Dog not to eat it (1)

 新年あけましておめでとうございます。
 昨年中は大変お世話になりました。ブログの更新ができない日も、ご来訪、過去作への拍手、コメント、ありがとうございました。みなさんにたくさんのエールをいただいたおかげで、元気に1年を終えることができました。
 未熟な管理人ですが、今年もよろしくお願いします。

 とか、しおらしいこと言っておきながらコメント溜めてすみませんー!!
 お正月休みの間にはお返事しますので! 少し待っててくださいねっ!
 

 ナマケモノの言い訳も済んだところで(おい)
 新春SSは青薪さんです。
 と言ってもお正月は関係なくて~、
 本年も広いお心でお願いします。








Dog not to eat it (1)






 ガゴンッ、と響いた派手な音に、職員たちは反射的に振り向いた。この反応は物見高さではなく、つまりは刑事の習性で、しかし彼らは一瞬で自分たちの性質を呪うことになる。
「電源切っとけって言っただろ! 何度も同じことを言わせるな!」
 あの騒音は曽我の携帯電話が薪の手によってゴミ箱に投げ込まれた音、そして薪は無茶苦茶機嫌が悪い。
「今こっちを振り向いた者。残ってデータの整理とバックアップ」
 前にも全く同じことがあったのに、なぜ振り向いてしまったのだろう。振り向いただけでアウトなんて、道端で眼が合ったと慰謝料を要求してくるチンピラよりも厳しい判定基準だ。

 薪がドアの閉まる激しい音と共に室長室に入ってしまった後、泣きながらゴミ箱を漁っている曽我を横目に、小池は、隣の席の後輩に小声で話しかけた。
「仕方ねえな、曽我のやつ。ま、今日はみんなで仲良く残業ってことで。あ、青木おまえ夜食何にする?」
「オレ、見てませんから」
「え」
「残業は、いま振り向いた人だけでしょ。オレは見てませんから」
「見てないっておまえ」
 そんなことはあり得ない、と小池は思った。
 青木は気が付くと薪を見ている。それはもう、蹴り飛ばしたくなるくらい頻繁に。
 だからと言って、青木の勤務態度が不真面目というわけではない。小池が仕事中モニターから目を離してちらっとお気に入りのアイドルの生写真を見て英気を養うように、青木は室長の顔を見てやる気を出している。それだけのことだ。
 その青木が薪の怒声をスルーなんて。そもそもこういう場合、美味いコーヒーを淹れて薪の機嫌を直すのは青木の仕事ではないか。
 室長室のドアが乱暴に閉められるのは、第九職員にとっては凶兆だ。未だロッカーを蹴る音こそ聞こえてこないが、薪は時間と共に怒りが増すタイプ。その怒りが自分たちに降り注ぐことは火を見るよりも明らかだ。
「青木。薪さんにコーヒー」
「今日は飲みたくないそうです」
 懐柔案を途中で遮られて、小池はようやく青木の異常に気付く。薪と違って顔に出すタイプではないから話してみるまで分からなかったが、青木も相当に機嫌が悪い。
 二人して機嫌が悪くて、青木は薪を見ない。この状況はつまり。

「……カンベンしてくれよ」
 小池は口の中で呟いた。
 犬も食わないなんとやら。俗に言う痴話喧嘩だ。

 この二人が特別な関係にあることは第九職員全員が知っている。薪はバレてないと信じているらしいが、9年も一緒に仕事をしているのだ。この世にそんなおめでたい職場仲間がいるものか。
 なんて傍迷惑な連中だろう、と小池は頭を抱える。プライベートのいざこざを職場に持ち込むなんて、非常識もいいところだ。ケンカなら他所でやってください、と室長に直談判したいくらいだ。命が惜しいからやらないが。

 小池はそっと席を立ち、前の席に移動した。ゴミ箱から携帯電話を救助して、壊れたところがないか確認している親友に、こそっと話しかける。
「薪さん、青木とケンカしたみたいだぞ」
「ああ、それでおれの携帯が犠牲に」
「それはおまえのせいだろ」
「いいや。携帯を投げる力がいつもより強かった」
 曽我の被害者面が癇に障ったのか、隣から岡部が口を挟んできた。
「仕事中に能天気な着メロ響かせてるおまえが悪い」
「もも○ろクローバーとか、あり得ないから」と前を向いたまま宇野が言い、2つ隣の席から今井が、
「それに、注意されるの3回目だろ。少しは気を付けろよ」
 とばっちりはこっちに来るんだからな、と全員が口を揃えると、曽我は済まなそうに坊主頭を掻いた。

「まあ、長くは続かないだろ。ケンカ相手が青木だから」
 曽我とは親友の小池が、少しだけフォローをしてくれる。一番最初に曽我を責めたのも彼だが、庇うのも彼だ。
「そうだな」と宇野が相槌を打つ。曽我と小池と宇野と青木は年が近いせいもあって仲が良い。この4人はアフターでも飲み仲間で、青木が薪の専属運転手を務めるようになってからは大分回数が減ったが、それでも週に一度は行きつけの店で顔を合わせている。
「ケンカは一人じゃできないからな」
「青木も今はまだ怒ってるみたいだけど、青木だからな」
「今日一日、持つかどうか」
「いいとこ昼までだな。あいつのことだ、昼飯食ったら忘れちまうだろ」
「青木が薪さんと上手く仲直りできるように、食堂のSランチでも奢ってやるか」
「迷惑かけられてるのはこっちだぜ。奢ってもらいたいくらいだよ」
「それもそうだな」
「やった、今日はSランチだ」
「いや、曽我はその権利ないだろ」
 室長が自室にこもってしまったのをいいことに、職員たちは仕事を中断して昼食の算段する。満場一致でスポンサーに選ばれた職員に皆が一斉に目を向けると、彼はファイルを携えて立ち上がるところだった。

「警察庁に行ってきます。戻りは2時予定です」
「え。青木、昼メシは?」
「研修センターとのランチミーティングなんです。すみません、買い出し係はだれか他の方にお願いします」
 当てにしていた財布、もとい後輩がモニタールームを出て行くと、部屋には何となく白けた空気が流れた。みんなでカフェテリアに繰り出す計画は急に色褪せ、いつものように弁当で済ませることになった。
 誰か青木の代わりに弁当買ってこいよ、と岡部が言うと、
「曽我、おまえ行ってこいよ。みんなに迷惑かけたんだから」
「冷たいやつだな、小池。おれは今、室長に怒られて傷ついてるんだよ。『好物の酢豚弁当奢ってやるよ』くらい言えないのか」
「なに甘えてんだ。おまえが携帯の電源切り忘れたからおれたちまで残業する羽目に」
「それはみんながこっちを見たからだろ? おれのせいじゃないよ」
 食いしん坊の曽我のこと、Sランチを逃したのがよっぽど悔しかったに違いない。開き直ったように彼は声を張り上げ、さらには「そもそもの原因は青木じゃないか」と此処にいない職員にすべての責任を押し付けようとした。

「元はと言えば、青木が薪さんと喧嘩なんかするから」
「僕が行って来てやる」
 後ろから聞こえてきた声に、曽我は本日二度目の地獄を見る。恐怖で固まってしまった身体を無理やり動かして振り返ると、小脇に分厚い大判封筒を抱えた薪が立っていた。亜麻色の髪に奥ゆかしく隠された秀麗な額には、青い筋が3本、いや、4本。

「仕事も手に付かないほど昼の買い出し係で揉めるなら、僕が買ってきてやる」
 何が食べたいか言ってみろ、と地の底から聞こえてくるような陰鬱な声で室長に言われて、はいそうですかと注文ができるほどの勇者は第九にはいない。それは勇気ではなく単なる危険予知能力の欠如だと知っているからだ。
 押し黙った部下たちの前で、薪は昂然と顎を反らし、
「なんだ、誰も何も食べないのか。だったら昼休みなんか要らないよな? じゃあ午後のミーティングを繰り上げよう。岡部、この資料をみんなに配ってくれ」
 室長室から出てくる際に資料を持ってくる手際の良さ。これを狙っていたに違いない。転んでも只では起きない人だ。
 渡された資料を手に、職員たちは心の中で深いため息を吐きながら、この場にいない青木と、今日は非番の山本を羨ましく思った。




*****

 全然めでたくない内容ですみません~!


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Dog not to eat it (2)

 今日はこれから成田山参拝です。
 その後いつもの銚子温泉に泊まって、明日帰ってきます。
 ではでは、行ってきまーす。






Dog not to eat it (2)






 二日後。今日も第九では、新しい事件が職員たちを待っていた。

「ではこの事件の担当は宇野と、青木。おまえに頼む」
「はい」
 二日前は互いを見ることもしなかった彼らは、しっかりと相手の顔を見て職務の伝達を行なった。与えられた指示を青木が復唱し、薪がそれに頷く。
 その様子を見て、曽我は安堵する。安心を分かち合いたくて、隣でキーボードを叩いていた小池にニッと笑い掛けた。

「仲直りしたみたいだな、あの二人」
「いや。まだだな」
 小池の見解は曽我とは違っていた。何故そう思うのかと尋ねると、小池は訳知り顔に、
「必要事項を伝達し終えたら、すぐに自分たちの机に戻っちゃっただろ」
「それが普通だろ?」
「いいや。あの二人の視線は会話終了後たっぷり5秒間は絡むんだ。目で会話してるってやつだ。
『しっかりな、青木』
『はい。でもオレ、薪さんがキスしてくれたらもっと頑張れるんですけど』
『それはここでは無理だ。家に帰ったらな(テレ)』
『はい、頑張りますっ(はあと)』
 てな感じで、うぉわおおうっ!!」
 話に夢中で気付かなかった。いつの間にか後ろに誰か立っている。
「何を話していたか知らないが、当然事件のことだろうな? それだけ喋ることがあるなら経過報告書は今日中に提出できるな?」
 気付けば周りは無人になっていた。誰もこちらを見ようとしない。先日の経験から学んでいるのだ。
「おまえなら簡単だろう、小池。今話していたことを書けばいいんだから」
 実のある報告書を期待しているぞ、と笑みを浮かべながら小池の肩をポンと叩く、薪の額の青筋はもう数えきれない。

 つまりその日、一番の地獄を見たのは小池だった。
 本気で勘弁して欲しい。痴話喧嘩で周りを巻き込むくらいなら、いっそ別れちゃえよおまえら。
 そう言いたいのをぐっと堪え、何とか薪が望むレベルの報告書を書き上げたのは、夜の十時を回っていた。

「ごくろう。帰っていいぞ」
 小池が提出した書類を処理済みの箱にポンと入れ、薪は立ち上がって帰り仕度を始めた。今日は彼も帰るらしい。が、第九に残っているのは小池だけだ。薪はどうやって帰る気なのだろう。
「あの、薪さん。帰りの車は」
「この時間ならまだ終電に間に合う」
「ええとその、青木は」
「さあ。今週はずっと家に帰ってこない」
「え。心配じゃないんですか」
 浮気とか。
 飛び出しかけた言葉の尻尾を捕まえて口に戻す。提出したばかりの報告書が危うくシュレッダーに掛けられるところだった。
 小池の慌てぶりを、薪は呆れたようにせせら笑って、
「子供じゃあるまいし」
 いや、子供じゃないから心配なんでしょうが。

「何処に寝泊まりしてるか分からないんでしょう?」
「前のアパートだ。電気も水道も止まってるけど、寝るだけなら平気だからって」
 恋人とケンカして家を出たのに居所を明らかにしておくなんて、ものすごく青木らしい。電気もない部屋で大きな身体を丸めて泣きながら眠る様子が眼に浮かぶようだ。
「場所が分かってるなら迎えに行ってあげたらどうですか」
「すぐ前に公園があるからそんなに不便じゃないだろう。トイレもあるし、販売機も」
 そういう問題ではない。
「でもそれって職務違反じゃないんですか。運転手とボディガードは青木の仕事なんでしょう?」
 本当はこういう問題でもなかったのだが、そこは口の巧い小池のこと。変化球を利用した交渉術は得意中の得意だ。

「……ああ」
 薪は大きな眼をまん丸くして、呻くような声を発した。小池に言われて初めて気付いたというように、ていうか本気で気付いてなかったんですか?
「そうだ、職務違反だ。僕には青木に帰宅を命じる権利がある」
 要するに、珍しく青木が怒っちゃったもんだからパニくってたわけですね。で、普通なら簡単に立てられる策も思いつけなかったと。
「さっそく電話を、いや、行った方が早いな。小池、青木のアパートまで送ってくれるか」
 思いついたら矢も盾もたまらなくなっちゃったんですね。分かりやすいですね。

 何て言うか、可愛い人だと思う。彼らの秘密を知らないうちは分からなかったけれど、改めて見直せば薪は本当にかわいい。青木を苛めるときは生き生きしてるとか、青木が淹れたコーヒーを飲むと機嫌がよくなるとか、分かりやすいことこの上ない。気付かない自分たちがバカだったのだ。

 彼らの関係に早くから気付いていたのは飲み仲間の岡部と、不思議なことにコンピューターオタクの宇野だ。岡部は薪に一番近しい存在でプライベートも一緒に過ごすことが多かったから当然として、宇野はどうやってその事実を知ったのだろう。彼らとの親密度は自分や曽我と同じくらい。違うのはシステムメンテナンスの為の休日出勤や残業が多いことだ。捜査以外の法定外出勤のときの薪は存外穏やかだから、そのあたりで何か思う事があったのかもしれない。
 小池はそんな風に考えを巡らせたが、何のことはない、休日出勤をすると何故か必ず青木が来るのだ。さらに、これまた必ず出勤してくる薪が弁当を差し入れてくれるのだが、それがちゃんと青木の分も用意されている。デザートのカップケーキまで3人分とか、事前に打ち合わせが済んでいるとしか考えられない。分かって当たり前だ。

 青木のアパートまでは車で5分。到着したのは時計の長針が真下を指した頃だった。薪は車から降り、運転席の小池に声を掛けた。
「すまなかったな」
「いいえ。どうします? おれ、ここで待ってた方がいいですか」
「いや。帰っていい」
「そうですか。ではおやすみなさい」
「おやすみ」
 挨拶もそこそこに、薪は鉄製の階段を駆け上がっていく。時間も時間ですから足音に気を付けて、と注意してやりたかったが今夜は見逃してやることにした。

「青木。ここにいることは分かっている。無駄な抵抗は止めて出てこい」
 立て籠り犯ですか。

 1分もしないうちにドアが開いて、青木が出てきた。真っ暗な部屋に二人は入って行き、後には静けさだけが残された。しばらく待っても出てくる様子がなかったので、小池は穏やかに車をスタートさせた。今夜は薪も、電気も水道もない部屋で寝るのかもしれない。
「明日は薪さんの機嫌が直ってるといいけど」
 ゆっくりとハンドルを切りながら、小池は苦く笑った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Dog not to eat it (3)

 お正月休みも今日で最後です~。
 明日からはまた現場なので、すみません、更新空きます。
 お話は今日のでお終いなので、ちょうど区切りもよいかと。

 新年の挨拶いただいた方、ありがとうございました。ぼちぼちお返ししますので、気長に待ってやってください。(正月休み中に返すとか言ってなかった?←ちょっと旅行疲れと怠け癖が、いやその)

 





Dog not to eat it (3)






「青木。3人目の画は出たか」
「はい。こちらです」
「ここにナイフが落ちていると言うことは、現場に残された凶器はミスリードか」
「ええ。この形状のナイフは主に登山に用いられるもので、調べを進めているんですが種類が多くて」
「凶器の特定は科警研に依頼しろ。犯人の動機を探ることが優先だ」
「解りました」

「……3、4、5、あ、ほんとだ」
 事件資料から目を離してあらぬ方向を見ている曽我に、「なにやってんだ」と注意を促し、小池は舌打ちした。こいつのポカは今に始まったことではないが、今それが発揮されたらペアを組んでいる自分まで室長に怒られる。
「いや。小池が言った通りだと思ってさ」
「うん?」と小池が首を傾げると、曽我は青木のデスクから離れていく薪の方を見て、
「5秒間、しっかり絡んでた」
「そっか」
 あの後仲直りしたのだろう。本当に分かりやすい。
 見れば、青木は今日はシャキッとしてるし、薪は薪でお肌つやつや。分かりやすいと言うよりはあからさま、てか、本気で隠す気あるのか、あんたら。

「まったく。犬も食わねえっての、分かるわ」
 休憩時間にコーヒーを飲みながら曽我とこそこそ愚痴を言い合った。立ち聞きの得意な室長は、青木と二人で室長室の中。今日は安心して話ができる。
「さんざん周りに迷惑かけて。昨夜なんかおれ、薪さんを青木のアパートまで送って行ったんだぜ」
「え。青木、家出してたんだ。けっこう本格的なケンカだったんだな」
「なにが原因だか知らないけどさ、それで職場の人間に当たり散らすって。室長失格だと思わないか」
「……なんかされたっけ」
「携帯歪むほどの勢いでゴミ箱にダンクされただろうが。忘れちゃったのか」
 自分が受けた被害を次の日には忘れる、曽我の楽天は時として小池を苛立たせる。自分ばかりが怒っていると、まるで小池が執念深い人間みたいじゃないか。

「今だって、二人きりで室長室だろ。この書類出したいけど邪魔するのも悪いかなって思うじゃん。職務にまで支障をきたして、あーあ、職場でデキちゃうやつらって、他の人間にはなんのメリットもないよな」
「小池。おまえちょっと、過敏になってない?」
 てっきり同意してもらえると思っていた親友から思いもかけない言葉が出て、小池はコーヒーカップから顔を上げた。
 コーヒーの湯気の向こうに、親友の真面目な顔が浮かんでいる。少し困ったような、お人好しで人との諍いを嫌う彼が、それでも耳に痛いことを言わなきゃいけない、そんなときの顔。

「おれも最初はそう思ったんだけどさ、考えてみたら薪さんて普段からああじゃん。携帯が鳴ればおれのだけじゃない、誰のだってゴミ箱にぶち込むし、無駄話してればペナルティを課す。急ぎの捜査があれば昼休みは棚上げだし、バックアップも更新時期が迫ればみんなで残業。いつもと同じだよ」
 曽我は説教は苦手中の苦手で、仕事のことならギリギリ言えるけれど、それ以外のことで他人を諭すのは額に脂汗が浮かぶほど。でも小池は親友だから。二人は大切な仲間だから。自分が踏ん張らなきゃいけないと、そう思ったのかもしれない。

「二人のこと、本当はショックだったの知ってるよ。でも、そういう目で見てたら何でもそう見えちゃうだろ。あの二人が付き合ってるのは事実なんだから、職場でももっと気を利かせてやればいいのかもしれないけど、薪さんも青木も、そういうのは喜ばないよ、きっと」
 出して来いよ、書類。
 曽我に促されて、小池は席を立った。ものすごく気まずかった。だって多分見抜かれてる。自分が青木に嫉妬してること。
 小池は薪のことを悪しざまに罵ることが多いけれど、心の中ではとても尊敬している。警察の男なら誰だってそうだと思う。他者に大きく水をあける、室長の捜査能力に憧れない刑事はいない。その薪のプライベートを独り占めする青木に嫉妬する。我ながらカッコ悪い。

「……犬も食わないのはおれの方か」
 息を深く吸って、室長室のドアを開ける。開けてから、ノックをし忘れたことに気付いた。
 やばい、見たら室長に脳を潰される。

「柏市の案件か? 早いな、小池」
 咄嗟に目をつむった小池の耳に、薪の落ち着いた声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、(と言っても薪にはその差は分からなかった。小池にとっては不幸中の幸いと言えるだろう)小池が心配したようなことは何もなく、薪は平然と室長席に座り、青木は――。
「青木、なんで正座なんですか」
「こいつ、科警研にナイフの調査依頼できなかったんだ。忙しいって断られておめおめ引き下がって来たって言うから説教してたところだ」
 忙しいのは何処も一緒だバカヤロウ、科警研の平均残業時間は第九の半分だぞ、なんでもっと粘らないんだ、この根性なし。
 床に正座で項垂れている大男に次々と罵声を浴びせる、当たり散らすとは正にこのこと。その様子に、小池の中でくすぶっていた埋み火のような仄暗い感情はきれいに氷解した。
 薪にこんな仕打ちを受けている男が羨ましいなんて、思えたらそれはまともじゃないってことだ。小池はマトモだ。

「いいか青木」
 ひとしきり毒を吐き出してしまうと、薪は立ち上がって机の前に回り、床に膝を折っている青木の前に屈んだ。俯いていた青木が、そっと顔を上げる。
「仕事ってのは抱え込むもんじゃない。効率を最優先に考えて、適所に割り振るのが大事なんだ。それでこそ最大の成果が得られる。おまえはそれを学ばないといけない」
 青木はキャリアだ。やがては人の上に立つ。上の人間は部下に仕事を割り振るのが仕事だ。それが例え困難な内容でも。人の好い青木には難しいかもしれない、だけど慣れなくてはいけない。薪はそれを青木に教えようとしているのだ。

「はい」と青木が返事をした後、いつものように二人の視線が重なった。でもそこに小池は、部下を指導する上司とそれを受ける部下以上の何も見つけることはできなかった。
 薪が「よし」と説教終了を告げると、青木はふらつきながら立ち上がった。脚が痺れたのか、ふくらはぎのあたりを擦っている。薪は愉快そうにそれを眺め、美味そうにコーヒーを飲んだ。

「そうだ、小池。昨夜は悪かったな。自家用車で送らせて」
「どういたしまして。あれから青木のアパートに泊まったんですか」
 小池は探りを入れたわけではない。自然に会話をつなげただけだ。なのに薪は飲んでいたコーヒーに突然むせこんで、
「ととと泊まったけど! 布団は一つしかなかったけど、ただ寝ただけで別になにも」
 聞いてませんけど。
 青木がそっと小池に手を合わせた。気付かないふりをしてください、と眼鏡の奥が言っている。
「失礼します」と敬礼して、小池は部屋を出た。

 ドアを閉める際に向き直ると、赤い顔をしてコーヒーを飲んでいる薪の後ろで、青木が幸せそうにそれを見ていた。
 なんとなく安心した。
 あの二人が一緒にいると、職場に安定感が生まれる。それはおそらく薪の精神的な安定から生まれるもので、やっぱり薪には青木が必要なのだろう。
 薪にとっての重要度と言う点で自分よりも年下の青木が勝ることには些少の引っ掛かりを覚えるが、小池は第九の職員。職場が安定するに越したことはない。
 ドアを背に、吹っ切れたような笑いを浮かべた小池に、曽我が自分の席からニヤッと笑い掛けた。




(おしまい)



(2013.10)



*****


 以上、新春SSでした。
 相変わらずケンカばかりの青薪さんですが、今年もよろしくお願いします。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: