Someday(1)

 こんばんは。夜中の0時の記事なんて初めてじゃなかろうか。
 しづは年寄りで、夜は眠くなってしまうので、当然予約投稿です(^^;

 お話の途中で突然、予告もなしにすみません。
 今朝、記事を上げるとき、8月10日の0時から別の話を挟みますって言い忘れちゃって、
 え、と、

 鈴木さん。
 ご冥福をお祈りします。
 
 薪さんがこの世から消えたくなった夜、「おれがずっと一緒にいるよ」と彼を抱きしめてくれた人。
 親がどんな罪を犯していようと「幸せになっていいんだよ」と若かりし薪さんに教えてくれた人。(だと勝手に思っている)
 薪さんの笑顔のためならスーパーマンになれた人。
 薪さんの幸せだけを願って、ゆえに貝沼の狂気に呑まれて、薪さんに絶望と一生消えない十字架を背負わせた人。
 薪さんを心から愛した人。
 薪さんが、心から愛した人。

 どうか。
 共に描いたMRI捜査の理想と現実とのギャップに打ちのめされる薪さんの。
 自分が幸せになることに憶病な薪さんの。
 心の支えでいてあげてください。これからも、ずっと。 





Someday(1)





 西洋化が進んだ現代、畳の無い家が増えている。特にマンション暮らしの者はそれが顕著だ。畳に座るのは、居酒屋の座敷が空いていた時か田舎に帰った時くらい。慣れていないから胡坐をかいていても足がしびれる。それが正座となれば言わずもがな。
 現代人の軟弱な脚が自身の体重によって痺れを覚え、限界を迎えるまでの平均時間、約30分。平均点は越えたものの、それより10分ほどで雪子はギブアップし、喪服の下でそっと脚を崩した。

 脚の乱れを隠せるフレアースカートの形状に感謝しながら、座布団の上にぺたりと尻を落とす。それでようやく隣の男性と同じ高さになる。彼は雪子よりも10センチほど背が低い。
 眼だけで周囲を伺えば、雪子と同じように正座を解いている者も多かった。身内だけの集まりだと言っていたから、みな、それほどかしこまる必要を感じていないのかもしれない。20人ほどの弔問客の中には、畳の上に足を投げ出している者も何人かいた。彼らにとっては退屈な法要なのだろう。雪子も経験があるが、遠い親戚の13回忌なんて、それも顔も知らない叔父さんとか勘弁してよって感じだ。お経なんて意味が分からないし、東京に出てきてしまったから知り合いは少ないし、お昼ご飯のメニューを想像することくらいしかやることがない。
 この部屋には、そういう緩慢な空気が混じっている。そんな中、雪子の隣人だけが異質であった。
 ピシリと正した彼の背筋は微動だにしない。瞬きもせず、冗漫な読経に意識を散らすこともなく、僅少の乱れもなくただ前を向く、だが。彼は、その亜麻色の瞳に映した何ものをも見ていない。彼の心はここにはない。

 ――まるで人形のよう。

 緩みやダレは自然に訪れるもの。そもそも人間の集中力は1時間程度が限度で、それを超えれば誰の身にも等しく起こる生理現象だ。例え今が法要の真っ最中でも、不真面目だとか誠意が足りないとか、倫理的に責められる筋合いのものではない。
 それから約1時間。人間らしさを滅するがごとし彼の凄絶な謹厳は、読経の後に始まった僧侶の説法で皆が足を崩す中、孤独に続けられた。

 説法が終わったのは、丁度正午であった。午前十時からの法要だったから、かっきり2時間掛かったことになる。よく2時間も正座を続けられるものだと感心しながら、雪子は隣の男性に声を掛けた。
「薪くん。お昼どうする?」
 雪子たちは招かれて此処に来たのだから、食事の用意は当家でしてくれているはずだ。が、彼にあっては遠慮するだろうと察せられた。だったら自分も一緒に帰ろうと思った。2人の幼子を夫に預けて出て来たのだ。できれば早く帰りたかった。

 慣れない子供の世話に、困り果てているに違いない夫の姿を思い浮かべ、雪子は思わず笑みを零した。が、すぐに思い直し、心の中で遺影の彼に謝罪する。
(ごめんね、克洋くん。でもね)
 黒い縁取りの大きな額に入った写真の人物は、あの頃と同じ笑顔で雪子に笑い掛けている。
(あたし、いま幸せなの)
 心の内で呟けば、よかったな、と彼が笑ってくれる。都合のよい幻に失笑する。人間て、本当に現金だ。
 死んだ人のことは次第に忘れていく。その時は深く傷ついて、絶対に立ち直れない、彼以外に愛せる人なんていないと溺れるほどに泣いても、人はまた愛する人を見つけることができる。それを薄情だと恥じることは、むしろ故人に失礼だと雪子は思う。特に鈴木の場合、別れた彼女に新しい恋人ができたら心から喜ぶような男だったから。

「何だったら、その辺のお店に」
 法事の後、真っ直ぐ家に帰るのはタブーだと田舎の母が言っていたのを思い出す。ならばと、彼を軽い食事に誘おうとした言葉を、雪子は途中で飲み込んだ。
 整然と並んでいた周りの人間が座布団だけを残して去っていく中、彼だけは身じろぎもせずに座っていた。無表情のまま、虚空に視線を据えたまま、2時間前と寸分変わらぬ姿。

(まだ)

 不覚にも涙が出そうになる。雪子の「まだ」は「2時間も前から」ではなく。
 12年も経つのに、だ。

(まだ、こんなに)
 ――こんなに簡単に壊れてしまうの。

 それが彼に下された罰ならば、あまりにも惨いと雪子は思う。引き戻されること、それが無限に続くことの、残酷。
 彼も今は、雪子と同じように幸せなはずだ。仕事も順調、上司や仲間にも恵まれ、恋人もいる。しかし。
 思い知らされる。彼に、自分のような安息の日は訪れない。

 彼の行動は法に問われなかった。彼は罪を犯していない、だから法に基づいた罰を受けることができなかった。でも。
 形のない罰は、彼の身に雨のように降り注いだ。他人から、友人から、職場の仲間から。
 去っていく者、悪意をぶつけてくる者、陰で声高に彼を非難する者。それは確かに彼を傷つけはしたけれど、彼を害するものではなかった。彼にとってそれらはむしろ、下されなかった罰を満たす恵みですらあった。
 本当に彼を害したのは、それが可能であったのは、この世に一人しかいなかった。それは彼自身だ。
 夜ごと彼を眠らせなかったのも、彼の腕や脚をボールペンで抉ったのも、全部彼が自分でしたことだ。我が身を傷つけ、その身を細らせ、生存本能に危機を訴える。本能は脳に働きかけ、生命活動を彼に行わせる。そこまで自分を追い詰めなければ生きられなかった。生命体として、明らかに彼は壊れていた。

 新しい友人や恋人の助けもあり、彼は立ち直ることができた。大分時間はかかったものの、もう大丈夫だと雪子は思っていたのだ。
 それが間違いだったと教えられて、雪子は唇を噛んだ。ベージュ色のリップが白い前歯の下で強く圧迫される。物理的な力で押さえないと泣き出してしまいそうだった。
 雪子は、誰にも顔を見られないように俯いて、その衝動にじっと耐えた。心を落ち着けるにはある程度の時間が必要だった。穏やかに続く幸福な日常は、雪子から、感情を封じ込めるスキルを奪っていた。彼を喪ったばかりの頃、自分を心配してくれる友人たちの前でいつもしていたことなのに。

「薪くん。終わったわよ」
 とん、と軽く彼の肩を突いて声を掛けられるようになった頃には、座敷には雪子と彼の二人しか残っていなかった。
 身体に伝わった僅かな衝撃は、彼のマスキングされた聴覚を上回ったらしい。彼はゆっくりと瞬きをし、さぞや凝ったであろう首を動かして雪子を見た。
「みんな会食会場に行ったけど、どうする?」
「僕はご両親に挨拶だけして帰ります」
「じゃ、あたしも一緒に帰るわ。あ、でもね、真っ直ぐに帰っちゃいけないのよ。悪いものを連れてきちゃうんだって。だから何処かに寄ってお茶の一杯でも」
 言いながら雪子は立ち上がり、次いで、彼の頭が一向に近付いてこないことを不思議に思った。彼は自分の両膝を握りしめ、何かと戦っているかのように眉を寄せていた。

「薪くん?」
「痺れちゃって。イタタ」
 やっと人間に戻ったと、雪子は束の間喜んだ。が、すぐにその高揚は打ち消された。彼が、その痛みを歓迎しているのが分かったからだ。
「お昼、何処かで食べて行きましょうか。何がいいですか」
 痺れた脚を撫でながら雪子を見上げて微笑んだ、彼の笑顔に雪子は胸を締め付けられる。
 なんて完璧な作り笑顔。
「そうねえ。やっぱり中華かしらね」
 頬が無様に震えるのを、雪子は、頬に手を当てて迷う仕草でさりげなく隠した。




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Someday(2)

Someday(2)






 会食会場には、法事に参列した殆どの人間が顔をそろえていた。ひな壇には鈴木の写真と陰膳がセットされ、段飾りになった白百合がその両側を飾っている。克洋くんは白百合が好きだったっけ、と思いながら雪子は会場の入り口を潜りかけ、聞こえてきた言葉に思わず足を止めた。
「塔子さん。なんだってあんな男を呼んだんだい」
「そうだよ。あんたの息子はあの男に殺されたんじゃないか」
「千夏ちゃんが来なかったのだって、あの男の顔を見たくないからなんだろう」
 言葉の暴力に息が止まる。やっぱり、断ればよかった。雪子は自分がしたことを激しく後悔した。

 薪を此処に連れてきたのは自分だ。もちろん勝手に連れて来たのではなく、鈴木の母親に頼まれたのだ。13回忌ともなれば近しい親類だけで行うもの。いくら婚約していたとはいえ、雪子には法事の連絡は来なくなるのが普通だ。葉書が届いただけでも驚いたのに、後日掛かってきた塔子からの電話にはさらに驚かされた。塔子は、既に新しい家庭を持っている雪子を元婚約者の法事に招待したことを詫び、その上で、薪を連れてきて欲しいと言ったのだ。
 薪の元にも葉書は送った。だが、一人では出席しづらいだろうから雪子に声を掛けたのだと。

 鈴木の親から声が掛かれば、薪は何処へでも出向くだろう。彼はそういう人間だ。それは鈴木の両親も知っているはずだ。
 彼らが、法事の席で何をする気なのか気になった。今さら薪を吊るし上げる気でもあるまいが、恨み言の一つや二つは言われるかもしれないと予想していた。逆に、他の参列者たちからは白眼視程度は予想はしていたが、ここまで悪しざまに陰口を叩かれるとは思わなかった。甘かった、と雪子はほぞを噛む思いでその場に立ち尽くした。

「自分が殺した男にいくら包んできたか知らないが、つっ返してやんなさい」
「呼ばれたからって来る方も来る方だ。神経を疑うよ」
「人の息子を殺しておいて、涼しい顔で出世するような人間だからな。それが普通の感覚なんだろうよ」
 いっそ当て身で薪を気絶させ、肩に担いで帰ろうか。雪子の殺気を感知したのか、薪は後ろに一歩下がり、雪子を見て困ったように笑った。

「みなさん。聞こえてましてよ」
 内輪話か説教か、とにかく輪の中心になっていた塔子が声を張り上げる。数人の黒服の男たちはぎょっとこちらを振り向き、そそくさと散って行った。良くも悪くも薪は有名人だ。官房室の若きエリートとして警察機構の顔になっている。国家権力相手に面と向かって文句が言える人間は少ない。
 不穏な空気が漂う会場に、その原因たる自分たちが入っていいものかどうか思案に暮れる二人に、塔子は喪服の裾をさばきつつ、ゆっくりと近付いてきた。その視線は雪子を通り越し、後ろの薪に注がれている。雪子の背中が強張った。それを雪子は薪に気取らせまいと、下腹に力を入れた。
 本当に大変なのは薪なのだ。自分がしっかりしないと。

「ごめんなさいね、口さがない人たちで」
 二人の前に立つと、塔子は鈴木そっくりの黒い瞳に笑みを浮かべ、薪に非礼を詫びた。いいえ、と薪が頭を下げると、
「千夏のことは誤解しないで。あの子、いま妊娠中なの。嫁ぎ先のロンドンから帰って来るのはしんどい時期なのよ」
 娘の不在について説明を入れた塔子に、雪子がホッと息を吐いたのも束の間、彼女は、
「でも、あのくらいは覚悟して来たんでしょ」と静かに言った。薪が顔を上げた時、塔子の眼から微笑みは消えていた。
「はい」と薪は答えた。平静な顔つきだった。

 二人のやり取りに、雪子は早くも心が折れそうになる。かつては自分の親のように慕っていた鈴木の両親の前で、ポーカーフェイスを作らなきゃいけないのはどんなにか辛いだろう。
 覚悟してきた。薪が責められるようなら自分が彼の弁護に立とうと思った。鈴木の両親と薪が対立した場合、自分はどっちにつくか、雪子の中で答えは出ていた。薪の苦しみをずっと見てきた雪子には、それ以外の選択肢はないと思えた。
 だが、こうして喪服の塔子を見、その後ろに黒縁の額に入った鈴木を見ると。
 もしもわたしの夫や子供が同じ悲劇に見舞われた時、相手がどれだけ苦しんだところでわたしはその人を許せるだろうか。
 死んだ人間は帰ってこない、帰ってこないのだ。何十年待とうと、もう会えない。だからと言って忘れられるはずがない。自分のお腹を痛めて産んだ、愛する人との結晶。我が身を削られるにも等しい痛みを、忘れられるものか。
 結局自分には、何もできないのだと思い知らされた。あの事件のときも今も、自分は無力だ。
 雪子は身を躱し、塔子の視界に入らないよう一歩退いた。見守ることしかできない。名ばかりの親友。

 肩を落とす雪子の前で、塔子は右手を上に向け、場内を指し示して、「中にどうぞ」と雪子たちに入室を促した。
「いいえ。僕は失礼します」
「あら、どうして。遠慮することないのよ。こちらがお招きしたんですから」
「お心遣いはありがたいのですが、これから仕事がありまして。職場に戻らなければなりません」
 それが嘘だと、雪子にはすぐに分かった。おそらく塔子にも。薪の返答は滑らか過ぎたのだ。
 そして雪子にはもう一つ、分かっていることがある。
 先ほどの一幕が無かったら、薪は塔子の誘いに素直に応じただろう。それで自分が傷つこうが裂かれようが気にも留めない。むしろそれでこそ、彼の十字架は軽くなる。
 だが、ここで自分が居座ることは塔子たちの立場を悪くする。そう判断したのだ。薪は自分を守る嘘は下手くそだが、他人の為に吐く嘘はとても上手いのだ。

「日曜日なのに、お仕事?」
「はい」
「そう。残念だわ」
 逃げるのね。
 そう言わんばかりの塔子の口調に、雪子は唇を噛みしめた。腹に溜めておくことが苦手な雪子にとって、「薪くんは気を使っているのよ」と口に出さないようにするには、それしか方法がなかった。

「申し訳ありません。埋め合わせは次の機会に」
「雪子ちゃん、あなたは残ってくれるでしょう? 親類って言っても法事のときくらいしか顔を合わせない人たちばかりで。克洋の話ができる人は、あなたくらいしか招いていないのよ」
 薪の謝罪を無視するように、塔子は突如として雪子に話しかけた。鈴木の名前を出されて、自分も帰るとは言いづらい雰囲気になってしまった。口ごもる雪子に薪は目配せし、黙って頭を下げた。お願いします、と言われたのだ。
「では失礼します」
「ねえ。ひとつだけ訊いていい?」
 立ち去ろうとした薪の、細い背中を塔子が呼び止めた。振り向いた薪の、やや訝しげな表情。彼の美貌には慣らされているはずの雪子ですらどきりとする。しなやかな身体のラインの、なんて美しさ。

「あなたと克洋って、本当にただの友だちだったの」
 ひっ、と思わず雪子は声を上げそうになった。
 藪から棒に何を言い出すのか、それもこんなところで。なにかやる気かもしれないとは思っていたが、選りにも選ってこんな、超デリケートな質問とは。
「あ、雪子ちゃんは黙っててね」
 話題を逸らそうと口を開く前に機先を制される。さすが専業主婦、井戸端会議のプロだ。話の主導権を握るのが上手い。

「あの事件のとき、克洋はあなたのことしか考えてなかった。あなたの所へ行かなくちゃ、って繰り返す克洋を、わたし必死に止めたわ。そんな体で何ができるって言うの、まずは体を治さなきゃ、って。でも、あの子はわたしが目を離した隙に仕事場に戻ってしまった。そしてあなたに」
 本当に、あっという間の出来事だった。第九が崩壊するまで僅か4日。そんな短期間に警察でも指折りのエリート組織が壊滅するなど、誰が想像しただろう。それは警察にとっても雪子にとっても、晴天の霹靂であった。貝沼事件の捜査が始まる前の週まで、そのような兆しは職員の誰にも一片とて見つけられなかったのだ。
 崩壊を防げなかったのは薪のせいじゃない。仕事場に戻る息子を止められなかったのは塔子のせいじゃない。婚約者の異常に気付けなかったのは雪子のせいじゃない。ここにいる誰も悪くないと分かっているから、一人として、自分を責めることを止められない。

「克洋は、自分の身体を壊してまであなたを守ろうとした。普通の友人に、そこまでするものかしら」
 薄々は気付いていて、だけど口には出せなかった疑問。その疑問はこの12年間、否、もしかしたらもっと前から。塔子の中で燻り続けていたのだろうか。
「なにをお疑いなんです?」
 苦く笑って、薪は答えた。
「友人に決まってるじゃないですか。克洋君は雪子さんと婚約してたんですよ。彼は不実な男じゃないし、ましてやそんな趣味はありませんでした」

 ニコリと笑った薪の顔は、背筋が寒くなるくらいの美しさだった。
 それは、人間の誠意とか理性などで太刀打ちできるような、生半なものではなく。
 この美しさの前に、人はかしずくしか術を持たないのだろうと、鈴木はそれを守りたかったのだろうと。想像するに余りある超絶的な美であった。

 すっと優雅にお辞儀をして、薪は帰って行った。凛と伸ばされた細い背中が廊下の角を曲がって見えなくなるまで、雪子と塔子は並んでそれを見送っていた。



*****

 うちの鈴木さんの妹は千夏と言います。
 それと、鈴木さんは自宅から第九に通ってて、雪子さんに置手紙で職場に戻ったんじゃなくて、お母さんがお風呂に入ってる隙に職場に赴いて亡くなりました。
 原作と違っててごめんなさい。あちこちに書いちゃった後で、もう直せない(^^;





 

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Someday(3)

Someday(3)





 薪のマンションで、青木は5分おきに時計を見ていた。
 昼過ぎには帰ると言っていた恋人を待って、何十回も同じ動作を繰り返している。薪は行先を告げなかったけれど、目的は服装で分かった。いけないと思いつつも、彼が出かけた後に彼の机を探った。
 見つけたのは一通の葉書。消印は横浜だった。

 薪を待つ10分が、1時間にも思えた。青木の体感時間ではゆうに三日が過ぎたと思われる頃、薪が帰ってきた。予定時刻を1時間しか超過していないなんて、信じられない。
「おまえの電話貸せ」
 お帰りなさい、と声を掛ける暇もなく、玄関先で靴も脱がないうちから命じられた。早くしろ、と怒鳴られてリビングに逆戻りする。携帯電話はサイドボードの充電器の上だ。
 差し出すと、引っ手繰るように奪い取られた。断りもなく電源を入れ、勝手にアドレスを引き出し。薪と自分の間でプライバシーとかどうでもいいけど、あ、もしかしたら自分が留守の間の浮気を疑って、だったらちょっとうれしい、気に掛けてもらえたってことだもの、なんて青木が頭の中のお花畑を走り回っている間に薪の指先が選んだのは、意外な人物であった。
「お母さん。薪です、ご無沙汰してます」
 電話の相手は青木の母親だった。薪は部下全員の緊急連絡先を記憶している。青木の場合は福岡の実家で、おそらく掛けても繋がらなかったのだろう。一人暮らしの母は、昼間は雑用で出かけていることが多い。それで青木の携帯電話から母親の携帯電話を呼び出したのだ。

 すうっと息を吸い込んで、薪ははっきりと言った。
「僕は、あなたの息子を愛しています」

 たぶん、電話の向こうの母も。
 青木と同じように絶句したのだと思う。でなければ、何をいきなり、と我が耳を疑ったか。目を丸くする青木の前で、薪はその言葉を繰り返した。
「この世で一番愛しています」
 それに対して母がどう応えたのか、青木は知らない。あの母親のことだからコロコロと笑って、「知っていますよ」とでも答えたのかもしれない。薪はふっと笑い、「はい。失礼します」と電話を切った。
 それから青木の方へ向き直る。取り上げた携帯電話を持ち主に返しながら、ジロリと青木を睨みつけた。

「僕の電話を立ち聞きとは。いい度胸だな?」
「すみません。今日の薪さんは突き抜け過ぎててツッコミ切れません」
 ぶふっ、と薪は吹き出した。だって、青木があんまり真面目に困ってみせるから。
 薪はくるりと背中を向け、すると青木が上着を脱がせてくれる。彼がそれをハンガーに掛けている間にネクタイを解き、こちらを向いた青木にポイと投げた。受け止めようと差し出された青木の手を掴み、それを為させない。ネクタイの放物線を眼で追う青木の無防備なくちびるに、薪は素早くキスをした。黒いネクタイが床に落ちる。

「突っ込みも間に合いませんけど、こっちも間に合いません」
 青木に、吸い返す暇なんか与えなかった。自分勝手に食い散らかしてやったのだ。
「でもなんか」
「なんだよ」と低い声で返したら、急に抱き締められた。彼の体型に馴染んだ身体が、その曲線に沿って自然にしなる。
「すごく素敵です」
 親子して、似たようなことを言う。青木の返事を聞いた薪は、そう思った。


*****


 青木に抱かれながら、薪は思う。
 愛する人の親に、もしかしたら自分以上の愛情を彼に注いできた人に、彼を愛していると告げることのできる幸せ。それをまた相手に祝福してもらえることのなんて幸運。

 ――いつか。

 いつか、来るだろうか。彼女にも、本当のことを言える日が。
 僕はあなたの息子を愛していましたと、正直に告白できるときが。
 彼の命を奪っておきながら、その彼を心から愛していましたと。告げて蔑まれようとも責められようとも、彼を愛したことを後悔するつもりはないと。あのひとの眼を見て言い切れる日が。
 いつか。



*****

 この話、書いたのが今年の6月初めだったんですけど、
 薪さんの上着を青木さんが脱がせるシーン。
 本誌とモロ被りで嬉しかったです(〃▽〃)

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Someday(4)

Someday(4)




「あーあ。難しいわねえ」
 バリッと音をさせて、塔子は塩せんべいを齧った。喪服の膝にボロボロとカスが落ちているが、それにはまったくの無関心で、一枚目を食べ終えると間を置かず次に手を伸ばした。
「全然ダメ。上手くできなかったわ」
「だからやめろって言ったのに」
 通りすがりに塔子の夫が、菓子鉢の中から芋羊羹を持っていく。彼は甘いもの好きだ。
「だって」と塔子は口の中で言い、茶碗のお茶を飲み干した。空になった茶碗に、雪子が新しいお茶を淹れてくれる。どっちが客だか分からない。

 会食が終わり、弔問客が引けた後も、雪子は塔子の昔話に付き合っていた。
 薪に塔子のことを頼まれた後、夫にはメールを打った。すぐに「任せてください」と返信が来た。家事に育児に協力的な夫に、雪子はずい分助けられている。

「ごめんね。雪子ちゃんの前であんな話」
 いいえ、と雪子は首を振り、急須に残ったお茶を自分の茶碗に継ぎ足した。塔子はしばらく自分の湯飲み茶碗を見ていたが、思い切ったように語り始めた。
「最初にあれって思ったのは、二人がまだ大学生のとき。薪くんが、急に家に来なくなったの。それまでは一週間と空けずに来てたのよ。ケンカでもしたのかしら、って思ったけど、克洋からはしょっちゅう薪くんの家に泊まるって電話が入るし」
 さすがに相手の親とは顔を合わせ辛かったのだろうと、雪子は当時の薪の心理状態を推測した。鈴木と愛し合っていた頃の薪は、若さと美しさの両方を手にしていて、怖いもの知らずと言うか恋愛一直線と言うか、羨ましくなるくらい素直に鈴木への恋心をその身に溢れさせていた。それで鈴木も警戒して、親を避けたのだろう。

「それから二年くらい経って、公務員試験を受ける頃になったらまた家に出入りするようになった。昔みたいに克洋の勉強を薪くんが見てあげて、でも、前とはどこかしら雰囲気が違ってて……薪くんが、妙に大人っぽくなってた」
 その頃を思い出すように、塔子は遠い目をして言った。
「ピンときたの。なにかあったな、って」
 恋はひとを変える。薪は鈴木に恋をして、身も心も彼に捧げて、その恋に破れて大人になった。以前の薪しか知らない者には、別人のように見えたことだろう。

「わたしが気付いたくらいだから。雪子ちゃんも知ってたんでしょう?」
「まあ、薄々は」
「我が息子ながら勝手よねえ。雪子ちゃんには、本当に申し訳ないこと」
 深く頭を下げる塔子に困惑しながら、雪子は曖昧に首を振った。
 申し訳ないことなんか、された覚えはない。鈴木にも、薪にも。二人はいつも、雪子に対して誠実だった。彼らの真実を知る者が傍から自分たちを見た場合、それを雪子の強がりだと考える人間が殆どだと思う。でも雪子はただの一度も、自分を可哀想な女だとは思わなかった。
 だが、それを他人に納得させるのは難しい。曖昧に否定する他なかった。

 塔子は雪子から視線を外し、手持無沙汰に斎場の庭園を眺めている夫に目をやった。ちょうど新芽の芽吹く頃で、庭師が余分な枝を枝切り鋏で大胆に切り落としていた。
「あの人は全然気付いてないのよ。男って鈍いわよねえ」
 言われてみれば竹内も、青木と薪の関係に長いこと気付かなかった。彼は捜査一課の刑事で人間観察には一日の長があり、しかも恋愛経験は雪子の十倍はあるはずなのに、おかしなものだ。

「本当のことを知りたかったの。克洋の、あの子の気持ちはちゃんと薪くんに届いていたのかどうか、知りたかった。もしも通じてなかったら」
 あの子が可哀想すぎるじゃない。

「克洋がねえ。夢でわたしに言うのよ」
 塔子の言葉に促され、そっと雪子は鈴木の写真を振り返った。既に陰膳と花輪は片付けられており、白百合が一輪だけ供えられていた。

「『薪は悪くないよ。なのに、どうして母さんは』」
 いつまでもそのことに気付かない振りをしてるの?

 背後に塔子の声を聞いて、雪子は背筋を緊張させる。亡くした我が子の夢を、母親はどんな思いで見るのだろう。
 気が付くと、塔子も一緒に鈴木の写真を見ていた。向かいにいる雪子ではなく、塔子は写真の息子に向かって話し掛けていた。

「本当はね。薪くんに、昔みたいにやさしくしてあげたかった」
 塔子は小さく、けれども強く首を振り、
「でも、できなかった」
 ――ダメねえ、わたし。
 そう言って、塔子はくしゃっと顔を歪めた。
「がんばったのよ、あれでも。一生懸命がんばったの」
 バリボリとせんべいを噛み砕きながら、塔子はぽろぽろと涙を零した。その様子に、雪子は思わず涙を誘われる。慰めの言葉など、あろうはずもなく。彼女と一緒に泣くことしかできなかった。鈴木を亡くしたときと同じように。

 弔問客の前では見せなかった涙を、塔子は喪服の袖に吸い込ませた。彼女のそれは、そう。悔し涙だ。
 自分の失態に流す、悔し涙。
 塔子が薪を招いて何をしたかったのか。雪子は分かったような気がした。
 それはきっと特別なことじゃない。世界中で、普遍的に行われていること。かつては薪と塔子の間でも、自然に行われていたこと。
 なのに今は、それが為せないことへの悔しさ。

「ふー」
 塔子は、鼻を真っ赤にして息を吐きだした。固まっていた肩を開き、椅子の背にもたれかかる。涙と鼻水をハンカチで拭きとると、せんべいの残りを口に放り込んだ。ボリボリと音をさせながら、
「次は17回忌ね」
「はい」
「その時には千夏も来れると思うから」
「はい」
「雪子ちゃん、またよろしくね」
「はい。――え」
 諦めてないのか。さすが鈴木の母親。
「次は絶対に白状させてやるわ」
 そっち?!
 雪子の焦った顔が可笑しかったのか、塔子は、ふふ、と笑いながら立ち上がった。膝に付いた食べカスを、遠慮なく床に払い落とす。それからスタスタと草履の音をさせながら祭壇に近付き、息子の写真を手に取った。
「次は上手くやるわ。期待してて」

 結局、雪子は使用時限の3時ギリギリまでホールにいた。セレモニーホールの正面玄関で、タクシーに乗り込む鈴木の親を見送った。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいえ」
「なんでかしらね。もうそんな立場じゃないのは分かってるのに、ついつい雪子ちゃんには甘えちゃうのよね」
 それはよく知り合いに言われることだが、20歳以上も年上の人から言われるとは思っていなかった。自分の守備も広がったものだ。手の掛かる弟のような親友を、ずっと見てきたからだろうか。

 一人になって、帰途を辿る。6月も半ばを過ぎて、日差しは夏のそれだ。じりじりとアスファルトを焼く太陽光が、解剖室と研究室を行ったり来たりの雪子にはかなり堪えた。そこに梅雨時期の湿度が加わって、まったく、日本の夏は過ごしづらい。
 駅に続く交差点で立ち止まる。赤信号だ。
 雨の一つも降ればいいのに、と空を見上げれば、嫌味なくらいに晴れ上がっている。鈴木が好きだった、夏の空。
 眩しさに、雪子は目を細めた。塔子の話を思い出す。
 もしも鈴木が自分の夢に出てきたら。彼は自分に何を言うのだろう。

 ――この舞台裏、薪には言うなよ。

 想像して、萎えた。内容は違うかもしれないけれど、絶対に薪のことだ。
「分かってるわよ」
 空に向かって呟いた言葉が自分に落ちてくる。雪子は苦笑して、横断歩道を渡った。


―了―


(2014.6)



 お盆SS、こちらでおしまいです。読んでくださってありがとうございました。
 4回とも予約投稿ですみませんでした。年寄りは夜起きてられないのよ。9時になると眠くなっちゃうの(^^;)←どんだけ。

 次からカエルに戻りますので、よろしくです。


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ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
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