トライアングル~あとがきとお礼です~

 どろんどろんの三角関係にお付き合いくださって、ありがとうございました。
 途中、一部(いや、ほとんどかしら?)の方々に多大な苦痛を味あわせてしまって、申し訳ありませんでした。 追放されないように、しばらく大人しくしていようと思います。


 
 作中でも申し上げましたが、このお話は2009年5月に書きました。
 プロットができたのはもっと前、1月ごろだったと思います。ええ、婚約発表の直後ですね。 
 まさかすんなり婚約するとは思っていなかったので、かなーりショックで。 もう、木根屋のとんかつが頭の中をぐるぐる回っておりました。 
 まあ、5巻のショックに比べたらそうでもなかったですけど、それでも青木さんを恨みましたねえ。 薪さんが可哀想で。
 で、こんな話に。(←サカウラミ得意)
 徹底的に青木くんをいたぶる予定だったんですけど、どうしてかなあ。 青木くんが泣くと、薪さんがそれを上回るほど泣くんですよね。


 このお話で一番書きたかったシーンは、きっついR、じゃなくて~~、
(15)の『空に向かって青木くんの名前を叫ぶ薪さん』です。
 
 この薪さんを書きたかったんです。
 想いの限りを込めて、大声で愛する人の名前を叫ぶ、そういう積極的な薪さんを書きたくて。 でも、よっぽどのことがないと、うちの薪さんはそんなドラマティックな行動には出ないので、ちょっと追い詰めてみました。
(たったそれだけのために、レイプまでされるうちの薪さんって……)

 このシーン、イメージソングはアニメのOP『ココロフィルム』の2番でお願いします♪
 曲の中で『まだ遅くない』と薪さんに笑ってくれるのは、雪子さんだったらいいな、とずっと考えておりました。 あおまきすとなら、ここは青木さんで想像するべきなんでしょうけど、わたしは薪さんに赦しを与えるとしたら、鈴木さんの恋人だった雪子さんだろうな、と思っていたので。 10月号で微妙なことになってしまいましたが。


 それと、青木くんに言わせたかったのが、『あなたが誰を見ていても』
 そうです、5巻で雪子さんにプロポーズしたときのセリフです。
 あおまきすとで腐女子のわたしには、あのシーンはとっても辛くって~、リハビリをせずにはいられませんでした。
 以前も書きましたけど、創作はわたしにとってはリハビリであり、その手法は「同じような状況を作り出し、かつ、そこから薪さんを幸せにする」というものです。 で、こんな話になったんですね、多分。

 この後、うちのあおまきさんは恋人としてやり直すんですけど、ていうか、ここからが本当の恋人同士になるんですけど。て言うのもですね、薪さんが初めて自分から青木くんを欲するのはこの話なので。
 今までずーっと受身だったのが、初めてアクションを起こして自分から彼を追いかけ、彼の名を呼び、彼にキスをする。 
 青木くんが帰ってくるのを待ってるんじゃなくて、自分から取りに行ったんですよ、自分の未来を。 
 うちのスットンキョー男爵にしては、がんばりましたよね? 雪子さんに背中を蹴飛ばされてましたけど(笑)それでも頑張ったと思うなあ。

 
 この事件は当然、ふたりの間に禍根を残します。
 青木くんは異常なくらいにヤキモチ妬きになって、薪さんはベッドの中で自分を解放することにためらいを覚えます。(だからなかなか上手にならない) うちのふたりは色んな障害があるんですよ、内にも外にも。
 なんでそんな厄介な設定に、と言われそうですけど~、
 だって、ふたりで協力してそこを乗り越えて行く様子を書きたいんだもん。 

 心から愛し合ってて、ラブラブいちゃいちゃ、そういうのも書きたいんですけど~、うちの二人には向かないみたいです。 
 何よりもうちは、最初から強い愛情で結ばれているわけではないので。(もう、ここであおまきすと失格だな)

 年月が経つにつれて、段々に深まる二人の絆を書いていきたいです。 
 冷たい風に吹かれるたびに甘みを増す冬野菜のように、悩みや惑いにぶつかるたびに、危機に直面するほどに、相手への愛を深めていく。 最終的には、よそ様のあおまきさんに負けないくらいラブラブに~、でもそうなったら物語としては終わりかもしれませんね、うちの場合。


 そんなわけで、ごゆっくりお付き合いください。
 なお、これからもそんなに甘いお話はないです。 こんなにバンバン爆弾落ちるわけじゃないですけど、よそ様の甘いあおまきさんに比べたら、うちのは本当に未熟なので~~~、(ていうか、書いてる人間が未熟)
 すみません、甘さは期待しないでくださいね。


 



 はい、ここからお礼です。


 2010年6月14日、このブログが1周年を迎えました。
 これも、当方に訪問してくださる方々、さらには励ましてくださる方々のおかげです。 本当に、いつもありがとうございます。

 ブログを開設した当初は、こんなにたくさんの方々にご訪問いただけるとも、こんなに多くのメッセージをいただけるとも思っていませんでした。みなさまの懐の広さに、ただただ感謝するばかりです。
 また、『秘密』を通してお友だちになっていただいた方々との交流は、今やわたしの人生の唯一の潤いと言っても過言ではありません。 
 いえ、大げさではなく、本当に。
 わたしには子供もいないし、他に趣味もないので。(さびしい人生ですね、とか言われそうだ)

 この1年の間に、人生のタカラモノがいっぱいできました。
『秘密』のおかげ、そしてブログのおかげです。
 限りない寛容の心でお付き合いくださる秘密コミュのみなさまと、わたしがブログを開くきっかけになった『MAKI rulez』のめぐみさんに、改めてお礼申し上げます。 




 さらにですね。
 ファーストインパクトの最中に、拍手が9000を越えました!(喜!)

『トライアングル』もあんな鬼畜なお話だったのに、たくさん拍手をいただいて~、みなさん、やさしいです。
 特に、生粋のあおまきすとで、雪子さんと青木くんの接近にぷんぷん怒りつつ、『なのに何故わたしは拍手を押しているのか』と自問しながら拍手してくださったSさま。 ありがとうございました。
 もう、ユニークな方がたくさんいらっしゃって、笑い皺が増えちゃいそうです。



 それで、これからの公開予定なんですけど。

『斜塔の頂』 第3部の最終話です。『トライアングル』のフォロー話になってます。
『女神たちのブライダル』 お待たせしました、6000拍手のお礼です。 遅くなって本当にすみませんでした~~!!!
『天国と地獄』 9000拍手のお礼です。 リク投票5位でした。 
 こちら、男爵シリーズ(パラレル)で純粋なギャグになってます。 あおまきさんが二人してソープランドに行くお話です。(なんじゃ、そりゃ、と言われましても)


 引き続き、どうかよろしくお願いいたします。

 

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トライアングル(18)

 やっとおしまいです~。
 あー、疲れたー。(^^;)(ドロドロの三角関係は苦手)
 これで心置きなく、メロディを買いに行けます。
 

 読んでくださって、ありがとうございました。
 一部の方々に多大なご心痛をお掛けしましたことを、心よりお詫び申し上げます。




トライアングル(18)








 久しぶりのピロートークは、二人の気持ちをほぐしてくれた。
 部屋を暗くして、互いの温もりだけを感じていると、薪のような筋金入りの天邪鬼でも素直な気持ちになってくるから不思議だ。暗がりは表情を隠してくれるし、青木の体温は薪を安心させてくれる。

「僕、おまえにひどいことしてたんだな。傷つけて悪かった」
「いいです。謝らなくて」
 背中に回された手の温もりが心地よい。たった1ヶ月、この手に触れなかっただけなのに、それをこんなにも懐かしいものに感じるなんて。
「オレの方こそ、すみませんでした。最初、オレはそれでもいいって、そう言って薪さんを抱かせてもらったんですから、薪さんは悪くないです。
 人間て、いつの間にか思い上がっちゃうもんなんですね。前はあんなに謙虚な気持ちであなたに接していたのに。あなたと一緒にいられるだけで、最高に幸せだったのに。
 でも」

 大きな手が、愛しげに薪の頭を撫でる。いつも薪を元気にしてくれる、やさしい手。
 子供のように扱われることに反発してきた薪だが、今日だけはそれもいいか、と思う。

「抱いてしまったら、薪さんのことを前よりもっともっと好きになっちゃって。そうしたら、欲が出て。身体だけじゃなくて全部欲しいって。薪さんのこころも愛情もみんな欲しくなって。薪さんが鈴木さんのこと好きなのも忘れられないのも分かってるのに、それが許せなくなって」
 穏やかでやさしい声音。本心を語っていると信じるに足る、誠実な声。
 この声はいつも、薪を落ち着かせてくれる。

「鈴木さんみたいな大きな男になろうとしたのに、鈴木さんごと薪さんを包んであげられるような、そんな男になろうと頑張ったのに。オレ、やっぱりヘタレなんですね」
「おまえは悪くない。いつまでもおまえに甘えてた僕が悪いんだ。努力するとか言っておいて、あんな……」
「薪さんはそのままでいいです。ていうか、もっとオレに甘えてください」

 どこまでもやさしい恋人。
 こんな残酷なことをした自分が、許されていいのだろうか。

「本当に、僕でいいのか? 世の中には、僕よりいい人はたくさんいるぞ。きっとおまえにぴったりの娘も」
「当たり前ですよ。薪さんよりいい人はたくさんいます。てか、薪さんよりヒドイ恋人を見つけるほうが難しいです」
「……なんか、そう言われると腹立つ」
「冷たいし、二言目には『別れる』って脅すし、デートはしょっちゅうキャンセルするし。年上のクセにエッチは下手だし」
「悪かったな!」
 最後の一言に、薪は過敏な反応を見せる。
 それだけは本当に自信がない。自分の苦手科目を指摘されるのは、誰だって面白くないものだ。

 青木の文句はまだ続いている。
「意地悪だし、高飛車だし、自分の都合しか考えないし。薪さんみたいな人、世の中に野放しにしておいたら、どれだけのひとが迷惑するかわかんないです。もはや公害です」
「そこまで言われなきゃいけないのか、僕は」
「言いますよ。言いたいことも言えないような関係は、長続きしませんから」
 長続き、というキーワードに、薪の胸がとくりと高鳴る。薄い闇の中に、黒い瞳が情熱を湛えて潤んでいる。
「警察官として、公害は世に放つわけにはいきません。対策としてはオレが薪さんの行動を事前に抑制するか、後から回って尻拭いをするか。どっちがいいですか? どちらにせよ、薪さんの傍を離れるわけにはいきませんけど」

 ―――――だから、ずっとあなたの傍にいます。

 薪の心を読んだように、欲しがっていた言葉をくれた恋人に、薪はくるりと背中を向けた。うれしくて、涙が出そうだ。それはかなりカッコ悪い。
「勝手にしろ」
「はい。勝手にします」
 温かい腕が背後から回されて、薪のからだを抱きしめてくる。これでは自分の方が抱き枕になったような気がするが、体格差から生じる状況では仕方がないかもしれない。

 程なく、青木は寝息を立て始めた。
 昨夜もその前の夜も、眠れなかったに違いない。あのクマは、1日や2日でできるものではない。青木にとってはそれだけ重要なことだったのだ。
 
 自分の右肩から左肩にかけて回された青木の腕を抱いて、薪は切なく思う。
 あとどのくらい、こうしていられるのだろう。
『ずっと傍にいます』と青木は言ったが、それはどれぐらいの時間を示しているのだろう。

 半年? 1年? それとも3ヶ月?
 男同士に一生はありえない。薪は経験からそのことを知っている。
 永遠なんか望まない。それを望むほど、愚かでも子供でもない。僕たちはふたりとも大人で、この世にそんなものが存在しないことは、お互いに分かっている。

 だからそれまでに、たくさん思い出を作っておこう。
 泣いて笑って、怒ってケンカして。触ってキスして、セックスもいっぱいして。
 いろんな処に出かけよう。いろんな青木を見ておこう。
 目を閉じればいつでもおまえに会えるくらい、僕の中をおまえの姿で満たしておこう。思い出だけ食べて生きていけるように、一生かかっても食べきれないくらい、たくさんの青木を覚えておこう。
 例え独りになっても、今度はその淋しさに負けないように。誰にも頼らずに、残りの人生をしっかりと歩いていけるように。

 僕は強くなる。

 自分を包む腕にそっと額を押し当てて、薪は目を閉じた。


 ―了―



(2009.5)


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トライアングル(17)

 いよいよ明日ですね。 
 もう、気が気じゃないです、
 偶数月の28日は審判の下る日。(オオゲサ)

 今朝は思わず、仏壇に薪さんの無事をお祈りしちゃいましたよ。(笑)



 昨日、過去作品に拍手をくださった方、ありがとうございました。(^^
『ウィークポイント』から『岡部警部の憂鬱』くらいまで、続けて読んでいただいたのかしら。 
 ありがとうございました、とってもうれしかったです!






トライアングル(17)








 曽我が発見した犯行現場の画が動かぬ証拠となって、犯人が確定した。第九の仕事はここまでだ。捜一へデータを送り、捜査は終了した。
 事件のスピード解決を祝って、職員たちは行きつけの居酒屋に繰り出した。いつものように軍資金を渡して帰途についた薪は、自宅のマンションの前で自分を待つ人影に気付いた。
 その人物に声もかけず、薪はエントランスをくぐった。二階への階段を登る。彼は当然のように薪の後をついてきて、一緒に部屋へ入ってきた。

 玄関の鍵を閉めて、何も言わずに擁きあう。
 コーヒーの匂いがする広い胸。薪の手が回りきらない大きな背中。自分を抱きしめる、長くてたくましい腕。
 亜麻色の瞳が涙で滲んだ。

「青木っ……」

 失いたくない。
 この男を失いたくない。
 これは恋とは違うのかもしれないけれど、僕は青木と離れたくない。

「ずっと僕の」
 そばにいて欲しいと言おうとしたくちびるを、危ういところで噛み締める。
 それは言ってはいけない言葉だ。
 望んではいけない未来だ。

「もうオレ、覚悟決めましたから」
 薪の頭の上で、力強い声がきっぱりと言った。
「あなたにかけて誓います。薪さんが誰のことを好きでも、鈴木さんのこと一生忘れられなくても、オレはずっとあなたのことを好きでいます。ずっとあなたの傍にいます」
 できもしないことを簡単に言うな、と怒鳴りつけてやろうとしたが、込み上げてくる慟哭が喉を塞いで、声が出ない。

「あなたがそれを許してくれるなら、オレは」
 薪は両手で青木の頬を挟んだ。
 言葉の代わりに、強くくちづける。禁句を口にする愚かな男の口を封じるには、この手しかない。

 言葉は要らないと思った薪の気持ちを解ってくれたのか、青木はそれ以上、語ろうとしなかった。言葉の代わりに、行動で想いをぶつけてきた。
 キスをしながら服を脱がされ、ベッドに運び込まれた。やさしくて情熱的な愛撫に燃え立たされ、追い詰められて突き落とされた。
 自分を愛してくれる証が、薪のすべてを求めて猛り狂っていた。薪は喜びを持ってそれを受け止め―――――ようとしたのだが。
 
「痛い!! ムリだっ、今日はムリ!」
「え? こないだはあんなにすごかったのに?」
「その気にならないとぜんぜん感じないんだ! 」
「なんでこんなに盛り上がってるのに、その気にならないんですか!?」
「心と下半身は別だ!」
 ひどい。
 たしかに男というのはそういう生き物だが、ここまで忠実にそれを体現しなくても良さそうなものだ。
「こないだは、そういう時期だったんだ。おまえだってあるだろ、やたらと欲しくなるときっていうか」
 もちろんある。薪といるときは、常にその状態だ。
「薪さんの発情期って、次はいつ来るんですか?」
「3年後くらいかな」
「……オレって、彦星より可哀相ですよね」
 背後の男がベッドから抜け出す気配がする。そのまま寝室を出て行く。きっといつものように、蒸しタオルを作ってきてくれるつもりなのだろう。

 しばらくして帰ってきた青木は、寝室の明かりを点けて薪に温かいタオルを渡した。明るいところで改めて青木を見て、その体のあちこちに痣があるのに気づき、薪は不思議に思った。
「どうしたんだ、その痣。脇田課長にやられたのか?」
 岡部が研修中の間、柔道のコーチは5課の脇田に頼むと言っていたが、脇田の訓練はそんなに厳しいのだろうか。
「少し手加減してくれって、僕から脇田さんに言ってやろうか」
 脇田が率いる5課は、主に暴力団絡みの事件を扱う部署だから、岡部よりも荒っぽくなるのは仕方がないとはいえ、これが彼のシゴキによるものなら問題だ。青木は現場に出ないのだから、ここまでのハードトレーニングは必要ないはずだ。

「いえ、違います。脇田課長は岡部さんより優しいくらいです」
「じゃあ、どうしたんだ?階段落ちでもしたのか」
「先輩たちにフクロにされました」
「なんで」
「……昼の弁当が、グシャグシャになってて」
「買出しもまともにできないのか、おまえ」
 だれのせいですか、と口の中でぶつぶつ言っているが、薪に心当たりはない。

「それでよくあんな異動願いが書けたもんだな」
「確認印を押したのは薪さんですよ」
 それは覚えがある。
「じゃあ、早速仕事をしてもらおうか」
 何を言われるかと緊張を孕んだ男の顔を意地悪く見上げて、薪は命令した。

「僕の抱き枕になれ」




*****


 目指せ、秘密界一ジコチューな薪さん。て、既に達成してるような。(汗)



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トライアングル(16)

トライアングル(16)







「バカじゃないんですか」
 特大ロースかつを齧りながら、雪子は助手の小言を聞いている。
 たしかに弁当が雨に濡れてしまったのは雪子の失態だが、バカというのは言いすぎではないだろうか。仮にも自分はこの娘の上司なのだ。

「雪子先生みたいにバカな人、見たことありません。常識じゃ考えられないです。わたしにはぜんぜん理解できません」
「ちょっと濡れたくらいで大げさね。食べられるから大丈夫よ」
 菅井の弁当は下になっていたから、雪子の弁当のほうが被害が大きい。その自分が平気なのだから、そこまで言われなくても良さそうなものだ。
「わたしが言ってるのはお弁当のことじゃありません。青木さんのことです」

 始まった。
 自称恋愛マスターの彼女は、雪子と青木をひっつけたがっている。雪子が青木に惚れていると思い込んでいて、頼みもしない恋愛指南をしてくれるのだ。

「あんな時間に男女があんな風に抱き合ってて、その後なにもないなんて。しかも、恋敵の背中を押すような真似までして」
 憤慨する菅井の言葉に、雪子は青くなる。
 この娘は、青木の思い人の正体に気付いてしまったのだろうか。

「スガちゃん。青木くんの、その」
「青木さんの相手が薪室長だってことですか?そんなの、とっくに知ってますよ。見てりゃ一目瞭然じゃないですか」
 なんて鋭い娘だろう。第九の同僚は、誰も気がついていないのに。
 それを何処かで喋られたりしたら拙いことになる。きつく口止めしておかなければ。

 雪子の不安をよそに、菅井は弁当に箸をつけた。何故かトンカツの衣を外している。中身だけを食べるつもりだろうか。それではトンカツではなく、ただの蒸し豚になってしまうと思うが。
「そんな怖い顔しなくたって、誰にも言いませんよ。薪室長のことは、わたしだって大好きです。好きな人を困らせるような真似はしません」
 そうだった。菅井は薪のファンだ。
 雪子には理解できないが、どこかのつまらない女に取られるくらいなら、いっそのこと間宮部長と恋仲になって欲しいと言っていた。最近の若い娘の考えることは、よくわからない。

「でも、わたしは薪室長よりも、雪子先生のほうが好きなんです。だから、雪子先生に幸せになって欲しかったんです」
 大きなハシバミ色の目が、真剣に雪子を見ている。
 言うことは厳しいが、この娘は自分のことを本気で心配してくれている。
「悪いけどあたし、そっちの趣味はないから」
「違います! ひとが真面目に話してるのに、もう!」
 知りませんからね、とぷりぷり怒って、今度は豚肉の脂身を外している。菅井の弁当のトンカツは、もはや原型を留めていない。

 恋敵の背中を押した、と菅井は言ったが、雪子が押したのは薪の背中だけではなかった。もう片方の大きな背中にも、蹴りをくれてやったのだ。
 まったく、世話の焼ける二人だ。あの二人が落ち着かないことには、おちおち結婚相談所にも行けやしない。
 
 ラウンジで大学時代の友人の母親と会っていたときに掛かってきた電話は、実は菅井からではなかった。
『そのご婦人はどなたですか? まさか、薪さんと土曜日に会う約束をしてたんじゃないですよね?』
 中庭から窓辺の席を覗いて、青木はそんな電話を掛けてきた。
 もしもそうだとしたら、自分は大変なことをしてしまった、と深刻な口調で言った。それがあまりに切羽詰った様子だったので、これは直接話を聞いたほうがいいと判断し、あの場を中座したのだ。
 初対面の二人を残すことは気が引けたが、進行中の事件が起きたと薪は言っていた。捜査中は鬼に変貌する薪のこと、青木と話ができるチャンスは今しかない。

 薪からは見えない位置に立って、青木はじっと薪のことを見ていた。その目には焦燥と後悔が表れていて、ふたりの間に何か重大なことが起きたのだ、と分かった。
「あの婦人はあたしの大学の友だちのお母さん。彼女、病気で亡くなってね。先週の土曜日は葬儀だったの」
「薪さんは、その葬儀に出席を?」
 青木は見る見る青ざめて、その場にしゃがみ込んだ。大きな手で頭を抱える。

「ああ、もう……指輪なんかしてるから、てっきり」
「カモフラージュの指輪のこと?」
「カモフラージュ?」
「薪くん、同窓会とか結婚式とか、既婚者のフリをして指輪をしていくの。女の子に言い寄られるのが面倒なもんだから」
 結婚指輪をわざわざ外していく男も大勢いるのに、まったく、薪はどこまでも薪だ。

 青木は屈んだままの姿勢で、ずっと薪を見つめている。その目の縁に涙が浮かぶのを見て、雪子は二人の間に決定的な亀裂が入ったことを確信した。
 その発端となった出来事を、雪子は知っている。一月程前の土曜の夜。目の前の男が、泣きながら雪子に話したのだ。

「薪さんとその女性は、どういう関係だったんですか? 恋人ですか?」
「残念ながら、あれは恋人とは言えないわね。男女の関係ではあったけど」
「セフレってことですか」
 青木はショックを受けた顔で、雪子を見上げた。眉根をぎっと寄せて、唇を噛む。
「薪さんは、そういうことできる人じゃないと思ってたのに。オレが勝手に思い込んでただけだったんですね」
 裏切られた、と顔に書いてある。本当に単純な男だ。
「鈴木くんと別れたばかりで、自分でもどうしようもない時期だったの」
 雪子は大きくかぶりを振ると、薪の弁護を始めた。

 あの頃の薪がどんなにつらい思いをしていたか、雪子は知っている。
 鈴木を忘れようと、もがき苦しんでいた。鈴木の親友に戻ろうと、懸命に努力していた。その過程で何人かの女性に救いを求めていた。それをただのアソビと言われてしまっては、薪の親友として黙っていられない。

「麻子はよく言ってた。薪くんは、泣きながら自分を抱くって。ごめんなさい、って謝りながら求めてくるって。彼が自分を愛してないことは解ってたけど、それでもよかったって。あのひとを慰めてあげられただけでも、幸せだったって」
 他人の過去を喋るのはルール違反だが、青木にはそれを知る権利がある。その上で、現在の薪との未来を考えるべきだ。
「薪くんは、ずっと後悔してたんだと思う。自分の弱さで、彼女たちを不幸にしたって」

 雪子の話を聞いて、青木は表情を変えた。
 泣き笑いのような歪んだ顔。うれしいような、辛いような。何とも言えない、複雑な表情だった。
「前に小野田さんが、薪さんのことを天然記念物みたいな男だって言ってましたけど。本当ですね。付き合わされるほうは、たまったもんじゃないです」
 視線は薪に固定したまま、ゆっくりと立ち上がる。
 愛しくてたまらない。そんな目をしている。

「どこまで純粋にできてるんでしょうね。あの人って」
「純粋な人だから」
 雪子は苦く笑った。
「純粋だからこそ薪くんは、鈴木くんのことを忘れられない。自分の罪と一緒に、一生背負い続ける」

 いつかはこの男に宣告しなければならない、と思っていた。
 薪が背負った十字架を。共に人生を歩く気なら、その重みを支えていかねばならないという事実を。

「だから後はあなた次第」
 強い目で、青木を睨む。
 ここで怯むようなら、この男には荷が重いということだ。
「他の誰かをずっと想い続ける人を、あなたが愛し続けられるかどうか。あなたに一生だれかの身代わりでいる覚悟があるかどうか」

 青木が心の底から、薪に惚れているのは良く分かっている。だからこそ、この状況はつらいに違いない。身体の関係だけだったら、それほどのダメージは受けないはずだ。
 愛した分だけ、傷は深くなる。
 その想いが深ければ深いほど、身代わりという立場は耐え難い苦痛だ。
 が、薪の中で鈴木の存在が消えることがない以上、その可能性は常につきまとう。疑い出せばきりがない。だったら初めから、その覚悟を決めたほうがいい。

「薪くんを選ぶか、他の人を探すか。それはあなたの自由。ここで薪くんを選ばないことは怯懦じゃない。途中で見捨てるほうがよほど残酷」
 よく考えて、と言おうとして、雪子は言葉を飲み込んだ。
 青木は全開の笑顔で笑っていた。
 その笑顔に不覚にもときめいた自分を、雪子は必死で抑え込んだ。

「オレには選択肢はひとつしかありません。今までも、これからも」
 迷いの無い瞳。
 どうやら彼は、道を選び取ったらしい。
「じゃあ、進みなさい」
 薪に負けないポーカーフェイスで、雪子は青木の背中を押した。「はい」と頷いて、若い捜査官は雪子に背を向けた。

「三好先生」
 歩きかけて、彼は振り返った。きっちりと腰を折り、最敬礼に頭を下げた。
「ありがとうございます」
 ずきりと胸が痛んだのは、昨夜飲みすぎた赤ワインのせいだ。ボトル2本は多すぎた。今日は休肝日にするべきだ。
 年齢のことも考えないと、と雪子は自嘲し、残りのトンカツを口の中に押し込んだ。雨と蒸気で衣が柔らかくなってしまったが、それでも充分いける。ものが美味しく食べられるうちは、自分は大丈夫だ、と彼女は思った。

「わかりました。今日はとことんお付き合いします。雪子先生、わたしと朝まで飲み明かしましょう」
 何がわかったのかよく分からないが、菅井は唐突にアフターの予約を入れてきた。
「え。あたし、お酒は少し控えようかと」
「遠慮しないで下さい。雪子先生の気持ちは、良く分かってますから」
「だからあたしはそっちの趣味はないって」
「違いますってば!」
 ムキになって疑惑を否定するかわいい助手の姿に、雪子は声を立てて笑った。




*****

 
 目指せ、秘密界一カッコイイ雪子姐さん。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

トライアングル(15)

 この章は、とっても短いんですけど~、
 わたしが一番書きたかった場面なんです。 
 このシーンが書きたくて、薪さんにこれをやらせたくて、そしたらこんなお話になっちゃったんです。
 なんでかなあ?







トライアングル(15)







 ランチタイムの会社員で賑わう通りを、薪は全力で走っていた。
 亜麻色の髪から水滴が飛び散る。きれいな額には汗が浮かんでいる。
 すれ違う人々が、びっくりした顔でこちらを見る。上から下までずぶ濡れで、何かに追われるように走っているのだから、ヘンな目で見られても当たり前だ。不審者通報されないことを祈るしかない。

 研究所から15分の全力疾走。めちゃめちゃ暑い。通り雨が去って、夏の日差しが戻ってきている。
 ひとにこんなしんどい思いをさせやがって。やっぱり2,3発殴ってやらないと気が済まない。

 人ごみの中に彼を見つけるのは容易い。周囲の人間より、頭ひとつ分高いシルエット。

 ――――― いた!

「あっ……」

 声が出ない。
 息が乱れすぎて、心臓が痛い。
 足を止めて、薪は空を仰いだ。太陽がとても眩しい。

「あおきっ!!」

 大きく息を吸い、空に向かって部下の名前を叫ぶ。
 両手を膝について下を向き、薪は呼吸を整える。歩道の水溜りに、空が映っている。

 水面に映った空に人影が差し、薪は顔を上げた。
 薪をここまで走らせた部下が立っている。右手に雪子と同じビニール袋を持ち、左手には水滴がついたジャンプ傘を持っている。
 薪を見て、にこりと笑う。ずい分濡れちゃいましたね、とハンカチを差し出した。

「異動願い、見てもらえました?」
「見た」
「受理してもらえますか?」
「そのつもりだ。認め印を押しに来た」
「はい?」

 薪は青木の手から、傘を奪い取った。
 バン! と勢いよく青いジャンプ傘が開く。
 傘の内側で、華奢な手が青木の襟元を掴み、強い力で引き寄せた。
 どさりと音がして、ビニール袋が地面に落ちた。目隠し代わりの傘から覗く二人分の足が、その距離を縮めた。

 強制的な短い沈黙の後、薪は厳しい声で言った。
「確認印を押したからには、取り消しはきかないぞ。覚悟はいいんだな」
「はい」

 黒い瞳が、情熱を帯びて薪の顔を見つめている。たしかに感じる、自分への想い。
 人目さえなければ、このまま抱きしめてしまいたい。
 大きな手が、薪の方に伸びてくる。ここではまずいと思うが、その誘惑に負けそうだ。青木の右手が頬に触れようとした時、薪の携帯が震えた。

「なに? 見つかった!?」
 瞬間、薪は捜査官の顔になった。薪を包む雰囲気がガラリと変わって、青木の右手は行き先を失う。
「青木、現場の画が出た。第九に帰るぞ!」
 間抜け面の部下を残して走り出す。すでに薪の頭の中は、事件のことでいっぱいだ。

「薪さん……切り替え早すぎです……」
 地面に落ちたビニール袋を取り上げて、青木はため息を吐いた。





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トライアングル(14)

トライアングル(14)









 雨の音が、室長室を満たしている。
 薪は執務席に座ってモニターを見つめながら、青木から受け取った封筒を気にしていた。

 やけにうるさい雨だ。頭がガンガンする。
 呼吸が乱れるのも頭痛のせいだ。青木の異動に動揺しているわけじゃない。
 自分が異動を勧めたのだ。青木はそれに従って、異動願いを書いてきた。何もおかしいことはない。これは薪が望んだことだ。

 それなのに、まるで裏切られたような……身勝手なこの気持ちはなんだろう。
 青木は僕に何を言われても、第九を去ることはないと、僕の傍を離れることはないとでも思っていたのか?

 青木とはもう終わった。僕が終りにした。
 すべて終わったんだ―――――。

 4回目の逡巡で、薪は封筒を取り上げた。
 ダメだ、こちらを先に処理しないと。モニターに集中できない。早いところ、室長印と推薦状を付けて所長に提出してしまおう。自分の手の届かないところに行ってしまえば、諦めもつく。

 封筒は、がっちりと糊付けしてあった。
 普通、こういう書類は封を開けておくものだ。こんな常識も知らないとは。他の部署に行って恥をかく前に、教えておいてやらなければ。

 薪は鋏で封を切った。
 所定の転属願。したためられた文字に、亜麻色の瞳が大きく瞠られた。
 
「なんだ、こりゃ」


   私こと青木一行は、下記の理由により記載部署への転属を希望いたします。

    転属希望部署    薪さんの隣
    希望業務内容    薪さんの私生活におけるすべての雑務
    転属希望理由    薪さんの傍に居たいです

   希望部署に転属が叶いました暁には、生涯を捧げる所存です。どうか宜しくお取り計らい下さいますよう、
  お願い申し上げます。



「……最近の若いもんは、異動届の書き方も知らんのか」
 呆れると同時に腹が立ってくる。こんなもののために、あんなに心を乱されたのかと思うと、口惜しいやら情けないやら。

 ふざけやがって、あの野郎。
 顔の形が変わるまでぶん殴ってやる。

 怒りに任せてドアを開ける。が、薪の制裁を受けるはずの新人の姿はなかった。
「青木はどこ行った!?」
 室長室から飛び出してきた薪の剣幕に、モニタールームが慄然とした。曽我が小さな声で、青木の行き先を告げる。
「昼の弁当買いに行きましたけど。木根屋の定番」
 目的地が定まるや否や、薪は走り出した。
 エレベーターを待たずに階段を駆け下りる。長い廊下を走ってエントランスを出る。冷たい雨が薪の身体を濡らすが、そんなものは気にもならなかった。
 中庭を突っ切って研究所の北に走る。青木が向かった店には、その出口が一番近い。

 北面に建っている研究棟が目の端に入った。薪の優れた動体視力が、その建物の中に白衣姿の人影を視認する。途端に、薪の足がすくんだ。
 白衣が連想させる人物。黒髪に黒い瞳の、魅力的な女性が脳裏に浮かぶ。

 自分は、なにを。
 何をしようとしているのだろう。
 青木を追いかけて、どうしようというのだろう。
 運命は、変わらないのに。早いか遅いかの違いだけで、必ず訪れるものなのに。先延ばしにすることは、相手を苦しませるだけだとわかっているのに。

 薪は立ち止まったまま、動くことができなくなった。
 雨の中、行くも帰るもできない。ただ雨に打たれて佇むことしか――――。

 冷たい雨が、薪の頭を冷やしてくれる。冷静さを取り戻させてくれる。
 こんな大事なときに、僕は何をやってるんだろう。
 容疑者の確定は、まだできていない。あのバイクの男が有力だが、未だ犯行時の画が出ない。遺体の損壊が激しく、脳データの修復に時間が掛かっている。
 第九へ帰ろう。早く、犯人を確定しなくては。
 どんなに心が乱れていても、仕事には影響させない。それが室長たる自分のあるべき姿だ。だから、回れ右だ。引き返すんだ。

 でも、足が動かない。
 冷えて固まってしまった蝋燭みたいに、動かしたら折れてしまいそうな不安を感じる。
 この雨は普通じゃない。なにか特殊な薬品でも入っているのかもしれない。筋肉弛緩剤とか神経毒とか。でなければ、今の自分に説明がつかない。
 ――――― バカなことを。僕が弱虫なだけだ。

 薪は空を見上げた。落ちてくる雨が、ただの水だと確認するつもりだった。
 暗雲を映すはずの目に映ったのは、何故か鮮やかな赤い色だった。
 これは、傘だ。
「……雪子さん」

 白衣姿の美女が、薪の前に立っていた。
 右手に持った傘を薪に差しかけ、左手にどこかで聞いた総菜屋の名前が入ったビニール袋を下げている。
 いつものように背筋をしゃきっと伸ばして、昂然と頭を上げている。雪子は薪よりも背が高いから、その視線は自然と上からのものになるが、そこに蔑みや軽蔑を感じたことは一度もなかった。
 今日も、彼女の眼は温かかった。
 強くてやさしくて、魅力的な女性。親友の愛した、大切な女性。
 彼女の幸せを見届けることが、自分の役目だと思っていた。彼女の婚約者の命を奪った自分にできる、せめてもの償いだと。
 その自分が彼女の幸せを邪魔するような真似を。あんな卑劣な裏切りを……。

「薪くん。いい加減、彼を返してくれる?」
 赤く縁取られたくちびるが、当然の権利を主張した。
 青木はもう、雪子さんのものだ。彼女の言い分はもっともだ。

 はい、と言おうとした。
 すみませんでした、と謝ろうとした。
 しかし、特殊な液体に侵された薪のくちびるは、わななくばかりで言葉を成さなかった。喘ぐように呼吸を繰り返すばかりの薪に、雪子はたたみかけた。

「克洋くんはあたしのものよ」
 腰に手を当てて顎を反らし、傲然と彼女は言い放った。
「克洋くんは、あたしの婚約者よ。妻のあたしに返して。あんたには、あのヘタレがお似合いよ」
 呼吸さえできずに、薪は美しい恋敵を見つめた。

「知ってる? このお店、すっごく美味しいとんかつ屋さんでね、なんとランチタイム限定で、とんかつ弁当が半額なのよ」
 突然彼女は総菜屋の宣伝を始め、手に持っていたビニール袋を掲げた。
 黒い瞳を強い光に煌かせて、大きな口をぎゅっと引き結ぶ。あのときと同じ、強引で強気な態度。
 印刷された店名が薪に良く見えるように、雪子は薪の目の前にビニール袋を突き出した。
「急げば、まだ間に合うわよ」
 雪子の強さが、薪に勇気をくれる。つややかなくちびるが、やっと本来の機能を取り戻した。

「ずっと……ずっと昔」
 ぎゅっと拳を握り締めて、腹の底に力を入れる。
 あのときもこうして、僕は強くなった。

「僕が鈴木に振られてヤケになって、どっかのオヤジに抱かれようとしたとき、雪子さんが助けてくれましたよね。ドア蹴破ってオヤジを投げ飛ばして。僕に往復ビンタをくれて」
 雨に濡れながら、雪子は黙って薪の話を聞いている。
 あのときも、彼女は薪が落ち着くのをずっと待っていてくれた―――――。

「あの時から」
 傘のおかげで遮られたはずの雨が、薪の頬を濡らしている。それは薪の動きを奪った先刻の冷たい雨ではなかった。じんわりと温かく、凍り付いてしまっていた彼の足を溶かし、解放するものだった。
「あの時から雪子さんは、僕の女神です」
 薪の歯の浮くような賛辞を、雪子は笑顔で受け止めてくれた。大学時代と変わらない、頼もしい友人の笑顔。

 薪に差しかけていた赤い傘を、雪子はすっと外した。再び冷たい雨が薪を襲う。しかし、今度の雨は薪の身体を凍てつかせなかった。
「早く行きなさい。走って!」
「はい!」
 上官の命令を受けたときのように元気良く返事をして、薪は走り出した。一度も振り返らずに、一目散に走っていった。

 その後姿を雨の中で見送ったまま、雪子はしばらくそこに立っていた。
 雨が小降りになってきたのに気付いて、彼女は顔を上げた。暗雲は去って、薄灰色の空が見えた。
「克洋くん。ヤキモチ妬いてちょっかい出したら、承知しないわよ」
 そんな脅し文句を虚空へ放つと、雪子は研究棟に入っていった。




*****


 薪さんのセリフの『あの時』というのは、『言えない理由sideA』(5)の中のエピソードです。

 それと、鈴木さんと雪子さんが婚約していた、というのはうちの設定です。原作では指輪を渡してなかったから、交際してただけだったんですね。
『コピーキャット』でその事実が解る前に色々書いちゃってたので、こちらはそのままで。あちこち改ざんしてて、すみません。


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トライアングル(13)

 こんにちはっ。

 昨日、拍手が9000を超えました!
 ありがとうございます!!
 ちゃんとしたお礼は後ほど述べさせていただきますが、とにかく、
 みなさまのご期待とご厚情に報いることができるような、幸せなあおまきさんを! って、なんでこんなに白々しく聞こえるのかしら(笑)



 でもって、この章は~、
 薪さんが女性とお付き合いするのは絶対にイヤー!! という方は、ご遠慮ください。←もう早速裏切ってる。
 
 それにしても、いくつ目の避難勧告かしら? 自分でも分からなくなってきました。(笑)






トライアングル(13)







 ティーラウンジは、8割方の席が埋まっていた。研究室への来訪客で、ここはいつも混み合っているのだ。

 窓辺の席に雪子の姿を見つけ、薪はそちらへ足を進めた。
 雪子の向かいには60過ぎの婦人が端然と座していて、それが薪への来訪者だった。

「はじめまして。薪です」
 一礼とともに挨拶をした薪を、彼女は感慨深い目で見た。それからふっと微笑んで、薪に席を勧めた。
「お仕事中にごめんなさい。どうしても一目、お会いしたかったものだから」
「いえ。僕の方こそ麻子さんの葬儀に参列できず、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。雪子ちゃんが声を掛けてくれたとは言っても、10年以上も昔の友人の葬儀ですもの。お仕事を優先させるのは当たり前のことだわ」
 薪は黙って頭を下げた。

 土曜日の昼、この女性の一人娘の葬儀が行なわれた。彼女は雪子の大学時代の友人で、薪に好意を寄せていた。
 鈴木と別れてから半年くらいの間に、薪は何人かの女性と関係を持っていた。
 宮内麻子は、その中のひとりだった。
 彼女は癌に侵され、38歳の若さで亡くなった。目の前の女性は、彼女の母親だ。

「本当に、きれいな人なのねえ」
 薪の顔をじっと見て、彼女はため息混じりに言った。
「麻子が言ったことは、嘘じゃなかったのね。その辺のモデルなんか束になっても敵わないくらい、きれいな人だったって。男の人なのに、女の自分よりもきれいだったって」
 麻子は、結婚をしなかった。
 彼女の癌が見つかったのは7年も前で、それからずっと闘病生活に明け暮れていた。病床の彼女が唯一楽しそうに母親に語ったのは、薪のことだったらしい。

『薪くんは天才だったの。その上、誰よりもきれいで素敵で、みんなが憧れてたの』
 彼の恋人になれたことがわたしの自慢だ。短い間だったが、とても幸せだった、と麻子は笑った―――――。

「だから、あなたの顔が見てみたくて。迷惑だとは思ったんだけど、雪子ちゃんに無理にお願いしたの」
 彼女の話を聞かされて、薪は恥じ入るような気持ちになった。
 自分が麻子と付き合ったのは、彼女を愛したからではない。鈴木がいなくなった淋しさを埋めるための道具のように、彼女の気持ちに応える気などなかったのに、彼女の愛情を利用するだけ利用して……自分の行動がどんなに残酷なものだったか、あの頃の薪には分からなかった。

 雪子から、彼女が死んだと聞かされたときは驚いた。彼女に対する謝意も込めて、葬儀に出席すると約束した。
 しかし、よんどころない事情から、それは果たせなかった。
 自業自得だ、と薪は思った。
 彼女の気持ちを踏みにじったから、こんなしっぺ返しを受けたのだ。

 3人の間に沈黙が落ちたとき、雪子の白衣が震えて、彼女は携帯を取った。助手の女の子からだ、と言って雪子は席を立った。
 白衣の背中を見送って、麻子の母親は亡くした娘の姿をそこに重ねるように、切ない目をして言った。
「雪子ちゃんは本当にいい娘ね。大学の頃から、とても面倒見が良かったの。麻子も何かと雪子ちゃんを頼ってたわ」
「僕もです。世話になりすぎて、雪子さんには未だに頭が上がらないんです」
 薪の言葉を冗談だと思って、母親はくすくすと笑った。

「すぐに戻るから」と言った雪子は、なかなか帰ってこなかった。どうやら彼女も忙しいようだ。
「まだ独り身だって聞いたけど。どうしてかしら。あんなに美人なのに」
 それは雪子の男勝りの性格と、柔道4段の強さのせいだ。怖がって男が寄ってこないのだ。
「縁がなかったのね。誰かいい人を紹介してあげようかしら」
 それは今の雪子には迷惑だ。薪は慌てて婦人のお節介を防ごうとした。

「雪子さんは、もうすぐ結婚するんですよ」
「あら。本人はそんなこと言ってなかったけど」
「彼女は照れ屋ですから」
「でも、結婚相談所への申し込みを真剣に考えてるって、さっき言ってたわよ?」
「そんなはずは……」
 おかしい。
 青木のプロポーズを、受けてくれたのではなかったのか。
 そういえば先刻、モニタールームで曽我がそんなことを言っていたが、まさか。

 チャイムが鳴って、昼の時間を報せた。
 それを合図に、麻子の母親は席を立った。葬儀の片付けのため、自宅へ戻らなくてはならないと中座の失礼を詫び、自分のために時間を割いてくれた薪に丁寧に礼を言った。雪子によろしく、と薪に頭を下げて、エントランスへ歩いて行く。肩を落とした後姿が、薪の哀愁を誘った。

 今度の休みには彼女の墓参りに行こう、と薪は心に決めた。




*****



 
 ラウンジから帰った薪を待っていたのは、第九を辞める決心をした捜査官だった。
「室長。これを」
 僅かな迷いも見せずに、封筒を差し出す。表書きには『異動願』の文字。
 先刻ふたりが姿を消したとき、てっきり青木からの謝罪があったものと信じ込んでいた第九の職員たちは、思いがけない展開に慌てふためいた。

「ちょっ、ちょっと待てよ、青木!」
「なにを意地になってんだよ」
「謝っちまえってば。まだ間に合うから」
 他の職員たちの動揺をよそに、青木は毅然とした態度を崩さなかった。
「その書類は、一時的な感情で書いたんじゃありません。オレなりに、よく考えた結果です」
 穏やかに、青木は言った。
 その落ち着き払った態度は、彼の揺ぎない決意を顕しているようだった

「わかった。今日中に所長に提出しておく」
 周りのパニックとは反対に、当のふたりは冷静だった。
 どちらかというと気の弱い新人は、何故か妙にきっぱりと薪の目を見て、よろしくお願いします、と頭を下げた。
「希望の部署も明記しておきました」
「捜一か」
「見てもらえば分かります」
 薪が黙り込んだので、青木は一礼して自分の席に戻った。

 異動願いを出したからといって、すぐに転属が決まるわけではない。転属先の部署にもよるが、1週間から10日は現在の職場で残務整理をするのが普通だ。ましてや今の第九には、進行中の事件もある。おそらくは、この事件が解決してからの転属となるだろう。
 だが、それは時間の問題だ。青木が第九を去ることに変わりはない。

「薪さん。青木のやつ、テンパッてるんですよ。ちょっと待ってやってください」
 今井が止めるのも聞かず、薪は室長室に入っていった。バン! と乱暴にドアが閉まる。怒りに満ちた音の余韻に、研究室に居心地の悪い空気が流れた。

 険悪な雰囲気を感じ取ったかのように、俄かに空が暗くなった。暗雲が立ち込め、程なく夏特有の激しい雨が地面を叩き始めた。
 ザーッという雑音にも似た響きに、職員たちは暗い未来を予感していた。




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トライアングル(12)

 こんにちは。


 この章、少し長いです。
 ダウンロードしきれない方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。





トライアングル(12)









 その日の早朝から、第九は慌しく動き出した。
 捜一からの協力要請である。事件の内容は幼女連続殺害事件。被害者はすでに3人。容疑者の特定はなされていない。

「10時には脳が届く。それまでに、捜査資料を頭に叩き込んでおけ!」
 薪の鋭い声が飛ぶ。
 進行中の事件が起きたときの薪は、この世のものとは思えないくらい厳しい。部下の人権なんか欠片も認めないし、休息も自由時間も与えられない。生命維持に最低限必要な栄養補給と、僅かばかりの仮眠が認められるだけである。自分自身にはそれすら許さないが。

「青木。資料はこれだけか?」
 今井が捜査資料の入った段ボール箱を開けて、中身を取り出す。事件の大きさの割に資料は少ない。捜一の捜査はだいぶ難航しているようだ。
「これだけです」
「ていうか、これ、中身違ってないか?」
「え?」

 中に入っていたのは、別件の捜査資料だった。
 捜査中の事件に変わりはないが、こちらは強盗殺人。シリアルキラーの兆しも見受けられないし、第九が捜査する事件ではない。
「中身の確認もせずに持ってきたのか?」
「すみません」
「どうしたんだ? おまえらしくもない」
 後輩の初歩的なミスに、今井は驚いている。
 臨時雇いの女子職員ではあるまいし、こんな基本的なミスをするなんて。大切な捜査資料を預かる際に、その場の確認を怠るなどあってはならないことだ。

「すぐに捜一に行って、資料をもらって来ます」
 青木が取り違えた段ボール箱を持ち上げたとき、第九の自動ドアが開いた。2つの大きな段ボール箱を載せた台車を押して、男が入ってくる。
 捜一のエース、竹内誠警視だ。資料を運んできてくれたらしい。
「竹内さん。すみません、うちの青木がとんだ不手際を」
「いや。こっちはお手上げ状態なんだ。早いとこ第九に見てもらわなきゃ」
 竹内は両手を肩の横に上げて、降参の意を示した。全面的に第九の協力をお願いしたい、と素直な態度で頼んできた。それから青木の顔を目に留め、気遣う口調で訊いた。

「青木。おまえ、体の調子でも悪いのか?」
「いいえ、べつに」
「そうか? あんまり顔色も良くないし。目の下、クマできてるぞ」
 捜一と第九という相容れない部署に所属しながらも、竹内と青木は仲がいい。何でも岡部の口利きで、射撃練習のアドバイスをしてもらっていると聞く。竹内は前年度の全国大会2位の実力者だ。彼が習得している技術のコツを知りたがっているものは署内に多く存在するが、今のところその恩恵は年の離れた友人である青木にだけ注がれているらしい。

「さては、昨日のアフターに遊びすぎたな。若いからって飛ばしすぎると」
「捜査の邪魔をしないでくれますか、竹内警視」
 剣呑な口調でつかつかと歩いてきたのは、仕事の鬼と化した室長である。普段はそうでもないのだが、火急の事件があるときには、私語や携帯電話の使用にもむちゃくちゃ厳しい。どんなに忙しいときでも会話を絶やさない竹内とは、根本的に合わないのだ。
 
「室長。竹内警視は、捜査資料を持ってきてくださったんです」
 薪のあの冷たい眼で睨まれて眉根を寄せた竹内に、今井が助け舟を出した。
 ここで竹内を庇うと自分の身が危うくなるが、仕方がない。青木のミスをカバーしてくれた竹内が室長の非難を受けるのは、あまりにも不条理だ。

「なぜ竹内さんが? 捜査資料は青木に取りに行かせたはずですが」
「それが青木のやつ、別の箱を持ってきちゃって」
「バカヤロウ! 中身も見ないで持ってきたのか、この役立たず!」
 青木のミスを聞いた途端、烈火のごとく怒り出した室長を見て竹内は青くなった。
 捜一の課長だってこんなに怖くない。このぐらいの凡ミスでこんなに怒鳴られていたら、犯人を取り逃がした際には腕の一本も折られそうだ。

「薪室長、青木を怒らないでください。似たような箱を並べて置いておいたうちが悪いんです」
「あなたにとやかく言われる筋合いはありません。青木は僕の部下です。僕の部下は僕のやり方で指導します」
 薪に嫌われている自分が何を言っても逆効果だと悟ったのか、竹内は口を閉ざした。
「申し訳ありません。余計な事を言いました。後はよろしくお願いします」
「あなたに言われるまでもありません。この事件はすでに第九のものです。うちが責任を持って犯人を検挙します」
 謙虚な竹内に対して、薪はどこまでも居丈高だ。
 このふたりは数年前まで寄ると触ると喧嘩になっていたのだが、ある事件を境に、竹内は薪に対する態度を一変した。それからは第九に対して親睦的になり、職員たちとも次第に慣れ親しんできている。
 更には6ヶ月ほど前、竹内は火災現場で薪の命を助けている。薪は肋骨を折るくらいの怪我で済んだが、竹内は4ヶ月もの間入院生活を余儀なくされた。仕事上のこととはいえ、その命の恩人にこんな口がきけるなんて、人として間違っているのは薪のほうだと言わざるを得ない。もちろん、そんなことは恐ろしくて口端にものせられないが。

 頑固な警視正に、竹内は黙って頭を下げた。
 ちらりと青木の方に目配せをして、研究室を出て行く。竹内が去った第九には、気まずい空気が流れた。

「おまえ、ここに来て何年になるんだ。あんなバカに突っ込まれるようなミスをして。僕に恥をかかせるな」
「すみません」
 室長に頭を下げる青木を見て、今井は彼のことが心配になった。
 竹内ではないが、青木は本当に顔色が悪い。
 ここしばらく、青木はずっとふさぎこんでいる。表面上は元気そうにしているが、ときどき考え込んでいるし、いくらかやつれてきているようでもある。
 今日は特に、それがひどいようだ。
 眼は赤いしクマはあるし、表情は陰鬱だし。元気が取柄の青木がこんなに憔悴しているのは、第九に入ったばかりの新人の頃以来ではないだろうか。

「青木。なにかあったのか?」
「いいえ。べつに何もないです」
 何もない、という顔ではない。
 青木はとても正直な男だ。ものすごく哀しい出来事がありました、と顔に書いてある。
 ひょっとして、三好雪子のことか。彼女にプロポースをしたとの噂だが、断られたのかもしれない。プライベートすぎて、迂闊に訊くことはできないが。

 被害者の脳が届き、捜査が始まってからも、青木の様子はおかしかった。
 ただ漫然と画面を見ているようで、いつもの集中力がまるで感じられない。そのせいで、いくつかのポイントを見逃してしまった。
「青木。今、なにか画面を横切らなかったか?」
 隣にいた曽我が気付いて青木のモニターを戻すと、果たして事件と関わりのありそうな男がバイクに乗って被害者の少女の前を横切って行く画があった。黒メガネにマスクの男はちらちらと少女のほうを見て、明らかに怪しい。
「室長!」

 小池の後方からモニターを覗き込んでいた薪は、曽我が呼ぶとすぐにやってきた。
 青木の右肩から曽我が、左肩から薪がモニターを覗き込んで画を確認する。画面を見つめる亜麻色の瞳は限りなく冷静で、そこには一切の感情は見られない。
「この画の日時は」
「いつだ? 青木」
「え……あ、えっと」
 これは青木のモニターだから、データを抽出した本人でないと正確な日時はわからない。青木は、フォルダに書かれた日時を確認するのを忘れて作業を始めてしまったようだ。

「朝から何やってんだ、おまえ。やる気あるのか」
「室長。青木は今日ちょっと具合が良くないんです」
 後方の席から、今井が声を掛けた。
 特別研修で岡部がいない今、薪の横暴をいくらかでも緩和するのは副室長代理の今井の役目だ。体調不良を理由に、青木の失態をいくらかでも弁護しようとしたのだが、室長の方針は明確な実力主義だ。第九の仕事は実績がすべて。そこにはいかなる言い訳も入る余地はない。

「足手まといだ。体調が悪いなら、帰って休め」
「いえ、大丈夫です。体の調子は悪くありません」
 言葉とは反対に、ひどく弱々しい声で青木は言った。
「だったらしっかりしろ。気合入れ直せ、バカ」
 さっさと日時を調べろ、と命令して薪は踵を返した。

「どうしたんだよ、青木。ホントにおかしいぞ、おまえ」
 こっそりと囁いた今井に、青木は苦労して笑って見せた。今井にはそれが、自分を庇ってくれた先輩に対する精一杯の礼のつもりなのだ、と分かった。
「すみません。ちょっと……プライベートで色々あって」
「なんだなんだ、失恋か? 三好先生に振られたのか?」
「おいおい。モロに言うなよ、曽我」
 KYを装って実は優れたムードメーカーの曽我のこと、青木の気持ちを少しでも明るい方向へ持っていこうとしたのだろうが、これは逆効果だ。

「え、マジで? だってプロポーズうまく行ったんじゃ」
「ちょっと、待ってくださいよ。オレがいつ先生にプロポーズなんて」
 バン! という大きな音がして、青木の机に薪の拳が振ってきた。3人は慌てて黙り込み、曽我と今井は自分の席にそそくさと戻った。
 薪のきれいな額に青筋が立っている。
 室長の怒った顔は本当に怖い。美人は怒るとブスの3倍怖いというが、薪の場合はもっと倍率が高いような気がする。

「何があったか知らんが、個人的な事情を職場に持ち込んで、捜査に支障をきたすような弱い人間は第九にはいらん! 異動願いを書いておけ!」
 薪の怒号に首を縮こめる職員たちの中で、青木は突然、席を立った。

「なにがあったか、知らない……?」

 この新人はとても背が高い。背の低い薪と向かい合うと、大人と子供ほどの違いがある。その差をものともせず、薪の視線は青木を威圧する。その重圧感に、常ならば「すみませんでした」と素直に頭を下げる青木が、今日は何故か薪に反抗的な視線を返した。

「分かりました。今日中に提出します」
「青木!」
 その返答に驚いた周りの職員が、同時に声を上げる。
 青木は「室長に憧れて第九に来た」との言葉通り薪には絶対服従で、彼に反抗的な態度を取ったことなど一度もなかった。経験の不足から、未だ半人前の捜査官に対する室長の指導は度を過ぎるくらいに厳しく、周りの職員の同情を集めるような罵倒を浴びることもしばしばあったが、青木は決して薪に逆らったりしなかった。

 短くも重大な会話の後、ギッと部下を睨みつけると、薪は小池のところへ戻って行った。途中で思いついたように振り返る。
「異動先だが、希望する部署はあるか? 竹内のバカが、おまえを欲しがっていた」
「考えてみます」
 売り言葉に買い言葉。
 青木らしくないが、こちらもトサカに来ている。

「おい、青木。頭冷やせ。謝っちまえよ」
 薪が自分から折れることなどありえないのだから、青木の方から謝らないと、このふたりの関係は破綻したままだ。
「もう我慢できないんですよ。あのひとにはついていけません」
「青木……」

 この新人が薪に心酔しきっていることは、第九の中では常識だった。
 アフターに酒を飲みながら室長の悪口で盛り上がるときですら、青木は薪のことを尊敬していた。言葉尻に乗って笑ったりはするものの、必ず控えめにフォローを入れていた。
 どうやら青木を襲ったプライベートのごたごたは、彼の心をひっくり返すような出来事だったらしい。
 稀少な崇拝者を失おうとしている事実に気付いているのかいないのか、薪は冷徹な捜査官の貌で小池のモニターを見つめていた。今さっき青木のモニターに映っていた男が、こちらの被害者の画にも現れないか、目を皿のようにして画面を見ている。

 不意に薪の上着の中で携帯が震えだした。舌打ちして、着信を確認する。すぐに電話に出るが、眼はモニターを見つめたままだ。
「雪子さん。すみませんが、いま進行中の事件で忙し……え?」
 薪が急ぎの捜査の最中に電話に出るのは、相手が特別な人間である証拠だ。上層部からの呼び出しには応じなければならないが、これがただの友人なら瞬時に切って捨てる。

「わかりました、ティーラウンジですね。すぐ行きます」
 頭上から聞こえてくる薪の言葉に、小池は瞠目した。
 すぐ行く、と薪は言った。
 ティーラウンジということは、誰かと会うのだ。火急を要する事件の最中に、プライベートの用件で? それは普段の薪からは考えられない行動だ。

「ちょっと出てくる。後を頼む」
 岡部の留守中、代理を務める今井に2、3の指示を出し、薪はモニタールームから出て行った。
 薪がいなくなると、職員たちは早速、モニターを見ながらも室長の接見相手についての推察を始めた。
「どうせ仕事の相手だろ」
「でも、三好先生からの呼び出しだったぜ? しかも、ティーラウンジってことは、相手は部外者ってことだ」
「まさか、女?」
「ないない、ありえない」
「そうだ、青木。おまえ三好先生から何か聞いてないか? て、あれ?」
 曽我が丸っこい目でキョロキョロと周りを見回す。嫌でも目に入るはずの大柄な部下は、モニタールームのどこにもいなかった。

「青木、どこいった?」
「薪さんのこと追っかけて行った。さっきのこと謝るつもりなんだろ」
 苦笑を抑えきれない顔で、今井が彼の所在を告げる。職員たちの間に、失笑とも安堵ともつかぬ微笑が広がった。
「あはは。短い反乱だったな」
「青木じゃそんなもんだろ」
「家庭じゃ先生の尻に敷かれて、職場じゃ薪さんの尻に敷かれて、青木のやつも苦労する、と、いた! こいつだ!」
 モニターに映ったバイクの男の姿に、小池が声を上げた。

 捜査の手がかりを掴んで色めき立つ職員の間で、室長と新人の小さな諍いのことは、処理済の事案の中に追いやられたようだった。





*****


 次回から一行くんの『捜一新人物語』が始まります!
 ウソです、冗談、言ってる場合じゃないですよね、失礼しました~~!!(逃)


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トライアングル(11)

 こんにちは、いらっしゃいませ~。

 なんかですね、この話に入りましてから、やたらと鍵コメ率が増えまして(いや、理由は解ってるんですけど)
 気が付くと、最新コメント欄の名前が自分だけという、まるで自作自演の状態に。 げらげら。

 早いとこ、鍵を付けずにコメントいただけるような展開に持って行きたいです。(^^;





トライアングル(11)









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トライアングル(10)

 あの~、
 ここからは、Sの方以外はほんっとーに読まないほうが。
 それと、あおまきすと的にはタブーの話だと思うので~、あおまきすとさんには再度避難勧告を。


 自分が書いたものですから、石は受け付けます。
 あ、でも追放はちょっと困る。

 だけどすみません、お話はつづきます。











トライアングル(10)



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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