Yesterday(1)

 10万ヒットありがとうございました~~!!!(いつの話)(去年の12月デス(^^;)
 こちら、お礼のSSでございます。

 内容なんですけど、今回はセット物で。
 本日から公開します雑文2作、プラスお盆にフライング公開しました「Someday」、3つ合わせて1セットになっております。3作品のストーリーはバラバラなので連作ではないのですが、一括りと言うか一山幾らと言うかオマケするから買って行ってよ奥さん的なニュアンスで……本日も広いお心でお願いしますっ。

 あ、それと、この話、個人的に、8月のオフ会でお会いしたみちさんに。
 あの時お話した岡部さんと薪さんのSSなので、読んでいただけると嬉しいです。





Yesterday(1)




 捜査協力依頼のあった所轄で捜査会議に出席した帰り道のこと。昼が近かったので、その辺で昼食を摂ろうと言う話になった。
 食事の話が出た瞬間、小池と曽我がスーツの袖口に隠すようにして親指を立てたのを岡部は見逃さなかった。メンバーは室長の薪、副室長代理の岡部、小池、曽我、宇野の5人。この面子なら薪のおごりだ。和牛ステーキの昇り旗に目を輝かせる曽我の首根っこを掴み、岡部は、リーズナブルな値段でボリュームたっぷりのランチを提供する定食専門店へ彼を引きずり込んだ。他人の懐を当てにして豪華な昼食をせしめようなんてちゃっかり者は曽我の他にはいないから、彼さえ押さえておけば薪の財布は安泰だ。
 いくら副室長が室長の女房役だからと言って、普通は、室長の預金残高まで心配することはない。薪の場合は特別だ。
 仕事なら誰よりも目端が利くのに、それ以外のことにはてんで無頓着な室長は、給料前で懐が寂しい部下たちにいいように利用されてしまう時がある。「僕も新人の頃は先輩たちにタダ酒飲ませてもらったから」と岡部たちが顔も知らない先達への恩義を忘れない彼は、部下から飲み会に誘われるとホイホイ金を出す。それが分かっていて室長に話を振る彼らを見ていると、室長はおまえらのATMじゃない、と言いたくなる。

 店は、正午前で客の入りはまだ三割と言ったところだった。岡部たちは6人掛けのテーブル席を占領し、それぞれに注文を済ませた。
 食事が運ばれてくるのを待つ間、小池と曽我はいつものように雑談に花を咲かせ、宇野は、手持無沙汰にメガネ店のチラシを見ていた。定食屋の隣はメガネ店で、店員が路上でチラシを配っていた。この中で眼鏡を掛けているのは宇野ひとりだから、彼だけがチラシをもらったらしい。
 やがて食事が運ばれてくると、宇野はそれを店のクズ籠に捨てた。チラシの99%は捨てられる運命にある。資源の無駄遣いだ、と岡部はいつも思う。

 豚の生姜焼きに大盛りのごはんを美味そうに頬張る曽我たちの横で、気乗りしなさそうに焼き魚の身をほぐしている薪を見て、この人は何が楽しくて生きているのだろう、と岡部はまた副室長の職務を超えたことを考える。
 この人の部下になって半年。ファーストコンタクトは最悪だったが、その感情はとうに拭い去られている。止まらないお節介がその証拠だ。
 薪は、食べることにも遊ぶことにも興味がない。友人もいなければ趣味もない。休日も殆ど第九に出てきている。唯一の息抜きと言えば、金曜の夜、岡部と二人で飲むことくらいか。それも家飲みとあっては派手さのハの字もない。外見からは想像もつかない地味なライフスタイルである。
 去年の夏、あんな事件があったばかりで、今は第九も薪も大変なときだ。そう思って半年間様子を見てきたが、薪のワーカホリック振りは一向に改善される気配がない。自傷行為も止まっていないようだし、と岡部は、汁椀を持ち上げた薪の腕に残る爪跡を、彼のワイシャツの腕ボタンの間から確認して眉をひそめた。

「あー、食った食った」
「旨かったー」
「「室長、ごちそうさまです」」
「ん? ああ」
 奢ると言わないうちから部下に礼を言われて、薪は曖昧に頷いた。捜査中の事件のことでも考えていたのか、止まりがちだった箸のせいでまだ半分も減っていないランチプレートを両手に持つと、誰よりも早く返却口へと向かって行く。
「図々しいぞ、おまえら。室長、奢ってくれるなんて一言も言ってないだろが」
「や、だってもうお金払ってくれちゃってるし」
 薪は仕事のこと以外は過ぎるほどに寛大なのだが、これじゃ野放し状態だ。だから連中が図に乗るのだ。岡部は急いで薪に追いつき、支払いにストップを掛けた。
「薪さん、今日は割り勘で行きましょう。あいつらクセになりますから」
「別にいいだろ。食事代くらい」
「室長だからって毎度毎度、一人で勘定持つことないんですよ」
「うん。でも今は、特に欲しいものもないから」

 その『今』とやらは永遠に続くんじゃないんですか。

 思わず口から出そうになった言葉を止めるために、岡部は心の中で3つ数を数えた。たったそれだけの間に、薪は支払いを済ませて外に出て行ってしまった。後ろから来た曽我たちにも抜かされ、一行の最後に店を出た岡部の視界に、早くも信号待ちをしている薪の、ぽつねんとした後ろ姿が映し出される。
 部下たちに囲まれているのに、強い孤独を感じさせる。世界にたった一人で生きているような印象すら受ける。

「岡部。信号が変わるぞ」
 薪に呼ばれて我に返った。思わず、立ち尽くしてしまっていた。
 他の連中は既に道の向こう側にいた。薪だけが横断歩道の真ん中で、岡部を待っているのだ。インジケーターの目盛は残り2つ。間もなく信号が点滅し始める。

 ふと。自分が此処から動かなかったら、薪はどうするだろうと考えた。
 信号が点滅しても赤になっても、焦らずその場に立ち続けるのではなかろうか。

 薪の、首元まできちんとボタンの掛けられたシャツの下には赤い蛇が住んでいる。夜ごと自身の爪で刻まれる蛇が。それを思うといっそのこと、ここに立っていれば楽になれるかもしれないと、今この瞬間も彼は自分の死に場所を探しているのではないのかと、不安でたまらなくなる。
 ふん、と岡部は地面を踏みしめた。地球を蹴り飛ばすつもりで足に力を入れた。革靴の底と歩道のインターロッキングが摩擦で火を噴きそうな猛ダッシュである。道の中央で薪の腕を捕まえると、そのままの勢いで横断歩道を渡りきった。

「危ないじゃないですか、道の真ン中で立ち止まったりして。曲がってくる車に迷惑でしょう」
「おまえの方がずっと危ないし、他人の迷惑だ。ほら」
 薪が顎で後ろを指し示す。岡部が走ってきた歩道には、何故かメガネのチラシがばら撒かれており、メガネ店の店員が総出でそれを拾い集めていた。薪の眼が岡部を責めるように細められる。岡部は慌てて自身の無実を訴えた。
「おれはぶつかってません」
「なるほど。ソニックブームだな」
 薪の喩えに吹き出す部下たちと、バツの悪そうな顔をする岡部を見比べて。薪は、ほんの少しだけ笑った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Yesterday(2)

 最近ハマってる曲があります。
 福山雅治さんの「beautiful life」という2年前に世に出た歌なんですけど、この曲、すごく青薪さんだなあって。

 曲の中で何度も『美しいあなた』て呼びかけがあるんですけど、この『美しいひと』は薪さんじゃなくて青木さんです。薪さんが青木さんの心の美しさを謳い上げてるの。

 この『美しいあなた』は、
「(他人を)許すことでしか変えられないことを知っている」人で、
「裏切られても受け入れることを選ぼうとする」人なんですよ。
 そしてその『美しいあなた』を見ている僕は、
「美しいあなたといると 生まれ変われる気がする」
「美しいあなたといると 人生は美しいって思える」んだって。

 ね、あおまきさんでしょ?

 こういう話を書きたいと思ったらうちの青木さん腹黒過ぎて曲に合わない。残念。






Yesterday(2)






 膨れた腹をさすりながら、彼らが科警研への近道にと辿るのは、都会のオアシス日比谷公園。めっきり春めいてきた今日のような日は、憩いを求めるたくさんの人で賑わっている。天気もいいから芝生にレジャーシートと弁当持参で、花見がてらの昼食を摂る会社員たちも散見された。平日の昼間だからアルコールは入っていないが、陽気につられて話も弾むようで、総じて騒がしかった。

「いいなー、美味そう」
「今食って来たばかりだろ。……でも、楽しそうだな」
 他人の財布を当てにして2人分の昼食を胃袋に収めた曽我が、なお羨ましそうに彼らを見るのに、一旦はそれを咎めた小池が最終的には同意を示す。実にいいコンビネーションだ。
「おれたちもやりましょうよ、お花見」
「そうだな。どうですか、室長」
 皆の期待を受けた岡部が、研究室の王様に話を振った。薪は持っていた書類袋ですいと公園の奥を指し、
「あれを見ろ」
 七分咲きの桜の下、大仰に広げたブルーシートの上にぼんやりと座って桜を眺めている中年の男は、おそらくどこかの会社員。他にも何人か、同じような人間が点在している。花見に適した場所は、こうして誰かが見張っていないと他のグループに取られてしまうのだろう。
 場所取りなんかに時間を割ける職員は第九にはいないと、薪は持ち上がった企画を却下した。室長の決定に逆らうわけにもいかず、名残惜しげに公園を眺める小池たちと、花見にはまったく興味を示さない薪との間に、眼には見えない壁が現れる。

 その壁は高く。ひたすら堅固にそびえたつ。

 以前、この壁に阻まれたときのことを、岡部は痛切に思い出す。あれは2週間ほど前のこと。全員が定時で帰ったその日、家に帰り着いてから岡部は、携帯電話をロッカールームに置き忘れてきたことに気付いた。自宅に居るなら問題はないが、母親が、せっかく早い時間に夕食が食べられるのだから外食にしましょう、と言い出した。食事に行くのは構わないが、緊急の事件が起きた際に連絡が取れないのは困る。岡部は母親の乗ったタクシーを第九の正門前に待たせ、誰もいないはずの研究所に入った。
「やっぱりここか」
 ロッカーの上棚に置き忘れていた携帯電話をポケットに入れ、扉の鍵を閉める。ロッカールームを出て、待たせている母親とタクシーの料金メーターを気にしながら急ぎ足に廊下を歩く、彼の足がふと止まった。

 目の奥に蘇る残像は緑色のランプ。モニターのある部屋は全部ロックされているはずだから、ランプの色は赤のはずだ。
 そう思って振り返ると、果たして、モニタールームのロックが解除されていた。あの用心深い室長が施錠を忘れたとは思えない。よもや、侵入者か。
 MRIシステムのハードディスクには国家機密が満載だ。室長しか見られないようセキュリティが掛けてあるが、ハッキングのプロにかかれば破れないこともない、とコンピューターオタクの宇野が言っていた。試しにやらせてみたら、2時間ほどで見事にデータを引き出してみせた。勿論そのデータはダミーだったが、宇野と同じくらいの実力を持ったハッカーなら破ることは可能だということが証明されてしまった。それが分かって、目下、宇野はセキュリティ強化のプログラムを組んでいる。自分が破ったのだからおまえが組めと薪に命じられてのことだ。やぶへび過ぎて笑うしかない。

 中の人間に気付かれないよう、岡部は慎重にドアに近付いた。自動ドアの横に設けられている非常用の手動ドアをそおっと開ける。中は真っ暗で、モニターが動いている様子はない。ハードディスクが回る音も聞こえない。どうやらスパイではなさそうだ。
 じっと目を凝らすと、奥の席に人影が見えた。
 それは、メインスクリーンに向かって一番左側の、後ろから二番目の席だった。そこを使っている者は、今は誰もいない。現在の第九は人間よりも机の数の方が倍も多いのだ。

 その人物は机に肘をつき、手のひらで自分の額を支えるように俯いていた。細い肩と短い髪が、不規則に震えていた。
「無理だよ、鈴木」
 小さな小さな囁き声。でも岡部の耳にはハッキリと聞こえた。
「おまえがいないと一歩も進めないよ……」

 岡部は、なぜ今日が定時退庁になったのかを思い出した。午後一番で所長室に出向いたはずの薪が予定時間を過ぎても戻らず、何かあったのかと気にしていたら5時頃ひょっこり帰ってきた。彼は真っ直ぐに被害者のMRIを見ていた岡部たちのところへやって来て、
「この事件は僕が担当することになったから、おまえらはもう見なくていい」
 そう言って、データを持って行ってしまった。仕事が無くなった岡部たちは定時で帰るよう薪に言われ、薪も、どうせ急ぎの仕事ではないから早めに切り上げる、と言っていたはずだ。

 いったい何があったのか、部屋を観察して分かった。
 機械類の電源はすべて落ちていたが、一つだけ、部屋の隅に置いてある機械の赤ランプが点滅していた。シュレッダーだ。よくよく見れば床にゴミ箱のトレイが転がっていて、クロスカットされた紙片が大量にぶちまけられていた。
 可哀想に、規定量を遥かに超えた枚数を突っ込まれたのだろう。紙に歯が食い込んで止まってしまったのだ。それに苛立った使用者に蹴り飛ばされた。今日の一番の被害者は、どうやらこのシュレッダーだ。物に当たるなんて、まるで子供だ。

 半年前まで捜査一課にいた岡部には、薪がなぜこんなに荒れているのか、おおよその察しがついた。上に、捜査の差し止めを食らったのだ。
 しかし、それを部下に告げることはできず。自分が担当することになったと嘘を吐いた。一人残ってデータを消去し、資料をシュレッダーに掛けた。

 あの席は多分、亡き親友の席なのだろう、と岡部は思った。
 自分たちの前では吐けない弱音も、見せられない涙も。彼には隠さずにいられたのだろう、受け止めてもらえたのだろう、それが心の支えだったのだろう。そうやって薪は、室長の重責に耐えて来たのだ。
 そんな大事な人を自らの手で殺めてしまったら。どこか壊れてしまうのは、むしろ当然じゃないのか。

 岡部はそっとドアを閉めた。とても声を掛けられる雰囲気ではなかった。ひっそりと涙を零す彼はまるで、見えない牢獄に繋がれた囚人のようであった。
 翌朝、モニタールームの床はきれいに掃除されており、室長は普段と変わらぬ冷静な顔で室長席に座っていた。いつも以上にぴしりと伸びた背中が、悲しかった。

「室長、やりましょうよ。時間を遅らせれば、場所取りしなくても大丈夫ですよ」
 儚くも流れ去ろうとする春のイベントを、岡部は単独で押し留めるべく声を張り上げた。薪も、既に諦めムードだった他の部下たちも、驚いた顔で岡部に注目する。
「今あそこに陣取っている男はサラリーマンです。今日は平日だし、会社の行事ならそんなに遅くまではやらんでしょう。きっと9時ごろには場所が空きますよ」
「その時間から花見なんかしたら、翌日の仕事に影響するだろ」
 薪の言うことはもっともだ。夜遅くまで花見をしていて翌日全員二日酔いとか、シャレにならない。
「じゃあ、今度の金曜はどうですか。翌日が休みの日なら」
「そんなにやりたいのか? なら勝手にやるといい」
 言うと思った。が、これくらいで引きさがるなら岡部だって初めから言い出さない。
「室長も、ぜひ参加を」
「僕はいい」
「そんなこと言わず。せっかくの桜を見ないなんて、もったいないですよ」

 食い下がる岡部に何かしら感じるところがあったのか、薪はぴたりと足を止め、岡部の顔をじっと見上げた。立ち止まる二人を、君子危うきに近寄らずとばかりに他の三人が追い越していく。短い沈黙の後、薪が口を開いた。
「今年の桜なら、もう見た」
「こんな通りすがりじゃなくてですね」
「ちゃんと見たさ」
 そうか、薪の家は吉祥寺、井の頭公園の近く。井の頭公園は桜の名所だ。そもそも薪のマンションから駅までの街道には、手入れの行き届いた桜並木がある。毎朝毎晩、見飽きるほど見ているのだ。

「いやあの、吉祥寺の桜が見事なのは知ってますが、霞が関の桜もなかなか」
「吉祥寺の桜じゃない。別の場所だ」
 この人に桜を見る暇なんかあっただろうか、と考えて思い当たる。薪がよく昼寝をしている研究所の中庭にも、桜の樹は何本もあるのだ。
「しかしですね、一人で見るのと誰かと一緒に観るのではまた」
「ひとりじゃなかった」
 えっ、と思わず岡部は声を詰まらせた。仕事ばかりしているように見えて、実は薪には一緒に桜を愛でるような関係の女性がいたのか。

「し、失礼しました。プライベートなことを」
 反射的に岡部が赤くなると、薪はお得意の皮肉な笑いを浮かべて、
「なに誤解してるんだ。相手は青木だ」と花見の相伴を岡部に打ち明けた。つい、と前を向いて歩きだす。
「先週の水曜だっけ、あいつ、また倒れただろう。心配だったから家まで送って行ったんだ。そしたらあいつのアパートの前に、桜がきれいな公園があってさ」
 青木の安眠対策も兼ねて、10分ばかり付き合ってやったんだ。
「なんだ。仕事ですか」
 半ばがっかり、残りの半分は自分の早とちりに苦笑して、岡部は薪の後を追った。岡部が隣に並ぶと、薪は前を歩いている3人に聞こえないように声をひそめて、
「だいぶ参ってるみたいだった。やっぱり、青木は異動させた方がいいと思う。僕が言っても承知しないから、おまえから」
「そう言えば青木のやつ」
 偶然にも前の方から新人の名前が聞こえてきて、薪は口を噤んだ。青木の話題を出したのは、主に読唇術の指導をしている小池だった。

「先週あたりから、急に張り切りだしたような」
「おれもそう思った。前から真面目なやつだったけど、意欲的になったって言うか」
「昨日なんか俺のところにMRIシステムのマニュアル持ってきて、システムフローのやり方教えてくれって」
 3人の話に聞き耳を立てていた薪が、ぎゅ、と眉をしかめた。お世辞にも、青木の変貌を喜んでいる表情ではない。どちらかというと思惑が外れて腹を立てている顔だ。
「まあ、おれの指導がよかったんだろうな」
「青木の指導員は岡部さんだろ」
「そう言うことじゃなくてさ。事件解決の重要な画を見つけたら、室長から金一封出るって教えてやったんだ」
「なんだ。それで急に張り切りだしたのか。現金なやつだな」
「仕方ないよ。おれも経験あるけどさ、警察の初任給って安いもん」
 すっかり報奨金目当てのさもしい男にされてしまった青木だが、岡部はその裏にある真実を見抜いていていた。青木はもともと、薪に憧れて第九に来たのだ。その薪に気に掛けてもらえて、嬉しかったのだろう。それで急にやる気を出したのだ。あのとき、誤解されやすい薪のフォローをしておいて正解だった。

 隣で困惑の表情を浮かべる薪を見て、岡部は決心する。次は青木をフォローする番だ。
「程度の差こそあれ、あいつらも最初はひどいもんでしたよね」
「……そうだな。お宝画像を見て、最初から平気だったのはおまえだけだな」
「俺は現場で慣れてましたから。匂いが無いだけマシでしたよ」
 未だ迷う素振りの薪に、岡部は副室長代理として公正に進言した。
「青木のことは、今しばらく様子を見ましょう」
 薪は黙って歩いていたが、やがて前を向いたまま、諦めたように言った。ちょうど第九の正門前だった。
「指導員はおまえだ。おまえに任せる」
「はい」と岡部は力強く頷き、薪に続いて門をくぐった。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Yesterday(3)

 言われて気付いたんですけど、前章の「夜桜を一緒に見る青薪さん」の話は、一番最初の「桜」というお話です。カテゴリの一番上にあるので、未読の方はよろしかったらどうぞ。
 この話を書いたきっかけも、やっぱり言われて思い出しました。そうそう、春頃、ツイッターで話題になってたんですよね。半年も経つと、すっかり忘れちゃうねえ。鳥と同じくらいしか脳みそ入ってないからねえ。
 ……今を生きてます。






Yesterday(3)





「……べ、岡部!」

 名前を呼ばれて我に返った。ふと目を落とすと、コップの酒は無くなっていた。横を見やれば、いつもと変わらぬ冷涼な、でも岡部には明らかに酔っていると分かる薪のきれいな顔があった。
「何ぼーっとしてんだ。おまえの好きなダシ巻き卵、無くなっちゃうぞ」
 後から騒いでも作ってやらないからな、と耳打ちされる。周りのみんなには秘密だが、この五段重ねの重箱の中身は殆ど彼が作ったのだ。
 それを知ってか知らずか、芝生の上に敷いたゴザに車座になった部下たちが、料理に「美味い」を連発する。手に手に冷えた缶ビールを持って、豪快に呷ればそこには満開の夜桜。ゴザの周囲に置いた照明代わりのLEDランプが、桜花を夢幻のように浮かび上がらせている。日本に生まれてよかった、と誰もが思う光景だ。

「薪さん、どうぞ」と部下に勧められて酌を受ける、上司の顔はまんざらでもない。コップ酒に満足そうに目を細めて、小さくため息を吐いた。
「山本の酌ばかりずるいですよ」と向かいにいた小池が酒瓶を取り上げるのに、「ピッチが速すぎます」と山本が薪のコップに手で蓋をする。飲む気マンマンだった薪はチッと舌打ちし、
「おまえ、このごろ岡部に似てきた」
 お預けを食らって不平をこぼす薪の様子に、みなが笑う。そんな風にして、少しの間だったが考え事をしていて一人になっていた岡部を、上手に輪の中に戻してくれる。薪は酔が回っても、周りをちゃんと見ている。

 岡部もみなと一緒に笑い、幸せな気分で自分の仲間たちを眺めた。アルコールが入っているから少々騒がしいが、他のグループも似たようなものだ。交ざってしまえば気にならない。他所のグループの笑い声でこっちまで楽しくなる。酔ったもの勝ちだ。
 隣で薪も笑っている。気の置けない仲間たちと楽しそうに、薪は自分から積極的に喋る方ではないけれど、いつも輪の中心にいる。
 花見なんて、昔は誘われても絶対に顔を出さなかったのに。人間、変われば変わるものだ。

「岡部。さっきから何を考えている?」
 岡部の様子がいつもと違うことに気付いたのか、薪がこそっと呟く。昔のあなたのことを考えていたんです、とも言えず、岡部は曖昧に笑って、薪の質問から逃げた。それをどう受け取ったのか、薪は「ははーん」とイヤラシイ笑いを浮かべ、
「雛子さんのことだろ」とズレまくった推理を披露した。まったく、薪のこの誤解はいつになったら解けるのだろう。
「春だからなー。雛子さんも家の中では薄着になってきただろうし」
「スカートも短くなってきたんじゃないのか」と下品な想像をする上司に、「おふくろはロングスカートしか穿きません」と冷静に返すと、
「ロングスカートってさ、ちょっとの風でもぶわっとめくれるんだよな。でもってまた、布の間から見える太腿がたまんないんだ」
 本当に、変われば変わるもんですよねっ!!
「人の母親をイヤラシイ目で見んでください」
「雛子さんは、母である前に一人の女だ。それも十分若くて魅力的な。一緒に住んでれば風呂場で『きゃっ』とか言うイベントもあるんだろ」
 肘でぐりぐりとか、マジで止めてもらますか。隣で山本が青くなってるじゃないですか。奴さんの額の面積がこれ以上広がったら風邪を引かせちまいますよ。
「薪さんもやればいいじゃないですか。青木と」
 岡部が小さな声で反撃すると、薪は急に顔を背けて黙ってしまった。想像して気持ち悪くなったらしい。薪のことだ、裸を隠しながら悲鳴を上げるのは青木の役なのだろう。

「お待たせしました! 冷たいビールと、追加の氷です」
 ちょうどそこに、買い出しに行っていた青木が帰ってきた。大型のクーラーボックスに水を張って、買ってきた氷を浮かべる。そこに缶ビールを沈めれば簡易式冷蔵庫の出来上がりと、これは青木のアイディアだ。
 本来なら後輩である山本の仕事なのだが、気の良い青木は自分から進んでこういう役目を引き受けてくれる。花見会場付近の商店街に詳しいこともあるが、人数分となると酒類は重い。山本は決して体力のある方ではなく、買い出しの時間が掛かり過ぎると場がしらける。それも考慮しての自薦なのだろうが、こうして自前で簡易冷蔵庫を用意するなど、第九の宴会が楽しいのは青木の気働きに依るところが大きい。

「青木。これも冷やしといてくれ」
 薪に差し出された吟醸酒の四合瓶を、はいと一旦は受け取った青木は、買い出しに行く前に沈めておいた吟醸酒の瓶が2本とも無くなっているのを確認し、
「薪さん。これ、何本目ですか」と薪の飲酒にストップを掛けた。
「飲みすぎないでくださいね。今年はオレの部屋に雑魚寝って訳にはいかないんですから」
 花見会場の公園の前には二階建てのアパートがあり、青木は去年の春までそこに住んでいた。急に決まった引っ越しだったから荷物の整理が間に合わず、アパートを解約したのは去年の暮れだ。高い倉庫代を払ったものだ。

 山本に続いて青木にまで飲む気にブレーキを掛けられた薪は、不満そうに眉を吊り上げ、
「なにぃ。このくらいの酒で僕が酔うとでも思うのか、あぁ?」
 その口調がすでに酔っぱらいですよね。
「いえ。でも薪さん、こないだの健康診断で肝機能の数値が高かったでしょ。先生にお酒を控えるよう言われてたじゃないですか」
「医者が怖くて酒が飲めるか」
 医者を敵に回してまで飲むものでもないと思いますけど。
「そんなこと言って。また雪子先生に怒られますよ」
「まさかおまえ、雪子さんに僕の健診の結果表、見せたんじゃないだろうな?」
 ぎょ、と青ざめた薪に、悪びれない様子で「はい」と答える。この辺の無邪気さは、いくつになっても青木から失われない美点か愚かさか。

「なにしてくれてんだ、おまえ!」
「薪さんの健康管理をする上で、アドバイスが欲しかったので。いけませんでしたか?」
「何年か前、うっかり机の上に置きっ放しだった健診シートを雪子さんに見られたんだ。そうしたら無理矢理病院に引っ張って行かれて、CTやら胃カメラやら大腸検査やら、本気で殺されるかと思った」
「なるほど。薪さんを病院に行かせるには雪子先生にお願いすれば、ひいいいーっ!!」
 雑巾を引き破るような悲鳴に何事かと振り返れば、薪が、青木の後ろ襟を捕えて背中に氷を投げ込んでいる。第九名物、室長の青木苛めが始まった、と誰一人薪を止めないところが第九には絶対君主制ならぬ絶対室長制が敷かれていると警察内部で囁かれる所以である。
 薪は、他人を苛めるのが大好きなのだ。無趣味の彼にとって、それは唯一の楽しみと言っていい。そこに余計な口を挟もうものなら、その矛先は自分に向けられることになる。薪の苛めの標的になって生き残れる人間は少ない。青木は特殊な例だ。

「相変わらず賑やかねえ、第九は」
 苦笑する女性の声に、薪はパッと青木から手を離した。アンカーの抜けた擁壁のごとく、青木がドドンとつんのめる。缶ビールの箱を小脇に抱えて颯爽と登場したのは、薪に招待を受けた雪子と、その夫の竹内だった。
「雪子さん、ようこそ!」
 諸手を上げて歓迎する様子の薪は、「これ差し入れ」と雪子が片手で差し出したビールの箱を両手で受け取った。は良いが、酔いの回った足に500ミリの箱はきつかったらしい。よろけたところを先刻まで自分が苛めていた青木に支えられ、ひょいと荷物を取り上げられた。青木は本当に人が善い。

 引き換え薪ときたら、「大丈夫ですか」と自分を気遣う青木に目もくれず、「どうぞこちらに」と雪子に席を勧め、
「雪子さんに来ていただいて、場が華やかになりました。やっぱり宴席には女性がいないとね。あ、竹内さんはもう帰っていいですよ。雪子さんは僕が家までお送りしますから」
 うわー、と誰もが心の中で冷や汗をかく。相変わらず薪は竹内には鬼のように冷たい。
 前々から嫌っていたのが、雪子が彼と結婚してからますますひどくなった。要はやきもちで、今ではほとんど親の仇だ。
「まあアルコールも入りますしね、僕も男ですから。雪子さんのような魅力的な女性を前に理性が壊れないとも限りませんけど。そこは大人ですので責任は取ります。無論、お子さんは僕と雪子さんで立派に」
「竹内。ここ、並んで座れるって」
「あ、どうも」
 二人に気を利かせた今井が、横の三人に席を詰めさせ、二人分のスペースを作った。一人芝居状態になってしまった薪が、額に青筋を立てて振り返る。
「今井、余計なことをッ……!」
 たぶん、今年の今井のボーナスは3割カットだ。
 まあまあ、と岡部は薪を座らせて、青木が用意した吟醸酒の封を切った。好みの銘柄に、薪はコロッと相好を崩す。何のかんのと言いながら、薪の気に入りの酒をちゃんと調達してきているあたり。薪のことは青木に任せておけば安心だと思えた。

 人数も増えて、宴もたけなわとなり。ちょっとしたゲームでもやろうと言う話になった。
 宴会での定番ゲームと言えば手軽にできる古今東西や山手線ゲームなどだが、ひらめきが必要なこの手のゲームは常に薪と竹内がいい勝負で、なかなか雌雄がつかなかった。酔っているとはいえ天才の薪についていけるのは、この中では京大卒エリートの竹内だけだ。
 どうにかして彼に水を開け、雪子にいいところを見せたい薪は、卑怯にも「伝言ゲームをやろう」と言いだした。背中に文字を書くのではなく、声を出さずに唇の動きで内容を読むのだ。当然、薪を始めとする第九職員は余裕の勝利、読唇術に縁のない竹内は惨敗を喫する羽目になった。

「さあて。ビリっけつの竹内さんには罰ゲームと行きましょうか」
 腕を組んで仁王立ちになり、見下し目線で勝利宣告をする。鬼の首を獲ったようとはこのことで、薪はものすごく楽しそうだ。いくら気に入らない相手だからって人間としてその態度はどうかと思うが、誰も突っ込まないのが第九で生き残るためのバイブルだ。誰だって命は惜しい。
「ブービー賞の人とキスとかどうですか、薪さん」
「よし」
 薪が、曽我の提案をすぐさま採用したのは悪魔の企み。どうせブービー賞は経験の浅い山本か鳥目の青木だ。ちなみに、青木は本当は鳥目ではない。薪との夜を楽しみたいがゆえの「暗いところはよく見えなくて危ないから明かりは点けたままでお願いします」という彼の姑息な嘘に騙されているのだ。
 それはともかく、奥方の前で男、それもオヤジとキスなんて、雪子に愛想を尽かされること請け合いだ。隙あらば雪子を竹内の魔の手(と薪は思っている)から救い出そうとしている彼が、この機会を逃すはずが無かった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Yesterday(4)

 お礼その1、こちらでおしまいです。
 次からお礼その2に入ります。引き続き、読んでいただけると嬉しいです(^^




Yesterday(4)





「えーと、ほっぺでいいですか」
 と竹内が苦笑するのに、薪は、「子供じゃあるまいし」とシビアに返した。
「キスと言ったら唇に決まっているでしょう」
 そこでちらっと青木を見る。薪と目が合ってニコッと微笑んだ。大丈夫、ブービー賞は青木じゃない。
「早くしてください。次のゲームが始められませんよ」
「……じゃ、遠慮なく」
 薪に急かされ、竹内は両の掌を上に向けて白旗を上げると、隣に座った雪子の肩を抱いた。雪子は少し困った顔をしたが、先に周りから拍手が出てしまい、諦めたように目を閉じた。
「な」
 雪子の身体が自然な動きで抱き寄せられる。ぎこちなさは微塵もなかった。

「必要以上にくっつくな、そこ! あー!!」
 二人のくちびるが重なるのと、岡部が薪を羽交い締めにしたのはほぼ同時だった。沸き起こる拍手の中、薪の怒ること怒ること。岡部に拘束されていなかったら、乱闘間違いなしだ。
「なにやってんだ、あの二人! みんなの前で!」
「薪さんがやれって言ったんでしょうが。ビリっけつとブービー賞のキス」
「どうして雪子さんがブービー賞なんだ?!」
「当たり前でしょ。第九職員じゃないのはあの2人だけなんですから」
「くそー、こんなことなら僕がビリになるんだった。竹内のやつー!」
 キスくらいで地団駄踏んでますけど、この二人夫婦ですからね。子供できちゃってますからね。

 すっかりイジケタ薪が岡部の後ろに隠れてしまったので、ゲームは一時中断となった。罰ゲームの流れで初キッスの話になり、幾つのときに誰それと、悲しいことにおれの相手は父親で、いやいや、おれなんか犬だった、などと酒の席ならではの冗談を交えた暴露話に盛り上がる中、KYには定評のある曽我が、懐かしい話を持ち出してきた。
「キスって言えば昔、酔っ払った薪さんが竹内さんにキスしたことありましたよね」
 ブーッと盛大にビールを吹き出した竹内が、泡を食って薪を見る。が、薪は雪子のくちびるを竹内に奪われたのが悔しくて仕方ないらしく、岡部の背中に隠れていちびっている最中だった。こちらの話など、当然耳に入っていない。

「ちょっと曽我さん。先生の前でその話は」
「あ、大丈夫よ、知ってたから。青木くんから聞いたのよね」
 竹内は無言で立ち上がり、青木の襟元を締め上げると、懐から黒光りするそれを取り出し、
「おまえ、なに要らんこと先生に吹き込んでくれてんだ」
「竹内、拳銃しまえ。スジもんの集まりだと思われる」
 てか、なんで持ってんだよ。始末書だぞ。
「手遅れだと思いますが。岡部さん側の芝生だけ異様に空いてますし」
「ああ?」
 山本が冷静に指摘する。確かに、岡部の座っている左側だけが5mほど空間になっていた。岡部はそれをただの偶然と思いたかったが、生憎、それを許すような常識人は此処には一人もいない。

「「「「とりあえず岡部さんが組長だろ」」」」
 とりあえずで人を組長に就任させるなと言いたい。てか、なんで満場一致なんだ。
「今井さんが若頭、おれたちは若頭補佐ってところかな」
 睨みの利かない坊主頭とひょろっこい糸目のコンビでは、三下がいいところだ。組対5課の脇田辺りに聞かれたら、マル暴を甘く見るなと叱られそうだ。
「じゃ、おれはハッキングで情報取りまくって、インサイダー取引で組の資金を稼ぐ」
 宇野は本当にやりそうで怖い。
「ならば私は顧問弁護士をやりましょう。どんな商取引も合法にしてみせます」
 法律家が悪魔の手先になるほど恐ろしいことはない。ていうか、山本、キャラ変わってないか?
「はいはい、オレ、運転手やります」
 それならヤクザじゃなくてもいいだろ、青木。
「黒塗りベンツの改造車に9000ccのエンジン積んで夜の首都高爆走。パトカー、白バイぶっちぎり。男のロマンですよねっ」
 考えようによってはこいつが一番こわい。犠牲者数が見当もつかない。

「竹内さんは岡部さんの舎弟で、風俗店のシノギをしてる。美人ぞろいのスナック経営してて、宇野と肩を並べる組の稼ぎ頭」
 部外者まで巻き込む気か、おまえら。
「わかりました。チャカの調達は任せてください。いい売人知ってますんで」
 のるなよ、竹内。
「ねえ、あたしは?」
 暴力団同士の抗争になった際、腕の良い主治医がいると安心だが、雪子の場合は、
「「「用心棒お願いします」」」
「任せなさーい!」
 だめだこりゃ。

「薪さん、何とか言ってやってください。あいつら悪乗りしすぎです。このままじゃ、第九が組になっちまいますよ」
 後ろで膝を抱えている薪に、岡部は訴えた。このまま話が進んだら、周囲10mが無人になる。迷惑すぎる花見客に成り下がってしまう。公僕としてそれはマズイ。しかし薪は両膝に顔を伏せたまま、
「いいじゃないか。どうせこの世には神も仏もいないんだし」
 あんたはいつまでいちびってんですか。
「いいんですか。おれが組長ってことになってますけど」
 雪子が竹内の妻である事実を変えられない以上、何と言って慰めても薪は浮上しないと悟った岡部は、アプローチを変えることにした。薪の男気に訴えるのだ。薪は第九室長の立場に誇りを持っている。第九が組になるなら当然組長は自分だと言い出すだろう。そうしたらまた陽気に宴に参加するかもしれない。
 ところが薪は、いや、と首を振った。
「僕はもう官房室の人間だし。実質的に第九を動かしているのは岡部、おまえだ」

 ――僕の後を継いで第九の室長になるのはおまえしかいないと思っている。頼んだぞ。

 背中合わせに伝わる薪の言葉が、岡部にはうれしかった。
 何よりも欲しいと願ったものがそこにはある。薪の信頼と、穏やかな笑み。

「そうなると、僕は相談役と言ったところかな」
 振り返った薪に、みなが一様に答えた。
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
 みんなで言えば怖くない、と胸を張る第九メンズに季節外れのブリザード。グラスに残ったビールの泡が瞬時に凍りつく。
「おまえら全員、うさぎ跳びで公園1周」
 ――やっぱり怖かった。

 アルコールでフラフラの身体で、ウサギ跳びだかウサギ歩きだか分からないモーションで仲間たちがいなくなると、薪は再び岡部の背中にもたれかかった。「ザマーミロ」とケタケタ笑ってコップ酒をあおる。どうやら王様のプライドは回復したらしい。

 傲慢で横暴で家来泣かせの王さま。でも岡部は知っている。
 これだけ好き勝手やって薪が平気でいられるのは、そこにしっかりとした信頼関係があるからだ。ちょっとやそっとでは壊れない絆を、彼らとの間に培ってきた。だから薪は自分を殺さず、彼らの前で奔放に振る舞えるのだ。
 あの頃の自分に教えてやりたい。
 おまえがお節介を焼かずとも、薪さんは大丈夫だ。よき理解者とパートナーと仲間を、自らの力で獲得した。
 まるで自分が光の中に生まれる影であるかのように、孤立していた彼はもういない。彼を見えない牢獄に繋ぐあの壁は、消え去ったのだ。
 今、彼は光の中にいて。誰よりも眩く輝いている。強く温かい、その光。

「なに笑ってんだ、岡部」
「人間、変われば変わるもんだと思いまして」
「あん? おまえだって年取っただろ。目尻のシワ、増えたぞ」
 そう言う薪の外見は、昔とちっとも変らない。これが44歳の男って、ここまで来ると犯罪だと思う。

 周りに人気がなくなったせいか、風が出てきた。火照った身体に気持ち良い、やや冷たい風だった。
 風に吹かれて舞う花びらを、岡部はぼんやり見ていた。岡部の背中で薪もたぶん、同じものを見ている。
 やがて薪は言った。
「おかべ」
「なんですか」

 ――ありがとうな。

 振り返ろうとしたけれど、それにはあまりにも自分が呆けた顔をしていることに気づき、岡部はその衝動を抑えた。
 ゴザの上に投げ出された薪の手から、空のコップがコロコロと転がる。眠ってしまったらしい。そこへ、調達係の仕事のおかげで皆よりアルコールが進んでいなかった青木が一番先に帰ってきた。薪を帰らせるいいタイミングだ。
「青木。薪さんを」
 タクシーで連れて帰ってやれ、と岡部が言い終る前に、青木はゴザの隅に丸めてあった薪のスーツを広げ、彼の身体に掛けた。「寝ちゃってるから動かないでくださいね」と、岡部にそのままの姿勢でいるよう、両手を合わせる。
「今日は久しぶりに岡部さんと飲めるって。薪さん、すごく楽しみにしてたんですよ」
 みんなもそろそろお開きですね、と呟いて、青木はゴザに散らかった紙皿や空き缶を片付け始めた。みなが帰ってくるころには、あらかた終える気でいるのだろう。本当に、よく働くやつだ。

 風に踊った花びらが一枚、岡部のコップに舞い込んだ。酔いがまわった薪の頬のような桜色。
 風流を浮かべた透き通る甘露酒を、岡部は心地よく飲み干した。


―了―


(2014.6)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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