クッキング2 (10)
毎日暑いですねー。
溶けそうです、てか、実際に脳が溶けてる気がする。 新しいお話を書いてるんですけどね、なんか文章が上手く書けない……あ、いつも?
公開中のお話は、これが最終章です。
読んでくださってありがとうございました。
クッキング2 (10)
青木が竹内と別れて第九へ戻ると、薪がモニタールームで待っていた。竹内と食事に行くと言って出たから、青木から情報を引き出すつもりなのだろう。口元がうずうずしている。
「薪さんのおかげでうまく行ったって、喜んでましたよ」
「なんだって?」
青木のアクションを待ち切れなくて、給湯室で片付けものをする青木に着いてきた薪は、報告業務のセオリー通り結論から始まった青木の言葉に驚きの声を洩らした。
「あの料理を作ったのは雪子さんじゃないって、お母さんにバラしてやったのに。どうして」
「全部自分のせいだから、先生を責めないでくださいっておっしゃんたんでしょう?」
「そうしなかったら僕が悪者になるだろ」
密告した時点で立派なヒールだと思う。
「先生の長所を並べて、先生がお母さんに気に入られるようにフォローをして差し上げたんでしょう? そのお気持ちがお母さんに通じたものと」
「おかしいだろ! 僕は雪子さんと結婚したいって言ったんだぞ? 自分の息子の嫁になる女性にそんな男がいたんだ、考え直せと息子を説得するのが母親の役目だろう」
「冗談だと思われたみたいですね」
「なんで?!」
青木にも、薪と同じ疑問は浮かんでいた。もし姉が結婚する前、夫になる男の女友達から電話が掛かってきて彼と結婚したいと言われたら、青木だって疑心暗鬼になる。それが普通ではないか。
「あの、思うにですね」
考えられる可能性は一つ。薪が怒りだすこと決定だからあまり言いたくはないが、これが正解だと思う。つまり。
「竹内さんのお母さんて、薪さんのことを女の子だと思ってたんじゃ」
「あぁ!?」
脊髄反射の速度で薪は凄んで見せたが、青木には効かない。こういうことで怒ってる薪は、とてもかわいいのだ。
青木は京都弁には詳しくないが、彼女が薪に使った「別嬪さん」という言葉は、女性向けだと思う。雪子よりも身体が小さくて美人で料理上手とくれば、彼女の誤解も頷ける。
「彼女とは何度も話してるんだ。そんなはずは」
薪の地声は低めのアルトで、女性の声に聞こえないこともない。あまり親しくない他人と話すときは丁寧語を使うし、一人称は「私」になる。その辺りにも原因があったと思われるが、きっと一番の理由は。
「竹内さんのお見舞いに行くとき、薪さん、必ず花篭を持って行ったでしょう?」
それがどうした、と薪は尖った顎をしゃくる。全くこの人は、自分が分かっていない。
「そのせいだと思います。薪さんが花を持つと女優さんみたいですから。オレでさえ何度も見間違って、痛ったぁい! もう、どうしてオレに八つ当たりするんですか」
「うるさい!」
唐突にふくらはぎを襲った痛みに青木が抗議するも、返って来たのは理不尽な一喝。慣れているとはいえ、やっぱり痛い。
「なんて不愉快な親子だ、息子が息子なら親も親だ。あんな非常識な連中に大事な雪子さんを任せるわけにはいかない。僕が何とかしないとっ……!」
「そっとしておいてあげるのが一番だと思いますけど」
ううむと薪は腕を組んで、誰にも必要とされていない思案を重ねる。方向性は明らかに間違っているが、薪にあんなに案じてもらえるなんて、青木は雪子が羨ましい。
「薪くん。此処にいたのね」
「雪子さん」
その身を案じていた女性がひょっこりと顔を出し、薪は途端に笑顔になる。彼女は幸せそうに笑っていて、それは薪にとって最高に好ましいことなのだ。
「昨日はありがとう。おかげさまで、お義母さんにとっても喜んでもらえたわ」
「……………………よかったですね」
不自然なくらい長い間を空けて、薪は諦めたように頷いた。彼の天才的な頭脳の中では既に次の作戦が練られているのかもしれないが、今日のところは自分の負けを認めたようだ。
「薪くんのおかげよ。心からお礼をさせてもらうわ」
雪子は快活に礼を言うと、いきなり薪に抱きついた。雪子の方が身体が大きいので完全に男女が逆転した構図だが、雪子の豊かなバストに顔が密着する体勢になって、薪は嬉しそうだ。……今週末は覚悟してもらおう。
「あ、あの、雪子さん? 嬉しいですけど此処ではちょっと、いえ別に雪子さんに恥をかかせるつもりじゃ、あ、だけど、僕にはその、青木、が……」
感謝のハグだと思っているあたり、やっぱり薪の危険センサーは鈍い。先週の月曜日、職場仲間全員に裏切られたばかりなのに。本当に学習しない人だ。
「青木くん。今夜はあたしが薪くんを連れて行くから」
雪子に呼びかけられた青木が「はい」と返事をするのに、薪は何を思ったか顔を赤くして、
「雪子さん、ごめんなさい。僕、青木が好きなんです。だから雪子さんのお気持ちは」
「歯医者の予約、7時だったわよね?」
「ごめんなさい」から後の薪の言葉は、雪子の声に消されて青木の耳には届かなかった。でも、察しはついた。ちらりと青木を見た亜麻色の瞳が、なんとも言えない甘さを含んでいたから。
「B町のNクリニックよね」
雪子の長い腕にしっかりとホールドされた薪の顔色が、赤から青に変わる。夢中で押しのけようと両手を突っ張るが、柔道四段の彼女の腕力に敵うわけがない。雪子に絞め技を掛けられたら、岡部でさえ抜け出せないのだ。
「よろしくお願いします」
青木がポケットから出した診察券を雪子に手渡すと、薪の顔は恐怖に歪んだ。たぶん彼の頭の中では、白衣を着た悪魔がドリルを構えているのだろう。
「7時半ごろ迎えに行きますから」
「OK。それまではあたしが見張っておくわ」
逃れられないと知りつつも、薪はジタバタと手足を動かす。往生際の悪いことだ。扱い難しと踏んだのか、雪子は薪を小脇に抱え、軽々と持ち上げて彼を運び去った。
「誰か助けてっ、いやああああ!!!」
廊下に木霊する薪の悲鳴を聞きながら、青木は彼のご機嫌を取る方法をあれこれ考える。それはとても困難なことの筈なのに何故か嬉しさが込み上げてくる、そんな自分が可笑しくて。誰もいなくなった研究室の薄闇の中、彼はくすくすと笑った。
―了―
(2012.4)
溶けそうです、てか、実際に脳が溶けてる気がする。 新しいお話を書いてるんですけどね、なんか文章が上手く書けない……あ、いつも?
公開中のお話は、これが最終章です。
読んでくださってありがとうございました。
クッキング2 (10)
青木が竹内と別れて第九へ戻ると、薪がモニタールームで待っていた。竹内と食事に行くと言って出たから、青木から情報を引き出すつもりなのだろう。口元がうずうずしている。
「薪さんのおかげでうまく行ったって、喜んでましたよ」
「なんだって?」
青木のアクションを待ち切れなくて、給湯室で片付けものをする青木に着いてきた薪は、報告業務のセオリー通り結論から始まった青木の言葉に驚きの声を洩らした。
「あの料理を作ったのは雪子さんじゃないって、お母さんにバラしてやったのに。どうして」
「全部自分のせいだから、先生を責めないでくださいっておっしゃんたんでしょう?」
「そうしなかったら僕が悪者になるだろ」
密告した時点で立派なヒールだと思う。
「先生の長所を並べて、先生がお母さんに気に入られるようにフォローをして差し上げたんでしょう? そのお気持ちがお母さんに通じたものと」
「おかしいだろ! 僕は雪子さんと結婚したいって言ったんだぞ? 自分の息子の嫁になる女性にそんな男がいたんだ、考え直せと息子を説得するのが母親の役目だろう」
「冗談だと思われたみたいですね」
「なんで?!」
青木にも、薪と同じ疑問は浮かんでいた。もし姉が結婚する前、夫になる男の女友達から電話が掛かってきて彼と結婚したいと言われたら、青木だって疑心暗鬼になる。それが普通ではないか。
「あの、思うにですね」
考えられる可能性は一つ。薪が怒りだすこと決定だからあまり言いたくはないが、これが正解だと思う。つまり。
「竹内さんのお母さんて、薪さんのことを女の子だと思ってたんじゃ」
「あぁ!?」
脊髄反射の速度で薪は凄んで見せたが、青木には効かない。こういうことで怒ってる薪は、とてもかわいいのだ。
青木は京都弁には詳しくないが、彼女が薪に使った「別嬪さん」という言葉は、女性向けだと思う。雪子よりも身体が小さくて美人で料理上手とくれば、彼女の誤解も頷ける。
「彼女とは何度も話してるんだ。そんなはずは」
薪の地声は低めのアルトで、女性の声に聞こえないこともない。あまり親しくない他人と話すときは丁寧語を使うし、一人称は「私」になる。その辺りにも原因があったと思われるが、きっと一番の理由は。
「竹内さんのお見舞いに行くとき、薪さん、必ず花篭を持って行ったでしょう?」
それがどうした、と薪は尖った顎をしゃくる。全くこの人は、自分が分かっていない。
「そのせいだと思います。薪さんが花を持つと女優さんみたいですから。オレでさえ何度も見間違って、痛ったぁい! もう、どうしてオレに八つ当たりするんですか」
「うるさい!」
唐突にふくらはぎを襲った痛みに青木が抗議するも、返って来たのは理不尽な一喝。慣れているとはいえ、やっぱり痛い。
「なんて不愉快な親子だ、息子が息子なら親も親だ。あんな非常識な連中に大事な雪子さんを任せるわけにはいかない。僕が何とかしないとっ……!」
「そっとしておいてあげるのが一番だと思いますけど」
ううむと薪は腕を組んで、誰にも必要とされていない思案を重ねる。方向性は明らかに間違っているが、薪にあんなに案じてもらえるなんて、青木は雪子が羨ましい。
「薪くん。此処にいたのね」
「雪子さん」
その身を案じていた女性がひょっこりと顔を出し、薪は途端に笑顔になる。彼女は幸せそうに笑っていて、それは薪にとって最高に好ましいことなのだ。
「昨日はありがとう。おかげさまで、お義母さんにとっても喜んでもらえたわ」
「……………………よかったですね」
不自然なくらい長い間を空けて、薪は諦めたように頷いた。彼の天才的な頭脳の中では既に次の作戦が練られているのかもしれないが、今日のところは自分の負けを認めたようだ。
「薪くんのおかげよ。心からお礼をさせてもらうわ」
雪子は快活に礼を言うと、いきなり薪に抱きついた。雪子の方が身体が大きいので完全に男女が逆転した構図だが、雪子の豊かなバストに顔が密着する体勢になって、薪は嬉しそうだ。……今週末は覚悟してもらおう。
「あ、あの、雪子さん? 嬉しいですけど此処ではちょっと、いえ別に雪子さんに恥をかかせるつもりじゃ、あ、だけど、僕にはその、青木、が……」
感謝のハグだと思っているあたり、やっぱり薪の危険センサーは鈍い。先週の月曜日、職場仲間全員に裏切られたばかりなのに。本当に学習しない人だ。
「青木くん。今夜はあたしが薪くんを連れて行くから」
雪子に呼びかけられた青木が「はい」と返事をするのに、薪は何を思ったか顔を赤くして、
「雪子さん、ごめんなさい。僕、青木が好きなんです。だから雪子さんのお気持ちは」
「歯医者の予約、7時だったわよね?」
「ごめんなさい」から後の薪の言葉は、雪子の声に消されて青木の耳には届かなかった。でも、察しはついた。ちらりと青木を見た亜麻色の瞳が、なんとも言えない甘さを含んでいたから。
「B町のNクリニックよね」
雪子の長い腕にしっかりとホールドされた薪の顔色が、赤から青に変わる。夢中で押しのけようと両手を突っ張るが、柔道四段の彼女の腕力に敵うわけがない。雪子に絞め技を掛けられたら、岡部でさえ抜け出せないのだ。
「よろしくお願いします」
青木がポケットから出した診察券を雪子に手渡すと、薪の顔は恐怖に歪んだ。たぶん彼の頭の中では、白衣を着た悪魔がドリルを構えているのだろう。
「7時半ごろ迎えに行きますから」
「OK。それまではあたしが見張っておくわ」
逃れられないと知りつつも、薪はジタバタと手足を動かす。往生際の悪いことだ。扱い難しと踏んだのか、雪子は薪を小脇に抱え、軽々と持ち上げて彼を運び去った。
「誰か助けてっ、いやああああ!!!」
廊下に木霊する薪の悲鳴を聞きながら、青木は彼のご機嫌を取る方法をあれこれ考える。それはとても困難なことの筈なのに何故か嬉しさが込み上げてくる、そんな自分が可笑しくて。誰もいなくなった研究室の薄闇の中、彼はくすくすと笑った。
―了―
(2012.4)
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