シングルズ(1)

 今週は忙しかったです~~。
 眼精疲労による肩凝りで、吐き気がするくらい。(@@) 
 
 きっとみなさんも、師走だからお忙しいのでしょうね。
 そんな中、今日もこのヘタレブログにお出でくださいまして、誠にありがとうございます。


 気が付いたら、来週はもうクリスマスですよ!
 と言っても、例年通り、うちの会社は仕事なんですけどね。(^^;
 気分だけでも味わおうと思って、25日までの期間限定ですが、テンプレをクリスマス仕様に変えてみました。

 お話の方も、クリスマス特別企画でございます。 
 なんつって、今年書いたんじゃないんですけど。

 実は昨年、クリスマスに合わせて公開しようと書いた話がまんまと間に合わなくて、そのままになっていたんですね。 ちょうど軽いお話でもあることだし、すずまき話の前にこちらを公開します。
 よかった、思い出して。 また1年、寝かすところだった。(笑)


 クリスマスのお題で書いたもので、ストーリーはありません。
 よって、カテゴリは雑文 (=ぐだぐだ) です。

 大した話ではないのでね、お暇な方だけ覗いて行ってください。(^^



 

シングルズ(1)





 きれいに片付けられた自分のデスクの上に一片の仕事も残っていないことを確認し、今井は席を立った。引き出しの施錠を点検し、モニタールームの同僚たちに声をかける。

「すいません、お先に」
「ちょっと待ってくださいよ、今井さん。まだ報告書のまとめが残ってますよ。このヤマ、俺と今井さんの担当でしょう」
「いや、悪いけど今日は」
 自分を引き止めた仕事熱心な糸目の同僚に、今井はこっそりと鞄の蓋を開けて、中に入っているリボンのついた箱を見せる。長さ20センチほどの長方形のその箱は、光沢のあるピンク色の包装紙に包まれており、結ばれた赤いリボンの尻尾は『Xmas』という文字が型押しされた金色のハート型のシールで止められていた。

「……彼女へですか?」
「まあな。わかるだろ? 今日、約束の時間に遅れたりしたらどうなるか」
「ええ、そりゃあもう」
 今井がコソコソしている理由が解ったらしく、小池は声を潜めて頷いた。二人してちらりと奥のドアを見やり、彼らは微笑とも苦笑ともつかぬ形に唇を歪める。
 
 ふたりが勤務する法医第九研究室は研究所の中で最も仕事に対してストイックな部署として、その名を科警研内だけでなく、隣接する警察庁及び警視庁にまで知らしめている。と言うのも、この研究室に君臨する室長はとても厳格な人物で、仕事の鬼どころか魔王とまで噂されるほど職務には厳しいからだ。
 『報告書を上げるまでが捜査』が持論の室長に、手付かずの書類を残して退室しようとしていることを知られたら、間違いなく今井の今日の予定は握りつぶされる。

 今井は仲の良い同僚の顔を見て、「悪いな」と笑いかけた。ニコッと笑いを返してくれる、小池の細い目に確かな友情を感じる。
 男の友情というのは、本当にいいものだ。何故引き止めなかったと、後で自分が鬼上司に叱られるかもしれないのに、こうして今井の私事を優先してくれようとしている。
 篤い友情に感激する今井の前で、小池はおもむろに立ち上がり、両手を自分の口の横に置くと、
「大変です、室長! 今井さんが仕事よりプライベイトを優先しようとしていますっ!!」
 ……信じた俺がバカだった! 男の友情なんか幻想だよ!!

「なに叫んでくれてんだ、裏切り者!」
「裏切り者はどっちですか!! 第九に彼女持ちなんて、あっちゃいけないことなんですよっ!!」
「自分がクリスマス直前に彼女に振られたからって、俺まで巻き込むなよ!」
「ちょっと今井さん」
 言い過ぎた、と思った瞬間、謝るより前に曽我が口を挟んできた。曽我は小池の親友だ。親友の生傷に無遠慮に踏み込んだ今井を許せなかったのだろう。非難される立場でありながら、彼らの間に確かな友情を感じて、今井は頬を緩ませた。
 
 曽我は同情心いっぱいの顔で、
「小池はまだ失恋の傷が癒えてないんですよ。それなのに、そんなにハッキリ『振られた』とか言ったら、小池が可哀相ですよ。そりゃー、クリスマスの3日前になって彼女に振られる小池の方がしょっぱすぎるってことは解ってますけど、それでも振られたことは事実なんですから、そこはそっとしといてやるべきだと。まあ、彼女の方も、クリスマスのデートも危ない小池より、公務員の彼のほうへ流れるのは当たり前かも知れませんけど……あ、知ってます? 今井さん。小池の元カノの新しい彼氏って、市役所に勤めてて、顔も小池よりカッコよくて」
「曽我、その辺でカンベンしてやれよ。小池、泣いちゃったぞ」
 慰めるつもりが逆に傷に塩を塗ってしまっている。曽我のKYは何とかしないと、そのうち刺されるかもしれない。

「ふっ。俺を出し抜いて彼女作ったりするからですよ。当然の報いです」
 わざとかよ!? なんて醜いんだ、男の友情!!
「曽我、おまえなんか彼女を作ることもできないから、振られるまで行き着かないくせに! だったら俺のほうがマシだ!」
「ああっ、言ってはならないことを! この糸目!」
「何を! このメタボ体型が!」
 みにくい。醜過ぎる。

「おまえら、いい加減にしろよ? 身体的特徴を攻撃対象にするなんて、小学生以下だぞ」
 地の底から響くような凄みのある低い声が聞こえて、二人はパッとお互いの口を手で塞ぎ合う。何をやっても息の合う二人だ。
「室長に聞かれたら、全員ここに泊まりになるぞ」
 副室長の岡部が、ボキボキと指の骨を鳴らしながらこちらを見ている。細い眉を吊り上げた三白眼にぎろりと睨まれて、思わず身を寄せ合う小池と曽我のコンビが、震えながらコクコクと頷いた。

「まあ、俺はそれでもいいですけどね」
 カタカタとキィを叩きながら、眼鏡の奥の眼はモニターに据えたまま、第九随一のシステムエンジニアはシニカルに言い放つ。
「俺の恋人はコイツですから」
 コンピューターオタクの宇野は、MRIシステムをこよなく愛している。犯罪捜査よりもプログラム開発が好きな宇野は、心の底ではシステム開発室へ行きたがっているのではないかと思うのだが、現場にも一人システムメンテナンスのプロを置いておきたい室長の意向を汲んで第九に留まっているものと、今井は見ている。

「俺たち、宇野に比べればまだマシかもな」
「そうだな。少なくとも、現実の女の子と話をして楽しいと思えるもんな。画面の美女じゃなくて」
「ちょっと待て、人をアキバのオタクと一緒にするな」
 こそっと呟いた小池と曽我の会話を耳ざとく聞きつけて、宇野はモニターから目を離した。執務椅子をくるりと回して、椅子ごとこちらに向き直る。

「俺はな、その辺の女じゃ満足できないんだよ。室長が女装したときくらいの美女じゃないと、食指が動かないの」
「はあ!? どんだけメンクイだよ」
「鏡見たことあるのか、おまえ」
「仕方ないだろ? 毎日あの顔見てんだから。あのクラスじゃないと、ときめかないんだよ」
「あ、それ分かります。オレも、薪さん以外のひとには何にも感じなくなって、痛い!」
 会話に入ってきた瞬間にいらんことを言って岡部にどつかれたのは、第九最年少の青木だ。突かれた衝撃で持っていたコピーの束を床にばら撒いてしまい、慌てて拾い集めている。

 コピー紙を拾うのを手伝ってやろうと床に屈んだ今井の前に、ふと人影が差した。
 ダークグレイの細身のスラックスに包まれた二本の足。磨き上げられたカルツォレリア・トスカーナの黒い革靴。このブランドが気に入りの上司が、自分の部下たちの中で唯一、鞄を持ってコートを着込んで帰り支度を整えている自分に向けているであろう氷の視線を予想して、今井は固まる。

「すみません、今日は帰らせてください!」
 謝るが勝ちだ。幸い、土下座に近い格好をしていることだし、誠意も伝わり易いかも。
「お願いします、室長。今日だけは見逃してください。西葛西の報告書は、明日の午前中に必ず提出しますから」
 必死になって頭を下げる今井の傍に、室長はひょいと屈んだ。みんなと一緒になって床に落ちているコピー紙に手を伸ばしながら、穏やかな口調で、
「構わんぞ。西葛西の事件は急ぎの案件ではないし。みんなも、キリの良いところで帰っていい」
「「「えええ! そんな!!」」」

 嬉しそうな今井の笑顔のその向こうに、いくつかの悲壮な声音が重なり、薪は目を丸くする。クリスマスイブに定時で帰っていいと部下に申し渡して、ブーイングを食らうとは思わなかったのだろう。
「帰りたくないのか? おまえらにだって、イブの予定くらいあるだろう」






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ジャンル : 小説・文学

シングルズ(2)

シングルズ(2)





「帰りたくないのか?おまえらにだって、イブの予定くらいあるだろう」

 そんなのありません、と一様に首を振る一部の部下たちに、薪は大きな瞳の虹彩を小さく引き絞って、
「ないのか?」と繰り返した。
「だって、俺たち恋人もいないし」
「年中、約束を違えてるものだから、誘ってくれる友人もいなくなっちゃったし」
「家に帰っても誰もいないし。かと言って街に出ればカップルばかりだし」
 小池、曽我、宇野……なんて寂しいやつらだ。本気で可哀想になってきた。

「だったらみんなで仕事してた方がマシだよな。気も紛れるし」
「そうそう。淋しいのは自分だけって思わなくていいし」
「でも、俺たちだけで仕事するってのは、あまりにも不公平だと思う」
「「「みんな一緒に不幸になればいい」」」
 …………この僻み根性さえなければ。

「ぷっ」
 3人のあからさまな呪詛の言葉に、薪は失笑した。
 右手の拳を口元に当て、いつもはきつく吊り上げられた眉をゆるりとたゆませ、亜麻色の眼をやさしく細める。すべらかな頬は丸みを強め、持ち上げられた口角には華やぎと愛くるしさが添えられる。
 なるほど、宇野の言葉も納得できる。これを見た後に街へ出て女性を見ても、何も感じないかもしれない。

「おまえらはそれで良いかもしれないが、予定の有る者にはいい迷惑だろ。残りたい者だけで残れ。今日は僕も定時で帰るから、後は好きにしろ」
 意外だった。
 特に急ぎの仕事がなくても、書類や報告書の整理で一番遅くまで第九に居るのが当たり前になっている薪が、クリスマスイブとはいえ、定時で帰るなんて。この人に恋人がいるわけはないし、友人はもっといないだろう。残る可能性は部下に気を使ってくれている、ということになるが、それも何だか後が怖い。

「ではすみません、お言葉に甘えまして。私は先に帰らせていただきます」
 室長の言に一番最初に乗ったのは、土下座までして定時退室を申し出た今井ではなく、第九に入って一年にもならない新人の山本だった。
 意外な言葉に、執務室の全員の眼が彼に注がれた。
 山本はある意味、薪の対極に位置する人間だ。それは、この世には必ず相反するものが存在する、という理の証明とも言えた。
 山本は薪と正反対の外見を持っている。つまり、薪が年の割りに異常に若いのと反対に、異常に老けているのだ。年齢は薪と一つしか変わらないはずなのに、贔屓目に見ても50代後半。下手をしたら還暦を過ぎた今井の祖父より年上に見える。
 そんな彼に、クリスマスイブを共に過ごす誰かがいる、という可能性は、限りなくゼロに近いように思えた。問い質すのも失礼かと思いつつ、今井は真実を追究するのが宿命の捜査官だ。確かめずにはいられない。

「山本。予定、あるの?」
「はい。家で妻と娘が待ってますから」
 
 …………。

 今井が自分を取り戻したときには、壁に掛かった時計の秒針はゆうに一回りしていた。
 人間、あまりにも予想外の言葉を聞くと、思考を停止させてその衝撃に対抗しようとするのかもしれない。謂わば、自己防衛に基づく意識の喪失というわけだな、うん。

「ツマ……」
「ムスメ……」

 今井と同じように自失していた同僚たちが我に返り、記憶の中からその言葉の持つ正確な意味を探し出そうと、二つの言葉を繰り返し発音している。ひとりだけ平気な顔をしているのは室長だが、これは驚くに当たらない。彼は職務上、部下の家族構成をすべて把握しているからだ。

「き、きっと尻に敷かれてるんだぜ。山本って気が弱そうだし」
「もちろんさっ」
 引き攣った半笑いの表情でヒソヒソとやっかむ小池に、曽我が意気込んで相槌を打つ。が、その声もまた魂の抜けたような声音だった。
「休みの日には粗大ゴミ扱いされて、奥さんに邪険にされてさ」
「娘には疎ましがられて、お父さんの服とアタシの服一緒に洗濯しないで、とか言われてんだぜ。カワイソウに」
「俺はそうはなりたくないな!」
「まったくだ! 独身の方が自由でいいよな!」
「「はははは……はあ……」」

 いかに不幸な夫、不憫な父親像を山本に重ねても、彼が聖なる夜を愛する家族と共に過ごすという事実は少しも揺らがず。哀れな彼を想像するほどに虚しさは募るばかり。
 帰り支度を整えた山本が、寒そうな頭に中折れ帽を乗せ、内ポケットからおもむろに携帯電話を取り出した。画面を開き、それを無言で小池たちの方へ向ける。
 大きめの液晶画面には、デコレーションケーキの後ろで微笑む中学生くらいの可愛らしい少女と、彼女に良く似た妙齢の美女。通信欄に打ち出された文章に、小池の眼が――――― 開いた。
『パパ、ケーキできたよ! 早く帰ってね♪』

 度の強い角縁眼鏡の奥の暗い眼が光り、薄い唇が勝ち誇ったように笑った。
 かちーん。 
 次の瞬間、山本に向かって繰り出された小池の右腕は、彼の数倍の筋力を持つ腕に阻まれた。

「押さえろっ、小池! 手を出したらこっちの負けだ!!」
「あいつが笑うと異様にむかつくんすよっ!!」
 力自慢の岡部に後ろから羽交い絞めにされ、身動きの取れないまま、小池は尚も山本を罵ったが、山本本人は何処吹く風。自分の優位を自覚しているのだ。

「山本、おまえ早く帰れ」
「はい。失礼致します」
 山本は慇懃無礼スレスレの深さに頭を下げて、出口に向かって歩き始めた。が、すぐ何かに気付いたように足を止め、
「ああ、岡部副室長。副室長が書かれた報告書の誤字を訂正しておきましたから、後で確認しておいてください」
「う……わ、分かった」
 何もみんなの前で言うことはあるまいに、と山本にそんな気遣いを期待するだけ無駄だ。岡部もそれくらいのことで怒るほど、度量の狭い男では―――――。

「あの、副室長。もしよろしければ、娘の漢字検定の参考書のお下がりがありますから、それを差し上げましょうか。クリスマスプレゼントということで」
 …………ぷっつん。

 今井が危険を察知したときには、既に淋しんぼトリオの3人組が、理性を失った岡部を取り押さえている状態だった。
「抑えてっ! 抑えてください、岡部さん!」
 さっきまでと逆の体勢になった岡部が、怒りのために青ざめた顔を般若のように歪め、振り絞るような声で叫んだ。

「このっ、ウスラハゲがっ!!」
「おや、ご自分の学力をお認めになられましたか」
「ああ!?」
「先ほど岡部副室長は、身体的特徴を攻撃対象にするのは小学生以下の発想だと仰られました」

ぶっつん、ばっつん、ぼっつん!!

「うおおお!!!」
「やばい、小池と違ってマジで死人が出るぞ!!」
「3人じゃ押さえきれん! 青木、手伝え!」
「はい! 岡部さん、落ち着い、いったあいっっ!!!」
 青木が蹴られた。角縁眼鏡が山本と被ったらしい。
「室長、何とかしてください!」
 今井は薪に向かって懇願する。暴走し始めた岡部を止められるのは薪だけだ。

 薪は重々しく頷いて室長の威厳を見せ、余裕の表情で腕を組み、涼やかな視線を二人に向けると、
「そんなに楽しそうにジャレ合えるようになるなんて。山本と岡部は、すっかり仲良くなったな。組ませて良かった。次の案件も、その調子で頼むぞ」
「「「「「カンベンしてください――――っっ!!!」」」」」
 恐慌状態の執務室でひとりだけズレまくった見解を発する上司に頭を下げ、今井は山本の腕を引いて、阿鼻叫喚のるつぼと化した部屋から飛び出した。




*****

 法十名物、第九ギスギスフィーリング。
 ホント、うちの連中ってみんな仲悪い。(笑)

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シングルズ(3)

シングルズ(3)





 山本の姿が見えなくなってからも上手く怒りを収められずにいた岡部は、それでもズボンのポケットに入った携帯の着信に気付いた。
 身体の力を抜き、携帯のフラップを開ける。着信メールを確認した途端、現金なことに彼の顔は、先刻の怒りが嘘のように穏やかなものへと変化する。
「すみません、室長。俺も帰っていいですか? お袋と約束があって」
 
 岡部は母親との二人暮らし。親孝行の彼は、母親をとても大事にしている。
 この年になって母親と二人で食事に行ったり、買い物に付き合ったりするのはマザコン扱いされかねないが、彼の場合はその外見と質実剛健たる実績が見事にそれを許さない。硬派の彼が女性にデレデレする姿すら想像できないのに、ましてや相手が母親ともなれば、それは尊敬の対象にしかならない。

「岡部さんのお母さんは幸せですね。こんな親孝行な息子、何処にもいないですよ」
「俺も少し、見習わなきゃなあ。たまには田舎の母ちゃんに、クリスマスプレゼントくらい贈ってやるか」
 感心した口調で小池と曽我が岡部の美徳を讃えると、岡部は複雑そうな顔になって、しかし取り立てて反論はせずに帰り支度を始めた。そんな岡部を、薪が妙にニヤついた顔をして見ているのを不思議に思った青木が首を傾げたが、やはり何も言わずに口を結んだ。

「すいません、室長。俺も帰ります。今、ネトゲ仲間からイベントの誘いが来て」
 素早く返信メールを打ちながら、宇野が朗らかに言った。彼の私物のノートパソコンには、イベントの内容だろうか、ゲームキャラクターの格好をしてケーキを食べている人々の姿が映っている。ちょっと普通の人間には入れない雰囲気だ。

 母親に、ネトゲ友だち。
 どちらも歯軋りするほど羨ましい相手ではないが、自分たちより幸せなことに変わりはなかった。が、先刻のように表立った妨害工作はできない。岡部には逆らいたくないし、宇野に到ってはゲームオタクのイベント。そんなものまで羨んだら、自分がミジメすぎる。
 ただ、やはり取り残される寂寥感はわだかまって、二人の姿が執務室から消えた後、小池は誰にともなく叫んだ。
「ちくしょーっ!! 今日は徹夜で書類整理だっ!!」
「分かる、おまえの気持ちすごくよく分かるよ、小池!男は仕事に生きてナンボだよな。俺も付き合うからな」
 仕事の上でもこの二人は実にいいコンビだが、漫才をやらせたら研究所内で右に出るものはいないに違いない。

「さて、僕も帰るぞ。後はよろしくな」
 黒いカシミヤのコートを着た薪は、机に置いた鞄を小脇に抱えた。小池と曽我は、声を揃えて頭を下げる。
「お疲れさまでした!」
 さすがに、室長を引き留める気はない。それに、どうせこの人は家に帰っても独りだし。
 と、思っているのはこの部屋の中では2名だけ。
 恋人たちが愛を語り合う聖なる夜、薪も当然、秘密の恋人と約束している。ちらりと彼に眼を走らせれば、すぐに返ってくるアイコンタクト。

 ――――― 家で待ってるから。
 ――――― はい。
 ――――― ……なるべく、早く来い。
 ――――― はい!

 彼の黒い瞳が四角いレンズの向こう側で熱っぽく輝くのを視認して、薪は出口に向かって歩き出した。
 彼とのことは、誰にも明かせないトップシークレット。自分たちを取り巻く環境の厳しさを思うと疼くような切なさが込み上げるが、それは今宵に限ってはとても甘く。やはりクリスマスイブには、恋するものだけが掛かるある種の魔法があるらしい。

「青木、夜食買って来い」
「あ、はい」
 篭城を決め込んだ二人が、後輩の青木に買出しを命じる。こんな寒い日に可哀相だと思うが、これも後輩の務めだ。だから薪は何も言わない。
 代わりに薪は、自宅の冷蔵庫の中にいっぱいに詰まっている下拵え済みの材料にどの順番に火を入れるべきか、頭の中でタイムスケールを組み立てる。青木が買い物に要する時間を勘案して、待たせず焦らさずアツアツの料理を食べさせてやりたい。

「夜食だけ用意したら、今日は帰らせてもらえますか?」
「……おまえまで俺たちを裏切るのか!!」
 後ろから聞こえてきた小池の激しい声に、薪は足を止めた。
 給湯室の戸締りを確認する振りをして、薪は出口から遠ざかる。地獄耳と陰口を叩かれることすらある高性能の聴覚をフルに発揮して、彼らの会話に聞き耳を立てた。

「ヒマなんだろ?おまえも付き合えよ」
「えっ……いや、あの、それはちょっと……」
 まずい。青木は頼まれるとイヤと言えない性格だ。同情心も強いし、こいつらに押されて今夜のデートはおじゃんという可能性も出てきたぞ。
 他の日ならともかく、今日は僕の誕生日だぞ? 気合入れろよ、青木。

「彼女か!? 彼女できたのか!?」
「い、いや、彼女はいませんけど。その、友人と約束があって」
 よし、いいぞ。頑張れ。
「友人? 友人と俺たちと、どっちが大切なんだ?」
「そ、それは、まあ……」
 そこで口ごもるからダメなんだ、おまえは! 切るならスパッと切れ!
「先週の水曜日も友達と約束があるって、メンテ当番代わってやっただろ? 代わりに、土曜と水曜以外ならいつでも当番代わってくれるって言ったじゃないか。今日は火曜日だぞ? 当番だと思えばいい」
「うっ……」
 そんな屁理屈にやり込められてどうするんだ! それでも幹部候補生か、おまえは!
「安心しろ。おまえが寂しくないよう、俺たちが朝まで付き合ってやるから」
「……ありがとうございます……」
 ダメだ、こいつは。

 今度こそ呆れ果てて、薪はモニタールームを後にした。
 外に出ると、突き刺すような冷気が襲ってくる。この寒さでは、いつものトレンチでは荷が重い。カシミヤのコートにして良かった。
 まだ時刻は5時を回ったばかりなのに、辺りはすっかりモノトーンの世界だった。1年に1度の特別な夜、ここが霞ヶ関でなかったら、通りは華やかなイルミネーションに彩られていただろうに。

 無機質な風景に寂しさを感じることも無く、薪はポケットに両手を入れて、駅までの道のりを辿る。家路を急ぐ人の群れに混じり、寒さに肩を竦めながら、彼は先刻の部下たちのやり取りを思い出している。
 まったく、ふざけた連中だ。揃いも揃って、バカばっかりだ。面倒見切れん。
 中でもダントツは、やっぱり青木だ。1ヶ月も前から何度も何度も予定を確認してくるほど、今日の日を楽しみにしていたくせに。

 泣き出しそうだった青木の声を思い出して、薪は心の中で笑いながら駅の自動開札を抜けた。



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シングルズ(4)

 メリークリスマス。
 みなさま、素敵なイブを過ごされますように。(^^





シングルズ(4)




 右手でドアを開き、客人を玄関に招き入れてもなお、薪は驚きに跳ねる心臓を落ち着かせることができなかった。
 それは、扉を閉めて外界と遮断された瞬間に薪を抱きすくめた彼の腕の強さのせいかもしれなかったし、摺り寄せられた頬の冷たさのせいかもしれなかった。そして、その冷たさに慣れても一向にドキドキが治まらないのは、首筋に掛かる彼の熱い吐息のせいか。

「お誕生日、おめでとうございます」
『消えもの』なら受け取ってもいい、と以前言った薪の言葉を憶えていたのか、青木は白いカサブランカの花束を差し出した。両腕で抱き取って、その清冽な芳香に眼を細めながらも薪は、彼特有の甘ったるい憎まれ口を叩く。
「子供じゃあるまいし。誕生日が嬉しい年でもない」
 胸中はトランポリンの上を歩くような心地でも、言葉と声音は平静を装える。鉄壁のポーカーフェイスは恋愛における自分の最大の武器だと、薪は本気で思っている。

「あの二人が、よく解放してくれたな?」
「夜食を買いに行くって言って外に出て、ピザ屋にデリバリーを頼んで、そのままバックレちゃいました」
「……おまえ、明日大変な目に遭わされるんじゃないのか」
「いいんです。だって、今日は薪さんの誕生日で」
「別に、今日じゃなくてもよかったのに」
 誕生日だとかクリスマスイブだとか、そんなものに特別を感じる感性は、薪にはない。だが、青木はやたらとこういうことには拘って、誕生日を祝うのは当日でないと意味がないとさえ考えているようだった。
 何年前だったか、夜中の12時の5分前に薪の自宅までプレゼントを持ってきたことがあった。その時の青木は「間に合った!」と息を弾ませて笑っていたが、薪には何が間に合ったのか、意味がよく分からなかった。電車の発車時刻でもあるまいに、自分は何処にも行ったりしない。明日、職場で渡しても同じだろう、と言うと、青木はがっくりと肩を落として帰っていった。

 気のない口調の薪に対し、青木はにっこりと笑って、
「オレがお祝いしたかったんです。迷惑ですか?」
 ……くっそ、この顔はアレだ、僕が本当はすごく嬉しがってることを見通している顔だ。年下のクセに余裕こきやがって、後でオボエテロ。

 だけど、『今日じゃなくてもいい』というのは薪の本心だ。
 自分の誕生日を憶えていてくれて、お祝いしてくれる誰かがいる、それはもちろん嬉しいことだけれど。
 こいつがいれば、僕はいつだって嬉しい。
 
 そんな想いを決して声には滲ませず、薪はぷいとそっぽを向くと、素っ気無さに輪をかけて吐き捨てた。
「メシはまだ出来てないぞ。食いたけりゃ手伝え」
 はい、と元気な返事が後ろからついてくる。薪が花束を花瓶に活ける間に青木は手を洗い、薪の家に置いてある自分専用のエプロンを着けて、キッチンを覗き込んだ。
「わあ、おいしそう!」という歓声が、リビングにまで聞こえてくる。食い物のことでそんなに喜べるなんて、単純なヤツだ。
 ダイニングテーブルの上に並べてあるのは、オードブル代わりのブルスケッタ。チーズとトマトとバジルでシンプルだけど彩りよく作った。それと定番のミモザサラダ。とろ火に掛けられた鍋の中には、玉ねぎのファルシー。青木の好きなトマトソースでじっくりと煮込み、味を染み込ませてある。
 オーブンの中のチキンは、あと10分で焼きあがる。青木の仕事は皿を用意することくらいだ。

 薪はキッチンへ戻り、冷蔵庫の中から赤ワインを取り出した。赤ワインは16℃くらいで飲むのが正しいそうだが、何となく冷たいほうが美味い気がする。冷やしすぎると渋くなると言うけど、生ぬるい液体が喉を通る、あの感覚の方が許せないと思うのは自分だけだろうか。
 オープナーで瓶の口のラベルを切っていると、青木がワイングラスを持ってきた。
「ここで赤ワイン飲むの、初めてじゃないですか?」
 実は薪も青木も、ワインはあまり好きではない。薪は日本酒党だし、青木はビール党だ。でも、やっぱり今日くらいは。
 特別な相手と、イヴに相応しい飲み物で。この夜を祝いたい。

「居酒屋でビールの方が良かったか?」
「吟醸酒じゃなくて、良かったんですか?」
 お互い同じことを思っているのが分かっていて、だけど言葉はふたりの間をつむじ風のようにくるくる回る。
「あ、そうか。お子さまはアレだ、シャン○リー」
「薪さんこそ。リカーショップの店員に、年齢確認されてたくせに……痛ッ!」
 普通のスリッパでははみ出してしまう大きな足を、小さな踵がバン!と踏む。冷たい瞳でひと睨みすれば、青木は薪のご機嫌を取るように笑って、ワイングラスを彼の手に持たせた。

 かちりとグラスを触れ合わせて、赤い果実酒を口に含んだところで、オーブンから焼き上がりのメロディが流れた。キッチンミトンをつけた青木がオーブンからチキンを取り出し、嬉しそうに頬をほころばせる。周りをパプリカとブロッコリとトマトで飾った大皿が既に用意されていて、青木はその美しい彩りを崩さないよう慎重にチキンを盛り付けた。
 一緒に席に着いて、「いただきます」と手を合わせる。四方山話に花を咲かせながら、いつものように楽しく食事をする。
「すごいですね。丸ごとの鳥なんて」
「腿肉のほうが食べやすいんだけどな。量もちょうどいいし。まあ、おまえなら食べきるだろ」
「ええ~、いくらオレでも無理ですよ。他にも料理があるのに」
「と言いつつ、なんで僕の皿からチキンを奪う?」
「なんか人のって、美味しそうに見えるんですよね」
「そーかそーか、じゃあこの人参スティックも美味そうに見えるんだな? 5本くらいまとめて行っとくか?」

 美味しい料理と弾む会話、応酬される軽口とジョーク。ほらやっぱり、と薪は思う。
 今日が何の日だって、関係ない。青木がいれば、13日の金曜日に仏滅がブッキングしても楽しい。

 ぎゅっと眉をしかめた青木の口に、親鳥よろしく人参スティックを差し込みながら、薪は意地悪そうに微笑んだ。



*****




 隣に寝ている男を起こさないように、薪はそうっとベッドから抜け出した。
 手探りでパジャマの上着をはおり、裸足で冷たい床に立つと、チカチカしている携帯電話の充電器の灯りを目印に本棚まで歩く。
 
 いつ仕事の連絡が入るか分からないから携帯はベッドシェルフに置いておきたいのだが、「あのときだけは、携帯はベッドから2m以上離れた場所に置いてください」と青木が必死になって頼むものだから、仕方なくそうしている。
「電話が何メートル離れていても、着信があれば中断するぞ?」と薪が言うと、「あの状態(身体をつなげた状態)で応答されるのがイヤなんです」と言われた。おまえがさっさと抜けばいいだけの話だろう、と言ったら泣かれた。面倒なやつだ。

 携帯のフラップを開いて、時刻を確認する。午後10時20分。
 まだ眠ってしまうには早い時間だが、飲み慣れない種類のアルコールを摂取したせいか、青木はぐっすりと寝入っている。特別な夜だと張り切っていた割には、セックスもしごくあっさりしたものだったし。
 薪には好都合だ。おかげで予定通り出掛けられる。
 これから夜のデートには赤ワインを用意しよう、と薪は思い、次の朝、目覚めて自分の不甲斐なさを呪う青木の姿を想像して、くすりと笑った。

 忍び足でクローゼットに入って、ワイシャツとネクタイを手に取り、少し迷ってネクタイは元に戻した。いつものダークスーツを着て、カシミヤのコートを手に持ち、薪は部屋を出た。




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シングルズ(5)

シングルズ(5)





「おかしい。絶対におかしい」
「俺もだ。不思議で堪らない」
 モニターに映った車のナンバー部分を拡大し、プリントボタンを押しながら、小池と曽我は何度も首を捻っていた。
 さすがは科警研随一のエリート集団、法医第九研究室だ。クリスマスイブ、それもあと1時間で日付も変わるという時刻に、こんなに仕事熱心な人材が二人もいるとは。常日頃から『職務には120%の力を注げ』と室長に指導されているだけのことはある。

「「山本があんな美人と結婚できるなんて」」
 …………他人を導くのは難しい。

「実は彼女はむかし犯罪に手を染めたことがあって、たまたまその事件を担当した山本が、求刑の軽減を条件に彼女に結婚を迫ったとか」
 常日頃から『最大限に想像力を働かせろ』と室長から、以下略。
「ある! ありうる、そんなことやってそうな顔だよ、あいつは!」
「前科者が検事の妻になれるはずがないだろう」
「あ、そっか。じゃ、隠蔽だ。握りつぶして不起訴にしちゃったんだ」
「くっそ、俺も検事になればよかった! そうすりゃ今ごろ」
「世の中は美人の犯罪者で溢れかえってるな」
「「あははは……室長!?」」
 あまりにも自然に話に加わってきたものだから、ひとり増えたのに気付かなかった。無駄話をしていても、眼はモニターに据えられたままの第九の仕事では、よくこんなことが起こる。

「どうしたんですか、こんな時間に」
「ピザだけじゃ、腹が減っただろうと思ってな」
 大きい手提げ袋から次々に出てくるタッパーには、何種類もの料理。魚介のテリーヌを載せたブルスケッタ、サーモンとホタテと野菜のカルパッチョ、玉ねぎとミートボールのスープにメインのラムロースト、更にはデザートのブッシュ・ド・ノエルまである。

「「うわあ、すごい!!」」
 小池と曽我は、飛びつくように料理が置かれた机に寄り、前菜のブルスケッタを口に入れた。それから給湯室に、メインディッシュとスープを温めに行く。電子レンジを購入してもらっておいてよかった。最もあのときは、素直に喜べなかったが。
 捜査中の第九職員は、昼休みもロクに取れない。職員食堂に足を運んでいる暇はないから、売店の冷たい弁当で我慢するしかない。夏場はともかく、冬は温かいごはんが食べたいです、と室長に頼んだら、電子レンジを入れてくれた。そういう意味じゃない、とそのときは思ったが、あればあったで役に立つものだ。

「「めちゃめちゃ美味しいですっ!」」
 嬉しそうに割り箸でクリスマス料理をつつく二人を横目に、薪は彼らがまとめていた報告書にざっと目を走らせる。ヤケクソで仕事をしているから荒さが目立つかと思いきや、そんな様子は何処にもない。いかなる心境でもクオリティの高い仕事をする、そんな彼らに薪は誇らしさを覚える。
 当然だ。こいつらは、僕が育てた部下だ。

「このラムロースト、やわらかくて、バジルソースがサイコー!」
「ああ~、熱いスープが五臓六腑に染み渡るっ」
 真夜中近いというのに、旺盛な食欲を見せる部下たちを微笑ましく思いながら、薪はスープをマグカップで飲む。夕飯に作った玉ねぎのファルシーのアレンジだが、けっこういける。
「これ、いつもの総菜屋さんですか? 室長のご自宅の近くの?」
「そうだ」
 小池の問いかけに、薪は平然と頷いた。休日出勤の褒美にと、今まで何回も差し入れは持ってきているが、総菜屋から買ってきた、というウソを貫いている。
 料理は薪の趣味の一つだが、男らしいとはお世辞にも言えない。男の中の男を自称している薪には、なるべくなら他人に知られたくない側面なのだ。

「総菜屋さんて、今頃までやってるんですか?」
「――――― っほ、ごほっ! い、イブは、特別営業でなっ!」
「うわあ、ラッキーだったなあ。聞いてくださいよ、青木のやつ、夜食買って来てくれって頼んだのに、デリバリーのピザでバックレ……あれ?
 なんで室長、俺たちの夕食がピザだけだって分かったんですか?」
「!!! そ、それはそのっ、えっと、つまり……け、刑事のカンだ!」
「「へええ」」
 二人の尊敬の眼差しに、心がチクチクと痛むのをやり過ごし、薪はケーキを箱から取り出した。

 ノエル1本は、3人では余ってしまうだろう。青木に出してやればよかったか、と思うが、甘いもの好きの青木のことだから全部ひとりで食べてしまうかもしれないし、残っても「残りはどこへ?」と聞かれるに違いない。食い意地の強さは誰にも負けない男だ。
 適当な大きさに切り分けようと薪が包丁を構えたとき、
「あ――――っ!! 待ってくださいっ!」
 予期せぬ大声に、包丁を取り落としそうになる。意識して右手に力を込めて、薪は入口を見やった。聞き間違えかと思ったが、そうではなかった。やはり、彼だ。
 自宅のベッドで眠っていたはずの大男が、そこに立っていた。手にはコンビニの袋を持っている。

「青木。どうしたんだ、今頃」
「ただいま買出しから戻りましたっ!」
「「ウソを吐け!!」」
 ウソもここまでくると立派な冗談になる。

「すみません、さっき友人たちとのパーティが終わったところでして……これ、お詫びのアイスクリームです」
「おお、気が利くな。冷たいものが欲しかったところなんだよ」
「許してもらえますか?」
 恐る恐るといった口調でカップアイスを机に並べる青木に、小池は笑って、
「いいよ。おまえが手を抜いたおかげで、こんなに美味しいクリスマス料理が食べられたんだし」
「そうだな。いつもの勢いでとんかつ弁当とか食ってたら、この時間に腹が減らなかったかもな」
「曽我、おまえと青木は大丈夫だろ。なに食っても2時間で消化するじゃないか」
 第九で一二を争う大食漢二人に、小池が放ったきつい一言に、皆は笑い、薪も笑った。

「それとですね、ケーキを切る前に。これ」
「なんだ?」
 青木が差し出したのは、4本の蝋燭だった。長さは15センチほど、普通の蝋燭よりずっと細く、カラフルな色がついている。
「コンビニのケーキ売り場に、『ご自由にお取りください』て書いてあったんで、もらってきたんですけど。ちょうどケーキもあるみたいだし。
 薪さん、今日お誕生日ですよね。おめでとうございます」
「え。そうなんですか?」
「なんだ、曽我。知らなかったのか?」
「小池は知ってたのか?」
「当たり前だろ」と小池は答えたが、薪はそれは違うと思った。

 上司の誕生日を覚えることは、職務に含まれていない。薪は上司として、万が一に備えて部下全員の生年月日と血液型を把握しているが、部下のこいつらにその義務は無い。
「すいません、薪さん。でも、俺も今覚えましたから。もう忘れません」
 そう言ってやろうとしたのに、3人の部下たちがあまりにも自然に笑うものだから。職務や義務を引き合いに出そうとした自分が、薪は何だか恥ずかしくなる。

「……そんな下らないことを保管しておくスペースが頭の中にあるなら、MRIシステムのバックアップの手順でも覚えたらどうなんだ、曽我。毎回毎回、ポートを保存するのを忘れるのは、あれは何か、わざとやってるのか?」
「照れなくていいですから、ほら薪さん」
「てれ……! だ、だれがっ!!」
 蝋燭の立てられたケーキが薪の前に置かれ、モニタールームの明かりを消すために、青木が壁へと歩いていく。小池が応接室から持ってきた卓上ライターで蝋燭に火を灯したのを確認して、青木はスイッチを押した。

 部屋の照明がすべて消えると、一瞬視界を奪われる。ぼうっと光るのは小池のデスクのモニターの灯りと、ケーキの上に立てられた4本のろうそくの、ゆらゆらと揺らめく焔。頼りなく、不確かで、でも見る者の心を温めてくれる。

「一息で吹き消してくださいね」
「こ、子供じゃあるまいし、こんな真似」
「薪さん、早くしてください。ロウが溶けてケーキに着いちゃいます。せっかくのケーキがダメになっちゃいますよ」
 仕方なく薪は息を吸って、ふっと蝋燭の火を吹き消した。複数の拍手が響く中、蛍光灯の白い光が室内を再び照らし出す。
「「「おめでとうございます!」」」
「だから、僕はもう誕生日が嬉しい年じゃ」
 視界を取り戻した亜麻色の瞳には、何がそんなに嬉しいのか満面の笑顔で上司を見ている3人の部下の姿が映る。ボーナスが出たときみたいに浮き浮きした顔をして、合コンの計画がまとまったときのようにはしゃいでいる。
 それを彼らの純然たる好意と受け取れないのは、薪の悲しいクセだ。
 上司と部下の間には、利害が絡むものだ。彼らの人事考課やボーナス査定も、薪の胸先三寸に掛かっている。だから、部下である彼らは自分には逆らわないし、よっぽどのことがなければ機嫌を損ねるような行動も取らない。それを計算高いとかいやらしいなどと考えるのは間違いだが、鵜呑みにして喜ぶのも愚かなことだと―――――。

「…………ありがとう」
 薪は途中で自分の思考を止めた。止めて、礼を言った。
 鵜呑みにするのは愚かなことかも知れないが、こんな風に考えるのはもっと下らないと思ったから。

 薪が照れ臭そうに言い慣れない言葉を口にすると、お調子者の曽我が立ち上がって、
「薪さん、俺、そのチョコレートプレートのところがいいです!」
「俺にはイチゴの飾りのあるところを下さい」
「じゃあ、残りは全部オレが引き受けますねっ」
「……僕の分は?」
「「「はい、ローソク」」」
 なんて美しいコンビネーションだ、こいつら。
「きれいにハモりやがって。僕の誕生日なんだからなっ、これは全部僕が食う!」
 ぎゃあぎゃあ喚きながらゲラゲラ笑いながら、薪が適当な大きさにケーキを切り出すと、青木はコーヒーを淹れに席を立つ。しばらく待っても帰ってこないところを見ると、さすがは第九のバリスタ、インスタントで済ませるつもりはないようだ。

 食事の続きに戻った小池たちを置いて、薪は給湯室へ向かう。薪はコーヒーを淹れるときの、あの馨しい香りが大好きだ。この機会を逃す手はない。
「青木。ゆっくりでいいぞ。曽我たちはまだ、料理を食べてるから」
「はい」
 狭い給湯室、クッキングヒーターの前に並んで立って、お湯が沸くのをじっと待つ。細く窄まった薬缶の口から白い蒸気が上がってきて、その時が近づいたことを知らせる。ミル挽きしたコーヒーのいい匂いが部屋中に広がって、真夜中には相応しくない飲み物の、しかしこの強烈な誘惑にはどうしても逆らえない。

「……何故わかった?」
 コーヒーフィルターをドリッパーにセットしている青木に、薪は訊いた。
「僕がここに来るつもりだったって、おまえ、最初から分かってただろ。だからその、今日は……あ、アッサリ済ませてくれたっていうか」
 丁寧に動く大きな手が、ミルからコーヒーをドリッパーに移し、トントンと叩いて表面を平らにする。シュンシュン言う薬缶を濡れ布巾の上に置いて、待つこと1分。
 薬缶の中のお湯の温度は約90℃。ドリップ作業の開始だ。

「料理が」
 大きな手が薬缶を取り上げ、粉の中心に、細くゆっくりとお湯を落していく。ふわあっと広がる、強い香気。
「キッチンに残った匂いと、料理の内容が合わなかったから」
「匂い? そんなに強く匂ったか?」
「オレ、鼻が利くんです。ラムローストの香草の香とか、カルパッチョのビネガーの匂いとか、生クリームのバニラの匂いとか。なのに、それを使った料理が無かったから。きっと何かの理由で取り分けてるんだと思いました」
 粉が丸く膨らんできたら、手を止める。腕時計の秒針を確認し、30秒後に再びお湯を注ぎ始める。

「周到なあなたのことですから、予定外のことでもなければ当日の分から取り分けるなんてことはしない。だから、突発的に差し入れたい相手ができたんだなって」
 サーバーにコーヒーが落ち始めたのを確認して、青木は手の動きを大きくする。やや大きめの『の』の字を書くように、しかし決して縁には掛からぬように細心の注意を払って、粉をムース状に保つよう努める。
「小池さんと曽我さんしか、考え付きませんでした」
 サーバーにコーヒーが大分落ちて、青木は落す湯量を増やす。目的の目盛りまで抽出液が到達するのを待って、サッとドリッパーを外した。

 サーバーを持ち上げて一言、
「一応、言っておきますけど。オレは、ワインを飲んでも眠くなったりしませんから」
 ……やっぱりタヌキ寝入りか。食えないやつだ。
 不自然だと思ってはいたのだ。飲み慣れないとはいえ、あれぐらいのワインで青木が寝入ってしまうなんて。

「どうしてそんな」
「だって。薪さん、オレが起きてたら気兼ねして出られなかったでしょ。オレがどんなにあなたと過ごす夜を楽しみにしてるか、ちゃんと分かってくれてるから」
 お湯を注いで温めておいたコーヒーカップに、静かにコーヒーを注ぎ分ける。4人分のコーヒーを注ぎ終わったところで、青木はふっと苦く微笑んだ。

「でも、ホント言うと、ちょっと寂しかったです」
 空になったコーヒーサーバーを水に浸け、コーヒーを運ぶための盆を用意しながら、
「『今日じゃなくてもよかった』って言われたことも、小池さんたちに差し入れに行きたいって話してくれなかったことも。薪さんが他人に気を使う性格なのは、もう解ってますけど。オレには遠慮しないで、何でも言って欲しいです」
「それは助かる。じゃあ、赤十字は半年に1ぺんてことで」
「……そう来ますか」
 
 薪は日付には拘らない。クリスマスも誕生日も正月も同じ1日24時間、世界は廻り、いつもと変わらぬ日常が重なっていくだけだ。
 だけど、やっぱりそこにはある種の魔法が存在するのかもしれない、と絶望に打ちのめされた青木のベソかき顔を見ながら、薪は思う。そうでもなければ、いま薪の感情のすべてを支配している、飛び跳ねたくなるようなこの嬉しさは説明がつかない。
 青木を苛めるのは楽しいし、彼の淹れたコーヒーを飲めるのも嬉しいが、これはそんなレベルの嬉しさじゃない。何年経ってもこの日のことを思い出せば、またこの感覚が取り戻せる、永久に霞まない喜びのメモリィ。そんなものはありえないと分かって、でもどうしても今だけはそれを信じたくて、薪は口を開いた。

「気を使ったわけじゃない」
 盆の上から自分のコーヒーを取り、薪はその香りに眼を細める。行儀悪く立ったままでカップを傾け、一口含んで幸せそうに頬をほころばせる。
「本当に、今日じゃなくてもかまわなかった。僕は」
 くるっと身体を反転させ、細い背中を見せて薪は言った。
「僕はおまえさえいてくれれば、日付なんかどうだって」

「「青木、コーヒーまだかー?」」
 薪の声に重なるように聞こえてきた二人の声に、青木は薪の言葉を聞き逃し、薪は自分を取り戻す。
 あぶないあぶない、またもやクリスマスマジックに引っかかるところだった。

「はーい、今お持ちします」
 盆を持って給湯室を出ようとした青木に一歩先んじて、薪は歩き出した。薪の耳元で、青木がそっと囁く。
「薪さん、すみません。今、『おまえさえ』の後、なんて?」
「おまえみたいな冴えない男に祝ってもらったって、嬉しくも何ともない、って言ったんだ。かわいい女の子がいい。深田○子似の。僕を喜ばせたかったら、どっかから調達して来い」
「……また、脇田課長にでも頼みますか」
 虚ろな目をして組対5課の課長へのお願いを提案した青木を、薪は横目で見てにやりと笑う。
 薪の顔の高さで、盆に載った3つのコーヒーカップから漂う湿った香気が、不発に終わった魔法の残骸のように揺らめいた。




(おしまい)




(2010.12)



 クリスマス企画のクセに、ぜんぜん甘くなかったですね。 しかもこれ、クリスマスと言うよりは誕生日ネタだし。 ←テンプレ、変えた意味ない。
 まあ、無理ないよ。 結婚して15年、クリスマスは毎年仕事というわたしが書いたんだもん。
 今年だって、世は3連休でクリスマスイルミが何とか、レストランの予約がどうとか言ってるのに、ずーっとパソに向かって下水道管がどうのマンホールがこうのって、しかも農集の設計書、見るのめんどくさっ!! 300Pもある数量計算書、一枚一枚めくってたら年が明けるわ!!

 ……『みんな一緒に不幸になればいい』 ←やがて自分に還る呪詛。 


 ところで、
 メロディ発売まで、あと3日ですね♪
 カレンダー、楽しみだなあ。 早く続きが読みたいなあ。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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