ようやく18禁が外れました。
と思ったら、これでおしまいだったりして。(笑)
楽園にて(3)「とりあえず、ひとのせいかよ」
裸のまま寝転んで、鈴木は薪のことを非難した。が、その眼は笑っている。しょうがないなあ、といつものように薪の頭に手を載せて、優しく撫でてくれる。
鈴木はここで、薪のことを待っていてくれた。自ら輪廻の輪を外れる事を選んで、ひたすら薪のことを待ち続けていたのだ。
うれしかった。
夢中で抱きついてキスをした。
ここがどこなのか、自分はどうなったのか、なぜ鈴木がここにいるのか――― それらの疑問を言葉にするより前に、薪は鈴木とからだを重ねていた。
それから5年。ゆるやかに時は過ぎて、薪はすっかり穏やかな顔つきになった。
「下はクリスマスかあ。薪のかわいい部下たちは、なにやってるかな」
鈴木は草の上にうつ伏せになって、両肘で上半身を起こす。ここの地面は必要なときにはベッドのように柔らかくなるから、裸でごろごろしているのがとても気持ちいい。
「仕事だろ。第九にクリスマスは関係ない」
「クリスマスと言えば第九だろ」
「……寒いよ」
鈴木が下界の様子を見られるように、遮防壁を解除する。
薪は慌ててワイシャツを着込んだ。下着をつけてズボンを穿く。本当は風呂に入ってからにしようと思っていたのだが、仕方がない。
薪が服を着てしまったのが不満らしく、鈴木は少しつまらなそうに頬杖をついた。
「下からは見えないぜ」
薪もそれは分かっているが、やっぱり恥ずかしい。こういうところは死んでも変わらないものだ。
下の世界は相も変わらず、喧騒と騙し合いと傷つけあう人々で地獄のようだ。死んでから地獄に行くのではなく、今まで生きていた世界が地獄だったのではないか、とここに来た者はみな同じ気分を味わう。
その中に、オアシスのように薪の心を和ませる一角がある。
科学警察研究所法医第九研究室、通称『第九』。
薪が生涯を捧げた職場だ。
壁一面のモニターに大映しにされる凄惨な殺人の現場。モニターの前に立って事件の概要を説明しているのは、チタンフレームのメガネを掛けた真面目そうな男だ。黒髪で、とても背が高い。
現在の研究室は、薪がいた頃よりも備品や捜査官の数が増えていて、薪の後を継いだ室長の努力が認められる。きっと彼の人当たりのよさと、しつこい性格のおかげだ。
「青木が室長とはね。第九のエリート集団説もあやしくなってきたな」
実際、ノンキャリアの職員も増えている。
第九は薪の頃から徹底した実力主義を貫いていて、他の部署とは違って役職に関係しない命令系統が築かれる。従ってノンキャリアに使われるキャリアも第九には存在している。キャリアのプライドから、その殆どは長続きしないようだが。
そんな複雑な人間関係を室長の青木はうまくまとめて、第九のチームプレイは警察庁の中でも有名になりつつあった。なんといってもあの複雑怪奇な性格の薪を恋人にしていた男なのだ。これぐらいは朝飯前なのかもしれない。
「よくやってるじゃん。さすがおまえが一から仕込んだだけあるよ」
鈴木の褒め言葉に、薪は素っ気無く肩をすくめる。自分の部下の成長を認めてもらえて本当はかなり嬉しいのだが、鈴木の前で青木のことを褒めるのは気が引ける。そんなことに拘るほど鈴木は小さい男ではないと思うが、やはり心配だ。
「それこそ手取り足取り、さ」
「なんか言い方が嫌味っぽいんだけど」
「わかる? ヤキモチ妬いてんの、オレ」
どこまで本気なのか、分からない。にこにこしながらそんなことを言われても、まるで真実味がない。とりあえず、嫌味には嫌味で返すことにする。
「男のヤキモチなんか、みっともないぞ」
「おまえに言われたくないよ。オレがちょっと他のやつと話すだけで、じろじろ睨んでたくせに」
「あれは」
これまで、鈴木が薪にヤキモチを妬いてくれたことなど一度もない。薪はいつも鈴木と他の人間のことを嫉妬していたが、逆はなかったと記憶している。
膝を抱えて顔を伏せ、薪は拗ねた口調でぶちぶち言った。
「どうせ僕は嫉妬深いよ。僕ばっかり鈴木のことが好きだったんだよ。鈴木は僕にヤキモチ妬いてくれたことなんて、一度もなかったろ。僕の気持ちが少しは分かったか」
「オレ、おまえにキスしようとしたやつのこと、殴らなかったっけ?」
そういえば、そんなことがあった。
しかし、あれは恋人同士になる前のことだ。あの頃はまだ、ただの親友だったはずだ。
「自分でもびっくりするくらい腹が立ってさ。オレ、あんなに怒ったの初めてだった」
「でも、あれは――まだ僕が鈴木とこうなる前のことだったと……」
「気が付かなかったのか? オレ、最初に会ったときからおまえに惚れてたぞ」
鈴木がこういうことを言ってくるときの魂胆は解っている。ちゃんと目的があるのだ。
「……今日は何が食べたいんだよ」
「オムライス!」
やっぱりこんなことだ。
「はいはい。ケチャップ味とデミグラスソース、どっちがいい?」
「ケチャップがいい」
「相変わらずおこちゃまだな」
薪が必要な材料と料理器具を思い浮かべると、それらは現実のものとなって現れた。本来なら出来上がったものを想像するのが正しいやり方なのだが、鈴木は薪が作ったものを食べたがるのだ。
エプロンを掛けて包丁を手に取る。鮮やかな手つきで玉ねぎをみじん切りにする。小さく切った鶏肉と一緒に炒めて、大盛りのご飯を混ぜ込む。鈴木のリクエストのケチャップをたっぷりと入れて軽く塩コショウ――― その様子を鈴木が楽しそうに見ている。
「手伝えよ、鈴木。てか、服を着ろ」
口ではそういったものの、鈴木の手伝いは期待していない。鈴木は青木と違って一人暮らしをしたことがない。台所に立ったことなどないのだ。
ケチャップ味のチキンライスの上にやわらかいオムレツを載せて、ぺディナイフで裂け目を入れる。とろりと流れ出す半熟卵の黄色がケチャップの赤と美しいコントラストをなして、レストラン顔負けの出来栄えである。
生野菜のサラダをたっぷりと付け合せて、鈴木の好きなマヨネーズを添え、薪は皿を差し出した。
「はい。野菜もちゃんと食べろよ」
鈴木が満面の笑顔で、薪からオムライスの皿を受け取る。鼻をうごめかせて匂いを嗅ぐ。とても満足そうだ。
ピクニックのように草の上に胡坐をかき、鈴木はスプーンを用意した。薪が冷たい飲み物とコンソメスープを出して、楽しい食事が始まる。
結局、鈴木がしたのは服を着たこととスプーンを出したことだけだ。まったく役に立たない。しかし悪びれる様子はない。
「薪も一緒に食お」
「うん」
本当は食事は必要ない。
が、食べるのが楽しみの鈴木は、ここではいくら食べても太らないとばかりに毎日よく食べている。薪はあまり食事には興味がないので、ひとりのときはコーヒーだけで済ますが、鈴木と一緒のときはちゃんと食べることにしている。
下界ではクリスマスイブだというのに、第九の職員たちがモニターに釘付けになっている。まったく、人間味のない連中だ。何が楽しくて生きているのだろう。
どんな理由からか、室長は職員たちを怒鳴りつけている。あんなに大人しい男だったのに、青木は室長になってからとても怖い上司になってしまった。そんなところまで受け継がなくていいのに、とこれは第九の職員たちの総意である。
青木の変貌が、薪には少し意外だ。青木の怒った顔など、共に過ごした10年のうちに数えるほどしか記憶がない。
「あんなに怖い顔して怒らなくたっていいのに」
「おまえが言うなよ」
「だって、あれじゃ部下に恐がられるだろ」
「おまえはあれの10倍はおっかなかったぞ」
「ウソだろ。僕ってそんなに怖かったのか?」
「……自覚なかったのかよ、おまえ」
どこまでも自覚がないのが薪の特徴とはいえ、これはさすがにひどい。
「あいつ、まだ独り身なんだ。雪子さんは竹内と結婚しちゃったし。もう40近いのに、どうするつもりなんだろう」
「おまえのこと、忘れられないんだろ」
自分の分を食べ終えて、薪の残したオムライスに手を伸ばしながら、鈴木はぼそりと言った。鈴木の分はずいぶん大きく作ったつもりだったが、やはり足りなかったらしい。
「そんなことないと思うけど」
室長室に帰った青木は、机に向かってPCを操作している。室長所見を打ち込む手が、あの頃の自分に負けず劣らず速くなっている。努力家の青木らしい。
――― 年を取るほどに、青木は男前になる。
真剣に画面を見つめる横顔は、薪がつい見とれてしまうほどだ。すっと通った鼻筋と、口唇から顎のラインがとてもセクシーだ。自分と恋仲だったときより、さらにいい男になったような気がする。さぞや女性にもてることだろう。
一区切り付いたところで椅子の背もたれに寄りかかり、大きく伸びをする。左手で右の肩を揉んでいる。どうやら肩こりの辛さがわかるようになったらしい。
眼鏡の奥の切れ長の目が、何を思ってかふっと和んだ。
青木は机の一番下の引き出しから、薪の形見の分厚い洋書を取り出す。そこには以前、薪の親友の写真が挟んであったのだが、いま挟まれているのは薪本人の写真である。
にっこりとこの上なく美しく微笑む美貌に、青木は何事か語りかけている。鈴木が防音壁を外すと、青木の声が聞こえてきた。
『薪さん。オレ、あなたに負けないくらいいい男になってそっちへ行きますからね。それまで待っててくださいね』
誰も見ていないのをいいことに、写真の薪にくちづける。
思わず、薪の顔が赤くなる。
青木はまだ僕のことを想ってくれている――― 薪の心の奥のほうが、ざわりと蠢く。この気持ちは困惑か。それとも……。
「あんなこと言ってるぞ」
「……」
「あいつがこっちに来たら、おまえどっちを選ぶんだよ」
「どっちって」
わからない。
だって、ふたりが自分の前にいっぺんに現れたことなどない。
「答えろよ」
「じゃあ、日替わりってことで」
「! ――っ、ふざけんな!」
「冗談なのに……殴らなくたって」
本当にいずれか片方を選ばなければならないとしたら、自分はどちらを選ぶのだろう。
しかし、それはまだ先のことだ。
青木だって雪子さんのように、これから新しい恋人を見つけるだろう。それこそ自分なんかより、素直で愛らしい相手を。きっと今度はかわいい女の子だ。
やっぱり僕には鈴木しかいないな、と薪は結論付ける。
未来のことは誰にも分からない。きっと神様にもわからない。
鈴木の言うように青木がここへ来て、僕を2人で取り合ったら面白い見ものになるかもしれない。想像したら、顔がにやけてきた。
隣に座っている親友の大きな肩にからだを預けて、薪はくすくすと笑った。
―了―
(2008.10)
テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学