宴の始末(1)

 「室長の災難」の後日談です。
 よしなにお願い致します。




宴の始末(1)






 その日、第九の空気は妙に張りつめていた。

 それは朝礼のとき、室長が一言も喋らなかったせいかもしれない。
 いつもなら「今日も忙しくなるがみんな頑張ってくれ」などと、なにかしら励ましの言葉をかけてくれるのに、今日に限ってはむっつりと黙り込んだままだった。朝礼の後は、捜査の進み具合を確認するため部下たちと一緒にモニターを覗くのが習慣なのに、その日の室長は不機嫌な顔をしたまま、自分の部屋に戻ってしまった。

「なんか薪さん、今日めちゃめちゃ機嫌悪くない?」
「そうか? 機嫌がいいときなんて見たことないけどな」
「原因はあれだよ」
 シュレッダー行きの書類廃棄箱の中に、一束の手紙が捨ててある。
 およそ30通はあろうかと思われる量だが、封を切った様子もない。表書きはすべて室長宛のものだが、色柄物の封筒ばかりで公用のものとは思えない。これはもしかして。
 どうせ捨てられているのだから、と一通だけ内容を確認してみる。予想通りラブレターだった。
 
「さすが薪さん。読みもしないで捨てちゃうんだ」
「女の子からだったら、あんなに機嫌悪くないんだろうけどな」
 今井の言葉に驚いて、曽我が差出人を確認する。
「ほんとだ。これ全部、男からですよ。これじゃ薪さんが機嫌悪いのも無理ないなあ」
 薪はそういう冗談が大嫌いだ。
 たとえ相手の男が本気でも、嫌がらせとしか思わない。自分が他人からどういう風に見えているのか、まるで自覚がないのだ。

「今までも何通かは混じってたみたいだったけど、今日は男からのほうが多かったんだってさ。岡部さんに当り散らしてたよ」
「なんで今日に限って?」
「これのせいだろ」
「うわー、これってこないだの」

 パソコンの画面に、美しい女性の全身を写した写真が載っている。
 ゆるくパーマのかかった亜麻色の長い髪。ブラウンのアイシャドーに彩られた魅惑を湛えた亜麻色の瞳。つややかな赤いくちびる―――― 例のおとり捜査の時の女装姿だ。
 薄いキャミソールが包む上半身はあくまでも華奢で、男のものとは思えない。黒いミニスカートからは、形の良い足がすらりと伸びている。足首は驚くほどに細く、赤いハイヒールがこの上なく似合っている。
 写真は1枚だけではなく、様々なショットがあった。
 正面からのバストショット。魅力的な後姿。端正な横顔。竹内警視と顔を近づけているものまである。
 美しい女性と美形の竹内とはうっとりするほどお似合いで、今にも唇を触れ合わそうとしているかのようだ。後ろに映っている備品から察するに、どうやら捜一に出向いたとき、誰かに隠し撮りされたらしい。

「やばいよ、これ。室長が見たら」
「昨夜のうちに署内メールで配信されてるから、もう見てるんじゃ」
 こそこそと内緒話をしている職員たちの耳に、ガターン!と派手な音が響いた。室長室からだ。続いて薪のヒステリックな叫び声。
「うっ、宇野―――ッ!!!」
「え? 俺?」
 名指しで呼ばれたものの、何の心当たりも無い。
 報告書はすべて承認済みだし、未整理の案件も無い。室長に叱られなければいけないことなどまるで思い当たらなかったが、室長のご指名は自分である。
 慌てて宇野が室長室に入ると、薪は机の前に仁王立ちになっていた。後ろに室長席の重厚な椅子がひっくり返っている。さっきの派手な音は、これが原因らしい。

 薪は自分のノートパソコンを開いて、宇野のほうへ突き出した。例の画像が映っている。どうやら薪のパソコンにも配信があったらしい。
「今すぐこの画像を、署内のすべてのパソコンから削除しろ!」
 今朝の手紙の理由を探っていて、このメールに辿り着いたのだろう。これを知ったショックで椅子を倒したに違いない。
「無理ですよ。そんな」
「おまえ、こういうのは得意だろ!? やれ! 室長命令だ!!」
「署内中のパソコンて、何百台あると思ってるんですか? メール配信されてるんですよ。一台一台削除したって、また配られちゃいますよ」
 最もな言い分である。
 が、頭に血が上っている室長には通じない。自分の恥を署内中にばらまかれて、これではここから一歩も外に出られない。

「じゃあ、僕にどうしろと言うんだ!?」
「別にいいじゃないですか。これが薪さんだと分からない人だってたくさんいますよ。放っとけば、そのうち収まりますって」
 岡部が諭すように大人の意見を述べる。たしかに騒ぎ立てないほうが得策だろうと、宇野も思っていた。
 しかし、当人にとってはそんな悠長な問題ではない。
 いま現在、この画像を見て自分を嗤っている人間がいるかと思うと、はらわたが煮えくり返る薪である。室長のプライドの高さを、2人は失念しているのだ。
「冗談じゃない! これじゃ、廊下も歩けない、捜査会議にも出られないじゃないか!」
 誰がこんな、と言いかけて心当たりがあったらしい。
「竹内のヤロー、ぶちのめしてやる!」

 冤罪である。
 竹内は岡部の後輩だ。こんなセコイ真似はしない。
 やるなら正面から来るだろう。写真を持って当人の前に突き出して、反応を生で楽しむタイプだ。

 室長室に朝のコーヒーを運んできた青木が、パソコンの画面を見て首を傾げる。普段の捜査においても目の付け所が良いこの新人は、何事かに気づいたようだ。
「薪さん、素朴な疑問なんですけど。この写真、カツラ被る前ですよね。捜一でカツラ外しました?」
 青木が指しているのは、亜麻色の短髪の美女がこちらを向き、目を閉じて赤い口唇を小さく開いているなんとも蠱惑的な写真である。これだと髪型が素のままなので、見る人が見れば一発で薪だとわかってしまう。
 まるで恋人の接吻を待つような―――― こんな表情をしていた覚えは当の本人にも無いのだが、写真に残っている以上、どこかでこんな顔をしたのだろう。
 いったい今朝は何人の男がパソコンの画面にキスしたんだろう、とバカなことを考えていたのはきっと青木だけではないはずだ。

「いや。カツラはここで雪子さんにつけてもらって」
 そこで、この事件の犯人は解明した。
「雪子……さん?」
 そう。
 気づいてみれば、これは雪子に化粧をしてもらっていたときの写真だ。だから言われるがままに唇をすぼめて、こんな無防備な表情をしているのだ。

「~~~っ!」
 薪の口から、言葉にならない叫び声があがった。
 いろいろあって、薪は雪子にだけは頭が上がらない。これが雪子以外の人間だったら得意の投げ技を決めるところだが、あいにく雪子は薪より強い。薪の柔道の先生は、実は彼女なのだ。
 相手が雪子では、さすがの薪も泣き寝入りするしかない。
 岡部の進言通り大人しく引き下がるかと思われたが、そこはやはり室長である。粘り強さは優秀な捜査官の条件のひとつなのだ。
 
「宇野。グラフィックを破壊するウイルスを、警視庁と研究所のすべてのPCに送り込め」
「そんなことしたらこれだけじゃなく、すべての画像が壊れちゃいますよ!」
「いいからやれ! これは室長命令だ!」
『伝家の宝刀』というやつである。もともと薪は、言い出したらきかない。
「雪子さんのパソコンが元凶なんだな。ハッキングかけて破壊しろ」
「いいのかな~」

 宇野は大学時代から情報工学を専攻していて、パソコンや機械にはめっぽう強い。そこを見込んで、薪が所轄から第九に引き抜いたのだ。
 所轄ではたいした手柄も立てられなかった宇野だが、適材適所の言葉のままに、第九に来てからはその複雑なシステムを自分の手足のように操って、今では研究室に無くてはならない存在になっている。
 しかし、こんなことまでさせられるとは思っていなかった。これはれっきとした犯罪である。もしもバレたら、薪ともども懲戒免職だ。ウイルスの出処が発覚しないように、幾重にもガードをかけなくては。
 ぶつぶつ言いながらも、やはり薪には逆らえない宇野である。上司であり一番尊敬する捜査官でもある。少々性格に難はあるが、宇野は薪のことが好きだった。第九にいるものはみんな同じ気持ちだと思う。その気持ちがなければ、このひとの厳しさにはついていけない。

 署内の全職員のパソコンが一斉に落ちて初期状態に戻ったのは、それから2時間後のことであった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

宴の始末(2)

宴の始末(2)







 問題のメールは、復旧したどのパソコンにも残っていなかった。時間指定のプログラムを組んだのだろう、昨夜のメールにポイントを絞って、破壊工作は最小限に、しかし完璧に遂行された。

 警察のシステムに外部から侵入されたこと自体は大問題である。が、データの被害が特定のメールに限られていたことから、業務にはほとんど支障をきたさなかったこと、送られてきたウイルスが海外のサーバーをいくつも経由しているため発信元を特定するのはかなり困難であることなどから、上層部はこの件に関してあまり躍起にならなかった。
 とはいえ、何らかの対策は講じなければならない。
 そこで優秀なシステムエンジニア集団でもある第九で、新しいハッキング防止のプログラムを組むことになった。いつもなら本来の職務以外に携わることを嫌う薪だが、この日ばかりは何か思うところがあったらしく、所長の田城からの依頼を素直に受け入れた。

「カンベンしてくださいよ、三好先生。これ以上、室長の神経逆撫でしないでください。被害を受けるのはこっちなんですから」
 青木は勧められた椅子に座りもせず、立ったまま上から雪子を睨みつけた。
「あら。なんのことかしら」
 しゃあしゃあと言ってのける。まったく困った先生だ。
「もうネタはあがってるんですよ」
 いつもはおとなしい青木が、今日ばかりは険のある目で雪子を見る。1枚の解剖所見取得依頼書を雪子の前に突きつけて、青木は言い募った。
 
「こんなのメールで済むのに、わざわざオレに頼むなんておかしいでしょ。薪さん、きっと自分では言えないからオレをここへ寄越したんですよ。
 あのプライドの高い人が、いくら捜査のためとはいえあんな格好させられて、しかもあんなひどい目に遭って。もう思い出したくないはずです。二度とこんなことしたら、今度はオレが許しませんよ」
 大切な人を傷つけられて、そのひとのために憤慨する。若さゆえのその真っ直ぐな怒りを、雪子は好ましく思う。
 いずれこの子は、薪に必要なひとになる―――― こういったことで雪子の勘は、今まで外れたことがなかった。

「ふーん。じゃあこれ、いらないんだ」
 白衣のポケットから小さな黒いカードを取り出して、青木の目の前でひらひらと振って見せる。デジカメ用のSDカードだ。
「え? それって」
「そんなに怒ってるんじゃ仕方ないわよね。消しちゃおうっと」
 ノートパソコンに差し込んで、マウスを右クリックする。削除の項目を選んで消去しようとした雪子の手首を、青木の大きな手が掴んだ。
「いや、ちょっとあの」

 青木の心の中で、天使と悪魔が戦っているらしい。
 しかしこういう場合、戦いが始まった時点で9割方悪魔の勝利が決まっているものだ。正しいことを選べるだけの分別が持てる状態なら、初めから人は葛藤などしない。
 
「天外天のランチで手を打つけど?」
「……はい」
 一回りも年の離れた新米捜査官の意見を翻させることなど朝飯前だ。しかも自分は、彼の一番の弱点を握っている。
「ごちそうさま」
 雪子は笑いながら、コピーの項目をクリックした。




*****





 宇野の知識と迅速な対応のおかげで、第九に平穏が戻っていた。
 薪はいつもの冷静な室長の貌を取り戻し、職員たちは新しい事件の捜査にかかっている。

 今度の案件は、既に被疑者が死亡しており他に被害が及ぶ怖れはない。
 こういう捜査では、薪は滅多に口を出さない。部下の実力を伸ばすためにも、一から十まで自分が指示を出す必要はない、と考えているらしい。
 もちろん進捗状況は見て、アドバイスもしてくれる。大事なところを見落としているときには厳しい叱責が飛ぶ。書類を投げつけられたり、ネクタイを掴まれて至近距離で怒鳴りつけられたり、それはもう、めちゃめちゃこわい。
 その代わり良い手がかりを見つけたら、必ず褒めてくれる。
 その褒め言葉が「よくやった」とたった一言でも、そこに室長の希少な微笑がついてくるとあれば、職員のモチベーションは上がる。ひとは褒めて伸ばせとはよく言ったものだ。

 今回の視覚者の脳には幾ばくかの欠損箇所があり、その修正にはいくらか時間がかかりそうだった。画像修正ができるまでの間、薪は室長室で他の事件の報告書に目を通すことにした。

 報告書にもそれぞれ、人となりが表れるものだ。
 宇野の報告書はエンジニアらしく、数字のデータを引き合いに出すことが多い。岡部のものは逆に、動機や心理状態を綿密に記載している。文章を書くことが得意な小池は、言葉の選び方が的確で、散文的な報告書の記述の中にもセンスが光る。

「へえ。うまくなったじゃないか」
 青木の報告書を見て、薪は少しびっくりする。
 まだ第九に来て1年目なのに、ベテランの職員と比べても遜色が無い。
 なにより読む人の立場に立った説明の組み立て方が良い。文章は小池のように流麗ではないが、平易で読みやすい。写真や略図の配置のセンスもいいし、専門家の意見の参照なども取り入れて、実のある内容になっている。

 そういえば、と薪は思い出す。
 この前の事件のときは、青木の前で随分と醜態を晒してしまった。
 人前で泣くことなんて滅多にないのに―――― 待てよ。その前もたしか給湯室で……。
 なんであいつの前では、涙を堪えることができなくなってしまうんだろう。先日の事件のときはドラックの作用もあっただろうが、それよりも。

 あいつが鈴木に似てるからか。

 思い当たる理由はそれしかない。青木には迷惑な話だろう。
 気をつけないと、と薪は自分に言い聞かせる。

 鈴木の代わりなんか、いない。
 鈴木より愛せる人など、どこにもいない。
 今までも、これからも……僕には彼しか見えない。
 それは当然のことだ。僕が彼を殺したのだから。彼のすべてを奪ったのだから。他の人を見て良い道理がない。

 追憶に埋もれそうになる思考を無理やり引き戻して、薪は首を振った。強い自制心が、薪を再び仕事へと向かわせる。

「室長、画像の修正できました。お願いします」
「わかった。いま行く」
 報告書の閲覧を切り上げて、薪はモニタールームへ向かう。
 その瞳に先刻の感傷は、影も形も無かった。


 ―了―




(2008.8)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

宴の不始末

 ここまでお付き合いくださったみなさまに、心からお礼申し上げます。

 このお話はワードで書いてたんですけど、これまでのページ数のトータルが206ページ。
 一番長かったのはジンクスで、58Pもあったんです。いくらなんでも長すぎ。(自爆)
 読んでくださる方がいらっしゃるとは思わずにUPして参りました。にも関わらす、拍手もコメントもたくさんいただいて、身にあまる光栄です。

 こんな偏った薪さんを受け入れていただけるかどうか、とても不安だったのですが、やはり薪さんファンの方は人格者が揃っていらっしゃるようで。大人の目線で見てくださっているのですね。
 本人、かなりびびってました。
 オフタイムの「女なんかやっちゃえば」とか、室長の災難の「××の穴のひとつやふたつ」とか。
 みなさん、スルーしてくださったみたいで。青木の淫夢についても突っ込み入れられなかったし。(それはそれで寂しい……)
 ご承認いただいたものと勝手に解釈して、これからますますエスカレート、いえいえ、自主規制いたします。

 ここで、1部はおしまいです。
 これから2部に入ります。
 1部は割と明るめなんですけど、2部に入ると暗くてイタイ話もでてきます。
 でも、基本はギャグで、あおまきラブなので、そこだけは安心してください。
 薪さんのオヤジ化&お子ちゃま化は激しくなりますので、ご注意を。


 まだ先は長いですが、お付き合いいただけたら幸いです。



テーマ : ヒトリゴト
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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