クッキング2 (4)
毎日、過去記事にたくさんの拍手をありがとうございます。
ご新規の方、読み直してくださってる方、少しずつ楽しみながら読んでくださってる方、
ありがとうございます、うれしいです。(*^^*)
おかげさまで、そろそろ右脳が疼いてきたので、みなさまへの感謝を込めまして、新しいお話を書こうと思います。 2万5千拍手御礼SSということで、
青木さんが誘拐されて殺されちゃう話と、薪さんが銃撃戦に巻き込まれて死んじゃう話、どっちがいいですか?(いつも物騒な話ですみません)
あ、どっちもイラネーですか? でもきっと書いちゃう。
お話の方は、やっと料理の話題が出ました。
ここからが本筋なので、よろしくお願いします。
クッキング2 (4)
「反対されてるんですか? それで薪さんに相談を?」
青木は心配したが、「まさか」と雪子は呆れた顔で首を振り、
「お義母さまは賛成してくださってるわ。正直言うと年齢のことも気になってたんだけど、安心して任せられるって言ってくださって」
「甘いですよ、雪子さん! 一人息子を嫁に奪われた姑の嫉妬ってのは凄まじいんですから。ごはんに小石はお約束、ケーキにはマチ針、紅茶にはガラスの破片、お気に入りの白衣は鋏でズタズタにされ、ふごごっ」
「青木くん。薪くんには愛憎ドロドロタイプの昼ドラと韓ドラは見せないでって言ったじゃない。影響されやすいんだから」
「すみません。オレの目を盗んで見てたみたいで」
岡部にも言われたから注意していた心算だったが、青木も24時間薪を見張っていられるわけではない。できることなら一緒に住んで、プライベートでは片時も離れずに過ごしたいと思うが、その申し出に薪が応じてくれる確率はゼロだ。自分たちの関係を誰にも気付かれないようにと、外で一緒に食事をすることさえ二の足を踏む薪が、同居なんて。うんと言ってくれるわけがない。
「ところで、何が問題なんです? お母さんが結婚に賛成なら、何も悩むことはないんじゃ」
「それが……母に先生の手料理をふるまう約束をしてしまって」
「ええっ!!」
あまりにも驚いたので、青木の手は薪の口から離れてしまったが、彼もまた言葉を失っていた。さもあらん、薪は雪子の20年来の友人。雪子の料理に対する畏怖は、青木よりもずっと大きいのだ。
「なんでそんな恐ろしい約束を」
「知らなかったんですよ。先生とはいつも外食ばかりだったし、たまに差し入れてもらう弁当はめちゃめちゃ美味いし」
「お弁当?」
「さっき、初めて聞いたんです。室長が作ってるって」
怪訝な表情を薪に向けられて、雪子が気まずそうに眼を逸らす。竹内に差し入れると判っていたら薪が手を貸すわけがないから、これは多分。
「いえその……、薪くんがお裾分けしてくれるおかずをね、ちょちょっと詰めて、竹内が残業のときとかに」
「ひどいですよ、雪子さん」
雪子にはいつも寛容な薪が、今回ばかりは不機嫌に眉根を寄せる。薪が怒るのも無理はない。薪の心づくしをさも自分の手柄みたいに、他人の褌で相撲を取るとはこのことだ。
「僕は雪子さんの為に作ってたのに。こんな男に食べさせるくらいなら、ゴミ箱に捨ててくださいよ」
あ、そっちですか。
「……俺、ゴミ箱以下っすか」
薪に冷たくされて落ち込む竹内の姿は青木の優越感を高めてくれるが、同時に昔の自分の姿を思い出したりもして、青木は我が身の振り方に迷う。満悦と安堵と同情と、人の心はいつだって一つの感情にはまとまらない。
とりあえずは「元気出してください」と竹内を慰めると、竹内は青木の友情に勇気付けられたように微笑み、丸めていた背中をしゃっきりと伸ばした。
「室長、そういう訳なんです。手伝っていただけませんか」
「イヤです」
事情を聞いても態度は変わらない。薪は頑固だ。一旦決めたらテコでも動かない。薪の性格は十分に心得て、しかし雪子は食い下がる。彼女も必死だ。もしかしたら竹内との結婚話が白紙に戻るかもしれないのだ。
「薪くん。さっき、あたしのパンツ見たでしょ?」
「……それをここで出しますか」
「ちょ、何の話ですか?」
「うるさい、おまえは黙ってろ」
青木には与り知らぬことで、恋人の立場からは聞き流せるはずもないことなのに、薪から一喝されて青木は黙るしかない。パクパクと口を動かして声にならない抗議を繰り返す青木の肩を、竹内が宥めるように叩いた。
「謝ったくらいじゃ許しません。精神的苦痛を味あわされた、その代償を求めます」
「もちろん責任は取ります。雪子さん、僕と結婚しましょう」
「「何をおっしゃいますか、男爵サマっ!!」」
恋人と婚約者の同時ツッコミにも怯まず、薪は気取った仕草で肩をそびやかし、
「竹内さんには気の毒ですけど。しかし、これは男としての責任ですから」
「いやあの……竹内には下着どころかその中身まで見られちゃってるし」
「うわああああんっ!!」
雪子と竹内の関係は知らない訳じゃない、でも本人から聞かされてショックだったのだろう。何も見たくない聞きたくないとばかりに、薪はソファに突っ伏して泣き始めてしまった。
「室長、この世の終りみたいに泣いてますけど。放っておいていいんですか?」
「いると話が進まないから。泣かせておきましょ」
「そうですね」
号泣する薪をよそに、3人は日曜日の対策を練ることにした。3人寄れば文殊の知恵、何かいい案が出るかもしれない。
「竹内さんのお母さんに、先生は仕事が忙しくて料理を習う暇がなかった、って正直に言ったらどうですか? 実際料理なんて、結婚して毎日やるようになれば嫌でも上手くなるんだし」
「それが、ちょっとマズイんだ」
竹内は困惑に眉を顰め、そうすると同性の青木が惚れ惚れするくらい、彼は憂愁を帯びた二枚目になる。竹内の顔は見慣れているはずの雪子が、束の間見惚れるくらいだ。
「おふくろは料亭の雇われ女将をやっててさ。だから職業柄、舌は肥えてる方だと思う。で、以前うちに泊まった時、ちょうど先生に差し入れてもらった弁当があったんで、それを」
「彼女が作ったって言って食べさせちゃった?」
当たり、と竹内は白旗のごとく両手を挙げ、
「こんなに料理が上手い女性を逃しちゃダメよ、ってハッパ掛けられてさ。結婚に賛成してるのも、そこが大きいんだと思う」
竹内にその心算はなくとも、結果的には母親を騙したことになってしまった。婚約したとは言っても当人同士が指輪のやり取りをしただけ、正式な結納はこれからだ。そんな微妙な時期に、嘘が露呈するのを避けたい気持ちも分からなくはない。
しかし。
「お二人の不安も分かりますけど、嘘はどうかと。ステキ奥様のポイントは、料理だけじゃないですよ。掃除とかも重要な」
いや、ダメだ。雪子は掃除も苦手だった。億劫がっているわけではなく、やればやるほど散らかってしまうのだ。
「家事も大事ですけど、妻としてもっと重要なのは、夫を癒してくれるやさしさとか可愛らしさとか細やかな気配りだと」
雪子の性質はバリバリのキャリアウーマン。男には負けないわと対抗意識を燃やす前に、男の方が恐れをなして逃げていく。やさしくて面倒見は良いが、それ以上に厳しさも持ち合わせていて、結婚したら間違いなくスパルタ方式で夫を引き摺って行く姉さんタイプ。性格は竹を割ったようにカラッとしているが、その分大雑把で気配りは望めない。
「三好先生には先生の良さがあると思います」
「なんでオンリーワン的な言葉でまとめようとしてるのよ?」
「いえその、先生たちの場合、破れ鍋に閉じ蓋と言うよりは竹内さんの忍耐がキーポイントかと……」
「どういう意味!?」
青木の言葉を証明するように、言葉と同時に雪子の手は青木の手首を捉えた。
「オレの関節を壊したところで竹内さんの苦労は変わらな、いたたた!!」
素早くキメた手首を関節の可動域を超えて曲げると、青木は悲鳴を上げた。青木の場合、口を滑らせたと言うよりは嘘が吐けない性格だと分かっているからいっそう腹が立つのだ。
「青木、俺は家政婦が欲しいわけじゃない。先生には、『一生俺の傍で俺の話を聞いてほしい』ってプロポーズしたんだ。勿論、先生の話も聞かせてほしいよ」
自分でも情けなかったと自覚しているプロポーズの言葉を、それでも竹内は心の底から満ちてくる幸福感を噛み締めるように、青木に話した。竹内の照れ臭そうな様子に当てられたのか、雪子もまた気恥ずかしそうに青木から離れ、ソファの上で居住まいを正した。
「掃除なんか俺がやればいい。料理も俺がする」
竹内は本当に雪子のことを愛しているのだ、と青木は思う。共働きの場合、結婚前に家事を分担制にしようと言ってくれる男は少なくないと思うが、全面的に自分がやることを約束してくれる男は中々いない。
「俺なら椅子の脚を折らずに掃除機が掛けられるし、窓ガラスを拭いてもガラスにヒビは入らない。料理もそこそこのものは作れるし、てか、先生には二度とキッチンに立たないで欲しい、あの物体をもう一度食べて生き残れる自信はない……」
愛も深いけど、それ以上に竹内を家事に駆り立てる何かがあるらしい。この辺は追及しない方がよさそうだ。
「先生、よかったですね。ここまで献身的な人は滅多にいませんよ。愛されてますね」
「どうしてかしら、素直に感動できないんだけど」
婚約者の深い愛情をストレートに受け取ることができないのは、彼女の聡い頭脳のせいか、40歳と言う年齢のせいか。確かに、愛情だけではこの世の荒波は超えていけない。
「そういう事情なら、当日はレストランでの会食にした方が無難かもしれないですね」
「実は、おふくろに言ってみたんだ。先生が立ち働いてたら話もできないから、レストランにしようって。そうしたら」
「ら?」
「おふくろの得意料理の京野菜の炊き合わせを先生に伝授したいから、家がいいんだって」
なるほど、それはレストランでは不可能だ。
「じゃあ、デパ地下でお惣菜を買ってきて並べておくとか」
「却下。言ったろ、おふくろは舌が肥えてるんだ。出来合いの総菜なんかすぐにバレる。そんなもの食べさせたら、この話はなかったことに、って言い始めるかもしれない」
「でも、先生が作ったものを食べさせたら結果は同じですよね」
「そうなんだ」
「ちょっとあんたたち」
酷い言い草だが、雪子にはそれ以上彼らを責めることができない。自分が作った料理を食べる機会が一番多かったのは当然雪子自身、よって彼女は自分の料理の破壊力を誰よりも理解しているのだ。
「そこで是非、室長のお力を」
「なるほど。元はと言えば薪さんの料理が美味しすぎるのが原因ですからね。責任があると言えなくもないですね。薪さん、協力してあげたらどうですか?」
炬燵の中の猫よろしくソファの上に丸まっている薪に、青木は話を振ってみる。泣いても誰も相手にしてくれないのですっかりいじけていたらしい彼は、青木の言葉にすっと顔を上げ、きちんとソファに座り直した。
「そんなのおかしい。僕が料理を作ったら、お母さんを騙すことになる。義理とは言え親になる、そんな大事なひとを騙すなんて。してはいけないことだ」
ご新規の方、読み直してくださってる方、少しずつ楽しみながら読んでくださってる方、
ありがとうございます、うれしいです。(*^^*)
おかげさまで、そろそろ右脳が疼いてきたので、みなさまへの感謝を込めまして、新しいお話を書こうと思います。 2万5千拍手御礼SSということで、
青木さんが誘拐されて殺されちゃう話と、薪さんが銃撃戦に巻き込まれて死んじゃう話、どっちがいいですか?(いつも物騒な話ですみません)
あ、どっちもイラネーですか? でもきっと書いちゃう。
お話の方は、やっと料理の話題が出ました。
ここからが本筋なので、よろしくお願いします。
クッキング2 (4)
「反対されてるんですか? それで薪さんに相談を?」
青木は心配したが、「まさか」と雪子は呆れた顔で首を振り、
「お義母さまは賛成してくださってるわ。正直言うと年齢のことも気になってたんだけど、安心して任せられるって言ってくださって」
「甘いですよ、雪子さん! 一人息子を嫁に奪われた姑の嫉妬ってのは凄まじいんですから。ごはんに小石はお約束、ケーキにはマチ針、紅茶にはガラスの破片、お気に入りの白衣は鋏でズタズタにされ、ふごごっ」
「青木くん。薪くんには愛憎ドロドロタイプの昼ドラと韓ドラは見せないでって言ったじゃない。影響されやすいんだから」
「すみません。オレの目を盗んで見てたみたいで」
岡部にも言われたから注意していた心算だったが、青木も24時間薪を見張っていられるわけではない。できることなら一緒に住んで、プライベートでは片時も離れずに過ごしたいと思うが、その申し出に薪が応じてくれる確率はゼロだ。自分たちの関係を誰にも気付かれないようにと、外で一緒に食事をすることさえ二の足を踏む薪が、同居なんて。うんと言ってくれるわけがない。
「ところで、何が問題なんです? お母さんが結婚に賛成なら、何も悩むことはないんじゃ」
「それが……母に先生の手料理をふるまう約束をしてしまって」
「ええっ!!」
あまりにも驚いたので、青木の手は薪の口から離れてしまったが、彼もまた言葉を失っていた。さもあらん、薪は雪子の20年来の友人。雪子の料理に対する畏怖は、青木よりもずっと大きいのだ。
「なんでそんな恐ろしい約束を」
「知らなかったんですよ。先生とはいつも外食ばかりだったし、たまに差し入れてもらう弁当はめちゃめちゃ美味いし」
「お弁当?」
「さっき、初めて聞いたんです。室長が作ってるって」
怪訝な表情を薪に向けられて、雪子が気まずそうに眼を逸らす。竹内に差し入れると判っていたら薪が手を貸すわけがないから、これは多分。
「いえその……、薪くんがお裾分けしてくれるおかずをね、ちょちょっと詰めて、竹内が残業のときとかに」
「ひどいですよ、雪子さん」
雪子にはいつも寛容な薪が、今回ばかりは不機嫌に眉根を寄せる。薪が怒るのも無理はない。薪の心づくしをさも自分の手柄みたいに、他人の褌で相撲を取るとはこのことだ。
「僕は雪子さんの為に作ってたのに。こんな男に食べさせるくらいなら、ゴミ箱に捨ててくださいよ」
あ、そっちですか。
「……俺、ゴミ箱以下っすか」
薪に冷たくされて落ち込む竹内の姿は青木の優越感を高めてくれるが、同時に昔の自分の姿を思い出したりもして、青木は我が身の振り方に迷う。満悦と安堵と同情と、人の心はいつだって一つの感情にはまとまらない。
とりあえずは「元気出してください」と竹内を慰めると、竹内は青木の友情に勇気付けられたように微笑み、丸めていた背中をしゃっきりと伸ばした。
「室長、そういう訳なんです。手伝っていただけませんか」
「イヤです」
事情を聞いても態度は変わらない。薪は頑固だ。一旦決めたらテコでも動かない。薪の性格は十分に心得て、しかし雪子は食い下がる。彼女も必死だ。もしかしたら竹内との結婚話が白紙に戻るかもしれないのだ。
「薪くん。さっき、あたしのパンツ見たでしょ?」
「……それをここで出しますか」
「ちょ、何の話ですか?」
「うるさい、おまえは黙ってろ」
青木には与り知らぬことで、恋人の立場からは聞き流せるはずもないことなのに、薪から一喝されて青木は黙るしかない。パクパクと口を動かして声にならない抗議を繰り返す青木の肩を、竹内が宥めるように叩いた。
「謝ったくらいじゃ許しません。精神的苦痛を味あわされた、その代償を求めます」
「もちろん責任は取ります。雪子さん、僕と結婚しましょう」
「「何をおっしゃいますか、男爵サマっ!!」」
恋人と婚約者の同時ツッコミにも怯まず、薪は気取った仕草で肩をそびやかし、
「竹内さんには気の毒ですけど。しかし、これは男としての責任ですから」
「いやあの……竹内には下着どころかその中身まで見られちゃってるし」
「うわああああんっ!!」
雪子と竹内の関係は知らない訳じゃない、でも本人から聞かされてショックだったのだろう。何も見たくない聞きたくないとばかりに、薪はソファに突っ伏して泣き始めてしまった。
「室長、この世の終りみたいに泣いてますけど。放っておいていいんですか?」
「いると話が進まないから。泣かせておきましょ」
「そうですね」
号泣する薪をよそに、3人は日曜日の対策を練ることにした。3人寄れば文殊の知恵、何かいい案が出るかもしれない。
「竹内さんのお母さんに、先生は仕事が忙しくて料理を習う暇がなかった、って正直に言ったらどうですか? 実際料理なんて、結婚して毎日やるようになれば嫌でも上手くなるんだし」
「それが、ちょっとマズイんだ」
竹内は困惑に眉を顰め、そうすると同性の青木が惚れ惚れするくらい、彼は憂愁を帯びた二枚目になる。竹内の顔は見慣れているはずの雪子が、束の間見惚れるくらいだ。
「おふくろは料亭の雇われ女将をやっててさ。だから職業柄、舌は肥えてる方だと思う。で、以前うちに泊まった時、ちょうど先生に差し入れてもらった弁当があったんで、それを」
「彼女が作ったって言って食べさせちゃった?」
当たり、と竹内は白旗のごとく両手を挙げ、
「こんなに料理が上手い女性を逃しちゃダメよ、ってハッパ掛けられてさ。結婚に賛成してるのも、そこが大きいんだと思う」
竹内にその心算はなくとも、結果的には母親を騙したことになってしまった。婚約したとは言っても当人同士が指輪のやり取りをしただけ、正式な結納はこれからだ。そんな微妙な時期に、嘘が露呈するのを避けたい気持ちも分からなくはない。
しかし。
「お二人の不安も分かりますけど、嘘はどうかと。ステキ奥様のポイントは、料理だけじゃないですよ。掃除とかも重要な」
いや、ダメだ。雪子は掃除も苦手だった。億劫がっているわけではなく、やればやるほど散らかってしまうのだ。
「家事も大事ですけど、妻としてもっと重要なのは、夫を癒してくれるやさしさとか可愛らしさとか細やかな気配りだと」
雪子の性質はバリバリのキャリアウーマン。男には負けないわと対抗意識を燃やす前に、男の方が恐れをなして逃げていく。やさしくて面倒見は良いが、それ以上に厳しさも持ち合わせていて、結婚したら間違いなくスパルタ方式で夫を引き摺って行く姉さんタイプ。性格は竹を割ったようにカラッとしているが、その分大雑把で気配りは望めない。
「三好先生には先生の良さがあると思います」
「なんでオンリーワン的な言葉でまとめようとしてるのよ?」
「いえその、先生たちの場合、破れ鍋に閉じ蓋と言うよりは竹内さんの忍耐がキーポイントかと……」
「どういう意味!?」
青木の言葉を証明するように、言葉と同時に雪子の手は青木の手首を捉えた。
「オレの関節を壊したところで竹内さんの苦労は変わらな、いたたた!!」
素早くキメた手首を関節の可動域を超えて曲げると、青木は悲鳴を上げた。青木の場合、口を滑らせたと言うよりは嘘が吐けない性格だと分かっているからいっそう腹が立つのだ。
「青木、俺は家政婦が欲しいわけじゃない。先生には、『一生俺の傍で俺の話を聞いてほしい』ってプロポーズしたんだ。勿論、先生の話も聞かせてほしいよ」
自分でも情けなかったと自覚しているプロポーズの言葉を、それでも竹内は心の底から満ちてくる幸福感を噛み締めるように、青木に話した。竹内の照れ臭そうな様子に当てられたのか、雪子もまた気恥ずかしそうに青木から離れ、ソファの上で居住まいを正した。
「掃除なんか俺がやればいい。料理も俺がする」
竹内は本当に雪子のことを愛しているのだ、と青木は思う。共働きの場合、結婚前に家事を分担制にしようと言ってくれる男は少なくないと思うが、全面的に自分がやることを約束してくれる男は中々いない。
「俺なら椅子の脚を折らずに掃除機が掛けられるし、窓ガラスを拭いてもガラスにヒビは入らない。料理もそこそこのものは作れるし、てか、先生には二度とキッチンに立たないで欲しい、あの物体をもう一度食べて生き残れる自信はない……」
愛も深いけど、それ以上に竹内を家事に駆り立てる何かがあるらしい。この辺は追及しない方がよさそうだ。
「先生、よかったですね。ここまで献身的な人は滅多にいませんよ。愛されてますね」
「どうしてかしら、素直に感動できないんだけど」
婚約者の深い愛情をストレートに受け取ることができないのは、彼女の聡い頭脳のせいか、40歳と言う年齢のせいか。確かに、愛情だけではこの世の荒波は超えていけない。
「そういう事情なら、当日はレストランでの会食にした方が無難かもしれないですね」
「実は、おふくろに言ってみたんだ。先生が立ち働いてたら話もできないから、レストランにしようって。そうしたら」
「ら?」
「おふくろの得意料理の京野菜の炊き合わせを先生に伝授したいから、家がいいんだって」
なるほど、それはレストランでは不可能だ。
「じゃあ、デパ地下でお惣菜を買ってきて並べておくとか」
「却下。言ったろ、おふくろは舌が肥えてるんだ。出来合いの総菜なんかすぐにバレる。そんなもの食べさせたら、この話はなかったことに、って言い始めるかもしれない」
「でも、先生が作ったものを食べさせたら結果は同じですよね」
「そうなんだ」
「ちょっとあんたたち」
酷い言い草だが、雪子にはそれ以上彼らを責めることができない。自分が作った料理を食べる機会が一番多かったのは当然雪子自身、よって彼女は自分の料理の破壊力を誰よりも理解しているのだ。
「そこで是非、室長のお力を」
「なるほど。元はと言えば薪さんの料理が美味しすぎるのが原因ですからね。責任があると言えなくもないですね。薪さん、協力してあげたらどうですか?」
炬燵の中の猫よろしくソファの上に丸まっている薪に、青木は話を振ってみる。泣いても誰も相手にしてくれないのですっかりいじけていたらしい彼は、青木の言葉にすっと顔を上げ、きちんとソファに座り直した。
「そんなのおかしい。僕が料理を作ったら、お母さんを騙すことになる。義理とは言え親になる、そんな大事なひとを騙すなんて。してはいけないことだ」