たとえ君が消えても(17)

 本日、2個目の記事です。
 (16)を先に読んでくださいね。(^^





たとえ君が消えても(17)






 同日同時刻。法医第九研究室では、もう一つの羞恥プレイが繰り広げられていた。

 それは、KYには定評のある曽我の言葉から始まった。
「青木のやつ、薪さんと話せるだけであんなに浮かれちゃって」
「薪さんだって、声が甘すぎだろ。あれってどう聞いても」
「見事にラブコールでしたねえ」
「まあ、無事で良かったじゃないか」
 薪と犯人の通話内容を、なぜ曽我たちが知っているのか。薪と青木を心配して誰も家に帰ろうとしない第九の職員たちを安心させようと、捜査本部から報告を受けた中園が教えてくれた、なんて心温まる舞台裏ではない。話はもっと単純だ、薪の電話を傍受しているのだ。ITの申し子、宇野にかかればこれくらい、朝飯前どころか二度寝しながらでもやってのける。その手段は法的にどうかと思うが、彼らの捜査姿勢は室長譲り。目的を達するためには少々の違反には目をつぶるのだ。

「ねえ、今井さん。なんで犯人は、薪さんを交渉役に指名したんですかね?」
「そりゃあおまえ……なあ」
 歯切れ悪く語尾を濁す今井に振られて、山本が弱気に眉を寄せながら「ですよねえ」と応じる。他の2人も何となく眼を逸らし、研究室は微妙な空気に包まれた。

「いや、俺たちにとっては、あの二人がデキてるのは常識ですけど」
 誰もが薄々勘付いて、でも誰も言い出せなくていたことを、曽我は遠慮なく口にした。さすが曽我。ある意味、勇者だ。
「でも、それが神戸までダダ漏れってことはないですよね? なのに、どうして薪さんなんですかね?」
「青木が喋ったんじゃないのか」
 曽我の疑問に小池が答えた。が、その言葉は直ぐに質問者の曽我によって否定された。
「青木だぞ? 薪さんの不利益になることは、殺されても喋らないよ」
 その意見には皆が頷いた。青木の行動基準は、薪の為になるかならないかだ。脅されたくらいで秘密をばらすとは思えなかった。ウーンと天井を見上げ、考え考え山本が、
「携帯を調べれば、ある程度のことは分かるんじゃないですかねえ。青木さん、しょっちゅう薪さんに電話してるじゃないですか。発信履歴一つ取ったって、薪さんの名前が10回連続で並んでいれば、それは」
「立派なストーカー行為だな」
「薪さん、よく我慢してるな」
 大きなお世話だ、と薪が聞いたら怒るだろうか。それとも、僕の苦労を分かってくれるのか、と感涙するだろうか。

「二人で撮った写真ですとか、携帯に保存してるかも」
「それはない。青木は発信履歴も受信履歴も、その場で消すようにしてる。写真も多分、俺が作ったプロテクトでガードしてるはず」
 青木はどうしても携帯に薪の写真を入れておきたくて、でも絶対に誰にも見られる訳にはいかなかったから、宇野の手を借りたのだ。宇野も内容については詮索しなかったが、プロテクトキーは作ってやった。必ず使っているはずだ。

「じゃあどうやって犯人は、青木と薪さんの関係を知ったんだ? 知ったから薪さんに電話してきたんだろ?」
「単純に、リダイヤル押したら薪さんに繋がったとか」
「誰が出るかも分からないのに、そんなヤマ張れるかよ。脅迫電話ってさ、普通は肉親に掛けるもんじゃん」
「過激派の場合は別だろ。金だけが目的じゃないし。それに、実家には電話したくてもできなかったさ。宇野のプロテクトのおかげで、青木の携帯からは何の情報も取れないようになってるから」
「それなら、第九に掛けてくるのが普通じゃないか? 青木は名刺を持ってるだろ」
 それもそうだな、と今井が受けて、軽く首を捻る。考えてみれば、犯人の行動は不自然だ。加えて、犯人が交渉役の交代を拒否したことから導き出されるもう一つの可能性、それは。

「犯人は、薪さん個人を脅す必要があった?」
 そういうことになる。

「赤羽事件の真相を公開するように言われたんだろ。あれって、何か裏があったのか? それを薪さんが知ってる、と犯人は思っていたとか」
「事件調書に薪さんの名前はないけど」
 小池の推理を受けて、宇野がキーボードを叩く。画面に映し出されたのは公安部の事件記録簿だった。もちろん、科警研の職員に閲覧権はない。
「宇野、おまえそのハッキングのクセ……まあいいや。となると、薪さんが知ってる訳ないな。だって薪さん、3年前はバリバリ第九の室長やってて、官房室には出入りしてなかったもんな」
「官房室の人間が事情を知っていると思えば、直接官房室に掛けるはず。何故そうしなかったんでしょうねえ?」
「薪さんが3年以上前から官房室の人間だったと勘違いしたか、それとも」
「第九の室長なら知っているはずだと犯人が思っていたか、だ」

 彼らは一瞬、申し合わせたように口を噤み、すると広い研究室を静寂が支配する。だがその静けさは、嵐の前触れ。
 それは天啓のように、殆ど同時に全員の中に湧き上がった疑惑であった。

「過去のMRI捜査の中に、『赤羽事件』に繋がる何かが?」
『赤羽事件の真実』は、MRI捜査の中にある。自分たちが観てきた、脳のどこかに。

「……持ってこい」
「今井さん」
 室長、副室長、ともに不在の折、常日頃の冷静さをかなぐり捨てて、副室長代理の今井が怒鳴った。
「2063年以降にMRIに掛けた脳を、全部ここに持って来い!」




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たとえ君が消えても(16)

 こんにちは!
 
 会社のお仕事、決まりまして!(喜)
 契約書類を作らなきゃなので、連日更新は今日でストップですー。 我ながら短かったなー。(--;
 申し訳ないのと、この章も短いので、次のも一緒に上げておきますね。
 ではでは、また来週!





たとえ君が消えても(16)






 電話から5分後、岡部は新横浜で降りて、タクシーを拾った。薪からの指示があと5分遅かったら、名古屋まで行く所だった。警察手帳を振りかざして無理矢理新幹線を止める羽目にならずに済んでよかった。薪ならそのくらい平気で「やれ」と言うに決まっている。

 夜の10時過ぎ、年老いた管理人には申し訳なかったが、緊急を要する事件の捜査のためだと頭を下げた。管理人がしょぼついた目を擦りながら開けてくれたドアに滑り込み、岡部は青木の部屋に入った。
 岡部は余所見をせずに本棚に向かった。そこには、試験勉強用の参考書やIT工学の専門書、果ては趣味のカー雑誌までもがきちんとナンバー順に並べられていた。几帳面な青木らしいと思った。

「こいつか」
 雑誌とIT関連本の間に挟まれたノートを見つけ、岡部はそれを抜き出した。薪から聞いた通り、表紙に『研究書 極秘扱』と書いてある。床に腰を下ろし、目的のものを調べるためにパラパラとノートをめくり出した岡部の無骨な手が、脱力したように投げ出された。
「なんだこりゃ」
 ノートには、青木のコーヒー職人としての経歴が細々と記されていた。独自に試みたブレンドの配合設定、それを飲んだ薪の反応が逐一書いてある。コーヒーの研究書と言うよりは、薪の好みを探るための研究日誌みたいだ。これは確かに個人情報ではあるが、『極秘扱』とは大げさな――。

「うおっ!?」
 ある一文が目に入って、岡部は吼えた。それは夜間に不適切な音量で、でもこれは不可抗力だ。いきなりこんなことが書いてあれば、誰だって我を失う。
「こ、これは……!!」
 生々しい言葉の羅列に、心臓が早鐘を打ち始める。岡部の耳に、薪の不必要に凄みを利かせた声が甦った。

『いいか、コーヒーの記述以外のところは絶対に読むなよ? 読んだらコロスぞ』
 その後に続いた、彼のヒステリックな声も。
『ホントは自分で調べたいんだ! でも僕は神戸に来ちゃってるから、調べに帰ってたらコーヒー店の閉店時間に間に合わないし!!』

 取り乱すわけだ。これは他人には見られたくないだろう。
 おそらく薪は電話口で顔を真っ赤にして、この内容では無理もない。まったく青木のヤツ、薪さんになんて酷い事を。何が新記録だ、幾ら若いからって一晩に6回はないだろ、薪さんもすごく悦んでたってそれはおまえの主観じゃないのか薪さんお可哀想にっ。

 これが事件の最中でなかったら、またこのノートに重要な手がかりが書き記されていることを知らなかったら確実に破っていたところだ、てか、読んだ後に破ればいいんだ、そうだそうしよう。
 いや待て、このノートの存在を薪が知っていて、その上で放置していたことを考えると勝手なこともできない。こんなことまで記録されるなんて自分なら絶対にごめんだが、まあこういうモノは人それぞれだし。とりあえず、青木が生きて戻ってきたら、
「この手で息の根を止めてやる」

 神戸から直線距離にして約400キロ離れた東京の地で、自分に対する殺意が生まれたことを、青木警視は知る由もなかった。



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たとえ君が消えても(15)

 あらやだ、何かしら、前回の記事の短さは。
 挨拶文も入ってないし、これは所謂アレですね、手抜きの予約投稿ですね。(すみません)
 
 今ね、書いてる話が山場で、こっちの世界に戻ってこれなくてですね。(またか)
 あっちの話の薪さんはもっとウジウジしてて、こっちの話を読むと勇ましくなり過ぎちゃって、青木さんのお姉さんにケンカふっかけちゃいそ……意味わかんないですよね、すみません。 
 でも、(恋愛関係で)悩み多き薪さんを書くのは久しぶりなので、ごめんなさい、楽しいです。(←鬼)






たとえ君が消えても(15)





 薪警視長の携帯電話に連絡が入ったのは、午後9時32分だった。入電を報せるブザーが鳴り、捜査本部に緊張が走る。集合予定の1時間前とあって、本部には南雲を入れて6名の捜査官しか残っていなかったが、内容の確認には充分な人数だった。

「今度は本物だといいですね」
「ああ」
 薪の携帯には昼間も何度か電話が掛かってきていたが、そのすべてを傍受していたわけではない。ついさっき掛かってきた第九の副室長からの電話も、事件には関係ないと判断したので南雲は聞いていない。プライバシーの保護ということもあるし、お互い機密が命の商売だ。気に入らない相手にも仁義は通す、それが南雲の信条だった。この南雲の律義さが災いして、捜査本部は薪が独断で神戸に来ていることを知らずにいた。

『薪警視長?』
 受信機から聞こえてきた男の声に、捜査本部は色めき立った。ボイスチェンジャーは使っていない、これはおそらく真鍋哲夫の声だ。
『刑部長陽の釈放はいつ頃になりそうだ?』
『上の者が法務大臣に掛け合っている。明日まで待って欲しい』
『身代金は』
『やっと半分の10億、用意ができたところだ。警察ではそれが精一杯でな、残りは内閣の方で何とか都合をつけてもらえるよう、算段の最中だ』
 堂々と嘘を並べる、薪の落ち着きぶりに南雲は舌を巻く。自分も面の皮は厚い方だと自負しているが、この男も相当なものだ。

『努力はしているようだな。もう一つの条件は?』
 もう一つの条件とは赤羽事件の真実の公表を指していたが、これは南雲たち公安の人間にも意味がよく分からなかった。あの事件は多数の被害者を出したものの、事件そのものは単純明快で、隠された真実など何もないはずだ。一応、別働隊に事件の洗い直しをさせているが、今のところ目立った報告は上がって来ていない。
 公安の南雲たちがその調子なのだ。部外者の薪にはもっと分からないだろう。

『そのことだが。僕は、3年前は官房室には勤務していなかった。あの事件に直接関わったわけではないから、詳しいことは何も』
『なんだ。第九の天才も噂ほどじゃないな』
 薪の噂を真鍋が聞き及んでいることは、不思議ではなかった。第九の室長時代、若き天才警視正として、薪は何度もマスコミに取り上げられていた。第九のイメージアップを狙って、テレビ出演したこともある。だからと言って彼が全国の凶悪事件のすべてを掌握していると考えるのは、えらく短絡的な思考と言わざるを得ない。が、薪は一言も反論せず、己の力不足を素直に詫びた。

『申し訳ない。それと、今後の交渉だが、南雲と言う職員が引き継ぐことになった。彼は僕よりも君たちの内情に通じているから、要求も通りやすかろう』
『それは駄目だ。交渉窓口は、おまえ以外認めない。交代すると言うなら交渉は決裂だ』
 ほんの少し沈黙した後、薪は「分かった」と返事をした。ここまで完全に拒絶されたのでは仕方ない、薪には次に犯人から連絡が入る前に神戸に来てもらうしかない。あの異分子を捜査本部に招くのは本意ではないが、同じ場所にいなければ指示を与えられない。

『そちらの要求が通るよう、最大の努力をする。だから、人質の声を聞かせてくれ』
 薪の演技力は大したものだ、と南雲は思った。彼の声からは誠実と憂慮が滲み出ている。その独特の容姿から囮捜査に駆り出されることも多いと聞いたが、この程度の芝居は序の口なのだろう。
 芝居が通用したと見えて、薪の要求は通った。僅かな空隙を挟んで、別の男の声が聞こえてくる。

『薪さん、オレです』
 若い男の声だった。これが青木警視の声か、と南雲は思ったが、薪はすぐには返事をしなかった。
『…………青木』
 長い間を置いて、薪が答えた。さすがに解っている。
 できるだけ会話を長引かせるのは、交渉術の基本中の基本だ。昔のように固定電話の番号が特定できるわけではないが、得られる情報は多いに越したことはない。人間の耳ではよく聞きとれないような音も、音声分析に掛ければ明確になる。特徴的な音が入っていれば、場所を特定することもできるのだ。頭脳派の薪らしいと本部の人間は考えたが、その空白の時間に彼の心の中でどれほどの葛藤があったのか、それは彼らには理解の及ばないことだった。

『無事か』
『はい、どこも怪我してません。あ、でも、この人たちのことについては何も話しちゃいけないんです。今も銃をこっちに向けられてて、痛っ!』
 犯人は複数、銃を持っている。人質に怪我はなく、場所は銃声が響いても通報されない、つまり周りに民家が少ない、倉庫街かビル街。携帯がつながっているから地下ではない。

『無理をするな、青木。無事ならそれでいい』
 何を甘えたことを、と南雲は薪の応答に不満を覚える。いやしくも警察官なら少々の脅しには屈せずに、状況を本部に伝えるくらいの根性を見せて欲しいものだ。
『大丈夫です。みなさん、意外と親切で。暑いのと、コンクリの床はお尻が痛くて眠れないって言ったら冷風機とお布団入れてくれました。あと、お昼はコンビニのお弁当だったんですけど、これがオレの好物のマーボー茄子弁当で』
 青木の言葉から得られる情報を、南雲のペンがサラサラとメモ用紙に書きつけていく。大量の荷物を運び入れたなら目撃証言が取れるかもしれない。近くにマーボー茄子弁当を販売しているコンビニ。だが、コンビニは至る所にある。もう少し、場所を絞り込める要素が欲しい。

『よく電話に出してもらえたな』
『コーヒーが美味しかったご褒美だそうです』
『コーヒー?』
『薪さん専用ブレンドの豆を買って来てもらいましてね、淹れてあげたら皆さん、とても喜んでくださって。オレも味見しましたけど、これが見事に同じ味に出来て』
 弁当だのコーヒーだのと、どうにも緊張感のない会話だ。何と答えたものか、薪も迷ったのだろう。しばらく考えたのちに、「よかったな」と当たり障りのない言葉を返した。

『こっちは大丈夫ですから。薪さん、あんまり心配しないで』
『明日、また連絡する』
 青木の言葉は途中で途切れ、真鍋の声に取って代わった。話していたのは2分少々、それでも得られた情報はある。基地局は神戸市西区の向井町で、地取り中の平野町はその圏内だ。録音データを解析すれば、他にも何か分かるかもしれない。データを音声解析室に送って、その結果待ちだ。

「テログループ相手にコーヒーですか? 呑気な人質ですね。肝が据わってるんだかバカなんだか」
 データ送信を終えた部下が、呆れた顔で第九の警視を嘲笑う。のほほんとした青木の話を聞いてそんな評価を下したのだろうが、南雲の考えは違っていた。
「バカはおまえだ。あれは符号だ」
「えっ。隠語なんか混ざってませんでしたけど?」
「本当にアホだな、おまえは。連中相手に隠語なんか使ったら逆に命取りだろ。あれはあの二人にしか分からない符号なんだろうよ」
 テロ集団に拉致されて銃で狙われて、あんな風に喋れるのは百戦錬磨の強者か頭が弱いかのどちらかだ。エリートしか入れない第九の職員が、後者のはずがない。南雲は青木と言う男を写真でしか知らなかったが、なかなかどうして、肝の据わったいい捜査官だと思った。引き換え、うちの若いのときたら。

 部下に説教をくれながら、南雲は薪に電話を掛けた。この後の打ち合わせをしようとしたのだ。
「薪警視長、電話の内容は確認しました。ええ、交渉役が変えられないなら、あなたに此処に来てもらうより他ありませんね。西警察署の場所は分かりますか? ―― はあ!?」
 電話口から返って来た言葉の意外さに、思わず大声が出た。隣の部下がびっくりして、コーヒーカップを取り落しそうになっている。
『すみません、そちらには行けません。電話は傍受していただいて結構ですから』

 交渉の際に盛り込んで欲しい内容があれば言ってください、と薪はそれでこの局面を乗り切る心算らしい。確かに通話は本部に筒抜けだし公安の意向は薪が犯人側に伝えてくれる、が、そんなものでもないだろう。なぜ来れないのか、と尋ねる南雲に薪が掲げた理由は、南雲には到底納得できないものだった。
『第九で調べたいことがあって』
「第九で調査を? 何についてですか?」
『調べてみないと分かりません』
 何を調べるかも、調べてみないと分からない。人を喰ったような答えに、堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけなさんなよ! 私らの邪魔ばかりしたかと思えば必要なときには行けないって、あんたね! 天才警視長だか官房長の愛人だか知らんが、我が儘もいい加減にしなさいよ!」
『愛……!!』
 ぶつりと電話が切れた。本部に残ったのは、南雲の荒い鼻息と西区警察署職員の丸くなった目。
「愛人なんすか? 官房長の?」
「いや、単なる噂だ。ガセだってことは分かってるよ。けど、あんまり頭に来たもんだから」
 西区警察署の捜査員が疑わしそうに、部下と会話する南雲を見ている。おかしな噂が広まるのも時間の問題かもしれない。あの第九の引きこもり野郎が、いい気味だ。
 神戸市警で囁かれる薪の不名誉な噂を想像して、南雲は少しだけ溜飲を下げた。




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たとえ君が消えても(14)

たとえ君が消えても(14)






「そういうわけで、俺も神戸に向かいますから」
 小野田から密命を受けて1時間後、岡部は早くも新大阪行きの新幹線の中にいた。

「飛行機は最終便に間に合わなかったんで、新幹線を使います。新神戸へは、0時25分に到着の予定です。駅で待ち合わせて、今後の対策を」
『駄目だ岡部、そこにいろ』
 連れ戻される心配がないと分かってさぞ安心するかと思いきや、薪は岡部の協力を拒否した。せっかく小野田が岡部を差し向けてくれたのに、今は気を使っている場合ではないと思うが。

「今更遠慮は無しですよ。どのみち、あなたを逃がした時点で俺はもう」
『そうじゃない。おまえには第九にいてもらわなきゃいけないんだ』
「……そいつはどういう意味ですか?」
『此処では人目が多くて話せない。後で連絡するから、とにかく第九で待機を……待て。青木から連絡が入った』
「青木から?!」
 薪の携帯に掛かってくる電話は、すべて本部に同時受信されるようになっていると中園に聞いた。何のかんの言って、中園は薪の味方だ。岡部が薪の居所を掴みやすいよう、GPSのデータも即時携帯に送ってくれている。
 薪からも受信機からも遠く離れたところにいる岡部には、電話の内容は知る由もなかったが、しばらくすると流れていたメロディは途切れて、薪の声が聞こえた。

『岡部、早速だが動いてくれ。第九の近くにある珈琲問屋、いや、その前に』
「でもあの、俺、新幹線に乗っちゃって」
『降りろ』
 新幹線から飛び降りたら死にますけど。

 上司の命令に何と返していいものか迷う岡部の耳に、薪の逼迫した声がせまる。
『降りて青木のアパートに向かえ。管理人を叩き起こして、部屋を開けさせろ。おまえに調べて欲しいことがある』




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たとえ君が消えても(13)

 毎日、過去記事に拍手をありがとうございますー。
 昔の話を読み直してみると、文章がつながってなくてびっくらします。 が、もう直すこともできないんで、すみません。 話を全部つなげちゃったから、下ろすこともできないんですよね。(^^;
 苦労かけます。 よろしくお願いします。
 






たとえ君が消えても(13)






 同日、午後8時。場所は東京に戻って、科警研の第九研究室である。
 業務は終了したものの、後輩が心配で退庁できずにいる第九の面々の前に、官房室の主が姿を現した。

「岡部くん」
 呼びかけられて、岡部は大きな身体を縮込めた。てっきり、叱責されるのだと思った。自分は参事官の命に背いて薪を逃がしたのだ。処分は覚悟の上だった。だが、小野田の言葉は岡部の予想とはまるで違っていた。
「こんな時間に悪いんだけど、神戸に出張頼めるかな?」
 岡部を始めとした第九の職員たちが驚くと、小野田は残業で子供の誕生会に間に合わなかったサラリーマンのように、「もっと早く来たかったんだけど、内閣の会議が長引いちゃってさ」と肩を竦めた。

「いくら青木くんが仕事熱心でも、今回はさすがにリタイヤでしょ? だったら代わりに誰か行かないと。岡部くんが適任だと、ぼくは思うんだ」
 小野田の情に、岡部は涙が出そうだった。官房長、と思わず声を詰まらせるのに、
「ぼくから命令されたって言わないでね。後で、公安と中園に怒られちゃうから」
 仕掛けた悪戯を内緒にして、と頼む子供のように、小野田は人さし指を立てて唇に当てると、おどけた様子で片目をつむって見せた。

「官房長は、薪さんを見限られたと聞きました」
 警察庁に帰る小野田の見送りにとエントランスまで来た岡部は、他の職員たちのいない所でこっそりと打ち明けた。

 ――もう僕は知らない、勝手にするといい。

 第4モニター室がもぬけの殻になっているのが発覚した時、中園は我を忘れてそう叫んだ。それは怒りからではなく、薪の身を案じるが故の暴言だった。岡部は、中園の本心を知っている。2年前の秋、薪が正体不明の病原菌に侵されて死にかけた。その時彼がどんなに取り乱していたか、見ているのだ。

『薪くんを引き戻すことはしない。小野田も見切りをつけたらしいよ』
 一旦官房室に引き返した中園は、数時間後にまた戻ってきて、岡部にそんなことを言った。
 どんな事情があったにせよ、小野田の娘との婚約を破棄した時点で、そうなっていておかしくなかった。そこにとどめを刺すような今回の職務違反だ、無理もないと思った。常々、岡部は小野田の寛大さに感嘆していたのだが、彼にも限度はあるだろう。
 小野田に見捨てられた後の薪の処遇について、考えない訳ではなかった。しかし、薪が青木と別れてボロボロになっていたのはたった4ヵ月前だ。岡部はその様子を間近で見ている。彼を止めることはできなかった。
 そして小野田もまた、そんな薪を心配していた一人――否、小野田は誰よりも薪を案じていた。日に日に憔悴していく彼に、胸を痛めていた。なんとか自分たちの愛情で彼を癒してやりたいと、だがそれは無理なのだと思い知らされて、自分たちが家族総出で掛かってもあの木偶の坊一人に勝てないのだと分かって、その時の落胆と言ったらなかった。青木と縁りが戻って、めきめき元気になる薪を見て、諦めた。認めたくないが、薪には青木が必要なのだ。

「中園を抑えるには、ああ言うしかないだろ。あいつには薪くんたちの関係が理解できないんだから、て、ぼくにも理解できないけど」
 拗ねたように唇を尖らせて、小野田さんは時々子供みたいなんだ、と話していた薪の幼い顔を、岡部は思い出す。聞いた時はえらい違和感だったが、目の当りにしたらそうでもない。
 小野田はついと天井を見上げ――そこに何を思い描いたのか、岡部には知る由もなかったが――たとえようもなく寂しそうに微笑んだ。
「薪くんは青木くんがいないと、本来の自分でいられない。それはいずれ彼が越えなくてはいけない壁だけど、今は未だ無理。そういうことだよね?」
 くるりと小野田は岡部に背を向けた。娘を嫁に出した後の父親みたいな背中だった。
「ぼくは公には動けない。薪くんを頼んだよ」

 第九に帰ると岡部は、その場で今井に仕事の引継ぎをした。それから部下たちに注意事項を述べて、慌しく帰って行った。
 岡部の姿がドアの向こうに消えると同時に、小池が細い目をいっそう細めて、
「あの官房長が、薪さんが青木を助けに行くのを止めないなんて」
「いくら止めても無駄だと思ったとか?」
「官房長公認てこと?」
「「「もう結婚しちゃえばいいのに」」」
「曽我、小池、宇野……岡部さんに聞かれたら殴られるぞ」
「結婚祝いは何にしましょうか。やっぱり夫婦茶碗ですかねえ」
「「「「山本、チョイス渋過ぎ」」」」
 岡部が薪の援護に回ったことで、いくらか見通しが明るくなったのか、職員たちは軽口を叩いた。失笑が零れる第九研究室の廊下、ドア近くの観葉植物の陰で中の様子を伺っていたのは、官房長が怖がっていた首席参事官。

「ったく、小野田が甘やかすから。ロクな職員が育たないな、第九は」
 憎々しげに毒づくと、ジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出した。
「僕だよ。薪くんのGPS、追いかけてる? じゃあ、それをこれから言うメールアドレスに転送しておいて。うん、携帯でいつでも見られるように、システムごとね」
 通話を終えて携帯をしまい、中園はしばし黙考した。骨身に染みて解っている公安のテロ対策方針と、嫌になるくらい見せ付けられた薪の愚直な純真が、中園の中でぶつかり合う。立場上守らなくてはならない前者と、それに逆らうような行動を中園に取らせる後者。今、中園に電話を掛けさせたのは後者の仕業だ。
 どちらに軍配を上げることもできず、中園は虚空に向かって呻くように呟いた。
「死ぬなよ、薪くん」



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たとえ君が消えても(12)

たとえ君が消えても(12)






 薪が屈辱的な思いで女子の制服に袖を通してから6時間後。夕方の6時を回った神戸西警察署では、早くも第一回目の捜査会議が開かれていた。

 捜査本部は本庁、兵庫県警、神戸西警察署、総勢120名の大所帯となったが、会議の内容は警察庁で開かれた事前会議と殆ど変わらず、捜査方針も本庁の主張が貫かれることになった。
 市警と言えど所詮は所轄、本庁の言い分は飲まざるを得ない。これまでに幾度となく味わってきた地方警察の本庁に対する不満を飲み込んだような幹部たちの視線を南雲は覚悟していたが、それは杞憂に終わった。県警本部長の田山管理官はもちろん、神戸西区警察署の大石署長も、終始南雲たち本庁の人間に協力的で、テログループの壊滅に積極的な姿勢を見せた。彼らは会議前の顔合わせの際、南雲にこう囁いたのだ。

「人質が警官一人と言うのは、ある意味幸運でした」
「さよう。人質の命を諦めざるを得ない場合も、世論を美談に導きやすい」
 例え人質が死んでも、それが一般人と警察官では世間の反応が違う。一般人の場合、どんなに繕っても警察の非難は避けられないが、警官となれば話は別だ。たとえ実情がどうあれ、彼は市民を救うため、テロ壊滅に命を懸けたことになる。美しき自己犠牲の精神。警官の鏡と言うわけだ。

「何よりも重要なのは、テログループの根絶です。奴らの一掃は、我々神戸西警察署の悲願です」
 グリーンアースと名乗るテログループが、3年前に神戸市西区に落とした禍。その深い傷跡が神戸市警を協力的にしている、と南雲は分析する。地方警察幹部が潜在的に持っている警察庁への反発心、それを中和するほどに彼らの受けた傷は凄まじいものだったと言うことか。
 おかげで、と言っては語弊があるが、捜査が進めやすい。反発分子が一人いれば、捜査スピードは半分になる。相手を納得させるために使う10分間は、1時間の遅延となって現れる。いつ爆ぜるか分からないテロリスト相手の捜査に於いて、この遅れは致命的だ。

 あの常識知らずの警視長が捜査から外れてくれて、本当に良かった。いくら切れ者でも、捜査は団体戦だ。スタンドプレーはそれがどんなにレベルの高いものでも、捜査の妨げにしかならない。
 実は南雲は、薪のことを前々から知っていた。南雲は公安に来る前、警視庁の捜査一課に居たのだ。そこでは、薪の立てた数々の功績が伝説のように語り継がれていた。捜査資料を一読しただけで事件を解決してしまう天才、当時捜査一課の資料室に埋もれていた迷宮入り事件を片っ端から解き明かしたなどと、彼には数えきれないほどの逸話が残されていた。それは、現場主義の南雲を少なからず不愉快にさせた。元々、頭脳派の薪とは反りが合わなかったのだ。

「協力、感謝します。それでは、グリーンアースの本拠地と目される西区平野町の地取り調査については、市警さん主体でお願いします。班編成もお任せしますので、うちの連中を一人ずつ混ぜてやってください」
「承知しました」
 地取りは地元に詳しい所轄にさせるに限る。彼らは自分なりの情報網を持っており、効率的な捜査が期待できるからだ。そこに本部の人間を混ぜ込むのは、情報隠匿の防止の為だ。誰だって手柄は自分の部署のものにしたい。だから他者に出し抜かれないよう、有益な情報は秘匿する。合同捜査本部が打ち立てられた場合、当然のようにまかり通るそのやり方は、捜査全体を著しく遅延させる。本部の人間を同行させるのはそれを防ぐための、いわば監視役だ。
 だから当たり前の話、所轄はそれを嫌がる。しかし今回は、この点についても易しと思われた。署長自ら厳しい口調で、現場の捜査員たちに訓令を下したからである。
「情報隠し等の事実が発覚した場合、例えテログループを一人で壊滅させたとしても其の者は厳罰に処する! 肝に命じておけ!」
 本部の人間が言いたくても言えないことを、所轄の代表が自分の部下たちに言って聞かせてくれた。本部の人間にとって、こんなにありがたいことはない。

「地取り用の地図は作ってあります。西区平野町をこのように6つに分け、1班佐藤班、2班北里班……中でも有力な場所は、3班担当の平野町向井地区です。よって此処には、本部の方も可能な限りの人員を割いていただきたい」
「わかりました。そこにはうちの一番手を遣りましょう」
「ありがとうございます。頼りにしています」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
 ここまで協力的な所轄は初めてだ、と感動を覚える一方で、南雲の中に言い知れぬ不安が広がって行く。
 署長を始めとした所轄上層部たちのこの態度は、果たしてテログループに対する積年の恨みから来るものなのか? それだけで、手柄への執着心を捨てることができるのか?
 警察官は功名心にて職務に励むに非ず、それはもちろん正しい事なのだが、そんなに簡単なものだろうか。

「では、直ちに捜査を開始する! 全捜査員は22:30捜査本部に集合、結果を報告すること。それ以前に有力と思われる情報は、直接本部に電話連絡しろ!」
「どんな手がかりでもいい、必ず何か掴んで来い!」
「はい!」
 次々と飛ばされる指示と檄、それに応える捜査員たちの熱が、広い会議室全体を包んでいる。テロに対する義憤が、捜査員たちを一丸としている。南雲はその様子に、心地よい興奮を味わっていた。
 過ぎるほどに協力的な署長たちの態度に対する違和感は、瞬く間にその熱に埋もれ。南雲は白熱化する捜査活動の中でそれを忘れ去った。




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たとえ君が消えても(11)

 こんにちは。

 最近、やたらとカウンターの回りがいいんですけど、間違って来てる人、多いのかな?
 だとしたらすみません、真面目に法医学とか警視正とかで検索してここに辿り着いちゃった不運な方々に、心よりお詫び申し上げます。
 お詫びの徴に、良いことを教えて差し上げます。

『秘密』1~10巻、ジェッツコミックスより絶賛発売中です! 最高に面白いです! ぜひ読んでください!

 ふ~、今日もいいことしたなあ。





たとえ君が消えても(11)






『第4モニター室』という言葉が岡部の口から出た時、薪は岡部の真意に気付いた。第4モニター室の北側から2番目の窓が壊れていることを、薪は知っていた。見た目には分からないが枠自体が外れてしまっていて、動かすとガラス窓半枚分の隙間が空くのだ。月曜に岡部から報告があり、明日には修理業者が入ることになっていた。
 中園の手前せいぜい暴れて見せて、その鍵を彼が持って第九を去った後、薪は速やかに行動を起こした。キャビネットから緊急用の避難梯子を取り出し、壊れた窓をずらして、そこから梯子で下に降りた。うまい事に第4モニター室は建物の裏面に位置しており、薪は誰にも見つからず建物から抜け出すことができた。

 が、問題はその後だ。
 科警研の門は5つ程あるが、そのすべてに守衛がいる。抜け目のない中園のこと、薪の姿を見たら官房室に連絡を入れるようにとの指令くらいは回していそうだ。
 そう思うと、中庭を歩いている人間がみんな自分を見張っているような気がする。科警研の人間は未だ誘拐事件のことは知らないはず、ましてや自分が監禁された挙句に逃げ出そうとしているなんて思いもよらない筈なのに、背中がざわざわして落ち着かない。他人と目が合うと、心臓がバクバクする。逃亡者の心理とはこんなものかと薪は思い、深く息を吸って心を落ち着けた。嫌な気分だ。いつも追う方だから、分からなかった。

 こそこそ隠れたり走ったりするのは却って目立つと考え、薪は悠然を装って東へ歩いた。目指すは東門、此処から一番近い門だ。一刻も早く警察の敷地を抜けたい。駅の雑踏に紛れ込んでしまえば、後は何とかなる。
 できるだけ人気の少ないルートをと、薪は北側の散策路に入った。中庭を突っ切るよりは回り道だが、樹木と茂みが多く、人目を避けるには最適だ。
 そうして20mほど樹木の間を歩いた時、薪は散策路に二人の男の姿を発見した。樹の陰に隠れて、じっと息を殺し、二人が通り過ぎるのを待った。自分を探しているわけではないと思ったが、目撃情報は少ない方がいい。
 二人の白衣姿が茂みに隠れたのを確認して、薪は再び歩き出した。プリペットの大きな茂みの横を通りかかった時、不意に手首を掴まれ、同時に口を手で塞がれた。身構えようとしたときには遅く、薪は強い力で茂みの中に引き摺り込まれた。
 やはり中園は甘くなかった。薪が逃亡を企てるのを見越して、部下に庭を見張らせていたに違いない。しかし、ここで捕まる訳にはいかない。力づくでも逃げなければ。

 必死になってもがく薪の耳に、聞き覚えのある囁き声が忍んできた。
「室長、落ち着いてください。俺です」
「竹内……?」
 捜査一課の竹内は、中園とは関係がない。でも、こいつは敵だ。自分に恨みを持っている。何処からか今回のことを聞き及んで、自分の足を引っ張りに来たのだと思った。有事の際の箝口令は数えきれないほど敷かれたが、それが完璧に機能した試しがない。時に、人の口というのは電波よりも早く情報を伝達する。

 薪は、後ろから抱え込まれるような姿勢で、地面に座らされている。竹内の脚はその長さでもって薪の下半身を完全に抑え込み、右腕は強い力で薪の右手を拘束していた。自由になるのは左手一本だけ、この状況から抜け出すのは自分の力では無理だ。しかし、他にも手はある。青木と竹内は友人だ。そちらの方面から説得すれば、或いは。
「放してください、僕が行かなければ青木が」
「岡部さんからです」
 ひょいと目の前に出されたのは、紙製の手提げ袋だった。
「俺が預かりました。室長に渡すようにと」
 岡部の献身に、薪は泣きたくなる。岡部は薪の手助けになるアイテムを用意して、でも自分や第九の人間が動けば中園に知られてしまう可能性が高いから、一課の後輩の竹内に託したのだろう。薪の身勝手な行動で、彼も何らかの処分を受けるに違いないのに。

 岡部、済まない。この借りは必ず。
 部下の無骨な顔を思い浮かべ、薪は心に誓った。必ず、雛子さんとの仲を僕が取り持ってやる、とそれは岡部にとって迷惑過ぎる誓いだったが、薪の感謝は本物だった。

「すみません。竹内さんまで巻き込んでしま、っ?!」
 受け取って中を確認した薪を襲った驚愕は、竹内に不意を衝かれたときの比ではなかった。突き上げる感情に任せて薪は顔を上げ、怒りに満ちた亜麻色の瞳をメッセンジャーに向けた。
「これはどういうことですか」
 中に入っていた警官の制服を取り出し、薪は詰問する。竹内はためらいがちにそれに答えた。
「俺は反対したんです、危険すぎるって。本音ではあなたを行かせたくありません。青木は友だちで、俺だって助けに行きたい。でも」
「そんなことは聞いてません」
 憂いを強調するためか、竹内は額に手を当てて顔を隠した。けど、肩が震えてる。こいつ絶対に嗤ってやがる、と薪は手前勝手な判断を下す。

「僕が訊いてるのは、この制服がどうしてスカートなのかってことです」
 警官を隠すなら警官の中、そこまではいい、でもそれが女子職員の制服である事には大きな疑問が残る、てか、あり得ないっ! しかもスカート短いし!!

「室長が確実に逃げられるようにとのことでしたので」
「オボエテロよ、オカベッ……」
 制服を用意したのは竹内だったが、また、竹内は純粋に薪が確実に科警研を抜け出せる方法を考えたに過ぎなかったのだが、そんな事情まで説明している時間もされている余裕もなかった。薪は仕方なく、でも素早く着替え、警帽を目深にかぶった。走りやすいように、靴はスニーカーが用意されていた。靴ひもを締める薪に竹内の声が掛かる。

「室長。これを」
 彼が差し出したのは、自分の銃だった。
 テログループの捜査に単身で乗り出そうと言うのだ、銃くらい持たなくては話にならない。が、科警研の岡部が銃を貸与できるのは特別な場合だけ。この状況下でそんな目立つ真似をしたら、薪に貸したのだと一発でバレてしまう。だから用意ができなかったのだ。
「岡部さんの銃では大きすぎて、室長には扱えないでしょう」
 捜査一課の自分なら、比較的簡単に銃を持ち出せる。射撃練習をしたいと課長に一言言えばいいのだ。勿論、射撃場以外で発砲すれば相応の報告書、もとい始末書が必要だが。
「そこまであなたに迷惑を掛けるわけには」
 いくら青木の友人でも、竹内は部外者だ。今の段階なら、薪の逃亡に手を貸したことは明るみに出なくて済むだろうが、万が一追っ手に捕まったとき、彼の拳銃を薪が持っていたら言い逃れができなくなる。
 それに。

 薪は未だに、銃を持つことに抵抗があった。この道具で、自分は鈴木を殺したのだ。
 現場に出ないキャリアの薪にとって、拳銃の練習は必須ではない。それをいいことに、もう長いこと本物の銃を撃ったことはなかった。果たして、こんな自分がまともに銃を扱えるかどうか、情けない話だが自信がなかったのだ。

 躊躇する薪に、竹内は唐突に愚痴り始めた。
「最近、ホルスターの調子が悪くて。簡単に留め金が外れちまうんですよ、ほら」
 渡されたホルスターの留め金に、竹内が指摘したような歪みを、薪は見つけることができなかった。革製のホルスターは磨き上げられており、光沢が美しかった。竹内は射撃の名手、銃の手入れは普段から念入りに行っているはず。当然、銃をしまうホルスターも大切にしている筈だ。
「紛失なんてことになる前に、修理に出さなきゃ」
 そう言って予備のカートリッジを2包、紙袋の中に落とし込むと、竹内は薪に背を向けた。そのままスタスタと、樹木の陰に消えていく。

「……恩に着ます」
 竹内に借りは作りたくなかったが、今回だけは避けられなかった。薪は他人に借りを作るのが好きではない。嫌いな人間には特にだ。

 この借りは絶対に返す。その為にも、必ず生きて帰る。

 警帽のつばを下げ、薪はぎゅっとくちびるを噛み締めた。



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たとえ君が消えても(10)

 こんにちはー。
 昨日、うちの方はすっごい雨でした。 現場がお休みになったので、今度の週末は多分仕事です。 外の仕事なのでね、天気に左右されてしまって。 この時期は、なかなかカレンダー通りに休めません。 悔しいので、
 うちの会社のカレンダーは赤い数字の上から黒いマジックで塗り直してあります。
 こういうことばっかりやってるから、子供が会社経営してる、とか言われちゃうんだな、わたしたち夫婦は。





たとえ君が消えても(10)







 警察庁長官と次長、警視総監及び官房長が顔を揃える会議を、一般の職員は畏怖を込めて御前会議と呼んでいる。大きな式典でもなければ顔も見れない人々が一堂に会する、それは警察全体を揺るがすような重大な事件が起きたことを意味する。

 こんなに尻の据わりの悪い会議は旧第九が壊滅したとき以来だ、と小野田は心の中で溜息を吐く。この後はここにいる3人と共に内閣府に出向いて、大臣連中に囲まれて更に息苦しい思いをしなければならない。さすがの小野田も胃が痛くなりそうだ。
 科警研に属している第九は官房室の管轄だ。その職員がテロリスト集団の人質となり、テロリーダーの釈放と20億と言う巨額の身代金が要求されているとなれば、その非は当然、官房長の小野田に係ってくる。青木が被害者であることは、小野田の責を軽くしない。上層部の観点は只一つ、彼のせいで今現在警察の立場が脅かされているという事実だ。

「既に、公安二課が主体となった捜査本部が動いています。兵庫県警にも通達済みです。遅くとも18:00までには県警との合同捜査本部が神戸西署に設置されることになっています。現場には、『グリーンアース』と名乗るテロ集団に詳しい市警公安部と共に当たり、速やかに彼らの拠点を探し出し、テログループ全員の捕縛と人質の救出を行います」
「テロの要求には応じないこと、一般市民に被害を出さないこと。この二点だけは必ず守ってくれたまえ」
「お任せください」
 小野田は力強く言い切った。捜査に絶対なんてあり得ないのは解っているが、ここはこう言うしかない。

「小野田さんの采配だ。間違いはないでしょう」
 事態の深刻さに困惑気味の長官を、隣に座った次長が安心させるように話しかける。表面上は長官の心痛を案じ、官房長の小野田を持ち上げるような言葉だが、本心ではこの窮地を歓迎している。次長の時任と小野田は警察庁内での覇権を巡っての敵同士。相手を失墜させる機会を、虎視眈々と狙っているのだ。忌々しいがお互い様だ。

「まったくですな」
 警視総監がブルドックのように垂れた頬を皮肉に歪めながら、革張りの椅子にふんぞり返る。同じ警察庁に籍を置くもの同士、長官の前では一応の友好関係を装わねばならない次長と違って、警視総監の態度はあからさまだ。小野田に対する敵意が溢れている。それは彼の言葉の端々に、如実に現れていた。
「その上、小野田官房長お墨付きの薪警視長が指揮を執るとなれば、鬼に金棒。我々凡人には真似のできない神がかりの捜査をなさることでしょう」
 捜査一課から犯人検挙率トップの名誉を奪った第九を、警視総監は憎々しく思っている。そこの室長を長年務めている薪も当然、彼の攻撃対象に入っていた。

「指揮は、二課長の南雲警視正に任せます」
 官房室の身贔屓非難が目的の総監の発言を、小野田の穏やかな声が否定した。よほど意外だったのか、総監は口を開いたままで小野田の口元を見つめ、ほう、と間の抜けた声を出した。
「過激派の取り締まりは公安の管轄ですし、『グリーンアース』の調べも進めていましたから」
 小野田の説明に総監は「なるほど」と頷き、矛先を収めた。警視庁と警察庁は根本的に犬猿関係にあるが、公安だけは協力し合っている。対象の特殊性のためだ。警視庁の横槍を防ぐためにも、公安が指揮権を執ることは有効だった。

 小野田が為すべき報告をすべて終えると、会議はお開きになった。御前会議で何が決まるわけでもない。テロに対する警察の方針は百年も前から決まっていて、それは絶対に変わらない。何を犠牲にしても警察の威信を守る事、すなわち威信は警察機構の屋台骨である。そこが揺らげば警察組織そのものが瓦解する。
 人質の命よりもテログループの撲滅を優先する。いくら世論が騒ごうと、この基本方針は変えられないのだ。
 薪のことは実の娘たち以上に可愛がっている小野田だが、今回ばかりは彼に泣いて頼まれても譲れない。若い青木には気の毒だが。
 青木のことを薪に付いた悪い虫だと酷評している小野田だが、この機会に死んで欲しいとまでは思っていない。青木のおかげで薪に笑顔が戻ったことは事実だし、その点では感謝することもやぶさかではない。が、やはり小野田には二人の関係は認めることができないし、叶うことなら薪には自分の娘と結婚して欲しい。この際、末娘の香でもいい。

 まあ無理だと思うけど、と小野田は薪に対する二つの望みに見切りをつける。仕事方面なら常に優等生の答えを返してくるのに、こちらの方面になるとひどく不器用で手際が悪いのが薪という男だ。その殆どが結婚をランクアップの手段としか考えていないエリート組の恋愛事情の中で、変わり種と言うか時代遅れと言うか、あれは薪の大きな弱点だ。実際、青木のために奔走し、結果、殺人犯に殺されそうになったこともある。命取りにならないうちに何とかしなければ、と小野田の心配は尽きない。
 それでなくとも薪の周りには、彼の外観に惹かれて集まってくる危険分子がうじゃうじゃいる。それは彼の咎ではないが、小野田の神経は磨り減るばかりだ。小野田が彼の為に演出している「薪警視長は小野田官房長のお気に入り」という牽制策は警察関係者には有効だが、一般人には効き目がない。もっと青木くんにしっかりしてもらわないと、と思いかけて、小野田は慌てて首を振る。青木こそが最大の危険分子ではないか。

「御前会議はいかがでしたか?」
 官房室に戻ると、中園が書類を手に待ち構えていて、皮肉な口調で聞いてきた。彼の慇懃さに、いまさら腹も立たない。会議で神経を減らして帰って来た上司への労りの気持ちとか、この男には期待しても無駄だ。
「いつもと同じ。一般市民を巻き込まず、犯人確保」
「テロ相手に一人の被害者も出すなって? 無茶なこと言ってくれるな」
「立場上、そう言わざるを得ないんだよ。警視総監も一緒だったから……あ、総監と言えばね、ちょっと面白いことがあった」
 小野田は上着を脱いで椅子の背に掛け、緊張をほぐそうとネクタイを緩めながら、
「指揮は薪くんじゃない、二課長に執らせる、て言ったら、彼、何も言えなくなってた」
「公安だけはシチョウさん(警視庁)と協力関係にあるからな」
 ははは、と乾いた声で悪友が笑うのを聞いて、小野田は苦笑する。この台詞だけで会議室で交わされたやり取りの殆どを見抜いてしまうのだ、この男は。

「で、薪くんは? 大人しく公安に協力してる?」
「もうぐっちゃぐちゃ。どういう育て方したんだよ、おまえは」
 あ、やっぱり、と小野田は天井を仰いだ。中園が自分を待っていた理由はこれか。

「『あ、やっぱり』じゃないよ。おまえが甘やかすから」
「まあ、それがあの子の持ち味だし」
「おまえね、親バカもほどほどにしなさいよ。そのうち足元を掬われるよ」
 自分が薪に対して抱くのと同様の不安を、中園は自分に対して抱いている。小野田が中園を口うるさく思うとの同じように、自分も薪に鬱陶しいと思われているのだろう。そう考えて、小野田は肩を落とした。

「それで、結局どうしたの?」
「薪警視長には現在、第九の一室で資料整理に励んでいただいております」
 軟禁か。まあだいたい予想は付いていたが。
「なんで第九なんだ。あそこは薪くんの実家じゃないか」
「だからさ。自分が逃げれば岡部くんに迷惑が掛かる。それなら彼は逃げないだろう?」
「分かってないね、おまえは。そんなこと百も承知で薪くんを逃がすのが岡部くんだよ。上司が上司なら部下も部下なんだから、あそこは」
 小野田が監禁作戦の穴を指摘すると、中園は心外そうに細い眉を吊り上げ、持っていた書類をテーブルの上に置いた。

「岡部くんは其処までバカじゃない。ちゃんと薪くんを第4モニター室に閉じ込めてたよ。あそこの窓は嵌め殺しになってる。僕がこの目で確かめた。その鍵は、この僕が預かってる」
 眉を吊り上げるのは小野田の番だった。上司が驚いたのに気をよくしてか、中園は揚々と経緯を説明する。
「第4モニター室を使おうって言い出したのも岡部くんなんだよ。普通の部屋に閉じ込めたら、薪くんは窓から逃げるからって」
「本当に? ちょっと信じられないな」
「なに言ってるんだよ、常識で考えてみれば分かる事だろ。この状況で薪くんを逃がすってことは、彼を一人で死地に赴かせるってことだよ。薪くんの守護神の岡部くんが、そんなことをするもんか」

 一理ある、と小野田は思った。
 岡部は薪のことを大事に思っている。彼の命を守るためと有らば心を鬼にするだろう、しかし。
 やっぱり分かってないな、と小野田は心の中で呟いた。
 それでも岡部は薪を逃がすだろう。何故なら、薪には青木が必要だと岡部には分かっているからだ。青木を喪えば薪はまた、昔の彼に戻ってしまうだろう。8年掛かってやっとあそこまで立ち直ったのに、二度目は無理だ。その時にはもう精神が耐えられない。
 それに、岡部は薪よりも現場に詳しい。公安の方針も骨身に沁みている。この場合、人質が見捨てられることは承知しているだろう。青木は彼の大事な後輩だ。助かる可能性があるなら薪に託したい、と考えるに違いない。

「おまえの言うことも分かるけど。一応、確かめてみてよ」
 中園はやれやれと肩を竦め、「官房長殿の心配性にも困ったものですな」などと嫌味を言いながらも、ゆるゆると立ち上がった。机に置いた書類を指し示し、判をお願いします、と頭を下げてから退室した。

 それから30分後。

「どう育てればあんな警視長が出来上がるんだ!?」
 官房長の居室のドアをノックも無しに開けた首席参事官の怒声で、小野田は自分の予想が的中したことを知った。
「窓、確認したんじゃなかったの?」
「20もある窓を全部調べるほど僕は暇じゃないよ!」
 2つ3つ確認して、それで済ませてしまったのだろう。第九の執務フロアは3階だし、それが普通だ。
 中園は苛立ち紛れに、きっちりと整えた頭髪に手を突っ込んだ。それで彼の腹立ちが治まるわけではない。近頃めっきり白髪の増えたオールバックが乱れただけだ。やがて彼はふーっと息を吐き出して、小野田に深く頭を下げた。

「申し訳ありませんでした、私のミスです。薪警視長の行方はGPSを追って割り出し、即刻戻らせます」
 こんなことなら彼の携帯を取り上げておけばよかった、と中園は思った。薪の携帯に犯人からの連絡が来る可能性が高いと分かった時点で、彼の携帯に掛かってくる電話は本部の受信機で受信できるようにしてある。会話は筒抜けになるわけだし、次からは交渉役は二課の人間に任せるつもりだった。だから必要ないと思ったのだが、念には念を入れておくべきだった。犯人からの連絡がある可能性が高い携帯電話が中園の手元にあれば、薪は動けなかったはずだ。

「いいよ、放っておいて。どうせ無駄だから」
「大丈夫です。犯人からの電話は彼の携帯に掛かってきた。電源は切らないはずです」
「そうじゃなくて。おまえが戻れって言っても、彼は帰らないよ。青木くんを助けるまでは」
 小野田が匙を投げると、中園はひどく驚いた顔をした。無理もない、常に薪の身を案じている小野田が彼を見捨てるような発言をしたのだ。
「小野田。下手すると薪くんも死ぬよ?」
 心配そうに眉を寄せる悪友が滑稽だった。本人を目の前にすれば皮肉や当てこすりばかり出てくるのに、中園は昔から自分の感情に素直ではない。

 小野田は背もたれに寄りかかり、横柄に腕を組んだ。削げた頬に、キャリア同士の熾烈な戦いに生き残った勝者の冷酷を刷いて言い放つ。
「あの子が此処まで立ち直るのに8年掛かってる。これから8年は、僕は待てない」
 あの二人が共存関係にある事は小野田にも解っている、が、問題はその程度だ。青木を喪えば薪は潰れると、そう岡部が判断したならそれは多分事実なのだろう。半年前の騒ぎがいい例だ。あれ以上に壊れてしまうなら、それはもう只のガラクタだ。

「彼を切ることも考えろって言ったのはおまえだろ」
 かつて供された中園の進言に従う意向を見せると、中園はとても複雑な顔になった。50年近い付き合いになる腐れ縁の友人を横目で見て、こいつも少し変わったな、と小野田は心の中で呟いた。




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たとえ君が消えても(9)

「よしよし、真面目にやってるようだな」
「今のところ、連続更新続いてます。頑張ってます。褒めてください」
「あほ。秘密界のSS書きさんは、殆どの方が、続きものは連日公開してるだろうが。中には書きながら連日公開なんて偉大な人もいるんだぞ。これまでのおまえが怠慢過ぎたんだ、やっと最低ラインだ」
 てな具合に薪さんに説教されたい。

 とか言ってるそばからすみません、今日はこれから測量なので、明日はお休みします。
 一日現場に出ると疲れちゃって……年には勝てません☆
 




たとえ君が消えても(9)






「なんだ、このコーヒーは!」
 昨夜の寝不足のせいでうとうとしかけていた青木は、男の怒鳴り声で眼を覚ました。
「なんだって、テツさんが淹れろって言うから」
「粉が混じってるじゃねーか! インスタントコーヒーじゃねえんだぞ!」
 髭の男が、不機嫌にカップを机に置いた。中のコーヒーが大きく揺れて、白い紙コップの側面を伝い落ちる。

 ここに来て半日、青木たちは倉庫内のユニットハウスに移された。最初そこはがらんどうだったが、午前中のうちに色々なものが運び込まれ、只の箱だったハウス内は一応、人が一定の期間を過ごすのに耐え得る場所になった。発電機と照明器具、テーブルに数脚の長椅子。それらと共に人数も6人ほど増えて、どうやらここが彼らの本拠地になるらしい。
 殴られはしたものの青木の要求自体は通って、冷風機と布団が与えられた。暑さもいくらかは凌げるし、ベニヤ張りの床に布団があれば横にもなれる。昼食も弁当だったし、朝の菓子パンに比べたら改善されている。快適には程遠いが、人質の環境としてはまずまずと言えた。

「テツ、そんなに怒るなよ。ツトムが不器用なのは今に始まった話じゃねえ」
「サトシさん、フォローになってないっす」
 人質となった青木たちの傍にいるのはこの3人。薪に電話をした髭の男が首謀者だと思われるから、他の二人は彼の側近だろう。サトシと呼ばれた人物は髭の男を呼び捨てにしているところから、ツトムよりもテツに近しい人物、相棒である可能性が高いと青木は考えていた。年もテツと同じくらいだし、闘争慣れしているように見えた。2人に比べるとツトムはぐっと若く、他の6人の誰よりも武術的な未熟を感じさせた。彼は主犯格ではなく、リーダーの世話係なのかもしれない。
 犯人が集団である場合、グループ内の力関係の見極めが大事なのだと岡部に習った。交渉はできる限り首謀者に近い人物に、自分の意見だけを通すのではなく双方に利が生まれるよう交換条件を提示しつつ行う。犯人とネゴシエイターは敵ではなく協力者、そう思わせるところが交渉術の要だと、これは昔特捜にいた今井が教えてくれた。

「あのー、よかったらオレが淹れましょうか?」
 何を言い出すのかと驚いた顔をしたのは、犯人グループばかりではない。隣で横になっていた桐谷も、ぽかんと口を開けて青木を見上げていた。
「おまえ、自分の立場分かってんの?」
 ツトムが呆れた顔で前髪をかき上げた。明るい金髪の根元の部分は黒く、彼の生まれ持った髪の色を青木に教える。彼の日本人の特徴を備えた顔付きには黒髪の方が似合うだろうに、敢えてこの色を選ぶのは彼の若さの表れか。
「解ってますよ。オレが下手な真似したら、桐谷さんもオレも殺されちゃうんでしょう?」
「本当に、見かけに因らないやつだな」
 見かけに因らないのは上司譲りです、と返したくなったが、さすがに抑えた。親近感を表面に出すことは大事だが、砕け過ぎはよくない。
「オレ、仕事ではいっつも薪さんに怒られるんですけど、コーヒーだけは誰よりも美味いって褒められるんです」

 ツトムとテツはちらと視線を合わせ、するとテツが頷いた。サトシが青木の手枷を外してくれて、でもツトムの銃がしっかりと青木を狙っている。青木も武道を始めて5年になるから、相手の身のこなしで大体の強さは分かる。銃を持っていてもツトム一人なら倒せる、が、彼を殴った瞬間他の二人にハチの巣にされるだろう。自分が死んだら桐谷を守れなくなる。危険は冒せない。
 ツトムに銃で脅され、テロリストたちの冷酷な視線に囲まれ、青木は慣れない器具でコーヒーを淹れた。「手が震えちゃうから、あんまり近づけないでくださいね」などと気弱さをアピールすることも忘れなかった。せっかく、図体ばかり大きくて気の小さい男に見られているのだ。それを利用しない手はない。

「お」
「いい匂いだな」
 青木がドリッパーにお湯を注ぎ始めると、それまで武器の手入れをしていた他のメンバーが手を休め、こちらを見た。何人かは寄ってきて、物珍しそうに青木の手元を眺めた。コーヒーを淹れる人質なんてそりゃあ珍しいだろうし、それが警官なら尚更だ。見世物大いに結構、今は彼らの機嫌を取ることだ。それが桐谷の命を守ることにつながる。
 コーヒーを淹れ終わると、青木は再び手枷を嵌められた。ツトムが紙コップに注いで、周りの人間に配った。ドリッパーが5人用のものだったので皆には回らない計算だが、全員がそのコーヒーを飲んだ。一人分の量を減らして、仲間意識は高いらしい。

 薪警視長のお抱えバリスタが淹れたコーヒーは、メンバーたちを唸らせた。おお、という単純だけれども明快な称賛の声に、青木は人の好い笑みを浮かべた。
「美味いな」
 満足そうにコーヒーを啜るテツに、青木は苦笑し、
「失礼ですけど。テツさんは、本当に美味しいコーヒーを飲んだことないんですね」
「嗜好品に贅沢はせん」
「豆の値段の問題じゃありません。保管状況が悪いのと、あとはブレンドの問題です。ジャバロブスタが多過ぎますね。だから旨味より苦味が勝ってしまって」
「じゃばろぶすた? なんだ、それ」
 聞き慣れない単語に首を傾げるツトムに、青木は笑顔を向けた。誘拐犯と人質の間に会話が成り立つのはいいことだ。
「コーヒー豆の種類ですよ」
「何で分かるんだよ? 飲んでもいないくせに」
「馨で分かります」
「おまえ、なんでそんなに詳しいの」
「薪さんが、あ、薪さんてオレの上司なんですけど、これがものすごく怖い人で。でもってその人、無類のコーヒー好きで。ご機嫌取りの為に必死で覚えたんです」
 本当は薪の気を惹きたくて頑張ったのだが、さすがに本当のことは言えない。
「へえ、そうなんだ。じゃあおれと同じだ。テツさんもコーヒーマニアでさ、おれ、此処に入って初めてコーヒーの淹れ方覚えて」
「そうなんですか? じゃあ、今度オレが淹れ方のコツを」

「ツトム。人質と馴れ馴れしくするな」
 サトシに咎められて、若いツトムは唇を尖らせ、「いいでしょ、話くらい」と言い返した。部屋の中には彼のように若い団員はいないから、話し相手に不自由しているのかもしれない。
 ツトムの生意気な態度をテツが黙認している様子に光明を見出した青木は咄嗟に一計を案じ、それを為すべく何気なさを装って切り出した。

「朝、トイレに行ったときに見つけたんですけど。通りの向こう側に、珈琲問屋がありましたよね。オレの言う通りに豆を買ってきてもらえれば、薪さん専用のブレンド、淹れてあげられるのになあ。このブレンドね、なんと国務大臣にも好評だったんですよ。いったい何処のホテルから取り寄せたのかって聞かれて、オレが淹れたんですって言っても信じてもらえなくて」
 青木のお喋りはサトシの蹴りで止まった。朝、テツから受けたようなキツイものではなかったが、あまり調子に乗り過ぎるのも良くない。青木はしゅんと項垂れて、口を噤んだ。

「緊張感のない奴だな。人質のクセにべらべら喋りやがって」
「1分だ」
 サトシの言葉を、今度はテツが遮った。「テツ」と思わずサトシが呟くのに、テツは厳しい表情を崩さず、
「1分で銘柄を書け。余計な真似をしたらこいつの首が飛ぶぞ」と横になったままの桐谷の頭に銃口を向けた。脅かす対象を桐谷の命に代える辺りはさすがリーダーだ。青木の弱点を分かっている。
「はい」と素直に返事をして青木は、薪専用ブレンドの配合を頭の中でおさらいした。




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たとえ君が消えても(8)

 7万ヒットありがとうございますー!!
 みなさまのおかげです。 心からの感謝を捧げます。

 キリバンの方、お祝いコメントありがとうございました。 
 でもアレですよね、言った当日じゃリクとか言われても準備ができないですよね。 もっと前から予告しないとね。(^^;)
 ドキマギさせちゃってごめんなさいね。 後ほど、コメント欄でゆっくりお話しましょうね。

 
 今日は実家のおばあちゃんに、敬老の日のプレゼントを。
 お彼岸のお供えもしなきゃで、お休みでもけっこう忙しいです。
 でもほら、ポストカードの薪さんがわたしを睨むから♪ がんばらないとね。




たとえ君が消えても(8)






「ちょっと待ってください!」
 両手が痺れるほどの勢いで、薪は机を叩いた。会議用の長テーブルが大きく揺れ、積み重ねてあったファイルが滑り落ちる。咄嗟に床を見た薪の眼と、広がった頁に記載された写真の男の眼が合った。強そうな短髪に髭面の男。彼が今回の首謀者と思われる。写真の下に、彼の役職と名前だろう、「副長・真鍋哲夫」と書かれてあった。

 中園の尽力で、捜査本部は当日の午後には立ち上げられ、30名ほどの捜査員が集められた。これだけの事件に対してその人員数は少なく感じられるが、捜査は神戸市警との合同捜査になるので、総合的な人員は100人程度になる。問題は、この顔ぶれだ。
 此処にいるのは、警視庁・警察庁から厳選された精鋭たち。しかしながら、その殆どが公安二課の人間で占められていることに、薪は不安を覚えた。これでは公安の都合の良いように捜査方針が決められてしまう。彼らにとって大事なのは国家の安泰であり、個人の命ではないのだ。
 薪は顔を上げ、捜査本部長に任命された公安二課の課長、南雲修一警視正の顔を見据えた。

「その人質救出計画は、あまりにも杜撰ではありませんか」
 予期した通り、テログループの逮捕にばかり重点を置いた捜査計画に、薪は意義を申し立てた。捜査方針の偏りは、壇上のホワイトボードを見れば明らかだ。メンバーを一人残らず捕まえる方法ばかりが協議されて、人質救出の題目の横には何も書かれていない。薪が具体的な手段について問えば、「臨機応変に対応する」と政治家の答弁のような答えが返ってくる。とうとう堪りかねて声を荒げた薪に、南雲がうんざりした顔つきで答えた。
「本格的な捜査会議は、神戸西署に本部を設置してから行います。今は市警に乗り込む前に、捜査員たちの考えを一つにまとめるための簡易的なミーティングです。市警で正式な総合捜査本部を発足し、全員で捜査会議を行えば、人質救出についても具体的な策が出ますよ」
「僕はこの場で策を出せと言ってるんじゃありません。人質の安全を第一に行動する、捜査の基本を守ってくださいと言ってるんです」
 南雲の眼が不穏な光を宿す。公安部に籍を置いて10年以上になる彼の眼光は一般の刑事よりも遥かに鋭く、その堂々たる体躯は彼を見る者にある種の危惧を抱かせる。南雲の相貌は街中にあっては一般人に遠巻きにされる類のものだが、一クセも二クセもある公安職員を従わせるのには役立っているに違いなかった。

「薪警視長。これは公安のヤマです。我々に任せてください」
「あなた方に任せておいたら、僕の部下は死にます」
「ご理解ください。大儀の前には、少々の犠牲は止むを得んのです」
「止むを得ない? 僕にはあなた方の言い分は、テログループを捕まえるためには人質は死んで当たり前って聞こえますけど」
 言葉と表情が厳しくなるのを、抑えることができない。公安が普通の部署とは異質であることは知っていたが、ここまでとは。捜査の目的からして違っている。
 普通の誘拐事件の場合、一番の目的は人質の救出だ。交渉も、人質の安全を優先するのがセオリーだ。犯人の要求は一通り呑んでみせて、その中で時間を稼いだり、人質の声を聞かせるよう要求したりする。犯人が逆ギレして人質を殺してしまったりしないように、できるだけ犯人側の要求に応じる姿勢を見せ、人質の解放まで持っていく。
 警察が本気を出すのはそれからだ。人質の安全さえ確保できれば、後はもう容赦しない。紙幣に紛れ込ませた発信機も、札のナンバーを控えないという約束を反故にすることも、卑怯だなんて思わない。犯罪者との約束を破るのなんか、ホステスとの同伴の約束を破るより心が痛まない。それが警察だ。
 が、今回捜査本部が打ち出した計画は、その基本から大きく外れていた。

「神戸市警と協力し、誘拐犯のガサ(隠れ家)を見つけ次第突入、犯人の射殺を許可するって、そんな乱暴な計画がありますか。突入の前に投降を呼びかけるなり交換条件を提示するなり、人質を救う為にしなければいけないことは沢山あるじゃありませんか」
「これは普通の誘拐事件じゃありません。相手はテロリストですよ」
 南雲は冷たく言い放った。執拗なクレーマーを相手にするときのように、マニュアルでも読んでいるかのごとく平坦な口調で、
「3年前の赤羽事件でやつらが何人殺したか、ご存知ですか? 20人ですよ。怪我人に到っては100人以上だ。たった17人で、あいつらは普通の犯罪者とは違うんです。殺す気で行かなければ、アカバの二の舞になります」
「殺す気? 戦争にでも行くつもりですか」
「その通りですよ。こいつは戦争です」

 今や、部屋中の人間が薪を睨んでいた。テロと一般の犯罪者は違う、その違いも分からない人間は引っ込んでろ。そう言いたげな視線が薪を取り囲み、薪は彼らの敵意を肌で感じ取った。
 孤立無援の状況の中、持ち前の負けん気に火が点いた。周り中が敵、こんな状況は久しぶりだ。緊張感が刺激になり、頭が冴えてくる。論戦に必要な程良い興奮を携えて、薪は南雲に挑みかかった。
「何をバカなことを。テロリストとは言え、相手は人間ですよ。我々警察に、そんな心構えが許されるとでも」
「我々だって穏便に事を運ぼうと、内偵を進めてたんですよ。それをあんたの部下が台無しにしたんじゃないか」
「その件に関しては謝ります。でも、あれは不可抗力です。彼に罪はない」
「ええ、分かってますよ。だからそれについちゃ、こちらも黙ったんだ。痛み分けってことで、あなたも黙ってくださいよ」
「そうはいかない。僕は官房室の人間として此処に居るんです。立場上はあなた方の監督者だ」
「いい加減にしてくれ!」

 先刻の薪に勝るとも劣らぬ勢いで、南雲は立ち上がった。コの字型に組んだテーブルの端にいる薪の所まで来ると、薪が両手を付いたままの机上を拳で叩き、
「現場に突っ込むのはあんたじゃない、我々公安と神戸市警だ!」
「人命よりも破壊を優先する捜査活動なんか、僕は認めません!」
「覗き部屋で死体ばかり相手にしてきたあんたに何が分かる!」
 第九上がりの警視長の噂は、公安にも届いている。それを理由に彼らに蔑視されていることも、薪は承知していた。
「こうなった以上、相手を殺す覚悟はせにゃならん! あいつらを放っときゃ、また何十人も死ぬんですよ!」
「それは警察の正義じゃない! 人殺しの言い訳だ!」
「なにぃ!?」
 言い過ぎたか、と思った時には遅かった。ガタガタっと椅子の動く音が重なり、彼らは一斉に薪に詰め寄る気配を見せた。南雲が止めなかったら、薪はその場で袋叩きにされていたかもしれない。そうなったらそうなったで自分が有利に立てると踏んでの挑発だったが、南雲はさすがに百戦錬磨だ。二課の課長は単細胞では務まらない。

「ちょっと。廊下まで丸聞こえだよ」
「中園さん」
 ちょうどそこに現れた首席参事官に、薪と南雲の声が重なった。良すぎるタイミングに、薪は疑いの目を向ける。ドアの向こうで様子を伺っていたに違いない。廊下は冷房の効きが悪いから暑かったのだろう、額にうっすらと汗が浮いている。

「参事官。この人、連れて帰ってくださいよ。人殺し呼ばわりまでされて、一緒に仕事なんかできやしません」
「それはこちらのセリフです」
 顔を合わせてから1時間も経っていないのに、もう親の仇みたいになっている。課長の南雲だけではない、部屋中の人間から憎まれている感じだ。小一時間の間にこれだけ大勢の人間に恨まれるなんて、一種の才能だな、と中園は呆れ顔で薪を眺めた。

「薪くん。公安のやり方に従う約束だろう?」
「でも中園さん。彼らは人質を助ける気がないんです。テログループさえ根絶やしにすることができれば、人質は死んでもいいと」
 対立するだろうとは思っていた。数々の修羅場を経験してきた彼らと違って、薪はテロ現場に立った経験がない。だからこの局面に於いても、人命優先の法則が成り立つと信じているのだ。
 そう諭せば薪は、自分にもテロ現場の悲惨さは分かっている、と反論するだろう。しかし、彼が知っているのはあくまでスクリーンに映った他人の記憶であり、虚像に過ぎない。戦争映画を観るようなものであって、実際に現場に居合わせた人間の受ける衝撃とは比べ物にならない。テロ専門家の公安が薪を素人扱いするのも当然だ。
 が、公安の人間もまた、第九の職員たちが抱える秘密の重さを知らない。自分たちと同じように、悲惨極まりない現場の光景を夢に見て飛び起きる、そんな日常を彼らがこなしていることを知らないのだ。互いの仕事に理解が及ばないと歩み寄りは難しい。ましてや青木の命が懸かっている。薪に、冷静になれと言う方が無理だろう。
 それでも、これは公安のヤマだ。彼らから指揮権を奪ったりしたら、後々の業務に差し支える。警察庁全体のことを考えなければならない立場の中園には、薪を抑えるしかなかった。

「君の気持ちは分かるけどね、今回は黙って彼らの言う通りに」
「納得できません。こんなやり方を許していたら、警察の正義が」
「正義正義ってあんたな、自分だけが正しいような顔をしなさんなよ!」
 第九がやっていることだって正義とは程遠い、覗き部屋の主が笑わせる、などと、二課の捜査員たちが口々に喚き立てる。第九は警察庁の鼻つまみ者だ。嫌われ指数は公安といい勝負、だったら仲良くすればいいのに、同族嫌悪と言うやつか。

「ちょっとみんな静かに。これじゃ会議にならないだろ」
 官房室首席参事官の威光をかざして、中園が論争に口を挟む。二課の職員は賢明に口を閉ざしたが、聞き分けのない警視長が一人。
「一緒にしないでください。第九は人の命を職務の犠牲にしたことはありません」
 せっかく静まった水面に石を投じるごとき彼の愚言の、その波紋が広がるように、二課の職員たちの間に再びざわめきが起こる。
「そりゃあないだろうよ、最初から死体が相手なんだから」
「職務内容の詳細も知らず、分かったようなことを言わないでください。これまでにもMRI捜査は、何度も貴重な人命を救って」
「それを言うならおれ達は、もっと多くの人命を救ってるさ! あいつら、放っておけばいくらでも殺すんだからな!」
「全員、黙りなさいッ!」
 壇上のホワイトボードを震わすほどの大声で、中園が叫んだ。クールが売りの彼が怒声で他人を威嚇するなど、薪も南雲も見るのは初めてだ。思わず互いに顔を見合わせ、珍しいものを見ました、と眼で語り合う。

「薪くん、ちょっとおいで」
「ちょ、中園さん。猫の子じゃないんですから」
 後ろ襟を掴まれて、薪は部屋から引きずり出された。夏の強い日差しが乱反射する廊下には何故か岡部が待機していて、自然照明の明るさ以上に薪を驚かせた。
「どうしておまえが此処に」
 薪の問いに岡部は答えず、困惑したように額を掻いた。代わりに口を開いたのは中園で、しかしそれも薪の疑問への答えではなかった。

「薪くん。頼むから、これ以上僕の白髪を増やさないでくれ。捜査は公安に任せて、君は大人しく犯人からの連絡を待つこと。いいね?」
「そんな悠長なことはしていられません! 捜査本部に僕の居場所がないなら、僕は僕で勝手にやらせてもらいま、っ、岡部、何をする! 放せ!」
 腹心の部下に突然羽交い絞めにされて、薪は慌てた。岡部の大きな手が薪の細い手首をがっちりと掴み、拘束する。薪がいくら力を込めてもびくともしなかった。

「じゃあね、岡部くん。頼んだよ」
「任せてください。先程お話した通り、薪さんには第4モニター室で大人しくしててもらいます。モニター室の窓は嵌め殺しになってますから、窓から逃げることもできませんよ」
「中園さん、待ってください! 神戸西区警察署から提出された赤羽事件の調書を読みましたけど、あの事件には不自然な点が」
「やめてくれよ。終わった事件は掘り返さないのが警察の鉄則だろ。岡部くん、早く連れてって」
「こら岡部、おまえ人を荷物みたいにっ、放せこの!」
 腹心の部下に担ぎ上げられ、口汚く罵りながら去って行く薪を見送って、中園は大きく息を吐きながら右肩を回した。ボキボキと関節の擦れる音が聞こえる。あの子の相手は本当に疲れる。

「後は宜しくね、南雲君」
 ドアを開けて声を掛けると、廊下でのやり取りが聞こえていたに違いない、南雲は複雑な顔で中園の言葉に頷いた。あんな部下を持って可哀想に、と同情されたのかもしれない。
 ったく小野田のやつ。こんな役回りばかり人に押し付けやがって。
 中園は、誰もいない廊下で苛立たしげに舌打ちすると、身勝手な上司に事の顛末を報告するため、エレベーターに乗り込んだ。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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