緋色の月(5)
こんにちは~。
ちょっと私信です。
しづの我儘につきあってくださった方々、ありがとうございました。
死ぬまでに一度は見ておきたかったものも見れたし!
外灯の形が違ってたのは残念だけど、ベンチも見つかったし! ←のか??
もう、思い残すことはございません。 楽しかったな~~!!
お話の続きでございます。
うん、どんどん色気がなくなってくるな~~。
緋色の月(5)
公園を出て、薪は青木が連れて行かれた警察署に向かった。
事を大きくするのは本意ではないが、被疑者に確定されてからでは遅い。色々と、調べられてはまずいこともあるし。
気になるのは、夜の11時ごろ、青木を公園で見たという目撃証言だ。
それは明らかな間違いで、他ならぬ薪自身がその証人だ。見間違いならともかく、偽証だとしたら。そこには真犯人の意図が隠されているかもしれない。
とにかく、捜査資料が欲しい。詳しい情報を得られないことには、さすがの薪もお手上げだ。
小さな警察署の受付で警察手帳を明示し、「署長にお取次ぎを」とアクリルボードに顔を付けんばかりにして迫ると、受付の婦人警官は何故か真っ青になって、指をぶるぶると震わせながら署長室に電話を入れた。
ご案内します、と受付室から出てきて薪の前を歩く彼女の肩は竦みあがって、そんなに怖がらなくても取って食いやしません、とつい威嚇を重ねたくなる。青木を連れて行った警官たちとは雲泥の差だ。横柄なのと過緊張と、ここは両極端な職員が混在した警察署らしい。
署長室では、I 警察署の責任者が薪を待っていた。
署長は眼鏡を掛けた50代の小太りな男で、いかにも田舎の警察署長というイメージだった。着慣れているのだろう、制服がよく似合っている。
「うちの職員が、大変ご無礼を致しました」
開口一番、薄くなった頭を深々と下げて、署長は薪に謝罪した。それから薪にソファを勧めると自分は戸口まで歩いて行き、「おーい、お茶持ってきて!」と廊下に向かって声を張り上げた。アットホームな警察署だ。
「さきほど、謝罪のためにお泊りの旅館に職員を向かわせたんですが。生憎、お出掛けとのことで」
「謝罪はけっこうです。お茶もけっこう」
薪はソファに座ろうとはせず、敢えてコートも脱がなかった。説明や言い訳を聞く気はない、という意思表示のつもりだった。
「私の部下を、早く返していただきたい」
ずい、と署長に迫ると、彼は青ざめた顔をますます青くして、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。言いたい事があるならハッキリ言え、と怒鳴りつけてやろうとしたとき、署長室のドアが開いた。
「残念ながら、警視長殿のご希望に副うことはできかねますな」
お茶汲みにしては、えらく無骨な男だった。強面の、ふてぶてしい顔をして、署長とは正反対の冷ややかな眼で薪を見た。
彼は持ってきた盆をテーブルの上に置いて、自分だけソファに腰を下ろし、背の低い湯飲みに入った日本茶をズッと啜った。その隣に署長がおずおずと、借りてきた猫のようにちんまりと座った。お茶を持ってきた男は、清川と名乗り、捜査一課の課長をやらせてもらってます、と言葉だけは謙虚に自己紹介をした。
ここはあれか、地方では時々あると聞いた、捜査一課が署長より強いタイプの警察署なのか。ならば、このお飾り署長に掛け合っても無駄だ。目の前の一課長を落とさなければ。
「何故です? 彼にはアリバイがあります。この私が証人です」
彼の向かいにどっかりと腰を下ろし、薪は優雅に脚を組む。両手は肘掛に預けて、いかにも上から命令することに慣れた人間らしい高慢な目つきで、
「私の証言が信用できないと?」
顎を上げて上から見下すように、冷徹に酷薄に、それは薪が長年鍛え上げてきた最強の武器だ。凍りつくような視線は、暴力団幹部との相対にも慣れた本庁の組対5課の猛者ですら震え上がらせることができる。はずなのに、
「そんなことは言っちょりません。ただ、証拠がね」
お国訛りの軽い返事が返ってきて、薪は内心焦る。
薪のブリザード攻撃が効かないなんて。本庁でも効き目がないのはごく限られた人間なのに、さては青木と付き合ううちに人間が丸くなって威力が落ちたか、と思うが、隣の署長が氷付けになっているところを見るとそうではないらしい。
課長は自分の頭上でひらひらと手を振り、困惑の思案をその無愛想な顔に浮かべ、「署長。あとはうちのほうで」と隣に座った最高責任者にそっと耳打ちした。無言で二度頷いて、薪にペコペコと頭を下げ、署長は部屋を出て行った。
怯えきった署長の背中に、薪は心の中で舌打ちする。部下に睨みが効かないどころか、心配されて匿われて。薪はああいう階級に職務内容が釣り合わない人間が大嫌いだ。まだ目の前の横柄な課長の方が、同じ警察官として好感を持てる。彼は、自分の責務を全うしている。犯人を一刻も早く検挙する、という捜査一課長としての責務を。
清川は、「これはまだ、マスコミにも伏せとります。内密に願いますよ」と前置きしてから、薪がかすかに期待していた情報を教えてくれた。
「女の被害者の体内から、真犯人のものと思われる体液が見つかりました」
それを聞いて、薪は思わずほっと息を漏らした。緊張の糸が解け、自然に肩の力が抜けた。
これでもう安心だ。真犯人のDNAさえ検出できれば、青木の無罪は立証される。50年前には約2日を要したDNA鑑定も、2009年にN大学の理工学部が開発した新しい石英ガラス管による装置のおかげで、半日もあれば結果が出せるようになった。遅くとも、今日の夕方には釈放されるだろう。
しかし、次に薪の耳に入ってきた言葉は、彼を一瞬で混沌に突き落とす悪夢の槌撃であった。
「DNA鑑定の結果、被疑者青木一行のものと一致しました」
*****
うふふふふ~~。 ←楽しいらしい。
ちょっと私信です。
しづの我儘につきあってくださった方々、ありがとうございました。
死ぬまでに一度は見ておきたかったものも見れたし!
外灯の形が違ってたのは残念だけど、ベンチも見つかったし! ←のか??
もう、思い残すことはございません。 楽しかったな~~!!
お話の続きでございます。
うん、どんどん色気がなくなってくるな~~。
緋色の月(5)
公園を出て、薪は青木が連れて行かれた警察署に向かった。
事を大きくするのは本意ではないが、被疑者に確定されてからでは遅い。色々と、調べられてはまずいこともあるし。
気になるのは、夜の11時ごろ、青木を公園で見たという目撃証言だ。
それは明らかな間違いで、他ならぬ薪自身がその証人だ。見間違いならともかく、偽証だとしたら。そこには真犯人の意図が隠されているかもしれない。
とにかく、捜査資料が欲しい。詳しい情報を得られないことには、さすがの薪もお手上げだ。
小さな警察署の受付で警察手帳を明示し、「署長にお取次ぎを」とアクリルボードに顔を付けんばかりにして迫ると、受付の婦人警官は何故か真っ青になって、指をぶるぶると震わせながら署長室に電話を入れた。
ご案内します、と受付室から出てきて薪の前を歩く彼女の肩は竦みあがって、そんなに怖がらなくても取って食いやしません、とつい威嚇を重ねたくなる。青木を連れて行った警官たちとは雲泥の差だ。横柄なのと過緊張と、ここは両極端な職員が混在した警察署らしい。
署長室では、I 警察署の責任者が薪を待っていた。
署長は眼鏡を掛けた50代の小太りな男で、いかにも田舎の警察署長というイメージだった。着慣れているのだろう、制服がよく似合っている。
「うちの職員が、大変ご無礼を致しました」
開口一番、薄くなった頭を深々と下げて、署長は薪に謝罪した。それから薪にソファを勧めると自分は戸口まで歩いて行き、「おーい、お茶持ってきて!」と廊下に向かって声を張り上げた。アットホームな警察署だ。
「さきほど、謝罪のためにお泊りの旅館に職員を向かわせたんですが。生憎、お出掛けとのことで」
「謝罪はけっこうです。お茶もけっこう」
薪はソファに座ろうとはせず、敢えてコートも脱がなかった。説明や言い訳を聞く気はない、という意思表示のつもりだった。
「私の部下を、早く返していただきたい」
ずい、と署長に迫ると、彼は青ざめた顔をますます青くして、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。言いたい事があるならハッキリ言え、と怒鳴りつけてやろうとしたとき、署長室のドアが開いた。
「残念ながら、警視長殿のご希望に副うことはできかねますな」
お茶汲みにしては、えらく無骨な男だった。強面の、ふてぶてしい顔をして、署長とは正反対の冷ややかな眼で薪を見た。
彼は持ってきた盆をテーブルの上に置いて、自分だけソファに腰を下ろし、背の低い湯飲みに入った日本茶をズッと啜った。その隣に署長がおずおずと、借りてきた猫のようにちんまりと座った。お茶を持ってきた男は、清川と名乗り、捜査一課の課長をやらせてもらってます、と言葉だけは謙虚に自己紹介をした。
ここはあれか、地方では時々あると聞いた、捜査一課が署長より強いタイプの警察署なのか。ならば、このお飾り署長に掛け合っても無駄だ。目の前の一課長を落とさなければ。
「何故です? 彼にはアリバイがあります。この私が証人です」
彼の向かいにどっかりと腰を下ろし、薪は優雅に脚を組む。両手は肘掛に預けて、いかにも上から命令することに慣れた人間らしい高慢な目つきで、
「私の証言が信用できないと?」
顎を上げて上から見下すように、冷徹に酷薄に、それは薪が長年鍛え上げてきた最強の武器だ。凍りつくような視線は、暴力団幹部との相対にも慣れた本庁の組対5課の猛者ですら震え上がらせることができる。はずなのに、
「そんなことは言っちょりません。ただ、証拠がね」
お国訛りの軽い返事が返ってきて、薪は内心焦る。
薪のブリザード攻撃が効かないなんて。本庁でも効き目がないのはごく限られた人間なのに、さては青木と付き合ううちに人間が丸くなって威力が落ちたか、と思うが、隣の署長が氷付けになっているところを見るとそうではないらしい。
課長は自分の頭上でひらひらと手を振り、困惑の思案をその無愛想な顔に浮かべ、「署長。あとはうちのほうで」と隣に座った最高責任者にそっと耳打ちした。無言で二度頷いて、薪にペコペコと頭を下げ、署長は部屋を出て行った。
怯えきった署長の背中に、薪は心の中で舌打ちする。部下に睨みが効かないどころか、心配されて匿われて。薪はああいう階級に職務内容が釣り合わない人間が大嫌いだ。まだ目の前の横柄な課長の方が、同じ警察官として好感を持てる。彼は、自分の責務を全うしている。犯人を一刻も早く検挙する、という捜査一課長としての責務を。
清川は、「これはまだ、マスコミにも伏せとります。内密に願いますよ」と前置きしてから、薪がかすかに期待していた情報を教えてくれた。
「女の被害者の体内から、真犯人のものと思われる体液が見つかりました」
それを聞いて、薪は思わずほっと息を漏らした。緊張の糸が解け、自然に肩の力が抜けた。
これでもう安心だ。真犯人のDNAさえ検出できれば、青木の無罪は立証される。50年前には約2日を要したDNA鑑定も、2009年にN大学の理工学部が開発した新しい石英ガラス管による装置のおかげで、半日もあれば結果が出せるようになった。遅くとも、今日の夕方には釈放されるだろう。
しかし、次に薪の耳に入ってきた言葉は、彼を一瞬で混沌に突き落とす悪夢の槌撃であった。
「DNA鑑定の結果、被疑者青木一行のものと一致しました」
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うふふふふ~~。 ←楽しいらしい。