冬の七夕(1)

 500拍手のお礼です。

 ラブラブのあおまき小説、というテーマで書きました。ええ、そのつもりで書きましたよ。
 書いたんですけどね。
 人間、意気込みと努力だけではどうにもならないことって、あるんですね。あはは。(乾いた笑)







冬の七夕(1)







 警察官という職業は、とてもストレスの溜まる職種だ。
 規制されることが多いし、公僕として市民の手本として、常に人目を気にして行動しなければならない。しかし、彼らもまた普通の人間であり、普通の男だ。よって、そのストレスを発散する方法が必要になる。

 ストレス解消の有効な手段は色々あるが、その中でも小旅行というのは、かなり上位にランクインする選択ではないだろうか。
 日常を離れ、いつもと違う環境に身を置く。それだけでかなりの解放感を味わえるものだし、そこに美しい自然や美味しい食べ物や地酒が加われば、日頃のストレスなど吹っ飛ぶ。翌日からの職員たちの勤労意欲も、いや増そうというものだ。

 そんなわけで第九でも毎年、閑散期である冬季の土日を利用して、慰安旅行のプランが立てられる。
 大抵は1月か2月。正月明けで宿の値段も落ち着いた頃を見計らい、小型バスに乗って他県の温泉に1泊するのが慣例だ。
 今年は、富士山が見える河口湖沿いの温泉宿に決まった。




*****




「なんで冬に七夕……?」
 メガネの奥の黒い目を瞬かせ、青木は首を傾げた。
『河口湖・冬の七夕祭』のポスターが、ホテルの入り口に飾られている。七夕というのは、夏の風物詩のはずだ。
 不思議に思って仲居に聞いてみると、湖畔の大石公園で毎年開催される行事だと言う。大型の吹き流しや笹竹が設置され、短冊や絵馬に願をかける人々で賑わうそうだ。

 行ってみたいと思ったが、新入りに自由行動は認められないのが職場の慰安旅行というものだ。先輩たちに風呂に誘われれば笑顔でついていくのが後輩の宿命だし、風呂から上がったら冷たいビールを勧めるのが新入りの役目だ。
 第九の先輩たちはとてもやさしいが、だからと言って後輩の仕事をおろそかにしていいわけはない。むしろ日頃お世話になっているのだから、こんなときにこそ感謝を行動にしなければ。

 小池たちと一緒に風呂に入ったり、売店を冷やかしたり、同じホテルに泊まっている女の子のチェックをしたり。旅先というのは下らないことでも楽しく感じられて、時間が経つのがびっくりするくらい早い。気がつくと、もう夕食の時間である。
 小さな宴会場にしつらえられた夕食の席に青木たちが向かったのは、夕方の6時。
 予定時刻を聞いたときには早いと思ったが、冬の日の短さから、外はすっかり夜の帳が下りている。
 足のついた会席膳の前に敷かれた座布団に腰を下ろして、全員が揃うのを待つ。薪と岡部は、既に上座に並んで座っていた。

 初めて見る薪の浴衣姿に、ドキッとする。

 薪の亜麻色の短髪に、和服がこんなに似合うとは思わなかった。
 いつもは見えない首が浴衣の襟からのびて、腕を上げると袖から肘がのぞいて。その細さと白さに、ドギマギしてしまう。薪のはだかは何回か見ているのに、同じ男性だとはまだ信じきれない。

 最後に来た今井の着席を待って、室長が口を開く。仕事ならば遅刻など絶対に許さないが、こういうときは何も言わない。オンとオフの境界線は、かっきりと引くのが薪のポリシーだ。
「みんな。去年はご苦労だった。今年も力の限り職務に励んで欲しい」
 薪は長い挨拶はしない。
 必要なことすら言わないときがある。実は、酔っ払うとホラ吹きオヤジに変身するのだが、それは腹心の部下と飲み友達の新人だけが知っている、室長の裏の顔だ。

 宴会開始の挨拶にそれだけ言うと、薪は席を立って座敷の中央に進んだ。全員がそれに倣って、その周りに集まる。
 岡部が乾杯用のコップとビールを持って、薪の隣に立つ。薪のコップにビールを注ぎ、次いで全員のコップを満たした。
「今年も元気でいい仕事ができるように。乾杯!」
「かんぱ~い!」
 岡部が乾杯の音頭を取って、何度もグラスが音を立てる。職員たちとグラスを触れ合わせてにこりと笑い、薪はビールを飲み干した。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

冬の七夕(2)

冬の七夕(2)








 職場を遠く離れ、室長の眼の届かない酒宴の席で、第九の職員たちははしゃぎまくっていた。
 浴衣の前をはだけて、大声で歌いまくる。仲居の手を取って、無理矢理ダンスに誘う。とても第九の職員の言動とは思えない。研究室でのエリート顔は、霞ヶ関に置いてきたらしい。
 酒宴が乱れる職業ベスト3といえば、警察官・教師・銀行員だが、その栄冠(?)に恥じない乱れっぷりである。

 開始後、30分足らずで薪は自室に引き取った。
 自分がいては職員たちが羽目を外せまい、との気遣いからか、単にうるさいのが苦手なのか。もちろん、部下たちの多数決は後者のほうだ。

 室長の退室から30分後に部屋に入ってきた、宴席には欠かせない、若くて可愛いコンパニオンが2人。本人たちはふたりとも19歳だと申告したが、その真実は闇の中だ。
「ねえねえ、葵ちゃんの好みは? この中で言ったら、だれ?」
「だれって言われても。みなさん、素敵です」
「じゃさ、このひとになら抱かれてもいいって思える男、いる?」
「ええー。そんなこと、言えませんよお」
「こっそり俺にだけ教えて」
「あ、こら! そんなにくっつくなよ。抜け駆けだぞ」
「おまえだってさっき、裕美ちゃんの手を握ってただろーが!」
 争うように彼女たちを囲んで、あれやこれやの猥雑な話で盛り上がる。やっぱり酒の席に女の子がいるのといないのとでは、楽しさがぜんぜん違うらしい。

 そのノリについていけない、経験の浅い社会人がひとり。
 隣に座ったコンパニオンの強い香水の匂いに、辟易する。職業に偏見を持っているわけではないが、どうもホステスの類は苦手だ。

 トイレに行く振りをして、部屋を抜け出す。酔い覚ましに廊下を歩いた。
 窓から外を眺めると、とてもきれいな月が出ていた。湖の方角が、明るく光っているのが見える。ホテルの裏手のほうだ。

 青木は昼間、仲居から得た情報を思い出す。
 夜の10時まで、七夕飾りはライトアップされてますよ―― あれはきっと、その明かりだ。

 窓から見えるということは、そう遠くない。宴会が終わるまでに、行って帰って来れるかもしれない。
 慰安旅行とはいえ、下っ端の自分が先輩たちの世話をせずに自由に動けるのは、コンパニオンがついていてくれる今の時間だけだろう。どうせこの後は、部屋で朝まで飲み会だろうし。明日の朝の見物は諦めるが懸命だ。

 一旦部屋に戻って、コートを羽織る。
 湖側に一番近いガラス張りの出口から外に出ると、外は凍るような冷たさだった。アルコールで火照った身体には心地よい刺激だ、と思ったのは束の間。
 公園に行き着かないうちに、青木は早くも自分の行動を後悔した。
「さむっ!」
 寒い、というより痛い。
 ホテルの裏手から公園に通じる道を使えば、徒歩で5分ほどだとフロントの男性に聞いてきた。外灯が設置されているし、一本道だからすぐにわかりますよ、と初老の親切そうな受付係は教えてくれた。
 この寒さについても教えてくれると、もっとありがたかった。
 地元のひとに「この寒さの中に出るのはよしたほうがいい」と忠告を受ければ、こんな無謀な夜歩きはしなかったのに。
 それでもせっかく出てきたのだから、ひと目見るくらいは、と我慢して足を進める。
 しかし、ほどなく。
 青木は受付係の初老の男性が、不親切で自分の行動を止めなかったわけではなかったことを知った。

「うわ」
 河口湖畔をバックに、数十本の吹き流しや大きな笹竹がひしめき合うその光景は、寒さを耐えて足を運ぶのに充分な美しさだった。
 仮設のやぐらの上から吊り下げられた明かりと、下方からの強力な照明でライトアップされた、3メートル近い高さの吹き流し。ピンクや赤といった明るい色が多く、とても華やかだ。笹竹には短冊のほかにも、紙衣や千羽鶴、投網など紙で作られた飾りが、たくさんぶら下がっている。残念ながら富士山は闇の中に沈んでしまっているが、ライトと月明かりで湖面は煌いている。さながら、夢の中の風景のような美しさだ。

 珍しいオブジェを見られたことに満足し、青木が踵を返そうとしたとき。
 明かりから少し離れた笹竹の下に、ぼんやり佇む小さな人影を見つけた。
 宿の浴衣に半纏姿という薄着で、七夕飾りを見上げている。
 寒くないのだろうか。
 もともと自分の身体を酷使することに抵抗がないひとだが、暑いだの寒いだのといった本能まで押さえ込んでしまうところがすごい。

「室長」
 近くまで歩いていって、声をかける。青木の声に気付いて、薪は振り返った。

 月の光に照らされたその姿は、揺らめき、かそけく。
 ときどきこの人は、こんな風に幻想めいて見えることがある。ふたりで初めて夜桜を見に行ったときにも、こんな感覚を味わった。
 現実離れした浮遊感。夢の結晶で形作られたかのような、その造詣のうるわしさ。
 薪自身が夢の世界の住人であるかのような、生身の肉を持たないかのような、静謐で不思議な美貌。
 目を離したら消えてしまう―― 青木は不安に駆られて、平常心を失いそうになる。

「そんな薄着で。また風邪引きますよ」
 青木は自分のコートを脱ごうとした。薪に着せてやろうと思った。
 が、その手は止められた。
 目線と沈黙で青木の行動を縛る。青木は動けなくなった。

 片袖を脱ぎかけた青木のコートの中に、薪は自分からその身を滑り込ませてきた。
 冷え切ったからだが青木の体温を奪っていくが、そんなことは気にもならない。
 胸がどきどきする。
 ひとつのコートにふたりで入るなんて、まるで恋人同士みたいだ。
「部下に風邪を引かせるわけにはいかん」
 薪の言葉に、少しだけがっかりする。おかげでいくらか冷静さが戻ってきた。
 薪の行動の基本はいつもこれだ。とにかく、仕事最優先のひとなのだ。

 月の光が波に反射して、哀しくきらめく。
 薪の匂いと、風が吹流しを揺らす音。笹の葉の、さわさわというお喋り。冷たい風が、髪の毛を弄るように吹き抜けていく。
「すごくきれいだけど……なんか、寂しいですね」
 まつ毛の先まで冷たくなって、薪はここで何を考えていたのだろう。
 先日、終わったばかりの事件のことだろうか。それとも。

「ひとりで見るには、寂しすぎる風景だと思いますけど」
「風呂でのぼせたから、冷ましてただけだ」
「ちょっと、冷めすぎなんじゃ」
 半纏の肩に手を掛けると、さっと振り払われた。
 思わず心が挫けそうになるが、薪はコートの中から出て行こうとはしなかった。
 このへんは微妙なところで、薪の感覚としては、コートに一緒に入るのは友だちでもすること。肩を抱くのは友だちより親しい関係。そういう線引きらしい。

「おまえ、宴会は?」
「抜けてきちゃいました。あのノリについていけなくて」
「せっかく可愛い女の子、二人もつけたのに。あの娘たち、スーパーなんだぞ」
「え? スーパーってなんですか?」
「……本当に、お子様だな。おまえは」
 意味がわからない。普通のコンパニオンと、どう違うのだろう。

 笹竹の近くには木の箱が設置されていて、引き出しに短冊と絵馬とペンが入っていた。木箱の上部には細長い穴が開いていて、短冊200円、絵馬300円と書いてある。お金は観光客の良心に任せられているらしい。
「薪さん。短冊にお願い事、書きました?」
 薪はそれには答えず、黙って小銭を箱に入れると、青木に一枚の短冊を差し出した。
 礼を言って受け取るが、何を願っていいものか迷ってしまう。

「なんて書こうかな。急に言われても思いつきませんね」
「雪子さんと結婚できますように、って書けばいい」
 またそんな意地悪を言う。
 自分の気持ちを知っているくせに、何回否定したら諦めてくれるのだろう。
「お願い事くらい、自分で考えます」
『薪さんと恋人同士になれますように』と書きたいが、それをしたら多分殴られる。湖に突き落とされるかもしれない。
 しばらく考えたが、それ以外の願い事が思いつかない。青木は何も書かずに、短冊をポケットにしまった。
「今夜ゆっくり考えて、明日の朝掛けに来ます」
 薪の見ていないところで、そっと掛けておこう。それなら生命の危険はない。

「戻る」
「はい」
 短い命令に、短い答え。
 ぶっきらぼうな喋り方だが、べつに冷たい感じはしない。言葉は固いが、薪の雰囲気はやわらかい。

 行きはあんなに寒く感じた道のりが、帰りは暖かかった。
 自分のコートに入った小さな体温。その暖房効果は見かけによらず大きくて、青木を芯から温めてくれる。
 無口な薪らしく一言も喋らないが、このひとにとって沈黙は不興ではない。昔はこの空気を重苦しく感じていたが、この頃は慣れた。沈黙を楽しむのも、薪と過ごす方法のひとつだと知った。

 歩く度に揺れる長い睫毛を見下ろして、青木は幸せな気分になる。
 帰りの道は、行きの倍もあればいいのに。短冊にそう書けばよかった、と微かな後悔を抱く青木だった。



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冬の七夕(3)

冬の七夕(3)







 建物の中に入ると、外の寒さが嘘のようだった。
 もうコートはいらない。薪と密着できる理由もなくなって、ちょっとだけ残念だ。このままもう少し話がしたいところだが、もう自室に引き取ってしまうのだろう。
 ところが。

「寄っていかないか」
 薪がそう言って立ち止まったのは、大浴場の前。
「体が冷えただろ。温まっておいたほうがいいぞ」
 男湯と書かれた藍染の暖簾をくぐって、薪は中へ入っていく。脱衣所には数人の泊り客がいて、中には薪の顔を訝しそうに見ている者もちらほら。
 薪のはだかは見たいけれど、他人には見せたくない。

「部屋で入ったらどうですか? 薪さんの部屋って、露天風呂がありましたよね」
 薪の部屋は、露天風呂付きの個室だ。
 他のものは3人ずつに分かれての普通の客室だが、1年に1回の慰安旅行。重責に身を置く室長に、このくらいの贅沢をさせてやりたいではないか。
 薪の風呂好きは、第九の職員なら今やだれもが知っていることだから、そのことに文句を言うものはいない。

「あそこじゃ体が洗えないんだ。内風呂も付いてるけど、狭いし」
 薪が浴衣の帯を解きはじめたの見て、青木は慌てて目を逸らす。
 青木の視界ギリギリの位置で、薪はさっさと浴衣を脱ぎ、脱衣篭に入れる。周囲の目などまったく意に介さない。
 普通に考えれば男同士なのだから当たり前なのだが、薪は自分の気持ちを知っているはずだ。
 無神経というか、気にしないというか。それとも、薪の中では、あれはもう済んだことなのだろうか。
 あれからずいぶん経つのに、一向に返事をくれないし……。

 ぼうっと考えている間に、薪は摺りガラスの向こうに消えていた。
 我に返って、服を脱ぐ。時計とメガネを浴衣の下に隠して、タオルを手に薪の後を追いかけた。

 青木の近視は、かなり強い。
 メガネを取ると、物の輪郭がぼやけて見える。不便だが入浴のときだけは仕方がない。メガネを掛けていたら曇ってしまって、視界は真っ白になる。逆になにも見えない。
 大浴場には、数人の人影。顔が見えないので、薪を探すのは厄介かと思われたが。

 何故だか、一目でわかった。

 周囲から、薪が浮き上がって見える。
 これはどういう作用なのだろう。突然、視力が良くなったみたいだ。
 立ってシャワーを浴びている。華奢な手がシャワーヘッドを掴んで、水流が体についた泡を落としていく。

 白い肌。繻子のように光る産毛。
 しなやかな背中は、麗しさに満ちて限りなく清らかに。
 男にしてはくびれの強いウエスト。丸みを帯びた尻から伸びる、理想的な形の足。太腿からふくらはぎのラインが、例えようもなく美しい。
 まぶしい、というか、神々しい。とても迂闊に触れられる雰囲気ではない。
 いや、触れてしまったら。大変なことになりそうな気がする……。

 青木はわざと薪から離れた場所で体を洗い、湯船に浸かった。
 髪を洗い終えた薪が青木の姿を見つけて、こちらへ歩いてくる。さすがに公共の浴場だから腰にタオルを巻いているが、見えない分だけ扇情的だと思うのは青木だけだろうか。

「ああ、気持ちいい。大きい風呂って、いいよな」
 このひとが素直に笑うのは、風呂に入っているときと、大好きな吟醸酒を飲んでいるときだけだ。仕事中には絶対にこんな顔は見られない。
「両手両足を伸ばしても、壁に触らないのがいいんだ」
 言葉の通りに、手足を思い切り伸ばして見せる。両腕を広げて微笑んでいる姿は、まるで青木を誘っているようだ。

 胸が苦しい。息が上手くできない。

 どうしてこんなにきれいなのだろう。
 男の人なのに、どうしてこんなにも自分の心を掻き乱すのか。

 濡れた髪から、桜色に染まった首筋から、無意識に発せられるかすかな色香。
 それは、男に愛された経験からくるものなのだろうか。かつての親友との遠い過去から―――― それとも未だにかれを想い続けている、薪の恋心のせいなのか。

 夢の中や想像の中なら、乱れさせることもできるのに。恥ずかしい行為をさせることもできるのに。
 目の前にしてしまったら……何もできない。
 美しすぎて、眩しすぎて、手が出ない。

「青木」
 このひとは、本当に人間なんだろうか。
 天使とか、神様とか、そういう世界に生まれたはずが、何かの間違いでここに来てしまったのじゃないだろうか。
「青木」
 このひとの存在こそが奇跡だ。
 人生の中で、たとえ今の瞬間だけだとしても、このひとの人生に交われたことに感謝する。幾ばくかのときを共に過ごせたことだけでも、自分は幸せだ――――。
「おい、あお…」
 亜麻色の瞳の誘惑に、眩暈がする。
 意識が遠のきそうだ。
 薪の姿が、次第に霞んでいく。湯煙に溶け込むように、白く白くほどけていって……。

 やがて、薪は完全に湯気の中に消えてしまった。何も見えなくなって、青木の視界は不意に暗転した。

 生ぬるい液体が口から頬に伝う感触に、青木は目を覚ました。
 ぼんやりとした視界に飛び込んできたのは、びっくりするくらい長くてきれいな睫毛。口唇に当たっている感触は、やわらかくて甘い、濡れた果実のような薪の。
「お、気がついたか?」
 青木が目を開けると、薪はさっと身体を離し、脱衣所の床に腰を下ろした。髪は濡れたままだが、きちんと浴衣を着ている。
 木板を張った天井が見える。蛍光灯の明かりが、現実の薪をはっきりと映し出している。幻想の世界から現実世界に戻ってきたようだ。

「ったく、おまえときたら。どんだけ僕に迷惑掛ければ気が済むんだ。自分の体重、考えて湯あたりしろ」
 湯船に沈んでしまった自分を、一緒にいた宿泊客と薪が引きあげてくれたらしい。重くて重くて、4人がかりだったんだぞ、と薪は言った。
 礼を言いたかったが、他の客たちは引き上げてしまったらしい。新たに入ってくる客もいないようで、熱気のこもった脱衣所には、薪の他にひとはいなかった。
「ほら。あとは自分で飲めよ」
 冷たいペットボトルを渡される。薪がこれを口移しに飲ませてくれたのだと分かって、青木は頬が熱くなるのを感じた。
 
「青木。僕の部屋で寝るか?」
「え!?」
 ドライヤーで髪を乾かしながら、薪は何でもないことのように言った。
 青木の心臓が、ドキドキと騒ぎ始める。
 自分の気持ちを知りながら部屋に誘ってくれるなんて、もしかしたら。

「ここに来る時、ずっと運転してたから疲れたんだろ。だから湯あたりしたんだ。あいつらは部屋でも夜通し飲むから、眠れたもんじゃないぞ。僕の部屋なら個室だから」
 なんだ、そういう意味か。まあ、そんなことだとは思ったが。
 でも、浴衣姿の薪と部屋でふたりきりなんて。それは別の意味で眠れなくなりそうだ。

「大丈夫です」
「明日はみんな二日酔いだろうから、帰りもおまえが運転だぞ。眠っておいたほうがいい」
「でも」
「月曜日の業務に差し支えるだろ。これは室長命令だ」
 それを出されてしまっては、頷くしかない。
 青木は複雑な気持ちを押し殺して、はい、と返事をした。



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冬の七夕(4)

冬の七夕(4)






 イグサの匂いも新しい8畳間で、二組並べた布団のかたわらで。
 薪は細い背中を青木に見せて、肩を震わせている。きれいなうなじが浴衣の後ろ襟から覗いて、たまらない色気を感じさせる。
 よく見ると、耳が赤くなっている。向こう側に向けた頬の紅潮が予想されるその色合いは、青木の心をときめかせる。

「オレの足が布団から出てるのが、そんなにおかしいですか?」
「だって、おまえ……ぷくくく」
 にやにやと意地の悪い笑いを浮かべて、薪がこちらに寝返りを打った。
「大きくても損することって、あるんだな」
「たくさんありますよ。服はなかなか見つからないし、尾行や張り込みには不向きだし。学生の頃なんかいくら下を向いてても、先生に指されました」

 ワンランク上の料金を取るだけあって、薪の部屋は青木たちの部屋よりも広かった。
 ドアを開けると狭いながらに板の間があり、その奥に襖がある。襖を開けると、八畳間がふたつ。障子に遮られたベランダに露天風呂。風呂からはもちろん、湖が見える。
 風呂好きの薪には、こたえられない部屋だろう。道理で宿に入って、部屋から一歩も出てこないと思った。

「でも、スポーツは有利だったろ。バスケとか」
「そうですね。いつもセンターでしたね」
「僕はガードばっかりでさ。シュートの命中率なら負けなかったのに」
 薪が見かけによらずスポーツマンで、運動神経がいいのは知っている。捜一時代は同僚たちと、昼休みにゲームに興じることもあったかもしれない。
「薪さんは、目端は利くし動きも素早いから、きっといいポイントガードだったでしょうね。そうだ。今度先輩たちと昼休みにでも、って、寝てるし」
 突然の墜落睡眠は、薪の特技の一つだ。
 今の今まで普通に喋っていたのに、次の瞬間には眠りの中にいる。天才というものは、眠り方まで普通の人間と違うらしい。

 お喋りをしていたつもりが、いつの間にか独り言になっていたことに苦笑して、青木は薪の寝顔を覗き込む。
 薪の寝顔はいつもきれいでかわいいけれど、今日は特にかわいいような気がする。笑ったまま眠ってしまったみたいな、嬉しそうな寝顔をしている。

 岡部と一緒に薪の家に泊まるようになって知ったのだが、薪は時々、夜中にうなされることがある。悪夢の原因は予想がつくから、それに気付いても青木は何もできない。薪を落ち着かせるのは岡部の役目だ。
 自分の顔では―――― 余計に怖がらせてしまう。
 薪に言わせると、「親友に瓜二つ」な自分の顔。どうしてこんな顔に生まれてしまったのだろうと悩んだこともあるが、逆にこの顔のおかげで薪に接近できた、という役得もある。
 喜ぶべきか、悲しむべきか。まだ青木の中で、判断はつかない。

 青木はそっと布団を抜け出して、部屋の明かりを消した。
 コートを持って、薪の部屋を出る。並びの部屋では予想通り、第九の先輩たちが宴会の続きをしている。見つからないように足を忍ばせて、青木はホテルの外に出た。
 寒さに身を竦めながら、公園への道を再び辿る。
 コートの中にいた小さな温もりを思い出して、青木は足を早めた。

 ライトアップ終了、10分前。
 こんな時間にこんな気温の中で、公園を訪れる酔狂な客はひとりもいない。
 青木は薪が立っていた笹竹の下で、彼の文字を探した。
 なんと書いてあるのか、少し見るのが怖い。
『鈴木に会いたい』などと書かれていたら、という危惧は拭えない。
 でも、知りたい。
 薪がなにを望んでいるのか。

「あ、あった」
 薪の文字は見ればすぐにわかる。几帳面で、いくらか右肩上がり。際立って上手いというわけではないが、とても読みやすい文字だ。
「あれ? こっちにも……これも?」
 見慣れた筆跡で書かれた短冊は、全部で6枚もあった。薪がこんなに欲張りだとは思わなかった。
 一枚一枚、手にとって確認してみる。
 その内容に、青木は顔をほころばせた。

『岡部。警視昇任』
『今井。彼女と結婚』
『宇野。メンテナンス時間の短縮』
『小池。彼女とよりが戻る。一言多いクセが直る』
『曽我。KY矯正』
『青木―-―――-早く立派な捜査官になれるように』

 青木の分だけ書き損じたのか、サインペンで黒く塗りつぶした部分がある。明かりに透かしてもそれは読み取れず、薪が最初に何を書こうとしたのかは、謎だ。
 
「ったく。自分の願い事がないじゃないですか」
 青木は苦笑して、ポケットの短冊を探った。
 木箱の上で願い事を書く。
 欲張りなだれかさんと違って、青木の願いはひとつだけだ。青木は謙虚な男なのだ。
 長身にものを言わせて、高いところに短冊を結ぶ。
 折からの風に、青い短冊がくるくる回った。
 
「よろしくお願いします」
 神社ではないのだから手を合わせるのはおかしいのだが、青木は拍手まで打って、笹に祈りを捧げた。


 青木が去ったすぐ後に、ライトアップの照明は自動的に切れた。
 湖畔には月明かりだけが残されて、笹の葉が風にそよぐ音だけが響いた。
 月の光が、新しく掛けられた短冊を照らす。
 かっきりとした四角い文字で記された、その日の最後の願い。
 それはおそらく、彼の永遠の願い。


『安らかな眠りが、毎夜あのひとに訪れますように』




 ―了―



(2009.7)





*****




 ぜんぜんラブくなってませんね。(笑)
 すみません×10。
 現在のうちのふたりじゃ、これが限界です。(ってか、わたしが限界?)

 リクエストいただいた、『青木くんが薪さんの美貌にクラクラ』と『薪さんが幸せに包まれる』を入れようとしたんですけど。
 何故か『青木くんが風呂でのぼせてクラクラ』と『薪さんが布団に包まれて幸せ』になってしまいました。

 このあと、青木くんはお約束通り、小池さんたちに捕まって朝まで飲まされます。完璧二日酔い状態で、帰りの運転は薪さんです。
「くそ! なんだって僕がこんなこと!」(笑笑)

 ホントは七夕に合わせてUPしようと思ってたんですけど。間に合いませんでした。
 夏は第九が忙しいし、薪さんの精神が不安定になる時期なので、わざと季節を外して冬の七夕にしてみました。きっとあの時期の薪さんは七夕どころじゃなくて、こんな機会は二度とない、と思ってたくさん願いごと書いちゃったんですよ☆

 冬の七夕は、河口湖畔の大石公園で実際に行われてるみたいですけど、わたしはもちろん行った事ありません。
 富士山も5年位前に1度だけ。もう、忘れちゃいました(脳みそツルツル) だから風景描写がいい加減……脳内で補完作業お願いします。





 追記

 貸し切り露天風呂は、ぜひKさまのおふたりで。
 秘技、リクエスト返し~~!\(^▽^)/



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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