嘘と桜

 こんにちはっ!
 
 過去記事に毎日拍手くださってる方、更新のない日でもご訪問くださる方、ありがとうございます!
 励まされてます!
 

 予告ではこの後、『水面の蝶』を公開する予定でしたが、間に一個、雑文を挟ませていただきます。

 最終回の予想をしていた際、こんな風になってくれたらいいな、というモヤモヤした光景があって、記事にしようとしたのですけど、例のごとく上手く言葉にならなかったので、SSにしてみました。
 なんでわたしって考えてることを文章にできないのかなあ……書いてるうちに訳が分からなくなっちゃうんだよなあ。 バカなのかなあ。 (今頃わかったのかと言うお声がどこからか……(^^;)



 このお話の時期は『タイムリミット』の少し後。 二人が一緒に暮らし始めるちょっと前です。
 少々長いのですけど、一発で行っちゃいます。 携帯等でダウンロードエラーが出てしまったら連絡ください。 よろしくお願いします。 


 




 嘘と桜






 宵の風は未だ肌寒い。
 暦の上では2ヶ月も前、でも現実の春は始まったばかり。薪が青木のアパートを頻繁に訪れるのは、毎年この時期だ。
 家主と自分、2人分の夕食の材料を片手に青木の家を訪れる彼の目的は、新年度を迎えてMRIシステム教育の責任者に任命された部下を励ますことではなく、愛しい恋人の顔を見ることでも、残念ながら無い。彼のお目当ては、青木の家から見下ろすことができる公園の桜景色だ。
 その日も彼は青木の家に上がりこむと同時に窓辺に寄り、家主に断りもなくカーテンを開け、次いでガラス戸を開けた。ソメイヨシノは香りが薄いから窓を開けても無駄ですよ、と薪の身体を冷やしたくなくて青木は注意するが、そんなことはない、と薪は頑固に首を振る。仕方なく自分のコートを彼に羽織らせて、そうするとまるで親の衣服を着せられた子供のようになった彼が異様に可愛くて、「今年もきれいだな」と彼が花を愛でるのに「はい」と頷きながら、青木の眼は彼ばかりを見てしまう。お約束だ。

「食べ終わったら、ちょっと歩きましょうか」
「そうだな」
 夕食の若竹煮を頬張りながら青木が差し出した提案を、薪は二つ返事で受け入れた。天邪鬼な彼が素直に頷いたのは、今年が最後になると分かっていたから。だから彼が訪ねてくる頻度も、この春は例年より格段に多かった。

 食器は後で洗うことにして、とりあえず水に浸けておく。珍しいことに薪は缶ビールを二本ポケットに入れ、青木の先に立って玄関を出た。コンクリートの冷たい階段を軽やかに下りていくベージュ色のスプリングコートを、青木は懸命に追いかける。急いでコートを着て、ドアに鍵を掛ける。青木が鍵穴から鍵を抜いた時には、薪はもう公園へのショートカットである鉄の柵をよじ登っていた。
「薪さん。不審者通報されちゃいますよ」
「見つからなきゃいいんだ。さっさと来い」
 公園の正門まで歩いても300メートルくらいなのに、薪はせっかちだ。見つからなければいい、という発言も誉められたものではない。自分たちは警察官なのだから。

 ベージュの薄布をはためかせ、薪は柵の向こう側に降り立った。くい、と顎で青木を呼ぶ。青木はサッと辺りを見渡し、人目が無いのを確かめると、鉄柵に手を掛けて軽く飛び越した。
「もう。子供じゃないんですか、ら……」
 青木の小言を、薪は言葉ではなく行動で遮った。青木の手を掴んで歩き出したのだ。
 何年か前までは、屋外で触れ合うことにひどく臆病だったのに。最近の薪はこんな行動も取るようになって、青木は嬉しい驚きを隠せないでいる。

 昨年の事件で、彼はまた少し変わった。あまり人目を気にしなくなったと言うか、自分の感情に素直になったというか。それは開き直りにも近く、要は、あそこまでして別れられないなら何をしても無駄だと、裏返せば何があっても結論は同じだと、だったら我慢するだけ損だと判断したのかもしれない。
 青木は、薪の心境の変化を想像しながら小さな手を握り返す。眼下の、小さな頭の中に繰り広げられる奇想天外な飛躍思考は理解できずとも、青木は彼の転化を歓迎する。変わるたび、薪の笑顔が増えていくから。

 野外パーティには寒すぎる気温だったが、土曜の夜で、公園には大勢の人がいた。賑やかな宴会の音も響いているし、姦しいお喋りも聞こえてくる。雑多な音と人混みと、これだけ溢れ返ってしまえば逆に他人のことは気にならなくなるものだ。手をつないだままぶらぶら歩く彼らを、見咎める者はいなかった。
 青木の手を引いてゆっくり歩く、薪の行先は分かっている。もう何度も来ているから、パターンが読める。此処には薪のお目当ての彼女がいて、彼はそこに向かっているのだ。

 彼女は、今年も見事な枝ぶりで彼らを迎えた。

 闇に映える薄紅色は、ライトアップ用の照明を受けてあでやかに咲く。夜風に弄ばれた枝先が、女の手のようにやわらかく手招きする。まだ花びらは風に散らないけれど、いくばくもなくその日はやってくる、その儚さもやっぱり女性的だと青木は思う。
 この樹の下で恋に落ちたと青木が白状した日から、毎年一度は二人でここを訪れている。1回だけ、蕾も膨らまない彼女を見上げた年があったが、それ以外は開花に合わせて、仕事が忙しくても何とか時間を作って、美しくドレスアップした彼女を愛でることにしている。

 薪が立ち止まり、彼女を見上げて目尻を下げる様子を、青木は桜と共に堪能する。顔を前に向けて、視線は横に流して、そんな不真面目な見方をしていたおかげで、夫婦らしき中年の男女がベンチから立ち上がったのにすぐ気付いた。
「薪さん」
 席を確保してから、声を掛ける。呼ばれて横を向いた薪は、隣にいたはずの男がいないことに初めて気づき、慌てた様子でこちらを振り返った。亜麻色の瞳が青木の姿を補足し、ゆっくりと瞬く。

 大きな桜の木を背後に、薪は微笑んだ。
 畏怖さえ感じる壮麗な桜花をいとも簡単に引き立て役にしてしまう、その美しさ。尋常でないのは彼の美貌か、そう感じる自分の心なのか。判ぜられぬまま、青木は茫洋と彼を見つめる。魂を抜かれるとはこのことだ。
 こういう薪を見ると、青木はいつも落ち着かなくなる。本当に桜の精になってしまうのではないか、自分の手の届かない処に行ってしまうのではないかと、根拠のない不安に駆られる。青木が座った時にはギシッと音を立てたベンチが、薪のことは無音で受け止めるのも納得いかない。まるで人じゃないみたい。

「何かついてるか?」
 主役の夜桜をそっちのけで薪の顔ばかり見ている青木に、薪は首を傾げた。もしかしてワカメ? と唇の周辺を指先で撫でる。青木は苦笑した。
「薪さんがあんまり綺麗だから見惚れてました」と青木が正直に答えると、
「バカなこと言ってないでちゃんと見ろ。もう見納めなんだから」
「そうですね」と返して、青木は群れを成す花弁を見上げた。この桜を見るのは、多分今年で最後になる。青木の新しい住まいは此処から車で1時間も掛かるし、通勤ルートからも外れている。加えて、転居先にも桜はある。それもかなり有名なスポットが。

 ほら、と差し出された缶ビールは、薪のポケットの中でいくらか温んでいたけれど、肌寒い夜気の中にあっては充分に冷たかった。プルトップを開けて口を付けると、苦くて辛い炭酸が喉を心地よく刺激する。
「ビールには寒いな」
 半分ほど飲んでから、薪が肩を竦める。昼間ならともかく、夜はスプリングコートでは寒かろう。
 青木が自分のコートを貸そうとすると、薪は素早く傍に寄ってきて、
「入れろ」
 と、青木の返事も待たずにコートの中に入った。反射的に周囲に目を走らせると、周辺にある4つのベンチはどれもふさがっていたが、ライトアップされている桜が観客の目を釘付けにしてくれるおかげで、自分たちに注目している人間はいなかった。それを確認して下方に目を落すと、薪は悠々とビールを呷っている。青木は自分が恥ずかしくなった。
 衆人の中では、辺りに気を配るのが条件反射になってしまっている。薪から口酸っぱく注意され続けたせいもあるが、青木自身、いつの間にか自分たちの関係は隠すべきものだと思うようになっていた。でもその思いは元を辿れば、自分たちの関係が誰かに知られる度に、薪がとても辛い目に遭ってきたからだ。当の薪が気にしないなら、無論青木に異存はない。

「いつだったかこうして、一緒に湖を見たことがありましたよね。真冬で、しかも夜で、すごく寒かったの覚えてます」
「僕は知らない。どこかの女との思い出じゃないのか」
「またそんな意地悪言って。第九の慰安旅行の時ですよ。冬なのに七夕飾りがあって、ええっと何処だったっけ」
「おまえ、本当に記憶力悪いな。河口湖だろ」
「あ、そうでしたそうでした。て、やっぱり憶えてるんじゃないですか。そう言えばあの冬は、薪さんが風邪ひいて倒れて大変な思いをしましたよね」
「毎年冬はロクなことがない。次の年には雪山で死にかけたし」
「その後いくらも経たないうちでしたよね、火事に遭ったの」
 桜を見ながら冬の思い出を語る。思い返せば数えきれないくらいたくさんの出来事があって、その積み重ねが自分たちを寄り添わせているのだと青木は思う。
 薪と出会って、もう、8年にもなるのだ。

「8年前、薪さん、オレに嘘吐いたでしょ」
「ウソ?」
 薪の疑問符は、「そんな憶えはない」ではなく、「どの嘘だ?」である。薪はホラ吹き男爵の血筋だと言われれば信じてしまいそうなくらい嘘が上手で、青木は何度騙されたか知れない。

「オレが初めて薪さんを此処にお誘いしたとき、今年は未だ桜を見ていないって。あれ、嘘ですよね。薪さん家、井之頭公園の直ぐ近くじゃないですか」
 井之頭公園は桜の名所だ。薪のマンションから吉祥寺の駅まで、彼の通勤路はそのまま桜並木になっている。
 薪の嘘を、青木は責めているわけではない。逆だ。感謝しているのだ。
 あの頃は薪の性格をまったく理解していなかったから言葉通りに捉えてしまったが、今なら分かる。あの時薪は、青木のためにあんな嘘を吐いたのだ。慣れないMRI画像に憔悴しきっている青木を心配して、元気付けようとしてくれた。

 ところが薪は首を振り、
「嘘なんか吐いてない。本当に見てなかったんだ」
 苦いアルコールを湿った吐息に変えて、自嘲めいた笑いを浮かべた。
「眼には入ってたんだろうけど、記憶には残ってなかった。おまえに言われるまで、そんな季節だったことも忘れてた。あの年は」
 あの年、と言われて気付いた。そうか、あの頃の薪はまだ。
「本当にあの年は、ここでおまえと見た桜が初めてだったんだ」
 しまった、と青木は焦る。自分は何をやっているのか、昔話なんかして、薪の傷口を掘り返すような真似をしてしまった。
 恐る恐る覗き込んだ薪の顔に、青木が心配した傷心は見つけられなかった。沈痛に呻くでもなく、明るさを取り繕うでもなく、そこにいたのは普段通りの彼だった。

「桜だけじゃなかった。入道雲も茜の空も雪景色も。大好きだったはずなのに、何を見ても記憶に残らなくて。おまえと一緒にこの桜を見るまでは」
 青木を見上げてくる亜麻色の瞳は濡れたように光っている。アルコールの作用か冷たい夜気のためか、頬は微かに赤い。
「だから嬉しかったよ。ここの桜が綺麗だって思えて」
 薪はうっとりと微笑んだまま、それは決して強がりではないと、感じ取った青木は身体が震えるほど嬉しくなる。
 薪があの頃の話をするのに、慟哭を伴わない。傷は消えずとも、穏やかに思い起こせるようになった。
 傷は少しずつ、塞がっているのだ。

「オレを気遣ってくれたのかと思ってました。家まで送ってくれるつもりだったのかと」
「なんで僕が野郎相手にそんなこと」
「心配してくれてたでしょう? オレがなかなかMRI画像に慣れることができなかったから」
「まさか。心配なんかしても部下の能力は伸びない。するだけ無駄だ」
「あの……薪さんて、最初の頃オレのこと……」
「おまえは第九始まって以来のダメ新人で、さっさといなくなればいいと思ってた」
 ぐうの音も出せず、青木が情けない顔になると、薪はククッと鳩が鳴くみたいに笑った。
「嘘だ、バカ」
 もちろん分かっていた。薪は自分の部下になった人間を疎んじたりしない。

「初めから気になってたよ。眼が離せなかった」
 その理由は説明されずとも分かった。彼にそっくりな、この顔のせいだ。
 恐る恐る、青木は訊いた。

「オレの顔見るの、辛かったですか」
「半々かな」
 薪は眼を伏せ、ビールを一口飲んだ。過去を振り返っているのか、閉じた睫毛を揺らしながら、
「苦しいのと嬉しいのと……うまく感情が抑えられなくて苦労した」
 当時の薪が異様に怖かったのは、感情を表に出すまいと自分を戒めていたからなのか。その頃の青木は薪の苦労も知らず、どうして室長はいつも自分を睨むのだろう、彼に嫌われているのだろうかと、利己的なことばかり考えていた。

「今思うと、おまえには結構当り散らしてたよな。二言目には『異動願い』だったもんな」
「翌年の新人にはやさしくて。妬けました」
「仕方ないだろ。みんなおまえよりデキが良かったんだから」
 ええ~、と青木が不満の声を上げると、薪はまたクスクスと笑った。

「あれから8年も経ったんですねえ」
「おまえが31、僕が43。お互い年取ったな」
「薪さんはあんまり変わってない気がしますけど」
 というか、若返ってるような。彼の子供っぽい面を知ってしまったせいか、最初よりも年の差を感じない。
「今のアパートも8年か。モノが増えるわけですね」
 引っ越しに向けて少しずつ処分しているのだが、その量に驚いている。大して広い部屋でもないのに、よくもあんなに詰め込んだものだ。
「荷物はゆっくり整理すればいいけど。おまえはなるべく早く越して来い」
「そんなにオレが恋しいですか?」
 一緒に住もうと薪に言われた。表向きは住み込みのボディガードだけど、内情は、
「別に。ただ年を取ったら掃除が面倒になって。早く解放されたいから」
 …………下僕だ。

 くい、とビールを飲み干し、薪はそれを振って缶が空になったことを青木に教えた。そろそろ行くか、と腰を上げ、もう一度しっかりと夜の桜を仰ぎ見る。
「青木」
 温かな恋人の懐から冷たい風の中へ、春物のコートの裾をひらめかせて薪は、身を竦めるでもなくしっかりと立つ。すっきりと伸びた背中は天に向かう若木のように、生気に満ち満ちている。
「やっぱり、来年も来よう」
 そよそよと風は吹き、末節の桜花をゆらゆらと揺らす。ふわふわと薪のコートの裾が波打ち、彼の髪がさらさらと靡く。
「来年も再来年も、その次の年も。毎年この桜を見に来よう」
 春の宵は何もかもが薄ぼんやりとして曖昧で。青木の視界も霞がかかったように、その輪郭を不確かにする。
「ずっと二人で、……」

 振り返った薪は、言葉を呑んだ。大きな眼をいっぱいに見開いて、ベンチの前に立ち尽くしていた青木に駆け寄ってくる。
「ど、どうしたんだ? おなか痛いのか?」
 ―――― 違います、嬉しいんです。だって薪さんが。

 薪の誤解は子供みたいで滑稽で、そうしたら余計に涙が止まらなくなった。喉が詰まって、鼻の奥が痛くて、不快なはずの感覚が何故かとても幸せだった。
 薪が困惑しながらも貸してくれたハンカチを目に当てて、青木は呼吸を整える。心配そうに見上げる薪に、青木は嘘を吐いた。
「目にゴミが入りました」
「眼鏡を潜っておまえの小っこい眼に入ったのか? 根性のあるゴミだな」
「ぷっ。なんですか、根性のあるゴミって」
「困難な対象に敢えてチャレンジする、その精神が立派だ」
「オレの眼、そんなに小っちゃいですか? 埃も入らないほど?」
「最強は小池だろうな。そう言えば何年か前、みんなで焼肉喰いに行ったとき、あいつの目にレモンの汁を」
 昔話に興じながら帰途を辿る。他愛もない会話を重ねながら、でも自分たちがこの瞬間重ねているのは本当はとても大切なものだと、青木は今更ながらに気付いて、そうしたらまた涙が出そうになったけれど、大きく息を吸って堪えた。

 こうして昔の話をしたり来年の話をしたり、或いはずっと先の話をしたり。それは極普通のことで、泣いて感激するようなものじゃない。特別じゃない、代えがたく幸福なことではあるけれど、平凡なこと。普通の人間が当たり前に享受できること。

 そうでしょう? と青木は、心の中で薪に語りかける。
 それをあなたが自然に、何も構えず何気なく、口にしてくれたのに。ようやく此処に辿り着いてくれたのに、オレが大仰に反応したりしたら、せっかくのあなたの平凡を壊してしまうでしょう?

 だからオレは嘘を吐く。性根を入れて嘘を吐く。
 嘘の上手なあなたに負けないように。




(おしまい)



(2012.4)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

破滅のロンド~あとがき~

 法十のあとがきと言えばこちら。 
 恒例の第九劇場、今回は後日談でございます。 (←マトモなあとがきを書こうとする努力すら投げ出している。 だってっ、苦手なんだもんっ)
 
 本編にも増して広いお心でお願いします。









             『破滅のロンド 後日談』




青木 「おはようございます、米山さん。……あれ? 監査は延期になったのでは?」
小池、曽我、宇野 「「「?」」」
米山 「わたくし、今日から第九に配属になりました、本名、山本賢司と申します。以後、よろしくお願い致します」
小、曽、宇、青 「「「「えええええ!!」」」」

今井 「米山副査が室長側のスパイだったことは聞いてましたが。まさか第九に配属予定の職員だったとは」
岡部 「第九に相応しい人材かどうか、テストの意味も兼ねていたらしい」
今井 「適性試験がスパイって……」
岡部 「だから、目的のためには手段を選ばない薪さんの捜査スタイルに着いて来れない人間は要らん、ということだろ」
小池 「山本は、見事室長の期待に応えたわけだ」
曽我 「ああ、なんかまた厄介な同僚が増えた気がする」

(薪が室長室から出てくる)

全員 「「「「「「おはようございます、室長」」」」」」
薪 「おはよう。山本、来たな」
山本 「これからお世話になります。よろしくお願いします」
薪 「畑違いの職場だから色々と大変だと思う。分からないことがあったら誰にでもいい、遠慮なく訊くといい」

小池 「薪さん、妙にやさしくね?」
岡部 「いきなりあんな無茶させたからだろ」
宇野 「転属先から就任前にスパイになれって言われたら、普通なら断るだろうな」
曽我 「そこをやってのけたんだからな。労いの気持ちもあるんだろうな」

薪 「山本。早速だが、面談室で話した内容について報告してもらえるか?」
小池・曽我 「「えええ!?」」
小池 「ちょ、待て山本、いえ、山本さん!」
曽我 「まんま報告したりしないですよね!?」
山本 「……報告してはいけませんか」

小池・曽我 「「やめてください! 俺たち、室長に殺されちゃいます!」」
薪 「なるほど。殺したくなるような内容だったわけだ」 (ブリザード警報発令)
小池・曽我 「「あっ……」」
山本 「室長に報告するのは改善が必要と思われる点だけで、情報源は秘密厳守です。いくら部下の立場になったからと言って、その規則を曲げる気はありませんが」
小池・曽我 「「それを早く言って、ひいっ!」」
薪 「山本、報告は後でいい。小池、曽我、僕の部屋に来い」
小池・曽我 「「……!!!」」

岡部 「さー、仕事仕事」
今井 「宇野、昨日の報告書だけど」
宇野 「あ、俺も自分で気付いて。訂正しておきました」
小池・曽我 「「だ、誰も俺たちと眼を合わせようとしない……」」

青木 「みなさん、コーヒーどうぞ」
小池・曽我 「「青木っ、薪さんに何とか取り成してくれ!」」
青木 「え、無理ですよ。室長室の扉まで凍り始めてますもん」
小池・曽我 「「怖いから見ないようにしてたのに、超無邪気な笑顔で指摘しやがって……じゃあ山本! 俺たちは薪さんの悪口なんか言ってないって、証言してくれ!」」
山本 「わたしは後でよいと言われましたので」
小池・曽我 「「そんな冷たいこと言うなよ! 助けると思って……青木! おまえからも何か言ってくれよ!」」

青木 「山本さん」
山本 「はい」
青木 「明日から、ご自分のカップをお持ちになってくださいね」
小池・曽我 「「そういうことじゃなくて!!」」

薪 (室長室の中から) 『早くしろ、イトメタボ!(←まきまきさん命名) 僕は忙しいんだっ!』 (怒声+雷)
小池・曽我 「「た、只今っ!!」」

山本 「し、心臓が……」
青木 「あれ、一日五回くらい落ちますから。早く慣れてくださいね」
山本 「みなさん平気なんですね。脇目も振らずに仕事を」
青木 「慣れてるのと、本当は室長は優しい人だって分かってますから」
山本 「恐怖から逃れるために必死で仕事に集中しようとしているような感じも受けますが」

青木 「気のせいですよ。薪さんは本当にやさしいし。……さて、そろそろ室長用のコーヒーを淹れてもいいかな」
山本 「え、この状況でコーヒーを室長室へ? 今は拙いんじゃないですか? タイミング的に」
青木 「いいえ、今がベストだと思います。小池さんと曽我さんのリミッターが満杯になって、室長もスッキリしたけど引っ込みが付かなくなってる頃だと。室長」(knock、knock)

薪 『だれだっ!』
山本 「うわ、スゴイ声。言わんこっちゃない」
青木 「青木です。コーヒーお持ちしました」
薪 『……』
青木 「今日のブレンドはモカをベースにしてみました。すごくいい香りがしますよ」
薪 『…………入れ』
青木 「失礼します」

(青木がドアを開けると、転がり出るように小池と曽我が出てくる)

小池・曽我 「「た、助かった。さすが青木」」
山本 「?? どうして解放されたんですか?」
小池 「室長は青木の淹れるコーヒーが大のお気に入りなんだ」
曽我 「青木がコーヒー持って来ると、機嫌直してくれるんだよ」
山本 「たかがコーヒーにそんな力が?」
小池・曽我 「「山本も飲んでみろよ。美味いから」」

(全員、カップを傾ける山本に注目)

宇野 「表情変わんないっすね。あいつとはウマが合わないかも」
今井 「コーヒー好きがいいやつって決まったわけじゃないけど、こう続くとなあ」
岡部 「好みだから仕方ないだろ。紅茶党かもしれん」

小池・曽我 「「どうだ? 山本」」
山本 「……ああ、本当に。これは美味しいですね」
一同 「「「「「そうか! 青木のコーヒーが美味いか。よかったよかった」」」」」
山本 「??? どうして皆さん、そんなに嬉しそうなんですか?」


(おしまい)
 



 長いお話に最後までお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破滅のロンド(27)

 こんにちは。

 観ました? 金環日食。
 綺麗でしたね~♪

 うちには仕事柄、アーク溶接作業用の防護面が倉庫に転がってて、それで見たのですけど。 (太陽を見るためのものじゃないので、みなさんは真似しないで、って、一般家庭にアレはないか。(^^;))
 本当に綺麗でした。
 黒い丸の周辺に、輪になった太陽の光が輝いて。 使ったアイテムの関係で、いくらか緑掛かって見えたのですけど、それがまた綺麗だった……!! 本当に、光の指輪が空に浮いてるみたいでした。

 みなさんはちゃんと専用の眼鏡でご覧になったと思うのですけど、あれで見ると太陽が赤く見えるんですね。 (義妹が持ってたので貸してもらった) 
 ならばこれはけっこう珍しい写真かもしれないので、載せておきます。

 
金環日食



 写真になるとバックの色がボケちゃうのでイマイチですね。 実際はもっと、背景が黒くて光とのコントラストが強くて、(いかにも目に悪そうだ(笑)) 美しかったのですけど。 輪も、もっと細くてキリッとしてました。 
 ちゃんとお伝えできなくて残念です。 


 しかし、朝、いきなりオットが防護面を付けて部屋に入ってきた時には何事かと思いました。 だって、防護面ってこんなんですよ? 

覆面強盗かと思ったよ
 

「しづー! これで見れるよ! 面白いよ!!」
 おまえが面白いわ。 

 

 以上、しづ家の朝の模様でした。
 アホな相棒のおかげで本当に退屈しないよな、うちは。




 
 で、お話の方は、こちらで最終章です。
 読んでくださったみなさま、長くてお疲れになったことと思います。 2ヶ月も掛かっちゃいましたもんね。(^^;
 お付き合いくださってありがとうございました。







破滅のロンド(27)







「滝沢に何を言われた?」
 病室を出て開口一番、薪はストレートに訊いた。
 青木は素直な男だ。信じやすく騙されやすい。疑心の無さ、それは彼の美徳でもあると同時に大きな欠点で、だけどどうしようもなく薪が彼に惹かれてしまう最大の要因は、彼のそんなところだったりする。

「『僕と寝たけりゃ局長クラスに出世して来い』って薪さんに言われたって」
 それは西野の尻尾を掴むための芝居の最中、いきなり滝沢が打ち合わせにないことを始めたから咄嗟にアドリブで返しただけのこと。無論、そこには真実の欠片もない。
「まさかと思うけど。本気にしたわけじゃないだろうな?」
「本気にはしてませんけど。でも、もしかしたらって」
「バカだな、おまえは」
 薪を信じ切れなかったことを後悔するように、青木は眼を伏せた。自分の恋人がそんなことを言ったら、誰だって動揺する。当たり前の感情を申し訳ないと思える、彼の誠実に薪の胸がきゅうっと苦しくなる。僕の青木はどこまでもかわいい。

「安心しろ。あれは西野を引っ掛けるためのアドリブで」
「オレが局長に出世するまでお預けってことなのかなって、ったいっ!! ちょ、薪さんっ、痛いです! 蹴らないでください、すねは許して、あいたぁっ!」
「病院で何してるんですか」と通りすがりの看護師に叱られたが、薪の怒りは収まらない。だから、彼女がいなくなると同時に繰り出した中段突きを軽く左手で止められたときには、髪の毛が逆立つほど腹が立った。青木は強くなった。もう、本気でやり合ったら勝てないかもしれない。もとより、力では絶対に敵わない。数え切れないほどベッドに押さえつけられた記憶が、それを証明している。

「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
 パシッと音を立てて青木の手を払い、薪は彼を睨みつける。力で勝てなくても、年長者の威厳と言うものがある。上司として、彼の庇護者として、青木の前ではいつも毅然としていたい。
「さっき、滝沢さんが打ち合わせにないことを始めたって言ってましたけど。あれってどういうことですか?」
 西野にわざと聞かせた室長室での芝居の内容を、青木は知らない。盗聴器を持たない彼は、薪と滝沢が交わした会話を聞くことはできなかった。尤も、あれを青木が聞いていたら、自分に割り振られた役目も忘れて中に飛び込んできたのではなかろうか。

「部屋に入ったら薪さんが片袖脱いでて。それも説明してもらいたいんですけど」
「滝沢が襲ってきたんだ」
「えっ」
 驚きの声を上げると同時に、青木は男らしい眉根を寄せた。眼鏡の奥の瞳が、暗い熱を持つ。青木は正直な男だ。怒りも嫉妬も全部顔に出る。そういうところも可愛いと思う。
「滝沢さん、やっぱり薪さんのこと」
「ちがう。あれは西野に対する警告だ」
『警告』の意味が分からず、青木は首を捻る。ストレートな反応が好ましい。本音では頭を撫でてやりたいくらいなのだが、此処は病院の廊下、もとい、二人きりのときでもそれができないのが薪という男だ。

「滝沢は僕と同じで、ガチガチノーマルな男なんだ。同性の身体は気持ち悪くて触れない。西野もそれは知っていたはずだから、“らしくない”と思ったはずなんだ」
 昔は鈴木の恋人で今は青木と特別な関係を持っている薪が自分を“ガチガチノーマル”と評するのは可笑しい気もするが、薪は本気だ。鈴木以外の男に抱かれたいと思ったことも、青木以外の男をかわいいと感じたことも、ただの一度もない。

「いや、でも滝沢さんて、薪さんの身体によく触ってましたよね?」
「あれは純粋な嫌がらせだ」
「そうですかあ?」
「男の体なんか身震いするくらい嫌いな滝沢が男を襲う真似事をする。西野が違和感を感じて引き下がってくれればいいと、滝沢は考えたんだ」
「あの時の西野さんは完璧に喜んでたと思いますけど……」
 自称ガチガチノーマルの室長は、青木が言葉に含ませた微妙なニュアンスをきれいに無視して、執務室で見せる叡智を美しい横顔に湛え、「決定的だったのは」と続けた。
「滝沢が僕の脳を見て飛行機事故の原因を調べるって言い出したことだ」

 ほんの僅かな沈黙の後、青木は「ああ」と呟いて、薪の言わんとすることを理解したようだった。
 MRIの限界は過去5年。飛行機事故は2057年11月、8年前の出来事だ。8年も経ってしまったら、映像は再生できない。MRI捜査の基本だ。あれは滝沢が西野に出したヒントだった。これは茶番だ、何もかも分かっている、だから引いてくれ。
 しかし西野は、彼の思いに気付かなかった。

「それが分かっていれば、もしかしたら西野さんは」
「いや」と薪は首を振った。
 MRI捜査に携わる者には基本中の基本でも、部外者には知られていない事実。しかし、西野は第九に監査官としてやってきたのだ。そのくらいの基本は押さえていると滝沢は判断し、それは多分、間違いではなかった。
「それでも彼は、自分の道を進んだだろう。西野はそういう男だったんだと思う。だから滝沢は、ああするしかなかったんだ」
『自分のようなことをする人間が必要だ』と西野は青木に言った。同じ男として、その言葉には頷けないこともない。男には自分の信じる道がある。どうしても譲れないものがある。薪が黒い秘密を飲み込むのも、その信義に則ってのこと。

「滝沢さん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。あいつは殺しても死なん」
 薪が素っ気なく、でもしっかりと保証すると、青木はホッと頬を緩めた。

『死なせてくれ』と言った滝沢の気持ちは、よく分かった。

 自分の親友を、意志をもって殺すことがどれ程の苦しみを伴うものか。薪には想像もつかない。誤って殺してしまった、殺意は無かったと認識してさえ、罪の意識は消えないのに。
 一心に自分を想ってくれる恋人を得、さらには多くの人々の助けを借りることができた薪ですら、ここまで来るのに何年も掛かった。滝沢に安息の日々が訪れるのは、自分よりもずっと遠い未来のことに思える。
 それでも。

 自分がここまで来れたように、彼にもきっとその道はあると。今は信じたい。
 薪に蹴られたすねを擦りながら薪の隣を歩く、年下の恋人からもらった多くのものが、薪にその考えを抱かせる。

 それを希望と、ひとは呼ぶのだ。




―了―


(2012.2)

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ジャンル : 小説・文学

破滅のロンド(26)

 事件も終わりまして、お話は終焉に入ります。 (メロディ用語でクライマックスとも言う。(笑))
 次で最終章です。
 長くてごめんなさい、もうちょっと我慢して、よろしくお付き合いください。





破滅のロンド(26)






 ジリジリと背中を焼く痛みに、滝沢は目覚めた。いつものクセで眼を開けずに周囲の気配を探り、それは自分には既に必要のない習性であったことを思い出す。無造作に目蓋を開けると、白い壁に薄緑色のカーテンという病室の景色が広がっていた。

 また、生き残ってしまった。

 異国の地で毎朝目覚めるたびに、同じ事を思った。今日もおれは生きている。どうして生きているのだろう、否、ただ死んでいないというだけだ、まだ死んでいない、それだけだ。

 ―――― ゆかり。

 滝沢は心の中で、喪くした恋人の名前を小さく呟く。
 薪を庇って銃弾を受けた瞬間、彼女が笑ってくれたような気がした。やっとわたしのところに来てくれるのね、そういう意味だと思った。なのに。
 彼女の期待を、また自分は裏切ってしまった。申し訳なくて、彼女の顔を思い浮かべることもできない。

「あ……薪さん! 滝沢さんが気付きました!」
 滝沢のすぐ横には、日本人にしてはとても背の高い男が座っていて、滝沢が目を開けると同時に興奮した声で、窓際の手すりに腰掛けて何やら小難しそうな本を読んでいる男に呼びかけた。それは病室で出すにはいささか大き過ぎる声で、しかし彼の気持ちを考えれば致し方なかった。レンズ越しの彼の眼の下には、うっすらとクマができている。滝沢の身を案じて、昨夜は眠れなかったのだろう。

「滝沢さん、分かりますか? 傷は痛みませんか?」
「助けるなと言っただろう」
 彼の心配を理解したうえで、滝沢はそれを邪険に切り捨てた。照れや気恥ずかしさからではなく、本当に余計なことをしてくれたと思った。

「すみません。でも」
「謝る事なんかないぞ、青木。僕だって同じことをしたさ」
 ぱたりと本を閉じ、こちらに向かってツカツカと歩いてくる薪を見て、滝沢は怪訝な顔をする。青木の行為は人として当たり前のことだと、警察官として褒められることをしたのだと、そういう意味合いの弁護にしては、薪の口調と表情はあまりにも憎々しかった。

「今ここでおまえが哀れっぽく命乞いするなら踏みつけにして殺してやるけど。死なせろってほざくようだったら迷わず医者を呼ぶ。僕が自ら24時間体制で看護してやる」
 すっと人差し指を立て、綺麗な爪先で不躾に滝沢を指して、
「おまえの望みなんか、何一つ叶えてやるか」

 そう吐き捨てた薪の顔には、普段の取り澄ました表情は何処にもなく。覆うものの何もない剥き出しの彼が、彼本来の鮮烈な輝きを持って息づいていた。
 見誤っていたのか、と滝沢はため息と共に眼を閉じる。
 6年前、先入観が滝沢の眼を曇らせた。親友から得た情報を、疑いもしなかった。薪の人間性を知る前に、事件について考え過ぎてしまった。狭められた視野の中に、本当の彼は映らなかった。
 すべては、自分の未熟さゆえか。

 滝沢は眼を開けた。新しい眼で、彼らを見直した。薪は真っ直ぐに滝沢を見つめ、若い捜査官は俯いて何やらブツブツと呟いている。
「薪さんの24時間看護……う、羨まし…… あ、薪さん、オレも何だかお腹が痛くなって」
「そうか。じゃ、看護に岡部を呼ぼう」
「治りました」
 昨日の今日で、もうこんな冗談が言える彼らのタフさに、滝沢は呆れる。
 こいつらの精神構造はおかしい。あんなに大変なことがあったのに。自分たちも、一つ間違えば死ぬところだったのに。一夜明けたら何事もなかったかのように平気な顔をして、いつものように惚けた会話を交わして。

「…………ははははっ!」
 あんまり呆れたものだから、つい笑ってしまった。笑ったら背中に響いて、焼け付くような痛みが錐で抉られるような痛みに変化したが、震えだした横隔膜は直ぐには止められなかった。
「っ、痛つっ、はははっ」
「おまえ、笑えるんだな」
 横柄に腕を組み、上から見下すような目線で薪が呟いた。侮蔑の視線を受けて、滝沢は笑いを収める。
「笑い方なんか、忘れたよ」
「そんなことはない。ちゃんと笑ってたよ」

 昨日、友人を殺したばかりなのによく笑えるな、と責められている気がした。
 ――― 薪の言うとおりだ。笑うことなんか、おれには許されない。

 再び無表情になって天井に眼を据える滝沢のベッドの縁に、薪は腰を下ろした。ちらりとそちらに眼をやると、彼のきれいな横顔に続く優雅な首と細い肩のライン、そしてそこから伸びる形の良い腕の曲線が薄いシャツに透けて見えた。

「罪じゃない」
 真っ直ぐ通った鼻筋に見惚れていると、その下のくちびるが動いて、やわらかい息が吐き出された。アルトの声は温かさを含み、滝沢はそれが自分に対して向けられたものだということに疑問を抱いた。
「笑えるのは、悪いことじゃない。人間はそういう風にできてるんだ」

 長い睫毛が伏せられ、彼の瞳は奥ゆかしく仕舞われた。警察病院の安っぽい蛍光灯のせいか、薄い目蓋は青みがかって、でもその頬は薔薇色に透き通っている。

「大事なひとを亡くして。許されない罪まで犯して」
 薪がわずかに首を右側に傾けたので、滝沢からは彼の顔が全く見えなくなった。視界に残ったのは彼の白い首筋と、それを絶妙なバランスで彩る亜麻色の頭髪。毛先まで光沢のある彼の髪は、空調の微細な流れを拾っているのか微かに震えているように見えた。

「心が死んだようになって、本当に死んでしまいたいと思い続けて。それでもいつか」
 薪は顔を上げた。
 強い瞳で空を睨み、キッパリした口調で言い切った。
「人は、笑えるようになるんだ」
 滝沢は眼を瞠った。6年前の姿からは想像も付かない彼の言葉に、自分は夢を見ているのかとすら思った。

「失っても失いっぱなしじゃない。必ず戻ってくる。完全に同じものは戻ってこないけど、同じくらい大切なものは戻ってくる」
 それは多分に自分に言い聞かせる口調ではあったけれども、彼が本心からそれを信じようとしていることは解った。彼がその人生で失くしたもの、取り返したもの、戻りきらないもの、新たに得たもの。
 姿かたちは違っても、自分を取り巻く大切なそれらを、彼は守り続ける。
「生きてさえいれば、必ず」
 ぎゅ、とくちびるを引き結び、見えない誰かを睨むようなその眼差しは、怒っているようでもあり、何かに挑むようでもあった。

 同じ愛する人を喪った者同士、でも6年経った今、薪と自分はあまりにも違う。

 彼が眩しくも感じられて滝沢はふいと横に眼を逸らし、彼を慈しむように包み込む視線に出会う。節度を保って離れた場所から慎ましく彼に注がれるその視線は、かつて彼を包んでいたものと似て非なるもの。けれどもその発祥は間違いなく同一の感情からなる一つの希求。
 彼を守りたい。

「生憎だが。おれにはそんな日は、永遠に訪れない。おまえとは過ごしてきた環境が違うんだ。おれの中には何も残っちゃいない」
 薪が羨ましいとは思わない。差し伸べられた手があったとして、自分がそれを受け取ったかどうかは甚だ疑問だ。滝沢にはどうしても、明日に希望を抱く自分の姿が想像できない。

「あの土壇場で」
 薪はひょいと肩越しに滝沢を振り向き、片頬を歪めて皮肉に笑った。亜麻色の髪がさらりと流れ、光の粒がキラキラと飛び散る。
「どうしておまえが急に、あんな打ち合わせに無いことを始めたのか不思議だったんだ。でも、途中で分かった。僕がおまえの立場だったら同じ事をしたかもしれない」
 皮肉な口元と、やさしい瞳がアンバランスだった。けぶるように繁った睫毛のせいか、緩やかに垂れた眦のせいか、彼はとてもやさしい人間に見えた。
「それが残っていれば大丈夫だ」
「また、誰かを愛せるようになるとでも?」
 頷く代わりに、薪は不遜に笑った。自分が信じることをおまえも信じろと、それはひどく勝手な言い分だと滝沢は思った。誰もがおまえのように身も心も自分に捧げてくれる誰かを得られるわけではないのだと、思い知らせてもやりたくて、でも逆にこのままそのお気楽な考えを貫かせてやりたくもあって、滝沢は自分の身の振り方に迷う。
 結局滝沢はいつも通り、薪の嫌がりそうな言動を取ることにした。

「おまえのようにか。なるほど?」
 薪の気を引く為、不自然に語尾を上げる。意味あり気に二人を交互に見ると、薪のポーカーフェイスには忽ちヒビが入る。
「ぼ、僕はっ、別に好きな人なんて! こ、こいつのことは、そのっ、つまり、お、おまえの誤解だ!」
「おまえの恋の相手が青木一行だなんて、おれは一言も言ってないが」
「う」
 両手で口を押さえるが、もう遅い。というか、気付かれていないと思っていた時点で終わってる。
「相変わらず分かり易いやつだな」
 滝沢は、しれっと薪の恋愛スキルの低さを指摘した。『相変わらず』という言葉には無論、鈴木の時もバレバレだったぞ、との揶揄も含まれている。察しの良い薪には当然そのことも分かって、だから彼はますます焦った顔になる。

「まあ、本人から聞いてたけどな」
 きょとん、と目を丸くした薪に、滝沢は警察手帳に懸けて誓った誓いをアッサリと破った。薪との関係を青木に聞かれて、身体の関係を持っていたと嘘を吐いたことだ。
「なんだってそんな嘘を……おまえ、まさか信じたわけじゃないだろうな?」
 僅かな不安を滲ませて、薪が青木を振り返る。青木はにっこりと笑って、薪の懸念を払拭した。
「もちろんです。薪さんを疑ったりしません」

 あの時も思ったが、どうして青木を騙せなかったのか、滝沢には不思議だった。鈴木のときは上手く行ったのに、この男は鈴木よりも御し易しと踏んでいたのに、青木は滝沢の嘘に微塵の動揺も見せなかった。
「どうしてだ? おれに確かめたと言うことは、疑いを持ったからだろう?」
「簡単です。滝沢さんが、薪さんが関係していた男は何人もいる。ベッドの中ではすごかった、って言ったから。それ、薪さんには絶対に無理だなって」
「なんでいっつも真偽の判断基準がそこなんだっ!!」
 薪は弾かれたように立ち上がり、長身の恋人に向かって食って掛かる。よっぽどアタマにきたらしい。

 青木は薪の剣幕を苦笑いで受け止めて、それからまだ意味が分からない顔をしている滝沢に向かって、
「あ、あのですね、薪さんて顔に似合わずそっちの方はてんでダメで。付き合い始めた頃なんてマグロどころか冷凍マグロ状態で」
「ほーう」
「痛がるばっかで全然先に進まなくて、苦労したのなんのって、ぐほっ!!」
「それ以上一言でも喋ってみろ。ICU送りにしてやるぞ」
「すいません、滝沢さん……医者を呼んでください……」
 さぞ華やかな恋愛遍歴を重ねてきたに違いないと誰もが想像するであろう麗しの室長の、情けない暴露話に噴き出しそうになるのを必死で堪え、滝沢は深呼吸をした。もう一度、あの錐を打ち込まれたような痛みを味わうのはごめん被りたい。

「薪」
 呼びかけると、薪はいくらか紅潮の残る頬で滝沢を振り向いた。ケンカなら買ってやるぞ、とでも言いたげに、亜麻色の瞳が好戦的にくるめく。
「おまえ、おれのことを許す気か」
 滝沢は訊いたが、そんな可能性がないことは分かりきっていた。でも、聞きたかった。先刻からずっと他愛もない冗談ばかりで、一向に滝沢の罪を責めようとしない薪の本音を。彼の真実を聞いておきたかった。
「誰が許すか。この人殺しが」
 予想通りの冷たい言葉が返ってきて、滝沢は安堵した。それでいい。許すなんて言われたら、窓から飛び降りなきゃいけないところだった。

「じゃあ、どうして助けた」
 決まっている。死ぬより生きるほうが苦しいからだ。精神的にも肉体的にも、死んだほうが楽だからだ。
 刑務所に入った警官が同房の囚人達にどんな目に遭わされるか、滝沢にも解っている。自分の手を汚すまでも無い、警察に恨みを持つ犯罪者たちに嬲り殺されればいい。きっと薪も、それを期待しているのだろう。
 そんな意味合いのことを言われると思った。が、返って来た答えは、滝沢の予想とはまるで違っていた。
「第九から殉職者は二度と出さない。それだけだ」

「……くははっ! やっぱりおまえは面白いよ」
 堪えきれず、滝沢は笑った。背中の奥がものすごく痛むが、この痛みは時間と共に薄れていく。そう思うと、痛苦が貴重なものであるような気さえした。
 痛みを感じるということは、生きているということだ。

「あの、滝沢さん。これ、使ってください」
 痛みのせいで浮かんだ涙を拭っていると、青木が自分の鞄から何やら取り出して、滝沢の目の前に持ってきた。それは陶器製のコーヒーカップだった。取っ手のところに、寄り目になって舌を出したパンダが付いている。
「滝沢さんが用意してくれないから、オレが買ってきました。滝沢さんのイメージに合わせたつもりなんですけど、どうです? 気に入ってくれました?」
「カンベンしてやってくれ。こいつ、悪気はないんだ。バカなだけで」
 何と返していいものか見当もつかない滝沢の横で、薪が額に手を当てる。滝沢は少し考えて、青木に礼をすることにした。
「ありがとう。お礼に、いいことを教えてやろう」

 人差し指を鍵の形に曲げ、くいくいと青木を呼ぶ。顔を近付けてきた青木に、そっとあることを耳打ちした。それを聞いて青木はひどく難しい顔になったが、直ぐにキッパリとした声音で「させません」と宣言した。
 それを聞いて滝沢はニヤニヤ笑い、薪は怪訝な顔になった。何だ? と薪が聞いたとき、病室のドアが開いて巡回の看護師が入ってきた。それを機に病室を出て行く二人を見送りつつ、このあと彼らの間で交わされるであろう会話を想像し、滝沢はもう一度、笑った。




*****


 と言うことで、うちの滝沢さんは生き残っちゃいました。
 このお話は4月号を読む前に書いたので、原作で滝沢さんが生きてるうちに彼が死ぬ話を書くわけにもいかなかったんですけどね☆

 4月号で「第九から殉職者は出さない」と言う薪さんのセリフが、創作と被って嬉しかったです。
 それと、このSSを書いた直後だったせいか、滝沢さんが薪さんをグラサンの銃弾から庇ったようにしか見えない。(笑)
 妄想の副作用ですかね。 だから青雪さんも受け入れられないのか、そうか……。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破滅のロンド(25)

 いつまでも、ウジウジしてちゃいけないなって思いました。 
 たくさんの方に慰めてもらって、
 メールで愚痴を聞いてもらって、色んな方のブログでぶーたれて、
 気が付いたら他人様にいっぱい迷惑掛けてました。 ごめんなさい。 

 色々な方と話をして、『秘密』がハッピーエンドだったことを喜びをもって感じられるようになったし、青薪的にも明るい要素はたくさんあるって分かったし、
 ほどほど前向きに(笑)エピローグを待てそうです。

 本当に、ありがとうございました。

 実はこの話、原作薪さんの意に副わないSSになってしまったので、この駄文の山、どうしよう、と途方に暮れていたのですけど。(個人的な解釈です。「結婚しろ」は本心ではなく、薪さんは本当は青木さんのことを心から求めているとお思いの方は、ご自分の考えを大事にしてくださいね)
「帰ってきてね」「これからもブログ続けてね」と何人もの方に励ましてもらって、「このブログはまだ存続してもいいんだよ」と言っていただいたような気分になりました。
 
 みなさんのおかげで、わたしは今日、此処に居ることができます。

 お礼に、SS書きますねっ。
 思いっきり明るいやつ。
 原作薪さんがああいう決断をした以上、うちの話はもはや二次創作とは言えないのかもしれませんが、お礼代わりに書かせてください。 わたし、これしかできないから。
(感謝の気持ちは目いっぱい込めますが、作品の良し悪しはまた別なので~、あんまり期待しないで~~)
 


 ではでは、お話の続きです。
 よろしくお願いします。













 破滅のロンド(25)






 羽生善三郎氏逮捕の報道は、日本中を駆け巡った。
 彼の経歴は様々なメディアで取り沙汰され、その私設部隊が行ってきた凶行が白日の下に晒された。彼の一派に与していた者、彼から何らかの恩恵を受け取っていた者は次々と捕縛され、逮捕者リストには多数の財界人が名を連ねた。
 その中には、小野田と敵対する警察庁次長、間宮重蔵の首席秘書官も含まれていた。明らかに次長の身代わりと思われたが、そこはさすがに次長職に就いた者の力か、それ以上の追求は為されなかった。また、小野田派にとってはそれで充分だった。トップの身をかろうじて守ったとはいえ、彼らの勢力が大幅に削がれたことは確実であった。

「あのタヌキおやじがいなくなって、大分やりやすくなった。めでたいね」
「中園さん」
 当然、この成果にご満悦の中園が嬉々として薪に同意を促すのに、薪は厳しい顔つきで答えた。
「人が一人、死んでます」

 西野浩平が死んだことは、薪には誤算であり、取り返しの付かない失敗だった。誰の命も失われず、この計画は完遂されなければならなかった。その勝算があったからこそ、薪は実行に踏み切ったのに。
 この計画は、失敗だ。

 悔しさにくちびるを噛む薪の耳に、中園の軽快な声が聞こえた。
「それがなに?」
 思わず、薪は眼を瞠った。中園の顔には失われた命に対する一縷の哀悼も見られず。西野浩平という男は中園にとっては人格すら持たない、死亡者欄に記載された数字だけの存在であると、その事実に薪は打ちのめされる。
「これは失礼した」
 中園は、薪の憤慨と悲嘆を嘲笑うかのように、あるいはそんな些事に拘るようでは大事は為せないと窘めるように、にっこり笑って薪の傷を抉った。
「たった一人しか死ななかった。優秀だねえ、薪くんは」
「中園さん!」
「もともと君が言い出したんだよ? 僕は君に協力しただけだ」
 責めるような口調で呼びかけた薪の声に、返された中園の言葉は正当過ぎて、薪は何も言えなくなった。中園の言うとおりだ。これは自分が計画し、実行するに当たって彼に協力を頼んだもの。しかも、中園が担当した羽生陣営の捕縛に於いては、多少の怪我人は出たものの死んだ人間は一人もいない。ミスをしたのは薪だけだ。

「失礼します」
 薪は一瞬で表情を消し、報告書のファイルと中園に借りた二丁のモデルガンを彼の机に置いて一礼した。
「僕が貸したものは役に立った?」
「ええ、3つとも。特に3番目の秘密兵器は有能でした。西野の人物像を正確に測れたのは、彼の功績です」
「じゃ、約束どおり、彼は第九に配属させるよ」
「お願いします」

 背筋を伸ばし、昂然と頭を上げて首席参事官の居室を後にする。その背中には悔恨も責念も無い。清廉で潔い、いつもの彼だった。
 あの切り替えの速さは高評価だな、と中園はほくそ笑み、部下が置いて行った報告書に手を伸ばした。が、中園が内容を確認している最中にも、ゴツッ、と壁を殴る音が聞こえてきて、小野田陣営の首席参謀は苦く笑う。

「まだまだだねえ」
 中園は呟き、読み終えた報告書にライターで火を点けた。




*****

 ちょっと私信です。

 まゆさん。
 中園のイメージ、伊武さんでは年齢的にもちょっと、とわたしも思いました。(^^;
 わたし、本当に俳優さんに明るくなくて、芸能人の誰と誰が付き合ってるだの結婚しただの二世が誰だのって、まったく分からなくて。
 でね、オットに中園の性格を説明したら(性癖ではない) 大杉蓮さんはどうかって。
 いかがでしょう?

 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

破滅のロンド(24)

 おはようございますっ。

 今日は人間ドックなんですよ。 
 5/1の予定だったんですけど、旅行から帰ったら組内のお葬式があって、延期してたのが今日。
 イヤだなあ、胃の検査したくない~、肩に注射するの、痛いしー。 台の上で回るのはいいとして、バリウム飲むのがイヤ。 だってアレ、牛乳みたいな色してるし(しづは牛乳が超苦手)、温くておいしくないし、量が多過ぎていつも全部飲めません(><)
 みなさんはバリウム平気ですか?


 わたしのことはどうでもいいとして、事件の方はやっと決着つきました。
 終章まであと4章、宜しくお付き合いください。
 
 




破滅のロンド(24)






 薪はその報告を、青木から聞いた。西野を連行して行った青木は、その一部始終を見ていたのだ。
「西野は銃を2丁持っていました」
 最初からそのつもりだったのだろう。若い青木なら隙多しと見て、わざと素直に連行される振りをした。
「滝沢さんが助けてくれなかったら、オレも今ごろ……」



***



 西野を警備部に連行するように指示を受けていた青木は、彼の左腕をがっちり掴んだまま、科警研の中庭を歩いていた。西野に手錠を掛けなかったのは、彼に逃げる様子が無かったことと、彼が右手に怪我をしていたからだ。彼の右手に血を流させたのは自分だと思うと、青木はこれ以上の苦痛を彼に与えることができなかった。
 足を引きずるように歩いていた西野は、うう、と呻いてそっと右手の甲を押さえた。そこには青木が巻いてやったハンカチが、滴る程の赤い血を含んでその色を染め変えていた。

「痛みますか。先に、救急の先生に診ていただいた方がいいですか」
 西野は大事な身体だ。彼にはこの後、検察側の証人として羽生の有罪を確定させる証言をしてもらわなければならない。羽生の下で数々の悪事に手を染めてきたと思われる西野の証言は、とても重要だ。
「やさしいねえ、青木くんは。ありがとう。でも、それより先に行かなきゃいけないところがあるんだ」
「え? あ、ちょっとすみません」
 ポケットに入れておいた受信機が音を立て、青木の注意はそちらに向けられた。この受信機は、薪の救難信号を受信するためのものだ。しかし、いま薪には滝沢がついているはず。誤作動の可能性が高いが、念のため確認しておきたい。

「すみません、薪さんに電話を、――っ!」
 いきなり腹を固いもので殴られて、青木はその場に膝をついた。込み上げてきた胃液にえづいていると、頭に銃口が付きつけられた。どうやら青木を殴ったのは、この銃尻らしい。
「服部、いえ、西野さん!」
 西野の中ではすべてが終わった、と青木は思っていた。まさか彼が、こんな行動に出るとは予想していなかった。
「これ以上、罪を重ねないでください。あなたは羽生氏に唆されただけなんでしょう? 罪を償って、これからの人生を、ひっ!!」
 耳元で銃声が轟き、青木の脳はその音量に痺れた。射撃訓練の時は、必ず耳にガードを付ける。実戦ではそれもないのだ、と本物と模擬の違いを改めて教えられ、青木は固まった。
 怖い。怖くて動けない。

「勝手におれの人生を語るなよ。唆されてなんかいない、おれはおれの意志でここに立ってるんだ」
 西野の言うことは、青木には信じられなかった。親にもらった顔を変え、友を裏切り仲間を殺し、自分の存在を殺してまで、闇で汚れ仕事を続ける人生を? 自ら望んで?
「どうして」
「世の中にはな、おれみたいな仕事をする人間が必要なんだよ」
 青木の疑問に西野は平然と答え、両手で銃を握り直した。
「羽生先生は、おまえらみたいな腐った警察官僚を撲滅するために尽力なさってるんだ。おまえら第九の人間は室長ともども官房長の小野田に傾倒しているみたいだけどな、知ってるのか? あいつが官房長になるために、これまで何をやってきたのか。そのために代議士の娘と結婚して、警察と議会に利権と金を通すぶっ太いパイプを作っちまったんだぞ。第九は謂わば、その象徴だ」

 憎々しげに歪んだ西野の眼には、一片の迷いもなく。怒りで濁ることも後悔で淀むこともない、それはいっそ清冽なまでの輝きだった。こんな瞳をどこかで見たことがあると、それは青木にとってとても好ましい輝きだったことを、青木は疼くような感情と共に思い出す。
 事件解決に向けて形振り構わず少々の反則には目をつぶる、人命を守るためには手段を選ばない。青木の尊敬する上司が捜査に挑むとき、いつもこんな眼をしている。
 彼もまた、自分の信念に従って生きている。

「小野田は警察を腐敗させている。あいつには天誅が下るべきだ。それに付き従うおまえたちにもな」
 青木はようやく、自分の勘違いに気付いた。羽生と言う男と西野は、雇用者と非雇用者の関係ではなく、同志だったのだ。利用されただけの滝沢とは立場がちがう。彼を危うくする証言など、するはずがなかったのだ。
「おれはこれから小野田を殺しに行く。その前に中園だ、あいつが小野田を肥え太らせた張本人だからな。いや、その前に」
 冷酷な声と共に、銃口が青木の頭にあてがわれた。
「おまえだな」
 青木はぎゅっと眼をつむった。自分はここで死ぬのだ。

 最後に薪のことを思い出そうとして、それが為せないことに驚いた。死ぬ直前には絶対に薪剛オンリー総天然色肌色多めの走馬灯が回るものだと思っていたのに。いざとなると頭の中は真っ白になって、薪のマの字も浮かんでこない。人間の生に執着する本能は思いのほか大きくて青木は、「あなたのためなら死んでもいい」などと口にすることはできても、現実にはそう簡単にできることではないのだと思い知った。

 つうっと頬を流れる冷たい汗が顎から芝の上に滴り落ちた時、青木は二度目の銃声を聞いた。
 続いて、どさっという物音。自分の体が倒れた音かと思ったが違った。青木は地面に正座したままだった。恐怖でカチカチと音を立てる口元から、ハッハッ、と短い呼吸がこぼれている。自分はまだ、生きている。

「寝てるのか?」
 ぎこちなく首を回し、視線を上げるとそこには尊大な新人が立っていた。
「滝沢さん……あっ?! 西野さん!」
 地面を見ると、西野が倒れていた。胸から血が流れている。
「西野さん、しっかりしてください! 西野さん!」
 青木は西野の耳元に口を近付けて、大声で呼びかけた。銀縁眼鏡が外れて、薄い目蓋が閉じられていた。細い眉は僅かな苦悶を浮かべ、しかしそれが痛苦によるものなのか断ぜられた志の無念さによるものなのか、青木には判別がつかなかった。

「西野さん、目を覚ましてください! どんなに高尚な理念をもってしても、羽生氏がやってきたのは悪いことです。あなたは彼のしてきたことについて、法廷で証言してください。生きて、真実を」
「無駄だ。もう死んでる」
 滝沢の手が西野の首に当てられ、残酷な事実が告げられた。先刻、青木が滝沢にしたことを今度は滝沢が為して、でもこれは芝居じゃない。青木は自分でも手を伸ばし、西野の首に触れてみた。そこには無機質な静かさだけがあって、青木は叫ばずにはいられなかった。

「滝沢さん、どうして!」
「撃たなきゃおまえが死んでたぞ」
 滝沢に当たるのは筋違いだ。滝沢は自分の命を救ってくれたのだ。感謝すべきだった、でもできなかった。何もかも自分の未熟が原因なのに、それを認められない自分に腹が立った。

「……親友だからな」

 滝沢の呟きに耳を塞いで、青木は唇を噛んだ。青木の視界の隅で、滝沢はいつもの尊大な頬に微かな憂いを浮かべ、西の空へ移ろい行く月を仰ぎ見た――――。



***



「すみません……オレのせいで、大事な証人を死なせてしまいました」
「僕の責任だ」
 病院のベッドに座ったまま、薪は静かに言った。
 薪は患者衣を着ていた。気を失っているところを警備部の人間に発見されて、病院に運ばれた。薪の救難信号は、官房室でも受信できるようになっている。警備部に連絡を取ってくれたのは中園だった。
「予想すべきことだった。僕の手落ちだ」
 あの時薪は、西野に撃たれた滝沢のことで手一杯だった。目の前の、失われるかもしれない命に心が囚われて、判断を誤った。
 薪はそんな自分が許せないようですらあったが、青木には薪の行動は当然のことに思えた。誰かが自分を庇って銃弾に倒れたら、その人の安否以外のことをどうして考えられるだろう。人間ならそれが当たり前だと青木は思い、それでも自分を責める薪の厳しさに切なくなった。薪は多くの人間に対して優しくなれるのに、どうして自分にだけはそれができないのだろう。

「滝沢の様子は?」
「それが、思ったより傷が深くて」
 薪が収容された病院のオペ室で、滝沢の緊急手術が行われていた。病院に運び込まれた時、彼は虫の息だった。
「動いたものだから、出血も」
 薪が発見された場所から西野が死んだ場所へと至る道は、万遍なく滝沢の血を吸いこんでいた。滝沢は、激痛に耐えながら連行される親友を追った。西野が何を考えているのか、彼にはきっと分かっていた。
 止めるには、ああするしかなかった。

「滝沢さん、オレに『このまま死なせてくれ』って」
 多量の出血による貧血で、滝沢は意識を失いながらも、救護班を呼ぶ青木の携帯を取り上げようとした。余計なことはするな、やっと終わりにできるんだ、と呟いて、気を失った。青木がいくら呼びかけても、滝沢は答えなかった。
「恋人が事故で死んで、それを長年の親友に利用されて騙されて。殺人まで犯して、最後にはその手で親友を殺してしまった」
 そんな凄惨な人生に、人は耐えられるのだろうか。青木には想像も付かなかった。滝沢の絶望が、悲しみが、痛みが憎悪が。事件被害者の無念と同じくらいの切なさで、青木の胸に迫ってきた。
「オレ、滝沢さんが可哀想で」

「何を甘っちょろいこと言ってんだ。おまえはそれでも警察官か」
 薪は下半身を覆っていた毛布を払い、ベッドから降りた。患者衣の紐を解き、サイドスペースに置いてあった新しいワイシャツに着替える。
「犯罪者は捕まえて、法の裁きを受けさせる。それが僕たちの仕事だ」
 青木が第九のロッカーから持って来ておいたスーツに袖を通し、紺青色のネクタイをきりりと締める。スーツの襟を両手で正して、薪はしゃんと背中を伸ばした。

「何が『やっと終わりにできた』だ。あいつは僕の部下を二人も殺した男だぞ。満足した死なんか与えてやるものか」
 苦々しく吐き捨てると、彼は病室を出て行った。
 薪は法を犯した者には厳しい。彼の主張は明確で、どんな事情があろうと殺人は殺人、罪は罪。だから彼は、いつまでも自分に厳しい。

 俯くと、薪の靴が目に入った。急いて履き替えるのを忘れたのか、外に出るなら必要だろう、と靴に手を伸ばせば、その横には病院のスリッパが。裸足で駆けて行ったのか。どんだけ急いでたんだ、あのひと。
 慌てて後を追うと、ナースステーションでオペ室の場所を尋ねる彼の姿。青木は苦笑して薪の隣に立ち、彼の足元にスリッパを置いた。



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破滅のロンド(23)

 母の日ですね。
 母親に日頃の感謝を表す日。 愛と慈しみに溢れた一日です。

 そのよき日に、なんでしょう、この話。
 まあ季節感の無さとKYはいつものことなので~、すみません、見逃してください。








破滅のロンド(23)





「ありがとうございました。あなたのおかげです」

 この世のものとも思えぬほどに美しい顔で、彼は西野に礼を言った。
 すべてが明るみに出た今、自分の取るべき行動は定まった。西野はポケットに潜ませた手にぎゅっと力を入れて、奥歯を噛み締めた。

「罪状はとりあえず、病院の院長の自白が得られた診断書偽証教唆ですが。桐生や他の財界人の取調べが始まれば、腐るほど出てくると」
 突然の破裂音に、薪は反射的に眼をつむった。至近距離で聞いた銃声は薪の鼓膜を激しく震わせ、薪は思わず携帯を取り落した。かろうじて銃は手放さなかったが、そのことにあまり意味はなかった。血にまみれた男の体がこちらに倒れ込んできたからだ。

「た、滝沢……」
 滝沢の体に付いた血液が、薪の手を濡らす。今度は輸血用の血液ではない。

 重みに耐えきれず、薪は滝沢と一緒にその場に倒れ込んだ。その情けない姿に向けて、西野はポケットから出した銃を構える。
「形成逆転だな」
「こんなことをしても無駄だぞ。羽生氏は逮捕され、っ!」
 再びの銃声。薪の舌は上顎に張り付いて、悲鳴すら上げられなかった。
「羽生先生はおまえが言うような人間じゃない。死んで先生に詫びろ」

 二発目は威嚇だったが、三発目の銃口はぴったりと薪の額に向けられていた。薪がぎゅ、と唇を噛んだその瞬間。
 一発の銃声が轟き、西野の拳銃が弾き飛ばされた。飛来した弾丸は西野の右手の甲を撃ちぬき、西野は自分の手を押さえてその場にうずくまった。

 芝生の上を滑って行く拳銃に駆け寄り、それを取り上げたのは薪のボディガードだった。彼は二つの銃を片手で持ち、薪の傍らに寄って滝沢の体を慎重に持ち上げた。薪が滝沢の背中に銃創を見つけ、そこにハンカチを押し当てる。圧力が加わって、滝沢がうっと呻いた。携帯で救急車の手配をした後、青木はすまなそうに、
「すみません、ポケットに手を入れたままで銃を撃つとは思わなくて」
「どうしておまえが此処にいるんだ。岡部の応援に回るよう命じたはず」
 青木を見て、薪は言葉を飲み込んだ。青木は真っ青になって震えていた。

「すみません」
 青木はもう一度謝り、薪に向かって深く頭を下げた。緊張の汗が彼の額を濡らし、数本落ちた前髪を貼りつかせていた。
「オレ、人に向けて銃を撃ったの、初めてだったんです。こんなに怖いものだと思わなかった」
「銃ってのは元々人を殺すための道具だ。怖くて当たり前だ」
 薪は諭すように言い、青木の眼をじっと見つめた。青木は薪の瞳に何かを、薪自身にさえ見つけられない何かを見つけ出し、ふっと肩の力を抜いた。

「西野浩平を連行します」
 青木は立ち上がり、西野の逮捕に向かった。西野は芝生の上に放心したように座っており、抵抗する気力もないようだった。青木が彼の腕を取り、歩くよう促すと、素直に彼に着き従い、その場を離れて行った。

 薪はネクタイを解いて、止血用のハンカチの上に更に押し当てた。元々付いていたフェイクの血と混じって、どれくらいの深手なのか判断ができない。
「だから言っただろう。茶番はほどほどにしておけって」
「喋るな。けっこうな出血だぞ。まあ、おまえがこのくらいでくたばるとは思わんが」
 言葉を発せるくらい滝沢の意識が確かであることに安堵して、薪はようやく憎まれ口を叩くことができた。
 もう、誰の死も見たくはない。それが例え大切な仲間を殺した罪深き男であろうと。

「そんな顔しなくていい。おまえがおれを殺したいくらい憎んでることは知ってるさ。おまえと鈴木が創った第九を潰したのはおれだからな」
「おまえだって、僕を殺したかったんだろう。彼女が死んだ本当の理由を知るために、僕の脳を見たかったはずだ。なのに、どうして僕を庇った?」
 滝沢は西野がポケットに銃を隠し持っていることも、躊躇なく引き金を引くことも知っていた。滝沢が足を踏み入れてしまった世界では、それが普通だからだ。薪に予測できなかったのも無理はない。それは薪には想像がつかない世界であり、知って欲しくない世界だった。
「おれはいいんだ。やっとゆかりが笑ってくれたから」
「そうか。よかったな」

 ふ、と頬を緩める薪の甘さを、滝沢は嘲笑う。
 そうだ。おまえは一生甘ちゃんやってろ。おまえが甘ちゃんのままで生きられるように、おれが蛇を退治しておいてやる。

 瞬間、滝沢の大きな拳が素早く動き、薪の腹にのめり込んだ。
「……っ、た……」
 鳩尾に入れた拳をさらに押し込むと、薪は身体を二つに折って意識を失った。気絶した薪を丁寧に芝生の上に押しのべて、滝沢は彼の腰の辺りを探り、ホルダーにしまわれた自分の銃を取り戻した。
 当然のことだが、薪は滝沢のことを完全に信用したわけではなかった。だから銃も取り上げられた。これが手元にあれば、自分の身体を盾にするなんて鈍くさい真似をせずに済んだのに。

 疲れて寝ころんだ子供の様に芝上に手足を投げ出す薪に、自分の上着を掛けてやる。滝沢の上着は血で汚れて見るも無残な有様だったが、無いよりはマシだろう。乱れた髪を整え、頬に付いた血を拭い、息が苦しくないようにワイシャツの一番上のボタンを外す。
「悪いな、薪。これはもともと、おれのヤマなんだ」
 最後に、薪のスーツの襟裏についている発信機のスイッチをオンにして、滝沢は立ち上がった。
「自分の始末は自分でつける」



 

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破滅のロンド(22)

破滅のロンド(22)






「それで、双方の被害はどれくらい? え、救急車はたった4台、死者はゼロ? さすが岡部くん、首尾がいいね。君に陣頭指揮を任せて良かったよ」
 お疲れさん、と浮かれた様子で受話器を置いた主席参謀に、小野田は剣呑な視線を注いだ。真夜中の官房室である。
 上司の不興に気付いて中園は、緩み切っていた頬を引き締めた。愛想笑いを浮かべて小野田の机の前に立ち、
「どうやら官房長にはご機嫌斜めのようで。お年を召されて夜更かしは辛くなりましたか」
 と神経を剣山で撫でるような軽口を叩いた。

 目に入れても痛くないほど可愛がっている自分の跡継ぎが、この男に持ち掛けた計画の全容を、小野田は今日初めて知った。海外出張が重なった時期だったせいもあるが、第九に再入庁した男には十分注意してくれと、中園に頼んだのがそもそもの間違いだ。この男は必要だと判断すれば平気で嘘を吐く。薪も薪だ、自分をつんぼ桟敷にして二人でグルになって。

「そう怒るなって」
「のけ者にされて楽しい人間がいると思う?」
「じゃあ聞くけど。この話、最初におまえに話したら」
「止めてたよ! 全力でねっ」
 小野田が一喝すると中園は大げさに後ろにのけぞり、降参するように両手を挙げた。
「だから言わなかったんだよ。薪くんも僕も」

 読んだばかりの報告書の内容を、小野田は忌々しく思い出す。
 6年前、第九研究室で起きた事件の真相と、その裏で糸を引いていたものの存在に関する考察。さらに、その上にいる権力者の存在。
 第九研究室の職員であった上野、豊村は、稀代の殺人鬼貝沼清隆のMRI画像を精査、その影響を多大に受けて発狂、自殺したとされていたが、これは巧妙に仕組まれた殺人であった。実行犯は同研究室の職員であった滝沢幹生。滝沢は元警察庁次長桐生三郎の密命を受け、研究室に潜入。自殺を装って二人を殺害した。
 つまり当該事件は、桐生次長が政敵である小野田聖司官房長の失脚を狙い、彼が設立した第九研究室の不祥事と破壊を目論んだものである。

 事件後、精神病院に収容された滝沢は整形手術を施された別人であることが、当人の湯飲みの指紋から判明している。彼の身元は不明で、いくら探っても桐生次長との関わりは出てこない。ここで薪は、一歩考えを進めた。
 桐生次長の上の更なる存在。その力を借りたのではないか。いや、そもそも桐生を唆してこのような事件を起こさせたのは、その存在ではなかったのか。
 桐生のような小心者に、こんな大それたことができるとも思えなかった。桐生次長が小物であることは、当時警察庁にいたものなら誰でも知っている。官房長に就任したばかりの小野田に今にも次長の座を奪われそうだと、もっぱらの噂であった。そもそも彼が次長職などと言う重要なポストに就けたのは、強力な後ろ盾があったからだ。

 この後ろ盾が、長年法曹界の長を務めた後に国家公安委員会入りしたという大物で、相手取るには少しばかり覚悟がいる。
 その名を、羽生善三郎。生まれながらに財閥の出で、実力財力共に国務大臣である委員長の上を行くと警察庁の内部では囁かれている。実質的に、公安委員会は彼の意のままに動くと思って間違いない。
 どう考えても、相手が悪すぎる。
 国家公安委員会は、警察のお目付け役だ。その公務の内容は、警察庁に対する管理指導、必要があれば監査を行う権限まである。

 委員会と警察庁は密接な関係があり、会の庶務・実務は警察庁が行っている。因って、癒着や委員会の形骸化は当然の帰結である。たった6人きりの委員たちに会務はこなせないとはいえ、管理される立場の組織がそれを為す制度は、癒着を生み出すためのシステムと言い換えてもいいくらいだ。
 桐生三郎は、その典型だった。
 実力的には小野田の足元にも及ばない小物だったくせに、彼が次長職まで昇り詰めたのは、羽生氏の縁故だったからだ。この国は三権分立を掲げながら、裏ではこれ以上ないほどに干渉し合っている。むしろ侵食と言っていい。法曹界の人間が警察庁の人事を左右する、そんな暴挙がまかり通るほどに、警察という組織はその独立性を守れていない。

 警察組織の弱体化に対する憂いはとりあえず脇に置いて、問題は羽生善三郎だ。警察庁の人間がその管理者たる国家公安委員にケンカを吹っかけるなんて、常識で考えてもありえない。が、彼が確実に6年前の事件に関わっていたという証拠が挙がれば話は別だ。
 薪が探し出してきた羽生氏に繋がる糸は、偽りの入院患者やそれを受け入れた病院だけではなかった。もう一つのルートである滝沢に深い関係を持つ人物が二人、事件の1年半年ほど前に死亡しているのを発見したのだ。
 一人は椎名ゆかり。滝沢の恋人だった女性だ。この女性は例の、カニバリズム事件の発端となった飛行機事故で死亡している。そしてもう一人は、滝沢の親友だった男だ。
 彼の名前は西野浩平。I県にある大きな湖沿いの町でひき逃げに遭って死亡した。事件の資料を取り寄せてみて薪は、その杜撰さに驚いた。明らかに何かが隠されている、おそらく滝沢も同じことを考えたに違いない。それで桐生次長の甘言に乗ったのだ。

 しかし、薪はそのひとつ裏を読んだ。
 当時、滝沢がカニバリズム事件について異常なくらいの執着を見せたのは何故か。それは自分の恋人がこの飛行機事故で死んだからだ。恋人の最期を知りたいと、それは遺族として当たり前の感情だろう。ならば、どうして薪にそれを問わなかった? 恋人の写真を見せて、この女性がどのように亡くなったか教えてくれと訊けば済んだはずだ。
 あの日、千葉の倉庫に資料を探しに行ったのも、それが目的だった。自分を地下倉庫に閉じ込めたのも、室長室や自宅を調べる機会を得るためだった。なぜそんな回りくどい真似をしたのか。

 答えは簡単だ。正面から訊いても、答えてくれないと思った。では、何故答えてくれないと思ったのか。事故の真相を薪が隠していると確信していたからだ。

 あの事故は、本当に金属疲労による機体の破損が原因だった。それを薪は自分の眼で見て知っていた。しかし滝沢は、事故原因の隠蔽を頑なに信じていた。それはつまり、滝沢にあの飛行機事故には裏があったと、悪意を持って信じ込ませた者がいたということだ。それは誰か。
 桐生次長か。いや、彼にはそんな器用な真似はできない。第一、滝沢の恋人のことは彼の職場仲間ですら知らなかった。次長がそんな情報を得られたとは思えない。それに、この計画の鍵は第九に潜入した滝沢がどう動くかにかかっている。彼を熟知した人間でないと、この絵図は引けまい。

 滝沢のことをよく知る人間、滝沢が信用している彼に近しい人間。
 彼の唯一の親友、西野浩平しか考えられなかった。

 薪は、当時ひき逃げ事件を担当した所轄の人間を探し出し、警視長の身分証で圧力を掛けて、事件の真相を聞き出した。死んだのは身元の分からないホームレスで、死体検案書もすべて偽造だった。署長の指示だったと彼は言い、しかし署長は既にこの世の人間ではなく、その先は手繰れなかった。

『西野浩平は生きている』

 それこそが、薪が滝沢に囁いた呪文だった。
 呪文の効果で、滝沢は薪の使い魔になった。二人は協力し、いずれ滝沢の命を狙ってやってくるであろう人物を返り討ちにするため、その背後の人間を捕獲するため、大掛かりなコンゲームを展開したのだ。

「ぼくに隠れてこんなことして。おまえも薪くんも始末書だ。明日の夕方までに、いいね」
 憤怒を隠すことなく、小野田は厳しい口調で罰則を申し渡す。本音では降格処分にしてやりたいくらいだ。
「おいおい、警視監と警視長に始末書書かせるのか?」
「書いてもらうよ。上司に何の相談もなく、多数の部署を官房長命令で動かしたんだから」
「ちゃんと報告しただろ」
「よく言うよ、全員配置に付けた後じゃないか。あれは報告じゃなくて事後承諾だろ」
 言葉を飾ることなく小野田が責めると、中園は肩を竦めて唇をすぼめた。この男の洒脱な仕草は、時々張り倒したくなるほど癪に障る。どんなに厳しく叱っても、それを平然と受け流す。反省とか後悔とかいう言葉は、この男の辞書には存在しないのかもしれない。

「薪くんに習ったんだよ。イエスとしか言えないように、外堀を固めてから報告を上げるんだ」
「薪くんはそんな狡すからい真似はしないよ」
「おまえ、騙されてるよ」
 ククッと笑って首席参事官は腕を組んだ。ふと横を向き、そこにいない誰かを見つめるように眼を細めて、
「仕事に関しちゃ大した策士だよ、あの子」
「知ってるよ」
 薪の実力は知っている。わずかな手がかりから真相を見抜く力も、真実に辿り着くためにはどんな労苦にも耐え抜く根性も、自己の危険を顧みない潔さも。だから彼に目を付けた。彼を育てたいと思った、守ってやりたいと思った。

「いいや、おまえは分かってないよ。彼は自分の部下を殺した男と手を組んだんだよ? 並の神経じゃない。信用し過ぎると、そのうち痛い目に」
「そんなことで驚いてるの?」
 中園の軽挙を返すように、小野田は片眉を吊り上げて右肩をそびやかした。中園はまだまだ、薪という人間を知らない。
「あの子は目的を達するためには手段を選ばないんだよ。自分の命すら計画に利用する子が、自分の胸の痛みに頓着すると思う? 
 例え心が張り裂けようと、彼は自分がしなければいけないことをする。守りたいものがあるからだ」

 第九と仲間を守るため。それだけのために、薪は死力を尽くす。どんな恥辱にも耐えられる、どんな苦痛も甘んじて受け入れる、自分が汚れることも厭わない。

「なるほど、それで……ていうか、薪くんのあの弱点、何とかならない?」
 急に憂鬱な表情になって、中園はため息を吐く。薪の弱点はプライベート(恋愛方面限定)だが、また何か?
「裁判の時に滝沢の証言が必要になるから、彼とも話したんだけどさ。青木くんのこと、バレちゃってるみたいだ」
 詐欺のプロを騙すほどにポーカーフェイスも作り話も上手なのに。どうしてそういうことだけは簡単にバレるかな……。

「偏ってるねえ」
 殆ど同時に失笑して、二人の高等幹部は顔を見合わせたのだった。





*****



 ちょこっと補足説明しておきますね。
 国家公安委員会は、こんなにコワイところじゃないです。 わたしが調べた限りでは、警察庁とは仲良しこよしで、すっかり形骸化してるって。 ←それもまた問題では?
 それと、科警研所属の岡部さんがSATの指揮を執るのはあり得ないんですけど~、彼はこの功績で警視正になる予定なので、ここはごり押しで。
 あくまで物語上の設定なので、よろしくご了承ください。



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破滅のロンド(21)

 こんにちは~。

 すみません、ここまでコメントのお返事滞らせちゃったの初めてですっ。 
 必ずお返ししますので、気長に待ってやってくださいね。 具体的な日付の目安は5月20日くらいまでに、ということで、ごめんなさい、遅過ぎですよね~~(^^;)
 でも、コメントもレスも、原作について濃密なお喋りができるのはエピローグまでの何回かでしょう? だったら語り倒したいじゃない? (わたし、レビュー書けないし)
 そう思うとついつい長くなっちゃって、時間が掛かってしまうんです。 (ちょっと言い過ぎだわ、とか、あらら、これじゃ原作否定だわ、とか思って、けっこう削ったりもしてる)
 どうか、ご容赦くださいね。

 お返事するごとに気持ちの整理も付くのか、おかげさまで大分前向きになってきました。
 人と話せるのっていいですね。 自分とは違う視点で見てる方の意見も聞けて、言われてみれば、と気付かされることも沢山ありました。
 やっぱり籠もってちゃダメだな。 一つの考えに囚われちゃうもん。
 と言うことで、今日辺りからレビュー書いてるブログさんにお邪魔したいと思います。 よろしくお願いします。(^^) ←レスは? 



 で、お話の続きですけど。

 滝沢さん、生きてますよ~。
 薪さん、いらんことぺらぺら喋ってますよ~。 この人はこうやって買わなくてもいい恨みを買っていくんだな。(笑)








破滅のロンド(21






「滝沢。おまえの出番はまだ先だろ」
「うるさい、おれはおまえみたいに茶番を楽しむ趣味はないんだ。てか、この服が臭くて堪らん。さっさと終わりにしてくれ」
 順番を狂わされて、薪は軽く舌打ちした。腹を真っ赤に染めた男は、気持ち悪そうにシャツの濡れた部分をつまみ上げた。服部は、そんな二人の呑気なやり取りを聞き取る余裕もなかった。

「まさか……あんなに血が……」
 あれは本物だった。匂いも色も、間違いなく本物の血液だった。
「本物ですよ。法一の友人に頼んで、廃棄する予定の輸血用血液を回してもらったんです。内緒にしてくださいね、これは違法ですから。ちなみに、音は爆竹で」
 何を思ったか、薪は銃口を滝沢の腕に向け、躊躇なく引き金を引いた。ハッと息を呑む服部の耳に聞こえたのは、カチッという軽い金属音。筒の先から出たのは銃弾ではなく、小さな炎だった。
「この銃もモデルガンなんですよ。知り合いからの借り物なんですけどね、よく出来てるでしょう? ほら、引き金を引くとライターになるんです」
 騙された、と悟るのにしばらくかかった。なんてことだ、専門家の自分がこんなド素人が描いたコンゲームに、こんなにも鮮やかに引っかかるなんて。

「さあ、そろそろ潔くしましょうよ。西野浩平さん」

 自嘲する暇さえ、薪は与えてくれなかった。彼のつややかなくちびるから歌うように吐き出された人物の名前に、服部は飛び上がるほどに驚いた。
「……どうしてその名を」

「おい、さすが長年の親友だな。おまえと全く同じセリフだぞ」
「やかましい。こんな男は忘れた」
 忘れた、と言う言葉は、昔は知っていた、という意味だ。
 この世でたった一人、自分を、親からもらった顔さえ変えた自分の真実を、白日の下に晒せる人間がいるとすればこの男だけだと思っていた。物心ついた頃から共に過ごし、同じ刑事と言う道を選び、お互いの存在をその魂に刻んだ相手。

「罠に掛けられたのは、俺の方だったということか」
「6年前のお返しだ。よくも騙してくれたな、西野」
 苦々しく吐き捨てた滝沢の、見れば懐かしい歪んだ唇。尊大な頬も胡乱そうな瞳も、彼は何も変わっていない。
「なんだ、そのツラは。インテリ風なんて、おまえの性格にちっとも合ってない」
「悪かったな。この仕事が終わったら、元の角刈り頭に戻すよ」
 西野は舌打ちして、生来の口調に戻った。両手をポケットに入れ、はああ、と上を向く。

「いつから気付いていた?」
「最初から」
 西野は滝沢に訊いたつもりだったのに、説明を始めたのは薪だった。

「僕が滝沢の替え玉に気付いたのが1ヶ月前。3週間前に滝沢が第九に帰って来たときには、秘密を知った僕を消しに来たんだと思った。罠に掛けるつもりで隙を見せたのに、彼は事を成そうとはしなかった。
 滝沢には僕を殺せと言う指令は下っていない。ならばどうして彼は此処へ帰って来たのか」
 滝沢の偽者が存在している時点で、旧第九壊滅の裏側には彼と彼を操る者の暗躍があったと察しがついた。彼の背後にいる人間が、滝沢そっくりに顔を変えた替え玉を用意したり、病院に偽装工作をさせたり、果ては第九の人事にまで口を挟めるほどの大物であることも。

「そいつが邪魔になった滝沢を、亡き者にしようと画策した。その舞台を第九に選んだのは、僕を二度と浮かび上がれなくするためだ。滝沢の急な人事にはそんな理由があったのではないかと、僕は仮説を立てました」
 天才の名前に恥じない名推理だ。病院の方から辿って、その大人物とやらにも凡その目星を付けているに違いなかった。
「滝沢の口を封じるために、必ず誰かがやってくると踏んでいた。そんな折、突然監査がやってきた。疑うのは当然でしょう?」
 飛んで火にいる何とやらってね、と薪は西野を揶揄し、ますます楽しそうに、
「滝沢が以前したことを思えば、あなた方のやり方が乱暴なのは想像がついた。下手をすると、滝沢が一人の時を狙って彼を撃ち殺すかもしれない。まあ、僕はそれでもよかったんですけど」
「おい」
 漫才の相方みたいに滝沢が突っ込む。互いに憎み合ってるはずなのに、この二人、息はぴったりだ。
「第九で事を起こされたくなかったのでね。僕が滝沢に殺意を持っているように見せかけて、あなたを牽制したんです。僕に滝沢を殺させればいい、そうあなたが考えるように。先刻も、隙さえあれば室長室に飛び込んでくるつもりだったでしょう? 僕を守ったという名目で、あなたは滝沢を殺す気だった。だから青木にあなたを留めるよう指示しておいたんですよ」
 うざったい男だと思った。自分がいかに上手くやったか、嵌めた相手に対して自分の手並みを自慢している。自信過剰で自己顕示欲が強い。西野の大嫌いなタイプの人間だ。

「観念してください、西野さん。滝沢が落ちたということは、あなたに指示を出している人間も割れたということですよ」
 先刻、どうして直属の上司に電話が通じなかったのか、西野は理解した。西野の直属の上司、それは元警察庁次長の桐生三郎であったが、滝沢が寝返ったのでは言い逃れのしようがない。すでに後ろに手が回っていて、電話に出られなかったのだ。
 薪の言葉を無感動に聞き流し、服部は肩を揺すった。あの小物がどうなろうと服部の知ったことではないが、取り調べで余計なことを喋られたら困る。捕まるくらいなら死んで欲しかった。

 非情なことを考えている服部を見て、薪はやれやれと肩を竦め、
「どうやらあなたも滝沢と同じで、彼のことは利用していたに過ぎないようだ。警察庁次長職にあった男だというのに、何とも哀れな話だ。でも仕方ないですよね、あなたが本当に忠誠を誓っているのは、その上にいる人物ですものね」
 薪の言葉に、服部の顔色が変わる。思わずゴクリと唾を飲み込む服部の目前、美貌の警視長が妖艶に微笑む。
「僕がそこで止まる男だと思いましたか?」

 ハッタリだ、と西野は自分に言い聞かせる。桐生や病院の線から彼に繋がる糸を見つけたとしても、確かな証拠は残されていないはずだ。この手で消去し、確認して回ったのだ。
「観念してください、西野さん。あなたが心酔しているおエライ先生の手にも、今頃は手錠が掛かっているはずです」
 嘘だ、そんなことはあり得ない。西野の雇い主は政界にまで影響を及ぼす法曹界の元重鎮だ。しかも現在は警察庁の監視をする立場にいる。いかに官房長の覚えがめでたくとも、一研究室の室長ごときが手を出せる相手ではない。
 万が一辿り着いたとしても、自分と同じように彼に命を捧げてもいいと考える人間が彼の周りを固めている。連中は、決して彼を敵の手には渡さないはずだ。

「現場の陣頭指揮は岡部に執らせてます。計画の成功を、僕は確信している」
「うそだ。先生は、おまえの手が届くような」
「ええ、とても手が出ませんでした。中園さんにも止められましたよ。でも、今さっき、あなたが証拠をくださった」
「証拠?」
 薪は銃を持っていない方の手をポケットに入れ、中から金属の棒のようなものを取り出した。ボイスレコーダーだ。
 スイッチを押すと、意気揚々と話す自分の声が聞こえた。羽生先生、という呼びかけもしっかり録音されている。盗聴されたということは分かったが、いつそんなものを仕掛けられたのか、まるで見当が付かなかった。

「どうやった?」
「あれ、まだ分からないんですか? いつもいつも自分が騙す立場に回っている人間は、自分が逆の立場になったとき意外なくらい鈍くなるものだって、二課出身の僕の部下が言ってましたけど。本当なんですね」
 薪と言う男は、癇に障る喋り方をする。丁寧な言葉遣いもその美しい笑顔も、皮肉にしか感じられない。これだったら無愛想で口下手な滝沢の方がまだ可愛げがある。
「うまく人を騙すと自分がその相手よりも頭が良くなった気がするけど、勿論それはカンチガイで、でも彼らはその間違いになかなか気づかないんだそうです。自分は利口だから騙されるわけはないと考える。えらく傲慢で愚かな生き物ですね、詐欺師ってのは」
 当てこすられて、西野は奥歯をぎりっと鳴らした。組織の一員であるこの自分を、詐欺師扱いするとは。この男、万死に値する。

「会話が録音されてるんですから、電波を傍受したに決まってるじゃないですか。もちろんあなたの携帯に発信装置は仕込ませてもらいましたけど」
 いつの間に、と言いかけて、西野は今日の夕刻、薪が自分の携帯を取り上げたことを思い出す。あのとき、しかしあれはほんの一瞬のことだった。
「手先は器用でね。と言っても、通信ポートの蓋を取り換えただけですけど」
 西野はポケットの中の携帯を探り、細工されたと思われる部分を指でなぞった。僅かな凹凸、幅は狭いが長さは2センチ弱くらいある。この大きさなら、それは十分可能だろうと思われた。

「小さいけれどスグレものでね、妨害電波も出せる。桐生元次長に電話がつながらないの、ヘンだと思いませんでした? 羽生氏以外の誰に掛けても同じだったはずですけど、そこまでは確認しなかったでしょうね」
 まあ、あれだけ浮かれてればね、と薪はまた余計なことを言い、
「桐生氏と話ができなければ、あなたは羽生氏に連絡を取る可能性が高いと思った。テストで満点取ったらお母さんに報告して、褒めてもらいたいのが人情ですものね」
 小生意気な第九の小僧、と西野の直属の上司は薪を評したが、小僧なんて可愛いもんじゃない。幼い顔をして、中身は警察庁の妖怪どもと同じだ。笑顔で人を欺く。

「小賢しい真似を。先刻の猿芝居といい、おまえのやってることは刑事の仕事じゃない」
「あなたなんかに刑事の道を問われる謂れはありませんよ」
「俺の同志たちが先生を守っている。何があろうと、おまえらなんぞに先生の御身を渡すものか」
「羽生氏の私設部隊については調べがついてますよ。だからこっちも、SATまで借り出さなきゃいけなくなった」
 薪はふっと鼻先で笑い、細い顎を挑発的に上げた。まるでゴミを見るような目つきで西野を見据え、指し棒で人を指すように銃先を揺らすと、
「あなたたちは正式な組織ではない。権力にしがみつく者が金の力で揃えた雑兵に過ぎない。雇い主の力はそれなりに大きいようだが、それでも絶対的ではない。政府や議会を牛耳れるほどの力はない。それどころか、自分の影響力が大きい部署に自分の手下を紛れ込ませるのが精一杯。その程度の輩だ」
 黙れ、なんて五月蠅い男だ。

「昔は法曹界のトップに近い場所に居た。現在は職を退いて、でもその頃の人脈と手に入れた幾つかの秘密を使って、警察や政界から甘い汁を吸い続けている。要は社会のダニだ」
 黙れ、黙れ、黙れ。
「羽生善三郎はそんな男だ」
 ちがう。あの人は。

「あなたの電話が羽生氏の携帯に繋がった時点で、彼の罪は確定した。羽生氏を確保する段取りはとっくについてて、後はもう、本当に証拠だけだったんです。あなたと羽生氏がつながっているという証拠さえ挙がれば」
 薪は言葉を切り、上着のポケットに手を入れて、携帯電話を取り出した。耳元に当ててニヤッと笑う。彼にとっては朗報、西野にとっては地獄の沙汰が届いたようだ。

「1時24分、元東京高等裁判所長官、現国家公安委員、羽生善三郎氏を確保しました。西野さん、ご協力感謝します」
 痛烈な皮肉と共に、薪はその整った顔に美しい笑みを浮かべる。
「ありがとうございました。あなたのおかげです」



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破滅のロンド(20)

 長らく放置してすみませんでした~。

 再開させていただきます。 よろしくお願いします。 (見限られてないといいな~(^^;)







破滅のロンド(20)






「そうなんです、薪室長が滝沢警視を撃ち殺して」

 第九の正門を潜りながら、服部は携帯電話で今夜あったことを伝えた。電話の向こうで「なんと恐ろしい」と痛ましい事件に対する衝撃を吐露した相手に、耐え切れず、服部は笑いを洩らした。
「本当に恐ろしいですね。ここまで狙い通りに行くとは」

 ここはまだ第九の敷地内、不用意な言動は慎むべきだと思ったが、いま服部は天下人になった太閤秀吉の気分だ。今宵彼が修めた成果は、彼の偉業にも等しい。
「羽生先生のご推察通り、薪室長は入院している滝沢が偽者であることを見抜いていました。コップの違和感に気付いた彼を褒めてやるべきでしょうね」

 事の発端は1ヶ月ほど前。
 薪は自分に疑いを持っている、どうも湯飲みをすり替えられたようだ、と滝沢の替え玉を務めていた仲間が言い出した。それが事実だとしたら、厄介なことになる。滝沢ともども口を塞がねばならない。
 雇い主はとっくに滝沢のことは見限っていて、ロクに実戦経験もなかった彼を危険な任務に就かせたのもそのためだ。滝沢は6年前の事件の実行犯だ。彼と自分たちの関わりが公になるのはまずい。このまま現地で死んでくれたらいい。そうしたら院長に死亡診断書を書かかせて、本物の滝沢の死体と入れ替える計画だった。
 しかし、彼の死の報告はなかなか為されず、そのうち薪が替え玉に気付いてしまった。薪は頭の良い男だ。6年前の第九壊滅の裏側には何者かの意図が隠されていたと察しただろう。が、替え玉の事実が発覚したところで、事件の解明には至らない。となれば、病院や当時の人事に係わった人間等から内偵を進め、確たる証拠を掴もうとするに違いない。
 彼が真実を掘り起こす前に、滝沢もろとも葬らねばならない。
 そこで雇い主は急きょ滝沢を呼び戻し、永遠に彼の口を塞ぐよう、自分に命じたのだ。洒脱にも、舞台を第九に用意して。

「薪室長は食えない男ですよ。今夜のことも、彼は最初から滝沢を殺すつもりだった。しかも、私を利用する計画を立てていたんです」
 天才と名高い第九の室長の企みを見破ったことも、彼の高揚感を高める一助になっていた。薪がいかに切れ者でも、それは通常の職務に対しての評価だ。これが小説の世界なら、優れた捜査官は優れた犯罪者に早変わりするものだが、現実にはその確率は意外なくらい低い。確かに彼らは一般人よりも犯罪に関する知識は豊富だが、犯罪に於いて一番肝要なスキルに欠けている。
 自分の行為を正当化することだ。

「彼は、私が室長室に盗聴器を取り付けたことを知っていました。その上で、私を証人に仕立て上げようとした。二度目の正当防衛ですからね、自分の部下の証言では弱いと思ったんでしょう。そこで私に眼を付けた。第3者的立場の私の証言なら間違いなく正当防衛が通るであろうと、しかし、そんな見え透いた手には乗らない」
 大事なのは、自分の正当性を信じること。それができれば、妊婦の腹を切り裂いて赤子を引き出すこともできる。何の罪もない女性を焼き殺すこともできる。魔女狩りの狂気のように、大切なのはそれを正義だと思って為すことだ。薪には迷いがあり、それが彼に確かな保証を求めさせた。彼は自分で墓穴を掘ったのだ。

「慣れない殺人なんかに手を染めて、焦ったんでしょうね。彼は私の前でボロを出しました。証言を急ぐあまり『話を聞いていましたよね?』と、つい確かめてしまったんです。彼が盗聴に気付いて、それを利用した動かぬ証拠です」
 盗聴は明らかに行き過ぎた行為だが、監査に熱心なあまり、という言い訳が通る。何等かの処分は受けるかもしれないが、そんなものは服部にとっては痛くも痒くもない。
 自分に課せられた任務は、完璧な成功を収めたのだから。

 素晴らしい、と電話の向こうで自分を賛辞する声が聞こえる。これをネタにして薪を意のままに操ることも可能だと、相手は手放しで服部の仕事を褒め称えた。
 やはり先生に報告して正解だった、と服部は舞い上がるような心地になる。尊敬する先生から、お褒めの言葉をいただくことができた。本来なら直属の上司に連絡すべきだったのだが、その電話はつながらなかった。どうせまた若い愛人の所にでもシケこんでいるのだろうと判断し、そこは飛ばして、服部の本当の雇い主に掛けたのだ。

「滝沢と薪。一晩で障害物を二つとも取り除くことができました。これも羽生先生のご威光の賜物で」
 遠くに聞こえた芝生を踏む微かな音に、服部は口を噤んだ。電話を切り、上着のポケットにしまう。ポケットに手を入れたまま、彼はゆっくりと振り向いた。

「上司への報告はすみましたか?」
 神無月の夜の青白い光を身にまとって、薪が立っていた。細い手に、たった今部下の命を奪った銃が光っている。
「では、あなたの役目はお終いです。退場していただきましょう」
 すっと右手を伸ばし、真っ直ぐに銃口を服部の胸に向ける。亜麻色の瞳は冷静そのもので、先刻まで床にへたっていた男とは別人のようだ。この短時間に、この男の変わり身の早さはギネス級だ。

「ポケットから手を出して。両手を頭の後ろに」
「薪室長。物騒なものはしまってください。私は証言を拒んだりしません。あなたが殺人罪に問われるようなことはありませんよ」
「殺人? なんのことです」
 呆れ果てるような虚言に、服部は眉をしかめる。薪が冷静だと思ったのは、服部の間違いだった。彼は既に、現実と夢幻の境界が分からなくなっている。

「落ち着いてください、室長。こんなことをしても無駄です。監査室にはすでに報告をしました。大丈夫です、私に任せて」
「監査室に連絡など行っていないことは百も承知です。何故ならあなたは、監査室の人間ではない」
 服部は息を飲み、用心深く一歩下がった。瞬間、動くな、と厳しい声が飛ぶ。

「どうして解ったか不思議ですか? うちには飛び切りのハッカーがいましてね。監査課の人事データを入手することなど朝飯前」
「何を寝ぼけたことを。私の名前は監査官名簿にちゃんと載っていますよ」
 第九研究室のITの申し子、宇野のことは服部も知っていた。監査が入ればその対策を練るために監査官のデータを入手する程度のことはやってのける、それくらいは予想済みだった。だから、監査課の人事データに細工をしておいたのだ。基本的な事前準備だ。
「人の話は最後まで聞くものです。人事データを引き出すことも朝飯前なら、書き替えられたデータを復元することも朝飯前なんですよ」
 宇野の手腕を聞かされて、服部は思わず唸った。限られた時間の中、いくつものセキュリティをかいくぐって、しかもデータを復元するとは。宇野と言う男は稀代のハッカーだ。自分たちの組織にスカウトしたいくらいだ。

「まあ、データを確認するまでもなく、あなたが監査課の人間でないことは分かっていましたけどね」
 クスリと笑って、薪は銃を持っていない方の肩を軽く竦めた。
「一緒に監査に来た米山さんですけど。あれは偽者です」
「えっ」
 咄嗟には言葉が出なかった。あのシニア職員が偽者?
 そんなわけはない。彼は副査として、服部を助ける立場にいた。服部の命に、つねに従順だった。自分が室長を連れ出した隙に室長室に盗聴器を仕掛けろと命じたときも、聴取を長引かせて服部が自然に滝沢と話せるように仕向けろ、と命じた時も、彼は一言も逆らわずに唯々諾々と従って――――。

「まさか」
 その可能性に気付いて、服部は首を振った。ご明察、と薪が嫌味っぽく笑う。
「彼は監査課に紛れ込ませた僕の手駒です。あなたが彼に命じたことは、彼から僕に筒抜けでした。だから盗聴器のことも知っていた。あなたが本当に監査室の人間だったら、彼が偽者だと言うことに気付いたはずだ」
「何のことです。室内に盗聴器の類がないことは、あなたご自身が確認されたでしょう」
「受信側から電波のオンオフを操作できるタイプの盗聴器をお使いでしたね? 電波が発信されなければ、ソナーは役に立たない。わざわざ自分から盗聴の危険性を疑って見せたのは、盗聴の事実はないと、万が一見つかっても自分の仕業ではないと僕に信じ込ませるためでしょう」

 服部は必死で頭を働かせた。
 落ち着いて考えれば、まだ言い逃れはできる。米山が薪の手先だったからと言って、それがどうした。薪は絶対に、否、この世の誰にも自分の正体を暴くことはできないはずだ。もしかしたら気付かれるかもしれない、と危惧していた相手はいた。が、彼はもう此処にはいない。

「まあ、他にも小さなボロは出てましたよ。例えば、シークレットボックスの暗証番号を一瞬で見切るなんて、訓練を積んだ人間じゃないと難しいでしょう」
 あれは、自分は薪の味方だとアピールするためだった。相手の警戒心を解くためのパフォーマンスが裏目に出た。
「決定的だったのは、僕が淹れたコーヒーの味が分からなかったことですね。あれで確信しました」
「はあ?」
 暗証番号はしくじったと思ったが、コーヒーは意味が分からない。コーヒー好きの人間に悪者はいないとでも? この男、本当は山ほど冤罪作ってるんじゃないか。

「薪室長、それは誤解です。二週間ほど前に人事データの更新があったと聞いています。前回の名簿では、たまたま私の名前が漏れてしまったのでしょう。単なるオペレーションミスですよ。それに、監査官は百人以上いる。お互い顔を知らない監査官もいて当たり前です」
「おかしいですねえ。彼は、あなたと同じ班の人間だったはずですけど。名簿にちゃんと書いてありましたよ? 2週間前に正しく更新された名簿にね」
 薪はニヤニヤと笑いながら、皮肉っぽく言った。気のせいかもしれないが、彼はとても楽しそうだと服部は思った。
「ダメですよ。上から受け取った資料には、きちんと眼を通さないと」
 にっこりと彼は笑った。その笑顔の美しいこと。気のせいじゃない、この男、本気で楽しんでいる。

「それで私の弱みを握った心算ですか。それを利用して私に証言をさせようと? あなたがそんな態度に出るなら、こちらにも考えがある。本当のことを言ってやる、あなたは滝沢警視を意図的に射殺し、ひいぃっ!!」
 糾弾の途中で、服部の声は悲鳴に変わった。薪の横に、いきなり血まみれの男が現れたのだ。服部とて警察官。それくらいのことでこんな悲鳴は上げない。それが先刻室長室で死亡を確認されたばかりの男でなければ。

「滝沢。おまえの出番はまだ先だろ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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