帰郷(12)
帰郷(12)
それから半月後。
第九は室長の怒鳴り声と事件の緊張感に包まれて、本来の姿を取り戻していた。
「何をとろとろやってんだ! おまえら、5人目の被害者が出るまで手をこまねいて見ているつもりか!」
今日も薪の雷はすごい。研究室の空気がびりびりと震えるほどの声である。
「3人目の画像の修復はまだできないのか、小池!」
「すいません、急いでるんですけど」
「貸せ! こんなもの」
小池からMRI用のマウスを奪い取ると、薪は素早くサーチを開始し、ものの5分で画像を修正して見せた。
小池の顔をぎろりと睨みつけ、息が掛かりそうなほど近くから大声で罵倒する。
「この役立たず! 普段からの練習が足りないんだ! しっかり訓練しとけ!」
薪が背中を向けると同時に、小池は耳を押さえる。きっと頭の中に『役立たず』の文字がぐるぐる回っていることだろう。
「曽我、ここを見ろ! どうしてこんなにはっきり映ってるのにおまえはっ! いつまで正月ボケしてるんだ!!」
次は曽我の番だ。坊主頭を両手で掴まれて、モニターにぶつかりそうなほどに近づけられている。これでは見たくても見えない。
「室長。どうぞ」
怒りまくる室長の鼻先に、良い香りのする魅惑の液体が差し出される。
それを持ってきたのは、もちろん第九のバリスタだ。黒色の熱い液体は、薪の愛用の白いマグカップの中で、持ち主の口付けを待っている。
「ばかやろう! コーヒーなんか飲んでるヒマが」
「室長、もうお昼すぎですよ。食事を摂ったらみんなも頭が冴えて、きっと捜査の能率も上がりますよ。みんな室長みたいに、コーヒーだけでは元気が出ないんですよ」
青木の言葉に、室長はワイシャツの袖を右手で押さえ、腕時計を確認した。
いつの間にか12時を30分も越えている。時間に気付かなかったのは薪のうっかりだが、そんなことに引け目を感じるような謙虚な心は持ち合わせていない。一食や二食抜いたところで、人間死にはしない。ただ、集中力が落ちるのは確かだ。
「……休憩だ。ただし、全員30分で戻って来い!」
進行中の事件があるときの薪は、確実に鬼だ。
「薪さん、今日も元気だなあ」
「こないだから全開だもんな。ついていけないよ」
室長の気が変わらないうちにと、部下たちは急いでモニタールームを出て行く。30分では売店で弁当を買って掻っ込むのが精一杯だ。
職員たちが出て行った後のモニタールームには、室長がひとりでコーヒーを飲みながら画面を見続けている。薪は捜査に夢中になると、こうして食事を摂らなくなってしまうから困りものだ。
薪の隣の席に、背の高い男が座った。布製の巾着袋と日本茶を机に置いて、薪と一緒にモニターを覗き込む。
「おまえ、行かないのか」
「オレ、今日弁当作ってきたんです。食いますか?」
「弁当ってそれだけか」
巾着袋から取り出したのは、大きなおむすびが3つ。おかずは無いようだ。なんとも寂しい弁当である。
「それじゃ栄養のバランスが摂れないだろう」
食事を抜いてしまう人に言われたくはないと思うが、こんなことはもう慣れっこだ。いちいち突っ込みを入れる気にもならない青木である。
「実は今月、飛行機代とか色々出費がかさんじゃって。給料日までオケラなんです」
「だから無理しないで、あのバカから料亭の代金、返してもらえば良かったんだ」
「いいです。竹内さんには冤罪かけちゃいましたから」
青木の言葉で、薪はそのときのことを思い出す。
思い出して、モニターに視線を逃がす。頬杖をつく振りをして、熱くなってしまった頬を隠した。
それから半月後。
第九は室長の怒鳴り声と事件の緊張感に包まれて、本来の姿を取り戻していた。
「何をとろとろやってんだ! おまえら、5人目の被害者が出るまで手をこまねいて見ているつもりか!」
今日も薪の雷はすごい。研究室の空気がびりびりと震えるほどの声である。
「3人目の画像の修復はまだできないのか、小池!」
「すいません、急いでるんですけど」
「貸せ! こんなもの」
小池からMRI用のマウスを奪い取ると、薪は素早くサーチを開始し、ものの5分で画像を修正して見せた。
小池の顔をぎろりと睨みつけ、息が掛かりそうなほど近くから大声で罵倒する。
「この役立たず! 普段からの練習が足りないんだ! しっかり訓練しとけ!」
薪が背中を向けると同時に、小池は耳を押さえる。きっと頭の中に『役立たず』の文字がぐるぐる回っていることだろう。
「曽我、ここを見ろ! どうしてこんなにはっきり映ってるのにおまえはっ! いつまで正月ボケしてるんだ!!」
次は曽我の番だ。坊主頭を両手で掴まれて、モニターにぶつかりそうなほどに近づけられている。これでは見たくても見えない。
「室長。どうぞ」
怒りまくる室長の鼻先に、良い香りのする魅惑の液体が差し出される。
それを持ってきたのは、もちろん第九のバリスタだ。黒色の熱い液体は、薪の愛用の白いマグカップの中で、持ち主の口付けを待っている。
「ばかやろう! コーヒーなんか飲んでるヒマが」
「室長、もうお昼すぎですよ。食事を摂ったらみんなも頭が冴えて、きっと捜査の能率も上がりますよ。みんな室長みたいに、コーヒーだけでは元気が出ないんですよ」
青木の言葉に、室長はワイシャツの袖を右手で押さえ、腕時計を確認した。
いつの間にか12時を30分も越えている。時間に気付かなかったのは薪のうっかりだが、そんなことに引け目を感じるような謙虚な心は持ち合わせていない。一食や二食抜いたところで、人間死にはしない。ただ、集中力が落ちるのは確かだ。
「……休憩だ。ただし、全員30分で戻って来い!」
進行中の事件があるときの薪は、確実に鬼だ。
「薪さん、今日も元気だなあ」
「こないだから全開だもんな。ついていけないよ」
室長の気が変わらないうちにと、部下たちは急いでモニタールームを出て行く。30分では売店で弁当を買って掻っ込むのが精一杯だ。
職員たちが出て行った後のモニタールームには、室長がひとりでコーヒーを飲みながら画面を見続けている。薪は捜査に夢中になると、こうして食事を摂らなくなってしまうから困りものだ。
薪の隣の席に、背の高い男が座った。布製の巾着袋と日本茶を机に置いて、薪と一緒にモニターを覗き込む。
「おまえ、行かないのか」
「オレ、今日弁当作ってきたんです。食いますか?」
「弁当ってそれだけか」
巾着袋から取り出したのは、大きなおむすびが3つ。おかずは無いようだ。なんとも寂しい弁当である。
「それじゃ栄養のバランスが摂れないだろう」
食事を抜いてしまう人に言われたくはないと思うが、こんなことはもう慣れっこだ。いちいち突っ込みを入れる気にもならない青木である。
「実は今月、飛行機代とか色々出費がかさんじゃって。給料日までオケラなんです」
「だから無理しないで、あのバカから料亭の代金、返してもらえば良かったんだ」
「いいです。竹内さんには冤罪かけちゃいましたから」
青木の言葉で、薪はそのときのことを思い出す。
思い出して、モニターに視線を逃がす。頬杖をつく振りをして、熱くなってしまった頬を隠した。