きみのふるさと(1)

 こんにちはー。
 本日もご来訪ありがとうございますー!

 こちら、薪さんが青木さんの実家に行って、ごはん作ったり子供の面倒見たりするお話で、
 3万拍手のお礼SSとなっております。

 いつもながら原作の設定と違っててすみません、青木さんのお姉さんは生きてます。 
 小姑になって、元気に薪さんをイビリます。 薪さんが泣くまで責めます。 ←お礼SSでこの展開はどうよ?
 冒頭に、以前チラッと予告しました青木さんの隠し子疑惑が出てきますが、あんまり気にしないでください。←お礼……。

 それと、わたしは子供を育てたことがないので、子供の生態についてはまったく分かりません。 子育てのプロの方には首を傾げるようなことが書かれていても、ヌルイ眼で見てやってください。
 今回も、広いお心でお願いしますっ。







きみのふるさと(1)





 真夜中の、暴力的な覚醒は実に不快だ。
 もともとが眠りの浅い、また仕事柄、見る夢には陰惨なものが多い薪にあっては自らがその原因になることも多いのだが、礼儀を知らない電話のベルで叩き起こされるとなれば、普段からの不眠の責任すべてを電話の相手に押し付けたくなる。電話口の薪が無言だったのは、持ち前の低血圧のせいばかりではない。

『もしもし』
 しかも、知らない女の声ときた。逆探知掛けてやろうか、それとも電話の画面に表示された電話番号をWEB公開してやろうか、と薪が非道な報復を思いついた時、相手の口から意外な言葉が零れた。
『一行?』
 一緒に住んでいる男の名前を聞いて、薪の声帯が強張る。
 恋人が出張で家に居ない夜、知らない女から彼に掛かってきた電話をどう処理したらいいのだろう、と考えを巡らせたのはほんの1秒。薪は落ち着いた声で「うん」と返事をした。

『携帯に掛けたんだけど、出ないから。家に掛けて、迷惑じゃなかった?』
「大丈夫だ」と返そうとして、薪は口を噤む。青木の声は低めのテノールだ。薪の地声で似せるにはツライものがある。
 薪はベッドから出て、寝室に置いてあるパソコンの前に座った。音声ソフトを立ち上げて、登録しておいたパーソナルデータを選び、『大丈夫だよ』とキーボードで打ち込む。彼女の声を拾えるようにイヤホンマイクの端子を携帯に差し込み、これで準備は万全だ。
 ソフトが起動するまでの間、女の声は訝しげに彼の名前を呼び続けていたが、受話器部分をパソコンのスピーカーに近付けて青木の声を聞かせてやると、それで彼女は落ち着いたようだった。

『今、何してたの?』
「寝てたんだよ。頭が冴えるまでに時間がかかった」
『えっ。まだ10時よ?』
 悪かったな。年寄りは夜が早いんだ。
 心の中で毒づきながら、薪の手は尤もらしい言い訳を紡ぎだす。
「刑事はね、寝られるときには寝ておくんだよ。いつ仕事で呼び出されるか分からないから」
 大変ねえ、と相手は同情めいた声を出し、「起こしちゃってごめんね」と申し訳なさそうに言った。
 いったい誰だろう、と薪は相手の女性の素性を想像する。タメ口、深夜の電話、加えてファーストネーム呼びなんて。ずい分親しげじゃないか。
 ざわざわする気持ちを努めてなだらかにしながら薪は、「平気だよ。気にしないで」とインプットした。
 青木に限って、浮気なんて絶対に有り得ない。女友達の一人や二人、青木にだっているだろうし、特別な関係じゃなくても電話ぐらいするだろう。

『ねえ、一行。また家に泊まりに来てくれない?』
「泊まり!?」
 思わず口から出てしまった。受話器は机の上、パソコンに近付けて置いてあるが、声が聞こえてしまっただろうか。
『人の声がしたみたいだけど。傍に誰かいるの?』
「隣の家のテレビだよ。近所迷惑だよね」
 キィを叩きながらも、薪の頭の中はパニック状態だ。
 そんなはずはない。一緒に住み始めてからは、青木の外泊理由は全部把握している。出張と、福岡の友人の結婚式。それから飲み友達と朝まで、というのが何回か。

 数えてみたら、けっこうな回数の外泊をしている。しかし、それを責めることはできない。家に帰ってこないのは、薪の方が断然多いからだ。仕事も付き合いも、夜でないと身体の空かない相手もいる。
 問題は、その中に偽りの理由が混じっていたかもしれない、という可能性が出てきたことだ。青木がこの家に来てから半年になる。舞い上がるような心地にも慣れが生じて、そろそろ地面に足が付くころだ。
 そう言えば、一緒に暮らし始めてから、むやみやたらとセックスを強要されなくなった。離れて暮らしている頃は生命の危険を感じるくらいに執拗だったのに、ここ数か月は1回で満足して、ちゃんと薪を眠らせてくれるようになった。
 薪はそれを我が身を振り返る思いで青木も年を取って落ち着いたのだと決めつけていたが、本当はこの女性で解消していたとか?
 疑い出せばキリがなくて、3日前の朝、彼を出張に送り出した時のキスもおざなりだったような気さえしてくる。不安が薪の指先を動かし、次のセリフには疑問符が付いた。

「こないだ泊まったの、いつだっけ?」
『ええと、2週間くらい前だったかしら』
 2週間前、と聞いて、薪は頭の中のスケジュール表を過去へとめくる。自分が海外出張でいなかった時だ。青木は出掛ける際、必ず薪に行き先を告げて行くが、不在では知りようもない。
 やっぱりあいつ。僕に隠れていい思いしやがって。
 許せない、と思う気持ちと、仕方ない、と思う気持ちが半々に生まれるのは、年の離れた恋人を持つ者の宿命だ。青木はまだ31歳。女の子と遊びたい気持ちも分かる。
 一緒に暮らしていると言っても、自分に彼を縛る権利はない。自分たちは婚姻関係が結べるわけではないから、民法第770条1項は適用されない。となると、有責行為はあくまで個人の節度の問題であって、それは人によって違う。他の人と寝ても心はあなたのものです、という節度で付き合っているカップルも世の中にはたくさんいる。

 否、青木はそんな人間じゃない。きっと何かの間違いだ、と思う傍から、受話器を通して赤ん坊の泣き声が。
『あら、起きちゃった』
 ちょっと待て! 子供までいるのか!?
 いや、青木の子供と決まったわけじゃないけど、もしかしたら子持ちの主婦との不倫かもしれないし、って、それも困る! 監査課にバレたら免職ものだ。

『この頃、夜泣きがひどくって。よいしょ』
 彼女は子供を抱き上げたらしく、泣き声が近くなった。母親に抱かれて、子供は次第に落ち着き、やがて静かになった。
『ねえ、この子も楽しみにしてるのよ。顔を見に来てよ』
 青木は子供好きだから、彼女の子供にも懐かれているのだろう。しかし、女性の心理を考えた場合、他の男性との子供の顔を見に来てくれと男を誘うだろうか。
『ふふ。ホントこの子、一行によく似てるわ』
 やっぱり青木の子供か。

 子供までいるなら、責任を取るべきだ。彼女と籍を入れて、両親揃って子供を育てるのが正しい大人の行動だ。
 こういう場合、自分は捨てられるのだろうな、と薪は眼を伏せ、やれやれと肩を竦める。男と恋仲になっていいことなんか何もないのは分かっていたけれど、こんな終わり方って。
 せめて捨てられる前に自分から振ってやる、とそれは腹いせでもヤケクソでもなくて、薪の最後の思いやり。青木のことだ、薪を傷つけるのが怖くて言い出せないに違いない。それは優しさじゃなくて卑怯者の行為だ、と説教してやりたいけれど。
 そういう彼に惚れたのだから、やっぱり自分の負けなのだ。

「わかった。折を見て、そっちに行くよ」
 恋人の子供を産んだ女性と、彼の振りをして話をするのは結構辛い。早いところ電話を切って、酒でも飲んで寝てしまいたい。白黒つけるのは、青木が帰ってきてからだ。
 忙しいのにごめんね、と、彼女はその奥ゆかしさを声に滲ませた。子供ができたのに結婚もしてくれない男を慕い続けているくらいだから、控えめな女性なのだろう。きっと寂しい想いをしているのだろうな、と自分から恋人を奪っていくはずの女性に薪は同情を覚えつつ、恋人たちが就寝前に交わすであろう挨拶で会話を締めくくった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(2)

 こんにちはー。

 公開作、過去作共に拍手をありがとうございます。(^^
「はじめまして」に拍手が入ると、ご新規さんかな、と思ってちょっと不安になります。 昔は薪さんが明日をも知れない状況でいらしたので、肉体的にも心情的にも穏やかな話が浮かばなくて。 ←今もだよね? というツッコミはスルーで。
 最初の注意書きをしっかりお読みになって、どうか無理のない範囲でお付き合い下さいねっ。


 で、お話の方なんですけど~、
 お読みくださった方の誰一人として青木さんの隠し子疑惑に不安を抱かず、薪さんが男爵になってると見抜かれるあたり。
 うちの青木さん信用ある。 そして薪さんには男爵的信用がある。(←??)
 光栄ですww。





きみのふるさと(2)





 両手に幾つもの土産袋を提げ、青木はマンションに帰ってきた。エントランスで部屋番号を押して静脈センサーに手首をかざし、居住スペースへの扉を開ける。1階分の階段を昇って右に曲がり、ドアを3枚通り越せば楽しい我が家だ。
 瞳孔センサーが居住者の瞳孔パターンを認識する僅かな時間を、青木はもどかしい気持ちで待つ。早く中に入って、恋人の顔が見たい。この時刻、彼は眠っているはずだから部屋へは音を立てずに入るつもりだが、3日も会えなかったのだ。せめて寝顔だけでも。

 慎重にドアを開けると、深夜にも関わらず点いたままの部屋の灯りが青木を驚かせた。目を見開くとリビングのソファに薪がいて、もっと驚いた。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
 てっきり眠っているものと思っていた人物に出迎えられて、青木は戸惑う。出張先で会うはずだった神戸支局の職員が急病になったことから明日の予定がキャンセルされ、今日の深夜に帰るとメールは入れておいたが、青木の恋人は青木の帰りを待っていてくれるほど殊勝な性格をしていない。何事かあったと考えるのが順当だ。

「どうしたんですか?」
 土産袋を部屋の隅に置き、マフラーとコートをポールハンガーに掛ける。ソファに近付いた青木に、薪は一枚のメモを突き出した。
「この番号に、今すぐ掛けろ」
 何となく覚えのある携帯番号だったが、咄嗟には思い出せなかった。電話を掛けるには、メモリーから名前を選んで発信するだけで事足りる。無用な11桁の数字を記憶しておけるほど、青木の脳は優秀でもスペースに余裕があるわけでもない。

「何も言うな。すべて彼女から聞いた」
 彼女?
「子供の件については、後で話し合おう」
 子供?

 まったく身に覚えのないことで、だから青木はポカンと口を開けているしかない。薪は何故だかそんな青木を見ようとせず、視線を斜め下方に向けたまま静かに微笑んだ。
「安心しろ。悪いようにはしない」
 なんだか嫌な予感がしてきた。付き合いの長い青木には分かる、薪が物分りの良い大人になる時は、ものすごい勘違いをしている時と相場が決まっているのだ。
「これでも僕は、おまえに感謝してるんだ。おまえの助けがなかったら、人生投げちゃってたかもしれないし。だから」
 大抵のことでは驚かないぞ、と青木は気持ちを楽にする。薪はとても頭が良いのだが、プライベートのことになると異常なくらい思い違いが多い。これまで数え切れないほど、彼のスットンキョーな誤解を解いてきた。つまり青木の落ち着きは、経験に裏打ちされた自信の表れなのだ。
 どんな誤解をされても、取り乱したりしない。それを解く自信がある。8年前から、青木は一途に彼だけを愛している。
「おまえと彼女と子供、家族三人平穏に暮らしていけるように、僕が取り計らってやる」

 無理っ!!

 声を失って青木は、心の中で絶叫した。
 いつの間にか子持ちにされてるっ!! たった3日離れただけで、どうしてこんなとんでもない誤解が生まれるのか、薪のカンチガイシステムは年々高性能になっていくようで。青木は思わず頭を抱え、その場にしゃがみ込んでしまった。
 だいたい、そんな誤解が生まれること自体がおかしい。青木の貞節を信用していない証拠ではないか。青木は薪以外の人間なんか、眼に入らないほど彼が好きなのに。
 そう思うと弁明するのも何だかシャクで、青木は黙秘権を行使する。屈んだまま頭髪に手指を埋め、床の木目に視線を落とし、口はぎゅっと結んだまま。深海に眠る貝のように、絶対に自分からは口を利かないぞと、それは恋人の不信に対するささやかな腹いせ。しかしそれは薪のシステムに掛かると悔恨の所作になることが、頭に血が上った青木には分からない。

「青木、そんなに気に病まなくていい。僕ならもう一人で大丈夫だから」
 青木の横に膝を付き、薪はやさしい声で慰めてくれた。毎度思うけど、この人のやさしさの使いどころはズレまくってる。
「薪さんの気持ちはありがたいですけど、彼女には夫がいますから」
「えっ、そうなのか? それは困ったな……でも子供のこともあるし、青木、どうだろう。勇気を出して、彼女の夫と話をしてみたら」
「彼女の夫はとてもいい人で。オレが家に行くと、いつも歓迎してくれます」
「それは、おまえと彼女の関係を知らないからだろう」
「いいえ。ちゃんと知ってますよ」
「本当か? なんて心の広い。僕も彼を見習わなくては」
 他所に子供を作った恋人を詰るどころか、生活の面倒まで見てくれると言う薪も、充分に大人物だと思うが。

 青木は頭髪から指を引き抜き、はあ、と溜息を吐きながら立ち上がった。怒る気力も失せた。薪の考え方が普通じゃないのは、今に始まったことではない。
 薪の肩を抱いてソファに座らせると、青木は3日ぶりに見る恋人の顔をしっかりと見つめた。少し眼が赤い。苦笑して、ついに青木は言った。

「ええ、本当にいい人なんですよ。お義兄さんは」
「ふうん。……お義兄さん?」
 あれ? と薪は右手を口元に運び、パチパチと眼を瞬いた。その仕草の可愛らしいこと。
「え? え? じゃ、さっき電話してきたのって」
「姉です。着信には気付いていたんですけど、電車の中で応じられなくて。駅に着いたら12時を回ってましたんで、明日の朝に連絡しようかと」
 薪が書き留めた携帯番号が誰のものか、子供と言うキーワードが出た時点で直ぐに分かった。青木の知り合いで幼い子供がいるのは彼女しかいない。

 薪は首を傾げ、次いでイヤイヤと首を振った。
「バカな。そんな古典的な間違いを、この僕が犯すとでも思うか。彼女、子供がおまえにそっくりだって言ってたぞ」
「叔父ですから」
 今年になって姉夫婦に生まれた倉辻家待望の長男は、青木の小さい頃に生き写しだと、母も姉も口を揃える。自分では分からないが、正直、舞の小さい頃と見分けもつかないのだが、母親特有の感覚に基づくものなのだろうと推察している。

 冷静に青木が返すのに、薪はなおも食い下がって、
「でも彼女、おまえに泊まりに来てほしいって」
「子守が必要なんですよ」
 姉夫婦は結婚当初、夫の仕事の都合で大阪に住んでいたが、転勤で東京に戻った際、恵比寿にマイホームを購入した。が、今でも週に3回は大阪支社へ赴かねばならない義兄は留守がちで、姉は二人の子供に振り回されているらしい。つまり、弟の顔を見たい気持ちが3割、子守が欲しい気持ちが7割、というわけだ。

 青木が倉辻家の事情を説明すると、薪は酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせ、
「ひゃ、百歩譲ってそれは認めるとしても、ファーストネーム呼びとか泊まりとか、子供が……会いたがってる…………姉……ああ、姉か……」
 薪の頭の中でいくつかのパズルピースが組み合わされ、あるべきところに収まっていくのが見える。疑問を口にしている最中にも誤解は解消されたようだが、この後、彼がどう出るか楽しみだ。

 腕組みに凝視で薪にプレッシャーを掛ける青木の前で、薪はすっくと立ち上がり、
「さて、寝るか」
「ごまかせるとでも?」
 寝室にダッシュしようとした薪の腕を捕らえ、もう片方の手を彼の前に回す。後ろから抱きしめる形になって、でもこれは薪も察している通り、抱擁ではなく拘束だ。
「で? オレと別れようと思ったわけですか」
 誤魔化しきれないと分かって、薪はしぶしぶ頷いた。不貞腐れた横顔の、尖らせたくちびるがあまりにもキュートで、青木は腕の強さを拘束から抱擁に変える。薪がその気になれば抜けられる強さ。だが、薪はその場を動こうとしなかった。彼にしてみれば青木の腕の中に留まることは陳謝の表れなのだろうが、青木には、彼がさしたる渋苦もなく別離を選択したことがものすごく哀しい。

「薪さんて、ほんっと諦めいいですよね。オレに未練とか、全然ないんですね」
「そうじゃなくて」
 華奢な肩を包んだ青木の手の甲に、彼の手が重ねられた。振りほどかれるのかと思ったが、細い手は重ねられたまま。
「子供だけは、どうにもならないから」
 特段、悲しそうでも辛そうでもなかったけれど、それは厳然たる事実。彼が簡単に青木を諦めてしまう要因の一つにもなっているに違いない。でも、それを言ったら青木だって同じだ。
「薪さん。ご自分の子供、欲しいですか?」
「いや。僕、子供嫌いだし」
 即行で返ってきた切り捨て口調の返事は、本音か気遣いか。
「嫌いなんですか? あんなに可愛いのに?」
「我儘でうるさいだろ」
 ――子供だって薪さんには言われたくないと思います。
 反射的に浮かんだツッコミは心の中に留めて、青木はくすりと笑う。

「オレに裏切られて、悲しいとか口惜しいとか。ちょっとは思ってくれました?」
「べつに」
「じゃあ、どうして眼が赤いんですか?」
「これは」
 薪は大きな瞳をくるっと回し、視点を上方に据えた。
「僕は本当に、おまえの愛情を疑ったりしていない。でも、もう一緒には暮らせないと思ったら、少しだけ悲しくなったんだ」
 不貞は疑ったけれど、愛情は疑わなかった。その路線で青木の追及を切り抜けるつもりらしいが、青木もそこまでお人好しではない。これは、困難が立ち塞がるたびに安易に別れを選択する薪の困った習性を改めさせる好機だ。逃す手はない。

「子供ができたってことは、オレが他の女性と関係を持ったってことですよ。薪さん、許せるんですか?」
「許せる」
 迷う様子もなく返ってきた言葉の白々しさに、青木は膝の力が抜けそうになる。武道大会で青木にタオルを渡そうとした女子職員にまで妬いてたクセに。
 元々薪は、浮気とか不倫とかが大嫌いなのだ。そういうことをする人間を軽蔑する傾向がある。コソコソ浮気するくらいなら離婚してから堂々とやればいい、などと世の日陰の恋に苦しむ人々が聞いたらブチ切れそうなことを平気で言ってのける。極端な倫理観が持論に拍車をかける形になって、彼の嫉妬心はますます燃え上がる訳だ。青木は薪のそんな性質をイヤというほど知っている。それなのに。

「おまえが女と寝たと聞かされても、僕は気にしない。単に女性の身体が欲しかっただけだろうと思う。だからさっきも、青木は子供が欲しかったんだな、って」
 ヤキモチを妬かせたら首都圏を焼き尽くす勢いの薪に、そんなことを言われても。
「いつからそんな大らかな自由恋愛主義者に?」
「それは違う」
 右手で掴んだ青木の手をそのままに、薪はくるりと身を翻し、こちらに向き直った。26センチ上方から見下ろせば、1ミクロンの揺れもない強い瞳。

「おまえがどこで誰と何をしても。おまえが一番愛してるのは僕だろ?」
 なんだろう、この余裕は。一緒に暮らしているから? 正妻の余裕と言うやつか?

 薪の思考の特異さは知っているが、この理屈を通されたら青木の方は堪らない。どこぞの女と遊ばれた挙句に「一番愛してるのはおまえだから」なんて薪に言い訳されたら。青木には、相手の女性を無傷で帰せる自信がない。
 下手をしたらその女は東京湾に浮かぶな、と物騒なことを考えつつ、青木は誠実な表情で訴えた。
「薪さんが思われるのは自由ですけど、オレは認めませんからね、そんなの。浮気は浮気で、しちゃいけないことです。オレは絶対にしませんし、だからあなたにも許しません」
「僕はそんな気は起こさない。今さら浮気なんか、面倒で」
 薪は淡白で恋愛下手だ。女性の機嫌を取る事なんか思いつきもしないだろうから普通の恋愛はできないかもしれない。が、今はそれを目的とした相手をネットで探せる時代だ。お手軽だし、相手だって、薪の容姿なら選り取り見取り……。
「おまえが3年くらい僕のことを抱かなかったら、したくなるかもしれないけど。試してみるか?」
 ……淡白な人でよかった。

「遠慮しておきます」
 青木が複雑な顔で身を引くと、薪はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべ、それで今の提案はブラフだったと分かる。自分に厳しい薪は、己が倫理観に反するような真似はすまい。
 薪は滑らかに身体を返し、寝室へ向かった。青木はその手を素早く捕え、しかし今度の拘束は薪には意外だったらしい。振り向いた彼のきれいな顔は、とても反抗的だった。

「すぐにシャワー浴びてきますから。待っててくださいね」
「平日の就寝時刻はとっくに過ぎてるが」
「不貞を疑われた訳ですから。大至急、身の潔白を証明しませんと」
「それは週末に持ち越しってことで」
「3日ぶりなんですけど」
「たった3日だろ」
「薪さんに会えない3日は、オレにとっては3年です」
「浦島太郎か、おまえは」
 昔話の喩えが可笑しくて、青木はクスクス笑う。
「そうですね。もしも薪さんが乙姫様だったら、オレ、絶対に地上になんか帰りません」
「ここに玉手箱があればおまえを老人にして、僕はゆっくり眠れるのに」
 同じ話から二人が導く仮説は天と地ほどにも開きがあって、でもそれは彼らのスタンダード。一緒に映画を観ても、同じ感想を抱いたことなど一度もない。それでも笑い合えるし、楽しく話ができる。恋の力は偉大だ。

 薪は喉奥で声にならない声を発し、あからさまな舌打ちで横を向く。相手のミスに付け入る形で、今夜の駆け引きは青木の勝ちだ。
 諦めムードで肩を落とし、とぼとぼと寝室へ向かう薪の背中で、青木は鼻歌交じりにネクタイを外した。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(3)

きみのふるさと(3)






 それから2週間ほど過ぎた日のこと。新たな衝撃が、薪を待っていた。

「でっ」
 唖音と擬音の中間のような声を出したきり、彼は絶句した。大きな眼を見開いて、目前に迫る武家屋敷のような門構えを見上げる。
「……かいな」
 言葉の途中で息を呑んでしまったものだから、隣にいた青木には何のことやら解らなかったに違いない。案の定、「貝がどうかしましたか」と間の抜けた応えが返って来た。
「あ、大丈夫ですよ。薪さんの好きな貝ひも、おつまみにちゃんと用意して、痛っ!」
 アホっぽそうな顔でアホなことを喋る男をとりあえず膝蹴りで黙らせて、薪は視線を前に戻した。目の前に佇む純日本風の大邸宅と隣のアホを見比べ、世の中はつくづく不条理にできていると思う。
 両腕に抱いた白百合の花束を抱え直し、薪はそっと息を吐き出した。

「おまえのお父さん、公務員じゃなかったのか」
「公務員ですよ。市役所に勤めてました」
「嘘を吐け。どうして公務員の自宅がこんな豪勢な武家屋敷なんだ」
「武家屋敷って、あはは、大きくて古いだけですよ。さ、中へどうぞ」
 門が開いたら出迎えの使用人が並んでいるかと身構えたが、それはなくて安心した。しかし、門から玄関までの距離が屋敷の規模を推し量らせて、薪は憂鬱になった。

 青木が、こんな大きな家の跡取り息子だったとは。

 今時、恋人を選ぶのに身分の違いとか生活格差とかを持ち出すほど野暮ではないが、それでもやはり、大きな家に生まれると言うことは、それなりに守り伝えて行くものがあるということだ。そこの一人息子が女性と結婚しないって、大丈夫なんだろうか。
 今更もいいところだし、自分にはそんなことを心配する権利すらないのだが。青木の将来に期待を寄せていた人々のことを思うと、心は重くなる一方だ。

「薪さん、どうしました? どこか身体の具合でも?」
 顔には出さない心算でいたのに、心配そうに尋ねられた。言葉でもなく表情でもなく、青木は薪の心に気付く。雰囲気とか空気とか、そんな曖昧なもので伝わってしまう。それは決して不快ではない。こそばゆいような気分になって薪が苦笑すると、青木はぺこりと頭を下げて、
「すみません、昨夜ちょっと張り切り過ぎちゃ、痛ったあいっ!!」
 玄関前でその家の息子をバカバカ殴るのは人としてどうかと思うが、口よりも先に手が出るのは薪の習性だ。格子戸を隔てて家人がいるかもしれない状況で、そんなことを口にする青木が悪い。

「ただいまー」と間延びした挨拶を投げて、青木が戸を開けた。からら、と軽い音がする。造りは古いが、よく手入れされているようだ。この屋敷には青木の母親が一人で住んでいるのだから、当然、彼女の仕事と思われた。青木のマメな性格は母親譲りなのだろう。
 青木家の玄関は広く、一見すると格調高い料亭か旅館のような雰囲気だった。左手の棚には水盤に活けられた花が置かれ、正面の壁には横長の水墨画が飾られている。木製の柱や廊下は美しく磨き上げられ、玄関の床には暗色系の御影石が敷き詰められていた。
 薪は再度、隣の長身を見上げた。
 警察に入庁して10年近くなる青木が、未だにのほほんとしている理由が分かった。育ちのせいだ。いつまでも世間ずれしない坊やだとは思っていたが、いいとこのボンボンだったのか。

「お帰りなさい、一行」
「ただいま」
 青木の声を聞いて、彼の母親が出てきた。驚いたことに、彼女は自宅でも着物を着ていた。その姿は和風建築の立派な邸宅と見事に融和しており、我知らず、薪は萎縮した。そんな薪に、彼女はやさしく微笑みかけ、
「薪さん、いらっしゃい。来てくれて嬉しいわ」
「こんにちは。ご無沙汰してます」
「忙しいのに、お呼び立てしてごめんなさいね。疲れたでしょう。どうぞ中に」
 薪が青木の実家を訪れたのは、彼女に呼ばれたからだ。青木はその理由を、彼特有の能天気な思考でお気楽に解釈しているが、薪にしてみれば嫁の実家の親に呼び出された夫の気分。ゆったりと構えていられるわけがない。この緊張感は自然なことだ。
「お邪魔します」
 薪は上り框に足を載せ、母親が優雅な仕草で揃えてくれたスリッパを履いた。それから、両手に抱えた白い花束を彼女の前に差し出し、
「心ばかりですが。お供えに」
「まあ、綺麗なお花。ありがとう。じゃあ、先にお父さんに」
 案内に立った彼女の後ろに、青木と二人で付いて行く。長い廊下を歩いて、やがて通された客間は、書院作りの10畳間。床の間の掛け軸と香炉、違い棚に飾られた陶磁器は色合いからして九谷と思われた。
 仏壇は年代ものだったが、綺麗に磨かれていた。中段に先祖牌と並んで、やや大きめの位牌がある。その下の段に、青木の父親の写真が飾ってあった。

 薪が青木の父親の顔を見るのは、これが初めてだった。
 やさしそうな人だと思った。顔立ちは青木とは似ていないが、どことなく共通の雰囲気はある。人をくつろがせてくれる、そんな笑顔だった。この人の遺伝子を、間違いなく青木は受け継いでいるのだ。
 線香の香りと鈴の音色に包まれて静かに目を閉じつつ、薪は、息子である青木が彼の遺伝子を後世に残さないと決意したことを、彼は土の下でどう思っているのだろう、と詮無きことを考えた。

「ありがとう。さ、楽にして。今、お茶を」
「いえ。今日はお手伝いに上がったんですから。何でも言いつけてください」
 彼女が薪を呼んだのは、事由があってのことだ。それは多分に彼女の真意を隠す為のフェイクであると薪は予想していたが、彼がこの家に居ることの理由となるものであった。

「あら、別に手伝いなんて……一行、あなた薪さんになんて言ったの?」
「ちゃんと説明したよ」
「身内だけの集まりだから、何も特別なことはしないって言ったでしょ」
「オレもそう言ったよ。でも薪さんて、必要以上に気を回すタイプで」
 母と息子は、自分らの意向と薪の態度の相違について時折苦笑を交えながら、こそこそと会話をした。高慢そうに見えるけど意外と気配り上手なのね、とか、態度はでかいけど案外弱気な所があるんだ、とか、全部聞こえてるぞ、こら。

 自分の地獄耳を呪わしく思いながら、薪は仏壇の遺影に視線を戻した。黒い縁取りの中で微笑む彼に、あなたも苦労しましたか? と心の中で語りかける。
 しっかりしているように見えて何処となく浮世離れした妻と、エリート警官でありながら果てしなく間抜けな息子に挟まれて、さぞ気苦労の多い人生だっただろうと、薪は、青木の父に同情せずにはいられなかった。





*****


 うちの青木さんの生家は、『大富豪、3代続けばただの人』という税務署用語(??)の通りでございます。 恐るべし、相続税。(@@)
 原作では、どちらかと言えば薪さんの方がお坊ちゃまみたいでしたね。 あのでっかいお家。
 あのまま何事も無く成長していたら、あんなトリッキーな性格にはならなかったんだろうな~。 そうしたら、鈴木さんとの関係も青木さんとの関係も変わっていたんでしょうね。 そもそも警官になったかどうか。 やっぱり、経験が人間を作るんですねえ。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(4)

 すみません、前回薪さんの心情を「嫁の実家に呼び出された夫の気分」と書いたら、「嫁の気分の間違いでは?」ともれなく突っ込まれたんですけどwww。
 どんだけ嫁体質なんだ、うちの薪さん★






きみのふるさと(4)





 半年ほど前から一緒に住んでいる恋人に、その話をされたのは2週間ほど前だった。
「おまえの実家へ僕が? どうして?」
「母が、父の法事をやると言い出しまして。薪さんにも出てもらえないかって、分かってます、無理ですよね。薪さん忙しいし。母にせがまれたので、一応訊いてみただけです」
「いつだ?」
「来月の5日……薪さん、無理しなくていいですよ」
 手帳をめくり始めた薪を見て、青木は慌てて言い添えた。青木の家は福岡だ。法要に出席するとなれば泊りがけになる。これが仕事上の知り合いなら丁重に断るが、青木の母の希望とあってはそうもいかない。相手が青木の家族なら、薪はそれに応じるべく、最大の努力をしなくてはいけない。大事な一人息子を預けてもらったのだから。それに。
 今年は青木の父が死んで8年目、指折り数えてみれば九回忌なんて尤もらしい回数だが、法事を執り行うのは十三回忌だ。だから今回は、単なる命日の追悼供養のはずだ。それなのに、わざわざ寺の住職を呼んで読経を上げると言う。そこに薪を呼んで、青木の母が何をしたいのかと言うと、おそらく。

「お母さんの立場から、僕に何か言いたいことがあるんだろ」
 夏の夕立雲のごとく早足で心に広がった不安を青木に悟られないように、薪は素っ気無い口調で自分の予想を打ち明けた。応じて青木は、彼らしい暢達さでにこやかに笑いながら薪の言葉を否定し、
「そんな複雑な話じゃないです。母は、薪さんの顔が見たいだけですよ」
 複雑になって当たり前なんだ、と薪は心の中で言い返す。普通の夫婦でさえ嫁姑問題は難しいと聞く。自分たちのように一般的でない間柄ともなれば、母親の心中は、普通よりもずっと複雑なはずだ。心配も憂慮も尽きないだろう。
「親ってのはな、子供がいくつになっても心配で仕方ないものなんだ。ましてやおまえの場合はその、特殊な人生を歩むことになったわけだから。いくらお母さんが偏見の無い立派な人でも、心の中にわだかまりが残るのは当然だ。でもそれは、おまえを愛するが故のことで、その気持ちは僕にもよく分かる」

「違いますって。うちの母は、そんな小難しい人間じゃありません」
 薪が言葉を選んで、母親の気持ちを想像するのに、愛息子の青木はカラカラと笑って、
「だって、オレの母ですよ?」
「……ものすごく説得力があるな、それ」
「でしょ」と青木は嬉しそうに頷いて、ある意味自分が馬鹿にされたことにも気付いていない。青木ほど楽観的にはなれないが、薪も彼女に自分が疎まれているとまでは思っていなかった。なぜなら彼女は、孫の顔を見るために娘の所に上京してくるたび、必ず薪の家に顔を出すのだ。自分の息子がいないときでもお構いなく、「近くまで来たんだけど、お邪魔してもいいかしら」と控えめながらも押しの強い態度は間違いなく青木の母親だ。

 彼女と二人で話をするとき、薪はいつも物凄く緊張する。重役会議で長官相手にプレゼンテーションするときの方が、まだ平常心を保つことができる。もしも彼女の機嫌を損ねて、「息子と別れてくれ」なんて言われたらどうしていいか分からない。もちろん応じることはできない、でも、強く言い返すこともできないだろう。こんな弱気でどうするんだと自分でも情けなくなるが、薪はどうしても彼女に対して遠慮せずにはいられない。

 親は、ひたすら子供の幸せを願う生き物だと薪は思っている。子供の人生に訪れる幸福は、多ければ多いほど好ましいはずだ。健康な身体、充実した仕事、安らげる家庭、可愛い子供。食べるものにもお金にも困らず、明日への不安も無い安全な生活。でも自分では、その中のどれひとつ青木に与えることができない。家庭や子供は言うに及ばず、職務上危険は付き物で、これまでにも青木は何度も死線を潜り抜けてきた。息子を襲った災厄の詳細を彼女が知ったら、卒倒してしまうだろう。
 それは薪ひとりで作った状況ではないが、青木を守ると彼女に誓った以上、彼に降りかかる災いはすべて自分に責任があるのだと、それくらいの覚悟はしている。
 夥しい数の悪条件を全部呑んで、彼女は最愛の一人息子の人生を薪に預けてくれた。いくら感謝しても足りない。だから彼女の望みは、精一杯の誠実をもって叶えてやりたいのだ。

「来月の5日だな。じゃあ、4日から6日まで休みを取る」
「え、どうしてですか?」
 日帰りで行けますよ、と首を傾げる青木は、まったく何も分かってない。
「法事の準備が大変だろう。僕も手伝う」
「大丈夫ですよ、母がやりますから。オレも1周忌までは手伝いましたけど、その後はずっと日帰りです」
「お母さん一人にやらせてたのか? なんて親不孝な息子だ」
「すみません」
 本当は薪が怖くて休暇願が出せなかったのだが、そんなことを口にするほど青木は愚かではない。

「でも3回忌からは家族だけでやることにしたんで、準備するものも大して無いんです。花と供物と、灯篭を2,3用意するだけ、ですから、薪さんのお手を煩わすようなことは何も」
「そんなこと言わずに、できるだけ長く家に居てやれ。お母さんは、おまえの顔が見たいに決まってるんだ」
「いや多分、母が見たいのはオレじゃなくて薪さんの顔だと思いますけど」
 例え青木の母親がそう言ったのだとしても、彼女の本心は別にある。母親と言う生き物は、自分の子供のことが理屈抜きで可愛いのだ。子供には分からない感情だ。自分が想像する何倍も、きっと彼女の愛は強いのだと薪は思う。
 薪が分刻みに詰め込まれたスケジュールを調整して福岡にやって来たのは、こういうわけだ。

 来てみて驚いたのは、青木の生家の大きさばかりではない。福岡空港から博多駅に出てタクシーに乗り、いつもの習性で車の移動時間を睡眠に充当した薪が青木に起こされて目を開けてみると、そこに広がっていたのは賑やかな駅前とは打って変わった田舎の風景だ。促されて降り立った道端には、見通せる限り誰もいない。車が一台しか通れない道から横に眼をやれば、そびえ立つ山に向かって階段状に整備された広大な棚田と、点在する5,6軒の民家。その先は鬱蒼とした森が繁っている。都会育ちの薪には、瞬きすることも忘れるほどの僻地だった。
 声も出ないほどに驚いて、でも直ぐに納得した。青木の朗らかな性格と真っ直ぐな気性は、この自然の産物なのだ。こんな風景の中で幼少期を過ごせば、薪だって、彼のように純朴な人間になれそうだ。

「すごい田舎でびっくりしたでしょう。恥ずかしいから、あんまり人に言わないでくださいね」
 青木の幼少時代に思いを巡らす薪に、青木が照れくさそうに言った。こんなところに住める青木が羨ましいと薪は思ったが、実際に暮らしてみると、田舎ゆえの不便さとか色々問題はあるのだろう。
 青木は二人分の荷物を持って、横道に入った。都会ではまずお目に掛かれない砂利敷きの細道の、両側にはやっぱり広大な稲田が広がっていて、田植えを終えた初夏に訪れたなら、背面の棚田も併せてさぞや美しい田園風景が見られるだろう。今は冬だから見当たらないが、気候が良くなれば子供たちは、畦道に群れるトンボやバッタを追って元気に走り回るのだろう。自分の前を歩く大男も、20年ほど前はそんな子供の一人だったに違いない。

「笑わないでくださいよ。オレだって、好きで田舎に生まれたわけじゃないんですから」
 薪が頬を緩ませるのを嘲笑と思ってか、青木は拗ねたような顔になる。感情がそのまま表情に表れるのも、恵まれた自然の中で育ったものの特長だ。可愛いやつだ、と思う気持ちの片鱗も顔に出さない薪は、さすが生粋の都会っ子。
「おまえにピッタリの田舎だな。呑気で平和で、鈍くさい」
「どーせオレは、竹内さんみたいに垢抜けたシティボーイじゃありませんよ」
「老後を過ごすには最高の場所だ」
 大きく一歩踏み出して青木に並ぶと、薪は楽しそうに言った。砂利の欠片をやさしく転がす薪の足の運びで、青木にはその台詞が褒め言葉であることが分かる。万遍なくまぶされた皮肉のスパイスを取っ払って、彼の言葉から好意を掬い上げるのは青木の十八番だ。

「退官したら、ここに引っ込んでコメでも作りますか。この辺りは水郷地帯ですから、美味いコメができますよ」
「コメ作りか。喫茶店よりも魅力的なプランだな。付録に目が眩む」
「え。コメ目当てですか?」
「一生、食べることには困らないだろ?」
 意地汚い会話を交わしながら30メートルほど歩くと、大きな家の門前に出た。そこで薪は絶句し、いささか憂鬱な気分になり、現在に至ると言うわけだ。

 少しばかりの準備は自分と息子でするから、ゆっくりくつろいでくださいな、と青木の母親に茶菓を勧められ、でも薪は、それに甘えられるほどお気楽な性格をしていない。説明書を見ながら灯籠を組み立て、仏壇の掃除をする青木を手伝った。それが終わると、お供えの餅や精進料理を作る母親を手伝い、くるくるとよく働いた。
 一通りの準備が済むと昼になった。
 お供え料理を作るのと一緒に仕込んだチラシ寿司を、薪は仏壇に供えた。花や灯籠、餅や果物が供えられた仏壇は賑やかになり、青木の父親もなんとなく嬉しそうに見える。「父さん。これ、薪さんが作ったんだよ。美味しいよ」と遺影に説明する青木の声に、来訪客を告げるチャイムが重なった。

「ただいまー」
 よく通る声と共に、玄関の引き戸がカラカラと開く音がした。薪の心臓がどくんと跳ねる。
「ただいま」と言ってこの家に入ってくる人間は、この世に3人しかいない。うち2人はここにいるのだから、おのずと声の主は判明する。つまり、青木の姉だ。
「母さん、お腹すいたー、あら?」
 景気よく襖を開けた彼女は、仏間にいた他人、つまり薪を見て眼を丸くしたが、直ぐに状況を理解したらしい。スリングの中でぐずる赤子を揺すり上げながら、
「薪さん? 初めまして、姉の和歌子です。一行が、いつもお世話になってます」

 こちらこそ、と頭を下げた薪を、和歌子はしげしげと見た。遠慮のない視線。青木と同じで、真っ直ぐに人を見る。
 青木の姉と顔を合わせるのは、これが初めてだ。何年か前、彼女が東京に出てきた際に夕食のお誘いを受けたのだが、よんどころない事情で辞退せざるを得なかった。それきり彼女と会う機会は無く、今日まで来てしまった。
 母親は自分たちの関係を知っているが、姉はどうなのか、薪は聞いていない。が、薪の自宅に電話を掛けてきた彼女が、電話口の相手を自分の弟だと信じて疑わなかったことから察するに、薪たちが一緒に住んでいることを知らない可能性が高いと薪は思っていた。青木の気持ちは母親にはバレバレだったようだが、姉弟となれば話は別だろう。

 実は薪は、ある決意を持ってここに来ていた。
 父親の追悼供養となれば、青木の姉は必ず来るはず。折りを見て、青木とのことを正直に打ち明けよう。初対面でカミングアウトするのは勇気がいるが、既に一緒に暮らしているのだ。彼の肉親に嘘は吐きたくない。母親にはなし崩しにバレてぐだぐだになってしまったが、姉にはきちんと話そう。彼女の衝撃を弱めるためには、母親から話してもらった方が或いはいいのかもしれないが、これは微妙な問題だ。身内の口からは、なおさら言い出しづらいだろう。
 家族相手に、一生隠し通すことなんかできない。責め言葉を受ける覚悟はできている。最初にアプローチしてきたのは青木のほうだが、それは言い訳にはならない。拒み通せばよかっただけのこと、この事態の責任は全部自分にある。
 バクバク波打つ心臓を宥めつつ、薪は深く息を吸った。まずは挨拶だ。

「本日は、お招きいただきまして」
「お帰りなさい、和歌子。まあ、草太くん! こんにちは、ばあばですよ~。あら、舞は?」
「政信さんが預かってくれるって言うから。任せてきちゃった」
 恋人の姉と初めて顔を合わせる、その緊張に背筋を強張らせていた薪の努力をぶち壊すように、母親から祖母に早変わりした青木の母が、二人の間に割って入った。言葉を失った薪を置き去りに、二人の女性は賑やかに再会を喜び合い、「あれが噂の薪さんなのね」などと本人の目の前で薪のことを声高に話し始めた。

「一行から聞いてたけど、ホントにキレイな人なのねえ! どこの芸能人が来たのかと思ったわー」
「やっぱり? わたしも初めて会った時には、テレビに出てる人だと思って! 警察の中にタレント養成場でもあるのかと」
「やだー、母さんたら! あったとしても、そこに一行が入れるわけないじゃない」
「それもそうね、おほほほほー!」.
 なんだ、この大阪のド真ん中でしか聞けないようなハッスルおばちゃんの会話は。

「お会いできるの、楽しみにしてましたのよ。すごくステキな方だって、一行から伺って」
「いえ、そんな。あ、あの、可愛い赤ちゃんですね」
 薪は精一杯、社交的な会話に務めた心算だった。が、彼のセリフの後半は和歌子のはしゃいだ声に掻き消され、薪の努力はまたしても無駄になった。
「話よりも百倍素敵ね!」
「まったくよー、一行ったら、仕事ができることしか教えてくれないんだもの。こんなにキレイだと思わなかったから、初めて会ったとき、母さん、ドキドキしちゃったわよー」
「いやだー、母さんたらー。父さん、そこで聞いてるわよ!」
「なによ、あんただって顔赤いわよー。政信さんに言いつけてやるわー」
「きゃー、やめてー、きゃー」
 彼女たちの口からは、まるで機関銃のような速度で言葉が飛び出してくる。薪ごときが口を挟めるレベルの応酬ではない、てか、混ざりたくない、絶対。

「おい。彼女たち、いつもこんなテンションなのか」
「だいたいは」
「おまえ、よく非行に走らなかったな」
 こっそりと囁きあう男同士の声など、話に夢中になった女性達の耳に入る道理が無い。仏間だというのに法事の主役はそっちのけで、不謹慎なお喋りは果てしなく賑やかになっていく。先刻も思ったが、この女性陣と呑気な息子に囲まれて、青木の父親は気苦労が絶えなかったに違いない。

「それにしても薪さんて、高校生くらいにしか見えないわよね。一行より年上って本当なの」
「あんたもそう思う? どう見ても一行の方が年上よね」
「美魔女ってやつね。きゃー、羨ましいっ。秘訣を教えてもらわなきゃ!」
「薪さんは男だから美魔男じゃないの?」
「ビマダン? やだー、母さんたらー、そんなの聞いたことないわよー! あの顔なら魔女でいけるってー!」
「そうよねえ、女優さんみたいだものね。ほら、草太くんもそう思うって」
 同意を求められた生後7ヶ月の赤ん坊が哀れだと思った。何も分からず笑っているだけで、肯定の意に解釈されるなんて。彼に言葉という武器があったなら、違うと断言してくれるはずだ。同じ男として。

 可愛いだの美人だのという男にとっては侮辱とも取れる単語のオンパレードに、薪は奥歯を噛み締める。隣の男を強い瞳で睨みつけ、どうにかしろ、とプレッシャーを掛ける。これ以上会話の内容がエスカレートしたら、薪は自分を抑えられる自信がない。
 薪の無言の要請を受けて、青木は一歩前に進み、
「やだなあ、母さんも姉さんも。その辺の女優なんかより、薪さんの方がきれいだよ」

 お父さんっ、ほんっとうに苦労されましたねえっっ!!

 一生を捧げる仕事に公務員と言う堅実な職業を選んだことからも常識人だったと思われる青木の父が、この3人を相手に送った惨憺たる人生を想像し、薪は眼の縁に同情の涙を浮かべた。



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きみのふるさと(5)

 こんにちは。
 昨日の地震、大きかったですね。 みなさん、大丈夫でしたか?

 うちの方は特に被害はありませんでしたが、震源地が三陸沖と聞きまして、彼の地の方々はどんなにか怖かったことだろう、と。 きっと反射的にあの日を思い出して、身が竦むほどの恐怖に襲われたのではないかと。 想像するだけで、息が苦しくなります。
 いくつかの関連ニュースを読むと、多くの住民の方々が迅速に避難された、また、対応する職員の方々もストーブや毛布等の準備がすばやくできたと、大震災の教訓を生かして機敏に行動された様子が伝わってまいりました。 
 ああ、素晴らしい、逞しいな、と感動いたしました。
 あんな恐ろしい体験からもちゃんと学んで、その後の人生に役立てて、人間てすごいな、って思いました。
 身に積まされる思いで昨夜は、保存水や備蓄食料の確認を行いました。 保存水、期限切れてました……沸騰させれば大丈夫だよね?(^^;


 昨日の今日で、ギャグ小説の更新して申し訳ないんですけど、ちょっと自重しなさいよ的なお叱りはあるかと思うのですけど、でも、
 あの時も何人かの方から、暗いニュースしか入ってこない現在、このブログを読んで一時の笑いを得て元気出してます、ってコメントいただいたので、今回も空気読まない感じですみません、続きです。
 例え一瞬でも、読んでくださる方が笑顔になってくださったら嬉しいです。
 







きみのふるさと(5)






 女性陣のセクハラトークが一段落した後、4人、いや5人は、ダイニングで食卓を囲んだ。
 青木家は昔ながらの日本建築で建てられているが、部分的に時代に合ったリフォームが施されていた。台所も、薪が使い慣れたシステムキッチンになっていてホッとした。手伝う心算で来たものの、家の外観に合わせて竈に焚き木が出てこられたらお手上げだった。

「おいしい!」
 何度もそう繰り返しながら、和歌子は次々と料理に箸を付けた。供え物の残りだが、煮物に天ぷらに酢の物に焼き物、とバラエティに富んで、どれもなかなかの出来栄えだった。
 薪特製のチラシ寿司は、青木にはもちろん母親にも姉にも好評で、木桶に入った酢飯は見る見る間になくなった。さすが青木の肉親、2人とも見事な食べっぷりだ。積極的に箸を動かさないと、食いっぱぐれの憂き目に遭いそうだ。しかし。

「本当に美味しいわ。一行の言葉は、惚れた欲目じゃなかったのねえ」
 などと言う言葉が母親の口から零れたものだから、薪はもう食事どころではない。心臓が口から飛び出そうだ。青木の姉に、自分と青木の関係をどう話したらパニックを起こされなくて済むか思案を重ねていたのに、いきなりバラされてしまった。
 冬だというのに顔に汗をかきながら、そうっと和歌子の表情を伺えば、彼女は先刻までとなんら変わりなく、芋の天ぷらを口いっぱいに頬張っていた。さては聞き逃してくれたのか、と薪の心臓が落ち着いたのも束の間、今度は姉の口から、
「嬉しいわー。一行のお嫁さんの料理が食べられるなんて」
 なんてセリフが飛び出した日には、いっそ心臓が止まらない方が不思議だ。

 どういうことだ、と眼だけで青木に詰問すれば、すみません、と悪びれない笑顔が返ってくる。青木の口から言えるわけはないから、母親から伝わったのだろう。
 とにかく姉は、自分たちの関係を聞き及んでいて、その上で薪と一緒に食卓を囲んでくれている。ならばそれは、弟の選択を否定しないという意思に取っていいのだろうか。
 母親と同じように、きっと心の中では納得の行かないことが沢山あるに違いない。それでも彼女は、薪に笑いかけてくれる。
 ありがたい、と思った。
 肉親の非難が一番きついと聞く。この種の非難は愛情の裏返しだからだ。責められて当たり前なのに、こうして同じテーブルを囲んで、一つの皿から同じものを食べて、薪を仲間に入れてくれる。さすが青木の肉親、なんてやさしくて、強い女性たちだろう。

 薪が彼女たちの柔軟な精神に感激したのもほんの一時。彼女たちの間で再び始まったハッスルトークに、薪の右手で割り箸がバキリと折れた。

「よかったわね、一行。料理上手なお嫁さんで。ハートも胃袋も、がっちり捕まえられちゃったのね、この幸せものっ!」
「あら和歌子、違うわよ。一行の方が年下なんだから、一行がお嫁さんでしょ」
「えー、まさかー。どう見たって薪さんの方がウェディングドレスでしょー」
 青木とは秘密の関係で、当然薪は、冷やかされることに慣れていない。相手にその気が無くとも、侮辱されているような気がする。確かにウェディングドレスは着たことあるけど、あれはおとり捜査で仕方なくっ!

「あらでも、薪さんは『息子さんは僕が守ります』って言ったわよ?」
 ちょ、待て、そういうことをこの場で言うかクソバ……い、いやその、しかしこれは、ああうううう!!
「きゃー、カッコイイー! となると、やっぱり薪さんの方が旦那さま? 一行が奥さんなの? 夜も?」
 夜ってどういう意味!? 
 なんで昼メシ食いながらそんな話になるんだっ、しかも本人たちの目の前で!! この破廉恥オン、い、いや、青木のお姉さんだ、ここは穏便に、「口から爆弾女」くらいにしておこう。

「もう、和歌子ったら何言い出すのよ! 知らないわよ、そんなこと!」
「えー、どうして母さんが知らないのよー」
「いくら親だって聞くわけないでしょ。でも、ちょっと気になるわね」
「でしょー。やっぱり気になるわよねー」
 彼女たちの死角、テーブルの下で、薪の右手が次々と割り箸を折っていく。折られた割り箸が床の上に落ちて山になり、それに気付いた青木の顔が白紙のように青ざめた。

「ね、姉さん母さん、その辺でっ……!」
 帰ったら只では済むまい。察しの良い青木は必死になって、薪の逆鱗の上でタップダンスを踊るがごとき彼女たちの爆裂トークを止めようとした。が、時すでに遅し。

「「薪さん、本当のところはどうなの? どっちが女の子?」」

 今ここに隕石が落ちてくればいいと薪は思った。




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きみのふるさと(6)

 お久しぶりです、お話の途中で放置しちゃってすみませんー。

 ちょっとリアルで~、忙しかったというよりか、考えさせられることがあって……少々そちらに浮遊しておりました。 ブログ最優先のブロガーじゃなくてすみませんです。

 うーんとね、
 同じ人をずっと大好きでいられることって、互いの努力とか心配りに左右されるとわたしは思ってきたのですけど、実はそうじゃなくて。 本当は、万に一つのラッキーなのかもしれないなって。
 だから例えその関係が変わってしまっても、相手を好きになったことを悔やんだり、そのことで自分を責める必要もないと思う。 次のラッキーを探しに出掛けること、引け目に感じる必要もないし、誰にも止める権利はないと思う。
 うん、今度はこういう話を書こう。 ←なんでもかんでもSSにする癖を直さないと本当に友だちいなくなる。
    



 お話の続きですー。
 青木さんの幼馴染みが出てきますが、当然オリキャラです。 ご了承ください。




きみのふるさと(6)





「おまえの家族で話が合いそうなのは、お父さんだけだ」
 すっかりイジケの虫に取り付かれた様子の青木の恋人は、仏間に籠もって掃除をしていた。ここは青木家の聖域、ここまではあの下品な質問も追いかけては来ない。
 母も姉も悪い人間ではないのだが、彼女たちはペアになると、遠慮という言葉を知らない「田舎のおばちゃん」という生き物に変貌する。青木はすっかり慣れっこだが、繊細で神経質な薪とは合わないだろうと思っていた。

「女性陣があの調子なら、おまえは当然、お父さんっ子だったんだろうな」
「ええ。小さい頃は、あのスピードについて行けなくて。でも、父とは進路のことでぶつかって、そのまま東京に就職しちゃったから。結局、父が脳溢血で倒れるまで、まともに話もしないでしまって」
 青木が弁護士になると言って東大の法学部に入学した時、父は大層喜んでくれた。弁護士は弱い者の味方だ、立派な仕事だ、と。しかし、大学2年の時、青木は薪の存在を知り、法医第九研究室に志望を変えた。これまでずっと青木の応援をしてくれた父親と、初めて衝突したのはそのときだ。

 警察庁はまだいい。しかし、どうして第九なのだ、と徹底的に反対された。人の脳を見るなんて、人道的に許されることではない。あれは警察の思い上がりで、真っ当な人間のすることではない。そこに従事している警視正とやらを尊敬しているようだが、彼の行っていることは人として最低の行為だ。
 そう言われて、我慢できずに家を飛び出した。それからは盆と正月くらいしか父と顔を合わせることは無くなった。たまに顔を見れば親子の情も湧いて、それなりに平穏を保っていたが、青木の仕事については一言も話さなかった。青木はそれを、父が青木の仕事を否定していることの証と解し、実家へ帰る度に黒い塊を飲み込むような気分になった。でも。
 青木が駆けつけた時にはすでに昏睡状態だった父が、亡くなる前に、ほんの10分ばかり意識を取り戻した。その時、彼が息子に掛けた言葉は、「一行。仕事、がんばれよ」だった。
 仲の良い息子とたったひとつ、どうしても相容れなかったそのことが、争いごとの嫌いな父の心にずっとわだかまっていたのだろうと思うと、自分はなんて親不孝な息子だったことかと、自責の念でいっぱいになった。

 当時は色々と思い悩んだが、あれから8年の月日が流れ、父親の最後の言葉を素直に受け取れるようになった。だから青木は今こうして、遺影に手を合わせながら「仕事、がんばってるよ」と臆せずに報告ができている。

「薪さん、一行。一服してくださいな」
 盆にお茶と茶菓子を載せて、母親がやって来た。「姉さんは?」と青木が問うと、「草太とお昼寝」と呑気な答えが返ってきた。夜泣きが続いているらしいから、睡眠不足になっているのだろう。子育ては大変だ。

 母は座卓にお茶の用意をすると、仏間をぐるりと見渡し、
「おかげですっかり綺麗になったわ。薪さん、お掃除も上手なのね」
「一人暮らしが長かったもので。一通りのことは」
「何でもお一人で出来てしまうって、一行がぼやいてますのよ。少しはこの子にも、仕事をさせてやってくださいね」
「あ、助かってます。電球の交換とか、高いところの掃除とか」
「身長だけがこの子の取り柄ですからね。存分に使ってやってください」
「ちょっと母さん、身長だけってことはないだろ。ね、薪さん。オレ、いいとこいっぱいありますよね」
「うん、まあ、探してみれば他にもあるんじゃないか」
「探さないと見つからないんだ……」
 薪の澄ました横顔に、母親のクスクス笑いが重なって、それはとても平和な光景。薪と一緒に実家に来れたことを、青木は改めて幸せだと思った。

 その平和が破られたのは、青木が湯飲みのお茶を飲み干し、テーブルに置いた時だった。
「おばさん、こんにちは! 行ちゃん、帰って来てるって、……あら、どなた?」
 チャイムが聞こえなかったから、鳴らさずに入ってきたのだろう。彼女らしいと青木は思ったが、さて困った。彼女に薪のことをなんと説明したらよいものか。

「真美ちゃん、紹介するわね。こちら、一行の上司の方で、薪さんておっしゃるの。薪さん、こちらは鳥飼真美さん。一行の幼馴染でね、お隣に住んでて、よく手伝いに来てくれるのよ」
 母親が卒なく仲立ちをしてくれて、青木はホッとした。自分が薪の立場を詐称するのは気が引けるが、母の言葉なら、薪も納得してくれるだろうと思った。

 母の紹介を受けてペコリと薪に頭を下げる彼女は、母の言の通り、青木の幼馴染だ。年は青木よりも5つ下だから、26歳。彼女にとってもせっかくの休みだろうに、隣家の法要の手伝いとは、いくら昔仲が良かったとはいえ、奇特なことだ。
 肩の長さに切り揃えたストレートの黒髪を揺らして、真美は周囲を見回した。仏壇と部屋の掃除も完璧にされているのを見て取ると、てへっと愛らしく舌を出して、
「明日、法事やるって聞いたから来てみたんだけど。遅かったみたいね」
「言っておけばよかったわね、今回は一行が前の日に帰ってくるから大丈夫だって。せっかく来てもらったのに、ごめんなさいね。せめてお茶でも飲んで行って」
 彼女の分の湯飲みを取りに母親が姿を消すと、彼女は仏壇の前に膝をついた。「おじさんに挨拶させてもらうね」と青木に断ってから、正座して手を合わせる。それから座卓の、入り口に近い席に腰を下ろすと、「久しぶりね」と青木に笑いかけた。

「行ちゃん、立派になっちゃって。別の人みたい」
「そう? 真美も成長したよ。女の人みたいだよ」
「えー、なによそれー」
 ケラケラと明るく笑う、彼女は青木にとって、昔から妹のような存在だった。
 真美が、一人になってしまった青木の母親を気遣って、よく手伝いに来てくれることは母親から聞いて知っていたが、こうして話をするのは久しぶりだ。青木が実家を訪れるのは法要の日だけ、当日は何かと気忙しく、法事が終わればとんぼ返りで東京に戻ってしまう。親ともゆっくり話せないのに、隣に住んでいる幼馴染など、顔を見ることも稀だった。

「他のみんなは元気?」
「うん。あ、先月、良平のとこ、赤ちゃん生まれたのよ」
 懐かしい人と会った時の定番で、当時、共通の友人であった人間の近況などが話題に上り、青木はここが自分の生まれ故郷なのだとしみじみ思った。古い記憶は楽しかった事ばかりが甦って、彼と幼馴染を饒舌にした。
 一通りの近況報告が済むと、真美は改めて青木を見直し、
「行ちゃん、本当に素敵になった。男らしくなったし」
「薪さん、聞きました?」
 子供時代の遊び仲間の話になると、薪にはさっぱり分からないから疎外感を感じているに違いないと、青木はそう思って薪に話を振った。が、薪は静かな笑みを浮かべたまま、口を開かなかった。薪は、プライベートでは警戒心が強くて人見知りだ。初対面の相手と打ち解けて話をするなんて芸当はできない。
「あの、薪さん」
 引き換え、真美は物怖じしない性格だ。話しかけにくい雰囲気のある薪に、無邪気な質問をしてくれた。

「行ちゃんの上司なんですよね? どうしてここに?」
 悪気はないのは分かっているし、疑問に思うのも当然のことだ。だけど、できれば薪の耳には入れたくない類の言葉だ。薪は意外と、些細なことを気に病むタイプなのだ。
「オレが薪さんのボディガードをしてるからだよ。対象から離れるわけに行かないから、だから休日も一緒なんだ」
 青木は横から攫うようにして、真美の質問に答えた。中園の計らいで、こういうときのための大義名分は用意されているのだ。

「え。でも、実家での法要でしょ。こういう場合って普通、他の人に代わってもらうんじゃ」
 彼女の言うことは正しい。青木が上手い言い訳を考えていると、薪が本来の回答者らしく落ち着いて質問に答えた。
「僕の仕事は警察の中でも特殊で、絶対の機密保持が義務付けられています。だから代替えのボディガードを使うことができないんです。おかげで彼には盆も正月もない。たまには僕の方が彼の都合に合わせてやることも必要だと考えまして、足を運んだ次第です」
 そうなんですか、と真美は納得したように頷いた。さすが薪、理屈を捏ねさせたら日本一だ。

 そこに、席を外していた母親が戻ってきた。「お待ちどうさま」と言って客用の湯飲みを卓に置くと、青木の方を向き、
「一行、ちょっといい? 今、住職さんから電話があって、明日のことであなたに話したいことがあるって」
 湯飲み一つ取りに行くのにえらく時間が掛かると思っていたら、電話に出ていたのか。
「ごめんね、真美ちゃん。お茶、自分で淹れて飲んでて」
「はあい。あ、薪さん、お代わりどうぞ」
 すっかり当家の人間のような顔をして、客人の薪に茶を勧めるちゃっかり者の幼馴染と秘密の恋人を残して、青木は居間に行き、電話に出た。

 ご無沙汰してます、と挨拶をしてから話を聞くと、男手があるなら笹立てをしたらどうかと教示を受けた。笹立てと言うのはこの地方の風習で、庭先に4本の竹笹を刺すことだ。笹を支柱に真菰(まこも)を張り、中には仏花を逆さに吊るす。結界の意味があり、盆に行う地方が多いが、この地方では法事となればこれが付き物だった。しかし、母一人の手では笹を立てるのも難しく、青木家では1周忌以降はずっと省いてしまっていた。
 笹と真菰は寺にあるから取りにいらっしゃい、と言われ、青木は応諾して電話を切った。後ろで話を聞いていた母親が、「せっかくの休みなのに悪いわね」と労いの言葉を掛けてくれた。

「行ちゃん。住職さん、なんだって?」
 仏間に戻ると、すぐに真美に訊かれた。打てば響くような彼女の気性が青木は嫌いではないが、いつも瞳で物語るような奥ゆかしい薪の態度に慣れてしまうと、馴れ馴れしさが鼻に付くような印象を受けた。確かに彼女とは子供の頃は仲が良かったが、今ここに、青木家の来客として座っているのは薪の方だ。少し遠慮して欲しいと思った。
 が、それを態度に表すほど、青木も子供ではない。彼女には母が世話になっていることだし、微細なことで事を荒立てるのは社会人のすることではない。

「笹を取りにお寺まで来なさいってさ。薪さん、付き合ってもらえますか」
 初対面の相手と二人きりにされて緊張したのか、薪は俯いて、茶の満たされた湯飲みを見ていた。青木に声を掛けられて顔を上げ、「僕がか?」と少し迷惑そうな顔になる。
「それならあたしが付き合ってあげるわ。薪さんはお疲れのようだし」
 真美の言う通り、気疲れしたのかもしれないと思った。母親だけでも緊張するのに、あの姉とのペア攻撃を受けた日には、立ち上がる気力も失せて当然だ。

 真美の申し出に、薪は「お願いします」と彼女に微笑み掛け、
「おまえも、積もる話もあるだろうし。ここは真美さんと」
「それは駄目です。オレはあなたの傍を離れるわけにはいきません」
「青木、僕は本当に疲れて」
 その先は、言わせなかった。青木は腕を取って薪を立たせ、
「じゃあ母さん、行ってくるから。真美、またね」
 静かに障子を閉めて、青木は玄関に向かって歩き出した。「青木」と後ろから薪が呼んだが、青木は答えず、代わりに薪の手をしっかりと握った。すると薪はもう抵抗するのを諦めたようで、黙って青木に着いてきた。
 玄関の引き戸が開くまで、彼らの手は握り合わされたままだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(7)

 公開作、過去作共に、毎日の拍手ありがとうございます。 励まされてます。

 トータル数も3万5千を超えまして。 
 お礼SSは、鈴薪さんの出会いのお話を予定しております。 よろしくお願いします。

 しっかし、書いてて思ったんですけどね。 年齢が若いからなのかな、この二人、
 ちょっと油断すると秒速で腐りやがる。 
 まだ会ったばっかりでしょ、あんたたち、って、こっちが引き戻さないと12月の誕生日までもたない感じ。 友情が。
 続きを書いたら完全に破綻する気がします。 

 青薪さんは、2年も掛かったのにね。
 8年経った今でも、あんまり甘くないのにねwww。




きみのふるさと(7)






 住職から、笹と真菰と実家離れのお小言をもらって、青木は帰途を辿った。母が使っている小型車は青木の身体には狭く、見かねた薪が、帰りは運転してくれた。道案内は必要なかった。どんな道でも一発で覚えてしまう、薪の記憶力のおかげだ。

「青木家の長男が実家に帰ってこないのは、寺でも有名なんだな」
「面目ないです」
 田舎は噂話が主な娯楽だ。遠くの親戚よりも町内会のおばちゃん連中の方が、家の中のことに詳しかったりする。あそこの息子がどこの娘と恋仲だとか、こちらの子供は九州大学を目指しているがどうも難しそうだとか、そちらの娘はせっかく就職したのに上司にセクハラされて辞めてしまったとか、そのツッコミの鋭さと言ったらワイドショー並みだ。こうして誰にも会わずとも、明日には薪のことが青木家の来客として噂になっているに違いない。

「でも、車で20分くらいの所に親戚もいますし。隣の家の人もああやって、様子を伺ってくれますから」
 機先を制して、青木は言葉を重ねた。実家に帰らなくて大丈夫なのか、という類のことを、薪が言い出しそうな気がしたのだ。
 予想に反して薪は何も言わず、黙ってハンドルを切った。真っ直ぐに前を見て、静かにアクセルを踏み込む。薪の運転は細やかで堅実、彼の性格がよく表れている。

 家に帰ると、青木は早速笹立ての作業に入った。冬の夕暮れは予想以上に早く、まだ4時だと言うのに陽は傾きかけていた。
 玄関横のスペースに、スコップで四つの小さい穴を掘り、そこに竹笹を立てる。形はできるだけ正方形にして、笹の幹同士を紐状の真菰でつなぎ、横に渡した真菰に仏花を括りつけて出来上がりだ。夜越ししたら花が凍ってしまうから、それだけは明日の朝の仕事になる。

「これって、結界の意味があるのかな」
 スコップの背で竹笹の根元の土を叩いて締め固めていた薪が、額にうっすらと浮いた汗をぬぐいながら尋ねた。外は寒いし、手が汚れるからいいと断ったのだが、「こういうのは男の仕事だ」と言って譲らなかったのだ。立ち上がれないほどの疲れはどこに飛んだのやら。
「さあ、詳しくは知りませんけど」
「なんで知らないんだ。おまえの生まれ故郷の風習じゃないか」
「そんなもんですよ。形は残ってても、意味なんか誰も知りません」
 ふうむ、と薪は納得とも否定とも取れる唸りでそれに応え、似合わない土仕事に戻った。細い腕や手首が土木作業用の大きなスコップを操る様は、見る者を失笑させる。この人は大抵のことは他人よりも上手にこなすが、力仕事だけは別だ。
 それでも何とかやり遂げて、薪は満足したらしい。天に向かって伸びた4本の竹笹を見上げて、
「よし、こんなもんだろ」
「ありがとうございました。用具を片付けておきますから、先に手を洗ってください」
 薪の姿が見えなくなってから、青木は急いで傾いでいた笹を立て直し、地面を踏み固めた。こんなに足元が甘くては、明日の朝までには自重で倒れてしまう。笹の葉は、夜露を吸うと重くなるのだ。

 片付けを終えた青木が客間に戻ると、薪が荷物の整理をしていた。帰るのは明後日なのに、ずい分気が早いと思って尋ねると、
「明日の法事が終わったら、僕は先に帰るから。おまえはもう一泊してこい」
 青木と離れた僅かな時間に、急な仕事の電話でも入ったのだろうか。
「それならオレも帰ります」
「いや、大丈夫だ。おまえはゆっくりして来い」
 仕事ではないと青木は思った。薪が微笑んだからだ。

「来るときにも言っただろ? たまにしか帰って来れないんだから、なるべく長く居てやれ」
「でも」
「これは命令だ」
 スーツケースをパチンと閉めて、薪は高圧的に言い放った。でも直ぐに悪戯っぽく笑って、
「住職さんにまでお小言もらうって、相当だぞ」
 言って薪はクスクス笑ったが、青木の不安は大きくなる一方だった。
 やっぱり、薪にはこの家は居心地がよくないのだろうか。家人も自分にとっては身内だが、薪には他人だ。生まれ育った土地も風習も青木には馴染み深いものだが、薪には初めてのことばかりだ。気疲れして当然だ。

「ごめんなさい、薪さん。疲れさせてしまいましたか」
「そんなんじゃない。ただ」
 つまらない用事を思い出したんだ、それだけだ、と薪は青木の眼を真っ直ぐに見て言った。嘘を吐くときでも、薪は決して眼を逸らさない。何百人もの嘘を見破ってきた彼は、人が嘘を吐くときに無意識にしてしまう動作を熟知していて、精神力でそれを抑えているのだ。厄介な特技だ。
 薪が嘘で自分を固めてしまったら、それを剥がすのは苦労する。よっぽど揺さぶらないと本音を言わないし、それはここでは無理だ。

 とにかく話し合いの機会を持とうと青木が腰を据えた時、客間の障子が姉の声と共に開いた。湯上りの彼女は、ほこほこと湯気を立てる赤ん坊を抱いて、濡れた長い髪をバスタオルに包んでいた。
「お客さんより先に貰っちゃってごめんなさいね。薪さん、夕食の前にお風呂どうぞ」
 赤ん坊は一番風呂に入れて当然だが、そこをきちんと謝るあたりが彼女の人の好さだ。それに対して、「僕は後で」と辞退する薪の態度も奥ゆかしくて、こういうまどろっこしさこそ日本人の美学だと青木は思う。姉も薪も、そんな日本人の特質を備えていて、それに拘るあまりズレた行動を取ってしまうのだ。先刻の姉の失言だって、あれはおそらく、薪に気を使わせまいと敢えて賑やかに……。
「あ、一行と一緒に入るのかしら?」

 だから余計なこと言わないで、姉さんっ!

 生きた心地もしない青木の耳に、薪の冷静な声が聞こえた。
「いえ、ひとりで入ります。いただいてきます」
 手早く着替えをまとめ、薪は立ち上がった。会釈で姉の横を通り過ぎ、教えられた方向に歩いて行く。すっきりと伸びた背中を見送って、姉が不思議そうに訊いた。

「ねえ。薪さん、どうかしたの?」
「もともと薪さんは物静かな人だよ。でもって、怒らせたら超コワイから。気を付けてね」
 被害は百パーセントこっちに来るのだ。これ以上、彼の怒りのボルテージが上がったら、青木は家から追い出されてしまうかもしれない。
 青木の心中も知らず、姉は呑気な様子で子供をあやしながら、
「お昼ご飯の時は、バキバキ割り箸折ってたじゃない」
「気付いてたの?」
「だって、音が聞こえるもの。もう、おっかしくって」
 分かっててやってたのか。我が姉ながら、いい性格をしている。

「真美ちゃん、来たんだって?」
「ああ、姉さんが草太と一緒に昼寝してるとき。寺から帰ったら、いなかったけど」
「ふうん」
 納得したようなそうでないような、先刻の薪と同じような声で、姉は何度か頷いた。それは解ったという意味ではなく、子供をあやす仕草だったかもしれない。

「一行。あんた、薪さんと一緒にお風呂入ってあげなさいよ」
 唐突に、とんでもない提案が姉の口から出て、青木は焦る。
 実家で薪と一緒に風呂って、薪さんが許すわけないし、オレも見たら我慢できなくなっちゃうし、そうなったら薪さんも声が抑えられないし、色んな意味合いでそれは無理だからっ!!

「姉さん、あのねえ」
「分かってないのねー、ダメな叔父さんですねー。草太はこんなダメ男になっちゃダメよー」
 甥っ子の前でダメ男の烙印を押されてしまった。もしも成長した甥が自分を馬鹿にするような態度を取ったら、この幼少期の刷り込みのせいだ。
「まあ、仕方ないかもね。お嫁さんの苦労は、お嫁さんにしか分からないものね」
「その『お嫁さん』て言うのも止めてくれ。薪さん、そういう冗談通じない人なんだから」
 はいはい、と姉は踵を返し、湯冷めしないうちにお布団に入ろうね、と子供に話しかけた。夜泣きが大変だと言っていた姉の言葉を思い出し、青木は、
「今夜くらい、草太を預かろうか」と申し出た。
「なに言ってんの。あんたには大事な薪さんがいるでしょ」
「姉さん、いい加減にして」
「別に、冷やかしてるわけじゃないわよ」

 薪さんがお風呂から上がったら夕飯にしましょ、と言い置いて、和歌子は部屋に帰って行った。母親と二人、お喋りに興じる心算なのだろう。
 あの賑やかなBGMを子守唄にした甥が女性に対する潜在的な恐怖心を抱えた大人になるのではないかと余計な心配をしつつ、青木は薪が片付けていたスーツケースを部屋の隅に退かし、彼のために床を延べた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(8)

 先々週になりますが、また一つ年を重ねまして。
 チャームポイントが目尻の皺からホウレイ線になりつつあるしづです。

 年取ると、ほうれい線て伸びるんですね~。
 いや、最初分からなくて。 口の横から下に掛けて、寝てる間に何の痕がついたんだろうとしげしげ見たら、  だった。
 そこの! 笑ってるあなた! あなたも10年後か20年後には「あれ、何の痕だろう?」ってなるのよ! ならないのは薪さんだけなんだから! ←ひがみ根性全開。
 


 失礼しました。
 とにかく、当日はお祝いメールありがとう。 愛してるよ。(〃▽〃)





きみのふるさと(8)





 青木家は純和風の邸宅だが、風呂場だけはユニットバスを使用していた。歴史の本でしか見たことのない五右衛門風呂を、薪は密かに期待していたのだが。残念だ。

 青木が精魂込めて磨き上げたと見えて、薄いベージュ色のバスルームはとても清潔だった。青木は薪の風呂好きを心得ているから、風呂の掃除には特に力を入れる。おかげで薪の家のバスルームは、いつもピカピカだ。
 寒い冬に熱い風呂、微かにラベンダーの香りがする湯煙。薪にとっては最高のリラクゼーションのはずなのに、お湯につかった彼の表情は一向にほぐれなかった。それはここが恋人の実家だと言う緊張感からではなく。昼間、青木の幼馴染の女の子に言われたことが原因だった。

「行ちゃん、ボディガードだなんて、すごいお仕事してるんですね」
 薪が吐いた嘘を真に受けて、真美は感心したように言った。
「だからあんなに逞しくなっちゃったんだ」
「大分、鍛錬はしているようですね」
 あくまでも上司の態度を崩さず、薪は青木との距離感を演出するように冷静な口調を心掛けた。真美の声には明らかな憧憬が含まれており、おそらく彼女は、青木に好意を持っているものと思われた。そんな人間に、自分たちの関係を悟られるわけにはいかない。

「SPと同等の能力を身に付けるために、彼は相当の努力を」
「白々しい。嘘でしょ、そんなの」
 ぶっきらぼうな声で遮られて、薪は息を呑んだ。
「なにを」
 一瞬のうちに、真美の表情は激変していた。一重まぶたのくりっとした眼には蔑みの色が浮かび、ピンク色の唇は怒りの形に閉じられていた。

「恋人なんでしょ? そうでもなきゃ、法事に伴うって不自然だもの」
 鋭く切り込まれて、今日は何度目になる事か、薪の心臓が跳ね上がった。顔色が変わらないように声が震えないように、腹の底に力を入れて、薪は反駁した。
「何を言い出すんです、バカバカしい。いいですか、警察にとって機密を守ると言うことは」
「行ちゃんが実家に寄りつかなくなったの、あなたのせいなのね」
 薪の話を聞こうとしない。思い込みが彼女の耳を塞いでいる。こうなってしまうと女性は頑固で、でももっと厄介なのはその思い込みの的中率だ。薪がどんなに推理を働かせても、彼女たちの恋愛に関するカンには勝てない。

「行ちゃんから、親も友だちも取り上げて。ひどい人」
 その言葉は、薪の心臓を跳ね上げるだけでは済まなかった。ザックリと刺し貫かれて、薪はなにも言えなくなった。
「おばさんだって和歌ちゃんだって、そう思ってるわ。言えないだけよ」

 心の中で案じていたことを音声にされて人の口から言われた。それだけのことなのに。
 青木の家族から直接言われた訳でもない、初対面の相手からつまらない言い掛かりをつけられた、たったそれだけのことで消え入りたいような気持ちになる、自分の怯懦に反吐が出そうだ。彼女は青木の昔の友人ではあるけれども今は部外者で、薪にとっては赤の他人だ。余計なお世話だ、非難される筋合いはない、と口に出さずとも心の中で跳ね除ければよかったのだ。それができなかった。
 青木の家族にどんな非難を受けても自分の我を通そうと、覚悟を決めてきたはずなのに。赤の他人の一言で、こんなに心が揺れてしまうなんて。

『行ちゃんから、親も友だちも取り上げて』

 真美の言葉を全面的に否定することは、薪にはできない。『取り上げた』と言われればその通りなのだ。青木本人からも何度も聞かされた、それは薪の罪。
『オレは薪さん以外の人は、眼に入りません』
 青木は薪と付き合いだしてから、友人との付き合いが極端に減ったらしい。以前は、平日のアフターは友人付き合いに宛てていたらしいが、一緒に暮らし始めてからはそれもなくなった。行きも帰りも青木が運転する車に乗って、帰りが早いときはレストランに寄ったりして、24時間一緒に居る日も多くなった。
 実家もそうだ。何年も前から青木は、盆も正月も、一晩泊まったら翌日の朝には帰ってきてしまう。久しぶりなのだからもっとゆっくりして来いと、薪が何度言っても聞かない。翌朝の10時前にマンションを訪れる青木を薪が叱ると、
『すみません。薪さんの顔が見たくて』
 真っ直ぐに自分へ向かってくる彼の愛情が心地よくて、ついつい流されてしまったけれど。極端な偏りは良くないと、年長者なら諭してやるべきだった。

「……ちがうな」
 求めていたのは自分の方だ。
 青木と知り合った頃、薪はどん底で。このまま泥に埋もれて息絶えるが相応しいと、思いながらも浅ましく、残り物の人生にしがみついていた。自分の罪を認めながらも救済を心待ちにし、何も望んではいけないと自分を律しながらも欲望は止められず。相反する感情に心がバラバラに壊されていく、そんな日々の中で。薪は青木と出会い、惹かれ合い、愛し合うようになった。

 薪が青木から目が離せなくなったのは自分が殺した男にそっくりだったからだが、青木の恋情に理由を求めるならそれは多分、同情心。
 青木は人の気持ちに敏感で共感能力に優れている。薪の危うい心理状態を、理論的に見抜いたのではなく、感じたのだ。事件の犯人や被害者に寄り添うように、薪の心に寄り添った。結果、彼は薪に必要なものを本能的に悟り、それを与えてくれたのだ。
 青木が親不孝になったのも故郷に縁遠くなったのも、自分のせいだ。薪の中に住んでいる、貪欲に彼を求める駄々っ子のせいだ。

『ひどい人』
 そう、自分は非道な人間だ。それが分かっても、青木を親元に帰してやろうという気にはならない。彼と生きていこうと決めた。何があっても、何を犠牲にしても。

 ――でも。
 肉親と疎遠にしてまで彼を自分の元に引き留める。そんなことが許されるのだろうか。
 血のつながった家族から彼を引き離して? 彼に新しい家族を与えてやることもできないのに?
 女性ならそれができる。だから彼女たちにはその権利があるのだ。でも自分は……。

 最初から分かっていたことなのに、そのこともよく考えて彼を受け入れたはずなのに。改めて突きつけられれば、胸がちぎれるように痛い。
 薪はもう、なにも持っていない。心も身体も未来も、彼にあげられるものはすべて差し出してしまった。彼から多くの大切なものを奪っておいて、彼に与えることができたのは、一個人が持ちうるちっぽけな誠意だけ。たかが知れてる。

 湯船の中で膝を抱え、薪は大きなため息を吐く。
 新しいものを生み出せない自分は、生きている価値がないように思えた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(9)

 こんにちは。
 大掃除で早くも腕が筋肉痛です。 窓拭き、力入らない。


 コメレス遅くなってて申し訳ありません。 年末はやっぱり忙しい……すみません、嘘です、SS書いてました、ごめんなさい。 大掃除が終わったらレスしますので、もう少し待ってくださいねっ。
 それから、
 誕生日おめでとうコメント、ありがとうございました!
 わたしは年を取るのは嫌じゃないので、祝っていただけて嬉しかったです。 どうもありがとうございました。(^^


 ところで、
 昨日はクリスマスでしたね。
 みなさま、楽しいクリスマスをお過ごしになりましたか?
 わたしはイブは仕事で、昨日は大掃除してました。 ええ、例年通りで。

 てなわけで、クリスマスとは全く関係のないお話の続きです。
 今回、子供が出てきますが、わたしは子供を育てたことが無くって、実態が分かりません。 なのでここは、15年くらい前に義妹の子供と遊んだときのぼんやりした記憶を頼りに書いてみました。 
 子育てのプロの方には、どうかイリュージョンを見るときのお気持ちで……見逃してください。







きみのふるさと(9)





 風呂から上がった薪を待っていたのは、予告された夕食ではなく、小さなギャングだった。

「夕食の用意はわたしがしますから。草太をお願いします」
 台所の入り口で、はい、と気軽に預けられて、でも薪は、子供の相手なんか一度もしたことがない。雪子の子供は抱かせてもらったことがある、だけどそれだけだ。おしめとミルクとオモチャを渡されても、何をどうしていいのやら。
 子供を抱いたまま固まっている薪の傍に、パジャマを抱えた青木がやって来た。自分も風呂に入ろうとしたらしいが、困っている薪を放置しておけるわけがない。彼の手から赤子を譲り受けようと手を差し伸べたのを見透かしたように、台所から和歌子の声が、
「一行は手伝っちゃダメよー。薪さんに任せたんだからー」
 イジメですか、お姉さま。

 姉の命令に逆らうこともできなくて、薪は青木に「行かないでくれ」と必死に瞳で訴える。自分一人で子供の世話なんか無理だ。怪我でもさせたら薪には責任が取れない。母親は和歌子と一緒に台所に立っているし、頼れるのは青木だけだ。
 が、非情にも台所からの指令は続いた。
「続けて入らないと、お風呂冷めちゃうでしょー。エコよ、エコ」
「でも姉さん、薪さんに子供の世話を頼むなんて」
「あら、いいじゃない。あんたのお嫁さんなんだから」
「だから、そういう冗談は止めてくれってさっき言っただろ」
 すみません、と姉の代わりに弟が頭を下げる。この手の言葉には過敏に反応する薪だが、今はそれどころではない。薪の細い腕の中で、子供は釣り上げられたばかりのカツオのように、幾度も背中を反り返らせる。その度に落っこちやしないかとヒヤヒヤしっぱなしだ。

「四の五言ってないで、入ってきなさい。夕食の前にお風呂に入るのは青木家の家訓よー」
「そんなの、いつ決まったんだよ」
「いいから入ってきなさい。入らないと、ごはん食べさせないわよ」
 食べ物を条件にされたら青木は弱い。なるべく早く戻りますから、と薪に断って、いい子にしてろよ、と赤ん坊の額を指先で優しく撫でた。

 残された薪の悲惨なことと言ったらなかった。
 ガチガチに緊張した腕で抱くものだから、居心地が悪いのだろう。子供はあっちこっちに身体を捩り、落ち着けそうな場所を探そうと、彼なりの努力は認めるが、どうにも危なっかしい。動きを制約しようと薪が腕に力を入れると、それがお気に召さなかったらしく、子供は急に泣き出した。
 赤ん坊の泣き声は、大人を急きたてる。早く泣き止ませなくては、と焦るが、手順が分からない。和歌子がしていた仕草を思い出して揺すってみたが、逆に音量が増して、もう泣きたいのはこっちだ。

 涙目になって、薪は叫んだ。
「すみません、お姉さん! 草太くん、泣いてるんですけど!」
「子供は泣くのが仕事よー」
 なんて冷たい母親だ、子供の涙に動じないなんて。
 薪の怒りは赤ん坊に伝播したらしい。自分の泣き声に駆けつけてこない母親を詰るように、草太は「だ!だ!」と不満げな声を上げた。
「すみません、今度は怒ってるみたいなんですけど!」
「人間だものー。そういう時もあるわよー」
 そんな人生相談みたいなアドバイスされてもっ!!

 もしかしたら自由に動きたいのかもしれないと考えて、薪は、畳の上にそうっと子供を降ろした。生後7ヶ月になる子供は、自力でおすわりの体勢を取った。薪は思わず背中に手を出したが、彼の姿勢が安定したものであることを確認し、初めてホッと息を吐いた。
 子供の発育については雪子との雑談の中で聞いた覚えがあるが、まさか自分の身に降りかかることがあるとは思わなかったから聞き流してしまった。もっとよく聞いておくんだった、と後悔しても後の祭り。雪子の子供が初めて立ったのは生後何ヶ月くらいだったか、思い出そうとして為せず。その間に少しもじっとしていない赤子は、ぱたんと前に手を付いて四つん這いになると座卓まで這って行き、低いテーブルに自分の小さな両手を載せた。
「あっ、あっ、掴まり立ちなんて無謀な真似を、ちょ、危なっ!」
 手を伸ばしたときには一瞬遅く、子供は正面から畳の上に倒れた。即座に響き渡る、割れるような泣き声。

「大変です! 転びました!!」
「直ぐに泣くときは大丈夫よー。大変なときは声出ないからー」
 それでも母親か! と怒鳴ってやりたかったが、青木の姉ではそうもいかない。何とかして子供を泣き止ませようと、薪は必死になった。
「い、痛くない痛くない、ちょっとぶつけただけだ。安心しなさい、君の脳には一筋の傷も付いていない。だから泣き止んで」
 子供を抱き上げて、揺すりながら言葉を掛ける。意味が通じるとも思えないが、それでも黙っていられないから不思議だ。
 薪がいくら話しかけてもあやしても、子供の泣き声はいっこうに治まらなかった。本当に、どうしていいのか分からない。マジ泣きしそうだ。

「頼むから、そんなに泣かないでくれ」
 困り果てて薪が哀願すると、子供はようよう泣き止んで、小さな手のひらを薪の顔目掛けて突き出した。頬に触れ、上に滑っていく。子供にとっては人間の顔もオモチャになるのだろうと彼の好きにさせるうち、赤子の手は薪の目尻を何度か往復するように動いて、薪はやっと、彼が自分の困惑の涙を拭ってくれたのだと知った。
 思いがけない情けを受けて、薪は驚嘆する思いで子供を見る。彼の、子犬を思わせる黒い瞳はとてもつぶらで美しく、薪は、動物を前にしたときの高揚感と癒しが自分を包み込むのを感じた。

「大丈夫だよ。ありがとう」
 正直な話、子供は好きじゃない。うるさいし言葉は通じないし、薪の嫌いなミルクの匂いがするからだ。でもこうして見ると、動物とさしたる違いは無いような。薪は動物は大好きなのだ。
「いっぱい遊ばせてあげてねー。でないと、夜寝ないから」
 泣き声が途切れたのを見計らって、新たな指令が下る。子供と遊んだ経験などないが、動物と戯れたことは数え切れないほどある。

「草太くん。何して遊ぼうか」
 薪がにっこりと笑いかけると、草太はくふっと空気が抜けたような笑い声を発した。ヤギが笑うとき、こんな音を出す。本当に動物みたいだ。ましてや短い手足を使ってさかさかと畳の上を這い回る姿は、動物以外の何物でもない。
 気紛れな猫を捕まえる時のように素早く前を塞げば、子供は上手にカーブを切って、薪の横手に移動する。では、とそちらに手を出せば、今度は後ろに下がって行く。きゃっきゃと笑い声を上げながら、これはこれで楽しいオモチャだ。

「なかなかに俊敏な動きだ。機動力もある」
 夢中で薪の手を避けるうち、這うこと自体が面白くなったらしく、草太は速度を上げた。そのせいで周りが見えなくなったのか、部屋の隅に積み重ねてある座布団の中に突っ込んでしまい、山を崩してしまった。
「こらこら、お母さんの仕事を増やすんじゃない」
 薪がそれを戻している間に、草太は部屋の中央に進んで行く。気が付いた時には座卓の脚が目の前だ。
「畳よりもそれは固い。気を付けなさい」
 彼の脇下に後ろから手を入れ、ひょいと持ち上げる。手足をばたばた動かすが、摘み上げられた猫の子状態。その仕草が可笑しくて、薪はついつい苦笑いする。

「疲れただろう。少し、休んだらどうだ」
 大人があれだけ床を這いずり回ったら息が上がってしまうと思うが、子供にとっては散歩程度のものらしい。あーあーと唖音を発する、小さな生き物はほんの僅かの間も静止しておらず。床に胡坐をかいた薪の膝の上で、あっちに反りこっちに跳ね、挙句は薪の肩の上に登ってくる始末。
「ちょ、危ないぞ。この高さから落ちたら、とと」
 肩の上の子供を下ろそうと手を伸ばし、バランスを崩して、薪は子供を抱えたまま仰向けに転がった。
「ったく。やんちゃな王子さまだな」
 両手でしっかりと子供の胴体を支えて上に持ち上げてやると、子供は大層喜んで、派手な笑い声を立てた。バーベル上げの要領で上下に上げ下げしてやると、笑い声はますます大きくなった。
「面白いか? そら」
 子供の笑い声は人を幸せな気分にする。ヨーゼフと遊ぶ時のように、薪は楽しげに笑った。

 いつからそこに立っていたのか、居間の入り口に佇む青木に気付いたのは、薪の両腕がだるさを訴え出した頃だ。
「あ、青木」
 すっかり慣れた様子で片腕に子供を抱き、ひょいと身を起こす。何度も子守をしてやったはずの赤ん坊は、青木を恋しがる様子を微塵も見せず、大人しく薪に抱かれていた。
「なんだ、その中途半端な格好。髪くらい乾かして来い」
 額に落ちた黒髪からポタポタと滴が垂れている様子を見て、薪が眉をしかめる。きっと青木は薪が心配で仕方なくて急いで風呂から出てきたのだろうが、そこを評価してくれるほど薪は甘い恋人ではない。

「ダメな叔父さんだな。君は、あんなだらしない大人になっちゃダメだぞ」
「薪さんまで。これ以上、オレの叔父としての立場を貶めないでくださいよ」
 ガシガシと髪を拭きながら、青木が二人の傍に腰を下ろすと、新しい遊び相手を見つけた草太がさっそく手を伸ばす。青木の濡れた髪を引っ張り、イタタ、と悲鳴を上げる叔父に、邪気のない笑い声を立てた。

「よしよし、偉いぞ。草太くんは力持ちだな」
「駄目ですよ、薪さん。悪い事したら叱らなくちゃ」
「悪い事なんかしてないだろ。これは楽しいことだろ」
「薪さんは楽しいかもしれませんけどオレは楽しくないです、てか、痛いです! 一緒になって引っ張らないでくださいよっ。ハゲたらどうしてくれるんですか!」
「思いっきり笑ってやるさ。なあ、草太」
「あああ、草太が薪さんみたいに性格ワルクなったらどうしよう」
 何を失礼な、と青木を睨んだとき、台所から和歌子が顔を出した。

「ごはんできたわよー」
 姿を見せた母親に、草太は夢中で手を伸ばす。当然だが、やっぱり母親がいいのだ。
「薪さん、どうもありがとう」
 薪から子供を受け取り、彼女は礼を言った。いえ、と薪は微笑み、母親に抱かれて満足そうな子供に軽く手を振った。が、子供は今まで遊んでもらった恩など感じないようで、丸っきり無視された。こういう所はネコ科の動物に近い、と薪は思った。

 髪を乾かしてきなさいね、と弟に命じると、彼女は草太を抱いて台所へ戻った。華奢な後姿を見送り、薪は感慨深く呟く。
「女の人って偉大だな。命を生み出せるんだもんな」
 それからふと遠くを見る眼になって、
「男が敵わないわけだ」
 白旗を挙げる城主の表情で吐き出すと、青木が訝しげに薪を見た。「薪さん」と呼びかける彼に、薪は素っ気なく背を向けた。

「早く来ないと、みんな食べちゃうぞ」
 台所の入り口に掛かった竹すだれを片手で優雅に持ち上げ、薪は意地悪く微笑んでみせる。すわ一大事と青木は転がるように駆け出し、3秒後にはドライヤーの音が聞こえてきた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(10)

 このお話、メロディ発売前に終わらそうと思ってたのに、発売日どころか年内も無理みたいです。
 どうしてこんなことになったのかしら、わたし12月なにやってたのかしら……うん、Nさんが悪いんだな。 あんないいネタ振るんだもん。←もう本当に友だちいなくなる。


 えっと、
 こちらの章には青木さんの叔父さんが出てきます。 これもオリキャラで、しかも博多弁を喋るんですけどこれがかなりいい加減で~、わたしの昔の友人が福岡の人間でして、彼女の喋りを思い出しながら書きました。 九州の方、いらしたら生ぬるく読み流してやってください。


 それと、今月メロディまだ買ってなくてー(><)
 明日になれば自由時間が取れると思う、ので、身勝手ですみません、ネタバレコメントお控えいただけると嬉しいです。






きみのふるさと(10)




 翌朝、洗面所で出会った薪は、少し赤い目をしていた。
「眠れなかったんですか」と青木が尋ねると、「枕が変わると、どうもな」などと言う普通の人みたいな答えが返ってきた。満員電車の中で立ったまま眠れる特技をお持ちでは? と突っ込みたかったが、法要当日の気忙しさがそれを許さなかった。
 朝の9時に、住職がお経を上げに来てくれる。昨日のうちに大凡の準備はしてあるが、当日の朝に供えた方がよい料理や団子などの供物もある。表の笹立てに、仏花も吊るさなくてはいけない。仕事は結構あるのだ。

 青木も昨夜はよく眠れなかった。昨夜はもちろん薪とは別々の部屋で寝んだのだが、そのせいではなく、草太の夜泣きのせいだ。夕食前に薪があれだけ遊んでやったのに、効果はなかったらしい。
 それにしても、薪に子供の世話をさせるなんて、姉にも困ったものだ。日頃の激務で、薪はとても疲れているのに。慣れない場所で慣れない人に囲まれて、只でさえ気を張っているのに。職場の人間が彼をそんな目に遭わせたら、土下座して謝るところだ。なのに姉ときたら、夕飯のカレーライスを頬張りながら、
「薪さんも草太も、これで今夜はぐっすりね」などと暴言を吐いていた。ちゃっかり者の本領発揮と言ったところだ。

 青木の部屋の隣は姉の部屋になっていて、通気性の良い日本間は、子供の泣き声をダイレクトに響かせた。青木は夜中に何度も目を覚まし、2回くらいは姉の部屋に様子を見に行った。「ごめんね」と姉は済まなそうに謝り、暗い部屋の中、子供を抱いてゆっくりと歩き回っていた。
「舞の時もこうだったのよ。この時期はどこの子供もね」
 代わろうか、と申し出たが、断られた。明日昼寝するから大丈夫よ、と昼寝の予約をされ、青木は自分の部屋に戻された。

 一度、薪の部屋にも行った。姉の部屋から距離はあるが、薪は眠りが浅い。子供の声で目を醒ましてしまったのではないかと心配になったのだ。
 そうっと障子を開けて様子を伺ったが、その時はよく眠っているようだった。しかし、この顔は明らかに寝不足の顔だ。薪は神経質だから、他人の家で安眠することができなかったのだろう。

「薪さん、昨日の話ですけど。今日の昼に東京に帰るって」
「うん。勝手言って悪いな」
「それは構いませんけど、やっぱりオレも一緒に」
「駄目だ」
 親子水入らずで過ごさせてやろうと、薪は気を使っているのかもしれない。でも青木は、薪の傍にいたいのだ。
 順当に行けば、自分の親が薪よりも早くこの世からいなくなることは分かっている。住んでいる場所もこんなに遠くて、しかも青木の母親はけっこうな高齢で、だからあと何回顔を見られるかも分からない。
 それでも青木は、薪と一緒に過ごしたいと思う自分の気持ちを止めることができない。何処にいても、薪がいないと落ち着かない。のべつ幕なしに、薪のことばかり考えてしまう。そんな状態で滞在されても、親も迷惑だと思う。

「薪さん、オレは」
「この花を外に吊るせばいいのか。どの辺に下げるんだ?」
 洗面台の隣に置いてあったバケツから笹立て用の仏花を取り上げ、水を切りながら薪は訊いた。議論をしている余裕はないぞ、と亜麻色の瞳が青木の反論を封じる。
「玄関に近い場所にお願いします」
 わかった、と頷いて、薪は外に出て行った。彼の後姿がとても儚く見えて、青木は不安になったが、薪に本音を喋らせるのは至難の業だ。法事の合間にできる芸当ではなかった。

 朝食は母親の作ったおむすびと味噌汁で簡単に済ませ、青木は住職を車で迎えに行った。今朝は、薪を伴うことはできなかった。昨日は笹を運ぶ手伝いと言う名目が付けられたが、今日はそうはいかないし、隣に住職を乗せて帰らなくてはならないからだ。
 しかし、家に帰った青木は、その判断を深く後悔することになる。

「おう、一行。帰ったか、こん親不孝もんが」
「俊幸おじさん」
 玄関を開けて中に住職を招き入れた青木に声を掛けたのは、この場にいる予定ではなかった人物だ。
 年の頃は60歳前後、肥満体の暑苦しい身体と釣り合いを取るかのように寒そうな頭部を、七三分けのカツラで隠していることは親戚中が知っている、ことを本人だけは知らない。背は青木より30センチほど低いから、薪と同じくらいだ。体重は倍もありそうだが。

 住職を仏間に通して、お茶の用意を母に頼み、襖を閉じて青木は訊いた。
「どうしてここに」
「どうしてとはなんや。兄さんの法事なら、わしを呼ぶのが当たり前やろが」
「……すみません」
 青木にはもう一人、父に瓜二つの伯父がいるが、この叔父はまったく父に似ていない。見た目も性格も、何一つ共通点がない。本当に血がつながっているのか、青木は常々疑わしく思っていたくらいだ。
「でも、今回は単なる命日の供養ですし。13回忌のときには勿論、叔父さんもお呼びするつもりで」
「そげな理屈の通るか。他人の来とるやないか」
 叔父の言い草を聞いて、青木は舌打ちしたい気持ちに駆られる。
 それではもう、叔父は薪と会ったのか。余計なことを言わないでくれたらいいが、この叔父に対しては、そんな望みを持っても無駄だ。とにかく、人の気持ちの解らない人なのだ。

「あの人はオレの上司で、あの人の身の安全を守るのが今のオレの仕事なんです。今回は、無理言ってオレの都合に合わせてもらって」
「美人ば連れて帰って来た言うけん、てっきり結婚相手を見付けて来たと思ったきに。この甲斐性無しが」
 この叔父の、尤も得意でしかも厄介なセリフが出て、青木は瞑目する。どこの親戚にも必ず一定の割合で混ざっている、他家の息子や娘に結婚を斡旋したがる人間だ。
「おまえがそんな調子じゃけん、わしが苦労して結婚相手ば見繕ってやっとるんやないか。それを悉く断りおって、少しくらい妥協したらどうなんや」
 もう十年も前から、この叔父は母親を通して青木に見合い写真を押し付けてきている。いつだったか、青木の都合も聞かずに見合いをセッティングされてしまって、腹に据えかねた青木が母親に、「自分には好きな人がいる。見合いは迷惑だ」と宣言してからは、母親の方で上手く断ってくれているらしい。だが、それは結局その場凌ぎのこと。元凶の叔父を何とかしなければ、このありがた迷惑な行為は止まらないのだ。

「叔父さん。前にも言いましたけど、オレは結婚はしません」
「この阿呆が、そげな勝手の通るか! 四百年続いた青木家の血筋ば、何やと思っとるんや!」
 贅肉のついた身体を揺すって、叔父は喚いた。冬だというのに額に汗をかいて、何をそんなにムキになっているのか、青木にはこの叔父の考え方がどうしても理解できなかった。招かれもしない家の法事に押しかけて来て、肝心の法事も始まっていないのに、その家の息子を捕まえて結婚を強要する。それこそ馬鹿のすることではないのか。
「一行、おまえは本家の長男や。跡継ぎば作らんでどげんする。ご先祖様に申し訳ないと思わんのか」
「知りませんよ、400年前の人間のことなんて! そんなに跡継ぎが必要なら、オレの細胞からクローン人間でも作りましょうか!?」

「青木。住職さんがお呼びだ」
 すっと開いた障子の向こうから現れた美貌に、青木は息を飲んだ。喪服の薪は美しく、漆黒の衣装に映える肌の白さは眩しいばかりだった。
「薪さん……」
 怒りに任せて口走ってしまったことを、青木は猛烈に悔やんだ。薪には聞かせてはいけない言葉だった。木と紙で出来た間仕切りに、防音効果は望めない。それを青木は昨夜、草太の泣き声で確認したばかりだったのに。

 申し訳ない気持ちでいっぱいの青木の心を踏みにじる様に、叔父の無神経な言動は続いた。自分の甥だけでは飽き足らず、薪にまで毒を吐いたのだ。
「丁度いい。上司のあなたからも、一行ば叱ってやってください。確か警察と言う所は、40を超えて結婚しないと、出世に響くんやなかったとですか」
 殴ってやろうかと思った。
 その言葉がどれだけ薪を傷つけるか、それを思うと怒りのあまり頭が真っ白になりそうだった。

「叔父さ」
 すい、と青木の前に伸ばされた白い手が、青木の言葉を止めた。ひらひらと振られる、それは「僕に任せろ」という合図。
 薪はにっこりと笑い、叔父の前に進み出て、
「それは根拠のない噂ですよ。僕も40超えて結婚してませんけど、この年で警視長をやらせてもらってます」
「ほう。警視長と言うのは、偉いんですかな」
「警視総監の一つ下です」
「そりゃあ大したもんや」
 薪の説明は、正確には誤りだ。正しくは、警視監の一つ下、だ。警視総監は警視監の中から任命される役職で、警視長は階級だ。同じ線上にあるものではない。しかし、田舎の年寄りに説明するならこの方が解り易いだろう。それに、
「いや、ちょっと待ってくださいよ。40超えてるって誰がです?」
 叔父にとってはこちらの事実の方が衝撃に違いない。

 薪がにこやかに相手をしてくれたおかげで、叔父は静かになった。MRI捜査に寄せられるクレームに対処するのは室長の役目、こういった輩の扱いには長けている。その気になれば薪は、とびきりのホストになれるのだ。
「室長さん、私はね、兄貴が死ぬ前に、こいつのことを任されたとです。いい嫁さんもらって、子供作って、親の面倒を見る。それが子供の務めってもんでしょう」
 勝手なことを言っている。なにが子供の務めだ、子供は親の世話をするために生まれてくるんじゃない、子孫を残すためでもない。自分の人生を生きるために生まれてくるのだ、それだけだ。

 青木は奥歯を食いしばるようにして耐えていたが、薪は平然と頷いて、
「仰る通りです」
「さすが室長さんや。道理が解ってらっしゃる」
 叔父は、初めて自分の意見を尊重してくれる人に出会って感激したのか幾度も頷き、「一行はいい上司に恵まれて幸せ者です」などと世辞めいたことまで言った。薪は慎み深い謙遜の言葉で叔父の賛辞を受けると、それがまるで自分のせいであるかのように申し訳なさを前面に押し出して、青木の弁護をしてくれた。
「警察官は出会いの場が少ないので、どうしても婚期が遅れがちです。それに、彼の場合は職務上、女性とのお付き合いが難しい時期なんです。もう少し階級が上がって内勤の仕事が増えれば、自分から結婚相手を探すようになるでしょう」
 薪に、そんなことを言わせるのは忍びなかった。薪はいつだって青木に執着しない風を装うけれど、それは単なる照れ隠しだと青木には解っている。例えカモフラージュでも青木がそんな真似をしたら、薪は深く傷つく。

「そげん言うても、やつも30を超えとります。ぼやぼやしてると、肝心の跡継ぎが」
「叔父さん、いい加減に、――っ!」
「一行。住職さんの前よ」
 後ろから母親に、尻の肉を抓られた。青木が眉をしかめると、母親は明るく笑って、
「俊幸さんも、そのくらいにしてくださいね。せっかくあの人が帰って来てるのに。争いごとの嫌いなあの人が見たら、あの世にとんぼ返りされてしまいますわ」
「義姉さん。いや、すまん。そげな心算は」
「ええ、よく解ってますわよ。さ、そろそろみんな席に着いて。住職さん、お願いします」
 母親の鶴の一声でその場は治まり、厳かな住職の声が法要の始まりを告げた。

 青木は長男として喪主の席に座った。本来なら隣には、伴侶である薪の姿があるべきだ。参列者が母と姉だけなら、そうするつもりだった。住職は家の内情にまでは口を出さないし、余計なことは他人には言わない、信用の置ける人物だからだ。しかし、叔父がいてはそれもできない。可哀想に薪は、青木から一番遠い末席に座し、昨夜の夜泣きのせいで午前中から午睡をしている草太と一緒に、住職の読経を聞いていた。部下の生家の法要に招かれた上司として、慎み深く、呼吸すら殺しているようだった。
 読経が流れている間中、青木は薪が気になって仕方なかった。叔父の言葉に傷ついているのではないか、いたたまれない思いをしているのではないか。これが原因で、彼が自分との未来に迷いを生じたりしたらどうしよう。
 それもこれも、みんなあの分からず屋の叔父のせいだ。
 薪を傷つける人間は許せない。そんな人間は壊してしまおうと誓った。自分は薪を守るために存在しているのだ、その使命が果たせなくて何が恋人だ。

「一行」
 母親に呼ばれて、我に返った。焼香の段になっていた。喪主の青木が行わないと、始まらないのだ。
 遺影の前に座して改めて、青木は父親に申し訳ないと思った。
 父の供養に来たのに、父のことなど頭に無かった。ごめん父さん、こんなはずじゃなかった、と心の中で言い訳して黙祷してから目を開けると、父は穏やかに微笑んでいた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(11)

 こんばんはー。

 今年もあと8時間ほどに押し詰まりまして。
 年越しそばとお雑煮と煮物の出汁を煮出す合間に更新しております。 ←今年も最終日までハズレ嫁。

 お昼過ぎに、玄関に飾る正月用の花を買いに出て、やっとメロディゲットしてきました~。
 お節、作り終えたら読みます♪ 


 
 当ブログにお越しのみなさま、今年も大変お世話になりました。
 コメントのレスが年跨ぎになるようなグズグズ管理人ですが(ごめんなさいー!)、どうか来年もゆるーくお付き合いください。


 では、 みなさま、よいお年を!




きみのふるさと(11) 





 
 法事は1時間ほどで終了し、住職を寺まで送らなくてはいけなくなった。が、今度は青木は薪を置いていく気にはなれなかった。母と姉だけならともかく、あの叔父がいるのだ。どんな暴言を吐かれるか、分かったものではない。
「薪さん、一緒に乗ってください」
 法事の間は何かと邪魔になる赤ん坊を抱いて、庭を歩いていた薪を見つけて、青木は声を掛けた。草太は法事の終わり頃に目を覚まし、住職が最後の説法を説く間、薪が気を利かせて外に連れ出してくれた。すっかり懐かれてしまったらしく、草太はご機嫌で薪の腕に抱かれていた。赤ん坊とは言え、ちょっと羨ましい。

「退屈なさったでしょう。何もないところですけど、お寺からの帰りに、オレが昔通ってた小学校とか友だちと遊んだ公園とか、案内しますよ」
「いや、でも」
 草太くんが、と言いかけた薪の手から、ひょいと自分の息子を取り上げて、「行ってらっしゃい」と姉の和歌子が微笑んだ。
「叔父さんは、その間に帰しておくから」
「姉さん、ありがとう」
 さすが姉、青木の気持ちを解っている。

 住職と三人、寺までは車で20分の距離だ。ここからもう少し先に進んだ所に、叔父の家がある。あの叔父は、青木の家から一番近い距離に住んでいる親戚で、そのせいか、何くれと世話を焼きたがるのだ。
 寺の境内で住職に礼を言い、青木は薪と共に車に戻った。助手席に座った薪は、ドアが閉まるや否や、厳しい声で青木を叱った。
「叔父さんに、あんな態度を取るべきじゃない」
 でも、と青木は思わず言葉を返した。薪はぎろりと青木を睨みつけ、反論を許さない。それは職場で見せる絶対君主たる薪の瞳で、青木はこの瞳を前にすると恐ろしさで身体が竦んでしまう。黙らざるを得なくなって、車のエンジンを掛けた。
 車が走り出すと、薪は前方に顔を向けた。ハンドルを操りながらそっと伺えば、つんと澄ましたいつものきれいな顔。年長者に対する青木の無礼を怒っているのではなく、叔父との関係を心配してくれているのだと解った。

「あの叔父さんが、『近くにいる親戚』なんだろ。だったら大事にしなきゃ駄目じゃないか。お母さんに何かあったとき、助けてくれるのはあの叔父さんなんだろ」
 何を言われても自分たちはその場限り。いずれは東京へ帰ってしまう。仲違いをして、困るのは残された母親だ。その面倒が見られないのだから、自分達には何も言う権利はない。
「はい」
 薪の言葉に、青木は深く頷いた。叔父に青木の結婚を強要されて、薪は傷ついたに違いないのに、彼が心を砕くのは他人のことばかりだ。薪はいつだって己の傷には無頓着で、だから自分が彼を守らなくてはいけないのだと、青木は改めて思う。

 それからしばらく車を走らせて、昔通っていた小学校へと赴いた。日曜日の学校の門は当然閉まっていて、青木は、あの頃は高く見えたはずのフェンスを軽く跨ぎ超える。手を貸そうとして振り返ると、薪が不安そうな瞳で、
「無断で入って大丈夫なのか?」
「平気ですよ。オレたち、警官じゃないですか」
「余計マズイだろ」
「大丈夫です。近所の子供の遊び場にもなってますから。ほら」
 青木の言葉どおり、運動場の一角を使用してサッカーをしている子供たちがいた。隅に置いてある砂場や鉄棒では、低学年の学童と思われる子供たちが保護者と一緒に来ていた。この辺りは子供が遊べるような場所が少ないから、こうして休日はグラウンドを開放している。だから通用門は開いていたのだが、駐車場からは遠いので、つい面倒で柵を超えてしまったのだ。それともう一つ。
「それを先に言えよ」
 心配するだろうが、と不満げに眉を吊り上げる、そんな元気な薪が見たくて。こっちに来てからというもの、薪はずっと何かに遠慮しているみたいだったから。

 校舎に近付くと、昇降口の両脇に植えられた花壇の手入れをしている人物がいた。髪が一本残らず真っ白で、かなりの高齢と見受けられる。青木はその人物に近付き、親しげに声を掛けた。
「こんにちは、鶴田さん」
「おお、青木さんとこの行ちゃんか。いやあ、大きくなった、あ、いや、あんたはここに居た時分から、おれよりも大きかったな」
 言葉の通り、老人は薪よりも一回り小さかった。が、よく日に焼けており、力仕事に馴染んだその手は朴訥で、とても温かそうだった。

「おや、そちらの別嬪さんは」
「東京でお世話になってる方です」
「へえ。行ちゃんも、そういう年か。おれも年を取るわけだ」
 コートのような体型の分かり難い衣服に身を包むと、薪は5割の確率で女性に間違えられる。今日のように仕事が絡まないと、恐ろしいことにその確率は9割を超える。気が緩んでいるせいか、眼と眉がやさしくなるからだ。
 用務員の誤解は敢えて解かず、青木は曖昧に笑った。ここで薪の性別について逐一説明するのは、薪の機嫌を損ねる危険を招く。

「通用口を開けておいたから。入ったら、内鍵回しといて」
 ありがとうございます、と礼を言い、薪を伴って校舎の中に入った。何のことはない、昨日のうちに電話を一本、入れておいたのだ。用務員の彼はこの近くに住んでおり、児童に邪魔をされない休日は、こうして庭の手入れをしている。その習慣は20年以上、変わっていない。青木とは旧知の間柄だったし、警察官と言う肩書も役に立った。おかげで見学の許可が下りたというわけだ。

「天井が低いな」
 暖房の入っていない学校の廊下で、薪は寒そうにカシミアのコートの前をかき寄せながら、ついと上を見上げて呟いた。薪ですらそう思うのだ、背の高い青木は天井の蛍光灯に頭をぶつけそうだ。
「あの頃は大きく見えたんですけどねえ。教室も狭いし、黒板も、今見ると小さいですね。メインスクリーンを見慣れちゃってるから」
 手前の教室の入り口を、ドアかまちに頭を打ちつけないよう背中を丸めて潜り、青木は懐かしそうに言った。小さな机と椅子に囲まれて立っていると、小人の国に紛れ込んだガリバーの気分だ。
「こんな小さな机、どうやって使ってたんだか」
 田舎の古びた学校が珍しいのか、薪は興味深げに、教室の後ろに展示された生徒たちの画や掲示物を見ていたが、そのうち青木と同じように低い机に手を伸ばした。
「駄目だ、思い浮かばない。僕は、大きいおまえしか知らないから。僕より背の低いおまえなんて想像も付かない」
「オレもです。薪さんが自分よりも大きいの、想像できません。だいたい、オレが薪さんくらいの身長になったのって、たしか小学校4年生くらい、痛っ!」
 地雷だったらしい。

「……ぷくくっ」
 青木が蹴られた向う脛を擦っていると、薪が急に噴き出した。
「その身長でランドセル?」
「いえ、5年生の時には170を超えちゃったんで、学校から許可を貰ってショルダーバックを」
「ああ、そうなんだ」
 納得した風に頷きながらも、薪は笑いを抑えた口の中で、190でランドセルはキツイだの半ズボンはイタイだの、自分の幼少期の姿が彼の頭の中でどんなことになっているのか、青木は恐ろしくなってきた。

「何を想像してるのか敢えて聞きませんけど。オレだって昔は、けっこう可愛い子供でしたよ」
「本当に?」
「家に帰ればアルバムがありますから、ご自分の眼で確かめてください」
 青木が提案すると、薪は興味津々という態で瞳を輝かせた。今日の昼には東京に帰ると青木に言った彼は、姉に草太の遊び相手を押し付けられるうちに、帰ると言い出せなくなってしまった。薪には迷惑だったかもしれないが、青木にはラッキーな展開だった。もしかしたら姉の行動は図々しさを装った作戦だったのかもしれない、との考えが青木の頭を過るが、あの姉がそんな深謀遠慮を図るとも思えない。単純に、子守が欲しかっただけだ。

「薪さんは、さぞ可愛い小学生だったでしょうね」
 今でもめちゃくちゃ可愛いですけど、とこれは心の中に留めて、でないとまた殴られる。
「子供の頃は、みんなそれなりに可愛かっただろうさ。岡部だって」
 そう言いかけて、薪はまたもや笑い出した。ツボったらしい。
「ですよね。脇田課長なんかも、さぞや愛くるしいお子さんだったと」
「無論。それはそれは天使のような」
 顔を見合わせて、二人で笑った。東西の鬼瓦2人、今頃そろってクシャミをしているに違いない。

「真美さんも可愛かったんだろうな。今でもかなりイイセンいってるけど。あの胸はD、いや、Eはあると見た」
 昨日会ったばかりの青木の幼馴染の、それも胸の話を始める薪は哀しいくらいにオヤジ体質だ。女の魅力は胸にあると断言して憚らない。薪が、さる女優の水着写真集を自作している理由も結局は彼女のバストにあるのだ。性転換はせずとも、豊胸手術だけは受けてみようかと青木は本気で考えている。

「いや、今でこそ女らしい体型になってますけど、真美は小さい頃は男の子みたいで。この辺りの子供は小学校に上がるとき、役所からランドセルが贈られるんですけど。真美の所には黒いランドセルが届いたんですよ」
 ヤキモチもあって、青木は幼馴染の恥を薪に暴露した。薪はクスクス笑ったが、何を思ったか唐突に、
「彼女、おまえのこと好きなんだな」
 はあ? と青木が間の抜けた声を出すと、薪はゆるゆると首を振り、子供が描いた意味のない机の落書きを指でなぞりながら、
「いくら隣だからって親切すぎる。彼女の親切は、おまえを想っての事だろ」
「ぷ。何を誤解してるんですか。真美は一昨年、結婚してますよ」
「えっ、そうなのか? 僕はてっきり」
 隣家の家庭環境を話すと、薪はとても不思議そうな貌をした。
 薪は都会の人間だから、何かあれば家に入って手伝いをする田舎の風習が分からないのだろう。隣の家が留守で、急な雨に洗濯物が濡れていれば取り込んでおいてやる、それくらいは当たり前。隣だからという理由だけで、季節の果物が手に入ればお裾分けをし、お返しにと畑で採れた野菜を貰う。それが日常なのだ。

「でも彼女」
 言いかけて、薪は口を噤んだ。納得できない様子で、それがこの辺では普通だと青木に説明されれば部外者の自分は黙るしかない、だけど。
「百歩譲って、初恋の人ってとこか」
 幼稚園で隣だったミキちゃんに同性の恋人ができてたら僕だってショックだ、と青木には意味の解らないことを口中で呟いて、薪は何かを吹っ切るように勢いよく踵を返した。Aラインのコートの裾がふわりと広がって、本当に何をしても絵になる人だ。

「薪さんの初恋は?」
「忘れた。おまえは?」
 自分のことは忘れたと言いながら、青木には訊いてくる。しかし青木は、こういう薪の身勝手にはすっかり慣れてしまって、それを片手落ちとも思わない。
「小学校の音楽の先生です」
「昔から年上好みだったんだな」
「そうです。だから真美のことは、妹みたいにしか思えなくて……いや、弟だったかな」
 悪気なく彼女の初恋と性別を否定して、青木は屈託なく笑った。一緒になってクスクス笑う、薪の誤解は解けたのかどうか青木には不明だったが、取るに足らないことだ。遠く離れた実家の隣家の幼馴染なんて、それ以上でもそれ以下でもない。

 それからしばらく自由に校内を回っていると、大きな音でサイレンが響き渡った。
「な、なんだ?!」
 都会育ちの薪には馴染みのない突然のサイレンは、少なからず彼を驚かせたらしい。たまたま理科室に居たこともあって、薪は思わずグロテスクな人体模型に取り縋った。笑える。
「お昼の合図ですよ。ここは役場に近いから、よく聞こえるんです」
「なんだ、人騒がせな。空襲警報かと思った」
「ぷっ。薪さんて、いつの時代の人なんですか」
「おまえよりは、ずっと昔から生きてるぞ」
 そろそろ出ましょうか、と薪を促して出口へと足を向ける。「これ、持って行っちゃダメかな」と名残惜しそうに人体模型を見上げるのは、すみません、どこまで本気ですか。

 入ってきた通用口から校庭に出ると、サッカーをしていた子供も鉄棒で遊んでいた親子連れも、いなくなっていた。「誰もいない」と呟く薪に青木が、「お昼だから家に帰ったんでしょ」と当たり前の答えを返すと、薪はふっと遠い目になって、
「帰れる家があるのって、幸せなことだよな」
 薪の本当の両親は幼い頃に自動車事故で亡くなって、彼は叔母に当たる人物に育ててもらったと聞いた。頭の良い子供だったから、その分気苦労も多かったのだろう。早く帰りたくても帰れない、あるいはその逆、どちらにせよ自分の都合を優先させることができなかったのだろうと考えて、青木は薪の現在の我が儘を全部許してあげたくなる。

「オレたちも帰りましょ」
 用務員のところに顔を出して挨拶をし、青木と薪は帰途に就いた。道すがら青木が空腹を訴えると、薪は思い出したように、
「昨夜のカレー、まだ残ってたよな。美味かったな、お姉さんのカレー」
「そうですか? オレは薪さんが作った骨付きチキンのカレーが一番おいしいと思いますけど」
「分かった分かった。今度な」
 コートのポケットに両手を入れて都会の速さで校庭を歩く薪は、休日を田舎で過ごす芸能人のようだ。郷里の人間とは、肌の色も纏っている空気も違う。
 青木は都会への憧憬は強くないが、薪の美しさには憧れる。自分がそんな風になりたいとは思わなくとも、愛でたい、傍に置きたい、という気分にさせられる。勿論、薪はお飾り人形になっているような性格はしていないから、青木の方がどこまでもついていく形になるのだが。また、そうでなかったら飽きが来たかもしれない。薪の美貌は完璧すぎるのだ。

 用務員の鶴田は、完全に薪のことを女性だと思い込んでいるから、「青木家の長男が美人の嫁さんを連れて帰ってきた」という噂が真しやかに囁かれるようになるかもしれない。そうなったら母は、それになんと答えるのだろう。
 自分がここを去った後の母の身上を案じて、青木は少しだけ物憂い気分になった。




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きみのふるさと(12)

 こんにちはっ!

 年末年始にかけて、たくさんの方のご来訪、及びコメントと拍手をありがとうございました!
 お返事遅れててすみません。 お正月ってついだらだらしちゃ、あ、いえ、色々忙しかったんですよ、ガキの使い笑ってはいけない6時間スペシャルのビデオをオットと一緒に見たりとか、しづ、OUT! ←こんなん見てる人、秘密コミュにいる? 
 すみません、だらだらしてました。
 人としてOUTですみません。

 コメントのお返事もしたいし、お友だちのブロガーさんのところへ新年のご挨拶にも行きたいのですけど、休みの日のわたしは基本的にオットに独占されてるので、時間的に余裕が無くて~~、
「警視庁24時」の4時間スペシャルのビデオをオットが見ている間に更新してます。

 7日から平常運転に戻りますので、それまでどうかお待ちください。
 お待ちの間にお話の続き、よろしかったらどうぞ。(^^
  
 





きみのふるさと(12)






 青木が家に帰ってショックだったのは、昼食の用意ができていなかったこと。そして、もっとショックだったのは叔父が未だ居座っていたことだ。
 姉さん、と恨みがましい目つきで姉を見ると、さすがの姉もこの叔父ばかりは手に余ったようで、
「あんたが帰ってくるまで帰らないって言い張って」と叔父の主張をそのまま伝えた。匙を投げた、という感じだった。

「おう一行、帰ったか。ちょっと此処ば座れ」
 目ざとく甥の姿を見付けて呼びつける。叔父の態度は相変わらず横柄だ。空腹感も手伝って、青木は不快な気分になったが、さっき薪に言われたことを思い出して「はい」と返事をした。
 叔父の隣には母親がいて、困惑した眼をして青木を見た。ずっと叔父の話を聞かされていたのか、疲れたような表情だった。

「それでな、この女性なんやが」
 叔父がおもむろに取り出したのは、着物姿で映っている女性の写真。立派な装丁の、所謂見合い写真というやつだ。叔父はその写真を指で示しながら、年は28で丁度いい、中学校の先生をしていて料理が得意だそうだ、などと、彼女のセールストークを始めた。
 しかし、叔父の押し出すセールスポイントはまったくもって青木の食指を動かさない。青木は基本的に年上が好きだし、美味しい料理は薪に食べさせてもらってる。
「なかなかの美人やろ。こん人ならおまえも気に入ると」
 毎日薪の顔を見ているのだ。美貌で青木を釣るのは相対的に不可能だ。
 薪さん以上に美しい女性を連れてきたら考えてもいいです、と言ってやりたかったが、思い留まった。出来るだけ穏便にこの場をやり過ごそうと、青木は言葉を選んだ。

「すみません、叔父さん。今こっちへ戻ってくるのは無理なんです。さっき、オレの上司も同じ事を言ったでしょう?」
「長男坊が30過ぎても実家に戻らんと、そげな非常識な」
 法事の席に見合い写真を持って来るのは非常識ではないのだろうか。
「警察というところは、厳しい世界なんですよ」
 愛想笑いを浮かべて叔父の相手をするのはひどく疲れるが、薪の心配事を増やすよりはずっといい。ほんの小一時間、自分がこうして我慢すればよいのだ。
 叔父が帰ったら薪さんに甘えさせてもらおう、とモチベーションを上げるためのご褒美の算段までして、青木は顔の筋肉に力を入れた。

 青木が叔父の話し相手になったのを確認して、和歌子は仏間の障子を閉めた。
「薪さん、ごめんなさいね」
 お腹空いたでしょ、と和歌子は台所へ行き、草太を床に下ろして、昨夜のカレーを温め始めた。心地良い母親の腕から離された草太は床を這って薪のところにやってきて、自分を抱き上げるよう態度で示した。天下の警視長も、彼にかかっては単なる下僕だ。
「僕はいいです。先にお客さまに」
 草太を抱き上げながら、薪が昼食を辞退すると、和歌子は笑って、
「冗談。昼食なんか出したら、ますます帰らなくなっちゃうわ。長っ尻なんだから、あの人」
「いつもあんな調子なんですか」
「まあねー。とにかくしつこくって。母さん、ノイローゼになりそうだって言ってたわ」
 和歌子の話を聞いて、薪は強い衝撃を受けた。自分たちのせいで、青木の母親が苦労をしている。これは自分の選択の結果だ、原因は自分にあるのだ。

「すみません。僕のせいですね」
 謝ってもどうにもならないと思ったけれど、謝らずにはいられなかった。自分の気持ちを変えることはできない、青木と別れることはできない、母親を助けることもできない。何一つできない自分の力不足が、泣きたいくらい悔しかった。
「なんで薪さんが謝るの?」
「弟さんが道を誤ったのは僕のせいです。彼は悪くない、僕が」
「なるほどね。あなたがそんなだから、一行があんな態度に出るのね」
 和歌子は謎のような言葉を呟くと、カレー鍋に蓋をして火を止めた。それから、薪の腕に抱かれてご満悦だった草太を取り上げ、有無を言わさずに床に下ろした。「いい子にしててね」と母親の威厳を持って息子に命じると、立ち上がってにこりと笑い、
「ねえ薪さん。ちょっと失礼なこと言っていい?」
「はい」
 ある種の覚悟を決めて、薪は和歌子の言葉を待った。心が折れないよう、腹の底に力を入れる。

「あんたなあ、何かっちゅうと自分のせい自分のせい言うて、被害者ぶるのもええ加減にせんね。わたしの弟、小バカにしちょると?」
 和歌子が突然異国の言葉を喋り始めたので、薪はその言葉がどの国のものか判断するのにコンマ3秒ほどの時間を要した。きょとりと眼を丸くして、長い睫毛を3度ほど瞬き、それが青木家のお国言葉だと理解する。理解して、震え上がった。激したときには人間の本性が露わになると言うが、雪子が怒ったときと同じくらい迫力がある。青木が決して姉に逆らわない理由はこれだったのか。
 彼女のおっとりとした外見からは想像もつかない変貌だったが、考えてみたら当然かもしれない。彼女は九州の女、幼い頃から日本一勇ましい九州男児と対等に渡り合っているのだ。

「恋愛は同等やろ。お互い、同じ責任と幸せ負っちょるもんやろ。なんであんた一人で被ると。どうしてあの子に分けてやらんの」
 僕は、青木を守るとお母さんに約束しました。だからこの責は僕が負うべきもので、一欠けらたりとも彼に背負わせて良いものではないんです。責任を取るのは上の仕事、年長者の僕の仕事です。
 薪はそう返そうとした。しかし。
「一行はわたしの弟ったい。そんくらい背負えんほど、ケツの穴の小さか男じゃなかよ」
 彼女の口調の激しさと独特のイントネーションが、薪の反論を封じた。弟を馬鹿にするなと姉に言われれば、薪に返す言葉はなかった。

 唇を噛んで俯く薪に、和歌子はふっと肩の力を抜き、お国言葉はそのままに、口調だけをやわらかく変えて、
「薪さんのことねえ、わたし、一行から直接聞いたんよ」
「青木が?」
 薪は驚いて眼を瞠り、鸚鵡返しに訊いた。
 てっきり、母親から伝わったのだと思っていた。いくら青木が能天気でも、同性を伴侶にすることを家族に賛同してもらえるなどとは考えまい。隠し通せるものでもないが、できれば隠しておきたかったはず。身内には余計に言い難かろうと、そう思ったから自分の口から姉に打ち明ける決意を固めてきたのだ。そんな薪の覚悟を無駄にして、青木が姉にどんな風に自分とのことを話したのか、聞いて薪は卒倒しそうになった。

『認めてくれなんて言えないけど。薪さんに悲しい思いをさせるくらいなら、オレはこの家と縁を切る』
「お姉さんに向かってそんなことを?! あのバカ」
 咄嗟に、姉の前で弟をバカ呼ばわりしてしまって、慌てて薪は自分の口を塞ぐ。つい、口から出てしまった。だってバカとしか言いようがない。以前、薪は青木に「僕のために親も未来も捨ててみろ」と詰め寄ったことがある。提示されたのは究極の選択、でも青木は呆れるくらいアッサリと薪を選んだ。だけど、それをそのまま身内に言うなんて。それはバカのすることだ。

 ――どうしてそのひとなの?
 と、和歌子は訊いたそうだ。それに対する青木の答えがまた、バカにバカを掛け合わせてバカバカバカバカ……なにがなんだか解らなくなってきた。

『薪さんが笑ってくれると嬉しいんだ。オレが持ってるもの、全部使っても惜しくない』
 ――全部? 命懸けてるとか言いたいの?
『オレ、あの人のために生まれてきたんだ』

 バカをどれだけ乗じたら青木に近付くのか、薪の天才的な頭脳を持ってしても、その答えは出せなかった。脳がスパークして何も考えられない。自然に涙が浮かんだ。
「あれだけキッパリ言われたら、なんも言えんねえ」
 失笑とも苦笑とも付かぬ表情で、和歌子は言った。我が弟ながら呆れたわ、と肩を竦めて見せた。
 すみません、と薪は謝った。それ以外の言葉が見つからなかった。和歌子は、自分といくらも変わらぬ背丈の、俯いた薪の顔を下から覗きこんで、
「一行に、生きる目的を与えてくれてありがとう」

 いいえ、僕の方が。
 僕が彼に救われたんです、僕に未来を与えてくれたのは彼なんです。

 そう言おうとしたが、声にならなかった。込み上げてきた嗚咽を止めるのが精一杯で、口を開いたら泣き出してしまいそうだった。
 ぎゅ、と両手を握って懸命に涙を押し留めていると、ノックもなしに勝手口のドアが開き、青木の幼馴染が顔を出した。
「真美デース。後片付け手伝いに来ましたー」




*****

 私信です。

 Aさま。
 ずっと心配されていた「お姉さんが薪さんを泣かすシーン」、こちらでございます。 この先は安心して読んでください。
 ちなみに次章は、
 薪さんVS真美の第2ラウンドです。 ←安心できるか。
 お楽しみにっ♪


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

きみのふるさと(13)

 すみません!!
 1月に入ってからのコメレス、まだ1個もお返しできてなくて。 今日からお返事させていただきますので、どうかもうしばらくお待ちください。 
 更新も、1週間も空いてしまって誠に申し訳ありませんでした。


 レスも更新も放置して何をしていたかと言うとですね、オットと二人だけの世界に浸っておりました。
 1月8日の夜から。
 二人とも、熱に浮かされたように、ええ、本当に二人っきりで部屋にこもりきりで。

 カンのいい方はお分かりですね?


 はい、正解です。
 インフルエンザで隔離されてましたー(^^;

 いやー、参りましたー、二人で同時発症ですよー。 お義母さんに伝染ったら大変なんで、なるべく部屋から出ないようにしてたんですけど。
 なかなか熱が下がらなくてねー、普通の風邪なら気力で治すんですけど、さすがインフルっすね。 熱が下がったと思ってちょっと動くと、またすぐに上がってくるんですよね。 医者の言うことは正しいわ。←当たり前。
 

 みなさんもインフル、気を付けてくださいねっ!
 外から帰ったら必ず手洗いとうがい、面倒がらずに実行してくださいね!



 ではでは、お話の続きです。

 
  




きみのふるさと(13)





「真美デース。後片付け手伝いに来ましたー」

 本当に手が必要なときに現れてくれる、頼りになるお隣さんだ。彼女の親切が押し付けにならないのは、この土地柄と、彼女の明るいキャラクターのおかげだ。昨日、薪は彼女に厳しいことを言われたけれど、それは純粋に彼女が青木家のことを心配しているからこそ出た苦言で……。
「あら、和歌ちゃん。早速嫁イビリ?」
 この女、やっぱりキライだっ。

 薪が引き攣った顔で真美を睨むと、真美はひょいと台所に上がり、「久しぶり、元気だった?」などと言いながら和歌子の傍に寄って来た。和歌子は年長者の余裕でそれに応え、にこやかに笑いながらも小さな棘の含まれた言い回しで、彼女に牽制球を放った。
「薪さんの様子がおかしいから予想はしてたけど。やっぱり真美ちゃんにはバレちゃったのね。あなた昔っから、一行の恋の相手には敏感だったものね」
「あたし、鼻が利くの。べつに行ちゃんだけじゃないわ」
「ま、そういうことにしておきましょ」
 自分よりも若干小さい真美を睥睨し、顎を上げる。やっぱりこの人には逆らわないほうがよさそうだ、と薪は思った。

「そういうことも何も、本当だもん。ところで、草太くんは?」
「草太ならここに、あらっ?」
 てっきり床で大人しくしていると思っていた息子は、いつの間にか消えていた。
「いやだ、どこ行っちゃったのかしら。いい子にしててって言ったのに。ちょっと探してくるわ」
 和歌子は慌てて台所を出て行き、ダイニングテーブルの前には薪と真美だけが残された。気まずい空気が流れる。昨日、あんな会話を交わしたばかりだ。真美も、薪の顔など見たくないに違いない。

「和歌ちゃんが嫁イビリに夢中になってる隙に、逃げちゃったのね。赤ちゃんだもの、じっとしてないわよね」
「その言い方、止めてもらえますか」
 捜査会議で反対意見を封じ込めるときの厳しい口調で、薪は言い放った。青木家の人間にしてみれば、薪の存在は他人に触れられたくないことのはずだ。それを考えなしに口にする、彼女の無神経さが許せなかった。
「いいじゃない。行ちゃんのお嫁さんなんでしょう?」
「少しは考えてください。あなたの不用意な発言が、この家の人たちを窮地に追いやることに」
「他人に言うわけないでしょ、こんなこと」
 嘲笑うように言われて、薪の神経が室長モードに切り替わった。平たく言うと、キレた、ということだ。

「まあ、あなたのやり切れ無い気持ちも解りますよ。僕だって、初恋の人が同性の恋人を連れて帰ってきたら、それなりにショックを受けると思います。ましてや、肝心の彼が」
 周囲の空気を凍てつかせながら横柄に腕を組み、せせら笑う口調で挑発し、薪は見下した眼で真美を見た。
 一度目は不覚を取ったが、今度はそうは行かない。売られたケンカは借金してでも買うのが薪のポリシーだし、やられたことは倍にして返すのが第九の社訓だ。こちらは毎日、生き馬の目を抜く勢いのマスコミ相手に答弁をしているのだ。田舎娘なんかに口で負けてたまるか。
「青木の方がだいぶ年下ですし、住んでる家も僕の名義です。稼ぎも僕の方が断然良い。あなたがどうしても僕たちの関係を夫と妻の立場に準えたいなら、妻になるのは青木のほうですからね。ご心痛、お察しします」

 捲くし立てられて、真美はぽかんと口を開けたまま固まった。
 泣き出されたら厄介だと、多少の不安はあったものの、自分は絶対に退くべきではないと薪は思った。青木の母と姉が薪の立場を認めてくれる以上、卑屈になったら彼女たちに申し訳が立たない。
 何より、青木の覚悟に報いるために。臆病な自分に負けたくなかった。

 やがて真美は自分を取り戻し、怒るでもなく泣くでもなく、何かに会得したときのように両手を胸の前で合わせた。
「行ちゃんて、昔から気の強い年上のひとが好きだったのよね。人間の好みって、びっくりするくらい変わらないのね」
 それから、少しだけ寂しそうに、
「あたし、もうちょっと早く生まれてきたかったな」
 俯き加減の彼女の睫毛は微かに震えていて、薪は些少の罪悪感を味わった。正当性とは関係なく、女の子に悲しい思いをさせるのは気分が悪い。薪は男で、男は女性を守るものだと父親に教えられて大きくなった。幼少期の刷り込みは、そう簡単には消えないのだ。

「昨日は、酷いこと言ってごめんなさい」
 真っ直ぐでつやつやした黒髪を下方に垂らして、真美は薪に頭を下げた。すらっと言葉が出てきたのは、もしかすると彼女が、今日は最初から薪に謝るつもりでここを訪れたことの証拠かもしれなかった。
「あたし、結婚失敗したなあって思ってて。うちの旦那ね、結婚する前はあんなに優しかったのに、結婚して半年もしないで女作ってさ。それから2年の間に4人よ、4人。もう、やんなっちゃった」
 真美が既婚者であるという事実は、薪の自己正当性を強くした一因だったが、結婚生活が幸せなものであるとは限らない。薪自身、青木が他所の女との間に子供をもうけたと誤解して、足元が消えてなくなるような崩落感を味わったばかりだ。でも。

 あの時、薪は青木がこれまでに自分にしてくれた数々のこと、今現在してくれていることを思い起こした。結果、一つの結論に達した。
 彼が何処で誰と何をしていても。彼が一番愛しているのはこの僕だ。

 青木がどんなに薪のことを大切にしてくれたか、薪のためにどれだけの努力をしたか、数え上げたらキリがない。それは昔から連綿と続いており、現在も絶えることはない。なのに、どうやって彼の愛情を疑えと言うのか。
 青木も普通の男だ。欲求もあるし気分の浮き沈みもある。何かのはずみでちょっと揺らいだだけのこと、たったそれだけのことで彼がくれたものすべてを否定するなんて、薪にはできない。今現在ここにはいない彼の、でも確かに感じる愛情を、認めずにはいられない。
 しかし、真美には夫のそれを感じることができないのだ。実際に受け取っていないのかもしれないし、彼女が気付かないだけかもしれない。部外者の薪に言えることはないが、彼女の辛い気持ちだけはよく分かった。

「行ちゃんは昔から背が高くてカッコよくて優しくて、この辺の女の子、みんな行ちゃんが好きだったの。でも行ちゃんは、女の子の中ではあたしと一番仲が良くて。あたし、それが自慢だった」
 そんなにモテてたのか、と薪は昔の青木に嫉妬したが、男の価値は成人してから決まるんだ、今は僕の方が上だ、と自分を慰めた。これは男のプライドの問題で、彼に対する恋愛感情とは関係ない。薪が女性なら、モテ男を手に入れたことに優越感を抱くかもしれないが、男同士ではそうもいかない。
「昔の行ちゃんは、みんなに優しかったの。気配り上手でね、皆に平等に眼を配ってた」
 真美が語る青木少年の姿は、薪にも簡単に想像がついた。青木は今でも気配り上手だ。それが興を奏して先輩からも可愛がられているし、友人も多い。
「でも、今の行ちゃんは違う。あなたの事しか見てないし、あなたのことだけ気に掛けてる。他の人はどうでもいいみたい」
 そんなことは、と薪は言いかけて、でも思い留まった。昔の青木を知らない自分が、彼の変化について論じる資格はない。
「だから僻んじゃった」
 前に縛ったエプロンの紐を弄りながら、真美は照れ臭そうに言った。
「あんなこと、本気で言ったんじゃないの。ごめんなさい」
 うん、と薪は頷いた。素直に謝ってこられれば、快く受け入れてやる。薪はもともと女性には寛容なのだ。

「男の眼を自分に向けるのなんて、簡単だ。自分は彼だけのものじゃない、と危機感を抱かせればいい」
 男性の立場から、薪は真美にアドバイスした。と言っても、恋愛経験の少ない薪にそんな気の利いたことが言えるわけがない。実は、昔の親友からの受け売りだ。彼の口調と仕草を真似て、薪は真美の肩に手を置き、首を傾けて彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫。君はそんなに可愛いんだから」
 そして薪は、かつての親友のその言葉と仕草が、自分に恋愛相談をしてきた女の子を落とすための手管だったことを知らない。
 思わず顔を赤らめる真美を、可愛いと薪は思った。彼女の旦那は女を見る眼がない。いや、失ってしまったというべきか。

「ありがと。薪さん、ひとつ聞いていい?」
 なに? と微笑んで、薪は彼女の言葉を待った。
「年、いくつなの? てっきりわたしより年下だと思ってたんだけど」
 待たんかい、こら。
 真美は青木より5つ年下、ということは薪より17歳も下ということだ。それで年下ってどういうことだ!!

「だから余計に腹立っちゃったのよね。年下はダメとか言ったくせに、って」
「僕は警視長だって言ったでしょう。青木は警視ですよ」
「警察の階級なんか分かんないもん」
 当然かもしれない。一般人が知っている階級といえば、テレビによく出てくる巡査、警部、警視、この3つくらいだ。警視正や警視長ともなると現場には出ないから、視聴者が喜ぶドラマが作れない。だから認知度が低いのだ。

 薪が自分の本当の年を教えてやると、真美は息を飲んで、
「うそぉ! 美魔女ってやつ? あ、男の人だから美魔男?」
 薪は激しく舌打ちし、やっぱりこの娘は苦手だ、と思った。




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きみのふるさと(14)

 こんにちは。

 澤村さんちの家政婦さんはミタさんだそうで。
 …………。
「ぼくの両親を焼き殺した犯人捕まえて」「かしこまりました」で、一挙解決じゃね? ←100人中99人が考え付きそうなネタ、特にこたさんあたりが絶対に考えてそうなネタですみません。

 


 私信です。

 Sさま。
 この章、草太くんがヒーローです。 お楽しみいただけると嬉しいですー。




きみのふるさと(14)




 青木の叔父が来ていることを真美に話すと、真美は薪に、仏様にお供えしたお膳を下げてきて欲しいと頼んだ。親戚同士の話の席に入っていくなら同じ他人でも青木家に出入りを許されている隣家の真美の方が適任ではないかと薪が返すと、真美はブンブンと首を振って、
「今の旦那とは、あのおじさんの紹介で結婚したの。顔を合わせたら上手く行ってるかどうか訊かれるでしょう。おばさんたちの前で恨み言も言えないし、嘘も吐きたくないから」
 どうやらあの叔父は、他人の結婚を世話するのが趣味というお節介な人種らしい。何でも仲人100組を目指して、地元の若者に声を掛けているそうだ。懸命に青木を口説いているのも兄の遺言というよりは、自分の目標に近付きたい気持ちの方が強そうだ。
 そういう事情なら、と薪は快く真美の頼みを引き受け、仏間へと向かった。廊下に立つと、障子を通して中の話し声が聞こえた。繰り返し、長男の役目と結婚と子孫を残すことの大切さを説く叔父の声と、大人には意味を為さない子供の声。どうやら草太はここに紛れ込んでいるらしい。

「失礼します」
 料亭で賓客をもてなすときの要領で、薪は廊下に膝をつき、声を掛けてから障子を開けた。中では青木母子が疲れた顔をして、叔父の相手をしていた。部屋にはアルコールと煙草の匂いが充満し、見れば、叔父の前にビールのコップと灰皿に山と盛られた吸殻があった。酒はともかく、子供のいる家で煙草は非常識だと薪は思い、でも部外者の自分に口を出す権利は無いと飲み込んだ。草太は青木の母親の膝の上で遊んでいたが、和歌子の姿は見えなかった。他の部屋を探しているのだろう。この家は部屋数も結構あるから、かくれんぼには最適かもしれない。

「こちら、下げますね」
 薪が、今朝供えた膳を仏壇から持っていこうとすると、母親が慌てて、
「あら薪さん、結構ですのよ、わたしがやりますから。お部屋で休んでらして」
「これくらいは手伝います。泊めていただいたんですから」
「そんな、薪さんには沢山お手伝いいただいたのに。もう、和歌子は何をしてるのかしら。草太もここにいるし」
 とにかくこれはわたしが、と母親は薪からお膳を取り上げ、台所へ運んで行った。薪の腕は空っぽになったが、それを狙っていた者がいた。先刻まで母親の膝で遊んでいた草太だ。
 彼はバタバタと畳の上を這ってくると、薪のズボンを掴んで甘えたような声を出した。一度遊んでやった人間のことは忘れないところは子犬に似ている。薪は苦笑して、彼の小さな身体を抱き上げた。
 草太を抱いた薪に、青木が申し訳なさそうな視線を送ってくる。ほったらかしにしてごめんなさいと、何も謝ることはない、叔父に礼儀正しくしろと命令したのは薪だ。青木はちゃんと薪の言うことを聞いて、一生懸命にやっている。褒めてやりたいくらいだ。

「丁度よか、あなたからもお願いしますよ、室長さん。こいつはのらりくらりとわしの言う事ば聞き流してから真面目になんか聞きやせん。ばってん、あなたのこつば大層尊敬しよる言うちょります。せやけん、あなたの一言言うてくだされば」
「叔父さん。薪さんは関係ないでしょう」
「せからしか。元はと言えばおまえが……あ、いや、あなたも未婚でしたな。まったく嘆かわしい。こぎゃんこつなら一行を警察なんかにやるんやなかったわい。兄も最後まで反対しとったとですよ。しかも第九やなんて」
 叔父さん、と彼を止める青木の声が気色ばむ。先刻までとは違った青木の不穏当な雰囲気に薪は悪い予感に襲われ、でも肝心の叔父は青木の変化に気付かない。

「父は認めてくれました。臨終間際、オレに『仕事がんばれ』って。オレはあれを父の遺言だと思って、この仕事に一生を捧げようと」
「生意気なこつば言うな! 人間の脳みそなんて気色の悪かもんばかり見とるけん、いくつになってもまともな人間になれんのじゃ」
「叔父さん、それは取り消してください。オレは自分の仕事には誇りを持ってますし、薪さんだって第九室長としての功績が認められたからこそ、この若さで警視長なんですよ」
 自分のことなら何を言われても我慢できるが、話が薪のことに及ぶと青木は理性を失う。それは青木にとって当たり前のこと、だって彼は薪のために生まれてきたのだと、自分を定義しているのだから。

 今まで大人しく話を聞いていた甥が急に刃向かってきたのがカンに障ったのか、叔父は不機嫌な顔つきになった。丸い腹を揺すって立ち上がり、薪の方へのっそりと近寄ってくると、不躾にも気安く肩に手を掛けた。
「室長だか警視長だか知らんが、40過ぎて結婚ばしとらん男のどこの偉いんか。失礼やけど、身体に欠陥でも?」
 草太を抱いているから、叔父の手を振り払うこともできない。薪は身を引いて彼から離れようとしたが、彼の太い指は薪の腕をがっちり掴んで放してくれなかった。
「細か腕やなあ。これや女子の一人も」
 逆に引き寄せられる形になって、相手の息が薪の顔に掛かった。アルコールとタバコの匂いが混ざったその呼気は不快で、気分が悪くなったのは薪ばかりではない。彼と薪の間で窮屈な思いをしている草太もだ。未だしがらみというものに囚われていない彼は、怒りを顕わにして叫んだ。

「だー!」
 彼の逆襲は、薪を叔父の手から守ろうとした青木の動きよりも早かった。紅葉のような手がぎゅっと閉じられ、なんの間違いか、その中に握りこまれたのは叔父の前髪のひと房。生後7ヶ月のあどけない勇者の腕が、迷いなく振り下ろされる。
「あっ」
 シン、と部屋が静まり返った。七三分けの黒髪に慎ましく隠されていた叔父の頭皮は寺の住職よりも見事な光沢を持っており、蛍光灯の白色照明に光ること光ること。

「そ、草太くん。ちょっとそれ、叔父さんに返しなさい」
 薪は青くなって子供を叱ったが、草太はなぜか得意げだ。甥の様子に青木は、昨夜、彼に自分の髪を引っ張られたことを思い出した。
「ああ、なるほど。子供ですからねえ、素直に覚えちゃったんですね」
 青木が呟くと、カンの良い薪は直ぐに事情を察し、
「もしかして、昨夜のアレか」と以心伝心振りを披露した。
「薪さんに褒められたのが嬉しかったんでしょうね」
「ちょっと待て。それじゃまるで僕が仕込んだみたいじゃないか」
「さすが『推理の神さま』。深謀遠慮は人智を超えてますね」
「それは神さま違いだと思うぞ?」
 草太は小さな手でブンブンと獲物を振り回し、勢い余ってすっぽ抜けたカツラが飛んで行った先は持ち主が山にした吸殻の上。艶やかな黒髪はタバコの灰にまみれて、見るも無残な有様だ。ぐうう、とくぐもった声を上げる叔父が、ほんの少し可哀想になってくる。

「あらまあ。オホホホホ!」
 薪と青木が必死で叔父を見ないように目を泳がせる中、高らかに笑い声を上げたのは、台所から帰ってきた彼の義姉だった。この状況を笑い飛ばせるなんて、九州の女性には一生逆らうまいと薪は思った。
「俊幸さん、その方がオトコマエよ」
 嫌味十割の褒め言葉を放って、母親は座卓の上の髪の毛を取り上げた。煙草の灰を畳に落さないように注意深く払い、ぽんと叔父に手渡して、
「はい。ちょっと汚れちゃったけど」

 引っ手繰るように掴みかかった叔父の太い手を、母親の細い手がパシリと捕えた。何事かと義姉を見上げる彼に向かって、彼女は張り付いたような笑みを浮かべたまま、
「それから、一行の結婚相手のことですけど。あの子の好きにさせてやってくださいな。青木家の血は和歌子の子供たちが受け継いでくれますし、本家の存続なら俊幸さん、あなたの家が受け継げばよろしいのじゃなくて? あなたには立派な息子が3人もいらっしゃるでしょう」
「母さん、オレのことなら」
 引きつった顔で、青木が口を挟む。薪は知らないが、叔父の家の息子は3人とも都会へ出て行ってしまって実家には寄り付かない。帰省率は青木より低いくらいだ。つまり母親のこの台詞は、自分の家の息子すら親元に引き留めておけない人間がいくら兄弟とは言え他家の息子に意見するなと、言い渡したも同然であった。

 青木の嘴は、これからの母の立場を考えてのものだったが、母親は態度を変えなかった。カツラの一方を掴んだまま、息子に良く似た黒い瞳を熱っぽく輝かせ、
「わたしと義兄さんは、そういう考えでおりますのよ。うちのひとも、次男坊で本家を継いだわけだし」
「し、失礼するっ!」
 叔父は赤黒く顔を染め、力任せにカツラを奪い取ると、部屋を出て行った。どすどすと廊下を歩く下品な足音が響き、玄関がピシャリと閉まった。
「これでしばらくは来ないでしょ。ああ、スッキリした」
 躊躇なく快哉を叫んだ母親に、薪と青木は同時に膝が抜ける。必死に耐えてた自分たちがバカみたいだ。

「よくやったわ、草太。いい子ね~」
「お母さん、その教育はちょっと」
 孫の頭をよしよしと撫でる親バカならぬ祖母バカに、薪は軽いツッコミを入れる。いくらなんでもあれはヒドイ。
 他人の薪が同情するのに、義姉の立場の女性はにこやかに笑って、
「ところで薪さん。今日、お帰りになる予定じゃ?」
「あ、いえ」
 朝まではその心算だったが、和歌子との会話と真美との和解で、薪の気持ちは変わっていた。自分の存在が彼女たちの迷惑にならないなら、ここでもう少し親孝行していくべきだ。

「大丈夫です。最初の予定通り、明日帰ります」
「無理しないで。昨夜、和歌子に聞きましたよ」
 やはり、と薪は思った。先刻、台所で和歌子は真美に、『薪さんの様子がおかしかったから』と言った。彼女はあの会話を聞いていて、それで薪の異変に気付いたのだ。
 母親は品の良い浅葱色の着物の袖を前に差し伸べて、薪の腕から自分の孫を抱き取ると、とても優しい微笑をその口元に浮かべて、
「お仕事なんでしょう? 遠慮することはないわ、あなたはもうわたしの息子なんだから」

 彼女の口からその言葉を聞いたとき。薪は猛烈に自分を恥じた。
 青木の母親が自分に対していかに好意的に振舞っても、それは息子に対する愛情から派生するものであって薪個人に向けられたものではない。薪は彼女の言動をずっとそういう風に捉えてきた。だって彼女がお腹を痛めて産んだのは青木で、自分はその大事な彼を奪っていく人間なのだから疎まれるのが当然だとすら思っていた。
 でもちがう。このひとは違うのだ。
 息子の付属物として薪を見ているのではない。薪剛という一人の人間として、新しい息子として認めてくれているのだ。

「子供は親に甘えるものよ」
 母親という存在は、本当に素晴らしいと思った。『人間は子供を産んで一人前』と言われるが、こういうことなのか。自分たちにはそれは望めないけれど、こんな素晴らしいお手本が傍にいるのは幸運だ。彼女から学べるものは計り知れない。そして。
 その彼女が手塩にかけて育てたのが、青木一行と言う男なのだ。自分とは、持って生まれた魂が違うと、何度も思い知らされたけれど。彼女の息子なら、あれで当たり前だ。

「5時の飛行機で帰るよ。ここを出るのは3時で大丈夫だから、灯篭と笹はオレが片付けていくよ」
「青木、僕は」
 薪が口を挟むと、青木はこそっと薪に耳打ちした。
「すみません、薪さん。オレの方が我慢できません。せっかくの連休、一日くらいは二人きりで過ごしたいです」
 青木の子供っぽいワガママに呆れた薪が、一瞬の脱力のあと口を開こうとしたとき、障子がガラッと開いた。

「あ、草太! ここにいたの? もー、家中探しちゃったわよー!」
 祖母の手に抱かれていた子供は、母親の姿を見ると嬉しそうに手を伸ばした。母から娘の手に移って行く彼の姿は、命そのものが伝達されていくようで。薪は、どうして人が赤ん坊を愛おしく思うのか、やっと分かった気がした。
「おじさん帰ったみたいだからあたしも手伝いに、きゃー、草太くん! 大きくなったわね」
 続いて真美も入って来て、仏間は一気に騒がしくなった。どうして女は群れると騒がしくなるのだろう。単体だとそうでもないのに、不思議な生き物だ。

「もう七ヵ月だもの」
「和歌ちゃん、抱かせて抱かせて」
「はい、どうぞ」
「すごく可愛いー! あ痛、ちょっと草太くん、髪の毛引っ張らないで」
「あら、ごめんなさい。草太ったら、いつの間にそんなオイタ覚えたの?」
 姉の困り顔に、薪と青木は素知らぬ振りで明後日の方を向く。本当のことがバレて、この三人にいっぺんに責められたら、薪は男の尊厳を保てる自信がない。

「今ね、草太が俊幸さんのカツラを取って放り投げたのよ。もう母さん、おかしくって。お腹の皮がよじれるかと思ったわー」
「え、そんなことしたの!?」
 自分の息子がしでかした不始末に和歌子はたいそう驚き、大きな声を上げた。被害に遭った彼とは親類関係、この先の付き合いを思うと頭が痛いだろう。

「えー、見たかったなー。なんでそのとき呼んでくれないのよー」
 お姉さん……それは彼の姪としても人としてもどうかと。
「行ちゃん、ビデオ録ってないの? 薪さんも?」
 真美さん、あの状況でカメラ回せる勇気のある人間がこの世にいると思われますか?
「「「なによ、男が二人も揃って情けない」」」
 すみません、男という生き物は、特にその件に関しては、あなた方ほど残酷になれないんです。明日は我が身ですから。

「そりゃあ見事に光ってたわよー。後光が差してるみたいだったわー」
「あははは! おばさんたらー、でも想像付くー。あのおじさん、脂ぎってるもんねー」
「今度、俊幸叔父さんに会う時はサングラス掛けてくわー」
「きゃははは、和歌ちゃん、ひどーい」
「次の法事の時には、俊幸さんにお経上げてもらおうかしら」
「あははー、それいいー」
 もうやめて、許してあげて、と心の中で叫びながら、薪は静かに後ずさった。こっそりとこの場から逃げるつもりの彼は、同じ目的で、和歌子が開け放した障子に近付いてきた恋人の姿を眼端に捉えた。ふと見上げれば自分と同様、同情心に溢れた青木の貌。

「女の人ってザンコクだよな」
「本当に……オレにだって、あの遺伝子流れてるのに」
 泣きそうな顔で、青木は呟いた。
 青木の、ずっと先の未来を想像して、薪は青木の父の遺影に行き着いた。やさしそうに垂れた眉と眼、人生で笑った数だけ深くなる目尻の皺。彼がそんなマスクを手に入れる頃、自分はどうなっているか分からないけれど。
 その時の彼も今と変わらず、元気で幸福であるようにと。祈らずにはいられない、人の命は永遠ではないから、せめて願わずにはいられない。

「想像したでしょ、今!」
 薪の微笑を誤解して、青木が怒った。自分の顔を叔父の容姿に当てはめて、薪が笑っていると思ったらしい。
「してない」
「してました、顔が笑ってました」
「してないって。それに、別にいいだろ、禿げても太っても。おまえはおまえだろ」
「そうはいきませんよ。今だって薪さんの隣に並ぶには、容姿的に遠慮しちゃうのに。これで兆しでも見え始めたら、よけいに」
 額に手を当てて、生え際の位置を指で確認する。青木の心配が滑稽で、薪はクスクス笑った。




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きみのふるさと(15)

 最終章ですー。
 読んでいただいてありがとうございました。(^^





きみのふるさと(15)





 全員で軽く昼食を摂った後、青木は薪と一緒に仏間の片付けをした。
 灯籠は分解し、樟脳を入れてビニル袋に密閉、箱にしまう。青木はいつも、片付ける時には上手く箱に入らなくなってしまうのだが、薪はどのパーツがどの位置にどの順番で入っていたのかを記憶しているらしく、部品の入れ直しを一度もしなかった。

 御膳の洗浄と部屋の掃除は三人の女性に託して、笹立てを解体する。軍手をはめた両手で笹を引き抜こうとする薪の、頼りない足腰が可愛らしくて、ついつい緩む口元を意識して引き締める。青木の体重で締め固めたのだ、薪の力では抜けまい。
「これは建設機械が必要だな」
 痺れた手をひらひらと振りながら口にした彼の冗談に笑いながら、青木は太い腕と大きな手で持って、青笹を引き抜いた。片手ですぽすぽと笹を抜いて行く青木を見て、薪は眼を瞠り、ちっ、と舌打ちする。プライドに障ったらしい。
「薪さんのおかげで大分緩みました。ちょっと力を入れただけで、ほら」
 慌てて彼のご機嫌を取ろうとするが、白々しいお世辞は言わない方がいい。火に油の結果になって、薪は本格的に拗ねてしまった。つまらなそうな顔でもくもくと地面の穴を埋め、足で踏み固める。その動作の乱暴なこと。あの地面にはきっと、青木の顔が描かれているに違いない。

 そんな些細なトラブルはあったものの、片付けはスムーズに進み、出発予定の半時間前にはすっかり綺麗になった。青木の、いや、薪と青木二人の母親が淹れてくれた温かい緑茶で喉を潤せば、ぴったり予定の時刻だ。
 出掛ける間際になって薪が、「まだアルバムを見せてもらってない」と駄々を捏ねだした。次の機会に、と青木が宥めると、「嫌だ、いま見たい」と薪は譲らず。それはまったくいつもの彼らしくて、青木は必死に薪を説得しながらも嬉しくて仕方なかった。薪の我が儘は彼が元気な証拠。借りてきた猫みたいに大人しい彼も可愛いけど、やっぱり青木は普段の彼がいい。

 表の通りまでタクシーを呼んで、青木たちは家を出た。せめて通りまで、と申し出た母と姉と幼馴染の見送りを、寒風に晒されて風邪を引いたら大変だから、と断り、玄関前で別れた。
 別れ際、薪はもう一度だけと言って草太を抱かせてもらい、彼とのスキンシップを楽しんだ。「子供は嫌いだ」と宣言しておきながら、すっかり仲良くなっているのが可笑しく、微笑ましかった。

 来るときに歩いた砂利道を薪と二人辿りながら、青木は冷たい風に身を竦ませる。
「薪さん、寒くないですか」
 声を掛けて隣を見れば、薪はいつの間にか青木の後方に居て、いま自分たちが後にしてきた家を見ていた。
「薪さん?」
「この両側の田んぼと後ろの棚田、田植えの時期は壮観だろうな」
 柔らかい緑に包まれた故郷の光景を、青木は脳裏に思い描いた。懐かしくて誇らしい、それは青木の原風景。叶うことなら、その美しい風景を薪にも見せてやりたい。

「見に来るか。来年」
 両手をポケットに入れたまま青木の方を振り向いて、薪は微笑んだ。
「そうすれば、アルバムも見られるし」
 薪が再びこの地を訪れようと思ってくれたことが嬉しくて、青木は躍り上がりたいような気持ちになる。「はい」と返事をして、本当はもっと感謝と嬉しさを伝えたかったのだけれど、咄嗟のことで何も言えず。でも、薪はにっこり笑ってくれた。

 タクシーが来たらしく、合図のクラクションの音が通りから聞こえた。足を速めて二人は、砂利道を軽快に歩く。
「その時は、一緒に風呂に入ろう」
「えっ! で、でも、さすがに母の前でそれは」
「今度は僕が草太を風呂に入れてやる。楽しいぞ、きっと。男3人で風呂ってのも」
「ええっ! 草太の目の前でですか? 薪さん、なんて大胆な」
「……なんか、別のこと考えてないか?」
 ついつい妄想が先走る己が性癖を恥じるが、用事も終わって薪と二人きり、どうしても青木の気分は浮かれてしまう。そちらの方面の欲求も、家まで待ち切れないくらいだ。

「あ、あのう、薪さん。今日はこのまま博多のホテルにもう一泊なんて」
「却下」
 冷たい眼で見られて、即座に切って捨てられた。青木のシタゴコロなんて、薪にはバレバレだ。
 はは、と笑って駆け出す薪を、青木は二つのスーツケースを抱えて追いかけた。




―了―



(2012.10)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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