お休みします

 こんにちは。

 地震から、10日が過ぎましたね。 みなさま、落ち着かれましたでしょうか。


 今後の予定ですが、
 当ブログは、しばらくの間お休みをいただきます。
 今のところ、3月いっぱいの予定です。
 その先は、世情に合わせて再開したいと思います。

 お話の途中で、真に申し訳ありません。
 来月あたりから、ときどき覗いてやってくださると嬉しいです(^^  


 
 お知らせは以上です。

 一日も早く、被災地の方々に安眠できる毎日が返ってきますよう、お祈りしています。




 この下はなんか呟いてます~、お暇な方はどうぞ~。





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ご心配おかけしました(3/15 追記)

 SSではありません、私信です。
 えっと、わたしはリアルの文章はとっても下手なので、読み苦しかったり、不愉快な表現があったらごめんなさい。


11日~13日にかけて、お見舞いのメールを下さった方々へ。


 ご心配いただきまして、ありがとうございました。
 家族全員怪我もなく、みんな元気です。
 今朝、ようやくネットがつながったので、現在こちらを書いてます。 
 個別のお返事は、もう少し落ち着いてからにさせていただきます。 



 うちは電気が来なかったので、2,3日不自由な思いはしましたが、本当にそれくらいで・・・・・・家が浄水場に近いこともあって、(しかも水道業者。 配管が壊れてもすぐに直せる)水にも困りませんでした。

 ちょっと困ってるのは、燃料不足。
 ガソリンも灯油も不足気味です。 
 うちは水道業者なんですけど、漏水被害の現場に行くのにもガソリンが要るんですよね。 
 あと、浄水場のポンプを回して水を汲むのに、発電機に入れる軽油が不足している。 で、百里の自衛隊に頼んだら、100リットルしか分けてもらえなかった、って水道課の人が言ってました。 
 あんな巨大なポンプを回すんだもの、100リットルの軽油なんか、1時間でなくなっちゃう。 そうしたら断水になっちゃうのに、
 でも、
 航空自衛隊の方々は、東北の方へ救援に行かなくてはいけないので、分けることができなかったんですよね。

 昨夜、やっと電気が通じて、テレビを見ましたら、ものすごい被害状況で・・・・・ラジオのニュースでわかっていたつもりでも、実際の映像を見るとその破壊力は凄まじく・・・・・・
 全然自分とは関係ない人々の、でも見ていると涙が出てくる・・・・・・
 夜、暖房がなくて寒いとか、ご飯炊けないとか、3日もお風呂入れないとか、オール電化になんかするんじゃなかったとか、こんな緊急時にそれぐらいのことで不満に思ってしまった自分が恥ずかしく、申し訳なかったです。
 亡くなられた方々に、心からお悔やみを・・・・・・・

 うちで壊れたのは、食器類が一輪車一台分と、事務所のPCの配線が吹っ飛んだくらいです。 (あ、オットが飼ってた熱帯魚(アロワナ)はお亡くなりに・・・・・)
 自宅から車で5分の某空港より、ずっと被害が少ないです。(最寄の空港までは5分、電車の駅までは30分という不思議な場所に住んでます)
 空港は、なんか、天井落ちたって。 怪我人はなかったんだよね?
 
 3日経った今日まで、余震がずっと続いているので、ちょっと怖いと言えば怖い、
 てか、いま揺れてる。 けっこう大きい。(AM10時2分)

 ・・・・・・・・おさまりました。 1、2分で落ち着くんです、夜も断続的にこの調子。
 わたしなんかより、もっともっと怖い思いをした人は、その時のことを思い出してしまうから、この程度の揺れでもすごく怖いんだろうな・・・・・・


 被災された方々のお心が、早く落ち着かれますよう。
 一日も早く、日常の生活を取り戻せますよう。
 亡くなられた方々にはお悔やみを、としか言えないんですけど、あのテレビを見てると、それを言うことすらためらわれます。 本当に、言葉がありません・・・・・
 お祈りすることしかできません。

 わたしにできることと言ったら・・・・・せめて、節電・節水に努めます。
 あと、
 災害復旧で土日もなく働いている我が社の社員たちに、あとで美味しいビールをご馳走してあげようと思います。 (彼らは自分の家のことは後回し、災害対策本部の指示であちこちで復旧作業に当たっていました) 


 当ブログに来てくださるみなさま方、どうかお元気でいてくださいますよう。
 ありがとうございました。



 
 3月15日、追記です。

 たくさんのお気遣い、ありがとうございました!!
 災害復旧事務と竣工書類が重なって、ちょっとわたわたしてますが、しづは元気に仕事をしております!

 で、いただいたコメントのお返事なんですけど、お返事してないメールがとうとう20を超えてしまって、本当にごめんなさい~~!!!

 なのにすみません、ちょっと勝手ですが、
 地震に関するお心遣いへのお礼は、すべてこちらの記事のコメント欄にさせていただきます。
 それと、
 それ以前にいただいていたSSのコメントのお返事は、この差し迫った状況が緩和してから、改めてさせていただきたいのです。  
 原発も心配だし、被災地の方々への救援物資も足りていないみたいだし、わたしの脳内にもあの津波に流される家々や自動車の様子が焼きついている状態でして・・・・・・・楽しいお返事が返せそうもないので、もう少し世の中が落ち着いてからにさせてください、お願いします。

 引き続き、みなさんのご無事とご健康をお祈りします。


 

破壊のワルツ(15)

 こんにちは。
 
 弊社で施工中の夜間工事ですが、昨日舗装が終わりまして、竣工書類に入ります。
 工期は3月15日、かなりの強行軍になる予定です。 なのでごめんなさい、コメントのお返事が遅れます。 
 せっかくお声をかけてくださったのに、慌しくお返しして、つまんないお返事にしたくないので。 すみません、しばらくお待ちください。





破壊のワルツ(15)





 長い睫毛がぴくっと動き、一瞬きゅっと眉がしかめられたかと思うと、ゆっくりと目蓋が開き、澄んだ亜麻色の瞳が姿を現した。ぼんやりとした瞳はゆるゆると動き、鈴木の顔に焦点を合わせると、夢のような美貌が儚げに微笑んだ。

「すずき」

 彼が自分の名前を呼ぶときの口唇の動きが、とても好ましいと鈴木は思った。やさしくまどろむように開かれたくちびるから覗く舌の赤さが、子供みたいで可愛らしかった。

 点滴とマメな水分補給のおかげで、薪は大分元気になったようだった。自分からベッドの上に起き上がり、
「ハラ減って死にそう」
 鈴木が売店から買ってきておいたおにぎりとサンドイッチを差し出すと、薪は迷わずにおかかのおにぎりを手に取った。
 パクパクとおにぎりを食べる彼を見て、鈴木は心から安堵する。食欲があるなら大丈夫だ。人間、食べていればとりあえず死なない。

「ゆっくり食えよ。2日近く食べてないんだから」
「平気。2,3日食べないのは慣れてる」
 薪は捜査に夢中になると、食事をしなくなってしまうという悪いクセを持っている。できるだけ食べさせるように心掛けているが、鈴木が目を離すとすぐに元に戻ってしまう。まったく手のかかる友人だ。
「このドジ。あんなところに閉じ込められた室長なんて、前代未聞だぞ」
「何だよ、鈴木の冷血漢。少しは心配しろよ。マジで死ぬところだったんだから」
 ペットボトルに入ったお茶を薪に渡して、鈴木は心にもない意地悪を言う。同じように、棘のない非難が親友から返って来て、二人は同時にクスッと笑った。

「気を失う寸前、走馬灯が回っちゃってさ。本気で駄目かと思った」
「へえ。走馬灯って本当にあるんだ。やっぱり、小っちゃい時から今までの光景が見えるものなのか?」
「……うん。まあ、そんなもん」
 内容については話したがらない薪にそれ以上は聞かず、鈴木は薪が返してきたお茶を受け取った。代わりにサンドイッチの包みを渡すと、3つ並んだ三角形の真ん中のハム野菜を選び、残りは鈴木に返して寄越した。

「なんだよ。死ぬほど腹減ってたんじゃないのか」
「チーズ嫌い。ツナサンドも」
「仕方ないだろ。病院の売店なんて、昼を過ぎたら選べるほど商品が残ってないんだよ」
「近所にコンビニくらいあるだろ」
 いつ目覚めるか分からないままの薪を残して、病院を出られるわけがない。それを承知の上でこんな我儘を言う、でもこれは彼特有の甘えだと鈴木は知っている。

「よし、分かった。今から行って、薪くんの大好きな牛乳を買ってきてあげよう」
 鈴木がわざと薪の苦手な食品名を挙げると、薪は子供のように丸く頬を膨らませた。仕事は誰よりもできるのに、薪にはひどく子供っぽいところがあって、それは鈴木だけが知っている彼の真実。
「こらこら。フグみたいな顔になっちゃうぞ」
 指先で軽くつつくと、膨らんでいた頬はさっと微笑みに形を変え、
「いいなあ。フグ食べたい。買ってきて」と無茶苦茶な注文をつけた。鈴木は真剣な顔になって腕組みをし、
「コンビニにフグはないな」
「そっか。残念」
 当たり前のことを当たり前に言って、真面目に残念がって、次の瞬間顔を見合わせて、2人はクスクス笑った。病院だから我慢しているけど、これが薪の部屋や誰もいない第九だったら大声で笑っているところだ。
 他愛もない会話がすごく楽しい。どんな話でも薪としていると、必ず笑いが洩れる。たとえ薪がプンプン怒っていたとしても、その怒った顔がかわいくて、鈴木はやっぱり笑ってしまうのだ。

 とりあえずの空腹が落ち着いたのか、薪はサイドテーブルの置時計をチラッと見て、
「さて。そろそろ第九に帰ろうかな」
「無理でしょ。走馬灯まで回しておいて」
 薪が時折見せる常識の欠如は、鈴木の笑いと庇護欲を誘う。天才的なひらめきと幅広い知識を見せつける仕事中の彼と、子供っぽくて常識知らずの彼。相反する2つの性質は、彼の中で奇跡のように混じり合い、比類なきパーソナリティを構成している。
「少なくとも今日は泊まりだ。大人しく寝てなさい」
 ええ~、と文句を言いかけて薪は、自分の右腕に刺さった点滴の針を見つめ、次いで点滴スタンドを見上げて残量を確認すると、諦めたように肩を落した。点滴はさっき取り替えたばかりだ。あと3時間はかかる。

「鈴木。僕は平気だから第九へ戻って、仕事を」
「もう少しいるよ。急ぎの案件もなかったし、残ってるのは報告書の直しくらいだろ。夕方帰っても間に合う」
「そんなこと言って。本当はサボリたいんだろ」
「あ、バレた?」
「鈴木警視。職務怠慢によりボーナス査定マイナス2」
「そんな。室長、どうかお目こぼしを」
 鈴木は慌てて袋の中からオレンジジュースのパックを取って、賄賂代わりに薪に渡した。いい心掛けだ、と鷹揚に頷いて薪がパックに取り付けられたストローを外すのを見て、鈴木は安心する。指先の震えもない。今夜一晩休めば、明日にはもう大丈夫だろう。

 紙パックに刺したストローを咥えて、薪はふと気付いたように、そのままの体勢で鈴木の顔を見た。何か聞きたいことがあるらしく口元をモゴモゴさせているが、言葉にしづらい原因でもあるのか、なかなか言い出そうとしない。
 こういうときは無理に聞かない。薪の心の準備が整うのを、黙って待っていればいい。
 やがて薪は鈴木の顔から目を逸らし、薄い目蓋を伏せて、視線を自分の手に持ったオレンジジュースに落とした。

「鈴木。さっき僕に、その……水、を……」
 薪の質問の内容を悟って、鈴木は途端、先刻の激しい感情を思い出す。表情に出さないようにしたつもりだが、薪にはたぶん、見破られる。薪が俯いていてよかった。
 薪は下方に視線を固定したまま、何かを思い出したように口元を右手で覆った。それからその形を確かめるように、自分の唇を細い指先で辿り、
「なんでもない」と呟いた。
 言い出しておいて、否定の形で質疑を自己終了させた薪は、少しだけ頬を赤くしてジュースを啜った。薪の誤解は予想できたが、鈴木はその誤解を解こうとはしなかった。

「ね。鈴木が僕を見つけてくれたの?」
「いや、おまえを助けたのは滝沢だ。あいつがこの病院に運んでくれたんだ。それから色々とおまえの世話を……覚えてないのか?」
「ぜんぜん。気がついたら鈴木がいた」
 口移しで水を飲まされた感触は何となく覚えているけど、あの時の会話については記憶がない。そういうことらしい。
 滝沢の告白を覚えていれば、彼の名前を出したときに、薪の表情には変化が現れる筈だ。こと、この親友に関して、鈴木はどんな微細な変化も見逃さない自信があった。見逃さないだけではない、例え離れていても、彼の身に何事かあれば、それは必ず自分にも伝わるはずだとさえ思っていた。なのに。

 親友の窮地を知りもせず、ほんのわずかな憂いさえ浮かばず、自分が昨日していたことを思い出して、鈴木は自責の念に駆られる。
 土曜日は、せっかく東京に出てきたのだから、と雪子の両親をいくつかの名所に案内し、翌日は予定通りに結納をすませた。新しく自分の父母になる彼らの、その純朴な暖かい人柄に触れ、自分の幸せをしみじみと感じていた。その後彼らを空港まで送り、雪子と一緒に彼女のマンションに行って、ふたりで幸せを分かち合った。
 自分が、愛する女をこの腕に抱いて人生最高の幸せを感じていたときに、薪はたったひとり、真っ暗な闇の中、灼熱の地獄を味わって。
 それなのに。

「……うれしかった」

 ぽそっとこぼした彼の言葉は、抑え切れない愛情に満ちて。死線を彷徨って目覚めたとき、傍にいてくれて嬉しかったと、たったそれだけのことで満ち足りる彼のいじらしさに、鈴木は息が詰まりそうになる。

 鈴木は手を伸ばして、薪の手からジュースのパックを取り上げ、もう片方の手で彼の肩を抱き寄せた。
「す……」
 突然の無礼な振る舞いを咎めようとしたであろう薪の声は、中途で止まった。
 昨日、あんな目に遭って気持ちが弱くなっていたのかもしれない。自分を心配してくれる友人を、ありがたいと思ったのかもしれない。その時の薪は、普段の自制心を忘れて、おずおずと鈴木の背中を抱き返した。

 薪の体温を、薄いパジャマの下のしなやかさを感じて、その肌の甘さを思い出して、鈴木は彼の未来の恋人に猛烈な嫉妬を覚える。
 薪を誰にも渡したくない。
 そんな気持ちが込み上げてきて、鈴木は自分の身勝手さに吐き気がする。自分は雪子と婚約しておいて、彼女と愛を確かめ合って、自分の未来を確実なものにしているのに。その一方で、薪の心をいつまでも自分に留めておきたいと願っている。

『おまえは傲慢な男だ』

 滝沢の非難が、耳の奥で木霊する。
『薪が好きになる男は、この世で自分ひとりだとでも思っているのか』
 そんなことは思っていないし、望んでいない。薪が自分への気持ちに踏ん切りをつけて未来を歩めるように、それが雪子との結婚を決めた陰の理由。
 もちろん彼女を愛している、だから彼女と結婚する。それで薪も新しい恋に踏み出せるなら、それが全員の幸せにつながると思った。だから、薪を愛する人間の出現は、本来なら喜ばしいことのはずだった。
 でも滝沢は男だから、自分と同じ同性だから、彼と愛し合ったら薪がまた苦しむことになるから、だからオレは薪の親友として―――――。

 必死で自分に言い訳しながら、鈴木は心の奥底で叫ぶ声に耳を塞ぐ。
 12年前、自ら選んだ親友という立場に無我夢中で縋りつき、それを貫こうとして鈴木は、自分の中に埋み火のように残る彼への想いを懸命に抑え込んだ。

 普段の傲慢さが信じられないくらい、大人しく鈴木の腕に抱かれている薪の、若木のように健やかに伸びた背中を掻き抱きながら。
 鈴木は自分の中に深く眠る埋み火の、その暗い焔に怯えていた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破壊のワルツ(14)

破壊のワルツ(14)







「滝沢サン。室長、大丈夫ですか?」
 昼過ぎに第九に出勤した滝沢は、執務室へ入るや否や豊村の質問攻めにあった。
「どんな様子でした? 辛そうでした? 医者は何て言ってるんですか? どれくらいで仕事に戻れるとか」
 熱心な口調で矢継ぎ早に質問を重ねる豊村は、心配で心配でたまらないと言った表情だ。どうやら、室長のシンパに戻ってしまったらしい。
 こいつはもう、使い物にならない。何ヶ月かの苦労が水の泡だ、あの出しゃばり副室長め。

「大丈夫。2,3日で退院できるそうだ」
 滝沢が医師から聞いたことを伝えてやると、豊村は安堵して自分の席に戻った。拳をぐっと握って、机の上の書類と格闘し始める。
 左手でワサワサと紙片を動かしながら、右手は何故か机の下に入れている。傍を通りかかった上野が見咎めて、豊村の右腕をぐっとつかんだ。

「豊村」
「固いこと言うなって。姉ちゃんが室長のこと心配してたからさ、大丈夫だって連絡してやろうと思って。ほら、うちの姉ちゃん、室長のファンだから」
「そうじゃなくて。何も室長がいないときまで、隠れてメール打たなくても」
「もはや習性だな。手元を見ないほうが早く打てる」
 現代っ子の豊村らしい。滝沢は携帯のメールは苦手で、何度も画面を確認しないと打てないほうだ。一つのボタンでいくつもの文字を兼務するという、あの機能がいただけない。キィが多い分、PCのほうがずっと簡単だ。

「慣れた相手へのメールなら、ポケットの中でだって打てるぜ。そら」
 豊村が、椅子の背に掛けたジャケットのポケットに携帯ごと手を入れると、1分もしないうちに上野の携帯が振動した。
「役に立たない特技だな」
「そんなことないぜ。仕事中に彼女に連絡取りたいときとか、便利だぜ。室長もまさか、ポケットの中でメール打ってるとは思わないだろ」
「彼女からの返事は、どうやって読むんだ?」
「……そうなんだよ。それでいっつも喧嘩になるんだ。一方的過ぎるって」
 
 恋愛のストレスを仕事で解消しろ、と励ましにもならないことを言って、上野は滝沢のほうへ歩いてきた。
 豊村ほど素直に表には出さないが、彼も室長の身を案じていたのだろう。滝沢が事情を報せる前とは、明らかに表情が違っている。

「滝沢さん。室長に付き添ってたんじゃなかったんですか?」
「室長には副室長が付き添ってる」
「え。じゃあ、この書類には誰が判子押してくれるんですか」
「さあな」
 薪の意識が戻って彼の無事を確認すれば、鈴木は職場に来るだろう。夕方までには帰ってくるはずだ。職務を放り投げて付き添いを続けることなど、あの薪が許すはずがない。

「どうなんでしょうね。役付者が2人とも不在って」
 滝沢だって、大いに不満だった。
 親友の窮地に慌てた鈴木は、病院に入るときに携帯を切り忘れていたのだが、そこに所長からの連絡が入った。それは滝沢宛の伝言で、薪のパトロンの小野田が、当事者から直接事情を聞きたがっているから滝沢を戻してくれ、というものだった。それで仕方なく帰ってきたのだ。

 初めて話をした政敵の親玉の顔を思い出して、滝沢はじっと考え込む。
 薪を襲った災難について滝沢が説明するのを聞き終えた小野田は、困ったように微笑すると、
『やれやれ。発信機を付けさせても、何の役にも立たないね。次からは救難信号が出せるタイプのものを付けさせることにするよ』
 そんな回りくどい言い方で、滝沢を威嚇した。今回は見逃すが、次があれば容赦はしない、という意味だ。
 
 思っていたより、ずっと鋭そうな男だった。所長からの報告だけでは納得せず、滝沢から事情聴取をしたがる辺り、薪に対する期待の大きさと他人を信用しない慎重さが伺われる。
 表面上は穏やかな笑みを絶やさないのに、周りの空気は異様に重かった。そのオーラが彼の器の大きさによるものか、野心の強さかは判断しかねるが、敵には回したくない男だ。次長が彼に自分の立場を奪われるのではないかと危惧する理由も分かる。
 分かる、が。

 幾枚かの付箋を付けられて返却された報告書の手直しをしながら、滝沢は冷酷な笑みを浮かべる。
 次長も、彼のくだらない虚栄心もどうでもいい。小野田の野心にはもっと興味がない。
 自分がここに来たのは、ある目的のため。次長の密命は渡りに舟だったが、あちらは適当にやっておけばいい。

 ――――― 2057年11月の末、飛行機の墜落事故が起きた。
 飛行機事故は珍しいが、それでも皆無ではない。事故の大小はあれ、世界のどこかしこで年に1,2件は起きている。世間が年月と共に忘れ去ったであろうその事故は、しかし墜落から約1ヵ月後に唯一助け出された乗客の今際の際の告白で、関係者を震撼させた。

『わたしは、他の乗客の遺体を食べて生き残った』

 その衝撃的な内容から直ちに緘口令が敷かれ、亡くなった乗客の脳は、事故の原因と真実を確認するため、秘密裏に第九で調査することになった。捜査に当たったのは室長一人だと聞いたが、それでも上司に報告書を上げたはずだ。滝沢が狙っていたのは、その捜査資料だった。

 保管庫にはなかった。スパコンのバックアップにも、MRIのデータベースにも残っていない。あとは保管庫か、上司の手元にあるか。しかし、事件が隠蔽された場合、提出された書類は焼いてしまうのが普通だ。そちらの線は薄いだろう。
 ようやく書類庫を確認することができて、だが、そこにもあの事件の資料は残されていなかった。もしかしたら室長が個人的に持っているのかもしれないと考え、それを探すために彼を意図的に書類庫に閉じ込めた。

 第九に戻り、室長の執務机を調べたが、やはり何も出てこない。ならば自宅か、とこちらは少々危ない橋だったが、一番下の引き出しのシークレットボックスの中に隠してあった彼の自宅の合鍵が、滝沢の背中を押した。
 告発は覚悟の上だ。たとえ犯罪者に身をやつしても、真実が知りたい。
 昼間のほうが近所に怪しまれないと思い、日曜日の朝から、滝沢は彼のマンションを徹底的に探した。だが、あの事件に関するものは何も出てこなかった。

 あの事件の資料は、何ひとつ残されていない。
 滝沢が友人から聞いた話も、独自に組み上げた仮説も、証拠となるものは何も残っていない。
 それを知ったとき、滝沢は絶望した。

 俺は、彼らの無念を晴らすことができない。警察官として、真実を追究することができない。
 彼女のために、死んだ友人のために、自分にできることは何もない。

 目の前が真っ暗になるような心持ちで書類棚を見上げていたあの時。帰りを促す薪に、声を掛けられた。
『過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ』
 その一言で、滝沢は彼が事件の隠蔽に関わったことを確信した。
 この男はあちら側の人間。公安と政府が一緒になって隠滅した警察の不祥事、それを隠すことを選択した人間だ。

 瞬間。
 滝沢の中で、薪は人間ではなくなった。

 コレは現存する唯一の物証。彼はその容れ物に過ぎない。自分の仕事はこの容れ物から証拠を引き出し、世間に知らしめること。それが、突然に、理由も分からず死んでいった彼女に対する手向けであり、おそらくは知りすぎた為に消されたであろう友人の人生に対するせめてもの餞だった。


「とうとう20人目の被害者ですよ。捜一も、何をやってるんだか」
 
 上野が画面に向かって、経験したことも無い部署に文句をつけるのを聞いて、滝沢は彼の方へ顔を向けた。
 上野のPC画面には、巷で騒がれている連続殺人の記事が映っていた。見出しに、『美少年連続殺人、20人目の被害者発見される』という文字が躍っている。
 近頃、世間では寄ると触るとこの事件の話だったが、滝沢は興味を持てなかった。滝沢の探究心は、一昨年の飛行機事故と昨年のひき逃げ事故に向けられたままだった。

「今度は顔の皮膚を剥がされていたって……うげ、グロそう。コイツ、捕まって死刑になったら絶対に特捜きますよね? 見たくねえなあ」
「だろうな。しかし、20人てのはすごいな」
「ええ。たしか、今までの被害者の写真が並んでる記事が」
 上野は滝沢の相槌に乗ると、インターネットで目的の記事を探し始めた。書類をすべて仕上げて上司も不在、仕事中の雑談も少しは許されるだろう。

「ほら、これですよ」
 上野に付き合って画面を覗き込んで、滝沢は初めて見るはずの彼らに、デジャビュを覚えた。誰かに似ていると思った。
「室長に似てますね。きれいな男の子って、みんな似たような顔になるンすかね」
 豊村が横から入ってきて、滝沢の疑問に答えをくれた。
 そうだ、薪に似ているのだ。

「そうかあ? 室長はもっと怖いぜ」
 上野に感じられない被害者と薪の相似が、豊村と自分に感じられるのは何故だろう。
 
 豊村は室長を崇拝している。それだけでなく、青年期にありがちな擬似恋愛的感情を持って見ていると滝沢は思っている。自分にとっても、薪は特別な存在だ。真実の鍵を握る唯一の人間として、常に観察してきた。
 自分たちにそう見えるということは、鈴木にも見えるはずだ。彼の薪に対する感情は、豊村のそれよりずっと強い事が証明されたばかりだ。

 利用できるかもしれない――――― 滝沢は自分の席に戻り、PCで事件の概要を丹念に読み始めた。


******

 やっと貝沼事件が出てきました~。
 このお話も、折り返し地点です。 って、まだ半分かよ! 長いよー! (すみません、自分で書きました)

 それと、老婆心ながら。
 現在の薪さんのマンションの鍵は、瞳孔センサー式で本人以外は入れないんですけど、このお話は鈴木さんの事件の前で、住んでいるところが違います。(薪さんのお引越しの経緯は「岡部警部の憂鬱」に書いてあります)
 この頃は、第九から車で5分くらいのマンションで、鍵も普通のものでした。
 今考えると、第九の室長の自宅にしてはセキュリティが甘かったですね。(^^;


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破壊のワルツ(13)

破壊のワルツ(13)




 やたらと長い病院の廊下を、鈴木は風のように走っていた。
 すれ違いざま、何人かの看護師に「走らないでください」と注意を受けたが、すべて無視した。耳に入らなかったと言ったほうが正しいかもしれない。

 所長から聞いた病室の番号を確認し、引き戸を開ける。
 それほど広くはないが一応個室で、最低限のものは揃っている。ベッド周りをカーテンに遮られて目当ての人物の姿は見えないが、小型のハンガーラックに掛けられた仕立ての良いスーツは間違いなく彼のものだ。
 鈴木は持ってきた荷物を床に投げ出すように降ろし、カーテンに手を掛けた。着替えや日用品をキャビネットに片付けるのは後だ。まずは彼の無事を確認しないと。

 カーテンを開いて、鈴木はその場に固まった。
 ベッドに仰向けになり、細い右腕には点滴の管を刺された親友の、顔の上に男が覆いかぶさっている。男の唇はぴったりと薪の唇をふさぎ、男の舌は薪の口中を蹂躙しているように見えた。

「何やってんだ、おまえっ!」
 自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。ここが病院だということは、完全に忘れ去っていた。
 意識のない薪はともかく、男のほうは鈴木の存在に気付いているはずなのに、一向に離れようとしない。鈴木は目の前が真っ赤になるくらい憤って男の肩をつかみ、力任せに薪から引き剥がした。
「おまえ、薪になんてことっ……!」
「ちょ、鈴木。誤解だ」
 相手が何か言ったような気がしたが、鈴木の凶悪な衝動は止まらなかった。あまりに怒りが大きすぎて、鈴木はそれを表に出すことも敵わなかった。殆ど無表情のまま、鈴木は男の胸倉をつかみ、拳を振り上げた。

「何の騒ぎですか? ここは病院ですよ!」
 騒ぎを聞きつけた看護師の叱責で、鈴木は我に返った。
 気付いてみれば、彼は自分の部下を殴ろうとしていた。副室長の立場から部下にそんなことをすれば、懲罰ものだ。もう少しで室長の薪に迷惑を掛けてしまうところだった。

 滝沢の襟元から手を離して、鈴木はベッドに寄った。
 青白い顔で眠っている薪の口元から、水が零れていた。サイドボードに置かれたハンドタオルでそれを拭ってやり、鈴木は息を詰めて彼を見守った。
 脱水によっていくらか腫れぼったくなった唇以外は、いつものきれいな彼だった。その薄い胸が規則正しく上下していることと、静かな寝息が聞こえることに安堵を覚え、鈴木はようやく詰めていた息を吐き出した。

「医者に言われたんだ。30分ごとに、少しずつ水を飲ませるようにって」
 後ろから滝沢が、弁解がましく言った。
「意識がないんだから、他に飲ませようがないだろう?」
 右手に、ペットボトルに入ったイオン飲料を持っている。さっきは頭に血が上って、彼がそれを持っていることにも気付かなかった。

「あとはオレがやる」
「……婚約者に怒られるんじゃないか?」
「水のみで飲ませるに決まってんだろーが!」
 脱水症状を起こしていると聞いてきたから、着替えと一緒に必要になりそうなものは持ってきた。床に置いた荷物の中から水のみとパジャマ、下着類を取り出して、鈴木はベッドの傍に戻った。

「薪の世話はオレがする。おまえは仕事場に戻れ」
「それはまずいだろう。室長と副室長が、揃って不在というのは問題だ」
 部下に副室長の責務を問われて、鈴木は眉根を寄せた。たしかに、滝沢の言うとおりだ。
 ここは柏市内の病院だ。灼熱の地下倉庫で一昼夜、脱水症を起こしていた薪には迅速な手当てが必要だと、最寄りの病院へ担ぎ込んだ滝沢と倉庫番の判断は正しい。そして、今の滝沢の主張も。霞ヶ関の病院なら電話1本で職場に駆けつけることができるが、ここから第九までは2時間近くかかる。

「何かあってからでは遅い。ここは俺が残ったほうがいい」
 滝沢は、鈴木の手から薪のパジャマを取り上げると、病院の部屋着を着せられている薪の胸元に手を伸ばし、合わせを結んでいる紐を解こうとした。
 咄嗟に、鈴木は滝沢の手をつかんだ。それから、今まで誰にも見せたことのない鋭い目つきになって、
「薪に触るな」
 
 よほど驚いたのだろう、滝沢は声も出せずに目を丸くしていた。自分でも信じられない、抑え切れない衝動が鈴木を動かしていた。
 鈴木は滝沢の手から薪のパジャマを奪い返すと、サイドテーブルの上に置いた。大分汗をかいているようだし、身体を拭いて着替えさせてやりたかったが、滝沢の前でそれをしたくなかった。

「鈴木、薪のことは俺に任せてくれ。元はと言えば俺のせいだし」
 滝沢が薪を地下倉庫に閉じ込めることになってしまった経緯も、所長から聞いた。
 MRIのバックアップ中に誤ってデータを消してしまい、薪と滝沢は柏にある資料倉庫に向かった。倉庫で資料を見つけ、滝沢はそれを持って第九へ戻った。倉庫から出たのは薪の方が先だったし、電車で直帰すると言っていたから、車にいないのも不思議には思わなかった。
 翌日は定時に出勤する予定だったのだが、滝沢は急な発熱に見舞われた。かなりの高熱で、立つことも難しいくらいだった。休ませて欲しいとの連絡を薪の携帯に入れたが、電話は通じなかった。まだ朝の早い時間だったので、薪の自宅の電話に留守電を入れ、身体が辛かったせいもあって、それで済ませてしまった。
 今朝になって熱が下がったので、出勤前に薪に電話を入れてみた。昨日の謝罪をするつもりだったが、まだ電話がつながらなかった。自宅の電話も、いくらコールしても誰も出なかった。日曜日でもないのに電話が通じないなんておかしい、と不審に思い、第九に出てきて、発信機から薪の居場所を知った。

「まさか、こんなことになっているとは思わなかったんだ。本当に申し訳ない」
「オレに謝ってどうするんだ。薪に謝れよ」
 眠っている人間に謝れなんて、ずい分意地悪なことを言う、と自分でも思ったが、鈴木は上手く自分の気持ちを宥めることができなかった。

 薪が。
 オレの薪が。
 あんなところに一昼夜も閉じ込められて、どんなに辛かったことか、心細かったことか。薪がそんな大変な目に遭っているときに、オレは―――――。

 煮えたぎるような怒りの本当の原因に思い至って、鈴木は愕然とする。
 ちがう、滝沢に怒りを覚えたんじゃない。オレが許せないのは。

「もちろんその心算だ。だから薪が目覚めたとき、傍にいたいんだ」
 滝沢は鈴木から離れ、ベッドフットの方から回って反対側に立った。昏々と眠り続ける薪に手を伸ばし、汗で汚れた髪を手で梳いた。
 今度は怒れなかった。自分にその権利はないと思った。

「入院中だけじゃなくて、ずっと傍にいてやりたい。俺の命の続く限り、ずっと」
 滝沢の言葉に、罪滅ぼし以外の意思を聞き取って、鈴木は目を瞠る。滝沢は、何度も何度も薪の髪を撫でている。やさしく、大切なものを慈しむような手の動き。そこに自分と同じものを感じて、鈴木は不可解な焦燥に捕らわれた。
「おまえ、まさか」
「発見したとき、薪が死んでるのかと思った。呼びかけても頬を叩いても、何の反応もなくて……恐ろしかった」
 その気持ちは、よく分かった。
 よっぽどの悪条件が重ならない限り、2日くらい完全絶食しても人間は死なないと思う。頭で理解していても、感情はそうはいかない。
 昔、大昔、薪が死んでしまったかもしれないと思って、街中を駆け回って彼を探した事があった。あのときの恐怖は忘れられない。今でも夢に見るくらい、鈴木にとっては人生最大の恐怖体験だった。

「今度のことで思い知った。俺は薪を愛してる」
 滝沢は薪への想いをハッキリと口にした。鈴木の心臓が、ぎゅっと握られたように苦しくなる。

 ふざけるな、と怒鳴りつけたい衝動に駆られた。
 薪を愛してるだと?
 そんなことは許さない、と心のどこかで喚きたてる声に耳を塞ぎ、鈴木は冷静な態度を装う。ここで情に負けては駄目だ。薪を守らなくては。

「それはおまえの勝手だけどな。薪に迷惑が掛かるような真似は慎んでもらう。薪は第九の室長なんだ。警察内の立場もあるし、世間の注目度も高い。おかしな噂が立ちでもしたら」
「噂ならすでに、官房長の愛人とおまえの恋人の2本立てだが」
 …………。

 言い返す言葉もなく鈴木が黙ると、滝沢はベッドに両手を置き、ぐっとこちらに身を乗り出してきた。
「これは俺と薪の問題だ。おまえに俺のことを止める権利はない」
「オレは薪の親友として、薪を傷つけるものは許さない」
 意識のない薪を挟んで、鈴木と滝沢は睨み合う。現場で鍛えた滝沢の眼力に一歩も引けを取らず、ともすれば彼を上回る凶悪さで、鈴木は彼の視線を受けた。
 先に目を逸らせたのは、滝沢の方だった。

「親友として、か」
 ふ、と鼻で嗤うように言って、次の瞬間、鈴木の襟元に手を掛けた。強い力でギリッと締め上げ、苦々しげに吐き捨てる。
「笑わせるな。薪を一番傷つけてるのはおまえだろうが」

 思いも寄らない言いがかりをつけられて、鈴木は怒るより先に不思議に思う。
 自分はいつも薪の傍にいて、彼を支え、守ってきた。薪が第九の室長という重責に押し潰されそうになるたびに、彼を慰め、力づけ、新たな一歩を踏み出す手伝いをしてきたのだ。
 それなのに、自分が彼を傷つけていると非難されるなんて。

「どういうことだ。オレがいつ」
「薪の気持ちを知ってて、彼女と婚約したくせに」
 今度こそ、鈴木はぐうの音も出なかった。
 それは事実だった。鈴木は薪の気持ちを知っていた。自分の気持ちにも気付いていた。だからこそ、受け入れることはできなかった。

「別に責めてるわけじゃない。薪の気持ちに応えられないのは、悪いことじゃない。だけど、薪を愛してやれないおまえに、薪だけを愛している俺を止める権利は無い。そうだろう?」
 勝手なことを言うな、と叫びたかった。
 オレがどんな思いで薪の涙を見てきたのか、おまえに解るか。何も知らないくせに、オレと薪の間に何があったのかも、どんなに必死になってそれを乗り越え、現在の関係を作り上げたのかも、他人に分かるわけがない。

 自分では解らなかったが、鈴木はおそらく、怒りで青ざめていたのだと思う。
 滝沢はそれを、隠していた真実を言い当てられて怯んだものと解釈したらしく、右手を緩めて鈴木を解放した。それから目を伏せて、眼下に横たわる美しい寝顔を見つめた。
「それに」
 滝沢は再びベッドフット側から回って、サイドテーブルが置いてある左手の方へ戻ってきた。鈴木の肩を押してその場から退けさせ、付き添いに最適な場所を獲得する。
「薪が未来永劫俺を愛さないと、どうして言い切れる? 薪が好きになる男はこの世で自分ひとりだとでも思っているのか?」

 適当な嘘で受け流すことは、できそうになかった。滝沢を煙に巻くどころか、口を開いたら思っていることをすべて話してしまいそうだった。それは明らかに薪の立場を危うくする愚行だと知って、だから鈴木は、破れるほどに唇を噛み締めるしかなかった。
 もし、薪がタヌキ寝入りをしていて、この会話を聞いたら何て思うだろう。一言も言い返せない自分を、情けないやつだと思うだろうか。

 サイドテーブルに置いたパジャマを取り上げ、滝沢は威圧的な口調で言い放った。
「図星か。本当に、おまえは傲慢な男だよ」





*****

 きゃー、滝沢さん、言ってやって言ってやって、それと同じことを原作の青木さんにも言ってやってっ、と、この話を書いた時点では思ってたんですけどね。
 4月号を読んだら、とてもそんなことは思えなくなってしまいました。 うう、青木さん、可哀想。(;;)



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破壊のワルツ(12)

 滝沢さんのシーンが続くと、重くてむさくて、みぎゃーっっ、て叫びたくなりません?
 今回はサービスショットです、萌えてください♪




破壊のワルツ(12)






 リノリウムの床に延べられた段ボール箱の上で、薪は暑さに喘いでいた。
 携帯のフラップを開けて時刻を確認する。日曜日の午後1時。ここに閉じ込められて、20時間になる。

「くっそ、滝沢のやつ。オボエテロ……」
 自分を置き去りにした部下の名前で気力を出す方法も、そろそろ限界に近かった。飢えと渇きと、何よりもこの暑さは拷問だ。捜一にいた頃は現場に出ていたから、自然と暑さ寒さにも鍛えられたが、部署が替わってからはロクに陽にも当たらない生活になっていた。筋肉は落ちたし、体力も衰えた。あの頃と変わらないのは、事件解決に対する熱意と負けん気だけだ。

「ヤバイ。マジで眼、回ってきた」
 いくらなんでも夜のうちにはここから出られるだろうと、最初は思っていた。しかし、いくら待っても誰も来なかった。仕方なく、携帯の灯りを頼りに書類保存箱の予備を引っ張ってきて床に敷き、昨夜はその上に寝たのだ。

 暑くてひもじくて、ダンボールの寝床は耐え難いほど固くて、でもまあ明日には絶対に助けが来るだろうし、一晩くらいホームレスの真似事をしてみるのも話のタネになるかもしれない、などと呑気に考えたのも束の間。床面に接している部分が痛くて同じ体勢を取り続けることが辛く、とても眠れたものではない。加えてこの暑さ。
 耐え切れず起き上がり、家が無いすなわち屋外、ということはプラス雨風。なんて逞しいんだホームレス、僕には無理だ、これなら刑務所の方が空調が効いている分マシだ。質素とはいえ食事も出るし。リストラの憂き目にあって路上生活を余儀なくされている彼らより、刑務所の犯罪者の方がいい暮らしをしてるなんて、なにか間違ってる。
 ここを出たら警察をクビにならないように一生懸命仕事をしよう、と保身的な答えを導き出した薪は、膝を抱えたり横になったりを繰り返しながら、夜が明けるのをひたすら待った。

 その時点では、滝沢は自分がここにいることに気付いていないのだろうと薪は思っていた。
『千葉から電車で直帰する』
 行きの車中の会話で、滝沢は薪が先に帰ったと思い込んだのだ。上司が電車を使うと言えば駅まで車で送り届けるのが普通だが、ここから駅までは歩いても5分くらいだし。後部座席には鞄が置いてあったのだが、車上荒し対策のため、座席の下に隠してきたから見えなかったのだろう。
 いずれにせよ明日、薪が出勤して来ないとなれば、滝沢は必ず薪に連絡を取ろうとするだろう。携帯がつながらなければ自宅、それもだめならこの上着につけた発信機が薪の居場所を教えてくれるはず。そうしたら、すぐに助けが来る。
 出勤は定時の8時。遅くとも9時までには行動を起こすだろう。所長に連絡して、倉庫番に出てきてもらって、10時前後には出られる。それまでの我慢だ。

 しかし、薪が想像した救出劇は、その開演時刻を大幅に遅らせていた。
 携帯電話の時刻表示が、一日のうちでもっとも気温が高い午後2時を示している。薪はダンボールの上に横になって、身体は痛いが、もう起き上がることもできない。
 
 どうして滝沢がここに来ないのか、薪にはさっぱり分からなかった。
 もう午後だ。何故、助けに来ない?
 まさか、僕がここにいることに気付かないわけじゃあるまい。倉庫番を呼び出すのに手間取っているのか?

 空腹は感じないが、猛烈な喉の渇きを覚える。頭がぼうっとして、考えがまとまらない。とにかく暑かった。
 上着はとっくに脱いで、ネクタイも外してワイシャツもボタン全開の有様だったが、いっそズボンも脱いでしまいたいくらいだ。でも、それをするとパンツ1丁の情けない姿で発見されたりして、下手をしたらマスコミにリークされるかもしれない、それはいやだ。

 それから1時間後、背に腹は替えられない、もとい、暑さには勝てない。みっともなくてもいいから脱ごう、と思ったときには、既に手が動かない状態だった。
 身体に力が入らない。完全な脱水症状だ。
 全身が細かく痙攣している。こんなに暑いのに、震えているなんて笑える。頭はガンガンするし、吐き気もする。わずか数%の水分が体内から失われただけで、人間の身体は簡単に壊れる。

 やっとの思いで携帯を開くと、時刻は3時過ぎ。霞んだ瞳の中に、鈴木の笑顔が見えた。

 3時からだと言っていたな、結納式。
 それを薪に告げたときの、鈴木の照れたような笑い顔が闇の中に浮かぶ。それから薪に冷やかされて、あわてた顔、困惑した顔、でも最後にはとびきりの笑顔。

 どうしよう、これ、もしかすると人生の走馬灯ってやつかもしれない。僕の人生、90%は鈴木が占めてるから。
 鈴木の顔が見える。すごく幸せそうに笑ってる。
 向かいの席に雪子の姿がある。えらくめかし込んで、澄まして座っている。その隣には、年配の夫婦。よく見たら鈴木の隣にも、塔子さんとおじさんが座っている。
 どうして鈴木と雪子さんの結納式の様子が見えるのだろう。もしかしたら僕は死んでしまって、魂だけになって鈴木に会いに来たのだろうか。

 結婚の約束を固いものにした二組の家族は、楽しげに歓談し、互いの絆を深め合っている。
 鈴木は目の前の雪子に夢中で、姿の見えない薪に気づくことはない。
 それを淋しいと思っても詮無きこと。今に始まったことじゃない、ずっとこうだった。12年前、鈴木に振られてからずっと。

 僕は自分から友人という立場を選んで、でもそれは彼の傍にいたかったから。彼を見ていたかったから。彼に話しかけられたかったから。
 僕は鈴木に出会った19のときから、ずっとずっとずっと――――――。

 細い右手から、携帯電話が転がり落ちた。開いたままの画面から洩れる明かりが、しばらくの間床の上を照らしていた。
 やがてピーッという警告音が充電の必要を知らせたが、それを為すべき主はピクリとも動かなかった。動いたとしても、設備のないこの場所ではどうすることもできず、薪は唯一の明かりを失うことに変わりはなかった。

 真の闇に閉ざされた部屋の中、薪の浅い呼吸音だけが、今にもその動きを止めてしまいそうに、弱々しく響いていた。




*****

 って、これってSしか萌えない展開じゃ?
 すみません、萌えたのは書いてるわたしだけだったみたいです。 ごめんなさい。


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破壊のワルツ(11)

 本日、2個目の記事です。
 
 滝沢さんが主役の章だと、何の二次創作だかわからなくなってきますね。(笑)
 あー、萌えない。



破壊のワルツ(11)




 滝沢の友人は事故死だった。
 地方の、外灯の少ない夜の道端を歩いていて、トラックに跳ねられた。死体は何日も発見されなかった。土手の下に転がり、背の高い草が彼の死体を隠したのが原因だった。
 どうして彼がそんな場所で事故に遭ったのか、彼の同僚は皆不思議がったが、滝沢にだけは分かっていた。
 あそこは木梨の実家の近くだ。友人は、彼のことを調べていたのだ。

 友人が死ぬ前にしていた調査を、滝沢は引き継ごうと思った。そのことは誰にも言わなかった。滝沢は彼のように、本気で公安の隠蔽を疑っていたわけではなかったが、それでも刑事が最後に調べ残した仕事だ。完璧に調査して、墓前に報告してやりたかった。
 この研修が終わったら、思うように時間が取れないかもしれない。ならば、チャンスは今だ。

 官房長の後ろ盾で創られた第九は、様々な面で優遇を受けている。この、MRI捜査の技術習得のためだけに用意された研修施設もそのひとつだ。
 第九への異動を命じられた職員は、全員ここで規定の研修を受け、ノルマを達成しなければ第九に入ることはできない。彼らに与えられる期間は、3ヶ月から半年。3ヶ月までは全額、残る3ヶ月は6割の給与が支給される仕組みになっている。つまり、3ヶ月でMRIシステムを攻略しろ、と暗に命じているのだ。
 半年を超えると、人事部から打診が来る。そして3つの選択を強いられる。さっさと研修をクリアして第九へ行くか、他の部署に行って閑職に就くか、給与7割カットで研修を続けるかだ。
 滝沢が最初に狙っていたのは2番目の選択肢だったが、調査のためには3番目の選択がベストだった。1月もあれば充分だ。調べ物が終わったら、自分から人事部へ他部署に回してもらえるように申し出よう。

 友人を跳ねたトラックの運転手は、なかなか捕まらなかった。死体発見までに時間が経ちすぎて、雨風で証拠が流されてしまったことも、捜査を難航させる一因になっていた。
 管轄外の仕事にイライラしながらも事件の解決を待っていた滝沢に、やがて信じられない情報が入ってきた。
 ひき逃げ事件の調査は、打ち切りになった。捜査本部が設立されてから、1月も経っていなかった。
 ありえないと思った。彼は警察官だ、いわばこれは身内の仇討ち。面子を重んじる警察が、たった1ヶ月で事故とはいえ身内を殺めた犯人逮捕を諦めるなんて。
 しかし、部外者の滝沢に捜査に口を挟む権利は無かった。せめてもと思い、所轄にいた友人に頼んで捜査報告書を閲覧させてもらった。

 その内容の薄さに、滝沢は戦慄した。
 捜査報告書の紙面から伝わってくる、この希薄さはなんだ。一応の体裁は繕ってあるものの、捜査とは名ばかり。事情聴取した運送会社の名簿がつけてあるだけで、いつ、その会社の誰に話を聞いたのかも記載されていない。ただ名簿の下に一行、上記の会社に当該トラックは無し、と書き込まれているだけだった。これなら庶務課の女の子にも作れる。
 現場の写真も2枚しか綴じられていない。死体の検死報告書にいたっては、法医学教室で保存、と来た。

 これはさすがにおかしい、と思った。
 滝沢は所轄に勤めたことが無いから分からないだけかもしれないが、人が死んでいるのだ。こんな報告書で上が納得するわけがない。

 嫌な予感に駆られた滝沢は、木梨のことは余程慎重に動いたほうがいい、と考え直した。もしかしたら友人は、本当にでかいヤマに当たったのかもしれない。

 表向きはエリート集団第九への勤務に執着する振りで研修を続けながら、滝沢は自分のネットワークを使って、こっそりと木梨のことを調べ上げた。
 同期生や元部下たちが教えてくれたことによると、彼は評判どおり、いや、それ以上の男だった。国家を守るためなら、自分の命は惜しくない。また、国民はすべてそうあるべきとの極論の持ち主でもあった。
 彼は公安第2課の所属だったが、本人は外事3課に行きたがっていたと言う。外事3課は外国人によるテロ事件を主に扱う部署だ。彼の愛国心は、諸外国から日本を守るという思想の元に形作られたものだったらしい。

 そして彼が2057年11月の末、休暇を取っていたことを知ったとき。
 行きつけのバーで友人と交わした冗談が、滝沢の脳裏に甦った。

『あの飛行機には、テログループのリーダーが乗ってたんだ。そいつを抹殺するために、政府が乗客ごと飛行機を落としたんだよ』

 あの飛行機に、本当にテログループのリーダーが乗り合わせていたとしたら?
 国家組織ならそんなバカな真似はしない、だけど、妄信的な愛国心に囚われた男がそこに居合わせたら? 国の安泰のためには国民の犠牲はやむを得ないと公言する愚か者が、彼の信じる崇高な考えを行動に移すこともありえるのではないか。

『仕事一筋だった木梨が休暇を取るなんて、赤い雪が降るって騒ぎになったそうですよ。それも、えらく急だったそうで。その後すぐに退職して……』
 滝沢の突拍子もない仮説を後押しするように、木梨の退職前後の状況を教えてくれた元部下の言葉が、耳の中で木霊する。
『そういえば、休暇明けの木梨を見たってひと、いないなあ』

 突然の休暇取得。
 不可解な飛行機事故。
 帰ってこない息子。
 そして、彼を調べている最中に事故に遭った友人。

「……バカバカしい。俺こそ、スパイ映画の観すぎだ」
 何度も何度も否定しながら、滝沢の考えはそこに行き着く。

 もしも木梨がテロリスト抹殺のために乗客を道連れに死を選んだとしたら、それを知った公安は―――――。
 絶対に隠す。木梨は公安の正式な職員だ。その彼がそんな大事件を起こしたとしたら、前代未聞の不祥事だ。政府にも上層部にも、その強力なコネクションをフルに使って事件の隠蔽を強要するだろう。公安はその職務柄、取引材料には事欠かないはずだ。

 そこまで考えて、滝沢は大きくかぶりを振った。
 ありえない、いくら何でもそんなことはありえない。この妄想を消す手立てはないものか。

 滝沢は頭を抱えた。一番簡単なのは、墜落した飛行機の乗客名簿を調べることだ。その飛行機に木梨が乗っていなかったことが証明されれば、このくだらない妄想も消える。しかし、政府ぐるみの隠蔽工作がなされているとすれば、関係書類は確実に隠滅されて……。

 いや、ある。
 公安にも政府にも、予想外のことが起きたではないか。
 飛行機事故の、たった一人の生き残り。他の乗客を食べて生き残ったと今際の際に告白した、かの乗客の脳。それを調べた第九には、捜査資料が残っているはず。

 滝沢は決心した。
 くだらない権力争いに巻き込まれるのは真っ平だと思っていたが、これは運命かもしれない。あるいは、彼女が自分を導いているのかも。

 研修生に割り当てられてた狭い私室で、滝沢は机の引き出しから写真ケースを取り出した。左右に開くと、左手に若い女性。右に若い男性が映っていた。
「ゆかり……西野……」
 滝沢の呟きは、一人きりの部屋の中にひっそりと吸込まれ、空気に混じりこんで再び滝沢の中に返って来た。

 俺は、生きる意味を見つけた。

 次の日から、熱心にMRIシステムに向かう滝沢の姿があった。



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破壊のワルツ(10)

 こんにちは~。

 この章は短いので、次の章も一緒に上げます。
 てか、ひとつの章にすればいいのかな? でも、場面が変わったら、やっぱり章は変えるよね? あ、でも、そうすると読むの面倒?
 てか、この話自体読むのタルイかも、ううーん。

 広いお心でお願いしますっ!(←結局これ)
 




破壊のワルツ(10)





『3日前から続いておりますこの暑さは、東シナ海上に発生した熱帯性低気圧の影響で……』
 カーラジオがニュースを伝えている。昨夜も熱帯夜だったが、今日も暑くなりそうだ。

「手こずっているようだな。彼らの結束は固いと見える」
 運転席に座ったまま、滝沢は後部座席の人物の話を聞いていた。後部座席には黒いフィルムが張ってあり、外部から彼の姿は見えない。
 滝沢が車を停めているTホテルの駐車場には、日曜日ということもあってか、高級車がずらりと停まっていた。その中で国産中級の自分の車は、悪目立ちするような気がした。

「もうちょっとで成果に結びつきそうだったんですけどね。邪魔が入りまして」
「何も大事件を起こせと言ってるわけじゃない。小さな事件でいいんだ。大きいのは逆に困る。こっちまで飛び火しかねない」
「№2の座を守るのも、楽じゃありませんな」
 冷房の効いた車内で、互いの顔を見ないまま、滝沢とその人物は会話を続けた。これは誰にも聞かれてはいけない会話だからだ。

「人権侵害に対する訴訟、職員同士の暴力事件。室長の職務違反なんか特にいいな。あの男が室長を指名したんだからな。直接の打撃になるはずだ」
 №2のクセに、考える事がセコイ。保身を念頭に置くから、思い切った真似ができないのだ。そういう点では、彼の言う『あの男』の方がずっと革新的だ。

 後部座席の男は、本来なら一介の警視である滝沢など、直接口を利くことも許されないほどの上級官僚だ。そんな彼にも悩みはあって、追われるものの苦しみと言うか、つまり、№3の小野田官房長にその地位を脅かされている。2つの権勢の差は徐々に狭まり、来年あたり、2人の上下関係は入れ替わるのではないか、との下馬評まで立っている。

 この噂の根拠には、滝沢の勤める法医第九研究室が深く関わっている。
 第九の設立が計画されたとき、警察庁は画期的な捜査法を支持する設立推進派と、人権問題からの糾弾を恐れた反対派の真っ二つに分かれた。保守派の次長は勿論反対派に回ったが、革新派の小野田は推進派だった。
 小野田派による様々な裏工作や政治的な圧力も加わり、結果的に反対派は押さえ込まれた。新しい施設の建築にIT設備の導入など、巨大な金が動くプロジェクトに大手ゼネコンと代議士が加わったら、その勢いは流れ落ちる滝の如しだ。小野田は自分の妻が大物政治家の娘であるというあからさまな人脈をフルに使って、第九の青写真を描いたのだ。軽蔑すべき男だ、と言うのが次長の理屈だった。

 その第九は発足してから3年足らずで多大な功績を挙げ、何度も長官賞や局長賞を受賞した。自然と小野田官房長の評判は上がる。長官賞授与式の折、「他の誰がやってもここまでの成果は望めなかっただろう」とまで警察庁長官に言わしめた現在の第九室長、その役職に薪を抜擢したのも彼だし、準備室設立の指揮を執ったのも彼だ。
 つまり、第九の手柄は官房長の手柄。第九の評判が上がれば、小野田の地位も上がるというわけだ。

「とにかく、第九がこのまま手柄を上げ続けることは避けなければならない。これ以上、あの男をのさばらすわけには」
 次長側の言い分を聞くと、小野田は政治的裏工作と金にまみれた悪徳官僚のようだが、滝沢の目から見るに、なかなかの人物だと思う。少なくとも、この次長よりは器が大きい。
 やり方はきれいとは言い難いが、きれいごとだけでは大事は為せないのが警察というところだ。きっと、彼には彼なりの正義があって、それを貫くためなら手段は選ばない。そういう人間だけが、此処で生き残っていけるのだ。

 そして。
 自分にも、正義はある。

「お任せください。必ずや次長の期待に応えてみせます。ですから次長も、どうか私との約束をお忘れなきよう」
「ああ。約束は守る。しかし、君も変わった男だな。あんなものに興味があるなんて」
「隠されると知りたくなる。刑事根性ってやつですよ」
「特殊任務に対する報酬が欲しいと言われたときには、機密費からいくら持ち出そうか思案したんだが」
「そちらは十分いただいてます。それに、派手に金を使ったら直ぐに目を付けられてしまうでしょう。使えない金なんて、あっても仕方ないですよ」
 全神経は後部座席の人物との会話に集中しながら、表向きはホテルから出てくる友人を車で待っている男を装って、運転席の窓から人待ち顔で外を眺めていた滝沢は、ホテルの正面玄関から出てきた客の中に、見知った長身を見つけて眉をしかめた。
 黒髪の短髪がよく似合う目鼻立ちのくっきりした美女と、彼女に良く似た年配の女性、それから立派な髭をたくわえた少し頑固そうな男性と4人で出てきた彼は、滝沢が務める研究室の副室長だった。

 彼の婚約者は青森の出身で、結納式のために上京してくると聞いていたが、このホテルに泊まったのか。なぜ娘の家に泊まらなかったのだろう、彼女は自宅マンションを所有していたはずだが、とゴシップ好きの中年女性のような好奇心を覚えて直ぐに、自分には関係のないことだとそれを諌める。

 彼女のことはどうでもいい、それよりも副室長だ。
 新しく家族になる予定の彼女とその両親に囲まれて、幸せいっぱいの彼。今が人生の最高期とばかりに、天真爛漫に笑って。
 大事な親友が、何処でどうなっているか知りもせず。

 知らず知らずのうちに頬に浮かべていた酷薄な笑いを、そうと気付いても消すことができず、滝沢はいっそ楽しげに言った。
「安心してください。次の手は打ってあります」
 
 熱せられたアスファルトから立ち上る暖気が陽炎になって、滝沢の視界を僅かに歪ませている。そのせいか、ホテルの玄関からタクシーに乗り込む4人の姿は、彼らが幸福な未来への準備を着々と進めているにも関わらず、儚い夢のように霞んで見えた。



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破壊のワルツ(9)

破壊のワルツ(9)





 公休日の書類庫は無人で、警備システムだけが黙々と仕事をしていた。入口にあるカードリーダーにIDを通し、建物の中に入ると、薪は滝沢の先に立って歩き始めた。
 空調の止まった建物は、蒸れた空気に包まれていた。二人は上着を脱ぎ、片手に持って廊下を歩いた。暑くて不快だが、書類を見つけるまでの我慢だ。冷房が建物全体に回る頃には、こちらは帰りの電車の中だ。

 建物の中に部屋はいくつもあるが、第九が保管庫として使っているのは地下の一室だ。元々、研究所の重要書類や現金を保管しておくための金庫だったところらしい。
 重犯罪の調書はそのすべてが署外に流失してはならないものだが、中でも第九の書類は特秘扱いだ。常にプライバシー問題を抱えるこの研究室から発祥したものは、メモ一枚でも世間に洩れてはならない。鉄壁の防御力を持ったこの部屋が第九に割り当てられたのは、当然の配慮と言えた。

「けっこう歩くんだな」
 2歩後ろを歩きながら、滝沢が独り言のように言った。
「薪に一緒に来てもらってよかった。俺一人では、迷ったかもしれん」
 滝沢は、この建物は初めてだ。月曜日で管理人が出勤していれば案内を請うこともできたかもしれないが、今日は休日。彼ひとりでは、どの部屋が目当ての部屋かも分からなかっただろう。

「迷路の類は苦手でな。昔、巨大迷路とか言うのが流行っただろう? 行ったことあるか?」
「ああ」
 そのアトラクションは知っている。薪も、鈴木と雪子と3人で遊びに行ったことがある。お喋りをしながら先の見えない通路をそぞろ歩き、行き止まりに当たったり元の場所に戻ってしまったり、みんなで迷子になる感覚を味わうのは大人でも楽しい。

「俺はいつもびりっけつだった。よく連れに怒られたよ」
「そうなのか?」
 エントリーすると、他の客とタイムを競うゲームができる。
 薪たちの作戦はこうだ。
 背の高い鈴木が角の櫓に登って指示を出し、薪が道を完璧に暗記してから鈴木を迎えに櫓まで走る。雪子は最終兵器で、タイムオーバーになりそうなときに壁をぶち破る係だった。もちろん、最終兵器を発動した時点で薪たちの失格は確定するわけだが、それがルールを知った上での冗談だったのか、遊びの常識に疎い薪が本気で提案したのかは、彼ら3人だけの秘密だ。

「おまえが迷子とはね」
 滝沢の昔話に、薪は少しだけ頬を緩める。
 友人と一緒にアトラクションを楽しむ、そんな時代がこの男にもあったのだ。若い頃の滝沢を想像して、その彼が行き止まりの壁に当たって焦っている様子を思い浮かべる。が、どうしても滝沢の幼い姿が上手くイメージできず、無理にその作業を進めた結果、薪の脳内には滝沢が蝶ネクタイに半ズボンの七五三セットを着こなしている姿が。

「ぶふっ! ゴホッ、ゴホッ!!」
「……おまえ、とんでもないものを想像してるだろう」
 今だけは自分の豊かな想像力を恨み、必死で頭の中の画像を打ち消すと、薪はゴホンと咳払いをして気持ちを切り替えた。

「おまえにも、子供の頃があったんだな」
「当然だ。まあ、巨大迷路はガキの頃に行ったわけじゃないんだが」
「まさかと思うが、彼女とか?」
「まあな」
「おまえ、彼女いるのか!?」
 こともなげに答えられて、薪は軽いパニックに陥る。この自分が10年以上も男女交際から遠ざかっているのに、どうしてコイツが!?
 現在の薪には、女の子の友だちと言えば大学からの友人の雪子くらい。でも彼女は親友の恋人で、そういう対象にはなり得ない。捜一時代に仲良くなったキャバクラの女の子たちとは疎遠になってしまったし、歌舞伎町のお風呂屋さんのヒトミちゃんとはもっとご無沙汰だ。
 
 あれだけの数のラブレターが舞い込むのに、どうして直接アタックしてくる娘がいないのか周りの人間には不思議がられるのだが、どうも自分は観賞用にされているらしい。薪が受け取るラブレターには、
「あなたの美しさに魅せられています」(美しさってなんだ、僕は男だ)
「遠くから、いつも見つめています」(それはストーカー行為だ、すぐにやめなさい)
「鈴木さんとお幸せに」(……???)
 と言った意味合いの事が書かれていて、「付き合ってください」という言葉は紙面の何処にもない事が多い。果たしてあれをラブレターと呼んでいいものかどうか。

「胸は何カップだ? 美人か? 何処で知り合った?」
「薪……その質問の順序はどうかと思うぞ、人として」
 そう言えば、昔鈴木にも忠告された気がする。女の子と付き合いたかったら、まず相手の顔より先に胸を見るクセを直さないと無理だとか何とか、ええい、余計なお世話だっ!

「結婚するのか?」
「死んだよ」
 薪は思わず立ち止まった。亜麻色の瞳を小さく引き絞って、滝沢の顔を凝視する。
「飛行機事故でな」
 咄嗟には言葉が出てこなかった。失言を悔やむ気持ちと、大切な人を亡くした男への憐憫が、薪の口を重くした。

「なんて顔をしてるんだ。おまえの恋人じゃないぞ?」
 滝沢は、いつもの尊大な態度と平気な口調を崩さないでくれた。それに感謝して、薪は軽く頭を下げた。
「悪かった。嫌なことを聞いて」
 薪の謝罪に、滝沢は無表情で答えた。
「Fカップだった」
「……うらやましい限りだ」
 ズレた会話を真面目な顔で交わしながら、鈴木が言ったことは正しかったかもしれない、と薪は思った。
 ちゃんと話せば、そんなに嫌なやつじゃない。

 それからは黙って目的の場所へ向かったが、車中のような気まずい雰囲気は生まれなかった。
 帰りは一緒の車で第九へ帰ってもいい、と薪は思い直し、それをどのタイミングで切り出すべきか迷っていた。

 やがてふたりは地下倉庫に着き、扉の前に並んで立った。
 銀行の大型金庫のような重厚な扉に、ダイヤル錠がついている。その扉の向こうには格子に組まれた鉄の扉があり、その鍵は薪が持っている。
 4つの数字と回転数を暗記している薪がダイヤルを回し、重い扉を開いた。上着の内ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み、格子扉を押し開く。
 重い扉を開けると、むっとするような熱い空気が漂ってきた。
 廊下側にあるスイッチを押し、照明を点ける。地下なので窓は無い。閉め切るとこの部屋は、鼻をつままれても分からないくらいの暗闇に包まれる。
 部屋の中にはたくさんの段ボール箱が整然と並んでいた。天井まで届きそうな整理棚は30近くもあり、その半分が埋まっている状態だった。

「7ヶ月前というと、この辺りだと思うが」
 整理棚の間をぐんぐん進み、薪は棚の一角を指差した。箱に、年月と事件名が書いてある。
「ほら、あれだ。脚立が必要だな」
 部屋の奥まで歩いて、壁に立て掛けられていた便利な道具を持って来る。背の低い薪には必需品とも言えるアイテムだ。
「滝沢。上から2段目の、左から5つ目の箱だ」
 滝沢が脚立に登り、逞しい腕で箱を下した。箱の中をざっと見て、薪は目的のファイルを取り出す。同じ箱に入っていたCDを見つけ、薪はこの事件を担当したのが自分の親友だったことを思い出す。
 さすが鈴木。万が一のデータ破損に備えて、予備CDまで用意していたのか。

 誇らしげな気分になって、薪はファイルとCDを手元に残し、箱の蓋を閉じた。
 月曜日、鈴木に会ったら『CDを残しておいてくれて助かった』と礼を言おう。事件の記録を保存するなら、印刷物をスキャンするよりデータの方が良いに決まっている。細部を拡大して見る事が可能だからだ。
 薪は滝沢にファイルとCDを渡し、自分は手ぶらで廊下に出た。部屋の中よりは廊下の方が、空気の動きがある分だけ涼しかった。

「滝沢。行くぞ」
 部屋の中に向かって声を掛け、薪は首を傾げる。
 箱を元の位置に戻し、脚立を片付けて、やることはそれだけのはずなのに、滝沢はなかなか部屋から出てこなかった。いったい中で何をしているのだろう。
「滝沢?」
 蒸し暑い室内に再び足を踏み入れ、薪は部下の姿を探した。先刻の棚を通り過ぎ、2列ほど奥に彼の姿を見つける。

 滝沢は熱心に、箱の外側に書かれた事件名を見ていた。
 そういえば、滝沢は研究室でも自分が入る前に起きた事件のデータを、時間外に見直していた。早く職務に慣れるための自己学習だと言っていたが、資料も見てみたいと考えているのだろうか。
「滝沢。研究熱心なのは認めるが、それは時間に余裕があるとき、いや、せめて空調が動いているときにしてくれ」
 薪が話しかけても、滝沢はこちらを見もしなかった。血走った眼で、一列に並んだ箱を凝視していた。

「あの事件の資料はどこだ?」
 ぞっとするような低い声が響いて、薪は背筋を粟立てた。さっきまでは「話してみるとけっこういいやつ」だった滝沢の心象が、一転して危険を孕む。モニタールームで味わった底知れぬ闇に呑まれそうな感覚がまたもや薪を襲い、薪は全神経を緊張させてそれに耐えた。
「あの事件?」
 彼が見ているのは、2057年の後期、つまり2057年10月から2058年3月までの事件資料が置かれた棚だった。

「いったい」
 何のことだ、と言いかけて、薪はその時期に起きた重大な事件のことを思い出す。
 あの事件の記録はどこにもない。書面もデータも、メモ一枚残さなかった。すべては自分の頭の中に封印したのだ。

「帰るぞ」
「待て、薪」
 引き止める滝沢に、薪は一切の感情を込めず、冷ややかに言い放った。
「真実を求める心は捜査官にとって必要なものだ。でも、過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ」
 刑事と言う職業に身を投じたものなら、誰もが真実と正義を貫きたいと願う。しかし、それを為せないのが現在の警察機構だ。薪も組織の一員として、数々の隠蔽工作に携わってきた。それは決して慣れることはできないが、飲み込まなくてはいけないものだということも分かってきた。

 外に出ようとして、薪は脚立が定位置に戻っていないことに気付いた。広い書類庫の中、箱の壁に遮られて視界が悪いこの部屋で、物を置く場所を定める事がどんなに大切か。次のときに備えて、薪は脚立を元に戻しに行った。
 西側の角に脚立を戻したとき、ガシャンという重い音が聞こえた。
「……えっ?」

 驚いて、薪は入り口に向かって走った。
 内側の格子扉は開いていたが、その向こうの重い金庫扉は完全に閉まっていた。ダイヤルロックが掛けられてしまったのだろう、押してもびくともしない。
「滝沢! ここを開けろ!!」
 廊下にいるはずの部下を大声で呼ぶが、返事もないし、ダイヤルを回す音もしない。おい、ともう一声掛けると、それを合図にしたように部屋の電気がいっぺんに消えた。入り口の外にあるスイッチを切られたのだ。
「ふざけてるのか!?おい、滝沢ッ!!」
 声を限りに叫んだが、扉が開けられることも電灯が点くこともなかった。タールを溶かしたような闇の中、薪は呆然と立ち尽くした。

 閉じ込められた。
 わざと?
 いや、まさか。滝沢は、自分がまだ中にいることに気付かなかっただけだ。脚立を戻しに行ったことを知らず、先に外に出たものと思って閉めてしまったのだろう。

 この扉は、中からは開かない。ダイヤルロックの暗証番号は、薪と所長と倉庫番しか知らない。滝沢が車に戻り、薪の不在に気付いても、直ぐにはここから出られない。
 こちらから連絡を取りたいところだが、地下にあって厚いコンクリートに囲まれているため、携帯電話の電波は届かない。滝沢が迎えに来るのを待つしかない。

「ったく。今日は厄日か」
 薪はその場に座り込んだ。入り口近くの壁にもたれて、だらしなく足を投げ出す。

 しかし、本当の災厄はこれからだった。



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破壊のワルツ(8)

破壊のワルツ(8)





 モニターに流れる膨大な英数字を眺めていた薪の前に、大きな人影が差した。気付いて、右手の机に積まれたファイルを取る。
「早いな、滝沢」
 部下の仕事をさりげなく褒めてやって、薪はファイルを広げ、中身をざっと確かめた。

 土曜日の休日出勤は新人の滝沢と2人きりで、始めは少し気が重かった。言葉にできるほど明確な理由があるわけでもないのだが、何となく彼のことは苦手だった。
 やたらと身体に触れてくるのも嫌だった。だからもし、彼が今日もそうしてくるようだったら、スキンシップは嫌いだから触らないで欲しい、とハッキリ言うつもりでいたのだが、2人きりになったら逆に遠ざかって、必要なとき以外は近付いてもこなかった。

「次はこれを頼む」
 ファイルを差し出して相手の顔を見ると、いつも新人とは思えないくらい落ち着いている滝沢の顔が、心なしか青い。トラブルの予感がして、薪は眉根を寄せた。
「どうした?」
「すみません、室長。データを破損してしまいました」
 うなだれて報告する滝沢に、薪は心のどこかでホッとしている自分に気付く。滝沢の業務習得能力は、これまでに薪が指導に当たった部下の誰よりも優れていた。捜査官としての能力も十二分にあった彼は、実際の捜査において第九の先輩たちを牛蒡抜きにし、結果1人の職員が本人の希望で辞めていった。
 出来過ぎの新人。良い人材を手に入れたと鈴木は単純に喜んでいたが、薪は鋭すぎる滝沢の仕事振りに、薄ら寒いものを感じていた。
 そんな彼でも、ミスはするのだ。ミスをしたことを気にしてか、普段は使わない敬語を使ったりして、かわいいところもあるじゃないか。

「どれ。見せてみろ」
 滝沢のモニターを見ると、画面に映っている報告書の写真の部分が黒く染まっていた。データを写そうとしている途中で、バグが起こったらしい。それに気付かず、元データの方を消去してしまった。これはもう、当該事件の報告書ファイルからスキャンして貼り付けるしかない。
「事件の日付は7ヶ月前か。千葉まで行くしかないな」
 当初、科学警察研究所が建てられていた場所は、現在では書類庫になっている。報告書等、紙ベースの書類は3ヶ月単位でそこに送られ、係員によって整理保管される。

「申し訳ない。月曜日、書類庫に行ってファイルを探してくる」
「書類庫の鍵なら僕が持ってる。これから行って、取ってくる。おまえは次のデータを」
「俺のミスだ。俺が行く」
 凄むような口振りに、薪は思わず怯んだ。
 現場に出ていた刑事なら、それ相応の怖さを身につけていて当たり前だが、滝沢のは捜一の先輩たちとは種類が違うような気がした。犯人を威嚇するための単純な怖さではなく、底の見えない闇のような恐ろしさを含んだ凄みだった。

「鍵を」
 ぬっと突き出された手に、びくりと身体が震えるのを理性で押し留める。自分は室長だ。部下に舐められてはいけない。

「悪いが滝沢。鍵は室長以外が使ってはいけないことになっている。どうしてもと言うなら、一緒に来い」
 椅子に座った滝沢を上から睨みつけるようにして、薪は彼の申し出を拒絶した。二人の間の空気は瞬く間に険悪なものになり、重い沈黙がモニタールームを包んだ。

「わかった」
 緊迫した空気を破って、滝沢が折れた。
 簡単に机の上を整理して、出かける用意をする。第九が無人になることを考えて、一旦は書類を保管庫にしまい、セキュリティも掛けて行くことにした。

 外に出ると、むっと暑かった。
 5月も、あと3日ほどで終わる。梅雨入り前のこの時期は、異常に暑かったり寒かったりで、気候が安定しない。
 滝沢が運転する車の後部座席で、薪は黙って外を見ていた。車窓に流れる風景は既に夏のそれで、道行く人々は揃って半袖を着ていた。国際会議で何度話し合っても、温暖化は進む一方だ。昨夜も暑かった。5月にクーラーがないと眠れないなんて、2062年に地球が終わるという伝説は本当じゃないかと疑いたくなる。

 薪、と呼びかけられて、前方に視線を戻した。運転席の滝沢の顔が見えるわけではないが、話かけられればそちらを見るのが普通だ。
「もしも、これが鈴木なら。鍵を渡したか?」
 先刻のモニタールームの一件を蒸し返されて、薪はいたく気分を害する。滝沢の粘り強い性格は捜査のときは長所だが、それ以外ではただの粘着気質だ。
「意味の無い仮定だ。考える気にもならない」
 すげなく滝沢の質問を切り捨てると、薪は再び窓の外に視線を移した。じりじりと焼けるアスファルトに陽炎が立っている。今夜も暑くなりそうだ。

「きちんと回答しないなら、渡すと解釈するが」
 自分が終わらせたつもりの会話を続けようとする滝沢に、薪は腹立ちを感じる。
 滝沢の質問の意図はよく解らないが、あまり良い印象は受けない。鈴木のことだけは特別扱いをするのだろう、と尋ねられているとしか思えない。
「もしも鈴木なら、こんなミスはしない。ちゃんとバックアップ後のデータを確認してから元データの消去を行う。だから、鍵が必要な状況にはならない。これでいいか?」
 薪が厳しい口調で言うと、滝沢は無言になった。薪から見えるのは、きれいに撫で付けられた彼の後頭部の一部分だけだったが、何故か異様に腹が立った。自分の胸のうちを見透かされて嘲笑われている、そんな気がした。

「この時間だと、今日は書類を取ってくるだけで精一杯だな」
 わざとらしく腕時計を確認して、薪はこれからの予定を告げた。滝沢がルームミラーでこちらの様子を伺っていることは先刻承知だ。だからずっと外を見ていたのだ。
「ファイルを見つけたら、僕は千葉から直帰する。電車で帰るから送らなくていい。おまえは書類を第九まで持って行け。キャビネットに保管したら帰っていい。残りは明日だ」
 不愉快だ。帰りは一緒の車で帰りたくない。

 つまらない感情で発した一言が、この後自分に降りかかる災厄の種になろうとは、その時の薪には想像もつかなかった。



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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