クッキング2 (1)

 こんにちは。

 先日はハイテンションの酔っ払い記事に温かい拍手とコメントをたくさん、ありがとうございました!
 ちょっと要らんことまで書いてしまって、何人かの方にご心配掛けちゃいました当ブログの今後につきましては、今はもう閉鎖なんてカケラも考えてませんので! これからも、どうかよろしくお願いします。
 最終回を読んだ直後はかなりマジで考えてたんですけど、その時、みなさんにいっぱい励ましていただいたので、このまま置いといてもいいかな、と6月初めの段階で考えていました。 不用意な発言でお気を煩わせてしまって、すみませんでした。

 ただ、新しい話は書けないだろうなー、と思ってました。 実際、この2ヶ月1作も書いてないし。
 妄想自体も、あおまきさんではできなかったんです。 絶対に青雪さん、結婚すると思ってたから。 だからずーっと、青雪さんの結婚式に笑顔で祝辞を述べる薪さんを想像してました。←しづが見た地獄の正体。

 でも、
 エピローグを読んだ今となっては!

 どうしてあんなことを考えてしまったんでしょう? 先生はちゃんと青薪さん成立フラグを立ててくれていたのに。 ページ数の比重から、青木さんのMRIの薪さん率から、諸々のエピソードから、何よりもこれまでの二人の軌跡から、いくらでも読み取れたはずなのに。
 
 のんびり「黒子のバ●ケ」観てる場合じゃないですね! 
 だって原作のふたり、これからじゃん!(何が?) 妄想し放題じゃん!(ヤメロ) これが書かずにいられましょうか!!(これ以上原作を愚弄するか)
(  )内はわたしの第一の脳(良識とも言う)の呟きですが、そんなものはキコエナイー。(そのうちクレームが来ると思うぞ)
 今までの話もこれからの話も、等しく薪さんには迷惑だと思うのですけど、多分、書かずにはいられないと思うので、もうこの人はそういう病気なんだと思って、生ぬるく見守ってやってください。


 感想は後ほど、じっくり考えて書くとして、(すみません、コメレスももうちょっと待ってください。(^^;))
 先にSSを公開します。



 青薪さん成就記念といたしまして、こちら、
『エピローグが無かったらお蔵入りになってたSS 第1弾』 でございます。


『クッキング2』という題名からお察しいただけるかと思いますが、竹内と結婚の決まった雪子さんが薪さんに料理を習うお話です。
 最終回を読む前は、雪子さんが青薪さん成就に一役買ってくれると期待していたので、こんな話も書けたんです。 で、最終回を読んだらデータごと抹消したくなりまして~~、早まらなくて良かったです。(笑)

 エピローグを読んで、雪子さんはやっぱりすごいな、って思いました。
 青木さんの所に結婚の報告写真を送ったってことは、青木さんとはいい友人になっていたってことでしょう? でなかったら送りませんよね? 
 でも、「やり直しましょう」と申し出て、結局男女関係に戻れなかったとしたら、その男性と友人でいることはひどく難しいことだと思います。 あの過去を背負った上で薪さんと友人でいるのがすごい、と初登場の時も思いましたが、今度もすごいと思いました。 
 もともとキライではなかったので、最後、彼女に恨みがましい気持ちを抱かずに済んでホッとしてます。 最終回でめっちゃ腹立ちましたけど、あの後はきっと、薪さんのことでウジウジ悩む青木さんのいい相談相手になってくれたのだと信じます。


 28日の夜は、嬉しくて嬉しくて、殆ど眠れませんでした。
 幸せすぎて眠れない、なんて、生まれて初めてです。
 清水先生、本当にありがとうございました……!!


 生まれて初めて、と言えば、この話の冒頭の薪さんの状況は、わたしがこの年になって初めて体験した恐怖がベースになってます。
 全体的には男爵カテゴリに入れようかと思ったくらいのドタバタ系ギャグなので、笑っていただけたら嬉しいです。 







クッキング2 (1)










 孤立無援という言葉が、今日ほど胸に突き刺さったことはない。
 第九のエントランスに並べられた自販機と観葉植物の大鉢の隙間に潜み、周囲を厳しい眼で睨み回しながら、薪は息を殺していた。
 警戒を怠ってはならない。既に、周りは敵だらけだ。

「くそっ、何処に隠れたんだ?」
 遠くから、苛立ちを孕んだ宇野の声が聞こえてくる。普段はあれ程ドライな彼も、すっかり人が変わってしまったようだ。
「おーい、薪さん捕まえたか?」
「ダメだ、撒かれた」
「ちっ、素早いな」
 宇野の声に呼応する2つの声、小池と曽我だ。

「こういうとき、コマイと見つけるの大変なんだよな」
「薪さんなら簡単にロッカーの中に入れるもんな」
「あの大きさならロッカーどころかゴミ箱にだって入れるぜ?」
「机の引き出しも捜索範囲に加えるか」
 ちょっと待て。ロッカーはともかく引き出しはないだろ。
「薪さん、超身体やわらかいし」
「5センチの隙間があれば抜けられるって聞いたことある」
 僕はミミズかナメクジかっ!

 思わず叫びそうになって、慌てて口を押さえる。危ない危ない、これは連中の作戦だ。薪が自ら姿を現すよう、わざと大声で、突っ込みたくなるようなことを喚き立てているのだ。
 両手で触れた頬は、熱を持っていた。怒りのせいだ。とりあえず落ち着こう、と薪は、隣で観葉植物が作り出している酸素をたっぷりと肺腑に吸い込んだ。

 どうしてこんなことになってしまったのか――――。

 朝は普通だった。それが夕方になって突然、それも一日の職務が終了した瞬間に、部下たちは一斉に蜂起した。昨日までの従順なしもべの仮面を脱ぎ捨て、薪に牙を剥いたのだ。
 彼らの襲撃は晴天の霹靂であった。自分は確かに厳しい上司だったかもしれない、でもそれは彼らの成長を思えばこそ、彼らの輝かしい未来の為に心を鬼にして行ったことだ。いつの世にも子供には理解されない親心、分かって欲しいとも思わないが、だからと言って武力で反撃してよい道理はない。自分は彼らの上司なのだから。
 しかし、現実はこうだ。3人がかりで追い詰められ、言葉にするのも恐ろしいことを強要された。薪は自分の耳を疑った。まさか彼らが、自分にそんな苦行を強いるなんて。
 薪が逃げ出すと、信じがたいことに彼らは追ってきた。部下たちに裏切られ、追われる身となった薪の心を絶望が襲う。

 そこまでして自分が苦痛にもがく姿を見たいのか? そこまで僕が憎いか?
 信じていたのに。自分は自分なりに、彼らを愛してきたのに。

 思わず、涙がこぼれた。滅多なことでは泣かない薪だが、今回の痛みには耐え切れなかった。しかし、悲しみに身を浸す時間は与えられなかった。3人の優秀な捜査官を相手取った地獄の鬼ごっこが始まり、薪は必死で逃げまわった。
 創立当初から第九にいる薪は、建物内の抜け道を完璧に覚えていた。隠れてやり過ごすのに最適な大型機器の陰や机の下、空のキャビネットなどの身を潜めやすい場所も。
 古参である事と小柄な体つきが役に立ち、何とか追っ手を出し抜いてエントランスまでやって来た薪は、息を吐き、精神を集中させた。

 3人の声はさっきよりも遠ざかった。机の引き出しとか戯けたことを言っていたが、薪が身を隠せそうな所を探しに戻ったのだろう。今がチャンスだ。
 このまま第九を出よう。鞄を室長室に置いてきてしまったのが心残りだが、それはまた後で取りに戻ればいい。とにかく、今は逃げなければ。もしも捕まって、3人がかりで押さえつけられたら……。
 先のことを想像して、薪は身を震わせる。無意識に自分の両肩を抱き、ふっくらと丸い頬を青白くする。

 恐ろしい。考えたくない。あれは、人間のすることじゃない。

 自分の想像に竦んでしまった足を奮い立たせて、薪は慎重に立ち上がった。靴音に注意して、玄関の自動ドアまで歩く。ドアが開くと、未だ沈み切らない太陽の朱色が薪を包んだ。火照った頬に心地良い夕暮れの風。自然が織り成す魔法のような美しさに、普段ならばゆっくりと歩を進め、昼と夜の交代劇を楽しむところだが。
 ドアが閉まるや否や、薪は駆け出していた。冷静になどなれなかった。一刻も早く、この場から離れたい。その衝動に押されるまま、彼は走った。
 しかし、薪の足は門を潜ったところで不意に止まる。そこには今井が待ち構えていたのだ。

「薪さん、大人しくしてくださ、うわっ!」
 問答無用で投げ飛ばす。今井の長身が空を舞って、地面に背中から叩きつけられた。デスクワーク主体の彼に、この一撃は効いたはず。しばらくは立てまい。
 今井は薪の進路を塞いだだけで、危害を加えようとはしなかった。通常ならこれは傷害罪だ。が、薪は胸を張って緊急避難を主張する。自身の生命が脅かされた場合に仕方なく取る他者を傷つける行動。今の自分の攻撃は、正にそれだ。

 薪は素早く身を翻し、研究所の中庭へと向かった。此処を突破しても、今井から他の仲間に連絡が行くだろう。別の逃げ道を探さなければ。
 第九には正門(南門)と西門、東門の3つの門があるが、先刻、彼は敢えて玄関から一番遠い西門を選んだ。敵の裏をかいたつもりだったが、そこに今井がいたということは、他の門にも誰かが待ち伏せているに違いない。薪はそれを即座に見抜いて、新たな活路を見つけ出した。
 中庭には警視庁への連絡通路に続く入り口がある。警視庁に入ってしまえば出口は30ヵ所くらいある。そこまでは手が回らないはず。捜一に居たこともある薪は、警視庁にも詳しいのだ。
 ところが。

「お待ちしてました、薪室長」
「竹内……」
 地下通路の入り口は何ヶ所かあるが、警視庁との連結口は1つ。そこで待ち伏せされたら避けようがない。
 携帯電話を片手に、長い足を見せびらかすようにクロスさせて、竹内は壁に寄りかかっていた。抵抗しても無駄ですよ、と嘯く彼を、薪は睨みつける。こいつは初めから敵だが、この局面にあってはさほどの脅威はない。薪は鼻先で笑い、余裕を見せ付けるように右の口角を吊り上げた。

「ふっ。接近戦で僕に勝てるとでも?」
 竹内は射撃こそ大会で優勝するほどの腕前だが、格闘技の有段者ではない。銃は上司の許可が無いと持ち出せないし、持っていたとしても発砲なんかできるわけがない。威嚇にせよ、こんなところで銃を撃ったら謹慎処分は免れない。
 銃さえ無ければ、竹内の戦力は一般市民とさほど変わらない。薪は柔道は二段だ、こんな優男に負けはしない。
「あら、大した自信だこと」
「ゆ、雪子さ……!」
 連絡口のドア陰から姿を現した女性に、薪の声が上ずる。彼女は膝丈のティアードスカートにブラウスと言う軽装で、トレードマークの白衣は着ていなかった。もしも着ていれば、染み込んだ消毒薬の匂いで気が付いたかもしれない。

「竹内、この卑怯者! 女の人に頼るなんて、それでも男か!」
 雪子はプレイボーイの竹内に騙されて、結婚の約束までさせられてしまった可哀想な女性だ。今回も、この最低男に言いくるめられたに違いない。
「雪子さん。僕たち、20年来の友だちじゃないですか。それなのに、どうして僕の味方になってくれないんですか」
「友だちだからでしょ。観念しなさい、薪くん」
 心から信頼していた友人にまで裏切られ、薪の絶望はますます深くなる。薪は眉間を険しくし、辛い現実から眼を背けるように長い睫毛を伏せた。

 ここに、鈴木がいたら。
 絶対に僕の味方になってくれた。世界中が、僕をこの世に産み落とした母親すら僕の敵に回ったとしても、彼だけは味方でいてくれたに違いない。
 鈴木、と心の中で彼の名前を呼ぶと、うっすらと身体の芯が温かくなった。今はいない親友が、自分を応援してくれているような気がした。

――――ありがとう、鈴木。がんばるよ。

「雪子さん、ごめんなさいっ!!」
「え? きゃ!」
 謝罪とともに、薪は突進した。身を低くして、両手を上向け、指先に触れた布地を思い切り引き上げる。瞬間、春らしいベージュ色のティアードスカートは、雪子の豊かな胸の辺りまで捲れ上がった。女性らしく安定感のある腰とそこから伸びる長い足が露わになり、捕獲者の二人が硬直する。その隙をついて、彼らの脇を脱兎のごとく駆け抜けていく小さな人影。
 戦わずして逃げるなど卑怯者の愚策、否々、三十六計どころか百計講じても逃げるしかない。雪子は柔道四段だ。勝ち目がない。

「し、室長が先生のスカートめくって逃げた……」
 あり得ない光景に愕然とする竹内の横で、雪子が赤い顔をしてスカートを押さえる。不愉快なことに、雪子は竹内の前では女らしくなるのだ。これが青木あたりだったらスカートの中身なんか気にしないで得意の一本背負いを仕掛けてきたに違いない。

「先生、その赤いフリルの下着、俺以外の男には見せないでくださ、痛った!!」
 いらんことを言ってどつかれたらしい。やっぱり雪子は最強だ。
「覚えてなさいよ、薪くんっ! 許さないからねっ!!」




*****

 
 法十名物、やんちゃ坊主薪さん。
 お、怒らないで……。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

クッキング2 (2)

 こんにちは!
 舞い上がったまま、まだ地面に降りてこれないしづです。 おかげで仕事が手に付きませんー。 ←落ちても廃人、浮かれても廃人。
 今日は研修会があって、明日は入札なんです。 だからちょっと引き締めないと。
 ああでも、妄想が止まらない……!
 仕事する脳が動かないので、お話の形にならないんですケド。 まあそのうち。 今は、妄想することが楽しいです♪




クッキング2 (2)






「覚えてなさいよ、薪くんっ! 許さないからねっ!!」

 雪子の怒号が響く頃には、薪は既に廊下の角を曲がっていた。後々の報復は恐ろしいが、彼らが薪に強要しようとしている苦痛に比べれば、何てことはない。20回連続で一本背負いを食らう方が、薪にとってはまだありがたかった。
 警視庁の廊下を幾度か曲がり、階段を昇り、東側の昇降口を目指した。ここから自分が出ることは、誰にも予想ができないはずだ。薪自身、成り行きで警視庁に入り、適当に走って此処に来たのだ。薪の携帯を誰かがGPSで追いかけてでもいない限りは。しかし。
 薪の脱出は、三度遮られた。

「薪さん。世話を掛けんでください」
「…………岡部……」
 そのまさかが起きたとき、彼の中で大切なものが崩れ落ちてしまったのかもしれない。出口で腹心の部下に腕を掴まれた時、薪は泣いていた。
「どうして」

 ここまでするのか。自分を捕まえるために、GPSまで使って。自分に地獄の苦痛を味あわせる、それだけの目的のために。そんなにも自分は彼らに疎まれていたのか。

 涙が溢れて、止まらなかった。子供の様に泣きじゃくり、薪は必死に訴えた。
「どうして岡部までそんなひどいことするんだ。僕が何をしたって言うんだ」
「そりゃあ逆です。普段からちゃんとしないから、こんなことになっちまったんですよ」
 岡部は静かに薪を諭した。決してあなたが憎いわけではないのだと、彼は泣き止もうとしない上司を慰めるように、そっと肩に手を置いた。

 チャンス。

 薪は掌を合わせ、右肘を上に向けて思い切り突き出した。岡部の顎先に見事にヒットしたそれは、頑強な彼に脳震盪を起こさせる。自分より武術も体力も優れた相手から逃れるには、この手しかない。
「がっ、薪さ……! こら、待ちなさい!!」
 必死に走る薪を、早くも回復した岡部が追いかけてくる。薪は生来スプリンターで、短距離走は得意だが長距離は苦手だ。さっきから逃げ続けて、もう大分走っている。足も思うように動かなくなってきた。このままでは捕まってしまう。
 誰か。誰か助けてくれ。神さま……!!

「薪さん! 乗ってください!!」
「青木っ!」
 キキィッ、と甲高いブレーキ音を響かせ、目前に急停車した車の助手席に、薪は飛び込んだ。シートベルトを装着する間もなく、車は急発進する。そっと後ろを振り向くと、岡部が鬼のような形相で仁王立ちになっていた。
「危ない所だった……」
 薪はポケットからハンカチを取り出して、とめどなく溢れてくる涙を拭いた。信じていた人々に裏切られた、その痛みを訴える胸が、また新たな涙を亜麻色の瞳に湧き上がらせる。

「青木、助かったよ。命拾いした」
 目元にハンカチを当てたまま、それでも心から安堵して、薪は運転席の若い男に話しかけた。彼は引き締まった顔を前方に向けており、薪の位置からは彼の真っ直ぐに通った鼻梁と顎のラインがとてもセクシーに見えた。いつも思う、車の運転をしているときの彼は、普段より3割増しでカッコイイ。
「ありがとう、青木。僕もおまえのことだけは信じてたよ。僕を地獄に突き落とすような真似、おまえだけはしないって」
 信号待ちの間、自然に下された彼の左手に、薪は自分の右手をそっと重ねる。付き合い始めてもうすぐ5年、この世の誰よりも薪は彼を愛しているし、彼は自分を愛してくれている。薪はそう信じていた。
「疲れたから、このままマンションに帰ろう。そうだ、おまえも泊まって行くといい。今日は特別だ」
 翌日の仕事への影響を勘案して、平日のデートは泊まり無しと定めている。でも今日だけは、許してもいい。
 夕飯は何にしようかな、と呑気に献立を考えていた薪は、ふと車窓に映る風景の違和感に気付いた。これは、マンションへの道ではない。

「青木、何処へ行くんだ? そっちじゃないだろ?」
 恐ろしい想像が頭を過ぎる。
 そんな訳はない、青木は自分の恋人だ。自分が傷つくことを、彼が望むはずがない。だって彼はいつも薪のことをガラス細工でも扱うように大事に大事にしてくれて、そんな彼が薪を苦痛に導くはずはない。まあ最初はかなりイタイ思いさせられたけど、この頃は超キモチイイ、って今そんなこと言ってる場合じゃないだろ、道だよ、道。

「なんでそこを右に曲がるんだ? まさかおまえ、……降ろせえええッ!!!」

 ドアロックを外そうと力を込めるが、走行中は安全のためロックされている。昔の映画のようにはいかないのだ。このドアが開くのは、車が止まったとき。そしてそれは、薪の死刑執行を意味する。

 車が右折し、駐車場に入った。白い壁と木目を基調とした洒落たレストランのような建物、しかしここは地獄の1丁目だ。悪鬼たちが横行する中、眼を覆いたくなるような蛮行が繰り返されている。部屋は怨嗟と被害者の悲鳴で満ち溢れ、それを嘲笑うかのような魔物たちの哄笑が響き渡り―――― この期に及んで、薪は信じられなかった。そんなところに、青木が自分を連れ込もうとするなんて。

「放せっ、放してくれ! イヤだ、ここはいやだ! あんな苦痛には耐えられないんだ、いっそのこと殺して、いや――――!!」
 この世のすべてに裏切られ、絶叫する薪の声が、虚空に吸い込まれた。薪は花婿に抱かれる花嫁の格好で車から引きずり出され、建物へと運ばれた。
 ひと思いに殺せ、と薪が暴れるのも何処吹く風。青木は躊躇なく建物の中に入り、薪を抱えたまま器用にスリッパに履き替えて、スタスタと歩いた。タッチ式の自動ドアが開き、彼らを白く清潔な部屋が迎える。3人掛けのソファが5つ、奥には本棚に入った漫画や雑誌類、その左側には子供用のプレイコーナー。居室にいたのは優雅に雑誌をめくる若い女性、壁を兼ねた窓から夕陽を眺めるお年寄り。そこには安穏たる空気が流れていたが。
 平和な光景に騙されてはいけない。右の部屋の扉を開ければ、そこは地獄に直結しているのだ。

 恐怖に身を竦ませる薪を抱いたまま、青木は勇ましくそのドアに近付いた。賢明な彼は解っているのだ。ファッション雑誌の向こうから若い女性が送ってくる興味津々の視線に負けて手を放したら、薪はモルモットのように走り去ることを。

 ドア脇のカウンターに、水色のワンピースを着てマスクを掛けた女性が二人、にこやかに微笑んでいた。
 この優しげな微笑に惑わされるな青木。彼女たちは悪魔に魂を売ってしまったんだ、でなかったらこんな場所で正気を保てるわけがない。気付いてくれ、引き返すんだ、青木。
 恐ろしさに声も出ない薪が夢中で瞳で訴えるのを、青木は無視した。平然とカウンターの前に進み、笑いを堪える様子の彼女たちに声を掛ける。

「すみません、6時半に予約した薪です」
「はい、薪剛さん。痛むのは左の奥歯でしたね~。2番診察室へお入りください」
 薪の前で、地獄への扉が軽やかに開いた。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

クッキング2 (3)

 と言うことで、しづがこの年になって初めて味わった恐怖体験=歯医者でした。
 40超えて、生まれて初めて虫歯の治療をしたんです。 もうどんだけ病気に縁がないんだか。


 たかが虫歯なんですけど、これがけっこう大変だったんですよー。
 虫歯になった親不知が横向きに生えてやがりまして、
 メスで歯肉を切開して歯を3つに割って抜いたんです。
 口の中、5針も縫ったんですよー。 時間も1時間くらい掛かったし。

 歯医者さんに事前に、
「抜歯後、3日くらいは腫れと痛みがひどいと思いますので、痛み止めで凌いでください。
 1回1錠とありますが、効かないようでしたら2錠飲んでも大丈夫です。 時間も6時間あけるようにとの指示がありますが、我慢できない様だったら4時間くらいでも大丈夫ですから。
 完全に痛みがなくなるまでには1週間程度かかると思います。
 人によっては首から胸にかけて痣が浮いたりもしますが、2週間程で消えますので心配しないでください」
 と物々しい説明を受けて、ビビりましたー。
 みーちゃんが励ましてくれなかったら、勇気が出なかったかもー。 みーちゃん、ありがとう。(^^

 そんなわけで、相応の痛みは覚悟してたんです。
 そしたらね、不思議なことに夜になっても痛くならないの。
 ほっぺと喉は腫れて、だから患部に触れたり食べ物を飲み込んだりすると痛かったのですけど、風邪引いて扁桃腺腫れた時に比べたら何てことなくて。
 麻酔、いつになったら切れるんだろう、と思いながらその夜は眠って、そしたら、
 翌日になっても痛くならないの。

 消毒の為に歯医者に行って、
「痛み止めは何錠飲みました? まだ、残ってますか?」と訊かれて、
「すみません、一錠も飲んでません。 痛くならないんです」
「……ラッキーな方ですねえ!」
 医者にラッキーって言われちゃいましたよ。(@@)

 痛みには個人差があるとはいえ、5針も縫ったんですよー。 不思議ですよねえ?
 

 ひきかえ、薪さんは痛かったみたいですねえ。
 個人差がありますからねえ。(笑)

 ちなみに、
 わたしが掛かった歯医者さんはすごく上手で、治療中、まったく痛みを感じませんでした。 説明も丁寧でやさしくて。 近所にあんなに腕の良い歯医者さんがあってよかったです。
 薪さんも、ここに来ればいいのに。







クッキング2 (3)






「裏切り者」
 幽鬼もかくやの恨みがましい声に、青木は何度目かの溜息をそっと吐き出した。コーヒーの馨しい湯気が、それを受け止めてくれる。
「僕は世界一不幸な男だ。信頼していた部下に裏切られ、愛する恋人には陥れられ」
 未だ麻酔の醒め切らない左頬の不自由さが薪のネガティブに拍車を掛ける。大好きなコーヒーを飲むのも一苦労だし、何だか味もよく分からないようだ。

 虫歯の治療を済ませた薪は、疲れ切った様子で青木の隣に腰を下ろした。会計と次回の予約を済ませ、「家に帰りましょう」と青木が声を掛けると、こっくりと頷いた。差し出した青木の手を握り、駐車場まで手をつないだまま歩いた。俯き加減に眼を伏せて、青木は基本、元気な薪が好きだが、こんな大人しい彼も可愛いと思った。
 しかし、診察室から出てきた時のしおらしい態度は時間と共に薄れ、代わりに彼を支配したのは自分を此処に追いやった人間たちへの復讐心、というか、完全なサカウラミだ。思うに、異様に素直だったのは一種の虚脱状態だったのだろう。

「こんな過酷な運命がこの世にあっていいのか。神も仏もないのか」
「大げさな。たかが虫歯じゃないですか」
 歯医者くらいで運命を嘆かれても。

「薪さん、酔っぱらうと寝ちゃうクセがあるでしょ。あれがいけないんですよ。寝る前にはきちんと歯磨きしないと」
「虫歯になったことを嘆いてるんじゃない。僕はおまえたちの裏切り行為に傷ついてるんだ。この僕に向かって、歯医者に行けとは何事だ」
「いい大人が虫歯でほっぺた腫らしてりゃ、誰だって歯医者に行くことを勧めますよ」
「それが嫌だから薬を飲んでたんだろ。どうしておまえらはそれで納得しないんだ」
「いや、虫歯って薬じゃ治らないし」
「だからって歯医者に行けなんて。よくそんな残酷なことが言えるな」
「痛み止めで痛みが抑え切れなくて、ボロボロ泣いてたのは何処の誰ですか」

 虫歯になったら誰だって歯医者に行くだろう。青木が当たり前のことを口にすると、薪は亜麻色の瞳を怒りに燃え上がらせ、
「おまえ、あいつらが診療室という拷問部屋で患者という名の生贄にどんな非道を行うか知ってるのか!?」(全国の歯医者さん、すみません)
 ローテーブルの上に乱暴に置かれたカップが、ガチャンと音を立てる。中のコーヒーが揺れて、薪の心中を映すかのように黒く波打った。
「ドリルだぞ!? ドリル口の中に突っ込むんだぞ! あれが人間のすることか?!」(全国の歯医者さん、本当にすみません)

 ぷるんと艶めく口唇を指差し、ここに入ったんだ、顎が外れるかと思った、口の中ズタズタに切られて死ぬかと思った、と喚きたてる彼の口の中は綺麗なもので、麻酔針の出血痕すら残っていない。

「悪魔だ、悪魔の所業だ。人間らしさの欠片でもあれば、同じ人間に対してあんなことができるはずがない」(全国の歯医者さん、本当に本当にすみません)
 飛び入りの患者を快く診てくれた歯医者の方が、仕事中の薪より遥かにやさしいと思うが。
「あいつら、みんな悪魔の手先だ。人に苦痛を与えるために地獄からやって来た魔物たちなんだ。なんて恐ろしい……」(全国の、ああもうなんか謝るのもめんどくさい)
「薪さん」
 大仰なとは思いつつ、この世の地獄を見てきたと言わんばかりに青ざめる薪を見ていると、人の好い青木には同情心が湧いてくる。やさしく名前を呼んで、小刻みに震える彼の手を自分の手の中に大切にしまい、青木はありったけの愛を込めて言った。

「次の予約、来週の月曜に入れておきましたから」
「ヒトデナシッ!!」

 青木の手を払いのけて薪が鋭く叫ぶのと、チャイムの音が重なる。激した薪はその音に気付かないらしく、クッションで青木の肩を殴り続けた。
「薪さん、誰か来たみたいですけど」
「ごまかそうったって、お?」
 2度目のチャイムは薪の耳にも届いて、仕方なく彼はクッションを青木の顔に投げつける。誰だ、こんなときに、と苛立った口調でモニターを確かめに行った彼は、何故だか凄まじい勢いで戻ってきて、青木が座っていたソファの後ろに身を潜めた。

「青木、僕は留守だ。チベットに修行の旅に出たって言ってくれ」
「はあ?」
 薪がこんなに怖れるなんて、一体誰が訪ねて来たのかとカメラを見れば、彼の古くからの友人と捜一のエースが仲良く並んで立っている。薪が雪子を避けるわけがないから、薪の居留守の理由は彼女の隣にいる男のせいだろう、と青木は察しを付けた。

「いらっしゃい、三好先生。竹内さんも」
「ごめんね、急に。これ、薪くんの虫歯が完治したら飲んで」
「ありがとうございます。どうぞ上がってください。薪さん、先生と竹内さんが薪さんの好きなお酒を……薪さん?」
 見ると薪は床に四つん這いになって、何から防護しているのか頭にクッションを巻くようにして両手で押さえている。いわゆる頭隠して何とやらの格好で、どうしてこの人ってパニックになると果てしなくギャグキャラになっていくんだろう。
 しかし、パニックの理由が青木には分からない。雪子から白衣を連想して、歯医者の記憶がフラッシュバックしたとか?

「薪さん、三好先生ですよ」
 勧められたスリッパをパタパタ言わせて、雪子は足早に薪に近付いてきた。ソファの裏側に潜む薪の前に膝を着き、薪の顔を覗くように背中を丸める。逃げ切れないと観念したのか、或いは彼女が自分の友人であることに気付いたのか、薪はそっと顔を上げ、雪子の黒い瞳を自分の色素の薄い瞳で見つめた。

 次の瞬間、
「雪子さん、勘弁してください、命だけはっ!」
「薪くん、一生のお願いっ!」
 二つの音声は完全にラップして、当人たちにも相手が何と言ったのかハッキリとは聞き取れない。それでも、雪子に自分を害する意思がないことは、薪に伝わったようだった。おずおずと顔を上げ、そろそろと上半身を伸ばす。無意識にクッションを抱きしめる薪の様子はすごくかわいくて、青木は彼の姿が竹内の視界に入らないように、さりげなく己が身体の位置をずらした。

「雪子さん、僕を懲らしめに来たんじゃ」
「それどころじゃないのよ。大変なことになっちゃって」
 雪子はバリバリのキャリアウーマン、一人で生きていける女の代名詞みたいな女性だ。美人で仕事もできて、上司の信頼も厚く部下からも慕われている。その上、警視庁一のハンサムと名高い竹内と婚約したばかり。仕事も日常生活も恋愛も、今の彼女に死角はないと思えるのに、この困惑顔はどうしたことか。

「お願い、助けて。薪くんしか頼る人がいないの」
「はい。僕にできることでしたら何なりと」
“お願い”の内容も確かめず、薪は協力を約束する。答えには微塵の迷いもない。
 薪は雪子から多大な恩義を受けていて、だからいつも彼女の役に立ちたいと思っている。『恩義』の具体的な内容を青木は聞かされていないが、薪が彼女を特別扱いすることの一番の要因が、彼女の婚約者を殺めてしまったことであろうことは想像に難くない。驚くべきことに、その上で彼らは友人関係を続けている。それが上辺だけのものになっていないのは、雪子の人間性によるものが大きい。そういう彼女を青木もまた尊敬しているし、青木自身、彼女には薪に片思いをしていた頃さんざん世話になっている。彼女が困っているなら、これは恩返しのチャンスだ。

「先生。オレも協力しますよ」
「助かるわ、青木くん。ありがとう。あたし一人じゃ薪くんを説得できるかどうか、不安だったの」
 安堵の微笑を浮かべる雪子に、でも薪は少しだけお冠のようだ。秀麗な眉を不服そうに寄せて、
「僕が雪子さんの頼みを断るわけないじゃないですか」
 床で話をしていても何だからと皆にソファを勧め、自分も座り直した薪は、向かいに座った男に不快そうな視線を注いだ。竹内は、古くからの薪の天敵。その上大事な雪子のハートまで盗られて、薪の恨みは募るばかりだ。
 そこから僅か50センチ、左にずらされた薪の視線は、途端に柔らかく和む。第九の職員たちには決して与えられることのない特別仕様の笑顔を惜しみなく雪子に向けて、薪はにこやかに促した。

「どうぞ、何でも仰ってください」
「じゃあ遠慮なく」
 応じたのは何故か、隣に座った竹内の方だ。当然、薪の機嫌は急転直下で悪くなる。
「僕は雪子さんに言ったんですよ。どうしてあなたが?」
「薪くん、とにかく聞いて。あたしたち、二人からのお願いなの」
 雪子に諌められて、薪は軽くくちびるを尖らせた。そうすると、左頬が未だ少し腫れて赤いのが幼さを強調して、冗談みたいに可愛いのだ。自分以外の誰からも見えないように薪をパーティションで囲ってしまいたい衝動を、青木は必死で抑えた。
 青木が薪を一番見せたくない相手、それは竹内だ。彼は雪子と婚約する前、薪のことが好きだったのだ。その気持ちには整理が付いたから雪子と婚約したのだろうが、完全には信用できない。今だって不自然に眼を逸らしたりして、薪を意識しているのが伝わってくる。

「実は」
「お断りします」
「……あの、まだ何も」
「薪くん、聞いて」
「雪子さんには申し訳ありませんけど、この男の口から出ることなら、それがどんなに安易で且つ人道的なことでも同意しかねます」
 竹内の手からは赤い羽根も買いたくない。そういうことらしい。

「薪さん、それは人としてどうかと」
 さすがに竹内が可哀想になって、青木は助け船を出す。刹那、薪はものすごい眼で青木を睨んだが、「話も聞かないのは男としての度量が疑われる」と再度青木に説得され、渋々ながら聴取の体勢を整えた。
 薪に言うことを聞かせたかったら、男らしさを説くのが一番だ。薪は「男らしい」という文言が入っていれば多少の難事には眼をつぶる。歯医者もこの手で行けばよかったか、と今更思い当たって青木は、次回の歯科医大作戦には「デンタルクリニックは男修行に最適」との法螺話を組み込むことに決めた。

「今度の日曜日、俺の」
「その日は用事がありまして」
 ―――― 呪文、発動せず。男のプライドよりも感情が勝ったらしい。どうやら「男は歯医者を恐れない」作戦も試す前から失敗の可能性大だ。
「母が京都から」
「海外出張の予定が入ってまして、僕は日本にはいませんので、ふががっ」
「どうぞ、押さえときますから」
 結局は実力行使に頼るしかない。青木は薪の口を手でふさぎ、話の続きを促した。

「結納の日取りも決めたいし、先生とゆっくり話がしたいと母が言い出しまして」
「さっそく嫁イビリか! 雪子さん、辛い思いしてまでこんな男と一緒になることは、むががっ」
「ちょっと、青木くん。よく押さえておいてよ」
「すみません」
 再び物理的に薪を黙らせたものの、青木は少し不安になる。嫁姑問題は人類永遠の課題と言っても過言ではない。薪の言葉もあながち的外れではないのかも。

「反対されてるんですか? それで薪さんに相談を?」








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クッキング2 (4)

 毎日、過去記事にたくさんの拍手をありがとうございます。
 ご新規の方、読み直してくださってる方、少しずつ楽しみながら読んでくださってる方、
 ありがとうございます、うれしいです。(*^^*)


 おかげさまで、そろそろ右脳が疼いてきたので、みなさまへの感謝を込めまして、新しいお話を書こうと思います。 2万5千拍手御礼SSということで、
 青木さんが誘拐されて殺されちゃう話と、薪さんが銃撃戦に巻き込まれて死んじゃう話、どっちがいいですか?(いつも物騒な話ですみません)
 あ、どっちもイラネーですか? でもきっと書いちゃう。


 お話の方は、やっと料理の話題が出ました。
 ここからが本筋なので、よろしくお願いします。





クッキング2 (4)






「反対されてるんですか? それで薪さんに相談を?」

 青木は心配したが、「まさか」と雪子は呆れた顔で首を振り、
「お義母さまは賛成してくださってるわ。正直言うと年齢のことも気になってたんだけど、安心して任せられるって言ってくださって」
「甘いですよ、雪子さん! 一人息子を嫁に奪われた姑の嫉妬ってのは凄まじいんですから。ごはんに小石はお約束、ケーキにはマチ針、紅茶にはガラスの破片、お気に入りの白衣は鋏でズタズタにされ、ふごごっ」
「青木くん。薪くんには愛憎ドロドロタイプの昼ドラと韓ドラは見せないでって言ったじゃない。影響されやすいんだから」
「すみません。オレの目を盗んで見てたみたいで」
 岡部にも言われたから注意していた心算だったが、青木も24時間薪を見張っていられるわけではない。できることなら一緒に住んで、プライベートでは片時も離れずに過ごしたいと思うが、その申し出に薪が応じてくれる確率はゼロだ。自分たちの関係を誰にも気付かれないようにと、外で一緒に食事をすることさえ二の足を踏む薪が、同居なんて。うんと言ってくれるわけがない。

「ところで、何が問題なんです? お母さんが結婚に賛成なら、何も悩むことはないんじゃ」
「それが……母に先生の手料理をふるまう約束をしてしまって」
「ええっ!!」
 あまりにも驚いたので、青木の手は薪の口から離れてしまったが、彼もまた言葉を失っていた。さもあらん、薪は雪子の20年来の友人。雪子の料理に対する畏怖は、青木よりもずっと大きいのだ。

「なんでそんな恐ろしい約束を」
「知らなかったんですよ。先生とはいつも外食ばかりだったし、たまに差し入れてもらう弁当はめちゃめちゃ美味いし」
「お弁当?」
「さっき、初めて聞いたんです。室長が作ってるって」
 怪訝な表情を薪に向けられて、雪子が気まずそうに眼を逸らす。竹内に差し入れると判っていたら薪が手を貸すわけがないから、これは多分。
「いえその……、薪くんがお裾分けしてくれるおかずをね、ちょちょっと詰めて、竹内が残業のときとかに」
「ひどいですよ、雪子さん」
 雪子にはいつも寛容な薪が、今回ばかりは不機嫌に眉根を寄せる。薪が怒るのも無理はない。薪の心づくしをさも自分の手柄みたいに、他人の褌で相撲を取るとはこのことだ。
「僕は雪子さんの為に作ってたのに。こんな男に食べさせるくらいなら、ゴミ箱に捨ててくださいよ」
 あ、そっちですか。

「……俺、ゴミ箱以下っすか」
 薪に冷たくされて落ち込む竹内の姿は青木の優越感を高めてくれるが、同時に昔の自分の姿を思い出したりもして、青木は我が身の振り方に迷う。満悦と安堵と同情と、人の心はいつだって一つの感情にはまとまらない。
 とりあえずは「元気出してください」と竹内を慰めると、竹内は青木の友情に勇気付けられたように微笑み、丸めていた背中をしゃっきりと伸ばした。

「室長、そういう訳なんです。手伝っていただけませんか」
「イヤです」
 事情を聞いても態度は変わらない。薪は頑固だ。一旦決めたらテコでも動かない。薪の性格は十分に心得て、しかし雪子は食い下がる。彼女も必死だ。もしかしたら竹内との結婚話が白紙に戻るかもしれないのだ。

「薪くん。さっき、あたしのパンツ見たでしょ?」
「……それをここで出しますか」
「ちょ、何の話ですか?」
「うるさい、おまえは黙ってろ」
 青木には与り知らぬことで、恋人の立場からは聞き流せるはずもないことなのに、薪から一喝されて青木は黙るしかない。パクパクと口を動かして声にならない抗議を繰り返す青木の肩を、竹内が宥めるように叩いた。

「謝ったくらいじゃ許しません。精神的苦痛を味あわされた、その代償を求めます」
「もちろん責任は取ります。雪子さん、僕と結婚しましょう」
「「何をおっしゃいますか、男爵サマっ!!」」
 恋人と婚約者の同時ツッコミにも怯まず、薪は気取った仕草で肩をそびやかし、
「竹内さんには気の毒ですけど。しかし、これは男としての責任ですから」
「いやあの……竹内には下着どころかその中身まで見られちゃってるし」
「うわああああんっ!!」
 雪子と竹内の関係は知らない訳じゃない、でも本人から聞かされてショックだったのだろう。何も見たくない聞きたくないとばかりに、薪はソファに突っ伏して泣き始めてしまった。

「室長、この世の終りみたいに泣いてますけど。放っておいていいんですか?」
「いると話が進まないから。泣かせておきましょ」
「そうですね」
 号泣する薪をよそに、3人は日曜日の対策を練ることにした。3人寄れば文殊の知恵、何かいい案が出るかもしれない。

「竹内さんのお母さんに、先生は仕事が忙しくて料理を習う暇がなかった、って正直に言ったらどうですか? 実際料理なんて、結婚して毎日やるようになれば嫌でも上手くなるんだし」
「それが、ちょっとマズイんだ」
 竹内は困惑に眉を顰め、そうすると同性の青木が惚れ惚れするくらい、彼は憂愁を帯びた二枚目になる。竹内の顔は見慣れているはずの雪子が、束の間見惚れるくらいだ。
「おふくろは料亭の雇われ女将をやっててさ。だから職業柄、舌は肥えてる方だと思う。で、以前うちに泊まった時、ちょうど先生に差し入れてもらった弁当があったんで、それを」
「彼女が作ったって言って食べさせちゃった?」
 当たり、と竹内は白旗のごとく両手を挙げ、
「こんなに料理が上手い女性を逃しちゃダメよ、ってハッパ掛けられてさ。結婚に賛成してるのも、そこが大きいんだと思う」
 竹内にその心算はなくとも、結果的には母親を騙したことになってしまった。婚約したとは言っても当人同士が指輪のやり取りをしただけ、正式な結納はこれからだ。そんな微妙な時期に、嘘が露呈するのを避けたい気持ちも分からなくはない。
 しかし。

「お二人の不安も分かりますけど、嘘はどうかと。ステキ奥様のポイントは、料理だけじゃないですよ。掃除とかも重要な」
 いや、ダメだ。雪子は掃除も苦手だった。億劫がっているわけではなく、やればやるほど散らかってしまうのだ。
「家事も大事ですけど、妻としてもっと重要なのは、夫を癒してくれるやさしさとか可愛らしさとか細やかな気配りだと」
 雪子の性質はバリバリのキャリアウーマン。男には負けないわと対抗意識を燃やす前に、男の方が恐れをなして逃げていく。やさしくて面倒見は良いが、それ以上に厳しさも持ち合わせていて、結婚したら間違いなくスパルタ方式で夫を引き摺って行く姉さんタイプ。性格は竹を割ったようにカラッとしているが、その分大雑把で気配りは望めない。

「三好先生には先生の良さがあると思います」
「なんでオンリーワン的な言葉でまとめようとしてるのよ?」
「いえその、先生たちの場合、破れ鍋に閉じ蓋と言うよりは竹内さんの忍耐がキーポイントかと……」
「どういう意味!?」
 青木の言葉を証明するように、言葉と同時に雪子の手は青木の手首を捉えた。
「オレの関節を壊したところで竹内さんの苦労は変わらな、いたたた!!」
 素早くキメた手首を関節の可動域を超えて曲げると、青木は悲鳴を上げた。青木の場合、口を滑らせたと言うよりは嘘が吐けない性格だと分かっているからいっそう腹が立つのだ。

「青木、俺は家政婦が欲しいわけじゃない。先生には、『一生俺の傍で俺の話を聞いてほしい』ってプロポーズしたんだ。勿論、先生の話も聞かせてほしいよ」
 自分でも情けなかったと自覚しているプロポーズの言葉を、それでも竹内は心の底から満ちてくる幸福感を噛み締めるように、青木に話した。竹内の照れ臭そうな様子に当てられたのか、雪子もまた気恥ずかしそうに青木から離れ、ソファの上で居住まいを正した。

「掃除なんか俺がやればいい。料理も俺がする」
 竹内は本当に雪子のことを愛しているのだ、と青木は思う。共働きの場合、結婚前に家事を分担制にしようと言ってくれる男は少なくないと思うが、全面的に自分がやることを約束してくれる男は中々いない。
「俺なら椅子の脚を折らずに掃除機が掛けられるし、窓ガラスを拭いてもガラスにヒビは入らない。料理もそこそこのものは作れるし、てか、先生には二度とキッチンに立たないで欲しい、あの物体をもう一度食べて生き残れる自信はない……」
 愛も深いけど、それ以上に竹内を家事に駆り立てる何かがあるらしい。この辺は追及しない方がよさそうだ。

「先生、よかったですね。ここまで献身的な人は滅多にいませんよ。愛されてますね」
「どうしてかしら、素直に感動できないんだけど」
 婚約者の深い愛情をストレートに受け取ることができないのは、彼女の聡い頭脳のせいか、40歳と言う年齢のせいか。確かに、愛情だけではこの世の荒波は超えていけない。

「そういう事情なら、当日はレストランでの会食にした方が無難かもしれないですね」
「実は、おふくろに言ってみたんだ。先生が立ち働いてたら話もできないから、レストランにしようって。そうしたら」
「ら?」
「おふくろの得意料理の京野菜の炊き合わせを先生に伝授したいから、家がいいんだって」
 なるほど、それはレストランでは不可能だ。

「じゃあ、デパ地下でお惣菜を買ってきて並べておくとか」
「却下。言ったろ、おふくろは舌が肥えてるんだ。出来合いの総菜なんかすぐにバレる。そんなもの食べさせたら、この話はなかったことに、って言い始めるかもしれない」
「でも、先生が作ったものを食べさせたら結果は同じですよね」
「そうなんだ」
「ちょっとあんたたち」
 酷い言い草だが、雪子にはそれ以上彼らを責めることができない。自分が作った料理を食べる機会が一番多かったのは当然雪子自身、よって彼女は自分の料理の破壊力を誰よりも理解しているのだ。

「そこで是非、室長のお力を」
「なるほど。元はと言えば薪さんの料理が美味しすぎるのが原因ですからね。責任があると言えなくもないですね。薪さん、協力してあげたらどうですか?」
 炬燵の中の猫よろしくソファの上に丸まっている薪に、青木は話を振ってみる。泣いても誰も相手にしてくれないのですっかりいじけていたらしい彼は、青木の言葉にすっと顔を上げ、きちんとソファに座り直した。

「そんなのおかしい。僕が料理を作ったら、お母さんを騙すことになる。義理とは言え親になる、そんな大事なひとを騙すなんて。してはいけないことだ」



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クッキング2 (5)

 明日から3連休ですねっ。
 みなさん、連休はいかが過ごされますか?

 しづは、オットとお義母さんと3人で河口湖に行きます。 ので、次の更新は来週になります。 よろしくお願いします。


 ふふふー。 富士山見ながら温泉入るんだー。 楽しみですー。 

「富士山、いいでしょー。 一緒に行きたかったらお義母さんに頼んであげるよー」と義弟の子供らに言ったら、甥っ子のやつ、
「近いうち修学旅行で沖縄行くからいい」
 沖縄!? 修学旅行で!? 修学旅行は京都奈良って日本の法律で決まってるのに!!!<ないない。
 姪っ子は姪っ子で、
「富士山? キスマイのコンサートの方がいいー」
 わたしだってオフ会の方がっ……!!!←嫁として言ってはいけない一言。

 最近の若いもんは、生意気ですよねえ?






クッキング2 (5)






「そんなのおかしい。僕が料理を作ったら、お母さんを騙すことになる。義理とは言え親になる、そんな大事なひとを騙すなんて。してはいけないことだ」

 曲がったことが大嫌い、青木はそういう薪が大好きなのだが、竹内たちの事情も分かる。薪の言うことが正しいのは認めるが今回だけ、と頼む雪子に、薪は彼女には滅多と見せない厳しい顔つきで、
「それであちらのお母さんが雪子さんを受け入れてくれないなら、それは縁がなかったと言うことです。結婚は考え直したほうがいい」
 薪の意見が極論に走って、青木は彼の道徳が我欲を押し通したいが為のカモフラージュだったことを知る。二人の結婚を止めさせたくて仕方ない薪は、結局ここに持ってきたいのだ。

「薪さん。いい加減諦めてくださいよ。お二人は愛し合って」
「青木。結婚というのは家と家とのつながりだ。二人が愛し合っていればそれでいいなんて、世間を知らない子供の言うことだ。百歩譲って、感情に任せて駆け落ちなんかしでかしたバカどもが、たゆまざる努力と愛情をもって立派に家庭を築き、やがては親御さんの承認と祝福を得るケースがあることは認めるが、雪子さんはこの男に騙されてるだけだから。その事例は適用できない」
 雪子の婚約といい歯医者といい、どうしてこう現実逃避が激しいかな……。

「仕方ないですね。先生、帰りましょう」
 雪子への真摯な愛情を結婚詐欺みたいに言われて、さすがに腹に据えかねたのか、竹内は席を立った。婚約者の潔い引き際に雪子は戸惑う様子を見せたが、黙って後に付き従った。雪子は男勝りで実際に竹内よりも強いが、相手を立てるところは立てる。絶対にいい奥さんになると思った。

 玄関先で青木は、「役に立てなくて申し訳ない」と恋人の非協力的な態度を詫びたが、竹内は片方の眉をひょいと吊り上げ、意味ありげに笑って見せた。それから、見送りもしないでソファに座ったままの薪に向かって、
「室長。最後に一つだけお願いが」
「なんです」
 雑誌に眼を落したまま、無愛想に応えを返す。青木が持ち込んだカー雑誌などに興味はないくせに、でも死んでも二人の仲を認めたくない薪は、こうして寄り添えばけっこうな美男美女、客観的にもお似合いの彼らの様子を見たくないのだ。

「万が一のときには、弁護側の証人として法廷に立っていただけますか。婚約者の俺では、証言の信憑性を疑われますので」
「法廷?」
 いきなり飛んだ話に着いて行けず、青木は首を傾げた。どうして急に竹内が裁判の話を始めたのかも分からなかったが、それに呼応する薪の行動はもっと分からなかった。

「竹内さん、待ってください」
 持っていた雑誌を放り投げるようにして、薪は玄関に走ってきた。と思うと、竹内の上着の裾を握り、「協力します」とあっさり意志を翻した。
「無理なさらなくていいですよ」
「……させてください。お願いします」
 哀願調まで飛び出した薪に、青木はぽかんと口を開けた。逆転劇のキーワードは『裁判』だと察せられるが、青木には二人の間でどんな思惑が飛び交っているのか、全く解らない。

「ありがとうございます。引き受けてくださると信じてました」
「雪子さんを犯罪者にするわけにはいきませんから」
「……ああ、なるほど」
 雪子の料理を一度でも口にしたことのある人間なら誰もが予想する、少しでも心臓の弱い人間がこれを食べたら確実に死ぬ。もちろん、料理からも遺体からも毒物は発見されない。被害者の死因は瞬時に味覚を破壊されたことによるショック死だからだ。
 事情が分かって、青木は薪の優しさに心を震わせる。あんなに嫌がっていたのに、友人の身に危機が迫れば潔く自分の感情を打ち捨てる。やっぱり薪さんはやさしい、やさしくて強い人だと、それが自分の愛した人なのだと、誇らしささえ湧いてくる。

「先生、いつでも完全犯罪できますね」
 雪子に対するフォローと言うよりはトドメだが、浮かれた青木はそれに気付かない。当然、雪子は額に血管を浮き上がらせるほどに激昂し、
「あんたたち、あたしの料理を何だと思ってんのよ!?」
「「「劇薬」」」
「即答!? しかも何なの、そのハモリ具合は! 仲悪いんじゃなかったの?!」
 薪は竹内が大嫌いだが、仕事で何度か組んでいる。だからお互い相手の呼吸は理解していて、それがつい出てしまったらしい。

「では日曜日に。よろしくお願いします」
 本気で怒りだした雪子を竹内が引き摺るようにして帰って行き、部屋には静寂が訪れた。茶器を片付けようとして青木は、再びソファに座った薪がうっすらと笑っていることに気付く。
 おかしい。薪は雪子を人質に取られる形で竹内の要請を呑んだのだ。竹内にしてやられたと、悔しがるのが自然ではないのか。
 さては、と青木は思う。先刻の竹内の言葉を聞いて、彼の愛情が本物だと認めたのか。
 薪が彼らを祝福してくれるなら、それは青木にとっても嬉しいことだ。雪子も竹内も大事な友だち、だから青木は彼らに幸せになって欲しい。でも薪は二人の仲には大反対で、青木はずっと板挟みだった。あちらを立てればこちらが立たず、どちらの味方をしても誰かに泣かれる。
 それを薪がようやく認める気になってくれたなら。青木は堂々と彼らを祝福できるのだ。

「日曜日は頑張りましょうね。オレもお手伝いしますから」
 青木がサポートを申し出ると、薪は何故かものすごく意地の悪い顔つきになった。瞬時に立ち込める暗雲。付き合いの長い青木には分かる、薪は何か企んでいる。
「青木。僕が本気であの二人の後押しをすると思うのか?」
「まさか、ドタキャンとか考えてるんですか? それはあんまりじゃ」
「料理はするさ。心を込めてな」
 では、超絶に不味い料理を作るとか? それとも期限切れの食材を使うとか下剤を仕込むとか大腸菌を混ぜ込むとか、いや、最後のは犯罪だな、でも薪ならやりかねない。

「絶対に別れさせてやる。あんなマダオに大事な雪子さんを渡してたまるか」
 薪は目的のためには手段を選ばない。犯人逮捕に懸ける彼の情熱が、しばしば彼の身体と立場を危うくする様子を青木は嫌と言うほど見てきた。危険だ。雪子に報せなければ。
「青木、分かってると思うけど」
 スラックスのポケットの中で携帯電話を探る手に、薪の視線が突き刺さる。針で縫いとめられたように、青木は手が動かせなくなった。
「今の話、雪子さんにチクったら」
「……たら?」
 カラカラに乾いた口で訊き返した青木に、薪はにっこりと笑った。
 神に選ばれし者だけに許された完璧な笑顔。青木の背中がぞっと寒くなる。何故なら青木は知っている、薪がこの顔をした時には、地獄の閻魔よりも恐ろしいことを考えているのだ。

 青木は引きつった笑いを浮かべ、手をポケットから出した。全面降伏の証に、携帯電話はローテーブルに置き、茶器の片付けに掛かる。キッチンで4人分のコーヒーカップを洗い始めた青木の耳に、やがて聞こえてくるテレビドラマの音声。
『お義母さま、お許しください』
『まあ、図々しい。家宝の壺を壊しておいて、許してなんてよく言えたものね。この役立たず、外れ嫁!』(ビシッ、バシッ)
『堪忍してください、わたしのお腹の中には子供が』
『その子だって、本当に息子の子だかどうだか解りゃしない』
『そんな、お義母さま!』
『ええい、あんたの顔なんか見たくもない、出てお行き!』
 ―――― ああ、また韓国ドラマのビデオ見てる。見ないでくださいって言ったのに。
「なるほどなるほど、母親の神経を逆撫でするにはこういう方法も」
 ―――― しかもなんか学習してる……!!

 すみません、三好先生、竹内さん。無力なオレを許してください。

 心の中で二人に手を合わせ、青木は食洗機の乾燥ボタンを押した。





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クッキング2 (6)

クッキング2 (6)






 翌日、青木は雪子と一緒に薪のマンションを訪れた。

「当日の予定だけど。昼間は竹内がお義母さんを観光に連れて行ってくれるから、夕方の6時までにおもてなしの準備を整えたいの」
 昼間の内に、自宅の掃除は済ませておく。それには青木が手を貸すと約束した。
「それから、お義母さんが得意料理を伝授してくださるって話だけど。味付けはお義母さんにやってもらうとして、野菜を洗ったり切ったりするくらいは手伝わなきゃいけないと思うの」
 その練習をしたいのだ、と雪子はエコバックいっぱいの野菜を持ってきた。薪くんたちの夕食もこれで作ればいいと、まあ気前の良いことだ。

「どうやったら野菜を潰さずに一口大に切れるのかしら?」
「どうやったらミキサーも使わずにカボチャをペースト状にできるのかお尋きしたいです」
 婚約者のいる女性が男性の部屋を一人で訪れるわけにはいかないから、と声を掛けられ、雪子の特訓に協力することになった青木は、まな板の上に無残な姿を晒している緑黄色野菜に同情するように呟いた。あり得ない。生のカボチャって、人の手で磨り潰せるのか。

「大丈夫ですよ、雪子さん。それはカボチャのスープに、あ、いや、せっかくですから雪子さんの好きなパンプキンパイにしましょう」
 雪子が単独で訪ねてきたものだから、薪はえらくご機嫌だ。もともと薪は料理が好きで、青木と一緒にキッチンに立つときも鼻歌交じりだが、今日はまた飛び切り楽しそうだ。冷蔵庫に向かうのもフィギュアスケーターみたいな足取りで、その途中で一回転したのは何か意味があるんですか?
 三好先生のこと、どんだけ好きなんですか、と皮肉の一つも言いたくなる。浮かれちゃって、まるで新婚さん、それも薪の方が新妻みたいだ。

「野菜を洗うときは丁寧に。流水で、雪子さんならそうっと指で撫でるだけで汚れは落ちますから」
 青木の複雑な気持ちなど完全スルーで、薪の料理教室は続いている。青木はずい分前から料理の手伝いはしているが、薪にあんなにやさしく教えてもらったことなど一度もない。
「そうなの? 二度洗いとか、しなくていいの?」
「はい、クレンザーは使わなくて大丈夫です」
「もしかして、漂白剤もいらない?」
 なんだ、この会話! 今までどうやって野菜洗ってたんだ、このひと!
「水だけで大丈夫なんですよ」
「へえ、そうなんだ」
 二度とキッチンに立たないで欲しい、と竹内に言われるはずだ。口には出さなかったが、竹内は生死の境をさまよったに違いない。

「やったわ、薪くん。人参を折らずに洗えたわ」
「お見事です、雪子さん。じゃあ、次は包丁を」
 言いかけて絶句する。雪子の包丁の持ち方は明らかにおかしい。
「ちょ、三好先生。剣道の構えじゃないんですから、どうして包丁を頭の上まで持ち上げ……あ、危ないですっ、てか、まな板割れる!!」
 ドガッ、ドゴッ、って、それが包丁の音!?
「おかしいわ、上手く切れない」
 いや、人参は切れている、というか折れている、むしろ潰れている。その惨たらしさは、人参嫌いの青木が哀れに思うほどだ。
「気合が足りないのかしら? 精神を集中して…… せいっ! やあっ!」
「ゆ、雪子さん、落ち着いて」
 素早く壁際まで後退した薪が、盾のように鍋の蓋を構えている。青木よりも避難が早いのは、彼女のクラッシャー能力をより高く評価しているのだろう。

「そんなに叩かなくても人参は切れっ、ひいぃっ!」
 ガンッ、と派手な音がしたかと思うと、銀色の刃が回転しながら宙に舞った。見事な円運動を披露したその物体は重力の法則に従って下方に落下し、青木の足から30センチほど離れた床に突き刺さった。
「オレを殺す気ですか!?」
「まさか。今のはたまたま包丁の柄が折れちゃって」
「どうして人参切って包丁が壊れるんですか!? 怪力にもほどが」
「青木、うるさい。雪子さん、包丁はもう1本ありますから。こちらを使いましょう」
 全く薪は雪子には甘い、てか、オレいま死にかけたんですけど!!

「狡いですよ、薪さん。オレが鯛の骨切って刃こぼれさせたときには、夢中で怒ったクセに」
「当たり前だろ。関節の部分を切ればいいのに、おまえったら堅い部分を無理矢理切ろうとして」
 人参切るのに包丁壊した先生は悪くないんですか!?
「反動で指でも切ったらどうするんだ。危ないじゃないか」
 どっちが危ないんですか! 指切ったくらいじゃ人間死にませんけど、天井から落ちてきた包丁が頚動脈に刺さったらカクジツに死にますよ?!

 反論しようとして青木は、尖らせた小さなくちびるに滲む焦燥に気付く。あの時、薪はめちゃめちゃ怒ったけど、それは使い物にならなくなった包丁のせいじゃなくて。

「本当に不器用なんだから。見てるこっちは気が気じゃ」
「心配してくれたんですか? オレのこと」
「ゔ」
 愛らしさとは無縁の呻き声を発して、固まった薪はとても可愛い。薪のやさしさはちょっと分かり難くて、だからこんな風に後で気付くことの方が多い。けど、時間を置いた分だけ感動も熟成されるみたいで、やさしくされたこともそれに気付けたことも嬉しくて嬉しくて、青木は彼のことをもっと好きになる。

「薪さん」
「ど、ドレイがいなくなると不便だし! 掃除とか、電球の交換、も……」
 下手くそな言い訳をする間にも桜色に染まっていく頬とか、不自然に下方へと逸らされる視線とか、困ったように垂れ下がる眉とか微かに震える長い睫毛とか、もう表現のしようがないくらい可愛くて。でも。

「ちょっと。メモり合うのは後にして。この鯵、どうしたらいいか教えてよ」
 雪子の前で見つめ合ってしまったことに気付いて、薪は軽いパニックに襲われる。薪は自分の気持ちを誰かに悟られることに恐怖にも近い感情を抱いていて、つまり今の状況は耐え難い。結果、薪は風呂の用意をすると言ってキッチンを出て行ってしまった。顔の火照りが取れるまで帰ってこないだろう。
 雪子がいなかったら抱きしめてたのに。そんな思いから青木は、今日約束も無しに薪の家に来ることができたのは雪子のおかげだということも忘れて、彼女を恨めしく思う。
 だいたい、どうしてこんな普通のことが出来ないのだ。遺体を切らせたら誰よりも速く綺麗に解剖するくせに、野菜や魚は切れないなんて。人間の死体も動物の死体も同じじゃないのか。

「あの、素朴な疑問なんですけど」
「なに?」
「先生、洗ったり切ったりするだけで食材をペースト化できるスペックをお持ちのようですが」
「青木くん、皮肉上手になったわね。上司の影響かしらね」
 ありがとうございます、と軽く応じて、青木は核心に切り込む。
「それでどうして解剖ができるんですか? 取り出した臓器とか、持っただけで潰れちゃうんじゃ?」
 青木の疑問を、雪子は笑い飛ばした。これだからシロウトは、と言いたげな目つきで、
「臓器と食材じゃ、全然違うわ」
「だったら、臓器だと思えばいいんじゃないですか?」
「えっ?」
「ヒトか動物か植物かの違いはあっても、すべての命は尊く、すなわちこれらはご遺体です。その気構えで扱ってみたらどうですか?」
「で、でも、包丁とメスとじゃ持ち方から違うし」
「いっそメスで切れば?」
「メスで野菜や魚を? 何をバカなことを言って」
「あはは、冗談ですよ。で、どこから出したんですか、そのメス」
 監察医はいつ何時でもポケットにメスを忍ばせておくもの、これは監察医の心得第一条だ、と雪子は言うが、本当だろうか。てか職務目的以外の帯刀は銃刀法違反じゃないのかな。


 10分後。
 窓際で風にでも当たってきたのか少し髪を乱した薪が、亜麻色の瞳をキラキラと輝かせて歓声を上げた。
「すごい! 雪子さん、たった一日でものすごい上達ぶりじゃないですか。この三枚卸し、プロみたいですよ」
「……ありがと」






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クッキング2 (7)

クッキング2 (7)





「うっ」
 低く呻いて青木は洗面所に走った。口の中に広がった信じがたい臭気と食感を一刻も早く洗い流せと本能が喚く。作り手に対する気遣いなんかしていたら、人生が終わる。ガラガラと音を立てて、遠慮なくうがいをする。それを三回繰り返して、やっと人心地ついた。

「ごめんね、青木くん。大丈夫?」
 雪子が申し訳なさそうに謝罪する。青木は懸命に笑顔を作った。口内を漱いでもなお、青木が悪心に駆られている原因は彼女の手料理にあるが、味見を強制しているのは彼女ではない。青木の上司の命によるものだ。よって、辞職願は彼に提出すべきだ。
 あと二回くらいこれを食べたら本気で死ぬと思う、だから青木は眼に涙まで浮かべて「もう限界です」と薪にメッセージを送ったのに、薪はそれを無視したばかりか、パンと軽く手を叩き、
「雪子さん、腕を上げましたね。青木のうがいの回数が三回に減りました。美味しくなってきてる証拠ですよ」

 ……勘弁してください……。

 息も絶え絶えでうがいするのも辛いんです、と正直に言えないのが青木の優しさ、もとい命取り。薪の非情がエスカレートする要因にもなっている。
「さ、雪子さん。もう一度チャレンジしてみましょう。牛肉を炒めるところから」
 雪子に注ぐ優しさの千分の一も青木には与えてくれない、薄情な恋人の、自分には決して向けられない慈愛に満ちた微笑みを見て、青木は喉元を押さえる。まったく、薪は雪子にはとことん甘い。

『料理の助手だったら、充分こなせると思いますよ』
 メスを扱う要領で包丁を使ってみれば、びっくりするくらいスムーズに食材が刻めることを発見した雪子に、薪が太鼓判を押したのは一昨日。が、今日になって雪子は、「煮物が作れるようになりたい」などと、無謀なことを言い出したらしい。
 板前修業になぞらえれば、煮物を担当する煮方は、板前、脇板に次ぐ要職だ。薪が板前だとすれば、雪子はやっと洗い方と言ったところ。揚げ場、焼き方をすっ飛ばして煮方なんて、それも三日で何とかしようなんて、無理に決まってる。
 が、雪子の願いなら三千世界の鵺も捕まえてくる薪のこと、一品に限定するなら不可能ではないと、条件付ながらも引き受けた。お題は「肉じゃが」。竹内の好物らしい。

「そうそう、焦がさないように手早くかき混ぜて……どうして生のじゃが芋が木べらで簡単に潰れちゃうんでしょうね……えっ、人参が茶色に? こんな部分的な焦げ方って、あ、玉ねぎの皮は剥かないと……鍋に頑張ってもらいましょう。
 だし汁を張って、はい、最初に砂糖、あ、それは片栗粉ですね……うん、とにかく先に進みましょう。次に味醂、あっ、塩じゃなくて醤油、えっと、じゃあ塩肉じゃがってことで、いやあの、それに醤油入れちゃうと塩辛くなり過ぎ、だから瓶から直接注ぎ込むのはよくないってさっきも……いや、カレー粉じゃ中和されないと思……」
 薪はクッキングヒーターの加熱を止めて、小皿に闇色の物体を盛り付けた。ゆっくり青木を振り向くと、この上なくきれいに微笑んで、
「青木、ほら。味見」
 それは味見じゃなくて、毒見ですよね?

 促されて、青木は黒くてどろりとした物体を口に運ぶ。塩分濃度が高すぎて口が痛いけど仕方ない。今日、自分はこの為に呼ばれたのだ。
 昨日は水曜日で、青木は昨夜も此処に来ていた。だから薪から電話があった時、連日でデートに誘ってくれるなんておかしいとは思ったのだ。「美味しい煮物を作ってるから食べに来い」と言われた時点で、煮物を作っているのは彼ではないと気付くべきだった。薪は自分の料理に“美味しい”なんて形容詞は付けない。

「どう? 青木くん」
 このダークマターにどんな評価を下せと?
 生存本能に負けて口中の異物を吐き出したくなるのを、青木はぐっと堪えた。薪が怖い眼で睨んでいる。雪子さんを傷つけるようなことを言ったら承知しない、という明確な意思、いっそ脅迫と言ってもいい。青木は言葉を選んだ。
「ちょっと塩辛いです」
「そう。薪くん、砂糖、足してみる?」
 足すって言わないですよね。これに入ってるの、砂糖じゃなくて片栗粉ですからね。
「それも一手だとは思いますけど、最初から作り直した方がより美味しくなるかと」
「だけど、食材を無駄にするのも勿体ないし」
 手遅れです。
「えっと、砂糖の分子は塩よりも大きいので、後からでは食材に染み込み難いんです。かなり多量に入れないと」
 この塩味を打ち消そうと思ったら、袋ごと投入しても足りないと思います。
「そうなの。じゃあ、砂糖の無駄遣いね」
 てか、オレの味覚が無駄遣いされてますよね、今カクジツに。

 二人の会話にいちいちツッコミを入れながらも青木がこの場から逃げ出そうとしないのは、自分がいなくなったら薪が味見をすることになるという危惧からだ。超絶美味の自作料理に慣れている薪がこんなものを食べたら、ショックで本当に死んでしまうかもしれない。

「どうしてまともな味にならないのかしら。ちゃんと計量スプーンを使ってるのに」
 基本的に、雪子の計量スプーンの使い方は間違っている。例えば醤油。瓶を傾けて中身を鍋に注ぐ、計量器具はその中間地点に据えられているが、完全に表面張力を振り切っている。あれは計っているのではない。醤油が鍋にダイレクトに落ちる衝撃を緩和しているに過ぎない。
「そうですね、おかしいですね……ほんのちょっと溢れてるだけなんですけどね……そうだ、今度は瓶じゃなく、食卓の醤油差しを使ってみたら」
「あの、薪さん」
 堪りかねて、青木は口を挟んだ。
「一度、お手本を見せてあげたらどうでしょう?」
「料理番組をいくら見てもプロにはなれない。料理は習うより慣れろだ」
 無理です、慣れる前にオレの味覚が壊れます。
「頭よりも体で覚えるんだ。何度も繰り返し作っているうちに自然に上手くなる」
「お願い、薪くん。やってみせて」
「はい、雪子さん」
 青木の懇願には耳を貸さなくとも、雪子の一言で薪は豹変する。いつも思うが、この二人の関係は不可思議だ。

 事故とはいえ、薪は雪子の婚約者を殺している。だから彼女に気を使っているのだと、他人は考えるだろう。だが、それだけではない。薪は本当に雪子のことが好きなのだ。男と女でありながら決して恋愛には発展しないけれど、もっと大切な想いがこの二人の間には絶対的に存在している。彼らを見ていると、青木はいつもそれを感じて、雪子のことがひどく羨ましくなる。二人の仲は一生ものだと思えるからだ。付き合いの長さや共有してきた思い出の数も関係しているのだろうが、何よりも彼らは、鈴木と言う人物で繋がっている。鈴木が薪の心中の永遠の住人である以上、雪子との縁も切れることはない。
 手際よく肉じゃがを作る薪の後ろで、盛り付け用の中鉢を用意しながら、青木は軽い疎外感を味わっていた。
 彼らは鈴木の思い出を共有している。鈴木が亡くなる前、3人で過ごした日々は薪にとって一番の宝物なのだろう。そこに自分はいない。それが少しだけ、悔しい。

「んー、美味しい!」
 やがて見事に出来上がった肉じゃがに、雪子は舌鼓を打つ。青木もご相伴に預かる、と、今宵初めての人間らしい食べ物に嬉し涙が込み上げてきた。料理って素晴らしい。
「本当は1時間くらい冷まして、味を染み込ませるといいんですけど」
「充分美味しいです。新じゃがだから、これくらいの味付けの方が風味があっていいかも」
「そうか? うん、芋の味がよく分かる。雪子さんの選び方が良かったんですね」
 何でも雪子の手柄か。奥ゆかしいんだか卑屈なんだかよく分からない、否、ただ単に雪子のことが好きなのか。
「旬の食材を使うって、大事なことですよね。さすが先生」
 薪に合わせて、青木は雪子をヨイショする。失敗の連続に一番凹んでいるのは彼女なのだから励ましてやろうと、そんな気持ちが起きるのも薪の名作のおかげだ。美味しい料理は世界を平和にする。

「それもあるけど、竹内、肉じゃが好きなのよね。だからこれだけはマスターしたくて」
 ぽそっと呟く雪子は、ちゃんと女の顔をしている。幸せなのだと分かった。

「先生、意外と健気ですね」
 こっそり薪に囁くと、薪は不機嫌に眉を吊り上げ、
「なんだ、今頃分かったのか? 雪子さんは昔から健気だぞ。鈴木にも手料理を食べさせようと頑張ってたし、プレゼント選びも時間かけてた。やさしくて一途で、強気に見えるけれど引き際は弁えている。最高の女性だ。雪子さんに愛される男は幸せ者……ちくしょー、竹内のやつ……絶対に許せない……」
 意地っ張りで天邪鬼でへそ曲がりだけど、薪は自分の味方だと認識している相手にはどこまでも寛容だ。逆に、敵対者には果てしなく厳しい。それは派閥争いの激しい警察機構で生き抜いていく中で自然に身に付けざるを得なかった性質だったと思われるが、薪の場合は少し問題があって、肝心の敵味方の判別が必ずしも正しくないどころか間違っている時の方が多いのだ。ぶっちゃけ薪は、「男らしい」と自分を褒めてくれる人間は無条件に味方だと信じてしまう。そうやって信じた相手に何回襲われかけたことか。危なっかしくて目が離せない。しかも何度同じ目に遭っても学習しないあたり、彼の危険センサーの性能は甚だ残念だと言わざるを得ない。
 この反対の事例が雪子の婚約者、竹内だ。彼は薪のことを尊敬しているし、好意すら抱いていると思われるのに、自分に女装を強要したと言う理由から敵と見做されている。もう何年も前のことなのに、薪は執念深い。

「ありがとう薪くん。勉強になったわ。次は、油とお醤油の量を減らしてみる」
「そうですね。がんばりましょう」
 士気を高める二人を横目に、青木は冷蔵庫を開けた。中から牛乳のパックを取り出し、開け口から直飲みする。雪子が作り出すバイオハザードに牛乳のバリア効果がどれくらい対抗できるか、それは神のみぞ知る。






テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

クッキング2 (8)

 目的の方と連絡が取れたので、限定記事は下しました。 
 お眼汚し、すみませんでした。

 ああー、恥ずかしかったよー、やっぱり恥ずかしかったよー、嫌な汗、いっぱいかいちゃったよー。 
 2年位前にも同じようなことがあって、死ぬほど恥ずかしかったんですけど~、わたしもいつまでも子供じゃないわ、と思ったらやっぱりダメでした。(><) 成長しないやつですみません。
 意味の分からない人はスルーしてくださいねっ。


 あの腐れた記事にコメントくださった勇気ある方、
 記事を下すとコメントも表示されなくなってしまうので、後ほど、この記事のコメント欄にお返しします。 分かり難かったらすみません。



 先週の土曜日から今日まで続けて、たくさん拍手くださった方、ありがとうございました~。
(もっと早くお礼を言いたかったんですけど、この前の記事が期間限定だったので、遅くなっちゃいました。 すみません。 ←言い訳。 さっさと(8)をアップすれば済んだ話)
『土曜の夜に花束を』からずーっと続けて読んでくださって、あの辺はまだ薪さんの気持ちが不安定な時期だったので、痛い薪さんが多かった気がするのですけど(Rも痛かった(^^;)、我慢して読んでくださって、ありがとうございました。

 それからまた最初に戻って読み直してくれてるのかな? それとも、別の方かしら?
 最初の頃はこれまた、薪さんが鈴木さん好きすぎて☆ やっぱりイタイ展開になってます、すみませんです。
 甘い青薪さんが少なくて恐縮ですが、基本はギャグ小説なので!<おい。 
 笑ってくださると嬉しいです。
 






クッキング2 (8)







 当日、青木は薪と一緒に雪子のマンションを訪れ、彼らの手伝いをした。
 年長者へのもてなしらしく、春野菜の胡麻和えに海老真薯のすまし汁、客人の好物だと聞いた筍は炙って木の芽醤油をなじませ、ご飯は桜鯛の鯛めしにした。メインは和風のローストビーフ。どれもこれも美味しそうで、青木は何度も出そうになるつまみ食いの手を止める為に自分で自分の手を叩かなければならなかった。

「薪くん、あたしにも何か仕事を」
「じゃ、ローストビーフを切って盛り付けてください」
「任せて」
 頷いて雪子は包丁を握る。少々特殊な持ち方だが、切り出される肉片は均等の厚さで形も整っている。
「お見事です。特訓した甲斐がありましたね」
「まあね」
 特訓の成果と言うよりこれは青木の手柄だが、薪はその事実を知らない。

 リビングのテーブルに出来上がった料理を並べて、薪と青木は雪子の自宅を後にした。友人とは言え自分たちは異性、竹内の母親に鉢合わせるのはマズイ。

「竹内さんのお母さんも、これなら大満足でしょうね」
 帰り道、タッパーに詰めてもらった料理に鼻をひくつかせながら、青木は機嫌よく言った。嫌と言うほど薪の本音を聞かされていた青木は、彼がどんな妨害工作に出るか不安だったのだが、薪はいつも通り丁寧に料理を作った。
 やっぱり薪は、雪子が幸せになることに協力を惜しんだりしない。それが分かって、青木は温かい心持ちになる。春の陽だまりに包まれたような気分に満たされた青木を、しかし薪は冷然と振り返り、
「ふっ」
 と鼻先で嗤った。嫌な予感がする。
「まさか、料理に何か仕掛けを?」
 慌てて青木はタッパーの蓋を開け、ローストビーフを一切れ、胡麻和えを一つまみ、筍を一欠けら、口に入れてはその度に感嘆の声を洩らした。文句なしに美味しい。

「もう、薪さんたら。オレを騙して楽しいですか?」
「嘘なんか吐いてない。その料理には魔法が掛けてある。竹内のお母さんは、それを食べても決して喜ばない」
「……何故ですか?」
 訊いても薪は教えてくれないだろうと、ほぼ確信に近い予想を立てながらも青木が疑問を口にしてしまったのは、薪の言う魔法に見当もつかなかったからだ。ハッタリだと思いたい、でも薪の底意地の悪そうな顔つきが青木の希望を打ち砕く。絶対に何か仕掛けてる、しかもその成功を確信している。

「いったい何を」
「もしも」
 青木の言を遮って、薪は声を張った。前を歩く小さな背中が振り返り、見上げる眼差しが青木の声を奪う。
「おまえがその料理を僕の家で食べたいと思うなら、この話は終わりだ」
 仮定法で黙らされて、青木は眉根を寄せる。心配だが、自分には手の出しようがないと思った。あの二人には無事結婚して欲しいが、薪には逆らえない。友情よりも恋人のご機嫌取りを優先するのか、それでも男かと問われれば青木は、薪と一緒にいられるなら親の死に目に会えなくても後悔しない、と胸を張って言い返す。良識なんかとっくに捨てた。

「あの。今夜、泊まってもいいですか?」
「明日は月曜だからダメだ」
「じゃあですね、夕食の時間をちょっと早めて、お風呂も明るいうちに入って、でもってその」
 青木の意図を察したらしい薪は、にやりと意地悪な笑いを浮かべ、
「いいな。久しぶりに歌舞伎町に繰り出すか」
「ええ~……」
 情けない青木の呻き声を聞いて、あははと笑った。




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クッキング2 (9)

クッキング2 (9)







 日曜日の顛末を、青木は竹内から聞いた。昨日の礼にと竹内が銀洋亭で夕食をご馳走してくれて、自然にその話になったのだ。青木は彼の話をびくびくしながら聞いた。緊張して、ハンバーグの味がよく分からなかったくらいだ。
 結論から言うと、薪の魔法は発動しなかったらしい。竹内の母親は終始笑顔で、婚約式のために着物を新調すると意気込んでいたとか。
 なんだ、上手く行ったのか。それならハンバーグセットじゃなくてステーキをごちそうになればよかった、とセコイ後悔をしながら、青木は食後のコーヒーに口を付けた。

「よかった、心配してたんですよ。薪さんが、絶対に竹内さんのお母さんは喜ばない、なんて言うから」
 昨日の帰り道のあれは、妨害工作を為せなかった薪が悔し紛れに発した虚言だったのだと青木は苦笑し、でも違った。薪は本当に『魔法』を仕込んでいたのだ。
「いや、それがさ。室長、ちゃんと俺たちのこと考えてくれてたんだなって」
「は?」
「うん。ちょっと感動した」
 竹内は何かを誤解している、と青木は瞬時に悟る。雪子を盗られた嫉妬心で家も焼こうかという勢いの薪が、竹内の為になるようなことをするはずがない。

 どういうことですか、と青木が尋ねると、竹内は母親とのやり取りを詳しく話してくれた。
 用意された料理は、どれも素晴らしく美味しかった。が、ひとつだけ、明らかに失敗作と思われるものがあった。水色の中鉢に入った、所々焦げてしかも妙に甘い肉じゃが。我慢すれば食べられないことはないが、他にこんなに美味しい料理があるのだ。箸をつける必要性はないと思われた。なのに何故か、その鉢は一番先に空になった。

「えらいご馳走になりました」
 美味しい食事のおかげで会話も弾み、新しく家族になる予定の3人は、楽しいひと時を過ごせた。これもみんな室長のおかげだと竹内が薪に心の中で手を合わせていると、母親が食後の緑茶を啜りながら、
「みんな美味しゅうおましたけど、敢えて一番を挙げるなら……誠、あんたはどれを選ぶ?」
「肉じゃが」
「そ、それは失敗作で」
 困惑する雪子に、にっこり笑って竹内は言った。
「一番美味しかったです」
 先々週食べさせられた物体に比べたら、びっくりするくらい上達していた。少なくとも命の危険は感じなかった。

「奇遇やな。うちもおんなしや。いっとう心がこもっとった」
 えっ、と同時に声を上げて、竹内と雪子は顔を見合わせた。恐る恐る母親を見ると、彼女はケラケラと笑い出した。敏い二人のこと、母親の笑い声の理由にはすぐに思い当たって、つまりそれはこの猿芝居の裏側を彼女はとうに見抜いていたという事実。
 ああおもろい、と笑いを収めると、彼女は両手を膝に置き、竹内によく似た茶色の瞳で子供たちをじっと見据えた。
「誠、雪子はんも。嘘はいけまへん」
「ごめんなさい」
 雪子は素直に謝ったが、竹内は気まずい顔をしただけだった。分かってて今まで黙ってたなんて、我が母親ながらいい性格をしている。雪子に陰湿な姑だと思われなければいいが。

「わたしが料理ヘタだって、いつからご存知で?」
「先週の水曜どしたか、室長はんからお電話いただきましてなあ」
「薪くんが?」
「ちょっと待った。どうして室長がお袋の連絡先を知ってるんだよ?」
 竹内の疑問に母親は自分の口元を手で隠した。反射的に眼を泳がせたところを見ると、薪からは口止めされていたに違いない。
「お母さん」
 改まって呼びかけると、母親はしぶしぶ口を開いた。捜査一課の息子相手に隠し事ができるなんて、思わないで欲しい。

 火事に遭って怪我をした竹内の見舞いに、薪は何度も訪れていた。主に夜間だったため、竹内と話をしたのはほんの数回だったが、付き添っていた母親とは幾度となく顔を合わせたらしい。付き添いの必要がなくなると母親は自宅へ帰ったが、竹内が全快した後、薪は改めて京都まで詫びに来たそうだ。
 ご丁寧に、と茶菓を勧める母親に、薪は言った。
 もし後遺症が出ても、息子さんは自分には何も言わないに違いない。だからお母さんの方で気になることがあったら、私に教えてください。
 連絡先はこちらです、とメモをくれたので、ほならわたしも、と電話番号を教えた。それで番号が分かったのだと母は笑った。

「そんな……」
 母親の種明かしは、竹内には少なからずショックだった。自分の知らないところで交わされた密約もショックだったが、それよりも、薪が母親に言い付けるなんて卑怯な真似をするとは思わなかった。
「俺たちの結婚に反対してるのは知ってたけど、密告なんて」
「竹内、ちがう」
 小さく呟くと、雪子に即座に否定された。母親の前では「誠さん」と呼ぶことにしたのも忘れて、普段通りの口調で、だから竹内には雪子が本心から薪の告げ口を否認していることが分かる。
「薪くんはそんなことしない。あの人は、そういう人じゃないの」
「でも」

 竹内にとっては母親の言葉だ。本人に確かめれば一発で分かってしまう嘘を吐くほど、竹内の母親は愚かではない。
 説明を求める息子の眼差しを受けて、彼女は口を開いた。
「雪子はんの言うとおりどすえ。誤解の原因は自分やと、さかいに腹を立てるなら自分にと言われましてなあ。やて、雪子はんは一生懸命やっとるさかい、それやけは認めてくれと」
「室長がそんなことを?」
 薪が自分たちの援護をしてくれるとは思わなかった。いや、正確には雪子個人の援護だが、それでもプラスの要因であることには違いない。
「ほんで延々、あないに素晴らしい女の人は他におへん、ぼんはんがけなるい(息子さんが羨ましい)、機会があれば自分が成り代わりたいなんて、てんご(冗談)までおっしゃって」
「いや、最後のは結構本気入ってるかも」
「あないに別嬪さんやのに。おもろい方やなあ、室長はんは」
「薪くんたら」
 褒められて、雪子は頬を赤らめる。過大評価されると恥ずかしくなる。嬉しい気持ちよりも羞恥心が先に立って、雪子は俯いた。

「お友だちを見れば、そのひとが分かると申しますわな。ええお友だちどすな」
 雪子は顔を上げ、「はい」と返事をした。頬は未だ赤かったが、彼女はしっかりと頷いた。黒い瞳がとてもきれいだった。
 竹内の母親は目を細めて彼女を見つめ、婚約式の為に着物を新調する、と言い出した。それからは着物の話になって、雪子が自分で着物を着ることができないと知ると、「炊き合わせの前に着付けを覚えてもらわな」と着物教室が始まってしまった。

「女は謎だ」
 話を終えて竹内は首を振ったが、それは青木も同じだった。
「薪さんたら何てことを……すみませんでした」
 薪は絶対に謝らないから、謝罪は自分がしないといけない。むやみに敵を増やすのは得策ではない。最終的に困るのは薪だ。
「お母さんが寛大な方だったからよかったものの」
「いや、多分室長が言わなくてもバレてた。先生、本当のことを話すつもりだったんだと思う。でなかったら、自分の肉じゃが出す必要ないだろ」
 そうかもしれない、と青木は思った。雪子も嘘は苦手な方だ。心苦しかったに違いない。もしかすると薪の告げ口は、彼女の心の重みを除いてやりたかったのかも。

「三好先生らしいですね」
「室長と先生、同じこと考えてたんだな。あの二人、似てるよな」
「本人たちは似てないって言い張るんですけどね。どっちも自分が見えないタイプですからねえ」
「お互い、苦労するな」
「竹内さんは、惚れた弱みですね」
 甘い苦笑いを頬に浮かべる竹内を見て、青木はもう大丈夫だと思った。
 大丈夫。すべてうまく行く。
 竹内は雪子を大切にするだろう。彼女を愛し、彼女を守り続けるに違いない。彼の中で薪のことは、もうすっかり思い出になって……。

「それにしても、室長は誠実な人だな。やっぱり俺が思った通りの」
 食後のコーヒーに口中の言葉を紛らす竹内に、青木の瞳がぎらっと光る。口元に笑みを張り付かせたまま、黒い瞳を凍りつかせる。それを竹内には気取られないよう、腕時計に視線を落として席を立った。
「ごちそうさまでした。薪さんを研究室で待たせてるので、失礼します」
 青木は店を出た。何気なく視線を落とすと、出入り口の陰に、空になった缶コーヒーが捨ててあった。青木はそれに別れ際の竹内の嬉しそうな顔を重ね合わせ、缶を勢いよく踏みつぶした。



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クッキング2 (10)

 毎日暑いですねー。
 溶けそうです、てか、実際に脳が溶けてる気がする。 新しいお話を書いてるんですけどね、なんか文章が上手く書けない……あ、いつも?


 公開中のお話は、これが最終章です。
 読んでくださってありがとうございました。





クッキング2 (10)





 青木が竹内と別れて第九へ戻ると、薪がモニタールームで待っていた。竹内と食事に行くと言って出たから、青木から情報を引き出すつもりなのだろう。口元がうずうずしている。

「薪さんのおかげでうまく行ったって、喜んでましたよ」
「なんだって?」
 青木のアクションを待ち切れなくて、給湯室で片付けものをする青木に着いてきた薪は、報告業務のセオリー通り結論から始まった青木の言葉に驚きの声を洩らした。
「あの料理を作ったのは雪子さんじゃないって、お母さんにバラしてやったのに。どうして」
「全部自分のせいだから、先生を責めないでくださいっておっしゃんたんでしょう?」
「そうしなかったら僕が悪者になるだろ」
 密告した時点で立派なヒールだと思う。

「先生の長所を並べて、先生がお母さんに気に入られるようにフォローをして差し上げたんでしょう? そのお気持ちがお母さんに通じたものと」
「おかしいだろ! 僕は雪子さんと結婚したいって言ったんだぞ? 自分の息子の嫁になる女性にそんな男がいたんだ、考え直せと息子を説得するのが母親の役目だろう」
「冗談だと思われたみたいですね」
「なんで?!」
 青木にも、薪と同じ疑問は浮かんでいた。もし姉が結婚する前、夫になる男の女友達から電話が掛かってきて彼と結婚したいと言われたら、青木だって疑心暗鬼になる。それが普通ではないか。

「あの、思うにですね」
 考えられる可能性は一つ。薪が怒りだすこと決定だからあまり言いたくはないが、これが正解だと思う。つまり。
「竹内さんのお母さんて、薪さんのことを女の子だと思ってたんじゃ」
「あぁ!?」

 脊髄反射の速度で薪は凄んで見せたが、青木には効かない。こういうことで怒ってる薪は、とてもかわいいのだ。
 青木は京都弁には詳しくないが、彼女が薪に使った「別嬪さん」という言葉は、女性向けだと思う。雪子よりも身体が小さくて美人で料理上手とくれば、彼女の誤解も頷ける。
「彼女とは何度も話してるんだ。そんなはずは」
 薪の地声は低めのアルトで、女性の声に聞こえないこともない。あまり親しくない他人と話すときは丁寧語を使うし、一人称は「私」になる。その辺りにも原因があったと思われるが、きっと一番の理由は。

「竹内さんのお見舞いに行くとき、薪さん、必ず花篭を持って行ったでしょう?」
 それがどうした、と薪は尖った顎をしゃくる。全くこの人は、自分が分かっていない。
「そのせいだと思います。薪さんが花を持つと女優さんみたいですから。オレでさえ何度も見間違って、痛ったぁい! もう、どうしてオレに八つ当たりするんですか」
「うるさい!」
 唐突にふくらはぎを襲った痛みに青木が抗議するも、返って来たのは理不尽な一喝。慣れているとはいえ、やっぱり痛い。

「なんて不愉快な親子だ、息子が息子なら親も親だ。あんな非常識な連中に大事な雪子さんを任せるわけにはいかない。僕が何とかしないとっ……!」
「そっとしておいてあげるのが一番だと思いますけど」
 ううむと薪は腕を組んで、誰にも必要とされていない思案を重ねる。方向性は明らかに間違っているが、薪にあんなに案じてもらえるなんて、青木は雪子が羨ましい。

「薪くん。此処にいたのね」
「雪子さん」
 その身を案じていた女性がひょっこりと顔を出し、薪は途端に笑顔になる。彼女は幸せそうに笑っていて、それは薪にとって最高に好ましいことなのだ。
「昨日はありがとう。おかげさまで、お義母さんにとっても喜んでもらえたわ」
「……………………よかったですね」
 不自然なくらい長い間を空けて、薪は諦めたように頷いた。彼の天才的な頭脳の中では既に次の作戦が練られているのかもしれないが、今日のところは自分の負けを認めたようだ。

「薪くんのおかげよ。心からお礼をさせてもらうわ」
 雪子は快活に礼を言うと、いきなり薪に抱きついた。雪子の方が身体が大きいので完全に男女が逆転した構図だが、雪子の豊かなバストに顔が密着する体勢になって、薪は嬉しそうだ。……今週末は覚悟してもらおう。
「あ、あの、雪子さん? 嬉しいですけど此処ではちょっと、いえ別に雪子さんに恥をかかせるつもりじゃ、あ、だけど、僕にはその、青木、が……」
 感謝のハグだと思っているあたり、やっぱり薪の危険センサーは鈍い。先週の月曜日、職場仲間全員に裏切られたばかりなのに。本当に学習しない人だ。

「青木くん。今夜はあたしが薪くんを連れて行くから」
 雪子に呼びかけられた青木が「はい」と返事をするのに、薪は何を思ったか顔を赤くして、
「雪子さん、ごめんなさい。僕、青木が好きなんです。だから雪子さんのお気持ちは」
「歯医者の予約、7時だったわよね?」
「ごめんなさい」から後の薪の言葉は、雪子の声に消されて青木の耳には届かなかった。でも、察しはついた。ちらりと青木を見た亜麻色の瞳が、なんとも言えない甘さを含んでいたから。
「B町のNクリニックよね」
 雪子の長い腕にしっかりとホールドされた薪の顔色が、赤から青に変わる。夢中で押しのけようと両手を突っ張るが、柔道四段の彼女の腕力に敵うわけがない。雪子に絞め技を掛けられたら、岡部でさえ抜け出せないのだ。

「よろしくお願いします」
 青木がポケットから出した診察券を雪子に手渡すと、薪の顔は恐怖に歪んだ。たぶん彼の頭の中では、白衣を着た悪魔がドリルを構えているのだろう。
「7時半ごろ迎えに行きますから」
「OK。それまではあたしが見張っておくわ」
 逃れられないと知りつつも、薪はジタバタと手足を動かす。往生際の悪いことだ。扱い難しと踏んだのか、雪子は薪を小脇に抱え、軽々と持ち上げて彼を運び去った。
「誰か助けてっ、いやああああ!!!」

 廊下に木霊する薪の悲鳴を聞きながら、青木は彼のご機嫌を取る方法をあれこれ考える。それはとても困難なことの筈なのに何故か嬉しさが込み上げてくる、そんな自分が可笑しくて。誰もいなくなった研究室の薄闇の中、彼はくすくすと笑った。



 ―了―



(2012.4)


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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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