ナルシストの掟(1)

 3000拍手のお礼SSです。

 このお話の時期は、2063年の3月。現在より、約1年先のお話です。
 この時点で、ふたりは恋人同士になってます。付き合い始めて約1年くらいです。
 付き合っていると言っても、うちのふたりですから、ラブラブカップルにもおしどり夫婦にも程遠く……あ、きっと誰も期待してませんね。そういう平和な展開は。(笑)



 こちらは最初、Kさまにリクエストをいただきました。
 後に投票フォームで最高票を獲得し(笑)、『薪さんのスナックで女装』話と相成りました。

 あまりにもわたしのツボにハマるお話だったため、またちょっと暴走しちゃいましたけど~、(^^;)
 みなさまにちょこっとでも、笑っていただけたらうれしいです。








ナルシストの掟(1)







 薪は自分の顔が大嫌いだ。
 幼い頃からあまり好きなタイプの顔立ちではないと思っていたが、年齢を重ねるに従って、ますます嫌になってきた。
 大きな眼も小さな鼻も、幼子のようにふっくらとした頬も。あごが尖っているのも唇がやたらと光って見えるのも気に入らない。
 特にイヤなのは、この邪魔くさい睫毛だ。
 子供の頃、長い睫毛をからかわれるのが嫌で、鋏で短く切ってしまったことがある。そしたら、次にはもっと濃くて太い睫毛が生えてきて。かえって逆効果だとわかって、それからは放っておくことにしたのだが、結果はこの有様だ。

 鏡の前で身支度を整えながら、薪は今日も自分の顔に向かって不満のため息を洩らす。
 もっと細くて、鋭い眼が良かった。鼻はもっと高くて、頬は削げていて。唇は薄くても良いから、自然な色がいい。身長だってせめて170は欲しかったし、肩幅も胸板も、もっともっと。

 キレイだとかカワイイとか、よく他人に言われるけれど、女の子じゃあるまいし。
 女の子にかわいいって言われた男の屈辱が、彼女たちにわかるもんか。好きでこんな顔に生まれたんじゃないのに、バカにしやがって。
 それでも、若い頃はまだ良かったのだ。20代前半までなら、「可愛い」も褒め言葉として取れないこともない。
 しかし、とうの昔に30を過ぎて、40に手が届こうというこの年齢になって、きれい、などと言われると、問答無用で相手を張り倒したくなる。

 実際、何日か前もその言葉を繰り返し、薪に殴り飛ばされた男がいる。
 何を隠そう薪の恋人なのだが、ベッドの中でそのセリフを3回も言ったものだから、我慢できなくなって思いっきり腹に拳を叩き込んでやった。そのまま、行為半ばの寝所から追い出して、それっきり口もきいていない。
 そろそろ反省した頃だろうから、今日あたりは家に上げてやってもいいが、もう一度禁句を吐いたら……今度は股間に蹴りを入れてやる。

 この乱暴な言動でわかるように、薪の現在の恋人は男性だ。薪より12歳も年下で、しかも自分の部下だったりする。他人に知られたら、かなりまずい関係だ。

 機械的にワイシャツを着てネクタイを締めながら、薪は今日の仕事の予定を頭の中で組み立てる。
 曽我の報告書の手直しと、裏付けの資料を追加するように指示をして。小池のやつがあの画像に引っかかってるみたいだから、軌道修正してやって。宇野の報告書には、ひとつでもいいから証言を載せるように注意して。青木が受け持ってる練馬の事件には被害者の友人の過去が絡んでるから、その画像を探すようにヒントを。
 仕事はたくさんあるが、それでも定時には終われるだろう。進行中の事件もなければ、会議の予定もない。
 今日は水曜日だし。
 室長会議用の資料を作ったら、久しぶりにあいつと一緒にレストランで食事をして、それからここで――― そこまで考えて、薪ははっと我に返る。

 朝っぱらからアフターの予定を組んでいる自分に驚いて、知らないうちに自分が、特別な日に締めるためのブランド物のネクタイを結んでいたことに、もっと驚く。

 ……重症だ。

 タイに合わせた翡翠のタイピンをつけて、薪は朝から二度目のため息を吐いた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ナルシストの掟(2)

ナルシストの掟(2)







 警視庁刑事部組織犯罪対策第5課は、主に銃器及び薬物を取り締まる部署である。
 対象となる事件には、当然、暴力団絡みのものが多くなるので、5課の課長の人選は代々コワモテの人間に限られてきた。現在の5課の課長、脇田耕作もその例に洩れず、鬼のようなご面相の持ち主であった。彼の前に『警察官or暴力団幹部』の二択が置かれたら、間違いなく後者に票が入りそうな感じだ。警視庁と警察庁が並ぶ霞ヶ関の巨大警察機構において、東の鬼瓦と称されるのがこの男なのだ。

 その脇田が、柔道4段の見事な体躯を丸めて、拝み倒すように口説いているのは、捜査一課のエース竹内誠警視である。
 竹内は脇田とは対照的な外見で、これが警察官か、と逆の意味で首を傾げたくなる風貌の持ち主だ。最近、テレビに良く出ているイケメン俳優に劣らない色男。職業を間違えたのは、ある意味彼の方かもしれない。

「頼む、頼むよ、竹内。お前なら、何とかなるだろう?」
「ムリですよ。俺があのひとに嫌われてるの、脇田さんだって知ってるじゃないですか」
「嫌われてるわけねえだろ。だってお前、あいつの命の恩人なんだろ? それで大怪我して、何ヶ月も入院してたんだろ?」
 脇田が言っているのは、1年ほど前、火災現場で竹内が薪を助けたときのことだ。

「その恩人の頼みを断るわけないだろう。なあ」
「それとこれとは、話が別なんですよ。薪室長は、そういうひとですから」
「かあ! 命を懸けて自分を助けてくれた相手の頼みも聞けないってのか。人間じゃねえな、あいつぁ。外道だな」
「だれが外道です」
 涼やかなアルトの声が響いて、ふたりに来訪者の存在を知らせる。
 この声は、脇田の部下ではない。ここにいるのは、潰れたダミ声の連中ばかりだからだ。

「お前さん、どうして」
「僕を呼んだのは、脇田課長じゃないですか」
「今忙しいって、話も聞かずに電話切ったじゃねえかよ」
「忙しいとは言いましたけど、お伺いできないとは言ってません」
 屁理屈をこね回すのが得意な第九の室長は、脇田の苦手なキャリアだ。
 しかも、本年度の警視長昇格試験で見事現役トップ合格を果たし、続く研修でも優秀な成績を修めたことから、4月には警視長昇任が確定している。今はまだ警視正で普通に口もきけるが、来月からは迂闊に声を掛けられなくなるかもしれないのだ。頼みごとができるのも、今しかない。

 一月後には上層部への仲間入りを果たす彼もまた、脇田と対照的――― というよりは、警察官にこれほど相応しくない相貌も存在しないのではないだろうか。

 さらさらした亜麻色の髪に小作りな顔。ばさばさと女優のように長い睫毛と、その奥の大きくてキラキラした瞳。真っ白い頬は幼い曲線を描いて、その華奢なからだとの相乗効果でもって、彼の年齢不詳を助長している。さらに、ちんまりと顔の中心におさまった形の良い鼻の下に、婀娜花のように艶めくくちびるの色気を感じれば、性別さえ分からなくなりそうだ。
 脇田と並んで西の鬼瓦と称される岡部靖文警部が、この男の部下だという事実が、未だに信じられない。

 身に着けているものもキャリアらしく、オーダーメイドの高級品だ。ブランドに詳しくない脇田でも知っている、有名なマークの透かしが入ったシルバータイに翡翠のタイピン。華奢な身体にフィットしたダークグレイのスーツとともに、彼の美貌を嫌というほど引き立てる。

 官給品のスーツが主な仕事着になっているわが身と比べると些少の嫉妬を禁じえないが、男としてこんな顔や体つきに生まれる不幸を考えたら、自分の鬼瓦のほうがなんぼかマシだ、と脇田は心の内で呟いた。

「で? 僕に話というのは?」
 どうも、この男は苦手だ。同僚と話すように普通に話をしていいものかどうか迷うし、この顔を見ていると喉が詰まるようで。
 刑事部屋に残っている連中も、皆ちらちらと薪のほうを見て、落ち着かない様子だ。何人かの職員に至っては、完全に手が止まっている。薪が自分の部署に来たら、顔を理由に転属させるしかない、としなくてもいい心配をしつつ、脇田は竹内を縋るような目で見た。

「潜入捜査を頼みたいんだそうです」
 脇田の視線を受けて、竹内が薪に脇田の意向を伝えてくれる。頼りになる後輩がいて、助かった。
「例の麻薬ルートですか?」
 薪はカンがいい。脇田からの電話だ、というだけでその可能性に気付いていたのだろう。
 それを第九の連中に聞かせたくないから、こうして足を運んできたのだ。それならそうと、電話口で言ってくれればいいのに。

「こないだ捕まえた売人からの情報で、滝渕という男が売人たちの統括者だ、ということが解ったんだ。今のところは泳がせてあるが」
「滝渕の上にいる人物に辿りつきたい、ということですね」
「そうだ。うまく取り入って聞き出せれば、トカゲの尻尾切りにならずに済む」
「お話はわかりました。でも、何故僕に? 5課の人間では面が割れている、というのは解りますが」
「滝渕は、表向き『彩』というスナックのオーナーでな。どうもそこでブツの売買が行なわれるらし……ちょっ、ちょっと待て!」
 脇田の口から「スナック」という言葉が出た途端、薪は出口に向かって歩き出していた。まったく、薪はカンがいい。

 大股に走って薪の前に回りこみ、その華奢な肩を押さえて引き止める。竹内もやってきて、ふたりで薪の退路を断った。
 脇田の顔の20cmほど下から、険悪な視線が挑みかかってくる。短刀のように尖った声で、薪は冷たく言い放った。
「急用を思い出しました。帰らせていただきます」
「まあ、話だけでも聞いてくれよ」
 話を聞くまでもなく、脇田が自分に何をさせたがっているのか、察しがついたらしい。この不機嫌な顔がその証拠だ。

「竹内さんに頼んでください。店に客として入って、情報を聞き出してもらったらいいじゃないですか。女の子をたらし込むのは得意でしょう」
 薪の皮肉に、竹内が困った顔をしている。
 自分の命の恩人に、こんな態度がとれるとは。犬でさえ3日飼えば恩を忘れないというのに。この薪という男は、見た目はきれいでも中身は畜生以下だ。

「そんなに口の軽い娘はいねえよ。自分の手が後ろに回るのが解ってるからな。なあ、薪。頼むよ。どうしても楽屋に入れる人間が必要なんだよ。お前さんならホステスとして、潜り込めるだろ?」
「脇田さん。薪室長は嫌がって」
 竹内は昔からいい奴だ。自分に対してこんな理不尽な態度を取る相手のことを、庇おうとしている。ひきかえ、薪は狭量だ。
「だから!! 僕は来年、40になるんですよ! その男を捕まえてホステスになれって、正気ですか!? すぐにバレるに決まってるじゃないですか!」
 この噛み付き方。
 相手の立場も状況も知ったことじゃない、と言いたげな表情だ。
 頼みごとをする立場とはいえ、相手にこんな態度を取られたら、こっちだってムキになるものだ。

「心配いらねえよ。ほら」
 机の上のパソコンを指差して、脇田は薪の抗議を軽くいなす。
 デスクトップに飾られている女性の写真を見て、薪の両膝がガクッと崩れた。とっさに竹内が手を回して、薪の身体を後ろから支える。

 パソコンの画面に映っているのは、亜麻色のロングソバージュが良く似合う絶世の美女。シースルーのキャミソールと黒地のタイトスカートが、そのモデルのような身体にぴったりとフィットしている。
 彼女は袖なしのキャミから伸びた華奢な右腕を曲げて、長い髪をかきあげている。髪の下から覗く小さな耳と白い首筋が、これでもかというほどに男を誘っている。
 これは3年前のおとり捜査の時の、薪の女装写真だ。誰かのイタズラで警察庁と警視庁中のパソコンにばら撒かれた、画像データだ。

 よほど驚いたのか、薪は竹内の腕に身体を預けたまま、呆然としている。
 亜麻色の小さな頭が竹内の胸に置かれ、細い指は自分の脇から前に交差した竹内の腕をしっかりと摑んでいる。後ろから自分を抱きしめる腕を抱きしめ返している、まるで恋人同士のような体勢だ。それでなくともこの二人が一緒にいると、ここが警察署だとは信じられなくなってくるというのに。

 竹内の映画俳優顔負けの美男子っぷりに加えて、薪の中性的な美貌。周りの人間がいかつい男ばかりだから、いっそのこと男装の麗人だと言われたほうが納得できるくらいだ。大きく開かれた目の周りを彩る睫毛は、男としてありえない長さだと思うし、グロスを塗ったように艶めくくちびるは、交通課の女の子よりはるかに色っぽい。

「ど、どうしてこれが? データは破壊したはず」
「データ破壊?」
 薪の小さな呟きを耳ざとく聞きとめたのは、竹内だった。薪は素早く口元を覆って、竹内の顔を見た。ふたりの視線が、しばし絡む。
 あの時、海外のサーバーをいくつも経由して、警察のネットワークにハッキングを掛けた人物がいた。
 その人物は何故か、特定の時間に配信されたメールだけを破壊し、他のシステムには手も触れずに出て行った。被害といえるほどの被害はなく、そのため捜査本部も設立されなかった。その代わり、新しいセキュリティシステムのプログラムを第九で開発しハッカーにの攻撃に備えることで、あの事件はカタが付いたのだが。

「なるほど。さすが第九には、いい部下が揃ってますね。薪室長」
 何の脈絡もなしに、竹内が薪の部下を褒めた。それを聞いた薪が真っ青になっている。
 脇田には薪の反応が、いまひとつわからない。自分の部下を褒められたのだから、青くなることはないと思うのだが。

「どう見ても、とびきりのイイ女だ。滝渕は面食いだって噂だからな。きっと食いついてくる」
 ひとりだけ事件の裏側を知らない脇田が、画面の美女を見て大きく頷いている。これをデスクトップに置く警察官というのも、いかがなものかと思うが。

 何故この画像がここに残っているのか、タネを明かせば簡単なことだ。ウィルスで破壊できるのは、ハードディスクのデータのみ。ハッカーがウィルスを送る前にCDかUSBメモリにでもデータを転送しておけば、画像は保護されるのだ。
 本人は知らないが、この画像はすでに幾枚もプリントされて、密かに陰で出回っていたりする。

 「頼むよ、薪。店の娘が、ヤクをやってる現場を押さえるだけでもいいから。そうすりゃニンドウ(任意同行)でも、滝渕を引っ張れるんだ」
「引き受けましょう。ただし、条件があります」
「条件?」
 薪のきれいな顔がぐっと近づいてきて、脇田は焦る。
 部署の特性として、風俗店にも馴染みが深い脇田だが、至近距離の薪の顔は心臓に悪い。ヘンにそわそわした気分になる。昔はそうでもなかったが、最近の薪はなんというかその・・・・・妙な色気が出てきたようで。

「この画像をすべて削除し、データを完全に消去すること。データは一切、残さないこと。もちろん、プリントも禁止です」
「ああ……じゃあ、後でやっとく」
「いまこの場で! やってください!」
「わかったよ。うるせえなあ。あーあ、峰岸の野郎に泣かれちまうな。こいつはお前さんのファン……い、いや、その」
 3月も半ばだというのに氷のような寒波が襲ってきて、脇田は必死で苦手なパソコンに向かう。太い指が削除キーを押すのを確認して、薪がその場から一歩下がると、脇田はようやく息がつけるようになった。

「僕が店に潜り込む手はずは?」
「ボーイをひとり、抱きこんである。そいつの紹介だって言えば大丈夫だ。もっともそのボーイも、お前さんが男だってことは知らんがな」
「わかりました。やってはみますけど、失敗する可能性が高いと思いますよ。僕も3年前に比べたら、格段に男らしくなってますから」
「「「「どこが?」」」」
「……なんでそこだけ全員一致なんですか」
 5課に残っていた職員全員の声が揃って、それは薪のプライドをいたく刺激した。
 なんて失礼な奴らだ。次に5課から無修正AVの確認作業が回ってきたら、絶対に断ってやる。

 全員を殴り飛ばすわけにもいかず、心の中でセコイ仕返しを誓って、薪は第九へ帰っていった。竹内を睨みつけて、例のことは誰にも喋るなよ、と釘を刺すのも忘れなかった。
「相変わらずおっかねえなあ。ツラは女みてえなのによ」
「ええ。本当に」
 そうですね、と言いながら、竹内はうれしそうだ。自然に頬が緩む感じで、薪の後姿を見送っている。

「ま、なんにせよ。引き受けてもらえて良かったよ。お前のおかげだ」
「俺は何もしてないですよ」
「いやいや。お前がいたから断りきれなかったんだろ。なんたって命の恩人だからな」
「そんなことはないです。女装が絡まなければ、もっと簡単に引き受けてくれましたよ。薪室長はそういうひとですから」
「まあな。あいつが意外と正義漢なのは知ってるよ」
「ええ。そうでもなければ」
「あの岡部が心酔するはずがない、だろ?」
 岡部を良く知る二人の男は、顔を見合わせてニヤリと笑った。あの岡部が薪のブリザード攻撃をくらって、ヒヤヒヤしている様子を思い浮かべると、笑わずにはいられない。

「竹内よ。もうひとつ頼みがあるんだが」
「薪室長のフォローですか?」
「ああ。あいつ、普段は冷静なくせに、たまに暴走することがあるからよ」
 5課の人間が店に入ったら、一発で捜査だとばれてしまう。その点、竹内なら警察官に見えないし、薪との呼吸もぴったりだ。
「いいですよ。喜んでやらせてもらいます」
「悪いな。一課の課長には、話を通しておくからよ」
 自分の仕事でもないのに、竹内は二つ返事で引き受けてくれた。本当にいいやつだ。文句タラタラのだれかさんとは、エライ違いだ。

「しっかし、あのひとは自覚ってもんがないのかね。男らしいなんてセリフが、よくあの口から出てくるよ」
「中身は男らしいんですけどね。潔いし、思い切りもいいし。意外と喧嘩っ早いし、気は強いし。
 薪室長は、ナルシストじゃないんですよ。特に容姿に関しては。逆に、コンプレックスがあるみたいですよ。顔とか、背丈とか」
「そうなのかい? やっぱり、仲いいんじゃねえか、お前ら」

 脇田は自分の席に戻って、引き出しを開けると1枚のCDを出した。それを先刻、デスクトップのデータを消去したパソコンに読み込ませる。程なく、画面にはいくつものアイコンが現れ、そのCDの中身を竹内に教えた。
「脇田さん」
 削除したばかりの画像が、再びデスクトップに飾られる。竹内の非難を余裕で受け止めて、脇田はヘラヘラと笑った。

「かてえこと言うなって。いいじゃねえか。この席のやつは、これで仕事する気が起きるんだから。部下のやる気を引き出すのは、上役の務めってな」
「いえ、その……俺にもコピーしてもらえますか?」
「お前にゃ必要ねえだろ。現実のオンナも本人も、手の届くところにいるじゃねえか」
「敵の弱味はいくつ握っておいても、無駄にはならないものですから」
「やっぱ仲悪いのか。お前ら」
 竹内は真面目な顔で頷き、宿敵ですから、と笑った。
 脇田は複雑な表情でマウスの右側をクリックし、コピーの文字を選択した。



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ナルシストの掟(3)

ナルシストの掟(3)






「それで? 協力することになったんですか?」
「仕方ないだろ。あのことをバラされたら、僕も宇野も減俸くらいじゃ済まない。僕の昇任話もお流れだ。あんなに苦労したのに。冗談じゃない」
 水曜日のいつもの流れで、青木は薪のマンションに来ている。
 青木がいるリビングに、薪の姿はない。クローゼットの扉の前と中で会話を交わしているところを見ると、薪はいま着替え中のようだ。

「潜入捜査って言っても、今回は証拠を押さえればいいわけですね? ホステスたちの控え室で恒常的に麻薬が配られてるから、それを確認すればいいと。その現場を見つけたら、すぐに連絡を入れる。すると5課の人たちが乗り込んでくる手筈になってると。危険なことは、何もないんですよね?」
「何回も同じことを聞くな。大丈夫だって、さっきから言ってるだろ」
 会話の間、ずっとクローゼットから出てこない。スーツを脱いで普段着に着替えているのだろうが、えらく長い。着物でも着ているのだろうか。

「薪さん。まだ着替えてるんですか? オレ、腹へって」
 痺れを切らした青木が控えめな抗議をしかけたとき、クローゼットのドアが開いて、薪が出てきた。
 その姿に、青木は目と口を大きく開けて、言葉もなく床に腰を落とした。

「どうだ? 女に見えるか?」
 真っ赤な生地に煌びやかなスパンコールが、あでやかな蝶の花を咲かせるチャイナドレス。右側の太ももの部分から、大きくスリットが入っている。布の間から見える白い足が、限りなく挑発的だ。
「やっぱりダメか? この肩幅が邪魔をするか」
 青木が二の句を継げないでいる様子をお得意のカンチガイで曲解して、薪は華奢な肩に自分の両手を載せる。そうやって胸を隠してしまうと、完全に女性にしか見えない。
「この頃、筋トレにも力いれてるからな」
 腕も足もすんなりと伸びて、しなやかな獣のようだ。よく撓りそうな腰の辺りから、男の下腹部を直撃するような色気がぷんぷん匂ってくる。

「この服なら詰襟だから、喉仏も隠れるし。なんとか誤魔化せるかと思ったんだけど」
「え、薪さんて、喉仏ありましたっけ?」
「バカにするな! 見た目に分からなくても、よーく触れば微かに出てるんだっ!」
 見た目に分からなければ、胸の空いた服でも同じだと思うが。

「大丈夫です。とてもお似合いです。てか、めちゃめちゃきれいです」
 キレイというNGワードに、薪の目が細められる。長い睫毛が重なって、その奥から宝玉のような瞳がぎろりと青木を見る。が、今の薪から青木に流れてくるのは彼の不興ではなく、淫靡な秘め事を予期させる甘い愁波だ。

 その静謐な美貌の持ち主は、包まれる衣装の違いで、魔性の生き物に変貌する。
 最高の快楽を保証してくれる官能的な肢体。背筋がゾクゾクするような流し目。誘われているとしか思えない。
 赤い布地の向こうから手招きしている細い足に、膝でにじり寄って手を伸ばす。いつも通りの滑らかな肌。割れたスカートの間から手を入れて片足を抱き寄せ、白い腿にくちづける。シルクのような肌から匂うのは、清冽な百合の香り―――。

「薪さ……痛ったい!」
 細い指が青木の髪を掴んで、力任せに引き剥がした。肩を蹴られて、床に尻餅をつく。
「今日はしない。不愉快なことがあった日は、僕は酒も飲まないしセックスもしない。知ってるだろ」
 そんな無体な。

 薪と肌を合わせられるチャンスは、一月に最大で6回。週末の土曜日と、2週間に1度の水曜日。それも事件だ出張だ研修だ、と様々な邪魔が入る上、薪の気まぐれな性格のせいで、実質は月に1度か2度がいいところだ。
 そのせいか、初めてからだを重ねた日から1年近く経つのに、まだ痛みが強いみたいで。
 もともと薪は、そちらの欲求が極端に薄い。3ヶ月に1回くらいがちょうどいい、とのたまわれた日には、青木は目の前が真っ暗になった。

 薪とは性格も好みもあまり合うとは言えないが、からだの相性は最悪に近い。リズムもサイクルもてんで合わないし、青木が欲しいと思うときは薪が疲れててダメとか、薪の方が欲しがるときは……いや、ない。薪の方から求めてくれたことなんて、一度もない。とにかく、薄いのだ。おかげで青木の欲求不満は、片思いだった頃とあまり変わらない。

 正直、相手に対する欲望の大きさの差は、愛情の大きさの違いか、とも思ってしまう。
 青木の方が、かなり一方的に薪のことが好きなのだ。薪はそれに応えようとしてくれているだけ。まだ薪の心の中には、あの男が住んでいる―――。

「青木?」
 床に座ったままの青木の前に、薪が膝をついて青木の顔を覗き込んでくる。
「悪い。そんなに痛かったか?」
 心配そうな亜麻色の瞳が、上目遣いに青木を見る。真紅のドレスの効果で、クラクラするくらいにかわいい。
「いいえ。平気です」
 にこりと笑って応えを返した青木に、ふっと頬を緩めて薪は微笑した。

 あ、あ、そんな……やさしい目で微笑まれたりしたら。

「薪さん!」
 飛びかかった青木の顔面に薪の拳が食い込んで、目の前に星が見えた。どさりと仰向けにひっくり返った青木の視界で、白い天井がスクリーンのように薪の微笑を映し出した。




*****


 付き合い始めて1年経ってないのに、すでにギスギスしてますね(笑)
 相性最悪とか言ってるし。(←ヒドイ)

 アツアツの新婚さんが読みたい方は、みひろさんの『晴れときどき秘密』へ、
 おしどり夫婦が読みたい方は、かのんさんの『この世界を愛したくて』へ、
 あま~い恋人関係が読みたい方は、ruruさんの『愛ってなんなのさ!』へ、ぜひどうぞ!

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ナルシストの掟(4)

ナルシストの掟(4)






 痛む拳をさすりながら、薪は床に転がった男の足を蹴り飛ばした。
 まったく、懲りない男だ。こいつは何度こんな目に遭っても、ところ構わず迫ってくる。薪が寝室以外ではその行為を嫌がるのを知っていて挑んでくるのだから、これはもう嫌がらせと解釈して間違いないだろう。

「下着が見えちゃいますね、それ」
 ひょいと腹筋で起き上がって、悪びれた様子もなくそんなことを言う。このパターンは何度も経験済みだから、今更気まずくなったりしない。

 足を上げたとき、スリットの間から下着が見えた、と青木は言った。立っていれば平気だが、座ったときには露わになってしまうだろう。

「ボクサーだと、どうしても見えるか。ビキニパンツだったらいけるかな」
「え? そんな下着、持ってたんですか?」
「もらいものだけど」
「もしかして、間宮部長がクリスマスの時に贈ってきたやつですか?」
 当たりだ。3ヶ月も前のことを、よく覚えているものだ。
 この記憶力があれば、警視の昇格試験も10位以内で合格できたはずだと思うが。まったく、肝心のところでダメな男だ。

「捨てるって言ってませんでしたっけ?」
 微かに咎めるような口調で言われて、薪は心の中で年下の恋人を嘲笑う。
 青木はけっこうなヤキモチ妬きで、とんちんかんな誤解が多い。周りの男がみんな薪のことを狙っている、という妄想に取りつかれている節がある。
「薪さんは隙だらけなんですから、気をつけてくださいね」などと注意を受けたが、38にもなる男にそういう目的で近寄ってくるバカは、こいつくらいのものだ。

「みんなの前では、そう言ってましたよね」
 言った。
 間宮が贈ってきたのはセクシーな黒いビキニで、こんなの穿けるか! と怒鳴った覚えがある。
 でも、べつにパンツに罪があるわけじゃなし。
 ……特別な日に穿いて、どこかのバカを喜ばしてやろうかな、なんて考えてたわけじゃない。断じて。

 バカは無視して、クローゼットに戻る。
 下着を替えて、姿見に自分を映してみる。
 これならしゃがんでも、下着は見えない。現場で捕り物になっても、男とバレずに動くことができそうだ。

 等身大の姿身に映る自分の姿に、薪はその日3度目のため息を吐く。
 服装を替えただけなのに、鏡の中の自分は他人のように見える。脇田課長に渡された黒髪のショートボブのカツラをつけなくても、充分女の子で通用する。

 薪は横を向いて、その画像を脳から消去しようと試みる。
 気持ち悪い。
 僕は男なのに。
 こんな格好をして、似合うとかきれいだとか言われて。化粧をしなくても不自然じゃないのが、気味悪い。

 イヤだイヤだ、女の出来損ないみたいなこんな顔。
 青木は好きだって言ってくれるけど、僕は大嫌いだ。

 乱暴に服を脱ぎ、パーカーとジーンズに着替える。眼の奥に居座る残像を振り払って、手で髪を整える。
 鏡に向かってイッと舌を出し、薪はリビングに戻った。





*****

 とうとう薪さんのオトメ化が最終段階へ……勝負下着まで用意して……こんな薪さん、イヤ。(笑)


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ナルシストの掟(5)

ナルシストの掟(5)






『彩』の控え室は、狭くて雑然としていた。
 ホステスたちは全員店に出た後で部屋には誰もいなかったが、あちこちに雑多なものが落ちていて、そこを使用している人間のだらしなさを慮らせた。ハンカチや髪留めなどはいい方で、ストッキングやガーターベルトや、果てはセクシーな下着まで。捜一の資料庫のほうがマシなくらいだ。

 一緒に部屋に入った薪が頬を赤くしているのを、竹内は微笑ましく思う。薪は年の割りには初心でびっくりするくらい純情だ、と岡部が言っていたが、どうやら本当らしい。
 床に落ちているフリルつきの黒いTバックをなるべく視界に入れないようにして、薪は化粧台の前に座った。手馴れた様子で化粧道具を取り出す。
 前髪をクリップで留めてから、化粧を始める。その手つきは鮮やかで淀みがない。

「馴れてますね」
 言ってしまってから、慌てて竹内は口を押さえる。
 思わず口から出てしまった。この手の発言は、薪の機嫌を損ねてしまうのに。
「もう、二桁近いですから……」
 竹内の失言に怒りを見せることもなく、薪は自嘲気味に言った。
 この3年の間に、そんなに女装してたのか。竹内が見たのは囮捜査のときの姿だけだが、他はどういうシチュエーションだったのだろう。見てみたかった。

 やがて、清楚な美女が出来上がる。
 透明感のある白い肌に、薄いブラウンのアイシャドウ。ピンク色の口紅と、小さな真珠のイヤリング。黒髪のストレートボブのカツラをつけて、髪の色に合わせた黒いカラーコンタクトを入れると、一見、薪とはわからない。

 化粧が済むと薪は立ち上がって、着ていたコートを脱いだ。
 薄緑色のスプリングコートのボタンを外すと、下から現れたのは盛り上がった胸にスパンコールの蝶を咲かせた緋色のチャイナドレス。深くスリットが入った、扇情的な衣装だ。
 たまらない曲線を描く肢体に、沸き起こる衝動を必死で抑える。
 これが男の身体だろうか。胸は作り物だとしても、なんなんだ、このウエストの細さは。腰の色っぽさは。ていうか、昔より女性に近い体つきになってないか? こんなに凹凸が強かったっけ?
 ああ、そうか。このひと、少し太ったんだ。腰の辺りの肉付きが良くなってる。ウエストのサイズは変わらないから、その落差で……。
 すいません、薪室長。俺はいま、完全にセクハラオヤジの目線になってました。

「その服だったら、化粧はもう少し派手にした方がいいです」
「そうですか?」
 竹内の言葉に、薪は化粧ブラシを手に取る。
 物事が決まるまではブツブツと文句が多い薪だが、いざ始まってしまえば作戦成功のための努力は惜しまない。あれほど嫌がっていた女装だって完璧に仕上げてくるし、化粧もきっと必要に迫られて練習したのだろう。
 ただ、こういう店には慣れていないから、ホステスの化粧がどういうものか解らなかったと見える。薪の今の顔は、夜の女の顔ではない。

「ピンク系かパープル系で、思いっきり色っぽく。アイシャドーとチークを重ねて。ああ、口紅も、もっと濃いほうがいいです」
 竹内が化粧に詳しいのは、昔の彼女がデパートの化粧品売り場に勤めていたからだ。女の話をよく聞いてやるのは、モテる男の条件のひとつだ。

「あ、そうじゃなくて。ブラシよりメイクスポンジ使ったほうが。ちょっと貸して下さい」
 薪はイスに腰掛け、竹内の方に顔を向けた。目を閉じて、じっとしている。

 その無防備な美態に、竹内は思わず見蕩れた。
 重なり合った睫毛がきれい過ぎる。ぷるんとしたピンク色のくちびるが、つんと突き出した細い顎が、白くて優雅な首筋が……だめだ、理性が飛びそうだ。
 こんな何もかもあなたにお任せします、みたいな顔を見せられたら、どんな男だって一発で落ちる。自分がおかしいんじゃない、薪の可愛らしさが異常なのだ。

 やわらかな頬にチークを載せて、スポンジと指先でぼかす。アイシャドウの色合いを紫に近いものに替え、銀のラメを刷く。眦に強めのアイラインを入れて眼力を強調し、くちびるには緋色のルージュを。たっぷりとグロスを塗って、限りなく妖艶に。
 もともと長い睫毛にマスカラを二度付けすると、まるで舞台用の化粧のように華やかだ。これは目を引く。この睫毛とくちびるだけで、9割の男が釣れるだろう。

 ……店に出すのが心配になって来た。
 オーナーが来るのは10時ごろだが、それまでに他の客につかれたりしたら。

 男なら誰だって、この美女を抱きしめたくなる。このくちびるを奪いたくなる。その華奢な身体を組み敷いて、豊満な胸に顔を埋めて。
 店の中で、そんなことになったらどうしよう。なるべく自分が側にいるつもりだが、指名が掛かればその客のところに行かないのは不自然だ。

 方法はひとつ。
 人数を集めて、薪の指名を独占するのだ。

 竹内は携帯電話を取り出し、目的の番号をプッシュした。
「青木。第九の人間何人か連れて、歌舞伎町の『彩』ってスナックに、え、来てる? なんで?」


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ナルシストの掟(6)

 ようやくお礼の部分まで来ました。
 前フリ長くてすいません~。





ナルシストの掟(6)





 カラン、とカウベルを鳴らして、青木は仲間の後に続いた。
 スナック『彩』は、ごくごく普通の店だった。
 カウンター席が7つ。ボックス席が8つ。規模はそれほど大きくないし、店内の設備も並。夜の店らしく、やや暗めの暖色照明。客の入りは3割程度だが、8時台のスナックではこんなものだろう。

 女の子のレベルは中の上くらい――― いや、ひとりだけ飛びぬけた美女がいる。深紅のチャイナドレスをその魅惑的な肢体にまとって、ボックス席でひとりの男と額を寄せ合っている。
 男のほうが青木たちに気付き、手を上げた。それに気付いてこちらに頭をめぐらせた彼女は、大きな目を一杯に開いて立ち上がった。

「なんでおまえらがここに」
 妖艶な化粧の下の顔を青くして、薪は口中で呟いた。

 一瞬のアイコンタクト。

 青木。おまえ、みんなに喋ったな!
 すいません、薪さんが心配だったんです。
 罰として、1ヶ月間僕のマンションに出入り禁止!
 えええ! そんなあ。

「俺が呼んだんです。俺ひとりでいるよりも、グループの方が目立たないし」
 険悪な空気を読んだのか、竹内が助け舟を出してくれる。
 竹内は本当にいい男だ。これで薪に惚れてさえいなかったら、竹内が第九に敵意を持っているという薪の誤解を解いてやることは、やぶさかではないのだが。
 薪のチャイナドレス姿を見て、竹内も青木と同じような危惧を抱いたのだろう。だから青木に電話をしてきたのだ。つまり、竹内は現在も薪にこころを奪われている、ということだ。それが解っていて竹内の弁護を買って出るほど、青木は自分の立場に自信がない。

「こんなにPM集めて、勘付かれたらどうするんです」
 PMとは、警察官という意味のスラングだ。隣の席に人はいないが、用心に越したことはない。
「大丈夫ですよ。第九の連中は、一課(うち)の奴らと違ってPMには見えませんから」
「第九(うち)にだって、あれ、岡部は?」
「岡部さんだけは、遠慮してもらいました。あのひとは顔が売れすぎてますから。連中の間じゃ、もはや伝説になってます」
 青木はこの珍事の裏側を知っているから、岡部にだけは事情を話しておいた。他の第九の仲間には潜入捜査であることは言わず、竹内の知り合いに頼まれて薪がスナックにヘルプに入ることになった、面白そうだから見に行きませんか、と適当な嘘を吐いておいた。

 半信半疑でついてきた彼らだったが、薪の姿を見れば口をつぐまざるを得ない。髪の色と瞳の色が違うから別人かとも思ったが、この氷のような雰囲気と声は間違いなく本人だ。
 薪の動揺をよそに、かれらはわらわらと席に着き、薪と竹内を中心に輪になった。竹内の隣には小池が座り、薪の隣には曽我が陣取った。
 青木は、薪からいちばん離れた席に座った。恋人同士になってからは、こんなところにも気をつけるようにしている。

「室長。ビール注いでください」
「いい度胸だな、小池。僕に命令か?」
「ここで男だってことがバレたら、まずいんでしょう? だったら、それらしくしないと」
「なっ!」
「小池君の言う通りです。お願いします」
 竹内が小声で囁く。確かに、薪の不自然な態度は計画の頓挫を招く。

 アイコンタンクト2。
 青木! おまえのせいだぞ!!
 仕方ないですよ。薪さん、今はホステスさんなんですから。
 うるさい! 1ヶ月間、アフターのデート禁止!!
 ええええ~~!!

 細い手が滑らかに動いて、ビール瓶を両手で持った。そこまでは良かったが、瓶の傾け方が乱暴だ。小池のグラスには泡しか入っていない。
 きっと立ち上がってテーブルを蹴り倒したいのだろう。前髪に隠れた眉毛がぎりぎりと怒りの形に吊りあがっている。表面上は大人しくしているものだから、第九のみんなはそれに気付かないらしい。
 いや、気付かないフリをしているのかも。日頃から薪に苛め抜かれている彼らのこと、仕返しのチャンスは今しかない、と思っているのかもしれない。
「人選を誤ったかな」
 大学時代の友人を連れてくるべきだったか。しかし、有事の際にはひとりでも多く、薪を守れる人間がいた方がいい。

「竹内さんの彼女って、ここにお勤めなんですか?」
「え? ……ああ、そうなんだ。風邪を拗らせちゃってさ。ヘルプ入れなきゃクビになるって泣きつかれて、どうしようもなくて。で、室長に頼んだんだ」
 阿吽の呼吸で、竹内が青木に話を合わせてくる。カンの良さと頭の回転の速さは、さすが捜一のエースだ。
「なるほど。竹内さんの彼女のためにも、今日はカンバンまでお付き合いしますよ」
「あはは。そりゃありがたい。さすがに面倒見なきゃ、とは思ったんだけど、室長とサシでいるのは辛くってさ。おまえに連絡入れたってわけだ」
「二人きりじゃ、お通夜状態でしょうからね」
 さりげなく辻褄合わせをして、第九の連中に事件のことを悟らせないようにする。薪が部下をこの件に巻き込みたくないと思っていることを、このふたりは知っているからだ。

 しかし、彼らにはそんな気遣いは無用だったようで、すっかり薪を囲んで盛り上がっている。薪にお酌をしてもらう機会なんて、これを逃したら一生ない。
 薪も諦めたらしい。
 唯々諾々と、第九の面々に酒を注いでいる。箸でオードブルを挟んで、曽我の口に入れてやったり、一枚のポテチを反対側から宇野とふたりで食べたりしている。ちょっとポテチはやりすぎだと思ったが、これが普通だ、と今井に丸め込まれている。
 薪は、こういう店にあまり出入りしたことがない。ホステスがどういうことをするのか、よく知らないのだ。
 よって、「ホステスは一枚のポテチをお客さんと一緒に食べる」と教えられたら、それが本当だと信じてしまったらしい。

「コップにお酒を入れたら、まずはグラスに唇をつけて、それからお客さんに渡すんですよ」
 そんな不衛生な飲食店は存在しません。
「お客さんが何かを食べたいって言ったら、相手の膝の上に座って、お箸で食べさせてあげるんですよ」
 重量級のホステスだったらどうするんですか。
「お絞りで口元を拭いてあげるのも、ホステスさんの役目です」
 それはお母さんの仕事です。
「ふうん。おまえら、よく知ってるな」
 小学生でもわかりそうなウソなんですけど!

 部下の言うことを鵜呑みにして、納得したように頷いている。
 まったく、このひとは頭がいいのか悪いのか。
「またまた、とぼけちゃって。女の子を100人も斬ってる薪さんが、知らないはずないでしょう?」
「も、もちろん。ちょっとおまえらを試しただけだ。常識だよな、うん」
 ……バカだ、このひと!!

「じゃあ、えっと……ん」
 薪が口にポテチを咥えて竹内の方を向いたのを見て、青木はソファから転げ落ちそうになる。
 どうしてそこで竹内なのだ。相変わらず、ピンポイントで地雷を踏むひとだ。
 竹内は涼しげな眼に一瞬の熱情を宿したが、さすがに自制したらしい。彼が遠慮がちに首を振ると、すかさず今井が横から薪の口先を齧っていった。

 ここは―― 今井でよかった、と思うところなのだろうか。とりあえず今井には明日、業務終了後に下剤入りのコーヒーを飲ませてやろう。

 それから薪は、曽我の膝に乗ってフライドチキンを食べさせてやって、ちゃんとグラスにキスをしてから小池にビールを渡し、宇野の口元についたケチャップをお絞りで拭きとった。

 帰り道、全員まとめて歩道橋の階段から突き落としてやる。

 間違った授業はどんどんエスカレートしていく。
 薪が信じ込んでいるのをいいことに、手を握ったり足を撫でたり、そのたびに「オレの薪さんにさわるなー!」と叫びたいのを必死で我慢していた青木だが、そろそろ臨界点を超えそうだ。

「え? そんなことまでするのか?」
「はい。みんなやってますよ」
 青木の心中も知らず、薪はまた何やら騙されている。このひと、どこまでバカなんだろう。
「ん~、じゃあ」
「ちょ、ちょっと!!」
 小池の頬にキスをしようとした薪を、青木は慌てて引き止めた。

 くそ! 小池だけは大型ダンプが通るところを見計らって、車道に落としてやる!!

 さらにアルコールが進んでくると、座もくだけてきて、話の方向も下卑たものになってくる。仕事の話はタブーだから、女性の話や経験談や、普段は薪の前で慎んでいる話題も続々と上がり、彼らのテーブルは大賑わいだった。
 口ばかりで実体験の伴わない薪は、具体的な女性のからだの話に、目をウロウロさせている。頬の赤みは化粧でわかりにくいが、耳が真っ赤だ。100人は斬ったと豪語する薪の女性遍歴がハッタリであることを第九のみんなは知っているから、これは完全なセクハラだ。

 薪が平静を装いつつも、水面下で焦りまくっている様子を存分に楽しんだあと、彼らは仕上げに入ることにした。
「さーて、そろそろ、アレ、始めようぜ」
「待ってました!」
「ほい、クジ」
 部下たちが取り出したものを見て、薪の顔が青くなった。
 棒の端に番号が振ってあり、そのうち1本には『王様』と書いてある。こういう席では欠かせないゲームの王道。

「ほらほら、引いて引いて」
「みんな、引いたか? じゃ、せーの」
「王様、だーれっ?」




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ナルシストの掟(7)

 ちょっと私信です。

 K24さん。
 あのネタ、使っちゃいました。事後承諾になりまして、ごめんなさい。
 でも、サプライズのほうが喜んでもらえるかと(^^
 お怒りでしたら幾重にも膝を折りますので、どうかお許しを。




ナルシストの掟(7)






「3番のひと。5番のひとの手にキスする!」
「4番! 6番のひとを肩車!」
「2番の人! 4番のひとを膝枕して、耳掃除をしてあげる!」
「5番! 1番のひとをお姫様抱っこして20回転!」
「4番のひと! 3番のひとの胸に顔を埋める。3番はそれを抱きしめる!」
「1番のひと! 2番の人とメリージェーンを踊って!」
「6番! テーブルの上で女豹のポーズ!」
「6番のひとは5番のひとの太腿にキスを」
「ちょっと待てえ!!」
 棒が引かれるたびに、何故かずっと同じ人物が奴隷になっている。

 曽我の手にキスをさせられて、青木に肩車をされて天井のライトに頭をぶつけた。
 小池の耳掃除をさせられて、腰の辺りを撫で回された。
 今井に抱き上げられてくるくると回り、アルコールの作用もあって一緒に床に倒れこんだ。
 宇野の頭を胸に抱きしめたら、何故だか鼻血を出されて、スパンコールの蝶が一部赤くなった。

 ぴったりと身体を合わせるチークダンスを竹内と踊りだすと、気を利かせた店のスタッフがミラーボールを回してくれた。おかげで店中の客に注目されてしまい、恥ずかしさに悶死しそうになったので、防衛本能に基づいてフェラガモの靴を5回くらいヒールの踵で踏んでやった。ザマーミロ。

 テーブルの上に四つん這いになって、背中を反らせるケモノのポーズをとらされたあと、小池にスカートの中に顔を突っ込まれそうになって、とうとう薪は叫んだ。

「なんで僕ばっかり!?」

 もちろん、この百発百中の指名には裏がある。
 あらかじめ、第九の全員で合図を決めておいたのだ。1を引いたら右の耳、2だったら左耳。3だったら鼻を触り、4だったら顎を触る。王様になった人間は、それらの情報をもとに薪の番号を推測する。部外者は竹内だけだからその確率は二分の一だが、彼の隣に座った小池がこっそりと竹内の番号を盗み見て、その番号に該当する場所を左手で示す。最終的には、薪にすべての指名が行くようになっているのだ。

「やった、俺、王様!」
「あんまりえげつないこと言うなよ、小池」
「酒の席は無礼講だろ。じゃあ2番のひと! 上半身ハダカになって!」
「えっ」
「あれ? もしかして、薪さん?」
「かわいそー。でも、これはゲームですから」
「そうそう。思い切って脱ぎましょう」
「だ、だって、脱いだらバレ……」
「上半身がイヤなら、下半身でもいいですよ」
「おまえら、いい加減に……!」

 カンのいい薪のこと、これくらいのカラクリはすでに見抜いているだろうが、自分の正体をバラすわけにはいかないから、こうして言いなりになっているのだろう。第九の面々にもそれは分かっているが、とりあえず今が楽しければいい。後でどれだけ苛められてもいいから、今までの恨みを晴らすことで、彼らの意向は一致したらしい。

 アイコンタクト3。
 青木。おまえもグルだったんだな。
 すいません。先輩たちに言われて、仕方なく。
 言い訳無用! おまえとは別れる!
 そ、それだけは~~~!!
 じゃあ、なんとかしろ!
 ムリですよ~~!

 ここに岡部がいれば、連中を諌めてくれたはずだが、ストッパーのない状態でアルコールの入った彼らを止めるのは、青木には不可能だ。

「薪室長。滝渕です」
 竹内の囁きに、薪は視線だけを店の入り口に走らせる。
 被疑者の確認は一瞬で済んだ。脇田から預かった資料の中の写真によって、薪の脳裏には、はっきりと彼の顔が焼き付けられている。街中の雑踏ですれ違っても見つけ出せるくらい、明瞭に。
 滝渕謙三は53歳。白髪交じりの頭髪は短く、額に斜めに走った傷がある。いかにもヤクザ者、といった顔つきだ。身体は大きく、かなり太め。ずんぐりむっくりとした体型で、狸を思わせる。
 滝渕は両側に女をはべらせて、ウイスキーをロックで飲み始めた。両手とも4本しかない太い指には、金無垢の角ばった指輪。毛深い手首には、これ見よがしのロレックス。スーツもネクタイもブランド物だが、着ている人間は三流どころか最下層だ。

「おまえら、そろそろ帰れ」
 突然、口調を変えて、薪は言った。眼つきが、捜査官のそれになっている。
「なに言ってんですか。脱ぐのが嫌だからって」
「手品師の常套手段くらい、僕が知らないとでも思ったのか?」
 ソファの背もたれに背中を預け、薪は優雅に足を組む。細い顎を上げて周りを睥睨し、冷たい声で言い放つ。周りの空気の温度を自在に下げるのは、薪の得意技だ。
 アイメイクによって強調された眼力が、第九の部下たちに襲い掛かり、彼らの酔いは一気に醒めた。

「ヤバイです。薪さん本気で怒ってます。これくらいにしておいた方がいいですよ」
 青木が怯えきった口調で、皆の恐怖を煽る。青木の怖さが伝染した形になって、第九の面々は次々に席を立った。
「そ、そうだな。ぼちぼち引き上げるか」
「じゃ、竹内さん。俺たち、これで」
 そそくさと席を立つメンバーを見送るために、薪は立ち上がって出口の方へ歩いていった。レジの隣に立ってこちらを向いている薪の眼が、じっと滝渕に注がれているのを見て、竹内は微かな不安を抱く。

「青木。みんなと帰る振りして、おまえだけこっそり戻ってきてくれ」
「はい。そのつもりです」
 素早い返答に顔を上げると、青木は竹内と同じものを見ていた。青木も、薪の視線の意味に気付いたらしい。やっぱり、こいつは捜一向きだ。

 表面上はにこやかに第九の職員たちを見送って、薪はもう一度、滝渕のほうを見る。それを竹内は見ていた。
竹内の視界で、女の肩を抱いた滝渕の目と薪の視線が一瞬だけ、絡んだ。





*****


 作中のメリージェーンは、K24さんのアイディアです。
 K24さん、ありがとうございました。(^^

 『スナック女装』と『王様ゲーム』はこれでおしまいです。お楽しみいただけましたでしょうか?
 次の章からは、しづのシュミに走らせてもらいます。
 ええ、うちのお話は、ハラハラドキドキしなきゃつまんないでしょう?(笑)



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ナルシストの掟(8)

 ご報告です。

 『最愛の秘密』のK24さんが、『ナルシストの掟』のイメージイラストを描いてくださいました~~!!!(〃∇〃)


 K24さん、ありがとうございました!
 メリージェーンのアイディアを使わせていただいた上に、イラストまで描いていただくなんて。
 盗人に追い銭とはこのことですね!(もう少しマシな例えはないのか(--;)


 K24さんの麗しいイラストは こちら です。是非、ぽちっと押して、ご覧になってください!

 K24さんには以前にも、竹内のイラストを描いていただきました。(こちら です)
 この章は、K24さんのイラストのイメージで読んでいただくと、こんな幼稚な文章でも色っぽく読めるかも、です。
 どうぞお試しあれ。(^^






ナルシストの掟(8)






 薄暗い廊下に、濃密なエロスの空気が漂っている。
 どこかでよろしくやっている連中がいるらしい。こういう雰囲気は、肌で感じるものだ。店内での情交はしないようにと、厳しく支配人には言ってあるのだが。

 滝渕謙三は化粧室に続く廊下で、そっとその気配を辿り、一組の男女を発見した。
 一定の間隔を置いて壁に灯されたライトの下で、ふたりは夢中で抱き合っていた。女のしなやかな足が男の足に絡んで、男の唇が女の首を這い回っている。

 男も女も、えらく美形だ。ホストクラブでもなかなかお眼にかかれない色男と、これまたモデル顔負けの美女。これまで見たこともないような、いいオンナだ。この容姿なら、銀座のクラブでも生き残っていけそうだ。
 服装からするに、さっき、レジのところに立っていたあの女か。いい身体をしているとは思ったが、遠目でよく顔が見えなかった。
 ボーイの島村が知り合いの女性をひとり雇って欲しいと言っていたが、あの女のことか。いったい、どこであんな美女を見つけてきたのか、ボーナスを弾んでやらにゃなるまい。金額は、あの女の味次第だが。

 女はたっぷりと情感を含んだ眼差しで空を見つめ、男の愛撫を受け入れていた。露わになった首筋から肩のラインが官能的に薄暗がりに映える。その肌は、滝渕が今まで手に入れてきたどの女よりも白かった。

「あん、ねえ、部屋に行ってからゆっくりしましょ。アレ、使って……ね?」
 チャイナドレスのスリットから、女の陰部をまさぐっていた男の手が止まり、胸に埋められていた顔が上がった。
「アレはもう、手に入らないんだ。俺の知り合いがパクられちまって」
「え!? うそ!」
 行為の続きに戻ろうとした男の手を摑んで、女は言い募った。切羽詰った表情だ。
 
「他の人からも買えるんでしょう? だったら」
「やめたほうがいい。サツもこの辺、締めてきたみたいだし。ここらが潮時だろ」
「冗談じゃないわよ! アレがなかったら、あたし……」
 自分の要求に男が応えてくれないと解ると、女は男の身体を乱暴に突き飛ばした。胸の前を合わせて、イライラした調子で爪を噛む。
「なんでそんなに焦ってるんだ? 俺はおまえをシャブ中にするほど、クスリを渡してなかったはずだぞ」

 豹変した女の態度に、男は訝しそうに首を傾げたが、すぐにひとつの可能性に気付いて、女の華奢な腕を摑んだ。
 腕の内側を確認するが、探していたものはない。まあ、そんな見えるような場所に打つバカはいない。足の指の間とか、腿の内側とか。

「なんだ、これ! こんなに痕になるほど、おまえ、いつの間に」
 女の内股にその証拠を見つけて、男の顔色が変わった。
 真っ赤な布地から覗く白い腿。滝渕は思わず、唾を飲み込んだ。

「どこから手に入れたんだ? どうやって? まさかおまえ、俺以外の男と!」
「だって」
「っざけんなよ、この淫売!」
「きゃっ!」
 パン! という音が響いて、女が床に倒れた。女の顔を殴るなんて、ひどい男だ。ブスの顔なら構わないが、美女の顔は許せない。
 うつ伏せに倒れた女の背後から、嫉妬に狂った男は襲いかかった。
「いやっ! 乱暴にしないで!」
 スカートをたくし上げ、無理矢理足を開かせようとしている。必死で抵抗するが、しょせんは女の力だ。いくらもがいても、男の腕力には勝てない。服ははだけていく一方だ。白い尻に食い込んだ黒い下着が、ちらりと滝渕の目を掠めた。
「だ、だれか! 助けてっ!」

「おれの店で、揉め事はよしてもらおうか」
 ドスのきいた声で滝渕が一喝すると、ふたりはびっくりして跳ね上がった。
 特に男の方は滝渕の風体に恐れをなしたらしく、立ち上がって逃げる素振りを見せた。女の腕を摑んで連れて行こうとしたが、女は嫌がって首を振った。滝渕を縋るような瞳で見て、声もなく哀願する。

「待ちな。その女は置いていきな」
「こ、この女は俺の」
「兄さん、悪いこたあ言わねえ。この店から無事に出たかったら、おれの言うとおりにしな」
 欠けた小指を見せ付けると、真っ当な人間は大抵びびる。後は額の傷を見せてやれば、脅しめいたことは何も言わずとも、相手が勝手に逃げていくという寸法だ。
「そのイカした面がありゃ、他の女がいくらだって寄ってくるさ。なあ」
 凄んだ顔で笑ってやると、男は尻尾を巻いて逃げていった。床に腰を落としたまま、女は着衣の乱れを直している。やがてよろよろと立ち上がり、滝渕に向かって頭を下げた。

「ありがとうございました」
「気にするな。店の女の子は大事な身内だ。守るのは当たり前よ」
 太い腕が女の身体に伸びて、細い腰を抱き寄せた。びくりと身体を強張らせるが、抵抗らしい抵抗はしてこない。とりあえず、今夜にでも味を見ておくとするか。

「あっ、いや」
 スカートの中に手を入れて、注射針の痕を探る。
 なるほど、ボツボツと痕がある。相当、のめり込んでるな、この女……。
「うちに来れば、いくらでもあるぜ」
「え?」
「欲しいんだろ。これ」
 すべすべした内股をさすりながら、クスリの存在をチラつかせると、女は一も二もなく飛びついてきた。

「あの、ここで欲しいんだけど」
「今は持ってねえ。家に行かなきゃ、ダメだ」
 微かな困惑が女の瞳を曇らせたが、すぐに腹は決まったようで、彼女は素直に滝渕の後をついてきた。袖なしのチャイナドレスから可愛らしく覗いた華奢な肩を抱き寄せて、滝渕は好色な笑いを洩らした。




*****




 店の裏口から出てきた二人の男女を見て、脇田は目を剥いた。
 体格のいい滝渕の陰に隠れるようにして歩いてくる女は、赤いチャイナドレスを着た、眼の覚めるような美女だ。
 二人は流しのタクシーを拾うと、後部座席に乗り込んで身体を密着させた。タクシーはすぐに発進し、渋谷方面に向かう。
「ちっ。薪の野郎、また勝手なことしやがって。おい、あのタクシー追え。1班、2班、渋谷方面だ。追って指示する」
 覆面パトカーの助手席で、脇田は苦く吐き捨てるように言い、無線で計画の変更を部下に告げた。



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ナルシストの掟(9)

ナルシストの掟(9)






 タクシーの後部座席で、腹の底から沸き起こる嫌悪感と戦いながら、薪は身を固くしていた。

 男の太くて短い指が、薪の太ももを撫でている。中心に触られたら女じゃないことがバレてしまうから、そこから奥へ入ってこないように両手でガードしている。タクシーの運転手の目があるから、胸には触ってこない。それだけでも命拾いしている。
 店で現場を取り押さえることはできなかったが、もっと大きな収穫が得られそうだ。滝渕の自宅まで行って証拠を押さえれば、自分の店舗で麻薬が使用されていたことによる管理者責任ではなく、滝渕本人の罪として逮捕することができる。任意ではなく、容疑者として取調べができるのだ。

 こんなにすんなり行くとは思わなかった。これは、竹内の功績だ。作戦を持ちかけたのは薪の方だが、竹内はよくやってくれた。芝居が真に迫っていたから、滝渕が引っ掛かったのだ。
 竹内とて、男の身体なんか触りたくもなかっただろうに。生理的な嫌悪感まで押さえ込んで、捜査のために自分の役目を果たしたのだ。そこは正当に評価しなくてはならない。女ったらしの遊び人だが、職務に対する情熱だけは一級品だ。岡部が仕込んだだけのことはある。

 それにしても、迫真の演技だった。
 首筋を舐められたときには、ちょっとゾクッときた。内股をまさぐられたときには、思わず腰が震えてしまった。後ろからのしかかられたときには、マジで焦った。
 あの場面を青木に見られたら、大変なことになっていた。芝居だと分かっていても、キレていただろう。青木はあれでけっこう、よくキレるのだ。この状況だって、青木が知ったら大騒ぎだ。連中と一緒に帰ってくれて良かった。

 店で第九のみんなと飲んでいたとき、青木はすでに恐慌状態だったのだが。相変わらずこういうことには、てんで鈍い薪である。

 滝渕と乗ったタクシーがAホテルの玄関に横付けになって、薪は心の中で舌打ちした。
 自宅ではない。もしかすると、勘付かれたか。
「本当にここにあるの? あなたのおうちじゃなくて?」
「ああ。家には妻がいるからな。おまえを連れて行くわけにはいかないだろう? ここは二つ目の家みたいなもんだ」
 滝渕に案内された部屋は、25階のスイート。クスリで吸い上げた金で、贅沢三昧というわけか。絶対に捕まえて、刑務所にぶち込んでやる。

 部屋に入ると同時に、丸太のような腕に抱き寄せられた。キスをしようとせまってきた顔を両手で押しのけて、薪はクスリの在り処を探ろうとした。
「先に、クスリを見せて」
「わかったよ。ほら」
 寝室のサイドテーブルの引き出しを引くと、中に小型の注射器とアンプルのセットがたくさん入っている。これで証拠品は充分だ。

 薪たちが乗ったタクシーの後ろから、覆面パトカーがついてきていたのは確認している。滝渕の隙をみて携帯を鳴らせば、脇田たちがここに雪崩れ込んでくる。滝渕に先にシャワーを使わせて、その間に連絡を取ればいい。さっさと終わらせて、家に帰ろう。
 無事に捕り物が終わったら、青木を呼んで、この前の続きをしてもいい。昨日は今日のことが気になっていてそれどころじゃなかったけど、すべて決着がついた後なら。べつに僕だって、あいつと夜を過ごすのがイヤってわけじゃないし。

 だけど。
 もう少しだけ、探りを入れてみようか。滝渕の上にいる人間の情報を、いくらかでも聞き出せたら。

「おれがこいつを見せたんだから、あんたもおれに本当のことを言いな」
 不穏な言葉に、薪の心臓が凍りついた。嫌な予感は的中し、滝渕はナイフを取り出して、薪の目の前に突き出した。

 もしかして、僕の正体に気づいたのか? だったら、どうしてここまで連れてきたんだ?

 太くて短い4本指が、黒髪に絡んだ。思い切り引っ張られる。まずい、と思ったときにはカツラをむしりとられて、チャイナドレスの胸を切り裂かれていた。
「やっぱり男か。匂いが違うと思ったぜ」
 くそ、ここまでだ。
 もう少し粘るつもりだったが、自分が男だとバレてしまったら、これ以上の情報を得るのは不可能だ。

「安心しな。ちゃんとクスリは分けてやるよ」
 滝渕の顔に、自分が騙されたことに対する怒りが浮かばないのを見て、薪は考えを改めた。そうだ、客の振りをすればいい。滝渕はまだ、薪のことを中毒者だと思っている。その筋から探ればいい。
「本当? 良かった、僕……わっ!」
 切り裂かれたドレスを脱がされそうになって、薪は焦って身を翻した。びっくりして、滝渕の顔を見る。

「おれは男も平気だぜ。ムショの中で、何回も抱いてる」
 ……何故この可能性に気づかなかったんだろう。暴力団や極道の世界では、よくあることなのに。
「おまえもそのつもりで付いて来たんだろ?」
「あ、う、うん」
 本当のことを言うわけにはいかない。でも、こんな展開は予想していなかった。男だとバレた時点で、アクションスタート、の計画だったのだ。

「ま、待って! これ、次に欲しくなったら、どうしたらいいの?」
 顔面5cmの距離に近付いた分厚い唇を避けて、薪は横を向いた。嫌がっているのを悟られないように甘えた声を出し、情報を引き出すために演技を重ねる。男のたるんだ頬に手を添えて、指先ですっと撫で上げ、上目遣いに微笑んで見せた。
「おまえが言えば、都合してやるよ」
「あなたが警察に捕まらないって保証は?」
 滝渕は、ちょっと嫌な顔になった。確かに失礼な聞き方だが、ゆっくり問い質している余裕はない。

「ごめんなさい。でも僕、本当に困るんだ。さっきの男もダメになっちゃったし。あなたの買い付け先を教えてくれたら、なんでもするから」
「わかったよ。教えてやる。その代わり、な」
「あっ、待って。先に教えて」
「こっちが先だ」
 くそ、固いな。
「お願い」
「ダメだ」
 そう都合よくはいかないか。
 どうしよう。もうちょっとで聞き出せそうなのに。

「わかった。じゃ、先にシャワー浴びるね」
 相手の要求に応じる振りをして、その場を離れる。このままじゃラチがあかない。
 洗面所兼脱衣所に逃げ込んで、必死で考えを巡らせる。何とかして、滝渕から情報を聞き出したい。いっそのこと、あのナイフを奪って脅してでも――――そのくらいで吐くようだったら、極道なんかやってないか。
 となると、残る手段は。

 ふと顔を上げると、洗面所の鏡に自分が映っている。
 派手な化粧にケバケバしい衣装。
 ものすごく無様な姿だ。

 とりあえず、このみっともない化粧だけは落とすことにして、薪は顔を洗い始めた。カラーコンタクトを外して、石鹸を泡立てる。
 化粧を落としてから自分の顔を見ると、今度は泣きそうな顔になっている。弱気な表情をして、むき出しの肩が微かに震えてる。

「くっそ……」
 なにを尻込みしてるんだ、このくらいのことで。
 この状況を利用すれば、組織の情報が手に入る。もう少し、もう少しだ。

 薪は服を脱ぎ始めた。
 浴室に入って、シャワーを浴びる。強めの水流で、臆病な自分を流してしまおうと試みる。

 滝渕と寝たら、青木が怒るだろうな。
 だけど、このまま放っておいたら、クスリの被害者は増える一方だ。ここで情報が得られれば、組織を壊滅できるかもしれない。
 そうしたら、何千人ものひとが助かるんだ。それを考えれば、こんなのは何でもないことだ。青木だって解ってくれるはず。あいつも警察官なんだし。ていうか、そんなことで怒るようだったら、こっちから引導を渡してやる。

 石鹸を塗った指を後ろから忍ばせて、その部分を清める。行為の前のこの準備は、薪にとってとても屈辱的なことだ。青木と会う前には必ず行なうのだが、ひどく恥ずかしくて、と同時に少しだけときめいたりして。
 でも、今は。
 これからあの男の手が自分に触れるのだ、と思うと、すぐにもこの場から逃げ出したくなる。そのことを想像すると、膝に震えが走る。
 そんな弱い自分に気付かない振りをして、薪はシャワー室から出た。

 鏡でもう一度、自分の顔を確認する。
 こんな怯えた顔じゃダメだ。冷静に。落ち着いて。
 大丈夫。これくらい、たいしたことじゃない。

 寝室に戻ると、滝渕が缶ビールを飲みながら薪を待っていた。薪の素顔を見て、驚いた顔をする。
「ほう。えらいベッピンじゃねえか。化粧なんか、しねえほうがいいぜ」
 親指と二本の指で顎を挟まれ、顔を上げさせられる。薪は臆せず、滝渕の顔をじっと見た。

 ここで目を閉じるのが自然だと思ったが、どうしてもイヤだった。すでに覚悟は決まっていたが、くちびるだけは許すまいとつまらないことを考えた。
 売春婦の中には、キスだけはお客と交わさない女がいるそうだ。それだけは本当に好きな人とする、と言う話を聞いた。身体を売ることを生業にしてるくせに、そんなことに何の意味があるんだろう、とそのときは思ったが、今は彼女たちの気持ちが少し分かるような気がする。

「あんた、名前は?」
「薪」
 名前なんか聞いて、どうするんだろう。
 ああ、そうか。顧客リストに名前を載せるのか。しまった、つい本名を……まあ、いいか。どうせあと数時間で、こいつはパトカーに乗ることになるんだ。

「あなたも、シャワーを」
「……ああ」
 滝渕がシャワー室に入ったのを確認し、薪は脇田に電話をかけた。
「部屋は2502。突入は1時間後。僕が合図にカーテンを開けますから」
『薪、大丈夫か? ムリしてんじゃねえのか?』
「大丈夫です」
 脇田はまだ何か言いたそうだったが、薪は電話を切った。それから、サイドテーブルの引き出しを開ける。そこにはアンプルと、小型の注射器が入っている。

 注射器を手にとってクスリを吸い上げ、薪は暗い瞳で注射針の先を見つめた。




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ナルシストの掟(10)

ナルシストの掟(10)






 滝渕が部屋に戻ると、今夜の恋人はバスローブ姿でベッドの端に腰掛けていた。

 長い睫毛に囲まれた亜麻色の瞳が半開きになり、その視線は空をさまよっている。ちいさな手に載せられた、注射器とアンプルの小瓶。瓶も注射器の中も空っぽで、その中身は彼の身体中を血液と共に巡っている最中らしい。
 隣に座って、華奢なからだをベッドに横たえる。バスローブの紐を解いて滑らかな肌に触れると、固く強張っている。まだクスリが回りきっていないのか、常習しすぎて1本では効かないのか。
 抵抗されたら厄介だ。事前に手を打つに限る。
 滝渕の懸念は、もうひとつある。どちらかというと、こちらの方がより重要だ。

「あっ、なにを」
 バスローブの紐で、手首を縛る。足を広げさせて、例の場所を確認する。
 ローブの下はなにもつけていないから、下腹部が丸見えだ。シミひとつない内腿と、やわらかそうな尻。その間にある、滝渕も見慣れたもの。

「やっぱりな。あんた、クスリなんかやっちゃいねえだろ」
 注射針の痕は、フェイクだ。
 触感にまで拘ったメイクを風呂場で落としてきちまうなんて、よっぽど動転していたに違いない。先刻からの不自然な態度といい、こいつは男の相手などしたことがないのだろう。さっきの男とのことも、芝居だったに違いない。

 びくっと細いからだが震えた次の瞬間、思いがけない素早さで、紐で結ばれた両手が滝渕の顔面めがけて繰り出された。すんでのところでそれを避け、手首を捉えてベッドに押しつける。
 明らかに訓練された者の動きだ。どうやら、悪い予感が当たってしまったらしい。
「あんた、サツの犬か? さっきの男もグルか」

 薪はギッとくちびるを噛んで、滝渕の顔を睨みつけた。亜麻色の大きな瞳が怒りに燃えて、熾烈な輝きを宿している。
 驚いた。
 今まで男は女の代用品という考えしかなかったが、こいつはそそる。恥辱に頬を染めている表情もクるし、手首の拘束を解こうと、もがくさまにも煽られる。

 こんな細っこいからだを押さえ込むのは、滝渕の体躯をもってすれば簡単なことだ。腹の上に跨って体重を乗せれば、相手はぴくりとも動けなくなる。
「どうして分かった?」
 観念したのか、薪は大人しくなった。抵抗するのをやめて、静かな瞳で滝渕を見上げる。
「下手な芝居だったか」
「いや。良い演技だったよ。ここに来てコンタクトを外すまでは、正直信じきってた」
「コンタクト?」
 眉をひそめて、薪は尋ねた。

「目がな」
 やわらかい頭髪に太い指を差し入れ、下方に梳く。さらさらと手触りのいい、極上の絹糸のようだ。
「キレイすぎるんだよ、あんたの眼は。ヤクをやってる人間の目ってのは、そんなに澄んじゃいねえんだ。おれはジャンキーを何人も見てるからな。分かるんだよ」
 ガラス玉のように透明な瞳が、じっと滝渕を見ている。その清涼感に、滝渕は焼かれるような苛立ちを覚えた。

「どんな小さな罪も、犯したことなんかないんだろ、あんた。キレイな顔に相応しい、おキレイな人生送ってきたわけだ」
 どす黒い感情が、滝渕を支配する。こいつとは、長い付き合いだ。こいつは、滝渕を今の地位まで押し上げてくれた。だから滝渕は、この感情を歓迎している。
「ガキみてえに、キラキラキラキラしやがって。おれはそういうの見ると、めちゃめちゃムカツクんだよ。ぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたくなるんだよ。」
 感情のままに、薪の小さな頬を手の甲で張り飛ばす。指輪がぶつかったのか、薪の右頬には傷が付き、口元から血が流れた。

「男の相手だって、初めてなんだろ? ガチガチに緊張しちまって」
「何の罪もない、か」
 幼い顔に似つかわしくない、妙に老成した声が滝渕の耳に届いた。驚きとともに、滝渕は言葉を飲み込んだ。
「おまえの目は、節穴か」
 ふっと唇を歪めて、薪は苦く笑った。
 それは彼の容貌にはひどく不釣合いな、まるで人生の終盤にさしかかった老人のような乾いた笑いだった。

「僕は、40人殺してる。いや、40人じゃきかないか。被害者の遺族の中には、絶望から自殺した人間もいるし。僕が犯人を検挙したせいで失われた命も、たくさんある。数え切れないくらい多くの人々の平穏を奪ってきたし、踏みつけてきた」
 不穏当な発言とは裏腹に、どこまでも澄み切った瞳が滝渕の濁った眼を射抜く。長い間忘れていた感傷に囚われそうになって、滝渕は4本しかない指を握り締めた。
「直接手を下したのは一人だけだが、ひとの命を奪ってきた事実は変わらない。自分の手を汚さずに……おまえと一緒だ」

 だから。
 こんな罪に塗れた身体ひとつで、大勢の命が救えるなら。
 僕はためらったりしない。

 声に出さない薪の声が聞こえたような気がして、滝渕は固まった。
 優位に立っているのは、自分のはずなのに。この男の命を握っているのは、自分なのに。勝てる気がしない。

 ベッドの上で、上と下の位置関係で。ふたりの男は、しばし無言で睨み合った。




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ナルシストの掟(11)

ナルシストの掟(11)








「そのきれいごとが、いつまで続くかな。ここにあるヤクだけでも、全部打てば楽にあの世に逝けるぜ」
 薪の両手を革のベルトでベッドヘッドに固定して、滝渕は残忍な笑いを洩らした。
もがき続ける薪の足を1本ずつ縛る。足を曲げさせて広げさせ、足首と太ももとを繋ぐ拘束具で自由を奪う。こういうものが用意してあるところを見ると、ここは滝渕がそういう目的に使っていたところらしい。何人もの中毒者がクスリをチラつかされてここに引き込まれ、この男の餌食になってきたのだろう。
 手足を縛られては、いくら薪が黒帯でも反撃はできない。こうなったらネゴシエイトだ。

「外で5課が待機している。素直に投降すれば、おまえの罪もいくらかは軽くなるぞ」
「まあ、そうだろうな。潜入捜査がされるってことは、アミ(包囲網)も完璧だろう。おれも年貢の納め時ってことよ」
 滝渕は状況を冷静に把握している。末端の売人ではないから、それなりに頭も切れるのか。
「ムショに入る前に最後に抱くのが、男だってのはちょっと悲しいけどな。まあ、いいや。塀の中にはあんたみてえなシャン(美人)はいねえからな。せいぜい、楽しませてもらう」
 臍を噛む思いで薪が滝渕の様子を見ていると、滝渕はベッドの下から粉状のクスリを取り出した。水で溶いて注射器で吸い上げる。

 ……ちょっと待て。それ、致死量超えてないか?

「少し多すぎるんじゃないか? 楽しむだけなら、その100分の1くらいでよくないか?」
 1グラムの覚醒剤で、人間死ぬんだぞ。おまえもプロならわかってるだろ!?
「あの世に逝く瞬間の女の締まりは、最高なんだぜ。男で試すのは、あんたが初めてだが」
 そんなのなくても、僕のは締まりいいから! よすぎて最初、入らなかったくらいだから! 今でもけっこう苦労して、ってそんなこと言ってる場合か!

「僕を殺したら、極刑になるかもしれないぞ」
 心の中の焦燥を表に出さないよう注意して、薪は落ち着いた声で言った。ネゴシエイトは、相手に焦りを悟られたら負けだ。
「なに寝ぼけたこと言ってんだ。この世界、捕まったらゲームセットなんだよ」
 自棄になってる。当たり前か。
 どのみち、滝渕に未来はない。警察に捕まって刑務所に送り込まれた麻薬の売人がどんな末路を辿るか、薪だって知らないわけではない。五体満足では出て来れない。そして刑務所から出たら、組織の報復が待っている。薪に恨みを持つのは当然のことだ。

「そう悲観的になることはない。親元を教えてくれれば、その情報と引き換えに、おまえの身の安全は警察で保証する。おまえの協力次第で、情状酌量の余地も」
「サツに人生売るくれえなら、死んだ方がマシだ」
 だめか。
 どの世界でも、頑固者ってのは厄介だ。

 滝渕がこちらを振り返った。注射器の先端から、透明な液体がこぼれる。
 滝渕の眼は、冷徹な殺人者の眼だ。これは滝渕にとって、いつものゲームに過ぎないのだ。ゲームが終わってここに死体が転がったとしても、薬物に溺れた人間のひとりくらい、跡形もなく消してしまう。組織犯罪の恐ろしさを、薪は厭というほど知っている。

「やめろ! 打つな!」
 さすがに、冷静を保てなくなってきた。声が恐怖に裏返る。
「打っといたほうがいいぜ。初めてなんだろ? これがありゃあ、最初から天国に逝けるぜ」
「いや、大丈夫だから! 何度もイッたことあるから! 僕はもうベテランだから!」
 本当はこの1年の間に、まだ1回ぐらいしかそうなったことがないのだが、ここはこうとでも言わないと。
「あん? もしかして、あんたアンコなのか?」
「ま、まあ一応、その……今のところは」
「ふーん。純情そうな顔して、見かけによらねえな」
 納得はしてくれたようだが、手を止める気はないらしい。悪魔の液体をたっぷりと含んだ注射針の先が、薪の首に近付いてくる。
「よせ! やめろ!!」
 こんなところでこんな奴に犯り殺されるなんて。
 いくらなんでも、この死に方はあんまりだ。こんなことなら、こないだ青木に死ぬかと思うほどイかされたとき、素直に死んどきゃよかった、ってそうじゃなくて!!

 そのとき、2発の銃声が轟いて、ベッドの上のふたりは硬直した。間髪入れずにドアが蹴破られ、2人の男が入ってくる。
「滝渕! 無駄な抵抗は、ってこら! 青木!」
 名前を呼ばれた長身の男は、銃口を滝渕の頭に突きつけると、無言で注射器を払い落とした。首の部分を掴み、ベッドの下に投げ落とす。
 現場に踏み込んだときのセオリーは、犯人に投降を呼びかけてから、抵抗するようなら反撃し、犯人を確保する。決して警察側から先に手を出してはいけない。相手が凶器を所持しているようなら威嚇射撃も止むを得ない、とされる。
 なので、青木がいまやっていることは大間違いだ。丸腰の相手に銃を突きつけて、両手を上げた相手を乱暴に床に投げつけた。重大な職務規定違反である。始末書が5枚ばかり必要になりそうだ。

「わかった、大人しくするよ……ぎゃっ!!」
 犯人が降参の意を示したのに、銃身で殴った。しかも3発も。始末書はあと3枚、追加だ。
「おい青木、それくらいで」
 竹内が、ベッドの上に横たわっている薪に気づいて言葉を止めた。
 生まれたままの姿で、両手を拘束され頭上に結わえられている。革ベルトで両足を固定され、脚をMの字に開かされて。
 竹内は黙ってシーツを薪の身体に掛けると、床に転がった滝渕を青木と一緒になって蹴り始めた。始末書の山が出来そうだ。

「おまえら! 先に僕の拘束を解け!」
 警視正として室長として、部下の暴走を止めないといけない。
 薪は大声で叫んだ。

「僕にも殴らせろ!!」




*****


『アンコ』というのは、マルボー用語で受け役の男のひとのことです。
 ご存知の方、いらっしゃったかしら。


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ナルシストの掟(12)

 たった6日、ブログを離れただけなのに、気分はすっかり浦島太郎・・・・(@@)
 Mさんのところでは「SLIP」完結してるし、Yさんのところは「鳳仙花」あとがきに入ってるし~~。Kさんのところは「紅葉」のあとがきにリンク張ってもらった御礼もせずにいて・・・・うにゃああ、申し訳ないことだらけです(><)
(作品名を出した時点で、イニシャルの意味ない(笑))


 そして、K24さんがイラストを描いてくれたことも知りませんでした!
 遅ればせながら、リンクさせていただきます。(^^

 こちらからどうぞ!

 薪さんの色っぽーいおみ足が見られます(〃∇〃)

 モロ、三角関係の構図だし。(笑)
 こちらのイラストに文字を入れるとしたら。
 愛憎渦巻くサスペンス劇場『ナルシストの掟』~妖艶な美女をめぐって、二人の男が骨肉の争いを~  
 って昼メロ!?


 冗談は置いといて、お話のほうですが。
 ここからは、特定の方のお好みで、青木くんの鬼畜R系になってます。と言っても、激しいものではないので、子供が読んでも大丈夫です。(いや、子供はまずいか)
 でも、やさしい青木くんと彼に包まれて幸せそうな薪さんがお好みの方は読まないほうが無難です。それと、青木くんが薪さんより優位に立つのが嫌いな方も要注意です。

 では、大丈夫な方のみお進み下さい。






ナルシストの掟(12)






 自宅のドアを開けると同時に、薪の携帯が鳴った。
 春物のコートを脱ぎながら、薪は電話に出る。電話の相手は予期した通り、今夜の仕事の相棒だった。
「脇田課長。先程は申し訳ありませんでした。うちの職員が、とんでもないことを」
 薪は電話をしながら、思わず頭を下げた。脇田の姿が見えなくても、頭を低くせずにはいられない。常識では考えられないことをしでかしてくれた、バカな部下のせいだ。

 青木は第九の職員たちと別れた後、竹内と連絡を取って現場にやって来た。張り込んでいた現場の人間から薪が置かれた状況を知ると、作戦を聞こうともせずに即行で踏み込もうとしたらしい。それを止めようとした5課の職員を投げ飛ばし、さらには彼から拳銃を奪い取ってホテルの玄関に突っ込んでいったと聞いた時には、いっそあのまま滝渕にクスリを打たれていたほうがマシだったと思うくらい、絶望的な気分になった。

 竹内から事情を聞いた薪は、みんなの前で思い切り青木の頬を張り飛ばした。青木の勝手な行動で、作戦が台無しになるところだったのだ。
『薪室長。青木を責めないでやって下さい。元はと言えば、俺が』
 青木とは仲の良い竹内が、薪の二発目の拳を押さえた。
 竹内は青木を止めようと後を追ったが、青木が拳銃で部屋の鍵を壊したの見て、諦めたそうだ。脇田に合図を送り、青木と共に部屋に踏み込んだ。
 結果として薪は命拾いしたわけだが、上の命令に逆らうことは警察官にとって最大のタブーだ。指揮系統が乱れたら、組織は崩壊する。
 青木がやったことは、重大な背信行為だ。減俸処分くらいで済めばいいが、脇田にクレームをつけられて、査問会に掛けられたりしたら。

「無理は承知でお願いします。今回のことは、何とか穏便に」
『かかか! 第九にあんなはねっ返りがいたとはな! ちょっと見直したぜ』
 脇田の豪快な笑い声に、薪は胸を撫で下ろした。どうやら事なきを得そうだ。
「ありがとうございます。部下には、僕の方から厳しく言っておきますので」
『お前さんが言えた義理かい? 勝手な行動は、お前さんも得意だろうが』
 屈辱だ。青木(バカ)と一緒にしないでもらいたい。

「脇田課長。僕に何か用事だったんじゃ……え!? 自白した?」
 服を脱ぎかけた薪の手が止まる。
 一刻も早くこのボロボロの衣装を替えようと思っていたのだが、電話の内容は重大だ。こちらが先だ。
「滝渕が、組織のことを喋ったんですか?」
『おう。パトカーの中で、歌いまくったぜ。おかげでこっちはてんてこ舞いよ。今夜中にもガサ入れだ』

 意外だ。
 絶対に口を割りそうになかったのに。取調べは長引くと思ったからこそ、薪は自宅に戻ったのだ。
 青木に車を運転させて、Aホテルから帰ってきた。今日は疲れてるからゆっくり休んで、明日は滝渕の取調べに立ち会うつもりだった。

「どうして?」
『警察が自分の身を守ってくれる、と判断したんだろ』
 そうだろうか。
 とてもそんなことを考えているようには見えなかった。あのとき、滝渕は薪を殺そうとしたのだ。致死量を遥かに超える覚醒剤を投与しようとして。薪が死んでいたら、情状酌量も何もなかったはずだ。

『滝渕がお前さんに注射しようとしたクスリな。ただのブドウ糖だった』
「ブドウ糖?」
『お前さんを殺す気なんか、なかったんだよ。ちいっと脅してやっただけだ、って言ってたぞ。焦るお前さんの顔が面白かったって、笑ってた』

 ちょっと? あれがちょっと?
 冗談じゃない、本気で死を覚悟したのに。

『お前さんに礼を言っといてくれとさ。最後にいいもん拝ましてもらった、って』
「いいものって?」
『女装のことだろ』
「まさか」
『じゃあ、ハダカの方か』
「もっとありえません」
『ガラス玉だと思ったら、宝石だったって言ってたな』
「はあ?」
 さっぱりわからない。

「なんのことですか? それ」
『なんで俺に訊くんだよ。滝渕と交渉してたのは、お前さんだろ』
「僕にだって、見当もつきませんよ」
 他人が何を考えているのかなんて、ちっとも解らない。罪を犯すに到った心理はすらすら読み解く薪だが、こういうことはまた別だ。

 なぜ、滝渕は心変わりしたのだろう。いや、あの腐りきった男のことだ。ガセネタということも考えられる。警察に一泡、吹かせようとしているのかも。
 しかし、それが自分に何のメリットもないということは、滝渕もわかっているはずだ。あの男はバカではない。そうなると、残る可能性としては。

 あらゆる仮説を検討していた薪は、一緒に部屋に入った部下が、いつの間にか傍らに立っていることに気付かなかった。ひょいと身体を抱え上げられて、現実に戻ってくる。
「青木。後にしろ。今ちょっと考えて」
 相手をしてやらないわけではないが、シャワーを浴びて着替えてからだ。さっき滝渕にあちこち触られたままの身体なんて、こいつだってイヤだろう。

 薪の抗議を無視して、青木は寝室に入った。
 先月、買ったばかりのダブルベット。まだスプリングが少し硬い。
 そのベッドに、薪の身体を乱暴に押し付ける。硬いバネが薪の背中で、ギシッと音を立てた。

 さっきから青木は、一言も喋らない。
 むっつりと表情を消している。いつもは熱っぽく薪を見る眼鏡の奥の瞳が、モニターを見るときのように細く眇められている。その眼は、薪に何も語りかけてこない。
 青木がこうなったことは、今までにも何回かあった。
 ヤキモチだ。
 まったく、公私混同もいいところだ。今回のこれは職務で、仕方のないことだったのに。

「青木、あのな。今夜のことは、別に僕が自分から望んだわけじゃなくてだな。昨日話した通り、5課の課長に頼まれて。店では証拠を押さえられなかったから、あの男について行っただけで、おまえを裏切ろうとしたわけじゃない」
 薪の釈明を、青木は黙って聞いていた。しかし、彼は薪の肩を押さえつけたままで、薪を自由にしてくれる気は無いようだった。

「あの男とは、何もなかった。ちょっと足とか触られたくらいで、唇も許してない」
 不貞を働いていない事実を告げても、青木の表情は変わらなかった。
 今回の嫉妬は、大きそうだ。ここはひとつ、こいつが喜びそうなセリフを言って、機嫌を取ってやるとするか。

 薪は顔を横に向けて、瞼を伏せた。視線を自分の右肩に固定して、小さな声で呟く。
「その……おまえのために、守ったんだぞ。だから、機嫌直せ」
 これでこいつは、尻尾を振って懐いてくるはずだ。こいつを調子付かせると明日の朝が辛いから、あまりこういうことは言いたくないのだが。

 ところが、薪の読みは外れた。
 青木は薪の両手首を合わせ、自分の右手でその自由を奪うと、左手で破れたチャイナドレスの胸を更に引き裂いた。赤い布地に歯を立てて布目に沿って細く裂くと、急ごしらえの紐で薪の手首を縛った。
 人間、あまりにも意外な行動に出られると、思考が停止してしまうものらしい。薪はろくな抵抗もせず青木の狼藉を許し、その後、自失状態から復帰したときには、既に両手の自由を奪われていた。
 正気に返って、思わず叫ぶ。

「青木! ヤキモチも大概に―― 痛っ!」
 怒鳴りつけてやろうとしたら、手首を捻り上げられた。頭の上に押さえつけられて、肘がギリギリと痛んだ。
 なんなんだ。
 どうして1日に二度もこんな目に遭わなきゃならないんだ。しかも、こっちはプライベートなのに。
 こいつ、さっきの僕の格好見て、ヘンなことに目覚めちゃったんじゃないだろうな。

「ほどけ! 僕はそんな趣味は」
 ジャキ、という金属音に身を竦ませる。音がした方向を見ると、青木が右手に鋏を持っていた。
 ピカピカ光る裁縫用の裁ちバサミ。いつの間に持ち出してきたのだろう。
「あ、あおき……?」

 青木が自分の上から退いても、薪は用心深く動かずにいた。
 眼の色が、尋常じゃない。これは下手に動かないほうがいい。
 嫉妬に狂った男に鋏で刺されるなんて、そんな事件を起こしてたまるか。第九のみんなにも、僕たちのことを見逃してくれている小野田さんにも、申し訳が立たない。
 他にも、青木の親や親戚や友人や、雪子さんにだって。周りへの影響を考えると、滝渕に注射器を突きつけられたときよりも、こっちのほうが状況はより深刻だ。

 青木は鋏を操って、スリットが入っていない側の布地を切った。足を摑まれて、乱暴に開かされる。下着の上に尖った鋏の切っ先を当てられて、薪のからだの中心が縮みあがった。

 まさか、切り落とす気じゃないだろうな。これさえなければ浮気しないでしょう、とか言い出すんじゃないだろうな。いくらこいつがヤキモチ妬きだって、そこまでは。

 ジャキジャキと布を切る音がする。
 冷たい金属が尻肉に触れて、薪は身を固くする。動いたら大怪我しそうだ。

 下着を切られた。尻の辺りがスースーする。ビキニパンツはこれしか持ってないのに。3ヵ月後のこいつの誕生日のときに穿いてやる計画は、無期延期だ。ていうか、永久に棚上げだ。

「あっ、やっ、ちょっ……!」
 足を肩に担がれて、腰を持ち上げられる。スカートを捲し上げられて、切られた下着の隙間から熱を持った先端をあてがわれる。

 このまま?
 嘘だろ!

「いっ、痛うっ!!」
 めりりっと身体が割り裂かれて、薪は悲鳴を上げた。
「痛い! 痛いってば! 青木!!」
 痛いに決まってる。
 ほぐすどころかローションもなしで。まだ全然その気になってないのに、無理矢理ねじ込まれたら。

 薪は夢中で抵抗した。
 縛られたままの両手で、青木の胸をバンバン叩く。
「いやだ!」
 こいつとセックスするのが嫌なんじゃなくて。僕だって、今日はその気だったし。
 べつにやさしくして欲しいとか、いつもみたいに「愛してる」とかって言って欲しいわけじゃないけど。

「や、いやだ、これじゃまるで」
 悔しくて、涙が出てきた。

 こんなのは違う。
 セックスじゃない、これは僕たちのセックスじゃない。

 いつもはもっと、お互いが興奮して楽しくて。恥ずかしいけどうれしくて。
 ちょっと、いや、かなり痛いときもあるけど、それでも幸せで。青木が僕の中にいるのを感じて、僕の細胞が青木に溶け込むのが分かって。
 僕の中が青木に擦られるたびに、青木への愛情がどんどん膨れ上がっていく。それは痛みを遥かに凌駕する幸福感で。それがいつもの僕たちなのに。

「これじゃまるで、道具じゃないか!」
 こんな、局部だけを露出させて、その部分だけ使えればいいと言わんばかりに。
 今の僕は、ただの肉の塊だ。性欲処理のオモチャだ。人間として扱われていない。
 そんな非道なことを、こいつが僕にするなんて。

「これは薪さんが、今夜しようとしたことですよ」
「だから何もしてないって! キスも許さなかったって言っただろ! なに聞いてたんだ、おまえ」
 嫉妬のあまり、恋人の言うことも信じられないなんて。青木がこんなに狭量な男だとは思わなかった。

「やっぱりあなたは、何もわかってない」
 大きな手が、薪の頭頂部を摑んだ。ぎゅっと握られて、髪の毛が引っ張られる。
 ものすごく痛い。
 力入れすぎだ。禿げたらおまえのせいだぞ!

「オレが言ってるのは、そういうことじゃないです」
 痛みに上向いた薪の顔の前に、青木の顔が迫ってきた。とても怖い目をしている。こんな青木は……去年の夏の、あのとき以来だ。

「オレが怒ってるのは、あなたが自分の身体を道具にしようとしたからです」



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ナルシストの掟(13)

ナルシストの掟(13)






「オレが怒ってるのは、あなたが自分のからだを道具にしようとしたからです」

 薪は目を瞠った。
 だって、仕方なかった。自分のからだひとつで、大きな情報が得られるかもしれなかったのだ。捜査官なら、仕事にからだを張るのは当然だ。
 だいいち、そのことについて青木に怒られる筋合いはない。このからだは僕のものだ。優先順位は、僕にあるはずだ。

「僕の」
「自分の身体をどうしようと自分の勝手だ、なんてふざけたこと言ったら、このまま奥までぶち込みますよ」
 恐怖に舌の根が乾いた。
 冗談じゃない。そんなことされたら、明日は仕事にならない。

「オレたちは、恋人同士なんですよね?」
 青木は鋭い眼で薪の瞳を捕らえたまま、押し殺すような声で言った。脅しつけるような口調なのに、どこかしら哀しそうな響きだった。
「まあ、一応……」
「ですよね!?」
 キレてる。
 これ以上、怒らせないほうが身のためだ。

「うん、そうそう。おまえの言うとおり」
「だったら、お互いのからだは共有物でしょう? あなたのからだもオレの身体も、二人で一緒に大切にしていくものでしょう?」
 夫婦には共有財産という概念があるが、恋人の場合はそれはないはずだ。
 薪がそのことを控えめに主張すると、「夫婦も恋人も似たようなもんです」と断ち切られた。
 そんな曖昧なことでいいのか、法学部。

「オレが……オレひとりがいくら大事にしたって、あなた自身があなたを大事にしてくれなかったら、オレにはどうしようもないじゃないですか」
 長い両腕が切なく絡んで、薪の身体を抱きしめた。最近、憎らしいくらいに男らしく削げ落ちてきた頬が、薪のやわらかい頬に頬ずりする。
 滝渕に引っ叩かれた傷から微かに滲んだ血が、青木の頬についた。さっき薪が思い切り殴ってやったから、青木だって痛いはずだ。

「オレがこんなに大事にしてるのに」
 薪の顔の両側に肘を付いて、青木は薪の顔を見つめた。
 またこいつは、こんな傷ついたような顔をして。
 ひどい目に遭わされたのはこっちなのに、被害者面するなんて、ずるいやつだ。

「オレだけじゃないです。岡部さんだって第九のみんなだって、三好先生だって……竹内さんだって。みんな、あなたのことを大切にしてるじゃないですか。みんなが大事にしてるものを、あなたの勝手で壊す権利なんか、あなたにはないはずです」
 レンズの向こう側の黒い瞳が、懊悩を浮かべる。怒りと悲しみと、自分の無力さに対する苛立ちと。何よりも大事なものを傷つけられた痛みが、かれの目の縁に透明な液体を湧き上がらせる。

 でかいアホガキが、ベソかきやがって。
 怒るなら怒る、泣くなら泣くではっきりしてくれないと、こっちも対応に迷うのだが。
 てか、どうでもいいからこの手枷をはずせ。

 薪は無言で青木を睨みつけ、両手を前に突き出した。細い顎を右上に動かして、解放を命令する。
 青木はサイドボードの上から鋏を取り、薪の両手を自由にしてくれた。何度か手を握ったり開いたりして、感覚を取り戻す。

「薪さん、あの……ぐぎゃっ!」
 口を開きかけた男の頬に、強力な右ストレート。たしかな手ごたえと、手首に些少の痛み。このところ鍛錬をサボリ気味だからか、脇の締め方が甘かったらしい。二発目のパンチは諦めて、膝で青木の腹を蹴り上げる。
 どすん! という音が響いて、寝室の床が振動した。

「これでさっきのおまえの暴行未遂、チャラにしてやる」
「あ、ありがとう、ございます……」
 ベッドから転がり落ちて床の上に腰を落とし、青木は頬を押さえている。だいぶ痛かったらしい。

 当然だ。思いっきり殴ってやったんだから。
 僕にあんなことをするなんて。しかも、上司に説教するなんて。100年早いわ、クソガキが。

 果てしなく傲慢なことをこころの中で思いつつ、先刻の黒い瞳の輝きを想う。
 純粋で、一筋の曇りもない。真っ直ぐに自分を貫いた視線。

 薪は、ゆるゆると頭を振った。ベッドの上に胡坐をかいて、自分のこころに浮かんだセリフを相手に言うべきかどうか、逡巡する。
 ふっくらとした下唇を白い前歯が噛み、出かかった言葉を塞き止める。言いたいことは、たくさんあるのだ。

 薪は理屈をこねるのは得意だ。豊富な知識とボキャブラリで言葉を魔法のように操って、完膚なきまでに相手の持論を叩き潰すことができる。あんな青臭い意見に対する反駁なぞ、容易いことだ。単語だけだって、新聞紙一枚分の言葉を並べることができる。
 でも、それらをすべて口に出すのは間違いだ。本当に必要なことだけを言えばいい。人との会話というのは、そういうものだ。
 だから、一言だけ。

「悪かった」
 顔を横に背けて、ぼそりと小さな声で。

 悪びれた様子もなく、むしろふて腐れた不良少年のように。これで青木の怒りが治まると思っているのだから、薪の自信も相当なものだ。謝罪会見でこんなことをしたら、間違いなく世間の非難が集中するだろう。

「はい」
 青木はにっこりと笑って、薪の心のこもらない謝罪を受け入れる。
 そこで許してしまうからますます薪が増長するのだということが、青木にはわからないのだろうか。

「オレの方こそ、すみませんでした。あなたに乱暴なことをしてしまって。反省してます」
 おまえが謝ってどうする、と誰か突っ込んでやって欲しい。
「反省するなら許してやる」
「ありがとうございます」
 ……だめだ、こりゃ。
 まあ、このふたりはこれでいいのかもしれない。恋人同士、というよりは女王様と奴隷だが。それでも当人同士が幸せなら、だれもそこに口を挟む権利はない。

 薪は、ベッドの上から横柄な態度で青木を手招きする。
 手のひらを上に向け、犬でも呼ぶように指を自分の方に倒し、むっつりしたまま横目で青木を見る。
 実際に薪が犬を呼ぶときは、両手を広げてとびきりの笑顔になるから、これは犬より下の扱いだ。
 それでも。
 その目には、限りない色香が含まれていて。不機嫌に眇められているのではなく、誘われているのだと解釈できるのは、青木の才能のひとつだろう。そのどこまでも前向きな思考回路を、薪は密かに羨んでいる。

 青木はベッドに乗ってきて、薪の肩に両手を置いた。座ったまま、キスをする。
 始まりの合図のキスは、やがて先を促す激しい交歓に。口中を侵略するように貪っていった青木の舌から解放されて、薪は大きく息を吐く。

「あ、服」
「たまにはいいです、こういうのも。刺激があって」
 普通の服ならそれもいいかもしれないけれど、今、薪が着ているのは、深紅のチャイナドレスだ。これじゃカンペキにオカマさんだ。
「いやだ。こんなヘンタイみたいな格好」
 男同士でセックスしているのだから、紛れもないヘンタイなのだが。それは置いといて。

「どんな格好してたって、薪さんはきれいですよ」
「38になる男を捕まえて、きれいとかって言うな!」
「だって、仕方ないじゃないですか。オレにはそう見えるんですから。薪さんはこの世でいちばん可愛くてきれいな、オレの自慢の恋人です」
「バカにして、んっ!」
 感じやすい耳から首筋へ、青木の吐息とくちびるが、彼の飢えと火照りを伝えてくる。その熱は薪の皮膚から深部に浸透して、それと呼応する部分を共鳴させる。

「どこまでも純粋で、きれい」
 滝渕に切り裂かれた胸の布地をはだけられて、中の柔肌に恋人のくちびるが下りてくる。いつも通りのやさしいキスに、薪のからだがゆっくりと蕩けていく。
 スカートの中に手が入ってきて、もはや下着の機能を持たなくなった布を薪のからだから取りさろうとしている。薪は自分から腰を上げて、それに応じた。

 スカートを捲り上げられて、顕になったへその下方に濡れた舌が這い降りていく。やさしく腿を撫でられて、そっと開かされる。
「身体の芯まで、ほら。こんなにきれい……」

 身体の芯、てのは脊髄とかじゃないのか。そこは単なる生殖器官だろ。
 だいいち、それはキレイなんて形容詞が当てはまるようなシロモノじゃなくて。

 露を含んだ先端を、ひとさし指と中指でつつっと撫でられて、自分のそれと青木の指を、ねっとりと繋ぐ糸を想像する。恥ずかしさに身悶えする薪の足がさらに大きく広げられて、内腿に青木の硬い髪が触れる。
「あっ、あっ……!」
 青木が言う『きれい』の象徴が、彼のくちびるに挟まれて、やわらかい舌が絡んでくる。腰の辺りがジンジンしてきて、薪の理性に綻びが出始める。脳内では、様々な色のシグナルが点滅する。明確な誘導ができなくなって、あちこちで命令系統がトラブルを起こしているみたいだ。

 痺れていく脳髄の奥で、薪はせめてもの反駁を試みる。
 僕がきれいだって?

 反論の言葉なら、電話帳一冊分だって重ねることができる。1時間でも2時間でも、「38歳の男の身体がきれいだ」という青木の思い込みを砕く言葉を吐き続けることができるだろう。
 でも、口から出てくるのは、甘い吐息と濡れた声だけで。羞恥に頬を染めながらも、潤んだ亜麻色の瞳には、すでに愉悦の色しかなくて。

 ああ、もういいや。面倒だ。
 そうだとも。
 僕は世界一きれいで美しいんだ。

 おまえに愛されるときだけは、僕はナルシストになろう。
 大切なおまえの言うことは、全部肯定してやろう。

 僕を永遠に好きだと言う言葉も。
 死ぬまで一緒だという、バカげた妄想も。
 僕の心も身体もきれいだ、という間違いだらけの認識も。
 穢れてなんかいない、罪なんかないという、僕の過去を根底からひっくり返すような無謀な意見も、全部全部、肯定して。
 自分が、おまえに愛される価値のある人間だと思い込もう。
 せわしない呼気の中で、それをうれしく噛み締めよう。
 おまえを身体の奥に感じながら、この地上最後の天使みたいな純真バカが、未来永劫僕を愛してくれるんだ、と信じよう。

 今だけ。
 いま、このときだけ。
 それが僕の、ナルシストの掟。


 ―了―




(2009.9)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ナルシストの掟~あとがき~

 この度は、うちの薪さんの潜入捜査にお付き合いくださいまして、ありがとうございました!

 このお話は、皆さんのリクエストから生まれました。リクエストに票を入れてくださった方々に、改めてお礼を申し上げます。

 最初にこのリクをくださったのは、コハルさんでしたが、(お許しをいただけたので、お名前を出させていただきます)それがすごく具体的なリクでして。
『スナックで女装して、第九のメンバーを接待する』
『王様ゲームでみんなの言いなりになる』
『浮気した薪さんが青木くんに責められる鬼畜R系』
(最初にいただいたときは、爆笑しました。コハルさん、ごめんなさい)

 真面目な話、最初の2つはいいとして、(いいの?)最後のひとつは無理だろう、と思いました。
 鬼畜Rはともかく(ともかく?)うちの薪さんに浮気は無理です。薪さん自身、不倫や浮気が大っ嫌いで。自分を愛してくれる恋人がいるのに、不誠実な言動を平気で取る人間には憎しみすら覚える、というひとですから。
 この薪さんにどうやって浮気させよう、と悩みました。(悩むなよ)

 で、うちの薪さんに相談を。
「薪さん。ちょっと浮気してみない?」
「しない」(即答。0.3秒)
「そんなこと言わないでさ。青木くんより相性のいいひとがいるかもよ?」
「他の人間とやりたかったら、別れてから正々堂々とやる」
 ああ、あんたはそういう人よね……不倫するくらいなら離婚してからやればいいんだ、とか、めちゃめちゃなこと言ってたもんね。

 どう説得してもOKしてくれないので、浮気じゃなくて、潜入捜査で身体を張る形に持っていくことにしました。
 うちの薪さんなら、「たくさんの命が救えるなら、自分の身など惜しくない」と思うだろうと。


 このお話、非常にわたしのツボに嵌りまして。
 最近、ここまでわたしがノッたお話はないです。

 以前はお話を書いている間は、疲れも感じないし眠くもならない、お腹も空かない、という状態で取りつかれたようになっていたのですが、(←キチガイ)このところはすっかり落ち着いてしまいまして。
 皆様の素晴らしい創作を読ませていただいて、すっかり満足してしまったので、これなら自分が書かなくてもいいやー、とか思ってたんですね。当たり前ですけど、展開がわかってる自分の話より、ひと様の書かれた話のほうが面白いし。

 そのせいか、お話は浮かんでも没頭できないというか、キャラが動かないというか……書いていても、いまひとつ夢中になれなかったのです。おかげでボツになったエピソードが、10個くらいありますねえ。(苦笑)

 でも、このお話は夢中で書きました。
 構想1日、執筆3日というスピードでした。
 推敲には時間をかけましたが、書き上がりは異常に早かったです。すごくすごく楽しくて、幸せでした。


 白状しますと、このお話で一番楽しんでいたのはわたしです。
 今回は、読んでくださってありがとうございました、の他に、書かせていただいてありがとうございました、という気持ちでいっぱいです。

 具体的にリクエストをくださった、コハルさんのおかげです。
 手間をかけて投票してくださった、みなさまのおかげです。

 本当に、ありがとうございました!!



プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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