ロジックゲーム(15)

 2010年も、今日で最後ですね。
 
 今年1年、当ブログにお越しくださったみなさま、本当にありがとうございました。
 嬉しいコメントや温かい拍手をたくさんいただいて、去年に引き続き、今年もとても良い年になりました。
 来年もよろしくお願いします。

 泣いてる薪さんを見て萌えてしまうような薪さんファンの風上にも置けないわたしにも、わけ隔てなく接してくださるやさしい方々に、来年もたくさんの幸せが訪れますように。 

 みなさま、どうかよいお年を!






 最終章です。
 おつきあいくださったみなさま、ありがとうございました。

 





ロジックゲーム(15)





「みんなに何て言って出てきたんだ?」
 薪のマンションに着いて風呂を使い、暖房の効いたリビングに落ち着いて、真っ先にそんなことを聞かれた。よっぽど気になっていたらしい。

「母さんから、親父の3回忌の相談の電話が入ったって言いました」
「そういうことを言い訳に使うのは、倫理的にどうかと……ちょっと待て。おまえの親父さんの3回忌って、去年終わったんじゃ」
「ですね」
「誰も気付かなかったのか?」
「みんな酔ってましたからね」
 青木がそう答えると、薪は軽く首をかしげて、ソファの背もたれに背中を預け、リラックスした姿勢になって、
「まあ、いいか」
 と、倫理観より隠蔽の方に軍配を上げた。
 薪は自分たちの関係が露呈するのを極端に恐れている。恋人が自分との関係を他人に隠したがるというのは少々寂しい気もするが、彼の立場を考えると、それは無理もないことだった。

「はい、どうぞ」
「うん」
 湯気の立つマグカップを薪に手渡し、青木は彼の隣に腰を下ろす。
 休日前夜の楽しみは、ずばり夜更かし。夜更かしのアイテムと言えば、このふたりの場合はコーヒーとDVDだ。恋人同士の夜の楽しみ方としては色気がなさ過ぎるが仕方がない。青木が望む夜の過ごし方と薪の望むそれには、天と地ほどの隔たりがあるのだ。

「そういえば青木。おまえ、年下のかわいい子に迫られたろ」
 思わず、セットしようとしたDVDを取り落とす。誰にも言ってないのに、どこから洩れたんだろう。
「なんで知ってるんですか」
「僕の情報網を甘く見るなよ。で、どうだった? 若い子の味は」
「やめてくださいよ。相手は10歳も年下の、しかも男の子ですよ? オレに何しろって言うんですか」
「12歳年下のおまえに、僕は何をしたらいいんだろうな?」
「薪さんは何もしなくていいです。薪さんのカラダはオレが開発してさしあげま、痛いっ!!」
「開発してもらったのか?」
「されてません!」
 薪に蹴られた肩を押さえつつ、青木はハルと関わった経緯を話した。成り行きで彼の部屋へ上がったのは事実だが、それ以上のことは何もなかったとキッパリ言い切った。なのに薪は、
「隠さなくていいから」
 にやーっとイヤラシイ笑い方をして、でもそんな顔まで愛しい。久しぶりに見たプライベイトの彼は、ふるいつきたくなるくらいかわいかった。

「本当です! 信じてください!」
 からかう口調の薪に、青木が真面目な憤慨をぶつけると、薪はびっくりするくらいきれいに微笑んだ。もう理性が飛びそうだ。
「信じる」
 アッサリと頷いた薪に、青木は頭の中に思い浮かべた不実を働いていないことの証明方法をすべて忘れる。こんなにあっさり許してくれるなんて、今日の薪はやさしい。やはり2ヶ月ぶりだからだろうか。
 が、青木の考えは間違っていた。

「試験に合格したのが、何よりの証拠だ」
「それは、どういう?」
「気が付かなかったのか? あれは、監査課が送り込んだ工作員だ」
「はあ!?」
 薪の突拍子もない意見に、青木は目を剝いた。
「この時期、このタイミング。間違いない。第一、おまえが男の子に迫られるなんて。それ以外の説明がつくなら聞いてみたいものだ」
 どこをどうひねくり回したらそんなスットンキョーな考えが出てくるのか、こっちが聞きたいです!
 とても頭がいいくせに、このひとは時々、とんでもない極論を構築することがある。
 それは薪の特別な頭脳の中のピンホールと言うか、人外のものに届きそうな彼の能力を人間の枠内に抑えているアンカーと言うか、きっと薪はこれで社会との釣り合いを取っているのかもしれない。これがなかったら、とっくに新興宗教の教祖になってる気がする。

「種明かしをするとだな、僕のところにも彼が来たんだ。おまえのことで大事な話があるって。合格発表の5日前だったからな。すぐにピンと来た」
「ちょっと待ってください。いったい何のために、彼はオレに近付いてきたんですか?」
「警察官としての正義と良識をテストするためだ」
「そんなバカな。彼が引ったくりに遭ったのは偶然ですよ? それがなかったら、知り合いになんかならなかったんですから」
「バカはおまえだ。引ったくり犯も巡査も、監査課の人間に決まってるじゃないか」
 そんな。マンガじゃないんですから。

「どうして男の子なんですか? そういう場合、女子職員を使うべきじゃ」
「万が一、ターゲットが誘惑に負けて女子職員が被害に遭うようなことがあったら、誰が責任を取るんだ。身体的な危害を加えられるかも知れない職務に、女の子を就かせるわけには行かないだろ。だから僕が頻繁におとり捜査に駆り出されるんじゃないか」
 いや、責任問題は関係ないと思います。単なる成功率の問題です。薪さんが女装すると、本物の女の子よりもキレイで色っぽいから。楽しみにしてる男子職員はたくさんいて、今や殆どイベント状態になってて、闇では写真がバンバン出回って……くそ! オレの薪さんなのにっ!!

 知らぬは本人ばかりなり、とか、知らぬが仏、とか、頭の中で繰り返される格言を聞きながら、青木は反論を続けた。
「彼が監査課の回し者だったとしてですね、どうして薪さんのところへ行く必要があったんですか?」
「上司の信用度を試したんだろ」
 物事の理由と言うのは、なんとでも付くものだ。特に薪のような理詰めでものを考える人間からは、呼吸をするように理屈が吐き出される。
「それと、探りを入れてきたか」
 薪は急に真面目な顔つきになって、青木を見上げた。亜麻色の瞳には、微かな不安が滞っている。
「監査課は、僕たちの仲を疑っているのかもしれない。うまく躱したつもりだけど、これからはもっと注意しないと」
 薪の言葉に、青木はイヤな予感を覚える。
 監査課の疑いが晴れるまで恋人関係は中断しよう、なんて言われたらどうしよう。やっと2ヶ月の我慢をし終えたと思ったのに、冗談じゃない。

「いや、あれは監査課の人間じゃなかったと思いますよ。だって、彼はどう見ても高校生くらいにしか」
「そうか? 見た目は僕と同じくらいじゃなかったか?」
 自分を基準にしないでください、と叫びたかったが抑えた。2ヶ月ぶりのデート、夜の街に蹴りだされるのはゴメンだ。
「あれは多分、そういう職業の子ですよ。誘い方も手馴れたもので」
「手馴れてるって、どんな風に?」
「なんて言うかこう、フェロモンが。あの雰囲気は、警官には無理です」
 薪とこれ以上離れたくない青木が、薪のテスト説を覆そうと躍起になると、薪は興味深々と言う呈で身を乗り出してきた。
「どんな風に誘われたんだ?」

 熱心な薪の様子に、青木はかすかな期待を持つ。
 もしかして、薪がハルの好意をテストだと言い張っているのは、それを認めたくない彼の可愛らしいジェラシーの表れで、本当は気になって仕方がないのかもしれない。青木の口から詳しく話を聞いて、安心したいのかも。
 青木はにっこりと微笑んで、薪の肩に手を置いた。
「聞きたいですか?」
「聞きたい。監査課のやり口を知っておくのは為になる」
 ……期待したオレがバカでした。

 どこから持ち出しのか、手帳とペンを構えて事情聴取を始める薪を見て、青木は深いため息を吐く。薪が自分にヤキモチを妬いてくれたことなんか一度もない。二言目には口にする、「文句があるならいつでも別れてやる」というセリフは脅しではなくて、本気でそう思っているのだ。
 愛されているとかいないとか、そういう問題ではなくて、薪はきっと、愛していても、愛しているからこそ離れなければならない今回のような経験を過去にもしていて、それが彼に一見酷薄に見える振る舞いをさせるのではないかと、彼と彼の親友の秘密を知る青木は考えている。

「ええと確か、一目惚れしたとか、ぼくを好きにしてください、とか」
「なんだそれ」
 呆れかえったように言って、薪は再びソファにもたれかかった。ペンと手帳をローテーブルに放り投げ、すべての興味を失ったように眼を閉じる。
「こんなにやさしい人と出会ったのは初めてだとか、引ったくり犯を捕まえたときはすごくステキだったとか」
「ぷっ。ミエミエのオダテじゃないか。そんなんで騙されるオトコがいたら、相当のバカだな」
 そう言い切る薪が実は、自分を男らしいと褒めてくれる相手に対しては、哀しいまでにガードが甘くなるという事実を青木は知っている。

「まあ、初対面の相手と安易に関係を持ったりしない、という程度の一般良識を試したんだろう。あまり凝ってたら、テストにならない」
「その割には、引ったくり犯やら巡査やら、えらく大掛かりじゃ」
「警察が芝居をするなら、そういうシチュになるのが自然だ。これが合コンで知り合った相手となると、疑いも出てくるけど」
 絶対に持論を変えない。薪は頑固だ。

「合コンなんか行きませんよ。あなたがいるのに」
「は。どうだか。今回は相手が男の子だったから何もなかったけど、女の子だったらヤバかったんじゃないか?」
「オレは相手かまわず飛びついたりしません」
「なに言ってんだ。ところかまわず飛びついてくるくせに」
 さっきも往来で、とブツブツ言い始めた薪に、青木は苦笑を浮かべる。
 薪だって、抵抗しなかったくせに。それどころか、青木の腕を抱き返したくせに。それはほんの一瞬だったけれど、薪の気持ちを確かに感じることができた貴重な瞬間だった。

「じゃあ、彼から話を聞いたとき、薪さんはオレのこと、ぜんぜん疑わなかったんですか?」
「男だったからな。まずありえないと思った。それに」
 青木は同性愛者ではない。どんなにビジュアルが美しくても、それが同性であればときめいたりしない。見た目に惹き付けられるのは、相手を異性だと認識した時だけだ。
「おまえは知り合ったばかりの相手と関係を持てるような、器用な男じゃないだろ」
 相手の人となりを知らなければ、恋などしない。恋情が育たなかったら、欲望も生まれない。青木はそういう男だ。

 無条件に与えられる恋人からの信頼に、青木は素直な喜びを示す。にこっと薪に笑いかけて、「よかったらマッサージをしましょうか?」と申し出た。
 久しぶりに触れる恋人の身体のしなやかさに、青木は恍惚となる。
 力加減に注意しながら、うつ伏せになった細い背中を揉みほぐし、詰められる吐息と密かに吐かれるため息を手のひらで感じる。あたたかい、薪の身体。今日は幻じゃない。

「信用していただけて、嬉しいです」
「おまえってヘンタイだけど、ゲイじゃないもんな」
 両者の違いが分からない。青木の中では殆ど同一視されている2つのカテゴリを、薪は分けて認識しているのか。
「オレのどこがヘンタイなんですか?」
「立派なヘンタイだろ。明るいところでしたがるし、ベッド以外の場所でもお構いなしだし。内容だって、AVじゃあるまいし、あんなところにあんなことをあんな風に」
 最後の頃はモゴモゴと口の中で言って、薪は組んだ両腕に顔を伏せた。耳が赤くなっているところを見ると、相当恥ずかしかったらしい。
 性欲の薄い薪にとって、セックスはただ、相手の気持ちを量る一手段に過ぎない。快感を深めるよりも、強く抱き合ったり素肌を合わせたり、そんなことの方が大事なのだ。

「普通だと思いますけど」
「そんなわけないだろ! あれが普通だったら、僕の今までの経験なんか、子供のママゴトみたいで……」
 青木に言わせれば、快楽を追求しないセックスなんか本物じゃないと思うが。まあ、薪はもう40に手が届くし。青木も年齢を重ねれば、考えが変わるのかもしれない。

 ふと気が付くと、薪は無言になっていた。
 眠ってしまったのかと思ったが、そうではなく。ぎゅ、とくちびるを噛んで、何かに耐えるような表情になっている。ときどき腰がびくりと動いて、彼の沈黙を湿った息が破る。
 怒られるかな、と思いながらも青木が指先を薪の首筋に滑らせると、薪は小さな声と背中の震えで、それに応えた。

「薪さん。あの……」
「本当は」
 ちょっとだけ、と誘い文句を口にしかけた青木を遮って、薪の声がした。その声には焦燥が滲んで、必死で自分を抑えているように聞こえた。
 首に掛かった青木の手を摑み、自分の頬に当てる。しっとりとやわらかく、温かい頬。

「本当はちょっとだけ、彼の話が嘘じゃなかったらどうしようと思った」

 亜麻色の後頭部が、小さく上下に振られた。青木の指先にくちづけられた、薪のやわらかいくちびるの感触。
 青木は薪の下に手を入れ、彼の身体を反転させた。薪の短い髪がさらりと流れ、艶めく輪が揺れる。前髪の下に隠れた眉は今は弱気に下げられて、その下の亜麻色の瞳は困惑したように青木から視線を外している。
「薪さん」
 愛しげに名前を呼ぶと、薪はおずおずと青木を見た。
 さっきまであんなに傲慢に振舞っていたくせに、でもそのギャップが堪らない。幾度も幾度も青木の中に激しい感情を甦らせるその手練手管を、このひとはどこで覚えてくるのだろう。
 先刻の約束を忘れたわけではないが、どうにも我慢がならない。鉄の自制心も、薪の前でだけは役に立たない。

 右手で彼の後頭部を押さえ、強くくちづけた。やさしさからは遠ざかった、強引なキスだった。
 久しぶりのキスは、強烈な酒のように青木を酩酊させた。何度も繰り返し、重ね直すたびに深くなる吐息と、激しくなる水音。ベッドへ行こうと言い出したのは、薪の方だった。
 久々に見る恋人の白い裸体に、その美しさに感動すら覚えながら、青木はやさしく彼の首筋にキスを落とした。膝から上に撫で上げるように、彼の中心に手を置く。

 耳元に唇を寄せ、ベッドの中でだけ許される少し意地悪な口調で、
「2ヶ月分のストックに利子がついてますけど。一括返済でいいですよね?」
 びくっと跳ね上がった華奢な肩と、大きく見開かれた亜麻色の瞳。青木は笑い出しそうになる自分を必死で抑える。
「いや、分割でいい! できれば1年くらいの長期返済で、てか返さなくていいから!」
「遠慮しないでください」
「遠慮なんかしてない! 明日、ヨーゼフに会えなくなるのが嫌なだけだ!」
 
 往生際の悪い恋人の両手を左手でシーツの上に封緘し、両足を右足で押さえる。ヤメロと喚く唇をくちづけで塞げば、残るはせわしない息遣いだけ。
 彼の呼気にやがて混じり来る甘さを認めて、頭上に纏め上げた薪の両手を解放する。細い腕が青木の頭を愛しそうに抱いて、どうやら明日の予定は変更になるらしい。
 これは双方の合意の上、でもたぶん明日になったら薪は怒るのだろうな、と青木は賢明にも考え、薪の怒った顔を想像して、うれしそうに笑った。



―了―



(2010.10)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ロジックゲーム(14)

 やっばい、このペースだと話の途中で年が変わっちゃう。
 すいません、ちょっと巻きますね~。




ロジックゲーム(14)




調査報告書2

M&Aに関する報告書(通話記録)

『話が違うじゃない。あんないい加減な情報じゃ、別れさせることなんかできないよ』
「そりゃあ、すまなかった。できるだけ正確な情報を送ったつもりだったんだけど。なんたって海を隔てたところからだからなあ」

『Aの身上報告はだいたい正しかったよ。単細胞でお人好しだって書いてあったから、薄幸な少年を演出したら、すぐに同情してきて言いなりになった。でも、その先は全然。
 1ヶ月以上も恋人に会ってないから、ちょっと誘えばすぐに落ちるって話だったじゃない? 落ちるどころか、説教されちゃったよ?』
「真面目な男だというデータは間違っていなかったわけだな。わかった、堅物という注記を加えておく」

『MはMで、『Aは部下だ』って言い張るし。Aと寝たって言っても平気だったよ? あのふたり、本当に恋人同士なの?』
「そのはずなんだけど」
『Mは正直だから顔に出る、とか言ってなかった? けっこうエゲツナイことも言ったけど、顔色ひとつ変えなかったよ』
「ううーん。仕事に関しては見事なポーカーフェイスだけど、プライベートになると途端に崩れるって聞いてたんだけどなあ。特に恋愛方面には弱いって……あいつの評価もアテにならないな。Mの方はデータ収集からやり直すか」

『それとね、Mの年齢欄が間違ってる。38って書いてあるけど、20そこそこだと思う』
「いや、それは……いいや、もう。ごくろうさん。報酬はいつもの口座に振り込むよ。協力者への礼金も、そこから払っといてね」

 男は電話を切る。時計を確認して、番号をプッシュする。

「悪い。失敗した」
『だからムリだって言っただろう? 2ヶ月くらい離れたからって、揺らぎっこないよ。青木くんは薪くんにベタボレなんだから』
「……なんで自慢げなの、おまえ」
『自慢なんかじゃないよ! 困ってるんだよ!』

「怒鳴らなくても聞こえるよ。とにかく、今回はデータ不足だ。ちゃんと情報収集しないと。と言っても、ロンドンじゃ限界があるけど」
『仕方ないな。じゃあ、こっちへ戻って来なさいよ』
「おや。官房長殿は、職務に関係ない人事はしないとか。いや、あれは自分の聞き間違えでしたかな」
『皮肉はいらないよ。来年、田端くんが退職するんだ。彼の代わりの首席参事官を決めなきゃいけない時期なんだよ』

「わかった。なるべく早く日本へ帰れるように、身辺整理をするよ。半年くらい、待ってくれないか」
『身辺整理って、そんなにかかるの?』
「かかるさ。今付き合ってる子だけでも6人いるんだよ。彼らと後腐れのないように別れ話をして、間違っても日本まで追いかけてきたりされないように、細心の注意を払ってだな。
 それと、試してみたいと思ってる子も4人くらいいるから、彼らと一度……もしもし? 小野田? 
 話の途中で電話を切るなんて、失礼なやつだな」

 ツーツーと無機質な音を立てる受話器を男が睨んで、今回のゲームは幕。




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ジャンル : 小説・文学

ロジックゲーム(13)

 メロディ、読みました。
 心やさしい真っ当な薪さんファンなら、きっと冒頭のシーンで涙したと思うんですけど。
 すみません、激萌えしました。(〃∇〃)

 イタイ薪さん、大好き~♪(←オニ)
 それを隠して平気な顔してお仕事する薪さんはもっと好き~♪(←アクマ) 

 心やさしくない捻じ曲がったファンで申し訳ないです。(^^;






ロジックゲーム(13)




「かんぱーいっ!!」
 勢い良くぶつけられる中ジョッキがガシャガシャと勇ましい音を立てて、黄金の液体が左右に振られる。真っ白な泡がジョッキの縁から零れて落ちてテーブルの上を汚すが、誰も気に留めるものはいない。

「選抜試験合格おめでとう、青木」
「良かったな」
「ありがとうございます。みなさんのおかげです」
 ぺこっと頭を下げた今夜の主役は、長身を折り曲げるようにして同じテーブルの人々に礼を言った。

「今井さんにいただいたデータ、とても参考になりました。宇野さんが作ってくれた予測質問も、何問か当たってました。それと、二次試験のときには捜査の采配について、岡部さんに教わったことが役に立って」
 ひとりひとりに丁寧に礼を述べる殊勝な後輩を、先輩たちは温かい目で見つめる。幹部候補生ともなれば、生え抜きのエリートの仲間入りを果たしたと言っても過言ではないのに、こいつは全然驕らない。そんな彼だからこそ、何とか力になってやりたいと、色々と骨を折ったのだが。

「おい、青木。薪さんには礼を言わなくていいのか」
 ひとりだけ名前の挙がらない人物に気を使った曽我が、青木にこっそりと耳打ちする。よく場の雰囲気に合わないことを言って周囲を焦らせる曽我だが、彼は空気が読めないわけではなく、固い空気を解そうとしてズレた発言をしているのだと、それが彼なりの気の使い方なのだと、青木は知っている。
「何かしらアドバイスしてもらったんだろ?」
「いえ。今回は室長は何も……あ、そうだ。二次試験が終わったときに解答内容を報告をしたら、自分が試験官なら絶対に不合格にするって言われましたけど、お礼を言うべきですか?」
「それはアドバイスじゃなくて、ただの意地悪だろ。礼を言ったら殴られるぞ」
「ですよね」
 たしかに。試験が終わってからアレコレ言われても。

 岡部の隣で静かに冷酒を飲んでいる冷たい美貌を上目遣いに見やり、青木はこそっと呟いた。
「警視試験のときには、予測問題作ってくれたんですけど」
「幹部候補生選抜は、試験内容が発表されるわけじゃないから。受けた経験がないと、予測のしようがなかったんじゃないかな」
 曽我との間に小池が顔を突っ込んできて、ナイショ話に加わる。小池はいつも薪のことを冷たいとか意地が悪いとか言うくせに、他の人間が薪の悪口を言うのを許さない傾向がある。

「考えてみると、薪さんほどのエリートが幹部候補生にならなかったって、不思議な気もするな」
「幹部候補生になれるのは、警視になってから1年以上の職員だろ。あのひと、警視になって半年後には特別承認の話が来てたから」
 内緒話を聞きつけた今井の明確な説明に、全員が押し黙る。
 薪には一般論が通用しない。規格外と言うか常識外れと言うか、それは今に始まったことではないが、この虚脱感はどうしたらいいのだろう。

 それから1時間後、薪は岡部に耳打ちして、そっと席を立った。
 青木の合格祝いはとっくに大義名分と成り果てて、宴席の主役は各人に移っている。いつものように卒なく先輩たちの酒の世話やつまみの手配を行う青木に、ほんの少しの間視線を固定し、誰にも気付かれないように店を出た。

 夜の外気の冷たさに、薪は肩を竦める。秋も終わりに近付いて、もうすぐ薪の39回目の誕生日がくる。いくらかでも暖を取ろうとコートのポケットに手を入れて歩くこと5分、左胸の上で携帯電話が振動した。
 せっかく温まった手をポケットから出すことに不満を表した亜麻色の瞳が、画面を確認した途端、寒い屋外から暖房の効いた部屋に入ったときのように、ほっと緩む。

『お月さまがきれいです』

コツコツと、後ろから革靴の音が近付いてくる。薪は素早く親指を動かした。

『そうだな』
『三日月だから、他の星もよく見えますね』

歩きながら、薪は返信を続ける。後ろから付いてくる男が送ってくる、他愛もない文章が、薪の足取りを軽くする。

『これからお邪魔してもいいですか?』
『別にいいけど』
『じゃあ、途中で歯磨きセットを買って行きますね。ついでに朝のパンを調達しましょうか?』
『ちょっと待て。まさか泊まる気じゃないだろうな?』
『いいでしょう? 明日は土曜日ですよ』
『ダメだ』

 速攻で返して、薪は細い肩を怒らせる。
 2ヶ月ぶりの最初が泊まりなんて。地獄を見るに決まってる。

『なんでですか?』
『明日はヨーゼフに会いに行く予定だから、今夜はダメ』
『わかりました、何もしません。一緒に眠るだけ』
『嘘つけ!』
『本当ですよ。オレの自制心の強さは、この2ヶ月で証明済みかと』
『いいや、ぜったいに』

「ぜったい」を変換する寸前、薪の携帯は大きな手に包まれ、その仕事を為せなくなった。自分の右手を包む温かい手が、すぐに左肩に回される。続いて右肩も拘束されて、薪はその場から動けなくなった。

「放せ、バカ! 誰かに見られたらどうするんだ」
「もう監査は終わりました」

 青木は本当にバカだ。問題は監査だけじゃない。自分たちの秘密は、誰にも知られてはいけないのに。この事実が露見したら、青木も僕もすべてを失う。それが分かっているのに。

 霜月の夜はとても冷たくて、凍えるほどに冷たくて、だから薪は青木の腕を払うことができない。後ろから自分を抱きしめている男の体温がなかったら、この場で凍死してしまいそうなほど。今宵の冷気は耐え難い。
 でも本当に耐えがたかったのは、今、この身を取り巻く寒気ではなく。
 触れ合うことができなかった2ヶ月間の冷たさが、積もり積もって自分を凍りつかせたのだと、心の中では分かっている。
 今、彼の体温で暖められ、溶けだした薪の身体は流動物のようにひどく不安定で、真っ直ぐに立つこともおぼつかない。膝が崩れて、その場にへたり込んでしまいそうだ。

 躊躇いつつも、薪の左手が自分を抱く腕に添えられる。
 それは単なる重力への抵抗か、寒さの緩和か。
 その両方ともが自分の中にある彼への気持ちの表れであることを知っている薪は、そんな自分をどうしようもなく愚かだと思う。

 薪は右手に持ったままの携帯を手探りで操り、簡単な操作で送信ボタンを押した。薪を戒めた両腕はそのままに、左手に届いた着信を、青木は眼だけで確認する。

『そうだな』

 亜麻色の髪に鼻先を埋めて、青木はクスクスと笑った。




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ロジックゲーム(12)

ロジックゲーム(12)





『そうですね』

 青木がそんな素っ気無い文章を選んだのは、1週間前に薪に送ったメールのことを思い出したからだ。
 そのときに知り合った、ハルという名の少年の顔が脳裏を過ぎる。あの時、自分が彼にどんな風に接したか、間違ったことをしたとは思っていないが、彼には酷い仕打ちだったかもしれない。

「そういうことは、よくない。知り合って間もない人と関係するなんて、それも一晩だけでいいなんて。もっと自分を大事にしなさい」
 青木はハルの肩を掴み、真剣に諭した。未成年を導くのは大人の役目。しかも自分は警察官だ。彼に人の道を教えてやらなくては。
 
 ハルは尚も青木に迫ってきたが、青木は懇々と説教を続けた。ついにはハルが折れて、疲れ切った様子で肩を落とし、すみませんでした、と謝った。
 青木は笑顔で少年の反省を受け入れ、ぽんと彼の肩を叩いた。
「きみにも早くいいひとが見つかるといいね」

 ハルの部屋から出て道を歩き、角をひとつ曲がったところで、青木はやれやれと肩を開いた。ふと空を見上げると、小さくて丸い月が、都会の空には珍しく見事に輝いていた。
 きりりと潔いその姿に思い起こされたひとの、指が覚えたそのひとのアドレスを、青木は月を見ながら打ち込む。

『お月さまがすごくきれいです』

 舞い上がってるな、と自覚しながら、送信ボタンを押す。
 フラップを閉じ、本当なら送信相手にしたかったキスを、自分と恋人をつなぐ小さな機械に施す。その瞬間、青木のキスに反応したように、携帯が振動した。
 再びフラップを開くと、画面にはありえないくらい簡潔な文章。

『そうだな』

 青木は声を殺して笑う。
 らしい。らしすぎる。

 あのとき青木は、ポケットに携帯を落とし込み、友人たちの後を追いながら、あの月が早く欠けるといい、と思っていた。そして今、半分に欠けた月を見ながら、この月がもっと細くなったときのことを想像する。

 三日月は、薪と一緒に見よう。

 1週間前と同じように、青木は携帯のフラップを閉じると、薄っぺらい金属面にキスをした。



*****

 うちの青木くんだもん、こんなもんですよ☆ (つまんない男ですみません)
 相手が好きなひとじゃないと、役に立たないしね。(笑)
 世の中が青木くんみたいな男ばっかりだったら、あっと言う間に人類滅びちゃいますねっ☆★☆ 


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ロジックゲーム(11)

 メリークリスマス!
 みなさま、素敵なクリスマスを過ごされますよう(^^

 とか言いながら、こんな内容だよ。(笑)






ロジックゲーム(11)





 薪がその少年の襲来を受けたのは、10月も終わりに近付いた、木枯らしの吹く夜のことだった。

 帰り道、明らかに自分を待ち伏せていた様子で薪の進路を塞いだ彼は、青木さんのことで大事な話があります、と挑戦的に言った。
 他人のいないところじゃないと話せない、という彼の言葉に頷き、道端の小さな喫茶店に入った。
 少年はココアを、薪は紅茶を注文する。第九のバリスタに敵うコーヒー職人はどこにもいない、とようやく分かったので、外では紅茶党に鞍替えすることにした。

 小テーブルの反対側に座った少年の様子を、薪は冷静に観察する。
 高校生くらいか。とても綺麗な子だ。最近の若者らしく、髪を金髪に染めて緑色のカラーコンタクトをして、耳にはリングピアス。それがよく似合っている。
 少年は、上条ハル、と名乗った。

「上条君ね。青木は僕の部下だけど。彼が君に何か?」
「部下だなんて。隠さなくていいです」
 薪が口火を切ると、ハルは淡い緑色の瞳で薪を睨みつけるように見た。その瞳に明らかな敵意を感じて、薪はガードを固める。
「青木さんから聞きました。恋人なんでしょう?」
 ふっと笑って、薪はポーカーフェイスの厚みを1センチほど嵩上げする。これくらいでボロを出していたら、第九の室長は務まらない。

「あなたには悪いと思ったけど、ぼく、青木さんと寝ました」
「君が? 青木と?」
「失礼ですけど、あなたはここしばらく、彼の相手をしてあげてないんでしょう? 初めての夜、彼、すごかったんです。何度もぼくを求めてきて……ぼく、あんなの初めてでした」
 それから彼は、青木と自分がどうやって知り合ったか、今はどれだけ互いを必要としているかを話した。最初は一度だけのつもりだったが、何度も逢瀬を重ねるうちに、離れられなくなってしまったと言った。

「今では毎晩のように青木さんはぼくの部屋に来て、ぼくたちは夜を一緒に過ごしてます。彼はすごくやさしくて。ぼくは……ぼくたちはとても幸せです。
 でも、彼はあなたのことで苦しんでいる。彼はやさしいから、あなたを傷つけたくないから、だからあなたには本当のことを言えなくて」
 薪が冷静な表情を崩さずにいると、ハルは急に弱気な表情になった。長い睫毛を伏せて、眼の縁に涙まで溜めて、その声に必死さを滲ませる。

「お願いです。青木さんと別れてください。初めはあなたの代わりでいいと思ったけど、今では……ぼく、彼がいなきゃ、もう」
 涙ながらに訴える少年の願いを聞き流しつつ、薪はゆっくり紅茶を味わう。レディグレイは雪子のお気に入りの銘柄だと聞いたが、この独特の甘みは苦手だ。やっぱり紅茶はダージリンに限る。
 
 それからしばらくの間、薪は無言で彼の訴えを聞いてやった。どんな言葉をぶつけても感情を表さない薪に、相手がついに口を閉ざしたのを確認して、薪は応えを返した。
「君の好きにしたらいい」
 千円札を置いて、薪は席を立った。
「君がどう思っていようと、青木は僕の部下だ。それもかなり優秀な部類に入る。部下には仕事さえきちんとしてもらえればかまわない。個人の性癖まで、とやかく言う気はない」

 立ち去ろうとした薪の背中に、ハルの裏返った声がかかる。
「ま、待ってください! いいんですか? ぼくが青木さんの恋人になっても」
「それは青木が決めることだ。僕には関係ない」

 ぽかん、と口を開いたままの少年を残して、薪は夜の街に出た。
 細い顎を反らして、つい、と見上げる夜空に、半分に欠けた月。

 薪は手探りで携帯を探し、月を見ながらメールを打つ。
『今夜も月がきれいだぞ』
 フラップを閉じないうちに返信が届いて、薪は思わず頬を緩ませる。あいつ、どんだけヒマなんだ。

『そうですね』

 簡潔な文章の向こう側に、溢れんばかりの彼の愛情を感じる。
 確信できる、僕は彼に愛されてる。

 わずか4×5センチの液晶画面に浮き出た、たった5文字の何処にそんな威力があったのか、薪はそのことを疑いもしなかった。それを不思議とも思わなかった。
 月が欠けては満ちるように、それは当然のことだと思った。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

ロジックゲーム(10)

ロジックゲーム(10)




「ぼく、上条ハルって言います」
 自分の部屋に落ち着くと、彼は礼儀正しく自分の名を名乗り、ありがとうございました、と頭を下げた。

「実は今日、バイト代をもらったばっかりで。あのリュックの中に全財産入ってたんです。青木さんに助けてもらわなかったら、飢え死にしちゃうところでした。本当にありがとうございました」
 インスタントコーヒーの温かな湯気を挟んで、ガラス製のローテーブルの両側に向かい合わせに腰を下ろし、青木は少年と少年の部屋をさっと観察した。
 親がいないとの言葉通り、質素な部屋だった。この年代の子供が必ず持っているゲーム機やパソコンなど、高価な玩具類は一切なかった。家具も必要最低限のものしかなく、相当つつましやかに暮らしているものと思われた。

「ハルくん、学校はどうしてるの?」
「夜間高校に通ってます。昼間はバイトしなきゃいけないから」
 砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを両手で持って飲んでいた少年は、青木の言葉に顔を上げ、かわいらしく小首を傾げた。
「ふうん。えらいね」
「いえ、当たり前のことです。ぼくの友だちは皆そうです」
 自分が学生生活を満喫していた年齢に、この少年は働いて糧を得ているのかと、しかも孤独な身の上らしいし、彼のそんな事情を知れば、根がお人好しの青木のこと、たちまち同情心でいっぱいになる。
「いや、大したものだと思うよ。きみの年齢で働いて学校に通うって、なかなかできることじゃない」
 街を歩けば自分と同じ年頃の少年たちが、自由と享楽を身体中に溢れさせて闊歩するのが嫌でも目に付くだろうに、自分の境遇に不満を溢すこともなく、前向きに生きるその姿に尊敬すら覚える。

 青木が素直な賞賛を口にすると、ハルは照れたように笑った。はにかんだその笑顔は、とても愛らしかった。
 頬の丸みと長い睫毛が、薪に少しだけ似ている。髪は脱色していて、金髪に近い。あどけない微笑が似合う瞳は、カラーコンタクトでも入れているのか薄く緑がかっている。
「青木さんこそ、すごいと思います。普通はみんな、見ても見ぬ振りなのに。青木さんみたいにやさしいひとに会ったの、初めてです」
「それこそ当たり前だよ。オレは警官なんだから」
「でもぼく、本当にうれしかったんです。あんな風に、他人に親切にされたのも心配されたのも、初めてだったから」
 少年らしく、やや高めのハルの声は途中から小さくなり、次第に涙交じりの鼻声になった。
 当たり前のことをしただけなのに、こんなに喜んでくれるなんて、と青木は胸が熱くなるような感動を覚える。鍛錬を積んでいてよかった。岡部の指導のおかげだ。

「きみの気持ちはよくわかったから。涙拭いて」
 テーブルの縁を回って少年の近くへ寄り、ティッシュを引き抜いて彼に渡す。青木の手から紙を取るはずの彼の手は、何故か素早く青木の背中に回された。
「……ハルくん?」
「青木さん」
 柔らかそうな頬が、青木の胸に擦り付けられる。突然のことに戸惑う青木の視界で、ハルの幼げな美貌がゆっくりと上げられた。

「本当のこと言うと、ぼく、青木さんに一目惚れしちゃったんです。ぼくを助けてくれたとき、すごくステキだったから。だから」
 一旦言葉を切って、ハルは恥ずかしそうに俯く。
「青木さんさえ良かったら、ぼくを好きにしてください」

 自分の腕に身を投げ出してくる少年の、綺麗な顔が薔薇色に染まっているのを見て、青木は彼をかわいいと思う。
 他人に、素直な情愛をぶつけられるのは久しぶりだ。
 青木の現在の恋人はとても複雑な性格をしていて、その心情は回りくどくて分かりにくい。何をしたいのかハッキリ言わないし、本当に欲しいものには手を伸ばさない。青木がそれに気付いて、アクションを起こすのをじっと待っている。

 ベッドに誘うときだって、本当に大変なのだ。
 一発でOKしてくれることなんか滅多にないし、こんな風に自分から求めてくれたことなんか一度もない。疲れるから嫌だとか、面倒くさいとか、そんな実も蓋もない言い方で断られることもある。そこを拝み倒すようにして何とか付き合ってもらうわけだが、よく考えたら、これが普通だ。恋人同士なのだから、何もあんなに苦労することはないのだ。
 今だって、土曜日の深夜にどうして青木がこんな状況に陥っているのか、その理由を顧みれば、相手の勝手な言い分で、2ヶ月もの間恋人としての付き合いを禁じられてしまったからだ。プライベイトの薪と夜を過ごせなくなって、1ヵ月半。もちろん、欲求もたまっているし、人肌も恋しい。
 
 青木に恋人関係の中断を言い渡したときの薪の冷たい顔が脳裏に甦り、青木は腹立たしい気持ちになる。2ヶ月も恋人としての時間を奪われるというのに、薪ときたら毛ほども寂しそうではなかった。
 とにかく、薪はいつだって自分勝手なのだ。自分のしたいことだけ、青木の気持ちなんかこれっぽっちも考えてくれない。
 本当に薪ときたら―――――。

 思い出される、薪の取り澄ました顔。
 淀みなくキィを叩いていた指先。青木には眼もくれず、ディスプレイと書類の間を行き来していた亜麻色の瞳。きりっと吊りあがった眉毛、つんとした顎。

 ――――― かわいいんだから。

「悪いけどオレ、恋人いるから」
 青木がお定まりの断り文句を口にすると、ハルはさほどがっかりした様子でもなく、そうでしょうね、と頷いた。
「あなたみたいに素敵なひとに、恋人がいないはずがないですよね」
 こっそりとため息を吐くように吐き出されたハルの言葉に、青木はこそばゆさを感じる。背中が痒くなりそうだ。年がら年中、薪にバカだのマヌケだのと罵られているものだから、それが普通になってしまったらしい。

「でも、ぼくも本気なんです」
 幼いひたむきさで、ハルは言い募った。
 大きな瞳にありったけの勇気と情熱を湛え、青木を見上げる。ぎゅ、と青木の襟元を掴み、必死になって取り縋ってきた。

「今夜だけでいいんです。絶対に誰にも喋りませんから」
 恋人のいる男にとっては都合のいい一夜限りの関係を求めて、ハルは身を乗り出してくる。間近に迫ったハルの緑色の瞳が、妖しくきらめいた。



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ジャンル : 小説・文学

ロジックゲーム(9)

 お知らせです。

 新しいサイトさまをリンクさせていただきました。
『擒』(とりこ)という素敵なイラストサイトです。
『秘密』世界のメインはアツアツのすずまきさんです。
 ぜひ、リンクからどうぞ(^^

 
 うちのブログがAサイトになってから、リンクは遠慮してたんですけど~、(相手のブログさまに申し訳ないので)
えあこ様が快く承諾してくださいまして、相互リンクを張らせていただきました。

 えあこ様、ありがとうございました。(^^


 えあこ様の絵柄はキレイ系だと思うのですけど、わたしの目にはえあこ様の描かれる薪さんも鈴木さんも、非常に可愛らしく映ります。 
 なんかね、お互い一生懸命に相手のことが好きなんだな~、って。 
 そして、ギャグがドツボです(笑)
 みぎゃー!(笑笑)
 R系のギャグって楽しいですよね~~♪






ロジックゲーム(9)





 青木がその少年と知り合ったのは、10月も半ばを過ぎた肌寒い夜のことだった。
 
 スケジュール表の空白がやるせない土曜の夜、久しぶりに大学時代の悪友たちと飲んで、二次会のカラオケボックスに行く途中、青木の警察官の耳が本能的にその叫びを捉えた。
「泥棒っ!」
 声がした方向を振り向くと、まだ高校生くらいの少年から、リュックをひったくって逃げる男の姿が見えた。男はこちらに走ってくる。咄嗟のことに周りの友人たちが呆気に取られる中、訓練を積んだ青木の身体は自然に動き、盗品を抱えた男の身体を路上に押さえつけていた。

 腕をねじり上げ、リュックを取り上げる。男はどうやら浮浪者のようで、薄汚れた衣服と、ぼうぼうに伸びた埃まみれの髪と髭が見苦しかった。
 こちらに走ってきた被害者の男の子にリュックを返し、さて、どうしたものかと押さえつけた窃盗犯を見やる。ちょうどそこにパトロール中の巡査が通りかかり、渡りに船とばかりに青木は彼に犯人を引き渡した。
「ご協力、ありがとうございました」と敬礼する巡査に自分の身分は明かさず、あくまで一市民として対応する。巡査が差し出した手帳に書いたのは住所と名前のみ。ここで身分証を提示して、彼に余計な気を使わせるのは可哀相だと思った。

「あの、ありがとうございました」
 リュックを抱いた少年が、ぺこりと頭を下げた。色白で、とても綺麗な子だった。
 少し垂れ気味の、潤んだような瞳が印象的だった。周りを縁取る睫毛は濃く、女のように美しくカーブしていた。形の良い鼻と、ふっくらした唇。幼い顔立ちは、夜の華やかな明かりの中では妙にコケティッシュに見える。
「きみ、いくつ? 高校生じゃないの?こんな時間にこんな場所で何をしてるの。ご両親、心配してるよ」
 ついついお節介を焼いてしまうのは、職業病か、生まれ持った性格か。
 青木が尋ねると、少年は決まり悪そうに俯き、小さく唇を突き出した。前髪に隠れた細い眉毛が下がり、長い睫毛が伏せられる。11時過ぎに繁華街を歩いていても、不良少年というわけではないらしい。反抗的でもないし、乱暴な言葉を吐くでもない。

「早く家に帰りなさ、痛ってっ!!」
 いきなり後ろから背中を叩かれて、青木は振り返った。遅れて追いついてきた悪友たちの仕業だった。
「おお~! やるじゃん、青木」
「へえ。あのトロかったおまえがねえ」
「そうそう、テニスの試合のときにさ、おまえってば器用にもネットに絡まって」
 それを皮切りに、友人たちは大学時代の青木の失敗を次々と喋りだした。昔は武道の心得もなく、なまった身体のせいでスポーツは全般的に不得手だった。
「昔のことはいいだろ」
 彼らの話を聞いて、少年がクスッと笑ったのを見て、青木は悪友たちのお喋りを止めた。引ったくりからバックを取り返してやって、せっかく尊敬されていたのに。これ以上ボロが出ると、お説教の効き目が悪くなる。

「じゃあ、オレはこの子を家まで送っていくから」
「え? カラオケは?」
「仕方ないだろ。高校生をこんなところに置いていけないよ。おまえらみたいなタチの悪い酔っ払いに絡まれないとも限らないし。後で合流するから、先に行っててくれよ」
 悪友たちを追いやると、青木は少年の方へ向き直った。

「さて、送っていくよ。家はどこだい?」
 それには答えず、少年はじいっと青木を見つめていた。
「大丈夫。怪しいもんじゃないから」
「……警察のひと?」
 青木が内ポケットから身分証を出すと、少年は目を丸くした。素直な驚き方が愛らしかった。
「さ、行こう」
 促すも、少年の足は動かなかった。リュックを抱きしめ、青木を見つめ、ただそこに佇んでいた。

「きみ?」
「足が動かない。びっくりしちゃって……今ごろ怖くなってきて」
 恐怖で動悸がするのか、少年はシャツのボタンを1つ外した。胸元から、細い金色のネックレスが見えた。その肌はびっくりするくらい白かった。
「大丈夫?」
 無理もない。青木だって初心な高校生の頃、こんな目に遭ったら足が竦んで動けなくなるに違いない。

「きみ、家は遠いの?」
「いいえ。ここから10分くらい歩いたところです。すみません、腕を貸してもらえますか」
 昔の彼女がしてきたように、親しげに自分の右腕に回された彼の手をやさしく解き、青木は彼の前に背中を見せて膝をついた。
「いいよ、乗って」
「え。いや、おんぶはちょっと、絵的に色気がないっていうか、その」
 イロケ?
 おかしな表現をする子だ。背負われるのは恥ずかしいのかもしれないが、正直言うと、こちらも急ぎたい。未成年が外出するにはかなり遅い時間だし、悪友たちも青木を待っていることだろう。

「大丈夫だよ。周りは酔っ払いばっかりだ。こっちを見ているひとなんか、だれもいないよ」
 ほらほら、と催促すると、少年はおずおずと青木の首に腕を回し、背中に乗った。ひょい、と揺すりあげて、さっさと歩き出す。道すがら、青木は少年がどうしてこんな時間に独りで街をうろついていたのか、事情を訊いた。
「さしずめ、お父さんかお母さんとケンカでもした?」
「いいえ、両親はいません。小さい頃に亡くなって。ぼく、ひとり暮らしなんです」
 意外だった。そんなに寂しい人生を送っている子には見えなかった。

「友だちはいるけど、一晩中一緒にいてくれるわけじゃないし。だからぼく、寂しくなるとああやって夜の街に出るんです。その、話し相手を探して」
 右背後から聞こえる少年の声は、とても悲しげだった。
 彼には彼なりの事情があって、街をうろついていたわけだ。それは確かに同情すべき身の上だが、警察官としては未成年の夜歩きに賛同するわけには行かない。
「気持ちは分かるけど、夜の街はやっぱり危ないから。なるべく家にいたほうがいいよ」
「でも、独りでいると寂しくて……今夜はなんだか、死んじゃいたいくらい寂しかったんです。助けてもらった上に送ってもらってるのに、こんなこと言って申し訳ないんですけど、これからあの暗い部屋に帰るのかと思うと……」

 独り暮らしの侘しさを一番に感じるのは、真っ暗な部屋に帰った瞬間だ。青木もその気持ちは理解できる。自分の家に誰かがいて、「おかえり」と声をかけてくれる。それはとても幸せなことだったのだと、東京に出てきたばかりのころ痛切に思った。
 だから青木は、お茶を一杯だけ、と懇願する少年を退けることができなかった。

「ぼく、上条ハルって言います」




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ロジックゲーム(8)

ロジックゲーム(8)





「2ヶ月!?」
 室長会議用に作成したレジュメをディスプレイ上で確認していた青木は、宣告された期間の長さに思わず声を上げた。

「そんなに長い間、薪さんと会えないんですか?」
 同僚たちが退室した後の職場にふたり、会議資料を作りながら、こっそりと秘密の会話をする恋人同士。そんな甘いシチュエーションの中、薪の冷淡な声が響く。
「会えなくなるわけじゃないだろ。職場が一緒なんだから」
 カシャカシャとキィを叩く音を途切れさせないまま、薪はこともなげに言葉を継いだ。

「月曜から金曜まではここで会える。顔も見られるし、話もできる。休日とアフターを一緒に過ごすことができないってだけで」
 そこが重要なのに!

 青木の不満顔に気付いて、薪がタイピングの手を止める。華奢な両手を机の上に置いて、諫めるように青木を見た。
「調査期間は、それで乗り切るしかないだろ」
「そこまで警戒しなきゃいけないんですか? これまでみたいに頻繁には行けないとしても、せめて週に一度くらいは。オレは薪さんの部下なんだし、部下が上司のマンションを訪ねるのは不自然なことじゃないでしょう。オレに調査官が付いていたとしても、家に入ってしまえば、中で何をしているかまでは分からないんだし」
「いいや、分かる」
 キッパリと断言して、薪は資料を手に取った。左上端をホチキスで留めて、青木の方へ差し出す。

「いつだったか竹内が言ってただろ? あいつら、みんな諜報部員なんだから」
 あれは竹内の冗談だったと青木は思うのだが、薪はすっかり信じ込んでいるらしい。何を根拠にしているのか、薪の中でそれは確定事項のようだった。

「先週の水曜日、もしもおまえに調査官がついていたとしたら、おまえが僕の家に来て、夕飯にきのこスパゲティを食べたことも、野菜スープに入ってた人参を残したことも、みんな報告書に記載されるんだ。風呂の中まで覗かれて、ホクロの数まで数えられて、それから」
 そこで薪は不意に口をつぐみ、考えを巡らすときのように口元に右手を当てた。大きな瞳があちこちに彷徨うのと、すべらかな頬に微かに昇った朱色に、薪の最大の懸念を知る。
 どうやら、過去の経験が彼を慎重にさせているらしい。

「と、とにかく! 念には念を入れた方がいい。今日から2ヶ月間、僕たちはただの上司と部下に戻る。職場の外では絶対に会わない。これは命令だ」
「そんなあ……」
 傲慢に言い放った形の良いくちびるを、青木は恨めしそうに見上げる。
 プライベートのかわいい薪の姿を見られなくなる、それは青木にとっては死活問題だ。その状態が長く続くことで、無気力、倦怠感といった謂わば一種の中毒症状を呈する。

 恋人としての時間を過ごせない2ヶ月間を想像するだけで、足元がぐらつきそうになっている青木に比べて、薪は憎らしいくらいに冷静だった。淀みなく動く指先はショパンの調べのようにキィを叩き続け、亜麻色の瞳はディスプレイに据えられたまま、青木のほうを見ようともしない。
 薪は平気なのかもしれない。もともと恋愛には興味の薄いひとだし。
 青木には分かっている。自分は薪の恋人だけど、その自分が彼の心を占めている割合なんて、せいぜい3%くらいのものだ。仕事が9割、残りの1割は人間関係に向けるが、それも仕事関連の人間が優先されて、青木の順番はずっと後。例外は雪子だけだ。

 親に叱られてしょぼくれる子供のように肩を落とした青木に薪は、慰めにしては軽すぎる口調で、
「2ヶ月なんて、あっという間だろ。それに、会えないのは休日だけだ。2ヶ月のうち休日なんて、10日あるかないかだろ」

 オレはその10日のために生きてるんですっ!

 そう言ってやりたかったが、我慢した。
 ここで下手に逆らって、そんな聞き分けのないことを言うなら別れる、と叱られるのも困るが、万が一、調査官によってふたりの関係が露呈し、薪に迷惑を掛けることになるのはもっと困る。

「わかりました」
 重いため息と共に青木は頷き、薪が確認して寄越したレジュメを受け取った。



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ロジックゲーム(7)

ロジックゲーム(7)





「僕たちは、他人に恥じなければいけないようなことはしていません」
 その言い方があまりにもキッパリとして、まるで自分たちの関係に誇りすら持っているように感じられて、小野田はいたく心を害する。真剣に愛し合っているだけだ、と言わんばかりの彼の強い瞳に、失望を禁じえない。

 この子は何もわかっていない。少し、お灸を据えておくか。

 小野田はふわりと背もたれに身体を預け、顎を上げて薪を見上げた。
「それを聞いて安心したよ。何たって幹部候補生の素行調査は、きみが受けた特別承認の調査より、ずっと厳しいからね」
「えっ!?」
 薪は一瞬で真っ青になった。
「あれよりすごいんですか?!」

 上ずったアルトの声を聞きながら、小野田はポーカーフェイスの下に込み上げる笑いを封じ込める。
 そんなわけはない。あれは特別調査だ。薪を自分の娘の婿にしたい小野田の意を汲んで、中園が異常なまでに細かく調べ上げたのだ。
 不安そうに眉根を寄せる薪を安心させようと、小野田はにっこりと、それこそ神さまのように笑って、
「当たり前だよ」と言った。

「調査期間も候補者確定までの2ヶ月間と長いし、親類関係も友人関係もばっちり調べられる。アフターも休日も、監査官が後ろにいると思って間違いない」
「そんな……」
「心配することはないだろう? 君たちは、恥知らずな真似はしていないんだろ?」
「恥知らずな真似はしてませんが、恥ずかしいことはいっぱいされちゃって、いや、あのその」
 パニックになってるらしい。聞き流しておこう。

「どんな優秀な調査官だって、無いことは見つけられないよ」
「……分かりました」
 薪は数秒でパニックを抑えて、静かな表情を取り戻した。微かに震える小さな拳が、彼の感情の乱れを物語っていたが、口調はしごく平静なものだった。
「小野田さんの信頼に背くようなことはしません」

 彼との関係自体が、ぼくの信頼を裏切ってるんだよ。
 そう言ってやりたかったが、堪えた。薪の悪感情を自分に向けさせることは、得策ではない。

 薪は頭を深く下げて、官房室を出て行った。彼の姿が見えなくなり、さらに2分の猶予を置いて、小野田は再び携帯電話を耳に当てた。
『ホントに甘いね、おまえは』
 小野田を見下すように、官房室付参事官は舌打ちした。上司に対する態度ではないが、小野田も中園を部下だとは思っていない。
『あれで牽制したつもりか?』
「あのくらいにしておいた方がいいんだよ。薪くんはキレると、とんでもない暴挙に出るんだから」
『いっそのこと暴露して別れさせちゃえば? おまえのところには『切り札』があるんだろ』
「だからあれは使えないって、前にも言っただろ。あれが公になったら、薪くんは自分を犠牲にしてでも彼を救おうとするだろうよ」
『得意技は自爆、ってか。面倒な子だな』
 普段の冷静な貌からは想像もつかないような激しさを、薪はその心に隠し持っている。それが職務上のことで発揮される分には後押しを辞さない小野田だが、あの男を守るために発現することには我慢がならない。

「虚偽の事件調書なんか、正式な調べが入ったら簡単に分かっちゃうしね」
『それでも、ひとを葬ることはできる』
 中園の言葉が事実であることを、小野田は知っている。
『ターゲットの性格、性癖、行動パターンをインプットして、標的が自らはまり込んでくれるような舞台を用意する。入力データさえ正確なら、僕の計算に狂いは無い』
 警察庁の出世道は百鬼夜行の世界。嘘に塗り込められた真実が、そこ此処で細い悲鳴を上げる。
 実力だけでは這い上がれないこの世界では、敵対者を葬るために偽の醜聞を使うこともあるし、ミスをでっち上げることもある。小野田が官房長の椅子を手に入れるまでに行ってきた数々の暗い策略。その殆どを立案し遂行してきた中園の言葉は、彼の体験をもって重く響いた。

「とりあえず、青木くんの素行調査は通り一遍で済ますように手を回しておくことにするよ」
 よっぽど表立ったことをしていなければ露呈することは無いと思うが、一応念のためだ。
 素行調査で重点的にチェックする項目は、風俗店の出入りと暴力団とのつながり。アフターに上司のマンションに出入りしても、別に問題にはならない。上司の酒の相手を部下が務めるのは良くあることだ。

「ああ言っておけば、2ヶ月間は恋人としての付き合いは避けるだろうし。その間に少しでも、熱が冷めてくれることを期待するよ」
『バカか、おまえは。そんなことくらいで熱愛中の恋人同士が会うのをやめるもんか。止められたとしたら、それこそ気持ちが冷めてる証拠だ』
「やめるさ。薪くんの性格は良く分かってる。万が一監査に引っ掛かったら、青木くんの将来に響く。どれだけ耐え難くても、距離を置くさ」
『かりそめの恋人に、そこまで気を使うかね』
「かりそめなんかじゃない。だから困ってるんじゃないか」

 俄かには信じがたい、と中園は呻る。
 男同士の関係は実に即物的で、一時の快楽にのみ互いの合意を得るものだ、と言うのが中園の持論で、その間に男女間のような崇高な気持ちが生まれることはない、と彼は声高に主張する。
 家族にもなれず、子孫も残せない不毛の関係。そんなものが長く続く方がおかしいと、言われてみれば納得するものの、彼らを見ているとどうしてもそうは思えない。

「薪くんの声、聞いただろ?  あのうれしそうな言い方」
『神経質になりすぎなんじゃないのか? 薪くんは冷静に報告してたじゃないか。途中、ちょっとコケてたみたいだったけど』
「実際に彼を見れば分かるよ。薪くんは正直だから、顔に出るんだ。自慢げに胸張っちゃってさ。『僕の青木が次席になりました。すごいでしょう』って、翻訳が付きそうだったよ」
 やっかみにしか聞こえないセリフを、小野田が聞かせるのは世界に一人だけ。小野田が本音を語れる相手は、後にも先にも彼だけだ。
 
 頑固で我儘な老人のような小野田の言葉に中園はクスクス笑い、いつものシニカルな口調で合議を切り上げた。

『わかったわかった。官房長殿の我慢も限界のようですし。データ収集がてら、ちょっと揺さぶってみますか』




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ロジックゲーム(6)

 昨日、一昨日と、過去作品に拍手をありがとうございました。
 男爵カテゴリの作品と『折れない翼』を読んでいただけたみたいで、うれしいです。 

 あれを全部読むとですね、トータルのページ数が約140P。
 きゃー、さぞお疲れになったことでしょう! ありがとうございました、目薬さして休んでくださいねっ!





ロジックゲーム(6)





「まさか通るとは思わなかったなあ」
 マホガニーの執務机の上に肘をつき、小野田聖司は憂鬱そうに呟いた。

「しかも次席とは」
『なるほど。親バカってのは、子供の恋人の実力を実際よりも低く見る傾向があるんだな。次からは、それを計算に入れることにするよ』
 携帯電話の受話口から聞こえてくるからかいを含んだ男の声に、小野田は軽く舌打ちする。それから子供が親に言い訳するような口調で、
「だってさ、彼は総務から第九へ行ったんだよ。MRI捜査はプロでも、通常の殺人事件の捜査は一度も経験がないんだ。そんな人間が次席って。ありえないだろ、普通」
 読んでいた報告書をポイと投げ捨て、小野田はムッと唇を尖らせた。忌々しそうな口調を隠そうともせず、送話口に向かって無遠慮に吐き捨てる。

「何処に目を付けてるのかね、今年の試験官は」
『試験官は正しいよ。この解答を落とすなら、他の連中の殆どを落とさなきゃならなくなる』
「何言ってんだい、抜けてるところはたくさんあるよ? 被害者の身元確認も、凶器も、プロファイリングだって完璧じゃない」
『おまえは文句ばかりつけるけどね。現場写真から犯人が左利きの可能性を指摘したのは、彼だけだぜ。さすが第九のキャリアだよ。しかも剣道は初段だろ。頭も良くて腕も立つ人材は、貴重だよ』
 ロンドンにいる電話相手のところにも、資料は送っておいた。標的の実力を測ることで、作戦の一助になればと思ってのことだ。彼への賞賛が欲しかったのではない。小野田はカッとなって言い返した。

「中園。おまえは誰の味方なんだ?」
『もちろん、あなた様でございますよ。小野田官房長どの』
 慇懃無礼を絵に描いたような言い回しをして、中園は笑った。小野田はため息混じりに執務椅子にもたれかかり、投げやりに言った。
「わかった、認める。ぼくが甘かったよ」
『もともと無理なんだよ。幹部候補生選抜を青木くんに受けさせて、その結果、薪くんが彼に幻滅するように仕向けようなんて。
 試験に落ちたからって、彼の能力の低さに嫌気が差して熱が冷める、なんてことあるわけないだろ。デキの悪い子ほど可愛いもんなんだから』
「そうかな。ぼくはデキの良い子のほうが好きだけど」
 小野田が正直に言うと、中園は噴き出すように笑った。
『薪くんだって、決して『良い子』じゃないだろ。4年前の事件のことを除いても、彼、スキャンダルまみれじゃないか』
「彼は潔白だよ。周りの連中の目が節穴なんだ」
『本人が潔白かどうかなんて、大した意味はない。知ってるだろ』
「……まあね」
 しばしの逡巡の後に小野田が頷いたとき、卓上の電話がピーと鳴った。受話器を耳に当てると、秘書の柔らかい声が聞こえてきた。

『薪室長がお見えです』
「いいよ、通して」と秘書に答えてから、急いで携帯を口元にあてて、小野田は電話を切ろうとした。が、中園はそれを押し留め、このままの状態で薪との会話を聞きたい、と要求してきた。
「盗み聞きなんて、ちょっと悪趣味じゃない?」
『どうもおまえの印象とエージェントの報告書の間には隔たりがあってね。その辺りを自分の耳で確認したいんだ』
 中園の言い分は分かるが、薪の前であまり卑怯な真似はしたくない。少し迷ったが、これも薪のためと思い直し、小野田は携帯を開いたままデスクの下に隠した。

 軽いノックの音と共に、小野田の大事な跡継ぎは姿を現した。いつものように背筋をしゃきっと伸ばし、細い腕にファイルを抱えている。定例報告を装っているが、彼が話したいのは別のことだ。小野田にはちゃんと分かっている。
「定例報告に参りました」
 涼やかな声。生気に満ちたその声音を、小野田の耳は心地よく捉える。
「ご苦労さま」と受け取って、小野田は彼の顔を見つめる。うれしいことに、彼は充実した日々を送っているらしい。亜麻色の瞳はお日さまみたいにキラキラしているし、頬は薔薇色に輝いている。

「ずい分機嫌が良さそうだね。何かいいことでもあったの?」
「いいことって程じゃありませんけど。一応、ご報告を」
 そう言って、薪は眼の輝きを一段階高めた。
「青木が二次試験に通りました。次点と言う好成績でした」
 平静な口ぶりながら、そこには隠しきれない誇らしさが見え隠れしている。

「へえ、大したもんだ」
 小野田が頷くと、薪は冷静な顔つきのまま、でもその行動は明らかに勢いを得て、
「去年の昇格試験では小野田さんのご期待に応えられませんでしたが、彼は努力を続けています。もちろん、僕も。つまり、その、僕たちは」
 薪はそこで口ごもる。
 右手を口元に当てて固まる彼の姿は、とても希少だ。職務中には、まずお眼にかかれない。 
 その素直な困惑を好ましいと思う気持ちと、あの男だけが彼をこんな風に愛らしく変える事実を認めたくないという苛立ち。後者を抑えつつ、小野田は笑顔を作った。

「そうだね。以前、言ったことは取り消そう。きみは、いや、きみたちは堕落なんかしてない」
 小野田の言葉に、薪はうれしそうに笑う。
 本当に、近頃の薪は笑顔が多くなった。昔の快活さを取り戻しつつある証拠だ。
 これもあの男の功績だというのか?
 いやいや、そんなことはない。時が彼の傷を癒してくれた、それだけのことだ。

「だから監査課による素行調査も、恐れることはない。そうだよね?」

 びくっと細い肩が上がって、穏やかだった薪の表情が強張った。真っ直ぐに小野田を見ていた亜麻色の瞳が、急に落ち着きを失くして部屋のあちこちをさ迷い始める。ポーカーフェイスが十八番の第九の室長は、仕事以外のことになると結構分かりやすい。

「彼とは、他人に後ろ指を差されるようなことはしてない。そうだろ?」
 プレッシャーを掛ける言い方で小野田が追撃をすると、薪はぎゅっと拳を握り締めて、応戦する意志を見せた。

「僕たちは、他人に恥じなければいけないようなことはしていません」



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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