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You my Daddy(1)

 こんにちはー。

 映画の予告がテレビで始まり、併せてサイン会等のイベントも告知され、(詳しくはこちら
 新連載が始まり、コミックスの4巻とパーフェクトプロファイルの発売も決まり、
 まさに秘密祭ですねえ。うれしいですねえ。(((o(*゚▽゚*)o)))
 
 サイン会は大阪ってことでわたしは行けませんけど、(てか現況では関東でも無理ですが(´・_・`)、
 関西の方、ぜひ頑張ってくださいね! 
 こういうイベントって今までも関東圏が多くて、関西圏て滅多とないんですよ。だから今回はチャンスですよ!
 仕事も家庭もあって忙しくて大変なのはみんな一緒だと思うけど、正直、関東よりも関西はチャンス自体が少ないんです。
 だからがんばってください!! まずは電話! 応援してるよ!!

 て、
 自分のブログほったらかしのやつに「がんばれ」って言われてもねえ。
 人さまに言う以上は、自分もがんばらないとね☆

 
 さてさて。
 今日から公開しますこちらのお話、なみたろうさんの作品に惚れて書きました。
 お許しをいただいたので、URL貼らせていただきます。 
 「白木蓮と薪さん」
 どこへでも挟むプレイの許可もいただいたので、わたしの胸の谷間に……すみません、挟むほど胸ありませんでした(謝罪、そこ?)……文中の該当箇所に挟ませていただきました。
 なみたろうさん、ありがとうございました。 
 
 
 これを見た時、あまりにもきれいでね~。
 この絵が手元にあればそれだけで人間生きられるんじゃないかと思った。そういう話を書きました。
 なみたろうさんには感謝しています。
 なのに何故か話の内容がですね、
 あおまきすとさんには鬼門の「薪さんに子供ができる話」になっちゃっ……。
 なみたろうさん、ごめんねえ(^^;)(←恩を仇で返すの得意)

 えーとえーと、
 お話の時期は一番新しくて、2069年の4月です。
 話はがっつりあおまきさんですが、薪さんと女性の取り合わせがダメな方はご遠慮ください。(わたしを含めあおまきすとの8割がダメなんじゃないかと思う)
 シーン無しの設定のみですが、薪さんが女性とエッチするのがダメな方はご遠慮ください。(わたしを含めあおまきすとの9割がダメなんじゃないかと)
 薪さんが孫に甘い爺バカになるのがダメな方はご遠慮……(もうあおまきすと関係なしにダメ) 

 ……ねえこれ、7万拍手のお礼にしてもいい? 読めない人多すぎてダメ?

 銀河系くらい広いお心でお願いしますっ。





You my Daddy(1)




 パパの写真を見せられたのは、その日が初めてだった。

 もちろん、わたしは驚いた。パパだと思っていた人が実の父親じゃなくて、この写真の人が本当のパパなのよ、とママに言われたら、誰だって頭の中がこんがらがると思うの。子供ならともかく、高校生にもなってから血のつながりがどうのと言われても、迷惑なだけじゃないかしら?
 でもわたしは、ちっともそんなことは思わなかった。だってね、その写真の人は、これまでパパと呼んできた男よりずうっと素敵な人だったんだもの。

 小さい頃の楽しい思い出とか、今まで育ててもらった恩とか、その男に対する愛情が欠片も無かったわけじゃない。だからこそ、わたしはこの家に留まっていたのだし。
 だけどね。その写真の人は本当に、神話の世界から抜け出してきたように美しい人だったの。

 写真に写る時は右斜め45度なんて、誰が言ったのかしら。
 ポートレートは真正面。白木蓮の細い枝にたおやかな指を絡ませて、その優雅なことと言ったら、白い花が恥じらって赤くなりそうなくらい。少なくともわたしが木蓮だったら、この人を前にして「私は清廉な佇まいが特徴の美しい花です」なんて言えないわ。
 大ぶりの花に隠れてしまいそうな小さな顔。亜麻色の髪に亜麻色の大きな瞳。細くてきりっとした眉毛。正面からでも印象に残らない完璧な忘れ鼻。形の良い、ベビーピンクのくちびる。頬は花びらに負けないくらい白いけれど、目の縁や口元が薄紅色に染まっていて、見ているとドキドキする。

 木蓮が咲いてるから季節は春。彼の肩が切れていたから、或いは誰かと一緒に写っていた写真から彼だけをトリミングしたのかもしれない。
 春風に、亜麻色の髪がそよいでいた。長い睫毛に囲まれた亜麻色の瞳は隣にいる誰かを見ているのかやや右に寄せられて、小さく開いたくちびるは、その人に何かを話し掛けているようだった。


     白木蓮と薪さん

 この写真の人がわたしのパパ? わたしと全然似てないじゃない。て言うか、この人、一般人じゃないわよね。どう見ても芸能人かモデルでしょ。
 だからわたし、ママに言ったのよ。何処かの俳優の生写真を手に入れてきて、わたしを騙そうとしてるんじゃないのって。そうしたらママは、
「疑り深い子ねえ。誰に似たのかしら」
 そう言って顔をしかめた。
 それから古いスマートフォンを持ちだしてきて、写真フォルダの中から一枚の画像を選ぶと、「子供に見せるものじゃないけど」とわたしに差し出した。
 確かに、子供が見るものじゃない。自分の母親と男が裸でベッドにいる写真なんて。
 さすがに下半身は毛布に隠れていたけれど、二人とも上半身は裸で、周りに女物の下着が散らかってた。パパはぐっすり眠ってるみたいだったから、多分ママの自撮り。

「合成写真じゃないの?」
「本当に疑り深い子ね。麻子はこれで信じたのに」
 アサコって誰だろう。初めて聞く名前だけど、ママの友だちかしら。
 いったい誰に似たのかしらと、ママはわたしの猜疑心を嘆くようだったけれど、急に明るい顔つきになって、ひとつ大きく頷いた。
「そうか、パパに似たのね。パパ、刑事だものね」
「刑事?」
「そうよ。科学警察研究所、法医第九研究室の室長。偉いのよ」
 それならテレビで見たことがある。MRI捜査というのをやっている所だ。死者の脳を見るとか何とか、ぞっとしない仕事だとその時は思ったけど。この美しい人が室長を務めるなら、わたしが考えていたような陰気くさい職場ではないのかもしれない。

「だからね、もしもママが死んで、どうしても誰かの助けが必要になったら、パパのところへ行きなさい。きっと助けてくれるから」
「縁起でもないこと言わないでよ。ママがいなかったらわたし」
「そうね」
 困ったようにママは笑った。その顔はやつれて、髪には白髪が混じり。写真にあった若い頃の美貌は、見る影もなかった。
「ママが守ってあげる。今日みたいなことが二度とないように。ママが守ってあげるから」
 そう言って、痣だらけの腕で、ママは裸のわたしを抱きしめた。

 ママがパパの偽者に殺されたのは、それから2年後のことだった。


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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(2)

 こんにちは~。
 
 先週、連休を利用して那須の動物王国に行ってきました♪ (お義母さんは義妹にお願いしました)
 ここはしづイチオシの動物園で、法十の青薪さん定番のデートコースなんですが、
 動物王国と名の付くだけあって、動物たちがみんなふくふくしてるんですよ。平たく言えば太ってる。逆に、スタッフさんたちはみんな細くてよく動くんです。せっせと餌を運び、掃除をし、手入れをする。動物の方がご主人様なんだな~、と実感しました。

 アルパカの子供、可愛かった~。真っ白できれいな顔立ちでした。
 カピバラは安定の愛らしさ。そうそう、カピバラ湯、入ってみましたが、カピバラが岩の向こうで眠ってて。途中起きたんですがまた寝ちゃって、お湯に入ってきませんでした。残念。オットがいなけりゃ閉園までねばったのに。
 レッサーパンダが部屋の中で見られるようになってました。アクリルボード越しではなく、直接。午後だったので、お昼寝中でしたが。今度は朝一に行こう。きっと動いてる。(余談ですが、動物園は朝一ですよ! 動物たち、意外なくらいよく動いてます!)
 あと、ビーバー! 初めて見た!
 ビーバーは夕方以降が活動時間だから、昼間はいっつも巣の中で寝てるんですが、ここのビーバーは巣穴がないんです。(ビーバーにしてみたら落ち着かないと思いますが) 二人でくっついて向き合って丸まって眠ってました。(青薪さんみたい♡)
 カワウソはどこでも目まぐるしく動きますね。見てると目が回りそう(笑)
 あと、ペンギンそっくりのニシツノメドリという鳥がいて、これがめっちゃ可愛かっ……キリがないのでこの辺で。
 動物好きには天国です。みなさんもぜひ。

 一つだけ注意事項。
 高原なんで寒くてねー。ビール飲んでハンモックで寝てたら風邪ひきました。気を付けてくださいね☆





You my Daddy(2)




 4月の人事異動で警視正に昇格した岡部靖文は、この春、第九の室長に就任した。

 官房室との兼任で忙しい薪に代わって、これまでも実質室長の仕事をこなしてきた岡部だが、副室長の立場で室長の仕事を代行するのと、自分が室長になって業務を遂行するのとではまったく違う、という事実を連日のように思い知らされていた。
 例えば、他部署との調整会議。室長の意向を相手に伝えて交渉を進める限り、どうしても合意が得られない場合は「持ち帰って室長と協議します」と言う逃げ道がある。だが、自分が全責任を負う立場になってしまうと、その手は使えない。他のこともそうだ。よくよく困った時は、薪に相談して指示を仰げばよかった。それが今は、全ての決断を自分で下さなければならなくなった。ただでさえ怖い岡部の顔つきが最近ますます怖くなったのは、その重責が彼に圧し掛かっているからだ。

 なにかあれば遠慮なく相談しろと、前任者には言われている。だが。
 長い間この重圧に耐えてきた薪は、4月から田城の後を継いで科警研の所長になった。9つある研究室を統括管理する立場になったのだ。いくら古巣とは言え、否、だからこそ、彼の手を煩わすことは避けたかった。

 そして今日もまた一つ、第九に厄介な問題が起きる。それはやわらかな春風と共に、無邪気な使者によってもたらされた。
「ダイク。パパ」
「えっ」
 思いがけない言葉に岡部はモニターから目を離した。頭を巡らすが、そこには誰もいない。空耳かと机に向き直ると、再び「ダイク。パパ」という声が聞こえてくる。
 どうやら子供の声だと気付いて下を見れば、椅子の肘掛け隙間から小さな女の子がひょっこりと顔を出していた。
「わあ!」
 驚いた岡部が髪を逆立てて飛び退くと、その様子がおかしかったのか、女の子はきゃらきゃらと笑った。
 見たところ3歳くらいの女の子で、少しクセのある黒髪をツインテールにしている。服装は、薄いピンク色のチュニックに濃紺のスキニージーンズ、赤い紐を蝶結びにした黒のスニーカー。今どきの子供らしく、なかなかにお洒落だ。

「なんで子供がここに」
「ダイク。パパ」
「え、え? 父親が第九にいるってことか? そんな訳があるか」
『ダイク』と言うからには少女の訪問先はここで間違いないのだろうが、『パパ』は何かの間違いだ。第九に妻帯者は山本だけ。その山本は、今日は親戚の法事に家族で出席するために休暇を取っている。第一、山本の娘は中学生だったはずだ。

「おーい。この子、誰かの親戚か?」
 岡部の呼びかけに、モニタールームに散らばっていた職員たちがわらわらと寄ってくる。今井、小池、曽我、宇野の4人は、研究室に迷い込んだ少女を見て首を傾げた。
「お嬢ちゃん。お名前は?」
「いくつ?」
「ママはどこ?」
 4人は少女から情報を引き出そうと、代わる代わる質問をした。その質問に、少女はかろうじて「ミハル」と言う自分の名前だけを答えた。
「ミハルちゃんね。苗字は?」
「ダイク。パパ」
「ママのお名前は?」
「ダイク。パパ」
「だれと一緒にここに来たの?」
「ダイク。パパ」
「だめだ、会話にならん。だれか心当たりはないのか」
 4人はそろって首を振る。少女の様子からも、この中に父親はいないらしい。この場にいない第九職員は青木と山本だけだが、はてさて。

「もしかして、山本の2番目の子供とか」
「だとしても中には入れないだろ。モニタールームは関係者以外立ち入り禁止だ」
 もう一人の不在職員の青木は、ある特殊な事情により父親候補から除外されている。彼のパートナーは皆がよく知る人物。その人物との間に子供が望めない以上、彼がパパになることはあり得ないのだ。
 何を隠そうその相手とは、今年の3月までこの研究室の室長だった人物で、名前を薪剛という。下の名前から分かるように、薪は男性だ。青木がパパになれないと言うのはそういう意味だ。
 ごく普通の男性である岡部たちには、正直、男に恋をする彼の気持ちは分からない。分からないが、青木がどれだけ薪に夢中かは知っている。事あるごとにその気持ちの強さを見せつけられている彼らには、薪に隠れて青木が女と深い仲になるとは考えられないのだ。

「そもそもこの子、どうやって中に入ったんだ」
「誰かと一緒に自動ドアを抜けてきたんだろ。ほら、こないだ猫が紛れ込んだみたいに」
「さっき庶務課から荷物が届いたけど、さてはあれか」
 やいのやいのと部下たちが騒ぐ間、岡部はじっと少女の様子を観察していた。その鋭い眼が、少女の衣服の不自然な膨らみを捉える。チュニックの胸ポケットだ。
「この子、ポケットに何か」
 手掛かりを求めて手に取った、一枚のポートレート写真を見て岡部の顔色が変わる。真夏の炎天下のようにだらだらと汗をかいて、ココココ、と鶏の鳴き真似でもあるまいに、まったく岡部は見かけによらず神経が細い。
「まさか、これが父親だってんじゃないだろうな!」
 激しい詰問口調は、写真の主を心配するが故。恫喝すれすれの岡部の声に、4人は彼の手元を覗き込む。彼らとて、これを見れば岡部と同じ気持ちになるはずだ。写真の主に対する彼らの気持ちは、岡部となんら変わらないのだから。

 擦り切れた古い写真。
 そこに写っているのは間違いなく、科学警察研究所現所長、薪剛その人だった。

「「「「隠せ! 青木に見られたらその子の命が危ない!」」」」
 心配、そこ?!
「青木は何処行った?」
「さっき給湯室に、あれっ。あの子もいないぞ」
「急いで探せ! 手遅れになる前に!」
「第九職員が幼児殺害とか、冗談じゃないぞ!」
 岡部が室長になった途端にこの騒ぎ。勘弁してくれと喚きたいのを堪えて、岡部室長は迷子の探索を部下に命じる。
「おーい、ミハルちゃーん!」
「出ておいでー! お菓子あるよー!」

「ミハルちゃんならここにいますけど」
 少女の居場所をみなに知らせたのは、幼児殺害の最重要容疑者の青木だった。
 ミハルはすっかり青木になついた様子で、彼の大きな手にぶら下がるように戯れていた。年端もいかない子供と一瞬で仲良くなれるのはさすがだ。第九で一番女性にモテるのは今井だが、子供に好かれるのは青木なのだ。ちなみに、老人に一番人気があるのは曽我だ。信心深い彼女たちには、曽我のえびす顔がありがたく感じられるらしい。
 満足に言葉が通じない相手と友好的な関係を築く最も簡単で効果的な方法は、食べ物をふるまうことだ。それを証明するように、青木は自分の非常食代わりのビスケットの箱をミハルに差し出し、彼女は嬉しそうに中から一枚取って、
「「「食べちゃダメだ! それには毒が!!」」」
「はあ?」
 どうやら青木は給湯室にいて、ミハルの身元を知らなかったらしい。命拾いした。

 曽我をミハルのお守に付けて青木から引き離し、安全な距離が確保されたところで、岡部が問題の写真を青木に見せる。青木はハッと息を飲み、ほんの少しだけ他の職員を焦らせたが、すぐにうっとりとした目つきになって愛おしそうに写真を撫でた。素直と言うかダダ漏れにも程があると言うか、とにかく嘘の吐けない男なのだ。
「若い頃の薪さんですね。20年、いや、25年くらい前かな」
「今とどこか違うのか?」
「ぜんぜん違うじゃないですか。薪さんは年を追うごとにきれいになって行きますからね。髪の毛も睫毛も首筋も肩のラインも、今の方が数段キレイ、痛い!」
「あ、室長。じゃなかった、所長」
 まるで写真から抜け出したように、薪がそこに立っていた。きりっと眉を吊り上げ、瞳だけを右に動かして自分が蹴り倒した部下を見下す。小さく開いたくちびるから転がり出たのは、いつも通りの厳しいお小言。

「仕事中に何を騒いでいる! おまえらも、さっさと席に戻って報告書を上げろ!」
「き、昨日の事件の報告書は室長に提出済みでして」
 小池が控え目に抗議する。自分の仕事はちゃんと終わらせて、その上でのコミュニケーションだと言いたいのだ。
 全体を見渡していた薪の視線が小池を捉え、すると薪はふんわりと、まるで春の陽光が冬の旅人を照らすような暖かい笑みを浮かべた。瞬間、彼をよく知る部下たちの背筋を冷たいものが駆け下りる。小池以外の全員が思った、キジも鳴かずば撃たれまい。

「さすがだな小池。おまえの手際の良さには感心する。だが」
 途中までは女神のように、しかし最後の言葉で薪は表情を魔物に変える。その落差が小池を恐怖に叩き込む。
 全員が思った。絶対に計算してるよね、このひと。
「仕事は自分で見つけるものだ。資料整理でも捜査データのバックアップでも、なんなら掃除だっていい。こんなところで油を売ってるよりは、ずっと給料に見合った仕事だと思うが?」
 正論。
 薪の矛先を書類を滞らせている岡部に向ける作戦だったらしいが、完全に逆効果だ。薪は岡部には少しだけ甘い、のではなく。室長業務の大変さを誰よりも知っているのだ。
「分かったら、散れ!!」
「「「「はいいい!」」」」
 春の暖かな空気は一転、執務室は真冬の冷気に逆戻り。聞けば気の毒なことに薪は、所長になってから大好きな現場には出してもらえず、嫌いな書類仕事は倍になったそうな。そのストレスが溜まっているに違いない。薪の暴走を戒めるための上層部の苦肉の策らしいが、部下にとっては迷惑な話だ。

「岡部、もうすぐ定例報告の時間だろう。――うん?」
 第九はその特殊性から官房室直轄の部署で、週に一度の定例報告が義務付けられている。これまでは薪が毎週金曜日、官房長の小野田に直接報告をしていた。警視正の特別承認から始まって、過去には娘婿の話も持ち上がったほど彼に気に入られている薪とは違い、岡部にとっての小野田は雲上人。緊張を隠せない岡部に、最初の定例報告には付き合ってやると、薪の方から声を掛けてくれていた。今日は金曜日。約束の日だ。

「そそそそうでした! さあ、参りましょう!」
「あの子供は」
 曽我の、ややふくよかなお腹の横からちょこんと顔を出した少女を見て、薪が尋ねる。
 曽我は身体を張って少女を匿おうとしていたが、モルモットのようにちょこまかと動く子供を押さえきれるはずもなく。また薪の昆虫並みの動体視力が、それを見逃しくれるはずもなかった。
「この写真は」
 青木が蹴られながらも隠した写真を薪は、難なく彼の懐から抜き取って、不思議そうに小首を傾げた。その仕草の愛らしさといい先ほどの微笑みといい、年々青木の病気が悪化していくのも無理はない、と第九メンズは病に侵された後輩を哀れに思う。残念ながら、恋の病に効く薬はない。

「岡部。説明しろ」
「なななな何でもありません!」
 声は大きいが、その口調は乱れに乱れ。年齢を重ねるほどに階級と凄味を増していく上司が、岡部のネクタイをぐいと引く。
「どういうことだ、岡部」
「い、いやあのその」
 身体の大きさは自分の半分ほどしかない上司から受けたパワハラに、岡部は滝のような汗をかく。だが次の瞬間、その汗はキーンと音を立てて凍りついた。
「パパ!」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(3)

 暑くなってきましたね~。
 秘密ブロガーさんの中にも体調不良の方が多いみたいで、心配です。暑さ負けかなあ。秘密って繊細な作品だから、ファンもやっぱりデリケートなのかな。
 どうかみなさんのお身体が、早く良くなりますように。

 え、わたしですか?
 すみません、めっちゃ元気です。 
 夏、大好きなんです。ビールが美味い季節なんで (*≧∪≦)


 7月11日に、75000拍手、いただきました。ありがとうございました。 
 今、公開してるのが7万のお礼なんで、次のお話が7万5千のお礼ということで、
 薪さんがボケ老人になる話と、新しい室長候補に室長の座を奪われる話、どっちがいいですか? (あ、どっちもいらねーですか? そうですか……)
 もうちょっとマトモな話を考えますね。ていうか最近、拍手のお礼SSしか書いてないぞ。ペース落ちてるなー。
 身体は元気なんですけどね。頭の調子がどうもね……(。´・(ェ)・)

 とりあえず、お話の続きをどうぞ。 



You my Daddy(3)




「パパ!」

 小さな小さな手でこちらを指差す、その脅威の甚大なこと。男なら誰しも一つや二つは身に覚えがあって、だから薪も岡部も一瞬固まる。ミハルの含みの無い笑顔とは対照的に、二人が取り繕ったのは大人の表情。
「おまえの子供か、岡部」
「違います」
「なんで生まれたときに知らせてくれなかったんだ。お祝いしたのに」
「違いますって。実は薪さん、この子はあなたの写真を持って」
「それにしてもいつの間に。雛子さん、細身だから全然気付かなかった」
「だから違うっての! 聞けよ、人の話!!」
「隠さなきゃいけないおまえの立場も分かるけど、友だちじゃないか。僕にだけは本当のことを」
 とん、と太腿に軽い衝撃を受けて薪の言葉が止まる。ふと下を見れば、自分を見上げているツインテールの女の子。

「パパ」
「えっ?」
 女の子は薪の顔を指差して嬉しそうに笑い、つまりそれは彼女にパパと呼ばれたのが自分であるという逃れようのない事実。
「いや、僕は君のパパじゃ、――はっ」
 薪はやや強引に自分から子供を引き剥がし、向かいにいた岡部に預けると、パパと呼びかけられた時より遥かに焦った表情でその場にしゃがみ込んだ。そうすることで薪の目線は、床に座ったまま薪のことをぼーっと見つめていた男と同じ高さになる。展開を先読みした岡部が、薪の行動に待ったをかけた。
「薪さん、みんなの前です。余計なことは言わない方が」
「なにを呑気なことを。おまえは青木を殺人犯にしたいのか?」
 仲間にも恋人にも、どんだけ信用ないんだ、青木。
「青木、僕を信じろ」
「信じろと言われましても、子供というのは生きた証拠で。写真のこともありますし」
「何かの間違いだ。僕が最後に女とやったのは20年も前だぞ」
「だから薪さん、余計なこと言わないでっ」
「それだって風俗嬢だぞ。歌舞伎町の姫って店のヒトミちゃんて35歳の女の人で、得意技は高速回転ピーピーピーピー」
「子供の前でなに言ってんですかあんた!」

 あまり表情が変わらないから分かりにくいだけで、薪はとっくにパニック状態だった。ミハルに「パパ」と呼びかけられた時から、彼の男爵スイッチは入っていたのだ。
 恋人の青木にはそれが分かって、でも少しだけ意趣返しをしたかった。少し前の話になるが、薪は、夜中に自宅に電話を掛けてきた青木の姉を青木の浮気相手だと誤解し、子供までいるなら自分と別れて彼女と家庭を築くべきだと青木に説教したのだ。心から愛する恋人に浮気を疑われることがどんなに悔しいか、薪にも理解して欲しいと思った。
 その時青木が薪にフォローを入れなかったのはそういうわけで、だけど本気で薪を困らせるつもりはないから、周りの職員たちに目配せをして、そっと自分の席に戻るよう仕向けた。こうしておけば薪が正気に戻った時、自分が言ったことを誰にも聞かれていないと信じさせることができる。

「とにかく、僕には本当に身に憶えが――待てよ」
 我が身を切り裂くような自己弁護を中断し、薪は口元を右手で覆った。俯いて何かを思い出す様子に、俄然興味をそそられた第九メンズがレンゲに群がるミツバチのように舞い戻る。
「憶えがあるんですか?」
「やっぱり薪さんがこの子のパパ?」
「パパじゃない! ……けど」
「けど?」
 どうにも歯切れの悪い薪の口ぶりに、職員たちは、彼を取り囲む輪を一回り小さくする。人数で囲んでプレッシャーを掛ける作戦だ。仕事ではそのポーカーフェイスに無敵を誇る薪だが、プライベートになると意外なくらい押しに弱い。
 果たして薪は、躊躇いつつも口を開いた。

「もしかしたら、僕の孫かも」
「「「「孫お!?」」」」
 子供ならぬ孫疑惑。さすが薪だ、常識の遥か上を行く。

「この写真を撮ったのは大学生の時だ。その当時関係のあった女性が実は子供を産んでいて、その子が成人してこの子が生まれたとしたら、計算は合うだろ」
「「「まさかあ」」」
 全員が口を揃えたが、可能性がないとは言い切れないのが男の弱味。母子関係の明確さに比べ、父子関係の曖昧なこと。DNA鑑定でもしない限り、男は女の言葉を信じるしかない。
「この子と僕、よく見ると似てるような気もするし」
「「「どこが?」」」
「目は二つで鼻と口が一つずつある」
 それは全人類共通です。
「すまん、青木。おまえを裏切るつもりは」
 それが裏切りになるんだったら誠実な男はこの世にいません。てか、この子とあんた、全然似てないから。

 それは全員の総意だったが、男爵全開の薪に言葉での説得は通じない。後でDNA鑑定でもすることにして、この場は薪を宥めて官房室に向かわせないと。
「見損なわないでください。いくらオレでも、20年以上も前のことでヤキモチなんか妬きませんよ」
「そうか」
「とりあえず、この子はオレが預かりますから。定例報告に行って来て下さい」
 うん、と薪は頷いて、所長の顔になった。あれだけパニックになっていたのに、一瞬で仕事モードに切り替われるのはさすがだ。

「この子の名前は?」
「ミハルちゃんだそうです」
「じゃあ、ミハル。おじいちゃんはお仕事に行ってくるから。このおじさんと一緒に、ここでいい子にしてなさい」
 齢40にして孫を持つ人もいないわけではないが、この人ほど「おじいちゃん」という呼称が似合わない人はいない。見かけだけならここにいる大人の誰よりも若いのだ。
 しかし、子供にとっては遥か年上の男性に違いはない。うん、と嬉しそうに薪に抱きつき、感謝の印か親愛の情か、その頬にキスをした。自分の孫かもしれない女の子のキスに薪はまんざらでもない顔をして、早くも親バカ、否、爺バカ、て言うかただのバカだと全員が思った。ひとりを除いて。

「みんなの前で薪さんにキス……子供だから許されるとかそういう問題じゃないよな……」
「青木、どうした?」
「20年後、薪さんを誘惑するようなことが無いとも限らない……今のうちに潰しておくか……」
「なにをブツブツ言ってるんだ? この子の面倒、見てくれるだろ?」
「任せてください。子供の世話は姪っこと甥っこで慣れてますから」
 青木は力強く言い切って薪を安心させると、「さあ、小野田さんが待ってますよ」と二人を送り出した。時間に追われて薪は自分の失態に気付く余裕もなく第九を去り、後には第九の面々と所長の孫かもしれない少女が残された。

 薪に孫を託された青木は早速、ミハルのために給湯室へ行くと、
「ミハルちゃん、ビスケットだけじゃ喉が渇いたでしょう。これ飲んで」
 気配り上手は世話上手。さすが青木、と思いきや。
「にがいー!」
 飲ませたのはなんとブラックコーヒー。しかもこの色合いはトリプルエスプレッソだ。普通のエスプレッソの3倍も濃い、徹夜でMRIを見るときに飲むやつだ。
 案の定、うわーん、と泣き出す子供に青木はにっこり笑って、
「ごめんねえ。砂糖もミルクも切らしてて」
 ……大人げないぞ、青木。




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ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(4)

 髪を切りました。
 夏っぽく、思いっきりショートにしました。多分、薪さんより短いと思う(=∀=)



You my Daddy(4)




「ミハル!」
 子供の泣き声を聞きつけたかのように、モニタールームに女性の声が響いた。入口の自動ドアを振り向けば、第九付の警備員の友田巡査長を突き飛ばすようにしてこちらに走り寄る女性の姿。彼女の鼻の形はミハルのそれとよく似ており、それがなくとも彼女がミハルの母親であることは、その様子を見れば明らかだった。
 年の頃は24、5だろうか。緩やかに波打つ長い黒髪に、やや吊り気味の黒い眼。気の強そうな眉。逆三角形の小さな顔と痩せた体つきが彼女にきつそうな印象を植え付けているものの、充分美人の部類に入る。

「どうしたの。どこか痛くしたの」
 職員たちを無視して給湯室に走り込み、ミハルの身体を検めた彼女は、鋭い眼をさらに吊り上げて、傍らに立っていた青木を睨みつけた。
「ご、ごめんなさい。オレが泣かせました」
「なんで」
「だって……薪さんにキスを……」
「なに!?」
「ごめんなさいー!」
 子供を守ろうとする母親の気迫の前に、誰も青木を庇えなかった。ていうか青木が悪いよね、これ。

「お仕事中に申し訳ありません、みなさん」
 突然の来訪者に目を丸くする職員たちに、警備員の友田が頭を下げた。
「こちらの女性、笹原ヒロミさんと仰るそうですが、薪所長を訪ねて来られまして。第九は関係者以外立ち入り禁止だと警備室で問答するうちに、いつの間にか子供がいなくなってしまって」
 警備員の説明に、なるほど、と職員たちは頷いた。
 彼らが納得したのは、これが特に珍しいことではないからだ。薪の熱狂的なファンの中には、思い詰めた挙句に恋人や婚約者を偽って第九に乗り込もうとする女性もいる。もしも嘘だった場合は詐欺罪に問われますよ、と諭せば大人しく帰る者が殆どだが、たまにこういうツワモノも現れる。
「つまり、あの女性は薪さんのファンで、あの子を薪さんの子供だって言い張るんだな」
「いやそれが、今回はちょっと変わってまして」
 友田はそのいかつい顔を苦笑に歪めて、後ろ頭をポリポリと掻いた。

「自分は所長の娘で、あの子は孫だと」
「「「「まさかの男爵的中?!」」」」
「は? 男爵とはなんでありますか?」
 目を点にする友田を執務室から追い出し、薪のプライバシーを確保しながらも第九メンズは動揺する。突拍子もないことをと笑っていたが、まさか本当の孫?

 本気で第九に血の雨が降るかもしれないと、恐る恐る青木を見れば、大きな身体を丸めて自分よりずっと小さな親子にペコペコと頭を下げている。まだこの事実は青木の耳には届いていないらしい。
「ミハルちゃん、意地悪してごめんね。チョコレートあげるから許して」
「うん」
 甘いお菓子に子供はすぐに泣きやんだが、母親の方はそうはいかない。大事な娘の心を傷つけられたのだ。我が子を思う愛が深ければ深いほど、簡単には許せない。
「ふざけんじゃないわよ。慰謝料よこしなさいよ」
 て、金かよ。
「いや、チョコが慰謝料ってことで」
「なに甘いこと言ってんの」
 チョコだけに?
 なんて冗談を口に出せる雰囲気ではなかった。カカオマス99%のビターチョコみたいな女だ。

「泣いてたじゃない。精神的被害を被った証拠よ。子供を第九職員に虐待されたってマスコミに言い触らされてもいいの?」
「そんな無茶苦茶な」
「エリートなんでしょ。5万でいいわ、さっさと出しなさいよ」
「いやあの、この季節は歓送迎会等で出費が多くてですね」
「金銭の要求は恐喝罪になりますよ。チョコレートで手を打った方が身のためです」
 執務室に怜悧な声が響く。モンスターペアレントの攻撃にタジタジの青木を救ってくれたのは、警察庁に出向いたはずの薪だった。

「薪さん。定例報告は」
「小野田さんに急な来客があってな。延期だ」
「岡部さんは?」
「中園さんと話が弾んでるみたいだったから。置いてきた」
 首席参事官の中園と岡部は仲が良い。世話の焼ける上司という共通スレッドから話も合うみたいだし、階級の垣根を越えて、たまに二人で飲みにも行っているようだ。

 職員たちの質問に答えながら、薪は足早に給湯室へ近付く。追い詰められて壁にへばりついた青木と、子供を背中に纏いつかせた母親の間に割って入ると、冷たい目つきで女を見据えた。睨まれた女がぎょっとして身を引く。
「どうして」
 ミハルが持っていた写真は、母親が持たせたものだったのだろう。20年以上前に撮った写真と寸分変わっていない人物が眼の前に現れたら、誰だってびっくりする。
「あ、もしかして、薪室長の息子?」
「本人です」
 常識では彼女の方が正しくとも、薪にその理屈は通用しない。「今は室長ではなく所長ですが」と冷静に答える、だけどそのきれいな顔はバリバリに強張っている。彼女の失言に腹を立てているのだ。それを証明するかのように、彼の声は厳しかった。

「僕の部下に言いがかりを付けるのは止めてください。彼はやさしい男です。子供を苛めるなんてあり得ない」
「第九の室長だか所長だか知らないけど、聞いて呆れるわ。現場を見もしないで、自分の部下の肩を持つの」
 彼女の言い分は正しい。確かに青木は他人にやさしい男だが、それは薪にちょっかいを出さない相手に限られるという事実を当の薪だけが知らないのは、果たして喜劇か悲劇か。
「子供が訳もなく泣くと思うの」
「情緒不安定なんじゃないですか? あなたのヒステリーが遺伝して」
「なんですって。部下も部下なら上司も上司ね。親の顔が見たいわ!」
「親は関係ないでしょう!」
「ああら。今、遺伝がどうのっておっしゃいませんでした?」
「う」
 薪の呻きに、おお、と一斉に周囲がどよめく。口論で薪から一本取るとは、この女、只者ではない。
 苦い顔をして髪に手を突っ込み、ぎゅっと頭皮を押さえて薪は、ちっと舌打ちした。

「とにかく、その子を連れて出て行ってください。ここは関係者以外立ち入り禁止です。お望みとあらば、公務執行妨害で留置所に入ってもらってもけっこうですよ」
「いや、でも薪さん。その人たち、もしかしたら」
 ためらいつつも今井が、警備員の話から生まれた疑惑を口にすると、薪は、亜麻色の髪を繻子のように波打たせながら首を左右に振って、
「話は警備室長から聞いた。その女の言うことはでたらめだ」

 岡部と二人、行きは時間に迫られて、地下通路を利用した。約束がキャンセルになって時間に余裕ができたから、帰りは外を回って帰って来た。春の5時台と言えば外は未だ明るく、新芽の香りを含んだ暖かい春風なども吹いて、書類で凝り固まった目と肩をほぐすにはもってこいだと思った。
 当然、正門から第九に入った。子供の親を探すために誰に相談したものかと考えながら歩いていたら、警備室の騒ぎが耳に入った。覗いてみると、「子供が迷子になった」と警備員が庶務課に電話をしていた。そこで警備室長から彼女の言い分を聞いたのだ。
 それは薪の予想と寸分違わず合致して、しかし、彼女を目の当たりにした薪に生まれたのは絶大なる違和感。さらに青木を責める彼女を見て、その違和感は確信に変わった。

「大学の時に付き合っていた女性はいたけど、君が彼女の子供の筈はない。麻子ちゃんは奥ゆかしくて、可愛いひとだった」
「アサコ? ……ああ。なるほどね」
 薪が麻子の名前を出すと彼女は、聞き覚えがある、という顔をした。それから一人で納得したように頷き、キッと眦を上げて薪に噛みついた。
「恋人がいたくせに、わたしのママを弄んだのね。ひどい男」
「なにを」
「これが証拠よ!」
 黄門さまの印籠よろしく彼女が高らかに掲げたのは、パッションピンクの縁取りのスマートフォン。画面には、上半身裸でベッドに横たわる男女の姿が。

 刹那、シンと静まり返った執務室は、次の瞬間恐慌状態に陥る。真っ先に思い浮かんだのは全員一致のリスクアセスメント。つまり。
「「「「青木を抑えろ!!!」」」」
 野生のチーターもかくやの瞬発力で、4人が青木に飛びかかる。しかし青木の動きを止めるには至らず、それもそのはず、事態を遠巻きに見守っていた彼らとは違い、青木は薪を挟んで彼女に手の届く位置にいたのだ。か細い女の手からスマートフォンを取り上げるなどコンマ2秒の仕事だ。

「早まるな、青木!」
「薪さんに会えなくなってもいいのか!」
「福岡のお母さんが泣くぞ!」
 立てこもり犯の説得みたいになってきた。このままだと青木の実家に連絡が行きそうだ。
 職員たちの心配をよそに、青木は意外なくらい落ち着いていた。
「大丈夫ですよ。どうせ合成でしょ」
 穏やかに微笑みながらも、薪の過去の秘め事を記録したスマートフォンは時速120キロでゴミ箱にダンクシュート。言ってることとやってること違うぞ、青木。

「わたしのケータイ! あんた、壊れたら弁償しなさいよ?!」
 剛速球を受け止めたゴミ箱は衝撃で弾き飛ばされ、5メートルほど吹っ飛び、壁にぶち当たって止まった。仕事中にKYな着メロを響かせては薪に投げられていた曽我の携帯だって、こんな扱いを受けたことはない。
「どこが優しい男なのよ。ねえ、今の見たでしょ?」
 彼女は薪に問うが、こういうところは見ないのがこの二人の巡り合わせと言うか度重なる不幸と言うか、その時も薪は突き付けられた自分の過去でいっぱいいっぱい。青木の非人道的な振る舞いに気付く余裕もなかった。
 尖った顎に右手を当て、しきりに何か思い出そうとしていた薪の、亜麻色の瞳が不意に見開かれる。やがて彼の口から零れたのは、一人の女性の名前であった。

「アユミちゃん」

 え、と青木が呟いた。ぽかんと口を開ける青木の前で、亜麻色の瞳が彼女の中に誰かの面影を探すかのように眇められる。
「きみ、笹原亜由美さんの娘か」
「そうよ」
 どよよっと執務室がざわめきに満ちた。実は皆の見解も青木と同じで、てっきり合成写真だと思っていたのだ。ところが、薪の口から相手の女性の名前と思しきものが出た。つまり、相手の女性との関係を認めたと言うことだ。

「じゃあ、本当に薪さんの娘?」
「と、孫?」
「そうよ。だからお金貸して」
 青木からの略取に失敗した彼女は、その収穫先を薪に求めた。けれども悲しいかな、そこは焼野原。
「持ってない」
「嘘」
「いやホント。この人の銀行預金、254円だから」
「なんで。所長でしょ?」
 実は薪の金銭感覚は壊滅的で、あればあるだけ使ってしまう乱費家。元々が贅沢な人間ではないから無くなれば無くなったで一向に平気な上、老後の事なんか考えないタイプだから貯金が無くても気にしない。一緒に暮らし始めて青木が一番驚いたのは、薪の通帳の残高だったりする。

「じゃあパパの家に泊めて。今夜、寝るところがないの」
 彼女の次なる要望に、ハッと職員たちが息を飲む。
 若い女性が男の家に泊めて欲しいと頼む。これは血縁関係がなければ出てこない言葉ではないか。
 相手の家族構成も知らない状況で、もしも自分の貞操に危険が及んだらと、普通の女性なら心配になるのが当たり前だ。それをなんの迷いもなく宿泊を希望するとは、それこそが薪の肉親である証拠では? それとも、薪が相手ならそれもありなのか?
 女の大胆さに、第九メンズは冷や汗を流す。彼女の本心は知れずとも、青木の性質なら知っている。青木は普段は借りてきた小猫のように大人しい男なのに、薪のことになると大トラに化ける。相手が子供でも容赦しないのは、トリプルエスプレッソで証明済みだ。

 ざわめく面々に軽く舌打ちし、薪はちらりと時計を見た。
 定例報告の後は親睦会の予定だったから、時刻は定時の5分前。人事異動の季節柄、決済待ちの書類は山ほどあるが、火急を要する案件はない。どうやら、こちらの火の手を先に鎮めた方がよさそうだ。
「場所を変えよう」
「いいわ」
 いくら第九の部下たちが身内同然でも、聞かせられない話もある。すでに手遅れのような気もしたが、取り敢えず薪は彼女を外に誘い、職員たちには急ぎの仕事が無ければ退庁するようにとの岡部の伝言を伝えた。

 職員たちの前を今更の無表情で通り過ぎながら、薪は少しだけ脚を止める。宇野の前で2、3秒、言葉もなく目線を交わした。それから二人を廊下へ出した後、自動ドアを開けたまま振り返り、
「青木。おまえは残れ」
「はい」
 応じる青木にも迷いはなく。その声音にも乱れはなかったけれど。
 残された職員たちの心は不安に満たされ、さりとて所長のプライベートな問題に踏み込むこともできず。静けさを取り戻した執務室で、困惑しきった顔を見合わせるだけだった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(5)

 今年も始まりました、入札ラッシュ!
 とりあえず、今回は5本。うち何本かでも落札できるといいな~。と言っても現在、2本元請工事やってるから、それはそれで大変なんだけど(^^;
 少々忙しくなりますので、ブログは不定期更新、あるいはご挨拶抜きの予約投稿になるかもです~。ご了承ください☆





You my Daddy(5)





 薪からの電話は約1時間後に掛かってきた。時間調整に通達類の整理をしていた手を止めて、青木は電話に出る。
『家に帰る。カフェテリアまで車を回してくれ』
「え。カフェテリアですか?」
 少し驚いた。内容が内容だけに、人目を避けて庁外に出たものとばかり思っていた。管理棟のカフェテリアで話し合いなんて、無防備な薪らしい。自分が有名人であることに自覚がないのだ。

 妙齢の女性と幼い子供、そして科警研の若き所長と言う組み合わせは、周りの人々の好奇心をさぞ煽り立てたことだろう。しかも相手の女性はあの性格だ。執務室でしたように、相手の立場も周りの目も意に介さず、自分の主張だけを声高に述べたのではないか。
 薪の立場と精神状態が心配で心配で、青木は居ても立ってもいられなかった。帰宅ラッシュで混み合う科警研の地下駐車場から管理棟の屋外駐車場へ車を回す、わずかな時間が耐え難かった。

 青木が焦燥に胸を焦がしつつ、カフェテリアの駐車場の入口に差し掛かった時、ちょうど建物から薪が出て来た。
「えっ?」
 咄嗟にブレーキを踏んで、車を止めた。あやうく前の車に追突するところだった。

 薪は、ミハルと手をつないでいた。
 小さなミハルの右手は薪の細い手をしっかりと握り、反対側の手は母親であるヒロミの手に握られていた。両手を大人に預けたミハルの屈託ない笑い声が、子供の両側で微笑む大人たちのやさしい声が、遠く離れた車の中にいる青木にまで聞こえてくるような、それはそれは幸せそうな姿であった。
 春の夕陽の暖かい朱色に包まれて微笑み合う彼らは、まるで本当の家族のようで――いや、「よう」ではない。ヒロミの話によれば、薪はむかし彼女の母親と男女の関係にあった。それを裏付ける証拠の写真もあり、薪もその事実を認めている。彼らが実の親子である可能性は充分にあるのだ。

 青木は言葉を失くした。鼻の奥がつきんと痛む。
 それはもしかしたら、薪が当たり前に手にしていたものかもしれない。もしも貝沼事件が無かったら、もしも鈴木が生きていたら、もしも自分がこれほどまでに彼に執着しなければ。
 3つのイフの、最後だけは意味がないと自嘲する。例え薪が青木を受け入れてくれなかったとしても、自分の気持ちは止められなかっただろう。

 青木の車を認めてこちらに近付いて来る彼らの、楽しげな足取り。やがて3人は仲良く後部座席に収まり、薪の声が車を出せと青木に命じた。
「あの。どちらまでお送りすれば」
「このまま家に帰ってくれ」
「え」
 いいのだろうか。二人で撮った写真やらペアパジャマやら、自宅には他人に見せられないものが沢山ある。写真や服は仕舞えるけれどダブルベッドは隠しようがないが。
「安心しろ。夕食はテイクアウトしてきた。ちゃんとおまえの分もあるぞ」
「いえ、夕食のことでは」
 自分たちの関係を知られても構わない、と言うことだろうか。それはつまり。

「ではやはり、ヒロミさんは薪さんの実の娘さんで」
「パパ、きれい」
「ん? ああ、夕焼けだね」
 青木の質問はミハルの声に遮られた。薪がミハルの声に耳を傾けてしまったので、青木は質問を続けることができなかった。
 冬に実家に帰った時も思った。薪は子供が嫌いと言うが、とてもそうは見えない。子供は自分が相手に好かれているかそうでないか、いかに言葉面を繕っても察知する生き物だ。自分を嫌っている人間のところへは決して近付かない。それは力の弱い子供だからこそ持ち得る自分を守るためのスキルなのだ。嘘吐き上手な薪の言葉より、子供の本能の方が確かだと青木は思う。

「夕焼けと言うのは光の散乱現象だ。レイリー散乱と言って、微粒子の大きさDが光の波長λよりも遥かに小さい場合、光は波長λの4乗に逆比例して散乱されやすくなる。加えて朝夕は太陽の位置が低くなることで光の通過する大気層の長さが長くなるため、昼間散乱することによって見えていた波長の短い青い光は届かなくなり、逆に微粒子の間をすり抜けていた赤い光が拡散されて」
 子供相手にレイリー散乱の講義を始めた薪を、止めるべきか突っ込むべきか、青木は迷う。そして気付いた。どんな魔法を掛けたものか、ヒロミがすっかり大人しくなっている。
 薪の、子供には到底理解できない講釈を、ヒロミは黙って聞いていた。まるで、子供の相手に慣れていない父親を微笑ましく見守る妻のように。

 此処はやはり自分が薪を止めるべきかと思案する青木の後ろで、ヒロミの娘らしく、ミハルが華麗に薪の講義をスルーする。
「パパ、きれいね」
「え、僕のこと? ちがうよ。僕はパパじゃなくておじいちゃん。それから、男の人にはキレイって言わないんだよ。カッコイイって言うんだよ」
「パパ、お顔、きれい」
「いや、だから」
 かみ合わない会話に、薪が口ごもる。舞がこれくらいの頃にはもう少しまともな会話が成り立ったように青木は記憶しているが、幼児期の個人差は大人よりも大きいものだし。小学生あたりから急速に伸びるタイプの子供もいる。
「……ありがとう」
 さすがの薪も幼児相手にキレるわけにもいかず、苦笑で諦めたようだった。
 ルームミラーでその笑顔が作り物で無いことを確認すると、青木は軽く微笑んで車をスタートさせた。


 ――彼らがカフェテリアを後にする数分前。

(薪所長に子供が)
(見ろ。子供に向ける笑顔の美しいこと)
(まるで聖母だ……)
(なんと神々しい)
(おまえら、よく落ち着いていられるな?!)
(おまえこそ、なにをそんなに苛立っている?)
(バカかおまえらは! 子供ができると言うことは、我らの女神がどこかの男に汚されたと言うことだぞ!)
(バカはおまえだ。薪所長は男性だぞ)
(それもそうだ。と言うことは)
(((処女懐妊に決まってるだろうが)))
(なるほど。ああ、なんて神々しい)
 同様の会話がカフェテリアのそちこちで繰り返されていたことを、彼らは知らない。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(6)

 毎日暑いですね~。
 みなさん、お元気でいらっしゃいますか? 

 昨日のサイン会整理券電話争奪戦に参加された方、お疲れさまでした。
 獲得された方、おめでとうございます!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
 逃された方、残念でした ・゚・(つД`)・゚・
 電話するの忘れちゃった方……(ノ∇≦*)<ンンンンンww ←ごめんなさい、爆笑しました、ごめんなさい。

 20日後にはサイン会の詳細なレポートが読めるのかな?
 楽しみに待ってますのでよろしくお願いします。

 

 お話の続きです。
 本日も広いお心でお願いします。





You my Daddy(6)





 狭い浴槽に折り曲げた両脚を抱え込むようにして座り、青木は溜息を吐いた。
 身体の大きな青木には、ビジネスホテルのユニットバスは使い勝手が悪い。湯船はあっても長さが足りなくて、お湯を張っても腰までしか浸かることができない。ホテル暮らしは食事もクリーニングも不自由はないが、バスタイムだけは快適とは言い難い。
「明日は第九の風呂に入ろうかなあ」
 アパートで一人暮らしをしていた頃は、これとさほど変わらない風呂に入っていたはずだが、薪のマンションの湯船は大きくて、二人でゆっくり浸かれる広さ。それに慣れてしまったのだ。人間、贅沢に慣れるのは早い。

 はぁあ、と青木は何度も重い息を吐く。防水カーテンに仕切られた狭い空間に二酸化炭素が充満していく。自分の吐いた息で窒息しそうだ。
 温まるのは諦めて、立ち上がって髪を洗う。防水カーテンにシャワーの当たる音が響く。眼を開けてみたら肘でカーテンを押していたらしく、裾が浴槽の外に出ていた。そのせいでトイレの床が濡れてしまった。

 それを見て、青木はクスッと笑う。
 去年の12月、青木の実家の法事に薪と一緒に出席した、その帰り道。予約した飛行機に乗ろうとしたら、自宅に残してきた子供が事故に遭ったとかで、どうしても今日中に東京へ帰りたいと言う夫婦がキャンセル窓口で必死に頭を下げていた。薪と相談して、自分たちはもう一日余裕があるからと、彼らにチケットを譲ってやることにした。代わりに、その夫婦が泊まる予定だったホテルを譲ってもらい、青木たちはそこに宿泊した。
 空港近くのビジネスホテルのツインルームで、浴室は、ちょうどこれくらいの広さだった。二人で入れるようなスペースはどこにもないのに、戯れにと一緒に入った。
『あはは、狭っま! 青木、もっとあっち行け』
『無理ですよ。もう、薪さんたら、わざと肘鉄入れるの止めてくださいよ』
『わざとじゃない。わざとってのはこうだろ』
『実演しなくていいです、ととっ』
『な、うわっ! ――おまえ、転ぶの勝手だけど僕まで巻き込むなよ!』
 髪を洗えば肘がぶつかり、体を洗おうと身を屈めればお尻がぶつかって、げらげら笑いながら転んで泡だらけになって、気が付いたらトイレの床が水浸しだった。

 あのときは掃除が大変だったな、と青木は苦笑し、問題は広さではないのだと唐突に気付く。
 一人きり。その孤独感が青木を息苦しくさせる。

 人はこんなにも早く、孤独を忘れてしまう生き物なのだろうか。薪と二人で暮らし始めてから1年も経っていないのに。去年の春まで住んでいたアパートで、夜をどう過ごしていたのか、もう思い出せない。
 出張や研修など、今までにも薪と会えない期間はあった。そんな時は寂しさを紛らわすため、次に会えた時にはこんなことをしよう、あんなことをして過ごそうとデートプランを練った。それもまた、恋の楽しみのひとつと言えた。

 知らなかった。
 一緒に暮らすことで、別離の寂しさが苦痛に変わるなんて。

 結婚した友人に聞いた話と違う。友人の話では、恋愛中はずっと傍にいたいと願い、互いに望んで結婚して、一緒にいるのが当たり前になると徐々に刺激が無くなり退屈して、今度は相手から解放されたいと思うようになるそうだ。ところが青木の場合、相手の存在に慣れて退屈するどころか、中毒が酷くなっている。
 たった2日、薪の顔を見ていない。そんなわずかな時間が耐えきれない。

 風呂から上がり、髪を乾かすより早く冷蔵庫のビールを取り出す。黒髪から雫を垂らしながら一気に呷ると、少しだけ清涼感が生まれた。
 薪も今ごろ、風呂に入っただろうか。まさかと思うが、ミハルと一緒に入ってるんだろうか。
 やはりきっちり潰しておくべきだったか、と不穏な情動に駆られて青木は、知らず知らずのうちにビールの空き缶を握り潰していた。これが原因でホテルに追いやられたのに、悪い癖ほどなかなか直らない。

「しばらくの間、彼女たちを家に泊めてやってもいいか」
 薪にそう頼まれて、嫌だとは言えなかった。
 そもそもあの家は薪のもので、青木は居候だ。生活費は一切払っていない。だが誤解しないで欲しい。これは青木に甲斐性が無いのではなく、薪に渡したらあるだけ使われてしまうからだ。薪の給料から生活費を一切合財払わせて無駄金を残さず、青木の収入は全額貯金に充てる。そうでもしないと薪の預金残高はいつまでも254円のままだ。
 しかし、それはあくまでも舞台裏。青木に異を唱える権利はなかった。

 マンションのエントランスに母子を待たせ、薪と二人、大急ぎで「見られてはマズイもの」を薪の書斎に運んだ。薪の家で唯一、この部屋だけは鍵が掛かる。仕事関係の書類があるから絶対に入ってはいけないと、子供がいるなら尚更のこと、鍵を掛けることを疑問にも思わないだろう。
 薪がすべての部屋にチェックを入れ、青木が階下から二人を連れてきた。モデルルームのように整えられた部屋に、ヒロミは感嘆の溜息を洩らし、ミハルは無邪気に手を叩いた。
「すごい。きれいなお部屋」
「青木がよく掃除してるからな」
「ボディガードってそんなことまでするの?」
「……ミハルちゃん、お腹空いたよね。ごはんにしようか」

 他人の目がある時、食事の支度は青木の仕事だ。薪はちょっと考えが古くて、料理をしない方が男らしいと思っているのだ。
 青木が当たり前のようにエプロンを着けて台所に立つと、二人の客人はすぐにやってきて、手伝いを申し出た。
「青木さん、お手伝いします」
「ありがとうございます。じゃあサラダお願いします」
「ミハルも!」
「そう? じゃ、このトマト洗ってくれるかな」
「ミハル。台から落ちないように、気を付けるのよ」
 持参したライトグリーンのエプロンを着けて髪をまとめたヒロミは、母親らしく、先刻よりずっとやさしく見えた。

 総菜類を皿に装ったり、それに生野菜を添えたりと、多くの女性が得意とする細々とした仕事を、ヒロミがミハルに纏いつかれながらも手際よく為すのを、薪はダイニングの椅子に座ってやさしく見つめていた。ミハルが小さな手で懸命に野菜を洗う様子に微笑みを浮かべ、ヒロミがキャベツを刻むリズミカルな包丁の音を楽しげに聞く。その姿は何処から見ても、料理に勤しむ妻子を見守る父親。
 食事が始まってからも、それぞれの役割は変わらなかった。ヒロミは慣れた手つきで大皿から銘々皿に料理を取り分けたり、ドレッシングや調味料を皆に回したり、ごはんのお代わりを装ったりした。青木はまるで、母親と一緒に食事をしているような気になった。薪もそうだったのだろう。穏やかな顔つきで、終始機嫌が良かった。
 違っていたのは、薪が心からリラックスしていたこと。青木の家で青木の家族と食事をしていた時も薪は穏やかに微笑んでいたけれど、どこかしら気を張っていた。その緊張が伝わってこない。逆に青木の方が落ち着かない気分になって、「なにをソワソワしている」と薪に注意される始末だった。

 食事の後片付けを引き受けてくれたヒロミの横で、青木はいつものように、これから仕事をする薪のためにコーヒーを淹れた。彼の睡眠を妨げないよう濃度はやや薄目に、活力がみなぎるよう香りは高く。
 ヒロミが洗い物をしている間、薪はリビングで、ミハルと一緒に子供向けのアニメを見ていた。テレビの前のソファに二人、ミハルは当然のように薪の膝に座っていて、青木は思わずコーヒーを零すところだった。――ミハルの顔面に。

「なんか急に背中が寒くなったんだけど。風邪かな」
 青木の黒い思考を察したのか、薪はぶるっと身を震わせ、それで青木は正気に返ることができた。いけないいけない、そんなことをしたら薪さんに火傷させちゃう。――え? オレの考えどこかヘン?

 いま一つ正気に戻れない青木は、だって仕方ない。青木が初めて薪に膝枕をしてもらえたのは去年の誕生日。一緒に暮らし始めて最初の記念日だからと薪の出血大サービス、耳掃除のプレゼントをしてくれたのだ。それを子供だからって会ったその日に、こんな不平等が許されていいのか。
 ミハルを羨ましそうに見ていた青木を、不安そうに薪が見上げる。薪は鋭い。青木の害意を感じ取ったのだ。
 薪を安心させようと、青木は笑顔でコーヒーを差し出しながら、
「ヒロミさんたちがいる間、オレはホテルに泊まります」
「……そうしてくれると助かる」
 思わずホッとした様子の薪に、青木は僅かに心を痛ませたが、仕方のないことだと自分に言い聞かせた。

 なんとなくだが分かっていた。自分が薪に、邪魔だと思われていたこと。

 薪にしてみれば20年ぶりの親子対面かもしれないのだ。娘だと名乗る女性に訊きたいことは山ほどあるだろう。だけどここに青木がいたら、気兼ねして訊くに聞けない。どうしてもヒロミの母親、つまり薪の昔の恋人の話になるからだ。退場すべきは自分だ。青木がいなければ家族3人、水入らずで過ごせるのだし。

「月曜日の朝、8時にお迎えに上がります」
 わかった、と薪は答えた。

 とりあえず3日分の着替えを詰めて、青木は駅前のホテルまで歩いてきた。チェックインして、現在に至る。
 青木は小さな金属の塊になった空き缶を屑カゴに放り込み、洗面所に備え付けのドライヤーで髪を乾かした。ふと、風呂に入る時に外した腕時計が目に入る。0.2の青木の視力では文字盤の数字は霞んでしまうが、針の位置だけは見てとれた。
 時刻は11時を回っていた。ミハルはもう眠っただろう。薪は、ヒロミと大人の話をしているだろうか。
 過去のこと、これまでのこと、これからのこと。
 ヒロミの母親とどうやって知り合って、どんな風に愛し合ったか。なぜ彼女は子供ができたことを薪に告げず、薪の前から姿を消したのか。父親のいない家庭でヒロミがどれだけ寂しい思いをして育ったのか、そんな思いをしながらもヒロミがシングルマザーになったのはどういう経緯からか。
 他人の青木には尋ねることができないそれらのことを、薪は聞かされているに違いないのだ。
 薪は、彼女の父親だから。
 
 ずっしりと心が重くなって、青木は髪を乾かすのが面倒になる。まだ完全に乾いていない髪を手櫛でいい加減に整えて、ベッドに潜り込んだ。
 ビジネスホテルのシングルベッドは青木には狭くて、やっぱりあの時のことを思い出した。
 博多での夜、狭いベッドで薪と愛し合った。動きが制約されるけど、その分密着度は増して、床に落っこちそうになるたびに薪が自分から抱きついてくれると言う嬉しいおまけまで付いて、青木としてはかなり楽しかった。

 楽しかったことを思い出しながら、青木は眠ることにした。その方が、早く月曜日が来る。月曜になれば、薪に会える。ボディガードとしてだが、彼の顔が見られるだけで青木は幸せな気分になれる。
 月曜日が楽しみだなんて、薪に片思いをしていた頃に戻ったみたいだ。
 せめてランチやアフターにデートができるといいな、と淡い期待を抱きながら、青木は窮屈なベッドで寝返りを打った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(7)

 いよいよ明日から、映画が公開されますね!
 わたしは日曜日に見に行く予定ですが、みなさんはいかがされますか?
 もしも感想書くときはネタバレ防止に追記にしますので、未見の方はご注意くださいね。





You my Daddy(7)





「一緒に住んでるぅ?!」
 清閑な早朝の空気を破るような大声に、青木は思わず耳を塞いだ。第九の室長室である。
 室長席に座った岡部は、何気なさを装うために構えた新聞を握りしめ、なんとも情けない顔をして、その演出を自ら台無しにしていた。

「なんだそれ」
「なんだと言われましても」
 岡部のデスクにコーヒーを置き、青木は、尋ねられるまま週末の出来事を話した。
 薪とヒロミ親子3人の話し合いの末、夕方、青木が彼らを薪の家まで送って行ったこと。テイクアウトの夕食を4人で摂った後に青木は家を出て、この週末はホテルで過ごしたこと。月曜の朝に薪を迎えに行き、所長室がある科警研の管理棟まで彼を送って別れた。その車の中で、しばらくはこの生活スタイルを続けようと薪に言われたこと。

「落ち着き先が見つかるまでは、ヒロミさんたちの生活の面倒を見ると薪さんが」
「自分の家に住ませるってことはつまり……親子鑑定が陽性だったってことか」
「いえ、鑑定はしてません。薪さんが、そんなものは必要ないって」
 青木が薪の意向を伝えると、岡部はコーヒーに異物でも入っていたかのように思い切り顔をしかめた。
「それじゃ実の娘だかどうだか分からんだろう。彼女の母親と昔そういう仲だったからって、必ずしも彼女が薪さんの子供だとは限らんぞ」
「はあ。でも薪さんが決めたことですから」
「だからって、身元もハッキリしない女を家に上げるなんて」
「身元はしっかりしてます。薪さんの大学時代の恋人の娘さんですから」
 それはかなり微妙な身元保証だと岡部は思った。
 大方、例の写真を盾に援助を強要されたのだろう。相手が女だと思って油断して、薪の危機管理が甘いのは昔からだが、問題は青木だ。おめおめと家を追い出されて、これでは何のための住み込みボディガードだか分からない。

「昔のこととは言えそういう事実があった以上、薪さんが弱気になるのは仕方ないとして、おまえが逃げ出してどうする。こういうときこそ傍にいて、薪さんを守るのがおまえの仕事だろう」
「岡部さん。薪さんの生い立ち、ご存じでしょう」
 そう言って青木は、静かに微笑んだ。
「きっと、嬉しかったんだと思うんですよ。ご自分の血を分けた子供が現れて」
 今までの空白を埋めたい、できる限り一緒いたいと、そう考えるのは自然なことだと青木は思った。その場合、青木がいない方がいいであろうことも。
 青木がそう言うと、岡部は渋い顔をますます渋くして、「大丈夫なのか」と訊いた。岡部は本当に心配性だ。それだけ薪のことが大切なのだ。ありがたいことだ。

「オレも最初は心配したんですけど、ヒロミさん、意外に善い人で。オレがミハルちゃんを泣かせたりしなかったら、彼女の第一印象はもっと良かったと思います。主婦だから家事全般任せて安心だし、薪さんのお世話もよくしてくれて。そうそう、今朝お迎えにあがったらヒロミさんが薪さんのネクタイを結んでて、まるで奥さんみたいに甲斐甲斐しく」
「ちがう、おまえのことだ」
 え、と青木は間の抜けた声を出した。予想外の質問だった。

「青木。おまえは大丈夫なのか」
 岡部の質問に対する答えは誠に簡単で、それ以外の解答があろうはずもないのに。何故だか青木は、それに答えることができなかった。
 不意に訪れた沈黙に、コーヒーの香り高い湯気が微かに揺らめいていた。




*****



 科警研の所長室は、官房室の薪の私室よりも広さで勝り質で劣る。前者は所長室には応接セットがあるからで、後者は、官房室に異動したら小野田が大層喜んで、豪華な備品を揃えさせたからだ。当時はあからさまな身贔屓に、非難の声も上がったと聞く。

「あの女を家に入れたそうですね」
 上半期の予算案を差し出しながら、岡部は単刀直入に訊いた。デスクの向こうでは薪が受け取った書類を開きつつ、うんざりした顔をする。
「青木が喋ったのか」
 仕方ないな、とぼやきながら頬杖を付く、その机は去年まで田城が使っていた年季が入ってくすんだスチール机ではない。真新しいマホガニーの机だ。当然小野田が新調させたものだが、これに至ってはもはや身贔屓ですらない。単なる親バカだ。ここまでくればいっそ清々しいと人は感じるらしく、誰も何も言わなくなった。

「薪さん。前にも訊きましたよね? 青木をちゃんと見てますかって」
 ダークブラウンの木目模様を岡部の毛深い手の甲が遮り、すると薪は不機嫌に眉を寄せたまま岡部を見上げた。その亜麻色の瞳が明確に発する、『うるさいな』。いささかムッとして岡部は声を張る。
「あいつにはあなたがすべてなんですよ。それを理解してやらないと」
「おまえこそ。青木の何を見てるんだ」
 青木を見損なうなと言う薪の言葉に、岡部は軽い眩暈を覚える。青木が寛容で物分かりの良い男でいるのは薪の前だけだ。薪の見えない所で青木が、薪に接近した人間に陰湿なやり方で報復していることを岡部は知っている。いつだったか、酔っ払った薪にキスされた今井に出涸らしから煎じたコーヒーを飲ませたこともある。あの時の今井は被害者で、しかも同じ研究室の先輩なのに。非道い話だ。
 そんな青木が子連れとはいえ若い女性と薪の同居を、例え本当の娘だとしても、心穏やかに見守れるものか。

「あのですね、薪さん」
「岡部」
 突然薪は姿勢を正し、厳しい上司の顔になった。岡部が作った予算案の中に、訂正すべき項目を見つけたらしい。
「この新システム導入関係費、3割ほど増やしておけ」
 IT技術の進化は日進月歩だ。予算案を作成した時点で購入予定だった機器が、実際に予算が下りたときには型遅れだった、などということはよくある。新型の機器を導入するとしてそれが当初の予算で賄えればよいが、世の中の道理で新製品は従来品より高くつく。そのための予備費を抑えておけ、と薪はアドバイスをくれるが、予算案にはメーカーの朱印を押した見積書を添付する必要がある。
「しかし、メーカーの見積もりはその金額で」
「業者に書かせればいい」
 要するに、金額を水増しした見積書を納入業者に作らせろ、ということか。
 第九の室長だった頃、薪はMRIシステムのハード面の強化に力を注いでいて、しょっちゅう宇野と相談しては新型の部品と交換していた。あの予算をどこから捻り出しているのだろうと実は不思議だったのだが、蓋を開けてみれば何のことはない。ただの不正だ。

「薪さん。あんたそんなことやってたんですか」
「きれいごとで必要な予算が確保できるか」
「だからってそんな危ない橋」
 横領ではないにせよ、これが上にバレたら確実に左遷だ。目的のためには手段を選ばない薪の性質は知っていたが、こんなことまで――。
 そうだ。薪はこういう人間だった。

「なにか目的があるんですね?」
 薪はそれには答えず、右手の引き出しを引いた。滑らかに開かれた長方形の薄い箱の中身は、薪の几帳面な性格を映す鏡のようにきっちりと整頓されていた。
 細い指が、そこに碁盤の目のごとく並べられたシャチハタ印の中から一つを選び取り、書類の中央に軽やかに運ぶ。押印位置を定めながら薪は言った。

「一緒に暮らし始める時、青木に言ったんだ。一生付きまとってやるから覚悟しろって」
 パン、と軽快に押印の音が響く。
「男に二言は無い」
 薪は不敵に笑い、大きく赤で不可と書かれた予算案を岡部に突き返した。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(8)

 こんにちは。
 11日からお盆休みに入ったはずなのに何故か今日も事務所で仕事してるしづです。

 こないだ、5件参加した入札のうち、2件もお仕事獲れちゃいまして♪
 目下、2工事分の施工計画を作成中でございます。抱えてる工事も2件あって、やってもやっても終わらない……そんなこんなで鈴木さんの命日過ぎちゃいましたー。今年は何にもできなかったなー。正直、10日はお義母さんの歯医者と契約2件重なっててんやわんやだったのよー、忘れちゃった☆



 さてさて、お話の続きです。
 説明するの忘れてたんですけど(またか!!)、
 笹原亜由美ちゃんとか麻子ちゃんとか、どこの誰だか分からないですよね?
 麻子ちゃんは薪さんの大学時代の彼女で、亜由美ちゃんは雪子さんのセリフの「理学部のアユミが薪くんと寝たって自慢してたけど」のアユミちゃんです。……この説明じゃ余計分からないですか?

 薪さんの昔の女性関係は「言えない理由sideB」に書いてありますので、気になる方はどうぞっ。←投げた。






You my Daddy(8)





 週半ばのある日の夕方、青木の携帯電話に薪からの着信があった。
 それは定時を10分ばかり過ぎた、しかし帰宅するにはいささか早い時間で、だから青木はちょっとだけ期待してしまう。今日は水曜日だし、もしかしたら。

『青木。今夜、何か予定あるか』
「何もありません。明日の朝までフリーです」
 青木が意気込んで答えると、電話の向こうでクスッと笑う声がした。どんなお誘いがあるのだろうと、ワクワクしながら相手の言葉を待つ。しかし、電話から聞こえてきた言葉は青木の予想とはまるで違っていた。
『じゃあ、うちの買い物を頼む。女子供とはいえ、ずっと家にいると食料品の減りが早くてな。買い物して帰るってヒロミと約束したんだけど、第5の室長と打ち合わせが入っちゃって』
 一瞬、声が出なかった。喉が詰まったみたいになって、経験したことのない種類の息苦しさが襲ってきた。
『リストをメールで送るから……青木? 聞いてるか』
「あ、はい。分かりました。リストの品を買ってヒロミさんに届ければいいんですね。任せてください」

 薪から送られてきた買い物リストを見て、青木は頭を抱えた。それは優に30品目を超えるリストの量ではなく、但し書きの『女性と子供が好みそうなもの』という文字のせいだった。
 肉に魚、野菜に果物、普段は買ったことのない子供用のお菓子やデザート類。薪の好みは熟知しているが、女性・子供向けとなると何を選んでよいものか。特に、『若い女性が好みそうな雑誌と子供向けの絵本』という項目は青木を悩ませた。
「そんなの、オレだって分かりませんよ」
 仕方なく姉に電話をして、手頃な雑誌を教えてもらった。絵本は舞が小さい頃お気に入りだった、ドレスを着たお姫さまが出てくる童話にした。
『なあに? 一行、子持ちの女と浮気でもしてるの』
 薪さんに言いつけるわよ、と姉に妙な勘ぐりをされて、「その薪さんに頼まれたんだよ」と笑って返しながら、青木の心の中はひどく乾いていた。

 週に一度の定時退庁励行日のアフターに、恋人にデートに誘われるどころか、同居中の娘たちの世話を頼まれた。もともと淡白な人だって分かってるけど、別居してもう1週間も経つのに。ちょっとくらい、恋人の時間を持ちたいと思ってくれないのだろうか。
 第5との打ち合わせの後、遅くなってもいいから、肌を合わせられなくてもいいから、せめてキスくらい。ヒロミたちが現れてから、青木は薪の手も握ってない。

 複雑な気持ちを抱きつつも、青木は買い物を済ませ、薪のマンションに赴いた。網膜認証で玄関のロックを外し、ドアを開ける。途端、中から子供の泣き声が聞こえてきた。
「いやいや、お外行くー!」
「ダメ! お部屋から出ちゃダメって、パパにも言われたでしょ!」
「いやー! 行くー!」
「ミハル、いい加減にしなさい!」
「ママ、いじわる。キライ!」
「このワガママ娘! 言うこと聞かないと、怖いおじさん来るわよ!」
「あのう」
「「きゃああっ!!」」
 ケンカ中の母子は、仲良く抱き合って飛びあがった。特にヒロミの驚愕は激しく、蒼白な顔でミハルを強く抱きしめていた。気が強い割に小心な娘だ。弱い犬ほど良く吠えると言うのは本当らしい。

「あ、お兄ちゃん」
「青木さん」
 青木の顔を認めると、二人は揃って身体の力を抜いた。いつもの癖で中に入ってしまったが、相手にしてみれば、自分たち以外誰もいないと思っていた家の中に突然他人が現れたようなものだ。怖がるのも当然だ。これからは気をつけないと。
「どうも。怖いおじさんです」
 青木がおどけると、二人はケラケラと笑いあって、それでケンカはおしまいになった。

「これ、薪さんに頼まれて」
 緩んだ空気の中、青木は両手の荷物を床に下ろした。5つの買い物袋が、どさりと重そうな音を立てる。
「ありがとう。大変だったでしょう。わたしが行くって言ったんだけど、パパが、危ないから表に出ちゃダメだって」
 普通なら過保護すぎる命令だが、薪の場合はそうとも言い切れない。長年第九の室長を務めてきた薪が、多くの秘密をその脳に匿っていることは世間の知るところだ。その秘密を永久に秘密にしておきたい者、反対に公開したい者、両方が薪の命を狙う可能性がある。その危険は当然、家族にも及ぶのだ。自分たちがそんな恐ろしい立場にいると彼女たちに告げるわけにもいかず、薪は過保護な父親を演じているのだろう。

 青木は買い物袋を広げ、食料品や日用品など、使う人が分かりやすいように収納して欲しいとヒロミに頼んだ。さっそく仕事に取り掛かる二人を手伝いながら、青木は先刻の非礼を詫びた。
「さっきはすみません、驚かせて」
「こっちこそごめんなさい。パパから連絡もらってたのに、うっかりしてて」
 ヒロミはエプロンのポケットからピンク色のスマートフォンを取り出し、薪からのメールを見せた。『急な会議で買い物に行けなくなったので、青木に代わりを頼んだ。6時から7時の間に部屋へ行くと思う』と、青木はその文面の親切さに驚く。
 青木に送られてくる薪のメールは、基本的に単語だけだ。この内容なら、『買い物代行 青木 18:00』がいいところだ。

 ふと気が付いた。騒動に紛れてすっかり忘れていたが、ヒロミの携帯は青木が壊してしまったのだった。あの時のものとは型が違うようだし、新しいものを買ったのだろうか。
 青木がそのことを尋ねると、ヒロミはにっこりと笑って、
「プリペイドよ。パパが買ってくれたの」
「ヒロミさんの携帯、オレが壊したんでした。すみません、弁償します」
「いいの。あれ、わたしのじゃなくてママの携帯だし」
 どうして娘の携帯に、親のあんな写真が入っているのだろうと不思議だったが、そういうことか。

「それじゃ、お母さんに好きなのを選んでもらって」
「3年前に死んだの」
 えっ、と青木は床下収納庫に並べていたお酢の瓶を持ったまま硬直する。死んだ母親の持ち物だったなら、それは形見ではないか。
「そんな大事なもの……す、すみませんでしたっ」
「気にしないで。わたしも悪かったから」
 土下座せんばかりの青木の謝罪をヒロミは快く受け入れると、塩の袋をお酢の隣に置いて、収納庫の蓋をそうっと閉めた。

「さて。青木さん、夕飯、なに食べたい?」
「あ、いえ。オレは薪さんをお迎えに」
「お兄ちゃん、遊んでー!」
 仕事が終わるのを待ちかねたように、ミハルが青木の脚に抱きついてくる。「お兄ちゃんはお仕事だって」とヒロミが嗜めるも、子供にそれを聞き分けろと言うのは無理な相談だ。
「ミハル。我儘言わないで、ママのお手伝いして」
「いやー! お兄ちゃんと遊ぶ!」
 もう、と眉を吊り上げるヒロミに、青木は同情する。朝から晩まで子供と二人きり、いくら母子とは言え疲れるだろう。おまけに過保護な父親からは外に出ることを禁じられ、これではミハルがストレスで泣き喚くのもヒロミが怒りっぽくなるのも無理はない。薪は女子供の生態をまるで理解していないのだ。

「ヒロミさん。オレ、ハンバーグが食べたいです」
「青木さん」
 ありがとう、と申し訳なさそうに頭を下げるヒロミに笑い返し、青木は買ってきた絵本をミハルの前にずらりと並べた。
「ミハルちゃん。これ見ながらお姫さまごっこしようか。どのお姫さまやりたい?」
「うまー!」
「ウマの役でいいの? じゃ、オレがお姫さまやるね。――え、ちがう? あ、乗りたいの? 馬に乗ってるのは王子さまだと思うんだけど、まあいいか。はい、どうぞ」
 青木は床に四つん這いになり、ミハルを背に乗せると、ヒヒン、と鳴いた。



*****



 青木への電話を切った後。薪は一人の第九職員を部屋に呼び出した。

「調べはついたか」
 はい、と答えた男は人差し指で鼻の上の眼鏡を押し上げ、表紙に何も書かれていない報告書を机の上に置いた。華奢な手が、臆する様子もなくそれを持ち上げる。
「なるほどな」
 一読して薪は低く呟き、亜麻色の瞳に憂いを滲ませる。机の前に立った部下が、控え目に尋ねた。
「予測してらしたんでしょう? だから彼女たちをご自分の家に」
 薪は黙って口元を右手で覆い、長い睫毛を伏せてもう一度報告書に目を落とした。応えは返らずとも、それは肯定の仕草。

「薪さん。ちゃんと青木に話してやってくださいよ。あいつ、家を追い出されたと思って、しぼんだ風船みたいになって」
「宇野。このことは誰にも言うな」
 遮られて宇野は眼を瞠る。薪に頼まれた調査はプライベートのものだったはず。しかしこの声は、仕事の采配を振るう際の薪の声だ。
「青木にもだ。絶対だぞ」
 長い間、薪と共に仕事をしてきた宇野は、その言い方で隠された事実を知る。この報告書に書かれたことの他にも、あの親子には何かある。そしてそれは、秘匿されるべきものなのだ。

「そうだ。宇野、これ直せるか」
 そう言って薪が差し出したのは、青木に壊されたパッションピンクの縁取りのスマートフォンだった。
「部品交換すれば大丈夫だと思いますけど。――や、ちょっと待ってください。これ、随分古い機種ですね。部品の在庫あるかな……メーカーに問い合わせてみます」
「悪い。何とか頼む」
「画像は消しておきますか?」
「いや、いい。画像を消したところで過去は消えん」
 薪は苦笑いで宇野の提案を却下し、行っていいぞ、と軽く手を振った。らしいな、と思いつつ、宇野は敬礼して所長室を後にする。

 ドアを閉める前、宇野がそっと振り返ると、薪は頬杖の右手に顔を伏せ、仄暗い水の底に沈められた人形のように物悲しい瞳をしていた。




テーマ : 二次創作:小説
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You my Daddy(9)

 先日お礼言い忘れちゃいました、過去記事に拍手くださった方、ありがとうございます。
 ご新規さんかな~? 
 どの辺でドン引かれるんだろうと今から戦々恐々です。←そんなものを書く方が悪い。

 ご新規さんと言えば、
 映画の影響でしょうか、先週はカウンターがびっくりするくらい回ってて、焦りました。100人越えなんて何年ぶりだろー。

 間違って来ちゃった方、ごめんなさい。
 うちにはレビューはございません。正確には、管理人にはレビューを書けるだけの頭がありません、残念っ。
「はじめまして」をよく読んで、体質に合わないと感じた方はソッコーブラウザバックしてご自身の記憶から消し去ってくださいね☆


 お話の続きです。
 今回は、リアルでわたしの大好きな人が特別出演してます。
 薪さんとは絶対に合わないなー、と思ってたんですけど、好きが高じてとうとう共演させちゃいました♡ 
 二次創作に現実に存在する人を出すのはタブーかもしれないけど、「世に最も美しいものは言論の自由である」てどっかの哲学者も言ってたし(D氏が化けて出そう。だとしても)、お盆月だからいいかなって。(意味わかんない)
 本日も広いお心でお願いしますっ!








You my Daddy(9)






「青木。そこの店に寄ってくれ」
 後部座席の薪が停車を命じた店舗を視認し、青木は思わず後ろを振り返った。途端「前を見ろ」と叱られて慌てて向き直る。青木の目の前にあったのはトイザ○ス。その名の示す通り、玩具専門店だ。

「ミハルちゃんへのプレゼントですか」
「ああ。あの年頃の子供がずっと家に籠っているのは辛いだろうと思ってな。気に入りの玩具でもあれば、おまえの子守の時間も減るだろうし」
「オレなら大丈夫ですよ。今は急ぎの事件もないし」
「……僕がいない時、いつもおまえに子供の相手をさせるのは悪いから」
「いいえ。ミハルちゃんは可愛いし、ヒロミさんの料理は美味しいですから」
 それは嘘ではないが、ほんの少しの社交辞令は含まれている。
 青木に懐いてくれるミハルは可愛いけれど、舞や草太のように思わず抱き締めたくなるほどの愛情は持てない。そして当然、薪の料理の方が美味しい。
 が、プライベートの薪は疑うことを知らない子供と同じ。青木の言葉を素直に捉え、深刻な表情になった。

「そうか。そうなるとますます危険だな……ここはひとつ、青木なんか目に入らなくなるような強烈なおもちゃでミハルのハートを釘付けに」
 独り言のつもりかもしれませんけど、丸聞こえです。
 ヒロミから何を聞かされたのか知らないが、ミハルの愛情を青木に横取りされるのではないかと危機感を覚えているらしい。たった2週間ほどでそこまで親バカ、いや、爺バカに進化するとは、今からミハルの将来が心配だ。雪子が結婚したときの比ではないかも。20年後が思いやられる。

 駐車場に車を停めると、薪は身軽に車から降り、手ぶらで店に向かった。小さくなっていく背中を見つめながら青木は、2週間前の朝、この車の中で薪と交わした会話を思い出す。
 岡部にも言われたが、実は青木も、DNA鑑定はすべきだと薪に意見したのだ。しかし薪は首を横に振ったばかりか、逆に青木に質問してきた。
『子供を愛せるか愛せないか、鑑定書の結果で決まるものなのか』
 ルームミラーの中から鋭く尋ねる薪に、青木は答えることができなかった。
 青木の家は良くも悪くも平凡で、青木はごく普通に親に愛されて育った。あまり厳しく叱られた覚えもなければ、逆にそれほど親を困らせた覚えもない。好きなことを好きなだけ、やらせてもらった。東京の大学に進学したいと言えば、学費も生活費も二つ返事で出してくれた。第九反対派の父と就職のことで小さな軋轢は生じたものの、やがては青木の頑張りを認めてくれて、最後には「仕事頑張れよ」と励ましてくれた。それが父の遺言になった。
 そんな風にして、親に可愛がられたり励まされたりすることは、青木にとって普通のことだった。親は子供を愛して当たり前だと思っていた。子供を愛せるかどうか、親が疑問を持つなんて考えたこともなかった。

『僕は小さい頃に両親を亡くして、叔母夫婦に育てられた。だから分からないのかもしれない』
 ミラーの中の薪が、睫毛を伏せる。真っ直ぐに前を見られないのは、薪が、それが理由で自分に欠落した部分があると自覚している証拠だ。
『教えてくれ。血のつながりってそんなに大事なのか』
 大事です、とそのとき青木は心の中で言い返した。
 薪の幼少時代を否定するようで申し訳ないが、他人の子供より姉の子供の方が青木には可愛い。姪や甥を前にすると、なんと言うか、身体の奥底から沸き上がってくる愛しさがある。それは他の子を見た時に感じる単純な可愛いと思う気持ちではなく、もっとずっと生々しい感情だ。守りたいとか幸せになって欲しいとか、より具体的なことを考えずにはいられない、保護欲を伴う愛情。そういうものが自然に湧いてくる。それが血のつながりと言うものなのではないか。
 しかし、血縁者のいない薪に、それを理解しろと言うのは無理な相談だ。言葉で説明できるものではないし、形があるものでもない。

 青木が運転席で考え込んでいると、突然、窓を叩かれた。驚いて顔を上げれば、眉を寄せた薪の姿。随分早い買い物だと思ったが、見れば彼はその手に何も持っていなかった。
「どこに何があるか教えてくれ」
「あ、はい」
 青木は、姉の子供たちへのクリスマスプレゼントをいつもこの店で選んでいる。そのことは当然薪も知っていて、だから青木に道案内を命じたのだろう。

「う」
 店内に足を踏み入れた途端、薪は呻いた。商品の多様さに圧倒されたらしい。子供なら歓声を上げて喜ぶ色鮮やかなディスプレイも、大人には探し物の邪魔になるだけだ。青木は背が高いから棚の奥を見通すことができるが、薪の身長ではそれも難しそうだ。
 どんなおもちゃにしますか、と青木が尋ねると、目当ては決まっているのだと薪は言う。
「ミハルはそのキャラクターがお気に入りらしくてな。テレビに出ると、キャッキャ言って喜ぶんだ」
 愛娘の様子を思い出してか、薪の顔がほころぶ。薪の幸せそうな微笑みは僅かに青木の胸を疼かせたが、青木はそれに気付かない振りをした。

 人形コーナーに案内したが、そこも結構広い。薪が困っているようだったので、青木は助け船を出すことにした。
「一緒に探しましょう。キャラクターの名前は?」
「知らん」
「……特徴は」
「よく覚えてないけど、全体的に黄色かったような。いや、青だったかな」
 いるいる、こういう店員泣かせのお父さん。これじゃ探しようがない。
「他になにか」
「BMIは30を超えてると思われるが動きは敏捷で、奇声を上げてノミみたいに跳ねる不気味な生き物だ」
 それ、本当に子供が喜ぶキャラなんですか?
「あ。あれだ」
「どれですか? ……ああ、なるほど」
 薪が指差したのは、3つ先の棚に飾ってあった有名なゆるキャラのぬいぐるみだった。先ほど薪が述べた特徴に合致しないこともないが、不気味な生き物という表現は適切ではない。青木の記憶に間違いがなければ、彼は梨の妖精だったはずだ。

 二人は通路を歩き、目的のものに近付いて行く。薪の身長で手前の商品棚に邪魔されずに見えたと言うことは、それなりの大きさがあると言うことで――、
「「でかっ!」」

『90センチなっしー』と銘打たれたそのぬいぐるみは、一番上の棚に置くのはバランス的に危険ではないかと思うほど大きかった。薪が取れと言うので棚から下ろしてみたが、ぬいぐるみはある程度小ぶりな方が可愛らしいものだ。この大きさだと薪の言う通り、「不気味な生き物」にしか見えない。しかもその価格たるや、あり得ない、山水亭のフルコースより高いではないか。
「もっと手頃な物もありますよ。値段も10分の1くらいだし」
「なにセコイこと言ってんだ。こういうのは大きい方が良いに決まってるだろ」
「でも90センチって言ったら、ミハルちゃんと同じくらいの大きさですよ。地味に重いし、子供の力じゃ持ち上がらないんじゃないですか」
「乗って遊べばいい」
「だけどこれ」
 狭い部屋では邪魔になります、と言うセリフを、青木は慌てて飲み込む。そんな心配は要らない、ミハルはずっと手元に置く。そう言われたらどうしようと思ったからだ。

 青木の不安な表情をどう取ったのか、薪はにこりと笑い、
「大丈夫だ。きっと気に入る」
 そう言ってレジに向かう、彼の後に青木は黙って付いていく。
 薪が決めたことならどんなことでも、自分はそれを受け入れる覚悟がある。それが薪にとって不利益なことでなければ、全力で支持する。薪の幸せが最優先だ。
 今、薪の背中はすっきりと伸びて、肩はなだらかに開いている。足取りは軽やかで歩みは闊達、家に帰ることを楽しみにしている証拠だ。つまり薪が家に帰りたくなる空気を、彼女たちが作り出していると言うことだ。
 また胸がちくりと痛んだけれど、青木は再びそれを黙殺した。薪さえ幸せならそれでいいのだと、自分に言い聞かせた。

「止めろ」
 そんなことを繰り返し考えていたせいで、青木は薪の命令を聞き損ねた。気が付いたのは2回目の停車命令で、場所はマンションに一番近いコンビニの前だった。

「車を止めろ、早く!」
 怒鳴りつけられて、慌ててハザードランプを点いた。車を左端に寄せて停めるが早いか、薪が後部座席から飛び出して行った。
 何事かと青木が目で追う先に、ミハルを抱いたヒロミの姿があった。どんな理由からか中年の男に絡まれている。相手に脅しめいたことでも言われたのかヒロミの顔色は蒼白で、母親の恐怖が伝染したようにミハルもまた小さく震えていた。
 通行人の隙間を走り抜け、薪は男とヒロミの間に割って入った。二人を素早く自分の背中に匿い、絡んでいた男を睨みつける。
「僕の娘に何か用か」
 きっぱりと言い切った薪は、父親の顔をしていた。何があっても彼女たちを守ろうとする、男の顔。

 青木は足を止めた。
 つきんつきんと胸が痛む。もう自分をごまかせなかった。
 薪の迫力に押されて男が逃げて行った後、「大丈夫か」と二人を気遣う薪の姿も、気が緩んだのか薪に取りすがって涙を流すヒロミも、薪に甘えるミハルの声も。何もかも見たくなかった、聞きたくなかった。

「外へ出るなとあれほど言っただろう」
「ごめんなさい。ミハルが退屈しちゃって」
「もう少しだから我慢させろ。君はミハルの母親だろう」
 たった今、恐ろしい思いをしたばかりの女性に向けるものとしてはかなり厳しい言い方だったが、ヒロミは素直にごめんなさいと謝った。

「おい、青木。ヒロミたちを車に――あれ?」
 ヒロミが落ち着きを取り戻すほんの数分の間に、青木の姿は消えていた。20メートルほど先に停車していたはずの車もない。代わりに置いてあったのは、薪が購入した巨大なぬいぐるみであった。
「これ、僕に担いで行けって言うのか」
「なっしー!!」
 透明なビニール袋に包まれ、てっぺんに赤いリボンの付いたプレゼントに、ミハルは大はしゃぎだ。娘の喜びようと薪の憮然とした表情のギャップにヒロミはププッと吹き出し、ひょうきんなぬいぐるみと薪の美しい貌の取り合わせにクスクス笑いが止まらなくなった。
「青木の言うことを聞いときゃよかった……」
 自宅までの300メートル、薪は90センチのぬいぐるみを抱いて歩いた。青木の言った通り、それは抱き上げるには巨大で、地味に重かった。




*****




 と言うことでしづの大好きな人、ふなっしーです(笑)
 最初はクレーンゲームの景品を鞄に付けてたくらいだったんですけど、なぜか周りのみんながグッスを買ってきてくれるようになり、気が付いたら部屋中ふなっしーだらけww ぬいぐるみはもちろん、カレンダー、団扇、手ぬぐい、お茶碗まで、ずっかり彼に埋め尽くされてしまいました☆☆☆

 極め付けがこれです。 ↓↓↓

90センチふなっしー  ←クリックすると大きくなります。

 仕事と介護、両方がんばってるからご褒美だよって、4月にオットが買ってくれたんですけどね。値段と大きさに眩暈がしました。男の人ってそういうの、ケチらない生き物なんですねえ。

 比較のため、普通サイズのぬいぐるみも一緒に写真に撮ってみましたが、とにかくデカい。
 大人サイズの座椅子が隠れてしまうデカさです。
 胴回りを計ったら114センチありましたよ? 青木さんの胸囲より大きい。そんな巨大なもの、置き場所にも困りますよね。

 てなわけで、以下、オットとの会話です。
「さて。何処に置こうか」
「しづのベッドに置くー。ふなっしーと一緒に寝るー」
「こいつ、人間一人分の体積あるよ。狭くない?」
「大丈夫。しづ、隣のベッドに寝るから」(隣はオットのベッド)
「え。オレはどこに寝れば」
「床」
「……」

 オット、かわいそう(。>ω<。)ノ

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You my Daddy(10)

 新しいリンクのご紹介です♪

 『GARDEN CITY LIFE~annex~』    管理人  eriemamaさん。

 今ごろ? と首を傾げたあなた、はい、その通りです。こちらのブログさん、開設は2014年です。わたしが怠惰なばっかりに、今ごろになってしまいました。(^^;

 みなさん既にご存知の通り、えりさんとこ、記事が多いんですよ。しかもテキスト量すごいし。(おまえが言うかですみません)
 お願いする前に、まずは記事を全部読ませていただいて、自分なりにえりさんに対する理解を深めて、それから、なんて考えていたら、「リンクお願いします」の言葉を口にするまでに2年も掛かっちゃったんです。(あほだ) 
 実はまだ完全読破してないんですけど、このままだと去年と同じ轍を踏みそうだったので、その旨、正直にお話ししてお願いしちゃいました。
 

 えりさんのブログの何に惹かれたかって、それはもちろん、文章の上手さ。
 わたし、リアルの文章大の苦手で、レビューとか日常のこととか書けないんですけど、えりさんはそれがとっても上手です。
 言葉が的確で分かりやすく、ふんふんなるほど、と頷けるし、「巻物」と称されるレビューは長いけど(笑)、文章が軽妙だから読むのが苦にならない。センテンスも長めですけど、テンポが良くてタルさを感じさせない。突っ込みはけっこう鋭いけど、言葉が柔らかいからか関西特有の言い回しからか、はたまたえりさんの文章力の賜か、納得こそすれ反感は持たないはずです。
 薪さん愛も相当なもので、キャラクターに対するレビューもすごいんですけど、
 わたしが心惹かれたのはMRI捜査に対する考察、秘密と言う作品そのものに込められた主題に対する考察です。
 他人の秘密を暴き見ることの罪、それを背負わざるを得ない人の苦しみ、そんな作品の根底にあるテーマをきちんと捉えて考察されてて、読んですっごく感動しました。

 SSも書いてらして、そちらはシリアスとギャグの2本立て。
 薪にゃんと原作ベースのものと、特に薪にゃんは可愛いです。
 前述でも申し上げたとおり、軽妙な文章が作品のカラーによく合ってます。流れがよくてサクサク読めます。お勧めです。


 後はえっと、王子推し?(笑)
 SSで青薪さん書いてるわりに、えりさん、鈴木さん好きだよね。わたしも好きですけどね☆


 以上、ご報告でした。♪(/・ω・)/ ♪




 
 


You my Daddy(10)



 翌日、青木は薪の急襲を受けた。
「昨日はなんで急にいなくなったんだ」
 始業前、給湯室で朝のコーヒーを淹れていた青木の前に薪は突然現れて、前置きもなく怒りだした。
「あのぬいぐるみ、僕が抱いて帰ったんだぞ。でかいし重いし、すれ違う人みんなに笑われるし。さんざんだった」
「すみません。急用を思い出しまして」
 白々しい青木の言い訳を、薪は否定しなかった。嘘だと決めつけることはせず、しかし明らかに信じてはいなかった。

「今朝は。なぜSPを寄越した?」
「自主訓練がありましたので。お迎えの時間に行けませんでした」
「今まで通り、6時に迎えに来りゃよかったじゃないか」
「それはご迷惑でしょう」
 これまでは同じ家からの出勤だったから薪も早出に付き合ってくれたが、これからはそうもいかないだろう。朝の支度をするのは青木ではなくヒロミだ。5時起きは辛かろう。

 青木が自分の考えを説明すると、薪はひどく難しい顔をした。それから思慮深く腕を組む、しかしそれは本当は、自分を守る無意識のポーズ。
「やけにヒロミに気を遣うんだな。おまえ、やっぱり」
「薪さん」
 名前を呼ばれて薪の言葉が止まる。アコーディオンカーテンの隙間から、顔を出したのは宇野だった。
「直りましたよ、こないだのやつ――あ、青木。いたのか」
 宇野は青木の姿を認めると、出直します、と薪に敬礼して執務室に戻ろうとした。それを薪が引き留める。
「宇野、待て。気にしなくていい」
「や、でも」

 どうやら秘密の話らしいと察して、青木は急いでコーヒーをカップに注ぎ分ける。
「宇野さん、大丈夫ですよ。オレの用事は済みましたから」
「済ませた覚えはないぞ。まだ話が」
「すみません、薪さん。コーヒーが冷めちゃいますから、お小言は後で聞きます」
「はい、宇野さんの分」と宇野の手にコーヒーカップを持たせ、薪には来客用の紙コップを差し出し、残りのカップを盆に載せて青木は二人に微笑みかけた。
「みんなに配ってきます」

 足早に給湯室を出る青木に、二人の話し声の断片が聞こえてくる。しかし青木には、そこからストーリーを組み立てることができない。
 薪は青木に何も教えてくれない。だから青木は二人の間に入ることができない。
 薪の秘密主義は今に始まったことではないが、今回ばかりは折れそうだ。募る一方の疎外感に、心が崩れそうだ。

 昨日の薪の行動を、思い出すだけで胸がちぎれそうになる。
 父親としての薪の顔。大切なものを守ろうとする時の、毅然とした表情。何ものをも恐れない瞳、自信に満ちた声音としっかり踏ん張った足。その背後にあるものを青木は知っている。これまでに何度も、ヒロミたちと同じように自分が彼に守られてきたから。
 庇護すべき者への愛情。薪は、彼女たちを愛している。
 別に、裏切られたわけじゃない。青木への愛情も変わってはいないと思う、でも。
 薪は幼い頃に両親を亡くして、叔母夫婦に育てられた。そんな彼にとって、自分の血を分けた子供は何よりも尊い存在なのではないか。その子の為なら何でもできる、逆に、為にならないと思えば何でも切り捨てられる。

 ――父親の、男の恋人は、子供のためになるのか?

 親なら子供の手本になるべきだと、真面目な薪は考えるのではないか。ならばいっそ、これを機会に自分の人生を見直そうと、そう思うのではないだろうか。
 その可能性には最初から気付いていた。でも、怖くて正視できなかった。だけど、昨日のような薪を目の当りにしたら、自分をごまかすこともできなくなってしまった。

 知らず知らずのうちに足が止まっていた。 
 給湯室と執務室をつなぐパーティションの陰で、せっかく淹れたコーヒーが冷めきってしまうまでの間、青木はそこを動くことができなかった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(11)

 こんにちは!
 公開作・過去作ともに、毎日たくさんの拍手、ありがとうございます。励まされてます。
 ただいま構想中の、薪さんがお年を召して認知症を患う話、がんばります~。(←もうやめてあげて)


 続きです、どうぞ!




You my Daddy(11)





「お帰りなさい」
 家に帰ると、ヒロミとミハルが笑顔で薪を出迎えた。薪の後ろで彼女たちの笑顔をまぶしく感じながら、青木は薪に鞄を手渡す。

「ただいま」と薪が鞄を差し出せば、それをミハルが受け取って書斎のドアの前に置く。その間、ヒロミは薪の上着を彼から受け取り、ハンガーで形を整えてブラシを掛ける。
 それは今まで全部青木がしていたことで、彼女たちがいる限り此処に自分の仕事は無いのだと、見せつけられれば薪の家に上がり込む理由もなくなって、だから青木は今日もヒロミに誘われた4人の夕食を、ありもしない友人との飲み会を理由に断わる。
 ヒロミは残念そうな顔をするが、青木に遊んでもらえなくて膨れるミハルを嗜めるために母親の顔を作る。「お兄ちゃんは忙しいのよ」と娘を諭し、「パパ。お風呂とごはん、どっちにします?」と薪に笑顔を向ける。薪の血を引くだけあって、若いのにしっかりした娘だ。
 ヒロミたちが薪の家に来て、3週間が経過していた。青木のホテル暮らしはまだ続いている。

「じゃあ、オレはこれで」
「青木」
 玄関を出ようとして、ワイシャツ姿の薪に声を掛けられた。待つように言われて足を止める。
 薪がちらりとミハルを見ると、気を利かせたヒロミが「なっしーと遊んできなさい」と別室に子供を連れて行った。そこは青木の私物が入れてある部屋だったが、現在は母子の部屋に供されている。
 程なく戻ってきたヒロミにネクタイをほどいて渡しながら、薪は不服そうに眉を吊り上げてこちらを向き、
「自主訓練も友人も大事だけど、たまには僕に付き合え」
 新年度の開始月に、所長に就任したばかりの薪に暇があるはずもなく。ランチもアフターも、プライベートの時間を彼と共有することはできなかった。必然的に薪の送り迎えをするだけの日々が続いていたが、ホテルに帰ろうとして呼び止められたのはこれが初めてだ。

「もう半月くらい、おまえとメシ食ってないぞ」
「え。いや、だって」
「今日は先約の友人に譲るけど、明日は空けろ。1日くらい僕と」
「オレより、ヒロミさんたちを優先してください。何十年も離れていたんですから。それに比べたらオレなんか」
 薪は青木の腕を掴み、もう片方の手で青木の言葉を止めた。人差し指を唇に宛がう、いつものやり方。それはもちろん、ボディガードに対する所作ではない。

 青木は口を噤み、薪を見下ろした。下から真っ直ぐに見上げてくる亜麻色の瞳と視線を絡ませ、ああ、こんな風に薪と見つめ合ったのは何日振りだろう? 相も変わらず澄んだ水面のように涼やかな瞳。迷いなく穢れなく、青木の魂を惹き寄せる瞳――。

 ぐいとネクタイを引かれた。逆らわずに背中を丸めると、薪に軽くキスされた。びっくりして、物も言えずに薪を見れば、瞬きもせずに青木を見つめ返す亜麻色の瞳。
 そこに青木は、自分の間違いを見つけて息を飲む。
 薪が望むことをしていたつもりだった。だけど、薪は本当は。

 つい、と薪は青木から離れた。苦笑交じりに前髪を掻き上げる。
「見誤ってたのは僕の方か。僕としたことが、惚れた欲目ってやつかな」
 ヒロミの前で、薪は青木との関係を暴露した。その行動は青木に確信をもたらす。薪は青木という恋人の存在を娘に隠しておきたいわけではなかったのだ。父親として子供の手本になろうとか、これを機会に家庭を持つことを考えようとか、青木が心配していたようなことは何もなかったのだとはっきり分かった。

「岡部が言ってた。おまえがヒロミたちのせいで自分の立場に不安を感じてるって」
「いいえ! ヒロミさんには感謝してます」
 思わず青木は言い返した。
「感謝してます」
 繰り返す、それは青木の本心だった。
 ヒロミたちが現れて、青木は確かに疎外感を味わった。薪を取られたような気分になって、嫉妬もした。だけどそれ以上に、青木は彼女たちに感謝していたのだ。なぜなら。
「薪さんの子供をこの世に残せないこと、ずっと申し訳ないと思ってきました。でもそれを、あなた方が解決してくれた。
 ありがとうございます。おかげでオレはこれからも、薪さんだけを愛して行くことができます」
 青木がどうしても為せないこと、それを補ってくれたのは他でもないヒロミたちだ。感謝してもしきれない。

 青木の発言にヒロミは驚き、薪は誇らしげな顔をする。誰に対して向けたものか、「ほらな」と胸を張る薪に、青木はにこりと微笑んで宣告した。
「と言うことで薪さん。深田○子嬢の写真集は廃棄処分の方向で」
「なんで!?」
 父親の威厳はどこへやら、取り乱した声で薪が叫ぶ。
「科警研の所長として、この趣味はどうかと」
「男が水着のグラビア切り抜いて何が悪い」
「パパ、そんなことやってたの」
 娘の冷たい視線をものともせず、それどころか開き直る呈の薪に、青木は態度を強くする。リビングの飾り棚の隣に置いてあるパソコンデスクの引き出しから青木が問題の写真集を取り出すと、薪はサッと顔色を変え夢中になって抗議を、てか、オレとの別居より写真集の方が必死ってどういうことですか。

「僕の恭子ちゃんに何をする!」
「今までは薪さんが、ご自分の子供が欲しいと仰ればそれを邪魔することはできないと思ってきましたけど、ヒロミさんたちがいるわけですから。もう女の人は必要ないでしょ」
「そういう問題じゃ、こら、返せ! いいだろ、水着写真くらい!」
「だめです。表紙に『今夜の深キョン』て書いてある時点でアウトです。用途的に」
「パパ、サイテー」
 ヒロミが無表情に、壁に備え付けられた再生資源専用ダストシュートの扉を開ける。雑誌や新聞の類は此処に入れると、自動的にマンション全体の回収ボックスに到着するようになっている。個々の通路の先には大型のシュレッダーが搭載されており、住民のプライバシーは完全に守られる。

「待て、捨てるな! わー!」
 廃棄ボックスに投入された自作写真集の後を追い、投入口に頭を突っ込もうとする薪を青木が後ろから羽交い締める。遠くから響いてくるガーッと言う騒音と共に薪の女神は寸断された。ちなみにシュレッダーは防音材に囲まれているので、裁断音は薪の幻聴だ。

「ぼ、僕の恭子ちゃんが……わあああんっ」
「大の男が泣くこと?」
「これは男のロマンだ、女にはわからん!」
 女というより薪さん以外誰も分からないと思います。
「おまえら、とんでもないことをしてくれたな! あれだけ集めるのに何年かかったと思ってるんだっ」
 いっぱしのコレクターみたいなこと言ってますけど、やってたことは雑誌の切り抜きですよね?
「僕がこのライフワークにどんなに情熱を注いでいたか、青木は知ってたよな?」
 ご執心なのは知ってましたけど、ライフワークにしてたのは今知りました。
「それなのになんて残酷な……おまえがこんなに冷たい奴だとは思わなかった、絶交だっ。二度と僕の前に顔を見せるな!」
 こんなことで簡単に振られちゃうオレってどうなの。

「パパ、どうしたの?」
 騒ぎを聞きつけたミハルが奥の部屋から出てきてしまった。薪が目を潤ませているのを見て、子供ながらに同情したらしい。薪を慰めようと、彼女が部屋から懸命に引き摺ってきたのは、先日薪に買ってもらった自分より大きな梨の妖精。
「泣かないで。ミハルのなっしー、あげるから」
「ミハル……僕の味方はおまえだけだー!」
 ガシッとぬいぐるみごとミハルを抱きしめて泣き崩れるとか、見てる方が痛いんですけど。顔がいい分余計に痛いんですけど、いっそダストシュートに投げ込んで記憶ごとシュレッダーかけたくなっちゃうんですけどどうしたら。

「おかしいなあ。ママに聞いた話じゃ、こんなキャラじゃなかったはずなんだけど。東大のアドニスって呼ばれてたって」
「見た目はアドニスのままなんですけどね。中身はすっかりオヤジです」
「この外見と中身のギャップに付いていけるのは、青木さんくらいのものかもね。青木さん、これからもパパをよろしくお願いします」
「こちらこそ。末永くよろしくお願いします」
 娘と恋人が友好条約を締結している傍らで薪は、ミハルを抱いたままグズグズと泣き続け。やがてその涙がミハルに伝染していくのを見るに見かねて、青木は隠し持っていた薪曰く『男のロマン』を差し出した。

「はい、どうぞ」
「あっ、恭子ちゃん。どうして?」
「ダストシュートに入れたのはオレのカー雑誌です。捨てようと思ってたやつ」
「なんだ、驚かすなよ。ああよかった、無事だったんだね、恭子ちゃん。僕、心臓止まるかと思ったよ」
「ちっ。本当に捨ててやればよかった」
 黒い呟きがダダ漏れの青木に、しかし薪は写真集の無事を確かめることに夢中でそれに気付かない。本当にこの二人は上手くできている。恋は盲目とはよく言ったものだ。

「パパ、元気」
「あ、うん。ありがとう、ミハル。おまえのおかげだよ」
 にっこり笑って子供の頭を撫でる、その姿は子煩悩な父親そのもの。いや、祖父と孫だったか、いずれにせよ、そこにはほっこりと人を和ませる空気があって、見ているこちらまで癒されてしまう。これで薪の右手の自作写真集さえなければ文句はないのだが。
 青木の隣でその光景を眺めていたヒロミが、一歩前に進んだ。ふと青木が横を見れば、何かを決意したようなヒロミの真剣な横顔。
 果たして、彼女は言った。
「パパ。わたし、このままここに居ちゃだめ?」
 無邪気に甘えてくるミハルを自分の膝で遊ばせていた薪が、訝しげに娘を見る。
「パパの身の回りの世話はわたしがするわ。パパのお仕事の邪魔にならないように、ミハルの面倒もちゃんと見る。だからお願い」
 いずれ、そういう日が来るかもしれないと青木は予測していた。
 薪が彼女たちを深く愛していることは、先日の言動からも明らかだ。母子2人での外出を許さず、ほんのちょっと絡んだだけの行きずりの男を過剰防衛スレスレに撃退する。心配性を通り越して過保護、でもそれは愛情の表れなのだ。
 彼の気持ちを、その愛を、受け取っている当人は青木よりも身に染みて分かって、だったらこの申し出は我儘ではなく思いやり。薪もきっとそれを望んでいる。

 ところが薪は、迷う素振りも見せずに首を振った。まるで最初から質問も答えも決まっていたとでも言うように、それは自然な動作だった。
「だめだ」
 ネックになっているのは自分だと青木は思った。自分の存在が、薪の一つの幸福を壊そうとしている。そんなことをするくらいなら、青木は公園に住む方を選ぶ。
「薪さん、オレのことなら。ヒロミさんはオレたちのこと認めてくれてるんだし。オレが近くにアパートを借りて、そこで逢うようにすれば」
「パパだってミハルのことは可愛いでしょう? 青木さんもこう言ってくれてることだし」
 薪はしっかりとヒロミを見て、ゆっくりと首を振った。その様子は高く聳える霊山のように泰然として、どんな反論も許さなかった。

「例え君が僕の娘でも、この家に君の居場所はない。説明したはずだ。この家は、僕と青木の家だ」
 青木は知らなかったけれど、薪はヒロミに、青木との関係を包み隠さず話していた。相手の秘密だけを聞き出すやり方はフェアではないと思ったし、そうでなければ相手もまた、本当のことを話してくれないと思ったからだ。
「すまない」
 薪は、自分の膝に座って、巨大なぬいぐるみ相手に無心で遊んでいる子供の落ち着きなく動く様子に目をやりながら、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。
「君にそんな迷いを生じさせたのは、僕の態度が原因だ。正直、君たちとの生活は楽しかった。幼い子供がこんなにも心を癒してくれる存在だとは、今まで知らなかった。でも」
 言葉と一緒に、薪はミハルをやさしく抱きしめた後、ぬいぐるみに子供を預けるようにして床の上に下ろした。それからこちらに歩いて来て、青木の手を取った。

「僕のパートナーは彼だ。どちらかを選べと言うなら、僕の答えは最初から決まっている。そして」
 青木の指の間に薪の細い指が滑り込むように侵入し、五本の指が青木の指を挟むように曲げられる。きゅ、と込められた力は、薪の決意の強さ。
「それは未来永劫、変わることはない」
 永遠を誓う、薪の横顔に迷いはなく。だから青木も心に誓う。この手を、一生離さない。

「薪さ、イタッ」
「いつまで握ってんだ、バカ」
 握り返したら引っぱたかれた。薪はどこまでも勝手だ。

 薪はあっさりと青木の手を放し、沈み込む様子のヒロミに近付いた。彼女の肩に手を置き、穏やかに微笑みかける。
「心配しなくてもいい。君たちの恐怖は、じきに取り除かれる。昨日、裁判所の人間と話がついた」
 ヒロミがパッと顔を上げた。驚愕の表情で薪を見つめる。
「大丈夫。あのことは誰にも言ってない」
 薪は彼女を安心させるようにゆっくりと頷いて、静かに言った。
「これは一生、君と僕だけの秘密だ」
 そこまで断言されて尋ねることもできず、青木は黙って二人を見守った。静まり返った部屋の中で、ミハルがぬいぐるみの名前を呼ぶ声だけが愛らしく響いていた。




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You my Daddy(12)



You my Daddy(12)






 週末の土曜日、青木は薪に、自分が仕事に出ている間、娘たちの様子を見に行って欲しいと頼まれた。
 青木はピザ屋に寄ってからマンションに行った。ヒロミもたまには手抜きをしたいだろうと、昼食用に買ったのだ。子供が好みそうなツナマヨネーズのハンドトス。薪の好みはイタリアンバジルのクリスピーピザだが、彼は今日は休日出勤で家にいないから問題ない。

「ヒロミさん。お昼ごはん買って」
 青木は途中で言葉を止めた。中はシンとして、人の気配がなかったからだ。
「公園にでも行ったかな」
 心配性の父親にいくら止められても、小さな子供が部屋に籠っていられるわけがない。青木もさんざん姪や甥の面倒を見てきたから分かるが、あの年頃の子供は延々と遊べる生き物なのだ。付き合う大人の方が疲れてしまう。きっとミハルを遊ばせるため、遊具のある公園にでも出掛けたのだろう。

 留守番をしながら待とうと考えて、青木は玄関先に座った。ここは自分の家だが、現在は若い女性が住んでいる。留守中、勝手に部屋に入るのはマナー違反だ。
 膝に載せた薄い箱からピザの旨そうな匂いが立ち昇ってくる。ピザは焼き立てが美味いのだ。温め直すとどうしても柔らかくなるし、具材にも熱が通り過ぎてしまってジューシーさが無くなる。1ピースだけ、今のうちに食べてしまおうか。Lサイズだし、半分残しておけば二人には充分、いっそのこと全部食べて新しいの買ってくるってのは……エスカレートしていく誘惑と戦っていると、薪から電話が掛かってきた。危ない危ない、もうちょっとでミハルたちの昼食が消えるところだった。

「はい。ええ、今、薪さんのマンションに。――え」
 ヒロミを電話に出せと叱るように言われて、青木は家に上がった。念のため、ヒロミの名前を大声で呼んでみる。ダイニングテーブルに買ってきたピザの箱を置き、続いてクローゼットやトイレ、浴室まで確認したが、やはり誰もいなかった。
「ヒロミさんならいませんけど。ミハルちゃんと一緒に出かけたんじゃないですか?」
 ヒロミと連絡を取りたいのなら直接電話をすればいいのに、どうして青木に言ってくるのだろう。不思議に思いながらも青木は答え、するといきなり薪の雷が落ちた。
『探せ! いますぐ見つけ出せ!!』
 いますぐ探せと言われても。千里眼でもあるまいし、そんなの無理に決まってる。ちょっと姿が見えないくらいで、過保護もいい加減にして欲しい。

「……あのお。どこを探したら」
『知るか! いいから早く探しに行けッ!』
 さすがに無茶苦茶だと自分でも思ったのか、薪は一つ大きな溜息を吐くと、声の調子を改めて青木に具体的な指示を出した。
『とりあえず、こないだのコンビニの周辺を探してみてくれ』
 2週間くらい前、ヒロミに絡んでいた男を警戒しているのか。しかしそこはヒロミの方で避けるだろう。公園にでも行ったんじゃないですか、と言おうとして青木は、被せられた薪の言葉に驚いた。
『見つけたら連絡をくれ。僕もすぐに帰る』
「えっ」
 薪が仕事を放り出して、娘たちを探しに帰ってくる? あの全日本ワーカホリック大賞ぶっちぎり優勝の薪が?

 ここに至って初めて、青木はその可能性に気付いた。
 薪が仕事より優先するもの、それは仕事しかない。つまり、より急を要する仕事だ。例えば事件に関係するもの、人の命に関わるもの。
 もしかして、ヒロミたちの身に危険が迫っていると、薪は考えている?

「まさか」と思わず口に出た。
 いや、あり得る。薪なら。
 何よりも人命を尊重し、目的のためなら手段を選ばない、あの人なら。
 危険に晒された母子を保護するために自宅を提供するくらい、当たり前にやってのける。もしかしたら最初から薪には、彼女たちに降りかかる災厄が見えていたのか。それ故の過保護だったのか。

「てことは……やばいぞ」
 事件に於いて、薪の推理が外れたことはない。
 青木は口中で呟き、急いで外に駆けだした。

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You my Daddy(13)

 こんにちは。

 前回の記事、ちょっと間違って公開しちゃって(^^;
 お昼ごろに気が付いて訂正したんですけど、意味不明の挨拶文、読ませちゃった方すみませんでした。
 しかも、短いからこの章と一緒に公開するはずだった……重ね重ね、すみませんでした。


 過去作、公開作ともに、毎日たくさんの拍手をありがとうございます。
 8月22日あたりからかな、ずっと過去作を読んでくださってる方、こまめに押してくださってありがとう。
 最近書くのに時間掛かるから、早めにお礼を用意しておこうと思い、あ、これ7万のお礼だっけ、7万5千がこれから、……今月の青木さん、よかったよねえ!!(←メロディ感想でごまかしたつもり)


 ところで。
 子供さんの夏休みの宿題とバトルしてたお母さん方、いらっしゃると思うんですけど。(あ、うちだけですか?)
 わたしには子供はいませんが、姪っ子が高校2年生なんですよ。でね、この子がまた、勉強キライなタイプで。読書感想文の書き方を教えてくれってわたしのところに来たんです。(←高校生にもなってこの始末) わたしも感想文は苦手なのであまり自信がないのですが、出来る限り協力するよと請け負ったものの、始まってみて困惑しました。
 感想文以前の問題として、彼女、本を読むのがメンドクサイって言うんですよ。
 もう時間ないし、仕方ないんで、姪がお勧めだと言ってた漫画の感想を書いちゃえ、ってことになったんですけどね。(先生、ごめんなさい)
 本を読むのがメンドクサイって、あんな楽しいのにどうして? て不思議に思ったんですが、今回、姪と同じ本を読んで、その理由がなんとなく分かったような気がしました。
 彼女は、びっくりするくらい感動が薄い。
 わたしなんか主人公の健気さに、涙が止まらなくなっちゃったくらいなんですよ。(好きな人の幸せのために身を引く主人公が、薪さんと重なったせいもありますが)
 だから「この人のこういう行動にわたしはすごく感動した」って力説しても、姪は「ふーん」て。
 そこは彼女にはツボじゃなかったのか、それなら「他に感動したエピソードは?」と訊けば「よく分かんない」
 ……そんな気持ちしか自分の中に生まれないんじゃ、そりゃつまんねーよ。てか、本が可哀想だよ……。
 漫画でこの調子じゃ、小説は余計だよねえ。字ばっかり並んでるしねえ。見て面白いものじゃないよねえ。
 登場人物の気持ちを想像し、彼らに共感し同調し、一緒に冒険や恋愛を楽しむことができなかったら、読書は全然面白くないです。逆に、それさえできれば何処にでも行けるし何にでもなれる。あのワクワク感、彼女は知らないんだろうな。
 本も可哀想だけど、姪も可哀想だと思ったのでした。

 400字詰め原稿用紙5枚分も書けない、と姪が泣くので、とりあえず自分でも感想書いてたら、さらっと書いただけなのに原稿用紙10枚になりました。感じたことの半分も書いてないのに……SSと同じで、要点まとめられなくてすみません。






You my Daddy(13)





 薪と決めた合流場所は、マンションから歩いて5分の井之頭公園だった。ヒロミたちがいるなら、むしろこちらの方が可能性が高いと青木が思ったからだ。しかし青木の予想は外れ、薪の顔を見た青木は残念な報告をしなければならなかった。
「公園にはいませんでした。コンビニにも来ていないそうです」
 天気の良い休日を楽しむ親子連れで賑わう公園の正門前で、薪は沈痛にくちびるを噛み締めた。青木が短い報告をする間にも何人かの子供たちが、門前に立ったままの2人を不思議そうに見上げて公園の中へ入って行った。

「とりあえず、乗ってください」
 ヒロミたちを保護するため、青木は車を用意していた。駐車場に薪を案内し、彼を車に乗せると、「次はどこを探しましょうか」と彼に指示を求めた。しかし薪は黙ったまま、さしもの彼も捜査方針に迷いが生じているようだった。闇雲に探しても意味がない。宛てを付けるには、彼女たちとの暮らしは短すぎた。

「……ちゃんとした携帯を持たせるんだった」
 当座の連絡のためだからと、プリペイド携帯を選んだのは失敗だった、と薪は言った。プリペイド携帯はWEBが使えないため、GPSを追うことができないのだ。
 その深刻な表情から、ヒロミたちが逼迫した状況に置かれていることが分かる。第三者の遠慮を捨て、青木はストレートに尋ねた。
「薪さん。ヒロミさんたちには、どんな危険が迫っているんですか」
 それはヒロミたちのプライバシーに深く関わっていたが、この期に及んで隠し立てることはマイナスにしかならないと、薪はそう判断したのだろう。青木の問いに迷うことも言葉を濁すこともせず、明確に答えた。

「あの日、ヒロミたちに絡んでいたのはヒロミの父親だ」
 戸籍上の父親、つまり育ての親と言うことか。

「彼は3年前、家庭内暴力を繰り返した末、母親の笹原亜由美を殺害。殺人罪で起訴されたが、その言動が常軌を逸していたため、刑法39条の適用により治療期間を含めて執行猶予5年の判決が下りた。裁判が終わると同時に、I県の精神病院に入院していた」
 青木が初めて聞かされる、ヒロミの壮絶な過去だった。父親が母親を嬲り殺す、そんな家庭で彼女は育ったのだ。
「父親が、その病院を退院したのが1ヵ月前だ」
 ヒロミ達が薪の元を訪れた頃だ。それではヒロミは、育ての親から実の親のところへ逃げてきたのか。
 実に賢明な判断だった。その暴力が自分と子供を襲うと、ヒロミには分かっていたのだ。

「だから外に出るなと、あれほど言ったのに」
 言いかけて薪は首を振った。
「僕のミスだ。SPを付けておくんだった」
 なんでも自分のせいにしたがる薪の悪癖は相変わらずだが、その前に漏らしたヒロミへの非難は、普段の薪なら口にしない言葉だ。それだけ焦っているのだ。

「父親がヒロミさんたちを連れ去ったとして、場所に心当たりはないんですか」
「岡部を、ヒロミたちが住んでたアパートに向かわせてる」
 ピリリという無機質な電子音が薪の薄い胸を震わせ、彼の声を途切れさせる。素早く携帯電話を耳に当て、薪は期待に満ちた声で岡部の名を呼んだ。しかしすぐにその瞳は失望に塗り替えられ、彼の横顔は憂いに覆われる。どうやらアパートにも、ヒロミたちはいなかったらしい。
 しかし捜査を命じられた以上、何かしらの成果を上げてくるのが岡部という男だ。

『所轄の連中に声を掛けたんですが、千代田線の乃木坂駅で、それらしき親子連れが目撃されてます。子供がなっしー人形を持っていたそうです』
「乃木坂駅か。それなら」
「何かあるんですか」
「笹原亜由美の――ヒロミの母親の実家がある」



*****

 この下、メロディ10月号の一言感想です。
 ネタバレしてますので、たたみます。(*´ω`)┛ 


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You my Daddy(14)

 こんにちは!
 
 毎日たくさんの頑張れコール(拍手・コメント)、ありがとうございます。(*´∀`人 ♪  励まされてます。
 の、割に、更新遅くてごめんなさい。
 なんか最近、時間が上手く取れなくて~、決してよそのブログさん読むのが楽しくて自分とこがお留守になってたわけじゃ、ごめんなさい、読んでました。今回のメロディレビュー最高www



 お話の続きです。
 
 この章、ちょっと暴力描写が強いです。苦手な方はご注意ください。
 (いないと思いますけど)18歳未満の方はご遠慮ください。
 本日も広いお心でお願いします。
 



You my Daddy(14)





 蝶番の壊れたドアが、ぎいぃ、と耳障りな音を立てた。
 中に入ってみれば、見覚えのある黄色いソファに割れたガラステーブル。床に積もった厚い埃は、長期間人が住んでいないことを示していた。
 元は緑色だったカーペットの上に、3組の靴が足跡を残す。一つは男物の皮靴、もう一つは女物のローヒール、そして最後の一つは子供用のスニーカー。男の足取りはしっかりと大股で、他の2つはひどく乱れていた。

「久しぶりの我が家だ」
 そう言って男は埃臭い空気を吸い込み、ムッと顔をしかめた。
「掃除が行き届いていないな。さてはヒロミ、怠けてたな」
「こ、ここは、もう、わたしの、家、じゃ」
 思うように喋れない。
 この家でこの男と暮らしていたのは、もう3年も前のことなのに。ヒロミの細胞は男から受けた仕打ちを痛みを屈辱を、ただの一つも忘れていない。それはまだ少女だった頃のことで、今の自分は母親の強さを身に付けたはず。
 ――でも身体が動かない。

「パパに口答えするのか? 悪い子だ」
 叱責と同時に平手が来た。汚れたカーペットに突っ伏した、ヒロミの髪を男の手が引っ張って顔を上げさせる。まとめて4,5本、髪の毛が引き抜かれた。
「うっ……」
「勝手に引っ越したりして。駄目だろう、ちゃんとパパに教えてくれなきゃ」
 薪の言いつけを破って、ミハルを公園に連れて行ったことを、ヒロミは激しく後悔していた。コンビニの一件で自分には薪という強力な保護者がいること、それから10日以上も何の音沙汰もなかったこと、更には昨日、待ち焦がれた連絡が裁判所から届いたことで、もう大丈夫だと思ってしまった。
 甘かった。この男に常識が通用しないことは、身に染みていたはずなのに。

 恐ろしい執念深さで、男はヒロミたちをつけ狙っていた。後を尾けて住処を突き止め、猫がネズミの巣穴の出口で待ち伏せるように、マンションから出てくるのをじっと待っていたのだ。
 公園内の散歩コースで、偶然を装って現れた男は、狡猾にもミハルを人質に取った。警戒心の薄いミハルは男が持っていた大好きなキャラクター人形に釣られ、ヒロミが気付いた時には男の手の中にいた。
 言う通りにするしかなかった。逆らえば、男が躊躇いなくミハルの細い首を折ることをヒロミは知っていた。実体験として、知っていたのだ。
 男の暴力から我が子を守ろうとして男に殺された母の死に顔は、今でもヒロミの網膜に焼き付いている。
 男の指が食い込んだ母の首は驚くほど細く縊れ、口からだらりと垂れ下がった舌は信じられないほど大きかった。母親の死体の横で、尿失禁と汚物の臭いに吐きそうになりながら、ヒロミは男に犯された。何度も何度も、男が自分に腰を打ちつけている間中ずっと、醜く紫色に膨れ上がった母親の死に顔がヒロミを見つめていた。

「それも、パパ以外の男と一緒に住むなんて……パパは許さないよ」
 あの頃の恐怖を、その絶望を思い出すには、平手の2,3発もあれば充分だった。男から虐待を受けた部屋に帰ってきたことで、その恐怖は倍の大きさになってヒロミに襲いかかった。
「あの男と寝たのかい」
 必死で首を振る。誤解されたくないとか薪に迷惑を掛けたくないとか、そんなことは一切考えられなかった。ただただ、恐怖から逃れるため。男を怒らせないように、その一心からだった。
「そうか、よかった。ヒロミ……ヒロミはパパだけのものだ」
 骨が軋むほど強く抱きしめられた。男の身体からは饐え臭い匂いがした。薪のフローラルな香りとは比べ物にならない、それは忌まわしい臭気だった。

 ぽん、と男の右腕に何かがぶつかり、男はヒロミを抱いたまま顔をそちらに向けた。見ればそれは、先刻男がミハルに与えた人形であった。
「ママ、いじめる。おじさん、わるい」
「違うんだよ、ミハル。パパはママを愛してるんだ」
「パパ、ちがう。パパ、ダイク」
「黙りなさい」
「ちがう。パパ、マキ、っ」
 容赦ない鉄拳が、ミハルの柔らかい頬に振り下ろされた。小さな身体がソファの向こう側までふっとぶ。まるで壊れた人形のように、ミハルは床に倒れて動かなくなった。

「ミハル!」
 駈け寄ろうとして男に蹴られた。恐怖に竦んだ脚は簡単にバランスを崩し、ヒロミは床に倒れた。大量の埃が舞い上がる。
「パパの言うことを聞かないからだよ」
 転倒したまま、ヒロミは立つことができなかった。男の脚が、ヒロミの身体を床に縫い止めていた。
「ヒロミはいい子だから、パパの言うことをきくよね?」
 嫌だと叫びたかった。だけど声が出ない。ヒロミは必死に首を振り、抵抗の意を示した。
「小さい頃はあんなにパパのこと好きだって言ってたじゃないか。大きくなったらパパのお嫁さんになるって」
 多くの幼い少女が、人生初めての結婚相手に選ぶのは自分の父親だ。殆どの場合それは好意ですらなく、恋の予感さえ未だ訪れない少女の無邪気な独占欲に過ぎない。成人した娘に言質を求めるようなものではないはずだ。
 だが、この男にはその常識が通じなかった。
「安心しなさい。邪魔者はパパが排除した」

 いつ頃から彼が狂い始めたのか、ヒロミには分からない。
 派手好きで男好きの母親が、最初の浮気をした時か。男の自慢の種だった勤め先の一流商社をリストラされた時か。
 少なくともヒロミが中学生になった頃には、男は昼間から酒の匂いをさせていた。母がそれをなじると、すぐに物が飛んできた。それが直接的な暴力になるのに、時間はかからなかったように思う。
 暴力はエスカレートし、母親は子供を守ろうとして死んだ。残された子供に待っていたのは、母親という防護壁を失って防ぐ術のなくなった拳と、男の玩具としての日々だった。

「わたしのことも殺すの」
「殺さないよ。パパの言うことを聞けば、殺したりしない」
 事件が発覚するまでの1月あまり、ヒロミは昼夜を問わず、男の性と鬱憤晴らしの捌け口に使われた。
 そんなヒロミを助けてくれたのは、2歳近くなってやっと歩き始めたばかりのミハルだった。空腹に耐えかね、罪の意識もなく、隣の家の台所で食べ物を漁っているところを家人に見つかり、隣人が抗議に赴いたのがきっかけとなった。栄養失調による発育不良だったミハルが歩き出すのがもう少し遅れていたら、ヒロミはおそらく3年前に死んでいた。

「あの頃みたいに、パパと」
 胸元に手を入れられて、虫唾が走った。あの頃はこれが日常だったのに。
 生命と禁忌とどちらが重いのかと、落ち着いて考えるだけの思考力はその頃のヒロミにはなかった。彼女の脳には母親の死に様だけが残っており、自分はああはなりたくないと、それしか考えられなかった。

 でも今は違う。わたしはミハルのママだ。

「いや!」
 自分はミハルに救われたのだ。命だけでなく、人としても。
「死んでも厭よ!!」
 断じてそれを許してはならないと、その声はヒロミの魂の叫びであった。

 追い詰められた野良猫のように、ヒロミは両手の爪で男の顔面を引っ掻いた。男の顔色が赤黒く染まる。次の瞬間、男は激昂し、ヒロミに襲いかかってきた。
「今のうちに逃げなさい、ミハル!」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(15)


 こんにちは。

 映画からこっち、新しいファンの方、増えたみたいですね~。ウレシイ(*≧∪≦)
 ネットで秘密を検索してて、うちみたいな腐れブログに辿りついちゃう方もいらっしゃると思いますが、
 二次は苦手意識のある方も多いだろうし、著作権とか微妙な問題も含んでるし、てか、
 うちの場合、それ以前の問題として内容的に人さまにお勧めできるようなものではないことは管理人が一番よく分かってますので、
 見逃してくださいねっ! 万が一見つけちゃっても生暖かくスルーでお願いしますっ。

 なんでこんなに焦ってるかと言うとですね……
 先日の姪がスマホ片手に、「おねえちゃんのブログ、検索で出てくる?」と訊いてきたので、「秘密 二次 で検索してみな。運が良ければ最終ページあたりに出てくるかもよ」と返したら、
 トップに出てきやがった。Σ(゚д゚|||)  なぜ!!!
「子供は読んじゃダメ」と強く言いましたが、おねえちゃんの立場、風前の灯。
 幸い、姪のスマホは制限掛かってるみたいで、殆どの秘密ブログさんは見ることができなかったんですけどね。(FC2は全滅だった)
 誰か詳しい方、検索避けの方法を教えてください。



 続きです。





You my Daddy(15)





「今のうちに逃げなさい、ミハル!」
 ヒロミの言葉に男の注意が逸れた一瞬の隙を衝いて、手に触れた物が何かも確かめず、男の頭を思い切り殴った。プラスチックが割れて飛び、床に落ちた乾電池が弾む。テレビのリモコンらしかった。
「くっそ、この」
 鬼のような形相で、男はヒロミの首に手を掛けた。床に押さえつけられ、首に体重を乗せられると、ゲエと蛙のような声が出た。

 息ができない苦しさより、喉を押し潰される痛みの方が勝っていた。痛みで死ねると思った時、パカンと軽い音が響き、突如として自分を抑えつけていた力が消えた。
 唐突に戻ってきた呼吸はヒロミを激しく咳き込ませ、ヒロミは胸を押さえて痛みに喘いだ。「大丈夫ですか」と抱き起こされ、苦労して瞼をこじ開ける。ヒロミの背中を支えてくれていたのは青木だった。
 何が起きたのかと横を見れば、男の上に薪が馬乗りになり、冷徹な無表情で男の額に拳銃を突きつけていた。

「殺人未遂の現行犯だ」
「あんた、刑事だったのか。……その顔で?」
 ジャギッと銃が音を立て、すると青木が慌てて叫んだ。
「わー! 薪さん、撃っちゃダメです!」
 ふん、と薪は脅すように銃を構え直したが、男は恐れる様子もなかった。青木の制止を聞かずとも、警察官が簡単に発砲できないことを知っているのだ。

「誤解ですよ、刑事さん。その子は私の娘です。これは躾ですよ。民事不介入と言う言葉、ご存じでしょう」
 母が殺される前、何度か警察に保護を求めてはその言葉で返されていた。母がいくら訴えても、警察は逃げ腰だった。仕方なく母が自分の身体についた痣を見せると、警察はようやく重い腰を上げ、男に口頭で注意をしてくれた。しかしそれは逆効果だった。男の折檻は、それまでよりも酷くなった。

 銃を目前になお嘯く男に、薪はポケットから1通の書状を取り出した。逮捕状、ではない。それは男にとって、逮捕状よりもショックな通告書だった。
「面会交流全面禁止勧告だ。3日前に裁判所から発行された。これはコピーだが、原本がこの家に届いているはずだ」
「そんな……俺はそんなものは知らない」
「生憎、知らなかったで済むことじゃない。家に帰ったら郵便受けくらい確かめるんだな」
 ダイレクトメールと一緒に入りっぱなしになってたぞ、と薪は勧告状のコピーと共に郵便局の不在通知を男の顔にはらりと落とし、すっくと立ち上がった。
「この子たちに会った時点で刑事告訴される。そうなったらおまえの執行猶予は取り消しだ。言っておくが僕がいる限り、おまえに39条は適用させない。解ったか」
 床に横たわったままの男を、上から見下すように言い放つ。その瞳は氷よりも冷たい。

「二度と、僕の娘に近付くな」
「娘?」
 男はゆるゆると起き上がり、床に胡坐で座った。
「どうやって味方に引き入れたのかと思ったが……刑事さんも人の子、あのアバズレにたぶらかされて貢がされた男の一人ってわけだ。気の毒だけどね、あんたみたいな男は両手に余るほどいるよ」
 男の言うことは事実だった。でもそれは、3人家族の父親が仕事をしなくなったからだ。マンションのローンが払えなくなり、仕方なく空き家になっていた実家に帰ってきたものの、母親はどうにかして生活費を工面する必要があった。幾つかあった選択肢の中で、一番早く現金が手に入る方法を選んだに過ぎない。

「バカな男だ。こんなガキの嘘に騙されて」
「バカはおまえだ。ヒロミは僕の娘だ」
 へらへらと笑っていた男が、薪の言葉に眉を顰める。例え明白な嘘でも、相手に自信たっぷりに言い切られると不安になるものだ。ましてや薪は警察官僚。不倫の末の隠し子などスキャンダルにしかならないのに、そんな自分に不利益な嘘を吐くだろうか。
「知らなかったのか? アユミはずっと僕と関係があったんだ。おまえと結婚してからも」
「そんなはずはない」
「これが証拠だ」
 そう言って薪が高らかに掲げたのは、青木が時速120キロでゴミ箱にぶち込んだはずのスマートフォンだった。コソコソしていると思ったら、宇野はこれを直していたのか。

「嘘だ」
「信じる信じないはおまえの勝手だ。いずれにせよ」
 薪は証拠物件を本来の持ち主であるヒロミに返した。床に座った男に見せつけるように、彼女の肩を抱く。
「おまえはもう二度と、この子たちに会えない」
 薪の言葉はまるで裁判官の判決のように重々しく響いた。男としても父親としても、明らかに勝負は着いていた。それでも男は足掻くのを止めなかった。

「べ、弁護士だ。弁護士を呼ばせてもらう」
 どうぞ、と薪は余裕の表情だったが、ヒロミは不安だった。
 薪は知らないだろうが、男には弁護士の友人がいるのだ。男の精神鑑定を申請したのも、その友人だ。何でもその手の裁判と得意としているとかで、これまでにも同様の無罪を勝ち取ってきたらしい。今度も彼の罪を善悪の判断が不可能な状態で行われた行為であると、裁判所に認めさせてしまうかもしれない。

「山口か? 俺だ、安田だ。おまえ、ひどいじゃないか。交流禁止命令が裁判所から出たって、どうして俺に――えっ」
 携帯電話に向かって一気に捲し立てていた男の声が、不意に途切れた。驚きに大きく眼を瞠り、声を震わせて電話機を握りしめる。
「もう俺の弁護はできないって、どういうことだ。どうして」
 青褪める男とは対照的に、ニヤリと笑って薪が言った。
「だから言っただろ。39条は適用させないって」
 薪がどんな魔法を使ったのかヒロミにはさっぱり分からなかったが、青木には大凡の察しがついているようで、彼がなんとも渋い顔をしたところを見ると、あまり人に褒められたやり方ではないらしい。

 ヒロミの推察通り、彼らはコソコソと話し始めた。
「脅したんですか」
「人聞きの悪い。小野田さんの家の顧問弁護士に、ちょっと話をしてもらっただけだ」
「小野田家の顧問弁護士って言ったら、日本弁護士連合会の元会長でしょ? 日本であの人に逆らえる弁護士はいないって評判の」
「へー、そうなんだー。知らなかったなー」
「やめてもらえます? その白々しいセリフ回し」
「いいから。さっさとワッパ」
「はあい」
 ガックリと肩を落とした男に、青木が手錠を掛ける。監禁罪や傷害罪は親子でも適用される。友人の弁護士にも見放された男には、今度こそ実刑判決が下りることだろう。

「ヒロミ、大丈夫か? とっ」
 突然、手を振り払われて薪は身を引いた。驚く薪の前で、ヒロミが走り出す。
「ミハル! 返事しなさい!」
 ヒロミはソファの陰に倒れていた子供を見つけた。抱き起こせば、ぐっしょりと濡れた感覚。ミハルの身体はぐにゃりと折れて、小さな背中は血に染まっていた。
「ミハル……ミハル、ミハルッ! 返事して!」
「動かすな! 青木、救急車!」

 薪は素早くスーツを脱ぐと、ネクタイを外した。ワイシャツを脱ぎ、ズボンのベルトを外す。
「薪さん、なにを」
「ガラステーブルの破片で切ったんだ。止血するからおまえのベルトも貸せ」
 薪は素早く傷口を見極めると、包帯代わりのネクタイとガーゼ代わりのワイシャツで患部を圧迫した。白いワイシャツがみるみる赤く染まって行くのに、薪は眉ひとつ動かさずヒロミに語りかけた。
「大丈夫だ。ミハルは助かる。僕が保証する」
「パパ」
「ミハルのママだろ。声を掛けて、励ましてやれ」
 うん、と頷いてヒロミは気丈に眉を吊り上げ、子供の名前を呼び続けた。



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You my Daddy(16)

You my Daddy(16)




 青木が呼んだ救急車と警察は、5分と掛からず現場に到着した。
 所轄の刑事に男を引き渡し、薪と青木は救急車を車で追い掛けて病院へ向かった。途中、救急車と一緒に3回程信号を無視したが、今回ばかりは薪は青木の無謀運転を叱らなかった。

 ゴッドハンドを抱えることで有名な大学病院の駐車場は混み合っていて、車を停められる場所を探して駐車場の奥まで行かなければいけなかった。更には応急処置に使用したワイシャツの代わりを病院内の売店で買い求め、その分のロスタイムを経て救急外来のドアから中に入ると、ちょうどミハルが手術室に運ばれるところだった。
 テキパキと準備を整える看護師たちに混じって、ストレッチャーと並走しているヒロミの姿が見えた。

「先生、ミハルを助けてください。輸血が必要ならわたし、O型です。その子の母親です!」
「お母さん、大丈夫ですから落ち着いてください」
 こちらでお待ちください、と看護師に留められる。手術室のドアが閉まると、ヒロミは糸の切れたマリオネットのように不自然な動きでソファに座った。その隣に、薪が静かに腰を下ろす。
「腕が擦り傷だらけだ。おまえも手当てをしてもらって来い」
「こんなの、舐めときゃ治るわ」
「傷だらけの腕でミハルを抱く気か? ミハルに嫌がられるぞ」
 言われてヒロミはじっと自分の手を見た。そうね、と立ち上がる。ヒロミが処置室に入ったのを見計らって、青木は薪の隣に腰を落ち着けた。

「……ミハルは大丈夫だろうか」
 独り言のように、薪の口から零れた弱音に青木は眉を寄せる。先ほど薪は、ミハルは助かるとヒロミに保証したのではなかったか。
「薪さん、ミハルちゃんの傷を見て大丈夫だって言ったんじゃ」
 逆に青木が尋ねると、薪は力なく首を振った。心細い時によくするように、靴を脱いで片膝を抱える。折り曲げた膝の上に細い顎を載せ、彼は小さく嘆息して、
「子供がどれくらい痛みに耐えられる生き物なのか、僕は知らない」
 長い睫毛が、震えながら重なった。
 抵抗力の弱い子供の診断は、専門医でも難しいと聞く。いくら薪が天才でも、まるで畑違いの分野だ。確証など持てるはずがない。だが、自分が弱気になればヒロミの不安が増大する。そのために薪は自分を奮い立たせていたのだ。

 自動ドアの上の、黄緑色に光る手術中の文字を見上げて、青木はミハルの笑顔を思う。
 青木は今日初めて、ヒロミたちの過去を知った。父親に虐待の限りを尽くされてきた母親と娘。そんな中で生まれてきた小さな命。それはどこからやって来たのか。口に出すのも憚られる想像だが、可能性は高いと思った。

「あの。ミハルちゃんの父親って」
「言うな」
 素っ気なく遮られた。
「それ以上は、言うな」
 小さく、でも頑として拒絶されて、青木は自分の考えに確信を持つ。ヒロミが、子供の父親にも親戚にも頼らず、20年以上赤の他人として暮らしてきた薪に助けを求めてきた理由も、それならば合点がいくではないか。

「生まれてくる前に何とかできなかったんですか。親戚が駄目でも、行政に相談するとか」
「生まれてきてはいけない子供なんて、誰が決めたんだ。ミハルは此処に、こうして生きてる」
 青木は思わず腰を浮かした。
 青木が驚愕の表情で薪を見つめると、薪は膝の上から顎を外し、先刻までの青木と同じように入り口の点灯板を見上げた。
「今もあの中で、必死に戦ってるんだ」
 廊下の奥の処置室から、ヒロミが出てくるのが見えた。薪は素早く脚を床に下ろし、すっと背筋を伸ばすと、腕に包帯を巻いた彼女に力強く頷いて見せた。

 それから、どれくらい時間が過ぎただろう。
 青木が座りっぱなしの尻に痛みを覚え、3度目のコーヒーを買いに立ち上がった時だった。手術室のドアが開き、ストレッチャーにうつ伏せに寝かされたミハルが出てきた。3人の保護者が一斉に走り寄る。
「先生、ミハルは」
「大丈夫ですよ。思ったより傷は浅くて、打撲も軽かった。念のため詳しい検査もしましたが、内臓に損傷はありませんでした。背中は10針ほど縫いました。しかし、子供の回復力は強い。1週間もすれば退院できるでしょう」
 ほうっと息を吐く、ヒロミの身体がぐらりと揺れた。緊張の糸が切れたのか、倒れそうになるヒロミを青木が支える。抱え上げて、さっきまで自分たちが座っていた長椅子に寝かせた。安心して貧血を起こすなんて、まるでどこかの誰かさんみたいだ。血は争えない。
 横たわったヒロミに苦笑すると、薪に睨まれた。青木の考えを見抜かれたらしい。天才の恋人を持つと、気軽に思い出し笑いもできない。

 その後、看護師から入院の説明があった。病院側との話し合いにより、年齢と精神面のケアを考慮してミハルには個室を用意すること、母親のヒロミが同じ部屋に滞在することが決まった。
 入院の準備をするため、ヒロミは青木の運転で一旦家に帰ることになり、その間、ミハルには薪が付き添うことにした。
「青木。ミハルのあれ、持ってきてやれ」
「え。病院にですか?」
「いいだろ、個室なんだから」
 薪の命令には逆らえず、青木は巨大なぬいぐるみを抱えてヒロミと一緒に病院へ戻った。
 病棟で、すれ違う入院患者にクスクス笑われ、子供に後ろ指を指され。薪もあの日、こんな思いをしてこの滑稽なゆるキャラを抱いて家に帰ったのかと、青木は改めて自分の愚挙を後悔したのだった。



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You my Daddy(17)

 こんにちは! ご無沙汰してます、しづです!o(≧ω≦)o
 お礼記事とは打って変わったハイテンションでお送りします。SSは楽しくないとね! 
 あ、内容が楽しくないですか? ううーん。


 お休みしてる間、毎日毎日、過去作にいっぱい拍手していただきました。お休みします記事にもたくさん拍手いただいて、ありがとうございました。
 管理画面で1ヶ月分の拍手数が確認できるのですけど、9月25日の325は多分新記録です。どうもありがとう。
 おかげさまで総数、8万超えました。カウンターもくるくる回って15万超え。
 とっても嬉しいです! 感謝!!\(^o^)/
 
 えーと、このお話が7万のお礼だから、7万5千は薪さんが認知症になる話で、8万は薪さんがウェディングドレス着て竹内と結婚式挙げる話でいいかなあ。それとも薪さんが室長の座を追い落される話がいいかなあ。←話の内容に感謝が感じられない気がしますがそんなことはないの信じて。
 認知症は書き上がってるので、この話の次に公開します。
 後の2つはプロット立てます。しばらくお待ちください。

 みなさんのやさしさが詰まったコメントのお返事は、少しずつさせていただきますので、よろしくお願いします。 
 先に、お話の続きをどうぞ!




You my Daddy(17)





 母子が病院に寝泊まりすることになった夜、青木はホテルを引き払って薪の家に帰ってきた。
 ほぼ1月ぶりの我が家は、青木の心を懐かしさでいっぱいにした。ここに住み始めて1年にもならないのに、この家の空気を吸うと、まるで自分が生まれた家に帰ってきたように落ち着く。愛する人がいれば、そこが自分の第二の故郷になるのに時間は要らないのだと知った。

「女の匂いが残ってるか」
 深呼吸していたら、そんな嫌味を言われた。が、それくらいで動じるような青木ではない。もとい、そんな細い神経では薪とは付き合えない。
「薪さんの匂いが恋しいんです」
 帰りに買ってきた白百合の花を花瓶に活ける薪の、ほっそりとした背中を後ろから抱きしめる。薪は微かに身を固くしたが、すぐに肩の力を抜いて、青木の胸に軽くもたれかかった。

「久しぶりに、あれ、しましょうか」
 薪のシャツのボタンを、青木の手が上から順に外していく。指先が3つ目のボタンに掛かった時、薪の手がその所作を押さえた。
「気持ちは分かるけど、ちょっと不謹慎じゃないか? ミハルがあんな目に遭ったばかりなのに」
「いいじゃないですか。先生も、思ったより軽い怪我だったって」
「軽くない。あんな小さい子が10針も縫ったんだぞ」
「大丈夫ですよ。ヒロミさんがついてるんだし」
「今頃、麻酔が切れて痛がってるんじゃないかと思うと、楽しむ気分になれない」
 きっぱりと首を振る、薪のこういう思いやり深くて潔いところが青木は大好きだ。弱者に寄り添い、その痛みを自分のものとして感じることができる。柔らかくて純粋な心。

「分かりました。では、アロマキャンドルはまたの機会に」
「悪いな。そうしてくれると――、アロマキャンドル?」
 くるっと振り返った薪の髪が、降参の形に挙げた青木の手のひらを打つ。サラッとやさしい感覚。こうして薪の髪に触れるのも久しぶりだ。
「はい。ヒロミさんたちがいる間、薪さん、長湯できなかったんじゃないかと思って。ラベンダーのキャンドルでも焚いてバスタイムを演出しようかと」
「それならそう言えよ。紛らわしい」
「紛らわしいって、なんだと思ったんですか?」
「な、なにって」
 陸に上がった魚のように口をパクパクさせながら、薪は頬を赤くする。もうこういうのが気恥ずかしい間柄でも、また年齢的にもあり得ないと思うのだが、赤くなった薪は殊更にかわいいから、青木はつい、その常識を忘れる。
「おまえ、わざと言っただろ!」
「なんのことです?」
「絶対にわざとだ!」
「知りませんよ。ちょ、痛いですって」
 ゲシゲシと足を蹴られながら、口ではとぼけるけれど、眼鏡の奥で笑う黒い瞳がそれを裏切る。こういう彼が見たかったのだ。プライベートの時しか見られない、ちょっとコケた彼。職務時間の延長である朝晩の送り迎え中には決して見ることのできないストレートに感情を表す彼にこそ、青木は会いたかった。

「風呂入って寝る。さっさとそれ、持ってこい」
 言い捨てて、薪は手ぶらでバスルームに向かう。青木は急いでクローゼットから目的のものを取ってきて、薪を追いかけた。
 脱衣所のドアを開ければ、そこにはもう薪の姿はない。擦りガラスの向こう側からシャワーの音がしている。失礼しますと折り戸を折ると、バスチェアに座って髪を洗っている薪がいた。まことに素早い。洗ってあげたかったのに、間に合わなかった。

「あー、やっぱりウチの風呂はいいですね。ホテルのは狭くって、この辺までしかお湯に浸かれないんですよ」
 湯船の中、いつもするように2人で向かい合う。ゆっくり身体を伸ばして青木は、じっと薪に見つめられていたことに気付き、ガバと身を起こした。
「すみません。薪さんのおうちのお風呂ですよね」
「1年も経ってから何言ってんだ。いいだろ、ウチの風呂で」
 じゃあなんで睨まれてたんですか、オレ。

「場所、交替するか」
 ざばっと薪が立ち上がり、青木が座っている方に足を進めた。湯船の左右はシンメトリーではない。薪側の壁にはくつろぎやすいよう傾斜が付けてあるが、青木側は直角だ。より快適な場所と代わってやろうと、それは薪の心遣い。
 うれしかったけれど、薪だって今日は疲れているはずなのだ。入浴時が唯一のリラックスタイムである彼は、本当は独りで風呂に入りたかったに違いない。だけどアロマキャンドルの話を青木に持ち出されて、それを断念したのだろう。これ以上、薪の癒しを奪うことはしたくない。
「オレはこっちでいいです」
「遠慮しなくていい」
「本当にいいんです」
「いいから退け」
 押し問答をしながら尻の横をゲシゲシ蹴られて、心遣いなのか苛めなのか分からなくなった末、二人が落ち着いた体勢は、長方形の湯船の短辺方向に揃って膝を抱えて並ぶという不思議な図式。
「狭いな」
「ホテルの風呂と同じくらい窮屈ですね」
 横を向いて顔を見合わせて、同時にぶふっと吹き出してしまった。「強情だな」と笑いながら薪は元の場所に戻り、その優雅な白い身体をゆったりとくつろがせた。

「じゃ、点けますよ」
 浴槽の縁にバランスよく置いた3つのアロマキャンドルに、薪の側から順に火を灯す。脱衣所の壁のスイッチで浴室の明かりを消せば、ゆらゆらと蠢く蝋燭の炎が暗い水面を映し出す幻想的な風景がそこに現れた。
 しばらくの間、薪はその光景に見惚れるふりをして黙っていたけれど、やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。今まで青木にも隠していた今回の事件の舞台裏。
 ヒロミ母子が誰かから逃げていることは、話し合いを持った当日、すぐに解った。だから彼女たちを家に連れてきた。宇野に命じて、ヒロミの身元調査をさせた。結果、父親が母子を虐待し、挙句母親を殺していた事実が判明した。父親は逮捕されたものの裁判で39条が適用され、執行猶予5年の精神病院送りになっていた。
 その父親が退院してくることになった。正常な精神状態に戻ったと医療機関の診断が下りれば、後は家族の問題だ。責任はすべて娘のヒロミに掛かってくる。だが、ヒロミにはそれを受け入れる勇気はなかった。父はヒロミに執着するあまり、邪魔になった母を殺したのだ。

「彼の最も許されない罪は、ヒロミにミハルを産ませたことだ。法廷で明らかにされることはなかったが、そのことで彼女たちは、殺された母親よりも悲惨な境遇に落とされたはずだ」
「それはヒロミさんの口から?」
 青木の質問に薪は、いや、と首を振り、
「あの事件調書を読めば、誰だって察しが付く」
 義父(戸籍上は実の父親)に性的虐待を受けた少女が彼の子供を産まされた。その時点で青木はそう理解していたが、事実はもっと劣悪だった。あの男はヒロミにとって、最低最悪の父親だったのだ。

「おまえが病院で言ったように、生まれてくる前になんとかすべきだったんだろう。それを怠ったヒロミが罪を背負うのは仕方ないし、覚悟の上だとも思う。でも、ミハルは可哀相だ。あの子にはなんの罪もないのに」
 薪を不安が苦しめるなら、それを取り除くのが自分の仕事だ。青木は、それこそ何の根拠もなかったけれど、心からそれを信じて薪を勇気付けた。
「大丈夫ですよ。ミハルちゃんは強い子です。なんたって薪さんのお孫さんですから」



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You my Daddy(18)

 こんにちは!
 いつの間にか月が変わっちゃいました☆
 水道の現場が一つ終わったので、竣工測量と書類をしてたんですが、オットが本調子じゃないので、スムーズに行かなくて~。夢中になってるうちに、また放置しちゃってました。ごめんなさい。



 前記事に、たくさんの「お帰りなさい」をありがとうございました。
 それぞれの立場からの励まし、労り、助言をいただきました。
 びっくりしたのが、ご自身や身内の方、お友だちが経験者です、と言う実体験を語ってくださった方が、複数いらしたこと。すごく勇気付けられました。
 感謝の徴と言うのもアレなんですけど、「ご心配かけました」の記事に、その後の経過を追記しておきました。ついつい長くなってしまったので、読まなくても全然大丈夫なんですけど、心配してくださった方には、少しでもお気を楽にしていただきたいです。


 コメントの方は、少しずつ、書いてくださった方のお気持を噛み締めながら、お返事させていただいてます。
 書きながら、SSとはまた別種の幸福を味わっています。
 やっぱりわたしって、幸せ者です。
 全部書き終えるまでにはまだ時間が掛かりそうですが、もうしばらくお待ちくださいね。
 

 先に、お話の続きです。
 章の途中で切ってたんですね。我ながら、鬼畜な切り方だな(^^;






You my Daddy(18)





「大丈夫ですよ。ミハルちゃんは強い子です。なんたって薪さんのお孫さんですから」
「孫じゃない」
 え、と薄暗がりの中で改めて薪を見たら、ものすごく蔑んだ眼で見られた。これはあれだ、MRI捜査で証拠を見逃した部下の心をめった刺しにするときの鬼上司の眼だ。

「ヒロミは僕の子供じゃない。病院で彼女が言ってただろ、自分はO型だって。僕の血液型はノーマルのABだ。Cis―ABじゃない」
 親がCis-AB型という特殊な血液型の場合、低確率ではあるがO型の子供が生まれることがある。薪は普通のAB型だからO型の子供が生まれることはない、それは青木にも分かる。だが。
「ちょっと待ってください。薪さんて、A型じゃなかったですか? だって去年オレが刺された時、薪さんはオレにご自分の血を全部くださるって」
「あれは取り消しだ。公式のプロフで発表されたからな。どうにもならない」
「……そういう変更って物語としてどうなのかなあ」
「いいんだよ、二次なんだから。原作優先で」
「ああ、ますます話がグダグダに」
 慨嘆する青木を尻目に、薪は片脚を抱えた。湯船の背もたれに背中を預け、覚えの悪い生徒に講義をする教師の口調で、一連の騒動のおさらいを始める。

「よく思い出してみろ。僕が一度でもおまえに、ヒロミは僕の娘だと言ったことがあるか」
「今日、さんざん聞きましたけど」
「あれはあの男を牽制するために言ったんだ。おまえに言ったんじゃない」
 以前にもその言葉は聞いたことがある、と青木は思い、コンビニの事件を思い出す。青木は遠目に見ていたから気付かなかったけれど、あの時ヒロミに絡んでいたのもあの男だったのか。

 それじゃ、オレの勘違い? いやいや、薪じゃあるまいし。
「言われましたよ。いつだったかは忘れましたけど」
「おまえには言ってない」
「いや、確かに……あれっ? あれれ?」
 ここ1月ばかりの薪との会話を思い出してみて、青木に対する説明は何もなかったことに気付く。ただ「落ち着き先が見つかるまで生活の面倒を見ることにした」と言われただけだ。
「それならそうと、言ってくれればいいじゃないですか」
「だって訊かれなかったから。分かってるもんだと思ってた」
 薪の言葉足らずは今に始まったことではないが、今回ばかりは性質が悪い。一緒に住むと言えば、普通は肉親だと思うだろう。

「で、でも。ミハルちゃんには、ご自分のこと『おじいちゃん』て何度も教えてましたよね?」
「ミハルには、そう信じさせてやりたいから」
 ぽつりと零した薪の声音は、彼の弱気を雄弁に物語る。今さらながらに気付いてしまった恐ろしい疑惑にぞっと背筋を寒くしながら、青木は尋ねた。
「薪さんの子供じゃないなら、ヒロミさんは誰の子なんですか」
 しばしの沈黙が訪れ、やがて薪の口から驚愕の事実が語られた。それはこの仄暗い闇の中でもなければとても口にできない、禁断の事実であった。
「ヒロミは笹原亜由美と、彼女の夫であり彼女を殺した笹原健二の子供だ。そしてミハルは、笹原健二が実の娘を暴行した挙句に産ませた子供だ」
「まさか」
 青木の耳に、ミハルの舌足らずな喋り方が甦る。同年代の頃の舞に比べるとひどく未熟に思われたミハルの幼さは、軽い知的障害の症状でもあった。混ざる血が濃すぎると、その傾向が増えると聞く。ミハルと接してみてそれを察知した薪は、当初からその疑いを持っていたのだ。
 それは、DNA鑑定をするべきだと青木が薪に進言した時、薪が返してきた言葉に現れていた。
『血縁関係ってそんなに大事なのか』
 あれは、血のつながりがないことを言ったのではない。逆の意味だったのだ。

「そんな……だったら余計に、生まれてくる前になんとかしなきゃいけなかったんじゃないんですか。その頃はまだ、母親のアユミさんもいたはずでしょう」
「堕胎手術をすべきだったと?」
「それが大人の責任です」
 青木が強く言い切ると、薪は、ふ、と軽く息を吐いた。
「そうだな、それが正しいんだろう。……でも、想像してみろ」

 長い睫毛を伏せて、薪は語る。
 人間は痛みに弱い生き物だ。普通の人間はそれに屈服することしかできないし、その状態に長く晒されることは大きなストレスになる。彼女たちもきっとそうだった。
 度重なる暴力に、気力も正常な思考力も奪われ、ヒロミもその母親も、精神を蝕まれていった。父親と同じように、彼女たちも正気を失っていたのだ。
 あの家は、狂人たちの棲み処だった。そこに生まれてきた新しい命。
 赤子を前に、大人たちはどうしただろう。虐待を? 否。それならとうにミハルはこの世にいない。彼女が元気で生きてきた事実が、すなわち正解を示している。
「狂気の中で生まれてきた子供が、彼女たちを正常な世界へ導いてくれたとは考えられないか」
 子供は親の庇護がなければ一日たりとて生きられない。ミハルは、それを改めて教えてくれた。そのおかげで彼女たちは、人としての在り方を思い出すことができた。

 そこまで薪に聞かされて、青木はやっと4年前の殺人事件の真相に辿り着いた。
 だからこそ、ああ、だからこそ、生まれた悲劇だったのだ。
 親は子供を守るもの――ヒロミを守ろうとして、母親は死んだのだ。

 黙り込んだ青木に、薪が小さな声で語りかける。その声の儚さは、彼が自分の意見を正しいとは思っていない証拠であったが、さりとて誤りと断ずることもできない不明な人間の愚かさでもあった。
「すべての堕胎に反対してるわけじゃない。レイプ被害者が犯人の子供を身籠ってしまった場合、生んで育てるべきだなんて、そんな非常識なことは思わない。だが」
 薪はお湯の中で身じろぎし、両脚を曲げて両手で抱え込んだ。まるで子供のように、大切なものを守ろうとするように、自分の二つの膝を抱きしめる。
「こうして、何の疑いもなく親を慕う子供がいて、その子供を愛し、守ろうとする親がいれば、それは立派な親子じゃないのか。ヒロミたちと他の親子、いったいどこが違うんだ」
 ゆらゆらと揺らめく焔を映す、愁いを帯びた亜麻色の瞳に訴えかけられれば、青木はもうそれ以上の言葉を持たない。
 つつがなく世界を回すために必要な良識を否定するつもりは毛頭なく、でももっと大事なものがこの世にはある。青木にとってはそれが薪で、ヒロミにとってはミハルなのだ。
 人として、生きていくために必要なもの。例えそれが人の道に外れていても、人間は人として生きるためには何かが必要なのだ。自分の中にたった一つでいい、揺るがないものが必要なのだ。

「それでも」と薪はいっそう密やかに、まるで散った花弁が息を潜めて地に落ちるがごとくに独白した。
 それでも遠い将来。ミハルが本当のことを知る時が来るだろう。どれだけ巧妙に匿っても、真実が真実である以上、その可能性はゼロではない。
 その時に、ヒロミの親は僕だと。薪剛という祖母の昔の恋人なのだと、ミハルの記憶に残すことが必要なんだ。
 嘘でもいい、幻でもいい。絶望に飲み込まれようとする時、人には縋るものが必要なんだ。それがあれば人は生きられる。
 永遠と思えるほど、時間は掛かっても。
 生きて、絶望から抜け出すことができる。
「――僕がかつて、鈴木の幻に縋って生き延びたように」

 青木が我慢できたのは、そこまでだった。鈴木の名前が出た時点で、彼はもう己が衝動を止められなかった。
 伸ばした両手で薪の身体を抱き寄せ、自分の胸に押し付けた。ざぶんとお湯が波立って溢れ、キャンドルの炎を掻き消した。
 真っ暗になった浴室で、薪は何も言わず。ただ黙って青木に抱かれていた。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

You my Daddy(19)

 こんばんは!
 ご無沙汰してます、てか、
 やべー、下手したら11月終わっちゃうよ!

 毎年、11月は更新少ないんですよねえ。ちょうど現場が始まる時期だからねえ。
 今年の下請けさんは、32歳のお洒落さん。ピアス付けた下請けさん、初めてです。
 監督員さんは、25歳の草食系男子。若い子に挟まれて、おばちゃん、嬉しいような、目のやり場に困るような。
 いやあのね、
 けっこうなイケメンくんコンビなのですよ、この二人。
 片方は現場の人間だから色黒で細マッチョ、もう片方は役所職員だから色白で細面、髪の毛さらっさらの眼鏡男子。(たまにコンタクト) 現代っ子らしく二人とも170センチオーバーでスタイル抜群。腰の位置が高くて足が長い。
 その二人が触れんばかりに顔を近付けて一つの図面を覗き込んでいるのは、テレビドラマの一場面のようです。てか、
 これ、腐女子が見たらすげー騒ぎになると思うよ?
 薪さん限定腐女子のわたしですら、ちょっとドキッとしましたもん。

 ちなみに、
 下請けさんの32歳は、先月第1子が誕生しました。女の子だって♪ パパ、おめでとう♪
 役所さんの25歳は、来月結婚式なんだって♪ 12月20日からハワイに新婚旅行だそうです。お幸せに♪


 
 すっかり忘れられちゃった自信ありますけど、お話の続きです。
 コメントのお返事も、1月遅れですみません(^^;)
 書いても読んでもらえないかもですけど、書かせてくださいね。自分が楽しいから。<こら。


 それと、連日、たくさん拍手いただいてます。ありがとうございます。
 おかげさまで8万5千を超えまして +゚。*(*´∀`*)*。゚+  あ、お礼SS……どうしましょう(゚△゚;ノ)ノ
 書きたいなあって思ってる話はあるんですけど、12月8日に経営審査があって、それが終わったらプロット立てますね。コメントのお返事ともども、気長に待ってやってください。ヾ(・∀・)ノ





You my Daddy(19)





「よかったですね、ミハルちゃん。大したケガじゃなくて」
 祝いの言葉を添えて差し出された書類を受け取り、薪は軽く頷いた。青木から情報が入ったのだろうが、相変わらず岡部は耳が早い。
「まだ小さいから、背中の傷も残らないだろうって医者が言ってた」
 女の子だから傷が残ったら可哀想だ、と言いながら薪は書類に目を落とす。無味乾燥な文章と数字が並んだ書面を、お気に入りの女優の写真集でも眺めるように微笑んで、「よかった」と呟いた。

「ミハルちゃんが退院したら、ヒロミさんたちは飯田橋のアパートに戻るんでしょう? これでやっと青木が落ち着きますね」
 バサッと音がして、見れば薪が書類を床に落としている。拾うのかと思いきや、それを足で踏みつけようとするから、慌てて岡部は床に屈んで薪の靴先から書類を取り返した。
「ちょ、何するんですか!」
「あ、すまん。つい」
 書類仕事が苦手な岡部が苦労して作った書類を足蹴にするなんて、薪らしくない。なんなんですか、と水を向ければ、おそらくは誰かに胸の内を打ち明けたかったに違いない彼の、くちびるより饒舌な亜麻色の瞳が「聞いてくれるか」と岡部に語り掛けていた。

「初めてヒロミたちを家に連れて帰った日、青木と彼女たちと3人で夕飯を作ってるのを見てたんだ。それが本当に仲の良い親子そのものって感じで……正直、焦った」
 何を言い出すのかと思えば、と岡部は思わず肩が落ちるほどに脱力する。
 薪は鋭い勘と卓越した推理力の持ち主だが、それを発揮できるのは事件の時に限られていて、日常的なこと、特に恋愛方面に於いては常人に劣るというかいっそ中学生かと突っ込みたくなるくらい純情かつ鈍い。
 家を追い出された青木の憔悴ぶりを見ていた岡部には、薪の言動は身勝手極まりなく思えた。彼女たちを自分で家に上げておいて、勝手な話じゃないか。

「だったらなにも、あの母娘をご自分の家に置くことなかったじゃないですか。ホテルの部屋でも借りてやって、裁判所の禁止命令が出るまで保護してやれば」
「それじゃ、青木が彼女に会いに行くのを止められないだろ」
 はあ? と岡部が間の抜けた声を出す。「分かってないな、岡部は」と愚痴って薪は、マホガニーの机に肘をついた。
「相手は僕より20歳も年下の女だぞ。本気で来られたら勝ち目がない」
 分かってないのはどっちなんだか。青木はあなた以外の人間なんか目に入ってませんよ。ほとんどが昆虫、いいとこ爬虫類です。
「もともと青木は、ああいう女が好みなんだ。黒髪で、気が強くて頭がいい」
 それって雪子先生のことですよね。青木は全然興味無かったみたいですけどね。
「しかも彼女、Dカップだぞ」
 それはあんたの趣味でしょ。
「細身のくせにDカップなんて反則だ。岡部もそう思うだろ」
 同意を求められてもすみません、反則の基準がわかりません。

 岡部は書類を順番に揃えて机の上に置き、バリバリと短く刈った頭を掻いた。
「だから青木を追い出したんですか?」
「ホテルに泊まるって言い出したのは青木の方だけど。敢えて留めなかった。……青木、ちょっとがっかりした顔してた」
 それはヒロミさんに会えなくなってがっかりじゃなくて、薪さんが引き留めてくれないから、てか、一番はあんたの鈍さにガッカリだよ、青木のやつ可哀相にっ。

「それは薪さんの誤解ですよ。青木は決して」
「岡部は知らないからそんなことが言えるんだ!」
 誤解を解いてやろうとする岡部の心遣いは、薪の一喝に阻まれた。
「ヤバかったんだぞ。青木のやつ、僕と一緒にいてもずっと上の空だし」
 まさかそんなことが?
「ヒロミたちが来てから一度だけ、アフターにデートしたんだ。ついでに買い物に寄ったんだけど、僕が車から降りても後を付いてこなくて。挙句の果てに途中で帰っちゃうし。僕を道端に置いてだぞ」
 それは恋人としてというよりボディガードとして失格ですよね。
 青木の行動が解せなくて、よくよく話を聞いてみれば、帰宅途中でヒロミたちにばったり出くわせたらしい。青木は気を利かせたつもりだったのだろう。
 岡部がそう言うと、薪は眉間の縦皺をますます深くして、
「そんなことあるもんか。ミハルと一緒に遊ぶのも楽しいし、ヒロミの手料理も楽しみだって、青木が自分で言ったんだぞ」
 それはそう言うしかないだろう。岡部もそうだが、青木もまたつい最近まで、ヒロミたちが薪の肉親だと信じていたのだから。

 あまりにも青木が不憫で、岡部は青木の気持ちを薪に説明してやろうという当初の目的を翻す。代わりに彼は、ちょっと意地悪な質問で意趣返しをした。
「そんなに青木が信用できませんか」
「……そうじゃない」
 小さく首を振って、薪はバツの悪そうな顔をした。
「青木を信じてないわけじゃないけど……不安なんだ。自信がない。僕は結婚もできないし子供も産めない。形のあるものは何もやれない。いつだって戦々恐々だ」
 両の手首を百合の花の蕾のように内側に折り曲げて、薪はそこに鼻先を埋める。本当は言いたくない、他人には聞かせたくない、でも吐き出したくて堪らない想いを解放するとき、人はこんな表情になるのかもしれない。困り果てた、子供のような貌に。
「おまけに十も年上だし。策を弄さずにはいられない」
 沈んだ声と同じに伏せられていた睫毛が、岡部の顔色を窺うように開かれる。上目遣いのその顔は無敵の花貌。青木が見たら腰砕け確定だ。

「軽蔑するか」
「いいえ」と岡部は答え、にこりと笑った。
「それぐらいのテクニックは必要です。男は誘惑に弱い生き物ですからね。その調子でガッチリ捕まえておくことをお勧めしますよ」
 本当はそんなもの、全く必要ないと岡部は思った。だけど、これは良い傾向だ。薪が積極的に、青木を自分のものにしようとしている。
 いつもいつも何かに遠慮して、一緒に暮らし始めてさえ青木を独占することに消極的だった薪が、彼の愛を自分に留めおきたいと願い、控えめながらもそれを行動に移した。赤飯でも炊いてやりたい気分だ。

「では所長。予算の件、よろしくお願いします」
「却下。福利厚生費の増額理由、こんなありきたりの要因じゃ通せないから。やり直し」
 ……承認印をもらってから話を聞けばよかった。
 突き返された書類を受け取って、岡部は大きな背中をしょんぼりと丸めた。



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You my Daddy(20)

 こんにちは。

 唐突ですが、しづは12月生まれです。
 今年の誕生日は、オットから花束、義弟からケーキをもらいました。
 どっちのプレゼントも、とっても嬉しかったです (* ´ ▽ ` *) 

ふなっしーと花束  ←クリックすると大きくなります。

 ただ、このケーキにはちょっとした問題点が。
 付属のローソクの数と照らし合わせると、ケーキ屋さんに「お気の毒に」と思われたんじゃないかという不安を抑えきれないのと、最も重大な問題は、
 これ、食べられないよね?!
 ふなっしーを傷つけるなんて、わたしにはできない!!!(←お気の毒)
 いやほんと、可哀想でローソクも刺せませんでしたよ。

 わたしがいないところで、オットがケーキを切り分けてくれて、お義母さんと3人で食べました。
 とても美味しいスフレチーズケーキでした♪ (牛乳嫌いのわたしが食べられる唯一のチーズケーキなんです)
 今日、食べたのは後頭部の部分なんですが、明日になったら顔の部分に差し掛かるわけで、あ、想像しただけで胸が……(←お気の毒2)


 オットのプレゼントは、ガーベラとバラと百合の、華やかな花束でした。
「誕生日のプレゼントで白い百合をメインに、って頼んだのに、百合がどこにあるか分からない」と本人は多少不満そうでしたが、女性のバースデープレゼントと聞けば、わたしが花屋さんでもこういう色合いにしますよ。メインが白って、それじゃ墓前に供えるお花になっちゃうでしょ。
 お花に縁がないオットらしいなあ、と思いました。


 今年は波乱の年で、トラブルとハプニングの連続でしたが、みなさんの励ましのおかげで、なんとか無事に、誕生日を迎えることができました。ありがとうございました。
 みなさんに贈っていただいた拍手も、総数8万5千を超えました。お礼SSの約束だけが増えていく状態で、誠にすみません。
 経営審査が終わったら書きますからね。待っててくださいね。


 ではでは、お話の続きです。
 この話、公開始めたのが7月の頭だったのですが、なんやかやで5ヶ月も経ってしまいました。あと3回ほどなので、もうちょっと我慢してお付き合いください。

 




You my Daddy(20)





 翌週、水曜日の夕方。薪と青木はミハルが入院しているK病院へと赴いた。
 ミハルの入院中、ヒロミは病院に寝泊まりしていた。ミハルは年齢的にも母親の付き添いが必要と判断され、病院側が部屋にヒロミの簡易ベッドを用意してくれた。
 初日こそ、ミハルは麻酔から覚めると傷の痛みにわんわん泣いたが、その後は順調に回復し、病院中を歩き回るようになった。病院側としても、ミハルの子守は必要だったのだ。

 そして事件から十日後の今日。ミハルの退院が決まった。
 もともと大した荷物がなかった母娘は、薪の家に転がり込んだ時と同じ旅行鞄一つで新橋のアパートに帰る予定だったが、些少の問題が起きた。薪がミハルに買い与えた巨大なぬいぐるみである。
 母子2人で暮らすのがやっとの狭い部屋に、この玩具は大き過ぎる。「残念だけど、なっしーとはさよならしましょう」とヒロミに諭されて泣きべそをかく、ミハルに薪が肩を竦めて言った。
「そいつはおじいちゃんの家で預かるから。いつでも遊びに来るといい」
 その言葉に、ミハルはぱあっと笑顔になる。薪の腰に抱き着いて喜ぶミハルに、嫉妬を隠せない青木の未熟を咎めるように、ヒロミが青木の名を呼んだ。

「パパ、ミハルを連れて席を外してくれる? 青木さんに話があるの」
「話ならここですればいい」
「ミハルには聞かせられない話なの。お願い」
 薪は不愉快そうに眉を寄せたが、溜息交じりにぬいぐるみを抱え上げると、ヒロミの要望通り、ミハルと一緒に廊下に出た。
「ロビーで待ってる」

 ミハルとぬいぐるみと3人で、病院らしくお医者さんごっごをした。ぬいぐるみが患者の役で、薪が医者、ミハルが看護師だった。
 メタボリックだの脂肪肝だの黄疸だのと、薪のやたらと小難しい医学用語にミハルは意味も解らずに笑い、手厚く患者の看病をした。自分が看護師にしてもらったのだろう、包帯を替え、身体を拭き、ロビーの椅子に寝かせた。力が足りなくて何度か患者を床に落としてしまったのはご愛敬だ。

 遊び始めて10分としない間に、ヒロミたちがロビーへやってきた。
 二人の間に別におかしな雰囲気はなかったものの、青木がやたらと自分を見るのが気になった。「僕の顔に何か付いてるか」と尋ねると、にっこり笑ってごまかされた。それ以上、ヒロミやミハルの前で問い詰めるわけにもいかず、薪はもやもやした気分を抱えたまま、大きなぬいぐるみを青木に預けたのだった。



*****



 ヒロミたちを最寄り駅まで車で送った後、二人は、持ち主よりも大きなぬいぐるみを抱いてマンションに帰ってきた。
 ビジネスバックとぬいぐるみ、両方を青木に持たせ、薪はいつものように手ぶらでドアのレバーを握る。開けると同時に向き合った静寂に、しばし戸惑った。
 家に帰れば「おかえりなさい」と笑顔で自分を迎えてくれる人がいたことを、その時の幸福感を思い出す。今、薪を待っているのはリビングで音も立てずにほころぶ百合の花の香りだけだ。

「薪さん」
 呼びかけられて我に返り、振り向いてぎょっとした。あの滑稽なぬいぐるみの濁った眼が、上目遣いで薪を見上げていた。相変わらず心臓に悪い人形だ。
「ミハルはいったい、これのどこが可愛いんだか」
 言い掛けて薪は、ぬいぐるみの目線の高さが青木の身長と合わないことに気付く。青木の肩は薪よりずっと高いのだから、わざわざ腕に抱き直さないと人形は薪を見上げることはできない。
 後ろにいた青木が、薪の寂しそうな背中を気遣ってくれたのだと分かった。

「男のシュミの悪さは、僕に似たのかな」
「えっ。オレ、こんなんですか?」
「似てるだろ。『非常識にポジティブ』なところとか」
 複雑な顔で人形のとぼけた顔を見つめる青木を心の中で嘲笑って、薪は靴を脱いだ。いつものようにスーツのポケットから出した財布や携帯電話などをサイドボードの上に置き、ついでに白百合に挨拶をする。開きかけた花弁に気付いて、指で雄蕊を取り除きながら薪は尋ねた。
「なんの話だったんだ」

 はい? と空っとぼける青木に、花瓶を投げつけてやりたくなったが堪えた。
 薪の心臓がバクバク言ってるのはぬいぐるみのせいじゃない。
 気付かれたくない。青木がヒロミと二人だけでどんな話をしたのか、気になって仕方ないこと。

「ヒロミの話だ。なんだったんだ?」
「内緒です」
 青木の性格はよく分かっている。秘密にするのは、それは薪が不快に思うことだからだ。
 若い男女が二人きりで話したい事といえば、嫌でもそちらの方向に考えが向く。ミハルの前では言いづらい、というヒロミの言葉にも合致する。

 まさか、告白されたとか?
 いや、ヒロミは僕と青木の関係を知っている。その上で告白なんて無駄なこと、でも分かんないぞ、彼女はこれでしばらく青木に会えなくなるわけだし。「最後に気持ちだけ伝えておきたかったの」とか、よくある話じゃないか。
 だけど、それなら青木も隠すことないよな? 告白されましたけどちゃんとお断りしました、って言えばいいんだ。それを言わないってことは、僕に秘密で会うことにしたとか?
 いやいやいやいや青木に限ってそんなこと!

「薪さん、薪さん。もうそれくらいで。花が可哀想です」
 ハッと我に返れば、固い蕾をむりやりこじ開けられて、青い雄蕊をむしり取られた哀れな百合の姿。
「花粉が開いちゃうと面倒なのは分かりますけど」
 青木はそれをそんな言葉でフォローしつつ、「そんなに気になりますか?」と苦笑した。花瓶の水を替えるため、サニタリーに入る青木の後姿を眼で追って、薪は自分の猜疑心を心のダストシュートに放り込む。一人でヤキモキするのは愚かなことだと、これまでの失敗が教えてくれる。いい加減、このパターンで自爆するのはやめないと。

 水を替えて戻ってきた青木は、薪が平常心を取り戻したことを察したのか、安堵したように微笑んだ。これなら話が通じると思ったのだろう、「ヒロミさんに秘密にするって約束しちゃったから詳しくは話せませんけど」と前置きして、少しだけ内容を教えてくれた。正しい判断だと薪は思った。さっきの状態で何を言われても疑ってしまっただろう。
「薪さんと、ヒロミさんのお母さんの話です。昔のことだし、薪さんが気になさるようなことじゃありませんよ」
「アユミちゃんが僕に弄ばれたって話か。言い訳するつもりはないけど、あれは」
 つい言い返してしまったが、自分が男である以上、何を言っても言い訳に過ぎないと思い直した。当時、自分が麻子と付き合いながら、他の女性と関係を持ったのは事実なのだから。

 薪が黙ると、青木は薪の後ろに回った。いつものように薪の上着を脱がせ、ハンガーで形を整えてから甲斐甲斐しくブラシを掛ける。図体はでかいのに、マメなやつだ。
「大学時代の薪さんの恋人って、麻子さんのことですよね。7年になりますか。ガンで亡くなったんですよね」
「そうだ」と応じて、薪はふとネクタイを解く手を止めた。
「あれ? 僕、おまえに麻子ちゃんのこと、話したっけ?」
「あー、すみません。雪子先生から聞きました」
 薪と付き合い始めて半年も経たないころ、彼女の葬儀があったことを青木は雪子から聞いた。あの当時はまだ薪の気持ちも青木の覚悟も半端で不安定で、そのせいで生まれたすれ違いが果てしなく重なって行く、そんな辛い時期だった。だから青木は、雪子から聞いた話を薪に打ち明けることができなかったのだ。

「じゃあ話すけど。アユミちゃんとのことはよく覚えてないんだ。コンパで一緒になって、酔っぱらって気が付いたら彼女が裸で隣に寝てて」
「なんてありがちな」
 今でも薪は、酔うと突然眠ってしまう癖がある。後にも先にも失敗したのはアユミだけだが、外で飲むときは気を付けなければと肝に銘じている。
「麻子さんはそのことを?」
「うん。知ってる」
「バレちゃったんですね」
「バレたっていうかバラされたっていうか。携帯に残っていたあの写真、彼女、麻子ちゃんに見せたんだ」
「それはまた……麻子さんはなんて?」
「『皮一枚の事よ。彼女もあたしも』」
 麻子は聡明な女性だった。大人しいが、芯は強い女性だった。
「そう言ってたな。あれ、どういう意味だったんだろう」
 ――そして、心から薪を愛していた。

 昔の彼女が自分に注いでくれた深い愛情を思い出し、薪は今の自分を恥じる。寛大に許した麻子に比べて、策を弄した自分のなんて醜いことか。
 気が付いたら恥ずかしくて恥ずかしくて、青木の顔が見られなくなった。俯いて黙り込んだ薪の顔を、青木がそっと覗き込む。ほぼ直角に腰を曲げて、そんな辛い体勢をものともせず自分を気遣ってくれる恋人に、本当のことを言わないのは罪悪だと思った。
 岡部に話したことを、死んでも青木には知られたくないと思ったことを、薪は正直に告白した。それは、どう考えても蔑まれるしか道はないと分かっていることで、だから言いたくなかった。彼の信頼を裏切りたくなかった。でも言わないのはもっと悪いことだと、麻子の奥ゆかしく輝く瞳が薪に訴えかけていた。

「ヒロミとおまえを引き離そうとした。ごめん」
 こんなみっともない真似は二度としない、と恋人に誓うために上げた瞳に、頬を紅潮させて眼を輝かせた青木の顔が映る。てっきりドン引きしてると思ったのに、なんなんだこの反応は。
「青木?」
「薪さんがオレにヤキモチ……うれしいですっ」
「いや、ダメだろ」
 何故かハイテンションの青木に、薪がダメ出しをする。咎められるべきは自分のはずなのに、青木が相手だとどうも調子が狂う。
「嫉妬深い男なんか最低だ」
「すみませんね、最低で」
「おまえのはいいんだ」
 青木の嫉妬はかわいい。青木はまだ若いし、夢中で僕のことが好きなんだと、伝わってくるから可愛らしいとしか思えない。引き換え、自分は今年で45になる。そんなオヤジが、しかも12歳も年下の恋人にヤキモチ妬くとか、うっわ、冷静に考えたらカッコ悪すぎて死ねそうだ。

 地球の裏側まで突き抜けようかという勢いで自己嫌悪の穴に埋まっていく薪を、青木が止める。細い肩に両手を置き、潤んだ瞳で熱く囁いた。
「オレ、今モーレツに感動してます。薪さんがオレにヤキモチ、薪さんがオレにヤキモチ……」
 繰り返さないでくれる。絞め殺したくなっちゃうから。
「薪さんっ」
 抱きしめるのはいいけど力加減考えてね。僕の背骨がゴキゴキ鳴ってる時点で普通に傷害罪だからね。
「我慢できなくなっちゃいました」
「なにが」
「食事の前ですけど、いいですよね?」
「だからなにが」
「薪さん、愛してますー!」
「なんで?!」
 なんでそうなるんだ、意味が分からん!
「待て青木! 食事、てか風呂、風呂! ダメだって、あ゛――!!」

 人間、正直になっても何もいいことなんかない。
 恨むよ、麻子ちゃん、と薪が心の中で呟くと、思い出の中の彼女は25年前と同じように控え目に微笑み、ペロッと舌を出した。




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You my Daddy(21)

 こんにちは!
 現場事務所で記事を書いております、しづです。(←普通にサボってる)

 10月、11月のプライベイト記事にいただいたコメントのお返事、ほぼ、お返しできたと思います。ありがたいことに、すごく沢山いただいたので、見落としてしまったコメントもあるかもしれません。まだもらってないよ~、という方はご連絡ください。
 なお、今月いっぱいで2つの記事は下げさせていただきます。コメントも読めなくなってしまいますが、お許しください。


 さてさて、お話の続きです。
 本日も広いお心でお願いします。





You my Daddy(21)





 ひと月ぶりの薪の身体は、青木が夢見たよりもっと素晴らしかった。ダメだと言いながら彼の身体はあっという間に潤って、青木が差し出す快楽を次から次へと受け入れた。
 おそらく今夜は、彼もその気だったと思う。ただちょっと順番が違っただけで。

 久しぶりだったから、青木も少し先を急いだ。ベッドに連れていく余裕もなくて、ソファに押し倒した。ワイシャツのボタンは外したものの、緩めただけのネクタイを解く手間が惜しくて、そのまま下半身に直行した。
 ズボンと下着を床に落として、ソファの上で薪の身体を折り曲げた。中に入ると、薪はあり得ないくらい好い声で鳴いた。臙脂色のネクタイが白い肌に映えて、薪が身体をくねらせる度に青木を昂らせた。
 制御が効かなくなるまでに、5分も掛からなかった。狭いソファの上でこんなに激しく打ちつけたら、思うように動けない薪が辛いのは分かっていたけれど、どうしても止められなかった。

 自分の性急さに、青木は言い訳する。
 薪さんが悪いんですよ。そんな風にオレを誘うから。

 そもそも、番狂わせの原因は、薪がヤキモチなんぞ妬いてくれるから。的外れもいいところだが、あのくらいで策を弄したなんて可愛らしいこと、そんな純粋さと幼気さを捧げられたら男は狂わずにはいられない。
 そう。薪は純真なのだ。それはもう過ぎるほどに。

 ――あのとき病室で。

 二人きりになると、ヒロミは前置きもなく、いきなり言った。
「たぶん、ママのフカシだと思うわ」
 咄嗟には何の事だか分らなかったが、ミハルに聞かせられない話だとヒロミが言ったことを思い出し、薪とヒロミの母親の男女関係のことだと気付いた。
 青木は驚愕した。
 ヒロミと薪が親子でないことは薪から聞かされていたが、ヒロミもその事実を知っていたのか。

「ママの性格から言って、パパと本当にそういう関係だったなら、もっと早くにあの写真をわたしに見せたと思う。とにかく自慢するのが好きな人だったから」
 告げられて青木は、改めてヒロミを見直した。強い女だと思った。
 自分の罪も、ミハルが背負った十字架も、すべて彼女は知っていて、その上でミハルを育てることを選んだ。その壮絶な決意。
「パパって、良くも悪くも有名人でしょ。テレビに出たこともあるって話だし、絶対に自慢したはずよ。ギリギリになるまで見せなかったのは、あの写真が偽装だって証拠。酔わせて眠らせて脱がせて写真撮って、恋人と別れさせようとしたんでしょ。ママのやりそうなことだわ」
 実の母親へのヒロミの評価は、決して好意的ではなかった。親子の情とはまた別に、ヒロミは冷静な観察者の眼を持っていた。

「――それでもね」
 ふと、ヒロミは声のトーンを落として、黒く豊かな睫毛を伏せた。
「わたしがあの地獄に耐えられたのは、その嘘があったからなの。それはママも同じだったんだと思う」
 自分が吐いた嘘に縋って、ようやく生きることができた。
 いみじくも、薪が鈴木の幻想に縋って生き延びたように。

「その証拠ってわけでもないけど。ミハルの名前は、ママが付けたのよ。美しい春って書くの。パパの――薪さんのあの写真、白木蓮が写ってたでしょ。それで美しい春」
「美しい春……」
 青木はその言葉を口の中で繰り返し、ミハルが第九に持ってきた古い写真を思い出した。
「ミハルはわたしたちの希望だから」

 あの写真のように。
 清らかに美しく、健やかに育ってほしいと。それだけを願って。

「青木さんにだけは本当のことを言わなきゃと思って」
 パパは、あの人は、そんな不誠実なことしないってこと、青木さんは理解すべきだと思うから。
 ヒロミはそう言って、ニコッと笑った。それは大層魅力的な笑顔だった。

 それからすっと両手を胸の前で合わせて、青木を拝むように、
「でもお願い。薪さんには内緒にしておきたいの。薪さんだけは騙されてくれなきゃ、ママがあんまりみじめじゃない」
「オレからもお願いします。そのままにしておいてください。薪さんは、過去の女性の数が多いほうが男らしいって思ってるんで」
「なにそれ」
「男のロマンて言うか、見栄っていうか」
「はっ。サイテーね」
 辛辣に、ヒロミは鼻で笑った。まったくもって、彼女の観察眼の鋭さは刑事顔負けだと青木は思った――。

 自分も少し、彼女を見習わなくては。
 いかに相手を愛していても、その愛に自分が溺れてしまっては駄目なのだ。今回のように、彼の気持ちを読み間違ってしまう。ましてや、薪がせっかくヤキモチなんて珍しいことをしてくれたのに。それに気づかなかったなんて大失態だ。
 最後だけは間に合わせて薪の腹に落とした自分の雫を、薪のそれと混じって彼の臍に溜まった白い液体を丁寧に拭き取りながら、青木は、両腕を組んで顔を隠す恋人の尖った肘にそっと口づけた。



*****



 リビングで一戦交えたら食事を作るのが面倒になってしまって、青木が作ってくれたクラブハウスサンドをベッドでかじった。食事をしたら少しは元気になって、そのエネルギーを薪は風呂に使いたかったのだけれど、青木が許してくれなかった。
 一日働いて、シャワーを浴びていない身体が発する自分の匂いを気にしながら、ベッドでねっちり責められた2回目。汗と唾液と体液まみれになった身体を相手に触られるのも、擦り合わされる秘部の汚れも気にならなくなるくらいに理性も飛び、白熱した時間を二人で過ごした後。今はただ、疲れた身体を彼の腕に預けている。

 汗でべたつく髪を優しく撫でる青木の手を邪険に払い、気怠く寝返りを打って、薪は呟いた。
「一緒に暮らすって、こういうことなのかな」
「そうですね。キモチイイコトたくさんできるってことで、痛だだだだだ!!」
 容赦なく潰されて、青木は悲鳴を上げる。コレのおかげであんなに善がってたくせに、とか言ったら二度とできない身体にされそうだから黙って聞くことにした。

 薪は横を向いたまま、青木を見ないままで、しっとりと濡れたシーツに自分の言葉を染み込ませるように、
「嫌なとこもダメなとこも、全部相手に見せて。すべて曝け出した上で、それを認め合って許し合って。それが一緒に暮らすってことなのかな」
「ダメなとこはともかく、嫌なとこなんて見せられた覚えはありませんけど痛いです」
 懲りずに後ろから抱きしめてくる青木の腕を、薪は思い切りつねる。
「悪かったな、ダメ人間で」
「ごめんなさい、痛いです、許してください、ごめんなさい」

 青木はいつもそうだ。
『どこから見てもきれいです。何をしてても可愛いです』
 恋は盲目とはよく言ったものだが、いつまで続くことやら。

「そうですね。これから出てくるのかもしれませんね。そうなった時に、許し合える関係でいられるといいですね」
 今回もそう言われると思ったが、違った。こいつも少しは成長しているらしい。
「末永く、よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
 少しだけ迷って、薪は答えた。ひどく気恥ずかしかったけれど、苦手なものは少しずつでも克服していきたい。そうしないと、成長する青木に追いつけなくなる。

 薪はくるりと寝返りを打った。
 至近距離で青木の顔を見つめる。寝乱れた彼の髪は額に落ちかかり、彼の若さを強調する。幼さを残した男の顔。その甘さが青さが、薪の心を掻き立てる。
 好きだ、と言おうとしたけれど、やっぱり顔を見てしまったら言えなかった。
 代わりに甘えた。「風呂に運べ」と我儘を言った。
 はい、と快い返事が返ってくる。ひょいと抱き上げられ、薪は青木の首に縋る。

 これから十年、二十年先。
 遠い未来をもしも共に歩めたとして、その幸福の中にあってもなお、そういう時期は訪れるのかもしれない。相手の顔も見るのもイヤになったりするものなのかもしれない。でも今は。
 今はまだ。
 ずっと青木を見ていたい。

 脱衣所に着いて床に下ろされ、風呂の折り戸を開けるわずかな間も、青木の腕は薪を支えてくれる。包み込むように自分に寄り添う体温を、薪は強く抱きしめた。



*****

 最初にご説明しましたが、ヒロミ母娘の設定は、なみたろうさんの絵から生まれました。
 この絵が手元にあったらそれだけで生きられるんじゃないかと思った。それくらい、心惹かれる絵でした。
 なみたろうさん、ありがとうございました。



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You my Daddy(22)

 最終章です~。
 コンスタンスに公開できなくて、すみませんでした。
 間延び更新にお付き合いくださって、ありがとうございました。




You my Daddy(22)




「今度という今度は自分が嫌になった」
 頭の上に黒い雲を載せて、薪は猪口の酒に深い溜息を落とした。今夜は長くなるな、と岡部は敏く先を読み、座卓の下でそっと母親にメールを打つ。先に寝ててください、とそれはいつもの決まり文句だが、これまで一度も履行されたことがない。
 新鮮な魚と日本酒が看板の小料理屋で薪と二人酒。今日は青木は甥の初節句だそうで、姉の家に泊まるらしい。

「なにをそんなに落ち込んでるんです? 今回も上手く治まったじゃないですか」
 途中すったもんだはあったが、それはもはや定例行事。終わりよければすべて善しと、岡部はそんな格言を引っ張り出して薪の気を引き立てようとする。いつもと立場が逆だ。
 いつもは薪が暴走して、自滅コースに突っ込んでいくから岡部が怒らなくてはならなくなる。したくもない説教を、それも明らかに聞き流す態度の相手にくどくどと繰り返すことの虚しさと言ったら。飼い猫相手に愚痴を零す方がなんぼかマシだ。尤も、岡部の家の飼い猫はちょっと特殊で人間の言葉を解するのだが、それはまた別の話だ。
 今回は、DV被害から母子を救い、偽りの精神鑑定で無罪になるところだった犯人に正当な罰を受けさせた。薪もそんなに危ないことはしなかったし、精神的に追い込まれたり傷ついたりすることもなかったと思う。青木が少ししょげていたくらいで、今までの事件に比べたら平和なものだ。
 しかし薪は岡部が見たこともないほど暗い顔つきで、好物の刺身にも、あろうことか猪口を持つ手まで止まってしまっている。これは聞き出すのに骨が折れると判断し、岡部は人間の口を軽くする最も手っ取り早い方法を用いることにした。すなわち。
「今日はミハルちゃんの快気祝いと行きましょう。ささ、薪さん、飲んで飲んで」
「うん……」
「この酒、美味いでしょう? 新潟の蔵元直送の限定品でね、店主に取り置き頼んでおいたんですよ」
 勧められるままに盃を重ね、猪口がぐい飲みになり、それもまどろっこしくなった岡部がコップに切り替えた頃、薪がようやく口を開いた。

「青木が言ったんだ。僕の子供を遺せないことを申し訳なく思ってたって。だからヒロミたちには感謝してるって、そう言ってた」
 さすがは青木。お人好しが底なし沼だ。
 彼女たちのせいで家を追い出されて、薪との関係が変わってしまうかもしれないと食欲が失せるほど悩んでいたくせに。
「薪さんの言う通りでしたね。あいつを見損なってたのはおれの方でした」
 さすがですね、と薪の洞察を褒めると「まあな」と薪は一瞬だけ普段の高慢な表情を取り戻し、でもすぐに弱気な表情になって、
「2、3年前のことだけど。青木に来た見合い話、僕が潰したことがあるんだ」
「えっ。青木の見合いの会場に乗り込んだんですか?」
 岡部が驚いて聞き返すと、薪は岡部よりも驚いた顔をしていた。
「おっそろしいこと考えるな、おまえ」
 潰したと言われれば普通はそう考えると思うが。
「雪子さんじゃあるまいし」
 雪子の武勇伝を聞いてみたくもあったが、今は薪の話だ。

「具体的に、何をしたんです?」
「青木にって預かった見合い写真を本人に見せずに返した」
 それは当たり前だろう。2年前にはまだ二人は一緒に暮らしてこそいなかったが、その関係はすっかり出来上がっていたのだから。
「そんな話を薪さんからしたら、青木が傷つくじゃないですか。見せなくて正解ですよ」
「分かってる。でも見せるべきだった。例え結果が分かりきっていても、青木の人生は青木のものだ。彼から選択肢を奪う権利は僕にはない」
 薪らしい考え方だと思った。冷静で理論的で、平等で潔い。しかし彼はそれを為せなかったわけで。
「すごく落ち込んで、もう二度とこんなことはしないと誓った。なのに、気が付いたらまた同じ間違いを」
 尻すぼみに語尾を弱めた薪は、ずるずると前のめりに体勢を崩し、
「僕ってダメだー」
 座卓に突っ伏して拗ねる様子に、思わず吹き出してしまった。自分の腕の陰から薪の眼が、恨みがましそうに岡部を見上げる。

 軽くいなして、岡部は尋ねた。
「青木は怒りましたか?」
 薪の瞳からマイナスの感情が消える。代わりに浮かんだのは熱っぽさを秘めた恥じらいの色。何があったか大凡の予想は付いたが、岡部は重ねて訊いた。
「話したんでしょう。あいつはなんて言いましたか」
 長い睫毛を伏せ、ついでに顔面も腕の中に伏せて、薪は小さな声で言った。
「僕がヤキモチを妬いてくれて嬉しいって。むっちゃテンション上がってた」
 だと思った。予想通り過ぎて相槌を打つ気にもならない。
「本当に薪さんは、青木のテンション上げさせたら世界一ですね。いっそギネスに挑戦しますか」
「そんなギネスタイトル、全然嬉しくない。青木のやつ、僕があれほどダメだって言ったのにその場で、……なんでもない」
 安心してください。道場でシメときますから。

「分かったでしょう? あいつの幸せの鍵は、あなたが握ってるんですよ」
 照れ隠しか或いは青木の狼藉を思い出して本当に怒っているのか、初鰹を頬張りつつ尖らせたくちびるをそのままに、薪はぼそりと呟いた。
「うん。知ってる」
 平気な顔で嘯く風情を、亜麻色の瞳の柔らかさが裏切る。とろけそうに甘い瞳をしている。「薪さんはときどき砂糖菓子みたいなんです」と得意のポエムを語りだした青木を岡部は大外刈りで転がしたばかり、でもあれはこういうことだったかと納得した。確かに、食べた記憶もない砂糖が口から出てきそうだ。

「子供のことは僕も随分考えたんだ。青木はともかく、親が泣くだろうなって。幸いあちらのお母さんができた人で、僕のことを息子だと認めてくれてるけど」
 さすが青木の親だ。常識に捕らわれないフリーダムな精神は、母親からの遺伝というわけだ。
「でも、青木も同じことで悩んでいたなんて知らなかった。子供の1人や2人、本当に作っておけばよかったかな」
 いたらいたで悩みの種になると思いますけど。

 そういうことではないのだ、と岡部は唐突に気付く。
 人生を共に歩む相手に互いを選んだこと、後悔する気はないけれど、心に棘のように刺さって抜けない負い目がある。自分は親から命をもらってこの世に生まれてきたのに、自分の子供を遺せない。次の世代に命を繋げていけない、人として責任を果たせない、そんな罪悪感。

 ――でもね、薪さん。
 おれは思うんですよ。

「子供なら、たくさんいるじゃないですか」
 岡部の言葉に、薪は不思議そうに眼を瞬く。どういう意味だ、と亜麻色の瞳に促され、岡部は少し照れながら言った。
「第九の連中は、みんなあなたの子供ですよ」
 血こそ繋がっていないけれど。
 あなたに見いだされ、あなたの背中を見て育ち、あなたの考え方と精神を受け継いだ。おれたちはみんな、あなたの子供です。

 キョトンと目を丸くした薪は、次の瞬間、何故か猛烈に焦り始めた。
「アユミちゃん一人じゃなかったのか……そんなに大勢の女性と、僕はなんてふしだらな男なんだー!」
「そういう意味じゃなくてですね、だいたい山本とおれはあんたより年上、てか他の連中も生物学的に不可能ですから!」
「今井なんかあなたが1歳の時の子供ですよ?」と岡部が全員の生まれ年を諳んじれば薪はくすくすと笑って、「室長らしくなってきたな」と岡部の努力を褒めてくれた。緊急時に備えて職員の生年月日と血液型は暗記しておけと薪に言われたことを、岡部は実直に履行していた。

 からかわれたと分かって、岡部はむっつりと酒を飲む。照れ臭いのを我慢して言ったのに、そういう返しってどうなの。ああやっぱり言わなきゃよかったといささか乱暴にコップに冷酒を注ぐ、岡部の手元に華奢な手がぐい飲みを差し出す。
 丁寧に満たされた冷酒がくいと持ち上げられ、置かれたままの岡部のコップの縁にコツンと触れ合わされた。
「乾杯ですか」
 なにに? と問うた岡部に、薪はふわりと笑いかけた。
「子供たちに」
 岡部の武骨な手がコップを持ち上げる。飾り気のない円ガラスの縁と、美濃部焼のぐい飲みがもう一度触れ合わされた。


―了―


(2016.7)

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Daugthers(1)

 こんにちは。
 はや、4月になりまして。桜も咲き始めましたね。
 暑くなったり寒くなったり、気温の変化が激しい今日この頃ですが、みなさん、お元気ですか?

 さて、本日は「You my Daddy」のあとがきです。(←いまごろ!!)
 今回は座談会ではなく、SSにしました。
 え、どっちもあとがきじゃない?
 すみません、法十のあとがきはこれなんです。わたし、作文苦手で、リアルの文章書けないんです。


 SS書いたの、何か月ぶりだろー。

 毎回そうなんですけど、ブランクが長くなると、どうやって書いていたのか忘れてしまって、それを思い出すのにすごく時間が掛かります。言葉選びとか比喩表現とか、文章の締め方とか。そういった諸々のことに迷って、いちいち躓くものだから、話の運びは遅いわテンポは悪いわ、時間ばっかり喰って熱は冷めるわ……毎度のことながら、立ち上がりは調子悪いです、すみません。
 20年ぶりに職場に戻ってきたシニア社員の報告書を読んでいるつもりでお楽しみくださいませ。(楽しいのか、それ)


 題目は、薪さんの娘たち。(←しかも青薪さんじゃないという。楽しいのか、それ)
 どなたさまも広いお心でお願いします。





Daugthers(1)





 細い指先が、液晶画面に映る数字の上を軽やかにタップした。2から始まる3桁の数字、それが訪問先の部屋番号だ。

 応答を待つ間、九条礼子は、なんとはなしに自分の爪を見た。短く切ってはあるものの、その色合いはなかなかにカラフルだ。先端の赤と中間のピンクが細い銀色のラインで斜めに仕切られ、根元に近い部分は透明度の高い白色。行きつけのネイルサロンで「春らしく」とだけ言ってネイリストに任せたのだが、出来栄えは満点に近い。礼子の好みにも合っている。しかし、これから訪ねる部屋の主には「派手だ」と眉を顰められるに違いない。何かと口うるさい男なのだ。
 気持ちを切り替えるように、礼子は右肩に引っ掛けた大きなバックを掛け直す。実用性重視の黒いトートバックは、高く結い上げた巻き髪と紫色のドレスという彼女のファッションに全く似合っていないが、これは学校のお仕着せで、実はこれを見せるのも目的の一つなのだ。どちらかと言えば服装の方が間違いなのだが、今日はバイトが長引いてしまって、着替える時間が無かった。このバイト内容に適応した胸の空いたドレスにも、彼は文句を言うに違いない。メンドクサイ男だ。
 そう思うなら一旦家に帰って出直してくればよかったのだが、礼子は一刻も早くここに来たかった。それは電話、いっそメールでも事足りる用事だったが、礼子は足を運ぶことを選んだ。それが礼儀だと思ったし、相手の反応を見たくもあったからだ。
 ところが。

『はい。どちら様ですか』と答えた女の声に、礼子は戸惑った。目的の部屋に女性はいないはずだ。部屋番号を押し間違えたかと画面を見るが、そうではない。では、引っ越したのだろうか。自分に連絡もなしに?
 さては、借金がかさんだ挙句の夜逃げか。それとも痴話喧嘩のし過ぎで近所から苦情が出て追い出されたのかしら、と失礼な当て推量をしながら、「そちらは薪さんのお宅では」と尋ねてみる。相手の女性は『そうです』と答え、『失礼ですが、どちら様ですか』と最初の質問を繰り返した。
「九条ですけど。薪さん、います?」
『少々お待ちください』と相手の女性はインターフォンを置き、礼子はしばらくの間、ほったらかしにされた。
 待ち時間の慰みに、とりとめのない妄想が浮かんでは消える。

 今の女性は誰だろう。声の感じでは若い女のようだったけど、まさか恋人?

 薪には男の恋人がいる、でも彼はゲイじゃない。それは知っていたけれど、大人しそうに見えて実は独占欲の塊のような薪の恋人が、薪に女遊びを許すとは思えない。だからと言ってあの二人が切れたとはもっと思えない。彼らは互いに、無くてはならない存在だったはず。彼らと知り合った当初からそう感じていた礼子は、昨年の春からようやく一緒に暮らし始めた二人を表面上は冷やかしつつ、心の中では全力で応援していたのだ。それなのに。

『申し訳ありませんが、薪はいま、手が離せないと』
 相手の言い訳にカチンとくる。
 自分の家にいるくせに、何が手が離せないことがあるのよ。どうせ恭子ちゃんの水着写真の切り抜きでもしてるんでしょ。
『それに、基本的に薪はお約束のない方とはお会いしません。まずは電話か手紙で会見内容をご提示なさって、アポイントメントをお取りください』
「はあ!?」
 アポですって? いつからそんなにエラクなったのよ、あの説教オヤジ。
 ていうかこの女の喋り方、めっちゃムカつく。昔、義父だった男の秘書兼愛人やってた女の喋り方そっくり。あの女、義母には逆らえないもんだから、あたしにさんざん意地悪したのよ。

「じゃあいいわ。青木さんに代わってよ」
 この女が何者でも、青木の名前を出せば怯むはず。だって彼は薪の。
『……部屋をお間違いでは? こちらには、そう言った名前の者は住んでおりません』
「え」
 どうやら青木はこの女に追い出されたらしい。恋人と言っても青木は薪の奴隷みたいなものだから、薪の心変わりに泣く泣く身を引いたのかもしれない。
 そこには本人たちしか知り得ない事情があったのだろうし、だから薪が青木と別れたことに関して四の五言う気はない。でも、後釜にこんな女を選んだことは絶対に許せない。女を見る目が無さすぎる。今度薪がお店に来たら、みんなに協力してもらって身ぐるみ剥がしてテーブルの上に転がして動画をウェブで流してやる。

 恐ろしい決意を胸に、礼子は踵を返した。ドレスの裾を翻し、怒りに任せた歩幅のままエントランスを出ようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。
「あれ。礼子ちゃん」
「青木さん」
 見知った顔に出会えてホッとしたのも束の間、礼子は瞬時に現在の状況を思い出し、美しく化粧した顔をこわばらせた。
 別れた恋人のマンションにやってきた、元恋人。なぜ? もちろん、恋人に未練があるからだ。
 礼子の見立てが間違っていなければ、青木にはストーカー犯罪者の素質がある。何時のことだったかこの男は、薪の裸を見た人間は一人残らずこの世から抹殺するとか言って、何人殺せばいいんだろうとか呟いてて、
 それもう素質の段階じゃないから。連続殺人犯のツイッターログだから。

「久しぶりだね。薪さんに用事?」
「え、あ、いや、いいわ、今日はいい」
 礼子がシドロモドロに応えを返すと、青木は「うん?」と首を傾げた。いつもハッキリと物を言う、ちょっとハッキリし過ぎるキライのある礼子が曖昧な返事をしたから、意外に思ったのだろう。
「こ、今夜は雨だってテレビで言ってたし。青木さんも、今日は早く自分の家に帰った方がいいと思うわっ」
「雨かあ。それなら車で送って行くから。上がってお茶でも飲んで行きなよ」
 そう言って青木はタッチパネルに手を当て、内扉のロックを外した。言動から察するに青木は、薪と別れたわけではなさそうだ。
 てことは、さっきのあの女の言葉はフカシ? 青木の留守に薪のところへ強引に押しかけてきて、「恋人になってくれるまで帰らない」てやつ?
 部屋に上げたくらいだから、薪にも身に覚えがあるのだろう。つまりこれから青木が部屋に戻ったら、「ひどいわ、あの夜は何だったの。わたしとこのウドの大木、どっちを選ぶの」という修羅場が展開されることに――。
 どうしたらよいのだろう、と礼子が迷ったのは5秒ほど。1分後にはピンヒールの音を響かせ、青木と一緒に階段を昇っていた。
 自分が誰の味方をするかなんて決まってる。今、自分がこうしていられるのは彼のおかげなのだから。これから窮地に立たされるに違いない彼の、味方になってやらなければ。部外者の自分の援護射撃がどこまで通用するか、自信はないが、これは人としての在り方の問題だ。受けた恩は返す、当然のことだ。

「ちょ、ちょっと待って、青木さん!」
 瞳孔センサーが黒い瞳をスキャニングし、玄関のロックが解除された。そのまま青木がなんの構えもなくドアを開けようとするから、礼子は思わず彼の手を掴む。驚いた青木と目が合って、不覚にもときめいた。その動悸の原因はおそらく、190センチの長身に子犬のような黒目のアンバランス。薪が時々青木の前で固まっているのは、多分これにやられているのだろう。
「深呼吸しましょう、深呼吸」
「なんで」
「ドアを開ける前は深呼吸するの。JKの間では常識よ」
「そうなの?」
「女子高生って不思議な生き物だね」と青木は笑い、「ただいまー」という間延びした声と共に、軽くドアを開けてしまった。

「おかえりなさい。あら?」
 インターフォンに出た女の声が出迎える。年の頃は20代後半、セミロングの黒髪をバレッタで後ろに留めている。服装は地味だけど顔立ちは整っている。髪型と化粧で化けるタイプ。痩せ気味だけどスタイルは良い。
「まあ、ごめんなさい。あなた、お客さまだったのね。わたしてっきり」
 恋人の留守を狙って男を寝取りに来るくらいだからケバい女を想像していたけれど、服装といい言葉使いといい、良家の若奥さんみたいだ。雰囲気がなんとなくお母さんぽい、ていうかなにそれ、その脚にくっついてるやつ!

「ミハル。お客さまにご挨拶しなさい」
 母親のスカートにへばりついてモジモジしてる小動物。子供、どこから見ても子供だわ。まさか、薪さんの子供じゃないわよね?
「礼子ちゃんは初対面だったよね。こちらヒロミさんとミハルちゃん。薪さんの、えっと、うん。娘さんだよ」
 マジでかっ!!

「ムスメ……」
 乾ききった声で、礼子はその言葉を繰り返した。
 これはあれだ。ちょっとした遊びのつもりで関係を持ってしまった女が何年か後に突然やってきて『あなたの子よ』ってやつだ。アルコールが入ると高確率で記憶障害になる薪らしい不始末だが、子供を持ち出されたら青木には分が悪いだろう。
 しかし、青木の嫉妬深さと薪に対する執着の強さは既に犯罪者レベル。マスオさんみたいな顔して、羊の皮を被った狼どころかティラノサウルスだ。薪に手を出す人間には容赦しない。相手が男でも女でも、子供でもだ。

 礼子は思わず天を仰ぐ。これは血を見るかと思いきや、聞こえてきたのは青木の存外穏やかな声だった。
「ヒロミさん、久しぶり。ミハルちゃんも、よく来たね。2人とも元気そうでよかった」
「おかげさまで。青木さんも相変わらず……しばらく見なかったせいか余計大きく見えるわ。ちょっと太った?」
「えっ、分かる? 実は3キロほど。4月は歓送迎会が多いから、毎年太っちゃうんだよね。家での食事を調整できればいいんだけど、薪さんの料理が美味しすぎてさあ」
「あー、分かる分かる。わたしもここに来るたび、おなか周りがヤバくなって」
 なによそれ。どっちが本妻の立場か知らないけど、あんたたち慣れ合いすぎでしょ。それともお互い腹の中では、相手に頭から灯油ぶっかけて燃やしてるの? それとも金属バットでタコ殴り?

 礼子が自分の想像にハラハラしながら状況を見守っていると、奥の部屋から部屋の主が現れた。有名なゆるキャラの人形を両手に抱えて、ああ、インターフォンの返事は嘘じゃなかった、なるほどこれでは手が離せない、じゃなくて! この非常時に何やってんの、この男は!
「礼子。どうしたんだ?」
 おまえがどうしたんだ!? と叫びたい。なによ、そのけったいなぬいぐるみは、て言うかデカっ! 胴体は薪の両手がやっと回るくらいだし、顔なんか薪の5倍くらいある。
「あ、なんだ。クジョウっておまえか」
 同姓の知人がいたのか、と尋ねると、薪はぬいぐるみに動きを阻まれながらも首を横に振り、
「クレームだと思った」
 それで追い帰すように言ったの。バカじゃないの、このオヤジ。

「パパ」
 ミハルと呼ばれた少女が薪を見つけ、一直線に走っていく。走り寄る子供に、薪は礼子が見たこともないような甘ったるい顔で、
「ミハル~!」
 あかん。こら青木さん、あかんわ。オヤジ、子供に骨抜きになっとる。
「ほーら。ミハルの大好きななっしーだよ~」
 与えて遊ばせるのはいいけど、子供、巨大ぬいぐるみの下敷きになってるわよ。窒息するんじゃないの、それ。
 いっそ死んでくれた方が青木にとっては都合がいいのかもしれないと黒い考えが浮かぶ礼子の前で、当の青木は、
「ミハルちゃんが来るって言うから、ミハルちゃんの大好きなチョコレート買ってきたよ。ゴディバだよ~」
 このお人好し世界選手権ぶっちぎり優勝男。
「もー、パパも青木さんも、あんまりミハルを甘やかさないでよ。ちやほやされるのに慣れちゃうと、後が大変なんだから」
 目の前で繰り広げられる家族ドラマに、礼子は眩暈を憶える。子供まで産ませた女性がいるのに男と同棲している男。恋人が、他の女性に産ませた子供と仲良く遊ぶ男。彼らがまるで親子のように自分の娘と戯れるのを笑って眺めている女。礼子には、誰一人として理解できない。

「大人の世界ってこういうものなの?」
 しきりに首を振る礼子をどう思ったのか、ヒロミと呼ばれた女性が「さっきはごめんなさい」と謝ってきた。いけ好かない女だと思っていたが、意外と素直だ。嫌いな女と喋り方が似ていたくらいで嫌悪感を抱くなんて、子供じみた真似をして申し訳なかったと、
「てっきりキャバクラの下衆女が、パパのプライベートをネタに強請に来たとばかり」
 思わなくて良かった! 思ってたら負けてた!!
 人を見た目で判断する差別主義だけでも頭に来るのに、犯罪者扱いまで。この女、あれだ。ごめんなさい言いながらちっとも悪いと思ってないタイプだ。もうこっちを見る目が害虫を見る目だもん。

「仰るとおり、あたしはキャバクラに勤めてますけど。なにか?」
「あら、それはそれは。お若いのに大変なお仕事で」
 今、フッて! 鼻で笑ったわよ、このアマ。
「あんたねえ。初対面の人間を犯罪者呼ばわりしていいと思ってんの」
「あら、ごめんなさい。でもわたし、どんな時でもパパの味方だから」
「上手いこと言って、あんたこそ子供を使って薪さんからお金を引き出しるんじゃないの」
 礼子の反撃に、ヒロミは鼻白む素振りも見せなかった。それどころか嘲笑う形に歪めた唇の両端をいっそう釣り上げ、
「だから嫌いなのよ。水商売の女は礼儀を知らなくて」
「悪かったわね。あんたになんか迷惑かけたぁ?」
「初対面の人間をあんた呼ばわりしないで。子供の教育に悪いわ」
「なにが子供の教育よ。あんたのやってきたことの方が、ずっと人の道に外れてんじゃないの」
「あ、あなたがわたしの何を知ってるのよ?!」
 突然、ヒロミは顔色を変えた。この女、上品ぶってるけど、裏ではけっこうなことをやって来たのかもしれない。あの秘書もそうだった。パパの他に2人も男がいて、洋服やら宝石やら3人から貢がせてた。それと似たようなことをして来たに違いない。
「顔見りゃ想像つくわよ」
「アタマ空っぽ身体で勝負します女の代表みたいなカッコした人に言われたくないわよ!」
「なによその言い方! あたしのこと、キャバ嬢だと思ってバカにしてんでしょ!」
 二人の女性の間で、激しい火花が散らされる。子供と遊ぶのに夢中になっていた男二人は、そこに到ってようやく不穏な空気に気付いた。
「薪さん。なんか部屋の中に台風発生してますけど」
「あの二人、馬が合わないだろうとは思ってたけど。想像以上だな」
 避難避難、とミハルの眼を手で隠しながら、薪はリビングからダイニングに移動した。ぬいぐるみを抱えて、後ろから青木もついてくる。

 ミハルをダイニングテーブルに付かせ、ホットミルクとチョコレートを与えておいて、薪と青木はそっと嵐の行方を見守る。周りに気兼ねして声は抑えているものの、二人の間に渦巻く戦意は隠しようもなく。緊迫した空気がビシビシと伝わってきた。
「女の人のケンカって、どうしてあんなに怖いんだろうな。殴り合いとかじゃないのに」
「その気になれば、言葉だけで人が殺せる生き物ですからね。女性は」
「えっ。そうなのか?」
 そうですよ、と頷く青木に、薪は少しだけ猜疑心の混じった視線を送る。青木は嘘は言わないだろうけど、ちょっと大袈裟じゃないのか。
「オレには姉がいますからね。女性の特殊能力はよく知ってるんです」
「なるほど。特殊能力か」
「だから薪さんも、女の人には気を付けてくださいね。声を掛けられたからって、付いて行っちゃダメですよ」
「分かった」
 姉どころか母親も早くに亡くした薪にとって、身近な女性は叔母と雪子くらい。到底、女性を理解しているとは言い難い。ここは女系家族の中で生きてきた青木のアドバイスに従うべきだろう。
「プライベートになると、どうしてこんなに簡単に騙せちゃうんですかね。これだから一人で外出させられないんですよね」
「ん? 何か言ったか」

 いいえ何も、とにっこり微笑まれて、薪は思わずその笑顔に見惚れる。
 青木が笑うと、そこだけ陽だまりみたいだ。キラキラしてあったかい。彼ほどあたたかく笑う人を、薪は他に知らない。
 息苦しさを覚えるほどのときめきを隠して薪は青木を見上げる、けれど隠しきれるはずもなく。瞳が合えば伝わってくる、その断片ですら言葉の枠に収まりきらない、奔流のような彼の気持ち。
 きみが好き。

「薪さん。今夜は、その」
「……うん。僕も」
「「くおら!!」」
 見つめ合う二人を、娘たちの声が唐竹割りにする。自然に触れ合わさった手が弾かれるように離れ、それで初めて彼らは気付く。二人とも、無意識のうちに互いに手を伸ばしていたこと。仲良きことは美しきかな、されど見せられる方はたまったもんじゃない。
「よくイチャつけるわね、この状況で」
「まったくよ。第三次世界大戦勃発しようかって時に」
「どうやって戦争起こすのよ。キャバ嬢ごときが」
「キャバ嬢舐めんじゃないわよ。K国主席に色仕掛けして、あんたの家にミサイルぶち込むことだってできるんだからね」
「やってもいいけど、あんたんちも一緒に燃えるわよ、それ」
 エスカレートする舌鋒をよそに、薪は、何を思ったかぽんと手を打ち、
「あ、そういうことか。さすがだな、青木」と感心したように言った。
 いえそんな、と両手を振って薪のリスペクトを辞退する青木に、薪は面映ゆそうに頬を赤くして、
「自分の知識をひけらかしたり、自慢したりしない。おまえのそういう奥ゆかしいところが、僕は」
「薪さん……」
「「だからイチャつくなっての!!」」

 さっき怒鳴られたばかりなのに、この男どもも大概懲りない。娘たちが美しい眦を吊り上げるのに、薪は反省の色を見せるどころか、逆に言い返してきた。
「うるっさいな。おまえらのケンカ、僕たちには関係ないだろ」
「関係なくないわよ。少しは空気読みなさいよ、このKY・O(オヤジ)が」
「KYO……『気が利いてやさしい大男』か。青木にぴったりだな」
「薪さんの場合は、きれいで妖艶な王女さま……あ、妖精みたいなお姫さまってのもありですね」
「「バカなの、あんたたち」」
「バカはおまえらだろ。初対面なのに、よくそんなディープなケンカができるな」
「女はね、見た瞬間に相性がいいか悪いか分かるのよ」
「そうそう。そういう相手には歩み寄るだけ無駄」
「その割にはツッコミハモってますよね」
「「おおきなお世話!」」
 ほらそれ、と青木が余計なことを言うからますます彼女たちの怒りは激しくなる。だん! と揃って足で床を踏み鳴らし、青木と薪の方へ凶悪な顔つきで詰め寄った。その怖いこと怖いこと。
 震え上がって崩折れた2人の男をゴルゴーンもかくやの冷たい眼で見下ろして、来客用のスリッパが2足、ずいっと進む。押されるように、二人の男は尻でいざる。やがてダイニングテーブルの脚が背中に当たり、進退窮まった二人が身を寄せ合って目をつむった時、天の助けが現れた。

 4人の間にひらりと舞い降りた少女は、口の端にミルクの白を無邪気に残して、
「ケンカ。ダメ」
 鶴の一声ならぬ天使の一声。ミハルの正論には誰も逆らえず、2人の女たちはそれぞれに矛を自分の胸に収めたのだった。




*****


 まとまらなくてすみませんー。
 次で終わりますー。

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ジャンル : 小説・文学

Daugthers(2)

 こんにちはー。
 Daddyのあとがき、これでおしまいです。
 読んでくださってありがとうございました。
 





Daugthers(2)





「ほら。やっぱりこっちの方が似合うわ」
「驚いた、別人みたい。さすがね」
「少し毛先を巻くと、もっと華やかになると思うんだけど。やってみてもいい?」
「うれしい。ありがとう」
「こっちこそ。練習台になってもらって助かるわ」
 青木がクローゼットから引っ張り出してきたキャスター付きの姿見の前に座って、礼子とヒロミは楽しそうに話している。礼子がヒロミの髪を梳き、縛ったり捻り上げたりして様々な形に変えるのを眺めて、薪は首を傾げ、「不思議だ」と呟いた。

 二人の関係は、礼子が持ってきた一枚の書状によって劇的に変化した。
 いつものように礼子の派手な服装についての説教をして、いつも通りの生意気な返事が返ってきて、そうやって定番のセレモニーを済ませた後、「なにか用事じゃなかったのか」と尋ねた薪に、礼子は黒鞄からそれを取り出した。
 知り合った頃より一回り大きくなった胸の前に掲げられた、A4サイズの上質紙。そこには『T美容学校合格通知書』と書かれていた。それを認めた途端、ヒロミの礼子を見る目が変わり、態度が変わったのだ。
 どうもヒロミは自分の母親のようなタイプを嫌う傾向が強いようだから、キャバクラのバイトに勤しむ礼子のことは敬遠するだろうと思っていた。しかしその礼子が、将来に夢と目標を持って必死に努力している少女であり、水商売はあくまで勉学資金を調達するためであったことが分かって、自分の誤った先入観を激しく恥じたらしい。ヒロミは気は強いが、自分の間違いを素直に認めることのできる娘だ。

 それにしても、と薪はもう一度首をひねる。
 心の変遷もさることながら、それ以前の問題として、彼女たちが何をしているのかがよく分からない。
 鏡の前で二人がやっているのは、ヒロミが後ろで一本に縛っていた髪をほどいたり、また縛り直したり。前髪の分け目を変えたり、横に流してみたり。それで顔形が変わるわけじゃなし、いったい何の意味があるのだろう。

「不思議ですねえ。さっきまであんなに言い争ってたのに」
 青木の同意を得て薪は、彼が淹れてくれたコーヒーを口元に運びながら、
「女は謎だ」と呟いた。
 その亜麻色の瞳は、口中に広がるコーヒーの味を堪能する間だけ、傍らで飽きもせず人形遊びをしているミハルに落とされ、再びヘアスタイルの研究をする女性たちに向けられる。この天使のような少女も、あと20年もすればあんな謎めいた生物に変貌し、自分の理解を超えてしまうのだろうと思うと一抹の寂しさを感じる。男親なんてつまらない、と昔小野田が零していた気持ちが少しだけ分かるような気がした。

「礼子ちゃん、合格おめでとう。よく頑張ったね」
 コーヒーを配りながら、青木が礼子の努力をねぎらう。カーラーを巻き終えて、コーヒーに手を伸ばしながら、「ありがとう」と礼子が礼を言った。
 合格通知を持ってやって来た礼子は、よほど急いでいたらしく仕事着のままだった。そのせいもあってヒロミの誤解を受けたわけだが、電話やメールではなく直接報告に来るなど、可愛らしいことをしてくれる。まあ、あれだけ面倒見てやれば礼くらい言いに来るのは当然だと――、
「青木さんが根気よく勉強教えてくれたおかげよ。本当にありがとう」
 ちょっと待て。なんでそこで青木なんだ。
「おまえに勉強教えてたのは僕だぞ」
「薪さんが教えてくれたのは、最初の2、3回だけでしょ。後はみんな青木さんが教えてくれたんだから」
「……そうだっけ?」
 忙しい薪に代わって青木が率先して代役を買って出ていたのだが、実はそれが礼子を薪に近付けまいとする青木の策謀であったことは、青木の心の中にしまわれている永遠の秘密の一つだ。

「あたしの覚えがちょっと悪いからって、面倒くさがって」
「ちょっとってレベルじゃないだろ、あれは。穴の開いたバケツみたいな脳みそしやがって、いったいどうやったらあんなにきれいサッパリ忘れられるんだか、いっそ羨ましいわ」
「パパ、ひどい。いくらパパが天才だからって、そんな言い方無いでしょ」
 ヒロミ……どんな時でもパパの味方じゃなかったのか。

「周りの人間がみんな馬鹿に見えるって?」
「嫌な人種よねえ、天才って」
 さっきまで親の仇みたいにいがみ合ってたクセに、なんだ、そのチームワークは。共通の敵ができるとコロニーに団結と調和が訪れるってやつか。
「初めて会った時なんて、嫌味と皮肉のオンパレードよ。その頃あたし、親と一緒に暮らしてたんだけど、『淑やかなのはご両親の前だけですか』なんて言って、隠しておいたタバコとお酒、没収してったんだから」
「わたしも似たようなものよ。ミハルが泣くのを、『お母さんのヒステリーが遺伝したんでしょう』なんて言われて」
 互いの事情を知らないままに交わされる彼女たちの会話に、薪は肝を冷やす。二人とも、人には言えない過去を持っている。ヒロミは大人だからその辺りは上手く避けるだろうが、礼子は歯に衣着せぬ性格だから、無遠慮に相手の事情に踏み込まないとも限らない。

「それ、薪さんに責める権利ないわよね。あんたの遺伝でしょ、って言い返してやればよかったのに」
「あ、違うの。パパって呼ばせてもらってるけど、わたしと薪さん、血は繋がってないの」
 ヒロミとの特殊な親子関係を一言で説明するのは難しい。他人からはヒロミと薪が夫婦で、ミハルがその娘のように見えるだろう。礼子もそう思っていたらしく、クスッと吹き出すように笑って、
「ミハルちゃんが薪さんの子供なら、ヒロミさんと薪さんの血がつながってないのは当たり前でしょ。それより、薪さんとどこで知り合ったのか教えてよ。因みにあたしはね」
「礼子」
 心配していたことが現実になり、薪は慌てて二人の話を遮った。ミハルの父親の話は、この母娘の前ではタブーだ。
「あまり根掘り葉掘り聞くものじゃない。人にはそれぞれの事情がある。お互い、そのプライバシーを守って付き合うのが人付き合いというもので」
「ある事件で薪さんが、セーラー服着てあたしのボディガードを」
 守って、僕のプライバシー!!

「セーラー服ぅ?! 信じられない。パパ、その時いくつよ」
「年の問題じゃないわよ。それがものっすごく似合ってて、周りの連中、口を揃えて天使だの女神だのって大はしゃぎ」
「やだやだ、女子高生よりセーラー服が似合う40男なんて」
「40男がにっこり笑って『ごきげんよう』とか言うのよ。鳥肌もんよ」
「うわ、カンベンして。キモすぎ」
「でしょでしょ? 何度、みんなの前でスカートめくってパンツ下ろしてやろうと思ったことか」
「あはは、やればよかったのに!」
 きみたち、陰口は本人の前じゃなくて陰で……できればもう少し声を落としてくれるとうれしいな……。

「ちょっと二人とも」
 ああ、青木。頼りになるのはおまえだけだ。この二人の暴言を止めてくれ。
「薪さんだって仕事だったんだよ。それに礼子ちゃん、その言い方はどうだろう。言葉には限界があるよ」
 自分が見たものを他人に、言葉だけで伝えるのは不可能だ。いくら公平に見たつもりでも主観が入るし、言葉の選択やニュアンスの問題もある。
 薪は少なからず青木を見直した。さすが青木、いいことを言う。青木の言葉は、このネット時代に警鐘を鳴らすもので――、
「だからほら、その時の写メを、痛ったあっ!」
 こいつの葬式の鐘を鳴らしてやりたい。高らかに、三千世界に鳴り渡るほど。
 青木の背中を蹴り飛ばし、薪は青木のスマホを取り上げた。無言で写真ファイルを開き、データを削除する。床に倒れた青木が身悶えしつつハラハラと涙を零していたが、見えない振りをした。

「あれは青木さん、悪いわ」
「青木さん、天然だからね」
 一番大きなダイナマイトよね、と頷き合う彼女たちの意見は尤もで、改めて薪は感心する。女性とは感情に支配されているようでいて、人間の本性をしっかりと見極められる生物だ。薪には雪子という偉大な親友がいたから常々女性には敬意を抱いていたが、彼女たちも尊敬に値する。少なくとも、こんなバカに絆されてしまった自分より、ずっと人を見る目はある。
 コミュニケート能力も、ずいぶんと高いようだ。初対面の相手に、あんな派手なケンカを仕掛けることも、こんなに親しく話をすることも、薪にはできない。他人に遠慮なく物が言えるようになるには時間が掛かるし、仲良くなるのはもっと時間が掛かる。お互いの腹を探り合い、慎重に言葉を選び、顔色を見て、敵か味方か見極めていく。そんな付き合い方しかできない。

 良くも悪くも彼女たちは、薪が踏まなければいけないと認識している階段を易々と飛び越していく。青木も3段跳びくらいで行くやつだと思っていたが、彼女たちはその上をいく。敵わないな、と薪はぼやいた。
「なんですか?」
 薪の呟きを耳に留めた青木が尋ねるのに、薪は組み合わせた手を頭の後ろに持って行き、軽く伸びをしてから言った。
「あいつらには敵わん」
 ふてくされたように吐きだした薪に、青木は大真面目に答えた。
「それはそうですよ」
 肯首されて驚いた。自分では認めつつ、でも青木に肯定されるなんて思わなかった。

 青木は薪を神さまのように崇めている。正確には、青木の中にある究極の理想像を薪に重ねているのだ。生半可な覚悟では背負い切れないその重みが、薪の肩にはいくつもぶら下がっている。それぞれの立場からそれぞれの思惑で寄せられた重りは数多くあれど、青木のものが一番重い。薪自身、他の誰を差し置いても彼の期待にだけは応えたいと思っているからだ。そんな気概を持つ薪に、青木の言葉は意外だった。
 気持ちが顔に出たのだろう。青木は今度はふふっと笑い、
「だってこの世に」
 背中を丸めて身を屈め、薪の耳元に唇を寄せて言った。
「娘に勝てるお父さんなんか、いるわけないですよ」

 なるほど。
 世の父親は娘に甘い、それは全世界共通のヒエラルキー。実際の親子でさえその有様なのだ。血のつながりがない自分は、彼らよりもっと立場が弱くて当然だ。

「おまえの父親も、お姉さんには甘かったのか」
「そりゃあもう。だから姉はあんな性格に」
「ぷ。おまえのお姉さん、見た目美人なのに。喋らせたらすごいもんな」
「胸にしまっておいてくださいね。あれでも本人、薪さんの前では抑えてるつもりなんですから」
「あれで?」
 青木の実家で初めて会ったとき、密かに「口からバクダン女」とあだ名を付けた、天真爛漫を絵に描いたような女性のことを思い出す。よく喋りよく笑い、とても幸せそうだった彼女。その伸び伸びとした精神は、まごうことなき青木家の血脈だ。

 叶うことなら彼女のように、あの2人にも幸せになって欲しい。
 その身体に薪の遺伝子は無くとも自分をパパと呼んでくれる女性、ある事件をきっかけに知り合った薪と同じ業を背負った少女。父親風を吹かすには薄すぎる縁だが、その幸せを願わずにはいられない。
 彼女たちの未来を思い描くとき、薪にはどうしてもそこに普通の幸せな家庭を見つけることができない。青木の姉が過ごすような毎日を、彼女たちの人生に宛がうことができないのだ。
 それは薪自身にも言えること。そんな人間が彼女たちに人生を説くことは、彼女たちの男性不信をますます煽ってしまうだろう。

 人形遊びをしながら眠ってしまったミハルが、床に胡坐をかいた薪の膝に頭をもたせ、健やかな寝息を立て始める。青木が気付いてヒロミに声を掛けようとしたのを、薪は眼で止めた。それだけで青木は奥の部屋から、肌掛け用の毛布を持ってくる。

 傍にいて守ってやることは、自分にはできないけれど。今夜のように、ほんの少しでも。
 彼女たちに笑顔があるように。
 心安らかに過ごせるように。
 明日の楽しみを心に抱いて眠りに就くことができるように。

 願いと言うにはあまりにもささやか過ぎる、それらを願うのが精一杯の無力な自分を心の底では嘆きつつ、薪は自分の役目を全うする。背中を丸めて頭を低くし、ミハルの耳元にくちびるを近付けて、
「ミハルは大きくなったらおじいちゃんと結婚する、おじいちゃんと結婚する、結婚結婚結婚……何をする」
 薪のつややかなくちびるとミハルの小さな耳の間に、大きな男の手が窮屈そうに割り込んだ。ムッとして見上げれば、青木の困ったような顔。
「睡眠暗示と言うのは、男としても方法としてもいささか卑怯ではないかと」
「本人の前でなんて、恥ずかしくて言えない」
「いつからロリコンになったんですか。胸の小さな女性には興味無かったはずでしょう」
「抜かりはない。そのためにもミハルには、今のうちから恭子ちゃんの美乳写真を見せて英才教育を」
「子供になにを見せてんですか」
「彼女の胸は芸術だ。日本が生んだ世界に誇るべきボディアートだ」
「ちっ。やっぱり燃やしときゃよかった」

 青木の黒い呟きは、ミハルの寝返りに紛れて薪の耳には届かない。少し離れたソファでは、これからどこへ出かけるわけでもないヒロミのセットアップが進行している。スリープモードで掛けられるドライヤーの音と、女性特有の、小さくとも賑やかな話し声。
 心地よい音たちの中でまどろむ幼子の身体に、薪はそっと毛布を掛けた。




(おしまい)


(2017.3)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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