ラストカット~あとがき~

 長々とお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!

 ということで、ビミョーな結末でこざいましたね。
 2年もかかって最終的にもらった言葉が、『努力してみる』ですからね。ひどいですねー。(すみません……いいです、もう。あおまきすと失格で)



 このお話を最後として、わたしのあおまきさんは一旦閉めたいと思います。

 
 わたしが書きたかったのは、実はここまでの二人なのです。
 わたしはあおまきすとですけど、この創作の目的は二人が恋人同士になることではなく。薪さんに、前向きに生きる決意をしてもらうことでした。
 原作の薪さんの何が哀しかったって、「あのひとの笑顔なんか見たことない」と言われるほどに、周囲との間に壁を築いてしまっていることでした。
 1巻の写真の薪さんは、あんなに屈託なく笑っていたのに。コピーキャットでも、旧第九のメンバーとは笑い合っていたのに。まるで、自分には誰とも笑い合ったり心を交わしたり、そんなことは許されない、自分は彼を殺したのだから罪人に相応しい人生を歩んでいかなければならない、と本来の自分を檻の中に閉じ込めているように見えて。
 わたしはそんな薪さんに、笑って欲しかったんです。それだけです。
 
 ここまで書くことができて、幸せでした。
 読んでいただいて、ありがとうございました。いっぱい励ましていただいて、ありがとうございました。
 みなさまに、ありったけの感謝を捧げます!



 この後は第3部に入りますが、そちらはもう、目的を達成した後の蛇足的なものでして。
 『秘密』の二次創作と言えるかどうかもあやしく。なんか、薪さんと青木くんでなくても、この話できるじゃん? みたいな。ただのBL小説としか思えないので、自分でもあまり公開は乗り気ではなかったのですが。
 実は、ラストカットの最初の頃は、第3部は公開しないつもりだったので、最終話です、と書いたんです。 
 が、水面下で色々ありまして、公開することになりました。
 とても奥ゆかしい方なので、お名前の明記は控えさせていただきますが、ある方に説得されました。説得、というか、おねだり? ううーん、かわいい女の子にはとことん弱いです。 


 そんなわけで第3部は、薪さんと青木くんの名前を冠しただけの、下品でつまんないBL小説になっちゃってます。きっとがっかりされちゃうと、
 はい? 今までもそんなものだったろうって? だれも期待してない?
 なるほど、そうですねっ!!
 引き続き、お付き合いいただけると嬉しいですっ!(開き直った)



 さて、次のお話は、4000拍手のお礼です。
『運命のひと』というお話です。
 長いです!ラストカットの後編より長いです。70ページあります!!(すみません~~~(><))
 ああ、どうして短編が書けないの、わたし。(;;)

 
 どうかゆっくりお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ラストカット 後編(23)

 これまでお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。
 終章です。




ラストカット 後編(23)





 薪の嗚咽が収まったころに、青木は戻ってきた。ジャケットの下で思わず身構える。
 しかし、青木は薪に近づこうとはしなかった。床に盆ごとコーヒーを置いて、黙って離れて行く。薪の顔を見ようともしなかった。なんだかひどく傷ついたような顔をしていた。
 冗談じゃない。レイプまがいのことをされて、傷ついたのはこっちのほうだ。

 芳しい香りが漂ってくる。この香りは薪を落ち着かせてくれる。自分を暴力的に犯そうとした男が淹れたものであっても、コーヒーに罪はない。第一、誘ったのはこっちのほうだ。それを責める気はない。
 でも、あんなに乱暴にしなくたって。
 もっとやさしくしてくれれば、何とかなったかもしれないのに。昨夜みたいに甘いキスから始まって、愛していると耳元で囁いてくれれば、僕だって少しは……。
 そこで薪は気づいた。

 わざとだ。
 こいつ、わざと乱暴にして僕の本音を引きずり出したんだ。

 このコーヒーの味がその証拠だ。
 繊細で薫り高くて、薪の好みにぴったりと合わせた苦味と酸味のバランス。コクがあって後味は爽やかで。気持ちが入らなかったらこんな味は出せない。自分のことを大切に思ってくれていなかったら、このコーヒーは淹れられない。

 薪はジャケットに身を包んだまま立ち上がった。モニタールームの自分の席に座っている男に、空のコーヒーカップを差し出す。
「お代わり」
 青木は複雑な顔で席を立った。
 個人用のモニターに電源が入っている。何かの画像を読み込んでいるようだ。読み込みのゲージが100%を指し、やがて画が映し出された。

 亜麻色の髪を揺らして、笑い転げる青年。
 大きな亜麻色の瞳を輝かせて、ほそい足を子供のようにばたつかせて、こちらを指差しながら―――― 鈴木の脳に残っていた、薪の全開の笑顔だった。
「鈴木さんが望んでたことって、オレはむしろこっちだと思います」
 青木がコーヒーを持って、後ろに立っている。マグカップを机の上に置き、薪のほうを見ずに離れていく。

「出世も望んでたかもしれませんけど、鈴木さんの性格を考えるとこっちかなって。鈴木さんはきっと、薪さんがいつもこんなふうに笑っていてくれることを願っていたと思います。だからラストカットに」
 青木は言葉を切って、首を振った。
「すみません。また関係ないのに出しゃばっちゃいました。わかるわけないですよね、オレなんかに。オレは鈴木さんと会ったこともないのに」
 関係がないと言ったのは、薪のほうだ。あのときはそう思っていた。
 でも、今は。

「青木。僕は……がんばるから」
「はい。出世のことはともかく、警視長の試験を受けることは大賛成です。オレもできるだけ協力します。そうだ、母に言って大学時代の法規の参考書とか、送ってもらいますね。ポイントが書き出してあるから少しは役に立つかもしれません」
「いや、そうじゃなくて」
 それも頑張るつもりではいるけれど、もっとがんばりたいことがある。

「そうですよね、オレと薪さんとじゃ頭のレベルが違いすぎますもんね。役に立つわけないか」
「だからそうじゃ」
 青木は薪のことを、思い込みが激しいだの勘違いの天才だのと、さんざん言ってくれたが、自分だって人のことは言えない。薪が言いたいことを、まるでわかっていない。

「警視長の試験がうまくいくように、おまじないしてくれるか?」
 メインスクリーンの側に立っているやさしい男に、薪は近付いていく。
 が、青木は胸の前に両手を上げ、薪を押しとどめる仕草をした。
「オレには、そんな資格ないです」
 言っている意味が解らない。急に、どうしたのだろう。

「無理やり暴力であなたを奪おうとして、傷つけて」
 こいつは、そんなことはしていない。
 青木は薪に、自分の本心をわからせてくれようとしただけだ。薪を傷つけるような真似は死んでもしたくないくせに、薪のために敢えて乱暴に振舞った。
 しかし、それを言葉にしてしまうと、その真実はたちまち言い訳に変わる。だから青木はそんなことは言わない。男は、言い訳をしない生き物だからだ。

「オレ、自分のしたことには責任持ちますから。もう二度とあなたには近付きません」
 それは願ってもないことだ。
 しかし、『おまじない』はしてもらわないと試験に落ちてしまうかもしれない。不名誉な結果は、薪のプライドが許さない。

 自分の身体に触れることを躊躇う青木の胸に、薪は自分から額をつけた。
 たくましいからだに両手を回す。目を閉じてコーヒーの香りを吸い込む。
 青木の手が、おずおずと薪のからだに触れる。さっきはあんなに乱暴だったくせに、と薪は思わず笑い出しそうになる。

 …………こいつは僕のことを、一番に考えてくれる。

 自分の優しい心を殺してまで、僕に大切なことを教えてくれようとした。 
 僕のことが大好きでたまらないくせに、僕に嫌われるかもしれない嫌な役目を自分から選んで。僕が他の男に抱かれてる画を見るのは、心がずたずたになるほど辛かったろうに。僕の重荷を軽くするために、きっと泣きながらあのDVDを編集したのだろう。

 大きな手が亜麻色の頭を撫でる。細い背中を抱きしめる。いつも鈴木が薪にしてくれた、大切なジンクス。
 でも、鈴木はもういない。

「違うだろ。手を抜くな」
「はい?」
 両手で相手の頬を挟む。背伸びをして顔を近づける。
 そっとくちびるにキスをする。眼鏡の奥の黒い目が、子犬のようにまん丸になった。
「おまえが言ったんだぞ。この次は自分がしてやるから、いつでも言えって」

 これは僕の人生だ。
 これからは鈴木に頼らずに生きていく。
 ちゃんと自分の力で、自分の意志で。鈴木の遺志を継ぐのはもちろんだけど、そう決めたのは自分だ。

 だから。
 ジンクスもここで新しいものにしよう。

「これでおしまいか? 僕はもう少しちゃんとしたものを、おまえにしてやったと思っ」
 薪の言葉は、途中で相手のくちびるに吸い取られた。
 激しいキスに、心ごと奪われる。その強さと濃密さ。息もできない。吸い上げられる舌が痛いほどだ。でも、今度は恐怖はない。激しく求められるのがいっそ心地好い。
 呼吸を整える余裕はない。乱れた吐息の合間に囁かれる声。愛してます、と繰り返し繰り返し―――― それは薪を生まれ変わらせる魔法の言葉だ。

「青木。僕はがんばるから」
 やっとくちびるが離れて、薪はさっき伝え損ねた言葉を今度ははっきりと告げる。
「おまえのこと、恋人として受け入れられるようにがんばってみるから」
 青木は、ぽかんと口を開けて薪を見る。
 息を呑んだまま、動かない。呼吸が止まっている。もしかしたら心臓も止まってしまったのかもしれない。

「だけど、僕は鈴木のことは一生忘れられないと思うし、忘れる気もない。それでもおまえが僕を好きでいてくれるなら、僕もそれに応えられるように努力してみるから」
 勝手な言い分だとは思うが、今の薪にはこれが精一杯だ。
 
 鈴木のことは、これからも忘れられない。
 それでも、誰かと未来を形作っていくことができるなら。
 その誰かは、こいつしかいないと思う。僕が鈴木にすべてを捧げているのを知ってなお、僕のことだけを愛してくれるバカなやつなんて、他にはいない。

「すぐには無理かもしれないけど。でも、頑張るから」
「本当ですか」
 こくりと薪が頷くと、もの凄い力で抱きしめられた。
「痛い痛い!」
 本気で背骨がぼきぼき音を立てている。
「うれしいです。オレ、いつまでも待ちますから」
「いや、たぶん今死ぬかもっ……」

 早まったかな、と薪は思う。
 こいつのしつこさは半端じゃない。この1年、本当に何を言われても諦めなかった。
 こいつを諦めさせる、これが最後のチャンスだったのかもしれない。こいつはさっき僕を傷つけた責任を取って、自分から遠ざかろうとしてたんだから。

 力加減の分からない大男に抱きしめられながら、薪は自分が言ったことをほんの少しだけ後悔していた。


 ―了―





(2009.3)



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ラストカット 後編(22)

ラストカット 後編(22)


 



「どうしたらいいんだ? 僕が何をしたら諦めてくれるんだ。僕がおまえに抱かれれば満足するのか」
「気持ちが入らない薪さんなんか、いりません」
「心はやれない」
 この心だけは鈴木のものだ。今までもこれからも、ずっとずっと鈴木だけのものだ。

「僕がおまえにやれるのは身体だけだ。もう手段は選ばない。この身体も道具の一つとして有効に使う。今までは鈴木のものだったけど、これからはただの道具だ。必要とあらば、間宮にだってくれてやる」
 結婚を諦めるなら、他の手段でのし上がるしかない。娘との縁談を拒否すれば、小野田の後ろ盾はもう得られないだろう。他のバックが必要になる。間宮は次長の娘婿で、将来的には確実に次長の椅子に座る男だ。味方につけておいて損はない。幸い、間宮は自分に執着を見せている。これを利用しない手はない。

 薪は強い目で青木を睨む。青木の哀しそうな視線が返ってくる。
 幻滅すれば良い。なりふりかまっていられない。今の立場から出世競争に参戦しようと思ったら、意地もプライドも捨てるしかない。

「他の誰かに奪われるくらいなら、オレが先にもらいます」
 しばしの沈黙のあと、青木は低い声で言った。
 言うが早いか、飛びかかってくる。不意を衝かれて、薪はモニタールームの床に組み敷かれた。冷たいリノリウムの床に仰向けにされて、肩を押さえつけられる。
 薪の心臓が跳ね上がる。こんな展開になるとは思わなかった。
 でも。

 鈴木以外の男で、薪の身体に触れたものはいない。女の子もずっとご無沙汰で、正直な話、10年以上も人肌のぬくもりに触れていない状態だ。
 その行為がスムーズにできるかどうかも、自信がない。特にあそこは使ってないから狭くなってしまって、初めは苦労しそうだ。
 だから最初は、少しでも心を通わせた相手のほうがいい。
 こいつならやさしいし、未熟な性技でも文句は言わないだろう。それに――。

 とことん利用すると決めたからには誰とでも寝てやるつもりだが、一度くらいは……好きな相手と、したい。
 鈴木ほど好きになったわけではないが、心が揺れたのは確かなのだ。まだ他の人間に汚されないうちに、こいつにあげられるものなら捧げてしまいたい。

 今朝の青木の嘘に、薪は気付いていた。
 たしかに途中から記憶はなかったが、それでも何もなかったと言うのは、青木が薪を思いやって吐いてくれた嘘だ。
 ちゃんと憶えている。
 愛してますと耳元で囁く声と、やさしい愛撫。蕩けそうな甘いキス。首筋から胸に、それからもっと下のほうに降りていった口唇。腰の辺りから這い上がってきた、ぞくぞくするような感覚。

 こいつは僕が欲しくて堪らなかったくせに、それでも僕のことを考えて我慢して、朝まではだかの僕を抱きしめていた。あのまま奪おうと思えば簡単だったはずなのに、自分の欲望よりも僕の安眠を優先してくれた。
 やさしい青木。
 僕がおまえにしてやれるのは、これだけだ。たぶん、これが最初で最後の……。

 薪は目を閉じた。
 自分で服を脱ごうとするが、青木は薪に自由にさせてくれる気はないようだった。それどころか、引きちぎるような勢いでシャツの前を開かれた。ボタンがいくつか弾け飛ぶ。乱暴に乳首を捻られ、むしゃぶりつかれる。
「――ッ!」

 急にされたら、痛い。
 いつもはあんなにやさしいくせに、こんなときに乱暴になるなんて。
 でも、仕方がないかもしれない。身体だけの関係だと明言してこちらから誘ったのだ。それに自分は男だ。やさしくされるのは女の特権だ。鈴木はとても優しかったけど、かれは特別だ。

 ベルトを外されて、下着ごとズボンを下ろされる。足を肩の上に載せられて、からだをふたつに折り曲げられる。ジャケットは着たたまま靴は履いたまま、ズボンと下着は膝のところまで下ろされて、乱暴に秘部をさわられる。
性急で暴力的な行為。固い床が背中に響いてとても痛い。
 ムードや甘い言葉など期待してはいなかったが、これは少し、いや、かなり……。
 ひどい。
 というか――――こわい!!

「いやだああっ!」
 気がついたときには、声の限りに叫んでいた。
 この恐怖は、薪が今まで味わったものとは種類が違う。
 殴られたら痛いとか怪我をするかもしれないとか、生命の危険に関する恐怖ではない。それだったら意志の力でねじ伏せることができる。捜査一課で現場の捕り物の経験もある薪は、そういった鍛錬も積んでいる。
 だが、これは違う。
 これは人間の尊厳を根こそぎ奪われる恐怖だ。これを許してしまったら、自分はひとではなく、ただの肉の塊になってしまう。もう人間としては生きられない。そんな恐怖が薪を怯えさせる。

 体が勝手に助けを求めて動き出す。大声を上げてかぶりを振り、自分の上になった男を撥ね退けようとする。だが、大きなからだはびくともしない。
「いやだいやだいやだっ……!」
 力では敵わない。薪にはこの巨体から逃れる術はない。これほど激しいパニックに陥ってしまっては、得意の武術も発揮できない。

 薪の声は涙声になっている。自分では気づいていないが、両眼からは大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ちている。
「助けて……鈴木、鈴木っ……」
 ずっと前にもこんなことがあった。
 鈴木に振られて自暴自棄になって――あのときは雪子が助けてくれた。
 ダメだ。あの頃から自分は何も成長していない。
 こんなに弱くて子供で。これくらいのことに耐えることもできないなんて。

「ほら。やっぱり無理でしょう? 薪さんにそんなこと、できるわけないんです」
 苦笑と共に、薪の上から重みが消えた。
「オレだからここで止まれますけど、他の男だったらきっと許してくれませんよ。言い出しっぺは薪さんのほうなんですから」
 大きなジャケットがはだかのからだに掛けられる。ジャケットからはコーヒーの匂いがする。薪にやすらぎを与えてくれる香りだ。
「すみませんでした。二度とこんなことはしません。オレはもう、薪さんには指一本触れませんから。安心してください」

 ジャケットの下で、薪は懸命に嗚咽を止めようとする。
 みっともない。恥ずかしい。
 自分から誘っておいて、いざとなったら怖くてできないなんて。

 青木は薪を置いて、モニタールームを出た。
 大きなジャケットにくるまって、薪は床の上で小さくからだを丸める。深く呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。



*****

 次でラストです。
 大丈夫かー、おまえたちー。(笑)


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ラストカット 後編(21)

ラストカット 後編(21)




 ラストカットに残した人物に、自殺することを望む人間などいない。
 鈴木は僕に、生きろと言っている。


「僕は警視長の昇格試験を受ける」
 つややかなくちびるが、薪の決心を言葉にする。
 新しい目標に向かって邁進しようとする意欲的な瞳。その前向きな気持ちが、薪の美貌を輝かせている。
「僕は上に行く。おまえもついてこい」
「はい!」
 青木は、即座に薪の命令に服従する。
 見るものすべてを虜にする強いオーラ。その絶対的な求心力。黄色い嘴の取れない若造を言いなりにすることなど、朝飯前だ。

 鈴木が僕に何を望んでいたのか、やっと解った。
 あの襟章。あれは警察庁長官の襟章だ。
 つまり、鈴木は警察庁のトップになった僕とセックスしてたんだ。憶測だが、官房長室は鈴木の部屋だったのかもしれない。まったく恐ろしいやつだ。虫も殺さないような顔をして、ものすごいことを考えていたものだ。
 でも、それが鈴木の望みなら。
 僕は精一杯、それに応えよう。僕のありったけの力で、鈴木の願いを叶えよう。

「鈴木。見ててくれよな」
 メインスクリーンがシャットダウンされて、システム保存の静止画面になる。そこには薪の、とびきりの笑顔が映っている。
 青木は、呆然とそれを見ている。魂ごと持っていかれている状態だ。
 ピピッと電子音が鳴って、MRIシステムが安全に終了されたことを告げる。不意に画面が暗くなり、その画像は実在のうつし身に姿を変えた。

「青木。おまえ、まだ僕のこと好きか」
「はい」
「あんな姿を見てもか」
「はい」
 青木の答えに迷いはなかった。
 オールバックのきちんとした頭を両手でつかみ、薪は背をかがめた。目を閉じて顔を近づける。
 自分からくちびるを重ねて、相手の口に舌を忍ばせる。絡みつかせて吸い、引き込み捉え――やがて相手も、薪の口中を自分の舌で愛撫してくる。相手が満足するまで、薪は苦しい呼吸の下でそれに応える。逞しい腕が、薪の身体をぎゅうっと抱きしめてくる。

「これは、鈴木の本心を見せてくれた礼だ」
 ようやく開放されたときには、薪の息はだいぶ上がってしまっていたが、平静を装って事務的な口調で告げる。
「保留中の例の件だが、この場で処理をしよう」
 相手の目を見る。ここからが大切なところだ。
「僕は官房長の娘さんとの縁談を受ける。結婚して小野田さんの跡を継ぐ」

 薪の爆弾宣言に、青木はびっくりした顔をする。
 相変わらず正直なやつだ。心の中がそのまま顔に出る。

「薪さんに愛のない結婚なんか、できるわけないじゃないですか。そんなことができるくらいなら、とっくに鈴木さんのことを忘れられたはずです」
「できる」
 自分はもう子供ではない。青木のように素直な性格でもない。目的のために自分の心を殺すことも、好意を装うこともできるくらい大人なのだ。
「恋愛感情がなくても結婚はできる。夫婦生活も子供も作れる」
 鈴木の遺志を継ぐためだったら、僕はなんでもする。なんでもできる。そのために生きると決めたのだ。

「おまえは僕のことを諦めろ。ちゃんと女性に恋をするんだ」
「無理です。薪さんがその女性を好きになって、結婚するんなら諦めます。でも、会ったこともない女性と結婚するから諦めろって言われても納得できません。官房長の娘さんだって可哀想です。薪さんはこれからも、鈴木さんのことだけを思い続けていくんですよね?」
 それは間違いない。自分の気持ちは、これからも一生変わらない。
 たったいま、鈴木の愛を見せられてそのことに自信が持てたところだ。これからはもう、迷わない。

「夫の愛が一生得られない妻の苦しみ、考えたことがありますか?」
 薪は、はっとして目を伏せた。
 たしかに、それは青木の言う通りだ。薪は自分のことだけを考えていた。
 自分の都合のために不幸な女性を作るなど、鈴木はきっと喜ばない。

「わかった。結婚は諦める。僕は鈴木以外は愛せない」
「オレもです。薪さん以外は考えられません」
「それはダメだ」
 自分はこのまま一生独り者でかまわないが、青木は駄目だ。青木には親も姉もいる。彼女たちを悲しませるような真似を、させるわけにはいかない。



*****


 ますますマズい展開に。
 本当に恋人同士になるのかしら、このふたり(笑)


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ラストカット 後編(20)

ラストカット 後編(20)





「明日が待ち切れないよ……」
 朝一番で、所長に適当な申請書を上げて拳銃の携帯許可を貰おう、と薪は考えている。

 どんな死に方でも、頭さえ潰れてくれれば文句はない。だから首吊りとか服毒自殺とかは論外だ。しかし、ビルの屋上から飛び降りると後始末が大変だし、電車に飛び込むのはもっと多くの人々の手を煩わせなければならない。しかも、必ず頭が潰れるとは限らない。銃で頭部を打ち抜くのが一番確実なのだ。
 誰もいないところへ行ったほうがいいのだろうが、それをすると自分の死体を見つけるまで、第九のお人好したちが探し回るだろう。後始末のことを考えるとここで死ぬのはためらわれるが、死体というのは腐ったら物凄く臭いし、早期発見の上さっさと焼いてもらったほうが良い。銃を撃つときに脳漿が飛び散らないよう、上着で頭を包めば壁紙を張り替えるくらいで済むだろう。

 そうだ、やりかけの書類があった。あれだけは処理していかないと岡部が困る。
 薪は引き出しの鍵を開けて、目的の書類を取り出した。スチール製の事務机の上に数枚の紙を広げる。
 左手のPCの画面では、もうひとりの自分がまだ快楽に喘いでいる。まったく鈴木ときたら、いったい何十分こんなこと――。

「僕はそんなに長くはもたないよ、鈴木」
 高級そうなマホガニーの机の上で、足を相手の腰に絡みつかせて鈴木を受け入れる自分を、先刻までの興奮とはかけ離れた冷静な目で見る。男の生理など、一度抜いてしまえばこんなものだ。もともと薪は、そちらの方面には興味がない。

「うん?」
 書類を見たせいか、薪の目が熟練した捜査官の目になる。
 マホガニーの机。画面の端に映った飾り棚。これは室長室ではない。
 これは鈴木の想像の画だから、現実と多少の食い違いがあってもおかしくは無いが、それにしてはやたらとはっきり部屋の様子が映っている。しかも薪には見覚えがある。

 官房長室。
 これは官房室長の部屋だ。
 じゃあ、鈴木は官房長になった僕とセックスしてるのか?
 想像とはいえ、なんてやつだ。おとなしそうな顔をして、どれだけの野心をその羊の皮の下に隠していたのか。

 そういえば、と薪は何年か前に鈴木と交わした、たわいも無い冗談を思い出す。
 鈴木の脳にも残っていた、あの事件の前のクリスマスイブ。雪子との結婚が決まったことを聞いた薪は、自分がそれにショックを受けていないことをアピールするために、冗談で官房長の娘との結婚話を口にした。そのときに自分が官房室室長、鈴木が首席参事官になって、などと言った憶えがある。
 鈴木はその冗談を本気にしていたのだろうか。

 画面の右下に、ダークグレイのジャケットが落ちている。大きさからして薪のものだ。その胸に着いている襟章。警視正の襟章より白い線が何本か多い。階級が上がるほどにこの線は増えていくものだから、これはきっと官房長の――。
 
 ちがう。
 官房長の襟章はこれじゃない。これは……この線の数は――。

 薪は画面に顔を近づけて、その部分を凝視する。画面右下。ジャケットについた小さな襟章。これが鈴木の望んだ画だとしたら。
 鈴木は、自分と一緒に死ぬことを望んでいたのではないかもしれない。
 
 あの事件の時の鈴木の行動は、明らかに貝沼の影響を受けていた。そうでもなければあのやさしい鈴木が、銃を強奪して他人を傷つけるなんて事をするはずがない。薪に発砲してきたことも、いわば貝沼に操られてのことだ。貝沼の狂気は鈴木のこころの底に潜めていた小さな願望を増幅されて、それが鈴木をあんな凶行に走らせた。
 あれが鈴木の本心だったとは思いがたい。

 画像の違和感に、薪はいつもの冷涼な頭脳を取り戻す。さっきまで薪の身体を支配していた感傷も肉欲も消えて、そこにはただ冷静な捜査官の顔がある。

 このDVDは、青木が編集したものだ。
 その目的は、鈴木が薪を憎んでいないことを薪に解らせることだった。つまりこのDVDには、鈴木が薪に好意を持っていたことを示唆する画ばかりを集めてあるはずだ。
 鈴木だって薪のことを見るたびに、こんなことばかり考えていたわけじゃない。親友として上司として、友情と尊敬を感じていたはずだ。それは共に第九で過ごしてきた薪が、一番良く分かっている。
 
 これと同じ位、いや、きっとこれより遥かに多く、雪子を愛している証拠となる画が鈴木の脳には残されていたはずだ。そこには現実のセックスも映っていただろうし、感動的なプロポーズのシーンもあっただろう。そのときの雪子は、この画以上にきれいだったはずだ。
 それを意図的に抜いた青木の行為は、べつに薪を騙そうとしたわけではない。青木はただ、鈴木の本当の気持ちを薪に伝えたかっただけだ。

 プレーヤーを一時停止にして画像を止め、薪は必死で目を凝らす。なるべく襟章が大きく写るシーンを選んで範囲を指定し、拡大をかける。

 だめだ。このモニターじゃ、解像度が荒くて確認できない。
 画を止めるとブレが出て、拡大したら線がぼやけてしまって、余計にわからない。逆に普通に流したほうがよく見えるくらいだ。停止画像の白線はどう見ても20本以上はある。こんな襟章は存在しない。

 官房長の部屋で鈴木に抱かれる自分と、自分のジャケットにつけられたありえない襟章。
 この矛盾は検証する必要がある。

 ――――メインスクリーンなら、見られる。
 この画像が、あの壁いっぱいのスクリーンに映し出されるのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
 しかし、確かめたい。鈴木が本当は自分に何を望んでいたのか。

 DVDをPCから取り出して、薪は立ち上がった。迷いもなくモニタールームに向かう。室長室のドアを開けると、そこにはこのDVDを編集した職員が座り込んでいた。
「あお……!」
 思いがけない事態に、薪の顔が真っ赤になる。
 こいつ、帰ったんじゃなかったのか。しかも、どうして自分の席ではなく、こんなドアの側に青木はいたのだろう。まるで中の様子をうかがうように。

 ああ、そうか、と薪は思う。
 青木は、薪が自殺するのではないかと危惧していたのだ。
 自分の推理の中で、鈴木が薪に無理心中を仕掛けた可能性を指摘した青木は、それを薪が実行するかもしれないと後から気付いたのだろう。でも、室長室であの画像を見る薪の邪魔はできない。あれは他人と一緒に見るものではない。 だから、何事かあったらすぐに対応できるように、ここで待機していたのだ。

 少し考えれば分かったはずなのに、あの時はそんなことは頭の隅にも浮かばなかった。鈴木が想像する情事に同調してしまって、夢中で。
 自分の恥ずかしい声は、こいつに丸聞こえだったに違いない。その証拠に青木の頬が赤い。薪の顔を見ようとしない。
 気まずすぎる状態だが、こうなったらもう開き直るしかない。
 どうせ、この画を見られているのだ。淫乱な人間だと思われていることだろう。構うものか。この検証の結果によっては、本当にそうせざるを得なくなるかもしれない。

「青木。これ、メインスクリーンに映せるか」
「はい!?」
 びっくりしている。当たり前だが。
 
 こいつの中の自分の偶像を、きれいなままで残してやれなかったことに罪悪感はあるが、もともとこいつの勝手な思い込みだ。この際、そんなものは木っ端微塵に砕いてやったほうがいい。そうすれば新しい恋を見つけることもできるだろう。能うなら、相手は雪子にして欲しいが。

「やればできますけど」
「頼む。カウンター40601から始めてくれ」
「……はい」
 青木は渋りながらも薪の命令に従って、DVDをセットした。いくつかの作業をしてパスワードを打ち込む。
 メインスクリーンに薪の痴態が大写しになる。青木は下を向いて、その画像から目を逸らせた。

 薪は食い入るように画面を見つめる。ジャケットが映るはずの、スクリーンの右端で待機する。やがて問題の場面が映し出される。
 それはやはり、官房長の襟章ではない。これは――。

「果てしなく大それたやつだな」
 薪の声に、青木は顔を上げた。スクリーンの中の人物とは別人のように落ち着き払った薪が、腕を組んで立っている。自分の浅ましい姿を冷めた目で見つめている。
 その横顔は、いつもの冷静な室長の顔だ。スクリーンの中で、男に抱かれてよがる人物と同じ人間にはとても思えない。

 やがて画面では、光の点滅が始まった。
 すべての背景は消え、光に飲み込まれるように画面が輝きだす。ラストカットの始まりだ。

 メインスクリーンに、ゆっくりと浮かび上がる人物の顔。
 それは薪の極上の笑顔だった。

 うれしそうに、この上なく幸せそうに微笑む美しい顔。壁一面のスクリーンに引き伸ばされてさえ、きめ細かさを失わない白い肌。
 裸の肩が見えて、男の腕が回されているから情事の際の画かもしれない。亜麻色の髪に乱れがないから、これから鈴木に抱かれようとしているのかもしれない。

 青木の言葉は嘘ではなかった。鈴木は自分のラストカットに、薪を残していた。
 愛されていた。
 現実の恋人にはなれなかったけれど、自分は鈴木に愛されていた。

 青木が、心配そうな目でこちらを見ている。薪は青木のほうを向いて、その視線をきちんと受け止めた。
「安心しろ。僕は自殺したりしない」
 薪は力強い声で、きっぱりと言った。
 
 MRIで脳を見たからと言って、そのひとのこころがすべて分かるわけではないけれど。鈴木が取った行動の真実を見抜くことができたとは思わないけれど。
 それでも、長年の経験から言える確かなことはある。

 ラストカットに残した人物に、自殺することを望む人間などいない。
 鈴木は僕に、生きろと言っている。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

大切な人へバトン

恐れ多くもバトンいただいちゃいました。
コハルさん、ありがとうございます。とってもうれしいです(//∇//)

『大切な人へバトン』

マジで大切だと思っている人10人に送る。
送り主が本当に大切なら送り返す。


■ 名前

 しづ

■ 生年月日

 196×年12月×日 

■ 誰から送られた?

 「小春日和」のコハルさん


■ 送り主は大切?

 彼女の美貌と才能に惚れてます。
 そして、ずーっと励ましのエールを贈ってくださるやさしさに感動してます。すごく大切な方です。


■ 送り主との交流はいつから?

 2009年6月21日。
 『室長の災難』にコメントをいただきました。
 
 わたしの方は読み専だったころから存じ上げておりましたが、コハルさんから初コメをいただいたのは、ブログを開設してから1週間くらい経った頃でした。それから親しくお喋りさせていただくようになり、オフ会では初めてお顔を拝見することができました。

■ 送り主の性格は?

 明るくてやさしくて、気遣いのできる方。
 ユーモアとペーソスに溢れ、周囲を明るく変えることができる方。(人見知り、とのことでしたが、わたしが最初にお会いしたオフ会では、けっこうお話してくださいましたよね?だから、人見知りだとは思わなかったです)
 会ったひとを惹き付けずにはおかない、華やかな魅力を持った方。
 一言で言うと・・・・やっぱり『女神さま』ってことですね!


■ 送り主との交流はこれからも?

 はい!
 これからも末永く、よろしくお願いします。
  

■ 送る10人
 
 ええと、実は殆どがコハルさんと被ってしまって・・・・。
 心当たりの方がお3方ほどいらっしゃるのですが、絶対にあの方はあの方から送られるであろうことが予想できるので・・・・・。
 すみません、うちのお話を読んでくださってるみなさまに送らせていただきます。
 

■ 送る人はあなたにとって大切?

 はい、大切です。
 
■ 送る人に対して一言

  読者のみなさまへ
 
  破天荒でKYなうちのお話を読んでいただいてありがとうございます。
  これからも末永く、お付き合いくださいませ。


  

テーマ : バトン
ジャンル : その他

ラストカット 後編(19)

 ヌルイRありです。 苦手な方はご注意ください。





ラストカット 後編(19)





 雪子が仕事でデートの相手にあぶれた鈴木は、薪を誘ってきた。そこで雪子との結婚話を告げられた。これはそのときの画像だ。
 自分もこのときは頑張った。動揺を表に出さないように、自分の感情を見事に抑え込んだ。
 この夜はたしか鈴木が部屋に飲みに来て、そのまま泊まって行ったのだ。図々しく薪のベッドを占領した鈴木は、雪子と間違えて自分にキスを――ほら、ここだ。
 鈴木にベッドに引き込まれて、赤い顔をした薪が映っている。リビングに行こうとそっとベッドを抜け出すが、鈴木の寝顔につい見蕩れて誘惑に負けそうになる。慌ててかぶりを振って、己を戒めている。困惑した薪の顔が急に近づいてきて、その亜麻色の目が大きく開かれて画面いっぱいに広がり、不意に暗転する。鈴木が目を閉じたのだ。

「あれ?」
 この画は少しおかしい。
 あのとき、薪はてっきり鈴木が自分と雪子を間違えたのだと思い込んでいたが、それならここには雪子が映っていないとおかしい。これは鈴木の脳の画だから、鈴木が見間違いをしていれば、現実とは違う画が映るはずなのだ。

 くちびるが離れた後の画にも、はっきりと薪の姿が映っている。これだと鈴木は、相手が薪だと分かっていながらキスをしたことになるが。まあ、寝ぼけていたのかもしれない。
 人騒がせな話だ。あの後、薪は千々に乱れたこころを抱えてリビングに逃げ込んだのだ。ソファの上で毛布にくるまって、さんざん泣いた。鈴木を忘れることができない弱い自分が、情けなくて口惜しくて。

 しかし、次の画は間違いでは済まなかった。
 ソファで丸くなって眠っている薪が、だんだんこちらに近づいて来る。鈴木のほうが薪へ向かって歩いているのだが、鈴木の視覚で見るとそうなるのだ。
 そして。

「何してるんだ、鈴木……?」
 薪の頬は涙で濡れていた。それを鈴木のくちびるが吸い、愛しげにくちびるにキスをした。
 それから鈴木は、長いこと薪の寝顔を見ていた。窓の外が白むまで、ずっと。
「嘘だ……こんな……だって……」

 それから再び、薪は娼婦のようになって画面の中に現れた。
 今度は室長室だ。薪の身に憶えはないから、これは完全に鈴木の想像だ。
 最初のころ、薪の体に透けて部屋の天井みたいなものが映っていたから、仰向けになった姿勢でこれを想像していたと思われる。
 これは男なら誰でもやることで、薪にも経験がある。つまり自慰行為だ。
 男が自慰をするときに、だれかとの情事を想像する。それはよくあることだけど、ただの友達だと思っている相手にすることじゃない。

 薪は立ったまま白いワイシャツを袖の部分に落とし、上半身をさらけ出している。鈴木を見て、嬉しそうに微笑んでいる。鈴木の手が薪のベルトを外し、ズボンを足元に落とす。そのまま薪の下腹部を口で愛撫しだした。
 立っているのが辛くなった薪は、執務机に手を伸ばす。机の縁に捕まって、快感に身悶えする。充分に潤った薪のからだを机の上に載せると、鈴木は自身を薪のそこに埋めてくる。薪はびくびくと震えながら鈴木を受け入れる。
 そのつややかなくちびるが、また叫びだす。しかし、今度のセリフは薪にも憶えがあった。
『すずき、だいすきっ!』
 大きく足を開いて男を受け入れながら、相手を抱きしめて、その耳元で何度も叫んでいる。
『愛してる、愛してるっ! すごくしあわせっ……!』
 鈴木のくちびるも、薪と同じ動きを繰り返している。

 男同士のセックスなんて、端から見たら吐き気がするほど汚い光景だけど、でも。
 でも、鈴木の脳に残されたその画はきれいで――青木が言う通り、確かにとてもきれいで。

 これは現実じゃない。鈴木の脳が作り出した画だ。
 だけど。
 鈴木には――鈴木の目にはこんなふうに見えていたと。
 僕と同じように、繰り返し繰り返し夢に見たと……あのころのことを思い出して、僕との情事を想像して、眠れぬ夜を過ごしたと。
 想いは通じ合っていたのだと――。

 画面の中の薪の眼には、うっすらと快楽の涙が浮かんでいる。それを映し出す亜麻色の瞳からもまた、涙が零れ落ちていた。
「鈴木……」

 もう、迷わない。
 おまえのまがい物に、惑わされたりしない。
 おまえはここにいる。ちゃんとここにいたんだ。

 僕の夢の中で、僕を抱いてくれたおまえが真実だった。
 僕に、夜な夜な逢いに来てくれていたんだ。僕の捻じ曲がったこころがおまえの愛情を信じられなくて、夢は悪夢に変わってしまったりしたけれど。鈴木は僕に逢いたくて、ただそれだけで。
 そうだ。鈴木はそういうやつだった。
 僕には限りなく甘くて、僕のすべてを許してくれて。

 薪は自分の手でベルトを外した。
 華奢な手が、ズボンの中に滑り込む。画の中の自分が鈴木にされているように、自分自身を愛しはじめる。
 触る前から薪のそこは痛いくらいに膨らんでいて、それはこの画像が、薪のからだの奥に眠った情事の記憶を引き出した結果だった。
「あっ、あっ、鈴木っ……!」
 昔の恋人を思い出しての手淫は何度も経験済みだが、今日は画像付きだ。頭の中の空想と視覚では、与えられる刺激に格段の差がある。その強烈な刺激は、薪の時計を一気に15年前に巻き戻した。

 独りよがりじゃなかった。
 鈴木は僕を愛してくれてた。もちろん雪子さんのことも愛してたけど、ちゃんと僕のことも愛してくれていたんだ。
 不誠実とか二股とか、部外者は勝手にほざけばいい。鈴木を知らない人間に鈴木の気持ちが解るわけがない。鈴木は雪子さんにも誠実で、僕のことも本気だった。

 興奮が高まるにつれて、体に纏いつく衣服が邪魔になる。夢中でズボンと下着を下ろし、床の上に脱ぎ捨てる。両手が自由に動くようになって、薪の快楽はいっそう深くなる。
 両膝を折り、椅子のふちに腰掛けて、画の中の自分と同じように大きく足を広げる。腰を浮かせて鈴木を受け入れている部分に自分の指を忍ばせ、画の自分と同じ愉悦を味わう。
 音のないMRIの代わりに、薪は大きなよがり声を上げる。堪らなくなって、ありったけの声で叫ぶ。
「すずきっ、すずきっ! 愛してるっ! あああ!」

 ひときわ大きな喘ぎと震えのあと、薪はぐったりと背もたれに寄りかかった。
 荒い呼吸を整えて、目蓋の裏の恋人に微笑みかける。汚れた手をティッシュでぬぐい、涙を拭く。床に脱ぎ散らかしたズボンを拾い上げ、身につける。
 再びディスプレイの前に座って、薪は画面に向き合う。頬杖をつき両手で口許を覆って、愛撫の余韻を味わいながら、自分たちの愛し合う姿を切ない瞳で見つめる。

 あのとき、僕が取った行動は間違っていた。
 鈴木を撃ち殺した後、僕がしなければならなかったことは、所長に連絡して救護班を回してもらうことではなく、雪子さんの携帯に連絡を入れることでもなかった。

 その場で自分の頭を打ち抜くことだったんだ。

 それが判ったいま――僕は鈴木に会いに行ってもいいんだ。
 きっと、鈴木は僕のことを待ってくれている。バカな僕が思い違いをして、鈴木にこんなに長いこと待ちぼうけを食わせてしまった。

「ごめん、鈴木……ごめんな」
 でも、明日は逢える。鈴木に逢いに行けるんだ。



*****


 なんか、すっかりすずまき小説に。
 が、がんばれ、青木くん!


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ジャンル : 小説・文学

ラストカット 後編(18)

ラストカット 後編(18)






 室長室のPCモニターは、32インチという大型のものである。
 薪のパソコンは、MRIシステムの端末としても利用できる。そのため、ディスプレイもこのサイズのものが使われている。
 
 その液晶画面に。
 一昨年の11月以来の、無修正AV画像が映し出されていた。

「……うそだ」
 5課の要請で、裏AVの確認作業を手伝っていたときとは別人のように、薪はその映像に慌てふためいていた。
 画面の中では、2人の男が裸で抱き合っている。無修正のホモポルノだ。思わず椅子ごと机から離れるが、画面から目を離すことはできない。
 出演者の2人は、自分が良く知っている人物だ。ひとりは自分の親友だし、もうひとりは自分自身だ。まったく身に覚えのない映像を目の当たりにして、薪は青木の馬鹿げた仮説のルーツを知る。 

 青木が言ったことは嘘ではなかった。でも、これはラストカットではない。
 ラストカットは、ほんの十秒くらいだ。こんなに長く続くものではない。
 これはたぶん鈴木の想像か、でなければ夢のどちらかだ。現実ではない。画の中に、鈴木自身が映っているからだ。鈴木は昔の情事を思い出していただけだ。
 それだけのことで、あんな極端な仮説を捏ね上げるとは。青木は、捜査官より小説家になったほうがいい。このDVDを見終わったら転職を勧めてやろう。

 ディスプレイの中の薪は、ベッドの上にうつ伏せになって尻を高く上げている。そこに鈴木が後ろから覆いかぶさってくる。羞恥に頬を染めて、それを受け入れる。
 激しく突き上げられるうちに、薪の表情が変わってくる。恥ずかしそうな表情から、快楽に喘ぐ淫らな貌に。やがては自分から、夢中になって腰を動かし始める。
 たしかに、これは鈴木と自分に間違いない。
 でも、こんなにすごかったっけ? これじゃ、まるで……。

 読唇術の心得がある薪は、画の中に映る自分のくちびるを、おっかなびっくり読んでみる。
「言ってない! 僕はこんなこと言ってないぞ!」
 PCの画面に思わず突っ込みが入るほど、モニターの中の自分は淫らなことを叫んでいた。気持ちいいとかもっと深くとか、それから……とても言葉にできない。
 やってることも凄い。
 このDVDはのっけからセックスシーンだったが、様々に体位を変えて、その度にふたりは興奮を高めているようだった。薪の色欲に溺れた顔が鈴木の欲望に近付いていって、愛しそうにそれを口に含む場面もあった。今は薪が鈴木の上になって、からだを仰け反らせながら腰をくねらせている。

「やってない! 僕はこんなことまでしてない!!」
 こ、これを青木が見たのか!?
 あいつ、これが鈴木の想像だって解ってるよな? あいつの観察力は当てにならないから……不安だ……。

「鈴木……いったい、僕をどうゆう目で見てたんだよ……」
 あまりにも現実と違う画像に、薪は両手で頭を抱え込んだ。憂鬱な気持ちで、当時のことを振り返る。
 セックスが上手にできたことなんか、数えるほどしかなかった。
 相手とひとつになる幸福感と、肉の快楽はまた別のものだ。幸せだったけど、その行為には必ず痛みがセットになっていて。正直な話、鈴木が終わるのをひたすら待ってるときのほうが多かった。
 それでも、回数を重ねるごとに痛みはだんだん薄くなって。半年以上かかって、ようやく痛み以外のものも感じられるようになったけど。うまくすると鈴木を受け入れたまま、射精できることもあったけど。でも、それはほんの数回のことで。まぐれと言ってもいいくらいの確率でしか、訪れてはくれなかった。
 そのまぐれですら、こんなふうに感じられたことは1度も……きっと僕は、そっちの才能がないんだ。

 鈴木のことは好きだったけど、セックスは女の子のほうがずっと気持ちよかった。
 男はとにかく痛くて汚い。きれいでしたよ、と青木は言ったけど、そんなはずはない。あれは、見たら吐き気がするほど汚い光景だ。

 鈴木に恋をしていると自覚したころ、もしかしたら自分は女の子より男のほうが好きなのかと悩んで、そういう系統の雑誌やネットを見てみたことがある。それまで女の子にもいまひとつ本気になれなかったのはそのせいか、とも思った。でも実際に見たら、気持ち悪くて吐きそうになった。
 結局、僕は女の子も男も本気で愛せない、愛情の欠落した人間だということが分かった。それが何故か、鈴木だけは特別で。
 これが恋の魔法というやつなんだな、と自分でもびっくりするくらい、やさしい気持ちや相手を大切に思う気持ちが自然に沸き上がってきて。
 こんな冷血な自分でも、やさしい人間になれる。暖かい血の通った人間になれる。それがうれしくて、僕はますます鈴木のことを好きになった。

 画面は遷り変って、スーツ姿の薪が現れる。場所は室長室のようだ。
 ほっとして薪は画面に近付く。
 室長室の窓から外が見えた。雪が降っている。季節は冬だ。
 キーボードを叩きながら、薪は何かぶつぶつ言っている。これは現実の画らしい。画の中に鈴木の姿がなく、薪だけが映っているからだ。

 また場面が変わって、テーブルの上に置かれた美しい和懐石の膳が映る。それを美味そうに食べている自分の姿が見える。
 これは、山水亭だ。
 画面の中の薪はとても楽しそうに笑い、次の瞬間にはくちびるを尖らせ、その次にはまた笑っている。その美貌が、こちらにぐいと近付いてくる。目を閉じて口を大きく開く。10分前の画像では男の欲望を咥え込んでいたつややかなくちびるに、今度は大粒のイチゴが投入される。薪はリスのように頬を膨らませている。

 鈴木の前では、自分はこんなにやりたい放題だったのか。笑って怒って甘えて……そうだ、僕がこんなふうに自分を出せる相手は鈴木だけだったんだ。

 唐突に、画面の中の薪の顔が悲しげな翳りを見せる。が、それは一瞬で消え、穏やかな微笑を取り戻す。しかし、それはさっきまでの無邪気な笑顔ではない。薪は明らかに自分の心を隠している。

 思い出した。これは、鈴木が死ぬ前のクリスマスイブの夜だ。




*****


 鈴木さんと過ごした最後のクリスマスイブの様子は、カテゴリADの『聖夜』というお話に書いてあります。
 興味のある方はどうぞ。


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ジャンル : 小説・文学

ラストカット 後編(17)

ラストカット 後編(17)





「僕を殺したかったからだろ」
 投げやりな調子で、薪は言った。青木はいったい何が言いたいのだろう。
 
「オレもその意見には賛成です。錯乱して発砲したことになってますけど、怪我をした他の職員は正確に足を撃たれています。薪さんに対する銃弾だけが頭部を狙ったものだった。これは明らかに殺意を感じます」
「貝沼の脳を見て、僕がすべての元凶だと解って。鈴木は僕を殺そうとしたんだ」
「違います。鈴木さんは薪さんに、自分の脳を撃ってくれって言ってましたよね。鈴木さんは、薪さんの手にかかって死にたかったんです」
「それで僕が恐怖から引き金を引くように、威嚇射撃を?」
 だから薪さんは悪くありません――そう慰めようと思っているのだろうか。
 そんなことは気休めにもならない。鈴木を殺した事実は消えない。

「オレも始めはそう思いました。でも、威嚇射撃にしては、急所に近すぎました。あと20cm右にずれてたら、薪さんは頭を撃ち抜かれて死んでました」
 そのほうが良かった。
 そうしたらきっと今頃は、あの世で鈴木と一緒にいられたのだ。
「薪さんの言う通りかもしれません。あれは心中だったのかも」
「心中?」

「鈴木さんに伝染したのは貝沼の狂気じゃなく、恋情だったんです。鈴木さんはずっと薪さんのことが好きだったんです。
 心の底に押し込めていたその気持ちが、貝沼の異常なまでに強いあなたへの想いを見たことで、抑えられなくなってしまった。それで薪さんを殺して自分も死にたいという思いに囚われてしまった。もちろん、貝沼の狂気に感化されて、正気ではなかったでしょう。
 だけど鈴木さんは、そんな自分の中の狂気と戦おうとした。それで自殺しようとしたんです。薪さんを傷つけないうちに、自ら命を絶とうとした。そこにあなたが来てしまった。
 あなたを見てしまったら、もう我慢できなくなってしまったんです。それで発砲してしまった。
 そうじゃなきゃ、説明が付かないんです。だって、オレも見てるんですよ。鈴木さんの脳を通して、貝沼の悪魔のような所業のすべてを。貝沼の動機が薪さんを自分のものにするためだったことも、全部。条件は鈴木さんと同じだったはずです。けど、オレは薪さんを殺そうとはしなかった。あの頃のオレは、薪さんに恋をしていなかったからです」

 青木の仮説を、薪は黙って聞いていた。
 鈴木と同じ画を見た青木が、彼と同じ行動を取らなかった理由を説明したつもりらしいが、人間というのは個人差があるものだ。青い色を見て空を連想する人もいれば、海を想像する人もいる。それと同じことだ。
 青木の仮説には、決定的な欠陥がある。
 鈴木は当時、雪子と婚約したばかりだった。青木はそれを知らない。薪と鈴木との間に、そんな感情は断じてなかった。鈴木はそんな不誠実な男ではなかった。
 薪が鈴木と恋人同士だったのは、事件が起きる14年も前の話だ。それも別れようと言い出したのは、鈴木のほうだった。鈴木は雪子に出会って心を移して、薪を捨てた。青木はそのことも知らないはずだ。

「鈴木とはずっといい友だちで、それ以上の感情は鈴木にはなかった。僕が一方的に好きだったんだ。だから、おまえの仮説は成り立たない」
「そうでしょうか」
「鈴木の気持ちを証明できない以上、おまえの話は仮説の域を出ない。こんなMRIの画をいくら見たって無駄だ。鈴木が死ぬ5年前までの画に、それを証明するものなんて絶対に出てこない」
 それは確実だ。
 鈴木が薪を愛してくれたのは、15年も昔。1年にも満たない短い期間だった。5年前までしか遡れないMRIに、現れるはずがない。

「この、モニタールームの画ですけど。鈴木さんの目から見た薪さんは、他の人に比べてとてもきれいに映っていると思いませんか?それに、ずっと薪さんのことを見てます。ほら、薪さんが部屋のどこに移動しても、そこに焦点が合わされている」
 仕事中の研究室で、鈴木は薪を目で追っている。しかしこれは、青木が主張するような邪な気持ちからの行動ではない。上司というのは、常に部下に見られているものだ。
「仕事のことで相談したいことがあって、話しかけるチャンスをうかがっていた。そんなところだろ」
「じゃあこれは?」
 芝生の上に寝転んで、安らかな寝息を立てている薪の姿が映る。周りの建物の様子から見て、場所は研究所の中庭だ。
「眠ってる薪さんを、ずっと見てますよね」
「天気がいい日は外で昼メシ食って、代わりばんこに昼寝をしてたんだ。僕は低血圧で寝起きが悪いから、起こすタイミングを見計らってたんだろ」
 簡単に説明がつくことばかりだ。
 こんな希薄な状況証拠から、そんな仮説を導き出すなんて。こいつがしていることは、捜査官の仕事じゃない。ただのホラ吹きだ。

 青木は両肘を机の上について、頭を抱えた。
「なんでそんなに鈍いかなあ」と失礼なことをほざいて、薪のほうに顔を向ける。
「これ、できれば言いたくなかったんですけど。薪さんがそんなふうに言い張るなら、やっぱり言わなきゃダメですね」
 青木は肩を落として、ため息混じりに言った。
 言いたくないなら言わなければいい。こっちだって、もうたくさんだ。
「オレ、薪さんと鈴木さんが、昔そういう関係だったの知ってます」

 青木の爆弾のような言葉に、薪は思わず腰を浮かした。
 そんなはずはない。こいつが知っているわけはない。これはブラフだ。
「馬鹿馬鹿しい。何を根拠に」
「鈴木さんの脳に残ってました。もう一度、見たんです。今度は貝沼の事件は飛ばして、鈴木さんの日常を5年分、全部」
「見え透いた嘘を吐くな!」
 5年の間に、そんなことはしていない。青木が見られるわけがない。

「鈴木さんの最後の画は、薪さんでした」
「当たり前だ。僕が鈴木を殺したんだ。最期に僕の画が映っていて当然だ」
 僕が人殺しになった瞬間を、こいつは見たのだ。
「いえ、そうじゃなくて」
 青木はそこで椅子ごと薪のほうに向き直り、薪の目をしっかりと見据えた。
「ラストカットです」
 
「……ラスト……カット?」

 ラストカットは、新皮質に残る微細なデータだ。ここ数ヶ月、青木が宇野について学んでいたのは、このデータの検出方法だったのか。
 殺人事件の捜査で、その作業が必要になることはない。何故なら、ラストカットには通常、視覚者の人生の中でいちばん幸せだったことが映し出されるからだ。そこに自分を殺した犯人が映ることは、まずない。
 普通の捜査では必要ないから、当然その手順も簡略化されていない。膨大なデータを網羅して、その中から拾い集めていくしかない。気の遠くなるような作業だし、とても難しい作業だ。システムのエキスパートの宇野でさえ、実際に行ったことはない。

「鈴木さんのラストカットは薪さんでした」
 青木の言葉の衝撃に、薪の仮面は剥がれ落ちた。
 弱気な形に眉尻を下げ、大きく目を開いている。その瞳は疑惑と不安とで震えていた。
 生命の最後に見る、その人の人生の中でいちばん幸せだったときの光景。鈴木のそこに自分の姿があったと?
「鈴木さんの腕に抱かれてる、裸の薪さんでした。とってもきれいでしたよ」
「そんな……嘘だ。だって僕は……鈴木は、雪子さんを」

 薪の頭の中は、パニック状態だった。何度も同じ言葉が繰り返される。
 そんなはずはない。そんなことはありえない。

「はい。鈴木さんは三好先生のことも、ちゃんと愛してたと思います。鈴木さんの脳に残っていた三好先生は、とっても女らしくてかわいくて、びっくりしました。でも、魂の深いところでいちばん大切に思っていたのは、薪さんだったんです」
 うそだ。
 こいつは嘘をついている。
「だからあのとき、貝沼の秘密を墓場まで持っていこうと――システムを破壊して自分の脳を撃ってまで、薪さんを守ろうとしたんです。鈴木さんは、薪さんのことを愛してたんです。
 これこそ、トップシークレットですよ。三好先生には絶対に内緒です」

 言葉も出なくなってしまった薪に、青木は一枚のDVDを差し出した。
 目を大きく開いたまま、気を失ってしまったかのように身じろぎひとつできないでいる薪の手に、プラスチック製のCDケースが握らされた。
「MRI捜査の基本は、仮説と検証です。報告書には証拠となるデータの添付が必要です」
 それは薪が、まだ新人だった青木に教えたことだ。新人は、いつの間にか立派な第九の捜査官になっていた。
「これが証拠です」
 青木は薪の腕を掴んで立たせると、室長室へ引き摺るようにして連れて行った。
「それは薪さんひとりで見てください。オレは」
 薪を残し、青木は部屋を出て行こうとした。室長室のドアを閉めるとき、青木は泣きそうな顔になって言った。
「オレはもう二度と、あなたと鈴木さんの邪魔はしません」

 両手にDVDを持って、薪は呆然と立ち尽くした。
 そのまましばらく自失していたが、やがて我に返って、DVDとドアを交互に見た。それから室長席に近付くと、パソコンの電源をオンにした。



*****



 書いちゃった後でなんなんですけど。
 わたしの原作に対する解釈と、二次創作は全然別物です。二次創作はあくまでもお話なので、この方が面白そうだ、と思われる方向に合わせて人物像は変えていきます。なので、これはわたしの鈴木さん像ではありません。ていうか、こんな鈴木さん、イヤ。(笑)
 原作の鈴木さんは、純粋に雪子さんを愛していたと思います。薪さんとの間に恋愛感情はなく、あったとしても薪さんからの一方通行だったと思います。恋愛の要素が皆無でも、友人のために死ぬ男はたくさんいますから。(←少年漫画ばっかり読んでるとこういう偏見が)

 でも、実際のところはどうだったのでしょうね。
 原作に描かれていないので、想像するしかないんですけど。やっぱり謎ですね。そこがまた、鈴木さんというひとの魅力を増しているのでしょうね。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ラストカット 後編(16)

ラストカット 後編(16)





 彼らが行きついた先は、ふたりの職場だった。
 科学警察研究所法医第九研究室。
 ふたりはここで出会って、ゆっくりとその距離を縮めてきた。ふたりが一緒にいる時間は、此処でのものがいちばん多かった。
 顔見知りの守衛が正門の鍵を開けてくれて、ふたりは休日の研究所へと足を進めた。他の研究室には物好きな、あるいは已むに已まれぬ事情をもった研究員たちがいるらしく、明かりのついているフロアもあったが、日曜の夜の第九に人影はなかった。

 モニタールームに入り、青木はMRIシステムの電源を入れた。自分のモニターを起動させ、12桁のパスワードを淀みなく打ち込む。
 10桁以上のパスは、特定の脳データにアクセスするときのものだ。暗記しているところを見ると、青木は今までに何度もその脳を見てきたと思われる。
 キーボードの上を滑る青木の指はかなり速かったが、薪の優れた動体視力はその動きを見逃さなかった。

「そのパスワードは、鈴木の」
「はい。鈴木さんの本当の気持ちは、もうここでしか見られませんから」
「鈴木の脳は前にも見た。おまえが見せてくれたんじゃないか」
 また同じものを見せる気でいるのだろうか。
 鈴木が、薪の罪を隠蔽しようとしてくれたことは分かっている。それ以上の秘密が、あの画像には隠されていたとでも言うのだろうか。

 モニター画面にデータの転送状態が、棒グラフとパーセンテージで表示される。
 転送速度が、ひどく遅い。データが膨大だとこうなるのだが、そんなに大量のデータを鈴木の脳から引き出して、何をする気なのだろう。
 薪は、青木の隣の席に座った。データの抽出は長引きそうだ。
 青木は席を立って、給湯室へ向かった。ほどなくコーヒーを持って帰ってくる。差し出された飲み物を、薪は断った。飲んだり食べたりできる心境ではない。

「薪さん。オレの質問に正直に答えてくれますか」
「それは質問の内容による。僕は室長だ。捜査上の秘密は、部下にも言えないことがある」
「大丈夫です。仕事のことじゃありません」
 青木は苦笑した。ここに来て、初めて見せた笑い顔だった。あの公園から、青木はずっと哀しい顔をしていたのだ。
 しかし、その笑みはすぐに消えた。また辛そうな表情になって、薪の顔をじっと見つめる。

「鈴木さんは、薪さんのことを恨んでると思いますか?」
「……わからない」
「鈴木さんのことなら、何でもわかるんじゃなかったんですか?」
 青木の言葉に、薪はくちびるを噛んだ。
 本当は、分かっている。でも、それを言葉にはしたくない。
 言葉にしたら、その事実が確定してしまう。そうしたら自分は平静ではいられない。こころが乱れて、またこいつの前で醜態をさらしてしまうだろう。
 青木はそれを理解しているはずだ。解っていてこんな――こいつはこんなに意地の悪いやつだったか。

「薪さんてほんと、口ばっかりなんだから」
 ……言えばいいんだろ、言えば。
「恨んでるさ」
「どうしてそう思うんです?」
 青木の質問に、薪はムッと眉をひそめる。
 自分で仕向けておいて、『どうして』もないものだ。
「どうしてって、当たり前だろ。自分を殺した相手を憎まずにいられるような人間が、この世にいると思うか?」

 ずきりと胸が痛む。
 傷口が開くのがわかる。
 言葉の刃は薪の胸に突き刺さって、じわりと見えない血を流す。

「オレならあの状況であなたに殺されても、あなたを恨んだりしません。例え薪さんが撃たなくても、鈴木さんは誰かに射殺されてた可能性が高いです。
 鈴木さんは拳銃を保管庫から強奪して、職員を3人も傷つけてます。明らかに錯乱状態でした。薪さんは知らなかったかもしれませんけど、他の職員の人命を最優先に考えて、射殺許可が出されていました」
 知らなかった。
 あの時は拳銃の携帯許可が出て、薪は信じられない思いで田城から拳銃を受け取った。
 研究所長では、射殺許可は出せない。出せるとしたら、上層部か警視総監だ。
 しかし、青木が警察庁に勤務し始めたのは2年前の10月からだ。あの事件が起きたのは8月。青木が、その当時のことを知っているはずがない。
 
「なんで僕が知らないことをおまえが知ってんだ。おまえ、そのときはまだ警大にいたはずだろう」
「竹内さんに聞きました。正確には、許可待ちの状態だったらしいですけど。でも、許可は時間の問題だったろうって言ってました」
 捜査一課の竹内と青木は仲がいい。バカはバカ同士で、話が合うのかもしれない。

「他のひとに殺されるくらいなら、あなたの手にかかって死にたい。オレだったらそう考えると思います」
「それは、おまえが僕に特別な感情を抱いているからだ。好きな人と心中するんだったら話は別だけど、この場合はそうじゃない。室長の僕が、部下の鈴木を撃ち殺したんだ」
「心中?」
 薪の例え話が可笑しかったのか、青木はひどく驚いたような顔をした。
「それは気が付かなかったな……そうかもしれませんね。無理心中だったのかも」
「なんのことだ?」
 青木の言うことが意味不明なのは今に始まったことではないが、今回は分かるまで説明してもらわなければならない。鈴木のことだけは、おざなりにするわけにはいかない。

「鈴木さんも、オレと同じ気持ちだったとしたら?」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに、笑い出したくなる。
 こいつは何も知らないのだ。鈴木の本当の気持ちを教える、なんてただのはったりだったのだ。
「おまえのくだらない当て推量を聞きにきたわけじゃない。そんなことなら、僕は帰る」
「当て推量じゃありません。それに、オレは話を聞かせたくてあなたを第九に連れてきたわけじゃありません。見せたいものがあったから」

 モニターのゲージがやっと100%になって、画が映し出された。
 それは、このモニタールームの画だった。職員がモニターを覗き込んで捜査をしている。職員は旧第九のメンバーだ。つまり、これは鈴木の画だ。
 右の奥に、薪の姿がある。他の職員たちが背景の一部に紛れてしまっているのに比べて、薪だけは輪郭がくっきりと映っている。ちょうど薪に焦点を合わせた、カメラアングルのような具合だ。
 きりっとした横顔は、厳しい捜査官の顔つきだ。しかしそれは、殊のほか美しくて――周囲の空気が微光を発しているかのように、淡く輝いて見える。

「長野で遭難しかかったときに、あなたより先に眠ってしまったはずのオレが、どうして目を覚ましたのか。不思議がってましたよね」
 青木の話は、あちこちに飛ぶ。
 こんな風に報告書を上げてきたら、目の前でびりびりに破り捨ててやるところだ。
「薪さんは、どういう解釈をつけましたか?」
 薪も一応、仮説は立ててみた。だが、それはあまりにも現実離れしていて、口にするのは憚られた。

「鈴木さんが助けてくれたんだ、と思いませんでしたか?」
「おまえもそう思うか?」
 青木の意見が自分と同じだと解って、薪は自分の仮説に自信を持った。あまりに非科学的なので、言葉にすることを躊躇っていたのだ。
「あのとき鈴木に頼んだんだ。おまえだけは助けてくれって。やっぱり、鈴木がおまえのことを起こしてくれて」
「なにバカなこと言ってんですか。第九の室長ともあろうものが、オカルト話を真に受けてどうするんです」
 自分で言い出しておいて、青木は薪の仮説を鼻で笑い飛ばした。なんてムカツクやつだ。

「おまえが今」
「オレ、あのとき本当は起きてたんです」
「……起きてた?」
「もちろん、身体は動きませんでした。でも、薪さんが言ってることは全部聞こえてたんです」
 聞かれていた?
 夢中だったから何を言ったか憶えてはいないが、とにかく青木を助けてくれと頼んだ。自分のことはいいから、こいつだけはと。

「オレ、実を言うと、本当にあそこで薪さんと一緒に死んでもいいと思ってたんです。ちょっと他の人から言われたこともあったりして、けっこう思いつめてたんで。薪さんと一緒になれるとしたら、この方法しかないのかもしれない、なんて……。そんな風に思ってたら、どうしても生き抜いてやるって気力が萎えてしまって」
 あんな暢気な顔をして、そんなことを考えていたのか。ひとの心というものは、他人からは解らないものだ。
「でも、薪さんの言葉を聞いて、このままこのひとを死なせるわけにはいかないって思ったんです」
 薪は、そのときの自分の言葉を思い出そうとした。
 自分は何を言ったのだろう。青木を助けること以外、何か鈴木に頼んだだろうか。

「オレ、ずっと不思議だったんです。どうして鈴木さんは薪さんに発砲したんだろうって」
 また話が飛ぶ。
 いい加減、厭になってきた。

「僕を殺したかったからだろ」




*****



 お話の中の『鈴木さんが拳銃を強奪した』というくだりは、原作とは違います。
 原作では第九には独自に捜査権が与えられており、拳銃も装備している、という設定ですよね。
 勝手に原作を曲げてすみません。鈴木さんの罪を増やしてすみません。
 その他にも、なんかすみません……。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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