破壊のワルツ(1)

 こんにちは~。

 数日後には4月号のメロディが発売されようという、秘密ファンなら誰もがナーバスになるこの時期に、こういうものを公開していいのかどうか、悩むところですが書いちゃったし。 KYなブロガーですみません。

 えっと、滝沢さんの過去のお話です。
 暗いです、重いです、長いです。(←つまんない小説ベスト3の条件をすべて満たしている)
 筆者お勧めの見どころは、滝沢さんが鈴木さんをイジメルところ、です。(何を書いているのやら)


 最初にしっかり申し上げておきたいのですが、
 わたし、原作の滝沢さんは間違いなく薪さんの味方だと思っているのですよ。 しかも、かなりいいやつ。
 よって、この話に出てくる彼はあくまで二次創作で、話の進行上こういう役割を果たしていると思ってください。


 それと、この話、救いがないです。
 旧第九が壊滅するときのお話なので、救いの入れようがなかったんですけど。
 だから、後味もすっごく悪くて、なので、

 明るくて楽しいお話がお好きな方は、読んでも楽しくないと思います。
 それと、旧第九の話なので、あおまきすとさんにはつまらないと思います。
 すずまきさんは多少出てきますが、貝沼事件が絡むので、ラブラブしません。
 滝沢さんはメインですけど黒い役なので、彼を好きな人は読まないほうが、
 って、いったい誰が読んでくれるの、この話っ!?


 てな調子で、公開するのも気が引けるのですが。
 よろしかったらどうぞ~~。






破壊のワルツ(1)






 記憶の中の彼女は、いつも笑顔で手を振っている。

 それが最後に見た彼女の姿だからか、彼女を思い出すと一番最初にその映像が浮かぶのだ。それから遡って、彼女と過ごした最後の時間。半日にも満たない、ほんの僅かな時間。
 あれは、秋も終わりに近づいた日曜日。自分の車で彼女を空港まで送り、4泊5日の旅行にしては多すぎると感じられた荷物を運んでやった。搭乗手続きに付き添い、搭乗時刻までの時間つぶしに空港内のコーヒーショップで30分。やがてアナウンスが、彼女が乗る飛行機の目的地と便名を告げた。
 
 セキュリティチェックの入口に向かう彼女の背中を見送って男は、彼女の前では我慢していたため息を吐く。
 急な仕事さえ入らなければ、彼女の隣を歩いているはずだったのに。まったく刑事って職業は。

 何列にも並んだカウンターの向こうの通路で、彼女は大きく手を振り、彼の名を呼んだ。彼は周りの目を気にして、胸の前にこっそりと手を上げただけだった。

 自分も叫べばよかった。
 彼女の名を呼んで、愛していると言えばよかった。
 いつでも言えると思っていた、言えなくなる日が来るなんて思わなかった。

 彼女は、今日も男の記憶の中で手を振る。
 ひたすらに振り続ける。



*****



 執務机の上に左手で頬杖をついて、忌々しそうに薪は舌打ちした。
 不機嫌に眇められた亜麻色の瞳に映っているのは、赤マジックで大きくペケが付けられた勤務表。所長に提出する休日出勤の予定表の期限は今日中だが、それを書き直す気にもなれないでいる。
 
 GWから3週間後、週末のメンテナンス当番について、部下からクレームが来た。当番表では副室長の鈴木と滝沢だったのだが、鈴木はこの週末、大事な用事がある。だから代役に豊村を指名したら、用事なら自分にもある、と断られた。ムカついたが仕方ない、もう一人の若手の上野に話を持ちかけたら、親戚の法事だと言われた。
「何が『人間として最低限の休暇を取らせてください』だ、豊村のヤツ。親の死に目に会えないのが刑事って職業だろうが」
「いつの時代の話してんの、おまえ」
 苦々しく悪態をつく薪の耳に、親友の声が届いた。言葉面は嗜める意味合いだが、その口調は明らかに面白がっている。
 毎朝のミーティングの記録をファイルに整理している鈴木に向かって、薪は声を張り上げた。

「豊村はまだいい、正直だからな。上野の叔父さんに到っては10人目だぞ。何人兄妹なんだよ、あいつの親は」
「ウソと決め付けるのはよくない。地方じゃ7人兄妹とか、珍しくないって聞くぞ」
「おまえこそ、いつの時代だよ」
 少子化が進む昨今、7人も子供がいたら政府から報奨金が出そうだ。
 薪がそう憤慨すると、鈴木は苦笑して、
「今年はGWから捜査が入っちゃって、休みが全然取れなかったからな。誰だって1ヶ月ぶりの週末は逃したくないよ」
「そんなこと言ったって、ハードディスクの残量は待ってくれない。今週末にバックアップ取らなかったら、容量オーバーでデータが消える危険性がある。あいつらには危機感ってもんが無いんだ」
 最近の若い者には、仕事に対する飢餓感がない。根性も足りないし、やる気も今ひとつだし。そのくせ、文句だけは一人前だ。

 いや、文句は最近だ。
 この頃、急に増えたような気がする。それに、何となく意思の疎通がしにくくなったような。

 勿論、室長とその部下という関係なのだから、友人のようには行かない。時には厳しい指導も必要だし、自分でも冷酷だと意識してなお、その判断を下さなければならないときもある。それでも、同じ研究室の仲間として、以前はもっと彼らの存在を近しいものに感じていたはずだ。
 それが、いつの間にか―――――。

 薪は左手の頬杖を解き、右手の拳を口元に当てた。軽く握った親指にくちびるを付け、じっと考えを巡らせる。

 ―――――― あいつが第九に来てからだ。

「あのさ、薪。何だったら、雪子に言って延期しても」
「だめだよ、そんなの!」
 申し訳なさを含んだ鈴木の申し出に、薪はびっくりして思考を中断する。大きく首を振り、彼の提案を激しく拒んだ。
「雪子さんのご両親、青森から上京してくるんだろ? もうホテルも取っちゃっただろうし、飛行機の切符だって。第一、式の予約もしてあるのに」
「ご両親が来るのは土曜日だから、ホテルと飛行機はキャンセルしてもらってさ。式って言っても結納だから。来週に延ばしてもらえば済む話だ」
「そんな簡単に言うな。一生に一度のことなんだから」
 今週末、鈴木は雪子と正式に婚約する。結婚式の予約をしてある式場の一室で、結納の儀を交わすのだ。

「それに、こんなことで予定が延びたら、僕が雪子さんに殺される」
「雪子は大丈夫だよ。仕事だって言えば」
 何を呑気なことを、と薪は思う。男はこういうことを面倒だと思いがちだが、女性にとっては一生に一度の、それも最大のイベントだ。それを『仕事』で延ばせると思っているなんて、危機感の無さは部下たちといい勝負だ。
「おまえは雪子さんに投げ飛ばされたことがないから、そんな無謀なことが言えるんだよ。一度組み合ってみろ、この人には一生逆らうまいって思うぞ」
「雪子、柔道の試合のとき、めっちゃ怖いもんな」
「うん。羽佐間さんも自分の奥さんとどっちが怖いか、真剣に悩んでた」
 冗談に紛れさせて、薪は鈴木の不誠実を詰る。

 鈴木には、ちゃんとしてもらわないと困る。今だけは仕事よりも雪子のほうが大事だと、はっきり態度で示してもらいたい。でないと……。

 薪は机の上で両手を組み合わせ、真面目に言った。
「例え緊急の捜査が入っても、その時間は開ける。結婚式も。新婚旅行はどうなるか保証できないけど、なるべく協力するから」
 大切な友人たちの大切な儀式を、心から祝いたい。自分自身にけじめをつけるためにも、何らかの形で協力させて欲しい。
 鈴木はいつものように薪にやさしく笑いかけて、軽い口調でそれに応じた。
「ラッキィ、室長が親友だと心強いな。ていうか、ちょっとズルイかな、オレ」
「そんなことはない。結婚による1週間の慶弔休暇、親の葬儀の3日間の忌引休暇は職務規定に明記されているんだ。堂々と取得すればいい」
「規定に明記されてる一年に20日の有給休暇は、毎年繰り越しになってるけどな」
「それを言うなって。こないだも田城さんに叱られたばかりなんだから」

 九つある研究室の中で、年次有給休暇を一番消化しきれていないのが第九研究室だ。第九ではMRIのメンテナンス等による休日出勤も多いから、その代休も加算されて、平均取得日数マイナス15日という笑えない結果になっている。実際、職員にとっては笑い事ではない。豊村の言にも一理あるのだ。
 薪はワーカホリックを絵に描いたような人間だ。人生の最優先は仕事、そのスタイルに何の疑問も抱いていない。実にシンプルで、ある意味幸せな男だ。
 が、それを周りの人間にも求める傾向が強いのは問題だ。第九の室長から休暇を捥ぎ取ろうと思ったら、1ヶ月ごとに結婚式と葬式を繰り返すしかない、などという笑い話まであるくらいだ。
 その冗談の通り、去年までは薪が言い渡す残業や休日出勤に職員たちは唯々諾々と従ってきたのだが。今年になってから、徐々にそのシステムが崩れてきている。残業も3日続くと4日目には渋られるし、休日出勤もこの有様だ。

「とにかく、鈴木はきちんと自分の役割を果たして。相手のご両親を安心させてやれよ。大事な一人娘を貰うんだから」
「そうだなあ。親もそうだけど、オレ、義弟ができるんだな。妹しかいなかったから、楽しみだ」
「そうだね。……いいな。羨ましい」
 薪には家族がいない。幼い頃に両親を亡くして、兄弟もいない。近しい親類も無く、親代わりになって育ててくれた叔母夫婦は、今はアメリカのロサンゼルスに住んでいる。
 たったひとりの親友も結婚して、自分から離れていく。自分では隠していたつもりの寂しさが滲み出てしまったのか、鈴木の瞳が心配そうに薪を見た。

「薪だって、結婚したら両親も兄弟もできるさ」
「それもそうだな。官房長の末娘と結婚したら、両親と義姉が2人もできる。義弟よりも義姉の方が、数段魅力的な響きだ」
 昔の冗談を蒸し返して、薪は鈴木の心配顔を笑い飛ばした。薪の笑顔に釣られたように、鈴木がホッと目尻を下げる。
「おまえ、言い方がイヤラシイ」
「鈴木こそ。口元が緩んでるぞ」
 にこやかに笑いながら、羨ましいのは鈴木じゃないよ、と薪は心の中で呟く。

 羨ましいのは義弟の方だ。鈴木の弟になれる、一生涯鈴木とつながる絆ができる。それが羨ましい。
 でも、本当に羨ましいのは……。

 その先を言葉にはしたくなくて、薪は慌てて意識を書類に向けた。休日出勤の予定表を作らなければ。
「週末は僕と滝沢が出る」
「悪いな。後で何か奢るから」
「もう貰った。山水亭のクリスマスディナー。美味かった」
「そんな、半年も前のこと」
 鈴木が言いかけたとき、彼の携帯が震えて、ふたりの会話は中断された。相手は多分、彼の婚約者だ。

「ああ、大丈夫。薪が上手くやってくれた」
 鈴木は雪子に薪の尽力を伝えると、嬉しそうに笑った。薪はシッシッと片手で追い払う仕草で、彼を自分の部屋から追い出した。定時は過ぎている。婚約前の大事な時期、早く彼女の処へ行ってやったほうがいい。
「薪。次の薪のメンテ当番、オレが代わるから」
「いいよ、気にしなくて。早く帰れよ。雪子さん待ってるぞ」
 ドア口で振り向いた親友に、薪は苦笑する。
 パタンとドアが閉まって、途端にひっそりと静かになった室長室に、薪が叩くキーボードの音だけが響いた。

 本当に、鈴木は気にしなくていい。逆に、仕事をしていたほうが気が紛れていい。自宅に独りでいたら、色々と余計なことを考えてしまう。考えても仕方のないことばかり、繰り返し繰り返し。
 とうに終わりを告げた夢を。過ぎ去った昔を。
 鮮明に、生々しく、何度も何度も思い出す。最後は決まって涙が止まらなくなる、それが解っているのにメモリーは消去できない。

 予定表をメールで所長に送って、再び頬杖をつく。
 両手でやわらかい頬を包んで、薪は物憂げにため息を吐いた。



*****


 原作の鈴木さんと雪子さんは、婚約してません。
 これはうちのお話の勝手な設定なので、(てか、コピーキャットが本誌に載る前にすでに書いちゃってて。だって~、雪子さん、4巻のお葬式で親族席にいたじゃん! だからてっきり婚約者だったんだとばかり。 あれはたまたまお母さんに慰められてただけだったんですね)
 いろいろ原作と違っててすみません~。
 まあ、一番違うのは、薪さんの性格ですけど(笑)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破壊のワルツ(2)

 私信です。

 Mさまへ。
 今日は寝坊しました。





破壊のワルツ(2)






 カタカタとキーボードを叩きながら、豊村は胸のうちに不安を抱え、鬱々と画面を見つめていた。
 短く刈り込んだ頭をガリガリと掻き、小さくて丸っこい目を手の甲で擦り、ディスプレイに並んだ文章を苛立たしげに消去する。太くて短い指が連続でバックスペースキーを押下し、やがて画面は白紙の状態に戻った。
 
 朝のミーティングで週末のメンテナンス当番の変更が発表され、それは豊村にとっては都合の良いシフトだった、にも関わらず、彼の気は晴れなかった。ひと月ぶりの週末を共に過ごす予定の彼女の顔を思い浮かべても、この焦燥感は収まらない。鈴木の代わりに自分が出る、と言ったときの室長の顔が頭に焼き付いて、その不機嫌そうな顔が豊村を怯えさせていた。
 彼は、昨日の自分の言を後悔していた。
 室長に向かって、あんな断り方をするんじゃなかった。今週末に会えなかったらお終いよ、と彼女に言われて切羽詰っていたこともあって、嫌味な言い方になってしまった。
 そんな彼に追い討ちを掛けるように、重大な新情報が同僚からもたらされた。

「鈴木副室長の用事って、結納らしい」
「えっ!?」
「本当に?」
 初めて聞く副室長のプライベイトに、隣の席の上野が身を乗り出してくる。自分より8歳年上の新人が仕入れてきた情報に豊村は焦り、彼の深刻な表情に、執務室の職員3人は額を着き合わせた。

「滝沢サン、昨日はただの私用だって言ってたじゃないすか」
 滝沢は第九に来て1年にもならない新人だが、年齢は34歳と、この研究室で最年長。階級も豊村より高い警視だ。自然と言葉は年長者に向けるそれになる。
「昨日、鈴木に直接訊いたときには、そう言ったんだ」
 鈴木から、その日は自分は都合が悪い、と告げられた滝沢は、当然その理由を訊いた。それを上野と豊村に伝えたのだ。
「副室長だけに特例を認めるなんてズルイから、断固反対したほうがいいって」
 滝沢に言われたときは尤もだと思ったのだ。それでなくとも室長と副室長は普段から仲が良くて、仕事中はもちろん、昼休みまでべったりだし。大学の頃からの親友だということは知っていたが、それでシフトを優遇するなんて、あってはならないことだと思った。
 しかし。

「結納なんて重要なことなら、交代を断ったりしなかった」
「昨日の時点では分からなかったんだ。結果的に嘘を伝えたことになってしまって、本当にすまない」
 素直に頭を下げる滝沢を、それ以上責めることはできなかった。

 彼が第九に来ることに決まったとき、鈴木副室長は2人の部下を前にこう言った。
『滝沢は優秀な捜査官で、以前の部署では部下を何人も使って仕事をしていた。それが研究室の一職員になって、下積みから始めるのはさぞ辛いだろう。彼が尊大な態度を取ったとしても、少しくらいは大目に見て欲しい。目に余るようだったら、オレに言ってくれ。こちらで対処するから』
 横暴な室長を抑え、研究室の調和を守る鈴木らしい言葉だった。彼の気遣いと思いやりには、いつも助けられている2人はそのとき、
『大丈夫です。尊大な態度は室長で慣れてます』
『そうですよ。室長の上を行くようだったら、とっくに島流しになってますよ』
 などと、軽口を叩くことで鈴木を安心させようとした。

 鈴木の布石のおかげで心の準備をしていた2人だったが、意外なことに滝沢は、自分の階級を鼻にかけることもなく、従順な後輩の態度を崩さなかった。捜査官としての経験が長いだけあって、捜査においては先輩達の上を行くこともしばしばあったが、そんなときでさえ彼は謙虚な姿勢を貫いていた。
 言葉遣いも、最初は敬語で話していたのだが、彼のような見た目も立派な偉丈夫に敬語を使われるとどうにも居心地が悪く、こちらから止めてくれるように頼んだのだ。すると滝沢は、
『室長や副室長を敬うのと同じくらい、俺は先輩方を尊敬している。先輩方に敬語を使わないなら、彼らにも使わない』
 と言って、本当に室長たちに敬語を使うのを止めてしまった。大らかな副室長は、年上なのだし、それで構わないと笑っていたが、室長は明らかに不満顔だった。
 優れた捜査能力を持ち、それでいて謙虚で、同僚は大事にするが上役には媚びない滝沢に、上野と豊村は好感を抱いていた。傲慢を絵に描いたような室長より、ずっと人間的に優れた人物だと思っていた。

「これはお節介かもしれないが、今からでも謝りに行った方がいい。副室長の事情を知らなかったと正直に話して……でないと、これからの待遇に響く可能性がある。薪は根に持つタイプだろ」
「そ、そうだな。謝った方がいいよ、豊村」
 薪が執念深い性格なのは、上野にも心当たりがある。半年も前のミスを蒸し返されて、同じ注意を何度も受けた。もうそんな間違いはしない自信があるのに、新しい捜査に掛かる前には今でも必ず繰り返されて。もう、うんざりしている。
 同時期に第九に入った上野に言われて、豊村は席を立った。昨日の言い草が言い草だっただけに顔を合わせづらいが、客観的に見て悪者は自分のほうだ。

「じゃ、鈴木さんに」
 こういう場合は、まず副室長に相談するのが第九の鉄板だ。気難し屋の室長を上手に操っているのが、女房役の副室長だ。室長に言いたい事があるときは必ず副室長を通して、謂わば鈴木は、雲の上の室長と部下とのパイプ役なのだ。
「副室長なら所長室だ。婚約の報告をしてたぞ」
 目で長身の副室長を探す豊村に、滝沢が彼の居場所を教えてくれた。
「俺も所長室に居たんだ、6ヶ月報告の件で。それで婚約のことを聞いたんだ」
 科警研に入って6ヶ月を経た職員は、所長宛に現況報告書を提出する。報告書と銘打っているが、これは所長に向けた一職員からの手紙のようなもので、主に新人の精神的なケアが目的だ。よって内容には、自分が携わっている職種、職場の人間関係、仕事に対するやりがいや抱負など、前向きな文章を連ねるのが模範解答だ。間違っても室長の悪口を書いてはいけない。

「副室長も副室長だよな。もっと早くに打ち明けてくれればいいのに。そうすりゃ豊村も、こんな後味の悪い思いをしなくて済んだのに」
 なあ、と同意を求めるように、上野は滝沢に顔を向ける。滝沢は新人らしく口を噤み、困ったように首を傾げて見せた。捜査のことならともかく、新参者の自分に職場の人間関係について口を挟む権利は無い、と思っているのだろう。
 でも、上野は彼の気持ちを知っている。以前、一緒に酒を飲んだとき、『上2人があんなにべったりなのは、組織の統括を考える上でマイナスだ』とこぼしていた。あくまで酒の席のことで、滝沢が職場でそれを態度に表したことは一度もなかったが、あれが彼の本音だろうと上野は思っていた。

「室長も秘密主義だけど、副室長も同じだ。あのふたり、お互いのことしか信用してない。そんな風に、俺には思える」
 上野の厳しい言葉に、滝沢は苦笑して、
「仕方ないさ。あのふたり、大学時代からの親友なんだろう?この研究室を立ち上げたのもあの2人だし……そんなことより、早く行った方がいいんじゃないか?」
 心の中では親密すぎるふたりの関係を忌々しく思っているはずなのに、こうして彼らを庇い、話題を逸らそうと豊村に行動を促す。滝沢の思いやりに上野は感動すら覚え、改めて彼を見直した。
 捜査官として地力がそうさせるのか、一見尊大な雰囲気を漂わせる第九の新人は、実は謙虚で、やさしさと気遣いに溢れている。アフターの居酒屋で、室長の悪口で盛り上がっているときも、黙って聞いていることが多い。
 
 しかし、滝沢は奥ゆかしいだけで、自分の意見が無いわけではない。意見を求めると、実に建設的な解答が返ってくる。
 第九の残業が多すぎること、他の研究室に比べて有給休暇の取得が少なすぎることについての不満を連ねていたら、その件については所長に相談してみたらどうか、と提案された。残業はともかく、年次休暇の消化に関しては、所長の管理能力も問われる部分だからだ。
 なるほど、と思い、こっそり所長室に赴いたのはGWに入る直前だったが、室長の暴君ぶりは相変わらずだ。所長ですら、薪には強く意見できないのかもしれない。
 何故なら、薪には強い後ろ盾が―――――。

「さあ。こういうことは、早いほうがいい」
 滝沢に背中を押されて、豊村は室長室の扉を叩いた。その後姿を、ふたりは心配そうに見守っていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破壊のワルツ(3)

 こんにちは~。

 突然ですけど、薪さんのスーツの色って、基本は青なんですかね?
 コミックスの表紙もそうだし、以前のメロディの表紙も青でしたよね。 ベージュの事もありましたが、あれを画で表すとしたらあのスクリーントーンは貼らないだろうし。
 そっかー、青かー。 ちょっと残念ー。
 うちはチャコールグレイです。 黒に近いグレー。 春夏は薄いベージュ、もしくは薄いグレー。 控えめなストライプ可。 そしてネクタイは必需品。 おしゃれさんだから(笑)





破壊のワルツ(3)





「室長。昨日はすみませんでした」
 室長室に薪を訪ね、豊村は神妙に頭を下げた。薪は室長席に座ったまま、豊村が透明人間でもあるかのように黙って報告書のファイルに目を通している。
 
 重苦しい沈黙に、豊村は自分の早計さを悔やむ。室長にひとりで謝罪に来るなんて、無謀だった。やっぱり副室長の鈴木に相談すべきだった。
 それでも、切り出してしまったからには仕方ない。豊村は恐る恐る口を開いた。

「やっぱり、週末のメンテはおれが」
「けっこうだ」
 彼女と喧嘩する覚悟まで決めて、やっとの思いで申し出た譲歩を退けられて、豊村は口を噤む。薪の態度はあまりにも素っ気無くて、豊村の不安はますます大きくなる。
「僕が出るからいい。もう所長に予定表を上げてしまったし」
「すみません。おれ、鈴木さんが週末に結納するなんて知らなくて。そんな大事なことだと解ってたら、断ったりは」
「鈴木の私事は関係ない」
 事情を説明しようとした豊村の言を遮って、室長の冷徹な声が響く。ファイルから眼を上げようともせず、温かさの欠片も無い口調で、彼は豊村を詰った。

「問題なのは、おまえの仕事に対する姿勢のほうだ。ここに来て何年になるんだ。MRIシステムがハードディスクの容量を振り切ったらどうなるか、分かっているはずだろう。
 鈴木のプライベイトを知らなかったことより、自分の仕事に対する不徳を恥じるべきだ」
 誠心誠意の謝罪と精一杯の譲歩を素っ気無く返されて、豊村は憤る。薪が怒るのも無理はないが、それでもこんな言い方をしなくたって。
「お言葉ですけど。おれは仕事は真面目にやってるつもりですし、それなりの実績も上げてます」
 部下に言い返されたのが気に障ったのか、薪はパタンと見ていたファイルを閉じ、氷の微笑で豊村を見返した。
「あの程度でか?」
 鼻で笑う口調で言われて、豊村のプライドがささくれ立つ。
 室長の実力は分かっている、彼は確かに天才かもしれない。でも、自分だって小学生の頃から努力して一流大に入り、将来を嘱望されて第九に来たのだ。ミスをして諭されるならともかく、こんな風に馬鹿にされる筋合いはない。

「こないだの事件は、5日で報告書まで」
「新入りの滝沢に、あれこれ指摘されたおかげでな」
 ファイルを机の上に放り、腕を組んで背もたれに寄りかかる。ものすごく嫌な目つきで見られて、豊村は、以前滝沢に言われたことを思い出す。
「年は上でも、MRI捜査の経験ではおまえの方が1年以上も先輩なんだぞ。恥ずかしいと思え」
 恥ずかしい? 自分の存在が、第九の恥だと言うのか。
 捜査官としての経験は、滝沢の方が8年も上なのだ。自分の気付かないところに気付いて当然だ。それを能力不足と決め付けられたら、改善のしようがない。

「実績を上げてる、なんて言葉はな、鈴木くらいの腕になってから言え。口惜しかったら次の進行中の事件、解決して見せろ」
 鈴木の名前を出されて、豊村の心に冷たい何かが落ちた。室長が認めているのは、鈴木のことだけだ。自分と他の2人は眼中に無い。

 耐え切れず、豊村は無言で頭を下げて室長室を辞した。
 腹立ちを噛み殺すように唇を噛み、モニタールームへのドアを開けると、心配そうにこちらを見ていた上野と目が合った。
「おまえは第九の恥だって言われた」
 豊村が憎々しげに呟くと、上野は憤慨した様子で豊村に近付き、ひどいな、とストレートに室長を非難した。
「一人前の口を利くのは、副室長のレベルに達してからにしろとさ」
 室長の言葉を一字一句違わず再生したわけではないが、意味合いはこういうことだ。豊村は事実を正確に上野に伝えたつもりだった。
 上野は当然のように憤りを露わにし、同僚のプライドを守ろうとした。

「無茶苦茶だな。勤め上げてる年数が違うだろ。おれたちはたった2年、副室長は第九が準備室だった頃からここにいるんだから。3倍以上だ」
「前に滝沢が言ってた通りだ。室長は、副室長以外の部下を軽蔑してる」
 それがいつ囁かれたものか、はっきりとは覚えていない。
 カフェテリアで昼食を摂っているときだったか、3時のコーヒーブレイク中か、はたまた休日出勤が滝沢と重なったときだったかもしれない。とにかく、入ってきたばかりの滝沢に、『第九の室長』がどれほどすごい天才なのか、彼の偉業について説明していたときに言われたのだ。

「へえ。あの若さで警視総監賞を3回、長官賞を2回ですか。すごいですね」
「だろう? そんじょそこらの捜査官が束になったって、うちの室長には敵わないって」
「なるほど。それでわかりました。何故、室長が俺たちをあんな眼で見るのか。自分があまりにも優秀すぎて、周りの人間がみんな馬鹿に見えるんでしょうね」
 滝沢にしては珍しい、悪意のある言い方だった。豊村がびっくりしていると、彼はふっと哀しそうな顔になって、
「だからこの研究室には、仲間なら当然生まれるはずの友情や信頼関係が無いんですね。俺が以前いた部署は、上司と部下がもっと仲良かったんで。キャリアの集まりって言うのもあると思いますけど、ちょっと淋しいですね」
「おれたち、仲いいぜ? 精神的にきつい仕事だから長続きしないやつ多いけど、今いる4人は2年前からの仲間だ。みんなで力を合わせて頑張ってる」
「あ、そうでしたか。それは失礼しました」
 鋭い目を丸くして、滝沢は両手を胸の前に出した。言い訳をするときのように両手を小さく振って、失礼なことを言ってすみませんでした、と謝った。

「自分の目には、薪室長は鈴木副室長以外、誰も信用していないように見えたものですから」

 そのときは深く考えもせず彼の謝罪を受け入れた豊村だったが、滝沢の言葉は小さな棘のように心の隅に引っかかっていた。
 そう言われてみると、薪はプライベイトを自分たちと一緒に過ごさない。アフターの飲み会どころか、研究所全体の忘年会や暑気払いにも滅多に顔を出さない。室長会だけは付き合いをしているようだが、それは多分、
「自分より格下の人間とは、交流を持つ必要が無いと思ってるのかもしれませんね。出世のことを考えたら、上層部には顔を売っておかないといけないから」
 そうだ、これも滝沢が言ってたんだ。
「でも、副室長のことだけは信頼している。逆に言えば、彼以外は必要ないと考えている。それを副室長も、充分自覚している」
 
 室長に意見があるときは必ず自分を通すように、自分の立会いの元で意見するようにと鈴木副室長は言うでしょう? 自分がその場にいれば、薪室長は穏やかに話をするからです。でもそれは、豊村さんたちに気を使っているわけではない。鈴木さんに気を使っているのです。
 薪室長にとって、鈴木さん以外の人間はどうでもいい存在なんです。

「ちくしょう。馬鹿にしやがって」
「豊村?」
 3歳下の同僚が、常になく凶悪な目をしているのに気付いて、上野は焦燥する。豊村は、良くも悪くも単純な男だ。褒められれば有頂天になるし、叱られれば凹む。今回は絶対に後者だと思って慰めの言葉を用意していたのに、怒り心頭とは。

「おれ、第九辞める。上野も一緒に異動願い出そうぜ」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破壊のワルツ(4)

 今日はメロディの発売日だと言うのに、わたしはどうしてこんなものをアップしているのでしょう。

 薪さーんっっ!
 今行くからねっ、待っててねーっ!
 あ、10時からか。








破壊のワルツ(4)




「おれ、第九辞める。上野も一緒に異動願い出そうぜ」

「えっ!? ちょっと待てよ、落ち着けって」
 上野はこの職場に、そこそこ満足している。確かに室長は横暴だし仕事はきついが、以前の上司から受けたような陰湿な苛めはない。仕事以外のことで叱られたことは一度も無いし、アフターの付き合いを強要することもない。何よりも、仕事熱心で真面目だ。それだけでも以前の上司よりはマシだと思っていた。
 豊村はまだ26で、薪以外の上司に長く仕えたことがない。他にはもっと酷い上役がいることを知らないのだ。上野のように、月に一回出張と称して愛人と公費で旅行に行く上司を持ってみれば、薪が良質な上司の部類に入ることが分かるだろう。

「もう我慢できない。室長の顔見るのも嫌だ」
「待てって! おまえ、昔は室長のことすっげえ尊敬してたじゃんよ。あの人は天才だって」
「その天才が鼻につくんだよ! 天才なら何を言ってもいいのかよ!!」
「うるさいっ!!」
 バン! とドアが開いて、部屋の主が姿を現した。扉の前で怒鳴っていたのだ。会話の内容は室長室に丸聞こえだ。

 亜麻色の瞳を怒りに吊り上げ、頬を紅潮させて薪は叫んだ。
「辞めるなら辞めろ! おまえなんかいなくても、ちっとも困らん。そんな風に同僚の足を引っ張るくらいなら、さっさと辞めちまえ!」
「ああ、望むところですよっ!」
「ちょ、ちょっと! 豊村も室長も落ち着いて」
 エスカレートする言い争いを止める術を持たず、上野はひたすらうろたえる。困惑して嫌な汗をかいた上野の耳に、天の声が聞こえてきた。

「何の騒ぎ?」
 ひょい、と3人の間に顔を出してきたのは、第九の副室長。職員の相談役であり、室長の暴走を止められる唯一の人物だ。
「豊村がっ!」
「室長がっ!」
 同時に喋り出したふたりを制して、鈴木は彼らを室長室へといざなった。それからこちらを振り返り、のん気な口調で、
「上野。コーヒー頼める?」
「あ、はい」
 ホッとしてその場を離れ、上野は給湯室へ向かった。コーヒーカップを3つ用意して、ふと気付く。そういえば、滝沢はどこへ行ったのだろう。

 室長室へコーヒーを運んでいくと、薪と豊村はソファに向かい合って座っていた。鈴木はふたりの中間に立ち、冷静に豊村の訴えを聞いている。
 そっとコーヒーをテーブルの上に置き、上野は部屋を出ようとした。そのとき、初めて鈴木が口を開いて、「薪が悪い」と言った。

「いくらなんでも言いすぎ。辞めたきゃ辞めろって、それは室長が言っていい言葉じゃない」
 恐ろしい目つきで鈴木を睨んで、室長は唇を噛んだ。怖い顔だった。普通より遥かに整っているだけに、その迫力はすごかった。
 が、鈴木は平気な顔で、
「いつも言ってるだろ。言葉は暴力にもなり得るんだから気をつけろって」
 さすが親友。鬼の室長の怒髪攻撃をものともしない。あの目つきで睨まれたら、上野なら竦み上がってしまう。
「でも、豊村もネガティブに受け取り過ぎだ。薪はおまえのことを第九の恥だなんて思ってないし、薪が周りの人間を軽蔑してるってのもおまえの思い込みだ。薪はそんなやつじゃないよ」
 鈴木は床に屈むと、豊村の顔に目の高さを合わせ、彼の顔を覗き込むようにして言った。薪に対する断定的な決め付け方とは、対照的だった。

 その態度に、上野は鈴木と薪の絆の強さを知る。
 このくらいで薪との友情は壊れない、そう信じているから取れる態度だ。確かにこの場を収めるには、薪に謝らせるのが一番いい。豊村だって、本気で第九を辞めたいと思っているわけではないのだ。室長が態度を改めてくれれば、これからも頑張れる。
「だから、薪が豊村に謝って、それでこの件はお終い。いいな?」
 問題は、あのプライドの高い室長が部下に頭を下げるかどうかだが。

「ほら、薪」
 鈴木は豊村にしたように、薪の顔を覗き込むと、ニコッと笑って彼を促した。いつも思うが、鈴木の笑顔は魅力的だ。彼の笑顔には、ひとをやさしい気持ちにする力がある。
 薪はしばらく鈴木の顔を睨みつけていたが、やがて諦めたように肩の力を抜いた。
「…………言い過ぎた。ごめんなさい」
 薪がそう言った途端、彼を除く3人は思わず噴き出した。
「な、なんで笑うんだ!? ちゃんと謝ったのにっ!!」
 膝に手を置き、ぺこりと頭を下げて、その所作にも驚いたが、もっとびっくりしたのは彼の言葉だ。おそらく周りの誰もが予測していた、大人が謝罪するときに使う「悪かった」というセリフを見事に裏切って、「ごめんなさい」ときた。普段の彼とのギャップに笑い出さないほうがおかしい。

「だって、子供じゃあるまいし。ゴメンナサイって、普通言うか?」
「仲間内で『申し訳ありませんでした』って言うのもおかしいだろ」
 笑いながら上司をからかう不届きな部下に、薪がその言葉を選んだ理由を告げる。彼には彼なりの考えがあったらしいが、やっぱり笑える。
 しかし豊村は、薪のその言葉で笑いを収め、向かいの席で少し頬を赤くしている薪をじっと見た。
「仲間……」
 口の中で薪の言った言葉を繰り返し、豊村は彼本来の明るい笑みを取り戻した。

「そうですよね、おれたち仲間ですよね」
「当たり前だろ。2年も一緒にやってて、今更なに言ってんだ」
 まだ笑い足りないのか、鈴木が呼吸を乱しながらも豊村に突っ込みを入れると、豊村は晴れ晴れと笑って、
「すみませんでした、室長。おれが間違ってました」
 かっこいいぞ、豊村、と上野は心の中で同僚にエールを送る。爽やかな、好感の持てる謝罪だ。少なくとも、謝り方だけは室長に勝ってるぞ。
「やっぱおれ、室長のこと尊敬します」
 もともと豊村は、室長に対する憧れが強かった。最近、何となく反発しているようだったが、これで反抗期も終了のようだ。

 薪は豊村の心境の変化についていけず、きょとんと眼を丸くしていたが、ニコニコと彼に笑いかけられて、自分も頬を緩めた。
「ありがとう、豊村。これからもよろしく頼む」
「はい!」
 豊村の元気な返事を耳に、上野は室長室を出た。

 ドアのすぐ近くに滝沢がいて、心配そうな眼で上野を見た。さっきは姿が見えないような気がしたが、それは自分の思い違いで、ずっと豊村のことを案じていたのだろう。
「大丈夫。鈴木さんが上手くまとめてくれた」
「……さすが」
 感嘆したように滝沢が言うのに、上野は大きく頷いて、
「あれだけ興奮してた2人を諌めて、簡単に仲直りさせちまうんだから。鈴木さんの仲裁能力はすごいよ」

 憂いが払われた顔で職務に戻った上野の後ろで、滝沢はそっと室長室のドアを細く開いた。中では鈴木の結納の話になっていて、3人がにこやかに笑い合っていた。
 滝沢の視線は豊村に注がれ、次いで薪に向けられた。それから残るひとりを注視すると、彼は口の中で低く呟いた。

「あいつ、邪魔だな」




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破壊のワルツ(5)

 メロディ4月号、読みました。
 青木さんが、とっても可哀想だと思いました。 
 お姉さん夫婦も、とっても可哀想だと思いました。
 青木さんのお母さんも、雪子さんも薪さんも、なんだかみんな可哀想になっていく。 
 ……秘密って、こんな話だっけ。

 とか言いながら、こんな話を書いてるわたし。(笑)


 それから9巻。
 …………あれっ!!?? 
 まさか、そんなところに修正が掛かるとは~~!!
 
 えー、でもそうしたらこの話、原作とのリンクが無くなっちゃうんですけど。 無謀に事件をでっち上げたみたいになっちゃうんですけど。(@@)
 だって~、9巻が発売される前に書いちゃったから……どうしよう、途中まで公開しちゃったし。
 すみません、二次創作ですのでね、気になさらないくださいねっ。(無敵の免罪符)
(コミックス派の方には、何が何だか分からない話ですね。 スルーしてくださいっ)


 広いお心でお願いしますっ!!
 


破壊のワルツ(5)





 記憶の中の彼女は、泣きながら手を振っている。
 笑っていたはずの彼女の顔が泣き顔になったのは、彼が古くからの友人に、2つの噂を聞いたのがきっかけだった。

「事故じゃなかった?」
 彼女の命を奪った飛行機事故の原因は、機体疲労によるエンジントラブルの可能性が高いと発表された。発見が遅れたのは、レーダーから機体が消失した地点と発見された場所に、常識では考えられないほどの隔たりがあったためと説明が付けられていた。

 そのときまで彼は、国交省の発表を疑いもしなかった。
 事故の原因など、どうでもよかった。
 もう彼女はこの世にいない。いくら詳しく事故の原因を知ったところで、彼女は戻らない。ならば、その行為に何の意味があるのか。
 自分が生きている意味すら分からなくなりそうだった彼には、事故の原因について聞くことも考えることも無意味に思えた。

「俺のダチが航空会社の社員でさ。航空会社には航空会社のネットワークがあって、問題の飛行機がどこの会社のものだか分かってたんだって。で、そいつが言うにはさ、確かにあの機体、疲労寿命は過ぎてたみたいだけど、そんなに簡単に壊れるものじゃないって」
 黙って強い酒を傾ける彼の横で、彼の恋人が死んだ飛行機事故について語る友人を、無神経だと責めることはできない。彼女との関係は、誰にも話していなかった。この記憶に新しい飛行機事故は、彼にしてみれば単なる酒の席の話題に過ぎなかった。

「機体の強度ってのは、疲労寿命の2倍の設定にするんだと。だから寿命は超えても機体はまだまだ元気で、実際バンバン飛ばしてるって。テレビで言ってる『機体疲労により隔壁が割れて作業油洩れを起こし、エンジントラブルにつながった』なんてことを起こす機体は寿命を2倍近く超えて飛んでる機体で、あの飛行機は、まだ寿命を100時間も超えてなかった。だから絶対におかしいって、会社の連中はみんな言ってるって」
 航空会社の友人から聞いた知識をひけらかすように、彼は喋り続けた。
「発見があんなに遅れたのも、普通はありえないって。いくらレーダーの消失地点と発見された島が100キロ以上も離れてたって言っても、この情報化時代に飛行機墜落の噂が伝わらないわけがない。だからさ」
 友人は、勿体つけるように言葉を区切り、彼の顔をじっと見て、機密事項でも話すようにこっそりと彼に耳打ちした。
「政府ぐるみで、事故を隠蔽したんじゃないかって」

 馬鹿馬鹿しいと思った。
 確かに、これだけ世間を騒がせた事故の詳細について、政府から発表された事項は不自然なくらい少なかった。たった一人の生存者の身元から辿って判明したはずの墜落機の便名やルート、航空会社の名前もすべて伏せられていた。
 だからと言って、隠蔽などと考えるほうがおかしい。百人以上もの人間が死んでいるのだ。隠しきれるわけがない。第一、事故を隠蔽することに何のメリットがある?

「なんで政府がそんなことをしなきゃならないんだ」
 彼が当たり前の疑問を口にすると、友人は身を乗り出し、「実は」とまたもや声を潜めて、
「あの飛行機には、テログループのリーダーが乗ってたんだ。そいつを抹殺するために、政府が乗客ごと飛行機を落としたんだよ」
「どこのスパイ映画だよ」
 突拍子もないオチに、彼は思わず失笑した。
 呆れた彼が、バーカウンターの椅子に背中をもたれさせると、友人は安心したように微笑んだ。
「お、ようやく笑ったな?」
 水割りのグラスを持って、自分も背もたれに寄りかかり、彼の顔を見ることなくぼそっとこぼした。
「おまえ、この頃元気なかったからさ。けっこう心配してたんだぜ」
 友人の少ない彼にとって、隣の男は大切な存在だった。多分、相手も同じだ。彼女と知り合う前、自分の一番大事な他人はこの友人だったことを、彼は思い出した。

「仕事のことでちょっとな。こないだから上司に、あんまり気の進まない部署への異動を打診されてるんだ」
 彼は、尤もらしい、でもたしかに彼の心を塞ぐ要因のひとつになっていた異動話を口にして、友人をミスリードする。彼女のことは、結婚が決まったら話そうと思っていたのだ。彼女が死んだ今になって打ち明け話をしても、友人を困らせるだけだ。
「仕事の選り好みなんておまえらしくないな。異動先はどこだ?」
「科警研」
「なるほどな。現場主義のおまえには物足りないってわけか。で、科警研の何処?」
「覗き部屋」
「げっ。第九かよ」
 第九の名前が出た途端、友人は盛大に顔をしかめた。2人とも、第九には反感を持っている。あれは真っ当な捜査ではない。死人の脳を見るなんて、正気の沙汰じゃないと言うか反則と言うか。少なくとも良識のある警察官なら、好き好んで就きたがる職務ではなかった。
「っちゃー。それは何て言ったらいいか……ご愁傷さま」
「拝むな、バカ」
 彼は笑いながら、グラスを空にした。たん、とカウンターに置いて、左手で頬杖をつく。

 彼にはもうひとつ、どうしても異動を拒みたい理由があった。
 この異動話を持ってきたのは彼の上司だったが、発生元はもっと上、それも警察庁№2という大物だった。
 何でも次長は、政敵である官房長が青写真を引いた第九の中に、自分の手駒を投入したいと思っているらしく、自分の忠実な僕である刑事局3課の課長、その部下である彼に白羽の矢が立ったというわけだ。
 仕事内容もさることながら、第九に行けば研究室の様子を逐一報告させられる。おそらく次長は、第九が官房長の名誉を上げることを快く思っていないから、妨害工作まがいのことも強要されるかもしれない。
 そんな、刑事の仕事から逸脱した真似はしたくない。

「行きたくねえなあ。警察辞めて、田舎に帰ろうかな」
「またまた、思ってもないくせに。物ごころ付いたころから俺たち、警官になろうって決めてただろ。俺たちの中には警官の血が流れてるんだよ。俺もおまえも、生まれたときから刑事で、死ぬまで刑事だ」
「どっかのドラマで言ってたな、そのセリフ」
 現職の警察官のクセに、嘘っぱちばかりの刑事ドラマが大好きな友人は、彼の突っ込みに憤慨してムッと唇を尖らせた。
「可愛くないね、おまえは。素直に感動しとけよ」
 彼は肩を揺すってくすくす笑い、心の中で友人に感謝した。彼女を亡くしてからの3ヶ月、こんな風に笑えたことなどなかった。まだ笑い方を覚えていたのだ、教えてくれてありがとう、と礼を言いたかった。

「そうだ。田舎に帰るって言えばさ」
 友人はポンと手を叩き、思い出したように話題を変えた。
「うちの部署が公安の下請みたいなことしてるの、知ってるだろ? でさ、公安に木梨って言う同期のやつがいたじゃん。ちょっと時代錯誤なヤツ」
「『命捨てます』の木梨か」
 そうそう、と友人が頷くのを見ながら、木梨という男の顔を思い出す。
 角刈りのいかつい、職務に人生のすべてを捧げている男だった。日本の平和を守るためなら命を投げ出す覚悟があると、公言して憚らない男だった。要するに、変わり者だ。

「あいつ、退職して田舎に帰ったんだって。で、いまは実家の八百屋手伝ってるんだって」
「……客は引くだろうな」
「うん。30m以内に、だーれも近寄ってこないってさ」
 友人のきつい冗談にニヤリと笑って、彼はバーテンに酒のお代わりを注文した。3杯目はストレートは止めて水割りにした。明日の仕事に差し支えては、と思った彼は、そんな自分に少し驚く。
 明日の仕事のことなど、考えたのは久しぶりだ。彼女がいなくなってから、朝が来なければいいと思いながら眠りについていたのだ。

「意外だよなあ。あいつ、絶対に公安に骨埋めると思ってたのに。よっぽど嫌なことあったのかな」
「第九への異動命令とか?」
「それだ、間違いない」
 友人のおかげで軽くなっていく心を、どこか後ろめたく感じながら、彼は最後の水割りを飲み干した。

「今度、からかいに行ってみるか。あいつの実家、どこだっけ?」
「茨城の田舎だって言ってたな。霞ヶ浦の近く」






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破壊のワルツ(6)

 こんにちは~。

 原作の鈴木さんは、瞳も髪も茶色だと思います。
 でも、うちは見た目が青木くんにそっくりで、だからこうなって、という話をいくつも書いちゃってるので、鈴木さんの髪と瞳は真っ黒ということで。 
 ご了承ください。





破壊のワルツ(6)






「素直に謝って、いい子でした」
「……殴るぞ」
 頭の上にポンと置かれた大きな手をわざと邪険に払いのけて、薪はむうっと膨れた。
 眼にありったけの怒りを込めて睨んでやるのに、鈴木はニコニコと笑ったまま。眼力の強さは自他共に認めるところなのに、鈴木にだけはちっとも効かない。だけどそれが、何故か嬉しい。

 薪は苦笑して、親友を見上げる。そこで出会うのは、どんなときも薪の気持ちを和やかにしてくれる彼の黒い瞳。感じるのは、喜びとほんの少しの切なさ。
 鈴木に心を読み取られないように、薪は横を向いてキーボードを叩き始めた。

「まあ、こういうことは鈴木の言う通りにしてれば間違いないから」
 薪は、自分が人から好まれない性格だと知っている。子供の頃からソツが無さ過ぎて可愛げがないと言われ続けてきた。学生の頃には同期の友人ができたが、それも卒業と同時に消えてしまうような希薄なものだった。
 そんな薪にとって、鈴木は初めてできた親友だった。
 ずっと自分の傍にいて欲しいと願い、そんなことが叶わないのは百も承知の上でなお願う。叶わないから終わらせることもできない、永遠の希求。

 鈴木は手近の椅子を引き寄せて、執務机の前に座った。長い足をスマートに組み、山になっている報告書の一番上のファイルに手を伸ばす。
「やけにしおらしいじゃん。さすがに豊村とケンカして凹んだか」
「凹んでなんかいない。この頃なんとなくギクシャクしてたから、逆に膿が出せて良かったと思う」
 報告書の見直しを手伝ってくれる鈴木に、薪はためらいがちに言葉を継いだ。豊村との諍いを経て薪は、ずっと前から思っていたことを彼に話すときが来たと感じていた。

「鈴木。僕、気になってることがあるんだけど」
 うん、と鈴木は報告書を読みながら、軽く頷いて薪に話の続きを促した。薪もタイプを打ちながら、それに応じる。
「豊村が反抗的になったのって、滝沢が来てからじゃないか?」

 鈴木が報告書から目を離し、顔を上げたのが視界の隅に映った。数箇所に付箋を付けた書類を机の上に置いて、彼は組んでいた足を解き、きちんと踵を床につけた。
「あいつ、もしかして豊村のこと焚きつけてるんじゃ」
「薪」
 親友の言葉を遮り、両膝に手を置き、こちらに身を乗り出してくる。薪の横顔をじっと見据えて、
「証拠も無いのに人を疑うのは良くない」
 ……言うと思った。

「滝沢は同じ研究室の仲間、オレたちの味方だ。信じ合えなかったら、一緒に仕事なんかできない」
 鈴木は昔、弁護士志望だっただけあって、本当に悪い人間なんかこの世にいないと思っている。彼の人間関係は、まず相手を信じるところから始まる。自分が相手を信じれば、相手も自分を信用してくれるようになる。薪とは正反対の考え方だ。
 刑事という職業がそうさせるのか、生まれ持った卑しさなのか、薪は他人を完全には信じきれない。いつ裏切るか分からない、自分に牙を向いてくるかもしれない、と考えてしまう。特に、海千山千の課長たちを相手にしているときは、雑談中でも気を抜くことができない。さすがに自分の部下たちにはそこまでの警戒心はないが、それでも幾ばくかの不信は残っている。それがこんなふうに、時折芽を吹くのだ。

 薪が無条件で信じられるのは、鈴木だけ。彼だけは、絶対に自分を裏切らない。

「まあ、今度の休日出勤、いい機会じゃないか。滝沢とも交流を図ってみろよ」
 鈴木がそう言うなら、努力してみようと薪は即座に思う。
 鈴木の意向には滑稽なくらい従順な自分を発見して、悔しいようなうれしいような、不思議な感覚に捕われる。
「ちゃんと話してみろよ。そんなに嫌なやつじゃないから」
「でも、滝沢ってちょっと苦手なんだよな。やたらと触ってくるし。肩とか手とか」

 馴れ馴れしく触れられるのも嫌だが、もっと嫌なのは自分を見る滝沢の目だ。
 ふと気がつくと、滝沢はいつも自分を見ている。彼が自分を見る目は、鈴木や他の部下たちのものとは最初から違っていた。
 心の中まで見透かしてやると言わんばかりの執拗な目つき。指の動き、足の運びからでも相手の心を読んでしまいそうなその鋭さは、なるほど現場の経験を積んだ捜査官ならではのものだったが、捜一で見慣れた眼とはまた種類が違っていた。湿気があるというかジメッとしているというか、まるで冷血動物みたいだ。
 滝沢の視線からは敵意さえ感じられるのに、薪に接するときの態度はフランクで、彼は矛盾だらけだ。薪には彼の気持ちが、今ひとつよく分からなかった。

「さわられるの、嫌なのか?」
「当たり前だろ。男の手なんかゾッとする」
 何気なく言ってしまってから、薪はふと気付いて鈴木の方をちらりと見る。危惧したとおり、彼はついさっき薪の頭を撫でて、邪険に払われた自分の手のひらを深刻な表情で見つめていた。

「……鈴木はトクベツ」
 照れ臭くって、とても彼の顔なんか見られないけれど、本気の嫌悪と受け取られて触れてくれなくなるのはもっと耐え難いから、薪は正直に告白する。
 微笑むわけでもなく頬を赤らめるわけでもない薪の横顔に、鈴木は彼の精一杯の強がりと本音を見つけ、ひょいと椅子から立ち上がった。もう一度彼の頭に手を伸ばして、亜麻色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。

「そーかそーか、薪くんはオレにナデナデしてもらうと嬉しいか」
「ばっ、バカ鈴木っ!!」
 今度こそ薪は、真っ赤になって鈴木の手を振り払った。椅子ごと後ろに下がり、相手を威嚇するように腕を組む。
「鈴木克洋警視、夏のボーナス査定マイナス3。上司への態度悪すぎ」
「げっ、それだけはカンベンしてくれ。結婚式とか、いろいろ金かかるんだよ」
 鈴木が焦ってボーナスの目減りを防ごうとするのに、薪は穏やかに微笑んだ。再び横を向いて書類の作成に戻りつつ、「冗談だよ」と画面に向かって言った。

「式の打合せとか準備とか、これからも何かとあるんだろ。なるべく前もって言ってくれよな。シフト組み直すの面倒だから」
 うん、と頷いて、鈴木も仕事に戻る。見直し途中だった報告書を手に取り、付箋を付けた箇所から先を読み始めた。
「今回のことだって、鈴木がもっと早く婚約のことをオープンにしてたら、起きなくていい騒動だったんだぞ。日取りが決まったとき、僕がミーティングで発表してやるって言ったのに、おまえが嫌がるから」
「だって、恥ずかしいじゃん」
「女子高生か、おまえは」
 薪の気色悪い例えに、ふたりともしばし沈黙して、反射的に脳裏を過ぎった鈴木のセーラー服姿を慌てて頭の中から消去する。親友も長くやっていると、思考経路が似てくるものだ。

「結婚式ならともかく、結納はみんなに言わないのが普通だろ」
 1件目を終え、次の報告書を抜き取って、鈴木はペンを走らせる。『犯行の動機が弱い』と余白に書き込み、再調査の箱に入れた。
「滝沢には話しといたんだけどな。週末のメンテの相棒、変更になるって言ったとき」
 3件目の報告書に付箋を付ける手を止めて、鈴木は言った。
「てっきり、伝わってるかと思ってた」
 一瞬、滝沢は鈴木の立場を悪くするためにわざとそれを豊村たちに告げなかったのかと薪は思ったが、そのさもしい考えは鈴木の高尚な精神に打ち消された。
 さっき鈴木に言われたばかりじゃないか。滝沢は味方だ。

「プライベイトのことだからと思って、遠慮したのかな」
 薪は滝沢の奥床しさを前面に出して、そんな理由をつけた。やろうと思えば好意的な解釈だってできるのだ。考え付くのに、皮肉の3倍くらい時間はかかるが。
「だな。オレが言わないことを自分が言っちゃいけないと思ったのかもしれない。あいつ、あんな顔してけっこう気使うから」
「そうだな」
 もっともらしく頷きながら、薪はちっとも同意できていない自分にがっかりする。持って生まれた性質は、そう簡単には直らないものだ。

 滝沢を仲間として心から信じることができる、鈴木の美しい精神に憧れる。彼と一緒にいることで、自分もその高みに近付けるような気がする。
 例え鈴木が結婚しても。パパになっても。
 自分たちの関係は変わらないと、薪は固く信じていた。





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破壊のワルツ(7)

 こんにちは。
 今日はちょっとだけ、身内のバカ話をしてもいいですか? (興味のない方はスルーでお願いします)

 うちのオットって、本当にバカなんですよ。
 昨日の夜、わたしが4月号の表紙を見てニヤついておりましたら、
「さっきからずーっと見てるけど、そんなにその人がいいの?」
 と訊かれましたので、
「顔も身体もポーズも最高。 目の前にいたら襲う」
 と、正直に答えましたら。

 彼はおもむろにベッドに横たわり、
 薪さんと同じポーズを……  眩暈がしました。


 でもですね、
 オットは薪さんほど足が長くないので、 膝頭が二の腕に届かない のですよ。
 で、一生懸命に左膝を右腕に近付けようと足を上げて、そうすると自然に下の方が引っ張られて、結果、ズボンのお尻がぱっつんぱっつんに。
 大爆笑でございました。
 

 笑い転げるわたしに、オットいわく、
「その人だって、見えないところではこうなってるよ」
 …………。

 やっぱりあれは、薪さんご自身の左膝じゃなくて、ジャケットもしくは青木さんの(←限定) 足だったのでしょうか?
 みなさん、どう思われます?





破壊のワルツ(7)






『おかしいんだ、滝沢』

 受話器から流れる友人の声を聞いたとき、彼は友人が執務時間に電話してきたことに、まず驚いた。
 彼は自分が現在、MRIシステム習得のための研修中であることを知っている。だから、電話は必ず昼休みか定時過ぎ、どうしても話したいときにはメールに『電話をくれ』とメッセージを残していたのに。
 余程のことがあったのだと思った。自分が研修機関に缶詰になっていることを忘れるくらい衝撃的な何かがあって、それで矢も盾もたまらず電話をしてきた。
 彼は大きな事件を予感し、研修室から廊下に出て、そのまま歩いて庁舎の外に出た。

『出張で茨城に来たから、ついでだと思って木梨の実家に寄ったんだ』
「おう。木梨、元気だったか?」
 予想と違う答えに、彼は少々肩透かしを食いながらも応えを返した。
 てっきり大きなヤマをつかんだのだと思ったのに、さほど付き合いも無かった旧友に会いに行っていただけとは。しかも、それを仕事中にわざわざ電話で知らせてくるなんて。

『木梨はいなかった』
 せっかく会いに行ったのに、顔を見られなかったのが不満だったのか。それでわざわざ電話?
「そうか、残念だったな。また機会があるだろう」
 まあいいか、と彼は肩の力を抜き、中庭のベンチに腰を下ろした。

 2月に第九に異動になって半年、彼に義務付けられた研修のうちの講義部門はとっくに終了した。あとはMRI捜査の模擬訓練だけなのだが、これがどうにも憂鬱だ。システムの操作はやたらと難しいし、もともと部屋に閉じこもって作業するのは不得手なのだ。
 それに、この訓練で及第点を取ったら、第九に行かなくてはいけない。いつまでも引き伸ばせるとは思わないが、なるべく遅いほうがいい。研修室を抜けられるなら、どんなつまらない用事でも大歓迎だ。
 昔のように、職務に身を投じる気持ちは彼にはない。彼女を失った痛手は、彼の人生のすべてを虚しい色に塗り替えた。眼に映るものすべてが薄い灰色に見える、そんな日常を彼は送っていたのだ。

『ご両親は、木梨はまだ警察に勤めてるって思ってる。でも、木梨は確かに退職している。おまえも見ただろ?』
 友人に言われて、彼は友人と2人で人事課のデータベースで木梨のことを調べたことを思い出した。木梨の名前は退職者リストに載っていて、データはすでに抹消済みだった。仕方なく、実家の住所は大学の同期生名簿で調べたのだ。
「警察辞めたことを言い辛くて、実家に帰ってないとか」
『でも、ヘンなんだ。ご両親のところに、木梨から毎月手紙が届いてるんだ。警察で元気に仕事をしてるって』
「だからそれは、木梨が書いて」
『消印が、警視庁内の郵便局なんだ』
 その言葉に、彼の頭脳の一部分がピクリと反応した。刑事という生き物は、嘘に敏感だ。それは捜査官の本能であり、友人の言葉を借りれば刑事の血というやつだ。

『おかしいだろ。百歩譲って木梨が毎月警視庁に手紙を持ってきてるとしても、退職してから7,8通は届いてる。だったら噂になってもいいはずだ。あの有名人に、誰も気付かないなんて不自然だ』
「誰かに頼んでるとか」
『あいつにそんな友人がいたか? てか、そこまでして隠すか、普通』
 木梨の行動の不自然さは、彼も認めていた。しかし、ひとには事情と言うものがある。どうしてそこまでして自分の両親に退職の事実を隠さなければいけないのかは分からないが、木梨にも考えがあってのことだろうと彼は思った。

『それと、手紙を見せてもらったんだけど。ワープロ打ちなんだ』
 またもや彼の中の血が、ぴくぴくとざわめく。
 両親宛の手紙をワープロ打ちで?業務連絡ではあるまいし、親しい人への手紙をワープロで打つなんて、どちらかというと右翼的な考えを持つ彼が、そんな真似をするだろうか。
『そうなんだ、以前の手紙は全部手書きだった。それが、退職を境に活字に変わった。文面も何だか素っ気無くなったし』
 彼は直ぐに手紙の変化を説明できる理由を2,3考えて、(例えば利き手に怪我をしているとか)しかしどれもしっくりせず、友人の言葉を待った。
『実は、ご両親もおかしいって薄々思ってて、それで俺に手紙を見せてくれたんだ。それでさ』
 友人は言葉を切り、しばしの間沈黙した。彼が辛抱強く待っていると、やがて友人のためらうような声が聞こえてきた。

『息子は本当に生きてるんですか、って聞かれた』

 彼はハッと息を呑んだ。
 図らずもそれは、彼が一番に思いつき、飛躍しすぎだと即座に打ち消した疑惑だった。

 肉親の勘というのはバカにできない。長い間刑事をやっていると、いくら探しても見つからなかった死体の在り処を被害者の母親が夢に見て、などとオカルトのような事件にも遭遇したりする。それは極端な例だが、行方不明になった子供がいたとして、その親、特に母親たちが、自分の子供の生死をかなりの確率で予見することも事実だ。
『なあ、滝沢。もしかしてさ、木梨って本当は死んでて、それを何らかの理由で公安が隠してるんじゃ』
「まさか。死んだ理由を隠すのはよくあることだけど、死んだこと自体を隠すことは無いだろう」
 公安の中でもスパイ活動を行なっている職員が殉職した場合は、家族にも本当の死因は教えない。彼らの本当の職務は家族にも秘密だからだ。だから、銃で撃たれたとしてもその銃創を隠し、偽の死亡診断書を付け、交通事故で死んだことにする。それでも、遺族に遺体を返さないなんてことはしない。
 だいたい、木梨はスパイではない。本当のスパイは、毎日公安に出勤してこない。殆どが一般の企業に勤めて、偽りの名前と履歴書の下で職務を遂行しているのだ。

『だから余計に気になってさ。俺、ちょっと調べてみようと思うんだ』
「まあ聞けよ、西野。俺の推理はこうだ。木梨は何か、とてつもない失敗をやらかして、警察を免職になったんだ。それで両親に顔向けできなくて、実家にも戻れず、手紙で嘘を吐き続けている。手紙が機械打ちになったのは、大失敗のときに右手に怪我をしてだな」
 彼はこの、事件と呼ぶにはまだあまりにも些細な出来事の裏側にきな臭い匂いを感じ取って、友人の勇み足を止めるべく、思いつきの推理を喋った。その饒舌さは、普段口数が少ない彼が、どれ程の不安に駆られていたのかを物語るものだった。

『失敗って、例えばどんな』
「そうだなあ。組対5課の課長補佐の奥さんに手を出したとか」
『で、小指どころか手首ごと詰められたってか?』
 組対5課の課長補佐は脇田といって、コワモテの刑事が多い5課の中でも特に怖い顔をしている。何処からどう見てもヤの付く職業にしか見えない。

『とにかく、あいつがどうして警察を辞めたのか、調べてみるよ。あんなヤツでも一応は同期だろ。万が一、ご両親が心配してるようなことになってたら、骨だけでも届けてやりたいじゃないか』
 やさしくて面倒見の良い友人らしい言葉に、彼は苦笑した。
 ああ見えて、彼は頑固だ。自分が止めておけと忠告したくらいで、考え直すとも思えない。何よりも、彼は生まれたときからの刑事。真実の追究は、血の為せる業だ。

「慎重にやれよ。公安は秘密主義だからな。つつかれて良い顔はしないぞ」
『分かってる。まあ、おまえの言うとおり、何処かに女とシケ込んでるっていうオチかもしれない。そしたら二人で冷やかしに行ってやろうぜ』
 ああ、と笑って、彼は電話を切った。

 彼の友人が死体で発見されたのは、それから2週間後のことだった。




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破壊のワルツ(8)

破壊のワルツ(8)





 モニターに流れる膨大な英数字を眺めていた薪の前に、大きな人影が差した。気付いて、右手の机に積まれたファイルを取る。
「早いな、滝沢」
 部下の仕事をさりげなく褒めてやって、薪はファイルを広げ、中身をざっと確かめた。

 土曜日の休日出勤は新人の滝沢と2人きりで、始めは少し気が重かった。言葉にできるほど明確な理由があるわけでもないのだが、何となく彼のことは苦手だった。
 やたらと身体に触れてくるのも嫌だった。だからもし、彼が今日もそうしてくるようだったら、スキンシップは嫌いだから触らないで欲しい、とハッキリ言うつもりでいたのだが、2人きりになったら逆に遠ざかって、必要なとき以外は近付いてもこなかった。

「次はこれを頼む」
 ファイルを差し出して相手の顔を見ると、いつも新人とは思えないくらい落ち着いている滝沢の顔が、心なしか青い。トラブルの予感がして、薪は眉根を寄せた。
「どうした?」
「すみません、室長。データを破損してしまいました」
 うなだれて報告する滝沢に、薪は心のどこかでホッとしている自分に気付く。滝沢の業務習得能力は、これまでに薪が指導に当たった部下の誰よりも優れていた。捜査官としての能力も十二分にあった彼は、実際の捜査において第九の先輩たちを牛蒡抜きにし、結果1人の職員が本人の希望で辞めていった。
 出来過ぎの新人。良い人材を手に入れたと鈴木は単純に喜んでいたが、薪は鋭すぎる滝沢の仕事振りに、薄ら寒いものを感じていた。
 そんな彼でも、ミスはするのだ。ミスをしたことを気にしてか、普段は使わない敬語を使ったりして、かわいいところもあるじゃないか。

「どれ。見せてみろ」
 滝沢のモニターを見ると、画面に映っている報告書の写真の部分が黒く染まっていた。データを写そうとしている途中で、バグが起こったらしい。それに気付かず、元データの方を消去してしまった。これはもう、当該事件の報告書ファイルからスキャンして貼り付けるしかない。
「事件の日付は7ヶ月前か。千葉まで行くしかないな」
 当初、科学警察研究所が建てられていた場所は、現在では書類庫になっている。報告書等、紙ベースの書類は3ヶ月単位でそこに送られ、係員によって整理保管される。

「申し訳ない。月曜日、書類庫に行ってファイルを探してくる」
「書類庫の鍵なら僕が持ってる。これから行って、取ってくる。おまえは次のデータを」
「俺のミスだ。俺が行く」
 凄むような口振りに、薪は思わず怯んだ。
 現場に出ていた刑事なら、それ相応の怖さを身につけていて当たり前だが、滝沢のは捜一の先輩たちとは種類が違うような気がした。犯人を威嚇するための単純な怖さではなく、底の見えない闇のような恐ろしさを含んだ凄みだった。

「鍵を」
 ぬっと突き出された手に、びくりと身体が震えるのを理性で押し留める。自分は室長だ。部下に舐められてはいけない。

「悪いが滝沢。鍵は室長以外が使ってはいけないことになっている。どうしてもと言うなら、一緒に来い」
 椅子に座った滝沢を上から睨みつけるようにして、薪は彼の申し出を拒絶した。二人の間の空気は瞬く間に険悪なものになり、重い沈黙がモニタールームを包んだ。

「わかった」
 緊迫した空気を破って、滝沢が折れた。
 簡単に机の上を整理して、出かける用意をする。第九が無人になることを考えて、一旦は書類を保管庫にしまい、セキュリティも掛けて行くことにした。

 外に出ると、むっと暑かった。
 5月も、あと3日ほどで終わる。梅雨入り前のこの時期は、異常に暑かったり寒かったりで、気候が安定しない。
 滝沢が運転する車の後部座席で、薪は黙って外を見ていた。車窓に流れる風景は既に夏のそれで、道行く人々は揃って半袖を着ていた。国際会議で何度話し合っても、温暖化は進む一方だ。昨夜も暑かった。5月にクーラーがないと眠れないなんて、2062年に地球が終わるという伝説は本当じゃないかと疑いたくなる。

 薪、と呼びかけられて、前方に視線を戻した。運転席の滝沢の顔が見えるわけではないが、話かけられればそちらを見るのが普通だ。
「もしも、これが鈴木なら。鍵を渡したか?」
 先刻のモニタールームの一件を蒸し返されて、薪はいたく気分を害する。滝沢の粘り強い性格は捜査のときは長所だが、それ以外ではただの粘着気質だ。
「意味の無い仮定だ。考える気にもならない」
 すげなく滝沢の質問を切り捨てると、薪は再び窓の外に視線を移した。じりじりと焼けるアスファルトに陽炎が立っている。今夜も暑くなりそうだ。

「きちんと回答しないなら、渡すと解釈するが」
 自分が終わらせたつもりの会話を続けようとする滝沢に、薪は腹立ちを感じる。
 滝沢の質問の意図はよく解らないが、あまり良い印象は受けない。鈴木のことだけは特別扱いをするのだろう、と尋ねられているとしか思えない。
「もしも鈴木なら、こんなミスはしない。ちゃんとバックアップ後のデータを確認してから元データの消去を行う。だから、鍵が必要な状況にはならない。これでいいか?」
 薪が厳しい口調で言うと、滝沢は無言になった。薪から見えるのは、きれいに撫で付けられた彼の後頭部の一部分だけだったが、何故か異様に腹が立った。自分の胸のうちを見透かされて嘲笑われている、そんな気がした。

「この時間だと、今日は書類を取ってくるだけで精一杯だな」
 わざとらしく腕時計を確認して、薪はこれからの予定を告げた。滝沢がルームミラーでこちらの様子を伺っていることは先刻承知だ。だからずっと外を見ていたのだ。
「ファイルを見つけたら、僕は千葉から直帰する。電車で帰るから送らなくていい。おまえは書類を第九まで持って行け。キャビネットに保管したら帰っていい。残りは明日だ」
 不愉快だ。帰りは一緒の車で帰りたくない。

 つまらない感情で発した一言が、この後自分に降りかかる災厄の種になろうとは、その時の薪には想像もつかなかった。



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破壊のワルツ(9)

破壊のワルツ(9)





 公休日の書類庫は無人で、警備システムだけが黙々と仕事をしていた。入口にあるカードリーダーにIDを通し、建物の中に入ると、薪は滝沢の先に立って歩き始めた。
 空調の止まった建物は、蒸れた空気に包まれていた。二人は上着を脱ぎ、片手に持って廊下を歩いた。暑くて不快だが、書類を見つけるまでの我慢だ。冷房が建物全体に回る頃には、こちらは帰りの電車の中だ。

 建物の中に部屋はいくつもあるが、第九が保管庫として使っているのは地下の一室だ。元々、研究所の重要書類や現金を保管しておくための金庫だったところらしい。
 重犯罪の調書はそのすべてが署外に流失してはならないものだが、中でも第九の書類は特秘扱いだ。常にプライバシー問題を抱えるこの研究室から発祥したものは、メモ一枚でも世間に洩れてはならない。鉄壁の防御力を持ったこの部屋が第九に割り当てられたのは、当然の配慮と言えた。

「けっこう歩くんだな」
 2歩後ろを歩きながら、滝沢が独り言のように言った。
「薪に一緒に来てもらってよかった。俺一人では、迷ったかもしれん」
 滝沢は、この建物は初めてだ。月曜日で管理人が出勤していれば案内を請うこともできたかもしれないが、今日は休日。彼ひとりでは、どの部屋が目当ての部屋かも分からなかっただろう。

「迷路の類は苦手でな。昔、巨大迷路とか言うのが流行っただろう? 行ったことあるか?」
「ああ」
 そのアトラクションは知っている。薪も、鈴木と雪子と3人で遊びに行ったことがある。お喋りをしながら先の見えない通路をそぞろ歩き、行き止まりに当たったり元の場所に戻ってしまったり、みんなで迷子になる感覚を味わうのは大人でも楽しい。

「俺はいつもびりっけつだった。よく連れに怒られたよ」
「そうなのか?」
 エントリーすると、他の客とタイムを競うゲームができる。
 薪たちの作戦はこうだ。
 背の高い鈴木が角の櫓に登って指示を出し、薪が道を完璧に暗記してから鈴木を迎えに櫓まで走る。雪子は最終兵器で、タイムオーバーになりそうなときに壁をぶち破る係だった。もちろん、最終兵器を発動した時点で薪たちの失格は確定するわけだが、それがルールを知った上での冗談だったのか、遊びの常識に疎い薪が本気で提案したのかは、彼ら3人だけの秘密だ。

「おまえが迷子とはね」
 滝沢の昔話に、薪は少しだけ頬を緩める。
 友人と一緒にアトラクションを楽しむ、そんな時代がこの男にもあったのだ。若い頃の滝沢を想像して、その彼が行き止まりの壁に当たって焦っている様子を思い浮かべる。が、どうしても滝沢の幼い姿が上手くイメージできず、無理にその作業を進めた結果、薪の脳内には滝沢が蝶ネクタイに半ズボンの七五三セットを着こなしている姿が。

「ぶふっ! ゴホッ、ゴホッ!!」
「……おまえ、とんでもないものを想像してるだろう」
 今だけは自分の豊かな想像力を恨み、必死で頭の中の画像を打ち消すと、薪はゴホンと咳払いをして気持ちを切り替えた。

「おまえにも、子供の頃があったんだな」
「当然だ。まあ、巨大迷路はガキの頃に行ったわけじゃないんだが」
「まさかと思うが、彼女とか?」
「まあな」
「おまえ、彼女いるのか!?」
 こともなげに答えられて、薪は軽いパニックに陥る。この自分が10年以上も男女交際から遠ざかっているのに、どうしてコイツが!?
 現在の薪には、女の子の友だちと言えば大学からの友人の雪子くらい。でも彼女は親友の恋人で、そういう対象にはなり得ない。捜一時代に仲良くなったキャバクラの女の子たちとは疎遠になってしまったし、歌舞伎町のお風呂屋さんのヒトミちゃんとはもっとご無沙汰だ。
 
 あれだけの数のラブレターが舞い込むのに、どうして直接アタックしてくる娘がいないのか周りの人間には不思議がられるのだが、どうも自分は観賞用にされているらしい。薪が受け取るラブレターには、
「あなたの美しさに魅せられています」(美しさってなんだ、僕は男だ)
「遠くから、いつも見つめています」(それはストーカー行為だ、すぐにやめなさい)
「鈴木さんとお幸せに」(……???)
 と言った意味合いの事が書かれていて、「付き合ってください」という言葉は紙面の何処にもない事が多い。果たしてあれをラブレターと呼んでいいものかどうか。

「胸は何カップだ? 美人か? 何処で知り合った?」
「薪……その質問の順序はどうかと思うぞ、人として」
 そう言えば、昔鈴木にも忠告された気がする。女の子と付き合いたかったら、まず相手の顔より先に胸を見るクセを直さないと無理だとか何とか、ええい、余計なお世話だっ!

「結婚するのか?」
「死んだよ」
 薪は思わず立ち止まった。亜麻色の瞳を小さく引き絞って、滝沢の顔を凝視する。
「飛行機事故でな」
 咄嗟には言葉が出てこなかった。失言を悔やむ気持ちと、大切な人を亡くした男への憐憫が、薪の口を重くした。

「なんて顔をしてるんだ。おまえの恋人じゃないぞ?」
 滝沢は、いつもの尊大な態度と平気な口調を崩さないでくれた。それに感謝して、薪は軽く頭を下げた。
「悪かった。嫌なことを聞いて」
 薪の謝罪に、滝沢は無表情で答えた。
「Fカップだった」
「……うらやましい限りだ」
 ズレた会話を真面目な顔で交わしながら、鈴木が言ったことは正しかったかもしれない、と薪は思った。
 ちゃんと話せば、そんなに嫌なやつじゃない。

 それからは黙って目的の場所へ向かったが、車中のような気まずい雰囲気は生まれなかった。
 帰りは一緒の車で第九へ帰ってもいい、と薪は思い直し、それをどのタイミングで切り出すべきか迷っていた。

 やがてふたりは地下倉庫に着き、扉の前に並んで立った。
 銀行の大型金庫のような重厚な扉に、ダイヤル錠がついている。その扉の向こうには格子に組まれた鉄の扉があり、その鍵は薪が持っている。
 4つの数字と回転数を暗記している薪がダイヤルを回し、重い扉を開いた。上着の内ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み、格子扉を押し開く。
 重い扉を開けると、むっとするような熱い空気が漂ってきた。
 廊下側にあるスイッチを押し、照明を点ける。地下なので窓は無い。閉め切るとこの部屋は、鼻をつままれても分からないくらいの暗闇に包まれる。
 部屋の中にはたくさんの段ボール箱が整然と並んでいた。天井まで届きそうな整理棚は30近くもあり、その半分が埋まっている状態だった。

「7ヶ月前というと、この辺りだと思うが」
 整理棚の間をぐんぐん進み、薪は棚の一角を指差した。箱に、年月と事件名が書いてある。
「ほら、あれだ。脚立が必要だな」
 部屋の奥まで歩いて、壁に立て掛けられていた便利な道具を持って来る。背の低い薪には必需品とも言えるアイテムだ。
「滝沢。上から2段目の、左から5つ目の箱だ」
 滝沢が脚立に登り、逞しい腕で箱を下した。箱の中をざっと見て、薪は目的のファイルを取り出す。同じ箱に入っていたCDを見つけ、薪はこの事件を担当したのが自分の親友だったことを思い出す。
 さすが鈴木。万が一のデータ破損に備えて、予備CDまで用意していたのか。

 誇らしげな気分になって、薪はファイルとCDを手元に残し、箱の蓋を閉じた。
 月曜日、鈴木に会ったら『CDを残しておいてくれて助かった』と礼を言おう。事件の記録を保存するなら、印刷物をスキャンするよりデータの方が良いに決まっている。細部を拡大して見る事が可能だからだ。
 薪は滝沢にファイルとCDを渡し、自分は手ぶらで廊下に出た。部屋の中よりは廊下の方が、空気の動きがある分だけ涼しかった。

「滝沢。行くぞ」
 部屋の中に向かって声を掛け、薪は首を傾げる。
 箱を元の位置に戻し、脚立を片付けて、やることはそれだけのはずなのに、滝沢はなかなか部屋から出てこなかった。いったい中で何をしているのだろう。
「滝沢?」
 蒸し暑い室内に再び足を踏み入れ、薪は部下の姿を探した。先刻の棚を通り過ぎ、2列ほど奥に彼の姿を見つける。

 滝沢は熱心に、箱の外側に書かれた事件名を見ていた。
 そういえば、滝沢は研究室でも自分が入る前に起きた事件のデータを、時間外に見直していた。早く職務に慣れるための自己学習だと言っていたが、資料も見てみたいと考えているのだろうか。
「滝沢。研究熱心なのは認めるが、それは時間に余裕があるとき、いや、せめて空調が動いているときにしてくれ」
 薪が話しかけても、滝沢はこちらを見もしなかった。血走った眼で、一列に並んだ箱を凝視していた。

「あの事件の資料はどこだ?」
 ぞっとするような低い声が響いて、薪は背筋を粟立てた。さっきまでは「話してみるとけっこういいやつ」だった滝沢の心象が、一転して危険を孕む。モニタールームで味わった底知れぬ闇に呑まれそうな感覚がまたもや薪を襲い、薪は全神経を緊張させてそれに耐えた。
「あの事件?」
 彼が見ているのは、2057年の後期、つまり2057年10月から2058年3月までの事件資料が置かれた棚だった。

「いったい」
 何のことだ、と言いかけて、薪はその時期に起きた重大な事件のことを思い出す。
 あの事件の記録はどこにもない。書面もデータも、メモ一枚残さなかった。すべては自分の頭の中に封印したのだ。

「帰るぞ」
「待て、薪」
 引き止める滝沢に、薪は一切の感情を込めず、冷ややかに言い放った。
「真実を求める心は捜査官にとって必要なものだ。でも、過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ」
 刑事と言う職業に身を投じたものなら、誰もが真実と正義を貫きたいと願う。しかし、それを為せないのが現在の警察機構だ。薪も組織の一員として、数々の隠蔽工作に携わってきた。それは決して慣れることはできないが、飲み込まなくてはいけないものだということも分かってきた。

 外に出ようとして、薪は脚立が定位置に戻っていないことに気付いた。広い書類庫の中、箱の壁に遮られて視界が悪いこの部屋で、物を置く場所を定める事がどんなに大切か。次のときに備えて、薪は脚立を元に戻しに行った。
 西側の角に脚立を戻したとき、ガシャンという重い音が聞こえた。
「……えっ?」

 驚いて、薪は入り口に向かって走った。
 内側の格子扉は開いていたが、その向こうの重い金庫扉は完全に閉まっていた。ダイヤルロックが掛けられてしまったのだろう、押してもびくともしない。
「滝沢! ここを開けろ!!」
 廊下にいるはずの部下を大声で呼ぶが、返事もないし、ダイヤルを回す音もしない。おい、ともう一声掛けると、それを合図にしたように部屋の電気がいっぺんに消えた。入り口の外にあるスイッチを切られたのだ。
「ふざけてるのか!?おい、滝沢ッ!!」
 声を限りに叫んだが、扉が開けられることも電灯が点くこともなかった。タールを溶かしたような闇の中、薪は呆然と立ち尽くした。

 閉じ込められた。
 わざと?
 いや、まさか。滝沢は、自分がまだ中にいることに気付かなかっただけだ。脚立を戻しに行ったことを知らず、先に外に出たものと思って閉めてしまったのだろう。

 この扉は、中からは開かない。ダイヤルロックの暗証番号は、薪と所長と倉庫番しか知らない。滝沢が車に戻り、薪の不在に気付いても、直ぐにはここから出られない。
 こちらから連絡を取りたいところだが、地下にあって厚いコンクリートに囲まれているため、携帯電話の電波は届かない。滝沢が迎えに来るのを待つしかない。

「ったく。今日は厄日か」
 薪はその場に座り込んだ。入り口近くの壁にもたれて、だらしなく足を投げ出す。

 しかし、本当の災厄はこれからだった。



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破壊のワルツ(10)

 こんにちは~。

 この章は短いので、次の章も一緒に上げます。
 てか、ひとつの章にすればいいのかな? でも、場面が変わったら、やっぱり章は変えるよね? あ、でも、そうすると読むの面倒?
 てか、この話自体読むのタルイかも、ううーん。

 広いお心でお願いしますっ!(←結局これ)
 




破壊のワルツ(10)





『3日前から続いておりますこの暑さは、東シナ海上に発生した熱帯性低気圧の影響で……』
 カーラジオがニュースを伝えている。昨夜も熱帯夜だったが、今日も暑くなりそうだ。

「手こずっているようだな。彼らの結束は固いと見える」
 運転席に座ったまま、滝沢は後部座席の人物の話を聞いていた。後部座席には黒いフィルムが張ってあり、外部から彼の姿は見えない。
 滝沢が車を停めているTホテルの駐車場には、日曜日ということもあってか、高級車がずらりと停まっていた。その中で国産中級の自分の車は、悪目立ちするような気がした。

「もうちょっとで成果に結びつきそうだったんですけどね。邪魔が入りまして」
「何も大事件を起こせと言ってるわけじゃない。小さな事件でいいんだ。大きいのは逆に困る。こっちまで飛び火しかねない」
「№2の座を守るのも、楽じゃありませんな」
 冷房の効いた車内で、互いの顔を見ないまま、滝沢とその人物は会話を続けた。これは誰にも聞かれてはいけない会話だからだ。

「人権侵害に対する訴訟、職員同士の暴力事件。室長の職務違反なんか特にいいな。あの男が室長を指名したんだからな。直接の打撃になるはずだ」
 №2のクセに、考える事がセコイ。保身を念頭に置くから、思い切った真似ができないのだ。そういう点では、彼の言う『あの男』の方がずっと革新的だ。

 後部座席の男は、本来なら一介の警視である滝沢など、直接口を利くことも許されないほどの上級官僚だ。そんな彼にも悩みはあって、追われるものの苦しみと言うか、つまり、№3の小野田官房長にその地位を脅かされている。2つの権勢の差は徐々に狭まり、来年あたり、2人の上下関係は入れ替わるのではないか、との下馬評まで立っている。

 この噂の根拠には、滝沢の勤める法医第九研究室が深く関わっている。
 第九の設立が計画されたとき、警察庁は画期的な捜査法を支持する設立推進派と、人権問題からの糾弾を恐れた反対派の真っ二つに分かれた。保守派の次長は勿論反対派に回ったが、革新派の小野田は推進派だった。
 小野田派による様々な裏工作や政治的な圧力も加わり、結果的に反対派は押さえ込まれた。新しい施設の建築にIT設備の導入など、巨大な金が動くプロジェクトに大手ゼネコンと代議士が加わったら、その勢いは流れ落ちる滝の如しだ。小野田は自分の妻が大物政治家の娘であるというあからさまな人脈をフルに使って、第九の青写真を描いたのだ。軽蔑すべき男だ、と言うのが次長の理屈だった。

 その第九は発足してから3年足らずで多大な功績を挙げ、何度も長官賞や局長賞を受賞した。自然と小野田官房長の評判は上がる。長官賞授与式の折、「他の誰がやってもここまでの成果は望めなかっただろう」とまで警察庁長官に言わしめた現在の第九室長、その役職に薪を抜擢したのも彼だし、準備室設立の指揮を執ったのも彼だ。
 つまり、第九の手柄は官房長の手柄。第九の評判が上がれば、小野田の地位も上がるというわけだ。

「とにかく、第九がこのまま手柄を上げ続けることは避けなければならない。これ以上、あの男をのさばらすわけには」
 次長側の言い分を聞くと、小野田は政治的裏工作と金にまみれた悪徳官僚のようだが、滝沢の目から見るに、なかなかの人物だと思う。少なくとも、この次長よりは器が大きい。
 やり方はきれいとは言い難いが、きれいごとだけでは大事は為せないのが警察というところだ。きっと、彼には彼なりの正義があって、それを貫くためなら手段は選ばない。そういう人間だけが、此処で生き残っていけるのだ。

 そして。
 自分にも、正義はある。

「お任せください。必ずや次長の期待に応えてみせます。ですから次長も、どうか私との約束をお忘れなきよう」
「ああ。約束は守る。しかし、君も変わった男だな。あんなものに興味があるなんて」
「隠されると知りたくなる。刑事根性ってやつですよ」
「特殊任務に対する報酬が欲しいと言われたときには、機密費からいくら持ち出そうか思案したんだが」
「そちらは十分いただいてます。それに、派手に金を使ったら直ぐに目を付けられてしまうでしょう。使えない金なんて、あっても仕方ないですよ」
 全神経は後部座席の人物との会話に集中しながら、表向きはホテルから出てくる友人を車で待っている男を装って、運転席の窓から人待ち顔で外を眺めていた滝沢は、ホテルの正面玄関から出てきた客の中に、見知った長身を見つけて眉をしかめた。
 黒髪の短髪がよく似合う目鼻立ちのくっきりした美女と、彼女に良く似た年配の女性、それから立派な髭をたくわえた少し頑固そうな男性と4人で出てきた彼は、滝沢が務める研究室の副室長だった。

 彼の婚約者は青森の出身で、結納式のために上京してくると聞いていたが、このホテルに泊まったのか。なぜ娘の家に泊まらなかったのだろう、彼女は自宅マンションを所有していたはずだが、とゴシップ好きの中年女性のような好奇心を覚えて直ぐに、自分には関係のないことだとそれを諌める。

 彼女のことはどうでもいい、それよりも副室長だ。
 新しく家族になる予定の彼女とその両親に囲まれて、幸せいっぱいの彼。今が人生の最高期とばかりに、天真爛漫に笑って。
 大事な親友が、何処でどうなっているか知りもせず。

 知らず知らずのうちに頬に浮かべていた酷薄な笑いを、そうと気付いても消すことができず、滝沢はいっそ楽しげに言った。
「安心してください。次の手は打ってあります」
 
 熱せられたアスファルトから立ち上る暖気が陽炎になって、滝沢の視界を僅かに歪ませている。そのせいか、ホテルの玄関からタクシーに乗り込む4人の姿は、彼らが幸福な未来への準備を着々と進めているにも関わらず、儚い夢のように霞んで見えた。



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破壊のワルツ(11)

 本日、2個目の記事です。
 
 滝沢さんが主役の章だと、何の二次創作だかわからなくなってきますね。(笑)
 あー、萌えない。



破壊のワルツ(11)




 滝沢の友人は事故死だった。
 地方の、外灯の少ない夜の道端を歩いていて、トラックに跳ねられた。死体は何日も発見されなかった。土手の下に転がり、背の高い草が彼の死体を隠したのが原因だった。
 どうして彼がそんな場所で事故に遭ったのか、彼の同僚は皆不思議がったが、滝沢にだけは分かっていた。
 あそこは木梨の実家の近くだ。友人は、彼のことを調べていたのだ。

 友人が死ぬ前にしていた調査を、滝沢は引き継ごうと思った。そのことは誰にも言わなかった。滝沢は彼のように、本気で公安の隠蔽を疑っていたわけではなかったが、それでも刑事が最後に調べ残した仕事だ。完璧に調査して、墓前に報告してやりたかった。
 この研修が終わったら、思うように時間が取れないかもしれない。ならば、チャンスは今だ。

 官房長の後ろ盾で創られた第九は、様々な面で優遇を受けている。この、MRI捜査の技術習得のためだけに用意された研修施設もそのひとつだ。
 第九への異動を命じられた職員は、全員ここで規定の研修を受け、ノルマを達成しなければ第九に入ることはできない。彼らに与えられる期間は、3ヶ月から半年。3ヶ月までは全額、残る3ヶ月は6割の給与が支給される仕組みになっている。つまり、3ヶ月でMRIシステムを攻略しろ、と暗に命じているのだ。
 半年を超えると、人事部から打診が来る。そして3つの選択を強いられる。さっさと研修をクリアして第九へ行くか、他の部署に行って閑職に就くか、給与7割カットで研修を続けるかだ。
 滝沢が最初に狙っていたのは2番目の選択肢だったが、調査のためには3番目の選択がベストだった。1月もあれば充分だ。調べ物が終わったら、自分から人事部へ他部署に回してもらえるように申し出よう。

 友人を跳ねたトラックの運転手は、なかなか捕まらなかった。死体発見までに時間が経ちすぎて、雨風で証拠が流されてしまったことも、捜査を難航させる一因になっていた。
 管轄外の仕事にイライラしながらも事件の解決を待っていた滝沢に、やがて信じられない情報が入ってきた。
 ひき逃げ事件の調査は、打ち切りになった。捜査本部が設立されてから、1月も経っていなかった。
 ありえないと思った。彼は警察官だ、いわばこれは身内の仇討ち。面子を重んじる警察が、たった1ヶ月で事故とはいえ身内を殺めた犯人逮捕を諦めるなんて。
 しかし、部外者の滝沢に捜査に口を挟む権利は無かった。せめてもと思い、所轄にいた友人に頼んで捜査報告書を閲覧させてもらった。

 その内容の薄さに、滝沢は戦慄した。
 捜査報告書の紙面から伝わってくる、この希薄さはなんだ。一応の体裁は繕ってあるものの、捜査とは名ばかり。事情聴取した運送会社の名簿がつけてあるだけで、いつ、その会社の誰に話を聞いたのかも記載されていない。ただ名簿の下に一行、上記の会社に当該トラックは無し、と書き込まれているだけだった。これなら庶務課の女の子にも作れる。
 現場の写真も2枚しか綴じられていない。死体の検死報告書にいたっては、法医学教室で保存、と来た。

 これはさすがにおかしい、と思った。
 滝沢は所轄に勤めたことが無いから分からないだけかもしれないが、人が死んでいるのだ。こんな報告書で上が納得するわけがない。

 嫌な予感に駆られた滝沢は、木梨のことは余程慎重に動いたほうがいい、と考え直した。もしかしたら友人は、本当にでかいヤマに当たったのかもしれない。

 表向きはエリート集団第九への勤務に執着する振りで研修を続けながら、滝沢は自分のネットワークを使って、こっそりと木梨のことを調べ上げた。
 同期生や元部下たちが教えてくれたことによると、彼は評判どおり、いや、それ以上の男だった。国家を守るためなら、自分の命は惜しくない。また、国民はすべてそうあるべきとの極論の持ち主でもあった。
 彼は公安第2課の所属だったが、本人は外事3課に行きたがっていたと言う。外事3課は外国人によるテロ事件を主に扱う部署だ。彼の愛国心は、諸外国から日本を守るという思想の元に形作られたものだったらしい。

 そして彼が2057年11月の末、休暇を取っていたことを知ったとき。
 行きつけのバーで友人と交わした冗談が、滝沢の脳裏に甦った。

『あの飛行機には、テログループのリーダーが乗ってたんだ。そいつを抹殺するために、政府が乗客ごと飛行機を落としたんだよ』

 あの飛行機に、本当にテログループのリーダーが乗り合わせていたとしたら?
 国家組織ならそんなバカな真似はしない、だけど、妄信的な愛国心に囚われた男がそこに居合わせたら? 国の安泰のためには国民の犠牲はやむを得ないと公言する愚か者が、彼の信じる崇高な考えを行動に移すこともありえるのではないか。

『仕事一筋だった木梨が休暇を取るなんて、赤い雪が降るって騒ぎになったそうですよ。それも、えらく急だったそうで。その後すぐに退職して……』
 滝沢の突拍子もない仮説を後押しするように、木梨の退職前後の状況を教えてくれた元部下の言葉が、耳の中で木霊する。
『そういえば、休暇明けの木梨を見たってひと、いないなあ』

 突然の休暇取得。
 不可解な飛行機事故。
 帰ってこない息子。
 そして、彼を調べている最中に事故に遭った友人。

「……バカバカしい。俺こそ、スパイ映画の観すぎだ」
 何度も何度も否定しながら、滝沢の考えはそこに行き着く。

 もしも木梨がテロリスト抹殺のために乗客を道連れに死を選んだとしたら、それを知った公安は―――――。
 絶対に隠す。木梨は公安の正式な職員だ。その彼がそんな大事件を起こしたとしたら、前代未聞の不祥事だ。政府にも上層部にも、その強力なコネクションをフルに使って事件の隠蔽を強要するだろう。公安はその職務柄、取引材料には事欠かないはずだ。

 そこまで考えて、滝沢は大きくかぶりを振った。
 ありえない、いくら何でもそんなことはありえない。この妄想を消す手立てはないものか。

 滝沢は頭を抱えた。一番簡単なのは、墜落した飛行機の乗客名簿を調べることだ。その飛行機に木梨が乗っていなかったことが証明されれば、このくだらない妄想も消える。しかし、政府ぐるみの隠蔽工作がなされているとすれば、関係書類は確実に隠滅されて……。

 いや、ある。
 公安にも政府にも、予想外のことが起きたではないか。
 飛行機事故の、たった一人の生き残り。他の乗客を食べて生き残ったと今際の際に告白した、かの乗客の脳。それを調べた第九には、捜査資料が残っているはず。

 滝沢は決心した。
 くだらない権力争いに巻き込まれるのは真っ平だと思っていたが、これは運命かもしれない。あるいは、彼女が自分を導いているのかも。

 研修生に割り当てられてた狭い私室で、滝沢は机の引き出しから写真ケースを取り出した。左右に開くと、左手に若い女性。右に若い男性が映っていた。
「ゆかり……西野……」
 滝沢の呟きは、一人きりの部屋の中にひっそりと吸込まれ、空気に混じりこんで再び滝沢の中に返って来た。

 俺は、生きる意味を見つけた。

 次の日から、熱心にMRIシステムに向かう滝沢の姿があった。



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破壊のワルツ(12)

 滝沢さんのシーンが続くと、重くてむさくて、みぎゃーっっ、て叫びたくなりません?
 今回はサービスショットです、萌えてください♪




破壊のワルツ(12)






 リノリウムの床に延べられた段ボール箱の上で、薪は暑さに喘いでいた。
 携帯のフラップを開けて時刻を確認する。日曜日の午後1時。ここに閉じ込められて、20時間になる。

「くっそ、滝沢のやつ。オボエテロ……」
 自分を置き去りにした部下の名前で気力を出す方法も、そろそろ限界に近かった。飢えと渇きと、何よりもこの暑さは拷問だ。捜一にいた頃は現場に出ていたから、自然と暑さ寒さにも鍛えられたが、部署が替わってからはロクに陽にも当たらない生活になっていた。筋肉は落ちたし、体力も衰えた。あの頃と変わらないのは、事件解決に対する熱意と負けん気だけだ。

「ヤバイ。マジで眼、回ってきた」
 いくらなんでも夜のうちにはここから出られるだろうと、最初は思っていた。しかし、いくら待っても誰も来なかった。仕方なく、携帯の灯りを頼りに書類保存箱の予備を引っ張ってきて床に敷き、昨夜はその上に寝たのだ。

 暑くてひもじくて、ダンボールの寝床は耐え難いほど固くて、でもまあ明日には絶対に助けが来るだろうし、一晩くらいホームレスの真似事をしてみるのも話のタネになるかもしれない、などと呑気に考えたのも束の間。床面に接している部分が痛くて同じ体勢を取り続けることが辛く、とても眠れたものではない。加えてこの暑さ。
 耐え切れず起き上がり、家が無いすなわち屋外、ということはプラス雨風。なんて逞しいんだホームレス、僕には無理だ、これなら刑務所の方が空調が効いている分マシだ。質素とはいえ食事も出るし。リストラの憂き目にあって路上生活を余儀なくされている彼らより、刑務所の犯罪者の方がいい暮らしをしてるなんて、なにか間違ってる。
 ここを出たら警察をクビにならないように一生懸命仕事をしよう、と保身的な答えを導き出した薪は、膝を抱えたり横になったりを繰り返しながら、夜が明けるのをひたすら待った。

 その時点では、滝沢は自分がここにいることに気付いていないのだろうと薪は思っていた。
『千葉から電車で直帰する』
 行きの車中の会話で、滝沢は薪が先に帰ったと思い込んだのだ。上司が電車を使うと言えば駅まで車で送り届けるのが普通だが、ここから駅までは歩いても5分くらいだし。後部座席には鞄が置いてあったのだが、車上荒し対策のため、座席の下に隠してきたから見えなかったのだろう。
 いずれにせよ明日、薪が出勤して来ないとなれば、滝沢は必ず薪に連絡を取ろうとするだろう。携帯がつながらなければ自宅、それもだめならこの上着につけた発信機が薪の居場所を教えてくれるはず。そうしたら、すぐに助けが来る。
 出勤は定時の8時。遅くとも9時までには行動を起こすだろう。所長に連絡して、倉庫番に出てきてもらって、10時前後には出られる。それまでの我慢だ。

 しかし、薪が想像した救出劇は、その開演時刻を大幅に遅らせていた。
 携帯電話の時刻表示が、一日のうちでもっとも気温が高い午後2時を示している。薪はダンボールの上に横になって、身体は痛いが、もう起き上がることもできない。
 
 どうして滝沢がここに来ないのか、薪にはさっぱり分からなかった。
 もう午後だ。何故、助けに来ない?
 まさか、僕がここにいることに気付かないわけじゃあるまい。倉庫番を呼び出すのに手間取っているのか?

 空腹は感じないが、猛烈な喉の渇きを覚える。頭がぼうっとして、考えがまとまらない。とにかく暑かった。
 上着はとっくに脱いで、ネクタイも外してワイシャツもボタン全開の有様だったが、いっそズボンも脱いでしまいたいくらいだ。でも、それをするとパンツ1丁の情けない姿で発見されたりして、下手をしたらマスコミにリークされるかもしれない、それはいやだ。

 それから1時間後、背に腹は替えられない、もとい、暑さには勝てない。みっともなくてもいいから脱ごう、と思ったときには、既に手が動かない状態だった。
 身体に力が入らない。完全な脱水症状だ。
 全身が細かく痙攣している。こんなに暑いのに、震えているなんて笑える。頭はガンガンするし、吐き気もする。わずか数%の水分が体内から失われただけで、人間の身体は簡単に壊れる。

 やっとの思いで携帯を開くと、時刻は3時過ぎ。霞んだ瞳の中に、鈴木の笑顔が見えた。

 3時からだと言っていたな、結納式。
 それを薪に告げたときの、鈴木の照れたような笑い顔が闇の中に浮かぶ。それから薪に冷やかされて、あわてた顔、困惑した顔、でも最後にはとびきりの笑顔。

 どうしよう、これ、もしかすると人生の走馬灯ってやつかもしれない。僕の人生、90%は鈴木が占めてるから。
 鈴木の顔が見える。すごく幸せそうに笑ってる。
 向かいの席に雪子の姿がある。えらくめかし込んで、澄まして座っている。その隣には、年配の夫婦。よく見たら鈴木の隣にも、塔子さんとおじさんが座っている。
 どうして鈴木と雪子さんの結納式の様子が見えるのだろう。もしかしたら僕は死んでしまって、魂だけになって鈴木に会いに来たのだろうか。

 結婚の約束を固いものにした二組の家族は、楽しげに歓談し、互いの絆を深め合っている。
 鈴木は目の前の雪子に夢中で、姿の見えない薪に気づくことはない。
 それを淋しいと思っても詮無きこと。今に始まったことじゃない、ずっとこうだった。12年前、鈴木に振られてからずっと。

 僕は自分から友人という立場を選んで、でもそれは彼の傍にいたかったから。彼を見ていたかったから。彼に話しかけられたかったから。
 僕は鈴木に出会った19のときから、ずっとずっとずっと――――――。

 細い右手から、携帯電話が転がり落ちた。開いたままの画面から洩れる明かりが、しばらくの間床の上を照らしていた。
 やがてピーッという警告音が充電の必要を知らせたが、それを為すべき主はピクリとも動かなかった。動いたとしても、設備のないこの場所ではどうすることもできず、薪は唯一の明かりを失うことに変わりはなかった。

 真の闇に閉ざされた部屋の中、薪の浅い呼吸音だけが、今にもその動きを止めてしまいそうに、弱々しく響いていた。




*****

 って、これってSしか萌えない展開じゃ?
 すみません、萌えたのは書いてるわたしだけだったみたいです。 ごめんなさい。


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破壊のワルツ(13)

破壊のワルツ(13)




 やたらと長い病院の廊下を、鈴木は風のように走っていた。
 すれ違いざま、何人かの看護師に「走らないでください」と注意を受けたが、すべて無視した。耳に入らなかったと言ったほうが正しいかもしれない。

 所長から聞いた病室の番号を確認し、引き戸を開ける。
 それほど広くはないが一応個室で、最低限のものは揃っている。ベッド周りをカーテンに遮られて目当ての人物の姿は見えないが、小型のハンガーラックに掛けられた仕立ての良いスーツは間違いなく彼のものだ。
 鈴木は持ってきた荷物を床に投げ出すように降ろし、カーテンに手を掛けた。着替えや日用品をキャビネットに片付けるのは後だ。まずは彼の無事を確認しないと。

 カーテンを開いて、鈴木はその場に固まった。
 ベッドに仰向けになり、細い右腕には点滴の管を刺された親友の、顔の上に男が覆いかぶさっている。男の唇はぴったりと薪の唇をふさぎ、男の舌は薪の口中を蹂躙しているように見えた。

「何やってんだ、おまえっ!」
 自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。ここが病院だということは、完全に忘れ去っていた。
 意識のない薪はともかく、男のほうは鈴木の存在に気付いているはずなのに、一向に離れようとしない。鈴木は目の前が真っ赤になるくらい憤って男の肩をつかみ、力任せに薪から引き剥がした。
「おまえ、薪になんてことっ……!」
「ちょ、鈴木。誤解だ」
 相手が何か言ったような気がしたが、鈴木の凶悪な衝動は止まらなかった。あまりに怒りが大きすぎて、鈴木はそれを表に出すことも敵わなかった。殆ど無表情のまま、鈴木は男の胸倉をつかみ、拳を振り上げた。

「何の騒ぎですか? ここは病院ですよ!」
 騒ぎを聞きつけた看護師の叱責で、鈴木は我に返った。
 気付いてみれば、彼は自分の部下を殴ろうとしていた。副室長の立場から部下にそんなことをすれば、懲罰ものだ。もう少しで室長の薪に迷惑を掛けてしまうところだった。

 滝沢の襟元から手を離して、鈴木はベッドに寄った。
 青白い顔で眠っている薪の口元から、水が零れていた。サイドボードに置かれたハンドタオルでそれを拭ってやり、鈴木は息を詰めて彼を見守った。
 脱水によっていくらか腫れぼったくなった唇以外は、いつものきれいな彼だった。その薄い胸が規則正しく上下していることと、静かな寝息が聞こえることに安堵を覚え、鈴木はようやく詰めていた息を吐き出した。

「医者に言われたんだ。30分ごとに、少しずつ水を飲ませるようにって」
 後ろから滝沢が、弁解がましく言った。
「意識がないんだから、他に飲ませようがないだろう?」
 右手に、ペットボトルに入ったイオン飲料を持っている。さっきは頭に血が上って、彼がそれを持っていることにも気付かなかった。

「あとはオレがやる」
「……婚約者に怒られるんじゃないか?」
「水のみで飲ませるに決まってんだろーが!」
 脱水症状を起こしていると聞いてきたから、着替えと一緒に必要になりそうなものは持ってきた。床に置いた荷物の中から水のみとパジャマ、下着類を取り出して、鈴木はベッドの傍に戻った。

「薪の世話はオレがする。おまえは仕事場に戻れ」
「それはまずいだろう。室長と副室長が、揃って不在というのは問題だ」
 部下に副室長の責務を問われて、鈴木は眉根を寄せた。たしかに、滝沢の言うとおりだ。
 ここは柏市内の病院だ。灼熱の地下倉庫で一昼夜、脱水症を起こしていた薪には迅速な手当てが必要だと、最寄りの病院へ担ぎ込んだ滝沢と倉庫番の判断は正しい。そして、今の滝沢の主張も。霞ヶ関の病院なら電話1本で職場に駆けつけることができるが、ここから第九までは2時間近くかかる。

「何かあってからでは遅い。ここは俺が残ったほうがいい」
 滝沢は、鈴木の手から薪のパジャマを取り上げると、病院の部屋着を着せられている薪の胸元に手を伸ばし、合わせを結んでいる紐を解こうとした。
 咄嗟に、鈴木は滝沢の手をつかんだ。それから、今まで誰にも見せたことのない鋭い目つきになって、
「薪に触るな」
 
 よほど驚いたのだろう、滝沢は声も出せずに目を丸くしていた。自分でも信じられない、抑え切れない衝動が鈴木を動かしていた。
 鈴木は滝沢の手から薪のパジャマを奪い返すと、サイドテーブルの上に置いた。大分汗をかいているようだし、身体を拭いて着替えさせてやりたかったが、滝沢の前でそれをしたくなかった。

「鈴木、薪のことは俺に任せてくれ。元はと言えば俺のせいだし」
 滝沢が薪を地下倉庫に閉じ込めることになってしまった経緯も、所長から聞いた。
 MRIのバックアップ中に誤ってデータを消してしまい、薪と滝沢は柏にある資料倉庫に向かった。倉庫で資料を見つけ、滝沢はそれを持って第九へ戻った。倉庫から出たのは薪の方が先だったし、電車で直帰すると言っていたから、車にいないのも不思議には思わなかった。
 翌日は定時に出勤する予定だったのだが、滝沢は急な発熱に見舞われた。かなりの高熱で、立つことも難しいくらいだった。休ませて欲しいとの連絡を薪の携帯に入れたが、電話は通じなかった。まだ朝の早い時間だったので、薪の自宅の電話に留守電を入れ、身体が辛かったせいもあって、それで済ませてしまった。
 今朝になって熱が下がったので、出勤前に薪に電話を入れてみた。昨日の謝罪をするつもりだったが、まだ電話がつながらなかった。自宅の電話も、いくらコールしても誰も出なかった。日曜日でもないのに電話が通じないなんておかしい、と不審に思い、第九に出てきて、発信機から薪の居場所を知った。

「まさか、こんなことになっているとは思わなかったんだ。本当に申し訳ない」
「オレに謝ってどうするんだ。薪に謝れよ」
 眠っている人間に謝れなんて、ずい分意地悪なことを言う、と自分でも思ったが、鈴木は上手く自分の気持ちを宥めることができなかった。

 薪が。
 オレの薪が。
 あんなところに一昼夜も閉じ込められて、どんなに辛かったことか、心細かったことか。薪がそんな大変な目に遭っているときに、オレは―――――。

 煮えたぎるような怒りの本当の原因に思い至って、鈴木は愕然とする。
 ちがう、滝沢に怒りを覚えたんじゃない。オレが許せないのは。

「もちろんその心算だ。だから薪が目覚めたとき、傍にいたいんだ」
 滝沢は鈴木から離れ、ベッドフットの方から回って反対側に立った。昏々と眠り続ける薪に手を伸ばし、汗で汚れた髪を手で梳いた。
 今度は怒れなかった。自分にその権利はないと思った。

「入院中だけじゃなくて、ずっと傍にいてやりたい。俺の命の続く限り、ずっと」
 滝沢の言葉に、罪滅ぼし以外の意思を聞き取って、鈴木は目を瞠る。滝沢は、何度も何度も薪の髪を撫でている。やさしく、大切なものを慈しむような手の動き。そこに自分と同じものを感じて、鈴木は不可解な焦燥に捕らわれた。
「おまえ、まさか」
「発見したとき、薪が死んでるのかと思った。呼びかけても頬を叩いても、何の反応もなくて……恐ろしかった」
 その気持ちは、よく分かった。
 よっぽどの悪条件が重ならない限り、2日くらい完全絶食しても人間は死なないと思う。頭で理解していても、感情はそうはいかない。
 昔、大昔、薪が死んでしまったかもしれないと思って、街中を駆け回って彼を探した事があった。あのときの恐怖は忘れられない。今でも夢に見るくらい、鈴木にとっては人生最大の恐怖体験だった。

「今度のことで思い知った。俺は薪を愛してる」
 滝沢は薪への想いをハッキリと口にした。鈴木の心臓が、ぎゅっと握られたように苦しくなる。

 ふざけるな、と怒鳴りつけたい衝動に駆られた。
 薪を愛してるだと?
 そんなことは許さない、と心のどこかで喚きたてる声に耳を塞ぎ、鈴木は冷静な態度を装う。ここで情に負けては駄目だ。薪を守らなくては。

「それはおまえの勝手だけどな。薪に迷惑が掛かるような真似は慎んでもらう。薪は第九の室長なんだ。警察内の立場もあるし、世間の注目度も高い。おかしな噂が立ちでもしたら」
「噂ならすでに、官房長の愛人とおまえの恋人の2本立てだが」
 …………。

 言い返す言葉もなく鈴木が黙ると、滝沢はベッドに両手を置き、ぐっとこちらに身を乗り出してきた。
「これは俺と薪の問題だ。おまえに俺のことを止める権利はない」
「オレは薪の親友として、薪を傷つけるものは許さない」
 意識のない薪を挟んで、鈴木と滝沢は睨み合う。現場で鍛えた滝沢の眼力に一歩も引けを取らず、ともすれば彼を上回る凶悪さで、鈴木は彼の視線を受けた。
 先に目を逸らせたのは、滝沢の方だった。

「親友として、か」
 ふ、と鼻で嗤うように言って、次の瞬間、鈴木の襟元に手を掛けた。強い力でギリッと締め上げ、苦々しげに吐き捨てる。
「笑わせるな。薪を一番傷つけてるのはおまえだろうが」

 思いも寄らない言いがかりをつけられて、鈴木は怒るより先に不思議に思う。
 自分はいつも薪の傍にいて、彼を支え、守ってきた。薪が第九の室長という重責に押し潰されそうになるたびに、彼を慰め、力づけ、新たな一歩を踏み出す手伝いをしてきたのだ。
 それなのに、自分が彼を傷つけていると非難されるなんて。

「どういうことだ。オレがいつ」
「薪の気持ちを知ってて、彼女と婚約したくせに」
 今度こそ、鈴木はぐうの音も出なかった。
 それは事実だった。鈴木は薪の気持ちを知っていた。自分の気持ちにも気付いていた。だからこそ、受け入れることはできなかった。

「別に責めてるわけじゃない。薪の気持ちに応えられないのは、悪いことじゃない。だけど、薪を愛してやれないおまえに、薪だけを愛している俺を止める権利は無い。そうだろう?」
 勝手なことを言うな、と叫びたかった。
 オレがどんな思いで薪の涙を見てきたのか、おまえに解るか。何も知らないくせに、オレと薪の間に何があったのかも、どんなに必死になってそれを乗り越え、現在の関係を作り上げたのかも、他人に分かるわけがない。

 自分では解らなかったが、鈴木はおそらく、怒りで青ざめていたのだと思う。
 滝沢はそれを、隠していた真実を言い当てられて怯んだものと解釈したらしく、右手を緩めて鈴木を解放した。それから目を伏せて、眼下に横たわる美しい寝顔を見つめた。
「それに」
 滝沢は再びベッドフット側から回って、サイドテーブルが置いてある左手の方へ戻ってきた。鈴木の肩を押してその場から退けさせ、付き添いに最適な場所を獲得する。
「薪が未来永劫俺を愛さないと、どうして言い切れる? 薪が好きになる男はこの世で自分ひとりだとでも思っているのか?」

 適当な嘘で受け流すことは、できそうになかった。滝沢を煙に巻くどころか、口を開いたら思っていることをすべて話してしまいそうだった。それは明らかに薪の立場を危うくする愚行だと知って、だから鈴木は、破れるほどに唇を噛み締めるしかなかった。
 もし、薪がタヌキ寝入りをしていて、この会話を聞いたら何て思うだろう。一言も言い返せない自分を、情けないやつだと思うだろうか。

 サイドテーブルに置いたパジャマを取り上げ、滝沢は威圧的な口調で言い放った。
「図星か。本当に、おまえは傲慢な男だよ」





*****

 きゃー、滝沢さん、言ってやって言ってやって、それと同じことを原作の青木さんにも言ってやってっ、と、この話を書いた時点では思ってたんですけどね。
 4月号を読んだら、とてもそんなことは思えなくなってしまいました。 うう、青木さん、可哀想。(;;)



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破壊のワルツ(14)

破壊のワルツ(14)







「滝沢サン。室長、大丈夫ですか?」
 昼過ぎに第九に出勤した滝沢は、執務室へ入るや否や豊村の質問攻めにあった。
「どんな様子でした? 辛そうでした? 医者は何て言ってるんですか? どれくらいで仕事に戻れるとか」
 熱心な口調で矢継ぎ早に質問を重ねる豊村は、心配で心配でたまらないと言った表情だ。どうやら、室長のシンパに戻ってしまったらしい。
 こいつはもう、使い物にならない。何ヶ月かの苦労が水の泡だ、あの出しゃばり副室長め。

「大丈夫。2,3日で退院できるそうだ」
 滝沢が医師から聞いたことを伝えてやると、豊村は安堵して自分の席に戻った。拳をぐっと握って、机の上の書類と格闘し始める。
 左手でワサワサと紙片を動かしながら、右手は何故か机の下に入れている。傍を通りかかった上野が見咎めて、豊村の右腕をぐっとつかんだ。

「豊村」
「固いこと言うなって。姉ちゃんが室長のこと心配してたからさ、大丈夫だって連絡してやろうと思って。ほら、うちの姉ちゃん、室長のファンだから」
「そうじゃなくて。何も室長がいないときまで、隠れてメール打たなくても」
「もはや習性だな。手元を見ないほうが早く打てる」
 現代っ子の豊村らしい。滝沢は携帯のメールは苦手で、何度も画面を確認しないと打てないほうだ。一つのボタンでいくつもの文字を兼務するという、あの機能がいただけない。キィが多い分、PCのほうがずっと簡単だ。

「慣れた相手へのメールなら、ポケットの中でだって打てるぜ。そら」
 豊村が、椅子の背に掛けたジャケットのポケットに携帯ごと手を入れると、1分もしないうちに上野の携帯が振動した。
「役に立たない特技だな」
「そんなことないぜ。仕事中に彼女に連絡取りたいときとか、便利だぜ。室長もまさか、ポケットの中でメール打ってるとは思わないだろ」
「彼女からの返事は、どうやって読むんだ?」
「……そうなんだよ。それでいっつも喧嘩になるんだ。一方的過ぎるって」
 
 恋愛のストレスを仕事で解消しろ、と励ましにもならないことを言って、上野は滝沢のほうへ歩いてきた。
 豊村ほど素直に表には出さないが、彼も室長の身を案じていたのだろう。滝沢が事情を報せる前とは、明らかに表情が違っている。

「滝沢さん。室長に付き添ってたんじゃなかったんですか?」
「室長には副室長が付き添ってる」
「え。じゃあ、この書類には誰が判子押してくれるんですか」
「さあな」
 薪の意識が戻って彼の無事を確認すれば、鈴木は職場に来るだろう。夕方までには帰ってくるはずだ。職務を放り投げて付き添いを続けることなど、あの薪が許すはずがない。

「どうなんでしょうね。役付者が2人とも不在って」
 滝沢だって、大いに不満だった。
 親友の窮地に慌てた鈴木は、病院に入るときに携帯を切り忘れていたのだが、そこに所長からの連絡が入った。それは滝沢宛の伝言で、薪のパトロンの小野田が、当事者から直接事情を聞きたがっているから滝沢を戻してくれ、というものだった。それで仕方なく帰ってきたのだ。

 初めて話をした政敵の親玉の顔を思い出して、滝沢はじっと考え込む。
 薪を襲った災難について滝沢が説明するのを聞き終えた小野田は、困ったように微笑すると、
『やれやれ。発信機を付けさせても、何の役にも立たないね。次からは救難信号が出せるタイプのものを付けさせることにするよ』
 そんな回りくどい言い方で、滝沢を威嚇した。今回は見逃すが、次があれば容赦はしない、という意味だ。
 
 思っていたより、ずっと鋭そうな男だった。所長からの報告だけでは納得せず、滝沢から事情聴取をしたがる辺り、薪に対する期待の大きさと他人を信用しない慎重さが伺われる。
 表面上は穏やかな笑みを絶やさないのに、周りの空気は異様に重かった。そのオーラが彼の器の大きさによるものか、野心の強さかは判断しかねるが、敵には回したくない男だ。次長が彼に自分の立場を奪われるのではないかと危惧する理由も分かる。
 分かる、が。

 幾枚かの付箋を付けられて返却された報告書の手直しをしながら、滝沢は冷酷な笑みを浮かべる。
 次長も、彼のくだらない虚栄心もどうでもいい。小野田の野心にはもっと興味がない。
 自分がここに来たのは、ある目的のため。次長の密命は渡りに舟だったが、あちらは適当にやっておけばいい。

 ――――― 2057年11月の末、飛行機の墜落事故が起きた。
 飛行機事故は珍しいが、それでも皆無ではない。事故の大小はあれ、世界のどこかしこで年に1,2件は起きている。世間が年月と共に忘れ去ったであろうその事故は、しかし墜落から約1ヵ月後に唯一助け出された乗客の今際の際の告白で、関係者を震撼させた。

『わたしは、他の乗客の遺体を食べて生き残った』

 その衝撃的な内容から直ちに緘口令が敷かれ、亡くなった乗客の脳は、事故の原因と真実を確認するため、秘密裏に第九で調査することになった。捜査に当たったのは室長一人だと聞いたが、それでも上司に報告書を上げたはずだ。滝沢が狙っていたのは、その捜査資料だった。

 保管庫にはなかった。スパコンのバックアップにも、MRIのデータベースにも残っていない。あとは保管庫か、上司の手元にあるか。しかし、事件が隠蔽された場合、提出された書類は焼いてしまうのが普通だ。そちらの線は薄いだろう。
 ようやく書類庫を確認することができて、だが、そこにもあの事件の資料は残されていなかった。もしかしたら室長が個人的に持っているのかもしれないと考え、それを探すために彼を意図的に書類庫に閉じ込めた。

 第九に戻り、室長の執務机を調べたが、やはり何も出てこない。ならば自宅か、とこちらは少々危ない橋だったが、一番下の引き出しのシークレットボックスの中に隠してあった彼の自宅の合鍵が、滝沢の背中を押した。
 告発は覚悟の上だ。たとえ犯罪者に身をやつしても、真実が知りたい。
 昼間のほうが近所に怪しまれないと思い、日曜日の朝から、滝沢は彼のマンションを徹底的に探した。だが、あの事件に関するものは何も出てこなかった。

 あの事件の資料は、何ひとつ残されていない。
 滝沢が友人から聞いた話も、独自に組み上げた仮説も、証拠となるものは何も残っていない。
 それを知ったとき、滝沢は絶望した。

 俺は、彼らの無念を晴らすことができない。警察官として、真実を追究することができない。
 彼女のために、死んだ友人のために、自分にできることは何もない。

 目の前が真っ暗になるような心持ちで書類棚を見上げていたあの時。帰りを促す薪に、声を掛けられた。
『過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ』
 その一言で、滝沢は彼が事件の隠蔽に関わったことを確信した。
 この男はあちら側の人間。公安と政府が一緒になって隠滅した警察の不祥事、それを隠すことを選択した人間だ。

 瞬間。
 滝沢の中で、薪は人間ではなくなった。

 コレは現存する唯一の物証。彼はその容れ物に過ぎない。自分の仕事はこの容れ物から証拠を引き出し、世間に知らしめること。それが、突然に、理由も分からず死んでいった彼女に対する手向けであり、おそらくは知りすぎた為に消されたであろう友人の人生に対するせめてもの餞だった。


「とうとう20人目の被害者ですよ。捜一も、何をやってるんだか」
 
 上野が画面に向かって、経験したことも無い部署に文句をつけるのを聞いて、滝沢は彼の方へ顔を向けた。
 上野のPC画面には、巷で騒がれている連続殺人の記事が映っていた。見出しに、『美少年連続殺人、20人目の被害者発見される』という文字が躍っている。
 近頃、世間では寄ると触るとこの事件の話だったが、滝沢は興味を持てなかった。滝沢の探究心は、一昨年の飛行機事故と昨年のひき逃げ事故に向けられたままだった。

「今度は顔の皮膚を剥がされていたって……うげ、グロそう。コイツ、捕まって死刑になったら絶対に特捜きますよね? 見たくねえなあ」
「だろうな。しかし、20人てのはすごいな」
「ええ。たしか、今までの被害者の写真が並んでる記事が」
 上野は滝沢の相槌に乗ると、インターネットで目的の記事を探し始めた。書類をすべて仕上げて上司も不在、仕事中の雑談も少しは許されるだろう。

「ほら、これですよ」
 上野に付き合って画面を覗き込んで、滝沢は初めて見るはずの彼らに、デジャビュを覚えた。誰かに似ていると思った。
「室長に似てますね。きれいな男の子って、みんな似たような顔になるンすかね」
 豊村が横から入ってきて、滝沢の疑問に答えをくれた。
 そうだ、薪に似ているのだ。

「そうかあ? 室長はもっと怖いぜ」
 上野に感じられない被害者と薪の相似が、豊村と自分に感じられるのは何故だろう。
 
 豊村は室長を崇拝している。それだけでなく、青年期にありがちな擬似恋愛的感情を持って見ていると滝沢は思っている。自分にとっても、薪は特別な存在だ。真実の鍵を握る唯一の人間として、常に観察してきた。
 自分たちにそう見えるということは、鈴木にも見えるはずだ。彼の薪に対する感情は、豊村のそれよりずっと強い事が証明されたばかりだ。

 利用できるかもしれない――――― 滝沢は自分の席に戻り、PCで事件の概要を丹念に読み始めた。


******

 やっと貝沼事件が出てきました~。
 このお話も、折り返し地点です。 って、まだ半分かよ! 長いよー! (すみません、自分で書きました)

 それと、老婆心ながら。
 現在の薪さんのマンションの鍵は、瞳孔センサー式で本人以外は入れないんですけど、このお話は鈴木さんの事件の前で、住んでいるところが違います。(薪さんのお引越しの経緯は「岡部警部の憂鬱」に書いてあります)
 この頃は、第九から車で5分くらいのマンションで、鍵も普通のものでした。
 今考えると、第九の室長の自宅にしてはセキュリティが甘かったですね。(^^;


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破壊のワルツ(15)

 こんにちは。
 
 弊社で施工中の夜間工事ですが、昨日舗装が終わりまして、竣工書類に入ります。
 工期は3月15日、かなりの強行軍になる予定です。 なのでごめんなさい、コメントのお返事が遅れます。 
 せっかくお声をかけてくださったのに、慌しくお返しして、つまんないお返事にしたくないので。 すみません、しばらくお待ちください。





破壊のワルツ(15)





 長い睫毛がぴくっと動き、一瞬きゅっと眉がしかめられたかと思うと、ゆっくりと目蓋が開き、澄んだ亜麻色の瞳が姿を現した。ぼんやりとした瞳はゆるゆると動き、鈴木の顔に焦点を合わせると、夢のような美貌が儚げに微笑んだ。

「すずき」

 彼が自分の名前を呼ぶときの口唇の動きが、とても好ましいと鈴木は思った。やさしくまどろむように開かれたくちびるから覗く舌の赤さが、子供みたいで可愛らしかった。

 点滴とマメな水分補給のおかげで、薪は大分元気になったようだった。自分からベッドの上に起き上がり、
「ハラ減って死にそう」
 鈴木が売店から買ってきておいたおにぎりとサンドイッチを差し出すと、薪は迷わずにおかかのおにぎりを手に取った。
 パクパクとおにぎりを食べる彼を見て、鈴木は心から安堵する。食欲があるなら大丈夫だ。人間、食べていればとりあえず死なない。

「ゆっくり食えよ。2日近く食べてないんだから」
「平気。2,3日食べないのは慣れてる」
 薪は捜査に夢中になると、食事をしなくなってしまうという悪いクセを持っている。できるだけ食べさせるように心掛けているが、鈴木が目を離すとすぐに元に戻ってしまう。まったく手のかかる友人だ。
「このドジ。あんなところに閉じ込められた室長なんて、前代未聞だぞ」
「何だよ、鈴木の冷血漢。少しは心配しろよ。マジで死ぬところだったんだから」
 ペットボトルに入ったお茶を薪に渡して、鈴木は心にもない意地悪を言う。同じように、棘のない非難が親友から返って来て、二人は同時にクスッと笑った。

「気を失う寸前、走馬灯が回っちゃってさ。本気で駄目かと思った」
「へえ。走馬灯って本当にあるんだ。やっぱり、小っちゃい時から今までの光景が見えるものなのか?」
「……うん。まあ、そんなもん」
 内容については話したがらない薪にそれ以上は聞かず、鈴木は薪が返してきたお茶を受け取った。代わりにサンドイッチの包みを渡すと、3つ並んだ三角形の真ん中のハム野菜を選び、残りは鈴木に返して寄越した。

「なんだよ。死ぬほど腹減ってたんじゃないのか」
「チーズ嫌い。ツナサンドも」
「仕方ないだろ。病院の売店なんて、昼を過ぎたら選べるほど商品が残ってないんだよ」
「近所にコンビニくらいあるだろ」
 いつ目覚めるか分からないままの薪を残して、病院を出られるわけがない。それを承知の上でこんな我儘を言う、でもこれは彼特有の甘えだと鈴木は知っている。

「よし、分かった。今から行って、薪くんの大好きな牛乳を買ってきてあげよう」
 鈴木がわざと薪の苦手な食品名を挙げると、薪は子供のように丸く頬を膨らませた。仕事は誰よりもできるのに、薪にはひどく子供っぽいところがあって、それは鈴木だけが知っている彼の真実。
「こらこら。フグみたいな顔になっちゃうぞ」
 指先で軽くつつくと、膨らんでいた頬はさっと微笑みに形を変え、
「いいなあ。フグ食べたい。買ってきて」と無茶苦茶な注文をつけた。鈴木は真剣な顔になって腕組みをし、
「コンビニにフグはないな」
「そっか。残念」
 当たり前のことを当たり前に言って、真面目に残念がって、次の瞬間顔を見合わせて、2人はクスクス笑った。病院だから我慢しているけど、これが薪の部屋や誰もいない第九だったら大声で笑っているところだ。
 他愛もない会話がすごく楽しい。どんな話でも薪としていると、必ず笑いが洩れる。たとえ薪がプンプン怒っていたとしても、その怒った顔がかわいくて、鈴木はやっぱり笑ってしまうのだ。

 とりあえずの空腹が落ち着いたのか、薪はサイドテーブルの置時計をチラッと見て、
「さて。そろそろ第九に帰ろうかな」
「無理でしょ。走馬灯まで回しておいて」
 薪が時折見せる常識の欠如は、鈴木の笑いと庇護欲を誘う。天才的なひらめきと幅広い知識を見せつける仕事中の彼と、子供っぽくて常識知らずの彼。相反する2つの性質は、彼の中で奇跡のように混じり合い、比類なきパーソナリティを構成している。
「少なくとも今日は泊まりだ。大人しく寝てなさい」
 ええ~、と文句を言いかけて薪は、自分の右腕に刺さった点滴の針を見つめ、次いで点滴スタンドを見上げて残量を確認すると、諦めたように肩を落した。点滴はさっき取り替えたばかりだ。あと3時間はかかる。

「鈴木。僕は平気だから第九へ戻って、仕事を」
「もう少しいるよ。急ぎの案件もなかったし、残ってるのは報告書の直しくらいだろ。夕方帰っても間に合う」
「そんなこと言って。本当はサボリたいんだろ」
「あ、バレた?」
「鈴木警視。職務怠慢によりボーナス査定マイナス2」
「そんな。室長、どうかお目こぼしを」
 鈴木は慌てて袋の中からオレンジジュースのパックを取って、賄賂代わりに薪に渡した。いい心掛けだ、と鷹揚に頷いて薪がパックに取り付けられたストローを外すのを見て、鈴木は安心する。指先の震えもない。今夜一晩休めば、明日にはもう大丈夫だろう。

 紙パックに刺したストローを咥えて、薪はふと気付いたように、そのままの体勢で鈴木の顔を見た。何か聞きたいことがあるらしく口元をモゴモゴさせているが、言葉にしづらい原因でもあるのか、なかなか言い出そうとしない。
 こういうときは無理に聞かない。薪の心の準備が整うのを、黙って待っていればいい。
 やがて薪は鈴木の顔から目を逸らし、薄い目蓋を伏せて、視線を自分の手に持ったオレンジジュースに落とした。

「鈴木。さっき僕に、その……水、を……」
 薪の質問の内容を悟って、鈴木は途端、先刻の激しい感情を思い出す。表情に出さないようにしたつもりだが、薪にはたぶん、見破られる。薪が俯いていてよかった。
 薪は下方に視線を固定したまま、何かを思い出したように口元を右手で覆った。それからその形を確かめるように、自分の唇を細い指先で辿り、
「なんでもない」と呟いた。
 言い出しておいて、否定の形で質疑を自己終了させた薪は、少しだけ頬を赤くしてジュースを啜った。薪の誤解は予想できたが、鈴木はその誤解を解こうとはしなかった。

「ね。鈴木が僕を見つけてくれたの?」
「いや、おまえを助けたのは滝沢だ。あいつがこの病院に運んでくれたんだ。それから色々とおまえの世話を……覚えてないのか?」
「ぜんぜん。気がついたら鈴木がいた」
 口移しで水を飲まされた感触は何となく覚えているけど、あの時の会話については記憶がない。そういうことらしい。
 滝沢の告白を覚えていれば、彼の名前を出したときに、薪の表情には変化が現れる筈だ。こと、この親友に関して、鈴木はどんな微細な変化も見逃さない自信があった。見逃さないだけではない、例え離れていても、彼の身に何事かあれば、それは必ず自分にも伝わるはずだとさえ思っていた。なのに。

 親友の窮地を知りもせず、ほんのわずかな憂いさえ浮かばず、自分が昨日していたことを思い出して、鈴木は自責の念に駆られる。
 土曜日は、せっかく東京に出てきたのだから、と雪子の両親をいくつかの名所に案内し、翌日は予定通りに結納をすませた。新しく自分の父母になる彼らの、その純朴な暖かい人柄に触れ、自分の幸せをしみじみと感じていた。その後彼らを空港まで送り、雪子と一緒に彼女のマンションに行って、ふたりで幸せを分かち合った。
 自分が、愛する女をこの腕に抱いて人生最高の幸せを感じていたときに、薪はたったひとり、真っ暗な闇の中、灼熱の地獄を味わって。
 それなのに。

「……うれしかった」

 ぽそっとこぼした彼の言葉は、抑え切れない愛情に満ちて。死線を彷徨って目覚めたとき、傍にいてくれて嬉しかったと、たったそれだけのことで満ち足りる彼のいじらしさに、鈴木は息が詰まりそうになる。

 鈴木は手を伸ばして、薪の手からジュースのパックを取り上げ、もう片方の手で彼の肩を抱き寄せた。
「す……」
 突然の無礼な振る舞いを咎めようとしたであろう薪の声は、中途で止まった。
 昨日、あんな目に遭って気持ちが弱くなっていたのかもしれない。自分を心配してくれる友人を、ありがたいと思ったのかもしれない。その時の薪は、普段の自制心を忘れて、おずおずと鈴木の背中を抱き返した。

 薪の体温を、薄いパジャマの下のしなやかさを感じて、その肌の甘さを思い出して、鈴木は彼の未来の恋人に猛烈な嫉妬を覚える。
 薪を誰にも渡したくない。
 そんな気持ちが込み上げてきて、鈴木は自分の身勝手さに吐き気がする。自分は雪子と婚約しておいて、彼女と愛を確かめ合って、自分の未来を確実なものにしているのに。その一方で、薪の心をいつまでも自分に留めておきたいと願っている。

『おまえは傲慢な男だ』

 滝沢の非難が、耳の奥で木霊する。
『薪が好きになる男は、この世で自分ひとりだとでも思っているのか』
 そんなことは思っていないし、望んでいない。薪が自分への気持ちに踏ん切りをつけて未来を歩めるように、それが雪子との結婚を決めた陰の理由。
 もちろん彼女を愛している、だから彼女と結婚する。それで薪も新しい恋に踏み出せるなら、それが全員の幸せにつながると思った。だから、薪を愛する人間の出現は、本来なら喜ばしいことのはずだった。
 でも滝沢は男だから、自分と同じ同性だから、彼と愛し合ったら薪がまた苦しむことになるから、だからオレは薪の親友として―――――。

 必死で自分に言い訳しながら、鈴木は心の奥底で叫ぶ声に耳を塞ぐ。
 12年前、自ら選んだ親友という立場に無我夢中で縋りつき、それを貫こうとして鈴木は、自分の中に埋み火のように残る彼への想いを懸命に抑え込んだ。

 普段の傲慢さが信じられないくらい、大人しく鈴木の腕に抱かれている薪の、若木のように健やかに伸びた背中を掻き抱きながら。
 鈴木は自分の中に深く眠る埋み火の、その暗い焔に怯えていた。




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破壊のワルツ(16)

 お久しぶりです。


 4月に入りましたね。
 みなさま、その後いかがお過ごしでしょうか。

 被災地の方々、避難中の方々には、未だ辛い日々をお過ごしのことと思います。
 また、関東圏の方々には、原発のニュースを耳にされ、生活は日常に戻りつつあるものの、日に日に不安が募る毎日をお過ごしのことではないかと想像いたします。
 
 わたしも真下の県に住んでますので、関連ニュースを欠かさずチェックしては、外出を控えたり雨に濡れないように注意したりしてるんですけど。
 とはいえ、いくら心配しても、現場の方々にお任せするしかないので。
 するだけ無駄とは思いませんが、あんまり考えすぎて煮詰まってしまって、パニックを起こして周りの人に迷惑をかけないように、平常心で行きたいと思います。

 それには、ブログも大事ですよね。

 計画停電の回数も減ってきたみたいだし、土日は解除されるようなので、そういうときを狙って更新していこうと思います。


 よろしくお願いします。
  


 
 で、お話のほうなんですけど、

 もう、どこまで公開したか解らなくなるほど、間が空いてしまいまして。
 きっと読んでくださってたみなさまには、もっと訳が解らない状態だと思う、だからホントはあらすじとか書けばいいんだけど、頭を使う作業は苦手で~。 

 ちがうの、本当は書こうとしたけどまとまらなかったの。
 がんばってみたの。 だけど、意味不明の文章になってしまって~~。
 一応、見ます?

 ↓ これです。

 
 これまでのお話。


 滝沢さんの過去話です。
 滝沢さんの恋人は、飛行機事故で亡くなりました。
 滝沢さんの親友は、その事故に関わったかもしれない公安職員のことを調べていたら、轢き逃げに遭って亡くなりました。
 飛行機事故を検証したのは第九で、室長がひとりで捜査に当たっていました。
 恋人と親友のために、真実を探ろうと心に決めた滝沢さんは、第九排斥派の次長のイヌになることを決心して、第九にもぐりこみます。 次長の命に従って、また、自分の目的を果たすため、第九に不和の種を蒔いていきます。

(ここで文章に詰まる)

 えっと、それで色々あって、現在のシーンは、
 滝沢さんの策略で、地下倉庫に閉じ込められた薪さんが、脱水症を起こして病院へ担ぎ込まれて、その間に滝沢さんは、薪さんの机や自宅を調べたけれど、事件の資料は見つからなくて、
 えーっと、それから、
 病院で滝沢さんと鈴木さんが薪さんを巡って火花バチバチで、あ、でもそれは、滝沢さんの計略の一部で、
 意識を取り戻した薪さんが、不謹慎にも病院で鈴木さんといちゃいちゃして、薪さんはとってもうれしかったみたいだけど、滝沢さんに焚き付けられた鈴木さんはそれどころじゃなくて、だけど鈴木さんは、雪子さんと婚約してるから何も言えなくて、でもって、ええと……。

 (↑ 崩壊)


 自分で書いたお話もまとめられないって、わたし、どんだけバカなんだろ~~!!
 これだもん、レビューなんか書けないよ。(笑)


 というわけで、すみません、忘れちゃった方は読み直してください。(非道)
 量は、文庫本90ページ分くらいだと思います。<長すぎ。


 どうか広いお心で。


 


 


破壊のワルツ(16)




 翌日、薪は何事もなかったかのように第九に出勤してきた。医者の話では3日くらいは様子を見たほうがいい、ということだったのに、どうやら勝手に退院してきたらしい。

「本当に、申し訳なかった」
 滝沢は室長室に赴き、深く頭を下げた。余計な言い訳はしなかった。
「事情は鈴木から聞いた。おまえこそ、熱は下がったのか?」
 いつも影のように薪に付き添っている副室長の、昨日までとは明らかに違う目線を感じながら、滝沢は心の中でほくそ笑みつつ薪に笑いかけた。
「心配してくれてありがとう。おまえの方がずっと大変な思いをしたのに……何か、詫びをさせて欲しい」
「気にするな。仕事で返してくれればいい」
 薪のやさしさに感激した振りで、滝沢は彼をじっと見つめる。
 そんな自分を見る鈴木の視線の刺々しさに、滝沢は腹の底で笑い転げる。慎重派の鈴木らしく表情は変えていないが、イライラしているのが手に取るように分かる。

 腹の底の振動が頬に伝わらないよう注意して、滝沢は室長室を辞した。扉に向かって顔を伏せ、堪えていた笑いで顔を歪める。
 鈴木に礼を言うべきだったかな、と滝沢は顔を伏せたまま皮肉に思う。
 あのお節介が、薪の自宅から寝巻きやら下着やらを病院に持ってきてくれたおかげで、自分が彼の家に侵入したことを薪に悟られずに済んだ。家捜しの後、細心の注意を払って部屋を元の状態に戻したとはいえ、数ミリの誤差もないというわけにはいかない。薪ほどの優れた捜査官なら、その僅かな違和感を強く感じ取るはずだ。が、その違和感を鈴木が消してくれた。否、違和感の原因を鈴木が被ってくれたというべきか。親切な副室長に感謝しなくては。
 これでこの後も、薪に警戒されることなく自由に動ける。

 滝沢は最初から、第九に蒔くトラブルの種の一つとして、彼らの特別な関係を候補に入れていた。初めて彼らを見たとき、長年の親友だとは聞いていたが、それでも仲が良すぎると思った。噂先行の部分もあったが、まったくのデマではないと滝沢は睨んでいた。少なくとも、薪の方は明らかに鈴木に気があった。
 それは、自分が追い求める真実の、唯一の生きた証拠だと、薪を観察し続けた滝沢だからこそ気付いたことかもしれない。
 薪は鈴木への想いを、顔にも態度にも出していない。でも、その瞳が。
 いつも鈴木を見ていた。彼の姿を追っていた。時々、鈴木の恋人が差し入れに来るのを薪は歓迎していたが、その後は必ず寂しそうな表情を見せた。

 翻って、鈴木のほうはよく分からなかった。
 三好雪子という恋人、もとい、婚約者がいる。だから薪に対する特別な感情はないのかもしれない。だが、常に薪の傍にいて彼を庇護するようなその仕草からは、薪への愛情を感じる。
 だから、ちょっと揺さぶってみた。
 病室で眠る薪を前に、笑い出したくなるくらいあっけなく、鈴木は自分の感情を暴露した。滝沢の挑発に一言も乗らない冷静さには感心したが、普段の穏やかな彼からは想像もつかない、その表情が物語っていた。
 
 鈴木の賢い立ち回りのおかげで言質を取ることはできなかったが、本音はつかんだ。後はもう少しふたりの仲を掻き回して、鈴木の感情を傾ければいい。そうなったら薪は拒否しない。
 ふたりの関係が進んだら、それをスキャンダルにしてバラ撒けばいい。次長の方は、それで満足するだろう。

 しかし、自分の計画は。
 その一歩先にある。

「滝沢。あんまり気にしないほうがいいぞ」
 扉の前に立ち尽くしていた滝沢を見て、室長に叱られて落ち込んでいると思ったのだろう、同僚の上野が慰めの言葉を掛けてきた。
 ちょうどいい。豊村が使えなくなったところだ、彼にも種を蒔いておこう。

「これからもネチネチ言われるかもしれないけど、聞き流すに限る。俺なんか、半年も前のミスを未だに注意されて……どんだけバカだと思われてるのか知らないけど、要は粘着質なんだよな、あのひと」
「ありがとう、上野。でも、室長はおまえには期待しているはずだ。あれだけのことをして、おまえを第九に入れたんだから」
 怪訝な顔をする上野を席に着かせ、滝沢は隣の椅子に腰を下ろした。机の上に書類を並べて、ペンを動かしながら噂話を始める。
「前の課長に聞いたんだけど。室長が、しつこくおまえを引き抜こうとしてたって。で、関野課長に因果を含めたらしいぜ。そのせいで辛い思いをして、それは気の毒だったと思うけど、室長がおまえの才能を認めていたことだけは事実だ」
「辛い思い? MRI捜査のことか?」
 滝沢はハッとしてペンを止め、明らかに狼狽して、
「えっ……あ、ああ、そう! それだ」と彼には相応しくない口調で応えを返した。

「滝沢?」
 上野が質問口調で名前を呼ぶのに、滝沢はわざとらしく俯いて、ペン先でトントンと机を叩いた。
「隠すなよ。俺たち、仲間だろ?」
 上野の口調がきつくなる。滝沢の手首をむんずとつかみ、自分の方に顔を向けさせた。
「いや、悪い。俺の考えすぎだ。現場が長いと、いやらしい考えばかり浮かんじまって。俺の悪いクセなんだ、本当にすまない」
「いいから話せよ。どういうことなんだ?」
「怒るなよ? つまりその、おまえ、前の部署で課長との折り合いがよくなかったって聞いたから。それが、室長が含めた因果じゃないかってこと」
 滝沢の邪推に、上野はあんぐりと口を開けた。驚くよりは呆れた顔で、興味を失ったように滝沢の手を放した。

「何だよ、それ。なんで室長がそんなことをしなきゃならないんだよ」
「そりゃあおまえ、みんな第九へは来たがらないから。だからその部署に居辛くして、すんなり異動を受諾してもらえるように」
「まさか」
「いや、だから下衆の勘繰りってやつで。悪かったって。忘れてくれ。な?」
 上野は笑みさえ見せて、滝沢の言葉に頷いた。「聞かなかったことにしてやるよ」と軽い口調で言って、報告書の作成に戻った。

 そう、それでいい。
 俄かには信じられない、でも、かろうじて心の片隅に引っ掛かる。疑惑の種子とはそういうものだ。
 自分は種を蒔くだけ。それを育てて花を咲かせるのは、種を植え付けられた本人だ。

 上野は、どんな花を咲かせてくれるかな。

 隣で、どことなく憂鬱そうに職務に戻る同僚に、滝沢は期待する。
 願わくば、とびきり大きな徒花を。狂い咲きの夜桜のように、ひとの心を狂気に導く花を。



 

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破壊のワルツ(17)

 こんにちは~。

 お休みしてた10日くらいの間にも、当ブログを覗いてくださってた方々、気にかけてくださってありがとうございました。
 お知らせした後は放置状態だったんですけど、それでも毎日30人からの方に足をお運びいただいてたようで、恐縮です。
 このご厚情には、作品でお礼を、と思ったんですけど~、陰湿な話ですみません~~!! 
 どうしてこんなときにこんな話を……天然KYですみません……。


 わたしはお話を書き上げるたびに、題名とページ数と脱稿日を記録してるんですけど、3月は見事にゼロ。
 妄想しなくても人間は生きられるんだな~、と当たり前のことを思いました。(笑)

 4月に入ったことだし、気持ちを切り替えて、笑える話を書こうと思います。 
 心配しなきゃいけないことがたくさんあるからこそ、一時でもそれを忘れられるような時間をみなさんに提供できたらと、おこがましくも思ってしまうのは、わたしには他にできることが何もないからです。
 
 ということで、巻きますっ。
 この章は短いし、次の章も一緒に上げますね。
 この話、早く終わりにしたいの~~!! 暗いんだもんっ!(><)


 よろしくお願いします。
 



破壊のワルツ(17)





 室長室から出てきた豊村を見て、滝沢は彼の顔が生き生きと輝いていることに気付いた。
 薪からお褒めの言葉でももらったか、大股で自分の机に着くと、腕まくりまでして画面に顔を近づけた。
「張り切ってるな、豊村」
「へへっ、こないだの放火事件。室長が『よくやった』って」
 豊村の、若く紅潮した頬に、滝沢はある可能性を見出す。
 お節介な副室長のせいで、自分が豊村に蒔いた種は完全に枯れてしまったと思っていたが、あれは自分が間違っていたのかもしれない。蒔く種の種類を間違えたのだ。離反を阻止されたことは、返ってよかったのかもしれない。相手に向かう気持ちが強くなれば強くなるほど、それが負のベクトルに転換されたときの破壊衝動も強い。

 薪に褒められたのが余程うれしかったのか、昼休みまで時間が惜しいからモニタールームで弁当を食べるという豊村に、滝沢は付き合うことにした。売店で買ってきた握り飯をかじり、ペットボトルのお茶を飲みながら、思い出したように話題を振る。
「なあ、豊村。室長って、本当に官房長の愛人なのか?」
「あれはデマっすよ」
 ぷっと吹き出して、豊村はおかしそうに笑った。滝沢が、そんな噂を信じているということ自体がおかしかったのか、「滝沢サンともあろうひとが」と前置きしてから、
「うちの室長、見た目はあんなんだけど、中身はめちゃめちゃオトコでしょ。女の子見ると、まず胸に目が行くんすよ。ありえないっす」
 ……本当に、女の子の胸が好きなんだな。男の子だな、薪。

「そっか。じゃあ、俺の見間違いか」
 少し照れた表情をつくろって、指先で頬をぽりぽりと掻きながら、滝沢は慎重に言葉を選んだ。
「見間違いって?」
「いやその……こないだ、俺のせいで室長が入院することになっただろ。そのときに鈴木が」
 手で覆いを作り、声を潜めて、豊村に耳打ちする。
「薪とキスしてた」
「えええええ!!?? キス!?」
「しっ、豊村。声でかい」
 それでいい。給湯室で食後のコーヒーを淹れている上野にも聞かせてやりたい。

 案の定、上野は何事かと給湯室から顔を覗かせ、滝沢は彼にも聞こえるように声を張り上げて、
「いや、だから見間違いだって! 副室長が室長の様子を近くで見ていたのが、角度の関係でそんな風に見えたんだ、きっと」
「確かめてきます」
 豊村は食べかけの弁当を机に置いて席を立ち、真っ直ぐに室長室へ向かった。「待てよ」とおざなりに彼を制止しつつ、滝沢は心の中で嘲笑う。

 さすが単純さがウリの豊村だ。直球で行くか。
 普通に考えれば否定されて終わりだろうが、鈴木にはこの間、種を植えておいた。それがどんな風に成長し、彼にどんな反応を取らせるか。楽しみだ。

「なんの騒ぎだ?」
 上野がコーヒーを持ってきて、滝沢と豊村の机に置いた。自分のカップを手に持ち、立ったままそれに口をつける。
「いやまあ、なんて言ったらいいか」
 笑い話になるだろう、と滝沢は事情を話し、上野はそれに大した興味もないようだった。彼の興味は、そう、こちらだ。

「滝沢。こないだのことなんだけど……あれ、おまえの言うとおりだったかもしれない」
「え? なんでそう思うんだ?」
「思い出したんだ。課長と上手く行かなくなってから、すぐに第九への異動の話があったこと」
 上野は思い出したと言ったが、それが必ずしも真実でないことを、豊富な捜査経験を持つ滝沢は知っている。人の記憶と言うのは曖昧なものだ。その時の考え方によって、昔の経験はその意味合いを簡単に翻す。
 課長は単に上野と反りが合わなくなり、彼に第九への異動を勧めたのかもしれないし、そこに薪が関わった証拠はない。しかし、疑惑は人の目を曇らせる。疑いという眼を持って過去を振り返れば、それらしきことが見えてきて当然だ。

「課長に睨まれてる俺とは、つるんでくれる友だちもいなかったんだけど。2,3日前、前の部署の人間と話をする機会があってさ。関野課長、そいつの前でそれらしきことを言ってたって」
 それはもちろん、滝沢が仕込んだ駒のひとつだ。
 滝沢の裏のボスは、警察庁№2の実力者だ。使える手駒はどこの部署にも紛れている。
「何よりも、副室長が俺に言ったんだ。ここに来たばかりのころ、室長に怒られて凹んでたら、『室長はどうしてもおまえの読唇術が欲しくて、関野課長に頼み込んだんだ。期待してるから強く叱るんだよ』って」
 なんだ、本当に引き抜いていたのか。これは瓢箪から駒だ。
 しかし、これで真実味がさらに増した。鈴木は落ち込んだ上野を元気付けようとして裏事情を暴露したのだろうが、それがここに来て裏目に出た。自分が以前受けた陰湿な苛めの原因は室長にあるのでは、という上野の勘繰りを助長してしまう結果になった。

「上野、考えすぎだよ。もしそれが本当だとしても、あの室長にそこまで見込まれるってすごいことじゃないか? 大したもんだよ、おまえ」
 滝沢が上野を元気付けるほどに、彼は室長への疑いを濃くしていく。彼が空になったコーヒーカップを持って給湯室へ戻る頃には、彼の疑惑は完全な不信へと姿を変えていた。
 
 ひとりになって、滝沢はすっかり冷めたコーヒーを口に含む。
 これだから、人間てやつは面白い。自分で自分に糸を巻きつけ、猜疑と不安感でがんじがらめになって行く。絡み合った糸を操るも断ち切るも、自分次第。これはこれで楽しいが、滝沢の本当の目的は違う。

 薪から、あの事件の情報を引き出すこと。

 第九に不和の種を蒔き、彼を室長の座から引き摺り下ろす。役職から外れれば、彼の口も軽くなるだろうし、それでも喋らない場合は鈴木のことを盾に脅してもいい。何を犠牲にしても彼が真実を喋らなかった場合に備えて、滝沢は次長にも、第九失墜の暁には例の報告書を手に入れてくれるよう頼んである。
 どちらにせよ、条件は第九の混乱だ。

 苦く冷たい液体を飲みながら、舌よりも心でその苦さを堪能し、滝沢は薄く笑った。



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破壊のワルツ(18)

 ということで、本日2個目のアップです。
 よろしくお願いします。





破壊のワルツ(18)





 昼休みの室長室に駆け込んできた同僚は、開口一番にとんでもない質問をぶつけてきた。

「副室長。病院で室長とキスしてたってホントすか」
 書類棚の前に薪と並んで立ち、次回の室長会議で報告する事案を選んでいた鈴木は、ファイルを持ったまま一瞬固まり、心を落ち着けてからゆっくりと訪問者を振り返った。
「なにをだしぬけに」
 鈴木の声に、バサバサッという派手な音が重なった。
 鈴木が、豊村の質問をはぐらかそうと思ったときには遅かった。薪は持っていた書類を全部床に取り落とし、真っ赤になって口元を両手で覆っていた。

「ち、ちがうんだ」
 薪はもともと正直者だ。記者会見など予定された質疑応答に対して前もって用意された彼のポーカーフェイスは鉄製のそれだが、仲間内では紙のように薄い室長の仮面をつけているだけだ。こんな突然の襲撃にあってはひとたまりもない。
「あれはっ、僕が脱水状態で意識が無かったから……く、口移しで水分補給してくれただけで」
 ようやく彼が搾り出した声は、普段の涼やかなアルトとは似ても似つかぬ裏返ったかすれ声。薪、ちょっと黙ってろよ、と言いたいのを我慢して、鈴木はこのフォローをどうしたものか迷う。

 それをしたのは自分ではない、滝沢だ。
 しかし、本当のことは言えなかった。病院で見た薪の、気恥ずかしそうな嬉しそうな顔が、鈴木の口を重くしていた。

「あ、なんだ。やっぱりそんなことですか。失礼しましたー!」
 物事をあまり深く考えないタイプの豊村は、明るく笑うと疾風のように部屋を出て行った。残されたのは、その時のことを思い出してか頬を赤くした室長と、自分の嘘に気まずい思いをしている副室長のふたり。
「ごめん、鈴木。またヘンな噂が立っちゃうかも。雪子さんに怒られないかな」
「雪子は笑いとばす。ぜったい」
 床に落ちた書類をふたりで拾い集めながら、何となく目を合わせずらくて、ふたりとも自分の手元だけを見ていた。

 扉の向こうでは、豊村が早足に自分の席へ向かい、気が抜けたように腰を下ろした。途中だった弁当には手を伸ばそうとはせず、不在の間に置かれていたコーヒーを手に取る。
「誤解だったっす」
 隣でコーヒーを飲んでいた滝沢に、ぼそっと室長室で聞いた真実を告げる。
「な。だから俺の見間違いだって言っただろ」
「でも」

 豊村は言い惑い、しかし耐え切れなくなったように、真剣な顔で滝沢に訴えた。
「でもなんかあのふたり、様子がおかしかった」

 思った以上の成果に、滝沢は満足する。
 豊村が抱く薪への感情が恋に発展しなかったのは、薪は男と情を通じるような人間ではないと固く信じていたからだ。その因子があるとわかれば、暴走の可能性は充分にある。

 もうひとつ、波が欲しい。
 上野が薪に抱いた不信感を怨恨に転じさせ。
 豊村の感情を幻滅から破壊衝動へと誘導し。
 鈴木の抱えた爆弾のスイッチを入れる。
 それらを一気に起動させる、きっかけさえあれば。第九をカオスに変えることができる。

 貝沼清孝が連続殺人容疑で逮捕されたのは、その翌週のことだった。



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破壊のワルツ(19)

 こんにちは。
 今日はちょっとだけ浮かれてます。 

 聞いてくださいな♪
 わたしの大好きなライトノベル、『ばかてす』のアニメがBSジャパンで始まりまして。(日曜日深夜) 朝っぱらからビデオを観ちゃいました。
 テンポが良くてギャグが楽しくて、キャラクターが可愛くて声もいい。 アニメならではの演出もすごいし、これは売れるはずだよっ! 

 立派なオタクに成長しました甥にその感動を伝えましたら、再放送だよ、と冷たくあしらわれてしまったのですが。 最初に民放でやってたときにはかの小説を存じませんで、これが初対面だったんです~。
 個人的に、秀吉の変身シーンとEDのラブにぎりが爆笑でございました。 どう見ても男同士の手でラブにぎり。 しかも、何故か久保くんがメンバーに入り込んでるし。 あれ、絶対にウケ狙いで作ってるよ。 やるな、シルバーリ○ク。

 7月には2期が始まるそうで、これから楽しみです(^^
 


 秘密にもお話にも、ぜんぜん関係ない前振りですみません。
 この章もとっても短いので、次のと一緒に上げます。

 よろしくお願いします。





破壊のワルツ(19)





 連続殺人犯逮捕のニュースが世間と紙面を騒がせたその日、室長室では秘密の会話が交わされていた。

「鈴木……僕、こいつ知ってる」
 新聞の一面に大きく掲載された貝沼の写真をじっと見て、薪は弱々しく言った。真っ青な顔で、小刻みに手を震わせて、夏だというのに寒さに凍えるようなくちびるの色をしていた。

「2年前の春、家の近くのスーパーで会った。万引きしたのを見つかって、店員が僕のところへ連れてきた」
 薪は淡々と、連続殺人犯と自分の接点を語った。
 28人もの少年を殺しながら、どういう心境の変化か自ら警察に出頭してきた男の顔写真を食い入るように見つめて、薪はそこに過去の映像を重ね合わせているようだった。

「僕は、もう2度としないように言い含めて、彼を引き取らせた。貝沼は、分かったって。急に希望が見えてきた、これからは心を入れ替えて頑張るって」
 薪は声を詰まらせ、ザッと乱暴に新聞を払いのけると、表面を顕にした執務机に両肘をつき、小さな両手を額にあてがった。亜麻色の髪に指を埋め、頭を抱え込む。
「がんばるって……」

「何を考えてるんだ、薪。飛躍しすぎだ」
 親友が何を案じているのかを感じ取って、鈴木は冷静に状況を分析した。感情が先行している相手に、感情で接しても駄目だ。理論で納得させないと。
「貝沼が最初の殺人を犯したのは、昨年の4月。おまえと会ってから、1年も経ってる。だったら、その一年の間に何かがあって犯行に及んだと考えるのが普通じゃないか?ぶっちゃけ、頑張ってみたけどやっぱりダメで、自棄になっちゃったとかさ」
 筋道を立てて説明し、理性と理屈で薪を宥める。推理を正しい方向に導くのは、分析と証拠だ。

「どう考えても、因果関係はない」
「……そうだな。飛躍しすぎだな」
「まったくおまえときたら。たまに突拍子もないこと思いつくんだから。頭が良すぎるのも問題だな」
 できるだけ何気ない口調で、鈴木が薪の気を引き立てようとするのに、薪は無理に笑おうとしてそれを為せず、逆に泣きそうな顔になって、
「でもやっぱり、見逃したりするんじゃなかった。あの時、ちゃんと交番に連れて行って調書を取っていたら、或いは」
 鈴木の意見を認めてなお、陰鬱に沈む薪をさらに慰めながら。貝沼が薪に接触していた、その事実に誰よりも動揺しているのは鈴木だった。

 今朝、室長室に来る前に滝沢に見せられた、殺された少年たちの写真。
 薪に似ている。どの子も、どこかしら薪に似ている。

 この子は眉、この子はくちびる。あちらの子は薪と同じ亜麻色の瞳、こちらの子はあごのラインがそっくりだ。
 彼らから薪に似たパーツをそれぞれ切り取って、組み合わせたら完全な薪剛が出来上がるのではないか。
 しかし、創り上げたところでそのアソートは結局はまがい物でしかなく、薪の清冽な輝きを宿すことはない。それが分かったから、自首してきたのではないのか。

 そこまで考えて、鈴木は我に返った。
 三流の猟奇小説のような自分の思いつきを一笑し、軽くかぶりを振ると、未だに頭を抱えたままの親友の肩に、鈴木はそっと手を載せた。




*****


 原作では、貝沼は自首してません。
 これはうちのお話の設定なので(捏造ともいう)、どうかご了承ください。


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破壊のワルツ(20)

 本日2個目の記事です。
 よろしくお願いします。



破壊のワルツ(20)





 右耳のイヤホンから聞こえてくる上司たちの会話に、滝沢は少なからぬ興奮を覚えていた。
 室長室に盗聴器を仕掛けたのは1ヶ月ほど前からだが、やっと役に立った。盗聴の目的は、感情の抑えが利かなくなった鈴木が薪に迫る場面でも抑えられたら、と期待してのことだったが、こんな重要な情報が得られるとは。

 これを上手く利用すれば、薪を失脚させる事ができるかもしれない。出世コースを外れれば自棄になって、本当のことを喋る気になるかも。

 貝沼の脳の見る前の彼は、そう考えていた。
 滝沢とて、警官だ。どんな目的のためでも、人の命を奪うことは許されないという倫理観はあった。
 しかし。
 貝沼清孝の脳は、完全なるフリークスだった。

 彼が留置所で自殺を図り、その経緯と28人殺しの事件解明のために、彼の脳が第九に回ってきたとき。そして、彼が行った残虐な犯行を目の当たりにしたとき。
 滝沢の中で、自分の大切な人々を奪ったもの達への憎しみが、思いがけない強さで甦った。

 何をしてもいいような気がした。
 どうして何の罪もない彼女と友人が殺されて、事件の秘匿に関わった薄汚れた人間がのうのうと生きている。その理不尽を正さなければと、滝沢の中の何かが彼を突き動かした。

 それは、貝沼清孝という稀代の殺人鬼の狂気だったのか、深淵の闇に見果てぬ夢を見続けた滝沢自身の妄執だったのか。

 薪の口から真実を語らせる。そんな生ぬるいことでいいのか。
 俺の恋人は死んだ、死んだんだ。子供の頃からの友人も。もう、二度と会えないのだ。
 だったら、彼にも同等の制裁を。単純に死を与えるだけでは気が済まない、その上に自分の苦しみを加重して、彼がもっとも耐え難いと感じる死に方を。

 そう考えたとき、あるシナリオが浮かんだ。
 鈴木に薪を殺させよう。この世で一番信頼している友、恋愛感情まで抱いている相手に裏切られ、殺される。それがあの薄汚い生き物に相応しい死に方だ。

 貝沼の狂気は、間違いなく滝沢に影響を与えていた。しかし、滝沢が感じていたのは怯えではなく、みなぎるようなパワーだった。
 最高の武器が、天から降ってきた。すべては俺の手の中に。



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破壊のワルツ(21)

 最近、こちらのほうはぐんと暖かくなってきて、日中は部屋の中でジャンバー着なくてもよくなってきたんですけど。 東北は、まだ寒いのでしょうね。
 早く暖かくなりますように。





破壊のワルツ(21)




「この子も、薪に似ているな」
 豊村の耳元で囁くと、豊村はしかめていた顔をさらに歪めた。

 貝沼事件の捜査も3日目に入り、捜査官たちには疲労の色が現れていた。こんなにきつい映像は初めてだった。人体を丁寧に解体していく映像を何時間も続けて見ることは、彼らの精神に計り知れない打撃を与えていた。
 加えて、今回に限って、いつも彼らを叱咤し導く室長が奮わないのと、彼らを励ましてくれるはずの副室長が、他人に構う余裕はないとばかりに血眼になって画像を見ているのが、彼らの精神的負担を重くした。

「ほら。この眼の辺りなんか、そっくりじゃないか。身体つきも」
 画面には、肩口から血を流し、貝沼に陵辱されている少年の姿が映っていた。貝沼は全裸にした彼に後ろから覆いかぶさる形で、時々彼の背中や肩にナイフを突き立て、彼の可愛らしい尻に噛み傷を残した。
「肩のラインとか、尻の形とか。よく似ていると思わないか」
 部屋の壁に立てかけられた姿見に、殺人者と被害者の顔が映っている。
 血と悲鳴に興奮しているのか、貝沼の小さな目は爛々と光っていた。苦痛から逃れようともがく少年を押さえつけて、その小さな尻に容赦なく自分の怒張を突き刺した。
 泣き叫ぶ少年の表情に、絶望が加わった。少年の長い睫毛が伏せられ、涙が筋になって丸い頬を伝わり落ちた。

 豊村は突然、席を立った。
「どうした、豊村」
 口元を押さえた彼の、頬が赤い。
「気分が悪いなら、少し休んでくるといい」
 豊村がどうして映像から目を背けたのか充分承知の上で、滝沢は豊村に仮眠室に行くよう勧めた。

 豊村に、薪と貝沼の秘密の接点をこっそり教えたときのことを思い出して、滝沢は心の中で悦に入る。
 薪と貝沼は、過去に会っている。そのとき、貝沼は薪に邪な感情を抱いた。だからこうして、彼に似た少年を殺したのではないか、と自分の推理を話してやった。豊村は一笑に付したが、薪に似た少年ばかりがターゲットになった理由について、きちんとした説明はつけられないことは認めた。
 その上で、何度も何度も繰り返し、画面の少年が薪に似ていると吹き込んでやった。豊村には、薪が貝沼に犯されているように見えたことだろう。狂気に満ちた殺人鬼の映像を見続けて弱った精神に暗示をかけるのは、容易い。

「仮眠室には薪がいるから。ついでに様子を見てきてくれ」
 薪は先刻、画を見ていて貧血を起こした。今は仮眠室で眠っている。彼も相当追い詰められている。

 独りになった滝沢は、そっともう一人の標的を盗み見る。

 鈴木は、人には向けない鋭い目つきで画面を睨みつけていた。被害者の少年が悪夢のように残酷に殺されていく様子を、強い瞳で凝視していた。
 彼の瞳には、決意が宿っていた。それはおそらく、さっき彼が手ずからベッドへ運んだ大切な友人を、この映像の主の悪意から、否、彼を脅かすすべてのものから守ろうという強い意志。

 しかし、そうして彼が懸命になればなるほどに。
 貝沼の狂気はその流量を増して、彼の中に注ぎ込まれていく。鈴木はまだ、その危険性に気付いていなかった。



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破壊のワルツ(22)

 前の章が短かったので(またか)2個目です。
 よろしくお願いします。


 この章は追記にしたほうがいいのかしら? と思ったんですけど……まあ大丈夫だろ。 色気ないしね。
 あ、暴力行為が苦手な方はご注意ください。←苦手じゃない、と言い切るのも人としてどうかと。





破壊のワルツ(22)






 薄暗い仮眠室の中に薪を探して、豊村は一番奥のベッドへと辿り着いた。
 飾り気のないパイプベッドの上に眠る、深層の姫君のような気高い美貌のひと。その白磁の肌に見惚れ、豊村は自分の白昼夢を強く恥じる。

 どうしてあの少年を、薪と見間違えたのだろう。比べ物にならない、この髪も肌も、重なり合った睫毛の麗しさも。

 静かに寝息を立てる艶めいたくちびると、それに続く小さなおとがいへの曲線に、触れれば自らその身を落すような、熟した果実にも似た誘惑を感じる。無意識のうちに豊村は、彼のやわらかい頬を指でなぞっていた。

「ん……すずき?」
 感触に目を覚ました薪が、長い睫毛を震わせながら男の名前を呼んだ。
 それは、特別な意味ではなかった。薪にしてみれば、自分の頬を撫でて起こすような人間は、鈴木以外にいなかった。だから彼だと思った。それだけだ。
 しかし、先日の室長室の一件からふたりの関係に疑惑を抱いていた豊村には、まったく別の意味に聞こえた。
 眠っているときに頬に触ったら、それは鈴木になるのか。それはつまり、そんな状況が生まれ得る関係にふたりはある、ということではないのか。

「ごめん、大丈夫だよ。もう戻るから……豊村?」
 豊村の姿を認めて、薪は自分の間違いに気付いた。亜麻色の髪をかき上げて秀麗な額を出し、はあ、と物憂げなため息を吐いた。それからゆるゆると上体を起こし、ベッドの上に片膝を立てた。ネクタイを外した胸元の、2つボタンが外れた襟から覗く肌が、眩しいくらい白かった。

「悪い、間違えた。てっきり鈴木だと思っ、!?」

 そのとき自分を突き動かした力の正体を、豊村はついぞ知り得なかった。
 ただ夢中で薪の肩をつかみ、ベッドの上に押さえつけた。驚いて声も出ない様子の彼に猶予を与えず、彼の細い首筋に強くくちづけた。

「やっ」

 薪の抵抗は弱々しかった。そのことにも、豊村は激しい怒りを覚えた。
 見かけは華奢だが、薪は柔道空手共に有段者の猛者だ。なのに、豊村の身体を押しのけようとするこの手の弱さは何事だ。しかも、ロクに声も出さない。隣の部屋には同僚がいるのだ、大声を上げれば彼らが駆け込んでくる、それが分かっているはずなのに、薪は息を荒くするばかりで声は発せず。彼がした抵抗といえばせいぜい、枕元にあった自分のネクタイや腕時計、ティッシュボックスなど、当たってもさして効果のないものを豊村に投げつけるくらいだった。

 男に襲われて、形ばかりの抵抗をして見せて。まるで逆に誘っているようだ。もしかしたら鈴木だけでなく、他の男ともこんなことをしているのか? もしや、官房長との噂も真実だったのか?

 そのとき、薪が強く抵抗できなかったのは、何日も食事が喉を通らないせいで体力が落ちていたからに過ぎないのだが、そんな彼の事情を慮る余裕は豊村にはなかった。

 自分が何をしたいのかも、豊村にはよく分からなかった。
 薪を抱こうという明確な意思があったわけでも、彼に対する抑えきれない恋情があったわけでもなかった。
 ただ、薪に裏切られたように感じていた。
 薪はこんな男じゃない、男相手に色をひさぐような真似はしない、自分なんかにいいようにされて大人しくしているような、プライドのない人間ではない。

 しかし、薪は彼にされるがままになっていた。ワイシャツのボタンを全部外され、ベルトに手が掛かってようやく、
「豊村、しっかりしろ。正気に戻れ」と型で押したような台詞を発しただけだった。
 おざなりな制止の言葉などで止まれるほど、豊村を支配していた衝動は弱くなかった。
「あッ……!」
 股間を強く握られて、薪は小さな声を上げて仰け反った。その反射的な反応が、豊村には彼の淫靡な性癖の証のように思えた。

 やっぱり室長は、男のひとに抱かれるのが好きなんだ。

 先ほどモニターに映っていた貝沼に犯される少年の映像と、鈴木や他の男に抱かれる薪の姿が、豊村の頭の中で混ざり合う。どこまでが虚像でどこからが現実なのか、その境界線は限りなく不明確だった。

 薪の肌に顔を埋めながら、豊村は泣いていた。
 強く吸うと簡単に痣がつく薪の薄い皮膚も、そのたびに反応する彼の身体も、彼の呼吸が荒くなるのさえ腹立たしかった。口惜しくてたまらなかった。
 豊村はその苛立ちを薪にぶつけ、薪の身体がそれに応じた反応を返すことでますます怒りを大きくした。

 ずっと信じていたのに。薪の高潔さを、ずっとずっと信じていたのに。
 堕ちるくらいなら、いっそ壊れてしまえばいい。

 気がつくと、豊村は薪の上に馬乗りになり、薪の首を締め上げていた。苦しそうに顔を歪める薪の、その被虐的な表情がぞくぞくするくらい綺麗だった。

「か……はっ……」

 つややかなくちびるが酸素を求めてしどけなく開き、中から赤く濡れた舌が見えた。
 豊村はそのくちびるを自分の唇で塞ぎ、舌を絡め、吸い。かつてない興奮を味わい、目の前が白くなるほどの官能にさらわれ、服も脱がないままに射精していた。




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破壊のワルツ(23)

破壊のワルツ(23)






 時刻が昼を告げ、鈴木は薪を起こしに仮眠室へ向かった。

 捜査に戻ることはないが、食事はさせた方がいい。食べたがらないのは分かっていたが、水分だけでも摂ってもらわないと。また病院の世話になってしまう。
 貝沼が捕まってからの5日間、薪は食事らしい食事をしていない。あの連続殺人が貝沼の仕業だと判明しただけでもかなりのショックだったろうに、彼が留置所で自殺を図り、その脳を自分達で検証しなければならないことになってしまった。
 正直なところ、鈴木は貝沼よりも、留置所の職員の不手際を責めたい気分だった。貝沼が自殺さえしなければ、きちんとした供述も取れただろうし、そうすれば薪の不関与もハッキリしただろう。裁判の結果死刑になって第九に脳が回されてきたとしても、それは何年も先の話で、薪の在任中ではなかったかもしれない。

「薪。大丈夫か?」
 薄暗い部屋の中、ベッドに座ってうなだれている薪の姿を見つけ、鈴木は彼に声を掛けた。窓辺に寄って、日光を取り込もうとブラインドのレバーに手を掛ける。
「開けるな」
 鋭く制止されて、鈴木は手を止める。声の主に目を凝らしてみると、驚いたことに薪は毛布を身体に巻いていた。
「どうしたんだ? 熱でもあるのか」
 今は夏の盛りだ。いくら冷房が効いているとはいえ、毛布が必要なほどの温度ではない。

「鈴木。僕のロッカールームから、ワイシャツ持ってきて」
 横になっていたから皺になってしまって、と言い訳のように付け加えた薪の声が微かに震えている。鈴木は問答無用でブラインドを開け、瞬間、焼けるような夏の日差しが部屋の中に差し込んだ。
 
 部屋が明るくなって、咄嗟に毛布で顔を隠した薪の手を強引に開かせ、鈴木は彼の有様に驚愕する。
 唇の端は切れて血が滲み、頬には引っかき傷があった。隠そうとする薪の手から毛布を奪い取ると、予想通り、彼の身体にはたくさんの痣がついていた。

「……豊村か」
 午前中、仮眠室へ入ったのは薪と彼だけだ。鈴木の席は一番左側の列で、右を見れば全員の姿が目に入る。上野と滝沢は、一度もモニタールームから出なかった。

 細い首筋にくっきりと残った手形を見つけて、鈴木は激しい怒りに駆られる。
 犯そうとしたが抵抗されたので首を絞めた。しかし、日中、しかも職場の仮眠室で? 隣の部屋では同僚が仕事をしているのに? 正気の沙汰とは思えない。

「違うんだ、鈴木」
「なにが違うんだ? 豊村に乱暴されたんだろ?」
 薪は立ち上がり、鈴木の手から毛布を取り返した。それで再び身体を覆うと、やるせなく首を左右に振り、
「このアザをつけたのは豊村だ。だけどあれは違う」
 立っているのも辛いらしく、薪はベッドにドサッと腰を下ろした。毛布に包まれた自分の肩を自分で抱くようにして、両足を座面に上げて膝を抱えた。

「豊村の眼は、正気じゃなかった」
 薪の声にも表情にも、陵辱されたことに対する怒りはなかった。意外なくらい静かな眼で、薪はとつとつと語った。
「貝沼の画に引っ張られたんだ。一時的に錯乱してただけだから、落ち着けば元に戻ると思って。だから僕も、騒がなかった」
 自分の前に突っ立ったままの鈴木を、薪は思い詰めた表情で見上げた。言おうかどうしようか迷う形にくちびるを開き、思い直して引き結び、前歯で下くちびるをきゅっと噛んだ。

「貝沼の脳は特別製だ。これ以上、見続けることは……危険かもしれない」
 仕事に対して、薪がこんな風に不安を訴えるのは初めてだった。薪はいつも強気で自信家で、貪欲なまでに捜査に積極的だった。その薪に、こんなことを言わせるとは。貝沼の狂気は本物だと、今更ながらに鈴木は背筋が寒くなる。
「でも僕は、ちゃんと調べたい。ちゃんと調べて、僕がこの事件に何の関わりもないことを証明したいんだ。だから」
「わかった。豊村や他の連中のケアはオレがする。最後まで頑張ろう」
 華奢な肩を両手で覆って、鈴木は力強く頷いた。薪を安心させる事が、今の自分の一番大事な仕事だと思った。
 
 薪は初めてホッとしたように微笑み、こくりと頷きを返した。鈴木は彼の唇の端を手で触って傷の具合を確認すると、戸棚から救急箱を取り出して傷の手当をしようとした。
「いいよ、大げさなことしなくて」
「顔の方は大したことないみたいだけどさ。その……あっちの方は大変なことになってるんじゃないのか?」
 鈴木が言い辛そうに言うと、薪は呆れた顔になって、
「鈴木。いくら僕だってそこまでされたら、大きな声で助けを呼んでる」
 と、いつもの傲慢さを取り戻して言った。

「未遂だから。安心しろよ」
「なんだ。オレはてっきり最後までやられちゃったのかと」
「下品なこと言うなよ! こんな所でそんなことまでできるわけないだろ!?」
「じゃあ、どこまでされたんだ? パンツの中に手入れられた?」
「いいから、さっさとワイシャツ持って来いよ!」
 深く追求するとまた薪を怒らせそうだったので、鈴木は彼に言われたとおり、ロッカーから着替えを持って来た。

「薪。食欲ないと思うけど、昼飯」
「食べる」
 即行で返って来た答えに、鈴木は驚く。
 いくら言っても駄目だったのに、どういった心境の変化だろう。
「豊村が襲ってきたとき、殆ど抵抗できなかったんだ。ずっと食べてなかったから、身体に力が入らなくて」
 薪は毛布をベッドに落すと、痣だらけの上半身にアイロンの掛かったワイシャツを纏い、さっと袖を通した。細い指先でボタンを留めながら、ハッキリした口調で言う。
「これから何があるか分からないから。食べなきゃ駄目だ」
 薪は根性がある。困難な場面でこそ闘志を燃やすタイプだ。頼もしいと思うと同時に、彼をよく知る鈴木は不安を覚える。

『貝沼の脳は特別製だ』と薪は言った。それは豊村が錯乱したことでも証明された。彼が精神的に未熟なのではない、貝沼が特別なのだ。鈴木でさえ何度か吐き気を覚えたくらいだ。そんな画を、今の薪に見せて大丈夫だろうか。
 薪は今、貝沼の凶行の原因が自分にあったのではないかと不安になっている。そんな精神状態であの画を見続けることは、彼の精神に決定的なダメージを負わせることになるのではないか。

 着替えを済ませる薪の背中で、鈴木はこっそりと決意を固める。
 薪が見る前に、すべての画を自分が見ておこう。そうして、薪が衝撃を受けそうな部分を予め報告書にしておく。何が映っているか前もって知っていれば、衝撃も和らぐだろう。

「あれ? 枕元に置いておいたネクタイと時計は?」
「その辺に落ちてない? ボックスティッシュとか時計とか、手当たり次第に豊村にぶつけたから」
 言われて床を探してみると、ベッドの下に薪の腕時計が落ちていた。が、ネクタイはない。
「時計はあるけど。ネクタイは見つからないな」
「おかしいな」
 他のベッドの下も調べたが、薪のネクタイはどこにも落ちていなかった。

「ネクタイの1本や2本、どうでもいいだろ。早くメシに行こうぜ」
「だって。あのネクタイ、西陣織だったんだぞ」
 鈴木もそれは知っていた。あれは昔、薪と一緒に京都へ旅行に行った折、記念にと1本ずつ買い求めたものだ。薪はそれをとても気に入っていて、何かあるときには必ず身に着けていた。
「小野田さんのところへ定例報告に行かなきゃいけないのに」
「その時は、オレのを貸してやるから」
 未練タラタラの親友を急きたてて、鈴木は仮眠室を出た。グズグズしている暇はない。薪に食事をさせて、豊村を探して、彼のフォローをしなければ。

 その後、薪のお気に入りのネクタイは、思わぬ場所で発見された。
 第九の資料室のドアノブに、輪になってぶら下がっていた。輪の中には豊村の首があり、彼は薪のネクタイにすべてを預けるようして息絶えていた。



*****


 原作では、薪さんのネクタイは使われてません。
 オリジナル設定ばっかりですみません~、てか、すでに薪さんの性格が……二次創作失格のような気がします。(^^;


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破壊のワルツ(24)

破壊のワルツ(24)






 夜の第九に、ハードディスクの回る音が密やかに響いている。

 広い研究室にたった一人、鈴木は徐々に近づいてくる少年の背中を見ていた。男の手が後ろから伸びて少年の口元を布のようなもので塞ぎ、20秒ほど押さえた。少年の身体から力が抜けて、腕の中に倒れこんでくる。
 少年が気を失っているうちに、男は彼を自分の仕事場に運び込んだ。彼の仕事は、そのほとんどが此処で為されていた。

 部屋の中にはベッドがあり、その四つ角には、上に横たわる人間を拘束するための鎖がついていた。シーツは白く清潔で、これは仕事のたびに新しいものと交換しているらしい。
 ベッドの脇には平たいテーブルがあり、その上には彼の七つ道具がきちんと並べられている。
 医療用のメス、幅広のナイフ、骨を切るための鋸。頭を断ち割るための鉄鎚。首を落すための鉈。それらを使うのは、宴も終盤に近付いたころだ。序盤のためには、鞭やライター、針や金串などが用意されている。

 悪趣味だな、と鈴木は心の中で唾を吐く。
 この少年で何人目だろう。ご丁寧に、ひとりひとり殺し方を変えて、殺す前には必ずいたぶってから辱めて。それも苦痛が長引くように、長い時間悲鳴が聞けるように、喉を割くのは最後の最後。
 
 男は少年の身体を荷物のように無造作に床に放ると、今日の得物を物色し始めた。しばらく迷った末に、ライターと金串を手に取り、床にうつ伏せになっている少年を見下ろす。
 床に降ろされたときに偶然そんな体勢になったのか、少年は正座をして額を床につけていた。短い後ろ髪から、白い首が覗いている。
 華奢な後ろ首が、薪に似ていると思った。

『私の配慮が足りず……誠に申し訳ありませんでした』
 記者会見の見事な答弁が嘘のように、薪はそれだけしか言えず、床にひれ伏した。豊村の両親を前に、床に着けた頭を上げることもできず、また、それ以外にできることがあろうはずもなかった。
 それが今日の午後のこと。鈴木の脳裏には、豊村の亡骸に取り縋って嘆く両親の姿が生々しく焼きついている。
 
 豊村の自殺によってもたらされた精神的打撃を慮り、残る2人の部下たちには帰宅するよう言い含め、鈴木は密かに特捜用の部屋に篭り、貝沼の捜査に当たっていた。
 薪は所長の田城の所へ赴き、事情説明とマスコミの対応について話し合っている。終わったら、鈴木の携帯に連絡をくれることになっている。
 もう2時間にもなるが、無理もない。こんな事態は第九始まって以来だ。捜査官が自殺、それも室長のネクタイを用いて首を吊っていたなんて。

 不意に画面が明るくなって、鈴木はハッと目を見開く。
 それは貝沼の手によって点火されたライターの炎だった。貝沼はライターで金串をあぶると、それを無造作に少年の腕につきたてた。二の腕の上部から差し込んで、脇下まで貫通させる気らしい。
 鎖につながれた少年の腕の内側から、やがて金串の鋭い切っ先が現れる。突き抜けた串の先は脂に塗れた血でてらてらと光り、不気味なアクセサリのように少年の細い腕を飾っていた。
 それを皮切りに、貝沼は少年の身体に何本もの金串を刺し始めた。痛みにのた打ち回る少年の姿を見るのは辛かった。指先や急所を串で貫かれたときには、顔は見えずとも彼の絶叫が聞こえてきたような気がした。
 いっそ楽に殺してやりたいと思った。手足やわき腹を刺され、体中血を流しながらそれでも死ねない。心臓や大きな動脈は避けて、痛みの鋭い指先や敏感な内側の部分を重点的に責めている。貝沼は苦痛の長引かせ方を心得ていた。

 気が狂いそうな痛覚の中で、少年は徐々に弱って行った。逃れようと鎖を引っ張る力が弱くなり、やがてだらりと彼の腕がベッドに投げ出された。
 貝沼は少年の手足から鎖を外すと、彼の両足を広げて肩に担ぎ上げた。それから、そこだけは汚さずに残しておいた彼の後孔に自身を埋めると、激しく彼を揺すった。
 少年はもう、何も感じていないように見えた。犯される苦痛は、金棒を刺されるより軽かったのかもしれない。

 彼の何も映していないガラス玉のような茶色の瞳が、豊村家からの帰り道、助手席に座って呆然と前を見ていた薪の瞳に重なった。
 無気力で、陰鬱で、一切の思考を停止した状態。あんな薪を見たのは初めてだった。
 
 欲望を遂げて満足した貝沼は、少年の白い喉をナイフで切り裂いた。ようやく少年の苦痛に終わりが来たことに、鈴木は絶望すると共に安堵した。彼はもう、苦しまなくていいのだ。
 喉を裂かれて息絶えている彼は、鈴木の眼から見ても美しかった。
 真っ白になった顔と、涼やかに開かれた琥珀の瞳。長い睫毛がその周りを縁取り、薪に良く似た小さな鼻が、その下に奥ゆかしく収まっていた。細い顎もふっくらとした頬も、彼の純潔を証明するかのように真白く輝いている。なのに、喉元を飾る真っ赤な血とのコントラストに眩暈にも似た艶美を感じるのは何故だろう。

 貝沼は医療用のメスを使い、少年の皮膚をはがし始めた。現れた血まみれの組織をじっくりと観察する様は、この中に何が詰まっているのだろう、と熱心に仕事をする研究者のようだった。
 
 彼は、どうしてこんなに美しいのだろう?
 どこかに潜んでいるに違いない、彼を輝かせる何かが。自分を惹きつける原因となる何かが。この細い肢体の中に、必ずあるはずだ。
 それを見つけなければ、自分は――――― 俺は、彼に再び合間見えることはできない。

 薪さん、見てくれよ。見て、俺を褒めてくれ。
 俺はあんたに認めて欲しくて、こんなに頑張ったんだ。あんたがどうしてそんなに輝いて見えるのか、どうしてこんなに愛おしく感じられるのか、その理由を知りたくて、知ればあんたに近づけると思って、だから俺はあんたに似た男の子を探して、彼らの中までしっかり探して、たくさんたくさん探して―――――。

「――――― っ!!」
 鈴木は寸でのところで、画面から眼を離した。肩で息をし、冷や汗で濡れた額を手で拭う。

 これで何度目だ、聞いたこともない貝沼の声が聞こえてきたのは。
 薪が貝沼と面識があったことを聞いていたせいか、聞こえてくる幻聴は、貝沼が薪に見せるために少年たちを殺し続けたという内容のものばかりだった。
 いや、原因はそれだけではない。鈴木自身の願望が、貝沼の幻聴に現れているのだ。
 12年前、薪と別れてから、何度彼を幻想の中で抱きしめただろう。この腕に確かに残る彼のぬくもりを思い出し、そのしなやかな身体を目蓋の裏に甦らせ、飽きることなくそのすべてを愛して―――――。
 彼に近づきたい、誰よりも彼に愛されていたい、それは鈴木がずっと心の奥底に眠らせてきた薪への想い。彼の未来のために、自分は友として彼を支えていこうと決意しながらも、どうしても消しきれなかった彼への恋心。

 どういうわけだろう。この残虐な画を見るたびに、彼に恋焦がれる気持ちが強く蘇ってくるのは。
 貝沼の犯行に薪の存在が関わっていることを示唆するものは、どこにも出てこない。せいぜい、被害にあった少年たちが薪に似た部分を持っている、ということくらいだ。しかしこれは、さして重大なことではないと鈴木は考えている。見目麗しい人間同士、共通点があって当たり前だ。鈴木には最近のアイドル歌手は、みんな同じ顔に思える。
 なのに、どうしてそんな幻聴が聞こえてくるのか。
 俺が薪の無関与を信じないでどうする。薪が貝沼に会ったのは、今から2年4ヶ月前、たった一度きりのことで……。

 思い当たって鈴木は、画像を過去に遡らせた。
 2人が出会った2057年の4月、その時の様子を見れば、あるいは何か―――――。

 その時期のデータを引き出すと、一転して画像は薄汚れたものばかりを映すようになった。
 ポリバケツの中の残飯、ゴミ捨て場に捨てられた衣類。貝沼はそれらを懸命に探し、持ち帰ろうとして近所の主婦や飲食店の店主に見咎められ、何も持たずにその場を去った。とぼとぼと歩きながら時折空を見上げる様子に、彼が雨の心配をしているのだとわかった。

 住むところがない彼が見上げるのは、灰色の空ばかりだった。晴れた日には、雨の心配はない。空を見ている暇があったら、下に落ちている食べ物を探したほうがいい。
 そんな彼の眼に映る風景は、色素の薄い灰色の風景だった。樹木も花も動物たちも、薄いグレーのフィルターが掛かったように、ぼんやりとしていた。
 特に、人の顔ははっきりしなかった。まともに他人の顔を見ることも少なかった貝沼は、自分を警察に突き出そうとしたスーパーの保安員の顔すらも鮮明に見えてはいなかった。もちろん、保安員が自分の身柄を預けた若き警官の顔も。

『あなた、お名前は?』
 そう訊かれたとき、貝沼は初めて彼の顔を見た。
『貝沼清孝さん。僕は薪と言います』
 律儀に自分の名前を名乗り、身分を明らかにし、それは多分、貝沼が長いこと他人から与えられなかった人としての関与。
 誰も自分の名前を聞いてくれた人はいなかった、誰も自分の名前を教えてくれる人はいなかった、彼はずっと誰からも、人間として見てもらえなかった。ゴミを漁る薄汚い生き物としてしか、扱われてこなかった。

『さっきの店員さんが言ってたように、新しい研究室で、新しい捜査方法を確立させようと頑張っています。僕も頑張りますから、あなたも頑張りましょう』
 にっこりとこちらに微笑みかけた彼を見た瞬間、視界を覆っていた薄灰色のヴェールはさっと払われ、代わりにまばゆい光の本流が貝沼の視界に注ぎ込んだ。
 
 鮮やかに映し出された彼の姿、その鮮やかさは徐々に周囲に伝播し。貝沼の世界は、色とりどりの美しいもので満たされた。
 春の空の朧月、妖艶に花開いた公園の夜桜。薄い雲を払う夜風にまで、美しい彩色がなされているかのように、ありとあらゆるものが彼の前で、新たに生まれ変わっていくようだった。

『お引取りいただいて結構です』
 目の前にスーパーの袋が出され、さりげなく手に持たされた。背を向けて去っていく彼が、ふと立ち止まり、ゆっくりとこちらを向いた。
 少し困ったような薪の笑みに、貝沼の視界は不意にぼやけた。手の甲に雫が落ちるのを見て、泣いているのだと解った。薪は慌てて駆け寄ってきた。
 腕に細い手が置かれた。下から心配そうに眉根を寄せた顔が、自分を覗き込んでいた。

 信じられないくらい、きれいな睫毛だった。透き通るように純粋な瞳だった。こじんまりした鼻と、小さなくちびるが愛くるしかった。白い頬は真珠のように奥ゆかしい光を放ち、亜麻色の髪は街灯の光を受けてきらきらと輝いていた。

 つややかなくちびるが開きかけたとき、鈴木は思わず身を引いた。
 心臓が高鳴っていた。息を整えようとしたが、耳鳴りがして、上手にできなかった。

 この画だけでは、確証にならない。ならないが。
 間違いない。

 鈴木の捜査官としての本能、否、10年以上も彼を見つめてきた鈴木の中に培われた、彼を害するものに対する警戒本能が、それを告げていた。
 それと同時に。
 鈴木は強く思っていた。

 薪、オレの薪。誰にも見せたくない、オレだけの薪。
 それが、貝沼の想いが現れた画の影響に過ぎなかったとしても。
 もしもこれ以上、薪がオレ以外の人間にその心を分け与えるなら。彼の擒になった人間の、激しい感情の発露を目の当たりにするようなことがあれば。そのときは。
 俺はもう、薪への気持ちを抑えきれない。どんなことをしてでも彼を自分のものにしたくなる、そのとき、俺はひとではなくなる。

 机の上の携帯が震えて、鈴木が心待ちにしていた人からのメールの着信を報せた。しかし、鈴木の耳も頭も、その静かな振動音を捉えることができるほど冷静ではなかった。
 そしてこの些細な時間のずれが、更なる悲劇の引き金を引くことになる―――――。



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破壊のワルツ(25)

破壊のワルツ(25)




 所長室がある管理棟まで迎えに来てくれるものと思っていた親友の姿がいつになっても見えないので、薪は仕方なく第九へ戻った。歩きながら携帯を鳴らしてみるが、鈴木は一向に電話に出ない。さては雪子とでも一緒にいるのか、と思い、重い足取りが更に重くなった。
 モニタールームに入ると、案の定鈴木はいなかった。
 ずいぶん待たせてしまったから、先に帰ってしまったのだろう。それなら一言言ってくれればいいのに、と強く憤慨し、その苛立ちの強さに、今夜どれだけ自分が彼に傍にいて欲しがっているのかを悟って、泣きたくなった。

「室長」
 無人と思われたモニタールームには2人の部下がいて、薪を驚かせた。鈴木は彼らを先に帰らせると言っていたが、どうやら薪を待っていたらしい。
 自分の席に座っていた上野が立ち上がって、薪を真剣な眼で見て言った。
「豊村のこと、詳しく聞かせてください」
 自分の仲間が自殺したのだ。その理由を知りたいと思うのは当然だ。
 薪は心の底から疲れ果てていたが、彼らの気持ちを汲んで、所長に報告したことをもう一度繰り返した。
「貝沼の画を見て、錯乱して自殺。残念ながらそういうことだ」
 田城に話したことを簡潔に伝えると、薪はそれで話は済んだというように、彼らに早く帰るよう促した。非情なようだが、豊村が死んでも捜査は続ける。所長や局長とも話し合って決めてきたところだ。彼らの精神の安定のためにも、しっかり休息をとらせるべきだ。

「これからも捜査は続けるが、1時間に10分以上、必ず休息をとることにする。夕方は定時まで、夜は捜査をしない。常に2人以上で行動し、言葉や態度に何か不審な兆候が現れた際には、すぐに僕か鈴木に報告を」
 泊り込みの捜査は第九では珍しくないが、今回は犯人の死亡が確認されていることと、なによりも自殺者が出たことで、その再発防止対策を明確にする必要があった。薪は明日の朝礼で発表する心算だったことを、その場で彼らに説明した。

「俺たちは、そんなことが聞きたいんじゃない」
 強い口調で遮られて、薪は声の主を見上げる。薪より20センチも高い位置にある険しい顔を、薪は訝しげに見つめた。
「豊村は、何故死んだんだ?」
「何故って……今、言っただろう。貝沼の画に影響されて、自殺を」
「それだけか?」
 滝沢の口調と目つきに、不穏なものを感じる。これは上司を、仲間を見る眼ではない。取調室で容疑者を見る捜査官のそれだ。
「どういう意味だ」
「おまえのせいじゃないのか、薪」

 直接的な言葉で詰られて、薪は怯んだ。
 責任は感じている。豊村は貝沼の画に影響されて錯乱したのだ、それが分かっていて、でもまさか、彼がその直後にあんな行動を取るとは予測できなかった。他人への破壊衝動が自分へとその向きを変える、その可能性はゼロとは言い切れない。しかしあの時は思いつかなかった。
 あのとき豊村は、不意に薪の首に掛けた手を緩めた。そして逃げるように仮眠室から出て行った。
 その独特の動きと異臭で、彼が突然錯乱状態から醒めた理由を知った。薪にも経験があるが、男の生理は単純だ。抜けば頭は冷える。そういうことなのだろうと思った。
 落ち着いたら、帰って来るだろう。そうしたら「気にするな」と言ってやればいい、と簡単に考えていた。

「彼の行動を予見し切れなかったことは、申し訳ないと思っている。その責任を問うというのなら、上申書でも告発文でも書けばいい」
「ちがう、そんな間接的なことじゃない。俺が言ってるのは、あんたが豊村を殺したんじゃないかってことだ」
 薪は驚いて眼を丸くし、二人の部下の顔を交互に見た。
「ストレート過ぎだ」と上野が滝沢を嗜めるが、彼もまた疑いの眼差しで自分を見ている。しかし、どこからそんな疑いが出てきたのか、薪には不思議でならなかった。

「馬鹿な。どうして僕が豊村を」
「じゃあ、これはなんだ」
 滝沢は急に薪の襟元をつかむと、ネクタイを緩めて引き抜いた。それから力任せに、薪のカッターシャツの前を開いた。白いボタンが弾け飛ぶ。
「やめ……!」

 無理矢理おろされたシャツを背中に回され、薪は後ろ手に腕を拘束された。隠す術を持たない彼の裸体に、ふたりの男の視線が突き刺さる。
 首から下に付けられた無数の赤い痣。それは白い肌に扇情的に映えて、友人を亡くしたばかりの彼らに相応しくない感情を掻き立てた。
「滝沢、やり過ぎだ」
 上野の制止をひと睨みで切って捨てて、滝沢は薪の腕を握る手に力を込めた。現場で鍛えた捜査官の睨みに、上野は弱気に眦を下げる。滝沢と上野では格が違う。止められるわけがなかった。

「豊村に乱暴されたんだろう? それで豊村を」
「ちがう!」
「では何故、豊村はおまえのネクタイで首を吊ってたんだ?」
「そんなこと、僕が知るか!」
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、怒る気にもなれなかった。そんな単純な頭でよく刑事が務まるな、と言い返してやりたかった。

「滝沢、手を放」
「何をしている!」
 大音量の鋭い恫喝に、その場の誰もが竦み上がった。ぎょっとして振り返った3人は、自動ドアから現れた副室長の姿を眼にしてなお、声の主を探した。あの温厚な鈴木が、こんな声を出すとは信じられなかった。
 鈴木は眼を血走らせ、顔を怒りで赤黒く染めて、こちらに走ってきた。滝沢の手から薪の身体を強引に奪い取ると、彼を2人の部下から護るように自分の胸に抱きしめた。
「上官に対する暴力は、重大な職務違反だ。2人とも査問会の覚悟をしておけ!」
 
 一方的に部下を悪者呼ばわりするとは、彼らしくない。豊村のことがあって平静ではいられなくなっているのだろうが、それは上野たちも同じだった。
「暴力を振るっていたわけじゃありません。俺たちはただ、どうして豊村が室長のネクタイで死んでいたのか、その理由を知りたくて」
「それだけじゃない。研究所内の不審死だ、普通なら司法解剖だろう。それをせずに、遺体をさっさと遺族に返したのは何故だ」
 鈴木は薪を抱きしめたまま、凄まじい眼でふたりを睨んだ。まるで親の敵でも見るような怨みの籠もった視線に、上野の腰が引ける。

「何を言い出すんだ、豊村の遺体は検視官がちゃんと調べただろう。その上で自殺の判断を下した。司法解剖をする必要はない」
「そうかな」
 上野は鈴木の剣幕に口を噤んだが、滝沢は食い下がった。年齢的にも捜査官としての実績も自分は引けを取らない、という自信があるのだろう。
「丹念に調べられたらまずい事があったんじゃないのか? 豊村の爪の間から薪の皮膚片が出てきたら、言い逃れのしようがなくなるから、だから圧力を掛けて」
「錯乱した豊村に襲われたんだ、皮膚片くらいついてるだろうさ。でも、それは殺人の証拠にはならない。
 滝沢、おまえは優秀な捜査官という触れ込みだったが、どうやら間違いだったらしいな。その調子で今まで、何人の冤罪を出してきたんだ?」

 鈴木と睨み合っている一人を除いて、残りのふたりはそれぞれの立場から驚いていた。
 薪は、親友のこんな姿を一度も見た事がなかった。鈴木は常にやさしく、相手の気持ちを第一に考えてものを言う男だった。上野は上野で、第九の母親的存在の彼が、自分達に対して牙を剥くこと自体に驚いた。鈴木はいつもニコニコと自分達の不満を聞いてくれ、時に諭し、時に室長に進言してくれる。そうして第九の融和を図ることを最優先に考えていた彼が、こんなに好戦的に皮肉を言うなんて。

「おまえらが薪に下らない疑いを掛けていたことはわかった。が、それと薪のシャツを脱がすことと、どういう関係があるんだ? 自白させるために拷問でもする気でいたのか」
「まさか。俺たちだって、本気で室長が豊村を殺したなんて思ってないです」
 止まらない鈴木の舌鋒を受けて、上野が懸命に自分達の言い分を主張する。滝沢が暴走しているのも事実だ。ここは自分が収めないと、決定的な亀裂が入ってしまう。
「でも、豊村がその……室長に乱暴を働いたことを知って、室長のプライドの高さは知ってますから、つい不安になって」
「そんなことくらいでいちいち殺したりするか!!」
 下手に出た心算が一喝されて、上野はますます身を縮こめる。普段怒らないひとに怒られるのは、ものすごく怖い。

「薪はな、昔っから襲われキャラなんだ! 電車に乗れば痴漢に遭うし、道を聞かれれば物陰に引きずり込まれるし、倉庫で片付け物をしてれば床に押し倒される!」
「鈴木っ! なに人の過去暴露してくれてんだよ!!」
「裸に剥かれて突っ込まれる寸前なんて、両手で足りないくらい経験済みなんだよっ! 日常茶飯なんだ、あんなの!」
「ちょっと待ってっ! 鈴木、僕を社会的に抹殺しようとしてる!?」
 これ以上鈴木に喋らせたくなくて、薪は必死に声を上げた。彼がずっと自分を抱きしめたままなのも気になっていた。鈴木は今まで、人前では絶対に自分の身体に触れなかったのに。

「とにかく、薪は殺していない」
 鈴木はその一言でその場を切り上げ、薪を庇いながら室長室へ入って行った。緊張の糸が切れたように、上野がどっかりと椅子に腰を下ろす。
「こ、怖かった……あんな副室長、初めて見たよ」
「ふん、馬脚を現したな。聖人君子を気取りながら、中身はあんなもんだ。大事な大事な薪のためなら、一瞬で鬼になれるんだ」
「滝沢も悪いんだぞ。あんなやり方して」
 仲間が死んで哀しかったのは上野も同じだが、滝沢はそれを怒りに変換させてしまったのだろう。辛い気持ちを誰かにぶつけなければ、やりきれなかったのかもしれない。

「なあ。本気で室長を疑ってるわけじゃないんだろ? あの人のことだ、本当に殺人を犯すとしたら、自分のネクタイを使って絞め殺すなんて真似はしないだろ」
「しないだろうな。やるとしたら、日を改める。自分に嫌疑が掛かるようなヘマはやらないだろう。でもな」
 滝沢はギロッと目を剥き、ドアの向こうの薪を見据えるように強い眼差しで室長室の方向を睨んだ。
「あのプライドの高い男が、そんな辱めを受けて黙ってるわけがない。正気に戻って、自分のやったことを悔やんでいる豊村に、死んで詫びろとでも言ったんじゃないか」

 座っている上野を見下ろして、滝沢は断定的に言う。
「きっと豊村は、室長のせいで死んだんだ。あの室長なら言いかねない」
「滝沢……ちょっと落ち着けよ。場所変えて話そうぜ」
 室長室の薄いドアに気兼ねして、上野は声を潜める。これ以上ここで話していると、また副室長に怒鳴られそうだ。

 上野は立ち上がり、鞄を持って滝沢の背中をぽんと叩いた。
 自分たちは今日、同僚を亡くしたのだ。彼の思い出も語りたかったし、その相手は同じ職場仲間の滝沢が相応しいと思った。
 滝沢は苦く笑って、自分も鞄を取り上げると、上野と並んでモニタールームを後にした。




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破壊のワルツ(26)

 こんにちは。

 昨日は身内の記事 (R355バトル) に拍手をいただいて、ありがとうございました。
 そうですね、嫁いで15年になりますけど、こういうことは初めてでございました。 貴重な体験でした。 もう二度とごめんですけどね☆ 

 会社にも、何回かに分けて、延べ10人くらい警察の方が来たんですけど。 
 ホンモノの警察手帳、初めて見ました~。 厚みがあって、重そうでした。 (さすがに触らせてくださいとは言えなくて。後悔)

 警備を強化しようと、昨日、早速センサーライトを増設し、資材置き場に置いていたトラック類を家の庭に移しました。 
 それでもオットはやっぱり不安で、眠れない日々が続いているみたいです。←びびり。 
 わたしは眠ってますけどね。(笑)


 お話の方も佳境です~。
 きっと薪さんたちも眠れない……。






破壊のワルツ(26)






 室長室のロッカーからジャケットの上着を出して、薪はボタンの取れたワイシャツの上に羽織った。シャツの替えは一枚しかなかったので、今日はこのまま帰宅するしかない。

「それじゃ電車に乗れないだろ。タクシー使うか」
「うん」
 ロッカーの前に立ったまま、鈴木の言葉に素直に頷いて、薪は力なくうなだれた。
 そんな彼が、鈴木は可哀想でならなかった。
 部下に殺人の容疑を掛けられた、それも、被害者は可愛がっていた部下だというのに。自殺の道具に自分の持ち物を使われて、一番傷ついているのは薪なのに。

「薪、元気出せ。あいつらだって本気で言ったわけじゃない」
 口ではそう言いながら、鈴木の中では彼らに対する激しい怒りが渦を巻いていた。薪を傷つけた彼らを、絶対に許せないと思った。
「分かってる。あいつらだってバカじゃない。ただ、僕は第九が」

 長い睫毛が瞬いたかと思うと、ほろっと丸い雫が亜麻色の瞳から零れ落ちた。
 他人には見せないが、昔から薪は、けっこうな泣き虫だ。豊村の自殺、検視の立会い、上への報告、遺族への対応、それらの仕事をこなしながら、ずっと我慢していたに違いない。
「この研究室は、僕と鈴木で立ち上げて、ふたりでここまで大きくしてきた。その第九が……このままじゃ、ボロボロになっちゃう」
 子供のように口元を歪めて、ロッカーの扉に向かって訴える彼の細い肩が不規則に震えていて、鈴木はいたたまれなくなる。薪がこんな哀しい思いをするなんて、あってはならない、間違っている、この世界は間違っている、と強く思った。

「局長は、自殺者が出た以上はMRI捜査そのものを見直す必要があるって。捜査員たちの精神的苦痛は前々から問題になってたけど、それを放っておいた室長と所長の責任を追及するって。
 それだけだって打撃なのに、みんなもうバラバラで……豊村はあんな死に方して、上野も滝沢も、ここを辞めたいって言い出すかもしれない。そうしたら」
 前置きもなく、鈴木は後ろから彼を抱きしめた。薪は驚いて身を固くし、息を呑んだが、鈴木の腕を振り払うことはしなかった。彼はそっと身体を回し、鈴木の胸に顔を伏せると、細い腕を回して大きなシャツの背中をぎゅっとつかんだ。
 小さな亜麻色の頭を撫でながら、鈴木はもう一方の手で彼の華奢な背中を抱く。薪はこうしてやると落ち着くのだ。

「辞めたいやつは辞めればいい」
 薪の呼吸が落ち着くのを待って、鈴木は強い口調で言った。
「心配するな、第九は潰れない。オレと薪がいれば、第九は再生できる。新しい職員はオレが引き抜いてきてやる。あいつらの100倍優秀なのをな」
 ぽんぽんと背中を叩いて、鈴木は腕を緩める。大きな背中を丸くして、自分より大分背の低い親友の顔を、間近から覗きこんだ。

「ふたりで創った研究室だろ。ふたりでやり直せばいいじゃないか」
 ニッコリ笑ってそう言うと、薪は泣き笑いの、何ともかわいらしい顔になって微笑んだ。

「鈴木。こないだ僕に、『辞めたいやつは辞めろなんて、室長が言っていい言葉じゃない』って言わなかったっけ」
「そうだな、室長は言っちゃダメだな。でもオレ、副室長だから」
「ええ~、なんかズルイ」
 ぷうと膨れた薪の頬を突き、鈴木は携帯で馴染みのタクシー会社に電話を入れた。直ぐに伺います、との返答を受け、科警研の正門で待つこと2分。タクシーの後部座席に並んで乗り込み、上野、横浜とそれぞれの自宅を告げた。夜は自宅で休む事が捜査を続ける条件だ。それを室長が破るわけには行かない。

 薪の自宅は職場のすぐ傍だ。車で5分も掛からない。引き換え、鈴木のほうは少々遠い。横浜の実家から毎朝40分、だから夜が遅いときにはしょっちゅう薪の家に泊めてもらっている。
「鈴木。泊まってけば?」
「いや、今日はいい。また今度な」
 薪の誘いは嬉しかったが、鈴木にはやる事があった。

「鈴木」
 自宅が近付いてきて、薪は小さな声で、でも力強く鈴木に話しかけた。
「絶対に守っていこうな。僕たちが立ち上げた研究室を」
「ああ。オレたちの第九だもんな」
 鈴木の言葉に力を得て、薪は生き生きと瞳を輝かせる。強気な表情でくちびるを吊り上げ、いっそ不遜ともとれる挑戦的な笑顔で、
「何があっても守ってみせる。僕は第九の室長だ」
 
 そうだ、薪はこうして高慢に笑っていないとダメなんだ。オレが守ってやる、この笑顔をオレが絶対に守ってやると、鈴木は繰り返し心に誓う。

 何でもする。
 薪を守るためなら、オレは何でもする。他人に何と罵られようと、どれ程の人間を苦しませようと、オレにとって一番大事なのは―――――。

 その考えが。
 すでに闇に囚われた狂人の妄執であったと、どうしてその時の鈴木に気付くことができただろう。

 鈴木はただ純粋に、彼の幸せを願い、彼の喜ぶものでこの世を満たそうと思った。彼の憂いを払い、彼の苦痛を消し去り、その頬に二度と涙が落つることのないように。自分の持てるすべての力を傾けて、彼の安息を守ろうと思った。

 薪の背中を見送り、彼の部屋の明かりが点くのを確認してから、鈴木は運転席に向かって言った。
「すみません、行き先変更で。科警研へ引き返してください」


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破壊のワルツ(27)

破壊のワルツ(27)





 行きつけの居酒屋への道すがら、上野は滝沢に昔話をしていた。
 自分の2ヶ月後に、豊村が第九に入ってきたこと。その頃いた職員も後から入ってきた職員もみんな異動してしまって、彼と自分だけがあの室長の下で2年も耐えていた、という内容のことを冗談交じりに話した。

「豊村はさ、あの性格だから。叱られれば凹むけど、褒められればすぐ立ち直る。うちの室長と副室長は北風と太陽みたいなもんだから、あいつ、いいように操られて」
 豊村の愛すべき単純さを思い出して、上野は苦笑する。あんなに明るくていいやつだったのに、どうしてあんなことを。室長に乱暴を働いたことも、自殺したことも、まだ信じられない。

 貝沼の画は確かに凄まじかったが、上野には他の猟奇事件をパワーアップしたくらいにしか感じられなかった。だから正直に言うと、豊村がどうして貝沼の画に引きずられたのか、解らなかった。豊村だけではない。室長がMRIを見て貧血を起こしたのも初めてだったし、副室長の鈴木があんなに目を血走らせているのも初めてだ。
 自分にはさほど影響を与えない貝沼清孝の画。彼らと自分の違いは、どこにあるのだろう?

「それに、豊村は室長に憧れて第九に来た口だから。うちの室長は、あの実績であの性格だからな。好かれるか嫌われるか、両極端でさ。前に第九を辞めてったやつなんか」
「憧れが高じて、あんな暴挙に出たというわけか。しかし、それは愛情の裏返しだったわけだろう。それなのに、自殺するほど責めるなんて……やっぱり俺は、室長を許せない」
 上野はちょっと考えて、しかしやっぱり自分の意見を言うことにした。滝沢は、同僚を失った悲しみのせいで視野が狭くなっている。彼の凝り固まった気持ちをほぐしてやりたいと思った。

「言わないと思う」
 滝沢よりも、自分の方が薪との付き合いは長い。彼の人となりは、滝沢よりも知っているという自負があった。
「室長はたしかに口が悪いし、嫌味も皮肉も半端ないけど。仕事に対する情熱だけは本物だ。どうしてそんなに一生懸命に仕事をするのか、訊いた事がある。そうしたら、人の命を奪う行為が許せないって言ってた。だから、人に向かって死ねとは言わないと思う」
 上野は滝沢を穏やかな眼で見つめ、彼の気持ちを宥めようとした。以前、自分と豊村が副室長に室長への不満を訴えた折、彼が自分たちに向けてくれた暖かい笑顔を思い出して、彼のように相手の気持ちに寄り添おうと努めた。

「それに、豊村は室長を尊敬していたから。豊村がこの様子を見たら、きっと悲しむよ」
「おまえはいいのか、上野。おまえが2課で不遇をかこったのは、室長の」
「あれはもういい」
 副室長を真似て、寛大にひとを許そうと思った。今夜の鈴木は尋常ではなかったが、明日になればいつもの彼に戻るだろう。同僚があんな死に方をしたのだ、今夜は誰もが平常でなくて当たり前だ。
「何かの間違いだ。室長、そんなに器用なタイプじゃない。本当だったとしても、そこまで俺を買ってくれたと思うことにする。そのほうが建設的だろ」
 上野が笑って見せると、滝沢はむっつりと考え込む様子だったが、やがてこくりと頷いた。彼は尊大な雰囲気を持ってはいるが、決して頑固ではない。
「分かった。おまえがそう言うなら、俺ももう、この件に関しては騒ぎ立てすまい。明日室長に謝罪して、一からやり直しだ」
「ああ、明日のほうがいい。俺も一緒に謝りに行く」

 科警研の裏庭を抜けた時、上野の携帯が鳴った。母親からだった。同僚が事故にあって亡くなり、それで今日は遅くなる、と伝えて電話を切った。
 同僚に母親との会話を聞かれたのが何となく気恥ずかしくて、上野は照れ隠しにエヘヘと笑った。
「うちのお袋、心配性でさ。残業のときは必ず電話してたんだけど、今日はあの騒ぎで」
 何気なく携帯の画面を見ながら、言い訳めいた口調で30近い息子の帰りが8時を回ったくらいで電話してくる過保護な親の説明をしていた上野は、液晶画面の右上に点滅する小さな封筒のマークに気付いた。

「あれ。メール着てる」
 歩きながら手馴れた手つきで操作をし、受信ボックスを表示する。そこに現れた名前を確認して、上野の足が止まった。

「…………豊村からだ」

 隣で滝沢が歩みを止め、上野を見つめた。
 夏特有の蒸し暑い風が2人の間を通り過ぎ、彼らがそれぞれの手に持ったジャケットの裾をはためかせた。
 画面に眼を走らせ、上野は低い声で言った。

「滝沢。どうして豊村が室長を襲ったことを知っていたんだ?」
「さっき言っただろう。豊村から聞いたんだ。自分のしたことを、とても悔やんでいた。だから豊村はきっと」
「『上野、おまえにだけは告白しておく』」
 画面に打ち出された文章を読み上げて、上野は信じがたい思いで目の前の同僚を見た。

「俺にだけ、と書いてある。どうしておまえが知ってるんだ」
「何をこだわってるんだ、上野。そのメールを打ったあとに、俺が豊村と話をして彼から真実を聞いた。それだけの話だろう」
 突然頑なになった上野の本意がわからず、滝沢は首を傾げた。慌てる様子もなく落ち着いている彼を見て、上野は自分の脳裏を過ぎった不安の正体を知る。
 滝沢は、豊村の死を悼んでいる振りをしていただけではないのか。彼の目的は豊村の無念を晴らすことではなく、室長を陥れるため。逆に、豊村の死を利用して……?

 上野は、携帯の画面を滝沢に向けて、彼の前に突き出した。滝沢は冷静にそれを読み、重々しく頷いた。
『俺は室長にひどいことをしてしまった。許してもらえるとは思っていないが、謝罪の上、責任を取るつもりだ』
「かわいそうに。やっぱり、豊村は自分のしたことを悔やんで」
「謝罪の上、と書いてある。書いてある以上、豊村は室長に詫びを入れる前に死んだりしない。それに『責任を取る』って、こういう場合普通は『辞表を書く』という意味じゃないか?」
「いや、豊村ははっきり言った。あんなことをしてしまって、俺にはもう生きる資格がないと……そんなことはないと慰めたんだが、力不足だったらしい。そう考えると、豊村の自殺は、俺にも責任が」
 上野は親指をすばやく動かして、画面をスクロールした。豊村の最後の手紙の下方には、彼の最後の言葉が残されていた。

『滝沢には、気をつけろ』

「これは、どういう意味なんだ? これを打ったときの豊村が、錯乱してたとは言わせないぞ。あいつは正気に戻ったからこの手紙を書いた、そうだろう?」
 上野は画面を滝沢に近づけ、彼に詰め寄った。
 今回の事件で、室長も副室長も何かを隠しているが、滝沢も同じだ。上司2人には言えないこともあるのかもしれないが、せめて同僚の彼だけは、自分にすべてを打ち明けてほしかった。

 滝沢は黙って上野の様子を見ていたが、やがて肩をすくめると、おもむろに鞄と上着を地面に置いた。
 上野が彼の行動の意味を考える間もなく、滝沢は彼の後ろに回り、太い腕で彼の総頚動脈を圧迫した。痕が残らないように、指ではなく面積の広い腕を使う。現場の経験が長い滝沢にとって、それは当たり前の知識だった。

「ったく。おまえみたいに種を蒔いても、芽の出ないやつもいるんだな。役に立たないやつは、死ねよ」

 腕の力を徐々に強くしながら、滝沢は豊村との最後の会話を思い出している。
 まさかあのとき、豊村が自分と会話をしながら上野にこのメールを残していたとは。単純な男だと決め付けて、彼を侮っていた。

 仮眠室から出てきた豊村の様子は、明らかにおかしかった。貝沼の画を夢中で見ていた他の2人は気付かなかったようだが、目的を持って彼を仮眠室に送り込んだ滝沢には、一目瞭然の異変だった。
 彼の後を追って、滝沢はそっと執務室を離れた。
 豊村はおぼつかない足取りで、洗面所に入っていった。彼はしばらくの間個室に篭っていたが、やがて出てきて、冷たい水で顔を洗った。両手を洗面台に載せ、鏡の中の自分に向かって深いため息をついた。それから、使い終わったハンカチをスラックスのポケットに突っ込んだ。

「豊村。大丈夫か」
 友人を心配する親切な同僚を装って、滝沢は豊村の前に姿を現した。
 豊村は滝沢に気付いて、いつになく好戦的な目つきでこちらを見た。黙ったまま、ポケットから手も出さずに、挙句には左手まで反対側のポケットに入れて、ついと横を向いた。

「何を持っている?」
 彼の左側のポケットが不自然に膨らんでいるのに気付いて、滝沢は訊いた。豊村は素直に中身を取り出し、滝沢に見せた。
「室長のネクタイじゃないか。どうしたんだ」
 滝沢の問いに、豊村は答えなかった。じっと考え込むように、夏らしい薄青色のネクタイを見ていた。
 やがて豊村は顔を上げた。それは、彼が滝沢に初めて見せる不信に曇った顔だった。

「滝沢。どうしておれに、室長と貝沼の接点を教えたんだ?」
「捜査をする上で、情報は多いほうがいいと思ったからだ」
「上野は知らないみたいだった。おまえはどこからその情報を得たんだ?」
 滝沢は黙り込んだ。豊村の小動物のように丸い目は、次第に疑いの色を濃くしていく。

「被害者の少年を見るたびに、おまえは室長のことを引き合いに出して。どうしてあんなに何度も『室長に似てる』って言ったんだ?」
 豊村は左手で薪のネクタイをぎゅっと握り、詰問口調で滝沢に詰め寄った。彼の中に生まれた猜疑が、瞬く間に大きくなっていくのが解った。
「おれはどうも、おまえに誘導されていたような気がしてならない。今回のことも、以前、室長と派手な喧嘩になったときも。おまえは巧妙に、おれを気遣う振りをしながら室長の悪いイメージをおれに吹き込んで、それも少しずつ少しずつ、長い時間を掛けておれが室長に刃向かうように仕向け……!!」

「残念だ、豊村。おまえはもっと使える男だと思っていた」
 静かに呟きながら、滝沢は今と同じように、豊村の首を絞めた。痕が付かないように注意深く、彼が意識を失うまで締め続けた。

 人間を気絶させるには、実はそれほど長い時間は要らない。窒息死させるには8分以上気道を閉塞させなければいけないが、失神させるにはものの10秒もあれば十分だ。首の左右の総頚動脈を堰き止めれば、脳に回る血が不足して人は簡単に意識を失くす。

 豊村が動かなくなったのを確認して、滝沢は床に落ちたネクタイを取り上げた。そのネクタイを豊村の首に巻きつけ、背中合わせになって彼を背負った。
 このやり方だと、殆ど縊死と区別が付かない。司法解剖をすれば器官の潰れ具合から判明することもあるが、検視の段階ではまず気付かない。そしておそらく、上層部は警察内部で起きた身内の自殺を司法解剖に回さない。万が一、誰かに殺された事実が出てきてしまったら、自殺以上のスキャンダルになってしまうからだ。そんな危険な賭けはしない。

 滝沢は豊村の死体を誰にも見られないように資料室まで運び、ドアノブに吊るして、彼が自殺したように見せかけた。昼になっても姿を現さない豊村を心配して彼を探しに行った鈴木が、その死体を発見したというわけだ。

 初めて自分の手で人を殺したことに、滝沢はさしたる感慨も抱かなかった。
 彼もまた、気付いていなかった。
 貝沼の脳に操られ、自分が彼の手足となって、薪の心に貝沼の恐怖を残すべく動かされているという事実に。

 10秒も経たないうち、上野は気を失って滝沢にもたれ掛かってきた。
 ぐったりとした上野の身体を、滝沢は無造作に肩に担ぎ上げた。それから2人分の荷物を左手に抱えると、今来た道を引き返していった。




*****


 わたし、滝沢さんはいい人だと信じています。(嘘じゃないよ~!)
 きっと彼は、『よそ者は黙ってろ』と言った人たちと敵対する勢力のスパイで、今は薪さんの完全な味方ではないけれど、共通の敵と戦っているという点に置いて利害が一致しているから、最終的には味方になってくれると思うの。 もちろん、宇野さんにも危害を加えたりしないと思う。
 滝沢さん、みんなの白眼視に負けないでがんばって!
 って、こんなん書いてるわたしに応援されても、迷惑かしら。(笑)



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破壊のワルツ(28)

破壊のワルツ(28)




 いったい何が起きているのか、もう訳が分からなかった。

 猟奇的な事件捜査に必要と思われる様々な文献が揃えられた資料室で、上野は息絶えていた。朝になって出勤してきた滝沢が、変わり果てた上野の死体を見つけた。上野は、自分で自分の胸をナイフで刺して死んでいた。ナイフの柄を握り締めた両手が、死後硬直で固まっていた。

「豊村が自殺して、上野は大分参っているようだった。やはり、昨夜は上野から眼を離すべきではなかった」
 悔やんでも悔やみきれない、と言った表情で目を閉じた滝沢を、鈴木は徹夜明けの充血した眼で見た。
 鈴木は一晩中、貝沼の画を見ていた。脳裏に残った残像がちらちらと目の前に流れていき、その被害者に上野や豊村の顔が重なった。
 現実に起きた2つの死が、MRIの画と混濁していく。どちらが現在でどちらが過去の出来事なのか、どちらが自分の目で見たことで、どちらが貝沼の眼を通して見たことなのか、その区別がつかなくなりそうな恐怖に鈴木は戦慄した。

「昨夜は、上野と一緒に帰ったんじゃなかったのか」
「途中で別れた。その後は」
 滝沢は不意に口ごもり、その場に相応しくない照れを含んだ態度で横を向くと、鈴木が聞きもしない自分のアリバイを語った。
「その後は、薪と一緒だった。朝までずっと」
「……なに?」
 滝沢の言葉に驚いて、鈴木は眼を見開いた。緊急対策会議に出席している親友の顔を思い浮かべて、喉をつまらせる。

 昨夜、自分が薪を自宅に送り届けた後、2人が一緒に夜を過ごした?
 まさか。あの薪が、そんな軽はずみな真似をするわけがない。

 疑わしそうな眼で滝沢を見ていると、彼は沈黙を怖がるように、自分が何故そんな行動に出たのかを説明し始めた。
「豊村のことで取り乱していたとはいえ、ひどい疑いを掛けてしまった。だから、薪の家まで謝りに行ったんだ。薪は俺を許してくれて、だから俺は」
 そこで一旦言葉を切り、滝沢は鈴木の方へ向き直った。それからしっかりと鈴木の眼を見据え、
「自分の気持ちを打ち明けた」
 滝沢は、真っ直ぐに鈴木の眼を見ていた。嘘を吐いているようには見えなかった。

「薪もギリギリだったんだろう。誰かに傍にいて欲しかったらしくて、俺を拒まなかった」
「まさかおまえ、薪に無体なことを」
 鈴木は滝沢の気持ちを知っている。前に病院で、直接本人に聞いたのだ。その彼が、夜を薪と共に過ごしたと言ったからには、当然予想される展開だった。
「俺は、豊村みたいに乱暴な真似はしなかった。ちゃんとやさしくしたさ。薪も満足してくれて」

 それ以上は聞きたくなかった。
 止めろ、という言葉よりも前に、右の拳が滝沢の頬にのめり込んでいた。言葉を発する余裕もなく、鈴木は彼の上に馬乗りになり、何度も彼の顔を殴りつけた。

 殺してやりたいと思った。
 その感情が自分のものなのか、自分の中に蓄積された貝沼の意思なのかは、当の鈴木にも分からなかった。

 現場経験が長く捕り物にも長けた滝沢は、隙をついて鈴木の両手を捉えた。自分の上に乗った男の背中に、容赦なく膝頭を叩き込む。
 その痛苦に鈴木は呻き、滝沢の上から転がり落ちた。これまでの殆どを内勤で過ごして来た鈴木が、肉弾戦で滝沢に勝てる道理がなかった。

「俺だけじゃないぞ」
 現場で鍛え上げられた滝沢の身体は頑強で、鈴木に殴られた痛みなど感じていないように見えた。たった一発の膝蹴りで咳が止まらなくなってしまった自分との差が口惜しくて、鈴木の憤りはますます強くなった。

「おまえも薪を抱いてみればわかる。薪は何人もの男を知ってる。あれは素人の動きじゃない」
「嘘をつけ! 薪のことはオレが一番よく知ってる。薪はそんなことはしていない」
「信じる信じないはおまえの勝手だ。好きにすればいいさ」
 一歩リードしたものの余裕か、滝沢はそんな風にうそぶくと、床に胡坐をかいて穏やかに言った。

「薪が望めば、俺はいつでも彼を抱く」
 ゼイゼイと息を弾ませて、でも深呼吸をしようとすると咳が出る。鈴木は黙って彼の話を聞くしかなかった。
「今までも、これからも、薪を愛する男はたくさん出てくるだろう。俺はその中のひとりに過ぎない。それでもいいと思っている。あいつだって淋しいんだ。本当に欲しい相手は手に入らないから」
 薪の想い人に嫉妬するでもなく、滝沢は静かに言って立ち上がった。床にへたったままでいる鈴木にくるりと背を向けて、
「薪の気持ちはわかる。あいつが淋しさに耐え切れなくなったとき、慰めてやれればそれでいい」

 滝沢の逞しい背中を見ながら、鈴木は嵐のように荒れ狂う心を抱えていた。
 滝沢は大人で、たぶん自分よりも精神的に円熟している。その事実は、認めざるを得なかった。でも。

 オレの方が薪を愛してる。
 ぜったいにぜったいに、オレの方が。薪を幸せにできる。
 オレはこれからそれを証明する。薪の憂いを、オレが全部払ってやる。

 モニターに向かって捜査の続きを始めた滝沢を尻目に、鈴木は一人、特捜用の個室へ向かった。



*****


 すみません、鈴木さんイジメがすっごく楽し、、、、すみません。


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破壊のワルツ(29)

 昨日は強い余震がありましたね。
 みなさま、お怪我などなかったでしょうか?

 うちの地域は震度5強というけっこうな揺れだったのですけど、津波警報が出されて焦りました。 
 茨城県の海岸って、うちの社員が行ってるよ! (津波によって街中に運ばれた砂を砂浜に戻す作業をしています)
 無事を確かめようにも、地震直後は電話がつながらなくて。 連絡がついたときには、ホッとしました。
 で、一段落したと思ったら、水道局のひとが来て、浄水場の配管が割れたから直してくれって。 結局、夜の10時までかかって直しました~。 みんな、お疲れさん。

 昨夜は何度も揺れが繰り返されて、みなさまも、そのたびに不安が募っていったことと思います。
 わたしもオットや社員が復旧作業に出かけていたので、揺れるたびに不安でした。
 本当に、早く治まってくれることを祈るばかりです。






破壊のワルツ(29)




 悪夢に続く悪夢で割れるように痛む頭を抱えて、薪は第九へ戻ってきた。

 警察庁長官以下上層部の殆どが招集された緊急対策会議では、第九と、その設立を支援した官房長の派閥が徹底的に糾弾された。次長は事なかれ主義の長官を取り込み、第九研究室の廃止を提案した。官房長派はもちろん反対したが、2人も自殺者を出したとあっては、その発言力は弱かった。
 しかし、実際問題として、廃止もまた困難だった。
 第九は科警研の金食い虫と評されるように、多大な資金の動く公共機関だ。今現在、それに関わるものたちや、第九設立に加担した政治家たちの強い圧力は避けられない。
 そこまで考えていた次長が、代替案として出したのが、室長の人事権の剥奪と、官房室および警視総監による第九の二重の管理体制だった。

 今まで、第九の職員の選定は室長によって行われていた。実際に人事を発令していたのは官房室だが、薪が望む人事は小野田に伝えれば、だいたいはそのまま通った。各所の課長は官房室には逆らえなかったし、本人には鈴木が根回しをしておいてくれたからだ。
 しかし、これ以降、薪は勝手に警視庁内の職員を第九に引っ張ることができなくなった。彼の権限で第九に招くことができるのは所轄の人間、それも警部補までの階級のものと限られた。残りは警視総監側からと官房室側から、同数の職員が選定されることになった。
 ある程度のペナルティは覚悟していたが、一番の危惧だった室長の交代の話は何故か出なかった。それは、薪の脳にしまいこまれた数多くの秘密のせいかもしれなかった。
 室長の役職から外して第九以外の部署に出すよりは、このまま第九で飼い殺しにしよう。そう判断されたのかもしれない。

 何とか首のつながった自分の職場に帰ってきた薪を迎えたのは、心を許した副室長ではなく、いまひとつ反りの合わない部下だった。そこで薪は、またもやひとつの問題を抱えることになる。

「鈴木が? おまえに殴りかかった?」
「ああ。見てくれ、この顔」
 滝沢の言う通り、彼の頬は腫れ上がり、内出血の痣も見て取れた。しかし、あの穏やかな鈴木が他人に暴力を振るうなんて。俄かには信じがたい。

「滝沢。おまえ、何か鈴木を怒らせるようなことを言ったんじゃないのか?」
「殴られても、俺のほうが悪者かよ」
 滝沢は不満そうな口調で言い返したが、直ぐにその態度を改めて、
「鈴木のやつ、眼がおかしかった。豊村や上野と同じ兆候が現れている」
 死んだ二人の名前を出されて、薪の表情が凍る。
 鈴木が彼らと同じことになったら、と想像したのだろう。見る見る間に青ざめて、仕事のことは見事なポーカーフェイスで通すのに、こちらの方は本当にわかりやすい男だ。

「鈴木はどこに?」
「特捜の部屋に篭って、一人で画を見てる」
「おまえ、鈴木が精神的に不安定になってるって、今言ったじゃないか。そんな状態の鈴木を独りにしたのか」
「鈴木が俺と一緒に仕事をしたがらないんだ。仕方ないだろう」
 チッと舌打ちして、薪はモニタールームを出て行った。その背中に、滝沢は追い銭代わりの情報を投げかける。
「鈴木のやつ、昨夜一晩中、MRIを見ていたらしいぞ」

 自動ドアの手前で、薪はぎょっとして振り返った。
 タクシーから降りて鈴木と別れた後、彼は自宅へ帰ったものと思っていた。冷静な鈴木らしくない、豊村の死を目の当たりにして乱れた精神状態であの画を見続けるなんて、どうしてそんな無茶な真似をしたのだろう。

 滝沢の言ったとおり、特捜に使う第4モニター室に鈴木はいた。
 大きな背中を少し丸めて、その後姿は昨日までの彼と何も変わらないように見えた。ほっとして彼に近づいた薪は、しかしその場に立ち竦んだ。

 どうしてだろう、すごく不安な気分だ。

 鈴木は薪の精神安定剤だ。仕事で躓いたとき、嫌なことがあったとき、すべてを投げ出して第九から逃げ出したくなったときでさえ、鈴木が傍にいてくれれば平常心を取り戻せた。鈴木に感情をぶつけて言いたい放題毒づいて、それで次の日からは元気に仕事ができた。鈴木はいつも、薪に癒しと活力を与えてくれたのだ。

 薪が後ろから近づいてきたことに、鈴木は気付かない。それも異変のひとつだった。
 鈴木はどんな人ごみからでも薪を見つけることができたし、どんなに遠くからでも彼の視線を感じ取ることができたはずなのに。

「鈴木。少し休んだらどうだ」
 しばらく隣に立っていても、鈴木が自分に気付く様子がないので、薪は慎重に声をかけた。鈴木はハッとして振り向き、充血で真っ赤になった目で薪の顔を見つめた。
「根を詰めすぎてはよくない。食事はしたのか?」
「ああ」
 素っ気無く言って、再び画面に向かう。そんな鈴木の態度に、薪はますます不安を募らせた。
 いつもの鈴木なら、針の筵のような会議から帰ってきた薪を気遣って、優しい言葉をかけてくれる。根掘り葉掘り訊くことはしないが、代わりに薪の好きなコーヒーを淹れてくれたり、日曜日にどこかへ行こうか、などと気晴らしに誘ってくれたりする。そんな鈴木が、薪の顔もロクに見ないなんて。

 現在、彼の関心を集めているのは貝沼が殺した被害者の画らしい。
 貝沼は、少年のふくらはぎから肉をきれいにこそげとって、肉切り包丁で細かく叩いている。まな板の隣には卵に小麦粉。何をしようとしているのか一目瞭然だ。
 こんな画は珍しくもない。今までに何件も見てきた。しかし、このフリークスな犯行が自分に起因するものであったら、という微かな不安が、薪の精神を追い詰める。乱れた心でその画像を見ることは耐え難く、薪は画面から顔を背けた。

「鈴木」
 MRIマウスから離れない鈴木の手に自分の手を重ねて映像を止め、薪は事の真偽を問い質した。
「滝沢を殴ったって、本当か」

「あいつは!」
 いきなり大声で返されて、薪はびっくりして眼を丸くした。反射的に手を離し、後ろへと一歩退がる。

「あいつはおまえに危害を加えた、だから!」
「そんなに大声を出さなくても聞こえる。鈴木、ちょっと落ち着いて」
「おまえを辱めたからオレはそれが許せなくて!」
 鈴木が自分のことで怒ってくれるのは普段ならうれしいことなのだが、今日のこれは呑気に喜んでいる場合ではなかった。

「薪を苦しめるやつは許さないんだ、オレは絶対に許さない、絶対ぜったいぜったいいいい……」
 鈴木はカッと眼を開いたまま、呪文のように繰り返した。瞬きの回数が、異様に少なかった。喋り方も言葉選びも、いつもの鈴木ではなかった。

 早く休ませないと大変なことになる、と薪は思い、彼を落ち着かせようとして、もう一度彼の手に自分の手を添えた。
「鈴木、僕は滝沢に危害を加えられたりしていない。おまえの誤解だ。僕を襲ったのは豊村だ。彼はもう死んだ。僕を危険な目に遭わせる人間は、この世に存在しない」
 薪が手を握ると、鈴木は少しだけ落ち着いたようだった。マウスを操る手を止めて、大人しく薪の話に耳を傾ける。
 
「昨夜もここに泊まって捜査をしていたんだって? ダメじゃないか、そんな無理をしては。昨日、決めただろう? 1時間につき10分以上の休憩、夜は捜査をしないこと。副室長のおまえに率先して破られたら、僕の立場がない」
 薪はできるだけやさしい口調を心がけて、鈴木を諭した。両手で彼の大きな右手を包んで、彼を安心させようと微笑んだ。熱に浮かされたような彼の黒い瞳が薪を見て、鈴木は幼い子供に戻ったようにカクンと首をかしげた。
「薪……困ってる?」
「ああ、困るよ。鈴木が決まりを守ってくれないと、僕が困る。昨夜の代休だ、今日は自宅でゆっくり休んでくれ」
 送って行ってやりたいが、室長の自分はここを離れられない。研究室にはまだ滝沢が残っている。彼が他の3人と同じ精神状態に陥らないとは限らない。

「仕事が引けたらおまえの家に行くからな。ちゃんと休んだかどうか、直ぐに分かるぞ」
 鈴木をタクシーに乗せて研究室から送り出し、念のため、彼の母親に電話を入れた。詳しいことは話せなかったが、「昨夜無理をしたので、昼間ゆっくり寝かせてください」とだけ頼んだ。

 モニタールームに戻ると、滝沢が一人で黙々と仕事をしていた。
「薪。追加の人員はいつ入るんだ? まさか、俺とおまえとで28件全部見ろって訳じゃないだろう」
 横柄な口調で、ずけずけとものを言う。彼の尊大さが、今はありがたかった。
「なるべく早く入れてくれるように、田城さんに頼んでおいた」
「人任せだなんて、何を呑気に構えてるんだ。無理矢理にでも引っ張ってこいよ、緊急事態なんだから。このままだと俺はカクジツに過労死だ。第九全員死に絶えるぞ」
「僕にはもう、人事権はない。室長を続ける代わりに、色々な特権は剥奪されたよ」
 滝沢は手を止めて、薪の方を見た。何か言おうとして口を開くが、いい言葉が見つからなかったのか、一言も発せずに口を結んだ。

「滝沢。僕はこれから、上野の自宅へ事情を説明に行かなくてはならない。昨日言ったように、必ず充分な休憩を取って、危険だと思ったら見なくていい」
「安心しろ。俺はあいつらとは年季の入り方が違う」
 滝沢は不遜に言い切ったが、あの鈴木でさえ引き込まれたのだ。薪は不安だった。
「とにかく、無理はするな」

 刑事と言う危険な職業について10年以上にもなれば、知り合いや同期の中にも殉職者は出る。しかし、自殺者は初めてだ。それも立て続けに、2人もの部下の自殺を防げなかったなんて。
 彼らはサインを出していた。特に豊村は、あんなに明確なサインを。今思えば、あれは追い詰められた豊村が、自分に助けを求めてきていたのだ。それなのに自分は、自分の心配ばかりして、彼らのサインに気付きながら何の手立ても講じなかった。
 
 滝沢に言われたことは、的外れなんかじゃない。自分の責任は、重い。
 彼らに対して、自分は何ができるだろう。残された遺族に対して、何が。

 自分に課せられた使命、その重責を思うと、息ができないくらい苦しくなる。その上に貝沼による不安要素が重なって、薪は自分の限界をひしひしと感じていた。




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破壊のワルツ(30)

破壊のワルツ(30)





 その夜、約束通り、薪が家に来た。

 鈴木が眠っている振りをすると、彼は謙虚にも親友の顔も見ずに帰った。
 玄関を出て、塀の前で立ち止まると、彼は明かりの点いていない二階の窓を見上げた。鈴木の母親からの差し入れを大事そうに両手で持ち、(多分中身は煮込みハンバーグだ。夕方、その匂いがしていた)長いことこちらを見ていた。
 やがて彼は小さなため息を吐くと、肩を落して帰っていった。鈴木はカーテンの隙間から、その様子をじっと見ていた。

 彼がいなくなると、母親が風呂に入っているときを見計らい、鈴木はそっと家を抜け出した。駅前でタクシーを拾い、研究所へ向かう。
 無人の第九を訪れ、IDカードと指紋センサーで中に入る。MRIシステムを起動させ、自分の席に座ってモニターの電源を入れた。

 24人目の被害者までは見終えた。25人目で薪が止めに来たから、そこからだ。
 少年のふくらはぎで作ったハンバーグをフライパンで焼く貝沼の、何ともいえぬ楽しげな手つきを眺めながら、鈴木は彼のことだけを想う。

 やさしい薪。
 オレのことをあんなに心配して、他の連中のことにも心を痛めて。勝手に死んだやつらのことなんかどうでもいい。薪が気にすることはないのに、あんなにあんなに辛そうな顔をして。
 かわいそうに、オレの薪。
 もう少し、もう少しで全部見終わる。そうしたら、薪に教えてやろう。
 貝沼の事件は、おまえとは何の関係もない。心配しなくていい。それから。
 もう、淋しい思いはさせない。おまえの気持ちは知ってる、だから。
 ふたりで、ずっとふたりだけでいられるところへ行こう。オレたちが何をしても、誰からも何も言われない、何物にも干渉されない、そういう場所に行こう。
 やさしいおまえがその心を痛ませないためには、そうするしかない。
 おまえを永遠に守るには、それしかないだろう?

「あと少しだよ……まき……」

 画面の中では貝沼が、留置所の洗面所で顔を洗っていた。彼は濡れた顔を上げ、小さく濁った瞳で自分の顔を見た。
 次の瞬間。
 彼は鏡の中に、自分以外の誰かを見つけたように、喜びに顔を輝かせた。離れ離れになっていた恋人に再び巡り合ったときの、はしゃぐような笑顔がそこにあった。
 逮捕され取調べを受けている彼の身の上に相応しくない表情に、鈴木は背筋を凍らせる。

 鏡の中の貝沼の唇が、鈴木のよく知った名前を象り始めた。
 それは鈴木に振り下ろされた、最後の槌だった。



*****



 翌、8月10日、深夜。
 科学警察研究所法医第九研究室に、3発の銃声が轟いた。
 狂ったように鳴く蝉の声が木霊する、蒸し暑い夏の夜だった。





*****

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破壊のワルツ(31)

 ようやくラストです~。
 うう、長かったよー、暗かったよー、やっと終われるよー。(←筆者が泣き言並べてどうするよ)

 大海原のように広いお心の女神さま方、
 お付き合いいただきまして、まことにありがとうございました!




破壊のワルツ(31)





 空港のロビーで滝沢は一人、ソファに座って搭乗案内が流れるのを待っていた。
 既に荷物は預けて、身軽な状態だ。手荷物は薄いビジネスバックが一つだけ。これだって、飾りのようなものだ。

 滝沢はソファにもたれ、2時間ほど前に上司と交わした会話を思い出している。すべてを終えた満足感と、為しえなかった後悔が半分ずつ、彼の胸を占めていた。

 滝沢の脳裏で、革張りの黒い執務椅子にふんぞり返るように座って、次長は太い足を組んでいた。短い指をせり出した腹の上で組み、苦く笑って紫煙を吐いた。
「よくやったと言いたいところだが……やり過ぎだ」
 広い執務机の上には、決済待ちの書類が山と積まれていた。『第九研究室』という文字が散見されるところから、あの事件の余波がここにまで及んでいることが察せられた。皮肉なものだ、第九へ滝沢という爆弾を送り込んだ当人が、その後始末に苦労している。

「貝沼事件のことは想定外でしたから」
 慇懃無礼に笑って、滝沢は背筋を正した。
 なんのかんの言っても、次長が今回の結果にほぼ満足していることは分かっている。事実上、壊滅状態に追い込まれた第九研究室の管理責任を問われて、小野田の次長昇進の話はなくなった。加えて、
「小野田の右腕をもぎ取ってやった。あの男も、これでしばらくは大人しくなるだろう」

 官房長の右腕と称されていた中園という参事官が、この秋からロンドン支局へ派遣になった。この人事には裏があって、次長は、何かと目障りだった薪をこの機会に潰しておきたいと考え、彼を懲戒免職にするように査問会に意見していた。それを撤回するよう、小野田が直接交渉に来た。小野田の願いを聞き届ける代わりに、昇進話を辞退することと中園を海外に異動させる事を承服させたのだ。
 なんと言っても、薪はまだ若い。それに、あれだけの事件を起こしたのだ。もう上には登ってこれまい。死に損ないの警視正と、小野田を官房長の座に就けた稀代の策謀家を較べたら、後者の方がよっぽど怖い。

 してやったりの警察庁№2を、滝沢は心の中でせせら笑う。
 警察庁、それも上層部というのは狐狸妖怪の跋扈する世界だ。騙し合いと駆け引き、そんなくだらないものに興味はない。
 滝沢の目的は、初めからひとつだ。

「次長。それでは約束のものを」
 滝沢が促すと、次長は一番下の引き出しを開けて、中から薄いファイルを取り出した。ラベルも表題もついていない黒いファイルを、無造作に机の上に載せる。
「どうしてそんなものが見たいんだ? 食人に興味があるのか?」
 それには答えず、滝沢は強張った手でファイルを取り上げ、開いた。

 カニバリズム事件の報告書。
 やっと手に入った。これを公表すれば、ゆかりも西野も報われる。

 震える手で表紙をめくり、滝沢は貪るようにその書類を読んだ。読んで、呆然とその場に立ち尽くした。
 報告書のどこにも、滝沢が想像した陰謀については書かれていなかった。何故この事件が非公開となったかについては、極限時における食人という行いに対して予想される世間の物議、その影響を危惧して、としか書かれていなかった。

 そんなはずはない、と滝沢は思った。
 これは偽の報告書だ。薪が、あの小賢しい悪魔が、すべての人間を欺いているのだ。あの腐った脳味噌の中だけに、真実を隠し持っている。
 やはり、真実を知るには薪の頭の中を覗くしかない。
 が、これだけの事件の後、薪には監視がつくに違いない。下手には動けない。鈴木が薪を撃ち殺してくれれば、そのチャンスはあったかもしれないのに。まさか鈴木のほうが薪に殺されるとは。シナリオ通りにはいかないものだ。

「君は、貝沼の脳を見て発狂したんだ。しばらく、静養ということで」
 一読した報告書を返して寄越した滝沢に、次長は次の赴任先をメモに書いて渡した。東南アジアの小さな国だった。
「地方の病院に、君の代役を置いておくから」
「本当に休みをいただけるわけじゃないんですね」
「欲しいのか?」
「まさか」
 メモを折り畳んでポケットにしまい、滝沢は尊大に笑った。

「新しく第九に来る人間は、決まったんですか?」
「ああ。この男だ」
 パラパラと書類をめくり、その中から一枚を抜き取って机の上にトンと置く。それは一人の警察官の、経歴書のコピーだった。
 岡部靖文。
 なるほど、捜一のエースを監視役に持ってきたか。捜一から、つまり警視総監の差し金。ということは、警視総監が第九に介入できる余地ができたということか。次長の思惑通り、第九の地位も小野田の権力も、地に落ちたようだ。
「後は所長の推薦で二人ほど。そちらはまだ決まってない」
 次長から得られるすべての情報を得て、滝沢は警察庁を後にした。

 上官しか使ってはいけないエレベーターと通路を使い、誰にも見られないようにして裏庭に出る。通りかかった数人の女子職員にさりげなく背を向けて、滝沢は裏門へ向かった。
 彼女達は警察中、いや、街中で持ちきりの噂話に夢中になっていた。エリート集団第九研究室の壊滅は、ゴシップ好きの彼女達にとって格好の獲物だった。
「薪室長が撃ち殺したんだって」「鈴木さんて、親友だったんじゃ?」「ひどいよね、何も殺さなくたって」「あれ? 正当防衛だって聞いたよ」「にしたって、お咎めなしよ? 官房長が庇ったって」「やだ。あのふたりって、本当に愛人関係なんじゃないの?」
 
 この心無いお喋りが薪の耳に入ったら、彼はどんな顔をするだろう。
 泣くだろうか。苦しそうに唇を噛むだろうか。
 いいや。
 半身を捥がれた薪に、感じる心が残されているとは思えない。もはや、生ける屍。殺してやるのが慈悲と言うものだ。
 しかし、それは今ではない。

 滝沢はふと窓の外を見る。ちょうど中型機が着陸してくるところで、青い空に白い翼が眩しかった。
 飛行機から降りてくる蟻のように小さな人々を眺めながら、滝沢は思う。

 俺は諦めない。いつか、必ず帰ってくる。
 そのときこそ、おまえの秘密を白日の下に曝け出してやる。それまでの短い生を、絶望と共に生きるがいい。それが穢れきったブラックボックスに相応しい人生だ。

 滝沢は視線をロビーに戻し、目を閉じる。
 記憶の中の彼女は、まだ泣いていた。
 当たり前だ。俺は彼女の死の理由を、明らかにする事ができなかったのだから。
 俺が薪の脳を暴くまで、おまえの笑顔は見ることができない。そうだろう?

 目蓋の裏で、彼女は悲しげに首を振った。

 そんなに泣かないでくれ。もう少し、待ってくれ。必ず、俺が真実を。
 滝沢が呼びかけると、彼女は一層哀しげに首を振った。
 ……ちがう? 何が違うんだ、俺が真実を突き止めればおまえは笑ってくれる、そうだろう?
 俺はおまえの笑顔が見たい―――――。

 やがてアナウンスが、滝沢の乗る機体の目的地と便名を告げた。
 滝沢は腰を上げ、薄いビジネスバックだけを小脇に抱えて搭乗口へと歩いていった。


 ―了―



(2011.2)


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破壊のワルツ ~舞台裏座談会~

 久しぶりにやおい以外の小説を書いたので、あとがきを書こうかな、と思ったんですけど。
 しばらく書かないうちに、すっかり書き方を忘れて……もともとあとがきってリアルの文章だから、実はすっごく苦手だったりして。
 なので、主要キャラ3名による座談会の模様を載せておきます。(薪さん、滝沢さん、鈴木さんの3人です)
 暗い気分になっちゃったわ、どこがギャグ小説サイトなのよ? とお思いの方、気分直しにどうぞ。


 なお、こちらを書いたのは4月号が発売される前で、まだ青木さんのお姉さん夫婦の事件の裏が全然わからない状態でした。
 なので、現在の状況とは合わないところもありますが、目をつぶってくださいね~。




 破壊のワルツ ~舞台裏座談会~




 
薪 「ふーん、あの事件の裏にはこんな物語が……って、こわっ、滝沢おまえ、めっさコワッ!!」
滝 「誤解だ、薪。これは話の進行上止むを得なく。基本俺は、おまえの身体に触れればそれで満足な、明るいセクハラオヤジキャラなんだ」
薪 「それもどうかと思うぞ?」
滝 「この話だって、最初から俺に尻を触らせてくれてれば、こんなドロドロした話にならずに済んだのに」
薪 「マジでか。うーん、じゃあ生ケツ触らせてやるから、この話は削除の方向で」
滝 「!!! よし、じゃあ今からでもやり直し、ぐあ!」
鈴 「な・に・を、ノンキなこと言ってくれちゃってんのかな? 死人まで出てるんだよ? オレを含めて」
薪 「鈴木!(ぎゅっ)」←ソッコー抱きついている。
鈴 「薪、元気にしてた?(ナデナデ)」←頭を撫でている。
薪 「うん!(ゴロゴロ)」←喉を鳴らしている。
滝 「……おまえら、舞台裏に来るといちゃつき放題だな」
鈴 「やかましい! オレのこと殺しといて、このぐらいでガタガタ言うなっ!」
滝 「いや、おまえを殺したのは薪」
薪 「うん、滝沢の言うとおり。ごめんね、話の進行上止むを得なく」←棒読み。
鈴 「……いいんだよ、薪……」
薪 「まあ、滝沢も自分の役割を務めたに過ぎないから。せっかくみんなで集まったんだし、楽しくやろうよ」
鈴 「そうだな。オレも大人げなかったよ」
薪 「それにしても鈴木、来るの遅かったね。料理は殆ど滝沢が食べちゃったぞ」
鈴 「やっぱコロス」
滝 「遅れてきたおまえが悪い」
鈴 「るっさい、こっちは天国からの遠距離なんだよ」
滝 「上野と豊村は? 一緒じゃなかったのか」
鈴 「おまえの顔、見たくないって」
滝 「なんてことだ。俺たち、仲間だったじゃないか」
鈴 「自分を殺した人間の顔なんか、普通は見たくないだろ」
薪 「うわあああんっ!!」
鈴 「!?」
滝 「おまえ、ひどいやつだな。何も薪に面と向かって言うことないだろ」
鈴 「あっ、そうか、しまった」
滝 「よしよし、可哀相にな、薪。(ナデナデ)」←セクハラ開始。
鈴 「ちがうよ、薪のことじゃないから」
滝 「わかっただろ、薪。これがこいつの本音だ。俺の方がずっとやさしいぞ。(すりすり)」←エスカレート中。
鈴 「何を吹き込んでくれてんだ、この腐れ外道!! てか、薪から離れろ!」
滝 「それに、鈴木はあっちの方はてんで下手くそだったんだろ? 薪、昔付き合ってた頃、殆ど感じなかったって。(さわさわさわ)」←どこ吹く風。
鈴 「そ、そんなことないよな、薪」
薪 「うん、すごく上手だったよ」←超棒読み+無表情。
鈴 「……嘘の吐けないおまえが好きだよ……」
滝 「俺はテクニックには自信があるぞ。付き合うなら絶対に俺の方が」
鈴 「嘘つけ、ゆかりさんに聞いたぞ。自分勝手なセックスで嫌になるって」 (ゆかり…滝沢の恋人(故人))
滝 「!! お、おまえ、ゆかりとそんな話を」
鈴 「西野くんにも会ったけど。おまえ、暗くて話つまんないって言ってた」 (西野…滝沢の親友(故人))
滝 「…………(TT)(TT)(TT)」
薪 「滝沢、汚い。鼻水つくからあっち行って」
滝 「容赦のない言い方……薪、素敵だ」


*****


薪 「全体的に悲惨な話だったけど、僕的に一番辛かったのは」
鈴 「オレが死んじゃったことだろ」
薪 「じゃなくて」
滝 「俺の悲しい過去だよな」
薪 「それはどうでもよくて」
滝・鈴 「「……ドライなところも魅力的」」
薪 「豊村が」
鈴 「自殺の件か。あれはおまえのせいじゃないよ、てか、殺したのこいつだし」
滝 「襲われたほうだろ。ショックだったんだよな?」
薪 「『室長は男の人に抱かれるのが好きなんだ』って誤解したまま死んだこと」
滝・鈴 「「プライドの高いおまえが好きだ」」
薪 「鈴木。豊村に会ったら、あれは誤解だって言っておいて」
鈴 「ううーん、一応言ってみるけど、誤解を解くのは難しいと思う」
薪 「役立たずは嫌い。出来なかったらおまえとは絶交」
鈴 「そ、そんなあ」
滝 「くくく、いい気味だ」
薪 「滝沢。元はと言えばおまえのせい。天国に行って豊村の誤解を解いて来い」
滝・鈴 「「……身勝手なおまえが愛しいよ」」


*****


薪 「あと、僕がどうしても許せないのは」
鈴 「滝沢が陰でみんなを操ってたことだろ」
滝 「鈴木がおまえを殺そうとして発砲してきたことだよな」
鈴 「実際に人を殺してるおまえに言われたくないぞ」
滝 「おまえこそ、薪が地下倉庫で死にそうになってるときに女医先生といちゃいちゃしてたの、あれ、万死に値するぞ」
鈴 「だれが薪をその状況に追い込んだんだよ?!」
滝 「俺の罪を明確にしたところで、自分の罪は消えないぞ、鈴木!」
滝・鈴 「「~~~~~~~っ、薪、どっちだ!?」」
薪 「滝沢のほう」
鈴 「ほら見ろ」
滝 「うっ……し、しかし、あれは話の進行上」
薪 「滝沢が付き合ってた彼女が、Fカップだったこと」
滝・鈴 「「……自分の気持ちに正直なおまえが眩しいよ」」


*****


  『薪さん、そろそろいいですか?』
薪 「あ、うん」
滝・鈴 「「? 薪、どこへ?」」
薪 「青木が迎えに来ちゃったから。行かないと」
  『鈴木さん、滝沢さん、お話中すみません』
薪 「おまえが謝ることない。僕が迎えを頼んだんだから。
   じゃあね、ふたりともゆっくりしてってね。ボックスの料金、払ってあるから」
滝・鈴 「「ちょ、ちょっと……!」」
鈴 「……どうやら本当の敵は、別にいたらしいな」
滝 「あの若造。ちょっと鈴木に顔が似てるからって、いい気になりやがって」
鈴 「薪も薪だよ、なんでそっくりさんの方へ行くんだよ? 本物がここにいるのに」
滝 「テクニックの違いじゃないのか?」
鈴 「やめろ! そんなに繰り返したら確定しちゃうだろ、それじゃなくても一部の読者の間で『(法十の)鈴木はエッチ下手』説が定着しかかっているというのに!」
滝 「まあ、おまえのヘタレ伝説はどうでもいい。問題はあの若造だ」
鈴 「オレはもう手出しができないからな。おまえに託すしかない」
滝 「任せておけ。あんなガキ、ひとひねりだ」
鈴 「おお、頼もしいな。すでに作戦があるとか?」
滝 「まずは青木の姉夫婦を殺し、彼を精神的に追い込んで」
鈴 「……作者の意図が見えないと思ったら、こんな裏話があったのか」
滝 「ふふふ、原作と二次創作のエピソードは、思わぬところで邂逅するものだ」
鈴 「原作に対する冒涜とも言うが」
滝 「まあ、見ていろ。そのうちあの若造を気が狂うほどに追い詰めて、それを薪が必死になって助けて、そしてふたりの間には誰にも入り込めない強い絆が・・・・・!(身悶え)」
鈴 「……どうしておまえがオレを敵視するのか、分かったぞ」
滝 「ほう。言ってみろ」
鈴 「おまえ、実は『あおまきすと』だろ」
滝 「…………ばれた?」


だったらいいな♪


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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