ハプニング(9)

ハプニング(9)





「室長。特捜の報告書、見てもらえますか」
 十数枚に渡る緻密な報告書の束を持って、青木は恐る恐る言った。
 何があったか不明だが、今日の薪の機嫌は地面スレスレの低空飛行。二人きりの特捜だというのに朝から一言も喋らないし、にこりともしない。
 
「あの……?」
 長方形の角だけが丸みを帯びたレンズの向こうから、ぎろりと凶悪な視線が青木を見据える。ふん、と鼻を鳴らして青木の手から書類をひったくり、乱暴に頁をめくり始める。イライラしたときのクセでつま先を上げ下げし、時折、やりきれないというようにハッと強く息を吐く。そんな薪と二人きりで部屋にいる青木はたまったものではない。
「ツバメも真っ青の超低空飛行だ……どわっ!!」
 ぼそりと呟いた陰口に、ワイヤレスキーボードが飛んできた。青木の身体になっても、薪の手の早さは変わらない。
「危ないですよ」と青木が思わず言うのに、
「僕はあんなこと絶対にやらないぞ!!」と真っ赤になって叫んだ。相変わらず、薪の思考回路は理解不能だ。

 尚も不機嫌な顔つきで報告書を読んでいた薪の顔が、急に真顔に戻った。口元に手を当ててじっと考え込むようだったが、やがて、
「青木。この最後の文は不要だ。削っとけ」とぶっきらぼうに言った。
「死刑囚に同情してどうする。何の罪もない女性と、更には子供を2人も殺した女だぞ」
「そうなんですけど。彼女、ずっと辛い人生を送ってきていたから」

 先日刑が執行された西園冴子(38)は、8年前に不倫相手とその家族、1家4人を惨殺して死刑が確定した。 捜査の過程で不倫相手に騙されての交際だったことが判明し、彼女に僅かな同情が集まったものの、そのあまりにも残酷な殺害方法が人々の同情心を遠ざけ、彼女は稀代の魔女として世間を震撼させた。
 更に、誌面を賑わせた彼女の美しい顔が作り物だったことを知るや、世論はますます彼女に辛いものとなった。
 冴子は、何度も整形手術を繰り返していた。元からそれ程、醜い顔だったわけではない。しかし何かに取り付かれたように、彼女は自分の顔を変え続けた。

「人間関係に躓くたびに、整形を繰り返していたように思うんです。外見が変わることで、何かが改善する――― そんな思いに取り付かれていたんじゃないかと。彼女の整形歴は15年にも及びますから、過去のことは推測でしかありませんが。
 彼女の母親はシングルマザーで、不倫の末に彼女を産んだそうです。母親はすぐに新しい男を作って冴子を置き去りにし、彼女は祖母に育てられたんですが、彼女の顔は母親にそっくりで、そのことをいつも祖母に責められながら育った、との証言が冴子の幼馴染みから取れてます。
 こんなことを身内から言われたら、きついですよね」
 青木は取調べ調書の該当頁をさぐり、その一行を指で指した。細い指の先の、桜貝のような爪が触れた一文を、眼鏡の奥の黒い眼がさっと読む。

『おまえみたいな顔の女は、他人様のものを盗む泥棒猫になる』

「だから彼女は整形を繰り返して、母親の呪縛から逃れようとしたんじゃないでしょうか。なのに、この男に騙されて関係を持って、結局はお祖母さんから言われたとおりに。真実を知ったときの彼女の絶望は、とても深かったと思います。だから」
 青木はもう一度ページを繰り、冴子自身の供述調書にある一文を示した。

『幸せそうな家族を見ていたら、気が狂ったみたいになって、自分が止められなかった』

 それから、モニターに被害者となった一家の画を呼び出した。
 ごく普通の、当たり前の4人家族。何と言うことはない、ただ一緒に夕飯を摂っているだけの画だ。取り立てて賑やかでもなく、笑い合っているわけでもなく、テレビはついたままだし会話をしている様子もない。ギスギスしているわけではないが、愛情一杯という様子もない、こんな家庭が今は普通だ。
 しかし、西園冴子というフィルターを通した途端、その光景は光り輝いた。
 4人の間に流れる愛情のパルスが、光の奔流のように溢れていた。表面に現れるものはなくとも、彼らの間にはしっかりと繋がった糸がある。
 それはきっと、彼女が求めて止まなかったもの。死ぬまで手に入れることの叶わなかったもの。

「こんな平凡な家庭が、彼女にはこんなに眩しかったんですね。彼女の犯行は許されることじゃありませんけど、ひとかけらの同情の余地もないとは」
「ない」
 青木の熱意に冷水を浴びせるように、薪はにべもなく言い捨てた。薪はやさしいひとだと思うが、時々こんなふうにひどく冷たい言い方をする。
「同情の余地はない。いくら何でもやりすぎだ。普通なら、騙した男に平手打ちのひとつでもして、不倫の事実を奥さんにばらして、夫婦喧嘩でオチがつく話だろ」
「これを見てください」
 青木はマウスを操作して、犯行現場をモニターに映した。そこには、包丁で滅多突きにされた男の死体と、同じく喉を裂かれて息絶えた妻が台所の床に転がっていた。

「……っ!」
 モニターを見た薪が、思わず息を飲む。
 部屋中に飛び散った大量の血液は、平凡なキッチンを地獄絵図に変えていた。ダイニングテーブルの上に置かれた四人分のポークソテーにと、大きな器に盛りつけられたポテトサラダが血に染まっている。冷蔵庫の扉に貼られた子供向けのアニメキャラのシールに赤い飛沫が飛んでいる。木目の床に、血溜りができている。血の池に顔を伏せるようにして息絶えている、子供の後頭部が見える。
 凄惨な画の中で冴子は、手にした包丁で女の死体から顔の皮を剥いでいた。身に付けた白いワンピースを返り血で真っ赤に染め、血の池に膝を着いて被害者に覆いかぶさるその姿は、魔女の称号に相応しかった。

 包丁を立てて切っ先を使い、顔の周りをぐるりと切り取る。眼窩に人差し指を入れ、親指の爪でこめかみの皮を剥く。女の皮の下にびっしりと付いた黄色い脂肪と真っ赤な血が、冴子の爪の間から溢れ落ちる。
 慎重な手つきで冴子は悪鬼のような作業を進め、やがて女の顔は赤黒く潰れた石榴のようになった。冴子はそれを一瞥し、すぐに自分が切り取った皮膚を見つめた。
 彼女の戦利品ともいえるそれは、人間の肌の色をして、ぐにょぐにょと布のように波打つ。冴子はそれを食卓の上に置くと、指で丁寧に広げ、布巾で汚れを拭き取った。額の部分を両手の人差し指と親指で挟むように持ち上げ、自分の目の前にかざす。

 徐々に近付いてくる皮膚の内側がモニター画面を満たし、薪は不覚にも腰が引けた。生皮の仮面に開いた二つの穴を通して再び部屋の中の光景が映ったとき、まるで自分の顔に他人の生皮が張り付いたような錯覚を覚えた。
 体温を失った人の皮膚の、ひやりとした感触。生理的な嫌悪感に、背筋がゾッと粟立つ。刹那、床に落ちていくかと思われた両膝が何かに引っかかって止まり、薪は自分の腰にさりげなく添えられた小さな手に気付く。
 ぐっと足を踏ん張って、薪は冷静な口調で言った。

「これが本物のデスマスクってやつだな」
「室長はさすがですね。オレはここで吐きました」
 苦笑して、青木は大きな眼で薪を見た。亜麻色の瞳の中に、強張った男の顔が映っている。

「この後、西園冴子は自分の姿を鏡に映します」
 サニタリーに備え付けられた手洗い用の鏡に、不気味な仮面をつけた女が写っている。しかし仮面はすぐに剥がされ、その下から美しい女の顔が現れた。所々、血に汚れた凄惨な美貌。額の真ん中から長い黒髪を両脇に垂らし、一見儚そうに見える彼女の眼は、絶望と狂気に濁っていた。
「それから彼女は、この作業を残りの3人に施し、やはり同じように剥いだ皮を自分の顔に当て、鏡に写すことを繰り返します。最後に当てたのは、自分が愛した男の皮でした。
 それを外したとき、彼女は初めて涙を零しました」

 鏡の前で、彼女は男の皮を頬に当て、身も世もなく泣いた。それは自分が犯した罪の重さに気付いての悔恨なのか、愛した男を永遠に失ったことへの悲しみなのか。
「どちらでもないと思うんです。室長も、同じ考えですよね」
「顔だけ変えたって、別の人間にはなれない。やっとそのことに気付いたんだろ。バカな女だ」
 冷酷な薪の言葉に、青木は自分の立場を忘れる。室長の薪に対する反論の言葉が、自然に口をついて出た。

「変身願望は誰にでもあります」
 不幸な子供時代を過ごして、近しい人からの非難を恒常的に受け、深い闇を抱えることを余儀なくされた挙句に過ちを犯してしまった彼女を馬鹿な女と言い捨てる、その酷薄な態度に憤りを覚える。
「西園冴子の場合、子供の頃に受けた祖母からの刷り込みによってその願望が異常なまでに大きくなり、その結果この凶行に到ったものと思われます。なので、検察側の起訴内容にある『自分を騙した不倫相手への恨みと、その家族への嫉妬心から顔の皮を剥いだ』という記述には、疑問があると」
「その疑問は不要だ」
 断定的な口調で、薪は青木の言を遮った。

「青木、特捜は犯行の事実だけを確認すればいいんだ。死刑囚の動機まで追うことはない。情状酌量の可能性があったとしても、彼女はもう死んでいる。無駄なことだ」
 青木にも、それは分かっている。特捜は、犯人の罪状に誤りがないか、余罪がないかを調査するものだ。犯行の動機や犯罪に至った心情を掘り起こすものではない。
 しかし、今回の件はあまりにも世間の誤解が酷い。このままではこの女性は、冷酷非道で血も涙もない魔女の烙印を押されたままになってしまう。

「でも」
「自分を認めることができなくて、整形手術を繰り返す。そこが既にバカだろ。外見だけ変えたって、中身が変わらなきゃ意味がない」
「彼女だって、変わりたかったんです。整形はきっかけにしたかっただけだと思います。でも、変われなかった。持って生まれた性質を変えるのはとても難しいし、今まで積み重ねてきた過去を消すのはもっと難しいからです」
 青木も時々、自分のこの愚鈍さを何とかしたいと思うときがある。おおらかと言えば聞こえはいいが、要は鈍いのだ。早い展開には付いていけなくて、目から鼻に抜けるタイプの薪をしばしば苛立たせる。

「他人を変えるのは大変だけど、自分を変えるのは簡単だ。努力次第でどうにでもなる。なりたい自分になればいい」
 それは薪が、生まれつき優れた能力を持っているからだ。あれだけの頭脳と運動神経、さらにその美貌を持ってすれば、努力で叶わないことなんかこの世にないだろう。でも、普通の人間はそうじゃない。いくら努力しても手に入らないものがあることを、幾度も思い知らされて大人になるのだ。
「そりゃ、薪さんくらいの地力があれば」
「顔を変えたくらいで、自分の過去が消せるもんか。そんなことをしなくたって、いくらでも人生をやり直すチャンスはあったのに。この女はバカだ」
 ぎゅ、と唇を噛む薪の仕草に、青木はようやく彼の本音に気づく。

 自分の感情を素直に出せない薪は、偽りの言葉で自分の本心を幾重にもガードする。中心に収められたそれが、ひどく脆いものだと自分でも分かっているからだ。常ならば、亜麻色の瞳を見れば彼の気持ちが伝わってくる、しかし今、薪の心は眼鏡の奥の黒い瞳に隠されてしまっている。小さくて色素の濃いその瞳は、情感を表すには単調すぎる。

 自分の人生をやり直したい、過去を抹消したい。
 夜毎、自分の罪に恐れ慄く薪が、夢で幾度も自分の親友に殺される薪が。
 それを思わないわけがない。

「そうですね」
 やっとの思いでそれだけ搾り出し、青木は薪を見つめた。他に、どう言っていいか分からなかった。
 青木は黙って報告書の訂正に取り掛かった。重い沈黙がふたりの間に落ち、部屋の中には紙を捲る音と青木が叩くキーボードの音だけが響いた。

「……僕は、思ってない」
 やがて薪は、静かに言った。
「別の人生を歩みたいなんて、僕は思わない。これは、僕の道だ」
 青木が振り向くと薪は、強い意志を宿した黒い瞳で、じっと空を睨んでいた。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(8)

ハプニング(8)




「おーい、青木くん!」
 昼の弁当の買出しに行く途中の廊下で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
 青木と呼ばれて、自然に振り返る。青木の身体に入って1週間、名前を呼ばれると反射的に身体が反応するようになった。

「雪子さ……三好先生。こんにちは」
 白衣の裾を蹴立てるようにして駆けてくる女性に、薪はにっこりと笑いかける。薪が世界で一番幸せになって欲しい女性、それが彼女だ。
 三好雪子は薪の親友で、将来は青木の奥さんになるかもしれない女性だ。矛盾極まりない話だが、青木と恋人関係にありながら、薪は彼女と青木が結ばれてくれることを期待している。
 自分には決して与えてやれない青木の幸せがあることを、薪は知っている。それは女性にしかできない、つまり彼の妻となり、彼の子供を産むこと。
 青木が子供好きなことは周知の事実だ。青木は今のところ薪に夢中で、そんなことは頭の片隅にもないのかもしれないが、将来的にはきっと出てくる問題だ。そうなったときには、自分は身を引かないと。青木の幸せを妨げるようなことだけはしたくない。そして彼の子供を産む幸せな女性は、できれば雪子であって欲しい。
 雪子なら、諦めがつく。彼女には逆立ちしたって勝てない。

 ヒールの音をカンカン響かせて薪の傍に立ち、雪子は薪を見上げた。黒いキラキラした瞳に上目遣いに見られて、薪はときめいている自分を自覚する。
 驚いた、上から見ると雪子さんは可愛い。ゴージャスな美人というイメージが強かったのに、自分の身体が大きくなったせいか、雪子が華奢に見える。それでいて盛り上がった胸の魅惑的なことと言ったら。
 それが目に入った途端、こめかみの辺りがカッと熱くなる。これは、青木の身体が反応しているのだろうか。男として当たり前の、女性に対する本能的な欲求。青木はいつもそれを雪子に感じているのだろうか。
 
 胸の中でざわりと蠢いた不愉快な感覚に気付かない振りをして、薪は「何かご用ですか」と雪子に尋ねた。真っ赤な口紅を塗った魅力的な唇が開いて、歯切れの良いアルトの声が響く。彼女のきっぱりと潔い話し方を、薪は好ましく思っている。
 
「こないだのあれ、試してみた? うまくいった?」
「あれってなんですか」
「帆掛け舟。図解してあげたでしょう?」
 ふね? 図解?
 さっぱり解らないが、おかげさまで、と答えておく。青木と入れ替わっていることは、もちろん雪子には内緒だ。お祭り好きの雪子にこの事実を知られたら、想像を絶する騒ぎになるに違いない。当たり障りのない会話を心掛けて、この場を凌がないと。

「次はツバメ返し、行ってみる? 薪くん、身体柔らかいからイケルと思うんだけど」
 ツバメ返しは知っている、柔道技の一つだ。が、雪子の言う「身体が柔らかいからいける」の意味がわからない。柔道のツバメ返しは、相手の足払いを避けて逆に足払いをかける技だ。相手の柔軟性に左右される技ではない。
 あと思い当たるのは剣術。宮本武蔵のライバル佐々木小次郎の技だ。じゃあ、これは剣道の話か。しかし、剣道に柔軟性が必要なのか? そもそも、どんな技だっけ?

「薪さんには無理ですよ。経験もないのに」
 薪は、剣道はやったことがない。身体の柔らかさには自信があるが、いきなり高等剣術を要求されても。
「あら、大丈夫よ、試してみなさいよ。あんた初めは信じなかったけど、×××の×××スポットだって、あたしが言ったとおりだったでしょう?」
「はっ!?」

 女性の口から信じられない言葉、というか放送禁止完全アウトの用語を聞いて、薪は目が点になる。雪子とは15年来の付き合いになるが、彼女の口からこんな言葉を聞いたことはただの一度もない。強く気高く美しい、雪子は薪にとって女神のような存在だったのだ。その女神がこんな下品な言葉を発するなんて。
 驚きの後に思いついたのは、あれを青木に教えたのが雪子だったという事実。青木は20歳年上の恋人に教えてもらった、と言っていたが、本当は雪子に教わったのか? もしかしなくても、実践で?

 一瞬、自分の恋人と友人の女性の情事が脳裏に浮かんで、薪は絶望的な気分になる。
 足元が、周りの風景が。
 砂になって崩れていく感覚。信じていたものがすべて風化して――――― きっと何も残らない、今、青木が僕から去ったら、僕には何も残らない。だって急すぎる。先日あんなに激しく愛し合ったばかりなのに、今日こんな事実を知らされても。
 できれば、この事実は青木の口から聞きたかった。もう少し、心の準備をさせて欲しかった。
 青木の子供を産むのは雪子さんであって欲しい、などと口では言いながら、いざそれが現実になると心は千々にも乱れて……ああ、僕は相変わらず口ばっかりだ。心の底から二人の幸せを願うのは、口で言うほど楽じゃない。

 薪の胸中を露ほども知らず、雪子はカラカラと笑って、
「まあ、これからも彩華からノウハウ聞いて、あんたに伝授してあげるわよ。本当はあんたが直接彩華に教わるのが、一番手っ取り早くていいんだけどね」
 シナプスの連結が所々切れてしまったかのような壊れた脳細胞で、薪は雪子の言葉を理解しようと努める。
 彩華って誰だろう。雪子の友人だろうか。
 いや、直接教わってはマズイだろう。雪子の友人とも、なんてどんだけ乱れた関係だ。本気ではないのだろうが、それを口に出す雪子も雪子だ。

「オレは、そんな軽い男じゃありません」
 つらいセリフだが、こう言っておかないと。ふたりの関係を壊すわけにはいかない。
『薪さんとは、ちゃんと別れます。オレが愛してるのは貴女だけです』
 何とかしてその言葉を口にしようと呼吸を整えている薪の耳に、雪子の声が聞こえてきた。

「言葉と図解だけってのは、限界があるのよ。彩華も身体で覚えるのが一番いいって言ってたじゃない。ウケを経験した男って、いいタチになれるって話よ。頑張ってみたら?」
 ……何だか話がおかしい。青木にホモの女役を勧めているように聞こえるが、気のせいだろうか。
「薪くんを愛してるんでしょう? あたしだって薪くんには幸せでいて欲しいんだから。がんばってよ」
 そう言った雪子の顔は、心からのやさしさに満ちて。一瞬でも二人の仲を疑った自分を、薪は激しく後悔する。
 雪子さんも青木も、そんな人間じゃない。何食わぬ顔で友人を裏切り続ける、そんなことができるほど器用じゃない。青木と雪子さんが知り合って3年、その間に男女の関係が一度もなかったとは言い切れないけれど、現在はないと信じよう。

「それとね、これも彩華に聞いたんだけど、×××を××するときには、直線的に動かすより回転させて、ぴーぴーぴー」(放送禁止コード底触)
 …………ないな、この二人は絶対にそういう関係になったことないな。ちょっとでも色気があれば、こんな話をするとは思えない。ていうか、雪子さんは本当に青木のことが好きなのか? だんだん自信なくなってきた……。
 
「ツバメ返しの体位はね、肩に乗せた相手の足の引き具合がポイントで、左右に動かすことでぴーがぴーしてぴーーーーー」(放送不能)
 ツバメ返しって、セックスの体位なのか?! てか、なんでそんなに詳しいんだ!? あああ、僕の女神が穢れていく!!

「雪子さ、いえ、三好先生! やめてください、女性の口からそんなっ」
 聞くに堪えない卑猥な言葉を連呼されて、薪は真っ赤になって叫ぶ。もともと猥談の類が苦手な薪は、そういう言葉に慣れていない。
「何よ。あんたが薪くんを悦ばせてやりたいって言うから、色々調べてやってんじゃない」
 僕の女神に何をやらせてんだ、あいつはっ!!

 声にならない叫びを体内中に駆け巡らせる薪の前で雪子は、白衣のポケットに手を入れ、ゴソゴソと中を探った。
「あ、そうだこれ。薪くんの反応が薄いときには使いなさい」
 チューブに入った塗り薬のようなものを渡される。薬品らしいが、名称も成分表示も見当たらない。しかし、雪子のにやーっと崩れた表情から察するに。
「これで楽しい夜が増えるわよ」
「い、いりませんよ、こんなもの」
「だって、薪くんが薄くて1度しかできないって不満がってたじゃない。これがあれば2回目もいけるわよ。薪くんの×××に塗り込めば、バッチリだから」
「うわ―――んっ!!」
 雪子にクスリをつき返して、泣きながらその場を走り去る。
 ひどい、あんまりだっ、そんなことまで雪子さんに話すなんて!! あいつ絶交だっ!!!

「……ヘンな青木くん」
 一人残された白衣の美女は長い首を傾げると、短い黒髪を一振りして自分の庁舎に帰っていった。


*****

 あおまきさんの入れ替わりを考えたとき、一番最初に思いついたのがこのネタでした。
 あー、楽しかった♪

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(7)

ハプニング(7)





 正午を告げるチャイムを聞くと同時に、曽我は席を立った。隣の席で小池が、うーん、と唸りながら背伸びをしている。
「小池、今日の昼メシ、銀洋亭のランチにしようぜ」
「おう。薪さんが特捜に掛かってる間くらい、外へ食いに行かなきゃな」
 悲しいことに彼らは、「仕事最優先、食事は単なるエネルギー補給に過ぎない」という自論を部下にまで押し付ける室長のせいで、しばしば食の楽しみを奪われている。室長の目が届かないときくらい、昼休みを満喫したいと思うのは当然の心理だ。

「青木はどうする?」
「そうだな。一応、声掛けてみるか」
 小池は携帯電話を取り出し、後輩のアドレスに手早くメールを打った。
 青木は現在、室長とふたりきりで特捜に掛かるという、第九職員にとってこれ以上はないくらい不幸な境遇にある。あの状態は、例えるなら地獄の最下層だ。せめて昼休みくらい、哀れな亡者から人間に戻してやりたい。

「あ、でもどうだろう。あの事件て、あれだろ? かなりグロイ画を見てるはずだけど、青木のやつ食欲残ってるかな」
 特捜に掛けられた事件の概要は、小池たちも知っている。
 不倫の果ての一家惨殺事件の犯人、世間から魔女と罵られた女性が今回の捜査のターゲットだ。不倫関係にあった男とその妻、子供2人を殺して逮捕された。死刑が求刑されたのは4人もの人を殺した罪の重さもさることながら、その遺体に加えられた残酷な仕打ちも大きな要因を占めていた。
 殺された4人の被害者は、顔の皮を剥がされていた。
 男も妻も子供たちも、剥き出しの筋繊維と神経を晒し、初動捜査に当たった警察官たちを戦慄させた。その惨状から『魔女』という流言も生まれたのだ。
 犯人の脳には当然、皮を剥ぐ様子も映っている。グロテスクな画が苦手な青木には、かなり厳しいはずだ。

「そうだなあ。青木が行くって言ったら銀洋亭のハンバーグは諦めて、三笠屋の天ぷらにするか」
「天ぷらもきついだろ。松乃の蕎麦にしといてやれよ」
「えー、蕎麦じゃ夕方まで持たないよ。3時には腹が減っちまう」
 そんなことを話しながら、特捜が行なわれている部屋へ向かう。

 第九には、モニター室が4つある。第一モニター室には巨大なメインスクリーンがあり、ここが普段の捜査に使われている。第二から第四は特捜など、担当者以外の者が情報を得ることはできない極秘捜査のための個室になっている。
 その第四モニター室から、おぼつかない足取りで出てきた人影を見て、ふたりは首を傾げた。

 廊下の壁にもたれるようにしてよろよろと歩く姿は、間違いなく鬼上司のものだったが、彼のこんな頼りない背中はこれまで一度も目にしたことがない。第九では連続の徹夜作業も珍しくもないが、徹夜明け屍累々といった有様の中、薪だけはシャキッと背筋を伸ばして昂然と頭を上げているのが常である。
 かといって、薪が人並みはずれてタフかというと、そうでもない。年を重ねても一向に衰えない美貌からサイボーグ説まで浮上している薪だが、実際はその細い体躯に見合った体力しか持っていない。結果、薪の身体は、限界を超えると同時に意識を失い自動的に体力回復を図るという荒業をやってのけるようになった。その生命維持機能が働いて突然倒れる直前ですら、彼の背筋はきれいに伸ばされているのに。
 これは只事ではない。

「大丈夫ですか、室長」
「俺に摑まってください、仮眠室へ」
 曽我の腕にすがった室長は、真っ青な顔をして右手で口元を押さえている。ぎゅ、と目をつむって、とても辛そうだ。
「仮眠室の前にトイレだ。……ですね」
 モニター室から現れたもうひとりの男が、冷めた口調で言った。曽我の腕から薪の身体を引き取り、荷物でも扱うように自分の肩に担ぎ上げた。

「薪さん、体調悪いのか?」
「いや。けっこうキツイ画だったんで、そのせいですよ」
「そんなわけないだろ。あの薪さんが画に酔うなんて」
 青木はそれに答えず、黙って洗面所がある方向へ大股に歩いて行った。

「あ、今日は銀洋亭ですよね。ちょっと待っててくださいね、これ運んだら直ぐに行きますから」
 思いついたように振り返ると、ふたりに声をかけて、青木は廊下の角を曲がった。廊下に立ったまま、小池と曽我はまたもや首を傾げる。
「コレ?」
「運ぶ?」
 青木が薪に心酔していることは、すでに第九の中では朝太陽が昇ることと同じくらい当たり前のことだった。薪が倒れたりしたら青くなって飛んできて、大事そうに抱えてベッドへ運び、薪が眠っている間も何度も仮眠室へ様子を見に行く。眠って食べれば元気になるのが分かっていても、平静ではいられないらしい。
 その青木が、薪の身体をモノ扱いするなんて。

「何かあったのかな、青木のやつ」
 細い目を一層細めて、小池は思慮深げに腕を組んだ。
「ここ最近、どうもヘンなんだよな。何日か前もさ、青木に『おまえ悩みなんかないだろう』って言ったんだよ。そしたら『失礼な、悩みくらいある。今日の昼飯のこととか』みたいな返事が返ってきて」
「はは、青木らしいな」
 坊主頭を掻いて、曽我はひとの良さそうな笑みを浮かべる。陽気で朗らかで、自分とは正反対の友人の性格を、小池は少しだけ羨ましいと思っている。
 
「内容はな。でも青木なら、最初の一言は言わないと思う」
 小池が指摘すると、曽我はきょとんとした顔になって、ああ、と頷いた。
「咄嗟の一言って、人間性が出るんだよな。あれは青木には相応しくない言葉だ」
「そうだな。でもまあ、青木もここに来て3年だろ? いつまでも新人じゃないし、喋り方もくだけてきて当たり前じゃないのか」
「馴れ馴れしいのとは、また違うんだよな。なんかこう、ニュアンスが」
 そこで小池は言葉を切った。青木の姿が廊下に現れたからだ。

「お待たせしました、早く行きましょう」
「薪さんは?」
「仮眠室に寝せてきました。まだ気持ち悪いって」
「おまえ、ついてなくていいの?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって」
 それはこっちが聞きたい。

「早く行かないと、昼休み無くなっちゃいますよ」
 先に立って歩き始める青木に、またふたりは違和感を感じる。青木はいつも、ふたりの後を付いて来ていたのに、自分が先頭に立つなんて。
「小池さん、曽我さん。どうかしました?」
 ふたりの歩みの遅さを不審がったのか、青木が振り向いた。いくらか眉を寄せたその顔つきは、中々に精悍で男らしい。最近、女子職員の間で青木の人気が鰻登りだという眉唾物の噂は、1%の真実を内包しているのかもしれない。
「いや。早く行こうぜ」
 曽我が青木の横に並び、ふたりは小池の前を歩き始めた。青木はちらりと不審がる顔を見せたが、すぐにいつものように笑って、曽我と他愛ない話を始めた。
 
 青木の大きな背中を見ながら小池は、こいつも逞しくなったもんだ、と感慨深いものを抱く。
 第九に入ったばかりの頃は甘ったれたツラして、図体はでかいが威圧感は感じなかった。取っ組み合いのケンカになっても、勝つ自信があった。
 現在の青木は、柔剣道共に岡部に仕込まれて、身体も引き締まったし武道の実力も上がった。精神面も強くなり、凄惨な画も正視できるようになった。こいつはずっと、努力してきた。その自信がようやく表に出てきた、そういうことなのかもしれない。
 そんな理屈で小池は、自分の中に生まれた僅かな疑念に折り合いをつけ、同僚の後を追いかけた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(6)

ハプニング(6)




「青木、ちょっと来い」
 名前を呼ばれて、彼は机の上を拭く手を止めた。声のした方を振り向くと、大きな背中が部屋の隅っこで何かしている。資料用キャビネットの整理をしているらしい。手伝え、という意味だろうと思ってそこに駆け寄った彼は、大きな目を細めて呆れ果てた声を出した。

「なんですか、これ」
 半開きになった亜麻色の瞳がかろうじて映しているのは、キャビネットの一番上の棚に置かれた一対の榊と、小皿に盛られた塩と米。
「見れば解るだろ。神棚だ」
 こともなげに答えて長身の男は、薄い和紙に包まれた四合瓶をお神酒に捧げ、パンパンと拍手を打つ。

「あの、薪さん。これは一体……」
「あんまり大っぴらに飾るわけにもいかないだろ? だから中身の整理をして、キャビネットの中にスペースを作ったんだ。元に戻れるように、これから毎日拝めよ」
 資料を探すのは新人の仕事だから、この扉を開けるのはこれを設置した本人だけ、とそれは納得のいく場所のチョイスだったが、彼が聞きたいのはそういうことではない。
 
「元に戻れるようにって、まさか、本気でMRIの神さまが、オレたちを入れ替えたと思ってるんですか?」
「今のところ、それ以外の理由が思いつかない」
 美貌の青年は何事か言いかけたが、すぐに細い首を振って諦めたように息を吐き、再度上方を見上げた。小柄な彼がそれを見るには、首を思い切り反らせる必要があった。

「……なんでご神体が鈴木さんの写真なんですか?」
 ヘンに抑揚のない調子で質問を投げた彼に、長身の男は平然と答える。
「第九の神様的存在って言ったら、鈴木しかいないだろう?」
「神さまなんだ……勝てないわけだ……」
 意味不明の呟きを洩らすと、青年は投げやりに小さな手を2回打ち鳴らした。青年が神棚に向かってお辞儀を終えたのを確認して、大柄な男はキャビネットを閉じ、鍵を掛けた。
 それから時計を確認して、青年に室長室へ行くよう指示をする。そろそろ職員たちが出勤してくる頃だ。ここで一緒に掃除をしていたら、みなにおかしく思われる。

「おはようございます!」
 朝の掃除をしているところに入ってきた小池に、陽気に挨拶をする。入れ替わって3日目、部下相手の敬語にもやっと慣れてきた。
「おはよう。おまえはいつも元気でいいなあ。悩みとかないんだろ」
「失礼な。ありますよ、オレだって悩みくらい。今日の昼メシ、何にしようかなあとか」
「ははっ、青木らしい」
 ざっとこんなもんだ。だれも中身が薪だとは気付くまい。

 青木一行という自分とは正反対のキャラクターを演じながら、薪はこの状況を密かに楽しんでいる自分を見つける。
 不謹慎だが、これは正直な気持ちだ。というのも、青木の身体は思ったよりずっと快適なのだ。
 まず、身長が高いから周りの人間を見下ろすことができる。常に他人のつむじが見えるという優越感を、薪は生まれて初めて味わった。中々に気分がいい。
 更にうれしいのは、セクハラの被害を心配しなくていいということだ。電車に乗っても痴漢に遭わないし、間宮の姿を見かけても遠回りしなくて済む。第九の連中の人使いの荒さは室長命令で減少しているし、キライな会議には出なくていいし。いいこと尽くめだ。

 薪の楽天的な心境には、理由がある。
 不安の要素は多々あるが、どうせこれは一時的なものに過ぎないと薪は踏んでいる。科学的に説明が付かないことは、長続きしないものだ。長期的かつ多発的な現象なら、とっくに学説が確立されているはずだ。それがないということは、研究に足るほどの期間、この珍現象は続かないということだ。
 長くても1週間と言ったところだろう。だったら、楽しんだほうが得だ。

 引き換え、青木の方は大変らしい。
 謙虚さが身に染み付いている青木は、どうしても部下である職員たちに上司らしく振舞うことができない。部下なんか家畜と一緒だ、とまで言い切る薪の暴君振りを模倣することはおろか、タメ口さえあやしい。
 おかげで薪は大忙しだ。
『さん』付けで呼ばれて青ざめていた宇野には、「薪さんが新しい嫌がらせを開発したみたいですね」と嘘を吐き、付箋が付いた報告書を「お願いします」と渡されて卒倒しそうになっていた曽我には、「嫌味な言い方ですねえ」とフォローを入れておいた。それで部下たちに納得されてしまう自分の上司像が少々、いやかなり腑に落ちなかったが、事態が発覚するよりはマシだ。本当は岡部にだけは事情を話そうと思っていたのだが、なんかもう、今更言えないって感じだ。

 日中、ふたりは特捜にかこつけて第四モニター室に篭り、画の確認のほうは青木に任せ、薪は上がってきた報告書の精査をする。指摘箇所に付箋をつけ、青木に持っていかせる。これで第九のほうは何とかなる。問題は部署外の仕事だ。
 薪がフォローできるのは、あくまで室長と部下が行動を共にできる範囲だ。室長のみが参加を許された会合や、人権擁護団体役員相手の接待等には同席できない。青木からトラブルの報告は受けていないが、自分の目の届かない所はどうも心配だ。

「薪さん、新しい方法を見つけたんですけど」
 第四モニター室で薪が買って来た昼食を摂りながら、青木が言う。この3日で、このセリフを聞くのは何度目だろう。
「雷に打たれて入れ替わった話があるみたいです」
「……却下」
「滝つぼに落ちたら、元に戻ったって話も」
「意識が戻らない確率の方が高くないか?」
 無謀な提案を打ち捨てるように没ると、青木は主に叱られた子犬のようにうなだれた。青木の気持ちは分からなくはない。早く元に戻りたいのだ。青木の生活は快適だ。薪の生活よりずっと楽しい。

「薪さんの方は、何か収穫ありましたか?」
「うん。調べてはいるけど。おまえの案と似たようなもんだ」
 そうですか、とため息を吐いて箸をしまう。弁当の中身は半分も減っていない。
「青木、それ残すのか? 食っていいか?」
「あ、どうぞ」
 とにかく、この身体は腹が減る。自分でもびっくりするくらいたくさん食べられるのだ。この身体でいるうちに山水亭に行って、フルコースを食べ切ることができたら、一生の思い出になるに違いない。

「おまえの身体って快適だな。食事は旨いし、夜はよく眠れて。思いっきり仕事しても疲れないし」
 楽しそうに食事をする薪とは対照的に、青木は深いため息を吐くと、モニター室を出て行った。程なく、2人分のコーヒーを持って帰ってくる。薪の姿で頻繁にコーヒーを淹れていたら怪しまれるから、研究室に職員がいないこの時間帯だけが青木のコーヒーを飲めるチャンスなのだ。

「お、サンキュ。う~ん、いい香りだ」
 鼻孔をつくコーヒーの香は、自分が淹れたものとはまるで違う。魂を揺さぶるような、深みのある馨だ。
「そうだ、後でコーヒーの淹れ方教えてくれ。これさえマスターすれば、僕は完璧な青木一行だ。いっそのこと、このまま青木一行として人生やり直そうかな」
 薪がおどけると青木は微笑して、「薪さんは」と言った。気楽でいいですね、と言われるのかと思ったが、青木はそんな嫌味は言わなかった。

「薪さんは、本当に大変な毎日を送ってらしたんですね」
 青木は自分のコーヒーカップを机の上に置き、軽く握った手を右目の下に添えた。それは彼がいつもしている眼鏡を押し上げる動作だったが、曲げた中指に触るものはなく、そのことに気付いて青木は苦笑した。
「オレはずっとあなたを見てきたつもりでした。だけど、全然わかっていなかった。仕事量が多いのは覚悟してましたけど、何よりも針の筵みたいな他部署との会議や擁護団体との会合や……あなたの偉大さを改めて知りました」

 湯気で曇るレンズの向こうに見える彼は、打ちひしがれて弱りきっていて、この入れ替わり生活にほとほと嫌気が差しているようだった。無理もない、青木は元々、他人と諍うことが苦手な平和主義者だ。面と向かって非難されることには慣れていない。その心痛は、察して余りある。
 しかし青木は、ぱあっと太陽みたいに笑って、
「もしかしたら、これは神さまが薪さんに与えてくださった休暇なのかもしれません。オレなんかの身体で申し訳ないですけど、あなたが少しでも楽しい思いをしてくださってるなら、オレ、このままがんばりますから」

 もう何年もこんなふうに笑ったことのない自分の笑顔を見るのはとても違和感があって、薪の胸がざわざわと騒ぐのはそのせいだ。青木のこういうところに僕は心底参ってる、とか今更思ってるわけじゃない。
 思ってるわけじゃないけど……本当に、こいつにはかなわない。

「そうだな。神さまってのは、ちゃんといるのかもしれないな。この健康で大きな身体は、そのご褒美ってわけだ」
「ええ。きっと薪さんの頑張りを見て」
 バカ、神さまにご褒美をもらってるのはおまえの方だ。僕のひねこびた性格には、チンケで貧弱な身体がお似合いってことだ。
 きれいで真っ直ぐな青木。その伸びやかな魂。その器に、矮小な肉体は相応しくない。

「もう一度、試してみようか」
「はい?」
「モニタールームで、おまえの席で。なんか、今なら戻れそうな気がする」
 急な話の展開についていけず、きょとんとする青木の腕を引いて立ち上がらせ、モニタールームに向かう。昼休みで誰もいない職務室で、ふたりはあの夜の体勢を取る。

「マットの用意がありませんけど」
「試すのは1回だけだ。ちゃんと受身取れよ」
「オレの身体、反応してないけど平気ですかね」
「それは関係ないだろ。いくぞ」
 左足で床を蹴って、椅子ごと右側に倒れる。ガシャン!という大きな音がして、リノリウムの床が振動した。

「て、痛って……やっぱ、マットが無いときつい」
「そうですね」
 薪は痛めた右肩をさすりながら、上体を起こした。同じように左足を擦っている相手を見る。薪の視線に気付くと、青木は少しだけ困ったように笑った。
「痛み損でしたね」
「そうだな」

 気持ちの問題ではないらしい。
 衝撃、タイミング、元の身体に戻ろうとする強い意志。そんなものとは関わりの無いところで、このハプニングは起きたということだろうか?
 認めたくはないが、人智を越えた何かが関与しているとなると、じたばたしてもムダ、ということになるが。

「手の出しようが無いか」
 神棚を設えてみたりしたけれど、薪は基本的に神の存在など認めてはいない。あれは、何というかシャレ的なもので、だって青木があんまり不安そうだったから。何かしら拠り所を作ってやろうと思って。
「自然に任せるしかないかもしれないな」
 薪がため息混じりに呟くと、青木は神妙な顔つきになり、はい、と頷いた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(5)

 最近、キーボードを変えたのですよ。

『FILCO』 というメーカーのキーボードなんですけど、これがすっごく打ちやすい!!
 わたしはもともとメカニカルキーボードの感触が好きで、今まではサンワの製品を使っていました。 
 前のキーボードは壊れたわけではないのですが、キーの文字が掠れて見えなくなってしまって。 その消えた文字というのが、
『A、M、O、K、I、U、N』
……わはははは!!! (掠れた理由に心当たりがありすぎて、笑うしかない)

 別に文字は見えなくてもタイピングに差し支えはないのですが、オットに勧められて事務所のキーボードを FILCO に替えてみましたら。
 これがしっくりと指に馴染むようで~~、今もキーを叩きながら恍惚としております♪
 好みもあると思いますけど、値段的にも千円くらいの差だったら、わたしは絶対にこっちですね。

「すっごくいい!」と褒めまくったら、気を良くしたのか、オットが自宅のPCの分も買ってくれました。 というわけで、現在わたしはキーボードを叩くのがとても楽しいのでした~~♪
 と言っても、現場に出なきゃなので、なかなか事務所にいられないんですけどね☆
 でも、今日と明日は現場がお休みなので、更新したいと思います。 よろしくお願いします(^^








ハプニング(5)





 青木の提案で、ふたりはモニタールームで実験を試みることにした。青木はどこからか大判のマットを用意してきて、昨夜自分たちが倒れこんだ辺りに置いた。元に戻れても大怪我をしたら何にもならない。椅子から転がり落ちるだけとはいえ、打ち所によっては脳障害も起こりうる、その危険性は二人とも承知していた。
 あの時と同じように青木の席で、向かい合わせに抱き合って青木の膝に薪が腰を降ろす。それで準備は完了だ。

 自分の腿に座った身体に、薪は納得できない気持ちになる。
 自分はこんなに小さかっただろうか。手も足も情けないほど細くて弱々しくて、青木の立派な体躯に比べたら寸足らずの人形のようだ。青木はいったい、こんな身体のどこが良くてあんなに僕を欲しがるのだろう?

「昨夜と同じ体勢になったほうが、成功率が高いと思われます。薪さんが足で床を蹴って、イチニイサンでマットの上に倒れましょう。いいですか? 1、2」
「ちょっ、ちょっと待て。僕、そんなに足開いてたか?」
 薪の足は身長に比例してそれほど長くはないから、青木の体型に合わせると大きく広がる形になってしまう。自分の姿は自分には見えないし、その最中は夢中だから自分がどんな格好をしているか気にする余裕はなかったが、頭が冷静な状態で相手の目から改めて見ると、その姿はひどくはしたない。服を着ていてこれだから、これが裸になった暁には……ダメだ、脳内映像にモザイクがかかった。

「いえ、実際はこんな具合にオレの腰に絡んで、薪さん自身はこんな風に上下に動いて」
「うそだ! そんなことしてないぞ!!」
「してましたよ。昨夜の薪さん、すごかったんですから」
「僕が動いたんじゃない! おまえがこんな感じでガンガン突き上げてきたから、だから自然に」
 はた、と薪の顔、いや青木の顔が固まった。おずおずと自分の足の間に目を落とす。

「あれ? なんか……反応しちゃったんだけど……」
「雰囲気なんか何にもなくたって、物理刺激で反応しますからね。木の枝に擦り付けたってイケますものね。男って悲しい生き物ですよね」
「木の枝ってなんだ、どーゆープレイだ!」
 若い頃から淡白だった薪には、思春期の頃にも劣情を持て余した覚えはない。すべての能力を頭脳と美貌に使い果たして、こちらの方面には残り滓しかない、薪は正にその典型だった。
 昔からそういう気分が盛り上がらないと身体も反応しない、例え反応しても自己処理をすればそれで満足で、特に相手を必要としなかった。だから本当は女性経験も5本の指に余るのだが、それは青木には秘密だ。12歳も年上の自分の方が経験が少ないなんて、男の沽券に関わるからだ。

「どんだけ溜まってんだ、エロガキが」
「だって、薪さんなかなかOKしてくれないし、昨夜だって途中で……1ヶ月に2回じゃ足りないんですよ」
 薪にしてみればそれだって多いくらいなのに。若いってのは面倒だ。

「まあ、昨日のオレもその状態だったわけだから、いいんじゃないですか。じゃ、行きますよ」
 数を3つ数えて、薪は思い切り床を蹴った。鍛え上げられた脚力は薪の想像を遥かに超えて、思ったより軽々と二人の身体は宙に浮いた。と思うと、自然の法則で下方に落下し、青木が用意したマットの上に右肩から突っ込んだ。

 どすん。

 マットのおかげで大した痛みはない。しかし、彼らが期待した奇跡も起きなかった。
「……もう一度、試してみますか?」
「そうだな」
 何度か繰り返してみるが、一向に奇跡は訪れない。二人とも柔道を習得しているから、きちんと受身は取れているのだが、逆にそれが失敗の原因かとも思い、敢えて受身を取らずに試してみるが、やっぱりうまく行かない。
 大した期待はしていなかったが、所詮青木の考えることなんかこの程度だ。

「どうしましょう。これからオレたち」
 失意にうなだれる小さな人影。心なしか、声も震えている。
 マットの上に正座して呆然と視線を浮遊させる、自分の丸まった背中をぱしんと叩き、薪はすっくと立ち上がった。
「大丈夫だ、僕に任せとけ。必ず元に戻れる方法を探し出す」
 昨夜のパニックが嘘のように、薪は毅然とした口調で言い切った。勝算があるわけではないが、部下の不安を取除くのは上司の役目だ。
 一日過ごして、これが夢でも幻でもないことが分かった。現実なら受け入れるしかない。その覚悟ができれば、薪は強い。

「それまで、僕はおまえの務めを果たすから。おまえは僕になりきれ」
「そんな、無茶ですよ。オレに室長の仕事なんて!」
 甲高く裏返った情けない声で、青木は叫んだ。無理もない、自分だって入れ替わった相手が小野田あたりの高官で、明日からその仕事をこなせと言われたらパニックになってしまうだろう。
 青木がオタオタする様子はいつもなら笑えるのだが、それが自分の姿をしているとなると笑うどころかしっかりしろと怒鳴りつけたくなる。しかし、これの中身は若干25歳の青木一行で、その年の自分がまだ一課の一職員で大した責任も担っていなかったことを考え合わせると、充分に同情の余地はある。
 そこで薪は青木の目線に合わせて長身を折り、細い膝に置いた小さな手をじっと見つめている青木を安心させるよう、しっかりした声音で言った。
 
「安心しろ、僕がフォローしてやる。上手い具合に、てのは語弊があるけど、おまえの次の仕事、特捜(すでに刑が執行された死刑囚の脳を起訴内容と照合する捜査)だろ?」
「ああ、昨日刑が執行されたんでしたね」
 猟奇事件の死刑囚の脳は、処刑当日に第九に回される。それはすでに慣例になっており、職員のシフトの都合上、事前に担当者を決めることにしている。特捜は通常の捜査に比べて精神的な負担が大きいから、ひとりに集中しないよう、なるべく公平に当たるようにしている。今回は青木の番なのだ。
「昨日の夕方に脳が届いてたから、明日にでも捜査にかかれる。そのサポートに僕が入ることにすれば、職務時間中は二人きりでいても不自然じゃない。休日も休み時間も、なるべく一緒に」
 薪が、ふたりが一緒にいるのが自然に見える方法をあれこれ考えていると、青木はそれまで不安そうに揺らしていた亜麻色の瞳に暖かいものを湛え、薪の顔を見てふわっと笑った。自分の顔だが、それはなかなかにかわいいと不覚にも薪は思い、青木が自分を可愛いと言うたびに殴り倒していたことを思い出して、軽いジレンマに陥った。

「なんで笑ってんだ、おまえ」
「薪さんと一緒にいられる時間が増えるのはうれしいです」
「呑気なこと言ってる場合か!」
 青木のKYを嗜めるが、彼の気持ちが上向きになってくれたのは嬉しい。ここからは、ふたりのチームプレイが鍵になる。

 薪は右手の拳を握って青木の前に出した。気付いて、青木が自分の拳を合わせてくる。
 亜麻色の瞳を見つめて、薪は削げた頬に好戦的な笑みを浮かべた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(4)

 こんにちは。
 現場に出始めてから、体重と体脂肪が自然に落ちたのは嬉しいんですけど、ときどき意識がオチそうになります(@◇@
 ネットもオチぎみですみません~。 みなさんのところへも、行けなくてすみません~~。
 今日は雨なんですけど、現場は休みでも、挨拶回りとか材料の搬入とか立会いの書類とか、あれやこれやの雑用が。
 現場が上がる予定の10月末まで、亀更新&不義理をお許しください。

 




ハプニング(4)





「青木、おまえ顔色悪いけど大丈夫か? 身体の調子でも悪いのか」
「いや、平気だ。……です。それより曽我、さん。この窓の隅に映ってるの、犯人の車じゃないのかありませんかですでしょうか」
 「……大丈夫か? 青木。ちょっと休むか?」
 不自然な会話を交わしているふたりの様子を見て、室長は宇野に「青木を室長室に」と声を掛けた。時刻は定時の10分過ぎ。急ぎの案件もないし、他のものは退室するように、と言い於いて、先に室長室へ入る。

「青木、帰る前に室長室だってよ」
「きっとお説教だぞ。おまえ、今日一日おかしかったから。コーヒーの味は冴えないし」
「そうそう。資料探すのも、やたら時間がかかるし」
「買出しだって、俺の嫌いな鶏肉避けるの忘れてるし」
「……すみませんでした」
 
 そんな会話が聞こえてくる。それから帰り支度をする音と、MRIの終了確認のブザーが鳴り、お先に失礼します、と職員たちに挨拶をされ、思わず反射的に下げようとした頭をすんでのところで止める。身に付いた習性は、咄嗟のときに出てしまうものだ。
 
 居残りを命じられた青木が室長室に来ると、薪は部屋に鍵を掛けた。青木はふらふらと歩いて室長席に座り、デスクの上に両肘をついて頭を抱えた。相当キているらしい。
「薪さん、大丈夫で」
「大丈夫じゃない!!」
 ばん! と机を叩き、その威力にびっくりしたように目を瞠る。自分の手の大きさと力の強さが何倍にもなっていることに、彼はまだ実感がない。

「もう、どうしていいかわからん! 何がなんだか……てか、何でおまえってあんなに仕事が多いんだ? 捜査に割く時間がないじゃないか。みんなしていいように使いやがって」
 苛立った声で、自分が自分に詰め寄ってくる。何とも不思議な光景だ。
「何がコーヒーの味が冴えない、だ! 文句があるなら自分で淹れろ、バカヤロー! 5年も前の新聞記事なんか、そんなに早く見つかるかっ、てか、あいつらの好き嫌いまで僕が知ったことか! イヤなら食うな!!」
 あの沈黙の間に頭の中で叫ばれたに違いないセリフを音声にしてスッキリしたのか、薪はどさっと椅子の背にもたれ、優雅に足を組んだ。
 
「あんな大量の雑用、よくひとりでこなしてたな」
 普段、青木に言いつけられる雑用は薪からのものがダントツに多いのだから、今日はそれほどでもないはずだ。しかし、それを言うと張り飛ばされるかもしれない。痛いのも嫌だが、薪の身体に傷をつけたくない。
「朝練もきついし。腕立て伏せと腹筋100回って、おまえプロレスラーにでもなるつもりか?」
 岡部が決めた特訓メニューは、特殊班並みの厳しさだ。薪は実際に不特定多数の団体から命を狙われているのだから、彼を守ろうと思ったら、いくら鍛えても足りないくらいだと言われた。
「岡部は全然容赦しないし。投げ飛ばされて、あちこちアザだらけだ。おまけに先週の木曜、僕がだるそうにしてたけどあれはおまえのせいだろう、って言われて何度も関節技決められて、痛いのなんのって」
「岡部さんはそれだけ、薪さんのことを大事に思ってるんですよ」
「どうしてその報いを僕が受けなきゃならないんだ! 理不尽じゃないか!」
「すみません……」
「僕の顔して謝るなっ! なんかむちゃくちゃ腹立つぞ!」
 どうしろと言うのだろう。
 薪の中にも明確な答えがあるわけではなく、現況の不満を事情の通じる青木にぶつけたい、それだけらしい。

「おまえの方はどうだ。会議とか、おかしな発言してないだろうな」
「発言どころか、話してる内容が良く分かりません」
「それでいい。何を聞かれてもその場での即答は避けて、僕に指示を仰げ。特に、第九の権限を侵そうとする捜一には、甘い顔するんじゃないぞ」
 眼鏡の奥から切れ長の黒い眼が、ぎろりと青木を睨んでいる。見慣れた自分の顔のはずなのに、何故だかすごくこわい。オレって、こんなコワイ顔できたんだ。

「会議と言えば、これ。間宮部長から預かりました」
「お、早いな」
 今朝の会議の際、間宮に渡された封筒を差し出すと、薪はすぐに中の書類を検めた。細かい文字がぎっしりと並んだそれを一瞬で読み下し、満足そうに頷くと、
「バカとヘンタイは使いようだな」
 と、有名な格言をもじった。間宮の用意した書類は、薪を満足させたらしい。
「それって、二課の課長の身上調査ですよね?」
「なんだ、見たのか。他言無用だぞ」
「もしかして、こないだ小池さんにイチャモン付けてきた件ですか?」
 
 二課の課長は警視総監の息が掛かった男で、昔から薪とは仲が悪かったのだが、二課に在籍して詐欺事件を担当し、見事な検挙率を誇っていた小池が第九に引き抜かれてからというもの、薪を目の仇にしていた。今回の件も言い掛かりに近く、以前小池が担当した事件の犯人に余罪が出てきて、その責任の在りかを明確にするとか何とか。
 確かに自分が担当した事件ではあるが、何年も前の事件を持ち出されても、と小池も困っていた。

「イチャモンじゃなくて、引抜きだ。二課は小池が欲しくてたまらないんだ。小池は生まれつき、言葉に対する感覚が優れている。微妙なニュアンスを読み取るのが上手いんだ。詐欺事件を洗うのに、これ以上強い武器はないからな」
 一言多いのが欠点の第九の失言王子は、裏を返せばそれだけ優秀な言語能力を持っているということ。薪もその点は高く評価している。
「でも、おいそれと渡すわけにはいかん。第九にとっても小池の読唇術は貴重なんだ」
 面と向かって言葉にしたことはないが、薪が部下たちを大切に思っていることはよく解っている。今度のことだって、二課の課長に対抗するために、反りの合わない警務部長に頼んでこの資料を……。

「どうした?」
 急に顔色の曇った青木に気付いて、薪が首を傾げる。この動作を薪がするとアッパーカットに似た衝撃が来て、青木はいつも頭がクラクラするのだが、自分がやると何と言うかその……アホっぽい。
「いえ。それを受け取るときに、お尻さわられたの思い出して……」
 青木が嫌悪と共にそのことを告白すると、薪は烈火のごとく怒り出した。無理もない、さわられたのは薪の身体なのだ。

「間宮には隙を見せるなって、あれほど言っただろ! 顔見たらとりあえずグーパンチで一発行っとけって、僕のアドバイスを実行しなかったのか」
「できませんよ、そんな乱暴なこと。仮にも相手は警視長ですよ」
「僕だって警視長だ」
 そういう問題ではないと思うが。
「でも、この資料欲しかったんでしょう?」
「大丈夫だ。殴ったくらいじゃ、間宮は懲りないから」
 間宮と薪の関係がよく分からない。ある意味、彼を信頼しているのだろうか、それとも限りなくバカにしているのだろうか。
「いいか、この次からケツ触られたら腹に蹴り、揉まれたら股間に蹴りだ。でないと、その場でズボン降ろされて突っ込まれるぞ」
 どこまで危険人物、いや、ヘンタイだと思われているのだろう。少し可哀相になってきた。この資料だって、薪の頼みだから用意してくれたのだろうに。

「いくら何でも過剰防衛じゃないんですか」
「うるさい、誰のために守ってやってると思ってんだ」
 言ってしまってから、ぱっと頬を赤らめて口元を手で覆う。薪は興奮すると口が滑るタイプだから、こういう可愛らしい失言はけっこう多くて、その度に青木は彼を抱きしめたくなるのだが。

「……そそらない……」
 いくら人間見た目じゃないと言っても、あれはやっぱりタテマエだ。しかもそれが自分の姿とくれば、また別の意味で歯止めが掛かる。

「そうだ、岡部さんには事情を話してくれたんですよね?」
 思いついて、青木は確認する。
 入れ替わりの事実は、みんなには秘密にしておくことに決めた。そんな非科学的なことを誰が信じるか、というのが一番の理由だが、実はもうひとつ、大きな危惧がある。
 入れ替わったときの状況だ。
 何故あんな時間にふたりきりで職場にいたのか、何をしていたのか、何が原因でこの珍現象が起きたのか(これは当人たちも知りたいが)それらを追求されたら、ふたりの秘密の関係が公になってしまう。これが職務に関することなら鉄壁のポーカーフェイスで撥ね退ける薪だが、こういうことになると途端にヘタってしまうのがこのひとの特徴で、下手をすると青木より分かりやすい。第九の職員たちの嵐のような尋問に、耐え切れるとは思えない。
 岡部だけはふたりの特別な関係を知っているから、協力してもらおうということで話が決まったのだが。

「いや、それが……なんか、上手く言えなくて。言わないほうがいいような気もするし」
「岡部さんにだけは本当のことを話してフォローしてもらおうって言ったの、薪さんじゃないですか」
「だって、あんなこと言われたら気恥ずかしくて! 元はと言えば、おまえが悪いんじゃないか!」
 また人のせいにして。それは薪の専売特許だが、あれは薪がやるから可愛いんであって、自分がやったら可愛くも何ともない、てかムカツク。
 それでも中身はやっぱり薪で、照れたときのクセで横を向いて口元を覆う仕草を見れば、何となく彼の面影をそこに重ねて青木は心をざわつかせる。
 一刻も早く、元に戻りたい。可愛い薪を見たい。

「あの、今日一日、元に戻る方法をネットで調べてみたんですけどね」
「おまえ、仕事もしないでそんなことやってたのか」
 ボロが出るといけないから、不機嫌を装って室長室に閉じこもっていろと命令したのは薪だったはずだが。
「一番多いのが、入れ替わったときと同じシチュエーションで同等級の衝撃を与える、というパターンみたいです」
「同じシチュって、おまえ」
 薪の、いや青木の顔が歪んだ。何を考えたのかすぐに解ったが、それは自分でも無理だと思っていた。自分相手に欲情なんかできないし、自分に抱かれるなんてありえない!

「いや、それは不可能ですから。ええもう色んな意味で」
「だよな。僕、男のハダカ見ても勃たないし」
 そうなのだ、このひとは普通に女性の身体に反応するのだ。昔、ただの友だちだったころには一緒にAVを見たこともあるし、歌舞伎町のお風呂屋さんに連れて行かれたこともある。女の子の裸体を見て、薪はちゃんと反応していた。あのとき青木は、真面目に性転換を考えた。

「椅子から転がり落ちる、というのだけ試してみましょうか。場所も関係してるかもしれませんから、そちらのモニタールームで」
 少々の痛い思いは仕方ない。事態は急を要するのだ。
 今はまだ凶悪事件が起きていないから仕事も何とかなっているが、何かしらあればそこでアウトだ。薪が室長として動けなかったら、第九は機能しない。職務上の失態は許されない。ひとの命に関わることだし、第九の失墜を狙っているものはたくさんいる。その者たちに付け込まれる隙を与えてはならない。

 薪と第九を守らなければ。
 青木は強く心に誓い、室長室の扉を開けた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

もしも彼らが出会ったら

 ものすごくバカバカしい内容なので、隠してみました。
 誰にも見つかりませんように。(???)



 こちらはお話ではありません。
 ストーリーは全然なくて、ただ、鈴木さんと青木さんが会ってお喋りしたらどんなんかしら、と思って書いてみただけです。
 書いてみましたら。
 すっげーギスギスフィーリング(笑)

 だってうちのふたりだもん、仕方ないよなー。
 愛情溢れる美しい世界がお好きな方にはすみません、その他にもいろいろすみません。
 あんまりヒドイので隠しましたが、見つけてしまわれた方は、どうか広いお心で。

続きを読む

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(3)

ハプニング(3)





 木曜早朝の合同会議の席に、竹内誠は目当ての人物の姿を見つけ、彼の姿が目に入る位置に自分の席を定めた。真正面ではなく、3席ほどずれた斜め前。このくらいの位置が彼と自分の関係には相応しいと、竹内は考えている。

 席に着いてレジュメをめくりつつ、そっと横目で彼を見る。
 亜麻色の髪が朝日にきらめき、長い睫毛が影を落とし、白い肌が真珠のように淡く光っている。つやつやとした薄ピンク色のくちびるを僅かに開いて物憂げに息をつく、その姿はまるで一枚の絵のようで。
 相変わらず綺麗だな、と今日も竹内は胸をときめかせる。

 竹内の目を捕らえて放さない彼は、第九研究室の室長。捜一のエースとして1課を代表する竹内とは敵対関係にある部署の最高責任者だ。部署同士の対立そのままに、数年前までは親の仇のようにいがみ合っていたのだが、ある事件をきっかけに、竹内の彼を見る目は180度方向転換した。それからは、誠意をもって彼に接しているつもりだ。彼の方は相変わらずだが。

 竹内の視界の隅で、薪は細い指をレジュメに伸ばし、紙をめくって内容を読み始めた。天才と名高い彼は、書類を読むのも他人の何倍も速く、いつもあっという間に読み終えてしまうのだが、今日は何故か妙にゆっくりと内容を確認しているようだ。
 きれいな睫毛を伏せて、亜麻色の瞳を左右に動かし、ロマンチックな詩を読むように穏やかな表情で書類を眺める。桜貝のような爪が愛らしさを強調する指先を、オーケストラの指揮でもするように華麗に動かして、その流れるような彼の所作に竹内はいつも、無機質で飾り気のない官公庁の会議室が優雅なサロンでもあるかのような錯覚を覚える。
 ……はずなのだが。

「?」
 何だか今日の薪は、妙にぎこちない動きをしている。書類の捲り方もオーバーリアクションだし、キョトキョトと周りを気にしてばかりいるし。一番、彼らしくないのはその姿勢だ。薪はいつも背筋をピンと伸ばして椅子に深くかけているのに、今日の彼は猫背になっていて、しかも緊張しているとはっきり分かる形に肩をこわばらせて、まるで借りてきたネコのようだ。
 何かあったのだろうか、と老婆心を止められない竹内がなおも薪を見ていると、亜麻色の瞳と視線がぶつかった。瞬間、竹内は薪がプイと横を向く姿を予想した。薪から発せられる『捜一は第九の敵』オーラはとてもあからさまで、顔を見るのもイヤだと思われていることを竹内は知っているからだ。
 ところが。

 薪は竹内の顔を見るとパッと笑顔になって席を立ち、こちらに歩いてきた。
「おはようございます、竹内さん。竹内さんもこの会議のメンバーだったんですか」
 ものすごい強烈なイヤミがきた。もう何度も顔を合わせている定例会議なのに、今までおまえの顔なんか目に入らなかったぞ、というわけだ。
「ええ、一応」
 まあ、このひとの皮肉と嫌味には慣れている。どんな内容でも、薪に話しかけてもらえるのは嬉しいし。皮肉を思いついたときの意地悪な笑みだとしても、薪の笑顔はとても可愛い……なんか、本当に可愛いんだけど。

 思わず、竹内の目は薪の顔に釘付けになる。
 いつもの片頬を吊り上げるような笑みではなく、自然に、長年の友人に笑いかけるような素直な笑顔。このひとがこんな風に、自分に笑いかけてくれるなんて。いつも彼の周りを取りまいている氷のオーラも感じられない。やわらかくて暖かく、夢幻のように美しい――― 春の女神が地上に降りたら、こんな感じだろうか。

「隣に座ってもいいですか?」
 親しげな中にも奥ゆかしさを潜めた、明るい響きの美声。薪がこんなにやさしく自分に話しかけてくれたのは初めてだ。
「あ……どうぞ」
 ようやくそれだけ言うと、竹内は薪の顔から視線を外した。あのまま見ていたら、場所柄もわきまえず惚けてしまいそうだ。

 薪は体重を感じさせない身のこなしで竹内の隣にすとん、と座って、小さな声で言った。
「よかった、知らない人ばかりで緊張しちゃって」
 薪らしい皮肉だ。『知らない人』というのは派閥違いの人間のことだ。官房長の秘蔵っ子である薪は、当然次長の派閥とは敵対している。その連中に囲まれているよりは、自分の方がまだマシということか。

「あの、竹内さん。ここに書いてあるこれって、どういう意味ですか?」
「え?」
 レジュメにある略語を差して、薪は竹内の顔を覗き込んでいる。これはあれだな、この略語の説明をさせて、それが少しでも違っていたら皮肉ってやろうという計画だな。
 それが分かっていても、この上目遣いの愛らしい表情を見せられては、彼を無視するなんてことは竹内にはできない。

「DARPA……米国国防総省高等研究計画局、だと思いましたけど」
「へえ。何をするところなんですか?」
「国防省の機関ですから。軍事に関する新技術の開発とか」
 一般常識の範囲を超えない竹内の解答に、薪は感心したように頷いた。
「よくご存知ですね。さすが竹内さんだなあ」
 薪の素直な賞賛に、竹内は椅子から転げ落ちそうになる。薪の方から話題を振ってきたのだ、自分の知識の豊富さをひけらかすように捲くし立ててくると思ったのに。
「見習わなきゃ」
 独り言みたいに呟く薪の姿に、竹内は開いた口がふさがらない。

 いったい、今日はどうしたんだろう? 自分の前でこんな態度を取るなんて、彼に何が起こったのだろう?
 熱でもあるのだろうか。そういえば、ちょっとダルそうだ。動きも緩慢だし、目つきも……うわ、やばい、すっごくかわいい。

 会議の間中、竹内は隣の薪のことが気になって仕方なかった。眉毛が穏やかに垂れていると、本当にやさしそうに見える。時々目が合うと、にこっと微笑んでくる。もしかしたら、俺はまだ夢を見ているのかな。夢の中で、今朝の会議に出席しているのかな。夢なら醒めないで欲しい……。

 いっそ永遠に続けばいいと竹内が願った会議が終り、薪は席を立った。
 失礼します、と礼儀正しく挨拶をして、竹内から離れていく。生返事を返しつつ、夢の余韻の中で竹内は彼の背中を追いかける。

「薪くん。これ、頼まれてた資料」
 細い背中に声が掛かり、薪は足を止めた。会議室を出て行こうとした薪を呼び止めたのは、警務部長の間宮だった。
 竹内はすっと表情を引き締め、さりげなく二人に近付いた。間宮の動向には気をつけてくれ、と岡部にも頼まれているし、竹内自身、ふたりの接近には心穏やかならぬものを感じている。
 
 間宮という男は多情な男で、すでに何人もの愛人を持っているにも関わらず、薪を狙っているらしい。清廉な薪をそんな目で見るなんて、それ自体許せない話だ。間宮の毒牙に掛かるくらいならいっそのこと自分が、いやその……。
 薪も、自分が彼にどんな目で見られているか分かっているから、その警戒心たるや見事なものだ。間宮が半径1m以内に近付いただけで、絶対拒絶のオーラを出しまくり、剣呑な目つきで相手を睨み―――――。

「間宮部長。いつもお世話になってます」
 睨み……あれ?

 おかしい、薪が間宮に普通に挨拶している。いつもの薪なら無愛想に「どうも」が関の山なのに。
 薪のガードが甘いものだから、間宮はさっさと薪の肩を抱き、部屋の隅に連れて行って何やら話し始めた。

「今日も色っぽいね。昨夜、デートだった?」
「ど、どうしてそれを、ひゃ!」
 薪のスーツの裾がもぞもぞと蠢いて、間宮の手が見え隠れしている。助けてやりたいが、それは余計なお世話だ。見かけによらず薪は強いし喧嘩っ早い。5秒もしない内に蹴り飛ばされるのがいつものパターンだ。
 が、その日に限って薪は身を固くして、じっと間宮の仕打ちに耐えるふうだった。どうしたのだろう。大人しくしていれば止めてくれる、そんな生易しい相手じゃないことくらい分かっているだろうに。

「薪室長! 官房長がお呼びですよ」
 見かねて、竹内は助け舟を出した。余計なことを、と後で薪に怒られるのは承知の上だ。
 間宮より高い階級にいる薪の守護者の名前を出して、いやらしい手から薪の身体をひったくるように庇うと、間宮は一瞬、蛇のような目で竹内を睨み、しかしすぐにいつもの余裕を持ったプレイボーイの貌に戻って、「じゃあまたね、薪くん」と右手を上げて去っていった。

「大丈夫ですか、薪室長」
 薪は真っ青になって、小刻みに身体を震わせている。A4サイズの封筒を胸に抱きしめるようにして肩を竦ませ、寒さに震える小鳥のように。
 どうしたのだろう、今日の薪は本当におかしい。いつもなら顔に似合わない悪態を吐くか、腹立ち紛れに近くの椅子を蹴り飛ばすかしているところだ。
 しかし、傷心を表面に出した彼の、なんて庇護欲をそそることだろう。守ってあげたい、抱きしめて慰めてあげたい、と心の奥底から湧き上がってきた彼への気持ちを、竹内は必死で抑えた。

「気持ち悪い……」
 ぽつり、と薪は言った。
「知りませんでした、こんなにおぞましいものだったなんて……何だか、自分が汚れたような気がします……」
 潔癖な薪には、耐え難い屈辱なのだろう。清く美しい彼、その彼をこんなに傷つけて、どうしてくれよう、間宮のやつ。
 とりあえず、間宮の愛人(女性に限るが)を何人かモノにして口惜しがらせてやるか、と捜一の光源氏の異名を持つ竹内は下賎な仕返しを思いつくが、このところ女性キラーの才能もすっかり錆付いてしまって、というのも薪に恋をしてからというもの、軽い恋愛ができなくなってしまった彼は、現在振られ記録を更新中である。

 それにしても、泣き寝入りとは薪らしくない。抵抗しなかったのは、胸に抱えた資料と何か関係があるのだろうか。
「大丈夫ですよ、薪室長は汚れてなんかいません」
 そう言って細い肩を叩いてやると、薪はホッとしたように竹内を見上げて、「もちろんです」と笑い、ぺこっと頭を下げて会議室を出て行った。その姿はやっぱり普段の彼よりずっと頼りなくて、しばらくの間竹内は、薪の後姿から目を離せなかった。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(2)

ハプニング(2)





 木曜日の朝、岡部は道場で後輩を待っていた。
 これは何年も前からの習慣で、火曜日と木曜日の朝7時から、自分の得意分野である柔道と剣道について、後輩に指導をしてやっている。キャリア組でありながら肉体の鍛錬に熱心な後輩の名を、青木一行という。
 青木は職務上の理由ではなく、目一杯私的な事情から強い男になりたいと欲していて、この早朝訓練もその為だ。その目的は決して純粋な向上心ではないが、修行のきっかけが何であれ、大事なのは継続と努力だ。その点、青木はとても優秀な生徒だった。

「遅いな」
 準備体操を済ませ、壁に掛かった時計を見た岡部は、口中で小さく呟いた。
 青木は真面目で、いつもなら岡部より先に道場に到着している。まだ約束の時間から5分しか過ぎていないが、それでも青木にしては珍しいことだ。
 相手が来ないのでは仕方ない、岡部は独りで柔軟体操をして、腹筋を始めた。52回目に上体を起こしたとき、道場の入り口から背の高い後輩が姿を現した。

「おう、青木。こっちだ」
 軽く手を上げて後輩の名前を呼ぶと、彼はすぐに気がついて、こちらに歩いてきた。自分たちと同じように自己研鑽に励む職員たちの間を通って、岡部の傍に立った青木は、なにやら物珍しそうに周りを見回した。
「へえ……結構ひとがいるんだな」
 ヘンだ。
 岡部の顔を見て真っ先に挨拶をしないのも、時間に遅れた詫びを言わないのも青木らしくない。青木はとても礼儀正しい男の筈だが。

「おまえ、竹刀は? 忘れたのか?」
 今日は木曜日だから、剣道の日だ。竹刀を忘れるなんて、青木らしくない。
「あ、いやその、昨日は第九に泊って、ていうか、ちょっと困ったことに」
「仕方ないな、今日は柔道に変更だ。さっさと柔軟始めろ」
 ぼうっと突っ立っている後輩を座らせ、前屈運動の体勢を取らせる。何やらゴチャゴチャ言っていたようだが、遅れた言い訳なんか聞かんぞ。昨日は水曜日、おおよその察しはついている。

「違うんだ、岡部。ちょっと話を……いっ、いたたた!!」
 足を開かせて座らせ、背中にぐっと体重をかけてやると、青木が情けない悲鳴を上げた。
「なんだ、この身体! 固い!」
 おまえの身体だろうが。
「最初の頃は前屈マイナス30センチだった男が、今更なに言ってんだ」
 腰にキタか? と余計なことを言いかけて、岡部は心の中で不満のため息を洩らす。青木のやつ、若さに任せて薪さんの身体に負担を掛けていないだろうな。

 ……今日の重点項目は、受身の取り方にしよう。1本背負い、ガンガン決めてやる。

「マイナス30? 性格と柔軟性が一致しないやつだな……いや、そんなことはどうでもいい、あのな、岡部。聞いて欲しい話が」
「ほら、次! 腹筋と腕立て、100回ずつ! 早くしないと組み手まで行き着かんぞ」
 どうも今日の青木は私語が多いな。
 ん? なんか今、呼び捨てにされたような気がするが、気のせいだよな、きっと。

「ひゃ、100回!?」
「何をそんなに驚いてるんだ。いつもやってるだろう」
「いつも? あのヘタレが?」
「何を他人事みたいに言ってるんだ。薪さんを守りたいから強くなりたい、って言い出したのはおまえの方だろう」
 何年か前に目の前の男が言ったセリフをそのまま返してやると、何故か青木は赤くなってプイとそっぽを向いた。その仕草は照れくささを隠すときの誰かにそっくりで、恋人同士と言うのはだんだん似てくるものなのか、と岡部は自分まで恥ずかしいような気分になった。

 ……今日の仕上げは、痛みの強い関節技にしよう。

 それから青木は黙って腕立て伏せを始め、岡部のスペシャルメニューを黙々とこなした。寡黙に真剣にトレーニングに打ち込む後輩を見て、ようやくいつもの青木らしくなったと岡部は思い、続く一本背負い10連発で些少の違和感を忘れ去った。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ハプニング(1)

 1万拍手のお礼です。
 あおまきさん入れ替わりという突拍子もないお話なのと、本編の薪さんなら絶対にしないことをしちゃうので、カテゴリは男爵でお願いします。 でも、カンチガイはそれほどひどくは、あ、やっぱりするかも(笑)

 拍手のお礼なので、Rはありません。
 笑えるお話に仕上げたつもりです。
 楽しんでいただけたら幸いです。





ハプニング(1)




「青木、知ってるか?」
 ぴん、と長い指を一本立てて、彼は得意げに言った。
 
「心霊現象の多くは、磁気の乱れによって側頭葉のニューロンが活性化し、過去の記憶が無作為に呼び起こされ、その結果脳内に幻覚を生じることが原因なんだ」
 行儀悪くデスクに腰掛け、長い足を組み、椅子に座った華奢な青年を見下ろす。彼の言葉を受けた青年は、きちんと揃えた膝の上に小さな手を載せ、大きな亜麻色の瞳で彼を見上げた。

「はい、聞いたことがあります。でも薪さん、あの」
「断層地帯とか、あと鉄橋にも多いんだ。落雷で鉄橋が磁力を帯びるんだ」
「ええ、知ってます。それで薪さん、あの」
 澄んだアルトの声を幾度も遮って、彼は心霊現象と磁力の関係について滔滔と自分の意見を述べる。彼のバステノールの声は自信に満ちて、気弱そうなアルトの声とは対照的に力強い響きを持っていた。

「MRIシステムは、強い磁力を発生させる。ほら、何年か前にも二人で一緒に同じ幻覚を見たことがあっただろう? 僕の言いたいことはわかるな」
「ええ、解ります。でも薪さん、あの後MRIシステムはリニューアルされて、第一電源入ってなかったし、だから今のこの状況は幻覚ではないと」
「それ以上言うなあああ!!!」

 突然テノールの声が裏返り、悲痛な叫びに変わった。
 乱れた黒髪に両の手が差し入れられ、長い指が頭部を押さえる。その様子を見て青年は、形の良い眉を困惑に寄せ、つややかなくちびるでため息を吐いた。

「どうしてこんなことになっちゃったんですかね、オレたち」
「知るか、僕だってパニクってんだ!」
 さっきまでの落ち着いた態度は何処へやら、黒髪の大男は立ち上がって部屋の中をうろうろと歩き始めた。
 
「きっと神聖な職場であんなことしたから、MRIの神さまが怒って……青木、おまえのせいだぞ!!」
「薪さんがあんまり激しく動くから、椅子のコマが壊れて引っくり返ったんじゃないですか。そのせいですよ、きっと」
「僕のせいじゃないっ、おまえがあんなに突き上げるから、つい……だ、だって今夜のおまえ、すごかったんだもん」
「すみません、薪さんからそういうセリフが聞けるのはすごく美味しいシチュエーションなんですけど、視覚的に自分がその台詞を言って真っ赤になるのは見るに耐えません」
「僕だってまっぴらだ! 妙に下から目線の自分と会話するなんて!!」

 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう、と青木はいつものクセで眼鏡に手をやろうとし、何もないことに気付く。裸眼でこんなにクッキリと周りのものが見えたのはいつのことだったろう、と懐かしい思いに駆られるが、今はそんなことを思い出している場合ではない。

 今日は久しぶりのデートで、いつもみたいに食事の後薪のマンションへ行こうとしたら、薪が第九に忘れ物をしたと言いだして、仕方なくここに戻ってきた。忘れ物はすぐに見つかったのだが、ここから薪のマンションまでは1時間も掛かる。薪のセオリーで平日のデートは10時までと決められていて、マンションに着いた時点でタイムアウトだ。数週間のお預けは若い青木の身には非常に厳しく、殴られるのを覚悟で薪を抱きしめた。
 意外なことに、薪は抵抗しなかった。
 黙って青木の腕に抱かれて、するがままに任せた。くちびるを合わせ、舌を絡めあい、息を弾ませてもう一度しっかり抱き合った。ネクタイを外したのは薪の方が先だった。恥ずかしそうにうつむいて、それでも大胆に肩を出し、青木を扇情的な瞳で見上げた。

 それからは自然の成り行きというか、薪に誘い込まれたというか、まあ行くとこまで行ってしまったわけだが。
 職場で、椅子の上で愛し合うなんて初めてのことだったから、ふたりとも異様に興奮していたかもしれない。薪の乱れ方もすごかった。激しく揺さぶるうちに動きが大きくなり、負荷が掛かって椅子のコマが壊れた。バランスを崩してふたりは倒れ、抱き合ったまま床に転がった。
 倒れる瞬間、薪の方が下になる、何とかしないと怪我をさせてしまう、と思ったのを覚えている。しかし、咄嗟のことでどうしようもなかった。
 どうしようもなかったはずなのに、倒れたときには青木は薪の下敷きになっていた。自分の背中が床について、上に誰かの重みがあるとわかったときは、薪に痛い思いをさせずに済んだとホッとしかけたが、すぐに押しつぶされそうな重みに悲鳴を上げた。

「ま、薪さん、重いですっ、退いてくださ……?!」
 おかしい、薪がそんなに重いはずがない。それに、自分のこの声は? 喋ったのは自分なのに、何故薪の声が聞こえるのだ?
「痛つ……今、どこかから女の声が」
 薪の声は張り上げると中高音のアルトで、男にしてはかなり高いほうだ。女の声に聞こえないこともない。しかし、いま喋ったのは青木だが。
「えっ!?」
 驚愕の響きを含ませた低音に目を開けると、そこにいたのは―――。

「……青木。この鏡、何処から持ってきたんだ」
「鏡なんかないですよ。まさか・・・・」
「青木。そのマスク、すごく精巧にできてるな。いつの間に作ったんだ?」
「マスクなんかつけてません。薪さん、これは」
「落ち着け、とにかく服を着よう」
「薪さん。パンツは頭に被るものじゃなくて穿くものです」

 うつろな目で腰にネクタイを巻き始める自分の姿を見て、青木は頭を抱えた。現実主義者の薪は、こういう科学で説明のつかない状況にはひどく弱いのだ。秘密だが、同じ理由でお化けの類も苦手だ。
 青木とて、どうしてこんなことが起きたのかは理解できないが、薪と自分の身体が入れ替わってしまったことは事実だ。若くて発想も柔軟な青木は、薪のようにこの現象に姑息な説明を付けようとはせず、冷静に理由を究明しようと努めた。

「入れ替わりは事実みたいですね。どうやったら元に戻れるか、考えないと」
「入れ替わりだと!? そんなこと、あるわけないだろ!」
「いや、だって現実に」
「これは夢だ!! 一晩寝て明日になったら元に戻ってる、絶対にそうだ!」
「そんな。それじゃ何の解決にもならな……ちょっと薪さん、どこ行くんですか」
「10時だ、帰る。また明日な!」
「待ってくださいよ、帰ったって家の鍵が開きませんよ。薪さんのところ、瞳孔センサーでしょう」
 自動ドアへ向かった青木、いや薪が、がっくりと肩を落として帰ってくる。大きな背中を丸めて、しょぼくれると自分はこんなに情けない顔になるのか、薪が自分を苛めたがるわけが分かった、と青木はまた妙なことを考えた。

 その夜は、第九の仮眠室で休むことにした。
 翌朝になれば元に戻るのではないかという、薪の根拠のない希望はもちろん叶わなかった。こんな状況でも深い眠りに就いた青木は、朝練の時間にすっきりと目を覚まし、窓から差し込む爽やかな朝日の中で、昨夜は徹夜だったに違いない真っ赤な眼をして憔悴しきった自分の姿を見たのだった。






テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: