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リハビリ始めました

 冷やし中華始めました的なノリでお送りします、リハビリです。
 みなさん、ほんっとうに、生ぬるーく見てやってくださいね。
 突っ込んじゃいやいやん。


 時系列は、一番新しい2069年10月です。
 もっとドロドロした話になるはずでしたが、一身上の都合で、あっさりとした雑文になってしまいました。
 リハビリが完了したら、ドロッドロのドSバージョンで書き直したいと思います。( `ー´)ノ
 え、回復しない方がいいですか? ううーん……。


 それと、前回までの個人的な記事は、これまで同様、1ヶ月ほどで下げさせていただきます。
 いただいたコメントも表示されなくなりますが、どうかご了承ください。
 
 



パートナー(1)




 警察官は、いついかなる時も緊急の事件に備えなければならない。携帯電話を持ち歩くのは当然、上司からの呼び出しには即応答する。それに例外はない。同窓生との飲み会がどんなに盛り上がっていようと、たとえ一気飲みコールの真っ最中でも、だ。

『青木。今どこだ』
「渋谷のKって居酒屋です」
 青木が一気飲みを中断したことによって沸き起こった、悪友たちのブーイングの嵐から携帯電話を庇うようにして電話に出る。ジョッキの底に残ったビールはほんの一口。飲み干しても5秒くらいのロスだったと思う。つまりこれは気持ちの問題。
 素晴らしい心掛けである、警察官の鑑よと、その拍手はしばし待たれよ。確かに青木の行動は熱意に突き動かされてのものだが、それは職務に対してではない。熱意の対象は電話の相手だ。電話を掛けてきたのは青木の上司ではあるが、同時に恋人でもある。彼専用の着メロを耳にするだけで、青木の頭の中は一気にお花畑だ。拍手を受けるに値するかどうか。

 ともあれ、上司からの緊急連絡である。仕事には違いない。
「すみません。オレ、飲んじゃって」
『かまわん。迎えにいく』
「渋谷のK」と言う薪の声が聞こえた。続いてナビゲーションシステムの音声案内が聞こえてくる。薪はすでに車で第九に向かっていて、その中から青木に電話をしてきたのだ。
「ありがとうございます。じゃ、店の前で待ってます」
『アルコールを摂取した身体で屋外に出たら風邪をひく。中で待ってろ』
 やさしい。時々だけど、薪はすごくやさしい。
 捜査が始まったら「3日くらい寝なくても人間死なん」とか言い出すんだろうけど、それはそれで可愛いからいいや。
 そう微笑む青木は、自分のその考えが全く普通ではないことに気付いていない。よく人生相談を生業とするコメンテーターが「幸不幸を決めるのは自分自身である」とか「幸せの価値は本人にしか分からない」などと尤もらしい顔でマイクに向かうのを目にするが、この男を見ても果たして眉を寄せずにいられるかどうか。少なくとも第九の仲間たちからは、薪の命令に対する青木の非常識な前向きさは、少しばかりの憐れみと多大なる顰蹙を買っている。

 青木は友人たちに仕事が入ったことを告げ、オーダー済みだった3杯目の生ビールをキャンセルした。それから酔いを醒ますために洗面所に行き、冷たい水で顔を洗った。備え付けの口内洗浄液でうがいをし、髪の乱れを直す。これから仕事に向かう警察官として身だしなみを、と傍から見れば感心なことだが、迎えに来るのが上司なのか恋人なのかは微妙なところで、やっぱり手放しで称賛するのはバカらしい。

 店内に戻ると、自分の席に人だかりができていた。
 友人たちに何かあったのかと思い、急いで席に戻ると、そこには先刻電話を寄越した上司の姿。椅子の背に掛けておいた上着で分かったのだろう、青木の席にちょこんと座って、勧められるままにオレンジジュースなんか飲んでる。本当に可愛らしい。「きみいくつ?」って訊きたくなっちゃうの分かる、でもその人オヤジだから。四捨五入したら五十だから。

 急いでいたのか、薪は家に居たときの服装のままだった。普段着で居酒屋まで青木を迎えに来た上、駐車場に青木を呼び出す時間も惜しんで店の中まで探しに来た。これはよっぽどの重大事件が起きたに違いない。青木は気持ちを引き締めた。

「薪さん。お待たせしました」
 青木が横に立って声を掛けると、薪は青木を見上げて、ホッとした顔をした。他人に臆するような人ではないはずだが、いきなり囲まれて緊張したのだろうか。それとも彼らが青木の友人だから? 青木だって、薪の友人の前に出るときは心臓がバクバクする。秘密を秘密のままにしておくために、それは必要な心遣い。
「えっ。青木の上司?」
「青木の職場って言ったら……うそぉ」
 友人たちとギャラリーのどよめきを受け流し、薪はすっと席を立った。
「お楽しみのところ、邪魔をして申し訳ありません」
 すまなそうに頭を下げる薪を見て、青木は頬を緩める。仕事最優先の鬼の室長が、一般市民にはなんて奥ゆかしいことか。その百万分の一でも部下に注いでくれたら、でもまあ無茶苦茶言ってる薪さんも可愛いからいいか。青木のその思考が、以下略。

 芸能人を見るように遠巻きにこちらを伺う人々の視線をいつものごとく水のように流して、薪はさっさと店を出た。友人たちにおざなりに手を振り、青木はその後を追いかける。駐車場の隅に停めてあった車に乗り込み、二人きりになって青木はすぐ、「すみませんでした」と謝った。
 薪が彼らに頭を下げなければいけない理由なんか、無い。自分のせいで気を使わせてしまったと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。けれど薪はシートベルトを締めながら、
「僕のせいで彼らとの交流の時間が減ってるのも事実だ。悪いな、プライベートの楽しみを奪って」
 そんなことを言い出したから、青木は不安でたまらなくなる。薪が青木にしおらしい態度を取るのは、何か企んでいる時と相場が決まっているからだ。

「あの。薪さんは少し誤解してらっしゃると思います」
 言葉を選び選び、青木は薪の気持ちを宥めに掛かった。このままにしておいたら今度の事件、全部一人でやれとか言われる、絶対。
「嬉しかったです。呼び出してもらえて」
 最初は保身から出た言葉だったけれど、それは本当のことだと途中で気付いた。いい機会だからきちんと伝えておこう。どうも薪は未だに、青木にとってこの世で一番大事なものが何なのか、分かっていない節がある。あんなに頭がいいくせに、どうしてそんな簡単なことが理解できないのか。青木には謎だ。
「オレはあなたといる時が一番幸せなんです。24時間一緒にいたいくらいです。片時も離れたくない。でも薪さんは、たまにはお一人になりたいでしょう? だからオレ……あの、薪さん?」
「あ、悪い。何か言ったか」
 十中八九聞いてないんですよね、こういうの。

 どうせ仕事のことを考えていたのだろう。事件の詳しい情報は入らずとも、誰を何の担当にしようかとか職員のシフトをどうしようかとか、室長が考えることは山ほどある。
 考え事をしながら車の運転をしていると、つい曲がり道を忘れてしまったりする。大抵は通り過ぎた所で気付いて次の角を曲がるのだが、思考に熱中し過ぎるとその失敗を繰り返す。4つ目の角を通過したところで青木は口を開いた。思考の邪魔をすると薪の機嫌を損ねるから本当は嫌だったのだが、このままでは首都圏を抜けてしまう。

「薪さん。道が違いませんか」
「え」
「第九へ行くんでしょう? 右折しないと」
「そうか。その手があったか」
 人形みたいに整った横顔の中で、長い睫毛がぱちぱちと瞬かれた。
「緊急の仕事が入ったことにしよう。1週間ばかり第九に缶詰で家に帰れないことにして、そうすれば」
「薪さん!」
 青木が叫ぶと同時にブレーキが踏まれる。停止線を一車両分超えた位置で停止した薪の車の鼻先を、クラクションと共にトラックが通過して行った。
「危ないですよ。考え事は車停めてからやってください」
 すまん、と薪はハンドルに額を付けて、重い溜息を吐いた。捜査に夢中になると他のことが疎かになる、薪の困った癖は相変わらずだが、今回は重症のようだ。
「そんなに興味深い事件なんですか」
 気になって青木は訊いた。薪の心をここまで虜にしたのだ、よほど『面白い』事件なのだろう。ところが、薪の答えは予想とまるで違うどころか、青木を仰天させるものだった。

「……叔母夫婦が来た」
「えっ」
 薪は天涯孤独に近い身の上で、血縁者はこの世に1人しかいない。叔母、つまり亡くなった実母の妹だ。父母の家系図を辿って行けば親類はいるのだろうが、どんな事情からか彼らは親戚付き合いは一切せず、実家とも断絶していたらしい。そんなわけで、青木はこれまで薪の親戚に会ったことがなかった。
 叔母夫婦は、小さい頃に交通事故で死んだ父母の代わりに、薪を育ててくれた。現在は仕事の都合でアメリカのロサンゼルスに住んでいる。彼らがアメリカに旅立ったのは薪が24、5の頃だったそうだから、約20年振りの再会になるのか。

「家にですか? いつ」
「1時間前」
「だったらオレ、友だちの家に泊めてもらいます。オレのこと、叔母さんたちに知られたくないんでしょう」
「バレた」
「えっ。もうバレちゃったんですか?」
「だって仕方ないだろ! 写真やらお揃いの食器やらパジャマやら、どうやって言い訳しろってんだ!!」
「だから薪さん、前見て前っ!」
 これ以上は周りに被害が及ぶと判断し、青木は車を道沿いにあったドラックストアの駐車場に停めさせた。店舗から離れた隅っこの一区画を借りて、ふう、と息を吐く。

「なんで隠しておかなかったんですか」
「突然来たんだ」
 玄関で固まってるうちに全部見られちゃったんだよ、と薪は頭を抱え、再びハンドルに突っ伏した。彼らが何の連絡もなしに訪ねてきたのはサプライズのつもりだったのか。薪がパニくるわけだ。
「もう20年以上もアメリカで生活しているせいか、叔母さんはLGBTにも理解があって、笑って許してくれたんだ。でも叔父さんは、相手を連れてこいって。それでおまえを迎えに」
「分かりました。オレ、頑張りますから」
 いい機会だと思った。彼らは薪の育ての親。薪と一生を共にしたいなら、彼らに話を通すのが筋だ。ずっとそう考えていたのだが、彼らはアメリカに住んでいるため、挨拶をすることができずにいたのだ。
 薪が青木の母親に気を使っていたことを、青木は知っていた。それは青木の母への尊敬や感謝から生まれる自然な気持ちだったと同時に、間に入った青木が苦労しなくて済むように、気を配ってくれたのだと思う。今度は自分の番だ。

 よし、と気合を入れてガッツポーズを取る青木を冷ややかに見つめ、薪は憂鬱そうに呟いた。
「言っとくけど。叔父さん、ものすごく怖いからな」
 薪に怖い人がいるなんて、そっちの方が驚きだ。
「でもって、理屈屋でイヤミっぽくて意地悪だから。ハッキリ言って性格悪いから」
 性格の悪さで薪に畏怖される人がいるなんて、以下同文。
「任せてください。そういう人の扱いには慣れてますから」
「おお。頼もしいな」
 ひゅっと口笛を吹くように唇を窄め、眼を丸くした薪のかわいいこと。このいじらしい人のためなら何でもできると思った。
 薪が望むことなら、青木は耐えられる。愛情ゆえに激しい身内の、言葉の暴力にも、泣き落としにさえも。

 ありったけの愛を込めて薪を見つめる青木の黒い瞳の中、薪の大きな亜麻色の瞳が猫の目のようにキラリと光った。
「で。どこで慣れたんだ」
 それを聞きますか。
「どこだ」
 さっきまでパニくってたくせに、どうしてコロッと変わるんですか。緊急脱出用のスパナの確認とか、なにも今しなくてもいいと思うんですけど。
「答えろ」
 スパナ磨くの止めてくれたら声が出せるようになるかもしれません。

 この薪より意地悪で怖い人なんて、青木には想像もつかない。世の中にはまだまだ自分の知らない世界があると、しばし現実から逃避する青木だった。




*****

(リハビリのくせに)続きます。



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パートナー(2)

 こんにちは。

 こないだ、ご新規さん用に説明入れるの忘れちゃったんですけど、
 薪さんが叔母夫婦に育てられた、というのは法十のオリジナル設定です。
 叔母夫婦の人となりについては、ADカテゴリの「きみはともだち」あたりに書いたような気がするので(うろ覚え)、あと、叔父さんと薪さんの確執についても書いた気がするので(残念過ぎる記憶力ですみません)、
 気になる方は読んでみてください。 






パートナー(2)







 青木を苛めて平常心を取り戻した薪は、それからは周りの車に迷惑を掛けることなく、無事にマンションに帰って来た。車から降り、問題はその後。
 駐車場の平らな床で躓いた。コンクリートの柱に体当たりしそうになった。階段を踏み外して転がり落ちそうになった。
「気を付けてくださいよ、薪さん」
 咄嗟に青木が手を出さなかったら、今ごろ薪のきれいな顔は傷だらけだ。青木の仕業だと疑われたら眼もあてられない。意地悪な叔父さんとやらにDV男のレッテルを貼られでもしたら、話をするどころではなくなるだろう。

 青木をヒヤヒヤさせながら、二人はどうにか自宅に着いた。駐車場から部屋まで行くのに、こんなに苦労したのは初めてだ。
 薪はMRIの画面を見るときのように、自宅のドアを睨みつけた。そのドアの向こうに、敵がいるとでも言うように。
「薪さん」
 名前を呼ぶと同時に、青木はそっと薪の左手を握った。
 部屋の外で触れ合うことを薪は許さない、それは知っていたが、このままではいけないと思った。この向こうにいる人は、敵ではないのだから。
「まるでヤクザの出入りですよ」
 薪は青木の軽口を諌めなかった。極限まで緊張しているのだ。
 自分の左手を覆った青木の大きな手に自分の右手を重ね、左手をくるりと返す。両手で青木の手を挟むように握って、ぎゅ、と力を込めた。

「薪さん。もっとリラックスしましょう。そんなに緊張してたら相手だって」
「誰が緊張してるって?」
 ふ、と笑みさえ浮かべて薪は言った。
「緊張する必要なんかない。親が子供に意見できるのは成人するまでだ。それ以上は親の過干渉。聞く耳なんか持たなくていい」
 ドアノブを回す手に、気後れは感じられなかった。薪は勢いよくドアを開け――、その倍の速度で閉めた。
「なんで閉めちゃうんですか」
「……条件反射で、つい」
 どうやら叔父さんが、玄関口で待ち構えていたらしい。
 こんなに委縮している薪は初めてだ。叔父さんとやらは、よっぽど厳しく薪を躾けたのだろう。
 ここは自分が間に入るしかない。他人が入った方が身内の諍いが丸く収まったという事例もあるし、幸い、青木は人当たりの良さには定評がある。大抵の相手とは上手くやれる自信があった。
 何やら小声で唱え始めた薪を背中に回して、青木はドアを開けた。

 薪の叔父を一目見て、神経質そうな人だと思った。ピタッと撫でつけられた灰色の髪と、広くて肉の薄い額はその証に見えた。役所の職員、あるいは銀行員。とにかくお堅い職業をこなしてきた印象を受けた。
「はじめまして。青木一行と申します。薪さんにはいつもお世話になってます」
 にっこり笑って挨拶をした。しっかりと頭を下げて、友好の意を示した。しかし、返ってきた言葉は短く、冷たかった。
「信じられん」
 覚悟はしていたが、やっぱりきつかった。自分の存在を真っ向から否定された気がした。
 それでも青木は何とか微笑んだ。上手く笑えた自信はなかったが、叔父の表情が更に冷たくなったので、失敗したのだと分かった。
 薪の叔父にとって、これは笑いながら話すことではないのだ。当然かもしれない。大事な甥の将来に関わることなのだから。

「青木、ドアを閉めろ。中に入ろう」
 いつの間に自分を取り戻したのか、薪が落ち着いた声で青木に入室を促した。玄関先で話すことでもないと叔父も考えたのだろう、先にリビングへ入って行った。慌てて後を追う。
 青木がお茶の用意をしてリビングに行くと、L字型に設えたソファの、対角線上に叔父と甥が腰を下ろしていた。テーブルの上に3人分の緑茶を置く。薪の隣に座って、どうぞ、と明るく声を掛けた。
「あ、もしかしてビールの方がよかったですか? 持ってきましょうか?」
「いらん。私は酒は飲まん」
「そうでしたか。失礼しました。じゃ、何かお茶菓子でも」
「甘いものも嫌いだ」
 木で鼻を括るような返答。普通だったら委縮して無言になりそうなところを、普通にしないのが青木一行と言う男だ。
 そのとき青木はクスッと笑った。苦笑でも失笑でもなく、本当に可笑しそうに笑ったのだ。当然、叔父の眉間の皺の深さは二倍になる。気付いて慌てて謝った。
「ごめんなさい。怒った時の薪さんにそっくりだったから」
 正直に言ったら薪の皺も二倍になった。どこが、と無言で噛みつく薪に「ほら」と両手を左右に広げて見せる。青木の指の先には眉間に皺を寄せてムッツリと黙り込む叔父と甥。思わず顔を見合わせて失笑する。青木に一本取られた。

「自己紹介も未だだったな。剛の叔父の、市村史郎だ」
 史郎は湯呑を手に、短く自己紹介をした。一口飲んで、青木の目を真っ直ぐに見た。
「きみはいくつだ。剛より、だいぶ年下のようだが」
「今年で32になります」
 ふうむ、と史郎は唸った。難問に直面したような彼の表情に、青木は不安を覚える。
 頼りなく見えるのだろうか。こんな青二才に大事な甥の将来を預けるわけにはいかないと、そう思われているのだろうか。
 青木はひたすら自分の未熟を心配したが、史郎の言葉はまったく逆であった。
「剛、失望したぞ。こんな若い青年を不毛な道に引っ張り込むなぞ、そんな浅ましい人間におまえを育てた覚えはない」

 何を言われても反駁する気持ちなどなかった。が、予期していた痛烈な言葉は、自分ではなく薪に向けられた。それは意外で、そして青木には聞き流せない言葉であった。
「ちょっと待ってください。それは違います」
「青木、黙ってろ」
「でも」
 薪の命令を青木が素直に聞けなかったのは、叔父の見解が事実とは違っていたからだ。
 薪と歩む人生は、決して不毛な道などではない。薪と言う優れた人間から学ぶものはたくさんある。自分で言うのもなんだが、青木は薪に恋をしてから、ずいぶん成長したと思う。仕事も体術も、懐の大きさも。それもこれも彼に見合う男になりたかったからだ。最後の寛容だけは、薪の我儘に馴らされたおかげだが。
 青木はそれを説明しようとした。だが、薪の言葉の方が僅かに早かった。

「叔父さんの期待に副う人間になれず、申し訳なく思っています」
 薪の言葉は素直な謝罪だったが、聞く人の心には響かなかった。この議論を早く終わらせようという意向が見え見えだったからだ。当然、史郎の気持ちを和らげることはできなかった。
「最初からおまえに期待などしとらん。私の意見を聞かず、警官になどなりおって。思った通り、不誠実な言い訳ばかりが上手い最低の人間に成り下がった」
 叔父は優れたプログラマーだと薪から聞いていたが、なるほど、頭は良いのだろう。だからこそ選ばれる言葉は辛辣で、人の心を鋭く抉る。表面だけの謝罪で話を打ち切ろうとした薪も悪いが、それに腹を立てたとしても、ずいぶん酷い言い方をする。

「相変わらず警察が嫌いなんですね」
 ふ、と薪は冷たく笑った。青木の心臓がぎくりと脈打つ。
 横目で盗み見た薪の瞳は宿敵に相対した時のように冷気を孕み、そのくちびるは反撃ののろしを上げるかのように美しい三日月の形に吊り上げられていた。
 ヤバい。薪が戦闘モードに入ったら誰にも止められない。

「僕には警察を厭う人間の神経が分からない。あなた方一般市民がどれほど警察という組織に守られてきたか、銃も持たずに夜の通りを歩けるのは誰のおかげなのか、この国で何十年も生きてきてご存じないのですか。パソコンの画面ばかり見て現実を見ないあなたらしいと言えばあなたらしいですが、それにしたって。齢60にもなって、まだ幻想に捕らわれているとは。可哀想な人だ」
「幻想に捕らわれているのはおまえの方だ。組織に入れば目を覚ますかと思えば、こんな年まで。おまえの眼は節穴か? それとも組織の暗闇を知った上での怠慢か。だとしたらますます許せん。まともな人間なら良心の呵責に耐えられないはずだ」
「実情を知りもしないで何を勝手なことを。警察はあなたが思うほど、非道な組織ではありません。確かに一般市民に公開できない極秘情報も抱えてはいますが、それも市民の安全を守るための」
「極秘情報? スクラップブックの間違いだろう。それも他人のプライバシーのな」
 薪の左目がピクリと瞬いた。亜麻色の髪が数本、ほんの僅か持ち上がって、前髪に隠された額に青筋が立ったのを青木に教える。この辺で止めないと取り返しがつかないことになりそう、でも無理、怖くて無理。

「第九は警察の中でも最悪だ。そんな腐った部署の室長なぞに収まって。おまえの新聞記事が出るたびに、私がどれほど腹立たしかったことか」
「第九は腐ってなどいません。第九のおかげでどれだけ犯罪全体に占める殺人の割合が減ったか、その新聞記事に記載されていませんでしたか」
「そんなものは信じられん。警察の情報操作でなんとでもなる」
「失敬な。情報操作だなんて、どこにそんな証拠が」
 彼らの会話は、終始そんな調子であった。氷の礫が吹き荒れるごとき二人の応酬の間で、青木は生きた心地がしなかった。とても20年ぶりに再会した親子の会話とは思えない。いくら血がつながっていないとはいえ、これじゃまるで仇同士だ。

「他人のアラばかり探すくせに、自分の都合の悪いことは信じない。あれから30年も経つのに、まったく変わりませんね。あなたの頑固さは尊敬に値します」
 はっ、と薪は鼻にかかった嫌味な笑い方をして、だから青木は冷や汗を流す。薪がこういう笑い方をしたら、それは爆弾投下の合図だ。
「お兄さんが自殺なさったことが原因で、何十年も警察を目の敵にされてるようですけど。迷惑な話だ。逆恨みもいいところです。もしかしたら弟である自分にも、責任の一端はあったかもしれないとは考えないんですか」
 すみません、言い過ぎました、と隣の青木が謝りたくなるくらい、薪の舌鋒は容赦ない。しかしそれは同時に薪をも切り刻む。投下する爆弾の威力が強ければ、その爆発に本人も巻き込まれてしまうのだ。
「おまえの意固地には負けるさ。人殺しになってまで警官で居続けるんだからな」
 初めて薪が黙った。細い膝の上で、白い拳が固くなる。
「鈴木くんは友人じゃなかったのか」
 薪は視線を自分の爪先に落とした。長い睫毛が微かに震える。

「……あなたに、それを言われる筋合いは」
「お、おい、なにをする!」
 叔父の慌てふためいた声に顔を上げ、薪はぽかんと口を開けた。
「すみません。お帰りください」
 猫の子を持ち上げるように、青木が史郎の後ろ首を掴んでいた。長身に物を言わせて史郎の身体をソファから引きはがし、ドアに向かってずんずんと歩いていく。実力行使に及んだ部下に、逆に薪の方が弱腰になった。
「待て、青木。手荒な真似は」
「オレは薪さんのボディガードです。対象を害すると判断した人間は排除します」
「害だと? 私は剛の」
「親なら親らしくしてください。子供が信じて歩く道を、どうして応援してあげられないんですか」
「間違った道を歩こうとしているからだ。間違いに気付かず、歩き続けているからだ」
 引き摺られながらも史郎は、攻撃的な態度を崩さなかった。なかなか度胸が据わっている。さすがは薪の叔父だと、青木は妙なところに感心した。

「君たちの関係にしてもそうだ。君にだって親がいるだろう」
「母は認めてくれてます。薪さんのことも、すごく気に入ってます。オレの実家は福岡ですけど、母は上京してくる度にオレがいなくてもここに顔を出していくし、二言目には薪さんを家に連れて来いって、うるさいくらいです。よっぽど薪さんの顔が見たいんですね」
「信じられんな。もしそれが本当ならイカれてる」
 どちらの味方をしたものか、スリッパのまま三和土に下ろされた叔父に困惑した眼差しを注いでいた薪が、その言葉に表情を険しくする。自分のことを言われた時より遙かに強く、薪は叔父に言い返した。
「青木に謝ってください。青木のお母さんは素晴らしい女性です」
「親ならばこの現状を放置するはずがない。親としての役目を放棄した無責任な女にしか思えん」
「オレの母親です。他人のあなたにダメ出しされる筋合いはありません」
 青木は毅然たる態度で、史郎の苦言を退けた。史郎が息を呑んだ隙に青木はドアを開け、手のひらを上に向けて廊下を指し示した。
「ではお疲れさまでした。おやすみなさい」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

パートナー(3)

 こんにちは~。

 この章には、昔、ちょっとだけ晒した、地下倉庫の一つがネタに含まれてます。
 分からない方はそのままに、分かった方は、
 どうかスルーで! スルーでお願いしますねっ。

 本日もよろしくお願いします。







パートナー(3)





「ではお疲れさまでした。おやすみなさい」
「ちょっと待て。私に野宿をしろとでも」
「ご安心ください、日本の夜は安全です。オレたち警察が目を光らせていますから」
「そういう問題じゃない。今は11月だぞ」
 よかったらこれどうぞ、とにっこり笑って毛布を手渡され、叔父は目を白黒させた。ニコニコ笑いながら押しが強い。青木の恐ろしさはここだ。

「青木。そのくらいにしておけ」
 青木が振り返ると、腕を組んだ薪がニヤニヤ笑っていた。左手の拳を口元に当て、吹き出したいのを堪えている様子だ。
「薪さんが、そうおっしゃるなら」
 母親のことも自分のことも、青木は本当にどうでもいい。すべてのものを守るなんて、自分には無理だ。青木の守備範囲はそんなに広くない。
 青木は薪のボディガードだ。
 薪のことだけ。守れたらそれでいい。

「お布団、ここに敷きますね。干してないから冷たいかもしれませんけど……あ、そうだ。湯たんぽ入れましょう。用意してきます」
 切り替えの早さは見事なもので、それはおそらく上司の影響。雪山の天気のようにコロコロ変わる薪の機嫌を取り持つには、3秒前の発言を瞬時に忘れられる能力が必要なのだ。
 客用の布団と湯たんぽを取りにクローゼットに向かう青木の後ろ姿を、叔父と甥は並んで見つめた。青木を良く知る薪は慣れたものだが、叔父の方はその変わり身の早さに付いていけず、たった今、自分の身に起こったことが夢か真か、判じかねる様子でしきりに目を瞬いていた。
 その様子に薪はとうとう耐え切れず、クスクス笑いを拳に降り掛け、
「いい男でしょう」と右隣の叔父の顔を見上げた。

「人を見る目のないおまえにしては、まあまあだ」
 ありがとうございます、と薪は冷静に返したが、内心ではとても驚いていた。
 初対面で、あの皮肉屋の叔父からこれだけの賛辞を引き出すとは。鈴木ですら初めて会った時には「パッとしない友だちだな。本当に東大生なのか」と陰で言われたのだ。
 初対面の評価が鈴木に勝ったことを青木が知ったら、さぞ喜ぶだろう。青木は単純だから、それだけで叔父を好ましく思うかもしれない。先々のことを考えるとそれはとても有益な方法に思えたが、いかんせん、薪は人間関係にそういう細かなネタを仕込むタイプではない。
「彼個人の人柄とおまえたちの不適切な関係は、また別問題だ。私は絶対に認めんぞ」
 叔父さんに認めてもらわなくとも、なんら支障はありません。
 出掛かった言葉を舌の根で抑え込む。冷たい言葉を冷酷な言葉で打ち返せば、倍の冷たさで返ってくるに違いない。舌戦の泥沼に戻るのを回避するため、薪は話題を変えることにした。

「ところで、叔母さんはどちらに?」
「長旅で疲れが出たようでな。ベッドルームを借りて休ませてる」
「えっ!」
 何か問題でも? と問われれば心とは裏腹に頷くこともできず。かと言って自分の母親代わりだった女性を寝泊まりさせるには、そこはあまりにもリスキーな部屋だ。
 だって寝室には青木と大人の夜を過ごすために必要なあれやこれやが!! 例え引き出しを開けなくても、サイドボードにはふたりで撮ったスデディな写真が飾ってあるし、脇田課長オススメのビデオコレクションも、いや、それより。
 本棚の、一番下の隅っこに隠すように置いてある青木の血迷った買い物を思い出し、薪は瞬時に青ざめた。

「冗談じゃない! 今すぐ別の部屋に移ってください!」
 思わず叫ぶ。だってアレ、叔母さんに見つかったら僕死ぬから!!
「部屋を代われと言われても。文代はもう眠って」
「でもっ! 使ったことないって言っても信じてもらえないでしょ!?」
 未使用どころか触ったこともない。青木が使い方を説明しようとする度に思い切り蹴り飛ばして、完全無視を決め込んでいる。
 なんでそんな物が寝室にあるのかと言えば、青木が薪の浮気を心配したからだ。もちろん薪は浮気なんかする気もないし、するだけの体力も時間もない。全くの杞憂に過ぎないそれを青木は滑稽なくらい深刻に悩み、挙句、煮詰まり過ぎてあんなモノを購入してしまったのだ。バカとしか言いようがない。
 薪がそれを捨てずにおいたのは、どうやって捨てたらよいか分からなかっただけで、万が一ゴミ袋の中からご近所さんに見つかりでもしたら此処に住めなくなるから。でもまあ薪も、ほんのちょっとくらいは興味あったりとか、これから先青木と何ヶ月も会えなかったりしたらその時にはとか、そうだ、スカイプエッチのときに使ってやったら青木が喜ぶかも……いやいやいやいや!

「使わない、絶対に使わないからなっ!」
「なにを?」
「ナニって、えっ、あっ、いや」
 石鹸水とクエン酸に交互に浸したリトマス試験紙みたいに、薪の顔色が忙しく赤と青の間を行き来する様子を、叔父は怪訝な表情で見つめ、深刻な口調で切り出した。
「まさかとは思うが。剛おまえ、非合法なクスリを」
「そんなわけないじゃないですか。僕は警察官ですよ」
「じゃあなんだ。ハッパ以外、寝室に置くもので他人に見られたら拙いものがあるのか」
「叔父さん。ここは日本です。叔父さんの所みたいに、マリファナがドラックストアで買える国じゃないんですよ」
「失敬な。私はそんなものに頼ったことはないぞ」
「僕だってありませんよ!」
 微妙にズレていく叔父との会話にイライラして、声のトーンが自然と高くなる。この叔父とは、どちらかと言えば黙り込むケンカが多かったはずだが、この20余年の間に、薪はハイエナのようなマスコミ相手に、叔父は機関銃のように喋りまくるアメリカ人相手に、お互い言語中枢を発達させてきたらしい。

「なに騒いでるのよ。うるさくて目が覚めたわ」
 そこに叔母が現れた。頭痛は治ったらしく、スッキリした顔をしている。
「キッチンで青木さんに会ったわよ。感じのいい子ね」
 でた、青木の年上キラー。彼は、子供と老人には本当によくモテる。警察官なんてヤクザな商売より、保育士か介護士のような職業の方が彼の外見にも気性にも合っていると薪は思う。

「それはそうと、剛。寝室に隠してあったアレ。あなたにあんな趣味があったなんて。叔母さん、びっくりしたわ」
 ぅぎゃああああああ!!!
「ちちちちち違うんです、叔母さん! アレは青木が買ってきて、でも僕は一度も使ったことはないんです! 信じてください!」
「あら、そうなの? あれ、青木さんのシュミ?」
「もちろんです! そもそもあんな大きいの、僕には無理ですよ!」
「そんなこともないんじゃない? 確かに標準に比べれば大きいかもしれないけど、無理ってことはないと思うわ」
 え。そうなの? あれって挿入可能なサイズ? 青木が「オレのより少し小さいかもしれませんけどこれで間に合わせてください」って言ってたの、あれ、男の見栄じゃなくて?

「女の人にはそうかもしれませんけど、僕は男ですから。使用する場所のこともあるし」
「そうね、所構わずってわけにはいかないわね。ちょっと恥ずかしいものねえ」
「ちょっとどころの騒ぎじゃないですよ。犯罪ですよ、あんなの」
「犯罪なんて大げさな。あんなにかわいいのに」
 かわいい? あんなグロテスクなものが? 女の人は、ブサかわいいとかキモかわいいとか、理解しがたい美的基準を持っているが、それにしたって。
「かわいいですか? アレ」
「可愛いじゃない。頭が丸くて、太くって、ズドンとしてて。頬ずりしたくなっちゃうわ」
「スゴイこと言いますね……」
 雪子の猥談もすごいけど、叔母さんもすごい。とても付いていけない。ていうか、叔母さんてこんなキャラだったっけ? 女の人は年を取ると恥じらいを失くすって言うけど、自分の身内にその実例が生じるのは複雑な気分だ。

「なんの話だ」
「あ、史郎さん。そうよね、史郎さんも見たいわよね。剛、ここに持ってきていい?」
「ダメに決まってるでしょ、そんなのっっ!」
 気でも狂ったんですか、と、その言葉を飲み込むのがやっとだった。なに言いだすんだ、この女は。正気の沙汰とは思えない。
「いいじゃない。見せてあげましょうよ。史郎さんもきっと気に入るわ」
「待ってください、後生ですから!!」
 後ろから羽交い絞めにしようとした薪の手を半歩の差ですり抜けて、叔母は寝室に入ってしまった。かくなる上は、寝室のドアに板を打ち付けてこの呪われたアイテムがある部屋を叔母さんごと永遠に封印するしかないと薪が決心した時、再びドアが開いた。
 瞬間、薪は反射的に後ろを向いた。光景は予想できるが、とても正視に堪えない。母親が掃除中に息子の寝室からエロ本見つけちゃうくらいならホームドラマでもありそうだけど、グッズはないから! 人間、そんな恥辱に耐えられないから!

「ほら、これよ」
 終わった、人生終わった。僕はこれから踏切に飛び込む。さようなら、みんな。
 鈴木、待たせたね。今行くよ。鈴木だけは僕の無実を信じてくれるだろう?
「これが可愛いのか? 女の感覚は分からんな」
 そうでしょうね……。
「頭が丸くて太くてズドンとしてて」
 叔父さんまで事細かく形容しないでください。一度見たら忘れられない、ていうか必要ないです。男なら誰でも日常的に目にしてますから。
「黄色くて青くて」
 ええ、黄色くて青くて、うん? 黄色? 青?
 人それぞれかもしれませんけど、逆に自分のは見たことありませんけど、その時の僕のは薄紅色だって青木が言ってて、青木のはやや紫がかった赤色だと記憶していますが。
「手足が異様に短い」
 はいはい、手足が、――手足? 叔父さんのには手足が付いてるんですか??

 食い違う記憶に焦って振り返る。ドアの前には巨大なぬいぐるみを抱いた叔母と、複雑な顔をした叔父が立っていた。
 そういえばこないだ、ミハルが遊びに来て。彼女の大のお気に入りの人形をクローゼットから出したはいいけど片付けるには青木の手を借りなきゃいけなくて、とりあえず寝室に置いておいたのだった。ぬいぐるみとはいえ目があるものは見られているような気がして嫌だから、頭からすっぽりとシーツを掛けておいた。それを叔母は、隠してあると誤解したのだ。

「地味に重いわね、これ」
「これが青木くんの趣味か。いい大人が、まったく」
 叔父の誤解を、薪は敢えて解かない。本当の持ち主のことを説明するのも面倒だし、誤解の内容を説明することは死んでもしたくないからだ。それに、そもそもの原因は青木のトチ狂った買い物のせいなのだから、これは自業自得だ。
「そうですね。いつまでも子供で困ったもんです」
 すべての責任を青木に押しつけて、薪は大きく頷いた。




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パートナー(4)

 こんにちは、ちょっと間が空いちゃいました、すみません。
 実は、実家のお母さんがウォーキングの帰りに骨折しちゃって。
 現在は、実家のお嫁さんが面倒見てくれることになったので大丈夫なんですけど、最初はわたしが通い家政婦にならなきゃいけない状況だったので、しばらくの間はバタバタしておりました。

 それと、
 後はあれよ。警視庁24時。(笑)
 期間限定で別記事に上げますので、お暇な方はどうぞ。





パートナー(4) 



 その晩はリビングに布団を敷いて、叔父たちにはそちらで休んでもらうことにした。
「薪さんもそちらへどうぞ。オレはナッシーと寝ますから」
 大人だけの家にあるのは不自然な人形、その事情説明を面倒がった薪のせいで、成人しても人形遊びを止められない男のレッテルを張られた青木は、薪の嘘を裏付けるとも皮肉ともつかぬ口振りで、薪に親子水入らずの就寝を勧めた。しかし薪は首を横に振り、いつも通りの寝場所を選んだ。「おやすみなさい」と叔母夫婦に声を掛けて、青木と一緒に寝室に入った。

 この頓狂な人形が薪の家に置かれることとなった春の事件の時も思ったが、薪は、青木と共に生きると決めたことを、堂々と主張するようになった。あくまで必要に駆られた時だけだが、それだって今までに比べたらえらい進歩だ。
 きっかけは何だったのだろう、と考えて、昨年の秋に起きた悪夢のような事件を思い出す。あの時、すべてを諦めて死を選んだ薪に、岡部が青木が滝沢が、それぞれの立場からそれぞれのやり方で、彼を生かそうとした。彼の人生に幸福が存在することを認めさせようとした。その中のどれか一つでも効果があったのなら喜ばしい限りだが、そういうことじゃない気がする。この人は、基本的に人の話を聞かない。耳を貸さないのではなく、他人に言われて自分のスタンスを変えるような人ではないのだ。だからこの変化はきっと、年を取ったら言い訳するのも面倒になったとか、そんな身も蓋もない理由だ。

 ダブルベットの左側に青木が、右側に薪が横になる。薪は頭の下に両手を組み合わせて、しばらくの間薄暗い天井を見つめていたが、やがてぽつりと言った。
「叔父さんが言うことは気にするな」
 薪との関係を否定され、青木の母親にダメ出しをされた。自分の身内がそれをしたことを、申し訳なく思っていたのだろう。彼の気遣いが嬉しかった。
「平気です。オレは何を言われても」
「大人のクセにあの人形はないだろうって、僕にさんざん言ってたから。明日、皮肉られるかもしれないけど気にするな」
 30過ぎても人形遊びが止められない男だと誤解させたのは誰ですか。
「薪さん。それはきちんと説明すれば」
「叔父さん、何をしに来たんだろう」
 薪に遮られ、青木の抗議は不発に終わる。とりあえず、薪は人の話を聞かない。
「かわいい甥の様子を見に来られたんでしょう。20年振りのサプライズってのがすごいですけど」
「いや。今までも4,5年おきに来てた」
 そうなのか、知らなかった。だったらその時、呼んでくれればよかったのに。そうしたらこんなグダグダなカミングアウトにならずに済んだのだ。――まあ、一緒に暮らす前の薪にそれを求めるのは無理だったか。
「でも、今回みたいな抜き打ち検査は初めてだ」
「ぷ。抜き打ちって」
 国税局じゃあるまいし。

「可愛い甥か……生憎、そんな麗しい親子関係じゃない。小さい頃はそうでもなかったけど、僕が警官の道を選んだ日から、あの人とはケンカばかりだ」
「そうなんですか?」
 青木の父も、第九に勤めることには反対だった。でも父は最後に――否、今際の際になって考えが変わったのではなく、もっと以前から認めてくれていたのだと、後で母が教えてくれた。改めて言葉にするのも気恥ずかしくて、それで伝えるのが遅くなっただけなのよ、と。
 海を渡って顔を見に来るくらいだ。薪の叔父も、そういうことじゃないのかと思いたかったが、あの言い争いを目撃してしまっては、それも難しかった。やはり、父親と叔父では見方が違うのかもしれない。そう言えば、青木の叔父も青木の仕事には懐疑的だった。

「最後に来たのはいつだったんですか?」
「確か、6年前だ」
 6年前と言えば、薪とは恋人関係にあったものの、現在のように一緒に暮らしてはいなかった。そう頻繁に彼の家に出入りしていたわけではないし、週末も薪が「今週はダメだ」と言えば、その理由を質すことはしなかった。その「ダメだ」の中のどれかに、彼らの帰国はあったのだろう。
「じゃあ定例訪問じゃないですか。今回はサプライズにしてみたってだけで」
 そうかもな、と頷いて薪は目を閉じた。納得したというよりは話を打ち切ったように感じられたが、そう返されれば青木も会話を終えるしかない。

 胸の内にある不安に寒気を感じたのか、すり寄ってきた薪の背中を抱いて、青木は彼の髪に鼻先を埋めた。
「おやすみなさい」と声を掛けるも応えはない、それはいつものことだったけれど。青木の背中に回った薪の手に、ぎゅ、と力がこもったのは、とても珍しいことだった。



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 ご無沙汰しております。
 義妹がいなくなって、事務員がわたししかいないのに、なぜか今年も道路の現場代理人になってしまったしづです。話違うじゃん。
 まあ、今年はお義母さんの介護が無くなっちゃったから、その分仕事できるけどね。実際、会社の経理だけやってると時間持て余すけどね。(小さい会社なんで、1ヶ月分の帳簿作成が三日で終わってしまうという(^^;)

 今年の工事は県土木です。新しい歩道を作ります。
 先週、契約が終わったところなので、今週は着工書類と施工計画書と材料の手配と下請業者の選定と……etcで、ちょっと忙しいです。2本やってた水道工事はあらかた終わって、こちらも竣工書類の真っ只中。どうして書類って重なるんですかねえ? あ、もう1本やってた小さい工事は終わりました。書類も上がって、検査待ちです。
 そんな調子なので、ハッキリ言って、作品を読み直す暇がありません、ごめんなさい。この先もしばらくは忙しそうなので、とりあえず更新しておきたいと思います、でもぶっつけです。乱文、お許しください。
 よし、言い訳終わり。<こら。




パートナー(5)





 翌朝、青木は薪の叔母の文代と一緒に朝食の用意をした。薪と二人ならトーストにコーヒーが定番だが、海外生活が長い来客のため、メニューは和食と決めていた。

 ワカメと豆腐が浮いた鍋に青木が味噌を溶いていると、文代は感心したように、
「ちゃんと濾し器を使うの? 本格的ね」
「薪さんが。こうした方が、味がまろやかになるって」
「わたしはそんなこと、剛に教えた覚えはないけど。どこで覚えてきたのかしら」
「大学生の頃、親友のお母さんに教わったって聞きましけど」
「もしかして、鈴木くん?」
 青木が頷くと、文代は困ったように眉を寄せた。それで青木は、この女性がむかし、鈴木と面識があったこと、あの痛ましい事件の顛末を知っていることを悟る。遠い異国で甥の身を案じて、心を痛めたであろうことも。

「あの事件の後すぐ、史郎さん、剛の所へ行ったのよ。警察を辞めさせるって息巻いて……大ゲンカして帰ってきて、『もう知らん。二度と顔も見たくない』て」
 当時薪は、潰れかけていた第九を立て直そうと必死だった。叔父の忠告など、耳に入らなかったに違いない。
「1年も経たずにまた行ったけどね」
「あは。そうなんですか」
 青木が笑うと、文代は釣られて笑い、
「あのひと、剛が可愛くてしょうがないのよ」
「素敵なことだと思います。血の繋がりが無くても、生活を共にするうち、愛情が芽生えたんですね」
「それがね。最初に剛を引き取ろうって言ったのは、史郎さんなのよ」
 それは初耳だった。てっきり血のつながった文代が、交通事故で亡くなった姉の子供を引き取ったのだと思っていた。
「剛から聞いてるかもしれないけど、その頃うちは会社を閉めたばかりで、借金がたくさんあってね。だから正直に言うとわたしは躊躇ったの。引き取ったところで贅沢なんてさせてあげられないから、だったら薪家の親類に預けたほうがいいんじゃないかって」
 血のつながった叔母なのにね、と彼女は自嘲する口調で言い、味見用に小皿によそった味噌汁を一口飲んだ。

「ま、そんなわけだから。がんばってね、青木さん」
 悪戯っぽく笑った文代に、はい、と答えたものの、青木はいささか驚いてた。
 想定外だ。あの叔父が、そんなに薪を可愛がっていたなんて。昨日のバトルからは予測不可能だ。
 青木には困った叔父がいるせいか、考え違いをしていた。薪は、叔父の反対を押し切って警察官になった。そのことを叔父は根に持っていて、だから何かと文句を付けるのだと言っていたが、そうではなく。叔父は薪が可愛くて可愛くて、だから心配で仕方ないだけなのだ。ちょっと、いや相当分りづらいが、スタンスは青木と一緒だ。それならば同志だ。

「……よかった」
「なにが?」
 意識せずに零したセリフを文代に拾われ、青木は焦って首を振る。「味噌汁が冷めないうちに食べましょう」とやや強引に話題を変えた。
 幼いうちに両親を亡くして薄幸な少年時代を過ごしたと聞いていた薪が、あなたたちに愛されて育ったことが解って嬉しかったんです、なんて当人に言えるわけもなかったから。







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 メロディの懸賞に応募し忘れました、しづです。(地団駄)
 不覚……。

 もうちょっとで施工計画書が出来上がりそうです。(道路は)初めて自分一人の力で作りました。
 前回、下請のせいでヒドイ目に遭った、書類全部自分でやらなきゃいけなくなった、て言いましたけど、そのおかげですね。自分でやったことは覚えてるものね。あの経験も、糧になったんですね。ピンチはチャンスなんだな。




パートナー(6)





「史郎さん。新聞」
「ん。ああ」
「薪さん。書類」
「ん。ああ」
 生返事と、紙をめくる音が重なり、文代の「もう」と言う声と青木の溜息が重なった。
「休日の朝くらい、難しい顔するの止めたら」
「休日の朝くらい、仕事から離れてくださいよ」
 ほとんど同時に横から詰られて、箸を持ったまま身を引いた。まるで鏡に映ったようにそっくりの仕草で、だから青木は笑ってしまう。血の繋がりは無くても、この二人は確かに親子だ。

「女はうるさくてかなわん」
「まったくです」
 二人は持っていた紙の束をしぶしぶテーブルに置き、示し合わせたように味噌汁の椀を手に取った。品よく啜って、箸で豆腐を器用に挟む。常々、薪の食べ方は美しいと思っていたが、なるほど、向かいの男もきれいな食べ方をする。血縁関係のある叔母よりも、義理の叔父に多くの共通点を見つけて、青木は薪の生真面目な性格のルーツを探り当てた気分になった。

「この卵焼き、美味しいわ。青木さん、お料理上手なのね」
「いいえ。薪さんに比べたら、まだまだ。レパートリーも少ないし。そうだ、この機会に文代さんの得意料理とか、教えてもらえますか?」
「いいわよ。わたし、あんまり料理は得意じゃないんだけど、茶わん蒸しだけは自信があるの」
「茶碗蒸しかあ。じゃあ、今夜はお刺身にでもしましょうか。何の魚がいいですか?」
「サンマがいいわ。旬だし。それに、あっちでもマグロの刺身は食べられるけど、青魚は無いのよ」
「へえ。そうなんですか」
 青木が向かいの女性とにこやかに夕食の話などしていると、斜め前の席に座った男が不機嫌そうに眉を寄せた。
「なんなんだ。その嫁姑みたいな会話は」
「嫁姑、になるんじゃないですか」
 一応、と付け加えた薪の横顔は完璧なポーカーフェイスだったけれど。亜麻色の髪に半分くらい隠された耳の、下の部分が赤くなってた。

「文代、おまえも少しは危機感を持ったらどうだ。剛の相手がこの男で、本当にいいのか?」
「いいじゃない。青木さん、とてもいい子よ」
「簡単に懐柔されよって。嘆かわしい」
 夫婦のやり取りに思わず微笑む。良人がいくら眉をしかめても妻はどこ吹く風。この人はこの顔で生まれてきたのよ、とでも言うように、まったくプレッシャーを感じていない。なるほど、こういう風に扱えばいいのか。

 薪は、岡部の家から貰ったきゅうりの糠漬けに箸を付け、叔母が、叔父の不平を上手に受け流すのを真似て、
「青木は年上に可愛がられるタイプなんですよ。素直で謙虚だから」
「惚気はけっこうだ」
 青木の味噌汁の椀に、きゅうりの漬物がぽちゃんと落ちた。咄嗟に箸が滑ったのだろうが、隣の椀に落とすところはさすが薪だ。
 意識せずに出てしまった言葉だから、薪は不意を衝かれる。耳下だけだった赤味がどんどん上に昇って行き、ポーカーフェイスの頬が赤く染まった。

「や、あの、ノロケとかそういうんじゃなくてですね、僕は一般論を」
「『素直で謙虚』か。ヘタレ男を褒めにゃならん時の言葉選びだな。どうせ周りの評価も低いんだろう」
「あ、青木はっ」
 恋人をバカにされて、薪が怒った。昨日ほどではないが、額に青筋が立っている。
「見かけはバカっぽいですけど、僕と同じ東大法学部出身で、Ⅰ種試験をパスしたエリートなんです。幹部候補生の選抜試験も次席で通ってます。なんであの解答で受かったんだか分かりませんけど、僕が試験官だったら絶対に落としてますけど」
 薪が一生懸命に青木を褒めてくれる。でも褒め言葉に聞こえないの、なんでなんだろう。
「武道にも秀でていて、剣道4段、柔道初段、AP射撃は5段の腕前を持っています。本当に見かけによりませんけど、彼はとても強い。知り合った頃は軟弱で2キロも走れなくて、僕にもポンポン投げ飛ばされるくらい弱かったんですけど、て言うか今でも負けませんけど、なあ青木。こないだの試合、僕が勝ったよな?」
 薪は言葉が上手くない。人を褒め慣れていないから言葉選びに不自由しているだけ、ちゃんと分かってる、だって薪さんはオレの恋人だもの。でもなんか、なんかその。
「とにかく青木はバカだけど素直でやさしくて、だから余計バカなんです!」
 それは結局バカってことですよね?
「仕事も全然ダメっていうかそもそも警官に向いてないと思うんですけど、それでもずっと頑張ってるんです。無駄な努力を何年も続けられるのは、いくらバカでも大したものだと――青木? なんで泣いてるんだ?」
 ハッと何かに気付いたように、薪はパッと振り返って、
「叔父さん。青木を苛めたでしょう!」
「「「あんただよ」」」

 3人そろって突っ込んだのに、薪は心底不思議そうに首を傾げて、その仕草が可愛いのなんの、二人きりだったらとっくに抱きしめてる。そこにはほんの少しの悪意も存在しない、天使顔負けのイノセント。なんて純粋できれいな人なんだろう、彼の恋人になれた自分は世界一幸せな男だと、事故か偶然か、味噌汁の中に落とされた複雑怪奇な味わいの胡瓜を噛み締めながらそんなことを思う。これだから青木はどんなに苛められても薪の傍を離れられない。
 それから青木は流したばかりの涙を忘れ、感動を胸に恋人の弁護に回る。
 さっきの言い方だって、悪気があったわけじゃない。薪は青木の人となりを叔父に理解して欲しいと願って、懸命に願って、力み過ぎて男爵スイッチが入っちゃっただけなんだ、きっと。

「ところで叔父さん」
 自分の味噌汁を飲み干し、箸を置いてから薪は言った。
「どうして青木がみんなに『ヘタレの中のヘタレ』とか『キング・オブ・ヘタレ』とか呼ばれてバカにされてるの、知ってるんですか?」
 ……絶対わざとだ、このひとっ!



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パートナー(7)

 ご無沙汰してます、忙しかった、のではなく~、(いや、それなりに忙しかったけども)
 ちょっち、浮気しておりました、薪さん、ゴメン。

 ふなっしーのwebshop3周年イベントに、軽い気持ちで応募してみたら当選しまして、12/18に船橋市民ホールへ行って参りました(*‘∀‘)
 ふなっしーイベントだから、周りは子供ばかりだろうと思ってたんですけどね、
 夜、7時半の開演と言うこともあってか、子供がいないんですよ。ご婦人率99.9%でございました。わたしくらいの年の方も、かなり多かったですよ。ふなっしーっておばちゃんにもモテるんですねえ。

 本人をこの目で見るのは、実は初めてでございまして、
 それが可愛かったのなんのって。いや、マジで驚きました。画面で見るのと全然違うのよ、印象が。
 トークもアクションも楽しくてね~、みんな大笑いしてました。すごい盛り上がってた。司会の方と、ふなっしーの掛け合いがいいんですよ。割とグダグダで、ゆるいのがGOOD。
 隣の席の、わたしと同年代のご婦人が(つまり50代ですね)、ふなっしーが出てきた途端、「ふなちゃーん! かわいいー!」と、でっかい声で叫ぶの、初めは正直引きましたけど、イベントが終わる頃には、その気持ち分かる! と思ってしまうくらい、楽しかったです。

 ファンサービスも、とても良かったです。
 着ぐるみって、すごく疲れるから30分が限度だそうですね。この日は時間が超過してしまって、45分くらいやってました。
 司会の方が、何度も、「体力大丈夫?」とふなっしーに訊いてて、ふなっしーは元気に「大丈夫なっし!」と答えてたけど、夜だし、疲れてたんだろうな、と思います。それでも、最後は会場の通路をくまなく回って、退場していきました。
 わたしは1階の12列目、通路から3番目の席だったので、かなり間近で見ることができました。手は届きませんでしたけど。
 ふなっしーが後ろのドアから出て行って、司会の方も締めの言葉を口にして、みんなが帰り支度を始めた、その時。
 2階席から歓声が上がりました。
 何事かと見上げると、2階席のファンのために、ふなっしーが会場に帰ってきた!
 感動しましたね~。
 ふなっしー、現在はテレビには出てないけど、人気は衰えてなくて、日本中のイベントで引っ張りだこなんですよね。(ツイッターチェックすると分かる) あんなに売れっ子なのに、こんなにも、ひとりひとりのファンを大事にしてくれるなんて。これ、webshop利用者対象とはいえ、無料イベントなのに。
 お疲れさまでした、と心から感謝した次第です。

 ここしばらくは、「ふなっしー」でググる毎日(笑)
 とうとう、「ふなのみくす」(ふなっしーのDVD) まで買っちゃいましたよ……タハハ(;^ω^)


 あ、そうそう、
 わたしが参加したイベントの様子は、ふなっしーwebshopのHPで公開中です。
 ふなっしー好きの方は、ぜひチェックしてみてくださいね!


 えーと、なんのブログだっけ(笑)
 お話の続きですー。





パートナー(7)





 叔父の来日の目的が判明したのは、休日のやや遅めの朝食の後の、ゆっくりとしたコーヒータイムであった。
「あら、おいしい」
「ほう。なかなかのものだ」
 シアトル系コーヒーに慣れた彼らの舌に、青木の作り出す奥深い味は、新鮮な驚きを以て受け入れられた。「ありがとうございます」と青木は謙虚に礼を言い、薪は自慢そうに肩をそびやかした。

 絶品のコーヒーを4人が飲み終えた頃、史郎がそれを持ち出してきた。叔母の文代は夫の行動を咎めるような顔をしたが、慎ましき妻の恭謙を守って沈黙した。
「すまんが、君は席を外してくれんか」
「青木、行かなくていい。ここにいろ」
 立ち上がりかけた青木の膝を、薪が抑える。恋人と恋人の叔父、二人の板挟みになって青木は迷ったが、薪の強気の視線に折れた。ソファに深く座り直すと、気を使ってやったのに、と史郎が声に出さずに呟くのが見えた。無意識に唇の動きを読んでしまうのは、第九職員ならではのデメリット。
「彼に聞かせられないような話なら、僕も聞くつもりはありません」
 勝手にしろ、と史郎は今度は言葉にして、大判の茶封筒から書類らしきものを取り出した。

「昨夜は話どころじゃなかったからな」
 おまえも一晩眠って落ち着いただろう、と彼が差し出した冊子を見て、薪の眼がすうっと細くなる。
 金髪の女性のポートレート写真と経歴書。そう若くはないが、なかなかの美人だ。ロサンゼルス大学卒業、U社取締役とあるから経歴も申し分ない。
「取引先の社長のお嬢さんでな、5年前に夫を事故で亡くして、再婚相手を探しているそうだ。年は38歳。おまえとは5つ違いでちょうどいい」
 ――びり。
「ミドルスクールに入ったばかりの子供が一人いて、つまりは社長の孫娘なんだが、その子がネットでおまえのことを見たらしい。是非にとも会いたいと言い出して、それならばひとつ、娘の結婚相手としても検討したいとのことでな」
 びりり。
「多くの場合、再婚の問題となるのは子供の存在だ。今までの相手も、みんなそれで駄目になったらしい。しかし今回は、その子供がおまえに熱を上げているわけだから」
 びりびりびりびり。
「この縁談はまとまる可能性が高いと社長も期待して――、さっきからビリビリビリビリうるさいぞ、剛。人の話は静かに、て、こら!! 見合い写真を破くやつがあるか!」
「すみません。シュレッダーは書斎にしか置いてないもので」
「そうか、それなら仕方ない、じゃない!」

「おじさん、ノリよくなりましたね。すっかりアメリカ人ですね」
「おまえは人を小馬鹿にした口を利くようになった。他人を見下す警察官僚そのものだ」
「それは相手によりけりですよ。僕だって、尊敬に値する人の前では謙虚ですよ」
 逆説的に『あなたのことは尊敬できない』と言い切った甥に、叔父は昨夜と同じ不快な表情を浮かべ、
「一晩おいたからと言って、話し合いができるようになるとは限らんな」
「一晩経ってこちらの状況を理解してくれたかと思いましたが」
 現在の自分には大切な人がいる。育ての親より彼が大事――昨夜の部屋割りは、それをハッキリと表明するためだった。今更ながらに青木はそれに気づいて、感動に胸を熱くする。薪の愛は言葉にはならない、いつだって行動に表れる。だから青木はそれを取りこぼさないよう見逃さないよう、彼から目を離してはいけないのだ。

「僕は青木のお母さんに、彼を一生守ると約束しました。男に二言はありません」
 薪の宣言に、硬い沈黙が落ちる。そのタイミングを計ったかのように、薪の携帯が鳴った。「はい、薪です」とかしこまった声で電話に出たから、おそらくは仕事だ。基本的に、警察官僚に休日はない。
 電話で相手と話をしながら、薪は書斎に入ってしまった。青木には見慣れた光景だが、叔父たちにはどう映っただろう。数年ぶりに顔を合わせた自分たちより仕事優先の甥に、がっかりしていないとよいのだが。

「え、と。コーヒー、もう一杯いかがですか」
 少しでも彼らの気持ちを宥めようと、青木は自分の特技を再度披露しようとした。それに対して、「いただくわ」と笑顔を返してくれたのは文代だけ。史郎は薪に破り捨てられた写真の破片を拾って茶封筒に戻しながら、
「君はどうなんだ」と低い声で訊いた。
「剛と一緒に、一生生きる気なのか? 家庭も持たず子孫も残さず、二人して老いさらばえて朽ち果てるだけの、虚しい人生を送るんだぞ。それでいいのか」

 初め青木は反論しようと思った。思って、やめた。
 家庭や子供を持たずとも、薪と過ごす人生は、決して虚しいものではない。本音を言えば、薪と二人で居られるなら、史郎が充実した人生の象徴として取り上げたものたちはどうだっていい。
 だがそれは青木の価値観であって、青木が「どうでもいい」と切り捨ててしまえるものを生き甲斐にしている人たちも大勢いるのだ。彼らが青木の気持ちを理解できないのと同じように、青木にも彼らの気持ちは想像することしかできない。ならば反論はするべきではない。
 大切に思う気持ちはどちらも同じ。反対したり否定したり、できるものではない。

「少し前のことですけど。夢を見ました」
 考えた末、青木は口を開いた。
「お年を召した薪さんが認知症になってしまって。オレのこと、忘れちゃう夢でした」
 唐突な夢の話に面食らう様子の史郎に、しかし青木は構わず続ける。
「とっても悲しくて辛いはずなのに、夢の中のオレは楽しそうにしてて。薪さんが忘れちゃうのをいいことに、毎日、薪さんに恋心を打ち明けるんです。その度に薪さんはびっくりして慌てて、それが可愛くって」
「ちょっと待て。可愛いって、認知症になるような年齢だろう。ビジュアル的にどうなんだ、それ」
 突っ込みどころはそこですか、と吹き出しそうになるのを抑えて、青木は夢の中と同じ笑顔で答えた。
「薪さんの外見は今のままでした。夢ですから」
「そうか。都合よくできてるな」
「でもあの子、高校生の時から全然変わってないわよ? 70歳になってもあの顔なんじゃないの」
「羨ましいわ」「化け物だな」と両極端に分かれる夫婦の意見のどちらにも青木は賛同せず、だって二人とも間違ってる。いくつになっても薪が世界一美しいのは当たり前のことだから。
 さすがにそうとは言えず、青木は何食わぬ顔で話し続ける。
「薪さんのお顔のことはともかく、目が覚めた時に、オレ、思ったんです。将来、あの夢が現実になっても、それでもオレは薪さんの側に居たいって」

 たとえ彼の心が壊れても。
 彼の記憶から自分との思い出が消えてしまっても。
「ずっとずっと、一緒にいます。もう絶対にあの人を、一人にしません」

 それは史郎の問いの答えにはなっていないと、分かっていながら青木にはしかし、それ以外の解答は導き出せない。その答えに、子孫を残せないこと、大人の責務を果たせないことへの十分な弁護能力はないなど百も承知、それどころか相手からもその選択肢を奪う非道な行為だと知った上での発言だから、ますます罪は重くなる。己の罪深さを理解して、だけど意見を変える心算は毛頭ない。
 こりゃ地獄に落ちるしかないな、とそこに至って初めて青木は悩むのだ。
 ――どうしよう。天国にいる薪さんに会えないかもしれない。
 まあ、それはまだ先の話だ。今はとりあえず。

「コーヒー、淹れてきますね」
「青木くん」
 立ち上がった青木の背中に、史郎の声が掛かる。史郎は空になった自分のコーヒーカップを見つめたまま、平静な声で言った。
「私にも頼む」


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パートナー(8)

 こんにちは、また広告出ちゃいました、すみません、てへ。
 
 更新少ないのに、毎日、ご訪問&拍手、ありがとうございます。
 仕事がんばります。←??

 でも、ちょっと聞いてくださいよ、奥さま。
 今年は水道工事2件やってたんだけど、12月中に工事終わってるのに、役所の都合で工期2月22日まで延ばされて、仕方ないからそれで書類作ったら、今度は3月15日まで延ばすって始まりやがった、みぎゃー!
 竣工書類、日付入れちゃったよ! 全部やり直せってか!?
 データ渡すからてめえの方でやり直せ言いたい。

 書類は手戻りになるわお金は入って来ないわ、工期が延びていいことなんかなんもない! ですわよ、奥さま。

 今月末のメロディを心の支えに、がんばるです。あとふなっしーね(笑)



パートナー(8)



「私にも頼む」

 はい、と気持ちよい返事をして青木がキッチンに下がった間、リビングには客人2人だけが残された。そこでどんな会話が交わされたのか、青木には分からない。知らなくてもいいと思った。青木がコーヒーを持って居室に入った時には、二人は何やら思い出し笑いをしていたからだ。
「剛が私の前であんな顔をしたのは、子供の時以来だ」
 昔話ではなく、さっきの薪の様子を思い出して笑っていたらしい。青木は薪の、ポーカーフェイスの下に隠された多様な表情を見ている。それを自分だけが知っていることに優越感もあった。だけどやっぱり、彼を育てたこの人たちには敵わないだろうと思う。
「それだけ、素直に自分が出せていると言うことか」
「だからわたしが言ったでしょ。青木さんはとてもいい子よ、って」
 勝ち誇ったように顎を上げる文代に、史郎はむっつりと腕を組む。口をへの字に曲げて、「しかしなあ」と口の中でぼそぼそ呟き、お終いにはやるせない溜め息。

「剛みたいな意地っ張りにはぴったりですよ。いいじゃないですか。あの子が自分で選んだんですから」
「せめて子供だけでも遺せないものかなあ。剛の天才性を後世に受け継ぐものが居ないというのは、どうにも耐え難い。男なら可能だろう」
「IPS細胞ですか? わたしは個人的には反対ですけど、それも二人が選ぶことですから。でも剛の性格だと、自分の遺伝子は残したくない、とか言うでしょうねえ」
「ああ、いかにも言いそうだ。しかし、そこをなんとかするのが我々の」
「そうなると子供は難しいわね。剛は絶対に自分を譲らない子だし、青木さんを口説いたとしても、青木さんが剛に逆らえるようにはとても見えないもの」
「それも問題じゃないのか。あの二人、パートナーと言うよりは主従関係に近いぞ。青木くんの忍耐力に限界が来る可能性も視野に入れないと」
「大丈夫よ。青木さんのさっきの話、聞いたでしょ。史郎さんは心配しすぎよ」
「おまえは楽観的すぎる」
「人生、なるようになるわよ。会社が潰れても子供ができなくても、わたしたちはそれなりに幸せだったでしょ。剛たちもきっと同じよ」
 文代は、史郎の複雑な胸中を思いやるでもなく諭すでもなく、ただただ自分のペースで話を進める。

「どこにそんな保証がある。いいか、私たちは剛の親としてだな」
「親バカもいい加減にしなさいな。剛がいくつになると思ってるの」
「親バカなんかじゃない。剛はいくつになっても危なっかしくてだな、だから私は」
「そのために青木さんがいるんじゃない。大丈夫よ、あなたが心配してもしなくても、結果は同じ。剛はどうせあなたの言うことなんか聞かないんだから」
「おまえ、そういう言い方は」
 薪の将来が心配でたまらない様子の史郎に引き換え、文代の方は糠に釘と言うか暖簾に腕押しと言うか、史郎の喧々諤々の苦言を春風のように受け流す。
 ――ちょっと待って、これ、どこかで見たような。
 ああ、そうだ。官房室の二人の会話にすごくよく似てる。

「もう十分でしょう。ロスに帰りましょ」
 会話が途切れたところを見計らって、青木はコーヒーを二人の前に置いた。「ありがとう」と微笑む文代に頭を下げて、向かいに腰を下ろす。史郎はと言えば、文代が嬉しそうにカップを取り上げるのを横目で睨みつつも彼女に倣ってコーヒーを口に含み、ゆっくりと飲み下してから、重々しく首を振った。
「いや。まだだ」
 ぎろりと睨め上げられて、青木は焦る。何をダメ出しされるのだろう。主従関係がどうとか言ってた、もっと対等の立場にならないといけないとか、時には薪を叱らなきゃいけないとか言われるのかな、でもそれは無理。そんなことしたら殴られる。殴られるのはいいとして、薪の手が痛くなったら可哀想。だから無理。

「あ、あのですね。ご存知かとは思いますが、薪さんは口より早く手が出るタイプで」
「叔父さん。お説教はもう十分ですよ」
 空回りする青木の思考を他所に史郎の視線は、緊張で強張った青木の顔を飛び超して、左奥のドア口に注がれていた。いつからそこに居たのか、書斎のドアにもたれ、薪は尊大に腕を組む。

「顔を見れば文句ばかり、それでは相手は委縮してしまいます。もっと公正に、穏やかに話をしないと」
 え、それ、薪さんが言います? 今年も、警察庁警視庁・怖い上司総選挙ぶっちぎり№1でしたけど、誰からも結果聞いてませんか? あ、そうですよね、誰も面と向かって言えるわけないですよね、怖いもん。
「まったくあなたは昔から、人から素直に聞こうという気持ちを奪う名人ですね」
 こないだの飲み会で小池さんがそっくり同じことを言ってましたけど、どこかで聞いてました? さすが薪さん、科警研主催の地獄耳選手権、出場申し込んでおきますねっ。

 心の中で突っ込む青木の隣に腰を下ろし、当たり前のように青木のコーヒーを横取りして、薪は脚を組んだ。膝の上にカップとソーサーを置き、ソファにふんぞり返る。前かがみになって膝に拳を載せた史郎とは対照的だ。
「これだけは言わせてもらおう」
 薪の一方的な糾弾に鼻白みもせず怒りも見せず、史郎は凛然と背筋を正した。薪が訝し気に眉を顰める。
「彼の家族の気持ちを、おまえは考えたことがあるのか」
 カチャン、とソーサーとカップがぶつかり合う音がした。カタカタと小刻みに揺れ続けるそれを、見かねて青木が取り上げる。刹那、余計なことをするなとばかりに、ものすごい目つきで睨まれた。この薪の殺人ビームを日常的に浴びているのだ、大概怖いものなどなくなる。ていうか、薪さんに睨まれるとドキドキしちゃう。
 それが恐怖なのか恋のときめきなのか、胸の中の境界線が限りなく曖昧になっている青木の変態性は置いといて。史郎が提起した最後の質問は、いささか難問であった。

「考えましたよ、さんざん考えました。でも」
「過程はいい、言い訳もいい。大事なのは結果だ」
 自分が部下たちの前で口癖のように繰り返したことが木霊のように戻ってきて、さしもの薪も困窮する。なるほど、薪の結果至上主義のルーツはこの人だったかと、まことに家庭教育というのは人を形成するものだと、どこぞの教育評論家のような考えを青木は抱き、息を殺して二人の様子を見守った。
 論点は薪と自分のことなのに他人事みたいに、でも仕方ない。反論は、青木の立場からはできなかった。逆に青木に、薪の家族のことを考えたのかと聞かれれば、青木は沈黙するしかなかったから。

「別に、許してもらおうなんて思ってません。僕も彼も覚悟を決めて、一緒に暮らし始めたんです。これは二人の問題で、親は関係ありません」
 やや投げやりでつっけんどんな口ぶりは、その言葉が真実でないことを物語る。史郎相手だから強硬に突っぱねたが、薪は青木の親には異常なくらい気を使う。傍から見ても痛々しいくらいだ。盆と正月は青木だけでも実家へ帰そうとするし、帰省の休暇を得るために前後2ヶ月間ぶっ通しで働いたこともある。自分が青木のパートナーであることを申し訳なく思って、罪滅ぼしに必死になっている証拠だ。そんな必要はどこにもないのに。

「何がどうあっても、おまえはこの男と添い遂げるつもりなんだな」
「そうですよ。何度も言わせないでください」
 つんと反らせた顎は、言いたいことを飲みこみ過ぎてか少し震えていた。薪はいつだって我慢のしどうしで、その小さな身体に、この世に生まれ出でなかった思いや言葉たちのありとあらゆる死骸を溜め込んでいる。それらが腐食し醗酵し、ぱんぱんに膨れ上がって、だから時々爆発するのだ。
 この時も薪は限界まで広げた堪忍袋に一触即発の危険を孕んで、それを理性で押さえつけている状態だった。だからこそ、意外過ぎる史郎の言葉に突然ガスが抜けたように、突拍子もない声を上げて狼狽えてしまったのだ。

「だったらどうしてパートナー申請をしない」
「はひゃ!?」
 自分でもおかしな声だと分かったのだろう、薪は慌てて両手で口を押えて、だけどもしかするとそれは、瞬時に赤くなった顔を隠すためだったかもしれない。
「ぱ、パートナーってあれ、手持ち式の電動カッターのことですよねっ。僕は免許持ってませんけど、こないだ岡部が資格取ったって」
「薪さん、その辺で」
 挟むつもりのなかった口を、青木は咄嗟に挟んでいた。薪のごまかし方が苦しすぎて我慢できなかった。
 さすがに親と言うか、あるいは年の功か。慌てふためく甥を冷ややかな視線で沈黙させ、史郎は先の質問をもう一度繰り返した。
「なぜだ」
「そ、それはその」
「明日おまえが死んでも、彼には何も遺せないんだぞ?」
 安心してください、残るのは254円の通帳とマンションのローンだけですから。できれば受け取りたくないです。

 ぎゅっと眉をしかめて、薪は俯いた。口元に宛がわれた右手の下で、ふっくらとしたくちびるが破れるほどに噛み締められていた。見かねて、青木が再度口を挟む。
「あの、薪さんもオレも警察官ですし。そういうのはちょっと」
「警官にはパートナーシップ制度は使えない、と言う特例でもあるのか」
 それはない。
 ないが、しかし。
「真実を公にもできずに、何が覚悟だ。片腹痛いわ」

 史郎の言葉は正論過ぎて、薪は一言も返せない。取調室で言う完落ちの状態になった薪に溜飲を下げたか、史郎はふんと鼻を鳴らし、妻に向かって「帰るぞ」と声を掛けた。あらかたの荷造りは済ませてあったらしい文代が、部屋の隅から2つのキャリーケースを引いてくる。2つとも受け取って、史郎は立ち上がった。
「次、会う時までに、パートナー申請を済ませておけ。でないと、どんな手を使っても別れさせるからな」
「ちょ、待ってください、叔父さん。こっちにも都合ってものが」
「おまえの都合なぞ知るか。それ以外で、青木くんの親を安心させてやれる方法を見つけ出せるというなら話は別だが」
 余計な借金背負わなくていい分、今の方がマシなんじゃないかと思います。
 青木は真面目にそう思ったが、賢明に沈黙を守った。その言い訳は別れを早めるだけだ。

 訪れた時と同様、否、それ以上の唐突さで、彼らは去って行った。甥の顔は見れたことだし、帰りの飛行機までの1昼夜、久しぶりの日本を楽しむそうだ。ドライと言うか合理的と言うか、飛行機の時間ギリギリまで家にいた青木の里帰りとは対照的だ。
「また来てくださいね!」
 マンションのエントランスから、通りに向かって歩いていく客人に、青木が手を振りながら呼びかける。文代は笑って手を振り返してくれたが、史郎は振り向きもしなかった。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

パートナー(9)

 こんにちは。

 性懲りもなく、週末に、ふなっしーランド船橋本店4周年イベントに出掛ける予定のしづです。(←カテゴリ違い)
 前回と同じ船橋市民ホールですが、今回はなんと、一番前の席! しかも真ん中! いいんだろうか、わたしみたいな中途半端なファンが。抽選とはいえ、コアなファンの方に申し訳ない気がします。
 今度は土曜日だから、そのまま泊まって翌日ゆっくり帰ろうと思ったら、漏水当番が重なってしまいました。そう上手くはいかないね。梨神さまは見てるね(笑)

 先月、騒いでいた水道工事の検査は、昨日、2つとも無事に終わりました。
 大した手直しもなく、後はお金をもらうだけなのですが、実績報告書を防衛省に出すから、添付書類として工事写真をあと3部作って欲しいって言われました。工事写真1000枚からありますが、全部付ける必要あるんですかね? 既に1部は竣工書類で出してあるわけだし、抜粋でいいんじゃないのかなー。
 ……年取ると、愚痴が多くなっていけないねえ。どうせやらなきゃいけないんだから、素直にやっときゃいいんだよね。
 今日もがんばってお仕事します。


 さて、お話の方はこちらで最終話です。
 読んでくださってありがとうございました。





パートナー(9)




 二人の姿がマンションから遠ざかり、角を曲がって見えなくなる。門前で彼らを見送っていた薪は、そうなってようやく、肩の強張りを解いた。ため息とともに吐き捨てる。
「あのクソオヤジ」
「……ぷっ」
 毒づく様が、薪らしくて笑えた。

「青木、無理して合わせる必要ないからな。友好的に付き合うこと自体が不可能なんだ、あの人とは」
「オレは史郎さんのこと、嫌いじゃないですよ」
 薪が、胡乱な目つきで見るから青木は正直に答える。本当は薪が非難する相手を好ましく思うなんて、彼の怒りを買うに決まってるから口にしたくないけれど、青木は嘘が下手くそだ。嘘だとバレたら薪の怒りは倍になる。
「人が善いのも大概にしろ。あそこまで言われて嫌いじゃないとか、あり得ないだろ」
 太陽が東から昇るがごとくに、薪は断ずるけれど。
「本当です。嫌いじゃないですよ」
 嘘じゃない。
 快く受け入れてもらえたわけではないが、青木には、史郎を嫌うことはできなかった。
 青木が心の底から尊敬するひとの、その気高い精神を、育み導き磨き上げたのはあの人たちなのだ。もちろん子供の薪にはその資質があった、でもそれはあくまで種の状態。日の下に出し水をやり風よけを作り、時には叱咤という名の肥料を与えて、類まれなき美しい花を咲かせたのは彼らの功績。
 そんな偉大な人をどうやって嫌えと言うのか、青木にはそちらの方が無理難題に思える。

「本気なのか? 少なくとも、おまえのお母さんにあんなん言われたら僕は」
 自宅への道すがら、それまで軽快に階段を上っていた薪の脚が、ガクッと崩折れる。咄嗟に抱いた細い肩が、小刻みに震えていた。顔も真っ青だ。想像して怖くなったらしい。
「大丈夫ですよ。何度も言いますけど、うちの母は薪さんの大ファンなんですから」
 そもそも、親に否定されたところでどうということはない。青木は薪の親が好きなのではなくて、薪が好きなのだ。薪だって同じだろう。そう割り切ってしまえばいい。でもそれができないのが薪のダメなところで、それ故に青木は薪を放っておけない。薪のように完璧とも思える人間に何処かしら弱いところがある、そのギャップが青木を捕えて離さないのだ。

「無理難題押し付けやがって。僕の立場でそんなこと、できるわけが」
 家に帰り、休日らしいラフな服装と体勢でリビングのソファに落ち着いた薪は、背もたれを枕代わりに、天井を仰のいて呟いた。そしてそのまま、ひどく難しい顔になる。まるで天井に、幾何学の難問でも見つけたみたいに。
「……青木。正直に言って欲しい」
 その呼びかけで青木には分かった。薪がまた何か余計なことを考えている。

「おまえももうガキじゃない。ひと年締めて、大人の考え方もできるようになっただろう。もしも少しでも、僕を選んだことに後悔があるなら」
「『叔父さんの言うことは気にするな』。そう言ったのは薪さんですよ」
 ほーら始まった、と心の中で青木は指を鳴らす。薪の困った癖は相変わらずだけど、その兆候を捉えられるようになった。事前に分かれば狼狽えることもないし、対処も早い。青木は淀みなく言い返した。
「僕はいいんだ。人生、拾ったようなものだから。儲けものだと思ってる。でもおまえはそうじゃない。やっぱり将来の保証とか、自分の子供とか」
「薪さん。薪さん」
 ひとり先走る薪の身勝手な思考を、引き留めようと青木は懸命になる。やや尖った声で、薪の名を繰り返した。
「分かってますよね? オレが欲しいものがなんなのか」
 うん、と薪は頷いた。じゃあこの話はこれで終わり、と青木は休日の仕事に戻ろうとした。掃除、洗濯、車磨き。日曜日の青木はけっこう忙しい。なのに、薪の応えが青木をナマケモノにする。
「でもそれに、そこまでの価値があるのか」
 絶句した。
 脱力感がハンパない。何をする気もなくなった。
 瞬く間に消え失せた勤労意欲の腹いせに、青木は声を張り上げる。
「当たり前じゃないですか!」
 そう断じたけれど、これはあくまで青木だけの世界標準。身勝手は承知の上、だけどこの際、薪の価値観なんか知ったこっちゃない。てか腹立つ、マジで腹立つ。

「オレがどれだけ苦労して手に入れたと思ってるんですか? あなたの隣に立つために、オレがどんなに努力してきたか、薪さん、ご存知ですよね?」
 一番頭にくるのは、こんな言い方でしか彼を納得させられないことだ。
 薪は、自分の価値を認めない。
 青木がいくら薪の素晴らしさを説いても、その偉業を褒め称えても、彼にとってはできて当たり前のこと。何故なら薪は天才だから。普通の人間より優れている分、自分に課したハードルは、一般人には想像もつかないほど高い。
 天才で有能で、およそ人の憧れる何もかもを持ってて、なのに彼は自分が取りこぼしたものしか見ないのだ。それも、仕方のなかったこと、誰がやっても同じ結果か、より悪くなったであろうこと、そう言った責任の有無すら怪しいことを全部自分の責として背負ってしまう。
 だから青木は自分の利害を主張する。憤慨の理由を、自分の努力をないがしろにされたことにすり替える。本当はそれこそ当たり前のことなのに。凡人の自分が、天才のパートナーになろうというのだ。世界でもトップクラスの優秀な遺伝子を、彼の代で断ち切ろうというのだ。その罪の重さを思えば、死に物狂いの努力くらいしてなかったら、いくら青木が呑気者でも罪悪感で潰れる。

「それと、ご自分の人生を軽く扱うの、止めてください。オレがこんなに大事にしてるんですから」
 自分の人生を大事にするなんて、子供に言い聞かせるようなこと、それだって薪は理解しようとしないのだ。青木が大事にしているものだからそれを傷つけないで欲しいと、これはあなたのためでなく人のためになるのだと、そんな回りくどい説得の仕方をしないと効果が無い。「あなた自身のため」なんて一言でも言ったら、優先順位は最下層に回り込む。
 思春期真っ盛りの中学生みたいに七面倒くさい、だけど彼がそうまでして自分の価値を認めようとしないのは、その手で人を殺しているから。
 結局はそこが原点なのだ。青木が何を捨てても彼の側に居たいと願う、その要因もまた。

「うん、分かった。おまえの言う通りだ。ごめんな」
 僕ってバカだな、と彼には珍しい反省の言葉を、やわらかなくちびるがため息とともに吐き出した。それで青木は、彼が嘘を吐いていると分かる。
 素直すぎる。この手の話は平行線だと分かっているから、とりあえずは納得する振りをして、終わらせようとしているのだ。
 歯がゆくもあり、愛おしくもあった。風切り羽を抜かれた鳥のように、無様に地べたを這い回る。その羽根はとっくに生え変わっているのに。ずっと下ばかり見ていたから、空を見上げることができない。自分の居るべき高みを忘れてしまっている。

 仕方なく、青木は非難の言葉をくどくどと繰り返す。
「本当に分かってます? だいたい薪さんは」
 あの時もこの時も。あれやこれや。
「そもそも薪さんは人の言うことを聞かないから」
 小野田さんに心配ばっかり掛けて、オレもそうですけど、岡部さんも中園さんも、後始末に四苦八苦して。
「いい機会ですからハッキリと言わせてもらいます。これからは、――はっ」
 音を立てて息を呑む。軽くくちびるを噛んで項垂れていたはずの素直な恋人は、いつの間にか、ソファの肘掛けに頬杖を付いた女王様になっていた。それもアンデルセン童話で一番こわい、雪の女王だ。

「偉くなったなあ、おまえ」
 まるで氷のような冷ややかさと、高慢な口調。いつもの薪らしくなってきた。
「すみません、調子に乗り過ぎました。薪さん、ごめんなさい」
「大したものだ。この僕にそんな口が利けるなんて」
 うわあ。『この』って言ったよ、「この僕に」って。
「ただ、ひとつだけ覚えておいて欲しいことがあるんだ」
 ちょいちょいと指で呼ばれる。近付くと、襟元を掴まれた。ぐいと締め上げられて、青木は引きつった声を出す。
「僕はな、説教するのは好きだけどされるのは嫌いなんだ」
 それは誰でもそうだと思いますけど、それを堂々と口にするのは薪さんくらいです、お見事ですっ。

「今日から2,3日、官房室に泊まり込むから」
 すみません、それだけは勘弁してください。薪さんが居ないとごはんが食べられません。
 青木が雨に濡れた子犬みたいな目で薪を見上げると、薪は、氷河期だった雰囲気をほんの少し和らげて、
「仕事だ。さっきの電話、中園さんからだった」
 話しながら書斎にこもってしまったから、仕事の電話だとは思っていた。日曜日に掛けてくるくらいだから、急ぎには違いない。でも、薪が飛び出して行かなかったと言うことは、事件ではない。おそらくは法案関係。薪の嫌いな書類仕事だ。
 数年ぶりの叔父の来訪を理由に、一旦は断ったのかもしれない。しかし来客は帰ってしまった。そこで職場に向かうところが実に薪らしい。ちょっとした怠け心すら、彼は自分に許さない。その頑ななまでの厳しさ。だから青木は本当は、休日の彼には指一本動かして欲しくないのだ。

「着替え、用意しますね」
「頼む」
 シャツと下着と靴下、ネクタイにハンカチ。ボストンバックの底には秘密の写真を入れておく。仕事に疲れた彼への栄養剤代わりだ。
 同居も1年を超えれば、何がどこにあるかは青木の方が詳しいくらい。3日分の着替えと洗面用具をボストンバッグに詰めるのに青木が要した時間は、薪が仕事用のスーツに着替える時間とほぼ同じであった。

 インターフォンが鳴って、階下に迎えの車が来たことを知らせる。青木も今日は休日、だから送迎には官房室の車を使う。もちろん薪を警察庁まで車で送るのはやぶさかではない。むしろ一緒に行きたいくらいなのだが、休みの日は薪はいつもこうして、青木の休日を奪わないようにしてくれる。
「いってらっしゃい」のキスもおざなりに、何故ならスーツに着替えた薪はすっかり仕事モード。好みでなくても仕事は仕事。すでに頭の中にはいくつかの草案が出来上がっていて、それを検証している最中なのだ。きっと今回も、ボストンバッグの一番下に忍ばせた青木とのツーショット写真には気付かないまま、洗濯物と混じってしわくちゃになって帰ってくるに違いない。
 でもそれは、薪が仕事に集中できた証拠。彼の時間が充実してそれに彼が満足してくれれば、青木の目的も達成されたことになるのだ。昔は自己完結型の薪のスタイルに悲しくなることもあったが、大事なのは薪の満足度であって、それを必ずしも青木がコーディネイトしなければいけないわけではない。最近やっと、そんなふうに考えられるようになった。

 エントランスまで見送りに出た青木を一度も振り返らずに車に乗り込むと、薪はすぐに書類を取り出した。耳に電話を挟み、何事か喋りながら、指先で紙面をパシリと弾く。運転手がぎょっとした様子で後部座席を振り向いたから、多分、トラブル発生。車の窓が白く凍っていくように見えたが、見間違いだと思いたい。
 運転手が慄きながらも車をスタートさせ、ブリザードを連れ去った。後には休日の昼前の、のんびりした空気。

「さて。薪さんがお帰りになるまでに、家中磨いておこうかな」
 まずは洗濯、と青木は足取りも軽く、自宅への階段を昇って行った。




おしまい(2019.1)




 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
 次のお話は、なっしーと薪さんのコラボです。←え。
(頼まれても困ると思いますけど)よろしくお願いします。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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