嘘と桜

 こんにちはっ!
 
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 予告ではこの後、『水面の蝶』を公開する予定でしたが、間に一個、雑文を挟ませていただきます。

 最終回の予想をしていた際、こんな風になってくれたらいいな、というモヤモヤした光景があって、記事にしようとしたのですけど、例のごとく上手く言葉にならなかったので、SSにしてみました。
 なんでわたしって考えてることを文章にできないのかなあ……書いてるうちに訳が分からなくなっちゃうんだよなあ。 バカなのかなあ。 (今頃わかったのかと言うお声がどこからか……(^^;)



 このお話の時期は『タイムリミット』の少し後。 二人が一緒に暮らし始めるちょっと前です。
 少々長いのですけど、一発で行っちゃいます。 携帯等でダウンロードエラーが出てしまったら連絡ください。 よろしくお願いします。 


 




 嘘と桜






 宵の風は未だ肌寒い。
 暦の上では2ヶ月も前、でも現実の春は始まったばかり。薪が青木のアパートを頻繁に訪れるのは、毎年この時期だ。
 家主と自分、2人分の夕食の材料を片手に青木の家を訪れる彼の目的は、新年度を迎えてMRIシステム教育の責任者に任命された部下を励ますことではなく、愛しい恋人の顔を見ることでも、残念ながら無い。彼のお目当ては、青木の家から見下ろすことができる公園の桜景色だ。
 その日も彼は青木の家に上がりこむと同時に窓辺に寄り、家主に断りもなくカーテンを開け、次いでガラス戸を開けた。ソメイヨシノは香りが薄いから窓を開けても無駄ですよ、と薪の身体を冷やしたくなくて青木は注意するが、そんなことはない、と薪は頑固に首を振る。仕方なく自分のコートを彼に羽織らせて、そうするとまるで親の衣服を着せられた子供のようになった彼が異様に可愛くて、「今年もきれいだな」と彼が花を愛でるのに「はい」と頷きながら、青木の眼は彼ばかりを見てしまう。お約束だ。

「食べ終わったら、ちょっと歩きましょうか」
「そうだな」
 夕食の若竹煮を頬張りながら青木が差し出した提案を、薪は二つ返事で受け入れた。天邪鬼な彼が素直に頷いたのは、今年が最後になると分かっていたから。だから彼が訪ねてくる頻度も、この春は例年より格段に多かった。

 食器は後で洗うことにして、とりあえず水に浸けておく。珍しいことに薪は缶ビールを二本ポケットに入れ、青木の先に立って玄関を出た。コンクリートの冷たい階段を軽やかに下りていくベージュ色のスプリングコートを、青木は懸命に追いかける。急いでコートを着て、ドアに鍵を掛ける。青木が鍵穴から鍵を抜いた時には、薪はもう公園へのショートカットである鉄の柵をよじ登っていた。
「薪さん。不審者通報されちゃいますよ」
「見つからなきゃいいんだ。さっさと来い」
 公園の正門まで歩いても300メートルくらいなのに、薪はせっかちだ。見つからなければいい、という発言も誉められたものではない。自分たちは警察官なのだから。

 ベージュの薄布をはためかせ、薪は柵の向こう側に降り立った。くい、と顎で青木を呼ぶ。青木はサッと辺りを見渡し、人目が無いのを確かめると、鉄柵に手を掛けて軽く飛び越した。
「もう。子供じゃないんですか、ら……」
 青木の小言を、薪は言葉ではなく行動で遮った。青木の手を掴んで歩き出したのだ。
 何年か前までは、屋外で触れ合うことにひどく臆病だったのに。最近の薪はこんな行動も取るようになって、青木は嬉しい驚きを隠せないでいる。

 昨年の事件で、彼はまた少し変わった。あまり人目を気にしなくなったと言うか、自分の感情に素直になったというか。それは開き直りにも近く、要は、あそこまでして別れられないなら何をしても無駄だと、裏返せば何があっても結論は同じだと、だったら我慢するだけ損だと判断したのかもしれない。
 青木は、薪の心境の変化を想像しながら小さな手を握り返す。眼下の、小さな頭の中に繰り広げられる奇想天外な飛躍思考は理解できずとも、青木は彼の転化を歓迎する。変わるたび、薪の笑顔が増えていくから。

 野外パーティには寒すぎる気温だったが、土曜の夜で、公園には大勢の人がいた。賑やかな宴会の音も響いているし、姦しいお喋りも聞こえてくる。雑多な音と人混みと、これだけ溢れ返ってしまえば逆に他人のことは気にならなくなるものだ。手をつないだままぶらぶら歩く彼らを、見咎める者はいなかった。
 青木の手を引いてゆっくり歩く、薪の行先は分かっている。もう何度も来ているから、パターンが読める。此処には薪のお目当ての彼女がいて、彼はそこに向かっているのだ。

 彼女は、今年も見事な枝ぶりで彼らを迎えた。

 闇に映える薄紅色は、ライトアップ用の照明を受けてあでやかに咲く。夜風に弄ばれた枝先が、女の手のようにやわらかく手招きする。まだ花びらは風に散らないけれど、いくばくもなくその日はやってくる、その儚さもやっぱり女性的だと青木は思う。
 この樹の下で恋に落ちたと青木が白状した日から、毎年一度は二人でここを訪れている。1回だけ、蕾も膨らまない彼女を見上げた年があったが、それ以外は開花に合わせて、仕事が忙しくても何とか時間を作って、美しくドレスアップした彼女を愛でることにしている。

 薪が立ち止まり、彼女を見上げて目尻を下げる様子を、青木は桜と共に堪能する。顔を前に向けて、視線は横に流して、そんな不真面目な見方をしていたおかげで、夫婦らしき中年の男女がベンチから立ち上がったのにすぐ気付いた。
「薪さん」
 席を確保してから、声を掛ける。呼ばれて横を向いた薪は、隣にいたはずの男がいないことに初めて気づき、慌てた様子でこちらを振り返った。亜麻色の瞳が青木の姿を補足し、ゆっくりと瞬く。

 大きな桜の木を背後に、薪は微笑んだ。
 畏怖さえ感じる壮麗な桜花をいとも簡単に引き立て役にしてしまう、その美しさ。尋常でないのは彼の美貌か、そう感じる自分の心なのか。判ぜられぬまま、青木は茫洋と彼を見つめる。魂を抜かれるとはこのことだ。
 こういう薪を見ると、青木はいつも落ち着かなくなる。本当に桜の精になってしまうのではないか、自分の手の届かない処に行ってしまうのではないかと、根拠のない不安に駆られる。青木が座った時にはギシッと音を立てたベンチが、薪のことは無音で受け止めるのも納得いかない。まるで人じゃないみたい。

「何かついてるか?」
 主役の夜桜をそっちのけで薪の顔ばかり見ている青木に、薪は首を傾げた。もしかしてワカメ? と唇の周辺を指先で撫でる。青木は苦笑した。
「薪さんがあんまり綺麗だから見惚れてました」と青木が正直に答えると、
「バカなこと言ってないでちゃんと見ろ。もう見納めなんだから」
「そうですね」と返して、青木は群れを成す花弁を見上げた。この桜を見るのは、多分今年で最後になる。青木の新しい住まいは此処から車で1時間も掛かるし、通勤ルートからも外れている。加えて、転居先にも桜はある。それもかなり有名なスポットが。

 ほら、と差し出された缶ビールは、薪のポケットの中でいくらか温んでいたけれど、肌寒い夜気の中にあっては充分に冷たかった。プルトップを開けて口を付けると、苦くて辛い炭酸が喉を心地よく刺激する。
「ビールには寒いな」
 半分ほど飲んでから、薪が肩を竦める。昼間ならともかく、夜はスプリングコートでは寒かろう。
 青木が自分のコートを貸そうとすると、薪は素早く傍に寄ってきて、
「入れろ」
 と、青木の返事も待たずにコートの中に入った。反射的に周囲に目を走らせると、周辺にある4つのベンチはどれもふさがっていたが、ライトアップされている桜が観客の目を釘付けにしてくれるおかげで、自分たちに注目している人間はいなかった。それを確認して下方に目を落すと、薪は悠々とビールを呷っている。青木は自分が恥ずかしくなった。
 衆人の中では、辺りに気を配るのが条件反射になってしまっている。薪から口酸っぱく注意され続けたせいもあるが、青木自身、いつの間にか自分たちの関係は隠すべきものだと思うようになっていた。でもその思いは元を辿れば、自分たちの関係が誰かに知られる度に、薪がとても辛い目に遭ってきたからだ。当の薪が気にしないなら、無論青木に異存はない。

「いつだったかこうして、一緒に湖を見たことがありましたよね。真冬で、しかも夜で、すごく寒かったの覚えてます」
「僕は知らない。どこかの女との思い出じゃないのか」
「またそんな意地悪言って。第九の慰安旅行の時ですよ。冬なのに七夕飾りがあって、ええっと何処だったっけ」
「おまえ、本当に記憶力悪いな。河口湖だろ」
「あ、そうでしたそうでした。て、やっぱり憶えてるんじゃないですか。そう言えばあの冬は、薪さんが風邪ひいて倒れて大変な思いをしましたよね」
「毎年冬はロクなことがない。次の年には雪山で死にかけたし」
「その後いくらも経たないうちでしたよね、火事に遭ったの」
 桜を見ながら冬の思い出を語る。思い返せば数えきれないくらいたくさんの出来事があって、その積み重ねが自分たちを寄り添わせているのだと青木は思う。
 薪と出会って、もう、8年にもなるのだ。

「8年前、薪さん、オレに嘘吐いたでしょ」
「ウソ?」
 薪の疑問符は、「そんな憶えはない」ではなく、「どの嘘だ?」である。薪はホラ吹き男爵の血筋だと言われれば信じてしまいそうなくらい嘘が上手で、青木は何度騙されたか知れない。

「オレが初めて薪さんを此処にお誘いしたとき、今年は未だ桜を見ていないって。あれ、嘘ですよね。薪さん家、井之頭公園の直ぐ近くじゃないですか」
 井之頭公園は桜の名所だ。薪のマンションから吉祥寺の駅まで、彼の通勤路はそのまま桜並木になっている。
 薪の嘘を、青木は責めているわけではない。逆だ。感謝しているのだ。
 あの頃は薪の性格をまったく理解していなかったから言葉通りに捉えてしまったが、今なら分かる。あの時薪は、青木のためにあんな嘘を吐いたのだ。慣れないMRI画像に憔悴しきっている青木を心配して、元気付けようとしてくれた。

 ところが薪は首を振り、
「嘘なんか吐いてない。本当に見てなかったんだ」
 苦いアルコールを湿った吐息に変えて、自嘲めいた笑いを浮かべた。
「眼には入ってたんだろうけど、記憶には残ってなかった。おまえに言われるまで、そんな季節だったことも忘れてた。あの年は」
 あの年、と言われて気付いた。そうか、あの頃の薪はまだ。
「本当にあの年は、ここでおまえと見た桜が初めてだったんだ」
 しまった、と青木は焦る。自分は何をやっているのか、昔話なんかして、薪の傷口を掘り返すような真似をしてしまった。
 恐る恐る覗き込んだ薪の顔に、青木が心配した傷心は見つけられなかった。沈痛に呻くでもなく、明るさを取り繕うでもなく、そこにいたのは普段通りの彼だった。

「桜だけじゃなかった。入道雲も茜の空も雪景色も。大好きだったはずなのに、何を見ても記憶に残らなくて。おまえと一緒にこの桜を見るまでは」
 青木を見上げてくる亜麻色の瞳は濡れたように光っている。アルコールの作用か冷たい夜気のためか、頬は微かに赤い。
「だから嬉しかったよ。ここの桜が綺麗だって思えて」
 薪はうっとりと微笑んだまま、それは決して強がりではないと、感じ取った青木は身体が震えるほど嬉しくなる。
 薪があの頃の話をするのに、慟哭を伴わない。傷は消えずとも、穏やかに思い起こせるようになった。
 傷は少しずつ、塞がっているのだ。

「オレを気遣ってくれたのかと思ってました。家まで送ってくれるつもりだったのかと」
「なんで僕が野郎相手にそんなこと」
「心配してくれてたでしょう? オレがなかなかMRI画像に慣れることができなかったから」
「まさか。心配なんかしても部下の能力は伸びない。するだけ無駄だ」
「あの……薪さんて、最初の頃オレのこと……」
「おまえは第九始まって以来のダメ新人で、さっさといなくなればいいと思ってた」
 ぐうの音も出せず、青木が情けない顔になると、薪はククッと鳩が鳴くみたいに笑った。
「嘘だ、バカ」
 もちろん分かっていた。薪は自分の部下になった人間を疎んじたりしない。

「初めから気になってたよ。眼が離せなかった」
 その理由は説明されずとも分かった。彼にそっくりな、この顔のせいだ。
 恐る恐る、青木は訊いた。

「オレの顔見るの、辛かったですか」
「半々かな」
 薪は眼を伏せ、ビールを一口飲んだ。過去を振り返っているのか、閉じた睫毛を揺らしながら、
「苦しいのと嬉しいのと……うまく感情が抑えられなくて苦労した」
 当時の薪が異様に怖かったのは、感情を表に出すまいと自分を戒めていたからなのか。その頃の青木は薪の苦労も知らず、どうして室長はいつも自分を睨むのだろう、彼に嫌われているのだろうかと、利己的なことばかり考えていた。

「今思うと、おまえには結構当り散らしてたよな。二言目には『異動願い』だったもんな」
「翌年の新人にはやさしくて。妬けました」
「仕方ないだろ。みんなおまえよりデキが良かったんだから」
 ええ~、と青木が不満の声を上げると、薪はまたクスクスと笑った。

「あれから8年も経ったんですねえ」
「おまえが31、僕が43。お互い年取ったな」
「薪さんはあんまり変わってない気がしますけど」
 というか、若返ってるような。彼の子供っぽい面を知ってしまったせいか、最初よりも年の差を感じない。
「今のアパートも8年か。モノが増えるわけですね」
 引っ越しに向けて少しずつ処分しているのだが、その量に驚いている。大して広い部屋でもないのに、よくもあんなに詰め込んだものだ。
「荷物はゆっくり整理すればいいけど。おまえはなるべく早く越して来い」
「そんなにオレが恋しいですか?」
 一緒に住もうと薪に言われた。表向きは住み込みのボディガードだけど、内情は、
「別に。ただ年を取ったら掃除が面倒になって。早く解放されたいから」
 …………下僕だ。

 くい、とビールを飲み干し、薪はそれを振って缶が空になったことを青木に教えた。そろそろ行くか、と腰を上げ、もう一度しっかりと夜の桜を仰ぎ見る。
「青木」
 温かな恋人の懐から冷たい風の中へ、春物のコートの裾をひらめかせて薪は、身を竦めるでもなくしっかりと立つ。すっきりと伸びた背中は天に向かう若木のように、生気に満ち満ちている。
「やっぱり、来年も来よう」
 そよそよと風は吹き、末節の桜花をゆらゆらと揺らす。ふわふわと薪のコートの裾が波打ち、彼の髪がさらさらと靡く。
「来年も再来年も、その次の年も。毎年この桜を見に来よう」
 春の宵は何もかもが薄ぼんやりとして曖昧で。青木の視界も霞がかかったように、その輪郭を不確かにする。
「ずっと二人で、……」

 振り返った薪は、言葉を呑んだ。大きな眼をいっぱいに見開いて、ベンチの前に立ち尽くしていた青木に駆け寄ってくる。
「ど、どうしたんだ? おなか痛いのか?」
 ―――― 違います、嬉しいんです。だって薪さんが。

 薪の誤解は子供みたいで滑稽で、そうしたら余計に涙が止まらなくなった。喉が詰まって、鼻の奥が痛くて、不快なはずの感覚が何故かとても幸せだった。
 薪が困惑しながらも貸してくれたハンカチを目に当てて、青木は呼吸を整える。心配そうに見上げる薪に、青木は嘘を吐いた。
「目にゴミが入りました」
「眼鏡を潜っておまえの小っこい眼に入ったのか? 根性のあるゴミだな」
「ぷっ。なんですか、根性のあるゴミって」
「困難な対象に敢えてチャレンジする、その精神が立派だ」
「オレの眼、そんなに小っちゃいですか? 埃も入らないほど?」
「最強は小池だろうな。そう言えば何年か前、みんなで焼肉喰いに行ったとき、あいつの目にレモンの汁を」
 昔話に興じながら帰途を辿る。他愛もない会話を重ねながら、でも自分たちがこの瞬間重ねているのは本当はとても大切なものだと、青木は今更ながらに気付いて、そうしたらまた涙が出そうになったけれど、大きく息を吸って堪えた。

 こうして昔の話をしたり来年の話をしたり、或いはずっと先の話をしたり。それは極普通のことで、泣いて感激するようなものじゃない。特別じゃない、代えがたく幸福なことではあるけれど、平凡なこと。普通の人間が当たり前に享受できること。

 そうでしょう? と青木は、心の中で薪に語りかける。
 それをあなたが自然に、何も構えず何気なく、口にしてくれたのに。ようやく此処に辿り着いてくれたのに、オレが大仰に反応したりしたら、せっかくのあなたの平凡を壊してしまうでしょう?

 だからオレは嘘を吐く。性根を入れて嘘を吐く。
 嘘の上手なあなたに負けないように。




(おしまい)



(2012.4)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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