手紙1

 なみたろうさんが、フライング鈴薪祭りやってらしたんです。

 お許しいただいたので、リンク貼ります。
「今、なにか・・・」←ポチると飛べます。

 とっても素敵なイラストで、心が震えました。でもその気持ちの半分もコメントでは表せなかったので、SSにしてみました。コメント投稿しようとしたんですけど、文字数オーバーでエラーになったので、自分のブログに載せます。

 見ることは叶わないけれど、あったかいものに包まれて、「・・・鈴木?」の後の薪さんです。ちょっとうちの設定混じっちゃってますけど、なみたろうさんに(勝手に)捧げます。
 いつも素敵なイラストありがとうございます。感謝を込めて。





手紙1



 おまえの幻を見なくなって、何年経つのかな。


 おまえがいなくなってしばらくの間、おまえのことだけ考えて生きてた。文字通り、朝から晩まで、いや、夢の中でも。長いこと、おまえに責められる夢ばかり見てたよ。
 他人からは親友と呼ばれて、自分でもその気でいて、だからおまえのことは何でも分かってるつもりでいた。将来の夢とか彼女のこととか、おまえが他の誰にも話さないことを僕に話してくれるから、僕は少しうぬぼれていたのかもしれない。本当は全然分かってなかったんだ。青木に教えられるまで、おまえが貝沼の脳を一人で見たってことも知らなかったしな。

 ――まったく。
 あの時ばかりは僕も困ったよ。昨日まで、普通に友人の会話をしていた相手にいきなり「撃ってくれ」とか言われてもなあ。
 あんなに狼狽したのは初めてだった。どうしていいのか見当もつかなかった。パニックに陥った僕は判断を誤った。
 おまえの精神状態を知らなかった、それも僕が悪かった。僕は室長だ。部下の状態は常に把握しておかなくてはいけなかった。

 でも、おまえも悪いよ、鈴木。
 報告の義務を怠った。それどころか僕に隠れて勝手に――。
 違うな。ごめん。
 言いたくても言えなかったんだよな。僕が弱っていたから。やさしいおまえは僕の負担を増やすようなことは言えなかった。僕の前では何でもない顔をして、貝沼の画を見続けた。そして。

 事あるごとにおまえに頼っていた、僕の弱さがあの事態を招いたのだと。僕はひどく後悔したよ。部下が何でも相談できるように、上司は強くあらねばならないと、強く強く思った。努力の甲斐あって、今の僕のあだ名は「鬼の室長」だ。
 え。方向性間違ってる? 怖さが先に立って部下が相談できないんじゃないかって?
 ……それでも、死なれるよりはマシだ。僕を毛嫌いしようが陰口を叩こうが、死んでしまう部下よりずっといい。上司を守りたくて、守ろうとして、挙句、その上司に殺されてしまう部下より100倍いい。

 まったく、おまえは最低の部下だったよ。
 上司に発砲して、逆に撃ち殺されて。捜査のせいで精神に異常をきたしたのに、殉職扱いにもしてもらえなかった。余計なことするからだよ。あそこまで追いつめられてたくせに、MRIシステムのハードディスクから貝沼の脳データだけを消去するなんて精密なことするから、判断能力ありと断定されたんだ。庇ってやりたかったけど、僕も言えた立場じゃなかったしな。
 おかげで特進もなく、警視のまま。脳データがなくなったから、捜査は打ち切り。そう言うの、犬死って言うんだぞ。最低だろ。

 ――うるさい、ほっとけ。泣いてない。
 もうおまえのために流す涙なんか残ってない。さんざん泣いたからな。

 おまえを失った世界は瞬く間に色褪せた。
 死んだ人間が残された人の心の中で生き続けるなんて嘘っぱちだ。だって、おまえはいなかった。当時、僕の心の中はその殆どが鈴木の思い出で占められていたけれど、それは僕が都合のよいように作り出した鈴木であって本当の鈴木じゃない。
 おまえが何処にもいない。その残酷な事実だけが僕を打ちのめす。

 一生分泣いた。それくらい泣いたのに、なんでだろうな、鈴木。僕はあれからひどく涙もろくなったよ。
 今だって、ほら。
 心の中でおまえ宛に短い手紙を認めている、それだけで。目の前の風景が滲んでくるの、あれかな、更年期障害かな。
 笑うなよ。生きてりゃ色々あるんだよ。

 ――そんな話も、おまえとしたかったよ。

 二人して50過ぎのおっさんになってさ。徹夜がきついだの腰が痛いだの、つまんない愚痴をぶちぶち言い合ってさ。若くて仕事ができる後輩に科警研のマドンナ持って行かれた僻みを、「最近の若いもんは」て言いがかりに近いこきおろしで解消したかったよ。
 うだうだぐだぐだ、いくら話しても答えが出ない会話を。おまえが教えてくれた意味のない会話を。何年も何十年も続けたかったよ。
 共に髪に、雪の降るまで。



*****

 書いてたら夜が明けちゃった☆

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

手紙2

 鈴薪祭り、盛り上がってますね!
 今年は鈴薪さん大豊作で、おばちゃん嬉しいよ!

 てことで、
 法十の鈴薪祭り第2弾。
 お手紙、鈴木さんバージョンです。

 決して原作の鈴木さんを貶めているわけではなく、薪さんの傷心を軽視しているわけでもないのですけど~、なんかそんな風に読めるのは何故?
 うちの鈴木さん、幽霊になっても軽い奴ですみません☆






手紙2





『だめなんだ。自分ではできない』
 そう言っておまえに縋った自分の弱さを、今も後悔している。

 オレが愚痴ればおまえは「後悔するくらいなら初めからやるな」とかキツイこと言うんだろうな。容赦ないもんなあ、薪は。
 うん、おまえの言う通り。オレが悪かったよ。ごめんな。
 ……なんだろう。今、「謝るくらいなら死ぬな」って逆ギレするおまえが見えたんだけど。
 冗談だよ。そんなに怒るなって。
 僕をそんな風に見てたのかって、薪くん、それはこっちのセリフですよ。貝沼とオレがタッグ組むとか、あり得ない夢見てたのは誰ですか。
 いや、責めてないよ。泣くなよ。オレ、そんなキツイこと言った?
 ごめんごめん。最低の部下とか犬死とかクソミソに言われたのはこっちの方だと思うけど、一応謝っとくわ。

 一番悪いのはオレだもんな。

 悪いのは貝沼だろうって? うんまあ、それはそうなんだろうけどさ。あれを見たのがオレじゃなくて、例えば今の第九の副室長あたりだったら、違う結果になってたと思うよ。多分、彼には貝沼の闇は理解できないだろうから。尤もこの場合、それが正解なんだけどな。理解したオレが間違ってたんだ。
 貝沼は薪を愛してたよ。歪だったけど、あれは確かに愛だった。
 おまえにはとても認められないだろうけど、否、良識のある者なら認めてはいけないのだろうけど、オレには分かったよ。どんな犠牲を払ってでも薪に自分を見て欲しかった、あいつの気持ち。

 信じられないって顔してるな? でも本当だよ。だからオレは狂ったんだよ。
 ――引くなよ。今は大丈夫だから。

 狂った頭で必死に考えた。結果があれだ。「バカの考え休むに似たり」って言うけど、狂人の考えは惨劇を生むってことがよーく分かったよ。 

 人間、狂うとな。まともな判断ができなくなるんだよ。
 なにか思いつくだろ。そうすると、それが正しいとか間違ってるとか、考えるより前に、もうそれしかないと思い込んじゃうんだ。
 あの時オレが考えてたことはたったひとつ。貝沼のデータをこの世から消さなきゃいけない。それだけだった。データはMRIシステム内、これは消去した。脳データそのものも、ログもすべて消した。後はないかと考えて気付いたんだ。
 オレの脳に残ってる。これも消さなきゃいけない。

「バカじゃないのか」って、ちょ、ひどいわ、薪くんたら。鈴木くん、泣いちゃう。

 おまえの言いたいことは分かるけどさ、まあ黙って聞けよ。恨み事は後でいくらでも聞くから。こっちが悪いんだから、殴られても仕方ないと思ってるよ。

 あのとき銃口を頭に当てて、そうしたら。
 頭の中にふわあーっと、おまえの顔が浮かんだんだよ。

 よく走馬灯がどうこうって言うけどさ、あれ、嘘だな。少なくともオレは子供の頃のことなんか一瞬も思い出さなかったね。
 両親も妹も、雪子のことも。何一つ頭に浮かばなかった。薪のことだけ。それが狂うってことなんだろうな。

 とにかくあの瞬間、頭の中がおまえの笑顔でいっぱいになったんだ。笑って、オレに手を振って、「鈴木」って無邪気にオレを呼んだ。
 そしたらさ、撃てないじゃん。おまえのことは撃てないじゃん。

 何が何でもこのデータは消さなきゃいけない。それには撃つしかない。でも撃てない。どうしようどうしようってパニックになったところに、おまえが来た。
 薪は、オレが今まで会った人間の中で一番優秀で頭がよくて、何でもできるすごい奴だった。試験勉強も仕事も、いつも分かんないところ教えてもらってたし、だから、分からなくなったらおまえに頼るクセが付いちゃってたんだよな。それであの時も頼っちゃったのかな。
 おまえってさ、ブツブツ言うけど面倒見よくて、最後には必ず何とかしてくれただろ。あの時も、薪ならなんとかしてくれるって。そう思ったのかもしれない。

 怒らないで聞いてくれよ? 
 胸を撃たれたとき。さすが薪だと思った。
 オレが壊したくなかったものはちゃんと守ってくれて。貝沼のデータも、二度と出力できないようにしてくれた。
 そうか、こんな解決法があったんだ。さすが薪、頭いい。オレ、ロクに状況説明できなかったのに、オレのしたいことちゃんと分かってくれたんだ。
 親友ってありがたいな、て感動した。おまえに頼んで良かったと思った。
 ――だから怒るなよ。その時はそう思ったってだけで、今は間違ってたって分かってるから。

 薪。
 オレは本当におまえを守りたかったんだよ。

 死ぬ前の何日か、オレはそのことばかり考えてた。この世界の中にある、薪を傷つけるすべてのものからおまえを守るためにはどうしたらいいんだろうって。
 それを全うしたくてああしたはずなのに、蓋を開けてみたら。オレが一番「薪を傷つけるモノ」になってた。

 当たり前のことを当たり前にすることに、おまえは傷つくようになった。オレのせいで。
 例えば、朝、目覚めること。太陽の光が眩しいと思うこと。朝の空気に草木の匂いを感じること。小鳥の声が聞こえること。そんな普通のことに、いちいち傷ついた。
 オレができなくなったことを自分がしている。そのことに罪悪感を覚えて、おまえは何一つ、心を痛めずにはできないようになった。――呼吸さえ。
 吸い込んだ空気が肺を広げて、古い血液と新しい血液を交換する。ふんだんに酸素を含んだ血液が指先にまで活力を運ぶ。それは生物が生命を営むための生理現象で、自分では止めようもないものなのに、それすら申し訳ないことに感じて。

 大きく息を吸わないように、いつも背中を丸めて。
 暖かい日の光から逃れるように、いつも俯いて。
 地面と自分の靴先と、無味乾燥な書類だけを見て。
 なにも感じないように、心を石にして。
 ひたすらに息を潜めて。

 勿論、賢いおまえは分かってた。そんなことをしても何も変わらない、罪は消えないしオレは生き返らない。だから意識して自分を律していたわけじゃない。でも自然にそうなっちゃってた。
 おまえって身体は正直なんだよな。口は減らないくせに。そんな無駄なことやってる暇があったら、ちゃんとメシを食え。

 だいたいさ、これはちょっとした手違いだったんだよ。オレもおまえもそんなつもりはなくて、二人とも望んでこうなったんじゃない。悪気はなかったんだから、もっと気楽に行こうぜ。
 こっちはこっちでけっこう楽しくやってるからさ、おまえももっと周りを見ろよ。人は一人じゃ生きられないって、昔オレが教えてやっただろ。

 おまえのことを大事に思ってるのはオレだけじゃないよ。おまえの周りにもいっぱいいる。分かってるんだろ?
 おまえ、贅沢なんだよ。彼らを受け入れるために必要なものを、おまえはもう持ってるはずだ。これ以上なにが必要なんだよ。
 オレの赦しなんか要らないよ。ていうか、オレが「許します」て言ったって聞く耳持たないだろ、おまえ。
 おまえに必要なのは、おまえ自身の赦しだよ。おまえがしたことを許せるのはおまえしかいないんだよ。

 だからさ。がんばってみろよ。

 受け入れて。
 求めて。
 ――生きて。

 オレはいつまでも、おまえの味方だよ。



*****



 一万回書いた手紙の、たった一通でいい。連綿と綴られた言葉の欠片でもいい。
 おまえに届いてくれたなら。
 おまえは泣き止んでくれるのかな。明日を生きてくれるのかな。

 書いても書いても届かない手紙。それがオレの罰。


―了―


(2015.7)






 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

来れない理由

 鈴木さんの命日に、これはどうなんだろう。
 やっちまった感アリアリなんですけどほら、鈴木さんて湿っぽいの苦手な気もするし。
 たまにはこういう命日も、あ、やっぱダメ?
 
 

 *****



 ここは天国、鈴木エリア。
 鈴木さんと薪さんが仲良く暮らしています。

 何故こんな状況になっているのかと言いますと、
 鈴木さんは幽霊で、薪さんは元は鈴木さんが作ったダッチワイフ人形なんですけど、薪さんが交通事故で死んじゃって、それを鈴木さんが助けたって言うか掻っ攫ったって言うか、とにかく薪さんは鈴木さんのところへ来て、薪さんはそのまま帰らないつもりだったんですけど、それはいけないってんで鈴木さんは策を弄して薪さんを下界に帰そうとして、でも薪さんの方が数段上なので逆にやり込められちゃって、それからええと、えーとえーとー、……あれ?(←こんがらかった)

 ADカテゴリの「アイシテル 後編」に書いてありますので! よろしくです!!←投げた。



*****




(キッチンで夕食を作っている薪のところへ鈴木が帰ってくる)
「ただいまぁ」
「おかえり、鈴木。お疲れさま。下界は暑かっただろ。はい、ビール」
「お、さすが薪。グラス冷やしてくれたんだ。(ゴクゴク)くーっ、生き返るー!」
「そんなんで生き返れるなら医者いらない」
「寒いツッコミしてないで、おまえも飲めよ」
「いいよ。昼間っからビールなんて、オヤジじゃあるまいし」
「まあまあそう言わず。コップに一杯だけでも」
「じゃあちょっとだけ……くーっ、この一杯のために生きてるねっ!」
「オヤジはどっちだよ」


(食事の後、ソファに座って二人で晩酌。テーブルには薪の手作りのつまみが並んでいる)
「鈴木、このところ忙しいね」
「ああ。祭りの時期だからさ、あちこち駆り出されて」
「よかったじゃない。去年の祭りはちょっと寂しかったもんね」
「そうだなあ。今年は主催者が増えたからな。嬉しいことに、何処行っても割と人気者でさ。一コマ出るだけで『キャーッ』とか女の子に騒がれるんだぜ」
「ふーん」
「やっぱいいよなあ、女の子。かわいいし」
「あんまりいい気にならない方がいいんじゃない。所詮、鈴木は季節もの。夏の風物詩に過ぎないんだから」
「そんなことないって。ジェネシスのおかげでオレのファン、激増だし」
「たった1冊だろ。12冊主役張ってきたやつに敵うわけない。あっちの方が若いし」
「それが違うんだな。出番が少ないからこそ神格化されるって言うか。ほら、あいつって女の子たちによく呼び捨てにされてるけどさ、オレのこと呼び捨てにする子、あんまりいないだろ?」
「それは亡くなった人に対する敬意だろ。人気とは違うよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「……おまえ、さっきからなんでそんな不機嫌なの」
「べつに」
「なに。オレが居なくて淋しかったとか」
「ばっ」
「え、うそ。図星?」
「ちがう!」
「なんだ。それならそうと言ってくれればいいのに」
「違うって言ってるだろ?!」
「そういや、1週間くらいエッチしてなかったな」
「聞けよ、人の話!」
「よしよし、オレに任せろ。まったくおまえって、溜まるとすぐに機嫌悪くな、痛ってー!」
「殴るよっ!」
「殴ってから言うなよ……」


(薪に張り倒された鈴木。ソファに突っ伏したまま)
「痛い。骨が折れたかも」
「まさか。鈴木は大袈裟だな」
「起きられない。薪、手貸して」
「仕方ないな。でもそんなに強く殴ってな、わ!」
「うん、大丈夫。折れてなかった」
「卑怯だぞ。不意打ちで押し倒すなんて」
「またまた強がっちゃって。素直にシテ欲しいって言いなさい」
「だれがっ、――ん、あっ」
「待ってたんだろ? オレにこうされるの」
「っざけんな、あっ、ああっ」
「薪は口より身体の方が正直だな」
「や、やだ、鈴木。そんなにしたら、あ、あんっ、いっ」
「イヤ? ここで止めよっか?」
「……やめちゃヤダ」
「そうそう。最初からそう素直になればいいの」


(1時間後。ソファはベッドに変わっている)
「気持ちよかった?」
「し、知らない」
「どうしていつも素直になれないかな、薪くんは。ちゃんと天国見せてあげたでしょ」
「……だって。この頃、ずっと一人だったから」
「うん。ゴメン、寂しい思いさせて。もう一人にしないから」
「本当?」
「しばらくの間、昼間は仕事あるかもだけど。夜は絶対に帰ってくるよ」
「うれしい……ねえ鈴木、もう一度」
「若いねえ。一度じゃ満足できないんだ」
「鈴木だって。ほら」

(鈴鈴鈴鈴鈴)
「ちっ。いいところで出演要請か」
(説明しよう。二人が住んでいる鈴木エリアには鈴薪妄想感知レーダーがあり、鈴薪スキー電波を捕えると呼び出しベルが鳴るのだ)
「今度は誰のところ?」
「ええと……あー、いいや。こいつのとこは行かなくて」
「それは拙いだろ。仕事なんだから」
「やなんだよ。こいつの仕事、きつくって」
「どれどれ。あ、こいつ、鈴木と貝沼を組ませて僕のこと苛めたやつだ」
「そ。エゲツナイにも程があるっての。そんなやつのところへ行く義理ないだろ」
「それもそうだね。僕も痛いのヤだし」
「だろ。そんなことより、続き」
「あん。鈴木のエッチ」
「嬉しいくせに」
「えへへ」
「薪。好きだよ」
「うん。僕も」
「「ふふっ」」



*****


 と言うことで、今年はうちには鈴木さんは来ません。
 鈴薪さんは天国で永遠にイチャイチャしててください。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

手紙3(1)

 こんにちは。

 お盆も終わりまして、鈴木さんもお帰りになったので、いつものわたしならフォルダーに収納して来年の夏まで寝かせてしまうのですけど。
 ちょっと今年は個人的に思うところがあって……今できることは今やっておいた方がいいのかなって。
(だったらコメントの返事をもっと早く返すべきですよね、ごめんなさい~~~!!!)

 メロディの新連載を待つ間の、わずかばかりの、でも耐え難く長い時間の慰みになりましたら幸いです。





手紙3(1)





 休日が揃うと、いつも3人一緒だった。


 長い指をピンと立て、鈴木は雪子に質問を投げかけた。
「制限時間は30分。さて、何人来るでしょう」
 雪子は少し考えて「2人」と答える。彼女にとってはこれが妥当なラインだ。
「甘いな、雪子」
 鈴木は立てた人差し指をそのままに、左右に2,3度振ってから指を差す。短く切られた彼の爪の先には、駅の時計塔の下に立っている親友の姿。夏らしく、ネイビーのボーダー柄のタンクトップにモスグリーンの半袖パーカー、定番のクロップドパンツ。パーカーの袖から伸びた腕と、パンツの裾から覗くふくらはぎが、眩しいくらい白い。
「今日の薪なら5人は固い」
「5人? いくら薪くんでもそれは無理でしょ」
 大袈裟ね、と言いたげな雪子と余裕綽々の鈴木。二人がいるのはS駅前の街路樹の陰である。ここの植木は手入れが悪く枝葉が密集しているため、身を隠すにはもってこいなのだ。

 今日はS駅で待ち合わせて、3人で海に行くことになっていた。ところが、恋人同士のテレパシーか、鈴木と雪子は打合せもなしに同じ電車の同じ車両に乗り合わせた。並んで改札を出てみると、そこには一人で待っている親友の姿。こちらには気付いていない。第九の室長と言う役職柄、普段はキリリと眉を吊り上げてスーツと言う名の鎧に身を包んでいる友人の、ラフなスタイルと学生の頃の彼を思わせるオフタイムの表情に、二人ともムラムラと悪戯心が湧いてきて、隠れて様子を見てやれ、と相成った。そこに賭け事の要素が含まれたのは、この二人の性である。

「さあて、何奢ってもらおう……うっそ。もう来た」
 最初に雪子を呻かせたのは、ツンツン頭の2人組だった。裾の伸びたTシャツに穴だらけのジーンズと言う、砕けた服装からして若さを感じさせる。そこは待ち合わせのメッカみたいな場所で、薪の周りにはたくさんの人待ち顔がおり、中には不特定多数の誰かを待っている女子のグループもあったはずだが、その男たちは脇目も振らず薪に近寄った。
「はい、まずはお二人さん」
「待ってよ。複数で来てもカウントは1回でしょ。それに、ナンパだって決め付けてるけど、道を訊かれてるだけかもよ?」
「『ひとり? いい店知ってるんだけど、一緒に行かない?』」
 鈴木が男の口を読むと、雪子は顔をしかめた。第九職員に必須技能の読唇術だが、雪子には使えない。判定は鈴木の良心に委ねるしかないのだ。基より賭けが成立しない気がするが、そこはお遊びと言うことで。
 薪が左右に首を振ると、男たちは素直に去って行った。まだ時間が早いせいか、ナンパもしつこくない。彼らにしても、さっさと次の獲物を見つけた方が得なのだ。
「なんて言って断ったの」
「『人を待ってますので』」
「あら。意外と穏健」
「薪、一般市民にはやさしいから」
 はは、と小さく笑って鈴木は、彼を見つめる瞳を一層細くする。
「その100分の1でもいいからオレたち部下に分けて欲し、――お。早くも二人目」

「今度は女の子の2人組ね。どっちも可愛いじゃない」
「『道、教えてもらえませんか』て、ベタだな」
 薪のくちびるが動くと、話しかけた女の子は一歩下がった。断られたらしい。
「今度はなんて?」
「まっすぐ歩いて200m先に交番あるって。お、もう一人が食い下がった。『一緒に行ってもらえませんか』」
「女の子の方が根性あるわね」
「そうだな。でも薪の方が上。地図描いて渡してる」
 彼女たちが薪にもらった地図を持ってその場を去ると、薪は時刻を確認するためか、携帯電話を取出した。長い睫毛が伏せられ、細い指先が画面の上をタップする。すると隣の、いかにもこれからデートという気合の入った服装とアクセサリで身を固めた女子が、おずおずと薪に話しかけた。
 鈴木は彼女を3人目と主張したが、5分も経たないうちに彼氏が現れ、彼女を連れて行ってしまったためカウントは無効になった。雪子は胸を撫で下ろした。雪子が賭けたのは2人だったから、彼女が勝負の分かれ目だったのだ。
 しかし、雪子の安堵は長くは続かなかった。彼女の反対側にいた男性が薪に話しかけたのだ。しかも、
「『君を待たせるようなダメ男、待つのなんか止めて、オレと付き合わない?』」
 疑いを挟む余地もない3人目だった。
 薪が自分の性別を告げると、男はバツが悪そうにその場から移動して、時計の反対側に回った。この場を去ろうとしないのは、自分も誰かと待ち合わせ中だったのか。鈴木は、同じクラスの女子に告白して振られた時の気まずさを思い出した。

「これで昼メシは雪子のおごりだな」
「待ちなさいよ。克洋くんは5人に賭けたんでしょ。5人クリアしなかったら勝ちにならないわ」
「往生際が悪いな、雪子ちゃんは。このペースで行けば5人どころか、ほら、もう4人目だ」
 敗色濃厚。雪子は肩を落とし、財布の中身を頭の中で勘定した。薪は少食で贅沢も言わないから心配いらないが、鈴木は薪の3倍は食べる。今日はクレジットカードに頼るしかなさそうだ。
 4人目も男だった。ナンパにカウントされなかった人数も入れると、これでトータル人数は7人。うち3組、4人が男だ。
「男の方が多いってどういうことよ」
「女子に見えるんだろうな。薪、身体小さいし。ああいう服装の女の子、けっこういるし」
 雪子だって似たようなカッコだろ、と言われれば反論できない。鈴木の言う通り、周りもそうだ。赤やピンクを着ているから女だとは限らない。近年、服装にはどんどん男女差が無くなっている気がする。
「それにしたって。薪くんに失礼だわ」
 あの外見だ。薪は自分の性別を間違われることには慣れているのかもしれないが、雪子だったら頭に来ると思う。女性らしい服を選ぶかどうかはまた別の問題だ。
 憤る雪子に対し、鈴木は苦笑するだけだった。薪の性格を誰よりも知っている鈴木にしてみれば、そう言った連中に薪が心の中でどんな言葉を返しているかは分かりきったことで、それを思えばどちらが失礼なのかは微妙なところなのだ。

 4人目の男が去り、間を置かずに5人目が現れた。今度は灰色の地味なスーツを着込んだ、でもどこか蓮っ葉な雰囲気の男だった。
「はいはい、あたしの負け。約束通り奢らせていただきます。でも焼肉とか勘弁してよね。あたし、今月ピンチなんだから」
「一丸のチャーシューメンでいいよ。薪もあそこのラーメン好きだし――おっと」
 決着も付いたことだし、そろそろ出て行ってもいいだろう。そう考えて鈴木は数歩歩き、しかし再び身を隠した。
 意外なことが起きていた。薪の方から手を伸ばし、男の手を握ったのだ。鈴木はとっさに男の口を読む。
「『じゃあ、そこのホテルで』って、ホテル?! こんな時間から誘うか普通」
「ラブホって基本、24時間営業よね」
 問題、そこじゃない。
 今、鈴木と雪子が潜んでいるのは薪の後ろ。男の唇は読めるが、薪がそれに何と答えているのかは分からない。が、読めなくても薪の答えは分かった。男に肩を抱かれて、駅裏の方へ歩いて行ってしまったからだ。

「あ、メール。薪くんからだ。克洋くんの携帯も鳴ってるよ」
 隣で雪子が何か言った気がしたが、鈴木の耳には入らなかった。しばらく、自失していた気がする。
 我に返って慌てて追いかける。思ったよりも彼らの足が速かったのか、それとも鈴木が呆然としていた時間が長かったのか、二人はもう、駅裏通りの角を曲がるところだった。
 角を曲がったら20メートルも行かないところに1軒目のホテルがある。相手はスーツを着ていたし、これがビジネスホテルだったら仕事に関係することかもしれないと思うが、『らびりんす』というピンクの看板の色彩感覚から門に垂れ下がった暖簾みたいな目隠しのコンセプトから、ラブホテルの見本みたいなラブホテルだった。
 ブラインドカーテンみたいな暖簾もどきを、薪が潜ってしまったらお終いだと、鈴木は必死に走った。
 全力疾走なんて何年振りだろう。走るのはあまり好きじゃない。特にこんな夏の日は。でも薪が。

 入口の1メートル手前で、ようやく追いついた。
「ちょっと。その子、オレの」
 グレーのスーツの腕を捕まえて、強制的に立ち止まらせる。男はびっくりして鈴木を見た。次いで、薪の方を振り返る。
「なに。カレシ?」
「単なる友人です。行きましょう」
「な」
 薪の素っ気ない態度にも驚いたが、薪が先に立ってホテルの門を潜ったのにはもっと驚いた。思わず薪の手を掴む。
「待てよ、薪。こんな男とこんな所に入って何する気だ」
「鈴木、邪魔しないで。10分で終わるから」
「彼女もこう言ってることだし、オトモダチは大人しく待ってな。まあ、10分じゃ終わらないけどな」
 下卑た笑いを浮かべた、男の言い草にカッとした。衝動的に掴みかかると、逆に突き飛ばされて転んだ。
「痛て」
「だっせーやつだな。そんなんじゃ彼女に愛想尽かされて当然、おわっ?!」
 だん! と派手な音が響き、鈴木のすぐ横の地面に男の身体が叩きつけられた。見れば、相手の襟元を締め上げるようにして、男の上に跨った薪の勇姿。
「傷害の現行犯だ。――すみません、お願いします」
 薪が声を掛けると、建物の陰から出てきた警官がわらわらと寄ってきて、スーツ姿の男に手錠を掛けた。「ご協力ありがとうございました」と敬礼する警官に、「予定と違ってしまって申し訳ありません」と薪が頭を下げる。警官はそれには首を振り、再度礼を言って去って行った。

「あーあ、別件逮捕になっちゃった。鈴木のせいだぞ。ヘンな所で声掛けるから」
「え? え?」
 訳が分からない。あの男が何をしたのか、薪がいつの間に警官たちと連携していたのか、見当も付かない。
 狐につままれた様子の鈴木を見て薪は苦笑し、地面に座ったままの友人に手を差し延べた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

手紙3(2)

手紙3(2)





「AVビデオのスカウトマン? あの男が?」
 鈴木が驚くと、薪は訝しげに眉を顰めた。海へ向かう電車の中である。
 ドア近くのポールに掴まり、電車特有の振動に身体を揺らしながら、薪は自分より20センチ以上背の高い友人の顔を非難がましい目つきで見上げた。
「事情は携帯にメールしただろ」
 携帯と聞いて鈴木は思い出す。そう言えば、雪子が携帯が何とか言っていたような。
「なんだよ。読まなかったのか」

 仕方ないな、とぼやいた薪の説明によれば、薪が鈴木たちを待っているとき、あのスーツの男が視界に入った。最初は休日出勤するサラリーマンだと思った。自分たちも3週間ぶりの休みだが、忙しいのは何処も一緒だと、薪はやや同情の眼差しで、しきりにスマートフォンに語りかける彼を見ていたそうだ。男にとっては不運な話だ。
『撮影の準備はOKですか? はい、駅裏の『らびりんす』、5号室ですね。分かりました、任せてください。モデル事務所の名刺を出せば簡単に引っ掛かる女はけっこういますよ。ええ、ビデオさえ撮っちまえばこっちのもんです。ネットに晒らすって脅せば、2回目からは素直に脱ぎます』
 初めからそんなつもりではなかったのだが、条件反射と言うか職業病と言うか、薪は無意識に男の唇を読んでしまった。それで男が普通のサラリーマンではなく、大人向けビデオのスカウトマンだと解った。
 薪は、犯罪が行われようとしていることを記し、道を訊いてきた2人組の女の子に渡して交番に持って行ってもらった。スーツの男が電話で確認していたホテルの名前と場所もその紙に明記し、念のために自分の名刺も挟んでおいた。
 警官が到着するまでの間、自分が男を見張るつもりだった。それまでに女の子が連れて行かれるようだったら、後を尾けようと思っていた。それで事情を鈴木たちにメールで送ったのだ。
「あの男が僕に話を持ちかけてきたのは驚いたけど。好都合だと思ったから」
 だから本当は、薪は現場を押さえたかったのだ。ホテルの部屋に入って、そこで待ち受けていた撮影班もろとも一網打尽にするつもりだった。それを鈴木が邪魔してしまったわけだ。

「まったく。鈴木はぼうっとしてるんだから」
「いやだって。薪が自分からあの男の手を握ったりするから、焦っちゃって」
「……なんで知ってるの」
 男の特徴とホテルについてはメールしたが、そんなことまでは書いてない。薪の方から手を握ったなんて、その場で見ていなければ知り得ないことだ。
「鈴木。いつから見てたんだ」
 亜麻色の眼がギラリと光る。先刻の捕り物騒ぎで、捜査官モードに入ってしまったらしい。
「いつからだ」
 質問が鈴木を追い掛けてきたが、本当のことは言えない。仕事中の薪は「鬼の室長」と呼ばれるくらい怒ると怖い。約束の時間までの30分の間に薪が何人にナンパされるか、雪子と賭けをしていたことがバレたらどんな目に遭わされるか――。
 そうだ。雪子は。

「しまった。雪子、忘れてきた」
 鈴木が意識的に話題を変えると、薪は眉間の立て皺を一層深くし、それでも雪子に対してだけはいつでも気遣いを忘れない彼は、ふいと横を向いて、代わりにスマホの画面を鈴木に見せた。Re、とあるから薪が雪子に送った事情説明への返信らしい。
『先に行ってる。海に着いたら電話ちょうだい』
 雪子らしいと思った。無駄に待つことをしない、仕事への理解もある。こういうことがあっても根に持たないし、付き合いやすい女だ。

「ったく、彼女ほったらかしにして。今日だって、雪子さんは本当は、鈴木と二人で来たかったんじゃないのか」
 横顔を後ろ頭に変えて、薪は電車の外を見た。地熱で蜃気楼が立ちそうな都会の夏景色に、亜麻色の髪が揺れていた。
「そんなことばかりしてると、雪子さんに愛想尽かされるぞ」
 薪はドア窓から外を見たまま、だから鈴木には薪の髪の毛と、ほっそりした顎から首の線しか見えない。だけどその細い肩が固く強張っているのを感じて、鈴木は彼の肩を軽くしてやりたいと考える。
「いいもん。そしたら薪に慰めてもらうから」
「は。だれが、あ」
 電車がカーブに差し掛かったのだろう、ぐん、と身体が振られた。遠心力に突き飛ばされたように、薪の身体が鈴木にぶつかってくる。ちょうど携帯を鞄にしまおうと手摺を手放していた彼の身体は、力学の法則に従って面白いくらいにバランスを崩した。
 転びかけたところを抱きとめる。鈴木の腕の中で、細い身体が小さく震えた。

「ご、ごめん」
「なにが?」
「あ、いやその……足、踏まなかった?」
 踏むどころか触りもしなかった。薪は前に倒れる形になったから、むしろ足の位置は遠ざかったのだ。
「踏んでないよ。踏んでも薪、軽いから。痛くない」
「あ、そう」
「これが雪子だと指の骨折れるけどな」
「ぷ。雪子さんに聞かれたら怒られるぞ」
「だっておまえ、雪子にピンヒールで踏まれてみ? トゥシューズ履いたお相撲さん並みの集中荷重だぞ」
「あはは。なんだよ、それ」
 やっと笑った親友に、鈴木は胸を暖かくする。それからは仕事の話は止めて、同僚の噂話やこれから訪れる海の話をして過ごした。

 やがて目的の駅が近付き、電車は失速する。薪はもう一度ドアの外を見て、でも今度はすぐに振り返って「着いた」と笑った。
 薪の笑い顔の後ろで、ざわめきと共にドアが開いた。



*****




 夏休みに入っていたこともあり、海は海水浴客でごった返していた。
 水面を蹴立てて走り回る子供たち、ビーチバレーに興じる若者たちとそれを観戦する女の子たち。のんびりと浮き輪で波に浮く女性と、それを口説くためのサーフボードを抱えた男性。それぞれにそれぞれのやり方で、みなが海を楽しんでいた。

 海に着いてすぐ、鈴木は雪子に電話を入れたが、彼女は電話に出なかった。雪子のことだ、着信音に気付かないほど水遊びに夢中になっているのかもしれない。
 防水ポーチに携帯と屋台で使う予定の現金を入れて蓋を閉めた鈴木に、薪がパーカーのフードを直しながら、
「この人数だ、闇雲に探しても見つからないぞ。電話はかけ続けた方がいい」
「メールしておいたから。気付けば雪子の方から電話くれるだろ。それまで二人で遊ぼ」
 薪は眼を丸くして、ついでに口も丸くして、何故だかしばらく自失する風だったが、突然ものすごい勢いで首を横に振った。
「やだよ。男二人で海なんて、何が楽しいんだ」
「じゃ、女の子調達する?」
「なに言ってんだよ、バカ。雪子さんに殺されるぞ」
「なら薪に遊んでもらうしかないじゃん」
 パーカーのポケットに入っていた薪の手を引き出して引っ張った。手首の突起が目立つ、細くて骨っぽい手。小さくて、鈴木の手のひらにすっぽりと収まってしまう。

「ちょ、鈴木。放せ」
 子供じゃないんだから、と喚くのを無視して、砂浜の上をどんどん歩いた。焼けた砂が熱くて、足の裏がヒリヒリする。荷物が増えるのを嫌ってビーチサンダルを持ってこなかったのが悔やまれた。
「あちち。早く海に入らないと火傷しそうだ。薪、パーカーどっかに置いて来いよ」
 振り返ると、薪は日焼け防止のためかパーカーのフードを目深に被っていた。鈴木の目の高さからは鼻から下しか見えない。暑さで赤味を増したくちびるが妙に艶めかしくて、普段の薪とは別人みたいだった。
 そのくちびるが苦笑の形に歪む。薪はもう、鈴木の手を振り払おうとはしなかった。

「いいよ。このままで」
「泳がないのか」
「うん。少し歩きたい。でも鈴木が泳ぎたいなら」
「オレもいいや。波打ち際を歩いていれば、足も冷やせるし」
 薪の提案に従って、波に洗われた砂の上を二人分の足跡を残しながらてくてく歩いた。手をつないだまま、小さい子供や元気な男の子をよけながら。
 一歩歩くたび、二人は波の洗礼を受ける。足首にぶつかった波が割れて、でもすぐにまた一つになって協力し合い、二人の足元の砂を攫って海へ帰って行く。しばらくの間、二人は無言で歩いた。砂と一緒に言葉も持って行かれてしまったみたいに。

 やがて薪が言った。
「鈴木。もう」
 薪の言葉が終わらないうちに、007のテーマソングが響いた。雪子からの着信だ。鈴木がパッと薪の手を放す。
 電話に出た鈴木は、海とは逆の方向に足を向けた。海の家の、焼きトウモロコシを売っている屋台の列に並んだ雪子が手を振っていた。
「雪子のやつ、あんなところに」
 ぼやきながら鈴木は、焼けた砂浜に逆戻りする。海水で足が冷えたせいか先ほどよりは歩きやすい。
「まだ10時だぜ。まったく雪子ときたら、食べに来たんだか泳ぎに来たんだか……薪?」
 気が付けば薪は未だ波打ち際にいて、まるで無邪気な子供が無秩序に遊ぶような波の動きの中に、その白い足を浸していた。ついさっきまで手の触れあう距離にいた彼は、今は鈴木と友人の距離を保って、鈴木が間合いを詰めようと一歩進めば半歩下がるその様子に、鈴木は心の隅に刺さった棘のような微かな痛みを感じる。

「薪、どうした?」
「雪子さん、綺麗だなと思って」
 薪の言う通り、オレンジ色のビキニ姿の雪子は眩しかった。ハリウッド女優みたいな抜群のスタイル。圧巻だ。前方の女子高生たちの弾けるような色気も、後方の若妻のしっとりした艶っぽさも敵じゃない。
「いいなあ、鈴木。自慢の彼女だね」
 そう言った薪の顔は、フードの下に隠れて見えない。でもその口元は穏やかな微笑を浮かべており、だから鈴木はその痛みを黙殺する。
 薪がやろうとしていることを、オレが邪魔するわけにはいかない。あの時、この道を選んだのはオレの方なんだ。
「薪も彼女作ればいいじゃん。おまえなら選り取り見取りだろ」
 ことさら明るい声で鈴木が言うのに、「そのうちね」と薪は静かに応えてフードを外した。現れた薪の顔は鈴木の予想に反して、楽しそうに笑っていた。

 ああ、どうして、と鈴木は思う。
 どうして薪がいつまでも、昔のことに囚われているなんて考えたのだろう。警察庁に入庁して6年、第九の室長に就任して1年。キャリアも実力も自分より遥かに上のこの男が、そんなつまらないことに拘り続けるはずもない。見た目だけはあの頃と変わらないけれど、中身はすっかり大人の男になったのだ。
 思い知らされて鈴木は、誇らしさと同時に一抹の寂しさを味わう。
 鈴木の胸の片隅に。
 思えば面倒ばかり掛けられた友人の、その成長を心から喜べない自分がいる。
 彼が一人で立って歩くことに。自分の手を必要としなくなることに、惧れを抱く自分が。

 自分の中の、そんなつまらない部分を消したくて、でも自分一人ではどうにも消せなくて、鈴木はこの場に存在するもう一人の人物の名前を口にした。
「早く行こうぜ。雪子にトウモロコシ奢ってもらわなきゃ」
「男だからって全額出せとは言わないけど」
 最初から彼女の財布を当てにするのは男としていかがなものかと薪が咎めるような口調になると、親友かつ上司の前で男を下げるわけにはいかないと、焦った鈴木がついボロを出す。
「逆だよ。あれなら昼メシより安いだろ。雪子はオレたちより2年長く学生やってたからな。いくら勝負とは言え、奢らせるのは可哀想だ」
 雪子は医学部を卒業している。よって同じ年でも、法学部の自分たちより職に就いたのが遅いのだ。

「勝負?」
「あ、いやその」
「……隠れて様子を見ていただけならまだしも、人の不幸を賭けの対象にしてたのか」
 あれだけの情報で真実を見抜くのか。天才の面目躍如、てか、いっそニュータイプじゃないの、こいつ。
「ナンパされるのは不幸じゃないだろ。嬉しいことだろ」
「男の方が多くても?」
「や、それはなんて言うかその、ゆ、雪子が待ってるから! 早く行かないと」
 急かされてもいない恋人の元へ泡を食って駆け出していく、そんな情けない男を演じることで、鈴木は自分の中に未練がましく居座り続けるもっと情けない男の存在をカモフラージュする。

 これはオレのトップシークレット。誰にも知られちゃいけない。
 特に、苦笑いしながらも自分の後ろを着いてくる、勘の良い親友には。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

手紙3(3)

 見ました!
 オンデマンドでじっくりと。たきぎさんのおかげです。ありがとう(^^


 画面の薪さんがとても美しかったです。コミックスが映ってるだけなんですけどね、こんなにきれいだったんだなあって。薪さんがそこにいるような感じがして、ドキドキしました。カメラワークってすごいですね。
 先生も出演されてましたね。
 先生の手から薪さんが生み出されるその瞬間を見ることができて、その精緻な技に感動いたしました。神様ってこの世にいるんだなあ、と思ったのはわたしだけではないはず。
 驚いたのは、MRI画像はコピーで作ってたこと。うちのコピーでもやってみよう。みなさんもぜひ会社のコピーで(←え)

 ただこの番組、
 日本語の字幕スーパーが必要だと思うの! みんなそう言うと思うの!
 だれかわたしに翻訳コンニャクをください。(英会話を習え)
 そんなわたしでも、
 薪さんが美しい、女性のような外見をしているけど非常に優秀、みたいな言葉だけは聞き取れました。青木さんのことも何か言ってたんだろうけどさっぱり。主人公が薪さんになってた気がするのですけど、わたしの気のせいかしら……(第九編の主人公は青木さんだよね?)


 さて。
 明後日はメロディで薪さんに会えますね(〃▽〃) (出なかったらどうしよう)
 ネタバレ防止のため、それまでネオチします。よろしくです。



 3通目の手紙、これでおしまいです。
 読んでくださってありがとうございました。





手紙3(3)





 雪子に仕掛けられた焼きトウモロコシの誘惑を断って、薪は波打ち際に戻った。
 パーカーを着たまま、波を蹴りながら歩く。実は、できれば上着を脱ぎたくない。小麦色の肌が幅を利かせる海岸で、自分の肌は生白くてみっともない。手首に透ける静脈の青黒さが、自信の無さに拍車をかけた。

 自分の手首を見て薪は、鈴木の手の感触を思い出す。
 暖かい手にすっぽりと包まれた。鈴木の大きな手。
 あのときだけ。
 自分の手が小さくてよかったと思った。身体が小さくてよかったと思った。そうでなきゃ、鈴木は手なんか引いてくれなかっただろうから。
 人より劣っていることをよかったなんて、情けないことを考えた自分を恥じて、薪はフードの下でくちびるを噛んだ。

 ふと砂浜を見ると、二人の友人はレジャーシートの上に並んで座って、仲良くトウモロコシを齧っていた。鈴木も雪子も室内の仕事だから肌は白いが、身体が大きいから薪よりずっと健康的に見える。
 眩しい太陽と、海がよく似合っている。
 雪子が、食べかけのトウモロコシを頭上でぶんぶん振るのに軽く手を上げて応え、そのトウモロコシから飛んだ醤油を避ける鈴木の格好にぷっと吹き出す。鈴木の髪に付いた醤油に雪子が大笑いして、そんな雪子に鈴木が苦笑いする。微笑ましい恋人同士の姿。
 明るい太陽の下が、あの二人には本当によく似合ってる。

 薪は、ずっと昔の夏を思い出す。
 夏の最中、僕は鈴木を、部屋の中に引き入れることしかできなかった。あの夏もこんな風に、外にはさんさんと日の光が降り注いでいたのに。
 自分が彼に与えられなかったものを、彼女は彼に与えてくれる。いずれにせよ、僕たちに未来はなかった。雪子のおかげで救われたのだと思う。彼も自分も。
 だからもう未練などない。あってはいけない。
 そう何度も思っても、同じ職場だ。毎日顔を合わせる中でその決心も数えきれないほど崩れて、最近では諦めの境地に入ってきた。自分と言う人間は体格も情けないけれど、心も情けない。何年も前のとうに終わった恋が、未だに消せないなんて。

 ――例え消しきれなくても。
 鈴木に気付かれてはいけない。

 薪は、ひょいと波の間にしゃがんだ。足の下の砂を波がさらっていく。波を見送って、人差し指を砂に付けた。
 砂に、す、と書いた。
 波がそれを消す。
 ず、と書いた。
 また波が消す。

 太陽の光を乱反射する波が、絶えることなく砂浜を洗い流す。人々の足跡と、薪の文字を消していく。
 この文字のように僕の気持ちも。簡単に消せたなら。



*****



 かように、自分の気持ちを消すのは難しいものだ。特にそれが膨らむか萎むか、相手に委ねられる要素が多く、かつ、その相手と頻繁に顔を合わせている状況下では。
「10年前と同じ石に躓いてる気がする……」
 波に足を洗わせながら、薪は呟いた。
 ふと思いついて、あの日と同じように波間にしゃがんだ。パーカーの袖から腕を伸ばし、砂の上に人差し指を置く。

 あ、と書く。
 波が来て去る。
 お、と書く。
 また波が来る。

 3文字目を書きかけた時、背後に人影が差した。
「ビキニ観賞の最中に申し訳ありません」
 女の子のビキニ姿を間近で観賞する、という名目で一人になった。青木は薪の言葉を素直に信じていたわけだ。相変わらずバカだ。
 今日は第九のレクリエーションで海に来た。2週間ぶりに彼女とデートの今井を除いて、全員が参加している。ヒマなやつらだ。
「なにか用か」
「薪さん、こっちのチームに入っていただけませんか」
 海辺でチーム、つまりビーチバレーだ。岡部、小池、曽我のチームと、宇野、青木、山本のチームでワイワイやっていたはずだが。
「今井がいないからメンバーはちょうどの筈だろ?」
「山本さんが開始5分で熱中症になりまして」
 軟弱なやつだ。山本にはもっと身体を鍛えさせないと。
「でも僕、メガネかけてないし」
「いや、メガネ有とメガネ無で分けたわけじゃないですから。身長順に割り振ったら偶然そうなっただけですから」
 いちいち真面目に捉えて言い返してくる部下が面白い。これだから青木を構うのは止められない。

「正式な試合じゃないんだから。2対3でも」
「負けたチームが勝ったチームにかき氷おごることになってるんです」
「そういうことなら話は別だ」
 次の波を待たず、薪は立ち上がった。バシャバシャと波を蹴り飛ばすように、砂浜へと駆けていく。
「見てろ。得意のジャンピングサーブをお見舞いしてやる」
「ビーチバレーはアンダーサーブです。フローターサーブは反則ですよ」
「そうなのか? それじゃ特技のネットインサーブ(ボールがネットにぶつかってネット際に落ちるサーブ)を」
「ネット際はサーブの有効範囲外です。サービス側の失点になります」
「それもダメなのか? それなら最後の手段だ。砂を相手コートに蹴り上げて眼つぶしを」
「普通に反則です。てか、人としてどうなんですか、それ」

 闘志を燃やす薪の声と困惑に曇る青木の声が波打ち際から遠ざかり、やがて消える。波に洗われたその場所には、もはや二人がそこにいたことの痕跡の何物をも見つけることはできない。
 波間に書いた手紙の一文字すら、しかしそれを淋しがることはない。
 消したいと願って消し去ったと見せて、海の底に沈めようとした想い。でも波はまた生まれてくる、海の底から生まれてくる。沈んだものを掘り起こし、巻き上げ、長い時間を掛けて、やがて。

 きみの元へと帰りゆく。



(おしまい)


(2015.8)


 鈴薪さんに花言葉のようなものがあるとしたら、それはきっと「秘めたる想い」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
次のお話の予定
『ヒカリアレ』
書いてます。
60Pを超えました(笑)
7/18 推敲やってます。
あと20ページ。
7/20 推敲の結果、70Pになりました。←バカじゃないの。
2回目の推敲に入りました。
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: