たとえ君が消えても(31)

 終章ですー。
 お付き合いいただいてありがとうございました。

 ちゃんと予定通りに終わって良かった。
 さあ、メロディ買いに行こう♪




たとえ君が消えても(31)






「あの誘拐事件の裏側にそんな事件があったとはね。青木くんもなかなかやるじゃない。ねえ、小野田」
 部下から提出された表には出ない報告書を読み終えた小野田に、中園は快活に話しかけた。途端に返ってくる不機嫌な視線を、彼は余裕で受け止める。青木の話題を出せば相手が不機嫌なるのは承知の上、分かっていて賛辞を重ねるのが中園の話術の基本だ。

「あの激戦の中で薪くんを守り、埋もれようとしてた殺人犯を捕まえた。どうだろうね、彼を警視正に昇任させては」
「中園。いつからおまえの人事考課はそんなに甘くなったんだい」
「甘いかい?」
「甘い甘い、おまえの苦手な虎屋の羊羹よりも甘いよ」
 確かに、今回の青木の働きは褒賞に値する。しかし、青木はまだ30歳になったばかりだ。薪ほどの天才ならともかく、彼のような凡才に警視正は早すぎる。それに、小野田は中園が言うほど、彼の功績を認めていない。

「彼は最低限の課題を果たしたに過ぎないよ。大したことはしていない」
 小野田は冷たく言い放った。報告書を机上に立てて紙片の角を揃えながら、
「薪くんの番いの相手なら、そのくらいできて当たり前なんだよ」
 無愛想に書類を突き返すと中園は、ひゅっと唇を窄めて息を吸い込み、「とうとう認めたな」と、小野田の逆鱗を金束子で擦り上げるようなことを言った。

「認めてない!」
「しぶといねえ、おまえも」
 当たり前だ、納得してたまるか。薪が同性の恋人と一生を共にするなんて。
 例え世界中の人間が彼らの仲を認めようとも、自分だけは絶対に認めない。自分はこの世界に残された最後の良識になってみせる、と小野田は心に誓った。

「それに、桐谷は自首扱いだから青木くんの手柄にはならない。手柄も立ててないのに昇格人事なんかできないよ」
「だけど、彼に功績があったことは事実だ。彼を警視正に昇格させないなら、別のことで褒美をやらないとな」
「別のこと?」
 瞬間、訊き返して失敗した、と小野田は思った。中園の眼が、仕掛けた落とし穴に落ちた大人を笑う悪戯っ子のように輝いていたからだ。

「例えば、この書類に判を押してやるとか。どうだ?」
 報告書と引き換えに差し出されたのは、賃貸マンションの変更契約書だった。変更項目の「住人の数」の欄に「2名」と表記があり、その他は空欄だった。
「なにこれ」
「薪くんがね、2ヶ月くらい前からこの書類袋を見ては溜息ついててさ。中身を確認したら、それが入ってた」
 薪に紹介してやったマンションはセキュリティ重視で、居住者数を増やす際には保証人を立てる必要がある。もちろん、小野田以外の人間でも相応の社会的信用がある人物なら保証人になることはできる。彼らの友人の岡部でも、三好雪子でもいい。が、そこは律儀な薪のこと、彼と一緒に住むのなら紹介者の小野田に話を通すべきだとそう思って、でも言い出せなくて、空白の書類を2ヶ月も眺めていたのだろう。

「あの二人、よくやったよね? テログループと悪徳警官、それに影の首謀者まで捕まえたんだから。功労には褒賞を。警察機構の鉄則だろ」
 中園の言うことは尤もだ。勲功を立てても褒賞を得られなければ、職員のモチベーションは低迷し、不満が蓄積されていずれは火を噴く。だがしかし。

 少しはこっちの気持ちも考えてくれ、と小野田は心の中で叫ぶ。中園の具申が正当だと言うことも薪の自分に対する心遣いも、解り過ぎるほど分かっていたけれど。
 これを認可すると言うことは、彼らが一緒に住むのを他ならぬ自分が後押しすることになる。要はそれって男女で言う結婚とか同棲とかになるわけで、言い換えれば彼らの婚姻届の保証人になるようなこと、それをどうしてこのぼくが!!

「しばらく、考えさせてくれないか」
「おまえも往生際が悪いね」
 薪が紛失したものと思っていたこの書類に小野田の判が押されて彼の元に返るのは、それから2ヵ月後のこと。そして書類が効力を発揮するのは、更にその半年後のことだった。



―了―


(2012.7)


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たとえ君が消えても(30)

 コミックス11巻の表紙は、メロディ4月号の表紙にもなった 『携帯電話を持った薪さんと青木さんの近過ぎるツーショット』 なんですね。 ……またテレビガイド重ねないと、おばちゃんレジに行けない。(笑)
 12巻はクリアファイルのお二人ですね。 青木さんが超カッコいいんですよね。 楽しみだなー♪







たとえ君が消えても(30)







 満ち足りたベッドの中で。青木は薪の髪に鼻先を埋め、彼の香りを吸い込んだ。
 前髪や額にやさしくキスをしながら、眠りに就く体勢を整える。右の肩に薪の頭を載せ、脚を絡ませて身体を密着させる。背中に手を回し、ゆっくり撫でてやる。こうすると薪は10秒で寝就く。
 が、その日は少し様子が違っていた。

「おまえ、いつから桐谷のこと疑ってたんだ?」
 大切な後戯の時間を無粋な質問で台無しにされて、青木はげんなりする。今日はどうも集中してないと思えば、青木に抱かれながら事件のことを考えていたのか。昔はそんな余裕はなかったはずだが、この人も大人になったと言うか。
「僕に脅迫電話を掛けてきたの、あれも計画のうちか」
「あの時はまだはっきりとは。実際、まだ何も起きてませんでしたし。でも桐谷さん、告発に迷いが無さすぎたんです。奥さんも子供もいるのに、自分が職を失うことなんて気にも留めてないみたいで。家族のことを顧みない人なのかと思えば、子供にお土産買ってるし。辻褄が合わない気がして、それで薪さんにも話を通しておこうと思って」
「狂言誘拐とはよく考えたな。やり方次第で有罪にも無罪にもなる。金額もあの程度なら、悪戯ってことで厳重注意で放免だろうな。勿論、おまえは減俸処分だけど」
 警察官の罪は2割増し、それは職責と言うもので、青木も覚悟はしていた。
「次の日になって、ゼロが4つも増えたのにはビビった」
「オレもです。テロリストに捕まった時はどうしようかと思いました。ホント、怖かったんですよ。ライフルで脅されて。生きて帰ってこれてよかったです」

 桐谷と二人で人質になった記憶は、未だ鮮明だ。桐谷もまた、命懸けだったのだ。あの時点ではまだ、桐谷がKであることを真鍋たちは知らなかったのだから。
 家族の仇を討つためなら、自分は死んでもいいと思った。自分が生き残った理由はそれだとすら思い込んでいた。そこまで追い詰められていた桐谷の心情を推し量ると、青木はまた目頭が熱くなる。

「桐谷さん、警察病院に移されたんですよね。神戸の警察病院て、何処にありましたっけ」
「そんなことを聞いてどうする」
 薪はぎろりと青木を睨みつけ、不機嫌な声音で吐き捨てた。答えを期待したわけではないが、怒られるとも思っていなかった青木は、何が薪の機嫌を損ねたのだろうと不安になる。
「まさか、また見舞いに行く気じゃないだろうな」
「いけませんか?」
「このバカ! どこまでお人好しなんだ」
 恋人たちの寝室に相応しくない怒号と言葉で、薪は青木を貶した。ライフルを構えたテロリストよりも怖かった。青木の下になって喘いでいるときはあんなに可愛いかったのに、この人は本当に怖いときと優しいときのギャップが激しい。

「あの男はな、おまえが巻き添え食って死んでも構わないと思ってこの計画を実行したんだぞ」
「それは違います。桐谷さんには迷いがありました。何度もオレに謝ってたし……それに、仕方ないと思います。オレだって同じですから」
 ああ? と薪はますます顔を歪め、青木は今度は、彼に殴られるのを覚悟して言った。

「薪さんが誰かに殺されたら。オレ多分、相手のこと殺しちゃいます」
「ば……」
「バカなことだって分かってます。そんなの、薪さんが絶対に喜ぶわけないってことも。でも、きっと止められないと思います。自分でもどうにもならない、だって、オレがあなたを好きだって気持ちも自分じゃ止められないから」
 怒りから諦めの表情に、ゆっくり変わっていく薪の美しい顔を見つめながら、青木は続けた。
「誰かに止めてもらうしかないんです。きっと桐谷さんもそうだったんです。だけど、オレは彼を止めてあげられなかった」

 青木は本当に悔しかった。自分が情けなくて仕方なかった。彼はあんなに何度も、自分にサインを送ってきていたのに。
 自分がもっと早く事の真相に気付いて桐谷を諌めていれば、彼は手を汚さずに済んだかもしれない。そうすれば、真鍋も仲間たちも死ななかった。桐谷は彼らにとって大事なスポンサーだったのだから、交渉次第では無傷で帰れたかもしれないのだ。

 沈み込む青木の額に、やがて薪はそっと手を置いた。その手のやさしさに、青木が伏せた目蓋を開くと、亜麻色の瞳が湖面に映る満月のように潤んでいた。
「おまえのせいじゃない」
 きっぱりと、薪は言った。
「おまえはよくやった。テログループの隠れ家を報せて捜査に貢献し、銃弾の雨から僕を守り、テロの陰に隠れた殺人事件を解明した」
 薪は、青木の抱擁から頭一つ分抜け出ると、腕を伸ばして青木の頭を胸に抱いた。縫い目も新しい後頭部の傷をそうっと撫で、それは青木にとっての勲章。
「さすが僕の恋人だ」
 薪の薄い胸、でもそれは温かくて、涙が出るほどに温かくて、青木の壊れやすい涙腺はたちまち緩む。薪に手放しで褒められたのは初めてで、青木はとても面食らったけれど。一生に一度、あるかないかのこの幸運を、今はありがたく噛み締めようと思った。

 細い背中に手を回して、青木は思う。桐谷も、きっとこんな風に妻と愛を交わし合ったのだろうと、二人の愛の結晶である娘を深く愛していたのだろうと、思えば思うほど身に積まされて、青木はどうしても彼を断罪することができない。呼吸すら儘ならぬほどの切なさに、止まらない青木の涙に、薪の静かな声が子守唄のように響く。

「家族を殺されて、桐谷の中には彼らに対する憎しみ以外、何も残っていなかった。おまえはそう思うか」
 薪の裸の胸を涙で湿しながら、青木は頷いた。
「僕はそうは思わない。桐谷は普通のサラリーマンだった。戦闘訓練を受けたことも、銃を撃ったこともない。そんな人間がテログループ相手に渡り合おうなんて、憎しみだけでは、あれだけのことはできない。彼を突き動かしたのは彼らへの憎しみじゃない、亡くなった家族への愛情だ」
 家族の仇を討つために、桐谷は血の滲むような苦労をしたに違いない。家族の命を奪った人間に、自らの手で裁きを下すために。
「殺人てのは大変な仕事だ。憎悪は殺意を育てるけれど、それには相応の時間と契機が必要だし、実行に移すとなるとこれがまた。衝動殺人は別として、決して楽なものじゃない。でも」
 薪はそこで一旦言葉を切り、頼りない胸を大きく震わせた。
「愛が絡むと、人は呆れるほど簡単に人を殺すんだ」

 青木はそっと顔を上げ、薪の様子を伺った。薪は上を向いたままで、小さな頤とそこから伸びるほっそりした首のラインが、惚れ惚れするほど美しかった。
「愛が人を殺人者にする」
 悲しいことだ、と薪は呟き、そっと息を吐き出した。その吐息の中には、薪が見てきた数々の凄惨な事件から抽出した悲しみのエッセンスがちりばめられ、それは青木には想像も付かないくらい深い闇を孕んでいた。
 きっと薪は、桐谷のような人間をたくさん見てきたのだ。その度に人間の業を見せつけられ、彼らを救い切れない己の力不足を、やり切れない思いと共に噛み砕いては自分の糧にしてきた。どんな状況でも薪が強くあるのは、それだけの経験を積んでいるからだ。

 青木、と呼び掛けられ、青木は薪の顔を見る。非情な言葉とは裏腹に、薪のきれいな顔にはやさしい笑みが浮かんでいた。
「おまえは僕が死んでも、悲しい人間になるな」
 桐谷のように。愛情を憎しみに変換して復讐に命を懸ける、そうしなければ生きられないような悲しい人間に。決してなるな、と薪は言った。
 自信がない、と青木は正直に答えた。怒られると思ったが、薪は白い歯を可愛らしいくちびるから覗かせて、
「大丈夫。僕は死んでもおまえの中に残る。おまえが生きている限り、僕はおまえの記憶の中で生き続ける」
 それはよく聞く坊主の説教、所詮はきれいごとで、実際にその立場に立ってみなければ分からない。でもそんなことは薪だって承知の上、だって彼は鈴木を亡くしているのだから。鈴木を殺した自分を殺したいと、ずっと思ってきたのだから。
 その彼が言うのだ。きれいごとなんかじゃない、きっと現実に、薪の中で鈴木は生きているのだと青木は思った。

「僕も同じだ。僕も悲しい人間にはならない。おまえが死んでも、おまえはここに。僕の中に生き続ける」
 薪はそう言って、自分の胸に手のひらを当てた。
「一緒に生きるってのは、そういうことだ」
 死ぬまで一緒に生きてやる――薪はそう言った。眠りに墜ちる瀬戸際、寝言みたいに紡がれた言葉に、それほどの決意が込められていたなど青木は思いもしなかった。

 相手の生死は関係ない。自分の命の続く限り、共に生きる。

 自分勝手な薪らしい考えだと思った。薪の考え方はいつも独特で、これだと青木はいつ死んでもいいことになる。それは、危険を顧みず死地に飛び込んで来た彼の行動とは全く整合性が取れない綻びた理論で、だけど青木には、それが薪の本心であることが分かる。
 なぜなら。
 普通の人間が一生のうちに一度経験するかしないかの惨事を日常的に見続け、自分自身も、親友をその手で撃ち殺すと言う凄絶な過去を彼は持つ。だから彼は知っている、人間は死ぬ、あっさりと死ぬ。どれだけ祈っても、死んでしまう。
 自分にも青木にも、それは避けられない未来で、だけどそれでお終いじゃない。どちらかの人生が残っているならもう片方の人生も共にある。
 だから大事にして。生き残った自分の人生を大切にして。
 それは、愛した人を大切にすることだから。

 はい、と青木は返事をした。それがやっとだった。
 彼の顔は涙でぐしょぐしょで、抑え切れない嗚咽が後から後から込み上げた。その慟哭が桐谷に対する哀惜なのか、愛する人と一緒に生を謳歌できる我が身の幸せによるものなのか、いくら考えても青木には分からなかった。



*****

 すみません、青木さんは結局最後まで泣きっぱなしってことで……。
 Nさん、ゴメンねー、あんまりカッコよくならなかったよー。(^^;


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たとえ君が消えても(29)

たとえ君が消えても(29)





 青木の衝撃的な告発にも、桐谷は無反応だった。否定も肯定もせず、じっと青木の言葉を聞いていた。
「桐谷さんが死ぬ気だったこと、オレには分かってます。パソコンが使えない振りをしていたこと、子供さんのこと、こうやってちょっと調べれば分かってしまう。杜撰です。3年も掛けてテログループに近付いたやり方とは別人みたいだ。それはあなたが、復讐さえ遂げられれば後はどうなってもいいと思っていたからでしょう?」
 疑問符を最後に青木が口を閉じると、病室は臨終間際の患者のそれのように、息詰まる沈黙に満たされた。その重さに耐えかねたのか、ねっとりとしたジェル状の空気を破って、桐谷がようやく口を開いた。

「青木さんの仰ることは、正しいこともあるし間違っていることもあります。私の妻子が赤羽事件の被害者であることは本当だし、私がパソコンを扱えることも事実ですが、彼らに資金を送ったりはしていません。Kは小坂のKで、彼がやったんでしょう。
 真鍋のことは……無我夢中だったんです。撃たなければ自分が殺されると思って。正当防衛です」
「いいえ、いいえ、桐谷さん。あなたは殺意を持って真鍋を殺したんです。あれは殺人です」
 頑固に繰り返す青木に、桐谷はやるせないため息を吐いた。後頭部に手をやり、薄くなりかけた髪の毛に指を絡ませる。しばしの沈黙の後、桐谷は青木をじっと見据えて鋭く言った。

「証拠がありますか?」
「いえ、それは」
 ははは、と桐谷は肩の力を抜き、抑揚のない声で言った。
「あなたに私を捕まえることはできない」
「桐谷さん……」
 自分は絶対に捕まらない――そんな自信は、彼の何処からも感じ取れなかった。でも、青木の告発を受け入れることは負けること、ひいては自分の間違いを認めることになる。彼らへの報復が間違いだなんて、桐谷には死んでも認められないことなのだろう。青木は黙るしかなかった。

 俯いてしまった青木の横に、それまで黙って様子を見ていた薪がやってきて、ピンと背筋を張った。眼光鋭く桐谷を見据え、彼は高らかに宣言した。
「青木一行警視を営利誘拐した罪で、あなたを逮捕します」
 唖然としたのは桐谷ばかりではない。青木もポカンと口を開いて、薪を見上げた。
「あれは冗談ですよ。ねえ、青木さん?」
「あ、はい、あれはオレが言い出し、っ、痛ったーい!!」
 信じられないことに、薪は青木の後頭部を包帯の上からスパンと叩いた。怪我人を叩くなんて、青木の口を閉じさせるためとはいえ、なんて乱暴な。

「名誉棄損で訴えますよ。私が青木さんを誘拐してお金を取ろうとしたと、そんな証拠がどこに」
 薪は自分の携帯電話を取り出し、録音した音声をその場で再生した。そこには桐谷の声が、はっきりと残っていた。
「違法だ。これは別件逮捕というやつでしょう。弁護士を」
「あなたが証拠を出せと言うから応じたまでです。例え、人質と結託した狂言誘拐だろうと罪は罪」
 薪はベッドに左手を付き、桐谷にぐっと顔を近付けて凄んで見せた。
「逮捕した以上、警察はあなたを裸にする。覚悟することだ」
 薪の瞳は限りなく冷酷に桐谷を捕え、桐谷は背筋がぞっと寒くなるのを感じた。ほんの少しの妥協も許さない剛直さが、彼の大きな亜麻色の瞳に輝きを添えている。どんな理由があろうとも罪を犯した者にはその償いをさせる、彼は根っからの警察官なのだと桐谷は知った。

「なるほど、青木さんの言ったことは本当ですね。鬼のように怖い」
 やれやれと肩を竦め、桐谷は顎を上げて遠くを見た。空に据えられたその視線の先には何もなく。遠い日のことを思い出しているのかもしれない、と青木は思った。

「薪さん」
 斜め上を見上げたまま、桐谷は呼びかけた。
「娘が死んだとき、私が最後に聞いた音がどんなものだったか、分かりますか」
「分かります。銃声は、一度耳に付いたら離れない」
 薪もまた、大事な人を銃で喪っていた。その音は右手の記憶と共に、薪の耳奥に永遠に刻み付けられていた。
 しかし、桐谷の記憶は違っていた。
「違いますよ。銃声なんかじゃない。もっと軽い、パーンて音ですよ。何の音だか分かりますか?」
 薪が訝しげな顔になると、桐谷はそれが痛快だったらしい。くくっと含み笑いをして、正解を教えてくれた。
「娘の頭蓋骨が割れる音ですよ」
 薪も青木も言葉を失った。桐谷の声に悲痛さは欠片もなく、でも分かる、伝わってくる。それは、地獄を経験した人間の非業の叫びだった。

「私にはハッキリ聞こえた。妻が娘を抱いて庇って、その妻が爆弾で吹き飛ばされて、鋼鉄製のドアに叩きつけられたんです。その衝撃で、娘の頭は割れました。妻は、爆発で両脚を捥ぎ取られてまで、娘を守ろうとしたのに」
 彼の眼の前で死んだ彼の愛する家族。その様子は青木と薪の心にありありと浮かんだ。ひとり取り残された桐谷の悲しみは、いかばかりだったろう。家族を殺した人間に対する怒りも恨みも、その気持ちは痛いほど分かってしまう。彼らにもまた、かけがえのない大切な人がいるから。
「爆弾の音なんか聞こえませんでしたよ? 二人がドアにぶつかる音も、妻の悲鳴も。私の耳に聞こえたのは、娘の」
 桐谷さん、と青木が控え目に声を掛ける。が、彼の耳には届いていないようだった。桐谷の、年と共に垂れた小さな目には、暗い怨嗟の焔が灯っていた。

「一個人に何ができます」
 自分の非力を嘲笑うように、桐谷は吐き捨てた。
 彼は、その場で妻子の仇を取りたかったのだ。その場でテログループを皆殺しにしてやりたかった。それができない自分を責めた。責めて責めて、復讐の鬼になった。
「妻と娘を殺されて、泣き寝入りするしかない。警察はテログループの残党を放たらかしじゃないか。復讐して何が悪い」
「桐谷さん、それは違います。奥さんも娘さんも、復讐なんか望んでない」
「そんなことがどうしてあんたに解る!」
 いい加減なことを言うなと、桐谷は青木を怒鳴りつけた。妻子を殺された者の気持ちは同じ体験したものにしか分からない。彼は激昂し、彼の顔は赤黒く染まった。青木は椅子に座ったままで身を引き、悲しげに首を振った。眼鏡の奥の黒い瞳には再び涙が浮かび、しかし彼の上司は、今度はそれを咎めなかった。

「青木の言葉は嘘じゃない。解るから言ってるんです、青木も僕も」
 澄んだアルトの声が、病室に響いた。先刻までの傲慢な声音とは別人のようなその声に、ふと桐谷の視線が現実に帰る。
「僕たちは、死んだ人の脳を沢山見てきました。だから人が死ぬときに何を考えるのか、知っているんです」
 系列の職場に勤めているのだから、桐谷も当然、第九研究室の業務についは熟知していた。彼らが毎日、死人相手に捜査を続けていることも、死体の脳を見ると言う特質性から「科警研の死神」と呼ばれて同じ刑事仲間から疎まれていることも。

「彼らは復讐なんか望まない。死んでゆく彼らには、そんな余裕はないんです」
 死んでいく人間に余裕はない、それは当たり前のことだと桐谷には思えた。痛みに、苦しみに、悔しさに、不条理に、呻き喘ぎ喚きのた打ち回り。そんな凄惨な死を、桐谷は3年前のあの日、嫌と言うほど見たのだ。
 でも、薪の意見は桐谷とは正反対だった。それは彼が第九と言う特殊な職場に身を置いてきたからこそ、辿り着いた答えだった。
「人は死の瞬間、大切な人を想うんです。その人との大事な思い出を思い出すことに精一杯で、他のことを考える余裕はまるで無いんです。僕たちが見てきた脳には、はっきりとそれが残されています」

 桐谷は知らなかったが、それは薪の実体験だった。自分が殺した親友の脳を、薪は見た。てっきり自分を殺した薪を恨んで死んでいったと思っていた、でも違った。彼は、鈴木は、薪の笑顔を死の瞬間まで願っていた。心臓が最後の鼓動を刻むまで、肺が最後の息を吐くまで、現実に命を懸けて願っていた。
 実体験を伴う言葉は現実味を帯びる。薪と同じように地獄を見た桐谷は、そのことを知っていた。この男の言うことは、この場凌ぎの虚言ではない。
「奥さんも娘さんも、桐谷さん。あなたとの大事な思い出を脳裏に思い浮かべながら、亡くなられたに違いないんです」
 相手を思う気持ちに溢れた薪の声は、不可思議な音色だ。聖者が鳴らす鐘の音のように、人の心に沁み通る。
 桐谷は観念したように眼を閉じて、がっくりと肩を落とした。

「復讐なんかしても、妻と娘が帰るわけじゃない。分かってるんですよ。私は理数系の人間ですからね、ちゃんと分かってるんです。でも」
 桐谷のやつれた頬に、涙が一筋、伝った。
「そうせずにはいられなかった」

 桐谷の気持ちは、薪にも分かった。
 理屈ではないのだ。自分も、鈴木のやさしさは分かり過ぎるほど分かっていたのに、ずっと彼に恨まれていると思い込んでいた。結局、桐谷が許せなかったのは妻子を守れなかった自分自身なのだ。この殺人計画は、彼が自分に下した罰だ。
 薪は辛そうにくちびるを噛みしめた。涙が出そうになって眼を伏せると、そこには、彼が思わず一歩退がるほどに大泣きしている大男の姿があった。

「桐谷さん……桐谷さん、オレはっ……あなたと一緒だったのに、ずっとあなたの傍にいたのに、気付いてあげられなくて、あなたを止めてあげられなくて」
 眼鏡を外して、拳で涙を拭うも間に合わず、腕にまで涙が伝い落ちている。大の男が人前でよくこうも泣けるものだと、思う間にも青木の瞳からは新たに大粒の涙が湧きあがる。噴水みたいだ。
「本当にすみません」
 青木の泣きっぷりは実に見事で、薪も桐谷も涙が止まってしまった。これはあれだ、映画館で泣きそうになった時、隣の観客がオイオイ泣いているのを見てすーっと感動が冷めてしまう、あの現象だ。

 桐谷はポリポリと広い額を掻き、薪を見上げて訊いた。
「薪さん。どうなんですか、殺人犯に泣いて謝る刑事って」
「日本中探しても、こいつだけだと思いますよ」
 薪からも、惚けた答えが返ってくる。桐谷も薪もお互いに、自分と同じ気持ちでいることが分かる。
 この男には敵わない。
「じゃあ、私はラッキーだな。青木さんに捕まえてもらえて」

 もしかしたら、と桐谷は思った。
 もしかしたらあの世話好きの妻が、この世に残したダメ亭主を見るに見かねて、この男と巡り会わせてくれたのかもしれない。
 桐谷は、自分から両手を前に出した。怪我をしたのが足で良かったと思った。このやさしい男は、怪我をした手に手錠をはめることに心を痛ませるだろうから。

「うっ、桐谷さん、オレ、ううっ」
「いい加減にしろ! さっさと手錠出せ!」
 薪に厳しく叱咤され、青木は涙にまみれた顔を驚いたように上げた。
「えっ。オレ、手錠なんか持って来てませんけど」
「ああ!?」
「だってオレ、今日、休みだし」
「おまえ、何しに此処に来たんだ」
「桐谷さんには自首して欲しかったんです」
 薪はうんざりした顔つきで溜息を吐き、桐谷は差し出した手の置場に迷う。まったく、青木には敵わない。
「おまえが始めたことなんだぞ。最後まできちんとやれ」

 薪に叱られて、青木はしゅんと項垂れた。飼い主に叱られた飼い犬のようだ。
 青木は大型犬のような純粋な瞳で桐谷を見つめ、宙に浮いていた桐谷の両手を、自分の大きな両手で温かく包んだ。
「桐谷吾郎、殺人の容疑で逮捕します」
「13時51分、確保」と付け足して、青木はまた瞳を潤ませた。が、ぐっと歯を食いしばり、耐えた。エライエライ、と桐谷は彼を褒めてやりたかったが、そうもいかない。自分は殺人犯、彼は刑事だ。
 桐谷はただ黙って、深く頭を垂れた。




*****

 最終回以来、どうも、
「青木さん=泣き崩れ」 の図式がわたしの中に。(笑)
 でも、銃撃戦の時よりこっちの青木さんの方が好きだったりするー。

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たとえ君が消えても(28)

 こんにちはー。

 今週末にはメロディが発売されるんですね。 新しい薪さんにまた会える。
 こんなに穏やかな気持ちで発売を待てるの、何年振りだろう!!←オオゲサ、だけど同じ気持ちの人、いるよね?

 この話は、発売日までに終わらせます。
 残り4回、よろしくお付き合いください。




たとえ君が消えても(28)






 二人が向かった先は、神戸の病院だった。
「青木さん。わざわざお見舞いに?」
 途中で買った花篭を差し出して、青木は桐谷に笑いかけた。たった2日とはいえ、人質仲間だ。見舞いに来るのは当然だ。
「傷の具合はいかがですか」
「痛み止めが切れると、痛いですねえ。でも、これくらいで済んで良かったですよ」
 桐谷は右足を銃で撃たれ、搬送後直ちに手術を受けた。発見された時は血塗れだったが、その殆どはガラスの破片による切り傷で、右足以外に銃創はなかった。あの銃撃戦の真っ只中に居て、奇蹟とも言える軽傷だった。

「いやあ、ありがとうございます。退屈してたから嬉しいですよ」
 桐谷の部屋は個室で、ベッドサイドに置かれた小型のテレビの上に、研究室から贈られたのだろう、ガーベラの花束が花瓶に活けて置いてあった。2,3日前のものにしては花は元気なく頭を垂れていて、見ると花瓶の水が尽きかけていた。桐谷は脚を怪我しているから、洗面台の所まで歩くのも大変なのだろう。青木は気を利かせて水替えをしてやった。

「あ、そちらが薪さんですか? その節はお世話に、いや、ご迷惑を、その、すみませんでした」
 狂言誘拐の際、薪に掛けた電話の恐怖を桐谷は覚えていたのだろう。妙にしゃちほこばって、上手く喋れないようだ。薪は、彼を安心させるようにやさしく微笑み、いいえ、と優雅に首を振って、
「あなたの上司の小坂さんは、横領の事実を否定しているようですね。身に覚えはない、グリーンアースなんて聞いたこともないと。それから、逮捕された幹部の供述によると、実際に彼らに渡っていた金は5千万程度でした。あの二重帳簿を信用するなら、1億5千万は小坂直継が使い込んだことになりますね」
「はあ、そうなんですか」
「おや、素気無いお返事ですね。もっと憤るかと思ったのに。あなたは告発に積極的だったと青木から聞きましたが」
「いやあ、こうやってね、生きるか死ぬかの経験をしてみると、他のことはどうでもいいような気がして」
「なるほどね」

 水替えを済ませた青木は、壁に立てかけてあった折り畳み椅子を2脚持ってきて広げ、そのひとつに腰を下ろした。落ち着いた様子の青木に引き換え、薪は少しもじっとしていなかった。彼はぐるりと部屋を見回し、すたすた歩くと、キャビネットや冷蔵庫を勝手に開けて回った。桐谷の驚きも知らぬ顔で、中のものを無遠慮に眺め、
「ずい分殺風景なお部屋ですね。冷蔵庫も空っぽだし。着替えも乱雑に突っ込んであって、これじゃ皺だらけに、ああ、洗濯物も溜まってるじゃないですか。気の利かない奥さんですねえ」などと、無神経なことを言い出した。
「そんなことはないです。うちのは家庭的で」
「家庭的? この有様でですか?」
「……家内も仕事を持ってて、忙しいもので」
「そうですか。僕はてっきり、桐谷さんは奥さんに愛想を尽かされてるのかと思いましたよ。お子さんもお見舞いに来た様子がないし。可哀想にお父さん、一家の粗大ゴミ扱いなのかと」
「青木さん。この方、ちょっと失礼じゃないですか」
 薪の無礼な振る舞いに、桐谷は腹を立てた。彼に脅迫電話を掛けたのだって、自分の意志ではない。あれは青木にやらされたのだ。なのにこんな侮辱を受ける謂れはないと、それは正当な怒りだった。

「すみません、桐谷さん。この人はこういう人で……でも」
 青木は済まなそうに謝り、しかし椅子から動こうとはせず、薪の暴挙を諌めようともしなかった。怖くて意見することができないのだろうと桐谷は察し、青木が日常的に薪の横暴に晒されていることを考え合わせ、彼に深く同情した。が、青木は次の言葉で桐谷の好意的な解釈を裏切った。
「オレも桐谷さんの奥さんは、桐谷さんのせいで悲しい想いをしていると思います。お嬢さんも」
 いくら宮仕えだからと言って、この上司に追従するのは人としてどうかと思う。同情心でいっぱいだった桐谷の心に青木に対する不満が紛れ込み、しかしそれは次の刹那、跡形も無く消え失せた。
「オレも悲しいです。桐谷さんは、こんなにいい人なのに」
 青木は眼を閉じ、はらはらと涙をこぼしていた。膝の上で握った右の拳に幾つもの水滴が落ち、交じり合って小指側からズボンに流れ落ちる。青木の涙を吸い込んで、厚手のジーンズ生地は色を濃くした。薄い水色の布地が青に変わり、すると薪が後ろから彼の背中をパシリと叩いた。

「泣くな、バカ。しゃんとしろ」
 言葉は冷たかったが、薪の部下を見る眼は温かかった。桐谷は瞬時、二人の関係性に対する認識を改めさせられた。「普段は鬼のように怖い」と青木は言ってたが、そんな時ばかりではない。それも道理、威圧的にプレッシャーを掛けるだけでは、青木のような良い部下は育たないだろう。
「おまえが始めたことだ」
 それだけ言うと薪はその場を離れ、壁にもたれて腕を組んだ。亜麻色の瞳が、部下を静かに見守っていた。

 青木は眼鏡を押し上げて、指で涙をぬぐった。それから帽子を脱ぎ、するとそこには包帯の巻かれた頭部が現れた。短い黒髪に白い包帯が痛々しくて、桐谷は彼から眼を背けた。
 ギプスで固定された自分の足に視線を落とす桐谷に、青木の穏やかな声が掛かった。
「桐谷さん、お願いです。本当のことを話してください。真鍋の遺体を解剖すれば、彼の命を奪ったのが警察の銃ではなく、あの部屋に転がっていたものだと分かります。SITの集中攻撃に遭って、あの部屋には誰も近付けなかった。真鍋さんをあの銃で撃てたのは、あなたしかいないんです」
「なにを」
 自分に掛けられた嫌疑にびっくりして、桐谷は大きく眼を見開いた。

「何を言い出すんです、青木さん。私は彼らの人質になって、真鍋に無理矢理あの部屋に連れてこられて。挙句に、この怪我ですよ。立派な被害者じゃないですか」
「あの部屋に真鍋さんを呼び出したのは桐谷さんじゃないんですか。彼と二人きりになるために、オレを殴って気絶させたのも」
「まさかそんな。あの銃撃戦の中で、自分だって死んでいたかもしれないのに」
「だって、死にたかったんでしょう?」
 問われて、桐谷は言葉を失う。
「真鍋を殺して、ご自分も死ぬ気だったんですよね」
 重ねて言われて、桐谷は首を振った。友人になれたと思っていた青木にとんでもない疑いを抱かれていたことが、悲しくもあり、腹立たしくもあった。
「青木さん。テロリストに殴られたせいで、頭がどうかしちゃったんじゃないですか。どうして私がそんなことをしなきゃいけないんです?」
 まったくの濡れ衣です、と憤慨する桐谷に、青木は一層悲しそうな顔になった。が、今度は彼は泣くこともなく、きっぱりとした口調で言った。

「神戸倶楽部のエビフライは、お子さんの好物だったそうですね」
 お店の人に聞いたんです、と、責めるでもなく詰るでもなく、青木は淡々と語った。
「あのお土産は、陰膳、ですよね」
 病院で手当てと検査を受け、放免になった青木は、薪と一緒に東京へは帰らなかった。調べたいことがあるんです、と申し出た青木を薪は引き留めず、憐れむような瞳で見つめた。それが青木にとっては確証になった。この人は、既に気付いている。
「桐谷さん、奥さんと子供さんを亡くされてますよね。3年前……赤羽事件で」
 薪は、赤羽事件の資料を読んだのだ。たった一読、それで彼の頭脳には桐谷吾郎の名が、200人を超す被害者遺族の一人として刻み込まれた。あの時の薪の既知感の正体は、これだったのだ。

 桐谷に、目立った反応はなかった。何も聞こえないかのように、彼はじっと自分の足を見ていた。
「真鍋哲夫とその仲間を、許せなかったんでしょう? だからオレを引き込んで、警察を動かして、彼らの掃討を……いや、そんな消極的なものじゃないですね」
 青木は桐谷から眼を逸らさなかった。能面のように表情を失くした彼の横顔を見つめて、熱心に言葉を継いだ。
「彼らへの献金も、あなたがやってたんですよね? オレ、あなたの前の会社にも行ってきました。社員のレベルが高い事で有名なIT企業で、あなたは優秀な技術者だった。小坂さんのパソコンのパスなんか、あなたにとっては有って無いようなもの。あなたは小坂さんのパソコンを使って、彼らに資金を送り続けた。何のために?」
 自らの質問に自答する形で、青木はその答えを桐谷に告げた。
「野に埋もれようとしていた彼らを再び集結させて、皆殺しにするためです」

 赤羽事件の後、グリーンアースは壊滅状態だった。リーダーを含む仲間の大半を失い、資金もなく、メンバーの誰もが胸の内でグループの存続を諦めていた。そこに、『K』と名乗る人物から多額の寄付があった。寄付と一緒に手紙が添えられ、MRI研究所の者であること、グリーンアースの主張に賛同すると、それだけが書かれていた。以降、真鍋のメールアドレスに『K』からのメッセージが届くようになった。

「オレと桐谷さんが小坂さんのパソコンを見ていたら、彼らが突然現れて。でも、真鍋はあの時オレにこう言いました。『帳簿に動きがあると、こちらにも連絡が入るようになっている』。あの後パソコンを調べたら、帳簿残高が変わるとメールシステムが連動して、真鍋さんのアドレスに通知されるようプログラムが組まれていました」
 誘拐された夜、ツトムが青木に言った「カミサマ」とは、このシステムのことを指すと同時に、スポンサーである「K」のことを暗示していたのだった。
「でもあの時、オレは帳簿を閲覧しただけ、数字は動かしてません。オレが研究室に入る前に、桐谷さんがやったんでしょう?
 真鍋さんのパソコンもあの騒ぎで壊されちゃいましたけど、内容はサーバー会社に確認を取れば復元できますよ。用心深いあなたのことですから、足が着かないようにフリーメールを使っていたでしょうけど」
 真鍋は『K』の正体を知らなかったが、青木たちを誘拐した翌朝、人質のひとりに「自分がKである」と告げられて、大そう驚いた。刑事が一緒だからこのまま人質として扱って欲しい、と頼まれて、一芝居打つことにした。真鍋にとって、「K」は大事なスポンサーだ。待遇が良くなったのも当たり前だった。
 こういったグリーンアース側の事情は、サトシの供述から判明したことだ。相棒のテツを失った彼は、まるで憑き物が落ちたようにすらすらと供述を続けている。それを青木は、南雲から直接教えてもらった。警視長には内緒だぞ、と、その理由には全く心当たりがないのだが、南雲は青木のことを気に入ったらしい。

 青木を人質にして刑部を救うことも、20億もの身代金を要求することも、桐谷が真鍋に指示したことだった。赤羽事件の裏側こそ知らなかったが、この誘拐事件の原案を描いたのは、目の前にいる『K』こと桐谷吾郎だったのだ。



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たとえ君が消えても(27)

 休日の晴天、最高ですね♪
 しかーし、
 今日は町内の「大日様の引き継ぎ」とやらがあって、どこへも遊びに行けません……ホント、田舎って色々ありますよね。(^^;




たとえ君が消えても(27)





 署長であった大石の罪が発覚し、神戸西区警察署は上を下への大騒ぎになった。大石が刑部と通じていた当時、署長の指示に従ってテログループに情報を流していた巡査部長2名が懲戒免職になり、管理責任を問われた兵庫県警の上役たちにも降格等の処分が下った。
 中園の厳命を破って単独行動に走り、捜査班の秩序を乱したとして、薪は一週間の謹慎処分に処せられた。と言っても形だけのこと、要は、ゆっくり養生して怪我を治しなさい、という小野田の気遣いだ。「親バカだねえ」と部下に皮肉を言われる官房長の姿が目に浮かぶようだ。

 官房室への出勤を禁じられた薪は、久しぶりに時間をかけて料理を拵え、それを持って第九に顔を出した。部下に対する褒美の心算だった。
 薪はその事実を、岡部から聞いた。
 岡部が薪の指示を受けて、過去の事件から赤羽事件関係者を洗い出すべく第九へ戻ると、驚いたことに3時間も前から捜査が開始されていた。第九の職員たちは、薪がどうして誘拐事件の交渉役に指名されたのか、そのことに疑問を抱いて推理を重ねた結果、薪と同じ考えに辿り着いたのだ。

 彼らの成長を、薪は誇らしく思った。これは彼らの手柄だ。中園ではないが、警視総監に自慢してやりたいくらいだ。
 第九は、脳を漫然と見るだけの部署ではない。常に神経を張り巡らせ、小さな矛盾や些少の違和感、そんなものを大切に拾い上げる。疑問に思ったことは決してそのままにしない。自分の指導はしっかり彼らの中に根付いている。それが嬉しかった。

「みんな、よくやった。中園さんが褒めてたぞ」
 官房室の首席参事官は皮肉屋で、部下の人事評価の点が辛い事でも有名だ。その中園から賛辞の言葉が出たのだ、胸を張っていい。そのことよりも彼らをもっと喜ばせたのは、室長の元気な姿だった。
 彼らはそれを差し入れに対する喜びと巧みに摩り替えていたが、薪を見る眼が物語る、無事でいてくれて本当によかった。薪が銃撃戦に巻き込まれたと聞いたときには、全員が蒼白になったのだ。気の弱い山本などは卒倒してしまって、岡部に介抱されていたくらいだ。

「宇野。公安のコンピューターに何者かが侵入した形跡が残ってるって、南雲課長にイヤミ言われたぞ」
「え、ホントですか? やっぱり公安のセキュリティは厳しいですね」
「次からは気をつけろよ」
 薪と宇野は当たり前のような顔をしているが、この会話は明らかにおかしい。公安のコンピューターをハッキングしておいて悪びれない部下も部下だし、それを「次から気をつけろ」と諭す上司も上司だ。ありえない。他のメンバーは聞かなかった振りで、差し入れのスペアリブにかぶりついた。

「セキュリティって言えば、青木に聞いたんですけど。小坂って上司のパソコン、帳簿残高が動くとテロリスト達に連絡が行くようになってたそうですね。二重帳簿なんだから、普通はそんな痕跡を残さないもんだけど。やっぱり技術屋ってのは考えることがズレてますね。常識よりもシステムを優先しちゃうんですよね」
 宇野の自嘲を含んだ苦笑いに、薪は、ふふ、と微笑み返した。薪特有の皮肉が出るかと宇野は思ったが、薪は曖昧に微笑んだまま、山本の淹れた薄いコーヒーを黙って飲んだ。

「薪さん。怪我は大丈夫なんですか?」
「心配ない。ほんの掠り傷だ」
 料理するのにも痛まなかったぞ、と言い掛けて薪は口を噤む。男らしい上司は手料理を差し入れたりしないものだと、実はとっくに薪の特技は部下全員にバレているのだが、本人が隠そうとしていることをわざわざ口に出したりしないのが彼らの美点だ。

「青木の怪我は、けっこう酷かったみたいですね。7針も縫ったって」
「でも、脳に異常がなくてよかったよ。髪の毛に隠れれば、傷跡も目立たないだろうし」
「そうそう、青木のヤツ、いま部分ハゲなんですよ。縫うのに邪魔だから、傷口の周辺の髪の毛を剃られちゃって」
「後ろから見ると噴き出さずにいられない可笑しさですよ。薪さん、ぜひ見てやってくださいよ」
「そうか、それは見ておかないとな」
「残念ながら、今日は休みを取ってます。病院に行くって言ってましたよ」
 他人の不幸を笑う素振りの、だけどそれは彼らなりの愛情表現。第九で一番年若い捜査官を、彼らがどんなに可愛がっているか、薪は知っている。今回のことも青木を助けるために必死で、彼らは自分が持ち得る能力をすべて注いで、できる限りのことをした。その情熱が、薪と青木を救ったのだ。

 それからしばらくは四方山話に花を咲かせ、薪は頃合を見て席を立った。第九を出て、科警研の正門前からタクシーを拾い、羽田空港へ向かう。
 2階の出発ロビーで、青木が待っていた。青木は休日らしく、白い半袖のコットンシャツに色褪せたジーンズ、それから顔に合わない野球帽を被っていた。
「部分ハゲなんだって?」
 薪が野球帽のつばをひょいと弾くと、青木は慌てて帽子を押さえた。傷口を保護するために包帯を巻いているのだが、この帽子はそれを押さえる役割も果たしている。似合ってないぞ、とそれは薪に言われなくても承知の上だ。

「チケットです」
 青木が用意したeチケットの控えを持って、保安検査場に足を向ける。それは幸運にも一致した休日、二人で飛行機に乗って何処かへ出掛ける恋人同士の姿なのだが、何故か二人の足取りはひどく重かった。

 入り口のセンサーにチケットのバーコードを宛がいながら、薪はひっそりと呟いた。
「気付かなければよかったのに」
 後ろに続いた青木が、強い口調でそれを否定した。
「いいえ、気付けてよかったです。でなかったら、薪さんお一人でなさるつもりだったでしょう?」
 薪は思わず振り向いた。薪の亜麻色の瞳と青木の黒い瞳がぶつかって、それは誰も知り得ない二人だけの会話。
「気付けて良かったです」と青木はもう一度繰り返した。素っ気なく薪は前を向いて、そうだな、と呟いた。



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たとえ君が消えても(26)

 法十版「明日に向かって撃て」、楽しかったとのコメント、ありがとうございました。(^^

 そ、それでねっ、
 この話、実はあと6回も残ってて。 
 メインの銃撃戦部分は終わったんですけど、お話のクライマックスはこの先です。ええあの、事件が全部解決したのに『クライマックス』と予告されたメロディ6月号のように。(笑)
 紛らわしいこと書いてすみませんでしたー。

 メロディ発売前には終わらせますので、それまでよろしくお付き合いください。



 ちょっと私信です。

 拍手コメントくださった方、ありがとうございました。(〃▽〃)
 そうなんですよ、拍手コメントは管理人じゃないと訂正できないんです。 ので、誠に勝手ながらこちらで修正させていただきました。 でも、お名前の間違いは分からなかったので、すみません、そのままで。 
 勿論、ご希望でしたら元通りにできますので。 遠慮なく、おっしゃってくださいね。(^^

 





たとえ君が消えても(26)






「薪警視長、無事ですか」
 小野田と入れ替わりに駆け寄ってきた南雲に、薪は軽く頭を下げた。

「そこに、真鍋がいるはずです。無事だといいのですが」
 薪が指した窓を顎で示し、南雲は部下たちをユニットハウスに向かわせた。ほどなく部下の一人が窓から首を出し、「真鍋哲夫の死亡を確認しました」と無情に告げた。
「そうですか。残念です」
「まあ、生きていてもあいつが検察側の証人に立つとは思えませんがね」
 それは薪の落胆を慰めるための、不器用な南雲らしい言葉だったのだが、薪は険しく眉を吊り上げて、
「証言が欲しくて彼の無事を願ったわけではありません。犯罪者は生きて捕え、罪を償わせる。それが日本警察です」
「そんなことは解ってますよ」
 傲然と言い放った薪に、南雲は言い返してきた。その口調に、青木は自分の知らないところで起きた諍いを慮る。何度も繰り返されたのだろう、二人ともうんざりした様子だった。

「しかし、テロの現場と言うものはねえ」
「南雲課長! もう一人は生きています!」
 二人は弾かれたように振り返り、部下が顔を出している窓辺に急いだ。青木も後を追う。先程は見えなかったが、真鍋は仲間の誰かと一緒だったのだろう。あの銃弾の嵐の中で生き残った幸運な男を、果たして青木は知っていた。
「桐谷さん!」
 割れ落ちたガラスの中に、血塗れになった桐谷が倒れていた。その先に、胸を撃たれ、壁にもたれる形で息絶えている真鍋の無残な姿。床には真鍋のものであろう銃が2丁、転がっていた。

 駆けつけた救急隊員たちが桐谷を担架に乗せ、訓練された動きで救急車に運ぶ。桐谷の青白い顔と出血量に、青木は彼が心配で堪らなくなった。
「薪さん。オレ、桐谷さんに付き添ってきていいですか?」
「付添いじゃなくて、おまえはさっさと頭診てもらってこい。頭部損傷は後が怖いんだ」
 薪の命に従い、青木は桐谷と一緒に救急車に乗り込んだ。サイレンを鳴らして遠ざかって行く車を見送って、南雲がぼそりと呟く。
「もう一人の人質か。無事で良かった」
 ホッと胸を撫で下ろす様子の南雲に、薪は嫌味っぽく、
「そうですね。さぞ良い証言が取れるでしょう」
 途端に南雲は苦虫を潰したような顔になって、「あんたねえ」と声を尖らせる。まったく、薪は人に恨みを買う名人だ。

「いい加減にしなさいよ。所轄の前でみっともない」
 官房室首席参事官の鶴の一声で、二人の男は口を閉ざした。しかし、その目は決して自分の非を認めず。互いに、後で決着を着けてやるとでも言いたげな目つきで相手を睨んでいた。
「薪くん。南雲君に、ちゃんとお礼言いなさい。彼がSITを抑えてくれたんだから」
 東京から飛んできたヘリには、中園と、どうしても行くと言い張る小野田、そのSPたちが同乗した。兵庫県警のヘリポートから車で20分、彼らが現場に到着した時には、銃撃戦の真っ最中だった。泡を食って止めに入ろうとしたが、SPに全力で阻止された。
 そこに、南雲が現れた。南雲はその体躯と怒声でSITの隊列に食い込んでいき、強引に発砲を止めさせた。当然異議を申し立ててきた大石と南雲が言い争いになったところに、中園が逮捕状を提示したのだ。
 南雲は薪に連絡を受けて、直ぐに現場に向かったのだった。南雲の参入があと5分遅れたら、薪は死んでいたかもしれない。彼は恩人だと、中園にそう窘められればさすがの薪も殊勝にならざるを得なかった。
「ありがとうございました」と薪が頭を下げると、南雲は、公安二課の課長職に相応しい態度でそれに応え、薪に依頼された調査内容について報告した。

「大石の経済状況は、部下に調べさせました。警視長の見立て通り、大石は株で失敗して、多額の借金がありました」
 それを埋めるために署の金を流用、後に会計監査が入ることになって追い詰められた大石は、昔から付き合いのあった刑部に強盗計画を持ちかけた。そこから先は、ほぼ薪の推理通りで、刑部は大石に裏切られ、奪った金品もすべて大石の手に渡ってしまった。
「証拠は第九で見つかった。2年前、品川で起きた通り魔殺人の被害者だったよ」
 当時、神戸西区警察署の管理官を務めていた警察官が新宿南署に転勤になり、そこで不幸にも連続殺人の被害者になった。薪が考えた通り、彼の脳には、刑部と大石の密会の様子が映し出されていた。
 その脳を見た捜査官を不注意だと責めることはできない。刑部長陽が世間を騒がせてから1年以上経っていたし、殺人事件には直接関係のない事柄だ。気付かなくても無理はない。が、第九で脳がMRIに掛けられた以上、薪はその事実を知っている筈だと真鍋は考えた。その上で意図的に口を噤んでいるものと判断し、薪に脅しを掛けてきたのだ。

 県警本部長と話をしている小野田を横目に、中園は薪の右腕を取り、自分たちが乗ってきた公用車の後部座席に乗せた。病院まで送ってくれるつもりなのだろう。中園は自分も薪の隣に乗り込み、彼の細い腕の血の滲んだ箇所に自分のハンカチを巻き付けながら、
「自業自得だよ。僕の言うことを聞かないから」
 ぎゅ、と中園が力を入れると、薪は痛そうに顔をしかめ、でも素直に謝罪した。
「命令に背いて、すみませんでした」

「君の居場所はGPSで追ってたし、君が現場に向かったことは救難バッジから流れてきてたから。一刻も早く此処に来たかったんだけど、総監がごねて、逮捕状が請求できなくてねえ。で、どうしたと思う?」
 逮捕状を下ろすのは裁判官の仕事で、まずはその請求を裁判所に出さなければならない。請求は警部以上の役職にあれば可能だが、転んでも只では起きない中園は、証拠を見つけた第九の有能さをこの機会にアピールするべく、長官に話を通した。ところが、場に居合わせた警視総監からクレームが付いてしまった。
 逮捕すれば警察の醜聞になる、そんな重大なことをMRI画像だけで決めていいのか。もしも間違いがあったらどう責任を取る気だ。第一、大石と刑部に交流があったと言うだけでは、事件を画策した証拠にはならない。逮捕状を請求するのだったら、まずは物証を持ってこい。
 警視総監の提言は尤もで、時間があれば中園もそうしたかった。が、今は時間がないのだ。
 所轄の不始末は警視総監である自分に懸かってくるのだ、その私の許可も無くそんなことは許さない、と強固に詰め寄られて、長官は逃げ腰になった。結果、大石署長の逮捕状は警視総監と協議の上請求すること、という指示が官房室に下された。
 仕方なく、中園は手ぶらで現場へ行こうとしたのだが、現実にはこうして逮捕状は中園の手にある。つまりそれは。

「長官の命令を無視したんですか? それはちょっと拙いんじゃ」
「君じゃあるまいし。小野田は長官相手に、そんな無謀な真似はしないよ」
 では、警視総監を説得したのだろうか。いったい、何と引き換えに?
「取引なんかしてないよ。直球勝負さ。小野田が総監の首根っこ締め上げたんだよ」
「下らない敵愾心でわたしの大事な跡継ぎを殺す気か」と総監に詰め寄ったらしい。あの小野田が実力行使に出るなど、薪には想像も付かなかった。
 小野田はまた、こうも言った。
 神戸西署の失態の責任は、総監一人で負うものではない。我々上層部全員が世間に詫びるべき問題だ。国民の信用を取り戻そうとするとき、警察庁と警視庁は協力し合わねばならない。それができなければ警察機構は朽ち果てるばかりだ、と。

「人間、年を取ると短気になっていけないね」と中園は肩を竦め、
「あんなに怒った小野田を見たのは二度目だな」
「前にもあったんですか?」
「うん。君が美和ちゃんとの婚約を解消した時。めちゃくちゃ怒ってた」
「……すみません……」
 二度とも自分が絡んでいたことを知って、薪は消え入りたい気持ちになる。小野田のことは大好きだし、とても尊敬しているのに、迷惑を掛けてばかりだ。

 俯いてしまった薪をニヤニヤと眺め、中園は愉快そうに、
「あの古だぬきが目を白黒させてたのも、これで二度目だな」
「一度目は?」
 第九の室長として、意見を戦わせることの多い総監のこぼれ話に興味を示した薪を、中園は意味ありげな目つきで見た。それからひょいと肩を竦め、洒脱に嘯いた。
「さあ、いつだったかな。忘れちゃった」




*****


 警視総監が目を白黒させてた1回目の原因は、やっぱり薪さんだったりします。
『GIANT KILLING』というお話に書いてあります。 雑文カテゴリにありますので、よろしかったらどうぞ。



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たとえ君が消えても(25)

たとえ君が消えても(25)








「このアホ木!! 撃ち返してどーするんだ!!」
 侵入者である自分たちの立場も忘れて、薪は叫んだ。青木の発砲は集中射撃の分散を狙っての威嚇だと、理屈は分かるが彼の神経は理解できない。
「だって撃たなきゃ死んじゃいます。テツさんは大事な証人なんでしょう? 守らないと」
「だからって、わっ!!」
 青木が割ったガラス窓から多量の弾丸が飛んできて、薪は慌てて床に伏せた。すっかり見通しの良くなった窓からは、アサルトスーツに身を包み、防弾ベストにヘルメット、防弾盾で装備を固めた50名ほどのSIT隊員たちがずらりと並んでいる様子が見えた。

「てかおまえ、その拳銃、どこから」
「さっきの男の人から形見分けに頂きました」
 このくらい根性が座っていないと、薪のボディガードなんか務まらない。この世で失いたくないものが一つしかないだけあって、青木は開き直ると強かった。そして、薪も。
「あー、くそ! もう自棄だ!!」
 ガンガンと勢いよく引き金を引く。精神的に追い込まれて、鈴木のことを思い出す余裕もなかった。

「青木!」
「なんですか!」
 飛来した銃弾が、鉄骨に当たって乱舞する。その度に鳴り響く、鉄同士がぶつかり合う耳障りな音。倉庫内に反響するその音量は凄まじく、二人は声を張り上げた。
「警察、クビになったら何する!」
「そうですね、喫茶店でもやりますか!」
「それ、小野田さんにも勧められたことある……」
 ぼそっと呟いた薪の言葉は青木の耳には届かず。飛んでくる弾丸を避けるために床に伏せた薪の耳元で、青木は未来の計画を楽しそうに語った。

「オレがコーヒー淹れて、薪さんは厨房をお願いします」
「可愛いウェイトレスを雇ってな」
 こんな状況でも笑みがこぼれることを、薪は不思議に思わなかった。平常心はとっくに振り切れていた。
「制服はミニスカだ!」
 銃撃の止み間に、素早く立ち上がって撃ち返す。こちらに注意を引き付けるのが目的だから、弾は明後日の方向に飛ぶよう角度を付ける。万が一にも的中など、してはならない。
「和服もそそりますよ! 肌の白さが映えるように、着物の色は紫とか良いですねっ」
 隣で青木が、薪に負けない大声で自分の要望を叫びながら引き金を引く。発砲音と跳弾の音で、耳がおかしくなりそうだった。
「メイド服もいいな!」
「猫耳、似合ってましたね!」
「……おまえ、僕をモデルにしてないか?」

 大声で不謹慎な会話を続けながら、銃弾を避けるために重機の影に身を潜める。会話はお気楽だが、状況は厳しい。
 だいたいSITを相手に銃撃戦なんて、バレたら懲戒免職間違いなしだ。とりあえず査問会に掛けられたら、撃ったのはさっきの死体の男だと言おう、と薪は決めた。幸い、青木の拳銃は元々あの男の物だし。

 果たしてそれは、濡れ衣を着せられた男の怨念か、狡猾な愚者に天罰が下ったのか。破れた窓から撃ち込まれた数限りない銃弾が金属製の柱に当たって跳弾する中、一発の流れ弾が薪を捕えた。
 弾は薪の右腕を傷つけ、薪は痛みで銃を取り落した。青木は顔色を変えて薪を屈ませ、心配そうに眉根を寄せた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大したことない。やっぱり悪いこと考えちゃダメだな」
「悪いコト? もう薪さんたら。ノーパン喫茶とか、そっちのことでも考えたんでしょ。イヤラシイんだから」
「……その手があったか。いや、おさわりパブってのも」
「いい加減にしてください。こっちへ」

 雨のように飛来する銃弾から薪を守ろうと、青木は彼をドラム缶の陰に引き摺って行き、彼の上に覆い被さった。青木の下になって、薪は歯を食いしばる。
 大石は証人である真鍋を殺す気で狙撃班に指示を出している。テロリストとは言え、目の前で人の命が失われようとしているのに、しかも彼は大事な証人なのに、銃撃が激しくて近付くこともできない。

「テツさん、逃げてください! 逃げて真実を!」
 苦し紛れの青木の叫びが、虚しく響いた。

 それからしばらくして、不意に銃声は止んだ。遠くから聞こえてくる銃声は何発か残っていたが、青木たちを狙っていた狙撃隊は撃つのを止めたらしい。白旗の先に警察手帳を括りつけて出て行けば助かるかもしれない、と青木は淡い希望を抱いた。
 立ち上がろうとした時、一発の銃声が轟いた。さては自分たちを油断させる作戦だったか、危ない所だった、と再び青木は床に伏せ、次の襲撃に備えた。が、それはいつまで待ってもやってこなかった。

 たっぷり5分間が経過したのを腕時計で確認し、二人はそろそろと窓に近寄って、そうっと様子を伺った。窓枠だけになった窓から薪が顔を覗かせると、ゴツンと拳骨で頭を叩かれた。
「いたっ」
「痛くない!」
 悪い事をした子供に折檻する親の態度で、薪を殴った男は言った。頭を押さえながら、薪が目を丸くする。
「小野田さん。どうしてここに」
「ぼくのセリフだよ。まったく、こんなところで何をやってるの、きみは」
「別に遊んでたわけじゃ」
 抗議しようと顔を上げると、また叩かれた。モグラたたきのモグラになった気分だ。仕方なく「すみません」と謝って外を見ると、30mほど後方の草むらにSITが整列していた。隊員たちの前に立っているのは中園と南雲、それと制服姿の恰幅の良い初老の男だった。彼の手には手錠が嵌められており、あれが大石署長か、と薪は初めて見る裏切り者の顔を睨み据えた。

「怪我をしたの?」
 薪の右腕に血が滲んでいることに気付き、小野田が心配そうに尋ねた。早く救急車に、と促す彼に、薪はにっこりと笑って首を振った。
「掠っただけです。大したことありません」
「生きた心地がしなかったよ。岡部くんに報告を受けた時点で、ヘリを飛ばして正解だった」
 岡部から官房長に何の報告が行ったのか、青木には見当もつかなかったが、薪は満足そうに微笑んだ。部下が期待以上の成果を上げてくれた、そんなときに見せる表情だった。

「青木くん、よく薪くんを守ってくれたね」
「あ、いえ、オレは」
 もともと青木が誘拐なんて間抜けなことをされなかったら、薪がこんな目に遭うこともなかった。そのことを謝罪しようと頭を下げると、小野田は長いこと青木に向けてくれなかった穏やかな笑顔で、
「薪くんは危険に鈍感だから。これからもよろしく頼むよ」
 青木はぽかんと口を開け、だって咄嗟には信じられない。小野田はずっと薪を自分の娘と結婚させたがっていて、この春、やっと婚約まで漕ぎ着けたのに青木のせいで破談になって、だから自分は今まで以上に彼に疎まれていると思っていた。
 はい、と返事をして、それがやっとだった。そっと横を見ると、薪も驚いた顔で小野田を見上げていた。

 小野田さん、と薪が呼びかけたが、小野田は中園に呼ばれてSIT集団の所へ行ってしまった。よく見れば、手錠を掛けられて草の上に座らされている人間も何人かいた。その中には、あの若いテロリスト、ツトムの姿もあった。
 死を栄光とせず、投降して生きることを選んだ彼らを、青木は立派だと思った。辛い現実が待っていることを十分承知の上で、彼らはそれを選んだのだから。

 青木は長い脚を使って、割れた窓から身軽に外に出た。膝上まで伸びた雑草がチクチクと青木の脚を刺し、夏の息吹を彼に吹きかける。青木は振り返り、窓の内側に佇んでいる薪に、茶目っ気たっぷりの笑顔で言った。
「『死ぬかと思ったランキング』、今年も更新ですね」
「おまえは本当に呑気だな」
 呆れ顔で左手を伸ばしてくる薪の身体を、青木は軽々と抱き上げた。




*****


 以上、法十版「明日に向かって撃て」でございました。
 名作を汚すような話ですみませんー。 (すでに原作を汚してる、て、きゃー、それは言っちゃダメー)


  



 

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たとえ君が消えても(24)

 こんにちはー。

 お礼言うの遅くなりましてすみません、
 3万3千拍手ありがとうございますー。
 
 3万のお礼SSは書き上げたので、この話が終わったら公開します。
 お礼SSらしく、穏やかで平和なお話です。 ええ、拍手のお礼はね、みなさんに喜んでもらえるよう楽しくて愛に溢れたお話をと心掛け……

 過去のお礼SS  1万5千『パンデミックパニック』←薪さん、正体不明のウィルスで死にかける。
                2万『水面の蝶』←青木さん、元カノに刺されて入院。
 

 こ、心掛けて書いてはいるんですけどね、

 2万5千公開中『明日に向かって撃て』←現在、銃撃戦の真っ只中。

 こっ、この次は大丈夫です!! ……信じて?







たとえ君が消えても(24)





 薪が神戸空港に着いたのは昨日の午後、3時35分だった。
 捜査のため、最初に彼が訪れたのは、MRI技術研究所神戸支局だ。青木の足跡を辿り、そこから何かヒントを掴むことができないかと考えたのだ。
 桐谷が青木の世話係に付いたことも、そこの職員に教えてもらった。誘拐される前夜、一緒に夕飯を摂ったという洋食店『神戸倶楽部』にも行ってみた。店員から興味深い話は聞けたものの、犯人に繋がるものは何も得られなかった。

 次に薪は、赤羽事件の際強盗の被害に遭った宝石店へ行った。ここでは更に興味深い話が聞けた。
 赤羽ニュータウンのテロ事件が有名になったおかげで、宝石強盗の件については世間の同情が少なかった、と店主は嘆いた。2億円も盗られたのにと、でも損金については保険が下りたわけだし、宝石店では誰も怪我をしなかった。100人以上の死傷者を出した団地に世間の耳目が集中するのは仕方のないことだった。
 所轄の捜査も、一通りの調べしかされなかったらしい。薪が聞いても単純な強盗事件で、昼食休憩で店員が減る時間に、留守番の店員を銃で脅して金庫の鍵を開けさせた。単純で特徴的なことは何も無く、スピーディな仕事だった。薪の興味を引いたのは、神戸市警の捜査員なら聞かない振りをしたであろう次の証言だ。
『警察には直ぐに連絡したのに、到着までに防犯訓練のときの倍も時間がかかった』

 驚くことではない。防犯訓練は、予め日付が決められているものだ。万端準備を整えて、連絡が入るのを待っている。素早くて当たり前だ。
 だがもしも。
 この遅れの裏に、何者かの作為があったとしたら? 例えば所轄の当該地区担当者、あるいはもっと上の誰か。

 考え過ぎかも知れないが、宝石店と赤羽団地に於ける被害者数の大き過ぎる差が、どうにも引っ掛かる。窃盗事件で死傷者が出るということは、やり方が拙いのだ。宝石店で鮮やかな手並みを見せた強盗犯が、団地に逃げ込んだ挙句に銃撃戦なんて。全然スマートじゃない。
 2億円の資金が何処へ流れたのか、捜査があっさりと打ち切られていることと併せると、ますます怪しい。資料を読んだときに感じた違和感とそれに対する仮説のひとつ、所轄に、それもこの事件の責任者に近い人物の中に犯人側の人間がいたのではないか、という薪の疑惑が、確信に変わったのはそのときだ。

「じゃあ、真鍋さんは大事な証人なんですね」
 青木が訊くと、薪はこくりと頷いた。
 薪の言っていることは、突拍子もなかった。でも、青木は無条件でそれを信じた。これまでにも薪は、捜査資料を読んだだけで幾つもの迷宮入り事件を解決してきた。彼が天才と呼ばれる所以である。その彼が言うのだから、それは事実なのだと青木は思った。

「まだ推測に過ぎない。証拠が出ないことには……ああ、くそ、僕が第九に帰れたらな」
「第九? MRI捜査と何か関係が?」
「真鍋がどうして僕に電話を掛けてきたのか、その理由を考えてみろ。第九で扱った脳の持ち主の中に赤羽事件の関係者がいて、その人物は大石署長と刑部が通じている場面を目撃していた。そういうことじゃないのか」
 薪に脅迫電話が行ったのは、直前に掛けた電話が薪宛だったから、そのせいだと思っていた。もちろん、薪もそれは考えた。しかし、彼は必ず常人の一歩先に思考を進める。
 幾多の未解決事件に光明を灯してきた薪だが、彼が見つける手がかりは決して捜査資料の中で異彩を放つものではなく、例え調書に記されていても普通の人間なら読み流してしまうことばかりだ。現場写真に於けるほんの僅かな違和感、供述の些細な綻び。しかしそこから導き出される推理は大胆で奔放だ。勿論、常識的な推理も彼の中には存在する。が、未解決事件の多くは常識では解決できなかったからお宮入りになったのだ。薪の豊かな想像力が解決に結びつくことは、必然とも言えた。

「あの事件には不明な点が2つあった。テロリストが赤羽ニュータウンを籠城場所に選んだ理由と、奪われた貴金属類の行方だ。籠城は成り行き、貴金属は逃走途中で仲間の手に渡ったものと結論付けられていたけど、どちらも確証はない。僕なら絶対にこんな報告書に判は押さない」
 薪が署長になったらその所轄は機能停止に陥るに違いない、と思ったことは億尾にも出さず、青木は返した。
「確証はなくても、それが普通の考えだと思いますけど」
「そうかな。テロリストが団地に逃げ込むなんて、不自然じゃないか? あれはきっと大石が上手いこと言ったんだろうな。『警察は住民の命を尊重するのが決まりだから、止む無きを装って君たちを逃がしてやれる』とか」
「なるほど。でも、現実にはあんなに大きな被害が出たわけで」
「だからそれは、現場の伝達がうまく行かなかったとか何とか、それらしい説明をしたのさ。もちろん真鍋も納得いかなかったろうけど、その時には大石に人質を取られてたから。逆らえなかったんだ」
「リーダーの刑部さんのことですか」
「うん。貴金属類を売りさばいた金も、大石の懐に入った可能性が高い。強奪した2億と、神戸支局からの2億、合わせて4億の金持ちテロ集団にしては、さっきの男の装備はお粗末過ぎる。刑部を刑務所から出すのに買収資金が必要だとか、多分そんな理由で」

 小声で話しながら、二人は物陰に隠れて前進を続ける。時間は掛かるが、迂闊に走ったりしたら外からも中からも銃弾が飛んでくる。もどかしくとも仕方なかった。
「大石に疑いを抱いていても、真鍋は刑部を救いたい一心で」
「そうかもしれません。テツさん、刑部さんのことすごく尊敬してたみたいで。今度のことも、『あの人を救いたいだけだ』って言ってました。やってることは間違いだけど、気持ちは分かると」
「テロリストをさん付けで呼ぶな。彼らには彼らのポリシーがあるのかもしれないが、そんなものは理解しなくていい。テロは犯罪だ。無差別に人の命を奪っていい理由なんか、この世の何処にもないんだ」
 薪はすっぱりと切って捨てるが、青木はどうしても潔くなれない。だって、もし薪が同じことになったら? どんな手段を用いても彼を救おうとする、そんな自分が簡単に想像できる。薪の命とそれ以外の人の命、どちらも同じだと答えるのが警察官の正答だが、青木にはそれを実践できる自信がない。

 ふと、薪は足を止めた。青木に屈むよう手で示して、低く囁く。
「あれ、真鍋じゃないか」
 二人のいる場所から20mほど先に、青木たちが囚われていたユニットハウスがあった。向かって右側、上半分に嵌められていた窓ガラスが綺麗に割れていて、そこからハウスの右半分と、真鍋の上半身が見えた。真鍋は狙撃を警戒して右奥の壁に寄り、窓に向かって銃を構えていた。他のメンバーは窓側にいたのかもしれないが、青木たちの位置からは確認できなかった。
「そうです、テツさんです」
「だからさん付けで呼ぶなって、あっ!」
 窓の方から飛んできた銃弾が、真鍋の肩を貫いた。真鍋はその場に崩れ落ち、窓下の壁に隠れて見えなくなった。

「テツさんが」
「大丈夫、肩を貫通した」
 真鍋が一矢報いようとしたのか、内側からの銃弾がユニットハウスと倉庫の窓ガラスを連続で破った。それを合図に、SITの弾丸が真鍋のいる部屋に降り注ぐ。
「まずい、集中攻撃されてる。このままでは時間の問題だ」
 窓越しとは言えあれだけの銃弾が撃ち込まれたら、真鍋の致死率は8割を超える。重罪人でも真鍋は大事な証人だ。失いたくなかった。一刻も早く救出に行きたかったが、青木たちとユニットハウスの間にはラフタークレーンの残骸が置いてあり、真鍋のいるところに直線的に向かうことは不可能だった。一番の近道は窓から外に出て建物伝いに回る事だが、それをしたら間違いなく、魂だけになって目的地に向かうことになる。

「何とか真鍋を安全な場所に、て、こらっ!」
 隣から聞こえたガーンという発砲音を、薪は何かの間違いだと思った。銃を弄っているうちに誤って発砲してしまったのだ、青木のやつ仕方ないな、緊張しすぎたんだろうな、とバカ息子を擁護する母親の態で薪が庇うのに、青木はしっかりと足を踏ん張り腕を真っ直ぐに伸ばし、それはそれは見事な射撃姿勢で手前の窓ガラスを撃ち抜いていた。





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たとえ君が消えても(23)

 ハロウィンが近いので、カボチャのお化け時計のブログパーツを貼ってみました。
 本当はね、テンプレ替えればいいんですけど、カウンターとかアクセス解析の設定とかメンドクサ、いえその。

 日曜日にしては更新の時間が早いのは、今日は町内のゴミ拾いだからなんですー。 せっかくの日曜日なのに、メンドクサ、いえその。 

 お話の方は、メインイベントの銃撃戦に突入でございます。(>▽<)←楽しそう。
 いつもながら、内容と前振りがミスマッチですみませんー。
 行ってきますー。




たとえ君が消えても(23)






「大丈夫ですよ。薪さんと一緒なら、何とかなります」

 青木の眼に、迷いはなかった。薪にはどうしても捨て切れない恐れや不安、でも青木にはその片鱗すら見えなかった。
 青木は勇猛果敢な男ではないし怖いもの知らずでもない。ただ薪と一緒に居られるなら、其処がどんな環境でも何をさせられても、頓着しないだけだ。彼と共にあること、それが自分の人生に於ける最重要課題だと迷いなく思える。そういう人間を世間一般的にはストーカーと言うのだが、その一般論は青木の自意識の外にある。問題外だ。

「大凡ですけど、武器庫の方角は分かるので、そちらへ向かいましょう。みんな、その近くにいると思うし、逃げ出したと分かれば人質は眼の届く所に置くでしょうから」
 薪に貸してもらったハンカチを後頭部に固定するため、青木はネクタイを外して頭に巻いた。ネクタイで鉢巻なんて、ガード下の酔っ払いオヤジみたいだと本人は思い、それを口にしたら薪に白い目で見られた。
「まったく。緊迫感の無い男だな」
「それ、テツさんにも言われました」
「テツ? 真鍋哲夫か?」
「フルネームは知りませんけど、メンバーがテツって呼んでて」
「どうでもいいけど、テロリストをさん付けで呼ぶのは、――っ!」

 突然、ガラスの割れる耳障りな音が響いて、二人は反射的に音のした方向に眼を向けた。それは青木が目指していた方向と一致していた。外気が流れ込んできて、割れたのは窓ガラスらしいと分かる。目的地の東に進路を取り、彼らは慎重に歩を進めた。10mも進まないうち、今度はもっと手前のガラスが割れた。反対側の壁に銃弾がのめり込んでいる。銃声が聞こえなかったから、サイレンサー付の銃で撃ったものと思われた。

「な……投降の呼びかけも無しに、こんな」
 信じられない暴挙だった。とても警察のする事とは思えない。不意打ちなんて、これではテロリストと一緒ではないか。
 銃声は聞こえずとも、狙撃によってガラスが割れたことはテロリストたちの知るところとなった。程なく倉庫内から外に向けて発砲する音が聞こえ、そうなれば相手も遠慮なく撃ってくる。次々とガラス窓が割れ落ちる音が奥の方から聞こえ、テロ集団の位置を二人に報せた。桐谷も其処にいるとしたら、彼の命は風前の灯だ。

「南雲さん、僕は建物の中にいます。青木と一緒です。僕たちは自力で逃げられますが、一般人が一人人質になってます。発砲許可を取り消してください」
 薪は、迷わず南雲に電話をした。現場指揮者に話を付けなければ、この状況は改善されないとの判断だ。
「え、テロリストの仲間を逮捕? 西署付近で?」
 多分、サトシたちのことだと青木は思った。彼は陽動作戦の為に外出していたが、神戸西署に動きがあると、テツに連絡をしてきた。署の付近で探りを入れていて、捕えられたに違いない。
「じゃあこちらの指揮は誰が……神戸西署の大石署長が自ら? またどうして。……そうですか、ならば署長に連絡を、うわ!」
 ガラスの砕ける音が聞こえた瞬間、薪は乱暴に床に押し倒されて、したたかに背中を打った。痛みに顔をしかめながら眼を開けると、青木の精悍な横顔が見えた。青木の視線の先を追って、薪は壁に食い込んだ弾丸を発見する。さっきまで、薪の頭があった位置だ。

「ずい分正確ですね。このガラスの汚れ方では、オレたちの姿は見えないはずなのに。赤外線センサーを使ってるのかな」
 サイレンサーに赤外線センサーなんて、殺し屋のようだ。公安にはそういった闇の仕事をする者もいるらしいが、此処に来ているのは神戸西区警察署のSITのはずだ。こんなやり方は通常ではあり得ない。
「ちょっと南雲さん、早くしてくださいよ。このままじゃ青木も僕も蜂の巣に、え、現場と連絡が取れない? 無線機の故障ですって? 勘弁してくださいよ、この非常時に焦らしプレイは無しですよ」
 青木のことを呑気だ何だと言うが、薪も負けてない。大体、青木の豪胆さは薪に付き合わされているうちに自然に身に付いてしまったのだ。年がら年中、生死に係わるトラブルに巻き込まれている薪を守ろうと思ったら、青木の生まれ持った大人しい性格ではとても対応しきれない。

「わかりました、こちらはこちらで何とかします。その代わり、調べて欲しいことが」
 薪はかなり一方的に2,3の頼みごとをし、電話を切ると、自分たちの置かれた状況について、事情の分からない青木に大まかな説明をしてくれた。
 今回の捜査は公安二課と神戸西区警察署の合同捜査となっているが、3年前に起きた『赤羽事件』の遺恨から、西区警察署は真鍋哲夫率いるグリーンアースに過剰な攻撃態勢を取っている。強引極まるこのやり方は、そのせいだと思われる。通信機も意図的に切っている可能性が高い。彼らは、建物内で動いている者はすべてテロリストだと思っている。薪たちのこともテロリストの仲間だと見做して攻撃してきたのだろう。

 簡潔に言えばこういうことだ。
 自分たちは狙撃班の銃弾をかいくぐって、桐谷の救出に向かわなければならない。

 体勢を低くして窓からの狙撃に備え、薪と青木はゆっくりと進んだ。途中、犯人の死体が一つ、転がっているのを見つけた。名前は知らないが、青木のコーヒーを美味そうに飲んでいた男だ。右手に拳銃を握ったまま、額を撃ち抜かれて死んでいた。
「頭部を一発なんて。まるで殺すのが目的みたいだ」
 青木は低く呟き、辛そうに唇を噛んだ。例えそれが大勢の人を殺めてきた犯罪者であろうとも、人が死ぬのは見たくない。さっきまで生きて動いていた、それを知る身にあっては尚更、横たわる彼を見るのは辛かった。肩を落とす青木の背に、薪の声が掛かる。

「青木」
 よそ見をしている余裕はないぞ、という叱責を覚悟したが、薪の言葉は青木の予想とはまるで違っていた。
「神戸西署は、何かを隠している」
 敵を警戒してか、薪の声は、傍にいる青木にだけ聞こえるような小さな声だった。しかしそこには、揺るぎない信念があった。

「おまえの言う通り、これは殺害を目的とした撃ち方だ。表のSITとは別に、狙撃班がいるんだ。この指示を出したのが大石署長となると、あの事件はやはり」
「どういうことですか?」
 いつものことだが、薪には事件の裏に隠された真実が見えているらしかった。それを青木に説明してくれないのもいつものことだ。
「証拠が揃えば大石の逮捕は可能だろうが、問題はこの場をどう切り抜けるかだな。頼みの綱は南雲か。間に合えばいいが」
「あの、薪さん。オレ、さっぱり解らないんですど」
「真鍋哲夫はその事実を知っていた、と言うよりは同志だったんだろうな。だから彼の誠意を信じて、今まで待った。仲間を13人も失って、組織立った活動ができなかったと言うこともあるだろうが。でも1週間前、刑部に対して死刑判決が下りて、彼が裏切り者だったことが証明された。それでこの事件を」
 青木の質問を完全に無視して、薪の中で話が進んでいく。青木に語りかけていると言うよりは、言葉にすることで自分の考えを確認している、という感じだ。
「すみません、薪さん。オレにも分かるように説明してください」
 青木が薪の肩に手を掛けると、薪は今まで青木の存在を忘れていたかのようにびくりと身を震わせた。それから簡潔に、実に淡々と、事件のあらましを教えてくれた。

「3年前の赤羽事件は、神戸西区署長の大石が刑部と組んで起こした事件だ。その事実を真鍋哲夫は知っている。だから大石は、彼とその仲間たちを皆殺しにしようとして狙撃班を動かしている」



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たとえ君が消えても(22)

 こんにちは!
 施工計画書と格闘中のしづです。 見たこともやったこともないポリ管の融着継ぎ手について、さも詳しそうに嘘八百を書き連ねております。 ペーパー代理人(←ペーパーテストで資格が取れるので、土木業界にはゴロゴロいると思う)はハッタリが命。<オイオイ。
 便覧とか融着機の使用説明書とか調べて書くんだけどさ、現物を見たことがないから殆ど想像で書くしかないんだよねえ。 ……仕事でも二次創作?(笑)
 以上、近況でした。
 
 さて、お話の続きです。
 本日も広いお心でお願いします。





たとえ君が消えても(22)






「安心しろ。テログループと戦って華々しく死んだことにしておいてやる」
「わざとじゃありません! 信じてください!!」
 喉元に拳銃を突きつけられて、青木は夢中で叫んだ。真鍋に銃を向けられたときより、遥かに怖かった。
 青木の弁解は真実だ。彼は本当に気絶しており、薪の抱擁と涙で眼が覚めた。初めは何が起きているのか分からなかったし、状況が状況だっただけに、薪が自分に抱きついていると分かったときは天国に来てしまったのかと思った。手を伸ばして触れてみて、薪がスーツを着ているなら現実だと考えた。ここが天国なら薪の衣装は絶対に天使のそれであるはずだと、その理論は30過ぎの男としてどうかと思うが、彼の供述が正しいことに変わりはない。

 両手を挙げてブルブルと首を振る青木の頭部から血が飛び散って、薪は忌々しそうに舌打ちした。ポケットから真っ白なハンカチを取り出し、患部に当ててやる。頭部の怪我は、損傷の割には出血が多い。患部を圧迫して安静にしていれば、10分程度で血は止まるはずだ。
「痛むか」
「いえ、どっちかって言うと背中の方が……何処も痛くないですっ、本当です!」
 最後の供述は嘘だったが、これは緊急避難に該当する。人間、生きる為には嘘を吐かなければいけないこともある。

 出血こそ派手だが、どうやら命に係わるような怪我ではないと、青木の様子にすっかり平常心を取り戻した薪は、持っていた銃を床に置いた。それから、青木のポケットから勝手にハンカチを取り出し、彼の顔に付いた血を拭いてやりながら、道で転んだ友人を冷やかすような軽い口調で、
「なに誘拐されてんだ、バカ」
「オレだって好きで誘拐されたわけじゃ」
「助けに来てみりゃ呑気に寝てるし」
 優しい手つきとは裏腹に、薪の言葉は辛辣だ。自分のヘマに腹を立てているのだ、と青木は思い、怯えながらも控えめに抗議した。
「いやあの、寝てたわけじゃ。オレだって大変だったんですよ、横領の証拠データをパソコンから引き出してたら、突然テログループに拉致されて」
「うるさい! 僕なんか中園さんに苛められて公安とケンカして岡部に捕まって監禁されて終いにはミニスカポリスのコスプレまでさせられたんだぞ!」
「すみません、薪さん側のストーリーのどの辺がこの事件に絡むのか解りません」
 おまえなんかに分かって堪るか、と薪は吐き捨てて、だったら言わなきゃいいのに、よっぽど腹に据えかねる何かがあったらしい。だけどこっちは自分と桐谷の命が懸かっていたのだ、自分の方が事態は深刻だったはずだと思いつつも、青木は悲しいくらいに薪には弱い。

「コーヒーのメッセージ、薪さんなら分かってくれると思ってました」
 乾きかけて落ちにくい頬の汚れを丹念に拭いてくれる薪に、ありがとうございました、と青木はにっこりした。此処はテロリストの巣窟でいつ彼らに見つかって殺されるかもしれないのに、太平楽もここまで来れば表彰ものだ。そう言いたげな目つきで青木を睨む薪の、手つきは相変わらずやさしい。
「血が止まるまで、しっかり押さえておけ」
 やっと拭き終えて、止血のハンカチを青木に託し、薪は立ち上がろうとして、すると整理棚の陰に投げ捨てられている角材が眼に入った。何本かの角材は立てかけられており、その一本だけが床に転がっていた。取り上げてみれば予想通り、血痕が付着している。

「どうやら、凶器はこの角材だな」
「そんなもので……なんか、急に痛くなってきました」
「殺されなかっただけ有難いと思え」
 相手はテロリストだ。逃げ出そうとしたのが見つかったなら、殺されていても不思議はない。交渉の道具にするために生かしておいたのだろうが、ならばどうして青木を此処に放置したのだろう。
「ウドの大木が幸いしたか」
「はい?」
「いや。考えるのは後だ、とりあえず逃げるぞ」
「それは駄目です。桐谷さんが」
 一緒に逃げたはずの桐谷が此処に居ないのなら、彼は青木を襲ったテロリストに捕まったのだろう。見るからに文系の彼が単独で逃げおおせたとは、いくら楽観的な青木でも思えなかった。

 桐谷の名前を出すと、意外なことに薪は不思議そうな顔をした。
「桐谷って、神戸支局の桐谷吾郎氏か? 彼も人質に?」
「はい。横領の告発をするって仰って、一緒に証拠のパソコンを調べてて、で、一緒にテロリストに捕まって……伝わってなかったんですか?」
「人質はおまえ一人だと思ってた。昨日、おまえの足取りを調べるために神戸支局にも行ったけど、彼は休暇扱いになっていたぞ?」
「それは課長の小坂氏の仕業だと思います」
 二重帳簿のファイルが開かれたことはログで分かる。翌日、桐谷が出勤しなければ、彼を疑うのは当然だ。会社から彼に連絡が入ったりしないよう休暇扱いにし、自分は逃げ出す算段を整えていたに違いない。

「でも、桐谷って」
 何処かで聞いた名前だと、薪は思った。
「神戸支局で名前を知る前に、どこかで……」
 薪の頭の中にはスパコンに足が生えて逃げ出しそうな超高性能のコンピュータが搭載されており、無尽蔵に人物の氏名と顔を記憶できる。その検索機能が自動的に動いて、しかし名前だけでは完璧なヒットにはならない。薪は、この場での追及を諦めた。

「そうか、それでおまえを置いて行ったんだな」
 人質がもう一人居るなら、交渉には充分だ。体の大きな青木を苦労して引きずっていくことはない。こうなると、青木が殺されなかったのは幸運としか言いようがなかった。おそらく、頭部を殴られて派手に血が噴き出たのも幸いしたのだ。放っておいても死ぬと思ったのだろう。

「きっと彼らに捕まったんです。助けなきゃ」
「青木、もうすぐ応援が来る。SITも手配済みだ。だから桐谷氏のことは」
 助けが来ると聞いて、青木は安心した。それなら、自分が助けに行くよりも確実かもしれない。SITは籠城事件の専門家だ。専門職であるネゴシエイターもいるし、平和的な解決が望めるだろう。
「じゃあ安心ですね。……薪さん?」
 青木を安堵させておきながら、何故だか薪は憂慮に沈んだ。いや、と口の中で否定の言葉を呟き、彼にしては長いこと考え込んだ。
 やっと顔を上げた薪の瞳に静かな決意が宿っているのを見て、青木は彼がまた、自分の知らない何かを抱え込んでいることに気付いた。

「桐谷氏は僕が救出する。おまえは外で、応援を待て」
「薪さんが行くならオレも行きます」
 迷いない青木の答えは、薪の言葉を予想していたかのようだった。何故、と青木は訊かなかった。この状況で詳しい説明などしてくれるはずがない、それが青木の命を脅かすことに繋がるなら尚のこと。青木は薪と言う人間を知っていた。
「怪我人は足手まといだ」
 ジャギッと不吉な音をさせて撃鉄を起こす薪の横顔はひどく冷たくて、彼の表情をそんな風にさせるのはこの差し迫った状況ばかりが原因ではないはずだと、それは青木にはハッキリと分かるのに、具体的なことは何一つ解らない。多くの問題を独りで抱え込んでしまう薪の癖は、青木が彼の恋人になっても変わらなかった。

「桐谷さんを助けることは賛成ですけど、薪さんと別行動になるのは却下です。第一薪さん、桐谷さんの顔知らないでしょ」
「人質とテロリストの区別くらい付くさ」
「駄目です。オレはあなたのボディガードです」
「青木。これは命令だ」
「聞けません」
 青木が頑固に言い張ると、薪は困ったように眉尻を下げた。
「青木、僕は」
「薪さんて頭いいのに、どうして時々、そんなに的外れなんですか?」
 薪の言葉を、青木はわざと遮った。彼が何を言うのか、確信があった。
「オレだって同じです。あなたを死なせたくない」

 薪は観念したように眼を閉じて小さくため息を吐き、それは青木の推察を裏付ける。薪が青木を死なせたくないと思うなら、それは青木も同じこと。昔の薪なら我を通したかもしれないが、今は違う。
 だって、彼は言ってくれたから。青木と一緒に生きてくれると、死ぬまで一緒に生きてくれると、誓ってくれたから。

「大丈夫ですよ。薪さんと一緒なら、何とかなります」



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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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