クエスト(1)

 雑文、その2です。 (さっさと本編に戻れ? もうちょっと待って~、読み直し、あと5章だから~(^^;))

 薪さんの時計は 『ヴァンクリーフ&アーペル』 という高級ブランド品だそうですね。 一本、100万円以上もするそうじゃないですか。
 すごい、薪さん、お金持ち。(@@)

 うちの薪さんはめっちゃ貧乏で、通帳残が254円といういつ破綻してもおかしくない経済状況なのですけど、それはあるだけ使っちゃう乱費癖が原因なんですけど、
 原作薪さんも案外浪費家だったりして。 自宅のマンションの家賃、50万くらいだったりして。 あのスーツも全部、オートクチュールだったりして。
 だからきっと通帳残はうちと一緒で3ケタだと、あ、すみません、石を投げないでください、銃も下ろしていただけるとわたしのノミの心臓が落ち着きます。


 と言うわけで、雑文です。
 雑文なので商品の相場とか色々いい加減です、あ、いつもですね、すみません。

 時期は、二人が一緒に暮らし始めて半年くらい? 春だから、1年経ってるのかな? ←適当過ぎ。
 あんまり深く考えないで、かるーく流していただけると助かります~。
 





クエスト(1)





 その形状は、縦9センチ横15センチの薄い冊子。本のように横に開くのではなく、上下に開いて見る。
 頁のベースカラーは薄い黄緑色。白抜きの白線で6列に区切ってあって、一番左に日付が、その隣に文字が、あとは数字が並んでいる。

 青木は長いこと、それを見ていた。
 人が長時間同じものを見続けるにはそれなりの理由があると思うが、その対象が散文的な書類に限られた場合、そこに浮かぶのは主に2つの可能性だ。
 書類の内容が難解で、なかなか理解できない場合。そしてもうひとつは、書類に記された内容が信じがたいものである場合だ。今回は、疑いようもなく後者。

「なんですか、これは」
 その衝撃的な内容に固まってしまった首と肩を無理に動かして、青木は恋人を見る。ソファに座った青木の横で、ディーラーからもらってきた新車のパンフレットを眺めていた彼は、目を丸くして青木の問いに答えた。
「知らないのか? それは預金通帳と言ってだな、銀行に預けてある預貯金の出し入れの明細と残高を記したもので」
「それは知ってます。オレが訊いてるのは」
 いささか乱暴に相手の言葉を遮り、青木は通帳の最後のページを彼の目の前に突き出す。右手で通帳を開き、左手で右から二番目の欄を指差して、
「この残高欄の数字のことです!」

「ああ、おまえにはちょっと難しかったかな。
 いいか? ここが百の位で、次が十の位、その下が一の位。それぞれの数字に単位を当てはめて」
「わあ、さすが薪さん、わかりやすい、って、オレは入園前の幼稚園児ですか!!」
 やさしい口調と笑顔なんかでごまかされませんよっ! ここがベッドルームで薪さんがパジャマ着てたら喜んでごまかされますけど、て、そんな呑気なことを考えられる数字じゃない。
「なんなんですか、この892円て!」

 事の起こりは3日前。
 この春、青木が前々から欲しがっていた車のニューモデルが発売された。昨年秋の展示会で一目惚れして、この車に薪を乗せて走りたいと思った。
 発売の情報を得て、早速ディーラーに足を運び、実物を見てますます欲しくなり、でも一応は薪に相談してからと思って、パンフレットとオプション品のカタログをもらってきた。
 以前から車両購入に関する同意は得ていたし、車選びは車オタクのおまえに任せると一任されていたとはいえ、安い買い物ではない。一緒に暮らすことになった以上、青木の預金も薪との共有財産だ。相談するのは当然だ。
 新車のパンフレットを見せると、薪は軽く頷いて、
『これ、使っていいぞ』
 そう言って、この通帳を差し出したのだ。
 ……その残高が892円て!!

「ありえないでしょ! 入庁して何年になるんですか!?」
 青木が強い口調で言うと、薪はそれに押されたように上半身を後方へ引き、持っていたパンフレットで顔の下半分を隠した。亜麻色の大きな瞳が困ったように青木を見て、細い眉毛が寄せられて、普段強気な薪さんがたまにそんな表情をすると、そのギャップで萌え死にしそう、て、だからごまかされませんてば!
 
 何かの間違いだとしか思えない。
 薪は今年で44歳、勤続年数は20年以上になるはずだ。しかも、上層部の仲間入りを果たしたのが27の時、ということは16年も高給取りの立場にあって、なのに貯蓄額が3桁なんて。こんなことが現実であるはずがない。
 畳み掛けるように青木が怒ると、薪は、うなだれると同時に右手を口元に持って行き、しおらしく膝を揃えて斜め方向に身体を向け、目元に涙まで浮かべて、
「ひどい……青木、僕のお金が目当てだったんだ」
「ちがいますっっ!!!」
 相も変わらず、薪の冗談はシュールすぎて笑えない。

「違いますけど、いくらなんでもこの残高はないんじゃないですか? 六桁の月給と七桁の賞与もらってて、三桁の残高しか残らないって。どんなお金の使い方してんですか!?」
 一撃必殺の上目遣いも、究極奥義『ツンデレの涙』も効果がないとわかって、薪は背もたれにそっくり返った。いつもの尊大な態度になって腕を組み、命令口調で言い返す。
「青木、落ち着け。ここをよく見ろ」
 細い指が差した場所は日付欄。そこには、3年以上前の日付が記載されていた。
 言われてみれば青木だって、銀行の窓口に行く機会は滅多にないから通帳の記帳なんか何年もしていない。現金はコンビニでだって引き出せるし、買い物も食事も、殆どがクレジットカードだ。

 薪は流れるような動作でソファから降り立つと、リビングの一角に設けた仕事用のスペースに向かった。立ったまま机に左手を付き、右手でPCのマウスを操る。
 何桁かのパスワードを入力して、取引銀行のNETサービスにログインすると、彼は自分の口座の残高を調べ始めた。
「僕は警視長だぞ? 警察官僚の通帳残が、三桁のはずがないだろう」
 でも事実、3年前にはこの残高だったわけで、薪はそのとき警視長になって3年目。それだって常識から言うと、かなりありえないと思う。
「毎月確認してるわけじゃないけど、車の頭金くらいは軽く貯まってると思……」

 不意に、薪の手と言葉が止まった。
 そこに何とも不吉な間を挟んで、薪の不思議そうな声。
「あれ?」
 青木は薪の肩越しに、パソコンを覗き込む。液晶画面には最近の日付と入出金の摘要、金額、そして。

 残高 254円。

「減ってるじゃないですか!!」
 それもキャッシュカードで引き出せないような細かい金額、よく減らせましたね!?

 勢いよく突っ込む青木を、薪は手のひらでいなした。細い眉を優雅に吊り上げ、片方の手を腰に当てると、左肩だけをそびやかすように上げて、
「青の字、よーく聞きな。男ってぇ生き物は、宵越しの金は持たねえもんさ。あの世に金は、持って行けねえからな」
「ま、薪さん、カッコい、って、昨日見た仁侠映画の台詞なんかでごまかされますか!」
 仁侠映画は薪の趣味ではないのだが、たまたま彼の好きな女優が姐さん役で出演してて、て、そんなことはどうでもいい。

「いったい何につぎ込んでるんですか? まさか、ギャンブルとか」
「僕は警察官だぞ。賭け事なんかすると思うか」
 よくお昼ご飯を賭けて、岡部さんとオセロゲームしてますよね? てか、8年前、第九に入ったばかりのオレが1週間で辞めるほうに薪さんも賭けてたって岡部さんがバラしてましたけど。
「じゃあ、何に使ってるんですか? 服とか、時計とか?」
「わかんない。気がつくとなくなってて」
 典型的な濫費家だ。何に使ったか覚えていない、一番改善策の講じにくいパターンだ。

「預金が無かったら、生活に困るでしょう。もし月の途中でお金が無くなったら、次のお給料までどうやって過ごすんですか?」
「べつに。無けりゃ無いで、何とかなる。物を買わなければいいんだ」
 最悪だ。
 このひとはアレだ、あればあるだけ使っちゃうタイプだ。贅沢な暮らしに憧れているわけでもないのに、お金が手元にあると必要の無いものを買い込んだり、周囲の人たちにご馳走したり、つまりお金に執着が無い。基本が贅沢に慣れた人間ではないから、無ければ無いで平気、よって貯める必要を感じない。だから貯金をしない。
『貯金ができない人間』の王道だ。

「今はそれでいいかもしれませんけどね、年を取って働けなくなったらどうするんです? お金が無かったら、ごはんも食べられないんですよ」
「青木。僕、そんな先のことを考えてもいいのかな」
 亜麻色の瞳が、ふっと遠くを見た。
 薪の人生に陰を落とした過去の事件、その罪に慄くように、長い睫毛がそっと伏せられる。
「僕に、そんな権利があるのかな」

「薪さん……って、ごまかされませんからねっ!! そんな殊勝な気持ちがあるなら、慈善事業に寄附のひとつでもしてるはずでしょ! この通帳の明細、全部クレジットカードの引き落としじゃないですか!!」
「ちっ、目ざとい奴だ。だけどな、僕は寄附はしないぞ。行き先や使われ方を確かめようのないお金は払いたくないんだ。怪しげな団体に寄附するくらいなら、おまえらの飲み代にした方がいい」
 たしかに。第九の一員として、薪にはずい分タダ酒を飲ませてもらった。
 事件解決後の打ち上げに始まって、新人の歓迎会、暑気払いに忘年会。同僚同士の個人的なアフターにまで、一声掛ければ「僕は行けないけど、おまえらは楽しんで来い」と気軽に軍資金を出してくれる。
 太っ腹で金離れのいい室長はカッコイイと青木も思っていたが、残高254円の通帳を見せられては、幻滅を通り越して怒りが湧いてくる。

「とにかく! これからは、無駄遣いは慎んでもらいますからね。人並みの貯金はしてください」
 年下の立場から言うのは憚られる言葉だが、このままだと彼の未来が心配だ。薪が警察を退職したあと自分が彼を養うのはいいとして、今のうちにこの浪費癖を直しておかないと、消費者金融を渡り歩くハメになりそうだ。
「人並みって、どれくらい貯めればいいんだ?」
「そうですね。一般的な日本人の平均貯蓄額が400万くらい、でも薪さんの場合は収入額を考慮して、最低でも1千万」
「そ、そんな天文学的なお金……やっぱり青木、お金目当てで僕のこと」
「違いますってば!」
「じゃあ、カラダ?」
「それはちょっとだけ、って、何を言わせるんですか!!」
 可愛らしく小首を傾げたりして、たどたどしく言葉を継いだりして、顔が顔だけにロリ系MAX、たまんない、何でも許してあげたくなっちゃ、
 いーや、騙されないぞっ!

「どこが天文学的なんですか! 薪さんの場合、ボーナス3回使わなきゃ達成できる数字ですよ!? 扶養家族がいないんですから、定例給だけで充分生活できるはずです」
「そんなこと言われたって。ここの家賃、高いし。お給料だけじゃ、食べていくだけで精一杯で」
「あれ? 薪さん、時計替えました?」
「いいだろ、オメガの新作。冬のボーナスで買ったんだ」
「ステキですね。高かったんじゃないですか?」
「そうでもない。百万はしなかった、たしか86万」
「へえ、いい買い物しましたね。でも、いい時計を買うと、それに合わせて服や靴も凝りたくなるんですよね」
「そうなんだ。時計のイメージに合わせてオートクチュールで3着仕立てたら、150万もかかっちゃってさ。靴とカフスとネクタイピン買ったら、ボーナス全部なくなっ……」
 やっと気がついたか。
「僕を誘導尋問にかけるとは。おまえも成長したな」
 こんなグダグダの誘導で褒められても。

「まずはその、壊れた金銭感覚から直さなきゃダメですね」
「壊れてるとは何だ、失礼な」
「なくても困らないものにお金をつぎ込むのは、金銭感覚が壊れてる証拠ですよ。薪さん、時計たくさん持ってるじゃないですか。わざわざ新しいのを買わなくたって」
「これは、必要なものだ」
 薪は、開き直ったように腕を組み、長い睫毛を重ねて鷹揚に頷いた。つんと顎を上げ、得意の高慢な口調で言い訳を始める。

「想像してみろ。僕がこの時計だけを身につけて、ベッドにいるところ」
 それはぜひ見た……いや、引っかからないぞ。
「な? 時計だけだと、ちょっと間が抜けてるだろ。だから次は、このネックレスだ」
 シャツのボタンをひとつ外して、薪はそこから細い鎖を引き出す。スミレみたいに可憐な人差し指と白鳥のように優雅な首に渡された銀色の輝きは、まるで彼の肌の色に合わせて調合されたかのようだった。金よりも銀よりも、薪にはプラチナが似合う。
 真珠色の肌にプラチナのリストバンドとネックレス……は、鼻血が出そ、いやいやいや! これは大切なことだ、うやむやにしてはいけない。

「でもって、これは不要かとも思ったんだけど。おまえの耳の側に僕のくるぶしが来るときのことを考えると、やっぱり必要かなって」
 すい、とズボンの裾をまくると、裸足の足首にプラチナのアンクレット。
 薪の膝が自分の肩に乗って、ベッドが軋むたびに、彼の細い足首を飾るプラチナのチェーンが揺れ――。
「必要ですねっ!! アンクレットは絶対に必要っ……!」
 じゃなくて!

 ロリロリ攻撃の次は、お色気作戦で来る気か。青木が自分に夢中なのを分かっていて、その気持ちを利用して自分に都合の良い結論を導き出そうとしている。なんて狡猾で非道い人だろう。

「今夜、このアクセサリの必要性を確認してみようか?」
 騙されない、絶対にだまされないぞ。耳元にかかる甘やかな息とか、艶っぽい囁き声とか、そんなものに乗せられてたまるか。付き合って6年になるのだ、耐性だって少しはできて……。
「それとも、今から?」
 耐性……たい……。
「ここでしちゃおうか?」
 で、できて…………。
「ね? あ・お・き?」
「……薪さんっ!!」

 あとは野となれ。



*****

 色々あり得なくてすみません、怒らないで。




 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

クエスト(2)

 こんにちは~。

 先月の末あたりから過去記事にずーっと拍手をくださってる方々、ご新規さんかな、ありがとうございます。
 どの辺でドン引かれるのかなー、とビクつきながらも(←罪悪感はもはや習性)、とっても嬉しいです。(^^
 この話の薪さん、「ありえねえ」のオンパレードなんですけど~、すみません、そこは最後まで読んでも改善されないので、
 あと、話に無理があるとか訳が分からないとかも筆者の限界なので早々に諦めていただいて、
 それから話がつまんないとか長さの割りに中身が無いとかくだらないとかバカ丸出しとか、……ぐすん。(自分で言ってて悲しくなった)

 どうか広いお心でお付き合いくださいっ!!!

 

 そんなわけで、(??)
 お話の続きです。
 よろしくお願いします。






クエスト(2)





「おっ、エルメスの新作。次の給料で買っちゃおうかな」
「いいんじゃないですか」
 空になったコーヒーカップを回収しつつ、青木が軽く応じると、薪は驚いたように青木を見やり、次いでつまらなそうに眼を逸らした。
 
 もう、このネタでは青木をかまえない、と判断したらしい彼は、インターネットのブラウザを閉じるとパソコンの電源を落とし、青木の後について台所へ入ってきた。ダイニングの椅子の背に掛けてあるエプロンを手に取って、
「夕飯、何が食いたい?」
「炊き込みご飯がいいです」
「うん。じゃあ春らしく、筍とエンドウ豆でいくか」
 はい、と返事をして、青木は冷蔵庫から灰汁抜き済みの筍とグリンピースを取り出す。風味付けのシイタケと鶏肉は分量を控えめに、その方が筍の香りが引き立つ。シイタケの隣に慎ましく立てかけられていたオレンジ色の根菜は、グリンピースの緑をいっそう鮮やかに引き立てると思ったけれど、見ない振りで扉を閉めた。

「青木。ニンジン忘れてる」
………ばれたか。
「炊き込みご飯の彩りに、人参は基本だろ。料理は見た目も大事だぞ」
「グリンピースの緑だけでも、充分きれいだと思ったんです」
「朱が加わったらもっときれいだ」
 薪はそう言って、野菜室から青木の天敵を取り出すと、青木の手のひらにポンと載せた。

 筍を薄く切り、シイタケの表面を固く絞った布巾で軽く拭う。きのこ類は流水で洗うと旨味が抜けてしまうことを、青木は薪から教えてもらった。
 下拵えをしている青木の隣で、薪は出し汁の準備をする。長さ約10センチの昆布の両側に、互い違いに鋏を入れ、水を満たした鍋に放す。10分ほど置いたら火に掛け、沸騰する寸前に昆布を引き出す。そうしないと、だし汁が海草臭くなる。鰹節はたっぷり入れて、3分間煮出して濾す。それから人参や玉ねぎなどの甘みの強い野菜をその汁で煮る。そうすると、だし汁に甘みがつく。
 料理は薪の趣味で、だから手間は惜しまない。特に高級な食材は使わないけれど、どんな高級料亭にも負けない味だ。個人的には、薪が絶賛する山水亭より美味だと思う。

 腕まくりしてだし汁のアクを掬う薪の手首には、普段使いのミュラー。デフォルメされた数字が踊る特徴的なデザインは、くだけた休日を演出するのに相応しい。
「その時計、いいですね。オレも同じの買っていいですか?」
「え? ……欲しけりゃやるぞ。バンドだけ替えれば使える」
「お揃いでしたいんですよ。いいでしょ?」
「おまえ、ひとに無駄遣いはダメとか言っておいて」
 茹で上がった人参を鍋から取り出して、まな板の上に置き、薪は訝しそうに青木を見ている。薪の注意が他所に向いている今のうちに、人参をディスポイザーに入れてしまえば……さすがにバレるか。
「薪さんとのペアウォッチは、無駄じゃありません」
 にっこり笑ってそう言うと、薪は大きく眼を開き、2回続けて瞬きをした。

 薪にまんまと誘い込まれて、青木の決心も薪の身体も、ソファの上でわやくちゃになってしまったあと。
 落ち着いて検証してみたら、薪の供述には無理がある。現物との収支が合わないのだ。
 20年もの間、収入のすべてを全部買い物につぎ込んでいたら、クローゼットには物が溢れかえっているはずだ。でも、薪の収納スペースはいつもきちんと整理されていて、充分な余裕がある。リサイクルショップという手もあるが、その類の店に足を運ぶ彼を見たことはない。今までの彼を思い起こすに、頭のてっぺんからつま先までブランド品で固めている様子もなかったし、365日違うスーツで出勤してきたわけでもない。
 何よりも薪の性格からして、「自分が稼いだ金の使い途をおまえにとやかく言われる筋合いはない」と怒るなら自然だが、こんなことで誤魔化そうとするなんて。そこが一番、らしくない。青木には知られたくない何かがある証拠だ。
 画面に表示された銀行口座の引き落としは、すべてクレジットカード。その中には公共料金から家賃まで、生活に係る殆どのものが含まれている。
 そう思って青木はやっと、クレジットカードでも募金はできると気がついた。

 その後は必ず眠くなる薪が、ソファの上でうとうとしている隙に、いけないと思いつつもこっそりと、薪のクレジットカードの明細を調べた。
 青木の予想通り、そこには『日本学生支援機構』『交通遺児育成基金』の二つの財団法人と6桁の数字が並んでいた。
 この二つを選んでいるのは多分、薪が昔世話になったことがある基金だからだ。自分がしてもらったことは返そうと、彼の律儀さの表れなのだろう。
 正面からお金の使い途を聞いた自分がバカだった。考えてみれば、このひとが素直に自分の善行を認めるわけがないのだ。

「車、欲しいんだろ? 貯めておいた方がいいんじゃないのか?」
「買いますよ。それくらいは持ってます」
「えっ、本当か。おまえって、セコセコ貯めるタイプだったんだな」
「普通です、普通」
 そう、青木は普通だ。普通の人間は、通帳残が3桁になるまで寄附はしない。
 おそらく薪も、始めからそんなことをしていたわけではないと思う。家族もいない自分の老後より、子供たちの未来のために、なんて、薪はそんな殊勝な人間ではない。ずっと彼を見てきた青木には、彼の収入に合わない寄附の背景を容易に想像することができる。
 多分きっかけは、あの事件だ。そうでなければ、このマンションには入れなかっただろう。一定の収入があることはもちろん、ある程度の残高が銀行口座に残されていないと、この手のマンションは入居を断られるからだ。

 おそらくそれは、高潔な精神から生まれる純粋な善意ではなく。
 明日が来なければいいと思いながら、それでも生きなければならなかった日々の中で、罪を贖うことすら許されなかった彼の、代償行為に過ぎなかったのかもしれない。あるいは、長く生きる予定もない自分が持っていても仕方ない、という投げやりな気持ちから始めた自虐的な行動だったのかもしれない。それは青木には判断しかねるが、彼の重ねてきた行いは確実に多くの子供たちの役に立っているはずで、大事なのはそこだ、と青木は思う。

「車買ったら、僕にも運転させろ」
「いいですよ」
「半分は僕が払ってやる」
「お願いします」
 残高三桁がどうやって? などという、嫌味は言わないことにした。
 薪は一瞬、何かに気付いたようだったが、素知らぬ振りで料理の続きに戻った。青木が研いだ米をザルに上げると、後は自分がやるからいい、と青木を台所から追い出した。
 
 リビングと風呂の掃除を終えた青木が、薪に呼ばれて再び台所に入ると、ダイニングテーブルには春の食卓が用意されていた。
 筍とエンドウ豆の炊き込みご飯に、鰆の塩焼き、菜の花のおひたし。蛤の吸い物に、高野豆腐と野菜の炊き合わせ。高野豆腐の器に盛られた絹さやの緑と、人参の朱がとてもきれいだ。
 薪が茶碗によそってくれた炊き込みご飯を見て、そこに自分を少しだけブルーにする朱色が混じっていないことに気付いた青木は、「あ」と声を上げたが、
「なんだよ」
 と、低い声で薪が凄むので、慌てて口を噤んだ。
 でもやっぱり薪の気遣いはうれしくて。だから青木は、そのことを言いたくてたまらなくなる。
「炊き込みご飯の彩りは、グリンピースだけでも充分きれいですよね」
 緑茶を淹れる薪の横顔は、つんと澄ましたポーカーフェイス。応えは返って来ないが、その肩は穏やかに開かれている。

 薪はいつも本当のことを言わないから、青木は懸命に彼を観察して、彼の真実を見つけようとする。その過程には数々のトラップやミスリードが張り巡らされており、そうまでして彼が何を守りたいのか、青木にはよく分からない。
 でも。
 やっとの思いで開けてみた宝箱の中身は、一度も青木を裏切った事がない。
 
 それは、永きにわたる壮大なクエスト。
 彼の中に隠された数多の秘密。ひとつ箱を開けるたびに、青木は彼をもっと好きになる。
 どんな困難が行く手を阻もうと、ドロップアウトは絶対にしない。制覇の可能性は限りなく低いけれど、コンティニューはプレイヤーの意志に任されている。
 毎度、正解に辿り着くには苦労するのだけれど、そこには必ず青木を嬉しくさせるものがあって、だから青木はこのクエストから抜けられない。

「いただきますっ」
 薪が席に着くのを待って、青木は吸い物に手を伸ばした。
 やわらかく火が通った蛤と、その香りを邪魔しない昆布ベースの澄まし汁は絶品で、旬のサワラは滑らかに舌の上でその身をほどく。
「やっぱり、旬の魚は美味しいですね」
「サワラが美味いのは冬だぞ」
「え、そうなんですか?」
「サワラは魚編に春って書くけど、回遊魚だからな。1年中獲れる。サワラが春に旬を迎える地方っていうと、瀬戸内海辺りになるかな。関東じゃ、冬の方が脂が乗ってて美味い」
 毎回、薪の雑学には舌を巻く。青木が薪に勝てることと言ったら、車の運転と乗り物に関する知識だけだ。
「薪さんて、そういう知識をどこで身につけるんですか? 料理もやたら詳しいですよね。誰かに習ってたんですか?」
「さあな」
 軽くはぐらかされて、薪の謎がまたひとつ増える。コンプリートへの道は遠い。

 まあいい。ずっと一緒に暮らしていくのだ。時間とチャンスはたっぷりある。

 翡翠を散らした餐の、春の息吹で炊いたようなやさしい味わいに目を細めて、青木は新しいクエストへの第一歩を踏み出した。




(おしまい)



(2011.4)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: