真冬の夢(1)

 薪さんの休日に起きた出来事をのほほんと書いてみました。
 ふう。
 今回は、避難せずに済みそう。(笑)








真冬の夢(1)






 携帯電話の呼び出し音で、薪は目を覚ました。
 ひどい低血圧のせいで、起き抜けは身体が思うように動かない。しかも今日は非番だったので、明日は休日だとばかりに新しく手に入れた推理小説を朝方まで読んでしまった。
 携帯が鳴るということは、緊急の事件の可能性が高い。薪の携帯電話の番号を知るものは、警察関係者に限られているからだ。
 携帯電話の置き場所は、寝室の本棚だ。苦労してベッドから抜け出し、ずるずると床を這うようにして目的の場所に辿り着く。他人には見せられない格好だ。

「はい、薪。……青木か」
 床にうつ伏せたまま電話に出る。その声はいつもよりオクターブほど低い。
 電話の向こうから、まだお休みでしたか? と言う声が聞こえる。
 青木が電話してくるということは、事件だ。当然今日の休みは取り消しだ。調子に乗って徹夜で読書なんかするんじゃなかった、と後悔しながら床の上に仰向けになる。

「どうした?」
『今日は何か予定がありますか?』
 予定があってもなくても、事件には関係ない。薪には仕事が最優先だ。
「いや、大丈夫だ」
『じゃあ、オレに付き合ってもらえますか? 30分くらいで迎えに行きますから』
「わかった。用意して待ってる」
『あ、スーツはやめてくださいね。なるべく警察関係者に見えない格好でお願いします』
「……それはどういう」
 薪の返事を待たずに、電話は切れた。きっと現場が忙しいのだろう。
 しかし、『警察関係者に見えない格好で』という指示の意図は――――。
「張り込みか」

 それしか考えられない。
 眉間にしわを寄せて、薪は舌打ちする。これは第九の仕事じゃない。
「第九は捜一のパシリじゃないって、何回言ったらわかるんだ!」
 右手の拳で、バン! と床を叩く。
 寝不足と低血圧も手伝って、その朝、薪の気分は最低だった。
「竹内のクソヤロー」
 捜査一課のエースの名を口汚く罵って、薪は天井を睨む。第九と捜一は、第九の設立当初から犬猿の仲なのだ。
 どうせ張り込みの頭数が足りなくて、所長の田城あたりに頼んだのだろう。それでこっちにお鉢が回ってきたのだ。

 ぶつぶつ言いながらも、薪は起き上がった。
 怒ったせいで血圧が上がったのか、足元もしっかりしている。シャワーを浴びて睡眠不足を振り払う。起きたばかりで食欲がわかないので、朝食はパスだ。
「覚えてろよ、竹内のヤロー……」
 亜麻色の髪を乱暴に洗いながら、薪は仕返しの方法をあれこれ考えていた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

真冬の夢(2)

 今日、地元のスーパーに買い物に行ったら、七夕飾りをやってました。サービスカウンターで短冊を配ってて、「願い事を書いてください」とあったので。

『薪さんが幸せになれますように』 と書いてきました。(切実)
 恥とか世間体とか、しばらく前からわたしの中には存在しなくなったみたいです。





真冬の夢(2)






 薪の家に行く途中、青木は花屋に寄った。
 色とりどりの花の中から、白い百合の花を選んだ。冬の時季は少々値がはるが、雪子の情報によると百合は薪の好きな花だ。きっと喜んでくれるだろう。
 薪の笑顔を想像すると、つい顔が笑ってしまう。おかげで花屋に「デートですか?」と冷やかされた。
 はい、と答えた。まだそんな仲ではないが、今日のところは付き合ってくれそうだ。

 電話では、今日の予定はないと言っていた。付き合ってくださいと言ったら「用意して待ってる」と答えてくれた。
 起きたばかりみたいだったから、まずはカフェで朝食を摂って映画でも観て、街をぶらついて、夕食は薪の好きな和食にしよう。それとも、薪の方でどこか行きたい所があるだろうか。今日は天気が良いし、薪と一緒ならどこへ行ってもきっと楽しい。

 コンビニの角を曲がると、薪のイメージそのままに、四角四面で真っ白な建物が見えてくる。
 マンションの目隠しと景観の両方を兼ねた常緑樹の垣根の前で、薪は青木の到着を待っていてくれた。
 カーキ色のブルゾンの下に、赤っぽいチェックのシャツと白いインナー。黒い細身のジーンズをすらりと着こなして、ところどころ破れた灰緑色のキャップを目深に被っている。
 何を着てもさまになるな、と思うのは惚れた欲目だろうか。

「おはようございます、薪さん。お休みの日にすいません」
「気にするな。で? 現場はどこだ?」
 せかせかと歩き出しながら、薪はおかしなことを言い始める。
「マルヒの写真は? なんで車で来なかったんだ? って、なんだおまえ、その花。カモフラージュならもう少しマシなものを」
 なんだか、激しい誤解をしているようだ。
「あの、なんの話ですか?」
「なんのって……張り込みだろ?」
 ……なんでそうなるんだろう。
 捜査に関することならこんなことは絶対にないのだが、それ以外のこととなると、薪は割合取り違いや思い込みが多い。

「おまえが言ったんだろ、スーツはやめろって。なるべく警察関係者に見えない格好で来いって」
 たしかに警察官には見えないが、大人の男性にも見えない。まるで少年だ。
「なんで第九が張り込みなんかするんです?」
 第九本来の仕事以外のことを押し付けられたりしたら青筋を立てて怒るくせに、どうしてそんな勘違いをするんだろう。薪の思考回路はいまひとつわからない。
「捜一から協力要請がきたんじゃないのか? おまえ、仕事だって言っただろ?」
 室長に対して反論して良いものかどうか迷うところだが、ここは本当のことを言わないと先に進めない。
「オレ、仕事だなんて一言も言ってませんけど」
「言っただろ!?」
「言ってませんよ」
「だって電話で……あ?」
 亜麻色の大きな瞳が忙しくあちらこちらにさまよって、どうやら自分の勘違いに気付いたらしい。
 薪は口に手を当てて、しばらく黙り込んだ。
 さあ、どう出るかが楽しみだ。

「まぎらわしいんだよ!」
 ……やっぱり逆ギレですか。
 
「休みの日に部下が電話をかけてくれば、仕事だと思うだろう、普通。おまけに服装の指示までしてきて。おまえが悪い!」
 結局、青木のせいになるのだ。
「休日に遊びに行くのに、スーツもないだろうと思っただけです」
「あそび?」
 帽子のつばに隠れた眉が、おもいきり顰められるのが見えたような気がした。
 しかし、ここでめげてはいけない。

「どこかで朝メシ食ってから、映画でも観ます?」
「なんで僕が休日におまえと映画見なきゃならないんだ!」
 怒鳴りつけられる。
 いつものスーツ姿なら震え上がるところだが、今日の薪は服装のせいで高校生以下にしか見えない。まるで子供が癇癪を起こしているようで、なんとも可愛らしい。
「わかりました。それじゃあ、遊園地にでも行きますか?」
 青木が笑顔で切り返すと、薪は毒気を抜かれたようにため息をついた。
「何が解りましたなんだ……馬鹿馬鹿しい。帰る」
「待ってくださいよ、薪さん」
 薪の目の前に、百合の花束を突き出して行く手をふさぐ。
 思わず足を止めて、薪はその芳香に目を細めた。

「この花だけでも受け取ってください。せっかくきれいに包んでもらったんですから」
 花束を抱いて、少しだけ微笑う。
 棘だらけだった薪の雰囲気がやさしくなって、亜麻色の大きな瞳が青木を見た。
 
「朝メシだけなら付き合ってやる。何が食いたい?」
「ほんとですか?」
 やはりこの花で正解だった。あとで雪子には天外天のランチをご馳走しよう。
 青木は百合の向こう側の亜麻色の瞳に、にっこりと笑いかけた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

真冬の夢(3)

真冬の夢(3)








 自宅から徒歩20分の場所に、薪のお気に入りのカフェがある。
 店内は明るく、ほどよく暖房が効いている。平日の午前中にしては客足が多く、なかなかの盛況ぶりである。
 窓に向かうカウンター席に青木と並んで腰を下ろし、モーニングセットを注文する。先に運ばれてきたコーヒーを飲みながら、何とはなしに外を眺めている。
 花束を置くために一度家に帰った薪は、スーツ姿に着替えてきている。スーツの下は休日らしく白いタートルネックのセーターを着ているが、ジャケットとズボンはダークグレイの細い縦縞模様だ。
 
「なんで着替えちゃったんですか? もったいない」
「もったいないって、なにがだ?」
 青木の質問は、時々訳が分からない。
 また『新婚さん』に間違われたら堪らないからな、と心の中で返事をして、薪は椅子に深く座り直した。
 カウンターの高いスツール椅子は、実はあまり好きではない。座りづらいし、足が床に届かないからだ。途中に足を置くバーがあるが、なんとなく落ち着かない。
 ふと隣に目をやると、薪より30cm近く背の高い新人は、手も足も身長に合わせて長くて、ちゃんと床に足が着いている。何を食えばそんなにでかくなるんだ、と同性ゆえの嫉妬を覚える薪である。

 注文の品が運ばれてきて、コーヒーのお代わりが注がれる。このカフェはとてもサービスが細やかだ。
 トーストが2枚とゆでたまご、生野菜のサラダ。薪はいつもこの一番シンプルなセットを選ぶ。ベーコンやソーセージの類はどうも苦手だ。
 青木のほうはさすがに若いだけあって、朝から旺盛な食欲だ。卵2個分のスクランブルエッグとソーセージ、ハッシュドポテトまでついて、見ているだけで胸焼けしそうだ。

「朝からよくそんなに食えるな、おまえ」
「おいしいですね、このお店。パン、もう一枚追加しようかな」
「……食うか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
 薪の胃には、2枚目のトーストは少しきつい。たいていは皿に残ったまま固くなってしまうのだ。

 青木は幸せそうに食べている。まったく、よく食うやつだ。
 ……そういえば、鈴木も。
 鈴木もよく食べるやつだった。僕の食べ残しまで食べてたっけ。
『薪は食が細いな』
 ――― おまえが食べすぎなんだよ。
 あの時はそう言ったけれど、本当は違う。鈴木の前だと胸が一杯になって、あまり食べられなかっただけだ。

 青木は、鈴木によく似ている。

 顔立ちもさることながら、雰囲気とか素直でやさしい性格とか。裏表のない笑顔とか、悪気のないツッコミとか。花の好みまで。
 白い百合は、鈴木が好きだった花だ。だから薪も、この花が好きになった。
 一時が万事で、いま薪が好きなものは親友の影響によるものが多い。好きな人の好みが自分の好みになる――― そんな経験はだれにでもあるだろう。

 カウンターに頬杖をついて、隣の食事風景を横目で見る。薪の視線に気付いて、青木はにっこり笑う。その邪気の無い笑顔がまた、彼のひとを思い出させる。
 無意識のうちに見つめてしまう。相手の笑顔につられて微笑んでしまう。
 こんなふうに誰かと一緒に朝食を摂るのもたまにはいいか、などと考えてしまう。
 
「おまえ、ほっぺたにケチャップついてる」
「え? どこですか?」
「ほら、ここ」
 使い捨てのおしぼりで拭いてやる。子供みたいなやつだ。
 昔、鈴木ともこんな風に……。

 カフェの店員が、コーヒーのお代わりを聞いてくる。薪のカップにはまだ半分ほどのコーヒーが残っていたが、若い女性の店員はそれを新しいものとカップごと交換してくれた。こういうところが気に入っている。
「サービスいいですよね。ハンサムは得ですね」
「僕が常連だからだろ」
「そんなによく来てるんですか?」
「休みの日はたいてい、朝はここだな」
 熱い落としたてのコーヒーを楽しみながら、この店で誰かと食事をするのは初めてだな、と気付く。
 店の人間は、自分と連れの関係をどんな風に見ているのだろう。ちゃんと上司と部下に見えているだろうか。
 いや、今日は大丈夫だ。ちゃんとスーツを着てきた。
 休みの日だからといって下手な服装をすると、とんでもない誤解を受ける。特にこいつと一緒のときは油断できない。ジャケットは肩が凝るから本当はあまり好きではないのだが、あんな赤っ恥は二度とごめんだ。
 夏に2人でスーパーに行った時のことは、薪の中で結構なトラウマになっている。女性に間違われるだけならたまにあるが、あれは初めてのパターンだった。同じ轍は踏まない。

 コーヒーを飲み終えて、席を立つ。二人分の伝票を持ってレジに向かうと、青木が慌てて後を付いてきた。
「薪さん、オレが払います。オレの方がたくさん食べましたから」
「心配するな。こんなカフェのモーニングなんかじゃなくて、もっと高いものを奢ってもらうから」
 薪は悠然と振り返って、意地悪な笑顔を後ろの部下に向ける。
 青木はまだ社会人1年生だ。そうそう自由になるお金はない筈だが、それを知っていてこういうことを言うのだから、薪はやっぱり人が悪い。
 ところが、青木は嬉しそうな顔で「はい」と頷いた。
 ヘンなやつだな、と首を傾げる薪に、レジにいた顔見知りの店員が釣銭を返しながら、リップサービスを添えてきた。

「いつもありがとうございます。お連れの方はお兄さんですか?」
「は?」
「ご兄弟、仲がいいんですね」
「僕の方が年上っ……!」
 怒鳴りたかったが、それをするともうこのカフェに来れなくなる。お気に入りの店を見つけるのは、案外たいへんなのだ。
 
「……どうも」
 店員の誤解はするに任せて、薪は財布をポケットにしまった。
 笑いを堪えている青木を思い切り突き飛ばし、振り返らずに出口へ向かう。後ろから店員と青木の会話が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
「ええ。反抗期で」
 誰がだ!
 付き合いきれん、とばかりに薪は青木を置いて店を出た。
 
「本当にかわいい弟さんですね」
「はい。可愛くて仕方ないです」
 悪意のない誤解で『反抗期の弟』を怒らせてしまった店員に向かってにこやかに会釈して、青木は薪の後を追った。


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ジャンル : 小説・文学

真冬の夢(4)

真冬の夢(4)








 マンションまでの帰り道を、行きの2割増しの速さで歩く。せっかく美味いコーヒーを飲んだのに、失礼な店員のせいで台無しになってしまった。

「ったく、なに着てても一緒じゃないか」
 薪は、若く見られるのがあまり好きではない。
 女性ならば喜ぶのかもしれないが、自分は男性だし、年相応に見られないのは自分が未熟だと暗に言われているようで気分が悪い。
「だいたい、おまえが老け顔なんだよ。だから対比で僕があんな」
「すみません」
 とりあえず青木に責任を転嫁する。少し気分が良くなった。

「薪さん、これから何か予定ありますか?」
 しおらしく謝ったわりに、悪びれずに話しかけてくる。どうやら、本当に自分が悪いとは思っていないらしい。
「家の掃除と洗濯。僕のプライベートにおまえが面白がることなんて、何もないぞ。って、おまえ、どこまでついてくる気だ?」
「手伝います」
「いらん」
 薪は素っ気なく応えを返す。これ以上、こいつに付き合う気はない。
「遠慮しないでください」
「遠慮じゃなくて迷惑だ。着いてくるな」
 2ヶ月くらい前までは、青木は自分の前ではいつもおどおどしていたのに、この頃はそうでもなくなった。
 第九に入ってもうすぐ1年。慣れてきた、ということか。
 
「帰れ! 邪魔だ!」
「オレが掃除得意なの、知ってますよね? 2人でやれば早いですよ」
 確かに、青木がいると高いところの掃除には便利だ。窓拭きや電灯まで、脚立も使わずにらくらく届く。だが、部下を私用に使うつもりはない。そんなことを強制する上司を、薪は軽蔑する。
「いいから帰れ。おまえにだって休日の予定くらいあるだろう」
「ないから薪さんを誘ったんじゃないですか」
「僕だってヒマじゃない」
「さっき、予定はないって言ってましたよね」
「あれは仕事だと思ったから!」
 押し問答をしている間に、マンションに着いてしまった。

 …………この際だ。使ってやれ。
 
 ちょうど大掃除の時期だし、ベッドから机から全部運ばせてやる。筋肉痛になるほどこき使ってやる。一度ひどい目に遭えば、二度と近寄ってこなくなるだろう。
 こいつは近ごろ、図に乗りすぎだ。
 少し自分の立場をわきまえさせなければ。でないと、こっちがペースを乱されてしまう。

「じゃあ、ベッドとソファと机と本棚と冷蔵庫、ぜんぶ動かしてもらおうか」
 薪は腕を組み、わざと横柄に命令する。
 青木の困った顔を予想していたが、それはあっさりと裏切られ、逆に嬉しそうに「はい」と頷かれてしまった。
 ……こいつ、頭おかしいんじゃないか。

 ジャケットを脱いでワイシャツの袖をまくり、青木は本棚を動かし始めた。
 長い腕は力を込めると筋肉が浮き出て、意外なくらい男っぽい。ジョギングは2キロでへばってしまうくせに、力はあるのだ。
 生まれついてのものとはいえ、羨ましい限りだ。自分ではあの本棚はとても動かせない。

 ――――― 鈴木も力持ちだった。薪の体くらいなら、片手で抱えあげた。
 あの、たくましい腕が大好きだった……。

「薪さん、掃除機お願いします」
 本棚の裏側に溜まった埃を指差して、青木が振り返る。その姿が今は亡き親友と重なって、薪の心臓をときめかせる。
 平静を装って、掃除機を取りにクローゼットに向かう。姿見に映った自分の顔がいくらか赤くなっているのに気付いて、薪は激しくかぶりを振った。

 なんだか、最近ますます似てきたような気がする。

 第九に配属になって1年近くが過ぎて、薪に対する態度にも余裕が出てきて。
 その余裕が、いつも薪の庇護者だった鈴木を髣髴とさせる。自分が何を言っても微笑んでくれて、どんな我儘も許してくれて……鈴木は限りなくやさしかった。青木は部下だから、上司の自分に逆らわないのは当たり前なのだが、薪に甘いところは一緒だ。
 例の件も、まだ保留中だ。
 もちろん答えは決まっている。青木のためにも早くはっきりさせなければと思うが、何故か踏み切れないでいる。
 その理由はきっと――――。

 「なんであんなに似てるんだよ……」

 手に掃除機を持ったまま、薪はしばらくの間クローゼットの中に立ち尽くしていた。


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真冬の夢(5)

真冬の夢(5)







 2LDKのマンションの大掃除など、たかが知れている。
 青木は実家にいたころから、毎年大掃除を手伝わされていた。今年はさすがに掃除のために帰ることはなかったが、大学時代までずっとそれは恒例の行事だった。従って手際もいい。
 実家は一軒家だったから、部屋数はここの3倍以上あった。しかも、姉や母の部屋の持ち物の多いことといったら。それに比べたら楽なものだ。
 薪もくるくるとよく動く。一人暮らしが長いだけあって、掃除も手慣れたものだ。普段からこまめに片付けているのだろう。もともとそれほど汚れているわけでもない。
 3時間ほどで、全ての部屋はきれいになった。窓はピカピカに磨き上げられ、ワックスを塗った床は木目の色も鮮やかで、まるで新築の部屋のようだ。

 青木が蛍光灯を取り替えていると、キッチンから香ばしい匂いがしてきた。薪が昼食を作ってくれているらしい。薪の料理は家庭的でとてもおいしい。
 匂いにつられてダイニングに行くと、エプロン姿の薪がシンクでトマトを洗っている。色とりどりの生野菜のサラダに、揚げたてのコロッケ。オーブントースターの中で、おにぎりが焼かれている。香ばしい匂いの正体は、どうやらこれだ。
 いつも思うが、エプロン姿の薪は文句なしにかわいい。
 自分の奥さんの一番好きな服装にエプロン姿を挙げる男性は多いが、分かるような気がする。
 
「良い匂いですね。オレ、焼きおにぎり大好きなんですよ。居酒屋でもよく頼むんです」
 薪のことだ。曽我あたりからの情報で、青木の好みのものを作ってくれたのかもしれない。前にもそんなことがあった。薪はいつの間にか、いろいろなことを知っているのだ。
 生野菜には青木の好きなサウザンドレッシングがかけられているし、コロッケの中身はかぼちゃとじゃがいもが半々に混ざっていて、どうやら薪のオリジナルらしい。これだからここの食事は楽しみなのだ。
 皮肉屋で意地悪だが、本当はとてもやさしい。自分勝手だが、気配りの名人だ。
 矛盾だらけの薪の性格が、青木にはたまらない魅力に思える。

 時計を見るとまだ2時前だ。これから街へ行くのもいいかもしれない。
「夕食までだいぶ時間ありますね。映画観に行きませんか?」
 ダイニングで薪が作ってくれた焼きおにぎりを食べながら、青木はダメもとで、そう提案してみた。
「……おまえ、夕食まで僕にたかる気じゃ」
 薪が思い切り眉をひそめる。
 職場ではとても怖いと感じられる表情なのに、この上なく可愛らしいと思ってしまうのは、手におむすびを持っているせいか、チェック柄のエプロンのせいか。

「夕食はオレが奢りますよ。薪さん、さっきそう言いましたよね?」
「言ってない!」
 速攻で否定される。口からごはん粒が飛んできそうな勢いだ。
「言いましたよ。カフェなんかじゃなくて、もっと高いものを奢れって」
 今度は否定しない。青木は自慢げに、手前の論理を展開した。
「それって、ディナーを一緒に食べてくれるってことですよね?」
「ちがっ……!」
 薪はプライベートには、仕事の上下関係を持ち込んだりしない。逆に、オフのときの出来事を仕事に影響させるようなこともしない。実に明確に線が引かれているのだ。だから職場で青木が室長にこんな軽口をきくことは絶対に許さない。
 でも、ここは職場ではない。

「おまえって、前からそんな性格だっけ?」
「まあ、多少テンパッてますけど。なんたって薪さんの前ですから」
 実は、開き直っている。
 2ヶ月前、告白して振られたばかりなのだ。しかも、諦めないと宣言してしまった。
 薪とはこれからも一緒に仕事をしていくのだ。開き直らないとやっていけない。

「薪さん。映画行きましょうよ」
「そんなに観たいのか? 映画」
「はい。一人じゃつまんないですから」
 腕を組んで、しばらく迷っている。すぐに却下しないでくれたのは、薪も独りで観る映画のつまらなさを知っているからだろうか。

「……映画だけだぞ」
「はい!」
 やっぱり薪はやさしい。というか、押し切られると断れない性格なのかもしれない。
 3つ目の焼きおにぎりを頬張りながら、青木は満面の笑みを浮かべた。


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ジャンル : 小説・文学

真冬の夢(6)

真冬の夢(6)







 青木は、薪と街を歩くのが好きだ。
 ごく普通のスーツを着ていても、薪を振り返って見ていく人が必ず何人かいる。その薪と一緒に歩けることが、少しだけ誇らしい。モデルかアイドル歌手を恋人にしているような気分、といえば分かりやすいだろうか。男の見栄というやつだ。
 薪の衣装は、朝のラフな服に戻っている。コーヒーショップでの一件で、何を着ていても同じだ、と悟ったらしい。帽子は被っていないが、それでもやっぱり高校生以下にしか見えない。本当はこういう服装のほうが肩が凝らなくて好きなのだ、と言っていた。

 映画は青木が決めた。
 最近封切りされたばかりのミステリー映画で、いわゆる名探偵もの。本格推理作家と名の高い原作者が映画のために書き下ろしたそうで、原作の本はまだ発売されていない。つまり、映画を観ないとストーリーはわからない。
 薪は推理小説が好きで、よく読んでいると雪子から聞いている。これなら楽しんでくれるだろうと思ったのだが、青木の予想は大ハズレだった。映画が始まって1時間も経たないうちに、薪は熟睡してしまったのだ。

 ……失敗した。
 このひとを映画館に連れて来たら、こうなることは目に見えていたのに。

 暗闇に慣れた目のおかげで、薪の寝顔がよく見える。いつもながらのきれいな寝顔だ。
 薪は第九でもしょっちゅう寝ている。仕事はバリバリこなすのだが、その反動も大きいのだろう。仮眠室のベッドだと寝すぎてしまうという理由で、室長室には薪専用の寝椅子が置いてあるくらいだ。
 仮眠のときに必ず抱いている分厚い本は、今日はさすがに持っていない。家で眠るときもあの本を抱いて寝ているのだろうか。
 本、というよりは、中に入っている写真が重要なのだ。青木はそのことを知っている。

 薪の亡き親友―――― 鈴木克洋。

 ずっと以前、薪とは恋人という間柄だったらしいが、そのあと鈴木は雪子と婚約しているし、その辺のことは複雑でよく分からない。情報源が当の雪子なので、あまり突っ込んだ話もできない。
 両方と付き合っていたのだろうか。だとしたらずいぶん不誠実な男だ。そんな男が、今なお薪の心を捉え続けているというのは、少し腹立たしい。
 あの事件さえなければ、薪はとっくに新しい恋を見つけて幸せになっていたことだろう。しかしそうなると、自分の割り込む余地もなくなってしまうのだが。

 映画のスタッフロールが終わり、周囲の人々がいなくなる頃合を見計らって、青木は薪を揺り起こした。椅子で眠ったせいで肩が凝ったのか、薪は両肩を上げ下げして、大きく伸びをした。
 寝ぼけ眼の薪を促して、暗い通路を歩く。外はすでに夕日が眩しい。
 冬の夕暮れは早くて、一日があっという間に終わってしまうような気がするが、青木にとって今日はことのほか時計の進みが速い。薪と一緒にいると、嬉しくて楽しくて―――― 瞬く間に時が過ぎていく。かの有名な御伽噺の主人公もこんな調子だったに違いない。

 ビルの谷間に沈んでゆく夕日に目を細めて、薪は歩き出す。
 朱色の光が普段は白い薪の頬をうっすらと染め上げて、亜麻色の頭を黄金色に変えている。
 長い睫毛。透き通るような肌。この世の清らかなものだけで形作られたかのような、静謐な美貌。痛いほど透明で、限りなく儚い。
「きれいだな」
「はい」
「どこ見てるんだ。夕日だ、夕日」
 薪さんのほうがずっときれいです。さすがに、口には出せないが。

「ところで、犯人は被害者の甥だったか?」
 駅への道すがら、薪は先刻の映画の話を始めた。が、なぜ犯人を知っているのだろう?
「殺害時のトリックは氷を使ったものだったか?」
 犯行のトリックまで、なぜ知ってるんだろう。
「もしかして、前に観た映画でした? だったら先に言ってくださいよ」
「いや。初めてだけど」
 謎解きの場面で薪は熟睡していたはずだ。なのにどうして分かるのだろう?
 不思議顔の青木に、薪はその理由を説明してくれた。
「推理ものにはセオリーがあって、最初の30分以内に必ず犯人が一度は出てくるんだ。この原作者の本は何冊も持ってるし、パターンは読める」
 だから途中で寝ちゃってたんですね……。

「すみません。薪さんの人間離れした推理能力を忘れてました」
 犯人が分かってしまった推理映画ほど、つまらないものはない。物語として楽しめないことはないが、やはり最後にあの人物が犯人だったのか、とびっくりするのが楽しいのだ。その点、青木は製作者側から見て、正しいお客だったと言えるだろう。
「今度僕を映画に誘うときには、アクションものかSF……いや、ホラー映画がいいな」
 しょげた顔をした青木に、薪は意地悪な笑みを浮かべてさらに追い討ちをかける。青木がホラー映画が苦手なことを知っていて、まったく呆れるほど意地悪だ。
 しかし、その意地悪な笑いでさえ青木には可愛く思えてしまうから不思議だ。夕日が輝かせている、薪の大きな瞳のせいだろうか。

「また、誘っていいんですか?」
 青木の切り返しに、薪は目を丸くする。
「なに?」
「今度誘うときはって、今」
「ち、ちがう! 言葉のあやだ!」
「ホラーならいいんですね?」
「いちいち人の言うことを真に受けるな!」
 むきになって言い返す様が、本当に愛らしい。思わず抱きしめてしまいそうだ。行動に移したら、間違いなく投げ飛ばされるが。

「もう帰るぞ。いい加減、解放してくれ」
「夕食を奢りますよ」
「いらん」
 にべもなく言い切られて、青木が眉根を寄せる。少し言葉が過ぎたと思ったのか、薪は家に帰りたい理由を話してくれた。
「昨夜は朝まで本を読んでたんだ。2時間くらいしか寝てないから、眠いんだ」
「じゃあ、夕食はまた今度にします」
 そんな状態でも自分に付き合ってくれたのか。やっぱりやさしいひとだ。

「さ来週、薪さんの誕生日ですよね。その日はどうですか?」
「僕の誕生日は、今からレストランの予約が取れるほど、あまい日じゃないぞ」
 もちろん、知っている。
 薪の誕生日は12月24日。クリスマスイブなのだ。
「山水亭で懐石料理なんかどうです?」
「銀座の? 予約、取れたのか?」
 実は、雪子に聞いて2ヶ月前から予約を入れておいた。薪の大好きな料亭だが、完全予約制なので滅多に行けない。人気店なので予約自体もなかなか取れないし、たとえ予約がとれたとしても突発的な事件で無駄になってしまうことが多い。

「山水亭かあ。でも、高いぞ、あそこは」
「薪さんにはいつもご馳走になってますから。こないだのレストランのお礼もしたいし」
 先月は薪が昇格試験合格のお祝いに、レストランでディナーをご馳走してくれた。
 夜景がとてもきれいなムードたっぷりのスカイレストランで、夢のように楽しかった。
 豪華なディナーに相応しくドレスアップした薪の美しさといったら、店中の客が注目していたくらいだ。パープルグレイのスーツに上品なネクタイ。すらりとした体躯にフィットしたスーツは英国製で、ネクタイの透かし柄はヴェルサーチだった。カフスとタイピンは揃いのエルメス。それを嫌味なく優雅に着こなした薪ににっこりと微笑みかけられて、セレブに慣れているはずの店員まで顔を赤らめていた。

「1年に1回くらい、贅沢してもいいじゃないですか。ぜひ付き合ってください」
「まあ、考えとく」
 言葉面は素っ気ないが、顔はほころんでいる。
 あそこの土瓶蒸しは絶品なんだ、などとお気に入りのメニューまで教えてくれて、これは期待しても良さそうだ。

 人ごみの中を縫うように、薪は青木の前を歩く。その細い背中を見失わないように必死に後を追う。足の長さが違う割に歩く速度はそう変わらない。薪は早足だ。

 地下鉄の駅に着いて電車を待つ間、薪はちいさな欠伸を連発していた。本当に眠そうだ。
 やがて電車が入ってくる。師走の街はどこもかしこも混んでいて、地下鉄の乗車率も120%だ。タクシーにすればよかったと思いながら、薪を庇って他の乗客との間に立つ。

「混んでますね。大丈夫ですか?」
 薪の細い身体を抱きしめるような格好になって、電車に揺られる。密着できるのは嬉しいが、これだけ周りに人がいては何もできない。したところで殴られるだけだが。
「薪さん?」
 やけにおとなしいと思えば、薪は青木の身体に寄りかかったままうとうとしている。支えてあげないと、膝が崩折れそうだ。
 腰の辺りに腕を回して、抱き上げるように支える。青木の腕に薪の体重のほとんどが掛かって、どうやら眠ってしまったようだ。
 こんなところで眠れるほど眠かったのか。悪いことをしてしまった。薪も、もっと早く言えばいいものを。気を使ってくれたのだろうか。
 薪の降りる駅はあと3つほどだ。自分はそこからまだ2駅ほど先だが、これは薪と一緒に一旦下りて、送っていったほうが良さそうだ。

 電車から降りるのも一苦労だった。
 降り口まで人を掻き分けていかなくてはならなかったが、薪は足がもつれてうまく歩けないし、結局小脇に抱えるようにして連れ出した。まるで荷物扱いだ。

 吉祥寺駅のホームで薪を背負う。
 寒さに気付いて、自分のコートを薪の上からすっぽりとかける。昼間は比較的暖かかったが、日が沈んでしまうと途端にこの寒さだ。特に薪は軽装で来ているから寒いだろう。
 ここから薪の家までは2キロくらいだ。タクシーの列に並ぼうかとも思ったが、師走の時季、大きな買い物袋を提げた客が長蛇の列を作っているのを見て、諦めた。これなら歩いたほうが早い。
 夜に向かう冬の空気はだいぶ冷たい。青木の吐く息は真っ白だ。
 しかし、背中のちいさな体温のおかげで寒さは感じない。あそびに行った帰りに背中で眠ってしまうなんて、子供そのものだなと青木は思う。普段の仕事ぶりとこういうところのギャップが青木を惹き付ける要因のひとつなのだが、薪はそれを知っているのだろうか。

 薪のマンションが見えてくる。可哀想だが、そろそろ起きてもらわなくてはならない。
 エントランスのドアはカードキーだからそこまでは入れるが、部屋の玄関の鍵は瞳孔センサー式だ。薪の目がなくては入れない。

「薪さん。起きてください。うちに着きましたよ」
 玄関のドアの前で、しゃがみこんで薪をおろす。まだ眠りの中にいるらしく、青木の首に巻きつけられたほそい腕はなかなか離れない。
「薪さん?」
 左の肩に、細いあごの感触がある。
 頭をめぐらせると、びっくりするくらい近くに薪の美しい顔がある。
 起きている。
 いや、寝ぼけているのか。このひとは大きく目を開けて、寝ぼけるのが得意だ。

 薪の端正な顔が近づいてくる。
 細い首を左に傾げてまぶたをふせる。間近で見ると本当に長い睫毛だ。
 と、睫毛に見とれている青木のくちびるに、やわらかいものが触れた。
 それは一瞬のことで、偶然かすめたに過ぎないような接触だったが、青木を硬直させるには充分だった。
 しゃがんだままの姿勢で動けない青木を玄関の外に残して、薪はさっさと自分の部屋に入ってしまった。さよならの言葉もない。

「あ……」
 しばらくしてから我に返って、閉ざされたドアを見る。ドアの向こうに人の気配はない。おそらくもうベッドの中だ。青木のことなどすっかり忘れて、あの安らかな寝息を立てているのだろう。
 やっぱり今のは偶然だったんだな、と青木は理解した。
 ちょっとぶつかっただけだった。ただの接触事故だ。
 キスならこの前、むりやり奪った。あのやわらかなくちびるも、あまい舌も、まだ記憶に新しい。……その直後の、平手打ちの痛みも。
 以前、薪のほうからしてくれたキスも、理性が飛んでしまうほど激しかった。もっともあれはドラックの作用によるもので、あの時は相手が誰でもいい状態だったのだが。

 いや、薪の中では、あのときの相手は鈴木だった。

 とろけそうな微笑を浮かべて、青木に抱きついて、耳元で囁いた―――― 甘い声。
 『すずき……だいすきだ……』

 ……保留の答えは、いつになったらくれるのだろう。
 それとも、この素っ気ない態度こそが返事なのだろうか。
 でも、今日は寝不足を押してまで自分に付き合ってくれた。そのやさしさの意味は、単に押しに弱いのか、それとも……。
 ここでいくら考えても、はっきりした答えなど出ない。
 さ来週は食事に付き合ってくれると言っていたから、そのときにゆっくり話をしよう。正確には『考えておく』と言われたのだが、期待しても良さそうな雰囲気だった。

 床に落ちていたコートを拾い上げて、青木はようやく立ち上がった。



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真冬の夢(7)

真冬の夢(7)







 部屋の中は、もうすっかり夜だった。
 暗いリビングを通り抜けて、薪はベッドに直行する。
 とにかく眠い。
 何とかパジャマに着替えて、布団の間に潜り込む。昼間、掃除をしているうちに青木が干しておいてくれた布団は、太陽の匂いがしてとても気持ちがいい。

 あいつ、気が利くな。昼飯にもっといいもの食わしてやればよかったかな。
 そんなことを考えながら、薪は目を閉じた。

 眠りに落ちる直前に、今日は鈴木のことを思うヒマがなかったな、と気付く。
 休みの日はすることがなくて、ついつい彼のことを考えては落ち込んでしまうのだが、今日はあいつのせいでそんな気分にならなかった。
 鈴木を忘れていくようで、それはそれで悲しいのだが、こんな休日もたまにはいいかと思えてしまう。

 今日は……楽しかった。

 許されて、いいのだろうか。
 僕にも、こういう日があってもいいのだろうか。
 鈴木はやさしいから、きっと許してくれる。むしろ喜んでくれるだろう。
 鈴木を忘れたわけじゃない。忘れられるはずがない。
 人を殺しておいて、その殺した相手を忘れることなど、できない。

 でも、今日だけは。この楽しい気分のまま、幸せな夢を見たい。

 おやすみ、鈴木――。
 心の中で親友に別れを告げて、薪は眠りに落ちた。


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真冬の夢(8)

 この章はイタグロです。Rも入ってます。
 苦手な方、せっかく幸せな気持ちで眠っている薪さんを邪魔したくない、という心優しい方は、前の節でこのお話はおしまい、ということでお願いします。







真冬の夢(8)

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真冬の夢(9)

真冬の夢(9)







 誰かの泣き声で目を覚ます。
 女子供の声ではない。立派な大人の男の声だ。
 大の大人が、まるで子供のようにしゃくりあげている。男のくせに、声も殺さずに泣くなんてみっともないやつだ、と薪は思う。
 もちろん自分の泣き声だ。こんな情けないやつは自分しかいない。

 時刻は午前3時。真夜中の静まり返った寝室に、月明かりが差し込んでいる。
 ゆるゆると身体を起こして、まずは家中の明かりを点ける。そうしないと、怖くて何もできない。
 涙をシーツで拭きとって、枕もとの写真に目をやる。今さっき、夢の中で自分を殺した親友が、やさしく薪に笑いかけている。

 ベッドから下りて真っ直ぐ風呂へ行き、給湯器のスイッチを入れる。
 寝汗でベトベトになったシーツを剥がし、パジャマとついでに下着も一緒に洗濯機に入れる。水分補給のために台所へ行って、冷蔵庫から水を出す。
 裸のままペットボトルを呷る。べつに誰が見ているわけでもない。
 一人暮らしは気楽なもので、夏はよく素っ裸でうろちょろしている。ブラインドは降りているし、窓には偏光ガラスを使ってあるから、たとえ夜でも外から部屋の中が見えることは無い。

 このマンションには、一年ほど前に移ってきた。

 あの事件の後、薪はマスコミと世間の非難に追い立てられて、引越しを余儀なくされた。
 新しいマンションは、セキュリティーと防音設備で選んだ。第九の室長という立場と、夜中に魘されて大声を出しても良いように、だ。
 職場からは遠くなったが、露骨な嫌がらせを受けることもなくなった。完全防音のおかげで夜中に洗濯機を回しても風呂に入っても、隣の住人からの苦情が出ることは無い。

 暖かいシャワーを強めに出して、頭から浴びる。
 石鹸を泡立てて、肌が赤くなるほどこする。貝沼の手が触れた背中を、腕を、腰を、臓物を押し付けられた感触が残る顔を、夢中で洗う。
 早く、夢の残滓を洗い流してしまいたかった。

 髪を洗って湯船につかる。つめていた息を大きく吐きだして、バスタブの壁にもたれ、足を伸ばす。
 左の肩の辺りに、新しい傷が増えている。夢の中で貝沼に切りつけられた場所だ。眠っている間に自分の爪で傷つけたらしい。
 湯が沁みる。

 あの事件から1年と4ヶ月。今でも薪は、週に3回はこの悪夢で飛び起きる。
 その都度、夢の内容は少しずつ違う。途中で夢が終わることもあるし、貝沼に殺されるだけのときもある。
 今日はフルバージョンだった。
 しかも、切り取られた自分の性器を口に突っ込まれるという、新しいバリエーションが追加されていた。最近見たMRIの画像を早速取り込んでしまったらしい。
 口の中にぐにょぐにょした生肉のような感触と血の味が蘇ってきて、吐き気がする。貝沼に犯されたときの痛みが、腰の辺りに残っているような気がする。
 あの夢だけは、何度見てもいやだ。

 1年前は、そんなことは無かった。夢の中で貝沼は、ただ純粋に薪の身体を切り刻むことを楽しんでいるだけだった。
 それが事件から半年後、見かけによらず無鉄砲な新人に鈴木の脳を見せられてから、貝沼に犯される夢を頻繁に見るようになった。
 あの画を見てから―――― やはり、あの連続殺人は自分が原因で起きたのだ、とはっきり解ってしまった。貝沼の自分に対する歪んだ恋情も。
 自分へのプレゼントだという死者の数は、貝沼の死後に亡くなった9人を入れて37人になった。自分の関心を惹くために、自分に見せようとして、そんな大量の殺戮を貝沼は行ったのだ。

 見なければよかった。知らないほうが幸せだった。
 もう、生きていられない、と思った。
 それを、青木に言われた一言で思い留まった。
 
『鈴木さんは、薪さんを守ろうとしたんです』

 鈴木が。
 鈴木が守ってくれた命なら、僕が勝手に捨てるわけにはいかない。
 僕の残りの人生は、鈴木のものだから。鈴木の人生を奪った代わりに、僕の残りの人生をすべて彼に差し出すことを決めていたから。

 自殺した第九の部下を含めて40人の命が、自分のために失われた。
 薪が直接手を汚したのは鈴木だけだが、それだけでも立派な犯罪者だ。そんな人間が警察に籍を置くことに疑念もあったが、鈴木が人生で成し遂げたかったことを代わりに自分がしようと決めた。

 風呂から上がって洗面所で髪を乾かし、バスタオル一枚のだらしない格好でリビングに戻る。サイドボードの上に飾ってある写真を手に取って、ソファの上で膝を抱え込む。
「ごめんな、鈴木。あんな夢見て。貝沼みたいな人間のクズと手を組むようなおまえじゃないよな」
 ―――― そうだよ。いくらなんでも共犯はひどいだろ。
 鈴木の応えが聞こえたような気がして、薪は苦笑した。

 でも、本当は、分からない。
 殺された人間の恨みは、殺されたものにしか解らない。

 あのとき、鈴木はまだ33歳の若さだった。
 それがこれからの人生すべて―――― 雪子さんとの結婚も決まっていて、幸せが約束されていた未来のすべてを奪われて、どれほど自分を憎んでいるのか。想像もつかない。
 それは、聖職に身を捧げようとした崇高な鈴木に、あの貝沼と手を組ませることを選ばせるような凄まじいものなのかもしれない。

「だけど、あれは勘弁してくれよ……」
 鈴木になら何をされても良いけれど、貝沼にいいようにされるのは、嫌だ。
 でも、自分が嫌な思いをした方が鈴木の鬱憤は晴れるのかもしれない。もしもそうなら―――― 耐えるしかない。
 あちらの世界でも、身体を切られるときはやはり痛いのだろうか。
 少し嫌だな、と薪は思う。
 痛くても死ねないから、痛みに終わりがないのだろう。鈴木は何回僕を殺したら満足してくれるだろう? ずっと殺され続けるのだろうか。

 その時を迎えるにあたって、薪にはひとつだけ、とても気になることがある。
「おまえは天国にいるんだよな、鈴木。でも僕は地獄行きだから、貝沼と一緒か……シュールな設定だな」
 それはおそらく、間違いない。
 鈴木が天国に行けなかったら、この世に天国に行ける人間は誰もいなくなる。そして、40人も人を死なせた自分が地獄に落とされない筈はない。しかし、そうなると自分が死んでも鈴木とは会えない。
 いや、鈴木は優しいから、僕を罰するときぐらいはきっと天国から降りてきてくれる。
 それなら永遠に責め苦が続いてもいい。鈴木が代理人を立てないことを祈るばかりだ。

「もう少し、待っててくれよな。もう少しだけ」
 ふと、薪は気付いた。
 1年前と、明らかに違っている自分の心に。
 以前は鈴木に、早く早く迎えに来て欲しいと思っていたはずだ。一刻も早く鈴木に逢いたくて。それなのに今は、もう少し待って欲しいと――。
 自分にもこの世でそれなりの責任がある。
 第九の部下たちを放り出すことはできないし、第九の立場をもっと確立させてからでなくては死ねない。雪子さんのことも。

 ……違う。
 これは、詭弁だ。
 自分自身が、生きていたいと思い始めている。

 いつ死んでもいいと思っていたはずなのに、いつの間にかもう少し生きていたい、と思うようになっていたのだろうか。鈴木のいない世界で、自分にとっては生きる意味など何もない世界で、それでも生きていたいと……?
 
「ごめん、鈴木。僕は、とことん汚い人間だよな。ほんと、ごめん。これから気をつけるから」
 だいたい、青木のやつが悪い。
 あいつ、何かと僕にまとわりつくし、しょっちゅうメシ食いに来るし、今日なんか休みの日だっていうのに押しかけてきて。あいつのせいで鈴木のことを考える時間が減ったから、こんな。
 ―――― こら、他人のせいにするなよ。
 薪の耳に親友のやさしい声が聞こえてくる。
 ―――― おまえの悪いクセだぞ。

「わかってるよ。今日のことだって、断ろうと思えば断れたものな。僕が悪いんだよな、はっきりしない態度をとって。あいつに期待を持たせてるのは僕だもんな。
 でもさ、あいつ、おまえに似てるから断りきれないんだよ。僕がおまえのこと好きなの、知ってるだろ?」
 言い訳にしかならないが、それでも言わせて欲しい。
「百も承知だよ、あいつがおまえじゃないことくらい。でも、あいつの中におまえを見つけることが何度もあって。そうすると、拒絶できなくなっちゃうんだよ。
 だって……おまえはもう、僕を抱きしめてはくれないだろ……」
 たとえ夢でもいいから、もういちど鈴木に抱かれたいな、と思う。

「僕が死んだら抱いてくれるよな?どんなに残酷でもいいから……どんなに痛くても我慢するから。約束だぞ。鈴木」
 ―――― しょうがないなあ、薪は。

 物言わぬ親友の声を聞いて、その表情を見て、薪は微笑する。
 外はそろそろ、夜が明け始めている。
 薪はそっと写真にキスをして、ソファから立ち上がりトレーニングウェアを着込んだ。早朝のトレーニングに出かけるのだ。

 薄蒼色の空の下、薪はいつものように走り出した。


 ―了―




(2008.9)


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真冬の夢~あとがきと拍手のお礼~

 読んでくださって、ありがとうございました。
 青木くんとのほのぼのデート、いかがだったでしょうか。(心優しい皆様は、あのまま薪さんを安らかに眠らせてあげたもの、と著者は信じております)
 ところどころ拍手コメで、『あれはデートじゃない!』と雄叫びをあげている男がいるようですが、素直になれない年頃なので、そっとしておいてやってください。

 そうそう、拍手。
 これまで、拍手をたくさんたくさん、いただいてたんですね。
 こんな拙い素人小説、というか、あおまき小説の枠からはみ出たような与太話にお付き合いくださり、さらに拍手までしていただけるなんて。 みなさん本当にやさしい方ばかりです。
 この場を借りて、深くお礼申し上げます。

 拍手と言えば、総数の見方が最近解りまして。(本当にド素人でごめんなさい。……はっ、これもドS?)
 確認しましたら、拍手の数のほうが訪問者数より多い! って、どんだけ閉鎖されたブログ?
 自分自身、マニアックなものを書いてるとは思っていましたが、それを改めて突きつけられた思いでした。

 まあ、それはおいてといて。

 七夕飾りの短冊に『薪さんが幸せになれますように』と書いたおバカさんは、わたしだけじゃなかったみたいで(笑)
 ホント、腐女子って、楽しいですね。
 20年ぶりにこの世界へ帰ってきてよかったあ。もう、一生腐ったままですね、わたし。
 これからも胸張って腐っていきますので、よろしくお願いします。



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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