ランクS(1)

 こちら、以前Iさんにリクエストいただいて不発に終わった「青木さんが岡部さんにヤキモチさん」のリベンジでございます。 今度はちゃんと妬けたと思う。 ←おかしな日本語。


 時期は2064年の秋、本編の順番は「消せない罪」の後、「スキャンダル」の前に入ります。
 まだ薪さんが別れる気マンマンで青木さんと付き合ってた頃ですね。 
 うちのあおまきさん、一緒に暮らし始めてからは全然ケンカしなくなっちゃうので、久し振りに痴話喧嘩が書けて楽しかったです♪







ランクS(1)






 ――半円になった月の、あれは本当に月が欠けてるんじゃなくて、地球の影が映っているだけなのよ。

 その事実を青木が知ったのは、小学校2年生のとき。実際はあるのに陰になって見えないだけなのだと姉に教えられて、とても驚いた。だって見えないのに。

 ――見えなくてもちゃんとあるの。存在しているのよ。

 そう念を押されて、彼の長年の不安は氷解した。晴れ晴れとした表情で、彼は姉に言った。
「だったら安心だね。ぼく、ずっと心配してたんだ。月が無くなっちゃうとき、ウサギはどうしてるんだろうって」
 月の満ち欠けによって彼らが住む家を失うことはないのだと知って、少年は嬉しそうに笑った。呆れたような顔をした姉に、「その話、友だちにしないでね」ときつく口止めされたのは納得いかなかったが、大好きな姉の言うことだ、少年は素直に頷いた。
 その夜、青木少年は、眼には見えない月の上で楽しそうに跳ねるウサギの夢を見た。




*****





「フランス警察に協力を?」
 渡された資料から顔を上げて、薪は尋ねた。手元の薄いファイルには、『MRI捜査国際フォーラム』という題目の下に開催企画書(案)とある。つまりそれはまだ発案されたばかりの状態で、形にもなっていないと言うことだ。

 フランスの司法警察から声が上がった国際会議だが、フランスはMRI捜査に関しては導入して1年足らずの後進国だ。それはIT技術の遅れからではなく、古い秩序を重んじる国民性の現れと、フランス政府がアメリカ発祥の技術を導入するのに難色を示したからだ。
 21世紀早々に起きた中東の戦争に於けるアメリカとの意見の相違や、もっと身近な例えを挙げれば子供の躾け方に見られるように、両国の考え方は対照的とも言える。そんな彼らが自国でのフォーラム開催にあたりMRI捜査先進国に助力を乞うとなれば、自分たちと同じように秩序や礼節を重んじる日本を選ぶ。第九に白羽の矢が立ったのはそんな理由からだろう、と薪は想像した。

 MRI捜査が認められている国は今のところアメリカ、日本、イギリス、イタリア、フランスの五ヶ国。導入検討中の国はその3倍ほどあるが、未だ国民の同意を得るには到っていない。今回討論会に参加するのは、先の5ヶ国だ。
「つまり。新入生のフランス警察が、FBIとヤードとカラビニエリを招いてパーティを開きたいから、家に来てその準備を手伝って欲しいと」
「聞いただけでメンドクサそうだろ」
 小野田がおどけると、
「通勤するにはちょっと遠いですね」
 と、もっとふざけた答えが返ってきた。与えられたどんな仕事にも臆さない、薪の神経の太さを小野田は気に入っている。

「フォーラムでは、僕も自由に発言していいんですね?」
「もちろん。フランスにしてみりゃ勉強会だ。彼らの捜査は未だ討論の域じゃない」
 小野田が彼らの未熟を指摘すると、薪は少々憂鬱そうに亜麻色の瞳を曇らせた。導入して1年目は、第九も大変だった。反対派の声が強く、捜査に支障をきたすこともしばしばあった。フランスは現在その時期にあり、ならばこの会議は尚早だと思われた。反対派の中には過激な行動に出る者もいるかもしれない。だから小野田は提案したのだ。
「準備期間は半年。向こうのスタッフは優秀な人間を揃えるって話だけど、君も一人じゃ大変だと思うから、第九の中から誰か連れて行きなさい」
 半年間はフランスに行ったきりになる。パートナーは重要だし、便利に使える手元がいた方がいいだろう。彼の身の安全を守る上でも、それは必要な配慮だった。
「誰でもいいんですか?」
「ああ、君の好きに選んで、あ、いや、岡部くんは勘弁して。二人で抜けられるとさすがに心配だから」
「分かりました。岡部以外の部下から選ばせていただきます」
 原案に則って企画案を提出するように命じると、薪は「はい」と頷いた。既にいくつかは頭の中に浮かんでいるのだろう、頼もしい顔つきだった。

「この予定表に因ると、現地入りは来月早々ということになりますか」
「うん。慌しくてごめんね。引継ぎが大変だろうけど、何とか頼むよ」
「大丈夫です。今抱えてる仕事は全部岡部に押し付けますから」
 抜け抜けと言うが、薪にそんなことができるわけが無い。超特急で片付けますの間違いだろう、と小野田は思った。
 週末までには企画案を提出します、と薪は自らの仕事に期限を切って居室を出て行った。木曜の午後2時に命じられた仕事の期限を週末に定める辺り、どれだけ自分の能力に自信を持っているのか。まったくもって好ましい、と小野田は笑いを洩らした。

 薪がいなくなると、入れ替わりに男が現れた。ノックも無しに官房長室へ入ってくる人間なんて、警察庁中探してもこの男くらいだ。
 彼は官房室付首席参事官を務める警視長で、名前を中園紳一と言う。古くからの小野田の右腕で、旧第九が壊滅した際に泥を被って海外に飛ばされたのを、今年の春、やっとのことでロンドンから呼び戻した。彼の海外勤務は5年半。小野田の権力が回復するまでに、それだけの年月が必要だったのだ。

「ご英断お見事です。官房長殿」
 人を食ったような物言いに小野田が眉をしかめると、中園はニヤッと笑って書類の束を小野田の机の上に置いた。
「これで半年間、彼らは会えない。去年のように、職場で顔を見ることもできなくなるわけだ。今度こそ確実だよ」
「だといいけど」
 小野田は憂鬱そうに頬杖をつき、持っていたペンの先で机をコツコツと叩いた。

 仕事に関しては非の打ち所がない小野田の跡継ぎには、たった一つ、小野田を悩ませる疵がある。しごくプライベートな事だが、実は現在の彼の恋人は男性で、しかも直属の部下なのだ。薪を娘の婿に迎えたいとまで思っている小野田にしてみれば、相手の男は彼に引っ付いて離れないダニのようなものだ。
 去年の秋、中園のアドバイスに従って二人に距離を置かせたが、思うような成果は得られなかった。様子を見ろ、と言われてしばらく静観したが、それから1年経っても別れない。同じ研究室に在籍して毎日顔を合わせているのだから疎遠になる道理がないと考え、いっそのこと青木を他の部署へ異動させたらどうか、と中園に相談したら、そんなことをしたらムキになるだけだと言われた。何でも恋というやつは、障害が多いほどに燃え上がるのだそうだ。面倒なことだ。
 しかし、二人の間に遠大な距離を置くのは効果的な方法だ。職場が違っても同じ東京にいれば時間をやりくりして逢うことはできるが、フランスと日本となれば、その難易度は格段に上がる。今回のフランス警察からの要請は渡りに船だった。

「安心しろよ。フランスは恋の国だ。薪くんならきっと、ド・ゴール空港に着いたその日に新しい恋人ができるさ」
 中園の軽口に小野田は苦い顔をして、
「そんなことにならないように、彼にはSPを付けるつもりでいたのに。わざわざ第九から同伴者を選ばせるなんて」
「なんだよ。自分で保証しておいて心配なのか? 大丈夫、僕のデータにもちゃんと出てる。薪くんは青木くんを選んだりしないよ」
「分かってるさ。薪くんは公私混同はしない。絶対だ」
「そう、そこがこの作戦の要だ。大事なのは薪くんの意志で青木くん以外の職員を選ばせること、それを青木くんが認識することだ」
 中園は来客用のソファに腰を下ろすと背もたれに背中を預けた。座っていいなんて一言も言ってないのに、図々しい男だ。

「自分が薪くんに必要とされていないことが分かれば、彼は自分の立場に疑問を抱くはずだ。そこに会えない日が続けば、10年夫婦をやってる男女だって別れるさ」
 人の弱みに付け込む類の心理戦をやらせたら、この男の右に出る者はいない。小野田が官房長の地位に就いていることがその証拠だ。しかし今回の作戦はどうだろう。
「奥さんと青木くんじゃ、立場が違うだろ」
「同じだよ。この場合、選定対象に奥さんも入ってるんだから」
 中園はスマートに脚を組み、ソファにもたれかかった。彼の不遜に腹を立てながらも、小野田の中には懐かしさが込み上げる。子供のころ、よくこうやって二人で悪だくみをした。小野田が悪戯を思いつけばそれを実行する作戦を、困ったことが起きればその解決策を、中園が考え出すのだ。彼との関係は、学生の頃からずっと変らない。

「いくら仕事が絡むとは言え、そう簡単には納得できないはずだ。これは捜査協力じゃないしね。パーティの準備なら自分にもできない仕事じゃない、と青木くんは考えるだろう。彼、フランス語できるじゃない。身体も大きいし、ボディガードにはうってつけだ。でも、薪くんの性格からして絶対に青木くんのことは選ばない」
 たしかに、青木にもこなせる仕事だ。しかし薪は彼を選ばない。他人の眼もあるし、小野田への気兼ねもあるからだ。
「そうなると青木くんは自分に自信を失くして、自分から身を引くことになる。おまえの望むようにね」
「青木くんはそんな殊勝な男じゃないよ。ぼくがあれだけあからさまな態度を取っているのに、薪くんから離れないんだから」
 小野田は、来年の春には薪を官房室へ招くつもりでいる。その前に、彼には身辺整理を済ませて欲しい。具体的に言えば、彼の立場を危うくするしか能のない男の恋人とは別れて欲しいと言うことだ。それもできるだけ薪が傷つかない方法で。
 理想は、青木が身の程を思い知って自分から身を引くこと。
 そう仕向けようと、青木にはプレッシャーを掛けているつもりだが、手ごたえはない。ロクに仕事もできないくせに、図太い男だ。まったく薪ときたら、あんなイケ図々しくてドン臭い男のどこがよいのだろう。

「小野田。おまえの作戦が失敗するのは、青木くんをくだらない人間だと思ってることが原因だよ。彼は優秀で、しかも人格者だ。おまえのお気に入りの天使くんより、ずっとバランスが取れてる」
 自分が劣等生のレッテルを貼った人間を褒められて、しかも自分の評価が間違っていると指摘されて、小野田は不愉快になる。気持ちのまま、強い口調で言い返した。
「どこが。幹部候補生試験かい? あんなもの」
「優秀だよ。少なくとも、選定に落ちたことがプライドを傷つける程度には」
 中園の策謀は、ターゲットになった人物の分析から始まる。標的に関するデータを集めて入力し、相手がどういう考え方をするか、それによってどんな行動を取るか、予測を立てた上で最も効果的な舞台を用意する。
 中園の予測は、端で見ている小野田が驚くほど的中する。あまりにも彼の言う通りになるから、相手に金でも渡して芝居をさせているのかと疑ったことすらある。

「そこそこ頭が良くて、人の善い彼は考える。薪くんは自分を必要としていないのかもしれない。元より彼は自分の能力が薪くんに吊り合わないことを承知している。だから思う、彼には自分よりも相応しい人がいるはずだ、ならば自分は身を引くべきではないのか、ってね」
「そう上手く行くかね」
 悪友への信頼を口には出さず、小野田は懐疑的な言葉を返した。「君のすることに間違いはないだろう」なんて類の、薪が相手ならいくらでも出てくる励ましの言葉が、中園相手には決して出てこない。
「行くとも。僕がこの眼で二人を観察して、今回の作戦を立てたんだ。海の向こうで、おまえの偏りまくったデータしか入手できなかったときとは違うよ」
 自信たっぷりに言い切る中園に、小野田は顔を歪める。薪にあっては微笑ましいと思う傲慢が、中園だと腹立たしい。小野田は意地の悪い人間ではないが、この男の前だと自然にこうなってしまうのだ。それが彼に対する自分の甘えだと、分かっているからなおさら腹が立つ。

「問題があるとすれば薪くんの方だ。寂しさに耐えられなくなって、途中で帰ってきちゃったりして」
「あるわけないだろ。薪くんは、仕事を途中で投げ出したりしないよ」
 小野田が強く薪への信頼を示すと、中園はわざと大げさにため息をつき、
「親バカもいい加減にしないと、裏切られて泣くことになるぜ。子供なんて、どうせ最後は親より男を選ぶんだからな」
「加奈子ちゃんが赴任先のロンドンまで連れてきた彼氏が気に入らないからって、ぼくに八つ当たりするのはやめてくれ」
「だって、あいつら二人きりで来たんだぞ!」
 小野田が中園家の事情に言及すると、中園は冷静な策士の仮面をかなぐり捨て、一瞬で愚かな父親に変貌した。
「結婚前にお泊り旅行だぞ! 信じられるか!? あんなに可愛かった僕の加奈子が、いつの間にそんなふしだらな娘に、あああ」
「遺伝じゃないの。主におまえの」
 うぐぐ、と詰まって言葉も出ない悪友の苦虫を噛み潰したような顔を見て、小野田は僅かに溜飲を下げ、中園が持ってきた書類に判を押した。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(2)

ランクS(2)








 失礼します、と声を掛けて室長室の扉を開けた青木は、その光景を見て反射的に軽い貧血に襲われ、先輩たちの忠告を無視したことを深く悔やんだ。ドアかまちに程近い高さの彼の眼に入ってきたのは、仮眠ベッド代わりのカウチにうつ伏せになった室長の上に跨っている副室長の姿だったからだ。
 二人寝には狭すぎる座面に彼らは折り重なるようにして、ゆっくりと上下運動を繰り返していた。時折、ギシッと寝椅子が軋む音がして、その度に下になった室長は気持ちよさそうに「ああ」とか「うう」とか、およそ職場には相応しくない声を上げていた。
 副室長の岡部は縦にも横にも大きいから、下になった薪はその姿の殆どを岡部の陰に隠してしまう。例外は脚で、そこから推察するに薪は岡部の下で腹ばいになって彼の奉仕を受けている。交差させた腕の中に顔を埋めている薪の表情はまったく見えないが、二人がしていることを見れば大凡の察しはつく。きっと、恍惚とした貌でいるのだ。

「室長。明日のミーティング用のレジュメです」
「もう出来たのか。おまえ、会議資料作るの早いな。大したもんだ」
 いささか残念なことに、青木を褒めてくれたのは書類を渡した相手ではなく、室長の上に乗った男の方だった。褒めて欲しかった相手はと言えば、青木の顔を見もせずに、
「そこに置いてけ」
 快楽の邪魔をされたのが面白くなかったのか、素っ気ない口調だった。それから、声の調子をがらりと変えて岡部に行為の続きをねだった。
「岡部、もう少し下の方を……うん、そこだ」
 青木が自分たちを見ていることなんか、薪は気に留める様子もなかった。居たたまれなくなって、青木は居室を出た。後ろ手に閉めたドアにもたれ、人生の終盤に差し掛かった老人のような重苦しいため息を吐く。

「だから行くなって言っただろ」
「お子ちゃまの青木には、あの画は刺激が強すぎるって」
 小池と曽我の二人が、モニタールームに戻ってきた青木をニヤニヤ笑いで迎える。ほら、と彼らが青木にくれたのは、資料作りに精を出していた間に新たに発見された証拠画像のコピーだ。青木はそれを注意深く観ることで、先刻の残像を脳内から追い出そうと試みた。
 そんな青木の努力を嘲笑うかのように、室長室から薪の声が響く。
『岡部、もっと奥まで入れてくれ』
『大丈夫ですか、こんなに深くして』
『そこの奥が疼いて仕方ないんだ。あっ、ああっ、いい』

「相変わらず室長のあの時の声って……おーい、青木ー、大丈夫かー。5課から生ビデオ借りてきてやろうかー」
 コピー用紙で耳を塞ぐようにしてその場にしゃがみ込んでしまった青木に、小池が手持ちの資料を筒型に丸め、メガホン代わりにして声を掛ける。心配しているのではなく、彼の純情をからかっているのだ。
「勘弁してやれよ、小池。青木は初心なんだから」
 フォローを入れてくれたのは気のいい曽我だ。彼は青木が落ち込むと、いつも親身になって慰めてくれる。青木は純粋に彼のやさしさに感謝していたが、実は曽我の親切には少々裏がある。曽我は仕事はできるが少しだけおっちょこちょいで、ケアレスミスが多い。注意さえ払えば防げるミスには特に厳しい薪に叱られる回数は、青木が来る前は一番多かった。だからこの後輩がいなくなるとまた自分に室長の叱責が降り注ぐことになるという危惧から、青木のフォローには気を使っている。謂わば自己防衛だ。

「まあ無理もないよ。童貞の青木じゃなくても、室長のこの声は妄想を掻き立てる」
 すみません曽我さん、多分初体験も曽我さんより早いし経験も多いです、と本当のことを青木が言わなかったのは、現在の恋人のことを誰にも知られたくないからだ。
「いっそ、ドアは開けておいた方がいいんじゃないか」
「見られるのは恥ずかしいって薪さんが」
 心神喪失状態の青木を見かねて解決策を講じてくれたのは、頼りになる先輩の今井だ。その建設的なプランに応じられない理由を青木が説明すると、今井は室長室から漏れ聞こえる薪の忙しない息遣いに耳を傾け、
「……声だけの方がよっぽどヤバいんだけど」
 それには青木も、というか第九職員全員がまったくの同意見だ。分かっていないのは薪だけだ。自覚の無さもここまでくると犯罪だ。

「事情を知らない人間がここに来たら、大変なことになるな」
「とんでもない噂が羽根を生やして庁舎中を飛び回るだろうな」
「組対5課が集団で岡部さんを血祭りに上げに来るぞ」
「あいつら見境ないからなー。押収したマシンガンとか持ち出してきそうだなー」
 宇野の言葉はもちろん冗談だったが、彼らなら本気でやりかねないと誰もが思った。ははは、と乾いた声で笑う彼らの耳に、聞こえてきたのは涼しげなテノール。

「どうしたんですか? みんなしてドアにへばりついて」
 捜査に使う資料を運んできてくれたらしい竹内警視は、書類整理箱を2つ重ねた台車をガラガラと押して、皆が集まっていたドアの前にやって来た。彼は捜一のエースで、資料運びなど部下にやらせておけばよい立場の人間だが、昔コンビを組んでいた岡部のことを大そう尊敬しており、こうして彼の意見を聞くために第九にちょくちょく顔を出すのだ。

「何でもないんですよ、竹内さん。単なる、むぐっ」
 余計なことを言うなと、曽我の手が青木の口を塞いだ。カモが来た、と小池の細い眼が意地悪そうに輝き、どうなることかと宇野の瞳が眼鏡の奥で嬉しそうに光る。表情を変えなかったのは今井だけだが、彼のポーカーフェイスの口元が、ほんのわずかに持ち上がっているのを青木は見逃さなかった。
 ……この人たちって。
 彼らの企てを青木が見破る間にも、ドアの向こう側からは薪の声が聞こえてくる。わざとらしく押し黙った彼らの団結が功を奏し、その声はやけにハッキリと響いた。
『ああ岡部、そこ……いい、すごくイイ。もっと深く入れて』

 次の瞬間、モニタールームに派手な金属音が轟いた。見れば、竹内が台車ごと前方につんのめっている。車輪のブレーキを掛けたまま思い切り台車を押してしまったのだろう、彼のハンサムな顔はぶちまけられた捜査資料の下敷きになっていた。
「竹内さん、大丈夫ですか」
「あ、いや、なんかその、あははー、昨夜捜査で寝てないから。疲れてるのかなー」
 おかしな幻聴が聞こえて、と誰よりも自分自身に言い訳する態で床に散らばった資料を揃える竹内に、第九職員たちは我れ先にと手を貸してやる。親切心ではなく、竹内の醜態を間近で見るためだ。本当にこの先輩たちはいい性格をしている。

『なんですかね? 今の音は』
 物音に気付いて岡部が、ドアの向こうで訝しげな声を出す。やれやれ、これで続きを聞かずに済む、と青木は胸を撫で下ろし、でもいつだって薪が絡むと運命は青木にやさしくない。
『ちょっと待っててください。様子を見て来ますから』
『待て、岡部。こんな中途半端なところで止めないで、最後までしてくれ』
『直ぐに帰ってきますよ』
『だめだ、一秒も待てない。疼いて堪らないんだ』
『仕方ないですねえ、じゃあ続きをしますか。何かあれば今井が報告に来るでしょう』
 もう一度入れますよ、と薪の要求に従う岡部の言葉が聞こえてきて、竹内は床に座ったまま、呆然と書類を握りしめた。圧力を掛けられた書類はくしゃくしゃになり、てか、無意識に何枚か破り捨ててますけど放っておいていいんですか?
 あの書類をセロテープで張り合わせる作業は自分に回ってくるのだろうな、と青木は心の中で溜息を吐く。
 さすがに青木は笑う気になれないが、小池と宇野は肩を小刻みに上げ下げし、今井は机の端を指が白くなるほどに掴んで衝動に耐えている。こらえ性のない曽我に到ってはしゃがみ込んで顔を腕に埋め、丸い身体を震わせている。ちょっと注意すれば気付きそうなものだが、竹内は引き続き短冊でも作っているかのように書類を裂いている。捜一のエースといえどもパニックに追い込んでしまえば案外ちょろい。

「青木。おまえさっき中に入った時、二人の邪魔しなかっただろうな?」
 深刻そうな今井の声に、青木は膝が抜けそうになった。第九の中でも優秀な彼は室長の信任も厚く、性格も穏やかな人格者なのだが、こういうイベントにはしっかり参加する。やっぱりこの人も第九メンズだな、と青木はやや投げやりに、
「してません。薪さんに資料を渡そうとしたらすごく無愛想に、そこに置いとけって言われました」
「バカ。それをジャマって言うんだよ」
「空気読めよ。薪さん、天国イク寸前だったろうが」
「お楽しみに水を差されて機嫌を損ねた薪さんが、『今夜はMRIシステムの精査をする』とか言い出したらどうするんだよ」
「それは岡部さんの腕に掛かってるだろうな。薪さんのカラダを満足させられるかどうか」
 小池がトドメのセリフを放つと、竹内はボロボロになった捜査資料を手にしたまま、ゆらりと立ち上がった。捜一に戻るつもりかもしれないが、このまま帰ったら仕事にならないだろう。全員が潮時と頷き合って、青木はやっと竹内のフォローに回ることができた。

「竹内さん。岡部さんに事件の相談に来られたんでしょう? どうぞ」
「あ、いや、いいよ。他の男なら撃ち殺してるけど、相手が岡部さんじゃ仕方ないから」
「撃ち殺すんだ」
「捜一、こえー」
 捜査一課が怖いんじゃありません、竹内さんが怖いんです。て言うか、彼をここまで追い詰めたのは誰ですか。
 竹内に自分たちの関係がバレたらこの胸を弾丸が貫くことになるのだろうか、と心臓の辺りに痛みを覚えながら、青木は室長室のドアをノックした。
「岡部さん。竹内さんがお見えです」



*****

 今日も元気だ楽しい第九。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(3)

 今日は会社がお休みになったので、少し遠くの動物園に行ってきます。
 雨、降らないといいなあ。





ランクS(3)







「岡部さん。竹内さんがお見えです」

 内部にハッキリと聞こえるように、青木は声を張り上げる。部外者が来たとなれば、薪も我が儘は言わないはずだ。
「ちょ、青木、ヤバいだろ。こういうことを職場でするのはどうかと思うけど、そこはそっとしておいてやるべきだと」
 ノックの形に軽く握られた青木の手を掴み、竹内は青木の勇み足を止めた。彼の保守的な意見に、青木は従う気はなかった。竹内の虚ろな目を見れば分かる、彼をこのまま帰したら、午後からの取調室はさぞ荒れることだろう。いくら罪を犯したとは言え、こんな理由から厳しく当たられたら犯人が可哀想だ。
「本音は?」
「見たら反射的に撃っちゃうかも」
 荒れるどころか裁判抜きで極刑に処されそうだ。

 青木がさっとドアを開けると、二人の身体は既に離れていた。薪はカウチに座って気持ちよさ気に伸びをし、岡部は長時間負荷を掛けた指先を揉みほぐしていた。
 当たり前だけれど、二人ともちゃんと服は着ている。乱れた様子もないし、色っぽい雰囲気もない。色事に敏い竹内なら己が誤解に気付いただろうし、例え竹内なら誤解させたままでも妙な噂を広めたりはしないと思うが、念のために青木は言った。
「終わったんですか、マッサージ」
「マッサージ?」
 鸚鵡返しに訊いた竹内の声は引っくり返っている。只でさえ薪のあの声から真実に辿り着くのは難しいのに、第九メンズが総力でトラップを仕掛けたのだ。捜一のエースが騙されても恥ではない。

 裏で行われていた非道な遊びのことなど全く知らない薪は、後ろから前に両肩をグルグルと回しながら、
「岡部、いつも悪いな。おかげで肩が軽くなった」
「どういたしまして。遠慮はいりませんから、またいつでも言いつけてください」
「ありがとう」
 立ち上がり、傍らに掛けておいたジャケットを羽織ると、薪は襟を正した。それから自分の席に座り、青木が提出したレジュメを手に取る。書類の精査をしながら、彼は冷ややかな口調で、
「竹内さん。岡部は第九の副室長と言う重責に在ります。職務は多岐に渡り、非常に多忙です。あなたが先輩である岡部を慕い、頼りにする気持ちは分かりますが、彼の負担も考えていただきたい」
 その多忙な人に職務中マッサージをさせていたのは誰ですか。
 竹内はもちろん、そんなことは言わなかった。

「すみません、室長。この次から注意します」
 しおらしく謝って見せるが、この男、反省なんてカケラもしていないし、次どころか未来永劫遠慮する気なんてさらさらない。彼は現場で毎日凶悪犯を相手取っているのだ。図太くなければ生き残っていけない。
 長い付き合いになるから薪もそれを解っていて、だからこれは第九の室長としてポーズを付けているに過ぎない。彼自身、竹内が持ち込んでくる事件が気になって仕方ないのだ。その証拠に、亜麻色の瞳がキラキラしている。青木が作った会議用のレジュメには為し得ない仕事だ。

「で、どんな事件なんだ?」
「千駄ヶ谷の女子大生殺しなんですけどね」
「ああ、その事件なら起こったばかりの頃に室長と話したよ。捜査が難航するようだったら、第九に持ち込まれてもおかしくない事件だったからな。そうでしたよね、薪さん」
 無関心を装った薪が、二人の会話に聞き耳を立てている。岡部も竹内も薪のこういうところは心得ていて、だからさりげなく薪が会話に参加できるように話を振る。
「そうですか。室長もご存知で」
「一応は。風変わりな現場だったらしいですね」
「そんな生易しいもんじゃありませんよ。部屋中がクリスマスパーティみたいに飾られてて、被害者に到ってはツリーに見立てたものか、電飾が巻かれてたんですよ」
「それは面白い……あ、いや、失礼」
 失言に気付いて薪は口を右手で押さえ、素直に謝った。
 彼には、事件の謎を純粋に面白がる性質がある。事件の被害者や遺族の痛みを察せないほど心無い人間では決してないのに、彼の中には事件の絡繰りをクイズのように見てしまうパズラーが存在する。彼の優秀すぎる頭脳はいつもそのスペックをフルに使える機会を求めていて、謎めいた事件があると犬が骨に飛びつくように身体が動いてしまうのだ。

「しかし、その事件は被疑者が確定したのでは? 彼女に付きまとっていた、確か大学の講師でしたよね?」
「はい。彼が犯人で間違いないと思いますし、本人から自供も取れてます。でも俺は納得できないんですよ。どうにも尻の据わりが悪くて」
「被疑者の供述に疑問が?」
「ええ。これが供述書の写しなんですけどね」
 事件への関心が高まった薪は、急き立てられるように竹内の隣に席を移した。普段なら許されない位置関係だと思うが、今の薪は「事件の謎」というニンジンを鼻先にぶら下げられた馬状態。自分から竹内の方に身を乗り出して、どうやら青木が先刻持ってきた会議のレジュメの確認は後回しになりそうだ。

「一番納得いかないのが、彼が被害者の遺体を飾り付けた理由なんですけど」
 ふんふん、と首を縦に振りながら、薪は竹内の話に聞き入った。普段からあれだけ嫌っているのに、事件が絡むと薪はいつもこの調子だ。相手が反りの合わない公安や二課の職員でも同じ、事件用の頭脳が活動し始めると普段の悪感情はシャットアウトされるらしい。そして、好感情は更に遠くへ追いやられるのがこの人の特徴だ。
「なるほど、それは奇妙ですね。彼の交友関係から推し量るに、誰かを庇っているというわけでも無さそうだし――青木」
 自分の役目を終えて退室しようとした青木の背中に、薪の声が掛かる。青木は一瞬、「おまえならどう考える?」という問い掛けを期待したが、薪の口から出たのは「コーヒー持ってこい」と言う単純極まりない雑務命令だった。

「竹内さん、こういうのはどうですか。彼が子供の頃に通っていたと言う教会の」
「彼が教会に通っていたのは3歳の時ですよ? 幾らなんでも飛躍しすぎじゃ」
「いや、有り得るぞ。俺が昔扱った事件で」
 コーヒーを淹れている間に3人の会話はどの方向に向かったものか、再び室長室に戻った時には、青木には分からない話になっていた。青木は黙って3人の前にコーヒーを置き、部屋を出て行こうとした。
「青木、ちょっと待て。これ、明日のミーティングで使うから人数分コピーしといてくれ」
 岡部に引き留められて、足を止める。渡された資料を確認しながらチラッと横を見ると、まるで仲の良い友だちのように竹内と薪が額を寄せ合っていた。

「では、自分がされたことを被害者にやり返したと? となると、これは彼にとっては復讐の意味があった?」
「そうかもしれないし、逆かもしれない。彼は被害者を愛していたと主張している訳ですから……その辺はこの神父の事件調書を見ないと判断できませんね」
「分かりました。探しておきます」
「20年前の事件となると、資料は神奈川の倉庫棟ですよね。竹内さんは取り調べで忙しいでしょうから、僕の方で探しますよ。今夜にでも」
「そんな、申し訳ないですよ。室長のプライベートなお時間を、部署外の仕事に割いていただくなんて」
「いいですよ。面白そうですから、と、失礼」
 二度目の失言に薪はバツの悪そうな顔をし、竹内を苦笑させた。昔に比べたら、ずいぶん打ち解けたと思う。竹内が此処に出入りするようになった頃、薪は完璧な無表情で接していたのだ。

 捜一のエースと第九室長の関係は、なかなかに複雑だ。顔も見たくないと言いながら、刑事としての彼を薪は信用している。その証拠に、ここ一番という時に頼るのは必ず彼だ。捜査一課に竹内以外自分の頼みを聞いてくれそうな人間がいないことも事実だが、薪の階級は警視長、その気になれば役職にものを言わせて強制的に捜査員を動かすことも可能だ。一課との間に禍根を残したくないとの配慮からかもしれないがしかし、個人的に彼に頼るようなことをされると青木は穏やかでいられなくなる。竹内が薪のことを心の底でどう思っているか、知っているからだ。
「じゃあせめて、夜、神奈川までは俺の車で」
「結構です。青木に送らせますから」
 竹内の申し出を素っ気なく断って、薪は青木のアフターを奪った。竹内に憐れむような眼で見られたが、今更どうということもない。薪の身勝手には慣れている。

「では竹内さん、後は明日です。取調べの成果に期待してますよ」
 現段階で竹内から取れるだけの情報を取ってしまうと、薪はいつもの皮肉な顔つきに戻って来客に退出を促した。自分の席に戻り、話は終わりだと言わんばかりに報告書のファイルを開く。
 竹内はサッと立ち上がり、「よろしくお願いします」と頭を下げて出て行った。引き際の潔さは、青木の眼から見てもカッコいい。

「お出掛けは何時頃ですか?」
「そうだな。岡部、僕と青木、定時で上がってもいいか?」
「大丈夫ですよ。急ぎの案件は有りませんから、何ならこれから出ても」
「それは駄目だ。第九の業務じゃないんだ、個人の時間を使うべきだ」
 薪は規律に厳しい。岡部や他の部下たちに対する気兼ねもあるのだろう。それでいて青木の個人的な時間を搾取することには何の躊躇いもない辺り、青木が薪の犬と陰で嗤われるのも無理はない。

 定時上がりの予定に、青木は少々焦って室長室を後にした。今日中に作っておきたい書類がある。薪に頼まれた会議資料を優先してしまったから、本来の仕事が未だ残っているのだ。
「あ、青木」
 モニタールームに戻ると、忙しいはずの竹内が何故か青木を待ち構えていた。
「室長はああ言ったけど、やっぱり俺が送るよ。室長には捜一の捜査に協力してもらうんだし、それが筋ってもんだ」
「いいですよ。竹内さんには取調べと言う重要な仕事があるんですから」
「でもさ、おまえにだってアフターの予定とかあるだろ」
「いえ、大丈夫です。どうかお気遣いなく」
 竹内が善意で言ってくれているのは分かる。が、青木にとって薪の命令は絶対だ。それ以上に、この仕事を彼に譲りたくない事情もある。
「予定が無けりゃ、たまにはゆっくり休めよ。この件は俺が室長に持ち込んだ話で、おまえには関係ないんだから」
「薪さんに関係することでオレに関係ない事なんて何もないです」
 青木の強情な口調に怯み、竹内は一歩退いた。驚いた顔をしている。しまった、と思ったが遅かった。

「いいんすよ、竹内さん。青木は室長のイヌなんですから」
「そうそう。ご主人さまの傍が一番なんだよな、青木ぃ?」
 後輩をからかう素振りで、小池と曽我がフォローを入れてくれた。それから竹内に詰め寄り、
「「室長の送り迎えするヒマがあるんだったら、女の子紹介してくださいよっ」」
 眼が血走ってますけど、可愛い後輩の失言を庇うための演技ですよね?

「女の子なら、僕が紹介してやるぞ」
 突然耳元で囁かれた言葉に、二人は硬直する。足音なく標的に近付くのはこの人の得意技で、だから彼らが驚愕するのは無理もない。つい先刻まで期待に紅潮していた頬は青くなり、額には脂汗。竹内に向かって合わせた両手の、指先はぶるぶると震えている。
「「や、あのっ、し、室長にそんな」」
「遠慮するなよ。ほら、彼女だ」
 くい、と親指を立てて薪が指し示したのは、竹内が持ってきた段ボール箱だった。
「書類ケース2箱分のグラマラスボディだ。落とし甲斐があるだろう」
 今日中に中身を全部確認して概要書を提出しておけ、と二人に言い置くと、薪は給湯室へ足を向けた。手に空のカップを持っているから、片付けに来てくれたのかもしれない。階級が上がっても、薪のこういう所はあまり変化が無い。もともとがマメな性格なのだろう。

「室長。オレがやります」
「ほう? 大したものだな。あれだけの書類を今から処理して、定時に此処を出発する自信があるとは」
 善意を皮肉で返されるなんて、この人にあっては普通のことで、別に腹も立たない。それより驚いたのは、青木の仕事が時間的に厳しいことを薪が知っていたことだ。
 でも、すぐに思い直した。室長はいつだって、部下全員の仕事内容を把握している。
 それは薪にとっては当たり前のこと、個人の能力を過不足無く評価し、最大効率で仕事を割り振るためには必要なことだ。ちなみに第九の最大効率とは、評価数掛ける1.5である。当然、無駄口を叩いているヒマはない。仕事以外のことを話している職員は余裕がある、イコール、仕事が足りないと判断され、小池や曽我のように大量の仕事を命じられる羽目になる。

 基の値が低ければ、掛け算の答えは応じて低くなる。薪が空のマグカップを預けてくれなかったのはそういうことで、だから青木はひどく惨めな気分になる。

「余計なことに気を回さなくていいから、さっさと自分の仕事を片付けろ」
 青木の能力では定時までにあれだけの仕事をこなすのはギリギリ、薪にそう思われている。そしてそれは事実なのだ。
 自分の席に戻って積み重なった資料を開き、その煩雑さと己の知識不足に思わず零れそうになるため息を奥歯で噛み殺して、青木はペンを握った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(4)

 土曜日、念願の那須どうぶつ王国へ行って参りました!
 もう何年も前から行きたくて~、でもさすがに遠いので日帰りはキツイと思ってたのですけど、那須高原SAまで高速道路で行けるようになって、なんと、
 家から2時間10分! で着きましたよ~。 ビバ! 高速道路♪

 朝の6時半に家を出て(当然オット運転、しづ爆睡)、9時の開園に余裕の到着。 一般道だと到着は10時ごろになります。 お金で時間を買うようでアレですけど、日帰りしか許されない身にはありがたいです。

 憧れの王国は最高でした~~~!
 さすが! キングダムってだけありますよ!
 広々とした空間に動物たちがのんびりまったり。 みんな人慣れしてて、近付いてもぜんぜん怖がらないんですよ。 カピバラとかアルパカとか、もう触り放題。 屈めばカンガルーが背中をジャンプで超えていくし、鳥の翼は髪の毛を掠めるように飛んでいくし、犬はガンガンキスしてくるの。 うちの薪さんが行ったら住みついちゃいそうですww。

 みなさんも機会がありましたら、ぜひ。(^^







ランクS(4)







 神奈川の資料倉庫は横浜の海岸通りにある。霞が関から高速を使えば約1時間、一般道を使っても2時間はかからない。
 定時ピッタリに第九を出て、二人が倉庫棟に着いたのは6時ジャスト。倉庫の中は灯りを点けても薄暗く、雑然としていて、目的の資料を探すのは骨が折れそうだった。

「第九の資料庫がこんな状態だったら、毎週土日は職員全員で倉庫整理だがな」
 部下が聞いたらショックで昏倒しそうなことを呟き、薪は青木の先に立つ。長身の青木が手を伸ばしても届かないくらい高いスチール製本棚の森を、迷いなく歩いて行く。
 図書室のように本棚に記号が書いてあるわけではない。が、入庁したての頃、薪は捜査一課に在籍していて、この倉庫にも何度か来たことがあるのだそうだ。
 薪のことだ。この広大な資料室の何処にどんな事件資料が保存されていたか、覚えているのだろう。よって事件の年代が分かれば大凡の場所が分かるのだ。

 程なく薪は目的の資料箱を見つけ出し、青木に声を掛けた。それは薪の遥か頭上、でも青木なら届かない高さではない、資料の重さに撓んだ棚に雑に置かれていた。
「気を付けろよ」
 棚は混み合っていて、目的の箱の周りは重ねられた書類袋やら他の事件の資料箱やらが占有しており、まずはそれを退かすことが先決だと青木は思った。箱の上に乗っていた薄い木箱を下に下ろすと、薪が苛立った口調で、
「整理に来たんじゃない。必要以外のものには触るな」
「でも。周辺を少し片付けないと、箱が取れません」
「周りを押さえて箱を引っこ抜きゃいいだろ」
 薪の短気の理由は分かっている。早く資料が見たいのだ。
 言われた通り、青木は右側の箱を押さえ、箱を引き抜こうとした。下敷きになった資料袋が落ちそうになったので、そちらを元に戻そうと手を伸ばした。隙に、右側の箱の下になっていた資料袋が滑り、箱が落下するのが見えた。

「うわ!」
 自分目掛けて資料袋と書類箱が落ちてくる。焦った薪は咄嗟に身を引き、後ろの本棚の柱にしたたか背中を打ちつけてしまった。
「気を付けろって言ったのに。おっちょこちょい」
 薪さんがそうしろって言ったんじゃないですか、なんて返す暇はなかった。青木は引き出しかけていた資料箱を一瞬で押し込み、薪の上に覆いかぶさった。
「な」
 青木のジャケットが視界を塞いだ直後、ドドドッと大きな音がして、地面が揺れた。ドスン、ボスッ、という重い段ボール箱同士が衝突する音が重なる。薪がぶつかった衝撃で後棚の資料箱が集団で落ちてきたのだ。

「お怪我はありませんか」
「大丈夫だ。おまえは?」
 オレは平気です、と微笑む青木の髪が、強風に煽られたように乱れている。ジャケットの肩口にも汚れが付いているし、幾つかぶつかったに違いない。
 もうもうと上がる埃の中、薪は青木の腕の下からそっと様子を伺い、その惨状を見た。倉庫整理をしに来たのではないが、乱したものは元通りにしていかなくてはいけない。薪は小さく呟いた。
「竹内を連れてくりゃよかったな」
 あいつに押し付けて、僕たちは食事に行けたのに。
 心の中で言って、薪は肩を竦めた。大丈夫だとは思うが、青木を医者に診せなくては。

「平気じゃないだろ。頭に箱がぶつかったんじゃないのか」
「ぶつかったのは書類袋だけです。箱は身体に当たってません」
「それは残念だ。おまえが人並みの頭になれるチャンスだったのに」
 ホッと胸を撫で下ろしながら、薪は皮肉を言った。眉を八の字に下げた年若い部下の情けない顔を想像したが、青木を凹ませたのは薪の意地悪ではなく、落ちた書類箱から飛び出して床を埋め尽くしている書類の束であった。

「これ、片付けてたら夜中になっちゃいますね」
 一つ一つ確認して分別して箱に戻す。簡単な作業だが、この分量では。
「大丈夫だ。僕に任せろ」
 呆然の態で固まっていた青木の下から這い出し、薪は手近な山に手を伸ばした。上からポイポイと適当な箱に入れていく。
「ダメですよ、薪さん。ちゃんと確認しないと」
 刑事にとって大事なのは犯人を捕まえること、書類は二の次三の次。現場に出ていた刑事にはありがちなことで、だから薪もそうなのだと思った。ところが。
 薪がいい加減に詰め込んだ箱をやり直そうと、青木が箱の中を出してみると、そこにあったのは同じ事件のもので、他の事件の書類は一枚も混じっていなかった。あの速さで仕分けして、こんなことが可能なのか。

「薪さん。ちゃんと読んで……」
「読んでない。眺めてるだけだ」
 眺めているようにも見えない。薪がやっているのは右から左に書類を投げているだけだ。この薄暗い部屋であの速度で動く書類の文字を確認するなんて、近眼の青木には、いや、眼が悪くなくても青木には絶対に無理だ。
「時間さえあればもっとよく読むんだけど。これなんか面白そうだし」
 と、薪は一瞬だけ手を止めて、
「でも、今日は早く此処を出たいから」
 2つ先の箱にそれを放り込んだ。青木が確認できたのは、「少女」という文字だけだった。少女が犠牲になった事件なのかもしれない。それを面白そうだなんて、この人は時々ひどく冷酷な言葉を口にする。

 道徳心はいざ知らず、薪の能力は人類の限界を振り切っている。あの人ホントに人間なのか、と部下たちにこっそり囁かれるくらい、それは青木にいつも誇らしさを与えてくれた。
 それが、今日に限っては。

「何してる。さっさと手を動かせ」
 分別の速度は落とさずに、薪が青木を咎めた。あの状態でこちらの様子まで見えるのか。一体どういう眼をしているのか、伊賀の里からスカウトが来そうだ。
「例の資料は第九に戻ってから読むことにする。早く片付けろ」
 追い立てられて自分を戒める。青木は気持ちを切り替え、散らばった資料束を拾い集めることに集中した。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(5)

 おかげさまで、4歳になりました。(*^^*)




ランクS(5)






「海岸通りを抜けて、みなとみらいに出ろ」
 助手席でシートベルトを掛けながら、薪は唐突に言った。ナビに目的地を設定していた青木の手が止まる。
「高速乗った方が早いですよ」
「いいから。言われた通りにしろ」
 薪はぷいと横を向き、青木に形の良い後頭を見せて、こういうときは黙って命令に従うが得策だ。訊いても説明なんかしてもらえないし、うるさい、と怒鳴られるのがオチだ。

 みなとみらいへ向けて車を走らせていくと、フロントガラスの向こうに薪の目的が見えてきた。薪が仕事中にも関わらず助手席に座った理由は多分これだ。
 10月も半ばを過ぎた午後7時、辺りはとっぷりと暮れて、横浜名物のコスモクロックが七色に光っている。周辺の夜景も実に美しく、ちょっと気を抜くとナビの案内を聞き落としてしまいそうだ。
 薪は基本的に自然のものが好きだけど、人工物の美しさを否定するような頑固な自然礼賛者ではない。紛い物だらけのアミューズメントパークも楽しめるだけの許容を持っている。彼が細部まで拘るのは仕事だけだ。
 服の趣味も装飾品のブランドも、統一性はない。ヘアスタイルに至っては警視庁地下の散髪屋を贔屓にしているくらいだ。実情を知らない女子職員たちの間では、銀座の有名な美容室でカリスマ美容師の店長自ら特別に彼の髪を整えていることになっているらしい。知らぬが仏とはこのことだ。

「青木。腹減らないか」
 問いかけられて、青木は驚いた。推理に夢中になっているとき、薪は基本的に食事を摂らないからだ。神奈川くんだりまで足を運ぶ熱の入れようだから、てっきり推理モードに入っていると思っていた。珍しいこともあるものだ。
「了解です。コンビニでいいですか?」
 横目で隣を確認すると、薪は真っ直ぐ前を見たまま、その白い頬を夜景の青色照明で染め上げて、
「あのホテルでなんか食って行こう」と前を指差した。目前に見えているのは、半月型の造形が有名な横浜のシティホテルだ。
「わざわざホテルのレストラン使うんですか?」
 咄嗟にアクセルを踏み込みかけた己の右足を止めた、青木の抑制力に感謝して欲しい。それくらい驚いたのだ。
「たまにはいいだろ」
「……チェーン、積んでませんけど」
「あん?」
「雪が降るかも」
 青木の軽口にギロッと吊り上る亜麻色の瞳の怖いこと。でも本当にコワイのは、それを可愛いと思える青木の神経だ。
「うれしいです。薪さんとホテルで食事なんて」
 ふん、と鼻を鳴らして薪はそっぽを向く。食えりゃ何でもいいくせに、などと憎まれ口を叩く。それでも青木は嬉しくてたまらない、これから薪と一緒に楽しい時間を過ごせること。

 軽快に車を走らせて、ホテルの駐車場に滑り込ませる。自動ドアを潜ると、優雅で落ち着いた空間が広がっていた。ロビーは程よいざわめきに満たされて、平日のアフターに思わぬラッキーを拾って舞い上がり気味の青木に警戒心を取り戻させる。他県まで来ているから知り合いに会うことはないだろうけれど、あからさまにニヤついていたら不審がられるかもしれない。

 ここでも薪は青木の先に立ち、迷いなくエレベーターに乗った。細い指先が上から二番目のボタンに軽く触れ、箱は上昇を始める。
「え。上のレストランに行くんですか?」
 てっきり、地下のカフェレストランだと思っていた。高い場所にある店は値段も高いし、夜はディナーコースしか選択肢がない。コース料理となれば2時間近く掛かる。
「今夜は月がきれいだから。月の見えるところがいい」
「月、ですか」
 此処に来る途中、空にあったはずの月を青木は思い出せない。運転席からは角度的に見えなかったのか、夜景に気を取られて見ていなかったか。屋外の駐車場に車を停めたのだから目に入ったはずだと人は思うかも知れないがそんなもの、薪が隣にいたら見られるわけがない。彼と一緒に居ながら彼以外のものを見ることは、単細胞の青木にはとても難しいのだ。

 レストランに着くと、薪は受付係に自分の名前を告げ、すると窓際の席に案内された。「いつの間に予約を?」と訊くと、「さっき携帯メールで」と短い答えが返ってきた。青木は運転中もチラチラと薪を見てしまうのだが、メールを打っていることには気付かなかった。夜で車内が薄暗かったせいかもしれない。

 席に着いてオーダーを済ませ、料理が来るのを待つ間、青木は薪が見たがっていた月をいち早く確認した。
 コスモクロックの遥か上空に、上弦の月がくっきりと浮かんでいた。正中よりもやや西より、角度もいくらか傾いている。
「半月ですね」
「ああ」
 応じる声に視線を戻せば、真っ白なテーブルクロスよりも白く美しい肌をして、磨き上げられた銀食器よりも煌く瞳を上空に向けた薪の横顔が見えた。上向いた顎と首のラインが、とてもきれいだった。
 窓際に座って上を向いているのは自分たちだけで、他の客たちがみんな下を見ているのが何だか可笑しかった。いや、おかしいのは自分たちか。月は地表からでも見えるけれど、夜景は上空からしか見えないのだから。でも。
 こちらの方が薪らしい、と青木は思う。彼の、伏せた睫毛の美しさは例えようもないけれど、いつも高みを目指して挑み続ける、そんな彼には見上げる瞳が似合っている。

「青木。実は今日は話が」
「昔、子供の頃ですけど」
 薪の言葉を遮ったつもりはなかった。薪は視線を外に固定したまま小さな声で言ったので、青木には聞き取れなかったのだ。そのとき青木が、前菜の、トマトとカニをサンドイッチにして円柱型にした何とか言う料理にナイフを入れながら何を考えていたのかと言えば、小学生の頃、姉と交わした会話のことだ。
「半月は本当に月が欠けてるんじゃなくて、地球の陰で見えなくなってるだけだって姉に教えてもらって。あの時は驚いたなあ」
「……何でもそうだけど。初めて知ったときって、びっくりするよな」
 料理に合わせて選んだ白ワインのグラスを傾けながら、薪がクスッと笑いを洩らす。「昔からバカだったんだな」と言う答えを予想していた青木は少し戸惑った瞳で料理から薪に視線を移し、そして固まった。薪が、びっくりするくらいやさしく微笑んでいたから。

「僕も小学校の時、ユークリッド互除法の公式を知って驚いたよ。あれ、便利だよな。素因数分解も6桁以上になると結構面倒だから」
 どういう小学生ですか。
 我が身との格差に頭痛を起こしつつ、青木は応えを返した。
「オレがユークリッド幾何学を習ったのは、高校の時でしたけど」
「僕の時代は詰め込み学習で、おまえの時代はゆとり教育だったからな」
 詰め込みにも限度があると思います、と反論しようとして止めた。頭脳に限界を持たない人には通じない理屈だからだ。

「高校生の時には、もっとびっくりしたことがあった。クラスメイトに、女の子は花の中から生まれてくるんだって教えてもらって」
 優秀な学生であっただろう薪の友人に、それも高校生でそんな冗談を言う人間がいたことにびっくりだ。青木は失笑して、
「薪さん、それ、小学生の時の間違いじゃ」
「道理でいい匂いがするよなあ、女の子って」
 絶賛騙され中!?
 天才にありがちな失陥で、常識を知らないと言うか必要以外のことは覚えないと言うか、そんなわけで薪は時々ものすごくバカな男になる。
「頭いいのか悪いのか、どっちかに決めて欲しいんですけど」
「月のウサギと同じ。男のロマンだろ」
 月のウサギはメルヘンだと思うけど、女の子の匂いは何だかイヤラシイ。「どうせオレはいい匂いじゃありませんよ」と青木が拗ねたら、ニヤニヤと薪が意地悪そうに笑ったので、青木はやっと自分がからかわれていたことに気付いた。

「そう言えば、このホテルの形も半月型ですね」
「そうだな。ヨットの帆をイメージしたらしいけど、半月の方がロマンチックだな」
 確かに。半月の中から見上げる半月なんて、なかなかに洒落てる。
 薪は、使い終えたナイフとフォークを皿の右側によせて、再び右手の窓を見上げた。よっぽどここの眺めが気に入ったらしい。
「なんだか飲みたい気分だな。すみません、ワインリストを」

 ちょうどレンズ豆のスープを持ってきたウェイターに薪が声を掛けると、スープがいくらも冷めないうちにソムリエがやって来た。ホテルには珍しい、若い女性のソムリエだった。髪をきちんとまとめて、黒い制服を着ている。彼女がワインリストを差し出すと、薪はにっこり笑って、
「このあと予定があるので、あまり重くないものを選んでください」
 リストをロクに見もしないで、彼女にセレクションを丸投げする。薪は知ったかぶりをしない、と言うよりは覚える気がないのだ。
 利口な方法だと思う。ソムリエはワインの専門家、任せればちゃんと料理に合うものを選んでくれるし、値段も手頃なものを勧めてくれる。
 ソムリエールが用意してくれたティスティングワインは3種。薪は一番右側の白ワインを選んだ。

「ではそれをボトルで」
「大丈夫ですか? 薪さん、前にワインは身体に合わないから量は飲めないって」
 グラスか、せいぜいハーフボトルが適量だと思った。薪が自分で言ったように、この後は仕事が待っているのだ。
「飲めるだろ。二人で一本なら」
「オレは運転がありますから」
「……バカじゃないのか、おまえ」
 薪はテイスティングの残りを飲み干すと静かにグラスを置き、月に話しかけるように横を向いて呟いた。
「なんのためのホテルだよ」




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(6)

 最近、ツイッターの「ふなっしーとリヴァイの同棲bot」に癒されまくりです。 主にふなっしーとリヴァイの会話で構成されてて、とってもかわいいのー♪ ふなっしーはリヴァイに削がれたり梨汁ぶちまけたりしてますけど、基本的にラブラブです。
 青薪さんの同棲botもあればいいのにww。





ランクS(6)






 暖色照明が演出するロマンチックな非日常空間。ここは半月の丁度真ん中辺り、21階のツインルームである。
 歓楽街の店が営業を始める時間帯、窓に広がる夜景はますます豪奢に光り輝いている。それを眺めながら濡れた髪を拭いている、彼は白いバスローブ姿だ。白い肌はほんのりと桜色に染まって、首元からは石鹸のいい匂いがする。

「ホテルの風呂って狭いのが難点だけど、ここのはけっこう広いぞ」
 夜景を楽しむためにカーテンはホテルマンの手によって開けられていて、青木の位置からは黒い夜空が見える。漆黒の垂れ幕をバックに、彼の白い腕と、上気して赤くなったくちびるが交互に動く。
「二人で入るのは無理だけどな」
 含み笑いと共に吊り上がる口角が何とも艶かしくて、青木は思わず彼から目を逸らした。今は第九へ帰る途中、つまり仕事中だ。青木は自分を戒めた。
 以前仕事中に薪に欲情して、こっぴどく叱られたことがある。「そんなにやりたきゃソープへでも行け」と、ものすごく蔑んだ目で言われた。同じ失敗は繰り返したくない。
 部屋を取って飲み直そう、と言い出したのは薪だが、ここで青木が劣情に負けてオオカミになったら、窓から蹴り出されるに違いない。薪は身勝手で、さらに厄介なことに自分の媚態に自覚がないのだ。

「いいんですか、こんなにゆっくりしてて。第九に帰って、例の事件の資料を読むんでしょう?」
 すっかりくつろぎモードの薪に、青木は控えめに抗議した。保身の意味もあったが、本来の目的を思い出してもらおうとしたのだ。しかし薪は、いつものように無造作な手つきで髪を拭きながら、
「あれは明日でいい。曖昧な箇所を2,3確認するだけだ。5分で済む」
 え、と思わず頓狂な声を出して、青木は目を丸くした。

「あの事件資料は一度見たことがある。まだ捜一に居たとき」
 ぽかんと口を開けたままその場を動かない青木に、薪は使い終わったタオルを放り投げて、「それ、風呂場に戻しておいてくれ」と遠回しに青木にもバスを使うよう命じた。
「新人の頃、資料整理やらされてさ。当時資料室にあった捜査資料は一通り眼を通した。その中の一つだった。だから事件そのものは覚えてるんだけど、16年前の話だから。記憶違いがあったら拙いと思って」
 濡れたタオルをタオル掛けに掛けて部屋に戻ると、今度はバスローブを放られた。四の五言わずに入ってこい、と言わんばかりだ。

「そういうわけだから、おまえも早く」
「それなら、あの場で確認すれば済んだんじゃ」
 青木が言葉を遮ると、薪はやや不機嫌な形に眉をひそめて、
「自分用に持ってきたんじゃない。竹内に渡すんだ。どの資料にヒントがあるかなんて教えてやらないぞ。何日も徹夜で調べて、関係箇所を探すといい」
 ……鬼ですか。

 動かない青木の背中を、薪が実力行使とばかりに両手で押した。その手を掴み、青木は薪の名を悲しそうに呼ぶ。
「薪さん」
 何度も命令を拒否されて、薪の眉が本格的に吊り上がった。青木にとって薪の命令は公私の区別なく絶対で、でもどうしても今日は素直に聞くことができない。
「あのダンボールいっぱいの資料、全部覚えてるんですか」
「今、言っただろ。僕が整理したって」
 しかしそれは薪が新人だった頃、16年も前のことだ。事件に直接関わったわけでもなく、整理のために資料をざっと読んだだけ。それも、膨大な数の中の一つに過ぎないものを鮮明に覚えている。そんなことが可能な頭脳。

 改めて突きつけられた薪の天才性に、青木は絶望する。
 彼がただの上司だった時節、見せつけられる度に憧れを強めたそれは、彼と恋人という関係になってからは、我が身との格差を思い知らされる最大の要因になりつつあった。
 一度見たものは忘れない、聞いたことも忘れない。そういう特別な頭脳を持つ人間に、自分のような凡人はどう映るのだろう。
 何もできない、無益な人間。そんな自分が彼のために何かをしても、果たして彼に届くのだろうか。
 つまらない人間が為したつまらないこと。青木がどれだけ尽くしても、自分の献身はその程度のことではないのか。薪はやさしいから、子供の手伝いを褒める親のように大して役にも立たない青木の仕事を喜んでくれるが、実際は何もしていないのと同じではないのか。

 結果を出せていない――青木が自分に不信を抱き出したのは、今年の夏。
 毎年、薪は夏になると精神的に不安定になる。それは彼の過去を思えば仕方のないことだが、睡眠不足が彼の美貌を儚くする様子を昼間の彼に見つけるのは辛かったし、現実にうなされる薪を見るのはもっと辛かった。苦しい以上に、悲しかった。
 青木は、自分の存在が薪を安定させると、無意識に自惚れていたのだと思う。

 あの夏の夜。自分が上げた悲鳴に驚いて飛び起きて、夢中で縋りついた青木の背中を爪で抉りながら泣きじゃくった。彼の痛みは5年前からまるで変わっていない――その事実に、青木は慄然とした。
 自分の愛で彼に辛い過去を忘れさせてみせる。そう誓ったのに。
 結局自分は、彼の役に立っていないのではないか。彼に捧げた愛も献身も、青木の自己満足に過ぎなくて。薪には何も届いていないのでは?

「そんなことはどうでもいいから、早く風呂に入って月見酒と行こ」
 それほど強く払ったわけではないけれど、薪の手首と青木の手のひらで立てたパシッという音は、薪の唇を強制的に閉じさせた。青木が薪の手を払うなんて、よほど激昂しているときだけだ。薪が一瞬で怯んだのも無理はなかった。
「……青木?」
 薪の声に滲んだ気遣いは、青木に届かなかった。短い下睫毛の上で、今にも表面張力を振り切りそうになっている涙を零さないようにするだけで、彼は精一杯だったのだ。

「オレは岡部さんみたいに仕事で薪さんの右腕になれるわけじゃないし、竹内さんみたいに薪さんが興味を持ちそうな事件情報を持って来ることもできない。未だにオレ、第九で一番仕事できないし」
「どうしたんだ、急に」
「急じゃないです。ずっと考えてました。オレはちっとも薪さんの役に立ててない」
「おまえの役立たずなんて、今に始まったことじゃ……なにも泣くこと無いだろ」
 不安定な恋人の不安定な感情に嫌気が差したのか、薪は小さくため息を吐いた。

「役に立ってる。今夜だって」
 おまえと一緒で楽しかった、と薪は小さな声で、それは不器用な彼の精一杯の意思表示だったに違いないのに、今夜の青木の胸には全くと言っていいほど響かなかった。
 悲しみが心を鈍くする。今の青木は、陰になった月の半分を見ることができない。

「具体的に言ってください。オレ、何の役に立ってますか」
「……コーヒーが美味い」
「あとは?」
「高い所のものを取るとき便利だ」
「それから?」
「おまえを苛めるとストレス解消になる」
「その他は?」
 見えないものを得たいと強く願う青木は、言葉に頼ると言う愚かな行動に出る。薪のような人間相手には、最悪の方法だった。

 くだらない質問を延々と繰り返す青木に、薪はとうとう切れて舌打ちした。いい加減にしろ、と青木を一喝し、
「何を拘ってるのか知らないけど、おまえにはおまえの役割があって」
「つまんないことばっかりですよね。オレができることって」
 自分で言って、涙が出そうになった。言葉にしたら本当に自分が何の役にも立たない人間に思えて、もうそれはいっそ確証になって、青木を手酷く打ちのめした。
「もっと肝心なことで、あなたの役に立ちたいのに」
「仕事のことは仕方ないだろ。みんなおまえよりも先輩なんだから」
 仕事人間の薪は「肝心なこと」と言えば、すぐに仕事の話になる。青木が言いたいのはそういうことではない。薪に自分の考えが思うように伝わらないのはいつものことで、だけどこの日に限って、青木にはそれが許せなかった。

「おまえの価値は、その、主にプライベートで」
「オレは」
 こちらの方面の会話はひどく苦手な薪が、苦心して口にしてくれたのだと思うそれを、分かっていながら青木は遮った。言葉を止めることができなかった。
「オレは三好先生みたいに薪さんと大学時代の話もできません。岡部さんみたいに、子供の頃に見たアニメの話もできない。オレにはあなたと共有できるものが何もないんです。そんなつまらない人間とプライベートを過ごして、本当に楽しいですか?」
 そう尋ねると、薪は黙って青木を見据えた。睨まれるのではなく、見守られるではもっとなく、道端の石ころでも見るかのように何の感情も篭もっていない亜麻色の瞳。青木の腹の底がすうっと寒くなった。

「じゃあ、話すこともないな」
 吐き捨てるや否や、薪はバスローブを脱いだ。彼らしくもなく床に落としたそれを乱暴に踏みつけて、備え付けのクローゼットからさっき仕舞ったばかりの衣服を取り出す。
「帰る」
 2分もしないうちに身なりを整えた薪が短く予定を告げるのに、青木はようやくに自分の役目を思い出した。
「車、回してきます」
「けっこうだ。今夜はもう、おまえの顔見たくない」
 背を向けられて、青木は焦る。とんでもないことをしてしまった、という後悔が押し寄せる前に、薪の冷たい横顔を観ただけでパニックに襲われていた。
「待って、待ってください、薪さん。すみません、二度と言いませんから」
 見苦しく取り縋った。こういう行動は相手の気持ちを冷めさせるだけだと分かって、だけど青木はそうせずにはいられなかった。引き際の潔さは竹内に全く勝てない、と青木は思い、そうしたらますます自分が駄目な男になった気がした。

「ま」
 ばん、と青木の目の前でドアが閉まり、青木は言葉を失う。追い駆けろと心の奥で叫ぶ声があったが、その勇気が持てなかった。最後に見た薪の背中は、はっきりと青木を拒絶していた。追い駆けて、決定的な言葉を薪の口から告げられるのが怖かった。
 とぼとぼと戻って、ベッドに腰掛けた。ぼんやりと窓の外を眺めたけれど、その位置からは夜景も月も見えなかった。
 床に眼を落とすと、薪が脱ぎ捨てたバスローブが見えた。今宵の主を失くしたそれは冷ややかな空虚だけを抱いて、いつまでもそこに横たわっていた。




*****

 わーい、ケンカだケンカだww。←おい。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(7)

 憧れのメロンさんとリンクしてもらいましたー。(^^)
 ご紹介するまでもないと思うので今回はパスです。 何言っても蛇足になる。 言語で絵の美しさを語るには限界があるのですよ。←語彙力貧困者の言い訳。
 Nさんじゃないけど本当に、アニメのキャラデザと作画、メロンさんがなさればよかったのに~。

 





ランクS(7)







 翌日の朝、青木は捜査1課を訪れた。昨日、入手してきた資料を竹内に渡して来いと薪に命じられたのだ。
「悪かったな、青木」
 捜一の仕事なのに、と竹内は済まなそうに箱を受け取り、心安い笑みを見せた。
「いえ。あと、室長から伝言です。この中に有力な手掛かりがあるから、よく確認してくださいって」
「え、どこに」
「それが……訊いても教えてくれなくて」
「徹夜して探せばいい」などと上司の意地悪をそのまま伝えるわけにも行かず、青木は口ごもった。何とか上手いフォローはないものかと考えるが、思いつくのは白々しい嘘ばかりで、余計に竹内を怒らせそうだった。

「はは、室長らしいな。ま、俺でもそうするけど」
 意外なリアクションを受けて、青木は眼を瞠る。薪の仕打ちは鬼だと思ったのに、常識人の竹内がその行動に賛同するなんて。
「だってそうだろ。犯人はあの男で間違いないし、これ以上被害が拡大することもない。あと必要なのは、本当の動機を見つけることだけだ。この事件が犯人の動機に深く関わっているのなら、細部に至るまでしっかり読み込んで理解すべきだ。それは事件担当者である俺の仕事だ」
 合理性や時短などが優先されがちな一課の仕事だが、警察の仕事で一番大切なのは犯罪を防ぐことだ。それには犯人の心を理解し、その上で彼らを送検することが重要だ。再犯防止は取調室から始まると言っても過言ではない。
 昔、捜査一課に在籍していた薪はそれを知っていて、だから竹内にはちゃんと彼の気持ちが伝わったのだ。単なる意地悪だと思った自分を、青木は峻烈に恥じた。

「青木。室長に礼言っといてくれ」
 よっ、と段ボール箱を持ち上げて踵を返そうとした竹内は、青木の顔色に気付いて足を止めた。カウンターに箱を戻して青木の顔を下から覗きこみ、「どうした?」と優しく聞いた。言い方が薪にそっくりだと思った。竹内は捜一のリーダー、部下の悩みを聞くことも多いのだろう。またひとつ、二人に共通する項目を見つけて、青木はジリジリと焦げ付くような痛みを覚えた。
「なんかおまえ、今日めちゃめちゃ元気なくない? ていうか、眼、赤くない?」
 薪とケンカしてしまったのだ。当たり前のように寝不足で、食欲もない。
「昨夜ちょっと寝不足で」
「なに。もしかして女?」
「……実は」

 話の内容を察して、竹内は青木を喫茶室に誘ってくれた。喫茶室と言っても自動販売機と吸引式灰皿が3台と古ぼけた3人掛けのソファが2つ置いてあるだけの部屋だが、始業前にここを利用するものは少ない。内緒話には適していた。
 そのとき青木が竹内に昨日のことを話してしまったのは、相談したかったわけじゃない。優越感を抱きたかっただけだ。
 竹内は薪のことが好きで、捜査官としての彼をとてもよく理解しているし通じるものも多いけれど、現実に薪の傍にいて彼と過ごしているのは自分なのだと、自分に言い聞かせたかった。もちろん薪の名前は伏せて、相手は交際中の彼女だと偽ったが、後から考えてみれば危ない橋を渡ったものだ。

「ふーん。仕事に付き合って欲しいって頼まれて、帰りにホテルのレストランに誘われて、彼女がもっとワインを飲みたいからって部屋を取ったと。おまえ、その状況で『これから仕事だったよね』て相手に言ったわけ? バカ?」
「だって最初からそういう約束で」
「それ、普通にホテルデートじゃん」
 ホテルデート? 薪が?
 ないない、と青木は首を振った。

「それは違います。そういうことしてくれる人じゃないんですよ」
「どう聞いてもそうとしか思えないけど。ちなみに何処のホテル?」
「横浜のPホテルですけど」
「ほら見ろ、確定だ。夜景が綺麗なことで有名なホテルじゃないか。しかもスカイレストランの窓際席なんて、飛び込みで取れるもんじゃないだろ。彼女、前々からおまえのために予約してあったんだよ」
 さすが竹内、デートスポットと女心には詳しい。が、この場合は当てはまらない。薪は男だからだ。

「昨日は火曜日でしたし、たまたま空きがあったんじゃないですか。本当に、夜景とかホテルデートとか、そういうロマンチックなシチュエーションに興味がない人なんですよ。基本、床に胡坐で家飲みだし」
「ふうん。いま流行のオヤジ系女子ってやつだな」
「オヤジ系というか、オヤジそのものというか」
「そんなにオヤジ化が進んだ女なのか? おまえも変わった趣味してんな。……まあ、俺も今のところ、人のこと言えないけど」
 竹内がそんなことを呟いたから、青木は内心、ひどく驚いた。竹内の彼女と言えばモデルとか女優の卵とか、とにかく人目を惹く美人と相場が決まっていたのに、現在はオヤジ系女子と付き合っているのか。興味はあったが、それを聞くと自分のことも話さなくてはいけなくなるので、聞こえなかった振りをした。

「どっちにせよ、女が『らしくない』行動を取るときってのは何かあるんだよ。そこを察して、彼女が胸のうちを曝け出せるようにしてやるのが恋人の役目だろ」
 なるほど、捜一の光源氏らしいポリシーだ。青木の相手は女の子ではないが、竹内の言うことにも一理ある。
 思い出してみれば、昨日は珍しいことの連発だった。薪は何か自分に話があったのかもしれない。それは重要なことで、それでホテルのレストランに誘ったのかも。

「昨日はオレ、ちょっと考えてたことがあって」
「だろうな。おまえ、少しヘンだったよ」
 竹内が薪を送ると言ったとき、ついムキになってつっけんどんな態度を取ってしまった。竹内が違和感を覚えたのはそのことだろう。
「言ってみろよ。恋愛相談なら仕事より得意だぜ」
 竹内が奢ってくれた缶コーヒーを弄びながら、青木は痛烈な自己嫌悪を味わっていた。竹内は親切心から忙しい時間を割いて青木の相談に乗ってくれているのに、自分の本心は彼に負けたくない気持ちでいっぱいだ。いつの間にこんなに嫌な人間になったのだろう。謙虚さとか素直さとか、若輩ゆえに手にしやすい美徳を、自分はどこで失くしてきてしまったのだろう。

「オレ、本当にダメだ……」
「そうだな。なに考えてたか知らないけど、自分の考えで頭いっぱいで、彼女のオトメ心にも気付いてやれないようじゃダメだな。……俺も人のこと言えないけど」
 竹内もオヤジ系女子に振り回されているらしい。敢えて聞かないが。
「ですよね。オレ、あの人に相応しくないのかも」
「なんでそう思うんだ」
「すごくレベルの高い人なんです。仕事もできるし、美人だし、年上だし。オレみたいに低スペックの年下と付き合うより、もっとあの人を幸せにしてあげられる人が沢山いるんじゃないかって」
「それはおまえが決めることじゃない。彼女が決めることだ」
 それはそうだと思った。薪が自分で選べばいい。青木が口を出すことじゃない。
 だけど、そう潔くはなれないのが恋の厄介なところで、青木のように直ぐに気持ちを切り替えられない男には、スマートな恋愛はなかなかに難しい。

「彼女に決めさせるんだ。おまえはおまえらしくしてりゃいい」
「竹内さんみたいに、自分が相手に選ばれる自信がある人はいいですけど」
「俺だって自信なんかないよ。ここ4年ほどで何人の女に振られたか知ってるのかよ」
「え。竹内さんでも振られることなんてあるんですか?」
 オブラートも被せずに聞き返してしまった。それほど驚いたのだ。竹内は一瞬固まり、缶コーヒーの小さな飲み口から中身が噴き出るほど強く缶底をテーブルに打ちつけながら、
「ああああああるわけないだろ! 俺を誰だと思ってんだ、捜一の光源氏だぞ!」
 意外と分かりやすい。
「他人にヘンなこと言うなよ?!」
「はいはい」
 青木が気のない返事を返すと、竹内はわざとらしく咳払いをして、「とにかく」と仕切り直しの言葉を発した。

「男なら、いつも余裕を持ちたいよな。お互い頑張ろうぜ、オヤジ女子の攻略」
 はい、と青木は頷いた。なんだか少し、肩が軽くなった気がした。





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 一昨日からたくさん拍手送ってくださってる方、どうもありがとうございますー。 更新、がんばりますです。(^^


 ところで、メロディ発売まで1週間になりましたね。 今度の話は特別編なんですよね。
 これまでの傾向を見ると、特別編は事件よりもキャラの心情に迫る話が多い気がするので、次の話はズバリ、
「すずまきさん心情編」
 だと思うの!!

 できれば舞台は旧第九希望。(←オヤジ好き♪)
 そして内容は隠蔽工作を強要されて苦悩する薪さんを抱きしめて慰める鈴木さん希望。

 最近、鈴薪さんの妄想ばっかりしてたせいか、超楽しみです。(〃▽〃)


 






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 青木が帰った後、捜査1課は2人目の、それも同じ第九からの来客を迎えた。

「室長。どうしました?」
「箱に1冊入れ忘れまして。紛失したら大変なので、お持ちしました」
 驚いて駆け寄ってきた竹内に、薪は相変わらずの冷淡さで答えた。口振りはともかく、彼が竹内の仕事に協力してくれたことに変わりはない。竹内は素直に礼を言い、薪が差し出したファイルを受け取った。

「……なんか、眼、赤くないですか?」
 その理由はプライベートなことかもしれない。そう考えると聞くのも躊躇われたのだが、澄みきった彼の瞳が見られないのはとても残念で、ついつい竹内は要らぬお節介を焼く。予想通り彼からは、木で鼻を括ったような答えが返ってきた。
「あなたには関係ありません」
 不機嫌を露わにしたところを見ると触れて欲しくなかったらしいが、さすがにそれも大人げないと思ったのか、薪は小さな声で付け足した。
「昨夜、ちょっと寝不足で」
 どこかで聞いたような答えだ。

「あの、ちょっと訊きたいことがあるんですけど。いいですか?」
 それでは、と踵を返す薪を、ふと思いついて竹内は呼び止めた。薪なら知っているかもしれない、と考えたのだ。
「青木のことで」
 聞こえない振りで遠ざかろうとした薪の足が止まった。相変わらず、青木の名前には顕著に反応する。青木は薪のお気に入り、眼を掛けている部下の情報は公私に渡って仕入れておきたいのが上司の心情だ。竹内はそこに付け込むことにした。
「青木が交際してる人って、三好先生ですか?」
 そんな内容だとは予測しなかったのだろう、薪はやや充血した亜麻色の眼を丸くして、竹内の質問に答えをくれた。
「違う、ます、と思われますです」
 よほど動揺したのか、文法がとっちらかっている。珍しいこともあるものだ。
「そうですか」
 二人の共通の友人である薪が知らないのなら、やはり違ったのだろう。竹内はホッと胸を撫で下ろした。

 実は今年の春から、竹内は雪子と交際を始めた。が、いま一つ進展が思わしくない。今迄とは勝手が違うと言うか、雪子の反応が普通じゃないと言うか、平たく言えば、付き合って半年にもなるのにまだ男女の関係になれないでいる。これまでの竹内の歴史には無かったことだ。
 そんな折、青木から恋愛相談を受けた。青木の周りにいる女性で、「基本床に胡坐で家飲み、仕事ができて美人で年上」とくれば雪子以外に思いつかない。あの二人は友人だと思っていたが、違ったのかもしれない。一向に自分の前で女になってくれない雪子の態度を考え合わせると、竹内の疑いは無理からぬことであった。

「どうして青木の相手が雪子さんだと?」
「青木が言ったんですよ。オヤジ系女子と付き合ってるって」
「あのやろー……」
 薪は低い声で凶悪に呟き、一瞬竹内は彼の不機嫌の理由を友人である雪子をオヤジ系と称されたことに対する怒りかと思いかけた。が、薪は竹内の疑惑を力強く否定した。
「絶対に違います。だいたい雪子さんはオヤジ系女子じゃありません。やさしくて思いやりがあって一途で奥床しくて、日本撫子の鑑みたいな人です。オヤジだなんてとんでもない」
 それは俺が知ってる三好先生とは微妙に違う気がしますけど、と竹内は心の中で呟く。雪子は美人だがカラッとし過ぎていて、ロマンチックなムードに持っていくのが難しい。さらには竹内の心に、彼女のことだけは失いたくないと言う追い詰められるような感覚があって、それが彼女をベッドに誘えなくしているのも事実だ。

「いや、すみませんでした。美人で仕事ができて年上だって言うから、てっきり三好先生のことかと」
「他に何か言ってましたか? その、付き合っている女性について」
「相手があまりにもハイレベルだから、引け目を感じてるみたいでしたね」
「僕はどうしたらいいと思いますか?」
 は? と竹内が聞き返すと、薪はしどろもどろになって、
「いやあの、あくまで一般論で。恋人がそういうことを言ってきた場合、こちらはどう対処すべきかという意味で」
「引け目を感じることなんて無い、と言ってあげればいいんじゃないですか?」
「ちゃんと言いまし、あ、いや、言ってもダメなときは?」
「相手の長所を教えてあげるとか」
「言おうとしま、あ、えっと、言おうとしても聞いてもらえなくて、それでちょっとケンカになってしまっ……たと仮定した場合ですね」
 薪は言葉を切り、すっと息を吸い込んだ。一瞬だけ睫毛を伏せて呼吸を落ち着けると、ぱっと眼を開いて真剣な顔で竹内を見つめた。
「この後、どうするべきですか?」

 つっかえつっかえ話す薪の姿は、淀みなく話す彼しか見たことが無かった竹内にとってはひどく新鮮だった。彼の言う仮定上の恋人の眼には、こんな彼の姿も親しいのだろうと思うと、僅かばかりのジェラシーを感じる。男というのは身勝手な生き物だ。

「そんなの簡単ですよ」
 にこやかに笑って、竹内は言った。
「押し倒しちゃえばいいんですよ」
「……なるほど」
 相手が押し倒せるような相手ならね、と心の中で付け加える。
 納得したようなしないような顔で薪が帰って行った後、竹内は自分のデスクに戻って椅子を引き、机の下に潜り込んだ。大友が「なにやってんですか、竹内さん。一人防災訓練ですか」と声を掛けてきたから、椅子を蹴って彼の脚にぶつけてやった。
 大ショックだった。あの二人のことはずっと見てきたのに。

「ああ~、なんで今まで気が付かなかったんだろ……」
 同じ日に、二人から聞いた話があれだけ被ってて、しかも場所は捜一の資料倉庫に程近い横浜のホテル。これで気付かなかったら阿呆だ。
 薪が関心を示すのは青木の話題が出たときだけで、青木がムキになるのは薪が絡んだときだけ。思い起こしてみれば、あの時もあの時もあの時も。明々白々じゃないか。
 はあーっと大きくため息を吐いたら、猛烈に雪子に会いたくなった。
「もしもし先生。今夜、会えます?」
 携帯電話に左耳を預けながら、今のこの気持ちを受け止めてくれる相手がいることを、竹内はとても嬉しく思った。





*****

 バレたwww。

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 薪が半年間のフランス勤務に就くことを青木が知ったのは、それから2日後の金曜日。アフターの居酒屋で3人で飲んでいる時、岡部と薪が話しているのを聞いたと小池が言いだしたのだ。

「半年も羽根が伸ばせるなんて。夢のようだ」
 ビールジョッキを合わせて、小池と曽我が降って湧いたような幸運を喜び合う。3人の中で一人だけ、青木はショックを隠せないでいた。
「薪さん、そんなこと一言も」
「自分がいなくなると分かったら、俺たちが喜ぶだろ。あの人のことだから、俺たちにいい思いさせたくなかったんだよ」
 小池が思ってもいない皮肉を口にすると、曽我があははと笑った。一緒に笑おうとして、青木は頬を強張らせた。声帯が麻痺したみたいで、声が出せなかった。
「岡部さんにだけは話さない訳に行かないからな」
 副室長という立場にある岡部は、薪の予定を誰よりも早く知ることができる。薪の口から直接、話してもらえる。恋人の自分よりも薪の予定に詳しい彼が、ひどく羨ましかった。

「ところで、今日は宇野、どうしたの?」
「残業。薪さんに捕まったらしい」
「システムのアップデートかな。ここんとこ、続いてるな。宇野も大変だ」
 MRIシステムの扱いにかけては、宇野の右に出る者はいない。青木も頑張ってはいるが、とても追いつけない。
 宇野はこれまでにもシステム向上のための改革案を多数考案してきたが、ことプログラミングに関して彼の発想は天才的ですらある。薪が彼に全幅の信頼を寄せるのも頷ける。
 そんな風に、薪に頼ってもらえる宇野が羨ましいと思った。

 あの夜から薪は見事に青木を避けて、青木は仕事以外の話を彼としていない。薪は頑固で、怒らせたら始末に負えない。下手に刺激すると彼の怒りは倍増する。すでに何度も経験済みだ。怒りが治まるまで待つしかないのだ。
 このまま遠ざけられてしまったらどうしよう、という不安を抱えていたところに、半年間ものフランス勤務だ。青木が絶望的な気分になったのも無理はなかった。

「どうした青木。身体の具合でも悪いのか」
「いえ。ちょっと寝不足で」
「そうなのか? じゃあ、今日は早く帰って寝ろ。明日そんな顔で研究室に来たら、薪さんに『役立たずは要らん』て怒鳴られるぞ」
 薪は実力主義で歯に衣着せぬ物言いをする。実際、それで辞めて行った部下も多い。それに腹を立てた薪が、「根性なしに仕事を教えるのは時間の無駄だから無暗に新人を寄越してくれるな」と警務部長に直談判したとか。それから青木の下には誰も入ってこなくなってしまった。と言うのも、既存の職員は第九の恐怖政治の噂を聞き及んでいるので、転属に難色を示すのだ。そこでまた薪が「仕事意欲のない者は使いものにならん」と切り捨ててしまうから、第九の労働条件はいっこうに改善されない。
 第九の人員不足による過剰労働は深刻な問題だが、今の青木にはもっと身に迫る心配事がある。薪のプライベートから自分が切り捨てられるのではないかと言う不安だ。

「そうですね。オレ、本当に役立たずで」
 青木は自嘲した。岡部や宇野のように、自分が薪にとって欠かせない人間だったらこんな気持ちにならなくて済むのに。色々なことが重なって、今の青木は自分にどんな価値も見い出せずにいた。
 いつもと違う後輩の雰囲気に気付いたのか、小池と曽我は顔を見合わせ、青木が欲している言葉を投げてくれた。
「何言ってんだよ。おまえは充分役に立ってるよ」
「どんな風に?」
「「薪さんのスケープゴート」」
 それは本人のお墨付きですが。
「薪さんにも言われました。オレを苛めるとストレス解消になるって」
「ほらほらやっぱり」
「おまえは第九には欠かせない男だ」
「ひどいなあ」
 苦笑して、ビールジョッキに口を付ける。ついぞ感じたことのない苦みが、青木の口の中を手酷く痛めつけた。大好きなビールが美味しくないなんて、よっぽどだと思った。

 こんな気分で飲んでいても楽しくないし、場を白けさせてしまうだろう。二人の気遣いに甘えて、今日は帰らせてもらおうと青木が膝を正したとき、小池が再び薪の話を始めた。
「それでさ。薪さんがフランスに行くとき、第九から誰か一人連れて行くって」
「え、マジで? 嫌だなあ、俺」
「おまえ、フランス語できないだろ。行くとしたら言葉に不自由しない今井さんか俺か、あ、青木、おまえもフランス語いけたよな」
「日常会話程度でしたら」
「じゃあ、おまえかもしれないな。今回は捜査協力じゃなくてフォーラム開催の準備だって話だし。会の内容を決めたりプログラムを作ったり。おまえ、第九に来るまえ総務に居たから、経験もあるだろ」

 自分の名が候補に挙げられたことで、青木はようやくその可能性に気付いた。連動して、竹内との会話が思い起こされる。
 もしかしたら薪はあの夜、この話をしたかったのではないか。
 薪の屈折した性格と分かりづらい優しさと、もっと分かりづらい可愛らしさを考え合わせれば、可能性は高いと思った。薪は照れ屋だからなかなか言いだせなくて、そこに自分が彼の気を萎えさせるようなことばかり言ったから、だからあんなことになってしまったのではないか。

「小池さん、今日オレに奢らせてください! すみません、追加オーダーお願いします!」
 店員に向かって声を張り上げた青木を見て、小池はぼそりと呟いた。
「分かりやすいよな、青木って」
「ホント」
 突然元気になった後輩の紅潮した頬を皮肉な眼で眺めつつ、小池と曽我は軽くジョッキを触れ合わせた。



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 薪の渡仏が正式に通達されたのは、翌週末のことだった。
 金曜の朝のミーティングで副室長の岡部の口から予定が告げられると、すでに情報を得ていた部下たちは余裕の表情でそれを受け止め、室長の薪を不機嫌にさせた。なんでみんな知ってんだ、と薪が岡部に小声で噛み付く様子を見て、部下たちは心の中で苦笑した。室長のこんな姿も、しばらくは見られなくなるのだ。

「フォーラムにはもう1名、第九から参加することになっている。その者には室長と一緒にフランスに行って、準備委員会に参加してもらう」
 薪の同伴者に話が及ぶと、青木はにわかに緊張した。心臓がどきどきする。薪からは何も聞いていないが、期待してもいいはずだ。その期待は、書類から顔を上げた岡部と眼が合ったとき確信に変わった。
 が、次の瞬間、岡部は青木から眼を逸らし、
「宇野。おまえに頼む」
 はい、と頷いた宇野の落ち着き払った声音から、事前に本人の了承を得ていたのだと分かった。
 考えてみたら当然だ。決まりを付けなければいけない仕事もあるし、パスポートの用意もある。先週から宇野は残業続きで、1度も青木たちのアフターに付き合わなかった。そこから察するべきだったのだ。

 朝礼が終わった時、青木は立っているのがやっとだった。
 半年間、薪と会えなくなる。顔を見ることもできない、声を聞くこともできない。
 半年は長い、長過ぎる。今の青木の心理状態では、半年どころか6日も持ちそうになかった。

 小池と曽我が自分たちの席に戻りながら、「宇野かあ」「意外だな」と囁き合うのが聞こえた。尤もだ、と青木は思った。語学の得意な小池や今井が選ばれるならともかく、宇野はフランス語に堪能な職員ではないからだ。
 システムプログラミングでは足元にも及ばないが、イベントの準備なら総務部の経験がある自分の方が絶対に役に立つはずだ。フランス語だって決して得意ではないが、全然喋れない宇野よりはマシだ。
 自分の方が薪の役に立てるのに、どうして。
 そう思ったら、矢も楯もたまらなかった。薪を追って室長室に入ろうとした岡部を強引に捕まえて、「岡部さん」と切羽詰まった声で彼の名を呼べば、岡部はそれだけで青木の気持ちを察して、無人のミーティングルームに青木を連れて行ってくれた。

「どうして宇野さんなんですか。フランス語、喋れないのに」
 単刀直入に聞いた。言葉を飾る余裕も、言い方を考慮する思いやりも持てなかった。
「薪さんが決めたことだ」
 直球の質問には、直球の答えが返ってきた。岡部は青木を憐れむような眼で見ていて、それは彼の優しい心根から来るものだと青木は重々承知して、でもその時はそれが無性に腹立たしかった。レベルの低い人間が高みにいる人間に見下ろされている気分、多分生まれて初めて味わうプライドが傷つく痛み。その壮絶さに、青木は我を忘れた。

「それはきっと薪さんの本心じゃありません。先週、薪さんはオレにこの話をしようとして、でもオレが余計なことを言ってあの人を怒らせてしまったから、それでつむじを曲げて」
「青木。おまえ、自分が何を言ってるか分かってるのか」
 岡部の声が尖って、彼の不快を青木に教えた。薪が仕事に私情を持ち込まない人間だと言うことは知っている。でも、それに拘るあまりフランス語ができる青木を候補から外すのはおかしい。小池や今井が選ばれたのなら納得も行くが、IT以外に取り得のない宇野では仕事の主旨に合わない。いっそ、青木への当てつけとしか思えないではないか。
「だって、半年ですよ? 半年も日本を離れるのに、薪さんがオレ以外の誰かを同伴者に選ぶなんて」
 パシッと青木の左頬で乾いた音がした。岡部の平手打ちは全然痛くなかった。痛みを与えるためではなく、黙らせるために叩いたのだと分かった。それ以上言ったら傷つくのは青木自身だと、彼は知っていたのだ。

「何があったか知らんが、今日のおまえは最低だ」
 三白眼を恐ろしく光らせ、岡部は低い声で言った。
「フォローしないあの人も悪いけど、今のおまえは酷すぎる。薪さんがおまえを同伴者に選んだら、俺が全力で潰してやるよ」
 やさしい岡部に、こんなことを言われたのは初めてだった。自分が岡部に甘えているのは自覚していた。本当は慰めてもらいたかったのだ。皆の前で正式に発表したのだから、この人事が覆ることはない。解っていて、だから吐き出さずにいられなかった。

「そんなにオレ、あの人に相応しくないですか?!」
 それを一番よく分かっているのは青木自身だ。薪の一番近くでいつも彼を見ている、その幸せと辛さを毎日味わっている。
「吊り合わないのは分かってます、でもオレだって必死で」
 頑張っても頑張っても届かない、人間には持って生まれた才覚と限界があって、それは努力だけではどうにもならない。器を満たすことはできてもそれ以上は溢れ落ちるだけで、際限なく器を広げて行けるのは薪のような選ばれた人間だけだ。それでも。

「あの人に相応しい人間になろうと、オレはずっと」
 無駄な努力を続けてきたのは彼の傍にいたかったから。認めて欲しかったから、褒めてもらいたかったから。
 人間的成長とか向上心とか、自分が善良で前向きな人間でいられるように飾り付けた薄っぺらな装飾を取り払ってみれば、現れるのは子供じみた欲求。認められたいと言う欲望は常に人の奥底にあって、それがなければ成長もないが目の当たりにするとその厭らしさに鼻白む。向き合うには覚悟がいる相手だ。

「何をしている。仕事中だぞ」
 その声は青木を硬直させた。どこから聞かれていたのかと思うと、振り返ることもできなかった。
「岡部。室長会の引継ぎのことだが」
 青木の黒い瞳には絶望と悲哀が浮かんでいたはずなのに、それは黙殺され、薪は青木に視線もくれず岡部に話しかけた。青木の胸がギリッと痛む。誰かに心臓を握られでもしたようだ。

 青木は黙って部屋を出た。
 薪の冷たい横顔が、目蓋の裏にずっと残っていた。




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 発売日ですよっ!
 ネタバレ防ぐために昨日からネット見てません。
 前号泣ける話だったから特別編は明るいお話だと、勝手に思ってます。 楽しみだな~~。



ランクS(11)







 科警研の正門の前には、美しい銀杏並木が続いている。季節柄、黄色く染まったそれらを眺めつつ、青木は寒風に肩を竦めた。興奮状態で出てきたから、コートを持って来るのを忘れてしまったのだ。

「あれ。青木じゃないのか」
 とりあえず頭が冷えるまでと、行く宛てもなく歩いていたら誰かに呼び止められた。振り返ってみると竹内だった。彼は一人で、捜査なら一課の決まりで誰かと一緒のはずだと思いながらも聞いてみた。
「事件ですか」
「いや、これから例の女子大生のアパートに。現場百回、行き詰ったら出発点に戻れ、事件が終わったらもう一度戻れってね。岡部さんによく言われた」
 終わった事件の現場に、戻ると言うよりは被害者に報告に行くのだろう。ならば部下を伴うこともない。彼が単独で行動している訳に納得して、青木は深く頷いた。
 岡部らしい教えだ。そして、それがきちんと受け継がれていることの素晴らしさ。岡部が捜一で伝説になっている理由が分かった気がした。

「おまえは?」
「……コーヒー豆の買い出しに」
「こんな朝っぱらから?」
 咄嗟に吐いた嘘に、捜一のエースが疑問を持たない道理がない。青木は嘘が下手くそだ。つい口ごもってしまったし、眼も逸らしてしまった。だけど竹内はにこりと笑って、
「豆選びからおまえがやってんだ。美味いはずだよな」と話を合わせてくれた。鋭く真相を見抜く、だからこそ相手を気遣える。その優しさも岡部から受け継いだものなのか。二人の師弟関係に、青木は感動を覚えた。

「おまえのコーヒー、ほんと楽しみでさ。また今度、飲ませてくれよな」
「あんなつまらないものでよければ、いつでも」
「つまらないなんて言うなよ。あれがなかったらこの事件、こんなに早く送検できなかったかもしれないんだから」
 事件に貢献したのは薪の推理力で、自分は何もしていない。青木がそう言うと、竹内は「いいや」と片手で青木を制し、
「室長の推理を聞かせてもらえるようになったの、あれ、おまえのコーヒーのおかげだ」
「あはは、そんなわけないでしょ」
 たかがコーヒーだけどそれが室長を動かしていると竹内は言い、そんなものがなくても薪は事件解決のためには労を惜しまないはずだと言う青木の意見を否定した。
「少なくとも、昔はあんなに協力的じゃなかった」
 それからちょっと悪戯っぽく笑って、
「一口飲むたびに室長の顔がやさしくなるの、あれなに? ヤバいクスリでも入れてるのか?」
 そんな冗談を残して、竹内は地下鉄の入り口に消えた。背中が粟立つような風に嬲られながら、しばらくの間、青木はその場に立っていた。

「現場百回、か」
 捜一のエースと呼ばれるようなベテラン刑事になっても、先輩の教えを忘れず。彼は何度も何度も現場に足を運ぶ。
 でも岡部が竹内に教えたのは、現場に戻るという行動パターンそのものではない。もっと根本的なもの、行動の源泉となるもの。それは警察官の魂の柱。

 思い当たって、青木は地下鉄に乗った。2駅離れた地区にある児童公園を目指す。石造りの門柱、ブランコと滑り台、3段しかないジャングルジムと小さな砂場。一度しか訪れたことのない何の特徴もない公園を、青木はしっかりと覚えていた。
 何年前だったか、ここで初めて殺害された被害者の死体を見た。正確には見せられた。
「薪さんのジャケットにゲロ吐いたんだよな、オレ」
 当時のことを思い出すと、恥ずかしさに膝が折れそうになる。新人の頃は本当に何もできなくて、薪や岡部に迷惑を掛けてばかりいた。未熟な青木を、第九全員で育ててくれた。みんな惜しみなく自分の知識を青木に与えてくれた。
 仕事への理解が深まるほどに、その難しさと先輩たちの、特に薪の凄さが分かってきた。漠然とした尊敬は、具体的な畏怖に変わった。強烈な憧れと羨望と、だけど何処かしら危うい彼にどんどん惹かれて、青木は薪の擒になった。
 毎日毎日、薪の背中を追いかけた。その細い背中はいつも凛として、青木や他の部下たちを力強く導いてくれた。
 その背中から、青木は多くのものを受け取って来た。
 何を、と具体的には言い表せない、でも仕方がない。岡部が竹内に教えたものと同じで、それは言葉では伝わらないものなのだ。
 その大切なものを放り出して。自分は何をやっているのだろう。

「はあ……」
 今度こそ、青木はその場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。傍から見たらリストラされてそれを家族に言えなくて公園で悩んでいるどこぞのお父さんみたいだ。
 屈んだら、あのとき背中に密着していた薪の温もりを思い出した。MRIのマウス操作を教えてくれた時の、小さな手のあたたかさも。

 いつも一番早く第九に来て、一番遅くに帰って。誰よりも忙しいのに誰よりも余裕があるような顔をして、だからみんな遠慮なく薪に仕事の相談ができる。そして薪も当たり前のように、自分の仕事より部下の相談を優先する。
 そんな彼に導かれることの、なんて大きな幸運。その彼の傍らで、恋人としての愛情を与えられることの奇蹟のような幸福。まるで世界中の幸せを独り占めしたみたいな気分に浸っていたあの頃の気持ちを、青木はようよう思い出す。

 神さまに運命に、自分をこの世に送り出してくれた父に母に、薪と自分を取り巻くすべての人々に、いくら感謝しても足りないと、そんな気持ちで一杯だった。なのに。
 いつの間にか思い上がって、いくら自分を戒めてもその癖は抜けなくて、それは付き合いが長くなれば普通のことかもしれないけれど、放置してはいけない。同じ間違いを何度繰り返しても、自分自身が諦めてしまっては負けなのだ。
 現状に満足してはいけないと、少しでも彼に近付こうと、努力に努力を重ねても、その距離は縮まるどころか開いていく一方で、でも。
 今日人生が終わるわけじゃない。今はまだ道の途中じゃないか。

 薪の背中をひたすらに追いかけて、まるで子供が親の作ってくれた道をそうとは知らずに歩いて行くように、自分がしていることはそれだけかもしれない。それでもこうして振り返れば、そこには自分の足の跡。
 自分が歩いた後ろにも、ちゃんと道はできるのだ。
 目的地までの最短ルートでなくてもいい、真っ直ぐでなくてもいい。時々は後戻りしてもいい、行き止まりに当たったら別の道を探せばいい。
 大切なのは歩みを止めないこと。止まらない限り道は伸びていく。

 青木は立ち上がった。薪を真似て、シャンと背筋を伸ばす。自然に顎が上がって、今までとは違った風景が見えた。
 昨日よりも一段高い場所。きっと薪も。

「朝のコーヒーが無いと仕事にならないって、小池さんに文句言われるな」
 急いで帰らなきゃ、と青木は軽く走り出した。走りながら青木は、帰りに珈琲問屋でとびきり美味しい豆を買って帰ろうと思った。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ランクS(12)

 昨日の夜、メロディ読みました。 諸事情ありまして、読むのが遅くなりました。

 内容は、
 予想もしない話で驚きました!!
 まったく、わたしの秘密の次回予想は一度も当たったことないよ☆


 SSの下に感想書いてあります。
 ネタバレしてますので、コミックス派の方はご注意くださいね。





ランクS(12)







 その日、いつものように午後九時を回った頃に帰宅した薪は、マンションのエントランスに見慣れた長身を見つけた。しばらくは凹んで来れないかと思ってたのに、案外図太いやつだ。

「なにか用か」
「薪さんにお話があります」
 今さら何だ、と薪は不快感を顕わにする。顔も見たくない、と言ったのは言葉のあやじゃない。あの時は本気で怒っていたのだ。ちょっとやそっとで冷めるほど小さな怒りではない。薪は冷たく言い放った。
「話すことはないと言っただろ」
「まあまあ、そうおっしゃらず」
 ニコニコしながらも押しが強い。薪の冷たい視線に怯まない。好ましい青木の姿を久しぶりに見た気がした。
「薪さんの好きなお酒も用意しましたから」
 モノで釣ろうなんて自分も安く見られたものだと、思いつつも青木の手元に視線が吸い寄せられる。大好物の吟醸酒だった。
「……まあ上がれ」
 こちらの誘惑には悲しいくらいに弱い。オヤジと言う生き物の特徴を、青木はよく理解している。

 部屋に入った薪は、簡単な食事を用意した。自分と、多分未だ夕食を摂っていない青木のためだ。休みの日に作って冷凍しておいたキノコご飯をおにぎりにして、パーシャル室にあった鮭の切り身をピカタにする。マカロニサラダは昨夜の残り物だが、食べてみたら充分イケた。
 料理をリビングに運ぶのは青木の仕事で、それを取り分けるのは薪の仕事だ。打ち合せなんかしなくても、共同作業はスムーズに進む。言葉も要らなくなるほどに繰り返された日常に、薪の気持ちが少しずつ穏やかになって行く。

「どうぞ」と酒瓶を傾けられて、薪はぐい飲みを差し出した。美濃部焼のぐい飲みを満たした酒は、フルーティな香りを楽しめるギリギリの温度に冷やされていて、それは薪の好みの正鵠を射る。思わず頬が緩んだ。簡単には許すまいと自分に言い聞かせていたのに、どうにも旗色が悪くなってきた。
 理由は、青木の態度にある。
 あの夜以来、取りつく島もない薪に対して青木が取るであろうと、これまでの経験から打ち出された彼の行動パターンは2種類。土下座して謝るか、必死で薪のご機嫌取りをするかだ。ところが今夜の青木はそのどちらもしないから、調子が狂ってしまう。
 遠慮なくおにぎりを頬張る彼の姿は、いつもと変わらない。忙しく口を動かしながら笑う顔も、「とっても美味しいです」と言う単純な褒め言葉も、薪の心を元気にしてくれる。今回はこのまま誤魔化されてやるか、と薪は思い、勧められるままに杯を重ねた。

 食事の後、本格的に飲む前に風呂に入ろうと青木が言い出した。
「先に行って用意してますから」と青木がバスルームに向かったので、薪は吟醸酒と茎ワカメの酢の物を冷蔵庫にしまい、着替えを用意して青木の後を追った。脱衣所のドアを開くと何故か灯りが点いておらず、薪は驚いて立ち止った。
「青木?」
「中です。薪さん、入ってきてください」
 磨りガラスの向こうから、青木の声がした。脱衣籠には青木の服が置いてあるから、彼は普通に風呂に入っているらしい。でもどうして暗闇の中で?
「防災訓練か?」
 押し戸を開けると、中は意外にも明るかった。光源は、棚の上に3つほど並んだ蝋燭だ。小型の植木鉢みたいな入れ物に入っていて、近くで見るとカラフルでいい匂いがする。アロマキャンドルというやつだ。
「非常時を想定して日常生活の訓練を」
 真面目な顔で惚けたことを言う、青木とのこういう会話を薪はとても楽しみにしている。

 薪の風呂好きを、青木は心得ている。薪を楽しませようとあれこれ考えたのだろう。そんな時間があったらMRIシステムのアップロードの仕方でも覚えて欲しい。宇野がいない間、それは青木の仕事になるのだ。
 まったく無駄なことばかりして、と思いながらも青木と向かい合う形で湯船に身を浸し、眼を閉じる。心地良さに息を吐いて、唐突に薪は気付いた。自分のやり方が間違っていたのだ。

 先日、青木に話したいことがあってホテルデートを目論んだ。青木にはショッキングな内容だと思ったから気を使ったつもりだったが、それが間違いだった。
 平凡でいい、ありふれたものなら尚いい。そういったものにこそ自分が幸せを感じるように、青木も薪との日常を大切にしている。いつも通りこの家の中で、虚言を交えずに話をすればきっと彼は分かってくれたはずだ。自分は、余計なことをしたのだ。

 ゆらゆらと揺れるキャンドルの光が、青木の横顔を頼りなく照らす。眼鏡を外して前髪を下げた彼の顔はかつての親友に良く似ている、でも明らかに違う。これは僕の恋人の顔だ。
 キャンドルから熱気と共に漂ってくるラベンダーの香りを吸い込みながら、薪は言った。
「こないだは本当に頭にきた」
「すみません、反省してます。男らしく無かったです」
 悪びれた様子もなく、青木は謝った。
「もう二度と弱音は吐きません。あなたに一番に必要とされる人間になれるよう、努力します。時間は掛かるかもしれませんけど、頑張ります。それまでの間は、自分にできることを見つけてそれを一生懸命やります」
「うん……まあ、がんばれ」
 年齢差とか経験値の差とか、互いを想う気持ちだけでは渡れない川に掛ける橋の掛け方を、青木は自分なりに考えたのだろう。青木が出した結論なら、支持してやろうと思った。

「あの。オレ、また読み違えてます?」
 青木の声に不安が混じった。薪の声に含まれた微妙なニュアンスを読み取ったのだろう。先日とは打って変わった勘の良さに、焦りすら覚える。本当に、人間慣れないことはするもんじゃない。
 年上の恋人に相応しく、やさしく穏やかに話をしようと思ったけれど。それは本当の自分じゃない。本当の自分でなければ本当の気持ちは伝わらない。彼に誤解を受けたくないなら、大事なのはシチュエーションじゃない。自分を曝け出すことだ。

 薪はぱっと眼を開くと、厳しい口調で青木を責めた。
「女の腐ったのみたいにウジウジぐだぐだ言うおまえの態度も癇に障ったけど。一番頭に来たのはそれじゃない」
 言葉を切ると、青木が真剣に薪の話を聞いているのが空気で分かった。
「『つまんないことばっかり』」
 はっ、と青木が息を飲むのが聞こえた。何事か気付いたらしい彼に、しかし弁解の隙を与えず、薪はまくしたてた。
「おまえはそう言ったんだ、僕がこんなに大事にしてるもののこと。一番の楽しみにしてるのに。嫌な事があっても、それがあれば頑張れるのに。僕のエネルギー源を、おまえはつまらないって」
 ズケズケと薪は言った。いつも通り、歯に衣着せぬ言い方で。相手の気持ちなど考えずに、自分が言いたいことを言いたいように言った。
「僕が怒るの、当たり前だと思わないか」
 自分に非はないと、強く薪は言い切った。青木が嬉しそうに微笑む、薪の傲慢を喜んでいる。自分勝手で強情な態度、愛する人にそれを許してもらえる幸せ。これ以上の幸福がこの世にあるか?

「オレ、薪さんにとってはけっこう価値があるんですね」
 それなりにな、と薪は嘯いた。我ながら可愛くないと思う。それでも青木はニコニコと笑いながら、
「例えるとしたら、どれくらいですか?」
 と、愚にも付かない質問を繰り出した。
「そうだな」と薪は考える振りをして、お湯を肩に掛けながら目を閉じた。ぱちゃぱちゃと液体が跳ねる音がして、肩が一時温かくなる。
「Sクラスのダイヤモンドくらい」
「うれしいですっ!」
 思いがけない高評価にはしゃぐ青木に、薪は心の中で舌を出す。青木は本当にバカだ。

 そんなんでいいのか? ダイヤなんて、所詮は石ころだぞ?
 おまえの価値はそんなもんじゃない。
 あの時、スカイレストランの窓から半分に欠けた月を見上げながら、ずっと考えていた。
 僕にとっての青木は、見えない月の半分。月がその質量を失えば、月は地球の引力から解放されて衛星ではなくなる。結果、地軸にズレが生じて地球は壊滅するんだとさ。大仰なことだ。
 おまえを失うのは、それと同じくらい不安なこと。

 自分の心を見つめ直して、薪はゾッと背筋を寒くする。言い知れぬ恐怖が襲ってくる。自然に肌が粟立つのを、暗闇がひっそりと隠してくれた。

 依存している。まだ、こんなにも。
 いつまでもこんなことじゃいけない。青木との時間は有限なのに。
 薪は自分に言い聞かせる。青木はランクSのダイヤモンド。
 その辺まで、彼の価値を落さないといけない。必要に迫られれば差し出せる、自分の代わりにそれを持っていてくれる人が信頼できる人だったら嬉しい。その程度の大切さが、期間限定の恋人同士には相応しい。

「青木」
 薪はアロマキャンドルのフローラルな香りを、胸いっぱいに吸い込む。これを用意してくれた青木のやさしさが、勇気を与えてくれるような気がした。
「フランスへ連れて行けるのは一人だけだ」
 はい、と青木は頷いた。ミーティングで発表した際、部下の誰一人として驚く様子が無かったことから彼らは事前にその情報を得ていたものと薪は判断していた。情報源は耳の早い小池辺りか。彼が最近、妙に張り切って仕事をしているようだったのは自分が第九を離れることを知ったからだと分かって、薪は小池のシフトを頭の中で組み替える。自分がいない半年間、地獄を見せてやる。
「僕は、最も適した人間を選んだつもりだ」
 青木が身を強張らせたのが、湯の震えで分かった。浴室はシンと静まって、蝋燭の芯が燃える音が聞こえてきそうだった。
 しっかりと通る声で、薪は言った。

「フランスへは、宇野を連れて行く」

 はい、と青木は三たび頷いた。即行で返ってきた返事は、青木が薪の話の内容を予測していた証拠だった。
「宇野さんのシステム改善の実績は、国際的な舞台で称賛されるべき仕事だと思います」
「その通りだ」
 フランスの原案によるフォーラムの主旨は、MRI捜査の手法について捜査員側の立場から意見を述べ合い、その未来を模索しようと言うものだった。しかし、MRI捜査の成否はいかに被験者の脳情報を正確に緻密に読み取るかに係っていると言っても過言ではない。MRI捜査の未来を語るなら、ハード面の開発は絶対に欠かせない要素なのだ。
 会議内容にITテクノロジーのトピックを盛り込むためには、執行委員たちに第九のMRIシステムがどこまで進化しているのかを見せる必要がある。それには宇野の力が必要だ。

 人選もその理由も、青木は正しく薪の考えを読んでいた。理解されることの幸せ、小さな諍いのおかげで余計に貴重なものに思える。
「また拗ねるようだったら押し倒してやろうと思ったのに」
「はい?」
「何でもない」
 自分がオヤジ系女子にされたことをネタに、苛めてやろうと思ってやめた。今夜はもう充分に毒を吐いた。この後は甘く過ごしたい。
 吟醸酒は明日の楽しみに取っておいて、風呂から上がったら青木をベッドに誘おうと心に決めた。今夜は少しだけ大胆になろうと薪は思い、それが青木をどんなにか喜ばせるだろうと想像して弾むような気持ちになった。
 時間と共にアロマキャンドルの香りは浴室を満たして、薪を夢心地にさせる。安逸なほの暗さを、薪は心ゆくまで楽しんだ。

 そして1時間後。
「暗いと時間の感覚がズレるみたいで……すみません、立てません」
 脱衣所の床にうつ伏せになった大男の隣に屈み、薪は内側に曲げた拳に尖った顎を乗せた。
「僕は来週には日本を発つ。次に僕を抱けるのは半年後だけど、いいのか?」
「それはっ、――、うううう」
 起きようとして両腕を突っ張るまではよかったが、目眩に襲われたのだろう、青木は眼を閉じて再び床に沈んだ。再チャレンジするも結果は同じで、仰向けに寝返りを打つのがやっとだった。
 やれやれと薪は立ち上がり、洗面所の水で冷タオルを作って青木の額に当ててくれた。首筋と脇の下にも宛がって、のぼせた青木を介抱してくれた。世話を焼く彼の仕草は、どことなく楽しそうだった。
 それから彼は青木のために、冷蔵庫から冷たい水を持ってきてくれた。飲みやすいように青木の頭を自分の膝に乗せ、震える青木の手に自分の手を重ねてペットボトルを傾けた。風呂上りの彼からはとてもいい匂いがして、それが湯当たりからくる茫洋さと重なって、青木は自分が天国にいるような気がした。

「青木」
 やさしい声が春風のように青木の耳をなぶった。一足先に、春が来たみたいだと思った。
「すごく気持ちのいい風呂だった。またやろうな」
「はい」
 のぼせ上がって蕩けそうな瞳を細めて、青木は頷いた。




*****


 この下、メロディ8月号感想です。
 ネタバレしてますのでご注意ください。




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ランクS(13)

ランクS(13)





 それから半年後、MRI捜査国際フォーラムは大成功を収めた。
 MRI捜査に関しては後進国のフランスが堂々たるホスト役を務め上げたことについて、日本からのアドバイザーの力が大きかったことは言うまでもない。それは衆目が認めるところで、しかし決して日本代表の警視長はそのことに言及しなかった。日本人らしい奥床しさは、フランス警察の好意を得ることにつながった。フランス司法警察と日本警察は、この機会に友好な関係を築けたと言ってよかった。

 企画に寄与した事実の代わりに彼がフォーラムで発表したのは、自国が独自に開発を進めたテクノロジーに関する具体的な成果だった。モニター画面の分割やデータ伝送時間の短縮、情報過多による負荷への機械的な対応、オーバーフロー時の自動バックアップ機能など、捜査を効率的に進めるために不可欠な、それでいて往々にして縁の下に隠れがちなそれらに焦点を当てたトピックは、参加者たちの耳目を強力に引き付けた。
 彼の隣にはその開発に携わった技師の姿があり、質問は彼に集中した。日本代表である法医第九研究室室長は、その瞬間から優秀な通訳者になった。技師に質問の内容を伝え、質問者にはその国の言葉で解答を示した。解答は多くの専門用語を必要としたが、彼の答えは的確で、しかもとても分かりやすかった。

 彼らはその功績を、日本の専売特許にする心算はなかった。世界全体のMRI捜査の発展のために、プログラムとノウハウを無償で提供すると宣言した。それに伴うハードの開発はそれぞれの国に任せるより他なかったが、ソフト部分の協力は惜しまないと、徳人の態度を貫いた。
 結果、彼らはフォーラムに集った国々の賞賛を一身に浴びることになり、お株を奪われたフランスがへそを曲げるかと思いきや、フランスのMRI捜査関係者はすでに、揃いも揃って日本代表に骨抜きになっていた。会場に沸き起こった拍手の中で、最も強く手を叩いていたのは彼らだったのだ。

「ツヨシ! トレビアン!」
「メルシ、ちょ、ムッシュ、ヘンなとこ触らないでください」
 フォーラムが無事終了し、控え室に戻った薪を追いかけるようにしてやってきたフランス代表の中年男性が、賞賛の声と共に浴びせた熱い抱擁とベーゼをかいくぐり、薪は彼と距離を取った。姿勢を低くして身構える。この国は本当に、ちょっと気を抜くと大変なことになる。着いたその日に空港のトイレに2回も連れ込まれたなんて、青木に知られたらどんな目に遭わされるか。

「また投げられたいんですか、ジャン」
 綺麗なフランス語に無数の棘を含ませて、薪は彼のスキンシップを拒否した。男は薪とは対照的に砕いた母国語で、
「いいじゃない。久しぶりに会えて嬉しいんだよ」
 ジャンと呼ばれた男は悪気のない笑顔で薪を宥め、降参の印に小さく両手を上げた。

 執行委員長の彼とは、共に協力し合って準備を進めた。フランスの威信を掛けたコンベンションの責任者に抜擢されるだけあって、優秀な男だった。リーダーに相応しい人望と、他人を惹き付ける人間的な魅力を併せ持っていた。
 彼は語学に堪能で、各国のMRI捜査関係者とも連絡を取り合える立場にいた。よって、招待客とメンバーの調整は彼に任せて、薪は技術的な討議内容の雛型のみを作成すれば良かった。それは薪にとっては簡単で、他の委員たちには申し訳ないが退屈な仕事だった。

「準備期間半年の予定を3ヶ月で終わらせて帰国したときには、日本人はなんて人生の楽しみ方を知らない人種なんだろうと思ったよ」
「それは偏見です。仕事でも何でも、時間さえ掛ければいいってものじゃない。日本人は、限られた時間内で人生を楽しむ術を知っているんです。それに」
 感謝と親しみを込めて、薪は微笑んだ。
「僕は自分の国が好きなんです。あなたもそうでしょう?」
 フランス国民の誇り高さは知っている。彼らは何でも自国が一番にならないと気が済まない。彼らのヨーロッパ至上主義には辟易するが、その為に努力を惜しまない姿勢は称賛に値する。

「まさか、懇親会にも出ないで真っ直ぐ日本へ帰るとか言うんじゃないだろうね?」
「今日はお付き合いしますよ。日本から優秀なボディガードを連れて来てますから」
 薪は上着を脱いで、後ろにいた背の高い男に手渡した。振り返りもせず、男の顔を見ることもしなかった。
「彼は僕に触れる者を許しません。どうか御身を大切に」
「彼は君の?」
 青木とは初対面に近いのに、一瞬で自分たちの関係を見抜く彼らの恋愛スキルの高さには脱帽する。ジュティームだのアムールだのと日常的に口にできる国民性はどうしても馴染めないと思っていたが、あれは常日頃からその方面の鍛錬を積んでいるのかもしれない。

「oui」
 ジャンへの牽制もあって、薪は素直に彼の言うことを認めた。
「この事は他言無用です。日本はまだまだその手のことには保守的なんです」
「そうなのかい? 呆れた後進国だね。MRI捜査はあんなに進んでるのに」

 薪の背広をハンガーに掛ける青木の背中を薪が苦笑交じりに見やったとき、ドアが勢いよく開いて宇野が飛び込んできた。
「青木、通訳頼む。英語ならともかく、他はちんぷんかんぷんだ」
 天才技師として紹介された宇野は、他国の技術者の質問攻めにあったらしい。システムに関することで自分に答えられない質問はないと自負する宇野だが、質問の意味が分からなければ答えようがないだろう。
「日常会話なら何とかなりますけど、ITの専門用語になるとちょっと」
 自信が無さそうな青木の様子に、ならば僕が、と言い掛けた薪を制して、ジャンは一歩前に進んだ。薪と宇野の間に自分の身体を滑り込ませて、困難な役目を買って出た。

「ムッシュ宇野。通訳なら僕がやろう」
 ジャンは、参加国すべての言葉に精通している。彼が責任者に選ばれた理由も、その言語能力と交渉術を買われてのことだった。
「では、僕たちはレセプションパーティの準備の手伝いに」
「ノンノン! ツヨシ、この件に関しては君は遠慮してくれ。我が国のエクセレントな演出を、ジャパニーズ・OYAJIの感性でぶち壊されるのはごめんだ」
 強い口調で薪の協力を拒むと、ジャンはニヤッと笑って、
「パーティまでは2時間くらいある。限られた時間を有効に使って人生を楽しむ日本人の技ってのを、ぜひ見せて欲しいね」
 ウインクした片目にある種の情感を仄めかせ、ジャンは宇野の背中を押すようにして控室を出て行った。要は冷やかされたのだが、鈍い青木には伝わらなかったらしい。チッ、と舌打ちした薪を不思議そうに見ていたからだ。

「ジャパニーズオヤジの感性とか言われてましたけど。何かあったんですか?」
「レセプションパーティの演出プランについての会議でさ、日本の宴会の伝統芸を聞かれてドジョウ掬いを紹介したんだ。それ以来、何故かレセプション関係のミーティングには呼んでもらえなくなって」
 呆れた顔をする青木に、薪は言い訳がましく、
「腹踊りよりは品がいいと思ったんだ」と肩を竦めた。腕を回したら、肩がパキッと音を立てた。相当凝っている。自分ではそれほど意識していなかったが、かなりのストレスが掛かっていたらしい。

「そうですね。ドジョウ掬いは場が盛り上がりますしね。オレはいいと思いますよ」
「だろう?」
 軽く頷きながら、薪はソファに腰を下ろした。ネクタイを緩め、コーヒーを淹れてくれと言おうとした瞬間、
「薪さんはパーティまでの間に、人生を楽しまなくちゃいけないんですよね? オレは何をしましょうか?」
 急に後ろから抱きしめられて、薪は焦った。耳に掛かる青木の息が熱い。ジャンの言葉はパリっ子独特のスラングだらけのフランス語だったから彼には分からないと思っていたが、どうやら青木を見くびっていたらしい。

「じゃあ、まずは」
 右手を上から後ろに伸ばして、薪は青木の頭を捕らえた。そのまま後ろに仰のくと、青木はすぐに察して、薪の要求に応えた。
 異国の地で交わすキスは、フランスのデザートを煌びやかに飾るシュクレフィレの味がした。




*****

 言えないよ……この話、薪さんに「oui」て言わせたいがためだけにフランス警察を引っ張り込んだなんて言えないよ……。


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ランクS(14)

 最終章ですー。
 読んでくださってありがとうございました。(^^





ランクS(14)






「やっぱり途中で帰ってきちゃったか。薪くんにも困ったもんだねえ」
 ソファにふんぞり返って書類をめくりつつ、中園はヘラヘラと笑った。腹が立ったが、小野田はそれを飲み込んだ。過ぎたことを言い争っても仕方がない。

「僕の言った通りになっただろ」
 計画が失敗に終わったのに、どうしてこの男は満足そうなのだろう。小野田がこんなにがっかりしているのに、人の気持ちの分からない男だ。
「別に問題はないだろう。フォーラムは予想以上の成功を収めた。フランス警察からご丁寧な礼状も来ている。それに、薪くんは仕事を途中で放り出したわけじゃない。自分の仕事が全部終わって、やることが無くなったから帰ってきたんだ」
「結果的には同じことだろ」
「青木くんだって全然変わってないじゃない! 何が自分から身を引くだよ!」
 遂にキレて、小野田は叫んだ。中園の横柄な態度も危機感の無い表情も許せなかった。自分の立てた作戦が失敗したのに謝りもしないで、この男の辞書には反省と言う文字が無いのか。

「引くどころか押せ押せで、プロジェクトにまで手を出して。彼、フランス語ができない宇野君のために通訳をしてたんだよ。宇野君から送られてきた書類を翻訳してメールで送り返して、宇野君が作った意見書をフランス語に訳してメールして。その分、薪くんは自分の仕事に集中できた。予定が繰り上がるわけだよっ」
「それって悪いことなの?」
 中園の質問は尤もだと思うが素直に答えたくない、ていうか、そこは突っ込まないでくれよ!!

 計画が頓挫した根本的な理由はそこではない。スムーズに仕事が運び過ぎた、それ以前の問題だ。
「離れてたのはたったの3ヶ月。それも事件捜査じゃないから薪くんはヒマを持てあましてメールも電話もし放題、その上トゥーサンだの休戦記念日だのでチーム全体が休みになるもんだから週末ごとに帰国して、比べてみたら日本にいるときよりもデートの回数は増えたよねって、落語のオチじゃないんだよ?!」
 こんなことなら日本に、自分の手元に置いておけばよかった。その方がずっと彼らを牽制することができた。
「喚くなよ、みっともない。そんなに怒るなら、どうして国際フォーラムに青木くんの同行を許したんだよ」
「仕方ないだろ。薪くん、フランスに着いたその日に、知らない男に空港の個室トイレに2回も連れ込まれたって宇野くんが」
「……予想の遥か上を行くねえ」
 襲われキャラもここまで徹底すると見事だ。

「僕としては、バージョンアップのプログラムを各国に無償提供することの方が問題だと思うね。代価は求めるべきだよ。開発にだってそれなりの金が掛かってるんだ。どこかで回収しなきゃ」
「金なんかよりもっといいもので返ってくる。薪くんはそう思ってるみたいだよ」
「信用とか友好的な捜査協力とか? バカだな、外国からのそんなものを得るより、実質的に国益をあげて財務省に恩を売るほうがよっぽど」
「中園。それは警察の仕事じゃないよ」
 中園が小野田の答えに納得していないことは一目瞭然だったが、彼はひとまず口を噤んだ。公式発表してしまったことをとやかく言っても始まらない。彼の賢明さに満足を覚えながら、小野田は彼にだけ吐ける弱音を吐いた。

「問題はあの二人だよ。どうしたらいいものか」
「そんなに腐るなよ。この次はもっと上手く行くさ」
 嘯く中園を、小野田はじっとりと見つめた。小野田が目を細めると善人を絵に描いたような笑顔になるのだが、中園に対してだけは例外で、心の中と同じ不機嫌な顔になる。
「大丈夫だよ。薪くんのデータも青木くんのデータも、完璧だということが証明された。次は僕も本気を出すから」
 中園の瞳が冷たく光ったのを見て、小野田は嫌な予感に襲われた。かつて中園があの眼をした時、小野田の政敵たちは一人また一人と姿を消して行った。スキャンダルがマスコミを賑わせたり、過去のミスが取り沙汰されたり、家族の軽犯罪が暴かれたり。その度に小野田は権力の階段を一歩ずつ昇ってきた。彼らの失脚の形は様々で、発覚の仕方に共通点は無かった。その騒ぎの何処にも中園の姿はなかったが、薄々は気付いていた。
 でも、言わなかった。彼の暗躍なくして、自分が上に昇れないことは分かっていた。

「中園。薪くんは敵じゃないよ?」
「分かってるよ、そんなこと」
 何を今更、と中園は呆れたように笑い、読み終えた書類を抱えて席を立った。
「恐れながら官房長に進言いたします。この程度の書類にタイプミスが5箇所。あの秘書は替えたほうがよろしいかと」
「おまえに任せるよ」
 ありがとうございます、と中園は慇懃無礼に頭を下げ、官房室を出て行った。不利益になると判断すれば容赦なく切り捨てる。中園の人事評価の辛さは相変わらずだ。

 彼の評価基準は仕事ができるかできないかと言うよりも、小野田の役に立つか立たないかだ。小野田の足を引っ張ると判断すれば、例え相手が薪でも――。

 悪い予感を打ち消すように、小野田は首を振った。
 薪を自分の後継者にすることは、10年以上前からの決め事だ。旧第九が壊滅したことで遠回りせざるを得なかったが、この春ようやく、薪は官房室の一員になった。ここまで来てそれを壊すような真似は、いくら中園でもするまい。

 小野田の都合の良いように政敵が消え去ったとき、その疑惑を飲み込んだように。小野田は今回も沈黙を守ることにした。
 書類に目を戻した小野田の背後の窓の外では、2065年の春一番が吹き荒れていた。



―了―



(2013.4)



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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