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仮面の告白(4)

仮面の告白(4)








 警察庁警務部人事課の部長職に新任の警視長が着任したのは、11月の始めであった。
 11月という半端な時期に人事異動があるということは、前任者に何らかの事情があり、警察庁を去らねばならなかった可能性が高いが、この場合も例に洩れなかった。

 前任者は三田村という警視長だったが、公正な立場の役職に従事するにはお世辞にも高潔な人物とは言えず、それどころか陰で人事権をチラつかせ、賄賂や様々な優遇を得ていた。
 三田村は内閣官僚に友人が何人かおり、その筋からの情報を秘密裏に流してもらうことで大きな手柄を立ててきた。その功績のおかげで、人事部長の地位を得たといっても過言ではない。
 そんな三田村が警察庁を追われた理由は、病気や家庭の事情といった個人的ものではなく、ある事件によってその裏取引が白日のもとにさらされてしまったからだ。
 三田村が得た情報の対価として、金や女やもっと違法性の高いもの―――― 押収品の麻薬や拳銃といったものまで―――― が支払われていたことが明らかになったのだ。
 そんな綱渡りのような情報収集方法が、そう長く続くはずはなかった。遅かれ早かれ、悪は白日の下に晒されることになっただろう。

 三田村の罷免の直接の原因を作ったのは、法医第九研究室で室長を務める薪剛警視正だった。
 薪警視正はどこからか裏取引の証拠品を手に入れてきて、自分のパトロンと影で囁かれる官房室室長、小野田聖司に渡したのである。
 表向きは小野田官房長が三田村の裏取引の事実を暴いたことになっているが、実際は薪警視正の仕業であることは、警察庁内に知れ渡っている。しかも、その証拠というのが厄介なもので、使い方によってはすべての権力を手中に収められるくらいのトップシークレットという噂である。
 現在、その証拠を握っているのは小野田官房長その人だが、まったく余計なことをしてくれる坊やだ――――。
 以前から上層部の中ではあまり評判の良くない警視正だったが、今回のことでますます疎まれてしまったようだ。出る杭は打たれる、というやつだ。

 しかし、それはあくまで上層部の評価である。
 警察庁の中にも、三田村の警察官らしからぬ振る舞いを快く思っていなかったものはたくさんいる。特にさしたる失敗もなしに降格人事の憂き目にあった者や、賄賂を断ったがために所轄に飛ばされてしまった者などは、三田村の罷免に喝采を叫んだほどだ。
 その他にも、いつ三田村に目をつけられて金品の要求をされるかとビクビクしていた者たちなど、薪警視正の暗躍を賞賛する声も多数聞かれている。もちろん、こちらは陰に隠れてこっそりとではあるが。

 新しく警務部長に就任した警視長、間宮隆二も賛同者のひとりだ。彼の場合、薪警視正のおかげでこの地位に就けたようなものだから、それは自然な心理だ。
 しかし、間宮にはもうひとつ、警視正に好感を抱く大きな理由があった。

「ようこそ、薪室長。コーヒーでもどう?」
「いえ。けっこうです」

 新任の人事部長に呼び出されて、薪は少し緊張しているようだ。固い表情をして、間宮の勧めを固辞する。
 机の前に姿勢を正して立っている警視正は、スーツ姿がピシリと決まった美人だ。
 亜麻色のやわらかそうな短髪。きりっとした眉毛。叡智を宿した亜麻色の瞳。とても優秀だと聞いているが、なるほど頭は良さそうだ。
 作り物のように長い睫毛。ちいさな女のような鼻。抜けるような白い肌と、幼さを残す頬の曲線。
 写真で見るより、100倍魅力的だ。
 特筆すべきはそのくちびるだ。これは写真ではいまひとつ解らなかった。艶めいているとは思ったが、光線の関係かと思い込んでしまっていた。
 ぜひ一度、味見をさせてもらわなくては。

 間宮は席を立って、年若い警視正の横に立つ。近くに寄ってしげしげとその美貌を見つめる。
 警視正が、訝しげに間宮を見る。大きな亜麻色の眼は細められると睫毛が重なり合って、たまらない色香を感じさせる。
 並んでみると、警視正の身長は自分の肩くらいまでしかない。自分の身長が180cmだから160cmといったところか。男にしてはかなり小さいほうだ。身体も華奢で、簡単に組み敷くことができそうだ。

「私にどういったご用件でしょうか」
 きれいな声だ。澄んだアルト。
 もっと別の場所で聞きたいものだ。当然、もっと色気のあるシチュエーションで。

 一枚の書類を机の上に置き、間宮は薪に顔を近づけた。それは何度も申請されては却下され続けてきた、第九への増員要請書だった。
「以前から申請されていた女子職員の配属の件だが、前向きに検討しようと思ってね」
「本当ですか」
 朗報に、薪はぱっと顔を輝かせた。
 笑うとびっくりするくらい幼くなる。人事データでは35歳とあったが、高校生くらいにしか見えない。
 しかし、データは嘘をつかない。身体のほうは立派な大人だろう。官房長との噂も聞き及んでいる。大人の付き合い方も、きっと心得ているに違いない。

「助かります。今は新人の捜査官にお茶くみからコピー取りまでやらせてる状況でして。そんな仕事のためにキャリアの給料を払うなんておかしい、と何度も所長にはお願いしていたんですが、その」
 薪はそこで口ごもり、華奢な肩を竦めてみせた。
「前任の三田村さんとは、あまりうまく行ってなかったようだね」
「ええ、まあ」
「三田村さんの評判はいろいろ聞いているよ。君の噂もね。でも、俺は君とは仲良くやっていきたいと思ってる。君のほうにその気があればの話だが」
 間宮の言葉に、薪はにっこりと微笑んだ。
 その非の打ち所のない美しさ。この美人を連れ歩いたら、どんなに気分が良いだろう。
 美しい微笑だ。完璧だ。こんな固いスーツなど着せておくのがもったいない。フリル付きのブラウスか、薄物を纏わせたい。もちろん、なにも着ていないのが一番好ましいとは思うが。
 
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 間宮が笑って手を差し出すと、細く白い手がそれを握ってきた。
 きれいな手だ。力仕事には向かないだろう。
 その細い指が自分の背中に縋りつく様子を想像して、間宮は心の中でほくそ笑んだ。
 
「薪くん。君さえ良ければ、これからもう少し俺と親密にならないか」
「は?」
 大きく目を見開いて、小首を傾げる。計算しているとは思えないが、ひどく男心をくすぐる仕草だ。とにかく可愛い。間宮のような男には覿面である。
 我慢できずに、間宮は薪の身体を抱き寄せる。髪からも身体からもいい匂いがする。あまやかで清冽な香り。フローラル系の香水をつけているらしい。
 肩を抱き、腰に手を伸ばす。細いながらも、しっかりとした筋肉を感じる。特に腰の辺りはバネが強そうだ。
 あどけない美貌に成熟した身体。これは楽しませてくれそうだ。

「隣の部屋は鍵が掛かるし、誰も来ないから……わっ!」
 口説き文句が終わらないうちに、間宮は足払いを食らわされ、その場に蹴り倒されていた。床にしりもちを着いた間宮を、冷たい眼で警視正が見下ろしている。
 なるほど。『氷の警視正』という噂はここから来ていたのか。周りの空気がピシピシと凍り付いていくようだ。

「失礼します」
「ま、待ちたまえ。女子職員は」
 間宮の言葉を待たずに、薪は机の上の申請書を自ら破り捨てた。そのまま何も言わず、部長室を出て行った。
 後姿がこれまた蠱惑的だ。特にあの腰のラインが。

「……照れ屋なんだな」
 まあ、時間の問題だ。今まで落とせなかった人間などいない。
 噂では、薪は官房長の愛人だという話だ。官房長が相手では、他に手を出すバカはいないだろう。が、自分は大丈夫だ。自分の後ろ盾は、官房長の上の人物だからだ。
 今は官房長に義理立てしているのかもしれないが、彼はもう50過ぎの老人だ。自分のほうが恋人としてもベッドの相手としても、ずっと魅力的なはずだ。
 あれくらいはねっかえりの方が、調教する楽しみがあっていい。あの冷たい瞳が情欲に濡れたときはどんな色に変わるのか、考えただけでもゾクゾクする。
 両手に残ったしなやかなからだの感触を思い出しながら、間宮は床に座ったまま薪のそんな姿を想像していた。



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仮面の告白(3)

仮面の告白(3)








 翌朝、薪は珍しく寝坊した。

 岡部は薪の目覚めを辛抱強く待っていたが、時計が10時を回った時点で諦めて、他人の家の台所を勝手に漁り始めた。
 白いごはんに生卵というえらく簡単な朝食ができた頃、薪はようやく起きてきた。
 岡部に手を上げて挨拶の代わりにし、冷蔵庫の水を呷る。冷たいペットボトルを額に当てて、ため息を吐いた。
「も~、酒やめた」
 どうやら二日酔いらしい。

「あれ、青木は? 泊まっていかなかったのか」
「泣きながら帰っちゃいましたよ」
 岡部が青木の様子を大げさに報告すると、薪はにやりと笑った。予想はしていたが、やはり計画のうちか。
「そっか。帰ったのか。ここでもうひと押しだな」
 何を押すつもりでいるのか、聞くのがコワイ気がする。
 目的のためなら核兵器のボタンでも平気で押しかねない薪の性格を、岡部は嫌というほど知っている。

 岡部の向かいに腰掛けて、薪は頬杖をついた。深酒のためか、少し目が腫れぼったい。
 そのせいか、いつもは涼やかな印象を与える亜麻色の瞳は妙な色香を含んで、いっそ官能的ですらある。岡部以外の男だったら、道を間違えてしまいそうだ。

「岡部。それさ、ネギ混ぜてフライパンで焼くと美味いんだ。やってやろうか」
 計画通りに事が進んでいるらしく、薪は上機嫌だ。岡部が混ぜている生卵とごはんを指して、新しい食べ方を教えてくれるという。
 フライパンに岡部の食べかけの生卵とご飯を入れて、長ネギのみじん切りを加える。香ばしい匂いがしてきて、薪のオリジナル卵ごはんが出来上がった。
「ほんとだ。美味いです」
「だろ?」
 卵チャーハンとも卵かけごはんとも違う味だ。味付けはいくらか濃い目で、岡部の好みに合わせてある。
「これ、鈴木が好きでさ。よく作ってやったんだ」
『卵焼きごはん』ていうんだ、と言って薪は笑った。薪のオリジナル料理は、かつての親友の好物が多い。岡部以上に頻繁に薪の家に出入りしていたのだろう。

 ピーピーという電子音が、バスルームの方から聞こえてきた。薪は立ち上がり、そちらのほうへ歩いていく。薪の休日は、朝風呂から始まるのだ。

「岡部。おまえこれからどうする?」
「家に帰ります。お袋に、家庭菜園の手伝いをするように言われてるんですよ」
「うん、わかった。お袋さんによろしくな。ぬか漬けごちそうさま。美味かったって言っといてくれ」
「はい」
 やがて、風呂場からシャワーの音が聞こえてくる。
 岡部は食事を終えて食器を洗い、キッチンを軽く掃除してから薪のマンションを出た。


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仮面の告白(2)

仮面の告白(2)








 500枚近いDVDのチェックがようやく済んだのは、夜半過ぎだった。
 金曜の夜に全員が残業というイタイ結果になってしまったが、おかげで休日出勤の必要はなくなった。明日が休日なら、一杯飲みたくなるのがサラリーマンというものだ。警察官とて例外ではない。
 しかし、この時刻ではどこのバーも閉店間際でゆっくり飲むことなどできないだろう。スナックなら開いているだろうが、薪が好む和食が美味い小料理屋はとっくに閉店している時間だ。
 こういうときは、家で飲むに限る。薪が岡部を自宅に誘い、青木がそれを聞きつけて図々しく付いてくる。近頃このパターンが定番になりつつある。

「まったく、雪子さんには敵わないよな」
「オレ、女性不信になりそうです……」
 薪のマンションのリビングで、床に車座になって、それぞれ好みの酒を飲んでいる。
 酒を飲むときには胡坐が一番だ。床暖房が効いて暖かいし、眠くなったらそのまま寝てしまえる。尻に敷いた座布団は、寝具の代わりになるのだ。
 つまみは昨夜の煮物の残りと、青木のリクエストの卵焼き、岡部が持ってきた自家製のぬか漬け。これがかなり美味い。岡部の母親の自信作だ。

「三好先生らしいですね。俺は実際見たわけじゃありませんけど」
 あのとき、岡部だけは室長室で薪のPCを見ていた。だから、モニタールームに雪子が来ていたことも、DVDをダビングして持っていったことも、知らなかったのだ。
「あれくらいじゃなきゃ、医者なんかやってられないんだろ」
「徹底したプロ意識ですね」
「それにひきかえ」
 薪がジロリと青木のほうを睨む。……嫌な予感がする。

「こいつときたら、AVに興奮して鼻血出してぶっ倒れたんだ。情けないったらありゃしない。雪子さんの爪の垢でも煎じて飲ませてもらえ」
 やっぱり誤解されている。誤解を解きたいが、それには本当のことを言わなければならない。言ったらさらに立場が悪くなる。青木は口を閉ざした。
「いいじゃないですか。若い証拠ですよ」
「ったく、岡部は青木に甘いんだから。だからこいつがつけあがるんだ」
 いつもこんな調子で、薪に苛められると岡部が青木を庇ってくれる。それが嬉しくもあり、悔しくもある。青木がこんなふうに反論したら薪はたちまち怒り出す。それが岡部の言葉だと不承不承ではあるが矛先を収めてくれる。岡部と薪の仲の良さを見せ付けられているようで、青木はちくりと胸が痛む。

「青木は純情なんですよ」
 岡部が言うように、青木は純情だと周りには思われているが、実はそうでもない。
 昔は彼女もいたし、女性経験もちゃんとある。意外なことに、けっこうその中身が濃い。人数はさほどでもないが、好きになった相手との性交渉では徹底的に奉仕する主義だ。相手の悦ぶ姿を見て自分も興奮を高めるタイプなので、青木の恋人の性生活は非常に充実したものになっていたはずだ。
 しかし、それは昔の話。

 いま青木の心を占めているのは、目の前で胡坐をかき、ぐい飲みの酒を傾けているきれいな横顔である。
 頻繁に夢に出てくるその美貌は、青木の識意下ではとても可愛くて、そのくせ淫らな行動をとる。この頃は夢だけでは我慢できなくなって、夜ごと想像の中で色々なことをさせてしまっている。
 その色々なことの中には、今日見たAVのような行為も含まれている。アイスキャンディーをしゃぶっていた薪のくちびると舌の動きは、青木の想像と正に重なっていて……それを思い出して腰砕けになってしまった、というのが真相である。

「でも、そんなんじゃ、女ひとりモノにできないだろう。画で鼻血噴くようなヤツが実物を目の前にしたら、脳の血管切れちまうだろ」
 薪は酔っ払うとけっこうしつこい。どちらかというと絡み酒のきらいがある。
「まさかおまえ、24にもなって経験ないんじゃ」
 童貞扱いまでされている。さすがにここは否定しておかないと、男の面子に関わる。
「違いますよ。オレだってそこまで子供じゃありません」
「じゃあ何で鼻血なんか出したんだ?」
 ……言えない。言ったら殺される。
「ほらみろ。まったく情けないやつだ」
「薪さんは平気なんですか?」
「僕は平気だ。見ても何も感じない。セックスなんて見るもんじゃなくて、やるもんだろ」
 それは確かに正論だが、薪の顔にはまったく似合わない。

 亜麻色の大きな二重の眼、長い睫毛。小ぶりな鼻に幼げな頬のライン。亜麻色の短髪が良く似合う。そんな幼い顔の中で濡れたように光るくちびるだけが彼の成熟を顕していて、大人の色香を感じさせる。
 本人はそう表現されることを殊更嫌うのだが、まるで女のような―――― 青木にとっては、女より美しい顔だ。
 その美しい顔が、とんでもないことを言い出した。
 
「岡部。おまえ、やるとしたらどんな女が好き?」
「はっ!?」
 やるってなにを!?
 言葉にならない青木の叫びをきれいに無視して、岡部が天気の話でもするかのように薪の問いに答える。
「俺は細身のほうが好きですね」
「そうか? 僕はちょっとぽっちゃりした娘がいいな。抱いたときに骨が当たっちゃうような女はダメだ。胸は大きいほうがいいし、お尻とか太腿とか、やわらかいほうが抱き心地いいだろ」
 リアルな好みである。
 薪の顔に似合わない言動には大分慣れてきたつもりだが、こういう方面の話題は特に似合わない。というか、薪のそういう場面が想像できない。薪だってこんな顔をしていても中身は普通の男なのだから、年齢から考慮して性経験がないわけはないのだが、やっぱり想像がつかない。
 色気がないわけではない。
 今だって、岡部がいなければ押し倒したいくらいだ。そうではなく、薪が自分から積極的に女の上に乗るという構図がどうしてもイメージできないのだ。
 個人的な理由から、薪のそういう場面には特に想像を豊かにしてしまう青木だが、薪の場合、上になるのではなく下になるイメージが強くて……相手が男の場合はもちろん、女相手ですら下になっていそうで怖い。

「やっぱり若い方がいいですよね」
「僕はベテランのほうがいいなあ。人妻とか。なんでもやってくれそうで」
「ベテランはともかく、人妻はまずいでしょう」
 公僕のイメージを壊す不倫や風俗は、警察官にはご法度である。
 これは実際、かなり厳しく査察が入る。そのための部署として、警務部の人事課の中に監査課というのがある。そういう内部告発の類があると、問題の人物の素行調査はもちろん、尾行までつけてプライベートを暴き出す。風紀良俗に反するような行為が確認されれば、降格や減俸のペナルティが科せられる。

「おまえは?」
「オレは好きになっちゃえば関係ないです」
 既に性別まで関係なくなってます、とこれは心の中で呟くに留めておく。
 薪には自分の気持ちを伝えてあるが、岡部は何も知らない。知られれば薪にも迷惑がかかる。だから青木は、第九の仲間の前では特に言動に注意している。たまに暴走してしまうが。
「恋人の話じゃなくて、寝るんならどんな女かって話だよ」
 無意味な質問をしないで欲しい。薪さん以外目に入りません―――― こないだそう言ったばかりだと思うが、もう忘れられてしまったのだろうか。
 
「オレ、気持ちが入らないとそういうことできません」
「女に不自由したことのないやつの言い草だな。いやなやつ」
「そうじゃなくて……ダメなんです。好きな相手とじゃないと、役に立たないんです」
「そうなのか? それもまた不便だな」
 不便、というのだろうか。青木には普通のことなのだが。
 気持ちが入らないセックスなんか、青木にとっては排泄行為と一緒だ。
 ただの生理現象を見ず知らずの他人と分け合うなんて、ひとつのトイレに二人で入るようなものだ。だから青木は、風俗には興味がない。まずは恋をしなかったらその先には進めない。真面目な男なのだ。
 
「まあ、太くても細くてもいいんだけどさ。結局は締まり具合だよな」
 現在青木が夢中で恋をしている相手は、女みたいな顔をしてそんなことを言っている。男同士で酒を飲むときに下ネタと女の話は欠かせないが、酔いが回るにつれてその内容はどんどんエスカレートしていく。この3人も例外ではない。
「見た目に騙されちゃダメだよな。年とか関係ないもんな。清純そうな顔してて、あっちはガバガバとかさ。びっくりするよな、あれ」
「薪さんのそのセリフにびっくりです……」
 青木の突っ込みを気に留める素振りもなく、薪は亜麻色の瞳を上方に移動させて、何かを思い出しているようだ。
 
「警視正になると査察が入るから、風俗禁止だろ。26の特別承認からずっとだから……うわあ、もう10年だ。このままじゃやりかた忘れちゃうよ。忘れないうちにやっとかないとやばいな。早く彼女作らないと」 
「いないんですか? 彼女」
「いたら、金曜の夜にこんなところでおまえらと酒なんか飲んでないだろ。とっくにホテルに連れ込んでるよ」
 連れ込むというか連れ込まれるというか、薪の場合は微妙なところだ。

「でも、素人女って面倒臭いんだよな。こっちはやりたいだけなのに、映画だ食事だ夜景だって。ホテルに連れ込むまでがさ、タルくって」
 このひとは、男としては最低の部類だ。むかし第九の先輩たちが酒の肴に話していた『彼女いない歴35年』は真面目な話かもしれない。
「その点、プロはいいよな。ああ~、ソープ行きたい」
「ダメですよ。警察官は風俗店出入り禁止です」
「みんな陰ではやってるんだよな」
「薪さんはダメですよ。注目度高いんですから。監査官に速攻で密告られますよ」
「それはまずいな。やっぱり街に出て引っ掛けるしかないか。金さえ払わなきゃ、自由恋愛で通せるもんな。でも面倒くさいなあ」
「それも楽しみのひとつでしょう」
「そうかあ? 僕はいやだな。あんな面倒な思いするくらいなら、ここでおまえたちと酒飲んでたほうがいい」
「彼女できないはずだ……」
「なんか言ったか、青木。おまえだって彼女に振られたくせに」
「薪さんがむちゃくちゃなシフト組むからでしょうが」
「人のせいにするな! いいか、女なんてもんはな、たとえ月に一回でも、しっかり相手の身体に自分のことを覚え込ませときゃ大丈夫なんだ。回数じゃなくて密度だ。僕の経験から言うとだな」

 まるっきり酔っ払いの喋り方になっている。本当に顔に似合わない。
 しかし、くだを巻いている薪はとても可愛い。表情が豊かだし、反応も面白い。なにより酔いが回ってくるにつれて、薪の笑顔が多くなってくるのが嬉しい。だから絡まれると解っていても、青木は薪と酒を飲むのが楽しみでたまらない。

 やがて薪は大きな欠伸をひとつすると、座布団を抱えてその場に横になってしまった。飲むピッチが早い割りに、それほど酒には強くない。そこがまた可愛いのだ。
 すぐに寝息が聞こえてくる。岡部と青木は顔を見合わせて苦笑する。誘った本人が一番に酔いつぶれてしまうのも、いつものことだ。

「室長って真面目そうだけど、けっこう遊んでるんですね」
 平静を装って聞いていたが、薪の武勇伝は青木にはかなりのショックである。
 清廉な印象が強かった分、イメージダウンが激しい。自分の気持ちを知っていて過去の女の話をするというのも、無神経といえば無神経だ。
「……まあ、室長だって普通の男だからな」
「ですよね」
 くーくーと可愛らしい寝息を立てている薪の体を抱き上げて、いつものように寝室へ運ぶ。
 真っ白いシーツが掛かったセミダブルのベッドに細い体を横たえて、首元まで布団をかぶせてやる。まったく手間のかかる上司だ。

 こんなあどけない顔をしているのに、さっきの話は本当なのだろうか。
 それもひとりの女性を愛しているならともかく、なんだか次々と相手を変えているような口ぶりだった。少なくとも3人の女性が、薪の話の中には出てきた。閨房の中のこともあからさまで、微に入り細に入り、もの凄く生々しい描写だった。

 ベッドの脇にかがみこんで、その寝顔を見つめる。
 この艶めいたくちびるが、女の乳房を吸ったのだろうか。薪の優雅な手が、しなやかな身体が、女の身体をまさぐって愛撫して犯して……。
 いつもは見ているだけで幸せな気持ちになれる薪の寝顔が、なんだかひどく腹立たしい。油性マジックで落書きでもしてやりたい気分だ。

「……よせよ」
 しまった。薪の人間離れした鋭さを忘れていた。
「ダメだってば」
 ちがった。寝言だ。
「そんなとこさわっちゃ」
 こちら側に寝返りを打ち、幸せそうな顔になる。女の夢でも見ているのだろうか。
「すずき……」
 ……………。

 こんなに好きな人がいるのに、男というのは不思議な生き物だ。青木には理解できないが、友人の中にもそういう男はたくさんいる。
 大恋愛の末に駆け落ち同然で結婚しておいて、1年も経たないうちに他の女とできてしまったり、子供が3人もいるのに毎週末はよその女の家に泊り込んでいたり、結婚しても風俗通いが止められなかったり。
 セックスと恋愛は別物だとその友人たちは口を揃えて言うが、薪もそう思っているのだろうか。

 自分の考えが古いのかもしれない。いつの時代の人間だよ、と友人たちにもよくからかわれる。
 しかし、青木には心の伴わないセックスはできない。逆に好きになってしまえば相手の美醜は関係ない。
 誠実といえば誠実なのだが、困ったこともある。実際、いま困っている。
 好きになってしまったら……相手がどんな人間でも関係ないのだ。
 もしも薪がこれほどきれいな人でなかったら、好きにならなかっただろうかとも思うが、自分は相手の容姿に惚れこむ類の人間ではない。内面に惹かれるタイプだ。
 ところが、ようやく解ってきた薪の性格は、わがままで自分勝手で高慢で自己中。皮肉屋で意地悪でお天気屋で癇癪もち。どう贔屓目に見ても青木の好みではない。というか、こんな性格の恋人を持ちたいと思う男はこの世にいない。
 しかし、青木にはそのわがままが可愛く思えてしまう。意地悪な笑みがとても魅力的に見えてしまう。これに困っている。
 今だってあんな話をされて、幻滅してもいいはずなのに悲しいだけで、想いが薄れる気配もない。好きな相手のことならすべてが許せてしまう。奥さんに浮気されても、「本当に好きなのはあなただけなの」と簡単に誤魔化されてしまうタイプである。

 寝室を出ると青木は、自分のグラスと薪のグラスを盆に乗せ、辺りを片付け始めた。
「なんだ。帰るのか?」
「はい」
「珍しいな。薪さんの朝メシはいいのか?」
「……今日はいいです」
 今日の明日で、薪と平気で話ができるか自信がない。世の中には知らないほうが幸せなこともたくさんあるのだ。
「どうやって帰る気だ? もう、終電ないだろう」
「大丈夫です。タクシー拾いますから」
 岡部は不思議そうな顔をしている。青木の気持ちを知らないのだから無理はない。今の話がどれだけ青木の心を傷つけたのか、解るはずもないのだ。

「実はさっき友達からメールが来て。近くで飲んでるみたいだから、これから合流しようと思うんです」
 もちろん嘘だ。
 しかしこうでも言わないと、岡部が不審がる。勘のいい岡部のことだ。自分の気持ちに気付くかもしれない。それはまずい。
「そうか。じゃあ、気をつけてな」
「はい」
 優しい先輩の気遣いを受けて、青木は薪のマンションを出て行った。


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仮面の告白(1)

 初めに題名について、お断りしておきます。
 三島由紀夫先生のかの名作とは、なんの関連もございませんので、ご了承ください。

 で、内容ですが。
 このお話は、Rでもなんでもありません。キスシーンすらでてきません。
 でも、中に爆弾入ってます。
 薪さんが女性とするのは絶対にイヤ、という方、薪さんの麗しいお口から、エロ話なんか聞きたくない、という方は読まないほうが無難です。

 ただ、この話には新しいオリキャラが2人、登場します。
 この2人はけっこう重要な人物なので、読まれない方のために人物紹介だけしておきますね。

 小野田 聖司 
 役職  警察庁官房室室長
 薪さんのパトロンです。
 イメージは、相棒の小野田さん♪(まんまです)
 性格は大分違いますけど、飄々としたカンジのおじさまです。


 間宮 隆二
 役職 刑事局人事課 警務部長(人事部長)
 ジンクスに出てきた三田村部長の後任の警視長です。
 イメージは……わたしです(爆)
 ものっそい、エロオヤジです。薪さんにバンバンセクハラいきます。R系ギャグですから☆






仮面の告白(1)







 赤く縁取られたくちびるが、切なげにうめいた。
 女のくびれた腰が艶かしく動いて、男の腰に絡みつく。たくましい男の腰使いに、女は派手な声を上げてよがり狂う。
 激しく女の中に出入りする男のものが大きく映し出される。繋がった部分からは、ぐちゅぐちゅと淫猥な音がして、女の嬌声と共にふたりの興奮を煽っていく――――。

「もうダメです。吐きそうになってきました」
 一番最初に音を上げたのは、やはり純情な新人だった。画面から顔を背け、青い顔をして口を押さえている。本当に気分が悪そうだ。
「遠慮するな。おまえ、好きだろ。こういうの」
 机に山と積まれたDVDを指差して、小池が青木のリタイヤを却下する。
「裏モノなんか滅多に見れないぞ。5課の課長に感謝しろよ」
「いや、ほんとカンベンしてください。お宝画像よりキツイです、これ」
 いくらエロティックなAVでも、10本も続けて見たら気持ちが悪くなってくる。しかも、無修正ものでストーリーも何もない。

 これは5課の押収品だ。
 5課では大掛かりな摘発の結果、数千本の裏AVを押収した。警察というところは、現場で押収したものは例えどんなものでもこうして内容を確認しなければならない。大量の確認作業のため、5課は他の部署の協力を仰いだ。そのおこぼれが第九にも回ってきたというわけだ。
 現在、署内中のPC画面にはこれと同じような映像が映っている。事情を知らない一般人が入ってきたら大変な騒ぎになりそうだが、これはれっきとした職務だ。

「こっちは終わったぞ。あと何本だ?」
「200本くらいです」
 気が遠くなりそうな数である。
「めんどくせえな。PC全部使って、回すだけ回して見たことにしちまったらどうだ」
「ばれたら厄介ですよ。一枚一枚確認書つけなくちゃいけないんですから」
「いい。僕が許す」
 自動ドアが開いて、刺々しい声が響いた。

 小柄な身体がすっぽりと隠れてしまいそうなほど大きな箱を両手に抱えて、室長が姿を現す。箱に隠れて顔は見えないが、明らかに苛立った声。ものすごく機嫌が悪そうだ。
「追加だ」
 床の上に箱を降ろし、腕を組んで蓋を開けるようあごで指図をする。促された曽我が箱を開けてみると、中身は300枚ほどのDVD。職員たちは一斉に机に突っ伏した。
「追加って……室長。これ、初めより増えてますけど」
「捜一から回ってきたんだ!」
 控えめな抗議の言葉に、室長の癇癪が爆発した。
 びりりと震えた険悪な空気に、職員たちは首を縮こめて画面に目を戻す。
 怒ったときの室長は、それはもう鬼より怖い。とばっちりを食わないためには、黙ってうつむくのが最善の策だ。
 
「荻窪で殺人事件があって、そっちに行かなくちゃいけないからって!」
 捜一と第九は昔から犬猿の仲だ。こんな嫌がらせは日常茶飯事だが、室長には我慢のならないことらしい。
「だからってなんでうちに回すんだ! こっちだってヒマじゃないっていつも言ってるのに、だいたいっ」

 室長の喚き声は、そこで不意に途切れた。
 不審に思った職員が画面から視線を移し、室長のほうを見る。そして彼らもまた、言葉を失った。

 薪の小さな顔が大きな手に覆われて、視界を塞がれている。大きな手の持ち主は薪の後ろに立って、その華奢な身体をPCの画面から遠ざけようと腕を引っ張っている。
「……なにをする」
「室長はこんなもの見ちゃダメです!」
 第九の新人は時々、わけのわからない行動にでる。特に室長が絡むと、その行動は理解の範囲を超える。最近では職員たちも慣れてきて、『青木がまたなんか始まった』としか思わなくなった。

「手をはなせ」
「ダメです。目が腐っちゃいます―――― わっ!」
 見事な背負い投げが決まる。薪は柔道二段の腕前である。
「腐る前に潰れるわ! この馬鹿力!」
 押さえられた眼の辺りが、少し赤くなっている。慌てて押さえつけたのものだから力の加減ができなかったらしい。だからといって、投げ飛ばすのは完全に過剰防衛だ。

「岡部。PC全台起動させて、片っ端から回しちまえ。MRIのモニターもメインスクリーンも全部だ」
「メインスクリーンはまずいでしょう。誰か入ってきたら咄嗟には切れませんよ」
「かまわん。そうでもしなけりゃ今日中には見きれないぞ」
 室長の言い分は最もだが、メインスクリーンは広い研究室の壁一面をフルに使った巨大なものだ。その画面いっぱいにこの映像が映し出されるかと思うと、内容が内容だけにいくら仕事とはいえ、二の足を踏んでしまう。
「やれ。室長命令だ」
 伝家の宝刀が出てしまった。これですべての反論は封じられた。

「宇野。念のためにシステムにバイパス組んでくれ」
 DVDにシステム破壊のウィルスが入っていたときのことを想定して、薪は宇野に指示を出す。怒りに我を忘れているようなときでも、怜悧な頭脳は鈍らない。こと仕事に関して、室長に死角はない。
「室長室のPCも使え。僕のノートも使っていいぞ。おまえらのもみんな出せ」
 薪は手近な椅子に腰を下ろすと未確認のDVDに手を伸ばし、PCにセットした。画面にあからさまな性交シーンが映る。それを眉ひとつ動かさずに眺めている。

 隣で青木が、頬を赤くして画面を見ている。
 この新人は今年で24歳になるはずだが、年の割にはひどく純情だ。この手のものに免疫がないとみえる。
「2、3枚ダビングしてやろうか、青木」
 意地悪そうに嗤って、薪は隣の新人を見る。その亜麻色の瞳は明らかに、青木の狼狽振りを楽しんでいる。
「お気持ちだけで結構です……」
 なんとも情けない新人の表情に、薪はニヤニヤと笑う。
 意地悪は室長の嗜好品(おたのしみ)。いわば気分をリフレッシュさせる清涼飲料水のようなものだ。

 周りの職員たちはその様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。薪が誰かに意地悪を仕掛けるのは、機嫌が直った証拠だ。
 捜一の嫌がらせに怒髪天を突いていたはずの室長の機嫌をこうも早く直すとは、今年の新人はなかなか役に立つ。薪がいったん怒り出すと、今までは嵐が収まるのをひたすら待つしかなかった。かろうじて室長の機嫌を取れるのは岡部ただひとりで、それも毎回成功するとは限らなかったのだ。

 この新人は、今年の1月に第九に異動してきた。
 室長に憧れて第九に入ってきたという言葉に嘘はなく、常に薪につき従い、心の底からの忠誠を誓っている。薪の言うことには絶対に逆らわないし、文句も言わない。誠実に指示を守り、力の限りを尽くして職務を全うしようとする。その努力は職員全員が認めるところである。
 特に薪の好物のコーヒーに関しては職務以上に精通し、今では第九のバリスタの称号を得ている。
 このコーヒーが、意外と役に立つ。
 週刊誌に第九の悪評を書かれたときくらいなら、薪の機嫌を直すことができる。これが敵対する捜一や警視総監とやりあってしまった時などはどうしようもないが、それでも第九の職員たちの平穏な時間が増えたのは喜ばしいことだ。

 やがて正面の巨大スクリーンに、裏AVの映像が映し出された。それを見た職員たちが一様に顔をしかめる。
「げっ」
「グロイっすね」
 ここまで引き伸ばされてしまうと、もはや人間の体の一部というよりは、グロテスクな軟体動物のようである。色気も何もあったものではない。
「みんな自分のモニターとPCに注目してろ。メインスクリーンの確認書は僕が書く。僕の部屋のPCは岡部、おまえが使え」
 薪だけは表情を変えないが、研究室の全員がその画面に吐き気を覚えている。特に隣の新人はもう限界だ。真っ青な顔になって口元を押さえている。

「青木。コーヒー淹れてこい」
 メインモニターと手元のモニター、PCにノートPCと4つの画面を忙しく見回しながら、薪は隣の新人に強い口調で命令する。
「手抜きするなよ。全員分、ちゃんとドリッパーで淹れるんだぞ」
 ドリッパーで淹れるコーヒーは香りも高く味も良いのだが、時間がかかる。全員分だと、20分近く掛かってしまう。しかし、それは薪も承知の上だ。つまり、一息入れて来いと言ってくれているのだ。
 青木は口元を押さえたまま席を立つ。室長の気遣いがうれしい。言葉は素っ気無いが、薪は本当はやさしいのだ。

 給湯室の水道で顔を洗って、気持ちをしゃっきりさせる。
 こんなことでへこたれてはいられない。薪のやさしさに応えなければ。

 コーヒーの香りを漂わせて、青木はモニタールームに戻った。
 各人にコーヒーを配って歩きながら、ちらちらと横目でメインスクリーンのグロテスクな映像を見る。今は官能的な表情をした女の顔が映っている。さっきの軟体動物よりはマシだが、やっぱりこうも大きくなってしまうといくら女優の顔でもアラが見える。「夜目遠目笠の内」というやつだ。

「室長。どうぞ」
「うん」
 右手で忙しくメモを取りながら、薪は平然とモニターを見ている。その横顔は氷のように冷静そのもので、この映像が目的とする感情からはほど遠い。他の職員たちはどこかしら照れを含んでいたり、逆に辟易としていたり、何かしらの表情を持っているものだが、薪には一切の感情がないようだ。

「青木。この女、見覚えないか」
「あ、これ女優の……うわあ、ショックだなあ」
 それは癒し系で人気の若手女優だった。青木が好きな車の雑誌の表紙もよく飾っているし、実は写真集も持っている。
「オレ、ファンだったんですよ、この女優さん。AVに出てるなんて。もう、ファンやめようかな。こういうの見ちゃうと幻滅しちゃうんですよね」
「これ、AVじゃなくてたぶん盗撮だ。アングルが変わんないだろ。ホテルの部屋に仕掛けられてたんじゃないのかな」
 ひどい話だ。プライバシーの侵害というのは、こういうことを言うのだ。第九には強行に意見する人権擁護団体が、暴力団に何も言わないのは片手落ちだと思う。

「そういうのってホテル側も協力してるんですよね。許せないですよね」
「見られることで興奮する変態もいるけどな」
「そうそう、夜の公園とか。あれ、けっこう興奮するのよね」
「僕は嫌だな、ああいうのは。落ち着かなくて……って、雪子さん!」
 いつの間にか、法一の女医が薪の後ろに立っている。
 アイスクリーム店のロゴが入った発泡スチロールの箱を持って、どうやら差し入れに来てくれたらしい。が、今は最悪のタイミングである。

「宇野!シャットダウン!」
 慌ててメインスクリーンのスイッチを切るが、システム破損防止のためのプログラムが働いているので、自動終了の間は画面が静止状態になってしまう。いま正に場面は、女の局部に男のものが挿し込まれるところで、自らの指で開いた女性器と男性器の先端が大写しになっていた。
 雪子は箱を机の上に置くと、白衣のポケットに両手を入れてまじまじとメインスクリーンを見上げた。
「すっごい迫力ね。さすが第九が誇るMRIシステム。解像度が半端じゃないわ」
 男性ですら正視できない画像に、恥ずかしがる様子もない。女性とは思えない反応だ。
「女性はこんなもの見ちゃダメです!!」
 反射的に立ち上がり、薪は雪子の目を塞ごうと両手を伸ばす。伸ばした手は雪子の右手に捕らえられ、右になぎ倒されて足払いが決まる。薪はその場に思い切り尻もちをついた。

「……雪子さん、ひどいです」
「だって急に襲い掛かってくるから。薪くんがAVに興奮しちゃったのかと思って、怖くなっちゃったんだもん」
 反論しても無駄だと悟り、薪は床の上に突っ伏した。
 さすがの薪も、この女性にだけは敵わない。雪子は薪の柔道の先生だ。

 雪子は持ってきたアイスの箱を開けて中からひとつ取り出すと、床に座ったままの薪に差し出した。いつものカップアイスではなく、何故か棒状のアイスキャンディーである。
「署内中このAVでしょ。みんなのどが渇いてるんじゃないかと思って。はい、薪くん。あーん」
「僕はあとでけっこうです」
「関節技決められたい?」
 雪子の脅しに、薪は仕方なく目の前に突き出されたアイスキャンディーを咥える。
 薪が柔道黒帯保持者であることは第九の者ならみな知っているし、雪子がその上を行く猛者だということもわかっているから、今のように見事に倒されてしまっても誰も何も言わないが、やはり部下の前であまりみっともない場面は見せたくない。

 雪子がにこにこして他の職員にアイスを配りに行ったのを見て、薪はキャンディーを咥えたまま席に戻った。
 溶けると垂れてきてしまう棒に刺さったアイスは、一度に食べきってしまわなければならないので、仕事中には少し困りものだ。雪子ならその辺のことは心得てくれているはずなのだが。

「はい、小池君。どうぞ、今井君」
「三好先生……カンベンしてくださいよ……」
「あら、なんのこと?」
「狙ってますよね、このアイス」
 雪子を囲んで職員たちがなにやら騒いでいるが、内容まではよくわからない。
 薪は再びモニターに目を戻す。3つの映像を同時に確認しながら、両手でキーボードを叩いている。キャンディーは口に咥えたままだ。置くところがないから仕方ない。

「青木くん。これ、2、3枚ダビングして。助手の女の子と見るから」
 不埒な計画の首謀者は、最後に新人のところに来て、そんな恐ろしいことを言いながらアイスを渡した。こっそりと青木の耳に耳打ちする。
「薪くんのくちびるって、なんか咥えさせたくなるのよね」
「……何かってなんですか?」
「なんていうかこう、棒状のものを。バナナとか」
「…………みよしせんせい……」
 可哀想に、純情な新人は、もう立っているのがやっとである。

「あ、薪くん。垂れる垂れる」
 雪子の注意に気づいて、薪はキャンディーの棒を持ち、下方からそれを赤い舌で舐めあげた。
 それを見た職員たちが、慌てふためいて席を立つ。どうやら部下たちの間で、意味がわからない行動をとるのが流行っているらしい。

「あっ! 今井、おまえ何やってんだ、仕事中だぞ!」
「こいつ、彼女にメール打ってやがる! ふざけんな!!」
「あんな強烈なもん見せられて、我慢できるか!」
「たしかに。AVなんか目じゃないな」
 年若い新人に至っては、とうとう床に座り込んでしまった。
「青木くん。鼻血でてる」
「……すいません……」
 薪が軽蔑したような目で青木を見ている。モニターのAVに興奮して、腰砕けになったと思われているのだろう。
 誤解を説きたいが説明はできない。したら確実に命はない。

 今夜もまた、あの夢を見てしまう―――― ティッシュで鼻を拭きながら第九の新人は、その若さならではの悩みをもてあましていた。




*****



 ああ、楽しい!
 R系ギャグ、ばんざい♪

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若いってこわい ~あとがき~

 薪さんの昔話にお付き合いくださって、ありがとうございました。

 昔の薪さんは可愛かった、というご意見をいただきまして、とてもうれしかったです。
 そうです。
 すっかりオヤジになってしまったうちの薪さんですが、本来はこんなに可愛い人だったんです。皮肉屋で意地悪で自己中は変わってませんけどね。(笑)

 此処にこの話を持ってきたのは、メロディ8月号の影響もありますが、実は時系列どおりなんです。
 もともと「告」の次はこの話を入れるつもりでした。
 自分の中に青木くんへの気持ちが生まれつつあるのを自覚しながら、彼を受け入れることができない薪さんの心理には、鈴木さんのことをここまで深く想っていた過去が関係している、という展開にしたかったので。



 さて。
 つぎのお話は、ああ、これか!
 エロネタ全開、エロオヤジ、AV、フーゾク、武勇伝、金髪美人とやりまくり、あ、石が飛んできた。

 M 『だから、僕に何させる気だ!?』

 うふふ。
 わかってるくせに。

 厳しいご意見、お待ちしております(^^

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若いってこわい(8)

若いってこわい(8)









 リビングの目覚まし時計が盛大なベルの音を響かせて、薪を追憶から引き戻した。
 低血圧の薪は朝に弱い。
 電子音の目覚まし時計が枕元に3個。最終兵器のベル式のものは、何が何でも起きなければいけないように、わざとリビングに置いてある。
 もっとも、これを使うことは滅多にない。大抵はアラームが鳴るのを待たずに、悪夢が薪を起こしてくれるからだ。

 リビングのベルを止めて、シャワーを浴びに行く。時間があるときは朝からでもゆっくり湯船につかりたい薪だが、今日はその余裕はないようだ。
 熱めのシャワーを頭から浴びて、気持ちを切り替える。
 今日も仕事はたくさんある。
 岡部に言ってあの会社の裏を当たらせて、宇野にあのデータを解析させて、今井にはレイプ事件のほうを担当させて、放火事件は曽我に……。
 仕事の段取りを頭の中で組み立てながら、身支度を整え、朝食を摂る。
 昔ならこうはいかなかったな―――― ふと、そんなことを思う。

 どんなに衝撃的な出来事の後でも、こうして気持ちを切り替えてきちんと仕事ができる。自分も大人になったのだ。
 忘れてしまったわけでも、想いが薄れてしまったわけでもない。
 たとえ何があっても、それはいったん胸に閉まって、すぐに自分を立て直すことができる。どんな心理状態でも、自分の仕事に責任を持って全力で取り組むことができる。それが人の上に立つ者の最低条件だ。
 あの頃は、それができなかった。
 鈴木への想いが募って講義に身が入らなかったり、レポートの内容が意味不明だったりしたものだ。未熟だったとしか言いようがない。

 逆に、あの頃のことを今やれと言われても―――― できない。
 自分がしでかしたことながら、おそろしい。

 そういえば最近、薪にバカなことを言ってきた第九の新人も確か24歳だから、あの頃の薪と同じくらいの年齢だ。
「……若いって、こわいな」

 あの頃の自分と同じように、青木も周りが見えていないのだろう。
 もう少し年を重ねれば、こうして落ち着くことができる。
 幸い保留扱いの期限は無期限だ。自然にこのままなかったことにして、できれば雪子と幸せになって欲しいものだ。
 35歳になる自分が、鈴木のことをちっとも忘れられないことを棚に上げて、薪は勝手なことを考えている。

 ダークグレイのスーツに腕を通し、鞄を持つ。
 サイドボードの上の親友の写真に『行ってくるよ』と声をかけて、ついでにキスをしてから部屋を出る。
 腕時計に目をやりながら、駅までの道を急ぐ。背筋をピンと伸ばして、華奢な背中に活力をみなぎらせる。その小さな頭の中は、今日の仕事のスケジュールで埋め尽くされている。

 亜麻色の瞳を強い正義感に輝かせて、今日も室長の一日は始まるのだ。


 ―了―




(2008.9)

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若いってこわい(7)

若いってこわい(7)






 翌朝、薪は7時に目を覚ました。
 いつも起きている時間なのだ。休みの日でも、自然に目が覚めてしまう。
 隣では鈴木が寝息をたてている。裸の胸が上下して、薪の大好きな穏やかな顔で、まだ深い眠りの中にいるようだ。

「やっちゃった……」
 昨夜のことを思い出して、薪は青くなった。
 とうとう、襲ってしまった。自制する自信はあったのに、やっぱり飲みなれないワインなんか飲むんじゃなかった。
 こんなことをしてしまったら、もう鈴木とは親友でいられない。絶交されるかもしれない。
 そうなったら……空恐ろしいような気がした。自分はどうなってしまうのだろう。

 せっかく楽しいイブだったのに。楽しい誕生日だったのに。
 鈴木は彼女を放っぽって僕のところへ来てくれて、僕が作ったごはんを美味そうに食べてくれて、それだけで良かったのに。なんであんなことになっちゃったんだろう。
 ……鈴木が悪いんだ。
 彼女へのプレゼントにコンドームなんか添えておくから。そんなことをする気だったんだと思ったら、嫉妬で理性が吹っ飛んだ。
 だからあんなこと――――。

 自分がしたことを思い出して、薪は真っ赤になる。
 恥ずかしい。眠っている鈴木の顔が、見れない。

 昨夜のことは、とにかく痛かったことと……幸せだったことしか覚えていない。無我夢中で、自分が何を口走っていたのかさえわからない。
 ただ、うれしくてうれしくて。
 鈴木が自分を抱いてくれたのが嬉しくて幸せで、こんな痛みなんかどうでもいい、このまま死んでもいい――― そう思っていたことだけを覚えている。
 どうでもいいと言えるほど、軽い痛みでもなかったが。まさかあんなに痛いものだとは思わなかった。

 でも、もう二度目はない。
 なんとか冗談で済ませられないだろうか。そうしたら、もとの親友に戻れるかもしれない。
 鈴木を失いたくない。嫌われたくない。どんな形でも良いから、つながっていたい。

 とりあえず、服を着て朝食の用意をしよう。鈴木が起きたら朝食を食べさせて、何もなかった振りでこの場を流してしまえばいい。
 身を起こそうとして、薪は驚いた。
 「……ウソだろ」
 身体が言うことをきかない。ぜんぜん、動けない。
 無理に起きようとすると、腰から下に激痛がはしる。あそこが痛むのは覚悟していたけれど、ここまで痛いとは計算外だ。その部分だけではない。体中痛いのだ。これじゃ何もできない。極端な話、トイレにも行けない。
 身体は汗でべたついていて、気持ち悪い。自分ではわからないけど、きっと臭い。鈴木の前でそれはいやだ。
 せめてシャワーだけでもと思うが、この状態では不可能だ。痛くないところは頭くらいのもので、後は筋肉痛だか疼痛だか、もうわけがわからない。

 んん、と呻いて鈴木がこちらに顔を向ける。
 目の前に男らしい寝顔が来て、思わずどきどきしてしまう。
 やばい。目を覚ましそうだ。
 はやくうまい言い訳を考えないと、ってぜったい無理だ。この状況に言い訳なんて不可能だ。
 でも嫌われるのはいやだ。たえられない。どうしたらこの失態を回復できるだろう。

 パニクる薪をよそに、鈴木は目を覚ましてしまった。
『よるな、気持ち悪い』
 そんな言葉を覚悟して、薪は思わず目を閉じた。
「おはよ、薪」
 いつも通りのやさしい声。その声に、侮蔑も嫌悪も感じられない。
 薪はおそるおそる目を開ける。鈴木がこちらを見て微笑んでいる。
 
「身体、大丈夫か?」
 薪が何も言えずにいると、鈴木はひょいと起き上がって下着をつけてズボンを履いた。上半身は裸のまま、ヒーターの電源を入れにいく。そういえば昨夜は、タイマーを掛けておく余裕などなかった。
「どれ、見せてみろ」
 軽い調子で毛布を取り上げようとする。慌てて薪は毛布にしがみつく。
 冗談じゃない、何も着ていないのだ。毛布を取られたら素っ裸だ。
「いいから見せろよ」
 強引に毛布を剥がれた。とっさにうつ伏せるが、その痛みといったらなかった。体中がギシギシいっている。声を殺して奥歯を噛み締める。鈴木に心配をかけたくない。
 自分の尻に大きな手が置かれるのを感じて、薪は身をこわばらせた。
「なにするんだよ!」
 身体が言うことをきかないので頼れるのは声だけだ。その声もいつもとは違う、ハスキーな声だ。
 のどが痛い。応援団の練習をやらされた翌日みたいだ。

「あー、やっぱひどいなこりゃ。昨日、薬は塗っといたんだけどな。痛いだろ、薪」
 もう一度付けとこうな、と言っていつの間に買ってきたものか、新しいチューブに入った軟膏を出して指で患部に塗ってくれる。場所が場所だけに恥ずかしくてたまらなかったが、逃げることもできない。思うように動かない自分の身体を呪って、薪は心の中で悪態をついた。
「まったく無茶ばっかして。しょうがないなあ、薪は」
 いつものように笑っていつもの台詞。昨日までとなにも変わらない。薪にはそれが信じられない。

 あれだけのことがあったのに。
 薪にとっては、世界がひっくり返るような出来事だったのに。
 鈴木は何も感じていないのか? 何より、僕のことを気持ち悪いと思っていないのか? それとも、自分と同じようになかったことにしてしまおうと必死で平静を装っているのか。
 訊くのは、こわい。
 普段通りの笑顔が豹変してしまいそうで。もうおまえの顔を見るのも嫌だ、と言われてしまいそうで。

「まあ、最後の頃はオレも夢中になっちゃったから。おまえのせいだけじゃないけどな」
 冗談で済ませるつもりはないらしい。
 じゃあ、どうするつもりなんだろう?
 鈴木の心がわからなくて、薪は何も話せない。嫌われるのが怖くて何もできない。
 恋はひとをこんなに弱くするのか。
 こんなにも臆病な自分を、薪は初めて知った。

「ごめんな、薪」
 なにを謝るのだろう。
 この身体の傷のことか? それとも、もう会いたくない、ということか――――?

「おまえの気持ちに気付いてやれなくて。おまえ、あんなに思いつめてたんだな」
 枕に顔を埋めている薪の亜麻色の髪をいつものように撫でながら、鈴木は言った。
 汗のせいで髪の毛もベトベトしている。汚いからさわるな、と言いたかったが声は出ない。これから何を言われるのか、死刑宣告を待つ受刑者のような気分だ。
「オレ、知らないで……彼女作った話とか、何回目のデートでやったとか、そんなこと言ったりして。ずいぶん傷つけたよな、おまえのこと」
 それは鈴木が悪いんじゃない。僕が勝手に鈴木を好きになったんだから、鈴木はなにも悪くない。
「もう、しないから。おまえを傷つけるようなことは、ぜったいしない」

 もうこんなことはしない――――二度と、寝ない。そういう意味か?
 それはそれでいい。でも、友人ではいて欲しい。

 拒絶されるかもしれないという恐れでいっぱいになりながら、薪は顔を上げた。おずおずと鈴木の顔を見る。
 いつも通りの優しい顔に勇気付けられて、薪は言った。
「これからも、友だちでいてくれるか?」
「それは無理だろ。やっちゃったんだから」

 その、言葉の衝撃。
 覚悟はしていたのに、瞬時に涙腺が壊れた。

 泣くな。
 泣いてはダメだ。鈴木が困る。
 やさしいから、鈴木は優しいから。泣いている僕を切り捨てることに、痛みを感じるひとだから。
 だから平気な顔で、そうだね、と言え。終わりだね、と幕を引け。
 男なら自分のしでかしたことに責任を持て。

 必死の思いで涙を止める。
 でも、その先はできない。
 声が出ない。
 口は動くが、言葉が出てこない。

 目をいっぱいに見開いて口唇を震わせる薪の顔に、鈴木の顔が近づいてくる。
 乱れた呼吸を繰り返す小さなくちびるに、そっと鈴木のくちびるが重なった。
「友だちはこういうことしないだろ、普通。恋人、って言うんだろ、こういうのは」

 言葉の意味を理解するのに、薪の脳は少し時間がかかった。
 逆に身体の反応のほうが早かった。応急処置を施しただけの涙腺は、今度こそ完全に壊れて、大粒の涙がぼたぼたとこぼれ落ちた。
「薪? なんで泣くんだ?」
 初めて見せる泣き顔に、鈴木が狼狽している。これはきっと夢なんだ、と薪は思う。
「オレ、なんか悪いこと言ったか?」
 太い首に腕を回して、抱きしめる。大好きな鈴木の匂い。
 耳元で、そっとささやく。
「大好きだよ、鈴木。だいすき……」



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若いってこわい(6)

 この章は、イタ~イRです。
 Rが苦手な方、薪さんが肉体的に傷つくのはイヤ、という方にはごめんなさいです。




若いってこわい(6)



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若いってこわい(5)

若いってこわい(5)







 大食漢の鈴木のために、実は昨日から仕込んでいた料理があらかた彼の胃袋に収まって、楽しい食事の時間は終わった。食器を片付けてテーブルをきれいに拭き、鈴木の持ってきてくれた花を飾る。
 白い百合の花。鈴木はこの花が好きなのか、よく薪のアパートに持ってきてくれる。

「薪、ケーキ食べよう」
「あんだけ食っといてまだ食うのか?」
「ケーキは別腹」
「人間の胃袋はひとつだよ」
 でも、鈴木の胃袋は2つくらいありそうだ。

 ケーキの箱を開ける。クリスマスのデコレーションがなされた円柱形のショートケーキだ。サンタの人形とイチゴが飾ってある。チョコレートにはX‘masの文字。
「なんでクリスマスなのに、ノエルじゃないんだよ」
 自分ではろくすっぽ食べないくせに、文句ばかり言う。薪のこの性格をかわいいと思ってくれるのは、世界中探しても鈴木くらいのものだ。
「オレ、ロールケーキよりそっちのほうが好きだもん」
「仕方ないなあ」
 しょうがないのはおまえだよ、と他人が見ていたら突っ込まれるに違いない。

 手際よくケーキを切り分け、鈴木の皿に1/4を。自分にはその半分を置いてコーヒーを注ぐ。
 ぶつぶつ言う割には、薪はくるくるとよく動く。皿にはカスタードソースとストロベリーソースで装飾がなされ、ラズベリーがちりばめられる。レストランで出てくるデザートのようだ。
 自分ではあまり食べないケーキを、鈴木の好物だと言う理由でいろいろと研究を重ねている。隠してあるが、本当はケーキも焼いたのだ。もちろん鈴木好みの生クリームとフルーツのケーキだ。でも、せっかく鈴木が買ってきてくれたのだから、今日はこっちを片付けて、自分のケーキは土産に持たせればいい。

「薪、これからどうする? どっか行きたいとこある?」
 今夜はだれも眠るものなどいない。聖誕祭とは名ばかり、お祭りのようなものだ。
「どこも混んでるだろ。ここで酒でも飲もうよ」
 そのほうがいい。
 空虚な喧騒の中に身を置くより、ふたりでする他愛もないお喋りのほうがずっと楽しい。

 クリスマスらしく赤ワインを1本あけて、オードブルの残りを肴にグラスを傾ける。鈴木は焼酎が好きなのだが、今日は特別だ。
「それより鈴木。今日は僕の誕生日なんだけど。プレゼントは?」
 2本目のワインが空になり、薪は日本酒に切り替えることにした。薪の外見には断然ワインのほうが似合うのだが、薪の好みも本当は日本酒だ。
「花とケーキを買ってきただろ」
「あれはクリスマス用だろ? 誕生日はまた別だよ」
「……何が欲しいんだよ」
 聞いてはみるが、鈴木には答えは分かっている。
 心理学の専門書か犯罪時録だな、と踏んで、あまり高くないほうにしてくれよ、と心の中で付け加える。

「彼女に贈るはずだったプレゼントは?」
 そうなのだ。それで財布の中が心細い。
「指輪。って、おいこら、勝手に見るなよ」
 薪が素早くハンガーに吊るした鈴木のコートを探る。すぐに小さな袋を見つけ、取り出して中を確認する。
「あっ、ちょっと……!」
 赤いリボンの掛けられた指輪の箱と一緒に入っていたのは、薄いビニールに包まれた平べったくて四角くて小さい――――。
 軽蔑しきったような眼で、薪が鈴木を睨む。美人が怒るとブスの3倍怖いと言うが、薪が怒ったときは心底、こわい。

「コレ、一緒に贈る気だったわけ?」
 汚いものでも触るようにソレを指でつまんで、ひらひらと振る。優雅な手に似合わない代物だ。
「いいだろ、クリスマスなんだから!」
 赤くなって鈴木が喚く。
 まったく、こいつの性格の悪さときたら!
「わけわかんない」
「必要だろ!」
「こんなんで女の子が喜ぶのか?」
「だいたい、8割は落ちるけどな」
 ふうん、と納得したような声を出して、薪は指輪の箱を開ける。
 ティファニーのプラチナリング。石は付いていないが、けっこう高かったのだ。不要になってしまったが返せないだろうな。また来年使えるかな、と不届きなことを考える。

 薪はその指輪をつまんでしばらく見つめていたが、やがて自分の指にそのリングをつけた。
 プラチナの硬質な輝きが、薪の細いゆびによく似合う。ほっそりした手の美しさを引き立てるきらめきに、ご満悦のようだ。
「おまえそれ、9号だぞ。きつくないのか?」
「ぴったりだよ。ありがとう。これ、もらっとく」
 ……どうせ不要品だったんだ。リサイクルしたと思えばいい。
 不要になった原因も、元はといえば目の前の小悪魔のせいなのだが。

 なんでオレはこいつに逆らえないんだろう、と鈴木は思う。他のやつならタダじゃ置かないんだが。
 いや、こいつ以外にこんなことをするような友人はいない。

「おまえが欲しいものって、指輪だったのか?」
 わざとそう訊いてやると、薪は黙り込んだ。
 なにやら考えているらしい。
 しまった、余計なことを言った。プレゼントの追加注文がくるかもしれない。
「これって、セットだったよね」
 今度はよく解らない。
「せっかくだから、これも使う?」
 使うって……。

 薪が顔を近づけてくる。
 きれいな顔。女のような、でもやっぱり女とは違う。不思議な美しい顔。
 華奢な手が鈴木の後頭部に回される。頭を押さえられて、なかば強制的に薪の美貌を見せつけられる。
 いくらか気の強そうな眉。大きな二重の眼。マスカラもつけていないのに濃くて長い睫。小さくて形の良い鼻。濡れたように光るつややかなくちびる。亜麻色の髪はごく普通の短髪なのだが、薪の顔を縁取っていると一流のヘアデザイナーの仕事に思えてくるから不思議だ。
 
「僕と、しようよ」
「薪……おまえ、酔ってる?」
「いいじゃん。クリスマスだし」
 それ、さっきオレが言った―――――。
「鈴木。僕とセックスしよう。クリスマスなんだから」

 おまえのほうが訳わかんないよ、と言おうとしたが、薪のくちびるが覆いかぶさってきて、その言葉は飲み込まれた。
 やわらかい濡れた果実のような感触。絡められた舌のぞくぞくするような、甘さ。
 本当に、なんでオレはこいつに逆らえないんだろう―――― 自問しながら、鈴木は目を閉じた。



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若いってこわい(4)

若いってこわい(4)






 その年の、12月24日。

『鈴木? 今日、僕の誕生日なんだけど』
 薪のいつものわがままで、鈴木はせっかくのイブの夜のデートをキャンセルさせられた。当然、彼女はものすごく怒って、結果ふられた。
 まあ、しかたない。薪のほうが大切だ。
 今日があいつの誕生日なのは知っていた。そんな日にデートの約束を入れた自分も悪かった。薪のほうにも予定があるだろうと思っていたのだが、そうではなかったらしい。あんなにもてるのに、おかしなヤツだ。

 イブの夕刻の喧騒の中、花とケーキを買って薪のアパートへ向かう。
 男の部屋を訪ねるのに花とケーキもないものだが、なんとなく薪には不自然じゃないようない気がする。薪は花が大好きだし、鈴木は甘いケーキが好物だった。

「彼女、どうした?」
 寒風吹きすさぶ屋外から暖かい部屋の中に入って、開口一番、薪が聞いてくる。自分でキャンセルしろと言っておいて、どうしたもないものだ。
「めちゃめちゃ怒って、フラれた」
「ふうん」
 うれしそうだ。
 まったく、こいつには振り回されてしまう。今までに何人の彼女と別れさせられたか。しかし、何故か嫌いになれない。
 鈴木が持ってきた花束を抱いて、にっこり笑う。このあどけない笑顔のせいか。天才と称される明晰な頭脳のせいか。それとも時折みせる翳りのせいか。

「鈴木。晩メシどうする? どっか行く?」
「どこも混んでて、レストランなんか入れないぞ」
「あれ、彼女とのデートに予約したレストランは? まさかキャンセルしちゃったのか? バカだなあ」
 ……このジコチューな性格のせいかもしれない。
「今日は彼女の家で、手料理の予定だったの」
「へえ。じゃ、よかったじゃん。まずいもの食わされなくて。僕に感謝しろよ」
 我儘もここまでくると、見事としか言いようがない。
 なんだか自分と会ってから、薪はどんどん我儘になっていったような気がする。甘い顔をしすぎたかな、と少し反省するがどうにも逆らえない。

「昨日のビーフシチューなら残ってるけど、食べる?」
「やった。薪のビーフシチュー、最高に美味いもんな」
 残り物と言いながら、薪は次々と料理を出してくる。オードブルからサラダまで、手がこんだものばかりだ。量もたっぷりとあって、これは朝から鈴木のために用意していたに違いない。
 来て良かった。薪の料理は絶品だ。
 牛スネ肉がとろけるまで煮込んだシチューに舌鼓を打つ頃には、鈴木は2ヶ月前からクリスマス用に付き合い始めた彼女のことなど、すっかり忘れていた。


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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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