男の中の男っ」
「カッコイイ上司を持って、俺たち幸せです」
「男の中の男……カッコイイ上司……よし、今日は『一乃房』に繰り出すぞ!」
「「「「やった――――っ!!」」」」
 たった3つのセリフで、いつもの居酒屋が寿司屋になった。残高254円の警視正キャリアの通帳は、こうして作られるのだった。


*****


 宴会が始まって1時間後。
 何杯ものジョッキが空になり、宴もたけなわと言ったところ。

「曽我孝から始まるっ! 古今東西!」
「「「「イエーッ!!」」」」

 いきなり立ち上がった曽我が右手に持った箸をタクトのように振って、皆の喚起を煽る。お祭り好きのメンバーは、直ぐにそれに乗って声を張り上げた。
 こういう宴席において一番に座を盛り上げるのは、やっぱりムードメーカーの曽我だ。第九の宴会部長の名は伊達ではない。
 本来ならこれは一番年下の青木の役目なのだが、青木は曽我のように自分が騒いで場を盛り上げる性格ではない。細やかな気配りで皆が気分よく過ごせるよう、卒なく宴席をまとめるほうだ。
 
 掛け声の後に続く手拍子。リズムに合わせて曽我は、元気良くテーマを発表した。
「巷で噂になってる室長の恋人!」
「えっ!?」
 上座の席で岡部と差しで飲んでいた薪が、自分の名前に驚いてこちらを振り返る。目元がうっすらと桜色に染まっているほかは何の変化もない、いつものきれいな顔。職務中とは打って変わって穏やかに開かれた彼の眉目を見て、青木はとても幸せな気分になる。
 凪いだ春の海のように和んだ青木の気分を破って、悪ふざけ100%の題目に答える同僚の声が響いた。

「小野田官房長!」(小池の答え)
「ち、ちがう! あれは小野田さんの冗談だから!」
「中園参事官」(今井の答え)
「いや、あのひとは男の子好きだけど、ターゲットは20代前半までだって」(←既にアラフォー)
「捜一の竹内さんですとか」(山本の答え)
「なんでだ!?」
「えーっと、後はええと、間宮警務部長!」(宇野の答え)
「殺すぞ!! てか、どうして全員男なんだっ!!」
「……じゃあ、三好先生」(青木の答え)
「「「「「ダウトオッッ!!!」」」」」
「なんでっ!?」

 全員の突っ込みに声を荒げる薪を横目で見ながら、青木は敗北の証に両手を挙げた。
 まあ、そうだと思ったが。薪まで順番を回すよりは、自分が罰ゲームを受けた方がいいだろう、と考えたまでだ。こういう席での罰ゲームは決まっている。中ジョッキの一気飲みだ。薪だって飲めないことはないだろうが、あまりビールが好きでない彼には可哀想だ。

「罰ゲームは何にしようかな~~」
 え? 一気飲みじゃないの?
「そうだなあ。室長のほっぺにキスってのは?」
 !!! ナイス、宇野さんっ!
「宇野、それヤバすぎ! 命かかってる!」
 ……確かに五体満足の保証はない。

 人事だと思って次々に突拍子もないことを言い始める先輩たちに苦笑し、青木はジョッキを傾ける。身体に合わせて肝臓も大きい青木は、これぐらいの酒では素面と変わりない。

「青木! なんで雪子さんがダウトなんだ!」
「は? いや、ダウトを叫んだのはオレじゃなくて」
「あんなステキな女性、他にいないぞ?」
 畳の上を四足でさかさかと近付いてきた薪の亜麻色の瞳を見て、青木は初めて薪の今の状態を知る。
 まずい。べろんべろんに酔っ払ってる。でも、まだビールしか飲んでないはずなのに何故、と思ったらテーブルの下に吟醸酒の4号瓶が2本も! 岡部の身体に隠れて見えなかったらしい。

「薪さん、青木の罰ゲーム、キスでいいですか?」
「よし、僕が許す!」
 雪子さんにキスして来い、と青木にだけ聞こえるように耳元に顔を寄せ、小さな声で囁く。周りの皆は、てっきり薪が酒の座興に乗っかっていると思い込み、やんやと囃し立てた。
 頼みの綱の岡部を見ると、携帯に呼び出しが掛かったらしく、電話を手に持って部屋を出て行くところだった。

 困った、岡部以外に酔っ払った薪を宥められるものはいないのに、というか他の皆は面白がって薪の暴走を逆に煽るから性質が悪い。
 そして一番性質が悪いのは、やっぱりこのひとだ。
 身長差を埋めるため、薪は青木の膝の上に乗って首に腕を回し、右肩に顎を乗せている。薪は顔に酔いが出ない体質だから、真面目に青木に迫っているように見えるが実際は違う。酔っていて身体がだるいから、相手の耳元にくちびるを寄せようとすると、この体勢が一番楽なのだ。

 そのつややかなくちびるが何を言っているのかと思えば、キスに持っていくまでのムード作りや、どのタイミングで好きだと言えば女が落ちるのかとか、青木にはまるで必要のないアドバイスだったりするのだが、言葉の内容はともかく、薪とこれだけ接近して耳元で囁かれるというシチュエーションは充分に青木を興奮させる。ふたりきりでいるときだって、こんなに密着したことはない。
 折りしも季節は夏の盛り。薪は当然ワイシャツ一枚の姿で、アルコールのせいで普段より高い体温が薄い布を通して伝わってくる。耳に掛かる薪の吐息は、どんな美酒よりも甘く。場所もわきまえずに青木は、フルーティな吟醸酒の香りに酔い、彼の香りに酩酊する。

「なんだおまえ、キスくらいで真っ赤になって。男がそんなことでどうする」
「薪さん、見本見せてくださいよっ」
「よぉし! 僕に任せとけ!」
 ノリにノッた先輩と上司が、馬鹿なことを言っている。と思ったら、薪の小さな両手が青木の頬を強く挟んで。
 気付いたときには長い睫毛が目の前にあった。


*****


 携帯電話に届いたメールは、母親からのものだった。
『お帰りは何時ごろになりそうですか? できれば猫の餌を買ってきてください』
 まったく、仕方のないひとだ。今日は祝賀会で遅くなるから先に休んでくださいと連絡を入れておいたはず。それなのにこの文面を見ると、起きて待っている気マンマンだ。

「帰宅時間は未定。猫の餌は調達します。早く寝なさい、睡眠不足は美容の敵ですよ。あなたの目の下にクマができたら、俺は悲しいです」とメールを返して岡部は苦笑する。
 今の岡部の顔を同僚が見たら、きっとびっくりするだろう。東の鬼瓦と称されるコワモテ刑事の代表格、岡部靖文警部のこんな穏やかな微笑など、同僚たちには想像もつかないはずだ。

 廊下を歩いて中座した宴会場に戻り、いくらか気を引き締めて襖を開けて、しかし岡部はその直後、あんぐりと口を開けてその場に立ち尽くす羽目になった。
 
 畳の上に胡坐をかいた青木の膝に乗って、薪が青木の唇にキスしている。二人の唇はすぐに離れ、「雪子さんにキスなんかさせるか、バーカ」というわけの分からない言葉を呟いて、薪はくにゃりと青木の胸に倒れこんだ。そのまま青木の腕の中で、安らかな寝息を立て始める。
 何がどうしてこういうことになったのかさっぱり分からなかったが、とにかくこれが薪にとってマズイ状況だということは理解できた。そして、青木にとっても。

「……オレ、もー、死んでもいいデス……」
 しっかりしろっ、人生終わるぞ青木!

 二人を取り巻いた同僚たちの間には白くて微妙な空気が漂い、ぽかんと口を開けた曽我と小池、不自然な体勢のまま固まっている山本と今井の横で、何故か一人だけ平然とビールを飲んでいる宇野の姿があった。
 柱時計の秒針がカチコチと響く中、やがてポツリと宴会部長の声が。

「曽我孝から始まる古今東西……薪さんの本当の恋人……」
「「「「「…………青木?」」」」」
 ダウトだっ!!



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

天国と地獄6 (2)

天国と地獄6 (2)




「僕が? 青木とキス? まさか」

 岡部の前で美濃部焼きのぐい飲みを傾けながら薪は、笑えない冗談はやめろ、とばかりに細い手をひらひらと振った。
 狂乱の一夜が明けて、一人残らず重度の二日酔いに悩まされても、3日も経てばその辛さを忘れる。人間の脳は、目先の快楽に弱くできているのだ。
 そんな都合のいい脳に踊らされて、今日はいつものように薪と二人、馴染みの小料理屋で静かに杯を傾けている岡部である。

「いくら酔ってたとはいえ、僕がそんなことするわけないだろ」
「第九の全員が証人ですよ」
 薪に先日の出来事を事実として認識させようと、岡部はできるだけ重い口調で言った。
「薪さん。そろそろ自覚されたらどうですか?」
 いくら酔っていたとはいえ、好きでもない相手にキスはしない。相手が女の子ならともかく、男相手にはしない。普通の男なら絶対にしない。
 薪は普通の男だ。だから、あのキスは座興のノリではなくて、きっとこういうことだ。
「昨日のあなたの行動は、酔って制御を失って、いつもは抑制していた感情が表面に表れたとしか」
「分かってるさ、自分のことくらい。おまえに言われなくても」
 岡部が薪の行動に説明をつけようとすると、薪はぱっと頬を赤らめて、恥ずかしそうに横を向いた。

 この反応は、もしかして。
 薪は、自分の中に芽生えた青木への気持ちを認めたのか。

 事前に打ち明けてはもらえなかったことは残念だが、薪が自分の恋情に気付いたのは嬉しい限りだ。青木がどんなにか喜ぶことだろう。
 恋に一途な後輩の喜びに輝く笑顔を想像して岡部は、自分でも驚くほど優しい気持ちになり、早くそれが現実のものになることを願う。
「そうですか。じゃあ、早いとこ青木のやつに伝えてやったほうがいいですよ」
「……いやだ」
 くちびるを尖らせてぼそりと呟く、そんな薪の様子を見れば彼の恥じらいは嫌でも伝わってきて。12歳も年下の自分の部下を好きになってしまったなんて、それは確かに薪にとっては他人にも相手にも知られたくないことだと察せられるが、ほんの少しの勇気で幸せになれる人間が二人、確実に増えるのだ。ここは自分が薪の背中を押してやらなくては。

「照れくさいのは分かりますが、青木もあなたと同じ気持ちでいると思いますから」
「まあ、そうだろうな。あいつも女には縁がなさそうだし」
「そうですとも。……はあ?」
 なんだか、微妙なニュアンスの違いを感じる。女に縁がない、つまり、薪は青木のことをゲイだと思っているのだろうか。青木は女を愛せないのではなく、薪のことが好きでたまらないだけなのだが。

「昔、特別承認を受けたとき監察に引っかかっちゃってさ。その時は厳重注意で済んだけど、それからそういう店に出入りできなくなっちゃって。だから何年もご無沙汰でさ」
 遠くの空に暗雲が見えたような気がして、岡部は顔を引き締める。忌まわしい黒雲からはバチバチと電気のはぜる音がして、それが地表に落ちてくるときには必ずと言っていいくらい、岡部を虚脱状態に陥らせるのだ。

「欲求不満が高じて、酔ったはずみにそんなことをしちゃったんだな」
 ほーら、落ちてきた落ちてきた。予想はしてたけど、あー、タルイ。

「青木には悪いことした。男にキスなんかされて、凹んでるだろうな。謝らなきゃ」
「いや、止めたほうがいいです。薪さんに謝られたら、一気に凹みます」
 宴席の戯言とはいえ、薪にキスしてもらえたのが嬉しくて地に足が着いていない状態の青木に薪の今のセリフを聞かせたら、地球のコアまで落ちていきそうだ。
「だよな、思い出すのも苦痛だろうな。そっとしておいた方がいいか」
 真面目に青木の身を案じる薪の様子を見て、岡部は何とかして薪に自分の本心を悟らせたいと思う。青木は薪のことが大好きで、薪だって自覚はないけど彼のことが好きで、だったらこのままでいい訳がない。それに、酒宴の席のこととはいえキスまでしておいて進展ゼロなんて、いくらなんでも青木が可哀相だ。

「そうじゃなくてですね、青木は薪さんのことを」
「よく覚えてないけど、いよいよ末期症状だな。きっとそのときは、青木が女の子に見えたんだろうな」
 あ、なんか一気に虚脱感が……青木の巨体が女に見えるようだったら、それは完全に脳の病気だと思いますけど。
「でも僕はもう、そういうことしないって決めてるし。仕方ない、また脇田課長に頼むか」
 薪はさっさと液晶画面の向こう側の恋人の算段をすると、携帯電話を取り出して、5課の課長に連絡を取った。

「すみません、脇田課長。明日、あのビデオ貸してもらえます? そうそう、僕好みの可愛い女の子が色んな男に×××されちゃうやつ。え、もっとスゴイのがある? ……え! そんなことまで、しかも電車の中で?!」
 ああ……そんな目的でも薪さんの瞳はキラキラと子供のように輝くんですね。途中から正座して、きちんと背筋を伸ばして会話をされているのはどういう心理状態なんですか……?
「い、今から借りに行ってもいいですか?」
 涙出てきた……。
「じゃあな、岡部!僕、急用ができたから!!」
 …………すまん、青木。不甲斐ない先輩を許してくれ。



*****



 翌日、出勤してきた室長の顔を見て、岡部は思わずその場に膝を付きそうになった。
 目は赤く、腫れぼったく、頬は心なしか削げて青い。朝シャワーを浴びる時間がなかったと見えて、いつもなら眩しいくらいにきらめく天使の輪が、徹夜明けの鈍い輝きになっている。
 彼の後を追って室長室へ入り、ミーティングにかこつけて、岡部は呆れた声で言った。

「薪さん……高校生じゃないんですから」
 脇田が貸してくれたビデオがどれだけ好みの内容だったか知らないが、何もこんなに憔悴するまでしなくたって。
「僕の寝不足の理由は、おまえが考えてるような単純なものじゃないぞ」
 不機嫌な声で返されて、岡部は改めて薪を見た。
 薪はとても難しい顔をしていた。何か仕事上のトラブルでも起きたのだろうか。
「何かあったんですか?」
「あったって言うか、できなかったって言うか」
「できなかった?」
「……岡部。僕、ちょっとおかしいのかも。医者に行ったほうがいいのかな」
 途切れ途切れの言葉と、薪の落ち込んだ様子から推察するに、どうやら昨夜、せっかく借りたビデオが役に立たなかったらしい。いや、役に立たなかったのは薪のほうか。

「そんな、医者なんて大袈裟な。よくあることでしょう」
「ええええっ!!??」
 驚きの声を上げながら薪は、慌てて自分の口を両手で押さえる。室長室のドアを見て、そこから誰も入ってこないのを確認すると、今度は声を潜めて、
「そ、そうなのか? 岡部にもそんな経験があるのか?」
 そんなに驚くことだろうか。40近い男なら、誰もが経験していることだと思うが。
「ありますよ、もちろん。あんまり人に言えた話じゃないですけどね」
 内容が内容だけに、岡部はさすがに照れて笑った。
「だけど、そんなに気にすることはないですよ。ちゃんと休養をとれば、すぐに元に戻りますから」
「そうか、そうなんだ。別に珍しい話じゃないのか」
 岡部が一般的な解決方法を述べると、薪はホッと安堵の表情を浮かべて、青白かった頬に僅かばかりの朱色を刷いた。この年になるまで役に立たなかった経験がないなんて、薪は外見も若いが、中身も若いらしい。しかし見かけによらないな、と岡部は思った。あまり浮いた話を聞かないから、てっきり淡白な人だと思っていた。

「よかった、安心した。×××するときに男のことなんか考えたの、生まれて初めてだったから」
「ええ、よくある話……はっ!?」
 今なんて!?
「そっかー。岡部も経験あるのかー」
 ないです! 断じて!!
「ちょ、ちょっと待ってください。男って、だれの」
 言いかけて岡部は、薪がそんな気分のときに思い浮かべる可能性のある男はこの世にひとりしかいないことに気付き、口を噤む。案の条、薪は恥ずかしそうに俯いて、相手の名前を躊躇いつつも口にした。

「だって青木が悪いんだ。こないだ一緒にAV見て、僕がそうなったときに『お手伝いしましょうか』なんて言うから。つい、想像しちゃって」
「そんな失礼なことを言ったんですか!? 青木のやつ」
 責める口調で言ってしまって、しかし岡部は直ぐに思いなおした。薪が自分の前でそんな状態になれば、青木も平静ではいられなかっただろう。その状況を我が身に当てはめてみれば岡部だって健康な男、青木の気持ちは痛いくらい解って、だから岡部は青木のことをフォローしようと彼の信用を回復するプレゼンテーションを必死で考える。そんな岡部の心中を知ってか知らずか、薪は自慢げに言った。

「なんだ、知らないのか、岡部。体育会系の部活動では、先輩の×××のお手伝いは当たり前のことなんだぞ」
 ……誰に教わったんですか、そんな三流BL本の中にも存在しないような常識。
「って、僕も脇田課長からの受け売りだけど」
 あの鬼瓦か。次の武闘大会で息の根止めてやる。しかし、どうしてこのひとって、事件以外のことだとこんなに簡単に騙されるんだろう。
「そんなことも厭わないくらい、僕のこと尊敬してくれてる証拠だって」
 なんだろう、涙が出てきた。薪も青木も、なんだかすごくカワイソウなひとに見える。
「そうか、よくある話か。あんなにかわいい娘が×××してるのに、全然その気にならなくて、なのに青木の『お手伝い』を想像したら急に……だから僕、異常なんじゃないかって不安になって。
 あーあ、悩んで損した。昨夜は一睡もできなくてさ。昨夜のうちに、おまえに相談すればよかった」
 そしたら俺も一睡もできなかったでしょうね……。

「ところで岡部」
 ふと気付いたように、薪は右手の拳を口元に持って行き、上目遣いのくりっとした瞳で岡部を見上げた。青木だったらここで宙を舞うんだろうな、と思いつつ、なんですか、と目で尋ねる。
「おまえが思い浮かべた男って誰?まさか僕じゃないよな?」
「……カンベンしてください……」
 今夜は一睡もできなくなりそうな岡部だった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

天国と地獄6 (3)

 こんにちは。

 コメレスも更新も、滞ってすみません。 
 でも今回は怠けていたのではなくて、ある方の二次創作でダークなお話を読んだらがっつり落ちてしまいまして……虚無感と喪失感が半端なく、食欲不振と極度の不眠症に悩まされ、それ以外のことを考える余裕がなくて、管理画面に向かえませんでした。   
 どなたの、とは申しませんが、とりあえず、みちゅうさんは天才だと思う!!! (←言ってる。 しかも個人攻撃になってる? そんなつもりは~~(^^;)

 秘密の二次創作の多くは非常に文学的水準が高くて、それは時に原作の感動を超えるときすらある。 その感動をもって原作を読むと、さらに薪さんへの愛が深くなる。 原作に描かれない陰のエピソードや心理を想像して彼の人間性を補完する、それもひとつの愛し方だと思います。
 そんな風に、原作をより深く愛せるような素晴らしいお話を創り出してくれる二次創作者さんたちの作品を自由に楽しめる現在の自分の幸福を、しみじみと感じています。


(そして我が身を振り返る) 
 ……少しはマトモな話を書こうね、しづ!!! (←結果として墓穴になった)


 で、お話の続きです。
 ………………墓穴まっしぐら。(笑) 




天国と地獄6 (3)




 昼休み、中庭のベンチでお喋りに興じる男女の姿を見つけた。
 親しげに顔を寄せる二人は、どちらも薪の友人だ。ひとりは同い年の女性、もうひとりは一回りの年下の男。女性は白衣を着た監察医で、男の方は薪の部下だ。

 個人的に、このふたりが仲良くしてくれると薪はうれしい。
 一回り年下の部下は薪が誤って殺してしまった親友にとてもよく似ていて、その親友は彼女の恋人だったりして、だから彼らのこんな姿を見ると、亡くなった親友が帰って来たような気がして、彼女が再び幸せを取り戻してくれたかのような錯覚に陥って、薪は幸せな気分になるのだ。
 立ち木の陰からこっそりとふたりの様子を伺うと、青木は頬を紅潮させて、何事か雪子に話している。雪子はそれに応じて頷き、青木に負けないくらい嬉しそうで魅力的な微笑を見せる。
 よしよし、いい感じだぞ。青木、がんばれ、と薪は心の中で日の丸の付いた扇子を振ってふたりを応援した。

 その扇子を握る手首の返しが止まったのは、風に払われて落ちてきた紅葉の葉っぱが雪子の白衣の肩に止まり、それに気付いた青木が彼女の肩を抱くようにしてそれを取ってやったときだった。
 それは一瞬のことだったが、薪の目に鮮明に焼きついた。
 青木の大きな手が雪子の左肩を覆っていた。それほど密着していたわけではないが、薪の位置からだと青木が雪子を抱いているような構図だった。普段は自分よりも大きくて、威風堂々としている雪子が、青木の腕の中にいると、とても女の子らしく華奢に見えた。すごくお似合いだと思った。

 途端、のしっと胸が重くなった。
 息ができないような苦しさに見舞われた。

 これはあれだ、3人という数の友人関係にはよくあることだ。鈴木が生きてた頃にも、何回か味わった。自分に黙って他のふたりが仲良くしているのを知ったときの、あの淋しさだ。
 鈴木と雪子が恋愛関係にあることは承知していたから、そんな時には自分も同じ大学の彼女に連絡を取って楽しくやっていたのだが。あの頃と違って、今は相手もいないし。
 だから、こんなに胸が痛いのは、あの頃と比べ物にならないくらい痛いのは、きっとそのせいだ。間に飛び込んで行ってふたりを引き剥がしたい衝動に駆られるのは、モテない男の僻みだ。幸せそうな彼らをやっかんでいるだけだ。

 街でいちゃついてるカップルを見ても何とも思わないのに、それがあのふたりになると冷静でいられなくなる。その事実には目を背けて、ついでに現実の目も背けて、薪はその場を離れた。
 モヤモヤしたものが胸の辺りにわだかまって、これはなんなんだろうと懸命に考えるが、その答えはとうとう出なかった。


*****



「薪さん、この書類に判を」
 帰り際、明後日行なわれる予定の会議の出席者の欄に捺印をもらおうと室長室を訪れて、岡部は薪がまた朝の鬱状態に戻っていることに気付いた。

「どうしたんですか? また何か心配事ですか?」
「うん……僕、やっぱりおかしいのかな」
 岡部が差し出した書類に印を押しながら、薪はぼそぼそと呟いた。
「今朝のこと、まだ気にしてるんですか?」
 プライベートに何があっても、仕事中はポーカーフェイスを崩さない。それが薪のポリシーだ。私生活のゴタゴタは捜査に持ち込まない、どんな衝撃も彼の職務を乱さない。鈴木が死んだ直後でさえ、静かな熱意で淡々と職務をこなしていた薪を岡部は知っている。

「なんか、胸が苦しいんだ。病気なのかな」
「心臓ですか?」
 薪は何度かショックで気を失ったことがある。満足な食事も摂らずに激務をこなし続けていたせいで、心拍停止に陥ったこともあった。それからは気をつけていたのだが、やはり後遺症が残っていたのだろうか。
「狭心症の痛みじゃなくて。なんかこう、重苦しくて、ときどきチクっと刺す感じで」
「それは医者に行ったほうがいいですね。ちなみに、いつ頃から痛み始めたんですか?」
「今日の午後1時15分32秒から」
「……どうしてそんなに明確なんですか?」
「昼休みに、青木が雪子さんと一緒にいるのを見て、そしたらこうなった」

 それでこの複雑そうな憂い顔か。ふたりの姿に嫉妬を覚えて、ようやく自分の気持ちに気付いたというわけだ。当然だ、それで気付かなかったらただのバカだ。

「それは多分、医者に行っても治らないと思いますよ」
 頑なに信じていた男性同士の恋愛は成立しないという黄金ルールを自ら破ることになって、ショックを受けているであろう薪を気遣って、岡部はできるだけやさしく言った。
「僕、もしかして、自分でも知らないうちに好きになってたのかな」
 恋愛なんてそんなもんです。俺だって、いつの間にかあの女性から目を離せなくなってました、と岡部は心の中で薪の独白のような呟きに答える。

「ずっと友だちだと思ってたのに」
「友情が恋愛に変わるのは、良くあることです。それに、ご自分じゃ気付かれなかったみたいですけど、俺の眼から見るに、それらしき態度は以前から表れてましたよ」
「まさか。嘘だろ。僕自身、その可能性に気付いたのは今さっきだぞ?」
「いいえ。薪さんはよく熱っぽい目で、あいつをじっと見つめてましたよ」
「え! 僕、雪子さんをそんな目で見てたのか?」
 …………そっちか――――!!!

 さすが薪だ、自分のルールを曲げないためには自分の気持ちを誤魔化すことなんか簡単にやってのけるのか。
「そっか、以前から僕は雪子さんが好きだったのか。全然知らなかった」
 俺だって知りませんよ!
 てか、もうやだ、このひと! ただのバカじゃなくて、キングオブバカだっ!!

 耐え切れず、岡部はその場に膝を折った。朝は何とか我慢できたが、今度は限界を超えたようだ。
 もうダメだ、自分の気持ちには自分で気付くのが一番いいとか、男同士の恋愛には抵抗がある薪が他人からこんなことを言われたら傷つくだろうとか、そんな悠長なことを考慮している余裕はない。お節介かもしれないが、誰かがハッキリ言ってやらないと、このひとは自分の本心に永遠に気付かないかもしれない。
「ちがいますよ、薪さん。薪さんは、青木のことが好きなんですよ」
「ぶふっ! 何言い出すんだ、岡部。青木は男だぞ?」
 男というだけで恋愛対象から外れる、それは確かに普通の男の反応だけど、だからと言って普通の男が男に恋をしないことの保証にはならない。運命のイタズラとか神さまの気まぐれとか、この世界はそんなもので満ち溢れているのだから。

 岡部は立ち上がり、大きな執務机を挟んで薪と向かい合い、職務と同じ真剣さで彼に言った。
「想像してみてください。青木が三好先生とキスしてるところ」
「うっ。胸がイタイ、すっごくイタイ」
 わざとらしく胸の中心を押さえながら、大袈裟に顔を顰めてみせる。薪は冗談のつもりなのだろうが、岡部はもう、冗談に紛らせるつもりはない。
「じゃあ、今度は三好先生が鈴木さんとキスをしているところ。痛いですか?」
「いや。それは実際見たことあるし」
「次に青木が受付の美代ちゃんとキスしてるところ」
「ううっ、イタタ。……あれ?」
 ふと、薪は真顔になった。
 自分の胸に手を当てて、その痛みが本物であることを確認すると、しばし自失茫然として、
「…………なんで?」

「それはご自分で考えてください」
 岡部はニッと笑うと、整った書類を持って室長室を出て行こうとした。その背中に、薪の声が掛かる。
「だからって」
 足を止め、岡部は身体を半分だけ捻るようにして薪を見る。捜査に行き詰ったときのように、薪はデスクに両肘をついて拳を合わせ、その上にくちびるを当ててじっと空を睨んでいた。
「だからって、僕には何もできない。だって、雪子さんは青木のこと」

 薪の後ろ向きな発言を聞き、岡部は踵を返して部屋の中に向き直った。気弱に睫毛を伏せた上司に、先刻第九で仕入れたばかりの情報を提示してやる。
「あれ、知らなかったんですか? 三好先生、法一の上司にプロポーズされたみたいですよ」
「えっ!?」
 この話を誰も薪にしなかったのは、決して仲間外れにしたのではなく、薪に対する思いやりだ。薪は彼女の親友を自負している。それなのに、彼女に関する重要な情報を部下に教えてもらうなんて、薪が傷つくと思ったからだ。

「多分結婚することになるだろうって。青木が今日の昼、本人から聞いたそうです」
 雪子が薪に直接話をせず、青木経由で知らせようとした理由も、岡部には何となく解る。薪はこれまで、青木を含む十人以上の知り合いを婿候補として雪子に紹介している。その中の誰でもなく、別の人を選ぶことになってしまって、いくら親友といえども引け目を感じたのだろう。

「大変じゃないか、青木のやつ。それでどうしたんだ?」
「どうもしませんよ。青木の思い人は他にいますから」
「……だれだ?」
 さすが薪さん。この期に及んで、それを訊きますか。

「本人に聞いてくださいよ!」
 笑いながら言って、岡部は室長室のドアを閉めた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

天国と地獄6 (4)

天国と地獄6 (4)





 金曜日の夜、薪の自宅で行なわれる定例会に、岡部は出席しなかった。
 母親と約束がある、とのことだったが、もしかしたらそれは嘘かもしれない。薪に不参加の理由を述べたあと岡部は、「今夜が勝負だぞ」と小さな声で青木に言った。「思い切ってぶつかってみろ」と囁かれて、青木は不思議そうに首を傾げた。
 週末の夜をふたりで過ごすなんてチャンスには違いないが、あの薪が相手では期待はできない。例え一緒のベッドで夜を明かしてさえも、薪が青木を意識してくれることはない。青木が男だからだ。
 その事実を岡部は知っているはずなのに、どうしてそんな叶いもしない期待を抱かせるようなことを言うのだろう?

 その疑問は、二人で作った青椒肉絲がふたりの胃袋の中に綺麗に収まった後、解消する兆しを見せた。
 食後、いつものように青木が薪専属のバリスタに変身すると、薪は今日に限ってダイニングの椅子に座ったまま、頬杖をついて青木のする様を見つめていた。いつもならさっさとリビングに移動してしまうのに、今日はどうしたのだろう。
 やがてコーヒーのいい香りがキッチンに立ち込め、白いマグカップに注がれた青木の真心が薪の手に渡された。
「はい、どうぞ」
 
 マグカップを両手で受け取って、薪は青木の顔をじっと見た。薪のつややかなくちびるは何かを言おうとして開かれ、しかし言葉を発せず、代わりにコーヒーを含んで閉じられた。
 薪がその場でコーヒーを飲んでいるので、青木も向かいの席に座って自分のコーヒーを飲み始めた。香気と湯気の向こうに、薪の整った顔が見える。蛍光灯の白い光に照らされて輝く亜麻色の髪と、伏せられた長い睫毛。きれいだな、と青木は思い、こうして彼を見ることができる、その幸せをしみじみと噛み締める。

「岡部に聞いたんだけど」
 唐突に、薪は切り出した。空になったマグカップを両手で弄び、瞳はカップに据えられたまま、握ったり傾けたりしている。
「こないだの宴会のとき、僕、おまえにキスしたんだって?」
「え。岡部さんが言ったんですか?」
 薪が気にするからナイショにしておこうって仲間内で決まったのに、それを副室長が破るなんて。ていうか、岡部らしくない。薪の憂いを増やすことを一番嫌がるのは彼なのに。

「悪かったな。酒の席のこととはいえ、ヘンな真似して」
「いいえ!」
 ヘンな真似なんかじゃない。薪にとってはそうかもしれないけど、青木にとっては3億円の宝くじが前後賞付で当選するよりラッキーな出来事だった。
「オレ、すっごく嬉しかったです。何度も言いましたけど、オレはあなたが好きですから。だから薪さんにキスしてもらえて、すごくうれしかったです」
「そこが理解できないんだけど。男にキスされて、うれしいのか」
「はい。相手が薪さんでしたから」
 薪の質問にストレートに答えるなら、答えは否となる。青木だってその辺の男にキスされたら、おぞましさに卒倒するだろう。でも、相手が薪だったから。性別なんか関係ない、この世でたったひとり、青木を狂わせるひとだから。

「青木、おまえ」
 率直に返ってきた青木の言葉に、薪は目を瞠る。マグカップを弄ぶのをやめて、両手をテーブルの上に置き、すっと背筋を伸ばした。
「今まで気が付かなくて悪かった、おまえ本当は」
 そうです、そうなんです。
 オレはずっとずっと前からあなたが好きで、性別だとか年齢だとかそんなものはどうでもよくなるくらいにあなたが好きで。でも何度その気持ちを訴えてもあなたは真面目に取り合ってくれなくて、だけどそんな仕打ちすらもあなたを愛しく思う要因のひとつになるほどに――――― オレはあなたに夢中なんです。
 青木の真剣な眼差しに応えるように、薪は職務中に負けない真面目な顔で重々しく言った。

「女の子だったのか」
 ………………。

「身体が大きいから、その可能性に気付かなかった。悪かったな、酔ったはずみとはいえキスなんかして」
「もういやだ―――!!!」
 テーブルに突っ伏してオイオイ泣く青木に、笑いを含んだアルトの声が降ってきた。
「冗談だって。本気で泣くなよ」
 冗談に取れないんですけど! 今までの経歴が輝かしすぎて、全然冗談に思えないんですけど!

 シュールすぎて笑えない冗談を飛ばした後、薪は神妙な顔つきになって、テーブルの上で両手を握り合わせた。細い手首と小さな両の拳に、ぐっと力が入っている。それからしっかりした声で、青木の目を真っ直ぐに見て、薪は言った。
「僕の主張は撤回する。同性間にも恋愛は成り立つと認める」
 薪の言葉は青木の聴覚を経由して、彼の脳にゆっくりと沁み込んだ。何度打ち砕かれたか数え切れない青木の告白たち、でも彼らの犠牲は決して無駄ではなかったと、そして薪のことを思い続けてよかったと、青木は心の中でそっと過去の自分を褒め称えた。

「やっと、オレの気持ちをわかってくれたんですね」
「そうじゃなくて」
 まだ納得しないのか、てかここから理論を覆すつもりか。いったいどんなウルトラQが来るのかと身構えた青木の耳に、薪の諦めたような声が聞こえた。
「僕、おまえのこと好きみたいだ。友だちとしてじゃなく」
「ほえっ!?」
「……あんまり間の抜けた声を出すなよ。本当のバカに見えるから」
 いや、だって!
 今、何て言いました!?

 自分の耳が信じられない。脳がフリーズして、言葉の解析ができない。喋るどころか、まともに声も出せない。
 喉の奥に緩衝材の塊がつまったみたいになって、空気は微かに通るけれど充分ではなく、だから呼吸もかなり苦しい。心臓はバクバクいってるし、こめかみはドクドク脈打ってるし、てか、血管切れそうなんですけど!マラソン大会のラストスパートよりしんどいんですけど!

「あ、あのっ。薪さん、あのっ……!」
 声がつまる。言葉が出てこない。

 オレも好きです、ずっと前から大好きです。
 心臓が爆発しそうにドキドキしつつも、これまではちゃんと言えたのに、どうしてこの大切な局面で舌がもつれてしまうのだろう。あんなに恋焦がれ続けたものがこの手に入るかもしれない、いざとなったらそのとてつもない幸福に臆してしまったのだろうか。

 絶対に諦めない、諦めきれないと思いつつも、心のどこかで諦めていたのかもしれない。
 見かけはアレだけど薪はノンケで、男の自分を恋愛対象として見てくれる事はないと分かっていた。プライベート時の勘違いと思い込みは凄まじいけれど、薪は自分とは比べ物にならないくらいレベルの高い人間だと知っていた。彼の仕事ぶりは天才の称号に相応しく、彼が成し遂げた偉大な功績に対する当然の帰結として数々の最年少記録を更新中。加えて、他の追随を許さないこの美貌。そんなすごい人が自分のことを唯一無二の相手として求めてくれるなんて、夢に見ることはあっても現実になるとは思っていなかったのかもしれない。
 それをいきなり目の前に差し出されて、青木の言動は空回りを繰り返す。薪が自分の気持ちに応えてくれる場面をあれだけ空想していたのに、だけどそれはあくまでも妄想に過ぎなくて、きちんと計画を立てていたわけではないから、どう動いていいのか分からない。

 強烈な戸惑いから金縛り状態にある青木に比べて、薪は冷静だった。この辺は、度量の差か。過緊張の経験は、マスコミにも慣れている薪の方がずっと上だ。
 滑らかな動作ですっくと立ち上がり、テーブルを迂回して青木の方へ歩いてくる。テーブルの上に置いた拳を握り締めたまま身体の向きを変えることもできず、眼だけで薪の姿を追って青木は、自分の横に立った薪と不自然な形で見つめ合った。
「今も、おまえとキスしたい、って思ってる。こないだみたいな戯事じゃなくて、ちゃんとしたやつ」
 大きな拳に、ほっそりした手が置かれる。片方の拳を両手で覆われ、前方を向いたままの青木の顔に合わせるように、類稀なる美貌が目前に回り込んできた。

「恋人のキスがしたい。おまえと」
 青木の手を包んでいた薪の手が離れ、青木の後頭部に回された。薪の動きは素早く、先日と同じように気がついたら唇を奪われていた。薪の長い睫毛が視認できないほど近くにあって、青木に見えるのは首を傾けた薪の左の眉と青みがかった目蓋。やわらかいくちびるの感触と、薪の匂い。
 アルコールの匂い以外は、先日の酒宴と変わりなく。だけど。
 ふたりのくちびるは、今日はいつまでも離れなかった。




(おしまい)



*****


 ということで、二人はめでたく恋人同士に。
 本編もこれくらいお気楽だったらよかったのにね~。(^^;


 この下はオマケです。
 ええ、男爵ですから……あ、ロマンチックなお話がお好みの方はご遠慮ください。




*****


 オレが自分を取り戻したのは、数十分後。
「おまえも入ってくれば?」と肩を叩かれて、ハッと振り向いたら薪さんが風呂上り定番の腰タオル姿で立っていた。

 いつもと変わらない薪さんの態度に、今のはやっぱり夢だったのか、妄想と現実の区別がつかなくなってるのか、そろそろ精神科医の門を潜るべきかなどと考えつつ、心の隅に安堵を覚える。でも薪さんはタオルで髪を拭きながら、自分の腕で顔を隠すようにして、
「ベッドで待ってるから」
 細い腕の隙間から薪さんの顔を見れば、いつものポーカーフェイスはどこへやら、大きな瞳をウロウロさせて柔らかそうな頬を赤くして、戸惑って緊張しているのは自分だけじゃない、薪さんだってテンパッているんだと分かって、そうしたら何だかすっと気持ちが楽になった。

 風呂に入って温かいお湯の中で、これからのことを考えた。
「恋人のキスがしたい」と薪さんは言ったが、中学生じゃあるまいし。大人にはこの続きが許されていることを、薪さんもオレも知っている。

 約束どおり、薪さんはベッドでオレを待っていてくれた。
 オレの姿を認めると同時に、薪さんはぎこちなく笑った。身体には毛布が掛かっていたけれど、薄ピンク色の肩がむき出しになっていて、その下の姿が想像できた。
 ベッドの上に起き上がり、腰の辺りを毛布で隠した薪さんからは、ぴりぴりとした緊張感が感じられ、それを懐柔するためにオレは彼を抱きしめて、亜麻色の頭髪に頬ずりした。

 湯上りのやわらかく湿った薪さんの肌に触れて、その体温を感じたら愛おしさが込み上げてきた。薪さんの背中はすべすべしてしなやかで。皮膚の下にしっかりとした筋肉は感じられるものの、それは不快ではなく。これが現実のものだと悟らせて、オレの気持ちを昂ぶらせた。
 薪さんがしたがっていた恋人のキスを、今度はオレのほうから仕掛けて、その甘い感覚に酔いしれる。何度も繰り返すうちに早くなってくる互いの呼吸と、自然に相手の身体をまさぐる男の本能に導かれた手。
 薪さんもオレも男だから、どちらも受け身ではいられない。女性にする方法しか知らないオレたちは、二本の手を動かして互いの肌を擦りあった。

 オレはあのときのことを、今でも忘れていない。
 それは初めて薪さんのすべてを見たという感激と、心に深く深く刻まれたその直後の体験のせいだ。

「先に進んでもいいですか?」
「……うん」

 オレはバスローブを脱いで床に落とし、薪さんの細腰にまとわりついている邪魔な毛布を取り払った。
 お互い下肢を顕にし、昂ぶりを確認し。
 確認し―――――。
 ―――――――――――――――― ………………。

「薪さん?」
「グロッ! キショ!! やっぱムリ!!」
 それを見た瞬間、薪さんはオレに枕を投げつけると、部屋を飛び出していった。

「…………薪さんの嘘吐き……」
 薪さんの恋人になるには、まだ先は長そうだった。



(本当におしまいです)




(2010.8)



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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