女神たちのブライダル(1)

 こんにちは。

 こちら、はるか昔にお約束いたしました、6千拍手のお礼です。
 薪さんが雪子さんにプロポーズするお話です。<ちがう。

 
 書いたのがなんと、2009年の1月でした。
 そうです、青木さんと雪子さんの婚約発表の直後です。 
 もう、頭の中わやくちゃだったんですね~。 それでこんなしょーもないことを書いたんですね。

 かなり初期に書いたものなので、文章も、ひゃー、拙すぎ。(^^;
 最近のものに比べると読みづらいと思いますが、てか、読み直すの大変だった。 下手な文章は読むの疲れる。
 そんなものを人に読ませるのかと、お叱りもありましょうが、すみません、カンベンしてください。 書き直せない、てか、今のわたしにはこの話は書けません。 
 時間と共に萌えも変わりまして、今はジャイアントキリングする薪さんを書いてます。 やっぱり男は仕事ですよ。


 そんなこんなで、(どんな?)よろしくお願いします。


 このお話の時期は、付き合い始めて4年目です。
 すっかり落ち着いてるかと思えば、相変わらずだったりして。(笑)






女神たちのブライダル(1)






 純白のドレスを身にまとった美しい花嫁と、白いタキシードに身を固めた凛々しい花婿が、祭壇の前に並んで立っている。
 教会のステンドグラスから注ぐ七色の光は、彼らを祝福するかのようにやさしい。
 厳かな神父の声が響き、誰もが知っている誓いの言葉を参列者たちは耳にする。

『病めるときも、健やかなる時も――――』



*****




 1年に3回くらい、昼にとてもお腹が空くことがある。
 部下に強引に誘われない限り、売店のおむすびくらいで昼食を済ませてしまう薪だが、こういうときには職員食堂を利用する。ごった返している食事処は苦手だが、今日は是非ともここの焼き魚定食が食べたい。

「久しぶりね、剛くん」
 自販機で食券を買ってからカウンターの列に並ぶと、調理場の方から声を掛けられた。昔は親友とよく食べに来ていたから、食堂のおばさんも顔を覚えてくれていたらしい。
「こんにちは。Bランチお願いします」
「今日は剛くんの好きなカマスよ」
 自分の好みを覚えてくれていた彼女に、薪はにこりと微笑んでみせる。大勢の職員が訪れるカフェテリアなのに、プロというのは大したものだ。

「ごはん、大盛りにする?」
「いえ。普通で結構です」
 普通盛りでも、ここのご飯はかなりのボリュームだ。残ったご飯を引き受けてくれる親友はいなくなってしまったから、薪がここで大盛りのご飯を頼むことは、もう永久にないかもしれない。

「はい、お待ちどおさま」
 プラスチックの四角いトレーに載ってきたのは、ご飯と味噌汁、カマスの塩焼きにほうれん草のおひたし。働き盛りの男性の昼食にしてはあっさりしたものだが、どんなにお腹が空いていても、薪の食欲はこの程度だ。
「それと、はい」
「あれ? 僕、コーヒーは頼んでませんけど」
「おばさんの奢り。剛くん、コーヒー大好きだったでしょ。ここでお昼にコーヒーだけ飲んでたのは、あなたくらいのものよ」

 彼女は少し、薪の好みについて誤解をしている。コーヒーが大好きだったわけではなく、食事を摂りたくなかっただけなのだ。
 捜査に夢中になっているときには、何も食べたくない。ところが、薪の親友は食べることが大好きで、いついかなる時も薪を無理やり食堂まで引っ張ってくる。推理が佳境に入っているときに食事をすると、気分がダレる。四方八方から手繰り寄せた糸が、バラバラになってしまう。そんなときには、薪はコーヒーだけを飲んでいた。その様子を彼女は見ていたのだろう。
 コーヒーは、第九に戻ってからバリスタに淹れてもらおうと思っていたのだが、せっかくの好意だ。ありがたく受け取っておこう。
「ありがとうございます」
 にっこり笑って礼を言う。好意には好意で返すのが、薪の主義である。何故か周りにいた職員たちが一斉に身を引いたようだったが、多分気のせいだ。

 混み合った食堂で空席を探す。部下の誰かがいればベストなのだが、ざっと見た限りでは見つからない。
 その代わり、白衣姿の黒髪の美女を見つけた。
 彼女の前には、豚肉のしょうが焼き定食と酢豚の皿が置かれている。ご飯はもちろん大盛りである。それを、わき目も振らずに一所懸命食べている。薪の食欲など足元にも及ばない。
 食べているときの雪子は、本当にかわいい。鈴木が大好きだった雪子の姿だ。

 今日は雪子もひとりのようだ。いつも一緒にいる助手の女の子は、別行動らしい。
「雪子さ……」
 声を掛けようとして、薪は雪子の手が止まっていることに気がついた。

 何かを見ている。雪子の視線を追って、薪はそこに自分の部下の姿を発見した。
 第九で一番若くて、背の高い捜査官。黒髪に黒い瞳、チタンフレームの眼鏡を掛けている。隣には、薪の大嫌いな捜査一課のエースの姿がある。あいつとは付き合うな、と薪がいくら忠告してもきかない。大人しいくせに頑固な部下の名前は、青木一行という。

 薪は声を呑んだまま、動けなくなった。
 あの雪子が、食事の箸を止めて誰かを見るなんて―――――。

「薪くん。ここ、空いてるわよ」
 立ち竦む薪に、雪子が気付いて声を掛けてくる。薪は笑顔を作って、雪子のほうへ足を進めた。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。ひとりでつまんなかったの。今日、スガちゃん研修で」
 明るい笑顔を薪に向けてくるが、雪子はどこかしら淋しそうに見える。

 鈴木を失ってからの彼女は、仕事一筋で生きてきた。その努力の甲斐あって、女だてらに今は法一の副室長という役職に身を置いている。未だに男社会の風潮が強い警察内部で法一の副室長を務める雪子の実力は、かなり高いということだ。
 しかし、果たしてそれは、雪子の望んだ人生だったのだろうか。
 鈴木は雪子に家庭に入って欲しがっていたが、雪子は結婚後も監察医の仕事を続けると宣言していた。専業主婦なんてまっぴらごめんだわ、と言いながらも、雪子は薪にちらりと洩らしたことがある。
『子供が出来たら、考えるかもね』
 鈴木がこの世を去ってから6年。あの事件がなかったら、雪子は育児に追われていたかもしれない。監察医の仕事のほうが楽だわ、とぼやきながらも楽しそうに、鈴木との愛の結晶を慈しみ育てていたに違いない。

「薪くん。もう食べないの?」
 1年に数回しか起きない薪の旺盛な食欲は、いつの間にか失せていた。かろうじて空になったのはほうれん草のおひたしだけで、焼き魚もご飯も半分以上残っている。
「残すんならちょうだい」
 トレーを引寄せて、雪子は薪の食べかけのご飯を頬張る。なんだかどこかで見たような光景だ。
「やっぱり秋は秋刀魚よね」
「雪子さん。それ、カマスですけど」
 そうなの? と無邪気に聞き返して、美味しければなんでもいいわ、と雪子は笑った。
 
 その笑顔の裏側に。
 このひとは、どれほどの涙を流してきたのだろう。眠れない夜を過ごしてきたのだろう。たったひとりで恋人も作らずに、鈴木だけを想ってここまで来たのだろうか。

 2人前の食事をぺろりと平らげて、雪子は席を立った。
「あとはデザートね。おばさん、マロンパフェちょうだい」
 大声で追加のオーダーを入れる雪子は快活そのもので、悩みなど何も無いように見える。しかし、それは見せかけの明るさだ。自分には分かる。
 大きな口でパフェを食べる雪子を見ながら、薪はさきほどの雪子の切なそうな瞳を思い出す。あれは―――― 恋をする女性の瞳だった。

「雪子さん。いま、好きな男性とか、います?」
「なに。藪から棒に」
 鼻の頭にクリームがついている。くすっと笑って、薪は雪子にティッシュを差し出した。
「なんか最近、雪子さんきれいになったから。誰か気になる人でもできたのかな、と思って」
 お世辞ではない。雪子はこのところ化粧の仕方を変えたらしく、昔のような派手なメイクはしていない。口紅の色も昔は真っ赤だったが、この頃はピンク系のものが多いようだ。

「まあね。ちょっとだけ、気になってるっていうか」
「誰ですか?」
「薪くんには言えないわよ。怒られちゃうもの」
「なんで僕が怒るんです? 誰にも言いませんから、教えてくださいよ」
「いやよ。薪くんと喧嘩したくないもの」
 薪の心臓が、ぞくりと冷たくなった。
 僕には言えない。僕と喧嘩になる。……そんな相手は、ひとりしかいない。

「んんん~、このパフェ、おいしー! 生クリーム万歳!」
 顔には出さないつもりだったが、雪子は薪の動揺を悟ったらしかった。ことさら明るい調子で、残りのパフェを平らげる。
「まあ、そのうちね。ちゃんと報告するから」
 空になったパフェの容器を持って、雪子は立ち上がった。薪に軽く手を振って、食堂から出て行く。

 いつものように白衣を翻して颯爽と歩く後姿を、薪は見えなくなるまで見送っていた。



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女神たちのブライダル(2)

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女神たちのブライダル(3)

女神たちのブライダル(3)








 今日の薪は、最初から様子がおかしかった。
 自分から青木を家に誘って、風呂の中で戯れてくれて、ベッドの中で積極的に自分から求めてきて。
 何かあるとは思っていたが、こういうことか。

「どうしてですか」
 青木にとっては、天変地異が起こったに等しい。それ相応の理由がなければ、とても納得できない。

「小野田さんの娘さんと付き合ってるんだ」
 初耳だ。前々から縁談を勧められていたが、今まではきっぱりと断っていたはずだ。
「会ってみたらいいひとでさ。結婚しようと思ってる」
 ついさっきまで、自分の腕の中で悦びに震えていた恋人は、そんなことを言い出した。

「おまえ、前に言ったよな。僕に好きな女性ができて、結婚するなら身を引くって」
 たしかにそう言った。
 そこまでが自分の役目だと思っていた。薪のようなすごい人が、自分のことをいつまでも相手にしてくれるわけがない。もっと早くに薪が結婚を決意していれば、薪はとっくに警視長になっていたはずだ。そうしたら今頃は、警察庁初の40前の警視監が誕生していたかもしれない。薪にはそのぐらいの実力がある。
 それに、自分では薪に家庭を持たせてやることも子孫を残してやることもできない。薪のように優秀な遺伝子を持った人間の子供がいないなんて、薪にとっても人類にとっても大きな損失だ。

「僕が小さいころ、両親亡くしてるのは知ってるよな。だから僕はずっと家庭の暖かさに飢えていて、自分の家族が欲しかったんだ。あんな事件があって、それを一旦は諦めてたけど、おまえのおかげで僕はこうして立ち直ることができた。
 栄子さんと結婚して自分の家庭を持って、子供もたくさん作って、孫に囲まれて死ぬんだ。僕がそんな幸せな未来を思い描けるようになったのは、おまえのおかげだ」
 薪はそこでにっこりと笑った。完璧な笑顔だった。

「おまえには感謝してる。これまでありがとう」

 いつかは、こういう日がくると思っていた。
 薪が本当に立ち直ったときに、自分の役目は終わると解っていた。その日が遂に来たのだ。喜ばなくては。大切なのは、薪が幸せになることだ。自分の恋が成就することではない。

「それで今日はやさしかったんですね」
「うん。感謝の気持ちってところだ。満足してくれたか?」
「はい。最高でした」
 萎えてしまいそうになる気力を必死で掻き集めて、青木はむりやり笑顔を作った。
 ここで自分が泣いたら、このひとは困ってしまうだろう。冷たく見せかけて、本当はとてもやさしいのだ。今だって平気な顔をしているが、心の中は自分を切り捨てる罪悪感でいっぱいになっていることだろう。

「よかった。ごねられたらどうしようかと思ってたんだ。おまえが物分りのいいやつで助かったよ。
 まあ、もともと僕たちはセフレみたいなもんだったからな。おまえもこの次は、ちゃんと女の子の恋人を見つけるんだぞ。結婚して子供作って、親を安心させてやれ」
「……はい」
 笑顔のままで喋り続ける薪を見ているのがつらい。残酷なことを言う人だと思ったが、その裏の真実を知っている青木には、薪を責めることも恨むこともできなかった。

「明日からは、普通の上司と部下だぞ」
「はい」
「いいか。社会人てのはな、プライベートでどんなことがあっても、仕事には全神経を集中させることができなきゃ駄目なんだ。仕事中に少しでもボーっとしたりしてみろ。後頭部に回し蹴りが行くからな」
 薪は、早速上司らしく説教を始めた。辟易した顔を作って、青木はベッドから逃げ出す。シャワーを借りて身支度を整える。薪はパジャマ姿で玄関口まで送ってくれた。

「寄り道せずに、真っ直ぐ帰れよ。明日も仕事なんだからな」
 これでこのひとのこんな姿は見納めかと思うと、泣きそうになってしまう。薪のようなポーカーフェイスは、まだ習得できそうにない。

「青木。いままで楽しかった」
 薪は、最後に極上の微笑を青木にくれた。
 それを目に焼き付けて、青木は薪のマンションを後にした。



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女神たちのブライダル(4)

女神たちのブライダル(4)








 大きな男の背中がドアの向こうに消えて、薪はようやく肩の力を抜くことができた。
 両膝がかくんと崩れて、その場にへたり込む。肩だけでなく、体中の力が抜けてしまった。なんだか、周りの風景もよく見えない。霞がかかったようにぼんやりしている。
 
 それが涙のせいだとわかったのは、激しくしゃくりあげる声が聞こえてきたからだ。
 これは自分の声ではない。
 だって、みっともない。来月40になろうという男が、こんなことで泣くなんて。

 ……こんなに辛かったのか。

 数年前、雪子さんが僕の背中を押してくれたとき、彼女はこんなにつらい思いをしていたのか。あのとき彼女はこんな痛みに耐えて、僕に笑ってみせたのか。雪子さんは女の人なのに。男の僕よりずっと弱いはずなのに。
 だから、僕が泣くのはおかしい。女の雪子さんが耐えられたんだから、僕だって泣かずに頑張れるはずだ。涙は止められるはずだ。
 そう思うのに止められない。止めようとすればするほど溢れてきて。
「う……」

 いいや、泣いちゃえ。

「わああっ!!」
 僕はやっぱりてんでダメだ。そもそも雪子さんに張り合おうってのがムリなんだ。

 完全防音をいいことに、声の限りに叫んで泣き喚く。ここには自分しかいない。誰にも迷惑はかけない。血を吐くほどに泣いても、誰も気がつかない。
 玄関口の床の上で、薪は子供のようにうずくまる。土下座のような格好で、拳で床をばんばん叩く。あまり何度も叩いたものだから、手が切れて血が出てきた。

 その痛みが、薪にわずかな落ち着きをくれる。
 計画は未だ折り返し地点だ。泣いてなんかいられない。まだ後半戦が残っている。

 薪は泣きながらも立ち上がった。ふらふらと歩いてリビングに入り、机の上のPCを起動させる。震える指でパスワードを打ち込み、目的のソフトをダウンロードする。
 画面に地図が映し出される。10桁の英数を淀みなく叩くと、緑色の点滅するマークが画面の右下に現れた。1箇所に留まって、動きは無い。
 青木の携帯につけたGPSだ。青木は家に帰っている。

 薪は寝室へ歩いていき、携帯電話を取り上げた。メモリーから、とある番号を選び出す。
 大きく息を吸い、発信ボタンを押す。腹の底に力を込めて、眉をきりりと吊り上げる。ここが正念場だ。
『薪くん? どうしたの、何か急用?』
「大変なんです! 雪子さん、助けて下さい!」
 相手の言葉を聞かずに、薪は一方的にがなりたてた。

「青木の家から僕に連絡があって、あいつ大変な怪我をしたみたいなんです! 僕もすぐに行きますから、雪子さん先に行って様子を見てもらえませんか?」
『怪我!? どんな具合なの?』
「分かりません。途中で電話が切れてしまって、そのあと繋がらないんです。雪子さんはまだ研究所にいますよね? そこから青木の家は、車で3分くらいです。住所を言いますから、すぐに向かってください」
 目印となる公園の名前を告げる。青木のアパートはこの公園の目の前だ。行けばすぐに分かるはずだ。

「部屋は2階の202です。お願いします!」
 雪子の返事を待たずに、薪は電話を切った。
 用事の済んだ携帯を手に持ったまま、ぼんやりと佇んでいる。先刻まで恋人と愛し合っていた褥が目に入る。ゆっくりとそちらに歩いていき、どさりと倒れこんだ。
 
 目蓋を閉じた薪の目の奥に、シナリオに沿った映像が映し出される。
 雪子が慌てて青木の家に行く。豪放磊落に見せかけて実は心配性の彼女は、きっと青い顔をして青木の身を案じているだろう。
 ドアを開ければそこには、僕に振られて泣いているバカがいる。青木は僕が大好きだから、この世の終りみたいな顔してびーびー泣いているはずだ。
 やさしい雪子さんは、それを放っておけない。僕が傷つけた青木を、彼女が慰撫してくれるだろう。今夜だけでなく、これからずっと。僕が青木に与えてやりたいと望んで叶わなかったもの、家庭、子供、未来―――― そのすべてを、雪子さんが青木に与えてくれるはずだ。

 雪子さんは、青木が好きなんだ。
 カフェテリアで青木を見ていた雪子さんの瞳。あれは恋をしている瞳だ。
 自分でも意識の無いままに、いつの間にか目で追ってしまう。僕もそうだった。気がつくと青木を見ていて……恋をしていると自覚したのは、そのずっと後だった。

 僕はあのやさしい女性を、また不幸にしていた。彼女の婚約者を殺して、その幸せをすべて奪っておいて、またそれを繰り返していた。彼女の気持ちには薄々感づいていたのに、ずっと見て見ぬふりをして、そこから目を背けていた。きっと何年も雪子さんは引き裂かれるような思いで、それでも僕と青木のことを応援してくれて―――――― なんてすごいひとなんだろう。
 親友の愛した大切な女性。薪にとっても長年の友人で、よき相談相手で、いま薪がこうしていられるのも、みんな彼女のおかげといってもいいくらいだ。返しきれないくらいのやさしさと気遣いをもらって、薪はあの事件から立ち直ることができたのだ。

 今度は、自分の番だ。
 雪子さんのためなら、僕は何でもする。彼女が幸せになってくれれば、それが一番だ。

 それに、これは青木の為でもある。
 青木が自分とこういう関係でいることは、青木にとって決してプラスにはならない。関係がバレたら間違いなく左遷だし、下手をしたら懲戒免職だ。薪には過去の失点もあるから仕方ないと諦めることもできるが、青木はまだまだこれからだ。
 自分が青木の未来を奪うかもしれない。青木の将来を閉ざしてしまうかもしれない。青木にとっても雪子にとっても、これが一番ベストなシナリオなのだ。

「鈴木。僕、ちゃんとできたよな」
 携帯のフォルダを開いて、一枚の写真を画面に映す。亡き親友が、小さな液晶画面から薪に微笑みかけている。
「頑張ったよな、僕。えらいだろ。褒めてくれよ」
 鈴木の笑顔の上に、透明な雫がぼたぼたと零れ落ちる。相変わらず泣き虫だな、と鈴木が笑う。

 鈴木を失って何もかも無くして、生ける屍のようだった薪に生きる意志を与えてくれたのは、青木だった。その粘り強さと深い愛情で、泥の中に沈み込んだ薪を少しずつ少しずつ引っ張り上げてくれた。
 僕はそんなあいつを好きになって。こんなふうに、あいつと愛し合うようになって。たくさんの愛情をもらって、傷ついた分だけ強くなって。
 だから僕は頑張れる。がんばれるはずだ。

 僕が頑張らなかったら、青木だって困る。青木が僕のために流した涙が無駄になる。今はどれだけ泣いても辛くても、また笑えるようになってみせる。
 しばらくはムリかもしれない。けれど、鈴木のことも乗り越えてきた。今回もきっと乗り越えられる。今度は青木の助けは借りられないから、前よりも時間はかかるかもしれない。でも時間はかかっても、きっといつか――――。

 いつかって、いつだろう。

 40年の人生の中で、深く傷ついたことはたくさんあった。それを全部克服して今の薪があるわけだが、それは自分一人の力で越えてきたわけではない。
 幼い頃に両親を亡くしたときには、叔父や叔母が薪に愛情をくれた。鈴木に振られたときには雪子が助けてくれた。仕事で嫌なことがあれば鈴木が『おまじない』をしてくれて、薪を元気にしてくれた。
 薪に最大の傷を残したあの事件の直後は、岡部が自分を支えてくれた。岡部だけじゃない、雪子や小野田や第九の部下たちも、みんな陰ながら薪のことを心配し、応援してくれていたのだ。薪は長いことそれに気付かなかったが、薪の周りは常にやさしさで包まれていた。
 
 いつも独りではなかった。

 でも、今回のことは誰にも言えない。言ったらすべてが壊れてしまう。
 このことは秘密にしたまま、墓場まで持っていかなくてはならない。それが自分にできるだろうか。だれの力も借りずに、自分の力だけで再び歩き出せるだろうか。

 大丈夫だ、と薪は自分に言い聞かせる。
 人はこうして強くなるのだ。自分独りの力で立ち直ってこそ、強くなれるのだ。
 たとえ何年かかったって、今度は誰にも頼らずに立ち上がってみせる。僕は本当の強さを手に入れる―――――。

 突然、薪の手の中で携帯が震えだした。気付いて着信を見ると、雪子からだ。
 ここで雪子からの電話――――― これは薪のシナリオにはない。時間からして雪子はもう、青木の家に着いたはずだ。嫌な予感がする。
 
「もしもし、雪子さん?」
『薪くん、早く来て!!』
 金切り声で思い切り叫ばれて、薪は思わず携帯を耳から遠ざけた。雪子のこんなに取り乱した声を聞くのは初めてだ。
「何が」
『青木君が自殺したのッ!!』
 息を呑んだきり、薪は言葉を失った。

 まさか――――― まさか!?

「な、なんで」
『知らないわよ! あたしが行ったときには、お風呂場で手首切ってたの』
 雪子は半狂乱になっている。完全にひっくり返った声で、早く来てと繰り返した。ここは自分が落ち着かなくては。男の自分がしっかりしなくては。
 
「落ち着いて、雪子さん。青木はまだ生きてるんですね? 救急車は?」
『呼んであるけど、出血量から見てショックパンツじゃ病院までもたないと思う』
「危ないんですか?」
『力いっぱい切ったらしくて、傷が動脈まで……だから、いくら止血しても止まらないし、意識もない。とにかく、この場で緊急の輸血ができるようにスガちゃんに器具と血液パックを頼んだから、薪くんは早くここに来て!!』
「すぐ行きます」

 薪は駆け出した。財布を掴んでマンションを出る。表でタクシーを捕まえて、青木の住所を告げた。
「急いで!」
 薪の剣幕に驚いたのか運転手は引き攣った顔をして、それでも猛スピードで車を走らせてくれた。完全にスピード違反だが、白バイがついてきたら自分の身分証で黙らせればいい。

 青木は大丈夫だろうか。
 万が一のことがあったら雪子さんは……愛する男の死に目に二度も遭わせるなんて、それもまた僕のせいで!

 裏道を通って一方通行を逆走して、1時間の道のりを30分に短縮してくれたタクシーの運転手に1万円札を渡し、薪は全力で走り出した。外から回るより、公園の中を通ったほうが早い。小道を抜けて茂みを突っ切って、胸の高さのフェンスをひらりと飛び越える。後ろで何人かの男女が悲鳴を上げているようだったが、知ったことではない。

 薪の心臓は早鐘のように打っている。
 それが全力疾走による動悸なのか、大切な人を失うかもしれない恐怖によるものなのか―――― 考える余裕も無く、薪は闇の中を夢中で走り続けていた。



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女神たちのブライダル(5)

女神たちのブライダル(5)









 部屋の主は寝室にいた。
 左手首に包帯を巻かれ、力なくベッドに横たわり、右腕には輸血の管が刺されている。命は助かったらしい。急に力が抜けて、薪は思わずその場に膝をついた。

「薪くん……」
 雪子は薪を見ると安心したのか、床に突っ伏して泣き出した。肩が震えている。雪子の泣いている姿なんて、鈴木が死んだとき以来だ。自分のせいで、このやさしいひとをまた悲しませてしまった。
 雪子は気丈にも嗚咽を抑え、顔を上げた。息を詰めていたせいか、頬が赤くなっている。

「青木くん、薪くんが来てくれたわよ。青木くん」
 雪子の呼びかけにも、青木はなんの反応も示さない。雪子の声の震えに、薪の心の鎖がぶつりと切れた。

「起きろ、青木!」
 ワイシャツの襟元を掴んで引き摺りあげる。左右の頬を平手で何度も叩く。先刻、自分の家の床でつけた傷口が開いて、青木の頬に血がついた。
「ま、薪くん。それ、ほんとに死んじゃうから」

 腹が立って仕方がなかった。
 こんなことくらいで自殺なんて。自分から命を捨てようなんて。
 死んでしまったら、未来も何もない。雪子を幸せにすることもできないし、自分が幸せになることもできない。何のために僕があんなに泣いたと思ってるんだ。僕の涙を無駄にしやがって……!

 青木はようやくうっすらと目を開けた。黒い瞳が薪の顔を見る。弱々しく微笑み、そのくちびるが薪の名前を呼んだ。
 僕のせいで絶望して自殺未遂までして、それでも僕を見て笑う。どこまでバカなんだ、こいつは。国宝級だ。天然記念物だ。人類最高のバカとして博物館に陳列したいくらいだ。

「―――――― バカヤロウ」
 許せない。
 なにが許せないって、一番許せないのは、こいつが僕との約束を破ろうとしたことだ。
 こいつは僕に誓ったはずだ。絶対に僕より先に死なないと。僕をおいて逝かないと。僕を独りにしないと―――――この僕にかけて誓ったはずだ。それを裏切るなんて。

「おまえ、僕に言ったよな。僕より先には死なないって。約束したよな」
 それだけじゃない。一生僕を愛してるって、ずっと一緒にいるって、そう言ったはずだ。
「一生僕のそばにいるって、そう言っただろ!」
「だって。薪さん、結婚するんじゃ」
「関係ないだろ!」
 約束は約束だ。それを勝手に破ろうとしたこいつが悪い!

「僕が結婚したって他の人を好きになったって、おまえは僕のそばにいるんだ! 約束したんだから、おまえは一生僕のことを好きでいるんだ!!」
 怒りに視界が染まるというのは本当だ。
 いま、薪の視界は真っ赤でしかも極端に狭い。青木のバカ面しか見えない。自分がどこにいるのかも分からなくなってきた。何を言っているのかは、とっくにわからない。

「おかしくないですか? それ」 
「おかしくない! これから何があっても、僕の一番そばにいるのはおまえなんだ! 結婚しても子供ができても孫ができても、ずっとずっと僕を一番好きでいろ! 僕の一番近くにいろ!!」
 薪の怒鳴り声に驚いたらしく、雪子は肩を竦めて薪に背を向けた。青木の耳元に顔を寄せて、なにやらこそこそと内緒の話を始める。

「でたー……薪くんの真骨頂。薪節炸裂ってカンジ」
「このひと、昔っからこんな無茶苦茶な理屈通してたんですか?」
「普通の人には言わないんだけどね。自分のテリトリーだと思ったら、すべてこの調子よ」
「鈴木さんも苦労したでしょうね」
 なんだかとても失礼なことを言われているような気がするが、頭に血が上った薪の耳にはその正確な意味は伝わらない。

 怒鳴りまくったせいか、呼吸がうまくできない。大声を出したら、それに感情が煽られるように昂ぶって、部屋の中のものが歪んで見えるくらいに心がぐちゃぐちゃになっている。アタマがおかしくなりそうだ。
 言いたいことは全部言ってやったはずなのに、全然すっきりしない。胸の中に黒くてどろどろした塊が詰まっている感じだ。だから、呼吸がうまくできない。泣いているわけじゃない、ただ、自律神経がうまく働かないだけだ。

「ふ、ううう―――っ!」
 薪の脳は、自分の身体に指令を出すのを諦めたようだ。
 脳の支配を離れた薪の身体は、感情のままに動き出す。ベッドに起き上がった男の身体に渾身の力ですがりつき、その胸の中でわあわあ泣いた。
 そこに雪子がいることも青木の将来のことも、ぜんぶ吹き飛んでしまった。薪が苦心して書いた脚本は、思わぬ事態の急変にストーリーの変更を余儀なくされた。

「こわかっ……おまえが死、じゃ、うっ、うっ、~~~っ!」
「すみませんでした。心配かけて」
 うまく喋れない。自分でも何を言っているのか、よくわからない。しかし、青木にはそれが解るらしい。本人にもよくわからないことを、こいつはどうして解ってくれるのだろう。

「オレが悪かったです。全部薪さんの言うとおりにしますから」
 いつも通りのジンクスを、青木は薪に施してくれる。片方の手で頭を撫でて、もう片方の手でやさしく抱きしめてくれる。
 この儀式が始まりだった。繰り返すたびにふたりの距離は近付いて、近付くほどに濃度を高めたジンクス。
「一生、薪さんを好きでいますから。ずっとそばにいますから」
 自然にくちびるが重なる。これもジンクスのひとつ。

 泣くという行為は、激した感情を落ち着かせる最も有効な手段なのかもしれない。ひとしきり泣いた後は頭がすっきりするし、胸のつかえもきれいさっぱり無くなった。自分の中にあったもろもろの汚いものが、涙と一緒に流れ出たかのようだ。
 冷涼な薪の頭脳が帰ってくる。瞬間、雪子のことを思い出し、薪は慌てて青木から離れた。

 しまった。
 やってしまった。雪子の前で、こんな……まるで、彼女に見せつけるみたいに。

「ゆ、雪子さん」
 雪子はこちらに背を向け、うなだれて座っていた。白衣の背中が震えている。肩がびくびくと、不規則に上げ下げされている。
 泣いている。
 自分の好きな男が他の人間と抱き合ったりキスしたり、それを目の前で見せられたのだ。泣きたくなって当たり前だ。

「ち、違います、雪子さん! 僕は」
 否定の言葉は中途で止まった。目の前で黒髪が左右に振られ、薪は言葉を失う。
 なにが違うと言うのだろう。自分は、何をどう取り繕う気でいるのだろう。僕はまたこのひとを傷つけて。

「薪くん、ごめんなさいっ、あたしっ……!」
「雪子さんが謝ることなんかありません。僕のせいです、みんな僕が」
「だめっ、もうだめっ! 我慢できない!!」
 叫ぶや否や、雪子はその場に仰向けにひっくり返り、腹を抱えて笑い出した。

「雪子さん……?」
「だ、だって、薪くんの格好! あははははっ!!」
「かっこう? ―――― あ!」
 言われて初めて気がついた。
 薪はパジャマを着ていた。ベッドの後だったから寝巻きに着替えて、そのまま来てしまったのだ。雪子からの電話で動転して、服装のことなど頭に無くて。
 なるほど、タクシーの運転手が引き攣った顔をしていたわけだ。危険人物に思われたに違いない。よく考えたら身分証も持っていない。スピード違反で捕まっていたら、大恥をかくところだった。

「三好先生、そんなに笑っちゃ悪いですよ。薪さんはオレのこと心配して、ぷくくっ」
「パジャマ! 鬼の室長が、パジャマでタクシー!!」
「あはははっ! ダメですってば、笑わせないで下さいよっ」
 悪いと言いながら、青木もしっかり笑っている。
 たしかに可笑しいが、雪子の笑いは少し不自然だ。いまは笑っている場合ではないはずだ。未遂とはいえ、青木が自殺を図って―――――。

 ……あれ?

 電話では、青木の命が危ないような話だった。風呂場で手首を切って、生命に危険を及ぼすほど血が流れ出てしまっている、と言っていた。傷が動脈まで達していて、いくら止血しても止まらないと叫んでいたはずだ。そんな人間が、腹抱えて大笑いって。
 
「青木。おまえ、やけに元気そうだな」
「え?」
「動脈まで切れてるんじゃなかったのか、その右手」
「そ、そうなんですよ。もう、痛くって」
 誘導尋問に引っ掛かって、咄嗟に右手を押さえている。バカはどこまでもバカだ。
「ふーん。右利きのおまえが、左手で右の手首を切ったのか」
「あっ。いや、あの」
「30分前は意識不明の重態だったのに、ずいぶんと顔色がいいな。輸血とは大したものだな」
 青木の顔がザーッと青ざめる。輸血の効果が切れたようだ。

 バキボキと、華奢な指からは想像もつかないような音を立てて、薪が青木に近づいてくる。
「何か言い遺したいことは?」
「こ、これは三好先生が言い出しっ」
 そんなことだと思った。雪子の知識がなければ、このペテンは仕組めまい。

「雪子さん」
「な、なにかしら?」
「青木の解剖所見は階段から落ちたことによる打撲傷でお願いします」
「了解しました、薪警視長殿!」
「変わり身はやっ!」

 薪の拳が青木の頬を掠める。びゅっと風を切る音が、その威力を慮らせる。
「11月26日、22時17分。青木警視宅に強盗が侵入。警視は果敢に立ち向かうも揉み合いになり、階段から転落死」
「ま、薪さん、あの」
「よかったなあ、青木。殉職特進でおまえも警視正だ」
 にっこりと笑った薪のこの上なく美しい笑顔。それは、これから青木の身に降り注ぐ薪の怒りを表している。怒りのボルテージが高いほど、薪の笑顔は美しくなるのだ。

「た、たすけ―――――ぎゃあああっ!!」
 かくして。
 青木の悲鳴が夜の闇をつんざき、雪子と薪の計画は共倒れに終わったのだった。



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女神たちのブライダル(6)

女神たちのブライダル(6)








「おかしいとは思ったんですよ。こいつが自殺なんてする度胸、あるわけないんです」
 リビング兼住居スペースのカーペットの上に胡坐をかいて、薪は吐き捨てるように言った。投げやりな口調に合わせて右足に肘を当て、頬杖をついている。
 
 いつもの冷静な薪なら、初めから気付いていただろう。
 薪がここに駆けつけたとき、アパートの前に救急車がなかった。命に関わる怪我だというのに、救急隊員も病院関係者もいなかった。その時点で気付くべきだったのだ。
 青木の手にはそれらしく包帯が巻かれていたが、ワイシャツには血の痕もなかった。輸血の管は刺さっているように見えたが、パックの血液は一向に減らなかった。

「だから、やりすぎだって言ったんですよ。三好先生のせいですよ、このコブ」
「薪くんには荒療治が必要なの。これぐらいしないと、本音なんか言わないでしょ、あのひと」
「それにしたって」
「あたしだってね、それなりに忙しいの。いつまでもあんたたちのお守りばっか、してられないのよ」
 コソコソと不愉快な会話を交わす詐欺師たちは、薪がこんなに怒っているのにどこかしら楽しそうで、その原因は、彼らのブラフに見事に引っかかった自分のうろたえ振りを思い出してのことだと考えて、薪はもう一度拳を握り締める。くそ、あと2、3発殴ってやる。

「いくら何でもひどいんじゃないですか。狂言自殺なんて」
「狂言自殺なんて、そんなオオゲサな。ただのお芝居よ」
 青木の部屋に飛び込んできた薪を見た雪子は、突然床に突っ伏してしまった。泣いているものと思っていたが、あれは薪の姿を見て笑っていたのだ。声が震えていたのは青木の身を案じてのことではなく、笑いを堪えていたせいだ。道理で顔が赤かった。
「雪子さん」
「薪くん、こわーい」
「当たり前です。僕は怒ってるんですから」

 雪子の考えは読める。
 青木から事情を聞いて、薪の嘘に気付いたのだ。それでこんな大掛かりな芝居を打って、薪の本音を引きずり出そうとした。薪はそのコンゲームにまんまと引っかかって、先程のような醜態を晒してしまったというわけだ。
 もう、笑うしかない。自分のバカさ加減に目眩がしそうだ。

「雪子さんには、僕の芝居は通じないんですね」
 肩をすくめて、苦笑とも自嘲ともとれる笑みを浮かべ、薪は雪子への怒りを治めた。
 ずっと前にもこんなことがあった。
 あれは確か、雪子と青木のデートを演出してやろうと思って、ムードたっぷりのディナーを用意してやったのだ。その時も、薪の策略を看破した雪子に逆に騙されて、恋人同士が群れを成すレストランで後ろ指を指されながら、男ふたりの寒いメシを食う羽目になった。

「女のカンてやつですか」
「違うわよ。薪くんの嘘を見破ったのは、青木くんよ」
「え?」
 そんなはずはない。
 青木は典型的なO型人間だ。信じやすく騙されやすい。特に、薪の言うことは妄信する傾向にある。今まで何度薪のウソに踊らされて、泣いたり喚いたりしたことか。それでも次の時にはやっぱり騙される。捜査官にはとことん向かない男だ。
 そんな青木(バカ)に見抜かれるなんて。自分は何か、ヘマをやらかしただろうか。

「美和子さんですよね」
 信じられないという表情で青木を見ている薪に、青木が笑いながら言った。
「官房長の娘さんの名前は、栄子さんじゃなくて美和子さんです」
「……そうだっけ?」
「はい。上から美和子さん、裕子さん、香ちゃんです」
 思い出した。青木の言うとおりだ。小野田さんの長女の名は美和子だ。
「栄子ってだれだっけ?」
「この前観た映画のヒロインじゃないですか?」
「あー……」
 
 亜麻色の大きな瞳が天井を見て、左右に動いた。自分のミスを年若い部下に指摘されて、白い額に手を当てる。
「結婚しようと思っている女性の名前を間違うなんて、普通ありえないでしょ。だから結婚の話は嘘だって判ったんです」
 わずかな手がかりから被疑者の嘘に辿り着いた捜査官は、自分の推理を話し始めた。こいつもいくらかは成長しているらしい。

「ただ、結婚の話はカモフラージュで、本当はオレと別れたいだけなのかな、とも思って。それで騙された振りをして家に帰りました。
 ここで薪さんの本心を考えてたら、ちょうど三好先生が来てくれて。それで相談してみたんです。そうしたら三好先生は、薪さんの性格だったらそんな回りくどい事しないで、はっきり言うだろうって。飽きたから別れてくれって」
 そう言えばよかったのだ。余計なことを考えて余計なことになって。策士策に溺れるとはこのことだ。
 薪剛人生最大のミスだ。こんな大事な局面で、あんなつまらないミスで、結局なにもかも自分でダメにしてしまった。

「そろそろ、本当のことを話してくれてもいいんじゃないですか? どうしてあんな嘘を吐いたんですか?」
「それは」
 薪は、チラリと雪子のほうを見た。
 雪子の気持ちは、すでに確認済みだ。この機会にはっきりさせた方がいいかもしれない。やはり嘘を吐いてどうこうするよりも、正直に雪子の気持ちを青木に伝えることによって、彼らの未来を考える方向に持っていくのが正しいやり方だ。
 薪がそのまま雪子を見つめていると、雪子は観念したようにふっと息を吐いた。

「ごめんなさい。あたしのせいよね」
「三好先生?」
 薪の気持ちは、雪子に伝わったようだ。
 自分は席を外したほうがいい。あとはふたりの問題だ。

 薪は立ち上がり、部屋から出て行こうとした。その背中を雪子が慌てて追いかけてくる。
「待って、薪くん。違うの。あたしが好きなのは青木くんじゃなくて」
「もう嘘はやめましょう。雪子さんの気持ちは解ってますから」
 雪子なら許せる。
 雪子以外の女性だったら恨みがましく思ってしまうかもしれないが、彼女はすべてにおいて自分より遥かに優れている。とても勝ち目がない。

「あー、そうよね。薪くんの勘違いは名人芸だもんね。はっきり言わなかったあたしが悪いのよね」
 先刻の薪と同様、額に手を当てて雪子は上を向いた。目を閉じて、大きなため息をつく。
「この年になると、さすがに恥ずかしくって。それに、薪くん絶対に怒るから」
 怒ったりなどしない。恋愛は自由だ。
 それに、青木と自分の間に確かなものなど何もない。結婚できるわけでもないし、家庭を作れるわけでもない。だから、薪は青木に対して何の権利もない。雪子の恋を咎める資格などないのだ。

「あの日、薪くんとカフェテリアで会ったとき、あたしは彼を見てた」
 雪子は、自分の気持ちをようやく認める気になったらしく、密かに青木を見ていたことを告白し始めた。恥じらいからか、俯き加減に顔を横に向けている。
「あたしの視界には青木くんがいて、それを薪くんが見ていたのが事の始まりだったわけだけど」
 雪子はそこで言葉を切って、薪のほうを見た。
 ライバル宣言でもするつもりだろうか。だとしたら、不戦勝で雪子の勝ちだ。薪には雪子と争うつもりはさらさらない。

「もう一人、いたでしょ」
「……もうひとり?」
 薪は記憶を探る。混み合ったカフェテリアで青木の隣にいた男。あれは――――。

 その男を思い出すと同時に、薪のきれいな顔が歪む。薪はその男が大嫌いだった。
 警察官のクセに俳優のような顔をして、女にはモテるらしいが、次々と相手を変える不誠実な男だ。薪はそういう男がこの世で一番キライなのだ。

「雪子さん。まさか」
 自分の予想に青くなった薪にこっくりと頷いて、雪子は薪の「まさか」を肯定した。
「あたし、竹内のことが好きなの」



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女神たちのブライダル(7)

女神たちのブライダル(7)








「実はもう、何回かデートもしてるの」
 雪子の告白に、氷の警視長はその美しい頬を真っ赤に染め、形の良いくちびるをまるで似つかわしくない罵りの言葉で彩った。
「あのやろう、いつの間にっ!」
 
 怒りを抑えるように大きく息を吸い、ハッと一気に吐き出して、薪は雪子のほうを強い目で見た。その亜麻色の瞳に、いつもの冷静さは欠片もない。
「ダメです、雪子さん! 竹内は人間のクズです、女性の敵です! あいつの女好きの噂、知らないわけじゃないでしょう。あいつは女なら誰だっていいんです。8歳の女の子だって口説くんですよ!」
 それは薪の誤解である。
 その事件の時には青木も居合わせていたから、事情を知っている。しかし、敢えて弁明はしてやらなかった。竹内が薪に惚れていることを知っていたからだ。

「それは昔の話でしょ。今はそんなことないわよ」
「だまされてるんですよ! 人間、そんなに簡単に変わるもんじゃないんです。女好きは一生、女好きのままです。傷つくのは雪子さんなんですよ」
 雪子の抗弁を聞こうともせず、薪は頭ごなしに竹内の人格を否定する。薪は思い込みが激しい。薪のこの性質には何度も泣かされてきた青木だが、竹内のことに関してだけは結果オーライだ。他のことならともかく、薪のハートを射止めることに関しては、青木は一流の策士になれる。

「大丈夫だったら。ああ見えても竹内は結構真面目で」
「まさか、まだ何もしてないでしょうね? ムードに流されて許したらおしまいですよ。犯り捨て御免なんですから、あの男は!」
 血の気の引いた顔で、たらりと冷や汗までかきながら、薪の狼狽振りは滑稽ですらある。まるで年頃の娘を心配する父親のようだ。
 雪子は薪の娘ではないし、もう40を超した大人なのだから、そんなことは大きなお世話だと思うのだが、それを指摘したりしようものなら薪の怒りは青木に向けられる。青木の顔の腫れは、間違いなく倍になるだろう。

「うーん。エッチは克洋くんより上手かも」
「なんて軽はずみな真似を! あの男は穴さえあれば何でもいいんですよ!」
「そこまで言う?」
「許しませんよ、僕は絶対に認めませんからね! 今ならまだ間に合います。即刻、別れてください!」
 なんて横暴な言い方だろう。許さないと言うが、薪に何の権利があるのだろう。

「だから、薪くんには言いたくなかったのよね」
 薪の理不尽な横車を予想していたのか、雪子は軽くため息をついて、助けを求めるように青木の方を見た。
「薪さん。薪さんは竹内さんのこと、誤解してます。竹内さんは三好先生のことを、本当に大切に想ってるんですよ」
 雪子のSOSを察知して、青木は竹内を弁護することにした。それはもちろん、雪子たちを応援する気持ちからの行動だったが、青木の中には策士としての考えも存在した。
 昔のことはさておき、竹内は現在真剣に雪子との未来を考えている。が、そう簡単に思い切れないのが恋というものの厄介なところで、まだ薪に些少の未練を残しているようだ。青木としては、ここで薪に竹内と雪子の仲を認めさせ、ふたりの仲を確実なものにして、恋敵にとどめを刺しておきたい。
 卑怯? 上等だ、きれいごとだけで自分のものにしておけるほど、薪を狙っている人間は少なくない。標的になっている本人に自覚が無いとなればなおさら、青木は狡猾になるしかない。

「おまえまで何言ってんだ! 雪子さんを竹内のクソなんかに奪られていいのか、くやしくないのか。おまえはそれでも男か!」
「いや、別にオレ、三好先生のことは何とも思ってないし」
 雪子にはいくらか怒気を抑えていた薪が、青木には遠慮なしに噛み付いてくる。さっきも青木のことはさんざん殴ったくせに、雪子にはちょっと睨んでみせただけでお咎めなしだ。この差はなんなのだろう。

「竹内みたいな外道に比べたら、このヘタレのほうがまだマシです! 雪子さん、考え直してください!」
「薪さん! なに言い出すんですか、オレの気持ちは」
「おまえの気持ちなんかどうだっていいんだ! 大切なのは雪子さんの幸せだ!」
「どうだっていいって、そんなあ」
 薪の優先順位はとても明確だ。好きなひとにはどこまでも甘く、そうでない人間には限りなく厳しいのだ。

「悪いけど、12歳年下の男はちょっとね」
「じゃあ雪子さん! いっそのこと僕と!」
 薪は完全にテンパッている。
「ごめんね、薪くん。あたし、自分より小さい男には興味ないの」
 スパッと急所を攻められて、薪はがっくりと肩を落とした。

「女の人に振られたの初めてだ、僕……」



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女神たちのブライダル(8)

女神たちのブライダル(8)








 

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女神たちのブライダル(9)

女神たちのブライダル(9)








「ダメです、雪子さん! あんな男と結婚なんて。苦労するのが目に見えてます。僕は絶対に認めませんからね!」
 色とりどりの花束が埋め尽くす小部屋の中、設けられたパーテーションに向かって、薪は喚き続けている。まったく、往生際の悪い人だ。

「今日が結婚式だっていうのに。まだ言ってんですか?」
「だっておまえ。だいたい、おまえが悪いんだぞ。しっかり雪子さんのこと捕まえておかないから、竹内みたいな男に騙されて!」
「はいはい、すいませんね」
 適当な謝罪文句で謂れのない非難を受け流す。このひとの八つ当たりを真面目に聞いていたら、胃薬がいくらあっても足りない。

 シルバーグレイのタキシードに白いネクタイを締め、胸に白い百合を飾って、今日の薪はとびきりの美人に仕上がっている。にも関わらず、その表情は険しい。晴れの日に相応しくない不穏な言葉を並べ立てて、事情を知らない者が聞いたなら、この美しい青年は実は花嫁に横恋慕していて、彼女の結婚をぶち壊そうとしているかのようである。いや、実際壊れて欲しいと思っているのだが。
「今からでも遅くありません、雪子さん。あんな男と結婚するくらいなら、僕と結婚してください!」
「花嫁に何言ってんですか!」
 他人が聞いたらどうする気だ、てか、マジでぶち壊す気だよ、このひと!

「ごめんね、薪くん。あたし、自分より小さい男は対象外なの」
 パーティションの向こうから、最後の化粧を済ませた花嫁が現れる。
 短い黒髪にきらきら光るティアラを差し、白いヴェールをつけている。豊かな胸元を華やかなネックレスで飾り、ピンクの薔薇のブーケを持っている。純白のドレスに身を包んだ彼女は、間違いなく今日の主役だ。
「うわあ……雪子さん、すごくきれいです」
「ありがと」
 薪は、頬を赤くして雪子を見ている。他人が見たら、本当に雪子に恋をしているようだ。

「薪くんにキレイって言われても、なんだかね」
「本当に綺麗ですよ。今日だけはオレの目にも、薪さんより綺麗に見えます」
「……この格好じゃなかったら、一本背負い決めてるわよ」
 口は災いの元。どうやら青木は命拾いしたようだ。

「雪子先生、おめでとうございます!!」
 ノックと共に勢いよくドアが開いて、雪子の助手の女の子が顔を出した。薄茶色のウェーブヘアを今日はシニヨンにまとめて、顔の両側にくるくるとした巻き毛を垂らしている。どちらかといえば幼い顔つきの彼女は、大きな向日葵の花束を雪子に渡すと、嬉しくて堪らない、と言った口調で祝いの言葉を述べた。
 
「わああ、綺麗です、雪子先生。よく化けましたね!」
「……ありがと」
「それにしてもまさか、署内ナンバー1のモテ男を雪子先生が射止めるとは。事実は小説より奇なりって、本当ですね!」
「どーゆー意味かしら」
 怖いもの知らずの物言いに、隣で聞いている青木の方が青くなる。こんなことを青木が口にしたら、間違いなく薪にぶちのめされる。

「いいですか、雪子先生。結婚したからって、調子に乗っちゃダメですよ。浮気のひとつやふたつ、目くじら立てちゃいけません。何たって、相手はあの竹内さんなんですから。女優もモデルも選び放題の彼が、雪子先生みたいなトウが立って雲の上まで到達しちゃったようなオバサンを選んでくれたんですから、感謝の気持ちを常に忘れずに。それが夫婦円満のコツです」
「まー、スガちゃんたら、心のこもったアドバイスありがとう!!」
 慣れているのか、雪子は引き攣りつつも笑顔で菅井に応えたが、治まらないのは雪子の信奉者だ。自分とは真逆の意見に、眉を寄せている。

「お言葉ですけど、菅井さん」
「きゃ、薪室長!」
 薪に気付いた菅井は、たちまちしおらしい女性に変貌した。彼女は薪のファンなのだ。さっきは青木の陰になって、薪の姿が見えなかったらしい。

「雪子さんを妻にできるなんて、男にとってこれ以上の幸運はありません。雪子さんがどれだけ素晴しい女性か、ずっと雪子さんを支えてきたあなたなら解っているでしょう?」
「ええ、もちろんですわ、薪室長。なんてステキなお姿」
「そうです。雪子さんは世界一素敵な女性です」
「そのタキシード姿で竹内さんの隣に立ったら、最高の絵になりますわ。ああ、ウットリ」
「はい?」
「あの、ちょっとでいいですから花婿の控え室へ参りません? 並んだ写真を一枚。こないだの間宮部長とのスクープ以上に盛り上がるかも」
「はあ??」

 わけのわからない会話を繰り広げている二人を尻目に、雪子は青木を手招きした。
 動きづらそうな裾引きのドレスを引き摺りながら、パーテーションの向こうに歩いていき、自分の鞄の中から一枚のメモリーカードを取り出す。
「これ、あげる」
「なんですか? これ」
「証拠物件」
 にやーっと笑って、雪子はメモリーカードを青木に手渡した。純白のドレスが紫色に染まりそうな、清純な花嫁が浮かべるには妖しすぎる笑みである。意味がわからない。
 わからないが、雪子がこういう笑い方をするときはだいたい相場が決まっている。つまり、夜の生活のことだ。このメモリーカードは、その様子を録音したものなのだろう。

 青木の耳に、雪子はこっそりと耳打ちする。
「薪くんのあのときの声って、本当にすごい声ね」
「ど、何処で……まさか、盗聴したんですか!?」
「あら、人聞きの悪い。偶然に決まってるでしょ。ほら、去年青木くんの家に携帯落として」
 あの時だ。
 昨年の狂言自殺のとき、雪子を駐車場まで送って行ったあと、アパートで薪と愛し合った。
「何故か、仕事用の携帯と通話中になってて」
 発信したまま置いていったんでしょ、それ!!

「あんたたちの会話が丸聞こえに」
「三好先生。プライバシーって言葉、知ってます?」
「なにそれ? 食べられるの?」
 独り占めしておきたかった薪の声を雪子に聞かれたのは頭に来たが、どうして雪子がそんなことをしたのか、と考えればそれ以上怒ることもできない。

 雪子は、薪が心配だったのだ。
 荒療治が必要だと言いきった彼女は、それでもやはり薪のことが心配で。あの時の薪には必要なことだと思って実行に移したけれど、彼が深く傷つくであろうことは予想に難くなかった。そのフォローを青木がちゃんとしてくれるかどうか、心配でたまらなかったのだろう。
 だから、雪子にとってはその後のベッドは想定外のことで、聞くつもりなんかなかったのについ――――――。

「ケンカばっかりしてるかと思えば、あんたたちってラブラブなんじゃない。好きだの愛してるだの、よくあんなに繰り返せるわね?」
 ……わざとだ!
 細部まで聞いてるし、てか録音してる時点で明らかに計画的じゃないか!!

 確かに、このデータは貴重だ。
 薪が青木を好きだと言ってくれるのは、理性を失うわずかばかりの時間だけ。シラフのときには一度も言ってくれたことがない。ベッドの中でもいつも聞けるとは限らないのだが、あの夜はお互いの気持ちが昂ぶっていたから、薪は何度もそう口走っていた。
 しかし。

 はいどうぞ、と差し出された証拠物件を、青木は受け取ろうとしなかった。大事なのは録音された音声ではなく、それを叫んだ薪の心だ。
「要りませんよ。オレには本物がありますから」
 自分たちのセックスをDVDに録画するのが流行っているそうだが、青木はそういうことをする気はない。本音では興味もあるし、薪の美しい姿を映像に残したいという気持ちもあるのだが、薪にそんなことを言ったら半殺しにされる。このメモリーカードも喉から手が出るほど欲しいが、こんなものを持っていることが薪にばれたら確実に殴られる。

「でも、捜査が混んできたときには必要になるんじゃない?」
 さすが雪子だ。痛いところをつかれた。
 進行中の事件があるとき、薪は仕事の鬼になる。当然、青木はかまってもらえない。薪はもともと性欲が薄いほうだから、青木が仕掛けない限り自分からは求めてこない。それが何ヶ月続いても一向に平気だ。若い青木には地獄の日々である。
 そういうときは仕方なく、薪との情事を思い出して自分で処理をするわけだが、その時に役に立つ、と雪子は言いたいわけだ。
 雪子の言うとおり、これがあれば我慢しきれなくなって無理やり迫って、薪に投げ飛ばされることも減るかもしれない。
 だが。




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女神たちのブライダル(10)

女神たちのブライダル(10)








「薪くんの真骨頂も、ちゃんと入ってるから。まあ、本人は忘れちゃってると思うけど」
「え?」
 薪が我を失って身勝手な理屈を叫んでいたのは、まだ雪子が青木の家にいたときだ。ということは、初めから録音していた? もしかしたら、研究所に戻って輸血の道具を取ってくる、と言って外出したときに、すべての仕掛けを済ませていたのか?
 どうしてそんなことを、また何故あんな強引な方法を取ったのだろうと考えて、青木はあの事件の直後、雪子が竹内と婚約したことを思い出した。

「今度薪くんが馬鹿なこと言い出したら、それで黙らせなさい。動かぬ証拠よ」
 人の妻になったら、今までのように青木の面倒は見られない。雪子はこれから、竹内のことを一番に考えて生きていくのだ。これは、青木に残してくれた雪子の置き土産だ。

「ありがとうございます」
 本当に感謝している。薪が雪子に返しきれない恩があるように、青木も雪子に限りない優しさをもらった。強くてやさしくて美しくて聡明な女性。心から幸せになって欲しい。

 青木がメモリーカードを受け取って内ポケットに落としたとき、控え室のドアが再びノックされた。年配の女性が顔を出し、花嫁の友人たちに微笑みつつ会釈をする。初めて見るが、雪子の母親だろう。娘と良く似た強くてやさしい目をしている。
「雪子、早くしなさい」
「はーい。じゃあね、薪くん、青木くん。披露宴でね」
 母親に呼ばれて、雪子は控え室を出て行った。集合写真に親族の顔合わせ、来賓への挨拶に司会との最終打ち合わせ。花嫁は忙しい。今日一日は、食べる暇もゆっくり腰を落ち着ける暇もない。

 やがてアナウンスが流れて、結婚式の始まりを告げる。式場の敷地内にある小さな教会に人々が集まって、一組の夫婦の誕生を見届ける。
 祭壇の前に立ち、ふたりの男女は神父の言葉に誓いを立てる。集った人々は、その証人になる。指輪の交換をして誓いのキスをする。法一の仲間たちや第九の職員たちにも愛されていた彼女は、一人の男性のかけがえのない人になる。
 
 ふたりを祝福するために集まった人々は一足先に教会を出て、フラワーシャワーの準備をする。腕を組んで教会を出てきた主役たちに、歓声とともに色とりどりの花びらが降り注ぐ。
 花嫁のブーケがふわりと投げられ、一人の女性がそれを受け取った。次は彼女が主役になるのかもしれない。花嫁のブーケには、たしかそんな言い伝えがあったはずだ。

 誰もいなくなった教会内に、ひとり立ち尽くしている細い人影がある。亜麻色の頭を上に向けて、ステンドグラスを見つめている。
 つややかなくちびるが開いて、微笑みの形を作る。彼が笑いかけたのはおそらく、遥か頭上にいるはずの親友。そして新婦の昔の恋人だ。

「見てるか? きれいだろ、雪子さん」
 ―――― ああ、見えるよ。すごくきれいだ。
 一度も聞いたことのない彼の声が、青木にも聞こえたような気がした。

 ゆっくりと教会の中に戻り、薪が親友との会話を終えるのを待つ。薪はしばらくそのままでいたが、やがて青木に気がついた。
「三好先生、輝いてますよね。本当にきれいです」
「惜しいことしたと思ってんだろ。雪子さん、おまえに気があったんだぞ」
「だから、それは薪さんの誤解ですってば」
 青木はきっぱりと言い切ったが、本音では少しだけ、その可能性を考えたこともあった。
 でも、雪子はそれを口に出したことも態度に表したこともなかった。だからここは、薪の勘違いで通しておこう。どちらにせよ、自分にはこのひとしかいないのだから。

 薪はふっと遠い目をして、十字架に掛けられた神の化身を見上げる。その美しい横顔はこの場所に相応しく、限りなく穏やかで清廉だった。
「鈴木に振られて自棄になってたところを、雪子さんが助けてくれたんだ」
 このごろ薪は少しずつ、鈴木との過去を青木に話してくれるようになった。それは薪が、鈴木のことを大切な思い出として心にしまい始めている証拠だ。
「もう二度と鈴木の顔を見られないって思ってた僕を、鈴木のところへ連れて行ってくれた。雪子さんのおかげで、僕は鈴木と親友に戻れたんだ」
 薪は後ろを向いて、青木の目を見た。亜麻色の瞳がやさしく笑う。

「雪子さんはあの時から、ずっと僕の女神なんだ」

 それは薪の本心だった。
 薪は雪子のことを、とても大切にしてきた。雪子からもらったやさしさを糧に、つらい日々を乗り切ってきたのだろう。
 だから薪は、雪子に幸せになって欲しかった。例えあの事件が起こらなくても、薪の思いは同じだったはずだ。その幸せのためなら、自分の気持ちを殺してもいいと思うくらいに大切な女性。決して恋愛感情には変化しないが、この世で一番幸せにしたい女性。
 そんな男女の関係もあるのだ。

「三好先生が薪さんの女神なら、オレの女神は薪さんです」
「僕は男だから女神じゃないだろ、男神だろ。ヘラクレスとかアポロンとか」
「なんでみんなマッスル系なんですか?」
 自覚のなさは相変わらずである。そこが薪の面白いところなのだが。

 青木は薪に向かって、右手を差し出した。訝しげに瞬く亜麻色の瞳に、青木は騒ぎ出す心を抑えきれない。
「せっかく神さまが見ていてくれるんですから、ここで誓いを立てましょうか。薪さんを永遠に愛しますって」
「バカ。キリスト教はソドム禁止だぞ。そんなことしたら、地獄の業火で焼かれるぞ」
 決死のプロポーズを、薪はあっさりと拒否した。しかもバカ呼ばわりだ。

 青木は高々と掲げられた十字架を見上げる。すべてのものを受け入れた超越者の表情を見つめながら、祭壇の周りを回って薪のところに歩いていく。
「そうかなあ。真剣な気持ちで愛し合ってるって判れば、神様も納得してくれるんじゃないですかね。だって、愛と寛容の――――― 痛っ!」
 祭壇の裏側に置いてあった神父用の木製の台に、向こう脛を打ちつけてしまった。打った場所が場所だけに、思わずうずくまってしまう痛さである。
「ほらみろ。天罰テキメンじゃないか」
 薪が青木の方へやってくる。小さな手を青木の前に出して、薪は満面の笑みを浮かべる。以前は古い写真でしか見ることのできなかった、その希少な笑顔。

 差し出された華奢な手を掴んで、青木は彼を自分のほうへ強く引っ張った。バランスを崩した細い身体が、青木の上に倒れこんでくる。

「青木?」

 愛しい人の身体を抱きしめて、青木は神さまに宣戦布告する。
 できるものならやってみればいい。業火でも洪水でも起こせばいい。神さまからだって、この笑顔は守ってみせる。

 祭壇の陰に引き込んで、軽く口付ける。慌てる薪の顔がかわいらしい。
「バカ、おまえ。こんなとこで」
「永遠に愛してます。死がふたりを別つまで」
 青木の誓いに亜麻色の瞳が揺れて、困惑の表情が微笑に変わる。青木の好きな、少し意地悪そうな薪の貌だ。

「それはキリスト教徒の誓いだろ。僕のは」
 小さな両手が青木の頬を挟む。薪のきれいな顔が近づいてきて、つややかなくちびるが不遜に歪められた。
「死んでも僕を好きでいろ、だ」
 薪の傲慢さは果てしない。ソドムの罪より業(カルマ)のほうが重そうだ。

「神さまより厳しいですね」
「当たり前だ。おまえにとっては、神さまより僕の方がエライんだ。神さまは、こんなことしてくれないだろ」
 やわらかいくちびるが重なってくる。青木が仕掛けたような軽いものではなく、熱のこもったディープなキス。薪の手は青木のズボンにかかる。服の上からそこを撫でられる。嬉しいが、ここではさすがにヤバイ。
「薪さん、ダメですよ」
「僕は半端なことは嫌いなんだ。やるならとことんだ。でなかったら、初めからするな」
「……すみません」
「度胸のないやつ」
 ふふん、と嫌味な笑い方をして、薪は立ち上がった。

 これ以上何かしようとしたら、拳が飛んでくるに決まっている。キスより先のことをする気など自分でも毛頭無かったくせに、要は自分が優位に立てればこのひとはそれで満足なのだ。まったく困ったひとだ。これから一生、自分はこのひとに振り回されるのだろうか。
 どうやら、それは確定らしい。
 一生傍にいろと言われてしまったのだ。薪が結婚しても、誰かを好きになっても、一番近くにいるのはおまえだと命令されてしまった。警察官にとって、上司の命令は絶対だ。逆らうことなど思いもよらない。

 青木は、自分の受難を歓喜と共に噛み締める。
 死んでも薪を愛し続けることを、神さまの前で誓わされてしまった。神さまもさぞ困ったことだろうが、この際検察側の証人になってもらおう。薪のことだ。これからだってどんな勘違いをして何を言い出すか、わかったものではない。その時、薪の口から青木を遠ざける言葉が出た際には、雪子のくれたメモリーカードと共に、この証言がモノを言うのだ。
 そのときはよろしくお願いします、と心の中で頼み込んで、青木は教会の入り口に目をやる。薪は青木を置き去りにして、もう教会を出て行くところだ。

「青木、早く来い。披露宴が始まるぞ」
 岡部が教会の入り口で、青木を呼んでいる。青木たちを迎えに来てくれたらしい。
「よーし、今日は朝まで飲むぞ。岡部、付き合えよ」
「あんまり飲みすぎないで下さいよ。薪さんの場合は、周りのほうが大変なんですから」
「これが飲まずにいられるか! 雪子さんを竹内なんかに奪られたんだぞ、あんなゴミみたいな男にっ!」
「はいはい」
 岡部と一緒にさっさと歩いて行ってしまう薪の背中を追いかけて、青木は走り出す。建物を一歩出ると、強い日差しが肌に突き刺さるようだ。

 6月の空は眩しく晴れ上がって、蒼く蒼くどこまでも澄み渡っていた。




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女神たちのブライダル(11)

 こちらは以前お目汚ししました、『幸せな薪さん』のコピーです。
 もともとあのSSは、この話のエピローグだったので。


 最終章です。
 読んでいただいてありがとうございました。(^^






女神たちのブライダル(11)






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理想自己と現実自己の齟齬解消に関する一考察(1)

 こんにちは~。

 予告では『スキャンダル』というお話を公開するはずだったんですけど、それのちょっと前の話が書き上がったのでこちらを先に。すみません、いっつも予告通りに行かなくて。(^^;

 これ、ものすごく難しい題名なんですけど、哲学も心理学も関与してなくて、ぶっちゃけ、

 ただのRです。


 なんか題名が思い浮かばなくて~~、もともと何が言いたいのかわからない内容だし~、
 要は、
 セカンドインパクトの直前だから、ちょっとくらいイチャつかせてやるか、的なお話なので、深い意味は無いです。 カテゴリ的には雑文に入れてもいいくらいです。


 このお話の時期は、ふたりが付き合い始めて3年くらいです。
 なので、薪さんの熟成度も完熟に近付いておりまして、糖度も高めに……最初の頃とは別人みたいですね☆

 どうか広いお心でお願いします。

 あ、今更ですが、18歳未満の方はご遠慮ください。





理想自己と現実自己の齟齬解消に関する一考察(1)






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理想自己と現実自己の齟齬解消に関する一考察(2)

 こんにちは。

 今日はデートなのですよ。
 初めての二人きり。 ドキドキします~~!!!
 ケダモノにならないように気をつけnk。


 しづの理性が持つように祈っててください★



理想自己と現実自己の齟齬解消に関する一考察(2)





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理想自己と現実自己の齟齬解消に関する一考察(3)

理想自己と現実自己の齟齬解消に関する一考察(3)

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スキャンダル(1)

 こんにちはっ。

 
 お待たせしました、セカンドインパクトです!(だれも待ってない)
 例のごとく、あおまきすとさんは避難、しなくても、今回は大丈夫だと思います。 たぶん。
 いや、読み直したら大したことなかったんで。 うん、ぜんぜん大丈夫。 今書いてるのに比べたら、なんてことない。(自社比というのは基準としてどうかと)


 えっと、これを書いたのは2010年の2月です。
 確か、玉里の下水道の推進工事の現場でネタ帳書いた覚えが。(←……)
 1年前なのでちょっと文章が、うーん、どうだろう。 読みづらかったらすみません。


 広いお心でお願いします。




スキャンダル(1)






 金曜の夜の電話は不吉だ。

 明日訪れる予定のテーマパークまでの道順を確認していた青木は、携帯電話の着信画面に表示された名前を見て複雑な気分を味わう。それは青木が、誰よりも聞きたいと願っている大好きな声の持ち主の名だ。しかし、彼がこれから語るであろう用件を察すると、憂鬱になってしまう。

 はい、と電話に出ると、思ったとおり恋人の沈んだ声が聞こえてくる。言い辛そうに口ごもり、それでもはっきり「明日は行けない」とデートの予定をキャンセルした。
「わかりました。残念ですけど、仕事じゃ仕方ないですね」
 相手も、好きでこんな電話をしてくるわけではない。それを青木は知っているから、せめて声に失望が滲まないように、なるべく明るい声で返事をする。
「じゃあ、また来週にしましょうね。楽しみにしてますから」
 時計の針は夜の9時。まだ薪は官房室にいる。私用電話は長くはできない。青木は自分から電話を切った。
 
 携帯を閉じ、その小さな機械から聞こえてきた愛しい声を思い出し、青木は深いため息を吐く。
 これで何回目だろう。
 今年、薪が官房室との職務を兼ねることが決まってから、恋人として過ごせる時間は皆無と言っていいくらい減ってしまった。アフターも土日も、薪のプライベートはその殆どが小野田に押さえられてしまっているのが今の状況だ。
 しかし、これはれっきとした職務だから、薪も一切文句を言えない。詳しいことは教えてくれないが、どうやら小野田は執務時間以外の時間を利用して、政界の人物と薪を引き合わせているらしい。将来のために顔をつないでおこうというわけだ。非公式な訪問だから、自然に公休日が充てられるのは致し方ない。

 最後に薪とふたりで過ごしたのはいつだったかな、と青木は考える。
 2月のバレンタインのときは薪の家で、楽しい夜を過ごした。チョコレート会社の戦略に乗る気はないと言いながらも、しっかりチョコレートケーキを作っていた彼が愛しくて、これは別にそういう意味じゃないから、と言い訳する赤い顔がかわいくて、ケーキはそっちのけで薪に抱きついた。チョコレートより甘い彼の肌に溺れて、夢中になって責め立てたら、薪は溶けたチョコレートのようにとろとろと蜜を垂らして青木を受け入れた。導かれてひとつになって、たまらない幸福感の中で一緒にあの瞬間を見て。
 覚えているのはそれが最後だ。今は6月だから、ええと……。

「4ヶ月かあ」
 こんなに長く薪とデートができないのは、初めてだ。正直、我慢できないくらい淋しい。
 こころも寒いけれど、ひとり寝のベッドも辛くなってきている。薪は淡白だから平気だろうけど、若い青木はそうはいかない。だけど、薪以外の相手となんて考えも付かないから、まだ薪と友だちだった頃のように自分を慰めるしかない。

「いつになったら、薪さんとデートできるのかなあ」
 アフターの1時間でもいいから会いたい。上司と部下でなく、恋人として過ごしたい。エッチできなくてもいいから、いや、本当はしたいけど、やり始めたら朝までノンストップでぶっ飛ばしてしまいそうだしって、そうじゃなくて。

 抱きしめて、愛してる、って言いたい。
 
 自分がそう言ったとき、亜麻色の目に浮かぶ満足そうな色、あの輝きを見たい。自分の言葉が彼の喜びを生むという確かな証拠。それを確認したい。

 青木は想像する。
 薪の意地悪そうな顔。抱きしめたらそれは一瞬怯んだ表情に変わって、でもすぐに長い睫毛を伏せて、ほんの少し頬を赤らめる。
 未だにおずおずと青木の背中に手を回す、何度身体を重ねても初々しさを失わない純情な恋人は、青木が顔を覗き込むと恥らうように拗ねるように、青木にきれいな横顔を見せる。
 その頬を手で包み、くちづければ彼はもう観念して、その花弁のようなくちびるを開いてくれる。中のかれを慈しみ、そこから洩れる吐息を奪う。薪の両手がしっかりと青木の背中に絡むのを感じて彼のくちびるを解放すれば、亜麻色の瞳は微かに震えて、言葉だけでは生まれ得ない歓びをその琥珀に湛える。

「あ」
 ズボンの前が急にきつくなって、青木は自分の若さを嘆く。
 肝心の相手がいないのに、どうして臨戦態勢に……。

 やばい。想像しただけでこの調子では、本物を目の前にしたら本当に朝までやり倒してしまいそうだ。連休の時でもなければ、迂闊に薪に会えないかも。
 
 その時にはちゃんと下準備をして薪を苦しめないようにしようと、理性と衝動の挟間で青木は薪の幻を抱きしめた。





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スキャンダル(2)

スキャンダル(2)





 土曜日の夕方。薪は、乗り心地のよい車の助手席で眠気と戦っていた。
 ハンドルを握っているのは、小野田の運転手兼ボディガードの坂崎という男だ。丁寧なハンドルさばきと穏やかなブレーキで、乗客を夢の世界へ誘う名人だ。
 これが恋人とのデートの帰りなら100%高鼾で眠っている薪だが、上司の手前、そんなことはできないと必死で欠伸を噛み殺している。

「お寝みになってはいかがですか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
 坂崎に声を掛けられて、薪は出掛かった欠伸を両手で押さえる。後部座席の小野田には隠せても、運転席の坂崎には見えてしまったか。
 薪は慌てて姿勢を正し、眠気を追い払おうとした。

「官房室の忙しさは存じ上げております。特に期始めのこの時期、悠長に眠っている時間などないことも。移動中に睡眠を摂らないと、身体が持ちません。官房長もそうしてらっしゃいますよ」
 促されて後ろを向くと、なるほど小野田が熟睡している。
 確かに、官房室の就業は連日深夜に及ぶ。昨日も家に帰ったのは、2時を回っていた。今朝は早朝会議があって、睡眠時間は3時間弱。第九で徹夜には慣れている薪だが、官房室の仕事には一刻も早く犯人を突き止めなければ被害者が増える、というプレッシャーはない。そうなると本能が勝るのは当然のことで、睡魔との戦いは最近の薪の深刻な悩みになっている。
 官房室の仕事に携わることが決まってから、薪の生活は仕事一色に塗りつぶされた。休日どころかアフターもなかった。書類整理か資料作成か、あるいは接待のいずれかで、小野田についていくか首席参事官の中園に呼び出されて無理矢理付き合いを強いられるか、どちらかだった。

「マンションに着きましたら、起こして差し上げますから」
「すみません。じゃあ、お願いします」
 眠る前に、薪はメールを1本打った。
『帰宅予定20:00』
 それだけの文章だが、あいつにはこの意味が解るはず。
 
 何ヶ月ぶりかで、青木と一緒に過ごせる。今夜はいつものポーズは捨てて、うんと素直に甘えてみようか、などと恥ずかしいことを考えながら、薪は眠りについた。
 夢は見なかった。このところずっと見ていない。忘れてしまっているだけかもしれないが、官房室に勤務し始めてから、薪には夢の記憶がなかった。


「薪くん、起きて」
 小野田の声に揺り起こされたとき、薪は自分がどこにいるのか分からなかった。
 白い天井。見慣れない照明器具。顔を横に向けると、趣味のいいソファとテーブルが目に入った。ソファは革張りで、テーブルは木目が美しいアンティーク。床に敷かれた絨毯は、多分ゴブラン織りだ。
 さっと払われたカーテンの間から差し込む朝の日差し。薪はハッと我に返った。

「小野田さん。ここは」
「ぼくんちだよ。きみがあんまりよく眠ってたから、坂崎に運んでもらったんだ」
 何という失態。出張の帰りの車の中で眠りこけた挙句、官房長の家に泊めてもらうなんて、失礼にも程がある。
「すみませんでした。ご迷惑を掛けました」
 慌ててベッドから下りて平身低頭謝ると、小野田はひとの良さそうな笑顔を浮かべ、いつもの暢気な口調で言った。
「疲れてたんだね。ごめんよ、無理をさせて」
 こんなふうに、部下に優しい言葉を掛けてくれる上司は、警察機構では非常に少ない。小野田の言葉は口先だけではなく、薪の身体を心から気遣ってくれている。
「朝ごはん用意してあるから食べて。行きがけにきみのマンションに寄ってあげるから、着替えなさい」
「いえ、食事までお世話になるわけには……今、何時ですか!?」
 いや、時刻はどうでもいい。朝ごはん、てことは朝に決まってる。
 昨夜恋人に送った無責任なメールのことを思い出して、薪は青くなった。

 即刻マンションに帰りたい、いや、青木のアパートに行って謝りたいと思ったが、上司の手前そんなことはできない。小野田の予定は今日もてんこ盛りで、すぐに支度をしなくては間に合わない。4ヶ月以上もほったらかしの恋人のしょげた顔を思い、自分の睡眠欲の深さを呪いながらも、薪は上司の言葉に従わなければならない自分の立場を受け入れた。
 後悔で一杯の心を抱えつつ、小野田の妻と当たり障りのない会話をし、朝食の味噌汁の味を褒め、何とか電話だけでもできないかと機会を伺うが、小野田が隣にいてはそれも能わず、結局薪が恋人に謝罪できたのはそれから1時間後のことだった。

 その謝罪が電話ではなく、4ヶ月ぶりに逢えた恋人としての会話だったことは、幸運か、皮肉か。
 小野田と共に車に乗り、坂崎の運転でマンションに戻った薪は、自室の空気が入れ替えれていることに気付いた。もう長いこと帰って眠るだけの生活ですっかり淀んでしまっていた空気が清浄になり、ほのかに百合の香りが漂っている。その香りに心を和ませながらも、昨夜ここで自分の恋人が為したであろういくつかのことを思い、薪は眉根を寄せた。
「あ、薪さん。おかえりなさい」
「!?」
 ここにいるはずのない男の声を聞いて、それは確かに自分が呼び出したのだが、だけどいるなんて夢にも思わなかった彼の姿を見て、薪は驚愕した。

「お疲れさまでした」
 昨夜恋人に呼び出されて、でもすっぽかされて、その理由すら知らされずに怒り心頭に発しているはずの彼は、薪に向かって明るく笑いかけた。
 申し訳ない気持ちで一杯になるが、言い訳ひとつすることもかなわない。だったらやさしい言葉のひとつもかけてやればいいものを、気恥ずかしさが邪魔してそれもできず、ただ俯いてくちびるを噛んでいる薪の肩に、青木の両手が置かれた。
「気にしなくていいです。薪さんが大変なのはわかってますから」
 4ヶ月ぶりに会った恋人は相変わらずやさしくて、薪をどこまでも甘やかす。
「顔が見れて、うれしいです」
 顔を近づけられて自然に閉じようとした目蓋を、リビングに置かれたベル式の目覚まし時計の長針が止める。小野田が外で待っている。

「青木、あの」
「着替えに戻られたんですよね?」
 見ればリビングのソファには、クリーニングの掛かったスーツが一揃い出してある。夏らしく、薄いグレーのスーツに涼しげな水色のネクタイ。薪が予定していた今日の服装がそこにはあって、それは彼が薪のこれからの行動を知っているということだ。
「どうして」
「窓からずっと外を見てましたから」

 ずっと。
 昨夜からずっと、今朝もずっと。こいつは一晩中、僕を待って……。

 不意に薪の中にこみ上げてきた感情は驚くほどに強く、一瞬で薪を支配して青木の胸にその身を預けようと試みたが、長年培ってきた彼の理性はそれを押し留めた。流されてしまったら、この後の仕事に支障が出る。
 薪は青木のほうを見ないようにして、黙々と着替えを済ませた。
「朝ごはん、食べました?」
「小野田さんの家でごちそうになった」
 おそらく薪のために夕食も朝食も用意したであろう恋人は、それを聞いてもがっかりする素振りも見せず、美味しかったですか? とのん気に笑った。

「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 最後までニコニコと笑う恋人に、やっぱり我慢ができなくて、薪は玄関口で青木にくちづけた。いつものように舌を絡ませることなく、甘い吐息を吸いあうこともない短い接触が、薪の焦りを物語っていた。

「ごめん」
 滅多なことでは口にしない台詞を搾り出すように言って、青木から離れる。いいえ、と嬉しそうに笑う恋人の顔を目に焼き付けて、薪はドアを閉めた。



 

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スキャンダル(3)

スキャンダル(3)




 


 そんな、逢瀬ともいえない一時の触れ合いで薪の中に生まれた感情は、ひどく彼を苦しめることになった。
 いや、気付いてしまったと言うべきか。

 青木との時間が取れなくなって、芽生えないはずのない淋しさを、環境の変化に余裕をなくしていた薪の心は自覚することができなかっただけで、それはとっくに自分の中に溢れていたのだ。いったん堰を切ってしまったら、もう止めることができないほど大きく膨れ上がったそれは、すべてを壊しかねない危うさを秘めていた。
 それでも、自分を騙すことにかけて薪はスペシャリストだ。自分の感情には気付かないふりをし、目の前の職務に没頭することで色々な局面を乗り切ってきた。今回もそれでうまくいく。時間と共に、この痛みも治まるはずだ。今にも破裂しそうな風船を胸の中に抱え、冷静な室長の仮面をつけて、彼は週3日という約束の第九の職務をこなし続けた。

 しかし。
 間が悪いというか、貧すれば鈍すというか、とにかく薪は恋愛の神さまにはとことん嫌われているらしい。

 中園と行くはずだったH友会の接待が相手の予定でキャンセルになったと聞かされて、それならばと恋人の予定を思い出せば、今日はあいにくデータ整理の残業が入っている。せめて彼の顔だけでも見たいという本音を「気になっている案件があるから」というオブラートにくるんで、薪は夜の第九を訪れた。
「室長。お疲れさまです」
 プライベートと仕事のけじめはきっちりつけろ、と口が酸っぱくなるほど言い聞かせている年下の恋人は、研究室では薪を室長と呼ぶ。例え周囲に誰もいないことが明白でも、だ。
 薪もまた、ご苦労、と上司が部下を労う態度で返して、青木の机の上とPCの画面に目をやり、仕事の内容を把握する。青木が眺めているモニターには死者の脳内映像ではなく、英文字と数字が並んでいる。新システム移行に伴うデータ整理をしているのだ。

 システム開発室の若き天才の手によって、MRIシステムの新しい局面が開かれる計画が立ち上げられたのは3年ほど前だが、ようやくそれが試運転の段階まで仕上がってきた。
 新しいシステムとは、ずばり音声。人間の唇の動きを機械が判断し、音声にして出力する。更に現場の状況から周囲の音、屋外なら車の音、雑踏のざわめき、雨の音―――― これによって、より正確な犯行現場の再現が可能になるというわけだ。
 これから何度かのテストを行い、ゆくゆくは新しいシステムで捜査を行なうようになる予定だが、それまでの間にこの膨大なデータを整理し、スムーズに移行できるようにしておかなくてはならない。青木がやっているのは、そのための作業だ。

「おまえがひとりでやってるのか?」
「あ、いえ。さっきまで岡部さんと一緒にやってたんですけど。中園参事官がお見えになって、岡部さんに話があると仰るので、オレひとりでできるとこまでやっておくことにしたんです」
「中園さんが? あのひとがアフターにすることって言ったら、ナンパか酒か、どっちかだぞ」
「そうなんですか? 官房室の首席参事官が?」
「親の遺言で、6時以降は仕事ができないそうだ」
 あはは、と青木はお人好しに相応しい屈託のない笑顔を見せる。相棒が美味い料理と酒を楽しんでいる間に、自分ひとりが仕事をしている状況に、腹も立たないらしい。
 薪は呆れた顔を作って、青木の隣の席に腰を下ろした。

「おまえも帰ればよかったのに」
「帰ってもやることないですから」
「友だちもいないのか? 寂しいやつだな」
「週末ならともかく、月曜から飲みに行くような友人はいませんよ」
 何ということもない会話の中で、薪は息苦しさを覚える。クールビズ励行中の第九は、MRIシステム適温ギリギリの25度。当然、青木は半そでのワイシャツ一枚の姿だ。

 束の間、マンションで青木に会った日からすでに1月近い。
 亜麻色の眼が、マウスを操る青木の腕に釘付けになる。彼が小さく指を動かすたびに、手の甲に骨っぽく筋が浮き、腱がしなやかに連動する。
 
 もう何ヶ月、あの腕に抱きしめられていないのだろう。
 そんなことを考えている自分に、狼狽する。ここは職場だ、自戒しろ。

「室長。コーヒー淹れましょうか」
「いや、いい」
「遠慮なさらないでください。オレも一息吐こうかと……薪さん?」
 気がつくと、給湯室に向かおうと立ち上がった青木の腕をつかんでいた。触ってはいけない、と思いつつ、放せなかった。この手を放して室長室へ行き、目的の書類を持ってここから出ろ、と理性が叫んだ。

 自分の身体が理性の制御を離れたことは何度かあったが、職場でそんな状況に陥ったことは一度もなかった。
 薪にとって、職場は神聖な場所だ。親友が命を落とした場所なのだから、彼の最期の想いが残るのもここだと思っている。だから、こんな気持ちに駆られることはとてもいけないことだし、警察官としての良識を踏まえても、職場でこういう行為に及ぶ不届きな輩は厳重に処罰するべきだと薪自身つねづね思ってきた。
 でも……。

 手のひらから伝わる彼の皮膚の感触は、薪のからだの芯に眠る情動を呼び覚まし、内部深温を上昇させた。5ヶ月ぶりの感覚に、どうしても我慢がきかなくなった。
「薪さん?」
 相手の腕を引き寄せ、自分も立ち上がり、互いの進路を故意にぶつける。意図的な接触事故は計算された正確さで青木のくちびるを捕獲し、薪はむさぼるようにその獲物にかじりついた。

 これまで何度も薪の身を助けてきた理性と言う名の番人が、ここから先に進んではいけない、取り返しがつかないことになる、と頭の中で警鐘を鳴らした。身を滅ぼすことになっても知らぬぞと、薪の喉に鋭い槍を突きつける。
 わかっている、いくら欲しくてもこれ以上は、と彼に従おうとしたとき、青木が舌を返してきた。甘い痺れが薪の背筋に走り、彼の声は聞こえなくなった。

 薪を止めるものはいなくなり、薪のからだは自由に動き出した。
 慣れた手つきで相手のネクタイをほどき、ワイシャツのボタンを外す。開かれたシャツの襟口から手を忍ばせ、僅かに汗ばんだ青木の肌をまさぐる。シャツの前をはだけ、露わになった若い肌に舌を這わせる。
 だんだんに下方へ下りていく頭部に合わせて、薪の膝は床に着く。膝立ちの姿勢になって、青木の腰に抱きついた。迷わずベルトを外そうとする薪の手を握って、青木がためらいがちに言った。
「あの、嬉しいですけど……ここでは、ちょっと」

 薪は無言のまま立ち上がり、青木の手を引いて仮眠室の扉を開けた。
 相手の躊躇いを無視して、薪は力任せに彼を突き飛ばした。足がベッドにぶつかって、青木は仰向けに倒れる。
 薪はさっさと上着を脱いで、ネクタイを取った。ワイシャツのボタンを3つほど外し、青木の手を取る。それを自分のはだかの胸に導き、心臓の上にあてがった。

 手のひらを密着させることで伝わる、胸の動悸。今にも破裂してしまいそうなほどに、いっそ壊れてしまうかと思われるほどに。
 それはまるで、ふたりで一緒にあの階段を駆け上がる瞬間のようで。

「僕が今どういう状態だか、理解したか?」
 
 青木の眼鏡を取り上げて、ベッドの横についている簡易式のクロゼットに置く。時計を外し、2人分のネクタイもそこに放り込んだ。
 弱気な恋人を奮い立たせるように、薪は強くくちづける。触れてしまったら、もう我慢ができなかった。ここが職場で、深夜とはいえ誰が来るかも判らない場所で、などという常識的な判断ができなくなってしまった。
 でなければ、薪のようなお堅い人間が、職場でそんな行為に及ぶはずがない。5ヶ月もの間引き離され、寂しさは頂点に達していた。

 すべてを忘れ、今は互いのことだけ。久方振りの逢瀬は、激しかった。




*****

 きゃー、薪さんの襲い受け、一度書いてみたかったんですー、許してー!(そんな筆者の下らない気まぐれのために、この後あんな目に遭ううちの薪さん。不憫(笑))


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スキャンダル(4)

 こ、ここは~~~、
 追記で!
 絶対に追記で!
 お子様は読んではいけません。
 大人の方も、人前で読んではいけません。


 すみません~~~~!!





スキャンダル(4)

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スキャンダル(5)

スキャンダル(5)







 金曜日。薪は今日も警察庁8階の廊下を歩いている。
 小野田と取り決めた基本シフトは、第九は月水金の3日、残りの2日は官房室の仕事をするというものだが、急ぎの事件があれば捜査を優先させていいことになっている。が、それ以外の時には遠慮なく官房室から突発的な呼び出しが掛かる。人事異動のこの季節、様々な団体の役員に挨拶回りをしなければならない。相手の都合によってはシフトの変更を余儀なくされるというのが、薪の今の立場だ。
 今日はどこのお偉いさんだろう、と滅入る気持ちを抑えて、薪は官房室に入った。

「薪くん、こっち」
 官房室の職員たちに目礼し、小野田の部屋へ入ろうとした薪を、首席参事官の中園が呼び止めた。
 中園は小野田の昔からの友人で、現在の彼の右腕だ。去年の春、前任の田端が定年で退職した際、小野田がわざわざロンドンから呼び戻したくらいだから、その実力は相当なものだと思われる。

 薪の前に立って自分の部屋に入った中園は、執務席に着くと渋い顔で腕を組んだ。険しく眉根を寄せて、唇を歪めている。
 中園とは知り合ってまだ4ヶ月ほどだが、彼が薪の前でこんな顔を見せるのは初めてだ。
 彼はひとつだけ困った性癖を持っていて、かわいい男の子が大好きなのだ。小野田の目があるから何もしてこないが、個人的な興味から薪を気に入っていることは確かだ。薪としては不本意な気に入られ方だが、まだ官房室の仕事に慣れていない現況では仕方がない。

「なにか、困ったことでも?」
 中園の表情から不穏なものを感じ取った薪は、彼を促した。中園の憂いは、小野田に関することだ。官房長の平穏を脅かす何事かが起きたに違いない。
「それを君が訊くのかい?」
 逆に質問を返されて、薪は戸惑う。
 どういう意味だろう。中園の渋面の原因は、自分にあるとでも言いたいのだろうか。
「僕がなにか」
 数枚の写真が中園の机の上で、ばさっと音を立てた。自然に落とした薪の目に飛び込んできたのは、絡み合うふたつの裸体。

 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 大声で叫んだような気もするし、怒りに任せて机を叩いたような気もする。気が付いたときには薪は、床の上にへたりこんで、奪い取った写真を隠すように身を伏せていた。
 遠くで、中園の声がする。

「今朝、官房長宛に送られてきたんだ。差出人は不明。封筒もありふれた市販品、指紋もなし。手紙もないし、連絡もないから犯人の目的はわからない」
 中園の言うことをやっとの思いで理解して、薪は肩を竦ませる。ガタガタとみっともなく震える唇を動かして、一番心配だったことを聞いてみた。
「小野田さんは、このこと……」
「まだ知らない。僕の処で止めてある」
 そのことに安堵した卑怯な自分を恥じて、薪は深く息を吸った。

 これは十中八九、小野田の政敵が仕掛けた策謀だ。部下のスキャンダルをタネに、彼に脅しをかけてきているのだ。
「辞表を、いえ、懲戒免職にしてください」
 こんなことで小野田の名誉に傷がつくなど、あってはならない。事が公になっても、自分が処罰を受けていれば世間の非難は和らぐはずだ。しかし、短絡的な薪の進言は、首席参事官によってあっさりと却下された。
「無駄だよ。そんなことしたってね、君が10年以上も第九の室長をやってた職歴は消えないよ。小野田が君をその地位に就けた事実もね」
 それはそうかもしれないが、こういう場合の常套手段としては、懲戒免職が王道だ。警察機構から切り離すことで責任の所在を有耶無耶にするのは、この世界の基本ルールだ。

「それに、小野田になんて言うの?」
「正直に話します」
「こんなことくらいで、彼が君を切り捨てると思う?」
「小野田さんだって、リスクを知ればきっと納得してくださると」
「やれやれ、小野田もかわいそうに。あんなに大事にしてるのに、当の相手はそれをまるで分かってないときた」
 床に腰を落としたまま、薪は中園の洒脱な顔を見上げた。
 小野田の友人に相応しく、穏やかな微笑を刻んでいることの多いその口元は苦々しく歪められ、いつもすっきりと開かれた眉根はぎゅっと寄せられている。

「小野田に余計な心配をかける前に、君にはやることがあるだろう」
「離職以外に、僕に何ができると」
「彼と別れるんだよ。当たり前だろ?」
 つややかなくちびるが開き、何か言おうとした。しかし、それは言葉にはならなかった。不安定な吐息が幾度か繰り返された後、薪は「はい」と頷いた。
 薪にとってはようやく絞りだした言葉だったが、中園は厳しい態度を緩めてはくれなかった。
 当然だ。薪は今、官房室を窮地に陥れようとしている不安因子なのだ。

「本当に別れられるの?」
「大丈夫です。青木には、ちゃんと僕から」
「青木くんなの? それ」
「えっ?」
「相手の顔が写ってなかったから。誰だか解らなかった」
 薪は慌てて写真を見直した。
 中園の言うとおり、はっきりと顔が判るのは薪だけだった。どれもこれも相手の男の顔が写らないアングルで撮られていて、もしこれが世間に公表されたとしても責を負うのは自分だけで済む―――― 薪はそのことに、安堵のため息を漏らした。

 パニックになって、冷静な判断ができなくなっていた。中園は、薪が青木とこういう仲だということも知らないはずだ。ここは上手くフォローしないと。処罰が青木に及ばないように、何とか抑えなければ。
「すみません、これは僕の病気みたいなもので。若い男を見ると、つい」
「これまでにも、こんなことを?」
 悪びれた様子もなく、いっそふてぶてしく、薪はヘラヘラと笑ってみせた。
「警察(ここ)は縦社会なので。階級を振りかざせば、大抵の男は言うことを聞きます。彼もそうでした」
「君が無理矢理、彼に行為を強要したってこと?」
「はい。僕がその気になれば、ちょろいです」
 青木は被害者。事情を知らない中園なら、この話が通じるはずだ。

「じゃあ、電話して」
「はい?」
「いまここで、青木くんに電話して。二度とこんなことはしないって、彼に言いなさい」
「……ここで、ですか?」
「できるよね?」
 薄いグレーの瞳が、すべてを見透かすように薪の顔を見ていた。その視線に操られるように、薪は携帯電話の発信ボタンを押した。



*****

 ここまで読み返して、やっと面白くなってきたと思うわたしって、アクマなんですかね??

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スキャンダル(6)

 ちょっと私信です。
 Mさま、
 すみません、たくさんお気遣いいただいちゃって、なのに昨日に限って日中測量に引っ張っていかれて、夜は夜間工事の現場パトロールに行かなくちゃで、お返事返せなくって~~(言い訳してすみませんっ)
 これからちょっと入札なので、戻りましたら改めてお返事させていただきます!
 Mさまのご心配を長引かせてしまってすみません! わたしの方は全然平気なので、どうかお気遣いなく!!
 これからもよろしくお願いしま、はっ、この後の展開で見放されたらどうしよう……見捨てないでください~~~っ!!


 それとですね、
 この章は短いので、帰ったら次の章も上げます。
 書いてるときはページ数のことなんか何も考えてないので、こういうマヌケな状態に。 平均して一定の量で書ける人って、尊敬します。







スキャンダル(6)






「今度の週末は、のんびりできそうだよ」
 今年から官房室の新しい顔になった若き警視長に、小野田はやわらかく微笑んだ。執務机の前に姿勢よく立った彼は、小野田の笑みを受けて書類を机に置き、内ポケットから取り出したスケジュール帳に何事か書き込んだ。

 7月に入り、怒涛の挨拶ラッシュはいくらか落ち着いて、官房室全体の寝不足はようやく解消され始めた。
「きみもゆっくり休みなさい。体調管理も仕事のうちだよ」
 はい、と返事をして、じっと手帳に目を落とす。薪の肩が力なく落ちている様子に気付いて、小野田は彼の疲れがピークに達していることを知る。小野田の繁忙は年中無休だが、今年から非公式ではあるが官房室に招き入れた秘蔵っ子の忙しさも、この数ヶ月は常軌を逸していた。いくら若いとは言え、疲れも溜まるはずだ。

「風邪は治ったの?」
「は?」
「先週のいつだっけ、すごくだるそうにしてただろ? 風邪でも引いたんだろうって中園が言ってたけど、違ったの?」
 薪は困ったように睫毛を伏せて、曖昧に首を振った。常なら生き生きと輝く亜麻色の瞳に最近覇気が見られないのは、体調のせいではなかったのか。
 身体に異常がなければメンタル面だ。となると、解決法は。

 小野田は暢気な口調で、思いついたように言った。
「温泉にでも行こうかな」
「いいですね。ご家族も喜ばれるでしょう」
「あー、ダメダメ。今度の土日は妻は同窓会だし。行き先が温泉じゃ、娘なんかついてきやしないよ」
「香ちゃんもですか?」
「それがさ、香のやつ高校生になったら途端に色気づいてさ。週末はボーイフレンドと海に行くとかって……父親なんてね、淋しいもんだよ」
 4年前、14歳だった香は薪に夢中だったが、高校生になると現実の男性に目を向け始めた。父親としては薪に対して叶わない憧れを抱いていてくれたほうが安心だったのだが、いつまでも夢を見てはいられないのが現実というものだ。

「よろしかったら、僕がお付き合いしましょうか」
「何言ってんの。きみにだって、プライベートの予定があるだろ」
「いいえ。特にありません」
 この数ヶ月、図らずも彼のプライベートは殆ど小野田が押さえる結果になってしまった。近頃薪に元気が無いのも、きっとそのせいだ。だから、温泉は自分が行こうとしているのではなく、「彼と温泉にでも行ってきたら」という控えめな提案だったのだが、こういうことに鈍い薪には伝わりにくかったようだ。

「気を使わなくていいよ。休みの日も上司と一緒なんて、疲れるだけだろ」
 まあ、薪の相手にしてみれば同じ状況なのだから、一概には言えないが。
「薪くんが付き合ってくれるって言ってるのに、それを断るなんて不届きなやつだな」
 首席参事官の中園が、皮肉な口調と共にドア口から現れた。
「薪くん、僕と行こうよ」
「中園。薪くんにはちゃんと相手がいるって言っただろ」
 薪が現在の恋人と付き合い始めた当初から、中園はその事実を知っている。こちらの方面のことに疎い小野田は、困った性癖を持つこの悪友に相談を持ちかけたのだ。つまり、薪に付いた悪い虫をどう退治したらいいか、ということについて。
 その当時は何が何でも別れさせてやる、と意気込んでいた小野田だが、以前と比べて格段に明るく穏やかになった薪を見ていると、ふたりの仲を裂くことばかりが得策ではないように思えてきた。今回のように会えない時間が長くなると、薪は明らかに憔悴する。諸手を挙げて賛成するわけにはいかないし、できることなら真っ当な道に立ち返って欲しいと願っているが、自然にふたりの気持ちが冷めるのを待とうか、という気持ちも生まれてきている。
 ところが。

「青木くんとは別れたんだよね、薪くん」
 薪の前では素知らぬふりをしていろと言ったのに相手の名を出すなんて、いやその前に、いま何と言った?
 驚いて薪を見ると、薪はペンを持ったまま固まっている。

「ね?」
 中園に促されて、はい、と答える。その声は硬く、まるで機械音のように何の抑揚もなかった。
 小野田の前では滅多と見せたことのない能面のような無表情に変わった薪に、小野田はそれ以上言葉を継ぐことができなかった。


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スキャンダル(7)

 本日、2個目の記事です。
 同じ章にまとめようかとも思ったんですけど、場面が違うし~。 この辺は、何となく感覚で。




スキャンダル(7)





 官房室を辞して、薪は研究所へ向かった。今日は水曜日。第九の日だ。
 仕事は仕事だ。別れた恋人のいる部署でも、拒む理由にはならない。相手も大概気まずいだろうが、そこはお互い様だ。

 長年鍛えたポーカーフェイスをつけて、薪は第九の自動ドアをくぐる。さっと室内に目を走らせて、一番に長身の男の姿を探すのは、もう習性のようなものだ。
「あ、室長」
「おはようございます」
 部下たちが次々と挨拶の言葉を発するのに、おはようと軽く頷きつつ、副室長の岡部を誘って室長室へ入る。捜査中の事件の報告を一通り聞き、火急の事案が無いことを確認した後、何気ないふりをして薪は尋ねた。

「青木は?」
「青木は来週まで出張です。薪さん、ご存じないんですか?」
 岡部は訝しげに、細い眉を寄せた。
 岡部は薪と青木の関係を知っている。だから、青木の出張を薪が知らなかったことを不思議に思ったのだろう。別れたことを知らないからだ。

 来週まで、青木はここには来ない。
 無意識のうちに、薪はホッと息をついた。

 この1週間、中園の指示で青木からの電話はすべてシャットアウトしてある。第九に来たのも、2週間ぶりだ。つまり、あの電話以来、青木とは一切の連絡を取っていない。直情的な青木が薪の顔を見た途端取り乱して、『オレと別れるってどういうことですか』などと訴えてきたら目も当てられない。
 青木の顔を見ても自分は平気だが、青木はそうはいかないだろう。あの電話一本で彼が納得しているとは、とても思えない。

 ――― そう、あの電話が最後だ。

 耳に残る、青木の最後の声。それは薪の胸の中心に居座って、何度も何度も繰り返される。
『薪さん? こないだは、会えてうれしかったです』
『からだの方は大丈夫でした? 今度はいつ会えますか?』
『あ、ごめんなさい、わがまま言って。待ちますよ、2ヶ月でも3ヶ月でも。ずっとあなたのことを想ってます』
『……もしもし?薪さん?』
「おまえとはもう、終わりだ」
 乾いたアルトの声がそこに重なって、愛しい恋人の声は途切れた。後に残ったのは、無機質なツーツーという機械音。

「番号の削除と、着信拒否もしときなさいね」
 呆然と佇む薪の耳に、中園の冷静な声が聞こえた。
「青木は部下です。仕事上の連絡まで断ち切るわけには」
「そのために副室長がいるんだろ。人員が10人に満たない第九に副室長を置いてるのは、何のためだい」

 自分が何をしたか解っているのか?
 おまえのせいで、官房長がどんな窮地に追い込まれようとしているのか、ちゃんと理解しているのか?

 中園の言葉の裏側にあるそんな非難を読み取って、薪は何も言えなくなった。罪悪感に押されるように薪の手はパネルを操作し、青木一行という名は薪の携帯から消えた―――。

「名古屋のイベントの手伝いをするようにって、中園参事官の方から……薪さん?」
「えっ」
 薪ははっと我に返った。岡部が不思議そうな顔をして、薪を見ている。
 岡部の話を、まるで聞いていなかった。今、何か事件に関する重要なことを話していたのだろうか。

「疲れてるんじゃないですか? ずっと働きづめなんでしょう」
 岡部の心配性は、相変わらずだ。顔に似合わぬ細やかな気配りを見せる部下に、薪はにこりと微笑みかけた。
「大丈夫だ。今週末には休みも取れることになったし。家でのんびりするよ」
「そうしてください。こっちも今は、急ぎの案件はありませんから」
 既に所長に提出済みだという新システム導入に関する稟議書のことと、先週の室長会議で決まった今年の懇親会の場所についての報告を済ませ、岡部は室長室を退室しようとした。その背中に、薪の声が掛かる。

「あ、岡部。あの」
 呼び止めておきながら、その先を継ぐのはとても躊躇われた。しかし、言わないと。ここで青木をフォローできるのは、事情を知っている岡部しかいない。
 岡部にはあまり効果の無い室長の仮面をつけて、薪は事務的に聞いた。

「青木はどうしてる?」
「どうって」
 岡部は、薪の質問の意味がわからないようだった。
「落ち込んでるとか、食欲が無いとか」
「そう言えば、いくらかしょげてるみたいでしたね」
 苦笑して、岡部は薪に背を向けた。
「日曜にはやつの身体も空くはずですから。月曜にはイヤになるくらい元気になるでしょうよ」

 あなたに会えなくて寂しいんでしょうよ。週末に時間が取れるなら、青木も喜ぶでしょう。

 岡部の言葉の裏に隠された軽い冷やかしが聞こえて、でもそれは今の薪にはひどく辛い響きで、薪は閉ざされたドアのこちら側で憂鬱そうに頬杖をつく。
 どうやら、青木は普段と変わりなく過ごしているらしい。自分から別れを告げられた青木が平常心を保てるなんて、少し意外だ。心配して損した。
 青木も人間的に成長したのか。それとも、大したショックではなかったのか。

 ずきっと胸の真ん中が痛くなって、ジクジクと膿んだような疼きが走る。
 あの日から、ずっと。青木のことを思うたびに、毎日毎日……。
 平気じゃないのは自分のほうだ。

 差し込む疼きに耐えるように、薪はぎりっと奥歯を噛み締め、岡部から預かった報告書のファイルを開いた。





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スキャンダル(8)

スキャンダル(8)





「薪くん。週末の予定、入れちゃったかい?」
 やさしい上司が軽い調子で話しかけてきたとき、薪はてっきり温泉のお供に連れて行ってもらえるものと思った。だから、いいえと首を振りつつ、今頃の時期なら奥日光か那須高原あたりが涼しくていいかもしれない、などといくつかの候補を思い浮かべた。小野田好みの静かでくつろげる温泉宿を探し予約を入れ、かれを宿まで車に乗せていくのが部下である自分の役目だ。

「じゃあ、出張の付き添いを頼める? 土曜日なんだけど、どうしても出席しなきゃいけない会合があってさ」
 それを聞いて、薪は忙しい上司を気の毒に思う。
 第九の室長を務めてきた自分も警察庁の中ではかなり繁忙な部類に入ると自負していたが、小野田の仕事ぶりを見ていると、自分はまだまだ甘いと痛感させられる。あれだけ大量の懸案事項を抱え、多くの人と接見を持ちながら、小野田にはいつも余裕がある。自分では、ああはいかない。書類を捌くだけでキャパシティを振り切ってしまいそうだし、この忙しいのに下らない用事で訪ねてくるな、と来訪客を怒鳴りつけてしまいそうだ。
 薪は小野田のことを尊敬している。彼のような人間になるのだと自分に言い聞かせて、なるべく穏やかな気持ちを保つようにしている。

「はい。よろこんでお供します」
「悪いね。坂崎には休暇をあげるって言っちゃったから、新幹線を手配してくれる?」
 小野田の命に笑顔で応じ、薪はさっそく名古屋の国際会議場までのルートを調べ、会合の時間に合わせて新幹線のチケットを手配した。東京から名古屋までは約1時間。昔は2時間近くかかったそうだが、新幹線も速くなった。
 東京発8時10分のグリーン車の席を2つ。自分は普通車両で充分なのに、公費がもったいないな、と密かに思う。
 以前、小野田の席だけをグリーン車に指定したら、押し問答の挙句普通車両に移って来られて、えらく肩身の狭い思いをした。それに懲りてそれからは、何も言われなくとも2人分の特別席を用意することにした。

 当日の朝は、小野田と東京駅で7時半に待ち合わせた。間接照明の落ち着いた車内に入り、窓際の席に腰を下ろした途端、小野田はそわそわした口調で言った。
「薪くん、あれ、作って来てくれた?」
「はい。え、もう食べるんですか?」
「当たり前だよ。これが楽しみで、朝ごはん食べないで来たんだから」
 子供みたいに主張する上司に苦笑して、薪は自分の荷物の中からタッパを取り出した。蓋を開けると、薄黄色の薄焼きたまごに包まれた丸くて小ぶりな寿司が現れる。

「うん、美味しい。きみの茶巾寿司は相変わらず絶品だね。きみは食べないの?」
「僕は家で済ませましたから」
「じゃ、これ全部食べていいの?」と聞かれて、我慢できずに薪は噴き出した。
 何がおかしいんだい、と小野田は少しへそを曲げたようだったが、寿司を口に入れると直ぐに笑顔を取り戻した。笑いをこらえて、薪がステンレスポットに入れてきた緑茶を差し出すと、小野田はごくりと口の中のものを飲み込んで、心底羨ましそうな顔をした。
「いいなあ、きみはいつもこんな美味しいものが食べられるんだね。贅沢だなあ」
 何年か前に誰かにも、似たようなことを言われた気がする。
 小野田さんたら時々子供みたいなんだから、と心の中でクスクスと笑って、でもこれは彼の気遣いだと、ちゃんと薪にはわかっている。

 先日、中園は小野田に事情を話した、と薪に教えてくれた。とんでもない不始末をしでかした部下の身の振り方については、『かれを守ることを最優先に考える』と宣言したそうだ。免職どころか異動も考えていないと言う。
 薪からも、青木とは別れたこと、懲戒免職は覚悟していることを進言したが、小野田はまったく取り合ってくれなかった。そんなことを考えている暇があったら、この書類を頼むよ、と言われてファイルを重ねられた。言えば言うほど仕事が増えるので、薪もとうとう根負けした。
 こんな面倒を起こされて腹が立たないわけは無いのに、薪に対する態度を1ミリも変えない。それどころか、こうして自分を元気付けてくれようとしている。小野田に報いるためにも早く過去のことは忘れて、職務に邁進しなくては。

「きみの茶巾寿司を食べたら、市販のものが不味くってさ。妻が困ってる」
「よろしかったら、奥様にレシピを差し上げましょうか」
「できれば家に来て、作り方を教えてくれるとうれしいな。会議の後、時間ある?」
「はい」
「そうだ。せっかく名古屋に行くんだから、名古屋コーチンも食べなきゃね。それから、徳川園を見にいこうよ。きっと緑がきれいだよ」
「いいですね」
 徳川園は、名古屋駅近くにある日本庭園の名所だ。龍仙湖と名づけられた人工の湖を抱き、四季折々の花が観光客を楽しませる造りになっている。薪は心から喜んで、小野田の提案を受け入れた。

 なにか、していたほうがいい。無為の時間があると、余計なことを考えてしまうから。

 名古屋の国際会議場で行なわれた市民団体による犯罪遺族者の救済に関するイベントは、正直、小野田本人がどうしても出席しなければならないほど重要な催しだとは思えなかった。題目の重要性は認めるが、規模はそれほど大きなものではなく、部屋も中程度のレセプションホールが使われていた。この程度のイベントに官房長を呼び出すなんて、主催者は度胸があるな、と思ったくらいだ。
 しかし、主催者が小野田に駆け寄ってきて、その小太りな身体を必死に丸め、赤ら顔の頬を更に赤くし、しきりに恐縮するのを見て、薪はこの茶番の裏側に気付いた。

 それで、名古屋コーチンだの徳川園だのと。
 小野田はおそらく薪の気を引き立てようとして、この小旅行を目論んだのだ。温泉では薪が気を使うと考えて、だから会議にかこつけて。

 自分は幸せ者だと薪は思った。上司にこんなに可愛がってもらえる部下なんか、日本中探したっていやしない。
 この恩情に報いたいと、小野田が一番喜ぶことはなんだろうと考えて、すぐにあることに思い当たって、でもやっぱりそれだけは承諾できないと薪は暗い気持ちになる。
 いくら青木と別れたからと言って、小野田の娘と結婚することはできない。そんなに簡単に、薪の心のスイッチは切り替えられない。

 会合は2時間ほどで終了し、軽く食事を摂ろうということになった。
 7階にレストランが入っているからそこで、と薪が言うと、小野田は2階の喫茶ラウンジに行こうと言う。名古屋コーチンを食べたがっていたから、ここは軽食をつまんで、本格的な昼食は外で摂るつもりなのかもしれない。

「うーん、このコーヒーはいただけないな」
 席に落ち着き、運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、小野田は苦笑した。会議場にあるラウンジのコーヒーなんか不味いに決まっているが、これは曽我が淹れたものよりひどい。
「薪くんのコーヒーの味に慣れちゃったからな。寿司といいコーヒーといい、いろいろ不便だな」
「すみませんね、器用で。僕って何をやっても上手にできちゃうんですよね」
 薪はそれをヌケヌケとした口調で言って、その高慢な態度は上司を喜ばせた。
 薪の恋人はコーヒーを淹れるのがとても上手な男で、薪も彼から手ほどきを受けている。コーヒードリップの腕前は、官房室の誰にも負けない。

 …………いや、元恋人だ。今はもう、仕事以外では顔を見ることも許されない。薪のバリスタとしての技術は、ここで頭打ちだ。

「人目があるってのに、ガン見か。中園の心配も分かるな」
「はい?」
 沈もうとした薪の気分を止めたのは、小野田の脈絡の無いセリフだった。
 小野田の視線を追って、薪は開け放たれた喫茶コーナーの入口に背の高い男の姿を見つけた。亜麻色の瞳が驚愕に引き絞られる。

 どうして。
 どうして青木がこんなところに。

「あの背高のっぽが突っ立ってたら、目立って仕方ないね。薪くん、注意してきて」
「で、でも」
「別れたんでしょ? だったら問題ないよね。上司として部下に注意してきなさい」
 小野田に命令されても、薪はその場から動くことができなかった。
 ひと目見ただけで、胸が苦しくてたまらなくなった。話なんかとてもできないと思った。薪は俯いて、自分の靴先をじっと見た。膝の上で拳を握り締める。

 薪の向かいでゆらりと影が動いて、ひとの気配が消えた。小野田が立ち上がったのだ。
「ぼくは一足先に帰るから。明日は休んでいいよ」
「……小野田さん」
「きちんと話し合って、後々トラブルの無いようにしてきなさい。いいね」
 薪の尊敬する上司は悠々と歩いて、入口の側にバカのように立っている男に近付いた。自分に対して頭を下げる長身の男に、ポケットから何やら紙片のようなものを差し出す。

 まさか、例の写真だろうか。こんなところでそんなものを、あのバカに見せたら。

 が、薪の心配は杞憂に終わった。それは写真ではなかった。
 小野田の背中を深いお辞儀で見送って、青木はこちらに歩いてきた。小野田に渡された紙片を薪に見せて、にっこりと笑う。
「オレ、ここの手伝いが二時に終わるんです。もう少し待っててもらえますか」
 大きな手が差し出したそれは、徳川園のパンフレットだった。



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スキャンダル(9)

スキャンダル(9)





 薪たちがコーヒーを飲んでいたラウンジの斜め向かいにあるカフェテリアで、青木は数人の男女と話していた。
 レセプションホールで見かけた人間も、何人か混じっている。ということは、先刻のイベントのスタッフたちか。
 即興の仲間とは言え、共にひとつの仕事をやり終えた連帯感から、彼らは朗らかに笑い合っている。薪の元恋人も、不思議と人を信用させる暖かい笑みを見せている。

 青木の呑気な顔を見ていたら、ものすごく腹が立ってきた。
 あいつ、なんであんなに平気な顔をしてるんだ。僕と別れたってのに、落ち込んだ様子なんかこれっぽっちもないじゃないか。こっちは夜が明けるまで泣き倒し……いやいやいや、あれはそうじゃない。半年くらい前に見た犬の映画が急にフィードバックしてきて、哀しくて涙が止まらなくなったんだ、そうなんだ、ってだれに言い訳してるんだ、僕は。

 深刻な我が身と引きかえ、平生と変わらぬ青木に軽いショックを受ける。岡部も青木に変わった様子は無いと言っていたが、本当に何も感じていないのか。なんて冷たいやつだ。たとえ何ともなくたって、少しくらい凹んでみせるのが思いやりというものだ。
 
 青木の心無い態度に心底腹を立てていた薪は、それでも青木が用事を終えるのを待って、しかし当然のように徳川園のパンフには見向きもせず、真っ直ぐ出口に向かった。
「薪さん、待ってくださいよ。せっかく小野田さんが割引券くれたのに」
 知るか!
 なんで別れた恋人と一緒に日本庭園を散策せにゃならんのだ。イジメか? これは、一方的に別れを告げた身勝手な恋人に対する報復なのか?
「徳川園がイヤなら、別のところにします? 近くに白鳥庭園て所もありますけど。ここなら人が少ないから落ち着けるかも」
 なに普通に誘ってんだ! 僕たちはもう、別れたんだぞ?! もとから図々しいやつだとは思っていたが、ここまで厚顔だとは。

 電話で一言言っただけだから納得していないだろうと予想してはいたが、何もなかったように振舞えるこいつの神経が理解できない。こうなったら説教だ。諄々諭してやる。
 それにはゆっくりと秘密の話ができる場所が必要だと考え、昼間は殆ど人がいないという小さな庭園に案内させた。が、行って見て、薪はその美しさに驚いた。もとより日本の美しい風景には魂を抜かれてしまう薪のこと、思わずふらふらと遊歩道の左に連なる力強い緑に惹かれて歩いていけば、右手には芝生の広場が広がり、そのまた向こうには夏の太陽を浴びた湖面がキラキラと光っている。
 いないはずの観光客もそこここに散っていて、青木の言葉の一部がウソだったことを薪に教える。これは苛立った自分を落ち着かせるための作戦だったか、と理解したところで一旦抜けてしまった牙は戻らない。
 庭園の中ほどに位置する汐入亭の方角に歩きながら、薪は穏やかな声で言った。

「どうしてこんなところにいるんだ。おまえ、まさか僕をつけてきたのか?」
 だとしたら自分も衰えたものだ。青木の尾行は小学生レベルだ。その稚拙な尾行にも気付かないほど、精神的に不安定になっていたのか。
「恥ずかしいと思え、男のクセに未練たらしい。僕が終わりだと言ったら終わりなんだ」
 恥ずかしいのは自分だ。未練を断ち切れないのも自分だ。
 自分で切り捨てておきながら、こころの中ではぐずぐずと青木のことを考えている。今だって、何もかも忘れてこの男を抱きしめてしまいたい、と思っている自分がいる。

「あの、オレ、先週からここに詰めてたんですけど」
「プライベートではもう、一切会わな……え?」
「岡部さんから昨日電話があって。薪さんにオレの出張のことを伝えたって言ってたから、てっきり会いに来てくれたのかと思ってたんですけど。違うんですか?」
 あまりにも厚かましい青木の勘違いに、薪は一度は落ち着いた怒りが再度沸騰するのを感じた。ここではマズイと思いつつも言わずにはいられなくて、薪はコースを外れて木々の間に青木を引き込んだ。

「なんで僕がおまえに会いに来なきゃいけないんだ!? 僕たち、お終いだって言っただろ!?」
「え? あれ、本気だったんですか?」
 本気にしてなかったのか!? なんなんだ、この危機感のなさは!!
「冗談であんなことが言えるか!」
「いや、だって薪さんの言うこと全部鵜呑みにしてたら、とても付き合ってられないですよ。あなたがオレに、今まで何回『別れる』って言ったか、覚えてます? 100回はとうに超えてますけど、わかってます?」
 ……言われてみれば、確かに……『文句があるならいつでも別れてやる』は口癖のようなものだし。
 だからって、今回は携帯まで繋がらないように着信拒否にしたのに。

「携帯に出てくれないことなんか、日常茶飯じゃないですか。忙しいときにはオレの番号だと解ると、無言で切って。それも面倒になったから拒否られちゃったんだとばかり」
 なんてポジティブな理由付けだろう。そう言えば、昔から青木はこういうやつだった。薪の言葉を良い方へ良い方へ解釈して強引にこじつけて、鈴木のことでいっぱいだった薪の中に無理矢理入ってきたのだ。

「ばかばかしい。帰る」
 こちらの気も知らないで、どこまで自分勝手なやつなんだ。僕がどれだけ―――――。

「あ、待ってください、これだけ!」
 青木は慌てて薪の腕をつかむと、道に戻った。人目も憚らず薪の手を引き、庭園の中心にある東屋に連れ込む。
「やめろ、ひとが見るだろ!」
 薪は小声で、しかし鋭く叱責する。あんな写真が送られてきて過敏になっている今、青木の行動は無神経で思慮の浅い行為に思えた。

 なんて浅はかなんだ、こいつは。青木が考えることといったら、享楽的で単純で。
「ほら、見てください、これ」
 こいつが考えることは、いつもいつも。
「獅子おどし。覚えてます? 3年前の春に、長野の温泉宿で一緒に見ましたよね。あのとき、薪さんすごく楽しそうに見てたから。だからここにお連れしようと思って」

 ――――― いつも。
 僕のことばっかり。

「薪さん?」
 細い手が伸びて、青木の腕をぎゅっとつかんだ。手のひらから伝わるのは、あたたかさと微かな震え。
「……帰ろう」
 下を向いたまま小さな声で、薪は言った。
「一緒に帰ろう」
 掠れたアルトの声に重なるように、獅子脅しの音が高らかに響いた。




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スキャンダル(10)

 こんにちは~。

 お天気が渋いですねえ。 また雪になるのかなあ。 困るなあ。
 夜間工事では特に天候に気を使います。 普段は夜間動かさない合材プラントとか、うちのために稼動してもらうわけですから。 それに、NTTケーブルの立会いの人とか。 夜中の1時ごろ来てください、って頼んでおいて、雨で中止になったからまた明日、なんて申し訳なさすぎです。
 付近住民の方にも、夜の騒音で迷惑かけてるし~、
 あー、どうして昼間やらせてくれないんだ!! って、県道でバスが通ってるから仕方ないんですよね(^^;
 現場付近の方、申し訳ありません。(て、ここで謝っても)



スキャンダル(10)





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スキャンダル(11)

 あ、この章も異様に短い。
 ということで、もう1個上げます。




スキャンダル(11)





 清潔に整えた寝具に包まれて、パジャマ姿の恋人は健やかな寝息を立てている。
 薪を眠らせるにはこの手に限る。どうせまた何日も寝てないのだろう。疲れた顔をして、先月見たときよりさらに痩せて。

 膝に乗せて揺すった薪の軽さを思い出して、青木の胸が苦しくなる。
 あんなに激しく青木を求めてきた直後の電話だったから、何かあったのだろうとは思っていたが。尊敬する小野田のところへあんな写真が送られてきて、このひとはどれだけ悩んだのだろう。
 ひと目見てわかった、薪の憔悴と絶望。あの電話は苦渋の決断だったのだ、と確信した。
 これから自分がどうすべきか、青木は一瞬で心を決めた。あのカードを発動するときがきたのだ。

「心配しなくても大丈夫ですよ。あなたのことは、オレが守りますからね」
 秀麗な額にキスをし、寝室を出る。リビングに戻って、床に落とされた情事の名残を片付ける。
 床についた染みからは、薪の匂いがする。汚れをふき取った布を記念に持っていこうかとバカなことを思いつくが、気が付けば部屋中が彼のにおいに満たされていて、この空気の中には薪が溶け込んでいる、と思えばそんな必要も無い。

 薪は、自分の中にいる。
 それだけで充分だ。

 青木は清々しい顔になると、ソファにかけてあったジャケットのポケットから、携帯電話を取り出した。
「青木です」
 用心のために声は極力抑えて、青木は穏やかに言った。
「薪さんから事情は聞きました。はい、すべてお任せします。決して手遅れになりませんよう」
 これは、薪には絶対に聞かれてはいけない会話だ。この事実を薪が知ったら、とんでもない暴挙に出かねない。自分も電話の相手も、それだけは防ぎたいと思っている。

「遠慮はいらないです。オレの気持ちは変わりません。スパッとやっちゃってください。では」
 自分より遥かに階級の高い相手に、少し馴れ馴れしい物言いだったかと反省したが、この上下関係もあとわずかだと思えば気にもならない。

 緊急の事件に備えて携帯を持ったまま、青木は寝室へ戻った。
 ベッドヘッドに携帯を置き、薪の隣に潜り込む。すやすやと幼子のように眠る恋人の手を握って、青木は満足そうに目を閉じた。




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スキャンダル(12)

 ということで、本日2個目の記事です。
 よろしくお願いします。




スキャンダル(12)












 翌朝、不覚にも強制的な睡眠を摂らされたおかげですっきりと目覚めた頭を、専属バリスタの特製ブレンドでさらに冴え渡らせ、薪は問題の写真を検分した。朝食を摂った後のダイニングテーブルに何枚ものきわどい画を並べ、捜査官の眼でそれを見る。
 捜査官モードになってしまえば、それがどんなに恥ずかしい写真だろうと関係ない。例えそこに自分と母親のセックスが映っていても平気な顔で見られるくらい図太くないと、第九の捜査官は務まらない。

 検証の結果、写真は3方向から撮られている。おそらくは高精度のCCDカメラが仮眠室に設置されていたのだろう。問題は、それを設置したのが誰か、ということだ。
「犯人は一体、何が望みなんでしょうね」
 昨夜あれだけ体力を消耗することをしておいて、目の下にクマもなく食欲も旺盛な部下を見て、薪は彼の若さを羨ましく思う。薪がもし女性相手にあの回数をこなしたら、次の日は多分、腰が立たない。

「小野田さんの失脚を狙ってるに決まってるだろ? 」
 コーヒーの香りを吸い込み、脳神経を活性化させる。集中力を高めるのに、臭刺激は効果的だ。
「オレは、このターゲットは薪さんだと思うんですけど」
「なに言ってんだ。写真は小野田さんのところに送られてきたんだぞ」
「でも、まだ何の要求もないんでしょう?」
 それは薪も不思議に思っていた。この写真が官房室に届いてから、すでに3週間が経過している。その間、動かない敵の真意はまったく理解できない。

「時期を待ってるのかもしれない。将来、小野田さんが次長に推挙されるときとか」
「だったらその時に使うんじゃないですか? だって犯人にとって、これは大切な切り札でしょう。それを前もって提示してしまったら、対策を立てられてしまうかも知れないじゃないですか。例えば、今のうちに薪さんを免職にするとか。そうすれば小野田さんは無傷ですよね」
「小野田さんは、それはしないって」
「でも普通は、小野田さんがそこまでして薪さんを庇うはずがないと考えるんじゃないですか?」
 それはそうかもしれない。

「犯人の狙いが薪さんだと思ったのには、もうひとつ理由があります。この写真なんですけど」
 昨夜とはまったく違う引き締まった顔つきで、青木は写真を指差した。その厳しい目つきにどきまぎする自分を見つけて、薪は慌ててそれを押さえ込んだ。
「薪さんの顔ははっきりと写っているのに、オレの顔は写ってないですよね? どの写真も身体の一部分で切れている。これは、オレが薪さんを庇えないようにするためだと思います」
「庇うって、どうやって」
「この写真にオレの顔が写っていれば、オレが薪さんを無理矢理襲ったことにして、そうすれば薪さんは被害者ということで、お咎めなしでもいいでしょう。だけどこの写真だけでは、その方法は無理です」
「バカ! 例え写真におまえの顔が写ってたって、そんなことできるわけないだろ!」
 青木の浅知恵に怒りを爆発させ、薪は椅子を蹴って立ち上がった。

「あれは、合意の上だったんだから。ていうか、僕の方から、その……」
「あくまで対策のひとつですよ」
 赤くなって語尾を濁す薪に青木はゆるりと微笑み、直ぐに真面目な顔になって自分の推理を話した。

「でも、不自然だと思いませんか? あのとき、オレたちかなり動いてましたよね。定点カメラで薪さんだけが写るなんて、ありえないと思うんですよ。何十枚かあった写真の中から意識的にこの数枚を選んだ、あるいはオレの顔が映らないように取り込んだ画像を調整した、と考えるのが自然でしょう」
 青木の言うことは、いちいち尤もだ。
 動揺のあまり、冷静な捜査官としての思考を失っていたことに気付いて、薪は己を恥じた。
 いきなりあんな写真を見せられて、小野田に対する申し訳ない気持ちで一杯になってしまって、物事を順序立てて考えることが出来なくなっていた。青木と別れろと命令されて、この状況では仕方ないと思いつつも、こんな別れ方はいやだと、そればかり・……。

「だけど、そうなってくると分からないことがあるんですよね」
 青木は人差し指を鼻の上に置き、眼鏡を押し上げる仕草をした。モニターを見るときに、よくやる動作だ。青木の集中が高まっている証拠のそれを、薪は頼もしいと感じた。
「犯人はどうして何も行動を起こさないんでしょう。この写真をマスコミや上層部にばら撒くとか、ネットで公開するとか、いくらでも手はあるのに。早くしないと、間に合わなくなってしまいますよね?」
「間に合わないって、何が?」
「官房室付け参事官の辞令ですよ。今のうちなら第九の醜聞で済みますけど、薪さんが正式に官房室の人間になってしまってからじゃ、警察機構全体のスキャンダルになってしまうでしょう? 」
「そんなの、犯人にとっては関係ないだろ」
「大有りですよ。犯人が葬りたいのは薪さんであって、警察機構ではないはずです。これは内部犯行ですから」
 内部犯行であることは、薪にも予想がついている。しかし、これを小野田の政敵と考えず薪の政敵と捉えるなら、彼(あるいは彼ら)の矛盾した行動にも説明がつく。相手は、小野田が薪を見限るのを待っているのだ。

「警察内部に犯人がいるという根拠は?」
「根拠は2つあります。第一に、第九のセキュリティは特別製です。外部の人間がそう簡単に入れるとは思えません」
 機密漏洩防止の観点から、第九のセキュリティは特別製だ。毎週月曜には玄関からモニタールームまでにある5つのゲートのセキュリティがすべて新しくなり、パスワードも変更される。
「第二に、月曜日の朝、つまりこの写真が撮られた1週間後ですね、盗聴器類のチェックをしたときには、すでにカメラはありませんでした。犯人が持ち去ったものと思われます」
「ちょっと待て。盗聴器類のチェックって、おまえそんなことしてたのか?」
「以前、風呂にCCDカメラが仕掛けられてた事があったでしょう? あれ以来、毎週月曜、それと外部から人が入ったときには必ず調べることにしてるんです。オレ以外の誰かに薪さんのはだかや寝顔を見られるなんて、我慢できませんから」
「……理由はともかく、よくやった。と言うことは、犯人は、月曜日の日中カメラを設置してこの画像を手に入れ、翌週の朝までには証拠を持ち去ったことになるな」
「でも、それが誰かは判らないです。仮眠室の入口には目隠しのパーティションが置いてあって、職員に気付かれず中に隠しカメラを仕掛けることは、第九のモニタールームに入れる人なら誰でも可能です。今はボールペンやUSBメモリに偽造したカメラがありますからね。仮眠室のクロゼットに置いてあっても、不思議には思わないでしょう」

 仮眠室のクロゼットは4つあるベットの横にそれぞれ付いていて、扉は無い。ジャケットやネクタイを掛けるハンガーが2つ、それと眼鏡や時計を置くための棚があって、そこにこのカメラは置いてあったと推測される。
「だけど、あの1週間に第九を訪れたのは、みんな薪さんと親しい方ばかりで。その中の誰かを疑うことなんか、できないです」
 薪は頭の中で、恒常的に第九に出入りしている彼らの顔を思い浮かべてみる。そのうちの一人が取ったあの夜の行動を思い出して、薪はある可能性を導き出した。

「そんなに……?」
 急に黙り込んでしまった薪に気付いて、青木は心配そうに声を掛けた。
「薪さん?」
 事の深刻さは青木にも解っている。自分が原因で小野田を窮地に立たせることになるかもしれないのだ。責任感の強い薪には、これ以上の苦痛はない。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。小野田さんには、切り札がありますから」
「切り札?」
 きょとんと首を傾げて、鸚鵡返しに薪が訊く。
「なんでおまえがそんなこと知ってんだ?」
 そう、自分はそれを知っている。でも、薪は知らなくていい。

「薪さん」
 青木は席を立って薪の椅子の右隣へ回り、その場に膝をついた。テーブルに置かれた小さな手を取って、両手で包み込む。
「離れてても、会えなくなっても。オレ、あなたのことがずっとずっとずうっと好きですからね、一生あなたが好きですからね」
「なんだ、急に。気持ち悪いやつだな」
「本当です、信じてください。オレ、薪さんの幸せをずっと祈ってますから」
「なに会えなくなるようなこと言ってんだ。別れないって言っただろ?」
 青木はそれには答えず、黙って薪の身体を抱きしめた。
「青木? どうしたんだ?」
 自分の腕の中で不思議そうに瞬くかわいい恋人に、限りない愛しさを感じながら、青木は不確定な未来しか持てない自分の現状をもどかしく思う。

 名古屋のコンベンションホールで小野田にパンフレットを渡され、すれ違いざまに囁かれたセリフ。
『気をつけなさいよ。ぼくにあれを使わせたくなかったら、慎むことだ』

 青木の命綱は、小野田が握っている。あれを使われたら、薪との関係も自分の人生もお終いだ。しかし、それを後悔する気はない。
 それはとても簡単な数式だ。
 薪への愛と自分の人生は、等記号で結ばれている。どちらかが消えれば、もう一方も消滅する。青木の頭の中にあるのは、それだけだ。その両方が消えた後のフォローは、小野田に頼んである。きっとうまくやってくれるだろう。

 3年前、青木と小野田の間に交わされた密約。一枚の事件調書に込められた青木の決意と覚悟のほどを、薪は生涯知ることはなかった。





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スキャンダル(13)

スキャンダル(13)





 遡って、4日ほど前のこと。
 
 恋人と別れたことを薪が認めて官房室から出て行った後、中園紳一はソファに腰掛けて優雅に足を組んだ。官房長の小野田は自分の上司だが、幼馴染みの腐れ縁。仕事以外の話をするときには、フランクな態度で通している。
「中園。薪くんになにしたの?」
 職務以外の話の時には中園の隣に腰を下ろすはずの悪友は、執務机についたまま、固い口調で言った。
「おまえは知らなくていいよ」
「そうはいかないよ。薪くんはぼくの大事な跡継ぎだ。彼を娘婿にすることを、諦めたわけじゃないんだからね」
 小野田が剣呑な声を出すことなど、滅多とない。よほど薪が大事らしい。

「実は……おまえ宛に、こんなものが送られてきて」
 中園は懐に忍ばせた一枚の写真を取り出して、小野田に渡した。小野田の目が驚愕に見開かれる。縦9センチ横12センチの小さな紙片に込められた凶悪な思念が、小野田の顔を強張らせた。
「これは、いつ?」
「先々週の金曜だ」
 好々爺とした小野田の目が細くなり、濃灰色の瞳がじっと中園を見た。普段の和やかな雰囲気などカケラも無い、小野田の捜査官としての瞳。この事件の裏側を探って、彼の頭の中はめまぐるしく動いているに違いない。

「これを薪くんに見せたの?」
「仕方ないだろ」
 その時の薪の様子を思い出すと、僅かに心が痛む。しかし、これは自分の仕事だ。小野田の歩く道に転がっている石やゴミを取除くのは、自分の役目なのだ。
 あのとき薪は、紙のように白い顔をして、ガクガクと身を震わせていた。衝撃に声を出すことも能わず、せっつくような呼吸を繰り返すばかりで、無力な子供のようだった。それでも自分の恋人に非難が及ぶとなれば、あんな見え透いた嘘を吐いてまで彼を庇おうとした。男同士でそんなふうに相手を思いやれるなんて、正気の沙汰とは思えない。

「誰かが悪意を持って、おまえを陥れようとしている。この際、薪くんを切り捨てることも視野に入れて対策を立てないと」
「それは却下だよ。薪くんを守ることを最優先に考える」
 間髪入れず返ってきた答えに、中園は心の中で舌打ちする。一番有効な対策を、考える余地もなく除外するなんて。
 小野田の執着に、中園は危険なものを感じる。跡継ぎと見込んで長年手塩にかけて育ててきた薪を大切に思うのは当然だが、これは入れ込みすぎだ。

「この写真を理由に、薪くんたちを別れさせたの?」
「こういう事態になった以上、止むを得ないだろ。薪くんも納得してくれたよ」
 小野田はしばらくの間、その写真を見ていた。
 考え込むときの癖で右手の人差し指で机の端をとんとんと叩き、何らかの解答に行き当たったのか、どっと背もたれに身を沈めた。天井の照明器具を見つめて、小野田は言った。

「……他に方法なかったの?」
「他の方法? どうしろって言うんだい。敵に要求を突きつけられる前に、マスコミの前でカミングアウトさせろとでも?」
「中園」
 おどけた中園の口調を諭すように、しかし小野田の目は静かな怒りと密かな哀しみに満ちて、長い間彼を見てきた中園には、それが何を意味するのか直ぐにわかった。

「はは。やっぱりおまえの目は誤魔化せないか」
 両手を肩の脇に上げ、降参の意を示す。小野田官房長殿には、何もかもお見通しというわけだ。
「なんだってこんな真似」
「おまえの出世の障害物を取除くのが、僕の仕事だからな。後継者候補の薪くんに男の恋人がいるってのは、どう考えてもネックだ。おまえだって、あのふたりに別れて欲しかったんだろ?」
「そりゃそうだけど。何もこんなエゲツナイやり方しなくたって」
「このくらいしなきゃ、あのふたりは別れないよ。僕の計算に狂いはない」

 自分の計算が、小野田を官房長の役職につけた。中園は、そう自負している。
 人間の性格や行動パターンを読み取り、データに基づいてその人間の次の行動を見抜くのは、中園の得意技だ。腹の探り合いの派閥争いには、これ以上役に立つ能力はない。
 中園は、去年の春からずっと彼らを見てきた。一見、それほど強い絆で結ばれているようでもないし、熱烈に愛し合っているようでもないのだが、困難な局面には妙に強い。男同士のカップルなんて、ケンカ別れが定石なのだが、彼らはしょっちゅうケンカしている割に別れる気配はないし、その度に関係を深めているようでさえある。
 何がふたりをつなぎとめているのだろうと考えて、薪のからだはそんなにいいのだろうか、と下世話な思考が浮かぶ。自分は若い子専門だが、薪のことは一度試してみたいものだ。
「そうかもしれないけど。これじゃ肝心の薪くんがボロボロになっちゃうだろ」
 やっぱりやめだ。情の深い子は苦手だ。のちのち面倒なことになる。

 薪の顔を思い出しているのか、小野田の表情が憂いを帯びる。しかし、あのふたりを別れさせたいと誰よりも強く願っているのは小野田だ。
 それは決して邪な嫉妬心などではなく。
 小野田は薪のことを、本当に大事に思っている。自分のすべてを渡してやりたい、彼を守りたい、輝く未来を彼に与えてやりたいと考えているのだ。だから、薪についた虫が許せない。要は、父親の心境だ。自分の子供が同性と恋に落ちて、それに反対しない親は限りなく少ないだろう。

 だから。
 小野田は中園の策謀を止めることはできない。

「青木くんの方から身を引くように、作戦を変更できない?」
「そんなことはしても無駄だよ」
 中園は、小野田の机の引き出しを開け、奥のシークレットボックスの暗証番号を押し、中から一枚の紙切れを取り出した。忌々しそうにそれを見て、バシリと指で弾く。
「こんなものを敵の首領に預けるようなバカ、僕だってどうにもならないよ。ここまで覚悟を決めた人間を翻意させるなんて、カリスマ司教でも無理だ」
 男相手のかりそめの愛に、ここまで懸けるバカがいるのか。中園には理解できない。理解できない人間は、行動の予測ができない。中園が一番苦手な人種だ。

「弱いところから切り崩すのが、戦略の基本てもんだろ?」
 単細胞の青木と違って、薪は様々なことに考えを巡らすタイプだから、その想いも複雑になっていく。周囲の人間や相手の肉親や、将来のこと仕事のこと。考えれば考えるほど、この関係が不利益なものだと聡明な薪には理解できるはずだ。そこに、つけいる隙が生まれる。青木にはそれがないから、何を仕掛けてもムダだ。得てして、単純なものほど強いのだ。
「薪くんのほうから、青木くんに別れるって電話をしてたよ。僕がこの耳で聞いた。この件は、このまま流しておいたほうがいいんじゃないかな」
 小野田は頷くことも首を振ることもしなかった。机に肘をつき、両手を組み合わせてその上に鼻先をあてがい、物思いに耽るようだった。

「どうした、小野田。今までさんざんやってきただろ? 邪魔者は消さなきゃ、自分が消されるぞ」
「薪くんは敵じゃない」
「主もろとも沈む要因を持った部下なんか、敵よりも始末が悪い」
 いつの間に、こいつはこんなに弱くなったんだろう。昔の小野田はこうじゃなかった。もっと冷酷で利己的な部分も持ち合わせていた。
 小野田が官房長の役職に就くために汚してきたのは殆どが中園の手だったが、小野田とて何も知らずに過ごしていたわけではない。裏で何が行なわれているかちゃんと解っていて、それでも何食わぬ顔をしてこの椅子を手に入れたのだ。
 そうしなければ、警察機構で権力を握ることはできない。権力がなければ、どんな理想も貫けない。中園の理想は小野田に託した。だから中園は、自分がどんなに汚れても小野田だけは守り通すと決めているのだ。
 例え、小野田本人からどれだけ疎まれようとも。

「いずれ、本当の政敵からこんな脅しがこないとも限りません。これは、訓練だと思ってください、官房長」
 捨て台詞のように言って中園は席を立ち、部屋を出た。ドアを閉める際ちらりと中を覗くと、小野田はまだそのままの姿勢で、陰鬱そうに空を見つめていた。



*****

 実は、中園参事官お気に入りです♪
 ヒールを書くのって、楽しいんですよ~。(^^)←ひとでなし。

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スキャンダル(14)

スキャンダル(14)






 真夏の日射しが眩しい昼下がり、薪は研究所の中庭の特等席で膝を抱えていた。
 親友との思い出の残る樹の下、考え事がしたいときやひとりになりたいとき、薪はいつもここで無益な時間を過ごす。それは忙しすぎる日常との釣り合いを取るためであり、精神の安定に欠かせない大切な習慣だった。

 ぼうっと芝面を見ていると、薪の大事なひとたちの顔が次々と浮かんでくる。青木や、岡部や第九のみんな、雪子に小野田に……誰もが薪のことを大事に思ってくれている。そのことを嬉しく思う。薪もまた、彼らを大事に思っている。だから。
 だから、誰も悲しませたくないのに。

「あれ? 薪くん」
 ガサガサっと茂みが動いて、中から人間の顔が現れた。一見爽やかな印象を与えるダンディな彼は、警察庁一の色事師だ。
「間宮部長」
 ここでなにを、などと聞くまでもない。彼が人目に付かないところでコソコソしていることと言ったら、恋人との逢引に決まっている。
 枝葉の隙間から、相手の姿が見える。ちらりと見えたのはピンク色のネクタイ。どうやら今日のお相手は、若い男性らしい。

 常ならば急いでこの場を立ち去るのだが、個人的な理由で、薪は今は動きたくない。心が死んでしまったようで、活動する気力が湧いてこない。
 それでも視線だけはあさっての方向に向けて、そのまま意識を浮遊させていると、昔の記憶がぼんやりと甦ってきた。普段の1%にも満たない集中力を傾ければ、はっきりと思い出す、あれは3年前の初夏。

「なにしてるの?」
 気が付くと、警務部長が隣に座っていた。薪がそっぽを向いている間に、間宮の恋人は立ち去ったようだ。
「何年か前にも、同じことがありましたよね」
「そうだっけ?」
「僕は覚えてます。相手は庶務課の女の子でした」
「さあ、忘れちゃった。ここで抱いた人間の数は、とっくに3桁だからなあ」
 3桁ってことは100人以上!?
 齢50に差し掛かるはずの彼の顔は若々しく、下半身はもっと若いらしい。分けて欲しいくらいだ。そうすれば青木の要求にもう少し応じられるのに。

「なんだい、涙なんか浮かべちゃって」
「泣いてなんかいませんよ」
「そうかい? きみがベソかいてるように見えたから、彼を行かせたのに」
 自分がここを退かないから場所を変えることにしただけだろう、と心の中で呟いて、薪は俯いた。前回のときもそうだ、仕切り直すのだと言っていた。

 あの時も、と薪は思った。
 薪がひどく落ち込んでいたとき、間宮はここでしていた行為を中断して自分を追いかけてきた。その時は頭に血が上っていて分からなかったけれど、あれは。

「もしかして、失恋かい? よし! 俺が慰めてあげよう、カラダで!」
 きっと今も。
「さあ! 俺の胸に飛び込んでおい」
 間宮の胸に亜麻色の小さな頭が押し付けられた。震えながら、洩れる嗚咽を殺そうと口元を押さえる。
「……薪くん?」
 
 この男に弱味を見せたりしたら、付け込まれる原因を自分から作るようなものだとか、百人以上もの男女と見境なく関係しているような穢れ切った身体に自分から近付くなんて正気の沙汰じゃないとか、後から思い出して薪は発作的な自殺願望及び相手に対する殺人衝動と戦わなくてはならなくなったのだが、その時には何も考えられなかった。

「こういうのは、俺のキャラじゃないんだけどな」
 ぽん、ぽん、と鼓動を刻むリズムで背中を軽く叩かれる。やわらかい手が髪を撫でる。おぞましいと思っていた男の手は意外なほどに心地よくて、目の前のワイシャツを濡らす雫が一気に溢れ出した。

 情けなく、しゃくりあげる声が聞こえる。込み上げる慟哭も自分のからだも、今は薪の思い通りにはならない。
 間宮の首がぐっと伸び、彼が上を向いたのがわかった。声が物理的な振動になって、薪の耳に伝わってくる。
「空がきれいだねえ。下ばかり向いてると、見逃しちゃうよ。今日の空は今日しか見れないのに。もったいない」
 呑気な声には同情も蔑みも無い。そこから感じ取れるのは、ひとの暖かさだけだ。

 ああ、きっとこんなふうに。
 僕が気付かないだけで、僕はたくさんの愛情に包まれている。僕に向かう行為は、それが例え刃の形を取ったとしても、僕の大切なひとたちから発せられる限りは愛情の一形態に過ぎない。
 だからどんなに傷ついても、痛みは直ぐに治まる。僕が彼らを信じてさえいれば、簡単に塞がる。
 だって、僕は愛されているんだから。

 高そうなブルガリのネクタイで涙を拭いて、薪は顔を上げた。
「本当に。きれいな空ですね」
「だろ?」
 間宮の言うとおりだ。下ばかり向いていたら、こんなにきれいなものを見逃してしまう。凝り固まった思考にとらわれていたら、大切なものまで見失ってしまう。

「この青空の下で、自分を解放してみないか? 俺が手伝ってやるからっ、あっつ!!」
 腰に伸びてきた不届きな手をねじり上げ、肘の関節をびしりと決める。軽く外側に捻ってやると、間宮は哀れっぽく悲鳴を上げた。
「いたた!! 痛いよ、薪くん!」
「我慢してくださいよ、手伝ってくださるんでしょう?」
「きみの解放とこの痛みと、どういう関係があるんだい」
「実は僕、サディストなんです。オトコの悲鳴を聞くと、コーフンしちゃう」
「うぎゃああ―――っ!!!」
 あははは、と笑って、薪は男の腕を解放した。

 動けなくなった間宮を残して、薪はその場を離れた。歩きながら見上げた空は、青いカンバスにぽっかりと白い雲が浮いて、泣きたくなるほど美しかった。



*****

 3年前の間宮との出来事は『2062.5 きみのためにできること』に書いてあります。
 実はあの話は、今回のお話の伏線にしようと思って書いた話だったりします。 だから、あの題名の『きみのために』は、間宮→薪さんへの言葉だったんですね。
 何年前の話してんの、って突っ込まれそうですが(^^;


 

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スキャンダル(15)

スキャンダル(15)




 薪に痛められた肘をさすりつつ、間宮は顔をしかめていた。

 まったく、容赦のない。素人相手なのだから、もう少し手加減してくれても良さそうなものだ。
 まあいいか。おかげであの魅惑的なヒップにさわれたし。

 一昨年あたりから、薪は急に色っぽくなった。周囲にはそれと気づかせていないが、自分にはわかる。あれは男に愛されているもの特有の色気だ。
 味をみてみたいと思わないこともないが、いまひとつ食指が動かないのは、薪が相手の男と相思相愛だという事実だ。相手に満足しきっている状態の人間を口説くのは、至難の業だ。10人以上の愛人とラブゲームを繰り返している自分に、効率の悪い新規開拓をしているヒマはない。
 それに。
 なんとなく、このまま彼を見ていたいような気もする。相手がどこの誰かは知らないが、薪はどんどん美しくなる。表情が柔らかくなったし、雰囲気も丸くなった。色気も増したし、身体の方も熟してきた。いい恋愛をしている証拠だ。

「噂ほどじゃないみたいだな、君も」
 薪が歩いていった方角とは逆の方から皮肉とともに現れたのは、官房室の首席参事官だった。
「ああいう類の男は、弱ってるところを慰めてやれば簡単に落ちるって教えてやっただろ? なんで真面目に口説かないんだ?」
 中園のシニカルな口調に、間宮は薄いくちびるを歪めると、階級を無視した言い方でそれに反論した。大丈夫、自分には次長(義父)がついている。
「どうも俺は官房室の人間とは相性が悪いみたいだな。あんたのボスも苦手だけど、アタマ張ってる分、あんたよりはマシらしいな」

 近頃薪がここで泣いている、と教えてくれたのは、何を隠そうこの男だ。どうしてそれを自分に教えるのか不思議だったが、ようやく合点がいった。
 この男は、自分と薪に関係を持たせて、何かしようとしているのだ。おそらくは官房室の利になることで、薪と自分には不利な何か。この男が薪に悪意を持っていることは、この言い草が証明している。

 中園は小野田の右腕だ。小野田が自分の跡継ぎにと定めている薪に攻撃を仕掛けるということは、小野田の意志に背くことになるはずだ。それを理解した上で薪を追い込もうとするのは……薪が小野田にとって有害だと判断し、彼を排除しようとしているのか。

「ああいう類ってどういう類だ? あんたはひとを分類してるのか? 薪くんは薪くん、あんたの恋人とは別の人間だろ。ていうか」
 仕事のとき以外は絶対にしない真面目な目になって、間宮は中園をねめつけた。
「金とセックスを等価交換できるような人間と、薪くんを一緒にするな」
 間宮は中園のように、セックスを金で買ったことはない。別にそういう職業の人間に偏見を持っているわけではないが、それはプレイボーイのすることではない。
 恋愛はゲームだと思っているし、ひとりの相手に貞操を誓うべきだなどとはカケラも思っていないが、そこに金銭を絡めるなんて、興が冷めるようなことはしない。セックスの対価はあくまで、一時の夢と快楽であるべきだ。からだだけでなく気持ちの上でも楽しくなければ、ゲームとは言えない。
 
 間宮は不愉快そうに眉をしかめて立ち上がると、警察庁の方へ歩いていった。その場に残された最後の男は、腕を組んだまましばらく考えを巡らすようだったが、不意に苛立ったように足元の芝生をつま先で蹴ると、他人に聞かせたことのない乱暴な口調で毒づいた。
「ちっ、どいつもこいつも……腑抜けばかり揃いやがって」

 口汚く吐き捨てると、中園は官房室へ取って返した。目的は、小野田の執務机の奥、シークレットボックスの切り札だ。

 こうなったら最終手段だ。騒ぎが大きくなるのは中園も本意ではないが、あの事件調書を公にすれば完全にふたりを別れさせることができる。検察にも手を回して青木を葬ってしまえば、薪が何を主張したって無駄だ。マスコミも世論も、こちらで操作する。情報操作は中園の得意分野だ。

 ところが、中園の探し物はなかなか見つからなかった。
 そんなはずはない、ここに切り札が保管されていることを確認したのは先週のことだ。小野田が保管場所を変えたのだろうか? 何のために?

「おまえが探してるものは、そこにはないよ」
 不意に聞こえた声に、中園は思わず固まった。無断で探っていた机の持ち主が現れて、咎めるような目つきで自分を見ている。
「ていうか、もうこの世のどこにもない」
 その言葉の意味を、中園は正確に理解した。小野田がこんな馬鹿げた行動に出るなんて、とても信じられない。

「……おまえまで、僕の計算を裏切るのか」

 衝撃を皮肉に紛らせる余裕もなく、中園は心中を吐露した。小野田はいつもの少し困ったような表情になって、若い頃に比べると幾らか貫禄のついた肩を軽く竦めた。
「土曜の夜ね、青木くんから電話があってさ」
「土曜日? 温泉に行ってたんじゃないのか」
「ちょっと出ておきたい会議があったから。薪くんと一緒に行って来たんだ。そうそう、これ、お土産。渡すの忘れてた」
 小野田がキャビネットから出した有名な関西土産を見て、中園は顔色を変えた。
「おまえ、わざと」

 小野田の行動が何を見越してのものだったか理解して、中園は彼の愚かな行動に心底腹を立てた。
 青木を薪に会わせないよう、彼を名古屋に追いやったのは中園だ。接触を持たなければ、記憶も好意も薄れていくだろうと踏んでのことだ。ひとがコツコツ積み重ねた仕事を、根っこからひっくり返しやがって。

「僕の好みを忘れたのか。僕は羊羹のたぐいは大嫌いなんだ」
「そうだっけ? 八町味噌にすればよかったかな」
 怒りを込めた攻撃をひらりとかわされて、中園は拳を握り締めた。衣を被せている余裕はない、ここは直球だ。
「青木くんはなんて?」
「ぼくの好きにしていいって言ってたから、好きなようにさせてもらった。なんか急に、火が見たくなっちゃってさ」
 青木の行動は常識から大きく外れていて、中園には計算不能だ。青木だけではない、あの間宮という男も、いや、長年見てきた友人である小野田まで。

 自分の中のコンピューターが火を噴いて、ガシャガシャと勘に障る音が鳴り響いた。中園の書いたシナリオは意味を成さない電子記号になって、泡のように消えていった。
 小野田に掴みかかる自分が簡単に想像できるくらい、作戦の失敗を口惜しく思いつつ、この事態を喜ぶ自分がどこかにいて、それは多分、ずっとむかし小野田に託した自分の一部分だ。すべて彼に与えたと思っていたのに、まだいくらか残っていたのか。それとも、新しく生まれたのか。

 打算のない行為。ただ、誰かの笑顔が見たいとか、誰かに幸せになって欲しいとか、そんな警察機構で生き残るためにはあってはならない感情。
 だけど、それを小野田には捨てて欲しくなくて、だったら小野田の代わりに自分がそれを成そうと思った。魑魅魍魎の跋扈する警察庁の頂点に立ってすら、彼が人間らしくいられるように、自分は小野田の影になろうと思った。彼の暗部をすべて引き受けようと思った。

 だから、と中園は彼の行動を承認する。
 小野田の愚行は、自分が望んだことでもあるのだ。

「官房長は、放火魔のプロファイリングでもなさるおつもりで? 付き合いきれませんな」
 やっとの思いで皮肉屋のスタイルを取り戻して、中園はドアに向かった。小野田の側を無表情に通り過ぎ、ドアノブに手を掛ける。

「中園」
 引いたドアの隙間に足を進めようとしたとき、上司のすまなそうな声が聞こえた。
「ごめんね」
 応えを返すこともなく、中園はドアを閉めた。ドアの閉まる音と上司の声が重なって、中園の耳にいつまでも残っていた。




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スキャンダル(16)

スキャンダル(16)





 金曜日、定時を回った官房室に今日は研究室にいるはずの部下が訪れたとき、小野田はついに来るべき時がきたことを悟った。

 この1週間、常に自分への尊敬を含んでいた亜麻色の瞳は暗く、小野田の前ではついぞ見せたことのない陰鬱な表情で彼は日々を過ごしていた。彼が真実に到達し、そのことで思い悩んでいるのはわかっていたが、小野田にはどうすることもできなかった。
「どうしたの、薪くん。何か急用?」
 仕事の手を一旦止めて部下をソファに座らせ、自分も向かいに腰を下ろす。心臓の鼓動が早くなっていることに驚き、いつの間に自分はこんなにこの子から受ける尊敬を失いがたいものだと認識していたのかと更に驚く。

「申し上げたいことがありまして」
「言ってごらん」
 小野田が促しても、彼の口唇はなかなか開かれなかった。言いあぐねているのか言葉を選んでいるのか、小野田に気を使っているのか。俯いたきりくちびるを噛んで、長い睫毛を伏せている。

「薪くん」
 小野田が彼の名を呼ぶと、薪はようやく顔を上げた。
 寡黙なくちびるより遥かに雄弁な彼の大きな瞳が、悲しみを湛えて小野田を包み込んだ。亜麻色の瞳から響く、悲痛な叫び。

 ――――― あなたが、こんなことをなさるなんて。
 
 そこまでして断ち切らねばならないと、あなたのようなやさしい方が思われるほどに。
 僕らの関係は、忌み嫌われるものなのですか。
 僕たちは別に法を犯しているわけじゃない、誰にも迷惑なんか掛けてない。ただ一緒にいたい、愛し合っていたい。それだけしか望まないのに。
 それは許されないことなのですか。あってはいけないものなのですか。

 彼の穢れない瞳は、そう訴えていた。小野田が取った卑怯な行動を非難するでもなく、ただただ哀しみに満ちて、そんな彼のつややかなくちびるがついに発したのは、しごく控えめな願いの言葉。

「信じてください」

 じっと小野田の瞳を見つめ、真剣な声音で誓うように言う。まるで教会で神に祈るように姿勢を正し、信者が神父に洗礼を受けるときのように敬虔に。
「小野田さんと約束したことは、必ず守りますから。もう少しだけ、猶予をください」
 かれの望みに頷くでもなく首を振るでもない小野田を、薪は静かに見つめ続けた。その視線に含まれるのは、変わらぬ尊敬と敬慕の色だった。

「小野田さん。僕は」
 またもや薪は言い淀んで、それは彼が実はこういう本音の会話が不得手だということを暴露する。そのくせ一旦口を開けば、照れながらもひどくストレートに、亜麻色の瞳を煌かせて薪は言った。
「僕は、小野田さんが大好きなんです」
 まるで小さな子供が自分の親に言うように、無邪気に、何の計算もなく。
 薪は、こういう男だっただろうか?天邪鬼で皮肉な物言いはポーズで、本当の彼は他人のことを慈しめる愛情溢れる人間だと知ってはいたが、それをストレートに表わせるような強さを持っていただろうか。

「小野田さんはずっと僕のことを守ってくれて、いつもいつも庇ってくれて……小さい頃に死んだ父や、僕を育ててくれた叔父より、僕は小野田さんのことを本当の父のように思っています」
 以前の薪はこうではなかった。人付き合いが下手で、特に他人に言葉で好意を伝えることは壊滅的に不器用だった。それでも薪がいつもひとの輪の中にいられたのは、それを見抜く仲間に恵まれたのと、時おり見せる薪の素の顔の魅力のおかげだった。

「だから、僕は小野田さんに嫌われたくないんです。がっかりさせたくないんです。それくらいなら、あなたの目の届かないところに行きたいです」
 素直な言葉と素直な表情。人が人と心を通じ合わせる時に、それ以外のものは必要ないと、そんな単純なものが人の世の核を成しているのだと、彼はどこで学んだのだろう。いつ、だれから?

 薪はまた新しい武器を手に入れた、と小野田は思った。
 認めるのはシャクだが、これもあの男の仕事か。

「お仕事の邪魔をしてすみませんでした。失礼します」
 薪は立ち上がり、小野田に深く一礼した。さらりと流れる亜麻色の髪に光の粒が輪になって、それは彼の心が天上のものであることを示しているように思えた。
「ああ、薪くん」
 ドアから出て行こうとした彼を、小野田は呼び止めた。もう、小細工は必要ない。
「ゴルフコンペはキャンセルしたから。明日は休んでいいよ」
「ありがとうございます」

 薪がいなくなった後、小野田は共犯者に電話を掛けた。相手の男は受話器の向こう側で大げさに驚き、小野田官房長殿からお電話をいただけるなんて恐縮であります、と思い切りおどけてみせた。どうやら、大分飲んでいるらしい。
「バレちゃった」
『なに凹んでんだよ。あの薪くんに隠し通せると思ってたわけじゃないだろ?』
「そこまで楽天家じゃないよ」
『小野田さんなんか嫌いです! とでも言われて、落ち込んだか』
「いや。本当のお父さんだと思ってる、って言われちゃったよ。だから、嫌われたくない、失望させたくない、ってさ」
 悪友のズケズケした言い方に、不思議と気持ちが軽くなっていく。ヘンに優しい言葉をかけたりしないところが、こいつのいいところだ。

「いいよ、今回はぼくの負けだよ。おまえもこれ以上、あのふたりに手を出さないでくれ」
『認めるのか? あのふたりのこと』
「そうじゃないけど……薪くんてば、青木くんと別れたって言ったときより、自分を懲戒免職にしてくれって言ったときより、ずっと悲痛な顔しちゃってさ。あんな顔見せられたら、これ以上は、もう」
『天下の小野田官房長殿が、おやさしくなったもんだ』
「自分をやさしいと信じている相手に、冷たくするのは難しいんだよ。特に薪くんみたいなタイプにはね」
『じゃあ、このまま放っとくのか』
「うん。あの子の言葉を信じることにするよ」
『薪くんはなんて?』
「自分できちんとケリをつけるから、猶予が欲しいってさ」
『甘いな』
 中園はそれを吐き捨てる調子で言い、小野田はフォローの必要性を感じた。中園はまだ、薪という人間が解っていない。幾重にもトラの皮やら蛇の皮やらを被っている薪の本性を見抜くには、それ相応の時間が要る。

「薪くんの性格は知ってるよ。その場凌ぎの言い逃れをする子じゃない。尤もそういう子だったら、もう少し簡単にことが運ぶんだけどな」
『わかったわかった。久しぶりに一緒に飲もうぜ』
「今日はケンジくんとデートじゃなかったのかい」
『ああ、あの子とは先週切れた。今週の恋人はまだいないよ』
「珍しいな。おまえが恋人のいない週末を過ごすなんて」
『薪くんのせいだよ』
「彼らの純情が羨ましくなった?」
 だとしたら、これは思わぬ天佑だ。中園の困ったクセが、治るかもしれない。
『そんなわけないだろ。男同士であんな関係が築けるほうが異常なんだよ。そうじゃなくてさ、薪くんの顔を毎日見てるだろ? 合格ラインが上がっちゃって、食指が動かないんだよ』
 なんとも中園らしい。彼は絶対に、男同士に男女間のような愛情が育つとは認めないのだ。

「実にいい傾向だね」
『いいから出て来いよ。慰めてやるから』
「いらないよ。たまには早く、家に帰ってあげなさいよ」
 中園の答えを待たず、小野田は電話を切った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

スキャンダル(17)

スキャンダル(17)





 小野田からの電話が切れて、中園は自分の予感が的中したことを知った。
 夕刻、研究所から警察庁に足を運ぶ官房室の新人を見て、彼と自分の上司の間に何かしらのトラブルを予見した中園は、警察庁の正門の影でずっと薪が出てくるのを待っていた。小野田の電話はその間にかかってきたのだが、薪はまだ出てこない。あの脆弱者のことだ、どうせその辺でヘタレているのだろうと予想をつけて、警察庁の中庭を探してみることにした。

 薪はひと目につかない中庭のベンチに、膝を抱えて座っていた。
 彼には研究所にお気に入りの場所があるのだが、何故か今日はそこは避けたらしい。警務部長とのニアミスを警戒したのだろうか。

「ああ、薪くん、ちょうど良かった。実はね、……どうしたの?」
 何も知らない振りをして、隣に腰を下ろす。今回の事件で中園が何をしたのか、薪は解っているはずだ。しかし、自分を糾弾することはしないだろう。警察機構において、上司に逆らうことは許されない。
 こういう人間がどんな行動をとるか、中園は良く知っている。ここでは素知らぬ振りを通し、でも心の中では決して恨みを忘れず、中園の失脚を狙って影で足を引っ張るようになる。少々厄介だが、かわせないことはない。狡猾さも騙し合いのスキルも、自分の方が遥かに上だ。

「すみませんでした。中園さんにまで、いやな思いをさせて」
 自分の予想が気持ちいいくらい外れて、中園は戸惑った。

 驚いた。直球でくるか。

「小野田さんはもともと、僕たちのことには大反対で。それは良く分かってたんですけど、まさかこんな……」
 薪はどうやら勘違いをしている。この計画の首謀者を、小野田だと思っているのだ。
 上司をさしおいて、部下が独断で物事を進めることはありえない。常識で考えれば、薪の導き出した解答は尤もだ。

「小野田の指示で動いたわけじゃない。これは僕の独断だよ。信じる信じないは君の勝手だけど」
 薪は訝しげな眼で中園を見て、長い睫毛を瞬かせた。小さな頭の中では、中園の言葉の真実を探って様々な仮説が立てられているのだろう。
「本当に優秀な部下ってのはね、上司に言われなくたって上司の望むことを自ら行なうもんだ」
 自分は、小野田の影だ。小野田がしたくてもできないこと、倫理や正義と言った厄介な障害物に引っかかって遂行を躊躇われることを行なうのが自分の仕事だ。
「だから、君が小野田を恨むのは筋違いだ。そりゃ、途中からは小野田も知ってたけど。でも、それを君に言わなかったのは」
「恨んでません」
 薪はポツリと言った。

「たとえ小野田さんがあの計画をご自分で立てられて実行されたのだとしても、恨んだりしません。官房室を辞める気もありません。仕事も今までどおり、きちんとやります。ただ」
 滑らかに動き出したくちびるが不意に止まり、白い前歯が軽く下くちびるを噛む。再び口を開いたとき、戒められていたくちびるは赤みを増し、濡れていっそ扇情的にひとのこころを惑わし、しかしそこから零れる言葉は哀しみに満ちて、中園の胸に不可解な衝動を呼び起こした。
「小野田さんが……あの優しい方が、そんなことをしてまで僕たちを……そう思ったら、小野田さんに申し訳なくて」
「やれやれ。僕の計算がことごとく狂うのは、君のせいか」
 自分に起きた異変は危険なものだ、と中園の本能が告げていた。この子に深入りすることは、自分には命取りになる。

「警察機構の人間なら、僕の計算通りに動くのになあ。君に感化されるのかな。君の周りの人間まで。やりづらいな。こんなやりづらいステージは初めてだ」
「人間を思い通りに動かすことなんかできませんよ。自分のことだって思うようにいかないのに、ましてや他人なんて」
 苦笑した薪の眉は困ったように下げられて、それだけで彼はとても可愛らしい顔になる。普段の取り澄ましたイメージが崩れて、壁の向こうに本当の彼を見つけたような、そんな興奮を覚える。

「ここにいるのは人間じゃない。ただの歯車だ。巨大な組織の中の、君も僕もひとつの部品に過ぎない。また、そうでなくてはならない。組織とはそういうものだ」
「まるで機械みたいですね」
「そう、機械だ。人と違って機械は正確だからね。もちろん、メンテナンスは必要だ。古くなったり傷んだりしたパーツは除外し、より性能のいい部品に交換する。そのために昇格試験があり、人事異動があるんだ」
 中園の持論は、そのまま警察機構の現実だ。自分の代わりはいくらでもいるし、薪の代役もまた。

「市民はそれを喜ぶでしょうか」
 いきなり飛んだ薪の質問の意図が解らず、中園は目を丸くした。警察の人事異動に、国民投票はないが?
「僕はいま、組織について話をしてるんだよ? どうしてそこに民間人がでてくるんだい」
「だって、僕たち警察は市民を守るために存在しているんでしょう? 僕が彼らだったら、機械に守ってもらって嬉しいとは思わないと思いますけど」
 どこかの小学生の作文みたいな薪の言い分を聞いて、中園はたっぷり2分間自失した後、小野田の跡継ぎ候補から薪のことは完全に除外すべきだ、と考えた。にも関わらず、中園の口はそれを薪に告げようとせず、ただゲラゲラと笑い続けた。

「そんなにおかしいですか? 青臭いって思われるかもしれませんけど、でも」
 笑われて恥ずかしくなったのか、頬を赤くしてくちびるを尖らせる。でも、の後は賢明にも声にしなかったが、心の中で薪が何を言っているかは想像がついた。
 なるほど、小野田が骨抜きになるわけだ。
 この子はやっぱり危険だ。小野田の弱いところをガッチリと捕まえている。小野田が絶対に失いたくないもの、失わないように精一杯守っているもの、それを薪は当たり前のように持っているのだ。

「とりあえず、君たちのことは応援するよ。せいぜい仲良くするこった。でも、忘れるなよ。僕が君に協力するのは、あくまで小野田のためだ」
 中園のこれまでの言動とは矛盾した宣言に、薪は子供のような顔になって首をかしげた。不意打ちみたいに繰り出してくるあどけない美貌に、またもや胸がざわつくのを感じて、取り込まれてたまるかと中園は気を引き締める。

「小野田が大事にしている君のその性質は、彼といるからこそ保たれている。そうだろう?」
 その言葉に目を瞠り、薪はゆっくりと笑顔になった。
 幸せそうな、慈しむような笑みは、中園が初めて見る類の美しさだった。

「そうかもしれません。あいつがいてくれたから。でなければとっくに僕は、自分を失っていたと思います。あのとき、何もかも無くして……でも、あいつが僕の人生にそれを返してくれたから」
 ちょっとその顔は反則だろう、これじゃ何も言えやしない、ちくしょう、これはこの男の計算じゃないのか、と無茶な言いがかりを付ければ憎まれ口を叩く気力も湧いてきて、それで中園はようやく普段の自分を取り戻すことができる。

「いや、聞いてないから。ノロケ話はいいから。ていうか、男同士のノロケ話は気持ち悪いからやめてくれ」
「ノロケなんかじゃありませんよ。僕は、彼がいなかったら生きてなかったかもしれないから、だから青木のことはとっても大事で、……あれ?」
 ようやく自分の台詞の恥ずかしさに気付いたらしい薪は、とっさに顔を伏せて頬を赤くした。その様子はやっぱりとても可愛くて、一時の情欲以外の衝動を男に感じるなんて狂ってるとしか思えなかった気持ちが自分の中にも隠れていたことを悟って、そんなことを知ってしまったらこれからの夜遊びに影響が出る、それだけは避けなければと本能的に中園は薪から目を逸らした。

「だから、なんでそこで赤くなるんだよ。ほんっと、勘弁してくれよ」
「僕になにか用事があったんじゃなかったんですか」
 気恥ずかしさをごまかすように強い口調で薪が言うのを、自分の耳が心地よく感じていることを自覚しつつ、その理由を深く考えまいと努めて、中園は言った。

「ああ、そうだ。小野田が君に写真を返したいって」
「小野田さんが?」
「事情を説明するのに、小野田に証拠を見せないわけに行かなかったからさ。僕が一番恥ずかしいと思った写真を渡しといたから。君に渡したものなんか比べ物にならないくらい強烈なやつ」
「えっ!! あの写真よりすごいのがあったんですかっ!?」

 小野田があの写真を持っていると知って、自分の浅ましい姿を彼に見られたと思い、頭を抱え込む薪の姿を尻目に、中園はニヤニヤと笑いながら警察庁の正門に向かって歩いた。
 途中、いつものように今日の恋人に電話をしようと携帯を取り出すが、何故かボタンを押す気にならず、たまには早く家に帰るか、と何年か振りで思う自分を激しく嫌悪しつつも悪くないと思っている自分もいて、こりゃ今日は早く寝たほうがいいな、と健全的な結論に達し―――――。

 最終的に、彼は笑った。



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スキャンダル(18)

スキャンダル(18)





 官房長室のドアの前で、薪は逡巡を繰り返している。

 小野田が、あの写真を持っている。それもとびきりの恥ずかしい写真を。
 そう考えるだけで、頭が爆発しそうに恥ずかしい。あの写真よりスゴイ、ってそれもうAVを超えちゃってるっていうか、キングオブAVってことで、ああもう……死にたいっっ!!!
 自分たちの行為が汚らしいものだという自覚はあるが、それをよりにもよって尊敬する小野田に見られるなんて、これ以上の恥辱はない。どんなに恥ずかしくても、返してもらわなければ。

 ようやく覚悟を決めて、薪は目の前のドアをノックする。取り乱さないように無表情の仮面をつけるが、多分、写真を見たら落ちてしまうだろう。職務なら被り通してみせるが、仕事が絡まないとあの仮面は剥がれやすいのだ。
 部屋の主の返事を待って中に入り、敬礼する。今さっき部屋を辞したばかりの部下が舞い戻ってきて、小野田は面食らっているようだ。

「忘れものでも?」
「小野田さんが不愉快な写真をお持ちだと、中園さんが」
 小野田は思い出したように背広の内ポケットに手を入れて、中を探った。薪の心臓がばくばくと激しく打つ。

「はい、これ。――――― なに?」
 いきなり懐から問題の写真を出されて、身体が勝手に1mほどバックした。被ったはずの平静は粉微塵に壊れて、頭の中が真っ白になる。
「いらないなら、ぼくがもらっておくけど」
「い、いえ! 返してださいっ!」
 家にある写真は全部燃やした。残る証拠はこの写真だけだ。何としても消去しなくては。

 小野田の手から目的の写真を受け取って、薪は目を丸くした。
 中園的に『一番恥ずかしいと思った写真』――――― そこに映っていたのは。

 場所は第九の仮眠室。窓から差し込む太陽光に照らされた、ふたりの男性。
 かれらはベッドの上に並んで座っていた。きちんと服は着ていて、でもふたりの間に置かれた互いの手はしっかりと組み合わさって。ふたりの視線はうれしそうに絡んで、その微笑みはここが天国だとでもいうように、穏やかで満ち足りていた。
 これは、あの朝だ。
 あの夜は第九の仮眠室で眠って、というか失神してしまって、朝早くに青木に起こされた。服を着て、でも離れがたくて、しばらく黙って座っていた。そのときの写真だ。

「今更なんだけど……中園は、悪いやつじゃないんだ」
「ええ。わかってます」
 薪は本心から頷いた。小野田に渡す写真としてこれを選んだことからも、それは明白だった。
「あいつはずっとぼくのために、汚れ仕事をしてきてくれたんだ。ぼくが官房長になれたのは、あいつのおかげだと言っても過言じゃない。ぼくをここまで押し上げるために、あいつは自分の中にあった人間らしさを捨ててきたんだ」

 中園の気持ちは、薪にもわかる。
 薪にも、守りたいひとがいる。自分が汚れても傷ついても、守りたいひとたちがいる。中園の場合はそれが小野田で、今回のことはその発露に過ぎなかった。薪を傷つけようとしたのではなく、小野田を守ろうとしただけだ。

「ぼくはあいつの理想も夢も、全部背負ってるんだ。だから、立ち止まるわけにはいかない」
「はい」
 下のものの理想を負うのは、上に立つものの務めだ。自分もまた、第九の部下たちの理想を背負っている。
「僕も、ここで止まる気はないです」
「そう? じゃあ、明日の休みは返上してもらって、この書類を仕上げてくれる?」
「わかりました」
 張り切って返事をしたら、小野田に笑われた。ここはブーイングをするところだったのかと気付いて、薪は照れたように笑った。

 早く帰りなさい、と促されて、薪は官房室を辞した。廊下を歩きながら、小野田に返してもらった写真をこっそりと出して、眺めてみる。
 確かに、見ようによってはものすごく恥ずかしい写真だ。いい大人がふたりして、なにやってんだか。写真はすべて燃やしてしまうつもりでいたが、これだけは取っておこうかと愚にもつかないことを考える。

 警察庁の正門の前で、薪は立ち止まった。ポケットから携帯を出し、片手で開いてふっと微笑む。
 それから、1本の短いメールを打った。

『帰宅予定 21:00』




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スキャンダル(19)

 最終章です~。
 お付き合いくださって、ありがとうございました。
 読んでくださった心優しい方に、ちょっとでもお楽しみいただけたらうれしいです。(←心優しい人はこんなS話は読まないのではという突っ込みは無しで(^^;)





スキャンダル(19)





 その週末は、とても甘い2日間だった。
 ここ半年ばかりのすれ違いや淋しさ、その分積み重ねられた愛しさをお互いの身体に溢れさせるようにして、片時も離れることなく過ごした。それでもやっぱり離れがたくて、日曜の夜、薪はつい我儘を言った。それに応じて青木は月曜の朝、薪の家から出勤した。青木が金曜の夜から月曜の朝まで薪の家に居続けたというのは、多分これが初めてだ。

 今回のように、青木との関係が壊れそうになるたびに、自分の気持ちが強まっていることを実感する。
 離れたくない。一緒にいたい。それ以外、なにも望まない。
 青木も同じ気持ちでいてくれている。いまは、それだけでいい。

「おはよう!」
 第九の自動ドアをくぐると同時に明るい第一声を放った薪に、しかし押し寄せてきたのは不自然な沈黙だった。
 おはようございます、と口中で呟きつつも、みな薪の顔を見ようとしない。小池と曽我は何故か頬を赤くしているようだし、宇野にいたっては薪を哀れむような目で見ている。青木は困ったような怒ったような複雑な表情だし、岡部はとびきり渋い顔だ。唯一平静なのは今井だったが、その彼にしてもモニターに集中する振りで薪の視線を避けている。

「どうした? なにかあったのか?」
「いえ、別に何も……」
 歯切れ悪くモゴモゴと言って、目を逸らす。訝しがりながらも薪がその場を離れると、寄り合ってヒソヒソとナイショ話をしている。ものすごくイヤな態度だ。
「なんだ、おまえら! 言いたいことがあるならハッキリ言え!」
 室長室の扉の前で振り返りざま大声で叱りつけると、曽我がびくっと身体を震わせて、その拍子に何枚かの紙片が落ちた。
 
 モニタールームの床に裏返しに散らばったそれを見て、薪の顔色が変わる。縦9センチ横12センチの長方形の厚紙は、この1ヶ月薪を悩ませ続けた画の大きさと同じサイズだった。

 ドクン、と薪の心臓が跳ね上がる。
 まさか、あれが第九に!?

「な、なんでもないですよっ!」
 曽我が慌てて床に落ちた紙片を拾う。彼から写真を奪い取って破り捨てたい衝動に駆られるが、足が動かない。
 目の前が真っ暗になって、足元が崩れていきそうだ。なんとかしてこの場を誤魔化せないかと思案するが、薪の頭はまともな思考ができる状態ではなかった。羞恥と恐れと怒りとが、ミキサーに掻き混ぜられるように凄まじい勢いで回っている。その円運動に酔わされ、薪はその場にへたり込んでしまった。

 青ざめた室長の様子を心配して、部下たちはおずおずと彼の側に寄ってきた。床に座った上司に合わせて自分たちも屈み、薪を力づけるように言葉をかけてくる。
「こんなの合成に決まってます。性質の悪いイタズラですよね」
「そうですよ。俺たち、薪さんのこと信じてますから」
 口々に訴える部下たちの目に、薪に対する軽蔑の色はなく。こころから自分を案じてくれているのだと分かれば、彼らを欺き続けることも心苦しくなって、薪はとうとう観念する。

 僕は男だ。卑怯者にはなりたくない。

 じっと床面を見つめたまま、薪は搾り出すように言った。
「その写真は、本当だ。そこに映っているのは、僕の真実の姿だ」
「えっ!?」
「まさか室長……いつからそんな」
「すまない、ずっと黙ってて」
「ええええ!? ウソでしょう!」
 ひときわ大きな声を上げたのは、青木だった。
 なんでおまえがそんなに驚いてるんだ。昨夜もその写真と同じことしただろうが。
 あ、そうか、演技か。にしても、えらく真に迫っているな。部屋の隅から3段飛びでここまで来て、小池と曽我を両手で押しのけて、曽我がひっくり返って机の脚に頭ぶつけて脳震盪起こしたみたいだけど、放っといていいのか?

「いつから間宮部長と!?」
 …………あ??

「間宮? 間宮ってなんだ?」
 どうしてここに警務部長の名前が出てくるのかまるで理解できず、薪は顔を上げた。目の前に、問題の写真が突き出される。
「なっ!!」
 長四角の紙の中で、プレイボーイの警務部長が亜麻色の髪の青年を抱きしめていた。場所は野外、この風景はおそらく研究所の中庭。間宮の手は青年の背中と頭に置かれていて、青年は間宮の胸に取りすがるようにして顔を伏せていた。
 これは、あのときの。

「ななななっ、なんだこれ!! いつの間にっ!?」
 青木の手から写真を奪い取ると、薪は夢中でそれを破った。立ち上がって床に落ちた細切れの紙片を、足で何度も踏みつける。
 いったい、だれがこんなことを!?

「そうだったんだ……とうとう薪さん、間宮部長と」
「ちがう!」
 あのときは、下半身でものを考えるような外道ですら自分のことを気遣ってくれていたのだと、それも何年も経ってからその事実に気付かされたことで、自分自身の預かり知らぬ愛情が自分の周りにはどれほどあったのだろうと思わされて、僕はそのたくさんの愛情に包まれ支えられて生きていると分かったら、涙が止まらなくなって。
 しかし、こうして情景を切り取ってしまえば、その断片には彼のそんな複雑な心境など現れるはずもなく。自分が警察庁一の色事師に抱きしめられているという事実だけが、残酷に映し出されている。

 煮詰まっていたとはいえ間宮に縋ったなんて、それも自分の方から、しかも現場を写真に撮られて、ああもう!! なんであんなことしちゃったんだろうっ、だれか僕にタイムマシンをくれ!
「デキちゃったんだ。薪さん、押しに弱いから」
「ちがうっ!!」
 恥ずかしい、てか自分が許せないっ! この事実も間宮も自分も、この世から消し去りたい!!

「うがああ!! あいつ殺して僕も死ぬっ!!!」
 残りの写真をすべて破り捨てながら、薪は絶叫した。煮えくり返ったはらわたの熱で、脳細胞が焼き切れそうだ。
「え? 薪さん、心中まで考えるほど思い詰めてるのか?」
「間宮部長、奥さんと子供がいるから」
「ああ、そうか。辛いな、薪さん」
 薪の反応を見れば付き合いの長い彼らのこと、間宮と薪の間には深い関係などないことも直ぐに分かって、だからこれは彼らのいつものお遊びだ。深刻な表情を装いながらも、腹の中では薪の慌てぶりに爆笑している。

「ちーがーうううううう!!!!」
 真っ赤な顔をした室長の咆哮がモニタールームの空気を振動させ、彼の気力が充実していることを職員たちに知らしめる。それを彼らは我がことのようにうれしく思う。

 今日もうちの室長は、元気一杯だ。



*****



「中園。何を考えてるんだい」
 右手に一枚の写真を持ち、小野田は憂いを帯びた声で言った。
 先月に続く秘蔵っ子のスクープ写真に、深いため息を吐く。まったく、首席参事官の隠し撮り趣味には困ったものだ。警察庁を定年退職したら、週刊誌の記者にでもなるといい。

「どうするんだよ、薪くんが間宮とデキてる、なんて噂が広まったら」
「大丈夫だよ、実際に何もないんだから」
 ニヤニヤと意地悪そうに笑いながら、中園は写真を見ている。ソファに足を組んだ横柄な態度で、自分の作品の出来栄えに満足する芸術家を気取り、伸ばした右手の先に挟んだ画を眺めている。

「その写真の真実を探られたところで、出てくるのは敵対する派閥の後継者のご乱行だけだ。これで連中もしばらく大人しくしてるだろうし」
 中園の言う『連中』とは、小野田の政敵、つまり次長の派閥のことだ。
「真実が判らない間は、連中も目立ったケンカは仕掛けてこれない。間宮から薪くんにどれだけの情報が流れているか、疑っているだろうからな」
 なるほど。相変わらず食えないやつだ。

「それに、カモフラージュは多いほうがいいだろ」
「カモフラージュ?」
 中園が何を偽装したがっているのか解らず、小野田は写真から目を離して悪友の顔を見た。こんな不愉快な写真で、何を隠すと言うのだろう。
「変態を隠すなら変態の影だ。この写真があれば、薪くんの本当の恋人が誰だか解りにくくなる」
 これは驚いた。あのふたりを別れさせるために最終兵器まで使おうとしていたのは、この男ではなかったか。

「そこで官房長殿。もうひとつ提案があるのですが」
「……なに?」
 何となく不吉な予感がして、小野田は注意深く悪友を見る。小野田の掛けるプレッシャーをものともせず、中園はいつものようにシニカルに笑って、
「この際、青木くんを薪くんの正式なボディガードとして任命したらどうだろう」
 と、天をも恐れぬ暴言を吐いた。

「正式な任命書があれば、あの二人が休日を一緒に過ごしてるところをスクープされても、護衛に付いていただけだと言い逃れができる」
 中園の言うことにも一理ある。
 いくら言い聞かせたところで、あの二人は当分付き合いをやめない。ならばこの先、二人でプライベイトを過ごしている所を他人に目撃される場面も出てくるだろう。決定的瞬間を押さえられなくとも、その回数が増えれば疑惑は深まるに違いない。そのときの言い訳を、あらかじめ用意しておこうというわけだ。
 しかし、正式な任命書を出すということは青木が薪の傍にいることを小野田自身が承認するということで、そんなことは死んでもしたくない。

 中園の提案の有効性を理解しながらも、何とかして彼の提案を退ける上手い理屈は無いものかと考えて、小野田は自分が最強の切り札を自ら捨てたことで、この友人を深く傷つけたことを思い出す。
 おあいこ、ということか。

 小野田が沈黙を守っていると、中園は洒脱な紳士の気取った座り方を止めて、両足をきちんと床につけ、膝に手を置いて、小野田のほうをじっと見た。
「守りたいんだろ? あのふたりのこと」
 ふたりを守る? 薪を娘婿にしたがっているこの自分が?

「いつから宗旨替えしたの? あのふたりは別れさせたほうがいいって、こないだまで言ってたじゃないか」
 大きな勘違いをしている部下に呆れて、小野田はつっけんどんに答えを返した。
「ぼくが大事なのは薪くんだけだよ。青木くんはこの際、どうでもいい」
 他の人間には見せたことのないやさぐれた表情で吐き捨てた小野田の言葉を、中園は苦笑で受け止め、肩を竦めて、とても不愉快なことを言った。

「もう、分かってんだろ? おまえの大切な天使くんの中枢(コア)は、青木くんがいるからこそ守られてるって」
「かれは関係ないよ。あれは薪くんの天性のものだ」
「まあ、父親ってのは娘のボーイフレンドには点が辛くなるもんだ」
 身に覚えのある一般論は聞こえなかった振りでやり過ごして、小野田はもう一度写真に目を落とす。どうして薪が間宮とこういう状況になったのかは不明だが、そして何故中園がこの写真を撮れたのか不思議だが、たかが写真一枚で幾つもの策を弄する彼には感心する。この男が味方で、本当によかった。

「しかし、転んでもただじゃ起きないね。おまえは」
「ここに来る前まではそうだった。転んだら、そこに宝石が転がってた。ていうか、手元にあった石を相手に宝石だと信じ込ませることができたんだけど」
 今まで不敵に笑っていた腹心の部下は、急に嫌なことを思い出したように、唇をへの字に曲げた。
「薪くんにはそれが通じなくてさ。転んだら手に当たったのが犬のクソって感じだ。しかも、あの子はすでに本物の宝石を持ってるし。今更まがい物を見せたところで……どうにもやりにくい子だよ」

 それを聞いて、小野田は薪が中園に魔法をかけたことを知る。
 中園は、薪の真実を垣間見たのだ。そこに自分が失くしたものが信じがたいほどの純粋さで息づいていることを知り、かれを守りたくなった。おそらく、自分と同じように。

 これから中園は、薪を小野田と同様に大事にするようになるだろう。彼を小野田の後継者と認めて、自分の理想を託すに相応しい男として、彼のために様々な策謀を巡らすに違いない。もちろん、薪に気付かれないように、こっそりと。

「なるほどね」
 あははと笑って、小野田は右手に持った部下のスキャンダルを握りつぶした。




―了―


(2010.2)


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未来への弁証(1)

 こんにちは。

 こちら、『スキャンダル』と『女神たちのブライダル』の後日談です。
 サードインパクトに向けて、青木くんの気持ちの整理をつけてます。 騒動は起きません。
 前作もそうだったんですけど、次の話もけっこう破壊力(?)の強い話だから、間にこれを入れて緩和しようかなって。 
 ……姑息。


 よろしくお願いしますっ。





未来への弁証(1)





 落としたてのコーヒーの香りが充満するキッチンで、青木はコーヒーサーバーを手に取った。
 サーバーの注ぎ口から黒色の液体が流れ、白いマグカップに抱き取られる。静かに嵩を増す黒と白のコントラストが7対3の割合になったところで手を止め、2つ目のカップに残りのコーヒーをざっと流し込んだ。これは自分用なので、注ぎ方も大分いい加減だ。

「薪さん、コーヒー入りましたよ」
 両手にマグカップを持ってリビングに入り、ソファにいた恋人に声を掛ける。うん、と生返事を返した薪は、DVDのジャケットを熱心に見ている。山と積まれたDVDは、ここに来る途中青木がレンタルショップで借りてきたものだ。
「う~ん、どれもこれも色気が足りないな。女の子の裸がバンバン出てくるビデオとか無かったのか?」
「アダルトビデオはご自分の会員証で借りてください」
 さらっと切り返してコーヒーを手渡す。薪の顔に似合わないエロオヤジ発言には、もうすっかり慣れっこだ。

「オレのお勧めはですね、こちらです」
 そう言って青木が手に取ったのは、少し前に話題になった海外ドラマだ。辛口批評の得意な宇野が素直に面白かったと言っていたから、これは薪も喜ぶだろうと思って借りてみた。薪と宇野とは、けっこう好みが似ているのだ。
 青木の手元を見る亜麻色の瞳が、興味深げにくるめいている。ジャケットに書かれた宣伝文句とアクションシーンのカットに、口角が上がる。しかし、天邪鬼が専売特許の薪が、素直に面白そうなんて言うはずがなかった。
「不届きなドラマだな。牢破りなんて」
 なるほど。警察官としては複雑かもしれない。

「でも、このお兄さんは無実の罪で、で、こっちの弟がそれを救うために刑務所の見取り図を手に入れて」
「弁護士立てて、無実を訴えればいいじゃないか」
「それが、これは国際的な陰謀が絡んでいてですね、警察もみんなグルで、一個人の力じゃどうにもならなくて」
「警察官の僕たちが、そういうドラマ見て盛り上がっていいと思ってるのか?おまえには警察官の良識ってもんがないのか」
 大きな亜麻色の瞳が半分に眇められて、青木を横目で見ている。最近ますます艶めいてきたくちびるが意地悪そうに微笑んで、これはいつもの薪の言葉遊びだと青木に教える。

「ル○ン三世大好きなくせに……じゃ、別のにしますか」
「見ないとは言ってないだろ。さっさとかけろ」
 自分勝手な恋人に苦笑して、青木はDVDをデッキにセットする。薪はソファの座面に片足を載せて、くつろいだ表情でリモコンを押した。
 青木が隣に座ると、当たり前のように薪の手が伸びてくる。口では何のかんのと言いつつ、一緒にテレビを見るときには自然に手を重ねる。意地悪と甘えん坊が同居している薪の性格は、とても複雑だ。

「あっ、後ろから追っ手が来てる! 早く逃げないと」
 気乗りしなさそうなポーズは最初の数分だけで、すぐに物語の世界へ入り込んでしまった薪は、ビデオがスタートして30分後にはすっかり主人公たちの味方になっている。両の拳を胸の前で握って、小声で画面にエールを送っている。身を乗り出すようにして画面に見入る姿に、青木は思わず笑いを洩らした。
 このひとは年の割りに無邪気なところがあって、時々、普段の冷静な仕事振りからは想像もつかない姿を見せてくれる。青木にとってそのギャップはたまらない魅力に思えて、薪から離れられない要因のひとつになっている。

「ああっ、あいつ裏切りやがった! だからあの時、殺しときゃよかったんだっ」
 ……警察官の良識はどこへ?
「やったっ、逃げ切った! 見ろ、あの刑務官の口惜しそうな顔。ザマーミロ!」
 …………もしもし、警視長殿?
 ビデオより、薪を見ていたほうが面白い。今日の薪は大好きな犬と遊んでいるときのように、楽しそうな顔をしている。

 二時間半の逃走劇が終わって、青木はコーヒーのお代わりを淹れに立つ。リビングに戻ると、薪が次の上映作品を選んでいる。今日は一日、ビデオ三昧のつもりらしい。

 ……休日に、昼間から家の中でDVDなんて薪らしくない。
 室内でモニターばかり見ている職業だから、オフの日は画面を見たくないのが人情というものだし、天気が良ければ太陽の下で活発に動き回りたくなるのがひとの本能というものだ。今日のように秋空が眩しく晴れ上がった休日なら、薪の好きな動物系のテーマパークに出かけるのが定番だ。
 先月、あんな写真が届かなければ。

 あの写真のせいで、薪は身が細るほど悩んで悩んで、でも。
 絶対に別れない、と言ってくれたことがとてもうれしかった。

 しかし、それに応じられるかどうかは犯人の出方による。小野田に預けてある書類が表に出れば、自分は薪と一緒にはいられなくなる。

「薪さん。オレがもし、犯罪を犯したらどうします?」
 隣に腰を下ろして、何気なく訊いてみる。薪が本音を言うとは思わないが、一応念のためだ。
「自首させる」
 迷いもせず、簡潔に答える。青木の好きな潔い口調。
「逃げたら?」
「草の根分けても探し出す。絶対に見つけて、僕が手錠かけてやる」
「警官の鑑ですねえ」
 実に薪らしい答えだ。ここまでは百点満点だ。

 薪は青木の手からコーヒーを受け取ると、ソファに深く座り直した。カップに口をつけ、ゆっくりとすする。
「その代わり、待っててやる。おまえが罪を償ってくるまで、ずっと」
 おっと、減点です。マイナス20点。
「それはやめてください」
 青木の隣で伏せられていた長い睫毛がぱっと開き、亜麻色の瞳が青木の顔を映す。びっくり眼のあどけない顔を、あとどれくらい見ていられるのだろうと不吉な予感を覚えながら、青木はにっこりと笑った。

「オレが刑務所に入るようなことがあったら、薪さんは素敵な女性を見つけて、結婚なさってください」
「なに言いだすんだ? 急に」
「約束してください」
「できない」
 マイナス30点。しかし、まだ合格圏内だ。
「どうしたんだ? 刑務所に入る予定でもあるのか。だったらこの場で白状しろ。洗いざらい自白(うた)っちまえ」
 捜一時代のクセで、容疑者を自白に追い込むときには言葉が荒くなる。上品そうなのは見掛けだけで、薪はけっこう刑事という荒っぽい職業に向いているのかもしれない。

「先日の写真のことが気になってます」
「バカ! どんな外道でも、殺したら殺人罪だぞ。あんな人間のクズのために人生棒に振る気か」
「……いや、間宮部長を殺す気なんかないですから」
 お得意のカンチガイにがっくりと肩を落として、その先の言葉を失ってしまった青木に、薪はくすくすと笑って、
「大丈夫だって言っただろ。あの写真のことなら、僕がきっちりカタをつけたから。おまえは何も心配しなくていい」
 なんだ。分かってたのか。

 官房室に写真が送られてきてから、すでに2ヶ月が過ぎた。何事も起こらないところを見ると、薪の言うことは青木を安心させるための嘘ではないらしい。
 だが、青木の胸には不安が残っている。自分たちのことが他人に知れたら、公私共に薪は大きなダメージを受ける。あの事件は、そのことを青木に思い知らせた。

「でも、オレが女性だったら、あそこまで問題にならなかったわけだし。今日だって、本当は外に出たかったでしょう?」
 自分と付き合っている限り、薪の人生に平穏はない。
 いつばれるかビクビクしなければならないし、職場の近辺では会えない。身体の関係がなかったときにはできたことが、今はできない。
「堂々と表に出られないし、いつも気を張ってなくちゃいけないし」
 知り合いに会うかもしれない場所では、普通の男女みたいにデートなんかできないし、レストランで食事をするのも躊躇われる。例え見知った顔がいなくても、他人に自分たちの関係が見透かされているようで落ち着かない。なんだか逃亡中の指名手配犯みたいだ。

 こんな状況が楽しいわけはない。
 自分は薪とふたりでいられればうれしいけれど、薪にしてみたらまるで楽しみがない生活だ。つまらないうえに危険ばかり多くて……将来を秤に掛けられるほどに自分との関係が薪にとって大切なものかといえば、そんなことはないに決まっている。薪の実力ならもっと上にいけるはずだし、上司の娘との縁談を進めていれば、今頃は警察庁初の40前の警視監が誕生していたかもしれない。
 それが自分のせいで。
 鈴木さんもきっとそんなことを考えて、このひとから身を引いたのではないだろうか。でなければ、あのラストカットの意味がわからない。

「そう考えると、やっぱり女性と付き合ったほうが薪さんだって楽しいでしょう。恥ずかしい思いしてAV借りてこなくても、女の子の裸がバンバン見られますよ」
 胸に痛いセリフを冗談のオブラートに包んで、青木は無理に笑った。引きつってる、と自分でもわかったが、仕方がない。ポーカーフェイスは苦手だ。
 引き換え、薪のポーカーフェイスは完璧だ。青木の言葉に怒るでも笑うでもなく、感情の篭らない瞳で青木をじっと見据えた。

「おまえは?」
「オレは……あなた以外のひとなんか」
 見えない。
 もうずっと前から、このひと以外目に入らない。

 薪は青木からすっと目を逸らし、手に持ったDVDをデッキにセットした。テレビの前に座って華奢な背中を見せたまま、画面に向かっていつもの意地悪な口調で言った。

「おまえが刑務所に入ったら、僕はずっと待ってる。死ぬまでひとりで待ってる。でもって、すごく淋しい死に方してやる。ひとりで孤独に死んで、誰にも見つけられずに1月くらい経って、おまえの苦手な腐乱死体になってやる」
 床に正座した薪の背中はピンと伸びて、昂然と頭を上げて、でも細い肩が強張っている。小さな拳が膝の上で、ドラマの主役のピンチを応援するときのように握られている。
「僕にそんな死に方させたくなかったら、刑務所に入らなきゃならないようなことなんかするな」
 ダメだ、薪の解答は0点だ。そして自分も。

 薪の言葉が終わらないうちに、青木は彼を後ろから抱きしめていた。
 片手に余るほどの細い身体。こんなに頼りない身体なのに、薪はとても強い。ケンカも強いが、精神的にも。傷ついても凹んでも、立ち直れるだけの強さを身につけてきている。薪が自分を必要としなくなる日も、近いのかもしれない。

「気をつけます」
「心掛けだけで犯罪が防げるなら苦労しない。きちんと対策を立てて、予防策を取らないと」
「予防?」
 薪の言葉の意味が解らず、青木は瞬きを繰り返す。犯罪の誘惑に負けない精神力を養うために山寺へ行って修行して来い、とか言われたらどうしよう。

「どうせおまえの場合、無銭飲食か性犯罪だろ? 食事はさっきしたからいいとして、もうひとつの方が心配だな」
 青木の腕を緩め、その中で身体を反転させてこちらに向き直ると、薪は両腕で青木の首に摑まり、膝の上に乗ってきた。
「おまえみたいな単純な人間は、満たされてりゃ犯罪なんか起こさないだろ」
 薪の誘い文句は回りくどくて捻くれてて、でもその瞳は限りない愛情に満ちていて。少しだけ赤らめた頬を見れば、こういうことを自分から言い出すのが何よりも苦手な彼が、しょぼくれている青木を元気付けるために普段は好まない昼間の情事を申し出てくれているのだとわかる。

「はい。薪警視長のプロファイリングは完璧です」
 茶目っ気たっぷりの口調で言って、くちびるを重ねる。薪のくちびるからは、ブラジルサントスの香りと苦味がする。初めてのキスもこんな味だったな、と青木は思い、すぐに否と思い直す。
 あの時はこんなふうに、薪の舌は自分の中に入ってこなかった。くちびるも呼気も、もっと固くて冷たかった。くちびるを離したときに、瞳が熱っぽく潤むこともなかったし、その後こうして青木の胸に額をつけることもしなかった。あの時は……派手に殴られたのだ。

「何がおかしい?」
 クスクスと笑う青木に首を傾げる恋人を抱き上げて、青木は寝室の扉を開けた。




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ジャンル : 小説・文学

未来への弁証(2)

未来への弁証(2)







 激しくて甘い時間が過ぎて、ゆっくりとたゆとう時間が訪れる。
 青木の恋人は、眠りについたところだ。満足気な顔で、幸せそうに寝息を立てている。

 青木はベッドの上に身を起こして、少し不満そうな顔でその寝顔を見つめている。
 亜麻色の髪とやさしい眉。長い睫毛と小作りな鼻。それから青木がいちばんの魅力を感じているつややかなくちびる。どこまでもきれいで清らかで。ついさっきまで自分の腕の中で乱れまくっていたひととは別人みたいだ。

 このひとは行為のあとすぐに眠ってしまうクセがあって、ひどいときにはその最中でも寝入ってしまう。青木はまだ若いので1度や2度では満足できないが、薪は今年で40になる。一度すれば充分とばかりに、青木を受け入れたまま自分だけイッたかと思うと1分もしないうちに眠りに落ちていたという、青木にとっては生き地獄のようなことが今まで何度あったことか。
 それでも惚れた弱みで無理強いすることもできず、じっと我慢している自分の健気さに時々涙が出そうになる。 とにかく、ぞっこん参っている。心を奪われている、などと生易しいものではない。風速40mのハリケーンに引きずり込まれて、何もかも剥ぎ取られていく感じだ。

 自分勝手でわがままで、へそ曲がりで頑固で……自分の好みとはかけ離れたひとだということに気づいたときには、もう遅かった。好きになってしまった後だった。好きな人のことは何でも許せてしまう青木の性格のせいで、薪はどんどん増長した。今では青木はすっかり薪の言いなりで、恋人というよりは奴隷である。

 つれない恋人にため息を吐きつつも、青木はいつものようにパジャマを薪に着せてやる。
 暴君の身体を起こし、片袖を通そうと細い腕を持ち上げたとき、薪は目を開けてぼんやりと青木を見た。不満が表れてしまったのか、起こし方が少し乱暴だったかもしれない。
「すいません。起こしちゃいました?」
 青木は薪の前ではいつも謝っているような気がする。とても恋人同士とは思えない。
 薪の眼はいつも居丈高で上から目線で。でも、職場でも上司だし12歳も年上だしで、青木が薪より上位に立つことなど何一つないのだから仕方がない。

「あおき」
「はい?」
 薪は、大きな目を半分だけ開いて青木を見ている。これは完全に寝ぼけている。
「僕は……いまのままでいいから……」
「ダメですよ。風邪ひいちゃいます」
 風邪をひいたら、このひとは必ず青木のせいにする。
 おまえがあんなことをするから、と責められて、冬の間は禁止だ、と3週間くらいさせてもえらえなかったこともある。あの事態だけは避けたい。

「いいんだ……このままで、じゅうぶん……しあわせ……」
 そりゃあ薪は1回すれば満足なのだから、幸せなのだろう。でも青木はぜんぜん足りない。
「薪さんはいいですよね。淡白で」
「なんにもいらない。おまえだけいればいい……」
 それだけ言って、また眠りに戻ってしまった。まったく勝手なひとだ。

 ……これだから、離れられないのだ。
 時々こうして、青木の心をわしづかみにするようなことをする。
 それは今のような寝言だったりベッドの中で見せる表情だったり、薪お得意の勘違いによるおかしな行動だったりするのだが、どれも計算してのことではないからいっそ忌々しい。このひとは表面はぶっきらぼうだけど、本当は自分のことを大事に思ってくれているのかもしれない、などと考えてしまったらもうお終いだ。ますます好きになってしまう。どんな意地悪もかわいく思えてしまう。そしてイジメはどんどんエスカレートする。悪循環である。

 いつものループにがっちりはまったところで、青木は堪えきれず苦笑する。
 きれいな寝顔が急に愛しくなって、激しくくちづけたい衝動に駆られる。でもそれを行動に移したら、寝ぼけた薪に張り飛ばされる。すでに何度も体験済みだ。

 あとどれくらい、この虐げられる幸せは残されているのだろう。
 これから先、薪に運命の女性が現れて、彼女と人生を歩むことになったら。自分は身を引かなくてはならない。

 青木は自分の立場を、正確に理解している。
 薪は今、自分の人生を立て直そうとしている。あの事件のせいで狂ってしまった人生を、元の輝きに満ちたものに戻そうとしている。それには精神的なリハビリが必要で、そのために青木を側に置いてくれている。
 目的がリハビリならば、事件のことを知り、薪のことを知り、鈴木に対する恋情まで全部心得ている自分が最適だと思ったのだろう。それで自分を受け入れてくれたのだ。薪の「努力してみる」という言葉の裏には、青木には計り知れない様々な思惑があったのだ。

 3年付き合って解ったが、薪は、男に抱かれるタイプでも男を好きになるタイプの男でもない。鈴木のことがあるから誤解を受けがちだが、このひとは当たり前に女性が好きなのだ。街中で大胆に肌を露出している女性がいれば自然にそちらへ目が行くし、かわいい女の子にぼーっと見蕩れていることもある。
 男としての能力に欠けるわけでも、女性を愛せないわけでもないのだ。あの事件さえなければとっくに結婚して、今頃は可愛い子供もいたかもしれない。

 だけど、今はまだ不安定な時期で。誰かに支えて欲しがっている。
 だから薪が充分に立ち直り、ひとりで歩けるようになったら。そこで青木の役目は終わりだ。

 その日が来るのを、青木は怖れてはいない。
 薪のような人間を一生恋人にしておけるなんて、自惚れたことを考えてはいない。このひとの誇りに満ちた人生の一部分に貢献できただけでも、自分には過ぎた幸せだと思っている。
 
 青木はずっと、薪のことを自分の手で幸せにしてあげたいと思ってきた。
 薪は見かけより強くない、むしろ精神的には弱い人間だと決め付け、彼を一生支えていきたいと――― しかしそれは、ひどく傲慢な考えではないかと最近になって気付いた。
 薪が脆いと思っていたのは自分の都合のいい誤解で、もともと強いひとだったのかもしれない。青木と会ったばかりの頃は、あの事件からまだ半年くらいで、薪のこころに深い傷が残っていた。このひとには誰か支えになる人間が必要だと思い、それは自分でありたいと願って、嫌がる薪を口説きまくって恋人関係に持ち込んだけれど。

 今回のことも、薪は自分ひとりで解決し、ひとりで立ち直った。青木は何もしていない。写真が送られてきたのが官房室宛だったため、青木には聞かせられない事情もあるのだろうが、事件の顛末についても詳しいことは話してくれない。ただ、心配ない、大丈夫だと繰り返すだけだ。
 それを寂しいと思ってしまうのは、自分のエゴだ。薪に立ち直って欲しい、昔の笑顔を取り戻して欲しいと願いながらも、いつまでも自分に頼って欲しいと思うのは間違っている。

 薪の未来に、自分は必要ではない。人生を立て直した薪に必要なのは、生涯を共にできる相手だ。男の自分にそれが難しいことくらい、青木にも分かっている。
 自分が薪の傍に、未来永劫居続けることは許されない。それは薪の輝かしい将来に影を落とすことになる。警視長になって、官房室への転属も内々にではあるが確実なものになって、薪の前には再び光に満ちた道が開かれたというのに、そこに暗雲を呼ぶような真似をするなど、あってはならない。

 静かに過ぎていく日常の裏側で、確実に刻まれる別離へのカウントダウンを聞きながら。
 あと何回こうして薪と愛し合えるのだろうと、切ない思いに身を切られるような痛みを覚えながら。
 青木は薪の寝顔に、そっとキスを落とした。



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未来への弁証(3)

未来への弁証(3)






 夏の事件を境に、そんな考えに囚われ始めていた青木だが、その年の晩秋、彼の憂鬱をきれいに払拭する事件が起きた。
 それは彼らに訪れた何度目かの破局と、失笑を伴う復縁のおかげだ。
 まるでマンガのような出来事だった。あの後しばらくは薪の顔を見るたびに思い出して、笑いを堪えるのが大変だった。でも、その珍事はとても重要な決意を青木にさせてくれた。

 迷うことはない。
 この先、何があろうとも。
 自分はずっとこのひとを好きでいればいい。物理的に隔てられたとしても、彼を世界で一番愛しいと想っていていい。それを薪が望んでくれていると解ったからには、恐れるものは何もない。

 恋人同士になって3年も経ってからこんな基本的な見解に達するなんて、どうも薪と自分の関係は色々な手順が普通とは違っているようだが、それも仕方ないかもしれない。自分たちは同性でありながら恋人という関係に進んだのだし。
 いや、ちがう。相手が薪だからだ。このひとの特異な性格のせいだ。
 まったく、こんなひとは見たことがない。もしもこの世に薪が3人いたら、世界はめちゃくちゃになってしまうに違いない。

 クリーム色のマフラーに顔を半分埋めるようにして、自分の隣を歩いている恋人を横目で見て、青木はまたもや心の中でクスクスと笑う。
 薪と出会って5年。
 彼に恋をして2年、想いが叶って3年。
 薪との関係は常に破綻とその修復に追われて、穏やかな幸せとは程遠いのだが、とりあえず退屈だけはしない。山あり谷あり、というよりはフォッサマグナとマリアナ海溝の連続、という感じだが。

 真っ直ぐ前を見て歩いていた薪が、突然こちらを向いた。心中の不敬な思惑を見抜かれたかと思ったが、薪はぐるりと頭を巡らせ、
「青木っ、追え、現行犯逮捕だ!」と小声で叫んだ。薪の視線の延長上を走るのは、荷台に高温の石に包まれた黄金色のスイーツを乗せて走る軽トラック。冬の日本の風物詩だ。
「冤罪です。あのおじさんはお芋を焼いてるだけです」
「いいから走れ! 雪子さん、焼き芋大好きなんだから」
 これから訪ねる約束をしている薪の友人の名前が出て、青木は彼の気まぐれの原因を知る。薪は雪子には徹底的に甘いのだ。
「三好先生のお土産には、かぼちゃのケーキを焼いてきたんじゃなかったんですか?」
 薪が下げている白いケーキの箱を指して、青木は聞いた。雪子が好きな生クリームの装飾をしてあるらしく、持ち方が慎重だ。腕を軽く曲げて、歩く振動が箱に伝わらないようにしている。

「あれだけ世話になったくせに、この恩知らずめ。おまえ、雪子さんがいなかったら、今ごろ病院のベッドにくくりつけられてるぞ」
「え? だってあれはお芝居で」
「あそこに雪子さんが居合わせなかったら、腕の2,3本は折ってた。僕を騙したんだから、そのくらいの覚悟はしてたんだろう?」
 亜麻色の瞳にぎろっと睨まれて、青木は右上空に視線を泳がせる。薪は執念深いから、何ヶ月かはこのネタでねちねちと甚振られるに違いない。
「謂わば、命の恩人だ。おまえからも礼をするのが当たり前だ」
 雪子がいなかったら薪に殴られるようなことにもならなかったのだが、薪の頭脳に彼女を悪者にする選択肢は最初から組み込まれていないのだから、それを言っても無駄だ。

「追跡、確保します」
 軽く頭を一振りすると、青木は走り出した。
 自分で買いに行けばいいじゃないですか、なんて言ったが最後、この後のデートはキャンセルされてしまうだろうし、夜は絶対に青木の頼みをきいてくれなくなる。それは困る。

 住宅街の路肩をゆっくりと走る軽自動車を捕まえて、雪子の好物を大きな紙袋一杯に買い込む。香ばしくて、甘い匂い。追いついてきた薪に袋の口を広げて中を見せ、彼が満足気に頷くのを確認し、青木はにっこりと微笑んだ。
 青木が抱えた紙袋と自分が持った箱を順繰りに見て、薪はほっと白い息を吐く。
「雪子さん、これで竹内との結婚、考え直してくれないかなあ」
「あはは、三好先生なら真面目に悩みそうですね」
「だろ? この作戦、行けるよな。雪子さん、食べることに命懸けてるもんな」
「……本気ですか?」

 竹内と雪子が結婚を前提として付き合っていることを知った薪は、雪子の親友として『悪い男に騙されている、即刻別れた方がいい』としつこく彼女に警告している。自分の知人でまだ独身の男を紹介しようとしたり、竹内の身辺捜査を行なったりして、二人の仲を裂こうと躍起になっている。が、薪の悪企みは悉く失敗中だ。雪子たちは本当に愛し合っているし、竹内は昔のような遊び人ではなくなった。

「そっとしておいてあげた方がいいんじゃないですか? 三好先生だって、子供じゃないんですから」
「相手が竹内でなかったら、僕だって祝福したさ! でも、あいつだけは絶対に許せない。我慢できないんだ、僕の雪子さんが亭主の浮気に泣かされる可哀相な人妻になるなんて!」
 雪子は薪のものではないし、竹内が将来浮気をすると決まったわけではないが、薪は大真面目だ。
「結婚してからじゃ遅いんだ、今のうちに何とかしないと。ああ、どうして竹内の女関係が出てこないんだろう。あんなに調べてるのに」
 結婚を前提として付き合っている恋人がいるのに、出てくる方がおかしいと思うが。

「それは三好先生のほかに、だれとも関係してないからじゃないですか?」
「そんなわけないだろ。あの女ったらしが2年近くもひとりの女性とだけ、なんて嘘に決まってる。狡賢いキツネめ。絶対に尻尾をつかんでやる」
「それだけ三好先生が魅力的だってことじゃないんですか? 他の女性なんか、目に入らなくなるほど」
 青木が雪子を褒めると、薪は途端に嬉しそうな顔になって「そりゃあ雪子さんは、世界一の女性だからな」とのたまった。聞いたのが青木以外の人間だったら、完全に誤解されるセリフだ。

「竹内さんも三好先生の魅力に参った、ということで。認めてあげたらいかがですか」
 青木がそう言うと、薪は複雑な顔つきになって唇を尖らせた。薪にだって分かっているのだ。たとえ不確かな未来でも、愛する人と生きるのが雪子にとって一番の幸せだと。
「大事なのは、三好先生の気持ちでしょ? 薪さん、あの時そう言ってたじゃないですか」
「うん……そうだな」
 雪子のマンションの前まで来て、ようやく薪は頷いた。インターホンを鳴らし、ドアを開けてくれた黒髪の美女に、にっこりと笑いかける。

「雪子さん。ご婚約、おめでとうございます」
「ありがとう」
 幾度となく恋人との付き合いを止めるよう長年の友人に諌められていた彼女は、彼のお祝いの言葉にうれしそうに笑い、ケーキの箱を両手で受け取った。左手の薬指に控えめに輝くダイヤモンド。彼女の誕生石だ。
 薪の後に続いて部屋に上がった青木に、感謝の眼差しを向けてくる。薪くんを説得してくれてありがとう、と黒い瞳が言っている。

 しかし、頭では納得しても、気持ちと身体が納得しないのが男という生き物で。
 小綺麗に片付けられたリビングに落ち着き、持参のケーキとアツアツの焼き芋で紅茶を楽しんでいると、玄関のチャイムが鳴った。応対に出た雪子を目で追うと、ドアが開いた瞬間に彼女を抱きしめる男の腕が見えた。
「会いたかった」
「あら、今日仕事じゃなかったの?」
「片付きました。先生に会いたくて、現場から直行しちゃいました」
 雪子の左手に光る指輪の送り主は、彼女の首筋に顔を埋めると、目を閉じてふうっと満足げなため息を洩らした。それから彼女の背に回した手を短い黒髪に埋め、唇を首から頬にかけて滑らせた。
「あ、竹内。今ちょっと」
 忙しくてデートもままならない恋人たちの性急さで、玄関口に立ったままキスを交わす。雪子は抵抗したが、その手は弱々しかった。

「その汚い手を放せっ、僕の雪子さんだぞ!!」
 いきなり突き飛ばされて、竹内はびっくりして目を開けた。

「え!?」
 謂れのない非難を受けて、雪子の婚約者は呆然としている。竹内は薪が雪子に心酔していることを知らないから、彼の怒りをどう捉えたらいいのか分からないのだろう。
「あー、聞き流しといて大丈夫だから。青木くん、早く連れて帰って」
「雪子さんっ、こんなやつに騙されちゃダメです! お願いですから目を醒ましてください!」
 ひらひらと手を振る雪子の軽い口調に、薪の悲痛な叫びが重なる。
 喚き散らす薪の声は、竹内が初めて聞く彼の声音だ。数年前、火事に巻き込まれて死にかけたときより、遥かに取り乱している。

「竹内、雪子さんにおかしなことしたら許さないからな! 月夜の晩ばっかりじゃないぞ、背中に気をつけろ!!
 僕は結婚なんかぜったいに認めなっ、ふがっ、もごごっ……!」
 凶悪な口をマフラーで塞ぎ、青木は薪を後ろから羽交い絞めにして彼の狼藉を押し留める。抵抗する薪をベッドに押さえつけるのは年中やっているから、スムーズなものだ。

「オレたち、これで失礼します。竹内さん、お邪魔してすみませんでした」
 爆発寸前の薪を肩に担ぎ上げ、青木は雪子のマンションを出た。あとのフォローは雪子がうまくやるだろう。
 暴れる薪の腰から下をがっちりと抱きしめて、階段を下りる。誰かに見られたら完全に誘拐犯だが、薪が落ち着くまでは地面に降ろせない。スプリンターの薪に走って逃げられたら、青木には追いつけない。

「放せ、青木! 僕にこんなことして、只じゃおかないぞ!」
「放したら、三好先生たちの邪魔しに行くつもりでしょう?」
「当たり前だ。警察官として、か弱い女性が変質者に襲われるのを黙って見過ごせるか!」
「三好先生はか弱くないし、竹内さんは変質者じゃないと思いますけど」
 薪の認識は間違っている。しかし、それを正すのはとても難しい。薪の思い込みは果てしなく深いのだ。

「ちくしょー、竹内のやつ。雪子さんにキスなんかしやがって。僕だってしたことないのに、ああっ、羨ましい!」
「もう諦めてくださいよ。薪さん、きっちり振られてたじゃないですか」
「おまえがそれを言うのか? 何回振っても諦めなかったくせに」
 背中から聞こえてくる薪の声が、軽い揶揄を含む。どうやら落ち着いてきたらしい。
「いい加減、下ろしてくれ。頭に血が昇ってきた」
 地面に屈んで薪の足を地につけ、青木は薪を立たせた。細い身体が、青木の背中から肩へ這い下りてくる。

「すみませんね、しつこくて。でも、ご自分がされてイヤだと思ったことは、他人にしないのが立派な大人の行動だと思いますけど」
「じゃあ、僕も諦めない」
 薪が青木の肩につかまったままでいるので、青木は立つことができない。屈んだ姿勢で薪に視線を合わせ、彼の言葉の真意を探る。

「僕は立派な大人だから。されて嬉しかったことは、他人にもしてやるんだ」

 意地悪そうに歪められたくちびるは、それが彼独特のシュールな冗談だと物語っていたけれど。青木にとっては思わず彼を抱きしめずにはいられない、愛の告白と同等級のセリフで。
 抱きすくめて塞いだ薪のくちびるからは、さっき飲んだF&Mのダージリンの香りがして、薪の周囲をいつも包んでいる百合の匂いと相まって、青木を夢心地にする。甘くて爽やかでうっとりするような、きめ細かな舌ざわりはまるで極上のマシュマロ。

「バカ、おまえ。こんなところで」
 小声で叱るが、目立った抵抗はしてこない。薪はキスに弱いから、その直後は力が抜けてしまうらしい。
「ビリヤード変更して、ホテルにしません? 薪さんに、いっぱいウレシイことしてあげたいで、痛ったっ!!」
 腹に小さな拳がのめり込んで、青木は呻いた。その隙に、腕の中の暴漢はひらりと身を翻す。
「調子に乗るな」
 吐き捨てて走り出す、野生動物みたいにしなやかな動き。細い身体に溢れるエナジーを、青木は美しいと思う。

 数秒後、50mほど離れた場所で振り返り、薪はイッと舌を出した。



―了―


(2010.3)←ほおらね、これも1年前。(^^;


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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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