フラッシュバック(1)

 このお話は、最近書いたものです。
 メロディの4月号に影響されまして、4月ごろ書きました。(って、かなり昔じゃん。でも、これまでのお話は、もっと前に書いた物が殆どなので、比較的新しいかと)
 現在のふたりだと、この後なだれこんじゃうなあ、と思って(ナニに?)ここに入れました。

 わたしにしては穏やかで、とっても短いです。
 みなさまのSSを読ませていただいて、短い中にも起承転結があり、笑いがあり涙があり、感動があり、素晴らしい! と思いました。で、わたしも短編に挑戦してみようと。
 白状しますと、わたしは短編がとても苦手でして。まとめることができないのです。あれもこれも、詰め込んじゃう。 「ラブレター」も、60ページでしたね。あはははは……。

 なので、これはしづの初めての短編です。
 ちょっとぎこちないですが、ご容赦ください。
(以前書いた、「幸せな薪さん」は、実は先のお話にエピローグとして付け足そうと思って書いたものです。あれも、長い。30ページはある)


 ちょっと、私信です。
 8/30、8/31に、たくさん拍手をくださった方。
 どなたかしら。鍵拍手いただいたSさんかしら。それともKさんかしら。……どうしてみなさん、鍵なのかしら? ここがヘンタイブログだから?(笑)
 とにかく、ありがとうございました。
 とっても嬉しかったです。(^^





フラッシュバック(1)







 梅雨の季節から、ずっと人々を悩ませていた不快な湿気が爽やかな風に追い払われて、身を包む空気に心地よさを感じる秋の休日。
 薪は、美術館に来ている。
 隣には、えらく背の高いメガネを掛けた男の姿があって、にこにこと微笑んでいる。その顔は前方の作品に向けられていたが、視線はしょっちゅう右下方に注がれている。

 左上方から注がれる視線を感じて、薪は心の中で舌打ちする。
 またこいつは。性懲りもなく。
 青木はどこへ出かけても何をしていても、いつもこちらを見ている。うざったい視線を肌で感じつつ、くすぐったいような安心感を味わっている自分を見つけて、薪は頬を引き締めた。

 初夏の季節から始まったこの密かな交流は、夏の間もこっそりと繰り返されていて、平日のアフターに訪れた映画館も入れれば、その回数はとっくに二桁。
 最初は、休みの日に部下と二人で出かけることに対して抵抗があった薪だが、回数を重ねるにつれてそんな意識も希薄になり、薪は最近、興味をそそるテーマパークを積極的に探すようになった。
 よく考えたら男同士なのだから、余計な気を回す必要はなかったのだ。
 部下と友だちになって、何が悪い。そういうことだ。

 胸の奥がチクリと痛むのを無視して、薪は壁に掛かった別世界に思いを馳せる。
 代表作に風景画や静物画が多いこの画家の絵は、繊細で流麗。色合いは淡く、グラデーションが美しい。特に、この河川部分。アレキサンドライトを思わせる深遠で硬質な透明感――。

「わあ。これ、すっごくきれいですね」
 水路の上をゴンドラが行き交う異国の風景を、幻想的なタッチで表現した一枚の絵に目を留めて、青木が素直な感想を洩らす。その単純極まりない感動の言葉に吹き出しそうになりながら、彼の幼児性を好ましく思っている自分に気付いて、薪は慌てた。

「なんだ、その小学生みたいな感想は。おまえの言語中枢には熟語がないのか」
 心の焦りを悟られないよう、辛辣な口調で憎まれ口を叩く。軽蔑のまなざしを浮かべたつもりだったが、青木が笑っているところを見ると、効果はいまひとつだったらしい。
「難しい言葉を知らなくても、絵は楽しめますから。あ、でも」
 ときどき不自由さを感じるほどの長身をかがめて、青木は薪の耳元に口を寄せた。
「薪さんの方が、どんな絵よりもきれいですけど、痛っ!」
 ふくらはぎに薪の蹴りが決まって、青木の声が静かな館内に響いた。周りの人々がこちらを振り返らないうちと、薪は出口に向かう。やっぱり、バカには付き合いきれない。

 美術館から外に出て上を見上げると、澄み渡った秋の空が目に痛いくらいだった。
 中庭の銀杏の木の下で、連れが出てくるのを待つ。
 すぐに追いかけてくるかと思っていたのに、なかなか出てこない。何をやってるんだと苛立っていたら、どこかの子供の手を引いて出てきた。迷子らしい。
 エントランスにある管理人室に、子供と一緒に入っていく。アナウンスを頼んで、親を探してもらうのだろう。まったく、お節介なやつだ。

「すみません、お待たせして」
 子供に手を振ったあと、薪の姿を見つけて一目散に走ってくる。走れる、ということは蹴りが弱かったということか。
 何故だろう。
 先刻の青木の言葉が、不快ではなかったのか。いや、そんなことはない。
 薪にとってあの手のセリフは、侮辱以外の何ものでもない。自分の言語能力をバカにされたことに腹を立てたのだろうが、上司を侮辱するなんてもってのほかだ。

「……なんだ?」
 青木が途中で足を止めて、呆然とこちらを見ているのを不思議に思って、薪は首をかしげた。
「え、あの……薪さん、今日は本当にきれいです。そうやって立ってるだけで、一枚の絵みたいで」
 まだ言うか。今度は、向こう脛に決めてやる。
「服装のせいですかね」
 服装、と言われても、特に芸術的な格好はしていないが。
 白い詰襟のシャツにダークグレイのツイードジャケット。スラックスはジャケットに合わせた細身のもので、靴は先月買ったばかりのカルツォレリア・トスカーナ。それほど高価なブランドではないが、歩きやすいのが気に入っている。
 胸に垂らした長めのチョーカーは黒い細革製で、ペンダントトップは羽根を模った銀細工に、薪の誕生石のターコイズをトッピングしたもの。ベルトも銀のバックルで、さりげなくコーディネイトしている。
 髪はウエットワックスで後方に流して、いつもより額が見えるスタイルにまとめている。額に下ろす前髪の量を調整するのに、1時間近くもブラシを握っていたことは、こいつには内緒だ。ましてや昨夜、こいつからの電話で美術館に誘われたあと、着ていく服を決めるのに2時間もファッションショーをやったなんてことは、口が裂けても言わない。

 薪はTPOに合わせて、変幻自在に自分のスタイルを変える。服装に髪型にアクセサリ。鏡の前であれこれ悩むのは、けっこう楽しい。
 動物園や遊園地に行くときには、周りの年齢層に合わせて少年風の装いを。映画館では開襟シャツに棒タイ、スラックスといった組み合わせが多い。公園や山歩きのときは、動きやすさを重視してTシャツにコットンパンツかジーパン。それに合わせたキャップを被る。
 バングルもチョーカーも腕時計も、実はかなりの数を持っている。青木と出かけるようになってから買い求めたものも多いが、それは別に、こいつに見せるためじゃなくて、つまりええと。

「まるでモデルさんみたいです」
「そうか?」
 きれい、と言われたら腹が立つが、モデルと言われれば悪い気はしない。男性モデルは立派な職業だし、胸板が厚く足が長いのがモデルの条件だからだ。
「今度、『ターザン』の読者モデルに応募してみようかな」
『ターザン』は、薪の愛読雑誌だ。男らしい筋肉をつけるために有効なトレーニングの方法が毎月掲載されている、というのが定期購読の理由だ。

「あれは岡部さん向きじゃないですか? 薪さんはどっちかって言うと、『ビューティスタイル』とか『きらりファッション』とか『セレブ……うぎゃっ!」
 3つ目の女性向けファッション雑誌の名前を言い終わらないうちに、薪の回し蹴りが青木の腿に炸裂した。そのまま青木が口を閉ざしたので、『セレブ』が冒頭に付く雑誌の正確な名称を、薪が知ることはなかった。




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フラッシュバック(2)

 あの、
 10月号の副題のことなんですけど。

 『一期一会』の意味もうろ覚えだったおバカなわたしは、辞書を引きました。
 そしたら、
 「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という茶道の言葉。
 って、書いてあったんですけど、二度と巡って来ないって……まさか、私生活の薪さんはこれっきりって意味じゃ? あ、なんか、メールの相手もこのままわからずじまいな予感。

 あ、ちがうか。
 第九の未来のことを言ってるのか。そういう意味か。

 ヤメヤメ!
 バカオロカには難しすぎます。みなさまの考察をお待ちしてます。(←他力本願)
 わたしは、わたしにできることをします。


 はい。
『フラッシュバック』のつづきです。







フラッシュバック(2)









 美術館近くの公園を散策して、鳩と戯れたあと、ふたりは帰途についた。
 土曜日の街は休日を楽しむ人々で賑わい、その喧騒と人波に辟易した顔を作りながらも、薪の足取りは軽かった。

 こんなにたくさんの人々が、みんな笑顔で街を歩いている。それはとても、幸せなことだ。この平和を守るために自分たちの仕事はあるのだ、と肝に銘じつつ、ほんの僅かでもその幸福感を共有できることに、大きな喜びと、密かな罪悪感を感じる。
 いや、後者はなしだ。
 青木と一緒に過ごすときは、楽しいことだけを考えると決めた。
 いま、僕は楽しい。

 駅に近い交差点で信号待ちをしていたとき、青木が急に言い出した。
「薪さんが以前に住んでたマンションて、この近くなんですか?」
 どこで聞き及んできたのか。
 岡部あたりだろうと見当をつけて、薪は深く考えもせずに応えを返した。
「ここから10分くらいかな。見たいのか?」
「ぜひ」
「仕方ないな。案内してやる」

 あのマンションを出たときのことは、決していい思い出とは言えないが、あれから2年がたった今、感じるのは懐かしさだけだ。それに、そのくらいの遠回りなら夕食までの時間調整にちょうどいい。

 口に出したことはないが、薪は少しだけ青木に感謝している。
 こいつのおかげで、ずっと行きたかった動物園に、好きなときに行けるようになった。
 ヨーゼフにも頻繁に会えるようになったし、シャチのショーも楽しかった。千葉の有名なテーマパークも面白かったし、山歩きも気分がよかった。
 だから、これくらいの望みなら叶えてやってもいい。もちろんこの見返りには、自分のマンションの掃除をさせるつもりだが。

 晴美通りから1本入ったところの細い路地を抜けて、東側に進路をとる。ビルが林立する角を2回曲がり、交差点に出る。それを渡ると大きなショッピングモールがある。モールを過ぎて、30mほど進むとコンビニが――。
「青木?」
 ぴったりと後ろをついてきていた長身の男が、途中で立ち止まっている。ショッピングモールの中の、賑やかな光景を眺めているようだ。

「のど渇きません? あのスーパーで、何か買っていきましょうよ」
「あそこはダメだ!」
 反射的に言ってしまってから、薪は口を押さえた。

 不自然な言い方だっただろうか。
 顔色は大丈夫だろうか。足は震えていないだろうか。

「あそこの角にコンビニがあるから。飲み物ならそこで」
「スーパーの中のフードコーナーの方が、種類が豊富で美味しいですよ。オレ、コーヒーフロートが飲みたいです」
「コーヒーフロートなら、この先に喫茶店があるから」
 薪の言葉を無視して、青木はすたすたとスーパーに近づいて行く。薪は必死で青木を制止しようと、声を張り上げた。
「コーヒーフロートにミックスサンドもつけるぞ! ホットケーキも食っていいから!」
 青木はくるりとこちらを向いて、薪のほうへ歩いてきた。ホットケーキが効いたらしい。

 しかし、それは薪の早合点だった。
 大きな手が薪の腕をつかむ。ぐい、と引き寄せられて、思わず足がもつれそうになった。咄嗟に目の前の、白いボタンダウンシャツにすがりつく。
「大丈夫ですよ」
 
 …………こいつ、知ってる。
 知ってて、ここに僕を連れてきたんだ。

 薪はぎりっと奥歯を噛んで、青木の手を乱暴に振り払った。

 バカにしやがって。
 何を考えているかは知らないが、こんなことくらいで僕の弱みをつかめると思ったら大間違いだ。

 言葉は威勢がいいが、身体の方はギクシャクとしか動かない。足を揃い踏みにしないように動かすのが精一杯だ。
 それでもなんとか、スーパーの自動ドアの前まで歩く。あと一歩踏み出せば、ドアが開く。
 足が竦む。心臓がどきどきと激しく打ち始める。
 後ろから、子供が薪を追い越していく。子供の親が訝しげな顔をして、出入りに邪魔なところに立っている薪を見る。薪の顔色が真っ青な様子に気づいて、関り合うのは面倒だとばかりに、足早に中に入っていく。

 ドアが開いて、中の様子が薪の目に飛び込んでくる。
 一気に甦ってくる、記憶の嵐。
 カシャカシャとシャッターが切られるように、幾枚もの画が薪の目に映る。
 スーパーの店員の怒号。買い物客のざわめきと群がってくる野次馬。その中を、腕を掴まれて自分の方に引き摺られてくる、みすぼらしい男。

『第九の刑事さんですよね? TVに出てらっしゃる。こいつ、万引きしやがったんですよ』
 万引き犯が顔を上げる。つるりと禿げ上がった頭。小さな目。がっしりとした体つき。その口がにやりと笑って、薪の名を呼ぶ。

『薪さん。あいしてるぜ』
「――――― っ!」

 声にならない悲鳴が上がる。
 身体が勝手にがくがくと震えだす。背中には冷や汗が流れ、薪は貧血を起こしそうになる。
 湧き上がってくる恐怖は、薪の細胞に刻み込まれた、あの男の――――。

「薪さん、オレが悪かったです」
 ふいに目の前の風景が変わった。
 青木が薪の肩を掴んで、建物に背を向けさせたのだ。
「わがまま言ってすみませんでした。あっちへ行きましょ」
 青木に促されても、薪の足は動かない。根が生えてしまったように、足を上げることができない。

 青木は薪の前に回りこんできて、薪の手を取った。
 薪の倍はあろうかという大きな手。薪の両手はその中にすっぽりと隠れて、微かな震えだけがその存在を主張している。
 震えを止められない情けなさに嫌気がさして、薪は自分の手を見るのを止めた。長い睫毛を伏せて、深く息を吸う。
 相手の体温が、ゆっくりと伝わってくる。自分を包み込む青木の掌に、熱を感じる。血液の流れによる、わずかな脈動。
 その暖かさが、薪の冷たく冷えた心臓を、再び動かしてくれる。

 顔を上げると、青木と目が合った。
 黒い瞳は心配そうに薪を見ている。

 冗談じゃない。
 12歳も年下の部下に心配されるほど、僕はまだ落ちぶれちゃいない。

「大丈夫ですよ。オレがついてますから」
「なにが? ただのスーパーマーケットだろ」
 おせっかいな手を、邪険に振り払う。
 薪は踵を返し、足を出した。

 薪の前で、4年前と同じ自動ドアが開いた。




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フラッシュバック(3)

 本編の前に、ご挨拶です。

 昨日、カウンタが4000を超えました。
 いつも訪問してくださるみなさま、そして不幸にも何かの間違いでこのヘンタイサイトに来てしまった方々(笑)、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

 それと、ここ4日くらいで、たくさん拍手をくださった方。
 ありがとうございます。すごく励みになります。
 最初の方から順に読んでくださってるみたいで、どこまで読んでいただけるのかしら、とドキドキしています。ファイヤーウォールあたりでドン引きされるのかしら。(笑)

 さらに、リクエストをたくさんいただきまして。とても嬉しいです。
 でも何故かみなさん、鍵コメで。(笑)
 いただいたリクエストは追記に記載していきますので、よろしくお願いします。(リクは9/20まで受け付けます。お待ちしています)


 では。
『フラッシュバック』のつづきです。




フラッシュバック(3)









 夕刻のスーパーマーケットは、家族連れで賑わっている。
 子供の喧騒と、主婦たちのお喋り。威勢のいい売り子の声。
『鮮魚コーナーからタイムサービスのお知らせです。三陸沖でのびのび育った肉厚のワカメが1束200円。味噌汁に、酢の物にいかがでしょうか。また、青果コーナーからは……』
 今日の目玉は三陸産のワカメと、栃木県産の高原レタスらしい。
 日常的で平和な光景。そこには恐れを抱くものなど、なにひとつないはずだ。

 薪の肩の強張りは徐々に解けて、青かった顔色も平静に戻ってきた。ぎこちなかった足取りもしっかりしてきて、商品を見る余裕も出てきたようだ。
 敷き詰められた氷の上に、見事な鯛が何匹も置いてある鮮魚売り場の前で足を止める。今日の目玉商品の塩漬けワカメが、特設ブースに山と積んであるのを眺め、その流れに見せかけて振り返る。
 薪の眼は青木を通り過ぎて、その先の惣菜コーナーを見ている。
 亜麻色の瞳が苦痛を宿している。ふっくらした下唇が、ぎゅっと噛み締められた。

 4年前。
 あの事件はここから始まった。薪はこの場所で、貝沼に会ったのだ。

 貝沼が万引きをした商品は、惣菜と即席飯だった。たぶん、あちらの方から保安員に連れられて、ここにいた薪のところへ来たのだろう。おそらく、薪の眼にはそのときの光景が映し出されているに違いない。

「薪さん。お刺身買って行きましょうか。とっても美味しそうですよ」
「そうだな。鯛が美味そうだ」
 青木が顔を覗きこむようにして話しかけると、薪は落ち着いた声で応えを返す。まだ表情は固いが、取り乱してはいない。

 PTSDの治療法に、ショックを受けた場所に出向いて別の記憶を上書きする、という方法がある。何回か試みるうちに、ショックそのものが薄れていくという。
 薪にとって、ここは貝沼と会ったスーパーではなく、美術館の帰りに青木と寄ったスーパーになったはずだ。
 実際の治療はそんなに単純なものではないし、薪の中ですり替え作業が行われた確証もない。しかし、亜麻色の瞳は冷静だ。人差し指をくちびるに当てて、どの鯛を刺身にしてもらおうか迷っている。

「よし、決めた。すいません、左から二番目の鯛を」
「キャ――ッ! タッくん!」
 薪のうしろを女性の悲鳴とともに、ガラガラガラッと派手な音を立てて買い物カートが走っていく。ドガガッ!という轟音が響き、ついで子供の泣き声と男の悲鳴が上がった。
「?」
 薪が右を向くと、さっきまで自分の隣にいた長身の部下が、カートごと子供を抱えてワカメの束の中に埋もれている。青木が子供を抱いて起き上がると、頭や肩に乗ったワカメがまるで髪の毛のようで。

「オバケだ! ワカメのオバケ!」
 今まで泣いていた子供が、青木の情けない姿を指差して笑い出す。
「タッくん! そんなこと言っちゃいけません!」
「ぷ――っ、くくくくっ!」
 思わず、薪は噴き出してしまった。
 青木には悪いが、笑い出したら止まらなくなってしまった。
 周りの買い物客もこちらを見てくすくすと笑っている。店員も出てきたが、お客様大丈夫ですか、という声が震えている。明らかに笑いをこらえている声だ。
「ワカメ! ワカメ星人だ! きゃははは!」
「あははは!」

 子供と薪が指を指して青木を笑うものだから、周りも笑いをこらえるのが辛くなってきたらしい。こういうときは、周囲の空気に合わせてしまうしかない。
「三陸沖で、こんなに大きく育ちました。味噌汁に酢の物に、いかがでしょうか」
 青木のセールストークに、店内は爆笑の渦に包まれた。あんなに怒っていた子供の親まで笑っている。

 長身のメガネ男の体を張ったパフォーマンスのおかげで、タイムサービスのワカメは10分で完売したのだった。



*****



 スーパーの中で薪さんと貝沼が出会うという設定は、アニメのものです。
 ご了承ください。

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フラッシュバック(4)

フラッシュバック(4)








 店側の好意、というか売り上げ貢献の御礼にもらった大量のワカメを持って、青木は自宅へ戻ることにした。
 まだ薪とのデートは途中だが、ワカメについていた塩が襟元から背中に入ってしまって、かゆくてたまらない。シャワーを使って着替えなければ、食事にも行けない。

 くすくす笑いながら横を歩く美貌に、青木は胸を撫で下ろしている。
 薪のことだから、青木が自宅に帰ると言えば「じゃあ、今日はここで」と素っ気無く帰ってしまう、と思っていた。そう言われたらレストランを予約してしまったとウソを吐こう、とまで心に決めていたのだが、どうやら自宅まで付き合ってくれるようだ。

「いつまで笑ってるんですか?」
「だっておまえのあの格好……ぷくくっ」
 ツボにハマったらしい。
「ひどいですよ。ひとの不幸を笑って」
 口ではそういうが、薪が笑ってくれるなら満足だ。あのワカメがたとえ殻つきのウニだって、飛び込んでみせる。

 薪と一緒にアパートに着いて、青木はシャワーを使った。
 塩のせいで、肌がヒリヒリする。しかし、これくらいで薪の笑顔が見れるなら安いものだ。
  
 髪を乾かしてからリビングに戻ると、味噌汁のいい匂いがする。香ばしい油の匂いもして、青木はとたんに空腹を感じた。
 ローテーブルの上に、美味そうな夕飯の膳が置いてある。
 鯛の刺身にワカメの味噌汁。揚げ出し豆腐にナスの味噌炒めに、きゅうりとワカメの酢の物。薪の料理はプロはだしだ。
「わあ。美味しそうですね」
「その大量のワカメ、処分しなきゃだろ」
 自分のアパートで薪が夕食を作ってくれるなんて。うれしくて、二階の窓から飛び降りてしまいそうだ。

 炊き立てのごはんにワカメを混ぜ込んで、楽しい夕食の始まりだ。
 ワカメの味噌汁を啜る青木を見て、薪はまたクスクスと笑い始める。
 普段の薪はそれほど笑い上戸ではないのに、よっぽどおかしかったのだろうか。
「そんなにおかしかったですか?」
「ああ。カメラを持ってなかったのが残念……そうだ、携帯で撮っておけばよかったんだ。失敗したな」
 薪が自分の前で笑ってくれるのがうれしい。あの写真の笑顔とまではいかなくても、最近は声を立てて笑ってくれることが増えて。それは青木の無上の喜びだ。

「自分じゃ見えませんでしたから。どんなふうになってました?」
「頭にワカメが」
 薪は膝立ちになって、青木の方へ寄ってきた。
 右手を青木の頭にのせて、「ここからこんなふうに」と指先で額から頬を撫でられた。
「シャツの中にまで入り込んじゃって、この辺なんか盛り上がって」
 そう言いながら、シャツの中に手を入れてくる。薪の手は、細くて指が長い。爪は短く、指先はやわらかくて気持ちいい。
 首筋から背中に下りていく薪の指に、青木は微かな興奮を覚える。夢の中の薪は、いつもこんなふうに自分の身体をさわる――――。 

「ワカメ星人だって。あの子供、ネーミングセンスばつぐん……」
 薪は不意に黙り込んだ。
 青木の眼に灯った、熱に気付いたのか。
 それとも、自分の腰にまわされた青木の手のせいか。

 ぐい、と引き寄せる。
 薪のきれいな顔が、驚いた表情になる。
 見開かれた、大きな眼。小さく開かれた口元から、真っ白い歯が覗いている。
 くちびるを重ねようとして――――― 殴られた。

「……すみません」
 まずい。やってしまった。
 春先のあのときのように、薪が警戒態勢に入ってしまったら。
「まったく。懲りない男だな」
 苦笑交じりの声で、薪は肩をすくめた。
 何事もなかったように席につくと、食事の続きに戻った。
 動揺した素振りも見せず、鯛の刺身に箸をつける。ゆっくりと食事をし、食後のコーヒーまで飲んでから、薪は立ち上がった。
「じゃあ、また明日な」
「え?」
「明日は牧場に、馬を見に行く約束だろ」
 ……怒っていないのだろうか。

 部屋を出ようとした薪に、送ります、と言って立ち上がる。薪は首を振って、青木の申し出を断った。
「あの、薪さん。さっきは」
「僕の家に8時だぞ。寝過ごすなよ」
 ……なかったことにしたいらしい。
「はい」
 青木は、頷くしかなかった。




*****




 アパートの窓から、遠ざかっていく小さな人影を見送る。
 青木のアパートの前には大きな公園があるから、通りには沢山の人がいる。それでも、薪のことは一目でわかる。周りの人間と、雰囲気が違うのだ。
 可愛らしい頭。華奢な肩。細い背中と魅惑的な腰と、すんなり伸びた足。遠くからでも感じる、薪の静謐なオーラ。
 亜麻色の小さな頭は人ごみの中をするすると抜けて、まるで水の中の魚のようだ。

 明日は8時に薪の家に行く。レンタカーを借りて、ふたりで千葉の牧場まで馬を見に行く。乗馬も楽しめると聞いて、子供のように瞳を輝かせていた薪を思い出す。

 勝手なひとだ、と青木は思う。
 自分が薪と、身体の関係も含めた恋人同士になりたがっていることは知っているはずだ。
 それを受け入れてくれる気はないくせに、こうしてデートを重ねている。薪にしてみれば、友人としての付き合いなのかもしれないが、自分の気持ちを知った上でのその行動は、考えてみればひどく罪作りだ。
 先刻のように、青木が友だち以上の関係に進もうとすると、きっぱりと拒絶される。それでいて、次の日のデートはキャンセルしない。
 それはつまり。
 
「友人でいたい、ってことか」

 そんなことができるはずがないことは、薪だって分かっているだろうに。自分の裸体を見ただけでエレクトするような男と、友人でいることなど不可能だ。
 その不可能を可能にしないと、薪の傍にはいられないのだろうか。
 だとしたら、自分は……この思いを封印して、この先もずっと、年の離れた友人の立場を貫かなくてはならないのだろうか。

 左脳でそう考えながら、右脳で薪の弾けるような笑い声を聞く。
 海馬に「友だち」というキーワードを刻みつつ、視覚野で触れ合わんばかりに近づいた、つやめくくちびるの艶を見る。
 つれない態度にキリキリと痛む心を抱えながら、細い指先が辿った額から背中までの細胞が、歓喜を訴える。
 悲しみと喜びと。絶望と期待と。
 青木の中の天秤は、右にも左にも傾くことができず。

 平手打ちのひりつく痛みを左の頬に乗せながら、明日のことを思って、右の頬が緩む。
 そのくちびるからこぼれた本音は、たぶん薪にとっては困惑のひとこと。
 
「ぜったいに。諦めませんから」





 ―了―





(2009.8)



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フラッシュバック~あとがき~

 うちのふたりの休日にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
 このふたりはこんな具合に、休日が重なるたびに一緒に過ごしてるんですけど。 ちっとも進展しませんね。 動物園だの遊園地だのって、まるで中学生のデートみたい。
 それでも薪さんが笑ってくれれば、まあいいか。

 それにしても、うちの青木くんはしつこいですね。青沼って改名しようかしら。
 自分のオットがこんなんだったら、イヤだなあ、うざいだろうなあ。 ああでも、近いかなあ。


 今回の青木くんの行動についてですが。

 PTSDの治療法にこんなのがあるらしいのですが、素人はぜったいにやっちゃいけないし、この青木くんの行動は間違ってると思います。(だから、誰が書いたんだよ)

 このお話は、それほど難しいことを考えたわけではなくて。
 メロディの4月号で、青木くんが薪さんの手を握ってたでしょう? あれに影響されて、人前で薪さんの手を握る青木くんと、それによって勇気を得る薪さんを書きたかっただけです。
 目の前であんなにイチャイチャされて、大臣も困っただろうな。(笑)


 ちなみに、参考とした記事はこちらです。


 【USA】帰還兵たちを癒す「バーチャル・イラク」

 イラク戦争から帰還した米兵のうち15%以上が、悪夢やフラッシュバック、いら立ちや肉体的苦痛などの心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされているという。その治療のため、イラクをバーチャル体験できるプログラムが現在開発されている。患者は、特製のゴーグルにヘッドフォンをして、イラクの戦場を再び訪ね歩く。砂嵐や爆発音、それにゴムが焼ける臭いまで体感できるという。
 こうしてイラクでの体験を思い返し、それについて語ることによってトラウマを克服するのだ。これは、レイプの被害者などが、その体験を克服するために現場を訪れる疑似体験療法を応用したもの。ただ、実際にイラクへ行くのは危険なので、バーチャル世界で現場を再現するというわけだ。特に、テレビゲームで育った若者に効果的なのではないかという期待もあるようだ。
 ロサンゼルス・タイムズ(USA)より



 さて、次のお話ですが。
 岡部さんと青木くんのお話になります。薪さんは殆ど出てこないです。あおまき小説なのに。(笑)
 むさくて堅苦しいお話になるかと思います。
 睡眠薬代わりに、よろしかったらどうぞ。(^^


 それと、
 スーパーの中で薪さんが貝沼と出会うのは、アニメの設定です。
 アニメを見ていなかった方には、違和感があったかと思われます。注記が遅れて、すみませんでした。






 ところで。
 ずっとオットに訊いてみたかったことを、昨夜やっと訊くことができました。
 すごく勇気が要りました。

 この下は、メロディ10月号を読んだわたしと、「秘密」を読んだことのないオットの会話です。
 本編には関係ないので、読み飛ばしOKです。
(ネタバレになりますので、単行本派の方はご注意ください)




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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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