Are you happy?(1)

 い・そ・が・し・いっ!
 もう本当に忙しい! 文字通り、心を亡くすほど忙しいっ! メロディ、まだ2回しか読めてないよー!

 でもどんなに忙しい時でも、薪さんは「僕は忙しい」と言わない。そんな暇はない、と言うことはあるけど、忙しいとは言わない。心を亡くしたら、薪さんの仕事はできないんだろうなあ。
 時間は作るもの。わたしも薪さんを見習って、時間を作ってブログの更新します。(仕事から逃げてるだけだろうとか言わないでw)


 が、さすがに長編の再読は無理なんで(^^;
 予告いたしました「青木さんがんばれSS」(「あの内容で?」とか言われそうだ)の前に、メロディ10月号で凹んだとき、リハビリに書いた雑文をひとつ。

 自分の気持ちをオープンにしないのは薪さんのデフォルトだと思うし、薪さん自身、そんな自分を不幸だとは露程も思っていないに違いない。薪さんが青木さんに手にして欲しい幸せは、青木さんが望む「薪さんと家族になること」じゃない。その信念に基づいて行動している。自分の気持ちを無理やり押さえてるんじゃない。やりたいからやってるんだと思う。
 それでも言いたくなっちゃうんだよなあ。こんな形の幸せもあるんだよって。
 わたし、おばちゃんだから。おばちゃんて、お節介な生き物なんだよ☆





Are you happy?(1)




 鬼のかく乱か青木の風邪か。六年目にして、初めて彼が寝込むところを見た。

「ウィルスを拡散するな。大人しく寝てろ」
 朝、ゴホゴホやりながら出勤のために起きてきた彼に、厳しく言い付ける。風邪と言うのは病気ではなく、疲れが蓄積し過ぎて体力の限界を超えたときに働くリセット機能みたいなものだ。大人しく寝ていれば三日で治るのに、無理に動くからこじらせたりする。そんな理屈で彼を寝室へ戻らせようとする薪に、青木は熱で潤んだ瞳を向けて、
「毎回毎回、意識不明になるまで我慢しちゃう人に言われても、ごほっ」
 ンだと、こら。
 風邪は気合で治すが薪のポリシーで、実際それで上手く行くときもある。しかし風邪ウィルスは宿主の気が緩んだ途端急激に増殖する性質を持っていて、瞬間的に身体を乗っ取られたようになる。それが意識混濁の原因であり、決して自分の体調管理が未熟なわけではない。ちょっと油断しただけだ。

「職場のみんなに伝染されたら困る。寝てろ」
「はい。――あ、薪さん。ロビーにSP呼んでおきましたから。勝手に行かないでくださいね」
 部下の手回しの良さに、薪は思わず舌打ちする。
 余計なことを。久しぶりに電車に乗れると思ったのに、がっかりだ。
「オレの風邪が治ったら、電車でお出掛けしましょうね」
 その上、子供っぽい我儘を見抜かれたと思ったらめちゃくちゃ腹が立った。薪は盛大に舌打ちし、「行ってらっしゃい」の声に答えもせずに玄関の戸を閉めた。



*****




「室長。渋谷の強盗殺人の報告書です」
 窓の外を眺めながらコーヒーを飲んでいた上司に、今井は声を掛けた。すぐに机に戻って報告書を手に取る、彼の敏捷を好ましく思う。役職者の中には、報告書の類はまとめて夕方に処理する者も多い。ろくに中身も見ないで判を押すだけならその時刻で充分、というわけだ。
 この上司にあってはそのようなことは絶対にないし、その精査は必要以上に厳しい。だから製作者側にも気合が入る。点の辛い彼に一発で承認印を押してもらえた職員は、第九では密かな英雄になる。

「鞄から被害者のネックレスがはみ出していた、と。確定だな」
 パラパラとページをめくりながら、決め手になった証拠について確認する。事件の概略を知っているとはいえ、あの早さで報告書を流して理解できるのだから、やっぱり薪の能力は飛び抜けている。この人には逆らえないと職員たちが思うのは、階級よりもむしろ、こうして圧倒的な力の差を見せつけられたときだ。
「いつも洗練された報告書で助かる。よくまとまってるし、内容が頭に入りやすい」
「恐れ入ります」
 詳しい精査は後で行うのだろうが、とりあえずは及第点だ。ホッと頬を緩めた今井の前で、薪が飲みかけのコーヒーに手を伸ばす。その細い指はカップの取っ手を掴み、持ち上げかけて止まった。小さく揺れたマグカップの白い内壁で、限りなく黒に近い焦げ茶色の液体がやるせなく波打つ。
 薪の口元に運ばれることなく沈黙したコーヒーを見て、今井は、病欠の届が出ている後輩を思い出した。

「青木、風邪ですか」
 ああ、と生返事を返しながら薪は、再度報告書に目を落とす。薪は青木が淹れるコーヒーが大のお気に入りだ。今日はそれが飲めなくて、残念な思いをしているのだろう。
「珍しいですね。あの元気の塊みたいな男が」
「バカは風邪引かないってのは迷信だな」
 皮肉を言いながら、ふっ、と笑った。薪が仕事中に冗談なんて珍しいことだ。鬼の室長も青木と暮らし始めて人間らしさが出てきたか、と今井はなんだか嬉しくなって、仲間内で話すときのように軽い口調で言った。
「そう言えばこないだテレビで、『バカは風邪を引かないのではなく、風邪を引いたことに気付かないんだ』って言ってましたよ。青木はこれまで独り暮らしだったから、その状態だったんじゃないですか」
「そうかもしれないな。……やり直し」
「え」
 分厚いファイルを突き返されて、今井は戸惑う。付箋も赤ペン添削も無いんですけど、これはいったいどうしたら。
「あの……どの辺りを」
「言わなきゃ分からないのか」
 無意識に持ち上げたマグカップを、今度はあからさまに机に戻して、薪は別の書類に手を伸ばした。絶対拒絶のオーラが出ている。賢明な今井は、一礼してファイルを持ち帰った。

 ドアを開けると、小池と曽我のコンビが揃ってニヤニヤしていた。中の様子を窺っていたに違いない。肩を竦めた今井に、笑いながら小池が、
「あの人、自分が青木の悪口言うのは平気だけど、人に言われると面白くないんですよ」
「知ってるよ。失敗したー、つい軽い気持ちで言っちゃったんだよ」
「根に持つタイプですからね。一週間は苛められますよ。お気の毒に」
「おまえも気を付けろよ」
「大丈夫。簡単ですよ、逆に褒めればいいんです」
 自信に満ちた足取りで、今井と入れ替わりに中に入っていく。曽我と二人、ドアに張り付いて聞き耳を立てていると、小池の報告書にも難はなかったようで、「ご苦労だった」と言う室長の言葉が聞こえてきた。

『薪さん、青木は本当に優秀ですよね。たまに休まれると、あいつの重要さが分かります』
『そうか。具体的にはどんな?』
『ええっと、掃除とか買い出しとかお茶汲みとか。ホント面倒で』
『そういった雑用を、まだ青木一人に押しつけてるのか』
『ち、違いますよ。押しつけてるわけじゃなくて、あいつが進んで』
『同僚として感謝している?』
『もちろんです!』
『では週末の青木のバックアップ当番、おまえにシフトでいいな』
『え』
『普段の感謝を表す意味でも、喜んでやってくれるよなあ、小池』
『……はい』

 情けない顔で出てきた小池に、吹き出したいのを堪えるのが大変だった。隣で今井と同じように顔を赤くしていた曽我が、ようやくに笑いの衝動を治めて、
「バカだな、小池。おれは失敗しないぞ」
 ムッとした表情の小池に、曽我は邪気無く言った。
「青木は確かに仕事できるけどさ、薪さんみたいにズバ抜けて仕事できる人にそこをプッシュしても当たり前だって思われるだけだろ。それよりは青木の人柄を褒めるんだよ。結局は薪さんだって、青木のそういうところが気に入ってるんだから」
 曽我がドアの向こうに消えて、今度は小池と二人でドアにへばりつく。そんなことを繰り返していれば他の職員が関心を持つのは当然のことで、曽我の舞台は満員御礼の大賑わいとなった。

『薪さん。青木がいないと、第九は火が消えたようです』
『そうか』
『第九だけじゃないですよ。あいつ、庶務課や総務の女の子にも人気あるから。メール便持ってきた庶務課のミキちゃんも、通達持ってきた総務のタエちゃんも、『今日、青木さんいないんですか』って悲しそうな顔して帰って行きましたよ』
『ふうん。……おまえ、今日から1ヶ月間メンテ当番な』
『なんでっ?!』

 曽我の悲痛な叫びが木霊する中、今井はしみじみと言った。
「バカだ」
「バカですねえ」
 下方で聞いていた山本が相槌を打つ。こいつも段々、ここの色に染まってきた。
「曽我のKYはもはや凶器だな」
「一番言っちゃいけないことだよな。薪さん、今日一日機嫌悪いぞ」
「おれも相当機嫌悪いぞ」
 こそこそ話す小池と宇野の後ろから、重低音のドスの効いた声がした。四人の肩が、びくんと上がる。
「仕事しろ!!」
 職員たちは慌てて自分の机に戻る。第九で怖いものと言えば室長のブリザードだが、副室長の雷も充分こわい。

 泣きそうな顔で出て来た曽我を訝しげな表情で見送りながら、岡部は室長室に入り、そのままの姿勢でバックで出て来た。そーっとドアを閉める。
「何やったんだ、おまえら」
 室長室が氷河期になってるぞ、とこちらを振り向く岡部に、職員たちがわらわらと寄る。この中で薪を宥められるのは岡部だけだ。彼には事情を話しておく必要がある。
「室長が青木のこと、『バカは風邪引かないってのは迷信だな』なんて言うからつい話に乗って」
「そこは否定しとけよ。あの人、自分以外の人間が青木の悪口言うと怒るんだから」
「それで小池がフォローを入れようとしたんですけど。結果的に、青木が未だに雑用全部こなしてることバレちゃって」
「まずいよ。前々から雑用は交代制にして、青木を捜査に専念させろって言われてるんだから」
「トドメは曽我のやつが。青木が女子に人気あることバラしてて」
「最悪だな。ああ見えて薪さんは、ものすごいヤキ」
「僕がなんだって」
 地獄の使者もかくやという不気味さを孕んだ声音に、岡部の剛毛が総毛立つ。まるでヤマアラシのようだと思ったが、誰も笑えなかった。

「岡部。僕に何か話があったんだろう。聞いてやるよ、人目に付かないところで」
「や、報告ならここでっ」
「遠慮するな。内緒話が好きなんだろう? 僕ともしようじゃないか」
 薪は岡部の後ろ襟を掴むと、彼を引きずるようにしてモニタールームを出て行った。岡部の巨体が薪の細腕に引きずられる違和感や、連れ去られる岡部がまるでいたいけな子牛のように見えたイリュージョンや、そういったもろもろの現象を現実と擦り合わせる努力を放棄して、残された職員たちは一斉に溜息を吐いた。
「岡部さん……」
「だから、声大きいんですよ」
 内緒話には向かない岡部の声が薪の堪忍袋の緒のみならず袋そのものを破壊して、今日の第九は針山地獄決定。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Are you happy?(2)

 新しいリンクのお知らせです。

「M☆秘密のつぶやき」 ←ポチると飛べます。
 管理人はMisaさんとおっしゃいまして、主な記事は薪さん愛がたっぷりと詰まった楽しいレビューです。
 Misaさんのレビューは、捉え方が素直でやさしいので、読んでいてほっこりさせられます。あんな凄惨な事件なのに、Misaさんのレビューを読んでいると何もかも丸く収まるような気がしてくるの、不思議。
  スピンオフからの新しいブログさんなので、チェックがお済みでない方はぜひどうぞ(^^




 

Are you happy?(2)






 部下を全員定時で上がらせ、室長会の定例懇親会を岡部に押しつけて、薪は六時にマンションに帰ってきた。玄関のロックを解除し、背後を固めるSPたちに中に入るよう指示をする。
「それはキッチンの床下収納庫、そっちはシンクの上の棚。日付順に並べておいてくれ」
 帰りに買い物するから途中で下ろしてくれ、と頼んだら、家まで送ると彼らが言い張るから頭にきて、米や味噌など重量級の品物を大量に買い込んでやった。とても一人で運べる量ではなかったから彼らが家まで運んでくれたわけだが、もしかしてパワハラだったかもしれない。
 片付けは彼らに任せて、寝室に向かう。たかが風邪とは言え青木は病気知らず。普通の何倍も辛いに違いない。
 ましてや、独りで寝ていると心細くなるもの。早く顔を見せて安心させてやりたかった。

「あれっ」
 青木は寝室にはいなかった。不可思議なことに、ベッドがきちんとメイクされている。
 医者に行ったのだろうか。こんな時間に? それともトイレ?
 どちらもおかしい。病人が僅かな時間ベッドを離れるのに、いちいちメイクなんかしないだろう。

「おかえりなさい。早かったんですね。こほっ」
 マスクの下でくぐもった咳を繰り返しながら青木が出てきたのは、なぜかクローゼットルーム。どうしてそんなところに、と尋ねようとした薪の声に、片付けを命じておいたSPの質問が重なった。
「薪室長。塩はどこへ」
「お酢と一緒に床下。洗剤はシンクの下。洗濯用と間違うなよ」
「薪さん、お客さまにそんなこと。オレがやります」
「客じゃない。SPだ」
「余計マズイじゃないですか。警視総監に叱られますよ」
 SPは警視庁警備部の職員だから、大雑把に言えば警視総監の部下だ。警視庁に戻った彼らから、薪が、警護以外の仕事をSPに押し付けたことが伝わる可能性がないとは言い切れないが、そんなことはどうでもよかった。

「いいからおまえは大人しく寝てろ。てか、なんでクローゼットに布団?」
「薪さんに伝染ったら大変ですから」
 遠慮深い青木らしいけれど、クローゼットみたいに埃っぽい場所にいたら治るものも治らないだろう。
 でも、こいつはそういうところが可愛いんだ。病気なんて滅多にないことだし、今夜はちょっとやさしくしてやろうか――、
「病人をクローゼットに」
「噂通りの冷血漢だな」
 ――オボエテロよ、青木。
 年に数回しか発揮されない薪の希少なやさしさを粉砕したとも知らず、SPたちの内緒話は続く。
「あのクールさが魅力なんだよな」
「さすが女王さま。たまらないなあ」
 SPの隠語はよく分からない。
「ヒールで踏まれたい」
「『豚野郎』とか罵られたい」
 分かりたくない。
 ともあれ、これで警視庁警備部にも自分の悪評が流布されるのだろうと薪は少々憂鬱な気分になったが、現実には薪の家に入った二人が英雄になったことと、一部のマニア熱に拍車が掛かったことは知らない方が幸せかもしれない。

「ずいぶん買い込みましたねえ。別に、今日じゃなくてもよかったんじゃないですか」
 SPたちが引き上げた後、収納庫に入りきれず、キッチンの床に並べられた米や調味料の山を見て、青木は苦笑いした。
「SPを家政婦扱いなんて、薪さんたら、ごほごほっ」
「だから寝てろって。おかゆ、作ってやるから」
「いいですよ。薪さんはお仕事でお疲れなんですから。レトルトで充分です」
「いいから。それと、クローゼットは収納庫で寝る所じゃない。寝室で寝ろ」
 薪に睨まれて、はあい、と彼は亀のように首を竦めた。自分の睨みが健在であることに満足を覚えると同時に、叱られた子供みたいな彼がかわいいと思った。
 そのとき薪は、青木にプレゼントされたアルファベット柄のエプロンを付けて、右手には小さな土鍋、左手には長ネギ。叱責を怖がるどころか長ネギの代わりに刻まれたいくらいの愛らしさだと青木は思っていた。その事実に彼が気付かなかったのは、それを口に出さないだけの賢明さを青木が持ち合わせていたからに過ぎない。

 粥は米から炊くと、四十分くらい掛かる。シンプルな割に待ち時間の長い料理だ。冷ご飯に水を加えて作れば早いけれど、それでは米の甘みが出ない。出汁で炊く雑炊なら味はごまかせるが、風邪で弱った胃腸にはよくない。
 米と規定量の水を強火に掛けて、煮立ったら弱火にする。鍋の上下を木べらで返して、後は蓋をずらして待つだけだ。
 粥が出来る間、病人がちゃんと休んでいるかどうか見回りに行くことにした。薪もそうだけれど、症状が軽い時はついベッドの中で本を眺めたりしてしまうものだ。それだと脳が休まらないから回復が遅くなる。もしそんなことをしていたら盛大に叱ってやろうと期待しながらドアを開けると、青木は仰向けになって目を閉じていた。枕の下に雑誌を隠した様子もない。こいつ、風邪のときは優等生だ。

 額に手を当てると、いくらか熱かった。夜になると熱は上がる傾向が高いから、これからまた発熱するのかもしれない。
「薪さんの手、冷たくて気持ちいいです」
「料理中だからな。あと三十分くらいで出来るから、ここへ持ってきてやる」
「ありがとうございます」
 額に載せた薪の手の甲に、青木の大きな手が重なる。熱のせいか、とても温かった。
「風邪っていいですねえ。薪さんにやさしくしてもらえるの、幸せです」
「なに言ってんだ。僕はいつもやさしいだろ」
「え。あ、はい。……はあ」
「なんだ、最後のため息は」
 いつもなら蹴りがいくところだけど、今日は特別だ。元気になったらまとめて返すけどな。

「退屈だろうけど、雑誌やテレビは禁止だぞ。その方が早く治る」
「平気です。枕に薪さんの匂いが着いてるから」
 微笑ましいと思った。子供が病気で心細い時に母親のエプロンを預けると安心してよく眠れるのと同じで、恋人の香りが心を休めるのだろう。
「アロマセラピーみたいなもんか」
「や、この匂いを嗅いでると妄想広がっちゃって。退屈なんかしてる暇ないです」
 そんなことを考えてるから熱上がるんだよ、バカ。

 照れ笑いする青木の額をぱちんと叩いて、薪は台所へ戻った。料理の仕上げに掛かる。
 付け合わせの梅干しは刻んでシラスと和える。水分はたっぷり摂った方がいいから、他にスープを作る。薄味のみそ汁に、みじん切りにした長ネギをこれでもかと言うほど浮かべる。食後のデザートはビタミンCを豊富に含むイチゴ。
 質素だけど、風邪は身体を休めるのが一番だ。消化にエネルギーを要する肉や魚は避けた方がよいのだと、昔雪子に教わった。
 出来上がった夕食を寝室に持っていくと、青木は嬉しそうに起き上った。ぶんぶんと飛び回る尻尾が見える。
「風邪を引いても食欲が衰えないとは。見上げた食い意地だ」
 薪が呆れるくらい青木の食は進み、一人炊きの土鍋はあっという間に空になった。物足りなそうな顔をしているので、追加のリンゴを剥いてやったらそれも食べた。一瞬、仮病じゃないのかと疑いを持ったが、首に触ってみたらやはり熱かった。

「大人しく寝てろよ」
 妄想も禁止だぞ、と釘を刺して、食事の後片付けを済ませた。それから一人で風呂に入る。青木に邪魔されない貴重なバスタイム、ゆっくりと羽根を伸ばしたかったのに。青木の首の熱さが気になって、ちっとも楽しめなかった。誰かと一緒に暮らすのって、やっぱり面倒だ。
 一人なら心配なんかしない。青木が病気をしたら気にはなるだろうけど、一緒にいられなければ出来ることは限られている。そういう状況なら多分、たかが風邪だと割り切ってしまえる。
 でも、こうして一緒に暮らしていたら。
 あれもしてあげたい、これもしてあげたいって。頼まれてもいない仕事は増える一方で。バスタイムは薪の一番の楽しみになのに、それすらおざなりになっていく。
 彼の傍にいてやりたいと思ってしまう気持ちの、なんて強いことだろう。「たかが風邪」なのに、我ながら過保護すぎる。

 自嘲しながら寝室を覗くと、果たして彼の病状は悪化していた。さっきより顔色が悪くなっている。
「どこか痛むか」
「脚の関節が、ちょっとだけ」
「悪寒は」
「少しあります」
 帰りが早かったから時刻は未だ八時前で、風呂を済ませても寝るには早すぎたけれど、病人に付き合ってやることにした。

「ダメですよ、薪さん」
 パジャマ姿で隣に入ろうとした薪を、青木が押し留める。
「人間の体温で温めるのが一番効くんだぞ」
「でも、伝染ったら大変ですから」
「風邪は空気感染だ。もう手遅れだ」
 論破して、いつもの場所に納まった。長い腕を取り、自分の腕と絡ませる。ついでに脚も絡ませてやると、薄いパジャマを通して彼の熱が感じ取れた。彼の身体は乾いた砂漠みたいだった。

「どうだ」
「あったかいです。すごく」
 薪の腕の中で青木は言った。
「裸だと、もっと温かいと思うんですけど」
「風邪引いてるのに?」
「でも、このパターンて普通は」
「普通? おまえの地元では、子供が風邪引いたときにお母さんは裸で添い寝するのか」
「……わかりました」
 裸なんて病気にいいわけがない。健康体だって裸で寝てたら風邪を引くのに。頷いておきながら、しかし青木はブツブツ言うのを止めなかった。
「つまんないなあ。他のところではみんな」
「よそはよそ、うちはうち!」
「……すみません」
 首の後ろに爪を立ててやったら、青木は謝罪して沈黙した。やっと大人しくなった、と薪は心の中で安堵する。病人は黙って寝てるのが一番だ。

 彼を安静にさせたことに薪は満足するけれど、青木の心中は複雑だ。正直な話、薪が傍にいると落ち着かない。わくわくとうれしくなって、はしゃいでしまうのだ。
 青木だって人間だから、咳や悪寒程度の風邪は引く。そんな時は早めに休めば、翌朝にはスッキリと起きられたのだ。
 でも、薪と一緒に暮らしはじめたら。もったいなくて早寝ができない。
 だってそこに薪がいる。顔が見られる、声が聴ける。手を伸ばせば触れ合えるのに、寝てる暇なんかあるわけがない。そんな理由で、別々に暮らしていた時よりも、青木の睡眠時間は確実に減っている。それは自覚していた。
「疲れが溜まったんだろう」と薪に言われて反省した。
 薪と一緒に暮らせることになって、舞い上がっていたせいだ。これからは気を付けないと、彼に迷惑を掛けてしまう。今日だって、薪にしてみたら早退けに近い時間に帰ってきたのだ。きっと仕事を残してきたに違いない。それなのにこうして青木に付き合ってくれて、腕枕までしてくれる。怒られてばかりだけど、すごくやさしくされてる。申し訳なくも幸せだった。

「薪さん。そろそろ体勢変えないと、また腕が」
 痺れますよ、と言い掛けて青木は口を噤んだ。上から、妙に規則的な呼吸が聞こえてくる。顔を上げると薪はすでに眠っていた。
 時計を見れば、まだ八時半。この時間に熟睡することは子供でも難しい。
 本当に疲れているのは薪の方で、だから横になるとすぐに眠ってしまうのだ。決して年のせいではなく。
 亜麻色の頭をそっと浮かせて、自分の肩に載せた。薪は2、3回、いやいやをするように小さな頭を振ったが、やがて落ち着きどころを見つけたらしく、「ふうん」と満足げな声を洩らした。
 ……かわいいっ。
 寝息を深くする彼の頭を撫でながら、やっぱり眠るのはもったいない、と思う青木だった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

Are you happy?(3)

 先日からの雑文、こちらでおしまいです。
 お付き合いいただいてありがとうございました。




Are you happy?(3)





「なんで僕なんだ」
 自分の不機嫌な声がして、薪は眼を開けた。正確には、開けたつもりになった。自分と鈴木がいる。ここはまだ夢の中だ。
 鈴木はパジャマ姿でベッドにいて、口に体温計を咥えていた。シチュエーションが分かりやすくて助かる。青木の風邪つながりで、鈴木が風邪を引いたときの夢だと知った。

 薪が警視正になる少し前、24、5の頃だったと思う。妹がテニス部の試合だとかで母親は外出していた。せっかく休みが取れたのだからオレも応援に行きたかった、とそれは鈴木が病気になったから有給が適用されただけだろうと電話口で突っ込んだ憶えがある。夏休み真っ只中のこの時期、おいそれと休暇が取れるほど世間は独身者に甘くない。薪のように何年も有給休暇を棚上げにしていたせいで課長が人事部に絞られて強制的に休暇を取得させられた者でもなければ。
「雪子さんに看病してもらえよ。医学生の彼女以上の看護師なんて、この世にいないぞ」
 そう言いながらも、全然迷惑じゃなかった。病気で弱った鈴木に頼ってもらえたことがむしろ嬉しくて。でも、それを表面に出すわけにはいかなかった。

 複雑な気持ちを抱える薪に、鈴木はベッドの横に置いてあった片手鍋を差し出した。促されて蓋を開けてみると、中にはペースト状の物体が異臭を放っていた。色は焦げ茶色で、どういった化学反応からか所々に緑色の斑点があった。
「なにこれ」
「雪子のおかゆ」
 雪子が大学に行く前に家に寄って、鈴木家の台所で拵えたと言うそれは、間違いなく救急車が必要になるレベル。おそらく台所も酷い有様なのだろう。鈴木はその後始末をして欲しくて自分を呼んだのだ。
 果たして、強盗事件の現場のようになっていた台所を片付けながら、薪は鈴木の食事を作った。夜食に好評だった鶏肉と卵の雑炊。お粥では味気ないだろうし、ロクな栄養も摂れないだろうと思ったのだ。
 それは間違いだった。鈴木は喜んで食べてくれたけれど、風邪で弱った胃腸に、たんぱく質は不向きなのだ。必要なのはエネルギーに変換されやすい炭水化物とビタミン類。よって、雪子が作ったネギ入りのお粥が正しい。食べられる状態で供されれば、の話だが。

「ごちそうさま。美味かったあ」
 食後に、救急箱に入っていた総合感冒薬を飲ませた。雪子はそれも用意して行かなかった。気が利かないと思ったけれど、薬は自然治癒力を下げる。できれば飲まない方が全快するのは早いのだと、これも後で知った。
「これだけ食欲があれば大丈夫だと思うけど。他に何か欲しいものある?」
「悪寒がする。熱があるんだと思う」
 額に手を当ててみたら、少しだけ熱かった。
「とりあえず、氷嚢と水枕だね」
 熱があれば水枕。叔母の家でずっとそうしてきた薪は、当たり前のようにそれらを用意したが、熱の上がり始めで悪寒がするときの水枕は逆効果で、そもそも風邪の熱は下げない方が治りが早いのだそうだ。体力のない子供や老人ならともかく、健康な成人男子なら38度くらいまでは解熱剤は使わない方がよい。結果として薪は、甲斐甲斐しく鈴木の世話を焼いたものの、逆に悪寒を強める結果になってしまった。

「鈴木。大丈夫?」
「すげえ寒い」
「夏だよ?」
「熱、上がってきたみたい。関節痛てえ」
 鈴木が苦しむ様子を見て、薪は心配そうに眉を寄せる。「風邪なんか気合で治すもんだ」と、後輩になら言える台詞が鈴木には言えなかった。
「薪。となり来て」
「え」
 咄嗟に顔を歪める。瞬時にそんな表情ができたことに、薪は満足していた。
「やだよ。キモチワルイ」
「なんにもしないから」
「なに言ってんだよ、バカ」
「だって寒いんだもん。鈴木くん、凍えちゃう」
「じゃあ雪子さんに電話を」
「雪子は解剖実習中」
 監察医志望の雪子にとって、その実習は外せないものなのだろう。薪だって、たまたま休暇を取っていなければここには来れなかった。同じことだ。

 素っ気ない言葉とは裏腹に戸惑う様子の薪の手を、鈴木は強引に引っ張った。病人相手に無体な真似はできないと自分に言い訳しながら、薪は彼の隣に入った。長い腕に抱かれる。ベッドの中は懐かしい鈴木の匂いが充満していて、薪の胸を切なさでいっぱいにした。

 ドキドキする。心臓が痛いくらい。息もできないし、先にこっちが死ぬかも。

「あったけー」
 呑気に笑う彼に、腹が立った。
 鈴木は平気なのか。僕だけがこんなに苦しくなって、不公平だ。
「なんか懐かしいな、こういうの。学生の頃はよく一緒に寝たよな」
 この状態でそれ言うか?
 無神経にもほどがある。単なる友だちとして清らかに同衾した時期もあったけど、そうじゃない季節もあったのに。こうなったら一言も喋ってやるもんかと、薪は黙って息を殺していた。

 やがて静かになった鈴木の顔をそっと窺って見ると、気持ち良さそうに眠っていた。風邪薬が効いたらしい。
 見上げた彼の寝顔は、憎らしいぐらいハンサムだ。顔も身体も、男ならこうありたかったと、薪の憧れの男性像がそこにある。
 あの頃もこうして、長い時間彼の寝顔を見ていた。片思いの頃も、恋人同士になってからも。――そして今も。
 僕だけが立ち止まったまま。先に進めないでいる。
 鈴木はとっくに忘れてしまったのだろう。もう何年も前のことだし、それほど長く付き合ったわけでもない。別れようと言いだしたのは鈴木の方だ。それはお互いのためでもあったと、今は分かっている。

 薪も努力はしている。
 捜一に入って現場に身を置いたのだって、自分を鍛え直したかったからだ。精神的にも肉体的にも強くなれば、鈴木への依存心も薄れると思った。
 彼に、相応しい男になりたかった。
 なのに。
 こうして触れ合ったら、自分でも信じられないほど彼が好きで。この腕を解かないで欲しいと願う自分がいて。
 あり得ないけど、鈴木が熱に浮かされて自分と雪子を間違えて迫ってきたら、それでも拒めないだろうと思った。鈴木に愛されたいと思う気持ちの前にはプライドなんか何の役にも立たなくて、こんなだから鈴木に愛想を尽かされたんだと分かっているのに、そんな弱さを克服したくて彼と距離を置いたのに。
 たったこれしきのことで昔に戻ってしまう、自分が情けなかった。
 今だって、鈴木が眠ったのだから自分は此処を出るべきだ。ここは僕の場所じゃない。でも、身体が彼を求めてる。腕が自然に伸びて、彼の背中を抱き締める。彼と重なり合った部分が叫び声を上げる。このままずっとこうしていたい。

 突然鳴りだしたメロディに、薪はびくりと肩を上げた。
 音源は鈴木の携帯電話で、相手は雪子だった。薪は慌ててベッドを出た。
 鈴木の病状を心配して、実習の休み時間に掛けてきたのだろう。薪は鈴木の友人なのだから、彼の代わりに電話に出て、「鈴木は今は眠っています。大丈夫ですよ」と彼女を安心させてやればいい。でも、できなかった。薪は鳴り続ける電話を放ったまま、鈴木の家を出た。

 ひどい罪悪感に襲われた。
 恋人がいる男と同じ布団に入って、彼と抱き合った。
 ただの友人ならいい。でも自分はまだ彼が好きで、その気持ちを隠して彼らと付き合っている。それは欺瞞であり、彼らの信頼を裏切ることでもある。
 この気持ちが消えないうちは、彼らの傍にいるべきじゃない。

 申し訳なさと自己嫌悪でいっぱいの頭を抱えて、薪は殆ど意識のないまま街を歩いた。気が付いたら。
「なんでいるんだよ、薪坊。課長に見つかったら雷落ちるぞ」
 薪は職場にいた。場所は捜査一課で、薪に声を掛けたのは先輩の世良だった。
「こういう場合って普通は知らない女の子に逆ナンされてホテル行っちゃうパターンですよね。つまんないなあ」
「なに訳の分かんねえこと言ってんだ。それより、お台場で殺人事件が起きてよ」
「僕が課長に見つかったら雷じゃなかったんですか」
「課長の雷が怖くて捜一のエースは張れねえよ」
「ほう。いい度胸だな、世良」
「げ。き、聞き込み行ってきます」
 途中まではカッコよかったのに。世良の後ろ姿に、薪は呆れ口調で呟いた。
「言葉と行動が一致しない人だなあ」
「まったくだ。ところで薪」
「はい」
「休暇前におれが言ったこと、覚えてるか」
「ええ。『てめえがまともに休み取らねえせいでおれが警務部長に怒られたじゃねえかよ。1時間も説教食らったんだぞ、冗談じゃねえ。10日ばかりその顔見せるんじゃねえ』でしたよね」
「レコーダーみてえに一字一句繰り返してんじゃねよ! 実行しろよ、ばかやろう!」
「……すみません」
 課長の雷は、夢でも怖かった。



*****




 翌朝、目を覚ました薪はベッドの中で部屋の天井を見ながら、夢の続きを思い出していた。
 あのあと、表で待っていた世良と一緒に現場に向かった。そのことが課長にバレて、二人して思いっきり怒られた。が、犯人は3日で逮捕した。そして二人の命令違反は帳消しになった。
 次の年、薪は小野田の勧めでロス警察に研修に行った。海外研修は警察官僚の箔付けのようなもの。最高得点を塗り替えて警視正試験をパスしたのだから、断ろうと思えば断れた。でも薪は自分から行くと言った。日本を、彼らの傍を離れる必要があると思った。

 現在に戻ってきて、薪は自分の周りを見る。
 あの頃と違う家。違うベッド、違う家具。それから。

 ふと横を見る。ちょうど薪の鼻先で、同居人が目を覚ましたところだった。
「薪さん。おはようございます」
 そう言って上半身を起こし、間の抜けた顔でへらっと笑った。間抜け面がますますバカっぽく見えた。
「青木」
 はい? と首を傾げた青木の隣で、薪はゆっくりと起き上がる。一つの毛布を分け合った彼を見上げて、思ったことを言葉にしてぽんと投げた。
「すきだよ」

 おまえが好きだよ。大好きだよ。

「すみませんっ」
 ……好きって言われてなんで謝ってんだ、こいつ。
「オレの風邪、伝染っちゃったんですね? 熱に浮かされて譫言を」
 うん。奴隷根性もここまでくると究極体だな。
「ごめんなさい、オレのせいです。オレが看病しますから、薪さんは寝ててください」
 朝はおかゆにしますね、とベッドから抜け出した彼の腕を捕まえる。ベッドの上に膝立ちになって、それでようやく彼との高低差がなくなる。前髪を上げて額を着ければ、そこには薪と同じ穏やかな体温。熱が下がってよかった。

「今日一日、大事を取って休め。朝食は僕が作る」
 風邪は治りかけが肝心だ。ここで無理をすると高確率でぶり返す。
「いえ。もう大丈夫です」
「僕に刃向かう気か」
「でも」
「それ以上、一言でも言い返してみろ。雪子さんの作ったおかゆを食べさせるぞ」
 ひっ、と引きつった顔で、青木はベッドに逆戻りした。雪子の料理は思わぬところで役に立つのだ。
「今朝は卵粥にしてやるから。大人しく寝てろよ」
「はあい。あ、大盛りでお願いしますねっ」
 病気になっても食欲だけは衰えない男だ。呆れるやら羨ましいやらで、薪は返事をする気にもなれなかった。黙って寝室を出ようとすると、青木に呼び止められた。

「薪さん」
 ドアを開けたまま振り返る。ベッドの上から青木は、真っ直ぐに薪を見ていた。
「オレも大好きです。薪さんのこと」
 無邪気な笑みと一緒に投げられた言葉を、薪はそっと自分の胸にしまいこむ。
「は。そんなこと」
 鼻先で嗤ってドアを閉めた。背中に青木のうめき声。聞いて薪は、クスクス笑う。

 そんなこと。
 言われなくても知ってるよ。


(おしまい)


(2014.7)


 しづしば~。

 ねえ知ってる?
 薪さんは今のままで満足してるけど、相手に気持ちを伝えられる幸せも現実にあるんだって。
 それは決して特別なものじゃなく、普遍的なものであっていいんだって。
 だから薪さんも、あーーー。 (←飛ばされた)

 毎日ひとつ、薪さんLOVE、らんらんらん♪ ふふ。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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