スロースロースロー(9)

スロースロースロー(9)








「田辺君。いいかい?」
 細い指でブラインドの隙間を広げて外を見ていた少年は、北村の声に振り返った。
 黒髪がさらりと流れて、大きな黒目勝ちの瞳が潤むように北村を見る。胸の開いたシャツから漂う、子供とは思えない色香。
 少年課にいると、たまにこういう子供を見かける。この年でこの退廃した雰囲気。将来はどうなってしまうのだろう、と北村は要らぬお節介を焼きたくなる。

 振り向きはしたものの、その場から動こうとしない田辺少年に、北村は近付いた。
 黒い瞳の行き先は、前庭の駐車場だ。先刻まで田辺と喋っていた警視正の姿がある。玄関から薪をずっと追っていたらしい。
「今の背の高い男の人は、あの刑事さんの恋人?」
「まさか。あれは薪の部下」
 限りなくグレーに近いクロだと北村は踏んでいるが、そんなことは言えない。部下もいるし、妙な噂が広まったら薪に迷惑が掛かる。

 ふうん、と鼻にかかったような声を出して、ふっくらした唇をすぼめる。
 その美しい横顔を見ながら、北村は不思議な気持ちになる。
 修一の男に媚びるような美貌と、薪の近寄りがたい美貌。どちらも女のようにきれいな顔なのに、こうも印象が違うのは何故だろう。

「さて。今度は本当のことを話してくれるね?」
 こくりと頷いて、修一は席に戻った。
「桧山くんとは4月の8日に、合意の上でセックスしました。レイプはされてません。ウソをついてごめんなさい」
 はっきりした声で、修一は薪の仮説を証明し始めた。




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ジャンル : 小説・文学

スロースロースロー(8)

スロースロースロー(8)







「刑事さんて、幼い顔してるのに化石みたい」
 化石ってどういう意味だ。考えが古臭いって言いたいのか。ていうか、中学生に幼い顔って言われたぞ!

 頭に血が上ってきた。薪は自分の外見にコンプレックスを持っている。幼いとかきれいだとか女みたいだとか、そういう言葉は禁句なのだ。
「きみだって最初に桧山くんと愛し合ったときには、そういう気持ちだっただろ? 彼が好きだから、許したんだろ?」
「べつに好きでもなんでもなかったよ。知り合ったばかりだったし。桧山はぼくのこと1年のときからずっと見てたって言ってたけど」

 薪にはこの少年の行動が理解できない。
 好きでもない相手と、どうしてそんなことができるのだろう。子供だから考えが浅いとか、好奇心が旺盛な年頃だとか、そんな理由ではとても納得できない。
 薪はもともと倫理観のない振る舞いをする人間が大嫌いだ。不倫とか二股とか、絶対に許せない。お互いが遊びだと割り切っている関係まで非難する気はないが、今回は多分違う。

「きみは桧山くんがどうして自分にかけられたレイプの嫌疑を否定しなかったのか、わからないのか」
「言っても信じてもらえないと思ったんじゃない? 桧山はしょっちゅう授業をサボるような不良だったし」
「そうじゃない。桧山くんはきみのことをとても大切に思ってるんだ。だからきみの言うことを否定しなかった。音楽準備室できみ達がしていたことも、誰にも喋らなかった。みんなきみのためだ」
 桧山のほうは、この少年のことを前々から好きだったのだろう。やっと想いが通じた、と思ったら恋人はすぐに別の男との火遊びに夢中になって。
「桧山がそう言ってたの?」
「かれは何も言わないよ。きみに迷惑が掛かるから」
 修一はクスクスと笑い出した。
 バカにしたような目で薪のほうを見る。「ズレてるよ、刑事さん」と赤い唇が言った。

「そんなわけないじゃん。だって、これはただのアソビだよ。楽しくて気持ちよくて、スッキリする。桧山だってそう思ってるはずだよ」
「あそび?」
 亜麻色の瞳がすうっと細くなる。周囲の空気が冷ややかになってくる。
 冷たい無表情の貌になった薪を見て、修一はぶるっと身を震わせた。

「アソビなんかで済むわけない。絶対にしっぺ返しがくる」
 つややかなくちびるから、きれいなアルトの声が流れてくる。その美しさとは裏腹に、その声は剣呑な響きを持っていた。
「さっき君は早く捨てたかった、って言ってたけど。童貞は捨てるもんじゃなくて、好きなひとに捧げるもんだ。僕もそれに関してはひとのこと言えないけど、正直後悔してる。彼に全部捧げたかったって。僕の身体に最初に触れるのは、彼であって欲しかったって。君も本当に好きな人ができたら、きっと今の自分を後悔する」

「……カレって?」
「彼は僕の最初の男だった。僕が心から愛したのは彼だけだ。
 彼に僕を受け取ってもらえて、ものすごく嬉しかった。君には、きっとあの歓喜はわからない。僕は君みたいに男同士のセックスで快感を感じることはできないけど、味わった幸福感は負けない」

「幸福感? 気持ちいいってこと?」
「ちがう。相手が愛しくて愛しくて、たまらなくなるんだ。悦ばせてあげたいって。気持ちよくなって欲しいって。彼とひとつになって、彼に好きだって言ってもらえると、このまま死んでもいいって思うんだ」
「全然分かんない。もっと激しくして欲しいとか、イイトコロを突いて欲しいとかは思うけど。してる最中に死んでもいいなんて。ヘンなの」
 ヘンなのはおまえだ。
 快楽のために男に身体を許すなんて、薪には絶対に考えられない。苦痛だからというよりも、男としてのプライドとか、常識とか。それらを凌駕するくらいの相手に対する気持ちがなかったら、そんな真似はできない。

「君がしてるのはセックスじゃなくて、ただの性欲処理だ」
「どう違うの? 同じことじゃない? お互い気持ちよくなれれば、相手のこと好きになれるよ。先輩も桧山も、ぼくのこと好きだって」
「セックスってそういう気持ちでするもんじゃない。相手のことを好きになって、相手のすべてが欲しくなって。自分のすべてを受け取ってもらいたくてするもんだ。そうでなきゃ本当の良さはわからないよ」
「本当の良さ?」
「恋した相手と結ばれて、初めて分かるんだよ。射精の快感なんか比較にならない。そんなものなくてもいいと思えるくらい、気持ちよくなるよ。僕はその喜びを知ってる」

 田辺修一は、何も言わなくなった。
 薪もそのまま黙り込んで、気まずい沈黙が流れた。

 ドアがノックされたときは、同時にドアのほうを見てしまった。ふたりともてっきり北村が来たのだと思ったが、ドアを開けたのはとても背の高いメガネを掛けた男だった。
「青木。おまえ、宇野と一緒にMRIのメンテナンスしてたんじゃ」
「北村さんから連絡をいただきました」
 北村らしい配慮だ。部下の到着を見計らって、青木に電話を入れてくれたのか。

 修一が青木の方を見て、曖昧な笑みを浮かべる。それを受けて、青木は少年ににっこりと笑いかける。
 冷たかった部屋の空気がほっと和む。青木のやさしそうな風貌は、子供を安心させる魅力を持っている。若い女性にはモテないが、老人と子供にはなぜか人気がある。薪は青木のそういう所を好ましいと思っている。

「弁当、食ったのか?」
「はい。とっても美味しかったです。オレ、もう薪さんが作ったハンバーグ以外は食べられないです」
「宇野の分まで食わなかったろうな」
「一所懸命我慢して、4つにとどめました」
 弁当に入れたハンバーグは5個。宇野は1つしか食べられなかったことになる。
「おまえの一所懸命って、どんだけ微妙なんだ」
 くすっと笑って、薪は青木の顔を見た。

 不思議だ。ついさっきまで目の前が赤くなるほど頭に来ていたのに。
 こいつの顔を見たらなんだか落ち着いて、ちょっと話をしたら肩の力が抜けた。今は笑顔まで浮かんできて。青木は新しい魔法を覚えたらしい。

 そこに、北村が部下と共に現れた。
 薪に礼を言って、頭を下げる。薪がにこりと笑うと、北村の部下が目を丸くして「本物の薪警視正だ」と呟いた。本物ってどういう意味だろう。どこかに自分のニセモノでも出没しているのだろうか。
「あの、一緒に写真とってくださ、痛っ!」
 北村に頭を小突かれている。どこの部下も似たようなものだ。

 薪たちは談話室を出た。あとは北村たちの仕事だ。
「メンテナンスは何時ごろ終わりそうだ?」
「4時には完了すると思います」
「え? 早過ぎないか?」
「宇野さんが新しいルートを増設して、倍の速度で作業をできるようにしたんですよ」
 さすが宇野だ。あいつを所轄から引き抜いてきて、本当に良かった。

「僕の家に7時に来い」
 嬉しそうな顔をして、青木がこちらを見る。
 が、すぐに薪の厳しい顔つきに気づいて、訝しげに眉根を寄せた。
「薪さん?」

「中坊なんかに負けてたまるか」
 ぼそりと呟いて、空を睨む。
 どこまでも負けず嫌いの薪だった。



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スロースロースロー(7)

 こちら、エゲツナイぴんくとーくになってます。
 18歳未満の方と、中学生のお子さんをお持ちのお母さまはご遠慮願います。







スロースロースロー(7)





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お詫びです(5/26追記)

すみません、自分でもどうしてだかわからないんですけど、
このブログ、いつの間にか登録ジャンルが『アダルト』になってました! 

今朝気がついて、目が点になりました。
記事を書こうとしたら、ジャンルがアダルト以外に選択できなくなってて、あれ!?って・・・・
次の瞬間、大爆笑しましたけど(←もう笑うしかない)


しかし、なんでだろう??
間違えて操作しちゃったのかしら・・・・・でも記憶に無いんだけどなあ・・・・・・
FC2さんの方で内容的に判断して、登録を変えることってありうるのかしら?(身に覚えがありすぎ(笑))
でも、それなら連絡をくれても良さそうなものですよね? 



別にジャンルなんかどうでもいいんですけど、(いいの?)
このヘンな広告が困る! 見る方だって不愉快ですよね!
元の薪ストーブの広告に戻す方法(笑)あるいは広告自体を表示させない方法を現在問い合わせ中なのですが、
その返答が来るまで、すみません、みなさん我慢してください。

わたしの不手際で、申し訳ありません。


ちなみに~、
ランキングを見てみたら、アダルト 約19万5千人中、4300番くらい サブジャンル 1900人中 500番くらいでした(笑)
この際、ジャンルを日記から(←こうなっていた) 官能小説に変えて、てっぺん目指そうかしら(笑笑)

・・・・・・すみません、反省して自重します。




5/26 追記です。

広告を非表示にする方法を、Kさまに教えていただきました。Kさま、ありがとうございました。
システム上、5/31までは登録を変更することができないみたいなのですが、6月になったら教えていただいた方法で、この目障りな広告を消したいです。
それまで、どうかご辛抱ください。

スロースロースロー(6)

スロースロースロー(6)







 田辺少年と会ったのは、所轄の少年課に設けられた談話室だった。
 犯罪に関わった少年少女からの事情聴取は、この部屋で行われることになっている。ソファとテーブルのセット。観葉植物にテレビ。本棚には雑誌や漫画。壁紙も明るいブルーが使われている。
 警視庁の取調室とは大分違う。対象となる年齢層を考慮して、緊張が和らぐようにわざと普通の部屋にしてあるのだ。

「北村先輩。僕と彼を二人にしてください。絶対にドアの外で立ち聞きなんかしないでくださいね」
「しないよ。おまえの怖さはよーく知ってるからな」
 北村がそんな下衆な人間でないことはよくわかっている。だからこれは、田辺少年に対する気遣いだ。
 北村が去った後、薪はわざとドアを開けてそこに誰もいないことを確認した。田辺少年が本当のことを喋りやすい様にするためだ。
 
「さて。修一くんだったね。ジュースでも飲む?」
 備え付けの冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、コップに注ぐ。二人分のグラスを持って、薪は少年の向かいに腰を下ろした。
「どうぞ」
 緊張した様子の田辺少年に、にっこりと笑いかけてジュースを勧める。薪の顔を見て、少年の頬がほっと緩んだ。
 少年の警戒を解くために、薪は今日はスーツを着ていない。近い年齢と思わせたほうが相手をリラックスさせられると踏んで、普段着に近いシャツとジーンズという出で立ちだ。しかし何故か上着は長袖、しかも詰襟だ。
「暑くないんですか?」
「うん。僕は暑さには強いんだ」

 薪の向かいで大人しくジュースを飲んでいる少年は、田辺修一。桧山少年にレイプされたと供述している、彼のクラスメイトだ。
 なるほど、女の子のようにかわいらしい顔をしている。
 つやつやした黒髪に白い肌。大きな眼はいくらか垂れ目がちで、そこが庇護欲をそそる。細い鼻梁に紅を差したような赤い唇。子供ならではのふっくらとした頬。声変わりも訪れていないから、喉仏も出ていない。からだの線も細い。 まだ大人になっていない彼は、しかしすでに性経験だけは済ませていて。
 最近の若いもんは、ときれいな顔の裏側で、薪はまた顔に似合わないことを考えている。
 この子はまだ13歳。その頃の薪には、性のきざはしすらなかった。第二次成長の気配さえ感じられなくて、次々に大人になっていくクラスメイトを羨ましく思っていた。この時期は、早く大人になるのが偉いような気がしていた。

「修一くんは、勉強できるんだってね。ご両親とも学校の先生なんだって?」
「はい」
「優等生なんだ。そんなきみがサボリの常習犯だった桧山くんと仲良くなるなんて、不思議な縁だね」
「……仲良くなんかないです。桧山くんは、ぼくにひどいこと」
 うつむいて、修一は口を閉ざした。
 目がウロウロしている。さかんに瞬きをしている。まだ子供なのだ。ウソをつくのに慣れていない。

「知ってる? 人間は嘘をつくとき、瞬きの回数が増えるんだって」
 ぎくりと肩を強張らせて、こわごわと顔を上げる。向かいに座って微笑んでいるやさしげな風貌の青年の本当の怖さを、なんとなく感じ取ったようだ。
「当ててみようか。きみ、レイプなんかされてないんだろ」
 ずいっと顔を近づけて、少年の幼い顔を覗きこむ。少年は青い顔をして、くちびるをわなわなと震わせていた。
「レイプされた人間ていうのはね、もっとずっと深い傷を負うんだよ。体だけじゃなく、心もずたずたに傷つくんだ。きみみたいに、翌日学校で当の相手と一緒にゲームをすることなんかできないよ。
 彼とは合意の上だった。違う?」

 薪の言葉に、修一は必死で首を振った。嘘じゃない、と繰り返した。
「ご両親には絶対に内緒にするから。本当のことを言ってごらん。きみだって苦しんだはずだよ」
 両親には言わない、と薪が保証したからか、修一は首を振るのを止めた。
 ここで切り札。
「桧山くんは自殺しようとしたんじゃない。ただの事故だ。だから怖がらなくていい」
 薪の言葉に、修一は顔を上げた。涙で潤んだ黒い瞳が、ゆらゆらと揺れて男の庇護欲を掻き立てる。

「本当に? ぼくのせいじゃないの?」
「うん。違う。彼は偶然あやまって落ちただけだ。きみが音楽室でしていたこととは、何の関係もないよ」
「良かった……ぼく、ずっと怖くって」
 ぽんぽんと細い肩を叩いてやる。やわらかい肩だった。

「どうしてレイプがウソだってわかったの?」
「君の供述書。経験者なら一発でウソだってわかるよ」
「刑事さんも?」
「むかし、ね」
 本当は現在、上手くできなくて悩んでる、なんて言えない。

「僕の秘密を打ち明けたんだから、君の秘密も教えてくれるかい?」
「……1月くらい前から、三年の先輩と……」
「どうして? 桧山くんとうまくいかなかったの?」
「ううん」
「それなのに、どうして他の人とそんなことになったの?」
「桧山だけじゃ、足りなくて」
 恐ろしいことを聞いたような気がする。

「足りないって、なにが?」
「だからエッチの回数が。毎日して欲しいのに、桧山はムリだって。それでもう一人必要になって」
「そ、そうなんだ。ふーん……」
 こっちはひとりでも持て余してるのに。

「音楽室で会ってたの?」
「ううん、準備室のほう。あそこはものがいっぱいあって、隠れやすかったから」
 音楽準備室は音楽室の続き部屋だ。窓もあった。
「彼が屋上から落ちたときも、その先輩と会ってたんだね?」
「うん」
「その、最中だったの?」
「うん。先輩、とっても強くって。2時間くらいぼくの中で動いてるんだ。何回もイクけど、休まないで続けられるし」
「へ、へええ……」
 2時間、2時間……あの痛みを2時間。…………死ぬしかない。

「ぼくは夢中だったから気付かなかったんだけど、先輩が桧山に気付いて。先輩はぼくと桧山が付き合ってたの知ってたから、ぼくに振られたと思って自殺したんだ、って言われたの。だからぼく、あれは無理矢理されたんだって、つい」
「レイプは嘘でしたって、さっきの刑事さんに言えるね?」
「うん……ごめんなさい」
 涙ながらに謝罪を繰り返す田辺少年の頭をやさしく撫でてやって、薪はポケットに忍ばせたブザーを押した。ほどなく、北村が部屋のドアをノックする。田辺少年の様子を見て取ると、新たな調書を作成するために部下を呼び出す、と言う。供述書の立会いは2名以上と決められているが、薪は部外者だからその書類に名を連ねることはできないのだ。

「じゃあ僕はこれで」
「ま、待って、刑事さん。ここに居て」
「え?」
 北村のほうを見る修一のおどおどした目で、薪はこの少年に自分が引き止められた理由を察した。
 北村の容姿は岡部に近い。目つきも鋭い。ヒゲも濃い。小さい子供なら、顔を見ただけで泣き出しそうだ。修一もこの男に、自分がウソをついたと告白するのが怖かったのだろう。
「お願い」
 北村は薪のほうを見て、肩を竦める。
 駐車場で青木が待ってるのに。1時間もすれば終わるから、その後一緒に第九へ行くつもりだったのに。
「わかったよ」

 ここで田辺少年の気持ちが閉ざされてしまったら、元も子もない。
 薪は少年ににっこりと笑いかけ、部下への指示を携帯のメールで送信した。



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スロースロースロー(5)

スロースロースロー(5)







 翌日、北村は再びティーラウンジで薪と会っていた。
 梅雨明けから夏に向かう暑さの中、氷の警視正と異名を取る後輩は、首の上まできっちりとワイシャツのボタンを閉めてネクタイを結んでいる。
「おまえ、暑くないの?」
「平気です。僕は暑さには強いんです」
 昨日のエンジ色のタイも良かったが、今日の水色のダイヤ柄もよく似合っている。見るものに涼やかな印象を与えて、薪の美貌を引き立てている。

「桧山くんが飛び降りた場所が気になります。この見取り図で行くと」
 薪はテーブルの上に校舎の見取り図を出し、細い指で屋上のドアを指した。
「このフェンスを乗り越えて、ここから飛び降りたことになってますけど。屋上のドアを開けて真っ先に目に入るのは、この柵のほうですよね。衝動的に自殺したならこちら側から飛び降りるのが自然じゃないですか?」
 たしかに、薪の言うことは正論だ。こちら側から飛び降りればフェンスを登る手間もない。
 自殺者の心理というのはとても複雑で、理屈で説明がつくものではないが、死ぬことで頭がいっぱいになっている状態でわざわざ裏側に回って飛び降りるのはおかしい。

「僕の考えではこの事件は、自殺ではなく事故だと思います。少年は飛び降りる気はなかった。ここは彼のお気に入りの場所だったんでしょう? 授業をエスケープしてはここでゲームで遊んでいた、という証言もあります。そこから何か驚くようなものを見て、びっくりして落ちたんじゃないでしょうか」
 捜査資料を読み解いて、仮説を立てる。事件に関わった人々の心を読み、その行動を予測する。薪の優秀さは知っているが、昨日の今日とは。

「真向かいには音楽室があります。彼が屋上から落ちたのは6時。まだ日が落ちてない。視界は明るかったはずです」
 薪の仮説では、桧山少年は自殺するつもりはなかったことになるが、レイプの嫌疑が晴れたことにはならない。そこのところはどう考えているのだろう。
 
「これは想像ですけど」
 そう前置きして、薪は自分の仮説を語り始めた。
「クラスメイトの証言からも、桧山くんと田辺くんの間に、肉体関係があったのは本当のことだと思います。おそらくは合意の上だったのでしょう。でもその後何かがあって、ふたりの間に亀裂が入った。
 音楽室には高価な楽器が置いてあるため、鍵が掛かるようになっています。学校の中では貴重な部屋なんです。田辺くんは事故の当日、ここでだれかと会っていたのではないかと。友達同士で話をしているとかじゃなくて、つまりその」
 それを見て驚いて、ということか。

「徹くんはどうして本当のことを言わないんだ?」
「それはたぶん、桧山くんが田辺くんのことを大切に想っているから」
 音楽室で田辺がしていたことを、他人に洩らすわけにはいかない。そういうことか。

「目撃者を探してみる」
「その前に、この二人と話をさせてください」
「大丈夫なのか? 忙しいんだろ、おまえ」
「乗りかかった船ですから。明日は土曜日で、学校はお休みでしょう。田辺くんに連絡をとってもらえますか?桧山くんのほうは、部下に行かせますから」
「昨日の部下か? 可哀想に、アフターどころか休日まで奪う気か」

 ふふ、と笑って、薪は冷たい烏龍茶を飲んだ。今日はボロを出さなかった。



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スロースロースロー(4)

 追記になってるってことはそういうシーンだってことで察してください。
 大人の方のみどうぞ。




 
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スロースロースロー(3)

スロースロースロー(3)









 隣に座っている男と恋人同士になって、3ヶ月。
 薪の人生において男の恋人は2人目だが、1人目の男とそういう関係だったのは16年も昔。それ以来男と関係を持ったことなどなかったから、この男と付き合い始めた当初、薪の身体はまったくの初心者に戻ってしまっていた。
 おかげで、最初のセックスはさんざんだった。
 ものすごく痛くて苦しくて、我慢しきれずに情けない悲鳴を上げてしまって。身体を繋げることもできなかった。もしも、この少年みたいに最初から上手にできていたら、もっといい思い出になったのに。

「オレあのとき、あなたの傷ついた姿を見て、自分がレイプしたような罪悪感に苛まれて。それで続けられなかったんです」
 青木の告白に、薪は今更ながら驚いている。こいつがそんなことを考えていたなんて。
「でも、薪さんはそうは思わないでくれたんですよね」
「思わないだろ、普通。合意の上だったんだから」
 薪は薪で、青木は自分に幻滅したのだ、と思っていた。それで途中で帰ってしまった、と信じ込んでいた。でも次の週末、青木はリベンジにやってきて。嫌われたわけじゃないことが解って、舞い上がるほどうれしかった。

「冷静に考えればそうなんですけど。あんな姿を目の当たりにしたら、パニックになってしまって。大人のオレたちですらそうだったんですから、この子たちはもっと悲惨だったと思うんです。まだからだも小さいでしょうし、傷も大きかったかも。だからこんな誤解が生まれてしまったのではないかと」
「それはないだろ。事件発生はふたりが知り合って3日目だ。いくらなんでも、そんなに早く相思相愛になれるもんか。やっぱりこれはレイプ事件だ」
「でも、それだったら自殺するのは被害者の少年のほうなんじゃないですか? それに、加害者の子が自殺を図ったのって、最初に関係を持った日から3ヶ月近くも後ですよ。自分の罪に耐えかねてってことになってますけど、遅くないですか?」

 レイプと断定した薪に、青木は食い下がってきた。
 室長である薪の意見に逆らうなんて10年早いと言いたいところだが、今は職務時間ではないし、薪は部下の考えを頭ごなしに否定する蒙昧な上司ではない。

「そういうこともあるさ。自殺なんて、そんなに簡単にできるもんじゃない。なかなか勇気が出なくて」
「クラスメイトの話では、自殺する素振りは見られなかったとあります。自殺の方法も学校の屋上から飛び降りるという衝動的なものだし、遺書もない。3ヶ月も考え抜いた末の自殺とは思えないんですけど」
 ソファの背もたれに寄りかかって、薪はふっと笑った。

「その矛盾に気付けば合格だ」
「……試したんですか?」
「部下の実力を測るのは、室長の仕事だからな」
 捜査資料を読んで事件の背景を推考する。それは捜査官にとって、とても大切な能力のひとつだ。訓練次第でこの能力は伸ばすことができる。それには、ひとつでも多くの捜査資料を読むことだ。
 青木は捜査官になって3年目。
 先日、警視の昇格試験を受けたばかりだ。もし合格したら、課長クラスの役職で人事異動があるかもしれない。このくらいの実力があれば、第九以外の部署に配属になってもやっていけるだろう。室長としては手放したくない部下だが、青木の出世に結びつくなら、それはやぶさかではない。

「テストは合格なんですね? じゃ、ご褒美をください」
「よし。缶ビールもう1本飲んでいいぞ」
「意地悪しないでくださいよ。オレが欲しいものは分かってるでしょう?」
 もちろん、分かり過ぎるほどわかっている。
 さっきから青木の視線が身体に突き刺さるようだ。しかし、今日はダメだ。

「薪さん」
 肩を抱きにきた大きな手を素っ気無く振り払って、薪はきっぱりと拒絶した。
「明日は室長会議があるから、今夜はダメだ。土曜日まで待て」
「もう待てませんよ。先週も出張が入っちゃって。警視の昇格試験が終わったらって、あれほど約束したじゃないですか」
「仕方ないだろ。仕事なんだから」
 薪だって好きでデートの約束をキャンセルしているわけではない。が、薪にとって仕事は最優先事項だ。これは未来永劫変わらない。

「お願いします」
「ダメだ。明日の仕事に差し障るようなことは、んんっ」
 強引にくちびるを奪われる。上唇と下唇を交互に吸われ、思わず開いた歯の隙間から舌の侵入を許してしまう。たちまち絡め取られて吸い上げられる。二枚の舌が奏でるぴちゃぴちゃという甘い響きを持った水音が、薪から抵抗する気力を剥ぎ取っていく。
 ようやく解放されたときには、息が上がってしまっている。部下の顔を睨んでやろうと思うが、目に力が入らない。

「触るだけです。それ以上はしませんから」
「分かったから、明かりを」
「このままでお願いします。薪さんの感じてる顔が見たいんです」
 悪趣味なやつだ。そんなもん見てどうする気なんだ。
「い、いやだ、恥ずかし……あっ」
 首筋をキュウっと吸われる。いつも注意してるのに、青木は力加減をしない。おかげで6月下旬の暑い日に、薪はワイシャツの襟元を緩めることもできなくなる。
「んっ」
 パジャマの裾から忍んできた指先が、薪の右の胸で遊び始める。以前はこんなところが感じるなんて思わなかったけれど、最近は少しだけおかしな気分になる。

「薪さん、ちょっとお尻上げてください」
 パジャマのズボンを下着ごと下ろそうとしている手が、ソファの上で止まっている。尻を浮かしたらどうなるかくらい、わかる。リビングの電灯は煌々と光っている。ここは徹底抗戦だ。
「いやだ」
「ひっくり返してひん剥きますよ」
 それはもっとイヤだ。

 柔道技なら負けないけれど、力はこいつのほうが強い。体重差もきつい。なにより、今はからだに力が入らない。
「頼むから暗いところで」
「きれいな薪さんが見たいんです」
 青木の回答に、薪は呆れる。
 意味がわからない。37歳の男のどこに、「きれい」という形容詞がつくものを見出せるんだ。
「バカなこと言ってんじゃ、ひっ!」

 青木は痺れをきらしたのか、ズボンの中に手を入れてきた。自分でも知らないうちにそこは勃ち上がりかけていて、その事実は薪の羞恥心を否応なく煽った。
「先のほう、濡れてきちゃってますよ。下着が汚れちゃいます」
 そんな恥ずかしいことを言われて、薪は耳まで真っ赤になる。
 なんて意地の悪いやつだ。昔の青木はこんなことを言うやつじゃなかったのに。

「脱ぎましょ。ね?」




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スロースロースロー(2)

スロースロースロー(2)






 自宅のソファに座って冷酒を飲みながら、薪は供述書のコピーに目を通している。
 湯上りのパジャマ姿というくつろいだ格好に、それは似つかわしくない読み物だ。眠気を誘うための読書には、あまりにも不向きだ。とはいえ、薪の本棚を埋めているのは犯罪時録に心理学関連の専門書、それと数冊の推理小説。過去か現在か、本物かフィクションかの違いだけで、内容は似たようなものなのかもしれない。

 本来なら捜査資料の持ち出しは禁止だが、これは所轄の少年課の知り合いから秘密裏に頼まれた事件だ。薪のところには時々、友人たちからこういう依頼が舞い込む。行き詰まった捜査に光明を求めて、薪の推理力を頼ってくるのだ。
 もちろん、これは友人の上司には内緒だ。薪もそれは承知の上だ。職場では堂々と読むことができないから自宅へ持ってきたのだ。

 供述書の内容はショッキングなものだった。
 中学2年の桧山徹という男子生徒が、自殺未遂をした。
 その男子には、ある疑惑が掛かっていた。それを苦にした自殺と考えられている。疑惑というのがこれまたセンセーショナルで、同じクラスの男子生徒をレイプした、というものだった。
 しかし、少年課の友人はその加害者の少年を個人的に知っていて、自分の捜査官としてのカンを信じるならば、彼はレイプに関しては無実だと思う、と薪に話した。
 
 聞き込みの結果から、桧山少年はあまり真面目な学生ではなく、しょっちゅう授業をサボってはゲームに夢中になっていたらしい。ひきかえ、被害者の田辺少年は教師の折り紙つきの優等生で、学校の成績も品行もすこぶる良い。共通点はあまり多くないふたりだが、昼休みや放課後は行動を共にすることが多かったらしく、一緒にゲームをしているところを多くの学生が見ている。

「今の子供は進んでるって聞いたけど、すごいですね」
 青木は薪の右隣に座って、資料を読んだ感想を洩らした。被疑者の年齢と内容のギャップに、ショックを受けたような声だった。
「まったくだ。中学生だぞ。まだ義務教育じゃないか」
「まあ、オレも初体験は中学の時でしたけど……冷たいです」
 薪が思いっきり吹き出した酒が、青木の顔にまともに当たった。メガネを外して顔をハンカチで拭いている。日本酒はべトつくからおしぼりじゃないと拭き取れないと思ったが、今はそれどころではない。

「中学生!? おまえが?」
 てっきり20過ぎまで童貞だと思っていた。
「何年生で? 相手は?」
「3年の時です。相手は大学生の女の人で。図書館で知り合ったんです」
 負けてる。
 自分が男になったのは20歳の誕生日の1ヶ月前。しかも相手は風俗嬢だった。
「中学3年ていうと15歳か。僕なんかその頃」
 やっと精通があったばかりだったなんて、死んでも言いたくない。
「こういうのは個人差がありますから。同じクラスの男子でやっと下の毛が生え揃ったって子もいましたよ」
 それも慰めにならない。今でもあまり濃くないが、生え揃ったのは高二の頃だ。とにかく、そちらの方面はすべてに於いて他人より遅かったのだ。

「薪さんていくつの時だったんで」
「早ければ偉いってもんじゃないぞ! 重要なのはこなした数だ、僕は100人は斬ってるぞ!」
「わかってますよ」
 余裕をかました部下の顔が頭に来る。
 ちくしょー、初体験は小学生の時だったって言ってやれば良かった。

「こんなことくらいで僕に勝ったと思うなよ!」
「わかりましたってば。それよりすごいのは、この供述書の内容ですよ。犯人にレイプされてそのことを親に言うと脅かされ、言いなりになって2度目のセックスを強要されて」
「レイプは申告罪だから。恥ずかしくても赤裸々に供述しないと、相手を罪に問えないんだ。その子は辛かったと思うけど」
「それもそうなんですけど。この子、レイプ当日のセックスで感じたって」
「はあ!?」
 薪は目を瞠った。
 ほんとだ。本意ではなかったが、行為そのものに快感を感じた、と供述書に書いてある。その次の行には、2回目ではさらに快感が高まり、相手を受け入れただけで射精した、と。

 ありえない。
 僕なんか3ヶ月も経つのに、回数だってこの子の何倍もしてるのに、まだ。

「そんなわけないだろ。1度や2度であの痛みが薄れるもんか。これはウソだ」
「被害者の少年にウソをつくメリットは?」
 それはない。
「メリットがないってことは、事実である可能性が高いですね」
 じゃあ、僕のそっちの能力は中学生にも劣るってことか!?
 なんだか目眩がしてきた。ものすごくショックだ、中学生に負けるなんて。久しぶりに落ち込みそうだ。

「まあ、こういうのは個人差が大きいですから」
「個人差とか言うな! 下手に慰めるな! 僕はゲイじゃないってことだ!!」
「この子だって、ゲイじゃなかったみたいですよ。1年生のときはクラスの女の子と付き合ってたって」
 それなのに感じることができるなんて。昔だったら変態だ、と思うところだが、今の薪には切実な事情があって、その少年が少しだけ羨ましくなってしまう。

「可哀想ですよね。初めての経験がレイプだなんて」
 相変わらずやさしい男だ。被害者の気持ちを我がことのように感じ取る。
「薪さんの先輩は、桧山少年が無実だと思ってるんですよね。どっちが正しいのかなあ」
「さあな」
「クラスメイトの証言の中には、ふたりはとても仲が良かった、というのもありますよ。どうしてこんなことになっちゃったのかなあ」
「子供の頃なんてそんなもんだろ。仲がいいと思ってたら次の日には絶交してたとか。僕にだって覚えがある」
 さすがにレイプはされなかったが、寸前までいきかけたことはある。それでその友だちとは絶交だ。薪の過去には思い出したくないことがたくさんある。だから薪は昔話があまり好きではない。

「でも、もしかしたらレイプってのは、この被害者の子の誤解なのかも」
「誤解ってことはないだろ。実際に犯されてるんだから」
 青木はいくらか躊躇いを見せてから、それでも自分の考えを述べた。
「不愉快なことを思い出させちゃいますけど、オレたちも最初のときって酷かったじゃないですか」
「そうだっけ」
 覚えていないフリをして、供述書を捲る。「忘れちゃったんですか?」という青木の抗議は無視して、薪は書類に目を落とした。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

スロースロースロー(1)

 こんにちはっ!
 
 先日、こちらに来ていただいたお客さまの数が、なんと20000を超えたのですっ!
 すごーい!!(←自分で言う)
 いや、だって、うちのコンセプトひどいし。(秘密で薪さんでR系ギャグって(^^;))

 開設当初は、作品を全部公開し終わるまでに、1000人くらい来てくれたらいいなあ~、なんて思ってたんです。書いてるものがモノだけに、不愉快に思われる方の方が多いだろうなあ、って解ってましたから。
 それなのに、こんなに沢山のお客さまが、ってちょっと信じられないです、てか嬉しいです!!

 みなさま、本当に足繁く通っていただいて、いつも励ましてくださって、ありがとうございます!!
 やさしい方々ばっかりで、毎日うれしい気持ちでこのブログを続けていられます。天使さまと女神さまの集合体のような秘密コミュに、こうして関わることができて幸せです。



 なので、こちら、感謝の気持ちを込めまして~。
 『地獄の初夜パート2』でございます。(←ふざけてんのか、しづ)
 最初から終わりまで、まるっとそのお話です。
 でも、そんなにRは強くないと思います。薪さんがまだ未熟なので。

 それと、中学生のお子さまをお持ちのお母さまは読まないでください。とってもオマセな中学生が出てくるので~、嫌な気分になってしまわれるかもしれません、読まれる方はお含みおきください。


 よろしくお願い致します(^^







スロースロースロー(1)






 科学警察研究所管理棟の1階には、広いティーラウンジがある。
 当然だが、科警研の仕事はそのすべてが対外秘である。関係者以外は立ち入り禁止という部署ばかりだ。よって外部から職員を訪ねてきたものの殆どは、ここで話をすることになる。おかげでこのラウンジは、いつも賑わっている。

 新宿北署の少年課に勤務する北村敬一は、人ごみの中に知り合いの姿を探していた。
 どうやらまだ来ていないらしい。いればすぐに分かる。
 北村の待ち合わせの相手が、群を抜いて背が高いとか、身体が大きいということではない。むしろ男としては小さいほうの部類に入る。だから北村が彼の存在を認識する術は本人を視認することではなく、周囲の状況によるものだ。

 彼はとびきり目立つ容姿をしている。
 彼の姿を見た人間は思わず動きを止めるし、それが周囲の人々にも伝播して、彼の周りは自然に人波が分かれる。彼の静謐な雰囲気にざわざわとさざめく声が止み、ほうっという微かなため息たちに取って代わる。
 北村はその感覚を知っている。彼とは大学時代からの古い付き合いだ。
 大学の頃から、彼の美貌は他の人間の追随を許さなかった。40年の人生の中で、彼以上の美人には未だにお目にかからない。

 適当な席に腰掛けて、コーヒーを二つ持ってきてくれるように頼む。彼に会うのは2年ぶりくらいだが、確かコーヒーが好きだったはずだ。
 待ち合わせの時間まで後5分。彼は時間に正確な男だ。ほどなく姿を見せるだろう。

 果たして、注文を済ませるか否かのうちに、西の入り口のざわめきが止んだ。
 北村がそちらに目を向けると、思ったとおり彼だ。
 チャコールグレイのスーツに細いエンジ色のネクタイ。すらりとした体躯にこの上なく整った顔。警察官らしからぬ優雅な身のこなし。
 亜麻色の短い髪を揺らして、きょろきょろと辺りを見回している。髪と同じ色の大きな目を瞬かせて、北村の姿を探しているのだろう。

「薪。こっち」
 北村が声をかけると、薪はにこりと微笑んでこちらにやってきた。その姿にまといつく、周囲の夢見るような視線をきれいに無視している。多分、本人はもう慣れっこになっていて気にもならないのだろう。
「ご無沙汰してます。北村先輩」
 敬礼の角度に頭を下げて、薪はきちんと北村に挨拶した。
 「やめてくれよ。おまえの方が階級上なんだから」
 薪は警視正。しかも今年は警視長の昇格試験を受けたそうだ。
 警察庁始まって以来の天才と称されるこの男なら、おそらく現役合格を果たすだろう、ともっぱらの噂だ。来年には警視長。所轄で警部の北村には、口もきけない相手になるのだ。

 北村が右手で向かいの席に座るように示すと、「失礼します」と言ってから薪は腰を下ろした。タイミングよくコーヒーが運ばれてくる。
 自分の前に置かれたコーヒーを見て、薪は少し戸惑った表情を見せた。取り澄ましているときは近寄りがたいような美人だが、何らかの表情が加わると急に可愛らしくなるから不思議だ。
「それ、俺の奢り。おまえコーヒー好きだったろ?」
「ありがとうございます」
 にっこりと笑ってカップを取り上げる。魂を抜かれそうな笑顔だ。
 きれいな顔も華奢な身体も、2年前に会ったときと変わっていない。というか、大学の頃とぜんぜん変わらない。この男は年を取らないのだろうか。

「ごめんな、忙しいのに」
「いいえ。僕にお話というのは?」
「実は、俺がいま担当してる事件のことなんだけど」
 北村が抱えている案件は、担当区域の中学校で起きた自殺未遂事件だった。
 中学2年生の桧山徹(14)が屋上から飛び降りて自殺を図った。彼には、同じクラスの男子生徒、田辺修一(13)をレイプしたとの噂があった。その噂を苦にしての自殺らしい、とこれまた出所も不確かなウワサだ。
 まさか、と思いつつも田辺に事情を聞いてみると、果たして噂は本当だと言う。「ぼくは桧山くんにレイプされました」と、田辺は泣きながら訴えた。

「中学生のレイプ事件ですか? 僕も長年捜査官やってますけど、中学生同士っていうのは初めてですね」
 北村の話に薪は眉をひそめ、左側に首を傾けて細い肩を軽くすくめた。事件の概要書を捲りつつ、軽くくちびるを尖らせる。
 俄かには信じられない、といった表情だ。たしかに、中学生同士というのは常識から考えるとありえないかも知れないが、北村の経験では初めてではない。表面に出てこないだけで、陰ではイジメの一部として行われていたりする。それで妊娠させられた女子中学生を、北村は知っている。

「桧山くんは俺と同じマンションの階に住んでてさ。もっと小さいガキの頃から知ってるんだけど、そんなことする子じゃないんだよ。決して優等生じゃないけど、優しい子なんだ。嫌がる相手を暴力で、なんて絶対にしないと思うんだよ」
 証拠はないんだけど、と課長に話して怒鳴りつけられた意見を繰り返す。物証も証言も本人の供述もないのに、捜査官にあるまじき色眼鏡で事件を見ている、と叱られた。
 数々の難事件を解決に導き、『推理の神様』となどと一部で囁かれている自慢の後輩は、それを聞いて北村の上司とは別のことを言った。

「屋上から飛び降りたのに、足の骨折くらいで済んで良かったですね」
 桧山少年は途中の木の枝に引っ掛かり、植え込みの中に落ちた。彼は運が良かったのだ。
「本人から話は聞けたんですか」
「うん。聞くには聞けたんだけど。『全部僕が悪いんだ』って」
「罪を認めているようにも聞こえますが」
「そうなんだ。そっちの方向でカタがつきそうでさ。病院から院少に直行かも」
「犯行が4月8日。自殺未遂が6月23日。3ヶ月近くも経ってから、どうして?」
「わからない。何を聞いても答えないんだ」
 薪は右手を口元に持って行き、口から下を覆った。考えるときのそのクセは、大学時代から変わっていない。

「迷惑だとは思ったんだけど。話だけでも聞いてもらって、意見をもらえればと思ってさ」
「詳しい資料をいただけますか? 被害者の少年の供述書と、捜査資料。それと学校の見取り図もあればお願いします」
 その要請に、北村は驚いた。
 薪は第九研究室の室長という役職に身を置いている。第九は研究所一残業が多い部署だと聞く。忙しさは半端ではないはずだ。

「いいのか?」
「北村先輩には、ゼミでお世話になりましたから」
 薪はほんの少し頬を染め、視線をコーヒーカップに落とした。
「あのことも、誰にも喋らないでくれたでしょう?」
「何のことだっけ?」
 忘れたフリをしてやると、薪は照れたように笑った。
 義理堅い男だ。20年近くも前の話なのに。

 大学時代の薪の秘密。薪の親友だった男との秘密の関係を、北村は知っていた。
 誰もいない教室で、ふたりがキスをしているところを偶然見てしまった。薪はうっとりと潤んだ瞳をしていた。身も心も相手に奪われているのが明らかだった。
 薪の親友は北村の存在に気付いていなかったが、薪は気が付いた。ひどく困った顔をしたので、見なかったフリをした。そのことは誰にも話さなかった。

「あれ? コーヒー、嫌いになったのか?」
「え? いえ、あの……いただきます」
 薪はコーヒーに、一度口をつけたきりだった。2年前に会ったときは、きれいに飲み干していたはずだ。好みが変わったのだろうか。

「資料はいつ用意できますか?」
「今日の夕方には。5時ごろでどうだ?」
「わかりました。僕はその時間は会議中なので、代わりに部下を寄越します」
 それはちょっと困る。
 捜査資料を持ち出すのは違反行為だし、他の部署の人間に見せるのもまずい。薪以外の人間の手に触れるのは、できれば避けたいのだが。
「大丈夫です。口の堅いやつですから」
 北村の心配を見抜いたように、薪は太鼓判を押した。こいつがこう言うのだから、さぞ信用できる男なのだろう。

「でも、その部下が可哀想じゃないか? おまえの会議が終わるのを、ずっと待ってなきゃいけなくなる」
「平気ですよ。青木はどうせ今夜うちへ」
 そこまで言いかけて、薪はばっと右手で口元を覆った。白い頬に朱が上っている。亜麻色の瞳が情を含み、かすかな色香を発している。

 既視感。
 教室でキスを交わしていた薪の姿を思い出す。

「では、5時にここで」
 一瞬のうちに冷静な表情を取り戻すと、薪は席を立って一礼した。
「部下の名前は青木といいます。とても背の高い男ですから、すぐにわかると思います」
 北村の側を通ったとき、ふわりといい匂いがした。百合の花の香り。香水の好みも変わっていない。
 ほっそりした後姿を見送り、北村はコーヒーを飲み干した。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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