恋人のセオリー その5

 祝!!!
『秘密』過去編、スタート!!



 個人的には不安もたくさんあるのですけど、(鈴木さんとか鈴木さんとか鈴木さんとか)
 新しい薪さんに会えるのは、やっぱり嬉しいです。
 それも、こんなに早く会えるなんて。 先生、長期連載終了後でお疲れでしょうに、本当にありがとうございます!
 白状しますと「過去編」とのお言葉、読書会のお愛想かと思ってました。<こらこら。
 気が向いたらね、くらいのニュアンスだと思ってたんです。 それに、描いてくれたとしても事件中心になるって話だったし、薪さんじゃない第九室長が主役になるんだと思ってた。 だってほら、薪さんが主役になったら彼の美貌に心を奪われて、読者はみんな事件なんかどうでもよくなっちゃうじゃん。←おまえだけじゃ。

 コミックスも加筆がたくさんあるみたいだし。
 10月末はお祭りですねっ!!



 で、今日のお話ですが。

 予告とも妄想とも違う話ですみません。 さらに勝手な都合で、予告の『パーティ』は次の話の後になります。
 うーんとね、クリアファイルがいけないの。 モロ「明日に向かって撃て」なんだもん。 ちょうどその話書き上がったとこだし、こっちを先に公開したくなっちゃうんじゃん、ねえ。(←誰に同意を求めているのか)
 それにしても、このファイルの青木さん、カッコいい。 薪さんじゃなくても惚れるわ。

 ということで次のお話は、法十版『明日に向かって撃て』(原題 「たとえ君が消えても」)でございます。 よろしくお願いします。


 こちらはその前座なんですけど~、
 うちの青薪さんは、片方が死んでももう片方が後を追うようなことはございません。 相手と別れたら生きられない、ということもありません。 べつに冷めてる訳じゃないと思うんですけど、あ、やっぱり冷めてるのかしら? ううーん。
 ぬるいカップルですんません。





恋人のセオリー その5





『青木。僕はもう、青木が傍にいてくれないとダメなんだ』
「薪さん……」
『青木がいないと、生きていけない』
「薪さんっ! オレもです、愛してます!」
『青木っ!』
「薪さ、痛ったいっっ!!」
 ゴイン! と言う派手な音と共に青木の後頭部を直撃したのは、あろうことかフライパン。このひと、本気でオレのことコロス気じゃ。

「なにを気色悪いことやってんだ」
 絶対零度のオーラをまとってキッチンから姿を現した青木の恋人は、冷ややかに言い放った。その出で立ちは白地に小さな野菜柄のエプロン姿で、彼の険しい表情にはまったく合っていないが、やっぱりかわいい。

「気色悪くないですよ。むしろ、これが本来の姿かと」
「いい年した大男が不気味なセリフを呟きながら自分で自分の肩を抱きしめるのが?」
 薪はローテーブルの上のリモコンを操作して、青木が見ていたコテコテの恋愛ドラマを止めると、容赦なくテレビの電源を切った。それから明らかに青木をバカにした目つきで、
「こんなドラマばっかり見てるから、脳に虫が湧くんだ」
 薪は恋愛もののドラマが苦手だ。見ていると、身体中痒くなってくるらしい。引き換え青木は、ロマンチックなラブストーリーが大好きだ。自分がドラマの主人公になって、ヒロインのセリフを薪に言ってもらえたら、と妄想するのはとても楽しい。
 青木の妄想の中の薪は恥じらいに頬を染めて青木を見つめ、亜麻色の瞳をうるうるさせながら愛の言葉をそっと囁く。青木がそれに応えて同様の言葉を返すと、感極まって青木の胸に飛び込んでくる。ふたりは熱い抱擁を交わし、それから甘いキスを――――。

「なにが『愛してます』だ。くだらない」
「他所さまの青薪は、みんなこうなんですよっ! うちは薪さんが協力してくれないから、オレがひとりでやるしかないんじゃないですか!」
 空想と掛け離れた薪の言葉に、青木は強い口調で言い返した。恋人に愛を伝える大事な言葉をくだらないなんて、いくら薪でも許せない。
「あん? 『他所さまのアオマキ』って、なんだ?」
「いや、そこは突っ込まないでください。色々あるんで」
 薪は首を傾げ、呆れ果てたというよりは困惑した口調で独り言のように呟いた。
「やるしかないって……そこまでして遂行する必要があるミッションなのか?」
 床に落ちたフライパンを拾い上げ、ちらりと青木を見る。薪の身体からケチャップの匂いがするから、きっと今日の昼食はオムライスだ。

「勿論です。だってオレたちは恋人同士で、身も心も離れられない関係でしょう?」
「ふうん。そうなんだ」
 ここでめげてはいけない。このぐらいで引いてたら、『秘密』の世界では生き残っていけない。

「恋人同士ってのは百歩譲って認めるとして」
 ちょっと待って! 譲るとこですか、そこ!!

「身も心も離れられない関係というのはどうだろう。これまでも仕事の都合で何日も会えなかったりしたけど、お互い命に別状は無いようだが?」
 そんな、冷静に分析されても……。

 折れそうになる心を必死に立て直して、青木は懸命に言葉を紡ぐ。言語能力に些かの不具合がある薪に、恋愛における特殊な比喩表現を理解させるには、根気強く説明するしかない。
「それは短い間だからですよ。これが長期に渡ったら、オレは確実に健康を害します。真面目な話、オレ、薪さんがいないと食欲がなくなるし」
「腹八分目は健康に良いそうだぞ」
 ……負けないもんっ!!

「夜は眠れないし、やる気は出ないし。でも、何日か後には薪さんに会えると思って頑張るんです。薪さんがオレの原動力なんです。それが叶わないとなれば、何もする気が起きません。離れられないってのはそういう意味です。
 だから絶対に別れられないんです。薪さんだって、そうでしょう?」
「僕は別に、おまえと別れても平気だけど」
 うわああああんっっ!!

「ひどいですよ! オレは薪さんがいなかったら生きていけないのにっ!」
 本当は分かっている、薪の人生の最優先事項は仕事だ。事件が起これば青木の恋人としての立場なんか、地平線の彼方にポイだ。今まで何度もそんな目に遭ってきたから、薪の本音は分かっている。だけどそれを彼本人の口から聞きたくはない。
 床に突っ伏してオイオイ泣き始める青木を見て、薪は肩を竦める。フライパンを右肩に担いで、冷めた口調で、
「誰かがいなきゃ生きられないなんて。それは依存症という立派な病気だ。精神科に行ったほうがいい」
「どうしてそんなに冷たいんですか?! 恋人に向かって『別れても平気だ』なんて!」
「僕はおまえに失恋したくらいで、ダメになったりしない」

 キッパリ言い切った冷酷なセリフの、『失恋』という言葉に青木の涙が止まる。
 もしも自分たちが別れるとしたら、失恋するのは自分の方だと薪は思っているのだろうか。そんなことはありえないが、言葉尻を捕らえて逆説を辿れば、薪は自分を好きだと言ってくれていることになる。
 そのことに思い至って、青木の心は地獄から天国にワープする。
 こんな方法でしか相手の気持ちを測れない恋人関係ってどうなんだろう、なんて普通の人間が考えるようなマイナス思考が欠片でもあったら、薪とは付き合えない。舞い上がりそうな心地で、遠回しな言い方ながらも愛情を表してくれた薪に笑いかける青木を哀れと捉えるかバカと見るかは個人の自由だが。

「別れたとしても、おまえは生きてるんだから。絶望したりしない」
 薪は呆れた表情を崩さずに、だが青木は彼の微細な変化を見逃さない。微かに亜麻色の瞳に浮かんだ苦味。青木は、かつて薪を襲った絶望を思う。
 薪の壮絶な過去を顧みれば、その考えは無理もない。薪には実際に、生きること自体が難しい時期があったのだ。死の誘惑と戦う日々が。自分の身体を傷つけて、ようやく正気を保っていた日常が。
 愛するひとの命を亡くすことに比べたら、恋を失くすことなんか大したことじゃない、という理屈は、青木にも納得できる。
 過去の経験が、今の薪を形作っている。そんな当たり前のことに気付いてみれば、彼の言葉は決して薄情なものではなく、深遠な意味を内包していると青木は考え、ありきたりの言葉を彼から聞きたがった自分の愚かさを罵倒したくなる。

 うなだれた青木の目の高さに合わせて薪は膝を折り、下らないことを言うなと言わんばかりの乱暴な手つきで、青木の頭髪をつかんだ。そうして髪の毛ごと年下の恋人の顔を上げさせると、
「おまえが僕から離れても、僕は死なない」
 言い切った薪の瞳には、苦悩も悲しみもなく。いっそ清冽に輝いて、青木は一瞬で彼の擒人になる。
「例えおまえが死んでも、後を追ったりしない」
 それは最初に青木が求めた言葉とは正反対のはずなのに、何故かとてもうれしくて。彼のたくましさに心の底からの喜びを感じている自分を自覚して、青木は自分が彼に与えてもらいたかった言葉を忘れそうになる。

「おまえの言葉を借りるなら、僕の命は鈴木が守ってくれた命なんだろ?」
 右手で持ったフライパンを青木の左頬の近くに構え、脅しつけるような目つきで冷笑していた薪は、一筋の怯えも含まない黒い瞳に出会って、ふっと頬を緩めた。暗い朝闇の中に最初の光が差し初めるように、瞳の色合いを温かなものに変えると、中段に構えた右手をそっと床に下ろして、
「鈴木の遺志を掬い上げて、僕に見せてくれたのもおまえだろ。だから僕は」
 そこで薪は言葉を切り、その先を続けようかどうしようか、しばらく迷う素振りを見せた。青木には薪が言いたいことは分かっていたし、薪がそれを口にしづらいことは察しが着いたが、敢えて何も言わずに薪の言葉を待った。
 やがて薪は、しっかりと青木の眼を見て口を開いた。

「僕の命は鈴木に守ってもらった命で、僕の人生はおまえがくれた人生だと思ってる。だから、自分から捨てたりしない。何があっても、絶対にしない」

 青木は息を呑んだ。声は出せなかった。薪の発言の意外性は、青木の声を失わせるに充分だった。
 青木の予想は、半分だけ当たっていた。鈴木に守られた命を粗末にはできない、そこまでは的中していたが、その先は晴天の霹靂だった。薪が自分の人生をそんなふうに捉えていたなんて、想像したこともなかった。

「悪かったな。冷たい恋人で」
 片手に青木の髪をつかみ、もう片方の手にはフライパンを持っている薪の姿は、他人から見たら言い逃れようのない恋人虐待の場面だが、そこには彼らにしか分かり得ないパルスがあって、それはひっきりなしにふたりの間を行き来している。言葉にしたくてもできない、表しきれないその想いを、曖昧な夢のように伝え合っている。
 それを言葉にすることが愚かだとは思わないし、時には必要だということも解っている。でも、いまは。

「大丈夫です、オレが今から薪さんのカラダを熱くして差し上げま、痛っ!!」
 自分を抱き寄せようとした青木の腹に鋭い蹴りを入れて床に転がすと、薪はさっさとキッチンに戻ってしまった。
「もう。乱暴なんだから」
 蹴られた腹を擦りながら青木は笑い、薪の後を追ってキッチンへ入った。



(おしまい)



(2011.1)


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GIANT KILLING (4)

 終章ですー。
 読んでいただいてありがとうございました。




GIANT KILLING (4)







「捜査続行だ!!」
 ドアが開くと同時に、薪は高らかに宣言した。一瞬の静寂の後、モニタールームに歓声が満ちる。

「本当ですか!」
「やった! おい、さっきの画! おまえも見つけてただろう、ジャケットの返り血」
「じゃあ、これも証拠になりますよね? 5日の早朝の」
 俄かに活気付いた研究室に、活発な声が飛ぶ。プリンターがフル回転して、次々と証拠の画が提示されていく。
 彼らが自分を信じて、あれからも捜査を続けていたのだ、と薪は知る。
 ぶつかってみて、良かった。何度打ちのめされても、僕にはこいつらがいる。こいつらが、僕に勇気を与えてくれる。僕を強くしてくれる。

 自分がいなくなった後の警視総監室で何が起きたか、また、中止命令の撤回の裏に働いていた陰の力を知る由もない薪は、ただ純粋に捜査の続行を喜び、眼を輝かせてモニターを見つめる。
 積み重ねてきた努力は、無駄にはならない。葬られる事件をすべて明らかにすることはできないけれど、こうして少しずつ、その数を減らしていくことができたら。

「薪さんっっ!!!」
 後ろからびっくりするような大声で怒鳴られて、薪は思わず椅子の上で飛び上がった。この声は青木だ。目が覚めたらしい。起きて、髪を整えようと鏡を見て、イタズラ描きに気付いたのか。
「ひどいですよ、顔に落書きなんて! 子供じゃあるまいし!」
「捜査中に居眠りなんて、気を抜くおまえが悪い」
「だからって、こんなに顔中描くことないじゃないですか!」
「顔中? ……あははははっ!! なんだおまえ、その顔!」
 青木の抗議内容に不審を覚えて、薪は振り返った。見ると、青木の顔は単なるカモメ眉毛のダサイ男から、ヒゲともみ上げをボウボウに伸ばされた原始人のような顔になっていた。額には横に3本のしわが描かれ、目の周りには睫のつもりか、幾本もの斜線が添えられている。それがきちんとスーツを着て角縁のメガネを掛け、ユデダコのように真っ赤になって怒ってる姿は、薪でなくても噴飯ものだ。
「なに言ってんですか、自分でやっといて!」
「こ、こっちに来るな、笑い死ぬっ!!」
 部下は上司の姿を見て育つ。良いところばかり受け継げばいいが、そうはいかない。大抵は、短所7割長所3割の割合で似るものだ。薪の思い込みが強いところや頑固なところ、そしてシャレにならない悪ふざけも。

「室長、資料が揃いました!」
「よし、先にデータを伝送しとけ。岡部、捜一にハッパかけに行くぞ!」
 薪は資料を抱え、岡部を引き連れてモニタールームを出て行く。背筋を伸ばし、その横顔を未来への希望で輝かせて。

 ―――― すごいよな、第九だぜ。最先端の捜査方法だぜ。

 鈴木。
 おまえと夢見たMRI捜査の理想を。僕がそれを現実にしてみせる。
 僕の手はこんなに小さくて、とても一人じゃ無理だけど、僕には頼もしい仲間がいる。何本もの手がある。僕と一緒に被害者たちの最期を掬ってくれる手が。たとえ僕の手から零れ落ちるものがあったとしても、それを受け止めて、僕に返してくれる手が。
 彼らが、僕の背中を押してくれる。だから僕は走り続けることができる、恐れずに挑むことができる。

 おまえと見た夢を、こいつらと一緒に追い続けるよ。
 僕の命の続く限り。

『Let’s  start  now  GIANT KILLING 』




 ―了―



(2010.7)




*****



 舞台裏を書くほどの話じゃないので、こちらにちょこっとメモ書きを。

 この雑文は「ジャアントキリング」というアニメの主題歌『 My Story ~まだ見ぬ明日へ~ 』を聞いて書いたんですけど、(どの辺が? と言われてましても)
 わたし、原作のジャイキリは未読でして。 アニメも見たのが2年くらい前なので、監督のタツミさんくらいしか覚えてません。 Nさん、Rさん、めっちゃすみませんです。(^^;


 この歌は、とってもいい曲です。 
 サッカー漫画の主題歌なので応援ソングになってて、聴くと元気がでる。 原作読んで凹んだときに、よく元気付けてもらいました。 超オススメです。

 で、薪さんとの共通点が、(←関連付けずにいられない病)
 全身全霊を傾けてスキルアップに努めるイレブンの様子に、悩みながらも捜査を続ける薪さんのひたむきさが重なることもさることながら、
 やっぱり2番のこの歌詞。

『明日を待ちきれなくて もがいたあの夜 人知れず流した 涙に夢は宿る
時が流れていつか 挫けそうな時 君と見た景色が 胸の奥よみがえる』

 あああ! 鈴木さんっ!! ←ドツボ。

 意に副わぬ隠蔽工作にどれだけ涙しても。
 薪さんはこれからも、鈴木さんと一緒に夢見たMRI捜査の理想を懸命に追い続けていくんだろうな、と思ってこの話になったのでした。
 
 第九が解体された今となっては、こんな風に同じ場所で捜査をする彼らを見ることはできなくなってしまいました。 それはとても寂しいことですけど、でも、
 もっと大きな意味合いで彼らは共にある。 薪さんと第九メンズは、これからも一緒に戦っていくんですね。


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GIANT KILLING (3)

GIANT KILLING (3)







 1時間も経たないうちに引き返してきた若き警視長に、総監は再び迫られていた。
 先刻とは、顔つきも声音もまるで違う。それは彼の右手に握られた幾枚かの写真の力か、この半時ほどの間に彼を見舞った何かの作用か。

「証拠は挙がったんです。この画の発見時刻は、中止命令が下る前です。これは命令違反ではありません」
「それは屁理屈と言うのだよ」
 確かに、それは決定的とも言える証拠だった。しかし、問題の焦点はそこにはない。証拠が見つかろうが見つかるまいが、この被疑者が政界にもたらす影響の前には、どうでも良いことだった。
 それを理解できない愚鈍な警視長は、まだ何やら騒いでいる。

「僕の部下たちが3日も徹夜して、やっと確たる証拠を手に入れたのに、今度はそれを揉み消せなんて。僕だけが知っている事実ならともかく、彼らにまで隠蔽の片棒を担がせるなんて、僕にはできません」
 まったく、どうして上層部はこの男の昇進を許したのか。彼の階級が上がるほどに、保守派の彼らの首は絞まっていく。それが予想できなかったのだろうか。
「責任は僕が取ります。事件の報告書を提出させてください」
「君ごときの首でどうにかできるくらいの相手なら、わしとて反対はせんよ」
 逆に都合がいいくらいだ。何かと意見の合わない第九の室長の首を挿げ替えることができたら、総監の職務は、今よりずっとやり易いものになるに違いない。

「ならば、あなたの首も懸けてください」
 警視庁の古だぬきは、あんぐりと口を開けた。目の前で静かな怒りに震える男が何を言ったのか、咄嗟には理解できない。
「犯罪を撲滅し国民を守る警察が、そのトップに立つ人間が、正義を貫かないでどうするんです。誰がそんな警察を信用してくれますか」
 薪の口調は、決して激しいものではなかった。脅しつけるような威圧感も、同情を買うような哀願もなかった。
 そこにあるのは、純粋な熱意だった。

「ま、薪……きさまっ……!」
 怒りのために蒼白になった顔を引き攣らせて、総監が席を立つ。重厚な執務椅子が、ガタン、と耳障りな音を立てた。
 じっと自分の目を見つめる亜麻色の瞳の中に、先刻は見られなかった彼の覚悟が燃えている。その頑迷な輝き。
 こんな目で見られたのは、久しぶりだ。

「今回きりだ。二度は無いからそう思え」
「ありがとうございますっ!」
 即座に礼を言われて、総監は面食らう。
『そう思うなら、二度とこんな理由で中止命令を出さないでいただきたい』
 皮肉屋で、しかも青臭い彼からは、そんな言葉が返ってくるものと総監は予想していた。しかし、そのときの彼はポーカーフェイスが信条の警察官僚の風上にも置けず。頬を紅潮させた少年のような笑顔で、亜麻色の瞳を希望に輝かせていた。

「感謝します、総監」
 ばっと頭を下げると、急いで部屋を出て行く。一刻も早く部下たちにこの事を報せてやりたい、そんな思いから彼の足は走り出す。
「廊下を走るな!」
 閉めたドアの外に総監の声が聞こえたかどうかは疑問だが、バタバタと響いていた足音は静かになり、総監室に静寂が戻ってきた。
「ったく、小学生か、あいつは」
 吐き捨てる口調で言う総監のたるんだ頬には苦笑が浮かび、絶対に警視正に降格してやる、と毒づく言葉とは裏腹に、妙にサバサバした仕草で執務椅子にもたれかかった。

「くくくくっ……いやー、笑いを堪えるのがこんなに苦しいとは。死ぬかと思いましたよ」
 くつろいでいた総監の顔つきが、一瞬で固くなる。奥の部屋から笑い声と共に現れた男は、明らかに自分の敵だ。
 彼の名は中園紳一。階級は警視長、役職は官房室付首席参事官。つまり、小野田官房長の現在の右腕だ。

「相変わらず面白いことやってくれるねえ、薪くんは」
「まったく、面倒な子ですな。ハチの巣を突いて騒ぎを起こして、その後始末はこちらに被せる気でいる」
 薪が小野田官房長の後継者として育てられつつあることは、衆目の知るところだ。彼の我が儘がまかり通る裏側には、この大物の力が働いている。
「だから、言ったじゃないですか。警視庁で立件が不可能と判断するなら、警察庁で引き受けますって。もともと第九は、うちの管轄機関ですしね」
 総監の顔が不快に歪む。
 先刻この男は、薪が総監室を辞したあと入れ替わりにやってきて、そんな勝手なことを言い出したのだ。

『捜査はこちらで引き継ぎます。もちろん、責任は官房室でとりますよ。あなたと同じ、警視監の首だ。文句はないでしょう』
 そんなことが、できるはずがない。
 この件は、既にマスコミに洩れている。捜査をしていたのが警視庁であり、MRI捜査を発動させるまでに被疑者を追い込んだのは警視庁の捜査一課だ。それが、犯人が現役の大臣とわかった途端に捜査を中断し、さらに警察庁の継続捜査で犯行の証明が為されるとなると、これでは警視庁は完全な道化役だ。
 しかし、あの段階では確たる証拠が摑めるという確証もなかったはず。その状態で責任の引継ぎを申し出た中園の、いや、官房室の真意は。
 そこまで、薪を信頼しているのか。それとも、警視庁のプライドを読んでのことか。

「察庁(サッチョウ)さんの手を煩わせるなど、とんでもない。もちろん、そちらのお心遣いには感謝しますが、これは初めに我々が手掛けた事件ですから。道理から言っても、うちがカタをつけるのが当然かと」
 謙虚な言葉を選びながら、総監は幾重にもガードを固める。政敵の前で弱味を見せてはならない。
「官房長殿にも、くれぐれもよろしくお伝えください」
 言葉の裏側に、いくつもの声にならない呪詛を隠し、総監は中園の目を見る。自分と同じ、冷たく、奥底の知れない瞳。

 先刻の亜麻色の瞳との、それは何と大きな隔たりだろう。
 単純で、純粋で、迷わない瞳。
 あれが警視長? ……まったく、迷惑な男だ。

「ほだされちゃダメですよ、総監」
 いつの間にか、頬が緩んでいたらしい。不愉快な冤罪を掛けられて、再び総監の顔つきが厳しくなった。
「おかしなことを言いますな。わしが薪くんに傾いた方が、あなたたちには都合がいいはずだが」
 中央の権力争いは、次長・官房長・警視総監の3つ巴。が、どちらかというと総監は、保守派の次長を支持している。自分たちの勢力を増したいのなら、総監を取り込むのが手っ取り早い方法だと思われるが。
「総監が次長よりの立場を取っているから、今の警察庁と警視庁の関係はうまく行ってるんです。間違っても官房室に靡くようなことはしないでくださいよ。現段階で次長に全面戦争を仕掛けてこられたら、こちらもお手上げですから」
 たしかに、次長と官房長の勢力は7:3と言ったところだ。しかし、総監が次長側についているから次長は焦らず、小野田派を見逃している部分もある。
「まあ、もちろん、相手も無傷では済ませませんけどね」
 食えない男だ。
 小野田は薪のような男に肩入れするところからも、捨てきれない甘さが窺い知れるが、この中園という男は冷酷極まりない。目的のためなら何でもする男だ。敵に回したくはない。

「大捕り物の準備でお忙しいでしょうから、これで失礼しますよ。抜け穴を掘られないように、頑張ってください」
 不遜に笑って、中園は部屋を出て行った。静まり返った広い部屋で、総監は背もたれに背中を預け、肩の力を抜く。
 中園の、もとい官房長の圧力が掛からなかったら、中止命令は覆らなかった。これは総監の本意ではない。しかし、この気分の軽さはどうしたことだろう。

「今ごろ第九はお祭り騒ぎだろうな。ったく、忌々しい」
 悪意たっぷりの口調で呟きつつ、警視庁の最高権力者は、笑った。




*****


 ご指摘いただいた通り、この話のあおまきさんは付き合ってないんですけどね。 何故か中園が出てくると言う矛盾。 (付き合ってたとしても、中園が出てくる頃には薪さんは、青木さんに鈴木さんを重ねたりしない)
 すみません、雑文の設定はいい加減なんです。(^^;






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GIANT KILLING (2)

 お暑い中、本日もお運びありがとうございます。

 みなさんにいただきました拍手が、とうとう3万を超えまして!
 どうもありがとうございますー!! と舞い上がりつつも、今書いてる話は2万5千のお礼SSだったりして。(しかも内容的に超ビミョー)
 すみません、3万のお礼はいつになるやら分かりません。
 でも、いっぱい感謝してます!! いつもありがとうございます!!!



 ところで、
 お盆はお休みの方が多いと思うのですけど、何かと忙しいですねー。
 わたしもけっこう忙しいです。 漏水当番とか電子入札の準備とか積算とか。 ←盆、関係ねえ。
 今日は漏水当番で事務所にいなきゃなので、ゆっくりSS書けます~。 
「どうせ事務所にいるなら仕事しろ」とオットがうるさいのですけど、会社のみんながお休みなのに自分だけ仕事なんて、そんな薪さんみたいなことやってられません。(笑)






GIANT KILLING (2)






 
 自動ドアから現れた華奢なシルエットに、モニタールームの全員の視線が集まった。副室長の岡部が、室長不在の間の進展を報告する。
「室長。4日の深夜に、気になる画が」
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
 氷のような無表情で報告を遮った室長の横顔に、職員たちはこれから彼が告げるであろう言葉を予期する。
「現在、捜査中の三鷹の殺傷事件だが」
 続く言葉は分かっていた。それは彼らにとってとても不快な言葉だったが、誰一人室長の言葉を邪魔するものはいなかった。それを一番望んでいないのは、決定を告げる本人であることを、彼らはみな知っていたからだ。

「青木はどうした」
 新人の不在に気付いて、室長は話題を転じた。もしも外に出て実地調査をしているようなら直ぐに帰るよう命じなければいけない、そう思ってのことかもしれない。
「仮眠室です。あいつ、3日も寝てなかったみたいで」
「貧血か」
「ええ、多分」
 本当は机の上で熟睡していたのを、4人がかりでベッドに運んだのだ。普段なら床に転がしておくのだが、進行中の捜査の真っ最中に執務室で眠っていたら、超ド級のブリザードが吹き荒れるに違いない。とばっちりはごめんだ。

 青木の昏倒を聞いて、薪の無表情の仮面にヒビが入った。ぎゅ、とくちびるを噛んで、辛そうに眉を寄せる。伏せられた亜麻色の瞳が、年若い捜査官の席を映した。
 急な失調を物語る、雑然と散らかった机上。幾枚もの写真と、捜査資料に手書きのメモ。
 室長はゆっくりと彼の席に歩み寄って、それらを悲しそうに眺める。

「……これは?」
 被疑者の顔が車のサイドミラーにしっかりと映っている写真を手にして、室長がこちらを振り返る。目の合った曽我が、淀みなく説明した。
「青木が見つけたんです。それ見つけて、気が緩んだんでしょうね。一気に眠気が勝っちゃったみたいで。プリントアウトしながら、もう爆睡してて」
「ば、バカ! 青木が居眠りしてたって、薪さんには秘密だって言っただろ」
「ああっ、しまった!」
 例え証拠を見つけても、警視総監から下された決定は覆らないことを、彼らは今までの経験で知っている。だからこの間抜けなやり取りは、室長の痛みを少しでも和らげるための緩衝材だ。

「室長、眠ったのは青木だけです、ブリザードは仮眠室限定でお願いします!」
 友情は脆くも崩れ去り、ひたすら保身に走る第九の職員たちを尻目に、薪は仮眠室へ入った。
 4つあるベッドの右奥、大きな身体を横たえて、黒髪の青年が眠っている。長い手足がベッドからはみ出している。シングルサイズでは、青木の身体には小さすぎるのだ。
 疲れ果てて眠っているはずの青木の顔は、どことなく満足げで。きっとそれは、自分が見つけ出した証拠が事件解明の役に立つと信じてのこと。あの写真がシュレッダーに掛けられて燃やされる運命にあるなどと、夢にも思っていないのだろう。
 
 メガネを外して前髪を額に下ろして目を閉じたその寝顔に、自然に重なった面影に、薪は胸を熱くする。繰り返し繰り返し、薪の中で木霊するその音声。

 ―――― やりがいのある仕事だよ。とてもやりがいのある仕事だ。

 仮眠室へ行ったきり帰ってこない室長を気にして、職員たちはそっと中を覗きこむ。室長はじっとベッドの傍に立ち尽くしていたが、不意に強い声で命令した。
「マジックペン、よこせ。油性のヤツ」
 唐突な要求に顔を見合わせるが、第九の面々は室長の気まぐれに慣れている。差し出した手のひらに与えられた筆記具のキャップを、薪は迷いなく開けた。
 ペン先の柔らかいフェルトが、すっきりと開かれた眉の間を黒く塗りつぶした。すうっと一直線に伸びた眉毛の上を何重にもなぞり、見事なカモメ型にその形を整えると、
「なかなかのオトコマエだ」と薪は呟いた。

「10年早いんだよ、半人前が。おまえなんかに言われなくたって、解ってるさ」
 眠っている男におかしな言いがかりをつけて、室長は背中をしゃんと伸ばした。大股に足を運び、勢いをつけてドアを開く。モニタールームを走り抜けるようにして、薪は研究室を出て行った。




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GIANT KILLING (1)

 あんまりアホな話ばっかり公開してると本物のアホだと言うことがバレそうなので、薪さんのお仕事の話をひとつ。
 
 みなさん、『GIANT KILLING』てご存知ですか?
 スポーツ用語、主にサッカーに使われる言葉で、直訳すると「王者殺し」。 弱小チームが強豪チームを倒すことを言うんだそうです。 サッカーは得点するのが難しいスポーツなので、それが起きる確率が高いとかで、だからサッカー用語みたいになってるんですね。
 この題名のサッカー漫画もあって、アニメにもなったんですけど、観てた人いないだろうなあ。(^^;


 書いたのはアニメがBSでやってた頃だから、2年前の7月です。 
 第九が解体された今となっては賞味期限が過ぎてる気がしますけど、しかもカテゴリは雑文なので意味もないんですけど、よろしかったらどうぞ。






GIANT KILLING (1)






「釈放だ」
 警視総監の剣呑な声が響いた。
 予想はしていた。それに対して自分が反論するであろうことも、この男は予想していると知っていた。

「総監。もう少しだけ、時間をください。せめてあと1日。必ず証拠を掴んで」
「確実に証明されるかどうかも判らないMRIの画に、現役の大臣を拘束する力があるはずがないだろう。拘束中の秘書は釈放。この件に関して、これ以上の捜査は不要だ。下がりなさい」
 相手が悪いのは解っている。しかし、これは殺人事件なのだ。被疑者の職業が捜査に影響を与えるなど、あってはならない。薪は食い下がった。

「これを見て下さい。画面右下の男、顔は映っていませんが、この服は当日の朝、被疑者が着用していたジャケットと同じものです。今はここまでですけど、もう少し解析が進めば」
 年若い警視長が机に広げた何枚かの写真を、総監は押しのけた。これ以上、話を聞く気はない、ということだ。
「こんな不確かな証拠で、現役の外務大臣を引っ張れというのか」
「責任は僕が取ります、僕の首を懸けてでも」
「思い上がるな」
 警視庁の頂点に立つ男が、厳かに言った。それは静かな恫喝だった。
「君が警視長に昇任したところで、第九の地位が向上したことにはならない。あくまで第九は研究室、警察庁の出先機関に過ぎんのだ」

 その気になればいつでも潰せるぞ―――― 声にならない脅迫を受けて、薪は口を噤む。引き下がるしかなかった。
 今まで、何度こうして煮え湯を飲まされてきたことだろう。正義の名の下にあるはずの警察機構、しかしその実態は、出世と保身にまみれた汚い裏取引がまかり通る世界。自分が警察を離れた後も利用できる有力なツテには決して捜査の手を伸ばさない、それが上層部の意思だ。

「……っ!」
 上からの圧力に屈して膝を折るしかない自分の存在が、とてもちっぽけなものに思える。ここまで捜査を続けてきた部下たちの努力を、室長の自分が摘まねばならない、屈辱に震えるこの口唇で、捜査中止の命を告げなければならないのだ。
 これまでにも何度か、薪はこの耐え難い職務をこなしてきた。自分ひとりのことなら決して譲らない、しかし第九を、部下を守るためには必要なことだった。

 過去に幾度も試みたように、薪は研究室に帰る前に中庭に出た。第九の建物が見える場所に大きく枝を繁らせた、一本の樹。そこはかつての親友と、自分たちの未来について語った思い出の場所だ。

 ―――― すごいよな、第九だぜ。最先端の捜査方法だぜ。

 薪の脳裏に、いつか親友と話した会話が甦る。懐かしい声に涙腺が緩みそうになり、薪は俯いた。

 ―――― 被害者が死んでも「おしまい」じゃない。今までヤブの中だった犯行動機や犯人が。

 黒い瞳を輝かせて、未来の捜査に夢を馳せていた親友の姿。やさしい彼が望んでいたのは、非業の死を遂げた被害者の無念を晴らし、その遺族たちの未来にほんのわずかでも寄与できればと。
 自分の大切なひとの命の鼓動が誰の手によって止められたのか、遺族には知る権利がある。知ったところで亡くなった人は還らない。だが、それを受け止めることができれば、前に進める。どんなに深い悲しみからも、前に進む気概があれば抜け出せる可能性が生まれる。
 しかし、闇に埋もれた事件の被害者には、その活路は見出せない。何故死んだのか、誰がこんなことをしたのか、どうして彼が被害に遭わねばならなかったのか、何も分からず何も知ることができず。被害者の無念は残り、遺族の時間は止まる。

 神のごとくすべてを見通すMRIは、それを防ぐ最終兵器だったはずなのに。そう信じたからこそ、倫理や道徳を乗り越えて、この職務に身を投じてきたのに。

 ―――― これからはわかる。何でもわかる。

「分からないよ、鈴木」
 昔こんなとき、親友の胸に額を預けたように、薪は固い樹皮に額をあてた。そこには当然、今の薪に必要なぬくもりも労わりもなく。物言わぬ静かな生命が、彼の慟哭に関係なく端座しているだけだった。
「見ることすらできない……被害者の視界さえ、藪の中なんだよ」
 かつては親友の温かい胸に吸い込まれた涙が、風に散った。彼を失ってから薪はたったひとり、この痛苦に耐えてきた。薪の涙を拭いてくれるひとは、もういないのだ。
「鈴木……ごめん。ごめんな……」

 僕はおまえの理想を叶えてやれない。
 おまえの人生を奪っておきながら、おまえの夢ひとつ実現できない。おまえが自分で成し遂げたかっただろう、MRI捜査による被害者の魂の救済を、せめて僕が代行しようと思ったのに。

 僕の手は小さくて、あまりにも小さくて、ほんの一握りの人々の最期しか掬うことができない。
 そのわずかな成果でさえ、この手から零れ落ちていく。意志とは裏腹に大きく開いた指の狭間から、落ちて落ちて落ちて。
 
 落ちて行く彼らを見送りながら、薪は自分の無力を嘆く。
 許して欲しいと願うことすらおこがましい。ならば、自分は最下層に堕ちよう。そこに落とされた彼らの痛みを知ろう。
 闇に葬られた事件の犠牲者たちの、せめてもの慰みに。
 



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

天国と地獄9 (3)

 お暑い中、お越しくださいましてありがとうございますー。
 連日の拍手、ありがとうございます。 いっぱい励ましてもらってます。(〃▽〃)
  

 男爵の目隠しプレイ、こちらでおしまいです。
 暑さが倍増しそうなくだらなさですみませんっしたー!


 



天国と地獄9 (3)








 はあ、とため息を吐き、薪はうつ伏せに寝そべった。すかさず、青木は白い背中を毛布で覆う。汗をかいた後に裸で寝ていたら、風邪を引いてしまう。
 薪は毛布の肌触りに相好を崩し、長い睫毛を快楽の余韻を楽しむ形に閉じた。そうしてしばらくの間まどろむ風だったが、やがて眼を開け、先刻まで自身の視界を覆っていたバスローブの紐を摘み上げて、
「なんか、今日はすごくよかった。こいつのせいかな。クセになるかも」
「カンベンしてください。オレの指が保ちません」
 ヒリヒリと痛む小指を自分の手で擦りながら、青木は土下座せんばかりに頼む。自分の指を噛んで、ようやくの思いで留まったのだ。もう一度仕掛けられたら、この次は指を噛み切ってしまいそうだ。

「バカだな。歯形が残るほど噛みやがって」
 呆れた声で薪は青木の手を取り、口調とは正反対の優しさで彼の傷ついた指を慰撫した。傷口にそうっとキスをして、舌先で舐める。原始的な治療を施したつもりかもしれないが、この状況下にあってはやけに艶めかしく感じた。
「我慢しなくてもよかったのに」
「イヤですよ。初めてなのに、目隠しなんて」
 嘘だ。本当はその気だったのだ。あんな誘惑を受けて堪えろと言う方が無理だと、開き直って奪ってしまうつもりだった。多少嫌がっても、決定的な亀裂には到らないはずだ。肌を重ねるようになって半年にもなるのだ、遅いくらいだ。

 最初に来る彼の痛みを、哀れに思ったわけではない。青木を止めたのは、理性でも同情心でもなかった。薪の協力的な行動が、青木の情動に歯止めを掛けたのだ。
 誘導されて触らされて押し付けられて、彼の身体の一部分でありながら本体を簡単に支配下に置くことができる中枢を、無防備に委ねられた。そこに、不安はなかった。恐れも猜疑も、目隠しによる単純な惑いすらなかった。
 何をされてもいい、青木が自分を傷つけたりするはずがない。視界を奪われて尚、彼は母親を信じる赤子のように無垢だった。
 愛されてると思った。
 そもそも人は、信頼できない人間の前で自ら視界を塞いだりしない。そう思うと、彼の信頼を裏切るような真似はできなかった。

 一緒の毛布に入って、薪と同じ姿勢を取って、青木は薪に微笑みかけた。施術のお礼に、彼の可愛い肩にキスをしながら、
「初めて薪さんの中に入る時には、薪さんの顔を見ながら入りたいんです」
 ちょっとロコツだけど、これは青木の本心だ。だって、一生の思い出になる瞬間だから。互いの顔を見て、互いの愛情を確認し合いながら、彼と結ばれたい。
「悪趣味なやつ」
「あ、いえ。別に薪さんの痛がる顔を見たいわけじゃ」
「そうじゃなくて。ああいうのは、暗い所で眼を閉じてするのが一般的だろ」
「オレは明るいとこで、眼を開けてするのが好きなんです」
 悪趣味、と薪はもう一度青木の理想にケチを付けた後、顔の前で交差させた自分の両腕に鼻先を埋めて、
「正直言うと、少し怖いんだ。いざとなったら、また逃げだしちゃうかも」
「やさしくします。初めてですから無痛と言うわけにはいかないかもしれませんけど、できるだけ痛くないようにしますから」
 そのために何ヶ月も掛けて薪の身体を慣らしているのだ。青木も後ろを使うのは初めてだから確信は持てないが、モノの本によれば2ヶ月程度のレッスンで快感を得られるようになるそうだ。細いものから始めて、徐々に大きくしていく。初めての夜から受け手に悦びを与えようと思ったら、それしか方法がない。青木が我慢するしかないのだ。
 一日おきくらいに訓練するのが理想的なのだが、仕事が忙しくてそうもいかない。結局、半年経ってもこの有様だ。それでも初めの頃に比べたら、指を入れるときの反発力も減ってきたし、感度も上がってきた。あと一息だ。

「痛かったら止めます。指を噛みちぎっても止めますから」
 そうじゃなくて、と薪は先刻と同じ言葉で青木の言を遮り、自分の怯懦を恥じるように、小さな声で弱音を吐いた。
「おまえのことは好きだし、多少の痛みは覚悟してる。でも、男に犯されるんだぞ。自分がどう変わってしまうか分からない。怖くて当たり前だろ。おまえだって同じだ。このまま女が抱けなくなったらどうしようとか、不安じゃないのか?」
「オレはもともと薪さん以外には欲情しませんから」
「そうか。おまえはとっくにヘンタイになってたんだな」
 身も蓋もない言葉で、薪は青木の純情を切り捨てる。相談した自分がバカだった、と言いたげに頬杖を付き、ふん、と高慢に眼を閉じた。
 そんな薪の様子に、青木は思わず笑ってしまう。つんつんしてる薪はかわいい。誰が何と言おうと、可愛いものは可愛いのだ。

「オレには不安はないです。自分がどう変わるか、分かってますから」
 未来が分かる、と断言した青木に驚いて、薪は弾かれたように頬杖を外した。分かるのか? と身を乗り出してくる彼の素直さに、溢れ出すような愛しさを感じながら、青木は自信たっぷりに予言した。
「薪さんと結ばれたら、もっと薪さんを好きになるに決まってます」
 青木は心から言ったのに、薪の反応は微妙だった。驚くでもなく、嬉しがるではもっとなく、眉を顰めて前を向くと、ベッドの上に無言で突っ伏した。

「そんなの、僕だって同じだ。だから怖いんじゃないか」
「え? いま、なにか言いました?」
 薪の腕とシーツに閉じ込められた彼の言葉は、青木の耳には届かなかった。聞き直せば、返って来たのはいつもの憎まれ口。
「おまえがこれ以上ヘンタイになったら、僕の手に負えないって言ったんだ」
「もう。人のこと変態呼ばわりしないでくださいよ」
「だってヘンタイじゃないか。女の子のハダカを見ても反応しないくせに、僕みたいなオヤジに添い寝してるだけで、ほら」
「ちょ、触らないで、あっ、握っちゃダメ、ダメですってば!」
「さっきのお返しだ。今度は僕が」
 薪が悪戯っぽく笑うと、ものすごくコケティッシュだ。青木の大好きなたおやかな手が、真っ白い指が、青木の深部をまさぐる。応じて青木が脚を開くと、薪は毛布の中にごそごそと潜り込む。
「ぼく、が……」
 ぎゅ、と薪の手に力が入った。気持ちいい、でもちょっと痛いかも、いや、痛い、痛いです、てか潰れるっ!

「薪さん、痛いですっ、緩めてくださ」
「コケコッコーッ!!」
 けたたましく叫んで手を離すと、薪はベッドから飛び出した。投げつけられた毛布から青木が顔を出したときには、彼の姿はバスローブと共に消えていた。残っていたのは彼が乱したシーツと、今宵のアイテムになったバスローブの紐だけだった。
 薪が忘れて行ったバスローブの紐を取り上げ、青木はそれを自分の両目にあてがった。後頭部で二重に縛り、無感動な声で低く呟く。
「もう、何も見たくない」

 薪と一緒に一生の思い出を作れる夜は、まだまだ先のようだった。




(おしまい)





(2012.4)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

天国と地獄9 (2)

 更新、空いてしまってすみませんでした。
 わたしの場合、間が空くときは、仕事が忙しいか新しいSS書いてるかサボってるかのどれかなんですけど、大抵は3番目の理由なんですけど(すみません)、今回は2番目の理由です。 単細胞なので、区切りの良い所まで書かないと他の話が読めないんです。 気持ちが混ざっちゃうの。
 だから頑張って書いてたんですけど、でも何か進みが悪くて~、あれっぽっち書くのに5日も掛かったー、だって暑いんだもん。 ←結局3番目。



 お話の続きです。
 今度の話は、うちのバカ話の中でもダントツバカな自信あります。
 海より広いお心でお願いします。
 怒っちゃいや。







天国と地獄9 (2)







 翌日から1週間、青木は一度も薪の家に誘われなかった。恋人として付き合い始めて半年、こんなことは初めてだった。これまでは仕事が早く退ければ、平日でも夕食に呼んでくれたのに。
 日曜日の失態が響いているのか、と青木は不安になったが、それは違った。その週の薪は体調が優れず、終日青白い顔をして、時々気持ち悪そうに口元を押さえていたからだ。
 病かと案じればそれも違った。「胃腸に来る風邪でも引きましたか」と岡部が心配するのに、「この吐き気は頭に残った映像がフラッシュバックするせいだ」と答えていたからだ。要は、SクラスのMRI画像を見てしまって、それが薪の不快につながっているらしい。豪胆な薪が1週間も引き摺るほどだ。さぞかし凄い画だったのだろう。青木が見たら、失神してしまうかもしれない。

 そんなわけで平日は我慢した青木だが、休日になれば話は別だ。恋人の立場から彼に会いに行くのは許されるはずだと、青木が薪の家を訪れたのは土曜日。薪は笑顔で迎えてくれたが、何処となく疲れているようだった。
 未だ精神的に回復しきっていない恋人を気遣って、青木はコメディ映画のDVDを用意してきた。テレビ放映された旧作をダビングしたものだが、何も考えずに笑える映画だ。心の栄養剤には持ってこいだ。

 青木が持参したDVDを鞄から取り出すと、薪はハッと息を飲んだ。DVDを掴んだ青木の手を自分の両手で押さえ、いやいやと首を振る。サラサラした亜麻色の髪が跳ねるように揺れて、その美しさに青木は言葉を失くした。薪は自分の手の甲に顔を伏せ、何かあったのかと尋ねることもできない恋人に向かって、苦しげに吐き出した。
「もう、自信がない」
 一瞬、それは別れたいと言う意味かと度肝を抜かれたが、すぐに違うと思い直した。薪がそうっと、青木の腕に自分の頭を持たせてきたからだ。
「薪さんにも、自信が持てないことなんてあるんですか?」
「これ以上はとても無理だ。見られない」
 青木は心底驚いた。あの薪が、MRI画像に音を上げるなんて。
 薪は見かけに因らず剛健な男だ。精神力の勝負なら、岡部にも圧勝だ。第九の室長を立派に務め上げていることからも分かる、彼は鉄の心臓を持っている。その彼が。

「いったい、どんな画なんですか?」
「何言ってるんだ。おまえが僕に見せたんじゃないか」
 亜麻色の瞳に責められて、青木は記憶を探る。薪をここまで憔悴させた原因は、過去、自分が薪の家に持ち込んだDVDだと彼は言う。しかし青木には、薪を不快にさせるものを用意した記憶はない。青木はいつだって薪の好みに合わせたものを厳選している。特に女優の胸の大きさには配慮して、その証拠に青木がセットしたDVDを観て薪が引いたことなど一度も…………あった。どん引くどころか、気絶した映像が。

 ああ、と青木が腑に落ちた声を上げると、薪は弱り切った口調で、
「初めはどうにかなると思ったんだ。人がやってることなんだから、僕にもできるはずだと思った。でも」
 薪の考え方は間違っていない。できればもう少し、その理由付けに恋情や欲望などを加味して欲しいところだが、これがこの人の限界だと青木にはよく分かっている。
「ちゃんとやり方を覚えようとDVDを見たら……胃が引っくり返って」
 それも想像が付く。最初に見た時も気を失わなきゃ吐いてましたよね、と青木は思い、腹の底から力が抜けていくのを感じた。

「洗面器抱えて続きを見たんだけど、そのうち意識が朦朧としてきて。蝶ちょやらテントウムシやらが部屋を飛び回って、床に花が咲いて、犬とサルとアルパカとゾウが僕の周りで手をつないで踊り出して」
 見事な現実逃避ですね。一種の才能ですね。
「さすがにマズイと思って、それ以上は見るのを止めたんだ。ギリギリのラインだった」
 あと5秒、判断が遅れていたらオフェーリアしてたかもしれないって言いたいわけですね。賢明な判断でしたね。
「僕みたいな気の弱い人間には、この教本は苛酷過ぎる」
 薪さんが気弱だったらこの世に気の強い人間は存在しないと思いますけど、相対的に。
 皮肉が口をついて出そうになったが、青木は思い留まった。以前、薪と一緒に観たDVDの映像を思い出したからだ。あれは確かにキツかった。脇田から借りた『ホンバンモノ』は画像処理を施す前の違法ビデオ、しかも通好みの逸品だとかで男優が毛むくじゃらのゴツイ中年親父だったのだ。普通の男には正視できなくて当たり前だ。自分にできないことを相手に強要するのは間違っている。

「DVDを見なくても、何をどうするかは、もうご存知ですよね?」
 青木は薪を怯えさせないように、できるだけやさしい口調を心掛けた。「まあ、だいだいは」と歯切れ悪く返って来た薪の答えに、殊更明るく、
「だったらそれでいいじゃないですか」
「ちゃんと勉強しておかないと、実践でどう動いていいか分からないから。別の教材を探そうと思う」
 青木が認めたリタイアを薪は了承せず、初心者向けのものを探そうと主張した。青木の手を引いてパソコンの前に座らせ、インターネットブラウザを起動させる。

「男女のハウツー本はけっこうあるんだけど、男同士のってなかなか無い」
 その通り、男同士に拘ると適切な参考書はまず見つからない。青木が参考にしているのは、男女のアナルセックスについて書かれた本だ。相手に苦痛を与えないようにするにはどうしたらいいか、かなり具体的に書かれているし、気を付けなければいけない病気や感染症についても言及されている。こんな本が世間に出回ると言うことは、こちらの快楽を楽しむカップルもたくさんいるということだ。

「あと、この教本は菅井さんにもらったんだけど」
 困惑顔で薪が机から取り出したのは、ピンク色の表紙に男二人が抱き合っている漫画絵が描かれた文庫本だった。余計なことをしないように注意しておいてくれと雪子に言っておいたのに、あの腐助手。
「特殊な比喩が多すぎて、僕には理解できない」
 BL小説は実践では役に立ちませんから、てか、読まないで! いっそ障壁になるから!
「辞書にも載ってない言葉がたくさん出てくるし。この手の本の読者層は、10代から20代の女の子だって聞いたけど。最近の若い女の子は勉強家だな」
 辞書を片手にBL読んでる読者が果たして何人いますかね……。

 脱力感に支配されて動けない青木の代わりに、薪がマウスを操作する。検索エンジンによってリストアップされたサイトから適当なものを選び出すと、突然、画面が赤くなってセキュリティ警告が発信された。怪しいサイトらしい。
「このサイトもダメか」
 チッ、と舌打ちするきれいな横顔を見て、今更ながら青木は疑問に思う。この半年、拒絶反応の著しい薪を騙し騙し、徐々に大人の関係へと、亀よりのろいカタツムリの速度で進んできて、彼はそれを焦る様子もなかったのに。

「積極的になってくれたのは嬉しいですけど。どうして急に」
「だって青木、僕にしか反応しないんだろ。なのに僕が頑張らなかったら、青木が可哀相だ」
 薪は画面を見たまま、まるで数学の解でも証明するように答えた。淡々と、当然のことだと言わんばかりに、彼の愛情表現はいつだって飾り気がない。海より深く愛してるとか君は僕の太陽だとか、芝居がかったセリフを彼の口から聞きたいわけではないが、あまりにもさっくりと告げられるから、「本当に?」と聞き返したくなる。
 でも分かった。
 悪心が日常化するほど青木のために頑張ってくれたのだ。彼の愛は本物で、青木が想像するよりずっと熱いのだ。
 思うに、彼にとって恋人を心から愛し、相手のために最大限の努力をすることは、極々普通のことなのだ。自分は当たり前のことをしているだけ、だから大仰に飾る必要はないし、それが相手に伝わるようにくどくど説明する必要もないと考えているのだろう。
 潔くて男らしい。そんな風に愛されたら、ますます好きになってしまう。

 薪が次にクリックしたサイトは警告なしに開いたが、いきなり肌色の写真が出てきた。顔を歪めて口元を押さえたネットサーファーからマウスを譲り受け、青木は苦笑交じりにタブを閉じる。こんなことを毎晩していたら、体調を崩して当たり前だ。
「アルパカ、カワウソ、ゾウ、ウマ、マングース、スカンク、クジラ、ラッコ」
 優秀すぎる動体視力が捉えた鮮明な画像を消去するため、大好きな動物で頭の中をいっぱいにしようと言う目論見らしいが、動物の名前がしりとりになってるのはなんか意味があるんですか?
「コアラ、ラクダ、タスマニアデビル、ル、ル、ル……」
 ルの付く動物はなかなかいないでしょう。
「ルパン三世」
 一応、哺乳類ですね。

 夢中で現実から遠ざかろうとしている薪を尻目に、青木はパソコンの電源を落とした。未経験のことに挑戦するときは、事前にできるだけの知識を入手しようとする。予習が習慣付いている優等生にはありがちなことだが、こういうことは案ずるより産むが易しだ。
「青木、僕は大丈夫だぞ。今のところインパラの大群が頭の中に」
「習うより慣れろって言うでしょ。ビデオ講義より、実地研修の方が有効だと思います」
 回転椅子を回して、隣の美貌を自分の膝に抱え上げる。青木の片腿にちょこんと乗ってしまう小さな身体が、驚きで硬くなった。
「オレ、優秀な講師になれると思いますよ」
 青木が気持ちを仄めかすと、薪は慌てて首を振り、
「そ、それはダメだ!」
「なんでですか」
「僕の方が年上なのに、おまえが講師なんておかしい」
「え。だってそれは」
 経験も実力も青木の方が明らかに上で、だから主導権を握るのは当然だと思ったが、それを言ったら薪は機嫌を悪くする。青木は口を噤んだ。

「僕だってこの1週間、勉強したんだ。僕が講師になる」
 宣言して薪は、青木の膝から降りた。それから代わり番こにシャワーを浴びて、青木は薪の後に寝室へ入った。ベッドの縁に腰かけていた薪の隣に座り、軽く抱き寄せて髪にキスをする。そこまでは順調だった。異変が訪れたのは、次のターンだ。
 薪は自分の言に責任を取るべく、青木のバスローブの紐を解いた。前をはだけ、その形状を視認し、そこで固まってしまった。ざあっと顔が青ざめたかと思うと、吐き気を堪えるように両手で口元を押さえ――――。

「あの?」
「いまちょっと……頭にお花畑の映像が……」
 青木のハダカを見て、フラッシュバックされたらしい。
「モンシロチョウ、ウラナミシジミ、ミヤマカラスアゲハ、ハナムグリ、リスアカネ、ネ、ネ、…………」
 すぐ詰まっちゃいましたね。昆虫は難しいみたいですね。
「ミネフジコ」
 昆虫じゃないし、合ってません。

「ホモのAV見た後だから、男のハダカが見られないんですか? 人間の身体を切り刻む画を見た直後に焼肉は食べられるのに?」
「普通だろ。みんな、殺人事件のニュース見ながらメシ食ってるじゃないか」
 正しいようなそうでないような。薪の切り口は変わっているけど鋭くて、頭ごなしに違うと言えない。
「でも、オレのハダカは何度も見てますよね。一緒に風呂も入ってたでしょう?」
「そうなんだけど……肌色が目に入ると条件反射って言うか」
 どうやら退化してしまったらしい。薪がこちらの方面に積極的になると、本当にロクなことが無い。

「薪さん、顔上げて。オレの顔、ちゃんと見てください」
 俯いてしまった薪の頬を両手で包み、そっと上向けさせる。顎が上がるのと同時に長い睫毛が上方へと開かれ、それと一緒に大きな瞳が上目蓋に吸い付くように持ち上がった。色素の薄い薪の瞳はキラキラと輝いて、まるで宝石を美しく見せるための特殊な照明を照射されているみたいだ。この光源が単なる蛍光灯の明かりだなんて、信じられない。
「おまえ、スケベな顔になってる」
「……すいません」
 責めるような薪の呟きに青木は素直に謝って、でも自分の気持ちを抑える気はなかった。
「薪さんは? オレと二人きりで、ベッドの上に座って、これからどうしたいですか?」

 もっと迷うかと思ったけれど、薪の判断は早かった。青木の首に両腕で抱きつくと、そこを支えにして腰を浮かせ、青木の唇にキスをした。
 くちびるを啄ばみ合いながら、薪は青木のバスローブを広げる。目を閉じたまま、さっきは果たせなかったことを手探りで成し遂げようとする。不器用な薪の手に応じつつ、青木は素早く手を動かす。
 互いのバスローブを取り去って、二人一緒に生まれたままの姿でベッドに横になった。この際、視覚は塞いでしまった方がいいと青木は考え、彼をしっかりと抱きしめた。見るから連想されるのだ。こうしてぴったりと密着してしまえば、見えるのはお互いの顔だけだ。これなら悪心も起きるまい。

 前の部分を擦り合わせ、安心させるように薪の背中を幾度か撫ぜ、近頃ようやく快楽を覚え始めた双丘の間に手を忍ばせると、いきなり、
「ぱ、ぱおーんっ!」
「!?」
「いや、なんか……こういう局面ではゾウの鳴き声が聞こえた気が……」
 薪の特殊な思考回路の産物か、自己防衛本能の為せる技か。いずれにせよ、映像が脳にもたらすダメージを最小限に留めるため自動的に無害なものに脳内変換されたのだろう。彼がどれほどの精神的苦痛を味わったのか、察せられようと言うものだ。
 しかし困った。愛撫の反応をイヌやネコの鳴き声で返されたら、さすがの青木も先に進めない。薪の心の傷が癒えるまで、実地研修は延期するしかないだろう。

「わかりました。今日はやめておきます」
 青木は2枚のバスローブを拾い、一枚を薪の背中に着せ掛けた。残る一枚に自分も袖を通しながら、
「よっぽどショックだったんですねえ。可哀想に」
 世間一般に言って可哀想なのは青木のほうだと思うが、それはあくまで第三者の目線であって青木の自意識とは一致しない。
「薪さんがまたオレの身体に触れたくなるまで、待ちますから」
 青木は待つのは得意だ。もともとが犬体質の彼は、ご主人様が待てと言えば何時間でも待つ。
 引き換え、薪は気短かだ。自分の気持ちに気付くのこそ時間が掛かったが、分かってからの行動は実に早かった。好きだと告白して、その場でキスをして、その夜には裸でベッドインしたのだ。途中で逃げられたが。

「待たなくていい。僕は青木の身体に触れたい、今だって」
「でも、視界に肌色が入っただけでその状態じゃ……なんですか?」
 しゅっとバスローブの紐を引き抜くと、薪はそれを自分の目に当てた。後頭部で端部を縛り、「これで大丈夫だ」と青木に顔を向ける。
 薪は夜目が効くから部屋を真っ暗にしても相手の身体が見えてしまう、でも目隠しをすればそれは防げる。そういう理屈らしいが、青木は困惑するばかりだ。

 だって、エロイ! 半端なくエロイ!!
 小作りな美貌の上半分がタオル地の白布に覆われて、見えるのは小さな鼻と艶っぽいくちびる、それと細い顎だけ。強気な眉が隠れてしまっているから、あどけなさは最高潮だ。そのくせバスローブの合わせから覗くのは、大人の快楽を知っている身体。こんなものを見せられたら理性が保たない。

「すいません、オレが大丈夫じゃないです」
「僕だって、こんな変態チックなプレイは好みじゃないけど。こうでもしないと先に進めそうにないから」
「そんな無理をなさらなくても。薪さんの記憶が薄れるまで待ちます」
「生憎だが、僕の記憶は新生児から残ってる。僕を取り上げてくれた看護師さんの顔まで憶えてるぞ。鼻の横にホクロがあった」
「マジですか」
 新生児の視力は0.02程度、普通に考えれば見えるわけがないのだが、薪の場合、この人ならそれくらいのことはやりそうだと思わせるところがすごい。

 自分の視界が暗闇に包まれているからか、薪はいつもより積極的だった。屁理屈を重ねる間にも、青木のバスローブの隙間から手を入れてくる。
「触るのは平気ですか?」
「うん、平気だ。青木の筋肉は手が覚えてる」
 薪は形を確かめるように、両の手のひらを青木の胸に置き、その間に顔を伏せた。広い胸に額が押し付けられ、次に鼻先、そしてくちびる。左胸の乳首のすぐ横を、ちろりと濡らす感触。
「肌の味も」
 赤くて小さな舌先が、ふっくらした下唇から悪戯っぽく吊り上がった口角までを舐め上げる。唾液で光ったくちびるの強烈な誘惑に、青木は眩暈を覚える。
 これを無意識でやってのけるのだから恐れ入る。この人は天性のマノンレスコー、自覚がない分タチが悪い。

「おまえの手の感触も。僕の身体が、ちゃんと覚えてるから」
 手探りで取られた青木の右手が、やわらかな内腿に導かれる。さらっとしてすべすべした手触り。薪の身体は全部好ましいけれど、中でも一番好きなのがここの皮膚の感触だ。撫でさすると薪の脚はひくんと震えて、青木は紳士ではいられなくなる。
「だから青木、んっ」
 強いくちづけで言葉を奪うと、青木は強引に彼をシーツに押し付けた。青木の身体の下で薪の身体が強張ったのが分かったが、やさしい言葉を掛けてやる余裕がなかった。青木の唇が為したのは彼を安心させるための言葉を紡ぐことではなく、彼の首筋に彼には見えない徴を刻み付けることだった。
 うっ、と低く呻く薪の声が聞こえた。彼の胸を擦った指先に、必要以上に力が入っていると自分でも思った。でも止められなかった。
 薪が悪い。目隠しなんかで誘惑する方が悪いのだ。

 痛みを堪えるような薪の声は、青木の行動の抑止力にはならなかった。それどころか視界の不自由さとの相乗効果で、彼をいっそう扇情的に飾り立てた。
「あ、青木」
 しかめられた眉の形が分かりそうな声で、薪に名前を呼ばれた。力任せの愛撫が彼に快楽を与えていないことは察しがついたが、もう戻れないところまで来ていた。
 もしかしたら、今日は薪を泣かせてしまうかもしれないと心の隅で案じた。しかしその涙は目隠しの布に吸い取られて、頬を伝うことはない。だから彼の涙を見ずに済むと、そんな姑息な考えが浮かぶほど、どうしようもなく彼が欲しかった。
 ただただ、彼が欲しかった。




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ジャンル : 小説・文学

天国と地獄9 (1)

『あおまきさんおめでとう記念作品 エピローグがなかったらお蔵入りになってたSS 第2弾』 

 てかこれ、エピローグ関係なしに、あまりにもバカバカしくて公開するの迷ったんでした。
 こんなんばっかり公開してると、しづ、バカだと思われちゃうー。 ←手遅れ。

 5歳児の日記を読むつもりで読んでください。(なんて腐った5歳児……)
 よろしくお願いします。







天国と地獄9 (1)










 例えば休日の昼下がり。
 薪はソファの座面に片足を抱えるようにして、異国の言葉で書かれた本を読んでいる。それは青木には馴染みのない文字の羅列で、地球のどの辺りで交わされているものなのか見当もつかないのだけれど、ページをめくる細い指先の軽やかさで、彼の興味を惹くことが書かれているのだと解る。
 頁の角から離れ、艶めかしいくちびるに当てられる人差し指は、彼が何事かを考えている証。すっと横にずらされて、耳上の頭髪に差し込まれる手指は、彼の少しだけ伸びすぎた前髪を退けて真っ白な額を露わにする。
 何気ない動作。それがどうしてこんなに美しいのだろう。
 見ているだけでため息が漏れる。時折またたく長い睫毛も、控えめに持ち上げられる口角も、青木の眼を捉えて離さない。

「盗聴モノに興味があるなら、脇田課長に相談してみるが」
 唐突に問われて青木は首を傾げる。薪の口から何の脈絡もなく出てきたのは組対5課の課長の名前だが、どういった思考ルーチンが彼を導き出したのだろう?
「もう5分くらい、そのページを見てるから」
 気が付くと、眺めていたはずの車雑誌はいつの間にか購入目的の新車特集ページを遥かに離れて、若い男子をターゲットにしたDVDの広告ページになっている。青木は慌てて雑誌を閉じると、夢中で自己弁護をした。
「違いますっ、オレは別に」
「若いってのはいいな。色んなことに興味を持てて」
「だから違いますってば」
「隠す必要はない。おまえも若い男なんだし、自然なことだろ。僕だっておまえの年には30人も彼女がいて毎晩違う娘と」
 薪の冷静が表面だけなのも、華やかな武勇伝がハッタリなのも、青木には分かり過ぎるほど分かっていたけれど。突き放されると面白くないのがオトコゴコロ。青木が他の女性に興味を持つ素振りを見せたら、嫉妬する真似だけでもして欲しい。

「そうですか。じゃあ、大○優ちゃんの写真集、買ってもいいですか?」
「ああ、あの娘、可愛いよな。まあ僕のフカキョンほどじゃないけど」
 写真集くらいじゃ動じないか。かくなる上は一晩くらい、友だちの家に泊めてもらって携帯の電源切って、と半ば意地になった青木が愚策を企てるのに、薪は突然話題を転じ、
「この本に書いてあるんだけど。イスラム教徒って、不義密通は死罪なんだな」
「えっ」
 物騒な言葉に、思わず雑誌を取り落とす。大型のホッチキスで留められた雑誌は自然に真ん中のページが開いて、薪の誤解を招いた広告が再び顔を出した。薪はそれを冷たい瞳で見据え、尋ねられもしない雑学の補足説明にかかる。
「死刑方法もすごいぞ。不貞を働いた男女は首まで土に埋められて、何十人もの同胞から石をぶつけられるんだ。死ぬまで」
 喋りながら薪はソファを降り、青木の方へと歩いてきた。床に落ちた雑誌を拾い、問題のページを青木に突きつけるように差し出すと、青木と眼を合わせてニヤリと笑った。
「日本に生まれてよかったなあ、青木?」
 他人に殺されるか薪に殺されるかの違いで、結果は同じなのでは?

 青くなって黙り込んだ青木に、薪は薄ら笑いで踵を返す。表面には出さないだけで、薪はものすごいヤキモチ妬きなのかもしれない。
 今となれば思い当たることもある、例えばマラソン大会のとき。顔も知らない女子職員たちが青木の周りに寄ってきて、それを薪が不愉快に思っていたことを岡部から聞いた。だから、これまで青木はできるだけ女性を遠ざけるようにしてきた。身に覚えのない誤解は受けたくない。
「写真集は止めておきます。車の資金に回します」
 もとより、青木には必要ない。どんな美麗画集よりも魅力的な動画が目の前に展開されているのだ。実際、写真集より断然ヌケるし。

「……僕のフカキョンを貸してやってもいいが」
 自分の脅しに萎縮して欲しいものを諦めた恋人を哀れとでも思ったか、薪は秘蔵の写真集を青木に貸してくれると言い出した。薪の好意は青木にはかなり微妙だ。薪にとっては宝物でも青木にしてみればただの紙切れ、否、恋敵のアルバム。うれしくも何ともない。
「けっこうです」
「遠慮するなって」
 ひょいとソファから尻を浮かすと、薪は壁際に置いてある仕事机から『僕のフカキョン』を持ってきた。
 青木には女優の写真集も買わせてくれないくせに、自分はお気に入りのアイドルの水着写真集を自作している。身勝手な人だ。色んな意味であり得ないと思う。
 ほら、と手渡されたスクラップブックは、百人もの人間に読み回された雑誌のように青木の手に馴染む。この冊子が誰かの手で、しょっちゅうめくられている証拠だ。
 破り捨ててやろうか。

「大事に使えよ」
 どういう使用目的で貸してくれる気でいるのか、怖くて聞けない。
「汚すなよ?」
 汚物の詳細に関しては絶対に聞きたくない。
「じゃあ僕は席を外すから、おまえはゆっくり」
「あのですねっ!」
 たまりかねて青木は叫んだ。薪の自分勝手は心得ているし、それは彼の魅力の一つとさえ思えるほど薪にメロメロの青木だが、どうしても許せないことがある。己の貞節を疑われることだ。

「オレは、薪さん以外の人に性的魅力を感じません」
「無理するな。ほらほら、これなんか胸の谷間がスゴイことになってて」
 手ずからお勧めのショットを紹介してくれるが、完全に有難迷惑だ。どんな男もノックアウト間違いなしと、薪は自分の審美眼に絶対の自信を持っているらしいが、青木の眼には『そういうカタチのモノ』にしか見えない。青木の情動を呼び覚ますのは彼女の唇やお尻のラインではなく、それを辿る指先だ。短く切られた桜貝みたいな爪、白くてやさしい指。あのほっそりとした手が自分の肌を辿り、深い場所に触れることを思うとゾクゾクする。

「じゃあ、これでどうだ!」
 眼を輝かせるどころか写真に見向きもしない青木に苛立ちを募らせた薪が突き付けたのは、どうやって手に入れたのか、というかこの写真にいくら払ったのか尋ねたくなるようなヌード写真。いやちょっと待った、これって。
「これ、合成ですよね? 本物と臍の形が違いますし、ほら、内股の黒子も水着の方には映ってない」
「青木」
 はい、と写真を返しながら顔を上げると、薪はえらく真面目な顔になっていた。
「身体の具合でも悪いのか」
「いえ、元気ですよ」
「嘘を吐け。僕とくっついて座ってるだけで直ぐに反応しちゃうおまえが、彼女のヌードを見ても無反応なんて。本当は、おなか痛いんだろう?」
 オレの病気って、腹痛以外バリエーション無いんですね……。

 薪の心配は見当違い、青木は元気だ。恋人の杞憂を払うためには、それを証明する必要がある。かような論法で青木は、自分に都合の良い行動理由を捻り出した。
 とん、と軽く薪の肩を突いて、バランスを失った彼に口づける。不意打ちを食らって慌てる薪の身体をソファに押し倒して、ぎゅっと抱きしめる。シャツのボタンを外して肩から胸を露出させ、細い首筋に舌を這わせれば、青木の分身は即座に熱を持つ。それを自覚して薪の手を導くと、薪は眼を丸くして青木の顔を不思議そうに見上げた。
「ほら。元気でしょう?」
「青木……」
 突然の行為にショックを受けたのか、薪は困惑の表情を浮かべていた。しまった、驚かせてしまったか。
 薪はまだ自分が欲望の対象にされることに慣れていなくて、だからいつも緊張感でいっぱいの彼を宥めすかしてベッドに連れ込んで、それでもゴールは遠いのに。今の青木は彼の誤解を解きたかっただけで何もする気はなかった、でも薪にはそんなことは分からなかっただろう。いきなりオオカミになった恋人が恐ろしかったに違いない。

 驚かせてごめんなさい、と謝罪する青木に、しかし薪は深刻そうに眉根を寄せて、
「僕と一緒にお医者さんに行こう」
 なんでっ!?
「どう考えても異常だ。女性の裸を見ても何にも感じないのに、オヤジの胸見て欲情するなんて」
「いや、オレだって別にオヤジなら誰でもいいってわけじゃ、ってなんて言い訳させるんですか!?」
 どんだけヘンタイだよ、オレ!!

「だって今の現象を客観的に説明するなら、彼女の胸より僕の胸のほうがムラムラくるってことだろ?」
「はい」
 薪の論旨を、青木は頷きと言葉で肯定する。
 だって仕方ない。昔からそうだった、青木は好きになった相手以外には欲情しない。青木にとってはこれが普通のことなのだ。現在、青木が愛しているのは薪一人。だから彼以外の裸には反応しない。当然の帰結だ。
 が、薪には青木の常識は理解できないようだった。
「まさかおまえ、真性のゲイになりかけてるんじゃ……早く病院へ行って治療しないと」
 違います、てか、ゲイって病気じゃないしっ!

「これは恋の病ですから。医者じゃ治せません」
 プライベートの薪はおとぼけ魔人。ツッコミどころは山ほどあるが、此処は力づくでもロマンチックムードに持って行く。だって大事なことだ。
「オレが欲情するのはあなただけです」
 この世で一番愛してます、あなただけが好きなんです。
 青木はそう言ったつもりだったのに、薪は何故だかものすごく困った顔をした。あまつさえ、口中では小さく「ええー……」とドン引く声が。

 欲情なんて言葉を使ったのが拙かったか。あからさま過ぎた。
 薪はオヤジでエロトークも好きだけど、経験自体はびっくりするくらい少なくて、だから自分のことになると異様に純情だったりもする。男同士がどうやって愛し合うのか、具体的な方法を知ったのもついこの間だし、そのことで気を失うほどショックを受けていた。
 あれを自分がやるのかと思ったら気が遠くなった、と後で告白されたが、それでも自分には無理だとか他を当たってくれなんて後ろ向きなことは言わず、「頑張ってみる」と呟いた彼の健気さが愛おしくて、青木はますます彼が好きになった。

「あ、いや、四六時中そんな眼で見てるわけじゃないですよ? 上司として尊敬してますし、仕事のときはカッコイイと思ってます。だから職場ではそんな気は起きませんし、こうして家にいる時だって、一緒にいられればそれだけで幸せだと」
 青木が懸命に薪の気持ちを引き戻そうと言葉を重ねるのに、薪は何やら深刻に悩み始めてしまった。青木が薪の上から退き、彼に身体の自由を返しても、ソファの上に仰向けに寝転がったまま。シャツのボタンも留めないで、いっそ青木に働かれた狼藉を見せ付けるように指一本動かさず、天井を睨んでいる。
「あの、薪さん、すみませんでした。もうヘンなこと言いませんから」
 仕方なく、自分が外したシャツのボタンを元通りに掛け、青木は薪の背中を抱くようにしてソファに座らせた。今夜のレッスンは延期したほうが良さそうだ。

「青木。今日は帰ってくれ」
 泊まりも拒否されてしまった。警戒されたらしい。せっかくいいところまで行きかけてたのに、これでまた薪が昔みたいに「やっぱり男同士なんてあり得ない」とか言い出したらどうしよう。
「あ、青木」
 不吉な予感に足元がおぼつかない青木に、薪の声が掛かる。
 なんてヒドイ、この上追い討ちを掛けようと言うのか。「しばらく距離を置こう」なんて言われたら泣きますからね。20歳超えた男だって泣くときは泣くんです。

 身構えた青木の頬を小さな両手が包み、唇に薪の唇が触れた。あれっ? と混乱したのは束の間、いつもの別れ際のキスだと分かる。
「明日、研究室でな」
 ひらひらと手を振られて、青木はマンションから追い出された。夕飯どころか午後のお茶の時間にも到らなかった。こんな休日は初めてだ。
 マンションから出て、恨みがましい気持ちで薪の部屋の窓を見上げると、薪が窓際に立ってこちらを見下ろしていた。青木に気付くと、彼は軽く頷きながら拳を胸の前で握り、その仕草はガッツポーズにも見えたが、ひとりで何を頑張るというのか。

 彼の真意がさっぱり掴めず、青木は怪訝な顔で薪を見上げる。その視線を拒絶するように勢いよくカーテンが引かれ、道端で青木は途方に暮れたのだった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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