土曜の夜に花束を(1)

 ここから第3部に入ります。

 再三申し上げました通り、これまでとはカラーが違いますので、ご注意ください。具体的にはBL色が強いです。
 これまでのお話は恋愛問題ばかりではなく、色々なことを書いてきたつもりなんですけど。仕事のこととか、青木くんの成長とか、薪さんの苦悩とか。
 でも、ここからはそれしか書いてないです。まるっと恋愛小説です。ギャグは入れてるんですけどね。なので、お好みの方だけ読んでいただきたいです。
 Rも当たり前みたいに出てくるので、18歳未満の方、Rが苦手な方はご遠慮願ったほうがよろしいかと。

 そ、それと~~、
 3部以降の作品につきましては、勝手ながら、
 Rに関する苦情は一切受け付けません。(言い切ったよ、サイテー)
 すみません、自分でグロイの分かってるので~~~、でも美しく書けないの、あれで精一杯なの、見逃してくださいっ。


 どうか、女神さまのように広いお心をお持ちいただいて、(いや、女神さまはこんなもん読まないだろ)
 よろしくお願い致します。






土曜の夜に花束を(1) 






 井之頭通りに何軒かある花屋の中で、閉店時間が一番遅いのは『しらいし』という店だ。
 亭主に先立たれた女主人が経営する小さな花屋ながら、花の種類は豊富で質も良く、値段は安くはないが、そのぶん長持ちする。加えて、店主のラッピングと花束のセンスはなかなかだと、近所でも評判の店だった。
 ホステスへの手土産にと夜更けに花を買う客が多い銀座や歌舞伎町と違って、吉祥寺では夜の9時過ぎまで営業している花屋はめずらしい。ここは夜の店が少ない街だからだ。が、これには理由があって、実はこの店を訪れるひとりの客が仕事の関係で、この時間に花を買いに来ることが多かったからなのだ。
 といっても、彼はそう頻繁に店を訪れるわけではない。それほど大量の花を購入する上得意客というわけでもない。しかし彼女には、彼のために店を開けておいてやろうと思えるだけの理由があった。

 初めて彼がこの店を訪れたのは、たしか3年前の夏だった。
 その日はバイトの娘が花の配達先を間違えて、そのフォローに回ったため、閉店時間を1時間も過ぎてしまった。明日は早いのにと心の中で愚痴りながらシャッターを閉めようとしたところに、彼が現れたのだ。
「すみません。まだ間に合いますか?」
 亜麻色の短髪に同じ色の大きな目。長い睫毛とつややかなくちびる。夏の夜だというのにダークグレーのスーツをピシリと着こなして、そのひとは涼やかに佇んでいた。お客を外見で判断するわけではないが、かれがこれほどの美貌の持ち主でなかったら、「どうぞごゆっくりお選びください」と言うセリフは出てこなかったかもしれない。
 そのとき彼は、迷うことなく白い百合の花を選んだ。その花はまさに彼のイメージにぴったりで、店主はこころの中で密かにこの青年に『白百合のきみ』という乙女チックなあだ名をつけた。

 最近この近くに越してきたばかりで、前に住んでいた街と違って、どの店も早く閉まってしまう事に驚いている、と話した。仕事の関係で9時前に自宅に帰ることは殆どないので、平日は買い物を諦めていたが、今日はこの店が開いていて良かった、と微かに笑った。
 それはひどく悲しそうな微笑で、店主はそのことに違和感を覚えた。花屋に花を買いに来て、悲しそうな顔をする客というのは少ないからだ。
 店主の持論は『花はひとを幸せにする』というものだった。たいていの客は自分が花束を作って渡すと嬉しそうな顔になるし、中には「わあ、きれい」と感嘆の声をあげてくれる人もいた。
 そこで店主は、頼まれてもいないラッピングをこの客にサービスすることにした。自分もこの技術にはひとかどの自信を持っていたし、なにか悲しい出来事があったらしい青年を元気付けてやることは、悪いことではないと思えたからだ。
 店主が花束用に花を重ね始めたのを見て、ラッピングは不要です、と青年は声を掛けてきた。謙虚で気遣いを含んだ態度に、店主は好感を抱いた。

「初めてのお客さんですから、これはサービスです。奥さんだってこの方が喜びますよ」
「僕には妻はいません」
 左手に指輪はなかったが、男の人が自宅用に自分で花を購入することは少ないから、てっきり妻帯者だと思った。
「それは失礼しました。じゃ、恋人ですか?」
 苦笑して首を振る。口元は優雅に微笑みの形を作るが、今にも泣き出しそうな顔だ。
 どうして彼がこんなふうに笑うようになったのか、店主は気になった。
 彼はまだ若く身なりも良く、とてもきれいな顔をしているのに、まるで年老いた老人のように人生を諦めた表情をしていた。

「それじゃ、ご自分へのご褒美ってことで。リボンは何色がいいですか?」
 リボンの見本を差し出すと、青年は困ったように目を伏せて低い声で言った。
「お祝い事ではないので。リボンは結構です」
 これはしくじった。さては弔事用だったか。それなら先刻からの悲しそうな表情も頷ける。もしかしたらこの青年は、大切なだれかを亡くしたばかりで、この花はそのひとに供えようとしていたのかもしれない。

「そういうことなら、シルバーのリボンはいかがですか? こちらならお供え物にしても」
 おずおずと申し出た店主に青年は頬を緩めて、亜麻色の頭を掻いた。
「すみません。よけいな気を使わせてしまいましたね。そういうわけでもないんです」
 それから青年は、リボンの見本の中から濃い緑色のリボンを選ぶと、これでお願いします、と切ない目をして言った。
「ありがとうございました。これからもどうぞご贔屓に」
 大きな花束を抱えて、夜の街に消えていく頼りない背中を見ながら、店主はその青年のことが気になって仕方なかった。今日はたまたまバイトの娘の失敗のせいでこんな時間になってしまったが、もしもあの青年がこれからもここに来るようだったら、この時間までは店を開けておいてやろう。

 果たして、それから彼は月に2回くらいのペースで、この店に来るようになった。
 彼が買う花はいつも決まって、白い百合の花だった。その端麗な容姿を見て、アルバイトの娘も、店主がこっそりとつけたあだ名で彼のことを話すようになった。
 白百合がお好きなんですか、とかれに訊くと、自分ではなく大切なひとが好きだった花なのだ、と語った。過去を振り返る話し方に、やはりこの青年は自分と同じように大事な人を亡くす痛みを知っているのだ、と店主は確信した。

 季節が移るごとに、少しずつではあるが明るくなっていく彼に、店主は安心を覚えていた。特に最近は花を渡す際に笑顔を見せてくれることが多く、それは彼女にとっても喜ばしいことだった。
 かれは痛手から立ち直りつつあるのだ。もしかしたら、亡くしたひとに代わる誰かを見つけることができたのかもしれない。

 その青年はここ1年ばかり、仕事が忙しくなったのか、1月に1度くらいの割合でしか店を訪れなくなっていたが、この店の白百合の売り上げは変わらなかった。別の固定客がついたからである。
 新しい白百合のリピーターは、黒髪のメガネをかけたとても背の高い男だった。
 彼は『白百合のきみ』とはまったく逆で、最高に嬉しそうな顔をしてこの店を訪れた。店主の花束作りの技術を絶賛し、どの花屋よりもきれいだと言ってくれた。

「恋人へのプレゼントですか?」
「いや、まだ恋人ってわけじゃ」
 テレテレと頭を掻いている。独り者の店主にしてみたら、後ろからどついてやりたくなるようなヤニ下がった顔だ。 
「花は白い百合だけでいいんですか? 他の花も混ぜたほうが、華やかになると思いますけど。お値段もその方が抑えられますよ」
 女の子は、色とりどりの花束を好むものだ。それに百合は夏の花だから、冬の季節はかなり値が張る。他の花を加えてバランスを取ったほうが、安く上がるのだ。
 が、店主の提案を、彼は申し訳なさそうに断った。
「白い百合が好きなひとなんです。そのひと自身も白百合の化身みたいなひとで」
 白百合の化身とは恐れ入った。この男の想い人と白百合のきみと、果たしてどちらの美貌が上だろう。
「おきれいな方なんですね」
「はい。身も心も、すごくきれいなひとです」
 恋人に贈るための花束を買いにくる男は大勢いるが、ここまで言い切った男は初めてだ。後ろからではなく、横から蹴りを入れてやりたい。

「リボンはどれにします?」
 彼が選んだのは、濃い緑色のリボンだった。20種類以上ある色の中から、白百合のきみと同じものを選ぶなんて、人物像は正反対なのに面白い、と思った。
「ありがとうございました」
 スキップでも踏みそうな弾んだ足取りで、かれは去っていった。選ぶ花は同じでも、両極端なふたりだ、とその当時の店主は思っていた。



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土曜の夜に花束を(2)

土曜の夜に花束を(2)




 青木の家のカレンダーには、毎日バツマークが付けられる。
 それは4月の3週目の月曜から始まった習慣で、今朝は4つ目のバツマークを書き込んだ。二重丸の付いた目標の日まであとわずか。その日が近付くにつれて、青木の頬は緩んでいく一方である。その日はきっと、青木にとって生涯忘れられない日になるはずだ。
 今週末の土曜日。2年も掛けてようやく口説き落とした可愛い恋人と、初めて一夜を過ごす予定なのだ。

 青木が2年もの長い間、わき目も振らずに恋をしてきた相手は、自分でもびっくりすることに12歳も年上の男の人だ。しかも職場の室長という役職に就いている。自分など足元にも及ばない、とても優秀な捜査官である。
 そのひとの名前は薪剛。年は37歳。しかし見た目が異様に若くて、どう見ても青木より年下にしか思えない。

 先週の日曜日。玉砕覚悟で望んだ勝負に、青木は見事に勝った。前半戦であっさり敗退したときにはすべてを諦めたのだが、物事はやってみなければわからないものだ。勝算はマイナスだと思っていた後半戦、何故か相手は青木の気持ちに応えると言ってくれた。
 正確には『受け入れられるように努力する』と言われたのだが、これは恋人になってくれる、という意味にとって間違いないはずだ。青木としては2年近くも恋情を募らせていたのだから、その場で抱いてしまいたいくらい相手のことが欲しかった。せっかく相手がその気になってくれたのだ。このチャンスを逃す手はない。

「薪さん。これからオレの家に来ませんか?」
 愛しさを掻き立てる華奢な体を抱きしめたまま、青木は薪に誘いを掛けた。が、明日の仕事を理由に、その誘いは断られてしまった。その理由付けはいかにもとってつけたようで、まだそこまで許す気にはなれない、という意味かと思ってしまった。
 しかし、それは違った。

「週末なら。土曜日に、家で待ってるから」
 恥ずかしげに顔を伏せたまま、薪は固い声で言った。
 その場凌ぎの言葉ではない。このひとは、自分の言ったことには責任を持つ人だ。
 受け入れると言ったからには、心も身体もすべて受け入れる。そこまでの覚悟がなければ、初めからそんなことは言わない。

 青木はその言葉を信じて、こうしてカレンダーに印をつけている、というわけである。まったくおめでたい男だ。彼のそんな特性も、勝因のひとつだったのだが。
 そんなわけでその週の青木は、傍目から見ても浮かれていて、それを第九の先輩たちに指摘され「春だから」という曖昧な理由で追求を逃れていた。薪はさすがに大人の余裕か冷静そのもので、これまでとなんら変わりがなかったから、青木に巡ってきた春と氷の室長とを結びつけるものは誰もいなかった。

 そして決戦の土曜日。
 その日はたしかに青木にとって、生涯忘れられない日になったのだ。
 ただし――― とても苦い思い出として。




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土曜の夜に花束を(3)

土曜の夜に花束を(3)








 土曜日の夕方。
 約束通り薪は、自宅で青木の来訪を待っていてくれた。予定の時間よりだいぶ早く着いてしまったのだが、ドアを開けて青木を迎え入れてくれた薪の身体からは石鹸のいい匂いがして、薪もそのつもりでいてくれたのだとわかった。
 
「夕飯、どうする?」
「薪さんは? おなか空いてます?」
「いや」
「オレもです。さすがに今日は喉を通りそうにありません。っていうか、早く薪さんが食べたいです」
 青木が正直に言うと、薪は何故か困った顔をした。
「そのことなんだけど……まあ、ちょっと座れ」
 リビングのソファを青木に勧めて、薪は隣に腰を下ろした。その困惑顔に青木は不安を覚える。
 今になって、薪はなにを言い出すつもりだろう。今日という日を指折り数えて来たというのに、やっぱりあの約束はなかったことにしてくれとでも言われたら、青木は泣き出してしまうかもしれない。

「その……どうしてもしたいか?」
 したい。腕の1本くらい引き換えにしてもいいから、したい。
 どれほど夢に見てきたと思っているのだ。数字にしたら3桁を上回っている。寸止めされた回数も二桁に近い。その願いがやっと叶うと思ったのに―――ここで引き下がっていては今までと同じだ。恋人になると決めたのだから、この一線はなんとしても越えたい。
 しかし。

「恋人ってそれだけが目的じゃないだろ。身体の関係なんかなくたって、今のままでも充分楽しいだろ?」
 薪の不安そうな顔を見てしまっては、無理強いなどできない。とにかく、ぞっこん参っているのだ。薪の表情を曇らせる原因になどなりたくない。
「わかりました。薪さんが嫌なら」
「……泣くほどしたいのか」
 顔に出てしまったらしい。

 薪は両膝をソファの上で抱え込み、右の肩に首を倒して頬をつけた。困った顔になって、嫌そうに言葉を重ねる。
「おまえ、男とセックスしたことあるのか?」
「ないです。男の人を好きになったのは、薪さんが初めてですから」
「夢は夢のままにしておいたほうがいいぞ。僕の身体は普通の男の身体だぞ。おまえと同じモノついてんだぞ」
「知ってますよ。薪さんの裸は何度も見てますから」
 その裸を見て、青木の男の部分がそういう状態になってしまったことも、薪は知っているはずだ。そのことを承知の上で、なおも薪は青木の決心を鈍らせようとその行為に辛辣な批評を加える。薪は往生際が悪い。

「男とのセックスなんか、そんなにいいもんじゃないぞ。男の体は固いし汚いし。女の子のほうがずっといいぞ。相手の何処に何を入れるか、知ってんのか?」
「それくらいは知ってます。オレ、何回も夢に見ました」
「夢っておまえ」
 薪の身体が一瞬で1mほどバックした。
 退いている。身体ごと青木から離れようとしている。
 そういう夢の中で、自分がどんな役回りをさせられていたのか、察しがついたらしい。本当は夢だけではなく、毎晩のように青木の頭の中でその光景は繰り返されていたのだが。

「すみません」
「……どんなだった? その、夢の中の僕は」
「とってもきれいでした」
「それは夢だ。現実を見たら、絶対に幻滅するぞ」
 そんなことはありえない。鈴木の脳の中に残っていた薪は、とてもきれいだった。
「幻滅なんかしません」
 薪は大きなため息を吐くと、ソファの背もたれにどさりと寄りかかった。額に手を当ててしばらくの間考えを巡らせているようだったが、やがてぱっと立ち上がった。

「よし、僕も男だ。覚悟決めた」

 開き直ったように、服を脱ぎ始める。
 青木としてはもう少しムードが欲しいところだが、薪はもともとこういう性格だ。例え女の子が相手でもムードを大切にして、などという面倒なことはしない。それがかったるいから素人女は嫌いだ、と公言して憚らない男なのだ。
「男役はおまえがやれよ。僕はおまえのハダカ見ても勃たないから」
 下着まで全部とって全裸になると、青木を指差して仕事の割り振りをするように役割を決める。しかもその理由が『勃たないから』ときた。
「早く来い。僕の気が変わらないうちに」
 さっさと自分だけ寝室に入っていってしまう。こんな初夜があるだろうか。

 鈴木さんとはきっと素敵な初夜を過ごしたんだろうな、と青木は心の隅で死人に嫉妬する。薪は鈴木のことが大好きだから、鈴木に初めて抱かれた夜は幸せそうに微笑んでいたはずだ。年もまだ20歳くらいだったというから、もっと初々しく恥ずかしそうに、可愛らしかったに違いない。

「いいなあ。鈴木さんは」
 ふと、無意識のうちにサイドボードの上に何かを探して、青木の目が止まる。
 写真がない。
 白百合はきれいに咲いているが、その隣にいつも必ず飾ってあった鈴木の写真がない。

 青木は、胸が熱くなる。
 やっぱり薪は優しい人だ。鈴木のことは忘れられない、一生忘れる気はないと言いながらも、自分のために写真をしまってくれたのだ。
 鈴木が薪にとってどんなに大切なひとか、青木は知っている。だからここまで強制する気はなかったのだが、正直に言うと寝室の写真だけは外しておいて欲しいと願っていた。それが家中の写真を片付けてくれたようで、こっそり見てみたローテーブルの引き出しの中にもアルバムはなかった。

 薪はとても照れ屋だから、きっとあんな態度しか取れないのだ。仕事中の薪からはその片鱗も伺えなかったが、いくらかは今日の日を楽しみにしてくれていたに違いない。
「大急ぎでシャワー浴びますから、待っててくださいね」
 寝室に声を掛けておいて、バスルームへ向かう。
 青木の胸は早鐘のように打っていた。




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土曜の夜に花束を(4)

 こちら、地獄の初夜です。
 痛い薪さんがいやんな方は、ご遠慮くださいね~。
 薪さんがレイプされても許せる人だけ読んでください。(←いるわけない)
 特に、甘いあおまきさんが好きな方は、絶対に読んではいけません。不快に思われても書き直せません、ごめんなさい。
 読めない方のために、次の記事の冒頭にあらすじを入れますので、どうかご無理なさらずに。









土曜の夜に花束を(4)



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土曜の夜に花束を(5)

 前回の記事を読めなかった方へ、あらすじです。

 大事な初夜でしたが、お互いの経験不足から上手にできず、かなり気まずい状態でふたりは別れてしまいました。
 薪さんは身体も心も傷ついて、という状況です。 S展開ですみません。







土曜の夜に花束を(5)






 先週と打って変わって落ち込みムードの青木に、第九の職員たちは彼に訪れた春が早くも散ったことを悟っていた。
「短かったなあ、青木の春」
「1週間しか持たなかったな」
「最初のデートでがっついて振られたんだろ」
 鋭い観察眼である。エリート集団の名は伊達ではない。
「これだから童貞は」
 それは誤解である。

「そういや、薪さんもちょっとヘンじゃないか?」
「どこが」
「なんか……座り方とか」
 たしかに、今日の薪は妙にゆっくりと動いているような気がする。特に歩くときや椅子に座るときは慎重で、腰痛持ちの動き方のようだ。しかし、薪は柔道二段の猛者だ。柔道は足腰の強さが決め手だ。投げ技を得意とする薪に、腰痛の持病があるはずがない。となると、考えられる病気はひとつしかない。

「まさかあ」
「だって、今日は前傾姿勢だぜ。いつもは深く椅子に座ってるのに。俺の叔父さんが同じ病気でさ、よくあんな格好で座ってたんだよ」
「あれは辛いらしいぜ。可哀相に室長」
 ものすごい誤解を受けている。青木の童貞説のほうがまだマシだ。
 季節は春だというのに、突然の不幸に見舞われた哀れな同僚と上司のため、やさしい第九のメンバーたちは心ばかりのプレゼントを用意することにした。

「なんでオレの机にAV置いてあるんですか」
「それ見て元気出せよ。5課から借りてきたやつだぞ」
「要りませんよ」
「無理すんな。おまえにはもう、それしかないだろう」
「どーゆー意味ですか!?」
 せっかく小池が5課から借りてきた押収品の無修正AVのコピーは、ゴミ箱に捨てられてしまった。喜んでもらえなかったようだ。青木も難しい年頃らしい。
 青木の方は失敗してしまったが、室長に用意したプレゼントはきっと喜んでもらえるに違いない。実用的で即効的で、この瞬間から役に立つアイテムだ。

「僕の椅子にこのクッション置いたの誰だ?」
 ドーナツ型のクッションを片手に、薪が室長室から出てくる。きっと礼を言いに来たのだ。
「室長。この薬よく効くって叔父さんに聞いたんです。あと、これは病院のリストです。評判の良い順に並べてありますから」
「この薬って」
「恥ずかしくても、早く病院に行ったほうが良いですよ。あれはひどくなると手術しなきゃならなくなるそうですから」
「ひとをおかしな病気にするなっ!!」
 薪はクッションの輪の部分を猛烈な勢いで小池の頭に通し、真っ赤になってリストを破り、軟膏と一緒にゴミ箱の中に叩き込んだ。これも失敗だったらしい。

「なんか、ふたりとも難しい年頃みたいだな」
「そうだな」
 気難しい上司と反抗的な後輩の態度に、頭を悩ませる第九の面々であった。






*****

 
 どんなにシリアスな状況でも、ギャグは欠かせません。
 だって、ギャグ小説だもん!


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土曜の夜に花束を(6)

土曜の夜に花束を(6)







 かように勘違いの多い第九の職員だが、その多くは優れた情報収集能力と大胆な仮説を展開させる飛び抜けた想像力の副産物である。これが実際の捜査のときには、とても役に立つのだ。勘違いのほうは、単に室長の影響かも知れないが。
 その情報収集能力は時として、公安や監査課の実力を上回る。特に背の高い後輩のことについては、いつの間にか色々なことを調べ上げている。薪に憧れて第九に異動願いを出した変り種だということは言うに及ばず、大学時代の彼女とは2年前に別れたきり新しい彼女はいないとか、どうやら法一の女薪と呼ばれる三好雪子に片思いしているようだとか。
 その最後の情報に関して、最新情報が第九に舞い込んで来た。

「青木のやつ、大逆転したみたいだぜ。昨日の夜、ホテル街で青木のこと見たんだ」
 第九で唯一彼女持ちの今井が、その情報をもたらした。今井が何故ホテル街にいたのかは、誰も追及しない。不愉快な話を聞かされることが解っているからだ。
「マジ!? 見間違いじゃないのか」
「あの長身とメガネだぞ。いくら遠目でも間違うかよ」
「それもそうだな。相手はやっぱり三好先生だったか?」
「それがさ。三好先生もいたんだけど、もうひとり女がいたんだよな」
「それって3Pってことか? 童貞には無理だろ」
「だよなあ」
 だから童貞ではない。

 第九の仲間たちは、青木の性経験を甘く見ている。
 青木の初体験は、なんと中学3年生のときだ。ここだけの話、薪よりもずっと早い。相手は図書館で知り合った大学生だった。その頃から長身で老け顔だったので、相手のほうもまさか中学生だとは思わなかったらしい。関係を持った後に本当の年を知って、それで終りになってしまった。
 しかし、一度経験をすると男でも女でもそういうフェロモンが出るようになるらしく、それからは女性に好意を打ち明けられることが多くなった。同年代の女の子にはあまり興味がなかったのでそちらは断ったが、年上の女性の誘いは嬉しかった。最初が年上だったので、そのせいかもしれない。
 ただ、あまり長続きはしなかった。
 付き合い始めてデートを重ねて、身体の関係もできるのだが、年が若いのとやさしすぎるのがネックになって、物足りないとか頼りないとかいう理由で別れを告げられることが多かった。
 友人に彼女を譲ってしまったこともあった。その頃の青木には、まだ彼女よりも友人のほうが大切で、友人が自分の彼女に本気で恋をしていることを知ると、自分から身を引いてしまった。友人にも彼女にもめちゃめちゃ怒られたが、その後でふたりは付き合いだして今は子供もいる。
 かように、青木は10年も前から女性には不自由していない。見かけの純情そうな顔に騙されて、第九の仲間たちは青木を見くびっているだけだ。ぶっちゃけ、第九の中では今井の次に経験豊富である。逆に一番経験が少ないのは……いや、彼の名誉のためにここでは名前は伏せよう。

「やべっ。薪さんの部屋のドア、開いてるぞ」
「大丈夫だろ。眠ってるさ」
 今は昼休みだからお喋りを咎められることはないが、色事は室長のイメージに合わないし、なんとなく軽蔑されそうで嫌だから本人の前では慎んでいる。昼休みには室長は自分の部屋で昼寝をしていると誰もが思っているから、室長室のドアが開いていても気に留めないでいたが、もしかすると聞かれていたかもしれない。
 もっとも、聞かれたところでどうということはない。青木がようやく一人前の男になったのだ。室長も喜んでくれるかもしれない。

 なおも青木の話をしていると、青木が目覚めのコーヒーを持って行くまでは決して目を覚まさない第九の眠り姫が何故か起きてきて、井戸端会議を中断させた。
「あれ? 室長。今から食事ですか?」
「今日はカフェテリアのBランチ、鰆の塩焼きでしたよ」
 小池と曽我が声を掛けるが、何も言わずにモニタールームを出て行く。なんだか機嫌が悪いらしい。ここ2,3日は以前のように深く椅子に腰掛けているから、例の病気が悪化したわけではないと思うが、なにか別の心配事だろうか。
 入れ替わりに、第九のバリスタがコーヒーを運んでくる。薪が出て行ってしまったことを知ると、がっかりした顔をして「よかったらどうぞ」とコーヒーを輪の中に置いた。
 室長用の特別ブレンドを争って、職員たちがじゃんけんを始める。皆さんの分も淹れてきますね、と場を去ろうとした後輩を今井は追いかけた。
 
「青木。昨夜は楽しかったか?」
「なんのことですか?」
「俺たちの情報網を甘く見るなよ。新宿のシャルムってホテルだったよな」
「あれ。見られちゃってたんですか? 参ったな」
「どうだった?」
「すごく勉強になりました。もう失敗しません。この次は絶対にうまくやってみせます」
 青木の初体験が失敗に終わったことを知って、今井の目に哀れみの光が宿る。今井はぽんぽん、と青木の肩を叩くと、がんばれよ、と声を掛けてみんなのところへ戻った。

「青木のやつ、初体験失敗したみたいだぜ」
 こういうことは他人に黙っていてやるのがやさしさというものかもしれないが、『報告・連絡・相談(ホウレンソウ)』は第九の基本である。それに、情報を公開しておいたほうが不用意な発言で青木を傷つけることもない。今井は口が軽いのではなく、純粋に後輩を心配しているのだ。
「うわ。青木らしいというか。童貞はこれだから」
「初めから2人相手にやろうなんて、背伸びするからそんなことになるんだ。相手は一人に絞らなきゃ」
「そうだよな。俺だって3人でなんてやったことないよ」
「じゃ、この話はタブーだな」
「さすがに可哀相だよな」

 やがて全員分のコーヒーを持ってやってきた後輩に、彼らは一斉に哀れみの視線を送る。初めての経験には失敗が付き物だが、男にとってこの手の失敗はことのほか痛手が大きい。
「青木、このコーヒーカップ、俺が洗っといてやるから」
「伝票の整理、手伝ってやるよ」
「頼んどいた資料、自分で探すから」
「今夜のMRIメンテの当番、代わってやろうか」
「……みなさん、何かあったんですか?」
 突然自分に親切になった先輩たちに、青木は首を傾げたのだった。




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土曜の夜に花束を(7)

土曜の夜に花束を(7)







 週末の金曜の夜に自宅のリビングでたったひとり、薪は膝を抱えている。
 テレビを見るわけでもなく、雑誌を繰ることもなく、ただぼうっとソファに座っている。亜麻色の瞳はとても陰鬱で、長い睫毛は下方に伏せられている。
 昼間、モニタールームから洩れ聞こえた会話が耳に残って離れない。職務時間中は何とか平静を保っていたが、自宅に帰ってひとりになると、頭の中がそのことでいっぱいになってしまった。
 ホテル街で、青木が雪子と一緒だった。そういう場所で男女が一緒にいれば、疑われても仕方ない。この1週間、青木に避けられていると感じていたが、やっぱりそういうことか。

 薪は1週間前の、苦い初夜を思い出す。
 あれがきっかけで、青木は女性の素晴らしさに目覚めたのかもしれない。ただ3Pは何かの間違いだろう。偶然知り合いに会ってしまったとか、そんなことだったに違いない。ふたりとも、そんなことを楽しめるタイプじゃない。
 優しい青木は翌朝謝罪に来てくれたけど、薪は素っ気無い言葉でドアも開けずに追い返した。心配して来てくれた相手にあの態度は良くなかったと自分でも思うが、あの時はとても人と会えるような状態じゃなかった。身体中痣だらけで、腰から下は言うことをきかなくて、まともに立つこともできなかった。眼は真っ赤に腫れて顔は思いっきりむくんで、あんな僕を見たら青木が気にする。持たなくていい罪悪感を抱えられて、気を使われるのはまっぴらだ。
 
 何より、申し訳なくて。青木に合わせる顔がなかった。
 1週間も前から、いや、何ヶ月、もしかしたら1年以上も。青木があんなに楽しみにしてたのに。夢にまで見た初めての夜だったのに。薪も男としてその気持ちは良く分かる。気になる女の子との初めてを想像するときの高揚感は体験済みだ。青木のことだから、きっとロマンチックで穏やかな情交を思い描いていたのだろう。なのに、僕が未熟なばっかりに、その夢は粉々に砕かれて、醜い残骸だけが残る結果になってしまった。
 覚悟はしてたけど、あそこまで痛いとは思わなかった。本当に死ぬかと思った。鈴木としたときの方がまだマシだったような。あの夜のことはよく憶えてないけど、命の危険は感じなかったと思う。それとも、死んでもいいと思ってたのか。

 セックスって、楽しいもののはずだ。
 薪だって女の子とするときは楽しいし、気持ちいいし、幸せな気分になれる。性的な快感はもちろん、あの柔らかい肉に包まれているだけで夢心地になる。
 でも、僕は男だから。そんな感触をあいつに与えてやることはできない。第一、男の身体は女の子みたいに綺麗なものじゃない。それは初めから分かっていたことで、つまりこの結末も決まっていたということか。
 だったら、初めからこうすればよかった。もっと早くにあいつの目を覚ましてやればよかった。そうすれば青木は、2年もの時間を無駄にすることもなかったのだ。
 自分の我儘で、ずるずると青木の気持ちを引っ張ってしまった。あいつの隣の席は居心地がよくて、誰にも譲りたくなくて。

 俯くと、ぽたりと手の甲に水滴が落ちる。だれに見られているわけでもないが、薪は慌てて涙を拭った。
 いいんじゃないか、これで。雪子さんと幸せになって欲しいってずっと思ってたはずだ。なんで涙なんか。

 止まらない涙に、薪はようやく自分の心に気付く。
 ばかだ、僕。
 ちゃんとあいつのこと、好きになってたんだ。こんなに泣けるくらい。
 鈴木のときで懲りてたはずなのに。絶対に最後はこうなるって分かってたはずなのに、だから男は好きにならないって決めてたのに、また同じ間違いを繰り返して。

 短い夢だったな、と薪は思う。
 わずか1週間の夢だった。
 2年もの間僕を好きでいてくれたのに、寝たら1週間で終わってしまった。2年も続いた片思いが恋人になったら1週間で冷めてしまうなんて。まるで蝉だ。
 予想はしていた、こうなるかもしれないって。寝たら青木は僕から離れていってしまうかもしれないと、不安はあった。昔からこっちの方面は苦手で、女の子だって本当は片手に余るほどしか経験してない。ましてや男なんて。
 鈴木もそうだった。僕とのセックスに満足できなくて、だから僕との関係は長く続かなかった。僕が鈴木とうまく行かなくなった理由は他にもたくさんあったけど、そのことも大きな要因だった。事実ケンカの原因は、鈴木の女関係が一番多かった。
 もし、僕が鈴木の想像のように彼を悦ばせてあげられたら……鈴木は僕を愛してくれてたんだから、僕たちの関係も変わっていたのかもしれない。でも、僕にはその才能はなくて。どうしても鈴木が望むように、あの行為を快く感じることはできなかった。
 特に鈴木の心が見えなくなってからのセックスは、耐え難いくらい痛かった。いくら感じようとしても駄目だった。鈴木に愛されてる実感がなければ、あの行為はただの地獄だった―――。

 そんな過去が、薪に過剰な思い込みを与えたのかもしれない。自分は決して男同士のセックスで快感を得られない。あんなに愛した鈴木が相手ですらあの有様だったのだから、他の男なんか言わずもがな。そんな気持ちが彼の身体を固く強張らせたのかもしれない。
 いずれにせよ薪の過去の経験は、新しい恋人との関係に有利には働かなかった。
 
「やっぱり僕にはおまえしかいないみたいだな」
 一旦はしまった親友の写真をクローゼットの奥から取り出して、寝室に向かう。ベッドに座って、薪はそのやさしい笑顔に話しかける。
「ごめんな、鈴木。ちょっと浮気しちゃった」
 薪はまた、鈴木のところに帰るしかなかった。他の誰も自分を受け入れてくれる人はいない。
「うん……ただの気の迷いだよ。少し寂しかっただけ」
 青木の恋人になっても拒絶しても、結果は同じことだった。あの楽しい時間は戻ってこない。だったら余計なことをしなければ良かった。せめて普通の上司と部下でいられたかもしれないのに。
「大丈夫だよ。明日になったら、また元気になるから。僕にはおまえがいるもんな」
 親友の笑顔の上に、ぼたぼたと涙が落ちる。
 今夜の寂しさはひとしおで、このままだと夜中泣き通してしまいそうだ。
 それもいいかもしれない。いっそ枯れるほど泣いてしまえば、明日は泣かずに済むかもしれない。

 いつものように薪は、鈴木の写真を胸に抱く。これからも自分は鈴木のことだけ想って生きていく決意をしようと試みる。
『僕は鈴木だけのものだよ』
 ひと月前は自然に口から出てきた言葉が、なぜか言えない。そう思うだけで涙が溢れてくる。でもこれは、鈴木を想って流す涙じゃない。そのときの涙は、自分に深い愛情と誇らしさを与えてくれた。こんな絶望に満ちた気持ちにはならなかったはずだ。

 すすり泣く声にチャイムの音が重なって、薪は顔を上げた。
 今日は定例会は中止だと岡部には言ってある。青木との関係が破綻した今、彼のほかにこの家を訪ねるものはいないはずだ。まさか、金曜の夜に新聞の勧誘でもあるまい。もしそうだったら表に出て行って、腹いせに小股払いを食わせてやる。
「どうして」
 リビングで防犯カメラの映像を確認すると、信じられない人物がそこには映っている。
 たった1週間、自分の恋人だった男だ。腕に百合の花束を抱えている。
 何をしに来たのだろう。律儀な男だから、正式に別れを言いにきたのだろうか。でも、あの花束は?
 雪子が好きな花は、チューリップとひまわりだ。それを薪は青木に教えたことがある。百合は、鈴木が……いや、薪が好きな花だ。

 どういうつもりなのか、ドアを開けるのが怖い。しかし、青木はとてもしつこい性格だ。薪がここに居るのは明かりを見て確認しているから、居留守は使えない。薪がドアを開けなければ、一晩中でもそこで待っているだろう。
 薪は涙を拭いて、ぎゅっと唇を噛む。鏡を見て自分が情けない顔になっていないことを確認する。いくらか目が赤いが、PCの画面を凝視していたせいだとでも言っておけばいい。
 深呼吸をして、腹の底に力を入れる。絶対に弱気な顔なんか見せない。何を言われても平気な顔で「わかった」と言ってやろう。僕が破局をつらく感じていることなんか、こいつは知らなくていい。

 悲壮な決意とともに薪がドアを開けると、青木はうれしそうに微笑んで花束を差し出した。薪がいま考えていたような目的で、この男がここに来たとはとても思えない。
「間に合ってよかったです。お出かけはこれからですか?」
「べつに出かける予定なんかないけど」
「そうなんですか? 定例会が中止だって岡部さんから聞いたから、出かける用事があるのかと思ってました」
 用事はないが、酒を飲む気にもならなかっただけだ。薪は落ち込んだときは酒を飲まない。あれは楽しい気分で飲むものだ。不味い酒は飲みたくない。

「会えてうれしいです」
 いつものように薪の手に花束を押し付けて、青木は満面の笑顔になった。この笑顔に、薪は弱い。腹の底に沈めた弱い自分が顔を出してしまいそうになる。
「おまえ、今日はMRIのメンテ当番じゃなかったか」
「小池さんが代わってくれるって言うから、甘えちゃいました」
「なんでここに来るんだ。時間が空いたら雪子さんを誘えばいいじゃないか」
 少し躊躇して、だが薪はきっぱりと言った。アフターにここを訪れた青木の気持ちを確かめたい。

「どうして三好先生が出てくるんですか?」
「今井が言ってた。おまえが雪子さんとホテル街を歩いてるのを見たって」
 薪は、言い訳を聞きたがっている自分に気付く。
 別れる覚悟をしたはずなのに、青木の顔を見た途端、その決心が早くも揺らいでしまっている。「三好先生とは何もないです。今井さんの見間違いですよ」そんな言葉を、自分は聞きたがっている。
 しかし、青木は一切の言い訳をしなかった。ただ一言、
「オレは薪さんを裏切るようなことはしてません」
 黒い瞳は、真っ直ぐに薪の目を見ている。青木はこんなウソが吐ける男ではない。ならば、青木がここに来た理由は。
 
「ところで、オレ腹ペコなんですけど。なにか残ってませんか?」
 メシ食いに来たのか!?
 僕の家は食堂じゃない、と怒鳴る気力も無い。薪は胸のうちでため息を吐くと、青木を中に招き入れた。

 青木の能天気なバカさ加減のおかげで、友だちには戻れるかもしれない。
 それでもいい、接点がなくなってしまうよりずっといい。あれはなかったことにして、知らない振りで記憶の底に封じ込めて鍵をかける。放射性廃棄物より深いところに埋めて、二度と掘り起こさない。僕の気持ちも、青木の気持ちも。僕たちにはそれ以外、一緒にいられる術はない。
 薪が望んでいた友人関係に戻ってホッとするはずの心がズキズキと疼くのは、先刻の涙の余波だ。これが一番、ベストな選択だ。付き合い始める前、もう何十回も同じ思考の迷路に迷って、そのたび同じ結論にたどり着いた。自分が考える最適な関係に落ち着こうとしているのに、何を悲しむことがある。
 
 思考と感情が見事に反対を向いた自分の精神状態に翻弄されつつ、薪はアルファベット柄のエプロンを身に着けた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

土曜の夜に花束を(8)

土曜の夜に花束を(8)








 薪の家の冷蔵庫は、ほぼ空の状態だった。
 いつもかなりの食材や残り物が入っているのに、この1週間はろくな料理もしなかったらしい。その原因に思い当たって、青木の胸がずきりと痛んだ。
 自分が薪をあんなに傷つけてしまったから。申し訳なさが先にたって、この1週間はまともに薪の顔が見れなかった。翌朝、会ってもらえなかったことで、嫌われたかもしれないという恐怖が生まれた。今日は勇気を出して来てみたものの、追い返されるかもしれないと覚悟してきたのだ。

 薪は冷凍庫から作り置きのロールキャベツを出して、電子レンジに入れた。3週間ほど前に青木と一緒に作ったものだ。春キャベツが甘くて、とても美味しかった。
「オレ、今日はケチャップ味がいいです」
 青木のリクエスト通りに、薪は鍋にケチャップベースのスープを作ってくれる。薪は視線を鍋に固定して、ずっと無言のままだが、自分に腹を立てているわけではない。もしも薪が怒っていたら、彼の周りの空気はもっと冷たくなる。薪の穏やかな表情に勇気を得て、青木は計画を実行することにした。
「ん~、美味しいです。春はやっぱりロールキャベツですよね」
 食欲がないという薪にも強引に食べさせる。これからのことを考えると、夕食抜きは身体に良くない。

 やっと一つのロールキャベツを食べ終えて箸を置いた薪は、食卓に頬杖をつくと、青木の方を見ずに言った。
「食べ終わったら帰れよ。僕は今日は酒を飲む気にはなれないんだ」
「お酒が飲みたくて来たんじゃありません。てか、食事をご馳走になりに来たわけでもないです」
「じゃ、何しに来たんだ」
 青木はテーブルをぐるりと回って、薪のそばに近付いた。床に膝をついて、座っている薪に自分の目線の高さを合わせる。

「お願いです。リベンジさせてください」

 亜麻色の瞳が丸くなる。まさか青木がこんなに図々しいことを言ってくるとは、夢にも思わなかったのだろう。
 あれだけ非道いことを僕にしておいて、という非難を覚悟して、青木は薪の返答を待った。しかし、薪の言葉は青木の予想とまるで違っていた。
「あんな汚いもの見せられて、僕のことが嫌になったんじゃ」
 驚くのは青木の番だった。
 汚いものなど見た覚えはない。青木が見たのは、自分が傷つけた愛しいひとの無残な姿だった。それは多分、青木の心から一生消えない。他人を傷つけた罪悪感も、傷つきながらも自分を差し出そうとしてくれた健気な恋人を慰撫することもできなかった己の脆弱さと共に、青木をずっと責め続けるだろう。

「今更そんなこと思いませんよ。薪さんの身体はとうの昔に、隅から隅まで見てますから」
 基本的に薪は、風呂から上がれば素っ裸で歩いているし、一緒に風呂に入ったことも一度や二度ではない。それを差し引いても、おとり捜査のときのアレやぺニンシラホテルのソレや冬の温泉旅館でのコレや……しかし薪には、どの記憶も定かではないのだろう。
 青木は薪の身体がちゃんとした男の身体だということも、自慰も射精もする普通の男だということも、とっくに知っている。それでも、やっぱり薪が好きで愛し合いたくて。青木はそう言いたかった。
 しかし、薪の見解は違ったようだ。

「あのCCD、おまえか!」
「違いますよっ!!」

 自分の記憶の欠損を棚に上げて、青木をストーカー扱いである。相変わらず薪の自己中は果てしない。
「なんでオレが第九の風呂場にCCD仕掛けなきゃならないんですか!?」
 あれを仕掛けたのが誰なのか、未だに分からない。分かったら只じゃおかない、まずは犯人の目玉を潰して、記憶も消すために頭も潰してやる。
「じゃあ、どこで僕のハダカなんて見たんだ?」
「薪さん、風呂上がったらその辺ハダカでうろうろしてるじゃないですか。その気がなくても見えちゃいますよ」
 風呂上りにはせめて腰にタオルを巻いて欲しいと、何回言っても聞き入れてくれない。薪の裸を他の男に見られて青木がどんなに悔しいか、理解してくれないのだ。

「ああ、そうか。そうだな。そういえば何度も一緒に風呂に入ったよな」
「そうですよ。とっくに手遅れですよ」
「それでも、僕を抱きたかったのか?」
「はい」
「どうして」
「好きだからに決まってるじゃないですか。オレ、前に言いませんでしたっけ? 好きになっちゃえば相手の美醜は関係ないって」
 薪は信じられない、という顔で青木を見ている。そのちいさな頬を、青木は両手で包み込んだ。

「もっとも薪さんのはとってもきれいでしたけど」
「男のアレとケツの穴だぞ。きれいなわけないだろ」
 それを言ったらBL小説は成り立たない!!!
 どこかから誰かの(しかも複数の)声が聞こえたような気がしたが、青木は動じずに言った。薪の顔に似合わない発言には慣れている。
 
「好きになっちゃえばこだわらないです」
「こだわらなきゃダメだろ。人として」
「そんなものが気になるようなら、とっくに薪さんのことは諦めてます」
 薪の頬を捕らえたまま、青木は顔を近づける。亜麻色の瞳が少し潤んで、熱を帯びる。それは青木の申し出を承諾してくれた証拠だ。
「愛してます」
 目を閉じてキスを許してくれた恋人に、青木はやさしく口づける。華奢な身体を抱えあげて、寝室に向かう。いつもなら下ろせと喚く上司は、今日は青木の首にしっかりと抱きついている。それも道理だ。いまは上司ではない。青木のかわいい恋人だ。
 そんなふうに自分に縋ってくれると、愛しさが込み上げてくる。もう二度と傷つけない。薪にあんな思いはさせない。
 寝室の扉を、青木はそっと押し開いた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

土曜の夜に花束を(9)

土曜の夜に花束を(9)







 薪は目を閉じていた。
 去って行ったはずの恋人が自分のところへ戻ってきてくれて、もう一度自分と愛し合いたいと言ってくれた。
 都合が良すぎる。これは夢なんだ、と薪は思った。鈴木に振られた後、何回もこんな夢を見た。今回もきっとそれだ。
 現実には、だれもいないに違いない。いまこうして抱きしめている相手の身体も、目を開けて見たら枕かなんかで、それがわかったらまた泣いてしまう。だから目を開けたくない。

「ちょっとここに座っててください。花を持ってきますから」
 自分から離れていこうとする恋人のからだを、薪はぎゅっと抱きしめる。
 この手を一度でも放してしまったら、夢から醒めてしまう。夢ならいっそ、このまま愛して欲しい。
「大丈夫ですよ。いなくなったりしません。花は重要なアイテムなんですよ。リラックスすることが大切だって」
 青木はふいに言葉を切った。不自然な途切れ方だった。

 黙ってしまった恋人に、薪はあることを思い出す。
 しまった。鈴木の写真を出したままだ。

 薪が目を開けると、青木は少しだけ怒ったような顔をしていた。メガネの奥の黒い瞳が、ベッドの上の写真立に注がれている。
 もう、駄目だと思った。
 ちょっとうまく行かないことがあったら、すぐに昔の恋人の写真を見ているなんて。ものすごく不誠実だ。12歳も年上のくせにロクな性技も無くて、その上相手に対する気持ちまでこんなに不安定で。
 ちがう、と言おうとした。でも言えなかった。
 それは本当のことだったから。青木が自分から去っていったと思って、薪は鈴木のところへ戻ろうとした。

 青木は写真立てを手に取った。
 投げつけられても仕方ないと思ったが、青木はそんな乱暴なことはしなかった。薪がいつも写真を飾っているベッドの頭部の棚にきちんと置いて、薪の方を振り返った。
「せっかくですから見ててもらいましょう。薪さんがオレのものになってくれるところ」
 鈴木の前で?
 それは……まだ、それはだめだ。

「い、いやだ!」
 長い腕に抱き取られて、身体を拘束される。迫ってきた唇を避けようと、必死にかぶりを振った。
 大きな手に頭を押さえつけられて、薪は逃げ場を失う。無理矢理くちびるを奪われて、激しく吸い上げられる。先刻のやさしいキスとはぜんぜん違う、魂まで抜かれそうなくちづけ。押し返そうとするが、手に力が入らない。

「これは、オレの鈴木さんに対する戦線布告です」
 薪の抵抗が止むまで待って、青木はくちびるを放した。眼鏡の奥の切れ長の目が、薪の瞳を捕らえる。その猛禽類のような強い眼差し。こいつはこんなに鋭い顔つきをしていただろうか。
「絶対にオレのこと好きにさせてみせますから。覚悟しててください」
 薪は息を飲んだ。
 どうしてこいつのことを、鈴木に似ているなんて思ったんだろう。鈴木はこんなことは絶対に言わなかった。僕にこんな強気な態度を取ったりしなかった。

 こいつは鈴木じゃない。まったくの別人だ。
 だけど。
 胸がこんなにドキドキするのは何故だろう。

 大きな目をいっぱいに見開いて青木を見ている薪に、青木はいつもの笑顔に戻って言った。
「これ以上は鈴木さんにバカにされそうなんで。写真はしまってもらってもいいですか?」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

土曜の夜に花束を(10)

 ここからは~、Rと言うよりはハウツー? というカンジなので~。
 露骨な表現が苦手な方はご遠慮ください。







土曜の夜に花束を(10)








 窓際のサイドボードの上に百合の花を飾って、青木は薪のことを手招きした。
「百合って本当にいい匂いですよね」
 百合は香りのきつい花だ。生命力も相当なもので、清楚で可憐な印象とは裏腹に、実はしたたかで強い。
「白い百合は、薪さんのイメージにぴったりなんですよね。オレ、この花見るたびにあなたのことを思い出しちゃって、ついつい買ってきちゃうんですよ」
 花は買ってくるな、と薪が何度注意しても一向に改めない部下は自分の行動にそんな理屈をつけて、照れたように笑った。
 目が合ったら肩を抱かれた。大きな手は、温かくて心地よい。

「こないだはオレ、勉強不足ですみませんでした。あなたに痛い思いをさせてしまって。今日はやさしくしますから」
 いくらやさしくしても、痛いものは痛いのだ。
 鈴木もどうにかして痛みを和らげてくれようとしたけれど、終いにはやっぱりあの苦しみを味あわないと、男同士はひとつになれない。神様は男と女で自然にひとつになれるように、その行為に快楽というおまけをつけた。その意向に逆らおうって言うんだから、痛くて当たり前だ。
 でも。
 僕はこいつを受け入れると約束したから。こいつの恋人になってやると心に決めたから。
 僕はこいつとひとつになりたい。

「オレのこと、受け入れてくれるんですよね」
「うん」
「今日はオレの好きなようにさせてもらえます?」
「うん」
「じゃ、頑張ってくださいね」
「……うん」
 最後のセリフに、薪は神妙に頷いた。
 上手くできる自信はないけれど、今日は絶対にあんな悲鳴は上げない。口に猿ぐつわをかませてでも我慢してみせる。
 自分からパジャマを脱ごうとして、手を止められた。
「オレにさせてください」

 大きな手がパジャマのボタンを外す。肩口を出されて、薪はときめいている自分に気づく。
 他人に服を脱がされる、というのはなんだか妙に恥ずかしい。自分の意志で裸になるのと他人のペースで裸にさせられるのとでは、大分違う。脱ぐことに変わりはないのだが、気持ち的に受身になるというか。
 そういえば、鈴木に服を脱がせてもらったときは嬉しかったっけ。自分のことを求めてくれているのがわかって、幸せな気分だった。

 やさしい唇が首筋に下りてくる。舌を這わされて、ぞくぞくと背筋が粟立つ。
 パジャマのズボンに手が掛かって、薪は慌てて青木の手を押さえる。部屋の照明が点いたままだ。
「明かり、消さないと」
「このままでお願いします」
「え!?」
 明るいところでなんかできない。
 というか、暗くても気持ち悪いのに、明るいところで男のハダカなんか見たら・・・・幻滅どころか、たぶん吐く。

「それはダメ――んっ!」
 パジャマの上着がぱさりと落ちて、露わになった乳首に唇が吸い付いてくる。ズボンの中に潜り込んだ手が、そうっと太ももを撫でる。
 きっと女の子としていたときには、こんなカンジで相手を悦ばせていたのだろう。でも自分は女の子じゃない。こんなことをしてもらっても、濡れたりしない。セックスの助けになるような興奮は得られない。今は確かに気持ちいいけれど、この熱はバックにそれが入ってきたら途端に失せる。あの激痛に耐える術は、ひたすら相手への愛情だけだ。
「そんなことしたって無駄だって、あっ」
 青木の手が前に回ってきて、下着の上からそこに触れてくる。優しく撫でられて、薪の腰に震えがはしる。
「や、やめ……んふっ!」
 自分のそこが反応しかけていることに、羞恥心が沸き起こる。下着ごとズボンを下ろされて、耳まで真っ赤になった。

 自分がリードをとっているときには裸になっても平気だったのに、いまはすごく恥ずかしい。自分だけが裸でいることも、部屋が明るいことも、薪の恥じらいを煽っている。
 相手の胸に顔を伏せて、頬の赤みを隠す。目をぎゅっとつむって、かぶりを振った。
「い、いやだっ」
 いやだ、と言いながらどこか甘えたような声。自分の声じゃないみたいだ。
 恥ずかしいのに、身体の反応は止まらなくて。足がガクガク震え出して、立っていられなくなる。

 青木の肩に縋るように手を回す。青木は薪の状態を察してくれて、ひょいと抱えあげ、ベッドに寝せてくれた。途端、天井の照明器具が目に飛び込んできて、薪は慌ててシーツを身にまとう。自分では見えない自分の姿に、10年以上昔にネットで見た汚らしい映像が重なる。背中に冷水を浴びせられたように、薪の身体から熱が引いた。
「やっぱり明かりは消してくれ」
「イヤです」
 きっぱりと拒絶された。
 青木は男同士のセックスがどんなに汚いものか、解ってない。ここはやはり経験者として、初心者に教えてやらなくては。

「女の子とするなら明るいところのほうが視覚的に楽しいかもしれないけれど、男の場合は事情が違う。女の子みたいにキレイなもんじゃないし」
「今日はオレの好きにさせてくる約束だったじゃないですか。薪さんの意見は、すべて却下です」
 強気に言い放って、ベッドに乗ってくる。青木はワイシャツとズボンは脱いでいるけど、何故か下着は付けたままだ。
 ずるい。自分だけが恥ずかしい思いをするなんて、不公平だ。

 そのとき薪はそう思っていたが、青木には青木の事情があった。
 青木の目的のためには服も脱がないほうがよかったのだが、それではあまりに薪が可哀相なので、せめて下着だけは残しておいた、というのが本当のところだ。今日はセックスをしにきたのではなく、あるひとから教えてもらったことを実践するために来たのだ。
 シーツにくるまってしまった恥ずかしがり屋の恋人にキスをしながら、青木は先日の授業を頭の中で浚い始めた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

土曜の夜に花束を(11)

 すみません、ここに初登場のオリキャラ、書いててものすごく楽しいです。彼女のオリジナルストーリーを書きたいくらいです。うぷぷ。
 彼女のセリフ回しは、封○演義のダッキちゃんでお願いします。 紂王さま、愛してるわん♪ ←きっと、わんすけさんとコハルさんしか知らない。






土曜の夜に花束を(11)








 木曜日。
 新宿のラブホテルの一室で、青木は二人の女性と夜を過ごしていた。と言うとものすごく羨ましい状況に聞こえるが、3人ともちゃんと服は着ている。
 今井の目撃証言の通り、雪子ともうひとりの女性。彼女は雪子の友人で、彩華という。これは源氏名で、本名は本間竜太郎――― つまり、その道のプロである。

 雪子には何でも相談する青木は、今回のこともすぐに彼女に打ち明けた。薪に怪我をさせてしまったことを懺悔すると、雪子は困惑に眉を寄せ、頭痛に耐えるように額に手を当てた。
「だから! 焦っちゃダメだって言ったでしょ」
「すみません……あんまりうれしくて舞い上がっちゃって、もう何にも考えられなくって。気がついたら」
 机に突っ伏して半泣き状態の青木を哀れに思ったのか、雪子はそれ以上の非難はしなかった。
「薪くんに、ちゃんと謝ったの?」
「はい。翌朝、薪さんのマンションまで行きました。でも、会ってもらえなくて。謝罪はしたんですよ、インターホンで。すみませんでしたって言ったら『気にしなくていい』って」
「良かったじゃない。許してもらえたんでしょ。次、頑張れば」
「いや、あれは怒ってます。ドアも開けてくれないなんて」
「なにを情けないこと言ってんの。薪くんと付き合いたかったら命懸けよって前にも言ったでしょ。ガンガン行きなさい」

 力なく落とされた肩が一層下がり、青木は深いため息を吐いた。
「ホント言うと、怖くて近寄れないんです。薪さんの顔見るたびに、あの時の薪さんの悲鳴が聞こえるような気がして。薪さんに申し訳なくて。あんな酷い目に遭わせておいて、平気な顔で声をかけるなんてできないです」
 この世で自分が一番不幸だと言いたげな顔でぶちぶちと呟く青木を、雪子は焦燥を滲ませた口調で諭した。
「あんたが踏み出さなくてどうすんのよ。薪くんからは絶対に歩み寄ってこないわよ? ここで行かなかったら、あんたたちお終いよ」
「そんな。冗談じゃないですよ、まだ始まってもないのに」
「じゃあ、行くっきゃない。でしょ?」
 青木は神妙な顔で頷くと、すっと背筋を伸ばした。雪子が満足そうに微笑む。

「この次は今回みたいな失敗はしないように、ちゃんと勉強していくのよ」
「そのことなんですけど。ネットとか雑誌とか、少し目を通してみたんですけどね、どうしても身体が受け付けなくて。気持ち悪くなっちゃって、見てられないんです。
 三好先生、教えてもらえないですか?」
 相手が女の子ならともかく、男同士のセックスのことなんか雪子に解るはずがない。知るか! と怒鳴りつけられるかと思ったが、そこは面倒見のよい彼女のこと、ちゃんと青木の話を聞いてくれた。
 薪にやっと想いが通じて、その報告をしたときも彼女はとても喜んでくれた。「やったわね、青木くん。よかったわね!!」と青木の背中を思い切り叩いた。力自慢の雪子のドツキはシャレにならないくらい痛かったが、彼女の喜びは本物だと思った。

「青木くん。薪くんのために、身体張る気ある?」
 お門違いの相談を受けた雪子は、数分間の思案の末にそんなことを言った。
「薪さんのためなら何でもします」
 迷わず答えた青木の弁に、雪子は自分の友人のひとりに電話を掛けて、アポをとってくれた。雪子がついてきたのは、彼、いや彼女が落ち合い場所にラブホテルを指定してきたからだ。ここでお客様と会う約束があるからというのがその理由だったが、この友人の困った性癖を、雪子はいやというほど知っていた。とにかく、惚れっぽいのだ。ちょっといい男と見ると、他人のものでもヘテロ(異性愛者)でも、すぐに手を出す。下手をしたら薪がその方面の快楽を得られないうちに、青木の方がその技を身に付けてしまうという笑えない結果になりかねない。いや、そうしたら薪が青木を抱けばいいのか。……ビジュアル的に想像したくない。この大男が化粧をするようになっても困る。

 雪子は電話口でしっかりと友人に釘を刺したが、それくらいで大人しくしているようならニューハーフなんてやってない。雪子の予想通り、彼女は青木の顔を見た途端ランランと眼を輝かせ、うふふと笑ってシナを作った。
 けばけばしい電飾が灯る賑やかな通りに立ち、青木は真っ青になって硬直している。彼女に初めて会った人間は、大抵こうなるのだ。
 放心状態の青木を引き摺って、目的の場所に連れ込む。遠目には女性二人とホテルに入るシアワセ者に見えたかもしれないが、青木の心境は地獄の1丁目だ。

 部屋に入って開口一番、青木は妙に抑揚の無い声で言った。
「この人、どこの星の人なんですか」
 冗談を言えるだけ大したものだ。殆どの男は蛇に睨まれたカエルよろしく、動くこともできずに彼女のエジキになる。
「一応、地球人だけど」
「いや、どう見ても地球外生命体にしか」
「いやあン、この子、かわいい顔していきなり彩華のこと口説いてきたぁ」
 赤いルージュを引いたくちびるで、彼女は言った。が、その声は青木より低く、ドスが利いた男の声だった。
「地球ではありえない美しさって意味よねん。例えるなら、かぐや姫? みんなアタシのことはキレイキレイって褒めるけど、こんなにシャレたこと言われたの初めてよぉン。さ、こっちへいらっしゃい」

 太くてごつごつして、更には手の甲にびっしりと毛が生えた彼女の手が青木の方へ伸ばされて、青木は初めて腐乱死体を見たときよりも激しい吐き気に襲われる。一目見たときから嫌悪感は込み上げていたのだが、マジで吐きそうだ。
 四角くていかつい顔。太い眉毛に釣りあがった狐眼。髭剃り痕が異様に濃くて、その上にベタベタとおしろいを塗っているものだから、青いんだか灰色だか、よく分からない顔色をしている。口は大きく、くちびるが分厚い。薪の3倍くらいありそうだ。髪は茶色いロングソバージュ。頭に大きな白いリボン。
 あり得ない、こんな生物がこの世にいていいのか。青木はこんな怖いものを見たのは生まれて初めてだった。

「み、三好先生……薪さんのために身体張るって、まさか」
「そう。この子に教えてもらうのが一番手っ取り早いでしょ」
「いやですっっ!! オレは薪さん以外の人なんか、絶対にいやです!!」
「だれもそんなこと言ってないでしょ! この子とセックスしろなんて、死ねって言うのと同じ」
 青木の勘違いに、思わず本音が出てしまった。彩華の機嫌を損ねたら、ノウハウが聞けなくなる。ネットなどで一応の知識を手に入れられないことはないが、やはりプロの体験談に勝るものはない。彼女の協力は、ぜひとも得たい。

「そうなのよお。アタシと寝た男って、死んでもいいってみんな言うの。今までに味わったことのない快楽なんですって」
 それは、あんたに無理矢理襲われて、絶望して死にたくなってるだけじゃ?!
 おそらく同じことを考えているであろう隣の男に目配せし、雪子は軽く頷いた。青木はようやくファーストコンタクトの衝撃から醒め、平静を取り戻しつつあった。普段から薪のような美貌を見慣れている青木には、彩華の容姿は強烈過ぎたらしい。

「彩華。事情は電話で説明した通りよ。この子にあんたの豊富な経験に基づくテクニックを伝授してあげてもらえない? 口頭で」
 最後の言葉に力を込めて、雪子は彩華の顔を見る。見た目はこんなだが、彼女は悪い人間ではない。男に惚れっぽいのが欠点だが、それ以外は付き合いやすい友人だ。もちろん、同性として。
「そうねえ。まずはその子の実力を知りたいわねん。身体で測るのが一番確実なんだけどぉ?」
 口頭でお願いします、と前置きして、青木は先日の薪との体験を彩華に話した。彩華が細かいところを聞くので仕方なくそのときの薪の状態を教えたが、雪子には聞かせたくなかった。青木は構わないが、きっと薪が嫌がるだろうと思った。

「なんてひどいことするのよ、男の身体は女より弱いのよ!」
 青木の話を聞き終わると、彩華は急に怒り出した。青木に媚を売るのを止めて、義憤に燃えた目で青木を睨んだ。
「女はちょっとくらい乱暴にされたって平気だけど、アタシ達はデリケートなの。雪子ちゃんよりずーっと繊細にできてるんだから」
「ちょっと。なんであたしを引き合いに出すのよ」
「だってアタシ、腕相撲で雪子ちゃんに勝ったこと一度もないもーん」
「すいません。それで具体的にはどうしたらいいんですか?」
 女同士の口喧嘩に発展しそうな会話を遮って、青木は本題に話を戻す。彼女の言う『お客様』の到着予定時刻まで1時間ほど。その間にできるだけの知識を入れておきたい。それに正直なところ、雪子には悪いがこの人物とは二度と会いたくない。
 髭剃り跡も濃いいかつい男が、どうして化粧なんかしたがるんだろう。このミニスカートから伸びた毛深い足もどうにかして欲しい。すね毛が網タイツに絡まって、ものすごく見苦しい。
 が、心は本当の女性のようで、その仕草は雪子よりも女らしいくらいだ。きちんと膝をつけて足を斜めに揃えてベッドに座っている。ネイルアートを施した両手を腿の上に重ねて、しかし、それはとても不自然だ。
 薪とはぜんぜん違う。
 薪はヤンキー座りをしていても、胡坐をかいていてもかわいい。椅子に座るときに膝を閉じたりしなくても、充分優雅だ。以前、やむをえない事情で施した化粧ももっとナチュラルで、見蕩れるほど綺麗で……普通に考えると、男に化粧が似合うほうがおかしいのか。青木だって化粧をしたら体が大きい分、目の前の彼女より悲惨なことになるかもしれない。

「一行ちゃん、女性経験はあるのよね?」
「はい」
「うふん、それなら大丈夫。基本的には女の子と同じよん。ロマンチックなムードを作って相手をリラックスさせて、愛の言葉とやさしい前戯で」
「そうしたいって言ったら、そんなことしても濡れるわけじゃないから無駄だって」
「うわー、薪くんが言いそうなセリフ」
「そうなんですよ。どこまでも薪さんは薪さんで」
「あのひとってロマンチックなムードとか、気恥ずかしくって苦手なのよ」
 だからあれだけの容姿を持っているのに、今まで恋人ができなかったのだ。薪が恋人と呼んだのは過去にひとりだけ。雪子の婚約者だった人物だけだ。

「そういう相手こそ、酔わせると変貌するものよん。頑張んなさい」
「いや、ダメです。薪さん酔っ払うとすぐに寝ちゃうから」
「……このひと、天然入ってる?」
「かなりね」
 どうやらアルコールで気分をほぐせ、という意味ではなかったらしい。
「相手をその気にさせないと、絶対にうまくいかないわよ。男のここはね、女のそことは違って何でもいいから突っ込みゃ感じるってもんじゃないの」
「ちょっと! 女だって入りゃ棒でもいいってわけじゃないわよ!」
 女性の会話とは思えない。青木は頭が痛くなってきた。
「三好先生。お気持ちは解りますけど、少し黙っててください。話が進みません」
 咎めるような青木の口調に、雪子はおどけて口のファスナーを閉じる動作で応えてくれた。雪子の友人も真面目な顔になって、青木の相談を聞く姿勢になる。ベッドに腰掛けた先生に、床の上に胡坐をかいた生徒は手を挙げて質問を開始した。
 
「その、だいぶブランクがあるみたいで。めちゃくちゃ痛がるんです。実際ものすごく狭いし、あんなところにあんなものが入って無傷で済むとは思えないんですけど」
「ブランクって、どのくらい?」
「たぶん、10年以上」
「16年よ」
 自分の婚約者とその親友の過去に気付いていた聡明な女性が、青木のためにより正確な情報を提供してくれる。雪子にとってそれは痛みを伴う記憶のはずなのに、何でもないことのように教えてくれる。彼女はとても強い。
「16年もブランクがあったら、処女と同じね。可哀相だけど、無傷ってわけにはいかないわん」
「はい。本人もそれは分かってて、次の日は動けないくらい痛いって」
「それでも一行ちゃんに抱かれようとしたんだ? 惚れられてんじゃん」
「あ、やっぱりそう思います?」
「その、オレは世界一の幸せ者だって顔、やめてくんない。これ以上、喋りたくなくなっちゃうから」
「だって薪さんは、最高にきれいで一途でかわいくて。あんなひとが自分の恋人になってくれたらもう死んでもいいって男なら誰でも」
「雪子。この子、絞め殺しちゃってもいい?」
「いいわよ。死亡診断書はあたしに任せて」
 不穏な展開に青木は慌てて首を振る。雪子がその気になったら、青木を押さえつけることなど朝飯前だ。

「幸せだなんて思ってません! うまくいかなくて困ってるから、こうして相談に乗っていただいてるんじゃないですか」
 本当は、力いっぱい思っている。
 だからこそ薪を悦ばせてやりたい。せっかく自分を受け入れると決意してくれたのだから、その気持ちに応えたい。でも痛い思いはさせたくない。何とか痛みを和らげる方法だけでも伝授してもらわなくては。
「お願いします、本間さん。具体的に、そこを広げる方法を教えてください」
 床に正座して深々と頭を下げる。薪のためなら青木は、ゴキブリに土下座しても平気だ。
「ダメよ。彩華って呼ばないと返事しないわよ、この娘」
「……彩華さん」

「雪子。ちょっと席はずして」
「手を出さないって約束でしょ」
「あ~ん、こういうのはカラダで覚えるのが一番なのにぃ」
「すいません。それだけはカンベンしてください」
 ここに来たことだけでも誤解されそうなのに、事実関係が加わったりしたら薪に隠しとおせる自信がない。何よりこの物体とそういう関係をもって、気が狂わずにいられるほど青木は強くない。

「仕方ないわねん。じゃ、耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい。まずはね……」
 この道15年のベテランニューハーフは、迷える子羊の為に貴重な経験談を紐解き始めた。


*****


 次章は彩華さんのドドメ色の体験談です。(ウソです、冗談です)



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土曜の夜に花束を(12)

 この章と次の章は、全部まるっとRです。
 苦手な方はご遠慮ください。






土曜の夜に花束を(12)







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土曜の夜に花束を(13)

土曜の夜に花束を(13)







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土曜の夜に花束を(14)

土曜の夜に花束を(14)







 翌週の月曜日。
 第九の年若い捜査官は、早朝からモニタールームの掃除に精を出していた。大きな手を休みなく動かして、鼻歌交じりにてきぱきとモニターを拭いている。
 シュッと自動ドアが開く音に振り返ると、職員たちが団体で出勤してきた。月曜の朝はミーティングがあるから、比較的みなの出勤が早いのだ。
「おはようございます」
「おはよ。いつもご苦労さま」
 青木に労いの言葉を掛けて、今井が穏やかに微笑む。彼女持ちの余裕か、第九で一番温厚なのは今井だ。逆に一番のお天気屋が第九でいちばん性経験の少ない人物と同じ人間である事実は、心の平穏と恋人の有無は密接な関係にあることを暗示している。

「ゴキゲンじゃないか。うまくいったみたいだな、初体験」
「おかげさまで」
 自分に掛けられた童貞疑惑を否定する気にもなれない。このくらいで怒っていたら、薪に悪いような気がする。
「ご感想は?」
「すごく楽しかったです。といっても、まだ半分ですけど」
「半分?」
「痛そうで可哀相で。途中までしかできなかったんです」
「あ、わかった。相手の娘、バージンだったんだろ」
 笑いで誤魔化してその場を離れる。本当のことは口が裂けても言えない。

「青木の相手の女の子、バージンだったみたいだぜ」
「童貞と処女かよ。じゃあ初めは上手くいかなくても仕方ないな」
「でも青木の相手って、三好先生じゃなかったのか?」
「あ、そうだよな。あれ?」
「あのひと室長の親友と婚約してたんじゃ」
「婚約してて処女? 今時、ありえないだろ」
「清い仲だったんだ。すごい人だな、鈴木さんて」
「うん。本当に三好先生のこと大切に思ってたんだな」
 ありえない仮説を貫いてしまうところは、着実に上司の背中を追いかけている。
「三好先生も嬉しかっただろうな。あの年でバージンはきついもんな」
「よかったよかった」
 雪子がこの会話を聞いていたら、多分明日の第九は機能停止になる。6人中4人の部下が入院したら、残された2人は地獄を見ることになるだろう。

「あれ。室長は?」
 室長室を覗いた宇野が、意外そうな声を出す。いつも一番乗りの室長がこの時間に来ていないなんて、滅多にないことだ。
「めずらしいな。あのひとが始業時間ギリギリなんて」
「もしかすると今日は、お休みかも」
 青木が不自然に目をウロウロさせて、欠勤の可能性を示唆する。仕事命の薪が欠勤なんて、それこそこの季節に雪が降ってもありえない。
「なんで」
「いや、なんとなく」
「あ、来た。おはようございます、室長」
 どこか怪我でもしているのか、ゆっくりと足を引き摺りながら薪がモニタールームに入ってくる。部下たちの挨拶に軽く頷いて、そのまま室長室に入ってしまった。

 そんな薪を見て、青木は心の中で手を合わせる。やっぱり、昨夜は休ませるべきだった。薪の方から誘ってくれたとはいえ、まだ傷も治りきっていなかったのに。
 それでも、回数を重ねるごとに少しずつは慣れていくようだ。とても中で動かせるような状態ではなかったが、昨夜は金曜の夜よりずっとスムーズだった。少なくとも前戯の途中で蹴られることはなかった。

『この次の土曜日に、またここに来てもいいですか?』

 青木の申し入れに、薪はこっくりと頷いてくれた。
 薪のからだが行為に慣れるまで、夜のデートは週末限定だ。週末といえば普通は金曜の夜を指すが、定例会は薪の数少ない楽しみのひとつだし、奪うのは可哀想だ。それに1週間の疲れが溜まった金曜の夜より、一日ゆっくり休んだ土曜日のほうが薪の身体の負担は軽いはずだ。
 
 だから、秘密のデートは土曜の夜に。
 花束を持って愛しいひとに逢いに行こう。
 
「室長、なんか調子悪そうだな」
「ていうか、明らかに患部を庇った歩き方だな」
「だから早く病院に行ったほうがいいって言ったのに」
 薪の病名は、とうとう確定してしまったらしい。
「やっぱりこれ、必要だろ」
 小池がドーナツ型のクッションを引っ張り出してくるのを見て、青木は心の中で薪にひたすら謝り続けていた。



*****



 同じ日の昼休み。
 法医第一研究室の監察医助手、菅井祥子は上司宛の付け届けに首を傾げていた。
「雪子先生。なにかお祝い事でもあったんですか?」
「べつに。どうして?」
「第九から、お赤飯届いてますけど」
「……なんで?」
 室長の勘違いと思い込みの強さは、第九の部下たちに日々浸透していくようだった。





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土曜の夜に花束を(15)

土曜の夜に花束を(15)







 フラワーショップしらいしの女店主は、今日も白百合の花束を作っている。
「何色のリボンになさいますか?」
 常連客の長身の男に声をかける。この男がこの店に来るようになってから、2度目の春が巡って来た。飽きもせず白百合を選ぶところを見ると、想い人は変わっていないらしい。
「そうですね。この薄紫で」
 相変わらずの幸せそうな顔。この男の変化を敢えて挙げるなら、来店する曜日が変わったことくらいか。

「以前は金曜日によく来ていただいてましたけど。最近は土曜日が多くなりましたね。お仕事の関係ですか?」
「ええ、まあ」
 この男の恋路が順調に進展しているらしいことは、口元の緩み具合でも察することができる。白百合の化身のような女性と、うまくいっているらしい。今日だって蕩けそうな顔をしている。
 きっと今夜は彼にとって、スペシャルな夜なのだ。朝まで彼女と過ごす約束でもしているのだろう。
 土曜の夜に花束を持って恋人に会いに行く。この男の幸せがいつまで続くのか店主に興味はないが、大切なお客様だ。ここはヨイショしておこう。
「お幸せそうですね。素敵な恋人なんでしょうね」
「はい! オレの恋人は世界一キレイでカワイイひとなんです!」
 ……正面から頭突きをくれてやりたい。

「ありがとうございました」
 スキップどころか三段跳びで駆けて行きそうな男の背中を見て、店主は頭を下げながらも苦笑している。
 あそこまで手放しで、自分の恋人を賞賛する男は見たことがない。もうメロメロというカンジだ。よほど美しい女性なのだろう。
 半ば呆れつつも客を見送っていた店主は、横断歩道を渡ってこちらに近づいてくる小さな人影に気付いた。
『白百合のきみ』だ。
 まずい。今の客に作った花束で、白百合はカンバンだ。明日の入荷を待ってもらうしかないが、配達料を無料にすることで納得してもらえるだろうか。
 
 彼は最後の白百合を抱いた男と、横断歩道の中心ですれ違った。皮肉な光景を店主が見ていると、それは次の瞬間、不可思議な画に変わった。
 道の真ん中で、長身の男が白百合のきみに花束を手渡している。亜麻色の髪の青年は何事か言ったようだが、声は聞こえない。表情はいくらか不機嫌そうだ。
 つややかなくちびるを尖らせながらも花束を受け取って、彼は踵を返した。振り返りもせず道の向こう側へ戻っていく。その後を黒髪の男がいそいそとついていく。
 これは、どう理解したらいいのだろう。

「そうじゃないかと思ってたんですよ」
 アルバイトの女の子が、我が意を得たりとばかりに何度も頷いた。
「百合の化身みたいにきれいな人なんて、そうそういるもんじゃないですから」
 自分の予想が当たったと彼女は言うが、店主には状況が理解できない。というか、したくない。
「真奈美ちゃん、気持ち悪くないの?」
「なにがですか?」
「だって、あれ男のひとよ」
「それがどうかしました?」
 最近の若者はこういう関係に比較的おおらかだが、50に差し掛かろうとしている自分にはとても肯定できない世界だ。

「店長だって喜んでたじゃないですか。最近、白百合のきみに笑顔が増えたって」
「そりゃそうだけど。男同士なんて」
「いいじゃないですか。あんなに幸せそうなんですから」
 並んで小さくなっていく後姿は、たしかに彼女の言うとおり、いい雰囲気だった。イチャついているわけでも手を繋いでいるわけでもないのだが、その間には温かい空気が流れているようで。時おりキスをしながら彼らの少し前を歩いているカップルより、よほど好感が持てる。
 こっそりと前のカップルを指差して、長身の男が白百合のきみに何か囁いた。すると、白百合のきみは思いもかけない素早さで左足を回して、男の腿の裏を蹴り飛ばした。どうやら「あのカップルのようなことがしたい」とでも持ちかけて、蹴られたようだ。

「ぷっ」
「あはは。見かけによらず逞しいところは、やっぱり百合ですね」
「そうよね。百合ってか弱そうに見えて、実は強い花なのよね」
 あの二人がどういう関係だろうと、大切なお客様であることには変わりない。これから土曜の夜には、白百合のストックが切れないように気をつけなければ。でないと黒髪の男に生傷が増えていきそうだ。

 自分の店の花が二人の人間を結びつけた光景を実際に見ることができて、店主は満足している。やっぱり花はひとを幸せにする力を持っているのだ。

「いらっしゃいませ」
 次の来店客に笑顔を向けて、店主は晴れやかに声をあげた。




 ―了―



(2009.4)



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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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