破壊のワルツ(4)

 今日はメロディの発売日だと言うのに、わたしはどうしてこんなものをアップしているのでしょう。

 薪さーんっっ!
 今行くからねっ、待っててねーっ!
 あ、10時からか。








破壊のワルツ(4)




「おれ、第九辞める。上野も一緒に異動願い出そうぜ」

「えっ!? ちょっと待てよ、落ち着けって」
 上野はこの職場に、そこそこ満足している。確かに室長は横暴だし仕事はきついが、以前の上司から受けたような陰湿な苛めはない。仕事以外のことで叱られたことは一度も無いし、アフターの付き合いを強要することもない。何よりも、仕事熱心で真面目だ。それだけでも以前の上司よりはマシだと思っていた。
 豊村はまだ26で、薪以外の上司に長く仕えたことがない。他にはもっと酷い上役がいることを知らないのだ。上野のように、月に一回出張と称して愛人と公費で旅行に行く上司を持ってみれば、薪が良質な上司の部類に入ることが分かるだろう。

「もう我慢できない。室長の顔見るのも嫌だ」
「待てって! おまえ、昔は室長のことすっげえ尊敬してたじゃんよ。あの人は天才だって」
「その天才が鼻につくんだよ! 天才なら何を言ってもいいのかよ!!」
「うるさいっ!!」
 バン! とドアが開いて、部屋の主が姿を現した。扉の前で怒鳴っていたのだ。会話の内容は室長室に丸聞こえだ。

 亜麻色の瞳を怒りに吊り上げ、頬を紅潮させて薪は叫んだ。
「辞めるなら辞めろ! おまえなんかいなくても、ちっとも困らん。そんな風に同僚の足を引っ張るくらいなら、さっさと辞めちまえ!」
「ああ、望むところですよっ!」
「ちょ、ちょっと! 豊村も室長も落ち着いて」
 エスカレートする言い争いを止める術を持たず、上野はひたすらうろたえる。困惑して嫌な汗をかいた上野の耳に、天の声が聞こえてきた。

「何の騒ぎ?」
 ひょい、と3人の間に顔を出してきたのは、第九の副室長。職員の相談役であり、室長の暴走を止められる唯一の人物だ。
「豊村がっ!」
「室長がっ!」
 同時に喋り出したふたりを制して、鈴木は彼らを室長室へといざなった。それからこちらを振り返り、のん気な口調で、
「上野。コーヒー頼める?」
「あ、はい」
 ホッとしてその場を離れ、上野は給湯室へ向かった。コーヒーカップを3つ用意して、ふと気付く。そういえば、滝沢はどこへ行ったのだろう。

 室長室へコーヒーを運んでいくと、薪と豊村はソファに向かい合って座っていた。鈴木はふたりの中間に立ち、冷静に豊村の訴えを聞いている。
 そっとコーヒーをテーブルの上に置き、上野は部屋を出ようとした。そのとき、初めて鈴木が口を開いて、「薪が悪い」と言った。

「いくらなんでも言いすぎ。辞めたきゃ辞めろって、それは室長が言っていい言葉じゃない」
 恐ろしい目つきで鈴木を睨んで、室長は唇を噛んだ。怖い顔だった。普通より遥かに整っているだけに、その迫力はすごかった。
 が、鈴木は平気な顔で、
「いつも言ってるだろ。言葉は暴力にもなり得るんだから気をつけろって」
 さすが親友。鬼の室長の怒髪攻撃をものともしない。あの目つきで睨まれたら、上野なら竦み上がってしまう。
「でも、豊村もネガティブに受け取り過ぎだ。薪はおまえのことを第九の恥だなんて思ってないし、薪が周りの人間を軽蔑してるってのもおまえの思い込みだ。薪はそんなやつじゃないよ」
 鈴木は床に屈むと、豊村の顔に目の高さを合わせ、彼の顔を覗き込むようにして言った。薪に対する断定的な決め付け方とは、対照的だった。

 その態度に、上野は鈴木と薪の絆の強さを知る。
 このくらいで薪との友情は壊れない、そう信じているから取れる態度だ。確かにこの場を収めるには、薪に謝らせるのが一番いい。豊村だって、本気で第九を辞めたいと思っているわけではないのだ。室長が態度を改めてくれれば、これからも頑張れる。
「だから、薪が豊村に謝って、それでこの件はお終い。いいな?」
 問題は、あのプライドの高い室長が部下に頭を下げるかどうかだが。

「ほら、薪」
 鈴木は豊村にしたように、薪の顔を覗き込むと、ニコッと笑って彼を促した。いつも思うが、鈴木の笑顔は魅力的だ。彼の笑顔には、ひとをやさしい気持ちにする力がある。
 薪はしばらく鈴木の顔を睨みつけていたが、やがて諦めたように肩の力を抜いた。
「…………言い過ぎた。ごめんなさい」
 薪がそう言った途端、彼を除く3人は思わず噴き出した。
「な、なんで笑うんだ!? ちゃんと謝ったのにっ!!」
 膝に手を置き、ぺこりと頭を下げて、その所作にも驚いたが、もっとびっくりしたのは彼の言葉だ。おそらく周りの誰もが予測していた、大人が謝罪するときに使う「悪かった」というセリフを見事に裏切って、「ごめんなさい」ときた。普段の彼とのギャップに笑い出さないほうがおかしい。

「だって、子供じゃあるまいし。ゴメンナサイって、普通言うか?」
「仲間内で『申し訳ありませんでした』って言うのもおかしいだろ」
 笑いながら上司をからかう不届きな部下に、薪がその言葉を選んだ理由を告げる。彼には彼なりの考えがあったらしいが、やっぱり笑える。
 しかし豊村は、薪のその言葉で笑いを収め、向かいの席で少し頬を赤くしている薪をじっと見た。
「仲間……」
 口の中で薪の言った言葉を繰り返し、豊村は彼本来の明るい笑みを取り戻した。

「そうですよね、おれたち仲間ですよね」
「当たり前だろ。2年も一緒にやってて、今更なに言ってんだ」
 まだ笑い足りないのか、鈴木が呼吸を乱しながらも豊村に突っ込みを入れると、豊村は晴れ晴れと笑って、
「すみませんでした、室長。おれが間違ってました」
 かっこいいぞ、豊村、と上野は心の中で同僚にエールを送る。爽やかな、好感の持てる謝罪だ。少なくとも、謝り方だけは室長に勝ってるぞ。
「やっぱおれ、室長のこと尊敬します」
 もともと豊村は、室長に対する憧れが強かった。最近、何となく反発しているようだったが、これで反抗期も終了のようだ。

 薪は豊村の心境の変化についていけず、きょとんと眼を丸くしていたが、ニコニコと彼に笑いかけられて、自分も頬を緩めた。
「ありがとう、豊村。これからもよろしく頼む」
「はい!」
 豊村の元気な返事を耳に、上野は室長室を出た。

 ドアのすぐ近くに滝沢がいて、心配そうな眼で上野を見た。さっきは姿が見えないような気がしたが、それは自分の思い違いで、ずっと豊村のことを案じていたのだろう。
「大丈夫。鈴木さんが上手くまとめてくれた」
「……さすが」
 感嘆したように滝沢が言うのに、上野は大きく頷いて、
「あれだけ興奮してた2人を諌めて、簡単に仲直りさせちまうんだから。鈴木さんの仲裁能力はすごいよ」

 憂いが払われた顔で職務に戻った上野の後ろで、滝沢はそっと室長室のドアを細く開いた。中では鈴木の結納の話になっていて、3人がにこやかに笑い合っていた。
 滝沢の視線は豊村に注がれ、次いで薪に向けられた。それから残るひとりを注視すると、彼は口の中で低く呟いた。

「あいつ、邪魔だな」




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破壊のワルツ(3)

 こんにちは~。

 突然ですけど、薪さんのスーツの色って、基本は青なんですかね?
 コミックスの表紙もそうだし、以前のメロディの表紙も青でしたよね。 ベージュの事もありましたが、あれを画で表すとしたらあのスクリーントーンは貼らないだろうし。
 そっかー、青かー。 ちょっと残念ー。
 うちはチャコールグレイです。 黒に近いグレー。 春夏は薄いベージュ、もしくは薄いグレー。 控えめなストライプ可。 そしてネクタイは必需品。 おしゃれさんだから(笑)





破壊のワルツ(3)





「室長。昨日はすみませんでした」
 室長室に薪を訪ね、豊村は神妙に頭を下げた。薪は室長席に座ったまま、豊村が透明人間でもあるかのように黙って報告書のファイルに目を通している。
 
 重苦しい沈黙に、豊村は自分の早計さを悔やむ。室長にひとりで謝罪に来るなんて、無謀だった。やっぱり副室長の鈴木に相談すべきだった。
 それでも、切り出してしまったからには仕方ない。豊村は恐る恐る口を開いた。

「やっぱり、週末のメンテはおれが」
「けっこうだ」
 彼女と喧嘩する覚悟まで決めて、やっとの思いで申し出た譲歩を退けられて、豊村は口を噤む。薪の態度はあまりにも素っ気無くて、豊村の不安はますます大きくなる。
「僕が出るからいい。もう所長に予定表を上げてしまったし」
「すみません。おれ、鈴木さんが週末に結納するなんて知らなくて。そんな大事なことだと解ってたら、断ったりは」
「鈴木の私事は関係ない」
 事情を説明しようとした豊村の言を遮って、室長の冷徹な声が響く。ファイルから眼を上げようともせず、温かさの欠片も無い口調で、彼は豊村を詰った。

「問題なのは、おまえの仕事に対する姿勢のほうだ。ここに来て何年になるんだ。MRIシステムがハードディスクの容量を振り切ったらどうなるか、分かっているはずだろう。
 鈴木のプライベイトを知らなかったことより、自分の仕事に対する不徳を恥じるべきだ」
 誠心誠意の謝罪と精一杯の譲歩を素っ気無く返されて、豊村は憤る。薪が怒るのも無理はないが、それでもこんな言い方をしなくたって。
「お言葉ですけど。おれは仕事は真面目にやってるつもりですし、それなりの実績も上げてます」
 部下に言い返されたのが気に障ったのか、薪はパタンと見ていたファイルを閉じ、氷の微笑で豊村を見返した。
「あの程度でか?」
 鼻で笑う口調で言われて、豊村のプライドがささくれ立つ。
 室長の実力は分かっている、彼は確かに天才かもしれない。でも、自分だって小学生の頃から努力して一流大に入り、将来を嘱望されて第九に来たのだ。ミスをして諭されるならともかく、こんな風に馬鹿にされる筋合いはない。

「こないだの事件は、5日で報告書まで」
「新入りの滝沢に、あれこれ指摘されたおかげでな」
 ファイルを机の上に放り、腕を組んで背もたれに寄りかかる。ものすごく嫌な目つきで見られて、豊村は、以前滝沢に言われたことを思い出す。
「年は上でも、MRI捜査の経験ではおまえの方が1年以上も先輩なんだぞ。恥ずかしいと思え」
 恥ずかしい? 自分の存在が、第九の恥だと言うのか。
 捜査官としての経験は、滝沢の方が8年も上なのだ。自分の気付かないところに気付いて当然だ。それを能力不足と決め付けられたら、改善のしようがない。

「実績を上げてる、なんて言葉はな、鈴木くらいの腕になってから言え。口惜しかったら次の進行中の事件、解決して見せろ」
 鈴木の名前を出されて、豊村の心に冷たい何かが落ちた。室長が認めているのは、鈴木のことだけだ。自分と他の2人は眼中に無い。

 耐え切れず、豊村は無言で頭を下げて室長室を辞した。
 腹立ちを噛み殺すように唇を噛み、モニタールームへのドアを開けると、心配そうにこちらを見ていた上野と目が合った。
「おまえは第九の恥だって言われた」
 豊村が憎々しげに呟くと、上野は憤慨した様子で豊村に近付き、ひどいな、とストレートに室長を非難した。
「一人前の口を利くのは、副室長のレベルに達してからにしろとさ」
 室長の言葉を一字一句違わず再生したわけではないが、意味合いはこういうことだ。豊村は事実を正確に上野に伝えたつもりだった。
 上野は当然のように憤りを露わにし、同僚のプライドを守ろうとした。

「無茶苦茶だな。勤め上げてる年数が違うだろ。おれたちはたった2年、副室長は第九が準備室だった頃からここにいるんだから。3倍以上だ」
「前に滝沢が言ってた通りだ。室長は、副室長以外の部下を軽蔑してる」
 それがいつ囁かれたものか、はっきりとは覚えていない。
 カフェテリアで昼食を摂っているときだったか、3時のコーヒーブレイク中か、はたまた休日出勤が滝沢と重なったときだったかもしれない。とにかく、入ってきたばかりの滝沢に、『第九の室長』がどれほどすごい天才なのか、彼の偉業について説明していたときに言われたのだ。

「へえ。あの若さで警視総監賞を3回、長官賞を2回ですか。すごいですね」
「だろう? そんじょそこらの捜査官が束になったって、うちの室長には敵わないって」
「なるほど。それでわかりました。何故、室長が俺たちをあんな眼で見るのか。自分があまりにも優秀すぎて、周りの人間がみんな馬鹿に見えるんでしょうね」
 滝沢にしては珍しい、悪意のある言い方だった。豊村がびっくりしていると、彼はふっと哀しそうな顔になって、
「だからこの研究室には、仲間なら当然生まれるはずの友情や信頼関係が無いんですね。俺が以前いた部署は、上司と部下がもっと仲良かったんで。キャリアの集まりって言うのもあると思いますけど、ちょっと淋しいですね」
「おれたち、仲いいぜ? 精神的にきつい仕事だから長続きしないやつ多いけど、今いる4人は2年前からの仲間だ。みんなで力を合わせて頑張ってる」
「あ、そうでしたか。それは失礼しました」
 鋭い目を丸くして、滝沢は両手を胸の前に出した。言い訳をするときのように両手を小さく振って、失礼なことを言ってすみませんでした、と謝った。

「自分の目には、薪室長は鈴木副室長以外、誰も信用していないように見えたものですから」

 そのときは深く考えもせず彼の謝罪を受け入れた豊村だったが、滝沢の言葉は小さな棘のように心の隅に引っかかっていた。
 そう言われてみると、薪はプライベイトを自分たちと一緒に過ごさない。アフターの飲み会どころか、研究所全体の忘年会や暑気払いにも滅多に顔を出さない。室長会だけは付き合いをしているようだが、それは多分、
「自分より格下の人間とは、交流を持つ必要が無いと思ってるのかもしれませんね。出世のことを考えたら、上層部には顔を売っておかないといけないから」
 そうだ、これも滝沢が言ってたんだ。
「でも、副室長のことだけは信頼している。逆に言えば、彼以外は必要ないと考えている。それを副室長も、充分自覚している」
 
 室長に意見があるときは必ず自分を通すように、自分の立会いの元で意見するようにと鈴木副室長は言うでしょう? 自分がその場にいれば、薪室長は穏やかに話をするからです。でもそれは、豊村さんたちに気を使っているわけではない。鈴木さんに気を使っているのです。
 薪室長にとって、鈴木さん以外の人間はどうでもいい存在なんです。

「ちくしょう。馬鹿にしやがって」
「豊村?」
 3歳下の同僚が、常になく凶悪な目をしているのに気付いて、上野は焦燥する。豊村は、良くも悪くも単純な男だ。褒められれば有頂天になるし、叱られれば凹む。今回は絶対に後者だと思って慰めの言葉を用意していたのに、怒り心頭とは。

「おれ、第九辞める。上野も一緒に異動願い出そうぜ」



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破壊のワルツ(2)

 私信です。

 Mさまへ。
 今日は寝坊しました。





破壊のワルツ(2)






 カタカタとキーボードを叩きながら、豊村は胸のうちに不安を抱え、鬱々と画面を見つめていた。
 短く刈り込んだ頭をガリガリと掻き、小さくて丸っこい目を手の甲で擦り、ディスプレイに並んだ文章を苛立たしげに消去する。太くて短い指が連続でバックスペースキーを押下し、やがて画面は白紙の状態に戻った。
 
 朝のミーティングで週末のメンテナンス当番の変更が発表され、それは豊村にとっては都合の良いシフトだった、にも関わらず、彼の気は晴れなかった。ひと月ぶりの週末を共に過ごす予定の彼女の顔を思い浮かべても、この焦燥感は収まらない。鈴木の代わりに自分が出る、と言ったときの室長の顔が頭に焼き付いて、その不機嫌そうな顔が豊村を怯えさせていた。
 彼は、昨日の自分の言を後悔していた。
 室長に向かって、あんな断り方をするんじゃなかった。今週末に会えなかったらお終いよ、と彼女に言われて切羽詰っていたこともあって、嫌味な言い方になってしまった。
 そんな彼に追い討ちを掛けるように、重大な新情報が同僚からもたらされた。

「鈴木副室長の用事って、結納らしい」
「えっ!?」
「本当に?」
 初めて聞く副室長のプライベイトに、隣の席の上野が身を乗り出してくる。自分より8歳年上の新人が仕入れてきた情報に豊村は焦り、彼の深刻な表情に、執務室の職員3人は額を着き合わせた。

「滝沢サン、昨日はただの私用だって言ってたじゃないすか」
 滝沢は第九に来て1年にもならない新人だが、年齢は34歳と、この研究室で最年長。階級も豊村より高い警視だ。自然と言葉は年長者に向けるそれになる。
「昨日、鈴木に直接訊いたときには、そう言ったんだ」
 鈴木から、その日は自分は都合が悪い、と告げられた滝沢は、当然その理由を訊いた。それを上野と豊村に伝えたのだ。
「副室長だけに特例を認めるなんてズルイから、断固反対したほうがいいって」
 滝沢に言われたときは尤もだと思ったのだ。それでなくとも室長と副室長は普段から仲が良くて、仕事中はもちろん、昼休みまでべったりだし。大学の頃からの親友だということは知っていたが、それでシフトを優遇するなんて、あってはならないことだと思った。
 しかし。

「結納なんて重要なことなら、交代を断ったりしなかった」
「昨日の時点では分からなかったんだ。結果的に嘘を伝えたことになってしまって、本当にすまない」
 素直に頭を下げる滝沢を、それ以上責めることはできなかった。

 彼が第九に来ることに決まったとき、鈴木副室長は2人の部下を前にこう言った。
『滝沢は優秀な捜査官で、以前の部署では部下を何人も使って仕事をしていた。それが研究室の一職員になって、下積みから始めるのはさぞ辛いだろう。彼が尊大な態度を取ったとしても、少しくらいは大目に見て欲しい。目に余るようだったら、オレに言ってくれ。こちらで対処するから』
 横暴な室長を抑え、研究室の調和を守る鈴木らしい言葉だった。彼の気遣いと思いやりには、いつも助けられている2人はそのとき、
『大丈夫です。尊大な態度は室長で慣れてます』
『そうですよ。室長の上を行くようだったら、とっくに島流しになってますよ』
 などと、軽口を叩くことで鈴木を安心させようとした。

 鈴木の布石のおかげで心の準備をしていた2人だったが、意外なことに滝沢は、自分の階級を鼻にかけることもなく、従順な後輩の態度を崩さなかった。捜査官としての経験が長いだけあって、捜査においては先輩達の上を行くこともしばしばあったが、そんなときでさえ彼は謙虚な姿勢を貫いていた。
 言葉遣いも、最初は敬語で話していたのだが、彼のような見た目も立派な偉丈夫に敬語を使われるとどうにも居心地が悪く、こちらから止めてくれるように頼んだのだ。すると滝沢は、
『室長や副室長を敬うのと同じくらい、俺は先輩方を尊敬している。先輩方に敬語を使わないなら、彼らにも使わない』
 と言って、本当に室長たちに敬語を使うのを止めてしまった。大らかな副室長は、年上なのだし、それで構わないと笑っていたが、室長は明らかに不満顔だった。
 優れた捜査能力を持ち、それでいて謙虚で、同僚は大事にするが上役には媚びない滝沢に、上野と豊村は好感を抱いていた。傲慢を絵に描いたような室長より、ずっと人間的に優れた人物だと思っていた。

「これはお節介かもしれないが、今からでも謝りに行った方がいい。副室長の事情を知らなかったと正直に話して……でないと、これからの待遇に響く可能性がある。薪は根に持つタイプだろ」
「そ、そうだな。謝った方がいいよ、豊村」
 薪が執念深い性格なのは、上野にも心当たりがある。半年も前のミスを蒸し返されて、同じ注意を何度も受けた。もうそんな間違いはしない自信があるのに、新しい捜査に掛かる前には今でも必ず繰り返されて。もう、うんざりしている。
 同時期に第九に入った上野に言われて、豊村は席を立った。昨日の言い草が言い草だっただけに顔を合わせづらいが、客観的に見て悪者は自分のほうだ。

「じゃ、鈴木さんに」
 こういう場合は、まず副室長に相談するのが第九の鉄板だ。気難し屋の室長を上手に操っているのが、女房役の副室長だ。室長に言いたい事があるときは必ず副室長を通して、謂わば鈴木は、雲の上の室長と部下とのパイプ役なのだ。
「副室長なら所長室だ。婚約の報告をしてたぞ」
 目で長身の副室長を探す豊村に、滝沢が彼の居場所を教えてくれた。
「俺も所長室に居たんだ、6ヶ月報告の件で。それで婚約のことを聞いたんだ」
 科警研に入って6ヶ月を経た職員は、所長宛に現況報告書を提出する。報告書と銘打っているが、これは所長に向けた一職員からの手紙のようなもので、主に新人の精神的なケアが目的だ。よって内容には、自分が携わっている職種、職場の人間関係、仕事に対するやりがいや抱負など、前向きな文章を連ねるのが模範解答だ。間違っても室長の悪口を書いてはいけない。

「副室長も副室長だよな。もっと早くに打ち明けてくれればいいのに。そうすりゃ豊村も、こんな後味の悪い思いをしなくて済んだのに」
 なあ、と同意を求めるように、上野は滝沢に顔を向ける。滝沢は新人らしく口を噤み、困ったように首を傾げて見せた。捜査のことならともかく、新参者の自分に職場の人間関係について口を挟む権利は無い、と思っているのだろう。
 でも、上野は彼の気持ちを知っている。以前、一緒に酒を飲んだとき、『上2人があんなにべったりなのは、組織の統括を考える上でマイナスだ』とこぼしていた。あくまで酒の席のことで、滝沢が職場でそれを態度に表したことは一度もなかったが、あれが彼の本音だろうと上野は思っていた。

「室長も秘密主義だけど、副室長も同じだ。あのふたり、お互いのことしか信用してない。そんな風に、俺には思える」
 上野の厳しい言葉に、滝沢は苦笑して、
「仕方ないさ。あのふたり、大学時代からの親友なんだろう?この研究室を立ち上げたのもあの2人だし……そんなことより、早く行った方がいいんじゃないか?」
 心の中では親密すぎるふたりの関係を忌々しく思っているはずなのに、こうして彼らを庇い、話題を逸らそうと豊村に行動を促す。滝沢の思いやりに上野は感動すら覚え、改めて彼を見直した。
 捜査官として地力がそうさせるのか、一見尊大な雰囲気を漂わせる第九の新人は、実は謙虚で、やさしさと気遣いに溢れている。アフターの居酒屋で、室長の悪口で盛り上がっているときも、黙って聞いていることが多い。
 
 しかし、滝沢は奥ゆかしいだけで、自分の意見が無いわけではない。意見を求めると、実に建設的な解答が返ってくる。
 第九の残業が多すぎること、他の研究室に比べて有給休暇の取得が少なすぎることについての不満を連ねていたら、その件については所長に相談してみたらどうか、と提案された。残業はともかく、年次休暇の消化に関しては、所長の管理能力も問われる部分だからだ。
 なるほど、と思い、こっそり所長室に赴いたのはGWに入る直前だったが、室長の暴君ぶりは相変わらずだ。所長ですら、薪には強く意見できないのかもしれない。
 何故なら、薪には強い後ろ盾が―――――。

「さあ。こういうことは、早いほうがいい」
 滝沢に背中を押されて、豊村は室長室の扉を叩いた。その後姿を、ふたりは心配そうに見守っていた。



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破壊のワルツ(1)

 こんにちは~。

 数日後には4月号のメロディが発売されようという、秘密ファンなら誰もがナーバスになるこの時期に、こういうものを公開していいのかどうか、悩むところですが書いちゃったし。 KYなブロガーですみません。

 えっと、滝沢さんの過去のお話です。
 暗いです、重いです、長いです。(←つまんない小説ベスト3の条件をすべて満たしている)
 筆者お勧めの見どころは、滝沢さんが鈴木さんをイジメルところ、です。(何を書いているのやら)


 最初にしっかり申し上げておきたいのですが、
 わたし、原作の滝沢さんは間違いなく薪さんの味方だと思っているのですよ。 しかも、かなりいいやつ。
 よって、この話に出てくる彼はあくまで二次創作で、話の進行上こういう役割を果たしていると思ってください。


 それと、この話、救いがないです。
 旧第九が壊滅するときのお話なので、救いの入れようがなかったんですけど。
 だから、後味もすっごく悪くて、なので、

 明るくて楽しいお話がお好きな方は、読んでも楽しくないと思います。
 それと、旧第九の話なので、あおまきすとさんにはつまらないと思います。
 すずまきさんは多少出てきますが、貝沼事件が絡むので、ラブラブしません。
 滝沢さんはメインですけど黒い役なので、彼を好きな人は読まないほうが、
 って、いったい誰が読んでくれるの、この話っ!?


 てな調子で、公開するのも気が引けるのですが。
 よろしかったらどうぞ~~。






破壊のワルツ(1)






 記憶の中の彼女は、いつも笑顔で手を振っている。

 それが最後に見た彼女の姿だからか、彼女を思い出すと一番最初にその映像が浮かぶのだ。それから遡って、彼女と過ごした最後の時間。半日にも満たない、ほんの僅かな時間。
 あれは、秋も終わりに近づいた日曜日。自分の車で彼女を空港まで送り、4泊5日の旅行にしては多すぎると感じられた荷物を運んでやった。搭乗手続きに付き添い、搭乗時刻までの時間つぶしに空港内のコーヒーショップで30分。やがてアナウンスが、彼女が乗る飛行機の目的地と便名を告げた。
 
 セキュリティチェックの入口に向かう彼女の背中を見送って男は、彼女の前では我慢していたため息を吐く。
 急な仕事さえ入らなければ、彼女の隣を歩いているはずだったのに。まったく刑事って職業は。

 何列にも並んだカウンターの向こうの通路で、彼女は大きく手を振り、彼の名を呼んだ。彼は周りの目を気にして、胸の前にこっそりと手を上げただけだった。

 自分も叫べばよかった。
 彼女の名を呼んで、愛していると言えばよかった。
 いつでも言えると思っていた、言えなくなる日が来るなんて思わなかった。

 彼女は、今日も男の記憶の中で手を振る。
 ひたすらに振り続ける。



*****



 執務机の上に左手で頬杖をついて、忌々しそうに薪は舌打ちした。
 不機嫌に眇められた亜麻色の瞳に映っているのは、赤マジックで大きくペケが付けられた勤務表。所長に提出する休日出勤の予定表の期限は今日中だが、それを書き直す気にもなれないでいる。
 
 GWから3週間後、週末のメンテナンス当番について、部下からクレームが来た。当番表では副室長の鈴木と滝沢だったのだが、鈴木はこの週末、大事な用事がある。だから代役に豊村を指名したら、用事なら自分にもある、と断られた。ムカついたが仕方ない、もう一人の若手の上野に話を持ちかけたら、親戚の法事だと言われた。
「何が『人間として最低限の休暇を取らせてください』だ、豊村のヤツ。親の死に目に会えないのが刑事って職業だろうが」
「いつの時代の話してんの、おまえ」
 苦々しく悪態をつく薪の耳に、親友の声が届いた。言葉面は嗜める意味合いだが、その口調は明らかに面白がっている。
 毎朝のミーティングの記録をファイルに整理している鈴木に向かって、薪は声を張り上げた。

「豊村はまだいい、正直だからな。上野の叔父さんに到っては10人目だぞ。何人兄妹なんだよ、あいつの親は」
「ウソと決め付けるのはよくない。地方じゃ7人兄妹とか、珍しくないって聞くぞ」
「おまえこそ、いつの時代だよ」
 少子化が進む昨今、7人も子供がいたら政府から報奨金が出そうだ。
 薪がそう憤慨すると、鈴木は苦笑して、
「今年はGWから捜査が入っちゃって、休みが全然取れなかったからな。誰だって1ヶ月ぶりの週末は逃したくないよ」
「そんなこと言ったって、ハードディスクの残量は待ってくれない。今週末にバックアップ取らなかったら、容量オーバーでデータが消える危険性がある。あいつらには危機感ってもんが無いんだ」
 最近の若い者には、仕事に対する飢餓感がない。根性も足りないし、やる気も今ひとつだし。そのくせ、文句だけは一人前だ。

 いや、文句は最近だ。
 この頃、急に増えたような気がする。それに、何となく意思の疎通がしにくくなったような。

 勿論、室長とその部下という関係なのだから、友人のようには行かない。時には厳しい指導も必要だし、自分でも冷酷だと意識してなお、その判断を下さなければならないときもある。それでも、同じ研究室の仲間として、以前はもっと彼らの存在を近しいものに感じていたはずだ。
 それが、いつの間にか―――――。

 薪は左手の頬杖を解き、右手の拳を口元に当てた。軽く握った親指にくちびるを付け、じっと考えを巡らせる。

 ―――――― あいつが第九に来てからだ。

「あのさ、薪。何だったら、雪子に言って延期しても」
「だめだよ、そんなの!」
 申し訳なさを含んだ鈴木の申し出に、薪はびっくりして思考を中断する。大きく首を振り、彼の提案を激しく拒んだ。
「雪子さんのご両親、青森から上京してくるんだろ? もうホテルも取っちゃっただろうし、飛行機の切符だって。第一、式の予約もしてあるのに」
「ご両親が来るのは土曜日だから、ホテルと飛行機はキャンセルしてもらってさ。式って言っても結納だから。来週に延ばしてもらえば済む話だ」
「そんな簡単に言うな。一生に一度のことなんだから」
 今週末、鈴木は雪子と正式に婚約する。結婚式の予約をしてある式場の一室で、結納の儀を交わすのだ。

「それに、こんなことで予定が延びたら、僕が雪子さんに殺される」
「雪子は大丈夫だよ。仕事だって言えば」
 何を呑気なことを、と薪は思う。男はこういうことを面倒だと思いがちだが、女性にとっては一生に一度の、それも最大のイベントだ。それを『仕事』で延ばせると思っているなんて、危機感の無さは部下たちといい勝負だ。
「おまえは雪子さんに投げ飛ばされたことがないから、そんな無謀なことが言えるんだよ。一度組み合ってみろ、この人には一生逆らうまいって思うぞ」
「雪子、柔道の試合のとき、めっちゃ怖いもんな」
「うん。羽佐間さんも自分の奥さんとどっちが怖いか、真剣に悩んでた」
 冗談に紛れさせて、薪は鈴木の不誠実を詰る。

 鈴木には、ちゃんとしてもらわないと困る。今だけは仕事よりも雪子のほうが大事だと、はっきり態度で示してもらいたい。でないと……。

 薪は机の上で両手を組み合わせ、真面目に言った。
「例え緊急の捜査が入っても、その時間は開ける。結婚式も。新婚旅行はどうなるか保証できないけど、なるべく協力するから」
 大切な友人たちの大切な儀式を、心から祝いたい。自分自身にけじめをつけるためにも、何らかの形で協力させて欲しい。
 鈴木はいつものように薪にやさしく笑いかけて、軽い口調でそれに応じた。
「ラッキィ、室長が親友だと心強いな。ていうか、ちょっとズルイかな、オレ」
「そんなことはない。結婚による1週間の慶弔休暇、親の葬儀の3日間の忌引休暇は職務規定に明記されているんだ。堂々と取得すればいい」
「規定に明記されてる一年に20日の有給休暇は、毎年繰り越しになってるけどな」
「それを言うなって。こないだも田城さんに叱られたばかりなんだから」

 九つある研究室の中で、年次有給休暇を一番消化しきれていないのが第九研究室だ。第九ではMRIのメンテナンス等による休日出勤も多いから、その代休も加算されて、平均取得日数マイナス15日という笑えない結果になっている。実際、職員にとっては笑い事ではない。豊村の言にも一理あるのだ。
 薪はワーカホリックを絵に描いたような人間だ。人生の最優先は仕事、そのスタイルに何の疑問も抱いていない。実にシンプルで、ある意味幸せな男だ。
 が、それを周りの人間にも求める傾向が強いのは問題だ。第九の室長から休暇を捥ぎ取ろうと思ったら、1ヶ月ごとに結婚式と葬式を繰り返すしかない、などという笑い話まであるくらいだ。
 その冗談の通り、去年までは薪が言い渡す残業や休日出勤に職員たちは唯々諾々と従ってきたのだが。今年になってから、徐々にそのシステムが崩れてきている。残業も3日続くと4日目には渋られるし、休日出勤もこの有様だ。

「とにかく、鈴木はきちんと自分の役割を果たして。相手のご両親を安心させてやれよ。大事な一人娘を貰うんだから」
「そうだなあ。親もそうだけど、オレ、義弟ができるんだな。妹しかいなかったから、楽しみだ」
「そうだね。……いいな。羨ましい」
 薪には家族がいない。幼い頃に両親を亡くして、兄弟もいない。近しい親類も無く、親代わりになって育ててくれた叔母夫婦は、今はアメリカのロサンゼルスに住んでいる。
 たったひとりの親友も結婚して、自分から離れていく。自分では隠していたつもりの寂しさが滲み出てしまったのか、鈴木の瞳が心配そうに薪を見た。

「薪だって、結婚したら両親も兄弟もできるさ」
「それもそうだな。官房長の末娘と結婚したら、両親と義姉が2人もできる。義弟よりも義姉の方が、数段魅力的な響きだ」
 昔の冗談を蒸し返して、薪は鈴木の心配顔を笑い飛ばした。薪の笑顔に釣られたように、鈴木がホッと目尻を下げる。
「おまえ、言い方がイヤラシイ」
「鈴木こそ。口元が緩んでるぞ」
 にこやかに笑いながら、羨ましいのは鈴木じゃないよ、と薪は心の中で呟く。

 羨ましいのは義弟の方だ。鈴木の弟になれる、一生涯鈴木とつながる絆ができる。それが羨ましい。
 でも、本当に羨ましいのは……。

 その先を言葉にはしたくなくて、薪は慌てて意識を書類に向けた。休日出勤の予定表を作らなければ。
「週末は僕と滝沢が出る」
「悪いな。後で何か奢るから」
「もう貰った。山水亭のクリスマスディナー。美味かった」
「そんな、半年も前のこと」
 鈴木が言いかけたとき、彼の携帯が震えて、ふたりの会話は中断された。相手は多分、彼の婚約者だ。

「ああ、大丈夫。薪が上手くやってくれた」
 鈴木は雪子に薪の尽力を伝えると、嬉しそうに笑った。薪はシッシッと片手で追い払う仕草で、彼を自分の部屋から追い出した。定時は過ぎている。婚約前の大事な時期、早く彼女の処へ行ってやったほうがいい。
「薪。次の薪のメンテ当番、オレが代わるから」
「いいよ、気にしなくて。早く帰れよ。雪子さん待ってるぞ」
 ドア口で振り向いた親友に、薪は苦笑する。
 パタンとドアが閉まって、途端にひっそりと静かになった室長室に、薪が叩くキーボードの音だけが響いた。

 本当に、鈴木は気にしなくていい。逆に、仕事をしていたほうが気が紛れていい。自宅に独りでいたら、色々と余計なことを考えてしまう。考えても仕方のないことばかり、繰り返し繰り返し。
 とうに終わりを告げた夢を。過ぎ去った昔を。
 鮮明に、生々しく、何度も何度も思い出す。最後は決まって涙が止まらなくなる、それが解っているのにメモリーは消去できない。

 予定表をメールで所長に送って、再び頬杖をつく。
 両手でやわらかい頬を包んで、薪は物憂げにため息を吐いた。



*****


 原作の鈴木さんと雪子さんは、婚約してません。
 これはうちのお話の勝手な設定なので、(てか、コピーキャットが本誌に載る前にすでに書いちゃってて。だって~、雪子さん、4巻のお葬式で親族席にいたじゃん! だからてっきり婚約者だったんだとばかり。 あれはたまたまお母さんに慰められてただけだったんですね)
 いろいろ原作と違っててすみません~。
 まあ、一番違うのは、薪さんの性格ですけど(笑)


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未来への弁証(3)

未来への弁証(3)






 夏の事件を境に、そんな考えに囚われ始めていた青木だが、その年の晩秋、彼の憂鬱をきれいに払拭する事件が起きた。
 それは彼らに訪れた何度目かの破局と、失笑を伴う復縁のおかげだ。
 まるでマンガのような出来事だった。あの後しばらくは薪の顔を見るたびに思い出して、笑いを堪えるのが大変だった。でも、その珍事はとても重要な決意を青木にさせてくれた。

 迷うことはない。
 この先、何があろうとも。
 自分はずっとこのひとを好きでいればいい。物理的に隔てられたとしても、彼を世界で一番愛しいと想っていていい。それを薪が望んでくれていると解ったからには、恐れるものは何もない。

 恋人同士になって3年も経ってからこんな基本的な見解に達するなんて、どうも薪と自分の関係は色々な手順が普通とは違っているようだが、それも仕方ないかもしれない。自分たちは同性でありながら恋人という関係に進んだのだし。
 いや、ちがう。相手が薪だからだ。このひとの特異な性格のせいだ。
 まったく、こんなひとは見たことがない。もしもこの世に薪が3人いたら、世界はめちゃくちゃになってしまうに違いない。

 クリーム色のマフラーに顔を半分埋めるようにして、自分の隣を歩いている恋人を横目で見て、青木はまたもや心の中でクスクスと笑う。
 薪と出会って5年。
 彼に恋をして2年、想いが叶って3年。
 薪との関係は常に破綻とその修復に追われて、穏やかな幸せとは程遠いのだが、とりあえず退屈だけはしない。山あり谷あり、というよりはフォッサマグナとマリアナ海溝の連続、という感じだが。

 真っ直ぐ前を見て歩いていた薪が、突然こちらを向いた。心中の不敬な思惑を見抜かれたかと思ったが、薪はぐるりと頭を巡らせ、
「青木っ、追え、現行犯逮捕だ!」と小声で叫んだ。薪の視線の延長上を走るのは、荷台に高温の石に包まれた黄金色のスイーツを乗せて走る軽トラック。冬の日本の風物詩だ。
「冤罪です。あのおじさんはお芋を焼いてるだけです」
「いいから走れ! 雪子さん、焼き芋大好きなんだから」
 これから訪ねる約束をしている薪の友人の名前が出て、青木は彼の気まぐれの原因を知る。薪は雪子には徹底的に甘いのだ。
「三好先生のお土産には、かぼちゃのケーキを焼いてきたんじゃなかったんですか?」
 薪が下げている白いケーキの箱を指して、青木は聞いた。雪子が好きな生クリームの装飾をしてあるらしく、持ち方が慎重だ。腕を軽く曲げて、歩く振動が箱に伝わらないようにしている。

「あれだけ世話になったくせに、この恩知らずめ。おまえ、雪子さんがいなかったら、今ごろ病院のベッドにくくりつけられてるぞ」
「え? だってあれはお芝居で」
「あそこに雪子さんが居合わせなかったら、腕の2,3本は折ってた。僕を騙したんだから、そのくらいの覚悟はしてたんだろう?」
 亜麻色の瞳にぎろっと睨まれて、青木は右上空に視線を泳がせる。薪は執念深いから、何ヶ月かはこのネタでねちねちと甚振られるに違いない。
「謂わば、命の恩人だ。おまえからも礼をするのが当たり前だ」
 雪子がいなかったら薪に殴られるようなことにもならなかったのだが、薪の頭脳に彼女を悪者にする選択肢は最初から組み込まれていないのだから、それを言っても無駄だ。

「追跡、確保します」
 軽く頭を一振りすると、青木は走り出した。
 自分で買いに行けばいいじゃないですか、なんて言ったが最後、この後のデートはキャンセルされてしまうだろうし、夜は絶対に青木の頼みをきいてくれなくなる。それは困る。

 住宅街の路肩をゆっくりと走る軽自動車を捕まえて、雪子の好物を大きな紙袋一杯に買い込む。香ばしくて、甘い匂い。追いついてきた薪に袋の口を広げて中を見せ、彼が満足気に頷くのを確認し、青木はにっこりと微笑んだ。
 青木が抱えた紙袋と自分が持った箱を順繰りに見て、薪はほっと白い息を吐く。
「雪子さん、これで竹内との結婚、考え直してくれないかなあ」
「あはは、三好先生なら真面目に悩みそうですね」
「だろ? この作戦、行けるよな。雪子さん、食べることに命懸けてるもんな」
「……本気ですか?」

 竹内と雪子が結婚を前提として付き合っていることを知った薪は、雪子の親友として『悪い男に騙されている、即刻別れた方がいい』としつこく彼女に警告している。自分の知人でまだ独身の男を紹介しようとしたり、竹内の身辺捜査を行なったりして、二人の仲を裂こうと躍起になっている。が、薪の悪企みは悉く失敗中だ。雪子たちは本当に愛し合っているし、竹内は昔のような遊び人ではなくなった。

「そっとしておいてあげた方がいいんじゃないですか? 三好先生だって、子供じゃないんですから」
「相手が竹内でなかったら、僕だって祝福したさ! でも、あいつだけは絶対に許せない。我慢できないんだ、僕の雪子さんが亭主の浮気に泣かされる可哀相な人妻になるなんて!」
 雪子は薪のものではないし、竹内が将来浮気をすると決まったわけではないが、薪は大真面目だ。
「結婚してからじゃ遅いんだ、今のうちに何とかしないと。ああ、どうして竹内の女関係が出てこないんだろう。あんなに調べてるのに」
 結婚を前提として付き合っている恋人がいるのに、出てくる方がおかしいと思うが。

「それは三好先生のほかに、だれとも関係してないからじゃないですか?」
「そんなわけないだろ。あの女ったらしが2年近くもひとりの女性とだけ、なんて嘘に決まってる。狡賢いキツネめ。絶対に尻尾をつかんでやる」
「それだけ三好先生が魅力的だってことじゃないんですか? 他の女性なんか、目に入らなくなるほど」
 青木が雪子を褒めると、薪は途端に嬉しそうな顔になって「そりゃあ雪子さんは、世界一の女性だからな」とのたまった。聞いたのが青木以外の人間だったら、完全に誤解されるセリフだ。

「竹内さんも三好先生の魅力に参った、ということで。認めてあげたらいかがですか」
 青木がそう言うと、薪は複雑な顔つきになって唇を尖らせた。薪にだって分かっているのだ。たとえ不確かな未来でも、愛する人と生きるのが雪子にとって一番の幸せだと。
「大事なのは、三好先生の気持ちでしょ? 薪さん、あの時そう言ってたじゃないですか」
「うん……そうだな」
 雪子のマンションの前まで来て、ようやく薪は頷いた。インターホンを鳴らし、ドアを開けてくれた黒髪の美女に、にっこりと笑いかける。

「雪子さん。ご婚約、おめでとうございます」
「ありがとう」
 幾度となく恋人との付き合いを止めるよう長年の友人に諌められていた彼女は、彼のお祝いの言葉にうれしそうに笑い、ケーキの箱を両手で受け取った。左手の薬指に控えめに輝くダイヤモンド。彼女の誕生石だ。
 薪の後に続いて部屋に上がった青木に、感謝の眼差しを向けてくる。薪くんを説得してくれてありがとう、と黒い瞳が言っている。

 しかし、頭では納得しても、気持ちと身体が納得しないのが男という生き物で。
 小綺麗に片付けられたリビングに落ち着き、持参のケーキとアツアツの焼き芋で紅茶を楽しんでいると、玄関のチャイムが鳴った。応対に出た雪子を目で追うと、ドアが開いた瞬間に彼女を抱きしめる男の腕が見えた。
「会いたかった」
「あら、今日仕事じゃなかったの?」
「片付きました。先生に会いたくて、現場から直行しちゃいました」
 雪子の左手に光る指輪の送り主は、彼女の首筋に顔を埋めると、目を閉じてふうっと満足げなため息を洩らした。それから彼女の背に回した手を短い黒髪に埋め、唇を首から頬にかけて滑らせた。
「あ、竹内。今ちょっと」
 忙しくてデートもままならない恋人たちの性急さで、玄関口に立ったままキスを交わす。雪子は抵抗したが、その手は弱々しかった。

「その汚い手を放せっ、僕の雪子さんだぞ!!」
 いきなり突き飛ばされて、竹内はびっくりして目を開けた。

「え!?」
 謂れのない非難を受けて、雪子の婚約者は呆然としている。竹内は薪が雪子に心酔していることを知らないから、彼の怒りをどう捉えたらいいのか分からないのだろう。
「あー、聞き流しといて大丈夫だから。青木くん、早く連れて帰って」
「雪子さんっ、こんなやつに騙されちゃダメです! お願いですから目を醒ましてください!」
 ひらひらと手を振る雪子の軽い口調に、薪の悲痛な叫びが重なる。
 喚き散らす薪の声は、竹内が初めて聞く彼の声音だ。数年前、火事に巻き込まれて死にかけたときより、遥かに取り乱している。

「竹内、雪子さんにおかしなことしたら許さないからな! 月夜の晩ばっかりじゃないぞ、背中に気をつけろ!!
 僕は結婚なんかぜったいに認めなっ、ふがっ、もごごっ……!」
 凶悪な口をマフラーで塞ぎ、青木は薪を後ろから羽交い絞めにして彼の狼藉を押し留める。抵抗する薪をベッドに押さえつけるのは年中やっているから、スムーズなものだ。

「オレたち、これで失礼します。竹内さん、お邪魔してすみませんでした」
 爆発寸前の薪を肩に担ぎ上げ、青木は雪子のマンションを出た。あとのフォローは雪子がうまくやるだろう。
 暴れる薪の腰から下をがっちりと抱きしめて、階段を下りる。誰かに見られたら完全に誘拐犯だが、薪が落ち着くまでは地面に降ろせない。スプリンターの薪に走って逃げられたら、青木には追いつけない。

「放せ、青木! 僕にこんなことして、只じゃおかないぞ!」
「放したら、三好先生たちの邪魔しに行くつもりでしょう?」
「当たり前だ。警察官として、か弱い女性が変質者に襲われるのを黙って見過ごせるか!」
「三好先生はか弱くないし、竹内さんは変質者じゃないと思いますけど」
 薪の認識は間違っている。しかし、それを正すのはとても難しい。薪の思い込みは果てしなく深いのだ。

「ちくしょー、竹内のやつ。雪子さんにキスなんかしやがって。僕だってしたことないのに、ああっ、羨ましい!」
「もう諦めてくださいよ。薪さん、きっちり振られてたじゃないですか」
「おまえがそれを言うのか? 何回振っても諦めなかったくせに」
 背中から聞こえてくる薪の声が、軽い揶揄を含む。どうやら落ち着いてきたらしい。
「いい加減、下ろしてくれ。頭に血が昇ってきた」
 地面に屈んで薪の足を地につけ、青木は薪を立たせた。細い身体が、青木の背中から肩へ這い下りてくる。

「すみませんね、しつこくて。でも、ご自分がされてイヤだと思ったことは、他人にしないのが立派な大人の行動だと思いますけど」
「じゃあ、僕も諦めない」
 薪が青木の肩につかまったままでいるので、青木は立つことができない。屈んだ姿勢で薪に視線を合わせ、彼の言葉の真意を探る。

「僕は立派な大人だから。されて嬉しかったことは、他人にもしてやるんだ」

 意地悪そうに歪められたくちびるは、それが彼独特のシュールな冗談だと物語っていたけれど。青木にとっては思わず彼を抱きしめずにはいられない、愛の告白と同等級のセリフで。
 抱きすくめて塞いだ薪のくちびるからは、さっき飲んだF&Mのダージリンの香りがして、薪の周囲をいつも包んでいる百合の匂いと相まって、青木を夢心地にする。甘くて爽やかでうっとりするような、きめ細かな舌ざわりはまるで極上のマシュマロ。

「バカ、おまえ。こんなところで」
 小声で叱るが、目立った抵抗はしてこない。薪はキスに弱いから、その直後は力が抜けてしまうらしい。
「ビリヤード変更して、ホテルにしません? 薪さんに、いっぱいウレシイことしてあげたいで、痛ったっ!!」
 腹に小さな拳がのめり込んで、青木は呻いた。その隙に、腕の中の暴漢はひらりと身を翻す。
「調子に乗るな」
 吐き捨てて走り出す、野生動物みたいにしなやかな動き。細い身体に溢れるエナジーを、青木は美しいと思う。

 数秒後、50mほど離れた場所で振り返り、薪はイッと舌を出した。



―了―


(2010.3)←ほおらね、これも1年前。(^^;


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未来への弁証(2)

未来への弁証(2)







 激しくて甘い時間が過ぎて、ゆっくりとたゆとう時間が訪れる。
 青木の恋人は、眠りについたところだ。満足気な顔で、幸せそうに寝息を立てている。

 青木はベッドの上に身を起こして、少し不満そうな顔でその寝顔を見つめている。
 亜麻色の髪とやさしい眉。長い睫毛と小作りな鼻。それから青木がいちばんの魅力を感じているつややかなくちびる。どこまでもきれいで清らかで。ついさっきまで自分の腕の中で乱れまくっていたひととは別人みたいだ。

 このひとは行為のあとすぐに眠ってしまうクセがあって、ひどいときにはその最中でも寝入ってしまう。青木はまだ若いので1度や2度では満足できないが、薪は今年で40になる。一度すれば充分とばかりに、青木を受け入れたまま自分だけイッたかと思うと1分もしないうちに眠りに落ちていたという、青木にとっては生き地獄のようなことが今まで何度あったことか。
 それでも惚れた弱みで無理強いすることもできず、じっと我慢している自分の健気さに時々涙が出そうになる。 とにかく、ぞっこん参っている。心を奪われている、などと生易しいものではない。風速40mのハリケーンに引きずり込まれて、何もかも剥ぎ取られていく感じだ。

 自分勝手でわがままで、へそ曲がりで頑固で……自分の好みとはかけ離れたひとだということに気づいたときには、もう遅かった。好きになってしまった後だった。好きな人のことは何でも許せてしまう青木の性格のせいで、薪はどんどん増長した。今では青木はすっかり薪の言いなりで、恋人というよりは奴隷である。

 つれない恋人にため息を吐きつつも、青木はいつものようにパジャマを薪に着せてやる。
 暴君の身体を起こし、片袖を通そうと細い腕を持ち上げたとき、薪は目を開けてぼんやりと青木を見た。不満が表れてしまったのか、起こし方が少し乱暴だったかもしれない。
「すいません。起こしちゃいました?」
 青木は薪の前ではいつも謝っているような気がする。とても恋人同士とは思えない。
 薪の眼はいつも居丈高で上から目線で。でも、職場でも上司だし12歳も年上だしで、青木が薪より上位に立つことなど何一つないのだから仕方がない。

「あおき」
「はい?」
 薪は、大きな目を半分だけ開いて青木を見ている。これは完全に寝ぼけている。
「僕は……いまのままでいいから……」
「ダメですよ。風邪ひいちゃいます」
 風邪をひいたら、このひとは必ず青木のせいにする。
 おまえがあんなことをするから、と責められて、冬の間は禁止だ、と3週間くらいさせてもえらえなかったこともある。あの事態だけは避けたい。

「いいんだ……このままで、じゅうぶん……しあわせ……」
 そりゃあ薪は1回すれば満足なのだから、幸せなのだろう。でも青木はぜんぜん足りない。
「薪さんはいいですよね。淡白で」
「なんにもいらない。おまえだけいればいい……」
 それだけ言って、また眠りに戻ってしまった。まったく勝手なひとだ。

 ……これだから、離れられないのだ。
 時々こうして、青木の心をわしづかみにするようなことをする。
 それは今のような寝言だったりベッドの中で見せる表情だったり、薪お得意の勘違いによるおかしな行動だったりするのだが、どれも計算してのことではないからいっそ忌々しい。このひとは表面はぶっきらぼうだけど、本当は自分のことを大事に思ってくれているのかもしれない、などと考えてしまったらもうお終いだ。ますます好きになってしまう。どんな意地悪もかわいく思えてしまう。そしてイジメはどんどんエスカレートする。悪循環である。

 いつものループにがっちりはまったところで、青木は堪えきれず苦笑する。
 きれいな寝顔が急に愛しくなって、激しくくちづけたい衝動に駆られる。でもそれを行動に移したら、寝ぼけた薪に張り飛ばされる。すでに何度も体験済みだ。

 あとどれくらい、この虐げられる幸せは残されているのだろう。
 これから先、薪に運命の女性が現れて、彼女と人生を歩むことになったら。自分は身を引かなくてはならない。

 青木は自分の立場を、正確に理解している。
 薪は今、自分の人生を立て直そうとしている。あの事件のせいで狂ってしまった人生を、元の輝きに満ちたものに戻そうとしている。それには精神的なリハビリが必要で、そのために青木を側に置いてくれている。
 目的がリハビリならば、事件のことを知り、薪のことを知り、鈴木に対する恋情まで全部心得ている自分が最適だと思ったのだろう。それで自分を受け入れてくれたのだ。薪の「努力してみる」という言葉の裏には、青木には計り知れない様々な思惑があったのだ。

 3年付き合って解ったが、薪は、男に抱かれるタイプでも男を好きになるタイプの男でもない。鈴木のことがあるから誤解を受けがちだが、このひとは当たり前に女性が好きなのだ。街中で大胆に肌を露出している女性がいれば自然にそちらへ目が行くし、かわいい女の子にぼーっと見蕩れていることもある。
 男としての能力に欠けるわけでも、女性を愛せないわけでもないのだ。あの事件さえなければとっくに結婚して、今頃は可愛い子供もいたかもしれない。

 だけど、今はまだ不安定な時期で。誰かに支えて欲しがっている。
 だから薪が充分に立ち直り、ひとりで歩けるようになったら。そこで青木の役目は終わりだ。

 その日が来るのを、青木は怖れてはいない。
 薪のような人間を一生恋人にしておけるなんて、自惚れたことを考えてはいない。このひとの誇りに満ちた人生の一部分に貢献できただけでも、自分には過ぎた幸せだと思っている。
 
 青木はずっと、薪のことを自分の手で幸せにしてあげたいと思ってきた。
 薪は見かけより強くない、むしろ精神的には弱い人間だと決め付け、彼を一生支えていきたいと――― しかしそれは、ひどく傲慢な考えではないかと最近になって気付いた。
 薪が脆いと思っていたのは自分の都合のいい誤解で、もともと強いひとだったのかもしれない。青木と会ったばかりの頃は、あの事件からまだ半年くらいで、薪のこころに深い傷が残っていた。このひとには誰か支えになる人間が必要だと思い、それは自分でありたいと願って、嫌がる薪を口説きまくって恋人関係に持ち込んだけれど。

 今回のことも、薪は自分ひとりで解決し、ひとりで立ち直った。青木は何もしていない。写真が送られてきたのが官房室宛だったため、青木には聞かせられない事情もあるのだろうが、事件の顛末についても詳しいことは話してくれない。ただ、心配ない、大丈夫だと繰り返すだけだ。
 それを寂しいと思ってしまうのは、自分のエゴだ。薪に立ち直って欲しい、昔の笑顔を取り戻して欲しいと願いながらも、いつまでも自分に頼って欲しいと思うのは間違っている。

 薪の未来に、自分は必要ではない。人生を立て直した薪に必要なのは、生涯を共にできる相手だ。男の自分にそれが難しいことくらい、青木にも分かっている。
 自分が薪の傍に、未来永劫居続けることは許されない。それは薪の輝かしい将来に影を落とすことになる。警視長になって、官房室への転属も内々にではあるが確実なものになって、薪の前には再び光に満ちた道が開かれたというのに、そこに暗雲を呼ぶような真似をするなど、あってはならない。

 静かに過ぎていく日常の裏側で、確実に刻まれる別離へのカウントダウンを聞きながら。
 あと何回こうして薪と愛し合えるのだろうと、切ない思いに身を切られるような痛みを覚えながら。
 青木は薪の寝顔に、そっとキスを落とした。



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未来への弁証(1)

 こんにちは。

 こちら、『スキャンダル』と『女神たちのブライダル』の後日談です。
 サードインパクトに向けて、青木くんの気持ちの整理をつけてます。 騒動は起きません。
 前作もそうだったんですけど、次の話もけっこう破壊力(?)の強い話だから、間にこれを入れて緩和しようかなって。 
 ……姑息。


 よろしくお願いしますっ。





未来への弁証(1)





 落としたてのコーヒーの香りが充満するキッチンで、青木はコーヒーサーバーを手に取った。
 サーバーの注ぎ口から黒色の液体が流れ、白いマグカップに抱き取られる。静かに嵩を増す黒と白のコントラストが7対3の割合になったところで手を止め、2つ目のカップに残りのコーヒーをざっと流し込んだ。これは自分用なので、注ぎ方も大分いい加減だ。

「薪さん、コーヒー入りましたよ」
 両手にマグカップを持ってリビングに入り、ソファにいた恋人に声を掛ける。うん、と生返事を返した薪は、DVDのジャケットを熱心に見ている。山と積まれたDVDは、ここに来る途中青木がレンタルショップで借りてきたものだ。
「う~ん、どれもこれも色気が足りないな。女の子の裸がバンバン出てくるビデオとか無かったのか?」
「アダルトビデオはご自分の会員証で借りてください」
 さらっと切り返してコーヒーを手渡す。薪の顔に似合わないエロオヤジ発言には、もうすっかり慣れっこだ。

「オレのお勧めはですね、こちらです」
 そう言って青木が手に取ったのは、少し前に話題になった海外ドラマだ。辛口批評の得意な宇野が素直に面白かったと言っていたから、これは薪も喜ぶだろうと思って借りてみた。薪と宇野とは、けっこう好みが似ているのだ。
 青木の手元を見る亜麻色の瞳が、興味深げにくるめいている。ジャケットに書かれた宣伝文句とアクションシーンのカットに、口角が上がる。しかし、天邪鬼が専売特許の薪が、素直に面白そうなんて言うはずがなかった。
「不届きなドラマだな。牢破りなんて」
 なるほど。警察官としては複雑かもしれない。

「でも、このお兄さんは無実の罪で、で、こっちの弟がそれを救うために刑務所の見取り図を手に入れて」
「弁護士立てて、無実を訴えればいいじゃないか」
「それが、これは国際的な陰謀が絡んでいてですね、警察もみんなグルで、一個人の力じゃどうにもならなくて」
「警察官の僕たちが、そういうドラマ見て盛り上がっていいと思ってるのか?おまえには警察官の良識ってもんがないのか」
 大きな亜麻色の瞳が半分に眇められて、青木を横目で見ている。最近ますます艶めいてきたくちびるが意地悪そうに微笑んで、これはいつもの薪の言葉遊びだと青木に教える。

「ル○ン三世大好きなくせに……じゃ、別のにしますか」
「見ないとは言ってないだろ。さっさとかけろ」
 自分勝手な恋人に苦笑して、青木はDVDをデッキにセットする。薪はソファの座面に片足を載せて、くつろいだ表情でリモコンを押した。
 青木が隣に座ると、当たり前のように薪の手が伸びてくる。口では何のかんのと言いつつ、一緒にテレビを見るときには自然に手を重ねる。意地悪と甘えん坊が同居している薪の性格は、とても複雑だ。

「あっ、後ろから追っ手が来てる! 早く逃げないと」
 気乗りしなさそうなポーズは最初の数分だけで、すぐに物語の世界へ入り込んでしまった薪は、ビデオがスタートして30分後にはすっかり主人公たちの味方になっている。両の拳を胸の前で握って、小声で画面にエールを送っている。身を乗り出すようにして画面に見入る姿に、青木は思わず笑いを洩らした。
 このひとは年の割りに無邪気なところがあって、時々、普段の冷静な仕事振りからは想像もつかない姿を見せてくれる。青木にとってそのギャップはたまらない魅力に思えて、薪から離れられない要因のひとつになっている。

「ああっ、あいつ裏切りやがった! だからあの時、殺しときゃよかったんだっ」
 ……警察官の良識はどこへ?
「やったっ、逃げ切った! 見ろ、あの刑務官の口惜しそうな顔。ザマーミロ!」
 …………もしもし、警視長殿?
 ビデオより、薪を見ていたほうが面白い。今日の薪は大好きな犬と遊んでいるときのように、楽しそうな顔をしている。

 二時間半の逃走劇が終わって、青木はコーヒーのお代わりを淹れに立つ。リビングに戻ると、薪が次の上映作品を選んでいる。今日は一日、ビデオ三昧のつもりらしい。

 ……休日に、昼間から家の中でDVDなんて薪らしくない。
 室内でモニターばかり見ている職業だから、オフの日は画面を見たくないのが人情というものだし、天気が良ければ太陽の下で活発に動き回りたくなるのがひとの本能というものだ。今日のように秋空が眩しく晴れ上がった休日なら、薪の好きな動物系のテーマパークに出かけるのが定番だ。
 先月、あんな写真が届かなければ。

 あの写真のせいで、薪は身が細るほど悩んで悩んで、でも。
 絶対に別れない、と言ってくれたことがとてもうれしかった。

 しかし、それに応じられるかどうかは犯人の出方による。小野田に預けてある書類が表に出れば、自分は薪と一緒にはいられなくなる。

「薪さん。オレがもし、犯罪を犯したらどうします?」
 隣に腰を下ろして、何気なく訊いてみる。薪が本音を言うとは思わないが、一応念のためだ。
「自首させる」
 迷いもせず、簡潔に答える。青木の好きな潔い口調。
「逃げたら?」
「草の根分けても探し出す。絶対に見つけて、僕が手錠かけてやる」
「警官の鑑ですねえ」
 実に薪らしい答えだ。ここまでは百点満点だ。

 薪は青木の手からコーヒーを受け取ると、ソファに深く座り直した。カップに口をつけ、ゆっくりとすする。
「その代わり、待っててやる。おまえが罪を償ってくるまで、ずっと」
 おっと、減点です。マイナス20点。
「それはやめてください」
 青木の隣で伏せられていた長い睫毛がぱっと開き、亜麻色の瞳が青木の顔を映す。びっくり眼のあどけない顔を、あとどれくらい見ていられるのだろうと不吉な予感を覚えながら、青木はにっこりと笑った。

「オレが刑務所に入るようなことがあったら、薪さんは素敵な女性を見つけて、結婚なさってください」
「なに言いだすんだ? 急に」
「約束してください」
「できない」
 マイナス30点。しかし、まだ合格圏内だ。
「どうしたんだ? 刑務所に入る予定でもあるのか。だったらこの場で白状しろ。洗いざらい自白(うた)っちまえ」
 捜一時代のクセで、容疑者を自白に追い込むときには言葉が荒くなる。上品そうなのは見掛けだけで、薪はけっこう刑事という荒っぽい職業に向いているのかもしれない。

「先日の写真のことが気になってます」
「バカ! どんな外道でも、殺したら殺人罪だぞ。あんな人間のクズのために人生棒に振る気か」
「……いや、間宮部長を殺す気なんかないですから」
 お得意のカンチガイにがっくりと肩を落として、その先の言葉を失ってしまった青木に、薪はくすくすと笑って、
「大丈夫だって言っただろ。あの写真のことなら、僕がきっちりカタをつけたから。おまえは何も心配しなくていい」
 なんだ。分かってたのか。

 官房室に写真が送られてきてから、すでに2ヶ月が過ぎた。何事も起こらないところを見ると、薪の言うことは青木を安心させるための嘘ではないらしい。
 だが、青木の胸には不安が残っている。自分たちのことが他人に知れたら、公私共に薪は大きなダメージを受ける。あの事件は、そのことを青木に思い知らせた。

「でも、オレが女性だったら、あそこまで問題にならなかったわけだし。今日だって、本当は外に出たかったでしょう?」
 自分と付き合っている限り、薪の人生に平穏はない。
 いつばれるかビクビクしなければならないし、職場の近辺では会えない。身体の関係がなかったときにはできたことが、今はできない。
「堂々と表に出られないし、いつも気を張ってなくちゃいけないし」
 知り合いに会うかもしれない場所では、普通の男女みたいにデートなんかできないし、レストランで食事をするのも躊躇われる。例え見知った顔がいなくても、他人に自分たちの関係が見透かされているようで落ち着かない。なんだか逃亡中の指名手配犯みたいだ。

 こんな状況が楽しいわけはない。
 自分は薪とふたりでいられればうれしいけれど、薪にしてみたらまるで楽しみがない生活だ。つまらないうえに危険ばかり多くて……将来を秤に掛けられるほどに自分との関係が薪にとって大切なものかといえば、そんなことはないに決まっている。薪の実力ならもっと上にいけるはずだし、上司の娘との縁談を進めていれば、今頃は警察庁初の40前の警視監が誕生していたかもしれない。
 それが自分のせいで。
 鈴木さんもきっとそんなことを考えて、このひとから身を引いたのではないだろうか。でなければ、あのラストカットの意味がわからない。

「そう考えると、やっぱり女性と付き合ったほうが薪さんだって楽しいでしょう。恥ずかしい思いしてAV借りてこなくても、女の子の裸がバンバン見られますよ」
 胸に痛いセリフを冗談のオブラートに包んで、青木は無理に笑った。引きつってる、と自分でもわかったが、仕方がない。ポーカーフェイスは苦手だ。
 引き換え、薪のポーカーフェイスは完璧だ。青木の言葉に怒るでも笑うでもなく、感情の篭らない瞳で青木をじっと見据えた。

「おまえは?」
「オレは……あなた以外のひとなんか」
 見えない。
 もうずっと前から、このひと以外目に入らない。

 薪は青木からすっと目を逸らし、手に持ったDVDをデッキにセットした。テレビの前に座って華奢な背中を見せたまま、画面に向かっていつもの意地悪な口調で言った。

「おまえが刑務所に入ったら、僕はずっと待ってる。死ぬまでひとりで待ってる。でもって、すごく淋しい死に方してやる。ひとりで孤独に死んで、誰にも見つけられずに1月くらい経って、おまえの苦手な腐乱死体になってやる」
 床に正座した薪の背中はピンと伸びて、昂然と頭を上げて、でも細い肩が強張っている。小さな拳が膝の上で、ドラマの主役のピンチを応援するときのように握られている。
「僕にそんな死に方させたくなかったら、刑務所に入らなきゃならないようなことなんかするな」
 ダメだ、薪の解答は0点だ。そして自分も。

 薪の言葉が終わらないうちに、青木は彼を後ろから抱きしめていた。
 片手に余るほどの細い身体。こんなに頼りない身体なのに、薪はとても強い。ケンカも強いが、精神的にも。傷ついても凹んでも、立ち直れるだけの強さを身につけてきている。薪が自分を必要としなくなる日も、近いのかもしれない。

「気をつけます」
「心掛けだけで犯罪が防げるなら苦労しない。きちんと対策を立てて、予防策を取らないと」
「予防?」
 薪の言葉の意味が解らず、青木は瞬きを繰り返す。犯罪の誘惑に負けない精神力を養うために山寺へ行って修行して来い、とか言われたらどうしよう。

「どうせおまえの場合、無銭飲食か性犯罪だろ? 食事はさっきしたからいいとして、もうひとつの方が心配だな」
 青木の腕を緩め、その中で身体を反転させてこちらに向き直ると、薪は両腕で青木の首に摑まり、膝の上に乗ってきた。
「おまえみたいな単純な人間は、満たされてりゃ犯罪なんか起こさないだろ」
 薪の誘い文句は回りくどくて捻くれてて、でもその瞳は限りない愛情に満ちていて。少しだけ赤らめた頬を見れば、こういうことを自分から言い出すのが何よりも苦手な彼が、しょぼくれている青木を元気付けるために普段は好まない昼間の情事を申し出てくれているのだとわかる。

「はい。薪警視長のプロファイリングは完璧です」
 茶目っ気たっぷりの口調で言って、くちびるを重ねる。薪のくちびるからは、ブラジルサントスの香りと苦味がする。初めてのキスもこんな味だったな、と青木は思い、すぐに否と思い直す。
 あの時はこんなふうに、薪の舌は自分の中に入ってこなかった。くちびるも呼気も、もっと固くて冷たかった。くちびるを離したときに、瞳が熱っぽく潤むこともなかったし、その後こうして青木の胸に額をつけることもしなかった。あの時は……派手に殴られたのだ。

「何がおかしい?」
 クスクスと笑う青木に首を傾げる恋人を抱き上げて、青木は寝室の扉を開けた。




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ジャンル : 小説・文学

スキャンダル(19)

 最終章です~。
 お付き合いくださって、ありがとうございました。
 読んでくださった心優しい方に、ちょっとでもお楽しみいただけたらうれしいです。(←心優しい人はこんなS話は読まないのではという突っ込みは無しで(^^;)





スキャンダル(19)





 その週末は、とても甘い2日間だった。
 ここ半年ばかりのすれ違いや淋しさ、その分積み重ねられた愛しさをお互いの身体に溢れさせるようにして、片時も離れることなく過ごした。それでもやっぱり離れがたくて、日曜の夜、薪はつい我儘を言った。それに応じて青木は月曜の朝、薪の家から出勤した。青木が金曜の夜から月曜の朝まで薪の家に居続けたというのは、多分これが初めてだ。

 今回のように、青木との関係が壊れそうになるたびに、自分の気持ちが強まっていることを実感する。
 離れたくない。一緒にいたい。それ以外、なにも望まない。
 青木も同じ気持ちでいてくれている。いまは、それだけでいい。

「おはよう!」
 第九の自動ドアをくぐると同時に明るい第一声を放った薪に、しかし押し寄せてきたのは不自然な沈黙だった。
 おはようございます、と口中で呟きつつも、みな薪の顔を見ようとしない。小池と曽我は何故か頬を赤くしているようだし、宇野にいたっては薪を哀れむような目で見ている。青木は困ったような怒ったような複雑な表情だし、岡部はとびきり渋い顔だ。唯一平静なのは今井だったが、その彼にしてもモニターに集中する振りで薪の視線を避けている。

「どうした? なにかあったのか?」
「いえ、別に何も……」
 歯切れ悪くモゴモゴと言って、目を逸らす。訝しがりながらも薪がその場を離れると、寄り合ってヒソヒソとナイショ話をしている。ものすごくイヤな態度だ。
「なんだ、おまえら! 言いたいことがあるならハッキリ言え!」
 室長室の扉の前で振り返りざま大声で叱りつけると、曽我がびくっと身体を震わせて、その拍子に何枚かの紙片が落ちた。
 
 モニタールームの床に裏返しに散らばったそれを見て、薪の顔色が変わる。縦9センチ横12センチの長方形の厚紙は、この1ヶ月薪を悩ませ続けた画の大きさと同じサイズだった。

 ドクン、と薪の心臓が跳ね上がる。
 まさか、あれが第九に!?

「な、なんでもないですよっ!」
 曽我が慌てて床に落ちた紙片を拾う。彼から写真を奪い取って破り捨てたい衝動に駆られるが、足が動かない。
 目の前が真っ暗になって、足元が崩れていきそうだ。なんとかしてこの場を誤魔化せないかと思案するが、薪の頭はまともな思考ができる状態ではなかった。羞恥と恐れと怒りとが、ミキサーに掻き混ぜられるように凄まじい勢いで回っている。その円運動に酔わされ、薪はその場にへたり込んでしまった。

 青ざめた室長の様子を心配して、部下たちはおずおずと彼の側に寄ってきた。床に座った上司に合わせて自分たちも屈み、薪を力づけるように言葉をかけてくる。
「こんなの合成に決まってます。性質の悪いイタズラですよね」
「そうですよ。俺たち、薪さんのこと信じてますから」
 口々に訴える部下たちの目に、薪に対する軽蔑の色はなく。こころから自分を案じてくれているのだと分かれば、彼らを欺き続けることも心苦しくなって、薪はとうとう観念する。

 僕は男だ。卑怯者にはなりたくない。

 じっと床面を見つめたまま、薪は搾り出すように言った。
「その写真は、本当だ。そこに映っているのは、僕の真実の姿だ」
「えっ!?」
「まさか室長……いつからそんな」
「すまない、ずっと黙ってて」
「ええええ!? ウソでしょう!」
 ひときわ大きな声を上げたのは、青木だった。
 なんでおまえがそんなに驚いてるんだ。昨夜もその写真と同じことしただろうが。
 あ、そうか、演技か。にしても、えらく真に迫っているな。部屋の隅から3段飛びでここまで来て、小池と曽我を両手で押しのけて、曽我がひっくり返って机の脚に頭ぶつけて脳震盪起こしたみたいだけど、放っといていいのか?

「いつから間宮部長と!?」
 …………あ??

「間宮? 間宮ってなんだ?」
 どうしてここに警務部長の名前が出てくるのかまるで理解できず、薪は顔を上げた。目の前に、問題の写真が突き出される。
「なっ!!」
 長四角の紙の中で、プレイボーイの警務部長が亜麻色の髪の青年を抱きしめていた。場所は野外、この風景はおそらく研究所の中庭。間宮の手は青年の背中と頭に置かれていて、青年は間宮の胸に取りすがるようにして顔を伏せていた。
 これは、あのときの。

「ななななっ、なんだこれ!! いつの間にっ!?」
 青木の手から写真を奪い取ると、薪は夢中でそれを破った。立ち上がって床に落ちた細切れの紙片を、足で何度も踏みつける。
 いったい、だれがこんなことを!?

「そうだったんだ……とうとう薪さん、間宮部長と」
「ちがう!」
 あのときは、下半身でものを考えるような外道ですら自分のことを気遣ってくれていたのだと、それも何年も経ってからその事実に気付かされたことで、自分自身の預かり知らぬ愛情が自分の周りにはどれほどあったのだろうと思わされて、僕はそのたくさんの愛情に包まれ支えられて生きていると分かったら、涙が止まらなくなって。
 しかし、こうして情景を切り取ってしまえば、その断片には彼のそんな複雑な心境など現れるはずもなく。自分が警察庁一の色事師に抱きしめられているという事実だけが、残酷に映し出されている。

 煮詰まっていたとはいえ間宮に縋ったなんて、それも自分の方から、しかも現場を写真に撮られて、ああもう!! なんであんなことしちゃったんだろうっ、だれか僕にタイムマシンをくれ!
「デキちゃったんだ。薪さん、押しに弱いから」
「ちがうっ!!」
 恥ずかしい、てか自分が許せないっ! この事実も間宮も自分も、この世から消し去りたい!!

「うがああ!! あいつ殺して僕も死ぬっ!!!」
 残りの写真をすべて破り捨てながら、薪は絶叫した。煮えくり返ったはらわたの熱で、脳細胞が焼き切れそうだ。
「え? 薪さん、心中まで考えるほど思い詰めてるのか?」
「間宮部長、奥さんと子供がいるから」
「ああ、そうか。辛いな、薪さん」
 薪の反応を見れば付き合いの長い彼らのこと、間宮と薪の間には深い関係などないことも直ぐに分かって、だからこれは彼らのいつものお遊びだ。深刻な表情を装いながらも、腹の中では薪の慌てぶりに爆笑している。

「ちーがーうううううう!!!!」
 真っ赤な顔をした室長の咆哮がモニタールームの空気を振動させ、彼の気力が充実していることを職員たちに知らしめる。それを彼らは我がことのようにうれしく思う。

 今日もうちの室長は、元気一杯だ。



*****



「中園。何を考えてるんだい」
 右手に一枚の写真を持ち、小野田は憂いを帯びた声で言った。
 先月に続く秘蔵っ子のスクープ写真に、深いため息を吐く。まったく、首席参事官の隠し撮り趣味には困ったものだ。警察庁を定年退職したら、週刊誌の記者にでもなるといい。

「どうするんだよ、薪くんが間宮とデキてる、なんて噂が広まったら」
「大丈夫だよ、実際に何もないんだから」
 ニヤニヤと意地悪そうに笑いながら、中園は写真を見ている。ソファに足を組んだ横柄な態度で、自分の作品の出来栄えに満足する芸術家を気取り、伸ばした右手の先に挟んだ画を眺めている。

「その写真の真実を探られたところで、出てくるのは敵対する派閥の後継者のご乱行だけだ。これで連中もしばらく大人しくしてるだろうし」
 中園の言う『連中』とは、小野田の政敵、つまり次長の派閥のことだ。
「真実が判らない間は、連中も目立ったケンカは仕掛けてこれない。間宮から薪くんにどれだけの情報が流れているか、疑っているだろうからな」
 なるほど。相変わらず食えないやつだ。

「それに、カモフラージュは多いほうがいいだろ」
「カモフラージュ?」
 中園が何を偽装したがっているのか解らず、小野田は写真から目を離して悪友の顔を見た。こんな不愉快な写真で、何を隠すと言うのだろう。
「変態を隠すなら変態の影だ。この写真があれば、薪くんの本当の恋人が誰だか解りにくくなる」
 これは驚いた。あのふたりを別れさせるために最終兵器まで使おうとしていたのは、この男ではなかったか。

「そこで官房長殿。もうひとつ提案があるのですが」
「……なに?」
 何となく不吉な予感がして、小野田は注意深く悪友を見る。小野田の掛けるプレッシャーをものともせず、中園はいつものようにシニカルに笑って、
「この際、青木くんを薪くんの正式なボディガードとして任命したらどうだろう」
 と、天をも恐れぬ暴言を吐いた。

「正式な任命書があれば、あの二人が休日を一緒に過ごしてるところをスクープされても、護衛に付いていただけだと言い逃れができる」
 中園の言うことにも一理ある。
 いくら言い聞かせたところで、あの二人は当分付き合いをやめない。ならばこの先、二人でプライベイトを過ごしている所を他人に目撃される場面も出てくるだろう。決定的瞬間を押さえられなくとも、その回数が増えれば疑惑は深まるに違いない。そのときの言い訳を、あらかじめ用意しておこうというわけだ。
 しかし、正式な任命書を出すということは青木が薪の傍にいることを小野田自身が承認するということで、そんなことは死んでもしたくない。

 中園の提案の有効性を理解しながらも、何とかして彼の提案を退ける上手い理屈は無いものかと考えて、小野田は自分が最強の切り札を自ら捨てたことで、この友人を深く傷つけたことを思い出す。
 おあいこ、ということか。

 小野田が沈黙を守っていると、中園は洒脱な紳士の気取った座り方を止めて、両足をきちんと床につけ、膝に手を置いて、小野田のほうをじっと見た。
「守りたいんだろ? あのふたりのこと」
 ふたりを守る? 薪を娘婿にしたがっているこの自分が?

「いつから宗旨替えしたの? あのふたりは別れさせたほうがいいって、こないだまで言ってたじゃないか」
 大きな勘違いをしている部下に呆れて、小野田はつっけんどんに答えを返した。
「ぼくが大事なのは薪くんだけだよ。青木くんはこの際、どうでもいい」
 他の人間には見せたことのないやさぐれた表情で吐き捨てた小野田の言葉を、中園は苦笑で受け止め、肩を竦めて、とても不愉快なことを言った。

「もう、分かってんだろ? おまえの大切な天使くんの中枢(コア)は、青木くんがいるからこそ守られてるって」
「かれは関係ないよ。あれは薪くんの天性のものだ」
「まあ、父親ってのは娘のボーイフレンドには点が辛くなるもんだ」
 身に覚えのある一般論は聞こえなかった振りでやり過ごして、小野田はもう一度写真に目を落とす。どうして薪が間宮とこういう状況になったのかは不明だが、そして何故中園がこの写真を撮れたのか不思議だが、たかが写真一枚で幾つもの策を弄する彼には感心する。この男が味方で、本当によかった。

「しかし、転んでもただじゃ起きないね。おまえは」
「ここに来る前まではそうだった。転んだら、そこに宝石が転がってた。ていうか、手元にあった石を相手に宝石だと信じ込ませることができたんだけど」
 今まで不敵に笑っていた腹心の部下は、急に嫌なことを思い出したように、唇をへの字に曲げた。
「薪くんにはそれが通じなくてさ。転んだら手に当たったのが犬のクソって感じだ。しかも、あの子はすでに本物の宝石を持ってるし。今更まがい物を見せたところで……どうにもやりにくい子だよ」

 それを聞いて、小野田は薪が中園に魔法をかけたことを知る。
 中園は、薪の真実を垣間見たのだ。そこに自分が失くしたものが信じがたいほどの純粋さで息づいていることを知り、かれを守りたくなった。おそらく、自分と同じように。

 これから中園は、薪を小野田と同様に大事にするようになるだろう。彼を小野田の後継者と認めて、自分の理想を託すに相応しい男として、彼のために様々な策謀を巡らすに違いない。もちろん、薪に気付かれないように、こっそりと。

「なるほどね」
 あははと笑って、小野田は右手に持った部下のスキャンダルを握りつぶした。




―了―


(2010.2)


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スキャンダル(18)

スキャンダル(18)





 官房長室のドアの前で、薪は逡巡を繰り返している。

 小野田が、あの写真を持っている。それもとびきりの恥ずかしい写真を。
 そう考えるだけで、頭が爆発しそうに恥ずかしい。あの写真よりスゴイ、ってそれもうAVを超えちゃってるっていうか、キングオブAVってことで、ああもう……死にたいっっ!!!
 自分たちの行為が汚らしいものだという自覚はあるが、それをよりにもよって尊敬する小野田に見られるなんて、これ以上の恥辱はない。どんなに恥ずかしくても、返してもらわなければ。

 ようやく覚悟を決めて、薪は目の前のドアをノックする。取り乱さないように無表情の仮面をつけるが、多分、写真を見たら落ちてしまうだろう。職務なら被り通してみせるが、仕事が絡まないとあの仮面は剥がれやすいのだ。
 部屋の主の返事を待って中に入り、敬礼する。今さっき部屋を辞したばかりの部下が舞い戻ってきて、小野田は面食らっているようだ。

「忘れものでも?」
「小野田さんが不愉快な写真をお持ちだと、中園さんが」
 小野田は思い出したように背広の内ポケットに手を入れて、中を探った。薪の心臓がばくばくと激しく打つ。

「はい、これ。――――― なに?」
 いきなり懐から問題の写真を出されて、身体が勝手に1mほどバックした。被ったはずの平静は粉微塵に壊れて、頭の中が真っ白になる。
「いらないなら、ぼくがもらっておくけど」
「い、いえ! 返してださいっ!」
 家にある写真は全部燃やした。残る証拠はこの写真だけだ。何としても消去しなくては。

 小野田の手から目的の写真を受け取って、薪は目を丸くした。
 中園的に『一番恥ずかしいと思った写真』――――― そこに映っていたのは。

 場所は第九の仮眠室。窓から差し込む太陽光に照らされた、ふたりの男性。
 かれらはベッドの上に並んで座っていた。きちんと服は着ていて、でもふたりの間に置かれた互いの手はしっかりと組み合わさって。ふたりの視線はうれしそうに絡んで、その微笑みはここが天国だとでもいうように、穏やかで満ち足りていた。
 これは、あの朝だ。
 あの夜は第九の仮眠室で眠って、というか失神してしまって、朝早くに青木に起こされた。服を着て、でも離れがたくて、しばらく黙って座っていた。そのときの写真だ。

「今更なんだけど……中園は、悪いやつじゃないんだ」
「ええ。わかってます」
 薪は本心から頷いた。小野田に渡す写真としてこれを選んだことからも、それは明白だった。
「あいつはずっとぼくのために、汚れ仕事をしてきてくれたんだ。ぼくが官房長になれたのは、あいつのおかげだと言っても過言じゃない。ぼくをここまで押し上げるために、あいつは自分の中にあった人間らしさを捨ててきたんだ」

 中園の気持ちは、薪にもわかる。
 薪にも、守りたいひとがいる。自分が汚れても傷ついても、守りたいひとたちがいる。中園の場合はそれが小野田で、今回のことはその発露に過ぎなかった。薪を傷つけようとしたのではなく、小野田を守ろうとしただけだ。

「ぼくはあいつの理想も夢も、全部背負ってるんだ。だから、立ち止まるわけにはいかない」
「はい」
 下のものの理想を負うのは、上に立つものの務めだ。自分もまた、第九の部下たちの理想を背負っている。
「僕も、ここで止まる気はないです」
「そう? じゃあ、明日の休みは返上してもらって、この書類を仕上げてくれる?」
「わかりました」
 張り切って返事をしたら、小野田に笑われた。ここはブーイングをするところだったのかと気付いて、薪は照れたように笑った。

 早く帰りなさい、と促されて、薪は官房室を辞した。廊下を歩きながら、小野田に返してもらった写真をこっそりと出して、眺めてみる。
 確かに、見ようによってはものすごく恥ずかしい写真だ。いい大人がふたりして、なにやってんだか。写真はすべて燃やしてしまうつもりでいたが、これだけは取っておこうかと愚にもつかないことを考える。

 警察庁の正門の前で、薪は立ち止まった。ポケットから携帯を出し、片手で開いてふっと微笑む。
 それから、1本の短いメールを打った。

『帰宅予定 21:00』




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スキャンダル(17)

スキャンダル(17)





 小野田からの電話が切れて、中園は自分の予感が的中したことを知った。
 夕刻、研究所から警察庁に足を運ぶ官房室の新人を見て、彼と自分の上司の間に何かしらのトラブルを予見した中園は、警察庁の正門の影でずっと薪が出てくるのを待っていた。小野田の電話はその間にかかってきたのだが、薪はまだ出てこない。あの脆弱者のことだ、どうせその辺でヘタレているのだろうと予想をつけて、警察庁の中庭を探してみることにした。

 薪はひと目につかない中庭のベンチに、膝を抱えて座っていた。
 彼には研究所にお気に入りの場所があるのだが、何故か今日はそこは避けたらしい。警務部長とのニアミスを警戒したのだろうか。

「ああ、薪くん、ちょうど良かった。実はね、……どうしたの?」
 何も知らない振りをして、隣に腰を下ろす。今回の事件で中園が何をしたのか、薪は解っているはずだ。しかし、自分を糾弾することはしないだろう。警察機構において、上司に逆らうことは許されない。
 こういう人間がどんな行動をとるか、中園は良く知っている。ここでは素知らぬ振りを通し、でも心の中では決して恨みを忘れず、中園の失脚を狙って影で足を引っ張るようになる。少々厄介だが、かわせないことはない。狡猾さも騙し合いのスキルも、自分の方が遥かに上だ。

「すみませんでした。中園さんにまで、いやな思いをさせて」
 自分の予想が気持ちいいくらい外れて、中園は戸惑った。

 驚いた。直球でくるか。

「小野田さんはもともと、僕たちのことには大反対で。それは良く分かってたんですけど、まさかこんな……」
 薪はどうやら勘違いをしている。この計画の首謀者を、小野田だと思っているのだ。
 上司をさしおいて、部下が独断で物事を進めることはありえない。常識で考えれば、薪の導き出した解答は尤もだ。

「小野田の指示で動いたわけじゃない。これは僕の独断だよ。信じる信じないは君の勝手だけど」
 薪は訝しげな眼で中園を見て、長い睫毛を瞬かせた。小さな頭の中では、中園の言葉の真実を探って様々な仮説が立てられているのだろう。
「本当に優秀な部下ってのはね、上司に言われなくたって上司の望むことを自ら行なうもんだ」
 自分は、小野田の影だ。小野田がしたくてもできないこと、倫理や正義と言った厄介な障害物に引っかかって遂行を躊躇われることを行なうのが自分の仕事だ。
「だから、君が小野田を恨むのは筋違いだ。そりゃ、途中からは小野田も知ってたけど。でも、それを君に言わなかったのは」
「恨んでません」
 薪はポツリと言った。

「たとえ小野田さんがあの計画をご自分で立てられて実行されたのだとしても、恨んだりしません。官房室を辞める気もありません。仕事も今までどおり、きちんとやります。ただ」
 滑らかに動き出したくちびるが不意に止まり、白い前歯が軽く下くちびるを噛む。再び口を開いたとき、戒められていたくちびるは赤みを増し、濡れていっそ扇情的にひとのこころを惑わし、しかしそこから零れる言葉は哀しみに満ちて、中園の胸に不可解な衝動を呼び起こした。
「小野田さんが……あの優しい方が、そんなことをしてまで僕たちを……そう思ったら、小野田さんに申し訳なくて」
「やれやれ。僕の計算がことごとく狂うのは、君のせいか」
 自分に起きた異変は危険なものだ、と中園の本能が告げていた。この子に深入りすることは、自分には命取りになる。

「警察機構の人間なら、僕の計算通りに動くのになあ。君に感化されるのかな。君の周りの人間まで。やりづらいな。こんなやりづらいステージは初めてだ」
「人間を思い通りに動かすことなんかできませんよ。自分のことだって思うようにいかないのに、ましてや他人なんて」
 苦笑した薪の眉は困ったように下げられて、それだけで彼はとても可愛らしい顔になる。普段の取り澄ましたイメージが崩れて、壁の向こうに本当の彼を見つけたような、そんな興奮を覚える。

「ここにいるのは人間じゃない。ただの歯車だ。巨大な組織の中の、君も僕もひとつの部品に過ぎない。また、そうでなくてはならない。組織とはそういうものだ」
「まるで機械みたいですね」
「そう、機械だ。人と違って機械は正確だからね。もちろん、メンテナンスは必要だ。古くなったり傷んだりしたパーツは除外し、より性能のいい部品に交換する。そのために昇格試験があり、人事異動があるんだ」
 中園の持論は、そのまま警察機構の現実だ。自分の代わりはいくらでもいるし、薪の代役もまた。

「市民はそれを喜ぶでしょうか」
 いきなり飛んだ薪の質問の意図が解らず、中園は目を丸くした。警察の人事異動に、国民投票はないが?
「僕はいま、組織について話をしてるんだよ? どうしてそこに民間人がでてくるんだい」
「だって、僕たち警察は市民を守るために存在しているんでしょう? 僕が彼らだったら、機械に守ってもらって嬉しいとは思わないと思いますけど」
 どこかの小学生の作文みたいな薪の言い分を聞いて、中園はたっぷり2分間自失した後、小野田の跡継ぎ候補から薪のことは完全に除外すべきだ、と考えた。にも関わらず、中園の口はそれを薪に告げようとせず、ただゲラゲラと笑い続けた。

「そんなにおかしいですか? 青臭いって思われるかもしれませんけど、でも」
 笑われて恥ずかしくなったのか、頬を赤くしてくちびるを尖らせる。でも、の後は賢明にも声にしなかったが、心の中で薪が何を言っているかは想像がついた。
 なるほど、小野田が骨抜きになるわけだ。
 この子はやっぱり危険だ。小野田の弱いところをガッチリと捕まえている。小野田が絶対に失いたくないもの、失わないように精一杯守っているもの、それを薪は当たり前のように持っているのだ。

「とりあえず、君たちのことは応援するよ。せいぜい仲良くするこった。でも、忘れるなよ。僕が君に協力するのは、あくまで小野田のためだ」
 中園のこれまでの言動とは矛盾した宣言に、薪は子供のような顔になって首をかしげた。不意打ちみたいに繰り出してくるあどけない美貌に、またもや胸がざわつくのを感じて、取り込まれてたまるかと中園は気を引き締める。

「小野田が大事にしている君のその性質は、彼といるからこそ保たれている。そうだろう?」
 その言葉に目を瞠り、薪はゆっくりと笑顔になった。
 幸せそうな、慈しむような笑みは、中園が初めて見る類の美しさだった。

「そうかもしれません。あいつがいてくれたから。でなければとっくに僕は、自分を失っていたと思います。あのとき、何もかも無くして……でも、あいつが僕の人生にそれを返してくれたから」
 ちょっとその顔は反則だろう、これじゃ何も言えやしない、ちくしょう、これはこの男の計算じゃないのか、と無茶な言いがかりを付ければ憎まれ口を叩く気力も湧いてきて、それで中園はようやく普段の自分を取り戻すことができる。

「いや、聞いてないから。ノロケ話はいいから。ていうか、男同士のノロケ話は気持ち悪いからやめてくれ」
「ノロケなんかじゃありませんよ。僕は、彼がいなかったら生きてなかったかもしれないから、だから青木のことはとっても大事で、……あれ?」
 ようやく自分の台詞の恥ずかしさに気付いたらしい薪は、とっさに顔を伏せて頬を赤くした。その様子はやっぱりとても可愛くて、一時の情欲以外の衝動を男に感じるなんて狂ってるとしか思えなかった気持ちが自分の中にも隠れていたことを悟って、そんなことを知ってしまったらこれからの夜遊びに影響が出る、それだけは避けなければと本能的に中園は薪から目を逸らした。

「だから、なんでそこで赤くなるんだよ。ほんっと、勘弁してくれよ」
「僕になにか用事があったんじゃなかったんですか」
 気恥ずかしさをごまかすように強い口調で薪が言うのを、自分の耳が心地よく感じていることを自覚しつつ、その理由を深く考えまいと努めて、中園は言った。

「ああ、そうだ。小野田が君に写真を返したいって」
「小野田さんが?」
「事情を説明するのに、小野田に証拠を見せないわけに行かなかったからさ。僕が一番恥ずかしいと思った写真を渡しといたから。君に渡したものなんか比べ物にならないくらい強烈なやつ」
「えっ!! あの写真よりすごいのがあったんですかっ!?」

 小野田があの写真を持っていると知って、自分の浅ましい姿を彼に見られたと思い、頭を抱え込む薪の姿を尻目に、中園はニヤニヤと笑いながら警察庁の正門に向かって歩いた。
 途中、いつものように今日の恋人に電話をしようと携帯を取り出すが、何故かボタンを押す気にならず、たまには早く家に帰るか、と何年か振りで思う自分を激しく嫌悪しつつも悪くないと思っている自分もいて、こりゃ今日は早く寝たほうがいいな、と健全的な結論に達し―――――。

 最終的に、彼は笑った。



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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